ゴッドイーター、改め死神 (ユウレスカ)
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設定

主人公以外はオリキャラは出さない方向で行きます


オリ主

 

 

 名前:井塚 実灰(いつか みくい)

 性別:女

 外見年齢:20前後

 外見:黒髪黒目、セミロングのボサボサ頭

    右手首を一周するようにケロイドがある

 性格:世話焼き、自分が関わったことは一人で解決しようとする

 能力:斬・走以外は一般的な死神と同じくらい

    接近戦に滅法強く、足の速さはピカ一

 好物:おはぎ

 嫌物:特になし

 斬魄刀:「  」(本編ででてきたときに紹介、見たい方は下のほうに)

 

 

 詳細:流魂街出身の少女で、朽木白哉の同期

    生前の記憶を持つ稀有な死神で、度々悪夢に魘されることもある

 

 注意:主人公の生前は有体に言うと「神喰の初代主人公ポジ」です

    異世界トリップになるのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生前:井塚の生前の世界は終末捕食が起き、すでに滅んでいる

    GE2でのラケルの事件の時、歌声による奇跡は起きず、終末捕食が発生

    井塚はその光景を見ており、それが今も悪夢となって彼女を苛んでいる

    主武装はショート、アサルト、バックラー、接近戦を得意とし、いつも先頭を切っていた

 死後:BLEACHの世界はGEの後にできた世界かもしれないし、そうじゃないかもしれない

    月に緑がある時点で、答えは出ているようなものだが

    尸魂界に来た直後何をしていたかは本人も曖昧

    生前人を指揮し、また英雄視される立場にもいたからか、周りをよく観察し、またどう立ち回ればいいのか等、処世術は(不本意ながら)得意

 斬魄刀:「神薙」

     始解(常時開放型)

     一般的な浅打と見た目は変わらず、それ故他人には始解していないように見える

     相手と戦闘し、刃を交えるか、相手を「神薙」で斬ることで、相手の能力、使い方、その対処法を学ぶ(効率がいいのは斬ること、刃を交える場合は数度必要)

     それを井塚が記憶し、その通りに実践していく、言わばアラガミと似た能力

     そのため、始解状態ではただ戦術眼が優れている、という認識で収まる

     卍解 解号「貪れ、《神薙・特異》」

     その姿は千差万別。今まで学んだなかから取捨選択し、それを自在に使いこなして戦う

     井塚の服装、容姿も使う能力によって微妙に変わる。場合によっては虚や破面の能力を使うことも可能、さらには能力を合わせたりと応用することも

     だがそれらは井塚の身体能力がそれを使いこなせることが大前提であり、その為並外れたポテンシャルと適応力を求められる

     さらに、卍解をした場合、井塚の魂魄の“アラガミ”化が発生する。それを抑えるには他者の魂魄/霊力が不可欠であり、それゆえに持続時間もかなり限られてしまう




チート?いえいえ努力型チートです

身体能力が追いつかないと複合能力は使えませんし、他者の卍解どころか始解も難しいとしています

※卍解時のデメリット部分を多少修正


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設定・続

新規キャラクター(ep.7より登場)

 

 

 名前:ギルバート・マクレイン

 性別:男

 外見年齢:25歳前後

 外見:原作通り

    右手首を一周するようにケロイドがある

 性格:見た目から誤解されやすいが、面倒見はよく生真面目な性格で、仲間たちの良き緩衝材になっている

 能力:鬼道、斬術の名手

    中長距離の戦いに強く、しかしどちらかというと支援型

 好物:おでんパン

 嫌物:特になし

 斬魄刀:「  」(本編ででてきたときに紹介、見たい方は下のほうに)

 

 

 詳細:志波家に保護されていた青年

    井塚より数年遅れて、真央霊術院に入学する    

 

 

 以下、斬魄刀や本編のネタバレあり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斬魄刀:贖いの槍(ヘリテージス)

 解号:「響け、贖いの槍」

 能力:

    始解―生前の神機、ヘリテージスを模した槍の形になる

       戦闘スタイルも生前のものと同じになり、トリッキーな動きで縦横無尽に駆けまわり、斬りつけた相手の霊力を喰らう

       一見すればただ刀の形状が変化しただけだが――その真骨頂は井塚のそれと同じく、卍解にある

    

    卍解-誓いの神機(ハードノット)

       近接形態の槍だけでなく、銃形態のリボルスター、盾形態のハードノットと、生前の神機の完全再現を行う

       それだけでなく、始解時に食らった霊力を放出、自身が味方と識別した相手に距離、空間関係なくその分配を行い、能力を底上げする

       この能力の底上げはギル本人が供給をやめない限り続くため、戦闘が長引けば長引くほど、仲間の能力は上がっていく

       その反面、これと決めた仲間に離反者がいた場合、一気に戦況がひっくり返される恐れがあるため、識別に関しては注意が必要である

 

 識別候補:井塚 実灰

      志波 海燕

      

      ほかにするかは不明

 

 

 来歴:志波家に保護される前に尸魂界で何をしていたかは一切覚えていない。当初は記憶喪失で通していたが、海燕が井塚を連れてきたために生前の事情が露見する

    その後、他の面々に背中を押され、真央霊術院に入学。在学中に始解を成功させ、5年で卒業する

    卍解に関してはそれなりに苦戦していたが、60年かけてようやく屈服に成功。原作開始前にようやく使いこなせるようになる

 

 関係:井塚 実灰→生前を覚えている数少ない同胞であり、すべてを共有できる仲間。お互い依存一歩手前なのを自覚しており、ほどほどの付き合いを心掛けている

    志波 海燕→尊敬する死神。得体のしれない自分と井塚の話を信じ、親身に聞いてくれるいい人。いつか何かに巻き込まれそうで心配している

    志波 空鶴→命の恩人。彼女に拾われていなかったらと思うとぞっとする。彼女にはいつまでも頭があがらないだろう

    志波 岩鷲→ちょっと手のかかるかわいい弟分。なお、向こうからするとこちらが弟分らしい、解せぬ



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生前
ep.0


「人間、いつ死ぬかってわからないものじゃん?」

「……ああ、そうだな。いつ死ぬか、なんて分からない」

「それでもって、どう死ぬのかも分からない」

「当たり前のことだな」

「死後の世界、ってあると思う?」

「突然だな」

「いいからいいから!これが最期なんだから、こういう時位素直に話しておくれよ」

「さぁな、死んだら分かるだろ」

「まったく、そういう夢もくそもないこと、何で言っちゃうかな」

「今がその死ぬとき(・・・・)だからな」

「……」

「……」

「……終わっちゃったねぇ」

「ああ」

「ブラッドの―—極致化技術開発局の特殊部隊の皆も、頑張っただろうにねぇ」

「そうだな」

「奇跡は2度は起きないんだねぇ」

「……」

「……シオのこと、置いてっちゃうね」

「……」

「あの子、1人で寂しくないかな。約束、破ることになっちゃったし」

「――あいつなら、うまくやっていけるさ」

「でも、独りぼっちだ」

「……そうだな」

「いやだなぁ。あの子、きっと今ないてるよ」

「もう、月も見えないけどな」

「全部、覆われちゃったからね」

「クラウディウス……だったか、いつになったら終わらせてくれるんだ」

「あれ、ソーマったら死にたがりに転向?あと、今回の特異点はヴィスコンティさんじゃなかったっけ」

「細かいのは知らん。あと死にたがりになった覚えはない」

「それもそうだね。未だに手も休めてないし」

「それをお前が言うか」

「だって人間生きてたら何とかなる、ってリンドウさんが言ってたもん」

「さっき俺が《死ぬとき》っつったら黙ったくせに、まだ戦うのか」

「ソーマ、それ君にも言えるやつ」

「……」

「いやぁ、でもさぁ?死に方くらい自分で決めたいじゃん」

「……」

「だから、さ」

 

 

「――全力で、足掻きたいのさ」

「いつも通りの馬鹿だな、お前は」

「そんなのに律儀に付き合ってるソーマも馬鹿だね。やーいやーい」

「はったおすぞ」

「だが断る」

「はぁ……」

「ま、恐らくばっかみたいな奇跡が起きない限り、ハッピーエンドは来ないだろうし……最後に1つ、賭けをしない?」

「こんな時にか」

「こんな時だからさ」

「……聞くだけ聞いてやる」

「ふふん、思い切り笑え!それは―—」

 

 

「……やっぱり馬鹿だなお前」

「何さ!死後の世界があったら、未来があるなら十二分に有りうる賭けだろ!?」

「確かにそうかもな。無かったら意味もないが」

「うっさいなーもう!んで、賭けにのるの?乗らないの?」

「どうせ返事はイェスしか受け付けてないだろ……乗った」

「待ってました!んじゃ私はソーマに賭ける」

「そこは自分じゃないのか」

「なんだかんだで私、目の前のことにしか集中できないことが多いからさ、ソーマのほうが絶対先に見つけると思う」

「……そうか」

「そうだ!」

「じゃあ、俺はお前に賭ける」

「なんでさ!」

「同じ奴に賭けても意味ないだろ」

「それもそうか」

「……」

 

 

「そろそろかなぁ」

「だろうな、だいぶ狭まってきた」

「……あの世があるなら、皆にまた会えるのかな」

「さあな」

「いつまでたってもドライだな貴様」

「うるさい……いくぞ」

「了解、賭けのこと、忘れないでよ」

「たぶん、な」

 

 

「またね、ソーマ・シックザール」

「またな、ミクイ・イツカ」

 

 

「――さて、勝敗はどっちになるんだろ」

 



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真央霊術院時代
ep.1「始まり」


つたない初投稿ですが、よろしくお願いします。


 ――尸魂界

 

 現世で死んだ人間が大抵たどりつく、所謂《あの世》

 とはいっても、ここ尸魂界で生まれた人間もおり、そういった者たちの一部や、大多数の現世からやってきた幽霊――(プラス)――は、流魂街と呼ばれる、貧民街に降り立つ。

 東西南北、それぞれ80の区域に分かれたその一角。南流魂街78地区《戌吊》

 そこにある一軒のあばら家に、彼女はいた。

「しっかし、ここはほんと治安が悪いねぇ……」

 起き抜けの汗ばんだ額を、薄汚れた布で拭きながら、少女はつぶやく。傍らで伸びている名も知れぬ男は、まだしばらく起きないと判断して、自分が布団代わりにしていた布を被せてやる。女に飢えてか力を見せつける為かは知らないけど、襲われたからついちょっと返り討ちにしてしまったけれど、まだ《生きてる》みたいだし、風邪でもひかれたら後味が悪い。

 つい先日やっとの思いで手に入れた水差しを、粗末なちゃぶ台もどきの上に置いておく。こいつが起きたらまた一波乱ありそうだし、面倒ごとは今はご免被りたい。

「んじゃ、風邪引いちゃだめだよ、お兄さん」

 たぶん聞こえてないだろうけれど、そう続けて呟いて、少女はあばら家を出た。

 《戌吊》は流魂街の中でも治安が悪い。死神たちがいる中央――瀞霊廷から離れた位置にあるからだろう。要は、監視の目が届きづらいのだ。ここでの強者は力、あるいは知恵に秀でている――大凡が悪い意味で、だが。もっと外側のほうに位置する80番街などはもっと治安が悪いのだろうか。死後にも苦労するなんて、そこに配置された魂魄は運が悪いというか、なんというか。自分が言えた義理ではないのだろうが。

 次の寝床を探すために、あぜ道を歩いていく。距離が長いから早め早めに行動せねば。

 空を見上げる。自分が起きたのは草木も眠る丑三つ時、まだ朝までは時間がある。だが今から歩いて行かないと時間には間に合わないだろう。少女は街の中を中央—―瀞霊廷、真央霊術院へ向かって歩き出していた。

 

 

 少女、井塚 実灰は霊力を持った魂魄である。尸魂界にやってきた頃は精神的に参っていたのかなんなのかはさておき、気づいたら《戌吊》の隅でうずくまっていた。そこから、彼女の記憶は始まっている。

 状況も読めず、空腹で動けなかった彼女を見つけたのは、たまたま通りかかった黒服――後に死覇装というのだと知った――の男だった。

 男は空腹を主張する井塚を見捨てず、幾ばくかの食料を分け与えてくれた他、意味不明な質問を投げかける井塚に付き合ってくれたのだ。

「ここどこでしょうか、私死んだはずなんですが」

「お前さん現世の記憶があるのか?珍しいな、霊力もちで現世の記憶があるの」

「現世……?」

「お前さんが死んだのは現世、んでここは尸魂界。所謂あの世だな」

「あの世」

「おう」

「……腹が減るあの世?」

「あー、ちょっと現世の人間が考えるあの世とは違うかもな、詳しく説明すると――」

 男は丁寧に説明してくれた。尸魂界の在り方、そこで暮らす人々、そして自分たち、死神の役目を。

 井塚はそれを記憶しようと真剣に聞き入った。あの世、死んだ人間が来たり、この世界で生まれた人たちが住み、生きている世界。あの時した《賭け》を思い出す、あれが本当にできる可能性が見えてきた。ちょっと元気が出たぞ。

「んで、だ。お前が腹が減るってことは、霊力がある証拠だ」

「ん、そうなんですか?」

「おう、霊力の無い奴は腹は減らないからな。嗜好品みたいに食べたり、後は水は必要だから水分を摂る位だ」

 霊力。それは死神になるためには必要最低限の才能らしい。霊力がある人は空腹感を覚えるのが一般で、流魂街出身の場合、大体が食い扶持を得るために死神になろうと真央霊術院という、死神になるための学校へ向かうらしい。だが、往々にして差別的なものがあり、流魂街と、瀞霊廷それぞれの出身者の間には溝があるとか。どんな環境でもそういった問題は存在するようだ。

 目の前の男はそういうものを実際に見聞きしていたようで――死神だから当然だが――、話す内容は現実味を帯びている。何か苦労したのだろうか、と邪推してもみるが、それよりもだ。

「つまり、死神とは尸魂界、ひいては現世における治安維持組織、ということでしょうか」

「ま、大雑把に言えばそうなるな」

 治安維持というよりバランサー、とかとも言うらしい。

「真央霊術院にはどうやって入れるんですか」

「……お前、死神になる気か?」

「勿論」

「食い扶持を手に入れたいってなら、他の仕事を探したほうがいいぜ。いつ死ぬか分からない仕事だ」

「そんな仕事をしてるあなたが言いますか」

 そういい返すと、男は苦笑して頭を掻いた。初対面なのにずいぶんと優しい人だ、これは根っからのお人好しで、後々苦労する質と見た。

「それに、大丈夫ですよ。これでも生前は最前戦で先頭切って戦ってましたし、体の動かし方くらいは覚えています」

「はぁ?お前、見た感じ日本人だろ?現世の日本じゃ確かに戦争が起こってるとは聞くが、軍人は大体が男だって話だぞ、どういうことだ」

「――は?」

 戦争?軍隊?

 何を言っているんだ、とこちらも怪訝そうな表情で見つめる。と、今更思い浮かんだことがあった。

「まって、現世今何年、そんでもって月の色は」

「は?」

「いいから答えて!」

「……1900年位だったはずだ、月の色は青、っつーか、青と緑?色んな色が混じってたな」

 嘘だろ。

 月はその時代だったら、まだ緑化はされていない、されているはずがない。だって月を地球と同じ環境にしたのは、あの子だ。それを行ったのは2071年、1900年代とかでは断じてない。

 月の色が白だったら、まだ過去に飛んだということで納得はいった。だが、現実には月の色からして緑化が済んでいる。これから察するに、ここはやはり……。

「お兄さん」

「どうした、すげぇ顰め面してたから驚いたぞ」

「いえ、はい、まぁ色々私の知る現世とかなり違っていたので、少し驚きまして。余計――死神になりたくなりました」

「……本気か」

「本気です。知りたいこと、やりたいこと……探したい人が一気に出てきたので」

「それは死神にならないと」

「できないことです」

 むしろ探し人はどこにいるか、どころか存在しているかどうかも分からない。だからこそ、現世にも行くことがある死神になりたい。

「それに、それだけではないんです」

「ん?」

「さっき言ったじゃないですか、戦ってた、って。……誰かを守る仕事、誰かを助ける仕事、あと、強いのと戦うの、好きなんです」

 強敵に一人、時に仲間と一緒に立ち向かうときの、なんとも言えない緊張感と高揚感は、今でも鮮明に思い出せる。助けた人からの感謝の言葉も、反面妬まれるような、恨まれるような視線も思い出せる。だが、それらすべてが遣り甲斐で、生き甲斐だった。あの仕事に――神機使い、ゴッドイーターに誇りを持っていたのだ。あの職場が、井塚のすべてだったといっても過言ではない。

「だから、教えてください。死神のなり方」

 だんまりを決め込む男に縋りつき、説得の言葉を投げかける。ここは中央から離れているから、詳しい情報源、それも安全で、いい人なんて滅多にいない。これを逃す手はないのだ。

――無言の攻防は、男が折れる形で決着した。

 

 

 

 それから数ヶ月、ようやく試験の日がやってきて、井塚は瀞霊廷への道を歩いている。あの男――志波 海燕というらしい―—から色々と教わったから、予習は大丈夫なはずだ。というか、自分のわがままに付き合ってくれた形だというのに、あの男はお人好し過ぎないだろうか。

 彼からもらった、手描きの地図を見る。世話好きな人だった。配属されるなら、現時点では彼の下がいいな。

 そんなことを思いながら、井塚は一人、進んでいった。



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ep.2「出会い」

一先ずここまでで小説を公開いたします

ここから先の小説は亀くらいの更新率になる予定なので、
気長に待っていてください


 校内を歩いていると、様々な視線にさらされる。それは妬みを含んだものだったり、羨望をふくんだものだったり。そんなものを気にしても仕方がないので、そのまま目的地である試験結果が掲示されている場所へと向かう。

――試験に無事に合格し、入学した私は、死神になるべく一組で頑張っています。

 一組。特進学級のそこは、入学試験に置いて優秀な成績を修めた生徒が所属している。ここの卒業生は護廷十三隊入隊には留まらず、席官以上の地位に行くことを目標とし、通常のカリキュラムとは異なる授業を受けることになる。

 実際に働いている死神に勉強を教わったからか、井塚は一組に入れる最低ラインを通過していたようで、それを知ったときは通知書を五回位見直したのは記憶に新しい。

 だが、そこで安心してはいけない。生前、様々な化け物――アラガミと対峙し、これを討伐してきた身とはいえ、日本刀を扱うのはこれが初めてだ。環境が環境だったために学校にも行っていなかったし、学ぶことは多くある、と考えている。実際、入学してから最初の試験までのここ2ヶ月ほどの授業は、色々ときつかった。一組だから、というのもあるのだろうが。

 今回、初めての試験。自己採点と分析は済ませたし、先生からもアドバイスは色々ともらったが、やはり全体的な順位は気にかかる。折角一組になったのだ、自分を入れてくれた誰かの期待に応えるためにも、頑張らなくては。

 生徒でにぎわっている順位表の前。一先ず後ろから見える順位を、下から確認していく。

「……あ、七番目か」

 ふむ、最初のにしてはなかなかの順位。だが特進学級としてはやはり下の方だ、他の面々はほとんどが自分より上の順位である、エリートすごい。一位も特進学級の生徒だった。

「朽木くんが一位か」

 朽木 白哉。四大貴族とかいう、尸魂界の貴族階級の中でも上位四つの貴族の一つ、朽木家の跡取り息子だとか。本人からも、どことなく整った雰囲気、気位のある風格が漂っている。挨拶程度にしか話したことがないが、厳格な家だったのか、少々堅物な印象を、井塚は感じていた。

 だが、その反面、どこか少年のような快活な雰囲気を感じてもいて。

「あれはシュンから、成長してブレンダン先生になると見た」

 生前の仲間――プライドが高く口も悪いが実力者だった小森 シュンと、それとは逆の、規則を重んじるブレンダン・バーデルを思い出しながら、井塚はくす、と笑った。

 さて、順位も確認したことだし、午前の授業を受けに行かなくては。昼休憩の時は昼食を早めに済ませて白打と瞬歩の鍛錬をして……。くるり、と教室に向かうために踵を返した井塚の背中を、誰かの視線が追いかける。が、それはいつものことだったので、彼女はそれを無視した。

 その相手が、今考えていた《朽木 白哉》とはまったく気づかずに――

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 昼休み。

 たまに昼食を一緒に取らせてもらっている、同じ地区出身の子たちと別れて、井塚は鍛錬場にやってきていた。先ほど時刻は確認し、頭の中で予定もしっかりと建てた。あとは自分で見つけた反省点と、先生のアドバイスを元に、白打の練習をするだけ。

――なのだが

「えぇっと……何故ここにいるのさ、朽木くん」

「私も鍛錬に来たからだ」

 マジか、と声に出さなかった自分は偉いと思う。基本、昼休み、しかも試験直後には誰も来ないだろうと思ってここにやってきたのに、まさか学年一位がやってくるとは予想していなかった。いや生真面目そうな気はしていたから、何かしらやってそうな気はしたけれど。今昼休み、昼食直後、無理したら腹痛起きる。うん、自分が言えたことではないがこの時間に自主鍛錬は馬鹿だ。自分が言えたことではないが。

「何をしている、ここに来たのは鍛錬するためだろう?」

「あ、うん、そうなんだけど」

 何故君は私の目の前に立っているのかな、そしてなぜ構えているのかな。

「白打は戦闘の際に用いる体術だ、誰かと組手した方が技術も向上する」

「いや言っていることは分かるけどぉ!?」

 反論を言い切る前に飛んできた拳を、受け流すことで何とかかわす。というかこの勢い、本気で怪我させるつもりか。

 そのあとも次々と飛んでくる拳や足、技を紙一重でかわす。合間合間に白哉を観察してみるが、その瞳にはこちらを害するような気持ちは見えてこない。よほど本心を隠すのがうまいのか、それとも本当にただ鍛錬を誰かとしたかったのか。

――というかこの人、強……っ!

 対化け物には慣れているが、対人戦は一部を除いてほとんどない井塚。だが、実戦経験は目の前の少年よりはある、と自負している。しかし今、井塚は白哉の攻撃をかわせているとはいえ、攻撃に踏み込むことが出来ないでいた。体力的には五分五分だが、このままではジリ貧、恐らく最終的には自分が負けることになる可能性が高い。

 無理やり隙間を突いて攻撃するしか、ない。休むことなく飛んでくる攻撃、それを分析する。行動は無意識にパターン化することが多い、体を動かすことなら猶更だ。予備動作や、ある行動をしたら次にこれ、と脳が決める。それを見切り、隙をつけば……!

 って、それが簡単にできたら苦労はしない。相手の攻撃をかわしながら、その一挙一動に気を配り、それらを記憶、パターンの分析。脳がパンクする。そもそも、そういえば、尸魂界に来てから体鍛えてないからか、体を動かすとやけに重く感じるときが多々あった。これは自主鍛錬に筋トレを加える必要がありそうだ。

 と、思考がずれてしまったからか、はたまた集中力が切れたのか、一瞬井塚に隙が生じた。それを見逃さない白哉ではない。素早く利き腕の手首を掴み背負い投げ、床にたたきつけた。

「あだぁっ!?」

「鍛錬中に別のことを考える余裕なんてないぞ、そのままだと、戦場ですぐ死んでしまう」

「うぐぐ……正論だから何も言い返せない」

 あたたた、と背中を摩りながら起き上がる井塚。と、白哉がまだ腕をつかんでいることに気づき、怪訝そうに見上げる。

「どうしたの、朽木くん。そろそろ次の授業の準備しなきゃいけないから、もう一戦はしないよ」

 訊ねてみるが、白哉は無言のまま。いったいどうしたのだろう、と井塚が首をかしげていると。

「貴様、なぜそこまで食らいつけるんだ」

「ん?え、それが気になっていたの」

「成績は一組の中では下位、おまけに流魂街出身ということは、食い扶持を得るためにこの道を選んだのだろう?」

 だからこそ、そこまでする理由が気になったのだ、と言う白哉に井塚は目を瞠る。こいつ、自分のことそんなに観察していたのか。自分は空気みたいな存在だと思っていた井塚は、内心で感心した。

「食い扶持を得るため、ってのは事実としてあるけど。他にもいくつかあるんだよね」

「それが、上位に食らいつく理由になると?」

「生きる為なら、確かに上位に行く必要はないけどさ。技術力を上げていかないといけないじゃん?」

 生前、人を守るために、化け物と対峙していた井塚からしたら、虚と戦って生き延びるために必要な、最低限の基準は決まっている。生前の自分を超えることだ。

 オラクル細胞の注入による身体能力、五感の上昇を抜いたとしても、今現在のこちらの身体能力との差は雲泥の差だ。無論、こちらが泥である。これでは強力な虚にであってしまったら、すぐに死んでしまうか、重傷を負うことになる。

「それに私さ、守りたいんだよ、人を」

 もはや職業病とでもいうべきなのだろうか。誰かを守ることが当たり前だと、井塚は考えてしまう。もしかすると生前、結局守り切れなかった後悔からくる気持ちなのかもしれない。それでも、守りたいのは事実。

「もう、誰かが目の前で死んでいくのをただ見るのは、ごめんだね」

「……」

 沈黙で返す白哉に、井塚は苦笑を浮かべた。少々暗くしすぎてしまったか。

「なんてね。ま、とにかく私は生きたいのさ。生きていれば万事どうにでもなるけど、だからといって武器を取って戦わないのは性に合わない、以上!」

 明るい口調でそう締めると、井塚は立ち上がった。白哉は、何か考え込むように俯いている。

「朽木くん?早くしないと次の授業、遅れるよー?」

「……あ、あぁ」

 どこか上の空で立ち上がる彼に、井塚はまた苦笑する。

「ま、君が何を考え――あるいは悩んでいるかは知らないけど、今は学ぶことに集中すればいいんじゃないかな」

「学ぶこと」

「そそ。一石二鳥、なんて都合がいいことは滅多に起きないんだから、ひと先ずは目の前に集中する。考えるのは後からでもまだ、間に合うからね」

 そう、まだこうやって学校生活を送れるうちは時間があるのだ。悩むがいい若人よ。これで彼の方が年上だったら笑ってしまうが。

 へら、とわざとらしくだらしない笑みを浮かべると、白哉は眉をへの字に曲げた。おや、今の言動のどこにそんな表情になる要素がたっただろうか。首を傾げると、白哉は何でもない、と言って踵を返す。

 怒らせてしまっただろうか、気に障るような態度をとったつもりはないのだが……、井塚は内心でまた首を傾げながらも、白哉の後に続いて、鍛錬場を後にするのだった。

 

 

 

――次の日から、何故か頻繁に白哉が話しかけてくるようになり、頭を抱えることになるのを、彼女はまだ知らない



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ep.3「回想す」

――拝啓、志波 海燕先生

 春の陽気もあっという間に過ぎ、世は俗にいう夏に近づこうとしています。

 病弱だという隊長さんは息災でしょうか。あ、海燕先生は息災なのはわかり切っているので聞きませんよ。

 私は元気に一組にへばりついてます。エリート街道をぎりぎりで突っ走るのは容易くないですね、たまにいつ寝たのか分からなくなる位には疲れます。

 そういえば友人、と言っていいのか分かりませんが、それらしき人物が新たにできました。同じ一組の朽木 白哉くんです。前回のテストの後、組手を半強制的にやらされてから何故かよく話しかけてきます。

 一日でも早く学問を修め、海燕先生の所属する隊に入りたいと思います。

 

 追記:一組内でのぼっちは脱出したぞざまぁ

 

「……ふぅ」

 一組に入るのが決まったことを話したときに「大丈夫か?卒業まで一人ぼっちで行くなよ?」と半分冗談かどうか分からない心配をされたことを思い出したら、つい筆が滑ってしまった。まぁ勝手に筆が走ったのだから仕方がない、このまま手紙を出してしまおう。

 今日は休日。大体の生徒は軒並み実家や、世話になった人物のところに帰ってしまっている。霊術院に残っている生徒はほとんどいない。そんな時の宿舎の空気はどこか、生前のある時を思い出す。

 アラガミの――絶対的捕食者と呼ばれ、滅ぼすことがほぼ不可能と言われた化け物たちの絶滅と、世界中の生き物の命と引き換えに、百名ほどの人類のみが、作り直される新世界に行ける。そんな計画が、様々な偶然から自身が所属する支部内で露見し、内部分裂が起きたことがあった。

 全員が苦悩していた、ように思う。大勢の命を、自身の知り合いを見捨てて、アラガミのいない世界への切符を手にするか、いつ沈むかも分からない泥船に、世界中の人々と共に乗り続けるか――前者の立場に立った仲間たちは切符を片手に箱舟に乗りに行き、後者の立場だった仲間たちも、一部が反逆者として逃亡生活を負わざるを得なくなり、人手不足の中、残った仲間たちも討伐任務に駆り出される頻度が増え……、あの頃の支部内は、本当に閑散としていた。

 人の気配がないのは、これほど寂しいものなんだ、とあの時初めて実感したように思う。それまでは、それなりに人の賑わいがあったし、人の入れ替わりはあっても、少なくなることはあり得なかったから。

 自分だけが、ここにいるのではないかという恐怖心もあって、頻繁に仲間の部屋に突撃していっていたのも、懐かしい思い出だ。彼は不機嫌になりながらも、毎回ちゃんと迎え入れてくれた。

「いやぁ、あの頃は実に青かった」

 今では、この静寂にも慣れ切ったものだ。一人での長期任務も頻繁に出るようになり、野営をすることも多かったからだろう。人は変わるものだ。

 さて、手紙は書き終えた。これを出しに行った後は何をしようか。最近は白哉が鍛錬に付き合ってくれるのもあって、体術はそれなりに上達していっている。彼からの助言は厳しいながらも的を射ており、とても参考になった。尊敬と半分からかいも含めて「朽木先生」と呼んだら、塵を見るような目で止めろ、と釘を刺されたが。

「鬼道も白打も朽木くんに見てもらっているし、そうなると残りは瞬歩か斬魄刀か」

 瞬歩に関しては、生前のステップの要領を思い出して実践したら、簡単にできた。それを自慢げに白哉に見せたらその次の日には追い抜かされたが。対抗してくるところを見るに、やはりあれはシュンタイプだ。対抗するにしてもきちんと追い越してくる辺り、才能にも本人の気質にも恵まれている。

 ……思考を元に戻そう、今日行う自主練についてだったか。

 消去法で考えていったが、今くらいしかできないことは一つ。斬魄刀との対話だ。これは一人でなくては出来ない。

 自室の隅に立てかけておいた浅打を手に取る。霊術院に入ったとき、全員に貸与されたそれは、長く身に着け、触れ合っていくうちに、それぞれの斬魄刀として目覚めていくらしい。

「ほんと、不気味な代物だね」

 ――そう、不気味。井塚は浅打の説明を聞いて、そう感じたのだ。持ち主の性質を「学習」し、それに「適合」、そしてその力を己がものとして「活用」する。それはまるで、アラガミのようだ、と。

 だからこそ、斬魄刀との対話の授業の時も、井塚は敢えて真剣に打ち込もうとはしなかった。もしこれに、アラガミと似た性質が、気性があるのなら……それはきっと、他の誰かの前で見せてはいけないものだと、推測した為に。

 それに、不安でもあるのだ。自身の魂の状態から出来上がるという、斬魄刀。その本質が生前のそれに起因するなら――出てくる本体は即ち、アラガミだ。

 生前、世界中を跋扈していたアラガミ。通常の兵器では歯が立たず、二進も三進もいかなくなった当時に生み出されたのが、井塚達神機使い――通称、ゴッドイーター。アラガミを構成するオラクル細胞に適合しそれを体内に宿し、それでも蝕まれる可能性を偏食因子で防ぎながら、アラガミを討伐する「人のアラガミ」として、戦っていた。

 それでも、オラクル細胞を制御し、偏食因子を介しての神経伝達等を行うP53アームドインプラント、通称「腕輪」が破壊されるか、何らかの要因により偏食因子を一定期間接種できなかった場合、ゴッドイーターはアラガミと化してしまう。その実例を、井塚は何度も見てきた。アラガミ化し、人と獣との合間を彷徨う上官の精神世界に、図らずも飛び込んでしまったこともある。その最奥部で、自身の中から現れ出るアラガミ(もう一つの自分)と戦う上官に加勢したことも。

 脳裏に浮かぶ、あまりにも強大だった精神世界のアラガミ。もしあれが、この斬魄刀の本体だとしたら……?対話をし、名前を聞くのは兎も角、屈服させ、卍解を得るのは通常のそれよりも至難の業となるだろう。最悪、始解を得る間もなく「自分」に喰われる可能性も高い。

 だとしても、いつまでも逃げているわけにはいかない。それにまだ、斬魄刀がこちらに応えることはないだろう。刃禅をする場所は、一先ず外れにある森の広場にするか。森の中に点在する開けた場所は、井塚の良い訓練場所となっている。

 手紙と浅打を片手に宿舎を後にする。日の傾きから判断するに、日が暮れるまではまだ多少の時間はある。精神世界には行けないだろうが、集中することはなんにせよいいことだ、存分にやろう、と井塚は走り出した。

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 朽木 白哉は宵闇の中、霊術院まで歩いていた。明日からまたいつも通り、授業が始まるというのにここまで遅くなったのは、落ち着くあまりつい実家の屋敷に留まりすぎていたのだ。忙しい父や祖父と短いながらも対話できたのも、要因の一つであろう。

 宿舎までの道すがら、片手に持った土産袋を見る。帰る家もないから、と宿舎に残っている学友へのものだ。彼女は気さくな人物だから、何にせよ喜んでくれるだろうと思いつつも、真剣に選んだ品だった。

 井塚 実灰。一組に残るギリギリの成績を維持しつつ、それでも尚食らいついてくる少女。座学や鬼道、白打の成績は組の中ではまだまだだが、剣術と走法の実力は上位にも届く勢いで伸びている。授業態度もよく、教師からの覚えも良い。

 そんな彼女だが、何故かクラスメイトとは一定の距離を置いている。流魂街の出身ではあるが、幸いなことに現在のクラスにそれを鼻にかける生徒はいない。本人自体の性格が悪いわけでもなく、それなのに親しい友人はいない。昼時は他クラスの生徒と食べているのを何度か見たが、その面子もコロコロ変わっていることから、そこまで親しくはないようだ。

 そのことを訊ねてみると、井塚は「ストーキングは犯罪だからやめよう」とよくわからないことを言ってきた。ストーキングとはなんだろうか、父や祖父に訊ねてみたが、知らないと言っていた。彼女独自の単語だろうか。

 今頃彼女は何をしているだろう。世話になったという死神に手紙を出すとは言っていたが、それで一日潰してしまうとは思えない。土産を見せたらどんな表情をするだろうか……。

 貴族の中でも最上級である朽木家の人間だからか、余り気の置けない友人がいなかった白哉は、遠慮なく接してくれる井塚に、それなりになついているのだった。

 宿舎にたどりつく、と、玄関で誰かが寮長に怒られているのが見えた。その人物をみて、白哉は瞠目する。

「……何をしているんだ、井塚」

「ん、ああこんばんは、朽木くん」

 そう、井塚が怒られていたのだ。規則はしっかりと守る彼女が珍しい、いったい何があったのだろうか。

「いや何、ちょっと刃禅をしていたんだけど、遅くなっちゃって」

「丸々三刻をお前の中じゃ『ちょっと』で済まされるのか」

「いやそういうわけじゃないんですよぉ!」

 再開される寮長の説教に、井塚がぺこぺこと頭を下げている。話の内容から伺うに、夕方までに戻ると言っていたのに、痺れを切らした教師が探し出すまで刃禅を組んでいたらしい。

 なおも謝罪と弁明を繰り返す井塚に、白哉は感心するべきか呆れるべきか迷う。実際、とんでもない集中力であることは違いない。違いないのだが、集中しすぎるのは危険だ。

 まぁその辺りのことは、寮長や教師からみっちり指導されるだろう。土産は後で渡すことに決め、白哉は男子用のエリアに向かって歩き出した。




思ったより筆がはやく進みました

何故か白哉が天然ストーカーに……


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ep.4「顔合せ」

 特に何事もなく過ぎていった日常。あっという間に月日は過ぎて、もうすぐ進級となった冬のある日。

 井塚は約一年ぶりに、海燕と流魂街で顔を合わせた。

「や、お久しぶりです海燕先生」

「おう……その先生呼び、何とかならねぇ?」

「お断りします!」

「うわいい笑顔で言い切りやがったよ」

 表情を引きつらせる海燕に対し、井塚は実に楽しそうにしている。誰に言われようと、海燕は自分にとって最初の先生であり、この世界で初めて出会った「人間」だ。刷り込みのようでもあるが、懐くし、頼りにするし、そして遠慮が一切ないのもご愛敬。海燕も振り回されながらも、生来の気質から、井塚のことは気にかけていた。

 街道を歩きながら、手紙では語り切れなかったあれそれを話していく。春先の座禅騒動は爆笑されると同時にしっかりと説教を受けてしまい、もう時効だろ、と思ってしまったのは秘密である。

「そんでもって朽木くんなんですけどね、このたび飛び級が決まったそうです」

「おーあの朽木家の一人息子か、相当優秀なんだって?」

「はい。とはいっても、海燕先生ほどではありませんけどね」

 入学してから知ったことだが、目の前にいる海燕は僅か二年で卒業し、すでに今、副隊長という地位に隊長自ら推されているという逸材だった。優秀なうえに性格もいいとかハイスペックすぎる、と手紙に書き綴ったのもいい思い出だ。

 霊術院には飛び級制度があるとはいえ、それが使用される例は少ない。よほど優秀な生徒でなくてはいけないからだ。だからこそ、それを何度も使用され、二年で卒業していったという彼の実力は凄まじいものなのだろう。

「んなこと言ってもなあ、俺よりもっと短い期間で卒業したのもいるらしいぞ」

「えっ、それってもしや一年で、ってことですか」

「おう、しかも見た目は少年ときた」

 市丸 ギンっていう死神だ、と海燕は身振り手振りで説明してくれる。銀色の短髪、見た目は少年。どこか狐を思い出させる顔だちをしているとか。一年で卒業した上、即席官に就いたらしい。なにそれこわい。

「とんだ化け物ですね……」

「だろう?おまけに、その顔だちや言動からも胡散臭さがにじみ出てるみたいでな、俺はちょっと苦手だ」

「あれ、意外ですね、海燕先生がそう言い切るなんて」

 ちょうどいい甘味処に入り、席に座りながらそう口にする。注文はどれにするか。

「ん~どういうわけか、あいつの腹ん中が見えない、ってのもあるだろうが……」

「だろうが?」

 ふむ、今日は寒いし、あったかいお汁粉にしてみるか。

「何か一人で抱えて、突っ走って死んじまいそうなんだよな」

「全部抱えて、一人でやり切ろうとして潰れるタイプですね、わかります」

「なんか実感籠ってるな、生前に似たようなやつでもいたのか?」

 いたというか、自分も含めて周りにはそんな人間が四、五人はいたと思う。自分は上官を何とかアラガミ化から救おうとした時に無茶したし、仲間のソーマは親の不始末だっつって突っ走って死にかけるし、先輩のサクヤさんや仲間のアリサも、当時隊長だった自分に内緒で敵の本拠地に乗り込んで嵌められるし。こうして並べ立てると、やはりなんだかんだで全員一人で抱えようとする人材ばかりだったな。よく最後まで死ななかったものだ。

 海燕の疑問に苦笑しながら、井塚は口を開く。

「周りの人間は自分の含め、そんな人ばかりでしたからね」

「お前もか」

「死にかける度に、もう無茶はするなって怒られて、それをお前が言うかって軽い口論になってました」

「うわぁ……」

 懐かしいと思いながらそう言うと引かれた、解せぬ。そろそろ、と店内を歩き回っている女性に声をかけ、注文する。

「自分、お汁粉で」

「あ、んじゃ俺はおはぎ」

 注文を受けて女性が下がると、海燕は眉を寄せて井塚に話しかける。

「こっちではもう無理するなよ」

「善処します」

「それ実質『いいえ』じゃねぇか……」

「死にかけるのは慣れてますし、死ぬつもりはありませんから!」

「そういう問題でもねぇよ」

 頭を抱える海燕を尻目に、井塚はカラカラと笑う。そう、生前の仲間もだが、井塚自身、死ぬ気はないのだ。ただ問題を解決しようと一人突出し、死にかけることが多々あるだけである。

「ま、生き延びる覚悟はありますよ?生前の自分の隊はそれが基本理念でしたから」

「あーそういやお前さん、隊長になったこともあるんだったか」

「ほんの二年程ですけどね」

 アリサが設立した独立支援部隊クレイドルに所属するために、同期のコウタに後任を指名して、さっさかソロになったのはいい思い出だ。自分に隊長は合っていなかったのだろう。

「私の前任がいつも口にしていたんです。

『命令は三つ。

 死ぬな

 死にそうになったら逃げろ

 そんで隠れろ

 運が良ければ、不意をついてぶっ殺せ』

 って」

「それ命令三つじゃなくて四つの間違いじゃないか?」

「これをがちがちの新人に聞かせて、そうツッコミを貰って肩の力を抜いてもらうのが目的なので、これでいいんです……で、最後にはこう締めくくってました『生きてりゃ万事どうにでもなる』と」

「ほう」

「そんなわけで、私は生前の偉大なる隊長殿の教えを守るため、死ぬわけにはいかんのです」

「もう一回死んでるからここにいるんだけどな」

「それは言わないお約束ですよ、海燕先生」

 あの状況で生き延びろ、って方が無理がある。星のどこにも逃げ場が無かったというのに。そんな中でも意地で最期まで戦っていたのは、今考えると素晴らしいくらいに馬鹿なんだが。

 と、運ばれてきたおはぎに串を刺しながら、海燕がそういや、とまた口を開く。

「生前、なんでお前さんが死んだのか聞いてなかったな。他のことは話すのに」

「あー……」

 正直、あの時のことはまだ平常心のまま話せるかも分からない。思い出すくらいなら問題ないのだが、それを口にするために、詳細に思い出さないといけないのが苦痛なのだ。

 それに、あの時の状況を目の前にいる海燕がどれだけ理解できるのか、という問題もある。今現在建てている仮説が正しいなら、この世界は生前のあの世界の犠牲の上に、成り立っているのだ。それを知るだけでもちょっとしたダメージを受ける可能性もある。

「私の生前、海燕先生も察しているでしょうけど、すごく特殊なんですよ。それを説明するのにも時間が結構かかりますし……正直、自分はまだ()()を乗り越えられていません」

「意外だな。明るく話してるものだから、きっちり精算できていると思ってた」

「そりゃあ、あの日以外は大変でしたけど、とてもいい思い出ばかりですからね……でも、あの日だけは、今でも夢に見てしまうんですよ」

「そうか、悪かった」

 あっさり引き下がり、謝罪を口にする海燕に、井塚は頭を上げてください、と慌てて言う。こちらがそれを伝えてなかったのだから、乗り越えていると誤解されるのも仕方がないのだ。

「海燕先生が謝ることないですよ、いつかこれは、区切りをつけないといけないものですし」

「あぁ、そうだな。もしきつくなったら、遠慮なく相談してくれ。あ、例の朽木の長男でもいいぜ?」

「朽木くんにはそも、生前のことについて話したことないんで、後者はあり得ないですね。海燕先生に相談は……まぁ、善処します!」

「だからそれは『いいえ』と同義だっつってるだろ……」

 再び頭を抱える海燕を見ながら、お汁粉を飲む。うん、おいしい。生前は食料が乏しく、食べるものが少なかったからか、尸魂界に来てからの食事一つ一つがすべて美味しく思えてくる。

 ホクホクとした様子で井塚がお汁粉を堪能していると、何を言っても仕方がないとあきらめたのか、海燕もおはぎを食べ始めた。そういえば、これは見るのが初めてだったな、と思って訊ねてみる。

「海燕先生、そのおはぎって、何でできてるんですか?」

「お前現世で見たこと……って、確か食糧難だったんだか。こいつは米が主な原料で――」

 海燕の説明を熱心に聞き入る井塚。

 何でもない日常を噛みしめながら、今日もいつものように、過ごしている。



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ep.5「拒絶す」

割とまじめに急展開すぎたと思ってます

どうしてこうなった


 進級前の最後の日、白哉は不機嫌だった。何故かは井塚にも分からない、というか話してくれないのだ。何かあったのかも分からなければ、こちらも対処のしようがない。

「どうしたのさ、朽木くん。朝っぱらからずいぶんと不機嫌だけど」

「……」

「次年度からきみ三年生に混じるんだぞ?そんな雰囲気じゃ馴染めないと思うなー」

「……」

「……あの、何か言ってくれないかい?流石に『なんでも相談窓口』と言われた私でも、話してくれなきゃ何もできない」

 そう言ってみるが、やはり無反応。井塚ははぁ、と深いため息をついた。ちなみに「なんでも相談窓口」とは、同期の生徒のほとんどと、それなりに関わり、それなりに相談に乗っていたりしたら、いつの間にかつけられてしまった呼び名だ。本人的にはそんな大層なものではないと思っているのだが。

 もうすぐ午前の授業が始まってしまう。その前に、この不機嫌な雰囲気をまき散らして、周囲を重くしている白哉をどうにかしなければ、周囲の懇願の目がなくならない。というかみんなも手伝ってくれ。

 と。

「……だ」

「ん?」

「貴様と離れなくてはいけないのが、いやだ」

「は」

 はぁ!?

 白哉から発せられた予想外の言葉に、井塚が思わず叫び声をあげる。一方の白哉はいまだに不機嫌そうな――いや、すねたような表情をしている。

 最初の定期考査の後のあれ以降、他の生徒より比較的親しい関係を築き、友人と呼べるくらいにまではなっていたとはいえ、今回の言葉は意外すぎた。

 少々短気なところがあるとはいえ、朽木 白哉は貴族の長男だ。弁えるところは弁え、礼節を重んじ、優秀な死神になるための鍛錬は怠らない。

 それが今、井塚と離れるのが嫌だ、という理由ですねているのだ、驚くほかあるまい。

「何言ってるのさ朽木くん、頭打った?大丈夫?保健室行く?」

「どうしてそうなる!」

「いやだって君からそんな、デレ全開の言葉が発せられるなんて予想外でさぁ。ツンデレの流行はあと百年程先のことだよ?」

「時折、貴様が何を言っているのか分からなくなる時がある……」

「おや奇遇だね、私も今の君の態度の理由がわからない」

 そう笑って言うと、何故かきっ、と睨まれてしまった。何故だ、何も間違ったことは言っていない。

「確かに、一年程早く朽木くんは卒業してしまうことになるけれど、何も明日からすぐに護廷十三隊に入って死地に向かう、ってわけじゃないし。同じ校舎内にいるんだ、休み時間にいつでも会えるさ」

 ケラケラ、とわざとらしい笑い声をあげてそうフォローを入れる。冷静に考えれば、白哉が自分以外と親しく話しているのをほとんど見たことがない。四大貴族だか、高尚な立場の人間だ、距離を置いてしまう人間も多いのだろう。井塚にしてみたら、そんなものは側溝にでも捨ててしまうくらいには、いらないものだが。

 そんな白哉に、我ながら気さくに話しかけているのだ。気の置けない友人候補として、懐かれるのも仕方ないのかもしれない。

 そんなことを思いながら彼女が白哉を見ると、どこか複雑そうな表情でこちらを見ていた、何故だ。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

――確かに、一年程早く朽木くんは卒業してしまうことになるけれど、何も明日からすぐに護廷十三隊に入って死地に向かう、ってわけじゃないし。同じ校舎内にいるんだ、休み時間にいつでも会えるさ

 彼女の言葉に、納得した気持ちと、違うという気持ちが綯い交ぜになる。何故そんなものが胸中に湧き出でているかはわからない。

 春先以来、交流を深めていた井塚は、飛び級の話をしてもその場では「よかったね」の一言のみだった。後日、祝いの品として厄除け鈴の耳飾り、とかいう胡散臭い品を送ってきたときは、その感性のずれに自室で呆れてしまったが。その贈り物を律儀につけている自分も、大概なのだろう。通常は中に玉が無いため音は鳴らないが、持ち主に害が及びそうになると音が鳴るらしい。やはり胡散臭い。

 飛び級するのはいいことだ。死神になり、一日でも早く役目を果たすのは、幼少からの目標だった。

 だのに、今はその目標とは反対に、井塚と離れるのを嫌がる自分もいる。

 気の置けない友人と離れるのが嫌だから?否、それなら彼女の言う通り休み時間に会いに来ればいい。

 ならば、一体何故なのか……。始業の時刻になり、授業が始まってからも、白哉の疑問は解決することなく、胸の中でしこりとなって残り続けた。

「朽木くん」

「……なんだ」

 昼休み。珍しく他クラスの人間に会いに行かなかった井塚は、白哉に声をかけてきた。

「ほれ、昼食を食べながらじっくりと話そうではないか」

「分かった」

 裏庭に行くよ。そう言って踵を返す井塚の後を追いながら、ふと白哉は、昼食をともにするのはこれが初めてだな、と思い至る。昼時は交友関係を広げるには一番の手段、と彼女が言っていたから、その時間はいつも白哉は一人か、貴族間の繋がりのため、そういった関係の生徒と昼食をとっていた。

 目的の場所につくと、何故か周囲を確認する井塚。人に聞かれたくない話でもあるのだろうか……不思議に思いながらも、ちょいちょい、と示された彼女の隣に腰を降ろす。

 井塚が持ってきていた昼食は、少々大きめのおにぎり三つ。これがこの少女の胃袋に入るのか、と見つめると、白い目で見つめ返された。

「私の食欲は常人の二倍なのだよ」

「そうか」

「……ツッコミが入らないボケなんて……っ」

「今のボケのつもりだったのか!?」

 時たま不意打ちのように出てくる井塚の突拍子もないボケには、毎回振り回される。と、井塚が口を開いた。

「で、朽木くんは何が不満なんだい?」

「不満……?」

「そうさ。死神により早くなれるし、私との交友関係が切れるわけじゃない。さっきも言ったけど、休み時間に会おうと思えば会えるしね」

 で、何が不満なんだい?

 改めて問いかけてくる井塚に、つい、目をそらしてしまう。その間に、井塚はおにぎりの一つを包みから出して頬張り始めた。はぐはぐ、と頬張っているのが雰囲気でわかる。

「分からないのだ」

「ふぐ?」

 ぽつりとつぶやくと、井塚がこちらを向く気配がした。

「確かに、貴様と離れるわけではない。護廷十三隊に今から入り、離れ離れになるわけでもない」

 もぐもぐ、と不快にならない程度の咀嚼音が響く。それでも、視線がこちらに向いているのを感じる。

「そのことは理解できる。だが、何故か納得できない己もいるのだ」

「ふんふん」

「私自身のことだというのに、分からないのだ」

「んぐんぐ」

 ……先ほどから一心に食べているようにしか見えないのだが、井塚はきちんと話を聞いているのだろうか。不安になってきた。

「んぐ。まぁ、朽木くんでもわからないなら仕方がないね」

「……それでいいのか?」

 あっという間におにぎりを食べきった井塚の一言に、白哉は疑問符を浮かべる。自分のことなのに、分からなくていいと、彼女はそういったのだ。

「人には四つの窓があるって言うんだ。

 自分にも、人にも開いている窓

 自分には開いていて、人には開いていない窓

 逆に、自分には開いていないのに、人には開いている窓

 そして、自分にも、人にも開いていない窓」

 指を一つひとつ折りながら、説明していく井塚。

「朽木くんのそれは多分、三番目か四番目の窓の先にあるんだろうね。自分には分からない――というか、自覚していない領域に、その願望の根源はある」

「自覚していない本音、ということか」

「そういうことだね。何故、君が私と離れることを頑なに嫌がるか、私にも分からない。

 ……いや、それらしき候補は浮かんでいるが、君がそれに当てはまるとは思えないんだ」

 そう続けながら、井塚は苦笑する。

「こういった相談事は、個人の主観を入れてはいけないんだけど、そう考えてしまうくらい、答えの候補は『君らしくない』のさ。

 ま、こうやって拗ねている君も十分、私からしたら『らしくない』んだけどね」

 らしさ、なんて相手に対する偏見をいいように言い換えただけの言葉なんだけどさ、と井塚は言葉を一旦切る。どうやら、答えの候補については言うつもりはないらしい。再びおにぎりを出して、口にしながら話し出す。汚いぞ。

「むぐ、まぁどっちにしろ、はぐ、いつかは離れ離れになるんだし、んま、これがいい機会ってことにしとこうよ」

「口に物を含みながら話すな汚い」

「んく……はい、飲み込んだ……うん、やっぱり言っておくかな」

「先ほどの答えの候補を、か?気が変わるのが速いな」

「万が一、のことがあるからね。君の枷になるつもりはないし」

「――枷?」

 一体どういう事だろう。

「答えの候補の内、一つだけ、君に言っておこう。

 恐らくだが、君は――私に懐いている」

「……まぁ懇意にしている学友だからな、懐くのは」

「当然、と言いたいんだよね、知ってる。でもそうじゃない」

 井塚が一呼吸置く、その瞬間がやけに長く感じた。

「――()()()()()()()。それは今後、死神になるうえで何よりの枷になる」

「……は?」

「言葉を直球にすると執着、一種依存に近づいているのかもしれない。やけに普段の私について知っていた時も、まさかと思って考えなかったけれど、今のそれを聞いてそう直感した」

 その感情は危ないよ、朽木くん。

 真剣な目、見方によっては厳しいとも言える態度で、言葉を積み重ねていく井塚。それとは反対に、白哉の胸中は煮えたぎっていた。

――りぃん、と鈴の音が聞こえた気がした

「死神はいつ斃れるかも分からない職業だ。その中で、()()()()()にそこまで執着するのはだめだ。

 もし万が一、私が虚に倒されたらどうする?人質に取られたら?私が――虚になったら、君は冷静に対処できる?」

 井塚の口から出てくる言葉は、ある種正論だ。その仮定を聞いただけで、煮えたぎる胸中が更に荒れ狂うのを、白哉は感じた。冷静で、いられるわけがない。彼女は()()()()()なのだ。

 だが、それでも納得がいかない。理性は納得するのに、本能が否定する。

「だから――」

「井塚」

「――なんだい、朽木くん」

「貴様は――そなたは、私のこの感情を、この願いを、間違ったものだと、否定するのか」

 どうかそうでないと言ってくれ。そう願っていたのに、井塚から出た言葉は、非情なものであった。

「ああ、否定する」

――その言葉の後の記憶は曖昧だ。気づけば一人、宿舎の自室で蹲っていた。

 その後、井塚を自分から避け、逃げるように卒業してしまった。

 あの時の、何の感情もない井塚の瞳が、脳裏に焼き付いて離れない。



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ep.6「お説教」

 逃げるように走り去る白哉を見ながら、井塚はやりすぎた、と頭を掻いた。去り際に見えた表情は、とてもいつもの彼らしくない、絶望しきったものだった。

「まぁ、これが最善なんだよね」

 自分以外、誰もいない裏庭で、ぽつりと言葉を零す。

 誰かを大切に思うのはいいことだ。だが、その感情を無視して、非情な決断を下さなければいけないことも多々ある。それが死神の業務の中で起きうることだと、生前の仕事から井塚は理解も納得もしていた。だが、白哉は違う。まだその現実を目の当たりにしたこともない、井塚からしたらひよっこだ。あの状態から精神的な成長が見えないのなら――彼は死ぬだろう。

 無論、井塚は死ぬ気も、殺される気も、化け物になる気もない。今のペースでの成長が続くなら、恐らく卒業頃には、神機使いになりたての自分より少し上の実力に到達する。あの頃でさえ、激戦区と呼ばれた極東で、アラガミをばっさばっさと討伐していけたのだ、下っ端としては優秀な部類にはなるだろう。へまをしない限り死なないとも思っている。

 だが、だからと言って重傷を負わないわけでも、化け物にならないとも言い切れない。どれほどの実力を持っていても、どうしようもない状況、相手がいるのだ。確約なんてできない――出来るはずがない。

 だからこそ、井塚はふわふわとあちらこちらの関係に顔を出しながらも、深くは付き合っていなかった。白哉が、実質初めての学友だったのだ。

「耳飾り、送ったのは痛手だったかなぁ」

 初めての友人に浮かれていた自分が、飛び級祝いとして送った耳飾りを思い出す。厄除けの鈴が付いている、という謳い文句のそれは、なんとなく似合いそうだなと思って送ったのだ。小型な上、本人にしか、厄が近づいたときの鈴の音は聞こえない、というので、邪魔にもならないだろうと。

 彼のあれは、気の置けない友人に対するそれにしては、少々執着がすぎた。何度か釘を刺してみたが、さしたる効果もなく今日のあの言動だ。午前の授業中、最悪の可能性に思い至って頭が痛くなった。

 好いてもいない人間に対するそれとは違う、依存にも似た感情。見る人によってはそれを――愛と呼ぶのだろう。

 恋愛的な愛かは兎も角、白哉が自分に、そういったものを抱いているのには気づいていた。というか、好いてもいない相手にこうまでして関わるはずもない。もし関わるのなら、それは何らかの目的がある場合のみだ。

 だからこそ、これからの未来に置いて、自身が深い傷を負うか、命を落とす前に、切っておく必要があった。彼の人生に、自分のせいで暗い影を落とすことになるのは避けたかった。

 鉄は熱いうちに、傷は浅いうちに。何事も、初動が肝心なのだ。

 にしても、先ほどの反応は驚いた。あそこまでショックを受けるとは思わなかったのだ。

「ずいぶんと、朽木くんのことを色眼鏡で見ていたのかな」

 ぽつり呟いても、答えは返ってこない。

 冬晴れの寂しさだけが、彼女を包んでいた。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ってことがありまして、目出度く朽木くんとは疎遠になってしまいっだ!?」

「お前バカだろ、いやバカだったな生前から、根っからのアホだ」

「馬鹿からアホに格上げされた!?」

「お前はまず、その他人に関して鈍感な部分治してこい!」

「ひっどいですよ海燕先生!」

 新年度になり、最初のテストが終わったころ、再び海燕と顔を合わせた井塚がふと、白哉との決別を語っていると、突然頭を叩かれた。井塚にしてみたら、白哉を傷つけてしまったとはいえ、将来的には結果オーライ。ここまで言われるようなことはしていない、といった気持ちである。

 不本意だ、と言いたげな表情で井塚は茶をすする。対して海燕は眉間にしわを寄せ、困ったような顔をして井塚に話しかける。

「生前の話のあれこれを聞いていた時から思ってたが……お前、やっぱり人の機微に鈍感だな」

「そんなことありませーん、生前からきちんとメンタルケアは出来てましたー」

「大半が仲間からの助言と感応現象のおかげだろ」

「うぐっ」

 言葉に詰まると、海燕からため息が漏れる。実際、仲間の存在と、触れた相手の記憶や感情を覗くことが出来る感応現象のおかげで、なんとか良好なコミュニケーションがとれていたのも事実だ。それをわざわざ、人から指摘されると何故か腹が立ってしまうが。

「通常とは違う対応をされると、人ってのはそればかりを見てしまう、お前だってわかるだろ?極東初の第二世代神機使い」

「生前の話を引っ張んないでくれぇ……」

 神機。アラガミと戦うための武器には、生前三世代の段階があった。

 剣形態か、銃形態のみのどちらかな第一世代。

 剣と銃、二つの形態を変形によって一つにまとめた第二世代。

 第二世代とほぼ同じだが、使用する偏食因子が上記二つと違う第三世代。

 井塚が最前線の極東支部にて適合試験を受けた際、他の神機使いは皆第一世代。当時貴重だった、初の第二世代神機使いということで、色々な意味で注目を集めていたのだ。

「お前が朽木の奴にした接し方は、いい意味で特別だったんだろうな。それで近づいて、そこにお前が中途半端に親切にするからこうなった」

「……」

「生前の記憶があるんだ、それをちゃんと活用しろ。お前自身も傷ついたら意味ないじゃねえか」

「え?」

 井塚が首を傾げると、海燕が本格的に頭を抱え始めた。自分が傷ついている?そんなことはない。寧ろ、傷ついているのは白哉で、傷つけたのは自分だ。加害者なのに被害者であるわけがない。

 そういい返すと、海燕は何言ってんだこいつ、と言いたげな白い目でこちらを見る。なんでさ。

「お前、自分の感情にも鈍感だな。よくそれで朽木に説教できたものだ」

「んなっ」

 どういうことだと言いかけ、その言葉が出る前に強引に頭を撫でられる。というか痛い痛い痛い、いつも以上に力が強い。頭がぐわんぐわんと揺れる。

「ま、俺はお前の味方だからよ。意地でも離れねえし死なねぇから心配するな」

「海燕先生のことは心配してませんよ、エリートで強いんですから」

「それはそれで複雑だな……」

 満面の笑みから苦笑に変わる。実際強いのだ、よほどの敵でなければ死なないだろう。

――その『よほどの敵』が後々出ることを、彼らは知らない。

 さりげなく力を込めて、海燕の手を頭からどける。これ以上かき混ぜられては酔ってしまう。と、そのどけた右手に、海燕の目が行く。

「右手首のそれ、治らないのか?」

「治んないでしょうね。ここに来た時からこれですから」

 ひらひらと振る右手の手首の皮膚は、ぐるりと一周するような形で爛れている。海燕と会ったあの日、こちらで物心ついた時からあったそれ。恐らくは『腕輪』の名残だろうと推測している。

 『腕輪』は精神伝達や、神機の制御の関係上、人体と完全に癒着し、死ぬまで外れなくなっている。衣服の着脱に不便だからと、サイズの縮小が叫ばれていたが、終ぞそれは実現しなかった。

「これは、神機使いであったことの証明です。私は別に傷跡とか気にしてませんよ」

 これはあの頃が自身の妄想でも何でもなく、現実にあったことを示してくれる、支えでもある。もし跡形も消せるといわれても、井塚は拒否するだろう。

 と、海燕が顎に手を当ててなにやら考え始めた。どうしたのだろうか。

「どうかしましたか?あ、これ普段は包帯で隠しているんで大丈夫ですよ」

「いやそうじゃなくてな……なあ」

 それと同じ痕がある人間がいる、って言ったら、どうする?

「――は?」



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ep.7「再会す」

オリキャラではありませんが、ゴッドイーターのキャラが出てきます


 西流魂街、第一地区『潤林安』

 その一角に、かつて五大貴族の一つと数えられていた志波家の家はある。海燕は「没落した」と言っていたが、貧乏な暮らしをしているようには見えないので、恐らくは財政以外の問題があったのだろう。

 外からでもわかる騒がしさに頭が痛くなるのを感じる。昼時だから、今はおかずの取り合いでもしているのだろう。片手に今日の稼ぎをもって、青年は戸を開けた。

「空鶴、岩鷲、戻ったぞ」

「お、ギル坊!今日は案外早かったな!」

「おかえりギルぼー!」

 元気よく返ってくる言葉に苦笑を浮かべる。精神的には確かに向こうが年上のようだが、見た目はこちらが年上なのだ、坊呼びはなかなかに複雑である。とは言っても、何もわからなかった自分を、温かく迎え入れてくれた人たちだ、強くは言えない。

 どうやら予想通り昼食を食べるところだったらしい、食卓に料理が並んでいる。同じおかずを互いの箸で取っていることから、騒がしさの原因も推測できた。

「ギル坊も昼飯食うか?待ってな、今用意すっから」

「いや、大丈夫だ。むこうで奢ってもらったからな」

 これが今日の分だ、と給金を渡しながら、青年はやんわりと誘いを拒否する。折角の団欒の場だ、居候の身で水を差したくはない。

 えー!と声を上げる二人をよそに、青年は仮眠をとる、と言って、寝室に敷きっぱなしになっている布団にもぐりこんだ。畳で寝るのは最初は落ち着かなかったが、今はもう、慣れたものだ。

 眠りにつく前に、習慣のように、右手首を見る。ぐるりと一周するように爛れている皮膚。それは、生前を思い出させるもの。

「隊長達も、ここにいるんだろうか……」

 そうぽつりとつぶやいて、青年――ギルバート・マクレインは、束の間のまどろみに落ちていった。

――ギルバート・マクレインは生前、神機使いをしていた。

 極致化技術開発局、そこの特殊部隊『ブラッド』が、彼の最後の所属であり、死の遠因でもあった。もっとも、直接の原因はブラッドの実質的な上官、ラケル・クラウディウスであったが。

 あの日、ノヴァが起こした終末捕食によって、世界が文字通り『喰われ』たのを、今でも鮮明に思い出せる。ノヴァに喰われた後、何があったかは分からないが、ギルはあの世だというここ、尸魂界で茫然としていた――らしい。

 らしい、というのは、自分がその時のことを覚えていないからだ。気が付くと布団の中だった為、一瞬あれは夢だったのかと考えた自分は悪くないと思う。

 空鶴曰く、抜け殻のように倒れているギルを見つけ、つい保護したのだという。しばらくは機械的に寝て起きるだけの彼に、ひたすら三兄弟で声をかけ続けたとか。

 死神だという長男の海燕曰く「魂魄が欠けていた」らしい。声をかけたり、触れ合うことで、少しずつ魂魄が戻るという謎の現象を起こして、なんとか助かったとか。

 尸魂界について全く知らなかったギルは、記憶喪失ということにして、志波家にお世話になることにした。もともと発見の状況からして不可解な部分が多々あったからか、三人は何も聞かずに受け入れてくれた。その恩に報いるため、ギルは働くことにしたのだ。

 日雇いで稼ぎ、志波家で過ごす日々の生活は素朴ながらも満ちている。これが、かつて自分たちが取り戻したかった平穏な世界なのだろう。だが、そんな生活の中で、ギルは静かに焦燥感を覚えていた。

 自分だけがのうのうと生きていていいのか?他の仲間たちはどこにいるのか?現世は――ここは自分たちの世界の「その後」なのか?

 このままの生活を続けていきたい思いと、行動をしたいという感情がぶつかる。どうすればいいのか、ギルはいまだに悩み続けていた。

――まどろみの中で、またあの『終末』を繰り返す。

 決まった時間で目を覚まし、額の汗を拭う。眠ると必ず、あの光景を夢に見ていた。安らかに眠れた日は無い、それなのにちゃんと疲れが取れるまで眠るこの体に、感謝すればいいのか恨めばいいのか、分からない。眠っている間に魘される様子がないのか、空鶴達には寝汗が激しい!と笑われた。解せぬ。

 ふと、空鶴達が静かなのに気が付いた。今はまだ夕刻に差し掛かろうかというとき、いつもならそれなりに賑やかにしているのだが、何かあったのだろうか。

 寝崩れていた衣服を着直し、居間に顔を出す。……いない、どこかへ出かけたのだろうか。外に顔を出し、ようやく二人の後姿を見つけることが出来た、何故か海燕の姿もある。彼が戻ってきていたから、二人は外に飛び出していったのか。自分も、と草履をはいて外に出る。

「戻ってきてたんですか、海燕さん」

「よっ、ギル坊」

 ギルの挨拶に応える海燕。もはや呼び名に関してはスルーの方針だ。

「ちょっとお前に会わせたい人間がいてな」

「俺に、ですか?」

 それは意外だ。自分の尸魂界での知り合いなんて数えるほどしかいないし、敢えて紹介するような人間がいるわけでもない。

 ギルが首を傾げていると、海燕が背後に手をまわして誰かを引っ張り出してきた。服装を見る限り、真央霊術院の学生だろうか。だが、問題はそこではなかった。その顔に、ギルは見覚えがあった。

「ああ、なるほど。君だったんだね」

 困ったように笑う彼女に、ギルもどう反応していいか分からない。それもそうだろう、自分と同じところから来た人間、それも面識のある者に会えるとは思っていなかったのだ。

「久しぶり――いや、顔を合わせたのは最後のあれきりだから、実質初めまして、かな?ギルバート・マクレイン殿」

「ミクイ、さん」

 思わずこぼれた名前に、彼女――井塚 実灰は朗らかに笑うことで返事をした。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 立ち話もなんだ、としたの姉弟の面倒を長兄に丸投げし、ギルと井塚は志波家の居間で顔を合わせていた。人様の家であるが、それはそれだ。

「でも、海燕先生から『私と同じ痕を持つ奴がいる』なんて聞いたときは驚いたよ。ついでになんで今まで言わなかったと掴みかかったね!」

「俺も、まさかミクイさんと再会することになるとは思いませんでした……というか、なんだか、あの時と色々雰囲気が違いますね」

「そりゃそうだろう、公私は使い分けるものだ」

 ははは、と笑い声を上げる井塚に、ギルは頭痛を覚えた気がした。最優の神機使い、万能の守護者、人型のアラガミ……、最後の一つは蔑称としても使われていたが、彼女を讃える呼び名は数多くあった。戦場において冷静沈着、時には大型のアラガミであるヴァジュラ四体を一人で捌き切ったとも、第一接触禁忌種であるスサノオを単独で討伐したともいわれる。よく言えばジョーカー、悪く言えば戦闘狂。それが彼女、井塚 実灰の噂だった。

 だが、目の前にいる彼女は、緩み切った雰囲気と表情を醸し出し、飄々とした様子を見せている。誰かに似ている気がして、思い浮かんだのは――仲間であり先輩だった真壁 ハルオミだった。彼も普段は飄々としているが、たまに見せる真剣なまなざしが印象深かった。

「にしても……夢じゃ、なかったんだね」

 そう言って、井塚が視線を下に落とす。ギルも、同じように視線を落としていく。その行く先は分かり切っている――お互いの右手だ。

 「腕輪」があったところに残る、爛れた――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、皮膚。それがお互いにあるのを確かめる。

 自身の脳裏に残る、あの最期の光景。あれが嘘だったとは思いたくなかったが、それを証明することも、覚えている人間も他にはおらず。右腕のそれだけが、あれが現実だったのだと伝えてくれているようで、支えだった。

 ゆっくりと、ギルの右手首に井塚が触れる。確かめるように触れてくるのを感じながら、ギルも同じように、井塚の右手首に触れた。

「俺たちのあの日々は、ただの妄想なんかじゃ、なかったんですね」

「うん、今君が目の前にいる。同じ世界を覚えている。これがなによりの証明さ」

「……そうっすね」

 お互い、本音は漏らさない。

 会えるなら、自分がよく知る人間が良かった――なんて、思っているのが互いに分かっていても、口に出すのはいけないと知っていたから。

「君は、どうして志波家に居候しているんだい?」

「俺は、なんでも倒れていたのを空鶴――海燕さんの妹さんに見つけられたらしくて」

「らしい?」

「魂魄が欠けていたとかで、そのころの記憶、全くないんですよね。物心ついたのはそれから暫くたってですし」

「成程……私も似たような状況だった、と言えるかな。気が付いたら、戌吊の隅っこでぼんやりしてて、たまたま通りかかった海燕先生に助けられたんだ」

「戌吊って、かなり治安が悪い地区じゃないですか、よく無事でしたね」

「いやぁそれは本当にそう思う。……でもさ、なんか変だと思わない?」

「――思いますね」

 現世の西暦は1900年代だと、海燕は言っていた。尸魂界には少なくとも2000年以上の歴史があり、それも含むと、自分たちがいた世界から今の世界に切り替わったのはそれ以上前、下手したら3000年はくだらないだろう。

 その間、自分たちが惚けて倒れていた、あるいは同じ場所で座り込んでいたら、誰だって不思議に思うはず。

 だが、そんなことはなく、自分たちは今頃我に返り、こうして生活をしている。実におかしい。

「魂だけでタイムスリップした、とかなら面白いけれど……」

「そんなわけではないでしょうしね」

 二人そろって仲良く飛んだ、なんて偶然にしては出来すぎている。

「何か仕組まれている、あるいは仕組まれていた処から、無意識下で逃げ出した」

「そう考えるのが妥当っすね。……それで、仕組んでいる相手はおそらく」

「ラケル・クラウディウス」

「ラケル・クラウディウス」

 二人の声が重なる。こころあたりが一人しかいないのだから、当たり前なのだが。

「……ま、情報がほとんどない今、色々邪推しても仕方がないね。とりあえずは、記憶がない何千年という期間の謎を追うことにしよっか」

「まぁ、それしか方法はない、か」

「そうそう。あ、ギルバート」

「ギルでいいっすよ。で、なんですか?」

「んじゃ改めてギル。

――死神にならない?」

「――は?」



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ep.8「対話し」

 ギルに再会し、真央霊術院への入学を進めてから数年後。

 井塚は頭を抱えていた。

「始解が出来ない……っ!」

 進級後、飛び級を重ねていった白哉は自分より二年はやく卒業。今は六番隊にいるという。自分もようやく卒業という年になり、本格的に刀禅をし、斬魄刀との対話を試みているのだが、一向にうまくいかないのだ。同調どころか、対話すらままならない。

「やっぱ、アラガミに遭遇するかもしれない、と気を張っちまってるんじゃないっすか?」

 そう離れた場所からアドバイスをするのは、今年入学してきたギルである。あの後、色々と悩んでいたようだが、志波家の面々に後押しされ、ようやく今年入学してきたのだ。志波家様様である。

「そうなんかなぁ……でも、やっぱこれの仕組み聞いたら神機にしか思えないじゃない?」

「それもそうなんすよね……俺、始解できるかな」

「まずは私が出来ないといけないけどね!」

 先輩として、後輩に抜かされるのだけはいただけない。プライドが許すまい。気を取り直してまた刀禅を始める。

「そもそも卒業までに習得できなくても、別にいいと思うんですけどね……」 

 ぼやくギルの声が聞こえたが、敢えて無視しておいた。卒業時、すでに白哉が始解を習得していたとの噂を耳にしたのだ。自分から追い払ってしまったとはいえ、仲たがいするまでは良きライバルと言える存在だった彼。そんな彼に負けられない、負けられるわけがない。

「手ごたえはあるんだけどねぇ」

 小さくぼやく言葉は何回目だったか。近づくまではいけるのだが、そこから先がどうにも突破できないのだ。入り口は目の前にあるのに、扉を開くカギがないような、そんな感じが現状である。有体に言って非常に悔しい。目の前にあるのに開かないとか、この斬魄刀、なかなか強情である。

 集中し、意識を斬魄刀の中に落とし込んでいく。思い出すのはリンドウの救出の時、彼の精神世界に、彼の神機とともに突入したあの時の感覚だ。心の奥深く、本人すら気づかない領域に降りていこうとする――前に、何かにぶつかった。いつもの壁だ。透明の壁の向こう側には、懐かしい、あの人工島が見える。

――エイジス島。理想を隠れ蓑に、総てを喰らい、生命を再分配するアラガミが造られていた場所。そして、かつての上司、雨宮 リンドウを救った場所。井塚にとって、因縁深い場所だ。

 その島の中心に、何かがいる。そこまでは、いつも見えている。が、それ以上がわからない。人なのか、それとも井塚達が危惧しているように、アラガミなのか。それすらも見えないのだ。

 口惜しさに歯噛みしながらも、突入しようとする努力は怠らない。

「ねぇ、なんでここを通してくれないのさ」

 言葉を投げかける。だが、相手は何も応えない。いつものことだ。

「私の実力が足りないからかい?それとも、理解?」

 無言が返ってくる。

 さて、どうしよう。ここまではいつもしている問答だ、ここから通さないのは、自分に何かが足りないからだろうと考えている。何が――なにが足りないのだろうか。

 と、どこか遠くの方でギルの声が聞こえてきた。何かぼやいている。

「そういや——」

 斬魄刀って、俺たちの生前って知ってるんですかね。

「……!」

 不自然なほどにはっきりと聞こえた言葉に、はっとする。斬魄刀は神機と似ている、そして、日々ふれあい、持ち主の魂から自らの形を作り出す。そして、神機は、持ち主とシンクロすることで、その能力を発揮していた。もし、シンクロしていたとき、あれの意思がこちらに流れ込んでいたとしたら……?

 一つ、深呼吸。そして、口にするのは、()()()()()

「――エルステ(erste)?」

 その呼びかけに、壁の向こう側の存在がこちらを向く気配がした。それに思わず苦笑する。そうなのか、君は、ここまでついてきていたのか。

――ersteとは、井塚が神機に勝手につけていた呼び名である。ドイツ語で「一番目」を意味するその単語を自らの相棒に付けることで、自身が極東支部――通称アナグラの最初の第二世代神機使いであるという自覚、そして責任を日々自らに確認していたのだ。

 神機とは引退するまで付き添う、いわば相棒。その為、井塚のように名づけるとまではいかなくとも、相棒として接していた人間はアナグラには結構いた。実際、神機は制御されているものの、アラガミであり、生きていることに違いはない。整備士の少女も、神機に意思があるように話していた。

 井塚は、神機は生きており、意思があるというのも知っている。リンドウを助けた時、傍らにいたのは、彼の神機、ブラッドサージの精神体だった。あれを見て、神機に意思がない、だなんて断言できるはずがない。

「――ああ、やっと呼んでくれたな」

 うれしそうな声と共に、壁がなくなる感覚。寄りかかっていた勢いのまま、精神世界へと足を踏み入れる。

 懐かしきエイジス島は、シックザール前支部長と対峙したあの時の状態だった。朽ちておらず、何かの膜に覆われたような円形の人工島。そして、その膜と同化し、目の前にさかさまの状態で眠るのは――総てを喰らう、最後のアラガミ・ノヴァ。

 まさか、あれが自分の斬魄刀の意思なのだろうか。見上げていると、ふと他の気配。視線を落とし、目の前を見ると、向こう側から、人の形をしただれかがやってきた。

 黒いぼろ布を纏った、かつて、この場所で月に向かっていったのを見送った、あの少女とうり二つの容姿の少女。だが、その瞳はつりあがり、冷たい氷を思わせる眼差しをしている。彼女ではないようだ。

「君がエルステ?それとも、あのノヴァが?」

「おや、挨拶もなしにそれを問うのか?」

 疑問には答えず、マナー違反だと注意をする少女。開口一番に、まさか斬魄刀に注意されるとは思っておらず、井塚は苦笑する。

「それはごめん。やっと会えてうれしいよ」

「そうか……私も、うれしいよ」

 そう言って、瞳だけでうれしさを表してくる。意外と表情豊かのようだ。

 軽く挨拶をかわすと、少女はくる、と一回転し、話を始める。

「どちらかがエルステかというと――()()()()()()()、というのが正解だ」

「私は斬魄刀の理性であり、あの大きいのは斬魄刀の本能――すなわちアラガミ」

「レンというものを覚えているか?……そう、雨宮リンドウを助けに行くときに、君とともにいたモノだ」

「私はどちらかというとそちら側であり、あの大きいのはリンドウを喰らわんとしたハンニバルと似た存在」

「この二つがきみの斬魄刀の意思だ。ああ、名前はどちらも同じだから安心してくれ。エルステではないがな」

 淡々と説明をすると、質問は?と問うてくる。

「もし私が卍解を習得しようとしたら、屈服させる対象は君と、あれであってる?」

「合ってる」

「じゃあ、あれを具象化しなければならないの?」

「いや、違う。これについては、いつかやろうとした時にでも説明しよう」

 なんだ、違うのか。それはよかった、と井塚はほっとする。

――その判断を、後に後悔することになるのだが、それはまだ先の話だ

 さて、斬魄刀との対話はできた。次に自分がすること――それはその名を聞き出すこと。

 エルステが斬魄刀の名前ではない、というのは半ば予想していた。もとより自分が勝手にそう呼んでいただけだ。神機であるアラガミ自身が、他の名前をもっていたとしてもおかしくない。

「で、君達の名前、ここまで来たんだから教えてくれるんだよね」

「勿論。やっと私の呼び名を思い出してくれたからな」

 気前よく答えると、少女は井塚に近づき、耳元でそっとささやいた。

 

 

「我らが名は《神薙》

 その力、死に物狂いで使いこなせ」

 

 

 

 刀禅の様子を見守っていたギルは、驚いていた。突然、井塚から発せられる霊圧が膨れ上がったのだ。

 まさか――何か予感めいたのを感じ、彼女が精神世界から戻ってくるのを待つ。

 暫くして、井塚が立ち上がり、斬魄刀を手に取る。その刀身を見て、ふと首を傾げる。何故だろうか、どこか、刀身の輝きが増したような……。

「うん……」

 井塚も何かを感じたのか、斬魄刀を観察し、それを掲げる。

「確かに、こりゃ使いこなすのが大変そうだ」

 よろしくな――そう言う井塚を見て、ギルは数瞬固まったのち、事態を察して口を開いた。

「始解の習得、おめでとうございます」

 と。




というわけで始解はあっさり習得

ちなみにこの時の詳細はギルには話さないという

「自分で考え付いた方がいい」とのこと

ヒントギルからもらったやろ!というツッコミは聞こえないらしいです


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護廷十三隊~過去編~
ep.9「秘密の」


 真央霊術院を卒業後、井塚は希望通り十三番隊に入隊することが出来た。平隊員としての日常の中では、席官である海燕とすれ違うことは多々あり、顔を合わせて話し合うとなると稀になっていた。いくら以前からの知り合いだと言っても、頻繁に話しているようでは贔屓に見えてしまうという、双方の見解によるものだ。

 それでも、お互いの性格は長年の付き合いから分かり切っており、共同で仕事を任される際は、それなりに息の合った連携をとっていた。そのおかげか、幸か不幸か入隊から数ヶ月経つころには、席官でないにも関わらず海燕の助手として見られるようになっていた。

「いやぁ助かるよ、井塚に海燕。いろいろと手伝ってもらって」

「あははは……いやなんで私に手伝わせてるんですか海燕先生ならともかくこれ新人にやらせるものじゃないと思うんですがどう思いますか海燕先生」

「お前よくそれ一息で言えるな。

 いやでもこいつの言い分は一理ありますよ、隊長。俺自身組みやすいが、こんなに上に覚えがいい新人が現れたとなると、他の隊員に示しがつきません」

 素直に褒めてくれる隊長――浮竹 十四郎には悪いが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、事務仕事であっても上の仕事に関わり続けるのはよろしくないと、井塚と海燕は進言する。

 実際、これまた運がいいのか悪いのか、井塚が虚の退治の任務についたのは一度もない。戦ったのも卒業試験における現世でのものが最後で、その時は他の学生を指揮して、協力して退治したのだ。

 将来的にすぐにでも席官に行けるともいわれる一組において、今だその頭角を現さない――むしろ表す頭角があるのかと疑われている井塚。そんな彼女を贔屓にしているとあれば、さまざまなトラブルや苦情が出てきかねない。入隊当初に二人の密会で懸念していたことが起こりかねないのは、少々いただけなかった。

「そうはいってもな……お前たちが組んで仕事をした方が、仕事の速さが段違いなんだ。何かあったら俺がなんとかするから、そのまま組んでいてもらえないだろうか。頼む」

 二人の忠言を正論であっさりと退け、浮竹はそう言って頭を下げる。それに慌てたのは井塚達だ。隊長に頭を下げられているのを誰かに見られたら、それこそトラブルの原因になってしまう。

「ちょ、頭下げないでください隊長!そんなに言われたら断れないでしょうが!」

「あーもう仕方ないからこのまま続けますよ!」

「そうか、なら安心だ。あ、ついでに海燕は副隊長に」

「お断りします」

 隙あらば言質をとろうとする浮竹の言葉を素早く退け、海燕はため息を一つ零した。懸念はそれ以外にもあるんだがな、と内心で呟いて、横にいる井塚を見やる。

――始解はできましたが、それについては誰にも言わないでください

 彼女が卒業直前に習得したという始解を見せてくれたのは、入隊前の最後の休みの日。志波家に居候していたギルと共に、二人の秘密の修行場だという、戌吊の外れの窪地にまでやってきたときのことだった。

 解号、刀の名前までは教えてくれなかったが、常時開放型だというそれは、どうみても浅打にしか見えず、首を傾げたのを覚えている。

「じゃ、まずは海燕先生。始解しないで殺陣をしてもらってもいいですか?」

「必要なことなのか?」

「えぇまぁ。私の斬魄刀の能力を知るためには、必要なことです」

 そう言われ、よく分からないまま半刻ほど斬魄刀での鍛錬をした後。ふむ、と顎に手を当て、井塚が驚くべきことを口にした。

「海燕先生の斬魄刀、名前は捩花で、解号は『水天逆巻け』で能力は流水系、合ってますか?」

「な、お前どうしてそれを!?」

 驚きの声を上げる海燕。それもそのはず、海燕は一度も井塚に自身の斬魄刀について話したことは無い。もとより、直接会う機会もここ数年少なかったのだ、話すような状況にならなかった。志波家に居候していたギルなら多少は知っていた可能性はあるが、彼も驚いているところを見ると、事前に教えていたとも考えづらい。

 合っていたことに満足したのか、井塚は得意げに話し始める。

「これがこの子の始解の能力です。接触した――というか戦った相手の能力を読み取り、記憶する。たとえ相手が卍解していなくとも、必殺の技を隠し持っていたとしても、長い間斬り結んでいたら、この子が全部記憶します」

 記憶するには多少の時間と労力を使うので、バレずに戦えるかが鍵になりますね。そう続ける井塚に、ただ言葉が出ない。隠している能力すらも看破する斬魄刀。戦闘能力自体が変わるわけではなく、持ち主である死神をサポートするかのような能力は、しかし恐ろしいものだとすぐわかった。

 その後も詳細に話す井塚曰く、能力の情報をどのくらい留めて置けるかは、量も時間も不明。だが念のため、自分も瞬間記憶と、長期記憶の保持量を増やせるよう勉強しているという。さらに言うと、現世での卒業試験の際、虚を斬った時に瞬時に虚の情報が記憶されたところから、相手を負傷させる方が、情報の抜き取りがしやすいらしい。

 能力の詳細を聞いていくうちに、ふとこれと似たような生き物の話を聞いたことがあるような思いがしてきた。

「なぁ、その能力。もしかして」

「えぇ、アラガミの学習能力とほぼ同等のものです」

 斬ることを喰らう事に変換すれば、まんまですね、と笑う井塚。そんな彼女に、海燕は顔を顰める。生前、神機と言う兵器型のアラガミを使い、戦ってきた彼女が、また同じようなものを持ったことに、何か運命めいたものを感じたのだ。それも、悪い意味での。

 そんな海燕の心情を察したのか、井塚は笑みを深めた。

「そんな顔しなくてもいいですよ、海燕先生。うっかり喰われる事態がないので、斬魄刀の方が安心ですし」

「そういう問題じゃないと思いますよ、ミクイさん」

 生前は年下ながらも士官の位置にいたという井塚に対し、ギルは今でも敬語を使う。生前からの癖だから仕方ない、らしい。だが、彼のツッコミは海燕の内心とほぼ同じだったので、何も言わなかった。

「いくら神機のような危険性はないとはいえ、斬魄刀も生きてます。万が一反旗を翻して襲い掛かってきたら――」

 訂正、全く同じじゃなかった。どうにもこいつらの価値観は生前のもの寄りだ。第一斬魄刀はそう簡単に反旗を翻したりしない、そこは常識だったはずなのだが。

 言い合う二人をよそに、海燕は最初に井塚が言った「誰にも言わないでください」の意味を考える。

 確かに、彼女の斬魄刀の能力は戦闘とは別の意味で規格外だ。日常的に隊員と鍛錬を行わせていたら、記憶の保有量に左右されるだろうが、全死神の能力を把握することも理論上は可能なのだろう。

 だが、それは同時に、味方である死神からしてみても脅威となる。もしも虚側に彼女が堕ちてしまったら、その膨大な情報が抜かれてしまうのだ。

 そうなる可能性を考えると、総隊長にくらいは話しておいた方がいいと思うのだが。

 だが、井塚は海燕の進言に否と返す。

「知る人間は最低限の方がいいです。この場の三人が漏らさなければ、誰かに利用されることもない。逆に、もしこの情報を私一人だけで持っていた場合、万が一私が敵側に回る、あるいは攫われた時、ことの深刻さを鑑みて私の能力を伝える人間がいないのもまずい」

「俺もミクイさんも、裏切る気は今のところありません。でも、その意志がいつまでも続くとは限らない。で、裏切るならきっと、二人そろってだと思われるから、海燕さんにもばらしたって所っすか」

「そういうこと。海燕先生のこと、私は信用してるし、信頼してる。たとえ私たちが裏切ったとしても、海燕先生は尸魂界を裏切らない」

 はっきりとそう言い切られて、海燕は背中に何かが重くのしかかる感覚を覚えた。厄介な能力を持つ死神のことを、最悪の事態にならない限りこの場の三人で、墓場まで持っていく。それと同時に、海燕は二人と敵対してでも尸魂界は守るだろうという、信頼。

 関わる人間が少なかったのもあるだろう。隊士のなかで、二人が親しくしているのは海燕のみ。だが、もし海燕が井塚に信頼されていなかったら、この爆弾はいつか別の、信頼する隊士に明かされていたかもしれない。

 自分を信頼してくれたことに対する喜びと、その爆弾を隠し続けなくてはならないという恐怖。二つが混ざり合って、海燕は頭を抱えた。

「海燕先生。この場を離れたら、この斬魄刀の能力についての話はしません。いついかなる時も、絶対に」

 重荷を負わせてすいません、と謝り。さらに続ける。

「総隊長に話すべき事柄なのかもしれませんが、私、正直今の護廷十三隊の在り方では、斬魄刀もろとも始末されると考えて、秘密にしました」

 厳しい目でそういう彼女に、何も言うことができない。いつもの調子に乗ったような表情はない。そこにいるのは――一人の戦士だった。

「規則に固執せず、ある程度柔軟な対応ができる人なら――話せましたけど」

 というわけで、一緒に秘密、守ってくださいね。

「はぁ……」

 隊長室から下がり、海燕はため息を吐く。あれ以来、本当に井塚は斬魄刀についておくびにも出さずに、平隊員として働いていた。その切り替えの早さもさることながら、始解について弄られてもさらりとかわしているのはもう、何とも言えない。

 軽く載せられた重荷を今も感じながら、海燕は隊員としての日常を送っている。




「ミクイさん。いいんすか?」

「何がだい?」

「海燕さんに、もう一つの懸念事項言わなくて」

「いいよいいよ。これモロ生前の経験からの懸念だから」

「……そうですか」

「それに、海燕先生にはこれ以上はきついよ」



「……護廷十三隊、それも隊長格の中に虚側に寝返る人物がいるかもしれない、なんて」




とかそんな会話があったかもしれない
生前は上司が黒幕が二回もあったからね、仕方ないね


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ep.10「仲直り」

 その日、呼び出された井塚は、珍しく体調がいいらしい浮竹から任務を言い渡されていた。

「討伐任務、ですか」

「ああ。確か君は戌吊の出身だっただろう?その近くに最近、虚が出没するようになったらしくてね。他の隊との合同任務だが、お願いできるかい?」

「それは問題ありませんが……合同任務ということは、それ程に目標の虚は強力なんですか?」

 井塚のもっともな疑問に、浮竹は首を縦に振る。どうやらそうらしい。だが、それならば何故、着任1年にも満たない自分にこの任務がやってきたのだろうか。

 その理由について訊ねると、浮竹は事情を説明してくれた。

 結果から言うと、今まで事務仕事にばかり傾倒していたのが仇になったらしく、他の隊員から戦えないのではないかと噂されるようになったらしい。これに関しては、井塚は予想済みだ、むしろやっとかという思いでもある。

 そんな噂を払拭させるためにも、井塚には一度討伐任務に出てもらうことになったと。そして、その任務に今回のものがあたったのは、任務地が出身である戌吊の近くであること、そして同行し、ともに任務にあたるのがかつての同期である――

「ほら、朽木白哉とは一年とはいえ学友だったんだろ?なら組みやすいかと思ってな」

「…………」

 この時ばかりは、人のいい浮竹隊長を殴りたくなったと、後に井塚は語っている。

 今さっき任務への参加については是と答えたものの、あの日以来全く話していない彼とちゃんと組めるのかが心配である。というか向こうが了承してくれるのか、それも問題だ。そしてあいつは今どんな状態なのだろう。懸念材料を多々抱えながら、井塚は任務に就くことになった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

「というわけで海燕先生愚痴を聞いてください」

「自業自得だ馬鹿」

「教え子に対する扱いがひどい!」

 これが先生のやることかよぉ!と泣いているような体勢で机にうつ伏せる井塚。ウソ泣きをする暇があるのなら、どう接すればいいか考えればいいのにと海燕は思いながら、相談料として奢ってもらった甘味を頬張る。

 仕事も定時で終わり、二人は流魂街で合流して甘味処で食事をしながら、井塚の相談を受けることになったのだ。相談と言うか、愚痴になってしまったが。まぁ、任務について浮竹から予め聞いていた海燕は、なんとなく誘われた理由は察していた。伊達に六年の付き合いではない、そのくらいは察しが付く。

「ま、任務自体は明日だろう?寝るまでの間に、本人とどう接するか考えておけばいいじゃないか」

「それが思いついたら苦労しませんよ……自分、仕事の対応はできますけど、それじゃまた朽木くん傷つけそうですし、かといって以前の対応なんてしたら混乱するでしょうし」

 ああああ今ほど浮竹隊長の気遣いが面倒な時はない!

 そう嘆いて机を叩く井塚。揺れで零れそうになる甘味を守るために皿ごと持ち上げて、海燕はため息を吐いて井塚に助言する。

「傷つけるも何も、元々お前がやった行動による現状だろうが。もう相手を傷つけちまってるんだから、いっそ振り回すくらいの覚悟で任務に挑んだ方がいいんじゃないか」

「んなこと言われましても……」 

 何度でもいうが、井塚自身はあの時の言動に一切の後悔はない。むしろあった方が、あの時傷つけた白哉に申し訳ないと思うほどである。彼の為を思っての行動でもあったが、それ自体が自分本位だったということも自覚している。

 ざわざわと、夕方の賑わいを見せる甘味処の一角で、二人は真剣な表情で向かい合っている。それは周りの雰囲気からはかけ離れたものだった。

「私、今の朽木くんが想像つかないんですよね。あの時最後に見た、傷ついた表情からどう立ち直ったのか、いやもしかしたら立ち直っていないかもしれない、そもそも了承してくれるかも怪しい、会った途端薄情者と斬りかかられる可能性も」

「待て最後、最後のはさすがにあり得ないからな絶対」

 自虐の止まらない井塚に対し、海燕が待ったをかける。最近の白哉の様子に関しては海燕は知っているため、そんなことはしないとすぐに判断できる。というか、そんな私怨じみた行動をおこす人間が死神にいるとは思えない。

 それでもうじうじと考え込んでいる井塚に、海燕は一つ溜息をつき、離れた位置に座っている客に合図を出した。机に伏せてなおもぶつぶつと言っている井塚はそれに気づかない。

 海燕に合図を出された客は、暫し逡巡したのち、席を立ってゆっくりと井塚達の席へとやってくる。その足取りもまた、どこか不安げだ。

――鈴の音は、鳴らない

「ま、あんまりうじうじ考えすぎるなよ井塚。つーか一番の解決策があるじゃないか」

「解決策ですか?そんなのどこ、に……」

 井塚の言葉が途中で詰まる。それもそのはずだ、こちらに近づいてくる、懐かしい顔が見えたのだから。固まった井塚に、海燕が企み顔で笑いながら言う。

「任務前日に話し合ってさっさと和解しとけ、馬鹿ども」

 世話が焼けるな、二人とも。そう言って、海燕がお代片手に甘味処を出ていく。残されたのは相変わらず固まっている井塚と――およそ五年ぶりに顔を合わせる白哉。

 所在なさげにしながらも、海燕が立った席に座る白哉。その物音でやっと我に還ったのか、井塚が視線を彷徨わせる。やはり、どう接していいか分からないらしい。

 と、白哉の耳に懐かしいものを見つけて、つい口が開いた。

「――それ、まだつけててくれたんだ」

「……ああ」

 彼の耳にあったのは、いつか贈った厄除け鈴の耳飾り。あんな別れ方をしたのだから、とっくに捨てたと思っていた井塚は、ほっと胸をなでおろす。自分の勝手とはいえ、贈り物を粗末にされるのはいやだった。

 少しだけ気分が上昇するが、それ以降の会話が続かず、気まずそうに注文した甘味をつつく。こういう時、どうやって和解していただろう、と生前を思い出そうとして、井塚は今更、何年ぶりの再会などしたことが無いことに気づいた。喧嘩別れなんてしたこともない、どうしようか。

 ああでもない、こうでもないと井塚が悩んでいると、く、と堪えるような笑い声が聞こえた。顔を上げると、白哉が目の前で笑いをこらえている。久しぶり、いや、もしかすると初めて見たかもしれない表情に、井塚が瞠目する。

「何笑ってるのさ」

「いやなに、貴様がそう困った表情を出したのを初めて見たものでな」

 あの頃はさんざん、貴様に振り回されていたな。そう賛同を促す白哉に、井塚は解せぬ、といった様子で顔を顰める。それを見てまた、白哉が笑った。

「仕方ないじゃないか、喧嘩別れした学友とどう話そうか、なんて思いつかないんだから」

「貴様でも思いつかないことがあるのか」

「万能でも天才でもないからね、私は。だから――」

――だから、君と離れることにしたんだ

 そう続いた言葉に、白哉の表情が硬くなる。

「君には申し訳ないけれど、あの時の選択に後悔なんてしてない。何度あの時に戻ったところで、私は君を手ひどく拒絶するだろうね」

 たった一人を精神的支柱にすることの危うさはよくわかっている。万が一、それを失ってしまった時の最悪の事態も。だから、後悔も何もない――ないのだ。

 そう言って、肘をつき、手を合わせて額に拳を押し付ける井塚に、白哉は暫し沈黙を貫いたのち――ゆっくりと口を開いた。

「私も、あの時の貴様の選択は合っていたと思う」

「は?」

「貴様より先に死神となり、父や祖父とともに業務をこなす中で……なんとなくだが、指摘されたことの意味が、分かった気がしたのだ」

 井塚は無言で先を促してくる。

「二年と言う短い間だったが、様々な事態に遭遇した。その中で、貴様が言っていた状況に直面することもあった。……そして、それがもし貴様であったら、と仮定したとき、咄嗟に対処できない自分に気づいた」

 井塚は話さない。

「仕事に――業務に私事を持ち込んでしまうのはいけない。割り切れないなら離れるべきだ、そう言いたかったのだな」

「……まぁ、すごく平たく言うと、そうなるかな」

 微妙な言い方に多少引っ掛かりを覚えたものの、答えを得た白哉は満足そうにうなずいた。

「まぁでも、取り返しのつかないことにならないなら、いや、なる時もかな、時には私事で動いてもいいと思うんだ」

「……矛盾してないか」

「しているけどしてないよ。公私を使い分けて、時に非情に、時に親身になればいいってこと」

 規則に従うのもいいけど、それに固執してばかりで大切なものを取りこぼしていたら意味がないじゃないか。そう井塚は笑う。

「結局、人が大事にするのは己であり、己にとって大切な人たちだ。規則はその次……いや、さらにその次かもしれない。まぁ、だから、選択は常にその時、後悔がないものをとることが大事」

「後に後悔してもか?」

「未来のことなんて誰にも分かんないんだから、その時にとれるベストな選択を取るべきだよ。過去を振り返ってあーだこーだいつまでも言うのは宜しくない」

「なるほど……では、ここで私たちが過去のことでいろいろ言うのも、よろしくないな」

「くっ、そう来たか……!」

 悔しそうに歯噛みする井塚を前に、白哉は笑みを浮かべる。こんな風に、また話せることをいつも、心のどこかで願っていた。それが叶ったのがうれしくて、次の日に任務があるというのに、二人は遅くまで話し続けた。



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ep.11「任務で」

オリジナルの詠唱が出ますのでご注意を


 次の日、井塚と白哉は戌吊にやってきた。懐かしい、第二の故郷ともいえる場所に、井塚は落ち着かない様子であたりを見回している。そんな彼女に、白哉はそういえば、いつもこうだったなと学生時代を思い出す。彼女はなんというか、いつも自由に行動していた。

「井塚。これは任務だ、落ち着いて行動しなくては痛い目を見るぞ」

「はいはい。いやぁ、朽木くんに先輩風を吹かせられることになるとは」

 何があるか分からないものだねぇ、なんてぼやく井塚に、そうだな、と内心で同意する。

 虚の目撃情報があった付近を捜索。その中で、井塚は白哉から詳細な内容を聞いていた。

「目撃されたのは巨大虚(ヒュージホロウ)一体だ。これならばある程度経験を積んだ死神ならば、対処は可能だろうが」

「が?」

大虚(メノスグランデ)がいたという話もある」

「はぁ!?」

 思わず大声を上げる井塚。それもそうだ、大虚は巨体で知性が低いが、虚閃(セロ)やその霊圧など素のスペックの高さのあり、隊長でもない死神二人だけでおいそれと退治できるわけではない。生前は小さな山ほどもあるアラガミと、単独で戦ったこともある井塚だが、それにしたって初戦でそんなものと戦っていたわけではないのだ。

「安心しろ、今回は偵察の要素が強い。巨大虚だけなら早急に退治、大虚の出現を確認した場合は速やかに救援を呼べとのことだ」

 淡々と続く白哉の言葉に、井塚は頷く。何はともあれ、死なないことが大切だ。それに、死神になっての実質初戦闘、油断も先走りも禁物。

 だが、捜索を始めて小一時間。虚らしき霊圧()一切感じられない。妙だな、と白哉が考えていると、いつの間にか井塚が抜刀していた。

「どうした井塚」

「いや……やけに静かすぎる気がしてね」

 その言葉に白哉は一瞬疑問符を浮かべたが――すぐに同じように抜刀し、井塚と背中合わせになって辺りを見回す。そう――確かに静かすぎる。自分たち以外の生き物がいないかのように。

 霊圧をコントロールして、気配を消す虚なのか。だとするなら、頼りになるのは己の五感のみ。背中合わせのまま、周囲を見回していく。

 自分たちの衣擦れの音と、風の音しか聞こえない中――それに気づいたのはほぼ同時だった。

「上!」

「っ!」

 わずかに変わった空気を感知した直後、同時に真上に向けて斬魄刀を振るう。上空から不意を打ってきた巨体虚はしかし、飛ぶことでそれを回避した。

「飛行型とか、こりゃ厄介なのが出てきたねぇ」

 軽い口調で言ったものの、井塚は内心で舌打ちする。神薙が浅くでも傷を与えられていたら、僅かでもその能力を知れたというのに。状況判断がいいのか、反射神経がいいのか。どちらにしても、初戦の相手にしては厄介であるのは確かだった。

 白哉も油断なく斬魄刀をかまえ、虚を見上げる。虚は暫しこちらを伺ったのち、ケタケタと嗤いながらこちらにとびかかってきた。その場から飛び去ることでそれを回避するが、白哉と離れてしまう。

 挟撃、いけるか――?一瞬その考えが浮かぶが、この状態で咄嗟にそれができるとは思えない。避けられた場合に同士討ちを回避できるかも怪しい。コンマ数秒でその案を却下する。

 一先ずは囮になるべきか。井塚がそう判断し、虚との距離を一気に縮めて斬りかかる。

「はぁぁっ!」

 予想通り、虚は上空へ飛び去る。それを追いかけるように飛びあがる井塚。その間に白哉にアイコンタクトを送る。井塚が囮になったことを把握したのか、不満げな表情をしながらも、白哉は刀をかまえ、静かに、解号を口にした。

「――散れ、千本桜」

 背後で聞こえた言葉を流し、井塚は隙間なく虚に斬りかかっていく。囮というのは、自身にヘイトを集め続けなくてはいけない。生前、さんざん囮役を担ってくれたソーマ(先輩)リンドウ(元隊長)から学んでいた。その大変さもまた、生前に身をもって知っている。

 と、虚の翼が変質する。蝙蝠のようだったものから、あれはまるで鳥のような――

「っ、朽木、跳べ!」

 井塚の声に、始解を振るおうとした白哉は反射的にその場を飛び退く。その直後、変質した羽が、虚の翼から雨のように降り注いできた。

 弾丸のように降り注ぐ羽の先端は鋭く、地面に突き刺さっている。井塚の忠告が無ければ当たっていただろう。だが、肝心の彼女は。それを確認しようと空を見上げ、白哉は目を見開いた。

「全く、円閘扇(たて)を造る間も与えてくれないとか酷くない?」

 至近距離だったが故に避けられなかったのだろう、彼女の体、真正面部分至る所に羽が突き刺さり、血にまみれている。利き腕と目だけは庇ったのか、右腕と顔が無事なのも相まって、余計に悲惨な状態だった。

 そんな状態でもなお、井塚は刀をかまえる。

「かかってきな、こんな怪我、大した痛手でもなんでもないんだから」

 でまかせでも何でもない、本当に余裕だと言いたげな井塚。その挑発に乗ったのか、虚がまた襲い掛かろうとして――無数の花弁(やいば)に刻まれた。

 跡形もなく消えていく虚に漸く一息を吐き、井塚が地面に降り立つ。虚が斃されたと同時に羽も消え、残ったのは刺し傷まみれの井塚のみ。白哉が駆け寄り、回道を施していく。その表情は険しい。それに対し、井塚はへらへらと笑っている。

「いやぁ助かったよ朽木くん。傷だらけの私を見ても、冷静に判断してとどめを刺してくれて」

「馬鹿者が」

「あ、うん、この怪我は自分の不始末だから罵倒は甘んじて受け入れいだだだだだだだ傷!その傷口まだふさがってない!痛いから!」

「心配したぞ」

「あー、すいません」

「浮竹隊長には詳細に報告しておこう」

「隊長と海燕先生のWお説教はイヤー!」

 怪我などどうということはない、とでも言いたげな井塚に、白哉はため息を吐く。それを見て、また井塚は笑った。

「ふふ、心配されるというのはいいねぇ」

「する方の心境も考えろ」

「善処します」

「つまりはいいえと言う事か」

 目をそらした井塚に、白哉はまた溜息を零す。そろそろ帰還し、井塚を四番隊へ連れていくべきだろう。そう考え、白哉が促そうとした時――それはやってきた。

「!」

 先ほどの虚とは比べ物にならない霊圧。突如として襲ってきたそれの出どころを探して空を見上げ、驚愕。

 虚圏を繋ぐ黒腔(ガルガンタ)から顔を覗かせたのは、危惧されていた存在。

「大虚……!」

 井塚の口から洩れた言葉に反応するように、それはゆっくりと――二人を視界にとらえた。

 

 

 

 

 

 

「井塚は急ぎ通信で隊長に報告!この場は私が抑える!」

「馬鹿言うんじゃないよ、私も手伝う、ついでに通信もする!」

「貴様は怪我を負っているんだぞ……!」

「慣れてるから大丈夫」

 けろっとした様子でそう言い放った井塚に唇を噛むも、それ以上は言わない。時間がないうえに、実際白哉一人で対処できる相手ではないのは分かっていた。

「後方から鬼道による支援を行え。それが最大限の譲歩だ」

「了解、気を付けて」

「それはこちらの台詞だ」

 それを合図に、黒腔から出てくる大虚に向かって、白哉は駆け出した。井塚はそれを見ながら、隊長へと通信を試みる。内心は不安がいっぱいだ。自分はまだいい、だが、白哉が倒れるような事態が起きるのはごめんだ。生前、目の前で仲間が喰われた光景は今もはっきりと思い出せる。あんな光景は二度と見たくない。

 白雷で大虚を牽制しつつ、通信機がつながるのをひたすら待つ。白哉の千本桜で大虚に傷がつくのが見えるが、超速再生で瞬時に修復されてしまう。やはり、今の自分たちに負える相手じゃない。

 通信機の向こうから声がしたのは、数秒経ってからだろうか。いや、もっと時間がかかったかもしれない。五感が冴え渡り、体感時間が早くなっている気がする。

「どうした井塚!」

 向こうから聞こえたのは、何故か海燕の声。疑問に思ったが、それを聞く暇はない。

「戌吊にて大虚確認!ただいま朽木 白哉が前線にて抑えています。が、そう長くは持ちません、急ぎ救援を!」

 それだけ言い、通信はそのままに鬼道の詠唱に入る。大虚が口を開けたのが見えた。虚閃を放つ気だ、そうはさせまい。

「――君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ」

 唱えるのは、霊術院時代からの慣れ親しんだ術。だがその威力を上げ、今回は妨害をしなくてはならない。霊力を捏ね上げ、大きくする。早く、そして正確に。イメージするのは――ラーヴァナの炎の弾。

「そう簡単に撃たせないよ!破道の三十一 赤火砲!」

 大きく開いた口目がけて、火塊が飛び込む。発射するために溜まっていた霊子諸共、内部で爆発を起こし大虚が悲鳴を上げる。だが、それだけだ。斃れる気配はみじんもない。

 舌打ちを一つ零し、井塚はさらに鬼道を詠唱する。

「――君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 震撼と反逆 横たわる無垢の者を奮い立たせよ」

 先の一撃よりもより大きく、より強くなるように捏ね上げる。イメージするは――アルダノーヴァの強靭な一撃。

「破道の三十二 黄火閃!」

 井塚の声と共に、大虚を黄色の霊圧が襲う。だがそれもあまり効いていない。

「くそっ!」

 ならば足止めだ。井塚は続けて縛道の詠唱を行う。六十番台は練習したこともないが、五十番台までは詠唱すればできるのだ、やれる。

「――神の楔 蛇の鎖 此れ連なり呪いと成せ」

 術の連発のせいか頭が痛くなってきたが、そんなこと知ったことではない。大虚が虚閃を再度打とうとして、白哉が斬りつけたことでそれを阻止されたのが見えた。

 霊力をさらに捏ねろ、イメージするは――あの終末の光景。

「縛道の六十三 鎖条鎖縛」

 太い鎖が、大虚の体全体を縛り付ける。無論、それは虚閃を放つ口も同じだ。それを確認し、安心した直後、力が抜け、井塚は膝をつく。

 鬼道の維持に意識を割きながら、必死で気絶しないようする井塚を白哉が支える。

「大丈夫か!」

「あー、うん……頭痛くなるから大声やめて……今縛道の維持に意識やんないと千切れそう」

 その言葉に、白哉が顔を顰める。

「私が術をかけ直す。貴様はゆっくり休め」

 そう言うが早いか、白哉は井塚の術に上書きするように鎖条鎖縛をかけ直した。あちらの方が強度も高い、資質の違いは悲しいものである。

 それを確認し、井塚は自身の鬼道を解除。同時に、意識を失ったのだった。

 

 

――なお、彼女を待っていたのは隊長と先生と慕う彼からのお説教だったという




「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 震撼と反逆 横たわる無垢の者を奮い立たせよ」
三十番台の二つが前半の詠唱が同じだったので後半のみいじりました



「神の楔 蛇の鎖 此れ連なり呪いと成せ」
語感は六杖光牢っぽくしてみて、あとはなんとなくなかんじで


白哉さん影薄くてすいません……


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ep.12「斬魄刀」

今回強引な展開あり、ご注意を


 実戦での初任務を終え、無事に四番隊からも完治したと知らせられた井塚はそれから数ヶ月、十三番隊にて業務に励んでいた。隊長と海燕、それに加えて四番隊隊長の卯ノ花 烈から説教されたことは頭の隅に追いやってある。あれくらいの傷なら慣れたものだ。

 巨大虚の討伐に加え、大虚の足止めという役割を果たした井塚の評判は、多少は持ち直した。戦えないわけではないと、証明されたからだ。無論、死神として優秀な白哉と一緒だったからだろう、という声も少なくないが。

 その為か、はたまた実力を測るためか、度々他の部隊の死神から鍛錬を求められることが増えた。おかげで、自身の記憶する斬魄刀の情報の数は増加の一途をたどっている。脳内で処理しきれるだけの量とは思えないほどの人数なのだが、目的のものを引き出すのは容易にできるので、そこは斬魄刀がどうにかしているのだろうと井塚は予測していた。

 なお、彼女の斬魄刀の特異性を知る数少ない先輩は、情報が増えていってることに内心で頭を抱えているらしい。

 そんなことは知らず、今日も井塚は鍛錬を受けていた。

 休憩の合間を縫って襲来してくる隊員は、そのほとんどが血気盛んな十一番隊である。次いで自隊の十三番隊、その他となっている。今回挑んできたのは十一番隊の人間だった。見覚えがある顔なので、おそらくは同期の死神だろう。

 数度斬り結び、相手の実力を測る。やはり新人なのもあって、まだ未熟な剣筋だ。正直言って、面白がって襲来してきた三席の方が戦い甲斐があった。だが、慢心はいけない。どんなことがあるかも分からないのが、実際の戦場なのだから。

 おぼろげながら、相手の斬魄刀の情報を入手する。始解すらできていない斬魄刀の情報も、能力だけなら手に入れられるのだから、神薙の能力は恐ろしい。

 鍔迫り合いの中、一気に踏み込んで均衡を破り、バランスを崩したところに刀を突きつける。

「はい、死んだ。ちょっと直情過ぎるのと、力加減ができてないかな。力に振り回されてるようじゃ、すぐに倒れちゃうよ」

 鍛錬の後、相手に助言をするようになったのはいつからだったか。気になる箇所があるとつい口出しをしてしまっていたら、的確な助言だとなぜか評判になっていた。先輩にあたる死神からも色々聞かれたのは、胃に非常によろしくなかったと思う。

 さて、鍛錬も一通り終わり、そろそろ業務に戻ろうかと思った時だった。

「井塚 実灰やな」

「!」

 後方から聞こえた声に振り返ると、そこにいたのは金の長髪の死神と、茶色の癖毛の死神。

「平子隊長に藍染副隊長!?」

 思わず背筋を伸ばす。先も述べた通り三席までなら、何度か遊び半分にやってきて手合わせさせられたが、他の隊の隊長格と顔を合わせるのは始めてだ。今日は厄日なのだろうか、そう井塚が考えながら相手が話し出すのを待っていると、平子がケラケラと笑いながら話し出した。

「そんな畏まらんでもええで。ちょっとした見学っちゅーやつや」

「け、見学ですか?」

 こんな一隊員の何を見学するのだろうか、すごく嫌な予感がする。今すぐにでもその場を立ち去りたかったが、上の立場の相手を前にそんなことをするのも面倒だ。

 内心でびくびくしている井塚をよそに、平子はニィ、と企み顔で笑う。ふと、井塚は藍染が申し訳なさそうに笑っているのに気づいて、

「ちょい、藍染と試合してくれへん?」

――とんでもないことに巻き込まれてしまったのだと思った

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 志波 海燕は頭を抱えていた。井塚が藍染と、どういうわけか試合をすることになったらしいと耳にしたからだ。神薙の特性を知っている身としては、この現状は頭が痛い。あいつ遂に、隊長格の情報まで手にしてしまうのか。

 半ば駆け足で鍛錬場へと向かう。恐らく実力としては藍染に井塚は敵わないだろう。そこは確信しているし、恐らく彼女自身も知っている。だとしても、意図せず隊長格の情報を手に入れてしまうのは、井塚の負担になるのではないかと考えたのだ。

 海燕が鍛錬場に辿り着くと、そこではすでに決着がついていたようで、井塚が膝をついて刀を杖にして息を切らしているのが見えた。対する藍染は息を切らしてすらいない。実力の差はやはり大きかったようだ。

 人だかりをかき分けて井塚に近寄る。

「お前何してんだ……」

「……あ、海燕、せんせい」

 井塚を担ぎ上げると同時に、斬魄刀を取り上げて鞘に納める。だいぶ息切れしているし、どこか顔色も悪い彼女を見て、海燕は妙だなと思った。鍛錬にしては、いくら実力差があるとはいえ疲労しすぎている。藍染の性格からして、始解を使ったのだとしてもここまでするとは思えない。

 ちら、とあたりを見回し、原因と思われる人物を見つけた。

「あんたの仕業ですか、平子隊長」

 相変わらず笑みを浮かべている平子に、海燕が厳しい声色で詰め寄る。普段とは違う気色ばんだ海燕に、平子はしかしさほど取り乱した様子もなく言葉を返す。

「なんやあんま怒らんといて。ただ自分は、期待の新人とかいう子の実力を見極めたかっただけや」

「なら、あんたがやれば良かったじゃないですか」

 怒りを隠さない海燕に、おや、と平子も藍染も内心で首を傾げる。面倒見がいい海燕とはいえ、今回の事でそこまで怒る要素はないように思われるが。普段ならむしろ、無茶をした隊員にも説教をしているところだ。らしくない彼の言動に、藍染が言葉を投げかける。

「君がそこまで怒るなんて珍しいね。彼女、そんなに特別なのかい?」

「……こいつは俺が拾ったようなものなんで、家族みたいなものなんです。心配くらいします」

 海燕にとって、井塚は教え子でもあり、妹のようなものでもある。何も知らなかった彼女に最初に会い、尸魂界について教えたのは海燕だ。それからずっと、何かあるたびに頼ってくれる彼女に親愛を抱くのは当然の結果でもあった。

 大事そうに井塚を扱う海燕に、その場の面々が意外そうな表情をする。井塚が入隊してから、そういった態度を表だって示したことが無かったからだ。

 と、息が整ってきた井塚が顔を上げる。その表情はきまり悪そうであった。

「海燕先生、よくもまぁいけしゃあしゃあと」

「さんざん世話になっといての台詞がそれかよ……体調は大丈夫か」

「大丈夫ですよ。まったく、人が折角波風立たせないように秘密にしていたことをあっさりと……」

 ぶつぶつと不満を零しながら、井塚が海燕から降りて藍染と向き合う。

「期待に添えたかは分かりませんが、手合わせありがとうございました」

 丁寧に一礼し、笑顔を浮かべる。先ほどまで疲労しきっていたとは思えない変わり様に、藍染も平子も瞠目する。そんな彼らの様子に、井塚はさらに笑みを深めた。

「最悪の状態からの立て直しは色々あって、慣れたものでしたので」

 無論、生前の神機使いでの任務の事だ。ソロミッションで追い詰められた時や、けがを負った時、頼れるのは自分しかいない。どう立て直すのか、バッドコンディションとの付き合い方は何よりも重要な事柄だった。

 そんな井塚に、海燕はため息を吐く。外面はなんともないようにしているが、中身はいまだ疲労困憊なのは手に取るように分かったからだ。伊達に長い付き合いではない。

「とりあえず、平子隊長達は仕事に戻られてはどうです?これ以上はまずいでしょ」

「――ん、それもそうやな!」

 海燕の言葉に、平子が笑いながら乗っかる。元より彼らは別のところへ行く途中、いつもの平子の思い付きで、井塚の実力を見ることになったのだ。哀れ、付き合わされた藍染と井塚。

 ほなまたなー、と出ていく平子と、申し訳なさそうに頭を繰り返し下げながら出ていく愛染。それを見送ると、隊員たちは井塚達の様子が気になりながらも三々五々に別れていった。数分後、その場に残ったのは井塚と海燕のみ。

 海燕は険しい表情のまま井塚に近づき、至近距離でささやいた。

「――何を見たんだ」

 鍛錬であそこまで疲労する実力じゃないのは知っていた、ならば原因は他にある。例えば――予期せぬ情報の閲覧とか。

 海燕の問いかけに、井塚は青を通り越して真っ白な顔色のまま、小さく声を漏らした。

「……海燕先生」

「大丈夫だ、ここ以外じゃ絶対に話さない」

 頭を撫でてやり、笑いかける。それに困ったように眉尻を下げ、井塚は答えた。

「藍染副隊長の斬魄刀。真名は鏡花水月で、解号は砕けろ」

「ああ」

「能力……完全、催眠」

「――は?」

「海燕先生、どうしよう」

 とんでもないもの、手に入れちゃったよ。

 敬語をつける余裕すらなくした井塚を前に、海燕も頭を抱えるしかない。副隊長が斬魄刀の能力を偽っていた?完全催眠、ということなら、偽りにほころびが出ていないのも納得がいく。が、偽る理由は何か。というかこれを総隊長に話したとして信用されるとはとても思えない。そも、総隊長だけは知っている可能性もある。

 さらなる重荷に、海燕も井塚も胃が痛くなる思いだ。

「……よし、井塚。詳細をもう少し話せ」

 こうなったらとことん抱えて、万が一の事態に備えるしかない。

 海燕の言葉に、井塚も辺りを警戒しながら小さく、早口で説明を始めた。

 鍛錬の時間はほんの十分ほどで、藍染の始解で決着がついたらしい。その為斬魄刀から手に入れた情報と自身の記憶にばらつきがみられると。恐らく、神薙からの情報と、鏡花水月による催眠がぶつかり合っているのだろう。これで混乱しなかったのは幸いだった。

 催眠にかかる条件こそ分からなかったものの、神薙から情報を手にした井塚曰く、完全催眠は五感隅々にわたり、おそらくそれは格上にさえ効いてしまう。そして、その本来の能力を知っていたとしても、催眠の条件に入ってしまえば、能力からは逃れられない、と。

「お前の斬魄刀とは違う意味で強力じゃないか……」

 最悪、どこで催眠が行われたかすらも分からないままやられる可能性が高い。自分も彼の斬魄刀の始解を目にし、偽りの能力が振るわれたのを見たことがある。能力から逃れることはできないだろう。

 ギルに伝えるか否か――それを考えながら、二人は業務へと戻っていったのだった。




予測可能回避不可能とか厄介この上ないですよね藍染の斬魄刀

ほんと何故これを捨て去ったし(いや最終戦でまた持ってたけど)


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ep.13「その日」

主人公は藍染の始解発動の瞬間を見ているため、本来の能力は知っていてもそれが発動しているかは判断できません
今現在始解しているかを判別できるのはギルのみ


 良からぬことが起きている。

 隊長からそのことを聞いたとき、井塚はそう直感した。

「流魂街の変死事件、ですか」

「ああ。ここひと月の間に、流魂街の住人が衣服だけを残して消滅する事件が相次いでいる。九番隊を中心に調査隊はすでに編成されているんだが、一応耳に入れておいてほしかったんだ」

 そう告げる浮竹の表情は暗い。それはそうだろう、こんな怪奇事件、今まで起きたことがないのだから。

 流魂街出身の死神は多い。消えた住人に友や家族など、親しい人間がいる可能性もあるだろう。こういう時だけだが、井塚は流魂街に親しい人間が少なくてよかったと思う。

「でも、どうして死んだと確定しているんですか?何かの理由で服を脱いで、行方不明になったとかは」

「いや、それはないだろう……そっちの方がまだ救いがあるんだが。平子が言うには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、としか考えられないらしい」

 人の形を保てなくなって消滅した、という言葉に、何かが引っかかった。どういった理由でそうなるのだろうか。井塚は考える。と、その様子を見た浮竹が苦笑した。

「考えるのはいいが、きちんと仕事は熟すんだぞ」

「わかってますよ」

 では、失礼します。と一礼をして退出する。手には、もう一つの用事である書類が握られている。五番隊へもっていく書類だ。本当は行きたくないんだけどなあ、と思いながら、井塚は隊舎の入口へ向かう。

 予期せず、藍染の斬魄刀の本来の性能を知ってしまった井塚と海燕、そして彼らから事情を聞いたギルは、なるべく普段通りを装うことを決めた。

 とは言っても、ギル自身はまだ学生なので藍染と接触することは稀であり、警戒するべきなのは海燕と井塚の二人だけ。その井塚と海燕も、長い対人経験があるので、取り繕うことは慣れたものだった。

 だからと言って、件の人物と会うのは些か憂鬱にもなるというもので。

「はぁ……」

「なーに溜息吐いてんだ」

「うひゃぁ!?」

 突然話しかけられ、井塚は飛び跳ねるように後ずさる。目の前にいたのは海燕。

「な、なんですか海燕先生」

「なんか暗いもの背負ってるなと思ってな……大丈夫か?」

 恐らくそれは、二重の意味を孕んでいる心配だった。

 一つは、流魂街の変死事件に、知り合いがいるんじゃないか、という心配。

 そして、もう一つは――藍染に会って、冷静でいられるか、という心配。

 井塚はきちんと、その二つの意味を読み取り、苦笑する。

「幸い、戌吊には知人と呼べる存在もいませんし、海燕先生の姉弟かギルしか、親しい人はいません。薄情かも知れませんが、彼らが犠牲になってないから、大丈夫です」

 何かあったら、どうなるかはわかりませんが。

 そう締めくくる井塚に、海燕は苦笑を浮かべながらも、安心したようにそうか、と言った。

「じゃ、行ってきますね」

「おう、行ってこい」

 海燕に見送られ、井塚は足早に五番隊の隊舎を目指す。平静を装って対応できるといっても、浮竹の言葉を聞く限り、隊長の平子が今回の事件の調査に関わっている。忙しいだろうから、手早く終わらせたいと考えていた。

 隊舎に到着し、書類を持ってきた旨をちょうど近くにいた隊員に伝える。その人に預けようかとも思っていたが、そのまま隊長室にまで連れていかれてしまった、何故だ。

「失礼いたします」

 こっそりと顔を出すと、そこには忙しそうに、珍しく書類仕事を熟す平子と、相変わらずまじめに仕事を熟す藍染がいた。いつも通りとはいかないが、よく見る光景だった。

「これ、十三番隊からの書類です」

「ん?おー井塚やないの。あんがとさん」

「ありがとう、井塚君」

 手を挙げて応えてくれる平子に、にこやかな笑みを浮かべる藍染。普段通り、のはずだ。

 だが、神薙が違和感を訴えてくる。一体、どういうことだろうか。

――今は気にしても、疑われるだけだからやめておこう

 井塚はそう判断し、そそくさと隊長室を後にする。と、少年と思しき死神が入り口の方から歩いてきた。誰だろう、腕章からして席官のようだが……。

 銀色の短髪に、狐のような顔つき。どこかで聞いたことのある風貌だが、さて誰だったか。

 そんなことを考えながらも、廊下の端によって会釈をする。それに向こうは片手を挙げて応えてくれた。

 あ、思い出した。確か海燕先生が言っていた。

「お疲れ様です、市丸三席」

「お疲れさまや」

 そう、市丸 ギン三席だ。霊術院を僅か一年で卒業した麒麟児。海燕が、どこか好きになれないとぼやいていた少年死神だ。

 市丸はどこか含みのある笑顔を浮かべている。その笑みはどこか、生前世話になった博士――ペイラー・榊を思い出す。彼は何を、抱えているのだろうか。

「あんさん、十三番隊の隊員やろ?なんか用事があったんか?」

「……私の事、知っていらしたんですね、恐縮です。今日は書類をお届けに上がりました、今済ませてきたので、帰るところです」

 予想外だ。彼とは会ったことは無い、なのにどこで勘付いたのか、自身の所属を知っていた。鍛錬する死神の中にいたのなら忘れるわけがないし、誰かから聞いたのだろうか。

「藍染副隊長達が前、遊びに行かはったやろ?そん時の事、小耳にはさんでなぁ。あの藍染副隊長に、浅打で肉薄しおったって」

 あ の 二 人 か

 いや特に口止めも何もしていなかったから、あの時の事が噂になっている可能性はあったが、まさかこんなところにまで広がっていたとは。

「いやいや、肉薄なんてしてませんよ。藍染副隊長が始解をした途端、瞬殺されてしまいましたし」

 事実である、肉薄なんてとんでもない。自身の実力はまだ、最盛期の足元にすら届いていない。改善点しか浮かんでいないというのに、そんな風に噂されるのは非常に解せない。

「そないなこと言うて、副隊長も褒めとったよ」

「藍染副隊長ぉ!?」

 何評価してるんですかあの人は。ああ、頭が痛い。

「確かに実力はまだまだやけど、これからの成長が楽しみやわぁ、って」

 期待されとるなぁ、なんて意味深な笑みを浮かべている。やめてください、色々課題があるのに胃痛が増してしまいます。

 とりあえずここを離れよう。帰って海燕を弄って憂さ晴らしをしよう。今度こそ、井塚は市丸に挨拶をして五番隊隊舎を出ていった。

 その背中に、市丸の視線を感じながら――

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 十三番隊の隊舎に戻り、海燕と合流して思い切り弄り倒し。

 さて今日の業務も終了だ、となったときだった。

――カンカンカンカンと、警鐘が鳴り響く。

 「!!」

 思わず立ち上がる二人。直後、響いてくる緊急放送。

〝――急招集!緊急招集!各隊隊長は即時一番隊舎に集合願います!九番隊に異常事態!九番隊隊長六車 拳西、及び副隊長久南 白の霊圧反応消失!それにより緊急の――〟

「――は?」

「おいおいおいおい、どうなってやがる!」

 隊長格二人の霊圧消失。まさかの事態に、隊舎の中がにわかにどよめき立つ。

「確か、九番隊って今回の変死事件の調査を行っていましたよね」

「まさか……っ!」

 彼らも、同じように生きたまま人の形を保てなくなって――?

――あれ

 井塚はまた、何か引っ掛かりを感じた。人の形を保てなくなる。昔、どこかで似たような現象を見たことがあるような。

――制御が利かなくなった神機使いは、

「!!」

「あ、おい!」

 思い至った可能性に、居ても立っても居られず、井塚は浮竹のもとへと向かう。

「浮竹隊長!」

「井塚、どうしたんだそんなに急いで」

 今まさに一番隊に向かうところだったのだろう。入り口に立っていた浮竹が不思議そうに訊ねてくる。

「論拠も何もないのですが、今回の事件のある可能性に思い至って。……一番隊へ向かう道中でお話しても?」

「――ああ、かまわないよ。こちらも急ぎなわけだし」

 浮竹からの了承の返事に、井塚は小さく礼をし、並走しながら話し始めた。

「今回の流魂街の変死事件。もしかすると、なんですが、魂魄が整の状態のまま虚化しかけた故に起きた拒絶反応ではないかと」

「……どうしてそう思う」

 伊達や酔狂で話しているとは思えなかったのだろう、厳しい表情で根拠を尋ねてくる。

「経験から、ですかね……以前少しだけ話しましたが、私には生前の記憶があります。そこで、似たような事例をみたことがあったので」

 思い至ったのは神機使いのアラガミ化、そして適合試験のことだ。

 神機を扱えるのは、まず偏食因子に適合し、神機に適合しなくてはならない。井塚が神機使いになったころこそ、体制はマシにはなっていたが、最初期のころの適合試験はろくなパッチテストも行わず、ただひたすらに適合試験を行っていたという。

 適合に失敗すれば、神機に喰われて――死ぬ。アラガミを虚、人間を整ととらえると、虚化に耐え切れなくなった魂魄が、拒絶反応の末に自壊、消滅。そう考えることもできるのだ。

「あくまでも生前の経験則によるものです。恐らく他の隊長達にお話ししても、一蹴されてしまうと思われます。一先ずは、浮竹隊長の胸にしまっておいてください」

「つまり、誰にも話さないでくれ、ということかい?だが、その推測があっていたら、六車と久南は」

「恐らくは、何らかの理由、ないし――()()()()()虚化させられたか消滅しているでしょうね」

「――そうか、君は尸魂界に裏切者がいる可能性があると考えているのか」

 浮竹の言葉に、井塚は頷く。一番の候補はいるが、他にも関係者がいる可能性が高い。だが、浮竹隊長は白だ。十三番隊に入ってからのことを思い出し、井塚はそう判断していた。

「浮竹隊長は信頼しています。もちろん、総隊長のことも。ですが――他の方はなまじ関わりがないので、信頼できるかが分かりません。だから、他の方には口外はしないでください」

 自分なりに調べて、答えを見つけ出しますから。

 今回の件には間に合わない。だが、いつか裏切者を見つけ出し、その証拠を提示する。

 井塚の強いまなざしに、浮竹は頷いた。確かに根も葉もなく、大凡信じられるような推測ではない。が、彼女の普段の行いから、そこには彼女なりの根拠があるのだろうと判断したのだ。

「分かった。俺にもできることがあったら、遠慮なく言ってくれ。それまでこれは――二人だけの秘密だ」

「はい」

――言えない秘密が、また一つ。



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ep.14「一人で」

もう少しだけ、過去編続きます


 隊首会が行われた次の日。井塚は、浮竹に呼び出された。

 井塚のみが呼び出された状況に、海燕は首を傾げていたが、こればかりは海燕にすらいえない。それは、浮竹の信頼を裏切る行為なのだから。

「隊長、井塚です」

「ああ、入ってくれ」

 失礼します、と声をかけ、井塚は浮竹だけがいる隊長室に入る。窓際に佇む浮竹の表情は暗い。恐らく、昨晩の事件についての詳細が上がってきたのだと思うが。

 浮竹が話し出すのを待ちながら、井塚はあたりの気配を伺う。万が一、誰かに気取られてしまっては、自分だけではなく浮竹にも迷惑が掛かるから。

「総隊長は、十二番隊隊長・浦原 喜助を件の下手人とした。加えて、彼に協力し、禁術を使用したとして鬼道衆総帥・大鬼道長の握菱 鉄裁、彼らを四十六室の招集から逃れさせたとして二番隊隊長の四楓院 夜一。この三人が、現在捜索されている」

 そこに、井塚が脳裏に浮かべていた人間の名前はない。恐らく、斬魄刀の力でもって、アリバイを作っていたのだろう。 

「被害者は昨夜の警鐘にあった六車 拳西、九南 白以外に救援に向かった鳳橋 楼十郎、平子 真子、愛川 羅武、有昭田 鉢玄、矢胴丸 リサ、そして猿柿 ひよ里」

「――随分な、損失ですね」

 精神的にも、死神の戦力としても。隊長格ばかりが軒並みこれである。それほど、非道で、危険な実験を行っていたのだろう。浮竹の表情が暗いこともうなずける。

 浮竹はその言葉に首肯し、話を続ける。

「今までの話を聞いて、率直な意見をくれないか。四十六室の決定は絶対とはいえ、正直、俺自身も納得がいっていない部分がある」

「率直な意見、ですか」

 その言葉に、井塚は数瞬考えた後。きっぱりと告げる。

「その決定は間違っているかと」

 はっきりと言うなあ、と浮竹が苦笑する。それに少しだけ笑うと、井塚はその根拠を述べていく。

「私、浦原隊長と親しくしてはいなかったので余り詳しくはないのですが、彼の性格から察するに、このような計画を立てたとしても、少々杜撰だと思うのです。彼ならばもっと隠し、仮令隊長格相手に実験を行ったのだとしても、自身がやったのだという物証は出ないように細工してくると考えます」

 これが一つ、と井塚は人差し指を立てる。

「次に、四楓院隊長について。これまた親しくはありませんが、私の友人に彼女と親しい方がいます」

「――朽木 白哉か」

「はい。彼から聞く限り、そして彼と共にたまに会った彼女を見る限り、四楓院隊長は清廉潔白。いたずら好きですが、役目はきっちりと果す方とお見受けします。そんな彼女が罪人の脱走に手を貸す……何か裏があると考えるのがいいかと」

 これが二つ、と今度は中指。

「最後に。今回の事件の下手人は別にいる可能性が高い、これが根拠の三つ目です」

 断言する井塚に、浮竹が瞠目する。そこまでの根拠二つが、心証からくるものだっただけに、確信を得たような言葉が不釣り合いに聞こえたのだ。

 驚いている浮竹を他所に、井塚は静かに話を続ける。

「見当をつけている人間がいるのは事実なんですが、何分物証がありません。加えて、その時間帯別の場所にいたという証言もあるでしょう」

「なら、何故その人物だと思うんだい?」

「その人の斬魄刀です」

 ここが、ぎりぎりの境界線だ。井塚の斬魄刀のことは三人だけの秘密。だが、彼の――藍染の斬魄刀については、三人だけの秘密、とは言っていない。海燕はあの場以外では話さないと約束したが、自分はしていない。言葉遊びな上、約束を守ってくれている二人を裏切ったようなものだが、ここだけは話しておかなければ浮竹は納得しないだろうと、彼女は判断した。

「私はある偶然の積み重ねから、その人が、斬魄刀の能力を偽っていることを知りました」

 そこで言葉を切り、深呼吸をする。緊張で心臓が爆発しそうだ。

「経緯は話せません。秘密にしようと、ある人たちと約束しましたから」

 恐らく、誰との約束かはなんとなく察したのだろう。浮竹は落ち着いた様子で、先を促してくる。

「その人の斬魄刀の能力は、完全催眠。催眠にかかる条件は掴めませんでしたが、恐らくは現在所属している隊のほとんど、中でも隊長格は軒並み、催眠の餌食になるかと」

「……なんだって?」

 さすがに予想以上の能力だったらしく、浮竹が再び瞠目する。つまり、井塚の証言を信じるならば、これまで得ていたこの事件の証言や物証、そのすべてが信じられなくなるのだ。

「無論、私自身もその斬魄刀の支配下にあります。本来の能力と、偽りの能力。その二つの記憶が、今も頭の中にありますから。その方の催眠を受け付けないのは、恐らくこれから死神になる者たちのみ。或いはその人物の協力者にも、催眠が効かない方がいるかもしれません」

「単独犯ではない、と」

「これほどの被害を齎したのです、単独犯とはとても思えない」

 あの日からそれとなく観察していたが、彼は賢い。信頼しているかはどうであれ、自身の足が付かないように手足となる人物はいるだろう。

「――以上です。その者が今回引き起こした騒動の意味、これから先同じことを行うかは分かりませんが、可能な限り、情報を集めていきたいと思っています」

 井塚の真剣な表情に対し、浮竹の表情は険しい。

「それが、どれほど険しい道かは、分かっているんだな」

「はい」

 物証も、証言も、何もかもが真偽をつけられるものではない。自分自身の判断ですら、目で見たものですら、信じられない状況。真実に辿り着くことも至難の業であり、しっぽを掴む可能性は著しく低い。それを彼女は、単独で行うというのだ。

「彼に、協力は仰がないのかい」

「これ以上、彼を頼るわけにもいきません」

 むしろ、情報を知る人間は可能な限り、少なくした方がいい。海燕が漏らすとは限らないが、いざという時に怪しい動きをしているのは、井塚一人でいい。

「浮竹隊長、もし私がやり玉にあげられたら、すぐに切り捨ててください」

 今までの言動から、こう言われるのは察していたが、はっきりと捨て駒にしろと言われるのは堪える。しかし、隊全体のことを考え、そして浮竹の事を案じての提案だと思うと、断ることはできなかった。

――彼女なりの”誇り”のために、その道を歩もうとしていると考えたらなおのことだ。

 沈痛な面持ちで、浮竹は首肯する。そんな時が来ないことを、祈りながら。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「さて」

 浮竹との密会も終わり、井塚は一人、流魂街の外れにある森の中に来ていた。

 調査の手がかりもないが、自分にはいざという時に切り抜ける実力もない。対人戦の経験は積んでいるが、大半が浅打相手で、始解の死神との経験はほとんどなく、卍解は皆無だ。無論、鍛錬くらいで隊長格の面々が卍解をするとも思えないが。

 経験もそうだが、彼女自身の力量も問題だ。浅打同然の神薙を振るい、情報を得たとしても、それを活用できる実力がないのでは意味がない。情報収集と同時に、今以上の鍛錬が求められる。そう考えた。

 そして、その最終目的は、卍解。

 神薙と対話した時、井塚は卍解の能力も聞いていた。屈服のさせ方は具象化できた時、と誤魔化されたが、恐らくはかなり険しいものになるだろう。あんな特殊能力だ、習得までの道筋が険しくないわけがない。

 斬魄刀を振るいながらも、井塚は考える。どんな情報ですら信じられない現状。頼りになるはずの己の勘や経験ですら、本当に信じられるわけではない。ならばどうすればいいか。

 答えは至極簡単だ、情報の質で判断ができないなら、量を稼ぐしかない。そのためには時間が必要で、そして時間を作るためには、卍解を習得するのが一番だった。それほど、この斬魄刀の能力は特殊なのだ。その分、使いこなすのはかなり難しい。

 そして、ここから先は、本当に自分だけの戦い。浮竹にも、海燕にも、ギルにも、そして白哉にも。それぞれに共有し、それぞれに言っていない秘密がある。すべてを知っているのは自分ただ一人。

 これは、雨宮さんのことを言えないな、なんて苦笑する。上司の榊博士の指示とはいえ、一人で抱えて、死にかけたかつての上司。彼とほとんど同じ状況になった自分を鑑みて、ふと思う。

「やっぱりさ、親しい人間なんて作るもんじゃないね」

 その言葉は、空の彼方へと消えていった。

 

 

 

――もし気取られても、死んでしまうのは自分一人だけでいい

 

 

 

 

 

 




多分次で過去編はいったん終了、オリジナルの話をいくつか書いて、物語の始まりに行くかなと
主人公がどんどんリンドウとかジュリウスポジに進んでいるという


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ep.15「その後」

難産過ぎて色々とちぐはぐな可能性があります


 鍛錬と斬魄刀の意思の具象化に専念した次の日。

 出勤してきた井塚の耳に、ことの結末が聞こえてきた。

――浦原喜助、握菱鉄栽は現世へ永久追放

――四楓院夜一は護廷十三隊二番隊隊長職、及び隠密機動総司令官職、及び刑軍統括軍団長職から永久除籍

――鳳橋楼十郎、平子真子、愛川羅武、六車拳西、矢胴丸リサ、九南白、猿柿ひよ里、有昭田鉢玄、死神復帰困難な為除籍

 大きな欠員を出した十三隊は、せわしない日々を送ることになった。特に、隊長、副隊長を同時に無くした隊は影響が大きく、他の隊から助力を請う程。

 井塚もまた、小さな情報すら聞き逃すまいと、様々な部隊の援護に走り回った。より早く、迅速に動き回るのは瞬歩の鍛錬にももってこいだ。

 そんな環境になったからだろうか。海燕が浮竹からの推薦に漸く応え、副隊長に就任した。どたばたと慌ただしい中だったので祝いの席もなく、一先ずは形だけ、といった具合ではあるが、それでももしもを考えたら、副隊長が空席よりはマシだった。井塚にとってみれば、浮竹との密談に割って入られそうで戦々恐々の状況になったが。

 と、九番隊へ向かう途中、見知った顔を見つけた。どうやら同じ方向への用向きのようで、並走する形になる。

「やぁ、お疲れ様朽木くん」

「井塚か。貴様も忙しそうだな」

「まぁね。そっちも忙しいんじゃない?」

 井塚の問いに、白哉は神妙な面持ちで頷く。六番隊は他の隊への助力のほかに、現世へと逃亡した浦原達の捜索の任も、一応行っている。尸魂界内の問題解決の方が優先の為、ほとんど形だけになっているが。

 せわしなく行きかう死神たちを見る。隊長格が抜けた穴が大きいのは事実。だが別の意味で苦難を背負っている隊もあるだろう。

「ねぇ、朽木くん」

「言うな、井塚」

 恐らく、井塚が言いたいことは分かっているのだろう。周りに聞かれてはいらぬトラブルを引き起こすことになると、白哉は止める。それに対して井塚は苦笑しながらも、話すことはやめない。

「君はこれでいいと思う?」

「……」

 井塚の問いかけに、白哉は沈黙で返す。今回の下手人の一人、四楓院 夜一と白哉は長い関わりがある。彼女の人となりについては、彼がよく知っているだろう。恐らく、他の朽木家の人間も。

 白哉は答えない。自分の中でも、これといった結論が出ていないからだ。彼女はいたずら好きで、よく白哉を振り回してはいたが、決して悪人ではないと白哉は知っていてた――知っていたつもりだった。

 だが、今ではそんな印象も正しかったのかが分からない。彼女が、彼女たちが無実だったとして、それを訴えても意味がない。四十六室の決定に逆らうことにもなる。

 思い悩んでいる様子の白哉に、井塚は苦笑を漏らす。

「うん、悩むことはいいことだよ。仕事に支障はきたさない位までだけど」

 すぐに割り切れるものではない。突然、信頼していた者がいなくなるのは、いつだって慣れないものだ。

「でも、仮令世間的に見れば悪なんだとしても――個人的に信じ続けるのは、いいと思うんだよね」

 ほら、心の中とかでさ。そう言う井塚に、白哉は瞠目する。

「貴様は、信じているのか」

「うん、まぁね」

 あっさりと言い放つ井塚。そも、井塚と白哉では前提条件が違うのだが、それを白哉が知ることはまだ無い。だが、井塚は断言する。仮令彼の情報を知っていなくとも、井塚は夜一たちを信じていただろうと。

「最後に頼りになるのは自分の直感と経験だけ、自分のものだから、疑う意味がほとんどないからね」

 だが、それに頼りきりになっては周りが見えなくなる可能性もあるから、注意が必要なわけだが。

「だから、心の中で信じているくらいは、いいんじゃないかな?」

 そう言い残し、井塚は九番隊の隊舎へと入っていった。取り残された白哉も、悶々とした気分を抱えながら、自身の目的地へと向かっていった。

 書類の届けと報告を済ませ、井塚は十三番隊へと戻る。道すがら見る人たちは一様に暗い雰囲気を背負っている。その中でも他と違う雰囲気を背負っているのは――恐らくは十二番隊だろう。裏切者が率いていた隊という烙印を押されたのだ、裏方が多い二番隊と違って、隊長達を失った部隊からやっかみを受けている可能性は高い。だとしても、井塚にできることはないのだが。

 隊舎に戻ってくると、入り口につい数日前に見た人間がいた。銀髪の少年――市丸 ギン三席だ。

「お疲れ様です、市丸三席」

「ん?おん、お疲れ様や」

 会釈をすると、市丸はひらひらと手を振ってくる。書類を抱えているところを見るに、どうやらこちらに任せていた書類を回収しに来たかしていたようだ。

「書類でしたら、我々がお届けしましたのに」

「確かに四番隊も忙しいけど、いつまでも任せっきりにはしていられへんやろ?この位はやらせてくれへんか」

 そう言われてしまうと、井塚からは何も言い返すことが出来ない。元々は四番隊に回された仕事を手伝っている形なのだ、その本人――本隊?――から断られてしまえば、そこまでなのだ。

「そう言われるのでしたら……でも、無理はしないでください。三席まで倒れてしまわれたら、藍染副隊長の負担が増してしまいます」

 寧ろ増してしまえとは思うが、それを口にしたって仕方ない。三席が倒れてしまったら他の隊員に負担が回ってしまうのは事実、それを避けるのは一隊員としては当たり前の意識だった。

 そんな井塚の忠言に、市丸は瞠目――したように感じた――し、直後苦笑するように相貌を崩した。

「キミ、藍染副隊長が好きなん?」

「恋愛的な意味での問いならば否と言っておきますね」

 というか大絶賛で疑いをかけている相手に心を寄せるとか、そんなことあるわけがない。

 にっこり、と満面の笑みでそう答えると、市丸はへぇ、と相槌を打つ。

「そないなら、ボクは?」

「二度しか会ったことが無い方を好きにはなりません」

「つれへん人やなぁ」

 そう言われても、むしろこちらは何故そう言われたのかが理解できない。何か変な言動が今の自分のものにあっただろうか。

「なんかキミ、藍染副隊長をやけに気にかけとる気がしてなぁ」

「……そりゃあ、私が初めて鍛錬を受けた隊長格の方ですし、真面目な方みたいでしたからね。全部抱えてぶっ倒れそうな気がして心配になるんですよ」

 よくもまぁ心にもないこととつらつらと並べられたものだ、と自分でも笑いたくなる。

 そんな井塚に対し、市丸はふうん、とどこか納得がいかない表情。どうしたのだろうか、と井塚が内心でびくびくしていると。

「おーい市丸。書類一部忘れて……って、井塚、戻ってたのか」

「あ、海燕せ、副隊長」

「おい今先生って呼びかけたか。てか海燕じゃなくて志波副隊長だ」

「いやぁ、すいません海燕先生」

「そっちの呼び方じゃねえ!」

 市丸に書類を届けに来たのだろう海燕に挨拶するついでに、適当に弄る。未だに志波副隊長という呼び方になれていないのは事実だ。

 軽く頭をぐりぐりと撫でまわされ、きゃーきゃーと井塚が騒いでいる横で、海燕が市丸に書類を差し出す。それを受け取りながら、市丸は二人を見た。

「仲がええんやね、付き合ってはるん?」

「んなわけない、こいつは俺の妹みたいな存在」

 そういって井塚を示す海燕。その表情を見るに、本当にそれ以上の含みは無いようだ。

 と、海燕は井塚を撫でていた手を彼女から離すと、何故か今度は市丸の頭を撫で始めた。不思議そうに首を傾げる井塚と市丸に、海燕はくしゃりと相貌を崩す。

「市丸、お前も無茶するなよ?」

「――一体どうしたんです、志波副隊長。ボクの心配なんて」

 突然の言葉に、市丸も、井塚も目を見開く。

「いや何。井塚には以前話しただろ?こいつ、いつか独りで突っ走って死にそうだって」

「あー、そう言えばそんな話もしましたね。懐かしい」

 その話をしたのは確か、真央霊術院で二年に上がる頃だったか。懐かしい部類に入る思い出だ。

「そないなこと話とったんですか?」

「お前底が見えないっていうか、見ていて不気味っつうか……」

「海燕先生、それ本人に言いますか」

 思ったよりずばずばと物言いを始めた海燕に、井塚が苦笑する。それに対して海燕はうっせ、と一蹴してから、また市丸に言い募る。

「お前が何を考えて、抱えているかは知らねえけど、その中身を見せなくてもいいから、たまには息抜きしろよ?頼りになる人間に相談するとか、そういうことしておけ。お前中身はどうあれ、見た目はまだ子どもなんだからな」

 そういって微笑んで、わしゃわしゃと市丸の頭を撫でる海燕。胡散臭くて苦手だ、と話していたあの頃から、何か心境に変化があったのだろうか。井塚は首を傾げる。

「ボクこれでも一端の死神なんやけど……まぁええか。一応、頭にとどめておきますわ」

「おう、そうしろそうしろ」

 んじゃ、仕事がんばれ。そう言って、海燕は市丸を送り出した。四番隊隊舎に戻る道すがら、市丸が振り返り、軽く会釈をする。その表情は、いつもの張り付けたような笑みではなく、どこか見た目相応のそれに見えた――気がした。

「苦手だって言ってたのに、随分と対応が変わりましたね」

「そりゃあ近くに似た奴がいれば変わるさ」

「ああ、ギルか」

「は?」

「え?」




「お前の事だよバーカ」
と海燕先生は思っていそう

次からは
・ギルの霊術院生活
・卍解修行
・白哉、結婚する
・ルキアとの出会い
・雨の日

等などを予定しております


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護廷十三隊~過去から今へ~
ep.16「各々は」


※ある方の苗字を捏造しています



 ギルバート・マクレインは死神見習いである。

 見習い、というか、彼は死神を目指す学生である、と言った方が正しいだろう。

 彼が真央霊術院に通い始めてからはや五年。一年の飛び級を経て、彼はもうじき卒業する、という時期に差し掛かっていた。

 そんな彼は一人、霊術院の隅で鍛錬をしている。実直に鍛錬に取り組む彼の周囲には誰もいない。見た目年齢からして、他の学生よりも年上にみられることと、恐らくは頬の傷が原因だろう。生前は「黙っていると誤解されるぞ」とよく言われた。

 が、ギルは敢えて交友関係に積極的にならず、自ら一人でいることをよしとした。その方が鍛錬も捗り、いち早く技術が磨かれるため――ではない。一人のほうが動きやすいからだ。一人ならば、彼女を――井塚のしていることを知ることが出来るし、追いかけることもできる。

 井塚が何かしているのを、ギルはここ数年感じ取っていた。数年前に隊長格の大半が除籍となった事件。恐らくは、それに関して調べているのだろう。だが、彼女はそれらを海燕にも、自分にも漏らしていない。ばれていないと思っているのだろうが、こちとらそう言った手合いは生前で何度か見ている。恐らくは海燕も薄々気づいているだろう。

 ふと、生前彼女の同期の少年、藤木 コウタが言っていたことを思い出す。

「あいつ、最近どんどん遠い所に行ってる気がするんだよな」

 極東支部初の新型神機使いにして、一年足らずで最前線と言われた極東のトップ集団に喰いつき、とんでもない逸話をこれでもかと残した彼女。

 噂程度でしか、生前はその人となりを知らなかったが、それだけでも彼女の異常さは際立っていた。

 曰く、平原地帯でヴァジュラ四体を相手に一人で戦い、これを討伐した。

 曰く、山ほどもあるアラガミ――ウロボロスを、初見でたった一人で討伐した。

 曰く――

 そして、あの頃は独立支援部隊・クレイドルの任務のために、単独で欧州を中心に活動していた彼女。

 噂を聞くたび、どんな化け物なんだと思ったことがある。むしろ、生き急いでいるのではないかと、思ったこともある。

 それをコウタや、これまた彼女と同年代のアリサ・イリーニチナ・アミエーラに零したときは否定できない、と言われたこともあっただろうか。

「あの人は、全部ひとりで背負い込むんです。私たちにもたまには頼ってほしいって言うんですけどね……」

「俺それ前に言ったら「頼ってるから隊長を譲ったんだよ」だぜ?いやなんか違う、なんて言えばいいか分かんないけどなんか違うっての」

「ほんと、ソーマといい、ミクイといい、一人で抱え込まないでほしいんですけど……」

「……今思い返してみれば、何か抱え込んでたりするやつ、い過ぎじゃないか?」

「止めましょうこれ以上は不毛な気がします」

 はぁ、と二人で溜息を吐いていた様子が、何故かありありと思い出される。

「遠くに行ってしまう、か……」

 ぶん、と刀を振り下ろす。まだ始解もできてない浅打は、間合いが神機よりかなり短くて、今でも違和感を感じてしまう。

「あの人にとって、周囲の人間は頼るべき人間じゃないんだろうか」

 いやむしろ、守るべき人間という考えが先行しているんだろうか。本人でもないギルには、その真意は分からない。だが、頼られないというのは、寂しいものである。

 生前、ついに助けられなかった自身の隊長――ジュリウス・ヴィスコンティの姿が脳裏に浮かぶ。結局彼も、頼ることがないまま、一人で駆け抜けて、彼女に――総ての元凶のラケル・クラウディウスに利用されてしまった。彼の事を止められなかった後悔は、今も心に焼き付いている。

 今度こそ、あんな事態は引き起こさない。ギルは強い決意のもと、刀をまた振り下ろす。

 その重さは、握ってから数年たった今でも、やはり違和感が残るものだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 志波 海燕は十三番隊の副隊長だ。数年前のあの騒動の後、自分から折れる形で副隊長になった。不測の事態の時に、浮竹一人では対応できないだろうという懸念から――でもあるが、他にも理由がある。

「あのバカ……何やってるんだ」

 そう、彼の妹分ともいえる存在、井塚 実灰が秘密裏に行っているであろうことについて、探りを入れるためだ。

 あの日、浦原達が捕らえられ、後に脱走した日の事。彼女だけが、突然隊長室に呼ばれた時、海燕は何か嫌な予感がしていた。また何か、彼女が抱え込んでしまうのではないか、と。

 出会ってからもう、恐らくは十年以上の月日が経っているが、彼女の行動は危うさが抜けきっていない。

 初の討伐任務の時もそうだった。大虚という手に負えない相手を前に、仕方ないとはいえ無理をして六十番台を詠唱したと聞いたときは冷や汗ものだった。六十番台だとしても、その死神の技術によっては完全詠唱だとしても現状の実力の割に合わず、拒絶反応を起こしてしまう場合がある。彼女は鬼道がどちらかと言えば得意ではなかったことは海燕も知っていたので、気が気ではなかった。

 その後、無事に回復した後に説教したものの、別の任務の時にも無茶をしたと聞いたときは頭を抱えたものだ。

 死ぬつもりはない、が、死にかけるのには慣れている。学生時代、そう彼女は言っていた。今の彼女は、その通りに動いているのだろう。一見無鉄砲に飛び出しはするものの、絶対に生きて帰ってくる。

 が、彼女は知っているのだろうか。怪我を増やして帰ってくるごとに、隊の者たちが心配そうに、まれに得体のしれないものを見るように見つめていることを。

 知っているのだろうか。海燕はおろか、ギルにも、何か隠していることを知られていることに。

 そして、海燕が、それが浮竹との何かだということに気づいていることに。

「気づいていないんだろうな……」

「何に気づいていないんですか?」

「空木」

 ひょっこり、と顔を出したのは空木 都五席。海燕が副隊長に就任して少し後に、席官になった女死神だ。その昇進の速度は男所帯と言われる護廷十三隊の中でもかなりの速さで、あと十数年したら副隊長にとってかわられるんじゃないかと、海燕は思ったこともあったくらいだ。そのくらい、彼女は優秀だった。

「かわいい妹分が、何か抱えてるんじゃないかと思ってな」

 そう言って海燕が見つめる先を、都も見る。そこには、いつものように死神と鍛錬をする井塚の姿があった。この光景も、最早十三番隊の人間には見慣れた風景となっている。

「確かに彼女、色々と抱えてそうですよね。こう、一人でいなくなって、何も明かしてくれずに逝ってしまいそう」

「空木もそう思うか……」

「もう少し、無茶をしないようにしてくれたらいいんですけど」

 はぁ、と二人で溜息を吐く。同じ悩みを持つ者は、やはりいたらしい。なまじ彼女の行動のお陰で助かった死神や一般人もいるから、強く言い切れない部分があるのだ。

「でも……」

 と、ふと思い出した、といった様子で都が口を開く。

「そういえば彼女、最近よく浮竹隊長と話し込んでますね」

「そうだな、最近は頻度が多くなった」

 入隊当初からそれとなく気にかけられていたのは見ていたが、最近はふと見かけると二人が一緒にいることが多い。ここ最近ようやく八席に昇進した彼女と隊長が頻繁にいるということで、年の差の恋愛とか女性死神たちがひそかに騒いでいたのを海燕は知っている。というかそれについての質問を振られた。その二人が元だと分かる人間には分かる創作冊子を謝礼としてもらった。海燕が間に入っていた、何故だ。

 だが、彼らの密会自体は、数年前のあの日から始まっていたことを、海燕は知っている。あの日、彼女だけが呼ばれた上に、その前の日に、井塚は浮竹を追って出かけていったのだ。何かあると邪推しない方がどうかしている。

 だが、恐らくは彼女は話してくれないだろう。この数年一度もそれに関することは言わなかったのだ、これからも、きっとない。

 ならば、自分ができることは何だろうか。一人で抱え続け、いつか消えてしまいそうな彼女にできることは。

「副隊長」

「ん、なんだ空木」

 考え込む海燕に、都は笑みを浮かべてまた話しかける。

「彼女について、私と一緒に考えます?」

「お前とか?」

 はい、と頷く都。確かに、これを相談できる相手を探してはいたが、まさか彼女が名乗り挙げるとは思わず、海燕は怪訝そうな表情を浮かべる。

「お前、そんなにあいつと親しかったか?」

「そういうわけじゃないですけど……」

 気まずそうに頭を掻く都。しばらくして、ぽつりと話し出した。

「あの子、なんだか放っておけなくて。なんでしょうね、見守りたいと言いますか、いつの間にか、姉のような感覚で見てしまうんですよ」

 なんででしょう、と笑う彼女。その表情は確かに、どこか妹や娘を見るような、そんな表情に思える。

 そんな都に、海燕もくしゃり、と漸く相貌を崩した。

「んじゃ、今日は飲みながらあのバカについて考えるとするか!」

「はい!」

 二人の明るい声は、隊舎の空気に柔らかく溶け込んでいった。




一人で行動する人たちと、誰かと共に考える人たち
そんな感じのないようです


調べても都さんと海燕先生の結婚時期や出会いの時期が見つからなかったので、とりあえずこの時期はまだ同じ隊の人間位にしてみました

苗字はGEアニメ見てた方なら知ってると思いますが彼らのものを使用しています
深い意味はないです


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ep.17「酒飲み」

 ある夜の事だった。

 その日、残業で遅くなった市丸は、書類を提出した後、足早に帰路についていた。まだ自分のように残業をしていた死神も多いのか、人通りは少ないものの、全くいない、と言った様子はない。

 自分も含めて大変やなぁと思っていると、ふと自分が向かう方から、見知った男がやってきた。

「お疲れ様です、市丸三席」

「うん、お疲れさん」

 ひら、と手を振る先の相手は、数年前に海燕達経由で知り合った、六番隊のギルバート・マクレインだ。何故か日本人ばかりの尸魂界において、恐らくは唯一と言っていい横文字の名前の死神である。

 数年前、事後処理に追われていた中で、何故か自分を気にかけるようになった海燕。他の隊の所属だというのに、そこから芋づる式のように、同じ銀髪だからと隊長の浮竹が、そして海燕にくっつく形で井塚とギルが、関わってくるようになったのだ。海燕の影響力はかなり大きいらしい。

 そんな彼は、書類の束を抱えている。どうやらまだ業務時間中らしい。

「君も大変やね、平なのに」

「もう平じゃありませんよ、一応十席になりました。それに、平だったとしても、ちゃんと仕事をして上の信頼を貰わないと」

 真面目やねぇ、と市丸はつぶやく。そう、堅物そうでいかにもワルです、という風体をしているギルは、予想に反して真面目だった。風の噂では隊長達の覚えも良いらしい。自分より上の階級でありながらも、見た目はまだ少年の域を出ない自分に敬語を崩さないのがいい証拠だ。

「市丸三席は、今からお帰りですか」

「やっと残業から解放されたところや。君も無茶したらあかんからね」

「この位はまだ大丈夫です、提出したらそれで終わりですし」

 なんてこともないように言う彼。そういう部分は、どこか井塚に似ている気がしなくもない。仕事中毒、というのだろうか。

 と、ギルがそうだ、と声を出す。

「これ終わったらミクイさん達と合流して一杯ひっかける予定なんですが、行きますか?」

「僕中身は兎も角、見た目は子どもなんやけど」

 突然何を言い出すかと訝しむが、ギルはそういえばそうだった、と今更気づいたと言いたげな表情。

「見た目年齢を計るのって、案外難しいんですよ。俺の知り合いにも、十代にしか見えない成人男性とかいましたし、二十代に見えるのに四十代の人とかもいましたから」

 具体的に言えば前隊長とか、かの支部長とか。支部長に至っては本当に見た目詐欺だ。あの人の若さどうなっていたんだ。

 一方、市丸はギルの生前の記憶があるような口調に首を傾げた。死神になる人間で、現世からやってきた魂は往々にして生前の記憶を無くしている。霞んだ程度のものを持っている場合もあるが、具体的な内容を覚えている人間はいないはずだ。

 そんな自分に気づいたのか、詳しいことは後で話しますといって、ギルは足早に書類を届けに行く。瞬歩を使い始めたところを見るに、市丸がここから離れるのを危惧したようだ。先ほどの疑問の答えが知りたいので、逃げることはしないが。

 ほどなくして、ギルが戻ってきた。歩きながら、と言うので、素直に隣に立って歩き出す。

「俺とミクイさん、どっちも生前の記憶があるんです」

「ほーん……ん?井塚ちゃんも?」

 予想の斜め上の言葉に、思わず聞き返すと、ギルははい、と肯定を示した。

「俺とあの人は、生前同じ職場で働いてました。さっき上げた具体例の人たちも、同じ職場の上司です」

「なんか濃そうな職場やね……どないな仕事しはったん?」

「仕事、ですか……自警団、ですかね」

 また、引っかかる言い方だ。生前を覚えていることと言い、彼らは何か妙な部分がある。

 と、目的の居酒屋に着いたらしい。店の入り口に海燕が待機しているのが見える。

「お疲れ様です、カイエンさん」

「おう、お前も遅くまでお疲れ……で、市丸もきたのか」

「流れでつい来てしもうて。ボクも一緒してもどもないかな」

 先ほどまでとは正反対に好意的な提案に驚いたのか、ギルがこちらを見ているのが分かる。君が不可解な言動をするのが悪い、と胸中で呟き、市丸はにこりと笑みを浮かべた。

「ん?まぁ問題ないぜ。もともと四人席が取れていたからな」

 そんな二人の心境などいざ知らず、海燕は快く迎え入れてくれた。

 中に入ると、夜も更けていたからか、すでに出来上がっている客も多い。海燕に案内された先には、一人でちびちびと酒を飲む井塚の姿。

「お、来た来た……って、市丸三席じゃないですか、お疲れ様です」

 そう言って笑う井塚は、どうやらまだ酔ってもいないらしい。これおいしいですよーと酒を勧めてくる。

「いやボクまだ体は少年やから、遠慮しときますわ」

「えー、今夜位、一杯くらいいいじゃないですか」

 けけけ、とまるで悪代官のように勧めてくる井塚に、他の二人も白い眼を向けている。そこら辺はさすがにきちんと線引きしといた方がいいだろうに。

「さて、そこの馬鹿は放っといて。お前らは何呑む?俺は熱燗」

「あ、じゃあ俺もそれで」

「ボクは緑茶、あったかいのがええな」

 マイペースに注文をする三人に、ぶーぶーと抗議の声が投げられるが、それも沈黙と共にスルーされてしまった。諦めた様子で一人盃を煽る彼女は、四人の中に混じっているのに哀愁を漂わせている。

 配膳された三人分の酒やお茶、そしてお通しが来たところで、本格的な酒宴は幕を開けた。

「にしても、漸く新しい隊長格が決まり始めましたね。あれからもう何年たったことか……」

「お前いきなり重い話題振ってくるな。でも、そりゃそうだろう。長年空席の部隊もあんだ、今回はだいぶ早い方だと思うぜ」

「まぁ、言うても決まったんはボクらんとこの五番隊だけなんやけどね」

「副隊長だった藍染さんが、繰り上げ式に上ってきたんでしたっけ。あの人なら、確かに納得ですね」

「で、副隊長は空位になったと。……あれ、あんまり変わってなくない?市丸三席は副隊長にならないんですか?」

「ボク、なんか三番隊に移籍されそうなんよ」

「三番隊ってえと……鳳橋さんと言う方が隊長だったところですか」

「そうそう」

 市丸が頷くと、井塚がぐえー、と半目で見つめてくる。

「私、射場副隊長苦手なんですよね。こう、ぐいぐい押してくるオカン気質と言いますか」

「確かに、あの性格は好き嫌い別れそうだな」

「前隊長とは相性よかったみたいやで。あの人、消極的やったから」

「ああ、尻たたき……」

 嘗ての二人を思い出し、遠い目をする井塚達三人。一方、入隊の時期が事件後の為に彼の人となりを知らないギルは、聞きの姿勢に努めている。

「……そんな射場副隊長も、あの数日は見てられなかったですね」

「まぁ……それはどの隊も似たようなものだったろ。体面は取り繕ってただけに、見ていて痛々しかった」

「ほんま、嫌な事件やったねぇ」

 はぁ、とため息が三つ。平時ならば話題に出せないことも、酒の場ならば話せるというのはいいことだ。

 適当につまみを頼み、今度は井塚が口火を切った。

「そういえば、市丸三席はどうして誘いに乗ったんですか?」

「ん?三番隊のこと?」

「違いますよ、この飲み会のです」

「そういやそうだな。こういうのにはホイホイ来る印象がない」

 で、どういう風の吹き回しだ?と二人が詰め寄る。ギルも気になっているのか、隣からもひしひしと視線を感じた。

「どういうって……ギルから、何や井塚と自分は生前ん記憶があるって聞いて、どないなモンがあるんかいなと気になって来たんや」

「ちょ、市丸さぶふっ!?」

 ぶふっ!と井塚が酒を噴出した。目の前のギルにぶっかかり、彼の言葉が途中で途切れる。海燕も驚いたと言わんばかりに瞠目している。

「げほっ、げほっ。ったくギル、何暴露してんの。びっくりしたじゃんか」

「いや、つい。だめでしたっけ」

「いやダメじゃないけど」

 顔に付いた酒を拭いながら申し訳なさそうにするギルの言葉に、井塚はすぐさま否定する。元より秘密にしようとは言っていなかったのだ。べつに彼に落ち度はない。

「で、二人は生前、何しとったん?ギルは自警団みたいなものって言うとったけど」

「自警団……うん、言いえて妙ですね。その通りですが、あとは害獣の駆除だったり、施設の充実のために上と掛け合ったり。まぁ、戦闘を主にした、何でも屋みたいな感じでもあったかと」

 嘘は言ってない、嘘は。

「へぇ……井塚ちゃんも、戦ってはったん?あのご時世によくそこに勤められたなぁ」

「自分はどちらかというと、先行して情報を集めたり、仲間を指揮する立場でしたね」

 これまた嘘は言ってない。欧州を駆けていたのは新種のアラガミの情報を集める為であり、第一部隊の隊長だった経験を活かして、他の支部の面々を指揮、教育していた時期もある。

 彼女の説明に一応は納得したのか、ほーん、と言って、市丸は相槌を打つ。と、新たな疑問がわいたのか、また口を開いた。

「なら、二人は自分の死因、覚えてるんか?」

「…………」

 いきなり爆弾を突っ込んできた。それが三人の心中だった。しかもこの部分は海燕にすら言ったことがない内容な上、迂闊に話せる内容でもない。

「……覚えてますよ。覚えてなきゃ、夢に何度も見ないです」

 苦しみを吐き出すように答えるギル。井塚は何でもないように盃を煽っているが、その瞳はどこか暗い。

「市丸、お前そんな簡単に地雷踏みに行くなよ……」

「んん、年数がそれなりに経っとるやろうから、もう過去として清算しとるのかとてっきり……かんにんな」

「いや、いつまでも乗り切れない我々の落ち度なので……」

「いやでもあれは記憶に残りますよ、ミクイさん」

「全面的に同意。あれは忘れられるわけがない」

 そのまま生前の話題にシフトした二人を、市丸と海燕は困った様子で慰めていた。 




海燕さんの影響力は偉大だと思う
少年時代の市丸は浮竹に冬獅郎と同じように可愛がられていたらいいなと

何故酒盛り話を思いついたのかはわかりません


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ep.18「心の闇」

 流魂街“戌吊”の外れにある森の中。

 夜遅く、誰もが寝静まったと思われるその時間に、彼らは集っていた。

 志波 海燕、ギルバート・マクレイン。そして――井塚 実灰。

 馴染みの三人がこんな時刻に集まったのは、もちろん交流を深めるため、ではない。そもそも、そういうことをしたいなら森の中に人目を忍んで集まる意味がない。

 刀に手をかけ、臨戦態勢を取るギルと、始解をした状態で待機する海燕の目の前の光景は――まさに地獄絵図だった。

「ぐ、あ、アァァァァァっ!」

「ほら、そのままだと呑まれるぞ?早く私を倒して見せろ」

 獣じみた咆哮を上げる井塚と、それを挑発する黒い少女――理性の神薙。一見すれば、よくある卍解の修行だが、井塚の容姿は様変わりしていた。

 青白い、硝子質の羽毛が右半身を覆い、その瞳は金色に染まりかけている。かろうじて斬魄刀は握っているが、その腕も刀と同化してしまいそうに見えてしまう。実際、握っている皮膚と癒着しかけているらしいが。

 彼女の卍解修行は、かなり特殊なものだった。

 通説ならば、卍解の修行は斬魄刀の意思の具象化をし、その者を屈服させることで、会得することが出来る。会得するまで最低十年、使いこなすまでにはそれ以上の月日がかかるというそれは使い手が少なく、故に会得したものは例外なく尸魂界の歴史に永遠に刻まれるという。

 だが、彼女の場合はそれだけではなかった。本能と理性に別れた斬魄刀の意思、彼らが出した卍解の為の修行。それは、生前の記憶を思い起こさせるものだった。

――内側からは“本能(アラガミ)”が、外側からは“理性(神機)”が迫る。“本能(アラガミ)”に吞まれる前に、“理性(神機)”に勝て

 それが、修行の内容だった。斬魄刀の意思を具象化し、修行を開始したのは今から一年ほど前。それから暇を見つけては、止め役として彼らを連れて、修行に励んでいるのだ。

 だが、未だに“理性”に対して有利に立ち回れたことは無く、いつも“本能”に振り回されるままに、辺りを破壊して終わってしまう。それほどまでの戦闘音を出していれば近隣の噂になるだろうが、そこは十数年前から密会の場所としていた土地。三人で協力し、霊圧と音を遮断し、人避けの効果を持つ結界を何年か前から地道に準備して張り巡らせていた。鬼道の面で優秀な才能を発揮していたギルや海燕がいて良かったと、井塚は擦り切れそうになる意識で思う。

「う、ぐ、ア」

 何とか“本能”を抑えようとするが、胸中から湧き上がる声は収まらない。しかもそんな時も“理性”は絶えず襲い掛かってくる。そちらの対処に回ると、今度は“本能”に流されそうになる。同時に処理しなければいけないのが、なんとも厄介だ。これなら、リンドウの神機に侵食されかけていた時の方が遥かにマシだ。

 パキ、と右半身を覆う羽毛が擦れ、砕ける音がする。少しずつ侵食してくるこれは、生前に勝てなかったアラガミ、イェン・ツィーを思い出す。第三世代の神機使い以外は対処できない感応種だったとはいえ、手も足も出なかった口惜しさは深く心に刻まれている。だからか、“本能”がこの形でもって自身を侵食してくるのは。

 結局この日も、吞まれかけたところをギルと海燕に止められ、屈服は失敗してしまった。斬魄刀の具象化が解けたことで、侵食していた霊子も溶けて霧散していく。

「大丈夫ですか」

 疲労困憊の様子で倒れ込んだ井塚を抱きかかえながら、ギルが心配そうに訊ねてくる。毎回の問いかけに、井塚は無言でうなずき、笑顔を見せた。最も、その笑顔も無理やり作り出したもので、口の端が引きつっているが。

 よいしょ、と海燕に背負われ、隊舎に戻るべく結界の外に出て走り出す。何度かその道中を他の死神に見られことがあったが、「始解の修行」でなんとか騙せている。彼女の始解の見た目が浅打と変わらず、席官でありながらも未だに始解できずに躍起になっていると解釈されているからだ。おかげで「戦闘はできるが霊力の扱いがなっていないのでは」という疑惑も流れているが、鬼道もうまく使いこなせないのだから、半分は事実である。

「はぁ、今日もダメだった……」

「しょうがない。また暇のある時に俺たちも見るから、諦めんな」

「諦めるつもりは毛頭ありませんよ」

 そう主張する井塚に、ギルは渋い顔をする。

「本当に大丈夫ですか?今は運よく完全なアラガミ化は避けられてるとはいえ、いつまでも回避できるとは限りませんし」

「でも、こうなったからには手に入れないと」

 最悪の事態が起きた時、何もできないままなのはいやなのだ。死神の中に良からぬことを企んでいる人間がいる可能性が高い以上、怠けてはいられない。

 言っても聞かないといった雰囲気の彼女に、二人は苦笑を浮かべる。自分の意思はどうやっても通そうとするのが彼女だ、こればかりは治す気配がない。

 深夜帯の為、小声で話しながら宿舎へと戻っていく三人。途中で別の隊であるギルと別れ、十三番隊へと向かう。

 と、そう言えば、と井塚が口を開いた。

「最近、空木五席と仲がよろしいみたいですが、何か進展有りました?」

「ぐほぁっ!?」

 突然の問いに、驚いて変な声が出る。ねぇねぇどうなんです~?とさらに追撃してくる井塚は、きっとにやにやとあくどい笑みを浮かべていることだろう。

 気を取り直し、井塚を背負い直して宿舎に向かいながら、返事を返す。

「特に何もねぇよ。ただ偶然仲良くなっただけだ」

「ほんとですかぁ?」

 疑わしいという視線を寄越す井塚だが、海燕は詳しく答える気はない。というか、井塚について相談している、ということを本人に話すのは憚られた。

 その為か、口にしたのは答えではなく問い返し。

「お前こそ、隊長と結構な頻度でいるじゃないか。そっちは何かあったのか?」

「……隊長は色んな意味で気を抜ける相手なんですよ。共有する部分が少ないから、逆に気軽に接することが出来ると言いますか」

 恐らく、嘘は言っていないのだろう、嘘は。だが、それが本当とは思えない。何か浮竹と取り決めでもしたのかもしれないが、それでもやはり寂しいものがある。

 だが、それ以上追及するわけにもいかない。そうか、と返して、宿舎までは無言のまま、二人は進んでいった。

 

 

 

 

 

 宿舎の入り口まで送ってもらい、海燕と別れた井塚は、しかし自室には帰らずにある場所を訪れていた。

 そこは鍛錬場。卍解の修行はここではできないが、他の基本的な体の動きや、霊力の扱いはここでいつも、独自に研鑽を積んでいた。日常となった他の隊員との鍛錬は、能力の使い方や戦術の参考にもなったが、それを活用するためには何よりも体がついていかないとならない。

 今の自分はまだ生前の全盛期どころか、隊長に任命されたころにすら遠く及ばない。体がなまっている。偏食因子が魂魄になったことで無くなったのかもしれないが、だとしても今の自分の実力は酷い。

 だから、その差は努力で埋めなければいけない。こんな時間帯に努力して体を壊したらいけない、と言われるだろうが、他の人間が何もしていない時間に努力しなければ、生前のころには追いつけないと思っていた。

 英雄だと囃し立てられても、自分は所詮、ただがむしゃらに突っ走っていただけの人間だ。少しでも手が届く範囲を広げたくて、世界中を駆け回っていた。誰かが傷つくくらいなら、自分が傷つけばいい。その方が遥かにマシなのだから。

 そうやって、休む暇もなく走り続けていたからこそ、あの全盛期がある。だから、アレに追いつくには、寝る間も惜しんで鍛錬を積まなければいけない。実戦経験はどうしても埋められないが、下地としての能力なら、いくらでも積んでいける。

 明日に影響が出ないように、しかし最大限の努力を。目を瞑り、目標を思い浮かべる。相手は――藍染。

 彼が戦闘を行っている記憶は、入隊した年に受けた鍛錬、あの時以外にはない。だから、彼の実力は不明だ。おまけに、チートともいうべき斬魄刀の能力。予測も回避も不可能なその斬魄刀を前に、どう対処するか――未だに、それは思いつけていなかった。

 ギルは運に恵まれたのか、まだ藍染の始解に遭遇していない――と思われる。もはやその自覚すらも怪しんでしまうが、こちらに手の内がバレていると知らない以上、そんな予防線は張らないだろうと考える。そうしなければ、もしもの場合が多すぎて頭がパンクしてしまう。

 あの事件の手がかりの捜索も、碌に進まない。それが、彼女を焦らせる原因でもあった。

 一日でも早く、力をつけなければ。でなければまた、間に合わずにすべてが消えてしまうかもしれない。

 その一心で、井塚は斬魄刀を振り続ける。

 

 

 

 

――脳裏に浮かぶ終末は、未だに彼女を蝕んで

 

 

 

 




彼女の性格のベースはメディアミックス主人公の1人「神薙ユウ」です
ただ、色々と相違点があります

凡人だと思っている人間が、英雄らしくあろうと走り続けるの、好きなんですよね


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ep.19「束の間」

難産でした


 くぁ、とあくびを零す。最低限の休息のみでここ数年は修行漬けの日々を送ってきていたが、そろそろ体力が追いつかなくなってきたのだろうか。体の怠さがとれないのが数日続いており、神薙から卍解の修行を止められてしまったのは昨夜の事。

 もう一歩先に進むことが出来れば、新しい境地に辿り着けそうだというのに。あの頃のような無茶はそうそうできないという事実は、とても歯がゆいものだった。

 休憩時間に、縁側でひとり溜息を吐く井塚。浮竹からもらった菓子を頬張り、また一つ溜息。

「何の進歩もないのは、きっついなぁ……」

「何の進歩がないのかな?」

「ああいや、力の芽が見え……ない……」

 え、誰だ。ば、と隣を見ると、そこにいたのは派手な羽織を着た死神。

「きょ、京楽隊長!?」

 慌てて崩していた体勢を整えて正座する。なんでここにいるんだという疑問は遠く彼方に吹っ飛ばしておく。隊長の浮竹とは学生時代からの付き合いだというし、顔を出しに来たのだろう。

 慌てて畏まった井塚に対し、相手――京楽 春水八番隊隊長はそんなに畏まらなくていいよォ、とへらへらと笑う。いや、目の前に突然他隊の隊長が現れたら畏まる。それ以前に驚いてしまう。

 ぶんぶんと首を横に振る井塚に、享楽はお堅いねぇ、とつぶやく。あなたみたいに飄々としていられる人間はそういません。

「で、何の進歩がないんだい?」

 隣によいしょ、と腰掛け、菓子を一つ取って、京楽がそう質問を投げかけてくる。どういう風の吹き回しかは分からないが、どうやら話を聞いてくれるらしい。

 ほぼ初対面の人物だが、今はその親切に甘えようと、井塚は口を開く。

「強く、なりたいんです」

「ふぅん?」

「まだまだ、自分では目標の足元にも及ばなくて」

 第二世代神機使い、井塚 実灰には到底届かない。たった数年の経験しかなかったあの頃に、未だに届かない歯がゆさが、今の井塚を責め立てていた。

 満足に動けない、一騎当千の力もない。誰かに頼られたいわけではないが、誰に頼ることもない力が、ほしかった。

「真央霊術院に入ってから、今までずっと頑張ってきたんですが……どうにも伸び悩んで」

 未だに虚数体相手に苦戦するし、鬼道もうまくいかない。大虚相手なんてもってのほかだ。ほぼ浅打の神薙とはいえ、卍解を習得した後も普段はこの形態で戦うのだ、苦戦してなどいられない。

 真剣に悩んでいる様子の井塚に、京楽はふぅむ、と考え込む。浮竹と話しているときに話題にでた彼女を訪ねてみたはいいが、どうやら妙なものを抱え込んでいるようだ。浮竹も浮竹で、自分に何かを隠しているというのはひしひしと感じた。一体、何があったのだろうか。

――井塚なんだが……京楽、君も気にかけてやってくれないか

 そう言った、友の表情が脳裏に浮かぶ。彼がそういう位だ、彼女もまた、彼が隠していることに関係しているとみていい筈。

「いーんじゃない、焦らなくてもサ」

「はっ?」

「君には君の伸び方があるんだから、いつかきっと来るよ」

 そう言って肩を叩くが、井塚の表情は暗い。

「――いつかじゃ、遅いんです」

「いつかじゃ、きっと間に合わない。また取りこぼしてしまう。大事なものが、世界が、全部消えて、喰われて、何もできずに呑まれて、それで、きっとまた後悔して、だから、強くならなければいけないのに、どうしてもこの腕は短くて届かない、届いてくれないんです」

 届かないから、強くなってそこまでたどり着けるようになりたいのに。そう呟く井塚。肩を抱いて、蹲るその背は、酷く小さい。

――こりゃぁ、相当根深いね

 どんな過去があって、今の精神状態になったかは分からない。分からないが、随分と質が悪い状態だ。一見すれば利他的な思考だが、結局は自分が失うのが怖いという、利己的な自己犠牲。どうしようもなく、この子は弱いのだと、京楽は直感した。

 その弱さを隠して――否、自分でも分からないままで、表面上は普通にしているのだから、厄介だ。初対面の自分に、いや、初対面だからこそだろうが、こんな心境を吐露してしまうくらいには、焦っているのだろう。

 震える彼女の肩を抱いて、自分に寄りかからせる。

「大丈夫だって。浮竹もキミのお仲間も、そう簡単にはやられないサ」

 肩に手をまわしたまま、井塚の頭を撫でる。ふわり、と乾いた砂の臭いがした。

「急いては事を仕損じる、って言うだろう?悠長に構えていられないときはあるけど、焦り過ぎもいけないヨ」

 よしよし、と、言い聞かせるように諭す。うつむいたまま、されるがままの井塚の表情は見えない。すぐに変われるなら、ここまで拗らせてはいないのだろうが、少しくらいは反応して欲しいと思う。周りが見えなくなった時が、こういう人は危ないのだ。

「……そうだ、誰かに修行をつけてもらったらどうだい?」

「修行、ですか?」

「そうそう」

 というか今まで誰からもしてもらわなかったのかい?と訊ねる。そのくらいなら相手がいると思うのだが、答えは違っていた。

「学生時代に最初の一年程、同年の朽木 白哉に見てもらったのと、先生から試験の後に助言をもらったくらい、ですね」

 そも、生前井塚はほぼ独学で実力を上げていた。誰かに指示を仰ぐなど、そんなことが出来る余裕もなかった上に、彼女の神機使いとしての質はかなり高かったのだ。誰かに修行をつけてもらう、なんて発想はゆっくり考えてやっと浮かぶ程度である。

 あちゃあ、と京楽は額を抑える。誰に相談することもなくここで悩んでいたくらいだ、まさかとは思っていたが、本当に独学でのめり込んでいるとは。

 確かに、一人で鍛錬を積んで、成長する人間はいるにはいる。いるが、そうでない人間もいる。井塚は恐らく後者なのだろう。だというのに一人で修行しているのならば、それは確かに行き詰る。

 京楽が提案したやり方は、井塚がすっかり忘れていた方法だ。だが、教わるにしても誰にすればいいだろう。他の隊のギルや白哉は難しい。浮竹と海燕は隊長格だ、おいそれと指示を仰ぎには向かえない。

 先ほどとは別の事で悩み始めた井塚の頭を、京楽がまた撫でる。

「ま、一人でうんうん悩むより、誰かと一緒に悩んだ方がいいよォ」

「……善処します」

 それは無理だって言ってるのと同じなんだけどねぇ、とは言わなかった。ただ、そっか、と一言だけ返しておいた。

 チチチと、沈黙する二人の空間に小鳥の囀りが響く。恥ずかしかったのか、井塚がそそくさと京楽から距離を置いて、頭を下げた。

「ありがとうございます、京楽隊長。話を聞いてくれて」

「ボクが勝手に立ち聞きして、勝手にしたことだから気にしなくていいよ」

「そんなことないでしょう。浮竹隊長から、何か言われたから来たんじゃありませんか?」

「――」

 ほら図星、なんて言って笑う井塚。先ほどまでの落ち込みようは見当たらない。その雰囲気の入れ替わりの速さに、京楽は目を細める。目の前の少女が、つぎはぎだらけのぼろ布に見えたのは、はたして気のせいだっただろうか。

 折れちゃいけないよ、なんて言葉を呑みこみ、享楽は笑う。

「じゃあ相談に乗ったお礼で、一献付き合ってくれるかい?」

「あ、いいですよ、どこのお店に――」

「京楽隊長~?何してるんですかねぇ」

 突然聞こえてきた不穏な声に、二人がぴし、と固まる。ぎぎぎ、と声がした方面を見ると、そこにいたのは怒気を孕んだ表情を浮かべる海燕。

「や、やぁ志波君。なんでそんなに怒ってるのかなァ」

 冷や汗をかきながらも、京楽がそう訊ねると、海燕は不気味な笑みを浮かべて答えた。

「いやぁ、俺の妹分が巷で噂の女誑しと二人きりだって聞きましてね?毒牙にかかってないか心配で見に来たら、案の定お誘いされてたんで、ちょーっと怒りがこみ上げてまして」

「そっかそっかー、それは大変だね。……じゃあ小父さんはそろそろ自分の隊舎に戻るよ、じゃあねっ」

 そう言うが早いか、京楽が飛び出していく。まてぇ!と叫びながら、海燕がその後を追って出ていった。取り残された井塚は一人、菓子を頬張る。

 そっと、撫でられていた頭に触れる。大きな手、温かな掌だった。父親と言うものは、あんなものなのだろうか。いや、彼の場合、生前のある人物を、思い出す。

 いつも飄々としていて、気さくな人で、しかしその実力は折り紙付き。

「……リンドウ、さん」

 ああ、どこにいるのだろうか。アナグラの、第一部隊の――クレイドルの皆は。

 空を見上げると、鷹のような鳥が一羽で、東へと飛んでいくのが見えた。




京楽隊長、なんとなくリンドウさんとハルオミさんを足して榊博士で割ったような印象があります
ただ、ここではリンドウさんの要素が強い、という風にしてみました
展開にもやもや?ああ、自分もだ
気が向いたら直すかもしれません


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ep.20「彼の友」

 ギルバート・マクレインは色々な意味で有名人だった。

 まず、護廷十三隊の中でも唯一と言っていい、横文字の名前だということ。日本人ばかりの死神の中で、彼だけが西洋出身の死神だった。

 次に、その容姿。左頬を走る大きな傷跡、鋭さを秘めたアイスブルーの瞳に、セミロングの黒髪。一見するとその筋の人間に見えなくもない容姿は、それだけで注目されると同時に、避けられる要因を含んでいた。荒くれ者ばかりの十一番隊にいたのなら特に何も思われなかっただろうが、彼が所属しているのは規律を重んじる朽木 銀嶺率いる六番隊。そのちぐはぐさもあって、よく知らない人間は彼を避けたがる。

 だが、その性格は生真面目で世話焼き。後輩の隊員の面倒もきちんと見て、異論がある場合は上司であっても進言する。そのギャップも相まってか、密かに人気を集めている――らしい。

 本人にとっては、人気云々は興味の範疇にはない。ただひたすらに虚を屠り、力をつける。それが、彼が自身に課した使命だった。

 そんなギルも今日は非番。久しぶりに流魂街を散策することにした。生憎井塚や海燕は仕事らしく、今日は一人だ。

 特に目的もなく、潤林安地区を歩く。第一地区というだけあって活気にあふれ、子どもも大人も関係なくあちこちに行きかっている。方々から売り子の声が聞こえ、土の匂いや出来立ての料理の香りが漂っている。耳と鼻、そして目で、恵まれたこの街を堪能する。それだけで、ギルは満たされた。

 しかしそれと同時に、この光景を他の仲間たちも見られているのだろうかと考える。もしくは、現世にいる可能性はないかと。無論、十三隊の仲間の事ではなく、生前の仲間――神機使いの仲間である。井塚と再会して以来も暇さえあれば探しているが、未だに誰とも再会することは叶っていない。尸魂界内だけでもかなりの広さがあるのだ、見つかる可能性が低いとは分かっているが、それでも納得は出来なかった。

――ミクイさんがいるのだから、他の仲間だって

 そう考えてしまうのは、ごく自然なことではなかろうか。人間、一つあれば次は二つ、三つと欲してしまう生き物だ。ギルだって、井塚だってそういう人間だ。

 ギルは、彼女もまた未だに過去に縋っていることを知っている。いや、察している。結局は、自分も彼女も、けじめをつけられずにずるずると生きているのだと。

 だからこそ、自分達二人はもし生前に関することが起きてしまえば、恐らくは簡単に尸魂界を裏切れるのだろうとも推測する。あの時、海燕に忠告したのはそういうことだ。自分たちにとって、最優先は生前の仲間なのだと。

「きゃっ」

「おっと」

 どうにも、踏ん切りがつけられないのは情けないな、とギルが思っていると、前方を見ていなかったのだろう。どん、と一人の子どもがぶつかってきた。尻もちをつきそうになるその子を、背中に手をまわして支える。

「大丈夫か?前はきちんと見て歩け」

「あはは……ごめんごめん」

 照れ臭そうに頭を掻いているのは橙色の髪をした少女。この地区に住む人間にしては、やけに粗末な布を使った服をしている。出稼ぎにでも来たのだろうか。顔だちはいいから、成長すればかなりの美人になるだろうとギルは思った。

 一方、少女は気さくにギルにねーねーと話しかけてくる。

「なんだ?」

「ギンって男の子、知らない?銀のかみで、狐みたいな顔の」

「ギンって」

 特徴も名前も、思いつく人間は一人しかいない。市丸 ギン三席だ。三番隊に入って、今は射場副隊長に思い切りこき使われている頃だろう。

 さすがに所属まで詳しく言っていいか分からず、死神にそれらしき容姿の同名の人物がいることを話す。

「ギン、死神になるって言ってたけど、本当にもうなってるなんて……ねぇ、今から会いに行って大丈夫だと思う?」

「今からって……難しいと思うが。今日は非番ではないから、仕事で忙しいだろうし」

「そうなの?そっかぁ……」

 はぁ、とため息を吐く少女。わざわざ遠くから足を運んできたのだろうか。そう思って懐から取り出したのは金平糖の袋。

「見た感じ、遠くから来たんだろ。ほら」

「え、これもらっていいの!?」

 ああ、とギルが頷く前に、ありがとー!と言って袋を掴む少女。黙っていれば美少女なのだが、どうやら中身はそうじゃないらしい。これは周りが振り回されるタイプだな。

「お前どこから来たんだ。見た感じ潤林安の子じゃないだろ」

「ん?花枯(かがらし)から来たの」

「花枯ってお前、ずいぶん遠くから来たな、六十二地区じゃねぇか」

 あの場所から潤林安までの距離を考えると、一人でやってきた彼女の行動力はすさまじい。親御さんはどうしたと聞きたいが、大概の流魂街の住人よろしく、身よりはないのだろう。

「というか、お前そいつがどこにいるかも知らないで来たのか?」

「まぁね。死神になるって言ったきり行方知れずでさ、我慢できなくて探しに来た、って感じ?」

 金平糖を頬張りながらそう口にする少女。はぁ、とギルは額を抑えた。厄介な子どもと関わってしまったらしい。

「あいつは忙しいだろうし、瀞霊廷にはおいそれと入れないぞ。それこそ、死神になるかしないと……」

「じゃあ、死神になるにはどうしたらいいの?」

「……お前、なんでそんなにあの人に執着するんだ」

 この少女と、市丸の間にある繋がりを、ギルは知らない。だが、数年たっても何の便りもない相手を、遠い旅路を一人歩いてまで探す胆力を、この年の少女が持っていること。それが心底不思議だった。

 ギルの問いかけに、少女はむす、とする。

「あいつさ、急にいなくなったんだ。私を助けて、色んなものくれた癖に、何の断りもなくいなくなって」

 どこへ行ったのかも、何のために行ったのかも分からなかった。いつか帰ってきてくれる、だなんて、あの性格からは到底考えられず、でももしかしたらと考えて家で待ち続けたのは数年前。

 だが、いい加減我慢の限界だった。だから、彼が言い残していた「死神になる」という言葉を手掛かりに瀞霊廷までの旅を始めたのだ。

「あいつに会ったら、まず一発ぶちこんでやるの!勝手に置いていくなって!」

「――はは、そりゃあいい。アイツ、懲りなさそうだから、思いっきり叩いてやれ」

 なんだ、お前にもいるじゃないか。家族。

 いつも何を考えているか分からない、何かを抱えている天才児を思い浮かべる。もしかしたら彼は、この少女の為に一人で頑張っているのかもしれない。自分が彼女を死神の道に誘うことを、彼はよしとしないかもしれない。が、そんなことはこちらの知ったことではない。

 知らせてもらえなかった側の悲しみと怒りは、ちゃんと受け止めとけよ、市丸さん。

 全部秘密にして抱え込んでいったら、きっと一人で彼は死んでしまう。そんなのを見るのは、生前のジュリウスだけで十分だ。

 だから、ギルは敢えて彼女を危険な道へと誘う。

「だが、死神になるのは険しい道だ。六年に及ぶ勉強に、卒業試験。全部乗り越えてやっと、死神になれる。

――ついてこれるか?」

「当たり前じゃない!」

「いい返事だ。じゃあ、入学試験までは俺が勉強の基礎部分を教えよう。この地区の宿を借りれば問題ないな」

「えっ、そこまでしてくれるの?」

 どうして、と首を傾げる。そんな少女に、ギルは何をいまさら、と苦笑する。

「そこまで話されたら放っておけるわけないだろう。ここは治安がいいとはいえ、子ども一人で生活していけるわけじゃない」

 何より、自分もまた見知らぬ人間だった志波の人たちに助けられた身の上。同じように誰かを助けたいという気持ちが無かったわけではない。

「それに、市丸三席にはいつも世話になってるからな。彼の友人だというなら、無下には扱えない」

「え、何ギンのやつもうそんなお偉い地位にいるの?」

「ああ、隊の中で三番目に偉い位置にいるぞ」

「追いつくの大変そうだなあ……」

 うへぇ、と肩を落とす少女に、ギルはじゃあ諦めるか?としたり顔で問いかけると、返ってきたのは予想通り、まさか!という言葉。それくらいで諦めるのならば、第一ここにはいないだろう。

「それじゃ、これから俺の休みの日は勉強、それ以外は日稼ぎだ。俺は死神になる前はこのあたりで働いていたから、ある程度融通はきく」

「え、あ、はい。何から何まで、ありがとう……」

「いいって、俺が勝手にしてることだからな」

 そこまで言って、そう言えば少女の名前を聞いていない事、そして自分の名前すらも言っていないことに気づいた。

「そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺はギルバート・マクレイン、六番隊の十席だ。気軽にギルと呼んでくれ」

「私は松本 乱菊。よろしくね、ギル!」

 そう言って、少女――乱菊とギルは硬い握手を交わした。

 

 

 

 

「あ、今ギルが楽しいこと始めた予感がした」

「なんだそれ」

 

 

 

 




松本さんがいつ入隊したか分かんないんですよね……出身地区だけは知ってるんですが

とりあえずギルに会わせてみました、次はもう少し時代を飛ばすかどうか……


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ep.21「花見で」

 その日、非番だった井塚は同じく休みだった白哉によって流魂街へと連れ出されていた。問答無用ともとれる強引な行動に普段なら怒るところだが、いつも鍛錬を見てくれている手前、そう強くは言えなかった。

 そう、京楽に相談した後、悩みに悩んだ結果井塚が頼ったのは白哉だった。他の隊の人間である彼に頼むのも気が引けたが、指導力や実力を鑑みて、隊長格以外で一番信頼できたのが彼だったのだ。そんなわけで、彼に土下座する勢いで鍛錬を見てくれるよう頼んだのは数ヶ月前。厳しいながらも的確な指導を受けて、井塚の実力は上がっていると思われる。

 そういうわけで、普段世話になっている以上、ある程度のわがままは許容しようと井塚は考えていたのだ。いたのだが、朝突然やってきて引きずり出すのはやめてほしい。驚いた。

 白哉に引きずられるようにやってきたのは、潤林安の外れ。山間の一角で、地区が一望できる絶景スポットだった。春先になったこともあり、桜がちらほらと咲いているのが見える。そう言えば、昔は桜を見ながらする“ハナミ”なんてものがあったと、榊博士が言っていたなと思い出して、すぐに考えるのをやめた。昔のことは、今は考えたくはない。

「わぁ、いい景色じゃん!なにー朽木くん、ここ君の秘密の場所だったり?」

「……いや、そういうわけではない」

 どうやら、誰かとの秘密の場所か、自分が知らないだけで知る人ぞ知る穴場だったようだ。地区側から見たら山林に紛れて見えない、死角ともいえる場所。他に誰が知っているのだろうか。

 白哉は慣れた様子で敷物を広げて手に持っていた風呂敷を広げる。中に入っていたのは饅頭。おお、と井塚が瞳を輝かせた。

「ほほう、つまりはここで秘密のハナミということですな?」

「まぁ、な」

 歯切れが悪いが、他にも何か理由があるにしてもこちらに害を成すものではないだろう。そう結論付けて、井塚は白哉の隣に座る。向こうからはこちらはほとんど見えないだろうに、こちらからはしっかりと潤林安が見えるのは不思議だ。

「お饅頭、食べてもいい?」

「元よりそのつもりだ、頂いてくれ」

「んじゃいただきまーす!」

 はむ、と薄桃色の饅頭を一つとって頬張る。するとふわりと口内に桜の香りが広がった。

「んー!」

「どうした、苦手だったか?桜饅頭」

 謎の声を上げて懸命に口の中のものを呑みこもうとする井塚に、もしや苦手だっただろうかと白哉が訊ねる。が、饅頭を呑みこんだ井塚から出た言葉は、それとは正反対のものだった。

「朽木くん、これどこに売ってたの?すんごいうまいんだけど!」

 尸魂界に来てから何度か甘味処へ足を運んだことはあったが、運が悪かったのか桜饅頭を食べたことがなかった井塚。桜饅頭の風味が気に入ったらしく、目を輝かせて白哉に詰め寄ってきた。引き気味になりながらも、白哉が店の場所を教えると今度行ってみるか、と嬉しそうにつぶやいた。

 花見をするのも忘れて桜饅頭を頬張る井塚に、白哉も頬が緩む。思い浮かんだ「花より団子」という諺からはそっと目を逸らして。

 結局饅頭の大半を井塚が平らげてしまい、今は二人のんびりと茶を啜っている。穏やかな春の陽気が、風に乗って髪を揺らした。

「――ここは、四楓院夜一が最初に見つけた場所だ」

「!」

 その名前は、未だに禁句となっている逃亡者の名前。現世にいるという噂はあるが、今でも見つかっていない三人のうちの一人。

 思わず井塚が白哉の方を向く。視線を目の前の風景に向けたまま、白哉は話を続ける。

「まだ霊術院にも入っていなかったころの話だ。四楓院が業務から抜け出し、息抜きをするために使っていたらしい。向こうからは何も見えない上、特定の道を進まないとここには中々たどりつけないからな」

 確かに、ここまでの道のりは中々に複雑で、そう簡単には見つけられそうにはなかった。かの四楓院夜一はどうやってこの場所を見つけたのだろう。もしや、他にもこういった場所はあるのではなかろうか。自分も探してみるか、と井塚は話に相槌を打ちながら思う。

「私がここに連れてこられたのも、春だった。業務を抜け出してきた彼女が、桜饅頭を携えて私のところに来て、ここで共に花見をしたのだ」

 もしかすると、その頃自身の実力について悩んでいた白哉を気遣ったのかもしれない。理由はどうにせよ、あの時見た景色と、桜饅頭の味は記憶に焼き付いていた。

 彼女とここに来たのはその一回きり。死神になってからは行く暇もなく、彼女が逃走した時、もしやここにいるのではないかと久しぶりに訪れたのが二度目。結局、その時彼女はここにはいなかったのだが。

「ふむふむ。で、今日はなんでまたここに?」

 しかも、自分を連れて。疑問に思っていると、少しして答えが返ってきた。

「貴様にここを使ってほしくてな」

「……それは、なんでまた」

「長い付き合いだ。貴様が何かを隠していること等察している」

 恐らくは、他にも気づいているものはいるだろう。すぐに数人の顔が思い浮かんで消えた。他の人間はもしかしたら彼女が話すか、自力で解決するのを待っているのかもしれないが、自分はそうはいかない。未来にどう後悔するかより、今後悔しない選択肢を。彼女と再会した時、言われたことだ。

 時たま見る彼女が、何かに悩んでいるように見えた。他の部隊の死神と頻繁に手合わせをしながらも、終わった後は別の事を考えていることも。

 自分に何ができるかを考えていた時、彼女から鍛錬を見てほしいとお願いされた。学生時代に短い間だが教えていた以来のそれに、驚いたと同時に、なぜだかこれだ、と思い至ったのだ。

「貴様が何を目指して修行しているかは知らぬし、それを無理に聞こうとは思わない。悪人ではないと思っているからな」

 驚きで目を見開いている井塚を他所に、白哉は話を続ける。

「大方、私に師事を仰ぐまでは一人で修行をしていたのだろう?どこでやっていたかは知らないが、他の者にそれとなく聞いてもそんな光景を見た人間はいない」

 そこは修行していなかったという結論は出ないのだろうか。

「貴様の仕事熱心な部分を鑑みても、修行をしていないとは到底考えられなくてな」

 顔に出ていたのか、そう言って白哉が笑う。

「隠れて修行をするにしても、瀞霊廷の中ではいずれ誰かに見つかってしまうだろう。見つかりづらい、隠れ場所……ここは、貴様が今密かに使っている場所よりは見つかりにくいのではないか?」

 そう言われて、辺りを見回す。自分が長年使用してきた場所は戌吊の外れの森、その窪地だ。確かに一見すれば奥まったところにあり見つかりづらいが、辿り着くのはここよりもかなり簡単だ。それに移動するための手間もこちらの方が少ない。修行場としてはうってつけの場所だった。

 卍解の修行をさすがにここですれば、霊圧の異常が探知された時にすぐに駆け付けられる恐れがあるからできないが、他の修行で使うのであればここは最適と言えるだろう。

「うん、確かに、こっちの方がいいかもね」

「そうか」

 肯定の返事が出たことに安心したのか、白哉がほっと肩をなでおろす。

「恐らくここを知っているのは、私と四楓院夜一だけだろう。もしほかに知らせたい人間がいるなら、知らせても構わない。どうせ長年放置してしまっていた場所だ、使われる方がいいだろう」

「ありがと、朽木くん」

 流石、頼りになる友人だ。自分の事をよく見て、色々と気遣ってくれる。そして、事情をほとんど知らないからこそ、こうやって容易く飛び込んでくる。

 彼が友人でよかったと思うと同時に、彼と再びめぐり合わせてくれた海燕にも、浮竹にも感謝の気持ちが湧いてくる。

 帰りに何か彼らに買っていこうと、井塚は決めた。

 恐らく本題は今の部分なのだろうが、今回は花見も用事に入っている。井塚は視線を桜が舞う流魂街へと戻した。

 距離が離れているにもかかわらず、にぎやかな声が風に乗って微かに聞こえてくる。もっと“外”の地区になるとそこまでの賑わいは見せず、治安も悪くなってはいるが、それだからこそこの土地を井塚は好んでいた。理想郷のような場所ではないからこそ、息ができた。

 この世界を守りたいと、井塚は思う。少なくとも今は、そう思っていた。

「きれいだねぇ」

「――ああ、そうだな」

 桜は綺麗だ。資料で見た時よりもずっと、綺麗だった。

 ここに来てから目に映る景色も、匂いも、音も、風も。すべてが綺麗だった。

 だからこそ、今は走らなければいけない。この風景を壊しかねない存在に追いつき、食い止めるためにも。

「朽木くん。私、強くなるよ」

 目標は高く、隊長レベルまで。

 そこまで行けるかは分からないが、だがそのくらいまで駆け上がらなくてはいけない。

「私も、強くなるさ。もう二度と、同じことが起きないよう」

 白哉も、あの事件の事は心にとどめていたのだろう。そう言って、不敵に笑う。対象は同じでも、見えているものは違う。が、同じように目標を掲げる仲間がいるのはいいことだ。

 まだお茶が残っている水筒を白哉に向けて傾ける。すぐには意図が掴めず呆けた表情をした白哉だったが、合点がいったのか同じように水筒を傾け、井塚の水筒と合わせた。

――コン、と竹がぶつかる音

 これは約束だ。お互いに切磋琢磨し、高みへと向かおうという。

 茶を飲み干して笑う二人。それは、まだ平和だった年の春の事だった。




「なーんてこともあったっけ」
 そう言って、井塚が嗤う。目の前には血塗れで倒れている隊長格の死神。もう名前も思い出せない相手。
 じわり、じわりと侵食してくるそれに抗う気はない。これは、自分で選んだ道だ。
 行きましょう、そう言う誰かの声に従って、その場を離れる。
「ばいばい、親友さん」
 別離の言葉が、空しく響いた。


※なんてことは無いと思います

不穏なフラグじみたことをしてみましたが、予定は未定なのです


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ep.22「数十年」

お久しぶりです

久しぶり過ぎてキャラが違うかもしれません


 ガタン、と大きな音。ギルバートが思わずと言った様子で立ち上がり、椅子が動いた音だ。

「……本気なんですか、ビャクヤさん」

 彼の目の前に座っているのは、同じ隊に所属する朽木 白哉。いつも通りのポーカーフェイスだが、その瞳は真剣さを帯びている。

「ああ、本気だ」

 その声色に嘘がないことを感じ取ったのだろう。ギルバートは崩れ落ちるように座り直す。組んだ両手は緊張か、はたまた告げられた話の内容のせいかぷるぷると震え、蟀谷からは冷や汗が垂れている。

 自分以外がこのことを聞いてもこうなっていただろうと、ギルバートは断言できる。なぜなら。

「流魂街の女性を、嫁に迎えたいと」

 四大貴族の、それも後継ぎが俗に言う平民と結婚すると。そんなことを、本人が漏らしたのだから。

 ああ、と再度頷かれ。ギルバートは大きく深呼吸をする。頭の中では思考がせわしなく飛び交っている。第一に浮かんだ感想はただ一つ。

――なんでそれを俺に相談するんですか!

 ただそれだけだった。

 

 

 

――なんか最近朽木くんが悩んでるみたいだから、同じ隊のよしみだしギル、聞いてやってくれない?あ、最初から悩みを聞くというスタンスだと彼話さないから注意ね。初めは食事に誘うとか……ってこれじゃデートじゃん!よくある恋愛の攻略法じゃん!道ならぬ道に昔の同僚と同期を誘いかけるなんて……いやだわ私ったら!って痛い海燕先生痛いです頭ぐりぐりしちゃらめぇぇぇぇぇぇ!!

 

 

 

 最近さらに言動に自由さが出てきた井塚をそっと記憶から追い出し、とんでもない事態を知ってしまったギルバートは考える。

 いや、確かに様子がおかしかったから気になっていたのはギルバートも同じだ。だからといって、藪をつついたらこんな大物が出てくるとは思わないじゃないか。

 どうすればいいのか、どう答えるべきかを考えているギルバートを他所に、白哉は静かに続ける。

「やはり、兄も反対するか?」

 そう呟く彼は恐らく、親戚筋に反対されているのだろう。体裁を考えるなら当然の意見である。彼の父である蒼純は既に亡く、後継ぎは白哉のみ。他の貴族も彼に娘を引き合わせようと考えていたに違いない。

 死後の世界であっても貴族関係は嫌なものである。自分達が生きていた時代でもそういうのがあったというのは、特権階級だったエミールやエリナから聞いていた。

 事情を鑑みれば反対するのが一番無難だろうが。

「覚悟は、あるんですよね」

 立場の違いから、愛する人同士が離れ離れになるなんて、嫌だと思った。

 真面目一辺倒な性格だと思われていたからか瞠目する白哉に、ギルバートは苦笑する。

「その選択をして、後悔しないのなら……先の未来で後悔するより、俺はいいと思いますが」

 ただ、そのぶん様々な苦労が白哉と、その恋人に襲い掛かるのだろう。周囲からの心無い声はきっと、彼らを苦しめるし、同時に未だ存命の銀嶺は庇わないだろう。けれど、離れてしまえばきっと、彼はずっと後悔する。なら今すべきは、彼の背中を押すことだ。

 その場でできる最善を尽くす。それは何も戦場に限ったことではないのだから。

 

 

 

 

「まぁ、そんな感じでしたね。ビャクヤさんの悩み事は」

「わー思ってた以上に重い悩みじゃん。私じゃなくてよかったよ」

「ミクイさん……」

 数日後、ギルバートは井塚に報告を兼ねて一杯誘っていた。そこで出てきたリアクションがこれである。

 ごめんごめん、と軽く謝罪する彼女も今では四席にまで来ている。三席に収まってもいいくらいの実績は積んできているのだが、始解の形態が形態なだけあって未だ浅打のままだと誤解されており、それ以上の昇進が出来ないでいた。(寧ろほぼ浅打のままここまで昇れたのも異例である)

 そうでなくとも、いくらか前に海燕と結婚した志波都三席や志波海燕副隊長が上にいる。彼女自身もこれ以上は昇進したくないようだ。

 ギルバートもまた副隊長となった白哉の後を継ぐように三席に収まっており、順当にいけば白哉が隊長になった暁には副隊長になるのではないかと目されていた。

「でもさ、ほんと私じゃなくてよかったと思うよ?恋愛とか面倒だしさ」

「そうですか」

 いまいち納得のいかない答えにモヤモヤしながら、ギルバートは盃を煽る。恋愛なんて自分も苦手である。生前、先輩の婚約者を慕っていたこともあったがそれとこれとは別。

 恋愛の一つだってしたことがない。無論どう……これ以上はやめておこう。

 だが内心で驚いていた。井塚が恋愛事が苦手だったとは。

「てっきり、ミクイさんはソーマさんが好きだったのかと」

「ぶふぅっ!?」

 久しぶりに聞いた名前に井塚が噴き出す。

「な、何言ってるのさ!」

「いやだって、“前”の時もコウタさん達から二人の距離の近さは聞いてましたし、確か賭けをしてるんでしたよね、二人」

「うぐ」

 最期の日のことを引き合いに出されて答えに窮する。誤魔化すように井塚は盃を煽った。

「……ただのちっぽけな賭けだよ」

――生きていたなら、また会おう

 ありふれた、そんなちっぽけな賭け事。絶望的な状況に立ち向かうために作り上げた、口先だけの希望。

 彼は、彼らはいるのだろうか。今まで尸魂界でも、現世でも何度か任務にあたったことがあるが、未だに誰も見つけることが出来ないでいた。

「それに、ソーマと私はそういう関係じゃないし」

 恋愛感情があったかと言われたら否と答えられる。傍目から見ればそのくらいの距離感だったのは否定しないが、お互いに相棒や戦友としてしかみていなかった。

「そうっすか」

 その言葉で会話が途切れ、辺りの賑やかさが聞こえるようになる。視界に入る右手首に巻かれた包帯がふと煩わしく思えた。

 

 

 

 

 

――それから数ヶ月後、朽木 白哉が流魂街の女性、緋真を嫁に迎えたという一報が尸魂界を駆け巡った

 

 

 

 

 業務終了の帰り、何やらやけに疲れた様子の白哉を見つけ、井塚は駆け寄った。

「お疲れ様です、朽木副隊長。そして結婚おめでとう朽木くん」

「ああ兄か、久しいな」

 心なしか明るくなった声色に、井塚は苦笑する。

 親族を説得し無事に例の女性、緋真を嫁に迎えたはいいものの、やはり心無い声は後を絶たないようだ。白哉自身に聞こえてくるならまだしも、そういったものは得てして隠れてされるものだから質が悪い。

 緋真自身が病弱であることも相まって、次期当主の妻としてやっていけるのかと揶揄されているのを小耳に挟んだこともあった。

 このままでは白哉自身の信も危ういだろうからか、近々当主交代が行われるとも。

 そういった事情が重なって、今の様子に繋がっているのだろうか。

「遅くなったけど、これ結婚祝い。奥方と二人で食べて」

「これは……例の店の団子か」

「そそ、限定十組の“伝説の夫婦団子”」

「済まぬ、ありがとう」

「これくらい当然だよ」

 白夜の帰る方向は貴族街だが、途中までは同じ道筋の為一緒に歩く。

「そういえば、兄はまだ始解を習得できていないのか」

「ぐ、いきなりその話題から始めるの?」

 あははは、と笑いながら浅打――にしか見えない神薙の柄を握る。未だ彼ら二人以外には知られていない自身の斬魄刀。ここ数十年での成果はあったにはあったが……それの扱いにも困っているのが現状である。

「最近では“浅打のままで初の副隊長になるのでは”と言われているとか」

「いやいや海燕先生とかがいる限り無理だって」

「他の隊に行く気はないのか?」

 四番隊や十番隊……と候補を挙げていく白哉には悪いが、自分は案外十三番隊が気に入っている。異動する気はないし、第一出世しようとも思っていない。

「私は海燕先生と、浮竹隊長の下で働けたら、それで十分だからねぇ……そう言う君は、大丈夫かい?結構大変そうだけど」

「む」

 その言葉に、白哉はここ数十年余り変わらなくなった表情を顰めた。思っていた以上に大変らしい。

「元より覚悟の上だ。この位乗り越えなければ一緒になった意味がない」

「それもそっか」

 お熱いねぇ。そうぼやく井塚に、白哉からの白い目線が刺さる。だがそうとしか言いようがないのだ。落ち着きが出始め、表情の変化が乏しくなってきた彼が、まさかここまで大胆な行動に出るとは思っていなかった。恋とは偉大なものである。

 二人の間に沈黙が流れる。妙な評判を立てられないようにという井塚の配慮から空けられた距離は、どことなく遠い。だがそれが現在の彼らの立ち位置だった。

「じゃ、私はここで」

「ああ、ではな」

 そう言葉を交わして、背を向ける。真央霊術院から始まったこの友人関係も、もう生前の人生を何度か繰り返すくらいには長い年月を重ねてきた。

 だが、それももう潮時だろう。寧ろここまで付き合いが続いたのが奇跡だ。これからは彼に関することはギルバートに任せるか。

 そう考えながら、井塚は帰路へとついた。

 

 

 

 

 

 長年住んでいたこともあり、彼女の城にもなっている自室。

 一見殺風景なほどに生活感のないその一角。唯一と言ってもいい家具の、本棚に入っている一冊を手に取った。

 壁を背もたれに座り込み、筆を片手にその本を開く。中身は一見、ありふれた日記だ。

 だがそれは暗号化された、彼女がこの数十年必死にかき集めた藍染に関する情報。合法的に集められるものよりも、ほとんどが非合法すれすれのものばかり。だがそうやって集めてもまだ一冊にも満たないわずかなものだった。

 表向きの評判はすこぶるいい。未だに総隊長や四十六室を欺いているのだから恐ろしい。本当に白なのではないかという思いが過ったことも片手では足りない。

 だが、斬魄刀の能力を偽っていること――これは井塚も同じだが――、この事実が、そうだと頷くのを止めている。

 今回の調査で得られたのは、花枯の一角での出来事。噂程度のもので、確証はいつも通り無い。何せ例の事件よりももっと前の出来事だ。調べが付いたのだって奇跡である。

「はぁ……」

 ほんの少しの文を書いて、本を閉じる。“調査”を行う時はかなりの霊力を使うから、きついなんてものではない。これでもだいぶ効率は良くなってきているのだから泣きたくなる。

 まだようやく尻尾の先を見つけられた、そんな状況。

 次に彼が行動を起こすその時までに、つかみ取れることを願って、井塚は眠りについた。




ダイジェスト形式みたいになった

緋真さんとの関りはできないかなぁ


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ep.23「死神喰」

「でぇりゃあ!」

 ガキィン、という乱暴に鉄を打ち合うような音が響く。そこは秘密の場所、流魂街から外れた森。

「まだまだ、これでは私は倒せないぞ」

「クソッ」

 そこにいるのは二人の女。一人は井塚、もう一人は理性の“神薙”。

 井塚の容姿は修行を始めた頃に比べても変質の割合は変わっていない。しかし、彼女は極めて理性的に“神薙”と対峙している。彼女らを見張る海燕たちがいないのが何よりの証左かもしれない。

 そう、井塚はここ数十年で漸く、斬魄刀の半分を屈服させることに成功していた。その為、今では不完全ながらも卍解を使うことはできる。瞬きのような時間だけだが。

 本能をねじ伏せても、理性の“神薙”は手ごわい。手傷を与えることが出来ても、未だに跪かせたこともない。

 間違いなく、井塚の中で――ある意味規格外のいくつかを除いて――最も手ごわい相手だった。

 だが、これまでの戦闘で井塚が何も考えていなかったわけではない。理性の“神薙”もまた、本当の意味で彼女を拒絶しているわけでもない。

 

――神機の時と同じ感覚でいるな!

 

――それはお前であり、それは“私達”だ。アラガミとは違う

 

――そして本能もまたただの“アラガミ”ではない、分かるだろう?

 

――ただ私を跪かせるだけでは、勝利にはならないぞ

 

 武器の扱いを、屈服の意味を、斬魄刀に宿る己の在り方を。何度も何度も聞かされた。

 “神薙”を屈服させるには、戦闘での勝利では足りない。

「あ、あア゛ァァァァァァ!」

「――なんだ、もう時間切れか」

 井塚の瞳が金色に染まる。井塚が理性なしに本能を抑え続けられる時間はまだ短い。終わりにするか、と“神薙”が呟いたときだった。

「――なっ!?」

 今までにないスピードで、井塚が“神薙”に斬りかかってきた。それも、本能に飲まれかけた後に見せる猪突猛進な突撃ではなく、“神薙”の後方に回り込んでからの斬撃。

 素早く反転し攻撃を防ぐ“神薙”だが、その表情は厳しい。

「い、ったい、どこでこんな力を……」

 “神薙”が防ぐ斬魄刀からの重みは、今までの比ではない。現に、彼女の足が地面にめり込んでいる。

「はナしてる時間ハ、ないもノで、ネ!」

 そう叫ぶと、井塚は刀の重心をずらし、“神薙”がバランスを崩したところを見逃さず蹴り飛ばす。半ば“アラガミ化”しかけている死神の蹴りなだけあって、“神薙”もかなりの距離を飛ばされた。

 追撃をする為、即座に瞬歩で追いかける井塚。

 “神薙”が気づいたときには遅く、井塚は眼前に刃を向け――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――まぁ、及第点、だな」

「負け惜しみ?それ」

 はは、と笑う“神薙”の額には斬魄刀の“神薙”が突き刺さっている。井塚の体の変質も、徐々に戻っていく。

「神機の時と同じようにいるな、アラガミとは違う、って何度も言ってたのがやけに引っかかった」

 突き刺した刃をそのままに、井塚は“神薙”の傍らに座って話し始める。

理性(きみ)本能(アレ)もアラガミじゃないなら、“ただの”だなんてつける必要もない」

 “神薙”は倒れたまま、斬魄刀も抜かずにそれを聞いている。

「というか、最初から答えは言っていたのにね」

 そう、最初から。話していた内容から、彼女は告げていた。

「君の中に私の記憶があり、思いがある。君は私の神機の名前で応えたけど――」

 

 君もまた、“私”だったわけだ。

 

「……半分正解、だな」

 得意げに言った井塚を、“神薙”は一蹴する。

「私は確かに“君の神機(エルステ)”だったさ。だが、同時に君のナカに居座るアラガミ(かいぶつ)でもあった」

「だから、卍解を習得するためには、それを操り、そして」

「――喰らう必要があった」

Exactly(そのとおり)

 ピキ、ピキ、と“神薙”に刺さった斬魄刀が音を立てる。突き刺さった部分から、本能の“神薙”が霊子を喰らい始めたのだ。

「ただ斬るだけでは、それは出来ない。明確に私を喰らい、取り込むことを意識しなければ、“奴”は応えないからな」

 本能の“神薙”とて、ただ井塚を害する為だけに暴れていたわけではなかったのだ。

 ただ、片割れを取り戻したかっただけ。

「元々一つだったものを戻すための作業だった、ともいえるな。つまりは」

 そう呟く“神薙”の体は少しずつ縮んでいく。だが痛みはないようで、その表情は穏やかだ。

「……ねぇ、一つになったら、君らはどうなるの」

 どちらかが消えるのか、それともどちらも消えるのか。井塚の疑問に、“神薙”は笑う。

「どうもならないさ。“前”のときと同じく、ただの斬魄刀としてある。こうして話せるかは分からん」

 それが、“神薙”という斬魄刀の在り方。持ち主と深くリンクし、様々な利点と欠点を齎す。

「ただ、いつでも私達――私は君と共にある。私は、君の味方だ」

 そう言って、微笑んで。

 硝子が割れるような音と共に、理性の“神薙”は斬魄刀に喰らい尽くされた。

 井塚は立ち上がると、斬魄刀を手に取る。右手首の傷痕が、うずくような感覚を覚えた。

「さて、これをどうやって利用するか、だな」

 ハイリスクハイリターンなこの斬魄刀。完璧に使いこなせなければ、意味がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、瀞霊廷ではある噂が流れていた。

「死神の恰好をした虚、ですか?」

「せや」

 そう言って、ギンは甘味を頬張る。その隣に座る乱菊も同様だ。一方、対面するように座るギルの表情は険しい。

 流魂街で乱菊に出会って以来、半ば彼女の保護者のようになったギルは、ギンと彼女の再会の手引きもしてやっていた。相も変わらず腹に一物抱えてそうなギンの様子は変わらないものの、表情は今までよりは豊かになったから良しとしている。

 そんなギンから齎された噂に、ギルはどういう事だろうと考えを巡らせる。

「なんでもここ最近、虚の討伐任務があると既に相手さんがやられてる場合が多いらしうて。で、その時何度か遭遇したんが」

「その死神の恰好をした虚らしいわよぉ」

 死覇装を纏い、手には見慣れぬ斬魄刀。素顔は虚特有の面に似た何かで覆われて確認できず、しかし彼らの特徴である穴が左胸に空いていたという。

「どんな感じの斬魄刀なんすか」

「それなんやけど、色んな情報があってな」

 ある時は巨大な剣を。

 ある時は巨大な槍を。

 またある時は巨大な鎌を手に持っていたという。

 それなら別個体とも考えられたが、背丈や虚の面の形が同じであることから、同一の個体が複数の斬魄刀を操っているとみられている。

「こっちには何かしてくるんですか?そいつ」

「助けられたって話は聞いたことあるわね」

「けれど、いつまでも無害とは言い切れへん。目的もなんもかも不明、上が逃がすとは思えへんね」

 近く指令が下るんやない?とギンは締めくくった。

 ギルの表情は険しいままだ。目の前にある甘味に手を付けることもしない。隙ありとばかりに乱菊が甘味をかっさらうが、咎めもしない。

「他に特徴とかは?」

「他ぁ?あったかしら」

 ギルからの質問に、乱菊は首を傾げる。一方で心当たりがあったのか、ギンはそういえば、と話し始めた。

「なんでも、斬魄刀が変化して巨大な頭になって虚を喰ったって噂もあるけど、流石に嘘やろなぁ」

「そんな噂があるの?怖いわぁ」

 そう言って笑うギンと乱菊の目には、小さく拳を握りしめたギルの変化は映らなかった。

 

 

 

 

 

 

「何してるんですか、ミクイさん」

「お疲れ様、ギル。海燕先生も」

 時刻は深夜、以前白哉に教えられた秘密の場所にて。井塚はギルと海燕に呼び出されてやってきた。険しい表情を浮かべている二人とは反対に、井塚の表情は朗らかだ。

「お前だろ、例のアレ」

「ええまぁ」

 例のアレ――虚を手にかける虚の噂。

 あれは、井塚が卍解の練習と称して片っ端から虚の討伐を行っていた結果だった。

 卍解“神薙・特異”

 記憶した膨大な情報から取捨選択し、その能力を模倣する斬魄刀。アラガミを疑似的に憑依させているような代物だ。

 その能力の限界を知るために、井塚は暇さえあれば虚を討伐していた。同じタイミングで姿を消していれば怪しまれるだろうが、そこは井塚。別口の協力者である浮竹とある程度口裏を合わせてそれを行っている。

――斬魄刀の能力を“虚の能力と姿を得る”と浮竹に偽っているが

「一歩間違えれば危険だってことくらい分かるだろ」

 呆れたように溜息を吐く海燕に、井塚はにへら、とダラしない笑みで返す。

 既に死神のような虚の話は噂にはとどまらず、隊首会でも討伐するか否かの話になっているとは聞き及んでいる。緊急度が低いということで流されているが。

「どうにも、実戦じゃないと試し斬りができなかったもので」

 “神薙・特異”の最大の欠点。それは“侵蝕”。

 卍解を行っている間、井塚は常に虚化の危険と隣り合わせ。それを防ぐためには、斬魄刀に餌――すなわち虚等を与えなければならない。腕輪のない状態で神機を操っているようなものだ。

 それに加えて、模倣する能力や姿に見合った身体能力を自身で身に着けていなければ力に振り回されてしまう。かなりピーキーな性能をしているのが、井塚の卍解だ。

 斬魄刀の情報をなるべく秘密にしておきたい井塚にとって、卍解の鍛錬ができる機会など規律違反でも起こさなければなかった。

「まあでも、何度かやってみてそれなりにはなってきたと思うので、もうしませんよ」

「本当ですか」

「今回ばかりは本当だよ」

 体の動かし方、模倣からの変化の限界、能力の扱い。一度コツを掴んでしまえば“餌”の心配以外は楽なものだ。あとは、それをどう今後の活動に利用するか。

 井塚の表情に嘘が見られない事を感じ取ったのか、二人は漸く表情を緩める。

「全く。無茶ばっかするもんじゃねぇぞ」

「うわっ、頭かき混ぜないでくださいよ海燕先生!」

「ミクイさんは“前”からこうですからね。ソーマさんたちがいればな……」

「ソコデソーマノ話ハヤメテ」

「いい加減治せよな、その悪癖」

「悪癖とか言わないでくださいよー!」

 夜空の下、楽し気な彼らの声は人気のない山々に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

――以降、ぱったりと止んだ死神の姿をした虚の情報

 

 

――しかし人々の間でその話は消えることは無く

 

 

――いつしか“虚を喰らう死神”と話は変わり、こう呼ばれることになる

 

 

――“死神喰”と




無理やりなネーミング?知ってます!

寧ろ展開が多少駆け足になってしまったことが色々とアレです……
分かりにくい場合はこちらに書きますので遠慮なく言ってください
次はギル側で朽木家の方を書く……かな?

現世編の方も書きたいので番外編で入れたいですね(どうやっても時間軸がずれてますし)


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