再び魔法界に闇をもたらし、自分は偉大な父の副官になる。
それこそが自分の叶えたい願いだった。
自分の父の部下であり、母の夫でもあった人物から自分がどういう存在であるかを聞かされ、ある予言を聞かされた。
それからの自分の人生はその予言を成就する為にあった。
その為に闇の魔術を鍛え上げた。
その為に良心の呵責というものを捨てた。
全ては予言のためだった。
ーーしかし果たしてそれは本当にそうだったのだろうか?ーー
いや、それは自分の本当の願いではない。
あくまで予言の成就は手段にしか過ぎなかった。
ーーでは本当は何を望んでいたのだろう?ーー
きっと自分は望んでいたのだ。『父』の存在を。そして愛情を。
今まで彼女は孤独だった。
愛情からではなく、ただ血と力を残すために産まれた。
産まれても彼女は世間に隠されていて、人生の大半を闇の魔術の習得に費やした。
存在自体が秘匿だったのだから当然学校にも通えず、友人と呼べるような存在は誰一人としていなかった。
母の夫にあたる人物との関係も悪くこそなかったが、主人のように扱われ、闇の魔術を教えられるだけの日々。そこには何の温もりも存在していなかった。
彼女は父を蘇らせるために育てられ、彼女自身もそれを自分の存在理由だと思っていた。
そしてそれに何の疑問も感じていなかった。
彼女の名はデルフィーニ=レストレンジ
ホグワーツ城での決戦の直前に産まれたヴォルデモート卿とベラトリックス=レストレンジとの娘である。
デルフィーニは目を覚まし、辺りを見渡したが特にいつもと何ら変わりない独房が広がっているだけであった。
軽く溜息を吐くと、再び横になる。
ーーこうして自分の境遇を回顧するのは何度目になるのだろうーー
ハリー=ポッターの息子アルバス=ポッターとドラコ=マルフォイの息子スコーピウス=マルフォイを利用し、逆転時計で過去に遡り、父が勝利した世界を作ろうとした企みが破られ、アズカバンに投獄されてからそれなりの月日が経った。
もう今のアズカバンに吸魂鬼は一体も存在しないが、例え吸魂鬼がいたとしてもデルフィーニの心情は変わらなかっただろう。
愛情を求めた父とは会えず、死ぬ事も、記憶を失って別の誰かになる事すら叶わない境遇に彼女は生きる気力を失っていた。
いずれは釈放される日が来るであろうが、それすらもどうでもいい。
どうせ釈放されたところで自分は殺人犯であるし、あのヴォルデモートとその副官の娘なのだ。一生世間から迫害されて生き続ける事になるだろう。
ーーそれならいっそ自分で命を断ってしまおうか?ーー
そんな考えがいつからか脳裏によぎるようになっていた。
死ぬのは簡単だ。舌を噛みさえすればいいのだからいつでも出来る。
だが自分は一度も舌を噛もうとしなかった。
きっとそれは母の影響があるのだろう。
デルフィーニの母、ベラトリックス=レストレンジはヴォルデモート率いる『死喰い人』の中でも最も強く、最も忠誠だった。
母は『死喰い人』に対抗していた『不死鳥の騎士団』団員であるフランクとアリス=ロングボトム夫妻の両名を数人の仲間と共に襲撃し、廃人にした罪でアズカバンに投獄された。
逮捕された『死喰い人』の多くが自己保身に走り、仲間を売る中彼女と夫のロドルファス=レストレンジ、叔父のラバスタンだけは一切そのような行動をすることなく、それどころかアズカバンの投獄を笑って受け入れた。
実に12年間という年月の中、正に地獄のような獄中にあって尚その忠誠を母達は一欠片も失うことはなかった。
そしてその忍耐に報いて、父から最高の名誉を賜った。
きっと自分がこうして自殺もせずに獄中で生き続けているのは耐え続けることで亡き父と母に認められたいという思いがどこかに残っているのだろう。かつて母がしたような事を自分もする事で。
自分のその気持ちは最早妄執だという事はわかっている。
望みのないものを、一生消えない事実を認めたくないがために望み続ける事など自分の身を灼き焦がす様な事なのに。
そんな自分を自嘲しないわけではない、だがそれでも。
ーー私は愛されたかった。
眠るために再び瞼を閉じようとした瞬間、轟音が鳴り響いた。
驚いて目を開けると、自分の目の前には黒いローブと仮面で姿を隠した謎の人物が立っていた。
顔はわからないが、体つきからして男と考えてまず間違いないだろう。
「何者だ」
突然の来訪者にも臆する事なく、デルフィーニは男にそう言い放った。
「闇の魔法使い」
たった一言、それだけの返事を男は返した。
「何故ここに来た?」
「お前を出しに」
男のその言葉に、デルフィーニは眉を潜めた。
「……お前は私が何者なのか知っているのか」
「ああ、知っているとも。お前がヴォルデモート卿の娘である事ぐらいは」
「……という事はお前は死喰い人か?」
そこまで言って、彼女は内心で自分の発言を否定した。
死喰い人は殆どが逮捕されるか死に、残りは魔法省の介入を恐れて何の行動も起こしていないはずだし、それに死喰い人ならヴォルデモート卿の娘である自分にそんな口をきかないはずだ。
「私は死喰い人ではない。……だがだ」
男はデルフィーニに手を差し出した。
「私はお前を迎えに来た。我らの仲間に加わるのだ、デルフィーニ=レストレンジ」
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