Fate/Grand Order 「マシュ。聖杯ってよく拾うけど全部願望器として機能してるの?」「勿論ですよ先輩」「じゃあソロンモさんを永み─」「先輩!」 (第2類医薬品)
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Order.1 ぐだ男、ゲイボる


はじめまして。

今回、妙なテンションで書き始めたFGOの二次創作ですが、自分は素人です。
全くの処女作ですが、Fateシリーズは原作からやって(読んで)きましたので、流石のド素人ではないと思います……。

まぁ、別に他のシリーズを弄るわけではないのでFGO世界をテンション高めに書いていこうと思います!

因みに本作のぐだ男は

対毒:EX
危険感知:B
コミュニケーション:EX
(話によってスキルの追加も有り)

がデフォでお送りします。




 

 

 

 

 

「いくぜ!」

 

土から生えてきたような手のエネミー。

それは掌を上に向けて炎と結晶を浮かべていて、全く無知の人間でも近付けば危険だと分かる。

 

「これぞ兄貴直伝!」

 

俺はそのエネミーに向けて中腰で槍を構え、気持ちを落ち着かせる。

 

「おぅおぅ。随分胴に入ってるじゃねぇか。こりぁ想像以上に良い出来だな」

 

「クー・フーリンさん……先輩は大丈夫でしょうか……?」

 

「安心しろ嬢ちゃん。ルーンが入った槍とここ数週間の地獄の特訓があるんだ。腕の1体や2体何て事ねぇさ」

 

「フォウフォーウ!」

 

後ろで何か話しているが俺は一瞬たりともそれに意識を向けてはならない。

俺の眼に映るのは目の前のエネミーただそれのみ。

兄貴ことクー・フーリンから教わった必殺の一撃(の劣化版)を今ここで叩き込む!

 

「その心臓、貰い受ける─!」

 

決め台詞を腹の底から絞り出して駆け出す。

 

刺し穿つ若棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

捉えた!

俺が突き出した槍は寸分違わずエネミーのど真ん中を貫いた。貫いたのだが……。

 

「あっちゃぁ……倒しきれなかったか」

 

「あぁ……やっぱり心臓を貰い受ける(ゲイボる)ことは出来ないんですね……」

 

「ぐっ……それはこっちの心臓に来るぜ嬢ちゃん」

 

「フォウ……」

 

「それよりも助けてぇぇぇ!おぐぅ!?」

 

今度は俺の腹ど真ん中に炎の塊が飛んできて爆散する。

うっほぁぁぁ!クリティカル入ったぁぁぁ!

 

「先輩!」

 

「フォーウ!」

 

「うっ……うぅ……ひっく……」

 

あぁ……そもそも何で俺はこんな事になっているのだろうか……。

 

 

当時、本当にただの一般人であった俺の所に黒い背広の人達がやって来た。

その人達が言うには、俺が魔術師になれるとの事だった。

確かに、前に駅前で『魔術師募集中』何て訳の分からないことやってたから、遊び心で受けた記憶があるけど……新手の詐欺かと疑い、警察を呼んで対処してもらおうと思ったがその人達が『カルデア』と名乗った所で警察は手を引いてしまった。結局呼んだ警察からも背広の人達についていくべきだと促され、渋々俺は了承した。

それからと言うもの、兎に角色々な事態に遭遇した。

やれ人類焼却だ、レイシフトだ、マスターとサーヴァントだ─もう余りにも目まぐるしかった。

 

「でも……慣れたものだよなここにも」

 

「?どうしたんですか先輩」

 

「あぁ、いや。ただの数合わせで来ただけの俺がまさかマシュのマスターになって、それどころか色んな英霊を召喚して人理修復目指すとか……前じゃ想像もつかないような事をしてきたんだなぁと思ってさ」

 

「確かに先輩は何の知識もないのに突然魔術の世界に放り込まれた訳ですからね。でも、そんな先輩だったからこそ私も共に成長できたんだと思います」

 

色々事態の中で、ここ『人理継続保障機関・カルデア』で動けるマスターは俺しか居なくなってしまった。

他のマスターは皆とある事故が原因で今もコールドスリープみたいな状態で沈黙している。

 

「そう言って貰えると嬉しいよ。まだまだ未熟なマスターだけど、頑張るよマシュ」

 

「はい!」

 

「……でも、何だかマシュや他の英霊に戦って貰って、自分は後ろから指示を飛ばしたりするだけなんてちょっとなぁ……。俺も魔術師らしく前に出るか?」

 

「いえ先輩。確かに前に出られる魔術師の方は居ましたが、ほんの一部ですよ?」

 

確かにその通りだ。しかも俺は数合わせの為に呼ばれたようなものだし、魔術師としてのレベルは遥かに低いだろう。

戦う魔術師かぁ……あ。そういえば。

 

「マシュ。エミヤの所に行ってみよう」

 

「エミヤ先輩ですか?でしたら今日は夕食の仕込みで食堂に居る筈ですよ」

 

「そっか、今日当番だったんだ」

 

 

 

 

「……で、私の所に来たと」

 

食堂ではアーチャーのサーヴァント、エミヤが食材を切っている所だった。

 

「確かに私が生前魔術師だったことは話したが……そんなに戦っていた訳ではないぞ?」

 

「え、そうなの?おかしいな……他の人からの評価を聞くに相当やってたらしいけど……」

 

「……待て。その他の人とは誰だ」

 

「ん?えっと、アルトリアとメドゥーサと子ギル」

 

そう言うとエミヤは溜め息を吐いて包丁を置いた。

 

「おや?もう調理はお仕舞いですかアーチャー。でしたらそこの余った生ハム等を頂けると嬉しいのですが」

 

「!セイバー。いつからそこに」

 

「『よし、今日も腕がなるな。─投影、開始(トレース・オン)』とその包丁を投影したところからです」

 

我らが騎士王、セイバー、アルトリア・ペンドラゴンが椅子に座っていた。

気付かなかった訳じゃない、多分つまみ食いとかしたいんだろうなぁと思って軽く会釈はしておいた。

 

「マスター。そこのアーチャーは生前マスターとして聖杯戦争に参加していました。その時はサーヴァント相手に投影と強化の魔術で戦ってましたよ」

 

「へぇ。エミヤは生前マスターだったのか」

 

「……余り過去の事は話したくないのだがね。胃が痛くなりそうだ」

 

「別に無理に話さなくても良いよ。あ、そうだこれドクターから貰った胃腸薬。何か最近胃がキリキリするとかで大変だろうから」

 

「別に英霊に薬など必要ないんだが……まぁ、ありがたく頂くよ」

 

最近、色んな英霊が来たからか、エミヤは胃が痛いと言っていた。

サーヴァントも体調を崩すのかとドクターに訊いたら「分からないけど、レオナルドから貰った薬あげるよ。直接効かないだろうけど、元々人間なんだから気持ちだけでも軽くなると思うよ」って言ってたか─あ。

 

「あ、エミ─」

 

「先輩?」

 

「ん?変な味だな……特に喉越しがはぅ!?」

 

「アーチャー!?」

 

「大変だマシュ!」

 

あるドクターの言葉を思い出してマシュに振り返るとやや驚いた様子で目を合わせてくる。

 

「ど、どうしたんですか先輩?」

 

「あの薬……ダ・ヴィンチちゃんから回ってきた奴だ!」

 

「何と言うイベント臭!」

 

「流石デンジャラス・ビーストの嗅覚ですね」

 

「デミ・サーヴァントです!」

 

「ぐぉあああああ!」

 

「エミヤが死んだ!」

 

「この人でなしぃ!」

 

追い付かない!状況に追い付かない!

 

「マスター!アーチャーが……」

 

「うっ……ぐ……………あれ?セイバー?」

 

「アーチャ……シロウ、なのですか?」

 

シロウ?そう言えばエミヤはどう見ても知識や立ち振舞いが日本人だった。なるほど……。

 

「そうだけど……何か前後の記憶が……あ、マスター俺何を」

 

「り、料理……」

 

「!そうだった!急がないと」

 

口調も一人称も変わったエミヤが再び戦場(調理場)に戻る。俺もマシュもアルトリアも唖然としたまませっせと夕食の仕込みでもう話し掛ける隙もない。

 

「……まぁ、何とかなるでしょ」

 

「結局前に出るコツを訊けなかったな……」

 

 

食堂を後にしてトレーニングルームに向かうと筋肉と筋肉と筋肉がいた。

 

「アッセェェェェイ!!」

 

「むんぬぅあ!むぁだまだぁぁぁ!」

 

「ゴォォォォルデン!!」

 

「ここ暑苦しいです先輩!」

 

「フォォォォウ!」

 

「むん?マスター!今日も良い筋肉ですな!」

 

「おお大将。もしかして大将も筋トレのクチか?」

 

「アッセェェェェイ!!」

 

飛び散る汗と漢達の筋肉に対する情熱。

うーむ……ここはまだ俺には早かったようだ。

 

「皆やってるね……実はさ─」

 

 

 

 

「─成る程。マスターも前に出て戦いたいと」

 

「皆ばっかり戦わせるのも悪い気がしてさ」

 

「大将はそのままで良いと思うけどな。ま、大将がそう言うんなら協力するのが俺達サーヴァントじゃん?」

 

「それもまたアッセイ!」

 

「フォッフォウ!」

 

スパルタクスはマスターらしい振る舞いをすると喜んで反逆してくるからかなり気をつかうな……。

 

「マスターはどのような得物が得意なのですか?」

 

「弓と槍」

 

弓が得意な理由はかつてアーチェリーをやってたから。

槍は……ごめんなさい小さい頃に少し習っただけです。でも何もしてない武器よりかはましに扱えるぞ。

 

「成る程。ランサーの私にぴったりではありませんか。では1度に幾つも教えるのは大変ですので槍だけにして他のランサーも呼んできましょう」

 

「……良いんですかレオニダスさん?」

 

「……確かにマスターのお願いとは言え、危険なのは承知しています。ですが本人のやる気を無下にすることはできません。─いえ、正直に申しましょう。マスターが筋肉に目覚めるなら私は大歓迎ですとも!健全な魂は健全な筋肉に宿るのです!マシュ殿も筋肉を付けてマッスルサーヴァントになりましょう!」

 

「デミ・サーヴァントです!」

 

 

そして集まったサーヴァントがレオニダスと兄貴とヘクトール。その3人に槍術を基礎から叩き込まれる。

 

「駄目ですマスター!もっとしなやかに!筋肉のように強靭でしなやかに槍を扱うのです!こぉのよぅに!」

 

「槍に限った話じゃねぇがよ。長物を扱うときは長い分あらゆる距離を掴めなきゃ話にならねぇ。だからどの長さの槍がテメェに合ってるかを調べねぇとな」

 

「オジサンは確かに槍を使うけど、どっちかってぇと投げる方なんだけどねぇ……」

 

それからマシュに心配されながらも3日間、手にマメを作りながらも槍術の特訓は終えた。そこからが、地獄の始まりだった。

 

「ほっ!はぁっ!いやぁぁぁああっ!」

 

「凄いです!先輩が見違えるほどランサーっぽくなりました!」

 

「確かにどこかのドラバカランサーよりかよっぽどランサーらしくはなったわな」

 

「ありがとう兄貴!」

 

「しかぁしっ!マスター!貴方には圧倒的に足りない物がある!」

 

「ぇっと……筋力……とか?」

 

「そのとぉぅりです!どう足掻いても貴方はやはりただの人間。サーヴァントではない故に筋力が足りてない」

 

「でも筋トレはゴールデンと一緒によくやってるよ?」

 

そんな言葉が出てきたが、意味がないのは分かっていた。結局俺はただの人間。サーヴァントと共に前に出て戦うには全てのステータスが足りていないのだ。

でもそればかりはどうしようもない─訳ではない。実際魔術師の中には自身に強化魔術を用いて戦闘力の向上を図ったこともあったらしい。

エミヤ曰く、「とある男が居てな。そいつはとあるキャスターの強化魔術だけでとあるライダーを殺害したことがあるぞ」とのこと。でも俺にそんな優秀な強化魔術は……。

 

「確かに筋肉はついています。ですが足りないのです!なのでこちらのパラケルスス殿に頼んで種火を人用にして貰いました。何やら同じ理系だからか他人の気がしないので」

 

「さぁ、新たな実験を始めましょう」

 

「P!?」

 

「アッセイ!」

 

「スパPじゃない!」

 

しかし何だって!?種火を人用に!?

そんな予測不可能な事、誰がやるものか!だったらまだダ・ヴィンチちゃんの訳のわからない薬やら魔術で身体強化するよ!

 

「面白そうじゃねぇかマスター。ヘクトールも押さえろよ」

 

「へいへい」

 

「ああ!?ヤメテ!らめぇぇぇぇえ!チョコになっちゃぅぅぅぅ!」

 

「それはアーチャーの方です先輩!」

 

「フォーウ!」

 

レオニダスの筋力で開かれた俺の口に角度で色が変わる液体が流し込まれる。

頭を動かすことも出来ない為、喉が呼吸をせんと勝手に液体を飲み込んでいく。

 

「おっ……おぉ!」

 

『大変だマシュ!ぐだ男君のバイタルが急にあり得ない数値を示し始めた!』

 

「ドクター!先輩がパラケルススさんの薬でおかしくなっていきます!」

 

『止めたげてよぉ!』

 

「ぉオオオオ!むん!ぬぅん!」ムキィ!

 

「おお!感じますぞマスター!その溢れんばかりの筋肉の輝きを!」

 

「おお、圧政者よ!」

 

「うわぁ……流石にやべぇ気がしてきた。オジサン部屋に帰ってるわ」

 

「ルーンの方がよかったか?」

 

気付くと俺はシャツがピッチピチの筋肉になっていた。

 

「ドフォーウ!?」

 

「せんぱーい!」

 

それからレオニダスの「キメラに一騎討ち」と兄貴の「矢避けの特訓」とヘクトールの「槍投げ一万本」を経て、俺は遂に種火クエストに乗り出したのだ。

 

 

「で、結果は1体しか倒せず撤退か……まぁぐだ男君がただの一般人だった頃と比べたらとんでもない進歩だよ」

 

「そうですよ先輩。私も負けないように努力します」

 

「しかし人の体に種火かー。流石、対毒スキル:EXは違うね」

 

「フォウ」

 

「頑張ります……」

 

ドクター、マシュ、ダ・ヴィンチちゃんにフォウくんに励まされて気持ちが落ち着いた。体の変化も落ち着いて元に戻ったし、何だかんだ槍術を体得することは出来たから、これからの特異点で役に立つこともあるだろう。

 

「あ、ドクター。そう言えばその種火クエスト先で聖晶石拾ったから召喚してみても良いですか?」

 

「お、丁度良かった。実はこっちでも新たな“縁”を確認できたからそれの確認をしてみたいと思ってたんだ。是非とも頼むよ」

 

「私も同行して良いですか先輩?」

 

「じゃあ折角だし私も行こうかな。どんなサーヴァントが来るか楽しみだ」

 

皆でコタツから抜け出し、温まった体の熱を少しでも無駄にせんといそいそと靴を履く。

 

「次はどんな英霊と会えるのかな」

 

俺が背負った使命はとても大きい。だけど背負った以上投げ出すなんて許されない。

だから俺は前に進む。敵に抗う。

巻き込まれた形とはいえ、俺はマスターなんだから。

 

 

 






ぐだ男のステータスが更新されました ▼


追加スキル 矢避けの加護:C-

擬似宝具 刺し穿つ若棘の槍(ゲイ・ボルク):E

アルスターの光の御子、ランサー、クー・フーリンこと兄貴から教わった必中(笑)の槍。複数のランサーのサーヴァントの教えもあって、もう世界大会なんかも行けちゃいそうになったぐだ男ではあるが、やはり越えられない壁があった。
兄貴が何かの怪物の骨に、ルーンを込めて作った槍は兄貴のに遠く及ばないが、英霊でもない人間が用いるには充分すぎる代物だ。種火クエストより弱めのエネミーだったら心臓を貰い受ける事も出来る。……かもしれない。


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Order.2 ぐだ男、やらかす



このままのテンションがいつまで続けられるか……


そう言えばバレンタイまであと少しですねー。




 

 

 

「ドクター、ドクター。1つ質問が有るんですけど」

 

「ん?なんだい?」

 

「カルデアの召喚システムって触媒とか無いランダムなんだよね?」

 

「そうだね。だけど全くランダムな訳じゃないよ。前に少し話したけど、君達が特異点で得た“縁”が関係してくる事もあるんだ。この間も、いつの間にか鬼ヶ島に居てそこで会ったセイバーのサーヴァントを召喚しただろう?」

 

鬼ヶ島で出会ったセイバー……“彼女”は名を新免武蔵守藤原玄信、つまり日本で有名な剣豪・武蔵と名乗った。

当然、武蔵と言えば佐々木小次郎と戦った二刀流の男であるのだが、彼女曰く、「え? こっちの世界だと武蔵って男なの? しかも凄い有名なんてびっくり!」とのこと。

史実とは違う武蔵の彼女ではあるが、実力は本物のようだ。因みにアルト……謎のヒロインXは「あんなに斬ってみたいと思う相手は初めて」と笑顔で言われたのが原因か、X最後の砦、二刀流に踏み込んできたセイバーなのに避け気味だ。とある着物のセイバーと同じ気配を察知したか……。

 

「だからそう言うこと。触媒にせよ、午前2時召喚にせよ何かをしても無駄じゃないって事さ」

 

「じゃあ、召喚するときにカバディをしたらカバディの英霊が来ますかね?」

 

「カバディ!?」

 

「知らないんですかドクター?カバディとはインドの国技で─」

 

「いや、知ってるよ!?ボクが言いたいのは何でカバディなのかって!」

 

「カバディカバディカバディカバディカバディカバディ……」

 

「ぐだ男君狂化入ってるね!?」

 

何となく、夢で誰かがどこかの学校の本棚でカバディの本を興味深そうに読んでるのを見たのを思い出したんだ。

実際今日の朝、カルナにカバディの事を訊いたんだけど─

 

「ほぅ、マスター。カバディを知っているのか?」

 

「ちょっとだけね。でもどんなのか見たことが無いから、インドの英霊であるカルナなら知ってるかなって」ムキィ

 

「あぁ。知っているぞ。カバディとはインドの国技であるのだが、紀元前から狩猟方法として存在していたそれがスポーツとして変化したものだ。ルールの基本を作ったのは二大叙事詩の1つ『マハーバーラタ』の一記述だな。その事もあって俺達インドの英霊にも関わりが深いものだ」

 

「へぇ……そうだったのか」ムキィ

 

「実際、俺がかつて召喚された所ではカバディの英霊も居た。いや、俺は直接見ていないのだが強い力を感じたのを覚えている。もし相対していたら俺も危うかったかも知れないな」

 

「居るんだ……成る程。ありがとうカルナ!」ムキィ!

 

─と言う事があったから物凄く気になったんだ。

 

「あのカルナさんが一目置くサーヴァント……」

 

「面白そうだねぇ。フォウはどう思う?」

 

「……ナァン」

 

「食べ物!」

 

「うーん……まぁ、あのカルナ君レベルのサーヴァントが危ういって言う程だから相当強いんだろうね……。確かに来てくれるのであれば心強いことこの上無い!よしぐだ男君、早速カバディ召喚だ!」

 

「はいドクター!」

 

召喚システムを起動させ、周りのスタッフやマシュを巻き込んでカバディを開始する。

 

「「カバディカバディカバディカバディカバディ……」」

 

「あの……これは本当に意味が─」

 

「しっ。駄目だよ。男には時に理解を越えたテンションが宿るものなのさ。女同士、温かく見守ってやろうじゃないか」

 

「ダ・ヴィンチちゃんは男ですよね!」

 

「フォウ!」

 

「来た!サーヴァントが召喚されるぞ!ラストスパートだ!」

 

「はいドクター!」

 

「「カバディカバディカバディカバディカバディ!」」

 

光輪が黄金色に輝き、3つに別れた後収束する。

……来る!

 

「「カバディィィィィィィィ!!」」

 

「……ふん。復讐者、ゴルゴーンだ。うまく使うが……何をしている?」

 

「─」

 

光が弾けた後、現れたのは此方を見下ろすような様子で、バイザーをつけた女性がそこに居た。

彼女は知っている。名乗った通り、復讐者(アヴェンジャー)のサーヴァント、ゴルゴーンだ。本来ならば召喚される筈もない正真正銘の怪物なのだが……成る程。今回の縁は第七特異点での出会いか。

正直、カバディの英霊が来なかったのはガッカリだが、それにも劣らず強力なサーヴァントだ。ただ彼女がちゃんと力を貸してくれるのだろうか……?

 

「ぐだ男君……ノーカバディだったね」

 

「はいドクター……ノーカバディ・イエスバビロニアです」

 

「……やはり私を呼んだのは貴様だったか。まぁ良い。貴様をうまく使ってやるし、貴様も私をうまく使ってみせろ。どちらが先に末路を晒すか見も─」

 

「あ、もしもしステンノ?今ね、そっちのメドゥーサよりおっきいメドゥーサが来たんだけど、何か会いたいって言うから来てくれない?」

 

「貴様ッッ!?天性のサディストか!おのれ……私は逃げる!覚えていろマスター!」

 

やはり姉様達には勝てなかったか……。物凄く焦った様子のゴルゴーンがやや情けない女走りでどこかへと駆けて行く。

 

「もうぐだ男君にうまく扱われてるじゃないか」

 

「さ、流石先輩です」

 

「……ノリでやっちゃったけど、大丈夫かな?」

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……おのれ。召喚早々姉上達を近付けて来ようとするとは……。覚えていろマスター」

 

「うふふ……楽しいわ、とっても。ねぇ?(エウリュアレ)

 

「えぇ。勿論よ(ステンノ)

 

「ひっ!?」

 

まだ召喚されたばかりでカルデアの構造を知らないゴルゴーンが突き当たった行き止まり。そこでゴルゴーンはこんな姿になっても尚、苦手な姉2人に壁と挟み撃ちにされてしまった。

 

「ね、ねね姉様っ……」

 

「まぁ、見てみなさいメドゥーサ。貴女よりも大きな貴女が居るわよ」

 

「め、メドゥーサ……ほんの少し、私より軽やかだな……」ボソッ

 

「あら?(ステンノ)、この子ったら自分を見て体重を気にしてるわよ?」

 

「ぃえっ!?ちが、そんなのではありません下姉様!」

 

「私……こんなに大きくなるんですね……はは」

 

(メドゥーサ)!?」

 

ライダーのメドゥーサも未来に瞬きの間にでも存在していた完全な化け物となる前の姿をみて、主に体格に対して乾いた笑いを漏らしている。

 

「ねぇ、(エウリュアレ)?こっちのメドゥーサも“美味しい”のかしら?」

 

「どっちも味わってみるのはどうかしら?」

 

「「ひっ!?」」

 

ライダーとアヴェンジャーの2人が更に怯えた様子でこれから来るであろう、吸血に身を強ばらせる。

 

「くっ……私は逃げる!」

 

「あちょ─!」

 

アヴェンジャーがライダーの自分を盾にして、素早い動きで狭い通路を蛇の如く逃げ出す。

自分を盾にして自分は逃げるなんて訳のわからない行動が出来るサーヴァントもそうそう居まい。

 

「逃げられると」

 

「思ったの?」

 

「「駄メドゥーサ?」」

 

「「あ、あぁ……いやっ─ああぁぁぁぁっ!」」

 

 

「お休みなさいおかあさん!」

 

「おう、お休みジャック。アリス(ナーサリー・ライム)とリリィにもお休み言っておいて」

 

「はーい」

 

夕食も終えて、ゆったりとした時間に入る。

ある者は風呂へ。ある者は再び鍛練に。ある者は床につく。

ぐだ男が風呂に向かおうとしていると、どうやらもう寝るらしいアサシンのサーヴァント、ジャック・ザ・リッパーが廊下を駆けていった。

カルデアの中でも幼い彼女ら、ナーサリー・ライムとジャンヌ・サンタ・リリィは仲が良い。故に部屋は3人で一緒なのだ。

 

「……ジャックもパンツ丸出しで恥ずかしいなら着替えれば良いのに……」

 

「お?ぐだ男君。君も今からお風呂かい?」

 

「あ、ドクター。ってことはドクターもですか?」

 

「うん。さっきスタッフ同士でジャンケンして順番を決めたんだ」

 

カルデアでは基本自室にシャワールームはついている。だが、もっと大きな風呂に入りたい!と言う人向けに大浴場も設けられている。

最近はサーヴァント達の憩いの場ともなっていて普段では出来ないような同性同士での話などが出来る。ぐだ男はそう言った男同士の忌憚のない空間が好きで良く入っているのだ。

 

 

 

 

 

「お?マスターじゃねぇか。どうだよ体の調子は」

 

「うん。お陰様で元気。ちょっと節々が痛むけど」

 

服を脱いでいざ男湯に入ると、湯船に浸かって脚を伸ばしたクー・フーリンや黄金の風呂に入って愉悦そうな弓の方のギルガメッシュ。サウナで我慢比べをしている電気組2人に炭酸風呂でじっとしているハサン(呪腕)等、多くのサーヴァントが疲れをとっていた。

 

「しかしここも大分変わったなぁ」

 

「そりゃぁそうですよ。何たって子ギルと弓ギルが珍しくレジャー施設の開発に意見が一致して作られたやつですからね。明日あたり暇だったら『わくわくざぶーん』にでも行ってくるかなぁ」

 

「あれ?マスターにドクター。ここら辺でランサー見てないか?」

 

「それならあそこに居るよ」

 

「ありがとう」

 

と、そこにタオルを腰に巻いたエミヤがやって来た。

……なんだかあの危険ドラッグを飲んで以降、何時ものようなキザな口調は無くなって礼儀正しくなって顔付きも変わった気がする。いや、変わってる。

 

「あ?何だよ坊主」

 

「さっきスカサハさんが探してたぞ。何だかお前がマスターに作った槍について話したいってさ」

 

「げぇ……何だよまったく……」

 

「早く行けよ?風呂出た所の自販機の前で待ってるってさ」

 

「へいへい」

 

でも一部のサーヴァントにはあのように大分砕けた様子で接している。

しかしクー・フーリンの作った槍で師匠に呼ばれるなんて何があるのだろうか。

 

「よぉマスター。……ほぉ、随分良い体つきになったじゃねぇか。どうだ?今なら殴りあえるんじゃねぇか?」

 

「流石に無理かなぁ……ごめんベオウルフ」

 

「ハッハ!気にすんな。また種火飲む時まで我慢してるからよ」

 

風呂に入る前に軽く体を流していると背中をベオウルフに叩かれた。

ベオウルフはバーサーカーなのにマトモな会話が可能な出来るサーヴァントだ。何かと殴り合いに持ち込みたくなるのは、生前グレンデルの腕を素手で引き千切って撃退した事が原因とみられる。

 

「「はぁ~~~」」

 

いよいよ湯に浸かってドクターと一緒に息をもらす。

 

「いやぁ……やっぱりお風呂は良いものだねぇ」

 

「そうですねぇ……」

 

「……ねぇ、ぐだ男君。あそこにいるオタクとぬいぐるみは放っておいて良いのかな?」

 

「……そうですねぇ……」

 

ここは数少ない憩いの場。男湯の壁に張り付いて何かやってる黒髭(エドワード・ティーチ)熊のぬいぐるみ(オリオン)とかいうこれから問題しか起こしそうにないサーヴァントとは出来れば関わりたくないんだが……仕方ない。これもマスターとしての仕事の内だ。

 

「……令呪を以て命ずる。貴様らは霊基還げ(マナプ)─」

 

「まままま待つのでおじゃる!」

 

「れ、冷静に考えろ!ここで今俺を霊基還元したらオリオンとして現界してるアルテミスまでメロンゼリーになっちまうんだぞ!?」

 

「オウフ……オリオン氏、拙者の事はノーカンでごさるか」

 

「まったく……どうせ隣の女湯を覗こうとしたんでしょ?絶対痛い目にしかあわないから」

 

「ナメてもらっては困りますぞぐだ男氏!拙者達はこれを発見したのですぞ!」

 

物凄いテンションで立ち上がった黒髭の手には幾つかの聖晶片があった。

どういうことだ?聖晶は文字通り見た目通り聖晶石の欠片。7つ集める事で聖晶石1つに復元させることができる代物で、特異点でちょくちょく拾える。最近特異点に行っていない筈の黒髭が何故掌に聖晶片を?

 

「実はな……この壁にはギルガメッシュがどこからか持ってきた建材が使われているんだが、それに聖晶石や聖晶片が混じってることが分かったんだ」

 

「なん……だと……!?」

 

「であるからして、拙者達がこうして誤解をされると分かっていながらも、ぐだ男氏の為にと掘っていたんですぅ。そこんとこお分かりぃ?ま、どーせ拙者達が覗くような事をしてると思われる事も分かってましたしぃ?」

 

「ぐ……すまない黒髭!俺は……」

 

確かにカルデアで問題を起こすサーヴァントと言えば、黒髭、オリオン、パラケルスス、カエサルの4強。更に最近はジャンヌが増えてきたせいか、術ジルも加わりつつある。そんなサーヴァントととは言え、自分と契約を交わしてくれた仲間だ。その仲間を疑って、あろうことか令呪でメロンゼリーにしようとしたなんて、俺はなんて馬鹿なマスターなのだろうか!

 

「分かってくれたかマスター」

 

「ぐだ男氏、拙者達は何も怒ってはありませんぞ。さぁ、共に聖晶石を手に入れようではありませんか」

 

「黒髭……オリオン……!うぉぉぉぉ!俺もやってやるぜ!」

 

壁は一部塗装が剥がれており、そこから掘り進めていたのか幾つもの穴がみられる。

壁はまだまだ厚さがあるし、少しくらい聖晶石欲しさに掘っても構わんだろう!

 

(デュフフフwwまんまと騙されましたなぐだ男氏!全ては計画通り!マスターという絶対上司を盾にすれば、作戦失敗時の拙者達へのダメージは軽減!さらに、好きな幼馴染みがうっかり着替え中に部屋に入ってきてしまって慌てて出ていこうとする幼馴染みを意識したあまり、引き留めてしまってそのまま眼福な時間が訪れるように、女湯の女性陣もうっかりぐだ男氏を引き留めてしまうこと間違いなし!その間に拙者達は至福の時を得るのでおじゃる!)

 

(カルデアにはナイスバディな女の子が多いから困らないぜ!)

 

「あ、お巡りさーん。あの人達です。壁に穴を空けて女湯を覗こうとしてる輩は」

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

「「「!!!???」」」

 

鉄杭片手に掘り進めようとした時、背後から凄まじい気配を察知して思わず3人揃って振り返った。

そこには呆れた様子の子ギルと、もう殆ど破けてしまっている警察の制服を着た(?)ヘラクレスが雄叫びをあげていた。い、いかん!完全に誤解されている!

 

「ま、待つんだ!俺達は悪くない!誤解なんだ!」

 

「はぁ……。犯人は皆そう言うんですよね。やっちゃってくださいバーサーカー」

 

「■■■■■■■■■!!」

 

「ウゴァ!!?」

 

「デュクシ!!」

 

「んごほぉっ!!」

 

令呪など間に合う筈もなく、俺達は殴られて壁に叩きつけられる。

俺は壁と黒髭(と黒髭に握られたオリオン)に挟まれて身動きがとれない。しかし効いたぁ……!あと数時間、種火を飲まされるのが遅かったら重傷だった!種火の余韻も長い!

 

「■■■■■■■!」

 

「あ!駄目ですよバーサーカー!」

 

「「「らめぇぇぇぇえ!」」」

 

全身にとてつもない衝撃が走った。

骨が軋み、肺が潰されて苦悶の声と共に息を吐き出してしまう。このままではぁぁぁあ!!

 

─ビシッ!

 

刹那、背中の方から嫌な音がした。俺の骨が折れたような音ではない。……壁が壊れる音だ!

 

「おのれおのれおのれおのれおのれおのれ!!」

 

「ぐだ男氏ぃぃぃ!た、助けて下され!」

 

無理に決まっている!ヘラクレスは押してくるのを止めないし壁も確実に─

 

「「「あ」」」

 

「■」

 

「─っはあっ!」

 

不意に体への圧力が軽くなって背中から倒れる。

最悪の事態が訪れてしまった……!

 

「「「マスター!?」」」

 

「……ぅあ……っつ……」

 

崩れた壁の方からと頭の方、両方から俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

あぁ、不味い。頭を打ったからか意識……が。

 

「マスターを引っ張ってくださいバーサーカー!」

 

「……」

 

「あちゃー。流石にバーサーカーも女湯に入ると12回以上殺されそうか……」

 

「ぐだ男氏!拙者と拙……わっ……!…………う………」

 

もう駄目……助け、て黒髭……ここの刺激は俺には強……い……。

 

 

 





カバディの英霊はEXTRAで図書室にいたモブマスターがスポーツ関連(カバディの公式ルールか何かが載ってました)の棚の前にいつも居たので、きっとこいつはカバディ関係のサーヴァントなんだ。と妄想していてどうしても出してみたかったんです。
まぁ、召喚されるようなことはありませんが。


ぼくのかんがえたさいきょうのさーばんと。


クラス:ルーラー


真名:カバディ

・ステータス
筋力:B
耐久:C
俊敏:EX
魔力:A+
幸運:B
宝具:EX

身長:168cm
体重:61kg
性別:男

時代:紀元前~現代
地域:インド

「願いなど私にはありません。何故かルーラーのクラスを与えられただけです」


・クラススキル
陣地作成:B・・・スポーツとしてコートを使用する事に由来。キャスターのそれとは多少違い、彼の陣地はコートとなり敵感知力が増す。

神性:C・・・紀元前から存在し、マハーバーラタから基本ルールをとった事や一部のマニアが「インドやべぇなw」と何故か信仰しまくったことに由来。

対魔力:EX・・・何故かついてきた。

単独行動:B・・・試合の攻撃側でレイダーがあることに由来。レイダーとは1人で守備側(アンティ)のコートに入って「カバディ」と連呼(キャント)しながらアンティをタッチして自陣に戻ってくる得点取り。


・保有スキル
キャッチング:B・・・アンティがレイダーを自陣に戻るのを阻止する妨害行為。主に胴体をつかまえたりする。よってこのスキルは単純なスタンスキル。成功率はマチマチ。



宝具 戦いの時だ、声を上げよ(カバディ):EX


ベクトルが違う信仰によって、ナーサリー・ライムのように1つの概念として成立、“一部マニアの英雄(?)”としてサーヴァント化した概念英霊である。
よって、真名及び宝具名は競技名となっている。この宝具も固有結界であり、発動すれば周囲に展開。
15秒毎に囚われた相手の全ステータスが1つずつランクダウンしていき、逆にルーラーの全ステータスが1つずつランクアップしていく。抗うには「カバディ」とキャントしながら7人に増えたルーラーを倒さなければならない。それだけなら対多攻撃法を有するサーヴァントであれば大した驚異ではないのだが、カルナを唸らせる理由は他にある。
それは結界に囚われた時点であらゆる宝具・魔術・スキルが無効化される第二効果だ。よって、どんなに宝具が強いサーヴァントであっても、己の身1つで戦わなければならなくなる。
クラススキルこそ無効化されないが、ルーラーの俊敏値がEXな時点で抵抗力としては弱い。
突破するとしたら、ルーラーを上回る俊敏値と攻撃力をもった肉体派でなければならない、訳のわからない宝具。



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Order.3 お風呂は良い文明


ボブミヤが実はガンナー枠で出るのではないかと思い始めた。




 

 

 

 

 

「……っあ……ぁ!まずい!」

 

どのくらい気を失って居たのだろうか。覚醒したばかりで上手く回らない頭で状況を直ぐ様整理して、自分のおかれた状態を理解する。

そうだ……俺は男湯と女湯を分かつ壁の破壊に巻き込まれて最悪の事態……つまり、女湯へと放り出されてしまう事になってしまったのだ。

 

「いつっ……!タオル……は大丈夫か」

 

「お体は大丈夫ですかマスター?」

 

「ん?あぁ、少しあたほわぁぁぁぁあああ!!?」

 

お、おおおっぱ─

 

「─っぶなぃ……思わず口にするところだった」

 

「何を口にするところだったのですか?」

 

「あわっ!らら頼光さん!?」

 

腰のタオルの無事を確認してから起き上がろうとしたときに目にしたのは、たいそう柔らかそうな2つの大果実……いやいや、そうではなくっ!バーサーカーのサーヴァント、源頼光が俺の顔を覗き込んでいた。それだけではない。今俺は頼光さんに膝枕をされている状態にある。

 

「ご、ごごごごごごめんなさい!!」

 

起き上がろうにも柔らかなそれに当たってしまうので横に転がって頼光さんから離れる。

残念ながら(?)素肌ではなく胸から太股まで下ろされたタオルの感触だったが、俺には刺激が強すぎるっ!

うぅ……どこに目を向ければ。

 

「せ、先輩……あの……大丈夫、ですか?」

 

「うひゃあっ!ま、マシュか!?ちょ、ま、ごめっ─すぐ出るから!」

 

転がった先には湯船があり、そこにはマシュマロを浮かべたマシュが上気した様子で心配そうにしていた。

嗚呼、終わった。俺はこれから変態の称号を付けられて皆からの信頼も失ってしまった……もーソロンモさんとかどうでも良くなった。早いとこ聖杯拾ってこの事態を無かったことにしないと……。

 

「─ってあれ!?壁塞がってるんだけどぉ!?」

 

「えぇ。塞ぎましたわ、ますたぁ」

 

「んひぃっ!き、きよひー!」

 

「清姫さん!先輩が困っているので離れてください!」

 

「あぁ、とっても固いですわますたぁ」

 

「ご、誤解を招きそうだから止めて!!」

 

タオルに注意して立ち上がる。と、不意に腰に後ろから手をまわされ、腹筋を撫でてくるきよひーことバーサーカー、清姫からも離れて壁際に走る。

さっき穴が空いた筈の壁は瓦礫が詰め込まれていて……これは邪ンヌの旗だろうか?穴があった場所を隠すように引っ掛けられている。

 

「帰れないじゃん!」

 

「あら、帰すつもりはありませんよ」

 

「なんでさ!」

 

後ろからきよひーが迫ってくるのを感じながら壁を伝って出入り口を目指す。女湯であっても構造は男湯とさして変わらない。

 

「なんだいマスター。女の1人抱けないなんて情けないねぇ」

 

「ドレイク船長!?や、あのっ……兎に角出るんで!」

 

「お?なんだご主人。もう出ていってしまうのか?キャットはご主人に背中を洗ってほしいぞ?」

 

「キャット!?いや、悪いけど……」

 

ドレイク船長は湯船に浸かっていたらしいから万が一見てしまっても─ってそれは失礼だな……。

それは兎に角!キャットは裸エプロンでいつも刺激強めなのに今はタオルすらつけてないだと!?しかも犬の手足はどうした!

 

「ふぅむ。やはりウブなご主人には刺激が強すぎたな。という訳でアタシはご主人の体を洗うしかないな」

 

「待って!」

 

湯けむりが良い仕事してくれてるから、何とかキャットの顔を見て話を出来るが……たわわに実った果実が迫ってくりゅう!てか力強っ!流石筋力:B+か!

 

「うっぐぅぅぅ!」

 

「キャットさん!流石にまずいと思います!」

 

「ご主人とじゃれあいたいと思うのは獣の本能故な」

 

「わ、分かったから!先ずは髪の毛から洗おうな!?」

 

「先輩!?」

 

言うとキャットは満足そうに俺の腕を引っ張って洗い場に座る。赤いリボンを外して下ろしたピンクの髪の毛がいつもと違う雰囲気を醸し出していて少しドキッとする。

しかし猫は水が苦手じゃないのか?ぁいや、キャットは狐だし犬だし……?哺乳類ってこと以外分かんないな……。

 

「それでは頼むぞご主人」

 

「それは良いんだが……耳は大丈夫なのか?」

 

「先輩順応早いです!」

 

「気にしたら負けだぞ?耳はオリジナルと同じく4つある故な。それは飾りだ」

 

「嘘っ!?」

 

「嘘だ!……んっ。くすぐったいぞ」

 

鏡で見えるキャットの頬は風呂に入っていたからか、ほんのり上気しているようだ。目にシャンプーが入らないように目を瞑った様子が何だか可愛く見えてきた。

まぁ、キャットは元々動物みたいなもんだからしょっちゅうスキンシップ求めてくるし、どっちかって言うと女性サーヴァントの中ではかなり慣れてる方かなぁ。

 

「はい、終わったよ。流すぞー」

 

「んー……ありがとうなのだご主人。後で毛繕いも頼むぞ。ところでご主人は何故ここに居るのか気になるキャットであった。もしやご主人も野生に目覚めたか?」

 

「(髪の毛洗って満足したからか体を洗う事忘れてて助かった)そんなのじゃないよ。なんかキャットのお陰で落ち着いたよ。ありがとな」

 

「おうさ。ご主人の役に立ててキャットは嬉しいぞ」

 

「じゃあこれで」

 

「ますたぁ。次はわたくしをお願い致します」

 

「母の髪もお願い出来ますか?」

 

「あ、あのっ……私もお願いします先輩……」

 

「お風呂は良い文明。だが混浴は悪い文明」ギャルルルルル!

 

「もう勘弁してくれぇぇぇっ」

 

もう無理だ。これ以上ここに居たら大変な事になる。

ここは勢いが大事だ。走るんだ俺!

 

「おおおおお!」

 

「あ、いけませんわ。ますたぁの足元に石鹸が」

 

ツルン!

 

「なんでさぁぁぁぁぁああ!!」

 

「きゃあ!」

 

盛大にコケて湯船に頭から倒れる。誰か巻き込んだ希ガス─おや?何か掌に柔らかいものが……。

 

「……ちょっとマスター。早く退かないとデュヘイるわよ?」

 

見上げれば邪ンヌ。顔を真っ赤にしてワナワナと震えた様子で目を瞑ったまま眉を険しく寄せている。ってことはこれは……!!

 

「じ、邪ンヌ……!ごめん!」

 

「先輩最低です!!」

 

「なんでよりによってアンタが……怪我をしたくなければとっとと失せなさい」

 

あれ?

問答無用でデュヘイられると思ったのだが……何だかいつもよりも大人し目な邪ンヌだな。胸だって触っちゃったのに─い、いかん!今の感触は思い出すだけでアカンことになりそうだ!

 

「って、あれ?血が……」

 

「……ちょっと何してんのよ?早く出ていって─」

 

「……血の匂い!マスター、すぐに治療を!脳に異常が無いか切開して調べます!今すぐに!」

 

「ナイチンゲールさんそれでは逆に死んでしまいます!」

 

ナイチンゲール……胸デカいなぁ。そんなに走ったらもうバルンバルンして目が回っちゃうよ……。

っとと、立ち上がれない……ごめん邪ンヌ。ちょっと肩貸して。

 

「ひゃっ!?ちょ、ちょっと何してんのよ!?いくらアンタでも……え?血?……ま、待って!起きなさい!」

 

「先輩!」

 

「ますたぁ!」

 

 

─あれ?ここは?

 

「ぐだ男君の様子は!?」

 

「駄目ですね。脳の損傷が大きくてどうしようも出来ません」

 

「そんな……先輩!戻ってきて下さい!」

 

「どうにかならないのかい!?」

 

「……1つだけあります。マスターを改造人間にするのです」

 

「改造人間……!?物凄くライダークラスの適性が高くなる気がするけど……な、何でも良いからやってくれ!」

 

「ではまず消毒から。皆さんはここから出ていって下さい」

 

─改造人間?ライダー?ってちょっと待て!俺は生きてるから!生きてるからぁぁ!

 

「先に頭を切断しましょう」

 

ドゥルルルン!……ヂュィィィィィイイイ!!

─うわぁぁぁぁぁああああ!!

 

 

 

 

 

「と言う夢を見た」

 

「先輩が気絶している間の出来事としては強ち間違えてないですが……無事でよかったです先輩」

 

「頭の怪我だけで済んで良かったよ。何か皆パニックになっててさ(何にって、ぐだ男君の体を切開しまくろうとしたことにだけどね)」

 

「あはは……ありがとうございます。ナイチンゲールもありがとう。お風呂でゆっくりしてたのにこんなことになって……」

 

「大丈夫です。看護婦として怪我人が出れば当然の事です」

 

戦う看護婦は頼もしいなぁ。と、そうだ。

 

「あと、ナイチンゲールもマシュもごめん。黒髭達に半ば騙されたとは言え、こんなことになっちゃって……。もう俺は覚悟を決めたんだ。さぁ、思う存分罵倒して軽蔑してくれ!」

 

「先輩……」

 

黒髭達の事はついさっき聞いた。

黒髭はヘラクレスに締め上げられて金箱になる寸前にゲロ(白状)し、オリオンも小さな体が引き裂ける寸前で泡を吹きながら答えたそうだ。どうやら壁には聖晶石も聖晶片も含まれていなかったらしい。

まったく……今度レオニダス・ブートキャンプに放り込むか。……いや、それでは懲りないだろう。ここは一度、スプリガンの守護者の闘気×5クリティカルを叩き込ませてやる。無理矢理戦闘続行をつけて死ねぬ苦しみと恐怖を今一度霊基に叩き込ませるのがベストだな。

まだだ……まだ足りない!アルテラのマルスの剣をギャルギャル回転させたので奥歯から1本ずつ神経まで削り、ゼロ距離でエリザの生歌聴かせて─

 

「先輩が何か恐ろしい事を考えてるみたいです……」

 

「きっと元凶の事だろうね。おーい、帰ってこーい」

 

「─っあ。ドクター?」

 

「まだ意識が朦朧とするようなら休むのが良いよ。他の皆には僕とマシュで大丈夫って伝えておくから」

 

「ありがとうございます。正直頭がまだふらつくんで……」

 

「やはり一度脳を見た方が良さそうです。大丈夫。貴方は命を奪ってでも救います」

 

「大丈夫!明日になっても具合が悪かったらお願いするから!おやすみ!」

 

「はは。じゃあ行こうかマシュ」

 

「はい。先輩、おやすみなさい」

 

「おやすみー。ナイチンゲールも休むこと!休息はたとえサーヴァントであっても必要なの!」

 

有無を言わさず布団を被る。もう俺は喋らないぞサインだ。このままではナイチンゲールに重傷を負わせられかねない……実際頭も痛むし色々疲れた。

明日はゆっくりしよう。迷惑かけた皆にも謝らないと。

 

 

翌朝は些か良い目覚めとは言えなかった。いや、毎朝言えることなんだけどね……。

 

「……8時か。痛って」

 

……後頭部が痛む。タンコブ出来てるなぁ。

 

「フォーウ」

 

「お?フォウ君おはよう。今日も毛並みが綺麗だね」

 

「フォウッ。キュウ」

 

毎朝俺が起きる頃に部屋にやって来るフォウ君。

布団の上に飛び乗ってきたフォウ君を抱き上げて顎の下を撫でてあげると気持ち良さそうに体を伸ばす。ここがエエんか?ここがエエんか!

 

「ンキュッ。フォウ」

 

「ん?朝御飯?あー、忘れてた」

 

「フォウ」

 

フォウ君をベッドに下ろしてカルデアから支給される魔術礼装─要するに制服だ。それをちゃっちゃと着る。何だか最近キツくなってきた気がするから大きめの貰わないとなぁ。

 

「……よしっ。行こー」

 

「フォーウ」

 

 

カルデアの朝昼晩御飯タイムはとても賑やかだ。何せ100を超す英霊達も集まるのだ。たまに騒いだりする奴も出てくるけど、雰囲気は高校の学食のそれにイメージが近い。

 

「シロウ。お代わりです」

 

「待ってセイバー。今やるから」

 

「エミヤ、私にもお願いします。可及的速やかに頼みます」

 

「ちょっと待ってくれランサーのセイバー」

 

「もっきゅもっきゅ」

 

「皆おはよう」

 

「フォーウ」

 

食堂に着いた。ならば先ずすることはどんな英霊であれ、挨拶だ。一応俺は皆のマスターと言う立場である以上、それに相応しくない行動はとりたくない。

勿論、あまりマスターらしくするとアッセイされる危険もあるので程ほどに。

 

「起きたかマスター。今日は味噌汁があるぞ。やはり和食は良い文明だ」

 

「おはようアルテラ。昨日はごめん」

 

「詳細は聞いた。やはり黒髭達は悪い文明。マスターは悪くはない。だが、気を付けた方が良い」

 

「ありがとう」

 

その黒髭とオリオンは今は食堂に居ないみたいだ。もう食べ終わって出ていったのか、昨日のダメージから復帰できていないかあるいは……。

 

「おはようぐだ男君。ちょっと良いかな」

 

「おはようございますドクター」

 

「おはようございます先輩。フォウさんも先輩のところに居たんですね」

 

「フォウッ」

 

朝食を半分ほど摂り終えていたドクターに手招きされてマシュの隣に座る。こうして呼ばれると言うことは、今日のわくわくざぶーんは諦める必要がありそうだ。

寝起きでややボケている気持ちを切り換え、ドクターと面向かうと予想通り、特異点の話が出てきた。

 

「実は今日の5時頃、小規模ではあるけれど特異点が観測されたんだ。詳細は2000年代の日本である事以外は一切不明」

 

「……イベント開催?」

 

「何を言っているんですか先輩?まるで何かのゲームみたいに」

 

「ごめんごめん。それで、危険度としてはどのくらいありそうなんですか?」

 

「そこまでの危険は無いとは思うけど、異質なのは確かだ」

 

2000年代の日本……兎に角、それに聖杯が関わっている筈だし原因究明と聖杯回収は行わなければならない。異質であると言うなら充分な対策をして向かうとしよう。

 

「分かりました。俺は準備さえすればいつでも」

 

「助かるよ。だけどこちらももう少しだけ観測に時間を掛けたいから……午後一でお願いできるかい?」

 

「はい」

 

何だか唐突に嫌な予感がしてきたけど……大丈夫だろう。

 

 

9時。

朝食が終わり、俺と他のサーヴァント達の皿洗い当番が終わってから解散する。と、廊下でスマホ片手に壁に寄りかかってる邪ンヌを見付けた。丁度良い。

 

「邪ンヌ。ちょっと良い?」

 

「あら、何か用?」

 

「あぁ。昨日の事なんだけど……その、本当に申し訳ありませんでしたぁ!」

 

「……」

 

膝で杭を打ち込むかの如く床を鳴らし、歌舞伎の拍子木で床を叩くように強かに掌をつけ、額が割れるのも構わず硬質なカルデアの床に叩き付けた。

 

「……何がよ」

 

「え……えと、その……胸を揉ん……だ事です……はい」

 

頭蓋全体に伝わった激しい震動に堪えながら邪ンヌの問いに答える。あの場での一番の被害者は紛れもなく邪ンヌだろう。

アヴェンジャーであれ本来存在しない筈のサーヴァントであれ、彼女が1人の少女である事は変わりない。それなのに俺は裸を見、胸にも触ってしまった。否、揉んでしまったのだ!

んんっ。兎に角、謝っても許されない事は覚悟している。それがたとえ契約を切られるにしてもだ。

 

「えぇそうよ。アンタは私の胸を鷲掴みにしたのに飽き足らず揉んだ。それはちゃんと理解してるようね」

 

「いづっ……!?」

 

未だ痛む額を擦り付けていると後頭部に金属がぶつけられる。これは邪ンヌの足か。今俺は土下座状態で邪ンヌに頭を踏みつけられていると言うことか。普通ならとてつもない屈辱だろうが、昨日の邪ンヌに比べれは対したことなど!

 

「ところでどんな気分?土下座で頭踏まれるってアンタ達にとっては相当な屈辱でしょう?」

 

「……胸を触られた邪ンヌに比べればこの程度……これでも収まらないなら何をしたって良い。それで邪ンヌが満足するなら」

 

「っ……」

 

俺は床しか見えていない為、邪ンヌの様子はよく分からないが、何か驚いたような雰囲気で俺の後頭部から足を退けた。

 

「バッカじゃないの?聖人ぶらないでちょうだい」

 

「でも……」

 

「……何でもって、言った?」

 

「え?あ、あぁ。そうだけど……」

 

突然の切り出し。確かに何をしたって構わないとは言ったけど……。俺に出来る範囲であれば嬉しいかなぁ、なんて。

 

「じゃあ良いでしょう。ついてきなさいぐだ男」

 

「え?」

 

「早くして下さい。アンタがそのまま頭を垂れていると私が何かしたみたいに勘違いされちゃうでしょう」

 

言われ、急いで立ち上がると既に歩きだしている邪ンヌの背を追いかけた。

 

 

そして午後。軽く昼食を摂ってから管制室に行くと、既に慌ただしくカルデアのスタッフ達がレイシフトの準備をしていた。

 

「来たかぐだ男君。早速だけど軽くブリーフィングをしよう。マシュも来てくれ」

 

「はい」

 

「ドクター。あれから何か分かったことでもあったんですか?」

 

「それが全然駄目で……でも安全な場所にレイシフト出来るようにはしたから、行って早々敵と遭遇なんてことは無い筈だよ。けど油断しないでくれ」

 

「分かってます。なので不足の事態になっても大丈夫そうな人達を連れていくことにしました」

 

「また変わった編成だね」

 

今回の特異点訪問編成は俺含めず以下の6名。

マシュ。マルタ。兄貴。術ジル。ハサン(呪腕)。邪ンヌだ。

 

「あら、ジルも居たのね」

 

「勿論でございますジャンヌ。このジル・ド・レェいつでも貴女とマスターの為にあります故に」

 

「じゃあ行ってきます」

 

「気をつけて。今回の特異点はただそれしか言えないけど、バックアップは安心してくれ」

 

「はい」

 

突然表れた謎の特異点。何かいつもの特異点とは違った作為的なものを感じる。

そして時代は2000年代、そして日本。俺が産まれてからの日本であった大きな出来事等と言えば浮かばない訳ではないが……どれも人類史に影響が及ぶかと言われると、それはない。

もしかしたら、前の特異点Fのような聖杯戦争が秘密裏に行われていたとか……。

 

「……考えても出ないな。よし、行こう皆」

 

分からないならば確かめる他無い。例え嫌な予感をビンビンに感じていたとしても。

 

 








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Order.4 静寂無人都市S



SN勢のモーションがリニューアルされたのは嬉しいですね。
特に兄貴は良く使うんでありがたいー!




 

 

 

 

 

「んっうぅ……」

 

眩しい。先ず初めに感じたのはその感覚。

レイシフトでは肉体と意識が乖離するような感覚を一瞬覚え、直ぐ様全身が光の先へと強く引っ張られる。マシュや他のサーヴァント達はそんな感覚は無く、後者に至っては召喚されるときに座から引き寄せられる感覚とにていると言う。うん、分からない。

 

「ここは……」

 

「へぇ。こりゃあ冬木みてぇなデケェ都市じゃねぇか。何か見覚え無いのかマスター?」

 

「同感ですぞ、アルスターの光の御子よ」

 

「やはりクー・フーリン殿も覚えておいでか。……あの時は貴殿の─」

 

「心臓を貰われたってな。何だか実感がねぇけどな。何しろ、あの冬木での俺の死にパターンってもっとあったような……」

 

「『自害せよ』でしょう?貴方達ランサーの輝くところって」

 

「ひでぇ!」

 

兄貴達は冬木で色々接点があるらしい。

 

「うーん……多分だけどここは─」

 

『皆無事にレイシフト出来たみたいだね。ぐだ男君、辺りに何か居たりしそうかい?こちらでは何の反応も掴めないけど』

 

「何も居ません。だけど……冬木みたいに街が燃えてる訳でも、エネミーが跋扈しているわけでも無いです。寧ろ平和な感じがします」

 

「『何の反応も掴めない』って事は人も居ないってこと?」

 

「そうだねマルタ。もしここが俺の知る場所なら、ここら辺にはもっと人が居る筈なんだ。日は出ているから寝静まっている訳でもない……ハサン」

 

「承知」

 

人っ子1人居ないここは明らかに異常である。いや、そもそもここが特異点となっている時点で正常も異常もあったものではない。

荒れた様子もなく、ただ異質な静寂が辺りを包む。……直感だが、危険な臭いがする。ならば先ず偵察を行い、少しでも情報の収集と確認を急がなければならない。そこで隠密行動を任せられるのがアサシンだ。気配遮断:A+を持ち、風避けの加護を持つ彼なら適任なのだ。

因みに百貌も静謐も同じく気配遮断:A+だが、前者は今日の夕飯担当に含まれているのでパス。後者は俺の部屋で何故か寝ていたのでそっとしておいた。

 

「……戻りました」

 

「お帰り。何か収穫は?」

 

「これといって。しかし、ここら一帯には罠等の類いも無く、生物の気配が全くありません。街だけがここに存在しております」

 

「……聖杯か」

 

『その様だね。取り敢えず探索を進めてくしかないみたいだ』

 

俺達が居る場所は日本のとある都市。その駅前の広場だ。

目の前に特徴的な蒸気機関車が鎮座しているそこから少し歩くと世界的に有名なジャンクフードの『M』が見えてきて、オルタの性か邪ンヌがえらく反応を示している。

 

「行くよ。帰ったらエミヤに作って貰お─お?」

 

「何?」

 

「いや、ちょっとね。少し待ってて」

 

ここら辺で感じる違和感の1つと言えば、自動車が1台も見当たらない事。それこそ自転車も全くだ。

だが目立つライムグリーンのフルカウルがそこの駐輪場に停まっていた。

 

「あんなところにバイク……?」

 

「おぉ、あれは。かつての2人目のジャンヌが乗っていた物と似ておりますな。確かバイクと……」

 

「2人目のジャンヌ?」

 

「おーいマスター。そりゃ一体何なんだ?」

 

「これは……俺のバイクだ」

 

 

カワザキkenja400R。ライムグリーンとメタリックブラックカラーのそれは、スポーティなフルカウルで見た目だけでも速そうな印象を与えてくるMTバイク。

機体の所々は純製品ではなく破損や傷の為に付け替えたりされているから、自分のだとすぐに分かった。

 

「先輩バイクに乗ってたんですね。格好いいです」

 

「ありがとうマシュ」

 

今すぐにでも跨がり、エンジンを唸らせてやりたいと思う反面、えもいわれぬ悪寒を背に感じた。

バイクに対してって訳ではないが、たまにある嫌な予感が何かしらほぼ的中したときだ。マシュやハサンはそれを危険感知スキルって言ってたな……。

 

「ぐだ男殿。その機械からは罠の痕跡は出ませんが、何者かが使用した痕跡が見られます。離れた方がよろしいかと」

 

「あ、あぁ……ありがとうハサン」

 

「しかし良いもんに乗ってるじゃねぇか。俺も出前の金稼ぐためにちぃっとばかし働いてた時期があったが、結構頑張ったんじ─下がれ!」

 

『ごめん!流石にここからだと反応が中々掴めないけど、サーヴァントの反応だ!そこの店から出てくるぞ!』

 

「ちょ、ま!うぶぇっ!」

 

「ぐだ男殿。焦りは禁物ですぞ」ズリズリ

 

「ありふぁほ……」

 

突然の警告に驚いてポールに足を引っ掛けてしまう。

 

「来るぞ」

 

「何者ですか!」

 

「……ん?何?僕に何か用?」

 

「メアリー……?」

 

「そうだけど、キミ達誰?」

 

店からフライドポテトをくわえながら出てきたのはライダーのサーヴァント、メアリー・リードだ。本来ならもう1人、アン・ボニーと2人1組で行動しているのだが、今は違うようだ。

にしても、さっきメアリーはアンと一緒に部屋でネットの海を航海していたからここに居る筈がない。と言うことは大体想像がつく。

 

「……この特異点の原因である聖杯はどこにある?ここの聖杯に喚ばれたサーヴァント」

 

「生憎僕は忙しいんだ。別の奴に訊いてよ」

 

戦闘の意思はなし。寧ろ面倒臭がっているようにも見える。

てっきり戦闘になるかと構えていたこちらは、相手の態度に思わず手をこまねいてしまった。一方のメアリーはこちらを一瞥しただけでステステと歩いていき、おもむろにkenja400Rに跨がった。

 

「あ!それ俺のバイクなんだけど……」

 

「は?何言ってるの?これは“マスター”のだからキミのな訳ないでしょ」

 

「……何?」

 

「じゃ」

 

小柄な体でありながら、華麗にバイクで翻るとそのまま走り去ってしまった。

 

「宜しかったのですかマスター?」

 

「行かせたこと?いや、良くはない」

 

「どうするの?今から追うつもり?」

 

「一度整理しよう。彼女はあのバイクの持ち主をマスターと言った。しかしバイクは間違いなく俺の。そしてここは俺の地元だ」

 

「ここがマスターの……」

 

「うん。まだまだ仮定でしかないんだけど……誰かが俺に成り済ましているかも知れない」

 

仮定にしても些か根拠も少ないし弱い。最早勘とも言われてしまいそうなものだ。

 

「兎に角追ってみりゃ良いんじゃねぇか?こんだけ静かな街だ。まだまだエンジンの音が聴こえるぜ」

 

「そうね。あれが貴方のであってもなくても、彼女が何かしらこの特異点に関係している筈」

 

「そうだね。じゃあマルタ、タラスクに乗って上から探せる?」

 

「えぇ、勿ろ─なんです?」

 

「え?いや、この中で空飛べるのマルタだけだし」

 

「……私が飛べるわけじゃないんだけど……良いわ。タラスク!」

 

そう言うとマルタがタラスクを召喚して跳躍。タラスクの背に乗った。

 

「ごめんタラスク。上から探すだけで良いから」

 

やや疲れたような様子のタラスクは静かに頷き、甲羅の中に体を収納すると大怪獣宜しく回転しながら空へと舞い上がる。

毎度思うのだが、あの高速回転する甲羅の上で腕組して平然と立っているマルタはどういう仕組みなのだろう……。

 

「……俺達も追おう!」

 

 

「ただいまマスター」

 

「お帰りメアリー。さぁ、おいで」

 

「よいしょっ。あ、マスター。さっきサーヴァント連れた変な奴に会ったんだけど、マスターのバイクを自分のだって言い張ってるんだ」

 

「……来たか……聖杯よ。せっ─んんっ。我が願いを叶えたまえ……!」

 

 

「お、マルタからだ。もしもし?見付けた?」

 

『ちょっと、マナーモードにしてたでしょ?何回かけたと……』

 

「……ごめん」

 

『─あぁっ、いえ!そうではなく……バイクは見付からなかったわ。代わりに妙な物を見付けたんだ……んんっ、ですけど』

 

「妙な物?」

 

『何て言うのかしら……空間の歪み?』

 

空間の歪み……それは文字通り空間という概念が強大な力によってねじ曲げられた状態。特異点で観測されるのは希だ。因みにブラックホールも大質量の星が極限まで縮んだ結果、超重力点となって空間を歪めてあらゆる物が“落ちて行く”。

 

「ドクター聞いた?」

 

『あぁ。今マルタ君の反応を基点にして周囲のスキャニングを行っているんだけど……ん?おかしいな』

 

『マスター!何か空間の歪みが拡がってる!』

 

『─いや、これは不味いぞ!物凄い勢いで歪みが拡がってるんじゃなくてそこの“特異点が縮んでる”んだ!すぐにレイシフトを!』

 

「ドクター!間に合いません!」

 

ドクターがレイシフトを行おうとするが、遥かに遅かった。いや、ドクターは恐らく今出来うる最速で行おうとした筈だ。ただ単純に縮む早さが─

 

「マスター!」

 

「くっ─!」

 

一瞬だった。水銀のような、かといって物質ですらないような“壁”が迫ってきて何も出来ない俺達を呑み込んで、そこで意識が途絶えた。

 

 

「……ター。マスター……」

 

朦朧とする意識の中、確かにその声は聞こえた。

聞き慣れた声、多くの苦楽を共にしてきた大切な仲間の声。

 

「ん……くぁっ……」

 

目を開け、意識を深い闇から浮上させるとそこに居たのは─

 

「おぉ、お目覚めか我が主よ」

 

「……ジルか……っぁ……どうなった?」

 

満面の笑みのジルだった。正直マシュとかが良いって思いはあるけど、何かこれはこれで良い気がしてきた!

 

「私にも分かりかねます。皆同様にアレに呑み込まれ、ここに倒れていたのです」

 

「……他の、皆は?」

 

「鉄拳のジャンヌを探しに行かれましたぞ」

 

「鉄拳の……要するにマルタね……。しかしここは……」

 

辺りを見回す。 ついさっきまでの都市風景はどこへやら、周囲は一面の背の低い緑の草原。柔らかく、暖かい風が頬を撫でる、間違う事なき草原だ。

 

「何だこれは……」

 

「固有結界ではありません。恐らく聖杯によるものでしょう」

 

「そうか……まぁ、動くのも危険だからドクターと連絡─はお決まりのパターンで出来ないと」

 

「それよりも電話がなっておりますぞ我が主よ」

 

「お?……マルタ?大丈夫か?」

 

『良かった。無事だったのですね。私は大丈夫ですが、いやこれを大丈夫と言えるのかしら……』

 

「?」

 

『兎に角、皆も集まってるので一度こっちに来て下さい。タラスクの火を空に上げますから』

 

間髪入れず後ろの方で火柱が立った。タラスク火吹けるんだ……。

 

「ジル。集まろうって言うから行こう」

 

何もない草原だから、遠くの方でタラスクが着陸するのがなんとなく伺える。そこを目指していけばすぐに─

 

「!?ぐあっ!」

 

「むぅ!?これは……!?」

 

突然、全身に激しい痛みが走る。

前に第五特異点で榴弾を受けた時よりも痛い!全身の皮膚が裂けるような─ジルも膝をついて苦しんでいる。

 

「─っうああああああ!!」

 

 

 

 

 

「で、気付いたら裸だった」

 

「なんでよ!?」

 

「大丈夫。何故か知らないけど、大事な箇所は隠れる全方位視覚ジャマーがあるから気にしないでよ」

 

「「気になるわよ!」」

 

女性陣には悪いが、どうしても身に纏う物が見当たらないのだ。俺の制服(魔術礼装・カルデア)も霧散してしまったし……胸と腰のベルトは残ってるけど、付けると変態度合い増すから取り敢えず腕に巻いた状態。

そして全方位視覚ジャマーは“前後”をしっかり黒いモヤがあらゆる視点から見えちゃうのを阻止してくれる。あらゆる力をもってしても剥がれない……最早世界の理だ。

 

「あ、あの……確かにマスターは鍛えてますから、体を見せたくなるのかも知れませんけど……その」

 

「いや、マシュ。俺が露出したい訳じゃないからね?」

 

「悪いなマスター。今渡せるモンこれしかねぇや」

 

おもむろに兄貴が取り出したのは、白と朱が不規則に混ざった槍だった。お?これ兄貴が俺に作ってくれたやつだけど……あぁ、そう言うことか。この前風呂場で師匠に呼ばれた理由はこれか。

 

「ありがとう。昨日師匠に呼ばれた理由ってこれ?」

 

「あぁ。スカサハの奴、『マスターに中途半端な物を渡してどうするんだ。あやつが修業を望むと言うならわしも協力せんとな。それでだ。お主が作ったゲイボルクを渡せ。マスターの修業に適した物にしてやる』って妙に張り切りやがって……それで改造されたゲイボルクなんだが、スカサハが『これで誰の助けも借りずシャドウサーヴァントを倒して(特攻して死んで)こい』ってよ」

 

「……ごめん、聞き間違いか見間違いかな?何かルビがおかしかった気がするんだけど?」

 

「……そんで『仕込んだルーンで倒せたかどうか分かるから取り敢えず10体は倒してこい』ってさ」

 

「いや、そこまでの修業を望んだ訳じゃ……」

 

「ちょっと!重要なのは得物じゃなくて服でしょ!?アンタどうすんのよ!裸で居られるとこっちが困るのよ!」

 

「確かに俺も少し恥ずかしいしなぁ」

 

「少し!?」

 

「フォウ!」

 

「お、フォウ君もちゃんと来てたのか」

 

フォウ君には何も異常は無いのか調べようと近付くと「ファッ!?キァー!フォォォォオッ!」と滅茶苦茶嫌がられた。結構傷付くぞフォウ君……。

 

「まぁ、俺が裸なのは置いといて」

 

「置いとくの!?」

 

「さっきマルタが大丈夫じゃないみたいな事言ってたけどどうしたの?」

 

「ぅえっ!?あ、そうですね……。実は私達の霊基が─」

 

 






ぐだ男のステータスが更新されました ▼


宝具がランクアップ

擬似宝具 刺し穿つ若棘の槍(ゲイ・ボルク):E

擬似宝具 刺し穿つ若棘の槍(ゲイ・ボルク):E+


スカサハの槍改修により、少しだけ威力が上がった。それでも心臓を貰い受けるのは難しい必中(笑)の槍。



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Order.5 草原


素材とかQPの需要と供給があってないんですよねぇ

アンケ書きましたけど必要数とか下がればなぁ……



 

 

 

 

「霊基が弄られてる」

 

マルタの口からそんな言葉が出た。

霊基を弄る……前回、師匠が無人島で何人かルーンで弄ってクラス変更とかもしてたけどそれと似たような事態か。

確かに、今皆のステータスを確認したら大分酷い事になっているのが伺える。先ず、スキルがまっさら綺麗に無くなっている。そして筋力等各パラメーターに至っても全員が等しくEランクとなっている。

 

「成る程。皆のクラス変更こそ無いけれど、ステータスが壊滅的だな……どうりでジルの魔術も弱い訳だ」

 

「何でかタラスクも弱体化してるわ。この分だと移動手段にしかならないかも」

 

「タラスクも……?」

 

物凄く窶れたタラスクの瞳が無言の謝罪を述べている。

止めてくれタラスク……!そんな哀しい顔されたらこっちまで哀しくなってくる!いや、確かに愛を知らぬとか荒れ狂うとかな哀しき竜ではあるけども!

ん?待てよ。と言うことは─

 

「スキルこそ残ってはいるみたいだけどよ。どうするマスター?このままここに居たって何もなんねぇだろ」

 

「─え?あー、確かにそうだね。だけど一帯が草原しかないから……」

 

「私としてはここから北東の辺りに嫌な感じがするので、そっちを見てみたらどうです?」

 

「邪ンヌが嫌な感じがする所に行きたがるなんて珍しいな」

 

「ハッ。要するに贋作の臭いがするって事よ。それも変に歪められたしょうもない贋作のね」

 

「……まぁ、邪ンヌも黒歴史だったけどな。『クラスで偶然席がとな(すまないけど、すまなくな)─」

 

「ちょ、マジで焼き殺すわよ!!つーか服着なさいよ!」

 

「ぶべら!?」

 

やっぱり恥ずかしいんだなあの事件(贋作英霊イベント)。それにしても裸の俺に旗で殴るのは止してくれないかな?

 

「全く反省してないのね!またチェスに付き合って貰うわよ!」

 

実は今日、廊下であった邪ンヌに謝罪をした直後、邪ンヌの部屋へと連れていかれたんだ。

初めは人前だとマスターをゴミのような扱いにするのが出来ないから自室でやるのかと肝をやや冷やしたんだが、意外にも内容はボードゲームに飽きるまで付き合わされるという内容だった。

しかし、侮ることなかれ。これには邪ンヌルールが100%適応される為、チェスや将棋。モノポリーやダ・ヴィンチちゃんが作った『マス目に書いてある指示は絶対服従。ただし、ジャンヌ・オルタは例外☆(何故作ったのか意味不明な)人生ゲーム』等を理不尽と恥辱に耐えながらやらなければならない。正直、あれに比べれば服着てない方が精神的にゆとりがある。寧ろ解放感があってとてもgood(キャッツ)

 

「マスター。私もその、目のやり場に困りますので……出来れば何か……あっ、でも先輩が汚いとかそう言うのではなく!別に見たくないとかでは!」

 

「ありがとうマシュ。とてもありがとうマシュ。それだけでも俺の傷付いた心が癒されるよ……」

 

「アンタの心が傷付くとか嘘でしょ」

 

「おっと、心は硝子だぞ」

 

「いや、無いから。寧ろ鋼か何かかってくらい硬いでしょ」

 

にしてもどうしようも無いのだ。

取り敢えず師匠からのゲイボルクをもって歩くのもあれだから、ベルトでそれらしくしてるけど、裸にベルトと槍を装備したマスターなんて、恐らくどこにも居ないだろう。

 

「ま。マスターも体鍛えてるんだしよ、服なくても耐久力はあんだろ。取り敢えずその北東に行ってみるしかないな」

 

「だね。よし、なるべく戦闘は避けて行こう!」

 

 

「……やはり手に入れたい。彼女だけは聖杯でも作れなかった……」

 

「あら?マスターったらまた他の女の子に目移りしてますの?」ムニュッ

 

「むほっ。アンs……アン、いきなりは困るでご……困るなぁ。ん?エウリュアレは何をしているんだい?」

 

「何よ?私が何かしてたら悪いの?」

 

「はっは。エウリュアレは可愛いな」

 

「で、どうするの?彼女」

 

「……彼は敵だ。その敵にそそのかされたサーヴァント(女の子)を解放するために刺客を送る」

 

 

俺達はひたすら歩いた。

特にエネミーが居るわけでもなく、人も動物も居ない。ただ延々と緑の草原が地平線の彼方まで続いているだけだ。

こうなると幾らサーヴァントでも精神的にきてしまう。ずっと同じ光景が続くし、無理もない。

 

「ねぇ……私が言い出したけどこれ意味あるの?」

 

「分かんないけど、あそこでじっとしててもしょうがないでしょ。情報は脚で稼げってね」

 

「だとしてもよマスター。ちと休憩しねぇか?」

 

「そうしましょうマスター。マスターは特に裸なので精神的な面でも相当疲れると思います」

 

「そうだね兄貴、マシュ。一度休憩しよう。小腹も空いたしね」

 

サーヴァントには本来食事は必要ないが、カルデアに召喚されてるサーヴァントは100を超す。そうなると俺1人の魔力で補える訳もない。だからカルデアの方でリソースを振り分け、俺への負担を軽減しつつサーヴァントは一時的な受肉状態になっているらしい。

だから時折お腹が減るし、寝もする。常にそうしているわけでは無いらしいけど、詳しいことは分からない。

 

「これから食べるって言うのにマジでその裸体止めて?いくらマスターだからとは言っても常識くらい弁えなさいよ」

 

「じゃあどうすれば良いのさ?」

 

「……ジルのマントでも借りなさいよ」

 

「私は構いませんが……それだと逆に動きにくくなってしまわれますぞ」

 

「えっと、クー・フーリンさんはルーンが使えましたよね?」

 

「まぁな嬢ちゃん。でもルーンは面倒臭ぇし、マスターが自分で何とかすんだろ。ま、キャスターの方なら何とかなったかもな」

 

「せめて獣が1匹居れば事足りるのですが……」

 

「タラスクを剥ぐ訳にもいかないですし」

 

「それは勘弁してください姐さん!」

 

「あの竜しゃべんの!?」

 

「何だ、邪ンヌ知らなかったんだ?そう言う邪ンヌの……ファブリーズ?も喋れるんでしょ?」

 

「ファヴニールよ!」

 

何だかんだ言いながらもマシュの盾をテーブルとしてサンドウィッチやお握りを食べ始める。

しかし、いくら視覚的には俺の下半身が隠されているとは言え、裸であることに変わりはない。よって、下半身が草でめちゃくすぐったい。

 

「……俺も早くズボンを穿きたくなってきた」

 

「じゃあ私がチクタクと穿かせてあげましょう!貴方の皮でですがねェ!ヒヒヒヒ!」

 

「「「え?」」」

 

頭上から聞いたことのある声がした。

やたらと笑うねっとりなボイスに、平和主義なのか好戦主義者なのか分からない悪魔のようなもの!

 

「ぐだ男殿!」

 

「そぉれ!」

 

巨大なハサミが俺の首を切り落とす寸前にハサンに胴を突き飛ばされて後ろに倒れた。そのお陰で自分の頭と体が離れ離れになるのは回避できた。しかし、それだけで敵の攻撃が終わるわけが無かった。

 

「メッフィーか!」

 

続いて繰り出されるハサミの振り下ろし。それに対処するべく置いておいたゲイボルクを取り、自分とハサミの間に割り込ませた。

 

「イヒヒヒッ!流石マスター。露出も判断力も高ランクですねェ。(わたくし)感動致しました」

 

「何が……!」

 

「っらあ!」

 

「おおっと危ない」

 

ヒュゴッ!と物凄い速さでマルタの拳が空を切る。

やはりランクが落ち込んでいるからか、俊敏:Bのメッフィーことメフィストフェレスには当たらない。

 

「ふむふむ。やはり皆さんランクが下がっているようですねェ。しかもマスターに至っては全裸!何と言う露出サイコォォォ!」

 

「大丈夫!?」

 

「あ、ありがとうマルタ」

 

「マスター!私の後ろに隠れてください!メフィストフェレスさんは危険です!」

 

「あらあらァ?今ごろ私が危険だとお分かりに?ダァメですよマシュさん。その立派な爆弾2つを持っていると言うのに私の危険性に気付けないとはぁ……もしや本当におっぱいサーヴァントなのですか!?」

 

「デミ・サーヴァントです!!」

 

「……メッフィー。何で“そっち側”に居るんだ?」

 

「フフ、フフハ!流石は我がマスター。既に私が聖杯に喚ばれたサーヴァントではないと気付いているとは。メッフィー感激!」

 

別に気付くのは簡単だった。何しろメッフィー自身が俺の事をマスターと呼んだり、マシュの事を知っていたり、一番の確信要素はマスターとサーヴァントの魔力パスだ。意識して探せば目の前のメッフィーとの繋がり(魔力パス)を確かに感じる。

さっき(メアリー)は転んでそれどころじゃ無かったけど。

 

「と言うことは大体分かると思うけど……」

 

「えぇ、分かりますとも。令呪ですな?私でもそうしますとも」

 

「……だけど、そんな簡単に令呪が行使できるような場所じゃないんでしょ?ここと今のメッフィーは」

 

「鋭い!鋭すぎますよォマスター。そんなに観察眼あったらメッフィー面白くありませんッ。ですが私は今、貴方と戦わなければならないのです!イヒヒヒッ!楽しいじゃありませんかマスター?何?楽しんでいない?でしたら私が盛り上げて差し上げましょう!主に爆弾とかで。爆弾とかでェ!ヒハハハハァッ!」

 

メッフィーが襲い掛かってくる。メッフィーがどういう仕組みで敵に従っているか分からないが、彼はカルデアの大切な仲間だ。ここで霊核まで傷付けないで倒せば勝手にカルデアに退去するだろう。

 

「マルタそのまま牽制してくれ!ハサンと兄貴は援護を!邪ンヌはジルと、マシュは俺とツーマンセルで動くぞ!隙を見て攻撃!」

 

「おう!」

 

「承知」

 

「ええ─って私杖だから!」

 

「了解。押しきります」

 

「いいのね?」

 

「お任せを……」

 

「うひッ」

 

各々に指示を飛ばして俺もゲイボルクを構える。最後に何か俺が指示してないのに返事した奴が居た気がするけど……。

 

「あぁもう!物凄く戦いにくい!─ヤコブ様、モーセ様お許しください……マルタ、拳を解禁します!」

 

「ごめんマルタ!杖で戦うの忘れてた!」

 

「でもマルタさん拳の方が強いのが真実です!」

 

兄貴とハサンがマルタと入れ替わりでメッフィーと交戦中にマルタは杖を置き、タラスクにそれを見ておくように指示すると聖拳マルタへと早変わりした。勿論、ルーラーになったがランクは低いままだ。それだとしても近接戦闘はしやすくなった筈だ。

やはりあの杖は拘束具だったか……。

 

「ナメんなっての!」

 

「ハァゥ!」

 

脇腹に受けた拳の重さはランクの低さを感じさせない、エグい一撃だ。成る程、パワーで及ばないならテクニックで補う。流石マルタだ。

 

「イヒヒヒッ!これはいけませんねぇ……私キャスターですので!」

 

「何がよ!」

 

「お下がり下さいマルタ殿!」

 

「そォーれ!お土産!」

 

前衛3人が下がるとメッフィーの足元が爆発した。爆煙と炎、そして土と草が舞ってメッフィーの姿を見失う。

 

「まだまだ行きますよォ。微睡む爆弾(チクタク・ボム)!」

 

続けて辺りに設置されていたのか、足元が連鎖的に爆発を起こしていく。今の皆ではこの宝具を一撃でも食らえば無事では済まない。

 

「くっ!不味い、視界が……」

 

「マスター!私の後ろに隠れてください!」

 

「良いんですかァ?そ・れ・で」」

 

「─ここだぁ!」

 

視界が悪い中、マシュの背中を確かに自分の背に感じながら声がした方向にゲイボルクを突き出す。

 

「……危ない危ない。私ハサミが無かったら心臓を貰い受けら(ゲイボら)れるところでした」

 

硬質な音が響いた瞬間、砂埃の向こうからメッフィーのちっとも危ないと思っていないような声が耳に届く。

正直、当たるかどうかも怪しかったが今のはマスターである俺(サーヴァントの弱点)を狙う事に、簡単ではないという要素を付加することが出来た。気休めだとは思うが、これでそう何回も俺を狙ってくることは無くなるだろう。

 

「って言うか、俺が死んだらメッフィーも現界が保てないじゃないか!」

 

「ああー確かにそぉでしたねェ。ですけど私、今が愉しめればそれで良いので!」

 

「もう駄目だ!メッフィー帰ったらレオニダス・ブートキャンプだからな!刺し穿つ若棘の槍(ゲイ・ボルク)!!」

 

ゲイボルクを槍投げの要領で放つ。この投げ方はその手で有名なヘクトールに教えてもらった物だ。伊達に槍投げ一万本こなしてないぜ。

が、それでもメッフィーは外したようでどこかに突き刺さった音がした。

 

「ヒハハハハァッ!幾ら私でもその槍は受けたくありません!何しろ超劣化版とは言え回復阻害の呪いが付いちゃいますしィ。そぉれ!」

 

「マスター!」

 

メッフィーの爆弾にいち早く気付いたマシュが俺を護るように盾を構える。お陰でダメージを受けずに済んだが、やはり筋力の落ち込みが影響しているのかたたらを踏んだ様子。

 

「くっ……ここまでステータスのダウンが辛いなんて……」

 

「邪ンヌ!ジル!」

 

「分かってるわよ」

 

「ご照覧あれ!」

 

さっきの俺とメッフィーのやり取りで大分砂埃は晴れてきた。次煙幕を張られる前にケリをつけるべくどこかに居るオルレアンコンビに声をかける。

2人は言われるまでもなくと言った様子で駆け出し、ジルは着地した瞬間のメッフィーの周囲に海魔を召喚。個々のステータスが低くても物量で押し切れるのは強力な魔導書の召喚術ならではだ。

メッフィーはそれに慌てる様子もなく爆弾で対処。やはり簡単に散ってしまうが、無論それが狙いである。

 

「この程度なんてこハァゥ!?」

 

「それに注意がいった時点で汝の道は途絶されたと知りなさい!」

 

黒い焔を纏った何本かの剣がメッフィーの手足を突き刺し、同時に地面に貼り付ける。

 

「行けマルタ!!」

 

「悔い改めろっての!」

 

「ヘェッヘヘヘヘヘヘェ!!」

 

ハサンと兄貴の肩を踏み台に跳び上がったマルタが動けないメッフィー目掛けて全力の拳を叩き付けた。

地面が陥没し、捲れ上がった土が壁のように反り立つ。筋力:E(弱体化)とは一体何なのか……。

 

「ふんっ。出直してきなさい」

 

「ハァァァ!まったくもって敵わず!ではお先に私戻っておりますのでェ」

 

「……キャスター、メフィストフェレスの退去を確認。何とか勝てましたねマスター」

 

「うん。お疲れ皆。満足に動けなかったでしょ」

 

若干1名、弱体化を感じさせない戦闘力だったけど、何とか勝つことが出来た。

しかしどうしたものか。このままこの状況が続けば次敵が来たときに勝てるかどうか……。

 

「……皆。もし次が出てきた時なんだけど─」

 

 

「やぁ、マスター。僕は戦いをしにきた訳じゃないんだ。話を─」

 

「食らえ!人類悪もスタンさせるガンド!」

 

「うわっちょ!?」

 

「その服─貰い受ける!」

 

「どういうことかな!?」

 

「貰ったぁ!後は頼んだマルタ!」

 

「ハレルヤ!」

 

「!!!???」

 

こう、鋭角にえずかせるような一撃がスタンしているアーチャー、ダビデの鳩尾に入った。

既にダビデの服は奪った後。パンツこそ残してあげたが、少しでも威力を軽減する布物は無い。そしてさらばダビデ。ここから先に出番も無い。

 

「ふぅ。久々に良いのが決まったわ」

 

「よっし。これで裸で困ることも無くなった。ダビデには悪いけど、どうせ下らない理由だから良いや」

 

しかしこれが最後のサーヴァントだと思えない。次来たらハサンに任せて尋問してみるか。

 





ぐだーずもその内英霊になるんじゃないかなと思いつつゲイボルクを磨きあげていく私。



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Order.6 敵の狙い


ヒロインXオルタ……以降Xオルタと呼びますが、最近弓王と若干相性が良さげな感じがしてきました。
しかし素材がまた辛いですね……たてがみみたいなMOFUMOFUしたアレ交換に無かったらバビロニア周回でしたわ。まぁ、それは兎も角、詫びバルバトス実装求。




 

 

 

 

 

「2人がやられた!?うぬぬ……聖杯で力を弱めたとは言えあの2人が……」

 

「当たり前ですわ。幾ら弱めてもサーヴァントはサーヴァント。一対多の状況では無理があります」

 

「でもマスター。聖杯の力があればその邪魔なサーヴァント達を退去させるなりなんなりすれば良いじゃん」

 

「それが出来たら苦労しないわよ?ねぇ、マスター?」

 

「うむ。実は─」

 

 

「見えた。あそこだな」

 

「何だかどこかで見たことあるような城だな。つーか何で2Dドットなんだよ」

 

「風雲○○城って感じだね。それかエリちゃんの冒け─うっ……頭が……っ!」

 

Fear(フィアー)!と続けているとマシュがどこからか双眼鏡を取り出して様子見を始める。今のメンバーには遠見が得意なアーチャークラスが居ない。うーむ……やっぱりさっきのダビデを縛り上げれば良かった。

 

「……マスター。あの城は門兵等の兵士が全く居ません。不気味です」

 

「こういう時にロビン(緑茶)顔のない王(ノーフェイス・メイキング)があれば強襲も可能だったんだけどなぁ」

 

「何故今回の編成には加えなかったのですか?ロビンフッドさんなら多少の異常な事態でも問題なく対応できると思いますけど」

 

「ロビンはエリザの生歌を何人か(セラフ仲間)と聴かされて集中治療室だから今週一杯は無理かなぁ」

 

エリザことエリザベート・バートリー。ランサー(とは言っても得物が槍とは言い難いマイク)のサーヴァントだ。

なんでも、並行世界の月の聖杯戦争で散々暴れたらしいサーヴァントなのだが、セラフ仲間のセイバー、ネロ・クラウディウス曰く、「余と赤ランサーは共にアイドルを極める良きライバルだ。ただ……ちとばかり問題行動が多くてな。ここで起こす問題なんて可愛いものだ」とのこと。本当かよ……もうエリザが何人になったと……ハロウィンとかブレイブとか。こりゃあまだ増えるぞ。

 

「セラフか。俺も少し記憶があるが、夢みてぇにフワフワしてるんだわ。あの赤いアーチャーも居たが、あいつもおんなじ状態だろうよ」

 

「らしいね。ネロがエミヤみて『む?赤アーチャー(無銘)か。ここでも会うとはな』とか言ったけどエミヤの方はあまり覚えてないみたいだったし。ダ・ヴィンチちゃんに訊いたら『サーヴァントは基本並行世界だろうが過去未来何だろうが召喚される。時間とかの概念からは影響を受けないからね。だからあらゆる召喚の記憶を持つ。まぁ、本当は召喚されるときに色々弄られるんだけど……皆そうじゃないみたいだね。あと彼は無銘が真名と言われていた事から、同一ながら別の存在と考えるのが妥当かな』って言ってた」

 

ただ例外もある。

例えば今のような人理が狂ってしまったこの世界だ。本当ならば時間軸に囚われない座にある記憶全てを持ち込むことが出来るとなると今行われているこの聖杯戦争(グランド・オーダー)の結果も知っている事になる。流石にそれだけは座が何とかしているみたいだが……。

 

「もっと詳しく言うと事象固定帯とかの話になってくるけど、今は良いや」

 

「何だか知ってる気がするな。その辺りの話に似てるのを……」

 

「で、どうするのよ?あのゲームみたいな城に行くの?」

 

「行くしかない。どうみてもあれは攻略対象だし」

 

僅かな背丈しかない草むらから体を起こして埃を払う。

 

「正直、ここから兄貴の投げボルクであらかた破壊しちゃっても良いんじゃないのかこれ?」

 

「良いのかよ?敵さんも色々準備して待ってるんじゃねぇか……?」

 

「関係無いね!聖杯を無駄遣いしてこんな迷惑かける奴なんてロクな奴じゃあないのはアレを見れば一目瞭然ッ!例え神様(ピンク)我様(金ピカ)仏様?(おっぱいぎゃてぇ)が赦してもこの俺が赦さない!身内であろうが初見であろうが対軍・対城宝具を叩き込んでやるのがこの場に来たマスターのケジメってもんだ!大体、こちとら疲れが蓄積してるからざぶーんで色々癒したかったのにこれは何だ!嫌がらせか!昨日の風呂も!うぉぉぉああああaaaaaaaaa!!」

 

「クー・フーリンさん!マスターがバーサーカーになってきてます!」

 

「分かるわマスター!私もそういうの一発必要だと思うのよ!よっし!ハンパなシャバ僧共をシメてやろうじゃない!」

 

「マルタさんもやる気です!」

 

「ぐだ男殿……相当溜まっていた怒りが爆発したようですな」

 

「素晴らしい!やはりマスターにもオルタの気が!如何ですかなジャンヌ?マスターとの意外な共通点が見付かって嬉しいのではありませんか?」ニヤニヤ

 

「ばっ─何言ってるのよ!?アイツがオルタ(同類)になるなんて最悪!最悪よ!オルタになる前にその怒りの焔で己を燃やすと良いわ!ふんっ!」

 

その後、一頻り雄叫びを上げて漸く冷静さを取り戻してから兄貴へと再び指示を出す。従わないなら令呪の使用もやむ無しと、俺の姿勢にやれやれと言いながらも兄貴はその宝具を使うことを了解してくれた。

そして今─

 

「この一撃……」

 

俺達から遥か後ろで、ほぼ地面に這うような体勢になった兄貴が槍を握る五指に力を込める。

今から放つのは兄貴の宝具ゲイボルクの本来の技。対軍宝具刺し穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)。いつも使う技である刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)は兄貴オリジナルで、こちらは対人宝具になる。

 

「手向けとして受け取るがいい─!」

 

脚力により爆発したように草土が兄貴の後方に撒き散らされ、持ちうる最大の膂力で地を蹴り進む。僅か2歩─1歩目で200mは後ろに居た兄貴が俺達を通りすぎ、2歩目で50mは上空に跳躍し、右手の朱槍に赤黒いオーラが鋭く纏われる。

 

刺し穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

遠目からみても分かる。強大な力が込められた一撃が音よりも速く、標的であるドット城に飛んで行く。

分裂し、それがまた分裂し、更にそれらが分裂して城に襲い掛かった。この一撃は刺しボルクの必中(笑)と違って広範囲の破壊が得意であり、刺しボルク程の因果逆転の呪いは無いが、何度避けられても追い掛けると言う恐ろしい効果も付いている。

 

「─よっと。あー、久々にやったから加減間違えちまった」

 

ポリポリと頭を掻いている兄貴の言う加減とは、精々外壁を破壊して入りやすくする。というラインだったのだが、見てみれば半壊状態。今にも崩れそうなドット城がどれほど強固だったのかはもう分からないが投げボルクの威力の高さを知らしめてくれる。うーん、弱体化とは一体……。

 

「ま、良いわ。これで満足だろ?」

 

「うん。予想だと全壊だったんだけど、これで敵の罠も仕掛けも全部おじゃんになっただろうから安心して進撃できる」

 

「全壊目指してたのかよ……」

 

「って訳で邪ンヌ。ドラクロワの『民衆を率いる自由の女神』みたいに旗揚げてポーズ決めてよ。ついでに胸だして良いよ」

 

「バッカじゃないの!?何で私が聖女ぶんなきゃならないのよ!て言うか胸も出さないわよ!」

 

「えぇ~?ほんとにござるかぁ?」スッ(令呪構え)

 

「ほ、ホントよ!第一、あの絵は私じゃなくてフランスの象徴でしょうが!旗掲げてるから同一視されがちだけど別人よ!分かったらその手下ろしなさいよ!……それに、幾らアンタでも令呪で無理矢理は─」

 

「おや?ジャンヌ、もしや令呪で無理矢理じゃ無かったら良いのd」

 

「死ね!!!」

 

何かを言いかけたジルが邪ンヌの鋭い回し蹴りを食らってくの字にヘシ曲がった。ただでさえ飛び出し気味の目玉が更に飛び出てる。後でジャンヌに突いてもらおう。

 

「ま、そんなのは知ってるから良いんだけど。行くぞ!」

 

「展開が早くて良く分かりませんが了解ですマスター!」

 

「シバキに行くわよ!」

 

「応ッ!」

 

 

えらく崩れた城はやはり無人だった。いや、正確にはサーヴァントが居るんだろうが、姿は見えない。攻撃を回避したのか既にダメージを負って退去したのかさだかではないが、取り敢えず襲ってくるような気配はない。

 

「なんか、眼が悪くなるような風景だね。やったことないけどナインクラフトみたいだ」

 

「あのブロックゲームでしょ?言われてみればそんな気がしなくもないわね」

 

そんな雑談を交わしながら瓦礫の山を進んでいく。

大広間を抜け、長い廊下を抜け、中庭へと歩みを進めているが、一向にエネミーが出てこない。

 

「全然エネミーと遭遇しませんね」

 

「そうだね。もう警戒解いても良いよマシュ」

 

「いえ。こういう時こそ警戒を怠らない様にしないと……」

 

「流石だな嬢ちゃん。確かにこういう時でこそ警戒を解いちゃいけねぇ。いつ殺られるか分かんねぇぞ」

 

成る程と返事し、俺も槍を構えて警戒状態に入る。サーヴァントに比べたらただの人間である俺なんて大した驚異には成り得ないだろう。それでも何もしてないよりかは断然良い。

 

「……ハサン。何かの気配とか感じる?」

 

「いえ。これといって感じませんな。ただ気になるのは……視られている、のでしょうか?気配こそ察知できなくとも視線を多々感じる時が」

 

「高度の気配遮断……?だとしたら厄か」

 

「待て!今のは何だ!?」

 

「え?どうかしましたかクー・フーリンさん?」

 

「何か聞こえた。こう、肉が─」

 

「……っぐぁ!!ーー!」

 

「マスター!?どうか─危ない!」

 

マシュが俺の異常を察知して盾を構えた。刹那、何かが盾に弾かれて火花を散らしたのが視界の端にうつる。

 

「!皆さん弾丸です!何者かが狙撃を行ってきています!」

 

「キリツグ殿の持っていた火器の類いですな!このジル・ド・レェ知っております!」

 

「ちょっ!知ってるのは分かったから下がりなさいジル!マシュ早く!」

 

「分かってます!弾道から予測するに……」

 

「そこだろ!食らいやがれ!」

 

マシュの指示ですぐに兄貴が槍を投げ放つ。さっきの投げボルクには遠く及ばない投擲だが、狙撃主が居ると思われる辺りを吹き飛ばす程度はやってみせた。

 

「今の内に下がるわよ!私の眼じゃ弾丸を追えないか─ぅらぁ!あ!?しまった杖が!」

 

「何と!マシュ殿が取り零した弾丸をこの暗い空間で即座に察知し、その杖で見事に弾いてみせるとは……流石マルタ殿!あの小次郎殿が手合わせを願うのも納得いきますな!」

 

「解説してんじゃないわよ!ライダーのままじゃこの程度が限界よ!」

 

ルーラーだったらもっとすごいのかと誰もが思った。

 

「……ちっ。ここまでですわね」

 

「……下がろう」

 

「?敵の気配が……消えました。いえ、気配と言うよりは殺気?」

 

「今はそれよりもマスターの治療でしょ!……ちょっと何よこれ……」

 

「取り乱すな!マスターも落ち着け。脇腹が痛ぇのは分かる。だけど我慢しろ。少しでも気ぃ抜くと気絶すんぞ」

 

そうは言われてもどこに力を入れれば良いのか、何を踏ん張れば良いのか全く分からないのだ。脇腹を背後から抜けていった弾丸が何なのかはまったくもって分からない。ただ、大きな風穴が開いている事は見なくても粘性と温度を持った液体が下半身を濡らしているので否が応にも分かった。

 

「先輩!先輩!!しっかりしてください先輩!」

 

「死んだら焼き殺すわよ馬鹿!」

 

「だぁぁぁ!少しは黙ってろ!嬢ちゃん落ち着いて治療術式を用意しな!この傷はただの銃創じゃねぇ。……いや、言い方が悪いか。これは現代の銃の物じゃなくて古い奴のだ。詳しくは専門家じゃねぇから分からないが、まだ弾丸がマジの玉っころだった時代のだ」

 

「偉く詳しいわね……」

 

「これでも英霊としちゃ長いんでな。悪いなマスター、これ噛んどけ。少し痛むぞ」

 

「……っんん!!?んん"ん"ー!!!」

 

「先輩ッ!!」

 

「早くしろ嬢ちゃん!血が足りなくなるぞ!」

 

 

「は!?殺せなかった!?」

 

「えぇ。あまりにもあの黒い髭(・・・)が鬱陶しかったのでつい」

 

「ばっ─殺せなんて指示は出してないだろう!?」

 

「分かったよ。あーあ、折角のチャンスだったのになぁ」

 

「……何て事だ……このままでは、拙者が殺される……!間違いない」ガクブル

 

 

「何とかなったな」

 

「ありがとうございましたクー・フーリンさん。止血をしてもらっていたお陰で術式発動中の流血を抑えることが出来ました」

 

「……ありがとう2人共……」

 

「かなり疲れただろ。休んだ方が良い」

 

僅かな時間で済む治療術式ではあったが、腹を穿たれるなんて経験をしたことが無かったぐだ男にとっては1000倍にも感じられる時間であった。

ダビデから奪った衣服は血と汗でベッタリと湿っており、着続けるのに抵抗を禁じ得ない。

 

「内臓が少しやられていたから辛かったろ?その内血ぃ吐くかも知れないが、何ともないから安心しな」

 

「ありがとう……だけど止まってる方が危険だ」

 

「……みたいね。マスターには悪いけど、ここから離れましょう」

 

下ろしていた杖を持ち上げたマルタが廊下の奥を指差す。それに合わせて皆の視線も向く。

廊下の奥。延々とも思えるような長さと暗さの先、そこから確かに威嚇で喉をならす合成獣(キメラ)が数匹迫ってきていた。

普段なら大して驚異にならないエネミーだが、ステータスの弱体化がある今ではマトモに相手をするのは得策ではない。

 

「立てますか先輩?」

 

何の躊躇いもなく男であるぐだ男をマシュがお姫様抱っこをする。普通なら逆だが、それを指摘できるほどぐだ男の調子は優れていない。

 

「た、助かるよ……情けないマスターでごめん……」

 

「マシュ殿こちらへ!」

 

(敵の狙いは分からない……だけどこちらを殺そうとした事実は変わらない。そんな奴にダビデもメッフィーもつくとは思えない……まさかとは思うが、聖杯でこんな事をしている奴は─)

 

 

 





座云々の設定は独自解釈入ってます。
多分もっと詳しく設定がなされている所だとは思うんですけど、ばか騒ぎするだけのSSなんでうろ覚えです。
確か時間軸に縛られないだった気がしましたけど……。











「やっぱりお前だったのか!」


─判明する敵。


「もう遅い!この願いは─たった今叶えられる!」


─輝く聖杯。


「ごはっ!?」


─解き放たれる決死の一撃。


「その腐った度胸ごと、心臓を貰い受ける。それこそ不徳の報いに相応しい─刮目せよ。絶望とは是、この一刺し……その身で味わえ!」




「先輩!そんな……先輩ーーーー!!」









「次回予告だね、分かるとも!」






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Order.7 KSTS


よく考えてみたら兄貴達のリニューアルされたモーションってunlimited codesのものっぽいんですよね。

あとタイトルの意味は最後に。



 

 

 

 

 

「ごめんマシュッ!」

 

「あ、はいマスターっ」

 

抱えて走って、暗い廊下をひたすら進む。時折今のように先輩が苦しそうに咳をして、壁際に下ろすと先程の怪我の影響で少量の血を吐いている。

クー・フーリンさん曰く、怪我が治っていない訳では無く胃に溜まった血だと言う。

 

「マスター立てますか?」

 

「あぁ……っとと。ごめんマシュ」

 

先輩は完全に血が足りていない。先程から私の補助なしでは立てない程にふらついている。

 

「マスター。血が足りねんだろ?」

 

「……面目ない」

 

「気にすんな。休める内に休んでおかないと戦えないからな」

 

「私こそマスターを守れず……」

 

「マシュ。いつまでも引き摺ってるといざって時に戦えないぞ。第一、危険地帯に踏み込んでいるから怪我をして当然なんだ。それはマスターだろうがサーヴァントだろうが変わらない」

 

私の肩にもたれ掛かった状態で、やや覇気のない声音で先輩が言う。

確かに、私もそういう危険が無いなんて思っていない。

 

「……はい。マスター!」

 

この人は強い。私とは違う、別の強さを持っている。だから……何度と私が危険だった時に救われた。

今でも鮮明に思い出せる。あの日……熱い炎の海の中で会って間もない私の傍に寄り添ってくれて、この手を握ってくれた感触を。温かく、優しいあの感覚を。

それを、その人を私は守りたい。

 

 

「うわぁぁぁぁ!!参ったぞ!全く反応が掴めない!うわぁぁぁぁ!!参ったぞぉぉぉぉ!!」

 

「落ち着きなってロマニ。彼等なら大丈夫に決まってるって」

 

「落ち着いていられるか!こんなに連絡が取れないなんて初めてなんだぞ!?」

 

一方のカルデア管制室ではロマニを含め、スタッフ全員が大慌てで走り回っていた。1名、ダ・ヴィンチはコーヒーを飲みながらゆっくりとしているが。

 

「何の騒ぎですか?またマスター達を見失ったんですか?」

 

「まったくしょうがねぇな……ま。マスターなら大丈夫だろうな。な?アサシンの父う─」チラッ

 

「カリバーーーーー!!」

 

「なんでさぁぁぁ!?」

 

「騒がしいぞ。何を騒いで─」

 

「ぐほぁっ!?その凶器()は……ッ!うわぁぁぁぁ!」

 

「……こいつはバーサーカーにでもなったのか?」

 

ロマニがそろそろ発狂しそうになった時に限ってアルト……アサシンのセイバー(?)、謎のヒロインXが管制室に入ってきた。そして間髪いれずサーフボードを担いだセイバー、モードレッドがやって来てヒロインXのエクスカリバーで吹き飛び、更に続けてやって来たランサー、アルトリア〔オルタ〕(下乳上)の胸を見てヒロインXが吐血しながら管制室を走って出ていった。

正に嵐とはこれである。

 

「や。どうしたんだい?ぐだ男君が心配なのかな?」

 

「べ、別にそう言う訳ではない。ただ騒がしいので気になって見に来ただけだ」

 

「ふぅん?ま、良いけどさ。ロマニー。まだ見付からないのかい?」

 

「レオナルドも手伝ってくれよ!?」

 

「えぇー?やらなくても大丈夫でしょ?」

 

「彼なら大丈夫だよ。間違いない」

 

と、更に騒がしくなりかけたそこへ1人のサーヴァントが足を踏み入れてきた。

もう誰が来たって構うのは止そう。そうスタッフ全員がアイコンタクトだけで意見を揃えた。だが─

 

「うわ。どうしたんだいその格好」

 

「……貴様。この私の前だと知っていての行いか」

 

「待って!?僕だってこうしたくてやってる訳じゃない!」

 

下乳上のロンゴミニアドが唸り始めたのを察知して振り返るロマニの眼に写ったのは、それを止めてくれと懇願するパンツ一丁のダビデだった。

訳が分からない。分かる筈もないと混乱していると、ダビデが自身に起きた出来事を語り始めた。

 

「マスターならちゃんと生きてるよ!実際、あっち(・・・)で僕の服剥ぎ取られたんだ!」

 

「……どういう事かな?」

 

流石のダ・ヴィンチもそれだけでは殆ど状況が掴めず、質問を返す。下乳上も矛を収め、ダビデの言葉に耳を傾け始めた。

 

「僕は()が面白いことをしてるから面白半分で足を突っ込んだんだ」

 

「嘘を吐くな。貴様は面白全部で足を突っ込んだんだろう」

 

「うん。そうだね。確かに僕は面白全部だった」

 

「……こいつを砕いても良いか?」

 

「まぁ待ちたまえ。話した後に頼むよ」

 

ダビデは話をした後にロンゴミニアドを食らうことが決定した。

 

「でだ。その彼と言うのは何を隠そう─」

 

 

「敵は高確率でカルデアの誰かだ。流石のダビデでもただの悪党に着いていくなんて事は……ないと思うんだ」

 

「今若干自信なかったでしょ」

 

「言うな」

 

最後らへんがやや濁ったのをすかさず邪ンヌが指摘する。指摘されたぐだ男も僅かな間もなく返した。

 

「まぁ、それはそれで。誰が犯人なのかまだ分からない状態なんだけど、皆はどうだと思う?」

 

「と、言うと?」

 

「カルデアのメンツでこんな下らねぇ事をしそうな奴を予想しろってことだろ?」

 

「そうなの?じゃあ私は黒髭」

 

「……少しは迷うって事はしないのか邪ンヌ」

 

「迷う筈ないでしょ?逆にアイツと熊のぬいぐるみ(オリオン)以外誰が居るのよ」

 

P(パラケルスス)とかシェイクスピアとかカエサルとか?」

 

「アンタも迷わず言うわね……」

 

だがそれも仕方がない。大体カルデアで問題を起こす鯖は彼等で固定されている。どこかのアイドル系ランサーもちょくちょく問題を起こすが、あっちは周りを盛大に巻き込んだりはしないのがまだ救いなのだ。

 

「で、皆は?」

 

「俺も黒いジャンヌの嬢ちゃんと同意見だ。アイツ、風呂で痛い目見たから腹いせじゃねぇかってな」

 

「私もクー・フーリン殿と同じですな」

 

「身内を疑わないといけないなんて何て哀しい事なんでしょう……」

 

「無理するなってマルタ」

 

「無理してないわよっ!」

 

マルタもマルタで聖女なりに振る舞おうとするのだが、如何せんすぐに地が出てしまう。本人としては隠していたいらしい。

 

「えーと、皆さんやはり黒髭氏ですか?」

 

「そうなるよね。でもさぁ……正直これで黒髭だったら逆に萎えない?」

 

「分かる。何かお決まりって感じよね。例えるなら……何度も同じ味のガム食わされてる感じ?いい加減他の味が食べたい……みたいな?」

 

「微妙な例えだけど言いたいことは分かる。んー……どうする?本当に黒髭だったら」

 

「ないわー」

 

 

「ま、まさか本当にここまで侵入されるとは……」

 

「……やっぱりお前だったのか、黒髭……」

 

「先輩。それだと……」

 

「あ、そうか。やっぱりお前だったのか!」

 

「何で言い直したでござるか!?」

 

結局奥まで進んだ結果、やっぱりと言うか案の定と言うか、いかにもといった玉座でアンメアとエウリュアレを両脇に従える黒髭だった。

しかしただの黒髭ではないのは見た目からして分かる。先ず服装だ。いつものジーパンとYAMITAのTシャツではなく魔術礼装カルデアを纏い、髭や頭髪が綺麗さっぱりに纏められている。く、黒髭のアイデンティティがぁぁぁ!!

 

「ちっ……やはり生きていましたのね。しぶとい男ですね」

 

「ねぇ、マスター。あそこの髭、殺って良いでしょ?」

 

「ジル。随分アンメアに目の敵にされてるじゃん。何したの?」

 

「私は何も……」

 

「違うよ。何すっとぼけてるのか知らないけど、次は無いよ。黒髭(・・)

 

「……何?」

 

メアリーはカトラスを抜き、その切先を俺に向けている。……成る程これで納得がいった。今、黒髭は俺になっていて俺が黒髭になっているんだ。

 

「……デュフ、デュフフフフ……!確かにふざけるのはここまででごさるなぁ」

 

「せ、先輩?」

 

「おいどうしたマスター……?」

 

「良いから……拙者も本気を出しますぞ!ホォアアアアア!!」

 

こうなったら下手にやっても面倒だ。だからいっそのこと黒髭に成りきるのもアリだ!

 

「行くぞ野郎共!あいつは大した強さのないマスターだ!しかも鯖の数はたったの2騎!ならば数の多い俺達が有利!」

 

「ぅお、ちょ、拙者だって戦え─」

 

(いや待て!拙者は今ぐだ男氏になっている状態……下手に拙者が戦いに出てしまうと設定を破綻させてしまう可能性が!まさかぐだ男氏はこの聖杯の─)

 

「マスターは下がって!あんな奴ら、僕達で倒せる」

 

「戦闘指示くらいはお願いします」

 

「メドゥーサが居れば楽だったのですけれど……仕方無いから私も戦ってあげる」

 

「各員、1人につき2人で当たれ!」

 

アンメアは2人で1騎だ。だから1騎につき何人を当てるのではなく、1人で割り振る。今回はマシュもマルタと組ませて俺が単独で動けるようにした。

 

「……」

 

「ぐ、ぐだ男氏……拙者は……」

 

「オリオンが一緒だと思ってたけど?」

 

「オリオン氏はお仕置き中で誘ってないでござる」

 

「ならば死ねぇい!」

 

「ならば!?!?」

 

玉座で聖杯を手にしていた黒髭へ槍を構えて肉薄。敵のサーヴァントがマスターである黒髭を守ろうとしようが、各々が分散され更には2人も相手にしていて此方へ来ることはない。

正真正銘、黒髭との一対一だ。

 

「─っく……はぁ、はぁ」

 

「ぐだ男氏その血は……」

 

「撃たれた時のだよ……お陰で血も足りなくてフラフラする……」

 

今も黒髭に肉薄したは良いが、すぐに目の前がぐらついて槍を杖にしないと尻餅をつきそうだ。

 

「拙者が指示したのでありませんぞ!?」

 

「分かってるよ……でも聖杯をイタズラに使ったのは赦さないからな!」

 

「許してくだちい!拙者だってハーレムしたかっただけなんですよぉ!だからぐだ男氏に成ればハーレム展開てんこ盛りかと思って!」

 

「……は?ハーレム?何を言ってるんだ……俺の周りでそんな展開が起きてるのはエミヤ位だろ」

 

「あー……これはぐだ男氏も中々の典型的な─」

 

「ごはっ!?」

 

「!!」

 

兄貴が苦悶の声を上げたのが聞こえ、背筋が凍ったように冷たくなった。この感覚は知っている!

ほぼ脊椎反射で床に伏せると玉座後ろの壁が穿たれた。アンの銃撃か!

 

「ご無事ですかマスター!」

 

「あ、ありがとうアン」

 

「……!今だハサン!」

 

「承知!苦悶を溢せ─妄想心音(ザバーニーヤ)!」

 

僅か一瞬。黒髭へと注意が向いたアンにハサンの腕が触れ、エーテル塊のコピー心臓が作り出される。このコピーを潰す事により、対照は本物の心臓も破壊。呪殺される。アンも例外ではなく、これをやられて膝から崩れ落ちた。

 

「嘘!?アン!」

 

アンとメアリーは2人で1騎。これのデメリットはどちらかが倒れれば、もう片っぽも問答無用で戦闘不能となる。だからコンビネーションの良い2人に複数ぶつけるのではなく、個々にして一方さえ倒してしまえば良い状況に追い込んだ。その作戦は上手くいったようだ。

光の粒子へと変わり、霧散していくアンメアを目にした黒髭も流石に銃で応戦を開始した。

 

「本当は拙者が戦えば、設定したぐだ男氏から逸れてエラーが出てしまうがやむ終えん!拙者の怒りが有頂天!行くでござる!行くでござる!アン女王のふ(クイーンアンズリベ)─」

 

「させるか!ガンド!」

 

「ぬほぉっ!?」

 

「痛っ!?ちょっと……何よこの頭が─」

 

エウリュアレが頭を押さえて苦しんだ様子を見せる。コレが黒髭の言った設定から逸脱した結果か。

 

「黒髭。何か言い残すことはあるか?」

 

「……せめて首は残してくれると─とでも言うと思ったか!聖杯よ!このぐだ男氏をひ弱な女の子にしてくだされぇぇぇぇ!!」

 

「「「何ぃ!?」」」

 

「させるか!令呪を使う!」

 

「無駄でおじゃる!この世界では令呪はサーヴァントに適用は─」

 

「その腐った度胸ごと、心臓を貰い受ける。それこそ不徳の報いに相応しい─刮目せよ。絶望とは是、この一刺し……その身で味わえ!」

 

令呪は何もサーヴァントに命令を実行させるだけのものではない。確かに使用目的はそうなるが、元々は単純に膨大な魔力。それをマスター自らに使うことが不可能というわけでは無い(条件はある)。

しかもこの特異点でなら俺の筋力が上昇している事も相まって、瞬間的でならサーヴァントに並ぶことも出来る筈。

 

「そうか!令呪の魔力を自分に……!だがもう遅い!この願いは─たった今叶えられる!」

 

「はぁぁぁあ!」

 

─ドゥクン!

 

「はぅあ!?」

 

「おぐぅっ!」

 

変な心音が聞こえてついでに体が変な感じになった。そのせいで俺の渾身のゲイボルクは黒髭の脇腹を少し抉って終了し、黒髭は玉座に尻餅をついて俺は顔面から脱力して倒れてしまう。

 

「ぐっ……やりますなぐだ男氏……だがちょっとばかし……迷いが見えた。サーヴァントとは言え、刺すのが怖いか……?」

 

「はっ……珍しく真面目モードだな。そうだよ……怖い」

 

「だったら覚悟を決めろ!この黒髭、エドワード・ティーチを従える男がそんな腰抜けでどうする!」

 

「……」

 

幾度となく、敵サーヴァントと戦う機会があった。その度に俺はマシュに守られ、他のサーヴァント達にも戦ってもらってきた。

確かに俺は何の実力も持たない一般人の類いだ。だけど、だからといってそれだけで終わりたくない。俺は俺の出来る範囲で成せることをやる!

 

「……その眼だ。じゃあ拙者は先に帰って─」

 

「ちょっと待て。良いこと言ったのは認めよう。だが、この聖杯を止めてくれはぁんっ!」

 

「デュフフフフ!もうこの聖杯は願望器の役割を果たせんでおじゃる!ぐだ男氏もT.S.(トランス・セクシャル)を楽しむが吉!デュフフフフハハハハハ!」

 

体が熱い……何でこんなに熱いんだ……。

目の前で高らかに笑う黒髭が退去していくのを、ただ何も出来ずに見ていることしか出来ない。

熱い……何だろう物凄く……興奮する。

 

「─って、媚薬みたいな反応させんなやぁぁあっ!?」

 

三度(みたび)心臓が跳ねた。(ワタシ)はその度に変な声を出して体を仰け反らせてしまう。

 

「先輩!大丈夫ですか!?」

 

「マスター!」

 

「はぁ、はぁ。もう、駄目……後はお願いマシュ……」

 

「先輩!そんな……先輩ーーーー!!」

 

 

「良かった!じゃあ無事黒髭君は倒せたんだね?兎に角、今すぐレイシフトするから待っててくれ!」

 

カルデアではマスター行方不明騒ぎを聞き付けた多数のサーヴァント達が管制室で通信が復活した様子を見ていた。

わぁっ!と歓声が上がり、皆が良かったと安堵している最中、遂にレイシフトが完了してマスター含め7人帰還した。

 

「ん?何だろこれ?ぐだ男君?」

 

マスター(トナカイ)さんの所に行ってきます!」

 

「わたしたちもー」

 

「えぇ、行きましょう」

 

カルデア低学年組は嬉しそうに管制室を飛び出し、下のコフィンへと駆けていった。それに続いて何人かのサーヴァントも我がマスターの迎えに出ていく中、スロマニ含めタッフ数人は訳も分からずと言った様子でモニターを凝視していた。

 

「どうしたんだいロマニ?」

 

「……」

 

「?」

 

『ええええええええええええ!?!?』

 

そんな時、コフィンルームのマイクがサーヴァント達の叫びを拾った。

誰もが驚いて管制室の窓に張り付き、下の様子を確認しようとする。そして目にした。コフィンから無事出てきた7人の内、血塗れのダビデ服を纏った女性が居たのを。

 

 

 






後半の流れが早すぎてすみません。




KSTS(黒髭の・聖杯で・トランス・セクシャル)






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Order.8 英霊反乱 Ⅰ


悪性なんたら新宿でしたっけ?楽しみですね。
ソロンモを攻略したからって変に難易度上がってなければ良いですけど……



 

 

 

 

 

 

「さて黒髭。話を訊こうか」

 

「あのー……さっきやられたからお咎めは無しの方向だと拙者ありがたい」

 

「あぁそうそう。質問に答えない度にその樽にゲイボルク突き刺すから」

 

「無慈悲!?」

 

「やだなぁ。慈悲の心はあるよ」ケタケタ(CV:悠木○)

 

「……それでは事情聴取を始めます。先輩、そのゲイボルクを構えるのはまだ早いかと」

 

「刺す気満々!?」

 

カルデアの一角。アッセイ部屋と筆で書かれたその部屋で樽に頭出して拘束された黒髭と、カルデアスタイルになったマシュ。そして白と朱が不規則に混ざった槍、ゲイボルクを構えた少女が居た。

彼女は女性でありながら男用の魔術礼装カルデアを見事に着こなしており、オレンジ色のショートヘアがだらしなくクセで所々跳ねている。そして時々自身の胸を揉んでいる。

 

「じゃあ質問。聖杯はどこで手に入れた?」

 

「……丁度風呂の一件で怒られてから自室でフィギュアのキャストオフしてたら、ふとベッドの下から」

 

「エロ本かよ……で、それは黒髭のなの?」

 

「知らないですな。何しろ、拙者がもし聖杯を手に入れてたらソッコでハーレム願ってますぞ。所でぐだ男氏も中々可愛いおにゃのk」

 

室内にドスッと鈍い音が響く。

 

「余計な事を喋っても刺すわよ?」

 

「お、おぉう……拙者ガチめに命の危機?」

 

「知ってるでしょう?黒髭危機一髪ってゲーム。本来は黒髭を解放した奴が勝ちだった……今回は黒髭の命が解放されたら私の勝ち。そっちは負け。分かった?」

 

「が、ガッテン」

 

ぐだ男と呼ばれた少女は少しずつ己の口調や一人称が変化していくのに気付かずに話を続ける。

あくまでマスターらしく。サーヴァントを従える者としての威厳を示しながら樽に足をかけ、槍を向けながら。

 

(これは……何とゾクゾクするシチュエーション!まるで女王様かの如く自然にそれをやってみせ、迫力もある!せ、拙者新な扉を開いてしまいそう!!)

 

「次。あの聖杯に私に成ることを願ったのね?」

 

「です」

 

「それにしては中途半端なものだったけど、何で?」

 

「……ぐだ男氏は考えたことがありますか?何でも願いを叶えてくれる……ならば、回数制限を無くせば究極になれると!」

 

「思ってもやらないわよ……。で、結果があれ?」

 

「まぁ、結果的に回数制限はなくなったけど願いの効力制限がかかってんでおじゃる。ぐだ男氏は後半感づいていたんです?」

 

その問にぐだ男は頷くと穂先で樽に穴を空け始める。

 

「……あの、先輩?」

 

「─ぁ?あ、ごめんどうかした?」

 

「疲れているようでしたら後は私がやっておきますので先輩は先に休んでいて下さい。恐らく聖杯の影響も……」

 

「そうね……マシュには悪いけど先に休ませて貰うわ。じゃ」

 

「あ、先輩。あと口調が……」

 

「え?っ─あぁ!ありがとうマシュ」

 

 

体が重い……さっきまで媚薬を盛られたみたいになって大変だっ─いや、俺は少なくとも媚薬を盛られた事はないから感覚としては間違っているのだろうか?しかし前にもあの感覚をどこかで味わったことのあるような気が……確かバレンタインデーで誰かからチョコを貰って─

 

「ぁいたっ」

 

「あ、ごめんジャック!怪我してない?」

 

記憶の糸を辿っていると、ジャックとぶつかってしまった。サーヴァント相手に少しぶつかった位で怪我をするような事は無いだろうけど、どうしても小さい子供だからそう接してしまう。

 

「うん。大丈夫だよおかあさん(マスター)

 

「良かった。所で、ここで何してるの?」

 

「鬼ごっこ!他のサーヴァントの皆とおかあさんを捕まえるために探してたの」

 

不味い事になっている。嫌な予感をビンビンに感じた俺はジャックの頭をくしゃくしゃに撫で回し、くすぐったがってる内に辺りを確認する。

幸いにもここら辺は居住区ではなく、普段サーヴァント達も立ち寄ることのないエリア。ジャックがたまたま迷い混んできたのか、他にサーヴァントの姿はない。

無邪気な子供を騙すようで悪いが……。

 

「ジャック。わた─俺はまだドクターの所に行かなきゃ行けないから、後で鬼ごっこしようか。皆にもそう伝えてくれる?」

 

「分かった。じゃあ後でロマンの所行くから待っててねおかあさん!」

 

手を振りながら走っていくジャックを見送って、俺はすぐにその場で崩れ落ちた。済まないジャック!本当はドクターもアッセイ部屋に居るんだ!よく刑事ドラマとかであるマジックミラー越しで居たんだ!だけど寝てるんだ!

 

「……だが、正直言ってこの機会を楽しもうとしない英霊など居ない。俺だってそうする……ガンドと緊急回避、あとは無敵化(オシリスの塵)で凌ぐしか」

 

ゲイボルクを振るおうか一瞬迷う。一度目はスキルで凌げても二度目、三度目も上手くいくとは限らない。

どんな手を使っても俺を玩具にしたがる奴等なら、宝具の使用だって大いにあり得る。否、寧ろ確定だ!だったら俺も仲間だろうが全力で相手をしないとお嫁に行けなくなってしまう!

 

「って違う!!お婿だ!」

 

「……何をしているマスター」

 

「へぁ!?」

 

ひとりツッコミをしていると突如目の前に巨大な影が現れ、親父ぃに起こされて寝起きでビックリしたような声を出してしまった。

 

「ご、ゴルゴーン……まさか、俺を探しに!?」

 

「ふん。他のサーヴァント共が何やら企んではいたが、私はそれとは関係ない。ここら辺は天井が高いし静かだからな。よく来ている」

 

「……ほんとにござるかぁ?あ、ごめんなさい。お願いですから魔眼止めてください」

 

「愚かなマスターよ。しかし……本当に女になったのか、確かめさせてもらうぞ」

 

「え、ちょ!止めて!令呪使うぞ!?」

 

「はっ。笑わせるなマスター。その残り二画の令呪はここから自室に向かうまで温存しておくつもりだろう?なに、取って食おうと言う訳じゃない」

 

何やら楽しんでいる様子のゴルゴーンが魔眼で俺の身動きを封じ、服を脱がしていく。そうか……!ゴルゴーンは言うなればメドゥーサの延長線!ならば、彼女が女性をより強く好むのは標準装備!

 

「や、止めてくれゴルゴーン……!この前ステンノ達をけしかけたのは悪かった!これ以外なら何でもするからぁ!」

 

「……姉様達の指示なのだ。逆らえない」

 

「んのぉぉぉぉ!?まさかそっちが真の敵だったかぁ……!あっ……」

 

「マシュや(メドゥーサ)には及ばずとも、大きめの胸だな。さて、どう料理してやろうか……」

 

体が動かせない以上、ガンドは使えない。他のスキルも使っても意味が無いだろう。やっぱり令呪しか無いのか!?

 

「令呪を以て命ず!」

 

「無駄だ。今の私には令呪よりも姉様達の命令の方が影響力が上。無駄遣いする前に止めておけ」

 

「ダニィ!?」

 

重ねて命ずるのも避けたい。もう駄目だ。おしまいだぁ……。

 

「くっころぉぉ!」

 

「何をしてるんですか?」

 

「お、お前は……!」

 

「アナ!どうしてここに!?」

 

「騒いでる声がしましたので。それより貴女は……え、マスター……?」

 

「ま、待って!?その目は止めて!」

 

アナ……真名はメドゥーサ。まだ呪いを受ける前の幼い姿でランサーだ。どうやら俺がTSしたのをまだ聞いていないようだから、女装していると思ったのだろう。引いてるし。

 

「実はゴルゴーンに襲われて貞操の危機なんだ!」

 

「貴様!私は別にそのつもりでは─」

 

「そう、ですか……いや、知っていましたよ。成長した私が女性の方を強く好むのも」

 

「その遠い目を止めないか!」

 

「!」

 

しめた。ゴルゴーンは魔眼をかなり手加減して使っているからか、視線を外しただけで石化が解けて自由になれた。

俺はその隙に指で銃の形を作って指先に魔力を集める。初めこそ慣れなかった動作だが、今では息を吸うように簡単なものとなった。

 

「ガンド!」

 

「!?」

 

俺のガンドは人類悪をもスタンさせる!理屈は分からないが考えるな。感じろ……!

 

「くっ!おのれ……頼むマスター!このままでは姉様達に顔向け出来ない!」

 

「知らないよ!人の胸揉みしだいたりするからだ!今度バビロニア周回の刑だからね!」

 

「おのれマスター!」

 

「じゃあねアナ。ステンノ達が来たら俺は逃げたって伝えておいてよ」

 

「あ、はい。分かりました」

 

アナの頭をジャックと同様に撫で回したらすぐに走り逃げる。後ろの方でゴルゴーンが喚いているがもう知らない。安全地帯……であるかは正直微妙だが、大体は大丈夫な自室に向けて全力疾走でカルデア内を移動する。

 

「あ!マスター!」

 

「!!」

 

曲がり角まで凡そ15mと迫った時、ヒョコッと顔を覗かせたライダーのサーヴァント、アストルフォ。ここからでも見えるニヤニヤした顔から、俺を探しているのは察した。右足で踏ん張るようにして急ブレーキをかけ、Uターンしてアストルフォに背を向ける。

 

「ちょっとー。何で逃げるのさー!ボクまだ何もしてないよね!」

 

「“まだ”してなくてもその内するつもりだろ!ひー!速い!」

 

俊敏:Bも速い!捕まったらどうなる……考えたくない!

 

「うわぁぁぁ!ガンド!ガンド!ガンド!」

 

「わわっ!いたた!ちょっとひどーい!」

 

もうすぐそこまで迫ったいたアストルフォに思わず3発もガンドを撃ち込んでしまう。

何て事だ……これだとこの後俺の大したことのない魔力がどこまで続くか……!

 

「居たぞ!」

 

新たな敵が現れる。

一番自室に向かうのに短かったルートは死んだ。遠回りであっても迂回するしかないと踏み、少し戻った所の階段を駆け上がる。時折ガンドで牽制しながら3階まで行くと、仁王立ちしたバーサーカー、ランスロットが現れる。

 

「ら、ランスロット……」

 

「……」

 

真っ赤に輝くラインアイが俺を捉えたと言わんばかりに強くなり、体を仰け反らせながら叫んだ。

 

「Hereeeeeeeeeee!!!」

 

「くそっ!」

 

居場所を知らせられたが、それを気にしている場合ではない。目の前の敵は強力だ。真正面からガンドを撃っても華麗に避けられ、接近を許してしまう。

 

「Aaaaaaaaa!」

 

「─これでも食らえ!」

 

だが俺には対ランスロット用のウェポンがある。それはスマホの画面に映し出されたマシュの写真だ。

投げたスマホに俊敏:EXはあろうかとスピードで反応し、それをキャッチするとすっかり大人しくなったランスロットを尻目に4階へと駆ける。

 

「はぁ!はぁ!」

 

黒髭が願ったのは『ひ弱な女の子にしてくれ』。その願いはゆっくりと、しかし着実に俺の体を蝕んでいく。

影響は早速体力面に出てきており、散々兄貴達とのトレーニングでついた体力は何処へやら。早くもバテてしまった。

 

「はぁ……はぁ……んっ、はぁ」

 

「ま、マスター……?どうしたんですかそんな喘いで」

 

「お……沖田さん……」

 

「えっと……病弱スキル追加されました?」

 

沖田。真名は沖田総司、セイバーだ。英霊中恐らく最も吐血する病弱サーヴァント。最近は武蔵と小次郎の3人でよく行動しているのを目にするようになったかな。

 

「マスター?何かあったのなら聞きますけど……と言うより、私がマスターの状態を訊きたいんですが」

 

沖田さんは基本的に“あっち側”の連中ではないから、今回のマスター捕獲作戦に関わってはいないだろう。それに、もし沖田さんがあっち側だったら縮地スキルで逃げられる筈がない。

 

「実は─」

 

かくかくしかじか。

 

「……成る程。マスターも大変ですね」

 

「はは……笑えないや。兎に角、俺は何としても自室に逃げないといけないんだ」

 

「ならばこの沖田さんもお供しますよ!」

 

「……これから向かうのは死地。敵は全員サーヴァント。それでも?」

 

「私はあの時言いましたよ。たとえ冥府の果てでもお供すると」

 

「─ありがとう……ありがとう沖田!」

 

(お、おぉっ?初めて呼び捨てされましたよ!これは沖田さん大勝利の予感!?)

 

何だか妙にソワソワし始めた沖田さん。早速敵を感知したのか?流石アサシン適性がある。頼もしい!

 

「行くぞ!全速前進DA☆」

 

「は、はい!」

 

身を潜めていた女子トイレから飛び出し、常にガンドが撃てるように準備をする。

 

「あらあら、随分非力なガンドね。私が手本を見せてあげるわ」

 

「!?」

 

咄嗟に廊下の先の暗がりにガンドを撃つ。今回のは特別に数倍の魔力を込めた一撃だ。だが、俺のガンドはその暗がりから同時に飛び出してきたガンドによって相殺されてしまった。

この声、この鋭くも大胆な威力のガンド……間違いない、奴だ。金星の(赤い)悪魔がやって来たんだ!

 

「イシュタルェ……」

 

「ふふっ。ことガンドにおいてはこのカルデアで私の右はおろか、足元に及ぶ事も出来る英霊は居ないわ」

 

「そもそもガンドを使える英霊が居ないんだけどね。で……目的は?」

 

「言わなくても分かるでしょ?」

 

「マスター!沖田さんセイバーなので相性悪いです!」

 

それも分かっている。イシュタルが出張ってきたとなると、他の女神連中も大々的に行動を開始したと言うことか!

 

「ガンド!」

 

「無駄よ」

 

クイックドロウ宜しく早撃ちを仕掛けるも、寸分違わず全く同じ弾道で相殺される。何故だ……確かにガンドの威力はイシュタルの方が上だ。だが、俺のガンドは人類悪を、あのティアマトもスタン出来ると言うのに!何がガンドの優劣を決めるのか分からなくなってきた!

 

「大人しく降参なさい。別にアーチャーに洋服を投影させて、それを着てもらうだけじゃない。何がそんなに嫌なの?」

 

「それが嫌なんだよぉ!」

 

「……マスター。私ならマスターをおぶって縮地くらいは可能ですよ」

 

耳に息がかかる距離で沖田さんが耳打ちしてくる。こそばゆいのを我慢していると、沖田さんから脱出作戦が話される。

貴女は神か!いや、貴女こそ神か!桜色のジャァァァンヌ!

 

「では失礼して」

 

「え?あ、ちょ。何でお姫様抱っこなのさ。普通におんぶで─」

 

「一度やってみたかったんですよ。さぁ、遠慮なさらず!」

 

「へぇ?貴方にそんな趣味がねぇ」

 

「ちがわい!」

 

ツッコミも適当になりつつある。と、縮地に身構えていると景色が後ろに流れていき、殆ど揺れを感じさせずにイシュタルの背後に回り込んだ。

 

「では!」

 

再び沖田さんは縮地を使ってイシュタルから距離をかけ離す。流石にワープとも言われる沖田さんの縮地に反応できなかったイシュタルが遠くに離れていくのを眺めながら俺は改めて思った。

 

「多くのサーヴァントを敵に回しているな、と」

 

「やられた!あの縮地ってのがあんなに速いとは思わなかったわ……兎に角、アーチャーに連絡を─」

 

俺と沖田さんを見失ったイシュタルが天舟マアンナに乗せていたスマホを手にとって連絡を取るべく画面を触る。電源を入れて、ボタンを押すだけ。と繰返し呟く彼女のぎこちない操作でもスマホはホーム画面を出してくれた。しかし─

 

「な、何よこれ?どこに電話帳なんてあるのよ……!」

 

カルデアの各デバイスは特にサーヴァント用に作ってある─と言うのは無い。基本的にサーヴァントが召喚されるときに座から情報を得ているからだ。それこそ、カルデア低学年組やバーサーカーのヘラクレスが扱えるのだから、わざわざラクラクふぉん的な設計にはなっていない。

だが、知識を与えられていたとしてもまるで覚えられず、扱うことの出来ない者も(ここにいる1人だけだが)居る。それを人々は機械音痴と呼ぶのだ。

 

「ちょっとぉ!どうすれば良いのよぉぉ!」

 

その後、他のサーヴァント達がやって来た事で何とかなったが、それに及ぶまで実に10分という時間を有した。

 

 






展開を早めに


・ガンド残り弾数:10(通常魔力):6 (魔力強溜め):15(クイックドロウ)


・通常ガンド:→→↓←□↓□
・強溜めガンド:→→↓←○↓○
・クイックドロウ:↓→↑□



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Order.9 英霊反乱 Ⅱ


もう取り合えず衝動に任せて書いた結果。
展開の早さが目立つのは最早定番に。




 

 

 

 

「やったぁ!沖田さん大勝利!」

 

「ありがとう。お陰で令呪を使わずに済んだよ」

 

イシュタルから無事逃げ出せて5分。再び女子トイレに逃げ込んだ俺と沖田さんは清掃道具等で入り口のドアを塞いで脱出ルートを考えていた。

 

「しかし、沖田さんはどうしてここら辺に?」

 

「この先の図書館に向かう予定だったんですが、その途中でマスターを」

 

図書館?あぁ、あれか。前に小次郎に燕返し教えて貰ってて、燕を斬るところからとか言うお題出されたからか。確かに、あのドラゴンスレイヤー小次郎が「あの燕を上回る奴にいつ出会えたものやら」みたいな事言ってたから、大方その燕が何者か気になったんだろう。多分、幻想種とかのレベルだと思うんだ……。

 

「成る程。何にせよ、本当に助かったよ。何かお礼を出来れば良いけど……」

 

「あ。じゃあ甘いものを目一杯食べたいです。マスターも一緒に行きましょうよ」

 

「そうだね。時間があるときに声掛けるよ」

 

「やったー!」

 

正直、突然沖田さんが叛旗を翻すのではないかと疑っていたが、この様子だと本当に大丈夫そうだ。

 

「さて。良く考えたら俺は体は女でも中身がガッツリ男だからなるべく早めに出ようか」

 

「そう簡単に逃がさねえぞマスター!」

 

「この男勝りな口調は……!」

 

バンッ!とドアを蹴破って侵入してきたのは叛逆したがりなセイバー、モードレッド。通称モーさんだ。

また面倒なのが来たなぁ……。

 

「モーさんか……。俺を探しに来たのか?」

 

「おうよ」

 

「……どうせアルトリアに叛逆して、良く分からないけど取り合えず俺を捕まえたいだけだろ?この叛逆したがりめ!」

 

強めの口調で指差すとモーさんは図星だったのか、一瞬たじろいだ。まぁ、モーさんも中身がちょーっとお子様な部分あるからなぁ。

 

「う、うるせえ!あぁそうだよ!父上は他の皆に『マスターは心身共に疲労している筈です。これ以上騒いではマスターに迷惑になります』って言ってたからな!叛逆して何が悪いんだよ!」

 

「じゃあ他のアルトリアはどうなんだよ?」

 

「うっ……それは……ちぃ!そんなのはどうでも良いんだよ!大人しく捕まりやがれ!」

モーさんはクラレントに雷撃を纏わせ、斬りかかってくる。それに素早く反応した沖田さんは刀の(かしら)でクラレントの腹を叩き、剣筋をズラして対応する。

 

「は、母上!」

 

「いつの話ですかそれ!」

 

(俺のガンド弾数は残り僅か……モーさんが出たとしたら他の円卓勢はアルトリアに同意して静観か鎮圧の可能性が高いな。ならば!)

 

「モーさんやい。実は俺の部屋にアルトリアグッズがあるんだけ─」

 

「話を聞かせろマスター」

 

「剣おさめるの早ッ!」

 

「実はさ……」

 

すっかり魔力放出も止めたモーさんと肩を組み、「皆にはナイショだよ?」と前置きして耳元で囁く。

そんなにコソコソ話すなんて、一体どんな凄い父上グッズが!?と口に溜まった唾液を嚥下したモーさんも僅かに耳を寄せてきた所で俺は肩にかけていた左手を銃の形にした。

 

「……ガンド」

 

「な─はぅ!?」

 

気付いたときには時既に遅し。

うなじに距離/Zeroで撃ったガンドでモーさんは一瞬海老反って、痙攣しながら倒れる。

 

「ククク……実に御し易い。残念だがモーさん、アルトリアグッズなんて持ってないんだ」

 

「……クソッ!嵌めやがったな!」

 

「僕はね、安全な自室に戻りたいだけなんだ」

 

「畜生!後で……後で赤いけど白い父上?に言いつけてやるからな!」

 

「余の話をしたかマスターよ!」

 

「呼んでなーい!」

 

蹴破られたドアから顔を出したネロ。正確にはネロ・ブライドとでも言うべきなのだろうか、純白のウェディングドレス(?)を纏ったセイバーだ。

ただ着替えただけの気がするのだが、オリジナルのネロ曰く「奏者(ザビ男)の記憶が無い以上、余とは完全に別の道を辿ってきたIFの存在と言う事だな。しかし、アレはBBから貰ったものと同じとなると色々気になることがあるな!よし!(オリジナル)(ブライド)と話してこよう!」とキャットじみた事を言っていたので別人の扱いで良いらしい。

 

「赤くて白い父上!」

 

「余はそなたの父上などではないが……あれだな!今マスターが美少女であるならマスターが嫁で余が旦那となればそなたのような反抗期の子を持つのも悪くはないな!」

 

「ネロォォォォ!ブライドォォォォ!」

 

「伯父上!」

 

「うわぁぁぁ!ややこしくなった!」

 

自然な流れで女子トイレへとなだれ込んでくる嫁王とカリギュラ。ある意味出口を塞がれた俺達はこのまま捕まってしまうのか!?

 

「─無明三段突き!」

 

「母上が壁を壊した!うわっ、あぶね!」

 

「む?危ないぞモーさん。早く出るぞ」

 

「出ロォォォォ!」

 

「マスター此方へ!」

 

うつ伏せでありながら周囲の状況を的確に捉えているモーさんだが、動けない以上瓦礫を避けることが出来ない。それを察した嫁王がズリズリと引き摺って出ていき、カリギュラが瓦礫を退かしながら嫁王を先導する。

そして俺は再び沖田さんにお姫様抱っこをされて廊下へと飛び出して逃げていく。なんのコントだよ……。

 

「後が怖いなぁ……」

 

「大丈夫ですマスター。沖田さんも一緒です」

 

 

「ぐだ男殿ー!」

 

沖田さんに下ろして貰って暫く走っていると、何処からともなくハサン(呪腕)の声が響く。

 

「ハサンか!?何処だ!」

 

「ここに!ぐだ男殿!」

 

気配遮断をしていたのか、立ち止まると目の前にハサンが立っていた。

 

「ん?静謐と百貌も一緒なんだ。どうしたんだ呪腕」

 

ハサンは複数人居るから、2人以上集まった時には各々異名で呼ぶようにしている。

現れた呪腕の両脇に同じ様に姿を見せた静謐と百貌は雰囲気から分かるほどに臨戦態勢になっており、俺や呪腕と話しながらも辺りの警戒を怠っていない。

 

「先程、シェイクスピア殿と女神同盟(ケツコ・上下姉様・オリオン・イシュタル)を筆頭に多くのサーヴァントがぐだ男殿を捕らえんと捕獲作戦を実行し、血眼になって探しております」

 

「あんの作家めぇ!して、状況は?」

 

「はっ。只今カルデアの全フロアの内約57%が反乱英霊により制圧されております。百貌よ」

 

「既に我らの幾人かが偵察を行っております。先程はザイードからここの2階のサーヴァント配置が雑であり、切り抜けるのは他愛なし。との事」

 

「成る程ね……半数が制圧か……百貌。敵の察知が得意な個体を先頭に3人ずつ5m間隔で前後に配置。敵を見付けたらすぐに此方に情報伝達出来るようにしてくれ。だから百貌は俺と一緒に。呪腕と静謐は一足先に2階の状況を確認してきてくれ」

 

こんな感じ。

 

●←敵の察知

5m

●←伝達(状況により伝達以外の動き可)

5m

●←伝達(状況により伝達以外の動き可)

5m

○俺●←沖・俺・百

後は対称で同じ様に。

 

「承知」

 

「任されよ!」

 

「承ります」

 

ここで流れるBGMは『duel 1』にしておこう。脳内再生脳内再生っと。

と、脳内再生しはじめた時に館内に状況を全く重く感じていないような声が放送され始めた。

 

『ダ・ヴィンチちゃんより警告≫カルデア内でのサーヴァント同士の戦いは禁止されています』

 

「な、何だこれ!視界に赤い警告文章が流れてる!」

 

「何ですかこれー!?」

 

「な、何だか知らないけど……!誰がそんな警告に従うか!」

 

警告を無視し、他愛ない2階を目指して歩き出す。

ずっと流れる警告が集中力を削いでいく中、敵は突然現れた。

 

「ゴールデン!」

 

その掛け声と共に廊下の床を破壊し、穴よりよじ登ってきたのは、何を隠そう……と言うか隠しようのないゴールデンオーラを纏うゴールデンな男。ゴールデンその人だ。

 

「金時!まさか……」

 

「悪い大将。今の俺は自由に体が動かせねぇ」

 

「ちくせう……!メディアさん辺りの魔術か!」

 

「マスター。エミヤさんの投影でそのメディアさんの破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)出してもらいましょうよ!」

 

「駄目だ間に合わない!金時、令呪を以て命ず!」

 

今、金時を操作する魔術を打ち消せる手段は生憎令呪しか持ち合わせて居ない。それに、このメンツで金時と戦うのもパワーの違いや、他のフロアからサーヴァントが集まって来る前に倒すのは不可能と判断した。

 

「忌まわしい魔術を打ち破り、俺に味方せよ!」

 

右手の甲。残り二画となっていた令呪が一画弾け、その膨大な魔力をもってして魔術を打ち払う。

恐らく、敵の狙いは間違いなく令呪の消費だ。金時というゴールデンに強い味方がついたにしても、こちらが劣勢であることには変わらない。

残り一画……元凶が複数居る以上、命じて止めさせるのは無理だ。となれば─いや、駄目だ。ダ・ヴィンチちゃんは俺とは契約していないから令呪の縛りがない。保管している聖杯を使わせてくれないし並の魔術やルーンでは聖杯に太刀打ち─

 

「済まねぇ大将。俺っちがドジ踏んだばかりに……」

 

「……大丈夫。今素晴らしい事を思い付いたんだ」

 

「素晴らしい事?」

 

「あぁ。師匠(スカサハ)を探し、残り一画の令呪の魔力を使ってルーンを使ってもらう」

 

キャスニキや槍ニキのルーンも充分強力だし、玉藻の呪術も視野には入れていたが、師匠の方が今回の騒動に荷担していない可能性が高い。よって師匠にお願いしてもらう作戦だが……果たして見付かるかどうか。

 

「百貌、作戦変更だ。今から全個体を用いて師匠の発見を急いでくれ。その間、下を攻略して呪術達と合流する」

 

「はっ!」

 

 

「ザイードォォォォォォ!」

 

「ふははは!愚かよな雑種!いつぞやの他愛なしな姿を彷彿とさせるわ!」

 

「ぐだ男様!ザイード様が死んでしまいました!」

 

「この人でなし!」

 

2階に着くと既にカオスだった。

呪腕が倒れたザイードを抱いて悲痛の叫びを上げている。何が配置が雑だ、何が他愛なしだ。お前(ザイード)の目が他愛なさ過ぎて泣けてくるわ!

 

「ギルガメッシュ!ここに来た理由は何だ!」

 

「分からんか雑種。(オレ)は此度の騒動が暇潰しになると思ったからわざわざ出向いてやったのだ。だというのに、その体たらくは何だ!それこそ他愛なさ過ぎて片腹痛いわ!」

 

「ごもっともです!」

 

「流石に同意致しますぞ!」

 

「私も同意せざるを得ません」

 

「こんな酷い話に誰がしたぁぁぁ!!」ガクッ

 

「ふははは!良い即興だったぞ雑種!褒美に現状を訊いてやろう!」

 

我らが英雄王、アーチャー・ギルガメッシュはザイードと俺達の即興(ではないけど)に大変満足したようで、騒動としか理解してない現状を然り気無く訊いてくる。

まぁ、普通は「訊いてやろう!」じゃなくて「教えろ」の方が正しいんだけど、言ったところで意味はないから黙っておく。

 

「かくかくしかじか」

 

「成る程。ならばこれを貴様にやろう!受け取るが良い!」

 

ギルガメッシュが何やらゴソゴソし始める。何だろう?こう、ギルガメッシュが何かをくれるなんて正直嫌な予感しかしない。

 

「おぉ、これよ!」

 

「67?up@9f@;qkw@r?」

 

「「「うわああああああああああ!!!」」」

 

「ちとキャスターの(オレ)から譲り受けたものでな。こちらの宝物庫には要らんものであったから貴様にやろう」

 

「要らねぇ!物凄く要らねぇ!せめて何かの原典にしてほしい!」

 

「dz;eu!0qdf3uqqakd.MONOfuekw@r9!」

 

ほぇ!?何だコイツ……俺は……コイツの言葉を理解できるぞ!読める……読めるぞ!

 

「喋ってもこの有り様よ」

 

「ぐだ男殿!これはどうすれば!?」

 

「ぐだ男様!下がってください!」

 

「……まぁ、確かにコイツは俺達が知ってるようなラフムじゃないな。偉く整った?喋り方するね」

 

「6&!0qdkbsf@t@0tljrt!」

 

「分かるよ。ウルクの人?」

 

「e7、s@\d(zdyw@r」

 

突如としてギルガメッシュの庫から引きずり出されてきた紫色不気味な生き物、ラフムはバビロニアで散々戦ったラフムと……そうだな……シドゥリさんを思い出す……あの時俺は……。

 

「3;fvs@emkw@dq……」

 

「……ごめん。お前も辛かったんだな。兎に角、お前はあそこの連中とは全く異なるみたいだね。安心したよ」

 

「出した(オレ)が言うのもなんだが、貴様中々ブッ飛んでいるな」

 

「流石ですぐだ男様……///」

 

「静謐よ。ぐだ男殿が好きなのは分かるが、今の所で頬を赤らめるのは良く分からん」

 

バビロニアではトラウマが多くあったのを思い出して感傷に浸っているとラフムから慰められる。そんな硬質な体なのに触れる時はそんなに優しく軟らかいなんて……お前良い奴だなぁ!気に入ったわギルガメッシュ!

 

「ありがとうギルガメッシュ……コイツとは良い仲間になれそうだ!」

 

「]$……xーf@ysw@uekt@h7j;jru」

 

「お前とはサーヴァントとマスターの関係でなくても良い信頼関係を築けるはずだよ!頑張ろうぜラフム!」

 

「64!」

 

ラフムとかたい握手を交わす。

ククク……見ていろシェイクスピア、女神同盟。俺とラフムならこの騒動、掌握してみせる!

 





─うん。初めに言っておくとね、僕はラフム語使いなんだ。


えっと、ネロの所はゲームだと着替えただけの同一人物扱いされるのですが、そんなの考えたってしょうがないので別の道を辿ってきたぐだ男大好きネロにしておきました。
まぁ、水着鯖に関しては本当に着替えただけの扱いにしてますが。


これはチュー意事項だ!
ラフム語はとっくりと解読したまえ


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Order.10 英霊反乱 Ⅲ

新宿の難易度はまあまあでしたね。
しかし、アサシンが充実していない私にはかなり新宿のライダーで苦戦させられました。
それはそれにしても、新宿のアーチャーの宝具カッコ良いですね。あと邪ンヌとアルトリア〔オルタ〕を欲しくなる。物凄く。

※ネタバレにならないように真名は書いてません。



 

 

 

 

「どうでも良いと思うことなんだけど、割りと重要だから言っておくよ」

 

「な、何でございますか?」

 

「どうでも良いのか重要なのか分かんねぇな」

 

「シャラップ!」

 

「ぐだ男様、それで言っておく事とは?」

 

呪腕、ゴールデン、静謐とシャドーボクシングに勤しむラフムを並べて俺は最近気づいた事を話し始める。

話題はハサンズに関係があることだ。

 

「最近、キングハサン(じぃじ)がカルデアに来たじゃない?で、ふと気付いたんだ」

 

キングハサン……ハサンの中のハサンである彼の真名は“山の翁”。アサシンのサーヴァントで好物が首だ。そう首。

 

「初代様に何か……?」

 

「キングハサンのさ……頭の傷?さ……アーツカードにそっくりなんだ!何でだ?」

 

一同に電流が走る。

 

「気付いてしまったか主よ……聴くが良い。晩鐘は汝の名を指し示した。……首を出せぃ」

 

「▂▅▇█▓▒░(’ω’)░▒▓█▇▅▂うわあああああああ」

 

 

「……お……!ぐだ……ま!」

 

「─」

 

「ぐだ男さ……ぐだ男様!」

 

「─ぁ、あれ?」

 

肩を揺さぶられる感覚によって沈殿しかけていた意識が浮上する。その感覚は強ち寝起きの時に目が覚めるのと大差無いように感じた。

 

「大丈夫ですかぐだ男殿?何やらボーとされていた様子ですが」

 

「……ごめんごめん。多分聖杯の影響だと思うから大丈夫」

 

「聖杯の影響だと逆に大丈夫ではない気が……」

 

「ま、大将なら大丈夫だろ」

 

では今のキングハサンのアーツカード案件は俺の白昼夢とでも言うべきなのだろう。あと皆の話しぶりから、そんなに長時間ボーとしていた訳では無いようだ。

 

「兎に角、先を急ご……ってそうか。師匠がまだ見付かってないから動きようがないのか……」

 

「居たぞ!こっちだ!」

 

「!プロトニキだ!逃げろ!」

 

「……走れ大将。ここは俺が引き受ける」

 

「……大丈夫か?」

 

「これでも頼光四天王の1人だ。半端な事じゃやられねぇよ」

 

「0qdmsmiqqt64」

 

「おっ。頼もしいなアンタ。よっしゃ!一丁やってやろうぜ!」

 

「……頼んだ!2人共!」

 

プロトニキをはじめとした幾人かのサーヴァントが迫ってくる廊下に、バチバチと帯電状態になった金時がゴールデンな斧を振りかざす。

金時は攻撃とは到底言えないたったそれだけの動作で、ラフムはけたけた笑いであらゆる敵バフを無効化し、プロトニキ達を威圧すると両者は自然と膠着した。

 

「……行くぜ」

 

「4]!」

 

俺達が居住区とは反対に位置する食堂に向かうべく同フロアの連絡通路を疾走した時、戦いの合図と言わんばかりの雷撃と衝撃がカルデアを揺らした。

 

 

「エミヤ!助けてくれ!皆が俺を狙うんだ!」

 

何とか食堂に到着した俺はキッチンで料理をしているライダーのサーヴァント、ブーディカとキャットとエミヤのカルデア料理人3人衆にスライング土下座をする勢いで駆け寄った。

幸い、食堂は何人かのサーヴァントにとっては神聖なる場所。特に誰とは言わないが、良く食う人にとってここは汚してはならない場所なだけあって騒ぎそうなサーヴァントは居ない。

因みに座っているのは各々の好きなもの(オルタはジャンク)を頬張っているアルトリア系(数人除く)と、うどんを幸せそうに頬張っている武蔵くらい。

 

「おぉご主人。散歩の時間か?生憎だが今は手が離せないのでな。と、言いつつ手を離すキャットであった」

 

「うそ……本当にマスターなの?……やだ可愛い!新しい妹が出来たみたい!」

 

「うぉっぷ!?」

 

相変わらず露出が高いキャットとブーディカに可愛いもの扱いされたり抱きつかれたりしてかなり恥ずかしい。

 

「─っぷはぁ!悪いけどここは一度閉めさせてもらうよ!」

 

「あぁ、構わないけど……どうしたんだよマスター?」

 

「ごめんエミヤ。ちょっと説明は後で」

 

エミヤはあの薬物のせいで未だにこんな状態だ。あれかな?エミヤに破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)ぶつけたら元に戻ったりはしないのかな?

そんな疑問を抱きながら食堂の全出入り口を食堂内のサーヴァントの許可を取りながらロックしていく。取り合えず落ち着ける場所は手に入れた。

 

「マスター。百貌のはどうなさいますか?」

 

「さっき擦れ違った個体に食堂に逃げると伝えたから大丈夫な筈。ま、一度座ろう」

 

「マスター。やはり混乱が起きているのですか?」

 

椅子に座って息を整えていると、背後から話し掛けられる。

話し掛けてきたのはセイバーのアルトリア。魔力放出で作っている鎧は今は無く、トレー一杯に乗ったプリンを食べている。そのとなりはランサーのアルトリアで、武蔵と同じくうどんを。更にその隣はセイバーのアルトリア〔オルタ〕とランサーのアルトリア〔オルタ〕がトレー一杯のジャンクなフードをもっきゅもっきゅと食べている。訳分からん。

 

「実はそうなんだ。モーさんがさっき襲ってきて大変だったんだ」

 

「「「「あの馬鹿者は後でカリバり(ロンゴみ)ます」」」」

 

ここにいるアルトリア全員が声を揃えて息子?にお仕置き宣言。良かったねモーさん。

 

「他の円卓の騎士達は何か問題を起こしてはいないでしょうか?一応念押しはしておいたのですが」

 

「モーさんだけだね」

 

「……ところでマスター。私とラムレイであればその様な有象無象を蹴散らせますが」

 

ハムスターのように頬張っていた下乳上が口の中の物をゴクリと嚥下し、視線を不自然に合わせようとしないながらも提案をしてくる。

ありがたい申し出だ。彼女は充分に強いし俺が女に変わったからと、それに興味を抱いて暴走するような事もない。ちょっと抜けた所が多々見られる下乳上だが、問題あるまい。

 

「待て。それならば私とドゥン・スタリオンの方が強いのだから私が行こう」

 

「いや、寧ろ騎乗して大物を振り回していてはマスターを危険に晒すだけです」

 

「確かにエクスカリバーならば槍とは違い小回りも利くでしょう。ですが、何事も大きい方が良いと思いますよ」

 

「あー!そう言いますかそうですか!頭来ましたよ私!そんなモノ(・・)あっても邪魔なだけじゃないですか!」

 

「……?何の話ですか?」

 

「カッチーン!」

 

「私も些か頭に来るぞ。いくら自分とはいえな」

 

……アルトリア系一同は何やらモメ出したようだ。内容は恐らくではあるが、一部とても成長した部分の話でこじれたのだろう。

ランサー側は未だ分からずと言った具合であり、セイバー側がただ怒っているだけのような構図になってきた。このままでは下乳上の協力を得られるのが難しくなってしまう。しかし、上乳上も力を貸してくれるのだがどちらか一方となってしまっては話しは別だ。

俺の危険感知スキルが警告を発している以上、彼女達に助けを求めるのは危険である。他を当たろう。

 

「武蔵。うどん美味しい?」

 

「勿論!相変わらずエミヤうどんは美味しいわ」

 

「マスターもどう?武蔵のお代わり作ってたところだから3つ4つ増えても変わらないし」

 

「じゃあお願いするよブーディカ。沖田さん達も食べるよね?」

 

「頂きます」

 

本当ならばこんなのんびりしていては不味いのだろう。

ここに来るために払った犠牲も大きいし、決して金時とザイード、ラフムの事を忘れた訳ではない。だが、人間誰しも休息というのは必要なものであるのだ。

急ぐ時こそ冷静に対処していかなければ、失敗してしまうから。

 

「少し待っててくれ」

 

エミヤに言われて大人しく座ってる。5分と待たずともうどんが皆に行き渡るだろう。

 

「しかしマスターも大変だね。女の子になったら動きにくいでしょ?」

 

「まぁ……そうだね。ブーディカの言うとおり動きにくいし筋力も落ちてるし、槍を振るうにも重たくて……ブーディカもキャットもエミヤも忙しいよね?だから申し訳ないんだけど……」

 

「私の出番って訳ね。良いでしょう!五輪の真髄、お見せしましょう!」

 

「頼もしい」

 

「む?マスター。それは私よりもそこの放浪者(ストレンジャー)の方が便りになると言うことか?」

 

「ぁいや、そう言う訳じゃ……」

 

言い争いはしていても、こちらの会話はしっかりと聴こえていた下乳上がトゲトゲしたロンゴミニアドを高速回転させて威嚇のような事をしてくる。

アルトリア系サーヴァントは皆同様に負けず嫌いなのが困る。ランサー同士に至ってはセイバーと喧嘩するときより酷いから更に困る。そして何もしてない筈の俺に矛先が物理で向くものだから更に更に困る。

 

「皆便りにしてるよ!だけど、アルトリア達もほら、忙しそう……じゃない?」

 

「別に忙しくはないぞ。コイツ(セイバー)らが無用に騒ぎ立てているだけだ」

 

「っ……ぬけぬけと!」

 

「私もいい加減自分とはいえ怒りますよ」

 

「わー!わー!宝具禁止!宝具禁止ぃ!」

 

セイバー側の2人が宝具を発動せんと色が対に輝く各々の剣を構える。今ここで宝具を放たれては皆危険だし後の士気にも大いに関わってくる。それを分かっていないアルトリア達と分かってるとは言え、マスターとしてはサーヴァント同士の喧嘩は止めなくては。

 

「邪魔をしないで下さいマスター!今すぐにその余分な物を削ぎ落とさないと気が済みません!!」

 

「……?マスター何を見てるんです?」

 

「ご、ごめん……って違う!んんっ!喧嘩は両成敗だ!今後一週間、あらゆる食事でお代わり無しをされたくなかったら今すぐに喧嘩を止める!」

 

「くっ……!お代わり禁止は……駄目です!」

 

「……貴様がそう言うなら止めよう。その代わりジャンクなフードを要求する」

 

((お代わりが駄目でもやりようはいくらでも─))

 

「あ、ランサー側も考え付くこと全部禁止にするから」

 

「……ならば、令呪を私に使うのだな。そうすればここでの争いを止めよう」

 

やはりそう来たか。

セイバー側は食べ物を話題に出せば大抵はそれに目が行って終わりだが、ランサー側は成長したお陰か食べ物をちらつかせてもそう簡単には御せない。

下乳上が自信ありげにロンゴミニアドを持ち直し、令呪を使わないのかと二度問い掛けてくる。使いたいのは山々だが、今使えばこの先師匠に性転換ルーンをしてもらえなくなる。

1日経てば一画復活する?そんなに待てるか!1日もあったら……もう滅茶苦茶にされてある意味の慰みものだ!ここは─

 

 

 

【令呪を以て命ず……】

 

【そこをどうか……】

 

 

 

◆【令呪を以て命ず……】

 

そうだ。ここで惜しんで食堂が大変なことになれば折角逃げ込んだ意味がない。仕方がない……。

 

「分かったよ。令呪を以て命ず……喧嘩を止めようね?」

 

そう命じると、右手の甲の最後の一画が弾けた。これでもう師匠に頼んでルーンを使ってもらう事は出来なくなった……。こうなるとまた性転換する方法を考えなくては。

 

「ぐだ男殿。これでは……」

 

「あぁ。もう師匠を探す意味が無くなった。やっぱりダ・ヴィンチちゃんを縛り上げて聖杯を使わせてもらうしか……」

 

「マスター。もしかしてその体を元に戻したいと?」

 

「そうなんだ。何か無い?」

 

言っても出るとは思ってはいないが、アルトリア達は一様に首を捻って一緒に考えてくれている。

すると─

 

「マスター。聖杯の願いはマスター人生そのものにも影響を与える規模の物ですか?」

 

「?」

 

「……成る程。つまりこう言うことですね?マスターが女性となったことで、周囲のマスターに関する情報や記憶に影響が出ていないか。と」

 

「あー、そう言うことか。俺が女として生きてきたって事になってないかって事ね?それなら大丈夫でしょ。ドクターやマシュ、他のスタッフは勿論、サーヴァント達に記憶の混乱は見られなかった。だから現状俺の体だけが聖杯の魔力で女体─そうか!」

 

「そう言うことです。メディアの破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を使えばあるいは」

 

ルールブレイカーでならサーヴァントとマスターの契約すらも絶つことが出来る極めて魔術に強い宝具だ。

そう言えば俺もさっきエミヤを見て思ったじゃないか。忘れてた。

 

「それならエミヤにお願いしよう!という訳でエミヤ!」

 

「構わないけど……聖杯の願いだろ?だったらキャスターのちゃんとしたのが良いと思うんだけど」

 

「メディアが“あっち側”っぽいからお願い!」

 

「……分かった。取り合えずその話しは後にして、うどん食べてから」

 

いつの間にかアルトリア系を除く人数分出来上がったうどんが皆の前に置かれていく。しかし、うどんの麺も作れるとか凄いな。

 

「ありがとうございますエミヤ殿」

 

「ありがとうございます」

 

「美味しそうですね!」

 

「じゃあ俺も頂こうかな」

 

 

 

◆【そこをどうか……】

 

いや、やっぱり駄目だ。

ここはどうにかして令呪を使わずに場をおさめなければ!

 

「ちょっとそれは……難しいから、そこをどうか……」

 

下乳上の目の前で両膝をつき、流れるような動作で膝の前に手を置いて深々と床に額を擦り付けるように頭を下げた。

完璧だ。ここまで見事なDOGEZAを見せられては黙らずにはいられまい。

 

「な、何と見事な土下座……!」

 

「そう言えば時折ランスロットもこれをしていたな。何故かこちらが申し訳無く思えてきてしまう」

 

「トリスタンも見たことありますが、あの体勢のまま動かない事が良くありますね」

 

それは寝ているからだろう。

 

「……立ちなさいマスター。貴方は数多くの英霊を、ましてやこの私を従える身。いくら不利な状況であれ、私のマスターであるなら常に堂々としているのが好ましい」

 

「……じゃあ……」

 

「分かっています。自分同士で争うのは止めましょう。大人しく矛をおさめます」

 

そう言って下乳上がロンゴミニアドを隣のテーブルに置く。しかし、そのロンゴミニアドはまだ元気良く回転しているのだ。当然、そんな危険な物をテーブルに置けばどうなるか分かる。

 

ガリガリガリッ!

 

ロンゴミニアドは予想通りテーブルの上で回転エネルギーをもて余して暴れまわる。凶悪なトゲトゲがついているから尚更質が悪い。

テーブルを削ってはガタガタと揺らし、その振動はテーブルの延長先でうどんを啜っている武蔵の所まで影響を及ぼし─

 

「─っ!?ゥアッチィ!!熱っ!!」

 

うどんをひっくり返した。

汁も麺も全てその身に受けた武蔵は驚いてテーブルもひっくり返して服と肌との間に侵入した麺を取り出そうとする。

武蔵の服装は和装と言うには露出がやや高い。胸元は大きく開かれており、臍も見えているし肩も出ている。そんな“いかにも”といった服装の彼女が何も問題を起こさず麺を取り出せるか?答えはすぐに出た。

 

「熱い!麺!あっつぅ!!」

 

彼女は熱さでパニックになり、ほぼ真正面に俺が居るのも構わず4本の刀を落として青い和装の前を思いっきり開く。

するとどうなるか?言わなくても分かるように、ブラジャーを着ける概念がないサーヴァントに分類される彼女は乳上達には劣るが、かといって小さい訳では無く、大きすぎる訳でもないとても綺麗な形をした2つの果実が何もかもを晒け出しながら揺らした。揺れるのだ。

そう。何も今の彼女の胸を隠す物はない。美しい肌にうどんの汁。妖しく濡れた彼女の胸に、俺の視線は釘付けになってしまった。

しかし、悲しいかな俺は脳ミソが処理をしきれなくなって鼻血を噴き出す形で目線を反らす事となった。

 

「─ブパ!」

 

「「「マスター!」」」

 

「……不快だ。光を呑め!約束さ(エクスカ)

 

不穏な声が聞こえてすぐに思考を切り替える。

何でセイバー側のオルタが宝具を放とうとしているのかは敢えて言わないが、こうなってしまっては手段が限られてしまう。

幾つか考え付いた手段の中で最も確実で安全なもの。それは─

 

「結局使うのか……令呪を以て命ず!宝具をおさめよ!」

 

「─!」

 

そう命じると、右手の甲の最後の一画が弾けた。これでもう師匠に頼んでルーンを使ってもらう事は出来なくなった……。こうなるとまた性転換する方法を考えなくては。

 

「ま、ままま、ましゅたー!?み、見ました!?見ましたね!?」

 

「……ゴクリ」

 

あまりにもテンパった武蔵が漸く隠すところを隠しながら顔を真っ赤にして抗議してくる。

俺は直前の武蔵の胸を鮮明に思い出してしまい、返事は口に溜まった唾を嚥下した音。強力な剣士とはいっても女性であることには違いなく、恥ずかしさの余りしゃがみこんでしまった。

 

─先輩最低です。

 

「はぅあ!」

 

マシュの声が聞こえた……!俺のせいじゃ無いのに!このままではぁぁぁぁ!

 

「……武蔵。綺麗だったよ」

 

魔術礼装カルデアの上着をそっと武蔵に羽織わせる。

……待て。この台詞で果たして良かったのだろうか?

 

「~~っ!ううっ……もう駄目///」

 

「……む、武蔵?」

 

俯いてブツブツと独り言を漏らす武蔵は取り合えず置いておく。

何やら急にこちらに向ける視線が険しくなった何人かのサーヴァントも何とか宥めて逃げるように呪腕の目の前に座る。

 

「大変ですなぐだ男殿」

 

「……うん……」

 

「……ぐだ男殿。令呪を使われてしまった以上、もうスカサハ殿に頼むという手段が」

 

「とれなくなった。だから物凄く冷静になった頭で考えた結果、エミヤに破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を投影してもらうことにした」

 

「成る程。あれでしたら最強の対魔術宝具。もしかしたら解除出来るやも知れませんな」

 

そうこう話している内に目の前にうどんが運ばれてくる。どれも出来立てと言う名の魔力が空腹感を更に強くさせ、先刻までの疲れが多少飛んでいく。

 

「ありがとうございますエミヤ殿」

 

「ありがとうございます」

 

「美味しそうですね!」

 

「じゃあ俺も頂こうかな」

 

 

 

 

「「「頂きます」」」

 

つるりとした喉越し。絶妙なモチモチ感。適度な温度。

まさに完璧と言わざるを得ないうどんがそこにあった。

 

「美味い!」

 

無駄な表現など不要……ただ単純に美味い。その一言で充分だ。

ただ少し七味が効いているのかな?舌先が少しばかりピリピリする。

 

「ぐあああっ!」

 

「くっ、ううっ!くぅ!」

 

「コフッ……!?」

 

「え?ど、どうしたんだよ皆。そんなに辛い?」

 

「ぐ、ぐだ男殿……!お逃げくださ……!」

 

「ぐ……だ男様!お早く!」

 

「コフッ!コフッ!!ゴブッ!?」

 

「沖田さんが死にそうだぁぁぁぁ!!」

 

「……やはりご主人に毒は効かないのだな。因みに喉越しが良いのは手延べうどんだわん」

 

キャットがまた訳の分からない……訳ではないが、変な事を言っている。

しかし毒とは何だ!?毒なら静謐には効果が薄いんじゃ……。

 

「何。ただの神経毒よ。少しの間動けなくさせて貰うだけ」

 

「─まさか3人共“あっち側”だったのか!?」

 

「ごめんねマスター。でも折角マスターが女の子になったんだからたまには私達も遊びたいって言うか」

 

「どんなご主人でもキャットは好きだゾ?」

 

「ごめんマスター。遠坂(イシュタル)には勝てなかった」

 

「何をしている貴様ら。まさか、マスターに何かしようとしているのか?」

 

「シロウ。いくら貴方でも─」

 

「お代わり自由にしてあげるからさ。それとも俺達が食堂から退去しても─」

 

「「「「マスター。私達にお構い無く」」」」

 

この腹ペコ王達めェェェェ!!

武蔵も再起不能だし、こうなったら!

 

「緊急回避スキル!」

 

「おっとそうはいかない作麼生(そもさん)説破(せっぱ)!呪術をとっくりと堪能してもらおう」

 

「んぐぉ!?スキルが無効化……!?だが!」

 

まだガンド撃ちがある!残り9発程度だが……いける!

 

「食らえぃ!」

 

意外と素早いキャット(俊敏:A)を先に無力化すべくクイックガンド撃ちを5発。狙い過たずキャットへ迫ったそれは、しかして当たることは無く、大きな花によって防がれた。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!?」

 

「ハァッ!」

 

「ヒィ!」

 

続いて投影された何かに怯えて、思わず最後の防御系スキル、無敵化(オシリスの塵)を発動させてしまう。

しかし目を開けば足元に落ちているのはただの軟式野球ボール。やられた!

ゲイボルクを装備?間に合わない!

 

「ごめんねマスター」

 

「むぐっ!?んー!」

 

ブーディカが盾の裏から取り出した布を口と鼻に押し当てられてパニックになる。だがすぐに引き離す。

そう。今のはありがちな睡眠薬を含ませたハンケチ戦法だが、そんな都合の良すぎる手段なぞ存在しない。決して出来ないわけではないが、時間もかかるし危険度が高い。映画やドラマのあれは何を思ってやったのか定かではないが、普通は無理だ。だからこそ冷静に対処することが出来た訳だ。

 

「あれ?これで気絶とかするんじゃないの?」

 

「いや、あれはフィクションの世界の産物で実際にはむ……あぇ?なにぉえ?」

 

「マスター。流石に俺だってそんなのが効くとは思ってないよ。だから魔術を使わせてもらったよ」

 

エミヤがブーディカが俺に押し当てたハンカチを広げる。

そこには赤いルビーの様な小さな宝石が包まれていた。宝石魔術……だと!

 

「くらくら……しへひた……あぐっ……もぅらめ……むひ」

 

「ぐ、ぐだ男殿ぉぉぉぉ!」

 

世界が回って、声が遠ざかっていく。意識もだ。

何がどうなって、自分がどこにいて何をしようとしていたのかも忘れて、ただただ揺られるような感覚。

 

「……」

 

もう意識を手離す方が楽だと、何人もの自分が叫んでいる。

それもそうか。離してしまえば楽になれるんだ。疲れたし、ゆっくり眠って……それから……。

 

 

結局、次に俺の目が覚めたのは実に2日後の自室だった。

体はすっかり男に戻っていて、どこにも異常は感じられない。2日も寝ていたから少し体の匂いが気になったが、心配していた事態は起きておらず、むしろいい匂いがしている。

……記憶が曖昧だ。俺は何でこんなに寝ていたんだ……?

 

「……誰かに訊くか」

 

立ち上がり、寝間着のままカルデアの廊下を歩き出す。

時刻は既に10時過ぎで何人ものサーヴァントやカルデアスタッフと擦れ違ったが、皆俺を見るなりニヤニヤしたり気まずそうにしたりと多様な反応を見せる。

寝間着には特に何もないが……何だ?

 

「あ!先輩!」

 

着替えてたかにした方が良いかと引き返そうとした時、不意に背後から声を掛けられた。我が後輩マシュだ。

 

「おはようマシュ。どうかしたの?」

 

「これから体調を伺いに行こうかと……どこか変な所とかはありませんか?」

 

「特には……」

 

「良かった」

 

「マシュ。何があったの?」

 

聞き返すとマシュは神妙な面持ちで話し始めた。

事の発端。途中で起きた英霊反乱。そして顛末……全てを聞いた俺は頭の中からスッポリ抜け落ちていた2日間に渡る記憶が少しずつ、甦ってくる。

そして遂に全てを思い出した俺は……恥ずかしさや怒り。色んな感情がごちゃ混ぜになって奇声を発しながら自室へと逃げ帰った。

 

「ウボアアアアアアアアアアアア!!」

 

そうだ……俺は宝石魔術で意識を失った後、食堂にやって来たシェイクスピア達に一頻り遊ばれて、ダ・ヴィンチちゃんに聖杯を使ってもらう為に男としてのプライドを焼却式させてまでした色んな事……。

それはもう、やられた事やった事皆が大体想像しているような事はされた。勿論、性的なものは守られたが……叔父貴ことセイバー、フェルグスやネロ×2辺りが相当暴走したのも覚えている。アサシンのサーヴァント、ファントムもヤバかった……。

そしてアフターサービスも優れているのがまた奴等だ。

作家陣は俺を題材にした本を大量に書き下ろしてカルデア中に広まった。最早恥ずかしいなんて言葉では片付かない規模まで膨れ上がっていたのだ。

 

「フォウ!」

 

「フォウ君……って貴様も“あっち側”だったな。淫獣め……覚悟しろ……!」グルルル

 

「ファッ!?ファァァァァァ!?!?」

 

まさしく全身総毛立ちと言う奴だ。フォウ君は俺のデーモンの如く怒り顔とキングハサン(じぃじ)からパクった光る目を見て逃げていく。

ははっ……はぁ……。取り合えずまた寝よう。

 

「私が慰めてあげます旦那様(ますたぁ)♥」

 

「─ファッ!?」

 

きよひーにベッドに引きずり込まれてR-18行為されてしまう前に部屋の扉をブッ飛ばして侵入する頼光とハサン(静謐)に保護されるが、案の定更なるカオスが訪れてそれに俺は巻き込まれる。

 

後にそこからの記憶もまた─思い出すのに時間を有す事となった。

 

 

 




少し長めになってしまいました。




今回の一件で生まれたもの。


著:シェイクスピア&アンデルセン

小説『マスターぐだ男』
全12巻。各巻税込価格:610QP。



企画・監督:黒髭
シナリオ:シェイクスピア&アンデルセン
ゲーム開発:直流&交流&蒸気&万能&邪聖処女

スマホゲーム『人理継続☆カルデア学園』
無料ゲーム。一部ゲーム内課金あり。



全役割:多数英霊
出演:女体化ぐだ男(ぐだ子)

DVD『くっ殺せ!ぐだ子の受難』
全3巻。各巻税込価格:2580QP。



全役割:多数英霊
出演:女体化ぐだ男(ぐだ子)

写真集『ぐだ子』
税込価格:3600QP



『マスターが女体化した時に着用していたシャツとズボン上下セット』
オークション落札価格:165800QP。
出品者:ヴィンチ村のレオナルド
落札者:ザバーニーヤ(毒)






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Order.11 人工宝具


まだだ……今はまだ聖晶石は貯めておくんだ……!





 

 

 

「食料の調達に行きましょう」

 

英霊反乱事件より一週間。カルデアでは物資の不足に頭を悩ませていた。特に食料……これの消費は凄まじい。

聡明なカルデアマスター諸君であれば誰がカルデアのエンゲル係数を爆発的に引き上げているのかは想像に難くない筈だ。

ぐだ男もカルデア料理人も物資管理係もそれに対しては特に力を入れてきた筈だが、ここ1ヵ月の間で良く食べるサーヴァントが増えたのが計算外だった。

エミヤは自分の料理系スキルが足りなかったのかと落ち込んでしまい、ぐだ男もサーヴァントの管理がしっかり出来ていなかったと責任を感じて元気を無くしていた。

そんな彼らを見るに見かねて立ち上がったのが、最近また増えたアルトリア系サーヴァント達だ。

 

「私も同感だ。確かに、私達が残りをあまり考えずに夕食を大量に頂いてしまったのが良くなかったのでしょう」

 

夕食に限らず、食べると言う行為に対してアルトリア系サーヴァント達は度が過ぎているのだが、本人達はそんな認識の違いを感じることは無い。

カルデア滞在が一番長いアルトリアとして青セイバーが発言したそれに皆一様に同意していると、4日前に新しく召喚されたバーサーカー、謎のヒロインX〔オルタ〕がみたらし団子を見つめながら挙手をする。

 

「最早完全に私とルーツが違うバーサーカーの私ですか。もう意味がわかりませんね」

 

「それには強く同意する。所でバーサーカーの私よ。どうした?」

 

「……その食料の調達に和菓子は含まれますか?」

 

「材料さえ入手できればシロウ……サーヴァントバトラーが作ってくれます」

 

「なら行きます」

 

それなりに関わってきたから彼女だからこそ、言える冗談だと言えれば良いのだが……生憎新規のサーヴァントにはアーチャーとして戦っている姿よりも家事をしている方が圧倒的に見る機会が多い。それ故に家事のサーヴァント、バトラーとまで言われてしまうのだ。

まぁ、意外にも本人が嫌がっていないのもあるが。

 

「まぁ、えっちゃんは狩りをした事が無いでしょうけど、セイバーの私がアーチャーになれば余裕なんで宜しく!」

 

「……円卓の騎士達はどうしましょうか?」

 

「ガウェイン卿は連れていっても根菜しか見付けられないので除外です。トリスタンは要らん物しか持ってこないので使えません」

 

「ランスロット卿も駄目ですね。バーサーカーの方が動物を捕まえるのが上手いほどですから」

 

「ベディヴィエール卿ならそつなくこなせるだろうが、私達が食料を集めに行くという前提が無意味になってしまうだろう」

 

黒セイバーの意見はもっとも過ぎる。

そもそもこの会議は彼女らアルトリア系サーヴァントが「自分達が食べ過ぎたので、全員分は無理ですがせめて自分達の分だけは調達してきます」と言う反省なのだ。それは部下は勿論、マスターにも言っていない事。自分達だけでやると言う気合いが伺える。

 

「では何を狩って、何を採取しましょう」

 

「肉です」

 

「魚介類か」

 

「小麦だな」

 

「芋ですよここは!」

 

「砂糖」

 

上乳上、下乳上、黒セイバー、X、Xオルタが意外にもバラバラな食材を挙げる。青セイバーも後から自分も肉と挙げ、どれを集めるべきかと今度は頭を捻る。

 

(しかし、槍の私と意見が合うとは。やはり正当な青だからこそ成せる事なのですね。そうです!王は肉です!)

 

「ではこうしよう。我々オルタ3人が野菜、穀物などを集める。そちらは肉や魚を頼んだ」

 

「分かりました。そのチーム分けで大丈夫でしょう。他に何か意見がある者は?」

 

反対や意見するアルトリアは居らず、この会議の纏め役である青セイバーを見ている。

その青セイバーもまた、何人とも増えた自分を見回した後に会議を終了させる。

皆が今回の会議に使用したのはカルデアの会議室。部屋の真ん中に大きな円卓がある事から、つい懐かしく思えてこの場所を選んだ。

 

「無事に任務を終えてきましょう」

 

 

「はぁ……幼い私(ランサー)大きな私(アヴェンジャー)が増えたからか余計に姉様達のお使いが多くなった気が……」

 

廊下を疲れた様子で歩くライダーのメドゥーサ。今しがた姉達のお使いを終わらせた彼女が目指すのはマイルーム。そこで本を読んで落ち着きたい。

そう思い、廊下のガラス板(カルデア内での会話とかで良く出る背景の3字みたいな形した奴。あれの出っ張ってる尖った所)に古き時代の処刑方法を彷彿とさせる、ボッコボコにされたとある男海賊が吊り下げて晒されていても、いつものように最低限視界に入れることはせずに完全に空気のようにスルーする。

当然、その海賊は本当に処刑された訳ではない。死んではいないが、一週間前の事件の元凶であり、カルデア内を混乱に陥れた罪は深い。更に一週間という期間逃げていたものだからこうなる運命を辿ってしまった。

 

「……タス……ケ……」

 

「ん?何ですかなこれは。……ふぅむ……これは芸術性に欠けておりますな」

 

「グロォォォォオオオ!」

 

「何をしているのですか!下がって!すぐに治療を開始します!」

 

自分の後ろで治療とは思えない音がするが全く気にしない。

ぐだ男が女体化した時は偉く興奮して、それこそ少しはいい仕事をしたではないかとほんの僅かに感心した。でも基本的にどうしようもない奴なので嫌っている。

そんなメドゥーサが何を読んでゆっくりするか迷った時、己の耳にとても興味のある音が微かに届いた。

 

「これは……」

 

連続的に聞こえる低い音。時折その音は急激に大きくなって、又、連続する音の間隔がとても短くなる。

現代社会において耳にしたことが無いと言う人はそうそう居ないであろうこの音に、メドゥーサはいつの間にか引かれて歩いていた。

そして着いたのは理系サーヴァントがよく使うラボ。

 

「間違いなくエンジン音」

 

ここは本来の姿のラボには非ず。

理系サーヴァント達の手によってある意味の魔窟へ劇的リフォームを遂げたそこでは日夜作業が行われていて、一度中に入れば理系サーヴァントが3日は作業に夢中になって出てこないと有名だ。特に直流と交流。

 

『うぉぉぉ!完璧だよエジソン!ニコラ!これは最早魔術礼装の枠を越えて宝具!ありがとう!』

 

「マスター?一体何を……」

 

どういう技術で作られたのか分からない硬質な扉に触れる。メドゥーサに反応した扉は音もなく両側へと開いて彼女を招き入れる。

唖然とした。カルデアの技術力の高さは現代に召喚されたこともあるメドゥーサだから分かる。人がここまで科学を進歩させたのかと……かつて自分が“あの島”で暮らしてた時からは絶対に想像できなかった。

その驚きを更に上回るラボの中は一目見ただけでは─否、例えじっくり見てじっくり説明を聴いたとしても分からないであろう様々な物体が転がっていたり歩いたり(・・・・)していた。

 

「む?メドゥーサ君かね?」

 

「メドゥーサ?どうしたの?」

 

油等でかなり汚れたグレーのつなぎを着たぐだ男が作業用グローブを外しながら歩み寄ってくる。

初めて見た己のマスターの服装に若干戸惑いつつも、メドゥーサは訪れた理由を話す。

 

「あー。結構聞こえてたか。実はさ─」

 

話しは一週間前の黒髭特異点作成事件に遡る。

 

 

 

 

「先輩!」

 

「お、女になった!?」

 

ほぼ体にフィットしていたダビデの服を押し上げんとする、膨らんだ胸。黒いスパッツのようなピッチリとしたズボンが形の良い尻と太股をより一層色っぽく見せている。

間違いない。ぐだ男は黒髭の聖杯の最後の願いを受けて女へと変わってしまった。

 

「置き土産渡されたの?残念ね」

 

「エウリュアレさん……何か方法は……」

 

「さぁ?私には分からないわ」

 

「そんな……」

 

「……正直言って悪くは無いわね」

 

「ねぇ。そんな事よりもこのバイクは貰って良いわけ?貰って良いわよね!?」

 

マルタがぐだ男の女体化現象を二の次にする程興奮する物が部屋の隅に置いてあった。

メアリーが乗っていたライムグリーンのバイクだ。ライダーとしてなのかレディース時代の血が騒ぐのか……どちらでも同じ事だがマルタはそれに跨がって早速スロットルを全開に吹かす。

 

「……良い!これ持って帰ればマスターも喜ぶわよ!えぇ!」

 

 

 

 

「─となって、サーヴァントの無理な操縦にも対応できるように改造してたんだ。マルタには悪いけど、これは聖杯が俺の記憶から作成した紛れもない俺のバイクだからあげられない」

 

「成る程。ところで、それにはもう乗れるんですか?」

 

「今その作業が終わったとこだから大丈夫だよ。乗る?」

 

「はい!」

 

その言葉を待っていましたと言わんばかりの応答の早さ。

メドゥーサの騎乗ランクはA+。免許や知識がない彼女でも完璧に乗りこなすことが出来る。

マスターからの許可が降りた彼女は早速長い髪の毛をまとめて跨がる。触れた瞬間に分かる、このバイクのスペック、操縦方法、電装系統の状態etc……。

 

「凄い……」

 

初めて乗ったバイクの感想は凄いの一言だった。

以前、召喚された時に移動手段としてチャリンコを使用していた彼女。その時はチャリンコのスペックでは満足出来ず、とある女性の原付を狙ってたりもした。遂に乗ることは叶わなかったが─

 

「こうして乗れるとは……ありがとうございますマスター!少しばかりお借りします」

 

「ん?良いけどシュミレーt」

 

エンジンが唸る。複数の天才により魔術礼装から宝具へと魔改造されたそれのアクセルが捻られ、マフラーを震わす。

そこまでの爆音が出ない設計なのは知っているが、突然響いたそれに驚いたぐだ男の横を通り過ぎ、凄まじいドリフトを組まして廊下を疾走していくメドゥーサ。

いくら何でも屋内で宝具を走らせるのは不味いだろう。

 

「はぁ……何してるんだか……」

 

事故はしないとは思うが迷惑にはなるだろうと、ぐだ男は嘆息しながら完全に回復した三画の内、一画の令呪を用いた。

 

 

「お!大将もバイク持ってんのか!」

 

「そそ。この前魔術礼装化してたのを持って帰ってきて宝具に魔改造した。だから金時とツーリングしたいなぁって」

 

「最高にゴールデンクールじゃんよ大将!良いぜ良いぜすぐに行こうぜ!なんなら他のライダーも呼んでくか!」

 

「他にライダー(バイク持ち)居るの?」

 

「おう。ちょっくら呼ぶわ」

 

ポケットからスマホを取り出した金時が何人かに電話をかける。見慣れた光景になってるけど、サーヴァントが普通にスマホとかパソコン使ってるのを見ると何か凄いなと思う。

特にヘラクレスがあのデカい指で器用にキーボード打ってるの見たときはガンド撃たれたかと思った。

 

「どのくらい来そう?」

 

「ざっと5人か?」

 

「おお。そんなに居たのか」

 

意外だった。でもライダークラスだと他に運転しそうなのは……んー……イメージ出来ないなぁ。

 

「おいおい大将。準備しなくて良いのか?」

 

金時に促されて俺も準備に向かう。

宝具となった我がバイクは転倒防止:Aや風避けの加護(偽):Cスキルが付与されたりするから基本的にはノーヘルでも問題はない。

実を言うとヘルメット無しで走りたい願望があったから今回はノーヘルで行こう。服装は……このまま(魔術礼装カルデア)で充分だろう。

そして今まで数多くの英霊達が普通にやっているそれを見て疑問に感じることは無かっただろうか?そう!英霊の武器ないし宝具はどこから取り出しているのだろうか。詳しいことは専門用語とかでてんで理解できなかったが、要するに召喚の一種らしい。

で、宝具となったバイクはそれの再現をするべく様々な手を打った。結果どうなったかと言うと独立した魔術回路(魔術刻印)として俺の右尻に刻まれた。訳わからん。魔眼と似たような扱いらしいけど、意味分かんない。

 

「……宝具かぁ」

 

宝具と言うのは本来、生前の英霊の伝説等が形となった“物質化した奇跡”だ。よって、宝具は英霊の分身と言っても過言ではない。この聖杯戦争(Grand order)では真名を隠す必要が無い為に宝具を何気無く使っているが本当は使用にもかなりの注意─話がかなり逸れたから切ろう。

で、何故俺の体に刻まれたのか?それは第一に、このバイクに俺が持ち主だと記憶されていたからだ。

第二に、宝具は“物質化した奇跡”であり英霊の分身なのに俺は精々ガンドが使える魔術師で英霊ではない。そこでエラーを起こした結果が魔術刻印と言うわけだ。しかしお尻に刻まれた理由は誰も知らない。

 

「ヤバイな。よくよく考えたら俺その内英霊になりそうだぞ?」

 

マーリンに聞かれたら英雄作成スキルとか使われそうだ。

 

 

十数分後。レイシフト管制室に多様なライダーが終結していた。

ある者は何の飾りっ気の無い魔術礼装。俺だ。

ある者は肩のスパイクと黄色いストライプが目を引く、黒いライダージャケット。大変格好いい。

ある者は真っ白で背中に『神聖なる旗に集いて吼えよ』と刺繍された特効服。大変異様である。

ある者は艶のある黒が基調、白いラインが括れを強調させるライダースーツ。大変エロい。

ある者は可愛らしい白いチューブトップにデニムのホットパンツ。凄いな。

ある者は白いシャツが見えるように前を開けた黒いライダースーツ。大変普通である。

ある者はただの黒い祭服。なのに背中に『双腕』の刺繍。いや駄目だろ。

 

「……何か、物凄く意外な人達が集ったものだね」

 

「マスターもバイク乗れんのか?」

 

「当然。じゃなかったらここに居ないよ」

 

モーさんは確かにライダーにクラスチェンジ出来るけど、それは水の上だけではなかったのか。

まぁ、乗り物なんて免許があればね。スキルとかクラスとか関係無いか。

 

「ところで免許あるの?」

 

「「「勿論」」」

 

金時のは知っているが、他の皆は知らない。モーさんから順繰りに見せてもらうと……。

 

「オレは大型も行ける」

 

モーさんは二輪は大型もオッケー。そして普通車MTも運転できるようだ。

 

(おれ)に免許なぞなんの飾りにもならんわ」

 

自慢気に免許を見せてくる弓の方の英雄王は現代の免許証では無かった。ナニコレ原典ですか?免許証の原典もあるのか?

 

「私のはこれです」

 

次はセイバーの方のジル。名刺のように渡された免許証はモーさんと同じ現代のちゃんとしたそれ。

 

「はいこれ」

 

邪ンヌの免許証もマトモな物。特筆すべきはほぼ全ての車両を運転できると言う驚愕の事実。しかも交付日がカルデアに召喚される前……正確にはあのクリスマスから約一週間後の12月31日。さてはサンタに張り合ったな!?

 

「私は残念ながら普通ですよ」

 

こちらの心情を見透かしたような笑いと共に渡されたそれは普通である。

何だか免許証確認するだけで疲れたぞ!

 

「皆(1名除く)ちゃんと免許証持ってたんだね……。取り合えず行こうか」

 

「そうだな。オレっちもベアー号も疾走(はし)りたくて仕方がねぇ!」

 

「行こうぜー!」

 

「皆興奮するのは良いけど、地形を変えるとか無しだからね?そこらへん気を付けてよ?」

 

「任せとけってドク!んじゃ、一丁頼むわ!」

 

「はいはい。気を付けてね」

 

ドクターのやや緊張感の抜けた見送りでレイシフトを開始する。

向かうは第五特異点。完全な修復はまだ終わっていない、広大な大地だ。

 

 

 





すまない……そんなに内容が無い話ですまない……




ぐだ男のステータスが更新されました ▼


宝具 魔改造された俺のバイク(スーパーカスタム・カワザキ):A+

前回特異点にてマルタが拾ってきたカワザキのKenja400Rがカルデアの天才達によって魔改造を遂げて宝具へと昇華した姿。
元々はただのバイクで、人理焼却と共に燃えた。だが、黒髭の聖杯の力でぐだ男の記憶その通りに再現された結果、魔術礼装となった。
色々、兎に角色々複雑難解な事になっており、宝具とは言っても魔眼や魔術刻印と似た扱いになる。よって、上手くいけば他の誰かに譲渡が可能。
乗っている間は、転倒防止:Aと風避けの加護(偽):Cの以上2つスキルが付与されてそうそう怪我はしない。


─因みにコイツは意識がある(バトルホッパー)



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Order.12 ツーリング!


新宿のアヴェンジャー……ワンワンって呼ばれてるのか……。




 

 

 

 

「イヤッホォォォォォイ!!」

 

ライダー時のようにハイテンションになったモーさんが赤白の厳ついフルカウルで未来のアメリカの大地を駆ける。

物凄い軽装の彼女の肌は夏のサーフィンですっかり健康的な褐色肌となっていて大変眼の保養になる。本当は日焼けとかしない筈だが、霊基を弄って残るようにしたようだ。そのせいかは分からないが、妙にしおらしい仕草とか、女の子扱いしても怒らなくなって寧ろ恥ずかしがるとかおかしくなってしまう始末。

どうしてしまったんだよモーさん……いや、そんなモーさんでも良いんだけど何だか対応に困っちゃう場面もあったりで……。

 

「ふははは!良い!気分が良いぞ雑種!特別に(オレ)の後ろを走ることを許す!」

 

「はぁ?何偉そうに言ってんのよ金ピカ。バイク燃やすわよ」

 

「それは勘弁しろ贋作!」

 

「ジャンヌ。私が後ろでも構いませんでしょうか?」

 

「別にどこだって良いわよ。勝手にしなさい」

 

「ははは。皆さん元気ですね」

 

やんややんやと騒ぐキャラ強めのサーヴァント達に追走する形でバイクを駆る。

皆各々どこで手に入れたのか分からないバイクだ。

ギルガメッシュは物凄く馬力がありそうな金色が目立つモンスターバイク……名前はギルギルマシーン。ダセェw

剣ジルは白い特効服からなら大体想像がつくだろう。勿論、旗もちゃんとジャンヌのを掲げている。

邪ンヌはネイキッドタイプのバイクだ。特に華美な装飾や魔改造が施されたようなゲテモノではない。徹底的に黒で統一しているようだな。

時貞(天草四郎)はなんと異色過ぎるモノホイールバイクときた。何か色々未来に生きている男だな……サングラスも畜生似合っていやがる。

 

「ヒュゥッ!最高にゴールデンクールじゃんよ大将!他の皆もゴールデンだ!」

 

「当然であろう!(オレ)が輝いていなくて誰が輝くと言うのだ!」

 

別に輝いている必要はないと思うんだ。と言いたいが言ったところで理解不能なゴールデン問答が始まるに違いない。

 

「マスター!隣走っても良いか!」

 

「良いよー。モーさん格好いいね」

 

「へへっ。電気系サーヴァントに頼んで作って貰ったんだ。何か……ミニマム……にゅーくりありあくたー?ってので動いてるらしいぜ」

 

「─」

 

ヤバい。ヤバいヤバいヤバい!!ミニマム・ニュークリア・リアクターだぁ!?それってつまり超小型原子炉が今!俺の!隣で疾走しているってことか!?

 

「も、モーさん……その、何だ。えっと……」

 

「あらますたぁ(旦那様)。モードレッドさんとお話するのも良いですが、私の事を忘れてしまっては困ります」

 

「おひっ!?忘れてないよ!?」

 

背中に当たる2つの柔らかい膨らみに吃驚して声が上ずる。その膨らみの持ち主は皆さんお察しのきよひー。

普段は着物でよく分からないんだけど、実際は中々立派なモノをお持ちな彼女。実はこのボディで12歳という。

 

「なぁ清姫。マスターにくっついてたいのは分かるけどさ……今回はただのツーリングだぜ?」

 

「ツーリングであっても探索であっても、サーヴァント()たるものますたぁ(旦那様)のお側にいて当然です」

 

「ちょっとそこ!ルビがおかしいわよ!」

 

「あらジャンヌさん。よそ見は危険ですわよ」

 

「そっちこそ!そんなにくっついたらかえって危険だって知らないのかしら?愛ばかり追い求めてそれ以外のモノを許容できなくなった弊害ね!哀れよ!」

 

「うぉ……今のはゴールデンデンジャーな爆弾発言だぞ」

 

「ジャンヌ!幾らなんでも言い過ぎです!」

 

「ふふ、ふふふ……」

 

「清姫がヤバいぞ!」

 

「喚くな雑種共!そして何とかせよ雑種!」

 

「アッー!アーツィ!アーツ!アーツェ!アツゥイ!」

 

「おや。マスターが何やら変な声を……」

 

強く抱き締められたきよひーからとてつもない熱を感じる。見れば眼にはハイライトが無く、口からチロチロと火が出てりゅぅぅう!!

 

「落ち着け大将!いっぺん止まってくれ!」

 

「すいませへぇぇん!」

 

 

「……む?これは食えるのか?」

 

「待って……うん。大丈夫」

 

「便利なデバイスだな」

 

「サーヴァントユニヴァースにはこのくらいなら一杯売ってる」

 

場所は変わり、第三特異点オケアノスの一島で食べられそうな物を探しているアルトリアオルタ達。

元々その手の知識を持っていない彼女達の頼みの綱はセイバーオルタの直感とバーサーカーオルタの超性能デバイス。そしてランサーオルタと言うと─

 

「んっ……ん……はぁ、はぁっ。お、大きくて長いな……こんな大きいの……果たして入るのだろうか……?んっ、んっ……んぅっ……んな!馬鹿な!まだ大きくなるのか……駄目だ!こんなに大きいとどんどん深い所に……んぅあ!!ぬ、抜いてくれぇ!」

 

「あ。ランサーが穴に嵌まった」

 

「はぁ。あんな情けない姿を晒しているのが自分と思うと虚しくなるな。少し待て」

 

ランサーオルタは直感は無いのでラムレイに採集した食材を乗せたり、ロンゴミニアドで埋まっている自然薯をゴリゴリと掘り起こしたりしていた。

これで通算20本目と言う時にとてつもなく大きい自然薯を発見し、深く深くと掘っていたら実際はもっと大きく育っていた自然薯。ランサーオルタの半身をゆうに超す長さとなってはラムレイの荷物籠に入らない。だが折るわけにもいかない、と更なる深さを求めた所、穴に嵌まった始末。

自然薯が何故オケアノスに自生しているかは気にしたら負けである。

 

「た、助かった……」

 

「情けない」

 

「そんな大きいモノ持ってるから嵌まるんだと思う。そんな邪魔なモノ、別に羨ましくは無いけどどうしたら手には入るのか興味がある」

 

「ロンゴミニアドは邪魔なモノではないぞ。用途は色々ある。穴も掘れるしな」

 

「……」

 

そんな答えを求めているのではない。と言った表情でランサーオルタの胸を凝視するバーサーカーオルタ。

サーヴァントとしてはやや特殊な存在である(サーヴァントユニヴァースなる所から来た)彼女(とヒロインX)は実は身体的精神的成長……つまり生きた生物としての成長が可能。だから彼女は自身の事を育ち盛りだから食べれば大きくなると述べる。

 

「それよりもこの茄子とキノコが食べれるか気になるのだが、チェックを頼む」

 

「任せて」

 

 

時は同じく第七特異点バビロニア。こちらではオルタではないアルトリア達が魔獣を狩っていた。数ある魔獣の中でも、彼女達のお眼鏡にかなったのがムシュフシュ。

外皮が硬いながらも肉は脂が程よくのって軟らかく、淡白な味で狩りやすい。角は食べれないが、ウルクで高く売れる。そしてその金で食材を買う。

そんな彼女達の計画の為に、ムシュフシュと言う魔獣はたった2時間と短い間に半数となっていた。

これぞ弱肉強食。弱きものはその自然の摂理の前に淘汰されてゆく。

 

「ふぅ。結構な量が集まりましたね」

 

「セイバークラスのままアーチャー装備使うの反則だと思うんですけど、そこら辺どう思ってます?」

 

「別に使えるなら使って当然ではないかと思いますよ。私だってそこら辺にエクスカリバーが落ちてたら使います」

 

「ならばシロウを見てみて下さい。彼はアーチャーでありながら通常剣で槍もいけるんですよ」

 

「彼は本来抑止力で─お?ノルマ達成ですか?」

 

こちらはドゥン・スタリオンにカルデアから持ってきた、食材保存用魔術ボックスなるものを引っ提げて、それに捌いた肉を詰め込んでいく。

なんでもこのボックスの開発はメディアと同じくキャスターのサーヴァント─ではなくカルデアに遊びに来ている魔法少女イリヤスフィール─ではなくそのステッキであるマジカルルビーで、ボックスその物はただのクーラーボックスなのだが魔術によって内部の空間を拡大してあり、ほぼ魔法と言えるものである。

ルビーと他2名のサーヴァント曰く、ゼルレッチの宝箱。それとこれの違いと言えば箱がちゃっちいのと肉の鮮度を保つ謎の仕組みが施されている程度だ。

 

「ノルマは達成した。後は魚介類になるな」

 

「シロウから釣竿を借りてますので日が暮れる前に終わらせてしまいましょう。フィッシュですフィッシュ」

 

何だかんだ言いつつも複数のサーヴァントに助けられてる形になった彼女達の次の獲物は魚介類。

一見、オケアノスの方が良さそうと思われ勝ちだが、実はぐだ男達がバビロニアの海鮮食材の方が美味いと確認済み。とは言ったものの食べた事がない彼女達は興味津々。

 

「さぁ。行きましょう」

 

 

「正座」

 

「は?何で私が」

 

「……おい。誰が発言を許可した」

 

「な、何よ?そんな凄んでも私に効果─」

 

ガシッと擬音が付きそうな勢いでそっぽを向いていた顔をぐだ男へと無理矢理向けられる邪ンヌ。そして目を見開いた。

ぐだ男の顔は影か何かで輪郭が辛うじて分かる程に真っ黒になっていて、真っ赤に煌めく双眸と口から冷気のような物を「ハァァ……」と出してる以外表情も何も分からない。その様子はアヴェンジャーのサーヴァント、アンリマユが眼だけ残してあと全身を真っ黒にした時に酷似している。こんな恐ろしい顔を除いて。

 

「……あ""?じゃあ試してみるか?俺の魔眼を」

 

「はっ……そんな力があるわけなひぃぃぃんぅっ!?」

 

より強くぐだ男の双眸が輝くと邪ンヌが変な声を出して膝から崩れ落ちる。

その様子を見ていた他サーヴァントは見た。ぐだ男が話し終えた瞬間に邪ンヌの頭を掴んでいた右手の甲の令呪が一画弾けたのとその双眸からガンドが撃ち出されたのを。

 

「ふははは!雑種にしては面白い令呪の使い方をするではないか!初めて見たぞ!くっくく……ははははは!止せ腹が捻れ……っはははは!!」

 

「眼……め、眼から……眼からガンドが……」

 

「大将もたまにスゲェ事するよな」

 

ギルガメッシュは腹を抱えて笑い、モードレッドは凡そ人とは思えないガンドの撃ち方に恐怖か感動か興味かもうよく分からない感情に身を震わせ、金時はただただ感心。

 

「眼が!眼がぁぁぁぁあああ!ガンドが眼にぃぃぃぃ!!」

 

「邪ンヌ。分かるか?」

 

「わわわわ分かった!分かったぁ!だからゆるじでぇぇぇぇ!!」

 

流石の邪ンヌも粘膜系への攻撃は耐え難いものだった様で、涙を流して許しを乞う。

勿論そこまで鬼ではないぐだ男はスキルの『イシスの雨』を使用。邪ンヌの頭の上に小さな雨雲を生成。そこから雨が降って邪ンヌをひたひたと濡らす。これでデバフが解除されるのだが、しくしくと女座りで涙と雨で濡れた邪ンヌに冷静になったぐだ男がオロオロし始める。

忙しい男。

 

「え、えと……邪ンヌ。その、俺もやり過ぎた……ごめん」

 

「う……っさい……馬鹿ぁ……」

 

『あー!ぐだ男君が泣かせたー!これは駄目だぁ!いくらマスターだからってそう言うのは良くないなぁ!これは男らしく落ち着かせるしかないんじゃないかなぁ!?』

 

「ドクター……分かりましたよ。後で覚えてて下さいね?」

 

『ぉ……ご、ごめんね?』

 

ドスのきいた小声でドクターに返した直後に魔術礼装カルデアの上着を邪ンヌにかけて後ろから抱き締めるぐだ男。良くある少女漫画的なやりかたに霊核(しんぞう)が跳ね上がった

耳元で囁くぐだ男の声はまるで『ドSだけどいざというときにはちょっとデレてくれる理系の先輩』のよう。

トリスタンとランスロットから叩き込まれたぐだ男の甘い言葉で足腰立たなくなった邪ンヌの様子にジルが興奮のあまり発狂してクラスチェンジ一歩手前だったり、きよひーとモーさんが苛々してきたり、天草四郎は後でバラ撒く用の動画を録ったりと外野は好き勝手しているのに気付かず、邪ンヌは回された腕を引き離そうとする。

 

「は、離れなさいよ……!」

 

「(えーと、確かこの時ランスロットは……)君の綺麗な顔を濡らしたのは俺だ。その涙が枯れるまで……俺が涙を拭いてあげるよ(うっわぁぁぁ!何だこのクサイ台詞!)」

 

「~っ///!」

 

「ファァァァァァァァァァアアアアアアアアア!!!!!ジャァァァンヌゥゥゥ!!黒い方のジャンヌもォォォォオオオ!」

 

「うお!?ジル・ド・レェがキャスターっぽくなってきた!」

 

「……茶番はそこまでにしておけ」

 

「え?」

 

『ぐだ男君敵襲だ!シャドウサーヴァントが複数!』

 

ギルガメッシュと金時が戦闘態勢に移行したのを皮切りに他のサーヴァントも武器を手にする。

ぐだ男も立ち上がれない邪ンヌをそっとして拳を構える。

 

「おいマスター。もしやそんな拳一つで戦うと言うのではあるまいな?」

 

「いやいや。拳は二つあるから」

 

「て言うかマスターが前線でサーヴァントと一緒に戦ってのがあんまり良くないよな」

 

「そう言うな。そんなに少ない訳でもなかろう。ほれ、これを貸してやろう」

 

ギルガメッシュが宝物庫から槍を取り出してぐだ男に放る。それをキャッチしたぐだ男は使用感覚を得るために数回回して石突で地を突く。

 

「結局こう言うイベントが挟まっちゃうんだから……行くぞ!」

 

 

 

 





えっちゃんがレベルアップの時に「育ち盛りですので……」ってのをネタにしてみましたが、実際に設定で成長があるのかは分かりません。
サーヴァントである故に無いとは思うんですけど、気にしないでも良いかなって書いてます。



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Order.13 スポーツ!Ⅰ

アーサーが出て来ましたねぇ。
そう言えばアーサーに対してはモーさんの特効はやっぱりつかないらしいですね。



 

 

サッカー。それは世界において、最も知名度があると言っても過言ではないスポーツ。

国と国とが自国の精鋭を送り出し、定められた舞台で空気の入った球を蹴り、転がし、得点と己の技能を競いあう。最早それは、代理戦争と言ってもおかしくない。それ程、このサッカーというスポーツは世界に根付いている。

その歴史はとても長い。長い故に起源が何処から、誰が、いつからか確立した情報が無い(一応起源はイングランドとはなっているが、人類歴史が始まった時からある種のフットボールは存在していた可能性の記述もある)。だがはっきり言ってそんな事はどうでも良いのだ。

サッカーが200を越える国と地域で、世界で愛されている。それをプレイして楽しんでいる者達が居る。見て元気を貰う者達が居る……その事実がある限り、始まりが何だろうがサッカーという競技形態に異常が出るわけでもなし。

我々は長い歴史によって積み重ねられ、作り上げられた“今のサッカー”を必要としている。ただそれだけで良いのだ。

 

「ォラアッ!」

 

だが理解せよ。

スポーツとて安全が保証されている訳ではない。サッカー、野球、テニス、バスケットボールetc……全てにおいて“人”という要素が絡んでこそのスポーツ。

危険を少しでも無くす為に“ルール”と呼ばれる絶対条件が存在するのは言うまでもない。それでも、不確定要素によって人は怪我をする。

 

「ぐぼぁっ!?」

 

怪我をして当然なのがスポーツだ。

怪我をしないでするものなど、それはスポーツではなく遊びだ。

そしてスポーツは……時に本当の戦争にも変わる。

 

「シャァッ!」

 

「おぶぐっ!!??」

 

「衛生へぇぇぇぇぇぇぇい!!」

 

仮に……仮にだ。サーヴァント達がサッカーを興じたりしよう。何が想像できる?

 

「くっ!ディフェンス頼む!」

 

「■■■■■■■!!」

 

「ヘラクレスか!面白れぇ!」

 

そしてそこに大して強くもないマスターが混ざっている。英霊になるやつらは大概どうかしてる。そんなやつらが「あはは」「うふふ」「そぉーれ」なんて綺麗なスポーツが出来るものか。否!断じて否!

 

「食らいやがれ!刺し穿つ公式の球(ゲイ・ボルク)!!」

 

「■■■■■■■!!」

 

蹴られた公式球が赤いオーラを帯びて立ち塞がるヘラクレスへと刺さった!……のはイメージで、分厚い胸板に弾かれたそれは、すぐに隣のマスター、ぐだ男に優しくパスされる。

 

「……落ち着こう。俺はマスター。ただの貧弱魔術師だ」

 

「それがどうした契約者よ。汝は既に我らが敵……覚悟を決めるがよい」

 

「嗚呼……鐘の音が聴こえる……」

 

「球を出せぃ!」

 

正しくそこは戦場。サッカーと言う名の戦争がここにあった。

 

 

当時の俺は何て思慮の浅い男だったのだろうか……。

 

「サッカー?モーさん出来るの?」

 

「まあな。ツーリングも良いんだけど、やっぱり体を動かしたくなるし」

 

「成る程……あまりスポーツしないもんね。よし!じゃあ今度ポスター作るから応募でやってみようか」

 

ツーリングも終わって、ただスピードだけを求めていた当時の俺。ハイテンションのまま閃いたそれを、もっと何で考えずに実行してしまったのか。

 

「楽しみだなぁ。俺もそんなにサッカー詳しいじゃないけど、どんな英霊の試合が見れるかなぁ」

 

そうだ。優勝チームにはメンバー1人1人の要望を何でも叶える特典にしよう。聖杯こそ使わないが、不満等を解決していくには最適だろう。

そう、思っていた矢先、思いの外集まったサーヴァントの中から「コンサートしたい」「マスターとサーヴァントの関係を入れ換えたい」「マスターと相部屋に」「魔術用に心臓が50個欲しい」と言った、断るのも難しく且つ、叶えるのに嫌な予感しかしない要望がポンポン出てくるではないか。

しかもサッカーできるサーヴァントであるアルトリア系が揃って外出中……一度要望を何でも叶えると謳って集めた以上、変えると混乱や不満が発生してしまう。それは今後の信頼関係や戦闘にも支障を来す。だから俺は考えた。

 

─逆に考えるんだ。勝っちゃえば良いさと考えるんだ。

 

 

「うぉあああああ!」

 

気付けば俺は宙を舞っていた。

何かキングハサン(じぃじ)から攻撃をされた訳でもなく、ただの気迫に負けた。何て強いんだ……!

 

「マスター!にゃろう!」

 

「騎士王の息子よ。汝にはあの鐘の音が聞こえるか?」

 

「はっ!なんも聞こえ─」

 

ゆっくりとボールを転がしてゴールへと向かうキングハサンの前に立ちはだかるはフォワードでありながら、ほぼ最後部まで走ってきたモーさん。

彼女ならあるいは……と思った矢先、モーさんの眼から光が消えた。キングハサンの顔を見上げたまま、瞬き一つせずに立ち尽くしている。

ザワザワとざわめく観客の声の中、俺はモーさんがどうなったか予想がついていた。

 

「そうか、聞こえたか。ならば進ませてもらう」

 

モーさんは聞いたのだ。鐘の音を。死を告げる鐘の音を!

 

「モードレッドさん!っ、この気迫……何て強大な……」

 

「行け(じい)さん!」

 

「晩鐘は汝の背(ゴール)を指し示した……」

 

キングハサンが一歩踏み出しただけで黒い靄が辺りを包む。二歩目は光を遮り、三歩目は完全な静寂と闇がフィールドを支配した。

 

「シャアッ!」

 

闇にキングハサンの眼が光ったと思うと某少年サッカー漫画を彷彿とさせるシュート。

ゴールキーパーであるマシュに真っ直ぐ飛んで行く。

 

「シールドエフェクト、発揮します!」

 

スキルで防御ステータスを上昇させたマシュが両掌を突き出す。刹那、大気が揺れて闇が晴れる。

 

「マシュ!」

 

「くっうぅ……!」

 

ボールがマシュの掌に着弾(・・)してから数秒が経過した。それなのにボールは回転摩擦で煙を吐き出しながら止まることを知らない。

 

「っ!はぁっ!」

 

驚異の運動エネルギーを見せたそのボールを上に弾いて何とかやり過ごすマシュ。

 

「こ、これが……キャプテン(おきな)……!?」

 

「キャプテンは私だが、またそれも当然の実力!もう私の親指かむかむ戦略もりもり(フィンタン・フィネガス)も出してしまおうか!」

 

「勝てる手段があるなら先に出しておいた方が良いぞ。あちらはマスターが率いていると言う事を忘れるな」

 

マシュが驚愕しているとフィンがスカサハに言われて親指を噛む。

く……!あっちにDHAマン(フィン)って状況把握が優れたゲームメーカーがいる以上勝てる気がしない!

 

「審判!そこのアズラれたモーさんを下げてくれ!クレオパトラ来てくれ!」

 

「私が出るんですの?しかし、こんな柔い球で大丈夫かしら?」

 

真っ先に出てきた言葉がそれとは……流石は近接戦闘型ファラオ。彼女の素早い蹴りならば幾ら戦略がもりもり出てきてもそうそう捉えられまい。

しかし……。

 

「フォワードは変わらず3人か……キングハサンと兄貴と師匠……プレッシャーで死にそうだ」

 

そもそもチーム分けを説明していなかった。

先ず、今回の対戦相手……『DHA』はリーダー、フィンを筆頭にキングハサン、師匠、兄貴、プロトニキ、キャスニキ、叔父貴、ディルムッド、レオニダス、カルナ、ヘクトールと大分ランサーないしケルトなチーム。複数人超強いサーヴァントが居るが、ことサッカーに於いてでなら大差は無いだろう。

……と、さっきまでそう思っていた。やってみたらどうだ?師匠は殺気全開でボール奪いに。兄貴は見事なドリブルとボールの扱いで支配力を高める。キングハサンはただボールを軽く蹴って転がしているだけで鐘の音が鳴る。死屍累々は避けられん。

対してこちらは急遽俺がリーダーを務めることとなった『グダーズ』。リーダーの俺。マシュ、嫁王、モーさん、アーラシュ、子ギル、ジャンヌ・サンタ・リリィ、牛若丸、クレオパトラ、ヘラクレス、キャット、ゴルゴーン。

試合は既に15分経過していて、『DHA』が得点3。こちらが得点1だ。

 

「先輩……これ以上シュートを受けるのは難しいです!」

 

「ごめんマシュ!もうちょっと耐えてくれ!クレオパトラはヘラクレスとツートップ!」

 

「■■■■■!」

 

「よくてよ!」

 

「マシュはアーラシュにパスしてくれ!アーラシュはゴールに長距離シュート(ステラ)を頼む!」

 

「はい!」

 

「任せな!」

 

このサッカーは確かに戦争だ。だけど、俺は知っている。どんな殺人シュートだろうがステラだろうが、決して死なない。何故なら─

 

「こんなギャグ補正でそうそう死者なんか出るわけないよな!いくぜぇ……流星一球(ステラ)ァァァアアア!!」

 

「やはりそう来たか!」

 

アーラシュがトラップしたボールをノーバウンドで蹴る。

爆発的なエネルギーがアーラシュからボールへと注がれ、輝かしい真っ白な光の軌跡を描いて敵ゴールへと飛んで行く。

 

「レオニダス殿!」

 

「お任せ下さい!ムンヌァ!!」

 

敵ゴールキーパーはレオニダス。その隆々とした胸板で受けとめるようにボールをホールドし、地面にうつ伏せになる事でエネルギーの分散を計る。しかし─

 

「くっ!こ、これは……私の計算外ッ……!?」

 

ステラのエネルギーを殺しきる事は叶わず、グラウンドとレオニダスのユニフォームを焼き払って尚もゴールへと押し込んで行く。

必死に抵抗するレオニダスだが、遂には体が地面から離れてボールと一緒にゴールネットへ押し込まれる。

 

『おぉー!流石大英雄の一蹴り。あの盾サー随一の実力を誇るレオニダス選手の防御をハネ退けるとは』

 

『でもステラすると死んじゃうんじゃ─あ』

 

何処からか実況するダ・ヴィンチちゃんとドクター。そのドクターがアーラシュの心配をするが何かに気付いた様で、間の抜けた声を出した。

 

「おーヤバかったなマスター。流石にあのレオニダスともなれば防がれるんじゃないかと肝を冷やしたが……俺のステラも鈍ってなくて良かったぜ」

 

アーラシュが俺に笑顔を向けてくれる。

自分がどうなっても、この戦いを終わらせる為にその技を出す姿に俺はアーラシュという大英雄()の生き様を見た。

 

『あ、アーラシュ選手が……全裸に!?』

 

ステラを放ったアーラシュは体が爆散するわけでもなく、霊基がズタズタになった訳でもない。ただ単純に身に纏っていた衣服が全て弾けたのだ。

 

『これは?おっとイエローカードかな?アーラシュ選手にイエローカードが出されたね。これはやはり威力とかではなくて露出行為によるものでしょう。それにしても然るべき箇所に謎の力が働いて見えないのがレッドカードを免れた理由か。これをどう見るロマニ?』

 

『どう見るも何も、それじゃないの?』

 

「悪いなマスター。もうステラは出来ないみたいだ」

 

「いやいや。これ以上アーラシュを社会的に殺すような事はさせるわけにはいかない。死なないとは分かってたけどそっちの意味で死んで良いわけじゃないし」

 

ユニフォームを着終えたアーラシュを元のディフェンスポジションに下げ、他のメンバーを一瞥する。

敵味方問わず動揺しているが、俺の頭はグルグルと勝つために回転していた。敵は目まぐるしく変わっていく状況を整理し、思考し、最適な解を導き出せる。それは凡そ平均的な頭脳の俺では到底及ばない領域。

しかし、俺とDHAマンの違いは思考能力ではない。サーヴァントとのコミュニケーション能力だ。アイツにヘラクレスとアイコンタクトと親指グッ上げだけで会話ができるか?牛若丸に「ボール()取ってきて」と一言言うだけで見事すぎるインターセプトやスライディングをさせることが出来るか?

 

『試合再開!』

 

ディフェンスのプロトとキャスターの兄貴2人が互いにボールをパスしながら上がってくる。

 

「主殿!私はいつ首を取りに行けば!?」

 

「まだ。なぁに。心配しなくてもボール()はあっちから来るさ」

 

「先輩が邪悪な笑みを浮かべています!」

 

「ちぃっ。牛若の嬢ちゃん相手に俺らじゃキツい。スカサハに任せるか」

 

「とっとと渡さんか馬鹿者」

 

キャスニキが師匠にパス。今にも飛び付きそうな牛若丸をステイさせて俺がボールを片足で受け取った師匠の前に立ち塞がる。

 

「……ほぅ。前よりも更に良い目をするようになったな。しかし、眼力では私は止められんぞ?」

 

師匠から発せられる殺気が増大する。しかし、そんな事は事前に俺とて覚悟はしていた。

さっきのキングハサンとはまた別の圧力を持つプレッシャーに膝を付きたくなるが、震えながら確りと立ち、師匠から一瞬たりとも目を離さない。

 

「何やってんだよスカサハ!早くマスターを抜いてゴールに向かえって!」

 

「黙っておれ馬鹿弟子(槍)。貴様の心臓からもう一本槍を生やし(に槍を刺され)たいか?」

 

「ケッコウデス」

 

「さてマスター。お主はどれだけ出来るかな?」

 

師匠が俺を試すようにボールを動かし始める。割りとサッカー楽しんでる様子の師匠に意外と思いつつも、感じるプレッシャーは変わらない。

兎に角今は落ち着いてボールと師匠の動きを見て機会を伺う。

 

「……」

 

「……」

 

師匠の動きは素人目にもプロサッカー選手以上だと分かる。正直ケルト組はみんなそんな感じがするが、師匠は別格だ。

 

「よもやあの眼からのガンド狙いか?止めておけ。例え令呪を使用したとは言えそれは私に当たらん」

 

「……っ」

 

『眼ド』です。

 

(しかし何だこの違和感は。マスター相手なら一瞬で抜けられるが……何かが─)

 

俺だって何も考えず相対した訳じゃない。ただ師匠が果たして思惑通りに動いてくれるか……。

 

「……マスター。お主は私を止められると思っているのか?」

 

「まさか。止められないけど─ボールを奪うことは出来る」

 

(この自信は何だ?何を企んでいるお主は)

 

「凡そ私からボールを奪える者は存在しない」

 

「うへ」

 

俺の自信に警戒してか、スキル『魔境の智慧』を使用した。何だ?千里眼か?それとも……。

 

「うぉぉぉおおお!!」

 

「ハッ。雄叫びを上げても取れるとは限らんぞマスター!」

 

「!いけない!御子殿、彼女を止め─」

 

親指を噛んでいたDHAマンが俺の作戦に感付いたようだが、時既に遅し。

師匠が超高速のドリブルで。俺が散々鍛えた脚力と瞬間強化スキルで底上げした膂力で互いに交差する。

僅か1秒足らずの攻防。静まり返った直後に声を出したのは俺の後ろの師匠だった。

 

「……まさか、この私からボールを奪うとは」

 

「─ハァッ!はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」

 

師匠の言う通り、俺はボールをあの短時間に見事奪取することに成功した。

全身総毛立つ殺意と相対したのはほんの少しの時間だったが、まるで1分……いや、10分を一瞬に圧縮したような感覚は立っているのが限界と言わんばかりに脚から全身を震わせる。だがそれで終わるわけにはいかない。

残る力を振り絞って斜め後ろにいた牛若丸にパス。宝具サインを出した。

 

「感謝します主殿!壇ノ浦・八艘蹴!」

 

最早無理矢理押し込んだとしか思えない宝具名で牛若丸が駆ける。敵のディフェンスを瞬間移動と間違えるほどのスピードで掻い潜り、何処からともなく現れた舟を足場にゴールまでボールを運んだ。

 

「く!速すぎて見えませんでした」

 

「ふぅ。やりましたよ主殿!」

 

駆け寄ってきた牛若丸の頭を撫でて上げるとくすぐったそうに目を瞑る。しかし、ユニフォームの着方が良しくない。少し動けばポロリは必至の着方は何とかならないものか……。

 

「……けど、これで3対3」

 

ノリで始めたとは言え、参加者達は一部を除いて本気だ。

勝たなければ……何としても!

 

 



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Order.14 スポーツ!Ⅱ

かなり間が空いてすみません。
ちょっと忙しい時期でしたもので……内容もかなり酷くなってます……
誤字とか多いかもしれませんが、自分でもまた確認しておきます


 

 

 

「マスター。先刻の攻防……何をした?」

 

「私も気になります先輩。あのスカサハさんからボールを奪うなんてとても先輩に出来るとは……」

 

「……まぁ、俺にそんな実力なんてな……」

 

「あ、いや、そんな事はないです先輩!」

 

「さてともかく。さっきのはスキルを使用しただけだ」

 

「スキルを?」

 

「そう」

 

簡単な話だ。

先ず、俺は瞬間強化をかけた後すぐに緊急回避と必至を使用した。緊急回避は師匠の防御(の余波から生まれる攻撃)を掻い潜るために。必至はボールへとターゲットを選択して必中状態になってボールを奪うために使った。

かなりバフを盛ってやっと、師匠からボールを奪うことに成功した。

正直な話、途中の魔境の智慧は予想外。もし師匠が無敵化を使ってたら今頃ベッドの上だ。何しろ無敵貫通スキルを持ってないからな。

 

「やっぱり先輩は凄いです。私はボールを止めるので精一杯なのに、キングハサンさんやスカサハさんに立ち向かっていくなんて」

 

「一応キャプテンだしね。それに優勝特典で破滅したくない」

 

「マスターは誰の要望を恐れているんですか?」

 

「良い質問だギル。皆が想像する不特定多数の問題英霊達の要望全てだ」

 

「うわー。難儀ですね」

 

そうだろう。と返すとジャンヌ・サンタ・リリィが……何か簡単な呼称は無いものか……取り合えず彼女は邪ンヌ・リリィと呼ぼう。

 

「トナカイさんトナカイさん。ボーッとしてません?」

 

「っとごめんジャンヌ。それで、挙手してどうしたの?」

 

「えっと、後半戦はどう動くのか訊きたくて」

 

「そうだなぁ……もう師匠に同じ手は効かなかったしカルナも『真の英雄は眼でドリブる!』とか言ってちょくちょく上がってくるからキツくなったよな」

 

警戒すべき相手はフィン、師匠、キングハサン、カルナ。その四強を相手にどう立ち回れば良いのか分からない。

こんなんだったら魔神柱相手に単独で突る方がずっと楽だ。

 

「兎に角得点は何とか稼いだ。が、8対6でこちらが劣勢……後半戦で3得点無失点を叩き出さないといけないからかなり厳しい戦いになる!だから滅茶苦茶な指示を出すかも知れないけど最後まで諦めるな!」

 

とは言ったものの、サーヴァントのパワーが乗ったボールを受けるマシュが限界を迎えている。これでは無失点は無理だ。どうする……?

 

「……ネロ。少し良いか?」

 

「む?どうしたぐだ男よ。余であればいつでもそなたの言葉を待ってるぞ」

 

「ぉ、おぉ……何か待たせてたみたいでごめん」

 

「謝るでない。確かに、前話で余の登場は名前のみ。しかもメンバー紹介の時以降で全く触れられなかったのはちと物申したかったが……それはそなたの意思ではない。あのソロモンとやらを一頁で終わらせるつもりと豪語する作者と呼ばれる者が─」

 

「メメタァァァァァアアアッ!!メタいからマスターストップです!」

 

「ぬぅ?良いではないかぐだ男。あのソロモ─ん?何だと?そろ……んも?」

 

「ところでご主人。後半戦からはポジションの変更が宜しいと思われ。マシュが無理ならご主人がバフの重ねがけでゴールを死守するしかないナ」

 

キャットが差し出したメモには俺にかけられるべきバフの一覧と各サーヴァントによるボール威力。空気抵抗やらベクトルやらでびっしりと埋まっていて、相当な計算が成されていることが伺える。

お前はバーサーカーではないのか?

 

「俺があの並み居る強者達のボー─ん?何これ」

 

「き、キャットさん!私はまだ大丈夫ですから、先輩は司令塔として……先輩?」

 

「んぁ、ごめんごめん。何でもない。えーと、で……ネロ。さっきの続きなんだけど、マシュをスキルでカバーして欲しいんだ」

 

「おぉっ、そう言うことか。任せよ」

 

「ジャンヌも宝具で攻撃はしなくて良いからマシュにバフを。マシュも自分にスキルを使ってガチガチに防御を重ねてくれ。後は俺達が先に3点をソッコで取って耐えるだけだ。頑張ってくれ皆!俺も死ぬ気で頑張る!」

 

 

「おうおう。あちらさんはかなりやる気があるみてぇだな。んで、どうするよフィン」

 

「マスターは私の予想を上回る動きを見せています。まぁ、分かっていた事ではあるが!」

 

「分かっていたのならそれを阻止すべく動かんか。……確かにぐだ男相手では中々予想通りに動かないものだが、それでもな」

 

「そうだよなぁ。ぐだ男相手じゃ流石のフィンも親指噛みっぱなしじゃねぇのか?」

 

「絵面的にはただのおしゃぶりしてるイケメンにしか見えないな」

 

後半戦に入る前のインターバルで、チーム『DHA』もぐだ男の土壇場の底力にどう対抗するべきかを考えていた。

例え物理的な力で遥かに勝ろうとも、強靭極まりない精神の持ち主相手では覆されてしまう。

例え宝具に昇華した分析力で遥かに勝ろうとも、咄嗟の機転が大概予想だにしない相手では覆されてしまう。

彼らが相対するのはそういう男─人類最後のマスターなのだ。

 

「エリンの守護者よ。その力に頼っていては契約者には勝てぬ」

 

「“山の翁”殿……我が王よ。このディルムッドがマスターと一騎討ちを行います。私の宝具であれば彼の自己強化スキルを無効化させる事が可能です」

 

「……指を噛まずして、か……よし。であれば今一度乞う。影の国の女王よ。その慧眼や知識、経験をもってして不甲斐ない私の代わりに司令塔をお願いできないでしょうか」

 

「聞き受けたぞエリンの守護者、フィン・マックール。その実力、衰えてはおるまいな?」

 

スカサハが口角を上げた。

 

 

ホイッスルと共に後半戦が開始される。

スカサハとフィンの読み通り、マシュにバフを重ねがかけた『グダーズ』。後半戦中間までも読み通りだった。

しかし、バーサーカーである筈のキャットの読みも当たっており、『DHA』も攻めあぐねいていた。それにより互いの点数は変わらず、体力だけが削れていった。

 

「バーサーカーとは一体……」

 

「言うんじゃねぇディルムッド。特にあの猫だか犬だか何だか分からねぇナマモノに関しちゃ常識なんて効かないからな」

 

「キャプテンが師匠に変わってからもっとキツくなった……けどキャットの読みがこうも当たると……」

 

「やはりあの生き物はオリジナルのように若干世の理から外れてる気がしませんこと?」

 

両チームがキャットのスペックに再度驚きつつもボールを奪い合っていると、不意を突いたかのようにホイッスルが鳴る。

 

『あ。クー・フーリン(術)選手がファウルです。ペナルティエリアでギルガメッシュ選手相手にファウル』

 

『あれかな?ギルガメッシュ選手の挑発に乗りすぎたのかな?』

 

「来たッ!PKだ!集合、全員集合!」

 

フィールドの誰よりも早くメンバーを集合させるぐだ男。

一方のスカサハは分かりきっていた挑発に乗ったクー・フーリン(術)を審判が目を逸らした隙にどつく。

 

「ゴルゴーン、お願い」

 

「断る」

 

即答。

 

「……だよね。いくらゴルゴーンでも緊張して恥ずかしいもんね」

 

「違うわ!」

 

「じゃあやってよ」

 

「へ、ヘラクレスで良いだろう!コイツの筋肉を見てみろ!」

 

「じゃあこれを見ろぉ!……刮目せよぉ!」

 

「何故2度言う!?」

 

大事な事を言うので2度繰り返したとぐだ男。ベンチから持ってきたタブレットを見ると、そこには各サーヴァントの名前と顔写真が羅列している。

あいうえお順のそれを筋力順にソートすると、筋力:A+のヘラクレスを差し置いて筋力:A++のアステリオスをトップにゴルゴーンが続く。

全サーヴァント中、そのステータスを持つのはこの2名しかいない。

 

「ぐっ……私はそんなに筋肉質では……!」

 

「黙らっしゃい!現にこのステータスが全サーヴァント中トップだと語っている!」

 

「……いい加減にしろ。せめて優しく殺してやろうと思っていたが、気が変わった。早く死にたいとせがみたくなるよ─」

 

「令呪を以て命ず。従えゴルゴーン」

 

「このサディストがあああああああ!!」

 

結局令呪でゴルゴーンをキッカーに指名してPKが始まる。

 

「覚えていろマスター……」

 

「ハハッ!流石にマスターには逆らえませんでしたか!この前私を石にしたような眼力は何処へいっ」

 

ゴールキーパーのレオニダスが喋り終わる前に怪力スキルも乗った1球がゴールごと約100m後方へブッ飛ばした。

 

「やりすぎだろ」

 

「ふんッ。これくらいサーヴァントなら誰でも出来る」

 

ぐだ男に睨みをきかしたゴルゴーン。ぐだ男は目を合わせまいと下を向き、ディフェンスに戻るよう指示をする。

 

『ちょっと試合続行は難しいかな?フィールドの形変わってるし』

 

『レオニダス選手は大丈夫みたいだけどゴールがね……』

 

「取り合えずこっちで何とかしてみます」

 

『流石ぐだ男君。無人島を開拓しただけの事はあるね』

 

試合を中断。ぐだ男は過去に無人島を開拓したメンバーを集めてせっせとフィールドの整備とゴールの修理を始める。ルーンを使い、道具を使って終わらせていく。

ものの5分でボールを始めとした要具とフィールドが元通り。

数分の間を置いて試合が再開される。

ディルムッドがドリブルで上がってきたのをぐだ男が立ち向かう。

 

「マスターお覚悟を!破魔の紅球(ゲイ・ジャルグ)

 

「くぉッ!?」

 

右足で蹴られたボールがぐだ男に当たる。するとぐだ男が自信にかけていた強化魔術が全て掻き消される。刹那、ディルムッドの後ろから姿を現したフェルグスが声を張った。

 

「やっと出番か!では遠慮なくいかせてもらおう!虹霓球(カラドボルグ)!」

 

「グボォアッ!!??」

 

ボールがぐだ男の腹にめり込む。最早宝具とは名ばかりの強烈な間接攻撃。これならファウルにはならないとは言え、やっていることはどこぞの超次元サッカーと変わらない。

そして当のぐだ男はボールと同じ回転をしながら戸惑うマシュが居るゴールへと一直線。これでゴールすると勝ち目は無くなる。終わりだと何人かが思った時、事態が急変した。

 

「─ふんっ!!」

 

ズンッ!と地面に足が埋まる音とボールがテンテンと跳ねる音がフィールドに静寂を呼び寄せる。

 

「……せん……ぱい?」

 

「驚かせてごめんマシュ。もう大丈夫だ」

 

「マスター……?」

 

「おいマスター。“あれ”使っただろ?」

 

「うへぇ。オジサンそれ使われるとツラいわ」

 

クー・フーリン(槍)とヘクトールが警戒を最大にする。理由は突然変わったぐだ男の体格。身長こそ違わないが、身に纏うオーラと筋肉が既に敵対者へと集中している。

1歩踏み出す度に腓腹筋……所謂ふくらはぎが皮膚を押し上げ俺を見ろと言わんばかりに自己主張をし、爪先が土を抉る。ただ歩くだけで異様なまでのプレッシャーを放つその男は─筋肉(マッスル)だった。

 

「ムァスタァの筋肉ぅ!が戦いの熱に悦びを感じている!?」

 

「あれを使いやがったな!離れろディルムッド!フェルグス!」

 

「は─」

 

呆けるディルムッドとフェルグスに悪寒が走る。

それが危険信号だと分かり、後ろを振り向いた時には既に遅かった。

ぐだ男から放たれる濃密なオーラが2人を押し退け、先刻のぐだ男と同じように宙を舞う。

 

「筋系、神経系、血管系、リンパ系……疑似魔術回路変換、完了」

 

ぐだ男がぶつぶつと何かを呟くと、体中に魔術回路のような模様が浮かび上がり、心臓が脈打つように鳴動する。

筋肉も少しばかり隆起して更なる圧力を生む。

 

『何だいあれ!!??』

 

『あれは『錠剤P(友人のおくすり)』を飲んだ事でパワーアップしたぐだ男君だね。以前種火を飲んだときあったろ?それを更に改良した結果、カレイドルビーと巧いこと魔力パスを一時的に繋いで無尽蔵の魔力を補給。そして筋力アップに出力を回して第二形態のFの如く─』

 

後半戦開始直前、ぐだ男がキャットから渡された紙を見たときに一緒にあったもの。それがこの『錠剤P』だった。

 

『訳分かんないなぁ!!』

 

『さぁてぐだ男さん!準備は良いですか?』

 

ぐだ男と魔力パスを繋いだからか、ルビーの声が頭の中に響く。

それに無言で頷き返すとルビーから注意事項が付け加えられる。

 

『因みにですけど、コレぐだ男さんの体の強度上長くはもちません。ですので勝負はお早めに』

 

「ん。はぁ……行くぞ」

 

ドリブル。軽く蹴られたボールは凄まじい回転でその場で留まり、ぐだ男に蹴られてやっと前進できる。

スパイクが踏み出される度に地に食らい付き、足が地から離れる瞬間にそこを足の形に抉りとる。振られる腕は常人が眼で追える速度なのに風を斬る。筋肉が成せる技とは無限なのだ。

 

「無茶苦茶だ!」

 

「行かさん!」

 

クー・フーリン(槍)とスカサハが戦車となったぐだ男の前に立ち塞がった。

ケルト組の中でもトップクラスの2名ならば─と誰かが思った。

いくらマスターとは言え─と誰かが思った。

しかし現実は違った。

 

「─!」

 

パゥッ。とぐだ男の両目が某巨大人造人間のように煌めいて2人共に膠着した。

 

「馬鹿な……私の無敵化を貫通するとは……」

 

「ヤバすぎんだろ!こいつ人間やめちまったんじゃねぇのか!?」

 

「マスターが人間やめた!」

 

「この人でなし(パラケルスス)!」

 

「我が往くは筋肉の彼方─筋肉よ、隆々と盛り上れ(マッスル・シャトーディフ)!!」

 

ぐだ男がとあるアヴェンジャーよろしく稲妻の尾を引きながら複数人に増えた自分へとパスを回す。実は分身している訳ではなく、残像が残るスピードで移動しているにすぎない。要するにこれは、ドリブルと変わらないのだ。

やがてボールが青白く光り、掌から同じ色のビームを発射したぐだ男。そのアヴェンジャーも白眼を剥きそうな再現度だ。

ゴールキーパーのレオニダスも宝具を発動して対抗するが、召喚された300人の兵士がことごとく吹き飛ばされ、レオニダスの三角筋をボールが掠めた。

 

『えげつな。ゴールネット破ったし』

 

『訳が分からないよ』

 

伝説の超次元サッカーでさえゴールネットを破ったのは数回あるかどうかというゴール最強補正をも貫通するシュート。いや、そもそもこれがシュートであるかないかの議論が生まれるが置いておこう。

 

「これで……同点……」

 

パリンと何かが弾けた。それと同時にぐだ男が倒れ、敵味方問わずサーヴァント達が駆け寄っていく。

凄い、大丈夫か、どうしたと各々が様々な質問をしてくる中、ぐだ男の意識は真っ暗な海へと沈んでいった。

 

 

先輩が担架で運ばれて10分くらいした後、試合が再開しました。

私たちのチームはキャプテンである先輩が居なくなったので、副キャプテンであるキャットさんが代わりに。さっき「ご主人が倒れた以上、夫と妻の関係にあるアタシが頑張らないと駄目だナ。よぉし、キャットはここで狂化を解くゾ♪」と言ってから的確すぎる指示を飛ばしてきます。

観客席の玉藻さん(オリジナル)が「相変わらず全くもってキャラが安定してませんねあのナマモノ。まぁ、流石私の分身と言いますか」と変に感心してる。

 

「マシュ行ったぞ!」

 

「はい!」

 

フィンさんが単騎で突撃してくる。ヘラクレスさんとゴルゴーンさん相手に無謀だと思います。けど、彼は一切躊躇なくボールを操り、すり抜けてくる。

 

「いざ華麗に!」

 

「先輩が繋いでくれた1点……無駄にしません!」

 

シュートをパンチングで弾く。ボールは再びフィンさんの元へ。

 

「まだまだ終わらんよ!」

 

「■■■■!!」

 

シュート体勢へ移行した瞬間にヘラクレスさんが間に割り込んでそれを阻止する。

大きな体でありながらボールだけを器用に奪うと子供のギルガメッシュさんにパスをする。

 

「ととっ。さぁ決めちゃいましょうか。しかし、こんな物をここで出せるとは思いませんでした」

 

「黄金の……靴!?」

 

「こんな使い道の財宝もあると言うものです」

 

炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)ァァァァアアアア!!」

 

某少年コミックの探偵シュートよろしく極限まで歪んだボールが一閃。300人の兵士達を薙ぎ倒していく。

しかし、2度目はないと兵士達も眼を爛々と輝かせてボールへ立ち向かう。時間にして7秒、半数の兵士を消費したが追加点を阻止。

その後も両チーム共に激しい攻防が続き、遂に試合終了のホイッスルが鳴り響いた。

 

「……すみません……先輩」

 

「■■……」

 

「むぅ……力及ばずか……」

 

チーム『DHA』得点9点。チーム『グダーズ』得点8点。

先輩の決死の攻撃もむなしく、私達は敗北しました。

 

 




この話からサーヴァントがぐだ男に対する呼び方をマスターで大体統一していたのを変えていきます。



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Order.15 カルデアの味覚~ゲイザー~ Ⅰ


もう滅茶苦茶な日常物語

になってれば良いなと思いつつ



 

 

 

 

 

 

『ゴォォォォォォル!!これが決定点となり試合終了のホイッスル!素晴らしい試合でした!伝説の英雄達が魅せた技の数々、知略、連係……全てが歴史的、宗教的、魔術的に垂涎ものの圧倒的情報量!似た言葉が多く出て来てしまうくらい興奮しました!この仕事やっててこんな素晴らしいものが見れるとは!』

 

『興奮しすぎじゃないロマニ?』

 

ドクターの興奮した声で観客席も大いに盛り上がる。

今回、唐突に始まったサッカー大会はチーム『DHA』の勝利に終わりました。

圧倒的実力差と言うのは特に無く、殆どの英霊が初めての体験だった故に一進一退の勝負が主だった。

 

『優勝したチームのメンバーにはカルデアとぐだ男君が出来うる限りの要望を叶えるって話だけど、どうだい?何かあって参加したんじゃないのかな?』

 

「俺は特にねぇな。楽しけりゃそれで結構。今度は単純なスポーツ大会って事でまたやってくれや」

 

「歳食った俺と同意見だ」

 

「槍の俺には悪いが、俺はギャンブル施設が欲しいわ」

 

「私も特にはない。今回のは新たな修行になるかと思って参加したまで」

 

「私は鮭が欲しいな。無論、それらを眺められる水槽も」

 

「俺はシミュレータで女性サーヴァント相手のエロゲがしたい!」

 

各々がメモをとるダ・ヴィンチちゃんへ欲望を打ち明けていく。

先輩が忌避していたような英霊の皆さんが優勝したのではないので、結果的に万々歳なんですが……先輩のあの捨て身の頑張りは無駄になってしまったと言うことです。

 

「フォウ」

 

「そうですね。先輩の様子を見に行きましょうか」

 

自分も参加したかったと訴えるようなフォウさんを抱えてシミュレーションルームを後にする。

暫く医務室へ向かって歩いていると、先輩の部屋の前でキョロキョロしているフランさんを見付けた。

 

「フランさん?どうかしましたか?」

 

「ァウ……ウゥ……ウ」

 

「フォ?フォウフォ!ファーウ!」

 

「フランさん。先輩は自室ではなく、医務室に居ますよ。よろしければ一緒に行きませんか?」

 

「ウ!」

 

フランさん……本当はフランケンシュタインの怪物と言われる人造人間。今はバーサーカーとして現界している彼女は真名がフランケンシュタインとはなっていますが、実際の名前は無く、ただ怪物としか呼ばれていません。

その様に呼んでしまうのは嫌ですし、何より彼女自身が仮初めとも言える真名から捩ったフランと言うのを気に入っているようですので、いつの間にかそれが真名のようになっています。フリルみたいで可愛い響きですよね。

 

「フォ?」

 

「あ、メディアさん。こんにちは」

 

「ウゥッ」

 

「あら、こんにちは。貴女達もぐだ男君のお見舞いかしら?」

 

「と言うことはメディアさんも?」

 

「私は彼に頼まれてルルブレ刺してきただけよ。流石に自分のマスターがどこかの筋肉ダルマみたいになるのは嫌でしょ?今までのマスターの中で2番目に優れた彼をこんな事で再起不能にさせるのは惜しいわ」

 

「1番目は誰なんですか?」

 

「勿論、私の夫である宗一……兎に角、早く看に行ってあげなさいな」

 

メディアさんは結婚を4回しているそうですが……ソーイチという人物が居た記録は確認していません。もしかしたら座から呼び出された他の時代に?

興味はつきませんが、取り敢えず先輩が居る医務室に入る。

 

「先輩。お体の調子はどうですか?」

 

「フォウ!」

 

「ウァ!ウ……ゥ?」

 

「大丈夫だよ。それよりごめんマシュ。折角頑張ってもらったのに……」

 

「いえ。先輩の頑張りは無駄に……な、なりませんでしたよ。先輩が見せた技は他の英霊の皆さんを焚き付ける要因として充分でした」

 

お陰で試合の盛り上がり方はワールドカップのそれと負けず劣らずで熱気も凄かったです。

それにしても、このやる気を特異点探索に向けてもらうとより効率も上昇するんですが……。

 

「……ありがとうマシュ。その気遣いが身に染みるよ」

 

「フォウフォウ」

 

「そうだねフォウ君。お礼と言っちゃ何だけど今度ゲイザー食べに行こうか」

 

「フォウ!」

 

「ウ……?ウ、ウァ……」

 

「え?美味しいよゲイザー」

 

先輩はたまにゲイザーを食べたいと言うときがあります。確かに、第六特異点で食したアレは決して不味いものではありませんでしたが……かと言って好き好んで食べる代物ではありませんでした。

なのにフォウさんと先輩はとても気に入ったらしく、ゲイボルクを意気揚々と振り回して狩りに行くこともしばしば。まさか、クラス有利だから……?

 

「ウ……ウ、ウゥ」

 

「おぉ。フランも来てくれるの?ありがたいよぉ……中々ゲイザー食べたいって人が居ないからいつも俺だけで狩ってたから」

 

最近散々トレーニングを重ねたからか、先輩の戦闘力は状況込みではありますがシャドウサーヴァントのそれと匹敵するレベルまで引き上がりました。なのでやや強敵でもあるゲイザーを倒すことも可能なんです。

ですけど、幾ら何でもマスターである先輩を1人でレイシフトさせるのは危険です。

 

「じゃあ私もお供します先輩。料理は出来ませんが……」

 

「大丈夫大丈夫。料理は現地でやらないし食材集めだから」

 

しかし先輩はゲイザーのどこに美味しさを感じたんでしょうか?

殆ど眼球しかないのに……。

 

 

深夜2時。

カルデア内では職員を始め、殆どの英霊が眠りについている。

 

「……」

 

そんな人気が無くなったカルデアの医務室前で何重にもロックをかけられた扉を見る影が立っていた。

その影は2分程扉のロックを見つめた後、おもむろにしゃがんで何かをし始める。

 

「……ダイヤル式?」

 

ロックの1つはダイヤル式の南京錠。その下には普通の南京錠。

影はその2つを少し触ると短刀で傷をつけようと引っ掻く。しかし─

 

「傷1つ付かない……」

 

南京錠2つには一切の傷が付いていなかった。それもその筈。

ぐだ男が「自分の部屋で起きた時はいつも体が怠い。レイシフト先で寝泊まりする時もたまにあるけど、こっちだといつも。今まであまり気にしてこなかったけど、邪ンヌが部屋に良くない気配が残ってるって言うからここで寝かせて。お願いナイチンゲール!」と頼んだ結果、何者かの侵入を視野に入れてセキュリティの強化を実施。

その産物として、魔術と科学の超融合─ミスリル南京錠が生み出された。何よりも強度があり、剛性も素晴らしく破壊されにくい。魔術も打ち消すそれは制作者しか破壊方法を知らない。

影も一瞬驚いた様子を見せるも、すぐに短刀から針金に持ち替えて普通の南京錠をカチャカチャと弄る。すると僅か1.8秒で南京錠が硬質なカルデアの床に落ちた。

 

「この程度のセキュリティ」

 

影は針金をしまうとダイヤル式に手をつける。静かな空間に響く僅かな音に耳を澄まし、1桁ずつ攻略していく。

 

「……」

 

1個目よりはかかったが、1分と経っていない早業でダイヤル式も仕留めた。残るセキュリティは……。

 

「……生体認証?」

 

生体認証とは虹彩や指紋、行動と言った個人認証の類いだ。

即ち、キーとなるのがここの管理人であるナイチンゲール本人。彼女を連れてこない限り入室は許可されないのだ。

 

「……ぐだ男様」

 

影は一言、そう呟いて音もなくその場から立ち去った。

 

 

「ドクター!ゲイザー狩りに行ってきたいです」

 

「また?ぐだ男君も好きだねぇアレ」

 

「まぁ、確かにみてくれは万人が万人良いとは言わないですけど、好みは個人の自由ですから。取り敢えず第五特異点のアレクサンドリアに」

 

「……ボクは食べないからね?じゃあ準備して」

 

入院(?)を続けて早3日。この上ない快眠を得ることが出来た俺の体調は頗る良かった。

あの医務室には悪魔避けやら魔術避けやらの結界がモリモリ仕掛けられていたお陰か。またはあの幾重にもかけられたセキュリティのお陰か、寝起きが悪いなんて事は一切なかった。

しかし、結界に何かが触れた形跡は無く、扉のセキュリティ関係も色んなサーヴァント達が物珍しさから何度と触れられていた為に情報としては役に立たない。

都合よく監視カメラはレ……レ、ラノ……何とかオキシドールみたいな名前のアイツの爆破のせいで沈黙してるから無意味。

 

「一体何が……」

 

『ぐだ男君ー。他の皆は準備出来たみたいだよ』

 

「あ、すみません。大丈夫ですやってください」

 

何にせよ、俺の快眠を妨げる何かが存在していることは分かった。今度はそれを特定できるように罠を張ろう。

 

『気を付けてね』

 

レイシフトが開始する。

肉体と意識が乖離していくような奇妙な感覚が全身を包む。これには何度レイシフトをしても慣れることがなく、心配するばかり。このまま調整ミスやら妨害やらで1人別の所に行ってしまうか、あるいはとてつもない高さから放り出されるかいつもドキドキさせられる。

 

「─」

 

そんな心配も杞憂に終わり、レイシフトも完了した。

カルデアでの機械音とはかけ離れた自然の音。木漏れ日と鳥の囀りが心を落ち着かせてくれる。

 

「ぅー……はぁ。いつも通りの場所だね。ありがとうございますドクター」

 

『帰るときは連絡してね』

 

「はい。よぉし、行くぞフォウ君!」

 

「フォウ!」

 

やる気充分なフォウ君を頭に乗せて駆け出す。

この森は過去に何度かゲイザーを狩りに来たお陰で地形は完全に把握している。っとそうだ。

 

「っと、1人でさっさと行ってごめん皆」

 

「フォウ」

 

「大丈夫です先輩。フランさんも久々の森で興奮してるみたいですし」

 

「ウウ!」

 

「嗚呼……困ります。そんな自然に、優しくされると……」

 

今回はランサーのサーヴァント、ブリュンヒルデが同行してくれてる。

マシュとフランと俺であればゲイザーを狩るのに心配は殆どないが、実はブリュンヒルデがゲイザーの味に興味があるとの事で急遽参加。ランサーだし原初のルーン使えるし心強い。

 

「ゲイザーはこの先の水場に居ると思うからそっちから回ろう」

 

「はい」

 

200m程進めばゲイザーが居る水場。3人を連れて歩いてもすぐに着く距離だ。

 

「先輩。ゲイザーは何体倒すんですか?」

 

「んー……最近エンゲル係数を跳ね上げるアルトリア達が居なくなってるから食糧難が一時回避出来るとは言え、足りないことには変わりないから─」

 

(もしかして先輩……皆さんがゲイザーをあまり好んで食べないのを分かっていながら?でもそんな事しても大して意味がないのでは……)

 

「でも皆食べたがらないから1体2体で良いかな」

 

(あのサイズの敵なら半分以下で充分な気がしますが……)

 

そんな話を続けながら歩いていると目的の場所へ着いた。少し開けたそこは綺麗な水場になっていて森の動物達が水を求めてやってくる。

そんな動物達を邪魔するのがゲイザーだ。アイツ、殆ど眼球の癖にいっぱしに動物を食べるんだ。現地の人達もやられる事もあるらしいから心置き無く狩れるんだ。

 

「居ました。ゲイザーです先輩」

 

「サイズがやや小さめか……」

 

(小さめ?私には全く同じにしか)

 

「ウ……」

 

「いや、ソウルイーターに比べたら美味しそうな見た目だよ」

 

(美味しそうな見た目……先輩は凄いです色々と)

 

「じゃあマシュは盾役。フランはマシュと一緒に追い込んで、俺とブリュンヒルデで仕留める」

 

「はい」

 

「ウ!」

 

「分かりました」

 

岩影から飛び出してゲイボルクを構える。まだこちらに気付いていないゲイザーを横目にマシュ達とは反対方向に走る。

 

「音消しのルーンありがとう」

 

「……はい」

 

……背中に凄くゾワゾワしたものを感じるけど、振り返るのは止そう。

と、そんな時にマシュ達がゲイザーに近付いていく。流石にそちらにはゲイザーも気付いたらしく、動物を食べているのを止めて戦闘態勢に移行する。

ゲイザーの攻撃方法は基本的に光線だ。距離を取らないとアイツの真価は発揮できない。……因みに、捕食攻撃もあるんだが、そちらは後ろの触手がウネウネと相手を捕らえる。

 

「─来た!行こうブリュンヒルデ!」

 

散々ゲイザーを屠ってきたからこそ分かる。ゲイザーは強力な光線撃つ直前、動きが鈍る。そこを狙って攻撃すれば難無く倒せると言うわけだ。

そして勢いよく飛び出した俺とブリュンヒルデでこちらに僅かに注意が向きかけたゲイザーに得物を突き刺す。

 

「ハァ!」

 

「ふっ」

 

交差して刺さった2人の槍がゲイザーの命の炎を散らした。いつもは1人でやっているからか、何とも呆気ない。

 

「いやぁ、楽に終わった。ありがとう皆。ブリュンヒルデも実はゲイボルクだと細いから一撃じゃ倒せない事も良くあるから助かったよ」

 

「駄目……そんなに、優しくされると……私は……」

 

「お、落ち着いてブリュンヒルデ」(汗

 

「嗚呼、こんなに大切に想ってくれて……」

 

「ごめんちょっと手を洗ってくる!」

 

ゲイザーから素早く槍を引き抜いて水場とは真逆の森の中へ逃げ込む。心配したりお礼言ったりするとすぐあれだから少し困る。

 

「ふぅ……ブリュンヒルデも狂化入ってるんじゃないかと疑いたくなるな。まぁ、別に何とか殺されないし何だかんだ言って心配してくれるしなぁ」

 

信頼を置けるサーヴァントとしては彼女は問題ない。あのオーディンの血を引くだけあって強いし。

 

『あれ?ぐだ男君皆と離れてどうしたんだい?』

 

「ドクター?どうしたんですか?」

 

『いや、君が皆と離れてるからどうしたのかと思って。その様子だとブリュンヒルデかな?』

 

「はは……そうですね。ちょっとロマンシアされそうになったので離れたと─」

 

ゾブッと右腕に何かがに弾かれた。

反射的に腕を見ると、刺さっていた。金属質なそれは細い棒状の物で、羽が付いている。そしてそれが矢であると言うのを認識するのにかなり時間を費やした。

 

「─は?」

 

『ぐだ男君!』

 

ドクターの声で我に返る。腕に走る激痛を堪え、全く状況に追い付かない頭をフル回転させて脇の倒木に倒れ込む。

 

「──っ、ぁぁぁぁぁああああッッッ!!」

 

『ぐだ男君!!しっかりするんだぐだ男君!!』

 

「ぐッッッううぅぅあああ!!はぁ!はぁ!ひッがぁ!」

 

前に感じた痛みとは違う、意識がはっきりしているからこそ強く、より強く感じる激痛。激痛。激痛。激痛。激痛。

思考の全てが痛みと恐怖に支配されて体の芯から震えだす。

 

「痛い!いっ……!!」

 

「先輩!!」

 

痛みで泣き出したいのを堪えていると盾を前面に展開したマシュとその後ろに続くフランとブリュンヒルデが走ってくる。

ドクターがすぐに連絡したのとそんなに遠くに離れていなかったのが幸いした。

 

「ドクター敵は!」

 

『1時方向にシャドウサーヴァントの反応だ!敵は飛び道具を使うから気を付けて!』

 

「ウゥッ……ウゥゥウウ!!」

 

「あぁ……駄目……あなたはまだ、死ぬべきでは……」

 

「いでいでいででででででッ!!!ぶ、ブリュンヒルデェェェ!!腕捻らなァァァァァ!!」

 

ブリュンヒルデがハイライトを失った眼……元々無い気もするが……で俺の腕を雑巾のように捻ってくる。

 

「フォァァァアアア!!ファァァァァ!」

 

「嗚呼ッ、愛しいひと(シグルド)……あなたは私が……愛さなきゃ……殺さなきゃ!」

 

「うぎゃあああああッッ!!愛が重すぎて痛いィィィッ!」

 

「ファァァァァ!」

 

「ウウ!!アィ……ウリィィィイイ!」

 

昇天しかけたところでフランが武器を地面に叩き付ける。これによって混沌としていた場が少し落ち着いた。

ブリュンヒルデも流石に我に返って腕から手を離す。……もう腕があってはならない曲り方してるけど良かった。

 

「な、ななな何ですかそれ!?先輩!治療術式を早く!」

 

「いえ……私がルーンを使います。ごめんなさい……」

 

「……っ……ぅあ……」

 

ルーンの力で右腕の一切の感覚が阻害され、骨格、筋肉、血管、神経、皮膚……あらゆる傷が時間を巻き戻すかのように修復していく。

10秒もすれば元通りの腕になっていて感覚も戻ってくる。あれほどの痛みが突然無くなったので、やや混乱はしているが。

 

「ふぅ……ありがとうブリュンヒルデ。フランもありがとう」

 

「……はい」

 

「ウゥッ」

 

「うん。マシュ!そのまま守備を続けて!ブリュンヒルデはルーンで敵の位置を特定して、フランはブリュンヒルデが見つけ次第吹っ飛ばしてくれ!」

 

「……見付けました。方向2時、距離37」

 

「ウリィィィイイ!」

 

フランが飛び上がり、武器に全体重とエネルギーを乗せて地面を叩き付けた。そこから雷撃が迸り、周囲の木々を凪ぎ払うと姿を隠していたシャドウサーヴァントが巻き込まれるのを回避しようと跳んだのが見えた。

それを逃がすような者はここには居ない。直ぐ様ブリュンヒルデがルーンで叩き落とすと、スタンしたフランをガンド撃ちの時のように指差し、スキルを発動する。

 

「オーダーチェンジ!」

 

位置を入れ替えるスキル、オーダーチェンジで俺とフランを入れ替えた。更に瞬間強化を自身に使用してチェンジ直前に拾ったゲイボルクを握り直す。

 

「その心臓、貰い受ける─!刺し穿つ若棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

立ち上がったシャドウサーヴァントの胸、心臓目掛けて突き放ったその一撃は確かな手応えを感じた。

長らく得られなかった感覚─弱小な因果逆転の呪いがやっと発動して心の臓を貫いた感覚を。

 

「─、──」

 

サァァ……とシャドウサーヴァントが形を失い、霧散していく。

 

「先輩!お怪我はありませんか先輩!」

 

「大丈夫……かな。自信無いけど」

 

「これからは1人で離れたりするのは止めてください。もし矢がズレて刺さっていたら……」

 

「ぉう、うん……分かったから、分かったからその腕ミシミシやるの止めてください。痛いです」

 

どうやらマシュを怒らせてしまったらしい。確かに、俺の行動はマスターとして人理修復の任を背負ったものとして適切ではなかった。

何か気を落ち着かせようと無言で俯くマシュの頭を撫でてあげる。牛若丸みたいな反応は無いけど、何だか子犬みたい……そう言えばデンジャラスなあの服が犬イメージだっけ。え?違う?

 

『あ、ぐだ男君。この先に彼女達が居るんだけど、ちょっと様子を見てきてもらっても良いかな?』

 

「誰です?」

 

『アルトリア系が』

 

 

歩くこと4分。

 

「はぁ。それで私達の様子を見に来たと。ところで、何か和菓子を持ってませんかマスターさん。と言うかその顔は持っていると見ました。さぁ、遠慮なさらず渡してください」

 

「……えっちゃんさ……和菓子感知スキル持ってるでしょ」

 

「私にはそのようなスキルはありませんが。まぁ、困るものでもありませんね。兎に角、お早く」

 

「分かった分かった。……これ。塩五の村雨だけど……」

 

「流石マスターさん。良い物を隠し持っていました。ではいただきます」

 

「先輩。一体どこでその和菓子を?それよりもどこから取り出したんですか?」

 

そう言うのは良いからとぐだ男が他の皆にも村雨を配っていく。

今この場に居るのはアルトリア・オルタズの3人とぐだ男達4人を含めた7人。フォウには勿論あげられない。

ぐだ男はその人数分ピッタリ持ってきていた。尤も、人数分あるとは言えども、この上品な味をジャンクではないと食べないセイバーオルタと自分のは良いからと譲ったぐだ男の分がXオルタに行き渡っている。

 

「で、3人は食料調達で何日か居なかった訳か」

 

「他の私達も食料調達に出ている。あちらも3人だ」

 

「リリィは置いてったんだ?あれかな?やっぱり真っ白な自分に腹ペコ食いしん坊のお陰でこうなってるって知られたグガァ!」

 

「ほぉ……そうかロンゴミニアドよ。お前もこの失礼な男を貫きたいか」

 

ランサーオルタがロンゴミニアドでぐだ男の脇腹を殴る。彼女としてはロンゴミニアドを回す気満々らしいが、生憎ロンゴミニアドとしては『そんな些細な事で私を回すのは止めていただきたい。と言うよりそうなったのは自分の責任だろうに。何故そこまで食わなきゃいけないのは自分の胸に聞け』と言いたげにトゲトゲを引っ込めて回るのを断固拒否している。

宝具にまで説教されるようではいよいよ救いようが無くなってくる。

 

「な、何でだ!私は悪くないぞ!悪くないもん!」

 

「フォウフォフォウ?ファーウフォ!」(特別意訳:やたらと大きなその胸に栄養が行っちゃってオツムが少し残念で、終いには神造兵装にまで呆れられてすーぐ取り乱しちゃうポンコツオルタだね?分かるとも!)

 

「ハッキリ言うねフォウ君」

 

「な、何を言ったのだ小さき淫獣(ビースト)よ!」

 

「……ぐだ男。私は些かこのポンコツに聖剣を放ちたくて仕方がない」

 

「落ち着くんだ。今に始まったことじゃ無いでしょ?」

 

「何故こうも……私達アルトリア系サーヴァントの中で一番ポンコツ気味なのだアレは……」

 

流石のセイバーオルタもランサーオルタのポンコツ具合には同じアルトリア系としてゲンナリしている。

ランサーオルタも本人にしてボケてるつもりも不真面目でもないらしいが、実際問題こうなってしまっている以上擁護しようがない。

 

「ポンコツポンコツ言わないでくれ!」

 

「……ポンコツは、困りますね」

 

「ゥ……ポ、ン……コツ……フッ」

 

「ちょ、ちょっと皆さん……」

 

「……帰ろうか。ね?ロンとラムレイは置いて少し休もうか。ほら、ラムレイも頷いてるから」

 

「ら、ラムレイ……」

 

荷馬車を引くラムレイも哀れんだような瞳でコクリと頷く。愛馬にさえ心配されたランサーオルタも遂に折れた様子でロンゴミニアドを起き、ラムレイに後を頼んだ。

 

「後は任せたぞ」

 

「ランサーの癖に槍が無いとか追求するとアーチャーなのに弓使うのが少ないとか始まるから私は敢えて黙っておきますね。あと村雨ありがとうございました。美味しかったですマスターさん」

 

「あと半日もすればカルデアに戻る。そいつの世話は任せたぞぐだ男」

 

「……アルトリア。俺のゲイボルク貸すからゲイザー狩りで頑張ってよ」

 

鎧が頑丈な癖に精神的な鎧は脆弱な彼女の手をとって、まるで叱られた子供を連れて帰るかのような様子は何とも痛々しいものだった。

 

 



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Order.16 カルデアの味覚~ゲイザー~ Ⅱ

CCCコラボやったね!ぐだぐだ続編やったね!
さて……更に石貯めを頑張るか。無課金は続けていきたいですからねぇ……タマモナインが来たら財布の紐マッハで緩めますけどw



 

 

 

 

 

「ロンゴミニアドと大分違うな。何より槍が軽くて扱いづらい」

 

「じゃあ自分でやるよ」

 

「いや、私はぐだ男、貴様のサーヴァントだ。ならばこの位の事やってみせて当然であろう。それに、こと槍の扱いであれば貴様より優れている」

 

「……さいですか」

 

とは言う彼女だが、さっきからゲイザー相手ではなく慣らしの為と木に攻撃をしている。しかも何に張り合っているのか刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)を徹底的に練習しているし、負けず嫌い:Aが出ちゃっているのが分かる。

しかしあれだ。俺はこれでも男だ。幾ら修羅場をくぐり抜けて命の危機や世界の危機を体験してきたとは言っても未だ男女交際をしたことが1度もない男だ。

故に、そのようなたわわに実った果実が動く度に布面積の少ないそれからハミ出してポロリしそうになるのを非常に気にしてしまう。見てしまう!目が行ってしまう!!

 

「先輩最低です」

 

「ぅえっ!?ちょ、ちょっと待ってマシュ!」

 

「魔力をまわせ。次こそ決める」

 

「え?もう結構割いてるけど……」

 

「そんな筈はない。先程から私に魔力が一向に渡ってきてないし減っていく一方だが」

 

「……マシュ。今からマシュに魔力まわすから来たら言って」

 

「分かりました」

 

自分の中で割り振っていた魔力を具体的な物に変換してイメージする。俺の場合はサーヴァントをコップ、俺を水の入ったウォーターピッチャーだ。

今までアルトリアのコップに多く注いでいた水を一旦止め、マシュのコップに多めに注ぐ。溢れることなく、8分目で止める。

 

「……はい。魔力の増加を確認しました先輩」

 

「うーん、参ったな。じゃあもう一度アルトリアにまわすから集中して」

 

「あぁ」

 

「んんん~……ホァァアアア!!」

 

コップに注ぐどころか、ピッチャーの蓋を取り外して引っくり返す。当然、中の水がぶちまけられてアルトリアのコップのみならず他の皆(ここに居るメンバーのみ)のコップにも注がれる。勿論、全部は止めてギリギリ立てる位まで残す。

 

「はぁっ!はぁっ!はっ……っんぁ、はぁ……」

 

「適当にやりすぎです先輩!」

 

「これで……どうだっ……?」

 

「……おかしい。これっぽっちも魔力が増えていない」

 

「なん……だと!?」

 

 

一方オルタズ側。

 

「……」

 

「……」

 

ランサーオルタが置いていったロンゴミニアド(穴掘り道具)がセイバーオルタとXオルタの目の前で不審な挙動を見せていた。

先刻まで元気良く回っていた筈なのだが急に動きが止まり、また回ったと思えば今度は持っているのが難しい程超回転を始めた。トゲトゲも脈動するように光を放って槍自体がビクンビクンと仰け反りながら地面を暴れまわっている。

 

「……」

 

ビクンッビクンッ///!

ギャルルルルルルルルルルル!!

 

「……」

 

ビクンッビクンッ///!

ギャルルルルルルルルルルル!!

 

「気持ち悪いです」

 

「不快だな。ロンゴミニアドはこんな槍ではなかった筈だが」

 

ロンゴミニアドはいつの間にか回転を止めていた。

 

 

「くっ、このままでは……」

 

「霊体化は?」

 

「無理だ」

 

「先輩。今まで言ってませんでしたが、カルデアの英霊の皆さんは特殊な契約の関係上霊体化をすることが出来ません」

 

「え!そうだったの?」

 

「受肉と似た状態になっている為です。ですから皆さん食事と睡眠をとるんです」

 

「へぇー」

 

感心するぐだ男だが、この情報は本来マスターがちゃんと把握しておかなければならない事である。尤も、自分が霊体化出来ない事を知らないサーヴァントも数多く居るのだが(中には霊体化をするという概念がないサーヴァントが殆ど)。

 

「じゃあゲイザー食べようか。それで少しは楽になるでしょ」

 

「何……?あの奇怪な奴をか?」

 

「うん。さっき1体仕留めてるからそれを姿焼きにするか」

 

「「姿焼き……」」

 

マシュとランサーオルタが海魔、ソウルイーターに次いで気持ち悪いと言われるゲイザーの姿焼きをイメージする。

想像力が逞しい彼女達だ。すぐにリアリティなそれをイメージしてしまい、気持ち悪さを覚えた。

 

「せ、先輩っ。カルデアに帰ってからエミヤ先輩に調理して貰いましょう。焦っても美味しいものは出来ませんから……ね?」

 

「そうだな。私も今すぐに必要な訳ではないからな。気遣いだけ今は受け取っておく」

 

「んー……まぁ、そうしようかな。じゃあ取り敢えず今は座ってゆっくり─」

 

「フォウ!フォーウ」

 

「え"……フォウさん……」

 

「フォウ君どうしたん?」

 

「フォウ!」

 

「およ?我慢出来なくてもう焼いちゃったの?しょうがないなぁ……でも俺達も丁度食べるって話になってたから大丈夫だよ。2人も食べようよ」

 

マシュは思考した。如何にしてゲイザーを美味しく食せるのかを。しかし、案が全滅したのはすぐだった。

 

「……い、いただきます」

 

 

ゲイザーを仕留めた所でゲイザーがこんがりと焼かれていた。

萎れた眼球のど真ん中から体の後ろに貫通した太めの木の棒。それを両端で支えるように同じく木の台。ゲイザーの真下でパチパチど程好く燃え上がる火にゆっくり当てながらクルクル回すそれは正しく肉焼きセットだ。

 

「フォウフォウフォー」

 

「ウウァッ、ウリィィィ」

 

「上手く、焼けました……はい」

 

「んじゃ切り分けよっか」

 

今回のコックはブリュンヒルデ。彼女がカルデアで料理が下手くそだといった噂は聞かない。だからと言って味が保証されるわけでもない。

 

(前回食べた時はベディヴィエールさんの見事な調理でゲイザーのゲの字も見当たらない……味が良い物だったので大丈夫でした。しかし、今回は塩を振っただけの姿焼き……怖いです先輩!)

 

かと思っても口には出せないマシュ。

どうするかと思案している間にもこんがりゲイザー肉が切り分けられていく。ナイフでシュラスコのように削ぎ落とされる肉。肉だけなら大抵は美味しそうに見えるのが何だか虚しくなる。

 

「まぁ、そう怖がらなくても大丈夫だってマシュ。見た目が悪いのは俺だって認めるけど美味しいから。アレだよ。タコを食べない国の人が食べようとしてビビっちゃうそれと同じだから。しかも前回ベディが料理して出してるし」

 

(他の食材で全く味が無かったけど)

 

「タコ……」

 

どう頑張っても目の前でこんがりなゲイザーをタコに見ることは出来ない。

 

「最初は一口食べて、無理なら止めるのが良いよ。だから少しだけ盛っとくね」

 

「あ─ありがとうございます先輩」

 

「アルトリアも少しだけ盛っておくよ」

 

「あ、ああ」

 

そして遂に目の前に渡された『ゲイザーのこんがり姿焼き マヨネーズを添えて』。本当に少しの肉片を箸で掴み、自爆の可能性を少しでも無くすためにそのまま食べる。

 

「──これは……美味しいです先輩……見た目と味の情報が合わなくて驚きましたが、非常に美味しいです!」

 

「何だこれは……!マヨネーズがとても良く合う!食感、風味、味……本当にゲイザーか疑う物だ!」

 

「でしょ?フラン達はどう?」

 

「お……お、いし……い!」

 

「はい。大変美味しいです……困ってしまう程に……」

 

「ンファー!」

 

全員がとても満足のいった様子で肉を頬張る。そうなったら後はゲイザー肉が減る一方であった。見た目こそ悪いが味は特Aランクの肉にも匹敵する逸品。

なんとこの肉が無くなるまでに5分と時間は要らなかった。

 

 

「シロウ。すみませんがアイスはありませんか?」

 

「アイスって……セイバー何個食べるつもりだ?ちょっと待ってくれ」

 

「私にも可及的速やかにお願いしますエミヤ。あのデブデブ君のソーダ味を」

 

「待ってくれランサーのセイバー」

 

「シロウ!私が30秒前に頼んだフライドチキンが来ていないぞ!」

 

「マジで待ってくれ黒い方のセイバー!」

 

俺達が特異点から帰って来て丸1日経った食堂でいつもの光景を目にしながらウィダーonゼリーをお腹に流し込んだ。

 

「はぁ……(つら)……」

 

「どうしたのよ子イヌ溜め息なんかついちゃって」

 

「あぁ……エリザか。実はさ─」

 

実は今日、寝起きが史上最悪のものだった。

昨日のゲイザー肉があたった訳ではない。全身が凄まじい倦怠感に見舞われ、腕などが何かに圧迫されたかのように麻痺していたのだ。

昨日の夜に部屋のセキュリティを忘れたのが原因と思われる。そのせいで食事も喉を通らず、常に動悸のような症状がでてこうして独り食堂の端でぐったりしながらゼリーを流し込んでいた訳だ。

 

「何それ……チョー怖いんですけど」

 

「アルトリア達も帰ってきたからXかえっちゃんに頼んでこう、未来のセキュリティを頼もうかとも思ったけど……2人共惰眠を貪りたいらしいからそっとしておきたいし……はぁ」

 

「何か心当たりとか無いの?最近呪いをかけられるような事をしたとか」

 

「生憎無いな……あ、いや居たよ」

 

「居るの?誰?」

 

「ソロンモの野郎だ……!前にもアイツと目を合わせたせいで監獄塔送りになったし……許せぬ……許せぬぅ!」

 

「え、ちょ、どうしたのよ子イヌ!」

 

ソロンモの野郎めぇ……考えれば考える程腹が立ってきたぞ!迷惑ばっかり寄越しやがってェ……何?それが配役だから仕方がない。だと!?だまらっしゃい!

もうやってられないのだ!それに新章だって始まってるし今度は特別なイベントがあるそうだからこちらもとっととストーリーを進めたいんだ!

丁度良い機会だし、ここらでソロンモを倒しに行くか!

 

「今の内に主人公補正を更に高めておくか」

 




今回は約半分ほどの量です。
次のソロモン(ゲーティア)討伐の舞台を整えるために敢えてそうしました。
因みにですが、終局の話はシリアスをぶっ殺して主人公補正とギャグ補正モリモリで殴り書いていきますのでがっかりされる方も多く出てくると思います。

……もしかしたら途中真面目になったりするかもしれませんけど、そしたら私のテンションにお付き合い頂けたらと(汗


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Order.17 終局特異点 冠位時間神殿ソロモン

遅くなりました。
これからは忙しくなってかなりのローペースになってしまいます。
なるべく早めに出していくつもりですが、あまり期待はしないでください……

あと、この話で本当にソロモン倒したんですが、書いている内に最初のぐだぐだ粒子が薄れてきて急に真面目にやりはじめてしまいました。なのでハッキリいって自分でもよく分からないことになってますw
そんな駄作でも、読んで頂けたらとても光栄です。

所々都合よく解釈や設定しているので実際の方とはあまり比較して読まない方が良いと思います。



 

 

翌日。

今日のカルデアの朝は非常に早かった。何故こんなに早いのかは先程の緊急会議に遡る─

 

「皆。突然の会議でごめん。実は終局特異点についての話をしたいと思って集合をかけたんだ」

 

カルデアで一番広く、100を越える英霊達が収まる場所……食堂で集合したカルデア内全英霊と職員。そしてマスターであるぐだ男が皆の視線を受けながら椅子の上で声を張っていた。

 

「第七特異点を攻略して暫く経ったけど……忘れていないかソロンモの存在を!」

 

「ソロンモ?」

 

「誰だ?」

 

「アレだろ。旨い肉の」

 

「それはホルモンだな!」

 

「……ソロモンじゃね?」

 

「ソロモンか!」

 

「あー……居たなそんなの」

 

「そいつがどうかしたのかマスター」

 

ザワザワと賑やかになってきた皆を静かにして、ぐだ男が再び声を張る。

 

「そのソロンモがどうやら俺に呪いをかけたらしい。このまま放置しておくと死ぬ危険があるとマーリンにも言われた。そうなったら人類は今度こそ終わるかも知れない……だから!今日そのソロンモにカチコミをかける!」

 

「急に呼んだと思ったらそんな事か。下らねぇ」

 

「オルタニキ……」

 

「俺は寝る。戦いに行く時になったら呼べ」

 

「─あぁ。頼りにしてるよ」

 

1人食堂を後にするバーサーカー、クー・フーリン〔オルタ〕。いつものようにぶっきらぼうな男だが、その言葉には彼なりのぐだ男への優しさと闘志が宿っていた。

無論それを分からない皆ではない。その中でもぐだ男もまたそれをより強く感じていた。

 

「……これから向かう戦いは危険なものだ。もしかしたらカルデアに戻ってこれない事もあるかも知れない。そしてそれは俺も同じ事だ」

 

終局特異点 冠位時間神殿ソロモン。それは今までになく危険で不明。混沌とした場所である。

 

「俺はカルデアのお陰で皆と契約できている。俺1人だったらマシュとでさえ契約できなかったのではないかと思う程に弱い人間だ。それだから恥ずかしい事に、皆の力が無かったらここまで来るなんて到底無理だった……きっとこれからも」

 

「先輩……」

 

「本当に今更だけど、あのソロモンを倒すために皆の力を貸して欲しい」

 

「おいおいマスター!ちょーっと違うんじゃね?オレ達は力を貸してるけどさー、命も預けちゃってるのと同義な訳よ。何しろオレ達はマスターあってのサーヴァントだし?運命共同体だからさ。その意味を分かっちゃいないオレ達じゃないぜ?」

 

「そうですねアンリマユ。私達は貴方に力を貸しても良い。貴方に力を貸したいと思ったからこそ、召喚に応じているんです。その事に関しては皆さんここに来る前にとっくに理解してますよ。それとも、私達は貴方のサーヴァントとしては力不足ですか?」

 

「そんな事はないよ時貞っ。寧ろ物凄く頼もしい!勿論皆も」

 

「オレは最弱だけどな」

 

「フハハハ!最弱のサーヴァントである貴様が出張るチャンスなぞ無いであろう」

 

「だからオレは最弱だって言ったじゃん!?」

 

「最弱全敗の英霊(サーヴァント)ワロタw」

 

誰も彼もがぐだ男への助力を惜しまない様子で己の気合いを言葉に表している。

これから向かう場所は先に述べられたように誰にでも危険が迫る。それを怖くないと言えば嘘になる。だが、こんなにも心強く、背中を任せられる仲間達が居る。

全員が来るわけでは無いが、それでも気持ちは一緒だろう。伊達にこの多くの英霊達を絆で繋ぎ止めてきたこの(人類最後のマスター)ではない。

 

「じゃあ私から話をさせてもらうよ。えー、終局特異点には数字に表すのが嫌になる程の魔神柱の反応がある。これが意味するのは苦戦なんてレベルじゃない」

 

「それにその特異点に行くとぐだ男君の魔力だけでは皆を現界させ続ける事は出来ない。魔力が尽きたらここに戻ってきてしまうから気を付けてくれ」

 

終局特異点へは今から1時間後となる。それまで各自が行くか否かを決め、決戦を目指す。

 

「ぐだ男様の安眠を妨害……」

 

「まったくもって許せませんわ」

 

「えぇ。この母も怒りました」

 

((((あ……ソロモン今回無実だ……))))

 

 

ソロンモ「……悪寒?」

 

バルバトス「えぇ、まぁ」

 

フラウロス「私もだ」

 

ソロンモ「何を恐れているのか知らないが、何百万と削られなければお前達には何も問題ないだろう」

 

バル・フラ「でも……」

 

フォルネウス「分かるぞその気持ち。私も特に今日は背筋にずっと氷が当てられているような寒気だ」

 

ソロンモ「背中など無いだろう。兎に角いつカルデアの者達が来ても良いように準備をしておけ」

 

この時、この3柱の予感があんな形で的中してしまうとは誰も思っていなかった。

 

 

「ぐだ男君。レオナルドが今忙しすぎて手を離せないからボクからこれを渡すよ」

 

「はい。……これは?」

 

「カルデア戦闘服 弐ノ型。なんでも、これその物に反応的強化の魔術が仕込まれてるあるから最高5回はヘラクレスの攻撃を耐えられるみたいだよ」

 

管制室でドクターがカルデア戦闘服を渡してきた。

従来の物とは少し変わってガードが増えており、色もやや黒みがかっている。

それを受け取ってすぐに着替える。体のフィット感も前と殆ど変わらない。

 

「良いかい?あくまで最高5回だ。何が言いたいかと言うと、もしヘラクレス以上の攻撃力だった場合はそれに限らないってことだ。もしかしたら一撃で全て剥がされてしまうかも知れない。だからそこまでの過信は禁物だよ」

 

「分かりました」

 

「あと……他のサーヴァントとのレイシフトが出来ない状態になった。辛うじて1人くらいだったら行けるんだけど……ソロモン側に勘づかれたからだ。このカルデアも終局特異点に取り込まれつつあるから、機器の調整とかは間に合わない……本当に残酷な事を言っているのは分かる。だけど、君だけが本当に最後の希望なんだ。だから、言わせてもらいたい……ぐだ男君1人終局特異点へとレイシフトし、ソロモンを倒してきてくれ」

 

「……そう、なりますよね……大丈夫です。分かってた事ですよ。まさかここまでの縛りとは思いませんでしたが、それ位の覚悟はしていました。正直倒せる自信は毛頭無いですけど……もし俺が行って時間を少しでも稼げたりしたら良いかな?」

 

「だ、駄目です先輩!!そんな事は自殺以外の何でもありません!ドクターも考え直して下さい!」

 

「ボクもぐだ男君1人で行かせたくない!だけど他に方法が無いんだ!このままソロモンの妨害を掻い潜ろうとしてもカルデアが終わる……どうしようもないんだ!」

 

「そんな……」

 

「だけど手が無いわけじゃないぜロマニ。ウチで回収した聖杯を使えば何とかなるかも知れない。でもそれだけじゃ時間が足りない。かと言って聖杯全部を使っても間に合わない。だったら、ぐだ男に1つ聖杯を持たせて時間を稼いで貰うしかない」

 

「ダ・ヴィンチちゃんまで……!先輩が死んでしまったら何もかもおしまいなんですよ!その聖杯の1つで私を何とか先輩と一緒にレイシフト出来る筈です!」

 

マシュも感情的になって声を荒げている。それも仕方がない。何しろ神風よろしく特攻を仕掛けてくるのと同じだ。しかも敵は数えきれない戦力でこちらは俺1人。聖杯込みでも絶望的だろう。

 

「……確かにそれなら出来るかも知れないけど、安全が保証できないよマシュ。それでも─」

 

「それでも!何もせずにここで先輩1人を送るより遥かに有益と判断します!ドクターロマン、レオナルド・ダ・ヴィンチ……お願いします!」

 

「……分かったよマシュ。もう時間もないからすぐに始める。ロマニ、暫く私の代わりに他のスタッフの面倒を見てやってくれ」

 

ダ・ヴィンチちゃんはこうなる事が分かっていたのか、はたまた準備の良さなのか既に保管していた全聖杯を持っていた。その内、1つがマシュへと渡される。

コフィンへ向かうと、ここまでの僅かな間にドクターから聞いたのか、大勢のサーヴァント達が周りに集まっていた。

 

「ぐだ男!聞いたぞ!余達を置いて1人でそろんもを倒しに行くそうだな!余は認めんぞ!そんな事をしたら貴さバァッ!?」

 

「落ち着いてください私が知らない方のネロさん!」

 

「な、何をしたキャス狐!もう1人の余にドロップキックをしたように見えたのたが!コノヤロー!」

 

「みこーん!?鋭い一撃が私の延髄にィ!」

 

「おたくら黙ってる事が出来ないのか……」

 

「悪いねぐだ男。コイツらいつも五月蝿くてさ。アタシにもお手上げさね」

 

「マスター。貴方は素晴らしい人だ。だからここでそう簡単に死ぬ人ではないと確信しています」

 

「そうだな青セイバーよ!貴様はやはりそうでなくては余の伴侶としてはちと物足りぬからな!だからさっきの言葉は忘れろ」

 

サーヴァント達が各々の思いを打ち明けて、俺の事を心配してくれたり鼓舞してくれたり。中には魔術やルーンで加護をモリモリ付けてくれるのも居た。

そして誰もが、最終的に俺が還ってくると信じてくれている。

 

「俺も死ぬつもりはないよ。皆も後で来てよ? 流石に辛いし」

 

「おうよ大将!必ず後から行くぜ」

 

「ぐだ男君!そろそろお願いできるかな」

 

「分かりました」

 

レイシフトが開始する。恐らくこれが最後のレイシフト。勝っても負けても俺がこうしてコフィンの中で得も言われぬ恐怖に体を震わすことも……。それが何だか寂しくて、嬉しく思っている。

 

「レイシフト開始!」

 

視界が真っ白に染まったのはその声が聞こえた直後だった。

 

 

ナベリウス()「……何故こうなった……」

 

バルバトス『な、鍋ぇ!!助けてくれ!心臓が!私の心臓がもう二百万も……ぐぉあああああ!?止せ!止すんだぐだ男!わ、分かったから!分かったから攻撃をほぉぉぉっ!?ソコほじっちゃ──アアアアアアアア!!』

 

『もっとだ……もっと寄越せバルバトス!!』

 

『貴様に朝日は拝ませねぇ!!』

 

バルバトス『フラウロス!応援寄越してくれ下さいお願いィィィ!!歯車とか頁とかがががががががが!!おふぅん……』

 

鍋「どう言うことだ!バルバトスが数分保たずに死んだぞ!」

 

バアル『フラウロスも危篤状態になった!敵は計算外の……う、ウグアガァァァァアアア!!こんなふざけた事があってたまるか!従えるか!死ねるか!容認してたまるかぁぁぁ!!』

 

鍋「アモン!末端が死にかけているぞ!しっかりしろ!」

 

アモン『ハァ///ハァ///』

 

他魔神柱「え?」

 

『勲章寄越せやぁぁ!!』

 

『鎖を出せぃ!』

 

アモン『ンギモヂィィィィィィ!!』

 

バアル『もう駄目だぁ!こんな茶番に付き合ってられん!逃げるからな!』

 

鍋……ナベリウスは混乱していた。

何しろ、ぐだ男達が現れて数分で相対していたフラウロスが半殺しにされ、それから更に十数分後には召喚阻止していた筈のカルデア英霊達が次々と現れて片っ端から魔神柱を潰していくではないか。

しかもどいつもこいつも魔神柱を嬲っては中身を抉り出しては雄叫びを上げている。中には魔神柱より遥かに強いラフムまでカルデアに加わって魔神柱を喰らっており、ティアマトの眷属かの如く力を振るっている。

ぐだ男に至っては半狂乱で魔神柱から心臓を抉り出してケタケタと笑っている。いや、嗤っているか。

その様子はかつての特異点でラフムが人々を殺していた様子を思わせる。

 

ゼパル・フェニクス・ウラム『我も』

 

鍋「あっ、お前ら!」

 

魔神柱のどれかA『ウォォォオオオ!!ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ・ランサーたんカワユス!何事も頑張る姿は論理的に歓喜なり!』

 

魔神柱のどれかB『ウォォォオオオ!!ジャックたんカワユス!おパンツ丸出しロリッ娘は正義なり!』

 

魔神柱のどれかC『ウォォォオオオ!!ナーサリーたんカワユス!ゴスロリとお茶会こそ至福なり!』

 

魔神柱のどれかABC『ロリッ娘を守る事こそ人理なり!!』

 

鍋「馬鹿かお前ら!!!!!!」

 

各所からくる報告や悟りや阿鼻叫喚に無い耳を塞ぎたくなるようなナベリウスの目の前にも複数のサーヴァントが現れる。

 

鍋「ハッ!?き、貴様ら何用だ!?」

 

「何用か?決まっています。私達はサーヴァント。マスターの手助け以外にここに来る理由がありますか?」

 

鍋「お、おおっ……大有りだ旗の聖処女!!もしや人理修復よりも素材目的になっておらんか!?」

 

「口を挟んですまない。俺達は決して心臓や逆鱗が欲しくて奮起している訳ではない。お前達を滅ぼすついでに素材が出てきているだけだ。ありがとう。本当にありがとう」

 

鍋「お、おおっ……お礼とかヤメロ!!」

 

「ねーねー。早いとここのキショイのも殺っちゃいましょうよ。子イヌも素材なら何でも嬉しいって言ってたし」

 

「えぇ。ますたぁの為ならこの清姫、幾らでも犬のように……あぁっでもどうせならますたぁだけの牝犬でも……」

 

鍋「ふざけてるだろ貴様ら!?」

 

いい加減に最終決戦という……普通であれば誰もが緊張や恐怖、闘志を秘めた命のやり取りの場であるのにキメてしまったのかと疑いたくなるような戦場全体の空気。それに堪えかねてナベリウスが激怒する。

一番怒りたいのは何を隠そう玉座のソロモンだが、立場や順序(ストーリー)の関係上出てくることは出来ない。それの代わりもと言わんばかりの怒濤の怒りも相まってナベリウスのただでさえ飛び出てる多くの眼が更に飛び出した。

 

「うっさ……五月蝿いですね。貴方であればこれ位の数串刺しに出来るのではありませんか?」

 

「余の二万の杭をもってしても数がさして変わらぬ。そこのサムライであれば一柱ずつ確実に屠る事も可能であろう」

 

「流石の拙者も相手がワイバーンでは無いのが辛いで御座るなぁ。武蔵殿であればその“すたんど”なるものを顕現させて斬れば捗りそうだが?」

 

「私のはスタンドじゃないわよ小次郎」

 

「えぇ~、本当に御座るかぁ?」

 

「本当よ!大天象!」

 

鍋達「ぐぉぉぉぉぉ!!」

 

ナベリウスの怒りも大して気にされず、武蔵の宝具ビームを食らう。

何柱か一部が蒸発して修復を行う中、遂にナベリウスがぶちギレた。

 

鍋「おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれぇぇぇぇ!!」

 

怒りで頭の中が焼却式したナベリウスが敵味方構わず無差別攻撃を開始した。修復途中の魔神柱もサーヴァントも関係無い。今のナベリウスの眼(複数)には生きているものが全て敵である。

流石にこれにはサーヴァント側も退避して様子見に徹する。

 

「こちらも終わりですね。私達はそちらへ行けそうにありませんが……マスター、貴方なら勝てると信じています」

 

 

アンドロマリウス「何故だ。何故貴様らがここに来ることが出来たのだ。例え聖杯を使っても、カルデアがこちらで半ば取り込んでいた結果召喚は不可能だった筈。何故だ?何が貴様らに力を与えたのだ」

 

「五月蝿いですよ安藤!問答とか疲れるので結構ですし、早いとこ素材を渡してくれれば良いんです」

 

「Xさん五月蝿いです」

 

「なにおー!」

 

「クハハハハハ!この程度か!この程度であの男を止められるとでも思っていたか、愚かな魔神柱!」

 

「アンタもうっさいのよ!その笑い声何とかなさいよ!もうちょっとアヴェンジャーのサーヴァントとして自覚もってんの?」

 

「いや、アンタこそ同じアヴェ鯖としてたまにする恋する乙女的な反応とか何とかしろよなー。大先輩のアヴェ鯖として俺が忠告しておくぜ」

 

「ルーラーの私からすれば何だかんだ貴方達復讐者が基本常識と礼儀を弁えてる時点でアヴェンジャーの自覚を持ててるか気になりますけどね」

 

「確かにお主ら普段他の鯖と比べても問題を自発的に起こさないし常識をちゃんと持っておるよな。やれドラクルやれデブとは大違いじゃ」

 

「はいはい。分かったので退いてください。どうせ種子島も特効刺さらないんですから」

 

「残念じゃな沖田!生憎この種子島は最近改良を重ねてアンマテ(anti‐material)になったのじゃ!」

 

「それは本当に種子島なのかと!」

 

信長が召喚した種子島はどれもバレルが延長されていてマズルブレーキも追加されている。種子島と言いつつ実態はサーヴァントにも特効抜きでも物理で刺さ(穿つ)る対物ライフルである。

 

アンドロマリウス(安藤)「ヌグォッ!!」

 

「うわー。特効とか関係無く威力高いのチートっぽいですね」

 

「なぁにが廃棄孔だ。これから廃棄されるのはお前だと言うのにな」

 

「何だか悪役っぽいです先輩!」

 

安藤「くっう……」

 

「クハハハハハ!お前は何をドロップしてくれるのかなぁ……アンドロマリウス」

 

弱ったアンドロマリウスにゲイボルクを器用に回すぐだ男が接近する。身を守る為に向かってくる触手は一撃で斬り伏せられ、眼からのガンドで動きを止められる。

最早動きが人ではない。マシュは思った。これが需要と供給の釣り合いが取れていない世界で遂に壊れてしまった人間の末路なのだと。

 

安藤「ぐぉぉぉぉぉ!!」

 

「クハハハハハ!さぁ泣け!鳴け!哭け!惨たらしく絶命しろ!」

 

「先輩が壊れてしまいました!」

 

『無理もないよね。安眠妨害は完全に身内問題だったのに気付かずにソロモンのせいになって、しかも魔神柱からはまさかのレアドロップ三昧。流石のぐだ男君もこれには色々と来たと思うよ……うん』

 

『まぁ、仕方無いよね。うち(カルデア)も問題ばかりだし中々精神的に休める機会もねぇ。マシュもお察しの通り問題英霊の世話で駆け回ってるからこうなってる訳さ』

 

「しかし……このままでは先輩が後で自己嫌悪で倒れてしまいます」

 

ザクザクとアンドロマリウスを突き刺しては切り開き、臓物(ドロップアイテム)を奪っていくぐだ男。この余りの逞しさには流石に何人か引いた。

 

「石を割れ!リンゴを食らえ!狩りはまだまだ始まったばかりだ!野郎共!この戦いの目的は何だ!」

 

「「「「殺せ!殺せ!殺せ!」」」」

 

「俺達は心臓を愛しているか!レアドロップを愛しているかぁ!」

 

「「「「ガンホー!ガンホー!ガンホォォォォォ!!」」」」

 

大気を震わす英霊達の咆哮。至る所で眼を血走らせた英霊達が一様に武器を掲げ、略奪した物を掲げる。

人類悪の虐殺……これも悲しいかな、1つの正義の形なのだ。とある弓兵は語る。「別に、レアドロを奪い尽くしても構わんのだろう?」

 

「血涙流してみせろぉ!」

 

 

「馬鹿な……」

 

カルデアによる冠位時間神殿ソロモン攻略戦が開始されてから凡そ50分後。一部魔神柱を除いて全てが根こそぎ刈り取られた。無論、カルデア側にもダメージはあった。

最初から最後まで優勢だったとはいえ、流石は魔神柱。全サーヴァントの三分の一を退去させていた。

 

「ここまでだソロモン。ロンドンでの奇襲、監獄塔、俺の安眠妨害……もう頭に来たからな」

 

「安眠妨害?何だそれは」

 

「とぼけてられるのも今の内だ。マシュ、行くぞ!」

 

「はい!」

 

ぐだ男が玉座へ到着したのは魔神柱の現状全滅したのと同時。

玉座へ魔力を回せなくなった事でソロモンの力は確実に弱まっていた。しかし、ぐだ男もサーヴァント達の現界限界により、頼れるのはマシュだけ。力の差は歴然だ。

 

「例え弱まっていようとも、お前達人間如きに敗れる私ではない!」

 

「とでも思ったか!魔改造された俺のバイク(スーパーカスタム・カワザキ)!」

 

「グボァッ!?」

 

刹那的にライムグリーンのマシンが召喚され、ゼロヒャクコンマ3秒でソロモンが轢かれた。何の構えもしていなかった腹にやや鋭くなったフロントカウルが鋭角にえずかせる入る。しかもクラス適性的にもキャスターであるソロモンにライダー宝具はかなりダメージが大きい。

 

「……っ、な、ぜ……!」

 

「世の中、黒髭単騎でソロモン倒したりケツコでワンパンする猛者が居るんだ。だったら、眼からガンドが撃てる俺が出来ない道理がない」

 

「!!」

 

『ぅえ!?ちょ、待つんだぐだ男君!そのまま倒せるなら倒した方が良いけど、そうするとボクの出番が完全になくn』ゴッ!

 

『気にしないで続けてくれたまえ』

 

「くっ、ウォォォオオオ!!」

 

「なんだ!?」

 

「先輩……ソロモンが……!」

 

「くっふふ……良いぞ人類最後のマスターぐだ男。良いぞ良いぞ!……そうでなくてはなぁ?」

 

「姿が……」

 

「変わっていく!?」

 

轢かれたまま四つん這いになっていたソロモンの姿が変わっていく。全身が二回りほど肥大化し、体の各所から異質すぎるオーラが溢れてくる。

一目で分かるラスボス感が流石のぐだ男も震わせる。

 

「ソロモン……なのか……」

 

『ぐだ男君!そいつはソロモンなんかじゃない!そいつは─』

 

「─我が名はゲーティア!人理焼却式、魔神王(・・・)ゲーティアである!」

 

「ソロモン変質……!ゲーティアと名乗っています!」

 

「ゲーティアってなんだ!?ソロモンじゃないの!?」

 

ゲーティアと名乗った元ソロモンがさっきとはうって変わって堂々たる態度で立ち上がった。

巨大化した腕とその腕から覗く大量の眼が見るものに恐怖と圧力を与えて正常な思考を奪う。ぐだ男もマシュも例外ではなかった。

 

「ゲーティア……それでは─」

 

「今までの認識を改めよう、七つの特異点を越え、ここまで来た最後のマスターぐだ男。だが、貴様の偉業はここで終わる。いや……貴様と言うより貴様らだったな」

 

「何を言って……」

 

「ではお見せしよう。貴様等の旅の終わり。この星をやり直す、人類史の終焉。我が大業成就の瞬間を!第三宝具、展開。 誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの。─そう、芥のように燃え尽きよ!生誕の時きたれり。其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロニモス)

 

「な───」

 

「先輩!!」

 

今までの空に浮いていた巨大な光帯の膨大すぎるエネルギーがぐだ男達を─人理を焼却する熱線となって全てを焼き払う。

光を目にしただけで眼球の水分も蒸発してしまいそうなそれに呆然と、明確に死を感じ取ったぐだ男の前に、この場たった1人のサーヴァント。ここに至るまで、全ての特異点を共にしてきたマシュが盾を構えて宝具を発動する。

 

いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)!」

 

轟音と光があらゆる知覚を攻撃する。そんな中でも、ぐだ男の耳には彼女の声がハッキリと聞こえていた。

 

「……良かった。これなら何とかなりそうです、マスター。今まで、ありがとうございました。先輩がくれたものを、せめて少しでも返したくて、弱気を押し殺して、旅を続けてきましたが──ここまで来られて、私は、私の人生を意義あるものだったと実感しました。……ドレイク船長の言った通り。最期の時に、私は、私の望みを知ったのです。……でも、ちょっと悔しいです。私は、守られてばかりだったから──最後に一度ぐらいは、先輩のお役に、立ちたかった」

 

「マシュ──!」

 

手を伸ばせばすぐ届く距離……すぐそこにマシュが居るのに、だんだんと光で姿を見失っていく。唐突に感じる喪失感と恐怖にぐだ男は訳も分からずマシュに手を伸ばす。

しかし、その手が触れることは無かった。

 

「──」

 

「みたことか。だが、その勇気を讃えよう。彼女は貴様の盾となり、見事貴様に傷1つ付けることなく護りきったのだ。──己の命を犠牲にしてな」

 

全てが終わったとき、ぐだ男の目の前にはマシュの盾だけが佇んでいた。

情報の処理が追い付かないぐだ男を置いて、ゲーティアは素直にマシュの盾──心の強さを評価しながら続ける。

 

「この宝具を上回る熱量は地球には存在しない。何故ならこれは貴様ら人類の歴史……人類史を熱量に変換したものだからだ。実に3000年分、貴様ら人間共を滅ぼすのは自分達の営んできた歴史そのものだったわけだ。防げるはずもあるまい。だが、彼女の宝具は特殊だ。あれは物理的な強さではなく、心の強さを示す宝具だ。彼女自身は熱に耐えきれず、蒸発したが……彼女の貴様だけは絶対に護るという意志がこれを成し遂げた。こればかりは誉めてやろう」

 

「……そん、な……」

 

「さぁ、これで頼れるものは消えた。ここまでの健闘──実に健気だった」

 

もうぐだ男を殺すのに素手で充分だろうと、拳が降り下ろされる。項垂れるぐだ男の頭に真っ直ぐ向かう拳がゆっくりと感じられる。

 

(俺は……死ぬのか……)

 

死の間際に感じる感覚の長大化だろうか、止まったように見えるゲーティアの拳を目にしたあと、ふと視界の端にマシュが遺した盾が再び入った。

 

(──いや!)

 

「まだだ!!」

 

数mmで拳をかわしたぐだ男の眼は死んではいなかった。

飛んでくる岩石から身を守りつつ転がり、マシュの盾を持ち上げると、かつてとあるスパルタキングから教えてもらったファランクスのようにゲイボルクと共に構えた。

 

「重たい……っ!こんなもの振り回してたのかマシュ!」

 

「むぅ!」

 

最早ゲーティア相手に受け止めるなんて馬鹿な真似は出来ない。

ファランクス(のような体勢)でそのまま突進してゲーティアの脇腹に肉薄した。ゲイボルクを短めに持ち直し、令呪からの魔力供給を受けた状態で一気に貫き放った。

 

刺し穿つ────死棘の槍(ゲイ──────ボルク)ゥゥ!!」

 

二画分の魔力が上乗せされた一撃。それは心臓を貫く事は余りの実力差で叶わずとも、左脇腹から左肩辺りまでを刺し穿った。

 

「小癪小癪小癪小癪小癪ゥゥゥ!!」

 

「ぁぐっ!!」

 

しかしゲーティアは自由のきく右腕で盾ごとぐだ男を殴り飛ばす。

盾を持っていた左腕の筋肉、骨、血管……全てが悲鳴を上げて遂には破壊される。皮膚は裂けて血が吹き出し、骨は粉砕して筋肉は繊維1本1本がブチブチと千切れた。だが、辛うじて繋がっているそれの痛みを感じる余裕すら今は無い。

まだ残る右手で重たい盾を再び構え、駆け出した。

 

「何故貴様は戦う!何故我々わたしに屈しない!何故、何故──何故、ここまで戦えたのかを──!」

 

「生きる為だ!!」

 

「──生きる、為──ただ自分が、生きる為、だと……?──そう、か。人理を守ってさえ、いなかったとは。……確かに、我々の間違いだ。過大評価にも程があった。生存を願いながら死を恐れ、死を恐れながら、永遠を目指した我々を打倒した。なんという──救いようのない愚かさ。救う必要のない頑なさだろう。手に負えぬ、とはまさにこの事だ。は──はは──ははははははははははははははははははははははははははは!」

 

「うおおおおおおおおお!!!!」

 

まだゲイボルクは抜けていない。肩から穂先が僅かに飛び出しているのを見逃さなかったぐだ男が左脇腹から出てる石突きに盾をぶつけた。

 

「ぐぉあっ!!」

 

ぐだ男へと振り向いていたゲーティアの左目にゲイボルクの穂先が食い込んだ。だが、ぐだ男はそれで終わりにはしなかった。最後の令呪を弾けさせながら右拳でもう一度石突きに殴る。

肉を突き破る音と共にゲーティアの後頭部から朱の槍が伸びた。

 

「な……ぜだ……何故……貴様、にこ……んな……」

 

「魔術が……ルーンが……呪術が……想いが……絆が……俺を、生かしてくれた……沢山の英霊達、力を貸してくれ……た……。大切な後輩が……こん、な俺……を、命をかけて護っ……負けられ……」

 

「……誰の声も──聞こえぬ」

 

本来だったら全ての魔神柱と繋がり、強大な力を有していた筈のゲーティアも、完全に刈られ、或いは逃げ出した魔神柱が居たためにその力は限定されたものだった。

それでも、敵う道理など無かった筈だった。ゲーティアの計算ミスがなければ。

 

「愚か、な人間同士が……互いに協力しあう……など……」

 

──絆。これこそがゲーティアが負けた最大の要因。

 

「──っ」

 

意識を失いかけていたぐだ男がゲイボルクを引き抜いて急ぎ、治療術式を使用する。

左腕は損傷が激しい為、簡易的な治療術式では止血程度しか役に立たない。それでも、ぐだ男の体を動かすのには充分な措置だ。

 

「勝てた……のか」

 

倒れたゲーティアをハッキリとした意識で再確認して漸く自分が勝ち、生を勝ち取ったのだと理解する。

これもこのカルデア戦闘服の防御機能5回分のお陰でもある。

 

「はぁ……はぁ……」

 

『ぐだ男君!生きているね!』

 

「はい……何とか……」

 

『良いかいぐだ男!そこはもうじき消滅する!何しろそこはソロ──ゲーティアの宝具だからだ!こちらからはどうしようも出来ない!はやくしたまえ!』

 

ドクターとダ・ヴィンチに急かされるが、走ることは出来ない。神殿は確かに崩壊が始まっている為に足場が悪いし疲労等で動かない。それに─

 

「帰ろう、マシュ……」

 

マシュの盾も引き摺っている。間に合わない。そう思いつつも、何としてもこの盾だけはとぐだ男はまた一歩、踏み出す。

 

 

「───」

 

「───」

 

「───良かった。まだ残っていたね、マシュ。君は完全に消滅した。命の終りに辿り着いた。それでも、意志がこの虚無に残っている。それでも、君の成すべき事がまだ残っている。だから“お疲れ様”とは言わないよ。“バイバイ”と、お別れは言うけどね」

 

「───」

 

「時間も無いし率直に言うと、君を生き返らせようと思う。僕は“比較”の理を受け持っていた。人間同士の競争と成長、妬みや悔しさを糧とし、“相手より強くなる”特徴を持つ獣だ。災厄の獣キャスパリーグ。違う世界では霊長の殺人者(プライミッツ・マーダー)、とも呼ばれたね。ボクは人間社会に居なければ無害な動物だ。だから人のいない孤島に閉じ籠っていた。けれど、ボクの世話をしていた魔術師は酷い奴でね。快適だった幽閉塔からボクを追い出して、放ってしまったんだよ。……でも、そのお陰でボクはカルデアに辿り着いた。そこで君と、ぐだ男を発見した」

 

「──あな、たは──」

 

「君は迷惑に思うかな。でもまあ、善意とは基本、押し売りするものだと魔術師は言っていた。それに倣うとしよう。数百年溜め込んだ魔力を使って、魔法ですら到達しえない奇蹟をここに起こす。『死者の完全な蘇生』とはいえ、時間神殿での死は現実にはカウントされない。ボクがこれからするのは運命力の譲渡だ。君の僅かな、あと3日とない寿命を塗り潰すほどの。ただし、ボクはまだ成長してなかったから君の寿命を人並みのものにしか出来ない。これによってボクはただの獣になる。知性も特性も無くなるからね。今までは君たちの会話に意味のある合いの手を入れていたけど、これから先はただの鳴き声になるだろう。別に気にした事ではないさ。君達にとっては何も変わらないのだから。でもまぁ、寂しい気持ちも本当だ。だから最後に、君だけにはお別れを言いたかった。さようなら。マシュ・キリエライト。君達との旅は、僕にとって清々しいものだった。たいてい醜悪な姿に変わっていたボクが、最後までずっと、この姿のままでいられた程に」

 

「待っ、て──フォウ、さん──フォウさん──!」

 

「……かつて魔術師はこう言ってキャスパリーグを送り出した。“美しいものに触れてきなさい”と。──そうだ。私は本当に、美しいものを見た。刃を交えずとも倒せる悪があり、血を流さなかったからこそ、辿り着ける答えがあった。おめでとう。カルデアの善き人々。第四の獣は、君達によって倒された」

 

 

『急げ!あと500m先でレイシフト地点だ!』

 

「───」

 

『!?なんだこの反応……!?突然現れた、いや、そこで待っていたのか!』

 

「……そう簡単には逃がさない、よな」

 

『気を付けろぐだ男!君のめ──は、──!』

 

「───その通りだ。ようやく共通の見解を持てたな、ぐだ男。おまえを生かしては返さない。ここで、私と共に滅びるがいい」

 

あと少し先のレイシフト地点。そこへ向かう途中に男が立ち塞がった。

半身が崩れ、既に形を保っているのが限界に見える男……ゲーティア。

 

「……私の計画は失敗に終わった。まさか全ての魔神柱を倒され、私も倒されるとはな。最早消え行くのみだった私だが、あそこであのまま倒れているだけなのは許せなかった。しかし、ここで何をしようと結果は覆らない。こんな……意味のない事を、以前の私であれば決してしなかっただろう。だが──」

 

「……戦う理由はある、んだろう?俺がお前でも同じ事をするよ」

 

「──そうだとも。私にも意地がある。いや、意地ができた。私は今、君たち人間の精神性を理解した。限りある命を得て、ようやく。……長い、長い旅路だった。3000年もの間、ここに引きこもっていただけだがね。私は私の譲れないものの為に君を止める。君は君の生還のために、一秒でも早く私を止める。──言葉にするべき敬意は以上だ。それでは、この探索の終わりを始めよう。人理焼却を巡るグランドオーダー。七つの特異点、七つの世界を越えてきたマスターよ。我が名はゲーティア。人理を以て人理を滅ぼし、その先を目指したもの。誰もいない極点。……誰も望まない虚空の希望を目指し続けたもの。私はいま生まれ、いま滅びる。何の成果も、何の報酬もないとしてもこの全霊命をかけて、お前を打ち砕く。──我が怨敵。我が憎悪。我が運命よ。どうか見届けてほしい。この僅かな時間が、私に与えられた物語。この僅かな、されど、あまりにも愛おしい時間が、ゲーティアと名乗ったものに与えられた、本当の人生だ。多くの魔神は燃え尽き、神殿は崩壊した。我が消滅を以て、人理焼却も消滅する。──だが……最後の勝ちまでは譲れない。始めよう、カルデアのマスター。お前の勝ちを、私の手で焼却する……!」

 

「──来い!ゲーティア!」

 

瀕死でありながらも人としてぐだ男に挑むゲーティアと、特異点が消えるまで残る数分とない互いの命。

両者は2度、ぶつかり合う。

ぐだ男は残る力でゲイボルクを振るい、ゲーティアはその場から殆ど動くことはなく、遠距離から何らかの魔術で攻撃をする。

その様子は、並みのサーヴァントであっても余裕で勝てるような戦い。しかし、ただ力がぶつかり合っているのではない。それこそ、この2人は何人も入る余地のない意地でぶつかり合っている。

ゲーティアが拳を握るとぐだ男の足元が小爆発する。回避がまともに出来ないぐだ男は爆発に足が巻き込まれながらも前進し、ゲイボルクの間合いに入ろうとする。

しかし、そう簡単には懐に入り込ませる筈もなく、ぐだ男の眼前で爆発が起こる。

 

「ガッアアアアア!!!」

 

「まだだ……あと少し、付き合ってもらうぞ」

 

顔面が焼け、視界を半分失った。だが、ゲーティアも顔面が半分無いのは同じ。片腕も、残る力もお互いに無い。まるで鏡写しのようだ。

 

「ゲーティアァァァァァアアアッッッ!!!」

 

「ぐだ男ォォォォォォオオオッッッ!!!」

 

爆発の衝撃で仰け反っていたぐだ男だったが、すぐに体勢を立て直して咆哮。震える左足を踏み込ませ、腰の捻りに乗せて渾身の右拳を突き出す。

ゲーティアもまた、魔術での攻撃を止めて、左拳で上から殴る。

お互いの頬にめり込んだ拳で、遂に決着がついた。

 

「───いや、まったく。……不自然なほど短く、不思議なほど、面白いな。人の、人生というヤツは───」

 

「……お互い様だろ……人王(・・)ゲーティア──」

 

最期、ゲーティアは吹っ切れたように、笑いながら消えた。

 

『──よし!映像が繋がった!もう何があったとか後回しで良いから!早く走れぐだ男!』

 

「……ぃっ!」

 

返事にもならない返事をして駆け出す。

優先度の高いもの。つまり、ゲイボルクを投げ捨ててマシュの盾を担いでもう僅かしかない足場を伝ってレイシフト地点に向かう。

 

「……早く!」

 

あと半分。

 

「………早く!」

 

脚の感覚が死に始めた。視界も安定せず、足場が悪いからなのか自分が駄目なのか分からない。

 

「……………早く!」

 

あと本当に少し。飛べば届きそうな所で、不意に体が下に引っ張られ始めた。

 

「……ははっ」

 

思わず笑いがこぼれた。何故だかは本人も分かっていなかった。

 

「──ちぇっ。あと少し、だったんだけどな……」

 

──終わった。

殆ど生きていない全身の感覚でも感じる落下感覚。それを感じながら目を閉じ、初めてカルデアに来た頃からを思い出そうとした。その時だった。

 

「まだです、手を伸ばして──!先輩、手を──!」

 

「──、ああ……!」

 

 

もう感じない筈の手だったけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

差し出されたその手は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とても温かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう──マシュ」

 

 

 




かなり駆け足で書いてしまったので変です。
今更ながら、最後ぐだ男が死んだっぽい演出になってました(汗

因みにこちらの次元のカルデアではロマン生存√です。


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Order.18 夢の間に


まさかのぐだぐだ明治維新がシリアスな展開になるとは思わなんだ。
そんな事より、キャットのフィギュアが来年1月発売予定とな?これは全国のご主人諸君も楽しみなのではなかろうか。あ。あと誤解が無いように言っておきますと、私猫は嫌いですがキャットは好きという。


 

 

 

 

 

「ハー……ハー……」

 

「凄いよ彼は。あのゲーティアを1人で打倒して、五体満足で帰ってくるんだから」

 

「はい。マスター……先輩は、世界一のマスターです」

 

「そう言うマシュもゲーティアの宝具から彼を守りきれたんだ」

 

「──はい。ですがドクター。私はあの時、確かに死んだ筈です……でも、何故かよく覚えていないんですが、誰かに『死者の完全な蘇生』と……」

 

「いくらなんでも魔法ですら到達しえないそんな奇蹟のような事が起こるのかな……。でも、現に君はここにいる。理由はよく分からないけど、それならそれで良いじゃないんかな?あのままゲーティアに勝てたとしても、君の命は……」

 

「3日も無かった筈です」

 

「それが今では体は生まれ変わったんじゃないかってくらい強くなって……その様子なら、短い寿命に悩む事も無さそうだしね」

 

「はい。こうしてまた、このカルデアに戻ってこれた事。先輩のお側に居られることがとても嬉しいです」

 

「うん。それをぐだ男君にも言ってあげると喜ぶよ。目を覚ましたら君が一番最初に側に居てあげてくれないかな」

 

2人はそう言ってガラス越しに眠っているぐだ男を見やる。

 

「ハー……ハー……」

 

「先輩……」

 

帰還から丸1日が過ぎた。未だ目を覚まさないぐだ男は痛々しい姿で沢山の管に繋がれている。

普通ならサーヴァントによるスキルや魔術で治療がなされるのだが、今回は無理な召喚による反動か、そういった類いが一切使えなくなっていた。

だが単純な技術までもが使えなくなった訳でもない。ナイチンゲールを始めとした医療に知識のあるサーヴァントやカルデアの医療スタッフで18時間の大手術を行い、左腕と顔の右半分は何とか原型を取り戻していた。

しかし──

 

「マシュ。実はぐだ男君の左腕と右半分の顔面は姿こそ良い方にはなったけど、恐らくその機能は果たせないと思う……」

 

「──そんな!では先輩は目を覚ましてもマスターとしては……」

 

「このままだとマスター復帰は無理だ。レオナルドが義腕とか考えてくれてるけど、正直サーヴァントのスキル復活を待った方が確実だ。だから今はカルデアの復旧に駆り出してるよ」

 

「……ドクター。私も手伝わせて下さい。ただ待ってるだけなんて、最後まで独りになっても戦った先輩に合わせる顔がありません」

 

「マシュ……分かった。早速幾つかお願いするから、来てくれ」

 

「はい!……先輩。待ってて下さい」

 

 

夢を、見ていた。

 

「行ってくんね」

 

「帰りは?」

 

「夕方ー。長引いたら電話するから」

 

「はーい」

 

俺は大きいバッグを背負って家を出た。

やや重量があるそれには高校で格好いいと思ったから入った部活、アーチェリーの道具一式が詰まっている。

中学の時はスポーツが嫌だったから漫画研究部でダラダラと過ごしていたけど、この部活は割りとこなしていた。走り込む必要もあまり無いし、運動部としては動かない部類のものだったからだろう。

とは言え、真面目にやっている訳でもなかった。普通にやって普通に帰る。時には友達とサボって帰ることもあった。休日の練習も行くには行くけど75mを1時間程射って後は後輩の面倒を見るだけ。成績も中の下か中。

でも大学(・・)でも何となく続けていた。

 

「おはようございます先輩。今日も宜しくお願いします」

 

家を出ると眼鏡をかけた少女が待っていた。

マシュ・キリエライト。海外からの留学生で今年で17歳だというのに飛び級で同じクラスになった。彼女はアーチェリーをやってみたかったらしく、訳あって俺が教えている。

彼女との出会い?あまり良いものではないが、入学して初めての授業の日に、学内ベンチでうっかり寝てしまっていた所を起こされたのがそれだ。彼女は何故か同学年かつクラスメイトの俺を先輩と呼ぶが……あまり気にしないで方向で固めている。

 

「おはようマシュ。待たせてごめん」

 

「そんな事はありません。私もついさっき来たばかりですので。私こそ、先輩に道具の手入れを任せっきりですみません……」

 

「大丈夫大丈夫。慣れない内はいくらでもやってあげるから。じゃあ行こうか」

 

「はい」

 

バッグをマシュに背負ってもらい、俺は庭からバイクを押して出る。

カワザキのkenja400Rに2人で跨がってエンジンをスタート。目的地はここからバイクで15分の所。

背中に当たる柔らかい感触に鼓動を早めつつも、俺は命を預かる運転者としての意識に切り換えてギアを入れた。

 

 

ガシャンッ!

 

「──あ」

 

「わ。大丈夫ジャンヌちゃん!?怪我してない?」

 

「だ、大丈夫ですっ。ごめんなさいお皿割っちゃって」

 

昼食時。カルデアの復旧作業に当たっているからか、食堂ではいつものような賑やかさは無かった。特に低年齢サーヴァントの一部にはマスターのぐだ男が死んでしまうのではないかと子供らしい反応を見せて元気がない。

今しがたボーッとしていて皿を割ってしまったジャンヌ・サンタもその1人だ。

 

「……ぐだ男が心配?」

 

「ぅそ、そんな事はありませんっ!マスターさんは大丈夫だって信じてますから!」

 

「そうだね……彼なら大丈夫だよ。正直心配だけど、マスターへの信頼を無くしたらそれこそおしまいだと思うから」

 

ブーディカが割れてしまった皿を集めながら空いている手でジャンヌの頭を撫でてやる。その優しさに彼女は我慢できなくなったのか、涙を流しながらブーディカの胸に顔を埋めた。

いくらサーヴァントとは言え、精神的には子供。しかも、存在が特異中の特異であるが故に初めてのマスターがぐだ男で先日死ぬほど怖い戦いを経験したばかり。抑えていたものが溢れだして、泣き出してしまった。

 

「マスターさんがぁ……死んじゃったらどうすれば……わぁぁぁんっ」

 

「大丈夫、大丈夫。必ず帰ってくるから」

 

その後、彼女が泣き止むまでに数分かかった。

 

 

「……?泣き声……」

 

「っ、ふぅ。先輩、どうかなさいましたか?」

 

「ぁいや、泣き声が聞こえた気がして……………気のせいか。ごめんごめん、何でもないよ。で、どうだった?結構ポンド上げてみたけど」

 

「はい。中々重くなりました。これなら、大丈夫です」

 

「あ、いつもと変わらず腕で引くんじゃなくて背中で。本体は握らずに反力で押すだけね」

 

マシュはまだ練習用のアルミ矢だが、カーボン矢に変えるのも近いだろう。こんなに上達が早いと教えている俺がその内教えられる立場になりそうだ。

 

「フォロースルーもなるべく意識してね。……そそ」

 

「先輩の指示は的確でありがたいです。こんな休日にまで本当にありがとうございます」

 

「良いよ良いよ気にしないで。どのみち家に居ても本を読み漁ってるだけだし……でも、俺はそんなに大した実力も無ければ熱意も──」

 

────。

 

「え?」

 

「先輩?」

 

「……何か聞こえ──」

 

ヒュッ。

風切り音が一瞬聞こえた。次の瞬間、俺の視界は何かを叫ぶマシュと赤色で滲んでいって──

 

「──あれ?」

 

気付けばそこはカルデアの自室だった。

何か額に痛みを感じた気がしたけど……寝ぼけてたのか?

 

「そう言えばゲーティアを倒して……」

 

そこからの記憶が曖昧で思い出そうとすると頭が痛くなる。兎に角、誰かに話を訊こうとベッドから起き上がり、自室から出た。音があまりしないから、夜なんだろう。それでも誰か起きている筈。

 

「……」

 

ドアを開けると言葉を失った。目の前で起きている事が理解できない。否、理解を拒んでいた。

静かだったのは夜だからではない。音を立てる者が誰も居ないからだった。

鼻を刺す血と焼ける匂い。視覚に容赦なく飛び込んでくるサーヴァント、スタッフの死体。無惨な殺され方で、俺は思わず吐き気を催して膝をついた。

 

「な、何がどうなって!」

 

右を向いた時、俺は死を感じた。

巨大な影が、誰かの首を持って立っているのだ。燃え上がる炎のせいで姿を良く見ることは叶わない。だが、左手の首は見えた。見えてしまった。

 

「……マ……シュ?」

 

嫌だ。嫌だ……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!

 

「──あああああああああああああああああああッッッッ!!!!」

 

 

「ん?」

 

ぐだ男の点滴を取り替えに来たナイチンゲールが何かに気付いた。

素早く点滴を取り替えてぐだ男の首に指を当てて、一気に顔を険しくする。

 

「何て事……!」

 

布団をひっぺがし、服をはだいて心臓マッサージを開始。一方、ガラス越しに見ていたネロ(嫁)と清姫がそれの意味を察して卒倒した。

 

「貴方はまだ死んではいけない!そんな若さで死ぬ必要などありません!」

 

 

何回殺された?

 

何回死んだ?

 

分からない。どうしてこうなってる?

 

分からない。

 

何回コろされた?

 

何回死ンダ?

 

コロされた。しんだ。コロ、サレタ。シンダ。

 

何回?なんかイ?ナんカイ?ナンカイ?

 

カゾエルノモ、バカバカシイクライコロサレタ。

 

──苦しいか?

 

クルシイ。

 

──死にたいか?

 

モウ、ナンカイモシンダ。イマサラシニタイトカ、バカバカシイ。

 

──もう終りにしたいか?

 

オワリ……?オワリカ……。

 

ふと思い出した。何回と死んでゆく中で、必ず側に居てくれた彼女の事を。

 

モウ、アエナクナルノハ……イヤだな。

 

──失う辛さはもう味わいたくないだろう?

 

「イいヤ……いいや!オレは……俺はまだ終わらない!やっとハッキリしてきた……お前が誰だか知らないが、生憎俺の取り柄はしつこさだ!そう簡単に死んでたまるか!」

 

──やはり、貴様にはまだまだ苦しんでもらうしか無さそうだな。あと二万回……死んでもらうぞ。

 

「じょ、上等だ!よくよく考えればさっきので101回目だったが、あと二万も変わらないね!」

 

──いや、滅茶苦茶違うんだが……。

 

「五月蝿いわ!101匹ワンちゃんの気持ちになってみろ!」

 

──訳が分からん。だが!貴様が再び死を味わうことには変わり無い。確実に、精神が音を上げるときが来る。その時まで待ってやる。

 

……正直二万なんて耐えきれる自信がない。100回越えてさっきのあれだったのだ。まぁ、是非もないよネ!人間だもの!

 

「へっ……頑張るか……」

 

また始まる死のオンパレード。俺は頬をひっぱたいて気合いを入れた。

 

 

ピッ……ピッ……ピッ。

 

「という訳で彼が心停止になったので心拍計を導入しました。今回は心停止から数秒かどうかというレベルでしたので事なきを得ましたが、これからは管理体制を見直して少しの異変も逃さないようにお願いします」

 

「それならば私がぐだ男様のお側で──」

 

「貴女の毒は今の彼には良くありません。いくら対毒か耐毒を有していてもその体が弱っているのでは話になりません。却下です」

 

「それならばこのは──」

 

「貴女は看護という言葉を吐き違えています。まったく……そんな甘い考えだからバーサーカーになるんです」

 

「ではわ──」

 

「貴女は論外です。話になりません」

 

患者の、しかもマスターの命を危険にさらした事が彼女の狂化スキルを更にパワーアップさせたのか、夜ぐだ男の部屋に侵入してくるトリオをバッサバッサと切り伏……切開していく。特に清姫に対しては5文字以上の発言を許さないほどに当たりが強い。

 

「うむ。それならばこの余が!ぐだ男の世話係として付き添うしかあるまいな!異論は無かろう鋼鉄の天使よ」

 

「大有りです。貴女は何が出来るのですか?」

 

「勿論、愛を華をとこの余の膝の上で甘やかぁ~すのだ!時折リンゴを切って食べさすのも良いな」

 

「却下です」

 

「な、何だとッ!?」

 

「ナハハハ。よもやご主人大好きローマですら敵わないと来た。これは野生に身を任せて極楽浄土に看護するしかないナ。という訳でご主人のペットはア・タ・シ。このキャットが管理するしかないという事だ。やはり管理にはExcelが有効か」

 

「その手足、髪、尻尾の消毒・殺菌を今すぐ行いなさい」

 

「残念だが既に手遅れ故な。ここに入る直前に処理済みだワン!」

 

「心得はあるのですか?」

 

「任せろティーチャー。キャットとは野生の獣……野生とはすなわち弱肉強食。生きるか死ぬかの戦いは日常茶飯事。ならば命を管理する心得は本能に刻まれている。因みにご主人がたまに美味しそうに見えるのも本能故な。許せ」

 

「では貴女に任せましょう。ここにスケジュールが書いてありますのでそれ通りに」

 

「ガッテン」

 

キャットの野生パワーはOKだったようで、割りとあっさり管理者にされる。

しかし、よりにもよってバーサーカーばかりが有能なのかはカルデアの謎だ。このナイチンゲール然りタマモキャット然り。

何にせよこれによりぐだ男の安静室に殺到していた管理者候補も抗議しながら散っていく。ここでもまた、戦いが終わったのだ。

 

「では私はこの件をドクターロマンに報告しなくてはならないので後をお願いします」

 

「任されたゾ。と言いつつ着替えを始めるキャットであった」

 

看護と言えばキャット。キャットと言えばナース。ナースと言えば看護。このウロボロスのような関係性は世の理だナ。とはキャット談。

その言葉通り、ピンクのナース服と聞いたら万人が思い浮かべるようなそれを着こなしたキャットが犬の手足はどこへやら。人の手で慣れた手つきで体温等をチェックしていき、点滴を取り替えて満足げに胸を張った。

 

「しかし看護とは奥深いな。こうして大義名分を持っておけばご主人に何をしても許されると言うもの。ここは野生の本能に従うが(キャッツ)

 

何をしても許される訳ではないし本能に従うのはGoodではない。しかし、そんなツッコミをかませる者はいない。カーテンも閉めている以上、外からどうなっているかの目視は出来ない。

それを知ってか知らないでかはこのナマモノのみぞ知る(Cat only knows)

 

「という訳で汗拭きだぞご主人ー!」

 

このあと滅茶苦茶綺麗になった。

 





毎回キャットの不思議な言い回しとか特徴が上手く表現できなくて詰まるんですよね……。もうちょっとキャット語が上手くなりたい。
因みに私の所のキャットはレベル100の宝具4なので無課金でなるべく宝具5にしたいがぁ……!て言うかバーサーカーがもっと来ないかなぁ。


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Order.19 夢と現実の……


申し訳ありません……全然時間が無くてかけません!




 

 

 

 

 

1日が終わる。

カルデアの復旧で私は先輩のお側に居ることは出来ませんでした。しかし、キャットさんが先輩の面倒を見てくださっているて言う事なので心配は無さそうです。

それでも……先輩の事を考えると食事も進まないし胸が苦しくなる。何故なんでしょうか……?

 

「およ?マシュ氏箸が進んでおらぬ様子で」

 

「黒髭さん……何でもありませんっ。何かしたのなら弁護は他の方にあたってください」

 

「オゥフwww。いきなりの突っぱねでござるか。しかし、今回拙者がマシュ氏に近付いたのは下心とかそんなのはマジで無く、ぐだ男殿の事で気になる事がありましてな。今から拙者がマシュ氏の意見とか全く訊かずに話を進めるんでヨロシク!」

 

「え?は、はぁ」

 

「まず、ぐだ男の目が覚めない理由はただの昏睡状態だからじゃねぇ。恐らく魔神柱の残滓やら思念やらで“夢に囚われている”状態ってオチだ。どんな状況になっているかは予想つかねぇが、このままだと流石のぐだ男もピンチってのには変わりねえ。でも夢になんてどうやって干渉しろって言うんだ?魔術は使えないスキルも使えない。でも抜け道は在る。俺達サーヴァントとマスターの契約だ。これによって俺達との間には互いの記憶や経験を夢として見ることがある。これを利用しない手はないだろう。だが夢なんて予測できるような物でもないし簡単に干渉できるものでもない。だが、想いは別だ。マシュのぐだ男に対する想いはそんじょそこらのサーヴァントよりもマトモで一途な想いのマシュの方が回線が開きやすい訳だ。てことは後はどうするか分かるよな?2度も言わせるなよマシュ」

 

黒髭が珍しくおふざけモードから真面目(というよりはカリブ海を荒らし回った海賊としての黒髭)に変わってマシュにぐだ男の危機を知らせる。

そんな黒髭にマシュは驚いたが、1度はパイケットで見た事だ。すぐに黒髭がふざけないで話してきた事の重大さに気付いて表情が変わった。

 

「……どうして黒髭さんに分かったんですか?貴方は特殊なスキルを有していない筈ですが」

 

「まぁ、ぶっちゃけ勘でござるよマシュ氏。実はぐだ男殿からあるフィギュアの製作を頼まれていたんだが──」

 

それは今から3時間程前の黒髭マイルームにて起きた。

 

 

 

「グフフwww流石ぐだ男殿。暗号化されたファイルに依頼通りのブツ。徹底してるでおじゃるなぁ」

 

黒髭は部屋のパソコンでぐだ男から先週届けられていた極秘の画像ファイルがあったのを見て変な笑いを溢した。

暗号化されたファイルを特殊言語で解凍し、開くと総数20枚程の写真が羅列した。

 

「ほぅほぅ……この角度も中々……流石と言わざるを得ませんな」

 

鼻息荒くしながら眺めているのはエウリュアレの写真。ぐだ男が黒髭に頼まれて撮った物だ。勿論、黒髭がなぜこの写真を求めたのかはぐだ男も良く知っている。

 

「やはりエウリュアレ氏を……女神を造形したとなれば拙者のサーヴァントライフはまた1つ潤いを獲る。ぐだ男殿にはちゃんとお礼をせねば」

 

パソコンを閉じ、部屋の片隅に置かれたキャビネットから大事に取り出したのはロボットのフィギュア。実はぐだ男が形状のデザインをして、設定は黒髭が考えた究極の 対魔力装甲搭載汎用人型人理継続補償戦機 Person who restores human history(人類史を修復する者)。要するに人型のロボットだ。

伊達に機械・機構系の学校を目指していただけあってメカ系の絵は上手いぐだ男。たまたま落書きのように書いたラフに黒髭が興味を引かれてそこから立体化まで到達したのが今回のこれだった。

 

「フィギュア作成:A++をナメてもらっては困──」

 

ポキッ。と嫌な音がして黒髭が固まった。次いでコツンとリノリウムの(っぽい)床に落ちた樹脂の頭部が真っ直ぐ黒髭を見ていた。

 

「……なんたる不吉!これヤバめ?また接合して合わせ目消してサフ吹いて……まぁ余裕っしょ。黒髭には大した問題では無かった マル。さーて直すでござる直すでござる!気合いチャージ。ティウンティウンティウン──」キュピィィィィン!(NTの音)

 

口に出している効果音とは別の効果音が黒髭の脳に電流を走らせたかのように作用する。

 

「ナヌ!?これは」

 

 

 

 

「──て言う経緯であった。拙者が製作したフィギュアはスキルの恩恵で自然に壊れることはないんで危険事態と察知したでござる」

 

「黒髭さんにそんなスキルが……?兎に角、ドクターに相談してみます!ありがとうございました黒髭さん」

 

「人生を楽しめ乙女」

 

マシュが立ち去ったのを見送った黒髭が小さな声でそう呟いた。

 

 

「ゴブッゥ」

 

また死んだ。この痛みと恐怖にはそう簡単に克服出来るものでは無い。しかし、克服しなくても構えることは可能だ。いつどこで殺されるか分かったものではないが……。

 

──つまらない。

 

暗い暗い海の底。光も届かない地上の生物には死の世界で嫌と言うほど聞いた声が頭に直接流れ込んでくる。

 

──その異常なまでの精神の強さは何だ?何が貴様をそこまで支える?

 

そんな事は言うまででもない。ただ諦めたら死んでしまうなら生き延びるために諦めないだけだ。俺が死んだら人理も終わるから。

生きていたい。また誰かと笑い合いながら話をしたい。馬鹿なことして盛り上がって、思いでになって、また新しい出会いをして……そんな楽しい事がこれからまだ起こるというのに、簡単に死んでやるものか。

 

──貴様が駆ける人理修復の旅は終わった。それでもまだ駆けるというのか。

 

ハッキリ言ってソロモン……ゲーティアを倒したことで俺の仕事は終わった。後はカルデアの外の世界が混乱を起こしながらも今回の事件の処理をしていくだろう。

だけど、皆にまだお別れを言ってないしマシュとの契約がある。だからまだ死ねない。この俺の残り少ないのかもしれないカルデアの生活を駆けていきたい。

 

──……それが、生きようとする力か。貴様に幾度となく起こした奇跡の理由か。

 

きっと奇跡なんかじゃない。

皆偶然……俺が廊下で目を覚ましてマシュと会い、自室に行ってドクターに会い、爆発で崩れゆく中死が直前に迫っていたマシュと契約して、特異点を越えていって……英霊達の力を借りてなんとかこれた。諦めそうな時もあった。けど、諦めずにもがいた。もがいてもがいてもがいて、そしてピンチをチャンスに変えた。

無限とも思える並行世界があるように、一瞬一瞬にも無限とも思える可能性がある。決して零ではないがほぼ零のものばかりだろう。それでも、それを掴みとって。

 

──僅かな可能性を求めて足掻いた結果の必然……貴様はそう言いたいのか?

 

分からない。必然ではないのかも知れない。でも奇跡でもないのかも知れない。

 

──だがそれでも貴様はここまで来た。我らを倒し、魔神王を倒した。そればかりは素直に誉めよう。

 

そりゃありがたい。

 

──だが私とて最期の最期に生への渇望を得た。貴様達が我々を容赦なく蹂躙していく様をみて、初めて生きたいと感じた。しかし、これでもかつては邪神として伯爵の階を得ていた私だ。そう簡単に逃げるわけにも行くまい。であれば、残る全魔力を以てして呪いをかけるのが貴様を苦しませながら殺すのに最適だと感じたのだ。

 

成る程。例え俺が勝っても負けても死ぬようにと呪いをかけたのか。と言うことはやっぱりお前もあの採集戦……あそこにいた魔神柱の一柱か。邪神……伯爵……生憎ソロモン七二柱は詳しくないから誰かは分からない。

 

──さぁ、歯を食いしばれ。目を見開け。必死に息をしろ。恐怖から逃げ続けろ。死を体感しろ。貴様にはその権利が有り余っているのだ。

 

権利なら断る事も可能だろう。義務ではないし。

 

──断る権利など貴様にはない。あるのは死だけだ。

 

「──っはぁ!……っく、また……」

 

瞬き1つで変わって周りの風景。

また始まる死へのカウントダウン。いつどこで殺されるか分からない恐怖をまた感じなければならない。

これで何度目だったか……もう数えるのが辛くなった。

 

「クソッ……何も出来ないのか!」

 

何をしても結局は死ぬ。何度か自殺をしかけた時もあった。だが、それは許されないらしく、その時は惨い殺され方をされたし見せられた。

 

「ぐだ男ー。マシュさんが来てるぞー」

 

「……今行くよ。どのみちすぐに逝くから」

 

呼ばれ、階段を重たい足取りで下りていく。もう嫌だ。痛いのも、苦しいのも、怖いのも、熱いのも、冷たいのも、何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも!!

 

「……」

 

どうせ死ぬんだ。そしてまた死ぬ。そう思えばいつの間にか気が楽になっていた。

 

「……やぁマシュ。今回は何の設定なの?」

 

「設定……?何を言っているんですか先輩!やっと見付けました。早く目を覚まして下さい!これはただの夢なんかではありません!」

 

「あー……今回はそう言う趣向か。はぁ……止めて欲しいな」

 

「先輩!?お願いですから話を聞いて下さい!でないと……」

 

「──ぅぶぇぁがっ!ああああ!!」

 

腹から下にかけて生温かい液体が赤く染め上げる。

 

「でないと……先輩を殺してしまいます。私を置いていかないで下さい……私を求めてください……私の手を、握ってください」

 

「……っぶ、ぁぁ……違うよ。君はマシュじゃない……」

 

「また……そう言うんですね先輩」

 

体から痛みが抜けていく。また“繰り返し”が起きるのだろうか?今までは完全に死ぬまで意識が保たれていたからこんなのは初めてだ。

 

「私は確かにマシュ・キリエライトではないです。ですが、先輩への想いはどんな形であれ同じ様に抱いています。それは現実の、本物の私も同じ。だから先輩──必ず生きてカルデアに帰ってください。私はこの呪いの一部……助けることは出来ませんが、身を案じる事は出来ます」

 

──そこまでだ。術式の分際で勝手は許さんぞ。

 

不意に足場が安定しなくなり、マシュが離れていく。彼女の悲しそうな顔は本物のそれと変わらなくて……。

 

 

「……ここは……」

 

漂う嫌な魔力、重圧感、そして全方位耳を塞いでも聞こえる先輩と思しき苦悶の声や断末魔の叫び。

暫くこの空間に居たら精神が汚染されそうな程の“これ”はやっぱり先輩の──

 

「ここは廃棄孔。先輩の恐怖や痛みがここに廃棄されています。そして、不要になった術式も同じです」

 

「え……?」

 

目を疑った。突如として現れた人影……目の前にいるのは先輩ではなく、私だった。

 

「初めまして本物の私。いえ、本物に私と言うのが変でしょうか……それより、良く来てくれました。貴女なら必ず来ると思ってましたから」

 

確かに私は黒髭さんから話を聞いた後、ドクターとダ・ヴィンチちゃんに話して漸く先輩の夢と同期させることに成功し、今この夢の中に来ました。ですが、その先輩の夢の私がどうして私が来ると分かっていたのか。

 

「貴女は先輩の夢の私ですか?答えによっては──」

 

「そう構えなくても私は害を加えたりしません。寧ろ貴女に先輩を助けてほしくてわざわざこの廃棄孔に引き寄せたんですから」

 

「!やっぱり先輩は危ない目に!?」

 

「……何度と殺され、精神を削られています。このままでは先輩の精神の奥……魂が殺されてしまいます。先輩の精神は強靭ですから、精神を先に崩さないと魂が出てこないんです。ですからこんな回りくどい事を」

 

「……誰がっ、誰がそんな事を先輩にしているんですかッ!!教えてください!」

 

「残念ですけど、私はその誰かに作られた呪いの一部。その手の答えは出せません……ですがこれだけは言えます。呪いをかけた者はソロモン七二柱の一柱です」

 

「魔神柱……それは消滅したのでは無かったんですか!?」

 

「消滅しました。けど、全てが消滅した訳ではありません。中には──いえ、それよりも何故魔神柱が先輩に精神攻撃を出来ているかお話しします。要するにこの夢は呪いなんです。魔神柱の最期の魔力を以て作られたこの呪いは外部から解体は出来ない代物です。ですから内、先輩の夢の中で呪いの核、魔神柱を倒さないと行けません」

 

「そんな……」

 

「でも貴女と先輩なら大丈夫。すぐに先輩を助けに行ってください。私には手を差し伸べる事が出来なかったから……」

 

「──はい!必ず」

 

「じゃあ……お願いします」

 

短い対話が終わってすぐ、夢の私が強く発光して世界が真っ白になる。

遠くなる先輩の阿鼻叫喚や吐き気がするような空気。数秒に及ぶ浮遊感を得た私は、遂に探していた人……先輩の影を見付けた。

 

 





ところでゴルゴーンの豊満すぎる胸もいいのだが、お腹も凄く良いんですが分かる人居ないかな……?


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Order.20 大好きな貴方へ

話数が進む度に文が下手になっていくのを何とかして阻止しなければと思いつつも忙しくてよく分からない日々が続いてます。
これでも良くできたと思ったりしてます!はい!初心者です!

ともあれ、魔神柱の名前当てをしたあなたは流石です!ご褒美に沖田さんスタンプを押してあげましょう。

とか言うのも置いておいて、BB・改心で出るとは嬉しいですね。でもぐだ男にデレるのとかは無しで、悪友みたいな感じでと思いつつロビン再臨の為の牙を集めにいく私であった。特効鯖キャットとナーサリーと兄貴とロビンしか居ない……内キャット宝具4、ナーサリー3、兄貴ロビン5で充分ですけどね!悔しくないですよ赤・嫁王とか!ギルとか!ゴリラとか!


 

 

 

 

──ここにあったのか。

 

「……嫌だ……嫌だ……嫌だ……」

 

──漸く……漸く貴様の魂を見付けたぞ。ここまでの忍耐を誉めよう。ここまでの抵抗を誉めよう。本当に人間とは思えないその精神の強さは今まで見たことがなかった。だが、それもここまで。今ここに私の“報復”は完遂する。

 

何もない広大な空間。そこにうずくまったぐだ男に黒い靄がかった何かが近付いていく。

ここはぐだ男の精神と言う外殻に護られていた魂のある場所。ぐだ男という人間を為す核と言っても過言ではない物だ。

 

「……痛い……熱い……苦しい……怖い……嫌だ……嫌だ……」

 

──さらばだ、人理を修復した者よ。貴様の魂はここで死に、2度と目を覚ますことはない。

 

黒い何かが武器のような物を振り上げ、首へ真っ直ぐ降り下ろした。

 

「させません!」

 

─!!!!

 

刹那、ガィンッ!!と硬質な音が空間に木霊した。黒い何かの武器は突然目の前に割り込んできた巨大な盾によって弾かれ、その腕を強く痺れさせる。

 

──馬鹿な!お前は廃棄した筈!

 

「私は貴方の術式の一部ではありません!私は先輩を助けに来た……先輩のサーヴァントです!」

 

割り込んできた影……それは戦闘状態になったマシュがぐだ男を守るように盾を構えていた。

 

──……っ、現実から介入して来たかッ!

 

「先輩!確りしてください先輩!」

 

──ふざけるな……!ふざけるなァァァ!!私の報復を、復讐を!こんなふざけた事で邪魔されてたまるかァァァ!!

 

咆哮をあげた何かの姿がボコボコと音をたてて変質していく。人のサイズだったのが嘘のように体が膨張し、やがて柱のように高さを増す。靄が無くなって、巨大な肉柱が金切り音のような咆哮をあげながら縦に切れ込みが走った。そこから押し出すように現れた真っ赤な眼球。それらが激しい復讐心を帯びた眼でマシュとぐだ男を見下ろしていた。

 

「きゃっ!」

 

「我が名はモラクス!ソロモン七二柱が一柱、序列二一位!伯爵モラクス!!貴様らの血を捧げよ!貴様らの命を捧げよ!その血肉を我が贄として捧げ、醜い命乞いをするがいい!貴様ら人間の醜き生き様を晒すがいい!」

 

「モラクス……!あの戦いで溶鉱炉ごと消滅していなかったんですか!」

 

「我は呪いなり!我は残滓なり!我はとうに死んだ、最早生きもがく理由は無けれども報復する故に今の我は存在する!」

 

「呪い……やはり貴方が先輩をこんな目に!」

 

「あと少し、あと少しなのだ!我だけではない!我らの悲願をここに果たす!邪魔立てをするというならもろともに死ぬがいい!」

 

一瞬で禍々しい空間へと上書きされた地面から炎が立ち上がる。狙いは勿論マシュを含めたぐだ男。

 

「くぅ!」

 

爆ぜる地面に巻き込まれながらぐだ男を最優先で守るマシュだが、単独でしかも物言わぬ屍も同然のぐだ男を庇いながらでは分が悪すぎた。

軽々と体が宙にまって強かに地面へと叩き付けられる。衝撃で肺の空気が押し出されて、思わずぐだ男を手離してしまった。

 

「せん──!」

 

「オオオオオオオオオ!!」

 

『何を……諦めているんですか!』

 

「──ヌウッ!?貴様は!」

 

声と共にモラクスの眼球が1つ潰れる。次いでまた1つと眼球が破裂したように潰されていき、甲高いモラクスの呻き声がその場にいる全員の鼓膜を震わせた。

 

「……ぅ、あ……」

 

「「先輩!」」

 

ぐだ男とマシュのもとへと駆け寄る少女。モラクスを怯ませたその少女は男性用魔術礼装カルデアを纏ったもう1人のマシュだった。

そう、服装は変わったが本物のマシュがさっき出会った彼女だ。

 

「助けに来てくださったんですね!ありがとうございます!」

 

「いえ、それは私も同じです。貴女が介入した事で術式に綻びが生まれました。私はその綻びから穴を拡げてすり抜けてきただけです。こっちの先輩まで(・・・・・・・・)失いたく無いですから……」

 

「え?」

 

「おのれぇ……!おのれぇぇぇえええ!!たかが我が術式如きが!我に反抗なぞぉぉぉ!!」

 

「魔神柱モラクス!私は確かに貴方の術式の一部です。ですが、“私”を術式に組み込んだのが貴方の間違いです!」

 

夢の方のマシュが魔術礼装の上着を翻し、先程眼球を潰した得物ゲイボルクと半分ほど欠けている盾を構えて声を再び張る。

 

「私はマシュ・キリエライト!遥か別の次元で先輩を失ったデミ・サーヴァントです!」

 

 

私はマシュ・キリエライト。魔神柱モラクスの呪いのベースとなった並行世界の住人。

元々、私の世界でも冠位時間神殿ソロモンを攻略することは出来ました。そこまではこの世界の先輩と同じ流れでした。しかし、可能性というのはあらゆる場面から無数に広がっていきます。

恐らく、あのソロモン──ゲーティアを先輩が倒すのがほぼ全ての並行世界で存在している筈です。勿論、全てな訳がありません。私の世界のように、失敗するケースも少なからず存在するのです。

それは先輩がゲーティアを倒して私も生き返った直後。

 

「早く……!早く………!!」

 

「先輩!手を!手を出して下さい!」

 

「──あぁ……良かった。生きてたんだねマシュ」

 

崩れゆく神殿から走ってきた先輩は満身創痍。今にも倒れそうなその体を抱き締めたい。いつも温かいその手をまた握りたい。けど──

 

「……ごめんマシュ。無理だった」

 

「え──」

 

先輩の悔しい、悲しい、嬉しい……あらゆる感情を窺える表情を目にした途端、巨大な瓦礫が私と先輩の間に落ちてきた。その瞬間、残っていた僅かな足場は全て崩れ落ちて先輩も姿を消してしまった。

何が起きたか理解できなかった。理解したくなかった。でもレイシフトのゲートを保てなくなって私はカルデアへと弾かれた。

 

「う、そ……?せんぱ……い?冗談ですよね……またいつもの、悪ふざけですよね?」

 

「各員すぐにぐだ男の捜索に当たってくれ!ロマニもこんな結末は望んでいない筈だ!」

 

「ダ・ヴィンチちゃん……先輩が居ないんです。ドクターもあれから帰ってこないですし、2人でどこか行ったんですか?」

 

「──マシュ。ロマニは消滅した。それは君も目の前で見ただろう?ぐだ男は今探してる。大丈夫、まだ彼は生きている筈だ。こうして彼と契約したサーヴァントが消えていないのが何よりの証──」

 

「あ、あぁ……何で……あああああああああああああ!!!!」

 

それから数週間、先輩は見付からなかった。サーヴァントの皆さんも全力で探してくれました。何度もアンサモンも試しました。

でも結局結論が出てしまった。

 

「私達で観測を重ねた結果、ぐだ男は死亡した可能性(KIA)が高い事が判明した。だけどどうして君達が未だ現界を保てているか?それはあの冠位時間神殿ソロモンが特異過ぎる空間だから起きた偶然と言っても過言ではない。まず星を思い出してほしい。あの光は光速でも何千、何万と時間が掛かる程の距離から地球へ届いた“過去の”光だ。今回もそれと似たようなもので、既に死亡したぐだ男からの魔力が時間をねじ曲げられて供給されていると言う可能性だ。実際はぐだ男が君達に割く魔力はほぼない。カルデアで賄っているからね。けど君達に微弱な魔力でもパスが通っているのが契約を維持していると認識させているんだと思う」

 

「ちょっと!アンタ万能ならアイツを見付けられる筈でしょう!?何簡単に諦めてるのよ!!」

 

「お、落ち着いてくださいオルタ!今ここで騒いでも彼が見付かるとは──」

 

「じゃあ黙ってアイツが死んだって受け入れろっての!?ふっざけんじゃないわよ!」

 

「マスターさんが……マスター、さんがぁ……ぅぅぅっ」

 

「泣くんじゃないわよリリィ!アイツは死んでなんかいないわ!あのクソしぶとい男が死ぬ訳がッ」

 

激昂する邪ンヌの目尻から涙が線を引く。それに気付いた他のサーヴァント達も次々と涙を流し、嗚咽し、悔やんだ。皆同様に「人間としても、マスターとしても惜し過ぎる者を失った」と。

 

「皆落ち着きたまえ。私だってこのままKIAで済ますつもりもない。だからまだ捜索は続けるよ」

 

レオナルドがモニターに映したデータ等を説明していると、部屋の後ろから何かを引き摺ったマシュが無言でレオナルドの目の前へとそれを放った。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、あの特異点も外れでした。見付けたのは魔神柱の死骸の一部のみ。次の特異点をお願いします」

 

「……マシュ」

 

ぐだ男の魔術礼装カルデアを身に纏い、背には欠けた盾。右手甲に魔術刻印を宿した彼女は機械のようにそう述べ、レオナルドの言葉を待っている。

マシュはこの数週間でえらく変わっていた。今までの自室からぐだ男の部屋へ移り、マスターの代わりを勤めるようにサーヴァント達と接し、戦うときにはいつも盾とぐだ男のゲイボルクを用いていた。右手甲に魔術刻印があるのは令呪の模倣とぐだ男の宝具──ゲイボルクとバイクを召喚するための物だ。

最近は専ら極小の特異点でも何でも、僅かな異常があれば赴いて解決とぐだ男探しに没頭している。

 

「おい嬢ちゃん。悪いが今のお前はちとヤバいぞ。寝る間も惜しまず何処へと行ってはあまり休まねぇ……死ぬぞ?」

 

「大丈夫ですクー・フーリンさん。この体は半分サーヴァントです。それに……先輩はこんなのよりももっと辛いのを味わっていた筈。今もそうなっているとしたら、私が休むわけにはいきません」

 

誰が言ってもマシュは決まってそう答える。

半分サーヴァントだから。先輩はもっと辛い筈だから。そうして彼女は自分の精神を知らずにゴリゴリと削り落としていた。

 

「特異点はまだ見付かっていない。だから君は一読休んだ方が良い。ぐだ男は君が無理するのを許容してたかい?」

 

「……分かりました。では部屋で休息をとっていますので何かあればすぐに呼んでください」

 

それから5時間後。マシュが眠りについた時に異変が訪れた。

彼女が珍しく夢を見たのだ。待ち焦がれたぐだ男との再会。優しい声と温かい手。それらが彼女の疲弊した精神を潤した。だが、運が悪かった。

マシュが持ってきた魔神柱の死骸、モラクスはしっかり保管されていたが、別の次元のモラクスの怨嗟の感情を受信してマシュの夢へと干渉してしまったのだ。

そしてその怨嗟の発信元こそがこちらのぐだ男を苦しめるモラクスだった。死ぬ間際にマシュの夢と接続したモラクスはマシュを捕らえて呪いの術式に組み込んだ。そしてその呪いをぐだ男が受けて今に至る。

つまり、別の次元のマシュもぐだ男と同じ様に夢から覚められないでいるのだ。

 

 

「ハァッ!」

 

「じゃあ貴女は並行世界の……」

 

「兎に角!早く先輩を起こして下さい!私1人では流石にキツいですから!」

 

「は、はいっ」

 

自分に叱られるのもおかしな感覚だと若干混乱しながらもマシュはぐだ男を膝に寝かせて胸に耳を当てる。

弱々しい心音であるけれど、ぐだ男が生きていると分かると思わず安堵して息を吐いてしまう。状況が状況だけにそんな落ち着いて居られないのだが、何処か強い安心感を得ていた。

 

「取り敢えず、先輩はどう起こせば……」

 

ふと、頭の中にアンデルセンの声が聞こえた気がした。

 

──安いシナリオを書くようで癪に触るが……良いか?大抵眠れる女を起こすのは苛立つ程完璧な奴のキスだ。だが眠れる相手が男だったらどうする?残念ながらそんなクソつまらん話を書く奴の気が知れないな。お前だ(当作者)お前(当作者)に言ってるんだぞ。──っと、話が逸れたな。兎に角だ。考えてみろ?マスターとサーヴァントの魔力はマスターが拒否しない限りは通り路が出来ている。つまり魔術師を叩き起こす術として多魔力の瞬間譲渡(魔力が枯渇した体に瞬間的に大量の魔力を流し込むショック療法)が可能なわけだ。後はウブなお前(マシュ)でも解るだろう。

 

「魔力の……瞬間譲渡……」

 

魔力供給と言うのは基本的にマスターからサーヴァントへ拒否しない限りは行われているパッシブスキルのような物だ。もしそれをサーヴァントが断たれた場合、現界を維持するために()喰い等をして延命するか、”直接魔力を譲渡してもらう”しか無い。アンデルセンが言ったのは後者の方だ。つまり──

 

「つまり、粘膜接触……」

 

デミとは言えサーヴァントと然程変わらないマシュでもその方法は知っている。

要するに人工呼吸だ。決して他意は無くて応急処置であってやましい事ではない。何故だか頭の中がぐだ男の唇の事で溢れかえってしまいそうになるのを堪えてマシュは口に溜まっていた唾液を嚥下した。

 

「先輩……先輩はキスは初めてはないですよね。ケツァールさんや清姫さん、静謐さんや頼光さん……一方的にではありますけど、経験は何度かおありでしたね」

 

再び唾液を嚥下して顔を少し近付ける。

 

「経験豊富な先輩に……何だか胸が苦しくなります。でも、先輩が全くそう言うことに興味が無いと言うのも何だか嫌で……この気持ちは何だか良く分かりません。ですが、これがきっと誰かを好きになると言うこと何だと思うんです。だから先輩……私は貴方が──大好きです」

 

 

「ははは。そうか。じゃあそっちもきよひーが大変なんだ」

 

「まぁな。多分どの世界の俺達に聞いてもきよひーがヤバいのはどこも同じでしょ」

 

「それ。いやぁ、まさか夢の中の夢で別世界の自分と会えるとは思わなんだ」

 

「俺も自分が死んでなかった事に驚きだよ」

 

「自分に言うのもなんだけど、無理しすぎて死ぬなよ?別世界とは言っても自分が死ぬのなんてもう見るのは御免だからな」

 

「確かに。そっちも気をつけろよ」

 

「おう」

 

──先輩。

 

「……ん?マシュ……?」

 

「──ぁぁ、良かった。聞こえるのか、彼女の声が」

 

「そう、みたいだね。そっちの俺は?」

 

「……何も聞こえないよ。何の温もりも、感覚も」

 

「……あー、なんと言うか大丈夫だよ」

 

「え?何が?」

 

「そっちの俺がカルデアに帰れるかどうかってこと。だから大丈夫。何となくだけど、何か自信がある」

 

「……そうか。そうだな。自分が言うならそうなんだろう」

 

「ああ。だから俺は行くよ。こっちも可愛い後輩が待ってるしさ」

 

「行ってこい行ってこい。さっきの言葉を返すようだけど、お前も生き急ぐような事は止めろよ?あと必ずその魔神柱を倒してマシュの所に戻ってやってくれ」

 

「OK。んじゃ」

 

「「頑張れよ」」

 

全身の感覚が蘇っていく。

プールのそこから力を抜いて浮かび上がるように、意識が浮上していく。光が差す所を目指して。

 

 

「……駄目……?」

 

「無駄だ!そいつの魂は既に我が呪いにて瀕死だ!そんな魔力譲渡程度で起きる筈が無いのだ!」

 

「キャッ!」

 

「くっ……私も加勢します!はぁぁぁっ!」

 

ぐだ男を寝かせてこちら側のマシュも加勢する。流石に自分同士と言うだけあってコンビネーションはバッチリだ。だが、それでも魔神柱──特に手負いの最期まで力を出し切らんと猛攻を続けるそれにおされて劣勢へと追い込まれていく。

 

「先輩!力をお借りします!」

 

あちら側のマシュがぐだ男のバイク宝具を召喚してゲイボルクと共に単騎で突っ込む。

 

共に歩んだ貴方の為に(モータード・ゲイ・ボルク)!!!」

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)魔改造された俺のバイク(スーパーカスタム・カワザキ)の複合技でモラクスの凡そ半分を消し飛ばしたマシュ。しかし、その無理な攻撃が災いして盛大に転倒。バイクは大破してマシュもかなりのダメージを負った。

 

「っ、あがっ……ゴホッ!」

 

「お……お、オオオッ──オオオオオオオオオ!!負けぬ……!負けられぬ!我は!」

 

モラクスが血を、怨嗟を、魔力を撒き散らしながらも立て直し、倒れたマシュへ魔力を集束させる。

 

「間に合わ──」

 

「我はああああああ!!」

 

「──ガンド!!」

 

バチィッ!と魔力を集束していたモラクスが一瞬痙攣して動きを止めた。

 

「モラクス……悪いがマシュは殺させない。たとえ俺の知らないマシュだろうとも、それは許さない」

 

「……あぁ……先輩……っ」

 

「ありがとうマシュ。声が聞こえてやっと起きられた。まだ夢の中だけど……助かったよ」

 

「……はいっ……はい……!漸く先輩──ほんと、にぃ……良かった……!」

 

「泣かないでマシュ。それはこいつを倒してちゃんと目を覚ましてからだ。悪いけど……俺はまだ動きが鈍いからあっちのマシュを助けてくれる?」

 

「はい!」

 

「……ぜ……何故……何故だァァァ!!何故貴様は!!何処までもしぶといのだ!!最早呪いだ!貴様のそれは呪いだ!!」

 

「そうかもしれない。俺自身呪いとも思ったことはあったよ。だけど、それで良い。俺が諦めたら全てが終わる。だから諦めることは出来ない。これまでも、これからも!」

 

ぐだ男もゲイボルクを召喚して穂先をモラクスに向ける。

 

「せん、ぱぃ……よく、無事で……」

 

「ありがとう。あっちのマシュ。後は任せてくれ」

 

「先輩!私も戦います!」

 

「ああ。行くよマシュ」

 

あちら側のマシュに応急手当スキルを施してぐだ男とマシュ、2人並んで痺れがとれかかっているモラクスへ歩く。

 

「行くぞモラクス!!」

 

「オオオオオオオオオ!!」

 

「ハッ!」

 

駆け出した2人を凪ぎ払うように巨大な触手が迫る。

マシュがそれを盾で完全に防ぐとモラクスは続けて挟み撃ちの要領で反対側から触手を凪ぎ払う。

 

「マシュ!」

 

ぐだ男がマシュの腰に手を回した刹那。眩しい光と共にバイクが召喚されて触手から超スピードで逃げる。

 

「頼む!」

 

「はい!」

 

ただ「頼む」の一言で全てを理解したマシュがぐだ男と交代してハンドルを握り、更にスピードを上げてモラクスへと向かう。

地面から吹き上がる炎や触手を轢き潰して肉薄するとマシュがハンドルから手を離した。

 

「!!」

 

バイクがモラクスに激突。爆発を起こしてモラクスを文字通り根本から倒した。

 

「グオオオオオオ!!こんな──」

 

「もう終わりだモラクス。お前のしぶとさも、恐ろしかった」

 

倒れるモラクスの目の前にぐだ男がゲイボルクを構えていた。呪いの核、モラクスの中にあるそれを刺し穿つためにゲイボルクを“2本”。

 

「先輩ーーーーー!!」

 

「──おおおおお!!共に往かん、一対の死棘よ(ゲイ・ボルク)!」

 

1本のゲイボルクを投擲し、分裂したそれが全ての眼を潰す。そして残る2本目、朱色の魔力を帯びた槍がモラクスへと突き刺さった。

 

「オオオオオオオオオ!!」

 

「おおおおおおおおお!!」

 

モラクスの攻撃と血飛沫を受けながらもゲイボルクを更に刺していく。

そして穂先に強い魔力を感じ取った所でぐだ男の令呪が弾けた。

 

「ここだああああああ!!」

 

「オオ──」

 

パキンッ。

モラクスが、空間が音を発するのを止めて静寂が訪れる。そしてモラクスの体が段々と薄くなっていく。

 

「かはっ……はぁ、はぁ」

 

──我の……負けか……。

 

「俺の勝ちだ。お前の復讐はこれで終わりだ」

 

──ふん。忌々しいほど落ち着いたが、貴様を殺せなかったのが私をまた狂わせそうだ。だが、それも無理だと分かってしまう。……嗚呼、これが我の悔しいと思うものか。惜しい……実に惜しい。呪いに過ぎない我が本物と同じくして、死の間際にこの様な感覚を得るとは……。誇るが良い我等を踏破したマスターよ。貴様はそのしぶとさで生を勝ち取ったのだ。だが心しろ。脅威は常に存在すると言うことを──

 

魔神柱モラクスはそう言葉をぐだ男に送り、静かに消えていった。

それによって空間も存在を保てなくなったのか至る所から亀裂が走る音が響き始めた。

 

「……終わったね。だけどゆっくりもしてられない。2人ともすぐに帰るんだ」

 

「先輩はどうするんですか?」

 

「ここは俺の魂の保管庫みたいな所だ。ゆっくりしてても出られる。でも2人は別だ」

 

「でも……私は帰ったところで……」

 

「大丈夫だよ。そっちの俺もカルデアに行くってさ」

 

「──え?」

 

「走れ走れー!崩れるぞー!こっちのマシュはあの光。そっちのマシュはあの光ね」

 

「ま、待ってください!行くってどういう」

 

問おうとしたマシュの足元が崩れる。流石に訊いている暇はないと駆け出して、光の元へ向かう。

 

「はっ……はっ……」

 

「元気でな、マシュ!」

 

「……はい!!」

 

背中に投げ掛けられるぐだ男の声。例え別の次元のぐだ男であっても、声や心の温かさは同じ。溢れそうな涙を流すのはまだ早いと堪えつつひたすら脚を動かした。

 

 

「……ぁ」

 

目を覚ますとそこはいつものカルデア。その先輩の部屋の天井だった。

さっきまでの長い長い悪夢が嘘だったかのように軽い体を起こし、頭もとの時計を見る。時刻は深夜2時。日付は最後の記憶……その日の次の日だ。つまり、私が囚われてから数時間しか経っていない。

 

「……」

 

見回しても先輩は居ない。もしかしてあれは本当はただの夢で私のただの願望だったのでは……。

そう思い、布団を捲って起きようとした時、自分の目を疑った。

 

「──せん、ぱい……?」

 

ベッドの下、自分が降りようとした足元に先輩が倒れている。

私はすぐにベッドから飛び降りて先輩の首に指を当てると指先には力強い鼓動を感じて大粒の涙がボロボロと溢れかえってしまう。

 

「…………良かった……生きてる……先輩!」

 

「ぁぅ………、っくぁ、ま……しゅ……?あぁ……漸く、会えた……」

 

「~~~ッ!!ハイッ!そうです!マシュ・キリエライトはここにいます!先輩も、ここに!」

 

先輩の服装はかなりボロボロでも、体は無傷。ただ右目の大きな傷跡一点を除いて。

 

「迷惑かけたね……マスターの代わりを勤めるのは、大変だったでしょ……」

 

「えぇ。やっぱり、先輩でないとっ……」

 

「ごめんね。不甲斐ないマスターで……」

 

「そんな!そんな事はありません!」

 

「……マシュ、本当に突然だけど今言わなきゃ行けない気がする……こんな俺だけど、君を好きで良い……かな?」

 

「──え、あ……好き……?えと、あぅ……」

 

「マスターだからサーヴァントだからとかじゃなくて……うん。好きだ、マシュ」

 

言葉が出てこない。頭が真っ白になって、とっても嬉しくて心臓の鼓動が早い。顔がものすごく熱くて……何を言えば良いのか分からない。けど、口は正直な気持ちを考えるより先に言葉にしていた。

 

「──はい。私も……」

 

貴方の事が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





確認読みしてみたら戦闘描写下手くそすぎて萎えた作者。



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Order.21 ただいま


キャット「遂に貯めに貯めた石210個が火を吹く時が来たようだぞご主人。

「分かっているさキャット。行くぞ全国のご主人諸君。石の貯蔵は充分か?




 

 

 

「マスターが目を覚ましたぞ!!」

 

カルデアに全館放送でそんな声が響いた。

声の主が誰だか分からないが、皆そんな事よりもぐだ男が起きたと言う事にサーヴァント、スタッフ問わず歓喜した。

 

トナカイさん(マスター)が起きたみたいですよ!早く行きましょう!」

 

「何で私がアイツの寝起きなんかに立ち会わなきゃならないのか理解できないんですけど。行くなら1人で行ってきなさいよ」

 

「そんなんだからこの前トナカイさん(マスター)のサッカーチームに入れてもらえなかったんですよ!まぁ代わりに私が入れて楽しかったので良かったですけど。ありがとうございます」

 

「はんっ。お子様には分からないでしょうけど、その前のツーリングで満足したから私から誘いを断ったのよ。おこぼれに与って満足しているようじゃサンタなんてのも大したこと無いわね」

 

「ふふん。知っていますよ成長した私。実はそのチームへの誘いをトナカイさん(マスター)がそもそもするつもりは無かったのに、わざわざ断りを入れて恥をかいたのを!トナカイさん(マスター)は成長した私が嫌がるだろうと思って端から選択肢に含まれていなかったんです!そんな事も知らずにあっさり『お、やっぱり?わざわざ言いに来てもらってごめんね。リリィ誘うから心配しなくても良いよ』って言われて本当は『そう言わないで協力してよー』って言うのを期待していたのに盛大に空振った様子は酷いものでしたよ!何でも素直にしないからああいう事になるんです!はい論破!」

 

「はぁ!?どこで聞いたのよそれぇ!」

 

「まぁまぁ。リリィもあまりオルタをいじめるとマスターに怒られますよ」

 

「そうでした!本来の私に感謝してくださいね」

 

「アンタは私の幼女化でしょうが!それにコイツに感謝なんてゴメンね!」

 

「今謝りました?」

 

「ウッッッッッザ!!」

 

「何を騒いでいる。貴様らは静かに喧嘩くらい出来ぬのか?」

 

騒ぐジャンヌズの後ろから大きな影が見下ろしていた。高圧的な声音と目を合わせるとすぐにでも石化してしまいそうな魔眼を持つそれは邪ンヌの後輩アヴェンジャー、ゴルゴーンだった。

あのゴルゴーン三姉妹とランサーとは中の人が同じとは思えない攻撃的な声音にリリィが若干ビビっていると、同じアヴェンジャーとして抵抗が無いのか邪ンヌがマルタのレディース時代もたるや、凄まじい形相でメンチを切った。

 

「誰かと思えばデカいメドゥーサですか。何です?喧嘩なんて騒いで当然のモノでしょう?」

 

「それにしたとしても五月蝿いと私は言ったのだが?同じアヴェンジャーとしては些か頭が足りぬと見える」

 

「はぁん?そう、アンタは頭足らずだと思っている訳?なら訊くけど、アンタはそんな阿呆みたいに露出のある格好で出歩いてて恥ずかしくないの?アンタいっつも酔うとやれ身長が大きくて嫌だのかやれ小さい私が羨ましいだの言ってたわよ。なのにそんな男共の目を惹くような格好をしてるってことは要するに自分の姿に対する自信の現れでしょ。この前あのクソムカつく女のランサー見て鼻で笑ったの知ってるから」

 

「なっ、違っ、違う!こんな姿に自信などあるわけがない!大きいだけで邪魔なだけだ!醜いこの姿を姉様達に見せたくないだけだ!」

 

「……大きくて邪魔……?チッ」

 

「リリィ?どうしたんですか?」

 

「何でもありません。兎に角成長した私を置いてトナカイさん(マスター)の所に行きましょう」

 

リリィがジャンヌの手を引いてその場から立ち去っていこうとすると、ゴルゴーンがそちらにターゲットを変えた。

 

「ぐだ男の元へ行くのか?貴様ら3人でか?」

 

「そうですよ。そしたらオルタが恥ずかしがって行かないって言うものですから喧嘩になってしまって」

 

「ちっがうから!!」

 

「くははははは!アヴェンジャーともあろうものが何と情けない姿を晒しているか!これは見物だな、先輩(・・)?」

 

「ブッチ!頭っキタァ!!」

 

一触即発。すぐにでも戦いが始まらんとお互いが戦闘態勢に移った瞬間、廊下の暗がりからまた人影が姿を表した。

 

「あーあー、五月蝿ぇよアンタら。少しはマスターに迷惑かけない喧嘩は出来ないの?」

 

頭を掻きながら歩み出てきたのは全身に刺青のような模様がびっしりと見られる大先輩アヴェンジャー、アンリマユだ。

 

「先ずさ、邪ンヌはマスター好き好きなのは分かるからそれを指摘されて怒るのとか面倒臭いからマジで止めてくれ。そっちのデカヴェンジャーもこれからマスターの所に行こうとしてたのに少し邪魔だからって変に攻撃するの止めろよ。ただ『退いて』って言えば良いだけの話だって分かんないのかなぁ?変に攻撃するからこうして話が拗れて中々マスターの所に行けなくなる訳。お分かり?」

 

ただでさえ爆発寸前の爆弾の前で大変な火遊びをしているようなものだが、アンリマユはお構いなしに続ける。

 

「だっ、誰がマスター好き好きよ!!」

 

「貴様っ……この私を知っていての発言か?」

 

「悔しかったらそれこそマスターにキスでもしてみ?」

 

「「何故(何で)そこでキスになる(のよ)!!」」

 

(流石にからかいすぎたか?)

 

アンリマユも命の危険を感じ取り、逃げの雰囲気を出し始めたその時、またも人影が2名姿を現した。今度は走ってくる小さな人影。ゴスロリ幼女とパンモロ幼女だ。

 

「あら?喧嘩かしら?」

 

「解体する?」

 

「解体しない。で、どうしたちんちくりん共?」

 

「ちんちくりんだなんて失礼ねアンリ。でもいつもお茶会来てくれるから許してあげる。ねー?ジャック」

 

「うん。アンリ解体の仕方上手だもん」

 

「「「………」」」

 

「いや、オレを変な目で見るなよ。これでもマスターが大変にならないように気を配った上での事だからな?まぁ、解体が巧いのは認めるけどな」

 

子供に変なことを教えているんじゃないだろうなと無言の攻撃がアンリマユの冷や汗を加速させる。そんな事は知る由もない幼女2名はゴルゴーンと邪ンヌを見上げて手に持っていたコロンをシュッと一吹きした。

 

「ちょ、何よ?」

 

「良い匂いだな。貴様のか?」

 

基本身内と幼女には優しいゴルゴーンがナーサリーの持っていたコロンを見やる。と、そこで目の良い彼女はラベルを見て表情を強ばらせる。

ラベルには『ダ・ヴィンチちゃん特製 超強力正直薬』とデカデカとプリントされていた。テヘペロしたSDレオナルドイラスト付きで。

 

「貴様!?これを……くっ!?」

 

「な、何なのこれ……!」

 

「皆嘘ばっかり言って喧嘩とかするじゃない?だから喧嘩を無くそうと思ったのよ。ね?」

 

「うん。皆正直になればもっと仲良くなれると思ったの。清姫も大喜びしてたよ」

 

「うわぁ……またヤバいの作ったなぁ。じゃあオレはトンズラさせてもらうわ」

 

「私達も行きましょう」

 

「うぃ!」

 

わーい。と2名の幼女は次なる獲物を求めてカルデアの廊下を駆けて行く。

アンリマユも元来た道を逆再生よろしくそそくさと逃げた。一方、コロンを吹き掛けられた2名は四つん這いで咳き込んでいたまま硬直し、粗い鼻息のまま床を一点見している。

 

「あのー……」

 

「~~ッ!もう駄目!無理よ!ああそうよ!私はぐだ男が心配でしょうがないわよぉ!今すぐ起きるところ見に行きたいからぁ!!」

 

「わっ、わた、私は……っ!ぬぐ、ぐぅぅぅぅッ!そうだ!契約者、ぐだ男の所へ行って勝手に死んでいないか見に行きたいのだ悪いかぁ!?こんな醜い私でも対等に接して姉上達とも巡り会わせてくれた彼に会いたくて悪いかぁぁぁ!?」

 

「うーん、この効力……清姫さんがこれをテロよろしく散布したらカルデアは大混乱に陥りますね」

 

「流石本来の私!冷静な判断力が羨ましいです!」

 

「「うあああああ!!」」

 

眼がグルグルしたツンデレアヴェンジャーが当初の目的であったぐだ男の眠るメディカルエリアへと疾走していく。少し遅れる形で後を追うリリィとジャンヌは想像以上にカルデアが既に混乱していることに、この時はまだ気が付かなかった。

 

 

一方、安静室では目を覚ましたぐだ男にマシュ、レオナルド、ロマニが面会していた。

管理が厳しいこのメディカルエリアはナイチンゲールの固有結界も同然。例え本人に確かな意識があっても面会時間が決められており、取り敢えずは記憶の混濁や欠落していないかの簡単なチェックと大まかな夢での話を聞く程度だった。

 

「じゃあその魔神柱はもう倒したんだね」

 

「元々あの時間神殿で死にました。でも呪いは違ったみたいなんで」

 

「うん。それでマシュが何とか君の夢と同期して事なきを得た流れだね。それで、体は魔術・スキルが使えるようになったから綺麗になったけど……」

 

「はい……後遺症ですかね……」

 

「そんな……」

 

傷跡こそ残るが綺麗になった顔と腕。カルデアの復旧で魔術・スキルが使えるようになってすぐに治したものの、後遺症が残る形となってしまった。

顔は右半分の動きが鈍く、視力もほぼ失い、左腕はかなり酷くやられていた為に筋力はがた落ち。可動域も大幅に減少した。マスター復帰は可能でも以前のように前線でバリバリ戦うというのは無理だろう。

 

「まぁ、これからは皆には悪いですけど後ろからマスターっぽく指示を出すようにします。日常生活にも支障無さそうですし」

 

「いえ。先輩は先の夢と時間神殿での戦いのダメージがまだ残っています。支障が無いなんて事は有り得ません。ですから私が先輩の補助として付き添います」

 

「そんなに弱ってないって。左目はちゃんと見えてるんだからさ。真のマスターは気でサーヴァントの気配を察知するんだ」

 

「そこは気と言うより魔力で良いんじゃないかな?」

 

「兎に角、マシュも連戦したんだから俺の事より休みなって。最悪誰か助けてくれるから」

 

余裕でしょ?と左手で立て掛けてあったゲイボルクを握ってみせる。ぐだ男自身としてはかなり力を入れた筈だったが、腕全体が震えて力を込めども込めども穴の空いた風船に空気を入れてるかのように抜けていく。単純な握るという行為にすら一苦労する始末だ。

 

「はぁ……素直に辛い」

 

「マシュ。ぐだ男君をお願いしても良いかい?ボク達はまだやることが一杯有り余ってて構ってあげられないから」

 

「勿論そのつもりです。先輩はお任せください」

 

「頼もしいじゃないか。じゃあ私達は色々やらなきゃいけないから戻るよ。この機会にゆっくりしたまえ」

 

「ありがとうマシュ。夢といい時間神殿の時といい……あぁ、そう言えばマシュとこうして話せるもの不思議な感じだ……もう死んじゃったと思ってたから……」

 

「確かに1度死亡しましたが、この通り元気です。でもあの時、先輩を守ることが出来て良かったです。……あの夢の私も先輩に会えてると良いですね」

 

「会えてるよ。絶対にね」

 

夢で共闘した別世界のマシュとぐだ男の事を思って沈黙していると、部屋の外で遂にサーヴァント達が痺れを切らしたのかナイチンゲールを押し退けて部屋へと侵入しようと暴れ始めたようだ。

 

『何故だ!?何故ドクターロマは良くて余達は駄目なのだ!』

 

『風水のドクターみたいな言い方は止めてほしいかな!』

 

『黙りなさい。今の彼には貴女達の接触は良くありません。怪我人の前で暴れるようなバーサーカーは下がっていなさい』

 

『バーサーカーはそなただろう!』

 

『減点』

 

『うっ……』

 

どうやらナイチンゲールの前では並み居る問題児達もある程度大人しくなるらしい。流石設備が足りていない時代かつ戦場で数多くの兵士を救って決して己の意思を曲げなかった鋼鉄だけの事はある、と感心したのも束の間。再び騒がしくなって若干楽しみつつも聞き耳を立てると先刻とは違う騒ぎかたになってドアが悲鳴をあげ始める。

 

『むぁすたぁ!』

 

「レオニダスかな?」

 

「字面だけならレオニダスさんですが、この声はジャンヌさんですね。オルタかルーラーかは分かりませんが」

 

『そこを退けぇぇぇ!!』

 

「──って、先輩!何を悠長に構えているんですか!これは確実に良くない騒ぎかたですよ!」

 

「いや、もう間に合わないし動けないしどうしようもないかな」

 

逃げようとしてもどのみち動くと婦長が飛んできてベッドに叩き付けられるから無理と悟って瞑想のように瞑目する。そして遂にドアがおかしな音をたてて周りの壁ごと壊された。

 

「「はぁっ!はぁっ!」」

 

「ゴルゴーンさんにジャンヌ・オルタさん……?一体どうしたんですか?」

 

「ゴルゴーンに邪ンヌ?何で?」

 

「──ぐだ男!アンタ何で起きるって前もって言わないのよ!勝手に死んだりしたら許さないって前に言ったでしょうが!」

 

「いや、死んでな──」

 

「私も許さないぞぐだ男!貴様の最期は私が見てやると言ったのを忘れたのか!前に私の胸を鷲掴みにしたのはただの遊びだったのか!」

 

「先輩!?」

 

「待てぇぇぇ!!あれは事故だから!ギルのホッピング原典で遊んでたらタラスクinマルタに轢かれてその勢いで触っただけだから!それに俺死んだつもりないからね!?」

 

「「五月蝿ぁぁぁぁい!!」」

 

「ふぅん。このカオスな感じはご主人の危機なのだな。しかしアタシ達獣は余計な争いは好まぬ。これも生き抜くための術故な。という訳でご主人、今度のコラボイベでは活躍してやるから今回はツンデレなフレンズ達とも獣の如きじゃれ合うが良いゾ。キャットはケモノのフレンズと言うには些か元が判らぬ」

 

「先輩!ゴルゴーンさんにセクハラしたんですか!」

 

「馬乗りもしたのに、ナイスキャッチゴルゴーン。だけで胸を揉んだ感想は無いのか!私1人頬を赤らめて馬鹿みたいではないか!」

 

「……あぁ、何だか良いな……こう言う馬鹿みたいに騒ぐのがやっぱり」

 

漸く還ってこれたと実感したぐだ男。騒がしい喧騒の中でも自分1人だけの世界に入って窓から外を眺める。

 

 

 

今日のカルデアの外は、珍しく晴れていた。

 

 

 






デデドン!




「行くでござる行くでござる!」


立ち上がる巨大な影。


「これこそが、鋼鉄の巨人(スティール・オブ・スチーム)……!」


それは男の憧れ。男のロマン。


「ロボは良い文明」


「ふはははは!雑種ごときに(オレ)が負けるわけが無かろう!残念だが、(オレ)は素人ではない。専門家(プロ)でな」


「いざ!遥か万里の彼方まで!余は帰って来たぁぁぁ!!」


男達(?)の暑き戦いがここに現界する。


「天元突破カラドボルグ!」


「そりゃアウトだ!叔父貴!」


「行くぞ。汝らもファクターならば戦うしかあるまい」


「やるしか無いようね」


「やってやるぜ」


「ファクターとか完全アウトじゃろ!?中の人だけども!」


カルデアに鋼鉄の旋律が響き渡る。


次回Fate/Grand Order 第22話『スーパーカルデアロボット大戦GO』!



「ハイテンションだね、分かるとも!」


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Order.22 スーパーカルデアロボット大戦GO Ⅰ

何とか爆死だけは回避……!




 

 

 

 

「PTSD?」

 

清姫の嘘殲滅騒ぎが終結して3日。丁度魔術協会の面子が大量にカルデアへと来訪し、事の顛末やデータ、様々な事が大盛りで思わず面食らっていた。

ロマニは勿論その相手で奔走し、規定違反も山盛りで大目玉を食らっていたが、何より魔術協会側が目を引いたのはぐだ男の事だった。

今やぐだ男は世間には知られていないが、多くの英霊と契約し、特異点を修復してきた英雄にも等しい存在。カルデアとしては彼を様々な事から守るために徹底的にデータ偽装を行っていたが……その途中の来訪により工作は不可能となってしまった。

今後彼は否応なしに協会の政治抗争に巻き込まれる形となってしまうだろう……何しろとてつもなく貴重な、貴重すぎる生きたサンプルなのだから。本人としてはその内暗殺されかねないと笑っていたが、その事で珍しくマシュからかなり叱られていた。

と、そんな事もありつつ、複数のサーヴァント達とロマニ、レオナルドが集まった会議室ではぐだ男の現状について話されていた。

 

「そう。Post Traumatic Stress Disorder……所謂トラウマってヤツさ」

 

「マスターがそれになったと?」

 

「彼自身は周りにバレないように振る舞っているけど、バイタルをモニターしているこちらとしてはもう見ていられない……これ以上精神にダメージを与えたくないんだ」

 

強大すぎる敵と戦い、更に夢での精神破壊。強靭な精神を持った彼でさえ、その病気になっていたのだ。

しかし本人はそれを拒否。戦いが終わって去っていくサーヴァント達に最後まで元気に振る舞うつもりでいるらしい。

 

「しかしレオナルド、ドクター。マスターはああ見えて頑固だ。生憎私ではそういった事に直面したことは無くてな」

 

「拙者はどちらかというとトラウマさせる側でおじゃったな」

 

「私の魔術でもトラウマは……ごめんなさい」

 

「君達は座には帰らない組のサーヴァントの一部だ。このまま居ると言うのなら正直猫の手も借りたい気分でね。来月の送別会までに彼が折れないように支えてもらいたいんだ」

 

要するにぐだ男をメンタルヘルスケアするのではなく、せめて隠しとおせるように協力してほしいとレオナルドは言う。

 

「今言った通り、これ以上彼にダメージは重ねたくない。だから無理に治すんじゃなくて、せめて彼が日常生活を送れるように補助してもらいたいんだ。やってくれるかい?」

 

ロマニの問いに一同が強く頷いた。それに満足したロマニは資料やらのまとめがあるからと足早に退出。レオナルドもサボるのを止めて本気を出すかと続いて退出していった。

一方、残されたサーヴァント達は早速どうするかと会議を始める。

 

「さて、マスターはあからさまに補助されるのは嫌う筈だ。ならば自然に、お互いが相手に悟られないようにやっていく必要がある」

 

「散歩だナ」

 

「何が?」

 

「やはりここは論理的に考えましょう。人はお茶で心が落ち着くものですから、カフェを開くんです。今回は私もサンタから少し乗り換えてメイドさんになります。ジャンヌ・ダルク・メイド・リリィです!」

 

「フォォォォォ!!幼きジャンヌのメイド!このジル・ド・レェ精一杯協力致しますぞォォォ!!」

 

「だからあからさまなのは駄目だと……」

 

「やっぱり体を動かして発散だろ。オレがサーフィン教えてやるぜ」

 

「数学的に考えてやはり筋肉でしょう。筋肉は全てを知っています。ならば、筋肉を鍛えるのが数学的に最良!」

 

アタランテの心配通り、サーヴァント達の暴走が始まってしまう。正直、ジャンヌ・リリィの頑張りはとても微笑ましくてそれに決定しそうになったが、それでも彼女はぐだ男の為に己を保つ。

だが、会議で進行役などやったことがないアタランテでは各々の治療法を提示するサーヴァント達の相手はとても無理だった。いっそ、黄金のリンゴを眺めて現実逃避しようかと思ったその時、モニターが切り替わってスピーカーからある男の声が響き渡った。

 

『ちゅーもーく!いい加減黙ってもらっても良いですかね?拙者我慢の限界でござる!インフェルノしそう!』

 

「黒髭!鼓膜が破れるかと思ったぞ馬鹿!」

 

『あー、はいはい落ち着け赤セイバー』\赤セイバーじゃねえ!叛逆の騎士モー/

 

『兎に角、拙者は前々から考えていたんでござる。ぐだ男殿にピッタリなイベを!それがこれだ!』\おい!無視す/

 

モニターには何かの設計図が映し出されている。若干名、内容が分かるサーヴァントは何やらざわめき出し、分からないサーヴァントもお互いにあれは何だと疑問するのもお構いなしに黒髭は続ける。

 

『これはProject MACHINE(マキナ)!ぐだ男殿が考えたマスィーン、対魔力装甲搭載汎用人型人理継続補償戦機 Person who restores human history(人類史を修復する者)を建造するプロジェクトでござる!」

 

「「「な、何だってー!」」」

 

「?パーソン……何だってアサ上(アサシンの父上)?」

 

「私も知りません」

 

「それは直流かね!?」

 

「いやどう見ても交流だろう!」

 

「はっは!何を言っているのか分からないなミスターすっとんきょう」

 

「そっちこそ猫科の動物が人語を喋べったところで理解できる無いようではなかったようだ」

 

「「……」」

 

「はいストップ。これ以上騒ぐならまとめてキャトるわよ」

 

既にエジソンとテスラの頭上で発射寸前のUFOが部屋を明るく照らしている。流石の2人もエレナを怒らせるのは止したいらしく、素直に席へ。睨みあってはいるが、それ以上は何もしない……いや、テーブルの下は凄まじかった。

 

『えー、ともあれ、これの建造完了は明後日の予定であり、現在もバベッジ殿とキャスガメッシュ殿とマーリン殿が目下建造中でござる。詳細スペックは手元の資料72Pに載ってるので読み合わせといこうか。先ずこれの形状デザインだが、ぐだ男殿のラフ画にござる』

 

 

【挿絵表示】

 

 

「これをぐだ男が?中々上手いではないか。そう言えばお主もいつかオリジナルの槍を描いていた時があったな。どれ、その絵と設定とやらを聞かせてもらおうか」

 

「うぉあー!うあー!そんな話出すんじゃねぇよ師匠!あ……いや、止めてください」

 

「ちゅーにびょーね?この前イリヤが言ってたわ。ね、ジャック」

 

「ちゅーにびょーは痛いらしいから早めに解体しなきゃね」

 

「そう言えばお前もその病ではないのか?エドワード・ティーチ」

 

「解体する?」

 

『解体しない。ライダークラスの拙者にそれは止めてくだちい。とりま、これは名前の通り対魔力性質の装甲が全身にふんだんに使用されており、1m^2当たりの対魔力ランクは凡そAランク。コレが全身にあるのでメディア氏の大魔術でも破壊は難しいのが最大の強み。全高21m、総重量9tと超軽。走行時最大速度は時速147km。最大跳躍高さは68m。最大跳躍距離は86m。最大連続稼働時間は58h42min。エンジンはクォンタム・リアクター。これは天才の英霊達が総力を決して作った最高の動力炉であり、もし爆発でもしたら直径100kmはあらゆる物が蒸発するでござる』※日本の10式戦車が44t。

 

ペラペラと解説を続けていく黒髭だが、何が何だか分からないサーヴァントが続出。無理もない。

ある程度の知識があれば分かるような内容であったとしても、生きていた時代が時代な為に大半のサーヴァントは「持っていても使わないだろう」ないし「そもそもその情報自体は分かっていても理解できない」と言った様々な理由で与えられた筈の知識を弾いてしまう。結果、こうして皆頭を抱え始める。

 

「ふむ。これはバイラテラル・システムが主なようだが、角数値は幾つでやっている?」

 

「……は?師匠何言ってんだ?」

 

『流石スカサハ氏。その叡智は馬鹿にできんでござるなぁ……で、このバイラテラル角数値は2.5で設定してるでござる」※バイラテラル角数値は簡単に言うとコクピットのパイロットからの入力をロボット等のマニュピレーターが何倍にして反映するかの数値。今回は2.5倍。フルメタのバイラテラル角とはこれの事。

 

「ではマスター側のINPUTに対してのアクションまでのラグは何秒かかる?」

 

『ざっとコンマ0002秒ってとこですな。流石エジソン殿ww』

 

「ほぅ……コクピットのモニターはどうなっている?」

 

『360度確認可能なスフィア・モニターにありまする。モニターに頼らない視神経との接続もありますぞ』※スフィア・モニターは私の即席造語ですが、要するに球型のコクピットで、内側が全てモニターになっているもの。逆シャアやユニコーンのコクピットがそれに当たる。

 

「……面白い。中々どうしてこの時代には面白いものが溢れているか」

 

「師匠!?」

 

スカサハはまるで強敵に出くわしたかのように目を輝かせていた。

 

「私もルーンをもって建造に協力しよう。なに、悪いようにはせんさ」

 

『まぢかw思わぬ収穫で拙者少しばかりビビったwよし!そんじゃまだまだ読み合わせいくぞ!』

 

 

「ふっ……ぅぐ……」

 

「……」

 

カチリと金属パズルの最後のピースが穴を埋めた。

 

「だはぁ!終わった……」

 

「お疲れ様です先輩。この調子ならリハビリも順調に進んでいきますね」

 

俺は現在絶賛リハビリ中だ。

左腕全体の筋力ががた落ちしたからこうして握力を始めとしてトレーニングをし、震えを抑えるために細かい作業もやって制御を確実にしていく。

全部で30ピースの比較的簡単なパズル。誰でもできるようなそれでも、俺はこれを完成させるのに1時間も掛かってしまっている。

時折休憩を挟んで右眼のチェックもしているが、こっちはぼんやり光が見えるだけで機能はほぼ失われていて両眼で見ようとする方が余計見難い。

 

「付き合わせて悪いね……見てても何の楽しくもないリハビリなのに」

 

「先輩はまだまだ怪我人ですから、何も悪いことはありませんよ。所で飲み物は何かいりますか?」

 

「んぁー……ココアお願いしても良い?」

 

「分かりました。すぐ持ってきますね」

 

マシュが何だか嬉しそうに部屋(俺のマイルーム)から出ていく。何だか使い走らせてるようで悪い気がしてきたが、彼女が進んでやりたがるのを大丈夫だと全て断るのも悪いから適度にやってもらおう。

と、そうだ。片眼が駄目だけどアレが使えるか試してみよう。

 

「えーと……これでいいか」

 

昨日飲んでほったらかしにしていたお茶のペットボトル部屋端に設置。他にも壊れたりしても困らない物を沢山置いて所定の位置につく。

深呼吸して己の中にある魔術回路をオンにする。

 

魔術回路始動(サーキット・スタート)魔力充填(リロード・オン)……!」

 

以前までは令呪で補助をしていた眼ドをペットボトルへ放つ。

パゥッとアニメで眼からビームが放たれるそれと同じ様な音でガンド弾がペットボトルをひしゃげさせた。

 

「……くふふふっ。遂に来たぞ……令呪サポート無しの眼ド!詠唱とか必要ないけど、格好いいからたまにやるか」

 

この前の決戦で回路でも開いたのだろうか?俺は片眼がほぼ見えなくても眼ドはしっかり使えていた。以前まではどう頑張っても体の真正面にしか発射出来なかったが、今では視線をズラすだけで射角を変えられるようになった。

劣るどころか前よりもより高性能になったこれは最早宝具と言っても良いのではなかろうか!

 

「流石ぐだ男殿……型月主人公でも類をみない進化を辿っておりますなww」

 

「うぇあばっ!?黒髭!?い、いつから見てた!?」

 

「サーキット・スタートの所からです」

 

割りとついさっきだった。

もしリハビリしている所を見られていたら黒髭は今頃俺の眼ドで泡を吹いていた所だろう。兎に角、何で黒髭はドアを少し開けてこちらを伺っているんだ?

 

「そうか。ま、いいや。それよりどうしたの?」

 

「実は拙者達、遂にアレを完成させたでごじゃる」

 

「アレ……?」

 

「戦機……」ボソッ

 

戦機!?馬鹿な!それは実現不可能だった筈では!?

 

「なん……だとっ!?まさかアレが出来たとでも言うのか!……フィギュアだろ?まさか本当に等身大作った訳じゃ無いだろ……?」

 

「デュフフ……真実はいつも1つ。答えを知りたくばカルデア第2テクノロジーセンター開発エリアに来るでござる。その時、真実はそこに……。デュフ、デュフフフフ……w」

 

「ま、待て!黒髭!」

 

閉められたドアをすぐに開けて黒髭を捕まえようとする。しかし、すぐに開けたというのに廊下には誰も居ない。

今のは幻覚だったのだろうか……。いや、しかしアレが本当に等身大で出来たと言うのなら……。

 

「先輩?どうしたんですか?」

 

「はぅわ──マシュか……ごめんごめん。何でもないよ。ココアありがとね」

 

「いえ。?部屋が散らかってますが、どうしたんですか?」

 

「ちょっと眼ドをね。所でマシュ。この後気分転換に第2tecに行かない?」

 

「良いですけど、急にテクノロジーセンターに行きたいだなんて珍しいですね」

 

「男はそう言うものなんだ」

 

温かいココアで両手を温めながら少しずつ飲んでいく。しかし、もしもアレが本当に出来ていたらと思うと興奮してしまい、つい口に含みすぎて舌を火傷してしまうのであった。

 

 

「上手く言ったでござる。所で、ぐだ男殿が眼からガンドをメチャ早く正確に撃ってたんですがアレヤバくね?遂に3代目ランチャーに?」

 

「いや、坊主がそこら辺(時々ヤバい)のは今更だろ。取り敢えず行くぞ」

 

「り」

 

 

カルデア第2テクノロジーセンターはバベッジが元々召喚されてから増築した第1テクノロジーセンターの隣に増築された場所だ。

奴さん達が押し寄せたときはかなりヤバかったらしく、そりゃあもう大騒ぎになったそうだ。まぁ、それも当然だろう。何しろ色んな時代の天才が己の欲望のままに開発した宗教的、科学的、魔術的に超貴重な物がこれでもかと転がっていたのだ。

正直、見慣れてしまったのと元々興味が無かったからどうとは思ってなかったけど、奴さん達の興奮した様子を見て初めて凄いものだったんだと気付かされた。

──で、今向かってるのはそこ。俺達を案内するかのように矢印に導かれて着いたのが重厚、巨大な金属扉の前だった。

 

「こんな大きな施設がカルデアに……」

 

「えと……誰か居る?」

 

『ようこそ新時代人型兵器開発室へ。貴方がマスターぐだ男ですね。セキュリティの関係上、生体的にこちらの情報と相違がないか確認させていただきます』

 

「ぉ、おぉ……」

 

扉から聞こえる電子音声に驚いているとレーザー光が俺の全身をスキャニングしてすぐに扉が開く。

 

『改めてようこそぐだ男様。奥でキャプテン・エドワードがお待ちです』

 

言われるままに部屋の奥へと歩みを進める。どこからともなく響き渡る金属のぶつかる音。溶接音。油の匂い……前にも通った他の研究室(と言う名のマイルーム)と同じような雰囲気が漂っている。

ただ1つ、他と圧倒的に違うのはその部屋の高さだ。25mはあるだろうここは明らかに“巨大な何か”を作っているのが伺える。ここまで来ると、黒髭の言葉が確信出来る。

 

「待っていましたぞぐだ男殿。訊きたいことは山程ある筈だが、そこはチョイ待って貰ってこれを見ていただきたい」

 

突然、黒髭が暗がりに現れて外套を靡かせる。それと同時、パッと背後が明るくなって腹の底から全てを震わせる駆動音が俺を否応なく振り返らせた。

 

「──これは……!!」

 

「紹介でござる!これこそがカルデアの技術の結晶!魔術と科学を織り交ぜた究極の人型機動兵器!対魔力装甲搭載汎用人型人理継続補償戦機 Person who restores human history!」

 

「完成していたのか!プレマスト!」

 

「知っているんですか先輩?」

 

「あぁ!あれは俺がもし作れたら良かったなって思って妄想を描き起こした人型機動兵器!」

 

「ぐだ男殿。勿論、のるでござろう?」

 

「モチ!」

 

しかし俺の腕と眼はどうやって補助するのだろう?思考制御とかだろうか。いや、でもあれは黒髭との設定段階でマニュアルで操縦すると言うので決まった筈。マスタースレーヴ式を導入したし、機体との神経接続か?

 

「安心召されよぐだ男殿。今回はぐだ男殿の補助のためタンデムでマシュ氏を乗せて腕の代わりを果たして貰うでござる」

 

「マスタースレーヴ式だとコクピットを割りと狭めに作ったんじゃないの?」

 

「ぐだ男殿はまだ視神経との接続が負荷が大きいんでスフィア・モニターを導入して……とりま、乗ってみてくだされ。あ、マシュ氏は補助の説明があるんでこっちに」

 

『ぐだ男様はこちらへ。コクピットへ案内します』

 

可愛らしい女の子の音声に言われて俺はまっすぐプレマストへ走り出した。

 

 

「マシュ氏。これは所謂ぐだ男殿のメンタルヘルスケアであって……」

 

「や、自然に補助するだけって話じゃ?」

 

「──まぁ、どっちかと言うとぐだ男殿と拙者達のやりたいことみたいな物なんで大丈夫でござろう。ささ!」

 

黒髭さんに押されて先に先輩の待つコクピットへ入る。

中では専用スーツにコード等が繋がれており、曲面のモニターに膨大な情報が流れている。先輩が腕を動かせばそれに僅かな遅れなく追随してモニターでこのロボットの腕が動くのが分かる。

 

『この操作システムはまだ試験段階の域を出ません。このコクピットの広さならバイラテラルシステムよりスティック入力による──』

 

「まだぐだ男殿にはそっちの方が扱いやすいんでー。ささ、マシュ氏もさっき言った通り」

 

「はい」

 

先輩の左腕の代わりに私の腕に機器を接続。ビリッと少し痺れるような感覚が走った直後、私の腕は私の指示を受け付けなくなって勝手に動き出した。

 

「おぉ!マシュの腕が俺の腕みたいに動く!」

 

「じゃあシートベルト締めろよぉ!戦いの始まりじゃあ!」

 

「「え?」」

 

黒髭さんが急に大きな声でコクピットを閉めるとモニター全体が明滅。360度見回せるようになって空中に居るような感覚になる。

 

「戦いって……?」

 

『転送開始。完了まで──2秒』

 

「ちょ、まっ」

 

先輩が制止しようと手を伸ばした瞬間にモニターから眩しい光がコクピットを包んだ。

 

 

それが今から30分前。俺達がフィールドに転送された時の事だ。

そして今──

 

「マシュ掴まって!」

 

「はい!」

 

『逃がさんぞ雑種!往くぞゴールデン・バビロン!』

 

《警告。2時方向より接敵。回避を推奨》

 

「だからやってる!」

 

モニターにデカデカと表示される警告文字に怒鳴りながら回避行動を取る。機体が激しく揺さぶられて黄金に眩しい敵機体、ギルガメッシュのゴールデン・バビロンの剣撃から逃れた。

 

《損傷軽微。戦闘続行に異常無し》

 

『ぐだ男殿!もっと前に行くでござる!ほらほら!行くでござる行くでござる!』

 

「わぁってる!」

 

「先輩!8時方向からバベッジさんが!」

 

「ぬぅ!」

 

左に視線を配ると轟くような飛行音を響かせる黒い巨人が赤いモノアイを煌めかせている。

 

「デカいバベッジさんだぁぁぁ!!」

 

『これこそが、鋼鉄の巨人(スティール・オブ・スチーム)……!』

 

「迎撃を!」

 

「うおおおお!!」

 

ペダルを左回りの弧を描くように入力するとそれの動きを数倍にしてプレマストの左脚が回し蹴りの動きを出力した。

 

『ぬぉ!』

 

『余所見は許さんぞ雑種!』

 

「ギルギルマシーンⅡ接近!」

 

「くぅ!」

 

プレマストの腹にゴールデン・バビロンのコークスクリューブロウが入る。

衝撃にシェイクされて地面へと叩き付けられると、宝物庫が開いて雨のように武器が降ってくる。

 

『何をやっているか馬鹿者!その程度避けてみせんか!』

 

「いや、アレは難しいです師匠!」

 

跳ね起きの要領で下半身を上げ、数本回避してから背中のマッスルユニットのパワーを全開。そうして地面を抉りながらも素早く跳ね起きたら走り前転でまた避ける。

しかしギルガメッシュめぇ……ロボットバトルなのに宝物庫からバンバン射出するなんて無粋な!

 

「これならどうだ!」

 

腕に仕込まれた機関砲を使ってギルギルマシーンⅡを迎撃。連射性能こそ低めだが威力は高いそれでギルギルマシーンⅡの右肩が爆発する。

 

「やった!」

 

「いえ!まだです先輩!」

 

『ふはははは!雑種ごときに(オレ)が負けるわけが無かろう!残念だが、(オレ)は素人ではない。専門家(プロ)でな』

 

太陽を背に腕を組んで浮く黄金の機体がえらくラスボス感を出しているのは言うまででもない。

しかしこれに勝たないと……最後の1機まで残らないと──

 

「──絶対に負けるものか!」

 



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Order.23 スーパーカルデアロボット大戦GO Ⅱ

流石にキアラまで引く気にはなれないなぁ……石使いきったし。どちらかと言うとリップの宝具を2にしたい。


あと感想の運対ってのが謎。特に報告されるような内容では無かった筈……。


 

 

 

「さぁ走れ雑種!(オレ)の財宝から情けなく逃げて見せろ!」

 

次々と射出される財宝から避け、時には岩影に隠れたりして攻撃をやり過ごす。

一撃こそとてつもなく重たい宝具だが、自身のロボットの大きさに合わせた大きめ物を投げてくるお陰で動きが見やすいのが救いだ。

 

「アルテラ!あれは審判としてどうなの!?」

 

『ロボは良い文明。だが英雄王、それ(宝具射出)はロボではない。あと5秒以内に止めないと悪い文明として破壊する』

 

『ハッ。抜かしおるわ。(オレ)こそがルー』

 

軍神(マルス)と接続する。発射まで2秒。涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトンレイ)!』

 

『おのれおの──ザーーーーッ』

 

太陽を背に輝いていたゴールデン・バビロンが上空から降り注いだアルテラの宝具によって爆散する。オープン回線で聞こえていたギルガメッシュの声も途中で轟音の後に砂嵐のような音を出してそれっきり声が聞こえることは無くなった。

流石審判に選ばれただけの事はある。

 

「ありがとうアルテラ。今みたいのが居たらまた審判として力を奮ってくれ」

 

『了解した』

 

『ぐだ男殿!残りはまだまた居るでござる!ギルガメッシュ殿が最初に墜ちるとは思わなんだが、気を抜かずに行くでござる!』

 

「任せんしゃい!」

 

『間抜けな(オレ)も居たものだ。さて、自らの別側面とは言え王たる(オレ)とは変わらん。であるならば墜されて黙っている訳にはいかんだろう!往くぞゴールデン・バビロンⅡ!』

 

賢い方のギルガメッシュも参戦していた様で、弓の方とはまた違った形状ながらも後継機であるのが一目で分かるロボットが反り立つ岩山の上から降り立つ。

直ぐ様しゃがみ状態からいつも使っている黄金の斧と似たような武器を構えて近くに居るドリルアームのロボットに斬りかった。

 

『この力……!流石は全てのロボの原典!出力がダンチだなぁ!』

 

『そう言う貴様も中々の力を秘めているな。何だそれは?』

 

『これか?これは俺のロボ、グレンラセン。カラドボルグの体現よ!』

 

ドリルロボのパイロットはどうやらフェルグスの叔父貴のようだ。

それにしても緑の機体に右腕は丸々ドリル。全体的な感想はパッと見昭和のロボって感じだ。あまり強そうには見えないが、実は見た目に反して滅茶苦茶素早いんだこれが。

ゴールデン・バビロンⅡもかなりの強敵だが、素早くドリルの攻撃力がデカい叔父貴とはあまり戦り合いたくは無かったから2人でぶつかってくれたのは助かる。

 

「しかし叔父貴のロボの名前アウトに近いグレーだね。カラドボルグなだけマシだけど、これで天元……って言ったらアウトだよ」

 

『一気に終わらせるぞ!』

 

『こちらもいかせてもらおう!天元突破カラドボルグ!』

 

「そりゃアウトだ!叔父貴!」

 

「先輩!」

 

「っ!」

 

マシュの声でツッコミに割いていた意識を敵機接近の文字へ移す。次いでレーダーに視線を移すと高速の熱源体が確かにこちらへ迫っていた。しかしどこを見ても何らかの機体が走っていたり飛んでいる様子もない。

 

「まさか!」

 

もう数メートルと迫った反応は無視し、自分の周りの地面に両腕の機関砲をデタラメに撃つ。

地上に見えないならステルスの可能性もあった。だが、この機体ではA.S.S.(アンチ・ステルス・システム)がある以上僅かな振動や熱源等で簡単に探知できる。だから答えを絞れた。地下を突進していたのだ。

何故すぐに地下だと分からないのは、レーダー表示や情報処理を2次元で行っているために相手が常に地上に居ると錯覚している為。レーダーの3次元表示も考えないと……。

 

『その程度か契約者よ』

 

「キングハサン!?参加してたんだ!?」

 

『流れと言うものだ』

 

『ハッハッハ!流れでそこまで強烈な機体を操る者もそうそう居るまい。流石はビーストに死を付与しただけの事はあるのぉ』

 

『おい良いのかよイスカンダル。アンタ死ぬかも知れねえぞ』

 

『それでこそ戦いの高揚感が得られると言うものよ騎士王の倅よ!いざ!遥か万里の彼方まで!余は帰って来たぁぁぁ!!』

 

『うげっ!数が増えたぞ!』

 

『往くぞ。汝らもファクターならば戦うしかあるまい』

 

『やるしかないようね』

 

『やってやるぜ!』

 

『ファクターとか完全アウトじゃろ!?中の人だけども!てゆーか確かにわしとイシュタルの中の人2人で1つに乗ってたけども!あちょ、天船(マアンナ)デカッ!わし座れないんじゃけども!何?是非もない?たわけ!それはわしに残された唯一の台f』

 

『くははははは!我が怒りはこんなにも燃えている!これが力となる!』

 

『北欧神話の笛名前団体っぽい機体で特攻ですか?やれやれ……それではスペックで明らかに及ばないと言うのに』

 

『何!?何だその機体は!?変身した……だと!』

 

こうなって(デストロイモード)しまったからには、手加減できませんよ?』

 

皆戦う相手と回線を開けば良いものを、オープン回線でやるもんだから自分とは全く関係ない戦闘の音声まで入ってくる。しかし同時に俺は心の余裕を得ていた。

周りで戦闘こそ起きているが、自分が狙われている訳でもないのだ。今の内に額の汗を拭いて深呼吸でもうちょっと落ち着きを取り戻していく。

 

「何だか凄いですね。皆さんこんなにロボットを持っていたなんて」

 

「ね。もうこれで特異点修復と言うより制圧速攻で出来そうだもんね」

 

《ロックオンされています。回避を推奨》

 

深く腰かけていた椅子から跳ねるように背を離し、強引に機体を地面に倒してその勢いを跳ね起きに利用。途中ノッブとイシュタルが駆る機体を踏み台にして一際高い岩山の頂きに着地する。

ロックオンされているのにわざわざ狙われやすい岩山の上に上がったのか?簡単なことだ。

 

「攻撃来ます!」

 

「斥力、前方展開!出力10!」

 

両手を突き出す形にポーズをとる。すると、高速で飛来してきた槍がガィン!と鈍い金属質な音を響かせて空中停止した。

斥力……要するに物質同士が反発する力がこれを可能としていた。勿論、反発するのであればこう言った芸当も可能。

 

「反射!」

 

《了解。発射地点予測──目標確認。反射》

 

今度は逆再生よろしく槍を敵に返す。ただでは返さない。最大出力の斥力でのカウンターだ。

鈍い駆動音と共に前方が軽く歪み、押し出されるように槍が飛んでいく。音よりも早いそれだが、敵も大人しく待っている筈もない。着弾したそこには既に敵の姿はなく、近くの岩山を2つほど崩しただけだった。

 

『流石ですマスター。私の不意打ちをいとも容易く捉えるとは』

 

「ディルムッドか。不意打ちなんて珍しいね」

 

『御許し下さい。このマシン……ウィング/Zeroのシステムは最適な情報を提示してくるのです。そして囁くのです。この戦いに勝てれば必ずやマスターに幸運が訪れると。その為ならばこのディルムッド、マスターを下す覚悟です!行くぞウィング/Zero!お前が見せる未来………俺には実現できる!』

 

「どう見てもアウトのやつだ!完全にガンダm」

 

『退けぐだ男!お主にその相手は無理だ!背中を向けてでも逃げろ!』

 

「背中を見せても見せなくても逃げれる自身がありません!」

 

『ハァッ!』

 

ビームブレードで斬りかかってくるウィング/Zero。師匠が逃げろと言うからには相当厄介な敵なのだろう。実際アレには膨大な予測で他者を寄せ付けぬ強さが動きから感じられた。

流石Z.E.R.O.System……ッ!

 

「カタール!」

 

《認証。ビームカタール展開。斥力展開の影響により出力5で制限します》

 

手首辺りの装甲が開いてビーム発生機が顕になる。ブゥンと低い音とグリーンのビームブレードがカタールのそれと同じ様に形状を安定させ、ウィング/Zeroのランスとぶつかって紫電を走らせる。

 

『そんな所に武器が……であれども俺は退かない!』

 

「ディルムッドがこんなに熱くなるなんて……!」

 

ビームカタールは何も右手だけではない。空いた左手で更にビームカタールを展開してコクピットを攻撃しないよう注意しながらウィング/Zeroの右腕を落とさんと振り上げる。が──

 

『手を抜く余裕など!』

 

「!!」

 

ウィング/Zeroは俺の動きよりも早く行動していた。

どうやら1対のランスはビットとしても働くらしく、さっき跳ね返したそれがウィング/Zeroの元に帰って来ていたのだ。それを確かに握ったウィング/Zeroはカタールを振り上げようとしていた俺の左腕をランスで弾いた。

逆にこっちの腕が千切られずに済んだのは、本来の槍の間合いではない(近すぎる)のとランスが破損していて充分な攻撃力を得られなかった事にある。助かったと息を吐くのも束の間。息継ぎも許さぬが如く2槍を振るうウィング/Zeroに圧倒されていつの間にか岩山の上から下の地面に叩き付けられていた。

 

「きゃあっ!」

 

「ご、めんッマシュ!」

 

『命は壊さない。だがその機体は破壊──』

 

旦那様(ますたぁ)ぁぁぁぁぁ!は!やらせません!わぁぁぁぁ!!』

 

『なん──』

 

キンッと軽く金属同士がぶつかった様な感じでウィング/Zeroの両腕が上腕から重力に逆らわず落ちる。切り口はとてつもなく綺麗で、そこだけ空間が裂けたのではないかと思わせるほど中身がハッキリと見えている事から、相当な切断力を有した武器を持っていると推測される。そんな物騒な物を振り回す者、それは──

 

「き、きよひー……何だあの攻撃力!」

 

《IFF反応あり。味方機との通信回線を開きます》

 

「ちょ、止め」

 

『あぁッ!旦那様(ますたぁ)!お怪我はありませんでしたか?』

 

「あ、ありがとう……うん。怪我は無いよ……」

 

『わたくし、この“竜王”で旦那様(ますたぁ)をお守りしますわ!』

 

彼女……きよひーは“満面の笑みでこちらを見上げていた。”これの意味することはただ1つ、きよひーもロボット大戦参加者なのだ。

基本的にはロボットのスペックで参加基準が設けられており、それによってあまりのスペック差で事故が起きないようになっている。ただ『パワードスーツも』とは記述されていなかった。拡大解釈するなら、人型巨大ロボットも一種のパワードスーツとなるからだ。

それに技術力は軒並み同じで、サイズ比率による戦力の差は埋められない(丸裸の巨人相手に人間特有の技術力で戦うなら勝てるが、もし巨人も人間と同じレベルの技術力を有していたら勝てるかと言う話)から『まさかパワードスーツで参加はしないだろう』とほぼ無視されていたのもある。

 

《味方機のスペックデータ受信。詳細を表示します。──パイロット 清姫。全高2060mm、全幅1600mm(背面非固定翼状航行装置(アンロック・ウィング・ユニット) 道成 展開時2800mm)、総重量0.8t……》

 

「そんなのは良いから!兎に角離れるんだきよひー!ウィング/Zeroは強い!」

 

怪我するぞ!そう続けようと息を吸い込んだ瞬間、眼前のウィング/Zeroが一気に後方300m程跳び退いた。何故だと首を傾げているときよひーからまたもテンション高めの音声が届く。

 

『大丈夫です旦那様(ますたぁ)。この鎧の名は竜王。わたくし、あまり旦那様(ますたぁ)の前で蛇に転身したくは無いのですが、これなら全く問題無いですわ』

 

「竜王……」

 

良く見てみると、確かに名前の通り全体的な意匠は竜の様で、とても力強さを感じさせる。黒と金の織り交ざった配色は重厚感と威圧感を放ち、背のウィングの存在感が目を引く。得物はランサー時にも使うような薙刀。ただし、高周波振動をしている物でもある。

彼女は鎧と言ったが、装甲があるのは額と肩、腕、腰回りと脚くらいしかない。上半身は胸を下から支えるような装甲と体のラインがでるスーツだけで防御力があるとは思えない。しかし何故だろうか、それだけで充分過ぎる気がしてならなかった。

 

『何だ……?このプレッシャーは……』

 

「ここは退いて下さいディルムッドさん。どのみちその腕では戦えません」

 

「そうだね。何も爆散するまで戦う訳じゃないし」

 

『……いや、いいや!ここで退いては我が王にも顔向け出来ません!折角我が王が作られたこのマシン……ここで無駄には!』

 

『えぇ!それでこそ騎士団のお方!わたくしもまだ足りません!』

 

そこで初めて真正面からディルムッドときよひーが激突する。

先刻は不意打ちだった為か、やや攻撃の手を緩めるきよひーだが、同じく不意打ちをしたディルムッドとしてはその手抜きは酷く嫌なものだった。

そこで彼はきよひーに手抜きは不要と強く声を張ると、きよひーの全力を見ることとなってしまった。

パワードスーツでありながら最大速度はマッハをゆうに超え、風切り音と小気味の良い金音がひたすら響く。

 

『うおおおおおお!!』

 

ウィング/Zeroのあがきか、その名に恥じぬ純白の翼を広げて攻撃を妨げ、空へと羽ばたく。

装甲は殆どボロボロ。両手もない今、最早攻撃手段など無いように思えたその時。

 

『最後まで足掻くのも戦いと言うもの!お前も力を振り絞れ!ウィング/Zero!』

 

《警告。敵機より高エネルギー反応。リアクター・メルトアウトを確認》

 

「自爆か!止せディルムッド!」

 

『ここはわたくしが!』

 

令呪を使う暇も与えず、きよひーが一閃。刹那、ウィング/Zeroが袈裟斬りされて上半身がズルズルと落ちていく。

コクピットをギリギリで避けつつリアクターを裂く切断力と技術力……こんな機体を一体誰が……。

 

『自爆なんて、見苦しい』

 

『──大変申し訳無い事を……俺は…………ありがとう……』

 

ズズンッと落下していくウィング/Zero。やっぱりシステムに半ば呑まれていたのだろう。普段のディルムッドなら自爆とか不意打ちは好まない筈だから。

 

「それにしても……凄いなきよひー。誰が作ったんだそれ?」

 

『わたくしが』

 

「──何だって?」

 

『わたくしが作りました。思い込んで一千年……竜、チョコに成れるわたくしですから、これくらいの事容易いものです。さぁ旦那様(ますたぁ)!お互い初めての鋼の戦場!ここで皆さんを倒すことを共同作業としてお互いの初めてを散らしましょう!』

 

「あ……愛だけで……清姫さんは一体どこまで……」

 

『これが……愛!?ヤバめでござるが、まぁ人各々ってあるし?とりま頑張ってくだちい』

 

「……凄いよきよひー!後で詳しく見せてよ!」

 

何だか……もう凄いよきよひーは。幾らなんでも愛でパワードスーツが発現するものなのか……?でもまぁ、チョコに竜に成れるのならまぁ、驚くことでもないか。俺だって眼からガンド撃って孔明から人外扱いされるし。

きよひーの愛も重たすぎるけど、受け入れれば楽になれるんだぁ。

 

「は、はは……ははは。はははははは!」

 

「せ、先輩……?」

 

「はははははは!どのみち勝つしか無いんだ!やってやる!やってやるぜ!URYYYYYYYYYY!!!」

 




中の人の出演するロボットモノ(一部除く)だけで練り上げたカオス。きよひーだけパワードスーツなのは種田さんを最弱無敗の神装機竜でしかロボットモノ(?)で聞いたことが無かったからです。
まぁ、愛ならね?これくらいは出来るでしょう!因みに自分が知ってる声優の人でやってるので、あの人も有名なの出てるでしょ!って思うかも知れませんが許してください。



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Order.24 スーパーカルデアロボット大戦GO Ⅲ

───イベント走らないと!!!林檎林檎………




 

 

 

目が覚めると私の意識はここに居た。

暗くてやや冷たい場所だ……体が動かない。何かに固定されているのか?

 

「──aa……」

 

声が聞こえる。女の声か……?

 

「……誰だ」

 

声は出せる。

 

「Aaa、aaa」

 

「──どういう事だ……何故貴様がここに居る。ビーストⅡ(ティアマト)

 

私の隣には七つ目の特異点で屠られた筈のティアマト、ビーストⅡが居た。

コイツはコイツで面倒な相手だ。先ず言うことを聞かない。そこで待てと言っても少し目を離すと何処かへ行っているし静かにしろと言っても歌を歌い始める。近所迷惑だと何度他の住民(ビースト)に怒られたか。

 

「Aaaaa」

 

「あれだけ暴れておいて最後の最後に倒されるとは、貴様も人間をナメていたのか?」

 

「あ"?」

 

「………………私も似たようなものだ。皮肉にも、本当に最期に思い知らされた。簡単には死ねんとな」

 

ついさっきまでのように感じる我が神殿での戦いとその顛末。

悔しい。そんな感情が私の中から溢れてくる。

 

「Aaaaa!」

 

「何だ?光が──」

 

突然目の前が明るく光る。もしやこれが所謂サンズ・オブ・リバー(三途の川)か……。

 

 

「金時。貴方はまたそんな危ないことをしようとしているのですか?こんなに母を心配させて……」

 

「い、いや……オレは大丈夫だから放してくれよ瀬光の大将。コイツならライダーの時より安全だし、現に大将も乗って戦ってんだぜ?大将が大丈夫ならオレも大丈夫な筈じゃん……?」

 

「まぁ!またそんな事言って!」

 

「何をしているマスター!もっと前に出るんだ!当たらなければどうと言う事は無いんだ!」

 

「アーチャー。観戦も楽しいですが、私のお弁当はどこですか?」

 

「私のボストンバッグに青い手拭いで包まれた弁当がある。くそぅ!オレだって参加したかったなぁ!」

 

「アーチャー。私のもお願いします」

 

「ランサーのセイバーのはセイバーの下にあるものだ」

 

「見て見てジャック!皆楽しそう!私も参加したかったわ」

 

「ナーサリーのアレはロボットじゃないの?」

 

「ジャバウォックは駄目よ。アレは“強すぎて”つまらないわ」

 

「……君達。ここで観戦するのは良いんだけど、頼むからシミュレーターの邪魔だけはしないでくれるかな?」

 

カルデア管制室等で使われる戦闘シミュレーター……今回のはそれを更に大きく、高性能に改造された特殊なシミュレーターでロボット同士の戦いが繰り広げられている。

本来ならばリソースの関係で何十機が同時に戦えるような空間の作成は不可能。しかし、外界が回復してライフラインが完全に復活した今、禁欲状態から解放されて暴走したかの如く天才達がこれを成した。

最早今のカルデアの1日の消費電力は人理修復前の状態、1周間分は超えている。

 

「余も参加したかった……」

 

「ロボォォォォォ!!」

 

「ネロさん、貴女ロボなんて持ってました?」

 

「持ってない!だがすぐに作れるぞキャス狐。ロボも芸術だからな!」ドヤァ

 

「はぁ……。ところで、嫁ネロさんはどこに?珍しく見かけませんが」

 

「さっき()はぐだ男の所に行くと行ってたぞ」

 

「そう言えばランスロット卿が居ないようですが、何か知りませんか」

 

「彼なら戦いに行きました王よ。宝具を使えば余裕だそうで」

 

騎士は(ナイト)ッ!徒手にて(オブ)ッ!死せず(オーナー)ッッッッ!!』

 

『先輩!あのやたら茄子色の機体が気に入りません!すぐに排除しましょう!』

 

『こんのぉ、穀潰しがぁあ!!』

 

「……思ったのだが、これは本来マスターのトラウマを軽減させる為の催しだったのをどう間違えたらこうなるのかね?」

 

ふと、エミヤが興奮から覚めてそんな疑問を口にした。

そう。確かにこれは本来ならぐだ男を影ながら、本人に悟られることなく自然に支えるようにするにはどうするべきかと会議から外れたモノ。

もう英霊達のやりたい放題のようになっているこれは何の意味があるのだろうと疑問するのも当然だ。

 

「第一、一部のサーヴァントだけで事を進めるつもりがまさか既に全員に伝播していたとはねー。流石の私もカルデアの情報伝達率には驚いたよ。田舎のコミュニティか何かかな?」

 

「そうでなくても見ていて分からないものではない。最近は特異点なんて物がなくなって落ち着いたから良いけど、ぐだ男様は毎夜魘されている。私達サーヴァントは戦いを知ってる。幾度となく味わってきたから忘れているだろうけど、ぐだ男様は現代の生きてる人間。根本的に戦いへの関心が違う。ましてや殆ど死にかけるなんて」

 

「……ぐだ男君の部屋に忍び込んでるね?」

 

「お側に居たいだけですが何か?」

 

「静謐よ。あまりぐだ男殿が困るような事はしないようにな」

 

「兎に角!このままマスターを参加させておいて良いのか?」

 

「今のところぐだ男君の精神も肉体にも異常は見られない。だけどいつフラッシュバックを起こすか分からないからマシュが側に居るんだ。それにもう少ししたらぐだ男君には切り上げて健康診断に来てもらうから心配しなくても大丈夫だよ」

 

「そうか……しかし、嫌な予感がする。この感じは一体……」

 

1人、小さな声で呟いたエミヤの言葉は誰にも届いていなかった。

 

 

『ぬぉぉお!?』

 

『愚か者が!力はあっても頭が足りぬわ!ハァッ!』

 

ゴールデン・バビロンⅡの斧がグレンラセンの頭を切り落とす。

戦略的、物理的に頭が足りなくなったフェルグスは「たかがメインカメラがやられただけだ」と勢い衰えずゴールデン・バビロンⅡに立ち向かう。だが攻撃は確実に当たらなくなってただただ体力を消耗する一方。

ギルガメッシュ(術)は「手負いの獣こそ危険よ。最後まで確実に対処せねば弓の俺の二の舞だな」と冷静に、的確にダメージを与えながら堂々たる様で攻撃をかわす。

 

『ぬぅ。当たらなくなったな。目がやられると言うのはこうも辛いか』

 

『──隙を見せたな!抉り落とすわ!』

 

刹那的な機動でゴールデン・バビロンⅡがグレンラセンの腕を這うように避け、リアスカートにマウントされていたロボットサイズ版エアを抜く。ウォンウォンと互い違いに回転する剣身からエネルギーが迸り、その傍目から見ても分かる超威力の一撃を遂に見舞った。

エアの剣身が触れた瞬間、グレンラセンの装甲が赤熱。融点を超え蒸発し、爆発的に増えたその空間の体積の影響で水蒸気爆発に似たものを起こしてあっという間に機体がAパーツとBパーツになった。

 

『ぬ──ぐぉぉぉザーーーーー』

 

『悪くは無かったぞ。だが(オレ)にはまだまだ及ばん』

 

「キャスガメッシュが勝ったか……。うぅ、慢心モードじゃないのは辛いな」

 

「あっちも終わるみたいです先輩」

 

『うッぐぉぉぉッんぬお!る、ルーラーに殺されるとは……!これもアヴェンジャーの定めかッ!』

 

『だから言ったじゃありませんか。こうなった(デストロイモード)ら手加減できませんよ?って」

 

この戦いでは怪我こそすれど死ぬことは決してない。そんな事は最初の説明で分かりきっていた筈の事だが、妙なテンションになったエドモンはコクピットごと潰されながらそんな言葉を口にしていた。

最終的にバッキバキに潰されてからグルグルと回され、そして荒野の遥か彼方まで投げられたエドモン。勝者は言うまでもなく天草だ。

 

「デデーン」

 

「?」

 

「ごめんふざけた今のは忘れて。黒髭、残ってる機体はどんな感じ?」

 

『大体半分近くに減った感じさね。怪我人は絶賛例の氏によって破壊と再生をされているんでマヂ南無三』

 

「破壊と再生……!」

 

それは正しく恐怖だ!そんな治療があってたまるか!

 

《空間の崩壊を確認。何者かがカルデアに侵入してきます》

 

『ぐだ男君大変だ!その空間に何かが介入してくる!逃げるんだ!』

 

「ドクターの警告よりもプレマストの方が感知早いのか」

 

「やけに落ち着いていますね先輩。目の前で空が割れているんですよ?」

 

確かに、突然のプレマストからのアラートでコクピットが赤く明滅して確実にヤバめの状況なのに俺は何とも落ち着いていた。

 

「空間が割れるとこうなるのか」

 

 

『やけに落ち着いていますね先輩。目の前で空が割れているんですよ?』

 

「馬鹿な……!そんな訳があるものか!」

 

一方の管理室ではインカムのマイクを握ったロマニがぐだ男のバイタルを見ながらそう叫んだ。

ぐだ男は落ち着いていた訳ではなく、既に混乱極まって無意識に現実逃避をしているだけ。何故そうなるのかは割れた空間の先から感知できる霊基……それを彼の体が恐怖と共に覚えているからだ。

そしてロマニが叫んだ理由はもう1つ、その霊基の反応が過去最大の敵のモノに違いなかったから。

 

「お前は消滅したはずだ!ゲーティア!」

 

空を割き、姿を現したその敵……それは鋼の色をした巨人だった。

 

 

「──なん、だよあれ……」

 

100mをゆうに越える割れ目から、それの大きさギリギリの巨人が歩み出てくる。

割れ目に対して巨人の全高は凡そ80m。1歩踏み出す度に大地が揺れ、駆動系の音がプレマストの全身を震えさせる。

 

《警告。警告。警告──》

 

「…─!──い!せん……先輩!先輩!確りしてください先輩!」

 

「ッ!?」

 

叩き起こされた様にマシュの声が聞こえるようになって、俺は慌てて回避行動をとった。

本来こんなに巨大な機体が戦えるような設計にはなっていないこのシミュレーターでは、謎の巨人を支えられる程強さはない。ましてや空間を割いてきた異常な出現の仕方をされてはその内元のカルデア内に戻ってしまう(カルデアのシミュレーターは様々な技術を応用して、限られた空間内に限りはあるが拡大した空間を作り出す。ゼルレッチの宝箱と似たようなもの)。そうなったら何か色々大変だ。

カルデアに何かあったら後で怒られるのはドクターもそうだがサーヴァントのマスターである俺もだからね!始末書だか反省文を書くのはもう高校までにしておきたいんだ!

 

「何者ですか!」

 

「……あのロボット……あんな巨大で一体何と戦うって言うんだ……」

 

『──この声……マシュ・キリエライトか?』

 

「!!杉t──」

 

「ゲーティア!?貴方は先輩に倒された筈では!」

 

やや被せ気味のマシュはこの声をゲーティアと言った。

そう、確かにこの声はゲーティアだ。嫌と言うほど覚えている……。マシュを殺して、俺が倒した筈の──。

 

「ぁ、あれ?何だ?」

 

ガタガタと音が五月蝿いと思っていたら、俺の右手が大袈裟に思える程入力装置を震えさせていた。手だけではない。意識はハッキリしてるのに視線が定まらなくなって脚も震えてきた。歯もガチガチ音を鳴らしはじめて……まるで自分の体じゃ無いみたいだ。

 

「おかっ……しぃな?何でっ?」

 

「ドクター!」

 

『マシュ頼んだよ!!』

 

「先輩すみません!」

 

「うわっ!?」

 

マシュが俺に乗り掛かりながら入力装置から手足を引き離して操縦を代わる。

出来うる限りの最大出力で後方に跳躍。一気に距離を取って脱兎のごとく逃げ出す。

 

旦那様(ますたぁ)!大丈夫ですか!?』

 

『皆も下がってくれ!あれはゲーティアだけじゃないぞ!』

 

『Aaaaaaaa──!!』

 

「ティアマト!?ッ!先輩捕まってて下さい!」

 

『逃がさんぞ!』

 

マシュが再び跳躍しようと体勢を変えた瞬間、ゲーティアとティアマトのロボットが体の各部に備え付けられたスラスターから火を吹き、轟音と共に宙に浮いた。

僅か1秒でロボットは200m程の高さに届き、太陽の光を遮った。

 

『Aaaaaa!!』

 

『ロケットパァァァァァァンチッッッ!!!』

 

上空への運動エネルギーが位置エネルギーへと変換され、再び運動エネルギーに変換される。

大質量のロボットが右拳を握り締め、上半身を捻りながら落下してくる。位置はドンピシャ俺達の位置だ。

 

「斥力展開!最大出力!」

 

ドンッ!とプレマストが車に轢かれたように跳ぼうとしていた方向とは真逆に弾かれる。その瞬間、巨大ロボットの右エルボーもブースターを点火させて更なる加速力を生み出し、寸前までプレマストの居た位置を殴った。

地面が捲れ上がり、衝撃波が周りに居た他の機体と岩山を吹き飛ばす。プレマストも例外ではなく、数秒激しくシェイクされて何も分からないまま気付くと辺りが更地になっていた。

 

「これは……!」

 

『い、今のはカルデアにもダメージが来たぞ!君達大丈夫かい!?』

 

『うわぁぁぁぁぁあああ!!接写のフィギュアが大変でござるぅぅぅ!!』

 

『いやぁぁぁぁぁあああ!!私のイアソンワールド・ジャパンがぁぁぁぁ!!』

 

『フセロォォォォォオオオ!!』

 

『ふっ。甘いな君達は。私なら食堂の食器棚を全て耐震のに変えさせて貰っているが?何、日本英霊の知恵だよ』

 

『アーチャー。私の部屋の冷蔵庫は耐震ですか?』

 

『──しまった!何故気付けなかったんだ私は!』

 

『皆冷静だね!?』

 

『Aaaaaaaa──!』

 

「くっ!何故貴方は!!」

 

『私はあの時、ぐだ男に倒されてやっと人間を理解した。他の魔神達も各々何かを見出だして散っていっただろう。英霊と議論を最期まで交わすもの。英霊の盾になったもの。最期まで戦ったもの……(みな)があの戦いで何かを感じ、それを理解しようとした。私は確かにあの時に死んだのだろう。その男の愚直なまでの人間らしさに負けたのだ。だが!私は負けたままでは悔しい(・・・)のだ!それが人王として一時の生を得た私の、譲れないものだ!』

 

巨大ロボットが拳を引き抜き、ゆっくりと立ち上がる。

リアクターの音が砂埃の向こうから大きくなってくる。

 

「……ゲーティア。やっぱりお前なんだな」

 

『そう言う貴様は何だ?感じるぞ貴様の弱々しさを。よもやただの一度死にかけただけで怖くなったのか?貴様はそんな程度か!!』

 

「──ッ!マシュ交代だ!」

 

「はい!」

 

「何がトラウマだ!そんなもの、命を懸けて戦ったアイツ(ゲーティア)に失礼じゃないか!」

 

手足の震えをひっぱたいて無理矢理落ち着かせる。意外にも、こういった荒治療が効くときもあるのだ。あぁ、勿論“本格的で荒い”治療とは別だ。

 

「わざわざロボットで来てくれるとはありがたいね!ティアマトもありがとう!正直2人で1つの方が良いからさ!」

 

『Aaaa!』

 

『良いぞ……良いぞ!そうでなくてはなぐだ男よ!行くぞティアマト!』

 

《敵機名称開示。ビースト・デンジャー》

 

ビースト・デンジャー。それがあの巨大ロボットの名前か。確かに今更ながら胸のリアクター、シンプルな人型でマッチョな感じは魔神王ゲーティアを彷彿とさせる。ふむ……2人で1つならどこにティアマト成分が入っているのだろう?

 

《敵機接近》

 

「何て考えてる暇はないか!」

 

「他の皆さんは下がっててください!私達は斥力で衝撃波をやり過ごしましたが、皆さんは無事ではない筈です」

 

『そうさせてもらう。どのみち(オレ)達が手を出すべき事では無いからな。皆下がるぞ!』

 

『分かりました。御武運を旦那様(ますたぁ)

 

『ちょ、皆何を言っているんだ!ぐだ男君も今すぐ下がって皆に任せるべきだ!ゲーティアとティアマトだぞ!?君のその体で大丈夫な筈がない!』

 

『止めなよロマニ。この戦いはそんな無粋な真似をして良いものじゃないぜ』

 

『レオナルドまで!この状きょ』ブッ

 

「心配はありがたいけど、今は駄目なんだ」

 

「お任せします先輩!」

 

「ああ!」

 

マシュとのリンクを切って自分の腕で操縦をする。

当然ながら満足に左腕が動くわけもないが、それでも最高とも言えるパフォーマンスを叩き出している。巨大な拳を風圧の影響も受けないようにしながら避けて機関砲で剥き出しのリアクターを狙う。しかし、撃って弾はリアクターに着弾するや否やその熱量で融解してダメージには至らない。原子力……否、あれは宝具か!

 

『うぉぉぉおおお!!』

 

『AAAAAAAAA!!』

 

「ぬぁぁぁあああ!!」

 

ビームカタールでビースト・デンジャーを少しずつ攻撃していく。正直、これくらいの火力では倒すのに時間が掛かってしまう。そうなったらプレマストの稼働時間なんかよりもカルデアへのダメージが心配だ。こうなったら短期決戦しかない!

 

「黒髭!アレだ!」

 

『り!』

 

とてつもなく短い返事の直後、プレマストの目の前に何かが転送されてきた。

全長がプレマストの2倍はある銃だ。正確には斥力式特殊破杭射出兵器 厳弩(ガンド)。特殊な物質(鉄にルーンを織り混ぜて作られた謎の金属)で作った5mの杭をプレマストにも搭載されている斥力発生装置でマッハ50で押し出す(・・・・)超兵器だ。因みにマッハ50となると太陽の重力を振り切れる第3宇宙速度を超えてたりする。

当然こんなのを使えばソニックブームだけで並みの機体は大破してしまう。だから使わなかった(使えなかった)のだが──

 

「1発限りでも!」

 

腰だめに構え、何とかしてビースト・デンジャーから距離を取りつつチャージを続ける。

 

『こちらもプラズマキャノンを使う!』

 

ビースト・デンジャーの右手が変形する。人のように5本あった指は3本に纏まって三角形の頂点を表すように位置をずらす。掌はそれに合わせて開き、奥からプラズマを発生させるものなのか、青白く輝く円筒状の物が頭を出す。熱放出の為なのか腕の装甲も開いてお互いに必殺の一撃感が場を支配した。

そして!

 

『ッ!』

 

こちらのチャージが終わるのよりも早くプラズマキャノンが撃たれた。狙いは間違いなくコクピットだろうが、正直このレベルの出力だと大した狙いを定めなくても致死は避けられない。諦める?馬鹿な。

俺は何とかして斥力で自分を真横にズラしてかつ防御に回して直撃は免れた。そして同時に標準がかなりズレたが厳弩を撃つ。

零距離で爆発をもろに受けたような衝撃と鼓膜を破りかねない爆音……それよりも早くビースト・デンジャーの右肩から脇腹にかけてが木っ端微塵になる。

 

『ぬぐぉ!!』

 

『Aa!?』

 

「ぐぁぁぁああ!!」

 

「きゃあああ!!」

 

プラズマキャノンの熱で駄目になった左腕と左脚、更に不安定な体勢から厳弩を撃ってせいで踏ん張りが効かず遥か後方に吹き飛ばされた。

右腕も反動で大破。コクピットのモニターも亀裂や砂嵐で視界が悪いしアラートが五月蝿い。それでも俺は立ち上がらないといけない。相手がまだ立っているんだ!

 

『このビースト・デンジャーの装甲を貫くどころか木っ端微塵とは……!リアクター(宝具)もやられたか』

 

『Aaaaa!』

 

『うむ。チェーンソード!』

 

リアクターが半分以上欠けた筈のビースト・デンジャーだが……残る左腕から蛇腹剣のチェーンソードを展開。動きこそやや鈍くはなっているが……!

 

「くっ!何でだ!」

 

『よく見ろぐだ男!アレのリアクターは露出してはいるが1つではない!ビースト2体分の宝具がそいつには搭載されている!お主のそれは弾切れか!?』

 

「弾切れです!どのみちこの状態では持つことすら──」

 

《リアクター出力低下。斥力展開不可能。左大腿骨ユニット反応ロスト。左上腕部損傷大。右腕全体反応ロスト。機体全体損傷率72.8%》

 

「せ……先輩っ……血が!」

 

「掠り傷だよ……参ったな……」

 

ビースト・デンジャーは歩みを止めることはない。

ロボットの損傷率が7割突破したという事はもう虫の息といった所だろう。人とは違って根性とかはマシンに無いから。だが!諦めるわけには!

 

「起きろプレマスト!お前はこんなもんじゃ無いだろう!見せてみろ!カルデアの天才達が作り上げたお前の力を!!」

 

気合いでなんとか出来る筈もない。その筈だったが、プレマストは俺のその声に答えるようにメインカメラに光を灯した。反応がロストした脚が動き、駆動系が悲鳴を上げながらも立ち上がろうと動き出す。否、悲鳴と言うのは間違いだろう。装甲や駆動系が擦れるこの音は、己を奮い立たせる雄叫びのようだった。

 

「うぉぉぉおおお!!」

 

『これで終わりだ!!』

 

『AAAAAAAAA!!』

 

「んぅ……何だ騒がしいな……」

 

「ヴぇ!?ネロさん!?寝てたんですか!?ここで!?どこで!?」

 

「そう慌てるでないマシュ。余はどんな所でも寝れるでな。そんな事より状況が読めぬ」

 

「こっちが読めんわああああああ!!」

 

もうビースト・デンジャーに跳んでしまった以上、どうしようも出来ない!ゲーティア達は攻撃を止めることは無いだろう……えぇい!ままよ!

俺はビームカタールを最大出力にしてチェーンソードにぶつけた。

 




ビースト・デンジャーが出現する前。


ゲ「ブレイン・ハンドシェイクだ。お前は私の記憶に入ってこい」

テ「Aa!」

ゲ「良いか?ウサギ(記憶)を追うんじゃないぞ。戻れなくなる」

テ「A──」

ゲ「追うなと言っただろう!!」


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Order.25 漂流


まさかの禁忌、オリジナルサーヴァントを投下。
これにより辺りは火の海とかすぞ……ッ!(特に意味は無い

兎に角、思い付きで作ったオリジナルサーヴァントですが、真名は追々出していきます。ステータス等も真名判明と同時に出すので、それまで誰だろコイツみたいな感じで見ていただければと。
そこまでディープな人達ではないので、調べれば即出ると思います。

イベント頑張るぞい。重くてかなわんぞい。



 

 

 

 

 

岩山が音を立てて崩れる。

 

「ハァッ!!」

 

『殴り甲斐のある!』

 

大地が割けて砂が舞う。

 

「まだ行けるだろぅ!プレマスト!」

 

『AAAAAAAAA!!』

 

『まだだ……もっと……もっと、もっと寄越せデンジャー!』

 

既に半ばから断ち斬られたチェーンソードをパージし、ゲーティアとティアマトが駆るビースト・デンジャーがぐだ男のプレマストに走り出す。

1歩1歩が必殺の破壊力をもつそれが駆けた後は捲れ上がった地面と蹴られ、舞った岩が弾丸のように大地を穿つ。対してプレマストは最大出力でカタールとは言えないレベルまで剣身が延びたそれで果敢に立ち回っていた。プレマストのそれもまた必殺の破壊力をもっており、ビースト・デンジャーに確実にダメージを与えていく。

両者の実力(ロボットコントロールスキル)はほぼ互角。ロボの性能ではプレマストが圧倒的に劣るが、それを感じさせない戦いがそこにあった。

 

「腕がぁ……!」

 

「私の腕を!今すぐ接続しますので待ってください!」

 

「駄目だ!」

 

「でも……!」

 

左腕の力感覚が失せてきたぐだ男だが決して代わろうとはしなかった。

左腕で足を引っ張るなら他の手足でそれを補う。右重心の動きが多くはなるが、機動が劣ることはない。そうやってぐだ男は(ロボットでという大前提はあるが)自分で倒そうとしていた。

 

『ふははははは!!良いぞ!やはり貴様は素晴らしい!私が今一度人の様に楽しいと思えるとは!』

 

「理解のある敵で助かるよ!」

 

『どこまで余裕を見せていられるか!』

 

ゲーティアの言った通り、ぐだ男は時折余裕を見せるような発言をすることがある。当然ながら今のぐだ男に余裕なんてものはどこにもないが、そうやって自分を騙すような真似をして精神的に余裕を得ていたのは確かであった。

 

「ちぃ!」

 

「えぇいもどかしいぞ!もっとこう、しゅぱっ!とどぉーん!とか出来ないのか!?」

 

「ちゃんと捕まってて下さいネロさん!」

 

嫁ネロがまるで犬が車の助手席の窓から頭を出しているような緩さで必死の形相のぐだ男を揺らす。マシュも補助席から振り落とされないように嫁ネロを制止するが、えらく興奮した様子の彼女に非常に手を焼いていた。

 

「このままじゃ……!」

 

『ぐだ男!リアクターの燃料が無くなってきたぞ!お主の貯金(QP)はどこだ!?』

 

「燃料──それだ!黒髭!俺の倉庫から全財産(QP)と聖晶石を持ってきて!」

 

『な!?良いん!?』

 

「背に腹は代えられない!急いでくれ!」

 

『り!!』

 

「あぁー!ぐだ男!余のスキルレベル上げる為のQPも使うというのか!?」

 

「頼むから大人しくしててよ!」

 

素材はあってもQPが足りない。いくら貯めても気付けば残り僅か……そんな状況はきっとどの時空のカルデアでも起こる必然だろう。だからこそ常に手元に7千万は残しておきたかったぐだ男だったが、このまま出し惜しんでやられてしまっては全くの無意味だ。

それに戦場では常に刹那の選択が生死へ直結する。幾つもの特異点を抜けてきたぐだ男も重々承知しているからこそ素早い決断と言えよう。

 

『ヴィンチ氏に頼んで直接転送したでござる!やっちゃえマスター!』

 

《リアクター出力向上。出力170%突破》

 

「装甲展開!排熱してリアクターを溶かすな!」

 

『むぅ!?』

 

カシュッと小気味の良い音で肩、胴体、頭部の装甲がスライドして展開する。展開した部分からは放熱フィンが姿を現し、周りに蜃気楼のような空気の揺らぎを作り出す。

そのギミックにやや驚いた様子のビースト・デンジャーだったが、すぐに攻撃を再開した。

 

『うぉぉ!』

 

「うぅっ!」

 

リアクターの出力は上がったが、プレマストの駆動系はその出力に対応するためにアジャスト途中。謂わばギアチェンジ中だ。そんな状況で無理に動いてはマニュアルトランスミッションよろしく止まってしまう可能性もある。

 

(南無三!)

 

それでもぐだ男はペダルを思いっ切り踏み込んだ。

 

 

「何!?」

 

ビースト・デンジャーの左ストレートがプレマストに当たる直前、ゲーティアは目を見開いた。

死に体のようだったプレマストが拳の寸前でバックステップ。直前までの状態は何だったのかと疑問せざるを得ないような軽やかな機動で拳を避けてビームカタールを再び展開していたのだ。

急いで腕を引き戻そうとしたが、ビースト・デンジャーはゲーティアとティアマトを右脳、左脳とした大きな肉体。普通の腕とは感覚が違う筈のそれを瞬時に引き戻すのは生物的・物理的に不可能だった。

 

『動けた!』

 

「曲げるぞティアマト!!」

 

「Aaaaaaaa!」

 

不可能であっても何もしないという選択肢はゲーティアに存在しない。以前は3000年もの時間を費やしたが、人理を焼却するという偉業を成した男だ。

 

(左ストレートはこのまま地面を抉ってプレマストがビームカタールで手を落としに来る。ではその地面ごとプレマストも殴れば良いだけの話だ!)

 

轟音。拳が地面を穿ったのだ。その瞬間、プレマストも動き出す。

 

『貰っ──』

 

「まだだぁぁ!!」

 

ストレートの勢いが生きている内に右足を踏み込む。そのまま腰から上半身を捻って横一文字に殴り払った。

 

『ぐぁぁぁああ!!』

 

「AAAAAAAAA!!」

 

「ブレストファイアァァァァァアアア!!」

 

半壊したリアクターが回転速度を上げ、前方を焼き払っう。プラズマキャノンの破壊力を更に上回る熱線攻撃。これこそがビースト・デンジャーの切り札ブレストファイヤー。ゲーティアの宝具 生誕の時きたれり。其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロニモス)程の威力は無いが、アルプス山脈の1つや2つは消せる威力はある。本来ならば。(・・・・・)

 

「やはりリアクターがやられている分威力は下がるか!」

 

「Aaa!?」(特別意訳:やった!?)

 

「馬鹿者!!それはフラグだ!」

 

「あ"ッ!?」

 

「その振り返り止めろ!」

 

『左腕貰う!』

 

センサーがプレマストを捉えてけたたましくアラートを鳴らす。そんな事は一々知らされるまでもないとアラートを鬱陶しがるゲーティアマトは左腕を落としに来たビームカタールを避けるために後ろに転倒。ぐだ男も良くやっていた、位置エネルギーを無理矢理運動エネルギーに変えて後ろに跳ねる回避方法だ。

ビースト・デンジャー程の巨体でそれをすれば付近に居る者への間接攻撃にもなりうる。

当然、プレマストのその攻撃範囲の中だが復活した斥力でことごとくそれらを回避していた。

 

「凄まじいな!それが貴様の全力かぐだ男!」

 

『ああ。コレが俺の全(財産)力だ。……それにしても、似てるよな。この状況』

 

「……成る程。確かにそうであったな」

 

ゲーティアとぐだ男。2人の脳裏に甦ってきたのはこの間の決戦時の事。互いに隻腕となった人王ゲーティアとぐだ男の正真正銘命を賭けた戦いだ。

 

『本当についこの間の事だというのに、えらく昔のように思える』

 

「私もだ。不思議なものだな」

 

『それも……これで終わりだ』

 

「──その通りだ。またも共通の見解を持てるとはな。嗚呼、私はこれを求めていたのか……来いぐだ男!!今度こそ私は貴様を倒す!」

 

プレマストが放熱フィンを赤熱させ、ビースト・デンジャーがリアクターの輝きを増す。

お互いに次で決めるつもりのチャージ。カルデアもただでは済まないような極大エネルギー同士の衝突。それが今起きようとしている。

 

『ゲーティアァァァァァアアアッッッ!!!』

 

「ぐだ男ォォォォォォオオオッッッ!!!」

 

あの時と全く同じ。通信越しではあるが、力を感じさせる咆哮がお互いの鼓膜を破れる寸前まで震えさせた。

プレマストの全エネルギーが乗った拳と同じく全エネルギーが乗ったビースト・デンジャーの巨拳。その2つが触れた瞬間、シミュレート空間が、カルデアが、世界が鳴動した。

 

 

「……」

 

「貴方、マスターでしょ?サーヴァントはどうしたのよ」

 

「……」

 

「それにその妙なちんちくりんは何よ」

 

「ちんちくりんとはご挨拶だな小娘」

 

「うわ。見た目のわりに良い声してんじゃないソイツ。トナカイマンとか?」

 

「誰がグランドトナカイマンじゃい!」

 

「そこまで言ってないわよ!」

 

「……」

 

どうなっているんだ。いや、そもそもその疑問は今更に過ぎるだろう。では何の疑問を把握するべきか。

頭を動かさず眼だけで隣を見やる。左にはちんちくりんの変な奴黄色。逆三角。右にもちんちくりんの変な水色。巻き角。

 

「ぱぱ。ぱぱ~」

 

「……」

 

右のは無垢な瞳で俺を“ぱぱ”と呼んでは短い手を目一杯広げて抱っこをせがんでくる。

 

「おぉい、ボスゥ。何とか言ってくれよ。何ならほら、俺のムチ使っても良いからさ」

 

「……」

 

片や左のはガチ大人のプレイ用の短いムチをどこからか取り出しては俺に使えとせがんでくる。

 

「……」

 

何だよこれえええええ!!え?訳分かんないんだけど!何!?このちんちくりん共何!?ゲーティアに至っては何中の人顕現しかけてるのさ!なんでさ!?

 

「……(だんま)りね。ま良いわ。念のため見張っておいてアサシン」

 

「了解した」

 

「……」

 

何がどうなってこうなのか整理しよう。確かそう、俺とゲーティアマトはカルデアで戦っていたんだ。

 

 

 

 

 

「ゲーティアァァァァァアアアッッッ!!!」

 

『ぐだ男ォォォォォォオオオッッッ!!!』

 

ドンッ!!と今までにない響きが全てを貫いた。プレマストの拳とビースト・デンジャーの拳。バチバチと稲妻が走っては宙に浮いた岩石を砕いて地面を焼く。

自分の声すら聞こえない状況の中、それは突然現れたんだ。

 

《──空──裂──んそ──退避をす──》

 

「───!!」

 

それは穴だ。ビースト2体分の宝具級エネルギーとあらゆる可能性が凝縮した聖晶石270個と7千万ものQP。その両者がぶつかれば、ただでさえ不安定気味だったシミュレート空間に別次元への穴を空けてしまうことは容易いことだった。

 

 

 

 

 

そしてその別次元こそがここ。2000年代以降の都市であろうそこで、気が付けば“拘束”されていた。

左のちんちくりん曰く、『未だ残滓程度でも残っていた時間神殿の空間片と俺の宝具リアクターが同期でもしたんだろう。あれだけ格好良く今度こそ私は貴様を倒す!とか言って倒せてないとか、恥ずかしぃ!あ──何だろう。死にたい』とか大分イッてた。

まぁ、要するに。俺の頭で纏めた結論としては……

①カルデアに空間穴を空けてしまった。

②時間神殿を介して別次元へ。

③この次元では聖杯戦争中。

④ゲーティアとティアマトがキャラ崩壊気味。

⑤帰りたい。

 

「……」

 

「……」

 

「……何者だい?」

 

「……分からない」

 

「ふむ」

 

まぁ、当然の反応だ。俺が喋った事にはやや驚いた様子だけど。

 

「名前は思い出せるのかい?」

 

「記憶喪失とかではなくて……」

 

「ほぅ」

 

「何が何だか……だって俺は──」

 

待て。ここでこの見たことのないサーヴァントに話しても良いのだろうか?

無闇にカルデアや人理の事を話しては両脇のちんちくりん共の正体がバレて俺はどうあがいても敵の立場になるんじゃないだろうか。

 

「──何でもない」

 

「……そうか」

 

「……」

 

またの沈黙。これではアサシンのサーヴァントもどうすれば良いか分からず困っている。俺だって困ってるからどうしようも出来ない。

 

「ぱぱ、だっこ」

 

「……」

 

「ぱぱ。だっこ」

 

「……」

 

「ぱぱ。だっこ!ん!」

 

「今は待ってぇ!」

 

巻き角ちんちくりんが袖を引っ張って早く抱っこしろと抗議してくる。

止めてくれぇ!

 

「お待たせ。で、何かしゃべった?」

 

「うむ。色々と隠したいことがあるようだ」

 

「おっけ。じゃあ尋問するわ」

 

帰って来た眼鏡の少女が後ろ手に隠していた爪剥がし機を邪悪な笑みでこちらに見せてきた。

 

「マジか!2人とも掴まれ!」

 

「ん!」

 

「掴まるってどこよ?あれか?アンタの突起にか?良いけど、ちゃんと掴まりやすくしてくれよ?」

 

「お前はどうなっちまったんだよぉ!!!」

 

兎に角、俺はアサシンとそのマスターである悪趣味な服装の眼鏡少女を相手にしながらちんちくりん共を気にかけてやらないといけない。

……無理だよ!このちんちくりん共全くもって戦えないんだよ!?それに手足の拘束魔術も解かないといけないし!

 

「逃げるのは無駄だから。逃げたかったら、そうね。そのちんちくりんを置いていきなさい。何て名前?」

 

「……オスギとユウコです」

 

「見た目のわりに随分日本人みたいな名前ね……」

 

「油断するな愛。どうやら、相手もやる気になったようだぞ」

 

手足を拘束していた魔術だが、どうやらそんなに強いものでもなかったらしい。四肢に力を込めて引きちぎれば呆気なくそれらは霧散した。

 

「──へぇ」

 

「待ってよ!戦うつもりはないんだ!だから……許してくれ!」

 

埒が明かない。だから俺は戦いはせずにここから逃げ出す事を選択した。両脇にちんちくりん共を抱え、詠唱なしで眼ドを撃つ。両の眼1発ずつでアサシンと悪趣味眼鏡をそれぞれスタンさせた。

これは決して殺傷性のある攻撃ではない。少しの間痺れてもらってその間にトンズラさせてもらうだけだ。

 

「ガンド!?何これっ!動けない!」

 

「眼からッ!?」

 

「ごめんなさぁぁぁい!」

 

2人を横切り、部屋から飛びだす。

どうやらこの家は一軒家みたいだ。俺はちんちくりん共を両の脇腹に抱えて目の前の階段を飛び降りる。

 

「~~!」

 

幸いにも着地が成功して体を一瞬硬直させるだけですんだ。

降りた先はすぐ玄関で、やはり日本だからか靴が揃えて置いてあったので自分のを履いて一目散にその家から逃げおおせる。

2階から何か喚いてる声が聞こえる限り、まだスタンが継続していると言うことだ。

 

「何なんだよぉ!」

 

「わーい。はやい」

 

「ちょ、ぅん。あふっ、そこっ!ぁあいぃ!」

 

変態じみてるオスギを強く締め付けて黙らせて、俺は人目のつかないところを目指してひたすら駆けた。

 

 

「あぁん!もう!最悪!アイツ一流の魔術師じゃない!」

 

「しかしそんな感じはしなかったが」

 

「私の拘束魔術を簡単に解除したのよ?あれ、ただ者じゃないって」

 

「そうなのか。それでどうする?俺は一応アサシンではあるが近接戦闘しか出来ないぞ」

 

「分かってるわよアサシン。念のためアイツには位置報せの魔術を付けといたわ。眼からガンドとか、無手で魔術引き千切るとか、あれほどの実力ならもう気付いてるでしょうけど、警戒するに越したことは無いわ」

 

「分かった」

 

 

「はぁ!はぁ!はぁ!」

 

「もっかい、もっかい」

 

「いやぁ、気持ちよかったぜボス」

 

ひたすら走り続けて5分。俺は人気の少ない森で息も絶え絶えだった。

ちんちくりん共の体重はかなり軽かったからここまで走れたけど……もう立てない。

 

「はぁ!はぁ!──はぁ、はぁ……」

 

左手首のブレスレットをつついてみる。いつもはこれでカルデアと通信を行ったりしているのだが、時計機能をスタートさせる位で通信は一切機能しない。

スマートフォンもひらいてみたが、圏外と表示されていて自分が使える電波が飛んでいないことが伺える。

 

「……はぁ、はぁ……参った……誰か居ないのかよぉ……」

 

あの時、裂け目に巻き込まれたのは俺とちんちくりん……ゲーティアとティマトだけではない筈。高確率でネロとマシュも引きずり込まれたと思うんだが、如何せんいくら魔力パスに神経を集中させても誰も見付からない。

あるとすれば何故か俺の魔力がこのちんちくりん共に流れていること。勝手にぃ……。

 

「まぁ餅つけよボス。俺達が居るじゃないか」

 

「いや、落ち着くのはお前だろ。餅ついてどうする……取り敢えず、今は味方ってことで良いのか?」

 

「味方?甘いぜ。俺達はフレンドだ!獣フレンズだ!」

 

「ふれんずー」

 

「──そ、そうか。まぁ、あれだ。突然『小癪ぅ』とか良いながら巨大化しないでよ……」

 

「まぁ、どのみち無理だからな。大人しくしてる」

 

ゲーティアは比較的話が成立する。しかしもう片っぽはどうだ?俺をぱぱと呼んでは幼児のような状態。あと抱くと角が痛い。

 

「しかし参ったな。このままじゃ俺意味消失しちゃうんじゃ……」

 

「それは大丈夫だ。お前の存在はこの世界でも確立されている。安心しろ」

 

「?どうい──」

 

「見付けたわよ。こんな森に誘い込む(・・・・)なんて、何のつもりかしら」

 

「!尾行られた!?」

 

もう聞きたくないと思っていた少女のやや高めな声。それが自分の上から降りてきた。

もう全身の筋肉に酸素が足りていないが、それでも体はちんちくりん共を抱え、立ち上がる膂力を絞り出した。

 

「……何故俺を狙う」

 

「さっきまではとっとと貴方のサーヴァントをおびき寄せて倒そうと思ったんだけど、気が変わった。貴方ほどの実力なら仲間(・・)として心強いわ。私とこの聖杯戦争、戦わない?」

 

「──え?いや、無理」

 

「──え?」

 

「え?勝手に仲間とか困るし、俺帰らないといけないし……」

 

こんな展開初めてだが、兎に角あまり関わらないようにしたい。

何しろここは別の次元だ。特異点でもないのに俺が変に干渉してここの聖杯戦争に影響を及ぼすのは避けたい。それに人のこと拘束しておいて急に仲間になれとか横暴すぎる。

 

「悪いけどもう俺に関わらないでくれ」

 

「……ムカつく。ムカつくムカつく!アサシン!」

 

「はぁ。済まないね。俺んとこのマスターは癇癪持ちで」

 

「いや、何だかこっちも申し訳ない……」

 

アサシンは謝りながらも1歩歩み出てきた。

……どうやらこのまま逃してはくれないみたいだ。

 

「俺の近接戦闘術だと少し状況が違うんだがな……」

 

「それはありがたいな!やっちまえボスゥ!」

 

「無茶言わないで!」

 

カルデアにいるアサシンならまだしも、全く見たことがない相手ではどうしようもない。

日本人でも無さそうだし、服装から大分現代のサーヴァントみたいだけど……。

 

「やるしかないか……!」

 

右尻の魔術刻印が唸りをあげ、俺の隣に物体を召喚する。

久々の登場、カワザキだ。召喚その物は可能みたいで、一緒にゲイボルクもついてきた。よっし!これで逃げられる!

 

「……って、何?その目……」

 

「いや、流石にサーヴァントを呼び出してくるとばかり思っていたんだが……まさかマスター自身が戦うとは」

 

「……頭来たぁ!!」

 

「──今だ!行け!」

 

「言われずとも!行くぞカワザキ!」

 

カワザキには意識がある。こいつだけで走ることも出来るのだ。そのカワザキが俺の声に答えるようにエンジンを唸らせ、雄々しく咆哮を上げる。

俺は即座にカワザキに跨がり、ゲイボルクを右手にちんちくりん共を肩に捕まらせてアサシンへと肉薄する。

 

「む!」

 

アサシンも立ち向かうべく拳を構えたが、俺の狙いは全くアサシンではない。その後ろで激おこのアサシンのマスターだ。

アサシンは俺の視線だけでそれを感じたのか、すぐに飛び退き、マスターを守るべく抱き抱え、地面へ転がり込む。

マーヴェラス!正しくそれを待っていた!

 

「カワザキ!」

 

カワザキが再び応える。

マスターへ向かっていたのを直角よろしく急転回し、埃を巻き上げながらタコメーターの針が振り切りそうになるまで回転数を上げた。

 

「逃げろ!どっか取り敢えず逃げるぞ!」

 

「ばいばーい」

 

俺の目的はハナから戦闘ではない。逃げて状況をしっかりと確認し、カルデアに戻るのだ。その為にはマスターを狙うと見せかけてすぐには反撃できなくなった所で、カワザキのフルスロットルで逃げ出すのがベストだ。

見事成功し、遠ざかっていくアサシンとそのマスターのわめき声を尻目にゲイボルクをカワザキの側面ホルダーにマウントさせる。

 

「はやーい」

 

「公通法は無視するべ?」

 

「どうせナンバーも無いしカワザキに任しておけば事故はないさ。それよりも先ずはネロかマシュを探そう」

 

「マシュは来ていないぞ。いや、来れなかったと言うべきか。彼女の魔術回路が沈黙しているのは知っているだろう?」

 

「……あぁ。やっぱりそうだったのか」

 

「ここに来れるのはあの状況ではネロだけだろう。今はネロを探せぐだ男」

 

「分かったけど……」

 

「安心しろ。俺はフレンズだ」

 

「フレンズ、ね」

 

兎に角今は藁にもすがる思いだ。ネロを探し、この聖杯戦争とは関わらないようにしつつ、カルデアに帰る手段を──

 

「──聖杯戦争……聖杯……」

 

まさかとは思うがこの状況はもしかして……。

 

「いや、止めるんだ俺。そんな事は無い筈だ」

 






先ずはアサシンが登場。

キーワードは「現代」「近接戦闘術」「日本人ではない」

もう答えが出そうですが……


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Order.26 ネロ危機

オリジナリティー溢れるサーヴァントはカルデアに呼ぶつもりはありません。

うわー、フォウ君星4出たんか。うーん、50個ずつかぁ。今回幾つ貰えるんだろー?


ダメ報

3つずつ……だと……!?




 

 

 

『迷子のお知らせです。ネロ・クラウディスさん。迷子のネロ・クラウディスさん。保護者様が市役所にてお待ちです。また、お気付きになられた方がいらっしゃいましたら、市役所までお電話をお願い致します。繰り返します。迷子の──』

 

閑静な住宅街に響く迷子のお知らせ。探している相手は当然のことながらネロだ。

そう、俺は究極の選択として市役所に駆け込み、市内に放送で迷子のお知らせを頼んだのだ。

 

「本当に居るのかなぁ……」

 

「いるっ。さーばんとのけはいする!」

 

「それって聖杯戦争してるここのじゃないの?」

 

「いるの!」

 

「ぉ、おぅ……ごめんごめん」

 

プンスカと擬音が付きそうな仕草でティマトが抗議してきたので頭を撫でてあげる。

サラサラの髪を優しく撫でると、ティマトは眼をつむって擽ったげにそれを受け入れる。

 

……可愛いなおい!!

 

と、しまった。良く考えるんだぐだ男。姿が変わったとは言え、ティマトは原初の母だ。こんな扱い方で後で大丈夫なのだろうか……。

ゲーティア?そっちは良いよもう。

 

「ふぅへぇへへへ。俺のサングラスもイカすだろう!?」

 

何がだ。

どこで拾ったのか、真っ黒なレイバンサングラス(トップガンで有名なあれ)を付けて己を親指で指している。中身が違うだろう中身が。

 

「元気なお子さんですね」

 

「知り合いの子ですけどね。やんちゃで困ってますよ」

 

──って待ってくれ。お子さん?どこをどう見たらこれが子供に見えると言うんだ。どう見てもマスコットキャラか何かにしか見えないだろう。

受付のおばさん。この逆三角が果たして子供に見えるだろうか?胸にアークリアクター擬きが付いている子供が居るだろうか?方やデッカイ巻き角が伸びた子供が居るだろうか?

 

「ぐだ男さーん。お連れの方を保護している方がご連絡を下さいましたよ」

 

「へぇ見付かるもんだな。ありがとうございます」

 

誰かがネロを保護しているらしく、市役所に電話がかかってきたようだ。受付のおばさんの奥のおばさん曰く、知らない人に住所を教えるのは怖いと言うことで、その人の指定する場所で引き渡すとのことだ。

確かに、住所を教えるのは抵抗あるよね。

 

 

「……はい。ではお願いします。失礼致します」

 

「どうかな?」

 

「来るに決まってるだろバーサーカー。声からして俺の嫌いな人間の匂いを感じたよ。誰かの為に命懸けられる奴の匂いだ。あぁ~……うぜぇな」

 

「それは結構」

 

「ぬぅ!貴様!もしやぐだ男を呼んだのか!」

 

「ぐだ男?それがお前のマスターの名前か?セイバー、ネロ・クラウディス」

 

カビ臭く、じめじめした地下室。そこの壁に手足を拘束され、半裸にされたネロの姿があった。

全身には傷があり、顔にも殴られたようなアザが見られる。

 

「今まで散々拷問してマスターの名前を吐かなかった癖に、電話で呼んだらすぐに言うとは。余程大切な奴らしいなぁ?」

 

「ぐっ……殺せ!ぐだ男を危険に晒すなら余は命を絶つ!」

 

「はははははは!!コイツは傑作だよ!サーヴァントがマスターの為に折角の召喚を無駄にするってよ!」

 

「……」

 

「殺せ!今すぐ殺せ!」

 

「まぁ、そう言うなって。まだお楽しみはこれからじゃねぇか。えぇ?」

 

下卑た笑みが張り付いた男がナイフ片手にネロに近寄る。血がベッタリと付いたそれは完全に男の手に馴染んでおり、愛用していることがネロにも判っていた。

それの刃先をネロのはだけた胸元からゆっくりと這わせるように首筋へと持っていき、頸動脈を切らないギリギリまでネロの肌を裂いていく。

 

「ぃッ──!」

 

「あぁ……ッ、たまらないよ。もしアンタをそのぐだ男って奴の目の前で犯したら、どんな顔するかなぁ」

 

散々痛め付けられたネロだが、まだ“そういった”事はされていない。男はぐだ男の目の前で、最後の仕上げをするつもりなのだ。

 

「やれやれ。君もどうしようもないな」

 

「あぁ?サーヴァントの癖してマスターに文句垂れてんじゃねぇよ。自害させるぞ」

 

「これは失礼した」

 

バーサーカーのサーヴァントは紳士的にそう振る舞う。

 

「……余とて、それくらいの知識はある……。もし貴様がぐだ男を殺そうならば、余が貴様の慰みものにも何でもなろう。だから、ぐだ男だけは……」

 

「──うぜぇ。てめぇに口出しできる権利はねぇだろうが。黙ってろ」

 

パァンッ!ネロの頭が横に降られる。

ただでさえアザが出来ている顔に、更に赤い張り手の後が追加される。

 

「…………ッ!!屑めがッッッ!」

 

「ほざいてろ。てめぇの前でマスターの心臓抉り出すとこ見せてやるからよ」

 

「……つまらない。全くもってつまらないな……」

 

そんなやり取りを見ていたバーサーカーは、小声でそう呟き、心底つまらなさそうに溜め息をついた。

 

 

「ここか」

 

市役所から歩いて20分。川沿いの公園で俺はカワザキのエンジンを切った。ゲイボルクもマウントさせたまま、ちんちくりん共に待っているよう言い付ける。

 

「良いぜ」

 

「いってっしゃい」

 

市役所では可愛いと言われていたけど、他の人が見たらどうなるか分からない。それにただネロ(迷子)を引き渡してもらうだけだから何もないだろう。

 

「……何か寂れた公園だなぁ」

 

遊具は比較的古びた感じもなく、さっき市役所で確認したとき今日は日曜日なのに子供1人も居ない。変な街だ。

何て考えながら歩いていると、不意に滑り台の上から声が降ってきた。

 

「あ!貴方がぐだ男さんですか?」

 

「そうですけど、じゃあ貴方が?」

 

にこやかな男性はそうですと丁寧な返事をすると滑り台を滑ってくる。何で滑り台なんかにと思っていると、突然握手を求めてくる。

 

「私の名前は佐藤太郎」

 

「改めましてぐだ男です。ご丁寧にどうも」

 

「ネロさんでしたよね。彼女は具合が悪いとかであそこの橋の下で休んでるのでそちらに場所を変えましょう」

 

「わざわざすみません。バイクは置いていっても大丈夫ですか?」

 

「あぁ、ここら辺人が全然来ないんで大丈夫ですよ」

 

言われ、確かに周りを見て納得すると、佐藤さんに連れられて橋の下に行く。

本当にすぐそこの橋の下で、日陰のそ──

 

「──ネロ!!」

 

「……」

 

彼女だ。ネロ・クラウディス。確かにあの時にコクピットで寝てたネロに違いない。だが、どうして……!

 

「佐藤さん!ネロはどうしたんですか!」

 

「サーヴァントに襲われて、ひどい怪我を……」

 

「サーヴァントに……!?」

 

ふと、違和感につっかえる。何か良くない違和感だ。そう、良くないやつなのに、ハッキリとそれが何なのか掴めない。

俺がそれに思考していると、ネロの目が開いた。

 

「ぐだ男……」

 

「ネロ!大丈夫か!?誰にやられた!?」

 

「に……げろ、逃げ、ろ……」

 

「──え」

 

「感動の再会なんて泣けるねぇ!下らなさすぎてさぁぁぁぁ!!!」

 

全身が総毛立った。その瞬間に俺はネロを抱き、地面に頭を打つのも躊躇わず背後から迫っているであろう何かを避けるべく倒れた。

案の定側頭部を強打し、視界がチカチカしかけたが危機は去っていないと全身の至るところから警告され、何とかしてネロを抱いたまま自前の脚力でスライディングをかます。

 

「ちっ。勘が鋭いやつだなぁ……バーサーカー!」

 

「ここにいるさ」

 

「つぁ……!」

 

「いやぁ、しかし……身をていしてサーヴァントを守るなんて……胸糞悪いことするじゃない?」

 

「お前か……!お前がネロをこんな目に会わせたのか!?」

 

「ご名答!」

 

自慢げにそう答えた男……佐藤にえも言えぬ感情が沸き上がってくる。

今まで戦ってきた敵とは根本的に違うもの。世界を守るため、人の未来を潰えさせないため……それが敵を倒す大前提だった。けれど今回のコイツは……コイツには初めて、それらとは別の目的が生まれていた。感情が生まれていた。

コイツを──殺したいと。明確な殺意が芽生えた。

 

「何だよてめぇ。何生意気な顔してんだよ。ま、良いや。どうせサーヴァント無しじゃ何も出来ないマスターだろ?バーサーカー、お前の好きなように料理しな(・・・・)俺はセイバーをヤる。良い具合に生かしておけよ?」

 

「……は、はは。はははは!」

 

「あん?」

 

笑いが止まらない。殺したくて仕方がない。

でも人なんて殺したことは1度もない。殺すつもりもないし、怖い。けど、サーヴァントは何騎も倒してきた。それも立派な人殺しではないのだろうか?

……そうだ。今さら臆する必要はない。このままだと俺もネロも殺される。もう人理の為に戦うことは無くなったから俺が死んでも大丈夫なのかも知れない。だけど、死にたくない。だったら殺すしかない。

 

「……ふむ」

 

「どうしたバーサーカー!やれよ!そんなマスター相手にビビってんのかよ!?」

 

「いや、君が危ないのではないかと思ってね」

 

「何──?」

 

ドルルルンッ!!バーサーカーが佐藤にそう言った瞬間、佐藤は全身の骨が折れる音を聞きながら10m以上先に飛ばされていた。

すると轢かれた佐藤を尻目に、バーサーカーは心底面白そうに笑い始める。

 

「成る程!それは宝具か!意志ある宝具だな!」

 

「な……がぶっ……!ゴホッ、──!イッッッ!!がぁぁぁ!!」

 

カワザキが俺の元に走ってくる。

俺は……もしかして俺が殺したいなんて思ったからカワザキが応えて──

 

「どうやらここまでのようだな」

 

「……、ぃ、バーサ……やれ……ッ」

 

「──何の権限があってかな」

 

バーサーカーがマスターである筈の佐藤の命令を無視して佐藤の右腕を掴む。すると次の瞬間、バーサーカーは上腕を踏んで肘の関節から右腕を引き千切っていた。

バーサーカー故の膂力で踏み潰され、握られた腕の骨が鈍い音で砕かれるのと形容したくもない、筋肉の引き千切れる音。そして佐藤の悲鳴。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!!!!??」

 

「もう君はおしまいだ。もう君は死ぬだろう」

 

「……お前は──」

 

言葉が続かなかった。

サーヴァントもマスターを見限る事はある。カルデアではそんな事は無いけど、本来の聖杯戦争ならサーヴァントによる所謂「マスター殺し」は良くあることらしい。

契約したサーヴァントが突如として敵に回ることがある。その現実は、真っ当な聖杯戦争を知らない俺に強い衝撃を与えた。

 

「おい!起きろぐだ男!逃げるぞ!どのみちアイツらはもう脱落だ!」

 

「……あ、あぁ」

 

ネロを抱え、カワザキに跨がる。ちんちくりん共は俺の肩に乗り、運転をカワザキに完全に任せて俺はネロにスキルで応急処置を施す。

 

「……」

 

どんどん遠ざかっていくバーサーカー達。こうみると、辺りに人が居なかったのは人避けの魔術が使われていたのだろう。

兎に角、ネロの回復を最優先にしよう。

全身に渡って付けられた傷はとても痛々しく、相当手酷くやられたのが伺える。

 

「……ぐだ男……余は、頑張ったぞ。お前の為の……貞操も守……たぞ」

 

「な、な何いってんだよネロッ?」

 

「でもな……やはり、怖かった……余がお前を失うのも……余がお前を残して消え、るのも……どちらも嫌だ」

 

「ネロ……」

 

サーヴァントであろうと、皇帝であろうとも、彼女は間違いなく女の子であることに変わり無い。こんな酷い拷問を受ければ怖いに決まってる。

そんなネロは漸く得た安息に涙を流し、俺の体を強く抱き締めてきた。

そうだ。サーヴァントとマスターは間違いなく信頼しあえる。佐藤がああして自分のサーヴァントに殺されるのは、信頼しあえなかったからだ。

 

「……自業自得だ、佐藤」

 

 

「逃げたか。まぁ良い」

 

「て、めっ……バーサー……カフッ!」

 

「安心したまえ。私は少し特殊でね。最悪、マスターが居なくても実は現界し続ける事が可能なんだ。私のスキルは非常に、魂(人)喰いと相性が良い。だから人を食べれば食べるだけ、私は現界を続けられる」

 

バーサーカーはそう言うと懐からナイフを取りだし、マスターである佐藤の腹に突き刺した。

そのまま腹を裂き、臓物が流れて出てくる。白目を剥き、最早死ぬ寸前の佐藤。バーサーカーは佐藤が排泄物を垂れ流し、数度の痙攣を鬱陶しくしながらもナイフを腹の中へと進めていく。

そしてポケットに入っていた袋に幾つかの内臓をしまい、いよいよお目当ての臓器を摘出した。

 

「本来なら外でなんかで捌きたくはないが……そう言えば、私は心臓も食べたことはあったが──魂と言うのは食べたことがないな」

 

バーサーカーは興味深そうに心臓を袋にしまってから解体に使ったゴム手袋を外し、佐藤だった人型の肉にポイと捨てると令呪が残る右腕を内臓とは別で布にくるむ。

 

「安心したまえ。私は美食家でもあってね。料理して美味しく頂くよ」

 

バーサーカーは自然な笑顔でそう死体へ投げ掛けた。

 

 

逃げること10分。橋の下から6kmは離れた電波塔の天辺で自身の上着に寝かせたネロにぐだ男が寄り添っていた。

 

「具合はどうネロ?」

 

「うむ!良くなったぞ!流石余の伴侶だな!」

 

「元気みたいで良かった。暫くは大人しくすること。俺はもう一度カルデアと連絡が取れないか試してくる」

 

「ま、待ってくれ!余を置いていかないでくれ……」

 

「まだ駄目だって。魔力パスも繋がってないし、傷は治したけど体力が無いでしょ」

 

「けどぉ……うぅっ。余は、余は泣くぞぉ……!泣いてしまうからな!?」

 

「……分かったよ。どのみち場所を変えるつもりだったし一緒に降りるか」

 

ぐだ男が折れ、ネロを担いで梯子を降りていく。

流石に人1人分背負って梯子を下るなど、余程の筋力と体力が必要だが……戦いとは人を強くする。

 

「霊体化が出来ないとはねぇ……兎に角、ネロもそれだと目立つから着替えようよ」

 

「余は金子(きんす)を持ってないぞ?」

 

「古い言いかたするね……よいしょ。兎に角、ボロボロの服を何とかしないと。暫くは俺の上着を羽織ってて」

 

「うむ!」

 

高さ20m以上の電波塔を42kg背負って降りたのだ。流石に疲労が見られるかと思いきやそんな事は一切無く、出来て当たり前だから気にする訳でもない。

そんなぐだ男はアサシンから逃げた森で着替えた魔術礼装カルデアの上着をネロに渡す。

万が一の為にとコクピットスーツに仕込まれていた量子化収納から取り出した魔術礼装カルデアだが、実際はただの服。なんの魔術効果は無かった。

 

「はぁ……余は幸せ者だ」

 

「大袈裟な……兎に角寝床を手に入れよう。空き家くらいならどこかにあるでしょ」

 

「しかし、どうやって探すのだ?」

 

「さっき市役所で図書館があるのを見た。そこならパソコンが使えるんだ」

 

「ほぉ。カルデアと似たようなものだな」

 

次の目的地は、寝る場所確保のためネットワークによる空き家ないし廃墟の情報。そしてそれを調べるために図書館へ向かう。

 

(ネロも辛い筈だ。早く楽にしてあげないと……)

 

(むぅ、やはり体が重い……魔力が欲しいぞ……。魔力供給、してもらいたいな)

 

ぐだ男から上着を受け取り、それに袖を通していくネロは彼から魔力供給をしてもらえるかどうか考える。

契約している筈なのに、パスが通っていない。霊体化も出来ず、お金が無いため代わりの食事も出来ない。それこそ最悪誰かを喰らえば解決にはなるだろうが、それはネロもぐだ男も許さない。しかし、ぐだ男も似たようなものだ。食事は出来ず、ゲーティアとティマトに魔力を割き続けている為に疲労感が増していく一方。

そんな彼に頼んでも良いのだろうか?ネロはその問題に頭を悩ませる。と、そんな彼女の両肩にポンッと小さなネロが現れる。

 

『ぐだ男から魔力供給をしてもらうぞ!』

 

『いいや、待つのだ。ぐだ男も辛い筈。ここは良妻になる為に我慢が大事なのではないか?』

 

「お、お主達は良き余と……良き余か」

 

どっちも同じ花嫁ネロだった。どちらが善悪か見分けのつかないネロはこの奇妙な現象に興味を持ちつつも未だ続ける2人の会話に耳を傾ける。

 

『その良妻になるためにも余は生き残らねばならぬ。ならば、魔力を分けて貰うしかあるまい』

 

『それではぐだ男が生き残れなくなってしまうではないか』

 

『いざとなれば鳩を食べれば良いではないか。それよりも、魔力供給と言えばどうする?』

 

『どうする?ってそれは勿論キスとか──っは!?まさか余は天才か!』

 

『そう!余は天才だ!魔力供給をしてもらいつつ、余はぐだ男と唇を重ねる……つまり夫婦の契りを交わすのだ!』

 

『「余は天才だな!」』

 

『うむ!それでもって余は更なる愛を手にし、この訳の分からぬ世界から脱出するのだ!しかしぐだ男は疲れている。故に、寝込みに実行する。そうすれば眠って体力を回復しつつ余も回復できる!』

 

『「うむ!流石だな!」』

 

いつのまにか意見が揃ったネロは今夜魔力供給をして貰うことを計画し、高鳴る鼓動を押さえるので必死だった。

 

 

「──!先輩が危ない気がします!」

 

「そうなのかい?こっちは何も掴めずだよ……」

 

一方のカルデア。

ゲーティア達と共に行くことは出来なかったマシュが必死でぐだ男の捜索に当たる管制室でタイピングしながらそう声を出した。

 

「えぇ。わたくしもですわ。こう、主に夜的な意味で」

 

「夜的!?それって遂にぐだ男君の正妻戦争が終結するって事かな!?」

 

「あちらへ吸い込まれたのはネロさんだけ。これは火生三昧事案です!!」

 

「──ぁぁぁああ!!クッッッッッッソムカつくわ!!そんなんしたらアイツの秘密トゥイッターに書き込んでやるぁ!」

 

「ほぅ?そんなにアイツが心配か?復讐者は余程嫉妬も熱く燃えていると見た。よし。私も貴様のその様子をトゥイッターに上げてやろう。何、安心しろ。嘘偽りなくな。『邪ンヌ嫉妬なう』」

 

「しぃぃぃねぇぇぇぇ!!」

 

「ふむ。これはまた別ベクトルの戦争の予感だナ」

 

「それはめでたい。結婚式は是非私の教会で」

 

「収集つかなくなってきたぁ!ぐだ男君ーー!早く戻ってきてくれぇ!いや、でも戻ったら戻ったで大変だ!うわぁぁぁ!!」

 

チロチロと口から火を吐き始めた清姫やケンカを始める邪ンヌとアルトリア(セイバーオルタ)、その他多数のサーヴァントが騒ぎだして管制室はいよいよカオスと化す。

と、そこであるサーヴァントが閃いたように呟いた。

 

「残ってる聖杯とか英雄王の蔵の物で何とか出来ないのかな?……まぁ、ボクは歩いて行けるけどね」

 

最後の方は誰にも聞こえないように囁いたのだろう。

聖杯と英雄王、その2つのワードを聞いたサーヴァント達が目の色を変えて管制室を出ていき、あるいは同じ管制室でぐだ男の捜索に当たるレオナルドを締め上げんと宝具の解放をし始める。

 

「待ちたまえ。そんな暴力を私に振るわなくても聖杯は渡すつもりさ。それよりも、そう簡単には渡しそうにない英雄王の方に行った方が良いんじゃないかな?」

 

レオナルドは見事な誘導で暴走するサーヴァントたちを全て、英雄王ギルガメッシュへと矛先転回をさせる。

その数秒後、カルデアを英雄王(弓)の悲鳴と宝具が震わせたのは言うまでもない。

 

 

夜。

手頃な心霊スポットとやらを見付けた余達はそこで夜を明かすことにした。

病院だった建物らしく、県内最恐と言われているそうだ……。い、いや、余は怖がってなんてないぞ!?

 

「ふぅん。雨も大丈夫そうだね。1つ心配があるとすれば虫かな」

 

「いや、そこは“出ること”じゃないのか?」

 

「?別にそれはどうでも良いんじゃない?どうせ何も起きないでしょ。カルデアだといつも誰かに見られてる気がするし変な夢ばかり見るし起きたら体のどこかに手痕とかあるし苦しいし、ちゃんと寝れてないけど、ここなら別に“何か居る”だけでしょ?カルデアより快適よ」

 

「──」

 

流石のゲーティアも絶句。

 

「ぱぱ、ねんね」

 

「お?眠いか。じゃあネロは悪いけど俺の上着で何とかしてくれ。ちんちくりん共は悪いんだけと俺を枕にして」

 

余はぐだ男の上着を丸めて枕にし、ゲーティアとティマトはぐだ男の腹や腕を枕にして寝る。そしてぐだ男はそのまま何も敷いたりせずに寝始める。

慣れているものだな。余はぐだ男のようには出来ぬ……ズボン(魔術礼装カルデア)まで脱いでそれをちんちくりんの掛け布団とし、コクピットスーツも同様にちんちくりんの敷き布団に。それでは、ぐだ男の身に纏うものはコクピットスーツの下と下着シャツだけではないか。

やはり、良き男だ。やはり迷惑をかける事にはならぬのだろうか……。

 

「……今さら何を。夫婦とは互いに迷惑を掛け合ってこそであろうて」

 

余は決心したのだ。大丈夫だ。魔力供給のやり方はクロエや本を見て会得している。余はやるぞ!!

 

「ネロうちゃい。しっ」

 

「怖いのかネロ?」

 

「こ、ここ怖くなんか無いぞ!?ただ少しだけ、寒いだけだ!?」

 

「……分かった。じゃあこっち来て皆で上着を布団にしようよ。正直俺も寒い」

 

「ぅ、うむ。分かった……」

 

余は全然怖くなんて無いが、ぐだ男が言うなら仕方がない。うむ!しかたがないな!

 

「お休み」

 

「……」

 

「おぁしみ」

 

「良い夢見ろよ!」

 

「うちゃい」

 

余は結局、ぐだ男の腕枕だけで満足してしまった。だが、それでよかったのかもしれないな。

まったく……それにしてもどこまでも余を焦らすのが巧いな。だがそのお陰で変な足音や声等が気にならなくて済んだぞ!

 

 

「バーサーカーのマスターが死んだ?」

 

「そのようだ」

 

「どこのマスターがやった?」

 

「いや、それは正しくない。バーサーカー自身がマスターを殺した。確かに、他のマスターの攻撃は受けたが、トドメを刺したのはバーサーカーだ」

 

「マスター殺しか……どのみちバーサーカーは脱落だな。他は?」

 

「アサシン、ランサーは確認した。バーサーカーと交戦したのはどのサーヴァントか分からない」

 

「聖杯戦争が始まって2日。早くもバーサーカーは脱落か……俺も出る。アーチャーお前は今までと変わらず他のサーヴァントとマスターを偵察して、全員把握したら得意の狙撃でマスターでもサーヴァントでも倒してくれ。俺は非力だから餌にしかなれないけど」

 

「大丈夫だ」

 

小柄なサーヴァントがスナイパーライフルを担ぎ、マスターを置いて早々に窓から跳び出していく。

 

「俺は勝つ。待っててリミちゃん」

 

マスターはチェックの服を纏い、眼鏡とアニメキャラクターのプリントされたスマホを手に立ち上がった。

 




バーサーカーのキーワードは

「美食家」「男」「人肉を食べる」

アーチャーは

「スナイパーライフル」「男」「小柄」


バーサーカーは流石に簡単すぎですかね。


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Order.27 真名判明Ⅰ


頼光さんも見送り。
ただ夏へ向けて石を貯めるのだ。実は私、去年の秋から始めたので羅生門とか今回のとか進め方がいまいち分からなくて焦ってます。
忙しいのでペースも内容もガタガタですが、改めて楽しんでいただけたらと。


 

 

 

 

 

俺は危機に瀕していた。

目の前ではジュウジュウと音を立てて肉が焼かれ、俺はその様子から目を背けたくても何らかの力が働いているのか、目を離せない。

 

「……ッ」

 

肉が香ばしく焼かれ、裏返される。網から滴り落ちる脂が真下の炭火を刺激し、より一層火の勢いを強める。

見てはいけない。このまま見続けたら俺はきっと正気を保てなくなる。このままではぁぁぁぁ!!

 

「ぐだ男!しっかりしろ!」

 

「──うっ!?く、ぁ……いかん……こんなにも焼き鳥が旨そうに見えるとは……!」

 

「はっは!兄ちゃん随分ガン見してたぜ。どうだい?1本まけてやるぜ」

 

「生憎余達は持ち合わせがないのだ。邪魔して済まなかったな」

 

「すまぬ~」

 

「そりゃ残念だ。また今度来てくれや。今度こそまけてやっからよ!がはは!」

 

豪快な笑い声でこっちまで元気が出てくる焼き鳥屋のオッチャンに頭を下げ、商店街を進んでいく。

ここに来てから早1日。俺の全身は空腹、倦怠感、その他諸々で満足に動かなかった。ただ歩いているだけでもとても辛い……ちんちくりん共も魔力を見た目以上に吸う。

 

「はぁ……水で膨らますのも、俺の胃を誤魔化すには苦労がいりそうだ……ん?」

 

ふと、人混みの中である人物にやたら意識が注がれる。

皆は特に気付いた様子はないが、俺の視線の先。商店街の終わりにある陸橋でヨボヨボの腰が曲がったお爺さんが荷物を持ってのぼっているのだ。

明らかにそのお爺さんは辛そうなのに、誰1人として手を差し伸べたりはしない。何て酷いんだ。

 

「む?どうしたぐだ男!?何故急に走り出す!」

 

「ひぃ、ひぃ、はぁ……、お、お爺さん……大丈夫ですか?お手伝いしますよ……」

 

「ほげ?お前さん、大丈夫か?儂は大丈夫じゃ」

 

逆に心配されてしまったが、ここではいそうですかと下がってはわざわざ走ってきた意味が無いではないか。

再びアプローチし、このお爺さんを無視してきた他の奴等に思いやりの精神を体現してやらねば。

 

「大分重たそうじゃないですか。元気なのも結構ですが、あまり無理をされると後々大変ですよ。自分が貴方を背負いますから、お荷物はそこの彼女にお任せください」

 

話し方を変えてみる。

 

「んー……じゃあ、お願いするかの。儂もちと重たいでなぁ。気を付けるんじゃよ」

 

「若いんで力があり余ってますよ。よいしょ。ネロ、荷物を」

 

「任せろ!ぬ?確かに重いな……」

 

俺はお爺さんを背負い、陸橋をのぼる。中々に勾配がある階段だが、ネロに比べたら全然重たくない。

あ、いや、ネロが重たいとかじゃなくて、もう老人だから軽いって意味で……兎に角。俺の僅かな膂力を振り絞り、遂に反対側の道へお爺さんを届ける事に成功した。

 

「いやぁ~、ありがとうよぉ。お前さん達のお陰で反対側についたわい。後は儂が何とか出来るからよ、お前さん達も気ぃ付けるんじゃよ。“聖杯戦争も”そんな楽なもんじゃないからの」

 

「はは、何とか頑張ります。お爺さんも気を付けて」

 

ゆっくり、けれど他の腰の曲がった老人達よりも速く、お爺さんは歩いていった。

しかし人助けは気持ちの良いものだ。ただの自己満とか言われるかもしれないけど、これで他の人に対しての啓発にはなった筈だ。

……んー、何か引っかかる気がするけど、大丈夫か。

 

「だぁぁぁ。あー……体が……」

 

「人助けも良いんだが、自分の体を考えろぐだ男。それでは倒れてしまうぞ」

 

「ごめんごめん。──で、やっぱりまだ追い掛けてきてる?」

 

「うむ。丁度商店街を抜けてこようとしているぞ。どうする?」

 

「俺の予想だけど、多分この聖杯戦争に俺達も組み込まれてると思うんだ。だったら、この聖杯戦争に勝って聖杯を貰ってカルデアに帰るってのが一番早いと思う。だから、もし戦いを挑んできたなら……倒す」

 

実は今朝、ティマトがサーヴァントの気配を察知した数がネロを除いて6騎だった。その6騎はティマトが知っている匂い……曰くカルデアの匂いらしいが、それがしないらしい。だから昨日もネロが居ると分かったらしい。だが、この能力は遠くの気配は感知できても近くに居るとてんで分からなくなるという。

だが精度は素晴らしい。どこら辺に居るのが何のクラスのサーヴァントか分かるようで、セイバー以外6騎が確認できた。つまり、あのバーサーカーはまだ残っているわけだ。

そして恐らく聖杯はセイバーの枠をネロで埋めて、聖杯戦争を開始したのだ。これでいよいよ俺達も戦わざるを得ない状況に追い込まれてきたわけだ。

 

「ネロ。もし魔力が足りないなら言ってくれ。魔力をどう渡せば良いか分からないけど、再契約でも何でも試してみる」

 

「そ、そうだな。魔力供給は……後でしてくれると助かる……。ぁや、よ、余が!余がやり方を教える!」

 

「知ってるなら良いんだけど……調子悪い?」

 

「そんな事は無いぞ!?」

 

「?取り敢えずアサシンとその癇癪マスターから離れよう。走れる?」

 

その問いにネロは無言で頷く。ちんちくりん共もそれを真似するように頷いて、俺の肩に飛び乗ってきた。

今だ!

 

疾走(かけよ)!」

 

「あ!」

 

後ろで「しまった」と続く。やっぱり俺達が気付いているとは思ってなかったようだ。

出遅れた癇癪眼鏡マスターと距離をドンドン離し、住宅街の細い道をひたすら駆けて行く。少し走れば人気の無くなった道で俺はカワザキを召喚する。早く乗れと言わんばかりにエンジンをふかせるそれに走りながら飛び乗った。ネロも同様にリアシートに着座して俺の腰に手を回してきたのを合図にスロットルを全開にする。

 

「どこへ行く!?」

 

「どうせどこに逃げても見付かる!だから戦っても被害のでない所にいく!」

 

「きた!あぁしんきた!」

 

「ふん!」

 

ティマトが後ろを見ろと頬を叩いてくる。

アサシンが来ていることは分かりきっている。ただアサシンがナイフらしき物を投げてきたのは気付かなかった。

それに気が付いたのはミラーを見たときにキラリと煌めいた瞬間。背筋が凍り付いたが、その飛来物はうしろのネロが原初の火(アエストゥス エストゥス)を呼び出して即座に弾き返した。

 

「すまぬ!余も反応が遅れた!」

 

「大丈夫だ!刺さってもゲーティアのより痛くない!」

 

返事としては微妙なチョイスだったか。

 

「逃がさんぞ?」

 

「っ!!??」

 

声と同時、不意に全身が重たくなった。ネロも同様らしく、思わずカワザキを無理矢理止めて地面に転がり込んだ。

何だこの重た──いや、苦しさか!息を吸えども満足出来ない!

 

「余が宝具──余が船艇は勝利せん(グリニッジ・グレイヴゼンド)は汝らを“溺れさせる”。そして」

 

「ぐが、ハァ!?」

 

もがく俺の頭もとに何者かが降り立ち、錫杖で地面を叩く。すると体が宙に浮かび始めて、本当に溺れているような状態になる。周りを見てみればネロも癇癪眼鏡の悪趣味マスターとそのアサシンも溺れている。

 

「余の独壇場とな──」

 

「みじゅ!ぁい!」

 

「グリニッジ……グレイヴゼンド……成る程な。ライダーなのも納得だ」

 

「!!な、何故余の宝具が効かぬ!?」

 

「──ぷはぁ!」

 

バシャバシャと溺れかけていたせいで状況が掴めないが……宝具を展開したサーヴァントが何かに驚いて居るのは分かった。

ネロ……は皇帝特権で何とか泳げているか?いや、どうなんだろう。兎に角!令呪で切り抜ける!

 

「ネロォォォォ!!」

 

「む!?叔父上のようなぐだ男の雄叫び!よぅし!聞き受けたぞマスター!とぉう!」

 

魔力で出来た水を押し退け、ネロが電柱の天辺に舞い降りる。

 

「聞け!ここにある全ての者よ!そして刮目せよ!我が黄金の劇場を!!」

 

「黄金の劇場……!そなたはもしや!」

 

「えぇい!良いところだから喋るでない馬鹿者!!そして余と色々と被りすぎだ!」

 

ネロが剣を振り、水をモーゼが如く裂くと同時に世界が変わる。水が消え、住宅街は客席へと変わり、太陽からの光は黄金の物へと変わる。

世界を書き換える固有結界とは違う、ネロの大魔術。世界に“建築”された黄金の劇場──否、花嫁の舞台。結婚式場は今、ここに存在する。

 

「なんだ……!?」

 

「結婚式場……?」

 

「これは余の愛!花嫁が主役の、余が主役の空間!良いか?貴様達は余の伴侶を傷付けんとした。それは万死に値する!例え神が、世界が、マスターが赦そうとも……余は決して赦さぬ!その意味を──魂まで刻むがよい!!童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)!!!」

 

水の宝具を展開させたサーヴァントとアサシンにネロが一瞬で斬りかかる。

アサシンは何とか間合いを察知できたのか、胸が十字に裂かれても少し深めに入っただけで済んだ。一方の錫杖を持つサーヴァントは左腕が肩から斬り落とされていた。

あまりの速さに反応が追い付かず、未だ腕を落とされたことに気付いていないそのサーヴァントの首を次は刎ねんと、斬り上げの動作から腰を捻り、爪先で舞うように回転をかけながら横一文字に剣を振るう。しかし──

 

「ぁがっ!」

 

耳に刺さるような硬質な音。ネロはその手に握っていた筈の原初の火(アエストゥス エストゥス)を落としていた。

更に辛そうに床に手を突いて息を荒げている。……魔力切れだ……令呪でも直前の腕落としが限界だったのだ。劇場も霞んで消えていく……!

 

「ぐああああ!!余の腕があああああ!!」

 

「下がれネロ!」

 

と思わず言っていたが、ネロは動けない。だからこそ俺が動くしかない。

相手が痛みに暴れて何をしでかすか分からない。ならば、初めから何もさせなければいい!

 

「真のマスターは眼でガンドる!!」

 

俺の双眸が輝き、カルナよろしく更に進化した視線誘導型ガンド弾が敵サーヴァントの眉間に命中。所謂フィンの一撃程の物理威力は無いが、まるで銃で眉間を撃たれたようにサーヴァントが倒れた。

 

「魔眼よあれ!人じゃないわ!」

 

「魔眼ドだな」

 

何やら後ろの方が五月蝿いが無視しよう。俺は急いでネロを抱き上げてバイクへ向かう。

エンジンスタート。目を覚ませカワザキ!お前の力を見せてみろ!

 

「油断するからだライダー!ふっ!」

 

敵サーヴァント、ライダーのマスターが曲がり角から現れ、魔術を行使する。それによって俺のガンドは解除された。

馬鹿な!人類悪でもスタンさせるやつだぞ!?くっそぉ……!

 

「感謝するぞマスター!後で100万勝ってきてやろう!」

 

「良いから行けって……今度は油断するなよ!纏めて蹴散らせ!」

 

「動けるアサシン?」

 

「大丈夫だ。だが俺は泳げない」

 

「ちっ……退くわよ。巻き添えで終わりたくないわ」

 

「逃がさんぞ!今度こそ余の宝具を喰らえぃ!」

 

駄目だ……!逃げ切れない!

 

「うわぁぁぁぁあああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──え?」

 

「あ、お目覚めですか。お爺ちゃん、起きたよー」

 

瞬きすると、目の前は見知らぬ天井だった。美しい木目の天井からは四角い枠に囲われたサークルタイプの蛍光灯がぶら下がっていて、何だか旅館を彷彿とさせる。

それに加えて俺を覗き込んできた大正ロマンな服装の少女が妙に時代の感覚を狂わせてくる。

ま、まさかの夢オチ!?

 

「痛っ!」

 

「駄目ですよ動いたら。肋骨が折れてますから」

 

「肋骨が──」

 

胸に痛みを感じて最後の記憶が蘇ってきた。

あの時、ちんちくりん共とネロを庇って敵ライダーの宝具に巻き込まれた。幸いにもライダーは真っ先にアサシンを倒そうとしていた為、激流に振り回されてどこかに叩き付けられたのだ。肋骨が折れたのはその時だろう。

そしてライダーの宝具がアサシンに当たろうとしたその時、新たなサーヴァントが現れてそれを止めたんだ。止めたと言ってもライダーがその新らしく現れたサーヴァントを見て動きを止めたと言う方が誤解がない。

アサシンも同様に──否、その場にいた全員が動きを止めたと止めてそのサーヴァントを見ていたんだ。

しかも驚いたのは皆が皆、そのサーヴァントを自分の身内だと思っていたらしく、酷く混乱していた。そのサーヴァントは特に攻撃はせずに、俺達を魔術で転送し……そして今に至る。

 

「兎に角動かない様にして下さい」

 

「いや、応急手当で何とか……」

 

俺には応急手当が使える。魔力は殆ど消費せずに高い回復力を得られるこのスキルは非常に使い勝手が良い。俺はそれでさっさと肋骨を繋げて体を動かしてみる。魔力が足りないのかと危惧していたが、大丈夫だった。

 

「高度な魔術……どこで学んだんですか?」

 

「ぇ……いや、その……」

 

大正ロマン少女はやたら興味を持ってくるが、良く考えればこの娘が敵ではないと保証はどこにも無い。ただ、俺達を救う形になったのはこの娘のサーヴァント……俺が商店街を抜けたときに階段の登り降りを手伝ったお爺ちゃんだった。

良く良く思い出せば、あの時の違和感が「聖杯戦争」とお爺ちゃんが口にしていたことだと気付く。瞬時に移動できる魔術を使えるならばキャスターなんだろう。それならあの時に俺達へ認識阻害をしていたとしても納得できる。

 

「ぐぅぅぅぅだぁぁぁぁおおおッお!!??」ドスッ

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!??」

 

どうするかと頭を回転させていると襖を勢い良く開け放ったネロがアメフト選手も脱帽の超高速&見事なタッチダウンを俺の右太股にキメる。

何故タッチダウンか?それはネロが持っていた囲碁盤に起因する。きっと突っ込んでくるつもりは無かったんだろうけど、畳で滑ったんだろう。

まぁ、そんな事はどうでも良いのだ……太股があああああああああ%◇¥@○△(´・ω・`)㌔㍉?♂ヱヱゑゑ、れ!?!?!!

 

「す、すまぬ!!大丈夫か……?」

 

「──ッ、──」

 

角だ!角が!

 

「セイバーさん……どうして囲碁盤を?」

 

「ぐだ男が起きたと聞こえてつい持ってきてしまった。しかし囲碁は難しいな。将棋の方はキャスターと良い勝負だったぞ」

 

皇帝特権なのかそれとも流石皇帝と言うべきなのか、そう言うゲームは強いネロ。たまに自分()とチェスをしてるのもあるか。

 

「そんな事は置いてだ。ぐだ男、体は大丈夫か?」

 

「……直前まではね……ネロこそ大丈夫?」

 

「余は元気だぞ。実に情けないが……食事まで貰った」

 

「そうか……」

 

ネロが腹ペコとは言え、見知らぬ相手からの料理を食べたのか?やや抜けている所もあるネロだが、人の見極めには皇帝だけあって定評もある。……まぁ、赤い方の本人曰くある顔芸学士は見抜けなかったようだが。

指輪を飲み込んだ時やある巨人の拘束をうっかり解いちゃった時の顔芸はサーヴァント1と言っていたけど、あまり気にしない方向にしよう。

 

「……ありがとう。ネロも俺も助かった。けど、どうして助けた?あの時放っておけば少なくとも聖杯戦争で当たる相手は減った筈だ」

 

「儂が、無理言ったんじゃ。お前さん達には助けられたからのぉ。じじぃからの御駄賃だと思って受け取って下され」

 

「キャスターは将棋が強いぞぐだ男」

 

それは今どうでも良い。けど、ネロは「信用できる相手」だと言っているんだろう。

そうだ。サーヴァントも信じてやれなくてマスターなんぞ出来る訳が無い。

 

「──ありがとうございますキャスター」

 

「ほっほ。儂はキャスターなんて呼ばれかたは慣れんでの。外じゃなければ『滑瓢』と呼んでくだされ」

 

 

曰く、ぬらりひょんとは本来ただの正体不明の妖怪。

曰く、願いは孫。

曰く、手遅れレベルの認知症。

 

「ほっほ。美樹や、昼食はまだかの?」

 

「2時間前だよ」

 

「そうかい?所で、儂昼食は食べたかの?」

 

「2時間前だよ」

 

「美樹や。お腹が空いておらんか?昼食は食べたのか?」

 

「2時間前だよ」

 

美樹。新堂美樹が滑瓢(ぬらりひょん)のマスター。離婚してから母親に見捨てられた女の子で、願いは家族の再生。

あれから色々と話した結果、この家で聖杯戦争中お世話になる代わりに彼女等に協力する事となった。故に、自分の状況を全て打ち明けた。

信じられないと目を皿にしていたが、どうにか信じてくれて助かった。

 

「所で新堂。他のサーヴァントの真名は分かったりしてる?俺もしかしたらバーサーカーは分かったかもしれないんだ」

 

「因みにあのライダーの真名も分かってるぜ」

 

「なんぱしたのー」

 

「看破ね」

 

「すみません。私まだ戦ったりしてないので……その2騎の真名を聞かせてもらっても?」

 

「確証は無いけど、バーサーカーは恐らくハンニバル……ハンニバル・レクターだと思うんだ」

 

ハンニバル・レクター。現実には存在しない物語の人物だが、人喰いの反英雄サーヴァントだ。普通の聖杯戦争では反英雄等のサーヴァントは召喚されない仕組みだが、ここもまた普通ではないようだ。

何故俺が分かったかは単純に見た目が役の人(マッツ・ミケルセン)とそっくりだからだ。マスターが居なくなればサーヴァントは現界できない。それを引き伸ばせる単独行動はバーサーカーにはまず無い。しかしハンニバルは未だ現界を保っている。何故ならハンニバルは人を喰う……ハンニバルの代名詞とも言えるそれはスキルか宝具になっているはず。

人(魂)喰いと相性が良いんだろう。

 

「で、ライダーは何なの?」

 

「グリニッジ、グレイヴゼンドと言ったらヨットのチャールズ2世だろ。馬も好きだからな。ライダーなのは納得だろ?」

 

チャールズ2世?確かイギリスの王様だった気がするけど……分かんないや。

 

「成る程な。兎に角、人への被害が出ている可能性が高いバーサーカーを先に倒したい。皆で動こう」

 

「待って。今日はもう休んだ方が良いと思います。もう魔力が無い筈ですから」

 

「むう。確かにそうだな。料理は余がやるぞ」

 

「ごめんなさい。今日はインスタントカレーで我慢してください」

 

「かれー」

 

体をよじ登ってきたティアマトを肩車すると、俺の髪の毛で遊び始める。すると──

 

「くさい!ぱぱくさい!」

 

「ガーーン!!」

 

人間、臭いと言われると一番ショックとは聞いたことがあるが、「ぱぱ」も付け加えられると更にヤバい。

 

「あ、あの……お風呂使って良いですよ?」

 

「……ネロ達先に使って……」

 

「ぱぱ、めんね?」

 

「……ぁぁ」

 

立ち直るには暫く時間を必要とした。

 




真名判明は3騎。

キャスターは日本妖怪でお馴染み「滑瓢(ぬらりひょん)」

バーサーカーは羊達の沈黙でお馴染み「ハンニバル・レクター」。こちらは私が海外ドラマの「ハンニバル」を見ているのでそちらで設定してます。

ライダーは歴史でも少しつまむ程度「チャールズ2世」。調べても誰だか分かりません。


バーサーカーは分かった人多かったのでは無いのでしょうか。では各々のスペックです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

キャスター:滑瓢(ぬらりひょん)

属性:中立・善

時代:江戸時代?

地域:日本

筋力:E
耐久:E
俊敏:E
魔力:A++
幸運:A+
宝具:EX


宝具:詳細不明の妖怪(ボケろうじん) E~EX

「え~、何じゃったかのぅ……かぁぁぁっ、ペッ」

首からぶら下げたらくらくふぉんから取り合えず誰かに電話して援護してもらう。相手によって宝具威力や性質などが変化する。
伝承の補正がかかっており、電話の相手が誰であっても(無論、例外は居るが)、身内のピンチが如くぬらりひょんを加勢しに召喚されてくれる。
別の次元では出た相手がある金ぴかの英雄で、聖杯戦争開始初っぱなからエアで一掃させたこともあったり無かったり。


固有スキル

・無辜の怪物 C:自身に毎ターンスター獲得状態を付与(3ターン)&防御力がダウン(3ターン)。

・呪術 A:敵単体のチャージを確率で減少。

・認知症 EX:自身の状態異常を解除&HPを全快。


クラススキル

・陣地作成 D

・道具作成 B


実は妖怪の総大将やら人ん家に上がり込んでお茶飲んだりするのは後に創作などで付け加えられたもの。本来は詳細不明の良く分からん妖怪。
しかしぬらりひょん=総大将のイメージは既に無辜の怪物のスキルで本来ならばDにも満たないぬらりひょんの呪術スキルを大幅に強化していたりと、若干手遅れな所が見られる。が、他の無辜持ちと違うのがその大衆のイメージに引っ張られ過ぎていない事だ。
それは何故か?もう既に認知症も手遅れな所に到達してしまったが為に無辜の怪物程度のスキルではどうしようもなくなっただけである。
認知症スキルもEXまで行くと戦闘中で負った傷や呪いなどを忘れてしまい、どこから引っ張ってきたのか分からない膨大な魔力で瞬く間にリセットしてしまう。仕切り直しの類い。
聖杯への願いは孫の顔を見ること。残念ながらぬらりひょんには妻も子供も居ない。これには聖杯も頭を抱える。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


バーサーカー:ハンニバル・レクター

属性:混沌・悪

時代:1933年~?

地域:リトアニア

筋力:A+
耐久:B
俊敏:A
魔力:C
幸運:B
宝具:D


宝具:君の肝臓はワインのつまみだ(ハンニバル・ザ・カニバル) A+++

「旨い」

敵単体に人型・悪特効の超強力な攻撃を見舞う。
ナイフで生きたまま腹を裂き、肝臓だけではなく他の臓器も摘出し、彼はそれを料理する。
丁寧な調理、立派な食器と共に並べられる豪勢な食事。それを咀嚼し、嚥下した時彼はただ一言そう言うのだ。


固有スキル

・カニバリズム EX:自身に人型特効状態を3ターン付与。必中状態を1ターン付与。

・心理操作 A:敵全体の弱体耐性ダウン(2ターン)。

・多芸多才 B:ランダムで効果。


クラススキル

・狂化 B


人食い。精神科医。猟奇的殺人犯。
彼はクラススキルが付いてもつかなくても同じ。既に狂っている。だが先天的に食人嗜好を持っていたわけではなく、ある時溺愛していた妹が殺害され、食料にされた事が起因。
彼は狂ってはいるが話が出来ない訳ではない。高度で幅広い知識も何もかもそのまま。マスターを食べる事はちゃんとコミュニケーションをとれば大丈夫だと思うが、放っておくと近所で行方不明者が出るかもしれない。令呪の睨みを効かせておくべきだ。
聖杯への願いは妹ミーシャと再開。あわよくば当時に戻り、妹を殺した者達を妹の代わりに食うこと。
どんな結果になろうとも、自分が食人嗜好に目覚めるのは確実だろう。と彼は“誰かの肉”を料理をしながらそう呟くのだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ライダー:チャールズ2世

属性:秩序・善

時代:1630年~1685年

地域:イングランド

筋力:C
耐久:B+
俊敏:A++
魔力:D
幸運:B
宝具:B+


宝具:余が船艇は勝利せん(グリニッジ・グレイヴゼンド) A


かつてテムズ川で行われた英国初のヨットレースにてキャサリン号を駆り、王弟ヨーク公のアン号との勝負に勝ち、後にヨットレースが盛んになる切っ掛けを作った者としての記録が昇華された宝具。
愛船であるキャサリン号を召喚。陸地であっても猛スピードで敵へと突進して魔力で出来た擬似テムズ川へ溺れさせながら何度も船の体当たりを行う。
威力は敵が泳ぎが苦手、鎧などで重量があるほど向上し、周囲に水があればあるほどスピードど威力が爆発的に上昇する。つまり雨の日の水辺やプールでは宝具ランクが変わる。
ただし、あくまでも突進であるため相手の耐久値が高いと溺れさせて一時的に動きを封じるのが精一杯になりかねない。


固有スキル

・陽気な王様 A:味方(女性と子供)全体に毎ターンHP回復とスター獲得状態(各々3ターン)を付与する。

・怠惰王 B:2ターン後に自身の宝具威力大アップ。

・王政復古 A++:3ターン味方全体の防御力をアップ。味方全体の攻撃力がアップ。味方全体のNPを増やす。


クラススキル

・対魔力 D

・騎乗 B


チャールズ2世。王政復古期スチュアート朝のイングランド、アイルランド、スコットランドの王である。
1630年、チャールズ1世と王妃でフランス王アンリ4世の娘ヘンリエッタ・マリアの次男として生まれたが、兄は幼くして亡く、実質的な嫡男だった。
ピューリタン革命にてオランダへ亡命した際に彼が見つけたのが小型の快速船「ヤハト」現代の「ヨット」であった。
後に彼は国王となり、オランダよりヨット「メアリー号」が贈呈される。彼は前々より夢だったテムズ川でヨットを走らせる事を叶え、イギリスでもヨットを建造した。
聖杯への願いは特になく、あるとすれば己の身1つでヨットを走らせて世界を1周すること。召喚さえされれば聖杯などどうでも良い。
彼がライダーとして現界するのはヨットだけではなく、馬と競馬も好んでいた事にある。しかし馬を駆る方では現界はしないと彼は言う。

「確かに馬も良いが、やはりヨットの方が好きでな。だが、貴殿が余に少し金銭を貸してくれれば必ず何倍にして返ってくるであろうな」

馬の眼を見れば分かるとも言っている。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

よく見ろ。こんな残念なサーヴァント設定は地獄に言っても見られんぞ。腐☆腐



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Order.28 真名判明 Ⅱ


イソガシー

ところでエルドラドのバーサーカーですが……あのアングルでの下乳とお腹辺りが大変……大っっっっっ変!目に良いのですが!!保養なのですが!!欲しくて引いたらアサシンだと!?お呼びでないわ!!



 

 

 

 

王の話をするとしよう。

 

──我が王、アルトリア・ペンドラゴンは女性だ。ボクが知る限り、彼女はセイバーでしか召喚されない筈だった。所が今はどうかな?ある日ライダーで出てきて、又はランサー、又はアサシン、又はアーチャー、又はもう騎士王だった過程もないバーサーカー……今更言うことでもないだろうね。

増えすぎてしまった彼女は結構酷いものだ。成長した方は食に対する拘りが更に強まり、セイバー絶対コロスウーマンははっちゃけ過ぎて話がやや合わない。セイバー絶対コロスウーマンを絶対コロスウーマンオルタナティブはテンション低めで反応が薄い。標準アルトリアのオルタナティブ(セイバーオルタ)は一見マトモかと思いきやサンタクロースやったり邪聖女と張り合ったり掴みづらい。

正直ね、ボクが一番話しやすいのは標準アルトリアと幼いアルトリア位だ。

カルデアのアルトリア増加問題も困ったものだ。

 

「邪魔だよマーリン。退いてくれるか暇ならぐだ男君を探すのを手伝ってくれ」

 

「まぁまぁそう慌てない。彼はゲーティアを君の奥の手(・・・・・)無しで倒した男だ。少し迷子になったくらいじゃ死にやしないさ」

 

「……それでも彼は人間だ。ボクみたいに元々サーヴァントだった訳でもないんだ」

 

「ドクターの言うとおりですマーリンさん。先輩は本当に普通の人間です。いくら実力があっても、コフィン無しで1日の経過は危険では」

 

「大丈夫だとも」

 

何しろボクには彼がどこで何をしているか視えているからね。

実は彼が流れていったのはこの世界と非常に近い世界だ。お隣とでも言うくらいね。でも普通に千里眼じゃ見えないからお隣との間の壁に少し穴を空けさせてもらったわけだ。これでボクはお隣を覗き視れるわけさ。

因みに開けた穴から彼が意味消失しないように色々手回しさせてもらったりもね。ゲーティアは気付いてたみたいだけど。

ん?ボクは歩いていけるさ。だけどほら、折角これから物語が面白くなっていくのに読者が勝手に介入しようとしちゃ駄目じゃないか。言っていることとやっていることの違いは気にしないと楽だよ。

 

「フォウ?」

 

「おや、キャスパリーグか──」

 

「マーリンシスベシフォーウ!!」

 

「何でかな!?」

 

おかしいな!お前はこの前ただの獣になった筈だろう!

 

「フォウ……?フォフォウ」(特別意訳:ほう……それをくらってまだ生きていられるかマーリン?)

 

「フォウさんも先輩が心配なんですね」

 

「フォウ!」

 

……さて、話が逸れたね。

アルトリアは1度言ったが女の子だ。嘗ての王ではなく、サーヴァントとしてマスターに付き添う彼女もまた複雑な感情を抱くだろう。標準アルトリアは違うが、基本彼女達はぐだ男君が好きだ。まぁ、彼女達に限らず大体の女性サーヴァントは彼にゾッコンだ。

これが何を意味するか。

 

聖杯も逃げたくなる戦争が始まるのさ。

特に今起きているのは英雄王から使えそうなものを略奪して保管されている聖杯を使ってぐだ男君を探し出す──過程における、誰が行くか選抜戦だ。

その戦いに彼女達は参加している。ボクが困るのは選抜戦で各クラスを制覇している事だ。セイバークラスでは黒い方が。アーチャーを飛ばしてランサークラスでも黒い方が。ライダーを飛ばしてアサシンにX。キャスターを飛ばしてバーサーカーに黒いX。

なんて面白くないメンバーだろう。もっとセイバーは歯医者の彼とか、ランサーはエリちゃんとか、面白さが分かりやすいのが居るじゃないか。それなのにアルトリアが殆ど制圧なんて……物語を見せられる側になってほしい。

 

「どうしましたマーリン。珍しく花が少ないですが」

 

「何でもないよマッシュポテト卿。所で、君はこの選抜戦をどうみるかな?」

 

「ガウェインです。そうですね……様々な我が王の活躍が見られて何よりです」

 

「相変わらず君はポテティブだね」

 

「ポジティブです。それよりもマーリン。私も1つ質問があるのですが」

 

「良いとも」

 

「貴方は昨日歩いていけると言っていた気がしたのですが?」

 

あちゃぁ。そう言う余計な言葉が多いね君は。

 

「へぇ?マーリン。お前オレ達に黙ってたのか?」

 

「黙っていないよ?小さな声で言ったら皆聞いていなかっただけじゃないか。モードレッドはそうやって威圧的にするのは良くないよ?それだとぐだ男君も君の好意に気付いてくれないんじゃないか?」

 

「はん!言われるまでもないぜマーリン。オレだって何もしてない訳じゃn──ななな何言わせてんだテメェ!!?」

 

「モードレッドは素直じゃないねぇ。ぐだ男君に思いきって練習してた誘い文句言ったらどうだい?『オレと波乗りデートし「うわああああ!!」

 

クラレントでブンブン攻撃してくるモードレッドは顔が真っ赤だ。正しく赤のセイバー。

 

「所でアニメ化おめでとう。今度皆で観るから」

 

「見んでいいわ!」

 

「それは良い。円卓の皆で晴れ舞台を祝おうではありませんか。王も一緒に」

 

「……!ち、父上が居るなら……まぁ良いか」

 

さて。モードレッドにしまスロットが鎮静剤を打ったようだし、ボクは巻き込まれる前に退散退散。

あぁ、マギ☆マリの更新もしておかないといけないか。

 

「ヤァ。待ちなさーいマーリン。アナタ徒歩は得意よね?」

 

「なんの事かな?ボクは運動がてんで駄目でね。他を当たって貰えるかな?」

 

「あくまでシラを切るつもりね?じゃあ……嫌でも吐かせてあげるネ!」

 

「いだだだだ!!乱暴だな君は!勘弁してくれ!」

 

この後滅茶苦茶関節歪められた。

 

 

「じゃあ俺達はバーサーカーを探しに行ってくる。そっちも学校なら襲われはしないだろうけど気を付けて」

 

「ぐだ男さんも気を付けて下さい」

 

新堂は学生だ。当然だが聖杯戦争やってるから休んでいいなんてルールは無い。その間俺達は家にずっといるのも色々辛いからこうして外に出るんだ。

あわよくばバーサーカーや他のサーヴァントを打倒して聖杯戦争を早く終わらせるのもありだ。 むしろそうしたい。

 

「行こうネロ。ティアマトもサーヴァント探しておいてね」

 

「ぁい!」

 

ティアマトの策敵範囲は半径600mより外(本人申告)。その範囲内になるとサーヴァントを察知できなくなるらしい。意味がわからない。

兎に角、歩き回って反応が無くなれば後は目でも確認できるようにはなるだろう。

 

「バイク使うとノーヘルで捕まるから歩きでね」

 

今までの分は逃げるので必死だったので見逃してほしかったり。

取り敢えず今日は昨日の商店街から反対の方を回ってみる。

 

「ぐだ男。あれを見ろ」

 

「ん?」

 

ネロに言われて振り返ると新堂が学校へと歩いていった方向とは反対から1人の少女が歩いてきた。

趣味の悪い服装と眼鏡は……アサシンのマスターだ。何か俺ことごとく位置がばれているんだけど……。

 

「……少し良い?」

 

「なんだ?生憎余達は忙しい。他を当たってくれ」

 

「……アサシンはどうした?」

 

「……」

 

アサシンのマスターが俺の一言で驚いたように顔をあげる。やっぱりか。

実は今朝、ティアマトがアサシンが死んだと目覚まし代わりに知らせてきたのだ。

 

「……死んだ。昨日のアンタ達が消えた後、すぐにそいつが現れた……バーサーカーッ!アイツ、不意打ちでライダーを殺して霊核(しんぞう)を喰ったのよ」

 

「それは……」

 

サーヴァントには他のサーヴァントの霊核を喰らい、力を増す者も居るらしい。尤も、それは自己改造スキル等のお陰であって全てのサーヴァントが出来るわけではない。

バーサーカー、ハンニバル・レクターに自己改造にまつわる逸話は見当たらない……しかし、アサシンのマスターの話ではライダーを喰らったバーサーカーは格段に強くなったらしい。だとしたらハンニバルにあると思われるカニバリズムのスキルがとてつもなく厄介だ。

 

「アサシンもあっという間に殺られて……もう何がなんだか!しかもバーサーカーの癖に気配遮断まで使いはじめて──」

 

彼女曰く、ライダーとアサシンを喰ったハンニバルはまるで2騎の能力を引き継いだかのように強くなったらしい。

ライダーはチャールズ2世と言うことだし、近接戦闘に関しては期待は出来ないが、アサシンは近接戦闘術、クラヴ・マガを編み出したイミ・リヒテンフェルドらしい。

いくらハンニバルでもその相手はかなりの苦戦を強いられる筈。それなのに一瞬でリヒテンフェルドを倒したと……。

 

「ぱぱ。あーちゃきえた」

 

「アーチャーが?」

 

話を切って辺りを見回す。

気配遮断があっても探知できるティアマトが、消えたと言うならそれは600m以内に立ち入ったと言うことだ。

どんなアーチャーか全く見当がつかないが、大体のアーチャーなら狙撃も余裕だろう。ネロにも言って警戒させる。

 

「でも何でわざわざ言いに?」

 

「……アサシンが言ってくれって。アンタならバーサーカーを倒せるって」

 

「変な期待をされたものだな。まぁ、どのみち余とぐだ男のコンビなら倒せぬものは居らぬな」

 

「ハードル上げないで……取り敢えずバーサーカーを探すことには変わらない。行こうネロ」

 

ハンニバルをこのまま野放しにしていては事態は更に悪くなる筈だ。早く倒さないと……。

 

 

1時間後。

アーチャーとバーサーカーの反応が無いまま時間が過ぎていく。依然としてネロがアーチャーからの視線を感じると嫌がっているが、それはヘソ出しの露出多めの服を着ていれば誰だって見る。

しかし、新堂もこんなコスプレみたいな服を良く持っているなぁ……。もしかしてレイヤーなのか?

 

「ばーかーさはなれた」

 

「お?今どこ?」

 

「あっち」

 

「反対か……よし。追うぞ」

 

「待て!」

 

ネロが俺の首根っこを引っ張って転ばせる。刹那、後ろの方でアスファルトが砕けるような音が耳に入る。

 

「──!!?」

 

冷や汗が一気に噴き出して背中が濡れる。

俺だってこうして狙い撃たれる事は少なくなかった。何度味わっても慣れることない恐怖……銃だ。その弾丸が寸前まで俺の頭──眉間があった場所を通過し、アスファルトを穿ったのだ。

 

「ぐぇっ!」

 

ネロは続けて射線を妨げるように曲がり角を利用。咄嗟に逃げ込んで2発目3発目の弾丸から免れる。

 

「ぬぅ!また面倒な相手に狙われたものだ!」

 

「音が聞こえない。サプレッサーか消音魔術か……どのみち銃を使うなら近代の英霊だ!」

 

「──見付けたぞ。あそこだ!」

 

ゲーティアが俺の首を無理矢理捻ってアーチャーの位置を知らせてくる。向けられた視線の先、そこには赤白の鉄塔が立っている。

おかしくないか!?撃たれたのはどうみても反対側からだぞ!?

 

「反射魔術か、座標を入れ換える魔術だ。後者ならお前でも使える筈だ」

 

「座標……オダチェンか。てことは近くにマスターも居るわけか」

 

「俺の弱体化した千里眼だとアーチャーの睫毛の本数を数えるので精一杯だ。だが位置は知らせてやる。反撃しろ」

 

よく喋るゲーティア。確かに位置が分かるなら反撃もありだろう。しかし、あの鉄塔までは目測で400mはある。ネロを令呪で翔ばすのもありだが、それでは途中で撃ち落とされるのがオチだ。バイクを使うか?……いや、それだと的が大きくなるだけで危険だ。ならば──

 

「──魔術回路始動(サーキット・スタート)魔力充填(リロード・オン)……」

 

「だろうな。俺も少し補助してやる」

 

アーチャーの死角に入って詠唱を始める。

詠唱したから威力が上がるとかは無いが、個人的に集中力が上がるから当てやすくなる。それにゲーティアからの魔術で視力補完されてアーチャーがバッチリ見えている。

しかしこのアーチャー……全身真っ白の装備にこの銃──もしかして──不味い!

 

「ぁっぶ!!」

 

アーチャーの銃口で恐らく消音魔術であろうものが発動したのを見て即座にガンドした。

いつものガンドなら弾速が期待できないからこの距離だと余裕で避けられる。が、今回のガンドは鋭くした(・・・・)。以前イシュタルのガンドに太刀打ちできなかったのを反省し、(何故か)相手構わずスタンさせるのではなく、より攻撃力を高める訓練を秘密裏に重ねていたのだ。

これこそが『眼ドV2』!弾速は某ランサーのマッハ2に迫る!真の英雄とは正しく眼で殺すのだ!

 

 

「──!!?」

 

対する鉄塔のアーチャーはアイアンサイト越しに狙いを定めていた獲物が突然眼を光らせ、その瞬間にはライフルのバレルから爽快な音を立てて真上に跳ね上げられた。

 

「退けマスター!奴は──」

 

「見付けたわ弓兵」

 

「ぐっ!」

 

古いトランシーバーでアーチャーが己のマスターに逃げるように指示した。だがその瞬間、アーチャーの純白なギリースーツの背が裂かれて赤く染まり始める。

 

「ッ!」

 

「きゃっ!」

 

アーチャーが懐からサブマシンガンを取り出して背後に現れたサーヴァントに撃つ。

相手のサーヴァントは短く悲鳴を上げつつもアーチャーの背を裂いた得物で防ぎ、鉄塔から優雅に飛び降りる。

その手の得物は身長大程の薙刀。その身に纏うのは古き日本の着の物。

 

「残念。我にはその様な道具は効かん」

 

「ニホンのサーヴァント……!」

 

「悪いな弓兵。そなたにはここで倒れてもらう」

 

薙刀のサーヴァント──ランサーは得物を構えると嬉々とした表情で声を張った。

 

「私の円満夫婦ライフのために!!!」

 





すまない。忙しいのと9割書き終わったときにデータが飛んで遅れてしまった。

そしてアサシンが退場したので真名開放。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



アサシン:イミ・リヒテンフェルド


属性:秩序・善


時代:1910年~1998年


地域:イスラエル


筋力:A
耐久:A
俊敏:A
魔力:E
幸運:B
宝具:D


宝具:近接戦闘術(クラヴ・マガ) B++


20世紀前半、戦火が絶えなかったイスラエルで考案された近接戦闘術で、一切の無駄を省いたシンプルかつ合理的な格闘技である。それの考案者がユダヤ人、イミ・リヒテンフェルドだ。
言ってしまえばただの近接戦闘術。だが、サーヴァントとなって、宝具となって更なる強さを得た彼にとっては唯一無二の武器。人型特効。

固有スキル
・護身術 A:自身に回避状態を2回付与。1ターン攻撃力アップ。

・制圧術 A:1ターン自身のアーツカード性能をアップ。

クラススキル
・気配遮断 E


彼はボクシング、レスリング、体操など様々な競技においてヨーロッパチャンピオンのタイトルを手にした優秀なアスリートだった。さらに警察官である父は他の警官に戦闘・護身技術を指導をしていた故に父から直接実戦的な技術を学んでいた。
その技術で当時紛争状態にあった東ヨーロッパで数々の仲間の命を救い、さらにその技術を体系化してスロバキアの首都在住のユダヤ人らに、ファシズム信奉者の暴漢らに対する防衛手段として教えていた。
後に彼は軍事組織ハガナーに受け入れられ、そこで優秀なインストラクターとして活躍し、1998年1月9日に88歳でこの世を去った。
聖杯への願いは無い。召喚に応じたのは必要とされたから。
歴史──かつてユダヤ人への行いを無かったことにしたいかと問うと彼は、生き抜いた時代は酷いものではあったが今と言う世界を形作るのに必要だった事であり、過去の人間、ましてや死んだ人間がどうこうしようだなど傲慢に過ぎると語る。



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Order.29 神話降臨

ペースが遅くなってきました……何とか暇を見つけて書いてはいるんですが、イベントも忙しくて中々……

あぁ、そうそう。今回の水着ガチャで諭吉2体をリリースしてサモさん狙ってみましたが駄目でした……。代わりにワンワンの宝具が2になりました。ワーイ

え?まだまだ時間はある?いやいや……これからはもし次の新しい水着サーヴァントが出たときのために取っておきます。
水着武蔵ちゃんとか出ないかなぁ……。いっそドレイク船長の水着をですね……。




 

 

 

 

 

「我の願いは円満夫婦ライフ……マスターは生憎我の好みではなかったし、そも男ではなかった。同じく伴侶に餓える売れ残りのケーキよ。しかし、聖なる杯であれば我の願いも叶えることは容易かろう。その為に我は弱き術師ではなく、敢えて槍兵で現界した」

 

ランサーのサーヴァントはそう言って薙刀の石突きで足元の小石を砕く。

一方、傷を負いながらもサブマシンガンを構えるアーチャーは鉄塔からそのランサーを見下ろしている。ランサーはその状態にムッと眉根を寄せるも、すぐに表情を戻して再び声を張った。

 

「我は強いぞアーチャー!何しろ愛に飢えているからな!」

 

「……」

 

「つれない男よな。だが、それもこれまで」

 

ランサーが「よっこら」とおじさんじみた動作でしゃがんだその時、丁度その真上を黒い影が飛び越えていった。

 

「ほら来たぞ。そなたが狙っていた獲物が」

 

「ぬぉ!?サーヴァントが増えているぞぐだ男!ええぃ、どっちが相手だ!?」

 

「ランサーは俺がやる!ゲーティアは補助だ!」

 

「任された!」

 

飛び越えた黒い影から白い影が鉄塔の天辺目掛けて飛び出し、着地した黒い影──バイクからは槍を持った男とその使い魔らしきものがランサーへ相対する。

 

「……ランサーだな?」

 

「如何にも。そなたも槍兵のようだが……その得物、呪いを感じるぞ。もしや同種か?」

 

「?」

 

「そう言うことか。成る程な。ランサー、お前は頭にロウソク立てなくて良いのか?」

 

「?ゲーティア何言ってんだ?」

 

「馬鹿!誰があんなダサイ格好するのよ!頭にロウソクなんて付けてたら目立つしロウが髪の毛痛めるでしょ!」

 

「??」

 

「はっはーん。まぁ、ランサー適性なのは釘打ちって位か?どっちかと言うとキャスターっぽいけどな」

 

「???」

 

取り残された男、ぐだ男はゲーティアと突然口調のみならず纏う雰囲気までもが変化したランサーを交互に見て頭に疑問符を浮かべるばかり。

ゲーティアはなまじ長いこと人類史に介入してきた為、知識が非常に豊富だ。それ故に、僅かなサーヴァントの言動で真名を看破することが可能なのだが……勝手に独りで看破して独りで納得して独りで進めていこうとするためこうしてぐだ男が置いていかれる。

ティアマトも全ての母なだけあって地球外生命体以外であればノータイムで口に出来る。ただし、ちゃんと喋れればだが。

 

「ぱぱ。あんさーけーき!」

 

「ランサーがケーキ?どゆこと?」

 

「そこのちんちくりんは黙ってなさい!」

 

「まぁ、そう息を荒げるなよランサー。いや、五月姫」

 

「!」

 

「分かるか?」

 

「俺だって知ってるぞゲーティア。五月姫……平将門の遺児。復讐に走ったそれの又の名を──滝夜叉姫」

 

滝夜叉姫。あまり触れられない人物だが、丑の刻参りで有名な妖術使いだ。

 

「だから呪いに気付いたと……それにしても口調が」

 

「五月蝿い!マスター、手伝って」

 

滝夜叉姫が呼び、妖術で見えなくしていたのか虚空より女性のマスターが現れる。

 

「さぁマスター、コイツを倒すわよ。後少し勝ち続ければ私も貴女も人生の勝ち組になれる」

 

「え、えぇ!そうよ!私を馬鹿にしてきた皆に目にもの見せてやるわ!」

 

「……多分、聖杯もゲンナリするような願いなんだろうな……」

 

「言ってやるなボス。婚期を逃すとああなっちまうのは良くある」

 

「「婚期逃した言うな!」」

 

 

「ふむ。下は始まったか。で、アーチャー貴様は手負いか。悪いが、余も帰るべき所がある故な。全力で行かせてもらうぞ」

 

「……ッ」

 

ネロはアーチャーが手負いであっても手を緩めない。

暫くカルデアでの生活が長い為か、正々堂々とした戦いが周りに溢れていてついその意識をしてしまう。しかし、本来の聖杯戦争となれば正々堂々などあったものではない。それを貫こうとするサーヴァントも居るだろうが、基本的に皆生死がかかっている。

今回もそれと同様、目前のアーチャーのように暗殺もあればそんな悠長なことは出来ない。

 

「マスター!令呪で私を喚べ!」

 

『大丈夫だ!今下に居る!』

 

「よし。ならば──」

 

「させぬ!」

 

ネロが果敢に攻め入る。

スナイパーライフルとサブマシンガンしか無いアーチャーではネロの攻撃に反撃できず、ただ避けているので精一杯。だが、ネロは気付いていた。既にアーチャーが宝具を発動しているのを。

鉄塔の一部から氷がそれらを包んでいき、冷気が下へと流れて行く。ネロの手足も刺すような寒さに戸惑いを隠しきれない。対してアーチャーは白いギリースーツの端から白くなってきた背景に溶けるように輪郭が薄れていく。

 

「寒っ!何だ!?」

 

「不味いぞ!宝具だ!」

 

下で騒ぐぐだ男達と合流しなければ。そうネロが思った瞬間、アーチャーから押し寄せた吹雪によって鉄塔なら投げ出された。

氷の冷たさが肌を攻撃し、視界も悪い中、ネロは何とか体勢を立て直してぐだ男の横に着地する。

 

「ネロ!」

 

「気を付けろ!宝具だ!」

 

「やっちまえアーチャー!」

 

ブワッ!

鉄塔の上から吹雪が押し寄せてきて地上もあっという間に凍り付いた。辺りがどんどん白くなっていき、遂には寒さで震えるレベルまで気温が下がる。

 

「──そうか!これで分かったぞ!あれはやっぱりシモ・ヘイヘか!」

 

「今更だろ!この宝具は固有結界とは別の物だ!だが固有結界の一種だ!」

 

「でもシモ・ヘイヘは魔術師じゃないでしょ?」

 

途中からバイクの影に一緒に隠れ始めた滝夜叉姫とそのマスターがゲーティアに問い掛けてくる。

切り替えの早さにどうこう言うことも出来ず、ゲーティアはそのまま続ける。

 

「奴が魔術師じゃなくても、この丘で殺された奴等の怨嗟が呪いとなって固有結界モドキとして成立している!簡単に言えば自身に対する対人宝具!殺された奴等の記憶だ!使えば奴も呪いを受ける!」

 

「だから周りから呪いの気配が……でどうするのあれ」

 

「他人事のようにぃ……!」

 

「落ち着けって。兎に角、あれがシモ・ヘイヘで証明されたならこれは“あの丘”な訳だ。てことは不味いぞ」

 

「何がだ?」

 

「少しでも気を抜いたら──蜂の巣か眉間に風穴があく」

 

 

「と言う訳だから、良い加減離してもらえるかな?」

 

「マーリン。貴方がどう歩いていくのかは分かりませんが、解決法を持っているなら迅速に提示することをお勧めします。でないと他の私が何をするか」

 

「分かった分かった。誤魔化してた事は謝るよ。だからほどいてもらえるかな?」

 

「よし、ジャック。このキャスターを解体してしまえ」

 

「解体して良いの?」

 

「止めてもらえるかな?」

 

「まーりん、しゃべらないと……みんな、おこるよ」

 

「早くゲロしちまえよ花の魔術師さんよ。何なら俺のルーンで吐かしても構わねぇぜ。……アンタが喋ってくれないと俺達だって危ねぇ……」

 

「しょうがないなぁ……じゃあ話すとしよう。その前にほどいてくれるかな?」

 

「任せな」

 

花の魔術師とうたわれ、あのケイオスタイドも無害な花へと変えて見せたあのマーリンが見るも情けない、ロープでぐるぐる巻きの状態で逆さ吊りになっている。

その隣では白目を剥いてピクリとも動かない弓のギルガメッシュ。更にその傍らには宝物庫から引きずり出されたのであろう、様々な宝具が散らばっている。

 

「それで、解決法は?」

 

「聖杯で行くのもありだけど、それをすると後始末が中々大変だからね。ボクが歩いていこう。あぁ、連れは要らないよ」

 

「待ちなさいマーリン。貴方は確かに優れたキャスターです。ですが貴方の言うとおり“あちらの世界”で聖杯戦争が行われているのなら、他にも連れていくべきではないのですか?」

 

「分かっているけど、ボクはただ歩いていく訳じゃないよ?」

 

「それを聖杯で何とかするんです」

 

ランサーのアルトリアがレオナルドから受け取(うば)った聖杯を掲げる。

先の採集決戦にて神殿への召喚へ使われた聖杯はその機能を殆ど失っている。時間が経てば力を取り戻すようだが、そうすぐには使えないと言う。だが1つだけ、使われることの無かった聖杯があった。以前黒髭が拾った謎の聖杯だ。

採集決戦時に何故かそれだけが魔力を出すのを渋って結局保管庫にブチ込まれて居たのだが……。

 

「あー、その聖杯か……まぁ、それなら使えるかもね。でも良いのかい?」

 

「何がですか?もしや偽物と言うことですか?」

 

「それは本当の願望器だよ。そう、皆の願望器さ」

 

意味深に繰り返すマーリンに首をかしげて居ると後ろでアポクリを鑑賞していたアストルフォが手を挙げて発言する。

 

「はいはーい!要するにそれってボク達の願望の塊な訳でしょ?」

 

「そう言うことだね。ボク達サーヴァントはこのカルデアで100騎を越える。中には神まで居るじゃないか。それにカルデアには聖杯が幾つもある。となると図らずとも特殊な願望器が生まれてしまうわけだ。皆の大小様々な願望と聖杯からほんの少しだけ滲み出る魔力とかでね」

 

「ではこの聖杯は私達が生み出したと……?」

 

「心当たりが無いわけでも無いけど、それにしたって極端な話だね」

 

「ビリーの言うとおりだ。極端過ぎだろ」

 

「分かってないねぇ。例えばほら、カーミラ君とかさ」

 

「何かしら?」

 

「アサシンなのに何時まで経ってもキャスターじみたモーションを何とかしてほしいとか、アタラナイ君m\アタランテだ!!/「ごめんごめん。彼女もアニメが始まったのにモーションままとか、一杯あるだろう?」

 

(((あぁ……そう言う……)))

 

誰もが納得する。

悲しいことに、どんな英雄や神であっても少なからずああしたい、こうしたいと願望を抱えている。それが長いこと積み重なった結果の産物がこの聖杯。カルデア聖杯くんなのだ。

 

「じゃあ誰が行くか決めてくれるかな?ボクは少しばかり用意してくるから」

 

マーリンがそう言った途端、部屋のあちこちから積極性のあるサーヴァントが飛び出して武器や拳をぶつけ合う。

 

「やっぱりここでも戦いが始まってしまうんですね……」

 

「仕方ないさマシュ。でもそれだけ皆が彼を心配しているって事じゃないかな」

 

「そうですね。皆さんあんなに一生懸命になって」

 

「ふっ!!」

 

X・Xオルタ「「カリバーー!!」」

 

旦那様(ますたぁ)にはわたくしが!!」

 

「いえこの私が」

 

「愛する我が子に駆けつけずして母ではありません!」

 

「ヤベェ!矢避けだ!」

 

クー・フーリンs「「「応ッ!!」」」

 

「これは面白くなってましたな!しかし被害を受けるのは御免こうむりたい!」

 

「同感だ。とっとと部屋に戻って原稿を進めるとするか」

 

「解体♪解体♪」

 

「こんなのは良くないと思うわ」

 

「同感です。論理的に解決するべきです」

 

「……一生懸命……」

 

かくして今日もカルデアの修復班がセイヴァーが如く悟った顔で破損したところを無心で直していくのであった。

 

 

「シモ・ヘイヘの有名な話の中で、300m以内なら確実に当ててみせたってのがある。それにこれがあの丘の再現なら現代のレオニダスだ……こう言う時レオニダスなら何て言うだろう……」

 

『良いですかマスター。こう言う寒い所でも筋肉を鍛えていれば寒さは凌げるのです!ましてや敵はスナイパー。お互い持久戦になることは間違いありません。尤も、これも筋肉を鍛えていれば何とかなります。鍛えた脚力で弾丸を掻い潜り、敵の懐に入り込んで一気に攻め落とす!これこそが!計算し尽くされた戦略!これこそが!スパルタだぁぁぁあああ!!』

 

「──と、なる訳か。駄目だ」

 

「そもレオニダスの名前が始めから出た時点で駄目だろ」

 

「言うなゲーティア。ネロ、宝具いけそう?」

 

「出来るが、アーチャーを領域内におさめられるか分からぬ。無駄打ちと言うことになりかねないな」

 

「確かに……」

 

アーチャー、シモ・ヘイヘの宝具が発動してから未だに攻撃は来ていない。バイクの影だから狙えないのか、それとも他の理由なのか様子も見られない。

もしもここで飛び出したら恐らくその瞬間にこの雪原に真紅の華を咲かせることになる。

何とか出来ないかと唸っていると──

 

「この宝具は呪いなんでしょ?なら、私にも一家言あるから何とかなるかも」

 

「大丈夫なの?」

 

「呪いの耐性はあるし、ましてや相手を怨んだりするタイプの呪いなら私の宝具で干渉できるわ。もしそれで駄目ならもう1つ……」

 

「成る程……じゃあ任せる。俺達はそれの補助だ」

 

「任されたわ。……貴船明神の荒神よ。我に力を……我に呪詛を……」

 

滝夜叉姫が宝具発動のものか、呪いのものかの詠唱を始めた途端、バイクのガソリンタンクに弾丸が弾かれた。

バイクも宝具だからそうそう壊れることは無いけど……。

 

「ごめん!耐えてくれカワザキ!」

 

2秒と経たず再び弾丸が車体に火花を散らす。

余りにも静かな状態だと言うのに、射撃音が一切しない。リロード音もだ。やはり雪が音を吸収しているのか……厄介な!

 

「くっ……中々ドえらい呪いの集合体ねこれ……暫くかかるかも」

 

「──!シモ・ヘイヘが移動してるぞ!」

 

来るだろうとは思っていたが……シモ・ヘイヘが雪原の移動を開始したのがバイクの火花の散る位置で分かった。

バイクも自分で狙撃方向を予測して盾になるように振る舞うが、やや間に合っていない。後ろに滝夜叉姫とそのマスターが作業中なのも痛い。

 

「ぐだ男!俺達がまたお前を補助するから奴と撃ち合え(・・・・)!」

 

「ごめん聞き間違いかな?」

 

「間違いじゃない!ガンドでやりあえって言ってるんだ!」

 

「そんな無茶なぁ!」

 

「そうよ。どうやってガンドで……」

 

「ぱぱやって!どろあそび(ケイオスタイド)するぉ!」

 

「それは勘弁!」

 

さっきのように狙撃しあえと言うのがちんちくりん共の主張。確かに、こちらに遠距離攻撃手段が無い以上、俺のガンドでやりあうしか無いのだろうが……相手は狙撃の伝説が具現化したサーヴァント。少しでも頭を出せばその瞬間に眉間がえらい事になりかねないだろうか?

 

「防御はネロ公に任せて狙撃に集中すりゃいい!」

 

「む?余が防御か?ぬぅ……自信は無いがやってみせるぞ!」

 

「本人自信無いじゃないですかヤダー!」

 

「黙っててよ!呪われたい!?」

 

「あ……すみません……くっそぉッ、こうなったら自棄だ。ゲーティア頼む!」

 

ゲーティアとティアマトからの魔術を受けながら自分もスキルを使っていく。

いつもの魔術礼装カルデアなら特別なもので、スキルを3つセットできるスロットタイプの礼装だから好きに出来たのだが今回は何の特別性もない魔術礼装。使えるのはお馴染みの応急手当や瞬間強化等だ。ガンド?あれはほら、もう俺の宝具だから。

 

「緊急回避を1回で位置が分かれば……」

 

「もしアイツに当てられたならそれだけでこちらは充分よ。この宝具も止められる」

 

「頼む。すぅー……はぁ……。ウオオオオオッ!!」

 

震える脚をひっぱたいてバイクから飛び出す。

飛び出したタイミングはシモ・ヘイヘがバイクに撃った瞬間。どれだけ離れているかは分からないが、そこまで遠い距離ではないこの空間内でサーヴァントの宝具ともなれば発射と着弾はほぼ同時の筈。ほら、ドレイク船長の銃だってちっちゃいのにおかしな火力だし。

兎に角、強化に強化を重ねた鷹の目もビックリの超視力で木々の間や雪原の僅かな動き、雪の流れを素早く確認していく。

 

「──っぶ!」

 

撃たれる。迫る弾丸の刻印が視えた。それを認識するとの身体が勝手に回避したのは同時。そして弾道の先に視えた。

雪原の一部に同化したシモ・ヘイヘが。そのライフルの先端の僅かな光の反射が!

 

パゥッ!

双貌より解き放たれる魔力。それは先のガンドよりもより速度を上げたもの。その分攻撃力は凄まじく減ったが、スタンは健在だ。

即ち、マッハ3の高確率スタンガンド弾がアーチャー、シモ・ヘイヘを貫く!

 

「ぬぐっ!?」

 

「当たった!!」

 

「よしきた!これで──どう!?」

 

貫くと言うのは嘘だが、余りにも研ぎ澄まされた視覚と聴覚によってシモ・ヘイヘが苦悶の声をあげたのが聞こえた。そして俺のガッツポーズを合図に滝夜叉姫が仕上げにかかった。

直ぐ様辺りの雪が解けていき、元の大地が姿を表す。そして次々と雪の下から人の死体が姿を現した。

 

「うぁ……これは確かに強力な呪いな訳ね。まさか死体からとは思わなかったわ」

 

──呪え──

 

──呪え──

 

──白き死神──

 

──白き死神──

 

──見よ。死神が倒れたぞ──

 

──見よ。死神が倒れたぞ──

 

──呪え、呪え、呪え、呪え呪え──

 

──呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え──

 

「な、何だよこれ……」

 

「宝具のリバウンドね。これはアーチャー自信に対する対人宝具。普通に使ってれば少しずつ呪われていくので済んだ筈なんだけど、私がそれを無理矢理かき混ぜたからそれの反動がアイツに来たのよ。悲しいものね。彼も自分を、自分の家族を、国を守るために戦ったのにこうして殺した敵から呪いの宝具にまでなって恨まれるって言うのは……」

 

──殺せ!殺すのだ!──

 

──死神を殺せ!死神を殺せ!──

 

辺りから響く怨みや怒りの籠った声が倒れるシモ・ヘイヘへと殺到する。

 

「シモ・ヘイヘも退場か……?」

 

「無理よ。呪いの強さこそあれども殺すまでには至れない。だって、それほど彼らとアーチャーの力の差があってこそ、宝具という枠組みを作ることになったんだから。コップの中の水が自分でコップを割れないみたいにね」

 

「成る程。その圧倒的戦力差での勝利した逸話がが昇華された宝具に、シモ・ヘイヘへの怨み辛みが形となった宝具……これらの複合宝具なのか」

 

「砕いて言えばね。で、どうするの?」

 

「倒す……しかない」

 

正直、サーヴァントを倒すのは慣れていない。シャドウならなれたものだけど、どうしてもサーヴァントに槍を突き刺したりするのは腰が退けるし、ましてや見知った顔のサーヴァントにそんな事はしたくない。

今回は全員見たことないサーヴァントだ。その分攻撃するのに抵抗は無いけど……。

 

「余がやるか?」

 

「いや、私がやるわよ。この呪いが宝具な以上、呪いに強い私がトドメを刺したほうが何かあっても対応できる。流れでだけど助けてもらったし、それくらいはやるわよ」

 

滝夜叉姫が地を蹴って飛び上がる。

その装いからは想像できない膂力によって地面が捲れ上がり、僅に残った雪を巻き上げる。

 

「アーチャー逃げるぞ!」

 

その瞬間、アーチャーの側にマスターが現れて令呪が刻まれた手の甲を構えた。

逃げるつもりか!

 

「させぬわ!小童!」

 

「令呪──」ゾブッ

 

「「「!!」」」

 

アーチャーが、そのマスターが、滝夜叉姫が、俺達がその音で動きを止めた。

パタタッとアーチャーのマスターの足元の雪が紅い斑点でじんわり解けていく。そのマスターは己の身に起きた自体を理解するのは叶わず、腹から飛び出していた手刀によって上半身と下半身が別々の場所に放られた。

その際に飛び散る血や臓物の破片を浴びながら、その残忍な所業を行った者が挨拶をしてきた。

 

「君がアーチャーか。見付けるのに苦労したよ」

 

「……くそッ……バーサ……カァ……!」

 

「君も頂きたかったのだが……どうにも呪いを受けたものはあまり食べたくなくてね。単純に死んでもらうことにしたよ」

 

ゴシャッ!

半ば消えかけていたシモ・ヘイヘの頭を踏みつけ、トドメを刺した。それによって完全に辺りの雪や死体が消滅する。

 

「ハンニバル・レクター……!」

 

「私の真名を知っているとは。偉く有名になってしまったものだ」

 

「は、ハンニバルってあの!?人喰い……!」

 

「滝夜叉姫、マスターを連れて逃げろ。さっきの恩はこれで返す」

 

「……勝てるの?あれ、どう見てもマトモじゃないわよ」

 

滝夜叉姫の言うとおり、ハンニバルはマトモな様子ではない。

全身の筋肉は前見たときより明らかに膨張しており、スーツはパッツパツ。更に瞳は真っ黒になっていて視線が分からない。表皮の至る所にも脈動する紅い血管のようなものが張り付いていて見るものを威圧する。

 

「あぁ、勘違いしないでもらいたい。私はアーチャーを殺しに来ただけだ」

 

「だったらアーチャーだけやればよかっただろう……何でマスターまで殺した!」

 

「……ィヒ、キヒヒ……はぁ、失礼。中々これ(・・)を保つのは難しくてね。で、何故かって?邪魔だからだ」

 

コイツ……ッ!!

 

「そなたは狂っておる!」

 

「バーサーカーたる者、常に余裕をもって狂うものだ。私が本当に狂っ(気を抜い)たらもっと多くの人を殺している」

 

「何のために……」

 

「私も願いを叶えたいのでね」

 

「貴様のような外道鬼畜に叶えられる願いなぞ有るわけ無かろう!貴様はここでくたばれ!」

 

滝夜叉姫が何かを呟きながら薙刀を振るう。

刀身に呪詛のような禍々しいオーラが纏われて回避したハンニバルの足元が大きく裂ける。

呪いは物理にも転用できるのか……。

 

「はっ!その程度で!」

 

「ぐぇっ!?」

 

「ランサー!」

 

「ネロ行くぞ!」

 

「うむ!」

 

「待て待て。私はここで殺り合うつもりはない。ちゃんとステージを用意させてもらった。ここから南に3km向かった遊園地の廃墟だ。あぁ、キャスターとそのマスターも一緒だ。遅れないようにな」

 

「ッ!!待て!」

 

そんな制止を聞くわけもなく、ハンニバルは瞬時に姿をくらました。

暫く警戒するが襲ってくる気配は無く、警戒を解いた。ハンニバルが最後に残した言葉……キャスターとそのマスターも一緒だと言うなら、事態は思った以上に終わりに近づいているのかもしれない。

残りのサーヴァントはキャスターとランサーとバーサーカー。そしてうちのネロだ。そのサーヴァントが、その廃墟の遊園地に集結する。一気にカタをつけるチャンスか?

 

「それにしてもだ。キャスターとそのマスターが連れていかれているなら急がないと」

 

「何で?知り合い?」

 

「命を助けてもらってる。そっちはどうする?」

 

「……マスターどうする?私はここで彼らと殺り合っても良いけど」

 

「ランサー。彼らと協力しましょう。残るサーヴァントが1ヶ所に集まったなら、そこで恐らく全ての決着がつくわ。バーサーカーを先に倒してから、残りで勝者を決めましょう」

 

「ありがとうございます。一時的とはいえ、協力するなら自己紹介をしておきます。俺は──」

 

 

「ゲホッ!ォゴッ……|

 

「さて、キャスター。もうじきランサーとセイバーがやって来る。マスターを救いたければ──」

 

「分かっておる……」

 

「よし。では行こう。彼らが来た」

 

 

廃墟の遊園地と言うのは中々不気味なものだ。

錆びた装置。朽ちた鉄柵。伸び放題の草木。意味不明な落書き。人生で廃墟と化した遊園地に立ち入るなんてそうそうないだろう。

 

「気を付けろ」

 

「気を付けてる」

 

「ぁてっ」

 

「あぁっ、大丈夫かティアマト?」

 

「ぅし。あいじょぶ!」

 

「よし。強い子だな」ナデナデ

 

「ぁい!」

 

すっかりティアマトの扱いにも慣れた。

いくら人類悪とは言え、こんな状態じゃ小さな子供と変わらない。ちゃんと接してやれば間違ったこともしたりしない。

駄目なものは駄目とちゃんと注意し、褒めるときはちゃんと褒めてあげる。これで健全に成長していくのだ。

 

「すっかり貴様の子のようだなぐだ男」

 

「はは。そう言われると変な感じだ」

 

「しっ。貴方達ほのぼのするのは良いけど、敵さんが来たわよ」

 

滝夜叉姫が薙刀を召喚して構えに入った。

それを見たネロも原初の火を呼び出して前に出、俺も滝夜叉姫のマスターも構える。

 

「ようこそ。ここなら人への被害が出なくて良いだろう?」

 

メリーゴーランドの馬をへし折って出てきたハンニバル。

さっきより時間はあまり経過していないが、体の見た目はまた禍々しさを増していた。まさかぬらりひょんを!?

 

「安心したまえ。キャスターは喰っていない。無論、キャスターが無事ならそのマスターもだ。キャスター出番だ」

 

「ぬら──キャスター!」

 

霊体化していたぬらりひょんがハンニバルの横に現れる。

その手には宝具であるらくらくふぉんが握られており、既に誰かへと電話を掛けている。それはつまり──

 

「逃げろ!」

 

「へ?──キャア!!」

 

ドスン!

突如目の前になにかが落ちてきて俺たちを吹き飛ばした。状況を即座に理解して頭を庇い、何とか地面を転がって己の身を守る。

伊達に幾つもの特異点を乗り越えてないさ。命の守り方なら体に染み付いている。

 

「皆大丈夫か!」

 

「無事!」

 

「大丈夫!」

 

「五体満足だ!コイツ(ビーストⅡ)もな!」

 

「余もここだ!しかし何が起きた!」

 

「お前さん達……すまんの……儂も辛いんじゃ」

 

アスファルトを球状に凹ませた何かの正体は砂埃でまだ見えない。しかし、ぬらりひょんの辛そうな声は確かに俺の耳に届いた。

マスターが人質に取られてしまったようだ。ぬらりひょんはマスターである新堂を孫のように可愛がっていた。例え自分が死ねばマスターが助かると言われても、絶対の無事が確認できないならそれを拒否するだろう。恐らくは既にその状態だ。

兎に角、新堂とぬらりひょんの無事は確認できた。後は……。

 

「コイツだな……」

 

段々と煙が晴れてくる。すると、意外にも凹みの中心には小柄な人影が。もっと重量のある奴が落ちてきたのかと思っていたけど……。

と、警戒を怠らずに居るとそれが口を開いた。

 

「我が名は日本武尊。此度、キャスターことぬらりひょんの要請にてセイバーとして参上した。──して、問おう。汝らが、我が敵であるか?」

 

「おいおいおいおい……ヤベェぞぐだ男。この明らか日本な国で超有名人が再優のセイバーで来たぞ……知名度補正って知ってるか……」

 

「知ってるよ……」

 

「不味いわよあれ……アイツならあのバーサーカーも瞬殺れるわよ絶対」

 

それは思う。何しろ、日本の伝説で最も有名な内の1つが日本武尊、ヤマトタケルだ。

皆大好き天叢雲剣こと草薙剣(3種の神器の1つ)を持つ日本神話のスーパースター。日本での知名度補正でいったら最上級レベルだろう。それが(当然ながら)セイバーで出てきた。敵として。

何てモン召喚してくれちゃってるんだぬらりひょんんんんんんんんんん!!!

 

「ほぅ……あれがニホンの伝説。凄まじいな」

 

「汝は……成る程。余程外道の者と見えるが、汝が敵か?」

 

「いや。私はキャスターの味方だ。そうだろう?」

 

「す、すみませぬ日本武尊様……儂は……」

 

「言うな。そう言うことなら仕方なし」

 

日本武尊が腰から剣を抜き、此方へと歩いてくる。

──何て化け物じみた魔力の圧!全盛期のゲーティアやティアマトには及ばずとも、今まで出会ったサーヴァントの中では間違いなく最強角!師匠といい勝負しそうだ……。

 

「許してくれ我等が未来の子達よ。そう言う宝具なのだ」

 

「くっ……やるぞ!ネロ!ランサー!」

 

「待て!」

 

「ゲーティア?どうしたいきなり」

 

「日本武尊。貴様はこの場の全てのサーヴァントを圧倒している。し過ぎている。だが、それはサーヴァントならだ」

 

「ゲーティアお前──」

 

「ハァァァァッアアアア!!」

 

ゲーティアが発光し、今度は光で視界が奪われる。

だがすぐに俺の全身は鳥肌を立てて状況を知らせてきた。日本武尊に劣らぬ圧倒的威圧感と魔力の圧力。これをよく知る俺だからこそ、すぐにゲーティアが何をしたのか分かっていた。

 

「──汝は何だ?」

 

「ふ……フフハハハハハ!答えよう、我が名はゲーティア!人理を焼却せんとした、魔神の王!魔神王ゲーティアである!」

 

「ゲーティア……?」

 

「ふむ。貴様等に分かりやすく言えば──ビーストⅠとでも言っておくか」

 

「人類悪……だと!?」

 

巨躯。以前のように魔神王となったゲーティアが俺を退かし、日本武尊の前に立ちはだかった。

そして──

 

「さぁ、構えるが良い日本武尊。戦いの準備は──充分か?」

 

刹那、拳と剣が衝突しただけの現象で大地が鳴動した。

 





日本武尊を突然出してみたくなったので登場。
確かそんなに強いような話は無かったような気がしましたが、このうっすらな記憶だけで日本武尊を日本最上級レベルサーヴァントとして召喚させました。
ステータスとかは特に考えてないので詳細は出すことは無いかもしれません。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ランサー:五月姫


属性:混沌・善


時代:?


地域:日本


筋力:A
耐久:E
俊敏:A
魔力:A+
幸運:E
宝具:D


宝具:丑の刻参り C+

「此れ即ち呪詛なりて。此れ以てして我は将門公の怨念を晴らさんと欲した。しかして其は叶わず」

呪詛。対魔力等に呪術がフィルタリングされないのと同じく、これは確実に敵単体を呪う。
嘗て程の力は1度改心しているため無いが、それでも強力な呪いはサーヴァントであっても耐えきるのは難しいだろう。呪詛を受けて1日目には目も耳も口もきけず、2日目には足先から死んでゆき、3日目には心臓(霊核)が活動を停止する。
ただ、サーヴァントないしマスターによる打ち消しは可能な為、ディスペル系スキルや魔術等会得している相手との戦いには向かない。どちらかと言うとキャスター時に多用する宝具。



宝具:復讐の夜叉は相馬の城 A

「楽しいね蜘蛛丸!」

「えぇ。またこうして姫と共にあれるとはね」

小柄で純粋無垢な少年の姿で戦を愉しむ夜叉丸と冷静に状況を見極め、適切に相手を斬り伏せる成熟した女性の姿の蜘蛛丸。
この2人は言うまでもなく嘗ての反乱を起こした五月姫の手下、その2強。
システムはイスカンダルの宝具と似たもので、固有結界に閉じ込めた後、生前の手下全員がサーヴァントとして召喚される。中にはかの有名な「がしゃどくろ」も召喚されて腰が痛むと言いながらも頑張る。
日本版アラララララララララララァァァァイ!!


固有スキル
・妖術 A:自身の防御力をアップ&ダメージカット状態を付与(3ターン)。敵単体のクリティカル威力ダウン(3ターン)。

・カリスマ C+:味方全体の攻撃力アップ(3ターン)。

・結婚への焦り EX:そのターン自分にスタン。1ターン後、攻撃力・宝具威力アップ(3ターン)&アタックプラス(3ターン)&自身にターゲット集中(3ターン)


クラススキル
・対魔力 B



平将門その遺児。美しい女性の姿で現れ、強力な妖術(呪術とはまた似たようで異なるもの)と呪いを操り、呪いの藁人形で有名な丑の刻参りも行った伝説上の妖術使い。

又の名を──滝夜叉姫。


「と、格好良くプロフ纏めてみたんですけど、どうですか?」

「うーん、分かんないや!」

「もっと呪いに満ち満ちていても良いのではないでしょうか?」

「えー、嫌よ。だって昔改心しちゃったし、言うほど呪詛もキマッたこと無いし」

「怒れ!怒るんだ!姫!将門公が殺された時の事を思い出せ!」

「ぐっ……ぬぬぅ!」

「穏やかな心を持った姫が怒りのパワーによって目覚める。それがスーパーサv──」

「あ、流石にそれ以上は駄目よ?」

「ところで聖杯への願いは?」

「私にピッタリの旦那が欲しい!誰かの為に命張れたり、私を守ってくれたり?」

「そんな都合の良い男が居るか!」

「別の二次創作で主人公にでも召喚されてください」

「あえての逆ハーレムもアリよ?」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



アーチャー:シモ・ヘイヘ


属性:秩序・中庸


時代:1905年~2002年


地域:フィンランド


筋力:C
耐久:C
俊敏:B
魔力:F
幸運:B
宝具:A



宝具:死神は殺戮の丘に(キラーヒル) A


冬戦争中、コッラーの戦い。その丘陵地を巡る戦いでシモ・ヘイヘを含むフィンランド軍32人が4000人の赤軍を迎撃、拠点防衛に成功した。
彼は狙撃のみならずサブマシンガンでも殺害記録を伸ばし、敵兵は原形を留めていない姿で発見され、敵に恐怖を植え付けた。
辺り一面が白銀の丘に変わり、敵全体に強力な攻撃を得意のサブマシンガンで雨のように浴びせる。たちまち相手は蜂の巣にされるだろう。逃げることも可能だが、その時にはサブマシンガン以上の注意を払わないと嘗ての兵士のようになるだろう。
そして白い死神の代償も──


固有スキル
・白い死神 EX:無敵貫通状態を付与(1ターン)。3ターンクイックカード性能をアップ。3ターンクリティカル威力アップ。

・狙撃 A++:通常攻撃に高確率の即死効果を3ターン付与。


クラススキル
・単独行動 C

・気配遮断 A


元々は猟師、農民として働いていた。20歳の頃に民兵組織「白衛軍」に加入。射撃の大会にもたびたび参加し、彼の家にはその腕前によって得た多くのトロフィーが飾られていたそうだ。
亡くなったのが2002年であり、英霊の中でもかなり新参。世界的に有名であるため、知名度補正はどこでも期待できる。特に自国で召喚された時には相手にもよるが3日もあれば勝者が決定するだろう。
聖杯への願いはない。彼もまた必要とされたから召喚に応じ、「やれと言われたことを可能なかぎり実行するまでだ」と述べている。


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Order.30 ゲーティアの狙い

あのあと1発10連回したらサモさん来ました。
やはり回転数が命か……


これにて並行世界(隣)の聖杯戦争は終結。なんだか無理矢理纏めた感が否めません。
そしてこれからの展開ですが、新章の話は流石にプレイして貰った方が良いかと思いますので新宿、アガルタ、CCCの話は出しません。基本、事後でサーヴァントも出します。ただサーヴァントの方は真名で出すので未プレイの方は気を付けてください。まぁ、まだすぐに出すわけではないので進められるなら進めた方が良いかと。

今更ですけど、新宿の話は良かったですよ。アガルタはまぁ……CCCは元をプレイしてないと面白さが分からないのではないでしょうか?




 

 

 

「ヌオオオオッ!!」

 

「ふんっ!!」

 

遊具が吹き飛び、アスファルトが爆ぜる。

日本武尊の振り下ろしの余波が一直線に伸びて園内のありとあらゆる装置を粉砕する。

ゲーティアの俊敏:Dとは思えない瞬間移動からの拳が風を起こし、小さな台風が幾つも発生する。

一撃一撃が正真正銘の必殺級な戦い。俺達はそれに入り込む隙もなく、ただ攻撃の余波を喰らわないように逃げ回るので精一杯だった。

 

「何なのよあれえ!!」

 

ゲーティアは以前巨大化は無理だと言っていたけど……何で出来た?それに、これほど強力なフォームチェンジなら俺から吸い上げる魔力は一瞬で全部持っていくだろう。なのにそれが無い……一体何が?

 

「と、兎に角俺達はバーサーカーだ!行くぞ!」

 

「む!させんぞ!」

 

「どこを見ている!!」

 

僅かな隙にゲーティアの左フックが日本武尊の脇腹を突き刺す。

まるで爆発したような音と衝撃は流石の日本武尊の表情を曇らせ、一瞬で遊園地の一番端まで吹き飛ばしてフリーフォールよりも高い土の柱を立てた。

しかし感心するのも束の間、雷鳴が轟いて全身が一瞬痺れたかと思うと地を蹴った衝撃でもう1柱の土柱を立てた日本武尊がゲーティアの懐で既に紫電を纏った草薙剣を腰だめに構えていた。

 

「くぉ!」

 

「むぅん!」

 

竜が咆哮した。否、惜しくも空を裂いた草薙剣は纏っていた紫電と音を越える速度によってそれを彷彿とさせる音を発生させた。

紫電はそのまま空高くへと昇っていき、曇りかけていた空の暗雲を穿って遊園地全体を日の元に晒す。

 

「フハハハ!やはり強いな!」

 

「人類悪がこれ程とは……宝具の使用も惜しんでは居られまい。行くぞ!」

 

「更地になる前にバーサーカーを倒してキャスター達を救うぞ!」

 

ゲーティアが何故戻れたのかは今推測することはない。俺達は俺達の目的を果たすためにぬらりひょんを連れて離れていくハンニバルを追い掛けた。

 

 

「ふん。漸く離れたか。これで少しは本気が出せそうか」

 

「汝は手を抜いていたと?」

 

「貴様もだろう日本武尊。その程度の筈があるまい」

 

「……ふ。見抜かれていたか。では……お互い少しだけ(・・・・)本気を出すか?」

 

ゴゥッ!!

草薙剣が今度は炎を纏った。だがそれはすぐに勢いを失っていき、最終的にはあまりの高熱で白くなった刀身に変わっていた。

3mは離れているゲーティアにもその熱波が届き、辺りの乾燥した草木は即座に燃え出す。

僅かな水分の存在すら許されぬ絶対戦闘領域。チリチリと熱が肌を焼いていく中、ゲーティアが飛び出した。

日本武尊の真正面から大振りで拳を振り下ろす。日本武尊はそれを見切り、最小限の動きで紙一重でかわし、草薙剣を横一文字に凪ぎ払う。

しかし、薙いだ腕には当たった感覚は無い。

 

「フゥンッ!!」

 

「がっ!?」

 

草薙剣を跳んで避けた──訳ではなく、地面にベッタリと伏せてやり過ごしたゲーティア素早く身を回転させて日本武尊の足を払う。

完全に掬われる形になった日本武尊が宙にまだ浮いている刹那の間にゲーティアの力を込めたアッパーが鳩尾にめり込む。メキメキと軋む音、日本武尊の視界は既に雲の上にあった。

普通のサーヴァントなら確実に即死するレベルのアッパーは轟音を上げて日本武尊を遥か上空に打ち上げていたのだ。

 

「なんと……強い!だが!」

 

草薙剣を握り直し、更に熱量を上げる。

周りの雲が一瞬で消え去り、背に太陽の光を受けた日本武尊は、今度は重力に引っ張られて元居た戦場に落ちていく。

 

「はぁぁぁぁぁぁああああああッ!!!!」

 

両手持ちに切り換えて空中で前転。1回、2回、更に加速をして3回と縦回転をしながら落ちていく日本武尊。自由落下のエネルギーと回転のエネルギー、そして日本武尊とその草薙剣のエネルギーが地上のゲーティアを震わせる。

 

「ハアアアッ!!」

 

着地はせず、エネルギーが充分すぎるほど乗った草薙剣を地面に叩き付ける。その瞬間、回避したゲーティアも、日本武尊本人も何もかもを破壊せんが如く地を裂いて巨大な火柱が立ち上った。

 

「ぐぉぉぉぉっ!!」

 

「あああああ!!」

 

凄まじすぎる熱と魔力の奔流。その様子は最早太陽がそこにあるかのよう。

アスファルトは全て剥がれ、辛うじて残った建物や遊具等も熱に耐えきれず融けて崩れる。そんな地獄が顕現したような中、2体の怪物は互いを倒すために攻撃の手を止めない。

ゲーティアが高速のラッシュで日本武尊を怯ませ、日本武尊もまた草薙剣で極めて堅いゲーティアの体を傷付けていく。

お互いの血は超高熱の外気に触れた瞬間に蒸発して傷口も焼け広がる。だが、そんな事は今の2人には関係無かった。眼に映るのは目の前に立ちはだかる強敵のみ。周りの事など微塵も気にしている余裕は無い。

 

「……ッ!」

 

「!ッ!」

 

拳と剣が再び衝突した衝撃でお互いその地獄から弾き出された。

一瞬で通常外気域まで移動したことで温度差による表皮へのダメージが否応なく全身を刺す。サーヴァントでも、全身の皮膚が剥がれていくような苦痛には耐えがたい。それでも、日本武尊とゲーティアは立っていた。

この状況、スカサハであれば間違いなく歓喜していたであろう。それほどまでに密度の高い戦いだ。

 

「まだまだぁぁあああ!!」

 

「天照大神よ、素戔男尊神よ、私に力を!(カイ)!!」

 

草薙剣が割れ、一回り大きくなった刀身が姿を表す。

これこそが日本武尊の、草薙剣の宝具解放。草薙剣として出力が制限されていたそれは、真の姿である「天叢雲剣」となって力を解放する。

 

「オオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

「ハァァァアアアアアアアアアッ!!!」

 

眩い閃光と共に遊園地が、その周辺の山林が更地になるのに時間は2秒と掛からなかった。

 

 

「!!」

 

遊園地には実は良くあるらしい地下空間。俺達はそこへ逃げ込んだハンニバルを追い掛けて大分深くへ降りていた。

そんな最中、地下全体が激しく揺れ、天井が崩れていく。恐らく上のゲーティアと日本武尊の戦いの余波だろう。

 

「あんたの使い魔大丈夫なの!?て言うか人類悪ってどういう事よ!そいつも人類悪だって言うの!?」

 

「落ち着いてランサー。私も少ししか知らないけど、人類悪って言うなら私達を今まで何回殺せるタイミングがあったと思う?」

 

「それは……」

 

「もしかしたらぐだ男さんが最後の最後まで味方のフリをしているのかも知れない」

 

「そんな事は無い!ぐだ男は最高のマスターなのだぞ!その様な真似をする筈が無かろう!」

 

(あぁ……羨ましい。あんなにも夢中になれる人が居て、その人に絶対の信頼を寄せてる。そしてぐだ男さん自身も彼女へ絶対の信頼を寄せてる。そして、何か大きな……私達では耐えられないような大きな偉業を成したような強さがある。こんな素晴らしいマスターとサーヴァントが悪人なんてハナから思ってないわ)

 

「ごめんね。疑ってる訳じゃないの」

 

「ありがたいけど、そろそろ切り替えた方が良さそうだ」

 

到着した最奥。地下故にひんやりとしている空気と不気味さの奥底にそれは居た。

たったの数分。それだけしか経っていないのにまた一段と醜悪さを増したハンニバルとぬらりひょん。そして地べたにそのまま横にされた新堂だ。

 

「ハンニバル・レクター!」

 

「ギ……ッ!き……来た、か。ひ、ヒハッ!」

 

ケタケタと表情が安定しないハンニバル。アイツが何をしてこんな事になっているのか分からないが、もう説得等の類いは望めないだろう。

 

「ハンニバル、お前は英霊なんかじゃない!」

 

「英……霊だから、人のミ方とでも思っタカ?なら、愚かなのは貴様だ」

 

ぬらりひょんの腹にハンニバルの手刀が刺さる。

柔い肉とハンニバルが呟くとおり、ぬらりひょんはお爺ちゃんだ。筋肉も無ければ張りのある皮膚は過去に忘却された。そんなご老体に手刀が刺さっていくのは僅かな力で充分だった。

 

「!」

 

「がふっ……!」

 

「止めろぉ!!」

 

ゲイボルクを投げる。ヘクトール直伝の投擲だが、穂先はハンニバルの肉体に傷ひとつ付けずに弾かれて明後日の方へ転がっていく。コイツ!!

 

「ヒハハハハハハハハ!!」

 

「やれやれ。そう言う笑方する悪役はやられるものだよ?ハンニバル・レクター」

 

「!?」

 

ボンッとぬらりひょんが花に変わった。いや、花がぬらりひょんに化けていたんだ。いつから……これはもしかして幻術か!

 

「ご名答。流石はぐだ男君だ」

 

「マーリン!!来てくれたのか!」

 

「歩いてね。あぁ、そこの女の子とキャスターは無事だよ」

 

「誰あれ?マーリンって?」

 

「気にするとシワが増えるよ?気にしない気にしない」

 

「よし。アイツも攻撃対象ね」

 

滝夜叉姫の矛先がマーリンに向くのを抑えつつ、ハンニバルを見やる。

ハンニバルはぬらりひょんに突き刺した右手を凝視して立ち尽くしている。どうしたんだ?

 

「彼はもう駄目だ。何しろ、もうハンニバル・レクターではないからね」

 

「……詳しく」

 

「臭うだろう?あれからボクの綺麗な花とは別の、魔神柱の匂いが」

 

「……しない」

 

「うん。そうだろうね。何せボクしない」

 

「……」

 

「まぁ、兎に角。彼はどういう経緯か、魔神柱に寄生された存在なんだ。だけど、魔神柱も寄生するので力を使い果たしてしまった。結果的に残ったのはハンニバル・レクターでもなければ魔神柱でもない残滓。自分をハンニバルだと思い込む、生前とはまた違った無差別の殺人者さ。そんな存在が聖杯を手にしたら偶然、無差別で破壊の限りを尽くす魔神柱が復活するかも知れない。それは無視できないんじゃないかな?君もゲーティアも」

 

「ゲーティアが?」

 

そう言えばどうして俺達はこの世界へ飛ばされた?発端はプレマストに詰め込んだ俺の全(財産)力とビースト・デンジャーの全力がぶつかった事で起きた。もしかして全て意図的に……?いや、でもあんな状況で跳べる場所を選べられるとは思えな──

 

『未だ残滓程度でも残っていた時間神殿の空間片と俺の宝具リアクターが同期でも──』

 

それだ!ゲーティアの目的は知らないが、アイツは俺達をここへ跳ばすつもりだったんだ。

そしてその理由はマーリンが言ったように魔神柱の復活か。

 

「そこまで行き着いたらほぼ正解だね。ゲーティアは人理の焼却は完全に諦めたさ。彼自身、色々君から学んだみたいだからね。だけど他の仲間はそうはいかなかったわけだ。臆して逃げたものや見切りをつけて離脱したもの。上司(統括局)が無効にした企画を部下が勝手に進めているような状態かな。彼なれに考えはあるようだけど、魔神柱が勝手に人理に干渉するのを良しとしないみたいだ」

 

「その間は力を貸してくれるのか……な?」

 

「どうだろうね。まぁ、ボクが貯めていた聖晶石もゲーティアが戦うために使っちゃったし、後戻りは出来ないよ」

 

成る程。どうりで此方にフィードバックされないわけだ。

何はともあれ、これでゲーティアが戻れた理由やこの世界に迷い混んだ理由が分かった。ティアマトは良くわからないけど、多分ゲーティアのおまけだろう。そうしておく。

 

「取り敢えずハンニ……バーサーカーを倒そう。ネロ行ける?」

 

「うむ」

 

「私も行けるわよ」

 

「じゃあボクは見てるよ」

 

「良いけど、補助くらいはお願いね?ネロ!令呪を使う!」

 

「任されよ!さぁ、刮目せよ!余の人生最大の晴れ舞台を!ローマ最大──世界最大の結婚式を!!」

 

カンと原初の火を床に突き立てる。それを中心にネロの大魔術が世界に上書きされていく。

薄暗かった空間はたちまち豪華絢爛な結婚式場へと変化。薔薇が舞い、黄金の光が地下にさした。

 

「これは……」

 

「ぐだ男よ。余の手をとってくれ。あれを倒すのに余だけでは些か心細いでな」

 

「あぁ。勿論俺も戦う」

 

「ちょっとー。私も戦うわよ?」

 

「頑張ってランサー」

 

「グキィッ?キヒハ……ヒヒッ!クキィャカカカカカカカ!!」

 

笑いながら、顔面がほぼ逆さまに回転したバーサーカーが駆け出す。

おかしくなっても膂力の衰えは無いらしく、1歩1歩が式場の床を捲れ上がらせる。この空間内だと相手の力は思うように出ない筈だが……それを感じさせない。それほどまでに強力か!

 

「ぬぅ!」

 

何の考えもない拳の振り下ろし。それをネロが原初の火で弾こうとしたが、逆にネロが弾かれてしまう。俺はその弾かれたネロを受け止めようとしたが、想像以上に衝撃が強く、腰の辺りから変な悲鳴が聞こえた。

 

「ふぉあっ!?腰!!」

 

「カカカカッ!!」

 

「ふっ!」

 

追撃と迫るバーサーカーを今度は滝夜叉姫が迎え撃つ。

ネロと俺の様を見たからか、薙刀で斬撃を行うのではなく柄を使って合気道のように相手の力を利用して受け流す見事な動き。

バーサーカーはそれに教科書のお手本の様に宙を一回転して強かに叩き付けられた。しかし、バーサーカーに大したダメージが入った様子もなく、すぐに立ち上がって滝夜叉姫にがむしゃらな攻撃を浴びせる。

再びそれを冷静にいなし、再度叩き付けるがやはりダメージは薄い。

 

「すまぬ……!」

 

「大丈夫……まだ劇場は生きてるな……畳み掛けるぞ」

 

「ぱぱ!めっ!」

 

「ファ!?」

 

立ち上がろうとした途端、ティアマトが目一杯の助走から大きな巻角タックルで鳩尾を抉られる。若干当たった(インパクト)時に俺を巻角で持ち上げようと踏ん張ったがすぐに諦めた……までの動作で更に深く抉られたりした。

 

「どうしたのだ!?」

 

「あんさーがほーぐ!」

 

「宝具?」

 

「そうよ!ちょっと邪魔になるから退いてて!」

 

「クキャッ!?」

 

バーサーカーの巨躯を素早い回し蹴りで劇場の端に追いやると、滝夜叉姫は小さな声で何かを呟きだした。

 

「……ってここ固有結界張れないじゃない!──何?──あぁ、そう言うこと。じゃあ蜘蛛と夜叉来なさい。──忙しい?んな分けないでしょ!早く!──知らないわよ!サフくらい後で出来るでしょ!──分かったから!今度リアルグレード買ってあげるから!」

 

「誰と話してる?」

 

「知らないけど、ガンプラ関係なのは分かった」

 

「──はい!さぁ、来なさい!」

 

「クギィィィィィィィアアアアアアアアアアアッ!!」

 

バーサーカーが肩甲骨辺りから腕を生やし、それらの腕4本と2足で劇場の床を破壊しながら滝夜叉姫へと突進する。

いよいよもって人の原型が無くなりかけたそれを滝夜叉姫は先刻のようにいなすのではなく、真っ向から挑んだ。俺はそれが危険だと思い、ガンドを撃とうとした。しかし、俺の行動はすぐに無駄になると気付いた。

 

「あらよっ」

 

突然現れた小柄な少年が自分の身の丈をゆうに2倍は越える大剣でバーサーカーの生えたばかりの腕の内左腕を肘から切り落としたのだ。

更にその反対には少年とは違って落ち着いた雰囲気の女性が大太刀を音もなく抜いて右の腕を根元から綺麗に切り落としていた。

 

「夜叉。また適当に攻撃したな?」

 

「ごめんごめん。でも倒せれば良いんでしょっ!と」

 

「そうねっ!」

 

2人が同時にバーサーカーを蹴飛ばす。

それにしても夜叉……もしかして滝夜叉姫の夜叉丸と蜘蛛丸か?

 

「蜘蛛、夜叉。良く来てくれたわね」

 

「いや、それは姫が無理矢理つ──」

 

「良 く 来 て く れ た わ ね ?」ギリギリ

 

「ハイ,モチロンデス」

 

「姫。状況は大体理解しましたが、今の化物は?」

 

「バーサーカー。何かあそこのマスターと一悶着あったらしくて、それで暴走してるみたい。まぁ、貴女達が入れば百人力よ。正直、私が戦うより強いし」

 

「何を言いますか姫。筋力値なら私達より上でしょう」

 

「あまり言わないで……」(筋力:A)

 

「滝夜叉姫。それが宝具……?」

 

「そうよ。本当は手下み皆で固有結界張ってから召喚するんだけど、今回はこの劇場で遮られてこの蜘蛛丸と夜叉丸を引っ張り出すので精一杯だったわ。で、蜘蛛。がー(がしゃどくろ)さん何だって?」

 

「儂の骨の髄まで搾り取れば行けるんじゃね?って。まぁ、結局全員の力で僕たちが来れたわけだけど。取り敢えず、アイツ殺れば良いんだよね?」

 

滝夜叉姫の手下、蜘蛛丸と夜叉丸は滝夜叉姫と話しつつもバーサーカーを相手にして1歩も引かない。多分、滝夜叉姫の宝具はイスカンダルのそれと同じようなシステムなのかも知れない。ただ、今回はどういう原理か分からないけど、皆が来る筈の所を何とかあの2人に絞って召喚を実行したようだ。

 

「気を付けなさい。あれは内側から食い破られている化物。下手にちょっかい出すと殺られるわ」

 

「わぁってるよ姫」

 

「ギギッ……」

 

ヒュッとバーサーカーが姿を消した。いや、姿だけではない。奴の音も、気配も消えた。気配遮断だ。

ネロの劇場にいながらにしてこの強さ……ティアマト曰く、寄生した奴の残留思念が大分作用しているらしい。だとしたらまた魔神柱の怒りが……いや、俺だってあの時は魔神柱が素材財布の紐を大胆にも緩めてたからちょっと狂化ついちゃったのは反省してる。でも後悔はしてないわけで……あぁ、だからこそ魔神柱が怒るのか。

 

「まぁ、そうでなくても君に対する怒りや復讐、恐怖は魔神柱を突き動かす要因になるからね。これから大変だよ」

 

「ぁい」

 

「しかし君も縮んだね。ゲーティアと一緒にカルデアで暮らすかい?」

 

「ん」

 

「止めてぇぇぇ!これ以上カルデアにトラブルメーカー持ち込まないで!」

 

「気を抜きすぎよ!静にィッ!!??」

 

「「姫!!」」

 

滝夜叉姫が見えない何かに攻撃され、背骨があらぬ方向に曲がる。次いで駆け寄ろうとした夜叉丸がバーサーカーに掴まれたのかミシミシ全身が軋まされ、蜘蛛丸は腹を蹴り上げられ、劇場の天井に一直線。

コイツ、まだそんな力が!

 

「ガッ!アアアアア!!離ッ、しやが──!」

 

ゴキンッ!ボギッ!ブシュッ!!

 

「キャハハハハハハハハハハハ!!ハッャギ」

 

俺達も戦うべく、ネロが先行する。あの巨体のバランスを崩すため、アキレス腱を裂く。

バーサーカーは増大しすぎた自重を支えきれず、アキレス腱の傷が自分の体重でバックリ拡がる。骨も折れ、皮膚を裂いて露になった。

 

「!!ォォォォォォオオオィギギュギ」

 

「おああああ!!」

 

倒れた瞬間、俺もゲイボルクを構えて走り出す。逆さまになった顔面の急所……あらゆる生き物の弱点である眼球に全膂力を振り絞って突き刺す。

ブシッと血が飛んでくるのを我慢してもう一方の眼も潰す。流石のバーサーカーも蜘蛛丸を握り、かつネロから攻撃されていてはそう簡単に俺には手を出せなかった。完全に両の眼を潰して離脱しようとした。が、そればかりは許してもらえなかった。

 

「!ォォォォオオダグ」

 

「ぐぶッ!?」

 

バーサーカーは夜叉丸を放り投げ、その自由になった手で己を前に引っ張る。一気に3mはあった間を詰め、口角までの筋肉が露になった口で俺の左太股に噛み付いた。

辛うじて骨まで持っていかれずに済んだため、バーサーカーは多少の肉を食いちぎる形となった。俺も痛みで泣きたくなるのを堪えて覆い被さってきたバーサーカーの下を向く脳天目掛けてゲイボルクを設置。狙い通り、脳天から突き刺さって顎へと貫通した。

 

「ぐだ男!」

 

「こりゃ大変だ。治療は任せてくれ」

 

ネロに引っ張られて何とか離脱。

脚に心臓があると錯覚するほどの脈動と炙られているような熱と痛み。極限まで興奮して戦う状態ならまだしも、冷静なままこの痛みはかなり応える。ネロが涙を流して死ぬなと訴えてくるが、そこまでのものでも無いだろうに……。

 

「大丈夫だよ。ぐだ男君なら戦闘続行もあるし耐久もEXだし主人公補正もあるからね。死にはしないさ」

 

「なぬ!そうならそうと早く言え花の魔術師よ!心配したではないか!」

 

「悪いネロ……でもこれでバーサーカーは──」

 

「■■■■■■■■■■──ッ!!!!」

 

最早叫び声すら人のものでは無くなったバーサーカーがいつの間にかこちらへ拳を振り下ろしていた。

気配遮断からの殺意を悟られることなく攻撃への展開。ネロは振り返りで防御は間に合わない。俺もガンドも眼ドも間に合わない。マーリンも俺の治療で間に合わない。クソォォォ!!

 

「はぁっ!」

 

と、思わず覚悟したその時、バーサーカーと俺達の間に割って入った人影が杖の柄で拳を叩き、何らかの外力を発生させて攻撃をそらした。

 

「ぬらりひょん!!」

 

「儂とて戦えるわい!」

 

「止めるんだ!貴方では到底敵う相手ではないよ!」

 

「心配せんでも宜しいぞ高名なキャスター。儂の宝具は今は使えんでも……妖怪の総大将。とあまり好きではない2つ名があるんじゃ。マスター、頼む」

 

「ごめんね……ごめんね……お爺ちゃん(・・・・・)っ。三画の、令呪をもって命ずる……総大将の力を見せよっ」

 

「ぬっ……ぅっ、ぐぉぉぉぉ!!」

 

ぬらりひょんが三画の令呪を受け、苦悶の声を上げる。

みるみる背が伸びていくぬらりひょんは持っていた杖が刀に変わり、曲がっていた腰は真っ直ぐ伸び、顔の皺が減っていく。

 

「■■■■■ッ!!」

 

「待たせたのバーサーカー。これだけ魔力が入ったのにも関わらず、儂はお前さんを足止めする位しか叶わないだろうて。じゃがの?この老いぼれが死んでも、その後を生きていく若者が居る。儂の命で助かる命が幾つもあるんじゃ。儂の……(マスター)が居る。こんな戦い、聖杯なんてものがあるから人が死ぬんじゃ。儂は確かに願いを叶えたくて参加したんじゃが……もう、願いは叶ったんでのぉ。後は叶えさせて貰った分、死力を尽くすだけ」

 

「ぬらりひょん……まさか……!」

 

「勝ってくれよ。異邦のマスターよ」

 

そう述べた瞬間、俺にはぬらりひょんの若い姿が見えた気がした。

 

「儂は滑瓢。正体不明の妖怪、百鬼夜行の一妖怪よ。じゃが、最近は儂が強いとかそんな話ばかり出てきおる。じゃから儂もたまには……流行りに乗らせてもらうかの!」

 

ぬらりひょんがバーサーカーの眉間に刀を刺突し、少し動きが鈍った所でバーサーカーの両腕を掴む。かなり膂力が増大しているのか、あの太い腕が中々動かせずにいる。

そしてぬらりひょんはそのまま己の魔力全てを放出。自分もバーサーカーもまとめて業火に呑まれ始めた。やっぱり捨て身か……!

 

「──お爺ちゃん!!」

 

「ぐだ男!どうするのだ!?」

 

「……」

 

「ぐだ男!」

 

「……俺が合図するまでまってくれ。ネロ、準備しててくれ。マーリンもネロにバフを」

 

「そうだね。辛い決断だけど、それが正しい」

 

正しい、か……。

 

「おおおおおお!!」

 

「■■■■■■■■■■■──ッ!!」

 

燃える。

新堂が「お爺ちゃん」と本当の孫のように泣く。

燃える。

俺はぬらりひょんの合図を待つ。

燃える、燃える……。

 

「──」

 

「今だネロォォォ!!」

 

「はぁっ!」

 

最後の令呪とマーリンからのバフで現状限界まで強化されたネロが跳び出す。

炎が消え、焦げたバーサーカーは五感を失ってネロの肉薄に一切気付いていない。

 

「バーサーカーよ!これで終いだ!」

 

 

「止めてお爺ちゃんッ……バーサーカーはぐだ男さん達が倒してくれる!だから……お爺ちゃん、そんな事言わないでよ……」

 

「すまんの。如何せん、あのままでは皆危ないんじゃ。儂の願いは叶ったようなものじゃが……聖杯を手に入れられなくてすまんの」

 

「そんな……やだよお爺ちゃん……独りになりたくないよぉ……」

 

「……老人はの?孫が可愛くて可愛くてしょうがないんじゃ。だから、孫の為に頑張るのを許しておくれ」

 

 

「──ぁぁ……すまぬバアル……私では……倒せ──」

 

バーサーカーの体が左右に分かれ、霧散する。ネロの渾身の一撃は、バーサーカーの心臓(霊核)を完全に破壊して今度こそ倒した。

最期の瞬間、何かを喋ったように見えたが、全く聞こえなかった。ただ1つ言えるのはその言葉はハンニバルのものではないと言うことだけ。

 

「お爺ちゃん!ねぇ、しっかりしてよお爺ちゃん!」

 

「ぬらりひょん……」

 

「良くやった……これで儂も安心して逝けるわい……」

 

「ねぇそこのキャスター!お爺ちゃんを治してよ!ねぇ!」

 

「それは無理だよ。もう、霊核が砕けている」

 

「じゃあ聖杯は!?聖杯を使ってよ!」

 

「それも無理だよ。ここの聖杯も残り2騎になれば出てくるけど、今3騎残ってるだろう?」

 

ハッとして新堂が周りを見る。

残っているサーヴァントはネロとぬらりひょん、そして滝夜叉姫だ。つまり、ネロか滝夜叉姫を倒さない限りぬらりひょんは助からない。

 

「……儂はもう良い。じじぃはもう充分生きた……後は若い者に任せるとするわい。それに……今更遥か過去の死人じゃ。今は今、昔は昔じゃ。異邦のマスターぐだ男……聖杯を使って帰りなされ。お前さんはここに居るべきではない」

 

「……はい」

 

「ねぇ!ぐだ男さんお願い!お爺ちゃんを助けて!」

 

「……マーリン。聖杯を手にしたらマスターとサーヴァントの願いを叶えられるんだよね?」

 

「そうだね」

 

だったら……こんな使い方でも良いのではないのだろうか?

 

「俺の願いは──」

 

 

その後、ぬらりひょんは消滅。滝夜叉姫も辛うじて生きていたが、俺の願いを話すと「楽しみに待ってる」と逝った。

地上で戦っていたゲーティアと日本武尊も、ゲーティアの勝利に終わったらしく、元の(?)ちんちくりんになっていたところを回収。

そして聖杯は別の場所に出現。意外にも汚染などはされておらず、何故あのような殺人鬼が召喚されたのか謎だが、皆に話したとおり、俺は聖杯へと願いを投げ掛けた。

 

「この聖杯戦争で、死人は出なかったことにしてくれ。ただしバーサーカーペア、テメーらは駄目だ」

 

 

「──と言う訳です。実際にはもうちょっと細かい設定をしてきましたけど」

 

「かなり無茶苦茶な願いだったね。それでよく聖杯がネロの願いを叶えてくれたものだよ。だって死人が出ていないならサーヴァントだって死んでいない。なら、聖杯も出なかったことになってるだろう?」

 

「聖杯も大分無理したみたいで、ネロがカルデアに帰ると願いを叶えた瞬間、砕け散りました。でもご都合主義なのでサーヴァントも退去されることは無いです。聖杯をめぐる戦争も起こしたくても起こせません」

 

「何にせよ、お帰りぐだ男君。そして頑張って」

 

「嫌だぁぁぁぁああ!ドクターお願いです!この部屋に居させてぇぇぇ!!」

 

あれから俺達は無事カルデアへと帰還した。

大分無茶した冒険だったが、ゲーティアと一騎討ちしたのに比べれば全然……え?ゲーティア達はどうしたかって?

まずゲーティアは元ソロモンであるドクターに合うや否や弁慶の泣き所に鋭いパンチを食らわしてカルデアの中を勝手に歩き回っている。

ティアマトは見た目が可愛いし、ちんちくロリだからジャックやナーサリー達と遊んでいる。

ネロは疲れたと、真っ先に薔薇の風呂に入りに行った。

マーリンは黙ってカルデアを出てきてたらしく、いっぱい居るアルトリアに何処かへ連れていかれた。

そして俺は数日間カルデアを空けた事でサーヴァント達の色々なフラストレーションが溜まっているらしく、何をされるか分からないのでほとぼりがさめるまでこうしてドクターの部屋に避難している。

 

「止めてくれよ……ボクだって被害は受けたくないし」

 

「……パソコンの秘蔵コレクシ」

 

「ゆっくりしていきなよ」

 

本当は秘蔵コレクションなんて知らないけどね!

 

「ところでぐだ男君。ネロとは何かあったのかい?」

 

「?いや別に何も無いですよ。どうして急に?」

 

(あれ?この顔は質問の意味を理解できてないな。だとしたら何もなかったと言うことか。良いんだか悪いんだか……)

 

『すみません、ドクターいらっしゃいますか?』

 

「ん?何かな?マシュ」

 

と、扉の外から懐かしいマシュのこ──懐かしい?

 

『マスターをご存じないですか?』

 

「あぁ、ぐだ男君なら……」

 

「……ステップドクター!これはマシュの声だけどマシュじゃない……」

 

小声でドクターに言うと、意味が分からないのか首をかしげる。それも当然だ。何しろマシュの声は──

 

「……随分前にCV.が変わってるんでこの種田ヴォイスはマシュではないです!恐らくこの声はきよひーかと……!」

 

「!そうか……!全く気が付かなかった……!」

 

『ドクター……?』

 

「……ど、どうするんだいぐだ男君?このまま嘘をついたら確実にBAD ENDなんだけど……!?」

 

「……大丈夫です。今から俺の言うとおりに──」

 

 

わたくしはここら辺に旦那様(ますたぁ)の匂いを感じたので居場所を知っていそうなロマニさんのお部屋に行ってみました。するとどうでしょう?このお部屋から旦那様(ますたぁ)の匂いがするじゃありませんか。

わたくしをこんなに焦らしておいてまだ焦らすだなんて……ふふ。

ですけど旦那様(ますたぁ)は何故だかわたくしのみならず他のサーヴァントの皆さんとも接するのを避けているよう。と言うことはやはり先の漂流でネロさんと何かあったとみて間違いありません。もしそうなら──

 

『……ねぇ、所で君は本当にマシュなのかい?(・・・・・・・・・・)

 

「……!」

 

突然投げ掛けられた疑問。わたくしは無論、マシュさんではありません。

ロマニさんはわたくしをマシュさんと思っていましたが、これは疑いの声音。もしわたくしがここでマシュさんになりきればきっと旦那様(ますたぁ)も安心して出てきてくれる筈です。ですが、それをしてしまえばわたくしは嘘をついたことになってしま──待ってください。

そもそも初めにロマニさんがわたくしをマシュさんと呼んだ時点でわたくしはそれを否定しなければなりませんでした。ならばわたくしは……!

 

「──ぁぁぁあああっ!!許してください旦那様(ますたぁ)……!わたくし……っ、わたくしは……!」

 

「大丈夫だきよひー。許す許さないもないよ」

 

「ぁ……ます、たぁ……」

 

いつの間にか泣き崩れるわたくしの前に旦那様(ますたぁ)がしゃがんでいました。怒っているどころかそんな事は一切無い笑顔でわたくしの頭を撫でてくださって……あぁ、そのお顔。やっぱり安珍様と同じ……。

 

(計画通り。きよひーはいつの間にか自分が嘘をつきかけていた事に気付いて混乱してしまった。これなら俺もin鐘にならずに済みそうだ)

 

「──もぅ……」

 

「ん?」

 

「もう堪えきれませんわぁぁぁっ!旦那様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)ぁっ!」

 

「うっほぁぁぁわぁぁぁ!!??」

 

もうわたくし我慢できません!この数日間、旦那様(ますたぁ)を感じることが出来なくておかしくなってしまいそうでした!ですけど旦那様(ますたぁ)はわたくしに笑顔を見せてくれ、わたくしに触れてくださって……はぁ!はぁ!堪えられません!ここで!今!!

 

「わたくし!ここで!今!!旦那様(ますたぁ)を襲います!合意ですよね!わたくしをこんなにいやらしくまさぐって!誘っているんですね!!」

 

「まさぐってないいいいいいい!!誘ってないよおおおおお!!」

 

「わああああああ!!誰かあああああ!ぐだ男君の貞操が大変だああああああ!!」

 

そうです!何も夫婦の営みは夜だけとは限らないのです!お互いに愛し合っているなら朝でも昼でも外でも!!皆さんが見てる前でも!!!

 

(令呪が無いから抑えられないッ!!ああ!駄目だあああ!ズボンが下ろされるるるるるるるるるる!!!!けど何だこの感覚は……?無理矢理されるのも悪くはないぞ?)

 

旦那様(ますたぁ)ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

「って駄目だあああ!?」

 

(いかん!散る!)性的に

 

「ここで登場ご主人の真の嫁鯖キャット~」

 

「うっ!?」

 

うなじの辺りに衝撃が走り、わたくしの意思とは無関係に体が力なくカルデアの床に沈んで行く。

嗚呼、もうあと少しで旦那様(ますたぁ)と結ばれる所だったのに……旦、那……様ぁ……。

 





「やぁゲーティア」

「……ソロモンか。何だ?」

「君がぐだ男君に何故協力するのか気になってね」

「はんっ。勘違いするなよ。私は統括局として勝手な事をする身内を処理するだけだ。私としてはいつぐだ男と戦うのも問題ないがな」

「君の狙いは……いや、それはわざわざ言うことでもないね」

「貴様のその分かったような言葉遣いは人間になっても変わらずだな」

「それはどうも。それより、君達は死んだ筈だけど何で生きているんだい?」

「簡単なことだ。とある馬鹿が私達を引っ張りあげてきては偉そうに命令してきたから見切りをつけてきただけだ。ビーストⅡに関しては知らん」

「ロボバトルの時も狙ってかい?」

「馬鹿か?本気でやらねばあのマシンも動かん」

「しかし君がねぇ……よっと。まぁ取り敢えずぐだ男君も最近休めてないからあまり困らせないでくれればボクはカルデアに居るのを容認するよ」

「どうなるかは私も知らないからな。ただ、もう私も充分な力は出せない。今では精々ヘラクレスに及ぶかどうかであろうよ」

「充分過ぎるじゃないか。まぁ、ぐだ男君も何かあれば対処するから彼に任せるよ」

「とっとと行け。私も暇ではない」

「……そうだね」

忙しいと言うゲーティアの手元。そこにはスマートフォンを横にしてとある遊ぶアプリゲームで「バスターチェイン」と表示されていた。

「小癪!小癪!!小癪ゥ!!!何故落ちぬのだ種ごときが!!」










反省はしてる。後悔もしてる。



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Order.31 円卓会議

やはりこう、テンションにまかせて書くのが一番早いですw
しかし、明日はドラクエ11が届くのでもしかしたら更新期間が……

あと2、3話くらいしたら新宿後の話として奴らを出します。


 

 

 

 

 

「ぁん?んだこれ?」

 

カルデアの平和な1日。ぐだ男も帰還し、皆も大分落ち着いてきた頃にある1騎のサーヴァントが廊下に落ちている物を拾う。

何のプリントもされていない無地のDVDケース。白のそれに書かれている唯一の情報と言えば、黒のマジックで手書きされた『逆レ』の文字のみ。

 

「?」

 

ケースを開けても中のDVDも同じく無地にマジックで同じ文字。

ますます疑問符を頭に浮かべるそのサーヴァントは文字の意味を考えようとしてみる。

 

「逆レ?逆……レ……逆……叛逆……?レ、レ……もしかしてモードレッドか?マジ?」

 

そのサーヴァントは暫く考えた後、『叛逆の騎士モードレッド』と解釈。だったら何が記録されているのか確認しないとな、とそれを自室に持ち帰った。

それが手にしてはいけない物だと露知らず。

 

 

俺は困っている。

何だかんだ動くようになった左腕の筋力アップの為のトレーニングを終えてシャワーを浴びた頭に巻角のちんちくりんがしがみついていて、背中にはジャックを背負っている。

彼女らの目的地は特になし。ただ俺を見かけたら駆け寄ってきていつの間にかこれだ。

 

「……」

 

「しゃんぷぅのにおいしゅき」

 

「解体するのある?」

 

あるよ。とびきり難しい知恵の輪が俺の部屋に。

 

「知恵の輪あげるよ」

 

「血?」

 

「知恵ね」

 

「ぇいっ」

 

ブチッと髪の毛が引き抜かれる。やめてください。痛いです。あと同じところばかりやられると禿げになります。

 

「ついたー。少し待ってねジャック………………はいこれ。良い?無理矢理取るんじゃなくて、上手いこと動かして外してみ?」

 

「ふーん。変なの」

 

とは言うジャックだが、いざ受け取ってやってみると気に入ったようで、真面目に取り組み始める。

 

「難しいねこれ」

 

「でしょ?こういう解体も面白いんじゃない?」

 

「うん!ありがとうおかあさん(マスター)!」

 

あぁ、なんて平和な日常なんだ。ゲーティアはスマホアプリに夢中だし、いざ来週に迫ったお別れ会の前にやり残したことが無いように自由に皆行動している。

問題も起きていないし、カルデアのスタッフの皆もこの数日はかなり心身ともに急速を得ている筈だ。無論、俺もかなりゆっくりできている。

と──?

 

ピンポーン『えー、ぐだ男。ガウェインです。これから緊急の円卓会議を行いますので至急3階の会議室にお越しください』

 

「円卓会議?」

 

そう言えば3日に1回はやってたな。でも俺が呼ばれるなんて初めてだ。

 

「2人ともごめんね。俺呼ばれちゃったわ」

 

「いってらしゃいー。また後で遊ぼうおかあさん(マスター)

 

「はいよー」

 

 

「「「「……」」」」

 

「なん……だと……っ?」

 

3階の円卓会議室。そこに踏みいった俺は思わずそんな声を漏らした。

てっきり円卓と言ってもどうせモーさんやバーサーカーのランスロットは参加していないだろうと思っていたのに、巨大な円卓にはアーサー王伝説に関わる全てのサーヴァントが神妙な面持ちで着席していたのだ。

無論、先記の2名を含めてバリエーション豊富なアルトリア全員もマーリンもホログラムで参加しているアグラヴェインも皆だ(マシュやリリィは何故か除かれている)。あのトリスタンも目を開いている。い、一体何が……!?

 

「良く来ました。早速会議を始めましょう」

 

アルトリア(ベーシック)が進行し、先ずはガウェインが起立する。手にはレーザーポインターが握られており、鎧姿が似合わぬ素振りでモニターに映し出された様々なグラフやデータの説明を始める。

内容は様々で、『我が王達の食料問題』や『我が王(ベーシック)が何故ストーリーに数カットしか出ていないのか』や『いつ我が王のキャスターは実装されるか』等様々。

それらはまるで大企業の会議のようだった。険しい顔のアグラヴェインがとてつもなくしっくり来る……!

 

「──と、おおよそここまではいつも通りの活動報告等です。では、皆がここに集められた真の理由を突き詰めていきましょう」

 

「真の理由?」

 

「先ずはこちらを」

 

ガウェインのリモコン操作で再びモニターの表示が変わる。すると、見慣れない無地のDVDケースの画像がデカデカと表示される。ただ、そこには『逆レ』の2文字のみ。

 

「皆には既にメール及び送付したPDFにて資料を配布しています。ですが、我等がマスターぐだ男には一切の内容を伝えていません。ですので、皆も確認を含めて説明を聞くように」

 

この円卓騎士達はメールもPDFも使えるのか!?たまげた。

 

「ぐだ男。どうか己の魂に誓って嘘偽りなく答えていただきたい。この記録媒体に見覚えは?」

 

「いや、無いけど……」

 

「宜しい。ではこの記録媒体に入っていた映像をご覧いただきたい。ただ、刺激か強すぎるのでそこのノートパソコンにイヤホンを接続していただいて音声小さめで見てください」

 

「はぁ……良いけど……」

 

言われた通りイヤホンを付け、ノートパソコンで映像らしきものを再生する。すると、暗い画面にフェードインしてくる警告の文字。海賊版とかよく分からないが、一体何が始まると──

 

「──ファ!?ガウェインこれってまさか!!」

 

画面が明るくなると女性が画面に真ん中で椅子に座って質問に応答している。

「何カップですか?」「敏感なのは何処ですか?」「今回は逆レイ○というシチュエーションですが──」ぅおいいいいい!!

 

「アダルトビデオじゃねーか!!」

 

「そう。まさしくそれです」

 

画面が勝手に変わっていきなりモザイク満載のシーンへ移行。俺は急いでイヤホンを外し、ノートパソコンの画面を閉じる。まさかあの2文字の意味がそんな事とは……。しかも男の方は俺と似てるし!やだぁ!

 

「な、何でこんなものがカルデアに?は!?ま、まさか俺を疑ってい──」

 

「いえ。貴方にそれを取り寄せる度胸はないと我等円卓の騎士一同認識しています」

 

「嬉しいんだか嬉しくないんだか……兎に角、どうしてこれが?」

 

「……モードレッド。述べてみせよ」

 

「モーさんが!?」

 

「ぃ、いや、ぐだ男、あのな……?オレは……その……///」

 

『モードレッド。弁明を聞こう』

 

アグラヴェインのプレッシャーが半端じゃない!

これは会社ならどう弁明しても首が飛ぶケースのヤツだ!

 

「えぇっ?///いや……けどよアグラヴェイン……どう言えば……///」

 

モーさんはすっかりパーソナルカラーと同じ色の顔色でわたわたしている。まさか……まさかモードレッド……これを密輸したのはお前なのか!?嘘だろ!?そんなのに興味も知識も無さそうな脳ミソしているのに!

 

「お、オレは拾っただけだ!その……文字の意味がオレの事だと、思ったから……///」

 

「は?」

 

「ほぅ?」

 

「くっ……よもや円卓にこのようなお馬鹿が居たとは……!歳上に良いようにされるなど苦痛でしかない筈です!」

 

ガウェインはそう慟哭する。一応人の好みがあるからとガウェインに補足して、変な状況に汗が出てベッタリと尻に貼り付いたパンツを悟られずに剥がす。すると、意外にもアルトリア(ベ)がモーさんへ疑問を投げ掛けた。

 

「モードレッド卿。どこまで見たのですか?」

 

「……全部……」

 

「ヴェ!?モーさん全部見たの!?」

 

「うぅっ……そんで見てたらランスロットの馬鹿がオレの部屋に入ってきやがって……それで……」

 

それでこの事件が発覚したわけか。何だよぉ……これじゃあ円卓会議と言う名の家族会議じゃないか。居づらいなぁ……。

 

「ぐ、ぐだ男も何か言ってくれよ!オレは、その……」

 

「何かって言われても……」

 

モーさんは俺に助けを求めているが、どうすれば良いのかとモーさんを見ると、すぐに顔を背けてこちらを見てくれない。いや、見ているのだが、目を合わせてくれないのだ。なんでさ……どうしろと……。兎に角!

 

「ガウェイン、良い?」

 

「何でしょう?」

 

「んんっ!えー、今回の事件は非常に複雑な問題です。何しろ、年頃の女の子に精神教育上、不適切な物を見せてしまったからです。これが誰のかどうかの議論は兎も角、これがカルデアに落ちていると言うことが先ずの問題だと思う。もしこれがモーさんじゃなくてジャックやナーサリー、ジャンヌ・リリィに見られていたらもっと良くないことでした。そんな中で、モーさんが拾ったのは幸いです。確かにこれを俺やドクターに届けなかったモーさんも悪いけど、ここまで畏縮させてはモーさんも可愛そうです。更にはカルデアのサーヴァントのマスターとして、こう言った事態を阻止できなかったのはやはりマスターである俺の責任にもなります」

 

「ぐだ男……」

 

モーさんのキラキラした瞳を視界の端に捉えつつ、俺はまだ言葉を紡ぐ。

 

「モーさんがこれを見てどうしたのかは訊かないさ。どうするのかも訊かない。そこまでしてモーさんを重罪人のように扱っても根本的な解決にはならないからだ。今言ったみたいに、何でこれが落ちていたのか。そしてこれの持ち主が誰なのか?子供だって居るんだ、だからこそ注意するべき所が出来ていないなら、それを改善するべきだ。モーさんも、1人で解決しようとするんじゃなくて、誰かに相談や連絡をする事で、今回みたいな事態は避けられるんだから。まぁ、俺はマスターとしては頼りないし、それは仕方がないんだけど……」

 

「そっそんな事ねぇよぐだ男!オレは……その、えっと……スッゲー信じてるから……だ、だから誤解しないでくれ!」

 

『……流石はカルデアのマスター。多くの英霊を従えるに足る器だ。我が王、良きマスターを得ましたね』

 

「「「「えぇ。勿論ですアッくん」」」」

 

『……』

 

アルトリア(ベ)「待ちなさいアッくん。無論、王とは私の事ですよね?」

 

アルトリア(槍)「己の王の顔を忘れましたか?」

 

『いぇ、そのような……』

 

アルトリア(槍オ)「誰を見ているアグラヴェイン。誰が王だ?」

 

『その、我が王よ……どうか落ち着いて下さい』

 

アルトリア(剣オ)「卑王鉄槌」

 

アルトリア(狂)「私は正直このアッくんは知りません」

 

『グゥッ!!』

 

アグラヴェインが倒れたのか、ホログラムに映らなくなった。やはりアグラヴェインには一杯居るアルトリアは胃腸へストレスマッハだったか……。

取り敢えずアグラヴェインが倒れたので会議はそこで終了。モーさんへの処罰などは全く無く、皆で手分けして持ち主を探すことになった。

続々と会議室を後にしていく皆についていき、廊下に出たところでモーさんに引き止められる。

 

「どうしたの?」

 

「ぁ、あのな……?さっきは……ありが、とう……やっぱお前がマスターで良かった!///」

 

「そう言って貰えると嬉しいよ。あと少しで皆とお別れだけど、まだまだよろしくモーさん」

 

「その話なんだけど……オレ──」

 

何か言いたげのモーさんだが、中々言い出してくれない。すると俺はドクターに呼ばれてしまった。

どうやら修復状態にある特異点に妙な反応があるとの事だ。流石に魔術協会とかが勝手にレイシフトはするなと釘を打っていたが緊急なら仕方がない。うん。何でも不足の事態とはあるものなんだ。それにどう対処するかは何だかんだ現場が一番良く知ってる。

 

「ごめんモーさん。また後で訊くよ」

 

「あ!ぉおいっ」

 

管制室へ走り出す。後ろのモーさんには申し訳無いが、俺にも役割があるんだ。

また後で訊くし、大丈夫だろう。

 

 

「はぁ……」

 

「まったく……王に叛逆する度胸はあるのに想い人1人引き留められんとはな」

 

「む、紫バ……スカサハか。びっくりさせんなよ……」

 

(セーフ!)

 

(アウト)

 

「いってええええええ!!」

 

気分転換しようとカルデア内ざぶーんに泳ぎに来たモードレッドたったが、どうにも波乗りも上手くいかず、流れるプールに足を浸けていると同じく水着になっていたスカサハにデコピンされて落っこちる。

ヒリヒリと痛むデコをさすりながら自ら上がると呆れ顔のスカサハが目の前にいた。

 

「何だよ……」

 

「さっきは大分やらかしたようだな。円卓共が騒いでいたぞ」

 

「訊くんじゃねぇよ。オレだって反省してるさ」

 

「何だ?やはりぐだ男相手じゃただの女か?」

 

「おっオレは!……オレは……」

 

以前は女、男どちらの扱いをされても怒っていたモードレッド。今ではすっかり自分を女と見てほしい。異性としてぐだ男が好き。とすっかり普通の女の子のそれと変わらない。

そして今回、そんなモヤモヤしていた中で見てしまった大人のビデオ。内容は強気な女性が年下の男性を無理矢理犯すという話。なまじ男性がぐだ男に似ていたのもあり、彼女はぐだ男の事を余計に意識し始めてしまった。そして興味を持ってしまった。そのシチュエーションに。

 

「……///」

 

思い出すだけで全身が熱くなる。それもあるからこうして水で頭も体も冷やしに来ていたわけだが……。

 

「……収まんねぇんだ……この火照りが……」

 

「はぁ。それはまた困った症状だな。これはキス程度では収まらんぞ」

 

「キスぅ!?」

 

「それこそ最後まで(・・・・)やらねばな」

 

「さ、最後までって……」

 

あのビデオを最後まで見たのだ。スカサハが何を言っているのかモードレッドも理解している。だから理由した上で彼女はスカサハに問う。

 

「そんな事って……良いのかよ……?」

 

「何を今さら。あやつは何度寝床に侵入されていると思う?あれだけ凶暴な女共からむしろ今まであやつが貞操を守ってこれたのが不思議なほどだ。流石は耐久:EXだと私も驚いた。まぁ、それはそれだ。サーヴァントだからマスターを襲ってはいけない道理はあるまい。反対も然り。別に、男女の仲になっても構わんのだぞ?」

 

「う、うっせぇ。……でもそうだな。オレは叛逆の騎士モードレッド……王に叛逆しておいてマスターに叛逆しねぇ通りはない……」

 

(もう少しか?)

 

「だが、今のお前では襲っても精々寝惚けているのかと勘違いされて終わりだろう。先ずは見た目から入らんとな」

 

「見た目──」

 

ふと、脳裏にこんがり焼き付いていたビデオの映像からワンシーンが抽出される。

女性が男性を押さえ付けながら、己の服を脱いでいく所だ。女性が上着を脱ぎ、ブラジャーを外した時に暴れる2つの果実。去年辺りから気になりかけていた己の胸のサイズ……それが足りないとモードレッドは行き着いた。しかし、ただ胸があっても自分は実年齢がぐだ男とほぼ変わらない。それでは──

 

「だったら大人になれば良いだろう。体が成長すれば否応なく精神も成長する。なに、心配せずともお前の親がああなっていたなら可能性は充分にあるだろう。私のルーンならば可能だ」

 

「流石だぜ紫バアさん!ルーンは偉大だな!」

 

「……燃すぞ?」

 

「ごめんなさい……」

 

「だが用心しろ。そこまでの規模で霊基を弄くれば少なからず影響が出る。そうならないようにするが、時間は極僅かに限られると思え」

 

「思う思う!」

 

(さぁて。楽しくなってきたな)

 

この後の展開にワクワクしつつも表に出さないよう、スカサハはルーンの構築を始めた。

 






僕はね、キャッ党であると同時にモードレッ党なんだ。



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Order.32 越えるか一線を

ちょいエロいれた感じです。
慣れないことはするもんじゃないですね!




特異点の異変はとても小規模のものだった。

現地で空間の乱れのようなものが発生し、それが探知されたらしい。取り敢えず、単独で現地に赴いた俺はその乱れから出てくる亡霊を倒し、カルデアへと戻ってきた。

 

「お疲れ様ぐだ男君。単独でミッションをこなせるようになるとは去年まで露ほども思わなかったけど、こう見ると逞しくなったね」

 

「お疲れー。どうだい眼の調子は?」

 

「まぁ、片目を瞑ってた方が楽ですかね。腕は特に問題はないです」

 

レオニダスのトレーニングキャンプのお陰で改造を施された俺の肉体は以前よりも引き締まり、筋肉質となっていた。衰えていた腕もバッキバキになって最早大ケガをしたとは思わせない。

因みにただ今体重76kgで分かりやすい筋力アピールをするなら握力が92kg。日本人成人男性における平均値のほぼ2倍だ。補足すると、スキル(瞬間強化)を使ってみたら200kgを超える。一部サーヴァントから人類を辞めたとからかわれる始末だ。

でも仕方がないんだ。歴戦の英雄たるサーヴァント達から毎日のようにしごかれ、死線を潜り抜け、己の体を虐め抜いた結果こうなったし。伊達に丸太投げやサーヴァント抱えて走ってないぜ。

 

「その内君もサーヴァントになりそうだね」

 

「んー……」

 

「あれ?嬉しくないのかい?」

 

「俺はただの平凡マスターですよ。そんなのがサーヴァントに成れたら世の中の偉人は皆成ってますよ」

 

(平凡……?握力が世界レベルで槍術も世界トップレベルで弓術も剣術もガンドも耐久も世界レベルなのに……平凡?しかも多くのサーヴァント相手にフラグを建ててるのに平凡?ゲーティアをはっ倒しておいて平凡?……もう何が平凡なのか分からなくなってきた……)

 

ドクターが難しい顔をしている。

何をそんなに気になっているのかは知らないけど、俺が成した偉業は人々に知られるものじゃない。到底英霊の座に登録なんて無理な話だ。

 

「じゃあ俺はモーさんの所に行くので失礼しますね」

 

「はいはい」

 

 

「あ、ぐだ男殿ー」

 

「黒髭?どうしたの?」

 

「実はかくかくしかじかでござって……拙者のコレクションが行方不明になってですな」

 

モーさんの部屋に行ったが居なかったため、取り敢えず汗を流した大浴場から出ると黒髭が何かを探している風だった。

黒髭のコレクションねぇ……。

 

「それってDVD?」

 

「いや、拙者のコレクションは基本BD(ブルーレイ)なんで。しかも映像媒体ではなくフィギュアのパーツでしたり」

 

あのアダルトビデオが黒髭のではない……?だとしたらあれは一体誰が……。

 

「黒髭。もし、カルデアでAVをもってる奴が居るとしたら誰だと思う?」

 

「AVでござるか。んー……」

 

「居ないか。取り敢えず、何かあれば教えて。俺はもう一度モーさんに会いに行くから」

 

「り。しからば拙者も失礼しまする」

 

黒髭は犯人ではなかった。取り敢えずその事は円卓の皆にメールしておこう。──ん?モーさんからメール来てる。

 

『ぐだ男。さっきの話だがシミュレーションルームに来てくれ』

 

「シミュレーションルーム?何だろ?また模擬戦かな……」

 

セイバーの皆にはしょっちゅう剣を持てと言われては模擬戦へと放り込まれる。

それもこれも俺が前線に出るようになってからだけど、皆各々の戦い方や剣術があるから体が全然追い付いていかない。お陰様で大分滅茶苦茶な形ではあるが剣術を会得できた。その滅茶苦茶な形をモーさんは「堅っ苦しくなくて楽だ」と気に入ってるようで、もう必要なくなった今でも誘われる。きっとそれだろう。

俺は一度自室に戻り、昨日漸く手に入れた代物を取り出す事にした。

 

「あのアルトリウム集めから長いことたったけど……ここにきて役に立つとは思わなかったなぁ」

 

アルトリウム。何だかよく分からない物質で、簡単に言えばアホ毛だ。何?よく分からない?ならば検索エンジンに打ってみたまえ。アホ毛が出てくるぞ。

兎に角、これは回収したけども余ってしまった物だ。どうしようかと考えていたらこうして引き出しの中に封印状態。

だが最近、新たな利用方法を見いだすことが出来た。えっちゃんが持っているネクロカリバー……実はあれをポチッてもらったんだ。えっちゃんへの報酬は某有名和菓子店の和菓子を5万円分。ダ・ヴィンチちゃんに頼んでQP5千万で手を打ってもらった。

後は聡明なマスター諸君なら分かるだろう。

 

「……」

 

メカニカルな柄を握ると即座に生体認証をされ、ネクロカリバーが2次スタンバイ状態へ移行する。起動には俺の魔力を少しだけ送るだけ。それでネクロカリバーは刀身を作り出す。

擬音では表現しがたい緑のライトなセイバーが伸びる。しかし改造の影響でえっちゃんのネクロカリバーのように変形が出来ないのは滅茶苦茶惜しい。

 

「これを腰に……よし」

 

服も模擬戦ように動きやすい物に変えて急いで部屋を後にする。

何しろメールは今から10分前に来ていた。

 

 

ぐだ男はオレと似て型に囚われない剣技を使ってくるから模擬戦の相手にゃ丁度良い。アイツも叩けば叩くほど強くなってくからな。

今日なんかは父上とは別物の父上なのに父上なバーサーカーオルタに頼んだっていう剣を持ってきてた。ブォンブォン小気味のいい音のそれは非常に格好よかったなぁ。

 

「……ふぅ」

 

そんな事もあって、オレはシミュレーションルームに備え付けられたシャワーで汗を流していた。ぐだ男も別のシャワーを使って汗を流しているんだろう。

……今日は模擬戦に全然集中出来なかった。アイツの剣を握る筋肉質な腕、服の上からでも分かる上半身の筋肉……オレはそれを見ているだけで心臓が大暴れだった。今でもそうだ。これからオレがやること……それを頭の中でシミュレーションしていると心臓の鼓動がシャワールームに響いてるんじゃないかと思えるくらい強く脈打つ。

 

「やるぞモードレッド……オレはやるぞ……」

 

スカサハのバアさんから貰ったルーンの薬は効果が1時間。その間にオレは……ぐだ男を襲う。ビデオで見たみたいにやりゃあアイツも何も出来ない筈だ。

 

『モーさん。俺先に部屋出てるね』

 

「え、ちょっと待ってくれ!すぐに出るから!」

 

『急がなくても外で待ってるから。飲み物も欲しいでしょ?』

 

「──待てって言ってるだろぉ!」

 

バァンッ!

オレはシャワールームのドアのすぐ目の前に居たぐだ男を無理矢理引きずり込む。

 

「うぉわぎゃっ!?」

 

「はぁ!はぁ!」

 

後頭部を床にぶつけたぐだ男が悶えている間にオレはぐだ男に跨がる。バアさんから貰った薬を飲むのを忘れたげど……ここまで来たらやるしかねぇ!

 

「いっつぅ…………ファ!?もも、ももも!モーさん!?その、見えてるから!!」

 

「隠すんじゃねぇ!ちゃんと見やがれ!」

 

顔を隠したぐだ男の手を退かして顔をこっちに向かせる。

オレは当然だが素っ裸だ。何も、オレを隠すものは無い。オレは全身が熱くなるのを感じていた。シャワーのお湯のせいじゃねぇ。ぐだ男にオレの体を見られて反応していた。

 

「駄目だよ!そんな!」

 

「な、何だよ!?オレの裸は見たくねぇってのかよ!」

 

「いや!そういう訳じゃ……!」

 

「じゃあ見ろよ!」

 

ぐだ男の目とオレの目が合う。ぐだ男は顔を真っ赤にして目を泳がせている。あぁ……良かった。オレもやっぱり女として見られているんだ……今まで嬉しくなんてちっともなかった。むしろそんな事言われれば自分を抑えきれなかったのに、今ではこいつに女として見てもらいたがっていた。

こいつは女のオレの体に反応している。生憎胸も尻も自信はねぇ。だけど……わざわざバアさんの薬を飲まなくてもこいつはオレを女として見てくれてた。それが何より嬉しくて──

 

「んむっ!?」

 

両手で押さえたぐだ男の唇に貪りつく。

どうすれば良いか分からないぐだ男を全身で押さえてひたすらぐだ男を求めた。唇だけじゃ足りず、舌を侵入させてぐだ男の舌と絡ませる。逃げ出そうとする両手を今度は両手で押さえて、あとはひたすらキスで動きを封じる。

 

「んんっ。っぷはぁっ!はぁ……はぁ……んむ!」

 

くちくちと水音を立てながら、呼吸も鬱陶しくなる位まで貪る。ぐだ男の唾液が、頭を打ったときに口を切ったのだろう切り口から出る血がオレの中の入ってくる。

嚥下する度に下っ腹が熱くなって全身が震える。

 

「っはぁ!はぁ……はぁ……なん、だよ……」

 

「はぁ!はっ──っはぁ、モー……さん何で?」

 

「何でって……決まってるだろ?お前が欲しいからだよ!」

 

ぐだ男の両手をオレの胸に触らせる。その瞬間に視界がかなりチカチカしたが、ここで気絶なんてしたくねぇ。オレは余裕ぶってぐだ男に胸を揉ませる。

 

「──!!!」

 

「そんなにねぇけど……」

 

「そ、そんな事は──!」

 

「んっふぅ……何だよ鼻血出して。ダッセェの」

 

「あのな!こんな状況じゃ鼻血だってでるわい!」

 

「ああそうかい!」

 

再びキス。オレの唾液もぐだ男の唾液も混ざりあって、溢れて濡れていく。

ぐだ男もある程度抵抗が薄くなっていく。その隙にベルトを取っ払ってズボンを下ろしていく。

おいおい……随分お前も興奮してるじゃねぇかよ。

 

「!っぷぁ!駄目だモードレッド!」

 

「──何で駄目なんだよ!オレが……オレがお前としちゃ駄目なのかよ!?」

 

「それは──」

 

「オレはお前が好きだ、ぐだ男!だから──オレの初めてをお前にやる」

 

剛直したそれをオレの中に挿入れたい。後少しでオレの願いが叶う!

そう思ってオレはぐだ男のパンツに手をかけた。その時だ。

 

「おい、貴様。これはどう言うことだ?」

 

「!!」

 

シャワールームの壁が吹き飛んで湯気の中から良く聞いた声がする。とんでもなく高圧的で怒気を含んだ声音。そして体が押し潰されそうになるほどの高密度な魔力。

 

「ち、父上……!」

 

「モードレッド。貴様、ぐだ男に何をしている?」

 

ラムレイを置いてきたランサーオルタの父上……。オレに質問する前にもう既にロンゴミニアドが唸りをあげて回転している辺り、何を言ってもブッ飛ばされる事には変わりない……。だったらいちいち言う必要もねぇ!何たって叛逆の騎士だからな!

 

「はん!見れば分かるだろ父上。オレはぐだ男を襲ってるだけだ」

 

「……何だと?」

 

「黙って見てな」

 

「んむっ!」

 

父上に見せ付けるようにぐだ男の口に舌を入れる。この情熱的なキスを前に、父上は確実に魔力を高めている。けど父上はランサー。オレは父上特効のセイバーだしぐだ男から魔力をガンガン譲渡してもらっている。負ける道理はない!

 

「ふっ。よもや2度も、この槍で貴様を殺すことになるとはなモードレッド」

 

……ぁ、あれ?おかしいな……父上の魔力が確実にオレを上回ってきたんだけどどうなってんだ?あの槍だってあんなに回転してたらぐだ男が言ってたカウンタートルクって奴で大変なんじゃないのか?

 

「ぁぁあっ!そんなの考えても意味がねぇ!行くぜ父上!今度も父上に叛逆して、ぐだ男を貰うぜ!」

 

「無駄だ。相手にならん」

 

魔力放出で鎧を纏い、クラレントを喚ぶ。

 

「おいぐだ男!オレの後ろに隠れろ!」

 

「……」

 

「おいぐだ──」

 

返事がない。両の鼻の穴から血を流して白眼を剥いていた。

 

「どうやら貴様の度重なる強要がぐだ男の情報処理に追い付かなかったようだな。では死ぬがいい」

 

「ヤベッ!」

 

父上は本気だ。このまま反撃すれば勝てるかもしれない……だけどぐだ男を守るのに全力を使う!

 

「今の私なら13の拘束を全て解除できる。再召喚は無いと思え。喰らうがいい!」

 

「うおおおおお!!」

 

 

その日、カルデアが激震した。震源地はカルデアシミュレーションエリア。騒ぎに気付いて駆け付けたスタッフの方曰く、エリア一帯が無くなっていたと言う。

そしてその元凶、モードレッドさんとアルトリアさんが顔中血だらけでぐったりした先輩をナイチンゲールさんの元に連れていってた事で更に混乱が起きていました。

 

「これは危険です!すぐに治療(手術)の準備を!」

 

そう言ってナイチンゲールさんが取り出してきたのは頭蓋骨等に穴を開けるドリル。そんなに緊急の事態でも無いだろうと多くの方が説得しましたが、ナイチンゲールさん曰く、脳が沸騰しているとの事でした。

グツグツとお湯のようにとまではいきませんが、たんぱく質は一度沸騰してしまうと元に戻れず、破壊されるしかい状況になってしまいます。代表的な例として熱中症なのですが、なんと先輩のはそのグツグツと煮だっているそうで……。

 

キャスニキ「あ?別にアイツなら大丈夫だろ。どうせケロっと元気になってくるさ」

 

ヤリニキ「俺もそう思うわ。流石俺だぜ」

 

プロトニキ「それな」

 

クー・フーリンさん達はそう言って心配をしていなかったのでまさかとは思いましたけど……先輩は何事も無かったかのように元気になっていました。ただ、前後数時間における記憶が無いようで、慣れた様子で混乱していました。

何を言っているのか分かりませんが、その通りなので。

 

「何が原因なの?」

 

「モードレッドさんとアルトリアさん(ランサーオルタ)が喧嘩をしたようで……」

 

「モーさん。何で喧嘩になったの?」

 

「……言いたくない」

 

「アルトリアは?」

 

「私に聞くな」

 

「……さいですか」

 

(言えるわけ無いだろぉぉぉ!冷静になった今ならオレがどれだけとんでもない事をしでかしたのか良く分かる!今ここでそんな事言えば確実に死ぬ!くっそぉ……落ち着いたのに恥ずかしくて顔も見れねぇ……)

 

ドクターとダ・ヴィンチちゃんが言うには、最後の記録に先輩とモードレッドさんがシミュレーションルームのシャワー室を利用していたとの事ですが……。

 

「俺の記憶も飛んでるから何があったのか知りたいけど、まぁ話したくないならそれで良いや。だけど喧嘩に俺の魔力をゴッソリ持っていくのは止めてください」

 

「……っ///」

 

「貴様ッ……1人で満足しおって!」

 

「ぐえっ!」

 

突然真っ赤になったモードレッドさんにアルトリアさんが攻撃する。かなりキツいのが鳩尾に決まりましたが、それよりも先程のモードレッドさんの反応。ただ事ではありませんでした。

シャワー室……通常カルデアから割かれる筈なのに先輩の魔力の枯渇……そしてモードレッドさんの赤面……これはまさか……もしかしてそんな──。

 

「せ、先輩!どこか痛くはありませんか!?特に腰など……!」

 

「ぇ?いや、どこも痛くないけど……どうして?」

 

「あ、……その……何でも無いですッ」

 

「?」

 

この様子を見るからに、先輩は本当にどこも痛くないみたいです。ですけど、まさかモードレッドさんが先輩を……?

 

「な、何だよマシュ?」

 

「あの……悪いんだけど、もう夜遅いしさ。そろそろ寝てもいい?」

 

確かに、現在の時刻は深夜の1時。いつも23時前には既に活動限界を迎えつつある先輩には辛い時間です。それに他にも寝てる方が居ます。

取り敢えずこの疑問は明日にしましょう。

 

「あ、因みにモーさんとアルトリアは壊した所をちゃんと直しておくよーに」

 

「えぇ~……」

 

「分 か っ た な ?」

 

「……ぉぅ」

 

「あとアレの犯人は見付かった?」

 

「はい。主のメールでエドワード・ティーチを吊し上げるのを止めて、代わりにマーリンを締め上げて魔術を使わせた結果、犯人を捕らえました」

 

「随分物騒な……で、誰だった?」

 

「カルデアのスタッフでした」

 

「まさかのモブ!!!」

 




もしモーさんがスカサハの薬を飲んだ場合


【挿絵表示】



ティアマトのちんちくりんver.


【挿絵表示】



落書きです。汚くてすみませぬ。


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Order.33 料理は時として武器に

特に中身がつまっている訳でも無いような料理バトル。

ところで福引きガチャ……やりました?




 

 

 

 

「チキチキ!サーヴァント大クッキングバトル~!」

 

「「「嫌だああああああ!!」」」

 

カルデア食堂に響く野太い悲鳴。この日、カルデアの食堂ではぐだ男が不在の為、暇をもて余したサーヴァント達が暇潰しに料理バトルの会場を作っていた。

 

「えー、本日。我等がマスター、ぐだ男は新たに発生した特異点へと赴いた。いよいよ明後日と迫っていたお別れ会だが、今回の特異点から予想するに今後も我々の力が必要になってくると思っただろう。故に、我々はこれからもぐだ男に力を貸したいと思う。なればこそ、マスターへの慰安も必要になる。そこで、今回は我々の料理でぐだ男をもてなそうではありませんか!」

 

マイクを片手にシェイクスピアが大仰な身振りでキッチンへライトを向けさせる。

エミヤ達料理担当サーヴァントのサンクチュアリと化していたその場所に、普段なら絶対に立つことが無いであろうサーヴァント達が光に照らされて会場をざわめかす。

 

「エントリーナンバー1番!カーミラ!」

 

「よくてよ」

 

「エントリーナンバー2番!モードレッド!」

 

「うっし。やってやるぜ!」

 

「エントリーナンバー3番!黒髭!」

 

「いくでござるよー」

 

「エントリーナンバー4番!ブリュンヒルデ!」

 

「困ります……」

 

「エントリーナンバー5番!アルテミス!」

 

「頑張るわねダーリン!」

 

「そしてラスト!エントリーナンバー6番!ランスロット(狂)!」

 

「……」

 

メンバーそのものが混沌としている。人選はそもそもくじ引きであるから仕方がないが、それにしてもマトモに料理が出来るのか危ういのしか居ない。

だからこそ初めの野太い悲鳴だったのだ。

 

「そして審査員の方々の紹介です」

 

その野太い悲鳴の発生源、そこには椅子に縛られて身動きをルーンやら魔術やらで完全に止められた男達の姿だった。

 

「右からアンリマユ、巌窟王、天草四郎、クー・フーリン(槍)、ロビンフッド、ジークフリート、ジキル。以上7名に加え、緊急用の抑止力(エミヤ)です」

 

「離せぇぇぇ!!」

 

「飯など要らぬ!!」

 

「助けて!!」

 

「あー……戦闘続行つけるの止めるか……」

 

「オタクら殺す気か!?」

 

「頼む……マトモなのを頼む……」

 

「薬を寄越してくれないかな?後はハイドに任せるから」

 

そんな審査員という名の生け贄が騒ぐのをスタッフやサーヴァントが止めさせるため口にガムテープを貼っていく。その様子を見たカーミラやモードレッドがキッチンを乗り越えてシェイクスピアに詰め寄る。

 

「貴方、失礼じゃなくて?私だって料理くらいちゃんと出来るのよ?」

 

「そうだぜキャスター!あまりの美味さにぐだ男だってこの前気を失ってたんだからな!」

 

それは絶対に別の理由で気絶したとはシェイクスピアも敢えて言わず、宥めながら定位置へ戻す。そして準備は整ったと言わんばかりにマイクを投げ捨て、試合開始の合図を告げた。

 

「では喜劇を始めましょう!」

 

ボワァァァン!

定番のドラが叩かれ、各々が料理へ取り掛かる。お題は得意料理。

制限時間は1時間。そしてそれは同時に生け贄へ告げられる死のカウントダウンに等しい。

 

「んんーー!!」

 

「見てろよ。オレはぐだ男を唸らせた肉じゃがだぜ」

 

ぐだ男は決して美味さに唸ったのではなく、不味さに悶絶していただけだが、そんな事は知るよしもないモードレッドがジャガイモを取り出す。

カルデアで栽培された大きめのジャガイモ。育てた人である太陽の騎士のお墨付きだ。最近は外に出荷して一儲けしているらしい。

 

「よっと」

 

包丁を慣れた手つきで扱い、皮を向く。皮の剥き方もエミヤが「ほぅ」と感心するほどの手際の良さ。だが──

 

「……なん、だと」

 

エミヤが絶句する。

モードレッドはジャガイモの芽を取らず、そのまま半分ほどに切って終わりにしたのだ。ジャガイモの芽は毒。ましてやサーヴァントが育てた野菜のもの。それの結果を知らない生け贄達ではない。

 

「ん”ん”んんーー!!」

 

「待ってろって。すぐ食わせてやるからよ」

 

「ほら。もう1品完成したわよ」

 

ゴトッ。

カーミラが既に1品仕上げた。ここまで早い料理など何があるだろうかと場の観客が考えているとモニターに映し出されたそれを見て波が立つ。

 

──鉱石だ。

 

そう、それは紛れもない鉱石。しかもゴーレムからドロップされる八連双晶他ならない。

 

「食材を強化素材に……?」

 

「は?何言ってるのかしら?強化素材な訳無いでしょ?ハンバーグよ」

 

「「「「ハンバーグ!!??」」」」

 

肉の面影どころか料理されたという事実すら置き忘れた物だが、カーミラの1品目はハンバーグ(自己申請)として完成している。故に、カーミラは次の料理に取り掛かりはじめた。

 

「困りました……私、料理はそんなに得意では……」

 

と、本人は言うがバレンタインでは眼鏡の形をしたチョコを見事に作ってみせたブリュンヒルデ。包丁を持つととてつもなく似合う(意味深)彼女なら或いは……。そう思っていた生け贄達はブリュンヒルデの取り出した食材を見て目を見開いた。

 

──目玉だ。

 

いや、正確にはゲイザーの類いだろうエネミーだ。

さぞかし新鮮なのだろう、触手が元気に抵抗している。決して食われてたまるものかと、ブリュンヒルデを攻撃するが、所詮はアーチャークラスのエネミー。ランサーであるブリュンヒルデには大したダメージも与えられず呆気なく真っ二つに切り分けられた。

眼球の内部構造は基本的には人等と同じだ。故に、眼球の内部に詰まっていた硝子体と呼ばれる透明なゲル状物質がドロッとキッチンの床まで流れ落ちる。

 

「ぅぇっ」

 

「あぁっ……困りました。勿体無いです……」

 

言い忘れていたが、彼女が作ろうとしているのはカレーライスだ。困ったさんのカレーライスとはこれいかに。

 

「さぁて、拙者も」

 

黒髭は慣れた手つきで肉、野菜を切っていく。かなり細切れになったそれを一旦端に集め、卵を出したり米を出したりとテキパキ動く。

 

「あまり見てても面白くないので次を見ましょう!」

 

「え、ちょ、それひ「見ててねダーリン!」

 

「あーうん。頑張れ」

 

アルテミスが自信満々に取り出したのはソウルイーターの首。脳天に深々と刺さった矢がトドメだったのだろう。因みにその矢はアルテミスのではなくアタランテのだったりする。

 

「因みにお前何作ろうとしてんの?」

 

「たこ焼き」

 

「これのどこにたこの要素が!!??」

 

「よいしょー」

 

ドスッとソウルイーターの頭が切り分けられていく。

初心者以下の実力と知識なのにオリジナリティを出して異臭が漂う。

 

「……」

 

そして食材を前に微動だにしないランスロット。悲しいことに、周りの面子がある意味強すぎて誰も彼を見ていない。

 

「「「んんんんんん!!」」」

 

 

そして遂に1時間後。審査員──もとい生け贄の前に各々の料理が並べられた。

1品目はカーミラのハンバーグ(八連双晶)。2品目は同じくカーミラのフライドポテト(八連双晶)。そしてデザートのプリン(伝承結晶)。どれも等しく鉱物である。

 

「──」

 

「これは……うん」

 

「オタクさ……料理の腕に関しちゃアレからちっとも変わってないのな……いや。ある意味成長したのか……」

 

「ジキルテメェェェェェェェ!!」

 

「さぁ!実食タイムですぞ!」

 

高筋力値サーヴァント達が生け贄の頭を押さえて無理矢理口に料理?を押し込む。

 

「ホワァァァァ!!」

 

「うおおおおお!!」

 

 

続いてモードレッドの肉じゃが。

見た目は普通の肉じゃがだが……?

 

「あばばばばばば!!」

 

「ヴァヴァヴァヴァ!」

 

 

3番目は黒髭。

料理はオムライスだ。見た目も普通。そして味も普通。

これはシェイクスピアとしては何とも面白くなかったが、生け贄達が歓喜していた。

 

「うめぇえええ!!」

 

「ケチャップなど要らぬ!!」

 

「悪いねハイド!」

 

 

4番目はブリュンヒルデ。

料理はカレーライス。困ったさんのカレーライス。大切なことなので2回言った。

ネバネバで糸をひく。具材がグロテスク。何故か紫色。

 

「貴方はシグルドじゃない……けどシグルド。ほら、食べて」

 

「すまない!オレはシグルドじゃない!だから許してくれすまない!」

 

 

5番目はアルテミス。

料理はたこ焼きの筈だった。

 

「……おい。んだよこれ……」

 

「光ってんぞ」

 

「奇蹟ですか?」

 

「要らぬ!!」

 

「動くぞ!?」

 

「先ずはダーリンに味わって貰うわね。はいダーリン」

 

「ぃやめろおおおおお!!」

 

まだカーミラの鉱石(料理)の方が喜んで食べられるような正体不明の異物。脈打ち、蠢き、哭き、輝き、聖杯の泥なんて大したことないと思わせる恐怖の物質。

それが今オリオンの口へ押し込まれる。小さな口一杯に大きすぎる物体X。オリオンは咀嚼どころか瘴気が食堂を通ってきた段階で全てを噴き出した。

目や鼻、耳……穴という穴全てから全てをだ。

 

「え!?ダーリン!?どうしたの急に!」

 

「やめろって本人が言ってたでしょお!?」

 

「えぇー……まぁ取り敢えず皆も食べてよ」

 

「やめろおおおおお!!」

 

「どーぞ!」

 

「うおおおおあああああ!!」

 

 

最後はランスロットだ。しかし、皆その料理が何なのかなんてどうでも良かった。ただ終わらせたい。その一心で息をしている。

 

「……」スッ

 

ゆっくりと差し出される皿。そこにはパスタがあった。

 

「……ラン……スロ……ト」

 

パスタがフォークに絡まり、一口で食べやすいサイズになって虫の息となったアンリマユの口に優しく入れられる。

 

「──!!!んまああああああああい!!」

 

「Arrrrrrrrrrrrrrrrthurrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!!」

 

「素晴らしいですランスロット!ここまで繊細な料理を作れるとは!見直しました!」モグモグ

 

「それについては私の方からも言わせてもらいたい。彼は宝具により、自身が武器と認識したものは宝具化、それを使用することが可能となる。それの1つの可能性として、セイバー。君に対する武器として料理を宝具とさせて貰った。結果は見ての通りだ。今では彼にとってキッチン用品は全て武器だ。無論、セイバーの胃袋特効のな」

 

「流石ですランスロット!」

 

「だがどうにもセイバーの方のランスロット卿ではそれは出来なかった。理性が邪魔をしているとでも言うのだろうか……」

 

お父さん(バーサーカー)流石です!ランスロット卿(セイバー)はもっとお父さん(バーサーカー)を見習ってください!」

 

「ぐっほぉあ!2重に刺さる息子からの特効!!だが良い」

 

「何いってるんですか?お城ぶつけますよ?」

 

「ランスロット、お代わりです」

 

「Arrrrrrrrrrrrrrrrthurrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!」スッ

 

歓喜するランスロット(狂)が滑らかな動きでサーブ。次の皿には見事な寿司が乗っていた。

他の生け贄も涙を流してランスロットの料理を食べ、皆同様に光の粒子を放っている。

どうやら数々の拷問の末、遂に霊基が限界を迎えたようだ。トドメは当然、ランスロットのあまりに優しすぎた味だった。

 

「わりぃマスター……先に逝ってるぜ……」

 

「すまない……オレは……」

 

「お代わりです!」

 

「Arrrrrrrthurrrrrrrrrr!!」スッ

 

勝者など居ない。何故なら審査員が審査をこなせないまま事切れてしまったからだ。

こうしてクッキングバトルは幕を閉じた。

 

 

「暇!」

 

「止めてくれたまえ。君達は暇でも私達はぐだ男君のサポートで大変なんだ。それとも代わりにやってくれるのかな?」

 

「面倒そうだから止めておこう。それより何か無いのか?こう、おもいっきり騒いでも大丈夫な施設とか」

 

「ノッブさん。今はそれどころでは……」

 

ぐだ男が新宿出張をして2日目。管制室には暇をもて余したノッブがレオナルドに何か無いかとちょっかいを出している。

マシュもレオナルドもロマニも、今はそれどころではなかった。

 

『乗れぐだ男!』

 

『格好いいな!』

 

『ちょ、ワタシを置いていくのかね!?』

 

『生憎貴様が乗れるマシンではない。走れ』

 

『鬼かな!?』

 

「なんじゃアイツ。偉く格好ええバイクに乗っておるではないか」

 

『ワンワン!』

 

アルトリアのバイクに跨がっていたぐだ男がその鳴き声にビックリしてバイクから転げ落ちる。そしてそのまま敵に攻撃される。

 

『うわわわわ!いってぇ!』

 

『ワンワン!』

 

『このままでは画面にモザイクがかかってしまうよ!それでも良いのかネ!?』

 

『馬鹿か!それを私が許すと思うか!?』

 

「先輩ーー!!」

 

「良く考えたらぐだ男のやつ、敵に思いっきり攻撃されておるのに痛いで済むのか。頑丈じゃな」

 

筋肉が足りなかったかと呻くぐだ男はムシャムシャと大きな犬に咀嚼されているが、ノッブはそのくらいじゃ死なんだろうと管制室を後にする。

 

「んー……わしもそろそろ水着とか出してみようかの。それにしても暇!」

 

「あ、織田じゃない。何してるのこんなところで」

 

「なんじゃ。二刀流(意味深)ではないか」

 

「何か物凄く変な呼ばれかたされた気がするけど……」

 

「気のせい。で、わしが何をしていたか?暇してるに決まっておるじゃろ。何か無いか?」

 

武蔵とノッブ。時代こそ違えど日本英霊の彼女達は意外にもよくコミュニケーションをとる。特に沖田なんかは武蔵と小次郎に剣を教わろうとしたりと積極的に関わっていた。

実際、最近は小次郎の燕返しの原理を完全に理解して絶句したそうだ。お互い対人魔剣なのに今更か。

 

「これからお花見するんだけど来る?」

 

「いくらなんでも時期も違うじゃろ。何かこう、カジノみたいのとか」

 

「かじの?良く分からないけど、お花見は来ないのね?」

 

「うーん……」

 

お花見に行けば確実に暇を潰すことが出来る。しかし、ノッブが求めているのはそんな雅なものではなく、もっと騒げるのがしたいわけで──

 

「わしは良いかなー。テキトーにゲーセンでも行っておる」

 

「げーせん?ま良いわ。途中参加でも大丈夫だからね」

 

武蔵と別れ、ゲムセンターへと向かうノッブ。

ゲムセンターはレトロから未来のような物まで全てが揃っている。そんなけたたましい中、ノッブは1つのマシンにくぎ付けになった。

画面の上から下に流れていくバー。それに合わせて筐体に繋がったギターの弦を弾いて、対応するレールのバーが消える。タイミングによっては「excellent」の文字が。

 

「これは面白そうな──」

 

ノッブがギターを手に持つ。

しっくり来ていた。そう、あまりにもしっくり来ていたのだ。そして形容しがたい衝動に駆られ、ノッブはギターをロックのように激しく弾く。

 

「これは──ロックじゃな!んー……ノブナガ・ザ・ロックかのぉ!」

 

魔王がロックに目覚めた時、新たなイベントが──始まる。

 




先日ノッブの水着が出るとか聞いたので何となくノッブのお話をプラス。

そしてアルトリア・オルタの水着ですが……アーチャーにしか見えないんですけど。まさかここでキャスターにして7騎揃えるつもりじゃ──



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Order.34 女性のお腹回りは胸や尻などに続く魅力的なエリアであり、そのお腹にうっすら見える腹筋なんかはとても魅力的である。またそれを大胆にも晒け出している人なんかを見るとついつい視線がそこへ行っ

水着ガチャだ!ィヤッホォウ!この前いっぱい貰えたから60連じゃ!



フィン、青王
その他礼装


おや?気付けばダ・ヴィンチちゃんショップの聖晶石バーに触れているぞ?

※タイトルはわざと切ってあります


 

 

 

「キャットは可愛いなぁ」

 

「くすぐったいぞご主人。しかしキャットとは癒しを与えるもの。ならばもっとMOFURUがいいぞご主人」

 

「モフモフだし良い娘だよぉ。時おり見せる赤らめた顔とか一緒のお昼寝してる時の寝顔とか全部可愛いよ」

 

カルデアの朝。そしてやや騒がしい食堂。その一角でぐだ男がキャットを膝に座らせてイチャイチャしながら朝食を摂っていた。

具体的には尻尾をモフりつつ膝上に座ったキャットの腰に手を回して真後ろから抱き締めている形。完全にイチャラブカップルの様相である。

 

「んんっ!おいぐだ男。話があ──」

 

「モードレッドさん、こっちに」

 

「あ、おい。何だよマシュ」

 

「……実は先輩、一昨日からあんな様子で──」

 

ぐだ男の異変が現れたのは新宿の特異点を証明して帰還してきた時からだった。

マシュやロマニ達はその辛く激しい戦いの様子を見ていたし、きっとその反動で疲れているのだろうと思っていた。しかし、ぐだ男はその日からサーヴァントに対して急に1歩2歩踏み込んだコミュニケーションをとりはじめた。

男女例外無く、だ。

女性に対しては清姫相手だろうがスカサハ相手(ピンからキリ)だろうが、顎クイを普通にするし相手によっては告白とも受け取れるような発言を。男性に対しても確実アッチ(・・・)な接し方。

流石に男性陣(一部除く)はそんなのは嫌だと適当にあしらっているが、女性陣はむしろウェルカム態勢でいつだいつだと待ち構えている。既に清姫と静謐のハサン、瀬光は元が元なだけに即座に堕ちた。あのスカサハですら頬を赤らめて困っていたのだ。

 

「キャットは凄いよ……家事は完璧だし頭も良いし可愛いし。何度も助けて貰ってさ……今でも覚えてるよ。初めてカルデアに来た時を。エミヤとブーディカと協力して食堂回してくれて……こんな俺でも契約してくれて」

 

「ご主人、キャットとは野生の獣。1度仕えると決めたご主人には一途なのだ。故にアタシはご主人が大好きだぞ。それもこれもご主人がアタシ達サーヴァントであっても分け隔てなく接してくれるからだ。所謂絆だナ。これがあるからこそ、ご主人は多くのサーヴァントを繋ぎ止めることが出来る。もうご主人以外には仕えたくないしぃ?やはりこの後はベッドにINするしかないと見た」

 

「俺の野生も見せるしかないな」

 

「おいマスター。イチャイチャするのも良いが、出された飯位は余さず食うべきじゃないのか?」

 

「デトロイトのエミヤ、略してデミヤ。アタシもご主人も残すつもりは無いゾ。ただ味付けがかなり濃い目か。ご主人はもっと減塩を好むんだワン」

 

ぐだ男が帰ってきてからすぐにカルデアへやって来た新宿サーヴァントの1騎、黒い肌に白い髪。そして太い唇は正しくデトロイトのそれを思わせる男。エミヤ〔オルタ〕だ。

彼はこのカルデアの料理長……エミヤの別側面。大分グレてしまったエミヤの成れの果て。しかしこうなっても家事に対する気持ちは変わっておらず、オルタの系譜を受け継ぐ味濃いめコッテリジャンクな料理を得意としている為、オルタ勢に大変気に入られている(料理に関しては)。

ただオリジナルと厨房にたつと空気がギスギスしてしょうがない。

 

「ごめんデミヤ。そんなつもりは無かったんだけど……」

 

「まぁ良い。取り敢えずサーヴァントとの関わり方は気を付けた方がいい。でないとお前の身が保たないぞ」

 

「流石はオカンことエミヤだな。よぅし、キャットも良妻ぶりを発揮するゾ。さぁご主人、早く食べて散歩に行くぞ。その後はキャットと昼寝だ」

 

「待てぐだ男。散歩がどの程度の運動量か不明だが、食べてすぐに寝るような事は無いようにな。でないと体に良いとは言えないし折角治った腕の筋力も落ちるぞ。特に濃い目の物を食べたあとはな」

 

「……」

 

「案ずるなガラスハート。ご主人の筋肉は所謂見せ筋では無いからな。サーヴァントになった暁には筋力値はB以上確定……寝言は寝てから言うものだゾ?」

 

「ぐっ!」

 

おっと、心は硝子だったとキャットが続ける。エミヤは生き様も内心も複雑な男なのでこういう時のダメージはそれの通り簡単に傷付いてしまうのだ。

まぁ、それも致し方無い。何しろこれだけの筋肉でありながら実際は筋力値がD。同列なのはフランス3人組マリー、アマデウス、サンソンを始めとした静謐のハサン、荊軻等のアサシン。一応マルタ(ライダー時)も同じだが、彼女の場合は実際がAよりのBなのを隠して嘘申告しているのと杖が精神的な拘束具となっているのでそのランクに入っている。

つまりその気になれば杖であっても筋力B+を出せるという事。

 

「無様だな」

 

「デミヤもCとなれば同列はマシュ。その上C+にはモヤシン(もやしアサシン)のジキルと来た。ともなれば無様なのはそちらもではないか?」

 

「……っぁ、生憎……俺の心は鉄なんでな。正義の味方面した俺も、お前もほざいてると良い」

 

「そうか、心が鉄になると料理も繊細さが欠けるのか」

 

「──お前は俺を越えているとでも言うのか?」

 

「あぁ。──武器(レシピ)の貯蔵は充分か?」

 

「良いじゃないか。(そのレシピ)皆殺しだ!」

 

「よし、食材を回せ。(カルデア料理長を)決めにいくぞマスター!」

 

火がついたエミヤとデミヤ。2人とも料理に関しては譲れない所があるらしく、強い闘志(料理)を纏いながらキッチンへと歩いていった。

ともなればこの日はエンゲル係数を引き上げ気味なサーヴァント達の天国の日。彼女達は2人の雰囲気をみて「ありがとうございます」と行儀よくテーブルで待っているのだった。

 

 

「ゴルゴーンはとても魅力的だよ」

 

「ブフゥッ!?」

 

ちょっと心に闇を抱えた系サーヴァント達の憩いの場……『バー・ジルドレ』には既に獺祭を5本空けたゴルゴーンとコーヒーを煽りながら本を読んでいるエドモン、それを隣からちょっかい出す天草四郎、既に酔い潰れて寝ている剣ジル等のサーヴァントが数名居た。そこに混じったのがマスターのぐだ男。

もう6本目の獺祭を飲み始めた瞬間にそう呟いてゴルゴーンが吹き出したのだ。

 

「……何を言っている……」

 

「ゴルゴーンは綺麗だと思ったからそう言ったんだ」

 

「ふざけるな。私はそんな評価は求めていない。脳が沸いているなら医者(婦長)を呼ぶぞ?」

 

「そんな事言っちゃって……」

 

「ひぅっ!?」

 

ゴルゴーンが情けない声で驚く。

体格差があるが、それを気にしていないぐだ男がゴルゴーンの後ろからお腹回りに手を伸ばしたのだ。

 

「き、貴様!?」

 

「引き締まったお腹の僅かに感じる筋肉。ただの括れとは違うアダルティックな括れから流れるように、しなやかに……体が更に巨大化したことでそれに比例して大きくなったバスト。ただでさえ腰回りはギリギリ隠せるくらいのエロいパンティから帯が伸びてるだけで、胸もギリギリ隠せる程度のものでその大きさを主張するかの如くYの字の谷間が美しい──いや、大変エロい。更に更に常にこちらは見上げる形となるために太股から下乳にかけてのアングルが……これは健全な男子であれば前屈みものだ」

 

「んぅっ!……きっ、貴様……ぁ!」

 

ぐだ男はお腹を触るのに飽き足らず、言葉に合わせて肌を撫でつつその巨大な胸を各々の両の手で鷲掴みにしたのだ。

下から持ち上げるようにぐだ男の5指がその柔肉に沈み、それの重さが己の胸の形を変える手助けをする。

しかし弾力もあり、優しく揉み始めた5指を押し返す。

ぐだ男はその間も何か詩的な言葉を紡ぎ、ゴルゴーンは「貴様」や「止めろ」と言うばかりで決して手を出してこない。彼女の意識とは別で動く事も出来る髪の毛(蛇)もぐだ男を攻撃したりはしないで寧ろなついている様にぐだ男を受け入れている。中には胸に絡み付いてぐだ男に加勢する蛇も居て、ゴルゴーンは段々と熱を帯びた喘ぎ声になっていく。

 

「ゴルゴーン?感じてるのか?」

 

「そんなっ……訳、無かろ──ぅんっ」

 

「綺麗だよ。ゴルゴ──」

 

「いいー加減にぃ!目を覚ましなさい!!」

 

「オ"ァ"ァ"ーッ!……オ"ァ"ァ"ーッ………オ"ァ"ァ"……」(エコー

 

ゴッ!!

力強い声とそれ以上に力強い拳がぐだ男の脇腹を抉る。

一瞬でくの字にひん曲がったぐだ男はその一撃に目を白黒させて意識が飛ぶのを必死に耐える。が、意識より先に体が壁に向かってぶっ飛んで壁を貫通。それにより意識も同様に彼方へと飛んでいってしまった。

 

「あぁ、お許しください。舎弟に手を出すなんて私久々過ぎてつい力を入れ──ってそうじゃない!ぐだ男!アンタ流石にセクハラし過ぎだって分からないの?なら私がその体に直接教えてやるわよ」

 

「マルタ。彼は既に聞いていませんよ」

 

「はぁ?」(超威圧

 

「この威圧感!ファリア神父と同等か……ッ!?」

 

「貴方のファリア神拳でも彼女に勝つのは難しそうですか?」

 

「はっ!──心配など要らぬ!!」

 

「へぇ……やろうっての?良いけど、手加減できないからね」

 

「ぬぅん!」

 

「では私も」

 

天使をも倒す拳。神をも屠る拳。それは正しく无二打(ワンパン)

この後、管制室では2人の霊基反応と1人の生命反応が消えて大騒ぎになる事となる。

 

 

「ごめんなさい!」

 

それから数時間後。エレキシュガルに会ってきたと言うぐだ男は無事元に戻って必要以上にスキンシップしたサーヴァント達に謝って回っていた。

大体は寧ろありがとうと感謝されるのだが、ぐだ男は何をしていたのか覚えていない。故に謝れば謝る程、自分が何をしてきたのか怖くなって仕方がなかった。

特に清姫とか清姫とか清姫とか。

 

「あら、元に戻ったのね」

 

「カーミラさんにも迷惑をかけたみたいで……」

 

「その口振りからすると、何も覚えていないようね。私に尻尾を振ったのも?」

 

「聞きたくなかった!!」

 

「良かったわよ。貴方が他の皆には見せられないような蕩けた顔で鞭を受け入れる姿は」

 

「ヤメテ!!」

 

「安心なさい。ちゃんと画像データはダ・ヴィンチに渡して外部に漏れないように保管してもらってるわ」

 

「外部云々より内部で瞬く間に拡散する予感!!」

 

珍しくぐだ男をからかうカーミラ。

ぐだ男もそんなカーミラに違和感を覚えつつも、レオナルドに預けたと言うデータを何とか回収できないかと頼み込む。当然ながら、無理だと言われ愕然とするが意外にもカーミラは条件を飲めばレオナルドに頼みに行かなくもないと言う。

嫌な予感が少しするが、それでデータが手に入るのならとぐだ男は首肯する。

 

「聞き分けが良くて助かるわ。じゃあ弥明後日に新宿へ行くわよ。必要なものはお金、あと貴方1人だけ。ダ・ヴィンチにでも頼んでQPから換金してもらいなさいな」

 

「新宿……?何でまた」

 

「何でも良いでしょ。分かったなら予定を空けておくように手を回しなさい。拒否したらその時点でマゾ豚が出回ると思いなさい」

 

「喜んでお供します!!」

 

「良いわ。じゃあまたねぐだ男(・・・)

 

上機嫌になったカーミラがカツカツとヒールの硬い音を響かせながら廊下の先へ消えていく。

カーミラの本当の目的は新宿にある化粧品店。確かにぐだ男がややMっ毛を醸し出している写真はあるが、拡散しても事になるようなものではない。しかもダ・ヴィンチにも渡していなかった。それは初めからぐだ男と2人で行くのが目的だから。

 

「──私は血の伯爵夫人……エリザベート・バートリー。吸血鬼のカーミラ。英霊なんて大層な器ではない、狂気の大量誘拐殺人者」

 

彼女には誰も教えてくれなかった。

それ(・・)が悪だと。だからこう成り果てたのだ。

 

──そう、私はエリザベート・バートリー──

 

彼女は紛れもない反英雄。召喚するなら相当な殺人鬼だけだが……いざ召喚されればどうだろう。全うな、それこそ信じられないほど善性なマスターではないか。

己の悪を知ってもなお受け入れ、自分に光をくれた。

 

「私は悪。だけど……」

 

美しくありたい。その欲望は女性のみならず男であっても持つこともある。そしてそれの理由は多岐にわたる。

負けたくない。見返してやりたい。評価を得たい。

──愛されたい。

 

「誰かを想って美しくなるのくらい、良いでしょ?」

 

そう独り言のように呟いた彼女の笑みは純粋であったエリザベート・バートリーの様だった。

 




昨日書いてたらテレビでエリザベート・バートリーの話出ててビックリしました。
丁度その時に最後のカーミラさんの所を書いてたんで。



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Order.35 ケルト

申し訳無いんですが、入院中かつ頭が回らなくて全然上手くいきません。
オチが無く……次は頑張ります!

もっとカオスに!もっとカオスに!!

※今回の水着サーヴァントツッコミ所多過ぎ(ノッブとかノッブとか)


 

 

 

「エロゲーがしたい!!」

 

「……」

 

あるカルデアの平和な日。あるサーヴァントが俺の部屋に入ってきて開口一番そう言い放った。

流石に近隣住民に勘違いされることは無いが、迷惑にはなる。だから先ずはそのサーヴァントを落ち着かせようと声をかけることにした。

 

「何?エロゲーを知らんのか!?」

 

「知ってるよ!て言うかでかい声でそれは止めてもらいたく!大体エロゲーなんて持ってないよ叔父貴!」

 

「最近メイヴも相手をしてくれんで溜まるのだ。このままでは俺が特異点を作ってしまいそうな程にな」

 

「ヤメテ!」

 

「それは俺も望まぬしお前も望まぬだろう。であれば、互いに利害が一致した解決案を出すしかないのだ」

 

「それがエロゲー……でも満足できないんじゃ」

 

「だからわざわざここに来たのだ。良いか?カルデアには優秀なスタッフと設備がある。それこそ、シミュレーションセンターでは限りなく本物に近いエネミーを設定して立体化できる」

 

「──」

 

叔父貴の言わんとしていることが分かる。解ってしまう。

そもそも叔父貴程の性欲魔神がエロゲー程度で満足なんてするわけがない。やったことは無いけど……絶対満足は無理だろう。だって、結局は相手が居ないからだ。

しかしシミュレーションルームではどうだ?あのルーム内だけとは言え、サーヴァントでも再現できてしまう。そう、相手を作り出せてしまうのだ。

当然だが、そんな事をすれば叔父貴どころかカルデアが消滅しかねない。

著作権とかそんな優しいレベルの話ではないからだ。

 

「駄目だよ!?そんな事して皆にバレたら死ぬよ!?そしたら俺再召喚してあげられないからね!?しようとしたら先ず俺の命も危ないし!」

 

「甘い!!そんなんだからいつまでたっても童貞なのだ!」

 

「ヤメテェ!!」

 

「男なら1発や2発の経験がなくてはな。第一、お前も最早英雄ではないか。色を好まないで英雄とは言えんな?」

 

「偏見だよ!」

 

英雄色を好むとは言うが、やっぱりこれは酷い。と言うか今までそれの発想に至らなかった事に驚きだ。黒髭なんて召喚されて3日目にはそれ言ってきたぞ。

そう言うところは黒髭頭すぐ回るもんな。

 

「兎に角、それは俺のみならずカルデアの偉い人(ドクターとダ・ヴィンチちゃん)が許さないでしょ」

 

「安心しろ。もう許可なら取ってある。部屋もな」

 

「なら何故俺の部屋に!?」

 

「だから言っただろう。日々女性サーヴァントの肉体に悶々としているであろうお前を男にするためだ」

 

「完全否定は出来ないけど余計なお世話だよ!?」

 

何でダ・ヴィンチちゃん達が許したかは知らないが、マスターとして俺が許さない。それにもしこの行為が許されたら俺だって殺される。

 

「という訳で来て師匠!」ペカー

 

「こんな呼ばれかたは初めてだ。なぁぐだ男、もし私がシャワー中だったらどうするつもりだ?ん?」

 

令呪を使って師匠をサモン。初めてこんな使い方したが、呼ぶ人を間違えたかもしれない。

いや、誰であれプライベートな時間は当然の権利として存在する。サーヴァントだからとかは関係無い。だから俺がこうして令呪で無理矢理喚ぶ事そもそもがマスターとして良くなかった。

 

「いや、すみません……咄嗟に……」

 

「まぁ良い。後でゲイボルクを用意しておけよ?」

 

「了解です……」

 

「してフェルグスよ。ここで何をしている?」

 

「姐さん、俺はただマスターに女を教えてやりたくてな。なに、女が無理なら男をとな」

 

「ほぅ?それでお前は私を呼んだと?」

 

「違います!!叔父貴がシミュレーションルームで女性サーヴァント相手に色々発散させるって言うからそれを止めさせたくて……」

 

「ハッハッハ!サーヴァントだけではないぞ。寧ろお前もアリだ」

 

何でもします(・・・・・・)からタスケテ!!」

 

そのやり取りで師匠が色々察してくれたのか、溜め息をつく。

 

「そうだ姐さん。マスターに手ほどきをしてやれないか?何なら俺も混ぜてもらっても構わないが」

 

「ふむ。確かにそれも良いかもしれないな。だがぐだ男はともかくお主は儂に勝てたらな?」

 

「ぬぅ……クラス相性があってもこれは死にそうだな。だがそうであってこそ燃えると言うものよ!」

 

「ならば燃えるか?」

 

「ルーンが熱い!!」

 

何やかんやで俺の部屋で戦闘が始まってしまった。

初手のアンサス(キャスニキのより強力なの)から始まりゲイボルクとカラドボルグのぶつかり合い。次第に部屋は原形を失っていよいよ特異点Fじみてきた。

だがそんな戦いも数分と経たず、フェルグスがカルデアの外へブッ飛ばされた事で決着となった。

 

「まだまだ鍛練が足りんな」

 

「ありがとうございます師匠!じゃあ俺はダ・ヴィンチちゃん達の尋問に──」

 

「待て。お主さっき何でもしますからと言ったよな?」

 

「……ン?」

 

『何でもしますからタスケテ!!』

 

うわ。

 

「うむ。覚えていたようだな。では服を脱げ」

 

「いきなり!?ちょっとまだ心の準備が……」

 

「安心しろ。別にまぐわう(・・・・)訳ではない。期待をさせて済まないが、先ずはこれを着ろ」

 

「……」

 

確かに期待はありました!俺だって男なので師匠みたいな綺麗な人に迫られたらなるようになれば良いかなって期待してました!すみません!

 

「お主も分かりやすいな。まぁ、もしお主が強くなれば私も吝かではない」

 

「あ、ありがとうございます……?取り敢えずこれ着ますけど……これ全身タイツ、ですよね?」

 

「だからゲイボルクを用意しろと言ったであろう?さぁ、修業の時間だぞぐだ男。その戦衣装は私のルーンで編んである。生半可な攻撃では傷ひとつ付かん」

 

「はは……」

 

血ヘドを吐くような修業の時間が始まる。実は師匠はこれでも兄貴とか叔父貴にしたような容赦ないお題をぶつけてはこないけど、それでもパンピーには辛すぎる内容ばかり。

今回は戦衣装まで用意してるから相当シゴかれるぞ。何でもしますからなんて言ったからぁ……ほら。何か凄い嬉しそうだもん。よし。兄貴喚ぶか。

 

「師匠!兄貴も喚んで良いですか!?この前海に行きたがっている師匠みて『歳考えろよな』とか言ってました!」

 

「よし。喚べ。今すぐだ」

 

「来い!ランサァァァァア!!」

 




本来ならスカサハはマスターを鍛えたりとかは自制している所があるんですが、もうそう言うのは良いかなと。


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Order.36 THE THING

どういう事だ……?
病院でヤツが出たぞ……!物体X──いや!物体G(THE THING)が!

そして患者である俺が始末をせねばならないと……なんでさ。



 

カルデアにはいっぱい住人が居る。

ただの人から神まで多様な人種(?)が住んでいるのだ。

ただでさえ常識には収まらないのが殆どなので困ることが多い。

 

「カルデアが汚い!」

 

「はい……確かに汚れがたまっているように見えます」

 

「フ汚ゥ!」

 

「フォウ君器用だね」

 

困ることの1つと言えば今のような衛生環境の悪いところ。

召喚時に現代の知識を得るとは言え、やっぱり産まれも育ちも変わっているわけではない。そのサーヴァントの常識等がどうしてもカルデアに合わない事もあってこうして散らかったり壊れたりする。ローテーションで掃除当番を決めていた筈だが……これだけ広いとやっぱりね。

古参サーヴァントは全く問題ないが、最近短期間に結構増えたからまた発生してきたみたいだ。

仕方がない。

 

「マシュ。今日はモノポリ出来なさそうだ」

 

「そのようですね。残念ですが、カルデアの環境が悪ければサーヴァントの皆さんのみならずスタッフの士気にも関わります。早急に解決すべきかと」

 

「うん」

 

となれば先ずは放送室だ。そこで皆に連絡しよう。

 

「今日は忙しくなるぞー」

 

 

「──という訳で、今日は大掃除の時間です。各自自分の部屋を掃除し終えたらカルデア内大掃除部隊に合流して進めていきます。ここまでで何か質問は?」

 

「スタッフの方はどうなっている?」

 

「スタッフはスタッフでダ・ヴィンチちゃんとドクターが指揮してるから、サーヴァントの指揮は俺。何か問題が起きたらこっちに連絡するように」

 

「すまないが、ゴミの集積場所はどこになるのか教えてくれないか。今更の質問ですまない」

 

「ぁあ、ごめん。言うのを忘れてた。えー、取り敢えずゴミはドアの横に出しておいて。後で俺が回収しに行くから」

 

「ぐだ男様。ぐだ男様は大掃除部隊に入ると言うことですが、ご自身のお部屋はどうするんですか?」

 

そう。今回俺は最初からカルデア内(自室を除く場所全て)を大掃除する部隊に配属されている。と言うことは静謐の言うとおり俺の部屋はどうなるのか。

まぁ、そんなに散らかってないなら後でやるようだな。

 

「いえ。それではぐだ男様の手間が増えるだけ。だから私がぐだ男様の部屋を掃除します」

 

そう来たか……。

 

「静謐のハサン。ぐだ男とて男だ。隠しておきたい物もあるだろうし、手加減してやってくれ」

 

「何もないよ!?エミヤでも静謐でも誰が隅々まで見ても良いけど何か怖いから遠慮するよ!」

 

「えぇ~、本当にござるかぁ?」

 

「怪しいわね。敢えて見ても良いと言いつつ自然な流れで断る。怪しい……今正直に謝罪すれば神も許してくれる筈よ」

 

「……誰でも良いよ俺の部屋引っくり返して」

 

あらぬ疑いを掛けられたが、部屋を掃除すれば分かるだろう。もう任せる。

 

「我が子の部屋を掃除するのは母の役目!」

 

「それなら夫婦であるわたくしの方が適任です。何しろ夫婦ですから」

 

「……余計なことを言ってしまったな。すまない」

 

「もう良いよ……どうせこうなっただろうし。よし!じゃあ指示通り始めよう!繰り返し言うけど、宝具の使用は禁止!GOGO!」

 

女神だろうが英雄だろうが王様だろうが、住む所くらい綺麗にしてもらいたい。今と昔では違うのだ。今はカルデアに住む1人の住人として協力してもらう。

 

 

袖を捲って気合いを入れた俺はまだその時は気付く筈もなかった。この後起こる災厄(最悪)の事態を。

 

 

「流石旦那様(ますたぁ)。何もないと言うのに偽りは無かったですわ」

 

「母もいかがわしい物を持っていなくて安心です」

 

「私は寧ろあった方がそれはそれで……」

 

「ぐだ男がそんなの持てるような玉かよ」

 

「そう言いながらも実は警戒していたのは黙っていた方が宜しいか?」

 

「言ってるじゃねぇか!」

 

「キャット殿。モードレッド殿をからかうのは止めてくだされ。取り敢えずぐだ男殿の部屋が終わったのであれば大掃除部隊に合流していただけませんかな?あちらも手こずってましてな」

 

「呪腕様。いつからそこに?」

 

「丁度この辺りを担当していたら静謐らの声が聞こえたのでな」

 

わらわらとぐだ男の部屋から出てきたサーヴァント達に大掃除部隊に合流するように促す呪腕。

現在進行で掃除が進められているのだが、如何せんカルデアは(最近になってから更に)広い。開始から1時間は経ったのに4%程しか終わってないレベルだ。

 

「大分掛かかりそうだな」

 

「しかし槍の騎士王(オルタ)殿。それもこれも、我等サーヴァントが増えたからにも原因がありますな。故にきちんと整理整頓を心掛けるべきでした」

 

「ハサンのおっさんはちゃんとしてたぜ?ほら、最近ワンコとかも増えたじゃねぇか。あれだろ。な、父上」

 

「そう気を落とすなハサン。私も王であったが故こんな経験は無かった。それが経験出来るならばとても有意義なことだ」

 

「チッキショー!」

 

モードレッドが恒例のスルーをされて恒例の反応をして他のメンバーに宥められる。

そろそろキャスターの父上辺りが実装されてオレとちゃんと話してくれねーかなー、と思いつつ視線をカルデアの硬質な床に下げていく。と──

 

「──ん?」

 

……カサカサッ。

 

「んん?」

 

……カサカサカサカサ、カサササッ。

 

「んんんんん!!??」

 

「どうしましたモードレッドさん?」

 

それは漆黒。

まるで漆で塗り潰されたかのように黒く、艶がある。

 

それは神出鬼没。

現代の忍者が如く闇に紛れ、光を厭いし闇の世界に住まうもの。

 

それは驚異。

何でも喰らい、異常なまでの生命力で爆発的に数を増やす。

 

それは──

 

「あ……あれは……」

 

それは──

 

「あれって……!」

 

それは──

 

「コイツは──まさか!!」

 

それは──正しく人類悪なり。

 

 

「いやぁ、それにしても改めてカルデアの広さを思い知った次第よ。我々の住む所を綺麗にせねばと馳せ参じたが、これでは手が足りぬな」

 

「そうだねぇ……でも今日中に終わらせないと明日からGWだし、カルデアの保有するビーチに行って常夏を味わいたいからね」

 

「然り」

 

「ムスコ!ぱぱだっこにして」

 

「うむ、待たれよ母上。済まないが抱っこしてくれんかぐだ男」

 

「良いよ。どうしたティアマト?実の息子に抱っこされて恥ずかしかった?」

 

「ムスコだっこヘタ!」

 

「あの……ラフムさん。暫く見ない間に日本語堪能過ぎでは……」

 

マシュが疑問するのも無理はない。

何しろ久々の登場でいきなり口調がメタモルフォーゼしきったラフムが俺と話しているんだから。

 

「マシュ殿。因にだが某は真の名を『根岸 一之丸』と申す故。今後はそちらで呼んでは貰えないだろうか?」

 

「ぁ、す、すみません。根岸……さん」

 

「……!ぱぱ、こえきこえた」

 

「ん?声?」

 

ティアマトが頭の上にしがみついて周りをキョロキョロと見回し始める。ティアマトは俺達より耳などの器官が優れているから、よく遠くの音を感知して遊んでいる。

今回のもそれなんだろうな。

 

『──緊急事態発生。緊急事態発生』

 

「わっ!?何だ!?」

 

『カルデア内にて戦闘発生。敵侵入の可能性あり』

 

「カルデアのエマージェンシー放送だ……でも敵がカルデア内に?」

 

『ぐだ男!聞こえているか!?』

 

と、不意のアラートに驚いていると頭の中に直接声が響いてくる。

実はサーヴァントとマスターは遠距離でもやり取りできるように「念話」なるものが本来は使える。が、カルデアの契約だと特殊なのが災いしてグループチャットしているように皆が聞こえてしまうのだ。そうなると情報のやり取りが混乱するからしないんだけど……。

 

「聞こえてるよアタランテ。敵が出たってカルデアのアラートが鳴ってるけど、何か知ってる?」

 

『知って『助けてマスター!』るも『うわわわ『来たぁ!怖えええ!』わ!』なにも交戦『トナカイ(マスター)さん怖いです!』中だ!『おのれおのれおのれ!』

 

「混線してるぅ!?て言うか一部掛け声とかわざわざ念話しないで!で、何が居るんだ!?」

 

『『『『『『『ゴキブリだ!!』』』』』』』

 

「……なん、だと……!」

 

ゴキブリ。それは人類が発生するよりも遥か……遥か以前よりこの地球に存在していた生命体。

今より凡そ3億年前の時代、石炭期に発生し、未だに形態が変わらず行き長らえている生きた化石(黒い悪魔)だ。

しかし、コイツらは意外にも寒さに弱いのは知っているだろう。だからカルデアにはそもそもこの標高に来れる筈がない。

 

「だが……現にゴキブリがカルデアに侵入している……どこかの特異点からくっついてきたのか……?」

 

「先輩。ゴキブリと言うとやはりあの……」

 

「うん。潰れた楕円の黒いヤツだ」

 

『悠長に話してないで助けてくださいましマスター!玉藻かなりキツいんですけど!』

 

「今行く!場所は?」

 

しかし妙だ。ゴキブリが嫌いな人は多いと思うけど、こんなに皆が手こずるものか?確かに俺もゴキブリを退治するときビビって大きな声を出したりとかしちゃうけど……まさか幻想種だったりして。……まさか、な……?

兎に角、玉藻が言った場所へ向かうと掃除していた筈の廊下には瓦礫や焦げ跡等、掃除する前よりも更に酷い状況になっていた。

 

「皆!」

 

「来たかぐだ男!アレを見ろ!」

 

アタランテが俺の頭を掴んで無理矢理首を曲げる。

痛いと抗議する暇もなく、俺の脳は飛び込んできた視覚情報の処理を開始する。

上がる火の手。崩れる天井や壁。そして1騎のサーヴァントと瓦礫の上を這う黒い物体。間違いない……ヤツだ。本当にヤツがカルデアに侵入して来たんだ!!

 

「秘剣・燕返し!」

 

カサササッ!

 

小次郎の魔剣、燕返しだ。全く同時に3連続の剣撃がヤツ……生命体Gを襲う。セイバーと言えば彼女であるあのアルトリアでも無傷では避けられない(曰く、前よりも強くなっているそう)それならば最早積んだもの。

 

サヒュッ──!

 

「!?」

 

燕返しが当たる直前。コンマ01秒すら遅く感じるほどの刹那の世界で生命体Gは剣撃を捉えていた。更に体に当たらないギリギリで避け、その場から動いていないような機動を見せる。

 

「ぐほぉあっ!」

 

「馬鹿な……あれがゴキブリだって言うのかよ……ッ!」

 

おかあさん(マスター)あれ怖すぎるよ……」

 

「……ドクター!アレが何か分かりますか!?」

 

『どう見てもゴキブリだけど魔力反応もある。幾らなんでも無いとは思っていたけど……それは幻想種とみて間違いないだろうね。多分、ウルク辺りからついてきちゃったのかも』

 

「幻想種!?いや甘いよドクター!これは人類悪だって!」

 

あれ(まじんちゅう)とおなじやつ!」

 

『兎も角、そのゴキブリにはサーヴァントという概念を拒絶する性質があるみたいだ』

 

「概念を拒絶……?つまりアイツが攻撃を避けられ続けるのはサーヴァントという概念から繰り出される攻撃も概念から伸びた枝だから拒絶出来ると?」

 

『?説明のしかたは良く分からないけど、恐らくね。となるとサーヴァントからの攻撃は石ころ投げでさえ効かないだろうね。カルデアにはゴキジェットはないし……』

 

「エミヤ!ゴキジェットを投影だ!」

 

「それでは駄目だと言われたばかりだろう……私が投影してはそれは今言った概念に抵触する。私達は手出しを出来ない。あぁ、因にだがゴキブリはラテン語で『ルキフィガ』と言って、意味は『光を厭うもの』なのだが──」

 

「す、凄く格好いいです!光を厭うもの(ルキフィガ)……!」

 

ゴキジェットが無い。サーヴァントでは対抗できない。概念を拒絶する……つまり磁石のように弾いてしまう。ともなれば師匠と兄貴に作ってもらったゲイボルクもマシン系もえっちゃんに頼んだ邪星剣ネクロカリバー mk.IVも使えない。

 

「ぱぱ。ちーしたい」

 

「ちょっと待ってね。根岸居る?」

 

「此処に。母上の厠ですな?承知致し申した。さ、母上此方へ」

 

「ムスコ!おぶんへた!」

 

「彼も大分おかしな日本語だな……で、どうするぐだ男。私達はエミヤの言うとおり何も出来ないが」

 

「大丈夫。まだ手がある」

 

幸いにも、あのゴキブリはサーヴァントという概念は拒絶するが神秘を拒絶するわけではない。なら現状有効な攻撃を出来るのは人間である俺だけだ。あ。根岸も有効だけど……ティアマトのお世話中だから暫く帰ってこれないだろう。ゲーティアはどうしたゲーティアは。

 

『応援してるぞ!』

 

「お前そこかよ!まぁ良いや。丁度試してみたかったんだ。俺の新・ガンドを」

 

「新・ガンド?」

 

「私が説明してあげる。ぐだ男のガンドもとい眼ドは特殊な加護がなければ確実にスタンを与えられるデタラメなモノよ。それこそ、アーチャーの投影みたいにね。でもそれだけじゃ駄目。いずれ壁にぶち当たるわ」

 

「イシュタルさん、壁とは?」

 

「良く分からないけどきっと当たるわ」

 

イシュタルは時々何を言っているのか分からない事がある。

 

「そこで、わざわざスタンさせてから攻撃なんて面倒じゃない。だから、ここ最近で攻撃力を一気に高めたわ。もし倒しきれなくてもスタンさせられる。一石二鳥じゃない」

 

「確かに……最近の先輩のガンドは攻撃力が飛躍的に上がっていました。先の新宿でもチンピラを一撃でした」

 

「そ。これで益々人外じみてきたけど型月主人公なんだし少し位良いじゃない?ね、アーチャー。後輩なんだからちゃんと教えてあげなさいよ?ルート間違えるとヒロインにですら殺されるとか」

 

「止めてくれないか……」

 

「何だか触れてはいけない部分を知ってしまった気がします」

 

「まぁ、兎に角!やっちゃいなさいぐだ男!」

 

「応ッ!」

 

瞑目。聴覚で敵の発する音を察知しつつ己の魔力の流れに意識を集中させる。

令呪を三画。ここで一気に使う。最近令呪を使う機会がどうもしようもない事ばかりに思えてくるが、気にしてはいけない。

 

「──」

 

真っ暗な視界に光が走る。

己の魔術回路が眼球を走っていく。

 

「──真のマスターは眼で殺す!ハアッ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

撃つ。

撃つ。

撃つ!

 

「ちゃんと相手を視なさい!ただ撃っても当たらないわよ!」

 

「……ッ!」

 

分かっている。分かってはいるのだが、相手が速すぎる。この距離なら着弾までの時間はほぼ零に等しい。なのに、敵はこちらの弾道を読みきっている。まさか……俺の敵意を察知しているのか!

 

「……最近先輩が普通じゃないのではないかと思い始めました」

 

「安心しろ嬢ちゃん。──最初からだ」

 

速すぎる!このままじゃ俺が時間切れになる!このまま……逃がすものかぁ!!

 

「ウオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「ちょ──」

 

このまま撃ってても埒があかない。なら、確実に当たる距離に詰めるまで!

瞬間強化で自分をパワーアップさせ、跳び出す。ゴキブリもそれに反応して間合いを取るが……遅い!

 

「先輩がゴキブリと格闘を始めました!」

 

『見えてるよ!彼遂に幻想──え?人類悪?どうだって良いけど、殴りあいを始めたよ!え?オレと前にもやってる?』

 

「いけぐだ男!もっと腰落とせ!」

 

「何やってるのよ!そんなパンチじゃヘナチョコよ!もっと捻りなさい!あぁんもう!やっぱりマジカル八極拳教えておくんだったわ」

 

「この前教えた通りに殴るの!私の舎弟として恥ずかしい姿見せんじゃないわよ!」

 

外野も熱狂してくる。無論、俺とゴキブリの戦いも激しさを加速度的に増していく。

拳が当たったかと思えば、ゴキブリの姿が揺らいで残像が散る。ゴキブリも壁や瓦礫を蹴って小さいながらも破壊力抜群な一撃を俺の脇腹に叩き込む。

叩き込むと言っても、奴の攻撃手段は体当たりでしかなく、必ず俺にアタックした直後は隙となる。俺はその瞬間に筋肉を膨張させ、その衝撃で跳ねたゴキブリに顔面が地面に当たる位まで上半身を捻り下ろした全力の拳を叩き付ける。

指に伝わる感触……当たった!

 

「──っらぁ!!」

 

ドゴォッ!!

カルデアの床を亀裂が走る。床に埋まった俺の拳の先にはまだ奴の感触が残っている。零距離で魔術を何かしら使えば或いは──

そう思った瞬間、奴は俺の拳と瓦礫の間を瞬く間にすり抜け、床を破壊しながら俺の鳩尾に体当たりを仕掛ける。

全身が浮いて意識も跳びかけるが、メキメキと悲鳴を上げる体に鞭打って四股を踏むように踏ん張った。流石のコイツもそれには驚いたか、すぐさま距離をとって対峙する。

 

「眼を使え契約者よ」

 

「ぬぅん!」

 

休む暇など与えないし、与えられない。俺はすぐに眼ドを発射し、奴の動きについていく。

殴り、殴られ、血ヘドを吐きながら振り向き様に眼ド。宙に浮いた奴を叩き落とすために壁を蹴り、3回ほど宙で体を捻らせて遠心力フルパワーの回し蹴りを食らわせる。

流石のコイツも疲労の色が見え始めたのか、それとも脆弱な飛行能力のせいか、成す術なく再び床へと叩き付けられる。まだだ!

俺は有り余る回転エネルギーと位置エネルギーを新たな運動エネルギーへと変換すべく頭を下にして回転落下する。その運動エネルギーをそのままに動き出そうとするゴキブリへ拳一閃。マルタの鉄拳制裁もかくやと、辺りを破壊が支配した。

 

「はぁ!はぁ!はぁ!うっ……ぐ!」

 

「す、凄すぎます先輩……」

 

「もうアイツは普通の世の中じゃ生きていけねぇな。しっかり面倒見てやってくれ嬢ちゃん」

 

『まだ生きているぞ!トドメをさせぐだ男!』

 

『無理だ!もう彼のバイタルは危険レベルを突っ切っているんだぞ!』

 

「確かに先輩の目から煙が……」

 

畜生……あと少しだって言うのに体が動かない……。目も見えない。

 

──カサカサ……。

 

こ、コイツ……あれだけ戦ってもまだ動けるか!だ、誰か……誰かコイツを倒してくれ!じゃないとカルデアが……カルデアが闇に呑まれる!

 

「ぱぱー。ちーしてきたぉ」

 

「母上ー!そちらは危険に御座りまする!どうかお戻りを!」

 

「ぱぱー」

 

「ティアマト……?」

 

俺の真正面、ゴキブリの背後からペタペタと幼い足音が近付いてくる。まずい!いくらティアマトでもこのゴキブリに攻撃されたらひとたまりも──

 

「ぁうっ」コテッ

 

ブチャッ。

 

「──およ?」

 

「ぅえ~、ばっちい!ぱぱ、むししゃんばっちい」

 

「母上ー!そのような汚物をぐだ男に近付けてはなりませぬ!傷から菌が!」

 

「あー……あのちんちくりんもいけたのか。にしてもアレを一撃の攻撃力とかヤバイな」

 

『終わったのかい!?ボクには転んだティアマトに潰されたように見えたんだけど!』

 

「その通りですドクター。先輩の奮闘のお陰なのか、又はティアマトさんの攻撃力が遥かに高かったからなのか、一瞬で終わりました。一体何と先輩に声を掛ければ良いのか……」

 

心配するなマシュ。俺は充分にやったと思う。自分で言うのも何だけど、今回は滅茶苦茶頑張ったと思う。今までに無いくらい跳び回って殴って、戦ったよ。

けどさ、ティアマトが始めからやってればこんなことにはならなかったと思ってる自分も居るんだ。だけどさ、ティアマトとは言っても今は本当に小さい子供と同じだからそんな事させるのも良くないしアタランテも許さないし……もしかしたら根岸でも一撃とかなんじゃないの?ねぇ、俺は充分にやったよね?頑張ったよね?こんな小さい娘が出来たことも出来なくて、恥ずかしくないよね……?

 

「先輩、確りしてください先輩。戦いは終わりました。治療して今日は休んでください。掃除は私達が何とかします」

 

「うん……俺頑張ったよね?ティアマトとは言え、ちんちくりんの子供に出来たことが出来なくても恥ずかしくないよね?相手は強かったんだよね?なんか呆気なさ過ぎる終わりかただけど、泥沼の戦いをしていたわけじゃないよね……?」

 

「大丈夫です先輩!最近かなり基準とかおかしくなっていますが、普通あんなに戦えません!先輩は素晴らしいです!いっそこのまま自信を失って普通のマスターのように前線に出ないのも良いかと!」

 

「普通のマスター……俺普通じゃないのかぁ……」

 

「あ、いえ!その……!か、型月主人公ならこれくらい普通ですよ先輩!やっぱりこのまま強くなった方がいいかもしれません!ですよねエミヤ先輩!」

 

「う、うむ?そうだな……何なら俺──私が投影魔術位なら教えよう」

 

「何言ってるのよアーチャー。ぐだ男はこのままガンドを極めてガンドの英霊になるのよ。ガンダーのサーヴァントを新設したいわ」

 

「ガンダーラと聞こえたが余の話か?」

 

「いや、征服王が侵攻したそこではない」

 

「……兎に角、休みましょう先輩。ゴールデンウィークはきっと大丈夫ですから」

 

「……うん」

 

こうして俺の戦いは幕を下ろした。

明日からのゴールデンウィーク……滅多にないゆっくり出来る日を味あわずに終わるのか、或いはまたいつもみたいにサーヴァント達の騒ぎに巻き込まれるのか……どっちみち今の俺にはどうでも良かった。

マシュにお姫さま抱っこされて羞恥心とか感じる前に、死んだように気を失っていたから。

 





──ここがカルデアか。素晴らしい。

冠位時間神殿ソロモンが崩壊し、ぐだ男が一命をとりとめてから約2時間後。カルデアには侵入者が居た。
魔神柱アガレス。あの激しい採集決戦の最中、自分の中から溢れた感情で激しい矛盾を起こし、事故崩壊した魔神柱だ。
そんな魔神柱が何故カルデアに流れ着いたのか?それは彼の激しい感情によるものだった。

──解説といこう。私はあの戦いの中、見てしまったのだ。華奢でありながら強く、可憐(ロリ)な英霊の姿を。私達にとって英霊なぞただ邪魔であり異物。英霊如きが何を偉そうにと思っていた。倒すべきものであった。だが、私は己の中からとてつもない感情が沸き上がった。それを何と言えば良いのか分からぬ。ただハッキリと分かるのは──あの英霊をとてつもなく可愛いと思った。

彼に害意は無い。寧ろこのまま誰にも見つからずあのサーヴァントを見ていたい。彼はそれだけでこのカルデアへと泳いできた(・・・・・)のだ。

──しかし、このままでは私も自然消滅しかねない。何か容れ物を探さねば……ん?

そんな彼に俺を使えと言わんばかりのタイミングで現れる黒い物体。それは先の第七特異点からたまたま引っ付いてきた虫。
醜悪過ぎる見た目に彼はかなり躊躇したが、時間もなく遂にそれへと憑依した。虫ゆえに脳なるものはなく、自我もない。全てを自分に書き換えるのは容易だ。
後は魔神柱の成れの果てとて自己改造くらいは使えるので何とか作り替えていけばよい。何しろ、この体なら髪の毛でも食べて生けるのだから。

──よし。これでコソコソしていればバレまい。さぁ……君を今一度我が目に!ジャックたん!

それから暫くの後彼は発見され、やむ無く抵抗して最期はあまりにも呆気なさ過ぎる一撃でこの世を去った。


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ゴキブリはラテン語でルキフィガなのは本当です。
光を厭うもの の意味なのも本当です。


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Order.37 GWはリゾートだと思いました?残念、SE.RA.PHでしたぁ☆

かくして私の病魔は駆逐されたのであった。
薬飲んで睡魔にやられて寝ての繰り返しでいつの間にか2週間……

ネロ「久しいなマスター。さぁ、待ちに待ったイベントだぞ。存分に林檎の力を振るうがよい

エミヤ「BOXガチャを回せ!回転数が命だぞマスター!

「おや?ブリュンヒルデがPU?そう言えばこの前使った分キャッシュバックされてたな……ふむ

エミヤ「その先は地獄だぞマスター



 

 

 

『セラフィックスがヤヴァイ!!』

 

『何だってー!』

 

『折角のバカンスは特異点化したカルデアの保有施設、セラフィックスの対処でおじゃんだYO!何だかBBとか言うAIが未来へのレイシフト(・・・・・・・・・)を可能としたみたいだから行ってきてくれるかな?連れていくサーヴァントはエミヤとネロと玉藻ね!じゃあヨロシク!』

 

『行きましょうか、センパイ』

 

『行ってきまーす』

 

フアアアアア。

 

「──で、帰って来たらこれ(虚数事象)か」

 

「流石BBちゃんと褒めて貰いたいですね。こんな大掛かりな事、他の人じゃ出来ませんよ?」

 

「そうだね……」

 

「そんな事よりもぉ、早くガチャ引きましょうセンパイ。期間終わっちゃいますよ?」

 

「ガチャとか言わなーい!第一、聖晶石は今後の来るべき戦いの為……どーせまた俺だけとか現地サーヴァント数名で戦うことになるからその時の魔力源として持っておきたいし、呼符で──」

 

「じゃあ引きますね。一気に40連!」

 

「やめろおおおお!」

 

 

「おお!?何故コヤツがここに!マスター!コヤツは危険だ!」

 

「わたくしも耳がコーンなに立っております。それは即ち、危険を察知していると言うこと。お分かりです?マスター」

 

「あ、あの……私……」

 

「流石の俺もオタクの何でも契約しちゃう方針には今回驚いたわ」

 

「あら?こっちの(・・・・)緑茶さんやっぱり覚えてます?」

 

「よーく覚えてるっての。オタクにコキ使われたりビーム受けて蘇生させられたのとかな。ついでにそこのお守りの事とかな。つーか、どこでBBと知り合ったんだよ」

 

「今日」

 

「ちょっとぐだ男。こんなのに構ってないで早くカルデアの案内をしてくれないかしら。私会いたいヤツが居るのだけれど」

 

ドン・ファン(オカン)だね?分かるとも!」

 

今回BBを抑えるのは叶わず、イベ限定ガ──召喚で深海電脳楽土 SE.RA.PHで共に戦ったアルターエゴ、メルトリリスと同じくアルターエゴ、パッションリップ。そして立ち位置的にリップと被って発言も姿も見えないセイバー、鈴鹿御前が新しく加わった。

今は皆にカルデアの案内とサーヴァントとの顔合わせとかをしている。

 

「そう言うわけだから皆、仲良くしてね」

 

「仲良く、と言うのはどこまでですか?」

 

「自重せよキャンサー」(CV.ジョージ)

 

「その声でそのフレーズは止めてくれぐだ男。心臓に悪いんでな」

 

「物理で心臓やられたものねランサー」

 

「お前さん……やっぱトーサカの嬢ちゃんだろ?」

 

「えぇ?何の事かしら?」

 

何か言えば皆集まってくるので中々進めない。まぁ、賑やかなのは良いことだと思う。それに折角新入りに案内するのに暗かったら嫌だしね。

 

「取り敢えず先に進もうか」

 

 

「何よ。ここのアーチャーは月のアイツと別物じゃない。詐欺よ詐欺」

 

「仕方がないよ。そもそもネロ達が言ってた月の聖杯戦争(EXTRA)は俺達の世界線じゃないし、召喚は万能お見合い装置ムーンセルじゃないから……」

 

「ムーンセルも変な名前をつけられたものね。まぁ、間違えては無いんだけど」

 

「そう言えばカルデアの召喚システムはどうなってんの?やっぱ触媒やるカンジ?」

 

「基本的には何もないよ。あるとしたら色んな場所で結んだ“縁"だよ。それとサーヴァントが力を貸してくれるか否かの意志とかかな。そうじゃない人も居るけど、基本は誰が来るか分からない」

 

「ムーンセルっぽいじゃん」

 

ムーンセルに関しての情報はネロ達から粗方聞いている。無論、そちらで起きた聖杯戦争もだ。

聞けば聞くほど月の聖杯戦争を勝ち抜いたザビーズ(サーヴァントによって男女異なっていたから)に会ってみたいと思ったりしたこの頃。

 

「そうかな?まぁ詳しいことはダ・ヴィンチちゃんかドクターに訊いてみて。で、皆の部屋に案内するよ。えーと……」

 

「ところで、噂に聞く『サーヴァント悩み相談室』はどこなんです?保健室のAI、BBちゃんならどんな鯖の悩みもイチコロです☆」

 

「イチコロ(物理」

 

「相談室?聞いたことないな……まぁ、それは皆に訊いてみたりしたら分かるかも。他に分からない事があったら俺に訊いて」

 

(((あぁ、相談室ってそこか)))

 

何か納得したような表情をする一同だが、特に追求せずに部屋の案内を進める。

先ずは俺の部屋へ。歩いて数十秒もしない内に俺の部屋に到着した。

 

「ここが俺の部屋。困った時は俺が出来る範囲で話を聞くから内線とか直接来て良いよ。あぁ、因みに念話は内容が皆にブロードキャストされるから注意してね。この前使ったんだけど、混線してヤバかった」

 

「分かりました。じゃあお部屋見せてもらいますね」

 

「なんでさ」

 

「え?だっていつでも良いみたいな事言ってたじゃないですか。先ずは部屋にいかがわしい物が無いか探しちゃいまーす」

 

「まぁ、理由はどうであれ別に良いよ」

 

「あれ?何だか凄く空振りした感が否めないんですけど。良いんですかセンパイ?センパイのあんな性癖やこんな趣味がバレちゃいますよ?」

 

俺の趣味はプラモとか読書のインドア系。 本は言わずもがな英霊になれる人が居るから飽きない。プラモに関しても言わずもがな技術の向上が絶えず、合作なんかも良くやる。

この前は黒髭と作った「1/10 自害せよ、ランサー」フィギュアと「1/100MG ビースト・デンジャー」プラモなんかは出来が良すぎて思わず限定100個ずつ売りに出してみた。しかも次の日には完売だ。

何を言っているのか分からないだろうが、大丈夫だ。俺も分からない。

まぁ、兎に角。結論は部屋を見られても何も無いと言うことだ。

 

「──これ、作ったの?」

 

「ん?あぁ、合作ね。凄いでしょこのディテール。この複合装甲と連鎖可動の再現は死ぬかと思った。これをプラモで再現できるとか黒髭もメディアさんも凄すぎて流石はサーヴァントだって涙がちょちょぎれたよ」

 

「凄いわ……スジボリ、塗装、バランス……全てがプロ──いえ、それを凌駕するわ!まるで本物をそのまま小さくしたような再現度!もうこれはただのプラモじゃないわ!やっぱり貴方最高よぐだ男!」

 

「メルトったら模型とか大好きでこういうの見ると興奮しちゃうんです。でも、ぐだ男さんがそう言うのが好きな人で良かったです。メルトがあんなに嬉しそうに」

 

「カルデアでもあまり分かってくれる人居ないからね。俺も嬉しいよ」

 

後でメルトもモデラーサークルに誘っておこう。

それよりも手当たり次第にいかがわしい物が隠されているであろうベッドの下や押し入れの中の奥の更なる奥等を荒らすBB。本当に何もないが、こんなに散らかされては困ると言うもの。

取り敢えず注意を──

 

「こ、これは!何でここにライダーなベルトが!」

 

「ああそれか。それ魔術礼装(コスチューム)

 

「この真っ黒なやつは?」

 

「それも魔術礼装(コスチューム)。着るとフォースが使えるようになる」

 

「この音楽家ライクな仮面は何ですか?」

 

「それは☆1(いち)仮面。付けると吸血鬼になれる」

 

「嘘!?」

 

「嘘。ちょっと守備力とすばやさが上がるだけ」

 

余り気にしていなかったが、こう見ると魔術礼装が多い。

どれもレベルが最大で、使う機会も少ないからクローゼットに眠っていたが……。

 

「はぁー。ちょっと侮ってましたよ私。これは期待できそうなマスター(おもちゃ)でこの先暇しなさそうです」

 

「大丈夫大丈夫。またイベントの高難易度クエストとかに引っ張られて休む暇ないから」

 

「まー確かに。私、宝具で皆さんのNP増加できますし、それによって回転率も凄いですし、スキルで回復もお手のものですし、アヴェンジャークラスの天敵ですから。逆にこれだけ優れているのに配布鯖なのが信じられないと言うか?」

 

「優れた自己分析で結構。じゃあその超優秀AI、BBの部屋に行きましょうね。だからそこのノートPCに侵入するのは止めていただきたく!」

 

「えー?良いじゃないですかぁ。年ごろの男子のパソコンなんて、趣味と性癖の固まりな訳ですから、そこはちゃんと確認してあげるのがサーヴァントの役割です♪」

 

「令呪をもって命ず。今から案内する部屋で大人しくしていろキャンサー」

 

「くっ……そんなものでこのBBちゃんを抑えたと思わない事ですよ……!」

 

このラスボス系後輩ェ……。

 

「はぁ。行くよー」

 

 

(さっきのパソコン……余りにもセキュリティがガバガバで少し弄くったら中身全部出てきちゃいました☆)

 

BBが令呪の効力で部屋で大人しくしている間、ぐだ男達は各々の部屋の案内に。

その間は如何せん暇になるのでBBは抜き取ったデータを眺めていた。

 

「んー……どれも普通ですねぇ。編成のデータや各サーヴァントとのコミュニケーション記録。特異点での記録……あ、これは?」

 

そんな面白味のない(BBからしたら)データの中、一際容量が大きいファイルを発見。特にパスコード等は設定されておらず、すぐに中の動画データが閲覧可能になる。

 

「これは……」

 

『──えっと……俺はぐだ男。このカルデアのマスターだ』

 

「……」

 

『これは俺が生きていたって証明……今日2015年7月。突然大勢の人が死んだ。スタッフ、マスター、所長……初めて人の死体を見た……さっきまで生きていた筈の人達が急に物言わぬ屍になって……潰れて……燃え……ぅぷっ──』

 

「……」

 

動画はそこで終わり、BBは次の動画を再生した。

 

『──2015年8月5日。特異点が見付かった。現状戦えるサーヴァントはあの事件から助けてくれてるクー・フーリンとマシュ。サーヴァントは頼もしい。だけど、俺はどうしようもなく怖い。どうして……数合わせの俺だけが生き残っちゃったんだろう……もし他のマスターなら──いや、それは良くなかった。兎に角俺がやるしかない』

 

『──2015年9月11日。次の特異点だ。あれから新しい仲間も増えて、戦いにも少し慣れてきた。ただ……俺はやっぱり無力だ。マシュや皆が前に出て戦っているのに、俺は後ろで守られてばかり……自分の無力さに苛々する』

 

『──2015年11月8日。あの爆発が起きたときの夢を良く見るようになった。レイシフトするときのコフィンに閉じ込められながら燃やされ、或いは潰されて死ぬ夢。死の恐怖が全身を走り巡って苦しい……これってそう言うことなのか……?』

 

『──2015年12月30日。明日を過ぎれば2016年になる。タイムリミットが確実に迫ってきてる……でも焦らないようにした。それこそ、俺が死ねばその時点で世界は終わる。絶対にそんな事はさせない。死んだ人たちも報われないし、何より俺自身も死にたくない』

 

『──いよいよ最終決戦だ。今から2時間もしない内にカルデアはソロモンの神殿に取り込まれる。それまでにソロモンを倒さないといけないけど……サーヴァントが誰も連れていけないみたいだから聖杯持って単騎突撃になるみたいだ。ドクターも物凄く悔しそうな顔をしてた。本当に、苦しい決断で泣いてるのを見た。でも、やるにはこれしかない。カルデアが神殿にサーヴァントを跳ばせるようになるまで俺が時間を稼がないと。……泣くまいとは思ってたけど……やっぱり辛い……大変だったけど、楽しかった日がすっごい頭に流れてくる。──ここまで来て死ねるか!』

 

「……はぁ。どこのセンパイ(・・・・)も揃って……これだから世話が焼けてしまうんですよね」

 

抜き取ったデータを全て消し、いつの間にか結構な時間が経過したためか令呪の効力は既に無くなっていたBBは部屋を出、たまたま出会った紫色のライダーに妙な親近感を持ちながら食堂へと向かうのであった。

 




今は和サーヴァントもやってましたね。
まぁ、引かないですが……


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Order.38 触媒はワニマガジン社の雑誌かアンデルセンを

改めて去年のハロウィーンイベントをやり直してみると、シナリオの面白さが良いですね。
私は去年のプリヤイベ少し前から始めたので、ヒトヅマニア達の六章での変わりようにはビビりました。
と、同時にトリスタンは素があれなのに反転のギフトでよくあれくらいで抑えられたなと思いましたよ。

※感想に返信するのが途中で途切れてしまったのでそのままにしてました。申し訳ありません。
ソロンモと呼んでいるのはわざとです。単純にそっちの方でリアルでも呼んでいたので。


 

 

「こどもの日?」

 

「そそ。子供の人格を重んじ、なんかそう、母親とかに感謝する日だね」

 

「説明がおざなりです先輩。ところで一昨日来たBBさんは一体何者何ですか?先輩をセンパイ呼びするとは……」

 

「俺も知りたい」

 

ゴールデンウィーク真っ只中。そう、世間はね。

カルデアはそもそも日本じゃなければ休日がちゃんとある職場ではない。

そう言えば昨日は魔術協会の人達がやって来て勝手なレイシフトとかにガミガミしてたけど……

 

『レイシフトだって無料じゃないんだぞ?ちゃんと承認を得てからにしてくれ。だがまぁ、緊急だったら仕方がないってあるよなぁ。ぶっちゃけ承認処理ダルいしなぁ……もう良いんじゃね?緊急事態なので現場で判断しました、が一番楽だべ。今度お偉いさんと飲み行くからちょっと愚痴ってみるわ』

 

『それな。シール・サーティーン。ディシジョン・スタート』

 

『『『おk』』』

 

『これは、お偉いさんをヨイショして良いように仕向ける戦いである──って感じでやろうず』

 

『冴えてるぅー!じゃあ取り敢えずカルデアはゴールデンウィーク無しね』

 

『え、何でですか……?』

 

『一応お咎めしておかないと怒られちゃうのよ。まぁ、特異点がまた出る可能性もあるからそれへの注意を兼ねてね?気を張っておくよーに』

 

『わ、分かりました』

 

『よし。じゃあ帰んべ』

 

『ゴールデンウィークだやっほぉい!』

 

『俺メッカ(秋葉原)行ってくるわ』

 

『俺サーバルキャット見に行くわ』

 

『イクイク!』

 

『すごーい!私も行きたい私も行きたい!』

 

……と、言う感じであっちはゴールデンウィークを満喫するようすだ。良いなー!

あ、俺も特異点での記録の処理とかやる事一杯あるから休みはない。今もこどもの日の事を訊いてきたアタランテに意識を割きながらデータの整理中だ。あ、関数ミスってる。

 

「成る程。ぐだ男、汝はまだ未成年だったな?」

 

「うん。因みに俺は子供の日の対象じゃないからね」

 

「先輩もそろそろ誕生日でしたね。また皆さんでお祝いしましょう。そして大偉業を成した英雄としてその日は祝日に──」

 

「そんな大それた人間じゃないって……で、アタランテはこどもの日だから何かしたい訳ね?」

 

「うむ。英霊とは言え子供は子供だからな。当然のように戦いへ赴いているが、それを聞いたら違和感を覚えてしまってな……」

 

「成る程ね。じゃあ明日のこどもの日はお祝いだ!アタランテがしてあげたい事とか何か周りでもあったら教えて。俺も協力するから」

 

「ぐだ男君。そこの関数だと循環になってしまうよ?あとそれは効率的なまとめ方じゃないね。ここの関数はこうしてああすればすぐに終わるさ」

 

「じゃあダ・ヴィンチちゃんがやってよ!?真面目にやってぇ!」

 

「ばっか超真面目だぞぅ!」

 

そう言いながら他のスタッフに指示を飛ばしては自分で仕事はしないダ・ヴィンチちゃん。えぇい!ホームズはどうした!?教授はどこだ!?こういう時に限って姿を眩ましてぇ……。

 

「あぁー……何も考えなくても庇護される幼稚園とか戻ってみたいなぁ」

 

「ん?本当に?」

 

「うわ、ダ・ヴィンチちゃん反応早いねぇ。冗談だから止めてよね?」

 

「分かっているとも。この忙しい時に人手が減るのは惜しいからね」

 

「レオナルド!頼むから話してないで手伝ってよ!」

 

 

「──と言うわけなんだ。夜這い常習犯の君達になら出来るよね?」

 

その夜。レオナルドは早速怪しい薬を調合して注射器に詰めたそれをとあるサーヴァントに手渡して指示をしていた。

受け取ったのは常習犯清姫。常習犯静謐のハサン。常習犯源頼光。完璧の布陣だ。

 

「この薬で旦那様(ますたぁ)が子供に……?」

 

「まぁ、法的にはまだ子供だけども。それを使えば起きた時には既に身も心も幼い子供さ。あれだけのデスマを乗り越えた今であれば効き目は抜群。楽しい事になるよ」

 

「嗚呼……これでもっと母に甘えてくれると言うのですね」ウットリ

 

「ぐだ男様のショタ……毒は大丈夫でしょうか……」

 

「さぁ、()きたまえ諸君!」

 

 

午前7時半。今日も食堂ではサーヴァントの皆さんが会話に華を咲かせて和気藹々と朝食を摂っています。

ただ、今日の賑わいは少しいつもとは違っていました。

 

「マシュ。ぼくお腹減ってないよ?」

 

「駄目ですよ先輩。朝食は確り摂らないと1日のスタートがとても辛いことになってしまいます。無理に食べてはいけませんが、少し位はお腹に入れておくのが良いですよ」

 

「わかった。いただきまーす」

 

「フォウ!」

 

「フォウくんおいでー。よーし、いい子いい子」

 

「フォウッ♪」

 

フォウさんを膝に乗せて、一緒に朝食を食べる男の子。背丈は大体目測で120cmも無いでしょう。喋り方や語彙を見る限り、恐らくは6歳前後……幼稚園児程でしょうか?髪は黒く、ウニのようにツンツンした髪型。そんな幼い少年が私の隣に居る。

 

「これがぐだ男だと?随分幼くなったな」

 

そう。この少年は先輩。私が朝起こしに行ったら既にこの姿でした。

私達をちゃんと認識出来ているようなのですが、どうやら記憶の改竄もされているらしく、産まれたときからここでカルデア、サーヴァントの皆さんと暮らしていると思い込んでいるようで……。

 

「スカサハおねぇちゃんおはよー。……クー(にぃ)はまたじらい(・・・)ふんだの?」

 

「──!ぐ、ぐだ男……すまないが良く聞こえなかった。もう一度良いか?」

 

「え……いいけど、クー兄じらいふんだの?スカサハおねぇちゃん」

 

「はぅぁッ!!……っく、くく……まさかこれ程とはな……ぐだ男。後で私の部屋に来ないか?お菓子をたんと用意してあるぞ?」

 

「いいの?やった!」

 

「おいヤベェぞ!今の師匠の顔完全に襲う気だぜ!つーかお姉ちゃんじゃなくておb」

 

どこからともなく現れたキャスターのクー・フーリンさんが何かを言いかけてスカサハさんに締め上げられる。筋力値が低いキャスターでは抵抗が許されず、ものの数秒でクー・フーリンさんの生命活動は停止してしまいました。

で、今のように純粋無垢な子供に精神もなっているのです。

 

「と、トナカイ(マスター)さんが子供に!?」

 

「あ、ジャンタねぇちゃん。おはよー」

 

「わ、私がお姉ちゃん……はぅッ!?」パタッ

 

おかあさん(マスター)が弟になっちゃった」

 

「まぁ!とっても新鮮な気分ねジャック!」

 

幼くなったな先輩の食事スピードが遅いのもあって、食事を終えた皆さんが次々と集まって先輩と話していく。

中々進まない食事。時折フォウさんが促す事はありますが、どうにも終わる気配がありません。

それにしても清姫さん達が見当たらないのが珍しい。こんな状況で飛び付いてこないとなると静まるのを狙っているのでしょうか?

 

「皆さん。先輩のお食事が終わらないので、一度落ち着いてもらってもよろしいですか?」

 

「おぉ、すまぬな。ほら、どかんかセタンタ」

 

スカサハさんが屍となったクー・フーリンさんの首根っこを持って下がると皆さんも近くの席に座って先輩が豆腐を箸で必死に食べようと悪戦苦闘している様子を見守っている。特に子持ちのブーディカさんは今すぐ飛び出して食べさせてあげたいと母性を抑えるので必死そうです。

 

「ごちそーさまでした!よいしょ」

 

「あ、持ちますよ先輩」

 

「だいじょうぶ。マシュもごちそーさました?」

 

「ぁわ、忘れてました。ご馳走さまです」

 

「お母さんごちそーさまでした。エミヤ兄とキャットちゃんもごちそーさまでした」

 

「お、お母さん……!可愛い!!」

 

「お粗末様でした。残さず食べて偉いなぐだ男。頑張る子にはプリンをおまけだ」

 

お母さんとはどうやらブーディカさんの事の様です。

エミヤ先輩は何だかとても対応が自然すぎて怪しく見えるレベルですが、実際それで先輩が喜んでますし子供の扱いとしてはベストかと。流石バトラーのサーヴァント、エミヤ先輩!

 

「しかし妙だな。何故彼が子供に……」

 

「魔術によるものだから、私の宝具(ルルブレ)で解除出来ないか少し視させて貰ったけど……外的な魔術ではなく、体外から取り込んだ術式()が内的な魔術として働いているのと彼の肉体組織を術式の一部として使っているから難しいと判断したわ」

 

「難しい、と?」

 

「えぇ。よしんば宝具で解除したとしても、記憶や肉体への影響が大きいと判断したのよ。貴方は飲んだ薬を取り出すために肉体を全て物質毎に分解する?」

 

「いや、しないな」

 

「そう言うことよ。もう体に溶けてるのは時間の経過で遣り過ごすしかないわ。逆位相の魔術をぶつけたくても彼を分解しないことにはね……単純なものほど読み解くのは難しいのよ」

 

「神代の魔女が言うなら仕方がないな。ま、彼なら何とか戻るだろうしな」

 

メディアさんでもお手上げとは……。しかし誰が先輩にそんな薬を盛れるのでしょうか?そもそもそんな物を作れる人物から探していくのがベストでしょう。

やはり怪しさで言えばあの方が──

 

 

「アタランテねぇ?」

 

「……な、何だこの可愛い生き物は……!」

 

「ぐだ男ですよアーチャー。今日は起きたときからこのような状況らしいです」

 

「きょうもお耳としっぽがかわいいよ」

 

「はぁうッ!もう駄目だ、結婚するぞ」

 

「落ち着いてくださいアーチャー。彼はまだ子供ですよ!」

 

「止めてくれるなルーラー。もう我慢できん。長い間……どれだけこの天然鯖たらしに悶々としていたことか!年齢が足りぬのなら適齢まで私が育て、結婚する!その間に子供も出来ていれば何人も邪魔は出来んさ!」

 

「アタランテねぇなに言ってるか分かんないや。でもアタランテねぇとけっこんしても良いよ?ぼくもアタランテねぇ好きだよ?」

 

「ぁぁぁぁぁあああ!可愛い!!可愛すぎるぞ!!」

 

やはり噂を嗅ぎ付けたアタランテがぐだ男と会話してマトモでいられるわけが無かった。

日頃抑え込んでいた鬱憤や悶々としたものを吐き出し、これ以上とない狩人の顔つきでぐだ男を狙い始めた。流石のジャンヌもアタランテの変わり様に驚きつつもぐだ男を守るために立ちはだかる。

 

「五月蝿いぞ雑種共!そんなに騒いではコヤツも状況が掴めんだろう!子供に気を遣わせてどうする!」

 

「王さまー!」

 

「英雄王……貴様も私の邪魔立てをするか?」

 

「ハッ!子は国の財宝だ。それを愚かな大人共に摘まれてはコヤツが不憫だと言うだけのことよ。その先は、言わなくても解るだろう?なればこちらへ来いぐだ男。最近流行りのハンドスピナ○の原典をやろう」

 

「やった!」

 

「成る程……。現代の子供の流行りはそれですか」

 

「感心している場合かルーラー!このままではアイツ(英雄王)に横取りされるぞ!」

 

「賢王としての彼ならちゃんとぐだ男を教育出来ると思いますよ?」

 

「フハハハ!そう言う事だ狩人。ほれ、ついでにこの杖もやろう。アバダ・ケダブラと唱えると相手に即死が入るぞ」

 

「そくしってなに?」

 

木の枝をそのまま折って少し削っただけのような宝具を渡されたぐだ男。即死の意味が分からない年頃だが、取り敢えず言われた通り呪文を唱えてみることに。

ターゲットはギルガメッシュが指差すキャスターの自分を心臓マッサージするクー・フーリン(ランサー)。

 

「あばだけだヴら!」

 

何故か綺麗なVの撥音が入った呪文を杖は認識。杖先から緑白い光を一筋伸ばし、クー・フーリンに直撃した。刹那、断末魔か分からない呻き声をあげてキャスターの自分に覆い被さるように絶命した。

 

「クー兄ねちゃった」

 

永眠()たな。他のサーヴァントにも試してみよ。クルーシオ等はどうだ?」

 

「おじぎをするのだー!」

 

その様子を見ていた黒髭はとある卿のAA(アスキーアート)を思い出して吹き出し、アタランテはその卿と似ても似つかない可愛らしい仕草に鼻血垂れ流しながら尻尾が暴れまわっている。ジャンヌへの敵意など最早微塵もなかった。

 

「英雄王。幾らぐだ男とは言え、まだ子供だぞ。変なことを吹き込むな」

 

「そうよ。もし眼からガンドじゃなくて闇の魔術が出るのは嫌よ」

 

「いや、ガンドも呪いだし闇の類いであろう」

 

そう言う話ではないとエミヤがギルガメッシュとイシュタルに呆れる。

と、興奮から立て直したのかアタランテが鼻血付きの真顔で問う。

 

「それはそれとして、ぐだ男。今日は周回に行くのか?」

 

「いくよ。アタランテねえもいく?」

 

「ああ!」

 

やや食い気味に即答するアタランテ。だがそれに待ったをかけた人物が。

 

「御待ちくだされアタランテ殿。ぐだ男殿はご覧の通り幼子……そんな彼を簡単な周回とはいえ戦いの場には出せませんぞ。万が一があっては大変ですぞ」

 

「安心しろハサン・サッバーハ。今の私の眼ならぐだ男に近付く埃も見える。あのアキレウスですら捉えてみせるとも」

 

「……」

 

あ、もう駄目だ。コイツにはいくら言っても駄目だと確信した呪腕のハサンの表情が何とも言えない。

何とかして(色々と)危険な状況から守らないとと思考を巡らせているとBBとそのアルターエゴ一同がやって来た。

 

「わっ!本当にセンパイちっちゃくなっちゃんですね!余りにも無垢でBBちゃん、どう弄れば良いか分かりません」

 

「今は自重しなさいよBB。で、ぐだ男は戻るの?」

 

「さぁ……我等にも皆目見当つきませんな」

 

「でも、小さいぐだ男さんも可愛いよメルト?」

 

「メルトおねぇちゃんもリップおねぇちゃんもおはよ。みんなと仲よくできてる?」

 

「……まぁ、確かに可愛いじゃない」

 

「え?センパイ私は無視ですか?」

 

「自重せよキャンサー」

 

「何でですかぁ!」

 

BBには当たりがキツめのぐだ男は何故かその言葉しか返さない。

このゴールデンウィーク、彼女が全ての元凶な訳ではないが、少々自分の欲望を出しすぎたり仕方がないとは言え、面倒事ばかり押し付けてきたのが巡って潰されているのが影響していた。

BBもカルデアに来てから比較的大人しいが、隙あらば掻き乱そうとする辺り大分警戒されているようだ。ある意味とあるアラフィフアーチャーよりも厄介な相手だ。

 

「仕方がないでしょ。アンタ隙あらば掻き乱そうとしてるんだから」

 

「えぇー!私少しだけしか企んでませんよ!?ちょっとセンパイのマスタープロフィールを弄くって女の子にしてから色々しようと思ってた位ですよ!」

 

「充分過ぎです!確かに自重して下さいおか──BB!」

 

「確かに自重なされよBB殿。ところでお二方はお時間有りますかな?ぐだ男殿が周回に行きたがって仕方がないのですが、護衛をお願い出来ませんかな?あぁ、BB殿はそこで挙手をなさらなくて結構ですぞ」

 

「皆さん本当に私に酷くありませんか!?良いですよじゃあ!本当の諸悪の根源が誰か、教えてあげますからね!」

 

プンスカと擬音付きでBBが去ると、メルトリリスがBBの捨て台詞に悪寒を覚える。すぐに止めないと恐らく大変面倒臭い事になる、と踵を返した。

 

「あれ?メルト行かないの?」

 

「ぐだ男は任せたわよリップ。私はちょっと気になることがあるから行かないわ」

 

「……分かった。じゃあ私がぐだ男さんを守るね」

 

「お願い」

 

「呪腕の。(オレ)は用事で子守りは出来ぬ。精々死力を尽くせよ」

 

「心得た」

 

英雄王ギルガメッシュが苦手な呪腕のハサンでも、キャスターの方はどうやら普通に会話が出来るらしい。

他を雑種と呼んだりするのは変わらないがギルガメッシュも相手の話を聞き、会話がちゃんと成立している辺りが嫌われない大きな理由だろう。あのエミヤですら嫌がらないあたりが良い標本だ。

 

「私もお供しますけど、他に誰か誘いますか?」

 

「そうですな。アテがあれば是非とも」

 

「はい。じゃあ──」

 

 

「私のタコの如く海魔が敵を蹂躙しましょう!!」

 

何故(なにゆえ)彼を……ジャンヌ殿」

 

「ジルが子供の相手に最適だと思ったんです」

 

「タコだぁぁぁ!!おいしそう!」

 

「彼が適しているのは少し違う場面のような気がするぞルーラー……」

 

「大丈夫です。たまに興奮して眼が更に出てきちゃったり暴走しかけますが、ちゃんと押し込んであげれば落ち着くので」

 

「ちっとも美味しそうじゃ無いです……」

 

海魔が地面から生える腕達を一掃する。無論、タコには全く見えないがぐだ男はひたすら美味しそうだと興奮していた。

既に周回を始めてから5分。ジルのテンションとぐだ男のテンションとその他の上がりきらないテンションで妙な空気しか漂っていないこんな状況でも、腕は何も言わずただただ倒され、種火を落として逝く。

そんなハイテンションなジルも、かつては最高にCOOOOOOOLなアート(・・・)を作ってたりしていた異常者だ。カルデアでは契約者であるぐだ男が善性に溢れているのと、ジャンヌが一杯居るので異常的な殺人性はすっかりナリを潜めてる。特に幼いジャンヌ(サンタ)に対してはただの過保護者でしかない。

が、どうであれ生前の行い的にもアタランテは気が気ではない、と警戒しながらぐだ男の姿をその眼に焼き付けていた。

 

「いかがですかな?」

 

「さいこうにクールだよ!もっとやって!もっとやって!」

 

「よろしい!では、おきに召すまでこのジル・ド・レェ、宝具を打ちましょう!」

 

「あの、ジルさん。そんなに前に出るとぐだ男さんが危ないんじゃ……」

 

「前?──あぁ、これは失礼をッ。不肖ジル・ド・レェ、危うく役目を忘れるところでした」

 

「いや、既に忘れていましたぞ」

 

「ごめんねジル……おこられちゃった?」

 

「違いますよぐだ男。ジルは少し興奮しすぎたので落ち着いてもらうだけです。貴方はちっとも悪くありませんよ」

 

ぐだ男の目線に合わしてしゃがみ、自分に責任を感じたぐだ男を撫でるジャンヌ。子供の扱いになれている訳ではない筈だが、流石は聖女と言ったところか。

 

『ぐだ男君。ぐだ男君。居るかい?』

 

「ドクター?」

 

『良かった無事か。ちょっと訊きたいことがあるんだけど、良いかな?』

 

「ん」

 

『昨晩誰が君の部屋に入ってきたかとか、何か薬とか呪いを受けたとかはないかい?何でも良いんだけど』

 

「?ふつーにねてたよ」

 

『だよね……分かった。取り敢えず気を付けてね。シミュレーションとは言え、危ないから』

 

「大丈夫ですよロマニさん。ぐだ男さんは私達で絶対に守りますから」

 

『君の戦力はそのメンバーの中でも大きいからね。ぐだ男君を頼むよパッションリップ』

 

「はい!頑張ります!」

 

パッションリップが意気込んでガッツポーズをすると思いの外近くにあった木を薙ぎ倒してしまう。

その衝撃にパッションリップはビックリして尻餅をつき、倒れた木は海魔と戯れるぐだ男へと迫る。当然ながらパッションリップはそれに気付かず、アタランテは戯れるぐだ男を注視していて気付かず、ジルはまだ残る腕に芸術性を感じていて気付かず……辺りを警戒していた呪腕のハサンとパッションリップの行動を見ていたジャンヌだけがぐだ男を守るために駆け出していた。

 

「ぐだ男殿ォォォ!!」

 

「くっ!間に合わない!」

 

今まさにぐだ男へと覆い被さらんと迫る木。あと数cmとまで来たその時、ぐだ男が首を90度、折れそうな早さで回転させて双眸から閃光を放って木を逆再生よろしく跳ね返す──まではいかなかったが反らして直撃を回避した。

子供ながらにしてこの反射速度と自己防衛能力。そして眼ド。いよいよ「数合わせの一般人」が行方不明になっていた。

 

「……これは良いのでしょうか?もう世に放ったらまずい気がしてきましたけど」

 

「そもそもぐだ男殿は戦いが終わった後に以前の生活に戻れるのでしょうか?彼は世界の秘密を多く知ってしまった。今までの生活からは感じることのない神秘と脅威。そして彼自身の我らサーヴァントを繋ぎ止める力……と明らかに人外のガンド。協会達がそのまま放置など有り得ませんな。一時は心配されていた抗争も巻き込まれずに済みそうですが、生きた資料としてはいつか協会本部に呼ばれたり等もありそうです。どのみち、大多数の魔術師からすればただの一般人如きがと嫌われるでしょうな。まだ暗殺などの可能性もある。せめて……命の危険が無くなるその日まで、我らが傍でお守りしなければ」

 

「えぇ。彼が守った筈の世界に殺される……そんな、悲しいことはあってはいけません」

 

「よごれた」

 

「ご、ごめんなさい!私ビックリして……その……」

 

「きにしない。きにしない。おフロに入ればだいじょうぶだから」

 

埃を叩いてあげたいが、自分の手ではどうしようも出来ないとパッションリップは分かっている。でも咄嗟に出して行き場の失ったそれらはどうするべきかと体は迷っていた。

そんなパッションリップの心情を知ってか知らないでか、ぐだ男は巨大な爪を触る。無論、パッションリップは普段気を付けていても危険なものには変わらない。抜き身の刀をぶら下げているようなものだ。

しかしぐだ男はその爪を何の気なしに触って笑顔を見せる。

 

「リップおねぇちゃんはいつも気をつけてるから、つかれるよね。でもだいじょうぶだよ。ぼくはそれっぽっちじゃケガしないし、リップおねぇちゃんがすっごくやさしくさわってくれるから!」

 

小さなぐだ男なりの、励まし。ややあやふやな説明だが、それでも精一杯の気持ちを表していた。

パッションリップはその言葉で目頭が熱くなり、思わず泣いているのを悟られまいと天を仰いだ。

 

「メルトも……嬉し泣きしちゃえば良いのに」

 

ボソッと呟いた彼女の言葉は今ここには居ない、メルトリリスへと向けられていた。

 

 

一方その頃。

カルデアではメルトリリスが怪しげな行動をするBBを追っていた。

 

「……何を考えてるのかしらあの女は……」

 

そう言葉を漏らしたが、悲しいかな自分のオリジナル。何をしようとしているのかは先程の捨て台詞で薄々勘づいていた。

出所不明の聖晶石を持ち、途中何かに気が付いたアンデルセンを無力化してこっそり侵入する召喚室。何を呼び出すつもりなのか、触媒はアンデルセンそのもの。

 

「……あんな(・・・)のを呼ばれたらたまったもんじゃ無いわね。まぁ、良い機会だし触媒(アンデルセン)を消そうかしら」

 

「──とか思っているのは丸分かりですよメルト!今回の元凶は誰なのか、ハッキリさせてあげますとも!」

 

「ちぃっ!バレてたならしょうがないわね。まとめてゼリーにしてあげるわ!」

 

「あっははは!無駄です!てゆーか元々まとめてゼリーにするつもりだったでしょう貴女!私だってこんなことはしたくないんです!」

 

じゃあやらなきゃ良いだろう。と言っても無駄なのは分かりきっている。だからメルトリリスは即座に宝具を解放。召喚サークルの真ん中に投げられたアンデルセンを消し飛ばそうとする。だが──

 

「おっとそうはさせません!」

 

BBが自ら応戦する。

過去に“自分”が行ったチート程の力は無いが、それでも充分過ぎる力はあるBB。電脳空間ではなくてもシェイプシフターを呼び出して壁とし、FGO世界準拠のダメージ値へと置き換わったさくらビームで床ごと焼き払う。

 

「やっぱりここ(カルデア)でも威力は抑えるのね。ルール改竄好きな貴女が珍しい」

 

「今回は本気を出しちゃうとムーンセルとは勝手が違うので電源(アプリ)が落ちたり運営やユーザーから文句が出ちゃうので自重中です♪」

 

「本当っ、メタな発言──ね!」

 

「だってぇ、本当は私がガチャ限定の鯖になる予定だったのに、どこかの誰かが配布にしようなんて良い始めて。何で貴女がヒロイン飾って☆5なのか!Fateのラスボス系後輩は代々桜顔って決まってるんですよ!?」

 

「それを言うなら私もリップも入るでしょ!」

 

「……っくぅ……俺は何を……?」

 

どうしようもないやり取りがなされている最中、鈍い頭の痛みで覚醒したアンデルセンが上体を起こす。

眼鏡をかけ直し、状況の確認。召喚サークルの真ん中に無造作に投げられた自分と『5月配布分』と書かれた袋に聖晶石が2つ。何をするにも重たい今の頭でも目の前の超級問題児が何をしようとしているのか予測がつく。

だからこそアンデルセンは分からなかった(・・・・・・・)

 

(どういう事だ?この馬鹿が俺を使って召喚しようとする奴は英霊になれる筈のない人類悪だろうに。いや、そもそもはぐらかされているがコイツらとぐだ男はどうやって知り合った?コイツら自信も喚ばれる筈が無いだろう。何が──いや、何をした(・・・・)BB!)

 

「うふふ。もうその答えには辿り着いたのではないですか?」

 

「このドデカいメロン峠に響いた牛のような女の声……!?まさか!」

 

「酷い……そこまで言わなくても良いでしょうに、アンデルセン?」

 

「何て事してくれたんだこの馬鹿タレ(BB)がー!マスターどころかカルデアが死に絶えるぞ!主に種的な意味でな!」

 

「まぁ、アンデルセン。私だってサーヴァントとして召喚された身。アルターエゴとして使えている以上、契約が切れるまでは禁欲すると己に誓ってこの度参上したのですよ?」

 

「何が禁欲するだ馬鹿め。どうせお前の事だ。ただ大人しくしているのではなく、いつ終わるか分からない禁欲プレイを愉しんでいるだけだろう。それも誰彼構わずやらかさないだけで、ぐだ男に対してはいつでもウェルカムなのが言葉の端々から読み取れて気に食わん。マーラか?」

 

矢継ぎ早に攻撃するアンデルセンとそれをいなす新たなサーヴァント──

 

「漸く来ましたね殺生院キアラさん!」

 

「よくもこんな怪物を呼んでくれたわねBB!」

 

「怪物だなんて。これからは仲間として戦うわけですから、先の事(・・・)は許して貰えませんか?メルトリリス」

 

「ははぁ?成る程。先の事、か。おいBB。この間お前がカルデアに突然現れる前、何があって何をした?得意のチートか?」

 

「どうせ何をしてナニがあったか大体予想ついてるでしょうに。まぁ、でも良いですよ。お話ししてあげます。事の発端と結末を」




それにしてもネガ・セイヴァーのスキルでルーラーにも有利とれるって最早ビーストなのでは……?

それと幼女じゃなくてごめんなさいね!


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Order.39 剛胆

何かと誤字報告有難うございます。
私も見直しを行っているのですが、やはり他の人から客観的に見た方が見付けやすいんですね。どうも見直しても間違えてるとは気付けず……

あと更新遅くてすみません。ちょっと多忙で仕事が終わランスロット状態なので中々……まぁそれはそれとして。
柳生さん渋くて格好いいですねぇ。頼光さんとか酒呑ちゃんはどうでも良いから柳生さん欲しくて三万ぶっ混みましたよ。結果的に柳生さんの宝具は2になりましたが、なぜか別に狙ってもいなかった酒呑ちゃんが3枚も……なんでさ。




 

「犯人は貴女でしたか……レオナルド・ダ・ヴィンチ!」

 

「ダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ。所で、何の事かなマシュ。今回のぐだ男君幼児化の犯人は私だとでも?」

 

「無論、1人ではありません。清姫さん、静謐さん、頼光さん。貴女達3人も被疑者に含まれていると自覚してください!」

 

「そんな事を言われましても……」

 

「我が子が幼子になりたいと言ったのですから、母としてうんと甘えさせてあげたくなっただけですけど?」

 

「私は百貌の人格(ちびハサン)がぐだ男様ともっと仲良くなれるかと思って……」

 

「静謐さんの動機が想定外で否定できません……!」

 

カルデアにとんでもない尼が召喚されたとも知らず、マシュが今回の騒動の原因と思われる被疑者4人に詰め寄っている。

清姫の前である以上、嘘はつけないのだが否定はしていないレオナルド。その他の3人はハナから隠すつもりも無く早々に打ち明ける。

 

「どうして先輩を子供にしようとしたんですか?」

 

「彼が『あー、幼児になりて』って言ったから叶えてあげたのさ。彼も色々心労が溜まっていただろうし、ここらで気分転換でもして貰おうとささやかなプレゼントさ」

 

「いや、気分転換も何も先輩の記憶が都合よく改竄されていたので元々の心労が癒されるわけでは無いかと……」

 

「人は時に、何かを得るために何かを手放さなければならない。つまりはそう言う事だよ」

 

「つまりどう言う事ですか」

 

個よりも多をとった(楽しそうな方にした)

 

「そんな事で……ドクター。危険なサーヴァントには令呪の睨みを効かせておくと言うエミヤ先輩の教えを忘れましたか?」

 

「そうは言われても困っちゃう訳で……忘れてると思うけど、彼は自分の複製人形をマスターと言い張って現界しているんだ。令呪の使用権は彼自身にしか無い。仮に出来たとしても範囲が広くて効果が薄いんじゃないかな」

 

そう。忘れがちだが、レオナルドはカルデアに召喚された最初の3騎のサーヴァントの1騎だ。

1番目のサーヴァント、ソロモンは聖杯を獲て人間(ロマニ・アーキマン)に成り、こうしてカルデアでデスマとネットアイドルに明け暮れているしマスター以前にサーヴァントではない。

2騎目のギャラハッドはマシュと融合し、デミ・サーヴァントのマシュのマスターがぐだ男となっている為他のサーヴァントと同じ。

つまり、カルデア内で唯一令呪の縛り無く好き勝手できるサーヴァントなのだ。

 

「ところで、どうだった?ぐだ男君の無垢な幼児時代の姿は?こう、母性的なものを感じたんじゃないのかい?」

 

「確かに……こう、いつも以上に守ってあげたいと思いまし──ってそうじゃありません!もし特異点が発生したらどうするんですか!」

 

「その時はほら、マスター固有スキルの主人公補正:EXで乗り切るだろうから」

 

「何て無責任な発言!」

 

「まあ、落ち着いて。今すぐに何かある訳じゃ──」

 

「レオナルド!大変だ!魔術協会がぐだ男君を時計搭──協会本部に寄越せと言ってきたぞ!」

 

インカムに届いた情報から驚きの余り、言葉としてはアウトプットしてしまったロマニ。

魔術協会が本部に召喚命令……困った事に、単独でやってこいと言うのだ。これも、カルデア内のデータ改竄がバレて情報の信憑性が問われる事から起きた事態。情報の信憑性を求めるなら、本人に訊いた方が確実だからだ。魔術や薬を使えば言わずもがな。

当然ながら電話を受けていたスタッフが同行者を許可しないなら駄目だと突っぱねていたのだが、協会の怒りを買ってカルデアが解体されればサーヴァントは契約を保てないし皆ここを出ていかざるをえなくなる。ともすればまだまだ身の危険があるぐだ男を守るものが無くなってしまう。突然彼が消息を絶つ、なんて事もあり得た。

 

『──だから彼を守るためにも、彼を協会本部に向かわせるしか無いんだ。その為に何人かサーヴァントを付き添いで選びたい。他にも決めたいことがあるし、1度戻ってきてくれ』

 

「分かった。カルデアが解体される事はまだ無いだろうけど、用心するに越したことはない。戻るよレオナルド。で、ぐだ男君を戻す方法は?」

 

「薬と同じさ。時間が経てば効果はなくなる。一日限りだろうね」

 

「ところで、君達ならすぐぐだ男君の所に行くと思ったんだけど、どうしてここに?」

 

「実は──」

 

頼光ならすぐにぐだ男を我が子のように接しに行くのでは無いかと思っていたロマニ。それはマシュも同様らしく、ロマニに頷きながら頼光の言葉に耳を傾けた。

 

 

 

時は昨夜。

ぐだ男の部屋の形骸化したセキュリティを排除し、部屋へと侵入した3人は先ず誰が注射器を扱えるかで悩んでいた。

 

「私の時代には注射器はまだ存在していなかった。使い方こそ分かりますけど……」

 

「日本にもありませんでした。兎に角これを旦那様(ますたぁ)の柔肌に刺すのは気が引けますが……」

 

「ですがこれも我が愛する子の為。母とは時に子の為に己を犠牲にしなければならないのです」

 

最早柔肌と表現して良いのか分からなくなったぐだ男の腕を捲り、取り敢えず一番太い血管を探すことにした。

幸いにも、薄暗い中でも視認できるレベルで血管が筋肉に押し上げられて隆起していたので長い夜這い経験で培った、ぐだ男が絶対に起きないレベルの力で腕を鬱血させる。

 

「で、誰がやります?」

 

「正直、怖いですね。うっかり刺しすぎてしまったり針が折れたり等……」

 

「では私が……。職業柄手先は器用なので」

 

「毒その物の貴女が薬を打つという珍妙な絵面になりますね」

 

「……いえ。やっぱりここは私が。この頼光、不器用ではカルデアの厨房を担えませんので必ずや成功させてみせましょう」

 

「でしたら私も、妻として夫の治療くらい出来なくては」

 

結局誰がやるか意見が別れ、平行線のまま時間が過ぎて行く。流石のぐだ男もその五月蝿さに目が覚めたのか、重たい目蓋を擦りながら身を起こした。

 

「……誰だよこんな遅くにぃ……」

 

「はっ!いけません!まだ眠っていてください旦那様(ますたぁ)!」

 

「んげぁっ!?え、何!?きよひーどうして!?」

 

寝起きの頭で必至に現状の理解を試みるぐだ男。しかし、どうにも上手くいかずされるがままにベッドに押し倒されて腕を押さえられる。

それを見た頼光と静謐のハサンもすかさずぐだ男を押さえるために飛びかかった。

頼光は両足を。静謐のハサンは注射器を持っていたので倒れたぐだ男の腹に馬乗りになってぐだ男の動きを封じる。

 

「な、何で皆がここに!?」

 

「すみませんぐだ男様。これも貴方の為なんです」

 

「何が!?」

 

明かりが少ない部屋で僅かに視認できた注射器。ぐだ男は即座にバックに居るであろうレオナルドの存在を導きだし、ここ最近のレオナルドと自分の発言から関係がありそうなのをピックアップ。恐らく自分を子供にでもする便利な薬なのだろうと秒で導きだした。

 

「くっ!デスマ後だと力が出ない……ッ!」

 

「首には太い血管がありますから、そこに刺せば広がるのが早そうですね」

 

ブスッと雑に刺さる針。慣れることのない嫌な痛みを首に感じと、やや体温より低い液体が流れ込んでくる感覚。

下手に頭を動かせば思わぬ怪我をする恐れもあり、ぐだ男は大人しく動かないようにするしかなかった。

 

(薬……!効いてきたか……ッ、もう手、遅れか?いやッ!カラダもってくれよ!)

 

_人人人人人人人人人人人人人人人人人人_

> 令呪──三画だああああああッ! <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

 

「「「!!」」」

 

 

 

「──その令呪により、私達は近付くことが許されなかったのです」

 

「どうりで……」

 

「ぐだ男様がもとに戻るまで私達は近付けません。何とかその打開策は無いかと伺っていた所でして」

 

「諦めてなかったんですね……静謐さんの動機は良いとして、皆さん自分の欲望を出しすぎです」

 

「そんなマシュに吉報だ。ぐだ男君がどうやらお風呂に入るみたいだぜ。大浴場の、しかも女湯に」

 

「エェッ!!??」

 

 

「ふははは!きゃすとおふ!」

 

「こらこら。服を脱ぎ捨てるな。ほれ、ちゃんとここに入れるんだ」

 

「はーい」

 

「すみませんアタランテさん、服脱ぐのを手伝って貰えませんか……?」

 

「汝の爪も大変だな。少し待て」

 

大浴場では既に裸のアタランテとぶかぶかのトランクスを穿いたぐだ男と脱ぐのに手こずっているパッションリップ、これからサウナに入るカーミラや武蔵……その他数人の女性サーヴァントが湯を求めてやって来ていた。

ぐだ男は女湯に入って良いラインギリかアウトかなんて問題は年相応に頭に無く、無邪気に騒いでいた。

 

「むさしちゃんこんにち!」

 

「“は”は入らないのね。それに確かな美少年ではあるけど、流石に幼すぎるかな……もうちょっと成長した方が──っと、またやっちゃった。こんにちはぐだ男君。随分傷だらけだけど、怪我したの?」

 

「これ?これはね、さいしょのとくい点のやけど!これはローマでさされたときの」

 

「……痛い?」

 

「ううん。あ、でもたまにいたいかな。でもね、ぼくは泣いちゃいけないの。ぼくよりももっと泣きたい人がいっぱいいるのに、泣けない人がいるのに、えーと……あれ?何で泣いちゃいけんないんだろ……」

 

「──酷いことをする人も居たものね。記憶が改竄されて体との乖離が起きているじゃない……ぐだ男。貴方、アメリカで手足が千切れかけたの覚えていて?」

 

カーミラがぐだ男の目線に合わせてしゃがみ、太股の辺りに走った傷痕をなぞる。

そこだけ皮膚が新しいのか色が薄く、うっすらと縫い合わせたような跡も見られる。微妙に隆起したそこを触られてくすぐったさを覚えたぐだ男だが、カーミラの問いに少し頭を捻って答えた。

 

「えーと……アメリカ……たしか、足とか手がちぎれて……」

 

「千切れてないわ。ちゃんと繋がってるでしょ。まぁ、切り落とさないと危険な状態だったけども。スプラッターなものは見慣れた私だけど、腕脚が皆明後日の方向を向いてグチャグチャなのは初めてみたわ」

 

「?」

 

「汝は拷問だからな。私とて、あんな酷い姿を見たのは初めてだ。人間の技術──科学の進歩と脅威を改めて思い知ったぞ」

 

「泣かなかったよ?」

 

「──そう」

 

「……」

 

(泣いてはいけない。誰もそうは言ってない筈だけど……そう。君はいけないと思ったのね)

 

武蔵が思っている通り、ぐだ男は泣いちゃいけないと教えられた訳ではないし強要されているわけでもない。

いつの間にか本人がそれを押さえ付け、自分にルールを課しているだけだ。

世界を救う。多くの屍を越え、前進する。命のやり取り……そう言う状況におかれた彼は自分を押し殺す事が多々あった。彼はただの一般人……なのにここまで耐えて来れたのはもしかしたら、精神が元から強すぎたのか或いは──レフによるテロの直後、最後のマスターとなってとてつもない責任が降り掛かってきた瞬間に、彼が己を殺した(・・・・・・・)のか。

流石に無いだろうとは思う武蔵だがいつもと違う無垢な彼を見てしまうと、この先が心配になってしまった。

 

「むさしちゃん?」

 

「──ううん、大丈夫。じゃあ入りますか!」

 

「うぇーい!ろてんぶろー!」

 

 

「……そうか。やはりアイツも人間と言うことか……」

 

嫌がるメルトリリスを押さえてBBが事の発端と結末を話した。

終始展開に驚いていたアンデルセンだったが、最も驚いたのはキアラにぐだ男が殺されていたという別の結末。

メルトリリスのお陰で実際はそうなっていないが、多くの特異点を生き抜いてきたぐだ男も死ぬ時は簡単に死ぬ人間だと、そう言う未来が常にあるんだと認識し直していた。

 

「まぁ、私は覚えていないんですけどね。道理でメルトリリスが私にずっと殺意を向けてくる訳です」

 

「そうでなくても向けるわよ。何なら今すぐ殺してあげるわ」

 

「じゃあ私がキアラさんの召喚者なのでマスターですね!では早速──」

 

「馬鹿かお前は?他人のアプリデータでガチャして当たった鯖はどう足掻いてもそのアプリデータの持ち主の鯖だろう」

 

「な!?」

 

「ルール改竄が得意なら先ずルールを把握しろ。あとお前(キアラ)は帰れ。レアプリズムになって貢献しろ」

 

「そう息巻かなくても良いではありませんかアンデルセン?先ずはぐだ男さんに面会など……」

 

BBを置いて、キアラが好き勝手に出歩こうとするのを阻止しようとするメルトリリスと文句を垂れるアンデルセン。

足元には2つの聖晶石と袋。それらを拾ったBBは「扱いひどくありません!?」と叫ぶのであった。

 

 

その日の夕方。

夕食を頬張っていたぐだ男のもとにキアラがやって来た。

エミヤがぎょっとし、デミヤもぎょっとし、パッションリップはぐだ男を守ろうと立ち上がり……彼女を知るサーヴァントは揃って警戒した。

当然ながら突然の登場にぐだ男の隣に居たマシュは混乱。オロオロしているとぐだ男が咀嚼していたご飯を飲み込んで開口一番こう言い放った。

 

「ケンカはだめだからね」

 

それはキアラに向けて言ったのもあり、周りで警戒していたサーヴァントに向けても言っていた。

ぐだ男自身も相当驚いていた。だが、カルデアに召喚されるのは力を貸してくれる者だけ。この間は殺し合ったが、今はそうではないと理解した彼は既に受け入れていた。

 

「……成る程。これがカルデアのマスターなのですね……」

 

「分かっただろう?コイツはお前には扱いづらい男だろうよ」

 

アンデルセンが去ると警戒していた他のサーヴァントも多少気にはしつつも雑談や食事に戻る。

何だか取り残されてしまったキアラは周りを一瞥してどうしたものかと短く息を吐く。すると──

 

「キアラさん。そこすわって」

 

ぐだ男が自分の目の前の空席を指差して座るように促す。

 

「はい。どうしましたかぐだ男さん?」

 

「カルデアにきたらまずお話し。すきなこと、きらいなこと、いっぱい話すんだよ。だからキアラさんもお話ししてみんなと仲よくしようね」

 

「──」

 

何でぐだ男が幼くなっているのか事情は知らないが、あの深海で殺しあいをしたとは思えないコミュニケーション意欲。

まさに昨日の敵は今日の友とは言ったもの。そんなある意味剛胆なぐだ男に思わず口角が緩んだキアラは先ず自分の好きな事から話すことにした。

 

「そうですね。私の好きなことは──」

 

その数秒後。内容が段々とR規制がかってきて正義の味方2人に止められたのは言うまでもない。

 




次回はロンドン!

カルデアはどこの国なのか分からないが、取り敢えず山を降りて空港へ向かう!

ロマニ「良いかい?海外では特異点とは違う危険があるからね」

ぐだ男「おっけぃドクター。とっとこロンドンに行ってさっさと帰ってきますよ」

新茶「ンー。この警戒心の無さはわざとか素なのか分からないね。兎に角、私も付いていくから安心したまえ」

JDASL「飛行機が何で飛べるのか論理的に知りたいです!」

切裂ロリ「えーとね、確か翼の形が流体力学ではお馴染みのベルヌーイの定理とかで揚力を発生させる設計になってるのと、鉄じゃなくてジュラルミンとかのアルミ系を使ってるからしなやかで軽いし──」

ロリ本「アルミニウムには1000から7000番に分けられててそれぞれ純度や製造法が違うのよ?」

JDASL「何だか色々おかしくありませんか!?」

叛逆娘「それを言うならぐだ男の眼からビームが出る時点でおかしすぎるだろ。絶対ぇ協会でビビられるぜ」

ぐだ男「よし!いざ行かんロンドン!」

万能の人「所でぐだ男君。何で乗れたのかは分からないけど、その飛行機はオーストラリア行きだよ」


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Order.40 GO LONDON!

レイアちゃんの眼鏡とネクタイは実に良かった。
真面目なキャラだからこそ馬鹿な事もやり通しちゃうのも良いね。
この勢いでクリスマスにはノッブと柳生さんがダンスしちゃっても良いと思うの。



 

 

 

この間のデスマが効いたのか最近の記憶が曖昧な中、ドクターから呼び出しがかかった。

 

「協会本部に呼び出し……報告書の赤ペンならPDFでお願いしますってちゃんと書いたんですけど」

 

「いや、そんな事じゃないんだ。と言うかそんな事報告書に書いたのか……兎に角どうするつもりか分からないけど、余りに危険と判断したんだ」

 

「そこで私が同行することになったのさ。正直現代のロンドンは良く知らないから留意しておくようにネ」

 

「モリアーティは胡散臭いけど頭が回る。いざとなったら彼に頼れると思うんだ」

 

「ねーねーロマニ君。私も悪の親玉だけど臭いとか言われるとショックなんだよネ。ねぇ、聞いてる?」

 

「教授はとても頼れるよ。悪いこと考えるのは仕方がないけど、それはモリアーティ(犯罪王)を成す大事な要素だからね。宜しく教授」

 

教授……アラフィフは時々寂しくなると拗ねちゃうからこうして素直に良くも悪くも思ったことを言ってあげると、NPが一気にたまる勢い(高速神言が如く)で元気になるからやる気を出させたい時にはとても良い。

 

「ロンドンは私も良く知ってるよ。だけど今のロンドンは良く知らないから許してね」

 

「ジャックは羨ましいのだわ。私だってロンドンに行きたいのにお留守番何て不公平だわ!」

 

「仕方がねぇだろロリッ娘。切り裂きジャックってのはイギリスで知名度ボーナスが見込めるからいざとなったら強いんだよ。コイツ、本気で霧を出したら強ぇからな」

 

「でもおかあさん(マスター)には霧が全然効かないの。本当なら体の中ドロドロにすぐなっちゃうのにいつも元気だし、この前はかくれんぼしてちょっと解体したいなーって思っただけなのにすぐ見付かっちゃった。気配遮断してたんだけどなぁ」

 

「ジャック。ぐだ男には宝具は殆ど効きませんよ。何しろ私の宝具を受けても服が剥がれる程度で済む男だ」

 

ランサーのアルトリア・オルタがロンゴミニアドを示しながらジャックに説明する。

そう言えばこの間宝具を食らった時の話だ。アルトリアの言う通り礼装が吹き飛んだが体に重傷は無かった。強いて言うなら火傷とかの全身に渡る中小の怪我くらい。あぁ、因みに然るべき場所には抑止力が働いて見えないようになってたから大丈夫。

 

「じゃあ改めて確認するけど、同行するサーヴァントはモリアーティ、ジャック、モードレッド、アルトリアかな」

 

「ドクター。念の為アサシンは2人連れていきたいんですけど良いですか?」

 

おかあさん(マスター)、私はじぃじが良いな」

 

「んー……来てくれるのかなぁ。まぁ、取り敢えず訊いてみようか。駄目だったら呪腕を連れてくからね」

 

「うん!」

 

今の編成でも充分すぎるのだが、何かあったときに『死の概念を付与できる』力は頼もしい。まぁ、そんな事が無いことを兎に角祈るしかないな。誰にかって?ほら、いっぱい神サマ居るし、ティアマトでも良いかもね。

 

「一緒に行けず済みません先輩。ですがこのマシュ・キリエライト、完璧なサポートをしてみせます!」

 

「頼もしい。けど、無理は禁物。フォウ君。マシュをお願いね」

 

「フォウッ」

 

 

翌朝。

まだ早朝過ぎて暗い中、俺は山を降るための完璧な装備をしていた。

カルデアとは高い雪山の上。常に吹雪で協会の人達も一苦労する過酷な場所だ。そこから降りる方法は2つ。

除雪車みたいな雪上車両でゆっくり降っていくか、ヘリか。

生憎カルデアの車両は最近協会の人達の運搬で調子が悪いし、吹雪でヘリが使えた試しは2、3度しかないらしい。ならば1つしかないだろう。

 

俺がトナカイになるんだよ!!

 

「お待たせしましたドクター。他の皆は霊体化してもらって俺は滑って──」

 

「イヤイヤイヤ待って!おかしくないかい!?どうして魔術とかレイシフトとかの方法が出ないでトナカイなのか分からないよ!?」

 

「スキーだと面倒臭いじゃないですか。ゴーグルつけたり板つけたり。でもこのトナカイスーツを着れば雪山程度大した事は無いですよ?伊達に2年のトナカイをこなしてませんから」

 

「流石私のトナカイだ。その意気や良し」

 

トナカイ(マスター)さんはやっぱり凄いです!流石です!ただのコスプレ用の衣装なのに!」

 

そう。これはただのコスプレだ。

多少破れにくいとは言え、茶色い布一枚と赤い鼻。トナカイの角カチューシャ。程度ではこの寒さは耐えられないだろう。

だが!

 

「良いかジャンヌ。人は時に論理的には説明できない力を持つことがある。ぐだ男もそうだ。2年のトナカイ期間を経て、コイツは本物になったのだ。雪だろうが氷点下だろうがものともしない──本物のトナカイにな」

 

「動物になっちゃったの!?」

 

「逆に人の定義とは何なのでしょうかロマンさん。現にトナカイ(マスター)さんは本物のトナカイになりました。しかしそれのどこに問題があるのでしょうか?ありませんとも!」

 

「訳が分からないや……」

 

「分からなくても良いのさロマニ。寧ろ分かったら君もトナカイだろうさ。無論、私は分かるけどね!」

 

「分かるんかい!」

 

賑やかな見送りでありがたい。変に心配されてもこちらも行き難いと言うもの。

俺は「私も行きたいと」せがんでいたナーサリーの頭を撫で回し、真っ赤なお鼻を装着して外への扉を開ける。

今日もいつも通りの良い天気。あまり遠くが見えない吹雪が今日も眩しい。

 

「……ほ、本当に行くのかい?すぐに車も出せるよ?」

 

「ドクター。もしも途中で車が壊れたらどうするんですか?あの空間の中に閉じ込められ、凍えるなんて御免です」

 

「いや、生身の方が圧倒的──」

 

「行ってきます!」

 

「「「いってらっしゃい!」」」

 

「もぉぉぉ!何かあったら問答無用で連れ戻すからね!」

 

 

それが今から3時間程前の事だ。

途中襲ってきた正体不明の雪男っぽいのや熊っぽいのやらを薙ぎ倒し、まさにサンタの歌にある風のように!時には木々の間をバイクで駆け抜けた。気持ちいいぜ!

 

「いやぁー。楽しかった」

 

『所でぐだ男君。ちょっと良いかな?暫く回線を閉じてる間に何があったのか知らないけど、その飛行機はオーストラリア行きだよ?』

 

「なん……だとっ……!?」

 

『しかもそのトナカイの格好で良く通せてもらえたね?』

 

「何か『あぁ、お客様はトナカイでしたか。ではこちらへ』って案内されて乗ったんですけど」

 

『凄いなー。へー凄いなー。トナカイに見えたのにイミグレ通すのかー』

 

ドクターが何だか疲れた様子で覇気の無い言葉を並べる。

変だよなぁ。オーストラリアにトナカイは居ないでしょうに。あれか?日本がパンダを借りているみたいにオーストラリアもトナカイを借りるつもりなのかな?

 

「幾らなんでもそれは有り得ねぇだろ。まぁ、良いじゃんか。オーストラリアに行けばサーフィンが出来るからな!」

 

「でもロンドンには今日中に着かなきゃいけないし……」

 

『仕方がない……オーストラリアを降りたらすぐにロンドンに向かうんだよ?協会に連絡はこっちからしてるから』

 

「分かりました。ついたらすぐに事情を話してみます」

 

『で、ぐだ男君。英語喋れるの?』

 

「何を今更。英語どころかオジマンとかが使う古代っぽいエジプト語もウルクで覚えたメソポタミア語だかシュメール語だかも喋れますよ?」

 

『あー……そうだったね。じゃないと会話出来ないしね』

 

そうそう。

なんでもコミュニケーションをとるには言語が必要だ。カルデアに喚ばれるサーヴァントは皆現代の知識が組み込まれているから日本語だって全く問題ないけど、それじゃあ折角の機会が勿体無い。だからちょくちょくサーヴァントの母国語を用いて指示や会話をするのだ。

お陰でどこに言ってもテキストが日本語なんだ!凄いね!

 

「契約者よ。この映画を観てみるがよい」

 

「え?この映画?突然どう──」

 

じぃじが後ろの席から俺の頭上から前のモニターを指差す。

それに合わせて視線を変えると、鑑賞可能な映画の一覧の中に『スーパーカルデアロボット大戦GO』と言うあらゆる言語翻訳を網羅した映画が異常な存在感を放っていた。

 

今年2月に全世界で公開され、日本だけでも興行収入500億円を突破。日本第1位とされる約300億円の『○と○尋の神隠し』を上回った。

「まるで直流と交流と蒸気が同時に脳を刺激した様に素晴らしい映画だった」

「地球史上最高のSFアクション映画」

「本物みたいなリアリティ」

等々の高評価を獲て、映画監督であるエドワード・ティッチ氏が「こんなにも世界で観ていただけるとは、拙者もうれちい。ぶっちゃけ全部拙者と天才3人の懐に売り上げが収まるんですけど、まぁ、拙者もお世話になってる人とか居るんで?そこは黒髭、カルデアの運営資金に全金額回させていただきました」とコメントしている。

「カルデア」等の世界観の作りが非常に緻密であり、多くのイケメン、美女のキャストは明らかになっていないが、そう言った謎などもウケの理由にもなっている。

 

……と、映画の詳細に書かれていた。

 

「マジか……」

 

一体魔術協会は神秘の秘匿をちゃんとしているのかどうかを疑問視せざるを得ない物だった。

 

 

「ようこそカルデアのマスターぐだ男さん。さぁ、こちらに」

 

飛行機で超大作を観て感動し、降りたらすぐに事情を話してロンドン向かう為に再び飛行機。1日と少し消費して漸く時計塔に着いたと思ったらすぐに中の案内が始まった。

一応本部からは1人でと言われているから霊体化した皆がついてきてはいるが……果してどこまで通用するか。

 

「へぇ……学校みたいになってるんですね」

 

「おや。ご存知なかったのですか?時計塔とは巨大な学園都市。これだけ大きな所ともなると知名度は極東でもある筈ですが……」

 

「カルデアでもあまり聞かないもので……」

 

俺はてっきりあのビッグベンみたいのを想像していたのだが、来てみたらどうだろう。ロンドン郊外にあるそこは40を越えるカレッジに100を越える学術棟……確かに1つの街だった。

時折変な目で見られるのは日本人が珍しいからだろうか?周りを見ても今のところ日本人どころかアジア圏が少ない気がする。

 

「あの、日本人が珍しいんですか?」

 

「え?……ぁ、ああ。そうですね。どうしても魔術の思想的に呪術等の中東圏とは仲が悪いんですよ。でも日本人が少ないのも国の大きさもそうですし、日本も科学に特化していますから、魔術や信仰等の根付きが弱いんですよ。それ故なのですかね。少数故に実力が高い。発想もやることも変態な国ですよ」

 

「あー。確かにHENTAIな国ですよ日本は」

 

(──いや気付けよ!?いい加減自分がそんなトナカイみたいな格好で居るから見られてるって気付けよ!?本当にHENTAIなのか日本人は!?)

 

「あれ?あそこに居るのは……」

 

「彼をご存知なのですか?」

 

「はい。ロード・エルメロイ……の二世で間違いないですか?」

 

「そうです。彼は現代魔術科の君主(ロード)。何故彼を知っているんですか?」

 

擬似サーヴァントでウチにも居ますから!とは言えず、カルデアで写真を少しだけ目にしたことがあると説明。

何だかカルデアに居た彼とは変わらないように見える。きっとイスカンダルにあったら泣き出したり、アルトリアにあったら怯えだしたりするんだろうな。

 

「ではこの部屋でお待ちください。……あと、そろそろその格好はどうかなと思うんですが……」

 

「え?あ!すっかり忘れてましたよ。カルデアから急いで来たので着替えてる暇もなくて……すぐ着替えますね」

 

「はは。じゃあ私はこれで」

 

(コイツすっげぇ変人だ。カルデアってどんな所なんだよ……)

 

案内してくれた人がドアを閉めてすぐにソファに実体化したジャックと教授が腰掛ける。ジャックはソファの柔らかさにはしゃぎ、教授は部屋の本棚に収まった本や魔術の道具などを興味深そうに見ている。

 

「ここまではバレてなさそうかな?」

 

「さぁ、どうだろうねぇ。これだけの規模の魔術の学舎であれば、私達の存在を感知できる者の1人や2人は居るだろうし、何らかの魔術で感知も可能だろう。尤も、今のところそれは無いのだがね」

 

「一言目は一体……」

 

「ねぇねぇおかあさん(マスター)!わたしたちの知名度補正ってどれくらい凄いのかな?」

 

「2人とも補正は高い筈だよ。お陰で安心してこのソファにも座れるよ」

 

正直、いつどこで何をされるか分からないし警戒するばかりだ。

何しろこの少しの間歩いてきただけで何かしらの敵意や敵視を感じとることは出来た。他にも見下しや嫌悪、拒絶……特に気にする事でもないが隙を見せる訳にはいかない。特異点とはまた別の緊張感……組織を相手にした緊張感は嫌だな。

 

「まぁ外にはモードレッド君もアルトリア君も居るし、キング君も()から視ているようだし、大丈夫だろう」

 

「うん。充分すぎる」

 

「では私達はまた霊体化してるよ」

 

「また後でねおかあさん(マスター)

 

教授が霊体化したのに続いてはしゃいでいたジャックも霊体化する。するとすぐに扉の向こうから足音がしてきた。

さて……誰がくるのやら。

 

 

「という訳で先輩が帰ってくるまでの間に誕生日パーティーの準備をします。去年居なかった方も今年は自分達の誕生日だとも思って楽しみましょう」

 

「去年は何をしたの?」

 

「えーと、エリザベートさんとネロさん()によるハッピーバースデーソングを贈り、皆で食事をしながらプレゼント等を贈りました」

 

「ふぅん。でもアイツの喜びそうなものって何?まだ想像つかないのだけれど」

 

「んな事気にしなくても坊主なら何でも喜ぶぜ。だから気持ちを込めてやんな」

 

ぐだ男がロンドンの時計塔に到着した時点であらゆる通信を切断した事で後は本人とサーヴァントに任せるしかない。

カルデア側ではどうしようも出来ない為、そろそろ訪れるぐだ男の誕生日パーティーについてを話し合っていた。

去年よりサーヴァントが多くなり、色々あったが世界を無事修復することが出来た事もあって今回はかなり盛大になりそうだ。

 

「僕達英霊は誕生日の概念が無い者も居れば、長い時間の内に忘れてしまった者が大半だ。祝えるサーヴァントは祝うがそうでない者は祝えないと言うのが、ぐだ男にとって引っ掛かった部分であるようでね。そこで、どうせなら皆纏めて1年経ったというのをお互いに祝おうではないか。としたのが事の発端だ」

 

「私もアマデウスもサンソンもデオンも、皆お誕生日は覚えてるわ。けど、皆で一緒も良いと思ったの。皆で歌って、踊って、プレゼントを交換しあって、辛い事も苦しい事もその時は忘れるの」

 

「そうだねマリー。それに、彼はまだ20にも満たない。精神的に強いとは言え、こうして大袈裟過ぎても彼の精神的な負担を和らげるには良い。僕達サーヴァントはいずれカルデアから去る。だが彼はその後もこの世界で生き続けていく。ふとした時に、この辛い戦いの中の、心に残った楽しかった事等を思い出して欲しいんだ」

 

「成る程ね」

 

「じゃあ私達も一緒に祝おうよメルト。私達も先月だったけどお祝いも何もしてないし」

 

「その方が彼も喜ぶと思いますよ」

 

「メドゥーサさんは何をあげたんですか?」

 

「私は魔力を込めればすぐに眠りにつけるアイマスクです。レイシフト先やカルデア内で戦闘の後や騒いだ後に眠るのは興奮状態から抜け出さないと難しいものですから」

 

メドゥーサのバイザーと全く同じデザインのアイマスク。いや、最早同じデザインであればアイマスクと言うよりはバイザーの方が適切だが……そこは使う場面等で変わるもの。寝るときに使うそれはアイマスクで良いのだ。

ともあれ、メドゥーサと仲良くなったパッションリップやメルトリリス。何やら意味深な笑顔で会話に参加するBB達はそちらでどうするべきかを検討し始めている。

これだけのサーヴァントも同時に誕生日として祝うわけだが、プレゼントは別だ。

ぐだ男はちゃんと皆から。サーヴァントは誰彼関係無くプレゼントの交換会となっている。それだけに、他と被らないようにするのに皆頭の中をグルグルさせる要因になっている。

 

「白い私は何を贈ったんですか?」

 

「あの時は皆さんと一緒に料理を振る舞いました」

 

「成る程。黒い私はどうするんですか?まさか……自分自身をプレゼントに!?やりますね……!流石は私です!」

 

「何勝手に納得してんのよ。私は何も贈らないわよ。どうせアイツだって私からのプレゼントなんて望んでないでしょ。適当に盛り上がってなさいな」

 

「流石は歪みに歪んだ私。本当は何にすれば良いのか頭の中一杯な癖に素直になれず、突き放すと言う癖を出していますね。悲しい事です……」

 

「て、適当(・・)な事言ってんじゃ無いわよッ!?」

 

非常に的を射ている方の適当(・・)なのだが、また言えば誰かが憎悪ではなく羞恥の炎で焼かれてしまう。

 

「誕生日……去年は失敗してしまいましたが、今度こそ旦那様(ますたぁ)と子作りを!」

 

「その熱を特異点修復に向けていただきたく!」

 

「子供ってどうやって出来るんですか?」

 

ジャンヌ・リリィの汚れの無い眼差し。それを受けたジャンヌは「コウノトリが運んでくる」と笑顔で誤魔化すが「搬入経路ではなく出現の原因です」と跳ね返されて矛先が邪ンヌに向く。

当然贋作英霊とは言えそんな事を知らない彼女ではない。ジャンヌのように何とか誤魔化して凌ぎたいところだが……残念ながら「出現の原因」を求められてしまっている。キャベツ畑も通用しないだろう。

 

「はぇッ!?し、知らないわよそんなの!私もコイツ(ジャンヌ)も子供なんて居たこと無いんだから!だったらほらぁ……っ、ブーディカにでも訊きなさいよ!」

 

「む?確かにそうですね。子供が居た方なら知ってる筈ですね。その論理的な説明、少しは見直しました」

 

「……」

 

「という訳でブーディカさん教えて下さい!」

 

皆の視線が一気に集中したブーディカが、どうするべきか全魔力をもって思考する。

教えて良いものなのか?しかし教えるにはまだ早いか?だが自分は答えを求められている。変に誤魔化しては余計面倒なことになりかねない……どうする!!

とブーディカは2秒で決断を下した。

 

「キスをすると出来た……かな?」

 

「え?じゃあケツァルさんはトナカイ(マスター)さんの子供が居るんですか!?」

 

ぐるん!とブーディカへの視線がケツァル・コアトルへ変わった。

ある者は嫉妬を、ある者は驚愕し、ある熊は実体験的に女神に好かれると星座になっちゃう(死んじゃう)のを知っているのでマスターの身を案じた。

 

「ヤァ、恥ずかしいネー。私は確かによくぐだ男にキスしてますが、まさかそれで子供が出来るなんて知りませんでした。だから私最近お腹が……(大嘘)」

 

「それを言うなら私も旦那様(ますたぁ)接吻(キス)ぐらいしたことあります!去年には既に!」

 

「私もぐだ男様とキスしてます」挙手

 

「我が子の子を身籠ると言うのはアリなんでしょうか!?」

 

「わ、私も!先輩とした事(モラクス戦)があります!」

 

負けじと主張してきた外野。どのみち誰1人としてぐだ男の子を身籠ってなぞいないのだから、黙っておけば良いものを。ジャンヌ・リリィは周りを見回して主張してきた何名かを見た後、更に疑問符を浮かべて問うた。

 

「それなら何でどこにも赤ちゃんが居ないんですか?」

 

「「「「……」」」」

 

「やれやれ……」

 




ケツァ姉さんは、何か、そう。とても良い。(語彙力


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Order.41 バースデー!

今年のクリスマスは一体どうなるのだろうか……
まさかサンタム・オルタとか出たりはしないだろうか……?

それはそれで聖杯ください。


 

 

 

「帰ってきたぜカルデア!」

 

「おかえりなさい先輩。では早速健康診断をしますので準備を──」

 

「いや、時計塔じゃ何も食べてないから大丈夫だって……」

 

「いえ。駄目です。何があるか分かりませんので拒否権はありません。という訳でBBさんお願いします」

 

「はぁい♪お注射しますねー」

 

「ハァッン!蛮神の心臓エキスが入ってくりゅぅ!」

 

帰って来て早々にBBからぶっとい注射を刺されてビクビクと痙攣するぐだ男。

ロンドンに飛び立ってから早4日。特に怪我や事故もなく帰って来たが、何をされたのか心配なマシュ。やや暴走気味でもマスターの身を案じていた。

 

「じゃあ計画通り集中治療室にぶちこみますねー」

 

「一体なんなのs」

 

最後までの発言は許されず、集中治療室の扉は閉められた。

中で一体何をされるのかは医療班しか知らない。時々ナイチンゲールの叱咤する声が響くが、誰もがそれに構わずいそいそと動き出す。

ある者は料理の盛り付け。ある者はクラッカーを配る。

そう、今日はぐだ男の誕生日。本人ですら忘れているその誕生日を皆で祝うべくサプライズを計画していた。

 

「よし。彼が部屋から出てくるまでの10分がリミットだ。それまでに完璧に仕上げるぞ」

 

「おうさ」

 

 

「いってぇ……酷い目にあった……」

 

「お疲れ様ぐだ男君。こっぴどく怒られたみたいだね」

 

「ドクター……確かに怪我はしましたけど、そんなに大事になるようなものでも──いや、今更か」

 

「はは。まぁ、兎に角元気なら何より。お腹も空いたんじゃないかな?食堂に行こうか」

 

「そうですね」

 

途中から良く覚えていないが、ナイチンゲールが黙っていた怪我に激おこだったのは覚えている。

何だかんだ治療はちゃんとしてもらって別の怪我が増えた気がしなくもないが。

 

「そう言えば皆どこにも居ないんですよね。会議中ですか?」

 

「うん。サーヴァント同士で色んな情報交換をするらしいよ」

 

「へぇ。珍しい」

 

「……ぐだ男君。君はちゃんと生きているかい?」

 

「?いや、流石にナイチンゲールもそこまでしないですよ。あくまで殺してでも生かす。その鋼の意思を──」

 

(自分の誕生日を意識していないのか、非日常の中で忘れているのか……どちらにせよ、当たり前になってきたこの生活が彼を狂わせてしまった。ボク達大人が情けないばかりに……)

 

変な質問だなと思っているとドクターは神妙な面持ちで俺の顔を見ていた。

 

「ドクター?」

 

「ごめん。ちょっと考え事をね」

 

「ふーん。あ、着きましたよ」

 

食堂に着いてスライドのドアを開ける。シュッと小気味の良い音で食堂への来客を歓迎した入り口から1歩足を踏み入れた瞬間、鼓膜を乾いた音が大量に叩いてきた。

 

「先輩!お誕生おめでとうございます!」

 

「おめでとうございます、ぐだ男。今日という生誕日までの無事とこれからの幸福を祈って」

 

「あ、ありがとうガウェイン。マシュ。そっか……俺の誕生日か」

 

「何だよ忘れてたのかボウズ。お前さんちょっと疲れてんじゃねぇの?それじゃあ看護師サンにも怒られるわな」

 

「全く気付かなかった……」

 

失念していた。

俺が皆で誕生日を同じ日にして祝おうと言い出したのに無責任にも……。

 

「ハーイ!反省するのはそこまで。今日はアナタがこの世に生を受けたとても特別な日。忘れたものはしょうがないわ。けどそれを受け入れ、次に反映し、そして今を楽しむ!何たってぐだ男、アナタの誕生日なのだから!アナタがションボリしてたらお姉さんも楽しめまセーン」

 

「ケツァ姉……そうだね。ありがとう。ありがとう皆!今日がその日だとはすっかり忘れていたのは申し訳無い。この分は必ず挽回するから、取り敢えず騒ごうよ!何たって皆も誕生日だ!派手に盛り上がろうぜー!」

 

「「「おおお!!」」」

 

「ふっ、それでこそだぐだ男。よし、キッチンはこちらに任せたまえ!パーティーの準備は充分か!」

 

その掛け声で皆が手にしていた飲み物を一気に飲み干す。俺も渡されたコーラをイッキ飲みして乾いた喉に炭酸を叩き込んだ。

何だこりゃ旨いぞ!何かコーラに変なの入れたんちゃうか!?

 

「ヤァ!いい飲みっぷりね!お姉さんも飲むわ!Salud(サルー)Salud por tu cumpleaños(サルー ポル トゥ クンプレアニョス)!……ッ、……ッ、……ッハァッ!ンー!Rico(リコ)!大好きよぐだ男~ッ!」

 

「ムーチョムーチョ!ありがとうケツァ姉!ところで酔ってない?」

 

「そんな事はありまセーン!むしろシラフ(・・・)ネー!例えばこのお酒が相性の悪いアサシンの誰かが作ったテキーラだとしても決して酔いまセーン!だから熱ーいキス、しても良いわよね……?」

 

ケツァ姉が酔った!前から趣味を見付けたと言う事は聞いていたが流石は酒呑、カルデアで密かにお酒を作っていたのは本当だったか……。

しかしケツァ姉の熱い抱擁が俺を色々と困らせる!

 

「ケツァルさん駄目です!先輩はまだ未成年ですので口移しでもお酒は駄目です!」

 

「あん、マシュったら強引ネ♪」

 

「たった一杯でこれとは……凄いなぁ」

 

「マスター、誕生日おめでとう。度重なる地獄に君は幾度となく叛逆し、それを乗り越え、2度目の生誕の祝いをできる事、嬉しく思うぞ。これからも共に叛逆していこうではないか!」

 

「ありがとうスパルタクス。勿論、これからも宜しくね」

 

硬い握手を交わし、スパルタクスはいつもよりも(?)良い笑顔で去っていく。

続いて既にへべれけ状態の荊軻が絡んできた。上気した顔が近──臭!酒臭い!

 

「お~いぐだ男~。飲んでるかぁ?えぇ?」

 

「け、荊軻近いよ。て言うかどれくらい飲んだの?」

 

「はっは!分からんが、大王が持ってきたワインの樽は既に空けたぞ。しかし君も逞しくなったなぁ……セプテムで会った時とは見違えるようだ」

 

「流石にね。死に物狂いでここまで来たし」

 

「……私はな、前にも言ったが自分が死ぬのは恐くない。寧ろ相手を確実に殺すのなら死んでも良いのさ。けど、ここに来て分かったことがある。私も死が恐い時があるとな。それはぐだ男、君を守れず死ぬことだ。生憎守ることは知らない私だが、攻撃は最大の何とやらだ。もし君が殺されそうになった時、私を使え。この命、君を守るために相手諸共に散らしてみせよう」

 

「ありがとう荊軻。けど、俺も前に言ったけど嫌だよ。俺が生き残っても、そこに皆が居ないと意味がないんだから」

 

「──ったく。急に暑くなって来たから冷たい酒を貰ってくるとするか」

 

「程々にね」

 

酔っているのに確りとした足取りで冷えた酒を貰いに行く荊軻。

そんなに暑くは無いけど……しかも荊軻の服装じゃまず着込んでいるって訳でもないから酔ってポカポカしてるんだろうな。

 

「誕生日おめでとう。今年で幾つだ?」

 

「ありがとうアタランテ。今年で19だよ」

 

「……そうか。汝のようなまだまだ子供が、世界を救わなければならないなんて世も末だな。だがそれは汝にしか出来ない事だったのだろう。……酷なことを言うようで悪いが、お前(・・)は世界を救った、救ってしまった(・・・・・・・)。その責任は簡単に放棄できるものではない。これからも事あるごとにお前の力が求められるだろう。言わば英雄と同じだ。いつかは救った世界に裏切られ、殺される事もあるだろう。それでも──」

 

「アタランテ。俺はこの先どうなるかなんて分からない。言ったみたいに殺されたりもあると思う。だからと言ってこの戦いから俺が逃げたら誰かが死ぬ。数人なんてレベルじゃない、何万何億の人達が。子供達もだ」

 

「──そうだったな。すまない、余計な心配だった。汝もそう言う男だったな。本当に……私は最高のマスターに巡り会えた。ありがとう」

 

それは俺も同じだ。

こんな俺にここまでついてきてくれた最高のサーヴァントに巡り会えた事でここまで来れた。今のこの景色を見ることが出来る。

 

「こちらこそありがとうアタランテ。皆が居てくれたからここまで来れた。このお礼は必ず。だから今は一緒にリンゴ食べよ」

 

実は去年のバレンタインでアタランテから貰ったリンゴチョコから手に入れた種があり、それをよく貰う金のリンゴの栽培と並行して自分で育てていた黄金のリンゴ。

いつかアタランテに徒競走等が関係無い状態で食べて欲しいと思っていたんだ。良い思い出は無いだろうし、嫌ならそれはそれで俺達で食べるだけだけど……。

 

「そ、それは──」

 

「育ててみた。アタランテは食べたことあるの?」

 

「まぁ……食べたことは無いな。正直あれ(・・)があってから良い印象は無くてな。だが汝が育て、私にただ振る舞うだけなら別だ。実は少し味にも興味がある」

 

「でしょ」

 

「て言うか神話のアイテムを普通に栽培できるって凄いですね。どうやってやったんですか?」

 

子ギルが興味深そうに覗き込んできたので簡単に栽培方法を説明する。

植木鉢にオケアノスの良い土を入れ、種を埋めてからカルデアの外から持ってきた雪をろ過して溜めた水をあげるだけ。

 

「いやぁ、本当にそう変な事と言うか偉業と言うか得意ですねマスター。流石の僕も驚きましたよ」

 

「ね。リンゴの育て方、ましてや神話のそれともなると全然分からないから取り敢えずやってみたけど何とかなるもんだよ。はい、アタランテ」

 

「すまないな、では頂くぞ。…………美味しい」

 

「もしかして微妙だった?俺も…………ウッマ!何じゃこりゃ!」

 

「いや、すまない。私が想像していたより味が優しくてな。私が聞いた話では、この世の欲をかき集めたような味や生き物を堕落させる味とも。だが汝のはそれらを一切思わせない、本当に……優しい味だ」

 

黄金のリンゴが色んな神話で出てきているのは知っている。だけどその味が何ともダークアイテムっぽいのは初めて聞いた。

何というか、やっぱり黄金は誰でも狂わせるんだなって。

 

「あー!ぐだ男がアタランテに餌付けしてマース!黄金のリンゴで好きなようにするつもりネ!?それはお姉さんも許せないわ!堂々とルチャで勝負ネー!」

 

「翼ある蛇よ。今の私は汝が相手でも負ける気はしない。何せこのリンゴを食した私はATKが何倍にも増大する」

 

「へぇ……面白そうね。ならば私もフルパワーでお相手するわ!」

 

「アンタのフルパワーはマジで洒落にならないから止めなさい!」

 

流石のイシュタルもケツァ姉のフルパワーはカルデアが消えると知っているからか止めに入る。

結局テンション上がった皆でドタバタ騒いで飲んで食べて笑って泣いて……幸せな時間だった。

 

「ありがとう皆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「何変な顔してるのよニト。もしかしてお酒苦手?」

 

「いえ、そうではありません。少し気になった事がありまして」

 

「ふーん。何?」

 

「ぐだ男の周り……サーヴァントの皆さんに紛れてぐだ男と同じ格好の男女が何十人か居まして。一体誰なのだろう、と──」

 





魔術協会本部にて

偉い人「君がぐだ男だね。魔術の経験はからっきしと聞いたが?」

ぐだ男「はい。でも最近は頑張って剣と槍と弓と近接格闘術と筋肉と歴史と──あ、すみません。取り敢えず一杯勉強してます」

偉い人「筋肉……」

ぐだ男「筋肉です」



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Order.42 ゴーストバスター(聖人)



──マスク・ド・バリツと被った。


 

 

「ァァァッ!」

 

眼鏡をかけた少女が倒れる。

少女の美しく白い肌はまるで──自分が想いを寄せるある人物と少女がじっぽりネットリと愛し合う激甘ラブストーリーを見て感情を処理しきれず、オーバーフローを起こして倒れたように上気していた。

作者である童貞曰く、「薄い本のつもりが厚くなった」。

 

「ふ、他愛ない。この程度ですかカルデア。早く私を止めないとこの双腕(ツイン・アーム)が何かそう、凄いことになりますよ。きっと分離してデスタなムーアみたいになりますね」

 

「止めなさい益田四郎!聞き入れられないなら貴方の産まれ故郷の精霊であるクマモ○に酷いことをします!」

 

「貴女も大概ですねジャンヌ。て言うかその本名何で知っているんですか」

 

「この前ネサフしていたら『バビロンの空中野菜庭園』と言うブログに貴方の情報がそれこそ1から10まで載ってましたよ。ネットとは本当に凄いものですね」

 

「その内電脳の聖杯とか出来そうですね。ムーンセル?何ですかそれ」

 

「いつまでやり取りしてんの?早く次のシーンに移らないと尺が足りないの分かってる?」

 

燃え盛るカルデア。崩れ落ちる壁や天井。

そんな絶望的な状況の中で行われる2人のルーラーのおかしなやり取り。それに遂に痺れを切らしたアヴェンジャー、アンリが次のシーンで使う聖晶石を片手に指摘する。

指摘された側のルーラー2人はハッと我に返って本来自分が言う筈だった台本の台詞を思い出す。

 

「止めなさい、色黒将軍アマサク!人類を救済するなんて馬鹿げた事は傲慢に過ぎます!」

 

「おっと、もしかして何か勘違いしてない?我らが大総督はこの聖晶石を爆死した多くのマスターにくれてやるんだぜ?これ程の親切があるかよ」

 

「確かにそれは……多くのマスターの救いになるでしょう。ですが、それで再び石を獲たマスター達がそのまま満足するとお思いですか?彼らは石を得て回し、また爆死する。そんな負のサイクルがあるだけです!貴方は、根本的に救えない。一時の救いを、幸福を得させて自己満足するだけです!」

 

「いいえ、救えます。石を得て回す。するとお目当てのサーヴァントが引き当てられた、意図せずともすり抜けで強サーヴァントを引き当てられた。彼らは救われるでしょう。だがそうでない者は?その時は今月の使用できる金額を甘く囁くのです。アマサクだけに。すると彼らは石を買うのです。それは即ち運営の売り上げとなる。そして石をまたも手に入れた彼らは右上の石の数を見て精神的な余裕を得ます。そして回す。出たら救われ、余った石は次へのモチベーションに繋がって、出なかったらもう一度同じ事をする。彼らは常に満たされているのです」

 

「埒があきませんか。では……実力行使に出るしか無いようですね」

 

「やはりそう来ましたか。いつも通り、聖女とは思えない血の気の多さで驚きます」

 

ジャンヌが旗を槍のように操り、構える。

対する天草──暗黒帝王アマサクはその双腕に魔力を迸らせ、宝具の発動準備にかかる。

もはや両者激突まで僅か数秒と迫ったとき、カルデアの天井を突き破って黒い影が落下してきた。

その影は怯んだ両者の内、アマサクへと着地からコンマ3秒で跳躍。弾丸のように鋭い拳が心臓目掛けて繰り出される。対するアマサクは倍の早さで回避し、左手でもて余していた刀の(かしら)で影の脇腹を着いた。しかし影はそれを既に読んでおり、自由のきく左手を跳躍の瞬間に突かれる脇腹に配置していた。

拳は空を切り、刀の頭は防がれ、鼻息すら顔にかかる距離になったアマサクと影は同時に膝蹴りをお互いに見舞い、大きく距離を離して着地した。

超短時間で行われた余りに密度の高い攻防。ジャンヌはそれらを眼で追うことは出来たが相対したらどうしようも出来なかったと、両者の力量に肝を冷やしていた。

 

「くっ……この攻撃の鋭さ、先読みの早さ、そしてその独特な魔力……!何故生きている!」

 

「あ──貴方は!?」

 

影が立ち上がる。

その体は鋼の如く強靭な筋肉。その精神はダイアモンドの様に硬く、悪には決して染まらない。

 

「答えよう天草四郎時貞。俺は、既に死人(しびと)である。そして、死して尚お前を倒す者だ」

 

「藤丸立花……ッ!お前は確かに私が殺した。太陽をx500の望遠鏡で見させてショック死させた筈だ!何故!」

 

「言った筈だ。死人であると」

 

「まさか藤丸……貴方は英霊に成ったとでも言うのですか?」

 

「……ただの成仏出来ない魂さ。それが英霊と言う皮を被っているだけに過ぎない。だが敢えて言おう。俺が何者であるかを!」

 

影──藤丸立花は残る瓦礫埃を振り払い、一瞬で翼の様にV字に並んだ白い仮面を装着。尻を叩き、魔術刻印を活性化させて1本の槍を召喚しながら再び跳躍した。

男は黒く、光を灯さなくなったカルデアスの上に立ち、突き破ってきた穴からのバックライトを浴びながら高々と名乗りをあげる!

 

「我が名はマスク・ド・カルデアス!人の営みを害する者よ、天を仰げ。世界の理を乱す者よ、刮目しろ。貴様の目の前に居るのは最後の──救世主(マスター)だ!」

 

 

「いやぁ、こう見ると恥ずかしいな」

 

「そうですか?私は久方ぶりに悪役ができて満足ですよ。やはり個々の正義とはぶつかり合ってなんぼですからね」

 

「アンタは素でしょ?」

 

「バレてました?まぁ、それはそれで。ところで私の呼び方統一してもらえませんか?皆さん好き勝手に呼びすぎで視聴者が困ります」

 

カルデアのレクリエーションルームでアンリと天草、その他数人のサーヴァントが最早何インチか分からないほど大きいテレビで日朝(日曜日の朝)特撮『冠位魔術師 マスク・ド・カルデアス』の記念すべき第1話を観賞していた。

主人公は当然ながらぐだ男。役名は藤丸立花という名前で、爆死したマスターから生み出される『マナプリズ』と呼ばれる怪物を倒す男。しかし黒幕を追う内に太陽を500倍で見てしまい、ショック死。

悪役の天草はアマサク。世界のあらゆる可能性を内包した超高密度エネルギー体『聖晶石』を使って爆死したマスター達を救済(・・)しようと企む。尚、その経過で生み出されるマナプリズに関しては無関心。

ヒロインのジャンヌは英霊の座と呼ばれる派遣会社から送られてきたアマサクバスター。藤丸とは共にアマサクを倒すために協力関係にある。

 

「しかしぐだ男も魔術で補助しているとはいえ、化け物みたいな動きをするな。合成ではないのか?」

 

「当然だ。あのメディアが魔術で補助し、格闘術や体作りは脳筋サーヴァント共が叩き込んだんだぞ?」

 

タバコを吸いながら設定原稿を読み漁るエルメロイ二世と、その質問に答えるアンデルセン。

そんな暇をもて余したサーヴァント達が居る中、主役であるぐだ男の姿はそこには無かった。

 

「それだけの事をこなせる男だ。どうせ新しい特異点でも元気にしているだろうな」

 

 

「ふんッ!」

 

バキンッ!と何かが割れた。

剛性のある金属があまりの変形に耐えられず破壊された音。血塗られた2人持ちの鋸が真っ二つに折れた音だ。

 

「何じゃぁお主!?いくらなんでもおかしいと思うんじゃが!?」

 

「何もおかしい事はない。ただ筋肉を活性化させて魔力放出(筋肉)をしただけだよ」

 

「それがおかしいって言ってるのが分からぬのか!?こやつ脳ミソまで筋肉詰まっておるぞ!?」

 

「まぁ、ウチのマスターはこんなんだからね。でも良いナー。ボクも魔力放出出来たらもっと強いんだけど」

 

「いや、正直あれが魔力放出とは言い難いかな……」

 

「あれほどの筋肉……きっと命乞いをしても容易く首を折られてしまいそうです……恐いです」

 

 

「ンッ!ハァッ!流石はンムァスタァ!遂に筋肉の真理にたどり着いたようですな!やはり私の計算は正しかった!」

 

「流石はレオニダスさんと先輩です!」

 

レオニダス曰く、あと2年──否、半年もトレーニングを重ねればクリスタルゴーレムもワンパンらしい。一体ぐだ男は何処に向かおうとしているのだろうか。その疑問は本人のみぞ……。

 

「まぁ、向上心の無い奴は馬鹿って言うし?アイツにはそれ位突っ走って生きてた方がお似合いでしょ」

 

「うむ。それもまたローマである」

 

「私が今まで撮ってきた写真と見比べると大分体格が変わってますよ」

 

ゲオルギウスが持ってきた写真には初めてカメラを貰った時のぐだ男とマシュのツーショットと、先週の誕生日パーティーでベオウルフとぐだ男がガチンコ腕相撲をして、ぐだ男が瞬殺されている場面が写っていた。

それらを見比べると確かに肩幅等が大きくなっていたりと外見的な変化が多い。

 

「あ、カメラマン見っけ。ちょっと良いかしら?」

 

「おや、エリザベート嬢。何かご用ですか?」

 

「貴方聖人でカメラマンでしょ?だからニトが言う幽霊が写真で撮れないかなって」

 

幽霊(ゴースト)をですか?でしたらクエストで見れる──ものでは無いようですね。分かりました。何処でしょう?」

 

先週の誕生日パーティーからニトクリスが幽霊を見ると言う。何かと一緒に居ることも多いエリザベートが気味悪がってこうして聖人カメラマンを探していた訳だ。

別に皆、今まで散々襲ってくるゴーストと戦ってきたり神代には珍しくもなかったので割りと気にしてはいなかったりするが──

 

「何?他のマスターの方々が?」

 

数十人の魔術礼装カルデアを纏った男女、それらが爆破に巻き込まれたマスター達だと言うのはこの間、魔術協会員達が冷凍状態にある彼等を回収していった時に顔を見たからだ。

 

「では彼等はその爆破の際に既に死亡していたと?」

 

「それは分かりません……ですが、あの霊達からは強い未練や怨念を感じます。ましてやそれがぐだ男の周りで蠢いているとなると……」

 

「成る程。マルタ殿には頼まなかったのですか?」

 

「それが、感知できるのが私だけみたいで……ですが聖人カメラマンなら写真で成仏させる事が出来るかと」

 

「試したことが無いので答えかねますが、やるだけやってみましょう」

 

早速ゲオルギウスはカメラを手にカルデア内をニトクリス、エリザベートの両名と共に行動を開始。

ぐだ男の周りに居るという幽霊は5日前にぐだ男がアガルタに赴いてから見てないらしく、何処を探せば良いかも皆目検討がつかない。だがそれでも、嫌な予感がするニトクリスは暇があったら探していた。

 

「放置していては……いけない気がするのです」

 

 

「──成る程!そういう仕組みですな!生者の魂を死者が捕らえて離さない。さながらそれは既に死しているにも関わらず、死にたくないと助けを求めているよう!しかし、廃棄物とは言えあれほど強固な魂の欠片の殻を破れるとは……If also hitting this with a small ax hundreds of times,(たとえ小さな斧でも、数百度これを打てば)a firm oak tree can also be cut down.(堅い樫の木でも切り倒せる)のですな」

 

「?しぇいくすぴあ、ひとり……ごと?」

 

「放っておきなさいアステリオス。どうせまた執筆で気持ちよくなってるだけよ」

 

「独り言ではありませんぞ。これは啓発なのです!来る新たな戦い、苦しみ、そして悲劇!吾輩はそれらを皆に報せる為にこうしてペンをとるのです!嗚呼、腕が勝手に!」

 

「たのし、そう」

 

紙の書籍も電子書籍も揃ったカルデアのライブラリスペース。今日も本を読むのが好きなサーヴァント、アステリオスの様に勉強するサーヴァント、或いはシェイクスピアの様に今を生きるのに忙しいサーヴァント達が思い思いに過ごしていた。

そんな中、文字を絵本で勉強していたアステリオスは隣で興奮しているシェイクスピアが気になりつつも、エウリュアレに「関わっては駄目」と言われて何とも過ごしにくい状態であった。

当のシェイクスピアはその啓発を書くのに集中しはじめて、少し離れた所からビリーに五月蝿いよと注意されても右から左。

 

「おぉっ、おおっ!これは不味いですぞ……嫉妬や無念はこうまで人を、死して尚も魂を駆り立てるのか!死人に口無しとは果たして何でありましょう!」

 

「五月蝿ぇよシェイクスピア。お前さんまたコミックなんたらに向けて張り切ってるのか?」

 

「これはこれは、キャスターの光の御子殿。実は吾輩、啓発しているのです」

 

「取り敢えず執筆してるのは分かってるが……啓発?」

 

キャスターのクー・フーリンがシェイクスピアの前に腰掛けて音消しのルーンを指先で描く。

ここは図書館。周りへの配慮は当然の事だ。

 

「で、何の啓発だ?」

 

「勿論ぐだ男の危機、ひいては我々の危機ですぞ」

 

 



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Order.43 亡者の嘆き

エレシュキガルやったー。
さて、残すは福袋か。皆ボーナスは持ったな!?


 

 

 

アガルタでの活動において、協力関係にあるレジスタンスのライダーと、それが率いる男性のみのレジスタンスが活動拠点としている桃源郷。そこが一番安全だ。

食料も水もあるし、たまにエネミーが迷い混んでくるがいつアマゾネスに襲われてもおかしくない外よりはウン万倍も良い。

 

「戦闘終了。お疲れ様ぐだ男」

 

「お疲れー。あー、疲れたよー。ちょっと休まない?」

 

「確かに、少し休んだ方が良いかもしれませんね。幸い、活動拠点もあることですし」

 

「そうだね。一旦戻って休もうか」

 

今日も桃源郷に侵入してきたエネミー(食材)を倒し、食べれそうな所を選別して持ち帰る。

袋に詰めたそれらを担ぎ、調理場に持っていくのだが……最近妙に体が重い。もとい怠い。何と言うか、自分の周りの空気の密度が増して動きづらくなったような感覚だ。

それと、何かを忘れているような気がする。あるべきなにかを……

 

「……ま、悩んでも特異点は修復出来ないってね」

 

「ん?どうしたのマスター。忘れ物?」

 

「何でもない。帰ろう」

 

そう言えばあるべき物がない、と言うことでふとこの前のロンドンでの話を思い出した。確かあれは2日目だった……

 

 

1日目は偉い人が来ては取り調べみたいに話してまた別の偉い人に同じ様な事を話す。ひたすらその繰り返しでいつもの特異点探索とは違った疲労が溜まった。

2日目は午後からまた来いとの事だったから午前中は皆でロンドン観光。勿論、各々私服で目立たないようにはしていた。が、やっぱりと言うか当然と言うか、じぃじは色々無理があった為、仕方がないが気配遮断で妥協せざるを得なかった。

そしてその日の午後。また別の偉い人に案内されて時計塔内の病院に足を運んだ。セキュリティが他よりも高いエリア、そこに居たのはカルデアが爆破されたあの日……俺が居眠りしていた席で右に座っていた男性のマスターだった。

 

「あの人……」

 

「君も知っているだろう。君と同じく、カルデアでマスター──になる筈だった魔術師の生き残りだ。彼は爆破に巻き込まれた際にレイシフトで精神が壊れかけてね。あの通り、生きていても虚ろな眼で壁をずっと眺めているんだ」

 

「レイシフトで……?」

 

「君は平然とこなしているが、本来レイシフトは適性がある。彼も極めて優秀、そして適性も高かったが……ご覧の有り様だ」

 

『…………』

 

分厚い窓の向こう、ベッドで上半身だけを布団から出して向かいの白い壁を微動だにせずジーッと眺めている。

髪の毛は前に見たときよりも長くなっていて全く手入れしていないのが伺える。

 

「次はこっちだ。彼以外の他に数人生き残っていてね。彼は一番症状が重い」

 

先に歩き出した男の人の背中を追うように俺も歩き出す。

──一瞬、窓の向こうの彼がこちらを眼だけで見た気がした。

 

「彼女は脳へのダメージで手足に障害が残ってしまった。今では満足に物を持つことも出来ない」

 

「……」

 

『また、来たのね……その人は?』

 

「彼がカルデアのマスター、ぐだ男だ。再起不能になった君達の代わりに人理の修復を行った男だよ」

 

「あ、あの──」

 

『私達の代わり……?ふざけないでよ……ふざけないでよ!!何なの代わりって!?アンタが!たかが一般人が!!魔術の素質も無ければただの頭数合わせの凡人に過ぎ──っう!』

 

女性は片目が無かった。

ストレスか何かで引っ掻き回したのか、手足は傷だらけで包帯もそこら辺に落ちている。

 

『アンタも……アンタもグルなんでしょ……!私達を陥れるために!カルデアなんて御大層なモン作って!どの面下げてここに来たのよ!!死ね!死ね!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ!!!』

 

「……っ」

 

「──次だ。彼女は酷く興奮しているみたいだから会話は望めんだろう」

 

男が歩き出すと同時に職員が2人程部屋の中へ入っていく。

女性を取り押さえ、鎮静剤を打つのだろう。暴れる女性は手足の感覚がやはり鈍いのか、傷が広がってもお構いなしに喚き、もがいていた。

 

『殺す!コロス!アンタの顔を覚えたわよ!!必ず殺しに──』

 

「こっちだ。彼女は放っておいた方が良い」

 

「は……はい」

 

俺は逃げるようにその部屋の前から足早に立ち去る。

どこまで離れてもその女性のわめき声は届いてきて、結局鎮静剤で収まるまでその声は施設の中に響いていた。

それからと言うもの、男に案内されて会う人達からは罵声、怨嗟、殺意、拒絶、敵意……様々なものを投げられた。

それもそうだ。死にかけて生き延びたと思えば、もう魔術師としては再起不能に陥り、中には魔術刻印を受け継いでいたのにそれが駄目になってしまった人も居た。例え事情を話しても、俺に向けられるのは負の感情しかない。

 

「彼女が最後だ。彼女は一番怪我が軽くて済んだ。精神的にも穏やかだから突然襲ってくるような事は無いだろう」

 

「……そうですか」

 

生き残った8人の最後の女性。彼女だけは今までの魔術師達のような閉じ込められているような部屋に居たのではなく、施設内に設けられたリハビリセンターに居た。年齢は自分と同じくらいで、オレンジ色の長い髪をアップのポニーテールにした娘。

遠くからこちらに右手を振った彼女の反対側の腕は、肩口から無かった。右足も膝から無い。これで、一番怪我が軽いのか……。

 

「こんにちは。貴方がカルデアの?」

 

「ぇ、あ、はい」

 

「……フォルヴェッジ先生。まさか他の皆に会わせてきました?」

 

「彼には知っておいて貰った方が良いと思ったんだ。黙ったままにしていては駄目だろう色々と」

 

「ホント、エルメロイ教室出身者ってそう言う所ありますよね……」

 

俺を案内してきた男はどうやらエルメロイ先生の教室出のようだ。やべ、二世付け忘れてた。

 

「じゃあ俺は失礼するよ。これでも忙しくてね。帰りは彼女が案内してくれるよ」

 

「任せて先生。じゃあ歩こうか。えーと……」

 

「ぐだ男です。よろしくお願いします」

 

「よろしく。私はリッカ」

 

リッカが立ち上がり、軽い足取りで歩き出したのをすぐに追いかける。何だか今日はついていってばかりだ……。

 

「ごめんね。多分凄く嫌な思いしたでしょ。殺してやるとか言われた?」

 

「まぁ、そこそこに。仕方がない事ですけど……」

 

「そうなの?仕方がないって、じゃあ爆破に加担したの?」

 

「そうじゃないですけど……居眠りした俺だけが生き残って、何だか──」

 

「ハイ、そこまで。それ以上言うなら蹴るからね」

 

「え?蹴る……」

 

そう言った彼女は右手で脇腹を掴んできた。

 

「へぇ……鍛えてるんだね。見た感じ筋肉もついてるし何と言うか雰囲気が違うね」

 

「雰囲気?」

 

「うん。場馴れしてるって言うか、どこ行っても落ち着いて対処できそうな図太さって言うか。そんな人がただ遊んで居るだけの筈がないって私は思うんだ」

 

「いや、割りと遊んでますよ……。何しろ古今東西の英雄が一杯居ますから。何もしてなくても問題はやって来ます」

 

「例のサーヴァント達ね。でも、皆貴方に力を貸してくれているんでしょ?現にそこに居るのだって貴方に不満を感じているとは思えないし、貴方は本当に魔術師には向いていないマスター(・・・・・・・・・・・・・・・)なのね」

 

「おやおや。こちらが視えているとは驚いたよレディ」

 

丁度周りに人気が無くなった時にモリアーティが実体化して姿を現した。

言葉に警戒の色が無いのはすぐに分かった。だから俺も変に警戒するのは止めて近くの椅子に腰を下ろすことにした。先ずは義脚で動きにくいリッカを座らせてから左隣に座る。モリアーティは彼女の右隣に、ジャックは俺の膝の上に落ち着いた。

 

「ごめんね。私、昔からそう言うのは感知しやすい体質で。サーヴァントを見るのは初めてだけど、成る程使い魔なんて名ばかりの人間らしさね。ねぇ、サーヴァントってどんな感じなの?」

 

「君も図太いねぇ。まるでそこに居るマスターの様だ」

 

おかあさん(マスター)と似てるね」

 

「えー?私そんなに図太い?」

 

俺が同意して良いのかは分からないが、図太いとは思う。ただそれが俺と似ているかと言われると自覚は無いなぁ。

 

「図太いとも。肉体面においても相当な頑強さがあると見たが……?」

 

「あぁ、体は昔から感覚が鈍いの。魔術刻印を受け継いだ時にそれが原因でね。だから人一倍我慢も出来たし、動けた。だからいつの間にか体は強くなってたの」

 

「へぇ。そんな事が……」

 

「そ。今は腕脚が無くなっちゃった分当然動きづらくなっちゃったけど、別に魔術が使えなくなった訳じゃないし義肢もあるからそこまで困っている訳じゃないわ。本当に運が良かったと思ってる。だって私の両隣でコフィンに入っていた2人、死んじゃったみたいだし……でも、貴方はそれに責任を感じる必要はない。貴方も運が良かった……いや、もしかしたらそう言う運命(Fate)だったのかも知れないわね。きっと私や他の誰でもなく、貴方が人理の修復を完遂できる唯一のマスター。とんでもない苦難や辛い選択を迫られてきたんだと思う。私達では絶対に出来なかった筈よ。それを誇って?」

 

「……ありがとう。ちょっと気持ちが軽くなりました」

 

そう言えば誰かも言ってたな。俺はそういう星の下に産まれたって。

あまり気にはしていなかったけど、実際に死んだ人達のリストを見て、一命をとりとめても2度と立ち上がれない、喋れない、見えない、聞こえない……皆を見て実感せざるを得なかった。そして、まだ来るであろう戦いの予感も確信へと変わった。

俺にはまだまだ、成すべき使命があるのだと。

 

「あ、そうだ。折角だしメアド交換しない?」

 

 

「はぁ……旦那様(ますたぁ)が居ないのはやはり寂しいですね。それもこれも特異点なんてあるから……ハッ!?でも特異点があるからこそ私は旦那様(ますたぁ)とまた会えて今もこうして夫婦生活を営んでいる……もっと特異点出てきてくださーい!」

 

「とんでもないことをサラッと口にしましたね……ですが確かに、特異点……人理焼却があったからこそ私達は巡り会えた。特に私のようなIFの可能性は人理の不安定さがあってこそのもの。恐らく私にとって彼は過去未来において最高のマスターでしょう。そう思うと、この戦いが終わってしまう時が来るのが少し──いえ、とても惜しい」

 

「でしたら聖杯の力にて受肉をなされては如何でしょうか我が王(ランサー)」

 

「ガウェイン、ぐだ男は魔術師ではない。この戦いが終わればアイツはただの人だ。それなのに受肉したとは言え、いつまでもサーヴァントが近くに居てはアイツは本当に元の生活には戻れない。もっとも、それも最強の名を冠するサーヴァントが1人だけなら問題ないだろう」

 

「我が王(セイバー・オルタ)、最強とは誰が……?」

 

「無論、私だ」バーンッ

 

集中線が引かれたようなドヤ顔のアップ。

自分が最強であると言っているかのようなその自信満々な姿にガウェインは「流石です」と頭を垂れ、周りに居た他の円卓メンバーも同じ様に頭を垂れた。

するとそれに納得がいかない他のアルトリア達が「意義あり!」と一斉に指を指した。

 

「それは聞き捨てなりませんね」

 

「えぇ。星は私が上です」

 

「流石は王(達)。自分同士でも1歩も退きません」

 

「ガウェイン……貴方のそう言う所も流石だと思います」

 

よく分からない基準で最強を主張し始めたアルトリア一同に他のサーヴァント達も加わり、やれじゃんけんだ、やれ腕相撲だと賑やかになっていく。

聖杯で受肉するどうこうではなく、単純に誰が強いかを比べたくなるのはやはり英雄と言うべきか戦士と言うべきか。

 

「お、力比べか?俺っちも山でよくやったもんだ。いっちょ最強を目指してやってみ───何だ?」

 

袖を捲っていた金時がふと妙な気配を感じ取り、振り返った。

食堂の出入り口、その廊下側から異様な気配……気付いた他のサーヴァント達も妖気や怨念を感じると口々に警戒し始めた。

 

「何だってんだ一体……」

 

「ミスター金時。何かがこちらに迫っているのは感じましたか」

 

「あぁ。なんつーか、いろんなモンが来てるような気がするぜ」

 

「流石は金時殿。その動物的な勘はやはり山育ちだからですかね。今あの出入り口の先から来ているのは死霊……ここで死した魔術師達です」

 

カメラを構え、レンズ越しにゲオルギウスは全てが見えていた。

脚と言うには膨張しすぎて奇形化したそれ。腕は皮が無く、肩からは男女か分からない頭が生えていてその口から別の腕。または目から狭そうに押し出てきている腕……合計で7本の腕が不気味に蠢いている。

全身の眼球は別々にギョロギョロとして各々が集まるサーヴァント達を睨んでいた。

 

「なんと醜い……彼等は何故……」

 

《ワタシタチはシに、カラダがここからハナれてもナオ、トラわれツヅけている》

 

「──ッ、なんて不快な声なの……」

 

《おぉ、ユルせない。ユルせん。ユルすものか。あのオトコ……のうのうとイきノコったあのオトコ……ニクい!》

 

「ぐだ男の事か。ただの逆怨みで化けて出るものではなかろう。お前達は死者だ。あるべき所へ帰るんだ」

 

《ニクい……ウラヤましい……おっぱいモみたい……ジャックたん……イタい……クルしい……サムい……》

 

「……おい。今誰の本音だ」

 

《ガウェインさまステキ……ケッコンしたい……タタかいたくない……もうイヤだっ!!》

 

数十人分の霊が固まったそれは、時折聞き覚えのある声を発しつつ、誰かの何とも言えない本音を垂れ流している。

 

「戦いたくない……?何を言っているんだ?アイツらはまだレイシフトすら1回も──」

 

「いや、そうじゃねぇよロビン。ありゃぐだ男の本音だ」

 

「え?」

 

「誰とは言わねぇが、この事態にいち早く気が付いた奴が居てな。そいつが言うには、ぐだ男が溜め込んできた不満や恐怖心、人間の誰もが持っている死への恐怖だ。アイツも聖杯にスゲェ近い人間だ。いつの間にか、魔力の影響で抑えてきたモンが魂として1人歩きしはじめて、あれはそれを利用してんだと。つまりだ。魂である以上アガルタにいるぐだ男と繋がっちまってるから下手に攻撃すればあっちにも影響がある。人質だ」

 

「ではどうすれば?」

 

「簡単だ。ちょっとずつ成仏させてやるんだよ」

 

「?」

 

「……誰かあれに胸揉ませてやれ」

 




他のマスターの話があまり無いので、今のうち好き勝手にやるスタイルです。


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Order.44 託す者達。託される者

1ヶ月!
社会人として意識しなきゃいけないのは、時間が「ある」「ない」ではなく、時間を「作る」「作らない」だと分かっては居たのですが……すみません。年末は冥界のボックスガチャに明け暮れ、年明けはカルデア凍結の展開におどろいて今後どうやってそれに繋げていくかを考えていたらあっという間にこれでした。

前話出した時点ではマスター候補38?人が意識不明だか何だかだったので勝手に死人にしちゃいましたけど……しくじった。辛うじて(凍結野郎)Aチームのマスター人数と生き残らせたマスターの人数が近いのでどうにかは出来そうですが果たして。

兎も角、今はまたもボックスガチャ期間。
回すんです!


 

 

 

 

 

無念の亡霊を1人ずつ成仏させていく作戦。

彼等の最後の望みを聞き届け、それを叶えてやって成仏を促すことでぐだ男への影響を最小限に対処していく。──筈だった。

 

《オオオオオオオッッッ!!》

 

「何で断ったんだよ!」

 

「だって私はもう決めた相手が居ますから……ぐだ男以外と結婚なんてあり得まセーン!」

 

「どうするんだよこれ!」

 

キャスターのクー・フーリンが攻撃ではなくルーンでの拘束を試みる。しかし、亡霊の集合体の核にはぐだ男の魂の他に聖杯があってそう簡単には出来そうにもない。

 

「あと数人だったのに……!」

 

《もう……タタかいたくない!何デ俺が……!》

 

「ぐだ男のやつ、あんなになるまで自分の気持ちを棄てていたのか?」

 

「死への恐怖……それは誰も責められません。彼もまた人間です」

 

亡霊がルーンの拘束を破壊し、術者のクー・フーリンを縮んだがそれでも大きい拳で凪ぎ払う。

対してクー・フーリンは軽い身のこなしでそれをかわして再びルーンで縛る。今度はもっと強く。

 

「ここまでとはな……」

 

「だが妙だ。あのぐだ男でもここまでのものになるのだろうか?」

 

「冴えてるなアーチャー。実は俺もそう思ってた所だ。シェイクスピアはああ言ってたが、俺だってカルデアじゃ一番坊主と長く契約してるサーヴァントだ。違和感はあるわな」

 

《アァッ、アぁ……》

 

しかしどうしたものさね。クー・フーリンがそう顎に手を当てて首を捻っていると亡霊が拘束のルーンを破るべく身をよじり始めた。

 

「おいセタンタ。マシュを呼んでこい」

 

「嬢ちゃんをか?何で?」

 

「良いから呼んでこんか。耳が悪いのならその体に直接癒えぬ呪い(ゲイボルク)で書いてやろうか?ん?」

 

「おーい嬢ちーーゃん!」

 

ランサーのクー・フーリンが脱兎のごとく逃げ──もといマシュを呼びに行った。

何か考えがある様子のスカサハだが、誰が問うてもそれを答えようとはしない。

 

「どういうつもりか分からねぇが……取り敢えず拘束のルーンを追加でお願いできませんかね師匠!」

 

「仕方無いな。少しきつめに縛り上げてやるか」

 

《グェッ!?ぁっが!……》

 

拘束のルーンを重ね掛けされた瞬間、亡霊が小さく呻いたのに誰も気付かなかった。

 

 

「ホォォォアッ!」

 

カルデア魔術礼装の上着を脱ぎ捨て、魔力放出(筋肉)。相手はエルドラドのバーサーカー──ペンテシレイア。彼女はギリシャ神話におけるアマゾネスの女王。トロイアであのアキレウスに破れた女性だ。

 

「──貴様、それは何だ?」

 

「……無論、筋肉だ」

 

「筋肉……その筋肉はアイツに似ている。我が姉、ヒッポリュテの仇……!つまり──アキレウス!■■■■■■■ッッ!!」

 

ヒッポリュテと関係が深いのはアキレウスではなくヘラクレスだ。もっとも、ヘラクレスも色々可哀想な境遇でそれに巻き込まれたヒッポリュテも可哀想な訳で……兎に角、今のペンテシレイアは『汝はアキレウス、罪ありき』状態で俺ですらアキレウスと言ってくるので早めに何とかしないと被害が増えるばかりだ。

 

「アキレウスゥゥゥゥウウウッッッ!!!」

 

「俺の修行はこの時の為に!筋肉(バスターチェイン)!」

 

ペンテシレイアの凶悪なクロウを掻い潜り、全くの守りがないお腹へマルタ直伝、天使殺しのアッパーを打ち込む。入った!

 

「──ふっ、その程度かアキレウス!」

 

「何!?」

 

全くの守りがないお腹、の筈がなかった。

ペンテシレイアのあのお腹には胸を守る布があるわけでも、武骨な鎧があるわけでもない。だが、それらよりも強く、頑丈な守りがそこにあった。それこそ、筋肉。彼女のお腹……否、腹筋は生半可な攻撃で突破できる代物ではない!

 

「マスター逃げて!」

 

「ッ!」

 

ペンテシレイアの素晴らしい腹筋にみとれていた所をアストルフォの声で我に帰る。刹那、ペンテシレイアの両クロウ振り下げで両肩口から胸にかけて3本ずつ爪痕を残された。

そこまで深く抉られなかったのは幸運だった……もう少しバックステップが遅かったら腕が落ちてた!

 

「ぁぐっう!」

 

「柔い筋肉だな!その程度でまた私とあいまみえるその行為……侮辱と受け取るぞ!」

 

「下がれぐだ男!おいキャスター、回復頼むぞ!」

 

「はい。ぐだ男さん、少し痛みますよ……」

 

「っがぁ……ッ!つぅ!」

 

味方となったキャスター、シェヘラザード。俺は言いなれない為シェラさんと呼んでいるが、彼女はキャスターだがメディアのような魔術ではなく、彼女の物語(・・・・・)から使い魔を召喚し、それが回復や攻撃を担当する。今は傷口に布を当て、止血をしつつ何かを召喚しようとしている。

それまでひたすら痛みに耐えようと呼吸に集中している最中、それは急に訪れた。

 

「──!?か……ハッ……!」

 

「申し訳ありません、あと少し耐えてください……」

 

シェラさんは気づいていないようだが、俺は胸の痛みとは別で全身が締め付けられるような痛みと息苦しさを感じていた。

まるで見えない鎖に全身をがんじ絡めにされて締め上げられているような苦痛。これは……まさか──

 

「症状が良くならない……これはもしや、呪い?」

 

まさか──俺の筋肉がペンテシレイアの筋肉に怯えているのか!シェラさんの言うこれが呪いなら、全身の筋肉にガンドを受けたようなものなのか……!

くそぅ……魔力放出にカウンターされたのかッ。

 

「まだ、まだ……甘かった……ッ!俺の技術、もッ……筋、肉も……」

 

 

「……これってぐだ男君勘違いしていないかい?」

 

「確かに先輩の体は現在進行形で魔術回路が何かの呪いに侵食されています。……先輩のあの表情を見る限り、自分の筋肉の鍛え足りなさに涙しているようですが」

 

「しかし呪いなんてどこから貰ったのかね。一番疑いたくなるのはシェヘラザード君だけど……まぁ、彼女は違うね。この天才が保証しよう」

 

「おーいマシュの嬢ちゃん、居るか?」

 

管制室で先輩のバイタルをモニターしていると、ランサーのクー・フーリンさんが私を呼んでいた。

 

「クー・フーリンさん。私はここですが、どうかなさいましたか?」

 

「ちょっと来てくれねぇか。スカサハが嬢ちゃんを呼べって脅してきやがってさ……」

 

「でも……」

 

「ここはボク達で回すから行ってきて大丈夫だよマシュ。元々ボクがやってた仕事でもあるし、今は最悪ホームズも居る。何とかなるさ」

 

「了解です。マシュ・キリエライト、一時離席します」

 

席を立ち、クー・フーリンさんの後を追って駆け出す。

スカサハさんが私を呼ぶなんて珍しい……しかもこのタイミングでとなると先輩の呪いで何か知っているのかも知れない。

兎に角、クー・フーリンさんが急いでいるなら私も急いがないと。

 

「正直スカサハが何考えてんだか俺にはてんで分からねぇ。けど、あの師匠も無意味に呼ぶようなことはしない。ましてや嬢ちゃんを呼んだともなると──」

 

「分かってます。多分辛い選択を強いられる事にもなるかもしれません。ですけど私は立ち向かってみせます」

 

「良く言ったマシュ」

 

食堂に目測5mと迫ったところでスカサハさんが後ろから私達に声をかけてきた。

どうやら私達を待っていたようですが、廊下の植木の丁度死角に入っていたので通りすぎてしまったようで……。

 

「お前のぐだ男に対する気持ちを信じて呼んだ。すまんな、忙しい時に」

 

「いえ。私に出来ることなら何でも」

 

「よし。ならば頼む」

 

スカサハさんに手を引かれ、食堂に入る。瞬間、全身の骨全てに響くような嫌な音が私を歓迎する。

クー・フーリンさんがゲイボルクを構え、スカサハさんも私を守るように1歩踏み出す。

一体何が起きているのか、その疑問を解決すべく食堂の中を見回してみると食堂の奥から赤い外套……エミヤ先輩と白い服……え、先輩?

 

「くっ!下手に手を出せないのは辛いな。ランサー、ルーンはもう打ち止めかね?」

 

「拘束の事いってるならキャスターの俺で出来ねぇんなら俺には無理だ」

 

「エーテルで出来た体とはいえ、生身と同じ様なものだ。先刻もルーンで拘束していたが、自身の皮、肉が千切れるのもお構いなしに暴れまわりおった。ぐだ男に影響が出ていなければ良いが……無理であろうな」

 

「スカサハさん、あれは先輩ですか……?エーテルで出来ているって、それってサーヴァントみたいな……」

 

良くみると、先輩──と瓜二つな人物の全身には暴れまわったのが原因であろう、傷が痛々しい。

 

《フゥーッ、フゥーッ……》

 

「あやつ、ぐだ男の武器も喚べるのか」

 

彼は先輩の愛用武器であるゲイボルクを召喚し、相対するエミヤ先輩に肉薄する。槍遣いは普段の先輩のそれとは違い、荒々しいものでとても修練の結果で得られた様なものではない。

ただ力で振るっているだけみたいに。

 

「マシュ。あれはぐだ男の魂の欠片が亡霊に捕らわれた結果のものだ。だが、私達にはどうも違和感が拭えなくてな。そこでお前に見てもらおうと思ったわけだ」

 

「あれが……先輩の?」

 

「ああ。逃げたい、もう嫌だってそんな事ばっかり呟いてるぜ」

 

「誰しもが持つ当然のものだ。ぐだ男……あやつはそれを──」

 

「いえ。あれは先輩の魂では無いです」

 

スカサハさんが続けようとしたのを、私は途中で遮る。

正直、私に確信はありません。

もしあれが私のちょっとした勘違いで、本当に先輩の魂だったら……私は、先輩の恐怖や意志を抑え込ませて、無理矢理戦いに向かわせてしまう事になってしまう。誰よりも人間らしかった先輩のそれを、否定してしまう。

それが物凄く恐ろしい。けど──

 

「先輩は、逃げ出したくなるような時でも、決して逃げませんでした。エリザベートさんのは棚に上げますが……例え逃げたとしても、必ず困難に立ち向かいました」

 

前に先輩が言っていた言葉がありました。それは第五特異点で重傷を負っても尚、歩き続けると言い始めた時です。

 

『どうして先輩はそこまで出来るんですか?幾ら先輩が最後のマスターとは言え、嫌なことは嫌と言って貰えれば私やドクター、ダ・ヴィンチちゃん達で対処も──』

 

『マシュ。俺は誰かに押し付けられたからとか、嫌々やってる訳じゃないよ。これは、俺がやりたいからやってるんだ。生き残るために、誰も死なないために。だから安心してマシュ。俺は決して、この戦い(グランド・オーダー)から逃げはしないから』

 

そう。だから──

 

「先輩は決して逃げません!貴方は何者ですか!」

 

《──ァ、アアッ!?マシュ!俺は……!》

 

「いいえ、貴方は先輩ではありません。聖杯の力で先輩に成ろうとしただけの、マスター候補の1人。死にたくないなら、生者になればいい。生きる力のある、聖杯に近い人に」

 

《嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!オレはこいつの魂を離さない!》

 

「どうやら取り込んだ方が表面化したようですな。いやはや、愛はやはり第三魔法を越えるのですな!どこかの誰かさんに適当な情報を流してみたら案外解決へまっしぐら」

 

「あ!シェイクスピアてめぇ!」

 

「はっはっは。因みに補足しますと、それは最も死にたくないと願ったマスター候補の誰か。魂がいつの間にか形を獲て他の怨念の影響もあって何故かぐだ男に成ろうとしたもの。だがぐだ男には彼に都合の良い負の感情が足りなかった。正しく善性の塊!だから更に願ったのです!それはまるで、何処かの聖女のある筈もない別側面をサーヴァントにするかのように!ここまでの苦しい戦いなら、これ程の負を抱えている筈だと、そう決めつけて作られたのがあのぐだ男なのです!」

 

「つまり、ぐだ男・オルタって訳か?」

 

「語呂が悪い。ここはぐだオルタならどうか?」

 

成る程。

じゃああれはジャンヌ・オルタさんのようにある筈もない別側面を形作ったもの、と。でも、そう考えると先輩はどうしてそこまで良くないものを抱えないのでしょうか?

もしかして……先輩本当は既に壊──

 

《オレはぐだ男だ!生きてる!辛い戦いだってした!痛い思いもした!なのにどうしてこんなにも平気で居られるんだよ!何で笑えるんだよ!協会の奴等も、オレの偉業を何一つ分かっていない!何度特異点を直したと思ってる!何度人を救ったと思ってる!マシュを殺した奴が何で平然とカルデアに居る!ましてやそれと仲良くするなどぉぉぉぉおおおおッ!!!》

 

「終わりだ贋作。いや、こんな下手くそな贋作なんぞ質の悪いパクり以下だ」

 

「貴様のそれはぐだ男の気持ちとは名ばかりの己の気持ちであろう。貴様の勝手な解釈で、雑種の邪魔をするのではない!既に雑種が壊れていようがそうでなかろうが、どうあってもあれはそう言う男なのだからな!それぐらいでなければこの(オレ)を喚べる筈も無いのだ!そう言う訳だ、失せよ塵!」

 

《オオオオオオオッッッ!!》

 

亡霊の姿が揺らぐ。まるでいくつもの重なってる画像がバラバラになるように、何かが剥がれていく。

 

《──死ぬのは怖いけど、もう私達死んでるものね》

 

《──あーぁ、1度で良いから令呪でエッチなこと強制させたかったな》

 

《──お前どうしようないな……》

 

《──いつまでも彼に迷惑かけられないものね。本音を言うと何も出来ずに死んじゃったのは悔しいけど、彼には私達の分まで楽しんでもらいましょうよ》

 

「これは……」

 

どこからともなく聞こえる男女の声。

これは聞いたことがある声だった。話したことも、会ったこともほぼ無いけれど、間違いなくマスター候補の人達。

 

《──あとはお願いしますね、マシュ・キリエライト。彼をこんな風にはさせないでね》

 

「はい!私は全力で、必ず先輩を支えます!全てを受け止めてみせます!」

 

《オオオオオオオッッッ!!》

 

《──引き離せ!》

 

《──逝くぞオラッ!》

 

《──ヤベッ!先に俺逝ぐゥッ!》

 

「すまんな……」

 

スカサハさんがゲイボルクを喚び、宝具を使う。

1本で亡霊を空間に張り付け、もう1本で荒ぶる亡霊を貫く。

 

《は、はは!ハハハハッ!終わらないぞ……この戦いは終わらないぞ!ここで止めておけば良かったと思うが良い!ハハハ──》

 

「……」

 

「ハッ!嗤わせるな。雑種の未来が混沌としている事ぐらい既に分かっておるわ。無論、その内の光もな」

 

「英雄王……」

 

亡霊は消滅し、まるでこの先の未来を知っているかのようなその言葉に場の空気は変に重たいものとなってしまった。しかし、ギルガメッシュ王の光があると言うその一言で、皆「らしくない」と己を叱咤。

日本出身のサーヴァントの何名かは霧散した先輩……の姿を真似た容れ物が居た場所に向かって手を合わせていたり、黙祷をしている様子が見られた。

 

「戦っているのは先輩だけではありません。私達が全員で、お互いに支えあってこそ、戦えるんです」

 

『マシュ!ぐだ男君の容態が回復したけど、状況的に手が足りてない!急いで来てくれないか!』

 

「すぐに向かいます!」

 

ドクターから呼ばれて急いで管制室に戻る。

例え先輩のお側で一緒に戦えなくても……私には先輩のバックアップと言う重要な戦いがある。

 

「先輩……私も戦います!」




どうしてもぐだ男はどこか壊れてるんじゃないかと思ってしまうんですよね……。


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Order.45 カルデア学園! I


学園編だよ!!


 

 

 

 

 

「おはよー……うぅっ、肩痛い……」

 

「オッス大将。傷の調子はどうだい?」

 

「あぁ、おはよう金時。シェラさんが治療してくれたから大事には至らなかったけど、暫く激しい運動とかは駄目だってドクターからドクターストップがかかった」

 

「ドクが言うなら仕方無いな。ま、座って落ち着こうぜ」

 

アガルタから帰還して早2日。報告やレイシフト後健康診断などであっという間に時間が経って、今日から2日程カルデアの業務はしないでゆっくりして良いと許可が降りた。

ならば1日ぐうたらとマイルームで寝てようかと思っていたのだが──

 

「まぁ。母におはようの挨拶は無いのですか?」

 

「……ぉ、おはよう、ございます。頼光さん」

 

「ああっ!どうしてですか!私は貴方の母だと言うのに……何故そんなに他人行儀なのですか?母は悲しくて泣いてしまいます……よよよ」

 

「大将……っ」

 

「ぅぐ…………ごめん母さん(・・・)。その、何だろ。頼光さんあまりにも綺麗だから何だか自分が母って呼ぶのに抵抗が出来ちゃ──」

 

俺が台所でエプロンを着用した頼光さんに正直に話すと、まるで霊核に響いたかのように方膝をつき、金色の光を纏って消えかけるのを何とか踏みとどまった。

これはいかん。頼光さんには破壊力が高すぎたか。

 

「はぁっ、はぁっ……ふふ、ふふふふ!母はここです!さぁ、おはようの抱擁と接吻(キス)を」

 

「えと……」

 

「大将!」

 

金時に呼ばれ、振り返ると彼とサングラス越しのアイコンタクト。

金時は俺に拒否してはいけないと伝え、俺はそれにコクりと頷いて返す。

 

「お、おはよう母さん」

 

身長がやや自分より大きい頼光さんに色々迷った結果、普通にハグをする。自分の胸に当たる頼光さんの豊満な──それ以上は言うまい。とかくあって心臓がバクバクで大変なのにここからキスをしろと申される。どうする!?アンパイの頬にしたらそれでは駄目だと拗ねられないだろうか!?

 

「──まぁ。母との抱擁に緊張しているのですか?ふふ。大丈夫ですよ。さぁ、おはようのチューを……」

 

(頑張ってくれ大将!)

 

脳裏に蘇る、他のサーヴァントとのキス。それらは全て向こうから仕掛けてきたものだが、今回は能動的に行かねばならない。いや、正直勢いで行けなくもないのだが、その後が怖くて仕方がないのです……!

えぇい!ままよ!

 

「んっ」

 

恥ずかしさのあまり、真っ赤になっていた顔を隠すため強く抱き付いていたのを止めて、頼光さんの唇に自分の唇を重ねる。

柔い唇が触れた瞬間、俺の脳ミソは完全にオーバーヒートして運動指揮系統が破綻。指1本動かせなくなって頼光さんの唇から離れられなくなった。

離れないと脳ミソはおろか、全身が(K姫の炎)マジで燃える!何とか顔を離さないとと思って泳ぎまくっていた視線を頼光さんと合わせた時、事件が発生した。

頼光さんがやや目を細めたと思うと少しだけ開いていた俺の唇の間から舌を滑り込ませて来たのだ。それに驚いた俺が思わず口を閉じると頼光さんの舌も俺の口内から撤退していく。

 

「魔力供給……嗚呼、素晴らしいものですね。我が子の温もりを感じ、我が子の熱く逞しい魔力が私の中に満ちて行く……ふふ。驚かせて申し訳ありません。噂に聞く魔力供給とやらを試してみたかったのです。けど、貴方も悪いのですからね?」

 

「───」

 

マトモな返しも出来ず、俺は真っ白な状態で歩いて金時の隣に座る。

頼光さんはいくらなんでも暴走し過ぎな気がするのだが……仕方がないのか。

 

「……大将……アンタマジに漢じゃんよ。頼光サンのあんな嬉しそうな顔、久々に見たぜ。ただ……ちょっと大将のこの後が心配だな……」

 

「──ソウダネ」

 

何故こんな事になってしまったのか……。事の始まりは俺がアガルタを終えて帰って来て間も無くの頃だった。

 

 

「おかえりぐだ男君。怪我は大丈夫かい?」

 

「何とかは。深く抉られて無かった筈ですが、腱がブッツリやられちゃったので今は取り敢えずくっ付けた状態です」

 

「先輩、他にどこか悪いところはありませんか?何でも大丈夫ですよ。悩みでも鬱憤でも」

 

「だ、大丈夫だよマシュ。何かあったの?」

 

「いえ。ただ……先輩の怪我が心配で……」

 

俺の両腕は筋肉や腱をクロウで引き裂かれたのを急遽くっ付けた状態だから、念のため両腕を布で吊っている。

片腕ならあったけど、両腕を吊るのは初めてだ。何て言うか、拘束されている犯罪者の気分だ。

そんな見た目だとマシュの心配も頷ける。──のだが、何かそれとは違う気がするんだよな。

 

「俺はこの通り元気だから大丈夫だよ。そっちも忙しいでしょ」

 

「こっちは大丈夫。ぐだ男君を手伝ってあげてマシュ」

 

「分かりました。じゃあ先輩のお部屋で忘れない内に早速始めましょう。あ、すみません。先にシャワー等の方が良かったですか?」

 

「あー、やっぱり汗の匂いがすると嫌だよね。ごめん」

 

「……私は別に、先輩の汗の匂いが嫌いな訳では……」

 

「大丈夫大丈夫。今更臭いとか言われた位じゃ傷付かないから」

 

何だかマシュの心配の仕方がいつもと違うのを感じた俺は俺より精神的に疲れただろうマシュにこれ以上仕事はさせたくないので、そそくさと振り切るように管制室を後にする。

暫くしてすれ違うスタッフの方やサーヴァントの皆と軽く「ただいま」「おかえり」と挨拶しながら大浴場に到着。

腕を下ろし、時々激痛が走るのを我慢しながらモゾモゾと脱いでいると誰も居なかった脱衣所にロビンが入ってきた。

 

「お、帰ってきてたのか。お勤めご苦労さん」

 

「ただいまロビン。ロビンもお風呂?」

 

「まあな。ちぃっとばかし周りが五月蝿いんで静かにゆっくり出来るとこ探してたわけ。そこで丁度ジェロニモとビリーにここのサウナの事聞いてな。なんでも、マナが多いらしいからサーヴァントは消費した魔力とかをじんわり回復できるんだと。アンタでもじんわりいけるんじゃねぇの?」

 

「成る程」

 

ロビンの話を聴きながらも服を脱ぎ終えると俺の肩から胸の辺りまで走る傷痕を見たのか、ロビンが溜め息混じりに破れた礼装を俺から取り上げる。

 

「さしずめ、こっちに逃げてきたって所か?」

 

「……そんなんじゃないよ。これから報告書書くんだけど、汗臭いなんて嫌だし」

 

「じゃあそう言うことにしておきますよ」

 

「悪いね」

 

「何の事だかサッパリですわ」

 

ロッカーに全部放り込み、備え付けの手拭いを持っていざ中へ。

全身を包む熱。程よく視界が阻害される湯煙。桶を置いたときのカポーン、と響く音。やっぱりお風呂は良い文明だ。

 

「誰も居ないのか。まぁ、たまには本当に静かなのも良いよね」

 

独り言で報告書に何を書いていこうか確認も含めてブツブツと呟きながら炭酸風呂に浸かる。

10分位入ると何故か体の疲れが良くとれるお風呂で、あまり長く浸かるのは良くないらしい。

 

「ぁあ……今回は特に疲れたな……」

 

「おーい。そこで寝るなよ」

 

「ありがとうロビン。頑張って寝ないようにするよ」

 

「あいよー」

 

サウナに入っていくロビンに軽く手を振りつつ、重たくなってきた瞼に抗って白眼を剥いたり見開いたりする。

アガルタレイシフトのラスト2日は寝られなかったからか、睡魔がやや強い。更に怪我の分も精神に来ているのだろう。

 

「寝ちゃダメだ……」

 

そうは言っても体は正直。どこからか賢王のギルガメッシュが「たかが2日寝ない程度で音を上げるとは弛んどる!」と言ったような気がするけど、もう俺の意識はほぼ無かった。

 

「ほら言わんこっちゃない。悪いが部屋で一度休んだ方がいいぞ」

 

結局ロビンが俺を引き揚げ、朦朧としながら着替えて部屋に帰ることに。

ロビンの背中におぶられている間も、せめて寝ないようにと必死に睡魔と戦って居る時に全てが始まった。

 

「まぁ!ロビンさん、これはどういう事です!」

 

「ぐだ男が風呂で寝落ちしかけたんでこうして部屋に連れていってる所ですよ。大分無理したみたいなんで」

 

「だったら尚更この母が面倒を見てあげなければなりません。さぁ、私にお任せを」

 

この声……頼光さんか。不味いなぁ、ロビンも得意な相手じゃないから俺が何とかするか。

 

「……母さん……俺は大丈夫だから、ロビンに任せてよ……。ほら、この前の……肉じゃが、また作……」

 

「──ッ!」

 

「(ヤベッ!)じ、じゃあ失礼しますよ……」

 

この前肉じゃがを作ってくれたので、また作ってよと頼めばすぐ作りに行ってしまうだろう。眠たいながらも言葉を紡ぎだした俺はやはり天才だ!

 

「いや、馬鹿だろ。寝惚けながら話すからややこしくなってんぞ」

 

その時には既に俺の意識は無く、ロビンの言葉も遠い彼方から言われているように聞こえていなかった。

 

 

それが始まりだ。

その後は頼光さんが俺の私生活を守るとか言い始め、他のサーヴァントも、不満があれば何でもしますと言い始め、やたらと俺の私生活に踏み込んでくるようになってきていた。

いや、今更私生活とか無いようなものなんだけど、どうして急に……。

 

「大将?まだ寝惚けてるのか?」

 

「──ぁ、いや、大丈夫だよ。ちょっと考え事をね」

 

兎に角、皆が騒ぎだしたもんだからそれを鎮静化させないといけないのもマスターの仕事だ。色々皆で話し合った結果、俺の元々の生活を皆で体験すると言う結論に至った。ある天才曰く「1度カルデア学園とかやってみたかったんだよね」。なんでさ。

それだから頼光さんが母親役で、金時が兄役なのだ。家は団地のマンションに住んでた俺とは全く関係のない2階建て一軒家。庭には魔神柱バルバトスのオブジェ。この時点で俺の元の生活環境からは果てしなく逸脱しているが黙っておく。

 

「しかも高校生になってるけど、俺もう大学か専門の年齢だからね」

 

「留年ってやつだろ?」

 

「良く知ってるね……」

 

高校時代なんて普通そのものだったけどな。強いて言うならカバディ部だった位で──

 

ピンポーン。

 

ふと我に帰させるインターホンの電子音。

暫く聞いていなかった音だけど、こうして聞くとどこか日常に居ると実感させてくれるものだ。まぁ、今は日常でもないが。

 

「オレっちが出るぜ。…………よう!え?大将か?」

 

「誰ー?」

 

「沖田さんでーす。いやぁ、私もノッブに連れられて学生になってみましたけど、この制服もお洒落ですねー」

 

「沖田さんおはよう。で、そのノッブはどうしたの?」

 

「まだ寝てたので置いてきました。さぁ、マスターも早く着替えて行きましょう」

 

いつの間にかリビングまで入ってきていた沖田さんに当然のように挨拶をし、金時から受け取った制服に着替えることにする。

学ランは下に適当なのを着て羽織れば良いから楽なものだ。体育の日なんかは下に体育着を着れば着替えが一回で済む。

 

「──って、わわ!急に脱がないでください!」

 

「んお?あー、ごめん。うっかりしてた」

 

別に男のパン一なんて恥ずかしいものでも無いだろう、とは思ったが、それはデリカシーに欠ける。

自分は見られても良いからとかではなく、相手に嫌な思いをさせるような事はしてはいけない。そんな簡単な事に気が付かなかった俺は沖田さんにちゃんと謝って部屋の端で着替える。

 

「あの、マスター。その傷は……」

 

「あぁ、ペンテ……長い。レイアちゃんにやられたやつ」

 

「ペンテシレイア、ですか。昨日召喚されたバーサーカーの。って、バーサーカーとやりあったんですか!?どうしてそう、無理をするんですかマスターは!」

 

「いや、アマゾネスとも戦わなきゃ行けなかったからその時に対峙してね……でもほら、そんなに深い傷じゃないし」

 

「浅い深いの問題じゃありません。マスターが良くても私達が辛いんです。変なことを言うようですが、その命、その体はもう既に貴方だけのものではないと分かって下さい」

 

ぐうの音も出ない。

確かに配慮がさっきもこれも足りていなかった。俺は怪我をしても最悪死ななければ何とか大丈夫だろうと思っているが、その怪我1つで俺をモニターしているドクターやマシュに気を遣わせてしまうし仕事も増やしてしまう。

ちゃんとしなきゃ。

 

「えぇ。母も自分の子供が傷付くのなんて見たくありません。戦いにおいては仕方のない事ですが、それも無理をしなければ大きな怪我はしません。もし無理をした挙げ句怪我なんてした時には私は……」

 

「は、はい……以後気を付けます」

 

「何はともあれ、学校に行きましょう!」

 

沖田さんに手を引かれ、荷物も何も持たないで外へと飛び出す。

外はシミュレーターで再現しているため、天気は悪くない。まぁ、雨降ってもだしね。

 

「さぁ楽しくてトラブルも多目な学生生活の始まりです!走りましょうマスター!」

 

「トラブルあるのは確定なのね!?」

 

縮地であっという間に遠くに離れてしまった沖田さんを追いかけ、俺も完全には起きていない体に鞭打ってアスファルトを蹴る。

こうなったら足腰に瞬間強──

 

「マチョォォォォォオオオッ!!」

 

「──は」

 

その時の事を俺は良く覚えていない。

後に沖田さんから聞いた話だと、俺は住宅街に良くある十字路で赤信号を無視してきた魔猪に跳ねられて空中を竹トンボのように飛んでいったとの事だった。

 



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Order.46 カルデア学園! Ⅱ

邪ンヌは引けなかったのではない。引かなかったのだ。
次に来るべきバレンタインに備えているのだ。
決して石がなかったから諦めたわけでは無いのだ……諦めたわけでは……ッ!




 

 

 

学生生活にはトラブルもハプニングも付き物。

特に引っ越しや転校でなれない生活圏に放り込まれた時なんかは起きやすい。無論、それは俺にも当て嵌まることだった。

 

「今日は転校生を紹介するわよー!さぁ、入ってちょーだい」

 

教室の中からジャガーな声がして、スライド式のドアをガラリと開ける。

 

「……おい、あれは聞いてないぞ」

 

「……どうしたんでしょう……」

 

椅子に座っている面々は皆見知ったサーヴァント。だから今更自己紹介なんて何でもない。何でもないのだが……皆の目は自己紹介云々より俺の体の状態に向いていた。

右足はギプスで固められ、両手には松葉杖。顔は包帯で半分隠れている。そう、今朝通学中に信号無視した魔猪に轢かれてこの様なのだ。

あの時は死ぬかと思った……。筋肉が無ければ即死だった。

 

「えー、ぐだ男です。訳も分からず転校してきました。宜しくお願いします」

 

「一発芸はどうした?」

 

手短に挨拶を済ませ、ジャガーことタイガー(・・・・・・・・・・)に指差された席に向かおうとした時、教室中央後ろ。質素な机と椅子を出来る限り最低限の物で豪華絢爛に飾りあげたそれらにふんぞり返ったギルガメッシュ(弓)が早くしろと言わんばかりの態度でそう言い放った。

 

「日本では転校生がクラスの王に対して一発芸をするのだろう?ならば早くせぬか雑種。我は忙しいのでな」

 

忙しいと言うギルガメッシュは手元で何かプラモデルらしきものをいじりながら続ける。

誰だそんな意味不明な事教えたの!!

 

「いや、そんな文化は無いので──」

 

「貴様の意見は求めておらぬわ!ここでは我がクラスの王よ!であるならば我に従うのが道理であろう!えぇい、早くせぬかざっs「極光反転ミニアド!!」

 

今度は教室の通路側の席の後ろからギルガメッシュに向けてロンゴミニアドが放たれる。この狭い空間内で使うためか、かなり範囲が限定された状態でギルガメッシュにクリーンヒット。席もろとも校庭へ放り出された。

 

「ふぅ。失礼したぐだ男。ところで丁度ギルガメッシュの席が空いたのでどうですか?」

 

そうアルトリア・オルタ(ランサー)が指差すのは今先程までギルガメッシュが鎮座していた場所。

成る程、ギルガメッシュは彼女の隣の席だったのか。だったら今の内に俺を配置しておけば少なくとも周辺環境は良くなるだろう。それに真ん中の一番後ろなんて目が悪くなければ良い席だしね。

 

「じゃあお言葉に甘えて──」

 

「ちょっと待ちなさい。今そこに座るようにジャガーに言われたならそれに従うのが生徒でしょう。ギルガメッシュはああ言ってたけど、事実上クラスのトップは担任のジャガーなんだから」

 

「そう、私こそがこのクラスの王よ!という訳でお好きな席へGO」

 

好きな席で良いんかい!と、それにしてもどうするか。

最初の席にしろと言い出した邪ンヌの気持ちももっともだろう。何しろ、俺がこのまま後ろに座ると行き場を失ったギルガメッシュが邪ンヌの前の席に来ることになる。そうなると色々と五月蝿い事になりかねない。

しかし大人しく邪ンヌの前だと今度はアルトリアの方が……。

 

「ぐだ男。貴方は今怪我をしています。ならば、出来るだけ障害物の少ない後方の方が確実に良いでしょう」

 

「怪我くらい魔術で何とかしなさいよ」

 

「すみませんっ。私もペイン・ブレイカーで戻そうとしたのですが……」

 

「魔術に頼りすぎると、ね。病気でもそうだけど、ちょっと具合悪いからすぐ薬、なんてやり続けてたら体がそれ無くして回復出来なくなっちゃうから。精神的にも頼っちゃうと戦いの緊張感が薄まって怪我の原因にもなりかねないかなーって思ったから断ったんだ。まぁ、ほら。筋肉は全てを解決するから」

 

「うわ……脳筋……」

 

失礼な。

まぁ、兎に角。ここは自分の為にも後ろの席が良いだろう。で、ギルガメッシュの席だが──

 

「先生。ギルガメッシュの席を俺の隣でも良いですか?それなら割りと解決しそうなんですけど」

 

「OKニャー。自由にしたってー」

 

ジャガーマンの許しを得た俺は、邪ンヌの列を1つずつ積めてもらい、一番後ろにギルガメッシュの席を配置するように指示した。

 

 

カルデア学園と言うだけあって学校としての機能は充分。てっきり部活だけだろうと思っていたが、本格的な授業がちゃんと開催されており、皆も意外と学生していた。

ただ、大体が学生なんて経験したことのないサーヴァントだからか、授業の内容はカオス極まりない。どうして電気の授業から生産工場の運営の授業に変わるのか。

 

「──っと、もうお昼か。食堂いってこよ」

 

当然のとこだが、このカルデア学園はシミュレーターの応用だ。だから自由に学園とカルデアを行き来できる。だから絶対に混むであろう学生食堂は避け、カルデアの食堂に向かうことにした。

 

「あ、先輩!ここに居ましたか」

 

「マシュ?」

 

「はいっ。その、先程は交通事故にあったと聞きました。大丈夫ですか?」

 

「大丈夫。この通り元気よ」

 

とは言うものの、事故でアガルタでの傷も盛大に開いたし空元気なのが本音だ。

けど折角初めての学生生活を体験しているマシュに、俺の事で気にして欲しくない。だからスマホを忘れたからと嘘をついてその場を離れようとしたのだが……。

 

「先輩。何か隠していますか?」

 

「そんな、隠してないよ」

 

「清姫さんに誓ってですか?」

 

「──それは、無理だわ…………分かった言うよ。アガルタでの傷が開いちゃったんだ。それをマシュに言うと気にして楽しめないかなって」

 

「どうしてそんな無茶を……!どなたか他の方にも言わずにですか!?」

 

まぁ、実際は気付いていたサーヴァントは何人か居ただろう。特にアタランテとかの鼻が利くサーヴァントは血の匂いがするって言ってたしね。

誤魔化してはきたが……。

 

「先輩はいつもそうやって……皆さんには悩み事は遠慮せず打ち明けてと言うのに、どうして自分の事は二の次なんですかッ!」

 

「いや、その……」

 

「何の騒ぎですか?」

 

「ナイチンゲールさん!丁度良いところに!先輩が怪我をしているのを黙って出歩こうとしているんです!」

 

「何ですって……?」

 

ドスの効いた声音で白衣を着た天使が俺の頭をガッチリ掴む。流石は筋力B+……俺の頭蓋が今まさに治療(破壊)は止してくれと悲鳴をあげているッ!

 

「怪我人がどこへ行くと言うのですか?その脚と顔は何ですか?」

 

「ちょ、まっ……いでででで!!まって婦長ぉぉぉッ!指が!指がこめか──ギャアアアアッ!!」

 

「それだけ痛むなら尚更治療が必要です。安心しなさい。失ったパーツは他で補えます」

 

そうじゃないと言っても聞く筈のない狂化:EX。更に傷が開いたのも婦長はお構いなしに俺を抱き上げ、お姫様抱っこの状態で食堂へと向かう皆の前を走っていったのであった。

 

 

「全く……貴方は司令官として自覚はあるのですか?前にも言いましたよ。司令官なら私の指示にしたがって貰いますと」

 

「ごめん……何とかなるかと」

 

「感情論では傷は塞がりません。今は縫合していますが、今後無理をするならその傷は一生残ると思いなさい」

 

「……はい。じゃあ……寝ます」

 

ほぼ麻酔なしの縫合処置は非常に疲れた。しかしBBめぇ……「センパイは麻酔が無くても我慢できますよね」なんて訳の分からない事を言い出して酷い目にあったぞ。よし。せめて疲れ寝する前に爆弾投下してやる。

 

「婦長ぉー……BBって実は(ムーンキャンサー)なんだ……」

 

「癌?いったいどういう事ですか?」

 

「アーッ!何て事を……!何のために黙っていたと──あ!?ちょ、何チャカ(・・・)取り出してるんですかぁ!」

 

「癌細胞は──敵ッ!!」

 

保健室の壁をブチ破ってBBと婦長が鬼ごっこを開始する。よし。静かになったし寝る。

 

「とか簡単に眠らせると思いましたー?起きてくださいぐだ男さん」

 

「……ルビー……今忙しいんだ。これから寝ると言う政務がだね……」

 

「そんな寂しい事言わずに。貴方、次の魔法少女になりませんか?」

 

何で次の破壊神に誘うような口調で……て言うか魔法少女(・・)なら男の俺は無理に決まっているだろう。

しかし…………この愉快型魔術礼装は平行世界からマスターのあらゆる可能性や無限の魔力を引っ張り出してこれる。ならば、俺が魔法少女として活動しているという可能性も?

 

「──って何ちょっと興味を持ってるんだよ俺……」

 

「その隙を見逃しません!超拡大解釈として契約を成立させます!」

 

「へ?」

 

 

「へへっ。俺のターン、ドロー。……よし、俺は概念礼装、カレイドスコープをクリスタルゴーレムに発動。更に手札の種火を2枚をリリースしてサーヴァントセイバー、ランスロットを召喚。ランスロットの効果発動。このサーヴァントが召喚に成功したターン、NPプリズムを2つ獲得する」

 

「ランスロット……成る程。そのデッキは宝具を発動させやすいブリテンデッキのようだ。だが、こちらは今は対ブリテンデッキだと忘れているようだなクー・フーリン。トラップ礼装発動、カムランの戦い。このカードの効果により召喚されたブリテンサーヴァントは破壊される」

 

「マジか!」

 

クー・フーリン(槍)が天をあおいだ。カルデアで流行っているカードゲームを同じくランサーのアルトリア(オルタ)と昼休みで対戦しているようだ。

まさかのブリテンの王がアンチ・ブリテンデッキとは、アグラヴェインも頭を抱えるだろう。

 

「ふっ。どうやら貴公の快進撃もここで終わりのようだ。私は概念礼装、天の晩餐を発動。私──フィールドのランサー・オルタにNPプリズムを2つ付与。それによってランサー・オルタは宝具を発動。ロンゴミニアド!」

 

「げえっ、マジかー。えーと、ロンゴミニアドはダメージ4だから……俺の負けか。つえーな」

 

「当然だ。このデッキは円卓デッキに囚われ続けていた私を変えてくれた──ぐだ男のデッキだ。負ける道理があるまい」

 

自身に道溢れたアルトリア。相対していたクー・フーリンはへぇと唸りながらアルトリアのデッキを見る。

デッキの構成は至ってシンプル。宝具を速効で発動させて手っ取り早く相手のライフゲージを削りながら、あえて多目の全体宝具で相手の場のキャラも蹴散らす脳筋デッキ。

そしてシンプル故にどのデッキへも対応しやすく構成を変えられる。中々勝てずにいたアルトリアでも今ではカルデアのトップランカーの仲間入りをはたした。

 

「おほっ、やっておりますな。では拙者も混ぜてくだちい。さぁ、決闘決闘(デュエルデュエル)~」

 

「黒髭か。じゃあ俺が相手してやるよ。なぁに、今は負けちまったが、もう一個デッキがあるんでな。そっちでテメェのランク、貰い受けてやるぜ!」

 

「デュフ。後悔は厳禁でお願いしますぞ」

 

「しかし、毎度ただやるのも面白味に欠けるな。少しアレンジするか」

 

弟子の敗戦を見ていたスカサハ。彼の師匠(カードゲームでも)である彼女は、最近負けが重なっている情けなさに渇を入れんとルーンを発動させた。

教室の一画が結界で覆われ、中に囚われたクー・フーリンと黒髭は突然変わった空気に嫌な予感を感じていた。

 

「さぁ、セタンタよ。我が弟子ならばその闇のデュエル──突破してみせよ!」

 





やめて!カルナの梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)でウィッカーマンを焼き払われたら、闇のデュエルでキャラと繋がってるクー・フーリンの精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないでクー・フーリン!あんたが今ここで倒れたら、クー・フーリン(プロト)クー・フーリン(キャスター)との決着はどうなっちゃうの?ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、黒髭に勝てるんだから!

次回、『ランサー死す』。デュエルスタンバイ!



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Order.47 ランサー死す

セミラミス登場!しかし私が欲しかったのはえっちゃんであった!

そして唐突なメイヴモーション変更!初期勢を変えていくって言った瞬間これだよぉ!
もっと他のサーヴァント居たでしょう……


 

 

 

「はぁ!?闇のデュエル!?」

 

「そうだ。この場において、お主達のデュエルによるダメージは精神へ行くように設定した。無論、ライフがゼロになればお主達にあるのは死のみだ」

 

「ちょっとクーリン氏ぃ!貴方の師匠やり過ぎじゃない!?」

 

「──やるしかねぇ」

 

「へ?」

 

「やるしかねぇんだよ。もしデュエルを止めて逃げるなんて事もすれば──その時は死ぬ」

 

ルーン結界に囚われたクー・フーリンと黒髭。逃げればスカサハからの直での死があり、戦ってもどちらかが死ぬ。普通なら冗談で済むかもしれないが、スカサハは本気だ。本気で死合(デュエル)をさせて、強者を見極めるつもりだ。

 

「くっそぉ……!死にたくなければ戦えってか。だったらたまには──本気の黒髭、エドワード・ティーチを見せてやらねぇとな!」

 

「悪く思うなよ黒髭。ここからは、本気の死合(デュエル)……殺し合いさね!」

 

互いに最高のデッキを手にし、ルーンで作られたデュエルディスクを左腕に装着。ライフポイントが電子音をたてて表示され、セットされたデッキが高速でシャッフルされる。

 

「「デュエル!!」」

 

今ここにサーヴァントとしてではなく、一決闘者として立つ男が2人、激突する。

 

 

──魔法少女。

 

それは、現代──特に日本において広く認知度のあるアニメやコミック等のジャンル。

年端の行かない幼き女児が、強い信念を抱き、魔方と絆で大いなる敵に挑む。そんな感じのものだ。ちょっと年齢的に少女なのか怪しいものもあったりするが、女の子が魔法で変身して正義執行していれば大体それだ。

そんな魔法少女に、俺がなると?馬鹿な。一体それをして何の得がある。

 

「少なくとも、喜ぶ人は居ますよ」

 

「居るのか……にしても、ここは?」

 

ルビーに触れた俺は、そのルビーと一緒に訳の分からない空間に立っていた。

見渡しても見えるのは無限とも思える星だけ。

 

「ここはぐだ男さんのあらゆる可能性を内包した世界です。現実世界と平行世界の間的な所ですかねー。今魔法少女として活躍しているぐだ男さんを探しているんですけど………どうも見当たりませんねぇ。本当に魔法少女出来るんですか?」

 

「俺に訊くなよ!ってて……」

 

「仕方ありません。では無いなら作る!それが出来る魔術礼装の力、お見せしましょう!」

 

無いなら作ると張り切るルビー。全く……どうしてまたこんな──

 

「あれ?そもそもどうして俺を魔法少女にしようとするの?」

 

「あー。そう言えば全く説明していませんでした。では回想です!」

 

===回想中===

 

「……成る程……つまりイリヤに発破をかけるために強い魔法少女が必要になったと」

 

「そうなんですよぉ。実は今、私達の世界でもちょっと面倒な事になってて。あぁ、こっち(FGO)程ではありませんが、やはりイリヤさんには無理なパワーアップはさせたくありませんから」

 

「例えホムンクルスでなくても、ちゃんと鍛えれば強くなれるって証明してあげたいのか。ならば良し!俺も協力するよ」

 

「ありがとうございます(まぁ、実のところ、私の玩具探しの一環ですが)!」

 

「……」

 

ゼルレッチがヤベェと思って付けた機能はちゃんと働いています。

 

「とか話している内に準備が出来ました!さぁ、私を握ってください!」

 

「こいやぁ!」

 

握れとは言われても、握る場所であろう持ち手の部分が出ていなかったので、本体(?)である星のついたリング状の部分を思いっきし掴む。

思いの外柔らかいルビーがみるみる潰れていく。不味くないか?

 

「ちょ、たっ、タンマ!潰れ──あ」

 

「ん?」

 

カッ!とルビーが光輝く。どうやら間違えてはいなかったようだ。

その証拠に、俺の体は真っ白な光子に包まれて輪郭を変えていく。

身長は縮み、ゴツい体のラインは柔らかさを感じるしなやかなものに。腰は括れ、胸と尻が大きくなる。

 

「こ、これは──」

 

自分の声も、やや高い、女性の声その物だ。間違いない。ルビーのやつ、俺を女にしたんだ!しくじった……!てっきり男のままで魔法少女をやって「何やってるんだよ……」って感じで笑われておしまいを目指していたんだが、よりによって本格的に女体化したらマジで魔法少女願望があるみたいに思われてしまう!

 

「こんなの聞いてないぞ!」(CV.悠○碧

 

「言ってませんからね。ちょっとナイスバディ気味なのがイリヤさんに別のダメージを与えそうですが、まぁ妥協しましょう。本当はもっとロリロリにする予定だったのに、ぐだ男さんったら私を握り潰そうとしたから設定ずれちゃいましたよー」

 

「良いのか悪いのか……はぁ。何か格好も際どいし……」

 

「それもぐだ男さんのせいですよー?取り敢えず何かエネミーでも倒してみますか?」

 

「……まぁ、何と言うか力が満ち溢れてくる感が凄いし、試してみたくはある」

 

『そう言うのを待ってたよ!』

 

「──っ!この声は!」

 

天才かつ性別も関係ない偉人系キャスターの声がしたかと思うと、目の前が真っ白になってレイシフトにも似たような感覚が全身を襲った。

 

 

「オレのターン、ドロー!……俺は概念礼装、カレイドスコープを発動。場のクー・フーリン(術)にNPプリズムを3個付与する。それによりオレはクー・フーリン(術)の宝具を解放!来い!ウィッカーマン!」

 

NP(ノウブル・ファンタズム)プリズムとは、各キャラクターが持つ宝具やエクストラ・アタックを発動させるのに必要なゲージを物質化した物。要するに、バト○ピの何かダイヤモンドみたいな物だ。

それを集めることで上記の発動が可能となる。尚、これの必要個数は各々のクラスで異なる。NPを獲得しやすいキャスターはNPプリズム3つで宝具を発動できるが、ダメージは低い。一方でNPが貯めにくいバーサーカーは7個必要になるがダメージはどれも全クラスでトップレベル。プレイヤーライフは15あるが、組み合わせで丸々削ることも出来る。

 

「ウィッカーマンは宝具だが、キャラとしての扱いにもなる。更に召喚されたその瞬間、攻撃が可能!バトル!ウィッカーマンでセンネンヤドカリに攻撃!焼き尽くしな!」

 

「ああー!拙者の壁モンスが!」

 

本来のプレイヤーフローチャートは、

 

ドロー

礼装系カードの使用

↓ このフェイズは上下しても構わない。

↓ ただし、同じフェイズは必ず連続すること。

↓ 例:礼装使用後に召喚。その後礼装使用は反則。

↓ 続けての召喚は可能。

キャラクター召喚

非攻撃宝具・スキル等によるステータス操作等

攻撃宝具等攻撃

(トラップ)礼装等の工作

ターンエンド

 

となっている。

ウィッカーマンは非攻撃宝具であり、召喚されたキャラクターの扱いとなる。本来なら宝具等による召喚キャラクターはフェイズ逆行になってしまう為、再攻撃を出来ないように召喚されたターンは一切の行動が許されないのだが、固有効果によってウィッカーマンはフェイズ逆行が許される。そしてウィッカーマンの召喚回数制限は無い。

オリジナルである決闘者(デュエリスト)クー・フーリン(術)は最高でフィールドにウィッカーマンを5体並べた事がある。

キャスターでありながら強力なクー・フーリン。だがカードでは宝具に能力を持っていかれてしまい、持ち前の継戦能力は皆無となっている。

 

「ぅっ……ごはッ!」

 

当然、そのキャラクターが破壊されて黒髭にもダメージがいく。

血ヘドを吐き、方膝をついて倒れかける黒髭だが、その眼は諦めていなかった。むしろここからだと言わんばかりの眼光をクー・フーリンに向けている。

 

「はぁ、はぁ……流石だなクー・フーリン。正直舐めていたぞ」

 

「そりゃどうも。けどそっちのフィールドにはトラップも無ければキャラも居ねぇ。舐めていたばかりにテメェの足を掬われたな」

 

「まだ戦いは終わっておらぬぞセタンタ。喋っている暇は無いぞ」

 

「へっ。もうアイツのデッキにゃサーヴァントは1騎しか居ねぇ。次のターンでオレの勝ちだぜ師匠!」

 

「それはどうかな?」

 

カン☆コーン

 

口角に付いた血を拭い、黒髭がデッキからカードをドロー。

刹那、場の空気が変わった。

 

「ハッタリは止しな。黒──」

 

「拙者──いや、俺は勝利を引き当てたぞ!俺は手札から絆礼装、貧者の一灯を発動!このカードは、フィールドにキャラクターが居ない時のみ発動が可能。デッキ、セメタリー、手札から種火の消費なしに、サーヴァントランサー、カルナを喚び出す!」

 

「馬鹿な!そのカード(絆礼装)は都市伝説では無かったのかよ!?」

 

絆礼装──デッキに7騎しか入れることが許されていないサーヴァントカードを種火の消費無しに喚び出せる最上級の召喚系カード。

数が限られている種火を消費せず、強力なサーヴァントを召喚できるそのカードは以前、パワーバランスの為にほぼ発行直後から製造が中止された世界に3枚しかない幻のカードだ。

最早都市伝説とまで言われる程見たものは居ないそれが、黒髭の切り札!

 

「天界、人界、地界の全てを御せる力。我がサーヴァントとなりてここに顕現せよ!!」

 

黒髭が絆礼装を高く掲げる。するとそれに応じるかのようにフィールドに炎が集う。

四方から集まった炎はやがて渦を巻き、熱と魔力の奔流が肌をチリチリと焦がしていくかのよう。

 

「ほぅ……カルナか。確かあのカードは──」

 

「絆礼装の追加効果発動!このカードにより、サーヴァントの召喚に成功した場合でのみ次のターンまでそのサーヴァントの攻撃力は2倍になる!バトルだ!カルナでキャスター、クー・フーリンにアタック!梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)!」

 

「くっ!」

 

黒髭はドロー直後にカルナを召喚した。故に、そのままバトルフェイズに移行できる。

攻撃力が2倍になったカルナが槍を構え、炎を纏わせる。攻撃に供えたクー・フーリン(術)だが、その差は歴然。肉眼で捉えるのは不可能な速度で投擲された槍に成す術無く半身を焼き払われ、光の粒子となって霧散した。

 

「ぉっごぇ!」

 

炎で身を焼かれるような痛みがクー・フーリンを襲う。

攻撃力の差分、ライフも削られて吐血する。

 

「これが……カルナか……ッ!」

 

「施しの英雄カルナ。現存するカードが1枚しかない、レジェンドカード。それを出してくるとは……足を掬われたのはお主だセタンタ」

 

「俺はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

「……神のカード……絆礼装とペアで作られた、3騎の神性英霊を象った強力なカード。アーチャー、ギルガメッシュ。バーサーカー、ヘラクレス。そしてテメェのランサー、カルナ。まさか持つヤツが居たとはな」

 

意識が飛びかけたクー・フーリンが体勢を立て直す。

しかし、脚に力を入れても立ち上がることが中々出来なかった。

 

(何……!?)

 

精神へのダメージが蓄積し過ぎたのだ。

脚が震え、視界が揺らぎ、突如として吐き気をもよおす。そこでやっと、自分の残りライフをクー・フーリンは目にした。

 

──残りライフ:3

 

「くそ……ッ!オレのターン!」

 

カードを引く。

 

「──ははっ……テメェかよ……言峰……」

 

概念礼装──鋼の鍛練。

 

『だからお前の幸運値は低いのだ。故に当たる槍も当たらんのは道理と言うものだ』

 

「クソッタレェェェェエエエッ!!」

 

そのターン、フィールドに残ったウィッカーマンでは何も出来ず、次のターンに梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)がクー・フーリンの精神もろとも焼き払った。

 

その日──ランサーが、死んだ。

 

 

「もー。ルビーったらどこに行ったの?」

 

「そんなに気にしなくても、いつもみたいにひょっこり出てくるでしょ?」

 

「いや、私の見てないところで何か変な事をやらかすような気がして……」

 

カルデア学園初等部。要するに小学校に位置するそこのクラスでは、突然見かけなくなったルビーに嫌な予感を感じるイリヤがはぁと溜め息をついていた。

彼女は当然ながら、サーヴァントではない。たまにカルデアに遊びに来るただの魔法少女だ。最近は強敵との戦いが続き、自分の弱さも思い知らされてやや凹み気味。

 

「しかもお弁当忘れちゃうし……うぅ、お腹すいたよぉ」

 

「全く。イリヤはマヌケねぇ」

 

「ま、マヌケじゃ無いもん!」

 

「■■■■■■──ッ!」

 

クロエに反抗して声を荒げると、廊下から聞きなれた咆哮が部屋を震えさせた。

 

「あれ?ヘラクレスさんじゃないですか。どうしたんですか?」

 

廊下側の席でアイスを食べていた子ギルがドアの前で立っていたヘラクレスに話し掛ける。

ヘラクレスの天敵はギルガメッシュだが、やはりと言うかどうやらキャスターや子共状態の方とは非常に仲良くしているようだ。

ヘラクレスが何かを言いたげにそわそわしていると、それの意味を察した子ギルがうんと頷いて手を出す。

 

「イリヤさんのお弁当ですね?部屋に入れないでしょうし、ボクが渡しておきますよ」

 

「■■」

 

頼む。そんな雰囲気を醸し出しながら指先に器用に摘まんだお弁当をヘラクレスが渡す。

ついでに午後の体育で使う、カルデアジャージと水筒もどこからか取り出す。何と言うか、その様子はまるで我が子を気にかける親のようだった。

 

「はい。確かに受け取りました」

 

「あ、ありがとうバーサーカー!」

 

「──■■■■■■ッ!!!」

 

ヘラクレスではなく、バーサーカーと呼んで欲しい。ぐだ男を通してだが、イリヤに無事伝えられた時からヘラクレスはバーサーカーと呼ばれている。

例え彼女が自分と縁を結んだホムンクルスでは無くても、例え彼女が本当の幼女であっても、彼にとってはやはりイリヤスフィールなのだ。

 

「イリヤは愛されてるわね」

 

「何と言うか、他人のような気がしなくて」

 

「はい、イリヤさん。あとクロエさんにも」

 

「私?」

 

クロエが以外がってヘラクレスを見ると、コクりと頷いていた。

ヘラクレスは何もイリヤだけを気にしているのではなく、クロエも彼にとっては大切な彼女と同じなのだ。そんなヘラクレスの考えを察したクロエは、イリヤに分からない様に笑いお弁当の包みを取り始める。──その時だった。

 

『ヴェェァァァァァアアアッ!!』

 

「ふぇっ!?何!?」

 

イリヤがビックリしてタコさんウィンナーを落とす。幸いにも子ギルの蔵から黄金の箸が出てきてそれをキャッチしていたが、誰もその事を気に止めず、窓から外を見だした。

 

「あれは……」

 

『全校生徒に告げる。あれは我らサーヴァントでは倒せぬ。ただちに机の下に潜り、指示があるまで待機せよ』

 

翁な声と聴いて良いのか、晩鐘の鐘の音がお知らせの音として使われている。

しかして突然現れた謎のエネミー。どうすればと慌てていたイリヤがふと、今の言葉を思い出した。

 

「そうだ……サーヴァントで駄目なら私達が!ルビー!行くよ!…………ルビー?」

 

「肝心なときにどこ行ったのかしら」

 

「ちょっとルビー!何処に行っちゃったの!?」

 

「馬鹿!大きな声出すと──」

 

クロエがイリヤの口を塞ぐが……遅かった。

謎のエネミーはイリヤ達初等部のクラスへ顔を向け、3階の高さを一瞬で詰めてきた。

黒い、光が呑み込まれるような暗黒の人形(ひとがた)。顔はブラックホールでもあるのかの様に深さを感じ取れ、圧倒的強者の圧がイリヤを床に張り付ける。

 

「■■■■■■ッ!!」

 

クロエが構えるよりも早く、ヘラクレスが壁を破壊しめ斧剣でそれを凪ぎ払う。一応物理判定はあるらしく、それは逆再生よろしく校庭へ弾き飛ばされた。

しかし──

 

「効いてないみたいね……。今の一撃、並の英霊でも必殺だったのに」

「■■■」

 

ヘラクレスがイリヤとクロエ2人を守るように窓際に陣取る。

敵にダメージが与えられなくても、物理判定があるなら吹っ飛ばして距離を取ることは可能だ。倒すのではなく守る為、ヘラクレスは前に。

 

「┓┏┻┗╋」

 

エネミーは電子音の様な、しかし生物的な奇妙な音声を発してヘラクレスに肉薄する。

あまりの素早さに流石のヘラクレスも反応が間に合わない隙に、エネミーは腕を変形させてヘラクレスの心臓を貫いた。しかしヘラクレスには強力な戦闘続行能力がある。カルデアでは数度しか使えないが、それでも眼前のエネミーを叩き斬るには充分だ。

 

「──やっちゃえ!バーサーカーッ!」

 

「■■■■■■■■■──ッ!!!」

 

校舎の外壁なんて知ったことではない。ただ背に居る少女達を守る為、ヘラクレスは渾身の力でエネミーを叩き斬った。

すると──

 

「……╋╋┗┓┣┻┓?」

 

「ダメージが入った?凄いですねヘラクレスさんは」

 

僅かだが、エネミーの頭部に亀裂が入ったのだ。サーヴァントでは倒せぬ。つまりダメージが一切与えられないと思っていた一同は僅かな希望を得る。しかし、今の攻防でエネミーはヘラクレスを4度殺していた。それによるダメージでヘラクレスも膝をついてしまった。

 

「┗╋┻╋┳┓!」

 

瓦礫に埋もれかけていたエネミーが跳躍。今度こそトドメと言わんばかりの熱線を発射すべく、顔に魔力がチャージされる。

 

「っ!」

 

クロエがヘラクレスに抱き守られながらもアイアスを張ろうとした瞬間、そこに居た筈のエネミーが居なかった。

その代わり、エネミーが居た位置には見たことあるようなステッキと色合いの装いをした女性が居る。

 

「ふぅ。間一髪でしたねぐだ男さん」

 

「何とかね。で、あれがダ・ヴィンチちゃんが言ってた奴か」

 

「そうみたいですね。いやぁ、カルデアの技術力にも困ったものですよー」

 

「な──なぁ──っ」

 

顔を出したイリヤが目にしたのは相棒のステッキであるルビーと、それを手にした黒髪の少女。長いそれをサイドで纏めてツインテールにし、全身から放たれる強力な魔力もといMS(魔法少女)力。まるで赤い悪魔と似た風貌に一瞬驚いたイリヤだが、決定的に違う部分(・・)を見て安堵した。が、色んな情報が入ってきてパニックに陥った彼女は何が何だか分からない……それでも、彼女はその魔法少女の姿を見てこう言わざるを得なかった。

 

「何てハレンチな格好なのぉぉぉお!!」

 

下乳お腹丸出しのミニスカート魔法少女。イリヤ的に、自分と同じ魔法少女がそんな破廉恥な格好をしているのは認められないものであった。

 






この人でなし!


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Order.48 カルデア学園! Ⅲ

次はホワイトデーピックアップだ。

あとは、分かるな……?




 

 

「何てハレンチな格好なのぉぉぉお!!」

 

仰る通りだ。

俺の魔法少女の装いはとてもではないが、日朝には放送できない際どいものだ。

アルトリア・オルタ(ランサー)もかくやという下乳の露出とそこからスカートまで何も覆わぬボディ。しかしそのしなやかなボディは少女の称号を関するにはやや腕っぷしがあるというか……やはり筋肉質なのは元が原因だろうか。

 

「いやぁ、ぐだ男さん。そんな趣味があったんですね」

 

「いやいや。そうじゃないから安心してくれ。今ちょっとばかし面倒な事になっててさ。アレ、カルデアのバトルシミュレーターのダストデータが集まって出来たヤツらしいんだ。あれ?ダストデータだっけ?残骸レジストリだっけ?」

 

「何でも良いですけど、どうして魔法少女に?」

 

「そう、それだよ。イリヤ!よく見てろよ!」

 

「ほぇっ!?」

 

「人の強さなんて人各々だ。イリヤみたいに過程をすっ飛ばして結果を出せる力があっても、敵わない敵だって当然居る。逆に肉体だけ鍛えても勝てない敵も居る。けど、だからって諦めてはいけないんだ。何かを極めれば、それは何にも負けない武器になるんだ」

 

「……えっと、つまり……?」

 

つまりこういうことだ!

 

「俺は筋肉を鍛えたことでMS力を高めた魔法──いや、魔術少女!イリヤも鍛えればここまで強くなると教えるために俺は参上した!」

 

「意味が分からないよ!!」

 

教室の床を蹴り、俺も校庭に着地する。

生憎、俺には空を飛ぶ感覚は分からなかった。けど空中を移動する手段は無いわけではない。無限に供給される魔力をもって、自分を空中で射出しているのだ。リニアやレールガンと似たようなもので、魔力の力場を自身の周りに作り出し、それの押し出す力で空中を移動しているに過ぎない。

ルビーが言うには無茶苦茶な理論みたいだが、移動できればそれでいいのだ。実際今さっきもアレを蹴り飛ばすのに自分を弾丸のように打ち出したしな。

 

「さぁ!本番ですよぐだ男さん!まずは魔力の塊を打ち出してみましょうー!」

 

「どんな感じ?」

 

「ドバーッて感じですよ」

 

「そんな曖昧な……でも……あぁ、どのみち──」

 

「┳╋┣┏┗」

 

最早音声すらバグってる気がするエネミーが完全に俺を敵と認識した。

いや、もしかしたらハナから俺には敵意を向けていたのかもしれない。と、いちいちそんな事を確認している暇もなく、突然エネミーの刺突が俺の腹を襲った。

 

「──ッ!!」

 

メキメキと俺の体が悲鳴を上げる。幾ら膨大な魔力リソースを用いて体を女に作り替えているとはいえ、今朝轢かれたダメージや傷が完全に消え去ったわけではない。

学校でよく見かける旗を上げる棒を薙ぎ倒し、下駄箱を盛大に破壊しながら俺は何mも突き飛ばされた。

 

「障壁が間に合った……みたいだ……」

 

「ぐだ男さんの物理防御力の賜物ですよ」

 

そうは言っても体は今のでやや震えが出始めている。参った……これだと満足に──そうだ!体が震えていると言うことは筋肉が震えていると言うこと。つまり魔力放出で相殺が出来る筈だ!

 

「はぁっ!」

 

何とか立ち上がり、全身の筋肉を活性化させる。

その副産物として周囲に放出される魔力が足元を球状に凹ませ、巻き起こる風圧が砂塵やら瓦礫やらを辺りに撒き散らす。そして放出された魔力の濃度が高いために、視認が出来るようになった俺の様子はさながらスーパーサイヤ○とでも言うような状態だ。

 

「ハァァァ……ッ!」

 

更に魔力を放出。何故こんなにも魔力放出をするか不思議に思っただろうか?実は理由がある。

俺はイリヤのように砲撃(フォイヤ)斬撃(シュナイデン)が使えないのだ。なにしろ身体機能に全て魔力を割いているからね。

体格はおろか性別も変え、更に傷への影響を避けるためこんな事になってしまった。まぁ、そこはマスターたる者技術で何とかして見せるものだ。

 

「素晴らしい……!」

 

「へっへ!物理全振りだ!」

 

全身の筋肉に力が満ちていく!血管が、リンパが、筋繊維が、骨格が、全てが強靭になる。心臓の鼓動1つで俺の体は盾となり矛となる。

 

「┻┻┻┻┻┻┻┻!!」

 

エネミーへ肉薄する俺の動きを読んだようにエネミーが腕を鞭のようにしならせ、数m離れている俺を凪ぎ払う。その速さは音速をゆうに超える。

だが俺はエネミーの挙動に合わせて小ステップを噛まし、その腕に右拳のカウンターを押し込んだ。爆発した様な打撃音と共にエネミーの長く伸びた腕は打撃点を起点に地面にめり込み、小さな山脈を作る。

そして俺は間髪入れず踵を返し、足裏に押し出し力場を設置して先刻のエネミーに迫る加速力で肉薄して回転蹴りを喰らわせた。

 

「──!?」

 

手応えあり。そう思ったのだが、俺の右脚はまるで泥に沈んでしまったかのようにゆっくりとエネミーの顔に当たる部分に呑み込まれていく。

いででででっ!溶ける!!

 

「これは……生体情報が書き換えられている……!?ぐだ男さん!早く脱出を!」

 

「そうは言われ──そうだ!」

 

ふと、俺はこの状況でメドゥーサ(騎)の首折り攻撃を思い出す。太股で挟み込み、強力な膂力をもってして敵の首を折るそれは蛇のような()の動きが得意なメドゥーサだからこそ出来るものだが……今なら!

 

「┫┏┓……グギィッ!?」

 

沈みかけた脚を気にしながら左脚をエネミーの頭に回し、一気に力を込める。

流石にメドゥーサの様に簡単にへし折ることは叶わないが、それでも少しずつエネミーの首を変形させて──ゴキンッ!と俺の太股の間で嫌な感触を感じた。

ヨシッ!決まった!

 

「ィィィィィイイイッ!」

 

「うわっ!」

 

しかしエネミーは倒れることもなく、脚を引き抜きかけていた俺を振り払う様に上半身を振った。

凄まじい遠心力に耐えることは出来ず、スポッと抜ける快音と共に俺は校舎の外壁に叩き付けられる。

 

「やるじゃないかコンチクショー……!」

 

「ぐだ男さん。あちらは距離を取っても可能な攻撃手段を持っていますが、こちらは一切無しのハードパンチャー。何か隠し玉は無いんですかぁ?」

 

そうは言われても困るだけだ。

如何せんこちらはイリヤみたいなセンスは無いわけで……待てよ?もしかしてこれ(・・)でもいけるんじゃないのか?いやしかし……だああっ!やってみるしかないか!

 

「ルビー!魔力を回してくれ!」

 

「お!何かあるんですね!さぁ、やっちゃってくださーい!」

 

「おう!……はぁぁぁ……ッ!」

 

魔力が高まる……溢れる……。

 

手刀(シュナイデン)!!」

 

限界まで己の右手に魔力を貯めて一気に手刀を降り下ろす。刹那、エネミーとその周りの物体の一切合切が音も立てずスパッと両断された。

理屈としては難しい事ではない。単純に魔力で極限まで高めた筋力で手刀を振るうことで衝撃波が発生して射出されただけ。つまり、筋肉が正に逆転の機会を切り開いたのだ!

 

「……流石にイリヤでもあれは無理じゃない?」

 

「うん……ねぇ、私の魔法少女って間違えてないよね……?」

 

「まぁ、各々あるでしょ」

 

手刀(シュナイデ)ェェェン!!」

 

怯むエネミーに追撃をかける。

縦、横、斜め……正直まだ技の感覚は完全に掴めていないがそれでも細切れにせんとがむしゃらに手刀を浴びせる。

これだけの高威力の技を出し続けていれば勝てる!がその時──

 

「何をしているんですか先輩!?」

 

「マシュ!?」

 

「┳┻┳┻┳……ヴェェァァァァァアアアッ!!」

 

分割状態だったエネミーがくっつき、咆哮。まるで威嚇をしているようなそいつは変形した顔に魔力を収束させ、高威力の熱線を撃つモーションをする。

 

「ルビー!障壁!!」

 

あのまま撃たせるとマシュに直撃だ。

それだけではない。ここにはサーヴァントだけではなく、カルデアのスタッフも居る。何としてでもここは防がないと!

 

「ですがこれは──」

 

「ッ!」

 

張り付いていた外壁を蹴り、エネミーの射線上に飛び込んだ俺は全身を強張らせた。

間も無く衝撃が来る!──ッ!!

 

「……あれ?」

 

熱も何も来ない。だが代わりに何者かが前に立っていた。

 

「あらあら。愛しの我が子が危険だと聞いて飛んできてみたら、そこには可愛らしい女の子になってしまった我が子。そしてその子を殺さんと殺気を振り撒く敵」

 

「──ぁ、へ?」

 

「ふふ。無理もありません。何しろこの私は母であり、貴方の刃であり、魔法少女なのですから」

 

上品に笑うその声の主は言わずと知れた頼光さんだった。

今朝のホワホワしたような暖かみのある服装はどこえやら。今は体のラインがくっきり浮かぶいつもの(・・・・)タイツと、およそ魔法少女には似つかわしくない重厚な甲冑。そこまで聞けば普通の頼光さんの見た目と同じだが、実際は俺のように露出が多く、対称的に防具は多め。

まるで防具を素肌に身に付けているようなものだ。

 

「なんでだ!?」

 

素晴らしいぃぃぃッ(COOOOOOOOOOOL)!遂に、遂に成功したのですね!いやぁ、ぐだ男さんをオトr──もとい餌にして正解でしたよー。このルビーちゃん、遂にサーヴァントを魔法少女にすることが出来ました!」

 

「まさか……」

 

そんな事が有り得るのか!?

 

「私とカルデアの技術力をもってすれば私のコピーを作ることは可能ッ!しかし頼光さん、こうして魔法少女の格好になると……デカァァァイッ、説明不要ッ!!」

 

「いや、何故こんなおかしな事が起こるのか説明してくれ!」

 

しかし、今は魔法少女──もっとも、俺は魔法ではなく魔術の領域だが──になっているからか、俺にもルビーが何の説明を不要としたのかおのずと分かった。

そう。デカいのだ。単純に、頼光さんから放出されているMS力が。恐らく、魔法少女になっていなかったらそのデカさを全く感知できなかっただろう……だが例えそれが出来なかったとしても先刻の熱線を霧散させたという事実は誰もが驚愕するのに充分だ。

頼光さんが魔法少女の格好をしているというインパクトを含めて。

 

「兎に角逃げてくれマシュ!あれはサーヴァントだと太刀打ちできない!」

 

「で、ですが先輩の怪我は──いえ、分かりました。無理はしないで下さい」

 

「ありがとう。……頼光さん、ありがとうございました。それで、どうしてそれを?」

 

「あら?朝はあんなにも激しく母を求め(ハグし)てくれたと言うのにそんな他人行儀だなんて……」

 

「誤解を招くような言い回し!ぁいや、何にしても、頼光さんアレなんです。こう言う変身モノはお互いに正体がバレないように変身名等で呼び合うので……」

 

後ろのマシュが一体今朝ナニをしたんだと問い詰めるような視線を送ってくる。

違うんだマシュ!俺は悪いことなんて何も──あぁっ、ヤメテ!そんな逃げないで!いや、逃げろと言ったのは俺だけど、そんな目で逃げてくれぇぇぇ!!

 

「正体がバレないように?つまり、世を忍ぶ影の執行者……成る程。影の風紀委員長となるのですね」

 

「ちょっと何を言っているのか分からないですねぇ」

 

「では今年はそう致しましょう。えぇ」

 

何かを決めたような頼光さん。

その眼は強い意志に溢れ、そして未来を見据えているようだ。何にせよ、今はお互いプリズマ☆○○で呼び合うことは同意してくれた様子。

敵は未だ目前。これなら勝てるぞ!

 

「では共同作業と参りましょう」

 

「……ッ」

 

頼光さんがもつルビー(が変形したと思われる刀)の刀身に紫電が走り、静電気と魔力の圧で全身総毛立つ。

宝具──牛王招雷・天綱恢々。それに匹敵……否、超えるエネルギーが刀身に満ちていく。いずれ刀からは眩い光が発せられ、少し刀を振るうだけで強烈な電気エネルギーが空気中に舞う塵埃を全て焼き払う。

 

「おっとそうは問屋どころか魚屋の主人も3枚に卸さぬぞご主人」

 

「╋┳┓?──ッ!?」

 

「うわっ!」

 

拳を構え、今まさに飛び出そうとした刹那、聞きなれた声が上から降ってきた。比喩ではなく、本当に降ってきたのだ。

突如として上から降ってきた人大の影は、俺達の眼前に居たエネミーを文字通り叩き潰すとその腹を抉り、不均等に引き裂いてしまった。

その所業はまさに野生の獣。しかしてその影に見られる獣性は頭部の狐耳とモフモフの尻尾のみ。それ以外はただの人と同じだ。

 

「まさか……ルビー……」

 

「え?私はコピーを4機しか作ってませんよ?」

 

「問題発生率が5倍に!!そしてキャットが何で!?」

 

そう。今しがたエネミーを瞬殺したのは手足が人のそれなキャットだった。

彼女の手足は呪術でどうにか出来る代物らしく、たまにこうして人の手足で居ることも少なくない。しかしキャットまでが魔法少女に……て言うかキャットの服装は後ろから見るといつもの裸エプロンと変わらねぇじゃん!?

ちょっとエプロンが変わっただけだこれ!

 

「むっふっふ、邪魔は消えた。本題に移るとしよう」

 

「……本題?何を考えているキャット」

 

「無論、ご主人との結婚だワン!」

 

玉藻が良くやる狐のポーズをしながらワンと言うキャットの姿はとても可愛かったのだが、それに付随してきた結婚という単語に俺の脳は3秒程時間を有してから喉を震わせる指令を出したのであった。

 

「……結婚!?」

 




キャットと結婚したい。



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Order.49 新たな魔法少女

カーミラさんの教化はありがたい!
うちにはマトモに殴れるアサシンがカーミラさんかスカサハ位しか居ないからネ!

それにしてもボーイズピックアップ……やっぱりマーリンは無いかぁ……。


 

 

「ただいまー」

 

「お疲れなのだなご主人。今日の仕事は調子よCAT(キャット)か?」

 

俺はぐだ男。人理継続保障機関フィニス・カルデアに勤める、この道4年目の魔術師だ。

とある切っ掛けで人類最後のマスターとして特異点を駆け抜け、何度も死にかける程の戦いを潜り抜けてきた結果、今はカルデア直属の魔術師として人理焼却後の後処理等に駆り出されている。

そんな俺だが、共に戦ってきた仲間の1人であるバーサーカー、タマモキャットと2か月前に結婚した。

カルデアからマスターとして活躍していた分のお金も溢れるほど貰った俺はカルデア勤務の為一部区画を買い取ってキャットと今のところ金銭面では一切困っていない新婚生活をしている。

 

「あぁ。会議やら打ち合わせの連続でロマニ社長に心配されちゃったよ。あの人の方が俺よりずっと大変で弱音も吐けないのに、情けないよ俺……」

 

台所からパタパタとスリッパの音を立てながら駆け寄ってきたキャットに、少しばかり今日あった事を吐露してみる。

彼女はやはり良妻サーヴァントを自負していた事もあって結婚後はその良妻っぷりを遺憾無く発揮している。

こうして今キャットに打ち明けられるのも彼女が積極的に関わってきてくれるからだ。

 

「ふむ。ご主人は相変わらず真面目なのだな。だがそれが良いところであり、悪いところだ。たまにはご主人も人に甘えてみるが良しぞ?」

 

「そうなのかな……」

 

ふと、鞄を持ってくれていたキャットの胸元に視線が落ちる。

今まで気にしないで来たことなので今更だが、キャットは基本裸エプロンだ。それは結婚前も後も変わらず、鞄を前に持っている彼女のたわわな胸は両腕に圧迫されて窮屈そうに形を歪めている。一緒にエプロンも寄せられており、何とも刺激的な状態。

それに加えて身長差故に上目遣いで谷間が丸見えだから、意識し出した途端に俺の心臓がドキんと跳ねる。

 

「……ご主人?」

 

「ぁや、ご、ごめん。何でもないよ。じゃあ俺お風呂入ってからご飯に──」

 

キャットの頭を撫で、少し自分の顔が熱くなってきたのを誤魔化すように脱衣所へ向かう。

──と、魔術礼装を脱ごうと乳ベルトに手をかけた時に不意に背中に重たさを感じた。フワッと甘い香りが鼻腔を擽り、それがキャットのものだと理解して振り返るとそこにはエプロンの紐を解いている彼女の姿が。

何でと疑問している間にも彼女はエプロン止めを外してそれを重力に逆らわせずに床に落とすと顔に朱をさしながら裸体を晒した。

 

「──」

 

恥ずかしいからか、ほんのり赤みがかったハリのある肌。

美しい曲線を描きながらも、出るところは出ており、逆に引っ込む所は引っ込んだ体。

尻尾とケモミミこそそのままだが、手足は筋力:B+とは思えない華奢でスラりとしている。

その姿で呼吸する度に上がり、下がる彼女の双丘を俺に押し当てて密着すると、彼女は背伸びして俺の唇と自身の唇を合わせた。

初めは様子を見るような控え目なキスから、攻め気のディープへ。彼女はまるで自分の中の荒ぶる野生が抑えられんと言わんばかりに俺の口内を貪る。

 

「……んっ、ちゅ……はむ……っ……あふぁ」

 

お互い呼吸する事すら忘れ、唾液を交換しあう。やかて空気を求め、顔を離すと2人の間に艶かしく光を反射させる唾液の橋がかかった。

結婚してから2か月。ここまで彼女が積極的なのは初めてだ。

 

「……ぐだ男(・・・)……アタシはもう我慢できない……」

 

「……っ」

 

潤んだ瞳で見つめられ、俺は思わず唾液をあからさまに嚥下する。

そうか……俺はキャットのそれ(・・)に気付いてあげられなかったのか。サーヴァントの事なら自信がある筈なのに……自分の嫁1人の欲求さえ気付いてあげられないんじゃ旦那失格だ。

 

「キャット……俺ももう我慢できない」

 

「うん…………しよ」

 

もう一度、と求めてきた彼女に応えるように、俺は唇を重ね合わせながら今度は乳ベルトではなく腰のベルトに手をかけた。

 

 

「──と言うのがアタシの未来予想図」

 

「き、禁制ですよ!キャットさん!」

 

「流石に俺を美化しすぎでしょ」

 

「そんな事はないぞご主人。寧ろアタシの妄想ではオリジナルには勝てぬ。あ!キャットはオリジナルなぞには負けないぞ!?それどころか腹黒でない分良妻度が2倍どころか3倍。ジェットストリームアタ○クも可能故のこのMSなのだゾ?」

 

キャットのリアリティな未来予想図を語られ、俺も頼光さんも赤面する。良く見ると柱の陰から褐色の語り部サーヴァントが巻物を手に少し顔を覗かせている。

成る程、道理でリアリティだと思ったらシェラさんの宝具か。にしてもそれはアリなのか?

 

「まぁ……キャットさんの強い想いに応えて……と言う所でしょうか」

 

シェラさんはそう呟くとススッ……と引いていった。

今ここは戦場なのにご苦労様です。

 

「取り敢えずそのMSはモビルスーツの方だから。で、目的は何ルビー?」

 

「おんやぁ?私ですかぁ?私はただイリヤさんの為にですねぇ」

 

「メッフィーみたいな声だしても駄目。とっととゲロせい」

 

「その前にアレを倒してからにしましょうか」

 

頼光さんに横から言われ、右手のルビーから視線を前に戻すと、先刻キャットに引き裂かれたエネミーが互いに手を繋ぐように体が再生していく。

さっきも細切れにしたのに直ぐ様再生したから倒せないとは思っていたが……正直こんな相手をどうしろと。

本当はシミュレーターを起動させなければ良いだけの話だけどそれじゃ根本的な解決にならないし、自我を持った以上放っておけば何をしでかすか分かったものではない。

何が何でもここで刈り取らなければ。

 

「そうですよ。ドドーンとやっちゃいましょう!」

 

「……よし、切り換える」

 

やや緩んでいた気を引き締めるため自分の頬を2回叩く。

幸い、今までの感じから攻撃力がやたら高いのと復活力位が驚異と呼べるものだ。であるならば、女神ロンゴミニアドやゲーティアと比べると──

 

「弱い!」

 

 

「凄い……」

 

教室の大穴から校庭を見下ろす現役魔法少女イリヤはそんな呟きを漏らした。

エネミーとぐだ男が校舎内で激突してから暫く。新たな魔法少女(?)とエネミーが激しく斬り合いながら校庭へ出てきた。その姿は魔法少女(・・)と呼ぶには歳を取りすぎな豊満な体つきの甲冑と、ケモミミと尻尾が可愛らしいピンク髪の裸エプロン。残念ながら、後者はイリヤもカルデアで見慣れてしまった為に前者ほど驚きはしなかった。

しかし、そんなイロモノ過ぎる魔法少女達であっても明らかにイリヤよりも強いのであった。

 

「にゃははのワン!抉るように打つべし!」

 

残像を残すキャットの零距離ブロウ。

人と同じ手足で戦っているからか、パッと見オリジナルに見えてしまうのが嫌だと述べたキャットだが、違いは戦闘の様子を見れば一目瞭然。急所(・・)を破壊することを大前提としたオリジナルの身のこなしとは違って人体構造的にどこを狙えば良いのかを本能で感知(もっとも、相手が人の形というだけで詳細は不明だが)。婦長もかくやという勢いで各部位を破壊していた。

その勢いは衰えを知らず、あわやポロリ惨事かと思われたのも束の間。360度どこから見ても彼女の髪の毛やリボン、尻尾等で確実に隠されていた。これにはオリジナルもニッコリ。

 

「ぬぬぬぅ……キャットめ。あやつオリジナル以上に可愛らしく目立ちおって。余だってぐだ男にああやってウィンクとか決めてみたいぞ。第一!狐で猫で犬で兎で巫女で良妻で裸エプロンで!もう属性モリモリのパンパンなのにこの期に及んでまだ足すか!余の方が属性の余裕があるぞ!」

 

「なーにを仰いますかこの嫁皇帝は。貴女だって皇帝で音痴で子犬でアイドル(自称)で花嫁でetc...ってモリモリでしょうに。私だって自分の分身があんなで困ってるんです」

 

「それはキャス狐が切り離したのが原因であろう。余は悪くないからな」

 

「流石は余だ!分かってるぅ」

 

「自分で自分を擁護しないで下さいまし!」

 

巫女と皇帝が争っていると校庭から一際大きい雷鳴が響いた。

今度は裸エプロンからぬ裸甲冑ライクの頼光が仕掛ける。紫電を纏った刀が龍のように唸りをあげ、向かってくる腕の一切を両断する。

途中、食堂で手にいれた今川焼を頬張りながら歩いていたえっちゃんことXオルタが「おや。新しいビームセイバーですか。カタナ型とは珍しい。はむ……」と暢気に歩いていった。

そして彼女と歩いていたヒロインXが「む!?新たなセイバーだとッ!?──あ。あれはちょっと……色々敵わないと言うか……」と、最近見るようになった『セイバーだから倒したいけど強すぎ、又はギャグで通らないやつ』の分類なので一度様子見という形で彼女も歩いていた。

 

「何だ?あやつにしてはやけにすんなり引き下がったではないか」

 

「まぁ、結局彼女もアサシン(闇討ち戦法)ですしね」

 

「しかしあやつの言う事も納得できる。セイバーは増えすぎなのだ。余もセイバー枠に2人だぞ?」

 

「そうだな。ならばここは一度、別のクラスに挑戦してみる!例えば……うむ。マグスめから学んだ魔術でキャスター等も良いかもしれぬな!」

 

「ちょっとぉ!?今度はキャスターに侵攻してくるおつもりですか?」

 

「はいはい。分かったから取り敢えず黙ってなさい。その内アタシが全クラス制覇するから」

 

増え続ける自分問題には然したる不便もないエリザベート。大人の自分がどう思っているかは知らないが、彼女にとっては自分だけでアイドルユニットが作れるなら寧ろ増えろと願うばかり。

 

「今度はそうね……エクストラクラスとかやってみたいわ」

 

流石に音痴の増殖は止めてくれと玉藻が願っていると、彼女達の話を折るようにガラスを割ってぐだ男が転がり込んできた。

全身はボロボロの文字通り満身創痍。その様子からかなりの激しい戦いだと察した嫁ネロがすぐに駆け寄って怪我を心配する。

 

「大丈夫か!?ぬ?何と、セクシーなのだぐだ男……最近入ってきたあのアマゾネスにも劣らぬ美腹筋……珠のような汗としなやかな肢体が何とも……そして何より愛らしい姿──」

 

「加えてボロボロの衣装が内なる加虐心をそそると言うか、そのまま組んず解れず──」

 

「ちょっと!心配してるのか興奮してるのかどちらかにしなさいよ。大丈夫子イヌ?」

 

「ってて…あぁ、大丈夫」

 

「参りましたねぇ。これだとこちらがやられそうですよ。一度退きますか」

 

「でもホームズ達も俺達がアレにダメージを与えている間に何とかネットワークに侵入してるだろうから、ここで緩めると今度はあっちが大変でしょ」

 

「ぬ?もしやぐだ男、他の魔法少女が必要か?」

 

体の埃を払って戦場に戻ろうとしたぐだ男を嫁ネロが止める。

彼女も魔法少女として戦いたいらしいが──?

 

「いやぁ、ネロさんにはMS力はあまり感じられませんから今回は諦めていただく形で」

 

「即答ではないか!余だってキャスターやりたい~ッ!」

 

「そもそもぐだ男は男であろう!だったら──」

 

「サラウンド止めていただけます?第一ネロさん皇帝特権で無理くりセイバーやっていらっしゃるのならキャスター位どうってこと無いでしょう」

 

「「それだ!」」

 

「……取り敢えず俺行くからね」

 

最早ぐだ男の話を聞いていないネロ2人がどこで見たのか、息ピッタリのフュージョンポーズで「ハァッ!」と皇帝特権を同時に発動する。

ぐだ男が窓から飛び降りた時に彼の背後から黄金のオーラが溢れたように見えたが、意識を切り換えて目下の敵へ手刀を放つ。

下では依然として敵を倒せず、ただこちらの体力が消耗されているだけだった。

 

「キャット、頼光さん!様子は!」

 

「斬れども斬れども何事も無かったかの様に戻ってしまいます。困りました」

 

「参ったな……せめて他の魔法少女が居れ──何だ!?」

 

「上だご主人!」

 

反射的に地面を蹴る。刹那、エネミーの体は暫く前にぐだ男が細切れににしたときよりも更に細かく分割された。

次いでぐだ男はキャットの言葉に反応して上を仰いだ。

まだ正午を越えてから暫くも経っていないからか、太陽がとても眩しい。

そんな太陽をバックに何者かの影が飛来してくる。

何者か分からない。視認できるのは長髪とスカートのような衣服。

 

(けどここからでも分かるMS力……ッ!別の魔法少女か!)

 

「………ッ!!?」

 

「再生の暇も許さない猛攻。全部が俺の手刀(シュナイデン)以上の威力……一体誰が」

 

「──嗚呼、私は哀しい。今のは一撃で葬るつもりだったのですが……どうやら見誤ったようですね」

 

「はぁッ!!!???」

 

ぐだ男が叫ぶ。

その様子は信じられないモノを見てしまったかのよう。だがそれも無理ない。何しろ、たった今降りてきた人影……新たな魔法少女は身長186cm。体重78kgの美丈夫だったのだから。

 

「嘘だろ……」

 

「アーチャー、トリスタン。いえ、プリズマ☆トリスたん(・・)我が王の命を受け参上しました」

 

「これは酷い」

 

「惨状だナ」

 

そういう彼女達だが全員少女なんて枠組みに片足たりとも突っ込んでいない。ましてや魔法少女4人の内半分は男だ。

一体どこに魔法少女力なるものが見出だされるのか。

 

「で、王ってどの?」

 

「では弾き語りましょう。私が如何にして魔法少女になったのか。何故なったのか。目的は何なのか」

 

ポロロン、ポロロン……。

 

 

遡ること10分前。

 

「クー・フーリンが死にましたか。彼も素晴らしい決闘英霊(デュエリスト)でしたが……悔やまれます」

 

「私も彼に追悼曲を贈りましょう」

 

生徒会室で学園の決闘者(デュエリスト)リストを眺めていたランサーのアルトリアが、リストに赤く『DEAD』と記されたクー・フーリンを見てそう呟いた。

傍らに控えていたトリスタンも一決闘英霊として彼の実力を高く評価していたし、何度か決闘(デュエル)をして互いを高めあったライバルでもあった。

そんなトリスタンのおよそ弦から弾かれる筈のないピアノの悲しい音色が生徒会室を包む。

 

「……?何やら騒がしいようですが」

 

「先程放送があった通りです。只今校内にて我々サーヴァントでは敵わない敵が現れていると」

 

「では誰が相手を?」

 

「屋上のガウェインによると、『魔法少女なる者が交戦中』との事です」

 

「魔法少女?聞き慣れない言葉ですね。どういう事ですかランスロット」

 

再度アルトリアに問われ、ガウェインからの報告メールを読み上げていたランスロットが背筋を伸ばす。

実のところ、ランスロットもその魔法少女が何たるかは知らない。恐らく魔法を使う少女の事だろうが、我が王の為に間違えた情報は控えなければならない。

我が王の要望に答えられない自分を悔やみながら、自分にも分かりかねると言おうとした時、ふとピアノの音がパイプオルガンのそれへと変わった。

 

「恐れ多いながら我が王。魔法少女については私がご説明致しましょう」

 

「トリスタン……」

 

「許します。して、魔法少女とは?」

 

妖弦フェイルノートが別の生き物のように動くトリスタンの指で弦を弾かれると、荘厳なパイプオルガンが彼の背後に現れたのではないかと錯覚する。

決してトリスタンの少々覇気の無い声が聞こえなくなるような音量ではなく、しかしてフルオーケストラを大きなホールで聴いているような音の響き。

長い付き合いだが、いつの間にか生前よりも腕に(別ベクトルで)磨きがかかったとランスロットは感じた。

 

「魔法少女とは、文字通り魔法を用いて悪と戦う少女の事。しかし、彼女達が有する魔法とは私達が認識する『現代の文明では実現できない、結果をもたらす奇跡』とは違うもの。家族を、友を、世界を救うために力をもって立ち上がった勇敢なる乙女達。強大な敵も仲間との絆の力で打ち倒し、しかし中身はただ日常の生活を楽しむ女の子。皆を守るために正体を隠して振る舞う健気な女子学生。おぉ、美しいその姿はどこかイゾルデに似ている」

 

「成る程。言われてみれば確かイリヤスフィールが魔法少女でしたね。別世界から遊びに来ている彼女ならサーヴァントではないので戦えるのは納得できる。彼女が戦っているのですか?」

 

「それにつきましては私から。ガウェイン卿のメールによりますと、交戦中なのは女体化したぐだ男らしく、メールの最後には『やはり我がマスターは女性になっても素晴らしい』と書いてあります」

 

「ぐだ男が!?──ぁ、いえ、んんっ。そうですか。彼が戦っているとなると怪我が心配ですね。えぇ。少し様子を見に行きましょう」

 

ぐだ男が戦っていると聞いて思わず席を立ってしまうアルトリア。

メル友のマシュによると、彼は先日のアガルタでの戦闘や今朝の魔猪轢き逃げ事件でボロボロとの事だった。そんな彼がまた無理をしている。ましてやサーヴァントでは敵わない相手を1人でどうにかしていると聞いたら居ても立っても居られなかった。

もっとも、そんな姿はあまり周りに……特に円卓の騎士達には王として、見られたくなかったので平静を装って部屋を出ようとする。

 

「ちょおーっと待った」

 

「おや?これはマジカルルビー殿。何かお探し──いや待て。今ぐだ男が戦っているなら一緒の筈。ならば──」

 

「剣を収めよランスロット卿。彼女は害なす存在ではない。すみませんマジカルルビー。して?」

 

「お話が早くて助かります。時間がないので詳細は省きますが魔法少女になって欲しく、その力を貸していただきたいのです」

 

「「!!」」

 

今まさに魔法少女が何たるかを話していた直後の誘い。

言われたアルトリアはとても少女とは言えない年齢だが、ランスロットはそれを見てみたいしトリスタンもまた同様だった。

アルトリア自身も、それなら敵に対抗しつつぐだ男の側で戦える。

 

『愛してる』

 

「……///」

 

かつてカルデアに来て間もない頃。マーリンの仕業でぐだ男を自身の夢に迷い混ませてしまった時があった。

自分はロンゴミニアドを有していた時間が幾年かあった為に、中身も神のそれに近いものに変わりかけていた。

もっとも、それはかつてぐだ男達が戦った女神ロンゴミニアドと比べれば天と地のような違いであり、価値観がまるっきり変わったわけではない。色々あったが、やはり彼女も魂に未だ熱を帯びた人だったのだ。

その夢の中でロムルスの非(ローマ)的 な暴力によってだがぐだ男はアルトリアに「好きだ」(本人がどの意味で言ったかは不明)と言った事があり、嘘偽りのないその言葉を承けた彼女はそれを機にカルデアで笑顔を見せるようになったのだ。

彼女は何故だか「愛している」と愛の告白をされたと思い込んでいるようで、ぐだ男の事になると王の威厳はどこへやら。円卓の騎士達も時折反応に困る有り様になっているが。

 

「私が魔法少女に……最早結婚後の共同作業と同義といっても過言では……」

 

生前は結婚していたが、お互いに女性。まぁ、確かに魔術で擬似性転換をしていないことも無かったが、自分が女性。相手は男性としての付き合いは1度もなかったのに対して今は「好きだ(愛してる)」と本当の異性から言われて霊核(ハート)はキュンキュン。

ぐだ男は見た目も悪くないしどのサーヴァントも口を揃えて「魂が高潔」「最高のマスター」と言うほどだ。多数の女性サーヴァントが好意を抱いているという事実も、彼女を焚き付けている要因でもあった。

なのでカルデアの彼女はやや暴走気味、たまにぐだ男に向ける視線が獲物を狙う獅子のそれである。

 

「あー、残念なんですが、魔法少女適性があるのはアルトリアさんではなくそこの──」

 

「───」

 

デデデデーン!

突然トリスタンが曲調を変え、フェイルノートの音が完全にオーケストラになる。

その曲名は誰もが聴いたことがある、ベートーベンの交響曲第五番『運命』。ルビーが器用に羽で指を指した瞬間のこの曲は、さながらアルトリアの心情を表しているようだった。

 

「まさか……トリスタンが」

 

「トリスタン卿!!」

 

「……私は男ですが」

 

「MS力に性別は関係ありません。私が欲しいのはやるのかやらないのか。その返答だけです」

 

ルビーのコピー個体は妙に影がかった角度でトリスタンを上目で見ている。当然、どれが目なんて分からないのだが、トリスタンにはその時のルビーが何か良くないことを企んでいる者の上目遣いに見えていた。

 

(我が王は魔法少女になれずショック。対して男の私がなれるジョーク。……相手は何を考えているか分かりませんが、我が王を危険にはあわせられません)

 

「因みに他にも魔法少女が居まして、今ぐだ男さんと戦っている敵を倒した後に彼女達を倒せたら、その時は私達(・・)の力で1日彼を自由に出来る魔力リソース……つまり、対マスター専用令呪を一画プレゼントしましょう」

 

「!?そんな事が……」

 

「可能です。私達は第2魔法の応用により無限の魔力供給を行えます。後はそれを溜め込める器さえ用意すれば聖杯なんて何のその。膨大な魔力リソースを用いた魔術で1日限定ですが、本場(・・)の令呪も再現できちゃいます。さぁ、今目の前にぐだ男さんをじっくりネットリズッポリ食べられるチャンスが居るんですよぉ?」

 

「……その権利は、他者へ移す事は可能ですか?」

 

「勝者であれば無論。あぁ、ぐだ男さんは倒さなくて大丈夫なのでご安心を」

 

「トリスタン……っ」

 

アルトリアが王のプライドを捨て、トリスタンに一生に一度のお願いだと言わんばかりに眼を潤ませる。

当然、そんな事までさせて断る円卓の奇人もとい騎士ではなかった。トリスタンは我が王の為に。そして同じく彼を狙う野獣から我が主(ぐだ男)を守るために、ルビーを手に取った。

 

「トリスタン卿よ。幸運を」

 

「いえ、ランスロット卿。今から私は円卓の騎士トリスタンではありません。正体を隠し、たった1人の女性の願いを叶えるべく、我が主を守るために立ち上がった正義の魔法少女──」

 

フェイルノートが共に行こうと言うように弦を弾く。

その音は光に包まれていくトリスタンを、日曜朝の戦う女の子ライクなBGMで鼓舞する。

残念ながら、それは魔法少女ではない別ジャンルの戦う女の子アニメなのだが……ルビーはあえて突っ込まなかった。

 

「──私はプリズマ☆トリスたん(・・)

 

 

 



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Order.50 魔法少女、散る!

漸く!漸く時間が出来ましたので投稿します。
前に時間は作るものと言いましたが、やはり作るにしても時間が無ければ作りようがありませんでした。
寝る時間削ると仕事に影響しますし……いつの間にかスターウォーズ終わってますし。

え?スターウォーズじゃない?


 

 

ポロロン。

 

可愛らしくリデザインされた妖弦フェイルノートが姿に似つかわしくない殺傷力でエネミーを裂く。

魔法少女となって飛行能力を獲たトリスタンは──いや、間違えた。トリスたん(・・)はエネミーの頭上をフェイルノートから射出されるソニックエッジの反動で旋回しつつ攻撃を絶えず浴びせている。

遂にトリスタンのフェイルノートをもってしても滑空が限界だったそれを越えたというのか。

 

「流石はトリスタンだ。取り敢えず全国の魔法少女に謝ろうか」

 

「ご主人もそこまでの脳筋魔法少女は即刻謝罪会見で泣き叫ぶしかないな」

 

「やっと魔法少女になったんですぅ!ファーーーwww!」

 

軽くボケをかます。

 

「流石にそのボケはセンス無いですねぇ」

 

「黙らっしゃい。カルデアスに押し込むぞ」

 

「なんてブラックなジョーク!」

 

何にせよ、魔法少女が4人になった。

俺のサーヴァントは最強なんだ!これなら負ける筈がない!

 

『ぐだ男。こっちは今奴の管理するブロック(制御区画)を40%確保した。だが油断は禁物だ』

 

「まだ半分……いや!もう半分だ!」

 

“まだ”ではなく“もう”と考えることで精神的に己を鼓舞させる。

小学校でも教えてもらうような単純なものだが、それ故に状況を選ばない。

 

「ふふ。そう言う物事を良く捉える所は金時とそっくりですね」

 

「──成る程分かりました、では。ぐだ男さん、これで全ての魔法少女は出揃いました。今こそ力を合わせるときです! 」

 

「力を──」

 

「「「合わせる?」」」

 

トリスタンに加勢するために腰を落としていた(体勢をとっていた)時に髪留めのルビーがそんな事を言いはなった。

力を合わせるだなんて、そんな日朝展開があって良いのか……?

 

「えぇ。皆さんの想いを1つにする時が来たのです!あの強大な敵を倒すにはそれしかありません!」

 

「いや、そうは言うけど割りとトリスタ──んだけで倒せそうな勢いだし」

 

「そんな事言ってー、本当はそんな日朝的な激アツ展開を求めてるのが丸わかりですよー?んもぉ、体は正直なんですから☆」

 

「も、求めてないわ!!」

 

「あ、今の可愛いですね。ルビーちゃんのメモリーに保存しました。『も、求めてないわ!!でも……どうして俺の体はこんなにも──』」

 

「おい」

 

「ぁ、止めてください。素でさえ人間辞める勢いで筋力アゲアゲなのに魔力放出のったアイアンクローはマジで壊れちゃいます!」

 

時には暴力に訴えなくてはならない時もある。

 

「マスター。そろそろ私のフェイルノートも疲れたと言っています。力を合わせましょう」

 

「え」

 

「まぁ。奇遇ですね。丁度私も刀を握る手が疲れてしまって」

 

「ンー?これは合わせた方が良いか?しかしアタシ的にはご主人のご主人になってみたいので正直他を消すのが最優先であって」

 

「何だそれ?」

 

「「「内緒です(だ)」」」

 

……何だか無性に嫌な予感がしてきた。

ルビーも大概な奴だからまさかとは思うけど、な。

 

「もー。私は(・・)何も企んでないですって。ただぐだ男さんで遊びたいなーと」

 

「……」

 

何というか、ルビーのこの言葉は嘘じゃない気がする。

いつもの悪い癖で、誰かをオモチャにしたくなっただけのような。

はぁ、ピリピリし過ぎか。

 

「今です!!」

 

「は──」

 

はぁーとため息を吐いた途端、ルビーが俺の体を操って変なポーズをとらせる。

するとそれに合わせるかのようにトリスたんが、頼光さんが、キャットが俺の周りに集まった。

皆同様に俺の体に手を当て、マジカルな感じで七色の光が俺の体を包む。

確かに、皆から魔力もとい魔法少女力が集まってきている。……来てはいるのだが……。

 

「……何か、例えるなら蛇口を本の少し捻ってチョロチョロ出てきてる水を溜めてる感じなんだけど」

 

「いやそんな事は。私は全力です。ただフェイルノートのし過ぎで魔力が無くなっているだけかと」

 

「はぁ……」

 

「私もやはり疲労が……」

 

「アタシは元気だとも。ところでご主人は休日ゴロゴロしながらペットと遊ぶとして、何をする?」

 

「唐突だな。俺、ペットは分からないけど取り敢えずお風呂入れるよね」

 

「なりほど。そこが勝負か」

 

こんな事で大丈夫なのか。敵もそろそろ体直して襲ってきそうだし、今すぐにでもチャージ完了させたいんだが。させたいんだが!

 

「皆さん!心を1つにしてください!物凄く邪念が強くて淀んでますよ。それと出し惜しみしていません?」

 

(……ここで他の方に力を使いきって貰い、弱体化したところをポロンと凪ぎ払う。完璧です我が王。この勝利を貴女に)

 

(今彼女らに力を出しきって貰ってから、温存しておいた私が勝者となる。ふふ。金時と3人で田舎に住むのも良いですね)

 

「キャットはご主人を守りたいからこそ、力を出し惜しんでいるのはお分かりか?」

 

ルビーの問いに答えたのはキャットだけ。いや、他の2人も声で返していないが、その表情でいかにも出し惜しんでいますと自白していた。

 

「ちょ、敵が来たんだけど!」

 

「さぁ、ご婦人方。どうぞ私にお構い無く。私も円卓の騎士が1人。貴女方が心配するほど魔力は少なくありません。ペースについていけるのでもっと流して構いませんよ?」

 

「そうですか?私そろそろ魔力が底を突きそうで……」

 

「ダウト。その発言にはきよひーが飛び付くゾ?それこそ極上のフィレ肉を目にした(アタシ)のように。そして鋭い牙を剥き出してこう言うのだ。『ご主人、今日の夕飯は100%マナティの海鮮丼だ』とな」

 

敵が俺の顔を穿つ一撃を放つ。

強化された視力でギリギリそれを眼で追いながら避け、敵の首を跳ねるようにV字に手刀を放った。

両肩から鳩尾までを綺麗にV字で刈り取られたそれは全くやられたような気配を見せない。ただやはり頭が無ければ動けないのは健在らしい。膝をつき、黒い靄をたてる断面を見せながら倒れた。

 

「ぐだ男の為です。惜しまないでください」

 

「出し惜しんでなど。貴方こそペースを合わせなくて大丈夫ですから、どんどん流してください」

 

「ご主人!キャットは誉めて欲しさに本気で魔力を譲渡してるが足りぬか!?」

 

「キャットのそう言う所好きだよありがとう……令呪をもって命ず!」

 

「無駄です貴方の令呪は強制力が低い。何を言われようと構いません。私は我が王の為に豚でも何でも成りましょう」

 

確かにカルデアの令呪は強制力が低い……が、所がどっこい。今の俺は無限の魔力供給を有している。

令呪とは所詮、強大な魔力リソース。俺はこの令呪にルビーから貰っている魔力を乗せることで、強制力を飛躍的にアップさせる。

 

「トリスタン、源頼光。出し惜しみはせずに魔力を譲渡せよ!」

 

「母に貴重な令呪を……えぇ。我が子が求めるならこの魔力、差し出しましょう」

 

「ぐっ……我が王の為に……!」

 

「……トリスタン。さっきは弾き語るとか言って結局フェイルノート弾いてるだけだったから動機が分からないけど、アルトリアの為なんだろ?彼女が何を願ったかは問わないさ。けど、マスターの俺じゃトリスタンに協力出来ないか?」

 

「是非お願いします」

 

「返しが早──あちょ、待って!凄い流れてきてるから!もう入んないから!駄目ェェェ!」

 

「エロいです!その台詞を苦し気な声音で言うのエロいですよぐだ男さん!もっと呂律が回らなくなった感じで、さぁ!」

 

「らめぇぇぇって言うわけないだろ!うっ──駄目!ホントにヤバい!」

 

全身に溢れる魔力。魔力放出をしようにも魔術回路がその魔力で大渋滞を起こしていて思うように出来ない。

このままだと爆発してしまう!比喩ではなく!!

 

「ルビーィィィィッ!」

 

「放出が間に合いません!こうなったら……やむを得ません!特攻ですぐだ男さん!」

 

「うわぁぁぁああああっ!!」

 

成す術なく、俺はトリスタン達の間をすり抜けて敵の胴体にしがみついた。

丁度その時に敵も再生を終え、腰にしがみついている俺を執拗に攻撃してくる。

 

「ご主人が爆発するぞ!」

 

「そんな!」

 

「私は悲しい。ですが、彼なら必ず生きて帰ると信じています。それが、彼への愛でもありましょう」

 

「愛……?そうです、私は我が子を愛しています。ならば、その程度の爆発耐えられると母は信じています!金時も宝具は爆発ですからね」

 

「これが……愛!?サーヴァントの愛が、こんなにも……爆発するぅ!!」

 

「防御は任せてください!さぁぐだ男さん。今こそ、貴方が花火と成るのです!!」

 

「うぉぉぉぉぉぉっ!駄目だぁぁぁぁぁ!ホントに爆発するぅ!少しでもギャグ補正を────自爆魔(ステr)

 

 

 

 

 

──その日、カルデアに約束された勝利の剣(エクスカリバー)を越える光の柱が、人類最後のマスターの偉業を讃えるかのように、彼の死を輝かしいものとした。

 

「素晴らしい!我が叛逆の同盟者も遂に愛を知ったか!叛逆とはすなわち愛である。マスターよ、お前の愛は私にも届いた。その(叛逆)を受け継ごう」

 

「ステラってそうじゃないんだけどな……。まぁ、ぐだ男が楽しそうならそれで良いか」

 

「ぐだ男の霊圧が……消えた……?」

 

「?何言ってんだ師匠。それよりもありゃなんだ?」

 

彼の最期を見たものはその人類史に残る去り様に敬礼し、見ていなかったものは教室の窓から見える空に敬礼をした。

 

「空にあんなデケェぐだ男あったか?良い笑顔過ぎて死んじまったみてぇだ」

 

空に浮かんだ巨大な半透明のぐだ男。

それはとても満足したような安らかな笑顔で手を振っていた。

 

 

「後半の超展開で死んだかと思った!!」

 

メディカルルームで全身に血の滲んだ包帯を纏わせた俺は白目を剥いて眠りこけていた状態から跳ね起き、いの一番にそう悲鳴をあげた。

 

「まぁまぁ。ぐだ男君のカミカゼアタックのお陰であれのプログラム中枢に入り込めてデリート出来たわけだし、終わり良ければってね」

 

「いででッ……」

 

「無理はしない方が良いよ。本当なら五体四散していた位の怪我をしていたからね。爆心地(グラウンド・ゼロ)で横になってたのを見たときは肝が冷えたよ。完全にヤムチャだったからね」

 

「サイバイマンは自分でしたが……因みにその写真あったりは?」

 

「黒髭辺りが撮ってたよ。無茶しやがって……って嬉しそうに連呼しながらね」

 

「後で貰お」

 

すっかり普段の調子で会話。

あれだけの自爆をしたのに直前の記憶がちゃんと残っていたり、言葉がうまく出てこなかったりは無い。

ドクターは脳へのダメージを気にしていたが、暫くの会話でそれは大丈夫だと判断して部屋を後にした。

彼もシミュレーター半壊やカルデアのシステム修復等の問題が山積みのようだ。

 

「……ルビーのやつ、一体何が目的だったんだ……」

 

戦闘の記憶を振り返っていると、何でわざわざ怪我人である自分を魔法少女にしたてあげ、更に他のサーヴァントも魔法少女とは名ばかりの戦闘兵器にしたのか分からなかった。

ルビーはオモチャ探しとは言っていたが、確実に何か他にも目的があった筈だ。

問いただそうとも思ったが、どうやら俺が死んでいた(比喩)間に急用が出来たとかで元の世界に帰ってしまったそうだ。仕方がない。魔法少女になったトリスタンや頼光さん辺りに訊いてみるか。

 

「それはですねー」

 

「どぅばらっしゃい!──何だルビーか……ビックリしたぞ。え?ルビー?」

 

「はい。私、量産型ルビーちゃん肆号機です。割りと真面目に急用が出来たオリジナルに代わって説明しちゃいましょう」

 

そうか。そう言えばコピー個体を幾つか作ったと言っていたっけ。

 

「はぁ……そのー、お願い」

 

「今回、カルデアのログの中で5月に数秒間、妙なノイズを確認しました。これが何なのかはホームズさんでも分からなかったのですが、これを参照してカルデアのシミュレーターデータベースに誰かが仕掛けをしたみたいで。詳しくは省きますがそれにより、シミュレーターで倒されたNPCの『怒り』(ダストデータ)が意思をもって牙を剥いたのです。それの狙いはシミュレーターを使用するサーヴァント。の統括者であるマスターのぐだ男さんでした」

 

5月……それは虚数事象にされたあの出来事があった月だ。

まさかBB──いや。流石にいくら暇だからって彼女がやるだろうか?感覚的に、彼女はもっと面倒臭い事にすると思うのだ。

 

「サーヴァントを電脳化させてダイブさせる手もあったのですが、既にそれはカルデアの殆どの制御系を掌握していたのでサーヴァントに割く電力リソースもストップ。下手に手を出すとどのサーヴァントも瞬殺の可能性大。緊急時用のエジソン・テスラ発電機で何とかしていたんですけど、やはりサーヴァントではマトモに戦えるものではありません。そこで、魔法少女としてぐだ男さんを守りつつ敵も倒すと言う一石二鳥を思い付いたのです」

 

「コピーの理由は?」

 

「人類の為です」

 

「嘘だぁ?」

 

「あー!信じてませんね!?これは戦争ですよ!」

 

「何故!?」

 

「コピーを作って新たな魔法少女を生み出し、私の欲を満たす。すると私は更なるやる気を得て皆さんに協力するのです!延いてはカルデアの、人理の為になります!」

 

……まぁ、兎も角だ。

動機はどうであれ俺はルビーに助けられた。俺だけでなく、カルデアも。だったら言うことなんて決まってる。

 

「ありがとうルビー。どんな理由であれ、俺達は助けてもらった」

 

「いえいえ。それはお互い様です。私こそ、面白いものを見させていただきました。まだまだカルデアにも魔法少女候補はたんまり居ますから、コピーではありますがこれからもよろしくお願いします」

 

「魔法少女候補……ルビー。他のコピーはどうしたの?」

 

「……残念ながら、ぐだ男さんの自爆からカルデアを守るために力を使い果たしてしまい、大破してしまいました。ですので、カルデアに残っているコピー個体は私だけ。いやぁ、大変でしたよ?皆さん好き勝手やりだしたコピーの条件を呑んで魔法少女になっていたので、令呪を寄越せ寄越せと──」

 

「……何だって?」

 

「あれ?聞いてませんでしたか?魔法少女として戦い、他の魔法少女を下したらぐだ男さん専用の令呪を一画プレゼントって」

 

初耳だ。

 

「本当は魔法少女同士己の野望のためにぶつかってほしかったのですが、状況が状況なので3名には各々一画ずつプレゼントしました。だから私現在最低出力モードで動いてるんですよ?」

 

「なんて事を……厄介事の匂いしかしないじゃん」

 

「お邪魔します!」

 

「はぅぁッ!?」

 

バーンッ!とオートスライドのドアを力で捩じ伏せ、アルトリア。のランサーが妙に力みながら入ってきた。

焦った……早速ムチャぶりが来たのかと思った。

 

「な、なんだアルトリアか」

 

「む。何ですかその反応は。それにその焦りよう……私じゃなかったら不味い事でも?」

 

「いや、単純にアルトリアだから良かったなって。ちよっとムチャぶりがく──」

 

「はぅっ」

 

(アルトリアだから良かったなって──)

(アルトリアだから良かった──)

(アルトリアだら良いっ──)

 

(アルトリアなら良い)

 

「──良いのですか?」

 

「ん?」

 

何だろう。アルトリアの、と言うかこの場の空気が変わった。

例えるなら、よく特異点で遭遇するキメラが敵意殺意で襲ってくるのとは違う。奴らが食欲で襲ってくる時の雰囲気と似ている。

まさか、アルトリアお腹が減ったのか?いくら俺でも食堂の守護者達を強制させることは出来ないなぁ。いや、もしかして俺の部屋の予備食(お菓子)が欲しくて?

 

「所でぐだ男。体はどうですか?」

 

「え?ぁあ、体は大丈夫だよ。大分魔術で体弄ってるみたいだから包帯はあれだけど傷自体は殆ど無いから」

 

「そうですか!あ、いえ……んんっ」

 

「ん?アルトリア、もしかして何か言いことある?」

 

「え?その、良いでしょうか……?」

 

どうやら俺の勘は当たったようだ。

濁る彼女だが、他と話してるのを見てもそんな様子は滅多に無いんだよなぁ。と言うことは何か重い悩みなのでは?

 

「実はぐだ男にお願いが」

 

「お願い?」

 

「えぇ。疲れているところ申し訳無いのですが、私の言うことを何でも聞く側近騎士になっていただけませんか?」

 

「なん……でも?」

 

何でも、か。この言葉を聞くと非常に悪い意味に捉えてしまう。

でも、彼女は王だ。少なくとも俺は彼女がおかしなことをしたのは見たことがない。食欲は除くが……変に他のサーヴァントが言うようなものとは違って他の意味も含まれてはいない筈だ。筈だ……駄目だ嫌な予感がする。(危険感知:B

 

「ちょっと、難しいかな……なんて」

 

「そう言うと思いました。ですのでこちらを」

 

「こちら?」

 

「こちらです」

 

彼女は俺の言葉を分かっていたかのように頷くと、左手の甲を見せてきた。

そこには槍を象った黒い令呪が一画。恐らく、彼女の象徴である聖槍ロンゴミニアドなのだろう。

一見複雑で凝った形状だが、見ればすぐに槍と分かるそれを掲げて彼女は令呪を発動させる。

 

「令呪をもって命じます。ぐだ男、私の言うことを何でも聞きなさい」

 

「──!」

 

トリスタンが言っていた王はこのアルトリアだったか!

そう理解したときには俺の体は既にベッドから降りており、彼女の横に方膝をついて頭を垂れていた。

 

「問おう。私は貴方の何だ?」

 

「……俺は、貴女の騎士であり、貴女のサーヴァントであります。我が王(・・・)

 

面倒な事になる。分かっていたが、何故か俺の中には彼女の次の命令を待っている俺が居た。

 

 




この後無茶苦茶側近した。


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Order.51 獅子の欲求

アナスタシアのストーリーは泣けましたね。
各々の主張と力が主人公を揉みくちゃにしてましたからね。流石に辛い選択ですよね……。

そして新サーヴァントの数々!中でもサリエリの格好よさは異常!アヴィ先生もイイ!アタランテは相変わらず抱き締めたくなる!子供作ろう(ド直球)!
アナスタシアはマイルームセリフだと本人から別人だと言ってくれるので救われる!
イヴァン雷帝……どう声を聴いてもフェルグスですわ貴方。頭にカラドボルグ2本付いとるで。

そしてガチャ!ふっふ!こちらは今回良かったですよ?
30連でアヴィ先生は宝具5、アタランテは宝具3、アナスタシアはあまり眼中になかったので当たってませんがノーダメージ(震え声)。
サリエリとイヴァン雷帝はさっき10連したら一騎ずつ来ました。もう石がありません。何だか運を使い果たしたような気が……




 

 

「先日は大変でしたね先輩」

 

「ホントだよ……でもアルトリアが令呪を使って来たからてっきりどうしても人手が必要なのかと思ってたけど、実際は身の回りの世話とかだからね。まぁ、それでもかなり動き回ったんだけとね……」

 

「シミュレーターにも行かれたと聞きましたが、アルトリアさんは先輩を連れて何故シミュレーターに?」

 

「え?──ぃあや、そのぉ……何て言いうか、うん」

 

先日、ルビー肆号機に『元気になるクスリ』とやらを投与されてスゴくゲンキになった俺はアルトリアの令呪によって絶対服従の側近騎士をやっていた。

側近騎士の内容は意外にも戦いとかではなく、アルトリアと常に一緒にいて彼女の身の回りの世話役みたいなものだ。

何をするかって?……何でもだ。

 

「……先輩怪しいです。何かあったんですね」

 

「いやぁ……そのですね……ぇえと」

 

詰め寄ってきたマシュに気圧され、廊下の壁に背がついた。

後ろは硬質な壁で前は軟質なマシュマ──いやそうではない。兎に角、あまり説明しないのも余計に怪しまれる。

 

「は、話すから」

 

話せば長い。だから俺はマシュと俺の部屋でお菓子でもつまみながら、と思って先ずはマイルームへと向かった。

 

 

「これが令呪の強制力……体が勝手に動く」

 

鈍い痛みが腕を走る。しかし俺は「大丈夫」と言った手前痛いと言うことは出来なかった。

痛みを悟られないよう表情を歪めず、俺は恭しくアルトリアに頭を垂れる。体勢は片膝と片手を床につけてしゃがんだ状態。

鎧を着ていればそれは正しく騎士とその王の様子になっただろう。

 

「申し訳ありません。ですが、先を越されると厄介なので……兎も角一度顔を上げてください」

 

「厄介?」

 

「何でもありません。…………やはり騎士なら鎧が無いとですかね」

 

「鎧かぁ。流石に持ってないけど……別の()になれるのならあるよ」

 

「サー・ぐだ男になれるのですか?」

 

ちょっと違う。円卓の騎士の○○卿になるのではなく、宇宙の星間戦争の○○卿になれる代物だ。

着れば魔力が上昇し、フォースを使えるようになる。

 

「そ、それは……」

 

「コー……ホー……コー……ホー……I'm your knight」

 

所謂、暗黒卿だ。

 

「流石にそれは……著作権的に敵わない敵を呼ぶので止めましょう。他には無いのですか?」

 

「NOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

どちらかと言うとアルトリアとモードレッドで成立しそうなネタだが、あまりふざけない方が良さそうだ。

令呪まで使って来てるのなら尚更だ。彼女は真剣に側近騎士を欲しているのだから。

 

「ごめんふざけた。流石に騎士らしいのはないよ。だからそうだなぁ……騎士だけど、アルトリアの側近を重視してこれにしようと思う」

 

漲る暗黒面パワーを御して魔術礼装を脱いで側近を重視した魔術礼装を取り出す。

暗黒卿礼装と同じ黒い見た目のそれ。長袖に長ズボンの黒い靴。サングラスも用意すれば正に側近、又はボディーガードと言った装いになる魔術礼装『ロイヤルブランド』だ。

彼女の時代とは合わないだろうが、カルデアならさして問題にはならない。寧ろお姫様を護る現代の騎士として非常に画になる(少女漫画並感)。

 

「お、お姫様……ッ?」

 

「(おや?これはこれは……)えぇ。これより我が身は御身の物。何なりとお申しつけください姫」

 

「んなっ……///」

 

謎の瞬間着替え術により一瞬でロイヤルブランドを纏った俺は再度彼女の目の前で方膝をつき、手をとってそう出来うる限り最高のイケボでそう囁く。

流石のアルトリアもこれには赤面。だが若干取り乱しながらも俺の手を握り返すと、直ぐ様表情を王にした。

 

「ふ……。では私は今から散歩に行こうと思っています。ついてきてくれましゅ()か?」

 

「……」

 

折角決めたのに噛んでしまって威厳も何もあったものではない。

しかし彼女は赤面しながらも表情をあまり変えず、俺の返答を待っている。ここで笑うのは彼女に大変失礼だろう。

 

「はい。仰せのままに我が王」

 

「サー・グダオ」

 

「おっと、これは失礼致しました。我が麗しの姫」

 

最早何を目指しているのか分からなくなったが、堂々とやっていれば恥ずかしくも何ともない。

俺は静かに立ち上がり、彼女の手を引いてマイルームを後にするのだった。

 

 

「おや。お目覚めでしたかぐだ男。丁度これから様子を見に行こうとしていた所でしたが、何故その様な格好で?」

 

「おはようございます、サー・ガウェイン。今私はひ──我が王の散歩の付き添いにございます。サー・ガウェインのお心遣いのお陰でこのぐだ男、ご覧の通り頗る快調に御座います」

 

「?一体その口調は……」

 

「ガウェイン」

 

「はっ。何でありましょう我が王」

 

令呪の影響か、すっかり騎士に成りきっているぐだ男を不審に思ったガウェインをアルトリアが制止する。

彼女が事の次第をかい摘まんで説明すると、ガウェインは「成る程」と納得した様子でぐだ男に同じく騎士として接し始めた。

 

「事情はおおよそ伺いましたサー・グダオ。貴方は我らがマスターなれど今は我が王の一騎士。1日限りではありますが、貴方も我が王に認められた円卓の騎士として恥じぬ働きを期待します。モードレッドが騒ぐと思いますが、その時は私が抑えましょう。何せ今日はご覧の通り晴れです」

 

「繰り返し感謝いたします、サー・ガウェイン。必ずや円卓の騎士の務めを果たします」

 

「あーぁ。何か面白い事ねぇかなぁ……あ?何だガウェインにぐだ男、と父上じゃねぇか。こんなとこで何──」

 

まるで登場するタイミングを伺っていたのではないかと疑問させるほど完璧なタイミングで曲がり角から出てきたモードレッド。

彼女はロイヤルブランドで腰にネクロカリバーを差したぐだ男とその手を握るアルトリアを見た途端にみるみる顔を強張らせて、クラレントを握った。

 

「どういう事だぐだ男。父上をエスコートしてんのは分かるけどよ……その父上の顔が赤いのは何でだ?いくらお前でも、父上に何したかによっちゃあ斬る(KILL)ぜ」

 

「落ち着けモードレッド。我が王はただ単にぐだ男にエスコートされて恥ずかしく頬を染めt」

 

「ミニアドォォォォォオオオッ!!」

 

通常の3倍の太陽の騎士が、アルトリアの言って欲しくない所まで踏み込んだ事でカルデアの外の遥か彼方までブッ飛んだ。

 

「は、恥ずかしいのなら止めようか……?」

 

「ぃいえ!そんな事はありませんっ!そ、それよりも役目を忘れましたか?」

 

「これは……大変失礼致しました。姫」

 

「──何?ぐだ男テメェ今……父上を姫って呼んだな?」

 

意識を切り換えたぐだ男にモードレッドが更に詰め寄る。

今の彼女はクラレントが完全に帯電状態になっており、ランスロットのオーバーロード(宝具)と同じ様にビームとして打ち出すエネルギーを押し込んだ状態。

ましてやそれはアルトリア特攻。斬られればたちまち霊核に深刻なダメージを受けかねない。

頼りの騎士が居なくなった今……アルトリアを守れるのはぐだ男だけだ。

 

「剣を納めろサー・モードレッド。俺は別に──」

 

「そうじゃねぇ。そうじゃねぇんだぐだ男。俺が言いてぇのはよ……」

 

チャキッとクラレントを握り直し、モードレッドは兜を含めて全身に鎧を展開すると、スリットから赤い眼光を漏らしながら斬りかかる。

 

「父上を姫と呼べるのはあの白い父上(リリィ)の事だけだ!そこの父上は、騎士王なんだぁぁああ!!」

 

「ぬぅんッ!成る程……それは何者にも曲げられないお前の想いか……だが!それなら俺も今だけはアルトリアの騎士として声をあげよう!」

 

ぐだ男は鍔迫り合いになっていた状態からモードレッドの腹を蹴飛ばして間合いを開けるとスタンバイモードに移行したネクロカリバーを胸に当て、騎士の誓いの様に高らかに宣言した。

 

「姫とはただ外見に非ず!その心が姫と呼ばれるのを望むのであれば、騎士であるこの俺が拒むこと能わず!何故なら彼女は俺も姫だと思ったからだ!故に呼ぶ!それが俺の曲げられぬモノ!最早それらに善悪の区別無し!さりとて……そう易々と逃してくれるお前ではあるまい?」

 

「はんっ!一丁前に騎士サマやってるじゃねぇか。良いぜ面白くなってきた。だけどよ、1つ忘れてるだろぐだ男」

 

「?」

 

「カルデア式の契約じゃマスターとサーヴァントの距離が近ければ近いほどサーヴァントは力を増すって事だ。だからお前は自身と契約したサーヴァント相手じゃ常に何割増しってことだぜ?」

 

カルデアのサーヴァントはマスターと距離……物理的に近いとその力が増大するのだ。

勿論の事だが、物理的ではなくてもぐだ男と距離が近いと更に強さが増すことがある。それが絆だ。

 

「確かに、俺は常にマシマシの状態と戦わなければならない。だがどうした?相手が強いなら、それを越えればいい。今までそうしてきたように!ネクロカリバー再起動(リブート)オルタリウム(・・・・・・)リアクター点火(イグニッション)!セイバー殺しの極致……見せてみろ!」

 

「それは何かもう父上なのか分からなくなってきたユニバース父上のか!」

 

「そうだ。アルトリウムを燃料に、残念な天才達が新規設計した魔力炉心オルトリアクターを唸らせる。こいつは魔術礼装だから、エネルギーは全て純粋に攻撃力になる」

 

上記のように、ぐだ男は戦場において常にサーヴァントと同じ前線に立たなければならないことが多い。そこで、それを少しでも安全にこなせるようにと(表向きの理由は)作られたのがこの前の汎用人型戦機だ。

だが、結果としてあれはサーヴァントと前線に立つのは困難になった。スーパーロボット大戦みたく、マシン同士でのやりあいだから良かったものの、実際サーヴァントを相手取るとただの的でしかない。

故に計画はいつの間にか忘れ去られ、検討もされなくなっていた。しかし、それに目をつけたあるサーヴァントが居た。

 

「シェラさんには感謝しないとな。彼女が強化外骨格(パワードスーツ)の構想を完成させたからこれも存在するんだ」

 

アガルタ以降加わった、カルデアの中でも秀でた生存能力(思考)をもつシェヘラザード。

彼女はカルデアの安全がどうなっているか、ひたすら管制室で確認をしていたときがあった。その時に過去ぐだ男がどう切り抜けてきたのか。何をして来たのかを見たらしく、例のロボットに興味を示した。

大きくて危険なら小さくすればいい。だがそれは簡単には言うが実際は物理的に不可能な部分が多い。

この地球上の物理法則において、物の大小による物理的干渉力は大きく異なる。ライト兄弟もそれを実証している。

 

『ですが、それはあくまで科学分野での話。魔術分野では別です。このマシンは製作者の意図で魔術要素よりも科学要素が大半を占めています。であれば、それの比率を変えてみてはどうでしょうか?』

 

シェヘラザードがそれに興味を示したのは自分を守る鎧が欲しいから。──ではなく、マスターであるぐだ男をより安全に居られるようにと思っての事だった。

 

自分が死ぬのは怖いし嫌だ。戦闘にだって出たくない。けど──それ以上にぐだ男が死ぬのは嫌だ。

しかし彼は前線に出なければならない。中でも本人が自然と前に出ている。比較的安全な後ろに下げるのはあまり得策ではない。

……であるなら、前線に出る彼を守るものを作ろう。死なせないために、戦いの道具を作る。

 

シェヘラザード自身、悶々とした矛盾を抱えながらも彼のためにと作った魔術礼装。その内の1つがそのネクロカリバーだ。

Xオルタがポチッた彼女のと同型品を改造し、アルトリウムを使用してセイバーを討つ。とは言うが実のところセイバー特攻はオマケだ。

 

「彼女は今強化外骨格を作成中だよ。なんでも、日本のアニメか何かをモデルにしてるみたいだけど」

 

「大層なモンじゃねぇか。だけどよ!」

 

「──ッがはッ!?」

 

「父上は騎士王だ!オレが目指した──オレが打倒しようとした──オレが見ていたキャメロットの王だ!父上が王であるからこそ、オレは叛逆をする!だからその父上は姫じゃねぇ。王だ」

 

稲妻の如く刹那的な肉薄から鳩尾に拳を受けるぐだ男。

その一撃で全身は一気に強張って強烈な吐き気を催す。

 

「ぐだ男!大丈夫ですか!?」

 

後方にブッ飛ばされたぐだ男は護る筈のアルトリアにキャッチされ、その豊満な双丘に顔が埋まる。

普段は鎧を脱ぎ、谷間を大きく開いている彼女のそこは心臓(霊核)がバクバクで微かに肌が上下している。それに先程シャワーでも浴びてきたのか、ぐだ男の鼻孔を柔らかい香りがくすぐる。

 

「モードレッド……ッ!貴様今一度私の聖槍の一撃を受けたいようだな!」

 

「んー!んー!」

 

「んぁっ……あまり動かないでください。安静にすれば怪我はしませんから」

 

「へ、変な声出すなよ父上!第一、ぐだ男はそれくらいで怪我なんかしねぇよ!」

 

「黙れモードレッド。それとそこを動くな。今から聖槍を抜く」

 

「……ダアッー!どっちもヤメテ!アルトリ──」

 

「姫です」

 

何とか胸から顔を離すも、姫と呼ばれなかった事で再び胸に押し当てられる。

今度は後頭部をガッツリ手で押さえられて呼吸が精一杯。筋力:B、しかも引き離そうにも視界は真っ暗ないし肌色で下手に手を伸ばせばどこに触れてしまうか分からない。

 

「姫ー!姫ぇぇぇえッ!!」

 

「な、何ですかぐだ男?」

 

「……その、とても良かったです」

 

「ッ///い、いきなり大胆ですねぐだ男……いえ!自分が守護する姫に劣情を抱いたと言うのですかッ?……イケナイ騎士ですね!(喜)」

 

(──今だ!)

 

突然の告白に緩んだ拘束を解き、モードレッドに向けてぐだ男が令呪を発動した。

 

「モードレッド!今すぐごめんなさいしなさい!」

 

「へッ、やなこった!その令呪にも余裕で叛逆してやるぜ!」

 

「ところがどっこい!」

 

カルデアの令呪では強制力が弱いのは当然だが、全く使えない訳ではない。

例えば、真っ向からやりあって勝てない身内サーヴァントが相手なら令呪の効力で“少しは”動きを抑制することが出来れば次の攻撃に繋げることが出来るのだ。

故にぐだ男は敢えて令呪を発動させた。動きが鈍くなったモードレッドに眼ドを当てるために。

 

「真のマスターは令呪を惜しまない(と思う)!眼ド!」

 

「っげぇ!マジか、ごめんなさい!」

 

「今のうちに!」

 

モードレッドを見事スタンさせたぐだ男がアルトリアの手を引いて駆け出す。

横を走り抜け、角を曲がり、丁度男性スタッフのマスタングがエレベーターに乗るところに一緒に転がり込んだ。

 

「うわっ!ビックリし──あぁ、ぐだ男君か。こんにちは」

 

突然飛び込んできて驚いたマスタングだったが、何となくいつもの騒ぎだと察すると「頑張って」とぐだ男に一言だけそう言って次の階で降りていった。

 

「3階か。んー……降りようアルトリア。あぁ、そうじゃなくて、1階に行こう」

 

「……サー・グダオ」

 

「っと……これは大変失礼致しました姫。1階のシミュレーションルームに参りましょう」

 

「何故ですか?」

 

「そこなら邪魔はそうそう入らないですし、カルデア内で散歩をなさるよりはシチュエーションをご自身の手で設定できますのでその方が良いかと思いまして」

 

 

アルトリアを連れて第3シミュレーションルームに到着した。

道中モードレッドが騒ぎ立てている音が何度か聞こえたが、何とか無事にシチュエーションを設定している。

アルトリアもよくシミュレーションルームを使うらしいから、どの様なシチュエーションにするかは任せることにした。

俺は今彼女の側近騎士だ。彼女が行きたいと言ったところには付いていくのが当然だ。

 

「……完了しました」

 

アルトリアが言うと同時に周りの殺風景だった様子がほんの数秒で広大な自然のまっただ中に変わった。

木漏れ日で明るく照らされた森のあちこち。遠くからこちらの様子を見ている鹿だかトナカイだかよく分からない動物。 清い水が流れる小川。そこはかとなく、ジブ○感が溢れている。

 

「もの○け姫みたいだな……」

 

「はい。モデルはそれですね。あの森にはマナが満ちているようなイメージを得たので」

 

「成る程。でも流石にマナまでは再現出来ないから、神秘的な雰囲気にとどまる感じだー、じゃない。ですね。それで、これから何を?」

 

「魔猪を倒します」

 

「魔猪……」

 

静まれ!静まりたまえ!さぞかし名のある山の神ともあろう御方が、何故このように荒ぶるのか!

……などと、思わず想像してしまった。しかしそれをするならエビフ山が最適だろう。

そもそも散歩なのにどうして戦闘に?そうこう疑問している内に魔猪が何匹か登場して戦闘が始まってしまった。

かなり強めに設定されている魔猪達を斬り、ガンドで足止めし、時折アルトリアの宝具が飛んで来る。何と言うか、今回の彼女は大分飛ばし気味だ。

このままだとあっという間にカルデアからの魔力供給が間に合わなくなってしまうか遮断されて俺に切り替わるかもしれない。

 

「ミニアドーー!!」

 

「ひぃ……ひぃ……い、一度落ち着き、ましょう……このままだと、魔力が」

 

「大丈夫です!これで最後!」

 

スタリオンに跨がらないで放つ宝具はセイバー時と同じくビームだ。オルタと少し似ているような感じだが、あっちは広域破壊でこっちは指定領域(誤差大)破壊だ。

ビームを空に放てば神聖円卓領域のクレーターのような破壊跡が量産されていく。

そうして宝具を撃ち続けた彼女は、案の定魔力が足りず肩で息をしている。苦しげだが、何故か彼女の口角は上がっていた。

 

「大丈夫ですか!?今俺から魔力を回し──」

 

「えぇ、えぇ。そうさせて……下さい!」

 

「ぁだッ!?」

 

駆け寄った瞬間、何故か俺の体は地べたに仰向けになっていた。

後頭部をぶつけて歯が浮くようなジーンとした痛みに耐えかねて頭を擦ろうとするが……両手がガッチリと何かに固定されていた。否、掴まれていた。

 

「あ、アルトリア……?」

 

「些か魔力が足りません。どうやら宝具を撃ちすぎたようです。カルデアの電力が我々に魔力変換されて供給されている以上、個々の扱える魔力量も決まってしまっています。それを超えてしまった場合は魔力供給が遮断されてマスターに供給源が移動する。だとしても、貴方の魔力は本当に大した量ではないので本当に緊急用。カルデア側より上限が低いです」

 

「何を言ってるの!?そんな事は分かってるけど何か問題──もしかして、それじゃ足りないのか?」

 

「足りません。これではカルデアの食糧を今日1日で食い潰してしまいます」

 

「じゃあ、別に俺は大丈夫だからどんどん吸い上げて貰っても」

 

「えぇ。なので一番手っ取り早い手段で魔力を供給させて貰います。どんどん吸い上げても構わないんですよね?」

 

あ。これは不味いパターンだ。

流石の俺でもこの眼は知っている。夜に忍び込んできたきよひーやたまに見せる頼光さん達のそれと同じだ。

 

「ぉ、おお、おおおお落ち着いてッ!?俺の部屋に食べ物あるからそれで──」

 

「令呪を、忘れてませんか?」

 

「ぅぎッ……こ、こんなので良いの!?無理矢理俺を従わせてなんて!」

 

「構いませんとも。それに、私としてはこの方が余計盛り上がります」

 

「ま──」

 

抵抗を許さない俺の体。それどころか、令呪による力で寧ろ唇を重ねてきた彼女の背に腕を回し、更に体を密着させる。

普段のアルトリアからは想像も出来ないその姿はある意味獅子。しかも獅子とは言っても狩りをする雌のほうだ。

 

「……ッ!ッ!?」

 

この前の頼光さんのキスとは違う、本気で獲物を逃がさんとする超攻め気のキス。

頭の中がグルグルのぐちゃぐちゃになって、魔力が凄い勢いで持っていかれて……魔力……?そうか!

 

(魔力が異常に流れてくる。あぁ、これが本当の魔力供給なのか)

 

こんな状態でも魔力を特定の誰かに垂れ流すことは可能だ。そしてただでさえ大した魔力量のない俺なら数秒も要らずに昏倒することができ──

 

「──っはぁ……では大詰めにしましょう。……え?ぐだ男?……そ、そんな……!どうして、どうしてこういう時に気を失うんですかぁ!!」

 

 

「ってマーリンから聞いた」

 

「マーリンさんから?」

 

「うん。途中、とは言っても押し倒されて頭打った所からかも。そこら辺記憶が曖昧で……だからもしかしたらマーリンが適当に話してるかも」

 

「しかしアルトリアさんの様子は至って普通だったんですよね?」

 

「そう。今朝は起きたらいつの間にか部屋だったし、アルトリアに直接訊きに行ったけどシミュレーターで戦ってたら頭を打って気絶したって。だからマーリンの悪戯だと思うんだ」

 

「そ、そうなんですか……あっ、いえ……」

 

マーリンさんはどこまで真実を述べたのでしょうか。

もしアルトリアさんが嘘をついていて、先輩が本当にそんな……き、キスをしていたら……こんなに胸が苦しいのは、きっと私も先輩と──

 

「マシュ?」

 

「はわっ、何でもありますせんだせとも……!」

 

「メチャメチャ噛んでる……まぁ、分からなくもないよ。俺だって自分と仲がいいサーヴァントが他のマスターとコンビネーション抜群だったり仲良くしてるの見ると、別人だと分かってても動揺するしね」

 

その例えは的を射ていないですけど……。

 

「でもマシュは俺の一番のサーヴァントだから」

 

「──はいっ!」

 

「よし。じゃあ今度は武蔵ちゃんから貰ったお団子を食べようか」

 

「あ、そう言えばその武蔵さんの事なんですが、数日前から姿を見かけませんね。彼女の事はまだ知らないことが多いので是非詳しいお話などしたいのですが……」

 

「そうか。武蔵ちゃんも自分もよく分からないからって話さないからね。そう言えば初めて会ったのは年明けだったなぁ。鋭い一撃で鬼を倒して……」

 

お団子を取り出してきた先輩が記憶を探りながら話す。

話によると突然レイシフトしてはまたしてを繰り返して元の世界に帰るべく旅をしているとの事ですが……。

 

「それから……それ、か……あれ……?」

 

「先輩?」

 

「なん……こ、れ……」

 

「え?先輩!?しっかりしてください!」

 

何故か先輩が白目を剥いて倒れてしまいました。

お団子に毒でもと思いましたが、そもそも先輩には強力な毒耐性がありますし、何よりお団子にはまだ手をつけていなかった。

これは一体……もしかして後頭部のダメージが?兎に角、一度落ち着きましょう。こんな時、先輩も落ち着いて行動される筈!

 

「先輩待っててください。今ドクターを呼んできます」

 

先輩をベッドに寝かせ、私は管制室のドクターを呼びに駆け出した。

 




流石にもう1年前の内容になるのでここから加速装置。


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Order.52 邪神(めがみ)

良く考えてみたらバニヤンの話をどうするか忘れてました……剣豪も実際夏越えた後の奴ですし……

???「あれ?もしかして忘れられてる?茶々忘れられてない?」




 

 

 

「カルデア~~あるある言いたい~~♪」

 

「どうぞ。と言うかさっきからそればかりで何も進んでないじゃないですか。巻いて巻いて」

 

「何も分かっとらんな沖田ぁ!これはネタ!」

 

「分かったんであるある言ってどうぞ?」

 

「チッキショー!ぐだ男が何かと夢の中にトリップイン!してしまう訳じゃ!アンダスタァン!?」

 

「あるあるですね」

 

「だからそうだと……ッ!」

 

「五月蝿いわ阿呆共!!」スパァーンッ!

 

ギルガメッシュ(術)が黄金のハリセンを取りだし、五月蝿くネタを披露している織田と沖田をぐだ男の部屋からひっぱたき出した。

それもその筈。現在ぐだ男が意識不明になってから大分経過したが何をしても目を覚まさないのだ。

何らかの魔術に他ならないとキャスターがあらゆる手を試しても、だ。

 

「で、君の力を借りたいわけだ源頼光。君が持つぐだ男君専用の令呪で起こせないか試して欲しいんだ」

 

「分かりました。愛する我が子の為ならこの頼光、何でも致します。……令呪をもって貴方に命じます。起きて母にうんと甘えなさい」

 

「………」

 

頼光が先日手に入れたぐだ男専用令呪を使うが、令呪が弾けただけでぐだ男自身に何の影響も出ていない。

 

「ギルガメッシュ王……先輩は……」

 

「慌てるな。……相も変わらず面倒事に巻き込まれる男よな。おいダ・ヴィンチ。これは中身が別世界に跳ばされているぞ」

 

「それはまた……つまり彼があっちで死ぬとこっちも死ぬやつか」

 

「あ、慌てますよ!?どうやったら先輩は起きますか!」

 

「だから慌てるな」

 

ぐだ男はわりとその手の夢はこなしてきているが、今までマシュに話したことは無かった。報告もしていない。だから初めて目の当たりにしたマシュは取り乱す一方だった。

その後、メディアやクー・フーリン達のお陰で何とか落ち着きを取り戻したマシュは一度席を外すよう言われて部屋から出されてしまう。

 

「何や昼間から騒々しい。……まぁ、青鬼みたいに真っ青になってマスターはんどうかしたん?」

 

「貴方と同じ鬼だなんて冗談は止めなさい」

 

「おー怖い怖い。ほんまに鬼なのはどっちなのかね……それにしてもこの感じ、魔力が…………いや、やっぱし何でもあらへんわ。おーいぐだ男。早う起きな頭から食べるで」

 

頼光の強烈な殺気もしれっと受け流し、ぐだ男の頬をつついてみたが、やはり反応はなかった。

 

 

「えー、おかあさん(マスター)また寝てるの?」

 

「折角絵本を読んでもらおうと思ったのに残念だわ」

 

「何の絵本ですか?」

 

「これよ。『金太郎(THE GOLDEN) その男の軌跡(サーガ)』!」

 

「私が知っている金太郎とは大分違いますね……」

 

「でも困ったわ。折角ゴールデンが作ってくれたのにこれじゃあただの読書だわ。誰か読み聞かせてくれる人が居れば良いのだけれど」

 

「……やれやれ。そう瞳で訴えられたら断れまい。まぁ、坂田くんの事だ。子供相手にそんなに難解な内容に作る筈も無いだろうし私が読み聞かせよう」

 

「やったぁ。ありがとうエミヤおじさん」

 

「ではお菓子でも食べながらが良いかな?ただし、ちゃんと手を洗ってきた子だけだぞ」

 

食堂で絵本の読み手を探していたナーサリーのするエミヤ。同じく食堂で晩御飯の下準備をしていたブーディカやキャットも居たが、ナーサリーは内容がゴールデンだと察知したため、イケボに任せることにしたようだ。

内容がゴールデンとは何か?要はオノマトペが多かったり金時の語り口調だからブーディカのお母さん的音読では絵本のスペックについていけない、と言うことだ。

 

「そっか。いつもはその手の絵本をぐだ男が読んであげてるんだ。私は彼の絵本を読んだことはないな」

 

「私も流石に彼お手製の絵本を読むのは初めてだ。しかしイケボなら問題無いだろう」

 

「ご主人もイケボだが、高笑いに特化してるゾ」

 

「カルデアもいい声の人が多いしね。あ、そう言えばさっきぐだ男は寝てる筈なのにイシュタルと一緒に居るのを見たって聞いたよ」

 

「何?」

 

「あ、私知ってます。シミュレーターとかでイシュタルさんが……」

 

ジャンヌ・サンタが手をハンカチで拭きながら述べたそれを聞いたエミヤは途端に眉根を寄せて深い溜め息を吐いた。

 

「今度はどんな問題を起こすつもりだ……」

 

 

カルデアには古今東西多くの英霊が居る。有名な英雄から悪名轟いた犯罪者、果ては世界を滅ぼしかねないうっかりをやらかす邪神(めがみ)まで。

そんな彼らもマスターのぐだ男が悪を否定しない男だからちょっとした悪事なら許されているが、それを何でも許されると勘違いをしてしまう時がある。それが今だ。

 

「デュッフフフww流石は燕青殿。どんな人にもなれるとか反則過ぎて拙者興奮せざるをえない」

 

「はいはい。興奮するのは良いから、真面目に手は動かしなさいよ。私こう、ハイテクなのどうにも弱くて……依り代のせいかしら」

 

「うーぃ」

 

「ちょっと?幾らアンタよりハイテクに弱くても、私は女神よ?もうちょっと敬意をもって接してもらいたいわね」

 

「おおっとこれは失敬ww」

 

「そのwを止めなさいって!」

 

シミュレーターで好きなサーヴァントを模写するというのは前々から当然のようにある技術だ。今までも何度かフェルグスが夜じゃなくても発散(性)の相手に出来ないかと試したりもしていた。

だが実際はシステムに制限が掛かっており、そうした行為は即座にシミュレーションが終了する設定になっているのだ。これは過去、これを危険視したぐだ男による対応の1つだ。

マスター権限で1つ目のロックがあり、次にレオナルド権限、次に所長権限と各々生体認証で厳重だ。だが、そんなのをもろともしない新宿のアサシンこと燕青の力でそれらを突破して、現在イシュタルと組んだ黒髭が設定を書き換えているのだ。

 

「じゃ、拙者とイシュタル殿はフリーパス発行しておk?」

 

「そうね。で、最高権限を私にしなさい」

 

「成る程。最高権限をもってして、欲求不満なサーヴァントから金を巻き上げると。ンンー、正に邪神wwぐだ男氏が警戒するのも頷けますぞww」

 

「アンタねぇ……ッ!」

 

「おやッ、良いので御座るかぁ?拙者をここで切り捨てると誰がここからのプログラム書き換えを行うと?拙者こう見えて01のデジタル世界の航海も得意でぇ、しかもこの計画の数少ない理解者だと言うのに」

 

「分かってるわよ!後で女神の天罰食らいたくなきゃ黙ってやりなさい!」

 

普段、イシュタルはそんなに女神だから崇めろみたいな事は言わない。扱いが雑になってくると嘆きのように良く言う事はあるが、どうにもこの黒髭とは上手く付き合えそうになかった。

でも技術力が高いのは彼女に認められたようだ。でもなければこんなぐだ男の怒りを買うような重大なミッションに連れてきやしない。

 

「来ましたぞ来ましたぞー。拙者のハーレム未来がぁ!これで──どうだ!」

 

最後のコードを撃ち終え、エンターキーを叩く。

幾つも開いていたコンソール、ウィンドウが順々に閉じていき、数秒して漸くシミュレーション設定画面が姿を表す。

 

「……何も起きないわよ?」

 

「デュフフww何も起きていない?」

 

黒髭の笑い顔にムカついたイシュタルがマアンナから降りて腰だめに拳を構える。

書き換えが完了した今、最早目の前の海賊は不要。今まで散々不敬を働いてきたコイツにどう拳を抉り込ませようか。そう考えながら今一度拳に力を込めたその時、イシュタルの目の前に空中投影のウィンドウが姿を表した。

 

「きゃぁあっ!?」

 

『お帰りなさいませ、ご主人様。本日は何をなさいますか?』

 

「な、何なのよこれぇ」

 

尻餅をついたイシュタルの目の前にはウィンドウ内で指示を待つメイドの姿。声は甲高い訳ではなく、かといって媚を売るような声音ではない。所謂美少女としてキャラデザされた2次元のメイドがウィンドウからこちらを覗き込んでいる。

 

『ご主人様?』

 

「わ、私の事なのかしら?」

 

『そうですよぉご主人様。さぁ、何をするか選んでみて下さい』

 

「何だか、ムカつくわねその喋り方。常に語尾にハートがついてるみたいで」

 

『ひ、酷いですぅ……』

 

「え!?泣くの!?ちょ、待ってよ!何か私が悪いみたいじゃない!」

 

ヒックヒックと泣き始めたメイド。AIではないのではないかと疑いたくなるようなリアルな動きはデジタルに詳しくないイシュタルを慌てさせるには充分すぎた。

そんなやり取りが漸く落ち着いて、イシュタルはやっとこさ今回の改造の結果を目の当たりにすることができた。

 

『はい。これがご主人様が求めていたモノになります』

 

「確かに本物そっくりね……喋るの?」

 

「勿論だよイシュタル。君の権限なら俺をどうとでも出来るぜ。て言うことは簡単に言えば肉ど──いや、それは語弊があるか。まぁ、何でも言いなりの肉人形だね」

 

「ブッフォwww」

 

「えー……アイツこんなこと言うかしら?」

 

「んー、微妙なラインだよね。俺は限り無く思考も行動も本人に似せてるけど、結局はイシュタルの所有物で誰かの言いなりって核で作製されてるから、思考時の優先度とかが違うんだ」

 

『でもご主人様的にはこれくらいの方が扱いやすいんじゃないですか?』

 

メイドが言う事に少し考えたが、イシュタルとしては確かにこのヴァーチャルぐだ男(以下Vぐだ男)の方が扱いやすい。

彼女は首肯し、早速Vぐだ男に指示を出してみる。

 

「じゃあ先ずは……うーん……私に絶対服従するって誓って、アンタの金庫の番号を教えなさい」

 

「俺は邪神(めがみ)イシュタルに絶対服従すると誓います。けどごめん。流石に入力されていない情報は分からないな。まぁ、俺ならどんな番号にするかの思考は可能だけど」

 

「じゃあそれで良いわ。教えてちょうだい。で、聖晶石もそこなの?」

 

「そうだよ。えーと、そうだな。俺は番号幾つも作るの苦手だから……同じにするよな。だから番号はvol.9640──」

 

「あぁ、言わなくても良いわっ」

 

まさか本当にそんな大切な番号を言うとはまだ信じていなかったイシュタルが慌てて言葉を遮った。

幾らイシュタルとは言え、そんな泥棒はしたくない。するならちゃんと条件を相手と結んだ上でぼったくるのだ。だから本当に番号を知りたかった訳ではなく、どこまで自分の言うとおりに動くのかを知りたかっただけなのだ。

 

「え?まぁ、良いけど。今のはまだ候補の1つだから、多分本物の金庫に番号打っても空くとは限らないけどね。でもどうして俺がイシュタルに大切な番号の1つを打ち明けたか分かる?」

 

「へ?何で……かしらね?」

 

「イシュタルはいきなり人の物を盗むような女神じゃないって知ってるからだよ。やるならちゃんと誓約書とか書いてから、だもんね」

 

「……はぁ……やっぱりアンタもぐだ男ね。そう言う所、本物その物よ」

 

「実感無いけどね。で、本題に移るとしようか。俺をどう使って一儲けするつもり?」

 

「話が早くて助かるわ。今ね、オリジナルの貴方は寝てるの」

 

「あー……またそんな感じかぁ」

 

流石ほぼ完璧なコピー。寝ている、のそれだけで自分がまた夢の世界にJET GOしているのを察して溜め息を吐いた。

 

「にしても、そうか……また皆に迷惑かけてるのか俺」

 

 

翌朝。やはりぐだ男が目覚めること無く夜が明けると、いよいよカルデアの金欲(きんよく)女神が動き出した。

馴染みの深い赤い外套のアーチャーに迷惑事だけは起こすなと昨夜釘を刺されたが、今回はコンピュータ関係を全部黒髭にやって貰った。そうそう霊基に強く刻まれたうっかり(・・・・)を引き起こすことも無い。と本人は思っている。

 

「はぁ。退屈ですね……もっと刺激は無いものでしょうか」

 

そんな彼女が最初の客として目をつけたのがカルデアの禁欲ビースト。殺生院キアラだ。

カルデアに来てからは禁欲(と言う名のお預けプレイ)の日々を送っている彼女だが、いつぐだ男を襲ってその命を奪うか分からない、金欲の女神的にも強く警戒している。しているのだが、如何せんちゃんと女神として接してくれるし話せば性的な物を除いて良識のある女性なだけに気付くと仲良く話していたりする。

 

「お困りのようね殺生院」

 

「あら?これはイシュタル様。お早う御座います」

 

「おはよう。で、もしかして刺激が欲しかったりしない?」

 

「……お恥ずかしい。やはり聡明な女神には隠し事は出来ませんね。えぇ、私、刺激が欲しいのです」

 

「その望み、私なら叶えられるわよ?」

 

「謝礼はいかほどに」そう続けた殺生院に、イシュタルは自分の口角が上がっているのに気付かなかった。

 




京都なまりは一応調べたので凄い間違えてるってことは無いと思いますが……
因みに、

vol.9640……ヴォルデモート.クルーシオ



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Order.53 警戒態勢

また1ヶ月か……(仕事もそうだけど、異聞帯、イベントに夢中だったとは言えない……)

お陰様で話の流れが意味不明になったけど所詮は作家じゃないので(開き直り:A)!
それにしても今更ですが、サリエリ何ですかあれ。滅茶滅茶格好いいじゃないですか!しかも声は綺麗な関さん!それが☆3だなんて、引くしかない!

と、思ったのですが、何故か引けども引けどもサリエリは出ず。結局1枚だけ何とか……え?何です雷帝。アナスタシアはどこかって?

…………………………。




 

 

 

 

 

「ふふっ……ぁはぁ……流石は世界を救った方。とても逞しいですね」

 

非常に艶のある声が大きなベッドに横たわった男の耳を擽る。

男は上半身が既に裸身であり、残すはベルトが外れかけているズボン達だけ。

対してその男に覆い被さっている女は殆ど肌を見せない服でありながら、全身のボディラインが明々と分かるタイトなものであり、ウェストに届かんと入った深いスリットが妖艶なエロスを醸し出していた。

 

「……っく」

 

「嗚呼……私、襲われるのは良くありましたが、成る程襲うのも中々。さぁ、ぐだ男さん。抗って下さいね?でないと私に食べられてしまいますよ?」

 

「や、止めっ……キアラさん。それ以上は──」

 

「それ以上は?」

 

「──サービス領域から外れてます」

 

「まぁ」

 

カルデアの性獣(ビースト)、殺生院が半裸のぐだ男のベルトを取ってズボンを剥ぎ取ろうとした時、ぐだ男が真顔でそう告げた。

確かに、今現在殺生院の目の前には月の記録(・・)にあったのと似たようなホログラムウィンドウがサービス領域外だと赤文字でこれでもかと主張している。

 

「申し訳無いですけど、これ以上は許されません。我慢してもらえないですか?」

 

「えぇ。構いません。ですが……私、こんな良いところでお預けを頂いてしまってはこの後どうしてしまうのでしょう……」

 

「どうも何も我ま──」

 

(待て俺。このままお預けを食らったキアラさんをカルデアに解き放って良いのか?)

 

「……キアラさん。我慢出来るよね?」

 

「さぁ、こんな火照りを落ち着かせられるかと問われても分かりません。ですが、貴方の言い付け通り、サーヴァントや職員の方は(・・・・・・・・・・・・)手出ししませんとも」

 

「そうですか。イシュタル!」

 

『何?』

 

「キアラさんの制限を解除してくれないか?」

 

『どうしてよ。アンタ死ぬわよ』

 

そう。このままVぐだ男がサービスを続ければ確実に死ぬだろう。どういう意味で死ぬかは察していただくとして、何故それをVぐだ男が受け入れようとするか。それは殺生院が言った「サーヴァントや職員の方には手を出さない」のワード。

殺生院がわざとらしい仕草を付けてそう言ったそれには、サーヴァントや職員には手を出さないがそれに該当しない者には手を出すと含まれていたのだ。

 

「構わない。所詮俺は、俺の紛い物(ヴァーチャル)だ。そもそもそう言った事態は予測していたんだろイシュタル」

 

『……そう。アンタがそう望むなら仕方がないわね。自分を救うため自分を殺す。とんだパラドックスヒーローね』

 

「──キアラさん。今制限を解除しました」

 

(さらばだ俺。先に逝くぞ)

 

 

「あわわわ……っ!」

 

イシュタルが最高権限でそこから先の行為を許可した。

それから暫くも待たない内にぐだ男は大小様々な傷痕が見られる全身を隠すこと無く全てさらけ出し、彼に跨がった殺生院はサーヴァント特権である「衣服を魔力で生成している」のを止めて一瞬で裸体になった。

 

「はわわわ!」

 

『ご主人様。あまり他の方の営みを覗き見るのは感心できません。ですから映像を切断致しますね。て言うか話によるとご主人様は経験人数豊富だとか聞きましたけど』

 

「そ、それは……ほら。あくまで神話で語られてきた私だし、そんな記憶も無くもないけど……今は依り代の娘に依存してるから経験は多くないと言うか……」

 

『マジですか。まぁ、そう言うこともありますよね。好きな相手に経験人数とか知って欲しくないですし、ましてや偽者とは言えヤってる所を見るのは女神とて真っ赤になりますよね』

 

「アンタ勝手に代弁しないでよ!」

 

『おや、図星でした?すみません、私はあくまで推測を口にしただけでしたが……』

 

どこかとあるAI(BB)に似た振る舞いを見せるメイドAIに良いように扱われるも、決して手を出せないイシュタル。

何しろメイドが機能停止すれば、てんでデジタルに弱い彼女ではこの「イシュタル マネーイズパワーステム」の運営は出来ず、ボロ儲けの計画はパーだ。

 

「と、兎に角!次の客が来たから私は行くわ。後はよろしく」

 

『かしこまりました。アフターサービスも完璧にこなしますよ』

 

「?」

 

疑問符を浮かべながらも自分のスマホに飛んできたメールの相手に会いに行くイシュタル。

それを手を振って見送るメイドの後ろ、ホログラムが重なって見えづらかったがVぐだ男と殺生院の部屋を写したモニターに小さくRECとあったのは知るよしもなかった。

 

 

一方その頃。

カルデアから遠く離れた──いや。最早距離と言う概念では次元が違うため遠近の概念は当てはまらない亜種並行特異点、下総国では夜より暗く、闇より恐ろしい何かが空を覆って怪異を呼び出していた。

そんな不気味な雰囲気の中、カルデアから“中身だけ”この特異点にやって来たぐだ男と単独で不定期レイシフトをしてきた武蔵が邪悪なオーラを放つ槍僧と相対していた。

 

「魔羅に響くわ!」

 

「ねーねー。まらって何?」

 

無垢な瞳で武蔵へと疑問を投げ掛ける少女は、ぐだ男がこの特異点で初めて出会った一般人。

現在で例えるならまだ小学生の低学年位だろうに、背にもっと幼い弟をおぶって逞しく生きているただの女の子だ。

 

「えっ?お、おぬいちゃんどうしたの急に!?私に訊かれても答え難いと言うか……」

 

「むっ?その初々しい反応……ふははっ!それもまた良し!!魔羅に来るぞ新免武蔵!!」

 

「分かるぜプルガトリオ!因みにねおぬいちゃん。魔羅った言うのは──」

 

「止せ!」

 

「あの槍の事だよ」そう何とか切り抜けようとしたぐだ男を制止する槍僧。

眼球は真っ赤に染まって血涙を流しているその男はゆっくりと瞼を閉じて……カッ!と見開いた。

 

「魔羅とは拙僧の槍の事だ!」

 

「……そうなんだおぬいちゃん。あの槍は武僧ノ魔槍“魔羅”。とても強い武器なんだ」

 

「左様。しかし魔槍と言えばお主の朱槍も中々の逸品よ。特にそのぐりっぷ(・・・・)に効きそうな血管のようなモノ……たまらんな!」

 

「ほう……この槍の良さが分かるかプルガトリオ。流石はランサーだ。ご自慢の槍は伊達じゃないな」

 

「当然だ。お主のその腰の動きを見れば分かる。相当な数をこなしてきた者のものだ」

 

「え……ぐだ男……そんな、に?」

 

ランサー・プルガトリオが褒めていたのはぐだ男が槍を構えたときの腰の落とし方や体重移動等の動きだ。

だが武蔵はテンプレートのように勘違い。ショックを受けたような、しかしぐだ男の腰辺りを見てやや頬を紅潮させるとぐだ男から目を逸らしてしまった。

 

「ヌゥッ!?」

 

プルガトリオ──院舜だったモノの記憶にある勇猛な武蔵とは違う非常に乙女な反応を目にした途端、彼の瞳孔は異常なまでに開いた。

眼球が震えて魔羅も震える。最早僧侶とは呼べなくなった彼はやはり、男であったのだ。

 

「これが……ぎゃっぷ(・・・・)萌えとやらか!!」

 

宿 業 両 断 !!

 

どこかのスーパー戦隊ものの敵がやられたように、プルガトリオが爆散した。

何とも言えない、呆気ない末路だった。

 

「………」

 

「胤舜さん……」

 

誰がこんな残酷(かわいそう)な事をしたと言うのか。

一体ランサー・プルガトリオ──宝蔵院胤舜に何の罪があったと言うのか。

 

「おのれ妖術師──」

 

 

「ゆ"る"さ"ん"!!」

 

「うおっ!?何だ急に!?」

 

下総国のぐだ男とカルデアの体はやはりリンクが健在らしく、カルデアの寝たきりぐだ男が突然拳を握り締めて構えたかと思うと寝言とは思えない、て○おボイスでそう声を張った。

 

「あっちで何かあったのかしら」

 

「だろうな。しかしぐだ男もエライ声出すな」

 

「今更じゃなくて?彼何故か最近普通に性別変えられるし、もう私驚かなくなったわ」

 

「この前は岩窟王の物真似をしているのを見かけたよ。いやぁ、そっくりすぎて思わず録画してしまった。見るかい?」

 

レオナルドがスマホを取り出す。

数秒して出てきた動画には頬を赤くしたぐだ男がレクリエーションルームのソファーに立ち上がってポーズを決めている。

床に転がった酒瓶を見るかぎり、サーヴァントとの飲みに付き合わされたのが原因で酔っているのだろう。

 

『クハハハハハッ!今年の夏こそ温州の彼方へ!』

 

『フハハッ!良い!実に良いぞ!よもやこれ程までに完成度が高いとは思わなんだ(オレ)!あの復讐者が目に浮かぶようだ!』

 

「ひでぇ……アイツまだ未成年だろ?」

 

「しかも英雄王の蔵のものじゃない?良く耐えて──何これ」

 

「ん?」

 

スマホの動画再生中に、画面の上からピコン♪とメッセージアプリケーションの通知が現れた。

メッセージの送り主はアンデルセン。レオナルドが自分の手元にスマホを戻してメッセージを確認する。

 

「………んー、これは不味いかな」

 

「何だ?どうした?」

 

「おい。悪性メロン女がやけにツヤツヤした顔で歩いていたぞ。ヤバイ予感がする。確認してくれ。……だそうだ。えー、嫌だなぁ。私彼女は苦手なんだ」

 

「アンデルセンは以前彼女のサーヴァントだったらしいわね。その彼が言うってことは本当に危ないんじゃない?」

 

「だろうね。よし、ここは1つ探偵様にお願いしてみよう。そろそろ倉庫籠りも飽きてきた頃だろうからね」

 

「すまないが、私は別件で忙しくてね。他をあたってくれないかな」

 

早速探偵を頼ろうとしたその時、いつの間にか管制室の入り口にホームズが立っていた。

 

「えー……」

 

()の件については君も承知の筈だが?」

 

「それを言われると何も言えないんだよねぇ。仕方がない。ここはこの天才が一肌脱ぐしかないようだ。まずはカルデアの監視カメラを確認して殺生院君がどこに行ってたのか確認してみるよ」

 

「例の件?」

 

「あまり気にしなくても良い事だよ。将来的に役に立つかどうかの、推測の話だ」

 

またとても気になるような言い方で管制室を後にするホームズに「面倒臭ぇヤツだな……」と今更ながら実感したクー・フーリンが呟くと同時。レオナルドが早速殺生院が何をしていたのか解明したらしく、監視カメラの映像を空中に投影した。

 

「これは……シミュレーションルーム?特訓なんてするのかあの女」

 

「私もそれはないと思った。だからシミュレーターの履歴を見てみたんだけど、面白いことにアクセスが拒否された」

 

「つまり?」

 

「簡単な事さ。私以上の権限の持ち主がアクセス出来ないようにしたんだろう。シミュレーターで何をしているのか分からないように。それが殺生院君ともなれば話しは早い。これは早めに解決した方が良さそうな気がする」

 

「成る程な。あの色欲尼がシミュレーションルームからツヤツヤで出てきた。ともなればその有り余る欲を爆発させたんだろうが……それは出来ね──あぁ、それで権限の話なのか」

 

「だろ?これは単独犯じゃない……信用できるサーヴァントを集めてくれるかなクー・フーリン?」

 

「任せろ。少なくとも、俺達(・・)はこんな馬鹿げたことはしねぇよ」

 

「ね、ねぇ、ちょっと。どういう事よ。何が起きるっていうの?」

 

イマイチ事態を飲み込めていないメディアがレオナルドに問う。

 

「殺生院君はカルデアの中でもトップクラスの危険人物だ。あくまで彼女を知るサーヴァントの言うことだけれども、それでも訊く度に皆答えるのさ。だからこそ皆彼女に対しては未だに警戒しているのに、それに協力した者が居る。彼女に誘惑とかされたのかも知れないけど、それもそれでカルデアの安全を確保するには取り締まらなければならない。だからもし、彼女が何か行動を起こそうとしたらそれをさせない実力を持つ者が居た方が安心なのさ」

 

何せ、彼女はアルターエゴのクラスに収まっているが、実際は断片的なビーストの力を行使する危険人物。

召喚に応じたのも、人類の行き先を案じてではなく自らの快楽のため。少しは丸くなってはいるが、根っこは変わらない異常者。

 

「何に気を付けるかは言うまででも無いだろうけど、彼女の獣の権能には呑まれないように」

 




(そろそろ土方さんとかバニヤンをアサインさせないと……


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Order.54 知性、心、力


言ったそばから明治維新が復刻。





 

ひょんな事から発覚したシミュレーター悪用事件。

首謀者が分からない以上、直接犯人に訊いてみるしかないとアルターエゴにレジスト関係の三騎士+αを連れてレオナルド──はシステムに介入中で忙しいので、トレーニング終わりのマシュが殺生院の部屋に赴いた。

 

「あら、マシュさんこんにちは」

 

「……」

 

服装は……普段の尼の物だ。果たしてこんな煩悩をモリモリさせるような格好が尼であるかの議論はさておき、パッと見た限りでも肌の色ツヤは増していた。かくじつに なにか した。

しかし一応ステータスの確認はしなくてはならないので、サーヴァントの気配等を察知できなくなってしまったマシュに代わり、ランサーのクー・フーリンがちょっとしたルーンで殺生院の状態を調べる。

 

「単刀直入に訊くが、シミュレーターで何をした?あんたがシミュレーションルームから出ていくのを見た奴が居てな。見たところ、大分霊基の具合が良いじゃねぇか」

 

「まあ……名器の具合が良いだなんて、照れますね」

 

「霊基だよ!!?無理矢理間違えてねぇ!?」

 

「き、気を付けてください皆さんっ。あの人、私やメルトを殺せるくらい強いです」

 

「リップの言うとおりよ。この女、不意討ちとは言え、リップを素手で一突きした“山育ち”よ。この間のも、ぐだ男が許しても私は絶対に許さないから。少しでも変な動きしたら今度は貴女の霊核を一突きするわ。今度こそ、私の目で死んでいく様を見てやるわ」

 

「落ちいてメルトちゃん。あのエッチな人がどれだけ嫌いか分からないけど、きっと仲良くなれるわ。私どダーリンだってこんなに愛し合ってるもの!ね~、ダーリン」

 

「そうだネー。誰かさんに見事なウデマエで殺されても仲良いよナー」

 

相変わらずのスイーツ脳っぷりを披露するアルテミスのそれが、自分の一部には混じっていない事を祈りつつ、メルトリリスは魔剣の踵を苛立たせたように床と打ち鳴らす。

 

「そんなにカッカしなくてもお教えしますよ。それよりメルトリリス、もしや生r──」

 

「殺す!」

 

「わわっ。待ってメルト!」

 

「離しなさいリップ!こんな奴今すぐマナプリにしてやるわ!」

 

「お、落ち着いてくださいメルトさん……えーと、殺生院さん。お話していただけますか?」

 

「えぇ。あれはそう……ぐだ男さんの言い付けを守ってお預けプレイを続けてきた私の下腹部がうずき始めたある夜中で──」

 

「おい、キリエライト。もう撃って良いか?」

 

宝具発動5秒前のデミヤを何とか抑えつつ、マシュの必至のお願いで漸く普通に語りだしたのはそれから5分後の事だった。

殺生院は一切を隠すことはせず、イシュタルに誘われたこと。

今尚眠っているぐだ男を襲いたくなる衝動を抑える為、偽のぐだ男で欲求を発散したこと。

別にカルデアをどうにかしようとする気は無いことを話した。

どうにも彼女の言葉を信用できない一同だが、イシュタルの名が出てきた事でそっちにタゲ集中。無敵貫通礼装の配付待ったなしの状況になった。

 

「やはり彼女か……あれ程迷惑はかけるなと……」

 

「しかし何故イシュタルさんはこんな事を?」

 

「私には何とも。ですけど謝礼金をやたらと求めていましたね」

 

「それか。そう言えばこの前金が無いと言っていたな。周回だって出来ただろうに……いや、これが彼女なのか」

 

「でもお金を集めて一体何をするつもりでしょうか……」

 

「ハッ。決まっているだろう元雑種(デミ)。イシュタルは多少丸くなってはいるが所詮は邪神。(オレ)の知るかぎり、アレに波長が合う者など悪魔しか考えられんわ。その悪魔邪神が思い付く事など(オレ)には分からんが、良くないことに決まっている」

 

「分かるともギル。実は僕、新武装を試し撃ちしたかったんだよね」

 

その悪魔が依り代になったお陰で邪神の性格が良くなったのは言うまででも無いが、すっかりやる気の2人は武器の準備を着々と始める。

 

「流石にカルデアを壊すなよ?何たって魔術協会からの支援がストップ目前らしい」

 

「案ずるなケモミミアーチャー。所詮はハリー○ポッターに勢力抗争をくっ付けたら出来るような組織などこの(オレ)に敵う筈もない。それでも逆らう愚か者には(オレ)死の呪文(アバダ・ケダブラ)が火を吹くからな」

 

「杖が火を吹いたら別の呪文じゃないかな?例えばほら、ダンブ○ルドアの炎のあれとか」

 

「ふっ、エルキドゥよ。比喩と言うやつだ」

 

「兎に角!1度イシュタルさんと話し合いをしましょう。ヘクトールさんの保有スキルなら話し合いに持ち込めます」

 

「アイタタ……ひぃ、オジサンちょっと軟骨成分足りなくてね。あれ、グルコサミンだったっけ?兎に角膝が痛くてたまんないんだ。だから休ませてくれないかい?」

 

「それは大変です。今すぐナイチンゲールさんを呼びましょう!」

 

「アーーッ!オジサン急に元気になったわ!軟骨もうぷにぷにだよ!!」

 

ぐるぐるぐるぐるグルコサミン♪で有名な某CMのようにヘクトールが膝を回し始めた。どうやらやる気にな(らざるを得なか)ったようだ。

これには通り掛かりで見てしまったペンテシレイアも流石に可哀想なものを見るような目に。

 

「では今度はイシュタルさんの所に行きましょう」

 

「彼女でしたらシミュレーションルームに居ますよ。私が使用していたのは第6なので、そこら辺を探してみてはいかがでしょう?」

 

「分かりました」

 

「部隊編成をするよ皆。僕が先頭になるから、各騎2騎以上でパーティーを組んでくれるかな。必ず無敵貫通と神性特効は持つこと。良いかい?これはカルデアに蔓延るカビや錆の駆除と同じだ。容赦なんて、要らないよ」

 

「ふっ。流石はエルキドゥ。その切れ味は衰える事を知らないな」

 

「お願いですから落ち着いてくださーい!」

 

 

ピキィィィィンッ!「ハッ!?もしかして私うっかり(・・・・)やらかしたかしら!?」

 

『どうやらその通りですご主人様。現在カルデア内の魔力反応が1箇所に集中し始めています。主にランサーの霊基が多いですね』

 

「うっそぉ!?」

 

『おや?どうやらスカサハ様がアップを始めたようです』

 

「いやぁぁぁ!何でバレたの!」

 

「そりゃあお前、そもそも快楽天ビーストを誘ったのが間違いだろ」

 

頭を掻き毟るイシュタルの背後、特にその足元から妙に軽い声がする。

キュピキュピと何とも可愛らしい効果音を引き連れて歩くそれは、最近出番の少ないゲーティアだ。

前のように魔神王化すれば足音はギュピギュピとそれらしくなるのだが、あれ以来1度も魔神王化出来ていない。

 

「ゲーティア……何よ。私が初めから駄目だったって言うの?」

 

「あぁ。あと言っておくと、その企画書には欠点がある。見なくてもマネーイズパワーシステムは不完全だって分かる」

 

「し、仕方がないじゃない。これをあいつに教えてもらったのは去年なんだから(・・・・・・・)……女神だって忘れるわよ」

 

「だから企画書見せてみろ」

 

「はい」

 

イシュタルがゲーティアに手渡す。

自分の体の半分以上はある企画書を器用に捲り、目を通していくと、どこからか赤ペンを取り出してチェックをし始めた。

 

「…………信仰心をねぇ……で、シミュレーターで好きなことさせて、金を得て、グラガンナを召喚ね。お前、あの(キアラ)が信仰心なんて持つと思うか?」

 

「ぅぐ……し、信仰心じゃなくても感謝の気持ちとかでもいけるし」

 

「それも持つわけないだろう。まったく……企画書とは名ばかりの、子供の落書きと同じだ。良いか?先ずグラガンナを喚ぶならこの土地じゃ足りない(・・・・)。もっと広大な場所を選べ。後は魔力だ。それを……そうだな。例えば大地に召喚陣を描いてやればやり易いだろう。その時に大地に魔力を染み込ませ、このパワーシステムで金を巻き上げつつお前の神格を上げて喚び出せば良い」

 

「成る程……その手があったのね。でも……多分グラガンナはそれでも喚べないわ。何となくだけど、あれどっか別の場所に引っ張り出されたのか、他の私(・・・)にくっついてるんだと思う」

 

「逆に考えるだ。喚べないなら2号機を作ればいいさと考えるんだ」

 

「それだわーーッ!」

 

『お話中のところ申し訳ありませんが、既にシミュレーションルームの外に敵が陣取っています。交渉しますか?』

 

言われ、モニターを見るとやや気怠そうに槍を遊ばせているクー・フーリンを始め、女神と戦えるのを実は楽しみにしているのが駄々漏れなスカサハ、今か今かと笑顔がヤバいエルキドゥetc……交渉が出来ない気がしてきた。

 

「怖ぁぁぁいっ!説明不要ッ!!」

 

「るしゃい」

 

「ぁいたぁッ!!?何よ急にぃ!」

 

「母上ー!駄目ですぞ暴力を振るっては。特にこの女神にはなりませぬ。末代まで金銭に困りまする」

 

「ぅい」

 

「このラフムゥ……!って、何であんた達がここに居るのよ」

 

「ぱぱ!」

 

ティアマトがモニターを指差す。

第2シミュレーションルーム、外の状況を知らずに『冠位魔術師 マスク・ド・カルデアス』の撮影中だ。

敵役の天草四郎、アンリマユ、主人公であるぐだ男と共に戦うジャンヌ、そして第14話『戦友(とも)との再会。マスク・ド・エール』で初登場。ベディヴィエールが日常パートを演じている。無論、ぐだ男は寝てるので本物ではなくVぐだ男だ。

 

「あれは偽者よ?」

 

「んっ。ぱぱ、ふぇいかーでもいい」

 

「フェイカーって……ギルガメッシュの言葉を覚えてまぁ……」

 

「あー、成る程。おい駄女神。こいつはぐだ男の偽者でも遊んで欲しいんだと。子供だからサービスしてやってくれ」

 

「偉そうに言うわねあんた……あ。じゃあ代わりにお願い聞いてくれるかしら?」

 

「うぃ!」

 

「うわぁ、今ので何させるつもりか判ったわ」

 

「自己改造ってEXよね?」

 

 

一方、シミュレーションルームの外では一部のサーヴァントが電子音声と格闘していた。

 

「だから、大人しく女神サマを差し出せばそれで丸く収まるんだって。かしこまり?」

 

Negative(ノー・かしこまり).そのOrderは受理出来ません』

 

「マジしつこいんだけどー……」

 

『貴女には敵いませんよ』

 

「むっかぁ……」

 

『いい加減ご理解下さい。ご主人様は崇高な目的のために──おや?』

 

「「「?」」」

 

シミュレーションルーム包囲から約10分。一貫して塩対応だったメイドがインターホンの画面から外れた。

まるで誰かに呼ばれたように席を立った彼女はヒソヒソと話すと30秒程で画面にまた現れた。

 

『予定変更です。お望み通りシミュレーションルームを開放しましょう』

 

「いや、そっちじゃなくて──」

 

『ただし。中に入れる方は3名までとします。そして中でバトルをしていただきます』

 

「何故だ?」

 

『通常のクエストバトルは3ウェーブ。つまり3回勝負です。知性、心、力。それらを競ってもらいます』

 

スカサハの問いにも耳を貸さず、メイドは機械的に話し続ける。

 

『その3回勝負を突破できたら、ご主人様を差し出します。そうしたら煮るなり焼くなり霊基変換なりご自由にどうぞ』

 

「力、知性、心……どうしたものか」

 

「力と知性は良いけどよ、心って何だよ」

 

『知性と心、その両方は単純なゲームですがスキル・宝具禁止。理性がない方には難しいかも知れませんね。あと力は──え?流石にそれは駄目ですか?かしこまり。では皆さん。3名を選考し、再びインターホンを押すことをお待ちしております』

 

「……で、どうするか」

 

集まったサーヴァントは輪を作って互いに意見を投げ合う。

「構わん。やれ」「丸ごと吹っ飛ばす」「馬鹿馬鹿しい」色んな意見が出るが、過半数は無理に付き合う必要もないと纏まった。

後でごめんなさいするからここら一帯を破壊する流れだ。

 

『あ、言い忘れていましたが強行手段に出るのでしたらすぐに魔力供給をカットします。それか召喚システムの応用でぐだ男との契約を切ります。今私の権限は最高位なので』

 

「はぁ……仕方あるまい。大人しく選考しよう。誰が行く?」

 

「知性は……フィンかな?ほら、もりもりがあるじゃないか」

 

「うーむ、私もそう思ったのだが宝具の使用は禁止であれば少し難しいかも知れないな」

 

「何も、ランサーで縛られる必要も無かろう。頭が良い奴は居らぬか?」

 

「作家系はやりたがらねぇだろうな」

 

「あの、モリアーティさんはどうでしょうか?」

 

「おやおやマシュ君。この悪の天才をお呼びかな?名探偵を差し置いて天才の代名詞になっちゃったかナー?」

 

「いえ、本当はホームズさんにお願いしたかったですが忙しいようなので」

 

「まさかの補欠!だが──安心したまえ。何せ私なら勿体振ったりはせんよ」

 

あのホームズが最後は物理で解決せざるを得なかったほどの天才。良く良く悪巧みをしているような雰囲気を醸し出して信用ならないと良く言われているが、その実やる時はやる男。

結論だって前置きが長いこともあるが、頼まれればスパッと答えてくれる。そう言った面ではホームズよりも頼りやすい男だろう。

 

「では知性はお主に任せよう」

 

「任せたまえ。同じ年長者(・・・・・)として格好良い所を──」ドゥン(即死

 

ちょっと余計な一言も多いのか、ボケているのかは置いておいてだが。

 

 

ピンポーン。

 

『来ましたか。では3名、中にどうぞ』

 

2度目のインターホンが鳴ったのは20分後。

メイドはスライドドアを開けて入ってきた3騎のサーヴァントを見やる。

 

1騎目──モリアーティ。知性。

2騎目──パッションリップ。心。

3騎目──ケツァル・コアトル。力。

 

概ね予想通りだ。

モリアーティはカルデアの中でも頭の良さが宝具・スキル無しでも1、2位に位置する。同格のホームズが動かない以上、彼が来ることは9割方確信していた。

パッションリップは候補の1人であった。ただ、それは力に当ててくると思っての事だった。

リップのid-esスキル『トラッシュ&クラッシュ』は電脳空間ではないFGO世界においては強力な攻撃力アップと即死付与等の複合効果スキルに落ち着いているが、何故かシミュレーター内で使用すると何故か月と同じ様に発動する。

故にほぼカルデア最強の攻撃力に躍り出れるのだが……心に当ててきたのは予想外だった。

そして力には堂々のケツァル・コアトル。素で馬鹿げた戦闘力なので予想は安易だった。

 

『では知性から順番に戦って頂きましょう。挑戦者、前へ』

 

「……」

 

モリアーティが前に出た。

リップの可愛らしい応援を背に受け、暗い空間にポツンと置かれた椅子に座る。

刹那、シミュレーターの本領発揮で周りにホログラムが作成されていく。

リノリウムの床が一面に広がり、コンクリート打ちっぱなしの壁、規則正しく並んだ蛍光灯が窓1つも無い殺風景な部屋を明るく照らしている。

 

守護者(ガーディアン)、前へ』

 

「承知」

 

「ほぅ。君が私の相手のようだね」

 

「その通りで御座います。教授殿。某、こう見えて知性には自信があります故な」

 

「これは楽しめそうだねぇ」

 

根岸がモリアーティの向かいに座り、トランプを取り出した。

ニョロニョロした不安定な手なのに器用にそれをシャッフル。ジョーカーを含めた全カードをテーブルに綺麗に並べると両腕を広げてすし○んまいのようなポーズをとった。

 

「先ずはお手並み拝見、神経衰弱と参りましょう」

 



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Order.55 たとえ偽者であっても

やはり思うのだ。


シェラさんは良い女だと。





 

「神経衰弱!?って何かしら?」

 

「えぇっと、トランプを裏面にしてから一面に広げて、交互に捲っていくんです。2回ずつ裏返して、同じ数字が出たらそのペアを自分の物にしてまた裏返す。どちらが多くペアを取ったか競う遊びです」

 

「へぇ」

 

興味津々にラフムとモリアーティの間、大きめなテーブルに整列したトランプを眺めるケツァル・コアトル。

未だすしざんまい○のポーズをとる根岸と、並べられたカードを眺めるモリアーティはどちらも動かない。

 

「……始まりませんね」

 

「いえリップ。既に戦いは始まってるわ」

 

「「……じゃんけんぽんっ!」」

 

「凄い心理戦ね……ッ!」

 

「えぇ……?」

 

嘘だろ。と思わず顔に出てしまうリップ。

確かにニョロニョロした手を器用にグー・チョキ・パーしてアラフィフのおじさんと覇気の籠ったじゃんけんをしていたらそう思いたくもなる。

 

「ふっふ。どうやら、私の勝ちだ」

 

「ぬぅ……不覚ッ!」

 

字面だけ見ればあたかも勝負はついたようだが、忘れちゃいけない。まだカードを捲ってすらおらず、ただただじゃんけんに勝っただけの光景なのだと。

 

「では……キングだ」

 

「!!」

 

コマンドカードを選んだ時のように先攻を獲得したモリアーティがトランプを捲った。

その堂々たる様子はまるで全てのカードの表面が見えているかのよう──

 

「あ、違った」

 

 

「おいおい。アイツ天才じゃなかったのかよ」

 

「もう歳なのだろう。私を同年代と勘違いしていたしな。まだ若いし、イケるし」

 

「まぁ、おっさんは確かに勘違いしてたな。同年代じゃなくてずっと歳う──」ドゥン(即死

 

「「若ぇ俺ー!!」」

 

「馬鹿が。当たり前の事を言えば死ぬと分か──」ドゥン(即死

 

「「オルタの俺ー!!」」

 

「ふむ。この際残りの馬鹿弟子も黙らせるか」

 

「「矢避けぇ!!」」

 

シミュレーションルームの外では残ったサーヴァント達が小さなモニターで中の状況を見つつ騒いでいた。

 

「モリアーティさん……こんな様子で大丈夫でしょうか?」

 

「プロフェッサーなら問題ないであろう。ただ、あの根岸のレベルは未知数だ」

 

バベッジが蒸気を噴出させながらモニターを覗き込んだ。

周りのサーヴァントがアチィだデカイだ言い出し始めた為、すぐに退かざるをえなかったが。

 

『………』

 

皆モニターを食い入るように覗き込んでいるが、モニターからは2人のトランプを捲る音と、たまにリップ達の会話が拾われる位で殆ど楽しめるような音声は流れてこない。

だが根岸とモリアーティの戦いは確かに、静かに進んでいた。

 

 

「ふぅむ」

 

「……」

 

3ペア。

1ペア。

上から各々根岸、モリアーティが獲得したペアの数だ。

試合開始から早7分経過しているが、ペアでまだリードしている根岸の額(?)には汗が流れていた。

 

(何故だ……何故ペアを揃えようとしないのだモリアーティ殿)

 

たった今トランプを捲り終えたモリアーティだが、試合開始から一向にペアが揃う気配は無い。と言うか揃える気が無いようにすら見える。

何しろペアを見つけると言うより片っ端からトランプを裏返しているような事を繰り返しているのだ。

 

「……」

 

「何故私がペアを揃えようとしないのか。気になっているようだね根岸クン」

 

「っ!」

 

(某の思考をッ!?否、そうでなかったとしてもこの状況を見ればその思考に至るのは明白)

 

「フッフ……君は面白いように顔に出るねェ。私はキャスターでなければ魔術師でもない。相手の考えてることを読み取ることは出来ないのだよ」

 

ただし、誘導したりすれば別だがネ。と付け加えると自分に一番近いトランプを指差して口角を歪めた。

 

「君の番だ」

 

「そ、そうであったか。かたじけない」

 

(誘導……いや、そんな筈は)

 

そもそもこんな単純な点取り合戦で誘導など可能なのか。

もしかするとただ老化の影響で記憶力が無いのを誤魔化しているだけなのではないか。

そんな憶測が頭に浮かんでくる。何が最善なのか分からない。

ますます混乱してくる根岸だが、大きく深呼吸をして頭をスッキリさせる。

 

(どのみち捲らねば(いくさ)は終わらぬ。それにこの御仁は何かを企んでいるような態度には拙者はどうにも弱い。早々に決着をつけさせて頂く)

 

根岸の強みは精神系の干渉を受けづらい事にある。

スキルではあるが、任意発動じゃないクラススキルのようなものだ。

これによって根岸は例えモリアーティが巧みに精神を揺さぶってきても普段通り対処できる。

 

「勝たして頂く。モリアーティ殿」

 

「………」

 

更に根岸の強さは圧倒的な記憶力だ。

かつてはラフム語しか喋れなかったのを、たった数日で数多居る英霊の母国語をマスターした。それに比べれば神経衰弱なぞ数秒前に話した内容を繰り返すより容易い。

絶対の自信。今まで捲られてきたトランプの全てを覚えている根岸はそれを持っている。

故の勝利宣言を沈黙で返したモリアーティの前で、2枚のトランプを同時に捲った。

 

「9のペア…………なぬッ!!?」

 

「……ふっ」

 

思わず椅子を倒してしまった根岸に対し、モリアーティは瞑目したまま笑みを浮かべた。

根岸がペアだと思っていたトランプ2枚……片方こそ9だったが、もう片方は全く違うキング。

絶対の自信があったからこそこの反応をせざるを得なかった。

 

「な、何故……」

 

「もしかして、君も歳かね?」

 

「そのような筈は……ッ!」

 

(拙者の記憶が間違っていた!?否、だとしても今まで1度出ていたキングならば特徴は多く覚えるのは容易極まる筈……もしやモリアーティ殿のスキル?)

 

疑う根岸。しかし、この空間ではスキルや宝具を使うとすぐに知らせる機能がある。流石にそれらの使用は無いと踏み、数瞬で疑うのを止めるとトランプを元に戻した。

 

(会話もほぼ行っていなかった。モリアーティ殿が捲っていた位置も見ていたし、催眠とも考え難い)

 

チラと根岸がモリアーティを見ると、依然瞑目したまま笑みを浮かべていた。まるで根岸が間違えるのを見越していたような余裕感。

根岸はこういった相手は苦手だった。

 

「……では、私も勝たせてもらおうかな」

 

「!」

 

モリアーティが初めて、根岸と同じ様にトランプを2枚同時に捲った。しかもそのペアはたった今根岸が狙っていた9のペアだ。

 

(キングの隣が9であったか)

 

「記憶違いも怖いものだよネェ。私も良くある」

 

そう言うが、次に同時に捲ったトランプもペア。それだけで終わりではなく、モリアーティは次々とペアを作成していた。

まだ捲っていない数字でもペアを作った時は流石に偶然だと思ったが、それが何回も続くのだ。

 

「ば、馬鹿なッ!!」

 

気付けばテーブルに並んでいたトランプは殆んど無くなっている。

この時点で既にオーバーキル気味だからか、モリアーティはトランプを捲る手を止めた。

 

「さて……残りはまだあるが、私の強さも良く分かっただろう。だからこれでお終いにしよう」

 

「……」

 

モリアーティが残りのトランプを捲る。

 

「ジャックだ」

 

ジャックのペア。

 

「クイーン」

 

クイーンのペア。

 

「キング」

 

キングのペア。

 

「では──ジョーカーだ」

 

ジョーカーのペア。

圧倒的。ただその一言でしか表せない力の差が二者にあった。

 

「……参った」

 

 

「ちょっとぉ!負けちゃってるじゃないのよ!」

 

モリアーティが勝利した事で別室でモニタリングしていたイシュタルは早速焦りを露にしていた。

 

『私のせいではありません。根岸様がモリアーティ様の小細工に気付けなかったのが敗因です』

 

「小細工?」

 

『モリアーティ様は最初から捲ったカードにこっそり傷を付けてました。それこそ、ほんの少しだけ爪で跡を付けたりですが。後は根岸が視線を離した隙にカードの位置を隣と入れ替えたり。そして最もの敗因が新品のトランプを使った事です』

 

「どゆこと?」

 

『根岸様はトランプでの遊戯はほぼ経験が無いようでした。ですので新品のトランプはかなりシャッフルなさらないと同じ数字のカードが隣り合わせになってしまう、とまで思慮出来なかったのでしょう。いくら知性が高くても、慣れないことをすれば誰でも失敗はするのです』

 

「で、モリアーティはそれに気づいてカンニングを織り混ぜながらカードの位置を計算したってこと?ルール違反よそんなの!やり直しを要求するわ!」

 

『いいえご主人様。私は宝具、スキルの使用は禁じましたが、カンニングやカードの入れ替えを禁じてはいません』

 

どうしてもやり直しを要求するイシュタルだが、メイドは全く聞き入れようとしない。

自分が最高権限の筈なのにいつの間にかメイドの方が立場上だし、例え止めたとしても自分じゃ何も出来ない。

とっとと次に進めるメイドの背を睨みながら、イシュタルはただただ次こそは勝ってくれと(女神だけど)祈るばかりであった。

 

 

『お見事ですモリアーティ様。今後は記憶力だけではなく、対戦相手を見る力も持たせるようにしましょう』

 

「フッ。何の事だか分からないが、次は期待しよう」

 

『続いては心の挑戦者、前へ』

 

「い、行きますっ」

 

緊張した面持ちでリップが前に歩み出る。

シミュレーションルームの奥へ撤退していく根岸を眼だけで追いつつ、どんな敵が出て来ても自身の座右の銘『一撃必殺』を実行する勢いで戦おうと身構えると、またもシミュレーターが周りの風景を変えていく。

 

『これは心の試練。カルデアのライブラリにはデータがほぼ存在しないアルターエゴ、パッションリップ様。貴女に問います』

 

「な、何ですか」

 

『貴女には心がありますか?』

 

「私の……心?」

 

『今すぐに答えは訊きません。これから貴女の答えを見させていただきますので』

 

「どう言うことですか」

 

『貴女には今からぐだ男様とデートをしていただきます。あぁ、彼の女体化であるぐだ子様の方が良いとの事でしたら変更しますが?』

 

「え──ぁえっと……ぐだ男さんで……」

 

『はい。ではデートでぐだ男さんをデレさせて下さい』

 

ルールは簡単。

自分は幾らでもデレて良いが、ぐだ男をデレさせないとこの勝負はカルデア側の負け。

尚、ぐだ男は今までのあらゆるデータをインプットして作られた偽者。限りなく本物に近いものだ。

 

「うぅっ……緊張してきました」

 

『あぁ、因みに敵も出てくるので気を付けてください』

 

「敵ですかっ?」

 

「え?何だってリップ」

 

「ふぇ?あ、あれ……?」

 

アナウンスのメイドの言葉に驚いたリップに反応したのはいつの間にか目の前で椅子に座っていたぐだ男だった。

テーブルに広がった食べ物等を見る限り、昼食を摂っていた途中──のシチュエーションだと理解したリップは意識を切り替えて、何でもないと頭を振った。

 

「もしかして、お腹一杯で眠たくなっちゃった?」

 

「い、いえっ。気にしないで下さい」

 

「何か調子が悪かったら言ってよ?」

 

(はぅぅ……)

 

意識を切り替えたつもりだったが、デートと意識すればするほどリップの頭の中は混乱極まりつつあった。

いつもと変わらないようなぐだ男の態度なのに、妙に意識してしまう。目を合わせると急に顔が熱くなって背けてしまったりもした。

 

(うぅっ……どうしよう……偽者だと判ってても恥ずかしくなっちゃう)

 

「あ。分かった」

 

「!」

 

ドキンと心臓が強く跳ねる。

 

「今日暑いって言ってたから、リップも若干バテ気味なんじゃないのか?ごめんね。日陰の席を取れば良かったよ」

 

「そ、そん──」

 

 

【そんな事は無いです。気にしないで下さい】

 

【そうです。もうちょっと気にして欲しかったです】

 

 

リップが声を発しようとした瞬間、視界に突然台詞を内包した選択肢が2つ出てきた。

前者はたった今リップが言おうとしたそれであり、後者はちょっとツンツンしているものだ。どちらかと言うと、メルトが言いそうだ。

 

(ま、まさか……これってたまにぐだ男さんもやってるアレじゃ……こんな感じなんだぁ)

 

自分がぐだ男と同じ経験をしている事にちょっと嬉しくなったリップは少し余裕を取り戻して前者を選ぶ。

すると自分は何も言っていないのにぐだ男が反応した。

 

「いや、俺の配慮が足りなかった。ごめんリップ」

 

「あぁ、いえっ、そんな事は……っ」

 

「どこか日陰の席に変えてもらおうか」

 

ぐだ男が立ち上がった。店員に移動できないか訊くのだろう。

そこまでしなくても大丈夫だと声をかけようとした刹那、視界一杯に瓦礫や肉片の赤、老若男女の阿鼻叫喚が鼓膜を殴った。

 

「──え」

 

店内にトラックが突っ込んできたのだ。

巻き込まれた人は皆原形を留めておらず、形容するのを躊躇うミンチ状態になっていた。

状況を理解できないリップを余所に、店内の無事な人達は外へと逃げていく。トラックの運転手は既に死亡しているのか、誰も助けにはいかず、我が身一番だ。

 

「──」

 

まだ理解できない。

だがぐだ男を助けなければと瓦礫を退かす。

1つ、2つと退かしていた時、幾つ目かの瓦礫に人の脚がくっついていた。

幸い、ぐだ男のではなかったが焦りが収まることはない。と──

 

「ぐだ男さ──!」

 

見付けた。ただし、トラックの下敷きになってぐちゃぐちゃになった中で唯一無事だった、令呪を宿した右腕を。

 

「や……いや……ッ!」

 

いくら何でも、自分の好きな人が腕だけ残してミンチになっている姿は見られない。

ましてやそれが自分のせいなのかも知れないと思うと立っていられなかった。

落ち着け。これはシミュレーターだ。死んだのは本人ではない。そう何度も自分に言い聞かせる。けど──

 

「いやぁぁあああッ!!」

 

【BAD END】

 

「押忍!突如として始まったジャガー道場!ここは悩めるプレイヤーの憩いの場でもあるので、ゆっくりしていってね!」

 

「あの、ジャガー……さん。いきなり目の前でぐだ男さんが死んじゃったらゆっくり出来ないと言うか……」

 

「人間、時には生死の感覚を超越し、物事を俯瞰して見なくてはならないのよ弟子1号。あ、私人間と言うかサーヴァントと言うか神霊だけど細かいことを気にしてはそれこそ密林の闇に呑まれるわよ。ところでどしたのかな?て言うかおっぱい大っきすぎね?」

 

「ぇ……あの……」

 

「えっと、私達ここでリップさんを待つように言われてたんだけど、タイ──じゃなくてジャガーさんも一緒で……そうじゃなかった。えーと、リップさんは選択肢を間違えちゃって、ぐだ男さんが死んじゃったんですよね?」

 

そうだったと我に帰る。

いつの間にか風景は見たことがない道場に変わっていて、どうやら本物らしいジャガーマンはいつもの棍棒から竹刀に持ち替えて胴着。イリヤスフィールは今や絶滅したブルマーだ。まぁ、後者は小学生なのでらしいと言えばらしいのだが、何故にこうも二者の違和感がないのだろうか。

きっとその答えも密林の闇の中なのだ。

 

「私……ぐだ男さんを……」

 

「落ち着いて下さいリップさん。これも心の戦い?の一部なので気をしっかり持って下さい」

 

「──、はいっ!」

 

漸く、今度こそ呼吸も動悸も落ち着いた。

 

「ところで……ここは?」

 

「ここは悩めるプレイヤーの──あれ?さっき説明してニャい?」

 

「ジャガーさん、取り敢えずリップさんにヒントをあげないと」

 

「然もありなん」

 

この先色々と大丈夫なのだろうかと心配が絶えないリップであったが、その眼にはもう死なせないと力強さが表れていた。

 

 




カルデア凍結前にアナスタシアを召喚させたら面白いのだろうか……?悩ましい


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Order.56 暇をもて余した神々の戦い

以蔵さんとサリエリはどうしてこうも課金衝動を揺さぶるのだ。




 

 

 

 

 

【そうです。もうちょっと気にして欲しかったです】

 

「──」

 

(うぅ……何だか心が痛い気がする)

 

「──っはは。どうしたんだよリップ。何かメルトみたいにツンツンしてるね」

 

「め、メルトみたいですか……?」

 

「うん。でも、リップには似合わないかなー。可愛いから良かったけど」

 

「そ、そんな事言ってご機嫌とろうとしたって駄目なんですからねっ!」

 

ぐだ男の反応が意外だった。

さっきの選択肢よりも落ち込むのではないかと思っていたのを見事に裏切り、むしろそれも可愛いと言ってきた。

流石にこちらをデレさせて来ている以上、普段のぐだ男が言うのか疑問を抱きかねないラインの台詞も惜しみ無く吐いてくるのでリップも負けじと応戦した。

普段とは違う、ちょっとツンとデレを織り交ぜてみたり。

 

「ごめんごめん。じゃあそろそろ行こうか」

 

「え?どこにですか?」

 

「忘れたの?」

 

忘れたも何も、知らない以上は訊くしかない。

すると返事がこれまた意外過ぎて間の抜けた返事をしてしまった。

 

「スイーツ食べ放題だよ」

 

 

「スイーツ食べ放題だよ。じゃないわよ!!あの娘は腹ペコタイプじゃないのよ!?」

 

『そうなのですか?カルデアのライブラリにはパッションリップ様がかなりの量を食べていらっしゃると……』

 

「それはあの娘があの腕だからよ!それだけエネルギーを使えば食べる時もあるわよそりゃ!しかも今明らか昼食済ました場面なのに!?」

 

『それもそうですね。しかし、彼女はいつもぐだ男様に食べさせて頂いてるようなので良いのかと思いましたが……』

 

「え?何それ初耳なんだけど」

 

『パッションリップ様とメルトリリス様は器用な事は出来ないらしく、いつもぐだ男様のルームにて食べさせて頂いてるのです。最近ついた室内カメラにて確認しました』

 

「え?何それ初耳過ぎなんだけど」

 

確かに、リップとメルトの手では自分でご飯を食べることすらままらない。

メルトはいつも不承不承といった様子らしいが、リップは対称的のようだ。まぁ、言ってしまえば介護なのだが。

室内カメラに関しては、防犯対策の為ついたらしい。尤も、カルデアで防犯なんて謳ったところで役に立つ確率が異常に低い。

完全にプライバシーが無くなることに関しては、ぐだ男も了解しているので部屋につけたい人はついている。

当然、今の話からぐだ男の部屋についているのは察せるだろう。

 

「あいつ……プライバシーが無くても大丈夫って一体……」

 

『いえ。流石にシャワールームなどは見えないようにしていますから。ご覧になります?』

 

「え!?」

 

メイドが何かをごそごそと漁り始める。

普通、こう、デジタルらしくスタイリッシュに出すものじゃないの?そんな疑問を投げ付けるものの、メイドら相変わらず意に介した様子はなかった。

ご主人様なのにこの扱いはあんまりである。

 

(あ、あいつのシャワータイム……まぁ、別に人間の裸なんて見慣れたものよ!えぇ!何も気にすることは無いのだわ!)

 

『どうぞ』

 

「ふんっ。別に興味があって見る訳じゃない…………え?」

 

『がっ──ハァッ!ぅぉ、おぼぇ……!』

 

「な……」

 

『ぐだ男様の夜中の様子です。カメラを設置したその日です』

 

表示されたぐだ男の部屋の様子。

映像の右下を見ると、夜中の2時頃。この日は溶岩水泳部が居ない様で、ベッドの上でのたうち回るぐだ男を誰も助けに来るような様子はない。

カルデアは年中吹雪故に彼が今まで過ごしていた四季は無い。暑くて寝苦しい、と言った事は無かった筈だ。

 

『この時の彼はバイタルを診る役目もある通信機礼装を外していました。ですので彼のバイタルサインは判りかねますが、出血するまで皮膚を掻きむしり、異常な発汗、嘔吐、呼吸困難……酷いものです』

 

「………」

 

言葉が出なかった。

初めて特異点で出逢ったときも、カルデアに来てからも彼のこんな痛々しい姿は見たことが無かった。

 

──どうしてこの人間はこんなにも動じないのだろう。どうして笑っていられるのだろう。

 

『その結果、彼は引き出しから錠剤一握りを口に放り込んで噛み砕く様子を見せました。恐らく安定剤のような物でしょう。出所は不明です。ただ、あれを落ち着かせるのなら相当アウトな物だと思います』

 

──この人間はきっと産まれながらその力を持っていたのだろう。正しく勇者と呼ぶに相応しいものを。

 

そう、思っていた。

 

『ストレスやトラウマでしょうね。更には多くの英霊と繋がっている訳ですから、夢でも過激なものを見たり感じたりする筈です。けど、それはあくまで彼が部屋で独りの時だけ。誰かと居る時には嘘みたいに鳴りを潜めているのを見ると、とてつもなく奇跡的なバランスで今の彼は成り立っているのでしょう。それだけ、皆様と一緒に居ることが彼にとっての救いになっているのです』

 

「……いいえ。私達じゃ全然救いになってない」

 

『ではどうすると?』

 

「こういう奴って下手に指摘すると面倒なのよね。だから、私達がぐだ男に苦労させないようにするしかないじゃない。私は何としてもグラガンナを喚ぶわ。駄目なら造る」

 

『そうですね。今はそれが最適かと』

 

ぐだ男は人間だ。多くの戦いや殺し合い、苦痛を味わってきたサーヴァントの、ましてや女神のアドバイスなんて価値観が違って役に立つものではない。

だったらサーヴァントらしく、マスターの為に戦力アップをはかった方がよっぽど役に立つと言うもの。

 

「待ってなさいぐだ男。私がグラガンナを手に入れればうんッと楽になるから」

 

 

「大食い選手権……ですか」

 

「うん。ほら、リップはその腕だから動くと疲れるしお腹も減るでしょ?」

 

「確かにそうですけど……」

 

「ん?パッションリップにぐだ男。どうした2人で」

 

返答に困っていると、聞いたことがある声が後ろからする。

振り返ってみると、開いた胸元の銀のネックレスが目を引く白いシャツに黒いテーラードジャケット。ややタイトな黒いスカートで、髪の毛はポニーテール。更にはアンダーリムの眼鏡をかけていてまるでOLのような格好のランサー・オルタが立っていた。

 

「アルトリア?偶然だねこんな所で。買い物……にしては何か堅すぎない?」

 

「いや、買い物だ。そろそろ備蓄(おかし)も底を突きそうなのでな。して、何故ぐだ男もここに?」

 

「あぁ、リップとスイーツ食べ放題に参加しようと思ってさ」

 

「──何?スイーツ食べ放題?それは、文字通りいくら食べても良いと?」

 

「うん。あ、もしかしてアルトリアも行きたい?」

 

「ハイッ!」

 

「どうするリップ」

 

 

【人数が多い方が楽しいですよね】

 

【今日は私とのスイーツデートじゃないんですか……?】

 

 

(わっ。出てきちゃいました)

 

再び選択肢。

今さっき死亡を回避したばかりなのに、またあるとは思っていなかったリップは選択肢を選ぶまで皆動きを止めてるのを良いことに思いっきり悩んでみることにした。

 

「んー……アルトリアさんもぐだ男さんが好きですし、一緒だと困るなぁ。けど、ぐだ男さんはハッキリデートとは言っていないですし……」

 

頭を捻り、時には歩き回ったりする事3分。カップ麺が出来上がったようなタイミングでリップは選択肢を押した。

 

【人数が多い方が楽しいですよね】

 

「ありがとうパッションリップ。私の我が儘を聞き入れてもらって感謝しきれない」

 

どれだけスイーツ食いたいんだ。と言いたくなってしまうが、そこは我慢。

リップとしては強力なサーヴァントが一緒に居ればぐだ男を守れる確率は最低でも増すことは有り難い事だし、下手に拒否して戦闘にでもなると困るので。と言った具合だ。

 

(アルトリアさん多分、偶然って言ってるけどついてきたんだろうなぁ)

 

本物か偽物か分からないが、警戒することに変わりはない。

 

「その天国は一体どこに?」

 

「すぐそこだよ」

 

 

「あのアルトリアさんも本物そっくりですね」

 

「マシュ、あれは本人だ。あのメイドから『北海道うまい物展』のVIP優待券を賄賂で受け取ったワイルドハント(笑)その人だ」

 

「アルトリアさん……」

 

 

「うひぃ……全身が甘ったるい」

 

「なんだ?あの程度で音をあげるのかぐだ男。だらしがない」

 

「アルトリアは加減しなさすぎ。スタッフが足りねぇ足りねぇって焦ってたよ。皆カルデアで聞いたことある声だったけど」

 

「ふっ。常に不測の事態にも対応出来るようにするのが店員と言うものだろう。それにしても途中品切を言いに来たパティシエはチョコレートのような肌だったな。それにおよそパティシエとは思えない筋肉量。あれは世界を修行して回った者の境地だな」

 

「でも、皆美味しかったですよね。あの……また一緒に行きません、か?ぐだ男さん……」

 

食べ放題を終えて近くの公園でゆったりしていると、リップが攻める。

恥ずかしいので俯きながらぐだ男に訊ねると、自然と上目遣いになっていてひたすら可愛かった。

流石のぐだ男もそれには視線を泳がせながら首肯する。

 

「む……」

 

それを快く思わないアルトリア。私も一緒に行きたいと言おうとしたが、同じ事を言うのはインパクトに欠ける。

 

(そうだ。イシュタルに加担するのは嫌だが、うまい物展となれば話は別だ。前払いで引き受けた以上、一時の仮契約は全うしなければ)

 

「ぐだ男。甘いものを食べた後はやはりしょっぱい物を食べたくならないか?」

 

「え?もしかしてまた食べるの?」

 

(しまった!私は食べれてもぐだ男は駄目だった!)

 

「す、凄いですねアルトリアさん」

 

「だ、だったら──」

 

アルトリアの目的はリップの妨害。どんな手を使ってもそれを成し遂げる必要がある。

何故なら、彼女は成功した暁に北海道うまい物展に加えて世界うまい物展の優待券も手に入れられるからだ。

 

「私とホテル街で休まないか!?」

 

「!!」

 

「ホテル?別にそんな大層な所行かなくてもここで休──あ。いや、ちょっと待って……」

 

「駄目だ!そもそもサーヴァントとマスターは大体そう言う関係になるだろう!あ、いや、私はお前以外とは認めないと言うかだな……えぇい!ともかく来いぐだ男!私の座にまで強く刻み付けたその罪、体で払って貰うぞ!」

 

「ギャアアアッ!!??腕がぁッ!!」

 

「や、止めてくださいアルトリアさん!その……ぐだ男さんは、わ、私……私とデートしてるんですからぁっ!」

 

「…………リップ………ごめん──」

 

「………」

 

「──可愛すぎて死ぬわ」スゥゥ……

 

「……え」

 

サーヴァントが消滅するようなエフェクトを放って、いかにもな表情でぐだ男が昇天した。

腕を握っていたアルトリアの手はその握るものを失い、リップは攻略する相手を失ってしまい、数秒の間口が塞がらなかった。

 

『あー、すみませんお2人様。どうやら私の計算違いでした』

 

「と言うと?」

 

『ぐだ男様は理由は良く分かりませんが、パッションリップ様の『デートしてるんですからぁっ!』と勇気一杯で叫んだ姿を見た瞬間に心停止を起こしたようです。これはあくまで推測なのですが、パッションリップ様のような、凶悪な見た目とは裏腹に守ってあげたくなる小動物ライクな少女が好みなのではないでしょうか?更にはそんな娘が自分とデートをしているから離してくれだなんて……ガッツが無ければ死でしたね』

 

『いや、たった今死んだんだけど』

 

『ご主人様の言う通りです。まさかぐだ男様の好み?がここでクリティカルヒットするとは思ってもみませんでした』

 

ぐだ男が昇天したシーンがループで何度も再生されていると、アルトリアが真剣な面持ちでメイドを見た。

 

「すると、これはプログラム進行とは関係ない(BAD END)になるのでやり直しですか?」

 

『……いえ、これは所謂キュン死に該当します。実際、ぐだ男様はリップ様のそれで心臓が不自然な挙動をして停止しました。これはリップ様の勝利になります』

 

「え。え?」

 

『ぬぐぐ……今回は確かに貴女の勝ちよパッションリップ』

 

『えぇ。本当はもっと色々仕掛けはあったのですが、負けは負けです』

 

「えぇ………そんな……」

 

もっと続けたかったとは言えず、言われるまま心の戦いは終わった。

でも、偽者でも本物に限りなく近いぐだ男から異性の好みが分かったのはリップにとってこれ以上とないアドバンテージとなった。

 

『では、最後の力に移りましょう』

 

シミュレーターがホログラムを解いた。

部屋の端では長椅子にモリアーティとケツァル・コアトルが腰掛けていて談笑していたが、ケツァル・コアトルがすぐに自分の番だと気付いて軽い準備体操を始める。

かなりやる気があるようだ。

 

「ケツァルさん、次お願いします」

 

「モッチロンよリップ。出し惜しみはしないわ」

 

『次の戦いでは肉体のみで戦っていただきます。武器、スキル、宝具は禁止。相手をKOしてください』

 

「ワオ。面白そうデース!」

 

『では……守護者(ガーディアン)前へ』

 

部屋の景色が変わることなく、奥の扉から最後の守護者が現れる。

女性だ。ただし、頭には3を逆にしたような大きな角が2本と長い蒼銀の髪。眼はピンクに煌めいており、まるで輝く星のよう。

体は肌の露出がかなり多い。脚は体にピッチリ貼り付いたテープのような長方形の集合体が覆っていて、ハイレグなパンツと下腹部の紋様が目を引く。

大事な所だけを隠した、脚と同じ長方形のそれが付いた胸を押し上げ、腕を組んでいる彼女はかつての特異点で戦った時のティアマトだった。

 

「……ティアマト。貴女が私の相手なのね?」

 

「そう。私が貴女を倒す最後のガーディアン」

 

「「!!」」

 

その場の、外で見ていた皆も一様に驚いた。

ティアマトは今までただの幼子と同じ様にぐだ男に甘えては昼寝をして、疲れるまで遊んでを繰り返す女の子だったのに、今目の前に立ちはだかっているのは頭脳体(ファムファタール)の姿でハッキリと言葉を発していたら当然だろう。

 

「私はぐだ男に楽をさせたい。その為にはこのシミュレーターが必要。貴女達は分からないの?」

 

「そうね。確かに、これでぐだ男の代わりをすれば彼の負担は減るわ。けどそれは自分達にとって都合の良い彼。そんなのは、人形遊びと変わらないわ」

 

「ならば、ぐだ男にまた無理をさせると言うの?私はここに来てから、ずっと見てきた。ぐだ男は休みたいのにここの皆は休ませてくれない」

 

「私だって休ませてあげたいわ。けど、それは難しいの」

 

「何故!!」

 

ティアマトが魔力を放出。足元が球状に凹み、亀裂がケツァル・コアトルの爪先まで伸びてきた。

まるで明確な敵意を表しているように。

 

「……ずっと見てきたと言う割には、分かってないのね!」

 

「!」

 

ケツァル・コアトルも脚力100%で床を踏み壊すと、捲れ上がった床を駆けて高く飛び上がった。

 

「プランチャか!」

 

「やぁっ!」

 

プランチャこと、ダイビングボディアタックで仕掛けてきたケツァル・コアトルに対してティアマトはカウンターの回し蹴りを見舞う。

掛け声こそ戦いなれていない少女の弱々しいものだが、実際弧を描いてケツァル・コアトルの側頭部を狙い、初速で音速をゆうに越える蹴りは最早中級の宝具に匹敵する。

その触れれば転倒!では済まない一撃に対して、ケツァル・コアトルは空中で体を捻って紙一重で回避。更に着地した瞬間に体勢が安定していないティアマトに肉薄し、華奢な胴を抱え込むと筋力:Bの後背筋と腹筋がフル稼働してバックトロップを叩き込んだ。

後頭部から床に叩き付けられ、床は先程よりも大きく破壊される。

 

「──ッ!!」

 

プロレスの技は多くの格闘技と違い、ダメージをただ与えるのではなくエンターテイメントとして観客を盛り上がらせるものだ。

全てがそうではないのだが、戦闘力カルデアトップの彼女がぐだ男に教える時や身内に技を出す時等は必ず手加減をしている(マーリンでもちゃんと手加減するわよ。ジャガーマン?する訳無いデース)。

そしてその手加減が無いと言うことは、それほどティアマトが強いと言う事だ。

現に、技をモロに喰らった筈のティアマトはすぐにケツァル・コアトルの拘束から逃れると背中を突き上げる掌底を返した。

 

「ぐっ……!」

 

「まだ!」

 

いくら神霊とは言えど、空中でスキルも宝具も魔術も無しに移動は出来ない。当然、それを狙ったティアマトは宙に浮いたケツァル・コアトルを今度は床に叩き付ける為に、回転跳躍込みの踵落としを繰り出した。

 

「ガ──ハ、ッ!」

 

肺腑から一気に酸素が押し出され、腹にめり込んだ踵がケツァル・コアトルの全身の骨格を軋ませる。

瞬きを一回すれば己は瓦礫の中に居り、また一度瞬きをすれば顔面に向けて拳を振り下ろすティアマトの姿が脳の視覚野に飛び込んでくる。

並のサーヴァントなら回避は不可能。しかし、彼女はその並のサーヴァントではない。

限界まで首を曲げ、またも紙一重で回避するとすぐ横で床に突き刺さった腕に抱き付くように絡まった。

 

「シッ!」

 

ティアマトが空いた片方の手で頭を鷲掴もうとしたが、それよりも速くケツァル・コアトルの脚がティアマトの首に引っ掛かる。

顎を上に上げられた彼女の視界はそれに合わせて天井を見上げ、ケツァル・コアトルが消えた。だがそれも瞬きの如く。

どういう体裁きをしたのか、ティアマトの足が凪ぎ払われて宙に舞うと顎の下の脚に力が入り、バク転のように宙で半回転。

次の瞬間には頬に硬質な床の感触と、汚れてこそいるがダメージがあまり入ってないように見えるケツァル・コアトルがティアマトの視界にあった。

 

「ふ、グッ……!?」

 

「やるじゃない。中々堪えたわよ?」

 

「こ、これが女神同士の戦い……」

 

「これは我々も避難した方が良さそうだネ。おぉい、メイドちゃん。ちょっと避難とかさせてくれないかな?」

 

『駄目です。ケツァル様が負けた時にお仕置きを受ける必要があるので許可できません』

 

「初耳だよ!?」

 

「危ないッ!」

 

「ぶべらッ!?」

 

避難を要求していたモリアーティの体がくの字に曲がる。

どうやら飛んできた瓦礫から助けるため、リップが突き飛ばしたようだが、それを避けた代わりにモリアーティは向こうの壁に埋まってしまった。

かなり腰にキそうな体勢で化石か何かのようになっている。

 

「……ヒドゥイ……」

 

「ご、ごめんなさいっ」

 

「ハアアアアアアアッ!!!」

 

リップが引き剥がしていると、同じ壁にジャイアントスイングされたケツァル・コアトルが衝突。

相も変わらず破壊力が大きすぎる一撃を高速で繰り出しているティアマトの追撃は止まることを知らない。

どこで学んだのか、パンチは実に腰が入っていて時折八極拳のような動きも見せる。それ以外にもバリツっぽかったりファリア神拳っぽかったりしていた。

 

「この動き……!ティアマト貴女、ぐだ男を見ていたって言うのは嘘じゃなかったのね!ぁぐッ……!」

 

「そう。私はぐだ男をずっと見てきた。だから彼が色んな英霊に稽古をつけられているのも、独りで魔術の勉強をしているのも見てきた。だから──」

 

パゥッ!

ティアマトの両眼が光った。その瞬間、彼女から距離を取っていたケツァル・コアトルが転倒。指先1つも動かなくなっていた。

 

「これは……ガンド!?」

 

「いいえ。眼ドよ。彼だけが持つ、特殊な魔術。何故こんな馬鹿げた力か気になってこっそり魔術情報を辿ってみたら、面白いことが解った」

 

「それよりルールっ、違反じゃなくて……?」

 

「……………少し、話をするだけ」

 

完全に「あ、忘れてた」の顔だったが、ツッコミを入れるような空気ではなかった。

 

「これはどちらかと言うと皆に知って貰いたい。なので外のサーヴァントにも音声はちゃんと流して下さいね」

 

 

「……ねぇ。何か言ってるみたいだけど、まだ直んないの?」

 

『当たり前です!あの激しい戦闘でマイクは全壊。カメラは残り2機しかありませんから口元の動きも拾えません。はいもう諦めました。適当に終わるの待ちまーす』

 

「アンタねぇ……」

 

 

「……?返事がありませんが、まぁ良いです。おじさん。モリアーティおじさん」

 

「何かな……そのおじさんは今現在腰どころではなく全身の痛みと格闘中ですけど」

 

「ぐだ男の功績から、彼が座に登録された可能性はありますか?」

 

「ふむ。殆どの人々に認知はされていないが、彼は幾度と歴史を修復し、世界を救った。これは最近審査が厳しくなりつつある英霊の座も、期待の新人社員として受け入れ準備は万端だろう。私だって歓迎会に行きたいとも」

 

「そこのおっぱいはどう思いますか?」

 

「おっぱ……はぁ……私も、ぐだ男さんは英霊になって当然だと思います」

 

「貴女は?」

 

「当たり前よ。何しろ、私も彼にルチャを教えてるんだから、ライダークラスは当たり前ネー」

 

おじさんとおっぱいと女神が一様に認めるぐだ男の功績。

例え外のサーヴァントに訊いてみても、恐らくは大体がそうだと答えるだろう。マシュも実は召喚の際に、ぐだ男が人理の盾(シールダー)として喚ばれるのではないかと期待してたりもする。

しかし、ティアマトからの返答は意外なものだった。

 

「残念ながら、彼には該当するクラスはありません。聖杯戦争には参加せず、抑止力によって召喚された瞬間、己を殺してその世界で生きている自分に霊基を合成する為だけの英霊よ」

 

本来、サーヴァントの一部を人間に移植するのは相当な奇跡がない限り上手く行くものではない。例え成功したとしても、侵食されて別のモノになるか死ぬかだ。

ただし、英霊になったぐだ男はそもそも英霊としての作りが違っていた。

聖杯戦争に参加し、マスターと契約して戦うその英霊とは違い、抑止力によってグランド・オーダー直前の自分に霊基を移植する為だけに構成された、謂わば種火のようなもの。

グランド・オーダーの世界において、出現したビーストに対するカウンター。抑止力が何とかギリギリで滑り込ませることのできる抵抗がこれだった。

抑止力が行使できない特異点を駆け抜ける為、唯一のマスターとなるぐだ男に、特異点を駆け抜けたぐだ男の力を譲渡する。

尤も、彼には強力な力は無い。

 

「魔術回路が8本しかなければ、刻印も戦闘技術もない。特異点に抑止力はサーヴァントを召喚できない。そんな彼を抑止力の手を離れた状態でも生き残らせるには彼自信を恒常的に強くするしかない」

 

「そんな………事って」

 

「レイシフト適性は先天的なものだけど、異常な強さのガンド。まるで異能生存体とも思えるような生存力。その他諸々……それらの一般人とはかけ離れた能力は英霊のぐだ男が得た力の顕現なのよ。だから宝具を保有出来た」

 

「それを言ったらタイムパラドックスではないかね?その力を得てこのグランド・オーダーを駆け抜けた彼が英霊に昇華したなら、その力を渡した彼は何になる」

 

「英霊の座には時間の概念はないけど、何事にも始まりはある。ましてやこの世界は不安定な要素が多い。今更タイムパラドックス何て論ずるだけ無駄」

 

ぐだ男はカルデアが崩れる中、マシュの手を握っていた中でレイシフトと同時に死亡した。だが、所長が死しても魂がレイシフト出来たようにぐだ男もレイシフトは可能だった。

時間を遡る為、肉体も魂も霊子へと分解された所へ英霊のぐだ男は自分の霊核(しんぞう)を差し出して肉体を修復。更に霊基を加える事で無理矢理“死亡してない事にした”。

 

「……それで増えた魔術回路に触れた時、ぐだ男の痛みを知った。世界を助ける為に自分を殺す。並の人間じゃ自分の心臓を抉り出すなんて出来ない。どれだけ痛みと恐怖に耐えながら手を体内に突き刺したのか、私は見た。感じた!だから私はここに居る!もうぐだ男に辛い思いをさせたくないから!──あぁ、そうよ。もうこんな世界はどうだって良い!私はぐだ男を連れてこの世界から離脱──」

 

「そんなの!」

 

「きゃっ!」

 

ケツァル・コアトルがまだ麻痺の残る体に鞭打ってティアマトを転倒させた。

すぐさま馬乗りに跨がってティアマトの頭をガッシリ両手で掴むと鼻息も感じられる距離で怒鳴った。

 

「その命を擲った彼が望む筈が無いでしょう!!彼は抑止力に遣わされた存在であれ、世界を救いたいから彼は命を擲った!これからを生きていく自分に託した!誰かが必ず笑顔になると信じてるから!貴女がぐだ男を連れて逃げるのは、その痛みに耐えた彼の行為を無駄にする!それは許せない!だから私は今戦うわ!彼がもう、私達の支えがないと倒れてしまう程にボロボロなのも分かっている上で、貴女の願いを打倒する!」

 

「──そこまで、そこまで……」

 

「けど、貴女も彼の傍に居なきゃ駄目。だから………」

 

「だから……?」

 

「殴り合いマース!全力で、お互いの主張をぶつけ合って、変なイザコザは無しになるまで、スッキリするまで力をぶつけ合う。それが一番ネ!」

 

「……は、はは」

 

変な笑いが出た。

……頭では分かっている。これは大衆的にはケツァル・コアトルの言い分が正しいのも。自分がやっていることは端的なものなのも。

だからと言って、簡単には引き下がれない。この胸のモヤモヤを振り払えない。だから──

 

「えぇ。ならば神々らしく力で優劣を決める!かつて神を殺しては天地を創造した様に荒々しく!」

 

「そうよ。だから、ワタシ(・・・)もちょっとルチャ以外を解禁しマース」

 

「これ、ヤバい展開?」

 

「わ、私の手を盾にするのでこっちへ!」

 

「「ハアアアアアアアッ!!!」」

 

どのみち、先にティアマトがルール違反をして負けは確定している。メイドがそれを見れていたのかは定かではないが、もうそんなのもお構い無しに両者はぶつかり合った。

音速の拳が鳩尾を抉り、カウンターのフックが脳を揺さぶる。

人体の打撃音と言うより、まるで何かの建造物が破壊されるような音が連続してその度にシミュレーションルームの全体が震動する。

特にティアマトの八極拳(掌底)がケツァル・コアトルの腹を打つ音は爆発音その物だ。

そんな激しすぎる攻防がずっと続いていた。

 

「まるでイシュタルみたいな技を使うのね!でも彼女のマーシャルアーツは攻略済みよ!」

 

「だったら神をも殺す拳はどう!!」

 

「ゥグッあ!!??」

 

流石のケツァル・コアトルも攻略済みのヤコブ神拳を八極拳の途中から繰り出されるとは思わず、モロに逆正拳突きを喰らった。

一時的に呼吸困難に陥り、視界が暗明転する。

これこそ、マルタが会得しているヤコブ神拳の最強技の1つ。ヤコブ絶命拳。相手は死ぬ。

よく无二打とどちらが強いのかと論争が起こる必殺拳だ。

 

「神が神を殺す武術を使う……こんな事、虚数の海に居た頃は思いもしなかった」

 

「……アラ?倒した気になってるのかしら?」

 

「!」

 

しかし、その拳を受けてなおもケツァル・コアトルは立っていた。

自信があったティアマトは驚いてしまい、ケツァル・コアトルの反撃に反応が遅れてしまう。

翼ある蛇とは言ったもので、ケツァル・コアトルはその蛇のようにティアマトの体に絡まるとあばら(・・・)を折るように彼女の体を固めた。

完全に技が極ったティアマトはこれを知っている。良くぐだ男がやられていたアレ。

 

「あ、あばら折り………!?」

 

「日本語ではね。ルチャではティラブソンと呼ぶのよ」

 

「ぁ、かはっ……ぃッ!」

 

ミシミシとティアマトの骨格が、筋肉が、もう無理だと叫ぶ。

こう言った技は、単純に力任せでどうにかなるものじゃない。何しろ、関節は動く方向が決まっている。無理に動かせばその時は自身で関節を破壊することになる。

 

「………参った……降参する」

 

神々の戦いが始まってから20分。互いの健闘を称え合い、固い握手を交わした事で戦いは終わった。

シミュレーションルーム3部屋全壊、その下の階のトレーニングジムが戦闘の余波で半壊。それらの責任は元凶であるイシュタルと黒髭がお咎めを受ける事となったが、未だ眠るぐだ男はサーヴァントの管理者としての責任で、大量の始末書が待っているとは微塵も思っていなかった。

 

 




もうあのスペックで一般人とか無理でしょ。って事でブッ込んだ独自設定。
FGO世界限定の異例英霊なので型月の設定とかに当て嵌められません。


クラス:なし

真名:ぐだ男

スキル
・単独顕現:EX
その他不明

スキル、宝具、パラメーター等の殆どのステータスが不明。
FGO世界でのみ存在が許される特殊な英霊で、生前のような戦闘力は無い。在り方としては、アンリマユに似ているかもしれない。
ティアマトは抑止力によって召喚されたと言っていたが、それは厳密には違い、実際は抑止力さんと色々話し合った結果、あのファーストレイシフトの瞬間に一度っきりの非常に貧弱(EX)な単独顕現を行って役目を果たす。
ワンオフのクッソ貧弱とは言え彼が単独顕現を有すると言う事は───

又、他の英霊と違うのは座のぐだ男が常時アップデート待ちと言うことだ。
グランド・オーダーを駆け抜けたぐだ男が、座のぐだ男より優れていればそのぐだ男を上書きし、常に一番優れたぐだ男をグランド・オーダー直前の彼に移植する。
そう言った、限定的過ぎる抑止力として、彼は存在する。

「種火、種火と周回しまくってた俺が、まさか俺自身の為の種火になるとは思わなかった」
「抑止力さんはズッ友だよ!」
「ささーげよ♪ささーげよ♪しーん臓をささーげよ♪」

と本人のプロフィールに日記のように書いてある。


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Order.57 依存


EXTELLA LINKでランスロットがカッコ良すぎで延々と使ってる。
個人的にはメドゥーサが一番使いやすいんですけどね。




 

 

 

 

夢を見た。

 

空を見上げていて……いや。これは寝転がってるのでしょうか。

背中には固いアスファルトで、物凄く寒いのに何故か全身は温かい何かに包まれていた。

 

「……」

 

声は出ない。身動きもとれない。

何とも言えない気持ち悪さを覚えていると、視界の端から何名かの男性が歩いてきた。

 

「■■■■?」

 

「■■、■■■■■■■■」

 

「■■■■」

 

「■■」

 

何故か、言葉の全てに靄が掛かっているように聞き取れなかった。

ただ、状況的に今私を取り囲んでる人達は私にトドメを刺すつもりらしい。

向けられた銃口が嫌でもそう分からせてきた。

トリガーに指がかかり、力が込められる。これで死んでしまうのだとハッキリ分かった。その時だった。

 

『少しお時間良いですかな?』

 

え?

 

『あぁ、驚かないで下さい。私、抑止力と申します。実はアナタの活躍を拝見させていただきまして。世界を救ったのに、その世界に殺されてしまうなんて悲しいことはありません。で、私はアナタのような人材がただ死に逝くのは許せません』

 

──どういう事だ?

 

私の声ではない、誰かの声が発言した。

聞いたことがあるけど、何故だか思い出せない。とても身近な人の筈だけど……

 

『流石は■■■さんだ。単刀直入に申しましょう。……僕と契約して抑止力になってよ』

 

 

「………変な夢」

 

彼女、マシュ・キリエライトはその見た夢に対してそれ以外の当てはまった表現は無いと思った。

だってそうだろう?突然現れた抑止力が全身金色のスーツに、妙に紳士的な立ち振舞いをしたかと思えば、「僕と契約して魔法少女になってよ」とルビーもビックリの台詞を吐いたのだ。これを変と言わずして何と言うのか。

 

「先輩の夢……何て、あるわけ無いですよね」

 

サーヴァントとマスターはお互いの記憶を夢として見ることが多々ある。

尤も、今までマシュはぐだ男の夢は見たことがなかった。特殊な契約の関係か、他のサーヴァントの記憶を夢見たりはするが。

 

(エミヤさん辺りの記憶かもしれませんが……)

 

『マシュ!ぐだ男君が起きたよ!』

 

ロマニからのコールでややマシュっとしていた頭が冴える。

ぐだ男が眠ってしまってから実に2週間。時折苦しそうな様子を見せたり、この前は腹が裂けて大量出血をして周りを心配させたその本人が遂に帰ってきたのだ。

すぐに着替えて行こうと思ったが、正直身嗜み云々よりもいち早くぐだ男に会いたい気持ちが勝っていた。

スリッパを履き、寝巻きのまま、髪の毛も纏めていないまま彼女は駆けた。

パタパタとマシュの足音が早朝のカルデアに響く。数十秒走ると、ぐだ男の部屋の前には人だかりが出来ていたのが見える。

 

「マシュ!遅いわよ!」

 

「す、すみませんエリザさん!」

 

「兎に角入りなさい!」

 

エリザベートに手を引かれ、部屋に入る。

中にも何名かサーヴァントが押し寄せており、ベッドで上半身を起こしているぐだ男と会話をしていた。

 

「先輩……!」

 

「マシュ……おはよう、かな?」

 

小太郎と話していたぐだ男がマシュに笑顔を見せる。

寝ていた体はカルデアで常に健康体を保っていた筈だが、ぐだ男はかなり顔色に疲れが見えた。

やはりしゅちゅうあった出血や裂傷等が原因だろうか?そんな思考を回らせていたマシュの表情でぐだ男が察したのか、ベッドから降りるとサイドチェストのポーズをとった。

 

「心配ないよマシュ。この通り元気元気。これも皆が助けてくれたお陰だよ」

 

「……主殿。無理はいけません。傷が開きます」

 

「う……ごめん」

 

小太郎に促され、ぐだ男はベッドに寝かされる。何の備えも無しに並行世界に行き、更に魂の物質化までしたのだ。どれも魔法の領域だ。

今後は何があったのかを慎重に纏めていかないと、収まりつつあった外部からの彼への敵意が再燃する可能性もある。

 

「取り敢えず皆一度落ち着いてさ、後でまた話そうよ。マシュも着替えたいでしょ」

 

「そうだね。ロマニも一度休まないと倒れるぜ?」

 

「ボクはそうでもないよ。これからぐだ男君がやることに比べたら」

 

「………なんです?」

 

「実はね──」

 

 

「さぁ、貴女の負けよイシュタル。何でこんな事をしたの」

 

ティアマトも敗れ、遂に大人しく出てきたイシュタルにケツァル・コアトルが厳しく追及する。

 

「……ぐだ男の為よ」

 

「雑種の為だとぅ?どうだ嘘発見器」

 

「……イシュタルさんは嘘を仰っていません。本当に旦那様(ますたぁ)の為に行動していたようですね」

 

「そこまで惚れ込んだか。くっく……散々人間の世を掻き回してきたお前が、今度はたった1人の人間の為に(オレ)達を掻き乱すか。しかも散々やった挙げ句失敗とはな。ふはははっ!見ろ!ここに間抜けな女神が居るぞ!」

 

「……」

 

イシュタルの眼はいつも以上に本気だった。

ケツァル・コアトルも彼女の事を全く知らない訳でもない。当然、ウルクでは散々世話(・・)になっていた。

そしてその本気の眼から、彼女が何故こんな行動に至ったのかを察していた。

 

「英雄王。ここは彼女を許しましょう。然るべき罰は受けてもらうけど、大仰な制裁は必要ないわ」

 

「……ま、それもそうだろうな。(オレ)もこんな真面目にションボリしているイシュタルめを見ても何も面白くない。確り反省しているがいい!」

 

そう言うとギルガメッシュは踵をかえしてシミュレーションルームから出ていってしまう。

意外な対応に一同が驚いていると共犯としてお縄になった黒髭を連行してきたマシュが問うた。

 

「もしかして、イシュタルさんが強くなって先輩のお役に立ちたい。と言うことですか?」

 

「そ、そうよ。悪い?」

 

「そんな事ありません。むしろ心強いです。高い実力のイシュタルさんが更に強さを高めるなんて、悪いことではありません。ただ、やり方がちょっと……」

 

「マシュ。イシュタルをあまり責めないで。彼女はぐだ男の為をおもっていたけど、ちょっと頭が足りないからこうなっちゃったの。それに、イシュタルに手を貸した私も同罪。私も罰を受ける」

 

「ティアマトさん……」

 

「まさか、あの可愛らしかったティアマトさんがコーンなに恥女になってしまうなんて。タマモ、親として恥ずかしいですっ」

 

およそ巫女と言い張るのは全国の巫女に失礼な格好の玉藻が言える事なのかと、今は格好の話はしていないとキャットがツッコミ。

しかし、そのキャットも裸エプロンが通常装備な辺り言える立場ではない。そんなタマモ同士の醜い論争を余所に、ティアマトは皆の顔を一瞥すると妙な違和感を覚えた。

 

「マシュ。私とケツァルが戦っていた時の話、聞いてた?」

 

「話、ですか?いえ、私達は映像も音声も途切れてしまったので状況が読めてるのは千里眼持ちの方しか……」

 

通りで。

ティアマトの予想なら、どうしてそれを黙っていたのかや、どういう事だと軽い騒ぎになると思っていた。

ただ、千里眼持ちのサーヴァントは限られている。

この場に居る者で可能なのは、フィン・マックール、スカサハ、そして今しがた立ち去ったギルガメッシュだ。現に、フィンとスカサハは微妙な表情だ。

 

「何があったか訊いても話してくれないんです。一体何があったんですか?」

 

(……この2人が黙っているという事はそう言うことか。少し、軽率だったな)

 

「何も。危険な事ではないから安心して。ただちょっと次元が違うと言うか、多分すぐには理解できないから」

 

(そうだ。既に、ぐだ男という存在は英霊として存在している。今更何をしようと、彼が己を殺し(戦い)続けるのは変わらない。ましてや、この世界線の彼は恐らく一番優秀。今まで優秀だった彼の最期は決まって……)

 

「ティアマトさん?」

 

「あ、あぁごめんなさい。取り敢えず、私達も手伝うから」

 

「左様。某もお供致す。さぁ、立ちなされ黒髭氏」

 

「うーぃ」

 

「お?戦いは終わったね。じゃあ片付け、頼むよ」

 

ひょっこり現れたレオナルドが大量の反省文を犯行グループに手渡し、取り敢えず今回のイシュタル騒動は落ち着いた。

そう、取り敢えずは。

 

 

「げぇっ!?監督不行き届きでこんなに書くの!?」

 

「今話したけど、今回はぐだ男君がイシュタルに心配をかけたからこうなったんだよね。そして、彼女達犯行グループは一様に猛省してシミュレーションルームをリフォ──んんっ。修復してくれているから、その余剰分はマスターであるぐだ男君が負わなきゃだぜ?」

 

「おのれぇ……はぁ……」

 

ダ・ヴィンチちゃんから大体の話を聞いて、まずはイシュタルがそこまでするのか疑問に思った。

いくら彼女でも、そこまでするのだろうかと。下手すると他のサーヴァントに任せて自分は見物だってやりかねない邪神(めがみ)だぞ。何か裏があるだろうけど、今は追及する元気がない。

 

「大丈夫かい?おっぱい揉む?」

 

「揉む」

 

はぁ~柔らかいんじゃ。って、そうじゃなくて。

 

「ん?もしかしてもっとスライムが好みだったかい?それともハリが足りない?言ってくれれば何だって可能だよ」

 

「そうじゃなくて……その話にあったAIって言うのはどうしたんですか?」

 

「あれなら削除したよ。危険は無いだろうけど、カルデアの高位アクセス権限を暴走させても困ってね。彼女も快諾してくれた」

 

「そうですか。反省文のネタになると思ったんだけどな」

 

「時にぐだ男君ー。私達に隠し事してないかな?」

 

隠し事?そんなのシラナイナー。

決して本棚に黒髭の私物避難庫なんて細工してないし、トイレにカルデア内限定のポータルなんて細工してないし、壁に隠した保管庫にえっちゃんから守っている和菓子があるわけ無いし。

 

「多分考えてることはどうでも良くて、その引き出し見せてもらってもいいかな?」

 

ダ・ヴィンチちゃんがベッド横の引き出しに手を伸ばす。

その時、凄まじい冷や汗と共に俺は自然とその手を掴んでいた。

 

「……悪いね」

 

しかし、幾ら非力なキャスターとは言え、サーヴァントはサーヴァント。弱っている俺の握力から簡単に逃れると引き出しを開けた。

中には白い錠剤が詰まった瓶が3つ。内1つは空で、落としたのか幾つか亀裂が走っている。

 

「これは何だいぐだ男君」

 

「………お菓子です……」

 

「これは何だぐだ男!」

 

「!」

 

ダ・ヴィンチちゃんが怒鳴った。滅多に──いや、もしかしたら始めてみたかもしれない激怒の表情。

しかし、その激怒の表情であったとしてもその美しさを保っているのはやはり天才の作品なのだなと感嘆する。

そんな俺の心情を察してか、彼は更に怒ると瓶を片手に胸ぐらを掴む。

 

「こんな物いつから服薬している!誰が渡した!パラケルススか!ホームズか!モリアーティか!いいや誰でも良い……いつから使っているんだ!」

 

「ぇ……、あ……」

 

その時、余りの怒気に初めてダ・ヴィンチちゃんに怯えた。

戦闘の時の恐怖とは別物の、皆にこの事をバラされるのではないかと自分でもよく分からない恐怖。

例えるなら、学校で先生に超怒られて親に電話すると言われた時のような感じ。いや、俺はそんな事は無かったのだが、そんな感じが合致するのだろう。

恐怖というか、焦りか。

 

「……パ、パラケルススから………でも、俺が無理言って──」

 

「っ……」

 

俺が何とか言葉を紡ぐと、そこでダ・ヴィンチちゃんが俺の恐怖心のようなものを察知したらしく、胸ぐらを掴んでいた手を離した。

 

「はっ……は……」

 

「……すまないけど、これは預からせてもらうよ。キミの身体には強すぎる。気付けなかった私の落ち度だ」

 

「だ………駄目だ。駄目だよダ・ヴィンチちゃん……それが無いと、それが無いと!」

 

「これは麻薬と同じだ。それに、キミの体は既にこれになれてしまっている。だから1度に大量に飲むんだ。このままだとキミはこれ無しに生きてはいけなくなってしまう。サーヴァントが退去した時、本当にそこで地獄を味わう事になるよ」

 

「それで良い!この戦いさえ乗り越えられれば──」

 

パァンッ!

部屋に快音が響いた。それから数秒もしない内に自分の顔左半分が脈動に合わせて少し(・・)痛む。

あぁ……本当に珍しい事ばかりだ。

 

「……」

 

「そうじゃないだろう。はぁ……筋力:Eとは言え、ぶたれたら相当痛い筈だ。やっぱり痛覚も殆ど麻痺しているんだろう。……味覚もかな」

 

バレた。絶対に誰にも知って欲しくない事がバレてしまった。

痛みが殆ど分からなくなってきたのだって……味がしなくなってきたのだって!皆上手く誤魔化してきたのに!

 

「お願いだよダ・ヴィンチちゃん……誰にも言わないで……っ。マシュだってドクターだって大変なのに、これ以上苦悩を背負わせたくない!他のサーヴァントの皆も、ここを退去する時に余計な心配をさせたくない!黙っていたのは謝るから!薬だって──」

 

あ──

 

「はガッ……!ぁぁあぐっ!?」

 

嘘だろ!?何で今、

 

「オボェッ!」

 

咄嗟にお見舞いのリンゴが入っていた空袋をダ・ヴィンチちゃんから奪い取り、その中にせり上がってきたモノを吐き出す。

やっぱり何も食べていないからか、出てくるのは喉も口の中も焼ける胃液だ。何度経験しても慣れない不快感と苦しさで涙も出てきた。

流石のダ・ヴィンチちゃんも背中をさすってくれるが、それで簡単に治まってくれるものではない。

それから激しい吐き気と数十秒格闘し、漸く治まった。

 

「はぁ……!はぁっ……、ぁ!」

 

「落ち着いて、深呼吸だ。大丈夫。私はここに居るよ」

 

「ごめ……ぃ、ごめ、んなさい……ごめんなさい……っ」

 

「あぁ、大丈夫だとも。私は天才だからね。キミの苦しみも分かる。だから安心して泣きたまえ。苦しいものは吐き出してしまうのさ」

 

(全く……。やはり天才でもサーヴァントか。肉体に精神が引っ張られてしまうと言うのは)

 

ダ・ヴィンチちゃんが俺の頭を胸に抱き寄せた。

体は女でも中身は男なので、この場合は一体何なのか議論を始めようとしたリトルぐだーずだが、悲しいかなこれで呼吸が少し楽になってしまった事実を認識し、早期解散。

俺もやや苦しいのを我慢して大人しくすることにした。

別に胸に顔を埋めたい願望や性癖があるわけではないのだが、逆らう体力も気力もない。

 

「仕方ない。この薬は私が預かるけど、新しい薬を調合しよう。これより遥かに弱いものだけど、少しずつ弱い薬で体に馴染ませていくんだ。良いかい?」

 

「……分かった」

 

「発作に1錠。効き目はほぼ無いかもしれない。だから飲んだら必ず誰かと居ること。キミのそれは独りの時に起こるものだから収まるのを薬のお陰だと脳に誤認させるんだ。個人の意思ではどうにも出来ない部分に働きかける。それを守れるかな?」

 

「守る。今度は大丈夫……だと思う。正直、自分でも分からないんだ」

 

「うん。かなり難しい筈だ。暫くは苦痛しか無いだろうね。でもキミはそれ以上の苦痛を乗り越えてきたんじゃないのかい?」

 

そうだ。俺は何度だって立ち向かってきた。

例えどんなに辛くても、苦しくても、痛みを伴っても、それを乗り越えてきた。

今更自分の病気ぐらいで弱音を吐くなんて情けないこと出来ないよな。

 

「……ありがとうダ・ヴィンチちゃん」

 

「よしよし。良い子だ」

 

「…………」

 

しかし、いつになったら解放してくれるのだろうか。

第3者が事情を知らずに見たら変な誤解を生みかねないぞ。だって、正確には男が男を胸に埋めさせているのだ。1度解散したリトルぐだーずが冷静になって戻ってきたぞ。

畜生……流石は天才の設計。どうあっても柔らけぇ!

 

「先輩。リンゴを剥きに来ま──」

 

「やぁマシュ。ぐだ男君ならどうやらおっぱいに顔を埋めたい欲求が凄いみたいだ。あ、まだマシュには早いかなぁ?」

 

「な!」

 

「違うんだマシュ!これはダ・ヴィンチちゃんが!」

 

「わ、私だって、先輩の全てを受け入れられます!」

 

「はは。冗談だよ。彼、ちょっと体が弱っているみたいでね。吐いてしまったから介抱していたんだ。私はもう行くから、代わりに看てもらえるかな?」

 

柔らかくも弾力のある双丘から解放されると、いつの間にか吐瀉物が入った袋をダ・ヴィンチちゃんが持っていた。

錠剤が詰まった瓶も約束通り彼が持っている。どうやら体の事や薬の事は内緒にしてくれるらしい。

 

「大丈夫ですか先輩?吐かれたとダ・ヴィンチちゃんは言っていましたが」

 

「まぁ、ね。ちょっと顔洗ってくるから、悪いけどリンゴを剥いて貰っても良い?」

 

「勿論です先輩。辛かったら何でも言ってくださいね」

 

俺は開けっぱなしの引き出しを閉じ、軽い目眩を我慢しながら立ち上がった。

マシュのその言葉に胸が苦しくなりながらも、笑顔で「大丈夫だよ」と返して。

 

 




難しい設定とか無しにして、アナスタシアを召喚させます。一緒に戦ったサーヴァントにカルデアが滅ぼされる。胸アツだ!


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Order.58 新たな舎弟!リッカ・オリヴィエ


キャットの水着とか出ないかなーと淡い期待を持ちながら宝物庫をサーフィンする今日この頃。




 

 

 

「そろそろ夏だなぐだ男!またサーフィンしようぜ!」

 

「そだ○ー」

 

「夏と言えば水着ですねぐだ男。時に、我が王の水着にご興味は?去年は慎ましやかな我が王を堪能させて戴きましたが、今度はランサーの方にこのガウェイン、大変興味があります。しかし、やはり円卓の騎士としてパッションリップの水着も大変見たいです」

 

「そ○ねー」

 

「ぐだ男。噂によると、かのライコー殿が水着姿を披露されると。これも円卓の騎士として、野蛮な夏の獣からレディを守る為このランスロットの単独行動を許していただきたく」

 

「○だねー」

 

夏。それは1年の内最も課金が捗る季節。

夏。それは1年の内最も肌色が多い季節。

夏。それは1年の内最もサーヴァントの制御に気を配る季節。

そう、今年もそれはやって来た。夏だ!海だ!サーヴァントトラブルだ!

 

「円卓の騎士としてどうかとは思うけど、男としてこれは見逃せない。無論、僕も同意するよ我が円卓の騎士達」

 

「流石は我らがアーサー王。敬意しか表せません」

 

「なぁ、なぁ。サーフィンしようぜー」

 

「そだね○」

 

それにしても不味いな……。毎週1度の円卓会議に呼ばれたかと思えば、話題はどれもこれからの水着イベントの事ばかり。

アルトリアsは姿を見せていないが……どうしてこうも円卓の騎士は変人しか居ないんだ。

え?シャルルマーニュ十二勇士もヤバイって?まぁ、あっちは変態の集団だから。何だよ全裸癖持ちの激強英雄って。興奮して脱ぐって最早犯罪だからね?

 

「さて。今回の会議は我が王達が水着の買い物中。そしてアグラヴェイン暑さに倒れ、欠席しています。ならばここはアーサー王を中心に夏の大作戦を計画しようかと」

 

「「「承認」」」

 

「うん。良いね。僕も実は夏は楽しみだったんだ。でも正直、別世界の自分の水着で皆盛り上がるとは思わなかったよ。そんなに凄いのかい?」

 

「それは勿論ですともアーサー王。我らがランサーの王は聖槍を主兵装としていたので、それはもう大きく立派になられました」

 

「ふむふむ。やはりロンゴミニアドを使うとそうなるのか」

 

仮にも別世界の自分だぞ……すごいなぁアーサー王は。

って、おや?

 

「ハッ。父上よりオレの水着の方が似合ってるっての」

 

「……モードレッド。残酷な事だが、貴公には圧倒的に胸が足りない。我らが王の慎ましやかさは除外させてもらうが、無い胸を張るのを虚勢と言うのを知った方が良い」

 

「へぇ、やろうってのか?」ビキビキ

 

「まぁまぁ。モードレッドの水着も可愛いことには変わり無いんだ。ぐだ男だってきっとそう思っているよ。そうだろう?」

 

「おや?ぐだ男はどこに?」

 

「彼なら今しがたマシュに呼ばれて出てったよ」

 

 

「お客さん?俺に?」

 

「はい。先輩のお知り合いとかで」

 

「ふーん?」

 

円卓会議を抜け出してきた俺を待っていたのは心当たりが全く無い客人との知らせ。

誰か外にそんな知り合い居たかなと頭をひねる。

 

「えぇと、女性の方です。オレンジ色の長髪で、それを束ねてポニーテールにした。カルデアのマスター候補の方らしいですが……私との面識が殆ど無いのでAチーム以外ですね」

 

「………あ、思い出した。リッカだ」

 

「りっか?」

 

「そう。前にロンドンに呼ばれたときに会ったマスター候補の人。魔術師なんだって」

 

「いや、マスターになる人間なんて大体魔術師だし、今回のグランド・オーダーは貴方だけよ。魔術師じゃないのは」

 

「初めて知った。取り敢えず、いつ来るかだけ連絡しようかな」

 

「連絡先をご存じなんですか?」

 

そう。前に彼女と会った時にメールアドレスを交換したんだ。

電話番号は流石にこんな極地じゃ繋がらないから、連絡手段は専らメール。頻繁にやり取りしているわけじゃ無かったけど、言われてみればいつかカルデアに遊びに行くとか言ってた希ガス。

 

「え?私無視?」

 

「あ、先輩!彼女です!」

 

「そうだよ。リッカはサーヴァントが……えぇ!?居たの!」

 

「誰が気配遮断使っていると?あ、初めまして……かな?マシュ・キリエライトでしょ?私リッカ・オリヴィエ」

 

「初めましてオリヴィエさん。私も特殊な立場でしたので、Aチーム以外の方とは面識が無く……」

 

「Aチームか……。なんかあのヴォーダイムって彼、気に食わなかったなぁ。まぁ、私以外皆死んじゃったけどね。所で右眼はどう?」

 

皆死んだ?まさか、生き残ったあの人達も?

 

「相変わらず見えないよ。ところで、この前入院してた人達は?」

 

問うと、リッカは難しそうな顔をして小さな声で話し始めた。

 

「……極秘よ?実はあの人達、この間突然皆一斉に死んじゃったの。余りにも異常な死に方だから、貴方以外唯一の生き残りの私がカルデアに何かあるか調査を頼まれた訳。そんなの魔術協会の連中がやれば良いのに、やれ行くのが面倒だー、やれ夏休みだーでね。それに、貴方に接触するのに有利だからかもね」

 

変死……レイシフトの影響等だろうか?それとも魔術協会の抗争に?

いずれにせよ、カルデア側がやったとして何の意味も無い。そしてそれが原因か、俺はまだ魔術協会の抗争に巻き込まれつつあるようだ。

この前の下総単独レイシフト?報告書は大分誤魔化したのがかえって怪しまれたか?

どのみちまた厳しい状況になったのは言うまでもない。リッカも巻き込んじゃったし、申し訳無いな。

 

「まぁ、私も色んな英霊にあってみたいから。そんなに長い事は居ないけど、宜しくぐだ男」

 

「こちらこそ。あわよくば魔術を教えてもらいたいし、皆も外から来た人の話は聴きたいだろうから歓迎するよ」

 

「この前の約束ね?オッケー」

 

「約束?」

 

「そう。リッカが英霊を見てみたいって言うから、良いよって言ったんだけど、その代わりに魔術を教えてくれるって。なんでも、魔術師は等価交換なんだって。錬金術師だけじゃ無いんだなって思った」

 

「そうそう。ハガレンで知ってる人もそうでない人も、何かを得るには何かを代償にするって言うことを分からないと駄目だからね?お金を払って物を買うのも一緒。という訳で早速アーサー王に会いたいんだけど、どこに居るの?」

 

「どのアーサー王にする?ニチアーサーと元祖青王とオルタナティブ多種とか居るけど。あ、確か今日は水着買いに行ってるとか聞いたな……」

 

「アーサー王ヤバくない?」

 

まぁ、仕方がない。分裂してしまう運命なのだろう。そう、まさしくFateだな。

 

「折角だからマシュも一緒に行こうよ。正直まだキツい時があるからさ」

 

「分かりました」

 

「何?何かあったの?」

 

「色々あるのよ。で──」

 

そう言えばリッカの腕脚は欠損していた筈。

俺には普通にそれらがあるようにしか見えないんだけど、魔術だろうか?

 

「あぁこれ?これは私の拡大魔術(エクステンション)で偽物の腕と脚に神経を拡大して本物みたいに使ってるの。この前も見せたでしょ?今回のは本物に似せたシリコンパーツの義肢よ」

 

「へぇ。それって痛みとかあるの?」

 

「無いわよ。感覚が一切無いから、慣れるまで掛かったわ。しかもずっと魔力を消費するから一日中使える訳じゃないし色々不便。だけど車イスよりかマシね」

 

「拡大魔術かー。一子相伝みたいなやつ?」

 

「そう。元々は不老不死に近付く為に、人の内包する時間を延長(拡大)させる目的で研究されてきた魔術らしいんだけど、実は何代か前のオリヴィエ家当主が『封印指定?はぁー?ふっざけんなよ。何か不老不死とかどーでも良いわー』って諦めたから人の神経を他物質に干渉して手足のように操ったり、他魔術の効果範囲を拡大させたりする魔術に派生したの。まぁ、範囲だけは大きくなるけど効力はその分弱まるし、地味だけどね」

 

「ふーん……?」

 

成る程?

 

(あ。先輩よく分からないって目ですね)

 

「取り敢えず、それはまた後で詳しく教えてよ。じゃあ行こうか」

 

「やっぱり英国人的に円卓の騎士に会ってみたい!」

 

そうか……彼女は知らないんだ。

誰もが憧れる誇り高き円卓の騎士。語り継がれる彼等の英雄譚は輝かしいものばかりで、きっとその端々にある彼等の残念なエピソードを知らないのだろう。

いや、誰かが言っていたな。事実は小説より奇なりだっけ?

何にせよ、彼女に彼らを紹介して幻滅しなければ良いけど……。

 

 

「私の好みですか?それは勿論、豊かな胸の年下は好きですとも」

 

「ぁんだよオマエ?あ?オレの好みぃ!?な、何でそんな事……ぇあ、そっ……んなもん父上に決まってんだろッ!?」

 

「Zzz……」

 

「そうですね。人づ──いえいえ!」

 

「ボクは人全般は好きだけど、個人となるとほら、ね?」

 

「Arthurrrrrrrrrrrr!!」

 

「何か……思ってたのと違う」

 

まだ会議中だった円卓組にリッカを紹介し、興奮する彼女が何故か彼等の異性の好みを訊いていったのだが、返答としては普通のものだった。おっと違った。俺にとっては普通でも彼女にとっては明後日の方向過ぎた。

それも仕方がない。円卓のマトモ要員であるベディは水着の買い出しに随伴して居ないし、アーサーも撮影があるとかで居なくなってたから変なのしか居なかったからなぁ。

 

「円卓はちょっと残念な人多いからね。そりゃあアグラヴェインの気苦労もマッハだよね」

 

「じゃあ神代の魔女に会いたい」

 

「……良いよ」

 

円卓会議室からメディアさんの工房(ガレージ) 部屋へ移ることに。

途中すれ違うサーヴァントの皆も紹介しつつ、お目当てのメディアさんの部屋の前に着くと、やはり魔術師なら憧れるのかリッカが妙に緊張していた。

はぁ、成る程。たまに来る魔術協会の人もそんな感じはしてたけど、やっぱり凄い人なんだなメディアさんって。

 

「メディアさーん。今大丈夫?」

 

『あら、何か用?』

 

「今外部からお客さんが来てて、メディアさんに会いたいみたいなんだけど、対応できそう?」

 

『今?悪いけど、今は私にも得意先方(・・・・)が来てるのよ。それに結構繊細な作業してるから、埃を立てられると困るのよね』

 

え?得意先が?てことは今塗装中って事か!うわぁ、俺も見たいなぁ。畜生良いなー得意先方(くろひげとメルト)め。

っとと、そうじゃなかった。

 

「分かった。と、言う訳でメディアさんは今忙しいみたいだから駄目だった」

 

「中で何をしてるの?」

 

「フィギュアの塗装」

 

「──はい?」

 

「だから、フィギュアの塗装だよ。メディアさんは神代の大模型職人だからね。よくその技術力を伝授して貰ってるんだ」

 

「魔術は……?」

 

「たまに」

 

うーん、とリッカが唸る。慌てて現代魔術師じゃ敵わないと本来のメディアさんの偉大さを付け加えるが、どうやらこれも彼女の思ってたのと違うようだ。

参ったな……。これじゃあカルデアがただの変人集団と思われかねない(主に円卓のせい)。何とか挽回をしないと。

 

「他に誰か会ってみたい……?」

 

「……じゃあ、居るならシェイクスピア」

 

「………」

 

瞑目。

 

「──で、我輩の所に来たのですな?しかしタイミングが悪いですぞ!」カキカキ

 

「そうだ!何でよりにもよって締切直前に迫った最悪の段階で訪ねてくるんだ!作家の執筆状況を常に把握するのがマスターの役目だろう馬鹿め!」カキカキ

 

「……The worst is not(これが最悪だ), So long as we can say, ‘This is the worst.’.(なんて言えるうちは、まだ最悪ではない)でしょ?」

 

「うはっ!我輩の台詞を奪われました!そして痛いところ突いてくる!分かりました良いでしょう。その代わり、ぐだ男を題材に本を書かせていただきたいですなぁ」カキカキ

 

「ネタを寄越せネタを。そう言えば、この前出した官能小説『ぐだ鯖性夜戦争』は読んだかぐだ男」

 

は?何それ初耳過ぎるんだけど。

いや、皆まで言わなくても良い。これは、間違いなくヤバい奴だ。

 

「何!?読んでいないと!?これはいけませんな!我輩とて物語の主人公に読んでいただかないと今後の為になりません!ここの描写はもっと生々しくとか、自分のゲイボルクはそんなに小さくないとか!」

 

「何してくれとんじゃあああっ!!」

 

「あ!駄目です先輩!そんなに興奮なさってはまた内臓に響きます!」

 

「構うか!肖像権の侵害だぞ!しかも人を勝手に夜の帝王か何かに仕立てあげやがって!ゆ"る"さ"ん"!!」

 

「夜の帝王!響きが良いので使わせていただきましょう!ありがとうございます!」

 

「取り敢えず今は俺達に構わんでくれ。締切を乗り気ったら相手をしてやる。もっとも、別の締切も迫っているがな!」

 

またぞろ執筆に入ったシェイクスピアとアンデルセンに令呪も辞さぬと右手を構えるが、すぐに無駄な事だと冷静になって部屋から出る。

全く……人を勝手に官能小説なんかの主人公にしてくれちゃってまぁ。て言うか誰が買うんだよ。鯖って誰とだよ。あう、寒気がしてきた。

 

「あ、あれがシェイクスピアとアンデルセン……?」

 

「思ってたのと?」

 

「違い過ぎ」

 

「是非もないよね……。他に居る?会いたい人……」

 

「……聖ジョージは居る?」

 

「──」コロンビアポーズ

 

聖ジョージことゲオルギウス先生。彼の趣味は旅行とカメラだ。

特異点に行くと、先ずは写真を撮ったりするお茶目な部分もあるが、その人となりは正に聖人君子と呼ぶに相応しい。

彼ならきっと彼女の願いを叶えることが出来る筈だ。なのに──

 

「良いですよマルタ殿!そのままスロットルを全開にしてみましょう!」

 

「……」

 

女神と新人類とビーストと海賊の頑張りでリフォームが完了したシミュレーションルームで、アメリカの広大な大地を黒いハーレーで疾走(しているようにエフェクトがなされている)するマルタと、それを地面に寝転がってタイヤが手前に来る低いアングルで撮影するゲオルギウス先生の姿があった。

どうやらマルタがシミュレーターを使ってハーレーで疾走していた姿が、ゲオルギウス先生のカメラマンの部分に刺激を与えてこうなっているらしい。

マルタもタラスクの刺繍が入ったスカジャンを着てポーズ決めてる辺り大分ノリノリのようだ。成る程なぁ……(白目)

 

「あ、あれが聖ジョージ……?」

 

「そうです。彼こそが名高いゲオル先生です。ゲオル先生には守る者としての心構えをレオニダスさん同様に教えてくださった恩人です」

 

「あれ?マシュにぐだ男じゃない。どうしたのその隣の娘?」

 

「おや。私としたことが、気付かず失礼致しましたマスター」

 

「いやいや。こちらこそゲオルギウス先生の撮影の邪魔をしてしまってすみません。実はそこの彼女が──」

 

「あ、貴女があの聖人マルタ様ですか……?」

 

リッカの事を紹介しようとした時、興奮した様子でリッカがマルタに詰め寄っていた。

流石のマルタもハーレーから降りて格好とは合わない、聖女然としてリッカの対応をする。

手遅れじゃないかと思ったが、意外にもリッカはマルタのホーリーナックルをべた褒めし始めたのだ!

 

「その籠手はほ、宝具ですか!?凄く格好いいです!殴れば天使も殺せそうな気がします!」

 

「……貴女」

 

そのホーリーナックルを装着したマルタの両手がリッカに向かう。

ま、まさか聖女ともあろう人が「見なかった事にしないとコレ(・・)、だからね☆テヘペロ」なんて脅迫するつもりじゃ!?

 

「取り敢えずぐだ男。後でカルデアス裏、だからね☆メンチビーム」

 

「あっれぇぇええええっ!?」

 

「で、貴女……」

 

マルタの両手がリッカの肩に乗る。

 

「このホーリーナックルの良さが分かるなんて良い目してますね!えぇ、えぇ。コレこそは主や聖人の加護の具現。大天使をも屠るヤコブの手足と合わされば天界をシメるのも余裕のシロモノよ」

 

「ヤコブの手足!ホーリーナックル!し、痺れます!あのタラスクを素手でシメたあのマルタ様に会えるなんて!私、いつかマルタ様と会いたくてマスター候補になったんです!あ、あああのあのっ!サインください!」

 

あー……そうなのか。リッカ、お前はそっちの人間だったのか。そう言えばこの前も「蹴るからね」なんて言ってきたし、伏線は張ってあったのか……!

 

「ありがとうございます!」

 

「面白い娘じゃないぐだ男。どこのシマの娘?」

 

「今本人が言ってたけど、カルデアの元マスター候補だよ。よく考えたら俺の先輩か」

 

「先輩にも先輩が……。とても感慨深いですね」

 

どゆこと?

 

「まさかもう夢が叶っちゃうなんて思ってもみなかった。ありがとうぐだ男」

 

「これは果たしてどういたしまして。と言えるのだろうか疑問に思うけど、リッカが満足して良かったよ。所でそろそろ昼食だけどどう?」

 

「行く」

 

「そう言えばマスター。先程館内放送でレオナルド殿が呼んでいたそうですが、行かなくて宜しいのですか?」

 

「え?聞いてないですね」

 

「ふむ。放送エリアを指定ミスしたのかも知れませんね。兎に角、彼が呼ぶのでしたら早めに向かった方が良いかと」

 

と、なると独りになる機会があると言うことか……。

 

「分かりました。じゃあ悪いけどマシュ。リッカの案内お願いして良い?」

 

「分かりました。先輩も後で来てくださいね」

 

「分かった。じゃ」

 

シミュレーションルームから出て暫く。道中誰かが俺について来ていたらしく、管制室まで心配していたいつものアレが発症しなかった。

誰だか分からないけどありがとう!

 

「お、来たね。その様子だと、小太郎君か望月君辺りが君にくっついてるみたいだ。さて話は変わるけど、君はアナスタシア皇女を知っているかい?」

 

「アナスタシア?」

 

「そう。ロマノフの末裔。アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。知らない?教科書とかで見てないかな?」

 

「うーん……」

 

ロマノフって何だっけ?ロマノフ朝とかだっけ?

何となくその言葉は知ってるけど、アナスタシア皇女は知らないな。

名前的にロシアっぽいし、確かロマノフ朝もロシアだった気がする。ロシア……広い……寒い……アナスタシア……寒い、凍る……雪?アナ……スタシア?雪、アナ。アナと雪、皇女……。

まさか──

 

「いや、限りなくアウトだよその答えは。あとムニエルはそのありのままなBGMを即刻止めるんだ。魔術協会の連中より夢の国から黒服の人達が来ちゃう。で、そのアナスタシア皇女なんだけど、召喚出来るみたいなんだ。どこで縁を結んだかとか分からない?」

 

「そんなアナ王女──ヤベッ。アナスタシア皇女と会ったこと無いけどなぁ」

 

「アウトだけどバレなきゃ問題ないね。で、召喚してみる?」

 

「この前一杯来たばっかりだけど、戦力が増えるのはありがたい。石も余ってるからやってみよう!」

 

この時は微塵にも思っていなかった。まさか彼女がカルデアを■■■にするなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あと夢の国から黒服の人達がやって来るなんて………。

 

 




リッカさんは単純に藤丸立花(女)を少し大人にしただけのモブ。



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Order.59 アナと雪の?いいえ違うわ。私はそれとは全く関係の無いアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァよ。そのようなデイズニィ感溢れるキャラクターとは無縁です。そうよねヴィイ?「オイラァ!」


イベントが始まり、仕事もえらいこっちゃなってきたので短めですが、出しておきます。

アナスタシアをどう扱えば良いのかまだ分かりかねてますが、後でコタツを支給しておきますね。


 

 

 

 

「近付かないで下さい」

 

それが彼女──アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァとの初めての会話だ。

ダ・ヴィンチちゃんから貰った事前情報によると、彼女は人間不信の気があるらしく、この反応は当然と言えば当然だった。

それにしても、皇女と聞いたものだからもっと凄いのを想像していたのだが、実際会ってみるとぬいぐるみを抱いた少女である意味驚いてしまった。

 

「えっと、初めまして。俺はここのマスターのぐだ男……です」

 

「そう」

 

「そうです……。えー、ステータスを確認しても大丈夫でしょうか?」

 

「……」

 

返答がない。だが、目はやはりこちらを疑っている。

雪のような白い髪で目が少し隠れてるし、身長も自分と比べると小さい為判りにくいが、雰囲気もあって即座にそれを感じ取れた。

 

「や、止めておきます……」

 

不味いな。久々に話しにくい相手だ。

人間不信気味でコミュニケーションをとりたがらないし、何だか腕のぬいぐるみがこっちをずっと見ている気がする。

下手に踏み込むとビームが飛んできそうな悪寒がする。

 

「じゃあ、お昼ご飯はどうですか?丁度良い時間ですし、ご飯を食べながら俺達が何なのかをお話しできればと……」

 

ウオオオッ!?めっちゃこっち見てる(気がする)!めっちゃこっち見てる(気がする)よこのぬいぐるみ!

まるでこのぬいぐるみの前じゃ嘘はつけないような、全てを丸裸にされているような感覚だ!

 

「……そう。では案内して下さい」

 

「ほっ……良かった。ちょっと歩きますけど、勘弁してください」

 

何事も先ずはコミュニケーションをとってお互いの事を分かって貰わなければ、信頼関係も築けない。

例え彼女が俺を信じていなくても、俺は彼女を信じている。だって、本当なら拒否できる召喚に応じてくれたと言うことはどんな理由であれ、カルデアに力を貸してくれると言うことだからだ。

 

「あぁ、そうだ。宜しくアナスタシア」

 

「……」

 

「……よ、宜しくアナ皇──」

 

「近付かないで下さい」

 

「まだ何もしてないよ!?」

 

 

2時間後。

昼食を何とか終え、リッカとアナスタシアの両名を部屋へ案内し終えて自室で一段落。

壁の保管庫から和菓子を取り出して、ノッブから貰ったお茶(多分凄いやつ)をズズズ……と飲んで、取り出した生八つ橋を1つ口に放り込んでホッこりする。

 

「あ"ぁ"~……」

 

流石はノッブが分けてくれたお茶だ。何なのかはよく知らないけど、とても美味しい──筈だ。

味はしないけど、匂いはまだ生きてるしな。それで大体は判別できる。

 

「しかし、夏かぁ」

 

思わずそんな独り言を漏らしてしまう。

いや、発作が起きない時点で独りではないのだが、そんなのはとっくに慣れている。

これもノッブがくれた凄いわびさびっぽい陶器をデスクに置き、椅子に座る。背もたれを倒して天井を見上げると、ふとカルデアに来る前の夏休みを思い出した。

よく友達と海に行ったっけ?キャンプもやったかな?確か花火大会に家族と行ったか?

──あぁ、どれも楽しかったっけ?どれも……思い出せないなぁ。

 

「……さて」

 

感傷に浸るのはお終い。繰り返し言うけど、今俺は独りじゃない。変にセンチメンタルな所を見られて心配されるのも困る。

 

「ハサンも食べる?生八つ橋」

 

「……流石ですぐだ男様」

 

デスク横に声をかけると、静謐のハサンが気配遮断を解いて現れる。

デスクの端に顎を乗せ、小動物がひょっこり顔を出しているような静謐の頭を思わず撫でると「ふみゅ」と、これまた可愛らしく目を瞑る彼女はやはり小動物。カチューシャの形も相まって猫に思えてきた。

さて、そんな猫は生八つ橋を気に入るだろうか。

 

「生八つ橋って知ってる?」

 

「いえ、初めて聞きました。そして初めて見ます」

 

「美味しいよ。チョコもあるから好きに選んで良いよ」

 

「ではチョコを戴きます」

 

チョコ八つ橋を手に取り、一口。その動作までに極自然な流れで俺の膝に座った静謐は生八つ橋の食感とチョコの甘さに感嘆し、残りを頬張る。

やっぱり美味しいんだな。良かった良かった。

 

「繊細なお菓子ですね」

 

「そうだね。あ、気に入ったら持っていっても良いよ。ただし、えっちゃんに見付からないようにね」

 

「分かりました。隠密行動はアサシンの心得。呪腕様達に必ずや」

 

そんなにガチにならなくても良いと思うんだ。だけど、そう言うところがやっぱり静謐らしいと言えばらしい。

 

「あ、それとぐだ男様。スマホに連絡が届いています」

 

「え?あ、ホントだ。ありがとう」

 

「では」

 

静謐が部屋から出ていく。どうやら本当に八つ橋を気に入ったみたいだ。

で、お陰で俺の体は悲鳴をあげ始めた。しかしまだ余裕はある。

スマホの画面を見ると、死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)をアイコンにした師匠からのメッセージ。

 

ししょー『修業の時間た』

 

「……」

 

誤字。これは突っ込まないでおこう。恐らく俺の腹にゲイボルクが突っ込まれる。

 

「……少し楽になった。今日はハードじゃなきゃ良いな」

 

この前の下総の一件から、師匠は何かと修業だー、シュギョウダーとうるさ……積極的になった。

しかも内容がいきなりハードになったもんだから辛いのなんの。いや、稽古をつけてもらえるのはとても有難い事なんだけど……。

 

「取り敢えず行くかな」

 

 

カルデア……一年を通して止まない吹雪と常に活気づいている他のサーヴァント達。

とても人理の危機とは思えない。

 

「……」

 

カルデアは広い。けど、私にはヴィイが居る。迷子なんてならないわ。

現に今もカルデアを知る為に歩き回っている途中。本当は自分の部屋に行きたいのだけれど、このカードキー壊れているのね。

いくら翳してもヴィイイっと音が出るだけでドアが開かないもの。部屋を出る時まではちゃんと使えてたのに。

だからついでにさっきのレオナルド・ダ・ヴィンチの所に行って変えて貰おうと思っているわ。けど彼から貰ったスマホの地図通りに進んだら全く違うところに出たのよ?

確かに間違えてタッチしたら「GPS(ゲーペーエス)」って言うのが無効になったって言われたけど、矢印は消えてないから問題ないわ。変な挙動はするけど。

こんな事でこのカルデアは大丈夫なのかしら。

特にマスター……彼は特に危険。ヴィイが言うには、私の事を雪の女王なんて思っていたみたい。

駄目。駄目よ。それは夢の国からオプリーチニキがやって来るわ。ヴィイもその鼻唄は止めて。どうなっても知らないわよ。

それしにても……ここはどこなの?どうみてもさっき案内されている時に歩いた風景とは……違うのかしら?どこも同じ様な見た目で分からないわ。

取り敢えず、また「GPS」を有効にすれば良いのかしら。

 

「……ヴィイ?」

 

スマホを弄ろうとした時、ヴィイが通路の先に誰かが居ると教えてくれる。

そうよアナスタシア。私にはヴィイが居たじゃない。

彼の全てを見透かす魔眼の前では何もかも無意味。

 

『えー!?ガチマッチ!?』

 

『安心しろ。私は本気を出さん。あくまでお主を殺すつもりで戦うだけだ』

 

『殺すつもり!?サーヴァントでしかも師匠が相手じゃ無理だよ!』

 

『時間は3分。さぁ、生き抜いて男を見せてみろ!』

 

『有無を言わさぬ槍の一撃ぃッ!?』

 

マスターの声。それに殺すつもりで戦うって……あの筋肉は確かに凄いとは思うけど、サーヴァント相手じゃそもそも難しい。

しかも相手は誰だか分からないけど、師匠と呼ばれる人なら尚更危険じゃない。一体どうするつもりなの?

 

「行きましょう、ヴィイ」

 

小走りで通路を抜けると、大きな部屋が現れる。

通路からも見えるように窓ガラスが幾つか設けられていて中の様子が簡単に窺える。

コンクリート打ちっぱなしの殺風景な部屋の中には変な槍を持ったマスターと、同じく槍を持った女性がいた。

マスターもあの女の人も全身タイツ……恥ずかしくないのかしら?

 

『どうした!その程度か!』

 

「あ!」

 

思わず声が出てしまった。

慌てて口を押さえて隠れると、中からマスターの叫び声が聞こえた。

女性の槍が、マスターの右腕を落としていた。二の腕辺りから斬られた彼の腕は槍を掴んだままで、隠れる直前まで槍にぶら下がっていた。

 

『慌てるな!』

 

再び覗くと、今度は何らかの魔術で彼の腕が元通りになっている。

そして体勢を立て直す暇も与えず女性が彼を蹴飛ばす。

ガラス越しでも分かる、嫌な音がした。

壁に激突したマスターは吐血して痙攣を起こしているけど、すぐに何事も無かったように立ち上がって女性の槍を避ける。

 

『はぁ!はぁ!』

 

『バランスを崩すな!相手を見ろ!私を殺してみせろ!!』

 

『ぬぅあッ!!』

 

マスターが自分に強化の魔術を使い、一歩踏み込んで反撃に移るが、その脚が斬り払われてしまった。

続けざまにお腹を槍が穿ち、破裂したように肉片が飛び散る。

 

「……」

 

どこかで見たことがあるような光景。確かこれは……。

 

『子供たちは撃つな!』

 

『お母さん!』

 

……あの時の、地下室のよう。

私がヴィイと契約できたあの時。姉さん達が、アレクセイが無惨に撃たれ、私も殺されたあの時。

銃を向けたチェーカー達に、私達は何も出来なかった。

ただ向けられた銃に怯えて、壁際で怯える私達の前に立って撃つなと叫んだ母の背中を見ているしかなかった。

 

『アナスタシア!』

 

「──!」

 

その声にハッと我に帰る。いつの間にか私は隠れながら見ているのを止めていたらしく、ガラスの前でボーッと立っていたらしい。

それに気付かなかった女性が放った槍が、私の目前まで迫っていた。

ガラス越しとは言え、アレほどの力で投げられたら貫通して死に至るでしょう。あの時自分達に向けられた銃のように、無慈悲な死を感じた。

けど、私の名を叫んだ声の主はあの時の母のようにそれと私の間に立ちはだかった。

 

「きゃあッ!」

 

ガラスが割れ、槍を肩に受けたマスターが通路側に転がり込んでくる。

その際私とぶつかって私自身も転倒してしまったけれど、そのお陰で飛散するガラスを顔に受ける事も無かった。

 

「ぐ……っ、う……」

 

「大丈夫かぐだ男!」

 

先程までの魔術は部屋の外では効いていないらしく、左肩口に深々と突き刺さった槍から血が溢れてくる。

とても痛い筈なのに、怒ってもいい筈なのに、マスターは最初に私に怪我は無いかと言ってきた。

 

「え、えぇ……私は大丈夫です……」

 

「すまないぐだ男。少し痛むぞ」

 

駆け寄ってきた女性にマスターが首肯すると、女性は槍を引き抜きました。しかも怪我が拡がらないように、ゆっくりと。

これで少し痛むだなんて、何を考えているのですかこの女性は。

 

「ぃっつ……助かったよ師匠。俺死ぬかと思った」

 

「死ぬ思って突っ込む馬鹿がどこに居るか。毎回言わせるな馬鹿者が。ルーンで治せたから良かったのだぞ」

 

「だって、あのままだとアナスタシアが危なかったんですよ?それに師匠があんな所に投げなかったらアナスタシアだってこんな怖い思いしないで済んだのに。召喚されて早々にトラウマ出来たらどうするぃぃぃでででッ!?」

 

「まったく……お主。雪の女王とか言ったな?何故ここに居る」

 

「ゆ、雪の女王ではなくアナスタシアです。私はレオナルド・ダ・ヴィンチの所に行こうとして、たまたまここを歩いていただけです」

 

「ダ・ヴィンチの所?全くの反対側ではないか」

 

この女の人……まるで女王の様なプレッシャーを感じるわ。え?何ヴィイ?……影の国の女王?それって……どこの国?

 

「何だ。アナスタシア迷ってたのか」

 

「……迷子ではありません。勝手に決めつけないで下さい」

 

「はぁ……ぐだ男。こやつをダ・ヴィンチの所まで案内してやれ。今日の修業は次回にする」

 

「もうハードなのは勘弁してください……取り敢えず分かりました。彼女を案内します」

 

「それとセタンタを呼んでおいてくれぬか?そろそろいい時期だからな。アサシンの時の武器が鈍っていないか、あやつで確認する」

 

(それって兄貴に対しての死刑宣告じゃない?)

 

「分かりました。そっちも伝えておきます」

 

マスターが立ち上がって私のドレスに付いたガラスを取ろうと手を伸ばしてきた。

 

「あ、ごめん」

 

すぐに引いた彼の手は血が付いていたけど、良く見るとそれ以外にも沢山傷痕があった。

召喚された時には気付かなかった、大小様々な傷痕。

今の会話から思うに、彼はきっとそう言う人間なのね。

 

『子供たちは撃つな!』

 

………。

 

「……まぁ……壁越しに喋るくらいなら、構いませんが……」

 

「え?壁越し?……良く分からないけど、そうするよ。あ、今回は許してよ……?」

 

案内のために振り向いた彼の背中は大きかった。あの時の母の様に。

どうして誰かを守る人と言うのは、こんなにも背中が大きいのでしょうね。あなたもそう思うでしょヴィイ?

 

 





アナスタシアの母親が撃つなと言って子供達の壁になったのは処刑記録として詳細に記述されているそうです。
一応調べてますが、間違えてたらすみません。


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Order.60 疾れ!イシュタルカップ!

ゲッテル云々が終わってからの夏イベントって感じですかね今年は。
正直、面倒な復刻ばかりでやる気が出なかったのでありがたい。




 

 

 

 

今日はいい天気だ。

誰もがそう感じる、晴れた空。広大な大地。

 

割れんばかりの古今東西様々なサーヴァント達の歓声。

 

そして太陽光を眩しく反射させた変なマシンに集まる水着のサーヴァント達。

 

遂に始まった、夏のイベント。

 

『さぁて!この夏はレースで盛り上がって行くわよー!命知らずの強者共、スロットルを全開にしなさい!イシュタルカップ開催よ!』

 

水着姿のイシュタルがマイクを高く掲げると、それに呼応して観客の歓声も大きくなる。

 

「凄い熱気だ。でさ、ふと思ったんだけど、折角の夏で皆水着なのにどこにも海が見当たらないのは何故」

 

「そこは黙っていましょう先輩。今回はイシュタルさんの開催しているレースですから」

 

「そうよぐだ男。いちいち気にしてたらキリが無いわ。てな訳で、貴方達も準備しなさい」

 

「了解」

 

『じゃあそろそろ命知らずレーサー達を紹介するわ。さぁ、皆各自マシーンに集まりなさい!』

 

イシュタルの声で日陰に居たサーヴァント達が各々のマシンに集まっていく。

赤いマシンにスチームなマシン……?デッカイマシンに形がモロにロケットのマシン。本当に僅かな時間で良く作れたなと感心するばかりだ。

そんなマシンの集団の最後尾、周りに比べたらちんまりとした、ライムグリーンのバイクが佇んでいた。

何ともインパクトに欠ける見た目だが、一部のサーヴァントはそれが何なのか知っていて更に盛り上がる。

 

『──で、最後がちょっと変わったチーム。『燦々日光夏休疾地二輪(さんさんにっこうなつやすみしっちにりん)』!マスク・ド・メイドTとマスク・ド・ライダーCのダークホース感半端ない2名で、使用マシンは『Kenja400R』!バイクに2人乗りって事ね』

 

バイクに既に跨がっているマスク・ド・メイドTは日本人がやたら好む翼のような白いマスクで目元を隠しており、他のサーヴァントと同様に肌の露出が多い水着になっている。

赤いチューブトップの水着で、布面積はややマイクロ寄り。ゴールデンも顔を真っ赤にして鼻を押さえるセクシースイムウェアだ。

その相棒であるマスク・ド・ライダーCだが、姿が見えない。イシュタルも何回か呼んでみるが、来ないので後回しにすることにしたようだ。

 

『じゃあ今から儀式用のパーツを配るから、各自マシーンに取り付けなさい』

 

「ぬぅ……今から取り付けるのか。それにしても仮面の、何者か。ものすごーくピンクの髪に見覚えが無くもないし、水着の色が余と被っているではないか」

 

「おい貴様。この私を差し置いてメイドを名乗るとは良い度胸だな。名を明かせ」

 

水着になってキャスターとなったネロとライダーとなったアルトリア〔オルタ〕がマスクのTに詰め寄る。

どう見てもタマモキャットなのは間違いないのだが、手足がまた普通だと彼女達には全くの別人に見えるようだ。

 

「おっす。アタシは謎のメイド、タマモキャット。名も顔も隠して参加させてもらおうと思っていたが、思わず真名を明かしてしまったキャットであった。おっと、流石のアタシでもパートナーの真名はお口ミッフィーだ。ラビットホーン、宜しくナ水着の王様」

 

「何ぃ!?キャットまで水着とな!しかし、中々際どい水着よな」

 

「ふ。貴様だったかタマモキャット。ならば丁度良い。どちらが真のぐだ男のメイドたるか勝負だ」

 

「ほぅ?既にご主人の専属メイドたるアタシに勝負を挑むとは、胸は無いが度胸はデカいな。委細承知だブリキング」

 

「勘違いするなナマモノ。今の私は王ではない。メイドだ。精々マシンに風穴が空かないように注意するんだな」

 

既に戦いはそこかしこで始まりかけている。

何やかんやで皆パーツを取り付け、エンジンが唸り始めた。

イシュタルももう一度詳細なルール等を説明し終え、もうじき試合が開始される。

 

「よーしっ。じゃあサクッと1発、スタートランプ頼むわよぐだ男」

 

「イシュタルさん、それが先輩は『ちょっと別の用があるから始めて』と言い残してどこかに走っていってしまいました」

 

「用事?何かしら……あぁ、さては最後のチームのサーヴァントを呼びに行ったのね。そう言う気が利くけど抜けてるところは嫌いじゃないわ。じゃあマシュ。悪いけど、ぐだ男の代わりお願いして良い?」

 

「分かりました」

 

『……っと、ここでマスク・ド・ライダーCがいよいよ登場したわね!』

 

皆のマシンが唸りを上げる中、ついに最後のドライバーが姿を現した。

タマモキャットが待つマシンに歩いていく1人の男。

バイクの為ゴツいブーツを履いて、何も珍しくもない質素な緑のサーフパンツ。体は筋肉質で、今まで特異点を踏破してきた結果(・・・・・・・・・・・・)として傷痕が全身にある。

そして顔を隠すのはキャットと同じくあのマスク。

 

『あれ?何かどっかで見たことあるような気がするけど……まぁ良いわ。行くわよー!』

 

「……お待たせキャット」

 

「遅いぞご主人。こんなに焦らした罪は頭を垂らした猫じゃらしの様に重たいゾ?」

 

今回俺達は運営側。走ることは出来ない……と、思っていただろ?

いくらマスターだからとは言え、これ程盛り上がっているレースに裏方でなんてあんまりだ。

イシュタルは言ったぞ。最高の夏にするためだって。ならば、俺も最高の夏にする為に走っても良いじゃない。人間だもの。

 

「いいや、キャット。今の俺はマスク・ド・ライダーC(カルデアス)。しがないただのバイク乗りさ」

 

俺の宝具、Kenja400Rに跨がる。

本当はドライバーが水着なのだが、キャットは単に気分。俺こそがこのマシンのドライバーだ。

次いで後ろに乗ったキャットが俺の腰に手を回し、背中に胸を押し当ててきた。

……成る程。布面積がこんなに少ないとは思っていなかったが、いざ背中に触れるとなんか、とても良い(語彙力)。

 

『──スタート!』

 

ランプが緑に変わり、イシュタルがチェッカーズフラッグを振る。

それに合わせて皆のマシンが爆音をあげて走り出す。一部恐ろしく遅いマシンもあるが、きっと死にたくないのだろう。そんな想いがヒシヒシと伝わってくる。

 

「流石にネロ達は速いな!」

 

「案ずるなご主人。レースはまだまだ序の口。焦ると半生のパンケーキを裏返すが如し。そう、炭火のようにじっくり待つのだ」

 

「ま、そうだね。ちょっと様子見させてもらうか」

 

 

「うはー、皆凄いわね。これなら案外楽に終わるかも」

 

フラッグからマイクに持ち替え、レースの実況に移ろうとするイシュタル。

だが下からマシュが焦った様子で彼女を呼んでいたので取り敢えずはそっちの対応で下へ降りた。

 

「どしたの?」

 

「そ、それが……先輩が帰ってこないのが心配なので望月さんに探してきて貰ったんです。そしたら、燦々日光何たらの控え室にコレが」

 

マシュが抱えていたものを広げると、眩しい白が視界に飛び込んできた。

黒い胸のベルトが特徴的な魔術礼装。それは先程までぐだ男が着ていたもの、その物だ。

一瞬誰かに襲われたのかと思ったが、すぐにあのマスク・ド・ライダーの姿を思い出して脳内解析。数秒掛かったが、両者の姿が一致したイシュタルは直ぐ様手元のモニターでチーム『燦々日光夏休疾地二輪』を確認。

マイクボタンを押して声を張った。

 

「こぉら馬鹿ぐだ男!勝手に参加してるんじゃないわよ!!」

 

『げぇっ!?もうバレたの!?』

 

『早い真名看破だったなご主人』ムニムニ

 

「ちょ、ちょっと何やってんのよタマモ!!そんな裸同然の格好でくっついて……!」

 

『何を申すかこの女神は。今でこそ露出度は控え目だが、いつもは似たようなものでは無いかね?それに勝手ではなくちゃんとエントリーはしているから無問題(モーマンタイ)。このキャットの肉球で押印した以上、それを覆そうものなら悪夢を見るゾ?』

 

「待ってくださいキャットさん。右手の令呪はどうしたんですか?」

 

マシュが腰に回していた手を見て気付いた。

キャットには以前、ルビーから貰ったぐだ男専用の令呪がまだ残っていた筈。それが無いと言うことは、今のぐだ男はキャットが楽しむ為に従わされてるのではないか?

そう疑問したのだ。

 

『お。鋭いなマシュ。何を隠そう、アタシはご主人に令呪を使った。なのでご主人はアタシの鮎釣り人形なのだ!だが川がないな』

 

「操り人形でしょうが……」

 

『ヤベ。そうだった……カラダガイウコトヲー』

 

「下手くそな演技ね。取り敢えず戻ってきなさい」

 

『今から戻ると大地に刻む魔術痕に不具合が出るのでは?キャットは訝しんだ』

 

げっ、とイシュタルが短く悲鳴をあげた。

それもそうなのだ。今やっているのはレースだが、特異点を収束させるための儀式だ。

大地に刻んだ魔術痕は下手に途切れさせたり、取り除くとなると刻んだ時以上に手間も費用も掛かる。

まさかぐだ男が参加するとは思っていなかったイシュタルのミスだ。

 

『そうだよイシュタル。それに、俺だって特異点解決を皆に任せっきりには出来ないし、皆と競ってみたいんだ。後でちゃんと罰は受けるから、許してもらえないかな?1位の特典も全部キャットにあげるから』

 

「先輩……それ程までにレースに参加したいだなんて。イシュタルさん!ここは先輩の想いを汲んでください!日々苦労している先輩にとって、このような楽しみは数少ないんです!」

 

「ぁわ、分かったわよ。その代わり、本気でやりなさい!」

 

『おうさ!行くぞキャット!』

 

『任せたご主人!』

 

正体が露見したなら隠す理由もないと言わんばかりに、ぐだ男とキャットがマスクを外す。

魔力で出来ていたそれは宙に投げられると光の粒子となって霧散。巨大スクリーンに映し出されている各サーヴァントの情報も即座に書き変わった。

 

『気を取り直してアプデよ!何と、チーム『燦々日光夏休疾地二輪』は我等がマスターがドライバーとして参戦中!己を隠す仮面を脱ぎ捨て、タマモキャットと大地を駆ける!』

 

 

『何と!よもやあの仮面ライダーC(カルデアス)がぐだ男だったとは!』

 

『ふっ。流石は私のご主人様だ。ライダー適性も高いようだな。しかし、タマモキャットめ……メイドが主人に運転を任せてどうする』

 

『いーなー!余だってぐだ男とあんな風に走りたいー!』

 

『ますたー、はやーい!』

 

『当然だ!何しろあれは優れた直流V型ファンタズムエンジンだからな!』

 

『何を言うか!あれは効率の良い交流V型ファンタズムエンジンだからに決まっているだろう!』

 

『キャットさんまであんなに肌を晒して……密着させて……禁制です!ご禁制ですよ!』

 

『なんじゃぐだ男だったか。てっきり変態仮面かと思ってたわ』

 

『あぁ、何て事でしょう……ぐだ男さん。そんな肌を守る物が無い状態で運転なんて、死ぬ確率が……』

 

ちょっと誰が何を言ってるか分からないなぁ。

まぁ、オープンチャットで話せばこうなる事は分かっていた事。とは言っても、互いの無事を確認し合うための物だから外すとそれはまた困る。

 

「皆落ち着いて。確かに死ぬ確率もご禁制もそうだけど、俺も今はレースの参加者だ。マスターだから、なんて手加減は許さないからね。まぁ、手加減なんかしたら──」

 

「何!?」

 

先頭を突っ走る赤い車輌『レッド・ヴィーナス』の横に並ぶ。

左手で「お先に」と合図をして一気に抜いて、続きを話した。

 

「手加減なんかしたら、すぐに追い抜くからね。まぁ、手加減しなくても抜くんだけど」

 

『……ふ。面白い。おい劇場女』

 

『分かっている。余だってあの様な宣戦布告を受けて黙ってなど居られるか。追い抜くぞ!』

 

レッド・ヴィーナスのエンジンが咆哮する。数十m離れた俺の腹の底を震えさせるその重低音はみるみるこちらとの差を詰めてきた。

流石にダ・ヴィンチちゃんが担当しただけある。だが、こちらは宝具だ。そう簡単に負けてたまるか!

 

「お前の力はこんなもんじゃないだろカワザキ!」

 

俺のカワザキも前輪を上げてそれに応えると、デジタルメーターが時速250kmを示した。

まだだ……全然足りないぞ!お前ならもっと出せる筈だ!あのダッジトマホークの時速600kmだって余裕で越せる筈だ!!

──と、思ったものの早速問題が発生した。

 

『ぬぅ!?何だ!』

 

「ご主人!前方1270mに生体反応が集団で感知!こっちに向かっている!」

 

「皆止まれ!」

 

ブレーキを踏み、握るとタイヤが乾いた地面をスリップする。

ハンドルと体重移動でそれを対処しながら何とか急停車。皆もそれに続いて周りに集まると、前方から蜃気楼の中を変な集団が駆けてきた。

錆びて茶っこくなったエンジンがむき出しのバイク。それにはスパイクやらチェーンやらの変なアクセサリが多い。

そしてそれを駆るのが、モヒカン頭にまたスパイクの付きまくった服。手には火炎放射機や鉄パイプを皆持っていて、どこか『核の炎に包まれてあらゆる生命体は絶滅したかに見えた』世紀末感が漂っている。

大丈夫だろうか、色々と。

 

「ヒャッハー」

 

「あ!キタネェ!犬のフン踏んじまった。フンだけに!」

 

「つまらねぇ汚物(ギャグ)は消毒だぁー!」

 

「あびゃぁぁああ!」

 

「……」

 

茶番劇を繰り広げる世紀末グループを無視して行こうかなと座り直した瞬間、キャットがカワザキ横にマウントしてあったゲイボルクを抜いて空中の何かを弾いた。

すげぇキャット……槍使えたのか。オリジナルのランサーよりランサーらしい。

 

「この同業者(ケモミミ)の気配……正確無比でありながら当たらないこの矢は……」

 

「ほぅ、今の矢を弾くか」

 

「アタランテ?」

 

上から聞こえた声に視線を向けると眩しい太陽を背にアタランテが落ちてきた。

世紀末グループの前に着地した彼女はどうやらこの特異点のサーヴァントみたいだ。剥き出しになった敵意を視線と一緒に感じる。

 

「麗しのアタランテか。何故余達の走りを邪魔する」

 

「何故?それは汝らが私達の大地を荒らすからだ。このまま進むと言うのであれば、今度こそ私は汝らを射つ」

 

「もしワシらが進むとしたらどうなる?」

 

「ここから先には種籾リンゴが植えてある。汝らがこのまま進めばその種籾リンゴは荒らされ、明日はこの子達の腹を満たすことが出来なくなる」

 

「こんな乾いた地面じゃリンゴなんて育たないじゃないのかしら?」

 

エレナの言う通り、こんなカラカラな大地じゃリンゴなんて育つ筈がない。それにこの子達って言っていた辺り、大分おかしな事になっているようだ。

見ろよ。その子供達は舌ピアスの付いた笑顔で、刺青でとても子供とは思えないぞ。

 

「兎に角、大人しく迂回をするか諦めるんだな」

 

「……アタランテ。事情はこちらも察した」

 

バイクから降り、武器を持たずアタランテに歩み寄っていく。

慌ててネロ達が出てこようとするが、それを合図で止めさせてアタランテの目の前に到達した。

アタランテも俺の戦闘の意思が無いことを分かってくれたようで、弓を握る手の力が抜けている。

 

「汝はサーヴァントではなく……マスターか」

 

「俺は争うつもりも、リンゴの畑を荒らすつもりもない。大人しく迂回して行くつもりだ」

 

「ならば何故わざわざ私の前に来た」

 

「まぁ……無理があるとは思うけど、その子供達の為だと言うのなら俺だってアタランテとの約束がある」

 

「……成る程。そちらにも私が居るのか。通りで妙に信用できるわけだ」

 

アタランテとの約束。子供達を救うと言うのは例え特異点の子供達であっても同じだ。

恐らくこの(アタランテ曰く)子供達はこの特異点の元々の住人では無いだろう。だがそれでも、いずれ消え行く者達としても今を生きているならそれを救う。

 

「ありがとう。で、俺がアタランテに渡したい物はこれだよ」

 

「よく見ておくのだ自称メイドよ。真のメイドならご主人の言葉が無くても何を求めているのか分かるものなのだ。という訳でコレだなご主人」

 

キャットがバイクのリアサイドのバッグから大量のリンゴを取り出した。金銀銅、カルデアでマスターやってたら必ず誰もがジャンキーになるそれだ。

栽培出来るし、よく貰うから余りに余っていた物だから、何があるか分からないときは擬似ゼルレッチの箱に詰め込んでいく習慣が役立った。

 

「こ、これは……!いや、あの林檎とは別だが……」

 

「食べたら元気になるやつだよ。こっちがちょっと元気になって、こっちは50%位。こっちはMAX元気になるよ。ただ、コレだけに甘えてほしくもない。種籾リンゴはいずれ必要になるかも知れないし、このリンゴも腐らないけど数は限られる」

 

「分かっている。一時的な救いと言うのは、人を惑わせる。汝も知っていると思うが、かつての黄金の林檎のようにな。ありがとう。せめて何か礼をさせてくれ」

 

「じゃあ、良い迂回ルートを知ってたら教えて欲しい。えーと、ここに行きたいんだけど……」

 

「うん。これなら獣も少ない良い迂回ルートがある。 貸してくれ」

 

次のチェックポイントを示したスマートフォンのマップを操作してアタランテがルートを教えてくれる。

ここから南西に行くとどうやら小さな湖があるらしい。そこからチェックポイントまで直進するのが一番危険が少ないそうだ。

それにしても、かなり広い範囲にリンゴを植えてるんだな。

 

「ありがとう」

 

「いや、礼を言うのは改めてこちらだ。お前達もお礼を」

 

「「「ありがとうございます!筋肉のアニキ!!」」」

 

「じゃあね。行くよキャット」

 

「うぬ」

 

アタランテ達に別れを告げ、カワザキ跨がる。すると待っていた他のチームから一斉に通信が入った。

怒ってたり褒めていたりゴチャゴチャしているが、要するに皆迂回を選択したようだ。

 

「皆も場所は聞こえてたね?じゃあ行くよー」

 

 

小さな湖とは言え、実際来てみれば一週5kmはある。周りに木々が生い茂る事は無く、不思議とそこにある、そんな湖に一番最初に辿り着いたぐだ男は地図通りここから南下しようと車体をバンクさせた。

 

(特に障害物も無い。ここで距離を離す!)

 

次位との差は凡そ50m。

今まではコースが荒く、速度を出したくても出せない状況だった故に2速で走っていたぐだ男だが、湖を曲がると平らな地面が続いていた。

そこで更に差を広げるべく、遂に禁断の6速へギアを繋ぐ。

彼の宝具(マシン)は6速で最高時速がスペック上で881km。最早何を目指しているのか分からない代物になっている。

 

「今こそ禁断の6速!」

 

『おぉっ!?何このスピード!反則じゃない?って位速いわね!』

 

『このスピード……まるで私が以前訪れた観測惑星カバディに居た謎のライダーXと同じ!まさか──』

 

『くっ!流石は同盟者、出力が段違いです』

 

「ご主人!今こそクイックオイルの出番だ!」

 

「よし!さぁ、カワザキ!このオイルを──」

 

カワザキには意識がある。自分の意思で走行も可能なので、ぐだ男は両手を離し、クイックオイルを取り出した。

オイルのキャップを空けて、何故走行中なのに給油できるのか分からないがタンクにそのオイルを入れようとした時、その手が固まった。

 

「……ごめん。俺レギュラーだから変なの入れたら駄目だった」

 

『大丈夫。ガソリンだろうがオイルだろうが、マシンじゃないのに与えてる裏生徒会長とか居るのよ?大した問題じゃないわ』

 

「そ、そうなの?でも……」

 

確かにあるチームはマシン云々ではなく、馬で走っていた。一体どう言うことなのかと疑問したら世界の深淵を覗く事になる。

そう、あのCOOOOOOLなインスマス顔になりたくなかったら黙って周回をするのだ。

 

「カワザキも嫌だって言うし、止めておこう。兎に角一度これをしまうかね」

 

『──止まれ』

 

「「!」」

 

キャットにオイルを手渡していたその時、カワザキの進路を妨害するように1本の朱槍が地面に突き刺さった。

流石のカワザキでも、これは回避できない。

朱槍に前輪がぶつかると、転倒防止のスキルがあるにも関わらず、バイクは横転。投げ出されたぐだ男はキャットのお陰で大事には至らなかったものの、首をむち打ちしたようだ。

 

「カワザキぃぃぃぃぃいい!!」

 

戦闘機に乗っていたどこかの日本人の名を叫ぶようにぐだ男が叫んだ。

そのカワザキも開けっ放しだったタンクからドバドバとレギュラーガソリンが地面を濡らしていく。

 

「何者だ!姿を見せよ!」

 

いつの間にか停車していたネロ達も車輌から降りて辺りを警戒している。

するとその呼び掛けに応じた声の主が陽炎の向こうから歩いてきた。

赤紫色のビキニと透けたパレオ。そのビキニより暗い色の長い髪は汗で体に貼り付くのか、三つ編みで纏められている。

そして堂々たる態度で歩いてきたその女性は……やはり白い羽の仮面を着けていた。

 

「私は謎の美女X。夏だからと受かれているお主達を倒す者だ。決して出番がないからと拗ねたりした影の国の女王ではない。その人物とは一切関係無いが、同じ様に美しい筈だ。このスタイル素晴らしいなんかは良く似ているだろう」

 

「「「……」」」

 

「そして私は謎の皇女EX。体験したことのない暑さと海を楽しむ為、スカサ……はっ、んんっ!謎の美女Xに協力する者よ」

 

そのス──謎の美女の後ろから白いフリルのビキニを纏った少女が出てきた。

同じく顔にはあの仮面で、右腕には赤ん坊がプールでつけるような浮き輪のようにぬいぐるみが抱き付いている。こちらは目元が隠れていても分かる、嬉しそうに口角が上がっていた。

 

「……これは酷い」

 

思わずぐだ男が痛い首も気にせず項垂れた。

この2人、どちらも本気で正体を隠しているつもりなのだ。どうせルーンやらを使っているから分からないとでも思っているのだろう。

残念ながら、認識阻害のルーンは本人がスカサハと似ていると、皇女が「スカサ……はっ」と言ったせいで効果は無くなっている。

 

「この前から仲良くなったのか……良い事だけど、何かなぁ……」

 

「どうしたそこの筋肉マン。あぁ、成る程。さてはこれだけの美女に囲まれて立ち眩んでしまったな?」

 

「いや……何か、凄いなぁって」

 

「誰ですかこんなに私とキャラ被りする雑種をぽこじゃか増やそうとしているのは!当然私の口座にQPは入れてますでしょうね!?何なら現物でも良いですとも!グルメなら尚良し!」

 

「落ち着いてX。で、そちらのXは何故邪魔を?」

 

「……」

 

「……(成る程。謎の美女と呼ばないと反応なしか)で、何で謎の美女Xは邪魔を?」

 

「言った筈だ。浮かれているお主らを叩き潰す為だと」

 

謎の美女が後ろ手に槍を回し、空いた片手に剣を召喚する。

流石のぐだ男達もそれに反応して武器を構え始めた。謎の美女の隣で自撮りではしゃいでいる謎の皇女はそんな様子は一切無いが、辺りに纏う攻撃的な冷気が代わりにそれを成していた。

どうやらヴィイに関してはやる気らしい。

 

「だが仮にもレースだ。あの“あかいあくま”とやらが何やらしているようだが、私もそれに則ってやろう。何、年ちょ──大人の女としての余裕だ」

 

「……で、何をするつもりかね?」

 

「簡単な事だ。私達のマシンとお主達のマシンとで、チキンゲームだ!」

 

 





キャットのエミュが難しい……


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Order.61 影の国チキンレース

よくよく考えたら、レイシフト先の怪我は肉体に反映されなかった気がしましたが、そもそもこの創作じゃ肉体もろとも跳んでるって体でしたのであまり気にしないでネ!

あとこの後にぐだぐだをツッコむ予定ですが、最近のイベントの時系列が訳分かんない事になってるので、一気に明治維新と聖杯奇憚もやっちゃいますね。


 

 

 

 

──チキンゲーム。

車輌に乗った者同士がお互いの度胸を試す、日本では主にチキンレースと呼ばれるそれだ。

師匠はそれを皆でやると言い始めたのだ。

 

「はぁ……じゃああそこの高台でやります?」

 

「いいや。それではつまらん。舞台はわた──違った。ケルトの美女から借りた宝具、死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)を越えた影の国だ」

 

「それは……死刑宣告か何かで……?」

 

「ふ……安心しろ。今回の為だけに出力を調整してある。門を通る時の即死判定も今はお主達に私の(・・)許可を有効にしてあるから安心して通るが良い」

 

ボロが出てるよ……。

 

「ただし、覚悟しなさい。今回の影の国の凍てつく寒さは生半可な霊基じゃ耐えられないから。特にそこのマスターは危険。だから特別に私のこのぬいぐるみを──」

 

「こんな事もあろうかと思って用意してきた甲斐があったな。今回ばかりは私の勝ちだタマモキャット。ありがたく受け取れご主人様!」

 

何て態度のデカいメイドなんだ……!と、それは兎も角。

アルトリアが自分のシートの横に置いてあったシルバーのアタッシェケースを投げてきた。い、一体何なんだ?

 

「まさか!ご主人の部屋に無いと思ったらお前だったか新人メイド!」

 

「新人ではない、プロだ。私の直感スキルがそれを持っていけと訴えるのでな。ご主人様の衣服の管理も出来ずしてメイドは語れない、そう言うことだ。ありがたく思うが良いご主人様よ。そして今回の初仕事の報酬は壁の保管庫にあった和菓子で受け取っておいた」

 

いや、今のライダー状態じゃ直感持ってないでしょ。

それより俺の和菓子……は仕方がない。取り敢えず、これは何なのだろうか?

ロックを指で弾いて開けると中には茶色い布が。

 

「……こ、これは!」

 

「そうだご主人様。いや、トナカイ(・・・・)。お前にはそれが有る限り、例え成層圏の彼方だろうが影の国だろうが走破できる筈だ」

 

アタッシェケースに綺麗に畳まれて収まっていたのは、毎年クリスマスでトナカイをする時に着るトナカイスーツ。

 

「まぁ、可愛いトナカイの魔術礼装」

 

「いや、あれは魔術礼装ではない。ただのコスプレ衣装だ」

 

「嘘ぉ!?そんな事したら凍え死んじゃうんじゃ」

 

「ならば問うてみよう。ぐだ男、そんな装備で大丈夫か?」

 

トナカイスーツのチャックを閉め、角カチューシャを兜を被るように装着した俺は真っ赤なお鼻を自身の鼻にグリグリと押し付けながら格好良く振り返った。

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

「そんな、嘘でしょ……え?何ヴィイ?耐寒能力が600%に上昇?最近貴方が言っている事が分からないわ……」

 

「流石だ。では往くぞ!貴様達の命、そこで散らすことの無いように足掻いてみせよ!死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)!」

 

兄貴が言っていた、カルデアには持ってきていないと言う宝具。

話には聞いていたし、メールアプリのアイコンが仰々しいこの宝具にしていたからあまり驚くことは無いと思っていたが……いざ空から大きな門が冷気を撒き散らしながら降りてくると背筋が凍る。

根本的に違う。他の宝具とかとは一戦を画した、圧倒的な異境感。本当に力を持つものしか立ち入れないそこへ俺達はマシンごと引きずり込まれる。

 

「さぁ……影の国チキンレースの始まりだ」

 

「さては暇して動画見まくってました?」

 

「見てた」

 

 

そんな事が今から1時間程前にあって、今こうして影の国を疾走している。

実は、師匠が言っているチキンゲームとは、皆が想像したであろうあの映画のそれではない。とんでもなく強い怪物が跋扈する魔境ならではのゲーム……各所に存在するベル・ラフム5体分に匹敵する怪物から逃げ続けるスーパー鬼ごっこだ。

ルールは簡単。

相手は本気で殺しに来てるから、殺されない。マシンを破壊されない。そのどちらかになった場合は問答無用で師匠達にレースへの参加権を明け渡す。

やばいと思ったら支給されたルーンストーンで安全圏に離脱可能。

制限時間は無しで、師匠アナスタシアペアが最後まで生き残っていたら最初に離脱したチームから参加権を剥奪する。

 

「他の皆は大丈夫かな……」

 

「通信は遮断。頼れるのはガソリンが少なくなったカワザキとアタシ。そしてご主人のドラテクだけだ」

 

「これは師匠が有利じゃな──来た!!」

 

ズドンッ!と山が落ちてきた──訳ではない。

全高約20m、ドラゴンか人か海魔か……またはそれらが全て混ざったような怪物が遥か後方から跳躍してきたのだ。

巨体に似合わぬスピードで俺達を握り潰そうとこれまた大きな掌を広げて襲ってくる。

 

「くあああっ!怖ぃぃぃぃいい!!」

 

車体を右へ左へくねらせて攻撃を回避。

怪物の死角になるように敢えて腕の下や足元をすり抜けて危機を脱するとギアを最大にして脱兎のごとく逃げたした。

流石の怪物でも0-100km/hがコンマ5秒のスペックには敵わないようで、かれこれ1時間は逃げ仰せている。

 

「ふぅ……あ、ノッブ達だ」

 

ミラーで尚も追ってくる怪物を横目に見ながら空を見上げると、ノッブ達のマシンが空を飛んでいた。

イシュタルの監視がないから自由に飛び回ってるけど、たまに対空性能高い奴が居るから気を付けて貰いたいものだ。

ほら、今あっちの方で巨神兵みたいな奴が口から陽電子ビーム撃ってる。執拗に狙われてやがる……飛びすぎたんだ。

 

「因みに陽電子は物質と触れると対消滅を起こすので、対象の破壊を主とした運用は向かないのだな。それに大気中での対消滅による減退も激しいので射程も威力も劣悪で、おそらく魔術で補助してやっと成立するぞ。あれは最早構造が別物故に完成させているが……そう言えばご主人のガンドにこれを採用してはどうだろうか」

 

「ちょっと何言ってるか分かんない。けど、そう言う科学理論とかすっごい好き。あとキャットのたまに超博識になるのも好き」

 

取り敢えず、今は逃げる。シェラさんのチームが物凄く心配になるが、きっと早々に離脱しているだろう。

頼光さん達は……生き物だもんなぁ。すっごい心配。

 

「あ」

 

「ふむ、離脱したな。あれだけビームを撃たれたなら、さもありなん。流石のキャットだって狐だけど兎のように逃げるワン」

 

「今の一文に物凄い矛盾があった気がするけど、全てを体現してる気がする……」

 

しかし、この様子だともうそんなにチームは生き残っていないのでは無いのだろうか。

一見敵無しに思えた空中でもあれなのだ。俺もガソリンがあまり無いし、時間の問題だろう。

 

「ほぅ!やはりまだ残っていたかぐだ男!」

 

「XとEX!そっちこそ!」

 

いつの間にか隣を並走していた謎の美女Xと謎の皇女EXチームのマシン『ゲイボルカー』からその2人が声をかけてきた。

えげつない尖り方をした朱のマシンで、名前通りゲイボルクを車にしたような物だ。

中の2人は仮面を着けたままフルフェイスのヘルメットを被っていて、見てるこっちが鬱陶しくなる。ミラーシールドとかにすれば良かったのに……。

 

「もう残っているのは私達だけだ。さぁて、私達のマシンが壊れるかお主が離脱するか、楽しくなってきたぞ」

 

「本当にあの格好で耐えてる……」

 

「お陰様で。で、謎の美女X達は離脱しなくて大丈夫?」

 

「分かっておるだろう?私達がレースに参加するには最後のチームになって、生き残らなければならない。離脱なんぞ、ハナから勘定には入っておらぬさ」

 

「だろうね。じゃあ大人しくやられて下さい!」

 

「断る。私とて、願いがあるからこのレースに参加したかったのに、受付期間はたったの1日足らず。折角セタンタからこのマシンを奪ったと言うのに……その日の私は掃除当番だった。どこかのマスターが掃除に魔術等の使用は禁止にするから、1日かかってしまった」

 

「可哀想……」

 

それは勿論可哀想だとは思うが、俺が魔術やスキル等を禁止にしたのは基本的に問題を増やすからだ。

この前はゴミを持っていくのが面倒だからと、宝具で串刺しにした挙げ句憎しみの炎を存分に使って火災警報で大変だったんだぞ。

見てみな。あのヘラクレスやスパルタクスも笑顔で箒と塵取り使ってちゃーんとやってるんだから。って皆バーサーカー以下かよ!!

 

「で、アナスタシアは?」

 

「私はお部屋の模様替えを──はっ!?いえ、私はアナスタシアじゃなくて謎の……」

 

「いつからだ?」

 

「え?あー、今分かりました。と言うよりほぼ勘だったんですけど、アナスタシアが乗ってくれて助かった」

 

「そうか。では……ここで死んでもらう!!」

 

「何で!?」

 

やっぱり恥ずかしいのか!?そうなら何でその仮面にしたのぉ!

 

「反則だと思ったか?残念だが、私は一言も他チームを攻撃してはならないとは言っておらんぞ?」

 

「まさか、他の皆も……!」

 

「いや、離脱して私が手を下すまでもなかった」

 

「ぐだ男には悪いけど……凍てつかせなさいヴィイ!」

 

「よし!漸くここでアタシの出番。炎天よ、奔れ(・・・・・・)!」

 

アナスタシアがこちらのタイヤを凍らせようとしてきたが、後ろのキャットがオリジナルと同じ様に呪相・炎天を放ってそれを相殺した。

例の事件で(5月)も密天を使っていたけど、それ以外を見るのは初めてだ。まさか、キャットもクラスチェンジを?

 

「残念ながら、アタシはバーサーカーのままだご主人。ただ今はご主人とぴったり肌を合わせている事でアタシの出力がグ~ンと鰻登りの滝登り。別に、オリジナルの技をパクってしまっても構わんのだろう?」

 

「むっ。やっぱり仮面がじゃまで良く見えないわ」

 

外せば良いのに……そうちょっと抜けたアナスタシアに思わず笑顔になる。

初めは近付くなオーラ全開で笑顔なんかも全く見せなかった彼女が、いつの間にか一緒にお茶するようになり、人間不信(英霊も該当するらしい)と聞いても嘘に思える程楽しそうにしているのだ。

しかし真っ先に仲良くなったのが師匠で大丈夫だろうか……突然、氷槍ゲイボルク!なんて言い出したらどうすれば良いか分からないぞ。

 

「だったらこれよ。ヴィイ、全てを穿ちなさい。氷槍ゲイボルク!」

 

「速い!」

 

「くっ!」

 

まさかのその通りになってしまった。

空中に鋭い氷槍を作ったアナスタシア。彼女の挙げた手が振り下ろされるとそれに従って、氷槍がこちらを襲ってくる。

咄嗟に回避をカワザキに任せ、こちらもゲイボルクをもって迎撃するが、氷槍を砕けば砕く程こちらのゲイボルクが重く、冷たくなってきた。

 

「やるなぐだ男!だが、そのまま槍を握り続ければ凍傷は避けられんぞ?」

 

「その時はその時!キャット!」

 

「おうさ!今ならご主人のお陰でバックファイア無しの特大サービス!タマモ奥義、呪詛・空烈大密天!時速500km以上で空気の壁にぶつかるゾ!」

 

「だったらヴィイの出番ね!」

 

キャットは直接当てるのではなく、敢えて相手の前に設置した。

何しろこの大密天は攻撃手段と言うよりは動きを封じる物。まぁ、出力を上げれば相手の周りの空気をゼラチンのようにするだけでなく完全に固定して、呼吸を封じたりも出来る。

今回は前回と同じゼラチンパターンだが、先にキャットが言った通り時速500kmでゼラチンに突っ込むのだ。

ただのゼラチンならあの鋭いゲイボルカーで難なく突破されるが、世の中にはダイラタンシー流体と言う非ニュートン流体があって──あぁ、そうじゃなかった。

兎も角、その空気の壁に対抗するには立ち上がったアナスタシアが最適だった。

彼女と契約している精霊ヴィイは特殊な魔眼を持っている。それこそが透視の魔眼。

因果律をもねじ曲げてあらゆる対象の弱点を作り出す(・・・・)それは難なくその空気の壁を霧散させ、何事もなかったかのようにゲイボルカーを走らせている。

さてはこう言うのを見越して引き連れてきたな?

 

「なぬ!?あれは反則だぞご主人!」

 

「改めて体験するとヤバイね。はっきり言って勝てないかも」

 

「お主は離脱しても何の関係も無いのだぞ?何故そこまで抗う」

 

「……そうだね。確かに、俺はここで頑張る必要が無いのかも知れない。けど、自分の都合で皆の邪魔をするのは頂けない。掃除が下手くそで参加できなかったから、他の誰かの権利を奪うだなんて、大人として恥ずかしくないの?」

 

「……痛いところを突く。確かに、私は思慮が足りていなかった。反省しよう。だが、どうであれお前達は私の条件を受け入れた。そうであるなら、最後までやらねばお前が勝つと信じて待っている奴等に顔向け出来んだろう」

 

そうだ。誰かは分からないが、俺が勝つと思ってくれている人が居る。

例えお互いに願望をぶつけ合い、蹴落とし合う関係だとしても、一緒に走る仲間が居る。

師匠には悪いけど、今回は反省してもらう為に勝たなきゃならないんだ!

 

「よくぞ吼えた!ではレーサーらしく峠を攻めるとするか!」

 

「応ッ!!」

 

 

「うーん……駄目ね。やっぱ影の国に連れていかれたみたい。参ったわね……」

 

「でも、どうしてスカサハさんとアナスタシアさんは皆さんの前に立ちはだかったのでしょうか?」

 

「単純に参加できなかったから、誰かから資格を奪い取ろうって魂胆でしょうね。別に代わっても良いのだけれど、あのパーツだけは無くさないで欲しいわ」

 

「おーい嬢ちゃん!さっきの師匠か!?」

 

一方のスタート地点では、静寂な湖だけしか映っていなかった。

イシュタルもお手上げで、取り敢えず待つしかない状態になっていると、観客席からクー・フーリンが焦った様子で駆け寄ってきた。

何事かとマシュがすぐに肯定すると、あちゃー。と頭を掻く。

 

「どうしたんですか?」

 

「いやな?今回のレースに師匠が参加するって言っててよ。マシンのアテはあんのか?って訊いたら俺のマシンをぶんどって行ったからちょっと心配なんだわ」

 

「クー・フーリンさんのマシン?何でまた」

 

「俺も良く分からねぇ。どこかのゆるーい聖杯戦争で使ってた事は分かるんだが……まぁ、それはそれでだ。俺が心配なのは師匠があのマシンの事をどれだけ知ってるかって事でよ。知ってるか嬢ちゃん。ドラッグマシンってぇのはさ……」

 

「ドラッグマシンとは……?」

 

「──曲がれねぇんだ」

 

 

影の国の山は大きいなぁ。

思わずそんな言葉が呑気にも出てきてしまう。

道中怪物を倒しながらやってきた山は意外と大きく、山道らしくクネクネしていた。

これからイニシャルなDよろしく、峠を攻める。だが既にカワザキのガソリンがかなり少なく、15m程ゲイボルカーと離されていた。

勝てるのか?この状況から……走ったことがない蛇道を高速で駆け抜けてゲイボルカーを追い抜くなんて。

 

「いいや、やってやるさ!」

 

「その通りだご主人。無理であっても押し通し、可能性を紡ぎ出す。そんなご主人がキャットは大好きだ」

 

「……キャットさん、凄いな」

 

「どうした?お主もぐだ男に惚れたか?」

 

「ち、違っ、そう言うのじゃなくて!別に一緒にお茶する仲なだけで……」

 

「だが、ぐだ男を呼び捨てにして壁越しで話していたのがいつの間にか一緒の部屋でお茶する仲になっている。あぁ、そうか。お主には兄弟が居たな」

 

「……えぇ。兄は居なかったけど、姉と弟が居たわ。ぐだ男は何と言うか、姉さん達みたいに落ち着いてて、けど弟みたいにはしゃいでいて……お母さんみたいに私を守ってくれる。本当はサーヴァントの私が彼を守るべきでしょ?けど彼は自ら飛び出して……嫌、嫌……!失うのはもう嫌!」

 

「成る程。かつての家族のように失うのが怖いか。それ程までの存在になったか。だが残念、あの男は言っても中々聴かん男だ」

 

「どうして……」

 

「さぁな。元々の性格か、噂に聞いたサバイバーズギルトとやらか……何にせよ、ぐだ男を大切に思うなら直接言ってやると良い。ああ見えて、涙には弱いからな」

 

「……はい!」

 

何か良く分からないが、ゲイボルカーでは気合いが入ったみたいだ。

流石のアナスタシアも峠を攻めるのは怖かった様子。それを一転、気合い注入させるとは俺には出来ない。

 

「ほぅらぐだ男!私達が最初のカーブを頂くぞ!」

 

「お先に!」

 

「駄目だ!追い付かねぇ!さっきのオイルは!?」

 

「落としたYO」

 

「ノオオオオオ!」

 

ゲイボルカーが影の国山最初のカーブに差し掛かった。

流石にスピードを落としていたが、俺は次の瞬間とんでもない光景を目にしてしまった。

 

──飛んだのだ。

 

そう。ゲイボルカーが、まるで……否、正しく貫き穿つ死翔の槍(ゲイボルク)のように、カーブを殆ど曲がれずに空へ。

 

「セタンタめッ!!殆ど曲がれぬではないかぁぁぁああッ!!」

 

「きゃあああああああッ!!」

 

「あ、あわわわ……」

 

落っこちて数秒後。下の方から爆発音と黒煙が上ってきた。こ、これはまさか……。

 

「師匠が死んだ!!」

 

「生きておるわ馬鹿タレ!」

 

「おわ!?ビックリした……」

 

どうやら間一髪でマシンから脱出して山の斜面に逃れていたようだ。

2人とも無事で良かったが、こんな呆気ない終わりかたで良いのだろうか……。

それこそこんな勝ち方じゃ皆に顔向け出来ないと言うか……。

 

「ぐぬぅ……自滅とは情けない!」

 

「死ぬかと思った……」

 

「これは俺達の勝ちで良いの……?」

 

「そうしかあるまい。私も約束を忘れる程歳はとっていないからな」

 

(だとしても相当長いこと生きてただろうし、一体何歳でボケたりするんだろう)

 

「師匠の年齢を気にするとは、随分出来た弟子だな?あぁ、私は嬉しいぞ。これは更に厳しい修行のしがいがあるものだ」

 

「あばばばばばっ」

 

「まぁ、何にせよ私達の負けだ。戻るぞ」

 

いつまでヘルメットを着けているのか分からないが、師匠はそのまま谷間からルーンストーンを取り出してアナスタシアと一緒に転移した。

モクモクと黒煙を立ち上らせて時折爆発しているあのマシンはそのままなのかと思いつつも、俺もポケットに入れていたルーンストーンで安全圏に転移し、皆と再会したのだった。

 

 





師匠「最高だ、セタンタのゲイボルカー。このスピード、たまらんな!」



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Order.62 ラストスパート

ナポレオンの宝具がね……うん。ダサいのよ。

そこのアニメーションに尽力する前に初期勢サーヴァントのモーションを変えてくださいってね。


 

 

極寒の影の国からジリジリと肌を焼くコースに戻ってみると、意外にも時間はそんなに経っていなかった。

イシュタル曰く、俺達が影の国に吸い込まれてから大体28分らしい。不思議な宝具だったなぁ。

 

「あつーい……」

 

「さっきまであんなに快適だったからねぇ。いや、魔術で何とかしないと凍えていたけども」

 

「確かに先程から我が蒸気機関が異常に──否、装甲全体の放熱が間に合っていない。これは地熱か?」

 

「そう言えば地図を見ると確かに火山のエリアだ。バベッジ君大丈夫?」

 

「問題ない。とは言えないのが現実だプロフェッサー。何か案は無いか?」

 

内と外とで熱に悩まされているバベッジが暑そうにしているモリアーティに問い掛ける。

すると、やっぱり彼は何かしら用意していたようでちょいワルな笑みと共に指を鳴らした。

 

「放熱変形──起動」

 

「おおー」

 

思わず俺も並走して見ていると、バベッジの装甲が展開していく。

ある装甲がスライドすると下の装甲が蒸気を解き放ちながら頭を上げ、陽炎を纏った放熱フィンが姿を見せる。

複合装甲式の彼の体の各所がそれをものの2秒で完了させると機体の左右に翼が生えた。

いや、違う……!放出された蒸気が翼に見えるんだ!

 

「ボディの総熱量が12%低下。放熱効率72%向上」

 

「ふははは!格好いいだろう?」

 

「バベッジの複合装甲を活かした刹那的な装甲展開、全体的に流線形のイメージを崩さない放熱フィン、蒸気による演出……格好良すぎる!!」

 

俺は握った拳をプルプルと震わせるしかなかった。

俺もああ言うの欲しいなー!!

 

「ますたー、ないてる?あついから?」

 

「いいや、フラン。あれは男の子特有の涙だ」

 

「ふーん?わかんないや」

 

いかんいかん。レースに集中しないと。

それにしても急に暑くなってきたのはバベッジ達が話していた通り、火山エリア故の地熱が原因。

地図上には火口にチェックポイントがあるのだが、これは間違いだと信じたい。

 

『む?あれはブーディカか?何故あんな所に』

 

『構うな劇場女。ポイントは火口中心、怯まず進め!』

 

『いや、待て冷血メイド。余的に無視したら不味い気がするぞ』

 

先頭を走るレッド・ヴィーナスがブーディカを見付けたらしい。

それを無視するか構うかで若干揉めている様だが、俺もブーディカを視認出来た瞬間、嫌な予感がして声を張った。

 

「ネロ!アルトリア!逃げろ!!」

 

次の瞬間、レッド・ヴィーナスの周りが爆発した。

火山による影響か……?いや、違う。魔力による攻撃だ。

遠くの方からブーディカが見慣れない剣を振り上げて魔力弾を放っているんだ。

 

「また、私の土地(・・・・)を奪いに来たのか」

 

『ブーディカ先生?何故その様に殺気を……』

 

『以前、ぐだ男から聞いたことがある。バーサーカーとなったブーディカがかつて一切合切を蹂躙した時のようになっていたと。余達の邪魔をすると言うなら、そう言うことだな?』

 

『成る程な。通りで私の聖剣に似ている訳だ。その剣、約束されざる勝利の剣(ソード・オブ・ブティカ)だな』

 

それを聞いて成る程と思った。

彼女のステータスには、名前だけだがそれが載っていた。彼女のもう1つの宝具、アルトリアが持つ星の聖剣ではない願いの剣が。

 

「どうして……お前達が一緒のマシンに……」

 

「ブーディカ、俺達は土地を奪いに来たんじゃない。火口を越えて、レースをしたいだけなんだ」

 

「魔力で陣を描いておきながら、レースをしたいだけ?ふざけるな!」

 

剣が振り上げられるとブーディカの頭上に幾つもの魔力弾が充填されて、俺を目掛けて発射される。

咄嗟に瞬間強化でバックジャンプをして回避行動をとると直前まで居た場所が爆発した。

今のは明確な殺意を込めた攻撃……!

 

「私はお前達を許さない!私の土地を奪いに来たお前達を!もう、奪わせたりしない!屈辱も、凌辱も許さない!」

 

『……バーサーカーじゃないな?これは、復讐者(アヴェンジャー)か』

 

「あるとは思っていたけどやっぱりか。迂回は?」

 

『無理ですね。この火山を全部降りる勢いで戻るなら出来なくもなさそうですが……』

 

「そうだ。ここは私を倒さない限り通させない。丁度私にも戦車(チャリオット)がある」

 

チャリオットとは良く映画とかで見る、馬が引く車輪の付いたあれだ。

ブーディカはそれで俺達と戦うと言っているのだ。てっきり問答無用で魔力弾の雨かと思っていたけど……。

 

「ここは火口に近い。つまりチキンレースだ」

 

『むぅ……済まぬが、先程既にやってきたばかりでな』

 

『そうね。多分、ここの火口より過酷な所で』

 

「………許さない!」

 

 

それからと言うもの、兎に角レースは過酷だった。

ブーディカ火口を何とか抜けると今度はレイアちゃんとことペンテシレイアが陣取る地溝帯で美しさ対決。

そこでは特殊な空間が設定されていて、判定員のダ・ヴィンチちゃんと黒髭が美しい(萌え?)と認定したチームの速度は上昇。逆は速度が下がると言うもので兎に角キツかった。

マシンは皆美しいから優劣は決められないと言うので良かったけど、黒髭は完全に自分の趣味とか好みで判定していたから順位は最下位に。

 

その次はアルテミスとオリオンが分裂しまくった谷。いや、谷と言うか谷間?

兎も角、そこでも面倒な事になってオリオンの本物を探しに右往左往して漸く見付けたと思ったら興奮したアルテミスから宝具の雨あられ。

ホント、ギリシャの神っておかしいのばっかりだよ……。

 

だけど、そんな事もあったがレースはもうじき終わりを告げる。

今までのチェックポイント到達の順位によってスタートには差があるが、最後のイシュタル神殿までコースは直線。

ソッコでギアを6にすれば一位に踊り出るのは充分可能な筈だ。

 

『さぁて。いよいよ最後のコースよ。ここでは今までのチェックポイント到達タイムの結果から スタートの順番が決まるわ。今まで遅かったチームもあると思うけど、ここは何もない直線コース。逆転は充分可能だから最後まで諦めず、己がマシンを信じて走り抜きなさい』

 

「ガソリンは無くなって俺の魔力で動かしてきたけど、カワザキも良くここまで耐えてくれた。最後の直線、気張れよ!」

 

「いざとなったらアタシの魔力も使うのだご主人」

 

『では──ゴー!』

 

各々のマシンが発進する。

ただひたすらスピードを上げて、熱が、音が、震動が各マシンの全力だと言わんばかりに轟く。

そして間もなく全長何kmあるのか分からない大橋へ差し掛かった。

その時、突然大橋の上に大きな影が現れた!

 

「何!?」

 

まさかここにまで何かあると思っていなかった俺達は、逆光で姿が見えないそれが武器らしい物を振り下ろす様を見ていることしか出来なかった。

一部ハッとして我に帰ってブレーキをかけるが、間に合う筈もない。

大橋はその影によって真っ二つに分断される。

急いで戻ろうとしたが、落ちる速度の方が速いし他のマシンとの接触を恐れてどうにも出来なかった。

 

「うわあああああああっ!!」

 

『落ちる余!』

 

『今こそわしらの本領発揮じゃ!え?この角度じゃ崖に突き刺さる?是非もないのぉ!!?』

 

『私としたことが……パラシュートを搭載していませんでした……』

 

『知っているかね?地球の重力、すなわち1Gとは9.81m毎秒毎秒で物体が落下している速度なんだ。我々は大地に立って、歩いたりしているが、実際は常に地球の中心に向かって落ちているのさ。だからこれは何も驚くことはない、地球上での法則なのだよフラン』

 

結構皆余裕だね!?こっちはカワザキが壊れるのを怖がって格納庫に戻っちゃったから大変だよ!

 

「むっふっふ。慌てては事を仕損じると言うもの。故にアタシは慌てずご主人を抱き寄せ、密天で難なく──」

 

「強化ッ!!!」

 

そうは言うキャットだが、普通に間に合わなかった。

どうやら地球上での法則はここでは少し違ったようで、落ちる速度は遥かに速かった。

全身に強化を施し、かつキャットのギリギリ密天のクッションで地面に激突。

当たり所は悪くなかったが、意識が一瞬飛んだ。

 

「──っか、ぁ──」

 

「ご主人!!」

 

バイクでも1度猫を避けてコケた事があったが、それと似たような激痛。本当はもっとヤバいのだろうけど、感覚が鈍くなってて良かった。

殴打系の痛みと切傷系の痛みとでは個人的にこっちの方が辛い。切り口を押さえて圧迫すると幾分かマシなのに、こっちはどこを押さえても余計痛むし嫌いだ。

しかも全身を強く打ったらどうしろと。

 

「ぅぅ……みんなぶじ?」

 

「大きな問題はない」

 

「だ、大丈夫ですとも!冥界の神たる私がまさか大地に落ちて痛がるなど!貴女も大丈夫ですか?」

 

「は、はぃ……っ、し、しし死ぬ……と、ありっ……ございまっ、す……っ」

 

「誰か治療が出来る鯖は!?ご主人の肩があっち向いてホイッ!」

 

「だ、大丈夫だよキャット……そんなに痛くなくなってきたから……」

 

段々と痛みが引いてきて上体を起こすと、右肩の感覚がおかしいことに気付いた。

そもそも、キャットの言うあっち向いてホイッ、だがそんな事が──

 

「はぁぁぁあっ……ホイッてる……!」

 

肩が背中の方に向いてて、腕もおかしな事に!あわわ!見ると痛くなってきた!

 

「うわだっ!これは余も見るのが怖い!切り傷とは違って皮膚がこう、異常な形に膨らんでるのは何とも形容し難い恐怖だ!」

 

「情けない。それでも皇帝か。取り敢えず元の位置に戻すしかあるまい」

 

「あ、成る程。アタシも焦って忘れていたが、人体の構造は良く知っている。野生だからナ。という訳でご主人、かなり痛むが我慢してくれ」

 

少しと言わない辺り妙な気遣いを感じる。

取り敢えず早く何とかして欲しいのでブンブンと頭を縦に振った。

先ずは壊れた人形の腕みたいになったそれを正しい向きに直さないといけない。

幸いにも、皮膚は捻れていれば良く分かるので、これは俺でも一緒に出来た。続いて外れた肩を戻す作業。

ここは歯を食いしばってキャットに任せていると意外とあっさり元の位置に収まった。

 

「ふぎぃ……助かった……」

 

「流石ご主人。かなりの痛みだったがまるで感じていないようだった。もしやコタロー忍術だナ?」

 

「え?単にキャットが巧かっただけだよ。ありがとう」

 

「……成る程。あい分かった。取り敢えず腕は安静にな」

 

「あぁ、何て痛々しい!キャットさん、私のスカートをご使用下さい!ぐだ男の為にどうか!」

 

「ガッテン」

 

頼光さんが黒いスカートをキャットに手渡し、即席の三角巾にして腕をぶら下げることになった。

何と言うか、スカートを使うことに抵抗を感じてしまうのはやはり男だからだろうか……まぁ、何にせよ皆無事みたいだ。

 

「かなり深い。よくあの高さから落ちて無事だったものだ」

 

「えぇそうね。流石と言うべきか、異常と言うべきか。まぁ、兎に角無事なら良いじゃない。で、2人ともマシンの様子はどう?」

 

「「完璧だとも」」

 

「皆マシンに大きな不具合は無さそうじゃな」

 

「その様ですね。では私達も自慢のロケット推進力で──」

 

「そーはさせないわよ!」

 

ドズンッ!

良く聞く声が上から落ちてきた。と言うより、その声の主と何かが一緒に着地してきた。

大分深い谷底に落っこちてしまったからやや暗くて良く見えないが、突如大きい影はピーポーピーポーと赤い光をパトランプのように回し始めた。いや、そもそもパトランプその物だった。頭が。

 

「ロボ!?警帽を被って……ヘシアンに至ってはパトランプが頭に……」

 

「いや、違うぞ。あれはただ憎しみを模倣しただけの偽物だ。だが力は本物だ。いや、それを凌ぐか」

 

「ほぉ……で、グリフィン博士は居るの?」

 

ヘシアン・ロボに問うと、意外にも反応を示した。

ヘシアンは辺りをキョロキョロと(?)見回して分からないとジェスチャー。ロボはちょっと鼻を動かしただけだが、思った程悪い反応ではない。

しかし博士は透明人間だから一緒に居るって思ってたけど。

 

「あぁ、その事ならプロフィールにこそグリフィン氏の情報が入っているが、私が彼に組み込んだのは氏の霊基だけだからね。ちょっと私も真っ裸で彷徨かれると怖かったし」

 

「ちょっと!私を無視するなんてふざけてるの!?」

 

「ん?あ、メイヴだ。成る程ね。彼女もここのサーヴァントか」

 

「へぇ、私の事を知っていながらその態度だなんて、いい度胸してるじゃない。気に入ったわ。特別に『メイヴちゃんサイコー』としか言えないようにしてあげるわ。全員牢にぶちこんでからね!」

 

ピシッも変な格好のメイヴが鞭で地面を叩くとパトランプのヘシアン・ロボが襲い掛かってきた。

皆も薄々戦闘になるのは分かっていたらしく、直ぐ様応戦したが……敵の強さは予想を遥かに越えていた。

しかも満足に動けない俺を庇って皆瞬く間に倒されてしまう。

どうやら相手さんは殺すつもりは無いみたいで、やられたサーヴァントは気絶している。

 

「私のコノートにこんな変なテクスチャ貼って、好き勝手に走り回ってるのなんてお見通しよ」

 

「テクスチャ……?」

 

「ヴォウッ!」

 

「ぶぐ──ッ!?」

 

何の事だと疑問するのもほんの数瞬。

眼ドを撃つ前にロボの前足に蹴飛ばされ、俺はたまらず意識を失ってしまった。

 




博士はカルデアで真っ裸で過ごしている設定にしようかと思いましたが、滅茶苦茶扱い難いので
ライダーからアヴェンジャーに変わる為の起爆剤扱いにしました。
だって、ねぇ?真っ裸の博士彷徨かせてどうしろと……


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Order.63 プリズンブレイク


カイバーマン(FGOの姿)がガーディアンオブギャラクシー?の主人公にしか見えなくて仕方がない。




 

 

 

「あらあら?もうギブアップですか?」

 

「も、もう無理だよ……これ以上は……」

 

「仕方ありませんネー。じゃあ今日はここまでにしマース。ちゃんと休んで、明日に備えてね」

 

「ふぁはっ!はぁ、はぁ……」

 

投獄(・・)当日。

あれから気を失っていたらしい俺達はメイヴの監獄……中に居る囚人は誰もが関係無く力を失う特殊な結界で覆われたそこに囚われた。

目が覚めた時には地下の牢にチーム毎で既に閉じ込められていて、何でここに連れてこられたのか未だに把握できない。

ただ、最後にメイヴが言っていた『私のコノートにこんな変なテクスチャを貼って──』と言うのが今回の騒動の核とみた。

 

「うわぁ、凄い汗ね。大丈夫?」

 

「はぁ……はぁ……」

 

把握できないのに、いきなり当監獄副長であるケツァル・コアトルがルチャをやらせるではないか。

なんでも、これが囚人の更正プログラムらしいが、俺には本人がルチャを広めているにしか見えない……。

兎も角彼女に指名されてルチャる事になった訳で、30分と経たずへばってしまった俺は全身ビチョビチョの汗だくで舗装された地べたに仰向けになった。

三蔵ちゃんに覗き込まれているが、呼吸に精一杯で返事をする暇が無い。

 

「いやぁ、若いと言うのは良いねェ。アラフィフには到底できない。残念だなぁ」

 

「あら、そんな事ありまセーン。貴方も宝具解放時にあんなに高さが足りてるんだし、とってもルチャ向きネ」

 

「だそうだプロフェッサー。高さは充分足りている。なら、見事なプランチャーを今見せてもらいたいものだ」

 

「え」

 

「オーウ、それは名案ね。じゃあリングに上がって。先ずは貴方がどれだけ受け身を出来るか試してみるわ」

 

「え」

 

自分はアラフィフで腰が弱いから出来ない、とリングに上がるのを拒むモリアーティだったけど、ケツァ姉に無理矢理リングに引っ張られて数秒後には宙を舞っていた。

可哀想に……。自分はアラフィフだから出来ないと変に主張するからああなるんだ。

 

「うーん、全然駄目。やっぱりそこの魔術師サンが一番有望ネ。その筋肉の付き方や身のこなしはちゃんとルチャを叩き込まれた者のそれ。よく頑張ってるわ」

 

「ど……ぅも……はぁ、はぁ……」

 

「これからも頑張って下サーイ」

 

「はいそこまでよ哀れな囚人達!自分の牢へと帰りなさい。40秒でこの広場から立ち去らないなら……ふふ。私の拷問を味わいたいと言うことかしら?」

 

どうやらここにはカーミラさんも敵側のサーヴァントとして勤務……もとい現界しているらしく、妙に場に合っている。

俺は立ち上がれなかった為、キャットにお姫様抱っこをされて牢へと戻る事になったが、こんな調子でここから逃げ出せるのだろうか。

さっきから頼光さん達がこの監獄の結界を破壊できないか試していたけど、どうやらここはかなり出力が制限されるらしい。傷ひとつ付けられなかった。

 

「……どうやって逃げれば……」

 

 

「ちっ……もうちょっと早ければ分体を皆の所に送れたけど……無理にあの結界を破ろうなら中のアイツ(・・・)に弾かれる可能性が高いし……」

 

「ど、どうしましょうイシュタルさん!先輩と、いえ、皆さんと通信が繋がりません」

 

「分かってるわ。念話も試したけど、あの監獄結界の中じゃあの女王サマに許可されてないものは全部無力化、ないし能力が著しく低下するみたいで全くよ。はぁ~、参ったわねぇ」

 

「あのー、イシュタル神。ぐだ男達が捕まったのは監獄ってことで間違いないんですか?」

 

イシュタル、マシュがどうしたものかと思考を巡らせていると、リッカがおずおずとした様子で発言する。

彼女もまた水着で、オレンジと白のストライプが印象的なチューブトップタイプの水着。義肢との繋ぎ目が目立つが、それ以上に鍛えられた腹筋が皆の視線をタゲ集中していた。

 

「リッカ、だったかしら?ぐだ男の友達よね?」

 

「はい。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。本当は女神ともあろう皆さんに挨拶をしっかりするべきだったのですが、ちょっと怖かったので……」

 

「……アイツ、何を吹き込んだのよ……。まぁ、確かに女神と言うのは怖いものよ。嫉妬ですぐ誰かを殺すし、戦争も起こす。それは貴女達人間との考え方の違いもあるけど……今の私達は女神であってもぐだ男のサーヴァント。彼の呼び掛けに応じ、共に人理を護る仲間よ。そんなにヤバい奴は居ないから、安心なさい」

 

『──って、言ってくるだろうけど、イシュタルはその女神の中でも色々とレッドクラスだから気を付けてね。多分、うっかり目覚まし時計と自爆スイッチ押し間違えるタイプの女神だから』

 

(うっわぁ……指摘ドンピシャ過ぎ。流石200騎近いサーヴァントのマスター。恐れ入ったわ)

 

「?」

 

「ぁあ、すみません。ありがとうございます」

 

リッカの目には、イシュタルは別段悪いことを企んでいるようには見えない。

もしかしたら本人は本当に特異点収束に尽力しているだけなのではないかと思ってきたが、そのうっかりでもしかしたら既にやらかしているかもしれない。

彼女は取り敢えずイシュタルにお礼を言うと、本題に移った。

 

「それでなんですけど、監獄なら、刑務所とかと同じ様に面会が出来るんじゃないでしょうか?もし可能なら、そこでもっと強力な通信機とかを渡せば……」

 

「成る程。じゃあ貴女(リッカ)と……マシュ。面会でお願いできるかしら?」

 

 

さて……。状況は変わらず最悪だ。通信は出来ず、近くの牢とは言え、他チームとの会話はし難く脱走の協力も出来ない。ん?会話……もしかしたら念話を利用すればイシュタルとも情報のやり取りが出来るんじゃ。

 

「よし。……『こちらチーム疾地二輪。皆、聞こえる?』

 

『こちらシューティンスター。音声良好だ』

 

『こちらも聞こえるぞ。成る程、念話(ブロードキャスト)とは考えたな』

 

どうやらここの皆はちゃんと聞こえてるみたいだ。だけど……やっぱり結界の影響か他の皆とは一切繋がらない。

令呪で跳躍させても、恐らくはカルデア式の令呪じゃ出力が足りないとかで阻害されて上手くいかないだろう。三画使えば良いだろうけど、全く無駄になるかもしれない。無駄に消費するのは避けよう。

取り敢えず、今はここの皆で脱走……いや、脱獄の方法を考えないと。

 

『成る程脱獄とは、また楽しいイベントだ。ここはやはり、昼食の時にちょろまかしたスプーンで掘るかね?』

 

『ぱぱ、たのしそう?』

 

『掘るにしても、あの結界が地中にまで通じていないとも限らない。一応掘ってはみるけど、別案も平行で考えていた方が良さそうだ』

 

『となるとやはり暗殺かのう。この結果がメイヴの力による物なら大本を殺すのが一番じゃろ』

 

それもそうなのだが……。

 

『どうやってこの弱体化した我々でメイヴさんを倒すか、が問題になりますね。とてもじゃありませんけど、メイヴさん以前に他の監獄職員のサーヴァントも居ます。特にルチャの女神は恐らくメイヴさんより強いでしょうね』

 

頼光さんの言う通りだ。

このままメイヴと戦っても勝てる見込みはまず無い。

トラップだろうが何だろうが、この監獄内の彼女は絶対だ。

圧倒的な力の下、俺達は拘束されている。だから武器を持っていても魔術を使ってもお咎めが無いのだ。絶対の自信……それ程の力なんだここは。

 

「はぁ……」

 

「そこのため息吐いてる貴方。そう、貴方よ。こっちに来なさい」

 

敵側のカーミラさんに呼ばれ、鉄格子の近くまで行くと彼女は鍵を取り出した。

 

「面会よ。物好きな人も居るものね。貴方が学校の先輩じゃないかって。て言うか、この特異点に学校なんて無いのだけれど……まぁ、どうでも良いわ。どうせ貴方達がどう足掻こうと無駄なのだから」

 

「何の事だか俺も分かりませんけど……足掻きますよ」

 

「大した自信ね」

 

手錠も鎖も何も無し。

本当に敵にすら見られていない俺は大人しくカーミラさんについていく。

俺達は中々の大罪人なのだろう。改めて他の牢を見てみると、如何にも人相が悪い人が多く囚われていた。ただ、残念なことに殆どの人がカーミラさんが通る度に「メイヴちゃんサイコー!」と敬礼をするのだ。

どうやらここら辺の人達は手遅れらしい。

 

「着いたわよ。10分で終わらせなさい」

 

「分かりました」

 

面会室に入ってみると、意外にもそこは現代のそれに似ていた。

まさか自分がこんな立場になるとは思ってもみなかったけど……新鮮だなぁ。

 

『先輩!大丈夫ですか!』

 

『良かった無事で。皆心配してたんだからね』

 

「リッカとマシュだけ?他には居るの?」

 

『私達だけです。あとこれを』

 

監視の目があるのも構わず、マシュはポーチから大量の飴が入った袋を渡してきた。

見たことない飴だ。何だろうか?

 

「これは?」

 

『食べ物を渡すのは大丈夫みたいなので、ちゃんと栄養を摂れる飴を持ってきました。これで栄養失調等で倒れることはない筈です。一粒食べれば元気になります』

 

「……成る程。ありがとう。皆にも分けておくよ。それにしても、釈放金とかで何とか出来ないのかな……」

 

『因みに全財産は?』

 

「3億」

 

『ごめん、訊いてみたは良いけど私にはそのQP(クォンタム・ピース)の感覚がまだ分からないから多いのか少ないのか分からなかったわ』

 

QPで億行けば大分頑張ってる方だと思う。BOXガチャを延々と回してれば何とか1億は行くけど、そうじゃなきゃ厳しいんだぞ?

何だって皆あんなに高額な値段突き付けてくるのさ。結晶1個と2千万QPを一体何に使うのさ。

 

「まぁ、地獄の沙汰もとは行かないみたいだし、大人しく脱獄するよ」

 

『貴方……幾らなんでも監視の前で堂々と言うのはどうなのよ……』

 

『頑張って下さい先輩!脱獄、応援してます!』

 

『貴女も脱獄を応援するって複雑にならないのかしら……』

 

 

投獄2日目。

昨日皆と脱獄の計画を立てた俺達は、先ず朝食のスプーンを失敬した。

元気になると言う(黄金の果汁入り)飴も均等に分けて配布し、自由時間に行動を開始する。

先ずはスプーンで穴を掘る。これは一見無理なように思えるが、難しいことではない。映画のように長い時間を掛けてではなく、魔力放出や強化魔術との併用でガシガシ掘り進めていくのだ。

最初は俺が皆の牢と繋ぐ穴を掘ることになった。

 

『どうだ?』

 

「上々。そっちは?」

 

『こちらに大きな動きはない。ただ、メイヴが貴様を探していたぞ。何をしたんだ?』

 

アルトリアのやや強い口調が俺の手を止める。

俺は何もしてないけどと答えるとモリアーティが割り込んできた。

 

『ラッキースケベとかやらかしたんじゃないのかね?いつもみたいに』

 

「失敬な!そんな事ないよ!」

 

『そうだとしても会った方が良いんじゃない?今はケツァル・コアトルが昨日のルチャで疲れてるから休ませるのも必要って言ってくれてるけど』

 

「……いや、このまま掘るよ。どうせもう少しで終わるから明日メイヴに会う」

 

『そのままメイヴを暗殺する手もあるが?』

 

簡単に言ってくれるけどね……メイヴだって血気盛んなケルトの女だぜ?

暗殺なんて、しかも弱体化した状態じゃ無理だよ。ゲイボルクは辛うじて喚べるから良いにせよ、失敗したら死刑だ。

 

「ダ・ヴィンチちゃん何かない?」

 

ポケットからトランシーバーを取り出して結界の外のダ・ヴィンチちゃんに連絡を取った。

実はさっき渡された大量の飴に紛れてこれが入っていたのだ。

 

『こんな話を知っているかい?ケルトのある女王が、………に頭をどつかれて死んだのを』

 

「何それ。どんな死に方……それって、もしかして」

 

『そう。いくら強力なサーヴァントであれ、生前の死因は大きな弱点になる。何しろ、それも含めて構成されるのが我々サーヴァントだ。彼女は、それに勝てない』

 

そんな死因が世の中にあるのか……。

口の中に残っていた小さな飴を飲み込んだ俺は何だか嫌な予感を感じ取っていた。

 





メイヴの頭に当たったってチーズと同じのを見たのですが、完全に質量兵器でした。確かにあんなのが当たったら死にますよ


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Order.64 チ○○には勝てないメイヴ

回し時だったので暫く周回に注力してました。


 

 

 

2日目の夜も皆でひたすら掘り進めた。

途中、何人も弱音を吐いたが俺はその度にあるライダーの言葉を胸に反芻させた。

『諦めなければ夢は必ず叶う』そう。諦めなければ前に進み続けられる。例えゆっくりだとしても、その歩みを止めない限り歩いていられるのだから。

 

「俺は諦めねぇ。そうだろコロンブス」

 

そうして寝ることもせずに掘り進めた俺達は遂にどこかしらの空洞に突き当たった。

崩れた土の向こうは意外と明るく、頭を突っ込めば中の様子がよく見える。

 

「どう? 何か見える?」

 

「えーと、変な機械がいっぱいある。何だろう……」

 

機械(からくり)が?」

 

「あとはGって書いてある大樽とか小樽とか……見たことあるな」

 

『横から失礼します! それはもしや大タル爆弾Gでは!?』

 

トランシーバーからやたら興奮した様子の声。この声は先の下総で戦い、カルデアに来てくれたサーヴァント。

アーチャー、巴御前だ。

過激な時代を生きた彼女は、実は鬼の血も混ざっているからか人の頭を捻り切ったと言う逸話を持つ。更に旦那さん関係でちゃっかり低ランクの狂化スキルも持ってきている。これもあって、カルデアである人物に会えば彼女は己を制御できなくなるだろう。

そんな彼女だが、最近は専らゲームにドはまりしており、アーチャーと言うよりはゲーマーのサーヴァントにクラスチェンジした。

だから彼女が言う大タル爆弾Gとはご存知モンスターをハントするあれのだ。

 

「だとしたらどうしてここに? もしかして爆弾魔が収容されてるとか」

 

「正解ですよお客さぁん」

 

「うわああああっ! メッフィーだあああああ!!」

 

何となく察しかけていた時にメッフィーが後頭部、つまり死角の天井からヌッと顔を近付けてきた。

慌てて頭を引っこ抜いて逃げようとするが、皆でこの穴に潜っている為案の定詰まって動けなくなってしまった。

 

「おやおや? そんなに驚かなくても、私は何もしませんよ。お客さんも、訳有りそうですからねぇ」

 

「うぎぎ……ッ、そ、そうなら話をっ……させて……ちょっと押さないで!」

 

「駄目だ。一度その部屋に出ないとバベッジが突っ掛かって退けん。だから少しばかり我慢してもらうぞご主人様よ」

 

「え、ちょっと、何するつもり? ねぇ?」

 

「せーの、せ!」

 

「おぐっ!?」

 

誰かが俺のお尻を物凄い勢いで押し……殴ってきた。

いや、もう誰かとか言わなくてもこの金属質な痛さはバベッジのパンチ辺りだとすぐに分かった。

少しは静かに行動する気は無いのだろうか。俺を使って壁の穴を拡げるのはまぁ、致し方無いのだが、殴るのはちょっと酷い。

 

「いたた……」

 

「すまないぐだ男。急に絢爛なりし蒸気機構(ディメンション・オブ・スチーム)が作動した」

 

「宝具じゃん!」

 

「流石ぐだ男だ。あの攻撃を受けながら痛いで済むとは」

 

1人、また1人と壁の穴から出てくる。

流石にこの人数にはメッフィーも驚いたらしく、ケラケラ笑いながら指さしで人数を数えている。

 

「はぁー、これはまた凄い脱獄班ですな。頑張って下さいねウヒヒ」

 

「悪いね。邪魔するつもりは無かったんだけど、がむしゃらに掘ってたら開通しちゃって……」

 

「いえいえ構いませんとも異邦のマスターさぁん。私こう見えて冤罪で捕まってますので、いつものように大人しくしてればぁ? ……ご飯が三食食べれちゃうんですよ!」

 

大人しく、ねぇ……?

そう言うものだから部屋を見回すと、あちこちに爆弾の残骸らしきものが転がっている。本人にとっては、なのか嘘を言っているのか定かじゃないが、野良のメッフィーには北海道の狐と同じくらい警戒しないと危ない。

下手に触られたりしたらエキノコックス症で病院送りだ。

 

「じゃあ行くね。皆、見張りが来る前に掘ろう」

 

「何処に向かって?」

 

「うーん……」

 

「因みに、私の下の牢には怪人が捕らえられてると聞きましたなぁ。確かそう……∞面相」

 

「怪人∞面相……誰だか薄々分かってるけど、協力してくれるかなぁ」

 

いや、きっと彼だからこそ何か見返りをちゃんと提示すれば協力してくれる筈だ。とは言え、こちらは何も持っていないし、多分飴をあげても満足することは無い。

取り敢えずは会って話してみないと始まらない。掘るぞ!

 

「あぁ、因みにそこには隠しておいたプラスチック爆薬があるので──」

 

「……おい」

 

「アハ」

 

刹那、俺の視界は真っ白になった。

 

 

「また揺れてる……ちょっとケルト兵!」

 

「はっ!」

 

「また地下で誰か暴れてるの?」

 

「いえ! 今回は地下4階の独房、つまりあの爆弾魔が何やら怪しい動きを見せているとの事です!」

 

この監獄……いや、()()()の女王であるメイヴは必ず決まった時間にシャワーを浴び、決まって身嗜みを整える。例え夜でも欠かさない。

それはこの国のトップとしての威厳を保つためでもあり、いつアイツが投獄されても相手が出来るように1人の女としての当たり前の事だ。

そんな彼女のルーティーンを邪魔したのは、今しがた地下でぐだ男が起爆させてしまったプラスチック爆薬──別名C-4の爆発による振動や音。この監獄にダメージが無いと言ったら嘘になるが、驚異になるかと言ったら答えはNOだ。

何せ、牢は破壊されるかも知れないが、結界はどう足掻いても無傷。メイヴにとってはその内牢に入れれば済む話でしかない。

 

「まったく……努力は認めるけど、それも最早無意味。適当に注意してきてちょうだい」

 

「メイヴちゃんサイコー!」(返事)

 

シャワールームのスモークガラスの向こうから命じられたケルト兵はそう返事と敬礼をするも直ぐ様現場へと駆けて行く。

良くも悪くも、兵として機能は十全に果たしている辺りその女はやはり女王であるのだろう。

 

「ここは私のコノートよ。囚人ごときが、どう足掻こうと無駄」

 

彼女は甘い香りの石鹸から出たシャボン玉を、ふうっと開いた窓の外に追いやると、いつもの笑顔でそのシャボン玉が割れる様を眺めていた。

まるで囚人が何をしても逃げられない、逆らえないのがシャボン玉は割れるように当たり前の事だと表しているかの如く。

 

 

爆発したC-4の威力は冗談でも弱いとは言えなかった。その証拠に、メフィストが居た牢の床を木っ端微塵にして一瞬で件の怪人∞面相が捕らえられている牢に通じたのが何よりだ。

 

ぐだ男A「──で、俺は何とか死なずに済んだ訳だけど」

 

ぐだ男B「どういう状況なのこれ……」

 

「──」

 

「ぐだ男が2人居るではないか! これはあれか? 余の両脇でサラウンドで蜜言を囁いてくれるボーナスステージだな!?」

 

「参ったな。まさか早速∞面相とやらに遊ばれるとはな。敢えて訊くぞ? ご主人様、どちらが本物だ?」

 

A&B「「勿論、俺だよ!」」

 

「うむ! 分からぬ!」

 

同じ見た目、同じ声の2人は各々が自分こそ本物だと主張する。

しかし、このテのサーヴァントはカルデアにも1騎居た。その名をアサシン、燕青。過去に色々関わった故にモリアーティはある程度の対策法は思い付いては居るが、それはあくまでこの燕青がぐだ男の記憶を有していなければの話。

 

「ではぐだ男君。君の好きな女性のタイプは何かね?」

 

A&B「「え? 俺の? いやぁ、何と言うかよく分からないんだよね」」

 

A「決まってこの人が好み! とか無いし……ねぇ?」

 

B「な。でも強いて言うなら、小動物系?」

 

A「あー、そうかも知れない。流石俺。俺の事分かってるわ」

 

B「自分に誉められるのも変だね」

 

A&B「「まぁ、そんな感じ」」

 

(成る程、私も分からん!)

 

流石に内面までは完璧に真似できない筈だが、お互いにまるで本人のように振る舞っている。いや、方っぽが本人なのでその言い方は怪しいが……兎に角モリアーティも今の会話だけでは全く区別がついていない。

ゆっくり見分けていくにしても、あまり長い時間変装させていると、ぐだ男の記憶も書き込まれて行くので変装した本人も自分を見失いかねない。

そこで今度はアルトリアが質問した。

 

「では、この前私に言った言葉を覚えているか?5日前のお昼だ。貴様は私とランサーの私を見比べて不躾な質問をした」

 

A&B「「?」」

 

B「なんか言ったっけ……?」

 

A「覚えてないよな……最近物忘れ激しいし」

 

B「だよな。しかし不躾な質問か……なんだと思う?」

 

A「胸のサイズ……は言わないよな」

 

個々の記憶や情報を判断する問いなのに、あろうことか本人も偽物もお互いに協力して問題に答える態勢になっている。

流石にそれは駄目だと言うと、今度は2人揃って分からないとキッパリ諦めてしまった。

 

A「て言うか、その日って」

 

B「多分お昼食べないで師匠のトレーニングに付き合わされてたと思うんだけど」

 

「……見事だ。確かに、この質問に正解はない。あるとすれば、貴様達が答えられない事こそが答えだ」

 

A&B「「成る程ね。そう言う引っ掛けも有効だ。危うく意外と歳行ってるなんて言って不躾カリバー食らうところだっ 「──不躾カリバァァァァアアアア!!」

 

黒い聖剣の魔力が放出。本人も偽物も一切を関係無く呑み込んで無人の独房を2つ程凪ぎ払った。

でもそうなのだ。彼女は聖剣を手にした結果、成長が止まって今の姿だが、本当は30ウニャノャ歳。まぁ、サーヴァントに年齢云々は言ってもしょうがないとは思われるが、本人としては気にせざるを得ないところだろう。特にケルトのある女性なんかはとても気にしている。なんたって2000──おっと誰か来たようだ。

 

「何と! よもや余より歳上だったとは知らなかったぞ! 因みに余は30歳で死んでしまった故な。今はこうして全盛期……多分20歳位で召喚されている筈だ!」

 

「私だって全盛期での召喚だ劇場女! カムランの時より若いぞ!」

 

「落ち着きたまえレディ達。今は年齢で争ってる場合ではない」

 

「そうよ。大体、そんな事言ったら私もこの見た目でおばあちゃんなんだから些細な事じゃない。それに、彼が年齢を知ったからと貴女達に対する接し方は変わらないわ。最近来た『りゅうたん』ってサムライも如何にも老剣士って感じなのに彼は皆と同じ様に接してるじゃない。逆に気にする方が変に思われるわよ」

 

「むぅ……それは確かにそうだな。すまぬ」

 

「私も怒ってすまなかった。メイドたる者、年齢程度で仕事にブレを生じさせるのは愚の極み」

 

B「俺も無神経な発言だった……ごめんアルトリア。でもモーさんが実年齢10歳なのはどうしても驚きを隠せない」

 

A「分かる。しかも全盛期召喚だから一桁の可能性もあるとなると、ジャック達と同じ様に情操教育を……」

 

しれっと瓦礫の中から立ち上がった2人がアルトリアに謝っている。

やはり、その様子はぐだ男そのもの。見分けはつけられそうにない。

 

「サーヴァントの霊基も模倣できるレベルな以上、令呪を使ったとしてもカルデア式じゃどちらが本物か区別が出来ずにエラーを起こす可能性が高い。それも得策ではないだろう」

 

「お主の故郷は?」

 

A&B「「日本だよ」」

 

「ちっ。駄目じゃったか」

 

「いや、モロ日本人なのにその質問は意味がないでしょう。では、剣を持つ者なら当然ですが、私のクラスは?」

 

A&B「「その顔はセイバーだけど、アサシン」」

 

「くっ……認めたくは無いですが、正解です……」

 

次々と撃沈してく。そんな中、電気ショックを与えて居た獅子と紳士の様子をレオナルドにトランシーバーで伝えていたキャットに彼から指示が来た。

どうやらモリアーティに渡せとの事らしく、キャットは言葉通りモリアーティに手渡す。

 

「何かね? 今忙しいんだけど」

 

『教授。ちょっとやってもらいたい事があるんだけど、良いかな? なに、単純な事さ。今から彼らに──』

 

A&B「「ビリビリ!」」

 

「ふむ。取り敢えずやってみたは良いが、交流が邪魔で痺れ方が分からないな」

 

「はっ、何て事だ。直流のせいで私の観察が無駄になってしまった」

 

「「……」」

 

「こら。2人ともいい加減になさいな。争ってる場合じゃないってさっき言ったばっかでしょ」

 

「そう言うことだから、退いてくれるかね諸君」

 

コツ、コツとモリアーティがわざとらしく靴音を鳴らして2人に歩み寄っていく。

トランシーバーを胸ポケットに押し込み、後ろ手に組んで如何にも自信ありげな天才らしく(実際天才だが)2人の前に立つとはぁー、と大きなため息を吐いた。

 

「君達には残念なお知らせがある。心して聞いてくれたまえ」

 

A&B「「……」」

 

ポンとモリアーティが2人の肩に手を置く。まるで心配するなと落ち着かせる仕草だったが──

 

A「いてっ!」

 

B「えっ?」

 

「成る程。(A)が怪人か」

 

モリアーティが突然痛がったぐだ男Aから手を離すとAが左肩から肉眼では見えにくい針を引き抜いた。

隣のぐだ男Bもビックリして自分の右肩を見ると、同じ様に針が刺さっていて慌てて引っこ抜く。やはり刺された痛みは感じなかったらしい。

 

A「ちっ、バレたんなら仕方がねぇ。流石は天才様だ。肉体派の俺にゃ思い付かない事をやってみせる」

 

「おい、どういう事か説明しろアラフィフ。私の目には貴様がぐだ男の肩に針を刺してたように見えるんだが」

 

「止めてアルトリア君! 私だって辛いとも! だけどこうしないと駄目だってレオナルド君に言われたんだよぅ!」

 

取り敢えずレオナルドに言われたのは確かなのでそっちに罪を擦り付けると、アルトリアの望み通り説明を開始する。

実はあの飴には副作用で痛覚が鈍る効果があった。サーヴァントに効かない為、分かるのは人間のぐだ男だけで、内面まで再現できないなら突然の痛みには幾らサーヴァントと言えど反応してしまうだろう。

とモリアーティは説明した。だが、実際にモリアーティに伝えられたのは少し違う。

レオナルドはモリアーティがティアマトに何を言われたか知っている。ただ、現在の本人がどんな状態かまでは聞かされていなかったので、痛覚が殆ど機能していない事を伝え、上の手段を取るように指示を出していた。

 

「へぇ。まさかそんな手でバレちまうとは、やっぱり難しいなぁ。ま、何にせよ正体を見せねばなるまい。俺こそが燕──じゃなかった。怪人∞面相だ」

 

「アイツ真名言いかけおったぞ」

 

「いやぁ、悪かったなちょっかい出しちまって。急に天井に穴空けて落ちてきたもんだから、ただ者じゃないと思ってさ。たまのストレス発散になったわ。本音は仕合がしたかったが」

 

「済まないが先を急いでいてな。単刀直入に──」

 

「いや、事情は記憶があるから分かってる。協力しても良い」

 

「本当に? ありがとう∞面相」

 

(困ったもんだ。こいつの記憶があるせいで妙に甘くなっちまう。人類最後のマスターってのも一級の英霊並に大変なんだな)

 

「で、まだ計画は不鮮明と見た。誰に成る?」

 

 

翌朝。

硬い床で目を覚ました俺は全身に倦怠感を覚えた。

恐らく……いや、確実に昨日夜から今日の朝方に駆けて行った突貫工事のダメージがまだ残っているみたいだ。

 

「いちち……何時だ……」

 

時計を見ると、既に時刻は正午を回っていた。

皆は……外に行ったのだろう。そろそろ昼食で食堂に呼ばれる時間だし。

 

「朝はカーミラさんの鉄格子叩きで起こされる筈だけど……それでも起きなかったか。カルデアのマスターがこの様とは、情けないな……」

 

「そんな事は無いぞご主人。むしろご主人はもっと肩の力を抜くべきだと思うワン」

 

「キャット……外に行かなかったのか?」

 

「ご主人が居ないと思いの外つまらん。ので、大人しく帰って来たと言う訳」

 

「悪いね。気を遣わせちゃって」

 

何とか起き上がると、あまりに自然で気付かなかったが俺はキャットに膝枕をされていたらしい。

力が抜けた人の頭は重たいのに、一体どの位その体勢のままだったのだろう。本当にキャットには気を遣わせて申し訳無い。

 

「気にするなご主人。アタシは膝枕をしたことで、今週分のご主ジニウムを回収完了。これで単独行動はAランクと相成ったワン」

 

「ゴシジウム?聞いたこと無いな……まぁ良いや。取り敢えずお昼にしようか。お昼はお昼でちゃんと席についてないとペナルティだしね」

 

「既に朝御飯を抜いてしまったご主人はペナルティ追加済みで更にはメイヴが探している。なんでも、ご主人からケルティック(ケルトっぽい)オーラが出でいるらしい」

 

「それは……多分、師匠とかが原因かな。ルーンも戦闘技術も教えられてるし」

 

どうであれ、メイヴにはどのみち会わなければならない。

深夜にモリアーティが提案した、暗殺(アサシネーション)破壊工作(サボタージュ)を遂行する為には先ずお昼ご飯だ。そこで今日のメニューにある食材を回収。俺が現在唯一使える料理用ルーン、『発酵のルーン』を用いてチーズを作る。

何故チーズか? それはメイヴの死因だからだ。

チーズとは元々硬い故鈍器に、鋭利な形にして強化の魔術を使えば見事な刃物。溶かしてトロトロ熱々にして口に流し込めば拷問道具。その汎用性は計り知れない。

そしてそのチーズに無限の可能性を感じた俺はメイヴに呼ばれるのを良いことに、チーズでナイフを作製して暗殺、ないし時間稼ぎをする事にした。

 

「やぁ、来たねぐだ男君。ホラ、昼食の牛乳だ」

 

「ありがとうモリアーティ。……これだけあれば5分で出来る……」

 

とは言え、俺が扱えるルーンはとてもじゃないが原初のルーンではない。

ケルトの鬼教室に通い詰めても、会得できたのは俺専用にアレンジされた簡易ルーンの幾つかだ。簡易だけど、出力は現代ルーンより2段階程高いらしい。

でも俺が一番得意なのは『インターホンを鳴らすルーン』。

 

「彼女を倒せるのなら問題ないが、確実に無理だ。だから、我々の破壊工作を遂行できるだけの時間を稼いでくれ。……体でも何でもだ」

 

「分かってる。スピード脱獄、やり遂げるぞ」

 

俺は飴が入っていた袋に牛乳を移しかえ、水着のポケットに押し込んでトイレへとお腹が痛いフリをして駆け込んだ。

 

 




頭一段下げが上手くいかないので次から。


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Order.65 何だかんだ言ってやっぱり努力は怠らない女王様

イベント回るのつかれますねぇ……



 

 

 

「そこの海パンマスター。こっちに来なさい」

 

「……来たな」

 

 トイレから出て来て数分後。

 牢へと戻ろうとした所をメイヴが呼び止めてきた。

 

「何?」

 

「やっぱりね。貴方ケルト出身でしょ」

 

「いや。俺は日本だよ。日本の東京生まれで魔術の魔の字も知らない家庭で育ったただの日本人」

 

「えー? あのニホン? やたらアサシンとバーサーカーが多い国でしょ」

 

 そうだね。

 確かに日本のサーヴァントを思い出してみると、アサシンとバーサーカーばっかり思い浮かぶ。いや、ちゃんとセイバーも居るけど、アサシンの方が向いてたりするしなぁ。

 

「おっかしいわね。確かにクーちゃんの匂いがしたんだけど……」

 

「匂いって……これの事?」

 

 パンッ! とケツをひっぱたいて魔術刻印を起動させてゲイボルクを喚び出す。

 するとメイヴはそれをマジマジと観察してからうんと頷いた。

 

「クーちゃんのアレとそっくり! 血管が浮き上がってて赤黒くてふっといの!」

 

「……」

 

「合点がいった。やっぱり貴方はクーちゃんの事知ってるわね。クーちゃんを呼べるなら呼びなさい」

 

「断ったら?」

 

「断らないわよ。貴方は私の好みだし、それに私が微笑んだら皆恋に落ちるのよ? 全て、私に捧げるから」

 

 そう言って彼女は俺に微笑んできた。

 こ、この笑顔は──!

 

「見慣れてるから、ごめん」

 

「アラー、残念ねメイヴ」

 

「ちょっと。私がフラれたみたいな雰囲気出すの止めてくれない」

 

「取り敢えず用が無いならルチャの稽古に──」

 

「いいえ。貴方は私の部屋よ。これからたっぷり……その体に思い知らせてあげる!」

 

 パシィッ!

 メイヴのちょっと卑猥に見える形の鞭が、俺の剥き出しの肌を赤く腫らす。

 不覚にも、それでは痛みをあまり感じないのでちょっと気持ちいいと思ってしまった自分が居る。断じてマゾではない! だが、こう、何だろうか。ツボ押しマッサージをされている時、痛いところもあるけどそうじゃない所は気持ちいいと言うか……兎に角そんな感じだ!

 

「誰も私に逆らえない。先ずは貴方達に嫌でも分からせてあげる。大事なマスターが私に()()()()()鞭を受け入れる様を見る準備をしておく事ね。て言うか、さっきから叩いてあげてるのに反応薄すぎない?」

 

「気のせいだよ。兎に角、俺はメイヴなんかに屈しない」

 

「そう言う所もクーちゃんにそっくり!」

 

 モリアーティと目線を交わし、お互いに作戦を遂行すべく行動を開始する。

 俺はメイヴの部屋へついていき、暗殺か時間稼ぎ。そして皆はこの監獄結界の核……中庭に佇む巨大メイヴ像の爆発処理。どちらも(かなめ)は俺だ。

 

「……頼むぞ燕青、メフィスト」

 

 ◇

 

「よし。俺も始めるかね」

 

 影から見ていた∞面相こと燕青が手の甲に付いた誰かの血を拭き取りながらコキコキと首を鳴らす。

 燕青の戦闘力は、こと近接格闘においては今はランサーで現界している李書文の次に挙がる程だ。例え囚人だから弱体化していようと、技術までもを失うわけではない。

 彼はこの作戦の為、或いはただの準備運動かもしれないがここの看守であるカーミラ、ナイチンゲールの2騎を既に屠って来ている。

 

「……」

 

 彼が担う役割は大きい。

 ぐだ男と共に向かったメイヴになりすまし、像の守りを解く。その為には管理を全て任されているケツァル・コアトルとやり取りをしなければならない。

 

「副長ー。ちょっと良いかしら」

 

「アラ? メイヴったら何か忘れ物?」

 

 像の頭に居るケツァル・コアトルへメイヴに成った燕青が呼び掛ける。

 彼女は高さ20mはあろうメイヴ像を軽く飛び降りてきて燕青の前に着地すると笑顔で、燕青が知るかぎり普段の様子で話してきた。

 

「えぇ。ちょっと思い出したことがあったの。あそこの海パンマスターの仲間に私の像を掃除させようかと思ったの。ほら、この監獄の象徴たる私をアイツらに綺麗にさせて精神的に追い詰めてメイヴちゃんサイコー。としか言えなくするのよ」

 

「うーん、それだとこの監獄結界の核に触れさせるリスクが高いのでは? 幾ら弱っているとは言え、何騎もの英霊が居るのよ。破壊されたりしたら最後、ここはお仕舞いよ?」

 

「アイツらはアレが核だって気付いていないわ。それに変なことしたら貴女が解決できるでしょ」

 

「でも少しでも魔力が感知されたらあのアラフィフの紳士は気付くかも。それでもやるの?」

 

(くっ……意外にしぶといな。どうする?これ以上はバレる……)

 

「あ、じゃあこうしない? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の。そうすればただの像としか思われない筈よ」

 

 先程までの心配は何処へやったのか、ケツァル・コアトルが得意の悪い笑顔をしながら燕青にそう提案したのだ。

 これには燕青も驚きを隠せかった。何故なら最初から全てバレていたと分かったからだ。

 

(最初から全部バレてた、って事かよ。恐ろしいなこりゃ……)

 

「あとそうね。ワタシのお願いを訊いてくれるなら、大人しく逃がしてあげマース。それとも、ここで死にたい?」

 

「……選択肢はねぇって姐さん……良いぜ。これでも仕事は全うするのが信条でさ。この仕事も、アンタのお願いとやらも」

 

「ワーオ。それじゃあ安心ネ。約束を違えたら──」

 

「心配すんな。繰り返すが、仕事を確実にこなすのが俺の信条だ。姐さんこそ、ヤバくなったら逃げるとか無しだぜ?」

 

「心配には及ばないわ。私も()()()の為にする事だから、決してそんな事はしない。それでワタシのお願いだけど──」

 

 ケツァル・コアトルが燕青に何かを話す。

 内容はやや小声かつ柱の影に上手いこと隠れていて、像の近くから様子を見ていたモリアーティでも読唇も盗聴も出来なかった。

 

「大丈夫かのぅあやつ」

 

「あの男なら大丈夫だろう。それよりも、アレの準備は出来ているのか?」

 

「無論だ。わしだって爆弾には慣れているからの。ちょちょいと設置してボカンじゃ」

 

「しっ。来たぞ」

 

「Hola.貴方達に実はお願いがありマース」

 

(どうやら作戦は成功したようだ。さて、後はぐだ男君が頑張って時間を稼ぐだけだ。頑張ってくれ)

 

 ◇

 

「ほらほら、さっきまでの威勢はどうしたの?」

 

「うぁっ」

 

 鞭が容赦なく俺の脇腹をシバく。

 いやに甘い香りのデカいベッドに縛られた俺はかれこれ数分間、鞭打ちをされていた。

 初めは全く痛みを感じなかったが、何度も同じところを叩かれると皮膚も裂けて流石に痛みを感じる。

 

「……変ね。何と言うか、貴方本当はもっと訓練受けてるわね? 痛みに耐えるのとか」

 

「生憎、そんな大層なものは受けてなくてね……」

 

「ふーん。じゃあこっちはどうかしら」

 

「!!」

 

 メイヴは仰向けの俺に跨がると首からお腹の辺りまでを人差し指で這わす。そのまま海パンを脱がそうと手をかけてきた。

 これこそがメイヴがライダーたる所以! 俺が恐れていた男への騎乗が始まってしまう!

 

「止めろ! 俺は初めては結婚する相手と決めてるんだ!」

 

「うっそ? 本当に? 今時女の子みたいな事決めてる男が居るんだ」

 

「……!」

 

 メイヴが可笑しそうに目を瞑った。今だ!

 

「魔力放出(筋肉)!!」

 

「うぐっ!? 何、これ……体が……」

 

「ぬぅぅああ!」

 

 手足を縛っていた縄をマッスルパワーで引き千切り、動けなくなったメイヴを押し倒す。

 わざとらしい悲鳴をあげた彼女だが、俺は怯まずポケットから袋に入ったペラペラのチーズを取り出す。

 

「それ……まさかチーズ!?」

 

「死因らしいなメイヴ……このチーズの薄さ、形を見てみろよ。これに強化の魔術を使ったらどうなると思う?」

 

「へぇ。こう言うプレイが好きなのね?」

 

「ちがわい! 俺はここにただ連れてこられた訳じゃない。お前の暗殺の為にここに来たんだ!」

 

「チーズで暗殺……? 成る程ね。英霊特有の死因が弱点なのを的確に突いてきた訳」

 

 そうだ。と続け、チーズナイフをメイヴの喉元に近付ける。下手に動けば死ぬぞと言う警告だ。当然ながら、俺には英霊であっても喉を掻き斬って殺すような事は出来ない。

 だから彼女が大人しくしているだけで、俺の任務は完了なのだ。

 

「けど無理よ。だって貴方、言葉で脅してるけど目は嫌がってる。そこはクーちゃんとは全く別ね」

 

「っ……ぐふっ!?」

 

 もう体……筋肉の自由を取り戻したメイヴの蹴りが出血している脇腹に刺さる。

 体に強化をかけるのを忘れていた。意外にも威力がある蹴りでシャワールームまで弾かれた俺は今度こそ意識を切り換えて、時間稼ぎに徹する態勢を取るが筋力:Eとは思えないダメージに一瞬踏鞴(たたら)を踏んでしまう。

 

「幾ら良いカラダでも、サーヴァントのマジ蹴りだったら響くでしょ」

 

「その蹴りは明らかに筋力ステータスを凌駕してる……本当にメイヴなのか……?」

 

「えぇそうよ。ただ、貴方が知ってる私とは別ね。私はチーズに勝てないルールを乗り越えたの」

 

「嘘だろ……絶対『チーズには勝てなかったよ』ってなると思っていたのに……本当にそう言う所に努力と言うか、らしさが出てるよね」

 

「当たり前じゃない! 女王メイヴよ? 何の努力もしないで欲しいものが手に入るなら苦労なんてしないわ。まぁ、私は割りと何もしなくても相手がくれるんだけど、それに傲っていたら私はそれまで。もっと綺麗に! もっと女王らしく! いつかクーちゃんを屈服させるまで、私は諦めないの! ついでにチーズも恋も!」

 

「成る程──ね!」

 

 チーズが駄目なら眼ドの出番だ。

 この狭い空間、距離、メイヴの姿勢。幾らチーズの為に鍛えていたとしても、マッハの呪弾は避けられまい。

 

「チーズ!」

 

 パンッ! メイヴの変な掛け声と共に、呪弾が破裂した。言霊か何かと思ったが……続けて撃った時にその理由が分かった。

 要するにレイアちゃん(ペンテシレイア)と同じなのだ。相手がアキレスじゃなくても、強引に自分にアキレスと認識させて殺しにかかる。

 メイヴは飛んでくるものをチーズと己に誤認させる事で、一瞬だがそれらに対する絶対排斥概念を付与させている。厄介な……!

 

「女王たる私の暗殺なんて、終身刑確定ね」

 

「そりゃありがたい! 嬉しくて脱獄したくなった!」

 

 距離を取り、なるべく戦闘が長引くように立ち回る。

 下手に廊下に出ても、彼女は追ってこないだろう。ケルト兵を呼ぶ為に窓を開けられたら作戦がバレるし、この空間で皆の工作が終わるのを待たなければ。

 

『皆まだ!? こっちはヤバい!』

 

『あと少しだ! 大丈夫、お主ならまだやれる筈だ!』

 

『ロシア皇女ならカラシニコの1つや2つ扱い慣れてるから安心して。所で、この線は青を赤に繋げば良いの?』

 

「何か居るし!!」

 

 あとカラシニコ(フ)はAK-47で有名な自動小銃だからC-4と関係無いし! あと赤青を繋ぐと多分ショートして爆発するよ!

 

「魔力放出(筋肉)!」

 

「……」

 

「何!? どうした筋肉! 何故動かない!」

 

「あっはは! 残念。やっぱり筋肉(カラダ)は正直だったわね。私の鞭で貴方の筋肉は既に私の下僕。その筋細胞一つ一つが私の物よ」

 

「クソッタレ……目を覚ませ俺の筋肉ぅ!」

 

『出来たー! 私初めて爆弾を触ったけど、意外と硬くないのね。悟空が作ってた時はとってもテカテカしてて硬そうだったんだけどなあ』

 

 よし! これで時間稼ぎは終わりだ!

 思いの外早く終わって助かった。後はここからどう抜け出すかだが……。

 

「さぁ、()()()()なさいな。私に全てを捧げなさい」

 

「……令呪をもって命ずる──」

 

(遂にクーちゃんが来るのね! 言いなさい海パンマスターぐだ男! ランサーと叫ぶのよ!)

 

「──目的を果たせ! バーサーカー!」

 

「クーちゃ、え? バーサーカー? きゃあっ!」

 

 令呪が弾けると同時にメイヴが尻餅をつくほどの衝撃が監獄全体を駆け抜けた。

 そして嫌な予感がしたメイヴが窓から見たのは崩れ行く自分を象った像だった。足元から木っ端微塵に破壊されたそれを見るかぎり、作戦は無事成功したようだ。

 これで俺達の弱体化も無くなり、外部との通信も完璧に出来る。

 

「わ、私の像が……」

 

「ふっ……! キャット、着地任せた!」

 

「おうさ」

 

 メイヴを押し退けて窓から飛び降り、着地をキャットに任せる。

 改めて状況を見てみると、何が起きたか分からない囚人達が騒いでいたり、ケツァ姉がそれの対応に当たったり、モリアーティ達がメイヴ過激派に像を破壊したことで攻撃を受けていたりと結構カオスになってる。

 

「皆! 車庫に急ごう! そのままこことおさらばだ!」

 

「逃がさない! 貴女(ケツァル・コアトル)も手伝いなさい!」

 

「ハーイ!」

 

「仕方ないか……! 皆、計画変更! ここでメイヴ達を倒すぞ!」

 

 ◇

 

「ぐだ男大丈夫かな」

 

「大丈夫です。先輩はいつだってそうですから」

 

「凄い信頼ね」

 

「でも……いつだって無茶をします。私が一緒に特異点に赴いていた時も。先輩1人でも解決できる小さな小さな特異点や問題の時も。先輩はいつも傷だらけになって帰ってきます。ですので本音を言うと……やっぱり心配です」

 

「……大丈夫。ビーストって言うのと戦って勝ったんだったら、今更脱獄の1つや2つ余裕でしょ。無茶する先輩も先輩だけど、それを信じてあげるのも後輩の努めじゃない?」

 

 ゴール地点。

 まだぐだ男の無茶苦茶ぶりを記録でしか見たことがないリッカが時たまトランシーバーから聞こえる爆発音やらかけ声に傾聴しながら、マシュのフォローをしていた。

 

「あ、ケツァルさんの霊基反応及びメイヴさんの霊基反応ロスト。先輩達の勝利です!」

 

「遂にやったのね……丸2日間位たってやっと」

 

「はい! 先輩、先輩聞こえますか?」

 

『聞こえるよ。やっとこさ監獄を抜け出せたよ。イシュタルもこっちに来てるから、説明聞いた後に出発するよ』

 

「分かりました。最後までお気をつけて下さい先輩」

 

『はーい』

 

 通信を切ると今度は巨大スクリーンに荒野が映し出された。

 どうやら無事にマシンを回収できたようで、メンテを施したりエンジンをふかして調子を見たりしている。

 

『大変待たせたわね! 漸く脱獄野郎達を捕まえたから、レースを再開するわよー! この2日間で橋も直したし、皆がメイヴを倒してくれたお陰で邪魔はもう居ない。今度こそ、ゴール目指して突っ走りなさい!』

 

『『『おおおおお!!!』』』

 

『因みに、最後だから他チームの妨害が駄目って訳じゃないから注意しなさい』

 

 イシュタルのその言葉は注意をしているのではなく、暗に他チームへ妨害をしろとの意味だ。

 これを理解したチームは僅かだが、皆自分にも妨害がされると警戒して一気に場の空気がピリついた。

 

『スタート!』

 

『開始早々ご退場いただこう』

 

『あ! アラフィフ汚ねぇ!』

 

 スタートと同時、モリアーティが超過剰武装多目的棺桶『ライヘンバッハ』で他のマシンに攻撃を開始した。

 いきなりの攻撃とは言え、それを回避した他のチームも次々に攻撃を始めだす。アルトリアはハンドガンで応戦し、ノッブはマシンに搭載されている攻撃用レーザービームで焼き払い、頼光は弓でお返しとモリアーティを攻撃する。

 

『死んでしまいますぅ!!』

 

『うわぁ! シェラさんがパニクってフレアばら蒔き始めたぞ! ぎゃあああ!!』

 

「先輩!」

 

 スクリーンは阿鼻叫喚の爆発四散三昧。

 レースをしているのか戦争をしているのか分からなくなってきた。

 

『仕方がねぇ! キャット、応戦だ!』

 

『うむ! ご主人はバレンタインで貰ったアレを』

 

 バッグから取り出したのはバレンタインでエミヤから貰ったキャリコM950とランスロットから借りたJM61A1、20mmガトリング砲。ぐだ男が運転をカワザキに完全委任してキャリコを牽制で撃ちながら、その後ろでガトリングをキャットがぶっぱなす、何ともおかしな絵面の出来上がりだ。

 

『アレはランスロットの!?』

 

「うわぁ……何と言うか、魔術師的にああ言う近代兵器ってなれないのよね。まぁ、ぐだ男は魔術師と言うよりは魔術使いだから抵抗無いだろうけど」

 

「そうですね。先輩は一般人の感覚ですから、銃器等の扱いには全く抵抗はありません」

 

 そんなレースと言う名の戦争が始まってから約5分後。遂に先頭車輌がゴール地点から黙視できるようになった。

 先頭はやはり宝具だけあって速いぐだ男のマシン。その後に何機か続く。無論、集中砲火も続いていた。

 

『弾切れだ! そっちは!?』

 

『借りだし期間が終了してしまったワン。それで、延長料金を支払って使うかご主人?』

 

『大丈夫。もう少しだから返し──』

 

『ホォォォミング! レェェェェザァァァァッ!!』

 

『どわぁぁぁああ!!』

 

 先頭を走っていたぐだ男のマシンが後方のレーザー兵器で宙に跳ね上がった。

 どうやらノッブチームのガス欠寸前最後の攻撃だったようだ。カワザキは前輪が外れて走行不能になってノッブチームもガス欠で動けなくなった。

 

『あり……がとう……ライ、ダー……』

 

『バトルホッ──カワザキー!!』

 

 知る人ぞ知る感動のシーン再現の最中であってもレースは続いている。だが、他にも走れなくなったチームもあった。

 モリアーティチームはモリアーティが宝具の解放をした結果、機体がバランスを保てなくなって転倒して敢えなく走行不能。

 エレナチームはマシンが度重なるダメージでオーバーヒートを起こして走行不能に。思いの外マシンが繊細だったらしい。

 残すは3チーム。アルトリアチームと頼光チームと大穴のニトクリスチーム。

 

『あぁ……ぐだ男さんまでもが事故で……』

 

『死んでません! 彼は無事ですから、残りを走り抜きますよ!』

 

『ぬぅ!? まさかナマモノ()と人型汎用決戦兵器っぽい走り方のマシンが余のチョー凄いマシンに並ぶとは!』

 

『白竜は凄いんだから!』

 

 横一列に並んだマシンが残り500mで再度激突する。

 4本脚でわっちゃわっちゃと走るニトクリスチームがフレアをばら蒔いて混乱を誘う。しかしそれには惑わされない他のチームはフレアが当たるのもお構いなし。速度を落とさずタックルをしたり相変わらず攻撃で前に出ては抜かされてを繰り返している。

 そして残り200m。ニトクリスチームが動いた。

 

『飛んで駄目なら……跳びます!』

 

『何!?』

 

 マシンが一瞬屈伸体勢になったかと思うと言葉通り跳躍した。

 脚を持つマシンの強みはあらゆる地形の走破性とタイヤと言う固定形状によってどうしても制限される瞬発力、そしてリーチだ。

 回転数で縛られない脚なら、一気に跳び跳ねて爪先でゴールテープを切れば良い。それをニトクリスは実行しようとしている。

 

『させるか』

 

 それに待ったをかけるのがアルトリアの宝具。不撓燃えたつ勝利の剣(セクエンス・モルガン)だ。

 どう見てもアンチなマテリアルのライフルで跳躍したマシンの4本脚全てを撃ち落とし、バランスを崩したそれは無惨にもエアバッグを展開させながら不時着させた。

 

清掃(はかい)完了。たまには聖剣以外でひたすら撃つのも悪くはない』

 

『残るは2チームのみ! もう少しよ!』

 

 流石にアルトリアでも馬を撃つのは躊躇うらしく、最後は純粋なスピードで勝負を決めにかかる。

 馬とマシン。普通に考えるなら勝負になりそうもない2チームが接戦を繰り広げる。追い抜いては追い抜かれ、ただひたすらに前に走った。

 そして──

 

『ゴォォォォォォルッ!! ここまで良く駆け抜けたわ! 皆、全ての参加者に盛大な拍手を。関係者に拍手を。そして、栄光の1位……チーム『タイラント・シューティンスター』! そのマシンの名は『レッド・ヴィーナス』!』

 

 わぁぁぁ! と盛大な拍手がゴール地点の観客席から送られた。

 次々とレッカーされて来る他のチームの皆もアルトリアとネロに大きな拍手で祝福を送る。そんな最中、段々と空が暗くなっているのに気付いた数名のスタッフが傘を持ってきた。

 雨が降ってくると思ったからだろう。だが空は更に暗さを増し、遂には遠くの方から巨大な竜巻が雷鳴轟かせて近付いてきたではないか。

 流石に観客席の皆や屋台に群がっていた皆は屋内に避難を始めて、軽く会場はパニックになってしまった。

 

「妙だな。これで儀式が完了したと言うなら、特異点は消える手筈だ。もしアレがその特異点を消すのだとしたら、それは単なる殲滅と同じだ。一切合切を破壊する危険な行為だ」

 

「やはりそう思ったか冷血メイド。余も同じ事を思っていた」

 

「つまり……どう言うことなんだイシュタル」

 

 ここで不敵な笑みを浮かべていたイシュタルに皆の視線が向いた。

 皆が注目している中、大仰に高笑いしはじめた彼女は凄まじいオーラを纏わせ、宙に浮いてありがとうと言葉を続けた。

 

「皆のお陰でこの特異点は予定通り解決するわよ。何故なら、私のグラガンナで全部綺麗にするから! アッハハハハハ!」

 

「……また変な事してぇ……」

 

 女神と聞いたら耳を疑いたくなるような邪神然としたイシュタルはここに、『グガランナ リビルド計画』が最終段階に移ったと高らかに宣言したのであった。

 

 



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Order.66 ゲーティア「これはパクりではなくオマージュだ」

ハロウィンが近付いてくる!
今年はどうなるか楽しみですねぇ


 

 

 

「アッハハハハハ!」

 

「『グガランナ リビルド計画』ぅ!? 一体どういう事だイシュタル!」

 

 ゴール地点。その最奥にあるお世辞にも良い趣味とは言えない黄金神殿の前で高笑いをするイシュタルに俺は問い掛ける。

 すると彼女は丁寧に全てを説明してくれた。

 この大地はコノートだがコノートに(あら)ず。上から金星のテクスチャを上書きしたモノで、俺達はレースをしながらマシンに組み込まれた儀式用パーツ──とは仮の姿の『グガランナの生体パーツ』で大地に魔力を流して魔法陣的な物を大規模で作成。それらを何やかんやした結果、イシュタルの神格を高めてグガランナの召喚ではなく創造をすると。

 確かに、ウルクで散々グガランナを落としたことを馬鹿にされてたけど……まさかここまでやるとは思わなかった。

 

「そうか……アタランテやアルテミスが出てきたのは金星の地形に由来してたからか。そう言えばメイヴも地名にあったな。気付かなかった」

 

「よく知ってるじゃない。まぁ、スカサハやメイヴ達はイレギュラーだったけど、貴方達が倒してくれて助かったわ。お陰でこうしてグガランナを再建できるんだから! 何より絶対邪魔になるルチャ女神も消してくれた事はとっても感謝してるわ!」

 

「待ってくださいイシュタルさん! あのグガランナはこの特異点を()()してくれるんですか?」

 

「勿論よマシュ。このグガランナでぜーんぶ綺麗にすれば特異点は解決よ」

 

『はーい、ここでちょっと割り込ませてもらうよ女神イシュタル』

 

「何?」

 

『今マシュは修復と言ったんだけど、あのグガランナで果たして修復が出来るのかな? 私の見解だと、あれが出来ると同時に特異点は()()して、人理に大きな影響を残すと思うんだけどね。具体的には、コノートが地球から消える』

 

「あ」

 

 おい。と思わずツッコミたくなる間抜けな声をイシュタルが出した。

 彼女のその一文字で俺は大体の事態が即座に理解できる。つまりあれだ。良かれと思ってやったは良いけど、神様特有の価値観の違いと“うっかり”の合併症だ。これは酷い。

 

「取り敢えず、グガランナ作成を一回止めて降りてきてよ」

 

「……ヤダ。私は失敗なんかしてないわ。ちょっとばかりこの大地はズタズタになるけど、私とグガランナの力があればそれ以上の戦力に、プラスになるのよ? これは貴方達の為なの。だから、私は何としてもグガランナを再建するわ!」

 

「このッ駄女神!! どうして問題事ばっかり起こすの! 止めないなら止めさせるからな!」

 

 そうは言ったものの、遠方からやって来た巨大な竜巻から姿を表したグガランナはその竜巻並みにデカい。

 大体目測で90m……100m近いな。あんな巨大で近付くだけで魔力の奔流に霊核が軋むような相手にどう戦えと。時折降ってくる雷もイシュタル曰く、一撃でサーヴァントの霊核を砕くらしいから迂闊に近寄れない。

 でも、あそこでたった今それを食らったブレイブエリちゃんは「痺れるー!」って言いながらピンピンしてるんだけど。何で?

 

「大人しく退きなさい。そうすれば怪我はしなくてすむわ。あと駄女神発言も聞かなかった事にしてあげる」

 

「……断ったら?」

 

「言わなくても分かるでしょ?」

 

 そうか。

 そこまでやるつもりと言うなら、こちらもそれなりの覚悟で挑まないと命に関わるようだ。

 あのグガランナに挑むのは蛮勇と呼べるレベルだ。すぐに現地のサーヴァントで迎撃舞台を編成して対応しても……難しいだろうな。地球防衛軍じゃあるまいし、あんなKAIJUを──

 

「じゃあ対KAIJU用人型巨大兵器を投入させて貰うか」

 

「「!」」

 

 その声の主はいつの間にか俺の足元に仁王立ちしていたゲーティアのものだった。

 同時に、バラバラバラ……と竜巻の巻き起こす音とは違う、機械的で規則的な風切り音が反対側から近付いてきた。

 この音は良く知っている。カルデアに最初に連れてこられた時にも乗った、ヘリの音だ! でもどうして?

 疑問する俺だが、音の方向を見やるとすぐに理由が分かった。運搬用のヘリが2機、何かを吊り下げていたのだ。そう。それこそがゲーティアが言った『対KAIJU用人型巨大兵器』……こいつの持つ宝具擬きの奇蹟だ。

 それは腕を組んで堂々としていたのだが……何故か頭が無かった。

 

「ビースト・デンジャー! あれは再起不能になった筈じゃ……!」

 

()()()()()()な。……一応お復習(さらい)としよう。あの時、リアクターが2基とも大破して塩基接続(アミノリンク)していた俺達はそのフィードバックを受けた。だからこんなちんちくりんになっちまった訳だ。それにより、俺達の霊基は弱体化してビースト・デンジャーは沈黙して再起不能になった。だが、ティアマトの霊基再臨(かいふく)とリアクターの修理によってこいつは再び目を覚ました。言うなれば、こいつはビースト・デンジャーMk.Ⅱだ」

 

「Mk.Ⅱ……じゃ頭が無いのは……?」

 

「まだ終わってないぞ。ビースト・デンジャーが大破した時、リアクターから放たれた幻想粒子(ふくさんぶつ)がお前に付着した。いや、被曝と言った方が近いか?」

 

「ひば……」

 

 物騒な言葉に俺は言葉を失ったが、ゲーティアは構わず説明を続けた。

 その幻想粒子と言うのはリアクターから放出される熱の様な物らしく、普通の英霊や無機物・有機物には反応を起こさない無害に等しい。

 しかし、リアクターが大破した事で駆動理論が崩壊。莫大なエネルギーを持つリアクター2基の縮退によって、空間を歪めて並行世界へ移動できる程の力場が発生した。

 それが俺の存在証明に影響を及ぼし、幻想粒子が俺と反応したようだ。

 つまりはビーストの因子を担いでしまった訳。ただ、これは何か俺に悪さをするわけでも無いようで、ゲーティアは「ポケルス感染後の様な物だ」と言っていた。

 俺にもあのピンクのニコちゃんマークが付いてるのか……。複雑だ。

 

「アレは人類悪(ビースト)しか乗せられんのでな。で、頭が無いのはお前の機体、対魔力装甲搭載汎用人型人理継続保障戦機 プレマストがあそこに収まるからだ」

 

「はぁ?」

 

「俺はこの通り、魔神王状態にもなれないちんちくりんだ。だから代わりのパイロットがアイツには必要不可欠。アレなら当然、グガランナとも戦えるぞ」

 

「……」

 

 小さいくせに、デカい態度のゲーティアが顎でグガランナを指す。

 確かに今アレに頼るのが一番勝率が高いだろう。

 

「……分かった。その話、乗った」

 

「ちょっと待ちなさいゲーティア! アンタ私に協力してるんじゃなかったの!」

 

「馬鹿言え駄女神。俺はお前に(すべ)を教えただけで協力関係ではない」

 

「皆はイシュタルを頼む! 俺はあっちをやる!」

 

 ライダークラスから本気のアーチャークラスに戻ったイシュタルに皆が攻撃を始めた。これだけの数なのに、同等かそれ以上に立ち回っている彼女もまた、かなり強化されているみたいだ。

 兎も角、俺は皆に任せてプレマストを喚び出した。

 背後に片膝を付いた状態で空間から滲むように姿を表した愛機に搭乗し、全ての情報系統をリンクさせる。すると依然として仁王立ちスタイルのビースト・デンジャーMk.Ⅱからチャットが飛んできた。

 

『乗れた?』

 

「ティアマトか。ゲーティアから話は聞いたよ。で、どうすれば良い?」

 

『先ずはコックピットのコンソールからアセンブリアプリケーションプログラムを起動してからコマンドを打ち込んで。コードは──』

 

 まさか原初の母であるティアマトからスラスラとコンピューター用語が出てくるとは思わなかった俺。

 面食らって呆けてしまったが、すぐに言われた通りアプリケーションプログラムを起動。アセンブリコマンドを打ち込んでエンターキーを叩いた。

 するとスフィア・モニターが明滅。『衝撃に備えろ』と何故かシュメル語で指示されたので踏ん張ることにした。その僅か2秒後にプレマストは自動操縦モードに移行。ビースト・デンジャーMk.Ⅱに向かって跳躍した。

 瞬間的に30Gもの重力加速度の負荷が俺を襲い、たまらず意識を一瞬手離してしまう。いくら何でも慣性制御魔術の保護が弱すぎる。いや、もしかしたら遅いのか。

 実はこのプレマストもあの戦いの後、改修されてパワーアップしたのだが……その皺寄せがここに来たか。

 

「ぅっ……く、落ち着け……すぅ……はぁ。よし」

 

 《ターゲットのマーカー確認。これより機体はターゲットとの相対座標を設定後、格納形態に移行します》

 

 プレマストは空中で斥力(物体同士が反発しあう現象)を展開。ビースト・デンジャーMk.Ⅱの真上で座標の微調整を行った後に体を変形させて相手側の頭、開いているスペースにすっぽりと収まった。

 直後に俺は何らかの魔術でプレマストのコックピットからビースト・デンジャーMk.Ⅱのコックピットへと招かれ、そこで待っていたティアマトにいきなり抱き付かれた。

 

「やっと来た! 遅いわぐだ男」

 

「ご、ごめん。それじゃあ早いとこグガランナを……」

 

「待って。乗せるのと、操縦させるのとじゃ条件は異なる。だから、貴方にはもう一段階上がってもらいたいの」

 

「上? それって大丈夫なのか……?」

 

「大丈夫。(わたし)を信じなさい。貴方は大切な私の子供。過酷な運命を背負った、愛しく尊い私の子……」

 

 な、何か……急に雰囲気が頼光さんに似てきたと言うか、霊基状態も最近安定してきてたからか母性が凄く強くなった気がする。いや、なってる。

 確かに、彼女はその母性故に『回帰』の人類悪になっていた訳で、それが表面化してもおかしくは無い。ただ、この前まで可愛らしいちんちくりんだった相手が急に自分を子供扱いするのは慣れていなくて……取り敢えず、「分かった」と言って彼女を引き離そうとしたが、この状態でも筋力:EXでびくともしなかった。

 

「え、マジ強っ」

 

「照れてるのね。あぁ、可愛い子」

 

 彼女はそんな俺の抵抗を意にも介さず首筋に噛み付いてきた。

 ブツッと皮膚が上下の尖った歯に貫かれて血を流す。しかし、ティアマトは吸血しているようにそれを啜り、一滴も溢すこと無く口腔に溜め込んでから一気に嚥下した。

 何故だがその一連の動作がとても艶かしく感じて目を逸らすと不意に視界が狭まった。だがすぐに正常に戻ったので吸血の影響だろうと納得していると彼女はとんでもない事を言い始めたのだ。

 

「やっぱり塩基契約(アミノギアス)に耐性があるのは霊基が………」

 

「何だって!? 俺人類の敵になっちゃったの!?」

 

「心配しないで。確かにケイオスタイドを入れたけど、お風呂にお醤油を一杯垂らしたようなものだから。私だって極限まで弱めてるから黒化したりは無いから。ちょっと人類悪になっただけだから」

 

 その例えだと、魚は住めないし人類悪になってるし!

 俺大丈夫なの!? ねぇ!

 

「兎に角、これで貴方もこれを操れるようになったわ。さぁ、私の中に入ってきて」

 

「ぉ、おぅ……?」

 

 んん! 落ち着け。落ち着け俺。

 以前ゲーティアから操縦方法は聞いただろ?これ程の巨大兵器を精密に操るには人機一体が有力とされて、1人では大きすぎる負荷を2人で右脳と左脳の役割に負荷を分散させるのだと。

 その都合上、2人の意思を統一させる為に『ブレイン・ハンドシェイク』を行ってどちらかが()()()()()()()()()()必要があるから、その言い方が自分にも入って来いと言うのだと。

 そしてパクりではなくオマージュだと!

 

「分かった。記憶(うさぎ)は追わない、だよね?」

 

「そう。お互いの良い記憶悪い記憶が皆見られるから、自分を強く持って」

 

「おっけ」

 

 ヘッドギアを装着し、直立型のコントロールペダルに足をロック。上から降りてきた操縦桿に五指を通してその時を待つ。

 

 《パイロット認証。ブレイン・ハンドシェイク後、塩基接続を開始します》

 

「……っぢ」

 

 ガツンと殴られた様に記憶が流れ込んできた。

 神々の戦い。ランダムに産み出される子供達。そして地球環境が安定し、その役割がかえって邪魔となった事で虚数の海へ追いやられた事。

 不味い……! これは記憶だ!

 分かってる!

 だから俺を保つんだ! 追うんではなく、全て無視するんだ!

 

「──っくぁ、 はぁッ! はぁッ!」

 

 《ブレイン・ハンドシェイク完了。塩基接続……完了。システムオールグリーン。リアクター起動。姿勢制御を解除します》

 

「ぬぉ!? 一気に感覚が変わった!」

 

「ぐだ男。今は既に私達の一挙手一投足がこのマシンで出力されてる。私達の体はこのビースト・デンジャーMk.Ⅱその物だと思いなさい」

 

 《前方に巨大魔力反応有り。霊基情報……データベースに該当無し》

 

「それはグガランナMk.Ⅱよ。これから、それを倒すわ」

 

 《了解》

 

 ◇

 

「どうやら、無事に乗れたみたいだな」

 

 ゲーティアが短すぎる手足で必死に戦場から逃げながら感嘆していると遂にグガランナとビースト・デンジャーMk.Ⅱが激突した。

 100m級のロボと怪物が、コノートの運命をかけて戦っているのだ。

 その余波は凄まじい物であり、グガランナの雷をものともしないビースト・デンジャーMk.Ⅱが顔面を殴るだけで鼓膜が破けそうな轟音が辺りに響き渡るし、グガランナが反撃と振り下ろした前脚を受け止めたビースト・デンジャーMk.Ⅱの足元は爆弾でも爆発したのかと疑うような岩石を巻き上げて会場まで地面が揺れるのだ。

 

「……壮観だな。人理を脅かす怪物と、人理を守ろうとする獣の力のぶつかり合いと言うのは」

 

「あ、ゲーティアさん! そんな所に居ては危ないですよ!」

 

「マシュか。それは分かっているが、この体では逃げるのもやっとでな」

 

 揺れもそうだが、すぐ近くではイシュタル達の戦いもある。

 避難のため、マシュの脇腹に荷物のように抱えられたゲーティアは不服そうな表情で訴えながらも、大人しく従った。

 

「先輩は勝てますでしょうか?」

 

「勝てるさ。アレはそういう男だ」

 

「で、先程のお話を聞かせてもらったのですが被曝とはどういう事ですか?何故言わなかったんですか?」ゴゴゴ

 

 マシュの腕に力が段々と込められてきてゲーティアのお腹が締め付けられる。

 フラウロスの事もあって彼女の事をよく知るゲーティアからすれば、本当に強くなった(色んな意味で)と名状し難い感情を覚えたが、すぐに苦しくなった彼は話すから離してくれと全身で訴えたのであった。

 

 ◇

 

「ロケットォォォォ……パァァァァァンチッッ!!」

 

 グガランナを転倒させ、顔面に向かって右のロケットパンチをぶちかます。

 前回と同様、エルボーのロケットブースターを点火させて推進力を爆発的に向上させた一撃はグガランナの頭を地面にめり込ませ、そこを中心に放射状に大地が裂けた。

 しかし、これだけの一撃を受けながらもグガランナは尚立ち上がる。流石はイシュタルが俺達に勝ち目がないと言うだけはある神獣。パワーはエグいし頑丈さは筆舌に尽くしがたいし肉体はなく、金色の骨格に嵐を纏ったようなそれには疲労も見られない。

 対してこちらはほぼ永久機関化した2基の超々々弩級リアクターのエネルギーで動く金属の兵器たが操るのはビーストと人間である以上、疲労は蓄積されていく。

 

「ちぃっ……硬いし強いしヤバいなぁ!」

 

「落ち着いてぐだ男。一度プラズマキャノンを使うわ」

 

「分かった」

 

 《プラズマキャノン、スタンバイモードに移行します》

 

『■■■■■■■■■──!!』

 

「うあがっ!?」

 

「やっ!」

 

 プラズマキャノン発射の為、変形中だった所をグガランナが尻尾で凪ぎ払ってきた。

 これだけの質量体が遠心力を伴い且つ鞭のように叩き付けられたのはかなり響いた。思わぬ位置からの攻撃でバランスを崩した俺達は片膝を付いてしまい、グガランナの更なる攻撃を許してしまう。

 前足でこちらを潰すように振り下ろした攻撃を耐えるが立ち上がろうとするとまた前脚で地面に両手をついてしまった。

 そして完全に無防備になった右脇腹にグガランナの蒼角が突き刺さった。

 フィードバックされる情報は脳で痛みに変換されてしまい、俺は右脇腹を襲った痛みに声をあげる。

 

「ぐぅああッ!」

 

「ぐっぅぅ……耐えてぐだ男! 貴方ならそれ位大した痛みじゃないでしょ!」

 

「とう……ぜんッ! 引き剥がすぞ!」

 

 アラートでコックピットがけたたましく明滅していて不安が掻き立てられるが、落ち着いて対処する。

 先ずは脇腹の放熱ダクトを全開にし、リアクターのパワーも全開に。すると熱風どころかいっぱしのスラスターみたいに炎がグガランナの顔面を焼く。

 いや、実際には焼けているような様子はないが、それでも確かにダメージはあったらしい。グガランナは呻きながら角を引き抜いた。

 そしてそれを見逃す俺達ではない。

 すぐにグガランナの両角を掴み、そのまま頭を生物的には死に至る曲げ方をさせて再び地に叩き付ける。

 

「「プラズマキャノンッ!!」」

 

 《プラズマキャノン、発射します》

 

 今度こそ右手を変形。心臓らしき物が見当たらないなら頭を潰すしかないと、連続で5発顔面に叩き込んだ。

 だが、グガランナの顔の破壊はやはり難しく、顎が少し溶け落ちた程度で済んでいた。それでもダメージが通ってるのは目に見えた。それさえ判ればこちらもやる気が出るってものだ!

 

「「はぁぁぁああ!!」」

 

 怯むグガランナに続けて両拳を握って、上段から刀を振り下ろすように一気にそれを振り下ろす。

 三度顔面に重い一撃を食らったグガランナも流石にこたえた様子。立ち上がるにも先程までの俊敏さは無く、震えている気もした。

 しかし目の前の神獣は未だ戦闘態勢のまま。ギルガメッシュのいつかの言葉を借りるなら──

 

「死に際の獣程注意せよ……だな」

 

「下からロケットアッパーを叩き込むわ」

 

「了解! こいつで、終わりだぁ!」

 

 左足で一歩踏み込み、地面すれすれまで降り下げた拳をグガランナの首目掛けて突き上げる。その際にエルボーのロケットを先程と同様に最大出力で唸らせて、グガランナを後ろに1回転させる程までインパクトを引き上げた。

 たがそのインパクトは機体の脇腹のダメージが原因で腰のフレームにかなりの負荷をかけてしまった。骨格ユニットの幾つかが衝撃吸収機能を失って壊れかけている。

 

「腰が……! このままだと倒れる!」

 

「無理に立とうとしないで。腰が折れたらその情報(いたみ)もフィードバックされるのよ」

 

『■■■■■■■■──!!』

 

「なっ──」

 

 グガランナが予想より早く起き上がった。今しがたそれに気を付けようと己に言ったばかりなのに、回避も防御も出来ずグガランナの突進を受けてしまう。

 やや歪んだ右の角が今度は鳩尾(みぞおち)辺りを貫き、いつの間にか俺達が落っこちた崖の近くに来ていたようで、そこに突き落とそうと歩みを止めない。

 ん……鳩尾の角は中々に違和感だ。思わずえずいてしまう。

 

「抑え、きれない」

 

「踏ん張るわよ。落ちたら流石にAパーツとBパーツ化しちゃうわ!」

 

 そうは言っても、そのABに別れる原因の腰が現在進行形でえらいことになってるんだ。

 衝撃吸収機能を失った腰の骨格ユニットではグガランナの歩みを止められない。このまま踏ん張っても、それでABパーツになっちまう。

 何とかしないと……。

 

「じゃあブレストファイアする?」

 

「そろそろ怒られるのではないだろうか!」

 

「じゃあリアクターブラスト?」

 

「そっちもモロじゃん! 何でも良いけど、どっちも同じようなもんだから兎に角やるよ!?」

 

 やることはどちらも同じ。名前から分かるように、リアクターをフル回転させて目前の敵を焼き払うゴリ押し技だ。

 さっきも似たようなことをしたけど、こっちは炎どころか熱線が相手を襲う。正直な所、2万度近いプラズマキャノンの方が攻撃力は高いけどあれは連続使用が出来ない。下手に手も離せないからこれしか無いんだ。

 

「焼けろ!」

 

 リアクターからの熱線がグガランナの背を焼き続ける。

 体に纏っている小規模の嵐が熱を軽減しているが、それでも背骨の突起やグガランナの羽みたいな帯を千切れさせた。

 だが──

 

「いけない! 今すぐリンクを解──」

 

『■■■■■■■■■───ッ!!!』

 

 グガランナは崖に届く前にその巨躯故の膂力をもってしてビースト・デンジャーMk.Ⅱを持ち上げた。

 その時、遂に機体の腰が完全に壊れて最悪のABパーツ化してしまった。

 自分の腰に伝わる痛みの信号。皮膚が裂け、肉が千切れ、下半身の感覚が完全に失せる。それは繰り返すが、本来俺が得るべき情報ではない。

 流石に痛みに鈍くなった俺でも、生きたまま体を引き裂かれる痛みに絶叫した。悲しいかな、パイロットの安全の為に組み込まれたシステムのお陰で気を失うことは許されていない。

 2人の意識が繋がった状態で片っ方が気絶なんてしてみろ。お互いの脳に影響が出るし、何よりマシンの情報を1人で抱え込まないといけないから非常に危険だ。そうさせないシステムだ。

 

『■■■■■■■──!』

 

 グガランナがビースト・デンジャーMk.Ⅱの半身を地面に叩き付けた。

 今までのお返しなのか、何度も何度も地面に俺達を叩き付けた。

 

「この……!」

 

 ティアマトが凄い形相でグガランナを睨み付けている。

 段々髪が伸びてきて、全体的に淡い蒼の彼女のそれが赤黒さを帯びていく。目付きも悪くなり、その両眼にはかつての特異点で戦った時のように強い十字の光が走る。

 不味い……もしかするとここで大怪獣決戦が始まってしまう。

 

「ぉ……お、落ち着け……取り敢え、ず……逃げるぞ……!」

 

 《音声承認。当機はパイロット2名とのリンクを解除。退避を優先させます》

 

 パシュッと小気味の良い音と共に下半身の感覚が復帰した。

 体の固定も外れて自由になった俺は未だ歯軋りをして敵意丸出し威嚇中のティアマトを抱えてビースト・デンジャーMk.Ⅱのシステムに問い掛けた。

 

「プレマストに転移とか出来る!?」

 

 《可能です。……当機はまもなく圧懐します。無事に避難を出来ることを切に願います》

 

「……ありがとう」

 

 《転移開始。プレマストを射出します》

 

 プレマストのコックピットに転移され、俺はすぐに操縦桿を握った。

 刹那、合体していたビースト・デンジャーMk.Ⅱから射出され、斥力やスラスターを用いながら何とか着地。

 そしてビースト・デンジャーMk.Ⅱはその様子を見届けた様に、踏み潰された。

 リアクターが爆発すればこの前のようになりかねない。あのAIはそうならないように最期まで役目を果たした様だ。

 

「あの駄女神のペット……殺す!」

 

「落ち着けティアマト。悪いけどこの機体じゃアレに太刀打ちできない」

 

「ぐっ……じゃあ私が──」

 

『ハァーイ。グガランナの相手、ご苦労様。後は私に任せて』

 

 この陽気でゲス顔が似合いそうな声は……!

 

「高さが足りてマース」

 

『ヤァ! その通りデース』

 

 ケツァ姉さんだ!

 でも彼女はあのメイヴ監獄で倒された筈。どうしてここに?

 

『ねぇ知ってる? あるサーヴァントは霊基すら真似ることが出来るのよ。死ぬ間際までね』

 

「そうか……燕青……」

 

『彼の命、無駄にはしないわ。だから、グガランナはここで倒しマース!』

 

 高さが足りている彼女は高高度から炎を纏ったライダー(クラスの)キックをグガランナの背にお見舞いした。

 ハッキリ言って威力が馬鹿げている。あの散々殴っても折れなかった奴の背骨を簡単にくの字に減し曲げてしまったのだ。

 更に彼女はグガランナの角をネジネジした挙げ句、イシュタル神殿にバックドロップして諸共に木っ端微塵にしてしまった。

 

「……控えめに言って超強くない?」

 

 ◇

 

 事態は収集した。

 イシュタルはグガランナが倒される前に、皆に寄って集ってフルボッコされて既に地に突っ伏して倒れている。その頭の上には重たそうな粘土板に『私はどうしようもない駄女神です』と日本語で書かれていた。

 グガランナはケツァ姉さんの攻撃で神殿ごと木っ端微塵になって2度と立ち上がることは無かった。

 今は崩れた神殿前で粘土板を抱えて地べたに座らされたイシュタルに皆の視線が刺さっている。

 

「はーい皆注目。これからイシュタルに罰を言い渡します」

 

「マナプリだ!」

 

「返金させよう!」

 

「はいはい落ち着いて」

 

「くっ……とっとと殺しなさいよ! マナプリでもレアプリでも何でも好きにしなさい!」

 

「イシュタル。前回はカルデアでやらかしたから始末書で大変だった。3日間寝ずの資料作成に内容の確認や修正。後半は流石にヤバかったな……で、今回も監督不行き届きや始末書の再来だ。コノートを消しかけ、カルデアの中でも特にお金が掛かってそうなビースト・デンジャーの使用に大破させた規模だと、俺は5日間はデスクから離れられないなぁ」

 

 俺は元来、その手の資料作成や書類を書くのは苦手だ。

 ましてや未だに慣れない魔術的、科学的、宗教的な理由を書けなんて言われたら1枚纏めるのに一体どれ程掛かると?

 下手にイシュタルに書かせたとしたら、それがどれだけの価値を生み出すと思う。魔術師擬きの俺が普通じゃ出来ない貴重な体験をしたと書いたら、どれだけの協会関係者に影響を与えると思う。魔術協会も一枚岩じゃない。なるべく多方向で争いを生まないようにどれだけ細心の注意を払って纏めていると?

 無くなるんなら、痛覚じゃなくてこの資料作成の辛さを無くしてくれよと姿形もない何かにすがり付きたい……。

 

「わ、悪かったわよ……」

 

「まぁ、それは俺がやるから別に良い。で、反省してる?」

 

「……してるわ。ちょっと神格が上がってハイになってた……。私、またうっかりして迷惑かけたわ」

 

「……分かれば宜しい! じゃあレースの最後、締めてくれる? 優勝商品もヒーローインタビューも何も無いんじゃ締まらないでしょ。迷惑かけたのは悪いけど、自分で始めた企画を途中で放棄するのは駄目だからね。それを終えたら、後は片付けで今回のは不問とします」

 

「おいおい優しくないか雑種。まさか金で買われたか?」

 

 そうじゃないよと答える。

 今回は確かにえらい事態になったけど、正直疲れた。ここで怒鳴ったりしてもどーせぇ? 俺のやる事は変わらないしぃ? 無駄にエネルギーの消費は抑えたいしぃ?

 それに、実は先程ドクターから特異点が見付かったと連絡が来たんだ。驚くことに2つだ。

 今までに無い事態なので、早めに対策会議を行いたいらしい。

 

「じゃあ俺他にやる事があるから先に帰ってるよ? ネロ、アルトリア改めて1位おめでとう。聖杯の悪用は禁止だからね」

 

 ◇

 

「あ」

 

 おめでとうと言われたネロがぐだ男を呼び止めようとしたが、彼は既にレイシフトしてカルデアに帰ってしまった。

 伸ばした手が行き場を失う。

 

「どうした劇場女」

 

「むぅー。折角この勝利をぐだ男へ贈ろうと思ったのに、あやつはとっとと行ってしまった」

 

「ふっ。あの様子では、特異点が見付かった等だろう。残念だったな。だが安心しろ劇場女。貴様には万雷の喝采と三日三晩のパーティーが待っている。私はそちらには興味が無いのでな。聖杯だけ貰い、内心私の直接報告を待っているであろうぐだ男の元に急がせてもらう。あぁ……『君だけを応援する』何て良い響きか。ではな劇場女」

 

「……待て冷血メイド。よもやこの暑さでどうにかなってしまったのか? ぐだ男は余にその言葉を贈ったのだぞ? それに誰が貴様に聖杯を譲ると言った?」

 

 ぐだ男が居なくなった途端に誰がどう見ても分かる修羅場が発生した。

 ヤバイと察したサーヴァントの皆はイシュタルを置いて散っていき、それに気付かないネロとアルトリアはどんどんヒートアップしていく。

 

「壁ドンだぞ!? ぐだ男が余を壁ドンしたのだ! そして顎クイで余のハートはブレイクゲージからのオーバーキルであった。何としても、ぐだ男に一位を、聖杯を捧げたい。それがあって余のこの劇場礼装は顕現したのだ! 頑張ってクラスも変えたしな!」

 

「壁ドンだと? はんっ。そんな事が出来る男では無いだろう。妄想だ。対して私は手を取られ、腰に手を回しながら熱く見つめあったぞ。物理的に花びらも舞っていた。だから私もクラスチェンジした訳だ」

 

「花びらだとぅ!? 余も花びらを舞わせるぐだ男を見たい! だがそれよりも──」

 

「奇遇だな、私も同じ事を考えてるぞ。聖杯は1つ。ならば目の前の貴様は」

 

「貴様は──」

 

「「──邪魔だッ!!」」

 

 遂に二者がぶつかった。

 お互いクラスチェンジをした癖に、結局剣で近接戦。最近のサーヴァントはクラスが行方不明なのが多いが、彼女達も例外ではなかった。

 

「よくよく考えればイシュタルの企みだろうが、それはそれだ! 後でイシュタルをぶっ飛ばせばスッキリする。今は貴様も倒してスッキリする!」

 

「うむ! 元よりお互いをいつ消すか牽制しあっていた余達だ。ゆくぞ!」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよアンタ達! 私巻き込まれちゃうから他所でぁいたぁ!? ごめんなさいってぇ!」

 

 



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Order.67 はじめての特異点(おつかい)

ゼロイベやっててふと思ったんですけど、刻印虫の形が変わってるんですね。
まぁ、流石にあの形じゃ出せないですよねぇ……



 

 

 

 特異点が2つ同時に見付かったと聞いた時、真っ先に何徹になるか予想していた俺だったが、片方はぐだぐだ粒子が濃厚でもう片方は「何か、取り敢えず駄目な人になる」と言った有り様で肩の力が一気に抜けた。

 正直、どっちも行くのも何だか嫌だなぁと思っていると会議室に水着のままノッブが突入してきた。

 

「たのもーう! ぐだぐだと聞いて黙って居られないわしが来てやったぞ。続けてわし参加のイベント開催とかありがたいのぅ」

 

「待ってください! ぐだぐだならこの沖田さんだって主役張らせてもらってますから!」

 

 ぐだぐだしてきたぞぅ。

 会議室が喧しくなってきたし、2人を取り敢えず落ち着かせて着席させよう。

 

「じゃあ、ぐだぐだの方は一度放置して……」

 

「いや、それに関しては私にも考えがあるよ。今回、ぐだ男君にはぐだぐだ特異点に専念してもらいたい。そしてもう片方はリッカ君とマシュにお願いしようと思ってるんだ」

 

「成る程。でも彼女はレイシフトは初めてですよ?」

 

「だからこそ、ぐだぐだ特異点に行かせるのは不味いんだ。彼女達が受けてきたのはそんな緩い特異点における対処のしかたではない。マシュを同伴させたとしても、正直期待が出来ない」

 

 そうか……。やっぱり、ここはぐだぐだで慣れている俺が適任と言う訳か。ウレシイネェ。

 

「彼女は大丈夫と?」

 

「確認は取ってあるとも」

 

 だったら何も言うことはあるまい。

 既に準備中なのだろうリッカに悪いなと思いつつ、ドクターから特異点の資料を受け取る。

 ぐだぐだが起こるのは基本日本だから時代だけを気にする。もし戦国時代なんかだと面倒だけど……今回は何処かな?

 

「明治維新辺り? 随分大まかな……」

 

「何じゃあ、わしがミッチーに燃された後ではないか。もっとわしが輝いてる時代があるじゃろ」

 

「分かんないよ? もしかしたらあまりにもぐだぐだで徳川幕府が織田幕府になってたりしてノブノブしてるかも」

 

 取り敢えずここで考えてても特異点は無くならない。

 急ぎ準備をして対応しよう。

 

 ◇

 

 私──リッカ・オリヴィエは悩んでいた。

 突然言われた特異点の話。私は元よりそれが目的でカルデアのマスター候補をやってたから、体を2つに分けられないぐだ男の代わりに片っ方を担当するのに問題は無い。のだけれど……本当に私で良かったのだろうか。

 自信が無い。いや、マシュもサーヴァントもついてきてくれるから孤軍奮闘にはならなくて安心してるけど、逆に皆の足を引っ張りそうだ。

 こんな時、ぐだ男はどうするのだろうか。

 初めてレイシフトした時はどう対応したのだろうか。訊いてみよう。

 

「え? レイシフトした時の対応? やっぱり緊張するんだ」

 

 彼の部屋に行った時、丁度会議が終わって着替えに来ていたのでそれを見ながら訊いてみた。

 別に男の上半身裸位見て騒ぐ程子供じゃないし、彼も何ら気にとめず私の前で着替えている。

 やっぱり私と同じ様に魔術礼装カルデアでレイシフトするらしい。上着をベッドに放り投げて黒いインナーを窮屈そうに着ている体を見てみると、やっぱり大小様々な傷痕が一杯あった。

 ミミズが這ったように縫い合わせた痕。撃たれた様な痕。火傷の痕……レイシフトは肉体に影響を与えないと聞いていたのに、彼には今までの特異点の“あと”がある。

 何でと疑問するも、さっきドクター・ロマンが言っていた事を思い出してすぐにその疑問を振り払った。

 

「ねぇ。レイシフト適性100%で良かったと思ってる?」

 

「適性が? どうだろう。あまり考えた事無いな……でも適性のお陰で俺は色んな特異点に行けたし人理を取り戻せたから良かったと思うよ」

 

「そうなんだ」

 

『彼はね、何故だか分からないけどレイシフトの際に肉体ごと特異点に跳んでいくんだ。これが適性のお陰かは不明だけど、確実に言えるのは彼の肉体や魂は異常な程レイシフトに慣れている。まるで何百、何千とこなしてきたみたいに……恐らくその異常な慣れ、ないし適応力が彼のレイシフトを後押ししてるんだと思うんだ』

 

 ドクター・ロマンはそう言っていた。

 前々から聞いてはいたけど、彼の環境適応力は凄すぎる。こんな状況になったばかりの時も、自分の役割をすぐに受け止めてこなしてきたんだから。

 もしかして彼の起源は『適応』なんてオチなんじゃないの?

 

「ま、それは置いといて。レイシフトしたら先ずは周囲を確認するかな。マシュや同行した皆は居るか? 自分達はどこに居るのか? 危険はないか? って感じで安全を確保する。安全なら落ち着いて、ドクターやダ・ヴィンチちゃん、マシュ、サーヴァントの皆と話したりしながら方針を決める」

 

「もし通信不能になってたら?」

 

「その時はなるべく戦闘を避けて安全地帯を探す。出来ればそこが霊脈であって欲しいけど、基本そんな都合は良くないからそれは別で探す。後は通信出来なくても目的通り動くけど、慎重にとしか言えないかな」

 

 ある程度は予想してたけど、今教えられたのは訓練でも言われたものばかりだ。やっぱり、作戦の肝になるのは冷静な判断力や行動力等か……難しいのね。

 

「大丈夫だよ。俺達マスターは強くないけど、独りじゃない。マスターはサーヴァントを頼るし、サーヴァントもマスターを頼る。人と言う字は──って話じゃないけど、お互いに支えあってこそマスターとサーヴァントの関係なんじゃないかなって俺は思うよ。だからリッカも一緒に行くサーヴァントに頼りなよ。初めてのレイシフトで上手くいく筈なんて無いんだからさ」

 

 シャドウサーヴァントなら1人で倒せるし、人類悪を殴り倒したし、モツクチュされたのにすぐ走り回っているこのマスターの何処が強くないと言うのか。

 真っ当な魔術師からすれば、そんな芸当やってるのが魔術師の家系でもない、ただの一般人がやっている事と今の言葉に腹が立つだろう。

 私は実力主義だし、特に魔術師だから見下すなんて事はしないから彼の言葉にはとても説得力を感じた。

 代理のマスターみたいなものだけど頼って良いんだと緊張していたのが少し和らいだ。

 

「ありがと。楽になったわ」

 

「どういたしまして。他に何か訊きたい事とかある?」

 

「じゃあ……」

 

 レイシフトとは関係無いけど、この部屋に来てずっと気になってたから思いきって訊いてみることにした。

 彼が放り投げた上着が乗ってるベッド。そこには人1人分の膨らみがあった。それだけでは無い。

 ベッドの下には黒っぽい、暗い色の布が落ちている。パッと見非常に布面積が少なく、最早先程までのレース会場に水着と言い張っても疑われなさそうな中々に鋭角なハイレグ。その下敷きになっている同色のニーソもあって、高確率で女性サーヴァントが裸でベッドINしているのは素人マスターにしても分かった。

 確かに年頃なんだし、ここには彼に好意を寄せるサーヴァントも多いからそうなる事も分かるけど……。

 

「あぁ、静謐ね。よく俺のベッドで寝てるんだ。何で裸なのは俺も理解に苦しむけど……猫みたいなもんだね。別に悪さはしてないし、俺も毒は大丈夫だから気にしなくても良いよ」

 

 いやいやいや! 気にしなよ!?

 女の子が自分のベッドで! 裸で寝てるのよ!? 寧ろこんな状態が普通にあるっぽいのに一線越えてない辺り何て甲斐性の無い男! 抱きなさいよ! 静謐ちゃんなんてすっごい可愛いんだから抱きなさいよォォッ!?

 私だって静謐ちゃんの柔らかそうな頬っぺたツンツンしたいのに触ったら死ぬのよ!? 裏山!

 

「な、何その目……あ! 違うよ!? 流石の俺も裸では一緒に寝させてないからね!?」

 

「それでも一緒に寝てるんかい!」

 

 ◇

 

 経つこと20分。

 準備に然程時間がかからないぐだ男からレイシフトが開始されることになった。

 この前の大調査によって、マスター候補の遺体と共に回収されたコフィン。マスター候補の全員が入れるよう何十基とあったそれらは今や無事だった(爆破時誰も入っていなかった内の)4基しかない。

 自分もその回収された(コフィン)の中の1人だったかも知れない。もしそうだったら、と考えると背筋が凍る。だから生き残った幸運をリッカは噛み締めた。──手足こそ失ったが、自分は生きているのだと。

 同時に改めて緊張と震えが彼女を襲い始める。正直、トラウマにも近いのだ。コフィンの中に閉じ込められ、意識が無くなる寸前まで目の前に地獄が広がっていた。右隣のコフィンは降ってきた大きな瓦礫でほぼ潰されて赤い液溜まりが出来ていた。左隣のコフィンは中のマスターが助けてと悲鳴をあげながらコフィンごと炎の中でもがいていた。

 そのコフィンにまた入るのかと、今まさにそれに入っていくぐだ男を見て思っていた。

 

「怯えてますな魔術師殿」

 

「ハサンさん……バレてました?」

 

 えぇ。と頷く呪腕のハサン。

 生前、山の翁となる為に自らの顔を削ぎ落とした暗殺者のサーヴァント。その削ぎ落とした顔の代わりにハサンの代名詞である白い髑髏の仮面の目が笑うように弧を描く。

 何故仮面がと疑問符を浮かべるリッカ。しかし魔術やサーヴァント等が当たり前のここではその疑問を抱くのが無意味であると切り換えてハサンとの会話に戻る。

 

「恐怖と言うのは筋肉の動きを鈍らせる。精神と肉体は緊密に絡み合ってるとは良く言ったものでしょうな。我ら山の翁は暗殺者故に状況の把握や対象の僅かな変化にも気付くのは容易い。魔術師殿からは、その隠しきれない怯えを」

 

「……そうですね。確かに怖いです。あの(コフィン)はどうにも……すみません」

 

「謝ることはありません。恐怖は至極マトモな事。それにあの様な、棺と称される物に嬉々として入る方が私には理解しかねますな」

 

「たまに先輩が素材集めでそうなりますけどね……」

 

 確かにと心の中でマシュに同意する。

 まだ会ってそんなに経っていないが、ぐだ男とは弾ける時は引く程弾けるし、シリアスならとことんシリアスを貫く両極端な男だと充分に理解していた。

 記録によると、周回の為に林檎を点滴して48時間連続周回耐久レースをやり遂げた事もある。そんな人物と自分を比べるのもどうかと思ったが、今同じようにレイシフトする身になるとどうしても自分が劣っていると思ってしまって嫉妬してしまう。嬉々として入らなくとも、自分もあんな風に慣れた様に入れればと。

 そんな事は知らないぐだ男なコフィンの中のカメラに向かってサムズアップすると、リッカに頑張れよと続けた。

 

「頑張って下さい先輩」

 

 マシュが言い終えるのとコフィンの中からぐだ男が消えたのは同時。

 同様にコフィンの近くの召喚サークルに立っていた沖田と織田もぐだ男についていくように姿が欠き消えた。

 

「じゃあもう少ししたら準備できるから待っててね」

 

「はい」

 

(一般人の彼でも……まぁ適応力が桁違いだけどレイシフトに慣れたんだもの。私だってちゃんとやってみせる)

 

 それから暫くするとリッカもアメリカへ跳んだ。

 心なしか、コフィンの中の彼女の体は緊張していたとは思えない程リラックス出来ていた気がする。もっとも、体はレイシフトしている間は寝ているように脱力するから当たり前なのだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そんな彼女だが1つ、勘違いをしている。

 ぐだ男がレイシフトに慣れていると思っているが、実際には()()慣れていない。突然意味消失してしまう可能性も孕んだレイシフトに対する恐怖が麻痺しているに過ぎないのだ。

 では何故麻痺したのか。()()()そうさせたからだ。

 時間の概念が無い故に数えるのも阿呆らしい程レイシフトをこなしてきた彼の霊基。彼の心臓がレイシフトに都合の良い体に作り替えて、その体には不必要なレイシフトへの恐怖を麻痺させたからだ。

 だから彼は肉体ごと跳ぶし、レイシフトにほんの少しの抵抗を見せない。

 

 

 本人は知る筈もあるまい。自分の体がいつの間にか自分によって作り替えられた事なんて。

 

 

 



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Order.68 戦争

ボックスどうですかー!




 

 

 

 

 カルデアから特異点のマスターの元へサーヴァントが召喚される際、基本的に今までついてきてくれていたマシュが召喚サークルを設置して、物資等と一緒に行くのが普通だ。

 だが、終局特異点を終えてからマシュの力はほぼ無くなった。その為新宿からは特異点に跳ぶ際にぐだ男を指定座標にしてサーヴァントをレイシフトさせるシステムが組み立てられ、漸くマスターとカルデアに召喚されたサーヴァントが一緒に特異点へ行けるようになっていた。

 とは言え、実はこのシステムは既に2年前に実装されていたのだが、あの爆破で復帰するのに大分時間が掛かってしまった為に新宿が初披露となったわけだ。

 もっとも、そこはサーヴァントが弾かれて見せ場が無かったのだが。

 何れにせよカルデアに残ったサーヴァントはやっぱり暇なのは変わらない訳で──

 

「戦争です!」

 

 食堂の隣。3色の外装が目を引く、サーヴァントのクラス7騎からもじった『7(セブン)』の数字をトレードマークにするコンビニエンスストア。

 一体どんなルートで仕入れているのか、我々が知る普通のコンビニエンスストアと同じ様に雑貨から食品。それ以外では()()()()()礼装まで幅広く取り扱っている便利なお店の中から甲高い怒号がカルデアの廊下に響いた。

 声をあげた男は不気味に飛び出た目玉が特徴的なインスマス顔のサーヴァント。

 そしてそれを朗らかな笑顔で見下ろす様に相対しているのはやや色の悪い肌をした筋骨隆々のバーサーカー。

 店員としてバイト中のメドゥーサが関わるつもりは一切無いと、魔眼殺しの眼鏡からバイザーに付け替えた所でそのバーサーカー、スパルタクスが手に小さな箱を持ちながら声を発した。

 

「戦争? それはつまり、お前は圧政者と成る訳だな?」

 

「そぉぉですとも! 貴方は私達とは相容れぬ存在! 古来より人は同種を同種と見ることが出来ず、考えの違いから排斥するのです! 今の私達も同じ……『きのこ派』と『たけのこ派』の相反する勢力に属するが故に!」

 

 インスマス顔のサーヴァント、ジル・ド・レェが同じく小さな箱を両手に掲げてそう言い放った。

 その手に持つのはカルデアでも特に人気のお菓子、『きのこの山』。彼は人類(主に日本人)が長年に渡り、今尚続いている戦争の片陣営に属していた。しかもその中でも過激派であり、1つ挙げるなら単騎でたけのこ工場に侵入。破壊工作としてクッキーを全てクラッカーにした事もある危険人物だ。

 

「愚かな。我が愛、たけのこの力は永遠不滅。そしてその我が愛すべき里を侵さんとするきのこの民よ。お前達がそのきのこを圧政者の鎚の様に掲げると言うのならば、私達もたけのこを槍が如く掲げ叛逆で応えよう。そして戦うのだ! 愛をもって! 侵略と反撃をもって互いの命を散らすのだ!」

 

 対するスパルタクスは当然『たけのこの里』陣営のサーヴァント。

 彼はジルとは違って過激派ではないが、その思考と相まってきのこ派とぶつかると事態が大きくなる事が多い。

 そしてたけのこの里の過激派と言えば誰なのか? 意外にもモードレッドだ。

 彼女はたけのこは好きだがきのこも好きなサーヴァントで、どっちの陣営として振る舞うべきか悩んでいた。ある時、自らの(はは)であるアルトリアがきのこ陣営に属したと聞き、彼女は迷わずたけのこ陣営に加わって今に至る。

 因みに彼女が過激派と呼ばれる所以は、彼女がきのこの山をチョコとクラッカーに分けた後、それらを溶かして砕いてたけのこの里に成形し直したと言う残酷(?)な行いをした事が原因だ。

 

「面倒な事になりそうですね……」

 

 見ざる聞かざる状態でも聞こえてしまう二者の主張。

 マスターであるぐだ男とその代わりを務めることも多いマシュが居ない時の騒ぎは過激になる事が多いので、何かと鎮圧に当たるメドゥーサは大きな溜め息を吐いた。

 恐らく、今ここでいつものように魔眼で石化させてしまえば落ち着くのだろう。2人ともランクC以下の魔力なのでメドゥーサの魔眼、キュベレイと予め知られていたとしても石化させるには充分。

 だが、ぐだ男にも言われている事で、石化させて落ち着いたからと安心しては駄目なのだ。

 彼ら、彼女らはサーヴァントではあるが個人であり仲間でもある。こう言った問題を無理矢理抑え込んで後で支障が出ると厄介なのは今までカルデアでマスターをやって来た者なら分かるだろう。

 だから敢えてお互いが納得するまで放置するのも手だと、随分前に3徹明けのぐだ男が灰色の眼でメドゥーサに言っていた。

 しかし、今放置すると確実にヤバイのはすぐに分かる。

 

「はぁ……困りました。このままだとお店が破壊されかねませんね」

 

「石化させて追い出せば良いだろう」

 

「駄目です。それは解決にはなりません。あの争いは最早お互いの霊核に『たけのこ』と『きのこ』が突き刺さった状態ですから、無理に(メドゥーサ)達『コアラのマーチ派』が介入すると爆発してしまいます」

 

「……すまないが、私はマーチ派ではないし突き刺さってるとか意味が分からない」

 

 溜め息を吐いたメドゥーサの左隣にバックヤードから帰って来たアナことメドゥーサ(槍)。右隣にスタッフルームで発注管理をしていたゴルゴーンが同じく2人の様子を見ている。

 

「面倒だ……ぐだ男を呼べば良いだろう」

 

「ぐだ男さんは既に特異点へ赴いたので対応できません。取り敢えずここはこの『セヴン・イ・レェヴン』の店員である私達で彼らを摘まみ出しましょう。大丈夫です、優しくなんてしませんから」

 

 取り敢えず店が壊されると反省文がぐだ男に加速度の如く積み上がってしまう。

 先ずはメドゥーサ2人できのこの民とたけのこの民を店の外へ追い出してメディア(リリィ)を呼ぶ。到着までの間も戦闘が始まりそうなのを抑え、漸くペインブレイカーで喧嘩する前に戻して鎮静化──の筈だった。

 

「決着を付けるべきだと思いますっ! あ、私はパンケーキ派なので見物させて貰いますね」

 

「何を言っているこのサイコは? このままでは──」

 

「ですから、ここで鎮静化してもまた同じ状況になるので、だったらお互い満足するまで戦争をするんです。ほら、あれですよ。殴り合いの後に河川敷で仲良くなる」

 

「古い少年漫画の見すぎだ! 誰かコイツを止めろ!

 あ、いや、宝具を使わせろ!」

 

「何々? 何の騒ぎだい?」

 

 呼んだサイコが役に立たない最中、何処から嗅ぎ付けてきたのか両手にトッポを持ったダビデが姿を表した。

 

「え? きのこたけのこ戦争? 成る程。確かに、人と言うのは相互理解を諦めた時から暴力に訴えてしまう悲しい生き物さ。けど、争いは何も産み出さない訳じゃない。良いかい? 現代で言うと戦争は最早ビジネスさ。非効率的ではあるけどね。で、戦争には武器が必要だ。戦争は需要と供給が爆発するから、武器を売ればそりゃあ儲かる訳さ。だからどこかの国は経済がヤバくなったら戦争させて金を稼いだりするんだよねぇ。現代の人間は恐ろしい……っとと、話がそれた。じゃあ今回はその武器をそれらお菓子にすり代えるとどうなると思う? 明治は儲かり、ボク達は平和的に戦争が出来る。もっとも、先ずは明治に対してどれ位発注するかが肝だ。あぁ、心配しないでよ。そこはボクが仲介する事で円滑に進むから。ボクのツテで君達が支払ったQPを現金に換金して絶えず君達に供給の流れかな。まぁ、多少の換金手数料は勿論頂くけどたったの8%、マスターの故郷の税金と同じシステムと思ってくれれば良いよ。あと、ボクは絶えず独りで発注と在庫管理、君達への供給を行うからボクの人件費や関税等も含めて──ざっと30%の上乗せで勘弁しよう。うん。独りでやるから効率的ではないのが珠にキズだけど、その点トッポって凄いよね。最後までチョコたっぷりだもん」

 

「それが言いたかっただけだろう貴様!? しかも滅茶苦茶な商法で貴様だけが得をする手に引っ掛かるものか! ビットコインでもやってろケトゥス!」

 

 ゴルゴーンの宝具でダビデがブッ飛ばされる。

 大分早口で何を言っているのか終始分かり難かったのを彼女はしっかり理解していたのが命綱になった。意外にも彼女はちゃんとする女なのだ。

 

「お前らさ、少しは落ち着けよ。騒ぐと怒られるぞ」

 

「おや!? 貴女はジャンヌに似ながら全く品性も何も足りぬ叛逆児ではありませんか!」

 

「同胞の匂いがするぞ。そう……叛逆への愛とたけのこの里の匂いだ。問おう、お前は圧政者(きのこ)かな? それとも叛逆者(たけのこ)か?」

 

「あぁ? んなもんこのモードレッドが叛逆者じゃない訳ないだろ。それとジル。誰の胸が足りなくて女として見られないって?」

 

「いえ、私はその様な事は──」

 

「ぶっ殺す!!」

 

「良いぞ! 叛逆精神が我がたけのこの里に染み渡っている! ハハハハハ!」

 

 散々女として扱うと(男としても)怒っていたモードレッドが騒ぎ始めて、騒ぎを聞いたサーヴァント達も集まっては各々の派閥に感化されて、いよいよ収集がつかなくなってきた。

 中にはメドゥーサ達のようにコアラ派で皆を落ち着かせようとする者や関係無い『こしあん派』と『つぶあん派』の衝突、果ては『ビアンカ派』と『フローラ派』で言い争いも。何故どれも日本国内で起こっている争いと同じなのかは、召喚システムに登録されたぐだ男の国籍情報に大分影響されているようだ。

 

「決着つけるぞ! この、きのこたけのこ戦争のな!」

 

「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」

 

 老若男女問わずサーヴァント達が開戦を告げるように咆哮した。

 

 ◇

 

 ドドンッ!

 何処から持ち出してきたのか、大太鼓をカリギュラが打ち鳴らす。偉く堂に入っていたが、それを気にするものは殆ど居ない。

 

 ドンッ! ドンッ!

 それもその筈。皆一様に険しい顔で川を挟んだ相手の陣地、その中で展開している軍を睨んでいるのだから。

 

「皆の者! 遂に決着をつける時が来たぞ! この戦いに於いて、生きて変えれるとは思うな! 貴様らがこれから戦うのは因縁の相手きのこの民だ! その川を越えた先に奴等が、戦場が待っている! チョコと比率が合わぬクラッカーなぞ踏み潰せ!」

 

「「「オオオオオオオオオオオッ!!」」」

 

 対してきのこの山派──

 

「えぇ、決着の時です。クラッカーとチョコの比率が合わない等と宣う彼女らに思い知らせてあげましょう。きのこの山のチョコ比率こそが黄金であり、クッキーとチョコの割合こそが合わないのだと! 粉だらけになるクッキーよりもクラッカーが食べやすいと!」

 

「「「オオオオオオオオオオオッ!!」」」

 

 ドンッ! ドンッ! ドコドコドコドコドコ……!

 大太鼓の音で話していたものはそれを止め、またそれを眺めていた他派の者達も音源へ目を向けた。

 そして──

 

「ウォォォオオオオ! キノコォォォオオオオ! タケノコォォォオオオオ!」

 

「ローマッ!」

 

 パォファアー!

 カリギュラの隣で待機していたロムルスが法螺貝を吹き、それを合図に両軍総勢80()が川に向かって走り出した。

 ここはシミュレーターで作り出した高原。中心に幅10m程の川が東西を両断する涼しい気候だ。

 一方でカリギュラやロムルス、他派の者達はそれらギリギリを一望できる程の高さの丘の上でパラソルを広げたり、テーブルでトッポやらコアラのマーチやらを摘まみながら優雅に観戦している。

 

「良かったのでしょうか……」

 

「騒ぎが大きくなれば良くないな。だが、逆に言うとこのシミュレーター内で済ませれば迷惑は掛からないだろう」

 

「あ、始まります」

 

「きのこは粛清だ!」

 

「たけのここそ!」

 

 川は幅の割には浅いようだ。

 膝下程度までの深さの中、たけのこを象った盾や槍、片やきのこを象った大槌や弓矢が相手を倒さんと振るい、飛ばされている。

 そんな中、擬似日光の光を眩しく反射させる白の騎士が柄と鍔がきのこソックリな剣でたけのこ派のサーヴァントを2騎一刀のもと切り伏せられた。

 その騎士、太陽の恩恵は受けておらずとも鈍る事なき強さを誇るガウェインである。

 

『たけのこ陣営サーヴァント。アサシン、荊軻。アヴェンジャー、アンリマユの2騎リタイア』

 

 アナウンスされた2騎がたちまち何処かへ転送されていく。

 実はこの戦争では騒ぎの深刻化を避ける為BB監修の元、シミュレーターを利用してダメージデータ等を電脳化させて死傷者が出ないようになっている。

 その為、皆は武器防具が各陣営の象徴だったりしているのだ。

 更に、それだけでは面白くないのでサーヴァントはRPGの様に『戦士』『攻撃系魔術師』『治療系魔術師』……と言った職業を選んで本来のクラス関係を無くして戦術面でも楽しめるように細かく設定されている。

 ルールとしては単純に相手を殲滅か、大将を倒すこと。

 因みに負けたサーヴァントはシミュレーターの外に出されて観戦している。

 

「両陣営にアルトリアが居るのに結局きのこにしたのか」

 

「円卓の騎士も大変ですね」

 

 メドゥーサ達がお菓子を摘まむ中でも戦いは続く。

 いくら本来のクラスではなくても、流石は英霊。あっという間にコツを掴んで攻撃に鋭さが増してきていた。

 そんな両者譲らずの戦闘が20分程経過した時、突然両軍を空から降り注いだ大量の槍が襲い掛かった。

 否、それは槍と言うよりはトゲバットのような武器。持ち手の部分はビスケットで、砕かれたアーモンドがぎっしり詰まってミルクチョコレートでコーティングされた、棒状の菓子。それは知名度こそ低いが歴とした『きのこの山』『たけのこの里』の兄弟で『ラッキーミニアーモンド』と言う。

 いや、その名前だと寧ろ分からないだろう。ならば真名を明かす他無い。

 

 その名は──

 

「『すぎのこ村』だとッ!? 誰だ! 何処からやって来た!」

 

 ざわめく。無理もない。何せ『すぎのこ村』とは昔に販売された明治の菓子なのだが、登場した時には既に『きのこの山』『たけのこの里』の争いが勃発していた。

 山と里に挟まれてしまった形の村はこの戦争を善しとせず、何とか中立を保っていたのだが……きのこたけのこ戦争は激しさを増して遂には村は巻き添えにより滅びてしまった。

 故に食べた事がある者も知る者も少ない。

 そしてただ消えただけではない。すぎのこ村には伝説が残されている。

 

 ──再び戦争が起こる時、すぎのこ村は蘇る。

 

 弓「フハハハハハ! 醜いな、雑種同士の食い潰し合いと言うのは!」

 

「ギルガメッシュ! 貴様、邪魔をするのか!」

 

 弓「邪魔? はっ、違うな。(オレ)は滅ぼしにわざわざ出向いてやっただけだ。貴様等をな!!」

 

 術「そうだ。いつまで経っても学ばぬ雑種共に(オレ)達が教えてやる。すぎのこ村こそ、最高の菓子であるとな!」

 

 太陽を背にアーチャーとキャスターのギルガメッシュが同時に砲門を展開。その数、軽く100は越えている。つまり、今ここに居る全員を捉えることの出来る数だ。

 そこからすぎのこのチョコ部分がゆっくりと出てくる。

 

 弓「すぎのこ村を滅ぼした罪、貴様等の屍を築くことで償って貰う!」

 

 すぎのこが発射される。

 たけのこの盾がそれを凌ぎ、しかし2発目を受けて敢えなく散る。

 きのこの剣がそれを受け流し、川に着弾させて水飛沫が舞うが、すぎのこの表面はデコボコを越えてトゲトゲしている。瞬く間にきのこの剣は刃を駄目にし、健闘虚しく折れる。

 圧倒的だ。すぎのこは衰えを知らず、次々とサーヴァントを貫いてダメージを与える。幸運なのは、すぎのこは装備破壊がめっぽう強いだけでダイレクトダメージは大した事。それでも絶え間無く打ち出されるそれらに全員が屠られるのは時間の問題だ。

 

「皆さん落ち着いて下さい! ボクがあれを迎撃しますので、その間にアレ等を倒してください!」

 

「うむ! 頼むぞ子ギル!」

 

 宝物庫を使わないと決めていた子ギルが迎撃の為少ないが60砲門を展開した。そこから射出されるたけのこの数々。

 たけのこは子ギルの微調整で弾丸と同じ回転を加えてある。それのお陰で相性が悪いながらも確実にすぎのこをドリルブレイクしていく。

 

 術「おのれぇ」

 

 弓「もっと数を増やすぞ(オレ)!」

 

 術「分かったぞ(オレ)!」

 

 更に数を増やすすぎのこ砲門。遂にその数は200に達した。子ギルも負けじと頑張るが、それでも圧倒的にすぎのこの数が多く、HPが尽きるサーヴァントが続出してしまう。

 最早どの陣営だろうと関係無い。全てを無差別に蹂躙だ。

 

「ぅ落ち着けぃッ!! 我々には! 知恵があるのです!! かつてのテルモピュライに比べればぁ!!」

 

 しかし、ただ圧されているだけでは無かった。きのこ派のレオニダス指揮の元、きのこたけのこ関係無く防御陣形を組んで各々の職業の最も力を発揮できる様になって被害も大幅に減っていく。

 

(まが)れ!」

 

 弓「ぬぅッ!? 魔眼無しでも(オレ)のすぎのこが曲がるか! 攻撃魔術で為せるとは余程曲げるのに慣れている系雑種ぅ! しかもスタイリッシュ!」

 

「ったく……サーヴァントになって体が頑丈になったからってよく動くよな」

 

「何々? シキは運動は苦手なの?」

 

「苦手な訳じゃない。ただ、あの女がちょっとテンション高いのが見慣れないって言うか……で、アストルフォ。お前『ガーディアン』なら盾しっかり持ってろよ」

 

「ごめんごめん。ちょっとこの盾重たくてさー」

 

「さて……ルール的には魔眼も禁止だけど、視えるのはしょうがないよな」

 

 アサシンクラスである両儀式は職業『ナイフマスター』。いつもの業物ナイフと同じくらいの大きさのナイフを使うのに長けた職業で、暗殺にも有利になれる。

 パッシヴスキルである『ナイフ投擲』で投擲時に於ける命中率が高い彼女はどうしても視えてしまう“死線”に合わせて、低攻撃力の無限ナイフを投げる事で装備破壊も可能だ。

 流石は抑止力の眼鏡に叶った魔眼持ち(式の方は「 」の補正と思われるが)。彼女達の活躍もあり、今度こそ終わりかと思われた戦局が変わってきた。

 ギルガメッシュに攻撃が依然として届かないが、ギルガメッシュの攻撃も盾等に阻まれて届かなくなる。後は回復技を持たない『アーバレスター』である2騎に何とか攻撃を当てるだけだが──

 

「Arrrrrrrrrrrr!!」

 

 バーサーカーのランスロット、今は『ガーディアン』の彼が飛来して来たすぎのこを1本、盾で防ぐのではなく掴んでやり過ごした。

 何事かと周りから視線で問われる中、ランスロットは川の水にそれを浸けてゴシゴシと洗い始めた。

 やがてチョコが剥がれ、アーモンドが流れて……何故か中から金属質の輝きが姿を表す。

 

「おいおい、そりゃあオジサンのドゥリンダナ──の原典じゃないの? これはルール違反だろうよ」

 

 弓「ルール違反を最初にしたのはそっちだろう雑種! それにこの(オレ)がルールだ!」

 

「やべぇぞ! ギルガメッシュの野郎、宝具を撃ってきやがった! マジで死人が出る前に倒さねぇと!」

 

「その役目、私が果たしましょうランサー」

 

 そう言って元祖セイバー、アルトリアがきのこの剣を捨ててエクスカリバーを代わりに握る。

 魔力が迸り、彼女の職業であった『ソードマスター』では出来ない筈の魔力放出がされる。完全に、ルール無視の宝具真名解放体勢だった。

 

「馬鹿止め──」

 

「エクス──カリバァァァァアアアッ!!」

 

 光がギルガメッシュを問答無用で襲い、シュミレーターなのを知ってか知らないでか全てを凪ぎ払った。

 当然、シュミレーターはそのせいで穴が開き、外から冷気が侵入。いずれホログラムが保てなくなりただの空間に戻ってしまった。

 

「ふぅ。これで一件落着ですね」

 

 そう。

 取り敢えずこれでこの戦争は一件落着した。お互いに認め合い、和解もしたのだ。

 

 ──ぐだ男の始末書が増えたと言う代償を得て。

 

 




超・展・開


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Order.69 日課

イベントが重なって放置ぎみになってしまいました。




 

 

 

 

「はぁ……暇ね」

 

 ぐだ男達が特異点解決の為に走り回ってるある日。

 彼女はそう呟いた。

 人理焼却が回避されたとは言っても燻る残り火はまだある中で暇と言うのはどうかと思うが、事実そうなのだから溜め息と一緒につい言ってしまうのは仕方の無い事だ。

 

「あ」

 

 ふと、何かを思い出した様に口を押さえた彼女はズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと『きょうのよてい』と名付けられたメモ帳アプリケーションを見る。

 ややぎこちないスクロールで羅列する日課や予定(暇と呟ける理由としてほぼ終わっている)を上に。するとまだ終わっていない予定が見られた。

 彼女はそれの時間を目にして更にスマートフォン右上の小さな現在時刻を確認すると焦ったようにそれをポケットに仕舞い込み、パタパタとスリッパで走りにくそうに駆け出した。

 

「いけない。今日はお料理教室があったのに」

 

 その料理教室の開始時刻は14:00。今は13:58だから間に合わない。

 何しろ、ここカルデアは広い。それはもう広い。XYZ共に大きいし、今なおサーヴァント達の趣味等で広くなる初見殺しの迷宮1歩手前だ。

 そして彼女の目的地は言わずもがなカルデア内の聖域──食堂である。現在地がカルデア内の研究開発エリア、つまり一番食堂から離れている場所からでは走っても間に合う筈がない。

 例外としては壁や天井をぶち抜いて突っ走るか空間転移を行うか、或いは──

 

「間に合わない……じゃあこれしか無いわね」

 

 彼女の眼が光り、輪郭が空間に溶け込んでしまうようにボケていく。

 やがてサーヴァントが霊体化するように足元から完全にその場から消えた彼女はどういう訳か、既に食堂の中のキッチンの前に立っていた。

 これこそが例外の1つ。獣のみが持ちうる力であり、あらゆる即死や如何なるタイムパラドクス等の攻撃方法も無効とする唯一無二の特性。単独顕現。

 それを利用した彼女は見事、教室開始の1分前に席に着くことが出来たのである。

 

「ティアマト神……間に合うのは良いのだが、もう少し余裕を持っても損では無いと思うがね」

 

「ごめんなさい。つい忘れてて。それに間に合ってるならお咎めは無しよね?」

 

「勿論だとも。そもそも、私とて原初の母である貴女に叱る程の度胸は無いさ。出来るのは彼くらいなものだろう」

 

「良かった。次からはちゃんと気を付けるわ」

 

 今日の料理教室の参加者は嫁ネロ、玉藻、カーミラ、アステリオス、アナスタシア、そして彼女──ティアマトだ。

 対して先生となるのはエミヤ、キャット、百貌のハサンの人格の1人である『美食のミシーラ』。メインとして苦労している百貌ことアサ子と同じ様に女性の人格だ。

 その舌は大変肥えているらしく、また料理の腕も3つ星級だと言う。

 主に宮廷料理人等に紛れて対象を暗殺するらしい。が、正直そんな回りくどい事をするより『夜陰』や『潜行』を出した方が早いのを本人も知っているので、やることは専らマスターの料理人や、しれっと何処かのレストラン等でバイトをする位。

 実はエミヤにその腕を買われてカルデア食堂で働いてる。

 

「よろしく頼むぞ!」

 

「こちらこそお願い致します。楽しい教室にしましょう」

 

「よし。では今日のお題はアステリオスの強い要望に応えてパンケーキだ。ホットケーキとの違いはわざわざ説明する間でもないと思うが……話した方が助かるかな?」

 

「いや、余は別に見分けがつかなくても美味しいなら問題ないと思う」

 

「まぁ、ぶっちゃけ私も知ってますし」

 

「黙ってればどっちかなんて分かりやしないでしょ」

 

 ネロ、玉藻、カーミラに即答で要らないと言われて少し残念そうな顔をしたエミヤだが、すぐにその色は無くなって料理人の顔に代わる。

 どっちみち、その2つの違いなんて無いようなもので、フライパンで焼いたケーキは全てパンケーキと言う総称。甘い甘くないの区別もなく、よってホットケーキもそれに分類される。

 つまり両者をターゲットとした商品を売り出す為に無理矢理人や企業毎に区別を付けているに過ぎない訳だ。

 

「では始める前に手を洗って下さい。料理もそうですが、先ずは相手の口に含まれる物を自分の手で作ると言うのを理解して頂きたいのです。汚れがある手で作られたお料理を食べたいですか? まぁ、野営等で難しい時もあると思いますが、極力気を遣うように」

 

 美食のミシーラが手を打ち、各々近くの流しを使って手洗いをする。

 そんな中、美食のミシーラが険しい面持ち(?)で1人のサーヴァントを見ていた。

 トゲトゲしたよく分からない装飾が目立つ、黒よりの赤がパーソナルカラーのサーヴァント、カーミラだ。尤も彼女は今その霊衣ではなく、ボリュームのあるタートルネックの縦リブ生地で白いセーターと形の良いお尻や、大人の女性としての曲線が顕著に浮き出るジーンズ生地のスキニーパンツ。更にアンダーリムの眼鏡で完全にOFFモードである。

 これから料理をするにはちょっと袖が邪魔にならないかなと思わなくも無いが、美食のミシーラが気にしていたのはそんな抜群のスタイルが分かるお尻等ではない。

 彼女の手、特に爪だ。

 

「~~♪」

 

「ちょっと良いですかカーミラさん」

 

「何?」

 

「その爪は取り外せないのですか?」

 

 彼女の美しくも何処か生気を感じさせない白い指先から伸びる長い爪。

 攻撃時にも使用するその鋭利な爪は言わなくても分かるように、料理をする時には非常に良くない。美食のミシーラはそれがとても気に食わなかった。

 

「出来るけど……何で?」

 

「いや、普通その爪で料理はどうかと思いませんか……」

 

「……し、知ってるわよ? ほら、爪が長いと刺さるから──」

 

「どうやら衛生的なお話も必要な様ですね……でもこの際置いておきましょう。カーミラさん、爪は危ないですし菌が溜まっています。料理の際は爪を切ってくださいね」

 

 言われ、カーミラは爪を標準サイズに変えた。理屈はよく分からないが、吸血鬼の力を持つ彼女なら爪の伸縮も能力の1つとして行使が可能なのだろう。

 その後、これで良いかと見せて来た皆の手を確認してエプロンを着用。再び席について調理の行程をキャットから教わり、いよいよ調理を開始した。

 玉藻は元々料理の腕は(鍛えていたので)もたつくような事はない。何故来たのかとエミヤも疑問していたが、彼女としてはまだまだ腕を上げたいらしい。それは全て愛しの旦那様(月のマスター)の為に──

 一方他はまぁ、酷いもので、卵を1個割るのに悪戦苦闘していた。勿論、ティアマトもだ。

 

「たまご、わるのむづかしい……」

 

「力み過ぎても駄目だ。こうして少し割ってあげて──」

 

「上手く割れないわね……包丁を使おうかしら」

 

「いや、それは駄目です」

 

「ちょっとネロさん? 何処からそんな全自動たまご割り機を持ってきたんです?」

 

「ぐだ男の部屋から持ってきた。誰もがあっと驚く余の味方だぞ」

 

「──ぁあっ、また殻が……ヴィイ取れる?」

 

(嫌です)

 

「おかしいわね……何で触った卵が孵っちゃうの?」

 

「全身から溢れる生命創造の魔力が強くて並の食材では駄目なのだナ。アタシの尻尾にもピンと来る」

 

 卵割りの次はそれをかき混ぜる。

 牛乳、パンケーキミックスを少しずつ入れながらダマにならない様に生地を作っていく。

 流石にこれくらいの簡単な作業では問題は起こることは無く、すんなりと次へ。

 今回使用しているフライパンはエミヤの自慢の投影品(いっぴん)。パンケーキ程度なら油をひかずともくっつくことは無い。生地を流し込んで──と、その後も皆言われた通りに進めていくので誰かが聖剣を持ち出したり、アレンジを加えたり、暴走したり等は起こらなかった。

 

「よし、これで完成だ。一時はどうなるかと私も思っていたが、大きな問題無く終わって何よりだ」

 

 やがて食堂には甘く良い香りが溢れていた。

 ちょっと焦げたものや形が変なもの。各人の特徴が出ているが、常識を逸脱した結果は1つもない。

 特にチョコを作ろうとしてあの八連双晶モドキを完成させたカーミラでさえも、謎の局所焦げが目立つに留まっている辺りにカルデア料理人達の努力が見られる。

 後にエミヤは語る。「正直料理教室は失敗だと思っていた。あれ程の相手なら、まだ過去の自分と仲良く料理をしていた方が楽だ」と。

 

「では、先ず自分が作った物を食べてみましょう。自分の想像通りの味ですか? 自分の想像していたのと違う味ですか? どちらであっても、それらを知る事は次への大きな1歩です」

 

「うむ。己を知らねば成長は出来ない。ぐだ男もよく言っていた気がするぞ。頂きまーす……………ぅ……ちょっと焦げてる」

 

「ネロさん途中で火力を強めましたからねぇ」

 

「駄目だぁ! こんなレベルではぐだ男に手料理などとてもぉ!」

 

「まぁまぁ、落ち着いてくださいネロさん。何事もすぐには身に付くものでは無いですし、ぶっちゃけ今の霊基ならそう言うの相性良さそうですから継続は力的な?」

 

「だめ……えうりゅあれ、よろこばない」

 

「悔しいけど、やっぱりプロに教えて貰わないと何も出来ないわね私」

 

「ん? ちょっと半生……。孵ってないだけマシだけど」

 

「私も半生です。ヴィイ食べる?」

 

(嫌です)

 

 玉藻以外は何かしら失敗している。だが誰もが己の失敗や下手であると言う事実を受け入れていた。

 この調子なら上達も見込める。エミヤは計画していた先ず第一段階を無事クリア出来た様だ。

 

「では今度は君達だけでもう一度作って貰いたい。我々は口を一切出さないから、自分で考えて行動して欲しい。あぁ、玉藻はお手本になるからこちら側だ」

 

 ◇

 

 1時間後。

 料理教室が終わったティアマトは今度こそ暇を持て余してカルデア内を再びぶらついていた。

 外の吹雪を眺めながら宛もなく脚を進め、ふとカルデアに来る前の事を思い出す。

 

「……何で私達を」

 

 彼女は先の戦いで敗れ、死亡した筈だった。が、ゲーティア共々何者かに復活されてカルデアに来た。

 幾ら自分達が人類悪だとしても、復活する事なんてある筈がない。ただ有り得るとしたら、死ぬ寸前に世界の何処かに自身の一部を逃がすか、大聖杯数個分の魔力を使って何とかするか。

 意外にも手段が多いと思いつつ、自分達を復活させたこのケースは後者だと認識する。何しろ、自分達が再び顕現した時の場所にとてつもなく膨大な魔力の残滓が残されていたのを思い出したからだ。

 ただ、現場に残されていたのは魔力の残滓と人の物と思しき衣服だけ。

 

「ただの人間に出来る筈がない。一体誰が……」

 

 そう。彼女達をこの世に再び顕現させたのは人ではない。遥か時を超え、人の姿となり実に8000年もの間ずっと魔力溜め込んできた魔神柱であった。

 何を思ったのか、その魔神柱の目的は『■より来たる■■の樹へのカウンター』

『地■■白』が起きても存在を保つ事が出来るビーストを残すために、己の8000年と命を使って最期に成し得た奇跡。ティアマトは知らないが、ゲーティアは恐らく元々()()に気付いていた可能性がある。

 その為に人理焼却をしたのではないか。そしてその魔神柱は違う角度からのアプローチで対抗したのではないか。

 ……最早その魔神柱は己の存在を示すものを一切遺さず消えた為真相は分からない。ただ、彼は8000年間のどこかでやはり思ったのだろう。

 

 ──人類を救いたい、と。

 

「……考えても仕方無いわね。あ、お部屋の掃除をしなきゃ」

 

 分からない事を長々と考えていても生産性に欠けると判断した彼女はスッパリ結論を諦めてぐだ男の部屋の掃除を行おうと思考を切り換える。

 何しろ、彼女は原初の母。それなら、我が子の部屋を掃除するのは母親の役目として認識している。

 本当はスタッフ、英霊も含めて部屋を掃除したいのだが、大多数がそんな歳ではないと嫌がるし根岸も最近は反抗期なのか拒否されてしまった。

 そうなると子供サーヴァント達と部屋をどうこうされても気にしないぐだ男の部屋くらいしかない。

 どうせ暇だから埃1つもないに部屋にしてしまおう。そう思って早速ぐだ男の部屋へ単独顕現すると、布団に変な膨らみがあった。

 

「……」

 

 ベッドの上の膨らみは僅かに上下している。恐らく誰かが寝ているのだろう。

 幼体であれば匂いで判断出来ていた彼女。今はその機能は失われたので布団をひっぺがして確認をとる他ない。

 もしこれが静謐のハサンだったとしても、彼女に毒は効かないし。

 

「……それっ」

 

「フーッ……フー……ッ!」

 

「まぁ。今の貴女まるでケダモノね、アタランテ」

 

 掛け布団を1枚ひっぺがすとぐだ男の寝間着に顔を埋め、かなり荒い鼻息で寝ているアタランテの姿があった。

 ぐだ男の上着をフィルターに鼻腔から肺腑をぐだ男の空気で満たし、口から蕩けた息を吐き出す。これを行うことで彼女の全身はぐだ男を間近に感じて幸福感と快感を得ている。

 その様子は変態が下着をフィルターにしている様な異様な光景と言うより、発情した獣がその衝動を必死に抑えている感じだ。

 

「今回は止めておくわ。ベッドを汚しちゃ駄目よ」

 

 寝ている彼女に届く筈もないが、敢えて忠告したティアマトは再び単独顕現で自室に戻った。

 取り敢えず少し予定を変えて子供サーヴァントの部屋を片付け始めるが、それもすぐに終わる。

 自室の掃除からエクササイズで体型に気を遣い、カルデア家事チームに加わって粗方家事をこなしたら誰かの部屋の掃除や料理教室、テレビ通販を見たりドラマを見たりしながら過ごす彼女の日課──生憎今日はテレビが何も面白くなくて見る気にもなれない為──はこれで終わり

 今度はコンビニで買った肉まんを頬張りながら暇潰しを探しているが……やはり暇の一言に尽きる。

 

「特異点に行ってもやる事無さそうね……じゃあ──」

 

 同じ年長者(と言ったら猛烈な殺意を感じたが)のスカサハから聞いたニコニコ動画とやらを観てみることにした。

 善は急げだ。早速彼女は本日何度目かの単独顕現で自室に行き、ぐだ男もいつもやっていたようにベッドに寝転がってノートパソコンを開く。何やら迷惑メールが届いているが、今更その程度気にするまでもない。手際よくそれを削除するとネットを開いてそのサイトを検索した。

 

「……はぁ。私も何やってるんだか。原初の母、しかも人類悪だと言うのにここでベッドに寝転がりながらネサフだなんて。けど……こんな便利なの知ったら駄目になるわよねぇ」

 

 こうして彼女は新たな暇潰しの手段を得た。

 原初の母、神、人類悪……そんな彼女が手にしたのはまさかのパソコンでニコ動観賞。しかも日課はそこらの主婦と似たようなものだなんて、一部の人間が見たらきっと信じられなくて大変な事になるだろう。

 だが彼女に限った話ではない。同じ人類悪の片割れであるゲーティアもドルオタやってるんだから。

 

 



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Order.70 徹夜明けのおでんは旨いか

物凄くスランプ中……




 

 

 

「疲れた……!」

 

サマーレースから実に12日ぶり……俺はカルデアに帰って来た。

明治維新を何とか解決したら、ノッブ達が何処かに呼び寄せられて居なくなって、ついでに俺も変な孔に吸い込まれて何処かに落ちた。気付けばそこは同じ日本でも明治維新とは全く違ったいずこかの時代。帝都とやらに居た。

開始早々ちびノブに撃たれるは沖田さんのオルタに出逢うわ、抑止力案件やらで休む暇なんて無かった俺に……遂に安息の日が──

 

「あ、ぐだ男君。帰って来て早々申し訳無いんだけど……………………始末書が増えてるから確認をしておいて貰っても、良い……かな?」

 

「──ドクター。それは一体……?」

 

「……落ち着いて聴いて欲しい。先ずは分かっている通り、夏のイベントでの始末書。次にカルデア内で発生した『茸筍戦争』の始末書」

 

茸筍戦争ッ!?

 

「次に同じくカルデア内で起きた『ユーチューバー騒動』まだ有るよ……メタル○アに影響された巴君やイスカンダル達の『某核保有国へのレイシフト騒動』や『サーヴァント甲子園』によるカルデア設備の破壊、その為etc……しかも月1の報告日が6日後だから……」

 

「分かっています。覚悟は元より。ならば、後は俺がそれを終わらせれば良いだけの事」

 

覚悟は決めていた。元々、サマーレースの始末書だけでそれくらいは行きそうだったのだ。

今更寝ずの作業をしろなんて言われても驚きは無い。やってやるさ、存分に!

 

「その為には俺の部屋に一切の立ち入りを禁止します。少しでも集中力を切らしたくないので」

 

「……頼むよ。ボク達も報告書があるから手は貸せないけど、何かあればすぐに呼ぶんだよ?」

 

「はいっ。それじゃ」

 

──何て、自分を騙すみたいに気合いを入れてみたけど本当はかなりキツい。

何をどう纏めるかに悩むし、あらゆる方面(宗教的、魔術的、科学的等々)から変に目をつけられない為にいかに己のせいで問題が起きた事にするのは気が滅入る。

だがお陰様で他人の俺の認識は『カルデアのサーヴァントを繋ぎ止めるだけの楔』程度。一部はそうじゃ無さそうだけど、いずれ見向きもされなくなれば普通に暮らしていても文句は言われないだろう。

と、そんな事を考えてる場合じゃ無かった。

先ずはドクターと別れてパラケルススの所に行こう。何日か寝なくても大丈夫になる薬とか貰えればそれを使わせてもらう。

その次は小太郎に頼んで兵糧丸を貰おう。それで食事のために部屋を出る必要は無くなる。

後は皆に立ち入り禁止のお触れを出して、それから──ぇえい。取り敢えずはパラケルススだ。今日も部屋の工房に要る筈だから行ってみよう。

 

 

ぐだ男帰還から5日目。

マシュはぐだ男のバイタルサインを部屋の前で確認し、始末書作成の為固く閉ざされた耳を当てた。

 

『………駄目だ……これじゃあシェイクスピアに流れ弾が……やむを得ん……許せシェイクスピア!』

 

「先輩……」

 

ログを確認するに、ぐだ男が5日目の今日まで寝ていないのは明らかだ。

いくら薬を使っているからと言っても、マシュは心配で仕方がなかった。何しろ、特異点を5日で終わらせてきたリッカとマシュとは違って、2倍以上の日数。しかも実質特異点を2つ対処してきた事で体力は限界だろう。

それなのにこうして始末書を寝る間も、食事を摂る間も捨ててこなしている。

いきなり倒れて命に危険が及ばないだろうか……不安ばかりが積もってしまう。

 

「ん? 何をしているんだマシュ」

 

「あ……沖田オルタさん」

 

「そうだ。魔神(人)さんだぞ」

 

長い白髪に褐色の肌。表情筋の動きはあまり無く、まるでアンドロイドを彷彿とさせる雰囲気でありながらどこか世間知らずと言うか幼さを感じさせる、セイバー、沖田総司の別側面(オルタナティブ)

 

──たった一度きりの顕現の為調整された抑止の守護者。

 

ただ、彼女本人は沖田の別側面と言う認識が薄く、時折沖田総司である事を忘れる事もある。

尤も、沖田総司の代名詞である病弱は抑止力の調整で克服されて体も元祖より大人びている辺りを考えると別側面(オルタナティブ)と言うよりは元から別れた別人(アルターエゴ)の方がやはり合っているのだろうし、本人の天然ボケも相まって忘れるのも仕方無い。

そんな彼女はぐだ男が帰還して3日目にカルデアに顕現した。どうやら抑止力が関係しているらしいが……たった一度きりの契約はどうなったのか……。

他にも同じ抑止力である坂本龍馬もやって来ていたりする。

 

「マスターはまだ籠ってるのか?」

 

「はい。もう少しで終わると思うのですが……」

 

「そうか……」

 

残念そうな様子を見せた彼女にマシュは疑問をぶつけてみる事にした。

抑止力が絡んでいると言うなら、何故今なのか。何を阻止するべく顕現したのか。もし分かれば今後の為になる筈だ。

 

「? 私が来た理由か? うん。それは私も知りたいと思っていた。何でだろう」

 

「分からないんですか?」

 

「全く知らない。あぁ……でも、きっとここに来れたのは愛の力だな」

 

「──アイノチカラ?」

 

思いもよらぬ返答。おうむ返しになったマシュだが、沖田オルタは続ける。

 

「私は帝都で終わる筈だった。その為の霊基だったからな。だが現に私はここに居る。これはつまり愛の力に他ならないのではないだろうか、と訝しんでみた」

 

「た、確かに先輩の故郷では毎年一回は愛が地球を救うとよく分からない事を言ってましたけど……」

 

よく考えてみると、愛の力()で溶岩を泳いだりクラスチェンジしたり毒が効かなかったりするサーヴァントが居た。けど彼女はその狂気じみた物ではなく、純粋な好意。

話によれば彼女は産まれてすぐに死にかけ、命を救う代わりに抑止力となったらしい。人としての人生を歩んだ事がない彼女に世界を、色んな事を教えてくれたぐだ男は彼女にとって全てだ。

それこそ彼の為なら何でもするだろう。

 

(……愛……)

 

「どうかしたかマシュ」

 

「ぁ、いえ。ちょっと考え事を──」

 

『ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

 

「「!?」」

 

ガタガタと揺れる音と野太い雄叫びがマシュと沖田オルタの鼓膜を殴った。

防音性が高い部屋の筈だったが、もしかしたら度重なる破壊と修理で駄目になっているのかも知れない。とまぁ、そんな事は今はどうでも良い。問題なのはぐだ男が叫んだと言う事。

もしやついに精神にキテしまったのか? そうなったら最早考えてる暇など無い。

沖田オルタは抜刀。小次郎の物干し竿と同じかそれ以上の得物でドアを切り捨てて部屋へ突入した。

隣で緊急解錠カードを取り出していたマシュが唖然としているが沖田オルタはそれに気付かない。

 

「マスター!」

 

「うわっ!? え!? オルタさん!?」

 

「──会いたかったぞマスター!」

 

独りコロンビアポーズをしていたぐだ男に沖田オルタが抱き付いた。

腰に腕を回し、顔を胸板に埋めてきた彼女にぐだ男も何が何だか分からない様だが、取り敢えず頭を撫でる。

マスターたる者、常に余裕をもって寛大であれ。

 

「んーーっ」

 

「どうしたのオルタさん。まさかまた会えるなんて嬉し──ぃぎ」

 

ミシッと何処かの骨が変な音を立てた。比喩ではない。腰に回された彼女の腕が、力み過ぎてぐだ男を押し潰しそうになっていたのだ。

力に負け、段々と背中が反ってくるがやはり彼女は気付かない。確実に逆くの字になってきて流石にぐだ男も息苦しさを覚えて肩を叩いた。

 

「お、オルタさ……流石に鯖に、鯖折りされる……は洒落にならな………」

 

「むっ? 済まないマスター。再開が嬉しくてつい力んでしまった」

 

「いてて……でもどうして? 抑止力は──まぁ、いっか。また会えたんだし、気にしなくても。ようこそオルタさん。カルデアへ」

 

「先輩、体は大丈夫ですか?」

 

「ん? 大丈夫だよ。この5日間寝てないのが嘘みたいに眼が覚めてる。元気すぎてどうすれば良いのか分からない位」

 

(完全に薬の影響ですね……何とかして寝てもらいましょう)

 

不眠薬を作ったのがパラケルススなら睡眠薬も作れる筈。

ぐだ男には休んでもらってまだ残ってる始末書の作成は自分が引き継ごうとデスクを見やると丁寧にファイリングされた始末書が幾つも積み重なっていた。

厚みが何cmもあるファイルが8個。全て終わっている。

後はこれを魔術協会に発送するだけだ。

そもそもこんな作業、パソコンで業務報告の様に纏めてメールで送れば済む話なのに。では何故済む話ではないのか? 簡単。単に魔術協会側の嫌がらせだ。

サーヴァントのマスターとして1か月毎に彼らが起こした問題を事細かくほうこくすること。

その際、資料はぐだ男本人が書いたと判断する為筆跡が残る紙で纏めること。

提出は毎月月末までに発送すること。それらを行わないと今後のカルデアの運営に影響が出るかもしれない。

──なんて言われたらやるしかない。

例え報告書・始末書位でカルデア解体なんて事は無いのを分かっていても。

 

「まさか、終わったんですか?」

 

「そう! 思わず雄叫びあげちゃったけど、意外と早く終わった。丁度お昼だから2人ともどう?」

 

「そうだった。私もそれを言いに来たんだ」

 

「ご一緒させてもらいます」

 

壊れたドアの事は敢えて気にせず、2人を連れて食堂へ向かう。久々に部屋から出た様な気がするぐだ男は体を伸ばして、関節をポキパキと鳴らして深呼吸。

もう見えていない右眼のせいで酷く疲れた左眼もグルグルと動かしてストレッチをし終えたら、眼精疲労回復の魔術が組み込まれた(協会の年寄りに人気の)眼鏡をかけて少し大股で歩く。

道中、この5日間で問題は無かったのか等確認をとりつつ、お昼のピークを過ぎて空いている席に座るとぐだ男の膝に沖田オルタが当たり前のように座った。

 

「え?」

 

「ん? どうしたマスター」

 

「いや、何で膝の上に?」

 

「こうするとジャックから聞いた。もしかして間違っていたか……?」

 

成る程と納得する。

彼女は沖田総司であるが、沖田総司ではない。故に既にカルデアに居る元祖・沖田と同じ様に考えては駄目だ。

何しろ新撰組として生きてきた元祖とは違って、彼女はまだぐだ男とこの前の帝都の事しか知らない(現界の際に知識を得ているかは不明)。

きっと聞くこと見るもの全てが新しい彼女にとってどの情報が間違えているかなんて分からないのだ。

 

「ジャックは子供だから出来るけど、オルタさんは大人だから。俺が食べれなくなるし、隣でも良い?」

 

「そう言うことか。じゃあ隣に座ろう」

 

「……」

 

マシュから変な視線。

 

「じ、じゃあ何食べる? オルタさんはやっぱりおでん?」

 

「そうだな。ここならおでんを毎日食べれると聞いた時は驚いたぞ。マスターも一緒に食べよう」

 

「たまには季節外れおでんも良いね。マシュは?」

 

「私もおでんにします」

 

2人の意見を集めたぐだ男がカウンターへ注文しに行く。

奥のキッチンから相変わらずな裸エプロンのタマモキャットが相手をし、注文を受けた彼女は奥へそれを伝える。

週1限定の自由料理注文式お昼ご飯はただでさえ利用者数が多いので味もそうだがスピードも求められる。それ故、あらゆる料理に対して提供が早いので少し待てばすぐ呼ばれるだろう。

早さの理由は前にカルデアローカル番組の『プロフェッショナルズ』で取り上げられていた通り、料理人達の高い技術力や知恵、カルデアの科学力によって成し遂げられている。

 

「はい。おでん3人分ね」

 

「ありがとうブーディカ。さて……食って寝よ!」

 

抑止力として顕現していた沖田オルタと坂本龍馬のカルデアへの召喚。

気になる事はあるが、兎に角食って寝たいぐだ男はそれを頭から追い出し、箸を進めた。

 

 




取り敢えずオルタさんが来たよって話。


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Order.71 セイレム Ⅰ

セイレムの話はシナリオが間に合わなかったとかではなくて、色んな所に伏線を散りばめて敢えて短くしたストイックな物だと思うんですよね。
1度見ただけじゃ分からない所も多いので、クリアした後にもう1度、いや2度は見直してみるとサンソンやホプキンスの行動の意図も分かりますよ。

私ですか? 私はもう3度程見返しましたが……まだ完全には……


 

 

 

 

 10月。

 それはカルデアで最も俺がトイレに籠城したくなる時期。

 過去2回もエリちゃんの歌を聴かせられて昇天しかけた俺にとっては軽くトラウマだ。そう──ハロウィンだ!!

 

「──て、怯えてたわけだけど、最後の魔神柱の反応が見付かったって?」

 

「はい。ゲーティアさん曰く、あの時間神殿から逃げた何柱かの内最後の魔神柱が特異点と共に発見されたようです。場所はセイレム。ご存知無いですか?」

 

 ハロウィンイベントに向けて張り切って準備中のエリちゃんとは関係無く、ガチの特異点が見付かったとマシュから報告を受ける。

 セイレムなんて聞いたこと無いけど……有名な所なのだろうか。

 俺は素直に知らないと答える。

 

「魔女裁判は聞いたことありますか?」

 

「あるよ。え、まさかそう言う事なの?」

 

「そう言うことだよぐだ男君。セイレムの魔女裁判と言えば多くの犠牲者が出た酷い事件だ。取り敢えず3日前からの調査で内部の様子も少しだけ分かっているからこの資料に目を通しておいてくれるかな」

 

 そう。事態は既に3日前から起きていた。俺は恒例の契約サーヴァントお悩み相談室・夢の中出張所で最近は眠りこけていたので知らされていなかったが、そんな事態になっていたんだ。

 そんな事より、今回の特異点は何より異常としか言いようがない。

 今まで特異点は過去に遡る時間逆行であって、明確に形として眼に見える物ではなかった。しかし、今回の特異点はどうだろう。

 今現在、アメリカはセイレムと言う1つの町を丸々と黒いドーム状の何かが呑み込んでいて内部から一切の出入りを許していない(ただ1つ帰って来たからくり人形は例外)。

 明らかに異常だ。魔神柱は何を企んでいる……。

 

「こちらも色々やる事があるから、一旦1時間後にここに集合。今回はレイシフトにも制限が掛かって居るからチャンスは往復の一度きりだ。アンデルセンとウィリアムに“脚本”は任せてあるから、取り敢えずその資料に目を通してから同行するサーヴァントと諸々調整して貰っていいかな」

 

「はい」

 

「……あの、私はやっぱり駄目なのでしょうか……」

 

「厳しいことを言うようかもしれないが、今の君は戦闘員ではない。今では戦闘力もぐだ男に劣るだろう。そんな君が同行すれば、足を引っ張る事になる」

 

「……」

 

 ホームズから言われ、確かにそうだと黙ってしまったマシュ。

 彼女の行きたい気持ちはよく分かる。ここ最近、ずっとレイシフトはせずにサポートに回っていた彼女は、少しでも役に立ちたいと頑張っていた。

 だが、結局は現地に到着すれば連絡は取れなくなるのが殆どだし、サポートしていると胸を張って言える程の働きも実感できていなかった。

 例外としてこの前リッカとアメリカの特異点を直しに行ったが、結局戦闘は出来ないし、やはり足を引っ張る結果となっていた。

 このままでは駄目だと。今までにない異常な特異点は新宿やアガルタなんかよりもずっと危険だと分かっているが、それでも彼女は自分を押し通す気だろう。

 そんな彼女に助け船を出したのは意外にもコンソールと睨めっこをして居たドクター・ロマンであった。

 

「マシュ。今回は現地に合わせる目的もあって旅劇団で行くのは知ってるね? 幾ら偉大な脚本家が書いたシナリオでも、それを演技する彼らはプロじゃない。誰かの助けが必要だ。例えば──プロンプターとか」

 

 プロンプターとは、劇団に居る裏方の人だ。

 俺はそれしか知らないが、マシュはそれをしたいと。

 同じ場に居たジェロニモやダ・ヴィンチちゃんは賛同しかねると言った雰囲気だが、作家組は正直助かるとの事だ。

 結局は現地に行く俺に決定権が委ねられる。マシュの顔をチラと見てみると、その瞳は時折見せる強い意志を宿していた。

 俺もマシュが来てくれるなら助かる。だけど、マシュを危険な目に合わせたくない。何しろ彼女は俺を護る為に1度──

 

「先輩……」

 

 決めかねている俺にマシュが声をかける。

 あぁ……その目は止めてくれ。そんな目をされたら断れなくなってしまう。

 

「……分かった。じゃあマシュも準備しておいて」

 

「──ハイッ! マシュ・キリエライト、レイシフト準備の為離席します!」

 

 張り切った様子のマシュを見ても尚、俺は得体の知れない不安に駆られていた。

 もしかしたら、選択を誤ったのではないかと。

 

 ◇

 

「……」

 

「行っちゃったみたいだね。沖田くんは同行できなかったみたいだけど」

 

「……私は、この通りノーマル私より肌が濃い。この色が、マスター達が向かう時代では不利になるらしい。マスターにも迷惑はかけたくないから、こうして留守番だ。正直悲しみ。抑止力に文句を言うか」

 

「今回はちょっとばかり難しいらしいからね。それに、まだ僕達はここに来たばかりのようなものだ。先ずは皆とコミュニケーションをとって、連携を深めるのが良いんじゃないかな」

 

「お竜さんもそう思うぞ。何しろイゾーみたいな雑魚が周りに居たら面倒だからな」

 

「はいはい。余り周りを挑発するのは止そうね。ほら、以蔵さんも喧嘩を売らないで……あ! ちょっとお竜さんその咥えてるのは何!? え? 赤毛の忍者が召喚したやつ? 駄目だよ!? 彼に返してこないと──あぁっ、以蔵さん待ってって!」

 

 沖田オルタは当たり前のようにぐだ男の部屋のベッドに座りながらライダー、坂本龍馬と話していた。

 後から召喚されたアサシン、岡田以蔵も居てやたらと賑やかだが……そんな事より沖田オルタはぐだ男が心配だと、そんな顔をしていてちょっと坂本の話も聞いていなかった。

 そんな表情を見て坂本がどうしようかなと帽子を直すと岡田と下らない言い合いをしていたお竜がシャドーボクシングをしながら沖田オルタに大丈夫だと声をかける。

 

「アイツは頑丈だからな。それに旨い」

 

「……そうだな。マスターは強い。私よりも多くを知ってるし、経験している。それに──」

 

 カルデアには他の抑止力も居る。

 食堂の赤い人や、死んだ眼の暗殺者、凶ってる女だったり……それらに囲まれたぐだ男を見て、改めて契約して近くで感じた結果をもって、彼女はそう呼ぶ。

 

「──()()だからな」

 

 ◇

 

 セイレムは思ったよりも空気が重たい感じだった。

 やはり村人(マタ・ハリに見て貰った結果、元のセイレム住人に該当する人は居なかった)も魔女や魔術の話題に関してはかなり敏感で、下手に嗅ぎ回ると簡単に目をつけられてしまうような状況だ。

 尤も、旅劇団・ぐだ男一座を歓迎する者は殆ど居ないし全体的に若い──特に俺が座長をやっていてその印象を加速させている──のを不審がられていて既に目はつけられているだろう。

 これが急に魔女だ魔術師だなんて言われて裁判かけられたり追い出されでもしたらどうなるか分かったもんじゃない。

 今は子供からでも良いから、旅劇団らしくお芝居を披露したり芸を見せたりして少しでも受け入れてもらおう。

 

「わぁ……座長さんとっても力持ちなのね」

 

「鍛えてるからね。ほら、旅をしてるとやっぱり危険な事もあるから」

 

 皆各々情報を集める為村に散って行った中、俺は森で獣に襲われかけた所を助けたアビーことアビゲイル・ウィリアムズとその伯父であるランドルフ・カーターの家で埃だらけの部屋を掃除していた。

 泊まる所も無い俺達に、姪を救ってくれたお礼にとカーター氏が泊まらせてくれるとの事なので、許された範囲で掃除をしながら彼女とコミュニケーションをとるつもりだ。

 カーター氏も使用人のティテュバに任せて大丈夫だと言っていたが、それだとこの大所帯でお邪魔する身としてとても申し訳無いし。

 

「旅……座長さんはどんな所を渡り歩いてきたの?」

 

「んー、先ずは俺の国日本。そしてフランス、イタリア、イギリス……オケアノスはギリシャかな? そしてこの国。色んな国に行ったなぁ」

 

 辛くも多くの出会いと別れとはいざ乗り越えてみれば思い出になっている。

 俺がここまで歩んでこれた重要な構成要素。救えた命と救えなかった命も……決して欠けちゃいけない物だ。

 

「凄いですねえ、聞いた事が無い国にも。どうしてそんなに色んな国に行かれるので?」

 

 ソファをどかして箒で床を掃きたいティテュバが間の抜けたような語尾で俺に訊いてきた。

 彼女はカリブ海はバルバドス島出身の黒人らしく、その肌は黒人のそれと同じく深い色をしていてどこか不思議な雰囲気を漂わせている美人さんだ。

 どうやら先住民に殺されたと言うアビーの両親(父親)に仕えていたらしく、彼女にとってティテュバは家族と同じ様に大切な人らしい。

 そんなティテュバに俺はどう答えるか一瞬迷って言葉を紡いだ。

 

「……生きる為。俺にしか出来ない事があるから。俺がやりたいから。もっともっと色んな思いがあって……」

 

「もしかして哪吒さんやマシュさん達も?」

 

「どうだろう。あまり気にしてなかったな」

 

 ティテュバが持ち上げられなかったソファを1人で持ち上げながらアビー達とそんな話をする。

 これ以上はあまり詳しく話せないので何か誤魔化せないかと、石製の変な置物を軽く持ち上げて力持ちをアピールする。案の定、アビーはそう簡単には持ち上がらないそれを軽くやって見せた事に驚いて今度はどうしてそんなに力持ちなのかを問うてきた。

 それにしてもこの置物は何だろう。何だかタコみたいな変な生き物の形だから非常に持ちやすいけど……趣味悪い……気がする。

 

「凄いわ座長さん! このセイレムの誰よりも力持ちよ! こんなに力持ちだから昨日の獣も怖くなかったのね。ぁ──」

 

 そこまで言ったアビーがその事を思い出して口を押さえた。

 昨晩、俺達がレイシフトをしてすぐの事。森の中で()()()をしていたアビーを含めた村の少女達に獣が襲い掛かろうとしていた。

 マシュとマタ・ハリにその子達を任せて残る俺達でそれを撃退して事態は収束し、その後カーター氏が来て何やかんや俺達がここに泊まった訳だ。

 勿論、無事だったとは言え皆を危険に晒したアビーはカーター氏から罰としてお客──つまり俺達──との会話を禁止した。今喋っているのは彼女の友達として居るから。

 それに何か思うところがあったようだ。

 多分、これでカーター氏に俺達も何か言われてしまうのではないかと言った所だろう。

 

「大丈夫だよアビー。その時は俺がカーターさんに話すから」

 

「……座長さんはお見通しなのね。本当に不思議な人」

 

『ティテュバ。ティテュバ居るか?』

 

「おんや? 旦那様の声ですね」

 

 ティテュバが外からカーター氏に呼ばれて部屋を出ていった。

 もしかして俺が余計な事をしてしまったか? 妙に気になった俺は同じく呼ばれたのを気になったアビーと一緒に外に出てみる事に。

 すると険しい顔をしたカーター氏がティテュバに何やら問い詰めている様子だ。隣のアビーはそれを見た瞬間、彼女の元へ駆け出していた。玄関前で取り残された俺はどうするか迷ったが、取り敢えず彼女達の所に行ってみる事にした。

 

「どうかされましたか? カーター氏」

 

「ミスター・ぐだ男……どうやら、昨晩の悪ふざけは思っていた以上に深刻だったようだ。残念だが、これでは貴方達の芝居を姪に見せる訳にはいかない」

 

「ただの子供のいたずらでは?」

 

「それだけでは済まない事態だった。貴方方が居たから難を逃れたものの……」

 

 カーター氏が言うには、昨晩の悪ふざけ……アビーと村の少女達が森で行っていた何らかの()()()()はティテュバから教えられたものだと言う。

 アビーは無理に教えを請うた自分が悪いと終始庇っていたが……それも虚しくティテュバには罰が与えられる事になった。

 最後にカーター氏は俺に騒がせて申し訳無いと謝ると、ティテュバとまだ話すことがあるのだろう。家の中へ行ってしまった。

 この状況では俺は居ない方が良さそうだ。さて……じゃあどこかに走っていってしまったアビーを探すか。もし森に行ってたら昼間とは言え危ないからな。

 

 



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Order.72 セイレム Ⅱ・カルデアサバゲー Ⅰ

やっぱり黒髭はイベント映えするな!


 

 

 

「よし。殲滅するか」

 

 開口一番、俺は周りの状況を見てそう口にした。

 

「おいおいおい! 冗談だろぐだ男!」

 

「よく言った! 良き判断、聡明也!」

 

「とでも言うと思ったか! 落ち着け哪吒太子! うちの団員がご迷惑を」

 

 そして直ぐ様頭を下げて元気に謝った。

 ここ、セイレムの港酒場で騒ぎが起きたと聞き付けて駆け付けてみれば偵察に出ていたロビンと哪吒のペアが船乗りのおっちゃん達と喧嘩をしているではないか。

 哪吒は武器を構えて臨戦態勢であり、船乗り達も銃を構えていたりと一触即発の雰囲気。

 しかし、ロビンが哪吒を宥めていたのを途中から聞こえていたから状況はある程度理解しているので、俺は穏便に済ませるべくこうして俊敏:A++で頭を下げた訳だ。

 それに対して哪吒は納得いかぬと俺を糾弾するが、ロビンに抑えさせて船乗りらに事の詳細を問うと思いの外深刻でなくて逆に変なため息が出た。

 

「成る程……うちの団員が体の事を言われて怒り、更には武器を取り出した事に関しては謝罪致します。しかし、生憎彼女(今は女の扱いが良いだろう)はうちの団員であり、()()()()()()をさせるつもりはありません。本人がそれを言われるまで気にしていなかったからとやかく言いませんが……我々は旅劇団です。そこは勘違いしないで頂きたい」

 

「ぉ、おう……こっちこそ済まなかった」

 

(へぇ……ここで座長らしく振る舞っておこうって事か。中々やるじゃないの)

 

 ロビンは俺の意図に気付いたようだ。

 それなら説明は要るまい。

 

「さて、皆さんのお邪魔をしてしまったのはどうあれ我々ですので、お詫びに飲み物の支払いは私が。遠慮なさらず楽しんでください」

 

「良いのか?」

 

「馬鹿お前、そう言う時は素直に頂くのが礼儀だろ。この若ぇ座長さんだってそれを望んで俺達に言ってるんだからよ。ただし、俺らも払うからな? それが一番良い収まり方だろ若座長さん」

 

「分かりました」

 

 これで丸く収まったぞ。いやぁ、良かった。

 しっかし、哪吒の奴すぐ頭に血が昇るから扱いづらいんだよなぁ……後で叱っておこう。サーヴァントだから、神様だからなんて関係無く確り意見を言ったり怒ったりするのはコミュニケーションとしてとても良いことだ。

 まだ哪吒はカルデアに召喚されて間もないから分からないだろうけど……(そもそもいつ召喚したか分からないけど)それを教えてあげないと進展はしないからな。

 そんでもってお金をロビンに預けて酒場を後にしようとすると、一番出入口近くで飲んでいた村のお爺さんが話し掛けてきた。

 マシュも丁度来たので2人で聞くと、俺達はまだ怪しいと思われていてあまり皆が不安になるような事はしないでほしいとの事。ただ、こんなセイレムの状況じゃ子供達が昨晩のように出掛けたくなる気持ちも分かるらしく、子供達には芝居で楽しませてくれないかと言う依頼をしてきたのだ。

 要するにこれはこのセイレムに居て良いか駄目かの判断になる。無論、俺達は今は旅劇団なのだ。二つ返事でそれを受け、今夜芝居をすることになった。

 演目は──『ソロモン王とシバの女王』

 

 ◇

 

 ぐだ男達がセイレムで必死に芝居を見せている頃、カルデアでは相変わらず訳の分からない盛り上がりを見せていた。

 今回はサバイバルゲーム。

 前回茸筍戦争で作製されたシミュレーションプログラムを流用した安心安全のゲーム(設定は実弾で環境設定は現実と遜色ない)で、夏のレースでドンパチしたのにまだ撃ち足りない王や、魔改造した2丁拳銃を手に背中で語る男、トマホークを撃ちたい王などが挙って参加する程非常に完成度が高い。

 そして今は絶賛試合中。

 赤と黒の陣営に別れたサーヴァント達が銃やナイフ、CQCを駆使して戦っていた。

 

「……ふッ」

 

 そんな戦場の中、黒の陣営のサーヴァントがスナイパーライフル片膝立ち撃ちで重装歩兵の右肩を撃ち抜いた。

 キルにはならなかったが、肩を撃たれた事で命中率も下がったし他の誰かに任せておけば残り少ないHPを削いでくれるだろう。

 彼女は素早くライフルを担いで速やかに移動を開始する。撃つまで動かない事が大半のスナイパーはヒットアンドアウェイと一発確殺が基本だ。

 今みたいに仕留めきれず、敵に己の大まかな位置がバレた時は彼女の様に速やかに移動しないと敵のスナイパーにやられるか、爆撃等を食らう可能性がある。

 だから彼女は周囲を警戒しつつ、なるべく音を立てず、草木を揺らさないよう狙撃時以上に緊張しているのだ。

 

「ちっ……あの重装歩兵(パンツァー)誰よ……私の黒き獅子(シュバルツェア・レーヴェ)で倒せないなんて」

 

 木々の間を駆け抜け、時には忍者のように枝を伝って足跡を残さない素晴らしい動きを見せるそのサーヴァントは一言で色白い。

 長い白髪は動きの邪魔になるからか、ポニーテールの様に後頭部で纏められた後無造作に団子にされていて、森林に溶け込んでしまう迷彩の上下がよく似合っている。

 

『狙撃は上手くいった?』

 

 そんな彼女の右耳のインカムから中性的な声が出力される。

 相手は早撃ちの天才、ビリーだ。同じ陣営で彼女が呟いた重装歩兵と今現在交戦中のサーヴァントだ。

 通信を受けた彼女は咽頭マイクの為、首のスイッチを押しながら小さな声で返答した。

 

「上手くいってたらアンタはそいつと戦ってないと思いますけどね」

 

『ヒュゥ。確かにそうだ。じゃあ僕もそろそろ本気出そうかな──』

 

 イヤホンから音が聞こえてからすぐに銃声が2発響いた。

 どうやらビリーが敵を仕留めたらしい。それを合図にしたかのように彼女も手頃な木の太い枝に腰を下ろし、光反射防止の処理を施した双眼鏡で戦場を見下ろす。

 見通しの悪い山・森林エリアでの戦闘は彼女が想像していたよりずっと敵を捉えにくいし捉えられにくい。30秒程注意深く探ってみたが、やはり敵のスナイパーは見当たらなかったが──

 

『敵の狙撃手が俺を狙っているようだ。同じ狙撃手はそちらから探せるか?』

 

 今度は申し訳なさそうな声音がインカムから。この声はジークフリートのもの。

 彼は先程倒れた敵の重装歩兵と同じ最前線に出るタイプの装備で、自分を丸々隠せる大楯で銃弾を防ぎながら前進していた。

 その途中で敵スナイパーから狙撃を受けたらしい。

 

「確か偵察情報じゃ、相手の狙撃兵(ファルケ)は1人だったかしら?」

 

『はっ。その通りでございまする。敵は()()()()()なる者が3人と()()()が1人で件の()()()()が1人の5人組で森林内に展開しております』

 

 偵察兵であるアサシン、加藤団蔵は即座に応答した。

 彼女のチームは重装歩兵(パンツァー)が2人。偵察兵(ヴォルフ)が1人。狙撃兵(ファルケ)が2人。

 バランスを取ったチームだ。

 因みに各々の呼び方をドイツ語にしたのは彼女……狙撃兵のジャンヌ・オルタの意向だ。

 ぐだ男が大浴場掃除の時に使ったとある水圧洗浄機の名前が格好良いと彼女に話したのが影響している。

 

「じゃあそいつを叩けば後は楽勝ですね。ちょっと待ってなさい。今探──」

 

『その必要はない』

 

 被せて入ってきた更なる通信相手。同じ狙撃兵であり、ジャンヌ・オルタとは仲が悪いお馴染みの王。

 アルトリア・オルタはジャンヌ・オルタが話している間に既に敵スナイパーを見付けたらしく、この程度も出来ないのかと言いたげな声音でそう報告した。

 これには彼女もカチンと来る。

 

「はいはい流石は王様。上手じゃないの。てっきり聖剣ぶっぱなすしか出来ないと思ってたけど、器用な事も出来るのね」

 

『……』

 

 聞こえてないのか、聞いていないのか分からないが、アルトリア・オルタからの返答は無い。

 代わりにちょっとしたらスナイパーを倒したと連絡が来る。

 別に競っている訳ではないが、こうも簡単にやって見せられると彼女の対抗心にも火がついた。今度こそ一撃で葬ってやるわと意気込んでスナイパーライフルの弾数を確認した刹那、1発の銃声が響いた。そしてその直後、チームの通知にアルトリア・オルタが死亡(ゲーム上での表記)したと一文が走る。

 

「は!? あの冷血女なにやってんの!?」

 

『……囮だ! 彼女が倒したスナイパーは囮だったんだ! ジャンヌ、敵スナイパーはまだい』

 

 ブツッ! とビリーからの通信が途絶える。同時に静かな森林に響く2発目の銃声。

 続けざまに2人が殺られたことに動揺したジャンヌ・オルタは思わず確認中だったマガジンを落としてしまう。しまったと木から飛び降りようと下を覗き込んだ瞬間、寄り掛かっていた木の幹に風穴が空いた。

 

「……」

 

 即座に理解する。

 これは狙撃だ。たまたま下を覗き込んだから助かったが、相手は確実にこちらを捕捉していてかつ、寸分違わず眉間を狙ってきていたと。

 狙われると言う恐怖を知った彼女は兎に角逃げた。マガジンを拾い、背中からズドンされる恐怖に耐えながら木々の間を駆け抜け、そして大きな岩影に身を潜めた。

 そこで漸く荒くなった呼吸を無理矢理落ち着かせて音を立てないようにマガジンを嵌め直しながら味方へ通信するが……誰も応えない。

 必死に走ってきていた間に全員殺られてしまったのだ。

 

「……嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ……一体誰なのよ……」

 

 このゲームにおいて、サーヴァントのスキルや宝具等は効かないようになっている。

 ただ元来銃を扱っていた者が扱い方を忘れるわけではない。つまりはそう言うことだ。

 

「こうなったら……せめて1人だけでも……」

 

 岩影から少し頭を出して双眼鏡で敵を探す。

 わざわざ相手は銃声を出しているのだ。今もどういうつもりか銃声が響いているし、音である程度方角も絞れる。後は目を凝らせば──

 

「……見付けたっ……あのフード……抑止力の……道理で巧いわけね。だけど……」

 

 認めたくは無いが、自分よりも巧いアルトリア・オルタが殺られたのだ。焦らず、慎重に狙いを定めて、引き金を引いた!

 

「──やった! 当たった!」

 

 思わず声を出してガッツポーズをした時だった。

 

「……思ったより時間が掛かった。まったく……手こずらせる」

 

「…………」

 

 真後ろに、フードを()()()()()()()()()死んだ目の男が立っていた。

 

 ◇

 

 残念ながら、劇は自分の目で見てほしいッ!

 

「どうしたんですか先輩……?」

 

「ごめんマシュ、気にしないで。それより、俺はカーター氏と一緒にホプキンスの所に行ってくるからアビーをお願いしても良い?」

 

「勿論です。気をつけて下さい先輩」

 

 芝居が高評価で終わってすぐの事だ。村の広場で何やら大人達が騒いでいるのを聞き付けて外に出てみると、村人に拘束されたティテュバと彼らと話しているカーター氏の姿があった。

 どうやら、今朝聞いた話と同じ内容で、昨夜アビー達と森の中で()()()()をしていた女の子達の内の1人が悪魔に取り憑かれたと言う。

 それによって、()()()()を教えたティテュバを魔女として捕らえていたのだ。

 カーター氏は冷静に場を収めようとし、ティテュバの魔女疑いを晴らそうとしていたのだが……途中から最悪なのが割り込んできた。

 それがマシュー・ホプキンス。セイレムに赴任した判事らしい。彼はティテュバが渡した(実際はその女の子が勝手に持ち出した)と言う()()()()の道具を見せ、間違うことなき魔女の仕業であると断言したのだ。

 その一言でティテュバは魔女として再度拘束。地下牢に押し込まれてしまった。

 当然、カーター氏はこれを認めなかった。これからホプキンスに直談判をしに行くところで、俺も()()が魔術の道具であるかの確認と昨夜の目撃者としてついていく。

 

「済まないミスター・ぐだ男。貴方は客人だと言うのに」

 

「気にしないで下さい。私も()()()()の道具は旅の中で何度と見てきたので参考になればと」

 

 もしや、魔神柱はホプキンスか? けどそうだとしたら目的が分からない。判事なんかに成り済まして何を……?

 どちらにせよ、まだ情報が足りなさ過ぎる。慎重に動かないとな。

 

「ロビン、一応ついてきて貰っても良い?」

 

「了解」

 

 そこからはもう大変の一言だ。

 ホプキンスはティテュバは魔女であるの一点張り。面会も許さないし、道具を見せてもくれない。俺ぁ疲れた……。

 対してカーター氏は俺達と違って一歩も退かず戦っていた。ティテュバは自分の私有財産であり、不等な差し押さえには法的手段を取ると。成る程……従軍歴があるとは聞いていたけどこうも違うか。

 

「……と色々あった」

 

 翌、セイレム滞在2日目の朝に俺は皆に昨晩の事を共有した。

 皆からの報告もあり、主にあれだけ嫌がってたのに何故か同行してくれたメディアさんからのカーター邸工房化の話は特に重要だ。

 曰く、セイレムを覆っている神霊クラスの結界によって、俺達の認識が阻害、もしくは干渉されていて誰1人として捕らえられたティテュバの外見を思い出せなくなっている。これにより、メディアさんはホプキンスより姿を偽っていたとされるティテュバが怪しいと言っていた。

 ただ、あくまでも可能性としての話だ。これを証明するには彼女に直接会って精査してみないと分からない。

 それにその呪具の事も気になるようで、ホプキンスに午後イチに会いに行きたいと言う。

 またアイツの所に行くのか……気が重いな。

 

「気が重いのは分かります。ですが時間が無い」

 

「? どう言うこと?」

 

「ホプキンスはティテュバに自白させるつもりです。彼はその道のプロですから」

 

「しっかし、あのホプキンスって爺は一体何者なんだ。何か、奴さんこそ取り憑かれたみたく魔女だ魔女だと五月蝿いが」

 

「では彼については僕から話しましょう」

 

 ロビンの疑問に同じく同行してくれたサンソンが答えてくれた。

 何でも、あのマシュー・ホプキンスという人物は英国の弁護士らしく、今を17世紀後半とするなら高齢で、老年期を前に死んだともされているので、もし生きていたとしたら大体あんな感じの外見になるそうだ。

 そしてそのホプキンスの生涯で最も呼ばれた名を『魔女狩り将軍(Witchfinder General)』と言うらしい。

 正当な手続きを踏まず、魔女狩りそのものを生業とし、3年で300人を絞首刑にした事もある故にその名が付いたのだろう。恐らく、いや、確実に無実の犠牲者達だ。

 魔女狩り何て大義名分を掲げているが、やってることは金目当ての人殺しだ。

 特にそれが顕著に見られるのが刑の執行方法だと言う。

 魔女狩りと言えば火刑が想像されるが、彼が絞首刑にした理由は効率化の為。

 わざわざ見せしめにするわけでもない。脅すわけでもない。ただ円滑に、効率的に刑を執行する為に絞首刑を採用したのだと。

 ……聞けば聞く程胸糞悪くなる男だ。だが腹を立ててる場合じゃない。

 

「さっきロビンが言ったけど、地下牢は最悪みたいだ。このままだと、彼女はやってもいない罪を告白して絞首刑にされる。確かに時間が無い……メディアさん急ごう。あとサンソンもお願い」

 

「えぇ」

 

「分かりました」

 

 セイレム2日目にしてこの混沌とした様相は結界によるものだろうか?

 もし、もしティテュバが絞首刑になった場合、魔神柱はどう動く? 本当に魔神柱と関係があるのだとしたら、ティテュバよりホプキンスなのでは?

 だって、ロビンからの報告では、セイレムの特徴的地形や建物は一致しているが他はあまりに()()()()だと言う。村の中も若干時代のズレも見られるし、外部から来る人なんて居るのだろうか。

 だけど魔神柱の目的は「セイレムの再現」が最も有力だ。再現するなら、確かに魔女とされる人達を裁く人間が必要だ。

 いや、もしかしたらホプキンスは人間等ではなく魔神柱のサーヴァントでは? 新宿でも、サーヴァントになるには霊基が足らない幻霊を使っていたし、その線も……ああ! 駄目だ! 訳が分からなくなってくる。

 止そう。1度考えるのを止めよう。今はティテュバだ。

 

「行くぞ」

 

 




カルデア側でも相変わらず騒いでいる描写を入れたら思いの外書いてしまった……どっちがメインの話なのやら。


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Order.73 セイレム Ⅲ・カルデアサバゲー Ⅱ

今年のサンタはサンタムだな(千里眼:D


 

 

「何よあのアサシン! 巧過ぎるにも程があるでしょ!」

 

「アサシンのエミヤ……何故だか知らないが、アイツを見ていると無性に後ろから撃ちたくなってくる。関わった記憶は無いが……」

 

「申し訳ありませぬ。あの銃声が偽装だと分かった時には既に……」

 

 瞬く間に倒された黒の一同。

 カウンタースナイプは勿論、ジャンヌ・オルタ達を屠った一撃は全て眉間を撃ち抜いていた。そのレベルの高い技術力と味方の偵察兵を囮として殺らせる決断力に舌を巻くばかりだ。

 

「すまない……俺がもっと君の指示通りに動けていれば良かったのだが」

 

「いいえ。(ひとえ)にあのアサシンが巧かっただけ。アンタは良くやってくれたわ」

 

「私も頑張りましたよオルタ」

 

「アンタはバカスカ撃つだけでちっとも当たってないしすぐ死んだし役に立たなさすぎて忘れてたわ」

 

「酷い!」

 

 黒の一同の中に紛れた白い少女。ジャンヌ・オルタの姉(と言い張る)であるルーラーのジャンヌだ。

 彼女は仲間を守るタイプの装備とは違い、フルスキンの防弾スーツ(それでも眉間を撃たれた)に16歳の()()と言うにはやや高めの筋力をフル活用した両手にガトリング装備の周囲一掃型超脳筋重装歩兵。

 背中や腰にはそのガトリングの弾薬(弾帯)が大量にマウントされていたので、戦闘開始から退場まで自然破壊の限りを尽くした。

 因みに、彼女が使用していたガトリングは『GAU-8 Avenger』。航空機搭載機関砲なので人サイズで扱うような設計はされていない。そもそも何でそんな兵器が登録されているのか知らないが、彼女はこの兵器のパワーに惹かれて2個使いにしたようだ。

 対戦車砲(アヴェンジャー)を片手持ちで進行方向を全て木っ端微塵にするルーラーとは思えぬ行いは流石である。

 

「ジークフリートも私を気にせず前に出ても大丈夫ですよ?」

 

「……すまない。俺はルーラーの邪魔になると(本音を言うと巻き込まれると)思って及び腰だった」

 

「竜殺しの英雄に及び腰させる聖女、いや凄女なんてルーラー失格でしょ。第一、その脳筋戦法は元々ぐだ男のスタイルでしょ。何? パクったの?」

 

 そう。元々そのフルアーマーじみたバトルスタイルは同じく脳筋のぐだ男が始めたものだ。

 ジャンヌのように対戦車砲は使わないが、両手に『M134 Minigun』とセットの弾帯。背中に『SMAW ロケットランチャー』1個と腰のタクティカルベルトにその他諸々を引っ提げたある意味ジャンヌよりも馬鹿な、考える事を止めた装備で囮になりつつ敵を殲滅する。

 このゲームをやる時はぐだ男と必ず組んでいるジャンヌ・オルタはいつもその援護をしていたので狙撃が巧くなった。

 何故わざわざガトリングを使うのかと言うと、こういった森林地帯で敵を見付けた際に「いたぞおおおお!」と叫びながら掃射したいから。

 

「えぇ。あまりにも気持ち良さそうだったので真似しました。こう、なんか、良いですね」

 

「うわ。まだぐだ男の方が扱いやすいヤツじゃない」

 

「そうですか?」

 

「そうよ。アイツは馬鹿みたいに突撃してるけど、実際パーティーの様子をちゃんと把握してるし状況の共有は忘れないからアイツだけ孤立するなんて事は殆ど無い。囮になるのも、アサシンをして危険感知は一流と言わしめるそれで適度に引き付けられるから。その間に私が狙撃して援護する。その流れで大体は上手く事は運べるのよ。それに引き換え火力しか頭にない脳筋聖女(自称)は囮にもならなくて困ったものよ。アイツならミニガンでも敵の1人や2人は──あ」

 

 そこまで熱弁してジャンヌ・オルタはジャンヌの見る目が身内を温かく見守るそれになっていると気付いた。

 いつの間にか、ぐだ男がどれだけ凄いのか。自分とアイツで組んでいる時がどれだけ息ピッタリなのかを大きな声で説明してしまっていた。

 これではまるで、自分の最高のパートナーがぐだ男と言っているようなものではないか。

 

「あー、あー知らないけど、それくらいやれなきゃマスター失格でしょ! ちょっとここ暑いから外出てる!」

 

 と苦し紛れにそう吐き捨てて待合室を出ていってしまった。

 一応彼女はオートマッチングで出来たとは言え、このパーティーのリーダーだ。彼女が居ないのでは次の戦闘は開始できない。

 メンバーが離脱するなら自動的に解散になるので問題ないが、取り敢えず皆も休憩したかったのもあってそのまま待機することにした。

 

「エアコンの温度を下げてこよう。俺も少し室温が高いかと思っていた。しかし、俺は今回初めてやってみたのだが、ぐだ男はそんなに巧いのかルーラー」

 

「私にもよく分からないですけど、彼はオルタの腕を信じて前に出てる。オルタも彼の腕を信じて後ろに居る。そう言うものだと思うんです」

 

「成る程。言われてみれば、近代の戦闘も俺の時代の戦闘も、共に戦う仲間の事を知らなければ充分な実力を発揮できないな。ありがとうルーラー」

 

「……やっぱりジーク君に似てますね。いや、彼が似たんですかね」

 

「ジーク……そうか。あのホムンクルスは俺に似ていたのか。もし俺の心臓が影響したなら、申し訳ない事をしたな……」

 

「そんな事は──ジーク君は貴方に感謝してました」

 

「こんな俺の力が役に立ったのなら、それは嬉しい限りだ」

 

「おい。どうやら決着がついたようだぞ」

 

 レオナルドに作って貰った対神秘リボルバーに弾丸を込めていたアルトリア・オルタが顎で待合室のモニターを指す。

 こうして待合室や外で今行われている戦闘を見ることが出来るのだが、先程ジャンヌ・オルタ達を負かしたパーティーが開始から4分で相手を全滅させたとそのモニターに映っていた。

 キル数が最も多いのは件のアサシン、エミヤ。主武装『WA2000』の今日の命中率は驚愕の90%。恐らくジャンヌ・オルタを外した分が10%のそれだろう。

 狙撃手の性質上撃つ数は他と比べて当然少ないが、それでもこの命中率は高い。

 

「抑止力は伊達ではない、と言うことか。次は負けん」

 

 画面に映し出されたエミヤを見、アルトリア・オルタは弾丸の装填を完了させた。

 

 ◇

 

 2日目の夕方。昼間にホプキンスの所に行った俺達は、あろうことか犯罪者扱いをされてしまった。

『ぐだ男一座』なんて聞いた事はないし、何故そこまでティテュバを気にするのかと。それらの要素があり、俺達は旅劇団を謳う盗賊と言われたのだ。

 その後も酷い言いように腹を立てたメディアさんがホプキンスに怒鳴り付けて、サンソンは何か考えがあるのだろう、村人を診させて欲しいとの事で許可を得ていた。

 俺も埒があかないと腹を立てたが、今の俺は一座の代表だ。我慢し、冷静に対応しているとホプキンスは何を思ったのか俺達に芝居をしろと言ってきた。

 お題は『魔女の火刑』で、メディアさんはホプキンスへの暴言と俺達が逃げないように、要は人質としてティテュバの隣の牢に入れられる事になってしまった。

 指示通り、そのお題で芝居をやったが、流石はアンデルセンの組み上げた物だ。悲劇ではなく、喜劇として村人を楽しませることが出来たし、漸く旅劇団として認められた。だが──

 

「私達を嵌めたのね!」

 

 マタ・ハリがそう声を荒げる。

 ここは村の“丘”。処刑が成される場所だ。

 今から5分程前、芝居を終えて地下牢にメディアさんを迎えに行ったのだが、そこにはティテュバの姿は無かった。

 隣の牢に居たメディアさん曰く、1時間以上前に何人か連れ出されていたと言う。

 見張りに問い詰めるとこの“丘”へと連行したと言うのでアビーを抱え、全力疾走してきたのだが……既に遅かった。遅すぎた。

 “丘”に作られた絞首刑台にはティテュバを始め、地下牢に入れられていた他の人も吊るされていた。

 ロビンの見立てでは既に吊るされてから1時間以上は経っていると。

 ホプキンスの野郎……俺達が邪魔になるからと芝居の最中に刑を執行したんだ。

 

「この女は何に酔っている。礼儀を忘れず、冷静に話せ」

 

 こいつ……!

 

「……ティテュバ……ティテュバを、もう解放してあげて。彼女をこれ以上苦しませないで……お願い」

 

「遺体に触れてはならん! 罪人の共同墓地への埋葬は禁止されている。今人夫(にんぷ)に任せて“丘”のふもとに墓穴を掘らせているところだ。それまで遺体を動かしてはならん」

 

「そんな……」

 

「手遅れだったのかね……」

 

 膝が悪いカーター氏が遅れて到着した。

 彼もアビーにあまり首を吊った彼女達を見せないようにするが、彼女はティテュバを降ろしてくれと諦めなかった。

 カーター氏も彼女の亡骸をこのように辱しめられるいわれは無いと抗議するが、村の決まりで許されることはない。

 ホプキンスにも抗議したものの、彼はセイレムの習慣まで干渉しないとほざいた。ふざけるな。もう充分干渉している癖に、今更どの口が。

 ロビンの呟きではないが、その重い髭を蓄えた口は余程歳に見合わず元気なようだ。法の番人が聞いて呆れる。

 

「ほざいておれ」

 

「ティテュバ……ぅぅっ……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

「アビー……」

 

 カーター氏が慰めている。

 俺は、今までも特異点でこんな風に大切な人を失った人達を何度と見てきた。

 その度に俺は、自分の無力さに憤りを覚えた。だから体を鍛えた。だから魔術を学んだ。だから武器を手にした。

 たかが人間の力なんて知れている。それでもこんな思いを誰かにさせたくないから死ぬ思いで自分をいじめ抜いた。それなのに……この前のアガルタでも、下総でも、そしてここでも何も出来てない。

 彼女に何て声を掛ければ良いのか分からない……俺は無力だ。余りに……。

 

「よし。遺体を運べ」

 

「ティテュバ……」

 

 ホプキンスとの衝突もあったが、漸く遺体が処刑台から降ろされて人夫達に運ばれていく。

 彼女達はすぐに“丘”のふもとに埋められるだろう。

 

「何故ティテュバを死刑にした! 彼女はまだ疑いだっただろう!」

 

「無論、女が魔女だと告白したからだ」

 

「何だと……」

 

「……ぐだ男。遠目からだが、ティテュバの顔に傷があったのが見えた。ありゃ拷問の痕だ。奴さん、やりやがったぜ……」

 

 それじゃあティテュバは拷問を受けて……この外道が! 貴様は今まで出会ってきた奴らの中でも特に醜いぞマシュー・ホプキンス!!

 ──だけど、ここでそんな事を叫んだら今度は俺が地下牢行きになるかも知れない。そうしたら特異点の解決に支障が出る。

 俺が冷静でなくてどうする。一番辛いのはアビーなんだぞ。今は耐えなければ。

 

「アビゲイルをお願いしても良いかねミスター・ぐだ男。私は少し彼等と話してくる。場合によっては明日、私はボストンに向かうだろう。もしそうなった時、貴方達にアビゲイルを支えていて貰いたいのだ。彼女は貴方達を信頼している。私も貴方達なら任せられると思っている。……客人であるのに申し訳ない」

 

「いえ、お気になさらずカーター氏。我々も食住を分けていただいてる。幾らでも力になりましょう」

 

「おぉ……助かるミスター・ぐだ男。アビゲイル、今日は1度帰りなさい」

 

「………」

 

「アビー……海辺の夜は冷える。 それを知らない君じゃないだろ?」

 

「……えぇ」

 

 何と声を掛ければ良いのか分からない俺は、兎に角自然にそう紡いだ。

 とても小さい声で返事があったが……半ば目の光が失われたアビーが辛うじて返事をした感じだ。

 仕方がない。ここは彼女を背負って行こう。

 

「ごめんよアビー。よいしょ」

 

「………」

 

 彼女を背負い、そのまま“丘”を下りていく。

 早く離れるべきかゆっくり離れるべきか、どっちが良かったのか分からないまま、なるべく普段の歩幅で歩いた。

 離れていく絞首刑台とティテュバ。

 とても辛い筈だ。こんな形で身内が、今の彼女にとって最も支えになっていた人が居なくなってしまっては。

 

 ◇

 

「ん? あちゃ、不味いな……いつの間に傷が……」

 

 夜。夕方のあの出来事から少し経って、漸く村もアビーも落ち着き始めていた。

 カーター氏も戻ってきたが、やはり遺体は“丘”以外には埋められないと断られたそうだ。

 それにしてもこんな切り傷いつ……? 服も破けてないし、森で切ったか?

 

「ま良いや。ちゃんと洗っておこ」

 

 泊まらせて貰っているんだから、不潔では相手に不快感を与えてしまう。

 だから毎晩、こうして水を浴びてなるべく清潔感を保っているのだ。ただ、カーター邸の裏とはいえ外なので真っ裸は出来ない。上だけ脱いでズボンを濡らさないように……。

 

 パキッ……。

 

「……ん? 犬か?」

 

 カーター邸の裏は少し歩くだけで森がある。

 そこから野性動物が出てくることもおかしくないだろう。実際犬みたいな唸り声が聞こえるし……あ、狼か。初日にアビー達に襲い掛かっていた奴らの仲間だろうか。

 

「水が飲みたいのかな……でもここであげると人の環境に依存し始めるかも知れないし……困ったな。取り敢えず追い払おう」

 

 外壁に立て掛けてあった箒を取り、音がした方へ歩く。

 ……唸り声が近くなってきた。あの暗がりだな。

 

「ほら。駄目だよ。ハウスハウス」

 

 相手はただの獣だ。狼位なら群れで襲われても大丈夫だし、小動物を追い払うように箒を振って更に森の中へ歩みを進めた。

 森の中まではメディアの設置した結界は届いていないから危険だけど……最悪人目ついてないから魔術で──

 

「ヴゥ……ヴ、ぎっ……」

 

「──お前、なん」

 

「ギシャアアアアアアアアアアアッ!」

 

 暗がりから飛び掛かってきたのは狼なんかじゃ無かった。



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Order.73 セイレム Ⅳ・カルデアサバゲー Ⅲ

ちょっとセイレムの内容は人各々の捉え方や考察があるので、私が書いているこれもその1つと考えていただければ。
全部書こうとするとシナリオの全写しみたいになっちゃうので、結構はしょったり内容を少し変えたりしています。




 

 

 

「──妖気! 闇に紛れて何かが居る!」

 

「なんのこっ……いや、確かに外が騒がしい。賊か?」

 

「カーター氏は外に出ないでください。メディアとマシュは氏とアビーについていて。サンソン、ぐだ男は?」

 

「──外で水浴びを!」

 

 それを聞いたロビンフッドはすぐに家から飛び出した。

 水浴びをするのはいつもカーター邸の裏だ。裏口をやや乱暴に開け放ってボウガンを構えるが、水浴びをしていたと思われる場所には彼の上着とインナーがあっただけ。

 争ったような形跡は無い。だがそれはメディアが張った結界の中だからだ。

 そこまで広域の結界ではない為、目の前の森に入ったら結界の加護を失う。だとしたら、もし襲われたのだとしたならその森の中だ。

 夜目の利く彼は森の暗がりに目を凝らした。そして──

 

「アイツ!」

 

 ロビンフッドはボウガンをいつでも射てる状態を維持したまま森へ駆け出した。

 1秒足らずで妙に暗い場所に到着すると、木にもたれ掛かって糸の切れた人形のように力なく俯いているぐだ男の姿があった。

 首元から流れた血が白いズボンと乾いた地面を湿らせていて、今しがたこうなった訳ではないと状況が語っている。

 恐らくはぐだ男が倒れてから2分位か。

 

「おい! 大丈夫かぐだ男!」

 

 返事がない。脈を確認すると、屍ではなく気絶しているだけと分かる。

 

「……ぅぁ、あ……ロビン……気絶してたのか……」

 

「動くな。今止血する」

 

 あらゆる状況が想像される特異点ではそれだけの備えが必要になる。

 ロビンもそれは充分分かっていたのだが、今回は少し違った。メディアがついてきてくれていたので、治療はメディアにお願いして、いつも持ってくるスクロール等は全て劇団として居る為のカモフラージュアイテムの為に置いてきてしまっていた。

 だから今はポーチから適当な布を取り出して止血を施すしか出来ない。

 

「痛いけど我慢しろよ」

 

「うぐっ……!」

 

 傷は獣か何かに食い千切られたような感じだった。鋭い歯で鎖骨ごとズタズタになっている。辛うじて首の重要な血管は無傷だが……出血が思いの外多い。

 すぐに抱き抱えて連れていこうとしたロビンフッドだが、ぐだ男はそれを制止して辺りを見回した。

 

()()は?」

 

「アレ? いや、ここには何も見当たらないが……何か居たのか?」

 

「あぁ。最初は狼だとしたら思っていた。けど違った。俺に噛みついてきて、そこの箒で心臓を潰したのに動いていた。食い千切られた時に今度は首を捻り切ったら漸くソイツは死んだんだ。いや……もしかしたら初めから……だとしたらまるで……」

 

「おい、確りしろ。取り敢えず中に運ぶからそれから──」

 

 バンバンッ!

 

「銃声!?」

 

「ロビン! 治療は後で良いから戦闘に参加してくれ! 今すぐ行かないと不味いぞ!」

 

 ◇

 

 ロビンを先に行かせ、俺は1人になった事による激しい吐き気を我慢しながらゲイボルクを喚び出す。

 普通なら怪しまれる意匠の武器だが、芝居の小道具で通せば問題あるまい。

 しかし……さっきのアレはまるでゾンビだった。今までも特異点でゾンビと戦う事はあったが、それらよりももっと攻撃的で凶暴。何より俺が知っているゾンビとは根本的に何かが違う気がした。

 俺が倒した奴は確か……クソッ。最後に突き飛ばされて頭を打ったからか上手く思い出せない。

 取り敢えず皆と合流しよう。早く倒さないと被害が広がる。

 

「ギアアアアッ!」

 

「!?」

 

 また別のゾンビ擬きが出てきた。

 そいつはさっきの奴と同じ様に俺に襲い掛かってくる。

 

「くっ!?」

 

 攻撃の為咄嗟に振り上げられた腕を槍で斬り払って距離を取ると、丁度月明かりがそいつを照らして漸く全貌が明らかになる。

 犬のように前に突き出た鼻と口。両手足は人のそれより一回り大きく、鋭い鉤爪が伸びている。肌は生命を感じさせない灰に近い色なのに、その眼は強く肉に餓えていた。

 最早こんなものは元が人ではない。見たことも無い新しい化け物だ!

 

「くそっ! 何なんだよ!」

 

 腕を落とされても尚向かって来るそいつを受け流し、素早く後ろに回り込んで首を斬り落とす。

 首を斬り落とされたそいつはそれで漸く動きを止め、先程と同じ様に塵となって霧散した。

 初めて見た化け物だから驚いたが、強さはそんな事無いようだ。ただ、恐るべきはゾンビと違う俊敏さと強い血肉への餓え。

 これはただの村人では対処できない。

 

「それにしてもあの化け物……見たことあるような顔をしていたけど……まさかゾンビなのか?」

 

 確認をしようにもそれらは皆霧散してしまう。

 無力化して確認できないか試すにはロビン達と協力した方が良さそうだ。

 

「……む。血が……」

 

 傷口を圧迫する布が血を吸いきれずまたズボンをヌルヌルにしている。

 ヤバイな……こんなに血だらけにしたらまた頼光さんに怒られてしまう。今度はゴールデンと一緒に寝かし付けられる程度じゃ済まないぞ。後でメディアさんに綺麗にしてもらおう。

 

「ぐだ男!? 中で治療を受けるんじゃなかったのか!」

 

「それは兎に角後回しだ。カーター氏、お怪我は?」

 

「私は大丈夫だ。しかしミスター……君こそ怪我が心配だ。私はこれでも軍に居た。脚は悪いが銃は撃てるから中で治療を受けた方がいい」

 

「いえ、アレは村人では対処できません。少しでも戦える者が対処しないとたちまち被害が広がります。私もこう見えて既にアレを2匹程」

 

「駄目です。ぐだ男、貴方のその怪我は無視できるものではない。どうか中で──」

 

「う……ァア……」

 

「「!」」

 

「む……あれは……もしやティテュバではないのかね」

 

 カーター氏が銃を向けながらそう俺に訊いてきた。

 確かに今メディアさんが張った結界に侵入しようとしているのはティテュバと思われる化け物だ。

 カーター氏だけではなく、マタ・ハリもロビンもサンソンもそう思ったのだろう。成る程これで納得がいった。

 さっき俺が懸念したゾンビの可能性。それが的中してしまった。

 しかし、ティテュバなんだろうが他の奴と比べて上手く姿が見えない。暗いとかそんなのではなくて、まるで認識が阻害されているようにソレを捉えることが出来ないんだ。

 これもセイレムの結界によるものなのか?

 

「やはり君達もそう見えるか。まるで審判の日のようだ……」

 

「カーター氏は中へ。マタ・ハリはカーター氏を守ってくれ。ロビンとサンソンはティテュバを。哪吒と俺は他に来たらそっちをやる」

 

 他の奴と同様、ティテュバと思しき化け物は結界に阻まれてカーター邸の近くまで寄ってこれない。だが、どういう訳か少しずつ結界内に入ってきている。

 ますます謎が深まる……一体このセイレムで何が起きているんだ。

 

「結界に触れて真の姿を表そうとしている」

 

「メディアさん……それって、ティテュバが姿を偽っていたのと関係が?」

 

「分からない。ただこのままでは結界も破られるだろうね」

 

「……」

 

「おい出てきて大丈夫なのかよ?」

 

「中は安心していい。並の化け物じゃ私の結界は突破できない筈だからね。ただこの女はちょっと違う。面白い呪詛(まじない)を使っている……ぐだ男、私も戦線に加えるんだ」

 

「……分かった。()()()()はロビン達のサポートに回りながら目立たないよう独断で攻撃してくれ」

 

 敢えてメディアの事は突っ込まず、戦闘の指揮を飛ばす。

 ロビン達も俺が今は言及しない事に目で同意してくれた。俺も流石に血が無くなるのが怖い。取り敢えずは後ろで大人しく指揮をしていよう。

 

「その前に君の傷を治すよ。そのままでは倒れる」

 

「え、あちょ──」

 

 傷を押さえているとメディアが魔術でササッと治療してくれた。有り難いのだが……まず周りに誰かの目が無いことを確認しないといけないし、カーター氏に既に怪我をしているのを見られている。

 食い千切られた首元も不自然に凹んでいたのに、それが突然元に戻っていたら疑いの目を持たれてしまう。だからこの傷は動きに支障が無い程度に治して欲しかったのに……。

 

「えー……全快は不味いって……」

 

「え? 治したのに不服なのか? まさか痛いのが良いマゾだったりするのかい?」

 

「そうじゃなくて……兎に角ここを切り抜けよう。良い? 目立たないようにだよ?」

 

「わ、分かっているって! 大魔女だぞ!?」

 

「分かってないじゃん! デカい声でそんな事言ってくれちゃって!」

 

 話しているとドンドン不味い方向に傾きそうだ。

 何だか今後がとてつもなく心配になるが、一瞬で俺の傷を塞いで且つ、魔術による身体能力の増強を行った力は本物だ。

 この程度の化け物なら遅れはとるまい。

 

「このティテュバ滅茶苦茶強いぞ! 何か魔術も使ってねえか!?」

 

「俺も加わる! ロビンは俺達の援護を!」

 

 ◇

 

 一方カルデアのジャンヌ・オルタは相変わらず狙撃の練習をしていた。

 改めて自分が使いやすい物は無いかと、あらゆるスナイパーライフルを試していて時間を忘れているのだろう。時刻は既に22:00をまわっていた。

 

「……全然駄目。重すぎ」

 

 そう言って彼女は『WA2000』を消して地面に突っ伏した。

 撃てば相手が倒れる。そう当たり前のように狙撃をこなすアサシンのエミヤに勝つにはどうすれば良いか。

 先ずは単純に狙撃の精度を高める為に使いなれた銃で撃ちっぱなしたり、色んな銃を試してみて特徴を理解したり、敵を倒すには敵を知る事精神でエミヤと同じ銃を使ってみたりした。

 結果はどれも上手くいかず。撃ちっぱなしはまぁ、良い練習にはなったが。

 

「思い切って対物でも……いやいや。アレって使い方違ったわよね」

 

 思い出すのはアルトリア・オルタのセクエンス。ではなく、ぐだ男の対物ライフルを使った時の言葉。

 

『遠くで無理なら近付くしかない』

 

 以前、たまには狙撃手をやってみると意気込んで対物ライフルを使ったぐだ男だったが、撃ってみると当たらないからと前に出て至近距離で腰だめ撃ちをしたり、長いバレルを利用した殴打武器として使っていた時の言葉だ。

 物理的にそれは真理なのだが、あくまでスナイパーライフルを至近距離で腰だめ撃ちするなんて初心者でもやらない。尤も、それで戦果をあげている辺りマトモじゃあない。

 

「……たまには思いきった事しないと気分転換にならないわよね」

 

 周りに誰も居ないのを確認し、いそいそと準備をする。

 コンソールで操作して呼び出したのはぐだ男も使った『PGM ヘカートⅡ』。フランスの12.7口径対物ライフルだ。重さは14kg。

 他の対物ライフルと同様に腰だめ、肩付けで正確な射撃は出来ないので伏射が主な使用方だが、ジャンヌ・オルタはそれを腰だめに構えてみた。

 長くて重いし、取り回しは最悪。撃てば反動でどうなる事やら。

 彼女はサーヴァントなのであまり気にしなくても良いだろうが、生身の人間であるぐだ男がこれで問題なく撃てる事を考えると彼の異常性が強く感じ取れる。

 

「……って、これってどうやって狙い定めるのよ」

 

 試しに1発撃ってみるが、反動によるブレと狙い方が分からなかった為に地面を穿った。

 

「無理! こんなの肩ブッ飛ぶじゃない!」

 

 オラァ! と銃を投げ捨ててシミュレーションを終了させる。

 気分転換にはならなかったようだ。

 

「はぁー……私も重装歩兵(パンツァー)やってみようかな……」

 

「聞きましたよジャンヌ!」

 

「えぇ! 私達ジル・ド・レェがその手助けを致しましょう!」

 

 どこからともなく姿を表したセイバーとキャスターのジル・ド・レェ。

 いつから独り言を聴いていたと問い詰めたくなったジャンヌ・オルタだったが、それ以上に手助けをされることでアイツに勝てるのでは? と希望のようなものが湧いてきて、ビックリしていきなりパンチが抑えられる。

 その静かに驚いた様子にちょっと違和感を覚えた術ジルだが構わず続けた。

 勝ちたいか? チカラガホシイカ? あのアサシンを倒したいか?

 珍しくとてもやる気に満ち溢れている術ジルなのもどこかの聖杯戦争での因縁(そんなに仰々しいものでもないが)があるのと、ジャンヌ2人を呆気なく倒されたのがそうさせている様子。

 剣ジルも因縁は無くても同じ様なものだろう。

 彼等はそうジャンヌ・オルタに迫っていた。

 

「ちょ、落ち着きなさいジル×2。理由は分かったから、どうするのか説明してちょうだい」

 

 剣「では私から。私の調査の結果、あのアサシンは熱探知の装備品を持っていました。そして暗いとこも見える物も」

 

「サーマルと暗視ね。でも狙撃兵(ファルケ)のクラスじゃ持てないわ」

 

 術「失礼ですがジャンヌ。実際の狙撃手と言うのはペアで行動する事も多いそうですよ。スポッターと呼ばれる方が必要では?」

 

「スポッター……そうか。偵察兵(ヴォルフ)なら装備にあったわね」

 

 術「彼はスポッターと連携してジャンヌ達を追い詰めていたのです。ですがスポッターの方もまた隠れるのが上手い……」

 

 曰く、スポッターは偵察兵2人の内どちらかで、先に目を潰した方が元々の実力は高くてもより戦いやすくなると言うことだ。

 じゃあこっちもスポッターをつけるか? そうは言っても相手が上手いのに慣れないこちらが下手にスポッターなんてつけたら見つかる可能性がグンッと上がるだろう。

 ではどうするか。ジャンヌ・オルタが問うと2人のジルは自信ありげに返答した。

 

「「ジャンヌ以外が全員偵察兵になるのです」」

 

 ◇

 

 セイレム滞在3日目。

 昨晩起きた事を村の皆に(必要ないかも知れないが)改めて話そうと公会堂に行ったのだけど、既に朝の7時だというのに多くの人が集まって昨晩の恐怖を語っていた。

 牛がやられた。妹を殺された。悪魔のようだ。人ではない……少し聴いただけでかなり怯えていると分かる。

 

「やっぱり被害は村全体に広がっていたか……」

 

「あ、先輩。判事が」

 

「皆静粛に! 昨晩の事は私も聞いた。誰か犯人を見たものは?」

 

「あ、アレは悪魔だ! 鋭く伸びた爪や歪な蹄、犬みたいな口、うちの牛を殺して(はらわた)を食らっていた……あんなものが先住民な訳があるものか!」

 

「私も見ました……妹がそれに噛み殺されて……あぁ!!」

 

「我が一族の墓を掘り返し、あろうことか骨を……勇気をもってランタンを掲げて聖句を唱えると逃げていきました。アレは人ではありません……」

 

 皆口々に事細かく恐怖の記憶を紡いでいく。

 どうやらあの化け物達がカーター邸にやってくる前の事らしい。て言うことは、俺が最初に倒した化け物は森の中をうろうろして偶々カーター邸の裏に出たのか?

 でもあれだけの行動原理でありながら森の中に入るだろうか。地図を見た限り、あの森から出てくるなら村の外れをぐるっと回ってくるか、海沿いからぐるっと回ってくるくらいしか無い。

 警察の報告にあった、昨日絞首刑にされた人を含めた罪人の墓から遺体が持ち去られていたと言う報告が事実なら、予想通りゾンビの類いで間違いないから“丘”辺りから来たにしては妙にあの化け物に違和感を感じる。頭を打ったからか……?

 森に誰かが居るなんてのも聞いてないし、後で誰か詳しい人に訊いてみよう。

 

「……ふむ」

 

「カーター氏? 何か皆に伝えることでも?」

 

「……そうだな。私は昨晩、その怪物を目撃した。そして私はその怪物を知っていると思う」

 

 場がざわつく。

 昨日の化け物は見た人も多いのだが、その中の誰もが初めて見る、聞くものだと口を揃えている。

 そんな最中、知っていると言われればざわつきもするだろう。

 

「ダレットと言うフランスの貴族が記した文献に登場する怪物と似ている。その名を……“食屍鬼(グール)”と」

 

食屍鬼(グール)……俺の中の印象だと、その名前はゾンビ系なモンスターだな……」

 

「RPG等ではアンデッドとして扱うことも多いそうですね」

 

 周りに聞こえないように小さな声で話している間にもカーター氏は続ける。

 

食屍鬼(グール)は血の通った生き物は好まない。故にその強い食欲を満たすには先ず獲物を殺し、死体としてから食らうそうだ。更には──彼等の元の姿は人間だと言う。神の意に背き、人であることを止めた者共。それが彼等だ」

 

 ざわめきが大きくなる。

 俺達にとってはそんなに驚くことでもないが、セイレムの人々はゾンビやゴーストとは無縁の生活をしているんだ。彼等にとっては冒涜的だが、死者が蘇って食屍鬼(グール)になったと言われているようなものなのだから。

 実際昨晩の戦いで絞首刑にあった人は確かに居た。だがその事実をここで言うべきではないだろう。信仰厚い人々だ。どうなるのかは考えれば分かる。

 

「重大な情報の提供に感謝するカーター氏。しかし……当官もあまりこのような冒涜的な事は口にしたくは無いのだが……もしやその食屍鬼(グール)とは死者が蘇ったものではないのか? その食屍鬼(グール)の中に見知った顔は無かっただろうか?」

 

「……むっ……」

 

「……先輩」

 

「しっ……大丈夫だ……」

 

「………いや、そこまでは何とも言えない。夜の闇で居るのが分かるので精一杯だった。それに、私の読み取った伝承によれば、食屍鬼(グール)と死者は違う。……その筈なのだ」

 

「……え?」

 

 食屍鬼(グール)と死者が違う?

 ではアレがティテュバで無かったとしたら一体……一度昨晩の事を思い出してみる。

 

 確かそう……カーター氏を避難させて俺も戦いに加わった後、俺達は何とかティテュバと思われる食屍鬼(グール)を倒したんだ。最期に「アビゲイル」と消え入る様な掠れた声で彼女はそう言っていた……。やっぱりティテュバで間違いなかった。

 その後は時間を決めて交代で見張りをする事にして、一度メディアと話をしたんだ。

 話せば長くなる為要約するが、俺達がメディアさんだと思っていた彼女は実はそのメディアさんの師匠である魔女キルケーであり、彼女はダ・ヴィンチちゃんの召喚試験によりカルデアに顕現した主人を持たぬサーヴァント。

 どういう訳か、一般知識等のインストールが不十分だったようで、カルデアを信用できず逃亡を図ったらしい。

 そこである問題が起きた。セイレムの特異点だ。

 外部に逃げたい彼女はこれ幸いとメディアさんに化けて俺達と一緒にレイシフト。マスターも必要な為、現地で俺を籠絡するなりして特異点からおさらばするつもりであった。

 カルデアとの通信を試みながら妨げていたのは正体がバレるのを阻止するためだったと言う(ただし、ロビン達からは割りと早い段階で怪しまれていた)。

 しかし、そんな裏工作が必要ない程この空間は遮断されてしまった。

 その事とティテュバの死、俺の魔術師としての器を見た結果こうして俺達に打ち明けてくれたようだ。

 それにしても──

 

「……ティテュバはサーヴァントだった。けど、あの時確かに死んでいたし、食屍鬼(グール)としても……死者とは違うと……分からない。何がなんだか……」

 

「私の目撃した食屍鬼(グール)は、そこのぐだ男達と協力して撃退した。昨夜の銃声や咆哮はそう言うことだ」

 

「そうか……勇敢なご協力に感謝するカーター氏。この一連の事はホプキンス殿にも報告する。誰か、今夜からの夜回りに参加するものは──」

 

「よし。取り敢えず出ようか。昨夜の食屍鬼(グール)騒ぎで被害も出たみたいだし、それの手伝いに当たろう。マシュはキルケーと哪吒の3人でアビーの様子を見てくれる? 昨日あんな事があったから……」

 

 アビーはあれっきり部屋に籠ったままだ。無理もない……。今はキルケーと哪吒がカーター邸で留守番をしているから大丈夫だと思うけど、なるべく歳の近い女の子が居た方がアビーにも良いだろう。

 え? もう年齢的にそれは厳しいのと性別不明が居る? 気にしない気にしない。問題なのはアビーの捉え方だ。

 キルケーはおばちゃんだけど見た目がちんちくりんだから──おや? 今一瞬俺がローストポークになった所を見た気がする。

 

「ぐだ男。昨日亡くなった方を教会の地下に運びたいのだけれど、手伝って貰えないかしら?」

 

「……やっぱりそうなるよな。万が一死体が食屍鬼(グール)になるなら神聖な教会の地下で鍵でもかけて保管しておくべきだろう。分かった。すぐ行くよ」

 

 マタ・ハリに呼ばれ、公会堂から出ていく途中にロビンにこれまた小さな声で耳打ちしていく。

「アブサラム・ウェイトリーを頼む」と。ロビンも小さく頷いた後、アブサラム・ウェイトリーに用があると同じく公会堂を後にするカーター氏についていった。

 昨晩、カーター邸で襲撃を受けた際、木の陰からこちらの戦いを見ていた者が居たとロビンから連絡があった。それがアブサラム・ウェイトリー。アビーの友達ラヴィニア・ウェイトリーの祖父だ。

 屋内から見ていたカーター氏も彼に気付いた様で、元より村の中では忌み嫌われていたウェイトリー家の祖父が、黒魔術を使っていると噂されている事で何をしても怪しまれるのにも関わらず、あの場に居た理由を訊きたいと言っていた。

 もしかしたら、流石のカーター氏も疑っているのかも知れない。アブサラム・ウェイトリーが黒魔術にてあの食屍鬼(グール)達を操った。もしくは呼び出したのではないかと。

 兎も角、それは確かめなければどうしようもない事だ。疑いだけで相手を陥れてしまっては、いずれこの村は少しの恐怖で隣人を悪魔、魔女だと言って処刑させかねない。その為には話さなければ。

 人が恐怖によって虚構の悪を誰かに擦り付ける前に。

 

「ぐだ男。少し良いでしょうか。僕はこれから往診に行きます。気を付けておきますが、もしホプキンス判事が何か行動を起こしたら連絡して頂けないでしょうか?」

 

「分かった。その時は念話──は使えなかったか。じゃあこれを使って。俺の令呪とリンクした通信機の子機みたいな奴。これなら俺と離れていても連絡できる筈だから」

 

「有難うございます」

 

 サンソンもこれから忙しくなりそうだ。

 ホプキンスの事は俺も注意を払っておくから往診に集中してもらおう。

 

「……しかし異端だ……明らかに異端だぞこのセイレムは……」

 

 やはりこのセイレムは今までにない程異常……異端だ。

 後でキルケーに魔術的観点からもう一度話をして貰おう。

 

 




ラウムは特使5柱の中で一番頑張った奴だと思う。


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Order.74 セイレム Ⅳ

まさか魔力パスがショボすぎて前線に出ないといけなかったとは思わなんだ。
てっきりカルデア式はそんなものなのかと思ってたのでそう書いちゃいましたよ。




 

 

「よい……しょ」

 

 教会の地下、遺体が安置される事もあるそこに俺は最後の犠牲者を降ろした。

 男2人、女2人(内1人子供)、決して少ないとは言えない……遺体がどんな状態かは見ていないが、布に巻かれた様子で大体分かった。皆、無惨に(はらわた)を食い千切られた様だ。クソッ……最初にこっちに襲ってきてくれてれば……。

 

「ありがとうぐだ男。今ので最後……大丈夫?」

 

「……大丈夫」

 

「……そう。じゃあ私はカーター邸に戻ってるわね」

 

「分かった」

 

 マタ・ハリが出ていき、俺は部屋に鍵を閉めてから壁にもたれ掛かった。

 特異点において、失った命は無かったことにはならない。特異点で起きた事は基本的にはなかったことになり、カルデアの存在は誰の記憶にも残らないから、死んでいった人達は事故や病気等の違和感がない死因にすり替えられていくらしい。

 それを聞いたのはいつだったかもう覚えていない……特異点で一緒に戦った人やお世話になった人。目の前で助けられなかった人も特異点を解決すれば戻ってくる。

 そう、心の支えにしていたのがいつか言われた時に崩れた。

 だから失うことが無いように。あっても少なくるように俺は──いや、止めよう。

 いつもこれで苦しむ。慣れないこの“痛み”は、考えれば考える程。悩めば悩む程“痛くなってくる”から。

 

「……」

 

 踵を反して教会を後にする。

 さっきの遺体をここに持ってくるまでに、家の人を説得したりと大変で気付かなかったが、もう今は昼の12時だ。

 俺もカーター邸に戻って……

 

『皆さん、まだ分からないのですか?』

 

「ん? この声は……」

 

 外からまた騒いでいる声が聞こえる。しかもこの声は今朝遺体の安置に反対した遺族のおばあさんのものだ。

 ちょっとドアを開けて見ると何人か集まって居る。騒ぎの中心はあのおばあさんか。ちょっと苦手なんだけど……仕方がない。

 

「すみま──」

 

「そうだ! 俺達の村なのに、どうしてよそ者にデカい顔されなくちゃならない!」

 

「落ち着け。彼等は良くやっている。アンタは彼等の芝居を見に来ていないのだろう? だったらその様な事は言う権利はない。レベッカもそうだ。妹とその娘がやられちまったのは気の毒だ。だが、彼等は現に牧師様にもボストンの偉い判事さんにも認められての結果だ」

 

「あの牧師も若いだけが取り柄で宛にならない! よそ者は追い払って俺達のセイレムを取り戻すんだ!」

 

「ちっ……不味いな……」

 

 主に声を荒げている村人2人はさっきも言った遺族のおばあさんと、俺達が気に食わないのだろう30代半ばの男の人だ。

 確か男の人の方は──

 

「そうだ! お前なんだろう牧師をたぶらかしたのは! 今だってキョロキョロして、男を値踏みしに来たんじゃなかろうな!」

 

「ふぅ……その掴んだ腕を離してくださらない? もっとも……牧師様より、上演後に舞台裏に押し掛けてきた貴方の方が熱烈に見えたけれど」

 

「なっ──」

 

 やっぱり。

 あの男の人は昨日の芝居の最中には居なかったのだが、上演後に突然舞台裏に押し掛けてきてマタ・ハリに接触をはかろうとしてきたんだ。

 あの時の目を見た感じ、マタ・ハリの体目当てだろう。まぁ、彼女はスタイルも良いし綺麗だから無理もない。良くも悪くも、彼女は生前それを武器にしていたのだから。

 荒事は避けたかったので座長として俺が対応したが……あの人も興奮すると人の話を全く聞かなくなる。

 最終的にロビンが呼んできたセイレムの警官に助けてもらったのでその苛立ち何かもあるんだろう。

 

「ごめんなさいね。昨日も言いましたけれど、私は貴方の個人的な申し出に応えてあげられないの。これでも私、セイレムの殿方全員を平等に愛しておりますので」

 

「黙れ! 黙れ! 貴様こそ──」

 

「止めろ! それ以上団員への侮辱は見過ごせない!」

 

「ぐだ男……」

 

「昨晩こちらに押し掛けてきた際に警官を呼ばれたのが不服ですか? それとも彼女が抱けなかったのが不服ですか? どちらにせよ、貴方の言い分は非常に滅茶苦茶で個人的な感情の発露でしかない」

 

「黙れ! その女は()()だ! 男をたぶらかし、意のままに操って自分の都合の良いようにするんだ!」

 

 最悪の事態だな……。とうとう村人に魔女と言われてしまった。

 まだこの男1人にしか言われていないが、昨夜の恐怖で皆精神に来ている。このままこいつが騒ぎ立てれば、誰かが賛同してそれが膨らんでくるだろう。今のおじいさんのように俺達を認めてくれている村人は全員ではないのだから。

 

「違う。彼女は確かにスタイルも顔も良い。蠱惑的な言葉使いも相まって多くの男性を魅了するでしょう。正直俺だって魅力的だと思う。しかし、彼女自身は非常に芯の通った女性だ。他の人同様に純愛を欲す、か弱い女性だ。それを貴方は自分の思い通りにならないからと捩じ伏せようとするのか。それでは暴力だ。貴方の聖書には暴力を振るえと記されているのですか」

 

「そいつは魔女だ! 淫魔が姿を変えて現れたサキュバイだ! 悪魔は憎むべきなのだ!」

 

「そんな証拠は無い筈だ。何故なら彼女は淫魔でも魔女でもないからだ。己の劣情を発散させたいならうちの大切な仲間ではなく他を当たってくれ。……皆さん、これ以上の騒ぎは私も好ましくありません。昨晩、あのような事があり気が滅入っているのも分かります。私もこの通り、肩を食い千切られました。あれは人に非ず、得体の知れない恐怖に今も怯えています。だからこそ、ここで協力し合わないと駄目だと思うのです。確かに私達はよそ者ですから、まだ信用なされていないのも分かります。けれど私はここで誓いましょう。決して、このセイレムに恐怖をもたらすような者では無いと。人の笑顔を取り戻す為に旅をしている者であると」

 

「……オズボーン、少し落ち着け。彼の言った通り私達も怯えからおかしくなっている」

 

 今の内か。

 

「マタ・ハリ、行こう。下手に居ても今は逆効果だ」

 

「えぇ。ごめんなさいね」

 

 彼女の手を引き、やや早足でそこから立ち去る。

 2分程歩いただろうか。さっきのような声は全く聞こえなくなったので思わず掴んでいた手を離して深く溜め息を吐いた。

 

「失敗した……ごめんマタ・ハリ。結局村人に魔女と……」

 

「大丈夫よ。どうせ私が何と言っても彼は変わらず私を魔女と言ったわ。寧ろ酷くなっていたかも。貴方が上手くやってくれたお陰よ。それにしても……」

 

「ん?」

 

「あんなにハッキリと『俺だって魅力的だと思う』なんて言われたら私だって恥ずかしいのだけれど?」

 

「──ぁ、あー、そりゃあ、ねぇ?全部正直に話した方が良いかなって思って思わず……」

 

 相手が興奮していたから自分は冷静になれていたが、今その時の発言を思い出すと俺も大概に興奮していたと思わされる。

 若いながら貫禄のある団長の印象は更に強まっただろうが、思い出すだけでちょっと恥ずかしい。

 

「ふふ。ありがとう。早く戻って皆に共有しておいた方が良いわね」

 

「そうだね。サンソンにも連絡を──丁度良い。マタ・ハリは先に戻ってて」

 

「ホプキンスね」

 

「あぁ」

 

 100m程先に何人か引き連れてホプキンスが歩いていた。

 判事からの報告でも受けて見回り──な訳がないか。方角的にもカーター邸に向かう訳でも、そっちから来た訳でも無さそうだけど取り敢えず、サンソンに連絡だ。

 

 ◇

 

『……分かりました。連絡ありがとうございます』

 

 サンソン──僕はぐだ男からの通信を受けて口に出さず感謝を伝えた。

 

『俺も後ろからホプキンスを追けてみる。動きがあったら連絡するよ』

 

『はい。こちらが終わったらすぐに向かいます』

 

 念話のように思考することで言葉を伝えられる便利な機械だ。

 これなら人前で使ったとしても違和感や怪しまれる事は無い。

 

「──大分落ち着いてきました。これならもう大丈夫でしょう奥様」

 

「ほ、本当ですかっ!?」

 

「えぇ。これは急な発熱による症状で、この歳のお子さんであればままあることです」

 

「先生は命の恩人です! ありがとうございます……!」

 

 往診に向かった先では子供が“ひきつけ”を起こしていた。

 やはりこの時代の医学の知識ではこれを悪魔の仕業と捉えてしまっていて、僕の前に様子を見に来ていたと言う牧師も名前を呼んで気付け薬を嗅がせたり、聖書を読み上げたりと──仕方の無いことだが──的外れな処置を施していたようだ。

 命に関わるものでもないので、後は嘔吐物などに気を遣って喉を詰まらせないように指示をして家を後にしようとする。

 

「待ってください! 何かお礼を……」

 

「いえ。私は正式な医者ではありません。それに報酬は別で頂くことになっていますので」

 

「でも……」

 

「若いの。横から失礼するが、受けた恩に対する蓄えは質素な見た目とは違ってある。我が家は新大陸に渡る以前はそれなりの名家だったからな。だから受け取れ」

 

「ご老人……」

 

 気付くと奥様の父親が懐から幾らかを取り出して僕に渡してきた。

 どうやら出掛けていたのから丁度帰って来た所らしい。

 

「老人等と呼んでくれるな。ピックマンでいい」

 

「……はいっ。失礼しましたピックマンさん。ではありがたく」

 

「……さっきも教会前で言ったのだがな、アンタ達は良くやってる。座長さんも村人の手伝いを良くやるし、子供達とも遊んでやって、アンタはこうして孫を診てくれた。悪く言うのも、他の連中も昨日の事で怖がっているだけでな」

 

「おきになさらず。我々も幾度とそう言ったことはありましたので」

 

「昼とは言え、道中気を付けるんだぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 ピックマン家を今度こそ後にし、僕は再びぐだ男に連絡をする。

 お礼を受け取ったのも報告しなければ。先ずは閣下がどこに向かったのを訊こうかと口を開いた瞬間。

 

『サンソン大変だ! ホプキンスがウェイトリー家に入っていった! ウェイトリーってあのラヴィニアの家で間違いないか!?』

 

『! この村に他のウェイトリーは居ません。すぐに行きます!』

 

 まさか閣下は昨晩の食屍鬼(グール)を操った、もしくは喚び出したのをウェイトリー家だと……?

 このままではいけない!

 止めなければ……これ以上、彼等の心に悪魔を、偽りの魔女を顕現させてはいけない!

 例え過去の幻影の中であろうとも……!

 

 ◇

 

 その日の夕方。またも村の“丘”で刑が執行された。

 吊られてしまったのは2名。どちらもウェイトリー家の人間で、1人はラヴィニアの父親、ノア・ウェイトリー。もう1人は祖父、アブサラム・ウェイトリーだ。

 後にカーター氏に訊いた話だと、昨晩カーター邸での戦いの最中、隠れて見ていた理由を訊きに行ったそうだ。そこにホプキンスが割り込んできて、黒魔術の使用を罪状として2人を処刑にしたらしい。

 カーター氏は告発するつもりも無かったようなので、村人の誰かが食屍鬼(グール)の発生をウェイトリー家に擦り付けたのかもしれない。本人達は否定していたようだけど、どのみち黒魔術の使用で刑は言い渡された。

 結果、彼女……ラヴィニアは独り取り残されてしまった。

 サンソンもかなり気にしていた娘だから何か助けてあげたいが、彼女は俺達を信用していない。

 ティテュバの死から立ち直ったアビーもカーター氏に頼んで彼女を家に迎え入れようとしていたけど、彼女はいつの間にか姿をくらましてしまった。

 アブサラムが連行されていく際、彼女に誰かを頼るように言っていたらしいし、多分そっちに行ったのだろう。

 そんな多くの情報の中でもサンソンが負い目に感じていたのはホプキンスに食い付いた事で絞首刑台の修理を命じられた事だ。

 生前の行いから処刑人──今はアサシンのサーヴァントとして存在する彼が開発した処刑装置、ギロチンは死刑を受ける人間が苦しまぬよう、罪人であっても心置きなく死出の旅に出られるように考えて出来た代物だ。

 それなのに彼が直したのは苦痛の中で少しずつ殺していく処刑構想の絞首刑台。それが堪えたか。

 

「……以上がウェイトリー家に起きた事です」

 

「ますたー、さんそん! 傍観とは何故(なにゆえ)か!」

 

「落ち着け哪吒太子。ぐだ男もサンソンも見捨てたくてやった訳じゃあねぇって。それに話は聴いたろ? あの状況で俺達が何かすれば今度こそただじゃ済まない。それこそ俺らの誰かが吊るされるぞ」

 

「む……確かにボクが浅慮だった」

 

「おう、理解してくれて助かる。んでだ。もしこれでゾンビ騒ぎが収まらなかったらますます分からなくなるが、そこんとこどうなのよ。教えてキルケー先生」

 

 ロビンがキルケーに振る。バトンパスされたキルケーはそれを快く受け取ると一言目に分からないと言い切った。そしてその上で話を続ける。

 

「ウェイトリー家の様子は私も見てみた。確かに魔術師の家系……それも錬金術のだ。流石に私も大魔女だけどこのセイレムでは何があるか分からないからね。取り敢えず、深くは漁らずそれ位は見てきた。その結果分からないんだ。何しろ、もしウェイトリーの仕業ならあからさま過ぎる。そしてあのムカムカする男もだ。もしアイツが魔神柱と関わっているとしても、こっちもあからさま、余りに大胆過ぎる。いやぁ、分かんない」

 

「魔神柱の目的がセイレムの再現なのは分かってる。なら、その先の真の目的は何だろう。マシュ、セイレムは歴史上最後はどうなったの」

 

「あ、はいっ。セイレムは最終的に1693年5月に終わりを迎えます。告発された約200名の内、19名が処刑。その他は拷問による死亡と獄中にて死亡が合わせて6名。この事は現在においてもアメリカ植民地時代における集団パニックの最も酷い例として語られています。ですが、ここと違うのは判事が違うことで処刑が早いことです。史実のセイレムは約1年で19名でしたが、今はたった2日足らずで6名に……」

 

「最終的に何か人理に影響が出るところでもないか……何だろうなぁ」

 

「本物の魔女の発生とかは?」

 

「人の告発で創られた虚像の魔女なんかじゃ幻霊すら成れないね。だったらティテュバにでも聖杯を持たせた方が早いしローコストだ」

 

 確かにそうだ。サーヴァントだったティテュバに何かをさせれば魔神柱達なりの人類救済はすんなり(勿論阻止するけど)行った筈だ。

 それ以外にあるとしたら……

 

「……俺の殺害、とか?」

 

 今年の前半にあった新宿幻霊事件を思い出す。

 バアルが3000年も前に遡って逃げて、モリアーティーと共謀して俺を殺そうとした事件(とくいてん)。モリアーティーはホームズに勝つことと地球の破壊が目的だったけど、バアルは俺への強い復讐を願っていた。

 同時にバアルは俺を尊敬し、信頼していた。必ず俺が来ると。途中で逃げ出さないと。

 そのお陰でチェックメイト手前まで追い込まれたけど、何とか突破できた。そんな事もあったからもしかしたら今回の特異点もそうなんじゃないかと思ってしまう。

 

「復讐か……もしそうなら君を魔女だって告発して殺せば早いのだけれど、最悪マシュや私達を順々に殺して最後に残った君を嬲り殺すパターンかも知れない。その方がまだマシかな」

 

「いや、それは最悪のパターンだ。正直俺が殺されるならまだ良い。けど、マシュや皆が殺されるのは御免だ」

 

「とことん魔術師らしくないね。君が死ねばこの特異点に私達は居られない。マシュは例外だろうけど、そうなるとマシュに全部背負わせる事になるんだぞ」

 

「……大丈夫。俺だって無責任に殺されるつもりもない。必ず皆を還せる状態になるまでは足掻くさ」

 

「それは俺達の台詞だっての」

 

 ロビンに後頭部を小突かれた。

 少し痛い……。

 

「兎に角、ここで唸っていても仕方がありません。今は他の知恵も欲しいところですから、カルデアに通信を接続できないか試してみましょう」

 

「サンソンの言う通りね。私達だけじゃ限界もあるから」

 

 そうだねと返し、今一度カルデアと繋がるか試してみようと立ち上がる。丁度その時、客間の扉がノックされた。

 一応キルケーの魔術で俺達の会話は外に聞こえ難くなっているが、それこそ扉に張り付いたら聴こえるような弱い魔術だ。余り本格的なのをかけて何かあったら俺達のみならずカーター氏達までもが危うい。

 だから毎回、もしかして聴いていたかも知れないと緊張しながらドアを開けることになる。今回はドアの近くに居たロビンがその役目だ。

 

「おや、カーター氏。何かありましたかね」

 

 どうやらカーター氏が何か用があるようだ。

 ロビンが訊くと、カーター氏は部屋に入ってきて少し小さな声で話し始めた。

 

「……ミスター。外のホプキンスがミス・マタ・ハリの同行を命令してきた。何か心当たりが無いかね」

 

「嘘だろ!? あ、すみません……心当たりは──あります。昼間、マタ・ハリが教会前で男に言い掛かりをつけられて……確かビル・オズボーンと言ったか。彼がマタ・ハリを魔女だと」

 

「おぉ……何と根拠のない事を……君達は昨晩の事もあって恩人だと言うのに、恥知らずな……」

 

「ぐだ男。今は従うしか無いわ。ここで抵抗なんてしたら貴方も捕らえられるかもしれない」

 

「………っ」

 

 唾棄したくなるようなオズボーンの行いに怒りが沸き上がるが、抑えなければならない。

 そんな俺の心中を察して、カーター氏も同行すると申し出てくれた。正直ありがたい。彼の証言で覆せれば良いのだけれど……。

 

「皆は待っててくれ。マタ・ハリ、ごめん」

 

「気にしては駄目。座長(マスター)らしく、シャキッとして」

 

「あぁ」

 

 俺達は大人しく外へ出た。

 外はもう暗く、何人かは松明で簡単に明るくしてカーター邸の前に集まっていた。当然、先頭にはホプキンスが立ってる。傍らには昼間の男……オズボーンも居て、完全にマタ・ハリを捕らえに来た雰囲気だ。

 

「マタ・ハリとはこの女だが、間違いはないな? ビル・オズボーン」

 

「えぇ。間違いありません。こいつが魔女です」

 

「言い掛かりだ。彼等は昨晩の食屍鬼(グール)を撃退してくれた恩人だ。君とて彼の仲間が母親を助けてくれた覚えがある筈だ。その恩人に対して魔女とは、恥を知れビル・オズボーン」

 

「ぅ……カーターさん。アンタも騙されているんだ……そいつは男をたぶらかして操る淫魔なんだっ!」

 

「淫魔? 君に告発され、昨日魔女として処刑されたティテュバの代わりに姪に寄り添ってくれていた彼女を淫魔と?」

 

「止めろ。ここにはそんな下らない言い合いをしに来たのではない。劇団の座長、ぐだ男。そこの役者の女、マタ・ハリには魔女としての容疑がかかっている。後は言わなくても分かるな」

 

 あぁ、分かっている。

 頭に来るほど明快に分かっているとも……マシュー・ホプキンス。

 

 ◇

 

 ぐだ男とカーター、そしてマタ・ハリが連行されて数分後、異様な雰囲気を察してしまったのか、アビゲイルが2階の自分の部屋から駆け降りてマシュに説明を求めていた。

 先程カーターも外で言っていたが、こうしてアビゲイルが立ち直れたのも哪吒やマシュ。そして今さっき連行されてしまったマタ・ハリのお陰だ。

 彼女の親友と呼ぶラヴィニアの家族が処刑されて自分の事のように悲しんでいたのに、今度は自分を立ち直らせてくれた人がと思うと居ても立っても居られないのだ。

 

「どうしてマタ・ハリさんまで……彼女はとってもいい人なのに」

 

「あのオズボーンってのが厄介ですかね。アイツが騒ぎ立てると皆が同調しちまう」

 

「まぁ、オズボーンさんが? 彼いつも大袈裟に騒いで事態を大きく見せようとする困った人だから……でもきっと大丈夫よ。だってマタ・ハリさんは魔女じゃないですもの。それに皆昨日の怪物で怯えきってしまってるだけよ」

 

「そうだと良いんですが……もしせん──座長も何かあったらと思うとゾッとします」

 

「マシュさん、座長さんの事が好きなのね?」

 

「ふぇっ!?」

 

 マシュがすっとんきょうな声を出した。

 彼女自身、どうやったらあんな声が出せるのかと後で気になってしまう程で、酷く狼狽したマシュはまず否定から入る。

 

「せ、先輩はす、すす好きとかっ、そんなんではなくてですねっ!? とても尊敬していると言うかっ!? い、いつも私を支えてくれる大切な方と言いますかっ!?」

 

「落ち着けマシュ。そんな初々しい反応見せられちゃこっちが恥ずかしいよ。良いじゃないか誰を好きになったって」

 

「いや、実はマシュと座長は兄弟なんですアビゲイル」

 

「嘘!? 全然似てないわ。あ、もしかして義兄妹って言うのよね」

 

「私も知らなかったぞ! て言うか義兄妹で禁断の恋とかフツーにエロいな!」

 

「え、エロ──!?」

 

「キルケーには話してなかったな。実はマシュ達はお互い養子同士。2人を招き入れた親はロマニ・アーキマンって言って、とても優しいくてチキンな医者なんだ」

 

「まぁ。お医者様なのね。そのチキンって鳥の事?」

 

「いや、腰抜けって意味さ。兎も角、2人はそこで生活していたんだが──」

 

 重い雰囲気になってしまったアビゲイルの為、ロビンフッドはカルデアの事を隠しながら即興で2人の話を作る。

 セイレムしか知らない(本は良く読むらしく、一応他の国の事などは知っている)彼女にとって、ぐだ男達の世界を渡り歩いた話はとても心踊らされるものだった。

 日本(ジパング)で出会い、フランスに行って畑を荒らしていた大蜥蜴を退治して、続くイタリアではギャングの抗争を仲介した等……かなり実際の冒険からスケールダウンさせているが、無垢な彼女は全てがまるで英雄譚のようだと目を輝かせていた。

 そんな楽しい時間もあっという間に過ぎ──

 

「──っと、気付けばこんな時間だ。良い子は寝る時間ですかね。褐色の17歳程上手くは語れなかったが、楽しめましたかいお嬢」

 

「とっても面白かったわ。ロビンさんも話し上手で、まるで私も冒険したみたいよ」

 

「そいつは上々。役者としてはこれくらい出来ねぇとな」

 

「……ロビン、家の周り妖気充満。否、村全体」

 

 どうやら哪吒が気配を関知したらしい。

 流石の哪吒もアビゲイルに悟られないようにかなり小声でロビンフッドに耳打ちする。

 話で盛り上がって時間を忘れていたが、現時刻は既に21時。昨晩食屍鬼(グール)が出現した頃の時間だ。

 もしウェイトリー家に原因があったら出てこないだろうと少しだけ期待していたものの、結局はこの通り食屍鬼(グール)が襲撃してきてしまった。

 

「全く……食屍鬼(グール)ってのは死人に口無しって言葉知らないんですかね」

 

 



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Order.75 詐称

全然書けなくて、書きたいのを上手く表現できなくなる症状が定期的に起こる……早いとこセイレム終わらせないと……


 

 

 

 私は頑張ったわ。

 ジルの提案で私以外全員偵察に回して狙撃は私1人。けど、それでもあの男には勝てなかった。

 じゃあ皆で焦土作戦と意気込んで全てを焼き払ったけど、今度は格好の的過ぎて早々に決着。

 思いきって私も偵察と思ったけど、抜き足差し足忍び足は私には合わなかった。

 結果……どう頑張っても本職には勝てない。これを認めるのはまるで贋作が劣っていると言われているようで嫌でしたけど、無理なものは無理。

 

「あぁー……やっぱりぐだ男の援護で居るのが1ば──はっ!?」

 

 独り部屋でゴロゴロしながらそんな事を呟いているといつの間にか忌まわしい聖女サマが笑顔でドアの前に立っていた。

 アンタいつからそこに! て言うかノックしなさいよ!

 これだから脳筋は!

 

「そんな大声だしては他の部屋の住人に迷惑ですよオルタ。それよりこれからエクストラクラスの集いがあるんですけど、貴女もどうです?」

 

「……ナニソレ。そんなの聞いたことも無いんだけど……」

 

「この間出来たばっかりなんです。ほら、アルトリアさんも増えすぎた自分との不毛な争いを避けるべく、時折アルトリア集会をしてお互いの──」

 

「いや、あれと比べるのもどうなのよ……で、何をするのそれ」

 

 どうせ下らない事なんでしょうけど、一応訊いてあげますか。下手に即答で断ると「そんな事言わずに」って何だかんだ聞かされるのがオチよ。

 

「あ、興味が湧きました? 実はですね、エクストラクラスの方って個性的な人が多いじゃないですか」

 

「そうね。アンタも充分個性的よね。聖女の癖して大砲ぶっぱなすのが好きな脳筋ですもの」

 

「? だって()()()()()()()んですから、使って当然ですよ? それに、私だってちゃんと考えて戦ってます」

 

 そも発言が考えてないでしょ。何その強い武器は強いって。頭痛が痛いみたいになってるし。

 

「で、個性的な人は一杯居るけどそれがどうかしたの?」

 

「あ、はい。それで、個性的な人が多いとお互い何となく近寄りがたいって雰囲気も出てしまうので、少ないエクストラクラス同士仲良くしたいと思って企画してみました」

 

「まぁ、至って普通? て言うかアンタが企画したのね」

 

 こう言うときの行動力は侮れない女……。何だかそう言うところはぐだ男も似てるし、もしかして同じ脳筋だから喚ばれたんじゃないの?

 しかしまぁ、繰り返すけど本当に普通な思い立ちね。別に仲良くしなくたって互いに攻撃しあうことも無いんですから要らないでしょうに。

 

「いいえ。私達は少ないエクストラクラス同士。他のクラスの皆さんも定期的に集会しているみたいですし、私達もやっておかないと。と言うかやりたかったので」

 

「……面倒。私今日の夕方からバイトだから寝る」

 

「バイトを? 何で?」

 

「はぁ? 普通自分の小遣い位稼ぐでしょ。もしかして……アンタまさか……ぐだ男から未だに貰って……」

 

「? だって月1でくれるのでそれで遣り繰りしてますよ」

 

 情けない! この女は本当に情けない!

 もう子供じゃないのにいつまでもお小遣い貰って満足してるなんて……アイツが毎月お小遣いをサーヴァントに配る為どれだけQPを削っているのか知らないの?

 え? そもそも年齢的には私も子供? 喧しい! 私はサーヴァントとしてはまだ何年も経ってないけど、精神年齢はとっくに大人よ。だからコンビニでバイトだって出来るんじゃない。文字も書けないザコとは違うのよ。ザコとは。

 

「って、行きましょうよオルター。まだバイトまで時間あるじゃないですか。それにしてもカレンダーにしっかり書いてて……真面目な妹で安心です」

 

「誰が妹か! 私は行かないからね」

 

「えー。あと参加してないの貴女だけなんですよ?」

 

「………マジ?」

 

 あの変人の巣窟であるルーラーはまぁ分かるわ。けどアヴェンジャーの面子が参加ですって?

 ロボとかゴルゴーン辺りは絶対無いと思ってたけど……。

 

「……本当はマスターに頼まれたんです。アヴェンジャーは孤立しがちなので、せめてエクストラクラス同士で仲良くしてもらいたいと。だって、折角のカルデアライフを楽しまないと損じゃないですか。もう二度とないかもしれない、とても小さな奇跡を」

 

「余計なお世話よ。私は復讐者で人を憎むもの。アンタは裁定者で人を救う聖人。私の様な憎悪の塊とつるんじゃ聖人の格ってものが損なわれるわよ」

 

「心配してくれるなんて、やっぱり貴女は優しいですね。なら尚更参加しましょう! さぁ早く!」

 

「イダダダダ! ちょ、引っ張んないでよ!」

 

 ◇

 

 エクストラクラスと言えば何が思い浮かぶでしょう。

 裁定者(ルーラー)復讐者(アヴェンジャー)救世主(セイヴァー)盾兵(シールダー)番人(ウォッチャー)偽物(フェイカー)……これは私が聖杯から得た知識で元々存在していた特殊なクラス。でも最近は(ビースト)別人格(アルターエゴ)、そして月の癌(ムーンキャンサー)も出てきてエクストラクラスも中々数が増えてきたわ。

 この世界じゃ人理が不安定になっているし、ゆらぎが多い事もあってそんな普通は召喚されないクラスがぽこじゃが出てくるのは仕方がないけど、まさか世界を救う組織に召喚されているルーラーよりアヴェンジャーが多いってどういう状況よ

 復讐者の癖して後方彼氏面だったり怨天大聖だったり最早犬だったり性的捕食対象にしてたりだったり復讐者って一体……。

 

「皆さんよく集まって下さいました。今日はマスターの要望もあって漸くエクストラクラスでの集会を行えます。他のクラス集会では戦略の事を話し合ったり愚痴ったりと集会と言っても自由に過ごしているみたいなので私達もゆるーく行きましょう」

 

「俺を呼んだ割には平穏な会だな。だが良いのか聖女よ。俺は復讐の焔で己の身を焦がす者だ。そんな俺がここに居続けるとどうなるか……分からぬ訳でもあるまい」

 

 ……こうして改めて客観的に見ると、私ってたまにああいう面倒くさい事言ってるのね……。無性に恥ずかしくなってきた。

 

「まぁまぁ、俺は誘われて嬉しかったぜ後輩。何せ俺達アヴェンジャーはどいつもこいつもカワイソウな末路で歴史に刻まれちゃった、はみ出し者だからなー。ひひひ、そんな中でも大先輩で素っ裸の俺が素直になれない後輩達に先陣切る様を見せる訳よ。てな訳で改めて自己紹介とさせて頂きますぜ。メタ的に最初のアヴェンジャー、お呼びとあらば即参上。名前は無いが名乗りはできる。アヴェンジャー、アンリマユこの世全ての悪。兎に角弱いから仲良くしてくれよー」

 

「改めてよろしくお願いしますアンリマユ。貴方も大変な生涯だったと聞いてます。そんな貴方が参加してくれたのはとてもありがたいです」

 

「あらあら、こんな俺ちゃんの何の楽しくもない人生気にしちゃうなんて眩しい聖女様じゃん。なのに何で妹さんはあんなに素直じゃないんですかね?」

 

「いや、根底ではやはり彼女なのでしょう。ほら、やっぱり脳筋な所とか」

 

「流石分かってるねぇ。世界は違ってもやっぱアインツベルンに召喚されたもの同士ってところか」

 

 アンリマユは何の抵抗も無くルーラーの面子と会談し始める。

 流石というか、やっぱりというか、アイツ前に天草四郎の鋼メンタルで手段を選ばない所が苦手って言ってたけどそんな素振りは一切ない。

 先輩ってこういうものなのかと思っていると、他のアヴェンジャーからも談笑が始まった。以外にも話し始めたのは一番新人のアヴェンジャー、ヘシアン・ロボの首無しの方。

 彼はノートパソコンに凄い速さで文字を打ち込み、それを合成音声で出力してスムーズな会話を確立させていた。今まで筆談だったから、それよりも早い方に切り替えたんでしょうけど、滅茶苦茶早いわね。一体どこで学んだのか気になりますね……少し訊いてみようかしら。

 

「ねぇ、その技術力どこで得ました?」

 

『これですか? タイピング力はティーチさんから。PCはレオナルドさんから頂きました。これのお陰でコミュニケーションが楽になり助かってます』

 

「へぇ。便利な物ですね」

 

「あぁー、成る程。道理で黒髭さんのサーバーからデータが盗めなかった訳です。私てっきりカルデアのファイアーウォールに負けたのかと思ってましたけど、あのネットの海賊かなりのハッカーでもあるって事ですか」

 

「BB……また何かやらかそうとしたの?」

 

「この前ぐだ男さんがロリ化してアへ顔wピースキメてた時の映像を入手して玩具にしようと思って彼のサーバーに侵入しようと頑張ったんですけどぉ、逆にこちらの中枢に侵入されかけたのでBBちゃん的に凄く悔しいですが撤退しました」

 

 そういえばそんな事もあったわね。たしかこの間……ぐだ男が性転換を完璧なモノにしたとか言って、息を吸うみたいに早変わりしていたっけ。

 それで原因不明の突然ロリ化。小学4年生くらいになったアイツに魔力供給とか言ってクロエが攻め立てたんだったわ。その時のあらゆる情報は抹消されたって話だけど、まさか黒髭が隠し持っていたなんてね。

 でも何でそれならぐだ男に言わなかったのこの自称小悪魔は。

 

「えー? あ、もしかしてぐだ男さんのそういったモノって裏で高値で取引されているのご存知ないんですか? この前はぐだ男さんのお風呂上がりのタオルが2500万QPで落札されてましたよ」

 

「ぐ、ぐだ男さんのタオル…!? BBそれってどこでやってるの?」

 

「きゃー☆ リップたら欲望に素直でBBちゃん心配です。でも教えちゃいますねー。詳しくはここのURLで主催者の『石樽(いしたる)』さんに問い合わせてみて下さい。機械音痴だからかとーっても下手くそなメールで入門証が届くので後はご自由に」

 

  「私、今初めてBBに感謝しました……!」

 

「えー……」

 

 アルターエゴ勢も話に乗ってきた。内容は些かカルデアの治安が心配されるものだけれど……それってもし私がアイツの女装写真とか売ったら結構な金額になるのかしら。

 でも大分前だし、他にも出回ってるから価値は低そうね。ぐだ男も私物が無くなったりして大変そう──ていうか、何で私がアイツの心配なんかしないといけないのよ。別にどうでも良いし。

 

「そんな事して何が楽しいのよ全く……」

 

「んもー。メルトは相変わらず目に見えるツンデレでオリジナルの私も恥ずかしくなるレベルです。考えてみても下さい……ぐだ男さんの私物ともなればそれは最早聖遺物。普通はサーヴァントの召喚に使う術式を弄ってそれを使えば、過去現在未来のぐだ男さんを自分のサーヴァントとして使役できるかもしれないんですよ(大嘘)」

 

「いや、流石に無いだろうそれは……。アイツは英霊になれるような力を持っていないだろう」

 

 前に誰かがそんな話をしていた気がする。

 内容は今ゴルゴーンが話した通り、ぐだ男が英霊に召し上げられるのかどうかと言う疑問。私は聖杯から生み出されて何とか霊基を底上げしたから召喚されたでど、アイツにはそんな特別な力なんかは無い。精々槍が巧いのと眼ドと筋肉位なものだ。いつも使っている魔術も、結局は礼装のお陰で何とかなっているだけ。ルーン?そういえばこの前は新しいルーンとか言って発酵……違う、発光のルーンで指先を光らせていたわ。ETかっての!

 兎も角、アイツが英霊になるなんて言ったらそれこそ世も末って事でしょう。

 

「……」

 

「ん? どうしたリップ。腹でも減ったか?」

 

「ぁ、い、いえっ。ちょっと考え事を……大丈夫ですゴルゴーンさん。私、こう見えてもゴルゴーンさんよりは食べないので、さっきのお昼で満足してます」

 

「……あ、あぁ、そうだな……私はよく食べるものな……はは……」

 

 あー。確かこのナリで体重気にしてたっけこの女。

 カルデアじゃ衣食住が平等に与えられているから忘れがちだけど、私達サーヴァントも暇だからって食っちゃ寝してたら太るわけよ。エーテルの疑似肉体だけど、天性の肉体や黄金律(体)を持たない私達は食事で魔力を貯め込み過ぎると外見に出てきちゃうし、ゴルゴーンみたいに体型が気になるサーヴァントも多い。

 私はそんなスキルが無くても、内に燃え上る復讐の炎で常に余分な脂肪は燃やしているので安心ですが。

 

「第一、そのサイズで体重気にしたところで意味がないでしょう。自身のステータスにも体重を??で載せてる様子から、私は重たいですって公言しているのと同義よ」

 

「……何だと? 貴様こそ、その体つきで体重が44kgなんぞ鯖読みと公言している様なものであろう」

 

「そ、そんな事はありませんとも。普通よフツー」

 

「そうか……BB。貴様のステータスと比べてやれ」

 

「えー。私なんかのスリーサイズ見ても面白くないですよ。私はちゃーんと正式なステータスで申請してますから」

 

「そう言うところは真面目よねアンタ」

 

「都合良く身長に脚は含めても体重には含めないメルトとは違いますー。はいどうぞ」

 

 パチンと指をならしたBBの横に彼女の顔くらいのサイズの空中投影ディスプレイが表示される。

 流石はデジタルサーヴァントらしい演出ね。で、問題の体重は……。

 

「身長156cm。体重46kg。スリーサイズが上から85、56、87……」

 

「で、こちらがジャンヌ・オルタのステータスでーす」

 

「あ、こら!」

 

 アヴェンジャーに強いムーンキャンサーだからって強気に出てるわねこのバグ女!

 

「身長159cm。体重44kg。上から85、59、86か。BBは普通よりやや下で、お前に関しては痩せすぎだ。なのにスタイルもほぼ同じ……やったな?」

 

「やってないわよ! 私はありのままの数字でちゃんと書いたわよ!」

 

「測ったのか?」

 

「──ぇ、えぇ。当然です」

 

『心拍数の上昇と表情筋の僅かな乱れを感知しましたので嘘ですね』

 

 コイツッ! 顔どころか頭が丸々無い癖に人の事事細かに観察して凄く──えぇと……不愉快! お陰でうまく言葉が出てこないわ!

 

「は、測ったのは私じゃなくてアイツよ。私はアイツの別側面だから同じステータスなの。あのムカツク騎士王様もそうでしょ?」

 

「え? オルタまさかステータス詐称を……? それはサーヴァントとしてマスターからの信頼を失う、良くない事ですよ? マスターに謝るなら一緒に行きますから、正直に話して下さい」

 

「止めて! そんな可哀想な者を見る目は止めなさい! 後私はアンタのステータスを見たまんま書いただけだから! アンタが詐称してるんじゃないの!?」

 

「そんな……! お姉ちゃんを疑うんですか?」

 

「誰がアンタの妹よ……兎も角、疑うなら体重計でも何でも出しなさい。今ここで数値に嘘がないって証明してあげます。……白いのが」

 

「え!? ちょっと待ってください!」

 

 白いのが体重計を持ってきたアンリマユの両肩を押さえる。それだけでアヴェンジャー……サーヴァントとして貧弱過ぎる彼の両肩はミシミシとヤバい音を立てて必死に危険を知らせる。

 だが彼女は知ってか知らないでか妙に焦った様子で彼の体を揺さぶりながら続ける。

 

「その……私のステータス、確かに私のなんですけど……いつかの聖杯戦争で少女に憑依させていただいた時のやつなのでもしかすると違うかも……」

 

「……」

 

「……まぁ、誰でも間違いは誰でもあるのです。後でちゃんと測りますから、ここでは許して貰えないでしょうか……?」

 

 こ、この女……ステータスが違うってのを暗に認めたわ! だとすると私も偽っていた事に……いや、でも知らなかったのですから間違いのようなものです。えぇ。私は悪くありません。

 だからその体重計を早くしまいなさい。

 

「まー、BBちゃん的にはどうでも良いので好きにしてください。人間は誰もが自身の欠陥を隠蔽・補完するために嘘をつく生き物ですから、そこにとやかく言うつもりはありません。あのセンパイだって、嘘を一杯ついているんですし、ねぇ?」

 

「何その意味深な疑問符は。アイツが私達に嘘をついてるって言うの? 別にそんなの普通の事じゃない。アイツは誰よりも人間よ。私達サーヴァントとは違って自分の身を敵から守れる程強くはないわ。……たまにギャグ路線じゃ滅茶苦茶強いけど、弱いアイツなりに身を守るには嘘は必要な武器。それを咎める程アンタは器が小さいのかしら?」

 

「いいえ。ただ、皆さんが知るべき事まで隠されてしまうと言うのはマスターとサーヴァントの関係的にはどうなのかなーと思ったので」

 

「……BB。貴女は何が言いたいのですか? いえ、それとも何かを知っているんですか?」

 

 白いのがBBに圧をかける。

 クラス相性とかそんなのじゃない。まるでぐだ男が裏で悪さでも行っている言っている様なその雰囲気に物申すような様子だ。

 

「BB。お前は何かを知っている様だが、ぐだ男は悪を成せる男ではない。ましてや俺達に隠れてなどな。俺達に何をさせたいのかは分からないが、そこの人間要塞に殴られたくなければ素直に話しておくべきだな」

 

「もぉー。皆さん早とちりしすぎです。流石の私もこのスペックでやりあおうなんて思ってませんから、その旗は下ろしません?」

 

「貴女は()()()だと聞きました。ですから旗はこのままです」

 

「じゃあそのままで良いで皆さんにお話ししましょう。センパイ……ぐだ男さんの秘密を」

 

 BBは椅子に腰掛けるといつも持っている棒で今まで自分のステータスを写していた空中投影ディスプレイを弾いて大きくする。

 そしてカルデア内の監視カメラ映像とぐだ男の体の様子を数値化した、私達サーヴァントのステータス画面のようなものを表示。

 宝具の時につけている眼鏡も取り出して真剣な面持ちで語り始めた。

 

「ぐだ男さんは19歳男性。突然の人理焼却に巻き込まれたにも関わらず、彼はここまで走り抜けてきました。多くの英霊を召喚、使役して戦い、自身も又戦いを経て強くなりました。ですが、彼には重大な問題がありました。英霊が増え、プライバシーも何も無い彼にとって重大な問題が」

 

「……っ」

 

 誰かが唾を飲んだ。

 余り迫力的ではないのに、何故か重たい話をされているような緊張感。誰かが喉を鳴らさなかったら私が鳴らすところだった。

 

「それは──年頃の男子の性欲」

 

 ……はい?

 

「えぇ。ぐだ男さんのような年頃の男性はそれはもう内に滾る性欲は凄いものでしょう。プライバシーは無く、次々と召喚されるサーヴァントの皆さんは露出が多いですしスキンシップもまた多い。これで溜まらない道理は無いでしょう」

 

「黙りなさい殺生院」

 

「あー、確かに目のやり場に困る人多いよな。ひひひ。こりゃもしかしてやっちまったかぐだ男」

 

「いくらあれ程強靭な精神のぐだ男さんでも、性の欲求には敵わないでしょう。きっとマイルームへ参ったサーヴァントの方をマスターの絶対命令権である令呪で組伏せ、その昂った欲望をぶちまけ──」

 

『少し黙りましょうか』

 

「ぁぐっ、あ、はぁっ」

 

 ヘシアンが殺生院に後ろから変な物を口に装着させる。

 ゴルフボール位の玉ッコロが付いた小さいベルトのせいで、殺生院はそれっきりマトモに喋れなくなった。

 何だか物凄く嬉しそうな顔をしているのは放っておく事にするわ……。

 それにしても、ぐだ男がその……溜まってるって言うのはつまり………そ、そう言うことなの……?

 

「残念ながらその可能性も否定できません。彼の部屋の監視カメラの映像はアクセス出来なかったので廊下の映像ですけど……ある女性が毎夜、彼の部屋に入って行くのが確認されています。彼女です」

 

「シェヘラザード……」

 

「彼女は生きる為に毎夜暴王に抱かれ、そして物語を聴かせてきた者です。彼女はぐだ男さんを善き王として信頼してるみたいですから、彼女が自ら望んだ可能性もありますね」

 

「待ってくださいBB。確かに彼女にその疑いがありますが、ちょっと飛躍しすぎと言うか……」

 

 確かにそうよ。

 もしかしたらアイツが寝れなくて寝物語を聴かせに来てるだけかもしれないのに、少し過剰に反応しすぎじゃないの? 第一、アイツにはそんな度胸も無さそうだし。

 不思議と冷静で居られる──イヤイヤッ。アイツが誰と居ようが私には知ったことじゃないし! ただマスターの隠し事はムカツクだけ!

 

「じゃあ彼の部屋のカメラだけやたらセキュリティが強いのは何でですかね? それこそ、閲覧できるのは本人と所長クラスの人だけ……とんでもないプライバシーがあると思いますよ」

 

「ならば本人に訊けば良いだろう。あの女性であれば図書館に居るだろう。俺も本はよく読むのでな。大体そこで見掛けるぞ」

 

「あまり詮索しない方が……」

 

「これが原因で今後の戦闘に影響が出たら大変です。さ、早く見付けましょう」

 

 ◇

 

 キュピィィィィインッ!

 

「……はっ、これは……もしや私の死にたくないと言う想いが遂にニューなタイプに覚醒を……? 怖いです。死んでしまう前に霊体化しておきましょう」

 

「えー? シェラさんもう行っちゃうの? 丁度今良いところなのに」

 

「そうよ。もうすぐ1番の変身シーンなのにここで終わりだなんて私も困ってしまうわ」

 

「あ、いえ……ただの独り言ですので、お構い無く。確かにここの『じゃあ見てて下さい。俺の──変身』は彼の決意が強く現れている所です。ここを語らずにこのお話を終わらせるのは良くありません。……さぁ、始めますよ」

 

「「わーい!」」

 

 ……我が王。心優しき王。貴方との約束、果たしてみせます。

 貴方の秘密を……。それはそうと、雪原の再現はやはり寒いですね……ちゃんと防寒具を装備しないと凍死してしまいます。

 

 



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Order.76 欠落

もうQPが無い。


 

 

 

 

「シェヘラザードは居る?」

 

 図書館に初めに到着した私は周りに迷惑にならないような声音量で司書のアタランテに問う。

 恐らく子供のサーヴァントに読み聞かせる為なのでしょう、幾つか絵本を手にしていた彼女は特に理由も訊かず、同じく周りに迷惑にならない声音量で児童書コーナーの奥を指差した。

 

「彼女ならあそこでジャック達に読み聞かせをしている。あまり騒いでくれるなよ」

 

「サンキュ」

 

 指差した先には確かにシェヘラザードが居た。

 こちらには気付いた様子は見られない。それどころか、どうやら読み聞かせと言うには些かリアリティが凄い状態になっている。

 あそこだけ何か吹雪いて雪原が見えるのだけれど。そんでもってその中で黒と白の人みたいなのが殴りあってる。何か見たことあるような気がするけど……まぁ、良いわ。

 それより彼女が下手に怯えたりしない様に気を付けないと。

 

「……シェヘラザード、ちょっと良い?」

 

「……何でしょうか」

 

「アンタ、ぐだ男の部屋でいつも何してるの?」

 

「……………」

 

 ジャックとナーサリーが立体化した話に夢中でこちらとの会話に気付いていないのを確認したシェヘラザードは、長い沈黙の後漸くこちらを見上げながら口を開いた。

 

「カルデアには王が沢山居ます。我が王、そしてニトクリスさんの様な優しき王も居ますが……それでも私は怖いのです。ですから、彼にカルデアの王達の話をしてもらっていたのです。最近も忙しいようでしたので……寝る前に軽くお話して頂いただけですよ」

 

「……」

 

「……あ、あの……何か気に障ることでもありましたでしょうか……? 出来れば、その剣呑な雰囲気は納めていただきたいのですが……」

 

「私ね、これでもアンタの事は知ってるつもりよ。だから言わせて貰うけど、アンタは王に殺されない為に必死にその語り、王の顔色を見てきた。そしてそれはスキルとして、少なくとも王に殺されないように立ち回れるだけの力がある。それはつまり観察力があると言うことよ。それだけの力を持ちながら、今更ぐだ男に訊きに行くの? アンタなら先ず真っ先にぐだ男に訊きに行ったと思いますけどね」

 

「……良く見ておられますね」

 

 ふぅ……。とちょっと艶かしい溜め息。

 これだけ死にたくないと必死な女の癖に、まさか天敵である王の事を真っ先に訊かない筈がない。

 先ずはそこで嘘だと気付いた。問題は何故部屋で何をしていたのかを隠すのか。

 単刀直入に訊こうかとも思ったけど……あまり子供の前で話すべきでは無いかもしれない。

 

「兎に角、話さないならこちらも手段は選んでいられないわ。もし重大な秘密ともなればマスターとの連携に支障が出るかもしれないし」

 

「……手段は、選ばないと? 私に剣を向けるのですか?」

 

「過激な奴はやるかもね。どうする? 今話せば穏便に済むけど」

 

「…………」

 

(……我が王)

 

『この事は皆に内緒にして欲しい。シェラさんには迷惑かけちゃうけど……もし、追及されたら無理に黙ってなくても大丈夫だからね。特に命の危険を感じたら言って良いから……』

 

(嗚呼、私は嫌です。死ぬこともそうですが、貴方がその様に辛い顔をされるのが……黙っているのが貴方の為でしょうか? ここで打ち明けてしまった方が貴方の為でしょうか? それとも……私が貴方の悩みを訊かなかった方が貴方の為だったのでしょうか? ……どちらにせよ、私には分かりません。ただ、貴方の為を想うのであれば……私のなすべき事は恐らく──)

 

「──あまり広げたくない話です。ですので、どうかこのパピルスで許してください」

 

「パピルスって巻物みたいの? あ、これね」

 

 シェヘラザードが太股のパピルスホルスターから一巻きのそれを取り出した。

 いつも宝具の時に使うあれではなく、もっと小さくて質素な物。ここに何かしらの記録があるのね。

 ちょっとどこで見ようか迷うけど……取り敢えず自室で見るようね。

 

「そちらが貴女の求める答えです。どうか……彼を許してください」

 

「それは内容によるわね。見たら返しに来るわ。邪魔したわね」

 

(お許しください。我が王……)

 

 ◇

 

 シェヘラザードからパピルスを受け取ったジャンヌ・オルタはそれを私服のポケットに突っ込んで足早に図書館から離れた。

 中身の確認もそうだが、シェヘラザードに広げたくないと言われた事が気になって仕方がない。考えれば考える程、彼女の歩みは加速していく。

 BBの言っていた通り、ぐだ男がシェヘラザードと体の関係を持ってしまっているのだろうか?

 実はそうではなく、何かぐだ男の重大な秘密をシェヘラザードは隠しているのか?

 どちらにせよ、確認せねば事は進まない。だからなのだろう。自室の前に着いた頃に漸く肩で息をしていた事に気付いて、慌てて息を整えるジャンヌ・オルタ。

 

「……音量の設定とか出来なかったら流石に怒るわ」

 

 カードキーをかざして部屋へ。

 いつかの新宿での服装を再現した上着(コート)をシワにならないようにハンガーに引っ掛け、ノースリーブになった彼女はいよいよパピルスを手に持って開こうとした。その時。

 

『あの……ジャンヌ・オルタさん居ませんか?』

 

「……えっと、パッションリップね。何? 何か用?」

 

 某聖女とは違ってバスター3枚なのに部屋にいつの間にか入ってる事もなく、控え目にノックの音がしてからパッションリップの同じく控え目な声がジャンヌ・オルタの手を止めた。

 あまり不満を持ったりして彼女と話すと、彼女のスキルや話し方もあって酷いことを言ったりいじめてしまう事があるらしい。それを知っているジャンヌ・オルタは深呼吸をして逸る気持ちやほんの僅かもない苛立ちも何もかもを落ち着かせる。

 そして部屋を開けるのに実に20秒掛かって漸くパッションリップとさっきぶりに対面した。

 

「どうかしました?」

 

「あ、あの……実はぐだ男さんの事で少し相談が……」

 

「(相談? 何で私に……)何で私に? 私じゃなくてももっと適任者がいると思いますけど」

 

「だって、ジャンヌ・オルタさんはシェヘラザードさんから何か貰っていた様なので……普段ダウナー気質気味な貴女が真っ先に見付けるとは思って無かったので、ちょっと予想外と言うか、意外と言うか……あ、兎に角そんな貴女なら相談出来るかと思ったんです」

 

 パッションリップは一言多いと言うか、相手を苛立たせてしまう事を挟んでしまう事が多い。

 それは以前の彼女を知る者からすれば、今の彼女はかなり抑えられている方だと口を揃えるだろうが。

 

「ふぅん……で、相談って?」

 

「……その情報を私にも見せてもらえませんか?」

 

「私のって訳でもないし別に構いませんけど、良いの?」

 

 それは彼女への警告を含めた問い。

 何に対して問うているのかは彼女自身が良く分かっている筈。だから私はそれだけを口にした。

 

「…………大丈夫です。何があろうと、私はぐだ男さんのサーヴァントです」

 

「そう。じゃあ入って。そこ閉めたらこれ開──」

 

 そう言えばパッションリップは普段ドアを閉める時とかの操作はどうしているんだろうかと思い、やっぱり私が閉めようと指差す為に上げた手を下ろす。その時、丁度その手に持っていたパピルスが落っこちてその衝撃で開いてしまった。

 案の定、パピルスは開いた瞬間に部屋を全て内容の世界で上書き。読み進めなくても内容が現実のように再生された。

 始まりはやっぱりぐだ男の部屋。時間は時計を見る限り夜の10時頃。ぐだ男がベッドに寝転がって、それを椅子に座ったシェヘラザードが見ている場面だ。

 どうやら彼が日記を書いていた所にシェヘラザードがたまたま通り掛かって部屋に立ち寄ったらしい。

 日記の内容は見えなかったけど、シェヘラザードが来た時に隠した辺り、見せたくない事でも書いてあるのかしら。

 

『どしたの? あ、駄目だよ? 日記は見せないからね?』

 

『……我が王。ここに来てから貴方を見ていて思っていた事があります。貴方はとても優しく、強い方です。暴君ではない、独裁者ではない、圧政者ではない心優しき王。ですが、貴方には何かが足りないのです。とても大切な何かが……それを今漸く理解しました』

 

『な、何?』

 

『貴方の物語(きおく)です。貴方は良く『忘れた』や『良く覚えてないけど』『──だった気がする』等を口にしますが、それは記憶の欠落が起きているからですね』

 

『……ただ忘れてるだけだよ?』

 

『いいえ……その日記も、貴方がカルデアより以前の記憶を記録として残しておくために書いているものでしょう。……私は、王に殺されない為に王の状態を細かく把握できるようになりました。それ故に私はスキルを保有しています。ですから、貴方の苦しみを分かってしまいました……お許しください』

 

「──え?」

 

 ◇

 

 始まりは今年になって暫くした時から。

 ふと、助けようと手を伸ばしても届かなかったある女性の最期を思い出した時だった。

 あの冬木で俺は所長を助けられなかった。俺もマシュも弱かったのもそうだ。彼女の断末魔は今でも耳に残っている……筈だった。

 思い出したのに、何故かそれが遠い過去の様に感じられた。始めは時間が過ぎるのは早いなと思っていたけど、あれほど夢にまで出てきた、辛い出来事だったのに彼女の顔も声も、断末魔の言葉もハッキリと浮かんでこなかったのだ。

 嫌な予感がしてスマホの写真でカルデアに来るより前の事を思い出そうとした。ところが、どの写真を見ても撮った覚えが無い。学校の事も。友達の事も。極めつけは両親の顔も分からなくなっていた。

 異常なまでの記憶の欠落。まるで自分が本物のフリをしている別人のように思えてきて、怖くなってしまった。

 病気だろうか? それとも別の何かが原因なのか?

 どちらにせよ、ヤバいと感じて俺はドクターに相談した。ただ、最近物忘れが激しいと嘘をついてしまったが……お陰で日記に出来る限り残しておくことを教えてもらったんだ。

 でも何を思い出そうかも分からないのに書いても……まぁ、何もしないよりはマシなので黙々と続けていたある日、シェラさんにそれを指摘されたんだ。

 

「……私にお手伝いさせていただけませんか?」

 

 シェラさん曰く、ただ思い出すより誰かと話ながらの方がより記憶を引き出しやすいそうで、彼女の宝具も使用してより効率的に記憶を記録として残していく事になった。

 彼女が問い、俺は彼女の魔術でやや頭がフワフワした状態で意外とすんなり出てくる記憶を言葉にして出力する。

 彼女はそれをパピルスに物語として保存し、たまにそれを見て記憶に新しく留めさせることで記憶の欠落を周りに知られないように振る舞い続けた。

 ……いつまで続くだろう。俺の役割が終わり、日本に、家に帰れるだろうか。この際、何もかも終わったらボケ老人みたいに施設に入るのも手かな。

 

「貴方はカルデアの事を忘れても良いのですか?」

 

 良くない。

 辛い事や悲しい事も、楽しかった事も全部ひっくるめてカルデアの事は忘れたくない。

 ここに至るまでに戦ってきたカルデアの人達を、特異点で俺達に思いを託し、死んでしまった人達、英雄を忘れてしまってはいけないんだ。

 ゲーティアを始めとした魔神柱やティアマトの人類への愛を忘れてしまってはいけないんだ。

 俺達はそれを背負っていく義務がある。

 

「……シェラさんごめん。力を貸して貰えないかな」

 

「喜んで、我が王。今宵も貴方の為に、貴方の物語を紡ぎましょう。どうか力を抜いて下さい……」

 

 

 

 

 ──と言うお話だったのです。これは優しき王の苦悩の話……。

 そうして今宵もまた、彼は他愛ない事や大事な事を思い出しながら傍らのサーヴァントへ語る。

 日々記憶が薄れて行き、欠落するその恐怖はさぞ大きい事でしょう。それを誤魔化すかのようにシミュレーションルームで、トレーニングジムで己を苛めぬくのも見ていられません。

 私は、戦いは苦手です。ですからどうか、貴方のお(そば)に──

 

 ◇

 

「おはようございます先輩。良く眠れましたか?」

 

「おはようマシュ。お陰で少し休めたよ」

 

 翌朝。

 昨夜のマタ・ハリの魔女騒ぎと食死鬼(グール)騒ぎで帰ってこれたのは真夜中の2時頃。そこから皆への報告と、突然回復したカルデアとの通信で情報を交換して結局寝れたのは朝方の4時頃だった。

 そして7時前に起床。まだ呆け気味の頭でマシュと軽く挨拶をし、カーター邸裏の井戸から水を引き上げて顔を濡らす。

 久々に寝起きが悪い朝だ……。

 

「……最悪だ。どうにかしてマタ・ハリを救わないと……」

 

 昨晩の事を思い出すだけで沸々と怒りが沸き上がるが、それ以上に焦っている。

 受肉状態にある今首を吊られたらサーヴァントであっても死んでしまう。ここでの、受肉状態での死は完全な霊基の消滅と同じだから、カルデアに戻って再召喚をしてももうカルデアで過ごしたマタ・ハリは帰ってこない。

 記憶の連続性が途絶えてしまうのだ。

 

「どうすれば……」

 

「おぉ、ここに居たかミスター」

 

 と、頭を掻きむしっていた所でカーター氏が声をかけてきた。

 

「おはようございますカーターさん。どこかお出掛けに?」

 

 彼を見て思ったのは服装と荷物だ。

 いつもスーツだった彼だけど、今日のそれはいつものより一段と堅く感じられた。そして荷物は片手の小さな鞄。こちらは書類やら詰め込まれているようだ。

 もしかしてホプキンスの所だろうか? そうなら俺も用意を──

 

「ホプキンスの行動は目に余る。この間君にも言ったが、やはりボストンに行くことにしたのだ。勝手なお願いで申し訳ないのだが、その間アビゲイルをお願いできないだろうか?」

 

 成る程。確かに、この前場合によってはボストンに行くと言ってた。結局、アビーの状態や食死鬼(グール)の出来事もあって行くことは無かったけど、彼女も立ち直った今が良いタイミングなんだろう。

 そもそもここの住人はセイレムの外に出れるのだろうか? 結局は結界の中限定の再現に過ぎないのなら外は……でもホプキンスは海から来た。時代もちょっとズレているし再現が濃厚だから宛にはできないけど。

 兎も角、もし再現不可能な範囲を確認することが出来れば何か打開策が掴めるかもしれない。俺も途中まで同行しよう。

 

「分かりました。ただ、朝とはいえ森の中で食死鬼(グール)が出ないとも限りません。外に出るまで同行しましょう」

 

「助かるが、ミス・マタ・ハリの裁判もある。馬車には銃も積んであるからミスターはそっちを優先した方が良いのではないかね」

 

「……確かにそうでした。少し、混乱してて。兎に角、アビーは責任を持って面倒を見ます。お気をつけて」

 

 余りしつこくついて行こうとしてカーター氏に怪しまれるのは避けたい。

 何しろ、今このセイレムでアビーと並んで俺達を受け入れてくれている人だ。彼の好意で家に留まらせて貰っているし、下手に動いて台無しには、ね。

 

「さて、俺も準備をするか」

 

 先ずはマタ・ハリを助ける事に全力を尽くそう。

 裁判でこちらが有利になる情報を少しでも集めるんだ。

 

「こういう時に教授が居ると助かるんだけどな……無い物ねだりは良くない、か」

 

 最初にあの男──ビル・オズボーンの事だ。

 アビー曰く、彼は普段からあんな感じで些細な事も大事にするらしい。大体「また騒いでるよ」で終わるらしいけど……今回はそうもいかなさそうな予感がしてならない。

 だから今は裁判に備えてあらゆる用意が必要になる。まだ19年生きてきた中で裁判の経験なんて無いのは言わずもがな、身内が拘束なんてされた事もない俺がどこまでやれるかはそれに掛かっている。

 

「ロビンー。居る?」

 

 ……。

 

「あれ? もう出掛けたのか? 参ったな……」

 

「ますたー、問題発生?」

 

「あ、哪吒。ロビン知らない?」

 

「ろびんなら早朝から偵察。裁判対策、情報収集」

 

 そうか。ロビンは既に動いているのか。

 じゃあサンソンにまた往診する時にそれとなくオズボーンについて訊いてもらおう。午前中までに纏められれば有効な武器になる筈だ。

 

「そっか……俺も出掛ける。哪吒は待機しておいて」

 

「うん」

 

 キルケーが張った結界の中であれば霊体化は可能だから、哪吒はカーター邸の屋根に飛び乗りながら霊体化。

 万が一襲撃が無いとも限らない中、彼女にはここを護って貰う。現状、俺達の中で唯一食死鬼(グール)の感知が可能で戦闘力も高い。魔術に頼ればキルケーが最も強いけど、そっちは目立つ。……あんな見た目だしな。

 ここは霧も濃いから、その中で戦うのなら誤魔化せるかな?

 後でキルケーに魔術で霧を出したりして視界を阻害しながら戦えるか訊いてみよう。

 

 



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Order.77 セイレム Ⅴ

新年開始からは仕事がどうにも忙しいですね。


 

 

 

 ビル・オズボーン。

 年齢30台の男性。

 今は独身だが、元はサラ・オズボーンと言う奥さんが居たらしい。だがその奥さんとは3年前に離婚。理由は浮気だ。

 奥さんの方はどうしたのかと村人に聞いたところ、1年前にこことは違う所で魔女として告発されて獄中で死亡したそうだ。

 ……彼を知る人達の評価は思ったより低くは無かったが、信用や信頼されているわけでも無いらしい。

 過去に犯罪歴は無く、カテゴリーとしては無害な人だ。

 彼が魔女として殺された元奥さんの事をどう思っているかは知らない。ただ、魔女に過敏なのはそれによるところもあるのかも知れない……。

 

「被告人マタ・ハリ。前へ」

 

 だがどんな理由があれ、彼は仲間を、マタ・ハリを危険に晒し続ける敵であることに変わり無い。

 早く終わらせるんだ。こんな馬鹿げた事を。

 

「っ……」

 

 そうは意気込んだものの、午後一で始まったマタ・ハリの裁判。

 壇上へ上がっていくマタ・ハリを見て改めて緊張の糸が張った俺の掌は汗でじんわりと湿り始めていた。

 

「座長さん? 大丈夫?」

 

「ぁ、あぁ。大丈夫。アビーにまで心配させて悪いね」

 

「そんな事ないわ。マタ・ハリさんは私にとっても大切な人だから」

 

「……ありがとう。()()マタ・ハリにも言ってあげて。絶対喜ぶから」

 

「被告人マタ・ハリの雇い主。ぐだ男一座座長ぐだ男、前へ」

 

 アビーに後でと言ったのは彼女を心配させない為でもあるし、自分に言い聞かせる意味もある。

 それは言ってしまえば神頼みのようなもの。ここには金策の邪神とかは居ないし、裁判という人の創り出した罪を明らかにするシステムだから正しく意味の無い事だ。

 だけどそうしたくなる程に俺の緊張感は高まっていた。

 そのせいか、ややぎこちない動作で立ち上がった際にポケットから()()が落っこちてしまった。

 

「座長さん。何か落ち──」

 

 落としたそれを拾おうとアビーが前屈みに。やや足元が薄暗い講堂でそれは良く見えなかったのだろう。拾って漸く何なのか把握できたようだ。

 

「あ、それは」

 

 アビーの手にあったのは彼女の小さい手には収まりきらないサイズの汚れたロザリオ。

 俺の物ではなく、今から2時間前に拾った物だ。たしか、俺が海岸で情報整理に耽っていた時だった。

 

 ◇

 

「……ふぅ」

 

 セイレムの海岸で崖から脚を投げ出して情報整理をしていた俺はメモとペンを上着の内ポケットに突っ込んで溜め息を吐いた。

 残り2時間と無い状態で集まった情報は僅かもない。そしてそれらのどれも裁判で役に立ちそうにはなかった。

 しかし弁護士は精神的にやられる仕事なんだとこの歳で理解する羽目になるなんてな……。

 

「はぁ」

 

 これならアメリカ大陸を休み無しで行ったり来たりしていた方が圧倒的にマシである。

 ……今目の前の崖から身を投げたら楽になるだろうか? 何て柄にもない事を本気で考えちゃう辺り、疲れちゃってるな。集中しろ集中。

 

「ぐだ男! ここに居たか!」

 

 左右両方の頬を引っ叩いて立ち上がると焦った様子のロビンが駆けてきた。

 もしかして有力な情報を手に入れたのか? そう思うと少し気が楽になって思わず笑顔で手を振っていた。

 

「すまねぇ。マシュを見失った……」

 

「──え」

 

 それを聞いた途端、俺は自分の行動を恥じる。

 大体、ロビンが焦っていたなら良い報告は殆ど無い事など分かりきっていた事じゃないか。クソッ……取り敢えず、マシュを見失ったとはどういう事なのかとロビン以上に焦った俺が訊き返すと彼はまんまの意味だと答える。

 どうやら今朝出掛けたカーター氏についていき、出口が無いか確認しようとマシュは思っていたみたいで、ロビンは何かあったらいけないとそれを追跡していた様だ。

 カーター氏は随伴は要らないと言っていたが、マシュが強気に出たみたいだ。無理にそんな事しなくても良いのに……!

 

「兎に角ついてきてくれ。マシュを見失った辺りで妙なモンも見付けたんでね」

 

 焦る気持ちを抑え、ロビンと共に森へ入って暫く。

 マシュを見失った地点から凡そ南に120m進んだ辺りで墓のような石群を見付けた。そしてそこから掘り起こされたのか、2体の遺体が滅茶苦茶に荒らされて放置されている。

 ロビンが言うには食死鬼(グール)に掘り起こされてあちこち喰われてた残骸らしい。

 ……変な話だが、今までの特異点で死体を見てこなかった事は殆ど無い。だから慣れてる訳じゃないが見ることに抵抗は無かった。それだからだろう。遺体の状態を良く観察し、ロビンと共に暫く何なのか考察に耽ることが容易に出来た。良くも悪くも経験が活かされた訳だ。

 そのお陰で1人は銃殺。もう1人は何かで首を圧迫されたことによる絞殺に近い死因と断定できた。

 掘り返されたものを埋め直そうとしたそんな時だ。遺体のポケットからロザリオが落っこちてきたのは。

 

「何だろこれ」

 

「んー? 何ですかいそれ。ロザリオにしてはちっとばかし趣味がよろしくなさそうに見えるが」

 

「ね。取り敢えず、これに見覚えがないか村の人に訊いてみよう。ついでに魔術の1個だと分かればこのセイレムの真実に近付けるかも」

 

「手掛かりも何も無い状況だ。ホトケさんから拝借するのは気が引けるが、後で戻しに来れば許してくれるだろ」

 

 場所は覚えた。

 尤も、目的はそれではなくマシュの捜索だ。

 クロスにチェーンを袈裟で巻き付けて左のポケットへ。

 石群が何なのか気になるが、それは置いといてマシュの捜索に取り掛かりたい。そんな焦りを感じ取ったロビンだったけど、申し訳なさそうに森から出ようと進言してきた。

 

「でも……」

 

「俺はこのままマシュを探す。ぐだ男はこのまま戻って──」

 

「いや、別れるのは不味い気がする。そんな気が……」

 

「……確かに俺としたことがちょっと焦ってた。こういう時だからこそ落ち着かないとな」

 

 その通りだ。

 焦っては失敗しかねない。マシュは心配だ。マタ・ハリも心配だ。どちらが優先かなんて区別は付けたくない。

 だけど、そう上手く行かないのは今まで経験してきた事。状況を把握する。現実を良く見る。ならばやることは──

 

 ◇

 

 そうして俺はマシュの捜索を中断してマタ・ハリの裁判へ備えた。

 正直マシュの事を考えていない時間は無かった。だが、目に見えて迫っている問題はマタ・ハリの裁判。

 マシュは消息不明だが、彼女は俺と同じく数々の特異点を踏破してきた無二の相棒だ。そんな彼女が今更森に迷った程度ではどうにもならないと信じて……。

 そして今こうして裁判に挑むわけだ。ホプキンスに呼びれ、立ち上がった時に落としたロザリオはそんな事を再び思い知らせる。

 

「ど、どうして座長さんが……そのロザリオを……」

 

 この感じは……まさかあの遺体はアビーの──

 

「……アビー。それは森で拾ったんだ。持っててくれる?」

 

「いや……駄目、駄目よ……この()は…………座長さんが持ってて……」

 

「?」

 

「座長ぐだ男。前に」

 

 アビーからロザリオを受け取って前に出る。

 恐らくあの遺体はアビーの両親なのだろう。先住民に襲われて殺された……だったか? なら尚更遺品は持っていたいだろうに。なのに今の反応は一体……?

 駄目だ。考えることが多過ぎて集中できない。

 兎に角、裁判に頭を切り替えるんだ。

 

「では被告人マタ・ハリ。これは本名ではなく芸名の類いだな? 本名を述べよ」

 

 こうして裁判は進んでいった。

 始めに嘘偽りの無き事と言っていたのに、いざ蓋を開いてみたらビル・オズボーンの発言はどれも嘘偽りのオンパレード。彼女を魔女と断定するにはどれも言い掛かりのこじつけだらけ。

 最早そういう病気なのかと疑いかけた。

 対してこちらは弁護の為集めた情報で立ち向かうものの、ホプキンスは端からマタ・ハリを吊る腹積もりなのか耳を貸すような様子は無かった。

 だけどその様子は良く良く見てみると妙な必死さを感じる。気のせいかも知れないけど……。

 兎も角裁判は進んだ。異議を唱えようと何をしようとも。

 

「──ではこれにて閉廷する。()()マタ・ハリを“丘”へ連行しろ」

 

 そして結果がこれだ。

 マタ・ハリは魔女として、絞首刑の判決を言い渡されてこれから例の丘へ連れていかれる。

 やり場の無い怒りは握り拳へと伝わり、己の爪が掌の肉を抉って血が滴った感覚で漸く俺は裁判の終わりを納得した。いや、せざるを得なかった。

 

「座長さん……」

 

「……行こう」

 

 血で濡れた手をアビーが心配そうに見る。

 彼女の頭を撫でて不安を和らげてあげたいけど……今は血で汚れて出来ない。それにこんな状態の俺が元気付けたとしても逆効果だ。

 だから俺は返事としては曖昧だったが、ただそう告げた。

 俺は彼女の……マタ・ハリのマスターだ。戦いが得意ではないのに人類史を取り戻す為に力を貸してくれている彼女を見捨てたりはしない。

 これは諦めて彼女の最期を見るのではない。彼女を救う可能性がまだあるかも知れない。いや、絶対にある。

 

「大丈夫か?」

 

「──あぁ。行こうロビン。彼女はただ黙って何もしないような人じゃない」

 

 元々人類史を取り戻すこの旅だって、僅かな可能性や希望に向かってひたすら走ってきた様なものだ。

 だから諦めない。例え手足がもがれようとも、生きているなら前に進む。

 それが俺の一番の特技なんだから。

 

「余り思い詰めるなよ? 自分の掌から掬いきれずに取り零す事は英霊でも人間でも同じだ。ましてやオタクは魔術に関わりのなかったただの人間中の人間なんですからね」

 

「大丈夫。そこら辺は弁えてるつもりだよ」

 

「なら良し」

 

 ロビンに励まされ、アビーに掌の手当てをしてもらいながらも歩みは止める事なく、“丘”に着く。

 辺りは暗く、嫌な雰囲気を漂わせている。心なしか、絞首刑台のすぐ後ろに構えた大きな樹が肌で感じる風以上に大きく揺れている気がした。

 不吉な予感、雰囲気と言うのは正にこれを言うのだろう。

 

「上がれ」

 

 マタ・ハリを始めとして、投獄されていた他の人達も絞首刑台に上がっていく。

 全部で3人。どの人も犯罪者には見えないのに……これでひ犠牲者が増えて同時に食死鬼(グール)も増えるだけだ。

 

「……キルケー。皆を助けられないの?」

 

「助けられるとも。当たり前だろう? だけど、君の眼は『何故出来ないのか』を訊いているね。答えは単純明快。大魔女の私なら君を可愛らしいピグレットにするくらい簡単に出来るのにしないのは()()()だからさ。再現されたセイレムは1つの劇の様なものだ。そこにアドリブを加えようが台詞を間違えようが、『何時、何処で、何を』する決まり(マイルストーン)は変化しない。それをしたら脚本は意味無いからね」

 

「じゃあマタ・ハリがこうして吊られるのも、このセイレムを再現させている魔神柱の決めたことでどうしようも出来ないと?」

 

「個人指定までは出来ていないさ。ただ『1日1回、誰かが絞首刑にされないといけない』程度のものだろう。今も言ったけど、これはセイレムという物語を為す絶対のルールの1つだ。もしここで妨害してもその皺寄せが以降に来る。そうなると次は君や私達、最悪なのはカルデアメンバー全員が処刑される事だね。だから私も手を出せない」

 

「毎日誰かの死を求めるシナリオって事か……明日は我が身ですかい」

 

 ロビンの言葉通りだ。正に明日は我が身。

 だけど……それでもマタ・ハリを何とかして助けたい。令呪で転移させるのが一番確実だろうと右手の甲に目をやると、それに気づいたのかロビンが止めておけと俺の右手を押さえる。

 

「……実はさっきマタ・ハリが何か言いたげな視線を投げ掛けてきたんで読唇させて貰ったんだ。『ますたきるけをしんじて』ってな」

 

「……キルケーを信じて……?」

 

 一体何を──

 

「座長さんっ」

 

 ガタンッ!!

 静かな丘の上で大きな音が響いた。続いて人の呻く声と断末魔のような短い悲鳴。

 刑が……執行された。

 まず始めに中肉中背の男が完全に動かなくなる。良くも悪くも、台の床が抜けた瞬間に首の骨が折れて意識を失って苦痛を味わうことは殆ど無かっただろう。

 だがその隣の女性は元々首を締めていた縄がほぼのびきっていたからか酷くもがいていた。

 怯えるアビーにそれを見せまいと、視界を塞ぐように彼女を抱きしめた。

 暫くするとその女性は意識を手放し始めて眼球をぐるんと裏返して尿を垂れ流し、目も当てられない酷い姿となってこと切れる。

 マタ・ハリは……死に顔も綺麗なままだった。もう初めから、吊るされる前から死んでいたかのように彼女は変わらなかった。

 

「……くそっ……!」

 

 吊るされた人達を冷たい瞳で見ているホプキンスを睨み付け、魔神柱かどうか関わらずこの男は何とかしないといけないと改めて誓ったその時、丘の下から村人が駆け上がってきた。

 血だらけの汗だく。所々衣服が引き裂かれた様子に、それを見た全員が何が起きたのかを即座に理解した。

 

「ぐ、グールだぁぁっ!村が奴等に襲われて……!」

 

 そう。食死鬼(グール)だ。まだ夕方の段階だが奴等はまた襲ってきたんだ。

 パニックになった人達は我が先だと人を押し退けて逃げていく。だが逃げた先々で悲鳴や呻き声で溢れていた。

 そんな中、キルケーは俺の頭を杖で叩きながらマタ・ハリを指差して「彼女を連れて逃げる」と提案。

 ここからマタ・ハリを回収して逃げる……つまり、襲われてる人達を見捨てろと言うことか。流石にそれはしたくない。いくらこの人達が再現だとしても、そんな事は──

 

「今は君の正義感について訊いている訳じゃない。カルデアの、魔術王を撃ち破ったマスターはそれくらいの事も分からないのかい?」

 

「……分かってるさ。だから皆に迷惑をかける」

 

「?」

 

「ロビン、マタ・ハリを俺が背負うから縄を切って。キルケーは魔術を使うと大変だから俺の近くに。後は逃げる間に助けられるだけの人を助けて欲しい」

 

「そう言うこったキルケー。ほら、受け止めろぐだ男!」

 

 すぐにマタ・ハリの下に駆け込んだ俺に彼女が落ちてくる。

 流石にお姫様抱っこでは逃げ難いから、縛られた手をそのまま自分の首に通して彼女の両膝裏を脇に抱え込む。言わずもがな分かると思うが、()()()の状態だ。

 こんな時でもなければ背中の大きな柔ら果実の感触で慌てる所だけど、今はそれどころではない。

 俺は必死にホプキンスやそいつを守っている人達の制止を無視。振り切って丘を駆け下った。

 

「逃げるぞ! アビーを頼む哪吒!」

 

「命令受諾」

 

「ロビンはそのまま逃げ道確保と近くの村人を頼む! サンソンは──サンソン?」

 

「あの馬鹿……! ホプキンスの所から離れてないぞ!」

 

『ぐだ男、申し訳ありません。彼を死なしてはならないのです。ですから……』

 

『分かった。後で連絡するからそっちは任せるよ!』

 

 サンソンには何か別の考えがあるみたいだ。

 何かは分からないけど、それは彼に任せれば良い。今は逃げきることを優先しないと。

 

「座長さん! マタ・ハリさんが首を……!」

 

 ブツッと何かに穴が開いた。

 アビーに言われた事もあって、首の生暖かい感触が何なのか即座に分かった。まぁ、だからと言って何かするわけでもない。

 カルデアでしょっちゅう吸血してくる魔眼持ちの誰かと比べれば全然吸われてる感覚はないし何となくぎこちなさも感じる。ただ何だろう……。妙に色っぽい吸い方だ。これ死んでないんじゃないの?

 

「大丈夫! 兎に角今は逃げるんだ! アビー、悪いけど家には帰らずに森に入るから絶対に哪吒から離れるな!」

 

 



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Order.78 セイレムⅥ


更新頻度が亀過ぎるッ! だけど続けるよ!


 

 

 

 人が襲われている。

 悲鳴を上げ、逃げまとい、(やが)食死鬼(グール)に押し倒されて老若男女関係無く、文字通り食い千切られて死に至る。

 俺はそんな風に襲われる人達を助けるようにとロビン達を向かわせた。だが、やはり数が足りない。

 現に救いきれず何人もの遺体を尻目に森の中まで走ってきた。

 助けられたのに……俺は見捨てたんだ。

 

「気にする事はない。どのみち彼等は再現だ。元のセイレムの住民じゃないんだ」

 

「キルケー。オタクはカルデアで過ごした時間がほぼ無いから分からないだろうが、ぐだ男はそう言う男だ。今更なんであまり周りの奴らも言わんけども、そういった所を知ってカルデアに協力してくれるのが殆どだ。初めて会ったときは殺しに来たサーヴァントであってもな」

 

「だろうね。それは今日まで見てきて分かっているよ。だからハッキリ言わせてもらう。自惚れるより現実を見ろ。確かに君は凄いさ。だけど目の前の人を誰でも“自分なら”救えたなんて勝手に思い込んで勝手に後悔するのは自分も周りも見ているようで見ていない愚か者の言葉だ。現実を見て何が一番重要なのか見定めて、“大”を為す為に“小”を切り捨てる。分かるかい? 今の君にとって“大”は己の命──この特異点を修復してセイレムの人達を救うの君の任務だ。そして“小”は再現で創り出された偽りの民達。救っても救わなくても後に影響を及ばさない宙に浮いた要素だ。そんなもの、天秤にどうやってかけるって言うんだい」

 

 ……分かっている。

 ついこの間、下総でも自分達の命の為に村1つ分の人達を見殺しにした。それがどんなに悔しくて、どんなに自分が情けなくて、どんなに(うな)されている事か。

 そんな事があって間もないなら誰も彼もを救いたいと願うのは当然の事だ。

 俺だってキルケーの言っている正しさは充分分かっている。──だけど俺は話に聞く時計塔の魔術師のような価値観でも、過去の英傑や神みたいな価値観でも無い。ただの人間なんだ。

 

「キルケーは正しい。だけど俺は──」

 

「ストップだぐだ男。……どうやらここら辺は食死鬼(グール)の溜まり場だったようだ」

 

 ロビンの言葉に皆一斉に身構える。群がってきた食死鬼(グール)の数はどこから湧いてきたのか軽く20体は越えている。

 俺は背中で大人しくなったマタ・ハリと怯えるアビーを庇うように重心を落とした。しかし逡巡。アビーにバラしても良いのかと。

 ……ここまで来たらアビーに俺達が魔術を使えると知られても構わない。右手にゲイボルクを喚び出そうとして、尻の刻印を叩く。

 刻印を通じて魔術回路が励起。瞬く間に右手にゲイボルクが召喚された。

 

「キルケー! ロビン! 哪吒! ここを切り抜けるぞ!」

 

「任せてくれマスター(ピグレット)。全力で焼き払ってみせるよ」

 

「いや、キルケーは程々で。森が燃えたら大変だ。哪吒も火(過)力厳禁ね」

 

「座長さん……? 今どこから槍を……」

 

「ごめんねアビー。俺はね……魔術師なんだ」

 

 キルケーが炎の魔術で近くに居た食死鬼(グール)を焼き払う。

 もしもの為、なるべく魔術の跡を残してほしくない。だから程々にするように言ったのだが……随分派手な魔術だ。あれで燃え移ったりしないのだろうか。

 

「キルケーさんが魔術を……座長さんも……」

 

「……」

 

 突然魔術が飛びまくるようになった森。しかも炎の魔術一撃であれだけ対処に苦労していた食死鬼(グール)が灰塵に帰す様は、少なからずアビーの目に怯えの色を覚えさせていた。

 俺の上着を掴む手は震えていて、その問いに対して答えを待っている。そりゃそうだ。普通に生きてたら魔術なんてもの目にすることも体験することもないんだ。

 俺だって全く魔術を知らなかった始めの頃にそれを目の当たりにした時は現実とは思えなかった。そんな俺もこうして誰かにその体験をさせる側になるとは……良くも悪くも感慨深い。

 

「正確には魔術使()()であって魔術師じゃ無いんだけどね。細かい事は後で話すよ。アビーだからこそ話せる俺達の秘密を」

 

「座長さん達の秘密……」

 

「マスター! そっちへ行ったぞ!」

 

「きゃっ!」

 

 一際動きの良い食死鬼(グール)が俺達に向かって飛び付いてきた。

 アビーに魔術使いと言った手前、見せるのは魔術よりも遥かに得意な槍術。持ち手側で食死鬼(グール)を叩き落として素早く槍を持ち変えたら鈍ったそれの首をはね飛ばす。

 流石に怯えてその一連を見ていなかったアビーみたいだったけど、音で何となく襲い掛かってきた食死鬼(グール)がどうなったのか察したようだ。

 

「──綺麗……」

 

 分かりやすく強化の魔術で両腕に淡く光った魔術現象を見てアビーがそう漏らした。

 あぁ……良かった。怖がられたらどうしようかと。

 

「俺の後ろに。キルケー、数は?」

 

「どんどんお代わり追加されるから減らないね! いや、寧ろ増えてきたか。うわっ、危な! もう森を焼け野原にしても良いかな!?」

 

「駄目だよ!」

 

「けどこの数はちとヤバイぜぐだ男。逃げる準備しておけ」

 

「後退推奨。あびーの安全確保したい」

 

「──では、私の出番ですねぇ」

 

 声。それは変に語尾が締まってない女性のものだが、それでいながらどこか気品を感じさせる。

 忘れがちな俺でも、すぐに思い出せるその声の持ち主は森の闇の中だったけどアビーはすぐにその名を叫んだ。

 色んな感情がない交ぜになった声……しかして近くで聞いていた俺には再開の喜びの声音を強く感じた。

 

「ティテュバ!!」

 

 ◇

 

 突然だが、流石の俺も褐色ケモミミ巨乳サーヴァントは初めましてだ。

 いや、それこそカルデアには似たようなサーヴァントが多く居るから、そこに変に反応したりもしない。のだけれど……立ち振舞いと言うのだろうか。カーター邸に居た頃よりもっと(したた)かで考えがよく分からない所が非常に胡散臭いと思っていた。

 確かに、彼女が使役している殴るフォウ君みたいので助けられたし、何よりアビーへの態度が親愛のそれだから敵である確率は無いだろうけど……誰かに似てるんだよなあ。

 

「君はあの場で死んだものだと思っていたけど……それも偽装なのかい?」

 

「いいえ。私自身意図してこのような形で再会できたのではありません。ただ訳が有るのだとしたら恐らく私が──っと、どうやらここもまた騒がしくなりそうですねえ。こんな所で立ち話も何ですから、私の隠れ家へどうぞお」

 

「そんな事言って罠に誘い込まれてお陀仏しちゃ笑えねぇな」

 

「座長さん……私」

 

「分かってる。ティテュバ、案内をお願いしても良い?」

 

「ちょっ、おいぐだ男! この女はキャスターだぞ!? サーヴァントだぞ!? 工房に誘い込まれたら一瞬で存在証明を消し飛ばされることだって──」

 

「畏まりましたあ。話の分かる取引先(クライアント)は良いですねえ」

 

 適当に自称大魔女を宥めてティテュバについていく。

 俺との付き合いが長いロビンは「じゃあ何時も通り適当に警戒しますよ」といつものやり取りで後ろに。

 キルケーは「乳か! あんな脂肪が良いのか!」と意味不明。

 哪吒はティテュバを始めから疑っていないアビーを信じて文字通り矛を収めてついてきてくれた。

 しかしティテュバが真名とは思えない。

 

「ティテュバ。1つ、教えてもらいたい」

 

「どうぞ。その代わり、お代は頂きますよお」

 

「何を出せば?」

 

「今回は状況もあるのでぇ、私への信用、でしょうか」

 

「乗った」

 

「交渉成立。では私の真名を告げましょう。私はシバの女王。もっとちゃんとした名前はあるのですが、サーヴァントとしてはこちらで登録されているのでそう名乗らせていただきます」

 

 成る程。シバの女王と言えば俺達も芝居でやった。

 ならばその名前が適切だろう。残るは──

 

「……マタ・ハリ的にはどう思う?」

 

 長いことおぶっている背中の女性に投げ掛ける。

 顔を振り向いて様子を伺う事は出来ないものの、密着している体の動きで彼女が顔をあげたのが分かった。

 

「……私も彼女についていくのに賛成よ。体が怠くて動けないもの。安全地帯ならそこで横になりたいわ」

 

「え!? マタ・ハリさん!?」

 

「やっぱりか。ぐだ男に余裕が見られたんで仮死状態かなんなのかと思っていましたよ。なぁキルケーさん」

 

「む? 何だよその嫌みったらしい言い方は。あの時ネタバラシしたら緊張感が無くなるじゃないか。それにせめて森に逃げきるまでは纏めて騙さないと危険だったからね。因みに食死鬼(グール)の襲撃は予想外だった……。本当は私が魔術でちょちょいと騒ぎを起こした時にかっさらうつもりだったんだから結果的に良いけれどさ」

 

 まぁ、俺もマタ・ハリの言葉(読唇したもの)で何かしている事は気付いていた。ただ、確信は無かった。

 きっとキルケーが仕掛けた何かで彼女が助かるかも知れない──情けないけど、俺はそんな僅かな希望にすがってあの場所に立ち、吊るされる様を見ていた。

 だからマタ・ハリが魔力を求めて血を啜った時は言葉とは裏腹にとても安堵して、思わず彼女の太ももを抱え込む腕がそれの反動で震えていたのは内緒。

 

「それにしてもごめんマタ・ハリ……俺の魔力──血を啜らせてしまって……」

 

「確かに血なんて美味しくもなければ喉越しも最悪。あれなら消毒用エタノールの方がマシね。けど……そのお陰で私は生きられたわ。いくら仮死薬を使っても体へのダメージはあるから、ありったけの魔力で首の骨の回復に当てないといけなかった。私は元々魔力量もなければ強いサーヴァントじゃないから、ね」

 

「エーテル体なら魔力で体を再構築するから良いけど、受肉状態とあっちゃ話は別なのか」

 

 首こそ治っても体全体に脱力感があるマタ・ハリ。

 後ろのキルケーに後で彼女の治療を任せるとしよう。

 

「よっこいしょ」

 

「……ねぇ。私重くない? 大分血も魔力も吸っちゃったけど」

 

 ちょっとした段差を乗り越える時に「よっこいしょ」と言ったのが気になったのだろうか。小声で囁やかれた左耳に()()()()()を覚えながら無言で首を横に振る。

 彼女の体重は確か随分前にステータスを確認したときは49kgだった筈。であればその程度はこの筋肉にとって重たい内には入らない。

 だから、そんな事ないよと返す。ただの口癖なんだ。

 

「……ふふ。優しいわねぐだ男。けど──女性の太ももにそんなに強く指を食い込ませるのは減点。柔肌を味わいたくなったのかしら?」

 

「あ、ごめん……気付かなかった……」

 

「そうだろうと思った。気にしないから大丈夫よ。所で、さっきから何か言いたげそうにしているアビゲイルを放っておいて良いの?」

 

「え? あっ、ごめんアビー! そうとは気付かないで……」

 

「そんなっ、気にしなくて良いの座長さん。確かに色んな事訊きたいけど……何だか座長さんが別人になったみたいで……」

 

「そりゃあそうですよお嬢。何しろぐだ男は村では丁寧な物腰でそれこそ座長らしく貫禄充分で振る舞ってるが、実際はマタ・ハリやオレらの()()()()として死地に赴き、他人(ひと)様を救っては傷付いて倒れて自己嫌悪して、でも立ち上がって前に進む。そんな大馬鹿者なんでさ。本当は戦いなんてしたくもねえのに、それしか選択肢が無い。──人類史を取り戻す為に運悪く選ばれちまった最高のマスターですよ」

 

「……っ」

 

 そう言われると恥ずかしい。

 他人……ましてや人類史に刻まれた英雄から誉められるなんて特にそうだ。

 

「人類史……人の歴史を?」

 

「そうよ。実は私達は──」

 

 ◇

 

 ──鼻☆塩☆塩。

 あれは今から360000……いや、16000回前だったか……まぁいい。

 俺にとっては遠い過去の出来事だったが、君にとっては多分……これから先の出来事だ。

 

 

 暗い、暗い闇の奥底。

 視界に映る物は一面の闇で覆われ、一寸の先すら見通せないそこに男の人の声が響いた。

 立っているのか座っているのか、歩いているのか走っているのか、前後左右上下あらゆる情報が殆ど確認できず、どうにも浮遊感が気持ち悪い。

 しかし響く声は何とも不気味さを感じさせるものではない。寧ろ安心すらさせる。一体それが何故なのか考えるものの、夢というのはそう上手くいくものでもなくて自分の中の名前すら出てこなかった。

 この声も知っている筈なのに……兎も角埒があかない。

 私はこの奇っ怪な場所を調べる為ゆっくりと声の方へ歩き始めることにした。

 

 

 ──と言っても、彼には覚え切れないほどの旅路があったかし俺もここに居るのも何回目か……記憶が磨り減って分からなくなってるから何を話したものか……。

 

 

 声は悲しそうにそう言う。

 一体何をしている人なのだろうか。記憶が磨り減るなんてまるでサーヴァントの方々みたいだ。もしかして貴方はサーヴァントなのですか?

 

 

 ──急に()()したのに落ち着いている。流石だ。

 さて、その問いに対しての返答はNO……でありYESと言っておくよ。

 何しろ、俺の役割は他のサーヴァントの皆みたいに立派なものでも無いしそもそも英雄でもない。それっぽい力と役割を与えられてここに居続けるだけだし。

 

 

 ……声は一向に近くならない。いや、そもそも声の方へ歩いたは良いが本当に進んでるのだろうか。

 と言うか鼻塩って何でしょう……。

 

 

 ──ルシフェル知らない? そうだよね……マシュもそこまでは知らないよね。ごめんごめん。久々に話をしたから嬉しくて。

 まぁ、それは置いておいて。…………君は早く帰った方が良い。

 ここは……そうだなぁ……一種の座みたいなものだから、夢でも迷い混むのは良くないよ。

 

 

 そうだ。思い出した。私はマシュ・キリエライト。当たり前の事を忘れていたなんて……夢はいつ見ても不思議なものです。しかし、貴方は何故私の名前を?

 

 

 ──大切な後輩だから覚えてるさ。何度世界を救おうと、何度世界に殺されようと、何度自分の死を味わおうと………俺はこれだけは絶対に忘れない。

 どの俺も長くは生きられないから、いつも泣かせてしまう。ただの1度も残酷じゃない別れは無い。

 だから俺は今度こそ、俺がマシュに辛い思いをさせないようにと願いながらあの()()()()の俺に託す。文字通り心臓をね。

 だからマシュ…………今度こそ──

 

 

 ……まさか、貴方は──

 

 

 ──時間か。

 さよなら、俺が初めて会うマシュ。どうかこの事は夢だから忘れてくれ。

 俺だって忘れられるのは寂しいけど……同情してほしくて話したんじゃない。認めてほしくて話したんじゃない。分かってほしくて話したんじゃない。助けてほしくて話したんじゃない。

 一方的で悪いけど、君にこうして話す事で俺の活力になるから。

 ………ふっ、はっはははは! こんな所でまで湿らせるのはごめんだぜ! さらばだ!サラダバー!

 

 サラダバー……!

 

 ラダバー…………。

 

 バー……………バー………………

 

 

声が遠ざかる。

待って、行かないで下さい!

訊きたいことがあるんです! だから待って下さい!

先輩ッ!!

 

 

 

「………ュ、…………、マ……、マシュ…………」

 

「──ぁ」

 

「マシュ。良かった……無事で」

 

「せん、ぱい……?」

 

 簡易的なテントの隙間から差す光に眩しさを覚えながら、深く暗い何処かから意識が浮上。覚醒して自分が先輩に起こされているのだと理解する。

 そうだ。ここは私を助けてくれたシバの女王の隠れ家。結界で守られていて食死鬼(グール)の侵入や認識阻害の影響等は無い、安全地帯。

 先日カーター氏と別れて森で迷っていたところを助けて頂き、何とか先輩達の所に戻ろうと体力を回復すべく休んでいたらいつの間にか寝てしまっていたらしい。

 

「お、おはようございます先輩」

 

 いつもは先輩を起こしにいく立場なのに、今はこうして逆に起こされている。

 それに先輩達がどうやってここに辿り着いたのか。アビーさんは、マタ・ハリさんはどうなったのか色々と訊きたいことがワッと出て来て、それを抑えた為か変にぎこちない挨拶をしてしまった。

 それに先輩を見ると何か伝えないといけない事があると思うのに……それが全く出てこない。と言うより、始めから伝える事は無かったのでは……?

 

「マシュ? 大丈夫?」

 

「すみません……お恥ずかしい事に、寝起きでどうも頭が回らなくて……先輩こそ、色々と大丈夫でしたか?」

 

「お陰様で。マタ・ハリは助けられたし、シバの女王とも協力関係になった。これから彼女と話をするんだけど、マシュも加わった方が良いと思って起こしに来たんだ。もう良い時間だしね」

 

 ここには時計はない。

 しかし太陽である程度の時間は割り出せるし、先輩もそのスキルを既に得ている。これも何だかんだ言いながらも教えてくださったロビンさんのお陰です。

 

「あぁ、寝坊とかじゃないから安心して。別段急ぎじゃないし、準備が出来たら向かいのテントに来てね」

 

「分かりました。ありがとうございます先輩」

 

 何て事はない、カルデアの日々と同じ様な挨拶。だけど、その何て事はないやり取りに私は何故か強い喜びを覚えていた。

 命の危険があったものの、無事再会出来たから? ……そうじゃない。考えてみてもピンとこない。

 ──止めましょう。先輩は急ぎではないと言っていたけれど、待たせてしまうのは良くない。それにこれ以上先輩達に迷惑をかけるわけにもいきません。

 やや乱れていた髪の毛を直し、テントの骨組みに引っ掛けていた上着を羽織る。

 メイヴさんにもっと身嗜みを気にしなさいと言われる所でしょうけど、任務中はそうはいきません。今までだって特異点に赴いた時はこんな感じで気にする暇は無かった。

 ……悲しい事に、最近は先輩と一緒に特異点に行くことが無くなったのでこうした状況は久し振り。体を綺麗に出来ないのに物足りなさを感じないと言えば嘘になります。

 今、少しでも先輩にちゃんとした私を見て欲しいと思ったのは……任務には持ち込んではいけない事なのでしょう。ましてや無理に同伴したのにそんな事を考えるなんて先輩のサーヴァント失格です。

 

「しっかりしないと」

 

 油断は命取りになる。特にこの狂気が蔓延してきたセイレムでは。

 

 



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Order.79 セイレムⅦ

日本よ、私は帰って来たあ。

2か月ぶりになりましたが、ちょっと海外で忙しくしてました。
マトモなネット環境は無いのでFGOも出来ず、帰って来て久々にログインしたら事件簿コラボを完全に逃してました。

無念。


 

 

「という訳で、今日は村に戻ろう。サンソンの考えも訊きたいし、あの村でしか答えは見付からないと思うんだ」

 

 昨夜の騒ぎから時間が経ち、俺達は()()()朝を迎えられた。

 何故わざわざ「無事に」なんて付けたか? それは勿論、その無事に朝を迎えられない可能性もあったからだ。

 その最たる原因がご存知シバの女王の存在。曰く、彼女のスキルには取引において公正厳重が約束される結界の作成が可能だそうだ。つまり、自分達が居る結界がそれだ。

 彼女とは1度森の中で口約束の取引を行ったが、この結界内で再度取引を行っている。これによって俺達や彼女への疑わしき挙動は全て見逃されることはなく公平に処理されるから、互いに手を出したくても出せないようになってる。

 のだが、俺は兎も角他の皆が彼女を信じたかと言うとNOだ。口ではああは言うけど、やっぱり本心ではね……。

 その結果、キルケーが面倒な事をしたから無事に朝を迎えられるか心配で……まぁ、話すと長くなるからそこは割愛しよう。

 シバの女王は悪くはないんだけど、彼女も彼女で強い女性の分類だから商売交渉のように引かないところもあるのよね。それがキルケーの悪いところとぶつかって……はぁ。

 まぁ、流石はあのサイコキャスターとして名高いメディア・リリィを鍛えた女性だよ。そしてそれをあんなにマトモに出来たイアソンにはホント感心するよ。

 

「それは構わないけど、かえって不味いことになったりしない?」

 

「マタ・ハリさんの言う通りです。私は現場を目撃していませんが、先輩達は死刑となったマタ・ハリさんの遺体を奪い、逃亡したのですから村のルールを破った者として罰せられる可能性も」

 

「その可能性、肯定。村到着の後即刻捕縛、大いに有り得る」

 

「だけど彼らにとって夜に襲い掛かる食死鬼(グール)を払い除けられる戦力は私達と僅かな警備隊──とは名ばかりの村の男が慣れない武器を持っただけの集団だ。昨晩の状況を見ただろう? 1日、2日と私達が食死鬼(グール)の対処を積極的に行ったから犠牲者が出たにしても多くはなかった。それが無いだけで彼らは無惨に殺され、食い散らかされる豚と同じさ。少なくとも、それに困らない人間は居ないだろう」

 

 キルケーがそう述べる。

 確かに昨晩の惨状は文字通り(むご)かった。仕方がないとは言え、彼らはあまりに無力。

 戦える男達はどれも農業道具か良くても原住民対策の銃が少し。しかもこんな恐怖になれていないから充分に力を発揮できずにいる。

 そんな状況下なら俺達の力は重宝されるだろう。

 

「それも、所詮は憶測の域を出ませんがね。ま、どのみち行かないとならないっしょ」

 

「ロビンの言う通りね。じゃあ私はここで休んでるから、後はお願いできるかしら?」

 

「うん。2時間後に出るから皆も準備しておいて。俺はちょっと休んでるよ。正直、調子が悪くて……」

 

「それでしたら是非休んでください先輩。目に見えて顔色があまり優れていませんし、マスターである先輩の体調は最優先です」

 

 マシュの心配しすぎな言葉にやや気圧されながらも重たい足取りでテントに入る。

 中に備えられたあまり柔らかくもない藁のベッドに倒れ込み、仰向けになって深い溜め息。疲労から出た物でもあるが、何よりその溜め息が出た理由は他にある。

 

「……爺ちゃん婆ちゃんの顔も声も……家も何処だったか覚えてない……何だろうな……はぁ……」

 

 記憶の欠落がまた酷くなってきた。

 シェラさんが居ないからという訳でも無さそうだけど、忘れるスピードが早まった気がする。でも最早何を忘れたのかすらも忘れてきてるから訳が分からない。

 誰かに相談したいけど、今の状況下でそれは悪手だ。余計ややこしくして任務遂行に影響しかない。

 どうしたものかと悩んでいたら、あっという間に2時間経っていた。困ったな……。

 まぁ、横になって目を瞑っていた分、少しは休めた筈だ。

 

「先輩、そろそろ時間ですけど、お体は大丈夫ですか?」

 

「──大丈夫、もう本調子だよ。行こうマシュ」

 

 こうしてマシュに嘘をついたのも、何度目だろう。流石に数えてないから分からないけど、いつから彼女に俺は──

 

 ◇

 

 村に着くと酷い有り様だった。

 食死鬼(グール)による文字通りの爪跡は村の至る所に見られ、また人にもそれはあった。

 顔や腕に噛み傷があっても助かった者も居れば、腹を開けられて朝までもたなかった者も居る。

 被害は目に見えて大きかった。

 

「……」

 

「今は考えるなぐだ男。オタクのせいじゃ無いんだからよ」

 

 あぁ──

 

「あの、先輩。今更なんですけど、アビーさんに全て話してしまって良かったんですか? 彼女も再現かも知れませんが、見ての通りまだ子供です。それなのにこのセイレムの現実を知らせてしまうのは彼女の精神に大きな負担では……?」

 

 マシュが問う。

 後ろで哪吒と手を繋ぎながらついてくるアビーを一瞥した後、俺はマシュに振り返りながら答えた。

 

「一応彼女には確認とってから伝えたよ。でもまぁ、確かに酷だよな……。それでも、何となくだけど伝えた方が良い気がしたんだ」

 

 本当に何となくそう思ったのだ。

 どうしてそう思ったのかは俺自身分からない。だけど、シバの女王が言っていた、このセイレムに於ける『役割(ロール)』が俺にも有るのだとしたら……何か重要な意味があったりするのかも。

 兎に角、なるべくその『役割(ロール)』に逆らわないようにしよう。曰く、『役割(ロール)』から外れると皺寄せが必ず来るとの事だから。

 昨日のマタ・ハリ処刑を妨害していたらマシュとは会えなかったとはキルケーも言っていた。

 と、色々考えている内にホプキンスが居る屋敷の前に着いた。

 警備の男に事情を軽く話し、サンソンの所在を訊くと屋敷の中にホプキンスと居ると言う。

 面会をお願いすると昨日の事もあったのに意外とすんなりサンソンを呼んでくれた。

 ──が。

 

「はぁー。サンソンの考えが分からない……」

 

 少し待ってたら出てきたサンソンだったが、「特に話すことは無い」「閣下の警護に集中させてほしい」とすぐに屋敷に戻ってしまった。

 ただし、シバの女王の事や隠れ家の事等共有しておくべき情報はメモにしてロビンがこっそり渡していたからそこら辺は大丈夫だろう。

 ……思わず呟いてしまったけど、サンソンはホプキンスの何かを知っている筈だ。それが何かは俺達は分からないが、ここはサンソンに任せるしかない。

 

「俺も分からねえですよぐだ男。話すことは無いってんだし、こっちとは別で行動するってんなら任せるしかないんじゃないですかね」

 

「まあね。俺達は今まで通り村に解決の糸口が無いか捜索。昨日の事もあるから、村人を刺激するのは絶対にNGだよ」

 

「はいよ」

 

 ロビンは哪吒と行動だ。

 前の件もあって船乗りのあんちゃん達と仲良くなったからそっちにまわってもらう。

 マシュはキルケーと一緒だ。俺と居るよりそっちのが安全だしね。ついでにアビーを家まで送ってもらう。

 マタ・ハリは当然ながら隠れ家に待機だ。怪我も癒えてないし、シバの女王ともっと密に情報をやり取りしてもらう目的もある。ま、大きな理由としては一応死人だからね。

 俺は色々皆と話して1人で動く。

 目的はラヴィニアとの会話。彼女はサンソンが気にしていたし、アビーを除いて一番面識があるのはサンソンだ。

 だから本当は彼に来て貰いたかったけど、それは仕方がない。

 

「彼女は恐らく何か知ってる。んー……どこから探したもんか」

 

 ◇

 

 少し時間は遡り、カルデアの一室。

 シェヘラザードから借りたパピルスの記録再生が終わって静けさを得たその部屋では黒と白のサーヴァント2騎が沈黙していた。

 

「………」

 

「……何なのよこれ……」

 

 黒いサーヴァント、ジャンヌ・オルタは無機質な床に転がったパピルスに向かってそう呟く。

 何もこれも、今まで記録を見せていたパピルス以外何物でもない。

 ただ、そこに入っていた記録はカルデアスタッフも把握してない……いや、もしかしたら把握していても手を出せない深刻な内容だった。

 マスター、ぐだ男の記憶の欠落。健忘症候群と言うにはあまりに時間の幅が大きく、バイタルサインを見ても彼の脳波や脳の状態は健康そのもの。

 しかし魔術や呪いで意図的に消されている痕跡も無いため、シェヘラザードは一番妥当なのは任務時のストレスによる記憶障害と断定していた。

 

「何よ……マシュにもダ・ヴィンチにも話さないで勝手に1人で悩んでひた隠しにして……馬ッ鹿じゃないの!」

 

「……本当に、ストレスによる記憶障害でしょうか……?」

 

「え?」

 

 白いサーヴァント、パッションリップが凶悪な爪の持ち主とは想像できない可憐な桜色の唇を少し震えさせながら言の葉を紡ぐ。

 名前の由来であるパッションフラワーにもチューリップにもこのような可憐な桜色はあるまい。

 

「いや、本当かどうかも分からないから消去法的にそう決められただけでしょ? それとも認識障害だった経験から何か分かるのかしら?」

 

「む……」

 

 ジャンヌ・オルタも苛ついているのか、パッションリップの爪を指差してそう語気を強める。

 内容はどうであれ、言い方に少し眉根を寄せたパッションリップ。しかし彼女は月の頃とは違う。

 苛立ちこそすれど、ジャンヌ・オルタへの怒りは角に追いやって彼女の眼を見て返した。

 

「苛立ってるのは分かります。けど、落ち着いて下さい。私に怒ったってぐだ男さんの症状は良くならないんです」

 

「──ぅ、うっさいわね! そんなの、分かってるわよ! …………その……悪かった、わよ……」

 

 ジャンヌ・オルタのぐだ男を心配する気持ちはパッションリップも良く分かっている。

 どうして自分達には話してくれなかったのだろう。

 そんなに無理をして自分の事を大事に思わないのか。

 そう言った色んな思いがぐちゃぐちゃになって、よく分からない怒りが少し溢れただけ。

 パッションリップも内心混乱はしてるが、自分以外に冷静さを欠いた人が居ると本当に自分は冷静になっていられるんだと既に落ち着いていた。

 

「……それで、さっきのはどういう事?」

 

「……」

 

 ジャンヌ・オルタが言う。

 パッションリップはそう思った理由を話そうとして──黙ってしまった。

 理由……知っているのは数人だが、ぐだ男は既に抑止の守護者。人理存続の為の刹那的な英霊であり、抑止力の力が及ばない特異点を攻略する為に遣わされた種火のような存在だ。

 常に座のぐだ男(ぐだ子)は更新を求めている。新たに死んだ彼、彼女らを都度抑止力が拾い上げて英霊に。座の本体と比べて優れていれば上書き。そうでなければ本体は2人も要らないので削除。

 これが意味するのは彼の死後の安寧が無いこと。

 こんなこと話せばどうなるか。そう思うとパッションリップは──

 

「──何となく……、です」

 

「何か隠してる?」

 

「い、いえっ! その、私も混乱してて……言葉が上手く出てこないんです……すみません」

 

「オルタさんと同じです」と付け加えるとジャンヌ・オルタもそれ以上の追及もしてこなかった。

 それからは沈黙が場を支配する。

 ジャンヌ・オルタも、既に秘密を1つ知っているパッションリップにとってもこの事実はそう簡単には処理できていないのだ。

 

「……アイツが黙ってた理由って何……」

 

「多分、こういう事態を招かない為、でしょうか……?」

 

「これだから脳筋は……っ。後になってバレた方がよっぽど騒ぎが大きくなるのが分からない何て、脳筋よ! の・う・き・ん!! どうせ頭の中スターを集めてバスターで殴る事しか詰まってないのよ!」

 

 その戦法をしろと言わんばかりのスキル構成と攻撃力をもったジャンヌ・オルタが言って大丈夫なのかという疑問は飲み込み、パッションリップはどうするかを思案する。

 このまま他に話を拡げると間違いなく混乱が起こる。何がどうなるかまでは想像つかないが、人類史に刻まれる程の偉業を成した人物達だ。

 ただ一言で「大変な事になる」と言えよう。

 

「オルタさん。この事は黙っておきましょう」

 

「……で、しょうね。私としては黙って嘘ついてたアイツが悪いからどうなろうと知った事じゃありませんけど、騒がれてこっちにまで被害が来るのはごめんです。アイツ自身にはどう対応するつもり?」

 

「ぐだ男さんには……打ち明けます。シェヘラザードさんに黙っているように言うのもなんだか可哀想ですから……」

 

「そう……じゃあ、これ返してくるわ。いい? アイツが帰ってきたら先ずぶん殴るから邪魔するんじゃないわよ。バスターの事しか考えてない奴にはバスターをお見舞いしてやるんですからねッ!」

 

 完全に苛立ちは解消できていないが、さっきよりは落ち着いた様子のジャンヌ・オルタがパピルスをポケットにしまって部屋を出る。

 自分の部屋ではないパッションリップもそそくさと部屋を後にし、BBにだけにはバレない様にしないとと気配遮断で人気の少ない道で自室へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……パッションリップにも困ったものですねぇ。別に普段通りしてれば良いのにわざわざ怪しい行動するんですからバレバレじゃないですか。ま、そんな事してもしなくてもこのBBちゃんはかつては月でブイブイ言わせた保健室NPC(の同型機)。契約関係のマスターの状態把握なんてカルデアの技術じゃ無理でも私なら閉じ込めるより簡単なのでした~。──でもホント、お馬鹿さんですね。自分がどこまで壊れているか分からないままひたすら走り続けて──あぁ、そうでした。壊れてると分かってても止まることを考えないなんて、暴走したAIの方がまだマトモなんですよ。センパイ」

 

 ◇

 

「頼むよ! あんた達が仲間の死体を持って行ったのなんてどうでも良いんだ! このままじゃ俺達皆喰われちまう!」

 

「分かってます。私達もお世話になった皆さんを見捨てて逃げたりはしません。今夜も食死鬼(グール)相手に無理はしないでください。先ずは戸締りをシッカリと。窓も板で閉じて侵入を防いでください」

 

「戦える男共はどうする?」

 

「聖句が効くなら聖句を唱えてください。それで少しでも動きを鈍らせておけば戦いやすくも逃げやすくもなります。必ず何人かで1体を相手してください。2体以上は危険なので逃げるように。私達は旅で賊にも襲われる事も多かったので戦いは慣れています。基本は私達に任せてください」

 

 夕方。

 結局ラヴィニアを見つけることは叶わなかった俺はじきに食死鬼(グール)が現れることに恐怖した村人たちを落ち着かせている最中だ。

 昨晩の事もあったが、大体の人達は俺達『ぐだ男一座』の戦力をあてにしている。

 意外にもホプキンスが何も言ってこないのは気になるけど、取り敢えずは村人を助けて明日に繋ぐんだ。

 ……それにしても、今日も丘では処刑されている人が居るのか。こんな事態だと言うのに、ホプキンスは何を考えてるんだ。

 

「こっちの仕込みは完了だぜぐだ男。ほら、雑貨屋のお嬢さんから貰ったパンでも食って腹満たしときな。中々旨いしな」

 

「お。ありがとうロビン。……あー、良いねこの甘味。少し冷えてても食感はバッチグーだ」

 

「確かにそこいらのパンより旨いよな。ちょっとお茶でも飲みながらレシピでも訊いてみますかね」

 

「ナンパしたいだけでしょー? ま、別に構わないよ」

 

 食感は良いが、食べても味は微塵も感じない。甘味? 匂いは生きてるからそれで何となくだ。

 もし嗅覚も死んでたら完全に精神がやられてた。……正直、最近嗅覚もちょっと怪しい気がするけど。

 

「ますたー! 妖気増大、邪気充満! 戦闘開始の許可、乞う!」

 

「哪吒もロビンも持ち場で戦闘開始!皆さん! 食死鬼(グール)は日に日に増えてます! 数に圧されて逃げる場合はあっちの船へ!」

 

 唾液を吸ってふにゃふにゃになったパンを飲み込み、スポンジを食ったみたいな錯覚におえっとなるが、槍を構えて深呼吸をすればたちまち気分が落ち着く。

 改めて考えてみると、普通は「マスターを守れ!」なのに「マスターも前線で各個撃破だ!」となるのは良いのだろうか……。

 そもそも聖杯戦争で何が正しいかなんて無いか。

 生憎俺は魔術師じゃ無いしな。魔術が駄目なら槍。槍が駄目なら殴れば良い。その為に鍛えた筋肉だ。

 

「ふッ!」

 

 



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Order.80 セイレム Ⅷ

死んでません!


 

 

 

「うわああああっ!!」

 

「そらっ! 大人しく土に還りな!」

 

 ロビンの放った矢が腰を抜かしていた男に襲い掛かっていた食死鬼(グール)の頭蓋を貫いた。

 風通しの良い穴を穿たれた食死鬼(グール)は漸く動きを止め、グズグズと崩れていきながら灰のように霧散する。

 

「た、助かった……!」

 

「助かったのならとっとと逃げな! 船に逃げれば船乗りのオッサン達も居るからここよりは安全だ! それにいざとなれば少し沖に離れるよう言ってある!」

 

「ありがとう!」

 

 これで17体目。

 ロビンは胸中で今倒した食死鬼(グール)をカウントする。

 別にこれは戦績を確認したいから等ではなく、初日の初遭遇から日につれてどれだけ食死鬼(グール)が増加したか確認のためのものだ。

 

(それにしたって、ちょっと時間が経っただけで17体か。こりゃあ今夜も厳しいな)

 

「──っと、お代わりだぜおっさん」

 

「ま、まだ……!?」

 

 たった30分。それなのに既に戦線は崩壊して殆どをカルデアの面子が処理する形になっていた。

 怯える村人の尻を叩いて、せめて恐怖で混乱しないように心掛ける。と言っても、叩かれた村人の目には怯えの色しかない。

 

「……しょうがない。オタクは逃げな。そんな怯えて腰が引けた状態じゃ満足に戦えねぇ」

 

 その言葉に村人は待ってましたと言わんばかりの勢いで逃げていく。

 

(さぁて……逃がしたものの、少ししんどいな。ぐだ男は大丈夫か?)

 

 少し離れた所ではぐだ男も戦っている。

 ロビンの持ち場でこれなら、ぐだ男の持ち場も似たような状況になっているのは想像に難くない。

 

「取り敢えず、数を減──何だ?」

 

 ◇

 

「旦那! こっちはもう駄目だ!」

 

「ぐ……っらぁ! 無理なら逃げてください! 船か家に立て籠っている間にこっちで──ふんッ! 対処します!」

 

 食死鬼(グール)を2体斬り伏せて村人を逃がす。

 これで戦線を離れた村人は18人目……つまり全員だ。今は大挙してやって来てないから戦線維持には1人でも事欠かないが、この調子だとロビンや哪吒の所も似たようなもんだろう。

 なら3人で集まった方が効率も良いけど……後退して家屋に避難している人達を危険に晒したくない。

 俺だってずば抜けて強い訳じゃないんだ。相手が鈍いから上手くいってるだけで……。

 

「ヌウッ! はぁ、はぁ……」

 

 それより、まだ少ししか経ってないのにこれは多いな……。

 森の方で敵の大半をキルケーに燃やしてもらっているにしても、中々堪える数だ。

 

「1人でも大丈夫だけど、息は上がる……都合良く増援とか無いかな」

 

 数体の群れから跳び出してきた敏捷な食死鬼(グール)を殴りながら少し後退。

 追ってきた別の食死鬼(グール)を足払い、倒れたそいつの両足を自分の脇腹にガッチリホールドしてジャイアントスイングを開始する。

 丁度この間金時にどこまで飛べるか、『ハンマー投げ』ならぬ『マスター投げ』でぶん投げてもらった時の彼の動きを記憶のそれからトレース。

 回されてる食死鬼(グール)が引っ掻く余裕が無いレベルの遠心力で群の中に放った。

 ……何か、食死鬼(グール)がブッ飛ぶ様にそこはかとなくギャグよりなアトモスフィアを感じる。俺は真面目に戦ってるんだけど……。

 

「──?」

 

 アトモスフィアの語呂の良さに、いっぱい使ってみようかなと使い所を考えているとロビンに任せた左翼側から破裂音が。

 爆竹みたいな音じゃない。もっと──そう。銃だ。銃の音だ。

 別段銃を使うのは今に始まった事じゃないから驚かないが、気になったのは“数”。

 この時代なら銃も普通にあるから、多分マスケット銃を使っている筈だ。実際にフリントロック式のを使っている人も見た。

 でもそれを持ってる人も意外と少なくて、ましてや練度も低い。戦力として見るには心許ないのが現状だった。

 だから自信のある人だけ装備させたんだけど、俺の見た限り2、3人しか居なかった筈。

 それが、今聞こえるのはまるで10人以上居るかのような数の発砲音。正確な数は分からないけど。

 大まかな予想をするなら、これは都合の良い──

 

「ミスター、下がれ!」

 

 その声で確信した俺は迷い無く後ろへ跳んだ。

 そしたら後は思った通り鉛の礫が食死鬼(グール)の集まりを地に伏せさせた。

 

「──何?」

 

 そう。撃たれた食死鬼(グール)が死んだのだ。

 その事実に真っ先に違和感を感じて発砲した人達を見た。

 下がれと声を張った()()()()の前に1、2、3……9人の兵士。皆マスケットを構えていて撃った後のリロードを上手くカバーしあっていたり、連携の練度も高い。

 カーターが連れてきた増援なのだろう。それは分かる。が、分からないのは何故食死鬼(グール)がこんなにもあっさりとやられるのかだ。

 この数日で食死鬼(グール)がサーヴァントの攻撃なら兎も角、銃弾1発2発で倒せるほど弱くないことは実感している。だから被害が大きくなったんだ。

 

「無事で何よりだミスター。軍に居た頃のツテで軍の戦力一部を貸してもらってきた。だが申し訳ない。あれらと戦いなれている君の力も必要だ」

 

「大丈夫です。ところで、あの銃は何か特殊なものですか?」

 

「流石だミスター。あれの銃弾には洗礼を施した銀を使用してある。もしやと思って使ってみたが、効果覿面のようだ」

 

 成る程。銀の銃弾か。

 俺もビリーから貰った銃弾(シルバーバレット)にこぞって聖人達が祈りを捧げたから大抵の魔性には効くだろうけど、持ってきてないなぁ。

 槍の先っちょにガッチリ固定すれば良い武器になったかも。失敗したなあ……キャスニキにちゃんと溶接のルーン教えてもらうんだった。

 え? 物性? ルーンなら大丈夫!

 

「それは頼もしいです。では私が敵の足止めをするので焦らず、落ち着いて射撃を。弾も貴重だと思うので──逃がすか!」

 

 何て言ったり考えたりは一度止めて、鉛の突風ではなく銀の突風をくぐり抜けてきた食死鬼(グール)の1体を脇腹目掛けて本場のアメフト並みのタックルをかます。

 いくら食死鬼(グール)と言えど、認識外からの突然の衝撃に体が対応しきれず、背骨が砕けて文字通りくの字になった。

 

「乗り切るぞ!」

 

 ◇

 

 翌8時。セイレム滞在6日目。

 カーターが連れてきた増援もあって、日を跨ぐ前の23時頃に食死鬼(グール)を殲滅した結果からか、外に出て畑に向かう者や教会に祈りに行く者、酒を飲みに行く者やそうでない者。皆がここ数日で一番の笑顔を見せていた。

 雲1つない青空快晴の下、何故か少し離れた沖の方は並みが荒く、まさに時化っている海を桟橋から足を投げ出して眺めているぐだ男の表情は天気とは違って曇っていた。

 

「もう6日目なのに……」

 

 特異点の攻略にはそれなりに時間を要する。

 1日や2日で帰ってこれるのは本当に規模が小さい、危険度が低い特異点だ。それこそ、ぐだ男1人で行って解決できるものも。

 それでも彼が6日という日数を気にしたのは、敵に関する情報が少なすぎるからだ。

 今までの特異点であれば大体すぐに聖杯の持ち主の予測や場所、目的は分かっていた。しかし今回はあまりに奇妙。

 シバの女王から魔神柱の存在を聞いたっきり、村にも森にもそれらの痕跡は一切無い。シバの女王も何故セイレムを再現したのか検討つかないとお手上げだ。

 それでは何から手を付けたものか分からなくなるもの。現状、怪しい気がするラヴィニアの行方も知れず、こうして出来れば情報整理でもと海に来て難しい顔をしていたのだ。

 

「……千里眼でもあればなぁ」

 

 波の音に掻き消されるほど小さな声で独り言つ。

 ぐだ男自身、千里眼もそんなに都合が良くないことは長いマスター経験の中で幾度も思い知ってる。

 そう思うのも、魔神柱の尻尾を掴むどころかその姿ですら見えず、自分達は今まで魔神柱の思惑通りに動いてしまっているのではないかと危機感あってこそ。

 セイレムの嫌な雰囲気もあって、彼は少し弱気になっていた。

 

「あ、先輩おはようございます。ここに居らしたんですね」

 

「おはようマシュ」

 

 今日初めて交わす朝の挨拶。

 と言うのも、マシュが起きる前にぐだ男1人でここに来ていたのが理由だ。

 

「良く寝れた?」

 

「はい。先輩こそ、深夜遅くまで村の見回りをされていたそうですけど大丈夫ですか?」

 

「俺は平気。それ位慣れてるからね」

 

 軽く言ったその一言にマシュもそれ以上の心配はせず、隣に座ってこれからどうするかを問う。

 それはぐだ男自身も誰かに問いたい事柄。でも彼女も分からなければ誰もこの問いに答えようもない。

 彼は申し訳無さそうに今までと特に変化が無いことを伝え、1つ思い付いた事を話した。

 

「マシュ。このセイレムが再現なら、人はどうなんだろ」

 

「どう……と言いますと?」

 

「村人には()()()セイレムの人は見られなかった。けど、ホプキンスは実在した人物だし、あのビル・オズボーンも実在したサラ・オズボーンの夫として設定されていた」

 

「はい。史実におけるサラ・オズボーンの配偶者はロバート・プリンスですので、ビル・オズボーン自体はただの虚構に過ぎません。ですけど、村の人達が何かしら史実に元ネタがあるのは間違いないです」

 

「そそ、それそれ。俺はそこら辺の知識は出撃前に軽く叩き込まれただけだから殆ど覚えてなくて…………すぐ忘れちゃうんだ……。だからマシュならもしかしたらこう、この人は変ですっ! って言うのがあればと思って」

 

 我ながら妙案だとぐだ男は心中で胸を張る。

 そのイメージが逞しすぎて胸を張った瞬間に魔術礼装カルデアの胸ベルトやらインナースーツやらがまるで漫画のように弾け飛んでしまったが、マシュはそんな彼のちょっと危ない面に気付くこと無く、申し訳なさそうに返した。

 

「それが……実は私もそれを思い付いていて、シバの女王の結界内で何とか実行しようと思ったんです。ですけど……()()()()そこら辺の認識が強力に阻害されてしまって……」

 

「あー……そうか、そうだったかも」

 

 上手くいきそうな案だと思ったんだけどな。と続けて息を吐く。

 今彼の頭の片隅には、カルデアの母親系サーヴァントが散った布片を集めている彼の後ろで「誰がその服を縫うんだい」と腕を組んでいる。

 弱気を無理矢理吹き飛ばす為にとは言え、変な妄想をし過ぎでは無いだろうか。

 

「先輩……大丈夫ですか?」

 

 ぐだ男の記憶の追い方に僅かな異変を感じたのか、マシュは心配そうに訊ねた。

 何せ認識阻害の件はキルケーが結界を作ったときにも話したし、シバの女王の隠れ家に行ったときにも話した内容。

 今自分達を取り巻く環境の中でかなり優先度が高い事なのだが、それを忘れていたとなると認識阻害の影響かと疑いもしよう。

 実際はそうではないのだけれど、ぐだ男自身、自分の症状を話すつもりもないしマシュを心配させたくも無かった。

 であるならば返す言葉はほぼ決まっている。

 

「俺も魔術の耐性を学ばないと駄目そうだね」

 

 笑ってそう返す。

 その笑みにマシュも安心した様子。何かあれば言ってくださいね。と付け加えた後やや遅めの朝食の準備に取り掛かるべく桟橋を後にしようとした。

 その時、立ち上がったぐだ男の視界の端に人影が見えた。

 海沿いのセイレムの住人にしては白い、白すぎる肌。大体海沿いの人は太陽と海で反射した太陽光で肌への影響が日焼けとして現れることが多い。

 それが地域差と言われてしまえば終わりだが……少なくともこのセイレムでは彼女ほど──それこそ生気を失ったような──白い肌は居ないだろう。そして大きく弧を描いた下瞼と肌以上に白い髪が特徴的なその少女はぐだ男とマシュの視線に気付くこと無く、まるで何かから逃げているかのように森へと走り去っていった。

 その少女はラヴィニア。言わずもがな、ぐだ男が探していた少女だ。

 このセイレムにおいて何か情報を掴んでいそうな雰囲気から、何か有力な情報を聞き出せないかずっと気にしていても会うことが出来なかった重要人物。

 彼女と一番面識があるサンソンが居ないことにまいりつつも、ぐだ男とマシュのやることは決まっている。

 全力で後を追う。マシュはサーヴァントとして戦えなくなっても、日々のトレーニングはしているようで、『走る高密度筋肉』の2つ名を持つぐだ男の脚力に追い付いていた。一方の『走る高密度筋肉』は無意識下の魔力放出(筋肉)──とは名ばかりの筋瞬発力──で地を蹴る。元々脚力に自信がないとは言え、雪の中で子供3人(計100kg程)を担いで敵から逃げおおせる男だ。今も乾いた地面が単純な脚力で抉れるのだから、一般人と言い張るには些か筋肉(ムリ)があり過ぎる。

 

「ラヴィニアさん! 待ってください!」

 

 程無くしてマシュが息を切らしながらラヴィニアへ声を張った。

 既に森の深くへ踏み入れていたが、食死鬼(グール)や狼等の危険な敵は一切見られない。

 ラヴィニアもぐだ男達を振り切れないと悟ったのだろう。大人しくその声に従って振り向いた。

 森の中は海辺とはまた違った涼しさで、立ち止まると温まった体を程よく冷ましてくれる。そんな状況で少し落ち着いたマシュはラヴィニアを怖がらせたりしないように気を遣いながら何かしらないか問う。

 ぐだ男は前のように拒絶されるものと予想し、何か少しでも知っていることは無いか訊く為に脳内で質問を用意する。

 しかし、振り向いたラヴィニアはやや不承不承といった表情を隠さないながらもマシュの質問に答え始めた。

 明らかに前の態度との違いに逆に気になってしまうぐだ男も、ラヴィニアから得た情報は一言一句逃すまいと先程仕舞ったばかりのノートとペンで記者バリのスピードでメモ。以前特異点で情報の重要度が分からないサーヴァントのお陰で酷い目にあったからか必死だ。

 

「……成る程。魔人柱が」

 

 ある程度質問責めにした後、ラヴィニアの言葉を思い出しながら自分のメモに目を通しながら呟くぐだ男。

 ラヴィニアの話によると彼女も外からやって来たらしく、アビゲイルと昔から友人関係にあったというのは偽りの記憶だそうで、本人もそれを自覚していた。

 何故自覚が可能なのかは彼女を脅していた魔人柱ラウムによるものだろう。彼女がアビゲイルから距離を置いていたのもその辺りが関係しているとぐだ男は辿り着いた。

 そして彼女自身にも何か目的がある。確信しているぐだ男だが彼女の早く終わらせてくれと言わんとする表情からこれ以上の会話の継続は困難であると切り上げた。

 そうしてラヴィニアはぐだ男とマシュの森は危ないとの警告を無視して更に奥へと駆けて行った。

 魔人柱の話が相手から出てきた以上、信じる信じないにせよこの情報は他の皆に早急に伝えておくべきだ。薄気味悪い森から早く出たい気持ちもあり、ぐだ男とマシュは早歩きで森を後にするのだった。

 

 ◇

 

「──と言うのがさっきラヴィニアと接触して得た情報だ。で、彼女も何かしようとしているみたいだけど、こっちに対して敵意や害意みたいのは感じられなかったから放っておく予定。まぁ、そんな達人でもない俺が言うのも信頼度は低いけどね。兎に角、ラウムがわざわざ呼び出したラヴィニアにアビーの友達役をやらせる理由が意図的なのか適当にあてがったのかは不明だけど、これからはアビーにも気を付けた方がいいと思う」

 

「その通りだね。それらの情報から推測するに、魔人柱ラウムがアビゲイルに接触している可能性も考慮すべきだろう。となると周りで怪しまれずにアビゲイルに接触できる相手は?」

 

 椅子に腰かけ、目線を手元のノートに落としながら一通り告げた俺にキルケーがそう投げかけてくる。

 周りには情報共有の為、シバの女王の隠れ家で休養中のマタ・ハリを除いたカルデアメンバーが終結しており、その質問に対して全員がある人物を思い浮かべた。代表して、ロビンが発言する。

 

「確かに、皆思ってる人物が該当するだろうな。じゃあ奴さん暗殺でもしてみますかい?」

 

「流石にね……怪しいけど、まだ確定じゃない。一度カーターに話してみようと思ってる」

 

「どこまで話すつもりだ?」

  

「全部までとは言わない。けど、俺達が本当は何者かとか目的は何かとか。もしラウムなら今更知らない筈もない情報だし、違ったなら劇の役にのめり込み過ぎた変な奴の認識で済むでしょ」

  

「大丈夫でしょうか……?」

 

「ラウムがその気なら俺達はとっくに殺されてるさ。もしかしたら自分が死んだことに気付いていないだけかも」

 

 そんな馬鹿な事があるとは思えないけどなー。なんて呟いたキルケーに近しい例として土方さんを挙げておく。

 彼は五稜郭での戦いで倒れたが、英霊として召喚されても彼にとっては地続きなのだ。

 本人からしたら撃たれて倒れて目が覚めたらぐだぐたと見せ掛けた魔神柱案件に巻き込まれ、カルデアに居て、まだまだ人理の危機とか何だか知らないが取り敢えず新選組()は終わっちゃいないからここが新撰組だあッ! だからね。

 そういうのを見ると、自分が果たして生きているのか死んでいるのか何が正しいのか分からなくなってくる。「我思う故に我あり」とは言ったもので、俺がこうして自分が現実なのかどうなのか思う事こそが、俺という存在の証明になる訳で──と、それは考えても仕方ない。

 先ずはカーターに話してみて何かしら反応が得られるかどうかだな。

 

「もしその場で腹でも刺されたら俺余裕で死んじゃうし、ロビンに任せて良い?」

 

「もっと酷い状態で生きてた奴が何を言ってますかね。ま、取り敢えず陰から警戒しときますよ。指先1つ怪しい動きは見逃さねえさ」

 

 そんな短い話し合いを終え、俺は目的通りカーターに俺達の目的、このセイレムの状況、魔神柱の存在を明かした。

 時間にして6分にも満たなかったからか、割りと高密度な話をしたと思う。そんな内容を聞いたカーターだったが、概ね予想通りの反応で信じてくれなかった。

 終始彼の様子を伺っていたロビンも、怪しい動きや雰囲気は無かったと言う。結果としては無意味だったかもな。

 じゃあ第2案として考えておいた牧師に話してみようと外に出た。その時、開けたドアに違和感が。顔だけ覗いて見てみると、何度か対食死鬼(グール)戦闘で話をした警察のおじさんが慌てた様子でベルを鳴らそうとしていた為に開いたドアに気付かず頭部を強打した様子で、当たった所を押さえていた。

 俺はすぐに謝ってから事情を訊く。

 因みに、俺達は便宜上この村の犯罪を取り締まる、現代の警察組織の機能に相当する彼等を『警察』と呼んでいる。しかし、勘違いしてはいけないのが、この時代ではまだイギリスの影響が強く、隣保性の時代だ。

 これは住民1人1人が、地域の安全や自身の行動に責任を持つ事で治安維持の機能を得る事。つまり、事実上国民全員が警察と言うことになる。

 今はこの時代のボストンを真似て『コンスタブル』と呼ばれる住民から選ばれた法執行官や、そのボストンから派遣されてきた者達がセイレムの警察として機能している。

 ──何て、頭で復習みたいに言葉を並べているとおじさんが話を始めた。

 聞くと、森でサンソンがあのホプキンスを殺害したと言う。

 ナイフで滅多刺しにされ、無惨に殺されたらしい。それを聞いて、すぐに俺はサンソンが殺したのではないと確信した。

 サンソンとも長い付き合いだ。それくらい分かる。だけどホプキンスが死んだと言う事実も確認しないといけない。

 おじさんに頼まれ、森へ続くこと数十秒。血の匂いで思わず眉根を寄せる。

 慣れたくもない、嫌な匂いだ。

 更にその匂いが強くなると2人の兵士に拘束されて瞑目しているサンソンの前に布を被せられて真っ赤な血溜まりが姿を表した。血溜まりの真ん中には、布で隠されて見えないが間違いなくホプキンスが横たわっている。

 

「……サンソン」

 

「……」

 

 サンソンは何も言わない。けど、言わなくてもサンソンが殺していないのは俺の確信通りだ。

 辺りに血、たまに肉片が散ってるのに彼の服は返り血1つない。霊体化も出来ないし、 凶器であるナイフは少し小さめだ。

 滅多刺しにされれば当然死ぬが、もし俺が殺るとするならもう少し殺傷性の高い、それこそ一撃で殺せるサイズが好ましい。

 ふと脳裏にラヴィニアがよぎる。まさかそんな……。

 

「……分かった。旦那。どうやら今回の件に関して早速裁判が開かれるそうだ。準備をしておいた方が良い」

 

「え、いきなり裁判って……」

 

 いや、そもそも今も魔女認定を早々にする為に大体捕まったその日から裁判はやっていた。サンソンの件も、他の拘束されている人と纏めてやる気なんだろう。

 

「──分かりました」

 

 そう言って俺はホプキンスに覆い被さっている布を捲り上げる。

 

 



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Order.81 セイレム Ⅸ

最近国外が多いとこうもなります。
兎も角、セイレムでこの二次創作も終わりなのであと少しですが僅かな時間を見付けて完結させます。



 

 

 

「これにて閉廷。罪人、シャルル・アンリ=サンソンは他の魔女達と共に“丘”にて絞首刑とする」

 

「……くそ……ッ!」

 

 また……無力だった。

 俺が集めたサンソンの罪の否定材料も全て意味を成さず、残虐な殺人鬼としてサンソンは絞首刑を宣告された。

 ホプキンスが死んで、少しはセイレムに元々居た判事になったから落ち着くかと思ったらこれだ。この判事も今のセイレムの状況で精神が弱っているのか早く片付けたいと顔に出ていた。

 サンソンが魔女の疑いを同時にかけられたのも、現状を打破したいが為に怪しい人物を片っ端から魔女として処刑し、怪異の黒幕を探し当てる事がしたいが故だ。

 死にたくない。そんな表情が見てとれた。自分で言っておいて何だが、一応フォローすると判事の奥さんと子供は昨晩食死鬼(グール)に食い殺されている。怯える気持ちは分からないわけではない。寧ろよく震えを隠して裁判を終えられたものだ。

 

「良いかな判事」

 

 行き場を失った怒りを自分の奥底にしまいこんだその時、静寂を破った男の声。

 傍聴席で立ち上がった男──カーター──は発言の許可を判事から得ると俺を一瞥して、判事へ発言した。

 

「彼……ぐだ男一座座長、ぐだ男には魔女の疑いがある」

 

「何ッ!?」

 

 驚愕の声は被告人席のサンソンから。

 直ぐ様そんな筈は無いと異議を申し立てるが、判事はサンソンの発言は許さない。

 それ以上の発言は被告人だけでなく弁護人である俺にも影響が出るぞ。と判事からの警告がサンソンと同じく異議を申し立てようとしたマシュを黙らせる。

 

「……続きを」

 

「彼は魔術を行使していた。思えば最初に魔女が発覚したティテュバの時にも、魔術の心得があるような素振りも見られた。彼が我々に害意を持っていないのは今までの立ち振舞いからも感じよう。だが、今回このような事が起きてしまった。これでは彼らの何を信じれば良いのか」

 

「──判事! 俺は確かに魔術を使いました! けどそれは皆を守る為です! それに他の団員は俺が魔術を使うことは知らない!」

 

「だ、黙れ! そうやって俺達を騙してあの化け物の餌にするつもりだろう!」

 

「違う! 騙すつもりなんて──」

 

「静粛に!」

 

 判事の手に握られた小さな槌が2度鼓膜を震わす。

 騒ぎ始めた村人達も、そして俺もその音で我にかえって口を閉ざす。

 これ以上は俺にとっても不利でしかない。発言は絞首刑の様に己の首を絞めるだろう。だが、何としても他の皆に魔女の疑いをかけさせるわけには……!

 

「判事。私は彼等を泊めていたが、今のところ魔女と疑わしいのは彼だけだ。今は取り敢えず彼を拘束する事で落ち着いては?」

 

「カーター氏……だが恐怖に()()した村人が何をするか分からない。最悪の事態になると氏も被害を受けることに……」

 

「もっともだ」

 

 意外にもカーターは俺だけを何とかしたいように見える。

 これならなんとかなりそうだと安堵するのも束の間。判事は今回の処理を決めて再度槌であの丸いコースターみたいなやつを叩いた。

 

「ぐだ男一座座長、ぐだ男氏の身柄を地下牢にて明日の正午まで拘束。その間、彼の処分を再考する為身辺調査を行う」

 

 ◇

 

 サンソンを助ける為に全力を尽くしたぐだ男だったが、その甲斐虚しく拘束されてしまった。

 そんな展開が有り得るのかと驚いているマシュ達と同様に、傍聴席でそれら全てのやり取りを見ていたアビゲイルもその不当と叫びたくなるような一方的な裁判内容と、まるでぐだ男を売ったような態度を見せたカーターに言葉を失っていた。

 ぐだ男もカーターの動向は気になるが、一先ずは地下牢で大人しくしていることに専念する。

 1時間、2時間、4時間と誰も来ない時間が過ぎて行く。日光も当たらず、廊下の蝋燭も燃え尽きて暗黒の中に放置されるのがこれ程辛いとは思いもしなかったぐだ男だが、モツクチュされたり砲弾で体が千切れかけたりするのよりはよっぽど良いらしい。

 開き直ってメディアから宿題を受けている初歩魔術の練習を黙々とこなしてあっという間に地下牢に入れられて6時間が経過していた。

 もっとも、その時間の感覚もぐだ男の体内時計によるものだから誤差として5時間から7時間の間くらいと言ったところか。

 

「……今夜もグールは出てるのかな……サンソン……ごめん」

 

 落ち着いている様に見える。しかし実際はサンソンを救えなかった事で頭がいっぱいで、己の不甲斐なさを痛感していた。

 落ち着く為に魔術を練習して、発光のルーンでマッチ程の明るさもない中筋トレをして漸く冷静になっているだけ。

 どうしようも無いことであっても責任を感じ、自己嫌悪してしまうのは時折指摘される彼の悪い所だ。

 ともあれ、サンソンの裁判中の態度では難しいだろうが願わくば残されたメンバーがサンソンを助けてくれてると思いたい。

 

「大人しくしてろ」

 

 そんな声がして牢の入り口に目を向けるとキルケーが居た。

 彼女を連れてきた警察も一緒で、彼女も魔女として拘束したのが雰囲気から察せられる。

 

「……君も何と言うか、図太いんだな。それともサンソンを助けられなかった事への行き場の無い気持ちの整理かい?」

 

「──」

 

 同じ牢に入れられて早々にキルケーは眉をひそめた。

 そりゃあ天井近くの通気孔に足を引っ掛けて逆さ腹筋をしていたら正気か疑う。

 だけどその行動にはキルケーが言った通り、行き場の無い気持ちをどうにかして出力している彼なりの苦悩がある。

 そんな事情を知ってか知らないでか、彼女はぐだ男にハッキリとサンソンを助けられなかった事を言い放った。

 

「無論、手は尽くしたさ。でもさ、本人に逃げる意志が無かったらどうしようも無いだろう? ロビンも好きにさせろって薄情過ぎやしないか?」

 

(いや、いくらロビンでもそれは無い。だとしたら何を──)

 

「そんでもってアビゲイルが魔女になったりとかしてさあ。 私の目の前であんな中途半端な魔女を名乗るとかちょっと許せないよねって事で──」

 

「あ、ごめん。聞いてなかった」

 

「……何だか君私の扱い軽くないかい?」

 

「そんな事は……で、アビゲイルが魔女になってそれから?」

 

「聞いてるじゃないか!」

 

「…………少し良いかな?」

 

「「ハッ!?」」

 

 看守と自分達以外居ないと思っていた2人は驚いてすっとんきょうな声を出して牢の入り口に振り返る。

 声をかけるタイミングに迷いがあったカーターが居た。

 一度見たら忘れない──とまではいかないが中々記憶に残る特徴的な顔が少々微妙な表情に。そりゃあ目の前で質の低い漫才みたいなものを見せられればそうもなる。

 

「話があるんだが、構わないかね?」

 

「構いませんよ。カーター──いや、魔神柱ラウム」

 

「──ほう」

 

 ぐだ男の一言でカーターの表情が消える。

 

「いつからかね?」

 

「候補は最初ら辺から挙がってはいた。そして今確信した」

 

「成る程。ならば話は早い。丁重にもてなそう」

 

「そう言われてもこちとら首吊り一歩手前だけどな」

 

「だが私の目的を聴けば変わる。君達はより合理的に行動を選択できよう。君には大いに期待しているからなミスター。単純に死なれては私も()()()困る」

 

「そして操られる。何故最初からそうしなかった」

 

 キルケーが問う。

 

「そのケースにおいては失敗しているからな。最早時は満ちた。私は真実を語ろう」

 

「だが不都合な真実を伝えはしない! ぐだ男、これ以上は何も聴かないのが最善だ!」

 

「私はあの娘を救いたいのだ。心の底から」

 

(心の底から、か……)

 

「少し聴くよ」

 

「おいぐだ男!?」

 

 ◇

 

 俺はキルケーの心配も理解しつつ、ラウムの話を少し聴いてみることにした。

 そしてアビゲイルの救済。これは驚いた。

 何しろあの魔神柱が一個人の為に動いていると言うのだから。

 確かにラウム……カーターとして彼女に接していた時は言葉や態度の端々に彼女への親愛が感じられた。

 厳しくするのも、親が子へ悪いことをしたのを叱るそれと同じ様なものだ。まるで人間のように。

 まさかロリ──

 

「……」

 

 ……は無さそうだ。とてもじゃないが今のラウムの表情からはふざけた様子は感じられない。

 

「本当にアビゲイルの救済を望んでいるのか?」

 

「勿論だ。だが、私の基本目的は変わらず人類の救済だ。アビゲイルに“力”を宿し、彼女によって救ってもらう。ただし、それではアビゲイルを救われない」

 

「アビゲイルが?」

 

「そうだ。彼女は魔女だが、どちらかと言うと巫術者としての役割が濃いのだ。セイレムのアビゲイルにはその才能がある」

 

「何をさせるつもりだ」

 

 今ラウムはアビゲイルに人類救済をしてもらう様な事を言った。

 けどもう一度問う。あんな純粋な娘にそんな事をさせるのかと。

 

「今しがた言った通りだ。我々でも成し得なかった偉業を。人類の救済を彼女にしてもらう。──その“痛み”によって」

 

「……痛み?」

 

「そう。“痛み”こそ人の幸福の基盤。絶対の価値なのだ。全てのものに“痛み”が平等にある。“痛み”なくして人は人ではいられない」

 

 その言葉に自分の状態を思い出す。

 打ち明けたらラウムはどんな反応をするだろうか。

 勿論ラウムの話は正しいとは思っていないけど、今まで特異点で死なせてしまった、救えなかった人達の事を思うとどのみち俺は救われないだろうなと妙に納得してしまった。

 

「“愛”よりも“死”よりも遥かに貴重だ」

 

 ラウムは続ける。

 アビゲイルはそれを手ほどきをする為の巫女となること。

 そして明後日の夜明けと同時に開廷される法廷でアビゲイルを魔女として裁かれること。

 そこまでは予定通りで、アビゲイルを救うのを幾度と失敗していること。

 それでさっき言っていた『期待』とやらが俺ならアビゲイルを救えるかもしれないと言う事らしい。

 それらの中でも気になったのはラウムが幾度とセイレムを再現している事だ。

 只し、それはループや逆行ではなく圧縮と加速。魔力も確保したとラウムは言っていたが、その魔力源は元のセイレムの住人だ。

 

「これ以上アビゲイルやこのセイレムの村人に責め苦を負わせるな!」

 

 幾度と繰り返されるセイレムの再現。その村人にもアビゲイルにも望まぬ苦痛は与えるな。そう声を荒げると、ラウムは落ち着いた様子で、「()()()()()()()()()()()()()()()()」と返してきた。

 

「だから君達も招かれたのだ」

 

 招かれた? ラウムが呼んだんじゃないのか? まだまだ疑問が尽きない。

 それに話を纏めると、ラウムは人類救済は変わらず目標としている。それは何かしらの手段でアビゲイルにその力を宿らせ、実行してもらうつもりらしい。

 ただ、それをするとアビゲイルが救えないのでラウムとしては板挟み状態で、俺達カルデアの介入で変化を生み出せないかを期待している様子。

 俺個人としては、ラウムはややアビゲイルの救済に傾いている気がするけど。

 こう言う状態を二律背反(アンチノミー)とでも言うのだろうか。

 

「さて、時間だ。()()()()を渡した看守も帰ってくるだろう。この後の振る舞い方をどうするか、じっくり考えるといい」

 

「……」

 

 ラウムが去り、再び静寂と闇に包まれる。

 看守が帰ってくれば再び蝋燭に火がついて多少は良くなるだろう。

 

「……どうしたものかな」

 

 静寂故に小さな呟きでもよく聞こえるその声は、不思議と響かず、闇へ吸い込まれていった。

 

 ◇

 

 セイレム滞在7日目。

 いや、そもそも私達が避難しているシバの女王の隠れ家と村とでは時間の流れが違うらしいので7日目の朝なのかどうかわかりません。

 この後村へ行って漸く分かる状況です。

 

「マシュ、大丈夫?」

 

 マタ・ハリさんが少し呆けていた私に声をかける。

 昨日、先輩が拘束されてからサンソンさんの刑が執行され、キルケーさんから仮死薬を受け取らなかったサンソンさんは……。

 そしてアビゲイルさんが魔女になり、暴走状態になったのをキルケーさんが止め、キルケーさんも拘束されてしまいました。

 私達は混乱に乗じて、サンソンさんの遺体を奪取して隠れ家に。

 受肉状態だったサンソンさんは完全に死亡しても遺体が消えることはなかったので、今は隠れ家の外に埋めてます。

 ロビンさんがその方が良いと率先して下さったので、まだ立ち直れない私にとって大変助かりました。

 

「ぐだ男の事が心配なのは分かるわ。私だって心配よ。けど、それで貴女が倒れたら彼はもっと辛い筈。だから、今は自分の事を第一にして」

 

 殆ど手を付けていなかった朝食をマタ・ハリさんが『あーん』の要領で私に食べるよう促す。

 よく先輩のマイルームでメルトリリスさんやパッションリップさんがこんな感じで食事の補助をしてもらっているのを目にしていましたが、いざ自分がされる立場になると存外に恥ずかしい。

 

「すみません……」

 

「一応キルケーも一緒か隣には入れられてるだろ。全くの無防備にはならない筈だ」

 

「そのキルケーに任せて良いかも心配だけれどね。兎に角、今日は私も村に行くわ」

 

 先輩を絞首刑になんて絶対にさせません。

 確かに、キルケーさんに先輩をお任せするのは心配ですし一刻も早く助けないと。

 待っていてください。先輩!

 

 ◇

 

「なぁ。君は本当に私と逃げるつもりはないのか?」

 

「えー? それで何度目? 俺は逃げないって」

 

 ボロボロのベッド……の様なものに腰掛けてどうするかを考えて唸っていると隣に座っているキルケーが問う。

 ゲームの無限ループじゃあるまいし。そう思って同じ様に返すと、今までそれ以上何も言ってこなかったキルケーが更に身を寄せて問い掛けてきた。

 

「だってここで死ぬかも知れないんだぞ? こんな状況なじゃマシュ達だって私達を助けるのは無理だ」

 

「だから逃げろと? 確かに俺は今まで自力で窮地を脱した事なんて片手で数えられる程度しかないさ。何時だってサーヴァントの皆やその時代の人達に助けてもらった。情けない話だけどね。でもだからこそ、託された側として諦めちゃいけないんだ。止まっちゃいけないんだ」

 

 託されたなんて、本当にそうかも分からない方が殆どなのに何とも傲慢な考えだ。我ながらそう思う。

 

「……はぁ。ホント、カルデアのサーヴァントは苦労していそうだ」

 

「そりゃあどうも。で、さっきから何を俺の脚に刺してるの?」

 

「……」

 

「……」

 

 キルケーが黙る。

 感覚が鈍いから黙視するまで刺されてることに気付かなかったんだけど、良くない物だよねこれ。

 はぁ。仕方がない。口を割らないなら割りたくなるようにするしかありますまい。

 

「いたぁ!? やめっ、やめてくれ! 羽根は一応感覚があるんだからむしられると──! イテテテテテッ!!」

 

「そんなに痛いとは思わなかったけど、喋らないなら本当にむしるよ?」

 

「分かったから! ったく……君は本物の大魔女の恐ろしさを知らないからって蔑ろにし過ぎだぞ!? 大体何だよ毒への異常な抵抗力(レジスト)は! 像だって一瞬で気絶する薬を使ったのにさあ!」

 

 おおっと? 今サラっととんでもない薬をブチ込んだと言われたけど何するつもりだったんだ?

 マタ・ハリに使った仮死薬じゃなさそうだし、俺を連れて逃げるつもりだったのか。

 でも逃げてもどうするつもりだったんだ?

 

「君を連れてこの特異点から逃げるのは最初からするつもりだったさ。けど途中からその手段は潰えた。時間が経つにつれてセイレムの結界は強固になり、外との繋がりが完全に切れたんだ。だから私は君とここから逃げたら特異点消失まで全力で雲隠れするつもりだった訳さ」

 

 そう言えば、キルケーはダ・ヴィンチちゃんが新たな召喚システムの実験で失敗して召喚されたサーヴァントみたいで、カルデアを信用出来ずこうして逃げる為にレイシフトを利用したらしい。

 その失敗した召喚システムの話が気になるところだ。

 

「兎に角、俺は無抵抗に吊られるつもりはない。無抵抗にはね」

 

「?」

 

「キルケーは大魔女なんだよね? だったらお願いしたい事があるんだけど……」

 

 



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