機動戦士ガンダム ダブルバード (くろぷり)
しおりを挟む

プロローグ
序章 ウッソの記憶


古い木製の椅子に座った男は「リガ・ミリティアの軌跡」と表紙に書かれた雑誌のような書物を、これまた年季の入った木製の机に広げて読み始めた。

 

その男………【ウッソ・エヴィン】は、その書物を読みながら、自分の心に引っ掛かる物のヒントを探そうと考えていた。

 

V【ヴィクトリー】ガンダムで戦っていた頃、バルセロナの漁村で出会った漁師の爺さん………確か、ロブ爺さんと言ったか……そのロブ爺さんに息子のニコルと間違われた事。

 

パッと見で似ていて、見間違いと分かれば、それは日常でもありえる。

 

しかしロブ爺さんは、ウッソの事をニコルと呼び続けた。

 

当時少年だったウッソは、ロブ爺さんが老人で少しボケ(認知症)ているのかと思い深くは考えていなかった。

 

何故だろうか……大人になるにつれて、心の引っ掛かりが大きくなっている。

 

日常生活をしっかり営んでいる人が、死に別れた自分の息子と間違えるだろうか………

 

書物を読むにつれ、色々な疑問が脳裏を過ぎっていく。

 

(そういえば、シャクティが何故地球に来たか……それも分からず仕舞いだったな……)

 

ウッソは当時を思い出し、辛い記憶だが、懐かしさを感じていた。

 

シュラク隊のメンバーに可愛がってもらった事、女王マリアとの出会い、V2を初めて操縦した時の感覚、エンジェル・ハイロゥでの激戦………

 

(マヘリアさんやオデロさんには、弟のように可愛がってもらったな………)

 

ウッソは書物を閉じると、少し軋む椅子の背もたれ体を預けて瞳を閉じた。

 

あの時……クロノクルからシャッコーを奪う半年ぐらい前に見た夢……

 

夢なのか現実か分からない……男からバトンを渡される夢……

 

「あれは、現実………じゃないよな………でも………」

 

光の差し込む窓の外に見えるV2ガンダムを見て、ウッソはV2を始めて操縦した時の感触……誰かに後押しされているかのような感覚を思い出していた。

 

「V2………お前は知っているのかな……僕達に希望と光を残してくれた人達の事を……お前を造る為に、母さんに力を貸してくれた人達の事を………」

 

ウッソは呟くと、軋む椅子から立ち上がり、部屋を後にした。

 

ウッソは、朧げながらに気付いていた。

 

2つの翼が1つになった瞬間を……

 

そして、希望の翼を残す為に闘った人達がいた事を………

 

そして、時代はウッソの戦っていた頃の3年前に巻き戻る。

 

宇宙世紀0150年………

 

まだ、V計画の雛型のモビルスーツがようやく完成しようとしていた時代の話である。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ザンスカール帝国勃興





 

宇宙世紀0140年。

 

コロニー主義が台頭し、各スペースコロニーの経済格差が表面化してきていた。

 

そんな中、サイドⅠ[アルバニアン]において、マリア・ピァ・アーモニアが相談所を開設。

 

マリア・ピァ・アーモニアの[母なるものを大切にする]という想いや言葉は民衆の心を掴み、マリア主義の団体が結成された。

 

当時、政治的な武道集団[ガチ党]を結成していたフォンセ・カガチは、勢力を拡大していたマリア主義者と接触を図り、サイドⅡコロニー、アメリア政庁議会での発言権を強めていく。

 

そして、宇宙世紀0147年、賄賂罪で起訴された政治家をガチ党が糾弾。

 

これを、ギロチンを使い処刑する。

 

血を見る機会が減っていた宇宙時代では、ギロチンという中世の処刑具での処刑は衝撃的な物だった。

 

この出来事、そしてカガチによる恐怖政治により、民衆の思考は麻痺し、マリア主義の慰謝の言葉に先導され、ガチ党はアメリアの政権与党へと台頭する。

 

[母なる存在]を守る、というスローガンを掲げて…

 

その頃、ガチ党のやり方に異論を唱えたゲリラ組織があった。

 

神聖軍事同盟[リガ・ミリティア]である。

 

ガチ党がアメリアにおいて、[ザンスカール帝国]を樹立したにも関わらず、地球連邦政府が何も対抗措置を採らなかった事により、リガ・ミリティアは独自に戦力の増強を開始した。

 

民間組織であるリガ・ミリティアが、ザンスカール帝国軍[ベスパ]と戦う事で、連邦軍の決起・共闘を促したかったのである。

 

当然、リガ・ミリティアの勝ち目のない戦いに多くの人々が付いていく筈もない。

 

ましてや、女王マリアに刃向かおうとする人は少なく、リガ・ミリティアは苦戦を強いられてた。

 

ザンスカール帝国に対し干渉する意思を示さない地球連邦軍は、地球進攻をも視野に入れる程に勢力を拡大させてしまう事になる。

 

もはや、その勢いを止める者はいないと思われていた。

 

宇宙世紀0149年。

 

そんなザンスカール帝国に対抗すべく、閃光の如く現れ………そして消えていった2人の青年………

 

リガ・ミリティアにV[ヴィクトリー]計画を発動する決心をさせた、1人のエースパイロット。

 

そして、高コスト機であるV2ガンダムの開発を決定づけた、1人のニュータイプの存在があった。

 

宇宙世紀0150年、ウッソ・エヴィンが宇宙世紀にその名を刻む3年前より3年間………

 

これは、その3年の間にザンスカール帝国によってその名を消去された2人の物語である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

挑戦する翼

 

「これは良い機体だな!!エステルのばぁさんはイイ仕事するぜ!!」

 

宇宙空間をバーニアの閃光が輝く。

 

その閃光の先…

 

白と青のコントラストの美しいモビルスーツが目に飛び込んできた。

 

「あたり前だろ!!その機体にはリガ・ミリティアの命運がかかってるんだ!!中途半端なメンテはしないよ!!なぁ、ミューラさん」

 

豪胆なもの言いで隣りに立つ金髪の女性に話かけた老婆は、漆黒の宇宙を飛び回るモビルスーツを目で追いかける。

 

「ミノフスキーフライト搭載型の機体を開発出来るなんて、記念すべき第一歩さね!!これを量産出きれば、ザンスカールなんて怖かないっ!!」

 

老婆ながらに健康的な二の腕を持ち、さらには力瘤まで作るエステルの上半身を眺めながら、ミューラと呼ばれた女性は浮かない顔をしながらも少し笑みを浮かべた。

 

「そうですね………量産機のガンイージもロールアウト間近です。元サナリィの技術者達も頑張って作業してくれてますから………」

 

そう言うと、ミューラは白いモビルスーツを、懐かしい友に久しぶりに会ったような………でも、どこか曇った瞳で目で追いかけた。

 

「ガンダム………」

 

その小さく呟いたミューラの言葉は、重く深く、そして小さく、宇宙の闇に吸い込まれる。

 

「トライバード・ガンダム!!良い名じゃないか!!今の私達には、ピッタリのネーミングさ!!」

 

ミューラの浮かない表情を察してか、エステルは少し大きめの声と、母親のような温かい笑顔を作り出す。

 

挑戦する鳥………挑戦する為に飛翔する………レジスタンスが帝国に対抗する無謀な挑戦に対して、その壁を乗り越える為のガンダム。

 

そんな意味が込められたガンダムのコックピットから、声が聞こえる。

 

「そうだな!!このトライバード・ガンダムは、俺たちに希望をくれるはずさ!!こいつをベースに、早いトコVの名を冠するモビルスーツを開発してくれよ!!」

 

「レジア!!大声出すな!!やかまし!!!」

 

白いモビルスーツ………トライバード・ガンダムより通信されてくる大きな声に、これまたエステルが母親のような声で叱咤した。

 

レジア・アグナール。

 

レジスタンスであるリガ・ミリティアのエースパイロットである。

 

ザンスカール帝国建国直前に、リガ・ミリティアの前身にあたるレジスタンス組織と連邦軍がサイドⅡに軍事介入をした事件があった。

 

ガチ党が武闘集団と言われていた由縁に、ギロチンと最新モビルスーツ[ラング]の存在がある。

 

ラングはミノフスキーフライトを標準装備し、重力下において俊敏な動きを可能にしたモビルスーツであり、連邦のジェムズガンを圧倒した。

 

その戦いの中で、始めて動かした旧式のジェムズガンでラングを5機堕としたエース、それがレジアである。

 

後のリガ・ミリティアがV(ヴィクトリー)計画を発案し、高価なモビルスーツ開発に乗り出したのも、ガンダム伝説を復活させようとしたのも、彼の存在なくしては語れない。

 

「レジアさん。トライバードはVガンダムの雛型です。大事に扱って下さいね」

 

「もちろんだ!!オレがガンダムパイロットになれたのは、ミューラさんのおかげだ!!出来る限りのデータと、戦果をあげてみせるぜ!!」

 

ミューラの言葉に、レジアが再び大声を出す。

 

「だから、うるさいって言ってるだろ!!イイ年して落ち着きのない!!」

 

エステルは大きなため息をついて、トライバードのバーニアが放つ閃光を眺める。

 

「この機体………それにヴィクトリー計画のモビルスーツだけじゃ勝てないわ………でも、私の考えるミノフスキードライブは羽が長すぎて彼ではとても扱えない………余剰粒子を外に排出させる機能………あれを装備しても使いこなせるパイロットがいれば…」

 

そんなミューラの憂いの声も宇宙の闇は静かに吸いとっていき、トライバードの奏でる音だけが辺りに響いていた………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ニコルの初陣
漁村にて


「父さん!!この魚、ウーイッグに持ってけば売れるかな?」

 

漁船………というにはあまりにも小さい、白く所々に茶色のザビの見える舟に、2人の父子が乗っている。

 

普通の釣竿を垂らし、たった今釣った魚を釣竿を持ってない方の手で漁船の中に放り投げた青年、ニコル・オレスケスは、綺麗な金髪にサラサラの髪を靡かせていた。

 

が、身長はそれほど高くなく、童顔でもあり、カッコいいといわれるよりカワイイと言われる事が多く、コンプレックスを抱えている。

 

そんな自分を変えたくて、父の仕事である漁に付き合っていた。

 

「そんな小さな魚、ウーイッグじゃあ売れやしないよ!!!家で食うしかないな!!」

 

ニコルの父、ロブ・オレスケスは、ここ浜辺の町[マンダリアン]で細々と漁師の仕事をしている。

 

若い頃はスペースコロニーで暮らしており、その時に知り合った妻との子であるニコルは、宇宙で生まれた。

 

政治家の娘である妻は結婚と同時に地球への移住を提案し、ニコルは物心がつく前に地球に来た。

 

そんな母は、父とは10以上歳が離れており、性格が合わず離婚している。

 

その為、ロブは気楽な一人暮らしだ。

 

「ニコル、お前もいい加減しっかりした仕事につけよ。ろくな大人になれんぞ」

 

「こんなボロ舟で魚釣るだけが仕事の父さんに言われたかないよ。まぁ、いまに大きな事やって、父さんも楽させてやるからさっ!!」

 

鼻のしたに蓄えた髭を触りながら困った顔をするロブを横目に、ニコルは軽く返事をする。

 

「まったく、お前は………」

 

呆れ顔で頭を掻いたロブは、漁船を浜辺に戻し始めた。

 

「父さん、今日はもう終わりかい?」

 

ニコルは慌ててリールを巻き、そのまま漁船に横たわって太陽を視線の先に入れる。

 

漁船のモーター音、波の音、青空に浮かぶ太陽。

 

ニコルにとっては、心が落ち着く一時だった。

 

(幸せだな………)

 

ニコルは大きなアクビを一発かまし、横になったまま伸びを一回して、その反動で起き上がる。

 

「マイちゃんが浜辺に来てるぞ。何か用事でもあるのかな?」

 

ニコルが浜辺に視線を向けると、浜風で乱れる長い黒髪を掻き上げている女性[マイ・シーナ]が、漁船を見つけると大きく手を振ってきた。

 

ニコルはマイに手を振り返し、漁船のエンジンのパワーを上げる。

 

漁船が浜辺に近づくと、先程自分が釣った魚を手早く掴み、足が濡れるのも構わずマイの元に駆け寄った。

 

「マイ、見てくれよ!!オレが釣ったんだぜ!!」

 

「えーっ!!ちっちゃ!!こんなんで自慢しに来ないでよね!!」

 

しかめっ面をするマイは、年下ながらも人見知りせず、誰とでも笑顔で話すニコル自慢の幼なじみだ。

 

「そんな事より、ニコル聞いた?アメリアで連邦とザンスカールが激突したらしいよ!!ザンスカール帝国って、軍事国家でしょ?地球に攻めて来ないか心配だよ………」

 

「うーん、リガ・ミリティアってレジスタンスもザンスカールと戦ってはいるみたいだけど、連邦は弱体化してるし、小競り合い的な戦闘はしてるみたいだけど、表だった行動はしてないからな………。でも、遥か宇宙の彼方の話だし、大丈夫でしょ!!」

 

一瞬、表情を曇らせたマイも、ニコルの言葉を聞いて表情を明るくする。

 

「だよねー!!アメリアってサイドⅡコロニーでしょ?地球から一番遠いコロニーでの話だからね♪」

 

「モビルスーツでもありゃザンスカールのモビルスーツぐらい、オレがばったばったと倒してやるんだけどな!!」

 

「ハハハ!!無理無理、ニコルなんて、出た瞬間にビームサーベルでグチャってされるよ!!」

 

マイがビームサーベルでニコルを斬る真似をすると、ニコルもソレにのっかって、斬られた真似をした。

 

「2人とも、イイ年して戦争ゴッコは止めなさい。」

 

そう言うと、ロブは海を眺めてため息をつく。

 

(何か、嫌な予感がするな………。宇宙だけで収まってくれるといいが………)

 

ロブは、胸の中に暗い靄がかかるのを感じていた………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カリーン基地

「うーん………ようやく決まった就職先が、こんな田舎の工場かよ!!」

 

連邦、リガ・ミリティアによるアメリアへの攻撃の3ヶ月後、ニコルはリガ・ミリティアのモビルスーツ工場であるカリーンへの就職を決めていた。

 

ザンスカール帝国は建国したものの、その暴虐なやり口や宇宙移民独立の気運の中、従属するコロニーも少なく、地球でも反ザンスカールが叫ばれるようになる。

 

そんな中、時代遅れの連邦のモビルスーツで、ザンスカールの新型モビルスーツ、ラングを5機破壊したレジア・アグナールの名は、地球でも知られるようになっていた。

 

強大な敵と戦う反撃のエースの名に、地球の人々は酔いしれた。

 

いつの世も、恐怖に立ち向かい、それに打ち勝つ者に人々は称賛を惜しまない。 

 

レジア・アグナールとリガ・ミリティアの存在は、戦争の嵐に巻き込まれていない地球では、英雄のような噂が流れていた。

 

ニコルは、そんな噂とレジア人気を感じて、リガ・ミリティアに参加する事を決めたのである。

 

「てか、あんた本当に考えが浅はかっていうか、何ていうか………」

 

その動機を聞いた瞬間にマイは頭を抱えたが、まぁ家でブラブラしてるよりマシかとも思い「戦争の道具など作っちゃいかん!!」と反対するロブを、なんとか宥めた。

 

マイ自身は、地球に戦争がくる前に宇宙で決着をつけてもらいたいという願いから、以前よりリガ・ミリティアのモビルスーツ工場で働いており、そのつてでニコルはリガ・ミリティアに参加する事となった。

 

「しかし、ヴィクトリー計画ねぇ……」

 

量産体制に入りつつあるガンイージの緑色のパーツを眺めながら、ニコルはふと疑問を口にした。

 

「勝利の為の計画でしょ?ガンイージって、戦局を変えれるようなモビルスーツかな??」

 

「はっはっは!!まぁ、その通りだわな!!」

 

突然、ニコルの背後から豪快な笑い声が聞こえてくる。

 

「ボイズンさん、突然後ろで笑わないで下さいよ!!」

 

「工場長と呼べと言ってるだろ!!レジスタンスがモビルスーツを開発、量産出来る事自体が奇跡に近いんだよ!!!このガンイージだって、連邦のジェムズガンよりはるかに高性能機種なんだぜ!!」

 

そう言いながらボイズンは、新型の開発の雑用とはいえ、アルバイトのような連中を使う事に不安を感じていた。

 

ボイズン………この男は、カリーン工場の工場長であり、リガ・ミリティアのモビルスーツ開発に携わっている人物だ。

 

もともとモビルスーツの知識のあまりないニコルだったが、ボイズンの指導の下、仕事の腕を向上させていた。

 

「ニコル、今回完成するガンイージは、一度地上で重力下の運用試験の後、月の秘密工場[ホラズム]に搬入する。お前も来い」

 

「いっ!オレが宇宙に上がるの?」

 

「色々運ばなきゃいかん!!男手が必要なんだよ!!」

 

ボイズンは嫌がるニコルの頭を、油の染み込んだ分厚い手で、軽く叩く。

 

「男が宇宙に上がるのに、お前の年じゃ遅いぐらいだぞ。何もずっと宇宙にいろって言ってんじゃない。物を届けるだけの………子供でも出来るお使いだ」

 

「へいへい、分かりやしたよ。大将」

 

面倒臭そうに答えたニコルは、テーブルに置いてあったジュースに手を伸ばす。

 

「あーっ!!それ私の!!」

 

突然の大声に、ニコルは伸ばした手を引っ込めた。

 

「地球の子って、人の物を勝手に取るのが習慣なのかしら?」

 

大声を出した女性は、綺麗な栗色の長い髪で風を切りながら、ジュースの置いてあるテーブルに一直線に歩いて来る。

 

「なんだよ!!ジュースぐらいで、そんな目くじらたてるなよ!!」

 

ニコルの怒った声を聞いて、ジュースを飲み始めた女性は思わず笑ってしまい、ジュースを吹き出した。

 

「何まぢで怒ってんの?仕方ないなぁ、ほら一口飲む?」

 

口をつけ口紅がついたグラスを、ニコルの方に差し出す。

 

その瞬間、髪で隠されていた女性の顔がニコルの瞳に飛び込んでくる。

 

その綺麗な顔に、ニコルは一瞬言葉を失い、差し出されたグラスを凝視して頬を赤らめた。

 

「あはは、カワイイ!!なんでこんな男の子が働いてるの?」

 

吹き出して笑い続ける女性に、今度はボイズンが面倒臭い表情を浮かべる。

 

「マヘリア!!あまり男をからかうんじゃない。ニコル、こちらの方は、ガンイージのテストパイロットのマヘリア・メリルだ。月のホラズムまで同行する」

 

「あら、少年も一緒に来るんだ♪よろしくネ!!」

 

マヘリアのウインクに、ニコルは顔を赤らめたままの状態が続いていた……

 

「はぁ………ホントに男って、美人に弱いよね!!嫌になっちゃう!!」

 

マイはニコルの態度に、少し嫌悪感を感じていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙(そら)へ………

 

 ボイズン達カリーン工場の面々は、宇宙引越公社のシャトルを偽装し[アーティジブラルタル]より宇宙へ上がった。 

 

 引越公社に勤務していたリガ・ミリティアの主要メンバーであるハンゲルグ・エヴィンが、中立を訴える公社の目を欺きリガ・ミリティアの物資を宇宙に上げていたのだ。

 

 その為、ニコルのような若者が一緒の方が疑われないと考え、今回の同行となったのだ。

 

「しかし、これって立派な犯罪のような………」 

 

 マスドライバーを走るシャトルの窓から見える、もの凄い勢いで流れる景色に感動しながらも、ニコルは今の状況を考えていた。

 

「仕方ねぇだろ!!ザンスカールの野郎に知られず宇宙に上がる方法は、今んとこコレしかねぇんだよ!!」

 

 ボイズンはそう言いなからもニコルのシートベルトの確認をし、しっかり固定してあるか確認する。

 

「だから頭数も厳選してんだろ!!中立を守るって言っても、オレ達がやらなきゃ地球も宇宙もザンスカールのやりたい放題決定だからなぁ………少しは考えてほしいぜ!!」

 

 ボイズンが最後は愚痴のような言葉を発している間に、シャトルはマスドライバーのレールからタイヤが外れ、宇宙に向けて加速していく。

 

「うわっ!!なんてGだ!!」

 

 シートに身体が押し付けられ気分が悪くなる感覚に、ニコルは改めて自分が宇宙に行くんだと実感していた。

 

 シャトルは雲を突き抜けて、アっという間に辺りを宇宙の色に変えていく。

 

「うわぁ……すげぇ……」

 

 思わず、ニコルは感嘆の声を洩らす。

 

 それもそのはず、窓の外には今までとは全く違い、暗い宇宙に透き通る青い光を輝かせる地球があるのだ。

 

 ニコルでなくても、その自然の作り出す奇跡の美しさに見とれるに違いない。

 

「いつ見ても、宇宙から見る地球って素敵よね~」

 

 突然、ニコルの鼻に綺麗な花を嗅いだような匂いが吸い込まれる。

 

「って!!マヘリアさん!!近いって!!」

 

 宇宙の景色に見とれてたニコルは、自分の真横にマヘリアの顔がきているのに気付かなかった。

 

「何よ~、別にいいじゃない」

 

 頬に空気を入れて膨らませるマヘリアの顔を見て、ボイズンは吹き出しながら2人に近づいて来た。

 

「マヘリア、ご苦労さん。ガンイージのコックピットで大気圏離脱した気分はどうだい?」

 

「サイテーだよ!!狭いし暑いし!!化粧が汗でとれちゃったよ!!」

 

 積み荷にモビルスーツとは流石に書けないので、ガンイージはコンテナに収納しシャトルに積み込んでいる。

 

 マヘリアは自らの操縦でガンイージをコンテナに積み込み、そのままコックピットに残り宇宙まで上がってきたのだ。

 

 コックピットに残っていれば、何かあった時にガンイージだけは守れる………。

 

 リガ・ミリティアの新兵器なだけに、まだ人の目に触れさせたくなかった為の万が一の配慮だ。

 

(でもマヘリアさん、汗臭くない。凄いイイ匂いがするな…)

 

 バチっ!!

 

 ニコルが妄想にふけっていると、不意に何かが外れる金属音がした。

 

 マヘリアが、ニコルのシートベルトのロックを解除した音である。

 

「うわああぁ!!」

 

 ニコルの身体が突然浮き上がり、目の前に天井が迫ってくる。

 

「天井を蹴って、バランスを整えて!!」

 

 マヘリアがニコルの手を掴み、無重力の世界に放り出された身体のバランスを整えた。

 

「なかなかセンスあるよ!!すぐに宇宙の環境にも慣れるんじゃない?」

 

 マヘリアの言葉通りニコルは数分で無重力の環境に慣れ、うまく身体を使い動き回る。

 

「お前ら、遊びに来てるんじゃないんだぞ!!」

 

 一喝して座席に座ったボイズンは、しかしガンイージを無事に宇宙に上げれた事で安堵の表情を浮かべていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月基地ホラズム

 月面都市[セント・ジョセフ]より車で数時間走った所に、リガ・ミリティアの秘密基地のあるホラズムはある。

 

「ボイズンさん、こちらです」

 

 ホラズムに入ると、既にリガ・ミリティアのメンバーが待ち構えており、ニコル達はすぐにモビルスーツ搬入口に案内された。 

 

「月面って都市のあるとこ以外、何もないんだな」

 

 ニコルは谷の様になっている月面の道を見て、まるで無機質で暖かみの無い台地だと思う。

 

 岩と大地が灰色に見え、自分の瞳から色が失われたんじゃないかと思える程だ。

 

「こんなトコに住んでたら、地球に行きたくなる気持ち………分かるよね………」

 

 いつものような明るい声じゃないマヘリアの言葉に、ニコルも真面目な顔で頷いた。

 

 地球には不法居住者による集落か、特別区と呼ばれる上流層や連邦士官の家族が暮らす街しかない。

 

 スペースノイドが地球を目指す理由が、ニコルには少し分かった気がした。

 

「パイロットはこちらに、ボイズンさんは付いて来て下さい」

 

 「分かった。じゃあ、後でな。ニコルはマヘリアに付いて行って、モビルスーツの勉強して来い」

 

 ボイズンはそう言うと、通路に消えていく。

 

 ニコルとマヘリアがボイズンと別れ、連れて来られたのはモビルスーツのファクトリーだった。

 

「お客さんかい?あんた達がイージを運んできてくれたのか?礼を言うよ」

 

 白いモビルスーツの整備をしていた白髪のオバサンが、ニコル達を見つけて声を上げた。

 

 ニコルはその声がした方に目を向けて………そして言葉を失ってしまう………

 

「ガ…………ガンダム………」

 

 ニコルは、驚きの声を上げる。

 

 雑誌の特集記事でしか見た事のない、いつの時代でも救世主のように現れる伝説の機体………

 

 それが、目の前にあるのだ。

 

 そんなニコルを見てか、ガンダムのコクピットから笑い声が聞こえた。

 

「そんなに驚いてくれるとは、嬉しいなぁ!!なぁ、エステルのばぁさん」

 

 コクピットから、ボサボサ頭のレジアが顔を覗かせる。

 

「レ………レジア・アグナール………リガ・ミリティアの超エースに、こんな所で逢えるなんて!!」

 

 今度はマヘリアが、ニコルとは違う意味での感嘆の声を発した。

 

「超エースなんて、恥ずかしいな。そんなに凄いかな?オレ??」

 

「凄かない!!アホな事言ってないで、手ぇ動かしな!!」

 

 エステルが近くにあった工具箱からスパナを取り出し、レジアに向かって勢いよく放り投げる!!

 

「うわあぁぁ!!馬鹿野郎!!ホントに当たったらどーすんだ!!てか、オレのトライバードに傷がっ!!」

 

 コクピットのすぐ横で激しい金属音を奏でてぶつかったスパナは、ゆっくり床に降下していく。

 

「なんか楽しい職場ですね!!!私、ここでならウマくやってけそう♪ねっニコル♪」

 

「オレを巻き込まないで下さい!!!って、ガンダムの後ろにも、もう1機モビルスーツが………」

 

 白く輝く伝説のモビルスーツに隠れるように、ガンイージの目の部分にサングラスをかけたような、濃蒼のモビルスーツが立っている。

 

 その手には、モビルスーツの身長ほどあろうかと思われるぐらいのビーム砲を持っていた。

 

「そいつに興味があるのかい?その[ガンスナイパー]は、メガ・ビームライフルとコア・ブロックシステムの試作機さ。新ガンダムはコア・ブロックシステムを採用するみたいだからね」

 

「そうなんですか………けど、そんな重要な情報、オレ達に与えていいんですか?」

 

 ニコルの言葉にエステルは一瞬言葉を飲み込み複雑な顔になったが、すぐに豪快な笑みが戻っていた。

 

「なに、ボイズンが連れて来たんだ。信用出来るだろ。それに、ガンスナイパーはまだ完成してないからね………」

 

 エステルが、次の言葉を発しようとした瞬間………

 

 ブォー!!ブォー!!

 

 エステルの言葉を遮るように急に警報が鳴り出し、メカニックやリガ・ミリティアのメンバーの動きが慌ただしくなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

トライバード初陣!!

「な………何事ですか………」

 

焦るニコルと対象的に、レジアとマヘリアは冷静に状況を把握する。

 

レジアはトライバードのコクピットに滑り込み、マヘリアはガンイージの入ったコンテナに走り出していた。

 

レジアはトライバードのコクピットから、指令室に連絡をとる。

 

モニター越しの指令室にもサイレンの赤い光りが点滅するように輝き、緊張感を駆り立てた。

 

「ミューラさん!!何が起きてる!!」

 

「ザンスカールのモビルスーツ、ラング12機がこちらに接近中です。工場の位置はバレていないと思われるので、レジアさんはトライバードですぐに出撃して、月の裏から攻撃を仕掛けて下さい」

 

「12機か………流石にキツいな。マヘリアさんも手を借してくれ!!オレが戦闘開始したら、敵の目に入らないように出撃してくれ!!」

 

「了解!!私もリガ・ミリティアのパイロットよ!!うまくやるわ!!」

 

マヘリアの返事を確認して頷いたレジアは、モニター越しにエステルの姿を捉えた。

 

「トライバードはいつでもいけるよ!!ザンスカールのモビルスーツなんざ、ササッと蹴散らしてきな!!」

 

エステルの豪快な言葉に、レジアは逞しく感じ、思わず笑ってしまう。

 

「相変わらず、無茶な事を簡単に言ってくれるぜ!!けどまぁ、やるしかねぇしな!!レジア・アグナール、トライバード・ガンダム、出るぞ!!」

 

レジアの掛け声に呼応するようにトライバードはバーニアを噴射させ、漆黒の闇の中に消えていった。

 

閃光を放ちながら加速していくトライバードはそのまま月を半周し、赤いラングを先頭にした緑のラング部隊の後方に現れる。

 

そのスピードに、モビルスーツだと思っていなかったラングのパイロット達は驚きを隠せなかった。

 

「モ………モビルスーツだとっ!!」

 

「連邦の新型………いや、リガ・ミリティアかっ!!」

 

「白いモビルスーツ………ガンダム………なのか…??」

 

混乱のラング部隊を嘲笑うかのように、トライバードはラング隊の中央を大胆に突っ込む!!

 

瞬間!!ビームサーベルが煌めき、ラング1機が爆発する。

 

「な………速い!!」

 

一瞬でラング12機の間をすり抜けたトライバードは、振り向き様ビームライフルを乱れ撃つ!!

 

ビームの直撃を受けたラング2機が大破し、宇宙の藻屑となる。

 

「散開!!」

 

紅のラングに搭乗する隊長、レグナイト・リステリアは思わず叫んでいた。

 

ザンスカールのエースパイロットであるレグナイト・リステリア少佐は、ザンスカール帝国建国以前からカガチの右腕としてガチ党のモビルスーツ隊を指揮している。 

 

弱冠23歳でありながらもモビルスーツ撃破数50を超えるスコアを持つレグナイトは、ベテランパイロットですら一目置く存在となっていた。

 

そのレグナイトですら戦慄を覚えるスピードに、レグナイト隊のパイロットが冷静でいられる訳はない。

 

その混乱に乗じて、マヘリアのガンイージがホラズムの秘密工場より出撃する。

 

宇宙に飛び出したガンイージは、そのまま戦闘宙域に飛び込んでいく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ガンイージ出撃!!

「もう1機いるぞ!!」

 

いち早く気付いたレグナイトですら、既にガンイージの射程範囲に入った時だった。

 

「うわあぁぁ!!」

 

ラング隊の内の1機が、マヘリア機にビームライフルを向けるが………

 

「遅いんだよ!!」

 

ガンイージの放ったビームが、いち早くラングに直撃した。

 

数分のうちに4機のモビルスーツを失い、レグナイトの部隊は混乱に拍車がかかると思われた。

 

しかし………

 

「慌てるな………数はこちらが上なんだ!!私を含む4機はガンダム・タイプを、他の4機は緑のヤツを叩け!!」

 

レグナイトの指示で、的確に部隊が動き出す。

 

「ちっ!!少しは時間がかかると思ったが、もう立て直しやがった!!マヘリアさんよ、持ちこたえてくれよっ!!」

 

ラングの統制のとれた動きに、今度はレジア達が防戦に回り始めていた。

 

レグナイト機を中心にした連携攻撃は、トライバードの機動性を持ってしても簡単に回避しきれるものではない。

 

「この赤いラング、出来るな!!だがっ!!」

 

レジアはビームシールドでラングの猛攻を防ぎ、一瞬ビームが途切れた瞬間を狙ってトライバードを加速させる。

 

その加速に、ラングのパイロットは対応しきれない。

 

ガシュ!!

 

ビームサーベルから発生する粒子が、的確にラングのコクピットを貫く!!

 

「うりゃあぁぁ!!」

 

レジアは屍のようになったラングを、トライバードに狙いを定める3機目掛けて蹴りつけた。

 

「これでっ!!」

 

蹴っ飛ばされたラングに、トライバードから放たれたビームが直撃する!!

 

核融合爆発に巻き込まれたレグナイト隊は、一瞬トライバードの姿を見失う。

 

しかし、その一瞬でトライバードはマヘリア機の援護に回っていた。

 

「マヘリアさん!!無事かっ??」

 

「なんとかっ!!」

 

宇宙であっても、ガンイージは連邦の宇宙用主力モビルスーツ[ジャベリン]より機動性は上である。

 

しかし、それでもラング4機に囲まれては手も足も出ない。

 

ビームライフルを牽制に使い、ビームシールドを巧みに操り、マヘリアは必死にガンイージを守っていた。

 

「よく無事でいてくれた!!」

 

レジアの叫びと共に、トライバードの構えたビームライフルからビームが閃光の如く発射され、ラングの胸を焼き払う。

 

「よし!!助かったわ!!」

 

マヘリア機も、一瞬の隙を付いて攻勢に転じる。

 

左肩に装備されたマルチランチャーが飛び出し、ラングの背部に直撃し爆発を起こした。

 

「オレは、悪夢を見ているのか……2機のモビルスーツに、こうも好きにやらせるとは!」

 

(これだけ強力なモビルスーツが出てくるのだ。月にリガ・ミリティアのモビルスーツ・ファクトリーがあるのは間違いないな………しかし、月はザンスカールに対して否定的な態度を崩していない。強引にいくより、この2機を確実に破壊・捕獲した方が得策か………)

 

レグナイトは叫びながら、頭は冷静に状況を整理していた。

 

そして、後方に控える艦隊に支援を要請する指示を出す。

 

その間にもレジアとマヘリアは絶妙な連携で、ラング2機を堕としていた。

 

「あと4機!!」

 

レグナイトのラングに迫ってくるトライバードをビームライフルで牽制しながら、ラング部隊は後方の艦隊に向けて後退を開始した。

 

レグナイトの指示で少しずつ月から離れているラング部隊に、レジア達は気付かない。

 

その為、レジア達も自然と月から離されていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ニュータイプ専用機

 ホラズムの指令室からは、レグナイト隊の後方より更なるモビルスーツの存在を確認していた。

 

「レジア!!前方から援軍が来てるわ!!気をつけて!!」

 

 ミューラの声がレジアの元に届いた頃には、既にトライバードのセンサーが敵の援軍の数を正確に照らし出す。

 

「更に10機かっ!!こいつはキツいな!!」

 

 この時、ようやく月から離された事に気付き、レジアは唇を噛み締めたが、時既に遅しである。

 

「レジアさん!!あの機体、ラングじゃない!!」

 

 マヘリアの悲痛な言葉に、レジアも弱冠の絶望を感じていた。

 

 トライバードのモニターにはザンスカールの首都防衛用のモビルスーツ[シャイターン]が映し出されていた………

 

(トライバードだけなら逃げ切れるが、ガンイージは無理だ!!どうする?)

 

 レジアの考えが纏まる前に、レグナイトのラングがトライバードに襲いかかった!!

 

「なんで、ザンスカールの首都防衛用モビルスーツがこんな所に?シャイターン相手ではイージは不利だわっ!!」

 

 モニターとセンサーを見ながら、ミューラが叫ぶ。

 

 シャイターンは、装甲の厚さと肩・胸・足にビーム砲を装備したモビルスーツである。

 

 防御・攻撃、共に優れたシャイターンは、平均的な能力のラングを軽く上回っていた。

 

「一度撤退させましょう!!このままじゃ二人とも犬死にだ!!」

 

 ボイズンの言葉はもっともであり、トライバードの機動性を持ってしても逃げるのが精一杯だろう。

 

 まして囲まれてしまっては、ガンイージでは逃げ切る事すら出来ない事が予想された。

 

 だからこそ、決断は早い方がいい………

 

 ミューラに決断を急がせる為に、ボイズンはわざと大きな声を上げた。

 

「…………トライバードだけ回収しましょう。ガンイージは戦場に残って、トライバードの逃走時間を稼いでもらいます!!」

 

 ザンスカールは、まだ月とは衝突はしたくないはず…………

 

 であれば、ファクトリーの位置さえ見つからなければ、トライバードだけは護りきれる………

 

 そう考え発したミューラの言葉に、指令室全体の時間が止まったかのように静寂が訪れた。

 

「そんな…………そんな馬鹿な話あるかよっ!!イージは、苦労して地球から宇宙に持って来たんだぞ!!それを簡単に見捨てるなんて!!」

 

 静寂を破ったのは、モビルスーツファクトリーから指令室に身を移したニコルだ。

 

「イージも大切なモビルスーツではあるけど、トライバードはもっと大切な機体なの!!私たちリガ・ミリティアが勝利する為には、トライバードクラスのモビルスーツが量産されないといけないわ!!データの収集が終わるまでは、ザンスカールに捕獲されても、破壊されても駄目なのよ………」

 

「それにイージまで撤退させたら、この基地の存在がザンスカールに知られてしまう。そうなってしまったら、我々もリガ・ミリティアも終わりだ………」

 

 ミューラの言葉もボイズンの言葉も、正論であった。

 

 しかし、マヘリアという人の命を無視した言葉に、ニコルは怒りを覚える。

 

「マヘリアさんは、この基地を守る為に必死で戦ってるんだぞ!!そんな人の命を犠牲にして生きる未来に、何が残るんだよ!!」

 

 先程は恥ずかしくて、マヘリアの事をガンイージに転換していた。

 

 だがマヘリアの命が消えてしまう危機感から、今はニコル自身の素直な感情が前に出ている。

 

「ありがとう、ニコル…………でも皆が言ってる事が正しいの。だって、私はリガ・ミリティアのモビルスーツ・パイロットなんだから…………死ぬ覚悟はできてるわ!!レジアさん!!早く逃げて!!」

 

 その言葉を無視するかのように、トライバードはレグナイトの赤いラングの左腕をビームシールドで焼き払い、更にビームサーベルで両足を切断した。

 

「ぐわっ!!なんてモビルスーツだ!!まぁいい、ここはアーシィ・リレーン大尉のお手並み拝見といくか」

 

 そう言うと、手負いのラングを操りレグナイトは母艦の方にラングを向ける。

 

 その視線の先には、アーシィ率いるシャイターン隊を捉えていた。

 

 同じくトライバードのモニター越しにシャイターンを捉えたレジアは、マヘリア機に近づく。

 

「オレは出来た軍人じゃないし、そもそもレジスタンスであって軍人じゃねぇ、好きにやらせてもらうさ!!」

 

 レジアの言葉に、静寂に包まれていた指令室では驚きの声が上がる。

 

「レジア!!何を馬鹿な事言ってるの!!私達は………リガ・ミリティアは………あなたも、トライバードも失う訳にはいかないの!!わかって!!」

 

 ミューラの悲痛の叫びとは逆に、ニコルはレジアの言葉に力が沸き出る感覚に包まれていく。

 

「ガンスナイパー、ファクトリーにあったよね??あいつを出そうよ!!」

 

 高揚感に体が突き動かされているニコルは、再びファクトリーに向かって伸びる蛍光灯に照らされただけの道を走り出していた。

 

「ニコル!!待ちなさい!!」

 

 しかし、ミューラの声は走るニコルの耳には届かない。

 

「ミューラさん。ガンスナイパーという機体を私は知らないが、スナイパーというぐらいだ。長距離射撃に特化した機体なのだろう?ニコルも、うちの工場でモビルスーツは扱っている。支援だけなら何とかなるかもしれませんよ?」

 

 そんなボイズンの言葉に、ミューラはまるで子供のように首を振った。

 

「ガンスナイパーは、サイコフレームを搭載しているんです。しかも、長距離に対応したセンサーは組み込んでいない………普通に動かして、しかも長距離射撃するなんてまだ無理なんです!!完成には、まだ時間が………」

 

 ミューラの言葉に、ボイズンは頭が真っ白になり、状況が理解出来ない。

 

「つまり、封印されたサイコフレームの技術を使い、ニュータイプ専用の機体を作ったと………そういう事ですか!!」

 

 ボイズンの頭には、怒りと呆れが同時に襲ってきていた。

 

「あんた、自分が何してるのか分かってるのか?ニュータイプは存在しない!!我々の大切な資金は、あんたの実験費用に当てれるような余裕はないんだ!!」 

 

 ボイズンは、ニコルがガンスナイパーに向かって走っている事を忘れるぐらい、気が動転していた。

 

 そして確実に、マヘリアやレジアの危機は近づいていく………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ニコル出撃!!

「あんた!!ニコルだったっけ?何勝手にガンスナイパーをいじってるンだい!!」

 

 エステルのヒステリックな声が、ファクトリーに響き渡る。

 

「マヘリアさんとレジアさんが堕ちそうなんだっ!!黙って見てられません!!」

 

「黙って見とけ!!あの二人はプロのパイロットなんだ!!あんたの出る幕は無いんだよ!!」

 

 ニコルの声に被せるように、エステルの声が更に大きくなった。

 

「この機体なら、長距離射撃は可能な筈だっ!!オレにだって援護ぐらい出来る!!」

 

「モビルスーツの名前だけで判断するんじゃない!!その機体は、まだ未完成なんだ!!」

 

 エステルの声は、確実に大きくなっている。

 

 今にもコクピットに乗り込もうとするニコルを、何としても止めたいエステルの感情が伝わってくるようだ。

 

 しかしニコルの感情は高ぶっており、エステルの声は頭の中をすり抜けて行く。

 

「ニコル・オレスケス。ガンスナイパー出すよ!!ハッチ開けて!!」

 

 エステルの思いを無視するように、スルリとガンスナイパーに乗り込んだニコルは、メガ・ビームライフルを振り回しながらハッチに突き進む。

 

「ハッチをブッ壊されたら、この基地の場所をザンスカールの連中に気付かれかねない!!ええぃ!!仕方ない!!」

 

 エステルはやむを得ず、ハッチを開いた。

 

「サンキュー!!エステルさん!!このまま適当なトコで、援護射撃に移る。待ってろよ!!マヘリアさんっ!!」

 

 ガンスナイパーを戦闘速度で操縦しながら、ニコルは射撃ポイントを探し始める。

 

 この時、ガンスナイパーのコクピット周辺が赤い光りに包まれ始めた事を、ニコルは気付いていなかった………

 

「レジア機とマヘリア機は?」

 

 ガンスナイパーのモニター越しに見える戦闘の光点を確認し、ニコルはメガ・ビームライフルを戦闘宙域に向ける。

 

「長距離射撃用のセンサーは??これ??」

 

 ニコルは手早くモニターを長距離射撃用の物に切り換えて、援護射撃を開始しようとするが………

 

「なんだ??これ??これじゃ照準なんか、つけれっこないぞ」

 

 そのモニターを見て、ニコルは軽いパニックに陥っていた。

 

 通常モニターから多少拡大されただけの長距離射撃用のモニターは光点が大きくなった程度で、モビルスーツの判別すら難しい。

 

「これじゃ、当たりっこないぞ!!もっと近づかないと………」

 

 その言葉とは裏腹に、操縦菅を握るニコルの手は震えている。

 

 それまでは高かったテンションも、実際の戦場に足を踏み入れた瞬間、ニコルにも死の恐怖が襲いかかっていた。

 

 戦闘宙域に近づけば、それだけ狙われる危険性が高まる。

 

 正規パイロットでもあるマヘリアですら死と直面している場所に飛び込んでいくという事に、ニコルの本能は危険を察知してしまった。

 

「くそっ!!手が思うように動かない!!これが戦場のプレッシャーなのか??くそおぉぉぉぉ!!」

 

 自分の想いとは裏腹に全く動かない手に、ニコルは思わず叫んでいた………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閃光のメガ・ビームライフル

 その瞬間………

 

 ニコルの声に呼応するように、メガ・ビームライフルが戦闘宙域に放たれる。

 

「え??」

 

 自分の意思とは関係なしに放たれた閃光は、暗い宇宙に一筋の光の道となり、遥か先で戦闘を行うシャイターンの胸部を貫いた。

 

「何!!」

 

 思わず声を漏らしたアーシィを含め、戦闘宙域にいるモビルスーツ達は一瞬戦闘を止める。

 

 全てのパイロットに見守られる中、閃光に貫かれたシャイターンはスローモーションのように………その場の時間が止まってしまったかのように…………ゆっくり断末魔の叫びをあげる瞬間を待っていた。

 

「散開!!」

 

 アーシィの声で、時間の失われた戦場に時が戻ってくる。

 

 止まっていた全てのモビルスーツが動き出した瞬間、胸を貫かれたシャイターンは爆発した。

 

「なんだ??今の長距離射撃は??聞いてないぞ!!」

 

 ザンスカールのモビルスーツ隊は、混乱に陥る。

 

 その一方で、レジアも恐怖感に襲われていた。

 

(ガンスナイパーを出したのか?いくら劣勢だからって………アレは、まだニュータイプにしか扱えない機体だったはずだ………誰が乗っている?って、あの基地に今残っているメンバーでは、ニコル以外にモビルスーツを扱える奴はいないか………)

 

 レジアはガンスナイパーが未完成品である事を知っているし、何よりパイロットも未熟なニコルが搭乗しているのだ。

 

 そんな物から放たれる砲撃だから、味方であっても安全である筈がない。

 

「レジアさんっ!!」

 

 マヘリアもこの状況に気付き、困惑と恐怖が入り乱れた声を出した。

 

「まぁ、ある意味場は混乱した!!マヘリアさん、この隙に後退するぞ!!」

 

 ザンスカールの部隊はガンスナイパーが未完成である事はもちろん、パイロットが素人という事も知らない。

 

 その事に気付かれる前にレジアは状況を有利にして、なんとか後退を試みる。

 

「くそっ!!リガ・ミリティアめっ!!長距離射撃が出来るモビルスーツも開発してたって訳か!!けど、こっちもシャイターンを持ち出してる以上、おめおめ引き下がる訳にはいかないんだよ!!」

 

 後退を始めたトライバードとガンイージに、シャイターン隊が再び迫った。

 

「混戦に持ち込めば長距離射撃は怖くない。全機、距離を狭めて戦闘しろっ!!」

 

 モビルスーツの距離が密着していれば、味方に当たる可能性のある長距離射撃など出来まい………アーシィはそう思っていた。

 

 しかし………………

 

 ドオォォォォン!!

 

 再び、シャイターンが閃光に貫かれる。

 

「なっ………味方がいてもお構い無しかっ!!」

 

 アーシィは長距離射撃を行っている機体から、感じた事のないプレッシャーを感じ始めていた。

 

「レグナイト隊の生き残り!!あの厄介なヤツを墜とせ!!」

 

 重厚なシャイターンの装甲を、まるで紙のように貫くビームに戦慄を覚えたアーシィは、ガンスナイパーを強敵と認識した。

 

 未熟で未完成のガンスナイパーとニコルのコンビに、3機のラングが迫っていく……………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ニュータイプの目覚め

「あっ………あたった………」

 

全く標準がつけられない状態で放たれたメガ・ビームライフルは、その閃光の先で爆発が起きた。

 

「今の…………マヘリアさんや、レジアさんじゃないよね………?」

 

機体の確認すら出来ない状況に、ニコルの鼓動は早く大きくなり、額には無数の冷や汗が浮かび始める。

 

(なんで勝手にビームが放たれたんだ?いや、トリガーに手が触れたのが気付かなかったの…………??)

 

ニコルは自分の心臓の音を聞きながら、何か取り返しのつかない事をしてしまった感覚に陥っていた。

 

「おいっ!!ガンスナイパーに乗ってるのニコルだな!!こちらレジアだっ!!応答しろっ!!」

 

突如コクピットに流れる声に、ニコルは一瞬ドキッとしたが、聞き覚えのある声に少し安堵する。

 

「レジアさん、良かった無事で。マヘリアさんは??」

 

「私も平気よ。全く、素人がムチャをして…………」

 

マヘリアの声を聞き、ニコルはホッとした。

 

先程の会話で、マヘリアが本当に死んでしまうのではないか…………

 

そう思っていたニコルは自分が間に合った事、自分の放ったビームが敵に当たり少しは役に立った事に安心しタメ息をついた。

 

「きゃあああぁぁ!!」

 

その直後、雷が落ちたかのような悲鳴が聞こえる。

 

「なんだ??どうしたの?マヘリアさん!!」

 

ニコルは必至にモニターをマヘリア機に合わせようとするが、映像は相変わらず戦闘の光しか映しださない。

 

ドクン………………

 

気持ちが高ぶったニコルは、心臓の音を確実に自分の神経で感じた。

 

頭が一瞬クリアになり、赤い光りに体が包まれる…………ニコルは、そんな感覚に身を委ねながら目を閉じる。

 

その瞬間、戦場で起きている全ての情報が、ニコルの意識の外で頭に流れ込んできた。

 

「そこだっ!!」

 

ニコルは無意識のうちに目を開け、感覚でビームを撃つ!!

 

だが、今度のビームは確実に敵を捉えた自信があった。

 

ビームの閃光は、迫って来るラング隊、トライバードとガンイージの間の絶妙な位置を通過し、マヘリア機を襲ったシャイターンのコクピットに直撃する。

 

そのシャイターンは、重厚な胸部に大きな穴を開け…………操り人形のような動きをした後に断末魔の咆哮をあげるかのように爆発した。

「ニコルっ!!もう撃つな!!そのうち、オレ達にも当たっちまうぞ!!」

 

先程のビームが自分達の脇を通っていった事に不安を抱き、レジアは大声でニコルに言う。

 

「そんな事より、マヘリアさんは!!無事ですよね??」

 

レジアの危機迫った声を聞き流す程、ニコルはマヘリアの悲鳴が気になっていた。

 

「そんな事よりって…………オレ達は、照準も合わせられないその機体で撃たれるビームの射線上にいるってのに…………心配しているお前に、殺されかねんよ………」

 

レジアは小声で毒づいた事で、少し冷静さを取り戻す。

 

「イージは右足をやられただけだ!!宇宙だから問題ない!!それより、ラング3機がそっちいったぞ!!援護は出来ないから、なんとか逃げろ!!」

 

大声でニコルに指示をだしたレジアは、自分達の状況を客観的に分析し始めた。

 

自分達は、シャイターン7機に囲まれている。

 

機動力は、トライバードが圧倒的だ。

 

しかし、損傷したマヘリア機を守りながら、厚い装甲を持ち多数装備するビーム砲の弾幕を避けて、シャイターンの包囲網を抜けるのは不可能に近い。

 

トライバードもガンイージも、火力はそれほど強くなく、一撃でシャイターンを沈黙させるのは難しかった。

 

つまり囲まれたまま戦ったら、生存は絶望的な状況であった………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大破するガンイージ

(つまり、オレが単独で包囲網を突破し、ガンスナイパーに取り付くラングを殲滅して、メガ・ビームライフルでシャイターンを倒す…………か)

 

 レジアは頭を振ってマヘリアの命を無視した…………自分の今考えた方法を消し去ろうとした。

 

(だが、それ以外考えられない。どうしようもねぇ…………)

 

 レジアがトライバードで包囲網を突破しようと、決意を固めた瞬間…………

 

 トライバードの横を、ビームが通過する。

 

「レジアさん、包囲網を突破して!!私は私で何とかするから!!」

 

 マヘリアの放ったビームはシャイターンの肩に直撃したが、機体と右腕を切り離しただけで、戦闘不能に追い込むまではいかない。

 

「くそっ!!すまない、マヘリアさん!!」

 

 レジアはマヘリアの気持ちに感謝しながら、トライバードで右腕の吹き飛んだシャイターンに突っ込み、ビームサーベルでコクピットを貫いた。

 

「ガンダムタイプ!!やはりここで堕ちてもらわなければ、後々厄介になりそうだ!!全機、一斉射!!」

 

 アーシィの号令を皮切りに、シャイターンの体中に装備されるビームガン、ビームキャノンの照準がトライバードとガンイージを捉える。

 

 それも、6機分だ。

 

「もうダメっ!!レジアさんだけでも逃げて!!」

 

 マヘリアはビームシールドを最高出力にして、トライバードの背中を守るようにガンイージの背中を合わせる。

 

「くそっ!!」

 

 レジアが叫ぶのと同時に、シャイターンからビームが放たれた。

 

 それより少し前、シャイターンとトライバードの視線の先の宇宙空間からも、光が伸びて行く。

 

 シャイターンのビームの何発かはガンイージを捉え、コクピットとビームシールドを持つ腕以外は全て吹き飛んだ。

 

 しかしシャイターンから放たれたビームの大半は、宇宙空間を切り裂くような謎の光にかき消されていた。

 

 更にシャイターン6機のうち2機にその光…………メガ・ビームライフルから放たれたビームが掠り、その2機が大破する。

 

「なんだ!!ラング隊は何をしている!!出鱈目なビームをこうも簡単に撃たせるなんて…………」

 

 言葉を発しながら、アーシィはビームの出所が気になっていた。

 

 先程からビームを撃っていた場所より、明らかに近くからビームが発生している。

 

(まさか、リガ・ミリティアの援軍か?あんなビームを撃つ機体がもう1機いるのか?)

 

 アーシィが動揺しシャイターンの部隊が止まっている隙をついて、レジアは無惨な姿になったマヘリア機を掴み、戦闘空域からの脱出を試みる!!

 

 その横を、メガ・ビームライフルを搭載した戦闘機が通過していく。

 

(なんだ?あの戦闘機は?見たことないぞ?)

 

 レジアも知らないその戦闘機は、シャイターンの部隊に飛び込んでいった………

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サイコフレームの見せる光

 話を少し戻そう。

 

 ガンスナイパーでシャイターンを3機撃破したニコル機に、ラング3機が迫って来ていた。

 

「ラングが3機も!!この機体、接近戦ってできるの?」

 

 ニコルは必死に接近戦に対応出来る武器を探す為、コンソールをいじり回す。

 

「ビームサーベル………バルカン…………後はビームライフル…………?足にくっついてた、あれか?」

 

 ニコルは機体に搭乗する時に、ガンスナイパーの足のハードポイントにビームライフルが取り付けられてたのを見ていた。

 

「それと、これは…………簡易式コア・ブロックシステム…………?」

 

 ビーッ!!ビーッ!!

 

 そこまで調べた所で、敵の接近を知らせる警報音がコクピット内に鳴り響いた。

 

「もう来た!!ビームライフルは?」

 

 足に取り付けられたビームライフルで、感覚だけを頼りに射撃するニコルだが、ラングには掠りもしない。

 

「さっきのはマグレか?動きも素人同然、射撃の腕も悪い。アーシィの読みは外れたな!!こんな雑魚は、とっとと片付けてガンダムを堕としに行こうぜ!!」

 

 ラングが突然ガンスナイパーの目の前に現れ、ビームサーベルでコクピットのある腹部を切り払う!!

 

「うわああぁぁ!!」

 

 目を固く瞑りながら、ニコルは近くにあったレバーを思いきり引いてしまった。

 

 その瞬間ガンスナイパーの上半身と下半身が分かれ、ラングのビームサーベルは何も無くなった宇宙空間を切り裂く。

 

「なんだと!!」

 

 ラングのパイロットは、困惑した声をあげる。

 

 しかし、困惑したのはニコルも同じだった。

 

「分離したぞ!!これ、どうやって操縦するんだ?」

 

 ガンスナイパーの下半身の腹部にコクピットがつき、戦闘機のようになっている。

 

 そして、上半身はパイロットがいなくなって宇宙空間を漂い始めた。

 

「メガ・ビームライフルがっ!!命は助かったけど、ただの戦力ダウンだぞ!!」

 

 ガンスナイパーの右手はしっかりとメガ・ビームライフルを握っており、ピクリとも動かない。

 

「戦闘中に意味のない分離をしやがって!!死ぬのが数分伸びただけだっ!!」

 

 ニコルの乗る下半身の戦闘機[ボトム・ファイター]が、ラングからのビームの洗礼を受ける。

 

「うわあぁ!!このままじゃ、本気でやられるぞ!!」

 

 ビームの雨を必死でくぐり抜けながら、ニコルは死を覚悟した。

 

 その時、分離した上半身が赤く光り、メガ・ビームライフルを砲頭にした戦闘機[トップ・ファイター]に変形する。

 

 ドクン…………

 

 再びニコルの鼓動が強く、早く高鳴り始めた。

 

「この感じ………さっきもあったけど…………何なんだ………?」

 

 動きの止まったボトム・ファイターに、ラングがビームライフルを構えて近づいてくる。

 

「戦場で動きを止めるとは………命知らずだなぁ!!死ねっ!!」

 

 3機のラングから、一斉にビームが放たれる。

 

 ガシュゥゥ!!

 

 直撃を確信していたラングのパイロット達は、次の瞬間驚きの表情を浮かべる事となる。

 

 動かない筈の………パイロットのいない筈のトップ・ファイターが動き、ビームシールドでボトム・ファイターへの直撃を防いだのだ!!

 

「そっ…………そんな馬鹿な…………」

 

 今度はラングのパイロット達が、動きを止めてしまう。

 

「そこだっ!!」

 

 ニコルは動きの止まったラングに、ビームライフルを的確に直撃させる。

 

「よし!!何だか分からないけど、ガンスナイパーの上半身はオレの意思通りに動くぞ!!これなら!!」

 

 ドクン……………

 

 ニコルは、頭の中に赤い輝きを見る。

 

 その瞬間、シャイターンに囲まれるトライバードとガンイージの映像が鮮明に感じられた。

 

「なんだ今の?なんかヤバイ気がする!!」

 

 ニコルはラングに対してメガ・ビームライフルで牽制し、隙をついてトップ・ファイターをレジア達の救援に向かわせる。

 

(どこまで遠隔操作出来るか分からないけど、やれるだけやってやる!!)

 

 ニコルのボトム・ファイターは、ラングと戦闘しながらトップ・ファイターを追う。

 

 ドクン

 

(また、頭に…………)

 

 ニコルは頭に色々な情報が流れ込む感覚に戸惑いながら、その中からガンイージの無惨な映像を抽出する。

 

「マヘリアさん!!」

 

 それが過去の映像か、現在の映像かは分からない。

 

 ただ、ニコルはマヘリアを守りたいと強く念じた。

 

 その時、目の前が光ったように感じる。

 

 神経が研ぎ澄まされていく感覚…………

 

「あたれええぇぇ!!」

 

 トップ・ファイターのメガ・ビームライフルに、ニコルの意識が乗り移った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒のアーシィ

 放たれた閃光は、マヘリアとレジアの危機を救う光となる。

 

 そして、ニコルの操るトップ・ファイターは、無惨な姿になったガンイージを抱えるトライバードとすれ違った。

 

「レジアさんっ!!マヘリアさんはっ?」

 

 トップ・ファイターがトライバードを通過した後、ボトム・ファイターのモニターが、ようやくレジア機とマヘリア機を捉えた。

 

 ニコルは、ようやく出会えた仲間の姿に安堵したからか、先程自分の感じたマヘリア機の無惨な姿を鮮明に思い出す。

 

「分からないが、コクピットは無事だっ!!応答がねぇから、おそらく気を失ってるんだろう。畜生!!オレを庇ったばっかりに………」

 

 レジアの心から悔しそうな声に、ニコルはなんとか力になりたいと思った。

 

「レジアさん!!戦闘機からメガ・ビームライフルを切り離します!!それでシャイターンを…………皆を守って下さい!!」

 

 そう言うと、単機でシャイターンの間を駆け抜けていたトップ・ファイターが、トライバードに近付いてくる。

 

「お前………サイコミュでここまで出来るか…………くそっ!!今はその力、少し借りるぞ!!」

 

 トップ・ファイターからパージされたメガ・ビームライフル受け取り、そのまますぐにトライバードは射撃体勢をとった。

 

「くらえ!!ザンスカールの蛮族ども!!これがガンダムの…………レジスタンスの反撃の一撃だ!!」

 

 トライバードとレジアのコンビは、今まで時代を築いてきたガンダムとエースパイロットのコンビの如く、火力とスピードでシャイターンを圧倒し始めた。

 

 メガ・ビームライフルを装備する事を想定されていないトライバードは、著しく機体バランスを低下させていたが、レジアの操縦はそれを感じさせない。

 

 シャイターンの分厚い装甲を、いとも簡単にメガ・ビームライフルから放たれるビームが突き破っていく。

 

「くっ………ガンダム………私達がこんなに簡単に………でも、私には負けられない理由がある!!」

 

 シャイターンが、最後の1機…………

 

 アーシィ機だけになった時、アーシィは自分の感覚が研ぎ澄まされていく感じがした。

 

「見え………る…………?あの速いガンダムの動きが…………」

 

 アーシィの乗るシャイターンの動きが急に機敏になり、紙一重でメガ・ビームライフルから繰り出されるビームを躱し始める。

 

「なんだ?このシャイターン!!オレの動きを読んでるのか?」

 

 重厚なシャイターンで、トライバードから放たれるビームを躱す姿は圧巻だ。

 

「レジアさんっ!!合わせて!!」

 

 ニュータイプの直感なのだろうか………ニコルは、レジアの能力ならばビームライフルの牽制をうまく使ってくれると感じた。

 

 ニコルの操るボトム・ファイターの足に付くビームライフルから、ビームが放たれる。

 

「なっ!!こいつっ!!ガンダムより動きが読めない!!」

 

 シャイターンにビームライフルのビームは致命傷にならないが、アーシィの動揺を誘うには充分だった。

 

「遠距離ビームが当たらないなら、これで!!」

 

 ボトム・ファイターがビームライフルで牽制射撃を行う中、トライバードはメガ・ビームライフルを宇宙空間に放り出し、ビームサーベルを持ってシャイターンに飛び込む!!

 

「くっ…………動け!!シャイターン!!」

 

 覚醒したアーシィの操縦に、シャイターンの反応は遅れ始めていた。

 

 ボトム・ファイターから繰り出されるビームを避けながら剣撃を見舞うトライバードの攻撃に、ビームサーベルで応戦していたシャイターンだったが、ついに左腕を斬り落とされる。

 

「くわっ!!もうダメか…………ラング隊、撤退するぞ!!」

 

 トライバードと距離をとりながら、シャイターンは身体中に取り付けられたビームを乱射し、退路を確保していく。

 

「逃がすものかっ!!」

 

 ニコルはマヘリア機をラングから守っていたトップ・ファイターで、さ迷っていたメガ・ビームライフルを確保し、逃げていくラングとシャイターンに撃ち続ける。

 

 ラング1機にはビームが直撃したが、機体が損傷していても覚醒したアーシィにはメガ・ビームライフルのような長距離ビームは当たらない。

 

 マヘリア機から離れられないニコル達と、ザンスカールのモビルスーツとは距離が離れていく。

 

「ニコル!!もういい!!こっちもマヘリア機を回収して、基地に戻るぞ」

 

 そう言いながら、レジアは唇を噛み締める。

 

「レジアさんっ!!あいつら、マヘリアさんをボロボロにしてったんだぞ!!簡単に逃がすなんて!!」

 

 興奮気味に叫ぶニコルにレジアは少し怒りを覚えたが、その感情を必死で押さえた。

 

「ニコル。お前が来てくれなければ、やられていた………助かったよ。だが、今は敵の殲滅より、マヘリアを早く基地に連れてって治療させるのが先決だろ」

 

 そう言われて、ニコルはようやく戦争の興奮から少し冷めていく。

 

 それと同時に、マヘリアの状態が気になり始めた。

 

「分かりました。すいません………そうですね………」

 

 トライバード、そしてニコルは初陣をなんとか飾り、ホラズム基地へ戻っていく。

 

 その機体の中でレジアは、ニュータイプとして覚醒しつつあるニコルが、戦争を簡単に考えてしまうのではないか………そんな危機感を募らせていた……………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

怒りの鉄拳制裁

 ホラズム基地は、自分達の作ったモビルスーツが戦果を上げた事に沸き上がっていた。

 

 ガンイージは使い物にならなくなったが、意識を失っただけのマヘリアは、モビルスーツの損傷状態から考えれば軽傷ですんだ。

 

 ザンスカール軍にモビルスーツ17機大破という損害を与えた事を考えれば、リガ・ミリティアの圧勝と言っていいだろう。

 

 更にニュータイプ専用機であるガンスナイパーが凄まじい活躍をした事に、ミューラを中心とした技術者達のテンションは上がっていた。

 

 お祭り騒ぎのようなホラズム基地の宴の中心にいるのは、まるでヒーローのような扱いを受けるニコルだった。

 

「基地を守ってくれて、ありがとう!!」

 

「伝説のニュータイプ、再来ってとこだな!!」

 

 「神も我々のレジスタンス活動を応援してくれてるぞ!!ザンスカールの圧政から人々を救えと言っている!!」

 

「レジアの初陣も凄かったけど、まったくの素人がザンスカールのモビルスーツを蹴散らしてく姿は圧巻だったな!!」

 

 次々に労いの言葉を受けるニコルは顔が綻び、だらしのない表情になっている。

 

 そんなニコルに、嬉しそうな表情をしたミューラが近付いてきた。

 

「お疲れ様。ガンスナイパーをあんなに上手く操ってくれるとは、正直思わなかったわ!!」

 

 ニコルと握手するミューラの顔は、まるで子供が宝物を見つけた時のような、そんな表情で目を輝かしている。

 

「ねぇ、ニコル。私達が今開発しているモビルスーツのテスト・パイロットになってもらえない?リガ・ミリティアの勝利の為には、あなたの力が必要だわ」

 

 今までの人生の中で人に頼られる事などあまり無かったニコルは、年上の綺麗な女性に頼られて悪い気はしなかった。

 

「おい!!ミューラさん正気か?こいつは、たまたまモビルスーツに乗って、戦争の事なんかまるで分からずに闘ってきたんだ!!これがどういう事か分かるだろ!!」

 

 2人の間に、神妙な面持ちで割って入ったのはレジアだった。

 

「私もニコルにパイロットをさせるのは反対だな。こいつは、うちの工場に入ったのも最近だ。リガ・ミリティアの活動のなんたるかを、まだ理解して闘ってる訳じゃない。そんな奴を命のやり取りをする戦場に出す訳にはいかんだろ」

 

 ミューラの隣にいたボイズンも、レジアの考えに同意する。

 

 その言葉に、レジアも強く頷いた。

 

「2人とも、どうしたんだよ?オレはセンサーもまともに作動しないモビルスーツで、生きて帰ったんだよ!!充分、パイロットの素質あるでしょ!!」

 

 ニコルは今回の戦いで、多少は自信をつけた。

 

 そして基地での労いは、その自信を増長させるのには充分だった。

 

「あのなぁ…………ニコル。確かに、お前のパイロットの素質はオレ以上かもしれない。だが、お前はリガ・ミリティアの理念や理想の為に戦ってる訳じゃないだろ。戦うって事は、それなりの心構えが必要なんだ」

 

「そうだぞ。うちの工場に来たのも、ただ仕事が無かっただけだろ。幼馴染みに声かけてもらって、取り敢えず働いてるだけなんだから、パイロットなんてのは…………」

 

 レジアもボイズンも、リガ・ミリティアの理念や戦争する意味も分からずに、人を殺す戦場にニコルを出したくなかった。

 

「なんだよ!!オレのパイロット・センスに嫉妬してんのか!!別に、大切な人を守る…………それだけで戦う理由なんか充分だろ!!」

 

 マヘリアの事を守りたい………その思いだけで戦ったニコルは、しかし、その思いが一番大切な事だと思っていた。

 

 そんなニコルの軽い言葉に、それまで冷静だったレジアの顔が怒りの表情に変わる。

 

「てめぇ!!今の戦闘で、人が17人死んだんだぞ!!敵とはいえ、17人の人生を奪ったんだっ!!モビルスーツに乗ってるから人を殺した感覚なんて無いかもしれないが、お前もオレも…………今、人を殺してきたんだぞ!!」

 

 レジアの感情の籠った声に一瞬躊躇したニコルだったが、すぐにレジアを睨み付けるほどの眼光を取り戻す。

 

 「お前がマヘリアさんを守りたいって思った気持ち…………俺達が殺した人達の家族にもあったかもしれない。だからこそ、何故戦争が起きてるかも分からない奴に、モビルスーツに乗る資格はない!!」

 

 その睨む瞳をお構いなしに、レジアの声はボリュームを上げていく。

 

 それでもニコルは、基地を自分が救ったという自信があり、全く怯まない。

 

「はっ!!リガ・ミリティアのエースの座が、オレに奪われるのが恐いの?オレが新型のテスト・パイロットになるのが、そんなに嫌かよ!!敵の事を考えて戦えるかよ!!だいたい、今は戦争中だろ!!人殺して、何が悪いんだ!!」

 

 ニコルが言葉を発し終わった瞬間、ボイズンの右の鉄拳がニコルの頬に突き刺さっていた…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タシロという男

 カイラスギリー艦隊

 

 衛星軌道上から地球上の拠点を攻撃する事が可能な[ビッグキャノン]を装備した、ザンスカール軍の攻撃衛星基地の建造を任された艦隊である。

 

 その艦隊の指揮を執っているのが、タシロ・ヴァゴ中佐であった。

 

 ニコルがボイズンに殴られている頃、その旗艦[スクイード1]にて、ザンスカール軍[ベスパ]の戦況報告が行われていた。

 

「大尉ともあろうパイロットが、たかだか3機のモビルスーツにシャイターン9機を堕とされるとは、どうなっているのかね?」

 

 タシロ中佐は、モデルのようなボディラインを持つアーシィの身体を舐め回すような視線で見ながら、嫌味っぽく言葉を発する。

 

「お言葉ですがタシロ中佐。あのガンダムもどきや長距離ビーム砲を持つ機体はあなどれません。我々のモビルスーツの性能を遥かに凌駕しています」

 

「ではレグナイト少佐は、モビルスーツの性能で負けているから、今回の敗戦は仕方がなかったと思っているのかな?」

 

 少し細い目を更に細くし、レグナイトを邪魔者のように見ながら、タシロは冷静に話を進める。

 

「確かに、リガ・ミリティアの新型モビルスーツのデータも無い中、よく戦ってくれた。しかし君達2人は、ベスパのエースパイロットだ。敵に新型が出てきたから負けましたでは、士気に関わるのだよ」

 

 タシロはそう言うと、ピンクの髪が綺麗なアーシィに視線を向けた。

 

「特に大尉は、裏切り者の娘だ。シャイターンで出撃して負けましたでは、私も庇いきれんよ。まぁ、なんとかしてみるが…………」

 

 アーシィの頬に手を滑らせて、タシロは下心満載の表情を浮かべる。

 

「申し訳ありません」

 

 目を瞑り悔しさに耐えながら、しかしアーシィはその行為を受け続けなければならなかった。

 

「ちっ!!タシロ中佐。アーシィ大尉が裏切り者の訳ではないでしょう!!そもそも今回の戦闘は、モビルスーツの相性も悪かった。シャイターンでは高機動のガンダムもどき相手に対処のしようがない!!そのぐらいは分かるでしょう!!」

 

 タシロはアーシィの頬を擦っていた手を離し、上官に対し毅然とした態度をとるレグナイトを睨み付ける。

 

「ふん!!貴様が女王マリアの子[アシリア]のお目付け役でなければ、上官に逆らった罪に問えるのだがな!!だが、以後は言葉に気をつけてもらおう!!」

 

 激しい口調のタシロの言葉を聞きながら、レグナイトもタシロを睨み返す。

 

 弱みに付け込み、自分の思い通りに人を動かそうとするタシロという人間は、レグナイトが最も嫌う人種だった。

 

 上官とはいえ、まともに会話するだけでも嫌気がさす。

 

「では、今後は気をつけさせてもらいましょう。大尉も戦闘直後で疲れている。後で報告書を提出するという事でよろしいな?」

 

 レグナイトは仏頂面のままタシロを再度睨んだ後、申し訳なさそうな表情を浮かべるアーシィの手をとって司令室を飛び出した。

 

「少佐…………申し訳ありません…………」

 

 指令室から離れた廊下にたどり着くと、アーシィは目を伏せながら、握られているレグナイトの手をそっと離す。

 

「大尉…………上官ではあるが、奴の言動は気にしない方がいい」

 

 憤りを感じているのであろうレグナイトは、少し怒気の篭った………それでいて、アーシィには優しい表情を作る。

 

「ありがとうございます少佐。でも、私の父のやった事はザンスカールの運命を左右するかもしれない重要な事…………私には、上官に逆らう事なんて出来ません…………」

 

 レグナイトの言葉に感謝しながらも、アーシィにはその優しさに答えられない気持ちに胸が締め付けられる思いだった。

 

 「では、自分は任務に戻ります。少佐………本当に、ありがとうございました」

 

 アーシィはレグナイトに敬礼すると、床を蹴ってモビルスーツ・デッキに向かい始める。

 

「アーシィ大尉…………だが、自分の心を裏切って生きていても、必ず後悔する日がくるぞ…………」

 

 アーシィの後ろ姿に敬礼を返すレグナイトの想いは、スクイード1の通路を進むその背中に吸い込まれていった…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レジアの過去
戦闘後の一時


 

「いってぇ………マヂでぶん殴るなんて、ボイズンさんヒデェよ…………親父にも殴られた事ないのに………」

 

 数日前にボイズンに殴られた左の頬を擦りながら、ニコルはホラズム基地の中を歩いていた。

 

 未だに痛みが続いているのは、単に左の頬が腫れているからだけではなく、ニコルの心まで拳が届いたからかもしれない。

 

(飯を食うにしても、痛ぇんだよな………勘弁してほしいよ)

 

 左の頬を気にしながら食堂に入ろうとするニコルの耳に、女性の声が届く。

 

「ねーねー、クレナ♪こっちに食堂があるっポイよ!!」

 

 通路の先から響いてきた聞き覚えのある声に、ニコルは耳を疑った。

 

(なんか、今マイの声がした気がしたが…………気のせいか??)

 

 声が聞こえた方に何気なく視線を向けると、確かにマイと女性のモビルスーツパイロット[クレナ・カネーシャ]の姿があった。

 

 クレナは地球のカリーン基地で、マヘリアと一緒にガンイージのテスト・パイロットをしていた為、ニコルと面識はある。

 

 しかし………それよりも、メカニックの卵のような事しか出来ないマイがいた事にニコルは驚いた。

 

「お……………おい、マイじゃん!!こんなトコで何してんだよ!!てか、ここ月だぞ………」

 

「おーっ!!ニコル♪後で声かけ行こうと思ってたんだけど、お腹空いちゃって…………テヘ♪」

 

 マイは片目を閉じながら、舌を出して微笑む。

 

「テヘ……………ぢゃねーよ!!なんで、月にいるんだよ!!そんな、気軽に来れる場所じゃねーし!!」

 

「だってー、宇宙戦のデータとる前にイージ壊れちゃったんでしょ?クレナと一緒に2機運んで来たんだから♪」

 

「ねっ♪」とウインクするマイに、シャイなクレナは対応に困っている。

 

「おい、クレナはマイみたいにガサツじゃねーんだから、困らせるなよ」

 

(なるほどね………マイが来た理由は、オレと一緒で引越公社の目を欺く為か…………)

 

 ニコルがマイに視線を戻すと………

 

「えー!!そんな事ないよねー、クレナぁ♪」

 

 と言いながら、マシュマロみたいに柔らかそうな身体のクレナに、マイが横から抱きついているところだった。

 

「えっ…………あの…………はい…………スイマセン…………」

 

 …………………

 

「…………………それみろ」

 

「ハハハ…………………」

 

 ニコルの冷ややかな目に、マイが冷や汗を垂らしながら苦笑いをする。

 

「まぁそんな事より、その顔どーしたの??悪さしてボイズンさんに殴られた??」

 

 ニコルのまだ少し腫れている左の頬を覗きこみながら、マイは「痛そー」と小声で言いながら、同情だか哀れみだかよく分からない表情を作った。

 

「なんだ?その全く心配してねー感じは!!殴られたのは正解!!けど、悪い事はしてねー!!」

 

「悪い事はしてねーよな!!ただ、自信過剰なのと、考え方がお子チャマなだけだ」

 

 突然後ろからニコルの肩を抱いて、レジアが話に割り込んできた。

 

「レジアさん!!お子チャマは止めて下さいよ!!あれからオレだって、少し考えたんスから………」

 

 焦った反応を見せるニコルに、マイがケラケラ笑いながらレジアを見る。

 

「レジアって、あのレジア・アグナール?リガ・ミリティアのエースの??」

 

「やっぱ、オレって凄いんだな!!リガ・ミリティアの救世主の名は伊達じゃないからねぇ」

 

 うんうんと目を瞑りながら満足そうな表情を見せるレジアに、ニコルは冷ややかな視線を向ける。

 

「救世主様ってのは、素人に助けられなきゃピンチを切り抜けられない人の事を言うんだな。覚えておこう」

 

 ニコルの言葉に、マイが「ん?」と考え込む。

 

「素人に助けられたって…………ニコルがレジアさんを助けた??って事??一体どういう…………」

 

 と、そこまで言ったところで…………グーッと…………マイのお腹の虫が叫んだ。

 

 「いやー…………ね、ご飯食べないと、お腹の虫さんが餓死するって言ってるので、何か食べよう!!ねっ!!」

 

 質問をしたマイだったが、あまりにもお腹が空いたので食堂に移動する事を提案し、食事しながら先日の戦闘について話す事になった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去への扉

 

「えーっ!!マヘリアさん怪我しちゃったの!!」

 

 パスタを豪快に頬張りながら、マイが驚きの声を上げた。

 

「いやいや、イージが破壊されたから来たんだろ。イージのパイロットはマヘリアさんなんだから、だいたい予測出来るだろうに…………てか、その前にオレの活躍に驚けよ!!」

 

 独りで発狂するニコルを余所に、マイとクレナはマヘリアの心配をした。

 

「私達、戦争に関わってるんだもんね…………なんか、急に意識したら恐くなっちゃった」

 

 リガ・ミリティアに参加しているにも関わらず、戦争を意識していないマイの言葉に、レジアが溜め息をつく。

 

「まぁ………仕方ない事だけど、戦争に関わるなら今からでも何の為に戦ってるか考えた方がいい。地球に生まれたら連邦軍かリガ・ミリティア。サイド2に生まれたらザンスカール軍……………だが、生まれた土地・生活している土地で軍隊に入って、言われるがまま、ただ人を殺すなんて間違ってるだろ」

 

 レジアはカップに入ってるコーヒーを見ながら、更にカップを回し渦を作る。

 

「あの…………レジアさんは…………なんでリガ・ミリティアに入ったんですか?以前は連邦軍に所属してましたよね?」

 

 クレナは少し首を傾げながら、自分の記憶を辿る。

 

 レジアは顔を上げると、コーヒーを飲み干してから皆の顔を見回す。

 

「オレはサイド2コロニー、アメリアの出身でね。だが、ガチ党のやり方が気に入らなくて連邦に入隊したけど、ザンスカールに抵抗する程の力は連邦に無かった…………だからリガ・ミリティアに入ったのさ…………」

 

 そこでレジアは言葉を止めて、空になったカップの底を見つめた。

 

 「あっ、レジアさん………コーヒー、もう一杯飲みます?」

 

 クレナが席を立ち、女性っぽい動きでコーヒーを取りに走る。

 

 「ありがとう、クレナさん。ブラックでいいよ」

 

 クレナに声をかけたレジアは、凄い勢いでパスタを頬張るマイに視線を向ける。

 

 「ほへ。しゅいましぇん。行儀悪くて」

 

 頬張ったパスタを飲み込みきれないマイを横目に、ニコルは溜息をつく。

 

 「スイマセンね。コイツ食べ物を目の前にすると、こうなっちゃうんです。それよりレジアさんは、何故に戦ってるんですか?俺達にそこまで言うなら、何か理由………ありますよね」

 

 ボイズンに殴られた頬に触れながら、ニコルはレジアを見る。

 

 レジアは頷くと、もう一度ぐるっと皆の顔を見回してから口を開く。

 

「ちょうどいい。オレの昔話なんてつまらないだろうが、ニコルの考えをまとめる手助けになるかもしれん。少し聞いてくれるか…………」

 

 そう言うと、クレナから手渡されたコーヒーを口に含んでから、レジアは自分の過去の話を始めた……………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サナリィ襲撃事件

 サイド2コロニー[サナリィ]

 

 サナリィ(海軍戦略研究所)の支社があり、研究施設や生産工場を保有している技術者が多く住むコロニーである。

 

 その為このコロニーには、サナリィの技術者が多く暮らしていた。

 

 レジアの両親もサナリィの技術者であり、同じくサイド2にあるアメリアとサナリィを行き来する生活を送っている。

 

 宇宙世紀0147年。

 

 ガチ党がアメリア政庁議会の第三勢力になった頃、サナリィにおいて1つの事件が起こった。

 

 ガチ党の私設軍[イエロージャケット]による、サナリィ襲撃事件である。

 

 その渦中に、レジアとレジアの両親の姿があった。

 

「なんで、軍が我々の施設を襲うんだ!!」

 

 サナリィのモビルスーツ研究施設の1つに、イエロージャケットの軍人が流れ込んでくのを見て、レジアの父[ブレスタ・アグナール]は思わず叫んだ。

 

 サナリィの技術者達は何が起きているか分からず、作業する手を止める。

 

「この施設は我らガチ党の物となった!!今後は連邦へのモビルスーツ開発ではなく、我々のモビルスーツを作ってもらう!!」

 

 突然の出来事に、騒然とする研究所の技術者達。

 

 元々軍の施設ではないサナリィの研究所は混乱し、イエロージャケットに次々と占拠されていく………

 

「そんな勝手が許されるか!!だいたい、なんの権利があって…………」

 

 銃で脅され、混乱し何も出来ない技術者達の中で、ブレスタただ一人だけはイエロージャケットに意見を求めた。

 

「貴様らは、言う事を聞いてればいいんだよ!!今後は、ガチ党がアメリアの政権与党になる。いずれサナリィのコロニーも我が党の物になる。素直に我々に従った方が身の為だぞ!!」

 

「ガチ党が政権与党になるなど、聞いてないぞ!!そもそも政権与党になってから、正規な手続きを踏んで我々に協力を求めるのが筋だろう!!こんな無理矢理押し入ってきて、協力しろと言われても無理だ!!」

 

 ブレスタの鬼気迫る言葉に、イエロージャケット軍人の1人[ゴズ・バール]が歩み寄り、鋭い眼光で技術者達を睨みつける。

 

「別に……………協力しろ、などとは言ってない。これは命令だ。使えん奴は切り捨てるのみだよ」

 

 ゴズ・バールは冷ややかな言葉でそう言うと、持っていた小型の拳銃を薄く笑いながらブレスタの額に当てた。

 

「ブレスタ!!今は言うことを聞いておけ!!無駄に命を落とすんじゃない!!」

 

 隣にいたアーシィの父である[ゲルダ・リレーン]が、ブレスタを諭すように大声を出す。

 

「状況をしっかり理解出来ている奴もいるな。我々としても無駄な殺生はこのまないし、有能な技術者を失いたくはない」

 

 悔しそうに睨むブレスタを横目に、気持ちの悪い笑みを浮かべながら、ゴズ・バールは拳銃を下ろす。

 

「ここは、ミノフスキー・フライトの研究施設だと聞いている。我々が求めているのは、地上・宇宙でも使える量産機だ。すぐにでも開発に取り掛かってくれ!!」

 

 ゴズ・バールが言いたい放題………理不尽な要求を続ける中、ブレスタは終始唇を噛み締め、その肩を振るわせている。

 

 そんなブレスタの肩を、ゲルダは軽く…………優しく叩く。

 

「連邦だろうが、ガチ党だろうが、やる事は変わらないさ。ガチ党が勢力を伸ばしてるのは事実だし、サイド2に住んでる以上、オレ達も政治には従わなきゃならないからな」

 

 一度大きな溜息をついた後、ゲルダは肩をすぼめながら自分の持ち場に戻っていった。

 

 その姿を見送りながら、ブレスタは心が澱んでいくような……………負の感情が心を離れなかった…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

加速する胸騒ぎ

 サナリィ襲撃事件から、約1年………

 

 その間に、現与党議員の贈収賄事件が発覚する。

 

 ガチ党はその首班グループを、ギロチンにて処刑した。

 

 その残虐な行為は民衆に恐怖心を植え込んだと共に、反逆心も芽生えさせる。

 

 リガ・ミリティアの前身[神聖軍事同盟]と地球連邦軍は、ガチ党が政権与党になる前に叩く必要性を感じサイド2、アメリア・コロニーに攻め込んだ。

 

 その戦いに、レジアは巻き込まれていく…………

 

 「コロニーの中でモビルスーツ戦なんて………何考えてんだ!!」

 

 学校で授業を受けていたレジアは、突然のモビルスーツ戦に外に飛び出し、家に向かう道を走っていた。

 

 クラスメイト達も心配だったが、モビルスーツ開発の技術者をしている両親の事が心配で…………何か胸騒ぎがして、居ても立っても居られなかった。

 

 ドォォォン!!

 

 学校の方角からの突然の爆音に、自然と校舎のある方向に目を向けたレジアの視線の先に、見慣れない大型のモビルスーツが校舎の前に仁王立ちのように立っている姿が飛び込んでくる。

 

 そのモビルスーツは、ザンスカールのモビルスーツの攻撃から校舎を守っているようにも見えた。

 

 「何だ………あのデカイの………小型のモビルスーツが主流になってる今更、あんな旧式のような機体…………って、あれ、ダブルゼータに似てないか?」

 

 レジアは子供の頃、父の仕事場に遊びに行った時に映像で見た、ダブルゼータの面影を思い出す。

 

 「いや、でも…………かなりのモデファイされてるのか…………ビームシールドが飛び回ってるようにも見えるし…………」

 

 独り言のように呟いたレジアは、我に返ったように首を振る。

 

(まず家に帰って、親の無事を確認するんだ…………この不安感、何でもないって確信を持ちたい!!学校は頼むぜ!!ダブルゼータ!!)

 

 大型のモビルスーツを勝手に伝説のガンダムと結び付け、自分を安心させたかったのかもしれない。

 

 家への道を再び走り出すレジアの胸の鼓動は、どんどん早くなる。

 

 自宅付近にもモビルスーツが飛び交い、警報が鳴り響く中、レジアはようやく家に辿り着く。

 

 「母さん、親父は?」

 

 家の外に避難していた母親を見つけ、出会えた事に胸を撫で下ろしたが、父親がいない事が気掛かりだった。

 

 「まだ中に………新型のモビルスーツの図面………あれが無いと………」

 

 そう言った後に、レジアの母[レイナ・アグナール]は、自らの首にかかっているダイヤモンドのペンダントを強く握りしめる。

 

 母親の言葉を聞いたレジアは胸騒ぎが大きくなり、急いで玄関のドアを開けた。

 

「親父!!何もたもたしてんだ!!早くしないと、ここも危険だ!!早く出て来て!!」

 

 レジアは、家の中に向かって大声を出した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迫る炎………託されたモビルスーツ

 その頃、地球連邦軍のモビルスーツ[ジェムズガン]がコロニーの上空で展開し、町中にサイレンが鳴り響いていた。

 

 そのサイレンに声が掻き消されないような大声で、レジアの父ブレスタは家の外に向かって大音声で伝える。

 

「分かってる!!だが、モビルスーツの設計図面…………あれを持ってかないと、全ての国が…………地球がガチ党の言いなりにさせられてしまう。母さんと一緒に、先に逃げるんだ!!」

 

 この危機的状況の中、家の奥から聞こえる訳の分からない説明に、レジアは苛立った。

 

「別に、国の政権が代わるだけだろ!!ギロチンを使ったガチ党が政権を握ったって、最終的にはマリア主義を奨励してんだから、平和な世の中になってイイんじゃねぇか?そんな事より、今は命の方が大事だって!!」

 

 レジアの言葉に、隣に立っていた母[レイナ・アグナール]は、顔を曇らせる。

 

「レジア、あなたに心配かけたくなくって言ってなかったけど、私達の勤めていたサナリィの研究施設は、一度ガチ党の私設軍に襲撃された事があるの。そして、あのモビルスーツ…………ラングを開発させられた………」

 

「はっ?母さん、何言ってんの!!そんな事より、逃げるのが先だって!!早くシェルターに!!」

 

 母の手をとり道に駆け出そうとするレジアを、レイナは力を込めて逆に引き留めた。

 

「シェルターに行ったら、私達はいづれガチ党の為に戦わなくてはならなくなる…………サイド2で…………アメリアで生まれたからアメリアの為に戦う…………レジア…………あなたは、それでいいの?ガチ党はギロチンを使って人を殺して、私達に無理矢理モビルスーツを作らせたのよ!!それでも、ガチ党を信じれる?」

 

 普段は泣かない母が、涙を流しながら訴える姿に一瞬躊躇したが、モビルスーツの奏でるバーニアの爆音と、けたたましく鳴るサイレンがレジアを現実世界に引き戻す。

 

「分かった!!その話は後で聞くよ!!とにかく今は逃げよう!!こんな事で死んだらバカみたいだ!!」

 

 レジアは母の説得に焦っていた為、1機のジェムズガンがバーニアの轟音を轟かせながら自分の家に近付いてきている事に気付くのが遅れた。

 

 自宅への直撃コースをたどるジェムズガンに気付いた時、レジアの額からは汗が吹き出す。

 

「おいおい、マジかよ!!親父、早くしてくれ!!」

 

 ようやく、ブレスタの姿が玄関先に現れた……………その時!!

 

 ガン!!バリバリバリバリ………

 

 近付いていたジェムズガンの足が、レジアの家を踏み潰すような形で破壊していく。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

 玄関から出ようとしていたブレスタは、レジアとレイナの目の前で崩壊した瓦礫に巻き込まれていき、その体は埋もれていった。

 

 頭と身体は柱や瓦礫に挟まれて全く動かなかったが、右手はかろうじて動く。

 

 ブレスタは頭や身体の至る場所から訪れる痛みに耐えながら、家の崩落の際に思わず落としてしまったモビルスーツの設計図面を手探りで探した。

 

 設計図面は思いの外近くにあり、たいして動かない右手でなんとか拾いあげたが、ブレスタは足元が熱くなってくるのを感じる。

 

「親父!!今、出してやるからな!!」

 

 家の崩壊の巻き添えにならないように少し離れていたレジアは、崩壊が収まるとすぐに駆け付け、瓦礫の中から手頃な板を探しだし、テコの原理でブレスタの逃げれそうな隙間をなんとか作ろうと必死に力を込めた。

 

「レジア………これを持って先に逃げろ。このぐらい、自力で這い出してみせるさ」

 

 力無く動く右手で瓦礫の中から差し出された紙を、一瞬作業の手を止めたレジアは受けとると、すぐに瓦礫の撤去を再開する。

 

 「レジア!!もういい…………ここに留まったら、その図面が燃えてしまう………オレは何とか這い出るから、母さんを連れて逃げろ!!」

 

 その言葉で、レジアは廃墟と化した自分の家に火が迫っている事に気付いた。

 

 「馬鹿野郎!!這い出る時間なんてあるもんか!!もう火が来てる!!まだ間に合うんだ!!」

 

 自分の父親に暴言を吐いたが、そんな事を構っている余裕はレジアには無かった。

 

 父は死を覚悟している…………だが、そんな事にはさせない。

 

 レジアは力の限り瓦礫を浮かそうと力を込めるが、重くのしかかるソレは、びくともしなかった。

 

「あなた……………」

 

 レイナは、ブレスタの右手を握りしめる……………その瞳に沢山の涙を浮かべて…………

 

 その瞳から出る涙の色は、透明の中にオレンジが揺らめき、頬を伝いながら蒸発していく。

 

 炎……………………………………

 

 瓦礫の間から迫る炎が…………火が、音を立てながら少しずつ迫ってくる。

 

 まるで生き物のように、少しずつブレスタに向かって歩んでくる炎にレジアは焦った。

 

「親父!!1人で出れる訳ねーだろ!!もう火が………………火が近付いてきてんだよ!!」

 

 ブレスタは握られているレイナの手を強く握り、次の瞬間……………その手を力の限り押した。

 

 ブレスタの意思を感じたレイナは、首を1回…………2回と横に振った後、 力の限りなんとかブレスタを助けだそうとするレジアの腕を、先程とは逆に強く引っ張り、家の瓦礫から引き離す。

 

「母さん!!何してんだ!!親父が……………このままだと、親父が…………………」

 

 ブレスタはレジアの声を聞き、レイナの涙を見た後に一瞬目を閉じ……………次の瞬間、開いた瞳には決意の色が宿っていた。

 

「レジア!!行くんだ!!その図面に描かれたモビルスーツは、ニュータイプ専用の機体だ!!この闘い、恐らくレジスタンスに味方するニュータイプが現れないと勝てない。だが、そのモビルスーツとニュータイプが一体になった時、強大な力に打ち勝つ力になる!!」

 

 そこまで言うと、ついにブレスタの足に到達した炎に身体を焼かれ苦悶の表情を浮かべる。

 

「親父!!ちくしょう!!何言ってるか…………分かんねぇよ!!」

 

「レジア……………なんとかニュータイプを見つけ出し、ガチ党を…………戦争を止めてくれ……………レイナ!!後を頼む!!」

 

 その言葉にレイナは頷くと、涙を強く拭いて、ブレスタを助けようと動き回るレジアの腕を強く握る。

 

「レジア…………もう、やめて……………父さんはもう助からない……………でもここで、父さんの意志まで燃やしてしまう訳にはいかないわ……………」

 

 レジアの手に握られたモビルスーツの設計図面を見ながら、レイナは腕を握る力を強めた。

 

 そんな母の表情を……………言葉を……………身体から発せられる意志を…………レジアは感じて動きを止める。

 

「分かった……………とりあえず安全な場所に避難しよう………………親父………………………すまねぇ!!」

 

 レジアとレイナは、後ろを振り向かずに走り出した。

 

 その後ろ姿を見ながら、強くなった炎がレジアの家を…………ブレスタの身体を飲み込んでいった………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

父の死を越えて

 

「くそっ!!なんで親父は死ななきゃいけなかったんだ!!」

 

 何が描かれているのか…………見ても分からないモビルスーツの設計図面を見ながら、レジアは後悔の言葉を吐き出す。

 

 ただ【Double Bird】【Evolution Funnel】【Minovsky Drive】という単語だけは読み取れた。

 

 このデジタルの時代に紙の…………しかも、コピーもしていない図面が存在するのか…………それだけの機密で、それが大切な物だという事は理解出来る。

 

 それでも命を懸ける必要がある代物だと、レジアはどうしても思えなかった。

 

「そのモビルスーツは、レジスタンスの……………世界の希望になる機体なの。その設計図面は、命に代えても守らなきゃいけない物なの」

 

 走りながらも荒くなる息をなんとか整えながら、レジアの考えを見透かしたように、母レイナは諭すように言う。

 

「命より大事な物があるかよ!!親父も母さんもおかしいよ!!だいたい、自分達で作れた物なら、また作り直せばいいだけだろ!!なんで……………」

 

 レジアには自分の両親が何故、必死に…………命を懸けてまで、モビルスーツの設計図面を守らなければいけないのか分からなかった。 

 

「さっきも言ったけど、私達は無理矢理モビルスーツを作らされた。ガチ党が政権与党になれば、サナリィは完全にガチ党に制圧されて、自由にモビルスーツ開発なんて出来なくなるわ……………」

 

「確かに、サナリィはガチ党に牛耳られるかもしれない。でも、経済格差とかで自治権を求めるコロニーの混乱で何も出来ない連邦政府より、マリア主義を推奨してるガチ党に統治してもらった方がアメリアの為だ!!父さんを殺したのも、連邦のジェムズガンだよ!!」

 

 そう言いうと、レジアはジェムズガンの足で家が潰れていく瞬間と、その中で父が炎に包まれていく映像を思いだし、気分が悪くなった。

 

 「ここまで来れば、少し落ち着けそうね…………少し休みましょうか…………」

 

 レイナはそう言うと、胸を押さえながら深呼吸をする。

 

 気分が悪くなっていたレジアだったが、母はもっと辛いはず…………そう思い、自分を奮い立たせた。

 

 レジアも母を真似して深呼吸すると少し気分が落ち着き、周りを見る余裕が出来始めた。

 

 アメリア市街地から少し郊外まで来たこの場所は、モビルスーツの姿は少なくなっている。

 

 しかし戦争の音は近くで生々しくレイナの耳に飛び込み続け、その度に夫を失った悲しい記憶が蘇ってしまい、レイナの瞳には涙が溜まっていく。

 

 それでも、息子の前で…………まだ使命の途中で泣く訳にはいかない…………そんな気丈な態度をとる母の姿に、レジアはやりきれない思いだった。

 

「くそっ!!今まで平和に暮らしてたのに、なんで戦争を持ち込みやがったんだ」

 

 レイナは悲痛な叫び声を上げるレジアを悲しそうな瞳で見つめながら、しかし意を決して再び歩き始めた。

 

 シェルターの方角ではない方向に歩き出す母に、レジアは慌てる。

 

「母さん、シェルターにも避難しないでどこに向かってんだよ!!早くしないと、この辺りもすぐ戦場になる!!」

 

「宇宙港に行くわ。私はサナリィに行って、皆を助けないと………………」

 

 どんどん先に歩いていく母の姿をレジアは追いかけながら、両親が命懸けでガチ党に逆らっている理由を考える。

 

(無理矢理モビルスーツを作らされたからって、そこまで逆らう必要あんのか………………分からねぇよ……………親父)

 

 そんな事を考えながら歩いていると、背後から戦闘の音が近付いている事に気付いた。

 

 その方向に視線を向けると、ラングとジェムズガンが低空で争いながら、確実にレジアの方に近付いてくる。

 

 少し宙に浮いて移動するラングに対して、バーニアで浮いては落ちを繰り返しながら戦うジェムズガンは明らかに押されていた。

 

 「ミノフスキー・フライトを持つラングに、ジェムズガンで空中戦なんかやっては………………簡単に落とされる!!」

 

 レイナの予想は、あまりにアッサリと的中する。

 

 ガンッッ!!

 

 跳んだ後の落ち際を狙われてコクピットを蹴られたジェムズガンは、周囲の建物を薙ぎ倒しながら、無防備なレジア達の目の前まで迫り止まった。

 

「母さん!!大丈夫か??」

 

 ジェムズガンが迫ってきた風圧で少し飛ばされたレジアは、しかし直ぐに立ち上がり、薄黒い土埃で視界が悪くなる中を手で必死に掻き分けながら、母のいたであろう位置まで必死に走る!!

 

「母さん!!無事なら返事してくれ!!」

 

 しかし母からの返事は無く、機械が軋むような異音がジェムズガンから響いてくるのみである。

 

 土埃が地に落ち、ようやく視界が確保されると、レジアから少し離れた場所にレイナが頭から血を流し倒れていた…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

母を守る為に……

 ジェムズガンが建物を破壊した時に、その欠片がレイナの頭に当たったのだろう……………大小様々な瓦礫が、そこら中に落ちている。

 

「母さん!!まぢぃ、頭に何か当たったな!!何とか応急処置だけはしないと!!まったく、今日は何て日なんだ!!」

 

 気は焦りながらもレジアは冷静であり、気を失っている母を抱え上げると、倒れているジェムズガンに向かって走り出す。

 

(確か、モビルスーツのパイロットは止血剤か何か持ってる筈だ。応急措置ぐらいなら何とか……………)

 

 ジェムズガンの側まで来たレジアは母を地面に横たえると、ジェムズガンのパイロットに訴えもせずにコクピット付近までよじ登り、手動でハッチを開く。

 

 相変わらずの異音は続いているにも関わらず、ジェムズガンはピクリとも動かず、また機体からパイロットが逃げ出す事もなかったので、恐らく気を失っているんだろうと思ったからだ。

 

 案の定パイロットは意識がなく、顔を横に向けてシートにもたれ掛かっている。

 

「おい、あんた大丈夫か?ってダメか、反応がねぇ」

 

 身体を揺すってみたり、頬をペチペチ叩いてみるが、全く反応がない。

 

 脈はしっかりしていた為死んでは無さそうだが、すぐに意識が回復しなそうだと感じたレジアは、ノーマルスーツのポケットから救急治療セットを見つけると、パイロットをジェムズガンから下ろしレイナの横に寝かせた。

 

 レイナの頭の傷に止血剤を降り掛け、血液の流出が無くなった事を確認してからレジアはコクピットに他の医療器具が無いか探しに戻る。

 

 止血剤を掛けただけでは不安なので、傷口にガーゼか包帯を巻きたかったからだ。

 

「ねぇなぁ……………連邦、こんなとこケチんなよ………………」

 

 ブツブツ言いながら探すレジアは、自ら落としたジェムズガンを確認する為にラングが近付いている事に気付いていなかった……………

 

「ガスフィー!!聞こえるか!!無事なら応答しろ!!」

 

 ジェムズガンのコクピットから、突然声が発せられる。

 

「うをっ!!なんだ、通信かよ……………ビックリさせやがって…………」

 

 コクピット内で作業していたレジアは一瞬身体を硬直させたが、すぐに元に戻り包帯を探そうとした。

 

 が…………その一瞬が、レジアに周囲を確認する時間を与える。

 

「おいおい、なんでコッチに近付いてくるかな!!あのジェムズガン、ラングを引き付けて来てんじゃねーか!!」

 

 レジアの目でも認識出来るぐらいの距離で、ジェムズガンがラングにビームサーベルで近接戦闘を仕掛け始めていた。

 

 そのジェムズガンは、落ちた僚機を助けようと思ったに違いない…………しかし性能の差は歴然で、足止めにすらならず、遊ばれるように翻弄されている。

 

 そして、その戦闘は確実にレジア達に近付いてくる…………

 

「ガスフィー、無事なら援護してくれ!!このままじゃ!!」

 

 恐らく、ラングと戦闘しているジェムズガンからの声であろう。

 

 切羽詰まった声が、レジアの乗っているジェムズガンのコクピットに響き渡る。

 

「だから、オレはガスフィーじゃないっての!!お前がコッチに寄って来たら、そのガスフィーさんも、母さんも死んじまうんだよ!!」

 

 地面に横たわるレイナと、ガスフィーと呼ばれている連邦の兵士をレジアは一度確認し、意を決してコクピットのハッチを閉めた。

 

(とりあえずジェムズガンを動かさないと、2人とも戦闘の巻き添えになる。親父、母さんを守る為だ。オレの事もついでに護ってくれよ…………)

 

 モニターが活きてる事を確認し、損傷箇所を手早くチェックしたレジアは、操縦管を握り締める。

 

(サナリィの研究所で、ガキの頃何回か操縦させてもらってる。やれるって信じるんだ)

 

 レジアの意志に応え、異音を放ちながらもジェムズガンは再起動する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初めてのモビルスーツ戦

「ガスフィー、動けるんだな!!早く援護をっ!!」

 

 倒れていたジェムズガンが起動したのは、当然ラングも認識していた。

 

 ラングは今までの軽くあしらうような戦闘から突如素早くなり、いとも簡単にジェムズガンの足を切り払うと、コクピットをビームサーベルが貫いていく。

 

「ぐわあぁぁ!!」

 

 ビームサーベルに貫かれたジェムズガン・パイロットの生々しい断末魔の叫びが、レジアの乗るジェムズガンのコクピット内を響き回る。

 

「ちくしょう!!あのラング、遊んでやがったのか!!人の命を何だと思ってんだ!!」

 

 レジアは自分の感情が高鳴り、全身を流れる血液が沸騰するかのように熱くなるのを感じた。

 

「うおおおおぉぉぉ!!」

 

 叫びながら、ジェムズガンをラングに突っ込ませるレジア。

 

 しかし気持ちだけでラングを抑えられる訳もなく、更にはミノフスキー・フライトを搭載しているラングに空中に逃げられ、いとも簡単に間合いをとられてしまう。

 

「なんだ?このパイロット素人かよ。連邦の人材難は可哀想なレベルだな」

 

 ラングはコクピットを狙って、ビームライフルを連射してくる。

 

「コロニー内で、ビームライフルを射つなよ!!オレは…………母さんまで失いたくないんだ!!」

 

 ジェムズガンはビームシールドを展開し、ビームをシールドに当てるようにして、コロニーの大地にビームが直撃しないように戦う。

 

「このコロニーは、てめぇらの護るべき国民がいるんだぞ!!なんでライフルでコロニーに穴が開くような……………アメリアの市民を巻き込むような戦いをすんだよ!!マリア主義は何処いった!!」

 

 叫んだ瞬間レジアの集中力はピークに達し、子供の頃に父に教わった操縦の感覚が湧水が溢れる如く思い出されていく。

 

(ジェムズガン………オレの力になってくれ!!この野蛮な連中から、母さんを…………親父の思いを守るんだ!!)

 

 ジェムズガンの握るビームサーベルが、レジアの想いに応えるかのように光輝いた。

 

 「ミノフスキー・フライトが何だ!!ジェムズガンにだって、バーニアは付いてるんだ!!」

 

 レジアはジェムズガンを自らの手足のように扱い始め、空中にいるラングとの間合いを一瞬で詰める。

 

「このパイロット…………なんだ??ムラッ気のある……………」

 

 言葉を途中で飲み込まなければいけないぐらい、それぐらい集中しなくてはジェムズガンの攻撃を躱せないぐらい、レジアの操縦は鋭さを増していた。

 

「ジェムズガンごときに、オレが圧されている?くそっ!!あり得ねぇ!!ラングの優位性を活かしてやるぜ!!」

 

 ミノフスキー・フライトの力で少し浮き間合いをとろうとするラングを、レジアはジェムズガンの絶妙なバーニア・コントロールで追いかける!!

 

 「そうやって!!ミノフスキー・フライトに頼ってばかりいるから、動きが単調になるんだよ!!」

 

 細かな動きで的を絞らせないレジアは、そのままの勢いで一度フェイントをいれた後、ビームサーベルでラングのコクピットを貫いた。

 

 「ぐわああああぁぁぁぁ!!」

 

 ラングの瞳は力を失い、まるで人間のように、力無く膝から大地に崩れ落ちる。

 

「はぁ………はぁ………はぁ」

 

 戦闘が終わっても操縦管を握る力を弱める事が出来ず、レジアは暫く肩で息をし、気持ちの高ぶりが去るのを待つ。

 

(親父や母さんの言う通りかも……………な。相手が仕掛けてきたからって、これから自分達が支配しようとする大地を傷つけるのはおかしい。ガチ党、何か裏があるのか……………)

 

 レジアは横たわる母と、ガスフィーと呼ばれた連邦軍の兵士をジェムズガンの手に乗せると、そのまま宇宙港に向かった。

 

 サナリィに行けば、何かが分かる………

 

 レジアは直感で、そう感じていた……………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サナリィへ

 

「母さん、サナリィが見えてきたよ」

 

 宇宙船の窓越しに、スペースコロニー【サナリィ】の太陽光を取り入れる為の巨大な3枚のミラーが回っているのが見えた。

 

 レジア達は、サナリィの技術研究所が所有している宇宙船に乗っている。

 

 郊外の宇宙港まで戦火は広がっておらず、連邦のジェムズガンを搭載させる意外は簡単に宇宙に出る事が出来た。

 

 レイナは頭に包帯を巻いているが、ガスフィーは意識を失っていた以外の怪我はたいした事なく、2人とも意識を取り戻し、今は宇宙船の座席に腰を下ろしている。

 

 コロニーまでは戦闘は無く、すんなりとサナリィ・コロニーに近付く事が出来た。

 

「そうね。レジアがジェムズガンで、ラングを倒してくれたおかげね」

 

 少しイタズラっ子っぽい笑みを浮かべながら、レイナはサナリィ・コロニーを見つめる。

 

「ちょっ!!やっぱ信じてないだろ!!オレって結構やれるんだって!!」

 

 そんな母子のやりとりを見て、隣りにいたガスフィーが豪快に笑った。

 

「はっはっは。ここはレジア君の武勇伝を信じておきましょう。仮に倒したのが嘘でも、我々を助けて宇宙港まで運んでくれたのは事実ですから」

 

「確かにそうね。それだけでも凄い事だわ。でもガスフィーさんは、私達に付いてきて大丈夫だったんですか?」

 

 ふてくされてるレジアを横目に、レイナは褐色の肌に連邦の制服を着た、いかにも軍人風の男…………ガスフィーに尋ねた。

 

 ガスフィーは、連邦の正規の軍人である。

 

 正規軍の人間が、任務を放棄して自分たちと行動しているのは良くないとレイナは思った。

 

「大丈夫ですよ。話を聞く限りでは、サナリィもヤバそうだ。優秀なレジスタンスを助けるのも、我々の重要な任務の1つです」

 

 ガスフィーもまた、窓に映るサナリィ・コロニーに視線を移す。

 

 サナリィの状況は、宇宙船への通信で明らかになっていた。

 

 モビルスーツ、ラングが飛来し、次々と研究所を襲っているという事……………

 

 そして、ガチ党のモビルスーツの開発を強要されているという事……………………

 

「着いたら、私がジェムズガンで援護します。必要な物をとったら、スグ退避しましょう」

 

 必要な物………………それは、ミノフスキー・ドライブの基礎設計書である。

 

 ミノフスキー・ドライブの技術がガチ党に利用されたら、それこそ連邦とレジスタンスに勝ち目はなくなる……………

 

 以前、木星帝国と戦った時に使用された[F99レコードブレーカー]の資料も持ち出さなければいけないので、かなりの時間と労力が必要になると考えられた。

 

 ガスフィーはこの話を聞いた時、命を救われたという気持ちもあったが、それ以上にガチ党にこれ以上のモビルスーツを与えてはいけないと感じていた。

 

 「けど、ガスフィーさん。あのジェムズガン、異音が鳴ってたよ。ザンスカールの連中はギロチンを使うような野蛮人だし、1人で出て戦うの危険じゃないか?」

 

 レジアの言葉に、ガスフィーは視線を船内に戻す。

 

 「野蛮と言っても、ギロチンは見せしめの為に使っただけだしな……………それに、モビルスーツ戦になったら防御に徹するから大丈夫さ」

 

 「そうかな…………ラングの数にもよるけど、難しいかもよ。あいつら、コロニーの中でも平気でビームライフルを使ってきた。今のところ、コロニーには重大な損傷は無さそうだけど………」

 

 ガスフィーはレジアに言われて、アメリアでの戦いを思い出す。

 

 確かに、ビームライフルを使っていた。

 

 「コロニーに穴が開いても、お構いなしってヤツか…………まぁ、多少損傷していても、君も同じジェムズガンでラングを落としたんだろ?なら、正規軍のオレは2・3機は食ってやらないとな」

 

 ガスフィーはそう言うと、ジェムズガンが搭載されている格納庫へ移動し始める。

 

 そして船は、サナリィの宇宙港に到着する。

 

(オレはアメリアで産まれたから、アメリアの為に戦うのが当たり前だと思ってた。けど、この現状はなんだ?自分達のコロニーでライフルを乱射し、サナリィの技術者に無理矢理モビルスーツを造らせる。物事を外から見ると、こうも疑問だらけになるなんて……………)

 

 レジアは自分の両親が命をかけても守りたい物、それが少しずつ解ってきた。

 

「戦争………なんだな………」

 

 モビルスーツで人を殺してしまった…………

 

 ビームサーベルでラングのコクピットを貫いた感触が残る自分の手を眺めながら、レジアはアメリアに残るかレジスタンスに参加するか迷い始めていた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦火の中のサナリィ

 サナリィは、アメリアより戦火が拡大しているように見える。

 

 戦場に出ているラングの数も、アメリアより多く感じ。

 

 レジア達はミノフスキー・ドライブや、ガチ党に奪われたくないサナリィの機密を守る為、コロニーに降り立つ!!

 

「なんて事だ!!連邦は完全にガチ党に踊らせれてる!!アメリアに連邦軍を進行させておいて、その裏でサナリィ進攻…………本命はコッチかっ!!」

 

 ガスフィーは舌打ちしながら、戦場と化したサナリィを悔しそうな表情で睨みつける。

 

 「ガスフィーさん。連邦の本部にでも連絡して、サナリィに援軍を送ってもらう訳にはいかないのか?」

 

 「そもそも、連邦がサナリィを護る義務がない。独立国家を気取るガチ党の制圧目的でリガ・ミリティアと共闘してるだけだ。サナリィ進攻を信じて貰えたとしても、アメリアが戦場になっている以上、兵を分散する言事はないだろう…………」

 

 ガスフィーの顔には、悔しさと呆れた表情が混在し、険しく…………眉間には皺が深くなる。

 

 「レジア、ガスフィーさんの言う通り、連邦が民間の軍事会社…………モビルスーツの開発している会社をメリットもなく助ける筈が無いわ…………そもそも、今の連邦軍に、事態を把握している人が何人いるか…………」

 

 その言葉に、面目ない…………そんな感じで頭を掻くガスフィーにレイナが気付き、手を合わせながら頭を下げる。

 

 「レイナさん……………連邦の腐敗は事実ですので…………しかし、こうもガチ党に好きにやらせるとは…………」

 

 若いレジアには、人が傷ついていく戦場で、助けに来ないという選択をする地球連邦が理解出来なかった。

 

「連邦は人の命をなんだと思ってんだ!!でも、連邦がそんななら、なんでカモフラージュまで使ってサナリィを襲う必要がある?ガチ党にとって、サナリィはそんなに邪魔なのか?」

 

「いいえ………………サナリィが最新のモビルスーツを造る技術を持ってるからだわ。平和に慣れた連邦軍といっても、物量では圧倒的に連邦が有利でしょ?ガチ党は、量を質でカバーするつもりなんだわ」

 

 首を傾げるレジアに、レイナは厳しい顔で……………緊迫した声で答えた。

 

 母からはあまり聞かない、その緊迫した声に、レジアはもちろんガスフィーも、事態は急を要すると感じる。

 

「つまりガチ党は、連邦相手に……………地球を相手に戦争を仕掛けるつもりなのか?ただのコロニー内の一国家が……………そんな馬鹿な話…………」

 

 ガスフィーをジェムズガンの傍で待機させ、2人は飛び回るラングに見付からないように体を低くして歩きながら、レジアは信じられない思いと、現状のギャップに危機感を強く持った。

 

(けど、モビルスーツを作らせるだけなら、ここまでモビルスーツを投入して制圧をかけるか?何か…………まだ何かある気がする)

 

 そう思うと、胸のモヤモヤは更に大きくなっていき、レジアは不安に掻き立てられる。

 

 サナリィの研究所・技術者達を強制的に接収して、造らせるのはモビルスーツだけではない気がしたからだ。

 

 ドオオオォォン!!

 

 突然、近くに見える空高く聳えた研究所の5階部分が爆発し、レジアの思考は爆発音と共に中断される。

 

「あそこは、ミューラやゲルダのラボがあるフロアだわ!!やっぱり…………目的はミノフスキー・ドライブ!!皆、無事でいて……………」

 

 レイナはその爆発で動転したのか、それまでの慎重な行動が嘘のように、爆発のあった建物に走り出してしまった。

 

「母さん!!まぢかよ…………ガスフィーさん!!援護頼む!!」

 

 レジアは母の後を追いながら、ガスフィーに目と声で合図を出す。

 

 レジアのサインを見たガスフィーは、頷くと隠れて宇宙船から降ろしたジェムズガンに乗り込む。

 

「奴ら、連邦はサナリィ進攻に気付いてないと思ってるだろう。ジェムズガンの姿を見せるだけで、引き付けられる筈だ!!」

 

 ジェムズガンに乗り込んだガスフィーは、爆発のあった建物の逆側からラングの視界に入るように機体を動かす。

 

「ん?ジェムズガンがコロニー内に入って来てるぞ!!連邦軍に、我々の作戦がバレたか確認してくれ!!オレはゴミを掃除する!!」

 

 ラングのパイロットはそう言うと、ガスフィーの搭乗するジェムズガンに迫る!!

 

「このまま引き付けられるか……………ラング1体ならどうにかなる!!レイナさん、早くしてくれ!!」

 

 ガスフィーはビームシールドを巧に操り、攻撃より防御を優先させながら、少しずつレジア達から離れていく。

 

「ガスフィーさん、すまない!!母さんはっ?」

 

 母を見失なったレジアは、レイナが入っていったであろう爆発した建物の中に急いだ。

 

 建物の中は電気が切れ、破れたガラスの窓から薄光が差し込む程度であり、火薬の臭いが鼻についた。

 

 つまり、ガチ党の軍隊に押し入られた…………建物が爆発した時点で分かっていたが、現実を突きつけられると鼓動が高鳴る。

 

 ダダダダッ!!

 

 上の方からは銃声も聞こえ、緊迫した空気かレジアの周りを流れている。

 

(くそっ!!何か嫌な感じがするぜ!!母さん、無事でいてくれ!!)

 

 レジアは祈りながら、しかし慎重に上の階に歩みを進める。

 

 銃撃の振動が……………その音が近づくにつれ、レジアの鼓動は否応なく高鳴りを増していく。

 

 悲劇に足を踏み入れていく………………そんな嫌な感じが、レジアに纏わり付いていた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銃声の鳴り響く中で………

 タダダダダダダダッ!!

 

 上の階に近づくにつれて、銃声の音が強く激しくなっていく。

 

「ぐわぁ!!」

 

 レジアが息を切らしながら4階に辿り着くと、そこは銃撃戦の最中だった。

 

 いや…………銃撃戦と言うには、余りにも一方的である。

 

 黄色のノーマルスーツを着た兵士が、必死の抵抗を続けるサナリィの研究者達にジワジワと近寄っていく。

 

 イエロージャケット……………ザンスカール帝国の帝国軍[ベスパ]に所属し、黄色いパイロットスーツを与えられた、精鋭のモビルスーツ・パイロットで構成された部隊の名称である。

 

 後に、地球侵攻作戦の先発部隊として認知されるが、この時期は地球侵攻作戦に必要な設備や技術の接収にも派遣されていた。

 

 そんなイエロージャケットの部隊は、サナリィの技術者達をわざと生かしながら包囲網を狭めて、少しずつ恐怖を植え込み、抵抗を諦め服従するのを待つかのような戦い方をする。

 

 その包囲網の中にいて、女性ながらに必死の抵抗を続ける金髪の女性…………ミューラ・ミゲルが、レイナを見つけると思わず叫んでいた。

 

「レイナ!!なんで来たの!!ダブルバードの図面が無事なら、それを持って早く逃げて!!」

 

「ダブルバードの完成には、ミノフスキー・ドライブの設計図面と、余剰エネルギーを機体外に排出するユニットの設計図面が必要だから…………」

 

 サナリィの技術者として銃撃戦に巻き込まれていたミューラは、分厚い資料の束をレイナに差し出した。

 

「これ…………これに全部入ってる!!さっきミノフスキー・ドライブの資料は全部爆破したわ。ミノフスキー・ドライブに携わってた技術者も、ここにいるメンバーだけ」

 

「なら、一緒に逃げましょう!!ミノフスキー・ドライブに携わってる技術者は少ない。イエロージャケットだって、私達を簡単に殺さないわ!!」

 

 サナリィの技術者にしか分からない、秘密の抜け道でもあるのだろうか…………

 

 レイナは近くにあったドアを開けると素早く中に入り、直ぐにミューラの背後にあったドアから現れた。

 

 「ミノフスキー・ドライブの資料、預かるわ。早く裏のドアから逃げましょう!!まだ何とか逃げきれるわ!!」

 

 レイナはミューラの手をとり、無理矢理歩かせようと、その手を引っ張った。

 

 しかしミューラは、その手を無理矢理振りほどくと、首を横に振る。

 

「私の友人達が、あそこで倒れてる…………彼らを置いて逃げる訳にはいかないの……………お願い、先に逃げて……………」

 

 ミューラの視線の先………………そこには、足や腕を撃ち抜かれ倒れている技術者達がいる。

 

「私達は、生きて捕まる訳にはいかない。だから、ここで皆死ぬつもり……………でも、私達の意思を受け継いでくれる人も必要だから、あなたがダブルバードを……………ガンダムの伝説を復活させて…………地球を守って!!」

 

 涙ながらに訴えるミューラの言葉を、レジアはやりきれない思いで聞いていた。

 

「なんだよ、それ…………手足を撃って動けなくして……………こんなやり方で自分達の思い通りに人を動かそうって、そんなの…………ねぇだろ!!」

 

 レジアはその惨状に、状況に、ベスパのイエロージャケットのやり口に、怒りで体が震える。

 

 その時…………………レジアが怒りに任せて、イエロージャケットの1人を殴りつけようとした、正にその瞬間……………

 

 小さな女の子が、レジアの前を駆け抜けて行った。

 

「スージィ!!そっち行っちゃ駄目だ!!」

 

 慌てる父親の声………………ゲルダ・リレーンは、イエロージャケットの銃口が向けられている空間に飛び出した娘のスージィを守る為に、銃撃戦の中に身を投じる。

 

「なんで、こんなトコに子供がいるんだ!!」

 

 イエロージャケットの兵は叫ぶが、研究者以外は殺しても構わない…………

 

 そう命令されている為、子供だろうが例外は無い。

 

 まるで遊び場ではしゃぐように歩く2歳ぐらいの子供に向けられる銃口に、父親が必死に守るように、自らの体をイエロージャケットの兵士達の正面に向けて飛び出した!!

 

 しかし、そこは銃撃戦の中…………

 

 子供・大人、関係なく降り注ぐ凶弾に、ゲルダの体は貫かれた。

 

「ぐはぁ!!」

 

 研究者が飛び出して来た為に狙いを手足に切り替えられ、ゲルダは肩や足を撃ち抜かれて悶絶した。

 

 鮮血は撒き散らしてはいるが、どの傷も致命傷ではなく、命に別状は無さそうである。

 

「くそっ!!子供の目の前で、平気で銃をブッ放しやがって………………異常にも程がある!!」

 

 さらに銃口は、ゲルダという盾を失った幼い子供に向けられた。

 

「技術者以外は殺していいとの命令だ!!溜まったストレス、解消させてもらうぜぇ!!」

 

「馬鹿な!!子供を撃とうってのか!!信じられねぇ!!」

 

 レジアは、銃撃に晒される親子を守ろうと前に出ようとしたが……………

 

「あ……………れ……………………?」

 

 足がすくみ、まるで動かない。

 

「レジア!!あなたはジッとしてなさい!!私が行く!!」

 

 レイナは預かったミノフスキー・ドライブの機密書類をミューラに押し付けると、銃口を向けられているであろう場所に飛び出した。

 

 その時間は、ほんの一瞬……………レジアが声を掛けれない、本当に一瞬のはず…………………

 

 だけど…………………レジアには、その一瞬が時間が止まっているかのように長く、そしてスローモーションに見えた。

 

 バン!!

 

 その直後、乾いた音が周囲に響き、レジアの時間は元に戻る。

 

 自分の時間が止まったように感じたその一瞬、母の行動をただ眺めているしかなかったレジアの瞳から、涙が溢れ出た。

 

 そして、ショックで目に入る全ての物が白黒に見える。

 

 レジアの視界の先にあるもの………………

 

 それは、レイナが口から血を流しながら、しかし子供を………………スージィを覆うように抱き護る母の姿だった。

 

「馬鹿野郎!!あれはミノフスキー・ドライブの権威、レイナ・アグナールだっ!!ブレスタ・アグナール亡き今、我々が一番欲しい人材だぞ!!」

 

 ベスパの……………イエロージャケットの兵士が言い合いを始め、銃撃が止んだ瞬間、レジアは母の元に走りだしていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

母の死

「母さん!!なんで!!」

 

 母に近づいたレジアは、その出血の量に足が震えた。

 

 もう助からない……………直感でそう分かるぐらい、撃たれた腹部から止めどなく血が流れている。

 

 銃弾で貫かれた腹部を押さえ、息を荒げながら、それでもレイナは力強い瞳で近づいて来るレジアを見た。

 

「レジア!!ミューラと…………この子を連れて行きなさい!!本当に止めなきゃいけないのは……………地球を焼く炎と…………人の心を破壊する光よ………」

 

 レイナの血で赤く染まった子供……………スージィを最後の力でレジアの方に押し出しすと、そのままレイナは地面に倒れ込んだ。

 

「母さん………………卑怯だよ………………子供がいるから、この子を助けなきゃ駄目じゃないか………………母さんを助けられないじゃないか!!」

 

 レジアは大量の涙を流しながら………………母に駆け寄りたい衝動を必死に抑えながら…………血の池に沈んで行くレイナを横目に見ながら……………スージィを抱えると、ミューラのいる場所に戻ってくる。

 

 スージィに付着した母の血液が、レジアには愛おしい物に感じ、スージィを抱きしめずにはいられない。

 

 その血が自分の服を汚していく事も、レジアには母に抱かれている感じがして、気にはならなかった。

 

「ミューラ、聞こえるか!!」

 

 スージィを抱いたレジアとミューラが身を隠した瞬間、足を撃たれた技術者の1人が声をあげる。

 

「これでミノフスキー・ドライブを実用化出来る技術者は、もはやオレとお前だけだ!!ミューラ、お前が逃げれば、ベスパはミノフスキー・ドライブを造る事は出来ない!!必ず逃げきるんだ!!」

 

 その男は、そのフロアの全てに響き渡る程の大声で叫ぶと、自分の頭に銃口を突き付けた。

 

 「おいっ!!止めろ!!一体何をしようとしてるんだっ!!」

 

 バンっ!!

 

 レジアの叫び声と同時に、再び乾いた音が周囲に木霊する。

 

 その技術者が、自らの頭を撃ったのだ。

 

 その技術者の言った事は、事実ではない。

 

 しかし、これで倒れている技術者はミノフスキー・ドライブを造れないとベスパのイエロージャケットが認識した筈である。

 

 自分の命を投げうって、倒れている他の技術者を守り、ミューラに逃げる口実を与えたのだ。

 

 ミノフスキー・ドライブを造れなくても、サナリィの技術者はモビルスーツ開発に必要不可欠で殺される事はまずない。

 

 自らの頭を撃った技術者は、そこまで考えていた。

 

「逃げよう…………ミューラさん。母の………………皆の想いを無駄にしちゃいけない!!」

 

 タブルバードと呼ばれるモビルスーツが…………ミノフスキー・ドライブと呼ばれる代物が…………人の命よりも重いなんて、レジアは考えたくもなかった。

 

 それでも、サナリィの技術者達が………母レイナが…………その想いを自分達に託して散っていく。

 

 だからこそ、その想いを繋げなければいけない……………レジアの気持ちの篭った言葉にミューラは軽く頷くと、倒れているレイナに目を向ける。

 

 赤く染まったその体の主は、もう死んでるかもしれない。

 

 しかし、その体にミューラは誓いを立てる。

 

(必ず…………必ず、あなたの意思を引き継ぐわ!!そして、あなたの息子も守ってみせる!!ガンダムの伝説を……………絶対復活させてみせるわ!!)

 

 ミューラは動かなくなったレイナの体に一礼すると、涙を堪えて走り出すレジアの後を追って足を踏み出す。

 

 だがイエロージャケットの兵達も、ミューラを追ってレジア達に迫って来ていた………………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迫るイエロージャケット

「小さくても、人は重いな!!」

 

 迫って来るイエロージャケットの兵達の圧力を背中に感じながら、レジアはスージィを抱いて必死に走る。

 

 母の血を全身に浴びて真っ赤なスージィを、レジアは何故か大切な物に感じていた。

 

 人の血を浴びたのが衝撃的過ぎたのか…………銃声に驚いているのか…………小さなスージィは、泣く事もなくレジアに抱かれている。 

 

 静かにしてくれている……………それが、レジア達にとって唯一の救いだった。

 

「急げ!!ミューラさん!!ここでオレ達が捕まったら、皆に申し訳が立たない!!何が何でも逃げ切るんだ!!」

 

 女性の足で必死に付いてくるミューラに、レジアは激励の言葉をかける。

 

「レジアさん!!そこを曲がったら、モビルスーツの格納庫があるわ!!そこまで頑張りましょう!!」

 

 息を荒げ死に物狂いで走る2人は、乳酸が貯まっていく足に鞭を打ち、モビルスーツの格納庫に向けて加速していく。

 

 2人とも、自分の命より皆の意思を途絶えさせる事が怖かった。

 

 その想いが、限界に近づく足を更に前へと踏み出す力になっていた。

 

 格納庫の扉の前にたどり着くと、追っ手の足音が聞こえるぐらい迫っている。

 

「エステルさん、ミューラです!!開けてくださいっ!!」

 

 ミューラは鉄製の扉を力強く叩きながら、息を整える間もなく大声で叫ぶ。

 

 ギギギギィっ

 

 渋い音をたて開いた扉からは、こちらも渋い顔をした初老で白髪の女性が顔を出す。

 

「ミューラさん、無事だったか!!ここからは私達にまかせな!!!」

 

 初老の女性……………しかし恰幅のいいエステルは、大型のマシンガンを構えると、躊躇いもなくイエロージャケットの兵士に銃弾を浴びせ始めた!!

 

「ぐわああぁ!!」

 

 次々と倒れるイエロージャケットの兵士達を見て、レジアは思わず顔を背ける。

 

 敵であっても、人の死んでいく姿は気持ちいいものではない。

 

「ミューラさん、早く入るんだ!!逃げる手筈は整っている!!」

 

 エステルの声に頷いたミューラは、倒れていく生身の兵達の姿に言葉を失っているレジア腕を引っ張る。

 

「レジアさんっ!!しっかりして!!早く!!こっちです!!」

 

 格納庫の中に引っ張りこまれたレジアの視界に入ったのは、数機のジェムズガンがすでに固定具から外されて、動き出し始めた姿であった。

 

「ジェムズガンがこんなに…………これなら、ガチ党のモビルスーツと戦えるんじゃ…………」

 

 レジアの独り言が大きかったのか、マシンガンを全弾撃ちきり、格納庫の分厚い扉を閉めた直後のエステルが顔をしかめる。

 

「相手のパイロットはプロ!!こっちはモビルスーツを作ってるから、辛うじてモビルスーツを動かせる程度だ。それにラングとジェムズガンでは、最初から相手にならないんだよ!!」

 

「ふ…………ふぇーーん!!」

 

 エステルの声があまりにも大きく、低く力の入った声であった為、今まで泣く事なくレジアに抱っこされていたスージィが大きな声で泣き出した。

 

「ばぁさん!!声がデカイ!!泣いちまったじゃねーか!!」

 

「誰がばぁさんだ!!初対面なのに失礼なガキだね!!」

 

 子供を落ち着かせようとするレジアとエステルのやり取りに、ミューラは少し笑顔を取り戻す。

 

「2人とも、まだ逃げ切った訳じゃないんだから、協力し合いましょ。レジアさん、子供をコッチに」

 

 ミューラがスージィを抱っこしあやすと、すぐにスージィは泣き止んだ。

 

「へぇ……………ミューラさん、うまいモンだな…………」

 

「最近まで、子育てしてたからね。そんな事より、早くジェムズガンの手に乗って!!宇宙港まで逃げるわよ!!」

 

 レジアが頷き、近くで起動したジェムズガンの手に乗ろうとした瞬間……………

 

 ガァァァン!!

 

 格納庫の外に繋がるハッチが破壊された事を告げる、凄まじい音が響き渡る。

 

「ちっ!!ラング……………か。それも5体……………これまでか………」

 

 エステルは絶望を感じ、その場に膝をつく。

 

 ギッギッ

 

 屋内側の扉も少しづつ開き始め、ミューラは大切な書類とスージィを抱き締めながら、扉とハッチの真ん中で青ざめていた。

 

「ミューラと機密書類だけは守らなければ……………ジェムズガン隊、ラングを外に押し出すぞ!!ミューラの逃げる時間を作れ!!」

 

 サナリィの技術者達の乗るジェムズガン隊が、一斉に5体のラングに飛び駆かる。

 

 「ばぁさん!!さっきまでの威勢はどうした!!俺達は死ぬ訳にはいかないんだ!!この隙に逃げるぞ!!」

 

 「生意気な小僧だね!!誰だか知らないが、いちいち命令するな!!」

 

 レジアの大声に呼応して、エステルは膝を上げて走り出す。

 

 ジェムズガンの塊がラング隊を格納庫から外に押し出した瞬間、ミューラとスージィ、そしてエステルとレジアも外に飛び出した。

 

「ジェムズガンごときが舐めやがって!!返り討ちにしてやれ!!」

 

 ラングと交戦を始めたジェムズガン隊だが、圧倒的な機体性能の差で次々と墜とされていく。

 

 更に、鉄の扉を抉じ開けたイエロージャケットの部隊の足音も、レジア達に迫る!!

 

(これまでかよ!!親父を失い……………母さんも失い……………結局、オレが得たものって何だったんだ………………ずっと、平和に暮らしてたのに…………………)

 

 思わず、レジアの瞳から涙が零れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ガスフィーのジェムズガン

「お前こそ、さっきの威勢はどうしたのさっ!!まだ諦めるんじゃない!!あそこにジェムズガンが1機倒れてる。あれを動かすよ!!」

 

 エステルが見つけたのは、岩に寄り掛かるように座る1機のジェムズガンだった。

 

 機体に損傷は見受けられない…………レジアは涙を拭うと、藁にもすがる思いで、全速力でそのジェムズガンに向けて走り出す。

 

 このまま、何もしないで死にたくない。

 

 そんな気持ちが、レジアの胸に渦巻いていた。

 

 必死の思いで辿り着いたジェムズガンは、コクピットハッチが開き、パイロットがいない。

 

 レジアはジェムズガンに乗り込むと、操縦席がやけに体に馴染む事に気付いた。

 

「この機体………まさか………」

 

 ジェムズガンのモニターで辺りを確認すると、大地に倒れ血を流している1人の男を発見する。

 

「やっぱり……………ガスフィーさん………………」

 

 やけに馴染む操縦席……………最悪な予想が外れていてくれと、レジアは願っていた。

 

 しかし、その願いは脆くも崩れる。

 

 よく見ると、ガスフィーの傷はモビルスーツ戦で受けたというより、殴られて出来た傷のように見える。

 

 無理矢理モビルスーツから下ろされ、大人数で袋叩きにあったのかもしれない。

 

 最悪の状態で、その願いを崩された…………戦争を楽しんでるかのように見えるそのやり方に、レジアの心が怒りの炎に包まれた。

 

「ガスフィーさん…………母さんとオレを守ってくれて……………ありがとう………………そして、ジェムズガンを残しておいてくれて、ありがとう……………」

 

 レジアは瞳から流れる一筋の液体を、徐に拭い取る。

 

 「ガスフィーさん、残してくれたジェムズガン…………借りるぜ……………レジア・アグナール!!大切な人達の心を…………意思を繋げる為に出撃する!!」

 

 レジアは損傷したジェムズガンで、5機のラングの真ん中に向けて飛び込んで行く!!

 

「あの馬鹿!!なんでラングに突っ込むんだ!!私は、あの機体で逃げるつもりだったのに!!」

 

 5機のラングに飛び込んでいくレジアの操るジェムズガンを見送りながら、エステルは頭を抱えた。

 

「何か………………考えでもあるのかしら?」

 

 ミューラも唖然として、ジェムズガンに視線を走らせる。

 

 「どんな考えがあっても、無謀過ぎる!!連邦のベテランパイロットですら、ジェムズガンでラング1機でも堕とせれば大殊勲なんだぞ!!それを5機相手に………」

 

 エステルは声を張って言うが、ジェムズガンのコクピットまで届く筈もない。

 

 そんな2人の絶望の気持ちを余所に、レジアはジェムズガンのバーニアを全快にしてラングに突っ込む!!

 

「まだいたか!!だが、ジェムズガンごとき何機いても怖くないんだよ!!」

 

 サナリィの技術者の乗っていたジェムズガンに突き刺したビームサーベルを抜きながら、レジア機に気付いたラングが臨戦態勢をとる。

 

「うおおおぉぉぉ!!」

 

 ラングのパイロット達に、油断もあったのだろう。

 

 今までジェムズガンに脅威を感じていなかったイエロージャケットのパイロット達は、レジアの操るジェムズガンに対しラング1機で応戦した。

 

 その結果………………

 

 突き出されたラングのビームサーベルをあっさり躱したレジアの操るジェムズガンは、ラングのコクピットをビームライフルで叩き付ける。

 

 その一撃でラングのコクピットは凹み、土埃を上げながら、そのまま地面に倒れた。

 

「このジェムズガン………………今までと違うぞ!!」

 

 とっさに距離をとろうとするラングの内の1機に狙いを定め、レジアは素早くビームライフルを放つ!!

 

 ラングのビームシールドのフォローしきれない足下にピンポイントにビームが直撃し、バランスを崩したラングのコクピットに、正確な射撃のビームが貫いた!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジェムズガンの起こす奇跡

「ジェムズガンごときに2機も!!こうなったら、残った3機で一気にカタをつけるぞ!!」

 

 ラング3機が戦闘態勢に入り、レジアの緊張感も増してくる。

 

(奇襲が成功して、とりあえず2機はやれたけど、こっからが本番だ!!親父……………母さん………………ガスフィーさん………………皆の意思は、絶対に繋げてみせるからなっ!!)

 

 操縦管を握るレジアの手に力が入り、少し汗ばみ始めた。

 

「あの小僧、なんてセンスしてんだ!!ニュータイプとでもいうのかい?」

 

 ジェムズガンとラングの戦闘が一瞬落ち着いたところでエステルが驚きの声を上げたが、無理もない。

 

 そのぐらいレジアの速攻は早くて正確で、連邦の正規パイロット達より鋭く、見ている側も息つく暇がなかった。

 

「彼はニュータイプではないわ。でも、モビルスーツ・マイスターのアグナール家の血を引いてるだけあって、モビルスーツの癖や能力の把握が早いから、自分の思い通りにジェムズガンを動かせてるのよ!!」

 

 ミューラは目を輝かせて、レジアの乗るジェムズガンを見つめた。

 

 確かにレジアの操縦は、1機1機のモビルスーツにある独特の癖を把握し、そのモビルスーツの能力が最大限に活かせるように動かしている。

 

 反応速度の遅い機体なら、その反応速度に合わせて操縦出来る…………レジアの強さの秘密は、正にそこにあった。

 

(彼なら、ヴィクトリー計画の雛形機を任せられるかも。あの操縦能力…………試作機から最大限のデータがとれそうね。ここまで来たら、彼と一蓮托生だわ。彼がここで負けるようなら、私達に未来はない…………)

 

 ミューラは自分が命の危機にある事を忘れ、まだ見ぬ試作機に想いを馳せる。

 

 その想いを知ってか知らずか、レジアの命も危機的状況であるが、皆の思いを繋げる事………………ガスフィーの残してくれたジェムズガンを信じる事………………その事だけに集中しており、死ぬかもしれない………………そんな考えは脳内から排除されていた。

 

 絶対的に不利という状況は、理解している。

 

 しかし、レジアの瞳からは絶望は感じられない。

 

「いくぞ、ジェムズガン!!お前の力を借してくれ!!」

 

 止まっていた時間を動かしたのは、有利な筈のラングではなく、レジアの操るジェムズガンだった。

 

 ビームシールドを前方に展開させながら、正面のラングにジェムズガンが飛び込む!!

 

 が………………左右に展開していた2機のラングは、レジアのスピードを警戒していた為、冷静にビームの集中放火を浴びせてくる。

 

「くっ……………そっ………………」

 

 ジェムズガンの足が……………腕が……………少しづつ、ラングのビームによって削られていく。

 

 更に正面のラングがジェムズガンに飛び込んできて、ビームサーベルで牽制してくる。

 

 ビームサーベルを躱す動作をする度に、ビームライフルから放たれるビームがジェムズガンの体を焼いていく。

 

「このおおぉぉぉぉ!!」

 

 ジェムズガンの左足にビームが直撃しバランスを崩した瞬間に、倒れながら背負っていたビームバズーカの出力を調節して正面のラングに放つ。

 

 ビームシールドを避けるように放たれたそのビームは、正面のラングのコクピットに吸い込まれるように突き刺さった。

 

「この野郎!!」

 

 倒れたジェムズガンに、1体のラングが近付いてくる。

 

「そいつに不用意に近付くな!!ビームバズーカの出力を戦闘中に調整するような奴だぞ!!危険だっ!!」

 

「こんなボロボロになった機体、もはや脅威じゃない。ジェムズガンごときが俺達の仲間を殺ったんだ。落とし前はつけさせてもらう!!」

 

 確かに、ジェムズガンは満身創痍だった。

 

 左足は吹き飛び、ビームシールドを持つ左腕も動かない。

 

 頭も、何処かに飛んでいった。

 

 もはや動く事もないガラクタのように横たわるジェムズガンに、ラングが不用意に近付いても不思議じゃない。

 

 しかし、ラングが止めを刺そうとビームサーベルを構えた瞬間、ジェムズガンのバーニアが噴射した。

 

 突然の事で意表を衝かれたラングは、ジェムズガンに体当たりされてバランスを崩す。

 

「そこだっ!!」

 

 バランスを崩したラングのコクピットに、レジアの魂が乗り移ったジェムズガンのビームサーベルが突き刺さる!!

 

「あと……………1機………………」

 

 レジアの疲労は、ピークに達していた。

 

 操縦管を握る手は無理な操縦で痺れ始め、頭を飛ばされた事でサブモニターしか映らないコクピットで精神もすり減っている。

 

「この………………化け物ジェムズガンめっ!!俺は、貴様を討つのに油断はしないっ!!」

 

 最後のラングは後方に跳びながら、ビームライフルで倒れているジェムズガンにビームを浴びせた。

 

 そのビームが動かなくなったジェムズガンの左腕に直撃し、ビームシールドごと吹き飛んでいく。

 

「シールドも持ってかれたか……………けど、まだやれる!!こいつさえ倒せば、皆の意思を守れるんだっ!!」

 

 ジェムズガンが傷つく度、レジアの体もその衝撃で傷ついていった。

 

 それでも、レジアには負けられない想いが……………

 

 両親やサナリィの技術者、そしてガスフィー………………

 

 レジアやミューラに希望の光を見て散っていった人の為に、レジアは負けられなかった。

 

「動け………………動いてくれ!!ジェムズガン!!」

 

 レジアの言葉に呼応するように、ジェムズガンのバーニアが息を吹き返す!!

 

「まだ動くのかっ!!このジェムズガン!!」

 

 ラングは一定の距離を保ちながら、ビームライフルを射ち続ける。

 

 ラングのパイロットもまた、何度も立ち上がってくるジェムズガンに恐怖を感じていた。

 

 指先が震え、ただ突っ込んでくるジェムズガンにビームを当てられない。

 

「くそっ!!当たれ!!当たれよっ!!」

 

 レジアの意思が乗り移り、気迫を込めて迫ってくるジェムズガンに、ラングのパイロットは逆に追い詰められていく。

 

「うおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 残った右足で絶妙なタイミングで地面を蹴ったジェムズガンは、ついに宙に浮くラングを捉えた!!

 

 ラングの放った最後のビームは、ジェムズガンの肩に当り右腕を吹っ飛ばす!!

 

 が…………………その瞬間に、ジェムズガンの右膝がラングのコクピットにめり込む。

 

 「ぐはぁっ!!」

 

 機体が触れた事により、相手のパイロットの声がレジアの耳に飛び込んできた。

 

 人を殺したという実感が心に直接入り込み、レジアの手は震え始める。

 

(くそっ!!コイツらは母さんを殺して、ガスフィーさんをなぶり殺しにした奴らだぞ!!なんで……………なんで、こんなに心が痛むんだ!!)

 

 朦朧とする意識の中で、心臓の高鳴り……………言いようのない悲しみが、レジアに襲い掛かってくる。

 

 ガアアアァァァァン!!

 

 その瞬間、2機はそのまま崩れ落ちるように地面に落下し、重なり合って動きを止めた。

 

「あの小僧………………やりやがった!!」

 

 エステルは信じられないといった表情で、ボロボロになったジェムズガンを見つめる。

 

 その視線の先でジェムズガンのコクピットハッチが開き、傷ついたレジアがジェムズガンから這い出した。

 

 レジアは1人では歩けず、そのまま大地に倒れ込んだ。

 

「レジアさんっ!!」

 

 ミューラは抱いていたスージィを地面に下ろすと、倒れたレジアの元に走った。

 

 ミューラは、ラングとジェムズガンの機体性能の差をよく知っている。

 

 圧倒的に機体性能が劣る機体で、ラングを1機も爆発させずに倒したのだ。

 

 もし1機でも爆発させてたら、ミューラ達はその爆発に巻き込まれて死んでいたかもしれない。

 

 コロニーに穴が開いたら、サナリィ・コロニー自体が危険に晒されていただろう。

 

 それを理解しているミューラは、レジアの姿を見た瞬間に走り出していた。

 

「レジアさんっ!!しっかりして、レジアさんっ!!」

 

 激闘の疲れと傷ついた体を休める為か、レジアは倒れた瞬間に気を失っている。

 

 額から血を流し、体中に青アザができているその体を、ミューラは抱き締めずにはいられなかった。

 

「おい、ミューラさん。そいつは私がおぶるから、あんたは子供を頼む」

 

 レジアの傍に来たエステルは、スージィをミューラに託すと、傷ついたレジアを抱えあげる。

 

「まだ安心出来ないからね。宇宙港まで行ければ助かるし、傷の手当ても出来る。急ぐよ!!」

 

 エステルの言葉に頷いたミューラは、立ち上がりスージィを抱えた。

 

「なぁ、そいつの親はどうしたんだい?」

 

 スージィを見ながら、エステルはずっと疑問に思ってた言葉を口にする。

 

「研究所に残ったわ。まだ、やる事があるって………それに………………」

 

 ミューラは言葉を呑んで、スージィと瞳を合わせた。

 

「子供を置いてやる用事って、何なんだろうね!!まったく!!」

 

 エステルは嫌悪感を込めた口調で、スージィの父親……………ゲルダを罵る。

 

「致命傷じゃなかったにしろ、何カ所か銃で撃たれていたわ。それに、事情もあるのよ…………でも、スージィは地球にいる親戚に預けるって。地球行きの船に友人が乗るから、連れてってもらうわ」

 

 ミューラがスージィの頭を撫でると、事情を理解出来ていないのだろう……………屈炊くない笑顔を見せた。

 

「それより気になるのは、ラングの部隊がサナリィの技術者の乗るジェムズガンを躊躇いなく撃破してったってことだ……………残してきた研究所の人達は、無事じゃないかもな……………」

 

「レジアさんっ!!気が付いたのね!!良かった………………」

 

 意識が戻り、うっすらと目を開けたレジアを見て、ミューラが喜びの声を挙げた。

 

「ようやく、お目覚めか!!いつもなら自分で歩けと言ってやるトコだが、今日のお前さんの働きは、ばぁさんにおんぶされる事が許されて余りある。そのままにしてな」

 

「すまない、エステルのばぁさん。情けないが正直、自分で歩けそうにない…………………」

 

 エステルの言葉にレジアは感謝しながら、その背中から伝わる人の暖かさを感じる。

 

「それで、レジアの疑問はどうなんだい?」

 

「ええ…………ジェムズガンで出撃したのは、モビルスーツを組み立てる側の技術者なの。言い方は悪いけど、設計の図面通りに組み立てるだけだから、技術者の数も多いし、損失してもそれほど問題じゃないわ」

 

 ミューラはそこで一息つくと、人の死を損失という言葉にしてしまう自分の技術者気質が嫌になった。

 

 レジアが、今まさに命を削りながら闘ってくれた直後なのに…………

 

 そして、ミューラは言葉を選びながら話しを続ける。

 

「でも、あなたの両親のような新型機や新兵器開発の人間は、数が少なくて貴重なの。だから、あのフロアの技術者は殺される事はないと思うわ。勿論スージィのお父さんもね」

 

 スージィに優しく微笑みながらのミューラの言葉に、レジアは少し安心した。

 

「良かった…………これ以上、人に死んでほしくないんだ…………」

 

 そう言うと、レジアは眠るように意識を失う。

 

「凄いヤツだな、コイツは……………苦しい戦いが続きそうだが、レジアは私達の希望になりそうだな!!」

 

 エステルの言葉に、ミューラが頷く。

 

「私の命は、レジアのお母様…………レイナさんに救われた。ダブルバードは託せないけど、レジア専用のガンダムを……………レジアを守る鎧を必ず私が作ります。私達を、どうか見守っていて下さい……………」

 

 ミューラはサナリィの暗い空を見上げて、そう呟いた………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サナリィ・コロニーへの旅立ち
戦う理由


「レジアさん………………壮絶な過去があったんですね」

 

 クレナは自分の胸に手を当てて、目を閉じて哀しげな表情をする。

 

「戦争で、両親を失っちゃうなんて……………私、リガ・ミリティアに入隊してから今まで、自分の親しい人や大切な人が死んじゃうなんて考えてなかったな…………」

 

 マイも流石に、いつもの元気を無くして下を向く。

 

「オレも最初は皆と同じ、戦争なんて遠い世界の話だと思ってた。そして、いざって時は自分の住んでる場所の軍隊に入るって漠然と考えてた」

 

 そこでレジアは、クレナの入れてくれた珈琲を一口すする。

 

「だが戦争が始まる時は、誰かの思惑がそこにある。しかし、戦ってるうちに恨みや憎しみに心が支配されて、戦争の意味を見失っていく。大切なのは、なぜ戦争が起こり、戦争が終わった後の世界がどうなるのかって事なのに………………」

 

 レジアはコーヒーカップの中にある飲みかけの珈琲を眺めて、溜め息をついた。

 

「けど、サナリィの戦いの後に連邦軍に入ったんだろ。なんで最初からリガ・ミリティアに入らなかったんだよ」

 

 ただ闇雲に戦う事はいけないという事は、理解できる。

 

 しかし、大切な人を守る為に戦うのがいけない事なのか?

 

 何故、レジアが一度ミューラ達と別れて連邦軍に入隊したのか?

 

 ニコルは知りたかった。

 

「当時のリガ・ミリティアは………………まぁ、今もそうだが、今より小規模なゲリラ組織みたいなモノだったんだ。それに連邦軍に入れば、今回の戦争について詳しく分かるかもしれないと思った。リガ・ミリティアからより、連邦の中から今回の戦争を見た方が、より客観的に見れると思ったんだ……………」

 

 言葉を止めたレジアは、ニコルの目を強い力で見る。

 

「今のリガ・ミリティアは、モビルスーツを作れるまでになった。だからオレはリガ・ミリティアに戻り、試作のモビルスーツで色々な戦場に行った。その度に、多くのモビルスーツを倒してきた。オレはガチ党を………………ザンスカール帝国を止めなきゃいけないんだ!!」

 

 いつになく語気を荒げたレジアに、ニコルは一瞬怯んだ。

 

「そりゃ………………今までの話を聞いてりゃ、ザンスカールを許せねぇよ。だからオレも、ザンスカールと戦ったっていいだろ!!」

 

 昼食をとりにきたミューラとエステルは、ニコルの大声に驚き思わず振り向く。

 

「ニコル……………レジアは、アメリア出身なのよ……………今まで戦ってきた相手には、学生時代の友人だったり、近所に住んでいた知り合いなんかもいたわ。ニコルならどうする?大切な人が敵だったとしても、助ける事が出来る?」

 

 食事をとりに来てから、レジアの話をミューラは少し立ち聞きしていたらしい。

 

「ミューラさん、急になんだよ……………てか、レジアさん!!友達とか殺してきたのか!!」

 

 ニコルの言葉に、レジアの持つコーヒーカップが小刻みに揺れる。

 

「ちょっとニコル!!表現がストレートすぎるって!!」

 

 興奮したニコルを抑えながら、しかしマイはニコルの意見に同意するとばかりにレジアを見る。

 

「でも、友人と戦うって……………私も、そんな事いけないと思います!!」

 

 余りにも平和に慣れすぎているマイの言葉に、レジアは視線を上げた。

 

「レジアが好き好んで戦ってるとでも思ってんのか!!こいつは、不必要な戦闘はしない!!苦しみながら、過去の友人達とも戦ってる。だが、それでもレジアは宇宙から射てるビックキャノンで地球が焼かれる前に、ザンスカールの進行を止めたいんだっ!!それがレジアの両親がレジアに託した遺志なんだから…………」

 

 ビックキャノン建造の噂は、早くからリガ・ミリティアの上層部はキャッチしていた。

 

 大量殺戮兵器だけは使わせてはいけない…………

 

 リガ・ミリティア全体の意思として、その考えは浸透している。

 

 レジアは連邦の中から、そしてリガ・ミリティアに参加してからも、ザンスカール帝国について調べてきた。

 

 ビックキャノンの建造やギロチンを使うザンスカールが、マリア主義を掲げて、どんなに良い事を言おうが、一度疑問を抱いたレジアには敵にしか思えなかった。

 

 例え友人や知り合いが敵であったとしても…………………

 

 そんなレジアの苦しみを知っているエステルが豪快に会話に入ってきた為に、マイは圧倒され一歩後退する。

 

「ははは…………………スイマセーン」

 

 そんなマイを横目で見ながら、レジアが過去の話をしてくれて、今の話しに結びつけてる意味をニコルは理解した。

 

「つまり、ビックキャノンってのは衛星軌道上から地球を狙えるシロモノで、撃たれたら地球に甚大な被害が出ると……………それを止める為に連邦に入ったが、その力は連邦に無くてリガ・ミリティア………………というより、サナリィの技術の力を求めてリガ・ミリティアに入隊したと………………そんなトコですかね?」

 

 少し驚いた表情でニコルを見たレジアは、軽く笑顔を作る。

 

「流石はニュータイプ……………といった所か………………その通りだ。ザンスカールがサナリィを襲った理由、その1つがビックキャノン開発用の技術者を集める事だった………………」

 

「なんの為に戦うか…………少し理解できた気がするぜ!!大切な人を守るのは、決して悪い事じゃない。だけど、敵だから何でも倒せばいい訳じゃない。ピンポイントで戦争を起こしてるヤツだけ倒せば、恨みも哀しみも広がらず戦争を止められる!!」

 

 目を輝かせるニコルに、マイが頭を掻きながら溜め息をつく。

 

「そんな、単純な話じゃないよーな………」

 

「マイさん、今のニコルの考えは極論だが、大切な事だ。戦争の起きた理由を忘れず、戦争がもたらす悲劇を最小限に留める。そうすれば、戦争の拡大は防げるんだ」

 

 そんな会話の中、クレナだけが身を震わせていた。

 

「ビックキャノン……………?衛星軌道上から地球を射てる兵器なんて……………そんなのが完成したら、地球はどうなっちゃうの?」

 

 地球に住む家族を想い、クレナは心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

 

「クレナさん、大丈夫だ!!そんな事はオレが……………オレ達がさせない!!その為のガンダムだ!!」

 

 クレナの肩に手を置き力強く励ますレジアを見つめて、マイの心臓も少し高鳴っていた…………………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サナリィ・コロニーに眠る戦艦

「で、そのビックキャノンを叩く方法は、もう考えてあるのかよ?」

 

 少し冷めたハンバーグを頬張りながら、緊張感の無い声でニコルはミューラに聞いた。

 

「具体的な方法は、まだ考えてないわ。そもそも、今の私達にはビックキャノンまで行く足がないの」

 

「足?」

 

 ミューラの言葉に、マイが自分の足を見ながら首を傾げる。

 

「ビックキャノンまでモビルスーツを運び、戦闘できる艦が無いのさ。今のリガ・ミリティアには、モビルスーツ開発だけで資金が手一杯だ………………戦艦なんて、夢みたいなモンだからな」

 

 珈琲をグッと飲み干して、レジアは再び溜め息をついた。

 

「なんだぁ??偉そうな事言っといて、結局戦う方法が無いのかよ!!モビルスーツがあったって、戦艦が無きゃどうにもならないだろ!!基地に篭ってたら、ザンスカールにいいようにやられるだけだぜ!!」

 

 ニコルが勢いよく机を叩いた事で、ハンバーグの乗った皿が少し宙に浮き、カチャっと音がたつ。

 

「五月蝿いガキだね!!ねぇモンはねぇんだ!!だが、まだ手はある!!」

 

 エステルの言葉に、ニコルの行動に怯えた表情のクレナがレジアを見る。

 

「ああ、サナリィ・コロニーのファクトリーの地下に、サナリィがベスパに接収される前に造った新造戦艦が眠ってる。ガチ党がザンスカール建国を宣告した日にセレモニーで大々的に空を舞う為のモノだったが、サナリィの職員が隠して、まだ見つかってない筈だ」

 

「なんで、見つかってないって分かるのさ?」

 

 ニコルはレジアを見ながら、妙に反抗的な態度をとる。

 

「まだ、サナリィでは一部のレジスタンスがザンスカールに反抗してゲリラ戦を繰り広げてるの。そのゲリラ組織が、戦艦を守ってくれてるのよ」

 

「だが、いつまでも耐えれる訳はない。一刻も早く取りに行かないとね」

 

 ミューラの言葉に、エステルはサナリィに残っている人達の事が気になっていた。

 

「サナリィの技術者達が抵抗してるんですよね?サナリィの方々が協力してないのに、なんでザンスカールは次々とモビルスーツを開発出来るんでしょうか??」

 

 クレナの疑問は、もっともである。

 

 現在のモビルスーツ事業はサナリィがほぼ独占しており、シャイターンなどの新型は、サナリィ以外で開発するのはほぼ不可能だ。 

 

 これまでモビルスーツ開発を主導していたアナハイム・エレクトロニクスは、連邦軍に旧式機のジェムズガンやジャベリンの供給と、新型のジェイブスの開発をようやく始めた時期であった。

 

 アナハイム・エレクトロニクスの生産ラインは生きており、OME提供を行ってはいたが、実際のモビルスーツ開発はサナリィが担っている。

 

「今までの話の流れじゃ、サナリィの人全員がザンスカールに反旗を翻してるように聞こえちゃうわね。でも、実際に反抗しているのは一部の人だけ。ザンスカールはサナリィの職員の給料を上げたり将来を保証する事で、技術者の多くはザンスカールに協力してるわ。レジアの経験した事件は、サナリィの技術者が隠すであろうミノフスキー・ドライブの技術の強奪が目的だったから強行手段にでたんだろうけど、他の職員や技術の接収はスムーズに行われたみたい」

 

 ミューラはそこで言葉を止め、窓の外に目をやった。

 

「ビックキャノンなどの主要兵器を何に使うのか?ガチ党が何を企んでるのか……………それに気付けたのは、力で無理矢理ザンスカールに協力させられそうになった一部の技術者だけなんだ。サナリィが襲われた時も、サナリィが守りたい機密も多く、ベスパがモビルスーツを投入したコロニーの東側に戦火が集中し、協力する事が決まっていた西側地域の人はコロニー内で争いがあった事すら知らないかもしれない…………」

 

 ミューラもまた、サナリィで切磋琢磨した仲間の技術者達と戦わなきゃいけない。

 

 それを察したレジアが、ミューラの後を引き継いで話しをした。

 

 そんな気配りがマイには大人の対応に見えて、レジアの優しさを感じて胸が急に締め付けられる。

 

(レジアさん、リガ・ミリティアのエースなのに……………辛い戦いを経験してきているのに、優しさも失ってない。凄い人なんだな…………………)

 

 マイは、レジアが辛い経験を積み、更にリガ・ミリティアのエースという地位を手に入れたにも関わらず、どんな人にも普通に接している事に胸を射たれていた。

 

「なら、早くサナリィに行こうぜ!!オレのスナイパーにトライバードがあれば、サナリィでゲリラやってる人の力になれるよ!!」

 

 まるで遠足に行くかのようなニコルの発言に、マイは頭を抱える。

 

「もぅ!!レジアさんの話、聞いてたの?ついさっき、戦うには信念や決意が必要って認識したばかりでしょ!!」

 

「分かってるよ!!無益な戦いはしないさっ!!けど、サナリィの人を助け、戦艦を手に入れないと、地球を守れないだろっ!!」

 

 ニコルは正しい事を言っているように聞こえたが、言葉の軽さにマイは不安になる。

 

 レジアの話を聞いて、マイは戦争に対しての認識が大きく変わっていた。

 

 でも、ニコルはどうなのだろうか?

 

 戦場に行く事を求めているような発言…………………戦争で人を殺す事………………自分が死ぬかもしれない事………………

 

 ニコルは理解してるのだろうか………………

 

「まぁ、どちらにしてもマヘリアの回復待ちだね。今回、運んでもらったイージ2機を遊ばせておく訳にはいかない」

 

 エステルは、マイとクレナに向かってニッと笑う。

 

「エステルのばぁさん、2人とも怖がってるから止めろ!!しかし、クレナさんとマヘリアさんのイージをいれても4機…………………また厳しい戦いになりそうだな………………」

 

 レジアは空になったコーヒーカップの中に、深い溜め息を流した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マヘリアの回復

 

「おー、少年。無事で何より」

 

 病院を退院したマヘリアは、その足でホラズムの基地に顔を出していた。

 

「マヘリアさん……………そりゃオレのセリフだよ………………でも、元気そうで良かった」

 

 ニコルの安堵した表情を見て、マヘリアが頬を膨らませる。

 

「良かない!!ずっとベッドに寝かされてたんだよ!!体が鈍って仕方ない!!汗臭いのに、なかなかお風呂にも入れないし…………」

 

(そりゃ傷もあるんだから、風呂に入れる訳ないだろ……………)

 

 思わず口から出そうになったツッコミの言葉を、ニコルは呑み込んだ。

 

「おっ、マヘリアさん。ようやく退院か。おめでとう」

 

 歩いてきたレジアが、マヘリアとニコルに気付き声をかける。

 

「あっ、その……………ご迷惑をおかけしました。前の戦闘では、足を引っ張ってしまって……………」

 

「いや、よく頑張ってくれたよ。オレの方こそ、うまく戦えなかった。せっかくガンダムで出撃したのに……………けど今、生きてるって事が大事なんだ。生きていれば反省もできるし、それを次に活かす事が出来る」

 

 マヘリアも頷き、少し堅かった表情が和らぐ。

 

「ニコルも、初陣でメガ・ビームライフルで敵を倒してたよね!!凄かったよ!!」

 

 マヘリアに頭を撫でられて、ニコルは嫌そうな顔を作りながら、悪い気はしなかった。

 

「マヘリアさん、その後も驚きの連続だったんだ。ニコルは、サイコミュを使いこなした」

 

「えっ!!てーと、ニコルってニュータイプ!!何も考えてないし、そんな才能あるように見えないけど…………」

 

 マヘリアは目を丸くして、驚きを隠しきれないのが表情から伝わってくる。

 

「凄い事なんだが、あまりチヤホヤしないでくれよ。こいつは、付け上がる性格みたいだからな」

 

 レジアとマヘリアは不貞腐れるニコルを見て、思わず笑いそうになる。

 

「だいじょーぶですよ!!私がニコルに優しくする訳ないです。」

 

「……………キミたち、大人が子供で遊ぶんじゃない」

 

 ニコルの意外な冷静の返答に、2人は堪え切れずに爆笑した。

 

「それで今度の作戦の内容、小耳に挟んだんですが……………」

 

 ひとしきり笑い終えるとマヘリアは真顔に戻り、レジアに聞いた。

 

「ああ。オレ達、リガ・ミリティアの旗艦になる艦を取りに行く。戦力充分とはいかないが、新型のイージに調整中のスナイパー。それにオレのトライバード。敵に情報をそれほど取られてない機体ばかりだ。それに、サナリィで踏ん張ってくれてる人達もいる」

 

 「私のイージも届いたって聞きました。次はもっと上手くやれます!!」

 

 レジアの言葉に、マヘリアは力強く頷く。

 

「戦力が少ないのは分かるけど、またマヘリアさんを出撃させるのか?怪我したばかりだし、あんな恐い思いした後なのに…………」

 

 ニコルはマヘリアの体調も心配だったが、それ以上に精神的な部分が気になっていた。

 

「あら、心配してくれるんだ♪でも平気よ。頭数の少ないリガ・ミリティアに入った時から、連戦は覚悟してるから♪」

 

「それに、素人が正規パイロットの心配なんてするんじゃない。失礼だぞ!!」

 

「ヘイヘイ」とレジアの言葉を軽く受け流したニコルは、正面から歩いてくるマイとクレナに気付くと、話の矛先を変える為に2人に近付く。

 

「もーっ!!頭にきちゃう!!なんで出撃して5秒で墜とされるかなぁ!!せっかくレジアさんに操縦教わったのに!!」

 

 近付いた瞬間にマイの機嫌が悪い事に気付き、ニコルは少し後悔をした。

 

「はっはっは!!そんな急には上達しないさ。オレとは違って、キミはニュータイプじゃないしね。簡単に成長されたんじゃ、可愛げないよ」

 

 そう言い終わった瞬間にレジアからの冷たい視線を感じ、ニコルは冷や汗をかきながら、わざとらしく咳をする。

 

「まぁ、ニコルの言っている事は置いといて…………だ。シュミレーターでも、墜とされる時は恐怖を感じるだろ?その恐怖が、人を人のままでいさせてくれる。自分の命も、敵の命も、無闇に奪ってはいけないと思い出させてくれる…………」

 

 最後の言葉は、レジアが自分自身に言ったようにも聞こえたが、マイも共感し頷いた。

 

「戦争だからって、敵だからって、命を軽く考えちゃダメですよねっ!!」

 

 マイはグッと握りこぶしを作り、自分の言葉に力を込める。

 

 その様子を見ていたマヘリアは、マイと一緒にいたクレナに気付き、本日2回目の驚きの表情を見せた。

 

「クレナ!!久しぶり!!私のイージ持って来てくれたの、クレナだったんだね!!」

 

 その声で、クレナもマヘリアの存在に気が付く。

 

「マヘリアさん。お久し振りです。お怪我は大丈夫ですか?」

 

「って、相変わらず真面目だね。もう少し、表情柔らかくした方がイイわよー」

 

 マヘリアはクレナの頬の肉をつまみ、クニクニと動かし始めた。

 

 「けど、クレナと一緒に戦場に出るのは、あの時以来になるんだね………」

 

 マヘリアは遠い目をして、以前クレナと共に連邦のモビルスーツ、ジャベリンの部隊で戦っていた時の事を思い出す。

 

 「アメリアでのガチ党との戦い……………ですね」

 

 クレナは静かにそう言うと、悲しい事を思い出したのか、少し俯いた。

 

 「部隊で生き残ったの、私とクレナだけ……………だったもんね」

 

 マヘリアからも、いつもの明るさが消えている。

 

 「その戦闘で、何かあったのか?」

 

 レジアの問いに、クレナが頷いてから口を開いた。

 

「あの時…………部隊の背後から、急に敵に襲われたんです。最初に射たれたビームが、私の機体のコクピットのすぐ横を通過して…………そのビームが隊長のモビルスーツに当たって爆発して…………その衝撃で、私は気を失ってしまったんです。マヘリアさんに助けてもらって、戦闘が終わった後にリガ・ミリティアの部隊に保護されたんです」

 

「助けたって言うか…………あの奇襲を受けて生き残ったのは、私とクレナだけ。あんな簡単に奇襲を許しちゃうなんて…………今でも腑に落ちない!!」

 

 マヘリアは納得がいかないといった表情で、唇を噛み締める。

 

 「奇襲か……………しかし、ジャベリンの部隊相手に、奇襲をしかける意味があったのか…………」

 

 レジアは考え込んだが、結局は何故に奇襲を受けたのか…………その答えは出なかった…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦争をする意味

 

「んで、こりゃなんだ?」

 

 ニコルの視界の先にある物…………

 

 四角い倉庫のような巨大な乗り物を見て、ニコルは思わず声をあげた。

 

「どーだ!!すげぇだろ!!我がリガ・ミリティアの誇る巨大輸送艦、コロンブスⅢだっ!!」

 

「レジア、リガ・ミリティアのじゃなくて、連邦のよ。それより、機体の搭載は終わってるの?」

 

 ミューラは冷静に言うと、青くて四角い乗り物、コロンブスⅢを見上げる。

 

「おい、そうじゃなくて!!何故に輸送艦?そして連邦の艦??こんなんでザンスカール領内に入ったら、一瞬で狙われるだろ!!」

 

「おやぁ、ニコル少年?怖くなっちゃったぁ?お姉さんが抱き締めてあげよっか?」

 

 不安を口にするニコルの髪をクシャクシャっと撫でながら、マヘリアが冗談っポク悪戯な笑顔を見せた。

 

「マヘリアさんっ!!こんな時に、冗談言うなよっ!!」

 

 ニコルは顔を赤く染めながら、マヘリアから少し距離をとる。

 

「ニコルじゃないですけど、本当にコレでサナリィまで行くんですか?敵に襲われたら、反撃する事も出来ないんじゃ…………」

 

 素人のマイの瞳ですら、コロンブスⅢが弱々しい物に見えてしまう。

 

 巨大ながらシンプルすぎる形に、不安を隠しきれない。

 

 「なぁ……………これって、カモフラージュするとか出来ないのか?こんな連邦感丸だしの輸送艦じゃ……………ここって、リガ・ミリティアに協力してくれてるサナリィの月基地の近くなんだろ?そこの輸送艦借りるとか、サナリィのロゴマーク入れてもらうとか……………した方がよかないか?」

 

 コロニーのサナリィ工場自体は、ザンスカールに接収されている。

 

 となれば、サナリィ関係の何かに紛れさせた方が危険が少ないと感じるのは当然だろう。

 

 「ニコルくーーん。私達は、月のサナリィの協力受けてる事は秘密なんだよーー。今回のベスパの攻撃だって、リガ・ミリティアと月のサナリィの関係を暴きたくて仕掛けて来たっポイしね」

 

 「サナリィへの旅の途中、ベスパの索敵に引っ掛かる事は間違いないと思います。私達の機体が、サナリィ関係の艦から出てきたと知れたら……………サナリィの月基地の皆さんに迷惑がかかってしまうんです」

 

 マヘリアとクレナの説明を聞いても、ニコルには理解出来なかった。

 

 戦争に協力している仲間同士……………気を使う必要があるんだろうか?

 

 そもそも、月のリガ・ミリティアの基地…………ホラズムからトライバードやガンイージが出撃した時点で、そんな事はザンスカールにバレているんじゃないか……………そう思った。

 

 「ニコルは、私達とサナリィの関係がザンスカールに知られている……………そう考えているのよね。おそらく、その通りだと思う。でも、サナリィは一企業だし、ベスパのモビルスーツだってサナリィの協力を得て開発されている。リガ・ミリティアと月のサナリィが協力していると思うから攻撃した…………それでは、ザンスカールに協力しているサナリィの人達に納得されない。攻撃を仕掛けるには、大義名分はどうしても必要なのよ」

 

 「だから、ベスパの攻撃はホラズムが標的だっただろ?トライバードかガンイージが奪われて、機体からサナリィが関わった事が分かれば、今度は躊躇いなく月のサナリィはベスパの攻撃に晒される……………あくまでも、俺達のレジスタンス活動にサナリィが協力してくれている……………そこを忘れてはいけないんだ」

 

 今度はミューラとレジアに次々と説明されて、流石のニコルも少し理解出来てきた。

 

(難しい問題……………なんだな。ただ戦ってりゃいい訳じゃなくて、色々と考えなきゃ駄目なのか……………大人になると面倒臭ぇな…………)

 

 「うーん。なんとなく、分かるんですけどねー。私達だけが危険に晒されて、なんか納得出来ませんね」

 

 マイは頬を膨らませて、膨れっ面をする。

 

 「お前ら2人は、ここに残るか地球に戻ったっていいんだぞ!!レジアにもミューラにも、戦う理由がある。だが、目的も無いままリガ・ミリティアに参加しているなら、ここで引き返すのも手だぞ」

 

 エステルはニコルとマイを見ながら、厳しい表情をした。

 

 確かに、かなりな危険が伴うサナリィへの移動は、あえてニコルとマイが一緒に行く必要もない。

 

 「なんだよ、それ!!オレだって戦える!!充分、戦力になる自信はあるぜ!!」

 

 「私だって……………確かに、最初はバイト感覚でしたけど……………レジアさんの話を聞いて、このままじゃ駄目だって分かったんです!!」

 

 2人の言葉を聞いて、エステルは頭を掻きながらレジアを見る。

 

「エステルのばぁさんが言う事はもっともだ。一時の感情で危険に飛び込むもんじゃない……………と、言いたいところだが…………」

 

 レジアはそこで言葉を切ると、ニコルとマイ…………2人の顔を見つめた。

 

 「だが、危険の中だからこそ、見える物もあるだろう。俺達がいるから大丈夫………………と、言ってやりたいトコだが、まぁ危険度MAXだろうな。だが、複数のモビルスーツを搬送する手段はこれしかない」

 

「敵に見つかった時の事も考えて、レジアにはトライバードのコクピットにいてもらうわ。敵に襲われたら、レジアに迎撃してもらいます」

 

 ミューラの言葉に、マイは不安になりレジアを見る。 

 

「おっと、オレじゃ命を預けるの不安か?クレナにも待機してもらっておくから、なんとかなるさ」

 

「あの………………私も、皆さんが無事にサナリィに辿り着けるように、頑張ります」

 

 静かな口調でクレナが決意を表明し、場に沈黙が訪れる。

 

 戦闘力のない艦で敵の領内に入る事のリスクに、改めて全員が認識を深めた。

 

「戦争……………なんだよね………自分が戦場に出るなんて、思ってなかった…………でも、なんで戦争をしなきゃいけないのか…………しっかり見極めたい…………」

 

 沈黙を破ったマイの言葉が、ファクトリーの金属に反響して響く。

 

「戦場に出た者だけが、戦争の恐ろしさ、虚しさを知る事が出来る。それを知って、人を恨むか、恐怖に気が狂うか、人を救いたいと思うか…………………オレ達、戦争に関わる者が正常な判断をしなきゃいけない。2人とも…………その目で、頭で、心で戦争を感じてほしい。自分達が何をしているのか?人を殺してまで貫かなきゃいけない正義・理想があるのかを……………」

 

 レジアの瞳と言葉に吸い込まれそうになるマイは、視線をコロンブスⅢに搭載されつつあるガンダム・トライバードに移す。

 

(ガンダム………………私達の未来を……………レジアの未来を守って…………)

 

 マイは心の中で、無意識に祈っていた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見つかったコロンブスⅢ

 宇宙巡洋艦カリスト。

 

 ベスパの戦艦の中で最初に開発された、主力巡洋艦である。

 

 カタパルトデッキが上下にあり、上下対称のザンスカール軍の戦艦独特の雰囲気を持っている。

 

 そのブリッジのモニターに、巨大な輸送艦コロンブスⅢが映し出されていた。

 

「なんだ?あのデカイ艦は??」

 

 サナリィに向けて航行中だったカリストのブリッジに、アーシィの声が響く。  

 

「連邦の輸送艦、コロンブスⅢのようですな。恐らく、サナリィのレジスタンス共への補給物資でしょう。どうされますか?」

 

「輸送艦、1隻しか反応してないのが気になるな…………艦長、ラングを2機、偵察に出してみましょう」

 

 ザンスカール帝国の支配宙域に、連邦の……………それも輸送艦1隻で侵入してくるのは自殺行為に近い。

 

 と、なれば、何か策があるのか…………いずれにしても、索敵する必要がある。

 

 アーシィの判断に、カリスト艦長アゼルトも頷く。

 

「迂闊に艦ごと近付くのは、得策ではありませんな。索敵を強化しつつ、ラングで牽制しましょう。今回は、出撃してはなりませんぞ」

 

「分かっているよ。ラングでは、反応スピードが遅すぎる。輸送艦1隻と連邦の護衛程度、我がベスパの優秀なパイロットだけで充分さ」

 

 出撃していくラングを見ながら、アーシィは歯痒さを感じたのは事実だが、ベスパのパイロット達の腕もまた、上官として信じていた。

 

「大尉の感覚…………並のモビルスーツでは、大尉の操縦についていけませんからな。サナリィで開発された今回の新型が、大尉の腕に合う機体だと良いのですが…………」

 

(そう………新型………そのテストは、サナリィで行う予定だ…………お父さん、サナリィから離れてくれてればいいけど…………)

 

 近付いてくるサナリィ・コロニーに、アーシィは目を伏せた。

 

 その頃、コロンブスⅢでは………………

 

 ブォーっ!!ブォーっ!!

 

 コロンブスⅢの艦内に、けたたましいサイレンが鳴り響く。

 

「やっぱり見つかった!!レジアに出撃命令!!クレナにも伝えて!!」

 

 ミューラの切羽詰まった声に、オペレーターシートに座ったマイの緊張感も高まる。

 

「はい、了解です!!レジアさん、ベスパのモビルスーツに遭遇!!数不明、機種はラングを確認してます」

 

「サナリィまで、もう少しってトコで!!まぁ、ここまで見付からなかったってのが、運が良かったか??」

 

 レジアは素早くパネルアクションを行い、トライバード・ガンダムを起動する。

 

 「敵艦の位置と数は、把握出来てるのか?」

 

 「まだ、分からないです。この輸送艦、索敵範囲が狭すぎて……………」

 

 コロンブスⅢの目的は、あくまでも輸送……………戦闘する事を考えられていない為、そのセンサーはスペース・デブリに当たらない程度の物しか搭載されていない。

 

 戦闘用の巡洋艦と索敵範囲が圧倒的に違うのは、仕方の無い事だった。

 

 索敵範囲の違いは、全ての行動が後手に回らずを得ない為、とてつもなく不利になる。

 

 それは覚悟の上だ………………レジアは1度目を閉じると、呼吸を整えた。

 

 「マイさん、了解した!!オペレーション、慣れないと思うが、人手不足だ。けど、しっかりやってくれていて心強いよ。戦闘中も、よろしく頼む!!」

 

 目を開いたレジアの瞳に、コロンブスⅢの格納庫が全天視界モニターを通して送られてくる。

 

 コロンブスⅢのモビルスーツ搬入口が開くと、トライバードのモニターに宇宙空間が映し出された。

 

 漆黒の闇……………宇宙空間に出撃する時、レジアは闇に飲み込まれそうになる恐怖を少しだけ感じる。

 

 「レジアさん…………ありがとうございます!!頼りないかも知れないけど、頑張ります!!トライバード・ガンダム、出撃、どうぞっ!!」

 

 マイの言葉に、少しだけ勇気を貰い、レジアは恐怖を伝える心を落ち着かせた。

 

「レジア・アグナール!!トライバード・ガンダム!!出る!!」

 

 トライバード・ガンダムが、闇の中にバーニアで光を作り、迫り来る脅威に向けて出撃した………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偵察機との戦い

 搬入口から飛び出したトライバード・ガンダムは、コロンブスⅢに不用意に近付いてきたラングにビームを一閃!!

 

 警戒はしていたが突然の出来事に、ラングのパイロットは何も出来ずに、ただ光が広がっていくのを最後に見る。

 

 その直後、爆音と共にラングが爆発を起こした。

 

「ラング1機消失!!凄い…………」

 

「マイさん、分かり易いですね。フフっ、頑張って下さいね。クレナ・カネーシャ、ガンイージ出撃します!!」

 

「ちょっ!!クレナ!!分かり易いってなによぉ!!」

 

 離れていくガンイージのテールノズルから発する光を見ながら、マイは頬を膨らませた。

 

 偵察に出ていたラングは、もう1機。

 

 ラングに以前のような優位性はもはや無く、トライバード・ガンダムとガンイージに翻弄されていく。

 

「レジアさんっ!!お願いします!!」

 

 ガンイージのビームが、ラングの頭部を吹き飛ばす。

 

 そのままトライバード・ガンダムの方へ向かってくるラングに、レジアはコクピットにビームサーベルを突き刺した。

 

「レジアさん!!何も止めを刺さなくても…………」

 

 「そうだな…………むやみに命を奪うのは良くない。だが、今のラングは偵察機だ。堕とさなければ、すぐに増援を呼ばれてしまう…………」

 

 増援を呼ばれてしまっては、コロンブスⅢのクルー達に危険が及ぶ。

 

 撃破しても敵の攻撃に晒されるのは同じだが、敵に情報を与えるか与えないかでは、生存率に大きな差がでる。

 

「レジアさん、スイマセン………私、そこまで考えが回らなくて………」

 

「いや、戦争だからって、無駄に命を散らす必要はないさ。敵も、味方もな……………だが、状況判断を誤ると、守りたい者を危険に晒す事になる。それだけは気を付けないとな」

 

 クレナの感覚は戦場では危険なものだが、人として絶対無くしてはならないものだと、レジアは感じた。

 

 だからこそ、クレナには、その感覚を持ち続けて欲しいと願う。

 

 「とにかく、ラングを2機撃破したんだ!!ベスパのモビルスーツが出て来るのは間違いない!!コロンブスⅢ、サナリィまで突っ走れ!!」

 

 レジアが声を荒げるとほぼ同時に、コロンブスⅢのバーニアが火を噴いた。

 

 トライバード・ガンダムとガンイージが、そのままコロンブスⅢの護衛について、宇宙空間を直走る。

 

 

 

「偵察機が、2機とも墜ちた?」

 

 カリストのブリッジで驚く顔をするアーシィに、アゼルト艦長が頷く。

 

「輸送艦に取り付いた瞬間に、2機ともやられたようですよ………」

 

 サナリィの宇宙港へ入港する為のガイドビームに艦を合わせる調整の指示をだしながら、アゼルトはアーシィに視線を向ける。

 

「リガ・ミリティアの新型モビルスーツが出ていたそうですよ。最後の通信で、ガンダムもどきと…………やられてしまっているので、詳細は分かりませんがね……………」

 

「月で戦ったガンダム・タイプが出ているならば、厄介だな。奴らもサナリィに向かっているのなら、ただの補給部隊とは違う……………か?サナリィの統轄本部に連絡!!輸送艦の対応には、それなりの装備を以て迎撃に当たれと伝えろ!!」

 

 アーシィの言葉にアゼルトは頷き、カリストのクルーに指示をだし、自らもモニターでコロンブスⅢと自艦の位置関係を確認した。

 

「我々はどうしますか?輸送艦がコロニーに着く前に、捉えられる位置にはいますが…………」

 

「我々は、このまま新型の受領を優先する。このまま戦っても、無駄に戦力を消耗させるだけだからな…………」

 

 アーシィの指示通り、カリストはサナリィの宇宙港に入港していく…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サナリィ宙域

 その頃……

 

 サナリィ・コロニーからは、ベスパのサナリィ統轄軍が出撃していた。

 

 ブォー!!ブォー!!

 

「またかっ!!サナリィ・コロニーってのは、敵の巣窟か??」

 

 再びコロンブスⅢの警報が艦内に鳴り響き、ニコルが悪態をついた。

 

「仕方がないでしょ!!サナリィは、ザンスカールが接収しちゃってんだから!!連邦軍の輸送艦が近付いたら、流石にアクション起こしてくるよ!!」

 

 マイの言う通りである。

 

 連邦の輸送艦の接近で、ザンスカール軍が動かない訳がない。

 

 更には、偵察機を出したカリストからの連絡も入っており、その対応は素早かった。

 

「トライバードとクレナ機は、そのままラングの迎撃に入って!!マヘリアさん!!イージで出撃を!!」

 

 ミューラの言葉を聞いた頃には、マヘリアの体はガンイージのコクピットに包まれていた。

 

「いつでもオッケーよ!!前のガラクタをどけてくれればね!!」

 

 ガンイージの出撃を阻むように置かれるガンスナイパーを、マヘリアが面倒臭そうに視界に入れた瞬間…………

 

 ニコルがコソコソと、ガンスナイパーに乗り込む映像が飛び込んでくる。

 

「ニコル!!あんたは正規のパイロットじゃないんだ!!今回は大人しくしていなさい!!」

 

「だって、こいつ邪魔なんだろ?じゃあ、どかしてやらないと。ガンスナイパー、ニコル・オレスケスで出るよ!!」

 

 ガンスナイパーのバーニアが火を吹き、格納庫から漆黒の宇宙へ飛び出していく。

 

「マヘリア!!今、ニコルって言った??」

 

「ええ…………流石に、頭痛くなってきたわ。私も戦場で子守できる程、余裕ないわよ?」

 

 マヘリアと通信していたミューラも、頭を抱えた。

 

「出ちゃたものは仕方がないわ…………あの子のニュータイプ能力を信じましょう。マヘリアも出て!!」 

 

「了解!!マヘリア・メリル!!ガンイージ、行きます!!」

 

 コロニーを背に出撃したガンイージの横から、2機のラングが迫る。

 

「早速お出ましね!!」

 

 マヘリア機が、ビームライフルを構えた時…………

 

 2筋の光りがラングに突き刺さり、2機のラングが爆発し消滅した。

 

「ほら、オレだってレジア並にやれるだろ?」

 

 ニコルの無邪気すぎる声に、マヘリアは深い溜め息をつく。

 

「ニコルくん♪コロニーの近くだから、強力な火器を使う時は気を付けようねー♪」

 

 マヘリアが、にこやかにニコルを説教した……………正にその時!!

 

 ドオオオォォォォン!!

 

 コロンブスⅢの動力部が爆発した。

 

 Gキャノン…………サナリィが開発し、アナハイムが生産を手掛けたモビルスーツである。

 

 サナリィを接収したザンスカール軍が、そのモビルスーツを運用していても、不思議はない。

 

 そのGキャノンが、コロニーのミラーに隠れており、不意をついて飛び出した。

 

 そして、両肩に装備されたビームキャノンを構えながらコロンブスⅢの背後から迫ってくる。

 

 コロンブスⅢのモビルスーツ隊は、コロニーから出撃したモビルスーツ隊と交戦状態に入っており、不意の攻撃に気付かなかった。

 

「マヘリアさん!!Gキャノンがビームキャノンで艦を狙ってるわ!!このままじゃ墜とされる…………っ!!」

 

 ミューラからの通信でコロンブスⅢの危機を察知し、マヘリアは無意識に体が動き、既にガンイージはコロンブスⅢに向けてバーニアを吹かしている。

 

「マヘリアさん!!艦も大事だけど、コッチどーすんの?次々出てきてるケド………」

 

 サナリィ・コロニーから続々投入されるラングの数に、4機で対応するには無理があった。

 

 各モビルスーツの間……………そして、ガンイージとコロンブスⅢの間…………

 

 その間に続々とラングが入り込み、それぞれが分断されていく。

 

「これが狙いだったのか!!急げ!!トライバード!!」

 

 レジアは叫び、ラングを薙ぎ払いながら最大戦速でコロンブスⅢの援護に向かう。

 

 しかし、とても間に合わなそうだ。

 

 ニコル達は、絶対絶命の危機に追い込まれていく………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

脱出艇に迫るビームの光

「皆、脱出艇に乗り込んで!!この艦は破棄します!!」

 

 Gキャノンに囲まれていく中、ミューラの決断は早かった。

 

 もとより戦闘力のないコロンブスⅢは、敵に囲まれたら何も出来ない。

 

 その為、生き残る策として考えたのが、高速の脱出艇での敵陣強行突破である。

 

 しかし脱出艇の戦闘力も、モビルスーツと戦える程ではない。

 

 大人数の犠牲の中、少人数を活かす為の策である事は、誰もが分かっていた。

 

 だが、何もしなければ、誰も助からない。

 

(レジアさん…………ニコル…………皆を護って!!) 

 

 マイは祈るように手を結び、脱出艇のシートで目を瞑る。

 

 コロンブスⅢの外では、激しいモビルスーツ戦が繰り広げられていた。

 

 マヘリアのガンイージが、Gキャノン隊相手に善戦し、辛うじてコロンブスⅢの撃沈までの時間を引き延ばす。

 

 コロンブスⅢの射線上にガンイージを入れて、Gキャノンの肩に装備されたビームキャノンから繰り出されるビームを懸命にビームシールドで防ぎ続けながら、マヘリアは隙を見てはビームライフルで牽制する。

 

 縋るように見るモニターに、味方機の姿は映らない。

 

「このままじゃ、どうにもならない!!ニコル!!早く来て!!」

 

「って言われても、コッチも厳しいんですけど!!」

 

 ニコルのガンスナイパーも、かなりの数のラングに囲まれていた。

 

 トップファイター、ボトムファイターに分離し、既に10機近くのラングを墜としているが、一向に減る気配がない。

 

 トップファイターのメガ・ビームライフルでマヘリアの援護を何回か試みるが、その度にラングに邪魔されて射撃する事すら出来なかった。

 

 コロンブスⅢから離れていく光………… 脱出艇のテールノズルから生み出される光を確認しながらも、ニコルは何の援護も出来ないでいる自分に歯痒さを感じる。

 

 その気持ちは、マヘリアも同じだった。

 

 しかし……………

 

「さすがに、もうダメ!!」

 

 マヘリアの疲労は、既に限界だった。 

 

 旧式のGキャノンであっても、宇宙空間ならではの全周囲から襲いかかられたら、いかに新型のガンイージであっても単機で艦を守りながら戦うのは、最大の集中力を維持し続けなければならない。

 

 集中力が、一瞬だけ途切れた瞬間……………

 

 ガンイージの横をビームがすり抜け、コロンブスⅢの脱出口から出たばかりの脱出艇に直撃し、爆発した…………

 

「今の脱出艇…………誰が乗ってたの…………?」

 

 マヘリアは頭が真っ白になり、ガンイージは棒立ち。

 

 その横を次々とビームが通り過ぎ、コロンブスⅢに突き刺さっていく。

 

 脱出艇は続々と艦を離れていくが、Gキャノンはその脱出艇にも狙いをつける。

 

 Gキャノンから放たれたビームが、ミューラやマイの乗る脱出艇に迫っていく。

 

 そのビームに、コロニー側から放たれたビームが交錯して強く輝き、そしてビームの粒子が消失する。

 

「そこのイージ!!何ボーっとしてるんだ!!お前が守るんだろ!!」

 

 脱出艇を守ったビームを放ったガンイージ………………そのコクピットで、燃えるように赤いショートカットの女性は、男のような口調でマヘリアを叱咤激励した……………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

頼もしき援軍!ヘレンとF90

「ヘレン、ザンスカールの雑魚共を蹴散らすぞ!!」

 

「オッケー、リファリア!!全機、脱出艇を援護しつつ、敵を各個撃破!!」

 

 ガンイージを先頭に、ヘビーガンの部隊が姿を現す。

 

「サナリィのゲリラ部隊かっ!!助かった……………しかし、ヘビーガンでは!!」

 

 コロンブスⅢに近付きつつあるトライバード・ガンダムのコクピットで、レジアは叫んだ。

 

 そんなレジアの焦りを無視するかのように、ヘビーガン部隊はラングとの戦闘宙域に突入していく。

 

「脱出艇を、1機もやらせるな!!いくよ!!」

 

 サナリィ・コロニーより出撃したガンイージが、ビームバズーカでラングを撃破する。

 

 「ガンイージ、もう実戦配備されてる機体があるの?コッチのは、データ収集の為に優先的に回してもらってるってのに!!」

 

 援軍が来た心強さと、何より自分と同じ女性のパイロットに活を入れられ、再び闘志を漲らしたマヘリアは、ビームライフルでGキャノンを1機墜した後、迫ってくるガンイージに視線を向けた。

 

 「リガ・ミリティアの新型を托されてんだろ!!そんな奴が弱腰じゃ、他のパイロットに示しがつかねーぞ!!」

 

 赤いショートカットの女性…………ヘレン・ジャクソンの乗るガンイージは、ヘビーガン部隊を置き去りにするように、マヘリアのガンイージに向かって一直線にバーニアを吹かせる。

 

 「突出した機体を狙え!!アレを放置すると、厄介そうだ!!」

 

 先行していくヘレンのガンイージは、Gキャノンの照準の中に自ら入っていく。

 

 「ビームキャノンの射程の長さを舐めるなよ!!」

 

 Gキャノン・パイロットの言葉は聞こえないが、まるで聞こえたかのように、ヘレンの口元が緩む。

 

 「わりぃが、コッチにも長距離射撃用の機体はあるんだよ!!」

 

 ヘビーガンの部隊の中から、青と白の機体が現れる。

 

 その機体の持つ獲物……………腰に装備した2つの砲身を合わせ、凄まじい長さになったキャノン砲を構える機体…………

 

 「何?あの機体!!ガンダム??」

 

 マヘリアが驚きの声を上げると同時に、その長いキャノン砲から、極太のビームが粒子を撒き散らしながら放たれる。

 

 そして、そのビームはGキャノンを薙ぎ払う!!

 

 その隙にヘレン機はマヘリア機に接近すると、ビームバズーカでGキャノンを撃ち墜とす。

 

 「コッチは、私とコイツで充分だ!!リファリアは、ラング隊を頼む!!」

 

 「了解した。こっちは任せろ」

 

 リファリアが指示を出すと、ヘビーガンの部隊の中から、先程Gキャノンを薙ぎ払ったガンダム・タイプの他に、装備の違う2機が飛び出した。

 

「フォルブリエは前に出ろ!!リースティーアは後方より狙撃!!プロシュエールは隙を付いて近接戦だ!!」

 

 リファリアの指示に、メガ・ビームシールドを持つガンダム・タイプが前に出て、ラングの攻撃を尽く無効化した。

 

 その後方からは、先にGキャノンに放った長いキャノン砲……………ロング・ビームバレルを装備したガンダム・タイプが、牽制攻撃を仕掛ける。

 

 その牽制攻撃をかい潜った敵機に、装甲を薄くして機動力を高めたガンダム・タイプが、その懐に入り、ビームサーベルで切り裂く!!

 

「あれは………………F90か!!それも3機!!旧式だが……………それでも、欠点を補いながら上手く戦っている!!優秀な指揮官がいるのか?これならイケる!!」

 

 ようやく戦線に追い付いたトライバード・ガンダムが、ラングの攻撃を簡単に躱し、脱出艇を狙うラングを次々と墜としていく。

 

「ようやく新型ガンダムのお出ましか。前線で戦ってないエリートは、いいトコだけ持ってってエース気取りかい」

 

「あら、フォルブリエよりはイイ腕してるじゃない。ただの温室育ちのお坊ちゃんじゃ無さそうよ」

 

「新型のガンダム・タイプに乗ってんだ。あの機動力でラングを簡単にやれなきゃ、ただの雑魚だ。あれに乗れば、リースティーアだってエースになれるぜ」

 

 ラングを絶妙な連係で倒したガンダム・タイプの3機は、少し落ち着いた戦場で暫くトライバードの戦いぶりを観察していた。

 

 圧倒的なスピードで宇宙空間を疾走する新型ガンダムの姿は、いかにガンダム・タイプ……………F90に乗っているとは言え、モビルスーツ・パイロットにとっては嫉妬の対象にしかならない。

 

「あらあら、私はサナリィ駐屯のリガ・ミリティア部隊の中では、エースのつもりなんですけど!!プロシュエールこそ、新型のガンダム・タイプに乗らないとスコア上がらないんじゃないの?」

 

「お前達、無駄口を叩いているんじゃない。敵はまだいるぞ。ヘレンを見習って、もう少し仕事しろ」

 

 リファリアの言葉に、F90を改修しモデファイした機体に乗る3人は戦線に復帰した。

 

 ヘレンはマヘリアのガンイージと背中合わせにして、Gキャノンを次々と墜としていた。

 

「あんた、なかなかヤルね!!気に入ったよ!!」

 

「ありがとぉ♪正直ヤバイって思ったけど、助かったよ!!」

 

 2機のガンイージは、今日初めて出会ったとはとても思えない連係で、お互いをフォローして戦う。

 

 マヘリアは先程までの焦りや絶望感は消え、心の落ち着きを感じていた。

 

「あんたとは気が合いそうだ!!このまま敵を一掃して、基地に戻るよ!!」

 

 ヘレンの言葉にマヘリアは頷き、操縦菅を握りしめる。

 

 被害が増えていくザンスカール軍は、脱出艇の破壊が困難と判断するやいなや、後退を始めた。

 

 輸送艦は破壊出来たのと、サナリィ駐屯のリガ・ミリティアのほぼ全勢力と戦える程の戦力を投入していなかった事。

 

 そして、アーシィ専用モビルスーツの試験の為、リガ・ミリティアの戦力を残しておく必要があったからだ。

 

 リガ・ミリティアも、後退するザンスカール軍を深追いする程の余裕もなく、そのままサナリィの基地に戻っていく。

 

「被害は最小限ですんだか……………しかし、ベスパの後退が早すぎる気がする。嫌な感じだな……………」

 

 レジアは不安を感じながらもヘビーガンの部隊に合流し、母を失ったサナリィ・コロニーの中に再び入っていった…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サナリィでの激闘
襲われるマイ


「ちょっと!!何をするのよ!!」

 

 サナリィのリガ・ミリティア基地内で、マイは2人の男に挟まれていた。

 

「別に、何もしてないだろ。ちょっとメシに誘ってるだけだ」

 

「お前達の脱出艇を助けたのはオレ達だぜ。少しは感謝して、付き合うのが礼儀ってモンだろ」

 

 無事にサナリィ・コロニーに入り、コロンブスⅢのモビルスーツ・パイロット達は疲労困憊で、早々に割り当てられた部屋で休んでいた。

 

 マイは、命懸けの脱出劇を経験し、興奮もあったのか休めずに基地内をウロウロしているうちに、男達に絡まれてしまう。

 

 基地は、やはり男の職場であり、マイのようなパイロットでもなければ技術屋でもない女性は貴重であり、そういう目で見られがちである。

 

 2人の男の1人、プロシュエールがマイの前に立ちはだかり、もう1人のフォルブリエが横からマイの肩に手を回す。

 

「ちょっ!!触んないでよ!!」

 

 マイはその手を振りほどこうとするが、軍人上がりの男の力は強く、とてもほどけない。

 

 逆にその動きが、フォルブリエの胸にマイは身体を預ける格好になってしまう。

 

「なんだ、お前もその気か?なら、嫌がる事ねーだろ」

 

 いやらしい笑みを浮かべながら、プロシュエールはマイの横に回り込み、腰に手を持ってくる。

 

 左右から男に挟まれ、マイは言い様の無い恐怖を感じた。

 

(誰か助けて!!お願い!!)

 

 足は震え、瞳には涙が溜まる。

 

 しかし、恐怖が身体強張らせ、マイの心とは裏腹に男達の言いなりにさせた。

 

 こういう経験をすると、改めてレジア達は紳士だったと思い知らされる。

 

 基地内の無機質な廊下を無理矢理歩かれ、照明が暗くなってくにつれ、マイの恐怖は増強されていく。

 

「さぁ、この部屋に入れ」

 

 暗めの部屋に、シングルの…………お世辞にも綺麗とは言えないベッドが1つ置いてある。

 

「ちょっと!!食事するだけでしょ!!なんでこんな部屋に入らなきゃいけないの!!」

 

 マイは大声を出して抵抗するが、男2人の力にかなう訳もなく、無理矢理部屋の中に押し込まれた。

 

 マイはこれから起こるであろう行為を想像し、心臓が強く………早く脈うち、絶望感に支配されていく。

 

「ここには人は来ないからなぁ……………大声出してもいいゼ!!」

 

 プロシュエールの手が、マイの服を掴み、力が入る。

 

(レジアさんっ!!)

 

 マイは目をギュッと瞑り、咄嗟に胸を守るように腕を組んだ。

 

「声は聞こえなくても、心の叫びは聞こえんだよ!!残念ながらな!!」

 

「その手を放せ!!リガ・ミリティアの品位が落ちる!!」

 

 その声は、マイには聞き慣れた……………

 

 そして、今までとは違う、聞いてて心が落ち着く男の声……………

 

 ニコルとレジアの声だった。

 

「てめぇら、なんでこの場所が分かった??」

 

 フォルブリエの驚きの声に、ニコルが鼻で笑う。

 

「だから大事な人の心の叫びは、ドコにいたって聞こえるんだよ!!大事な人のいないヤツには分からないだろうがな!!」

 

 おちゃらけて言うニコルの言葉に、しかしレジアは真顔のまま、怒りの表情を崩さない。

 

「そんな事はどうでもいい!!さっさとマイさんから手を放せ!!」

 

 レジアの気迫の籠った声に、プロシュエールは思わずマイから手を離す。

 

 その隙を付いて、マイは震える足に力を込めて、一目散にニコルの側まで必死に走った。

 

「ちっ!!エリート野郎どもがっ!!お前達は、いつも後方で遊んで、女遊びも出来るからいいだろうさ。コッチは前線で女を抱く暇も無けりゃ、遊べる女もいねぇんだ。男ならチッたぁ察しろ!!」

 

 プロシュエールは、懲りずにマイの方に歩みを進める。

 

 マイは、プロシュエールが迫ってくるだけで身がすくんだ。

 

「おい、来んじゃねぇよ!!」

 

 ニコルの声を無視して、プロシュエールはマイに近づいていく。

 

「確かに、いつ命を失ってもおかしくない状況で、精神が…………心が壊れても仕方ないかもしれない。だが、オレ達は何故立ち上がった!!ザンスカールの……………カガチのやり方に疑問を感じたからじゃないのか!!前線にいるからストレスが溜まる……………なら、連邦に戻って戦争せずに生きていけばいい!!」

 

 レジアの過去を知っているマイとニコルは、その言葉が胸に響いた。

 

 しかしプロシュエールとフォルブリエには、エリートの綺麗事にしか聞こえない。

 

「うゼェな!!てめぇ!!」

 

 フォルブリエの拳が、レジアに迫る!!

 

 レジアはその拳を難なく避けると、強烈な膝をフォルブリエの鳩尾に突き刺す!!

 

「ぐほぉ!!」

 

 言葉にならない悲鳴を上げて、フォルブリエは地面に倒れる。

 

「ちっ!!冗談じゃねぇ!!最新モビルスーツに苦も無く乗れて、たまに前線に顔を出す程度の奴に………最前線のオレ達に新型を廻してくれりゃ、仲間もオレ達も危険に晒される事もねーのによ!!」

 

 マイに向けて出していた足を止め、悔しさを滲み出すプロシュエール。

 

 レジアはマイとプロシュエールの間に割って入り、口を開く。

 

「なら、ガンダムに乗ってみるか?オレと模擬戦で勝負だ。お前はガンダム、オレはジェムズガンでもいい。それで、お前がオレに勝てれば、トライバードはくれてやる!!」

 

 その言葉に、プロシュエールの口元が緩む。

 

「なら、2対2でやろうぜ!!オレのスナイパーも使っていいから、ソッチの機体、何か貸してね」

 

「ざけんな。やるなら3対3だ。模擬戦なら、実戦に近い方がいいだろ」

 

 鳩尾を押さえて立ち上がったフォルブリエは、レジアを睨みながら提案を口する。

 

「なら、そっちは3人でいい。こっちは2人で充分だ!!」

 

 レジアの芯の通った言葉に、一瞬場に緊張が走った。

 

「ハンデは、そのくらいでイイかな??諸君!!」

 

 一瞬で場の緊張を壊したニコルに、レジアは溜め息をつく。

 

「彼等も、これから供に戦う仲間だ。ニコル、無理に喧嘩を売るな」

 

 ニコルを宥めたレジアは、しかし理念や理想を持って戦う事の難しさを感じていた……………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4機のF90

 

「で……………あんたら、女の子を襲ったうえに、模擬戦の約束までしてきたのかい?」

 

 冷ややかな視線をフォルブリエに向けたヘレンは、明らかに呆れた顔をしている。

 

「仕方ねぇだろ!!成り行きだよ。成り行き。だが、新型のガンダムを素直に差し出すとはな!!話の分かる馬鹿で助かるぜ。なぁ」

 

 フォルブリエは、横にいたリースティーアに同意を求めた。

 

「あらあら…………私にふらないでくれる。同類に見られるじゃない」

 

 明らかに不満そうな顔をしてフォルブリエの言葉に反応したリースティーアに、プロシュエールが豪快に笑う。

 

「いやぁ、お前だってガンスナイパーに乗れるって、はしゃいでただろ?結構、同類なんじゃないのか?」

 

「あら、私はパイロットとしてモビルスーツに興味があるだけで、女の子の身体にしか興味のない変態さん達とは違いますわよー」

 

 プロシュエールの言葉に、更に不満そうな顔をしたリースティーアが、挑発するような目で2人を睨む。

 

「3人とも、それまでだ」

 

 ヘレンと同じく呆れた顔をして話を聞いていたリファリアが、溜め息をつきながら3人に割って入った。

 

「今回は、新型のガンダム…………トライバードと、ニュータイプ専用機のガンスナイパーをうちで使わせてもらえる。プロシュエールはトライバード。リースティーアはガンスナイパーを使ってくれ」

 

 「じゃあ、オレだけ、いつものF90だな。使い慣れてる機体だから、まぁいいが……………ミッションパックは、いつものでいいよな?」

 

 フォルブリエはそう言うと、自らの愛機F90Gタイプを見上げる。

 

 F90……………サナリィのフォーミュラ計画で産み出された、新規格の小型モビルスーツである。

 

 性能を検証する為のワンメーク・モデルであり、当初は2機しか組み立てられず、のちに3機目が組み立てられるが、量産されていない機体だ。

 

 運用目的ごとに装備を変えられるミッションパックと呼ばれる兵装を、ハードポイントに換装出来るようになっている。

 

 ザンスカール帝国との戦いに備え、サナリィのファクトリーにあったパーツを組み合わせ、リファリアと天才モビルスーツ・マイスターだったレジアの父が密かに組み上げた機体……………それが、現在リガ・ミリティアのゲリラ組織が使っている4機のF90の正体であった。

 

 ミッションパックは、フォルブリエのG(ガード)タイプの他に、リースティーアのB(ボンバード)タイプ、プロシュエールのF(ファイト)タイプ、リファリアのO(オフィサー)タイプのみがあり、他のミッションパックは見つかっていない。

 

 「フォルブリエがGタイプに乗るなら、戦術はいつもと変えなくて大丈夫だろ?新型ガンダムは近接、スナイパーは支援の特性のある機体だから、やり方を変える必要もない」

 

 「そうだな……………ただ、リースティーアは気をつけろよ。サイコフレーム搭載の機体だ…………オールドタイプでも使えるだろうが、性能の全ては出せない筈だ」

 

 プロシュエールの言葉に頷いたリファリアは、リースティーアに視線を向ける。

 

 「あらあら、心配してくれてるのかしら?でも、安心して。射撃タイプのモビルスーツとは相性いいのよねー」

 

 リースティーアは軽口を叩くと、そのままガンスナイパーのコクピットに消えていく。

 

 「この模擬戦に勝てば、新型ガンダムはウチらのモンだ。終わったら新型ガンダムに乗っけてもらうぜ!!」

 

 フォルブリエはプロシュエールの肩を叩くと、乗り慣れたF90のコクピットに滑り込む。

 

「さてと、新型ガンダムで一捻りしてきてやるか!!」

 

 プロシュエールは、腕を回しながらトライバード・ガンダムに近づく。

 

「結局、相手はジェムズガン2機で戦うんだろ?リファリア、あいつら勝てるんじゃないか?」

 

「ん?多分駄目だろ。ジェムズガンとはいえ、相手はエースとニュータイプだぞ。それに、あのガンダムタイプは、かなりの機動性だ。プロシュエールに乗りこなせるとは思えないな…………」

 

 ヘレンの心配をあっさりと否定したリファリアは、トライバード・ガンダムに目を移す。

 

「V計画、雛形の機体か…………そういえば、あのマヘリアってパイロット、本当にシュラク隊に推薦していいのか?条件的に無利なんじゃないか?」

 

「リガ・ミリティアが認めて、正式にガンイージを託されたパイロットにしか入隊許可が出ないってヤツかい?」

 

 ヘレンもガンイージに似たフォルムを持つトライバードに目を移し、V計画が着実に進行している事を実感する。

 

「マヘリアなら大丈夫さ。私と肩を並べて戦えるんだぞ。確かに、ファクトリーのテストパイロットだったみたいだが、誰よりもイージを使いこなしてると思う」

 

「戦闘記録は少ないが、月面基地付近の戦闘で生き残ったパイロットだ。評価はされてるか…………分かった、推薦状は書いておくさ」

 

 そう言うと、リファリアは立ち上がる。

 

「模擬戦、見ていかないのか?」

 

「勝負にならない戦い程、つまらないモノは無いさ。奴等には、いい御灸になるだろうが…………ジェムズガンに負けて、プライドがズタズタにされた後のフォローが面倒臭そうだな…………」

 

 リファリアがモニターに視線を移すと、トライバードとガンスナイパーが出撃していく映像が写し出されている。

 

「忙しくなるのは、これからだ。ヘレン、シュラク隊の事も重要かもしれないが、まずは戦艦を無事に飛び出させる事が最優先だ。よろしく頼む」

 

 リファリアの言葉に、ヘレンは頷く。

 

(この基地の地下で建造中の戦艦……………技術者を総動員させて、サナリィの技術の全てをつぎ込んでいると聞く。それが完成したら、この基地はどうなるんだろう?)

 

 ヘレンはそんな考えを抱いたまま、モニターを見つめた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイの想い

「レジアさん…………ごめんなさい!!私のせいで変な事になっちゃって…………」

 

 ジェムズガンの最終チェックをするレジアに、マイは申し訳無さそうな表情で声をかけた。

 

「なに、マイさんが謝る事は何もないさ。むしろ助けに行くのが遅くなって、すまなかった」

 

「そんな……………助けに来てくれた時、凄く嬉しかったです。なのに、レジアさんの大切なトライバードを奪われるかもしれないのに、私………何も出来ないから…………」

 

 目を伏せて謝るマイの姿を見て、レジアは笑顔を作る。

 

「ニコルも助けてくれるし、オレ達が負ける訳がないさ。それに、これから仲間になる人達の技量も図れる。マイさんは昨日の事は忘れて、オレ達の応援だけよろしく頼むよ。この話は、コレで終わりな!!」

 

 嫌な記憶を思い出させないように振る舞うレジアの気遣いと言葉が、マイの心を揺さぶる。

 

(レジアさんだって戦争で両親を失って、その後もリガ・ミリティアのエースってプレッシャーと必死に戦ってるのに………私を助けたばっかりに、あんな連中に温室育ちのエリートだって馬鹿にされて、大切なトライバードも奪われるかもしれないのに……………それでも、笑って接してくれるんだ………)

 

 真剣にジェムズガンの状態をチェックする横顔を、マイは何故だかボーッと見つめてしまう。

 

「マイさん、そろそろハッチ閉めるから、そこにいると危ないよ。少し離れて」

 

「あっ………はい!!スイマセン!!」

 

 声をかけられた事で我に返ったマイは、心臓が高鳴り顔を少し朱に染めながら、ハッチから離れる。

 

 離れた際に、ちょうどニコルがジェムズガンに乗り込もうとする所を目撃したマイは、そのままジェムズガンのコクピットに滑り込んだ。

 

「って、マイ!!何故にオレの機体にスルッと乗り込んだ!!ボチボチ出るから、遊んでやってる暇ねーぞ」

 

 レジアとは違い、ろくに機体のチェックもしていないであろうニコルを横目に見たマイは、大人と子供の違いを痛感した。

 

「ニコル、昨日はアリガトね!!で、チョット動かすよ。無重力って便利よね!!」

 

 レジアの時の対応を見ていたら、あまりに違うマイの言動にニコルは怒るかもしれない。

 

 やけにアッサリした態度も、模擬戦を控えて多少緊張しているニコルは気にならなかった。

 

 しかし、マイが操縦管を突然握って動かし始めたのには流石に驚く。

 

 ???

 

 頭の中がハテナマークに支配されたニコルは、マイの行動を理解出来ず状況を整理するのに時間がかかり、その行動を止める事が出来なかった。

 

 その隙に、マイはニコル機であるジェムズガンの腕を、前にいるレジア機に伸ばす。

 

「おいニコル!!何遊んでるんだ!!そろそろ出るぞ!!」

 

 レジア機の肩を掴んだ事で[お肌の触れ合い回線]が可能になった瞬間、レジアの声がニコル機のコクピットに流れた。

 

「いや…………今、マイにコクピット占領されてっから、オレ関係ないんだけど…………」

 

 ニコルの呟くような声に被せるように、マイの口が動く。

 

「レジアさんっ!!頑張って下さい!!あと、私の名前に[さん]付けないで下さい!!じゃ!!」

 

 マイは、自分の心臓の鼓動を感じながら矢継ぎ早に喋ると、ニコル機のコクピットから出ていった。

 

「なんだったんだ……………今のは???」

 

 呆然とするニコルに、レジアから回線が入る。

 

「マイの為に、この戦い負けられないぞ!!昨日の事をトラウマにしない為にも、圧倒して勝つぞ!!」

 

「へいへい、了解です。いつになく熱いっスね」

 

 ニコルの言葉に、レジアは自分が普段より力が入ってる事に気付く。

 

「ニコル!!2人の恋路を邪魔しちゃ駄目よ!!」

 

「はっ??なんだって??」

 

 ミューラからの通信に、ますます訳が分からなくなるニコル。

 

「レジアも、女の子泣かしちゃ駄目よ!!しっかり勝って、マイちゃんの気持ちに応えてあげなよ♪」

 

 マヘリアからも通信が入り、女性陣からの言葉にレジアは首を捻る。

 

([お肌の触れ合い回線]って、外に聞こえないんじゃ??)

 

 レジアがそう思った矢先……………

 

「あーっ、オンラインになってる…………ざんねーん…………」

 

 ニコルの言葉に、表示を確認したレジアは頭を抱える。

 

「ざんねーん♪」

 

 マヘリアの茶化した声に続いて、笑い声が2人のコクピットに流れ込む。

 

「レジアさんっ!!あいつらに何か言ってやった方がイイっすよ!!絶対、今の状況楽しんでる!!」

 

「あんな事があった後だ。暗くなるより、ずっといいさ」

 

 少し笑っていたレジアは、頬を叩いて気合いを入れ直す。

 

(本当に、いいチームだな。ここの連中にも伝えたい。本来、仲間なんだから……………)

 

 レジアは一瞬目を瞑り、そして、しっかりと瞳を開く。

 

「レジア・アグナール!!ジェムズガン、出るぞ!!」

 

 漆黒の宇宙に、レジアの乗るジェムズガンが飛び出していく。

 

 遠ざかっていくジェムズガンのバーニアの光を、マイは祈るようにモニター越しに見つめていた…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイの想い 2

 モニターの先では、いよいよ模擬戦が始まろうとしている。

 

「マイ、早くしな!!模擬戦、始まっちゃうよ!!」

 

 マヘリアの声に背中を押されるように、マイはモニターの前に小走りで辿り着く。

 

「ガンダムと戦うなんて…………レジア、大丈夫かな?」

 

 マイは胸の前で手を組み、祈るような姿勢を作る。

 

「F90とトライバードじゃレースカーと普通のスポーツカーぐらい性能が違うから、ガンダムの性能を発揮出来ずにレジアの圧勝よ」

 

「それにマイさん、模擬戦は通常兵器を使うんじゃないんですよ。モニターがビームを認識して、機体に当たったら、やられました~って、モニター上に表示されるだけで、命をかける訳じゃないですから」 

 

 マヘリアとクレナがマイの横に座り、マイの不安を取り除こうと声をかけた。

 

「それは…………分かってるんですけど、レジアが負けたらガンダムはあいつ等の手に…………そうなっちゃったら、わたし……………」

 

 不安な表情を崩さないマイに、ミューラが後ろから肩を抱く。

 

「大丈夫よ!!レジアはエースを超えた、超エース級のパイロットよ。ジェムズガンでガンダムを相手にしても、そんな簡単にやられないわ。ニコルもフォローするだろうし…………それに、マイちゃんが見守ってるんだから、普段より数倍は強くなってるはずよ!!」

 

 肩を優しく摩ってくれるミューラは、まるで母のような表情を浮かべる。

 

 そんなミューラの手の温もりを感じながら、マイは自分の体温が上がり、顔に血が集まってくるのを感じた。

 

「えっ!!な…………何言ってるんですか?わた…………私達は別に………そんな…………」

 

 吃るマイの背後に、巨大な女性の影が現れる。

 

 「大丈夫!!まだ一方通行でも、私達がついてる!!」

 

 その影の正体…………エステルが、豪快に笑いながらマイの背中を叩いてくるが、その発言に女性陣の視線が集まった。

 

 「エステルさんっ!!一方通行とか言わないの!!」

 

 エステルの腕を抓りながら、ミューラは歪むその顔を睨む。

 

 「いでででで!!分かったよ!!まぁ、可愛い娘に好かれてるんだ。レジアだって悪い気はしてない筈さ」

 

 「えっ?……………エステルさん、本当ですか?」

 

 あまりに真面目なマイの反応に、会場全体が笑いに包まれる。

 

 「ただ…………私がレジアさんに好意を持ってるって、皆さんは何で知ってるんですか?」

 

 マイは恥ずかしながら、しかし聞かずにはいられなかった。

 

 先程の会話は[お肌の触れ合い回線]を使った筈だし、自分の気持ちが感づかれている事が気になってしまう。

 

「レジアとの通信、オンラインだったから全部聞こえてたし、そうでなくても、あんたの態度見てれば一目瞭然でしょ?」

 

「えっ………………えーーー!!」

 

 マヘリアは呆れるように両腕を広げ、それを見たマイは頬を朱に染め、顔を覆った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

模擬戦開始!!

「さて、ボチボチ始めようか!!」

 

 トライバード・ガンダムを駆るプロシュエールが叫びながら、2機のジェムズガンの間を駆け抜けていく。

 

「ニコル、連携は相手が上だっ!!敵を個々に分断し、各個撃破していくぞ!!」

 

 猛スピードで駆け抜けるトライバード・ガンダムを見ながら、しかしレジアの声は落ち着いている。

 

「アイアイサー!!隊長!!」

 

 ニコルもまた、圧倒的なスピードのトライバード・ガンダムを見ている筈だが、その声には余裕すら感じられた。

 

 ジェムズガンが臨戦態勢を整えると、飛び回っていたトライバード・ガンダムも、F90・Gタイプの背後に戻る。

 

「あらあら、遊びはもうオシマイなのかしら?」

 

 ガンスナイパーのコクピットから、リースティーアが話しかけた。

 

「ああ、この機体なら単機でもいける。ガキは2人にまかせるぜ!!」

 

 そう言うと、プロシュエールはトライバード・ガンダムをレジア機に向かって飛ばして行く。

 

「なんて自分勝手な野郎だ!!」

 

 フォルブリエは悪態をつきながらも、ニコル機に標準を定める。

 

「リースティーア!!ジェムズガンに遠距離攻撃能力は無い。なぶり殺しにしちまえ!!」

 

「あらあら、汚いお言葉。でも、元よりそのつもりよ!!」

 

 ガンスナイパーが、メガ・ビームライフルを構えた。

 

 そして、その視界にニコル機のジェムズガンを捉える。

 

 が、その瞬間…………………

 

「あら……………この機体……………オート・ロックオンが出来ない……………」

 

「は??んな訳ねーだろ!!マニュアルのロックオンで、動いてるモビルスーツに長距離砲が当たるかよ!!調整ミスじゃねーのか?」

 

 フォルブリエが怒鳴るのも無理はない。

 

 戦闘中は機体同士が接近すると言っても、ビームサーベルを使うような超接近戦をしない限り、視認レベルではモビルスーツは米粒のようにしか見えないのだ。

 

 超接近戦をしても、米粒のように見える距離に離れるまで数秒とかからない。

 

 つまり、オートでロックオンをして、更に正確に射撃するならば手動で微調整をするのが普通である。

 

「あらあら…………………本当に整備不良かしら??いえ…………やっぱり、この機体にはオートロック機能がついてない!!」

 

 それでも射撃に自信のあるリースティーアは、マニュアル・ロックオンでニコル機に向けてメガ・ビームライフルを放つ。

 

 その模擬戦用の殺傷能力の無いビームは、確かにニコル機のいた場所を通過した。

 

 しかしジェムズガンとは言え、その動きは手動だけで当てるには、あまりにも速い。

 

 とりあえず射ってみたメガ・ビームライフルは、ジェムズガンには擦りもしないで、機体の遥か横を通過する。

 

 それでも、マニュアル操作のみでジェムズガンの元いた場所を正確に射てるリースティーアの腕は、かなり高いモノと言う事が出来るだろう。

 

 ただ、感覚だけで機体を操作するニコルは、警戒もせずにガンスナイパーとの距離を詰めていく。

 

「ちっ!!リースティーア、距離をとれ!!」

 

 ニコルの行方に、メガ・ビームシールドを展開したF90・Gタイプが立ち塞がる。

 

「メガ・ビームシールドか………………厄介だな………………なーんて、言うとでも思ったかい??」

 

 ニコルもジェムズガンのビームシールドを展開し、F90・Gタイプに突っ込んでいく。

 

「なっ!!お前、ライフルを何処に置いてきた!!」

 

 模擬戦が開始した時は、確かにニコル機の手にビームライフルは握られていた……………しかし、今その手にビームライフルは無い。

 

「気付くの早いのは流石だね!!でも……………遅い!!」

 

 ニコルが叫んだ瞬間、フォルブリエ機の撃破を伝える情報がモニターに表示される。

 

「一体、何が……………」

 

 呆然とするフォルブリエの視界の先で、ニコルはワイヤーに付けて飛ばしたライフルを回収していた。

 

「まさか、ワイヤーを使って…………」

 

 そう……………モビルスーツの手首に内臓されているワイヤーを使って、F90・Gタイプの背後から有線でビームを発射したのだ。

 

 高い空間認識能力が無ければ、出来ない芸当である。

 

 フォルブリエは、実力差を痛感していた。

 

 そんなフォルブリエ機には目もくれず、ニコル機はバーニアを全開にして加速し、ガンスナイパーに接近していく。

 

「あらあら…………フォルブリエが一瞬で…………これが、ニュータイプの力とでも言うの!!」

 

 ガンスナイパーはメガ・ビームライフルから、通常のビームライフルに持ち替えてニコル機を狙うが、全く当たらない。

 

 逆に、ニコルの正確無比の射撃で、ガンスナイパーは行動が制限され……………そして、追い詰められていく。

 

 ロックオンがマニュアルでしか出来ない事を除けば、ガンスナイパーの性能はジェムズガンを凌駕している。

 

 それでも……………である。

 

「オートの射撃ってスゲー楽!!で、これで!!」

 

 ニコルはオートとマニュアルのロックを繰り返し、リースティーアに的を絞らせない。

 

 ほぼ身動きがとれなくなったガンスナイパーのコクピットに、直撃の表示がモニターに表れた。

 

「あらあら……………強すぎるわ…………こんなに凄いの………………」

 

 リースティーアはニコルの力に脱帽し、肩を竦めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

性能差のある模擬戦

 その頃、プロシュエールの操縦するトライバード・ガンダムと、レジアの駆るジェムズガンが刃を交えていた!!

 

「エースだか何だか知らねぇが、くたばりやがれ!!」

 

 加速しながら飛び込んでくるトライバード・ガンダムに対し、レジアは最小限の動きでそれを躱す。

 

「闇雲に飛び込んでくるだけでは、オレには通用しないぞ!!」

 

 加速力がある分、動作が大きくなるトライバード・ガンダムの動きに付いていく、レジアのジェムズガン。

 

 トライバード・ガンダムの描く大きな円の中で、小さな丸を作り出すように、最小限の動きで圧倒的な機動力の差を埋めていく。

 

「ちっ!!!ジェムズガンで、新型ガンダムの動きに付いてきやがる!!流石はエースと呼ばれるだけはあるな。だがっ!!」

 

 トライバード・ガンダムは加速し、ジェムズガンに的を絞らせないようなスピードで、ライフルからビームを連射する。

 

 ジェムズガンのビームの射程に入っても、次の瞬間には射程外に飛び出していく。

 

 それでも、レジアは慌てていない。

 

 ジェムズガンにビームシールドを展開させ、機体にビームを当てないように小さく動く。

 

 レジアに反撃の意思が無いのか……………ビームライフルを持つジェムズガンの右腕は下がったままだ。

 

「反撃する余裕も無いみてぇだな!!リガ・ミリティアのエースとか煽てられてても、大した事ないぜ!!」

 

 プロシュエールは得意満面な笑みを浮かべながら、ヒット・アンド・アウェイの戦法を継続する。

 

 その言葉を聞いて、レジアの表情も緩む。

 

「新型のガンダムで戦ってるんだ……………普通のパイロットなら、ジェムズガン如き瞬殺だろうに……………そっちこそ、腕を磨き直した方がいいんじゃないのか?」

 

 レジアの挑発的な物言いに、プロシュエールは自らの頭に血が昇るのを感じる。

 

「ざけんな!!ちょっと手を抜いてやりゃあ、いい気になりやがって!!そんなに瞬殺されたきゃ、やってやんぜ!!」

 

 トライバード・ガンダムのバーニアが火を噴き、そのスピードが更に増す。

 

 その姿を見て、ようやくジェムズガンがビームライフルを構えた。

 

「はっ!!ようやく反撃する気になったか!!だが、ジェムズガンの機動性で当たるかよ!!」

 

 プロシュエールの言葉に、再び口元を緩ませるレジア。

 

 当てる気があるのか……………プロシュエールの言う通り、ジェムズガンのライフルから連射されるビームは、トライバード・ガンダムを捉えるには遅すぎる。

 

 その遅いビームの束を、アポジモーターとバーニアを駆使して尽く躱すトライバード・ガンダム!!

 

 しかし、コクピットの中は少し事情が違っていた。

 

 プロシュエールが、トライバードの加速・回避性能に操縦が追い付かなくなっていく。

 

 遅い攻撃かもしれない…………ジェムズガンとトライバード・ガンダムでは、機体性能に差がありすぎる……………それでも、レジアは考えながらビームを放っていた。

 

 トライバード・ガンダムの性能と、プロシュエールというパイロットの癖を考慮しながら、絶妙の位置にビームを置いていく。

 

 余裕で躱せるようでいて……………しかし、躱した先にビームが飛んで来るように仕組んでいる。

 

 頭に血が上って冷静に対処出来ないプロシュエールは、トライバード・ガンダムの性能の限界を引き出そうと必死になっていた。

 

 ダッシュ力もあればストップする力も桁違いのトライバード・ガンダムは、その性能故にパイロットにかかる負担も大きい。

 

 トライバード・ガンダムに振り回されるプロシュエールは、加速・停止・回避に伴う衝撃や横揺れに意識が飛びそうになっていた。

 

(何なんだ?こんな状態で、戦闘なんか継続出来ねぇぞ!!)

 

 プロシュエールは、もはや限界だった。

 

 だが、その動きを緩めたら、レジアのジェムズガンにやられる……………動きが遅い筈の機体から、凄まじい程のプレッシャーをプロシュエールは感じる。

 

 その迷いを感じとったのか………………ジェムズガンの動きが素早さを増していく。

 

 ジェムズガンでトライバード・ガンダムの動きを捉える……………厳しいのは、レジアも同じだった。

 

 コクピットに鳴り響く警告音を無視して、レジアもジェムズガンの能力を限界まで引き出し始める。

 

 そこまでしなければ、トライバード・ガンダムの通常の動きにすら付いていけないのだ。

 

 トライバード・ガンダムとジェムズガン………………

 

 それぞれの放つビームが交差する中、当然辛いのはレジアの方だった。

 

 眼が霞む程のスピードを持つトライバード・ガンダム相手に、集中を切らさずにプレッシャーを与え続ける。

 

 「くそっ!!相手はジェムズガンだぞ!!こんな馬鹿な事があるかっ!!」

 

 ピンポイントで嫌な場所に放たれるビームに、回避のスピードを緩められないプロシュエールは、普段の戦闘ではあり得ない加速の中、ついに操作ミスを犯す。

 

 それでも、ジェムズガンのビームはトライバード・ガンダムを捉えられない。

 

 だが、何度も繰り返される状況に、根負けしたのはプロシュエールだった。

 

 愚直に放たれるビームに、プロシュエールの腕が悲鳴を上げる。

 

 動きが単調になったトライバード・ガンダムが、ジェムズガンから放たれるビームに直撃するまで、数分とかからなかった。

 

 プロシュエールはなす統べなくコクピットに直撃を受け、撃破を告げるアラームがコクピットを包む。

 

「冗談じゃねぇ……………これで俺達と同じオールド・タイプだって??」

 

 プロシュエールは、トライバード・ガンダムのコクピットで大きく息を吐きながら、レジアというパイロットの強さと恐怖を感じていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗躍する影

 レジア・ニコルの勝利……………機体差を考えれば圧勝という結末に、観戦モニターの前では歓声が上がる。

 

 レジア、ニコルの戦い方は、サナリィ・コロニーで戦うレジスタンスには衝撃的であった。

 

 激戦を共にしてきたパイロット達が、性能の劣る機体達に破れたのである。

 

 それでも、自分達が建造している戦艦を託すのに相応しいと、技術者達は胸が高鳴った。

 

 同時に、レジアとニコルを応援していたコロンブスⅢのクルー達の間には、歓喜の輪が広がっていく。

 

「やったぁ♪2人ともスゴーい♪」

 

「良かったね、マイさん!!」

 

 マヘリアとクレナが、マイの体を両方から抱きしめる。

 

「はい…………本当に良かった。2人とも…………私の心の傷も救ってくれた…………ありがとう…………レジア、ニコル…………」

 

 少し涙ぐむマイの心からの言葉に、ミューラは自らの心も温かくなっていくのを感じた。

 

「ねぇ、マイ。レジアの誕生日も近付いてきたし、お礼も兼ねてプレゼントでも買って、どこかで食事でもしてきたら??きっと喜ぶわよ」

 

「あー!!それイイ♪行って来なよマイちゃん!!ニコルは私が可愛がってあげとくから、安心してねー♪」

 

 ミューラの提案に、マヘリアが悪戯な笑みを浮かべて乗っかってくる。

 

 少しずつだが、共に戦う者同士、絆が生まれ始めていた。

 

 意識はしてないが、その場にいた全員が、そんな感覚に包まれていく。

 

 時を同じくして、レジスタンスの施設の中で暗躍する影があった。

 

「こっちがトライバード・ガンダムのデータで、これがガンスナイパーとガンイージと…………送信完了だな」 

 

 小さな端末にデータを読み込ませ、男は不適な笑みを浮かべる。

 

 薄暗くした部屋の灯りが、端末から発する青白い光を増長させ、男の顔を怪しく照らしだす。

 

 「後は、基地の位置データか……………レジアと、ニコルとか言うニュータイプ……………予想以上の強さだが、まぁ……………知ったこっちゃないか。俺の仕事はココまでだしな」

 

 男は端末を閉じると、何事も無かったように、賑わう基地の中に戻って行く。

 

 模擬戦が終わった後のリガ・ミリティアの……………レジスタンス達の基地は、久しぶりにお祭りのような賑わいを見せている。

 

 レジアやニコルの戦いは、サナリィで戦うレジスタンスに大いなる希望を抱かせるには充分であり、その想いが歓迎ムードをより加速させた。

 

 皆が浮かれている分、男に作業させる環境は整ってしまっている。

 

 模擬戦から戻ってきたモビルスーツからデータを盗み、そのデータを送る時間は充分にあり、誰にも知られずに仕事を終えてしまった。

 

 そのデータの送り先は……………

 

 スクイード1

 

 カイラスギリー艦隊総司令、タシロ・ヴァゴ中佐へであった………………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゲルダとアーシィ

「眠いし、ダルいし…………何でオレが、レジアの誕生日プレゼント選びに付き合わなきゃいけねーんだ!!」

 

「もーうるさいなぁ……………お昼オゴッてあげるって言ったら、ヒョコヒョコ付いてきたのニコルなんだから、少しは一緒に考えてよ!!男の人が喜びそうな物って、よく分からないんだから…………」

 

 模擬戦から数日後、ニコルとマイはサナリィにあるショッピングモールに買い物に来ていた。

 

 コロニー内部は気温調節されているが、季節を楽しむ為の工夫はされている。

 

 日本が好きな技術者がいたのか……………ショッピングモールの広場には桜が咲いている場所もあり、賑わっていた。

 

 「結構、人がいるんだな。花見なんて、楽しいのかねぇ…………?」

 

 「桜かぁ………………小さい頃、おばあちゃんの家で見た以来だなぁ……………日本にはね、桜の並木道があったりして、すっごい綺麗なんだよ!!あっ、ニコルには分からないよねー」

 

 そんな他愛もない会話をしながら、2人は色々な店を覗いていく。

 

「誕生日の定番っつったら、手作りケーキだろ!!食材買って練習しろ!!練習!!」

 

「今から練習して、どーにかなるか!!ケーキは、お店で買った方が絶対に美味しいの!!」

 

 明らかに面倒臭くなっているニコルの適当な考えに、マイが怒りの声をあげる。

 

「まぁ…………定番なら、時計とかベルトとか財布とか……………レジアなら、何あげても喜んでくれんじゃねーの?」

 

「やっぱり、その辺が無難よね…………始めての誕生日プレゼントだし…………」

 

 そんな会話をしながら、ショッピングモールの端にある少し洒落た店に、2人は入ろうとした…………その時、通りの陰に男性がいる事にニコルが気付いた。

 

「あれ……………リガ・ミリティアの技術者の人じゃないかな?模擬戦の前に、機体の整備をしてくれてた気が……………」

 

「そうなの?私は記憶にないなぁ………」

 

 マイは首を傾げ、男性の姿をよく見ようと少し近寄ってみる。

 

 すると、その男性は、綺麗で長いピンク色の髪を持つ女性と話をしていた。

 

「お父さん……………お父さんの考えも分かるけど、家族の事も考えてよ!!お母さんの病気は、帝国から支給される薬じゃないと症状は抑えきれない。それに、スージィだけ地球に降ろしたって……………」

 

「母さんの事は心配に決まってる!!だが…………オレは自分の信念を曲げる事は出来ない!!スージィは叔父さんの所に………ラゲーンに無事着いている。大丈夫さ…………」

 

 その男性…………ゲルダ・リレーンは目を泳がせると、ニコルと目が合う。

 

「おお、ニコルじゃないか!!ちょっとコッチに………」

 

 ゲルダは女性との会話を止めたかったのか、手招きでニコルを呼び寄せる。

 

「やっぱり…………模擬戦の時、機体の整備をしてくれた技術者さんですよね!!」

 

「覚えててくれたか。模擬戦、お疲れだったな!!」

 

 ゲルダとニコルは、握手してお互いの労を労った。

 

「あの……………そちらの方は…………」

 

 マイが正面に立つ女性を見て、握手している2人に声をかける。

 

「ああ、すまない。こいつはアーシィ・リレーン。オレの娘だ」

 

「あっ!!私は、マイ・シーナっていいます。で、コッチのちっこいのは、ニコル・オレスケスです」

 

 整った顔立ちで優しく微笑むアーシィに、マイは緊張気味に自己紹介をした。

 

 ニコルも、アーシィのモデルの様なスタイルの良さに…………綺麗な顔に、一瞬言葉を失う。

 

「父がお世話になってるみたいね。これからも、父をよろしくお願いします」

 

 差し出された手に、顔を赤らめて…………照れながらニコルは握手する。

 

 すると、今までに感じた事のない…………何とも形容しがたい感覚がニコルの中に飛び込んできた。

 

 アーシィも同じ感覚を感じたのか、表情が一瞬固くなる。

 

「アーシィさんは、サナリィで何をされてるんですか?やっぱり技術者さんとか?」

 

 アーシィが首を横に振ると、爽やかなシャンプーの香りがニコルの鼻に吸い込まれていく。

 

 しかし、2人はアーシィの口から紡ぎ出される言葉に、声を失うような衝撃を受ける。

 

「私は、ザンスカール軍のモビルスーツ・パイロットよ」

 

 と……………

 

 目を白黒させている2人を見て、ゲルダが口を開く。

 

「こいつの母…………まぁ、オレの妻なんだが…………太陽風にやられてしまっていてね。その症状を抑える薬が、アメリアにしかないんだ。だから、娘はやむを得ずザンスカール軍に志願したんだ」

 

「その治療薬は高価で希少価値が高くて、軍から支給してもらわないと手に入らないの。だから父にもザンスカールに………アメリアに戻ってほいのよ!!」

 

 アーシィの切実な願いの言葉に、ニコルとマイはアーシィが敵である事を忘れかけてしまう。

 

「だかな…………ザンスカールはマリア主義を掲げる一方で、ギロチンで制裁を加える矛盾した政策をとっているし、何よりサナリィの仲間にした仕打ちをオレは忘れられない!!」

 

 ゲルダもまた、胸の内に隠していた言葉を口にする。

 

 自分の娘………スージィに向けられた、ザンスカールのイエロージャケットが狙う銃口…………それに身を呈して守ってくれたレジアの母、レイナに………そして、その息子であるレジアに、自分の存在を忘れられていたとしても、必ず力になると心に決めていた。

 

「辛い………ですね………」

 

 マイはゲルダを見て、自分が好きな人や大切な人と離れ離れになっても…………敵になったとしても、信念を貫けるか……………心に問いかける。

 

(私は、どんなに間違っていても、好きな人の傍を離れられないな………ゲルダさんの考えが正しいって思えない…………)

 

 しかし、マイはその考えを口には出来なかった。

 

「なぁ……………その薬って、連邦からは手に入らないのか?」

 

 ニコルの言葉に、アーシィは悲しそうな表情で首を横に振る。

 

「元々、アメリアでしか作られてない薬だから、出回ってないの。だから連邦では高官以外は手に入らないわ」

 

 ニコルは腕組みしながら、しばらく考えて込む。

 

「じゃあさ、その高価な薬の一生分の数を手に入れて、お母さんをアメリアから救出できたら、アーシィさんはオレ達の仲間になってくれるかい?」

 

「そうね………そんな風になったら素敵ね………」

 

 アーシィの顔を見て、ニコルが頷く。

 

「どんな事も、諦めたらソコで終わりだ!!希望を持っていこうぜ!!」

 

 ニコルの無邪気な言葉に、アーシィは苦笑いし、マイは呆れて溜息をついた。

 

「2人とも、この事は内緒にしてくれ。信じてもらうしかないが、スパイみたいな事はしてないから………」

 

 ゲルダがニコルとマイを見て言うと、2人とも頷く。

 

 「今の話を聞いてたら、スパイとかじゃないって分かります。それに、このままじゃ2人とも悲し過ぎますよ!!家族が離れ離れになって、戦争するなんて…………」

 

 「そうだな!!だから、オレも頑張るよ!!」

 

(レジアだって、常に諦めずに戦ってるんだ!!オレだって!!)

 

 ニコルは、心に力を込める。

 

 マイは好きな人と一緒にいれる幸せを噛み締めながら、プレゼント選びを再開した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Wのミッションパック

「F90が4機も……………かなりのカスタマイズが施されているように見えるが…………」

 

「まぁ、ここは技術屋が集まっているからな…………資金も限られているから、ベースのある機体を使うしかないんだ。それでも、サナリィの今の技術を踏まえて造られたラングとやり合うのは厳しいんだが…………さっきの模擬戦で、モビルスーツの性能以上に、パイロットの腕が重要なのがよく分かったよ」

 

 レジアとリファリアは、モビルスーツ・デッキでカスタマイズされたF90を見上げていた。

 

「オレの機体はオフィサー・タイプで、索敵・通信能力を強化させた…………まぁ、指揮をとるのに適している。他の機体には、長距離射撃に特化させたり、接近戦用だったり…………ベスパの機体に基本性能で劣る分、それぞれの長所を最大限に活かせるミッションパックを装備させている」

 

「流石は、サナリィの技術者達が集まった基地だな。旧式の機体でも、充分にザンスカール軍に対抗出来ている」

 

 模擬戦で圧倒したにも関わらず、レジアは本気で凄いと思う。

 

 その言葉に偽りが無い事を感じたリファリアは、自慢気に自分達がカスタマイズしたF90を見つめる。

 

「リファリアさん、戦艦の建造状態はどうですか?私も手伝えるなら、手伝いたいんですが………」

 

 レジアの隣にいたミューラが、少し心配そうな顔でリファリアに聞く。

 

「ああ、完成まであと一歩なんだが…………元々造られていたモビルスーツ・デッキの扉が開かないのと、新型の核融合炉の調整が出来てないんだ……………優秀な技術者のミューラさんに手作って貰えるなら、助かる」

 

 ミューラの提案に、リファリアは新造戦艦の図面を持ってきて、問題となっている箇所を指差す。

 

「モビルスーツ・デッキの扉が開かない??なんでだ??」

 

 図面を見ながら、レジアが首を捻る。

 

「この戦艦の開発責任者は、貴方の父親だったのよ。サナリィが襲われた時、ラングの開発と共に強要されたのが、ザンスカール建国時に自分達の力を見せつける為に飛ばす予定だった戦艦の開発だった。その計画を逆手にとって、ダブルバード・ガンダムの母艦としての戦艦を作ってたのよ」

 

 そこでミューラは言葉を止めると、目を閉じた。

 

 サナリィでの戦いを思い出したのか……………ミューラの閉じた瞳から、一筋の涙が頬を伝う。

 

「モビルスーツ・デッキには、何か隠したかった技術があるのかもしれない。扉を開けるには、なんらかの暗号が必要なのかも………?」

 

 ミューラは涙を拭うと、力の戻った瞳で設計図を見直す。

 

「分かった………オレも手伝うよ。親父が考えたんなら、何か気付ける事があるかもしれない。でも、なんでサナリィの一部分だけが狙われたのか分かったよ。ベスパの連中は、戦艦を奪いに来てたんだ………」

 

 レジアは、まだ見ぬ戦艦に思いを馳せる。

 

「今、開発の指揮をとっているゲルダ・リレーンは休暇で休んでいるから、明日から手伝ってくれ」

 

 リファリアはそう言うと、再びF90に視線を移す。

 

 「実は、もう1つ…………ミッションパックはあるんだ………Wの文字を与えられたミッションパックが…………」

 

 リファリアは、ボソッと………思い出したかのように呟いた。

 

 「W………ですって!!WarbirdTypeが……………完成しているんですか?」

 

 ミューラの大声に…………その驚きの大きさに、レジアは呆気にとられる。

 

 「いや、まだ完成には至っていない。ウォーバード・タイプ…………戦場を駆け抜ける翼…………ミノフスキー・ドライブを搭載したレコードブレーカーが1機でも残ってくれていたら、あるいは…………」

 

 首を横に振るリファリアの姿を見て、ミューラは肩を落とす。

 

 「おいおい、サナリィの中でもトップレベルの頭脳を持つ2人がいて、お手上げは無いだろ?ミューラさんは、ミノフスキー・ドライブを搭載する予定のダブルバードを完成させるんだろ?なら、ほぼ完成しているミッションパックの1つぐらい、余裕で実践レベルに仕上げられるさ!!オレやニコルの戦闘データも使ってくれていい!!」

 

 レジアは明るい声で、2人の不安を掻き消すかのように声を発した。

 

 「そうね…………タブルバード・ガンダムを完成させる為の近道になるかも…………リファリアさん、早速で悪いですけど、ウォーバードの図面と実物……………見せて貰えますか?」

 

 ミューラの言葉に、レジアとリファリアの顔が笑顔になる。

 

 「なぜだか、オレもウォーバードを装備したF90が飛び立つ姿が想像出来たよ。ミューラさん、やりましょう!!」

 

 強力なタッグが完成した事に、レジアは嬉しくなった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ザンスカールのニュータイプ専用機

「これが……………新型のモビルスーツか…………」

 

 アーシィの目の前には、純白のモビルスーツがある。

 

 まるで蝶々のような美しい機体…………戦場には似つかわしくない、華麗さを感じた。

 

「はっ、大尉の反応速度に充分ついていける機体だと思います。サイコミュ搭載型なので、レジスタンスの新型にも遅れはとらない筈ですよ」

 

 開発者の説明を聞きながら、アーシィはモビルスーツの肩部が異様に大きいのが気になった。

 

「肩は…………あんなに大きくする必要あったのか?」

 

「あれは、フレキシブル・バインダーですよ。姿勢制御にも加速にも使える優れ物なので、使い勝手抜群です。それに、リフレクター・ビットが搭載されているのと、Iフィールド発生装置にミノフスキークラフトも装備されています。アーシィ大尉の力になる事間違い無しです!!」

 

 技術者の力の篭った発言に、かなり優秀な機体である事は想像できる。

 

 「しかし、過去に似たような機体を、博物館で見たような気がするが…………キュベレイと言ったか…………」

 

 「ええ、よくご存知ですね。デザインは真似させてもらってます。開発期間が短かったので…………キュベレイの問題だった肥大化を抑えるだけ抑えていますし、フレキシブル・バインダーも、かなり高性能になってます!!その上、Iフィールドで防御も万全!!かなりイイ出来ですよ!!」

 

 ザンスカール帝国が勃興して、まだ間もないこの時期、モビルスーツ開発はサナリィを接収して急ピッチで進められていたが、まだ充分では無かった。

 

 そんな時期にニュータイプ用の機体を開発するのであれば、現在の戦闘に対応出来る事が条件ではあるが、過去のデザインを模倣する事も必要な事だとも思う。

 

 「サイコミュも搭載されていると言ったな…………サイコミュ・ジャックとかって技術もあると聞いた事があるが…………大丈夫なのか?」

 

 「以前、アナハイムが研究していた技術ですね。今のレジスタンスにサイコミュ・ジャック搭載機を造る余裕があるようには思えませんし、今はサイコミュ・ジャック・キャンセラーの技術も開発中です。ザンスカールとサナリィの技術者のレベルは、過去の技術者よりレベルは上がってますよ」

 

 技術開発の底は見えない…………まして戦争中なら、自分達が使いたい技術の対応策ぐらいは考えるモノだ。

 

 まぁ、そんなモノか……………

 

 アーシィは溜め息をつくと、技術者からマニュアルを受け取る。

 

「とりあえず、実戦でデータをとってくればいいんだろ?」

 

「お願いします。それと、リフレクター・ビットにファンネルのような攻撃能力はありません。ビームを反射する機能なので、上手く使って下さい。高出力のビームは反射出来ないので、そこだけ気をつけて!!」

 

 サイコミュ・ジャック登場後、ファンネルを含めたサイコミュ系の技術開発は滞っていた。

 

 技術が遅れているのは、当然と言えば当然である。

 

 「なる程…………だから、拡散ビームが搭載されている訳か…………使いこなせるモノかな?」

 

 アーシィは呟くと、その純白の機体に乗り込む。

 

 技術者が離れて行くのを確認した後、薄い赤のノーマル・スーツを着た男がアーシィの乗るコクピットに近付いて来た。

 

 「マデア少佐!!こちらに来ていたのですか?」

 

 「ああ………この機体はベスパではなく、我等【マリア・カウンター】が開発した機体だ。開発費用の関係で、過去の遺物に縋るような形になってしまったが…………充分な機体性能を持っている」

 

 頭から被るタイプのマスクを着けた男…………マデア少佐と呼ばれた男は、アーシィのヘルメットに自分のヘルメットを付けて、周りの人に聞かれないように話をする。

 

 「分かっています。この機体でニュータイプの力を示し、マリア様の考えを変えてもらわなければ…………」

 

 「そうだな…………まぁ、あまり力むなよ!!」

 

 アーシィは頷くと、純白の機体……………マグナ・マーレイの起動シークエンスを始めた。

 

 「マデア少佐、ハッチ閉めます。私の戦い…………見ていて下さい」

 

 「よろしく頼む。今回は、マグナ・マーレイの実戦テストが目的だ。敵を見つけても、深追いはするなよ」

 

 アーシィは頷くと、マグナ・マーレイのハッチを閉める。

 

 「アーシィ・リレーン、マグナ・マーレイで出ます!!」

 

 アーシィの駆るマグナ・マーレイは、ラング2機を引き連れて出撃した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

桜の舞うコロニーで……

 天から、純白の花びらが舞う。 

 

 コロニー内では、咲いていた桜が散り始めている。

 

 そんな白い贈り物の中、マイは一人噴水の前に立っていた。

 

 暖かな春の陽気が、心地好い風になって吹き抜けていく。

 

 そんな心地好い陽気の中、マイは1時間近く立って、待ち人を待っている。

 

 今日はレジアの誕生日…………マイの周囲は、穏やかな空気が流れていた。

 

 そこに、争いの喧騒など微塵も感じない。

 

 しかし、戦争は実際に行われている。

 

 マイの待ち人……………レジアは、誕生日のお祝いをする約束をした直後、戦場に駆り出されていた。

 

 約束といっても、メールで『OK』と入っていただけ…………穏やかな空間に身を置くマイの心は、逆に沈んでいく。

 

 レジアが戻って来ないのに、この穏やかさ…………

 

 もう戦いは終わって、レジアが墜とされたんじゃないか……………そんな不安が、マイの心を何度も過ぎる。

 

 レジアは、リガ・ミリティアのエースパイロット。

 

 絶対に大丈夫と自分に言い聞かせながら、しかし不安になっていく自分がいる。

 

 ピピピッ

 

 不意に握りしめていた端末から、メール着信の合図が贈られてきた。

 

『遅れてゴメン!!今から行くよ!!』

 

 春の陽気の中、心は凍えていたマイだったが、そのメールだけで体全体が暖かくなっていくのを感じる。

 

 マイの顔から、自然と笑みが溢れた。

 

 それからの時間は、それまでと違い、桜が散る花びらの風情を楽しむ余裕がマイに生まれる。

 

「ゴメン、待たせたね!!」

 

 離れていた時間は1日にも満たない…………それでも戦場に出てる時間は、永遠に続くんじゃないか…………そう思える程である。

 

 だからこそ、再び会えた時のレジアの声は、マイには懐かしく、愛おしく感じられた。

 

「大丈夫!!レジアとデート出来るなら、少し待つくらいヘッチャラだよ!!」

 

「そうは言っても、結構ヒマそうに立ってたぞ!!遅くなった分、今日は沢山、楽しませるぞー」

 

 普段とは違い、オフモードになって……………自然と手を繋ぎ引っ張ってくれる力強さに、マイの心は更に高まる。

 

 レジアは、Tシャツにジャケットを羽織っただけのラフな格好であったが、帰還後直ぐに飛び出してくれた感じがして、マイは嬉しかった。

 

 レストランに入り、早めのディナーを堪能した2人は、しばらくライトアップされた桜の散る風景を窓越しに無言で眺める。

 

 その光景は、とても平和に見えた。

 

「ねぇレジア……………誕生日だし、プレゼントがあるの。喜んでもらえるか分からないけど………」

 

 マイは、白と青でラッピングされた箱を取り出す。

 

「うわっ、凄い嬉しい!!女の子から、ちゃんとしたプレゼント貰うなんて始めてだな!!」

 

「うそっ!!リガ・ミリティアのエースパイロットが、モテない訳ないじゃん」

 

 頬を膨らますマイに優しい微笑みを返したレジアは、その箱を受け取った。

 

「ホントだよ。学生時代は両親にしか祝ってもらった事は無いし、リガ・ミリティアに参加してからは、人同士で争ってるから、皆ピリピリしてて……………誕生日を祝う余裕なんて無かった。でも、こうゆうのって凄いイイなって思う。心に余裕も出来るし、リフレッシュ出来る。戦争なんて早く終わらせて、また平和な世界を作らなきゃって思わせてくれる………」

 

 そんなレジアの言葉に、マイの顔にも笑顔が戻る。

 

「ねぇレジア、開けて見てよ。そんなに大した物じゃないけど………」

 

「でもマイは、オレの為にプレゼント選んでくれたんだろ。オレの事を考えて、プレゼント選んでくれてる時間も込められてるから、どんな物でもオレにとっては大切で貴重な物だよ」

 

 レジアはそう言うと、包装紙を破れないように、丁寧に剥がしていく。

 

「おお!!腕時計だ!!欲しかったんだよ!!」

 

 そう言いながら、早速レジアは腕時計を身につけた。

 

「マイ、ありがとうな。じゃあ、今度はオレから。プレゼント買いに行ってる余裕が無かったから、中古で悪いんだけど、オレにとっては大切な物だから………」

 

 レジアはラッピングしていない箱を取り出すと、中からダイヤモンドのペンダントを取り出す。

 

「えっ?」

 

 驚くマイ。

 

 輝くダイヤモンドには、光で反射する彫刻が施されており、マイの瞳には神々しく映る。

 

「こんな綺麗なの、頂いていいの?」

 

 思わず息を飲む美しさに、マイはダイヤモンドに吸い込まれて行くような感覚になった。

 

 「それは、父と母の形見なんだけど、オレが持っていてもペンダントなんて付けないし、マイに身に付けてもらって毎日見せてくれる方が、オレも両親も嬉しいんだ」

 

 「そんな……………大事な物、受け取れないよ!!」

 

 思わず声が大きくなるマイをレジアは笑顔で制して、その細い首にペンダントをかけた。

 

 「ありがとう……………大切に………大事にするね……………」

 

 マイはペンダントに付いたダイヤモンドを握りしめる…………その時、マイの携帯端末の着信音が鳴り響く。

 

「はい?」

 

「ねぇマイ!!そこにレジアいる??」

 

 ミューラの切羽詰まった声に、マイは驚いた。

 

「ミューラさん、どうしたの?そんな声出して。レジアと今、食事し終わったトコだよ。凄い綺麗なペンダント貰っちゃった♪今度ミューラさんにも見せてあげるね♪」

 

「ペンダントって…………レジアの身体は大丈夫なの?戻ったら直ぐ出てっちゃうし、トライバードは手足が吹き飛んで大変な状態だし、ニコルのガンスナイパーなんて、もうメチャクチャで…………」

 

 ミューラの今にも泣き出しそうな声を聞いて、マイは一瞬にして血の気が引いていく。

 

「レジア、トライバードが損傷したって……………」

 

 思わず通話を切ったマイは、嬉しさから心配な表情に変わった顔で…………不安な瞳をレジアに向ける。

 

「ああ、今度のザンスカールの新型は手強い。正直、勝てる気がしない。だけど………だからかもしれないけど、無性にマイの声が聞きたくなったんだ…………」

 

 普通の状態であれば、レジアの言葉は嬉しかったかもしれない。

 

 しかし、戦場では死と隣り合わせと実感した直後だっただけに、その言葉はマイには届かなかった。

 

「レジア、身体は大丈夫なの?今日はもう休もう!!早くメディカルチェック受けに帰ろう!!」

 

 マイは本当にレジアの身体が心配で、いてもたってもいられない。

 

 素早く会計を済ませると、レジアの手を引いて外に出る。

 

 桜が舞い、白い絨毯のように花びらが重なる道を、マイはその雰囲気すら感じる余裕もなく、早足で歩き続けた。

 

 ゴォーン!!ゴォーン!!

 

 突然、真横から大きな鐘の音が鳴り響き、そこで始めて自分達が協会の前にいる事に気付く。

 

 桜吹雪が、教会の前にいる2人を包み込んでいる。

 

 歩みを止めたマイは、ようやく神秘的な世界に自分がいる事を理解した。

 

「マイ、身体の事を心配してくれるのは嬉しいけど、本当に大丈夫だから。ただ、今は少しだけこうさせてくれ………」

 

 レジアは、マイの身体を優しく包み込んだ。

 

 その温かさに、マイも自分の腕をレジアの背中に回す。

 

 純白の桜の花びらが、2人を祝福する中で…………

 

 2人だけの時間が流れている、その中で………

 

 レジアの腕時計が、2人だけの時間を刻み始めていた………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

F90の戦い

「なんで、基地の場所がバレてんだ?スパイでもいるんじゃねーのか!!」

 

 フォルブリエが愚痴りながら、F90Gタイプで先行する。

 

「そう愚痴りなさんな。オレらの基地がバレた訳じゃないし、模擬戦で欲求不満なんだ。ザンスカールの奴等に八つ当たりしてやろうぜ!!」

 

 プロシュエールがF90Fタイプのコクピットで、豪快に笑う。

 

「あら、でも基地の場所がバレたのは深刻じゃない?今まで、基地を攻撃された事はないのに………」

 

 リースティーアが言うように、サナリィ内にあるリガ・ミリティアの基地は攻撃を受けた事がない。

 

 物量が圧倒的に少ないリガ・ミリティアが、ザンスカールの正規軍と戦うには、ゲリラ戦しか方法が無かった。

 

 その為、基地の場所は常に極秘であり、基地間の連携は指揮官しか行っておらず、その基地の場所がザンスカールに攻撃を受けたという事は、味方の中にスパイがいると疑わざるを得ない。

 

 そのぐらい、事は重要だった。

 

「確かに、うちらの基地までバレてたらマズイな。例の戦艦が奪われちまったら、俺たちは完全に足を失う」

 

 フォルブリエは周囲を警戒し、敵に見つからないように低空で移動する。

 

 レジアの率いる後続のヘビーガン隊より先行していた3機は、サナリィ内にある、もう1つの基地にいち早く辿り着いた。

 

 しかしそこは、基地と言うには無理がある…………そんな惨状であり、焼け野原と化している。

 

 ヘビーガンやジェムズガンの残骸と化した物も、そこら中に転がっていた。

 

「こんな………コロニーの中で、地表だけを綺麗に焼くなんて…………」

 

 リースティーアが驚くのも、無理はない。

 

 コロニー内で高出力のビームを放てば、コロニー本体を破壊し、穴を開けてしまう。

 

 つまり基地を襲ったモビルスーツは、コロニーを破壊しない程度にビームの力をコントロールし、その上で援軍がくる前に基地を全滅に追い込んだ…………という事だ。

 

「こりゃ……………本気でヤバイかもな…………プロシュエールは、オレ達の後ろに隠れてろよ!!装甲の薄いその機体じゃ、弱いビームでも致命傷になっちまう!!」

 

 「わーってるよ!!けど、基地を短時間で焼き尽くすなんて、一体何機のモビルスーツを出してやがんだよ」

 

 プロシュエールの乗機であるF90Fタイプは、そのミッションパックの特製を活かす為に、機体の装甲を薄い物に変更するカスタマイズを施してある。

 

 その為に、弱いビームでも装甲を貫通してしまう恐れがあった。

 

 フォルブリエは、F90Fタイプの位置に注意しつつ索敵範囲を広げる。

 

「リースティーア!!2時の方向!!3機だっ!!」

 

 機影を発見したフォルブリエは叫ぶと、F90Bタイプの前に出てメガ・ビームシールドを構えた。

 

「あらあら、居残って偵察していた部隊かしら………固まっちゃってると、3機纏めて墜としちゃうよー」

 

 リースティーアが、固まって動いているザンスカール機に狙いを定める。

 

「ビームの出力を落として………照準………入った!!墜ちろー♪」

 

 3機の真ん中にいる機体を目掛けて、F90Bタイプの構える出力を絞ったメガ・ビームライフルが火を噴く!!

 

「当たって…………ない!!てか、コッチにビームが戻ってきてんぞ!!」

 

 メガ・ビームライフルから放たれた閃光は、ザンスカール軍のモビルスーツに当たる前に方向を変え、何度かの方向転換の後、そのビームはF90の編隊に襲い掛かった。

 

 それを見たフォルブリエが、咄嗟に3機のF90が守れるように、メガ・ビームシールドを最大出力で展開する。

 

 ビームシールドに弾かれたビームは、四散して消えていく。

 

 「あらあら………明らかに、敵機に当たる前に跳ね返されたわ…………どうなってるの??」

 

 「そんな事より…………1機アンノウンが混じってるぞ!!ベスパの新型か??」

 

 見ただけで分かる…………純白のモビルスーツは、戦場では目立ち過ぎる。

 

 「あの白いの………狙って下さいって言わんばかりだな!!どうする??」

 

 プロシュエールの言葉が終わる前に、メガ・ビームライフルをフォルブリエ機に投げつけたF90Bタイプが、ロング・ビームバレルを構え始める。

 

 「おいおい………リースティーア、本気か??コロニー内で、そんなモンぶっ放つな!!それと、プロシュエールは後ろに下がってろ!!あの新型の能力を見極めるまでは、慎重に…………だ!!」

 

 ビーム兵器は何故だか反射されて、自分達に跳ね返されてしまう。

 

 であれば…………勝機があるとすれば、近接戦闘しかないが、フォルブリエの乗るF90Fタイプは装甲が薄い分、少しの被弾でも戦闘不能に陥る危険が高い。

 

 格闘戦に持ち込めるまでF90Fタイプを守れるかが、勝敗のポイントになるとフォルブリエは考えた。

 

 「リースティーア!!Fタイプを護衛しつつ、バタフライ野郎に近付くぞ!!オレの後ろから付いて来い!!」

 

 フォルブリエはF90Bタイプにメガ・ビームライフルを返すと、メガ・ビームシールドを構えたまま、近くに見えていた森に入って行く。

 

 「あらあら、お得意のゲリラ戦をやろうって事ね。ビーム兵器が効かないなら、実弾兵装に切替だなー。ボンバードの本領発揮ね!!」

 

 リースティーアは、モニターに映るロング・ビームバレルの表示をロング・バレルキャノンに変更すると、精密照準スコープに目を通す。

 

 「おい、リースティーア!!バレルキャノンもダメだ!!コロニーに大穴を開けるつもか??ミサイルランチャーとグレネードで対応するぞ!!」

 

 「あらあら………つまらないのね。ランチャーだろうがグレネードだろうが、コロニーに当たったら穴開くし、一緒じゃないの??」

 

 そう言いながらも、スコープから目を離したリースティーアは、素早くミサイルランチャーの照準をつける。

 

 そして森の中から、狙いをつけたラングにミサイルランチャーを放つ!!

 

 ガァァァァァン!!

 

 金属音の後に、爆発音がコロニーに響き渡る。

 

 「あらあら…………ラングはラングねぇ…………やっぱり強いのは、バタフライ野郎1機ってトコかしら」

 

 あっさりと実弾兵装でラングを撃破したリースティーアは、白のモビルスーツ…………マグナ・マーレイに照準を合わせた。

 

 「リースティーア!!動き回って撹乱するぞ!!的を絞らせるな!!」

 

 森の中を絶妙なスピードで、迷路のように生える木々を縫うように…………ゲリラ戦が得意なパイロットでなければ出来ない芸当で、3機のF90が動き回る。

 

 「背後をとった!!当てれる!!」

 

 マグナ・マーレイの死角…………モビルスーツの真下から背後に抜けたフォルブリエのF90Gタイプが、グレネードを放つ!!

 

 「一丁上がりだ!!」

 

 撃破したと思い込んだ視線の先で、銀色の球状の何かがグレネードを撃ち落とし…………そして、その銀色の球状の何かにF90Gタイプが囲まれている事に、その時始めてフォルブリエは気付いた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

F90の戦い 2

 「なんだこりゃ??当たったら爆発する…………なんて武器じゃなさそうだが…………」

 

 グレネードを打ち落とされた時に、その銀色の球状の物は爆発しなかった………

 

 つまり、触っても大丈夫であろうとフォルブリエは思ったが、得体の知れない武器に囲まれている不気味さはある。

 

 「あらあら…………とりあえず、銀色の球の囲みを突破したら??」

 

 リースティーアに促され、フォルブリエはF90Gタイプのメガ・ビームシールドを機体前面に展開し、バーニアを吹かせて突破を試みた。

 

 しかし、その銀色の球状の物は、F90Gタイプの動きに合わせるように動き、その囲みを突破出来ない。

 

 「あら??フォルブリエの動きが分かってるみたいに動く…………なら、これで!!」

 

 その囲みの外側から、リースティーアのF90Bタイプがビームサーベルを構えて銀色の球状の物に斬りかかる。

 

 が……………その動きも読まれているのか、紙一重のところで避けられてしまう。

 

 「やべぇ!!リースティーア、離れろ!!何かを撃ってくるぞ!!」

 

 マグナ・マーレイの肩部が光輝き………次の瞬間、拡散するビームが放たれる。

 

 そしてそのビームは、銀色の球状の物に当たる度に方向を変えながら、F90Gタイプに向かっていく。

 

 拡散され反射されていくビームは、まるで光の膜を作るかのように、F90Gタイプを囲い込み…………全方位からのビームを浴びせる。

 

 「ぐわぁぁぁぁぁ!!」

 

 光の膜が薄れていくと、地面に横たわるF90Gタイプの無残な姿が現れた。

 

 メガ・ビームシールドを展開していた左腕は無事だが、右腕と両足は何処かに吹き飛んで無くなっている。

 

 「あらあら…………今のは、一体何だったのかしら??それより、フォルブリエ、無事なの??」

 

 リースティーアの呼び掛けに、フォルブリエからの返事は無い。

 

 意識を失っているだけなのか、通信機器が壊れたのか、それとも…………

 

 リースティーアは、モニターに映るマグナ・マーレイを一瞥する。

 

 マグナ・マーレイのコクピットでは、アーシィが深い溜息をついていた。

 

 サイコミュ兵器を使うと、こうも疲れるモノなのか…………

 

 「あと…………1機か…………Fタイプは、我々の仲間だったな…………」

 

 そう言うと、木々の間を動き回るF90Bタイプに狙いを定める。

 

 「アーシィ大尉、そろそろ戻りませんと…………今回は、マグナ・マーレイの実戦テストが目的です。これ以上の戦闘は…………」

 

 「分かっている。しかし、敵に背を向けて引き下がる訳にもいくまい??F90を後1機やったら戻るぞ!!」

 

 隣にいるラングのパイロットにアーシィは言うと、銀色の球状の物…………リフレクター・ビットを展開していく。

 

 「森の中に隠れながら、ゲリラ戦をやろうって…………それが甘いんだよ!!」

 

 リフレクター・ビットの位置を確認すると、アーシィは拡散ビームを放つ!!

 

 拡散されたビームは、リフレクター・ビットに反射し、多角的な動きでF90Bタイプに迫っていく。

 

 「あら…………これは逃げきれないわね……………けどっ!!」

 

 リースティーアは、F90Bタイプの右手に持っているメガ・ビームライフルの照準をマグナ・マーレイに合わせる。

 

 「ビームを反射するボールで、機体を守っていない今なら…………墜ちろ、バタフライ!!」

 

 バーニアを思い切り吹かし、F90Bタイプは全方位から迫るビームの雨の中を、損傷覚悟で抜け出していく。

 

 その場に留まっていたら、F90Gタイプの二の舞になっていただろう………しかし、リースティーアは勇気を持って助かる最善の策を実行した。

 

 右足は吹き飛んだものの、メガ・ビームライフルは手放していない。

 

 そのメガ・ビームライフルが、マグナ・マーレイに向けて火を吹く!!

 

 リフレクター・ビットの脇を抜け、マグナ・マーレイに到達した…………確かに間違いなく、ビームがマグナ・マーレイを貫いたかのように見えた。

 

 だが、そのビームは、マグナ・マーレイの機体に触れるとIフィールドの効果で四散して消える。

 

 「コロニー内で、こんな高出力のビームを撃つなど…………正気とは思えん!!」

 

 アーシィなら難無く避けれたであろうビームを受けたのは、コロニーに穴が開く事を恐れたからだった。

 

 しかし、鈍重そうなマグナ・マーレイのフォルムもあり、リースティーアは勘違いをしてしまう。

 

 「あらあら………ビームは効かないのね…………なら、得意じゃないけど接近戦でいくわ!!」

 

 ビームサーベルを持って片足で跳ぶF90Bタイプ…………その行動は、余りに無謀だった。

 

 ミノフスキー・クラフトを搭載するマグナ・マーレイ相手に、ミノフスキー・フライトすら持たないF90では、重力下ではハンデがありすぎる。

 

 下から迫るF90Bタイプに、アーシィはマグナ・マーレイを軽く浮上させつつ、地面近くに浮くリフレクター・ビットを目掛けて拡散ビームを放った。

 

 「しまった!!」

 

 F90は、空中での姿勢制御はアポジモーターに頼るしかない。

 

 攻撃の届かない場所まてま浮上されたマグナ・マーレイからの攻撃と、下から迫るビーム………

 

 空中で両方防ぐのは不可能だった。

 

 リースティーアは、覚悟を決めて目を閉じる。

 

 「まだ……………まだ諦めるな!!上からの攻撃に集中しろ!!」

 

 リフレクター・ビットと拡散ビームの間に、閃光の如くバーニアを吹かした機体が飛び込んできた!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フォルブリエの盾

 「ぐわぁぁぁぁぁ!!」

 

 反射された拡散ビームの嵐の中に、F90Gタイプが飛び込んできた。

 

 拡散ビームの威力は、コロニーに穴が開かない程度の弱い出力で放たれている。 

 

 しかし、損傷したF90Gタイプの装甲をコクピットまで貫くには充分だった。

 

 「フォルブリエ!!そんな…………」

 

 F90Bタイプは、マグナ・マーレイのビームサーベルの攻撃を受け流すと、F90Gタイプが倒れた大地に着地する。

 

 自分を守る為に盾になったF90Gタイプは、装甲表面は焼けているものの、失った手足以外は原形を留めていた。

 

 それでも、コクピットへのダメージは深刻であろう事が、モニター越しでもはっきりと分かってしまう。

 

 「フォルブリエ…………ゴメン…………アンタの敵は、必ず討ってやるからね!!」

 

 F90Bタイプの腰に装備されたロング・ビームバレルを失った片足の変わりに地面に固定して、メガ・ビームライフルを構える。

 

 「コロニーに穴が開こうが……………貴様はココで墜とす!!地べたを這いずれ、バタフライ野郎!!」

 

 メガ・ビームライフルの銃口に、高濃度の粒子が凝縮されていく。

 

 と、その時……………

 

 マグナ・マーレイに飛び込んで来る、一筋の閃光を見る。

 

 「リースティーアさんっ!!慌てるな!!F90の部隊は、フォルブリエ機を回収して撤退しろ!!」

 

 閃光となってマグナ・マーレイに喰いついたトライバード・ガンダムのコクピットで、レジアが叫ぶ。

 

 「速い…………これがリガ・ミリティアの新型かっ!!」

 

 マグナ・マーレイの隣で浮いていたラングが、トライバード・ガンダムにビームライフルの銃口を向ける。

 

 そのラングのコクピットに、ピンポイントでビームが突き刺さった。

 

 「オレも忘れてくれるなよ!!F90Bより、射撃に特化してんのはコッチだ!!なんたって、スナイパーだからな!!」

 

 ニコルのガンスナイパーが、ビームライフルの射程距離ギリギリから、ラングを爆発させないような射撃1撃で撃ち墜とす。

 

 「あらあら…………あの子…………あの機体で、なんて当て感なの…………」

 

 模擬戦でガンスナイパーを使ったリースティーアは、その扱いづらさは身を持って知っている。

 

 だからこそ、その射撃の腕に驚愕と頼もしさを感じた。

 

 「リースティーア、すまねぇ!!離れ過ぎてた!!フォルブリエはっ!!」

 

 F90Bタイプの後方の木々の間から、F90Fタイプが現れる。

 

 「あら…………プロシュエール…………フォルブリエは墜とされたわ………Fタイプで戦闘しなくて、ある意味良かったかもね……………」

 

 「くそっ!!オレが接近戦を挑めば、生き残れる可能性が上がってたかもしれねぇ………いや、あのビームの嵐の中をFタイプの装甲で突っ込んだら、結局は何も出来なかったか……………」

 

 フォルブリエは、F90Gタイプの惨状を見て唇を噛み締めた。

 

 「私達じゃ、あの新型に太刀打ち出来ないわ…………撤退しましょう…………」

 

 「そうだな…………模擬戦で俺らに圧勝したレジアとニコルなら、あの新型を墜としてくれるよな。Gタイプと……………フォルブリエ機と共に撤退だ!!」

 

 プロシュエールは、無傷なF90FタイプでGタイプを抱え上げて、颯爽と撤退を開始する。

 

 「レジア達は、ヘビーガン部隊を引き連れてない…………2機だけで戦うつもりなのね………フォルブリエの敵討ち……………任せるわ」

 

 フォルブリエの敵を討ちを自分で出来ない不甲斐無さがリースティーアの心に残ったが、片足のF90では足手まといになると判断した。

 

 撤退するF90の後方で、レジアとニコル…………そしてアーシィの戦いが始まる…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ニュータイプの力

 

「ガンダム!!お前を墜とせば、お母さんに満足いく薬を支給してもらえるかもしれない…………いくぞ!!マグナ・マーレイ!!」

 

 マグナ・マーレイに飛び込んできた来たトライバード・ガンダムを押し返すと、F90から視線を外したアーシィは、新たに現れた2機…………トライバード・ガンダムとガンスナイパーに狙いを定める。

 

(今回は、マグナ・マーレイの実戦テストなのは分かっています…………でも少佐…………私の我が儘、許して下さい)

 

 深追いするなと上官から釘を刺されてはいたが、前回の戦闘でガンダム相手に敗走したアーシィは、なんとしても倒したい相手であった。

 

(少佐…………大丈夫です。無理せずとも、この機体ならやれる。相手がガンダムであろうと!!)

 

 アーシィは心の中で叫び、ガンダムとガンスナイパーを睨む。

 

 距離をとってマグナ・マーレイ対峙するガンスナイパーのコクピットでは、アンノウン表示のモビルスーツを見つめるニコルがいた。

 

 「どう見ても、新型だよなぁ…………あの肩のデカさ………パワー重視のモビルスーツか??トライバードを押し返してたし」

 

 「いや、ニコル。パワーだけなら、F90の部隊が簡単にやられる訳がない!!何かある…………慎重にいくぞ!!」

 

 レジアは、マグナ・マーレイが発する独特の雰囲気を感じとる。

 

 マグナ・マーレイとの距離を図りながら、その外観からモビルスーツの特徴を探ろうとレジアは目を凝らす。

 

 「こんなもん、やってみなきゃ分からねーって!!いくぜ!!」

 

 「慎重に………と言っただろ!!コッチは何の情報も無いんだ。だが、仕掛けないのでは埒が明かない。ニコル、合わせろ!!」

 

 不用意にビームを撃とうとするガンスナイパーの射線上にトライバード・ガンダムを移動させると、レジアは叫ぶ。

 

 そして、トライバード・ガンダムをマグナ・マーレイに再び喰いつかせる。

 

 離れた距離を一瞬にして詰めて来るトライバード・ガンダムに、アーシィの反応は遅れた。

 

 「なっ………速いとは思ったが、これ程かっ…………」

 

 驚いたが、それでもアーシィは冷静にトライバード・ガンダムに対しビームサーベルで迎撃体制をとる。

 

 マグナ・マーレイがビームサーベルを構えた瞬間…………トライバード・ガンダムが横にズレ、その後ろにいたガンスナイパーが姿を現す。

 

 「蝶々捕獲!!終わりだ!!」

 

 ガンスナイパーの持つビームライフルから、マグナ・マーレイに向けてビームが伸びる。

 

 ビームサーベルを構えた瞬間の、不意打ち気味な一撃…………。

 

 回避不能…………コクピットを貫く筈のビームの射線を見て、ニコルは勝利を確信した。

 

 しかし、回避不能であり、モビルスーツの装甲に当たった筈のそのビームは、飛散して消える。

 

 「なっ……………嘘だろ??」

 

 「まさか…………Iフィールド…………ニコル!!ビーム系の武器は弾かれるぞ!!ガンスナイパーでは、相性が悪い!!」

 

 レジアは声を荒げると、ガンスナイパーが狙われないように、トライバード・ガンダムで接近戦を仕掛けようと動く。

 

「Iフィールド??漫画じゃないんだ。そんな出鱈目な防御兵器があってたまるか!!何発か当てれば!!」

 

 リガ・ミリティアに参加しているものの、最近モビルスーツに乗り始めたニコルは、兵器に疎い。

 

 ニュータイプとしての覚醒が早かった分、感覚でモビルスーツを動かしている為、兵器の勉強もしていなかった。

 

 そんなニコルは、トライバード・ガンダムとビームサーベルで斬り合うマグナ・マーレイに対し、ビームを連射する。

 

 「なんなんだ、コイツは??危険な動きをしたかと思えば、無駄な動きもする。だが、そんな幼稚な動きに付き合っていられる程、私の気は長くない!!」

 

 ガンスナイパーから放たれるビームは、尽くマグナ・マーレイのIフィールドに無効化されていく。

 

 そして、アーシィは攻撃に移る。

 

 マグナ・マーレイの肩から、無数の銀色の球を射出したのだ。

 

 「なんだ??」

 

 レジアは、その銀色の球を回避する為、マグナ・マーレイから一瞬距離を広げる。

 

 「いい動きだ…………と、言いたいトコだが、リフレクター・ビットに囲まれた時点で、お前達の負けは決まっている!!」

 

 トライバード・ガンダムとガンスナイパーを囲い込んだ銀色の球………リフレクター・ビットは、ただ浮いているようにしか見えない。

 

 「なんだ??コレ??どうせ、当たったら爆発するとか、そんな兵器だろ??モビルスーツ戦で通用するか!!」

 

 ニコルがリフレクター・ビットの林の中を抜けようと動き出した…………正にその時、マグナ・マーレイの拡散ビームが火を吹いた………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ニュータイプの力2

 一直線に放たれた拡散ビームは、リフレクター・ビットによって角度を変化させ、全方位からトライバード・ガンダムとガンスナイパーに襲いかかる。

 

「なんとぉー!!」

 

「ちっ!!」

 

 ニコルはビームとリフレクター・ビットの動きを感覚的に感じて………

 

 レジアはモニターに表示されるデータを読み取りながら、機体の運動性能を駆使してビームを躱していく!!

 

「なんだと!!全方位からの攻撃を致命傷を避けて躱すなんて…………やはり、この2機のパイロット、格が違う!!」

 

 機体の性能は、先程まで戦っていたF90より高いのは一目瞭然であった。

 

 しかし、高性能機を操るには、それなりの技量が必要となる。

 

 そして、その機体を手足のように操るパイロット達に、アーシィは驚愕を隠せない。

 

 「パイロットの腕は、悔しいが私以上か…………だが、それでもマグナ・マーレイには勝てない!!」

 

 アーシィは躱されるのは承知の上で拡散ビームを射ち、それをリフレクター・ビットで次々と反射させていく。

 

 トライバード・ガンダムとガンスナイパーに襲いかかる無数のビームは、まるで雨のようだ。

 

「うおっ!!」

 

 「くっそー!!」

 

 流石の2人も、次々と放たれる全方位からの攻撃を、無傷で切り抜けるのは不可能だった。

 

 トライバード・ガンダムは右足を…………

 

 ガンスナイパーは両腕を…………

 

 それぞれ、持って行かれてしまう。

 

 だが……………

 

 反射するビームの嵐の中で致命傷を避け続け、更にはマグナ・マーレイを至近距離で捉えている。

 

 「なっ……………あのビームの中を……………抜けた…………」

 

 アーシィは、マグナ・マーレイのバーニアを噴かせて、なんとかトライバード・ガンダムとの距離をとろうとした。

 

 しかし、それを許すレジアではない。

 

「ニコル!!このまま接近戦に入る!!フォローしてくれ!!自分の機体に喰いつかれたまま、全方位の攻撃は出来ない筈だ!!」

 

 確かに損傷はした…………それでも1度攻撃を受ければ、その攻撃の弱点を導くレジアの感性は群を抜く。

 

「了解!!コッチは両腕が無くなったから、分離して撹乱するよ!!」

 

 ニコルの状況判断能力も高く、その牽制の動きは、マグナ・マーレイの動きを制限する。

 

 そんな状況の中、ビームサーベルを持って飛び込んで来るトライバード・ガンダムのスピードに、マグナ・マーレイは離脱出来ずに、同じくビームサーベルで応戦するしかなかった。

 

 「くっ……………このスピード……………マグナ・マーレイとて遅い訳ではないのにっ!!」

 

 接近戦ではレジアの言う通りで、拡散ビームは有効とは言えず、マグナ・マーレイの持つ防御兵器、Iフィールドも接近戦では役に立たない。

 

 だが、攻撃に行き詰まっているのは、ニコルも同じである。

 

 「コッチの実弾兵器は、バルカンぐらいか…………至近距離で当てればダメージになるか??」

 

 ガンスナイパーを分離し、コクピットのつくボトム・ファイターでレジアの戦いを見ていたニコルは、現状で自分の出来る戦い方を模索していた。

 

 Iフィールドがあるので、手持ちのビーム兵器は通用しない……………使える兵装は、ビームサーベルかバルカンしかない。

 

 両腕が飛ばされているガンスナイパーは、ビームサーベルは使えない為、いかにバルカンを有効に使うか、ニコルは考える。

 

 「あの厚そうな装甲にバルカンか……………牽制して、レジアに斬ってもらうしかねーな」

 

 そう呟くと、トップ・ファイターをマグナ・マーレイに向けて、バルカンを放ちながら近付いていく。

 

 が……………マグナ・マーレイの装甲は厚く、バルカンの攻撃は意にも介さず、レジアの攻撃を受けるのに集中しているようだった。

 

 「なるほど……………オレの方は相手にしなくても…………って感じだな。まぁ、バルカンだからなぁ……………でも、これならどーだ!!」

 

 ニコルはトップ・ファイターの影にボトム・ファイターを隠すと、その状態でマグナ・マーレイに飛び込んでいく。

 

 「喰らえー!!」

 

 ニコルは叫びながら、マグナ・マーレイに接近する。

 

 トップ・ファイターとマグナ・マーレイが至近距離で交差した瞬間…………奇妙な感覚がニコルを襲い、攻撃のタイミングを失う。

 

 それは、アーシィも同じだった。

 

 「今の感覚…………何だったんだ??」 

 

 「頭に何かが飛び込んで来たような…………一体、何なの??」

 

 一瞬、動きの止まったマグナ・マーレイの隙を、レジアは逃さない。

 

 ニコルが飛び込んで来た時に開いた間合いを再び詰めて、接近戦を再開する。

 

 「くっ!!何かを考えている余裕はない………か。マグナ・マーレイの実践テストで墜とされたのでは、少佐に顔向け出来ない!!集中するんだ!!」

 

 アーシィは奇妙な感覚の正体が気になったが、まずは目の前の敵を退ける……………その事に集中しようと心に決めた。

 

 頭がクリアになったアーシィは、更に覚醒したのか…………迫り来るトライバード・ガンダムの攻撃を尽く躱し始める。

 

「くそっ!!動きの重たそうな機体なのに、結構早い!!」

 

 距離をとろうとするマグナ・マーレイに必死に喰らい付きながら、トライバード・ガンダムはバルカンで牽制しつつ、ビームサーベルでの攻撃を織り交ぜていく。

 

 感覚の研ぎ澄まされていくアーシィは、トライバード・ガンダムの複雑な攻撃をも躱す。

 

「マグナ・マーレイ…………ストレス無く、私の反応についてきてくれる。この機体なら!!」

 

 マグナ・マーレイは一瞬の隙を付き、トライバードの腹部を蹴ると、そのまま距離をとってリフレクター・ビットを展開する。

 

「オレの存在を忘れんじゃねー!!バルカンが効かないなら、体当たりでもなんでもやってやらぁ!!」

 

 奇妙な感覚を頭から振り払ったニコルは、ボトム・ファイターでマグナ・マーレイに突っ込んでいく……………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ニュータイプの力3

 「ぐっ!!ニコル、迂闊に飛び込むな!!」

 

 マグナ・マーレイに蹴られてバランスを失うトライバード・ガンダムを、絶妙な操作で立ち直らせたレジアは、モニター上でガンスナイパーの動きを見る。

 

 リフレクター・ビットが展開する、その中を…………トップ・ファイターにボトム・ファイターを守らせるように飛行させながら、ニコルはマグナ・マーレイに接近していく。

 

 「特攻などと!!通用するかっ!!」

 

 距離をとりながら拡散ビームを放つ、マグナ・マーレイ。

 

 リフレクター・ビットで多角的な動きをするビームが、トップ・ファイターに突き刺さっていく……………

 

 しかしボトム・ファイターは、バランスを立て直したトライバード・ガンダムがビーム・シールドでフォローした事もあり、無傷でリフレクター・ビットの森を抜ける。

 

 「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 破壊されたトップ・ファイターの破片に、ボトム・ファイターが絶妙な角度でバルカンを当てると、その破片はマグナ・マーレイに向けて飛んでいく!!

 

 「なっ…………こんな攻撃をっ!!」

 

 咄嗟にマグナ・マーレイのマニュピレーターで、迫り来るトップ・ファイターの破片を弾いた。

 

 その一瞬の隙……………その一瞬で、トライバード・ガンダムはマグナ・マーレイとの距離を詰めていく。

 

 「くっ!!速い!!連携も相変わらず…………マグナ・マーレイでも押さえきれないなんてっ!!」

 

 破片を弾いた瞬間に、ビームサーベルを構えたトライバード・ガンダムが突然目の前に現れて、アーシィは戦慄を覚える。

 

 それでも、アーシィはニュータイプであり、マグナ・マーレイはニュータイプ専用機だ。

 

 トライバード・ガンダムのビームサーベルの一振りを、左肩の装甲表面を焼くだけで躱しきる。

 

 「レジアの攻撃をっ!!こいつの反応速度は、異常だぜっ!!」

 

 トライバード・ガンダムの隙を突かれないよう、ニコルはボトム・ファイターで牽制のバルカンを放つ…………

 

 アーシィは接近するトップ・ファイターのバルカンを躱した瞬間、奇妙な感覚を再び感じた。

 

(なんだ??この戦闘機から伝わってくる感覚は??何度も何度も………気分が悪い!!)

 

(まただ…………一体、この感覚…………何なんだ!!)

 

 アーシィとニコルは、意識を繋がれるような感覚に気分が悪くなり、モビルスーツの操作が緩慢になる。

 

「動きが鈍くなった??今ならっ!!」

 

 レジアは、トライバード・ガンダムをマグナ・マーレイに接近させ、再びビームサーベルを振るう!!

 

「しまった!!」

 

 トライバード・ガンダムのビームサーベルが、今度はマグナ・マーレイの右肩を削る。

 

 装甲が多少は熔けるが、致命傷には程遠い。

 

「こいつ………ガンダムの性能か、パイロットの腕か分からないが…………やはり強い!!だが、リフレクター・ビットには、こういう使い方もある!!」

 

 アーシィは叫ぶと、ビームサーベルを振って隙の出来たトライバード・ガンダムの残った左足にリフレクター・ビットを直接ぶつけて破壊した。

 

「ぐわっ!!このビット…………直接攻撃も出来るのかっ!!」

 

 両足を失ったトライバードだが、ミノフスキーフライトを搭載している為、空中での姿勢制御が可能だ。

 

 そのままのバランスを保ち、再びマグナ・マーレイに近付く。

 

「しつこい!!コクピットを叩かないと駄目かっ!!」

 

 マグナ・マーレイは再び距離をとると、トライバード・ガンダムの前方にリフレクター・ビットを展開する。

 

「ここでレジアを墜とさせる訳にはいかねぇ!!またマイに怒られちまう!!」

 

 ニコルはボトム・ファイターでマグナ・マーレイ相手に、牽制攻撃を行う。

 

「貴様ら!!いい加減に墜ちろっ!!」

 

 サイコミュ兵器を使うアーシィは、疲労がピークになろうとしていた。

 

 そんな疲れを吹き飛ばすように叫びながら、マグナ・マーレイの肩に装備された拡散ビームを放つ!!

 

 リフレクター・ビットによって角度を変えるビームは、ボトム・ファイターとトライバード・ガンダムを同時に襲った。

 

 「くっ!!ニコル、回避しろっ!!」

 

 ボトム・ファイターを庇うように、ビームシールドを最大出力で展開したトライバード・ガンダムがビームの嵐に巻き込まれていく。

 

 トライバード・ガンダムの防御を使いながら、ニコルは無傷でビームの嵐を抜けるが、トライバード・ガンダムはビームシールドを持つ左腕を削ぎ落とされた。

 

 「後退するぞ!!ニコル、なんとか隙を作ってくれ!!」

 

 トライバード・ガンダムのコクピット内は、異常を示す警告音が鳴り響いている。

 

 もはや限界だった…………

 

 ニコルの操縦するボトム・ファイターは、バルカンを放ちながらマグナ・マーレイに迫る。

 

 マグナ・マーレイとボトム・ファイターが最大まで接近した時……………アーシィとニコルの間に、不思議な世界が広がった。

 

 モビルスーツのコクピットだけが透けて見えるような、奇妙な感覚………

 

「あなた、お父さんが紹介してくれた………ニコルね!!」

 

「まさかとは思ってたけど…………アーシィさんかっ!!こんなに早く戦場で会っちゃうなんてっ!!」

 

 マグナ・マーレイとボトム・ファイターが、何事もなかったようにすれ違う。

 

「ニコルっ!!何してるんだっ!!」

 

 バルカンを射ちながら、先程の攻撃で左腕を失ったトライバード・ガンダムがマグナ・マーレイに迫る。

 

「まだ墜ちてなかったのか!!いい加減にっ!!」

 

 マグナ・マーレイはビームサーベルを光らせ、バルカンを射つトライバード・ガンダムに向けてバーニアを全開にて、急速に接近していく!!

 

「なにっ!!」

 

 今まで接近戦を避けていたマグナ・マーレイが、逆にトライバード・ガンダムに向けて加速したため、レジアは意表を突かれる。

 

「まずい!!アーシィさんっ!!やめるんだっ!!」

 

 ニコルの声が直接脳に響く…………アーシィは頭を振って、その現象に抗おうとした…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ケイト参戦!!

 

 「この声、直接頭に流れ込んでくる…………集中出来ない!!」

 

 マグナ・マーレイのビームサーベルは、接近するトライバードの左腕を切り落とすのみに留まる。

 

「ぐおっ!!駄目だ…………この新型、強すぎる…………ニコル、撤退だっ!!」

 

 頭とコクピット・ブロックだけになったトライバード・ガンダムは、浮いているのが奇跡に近い。

 

 バーニアを吹かし、マグナ・マーレイから必死に離れて行く。

 

 「逃がす訳にはいかない…………このパイロット、強すぎる。ここで叩かなくては!!」

 

 ボロボロのトライバード・ガンダムが、リフレクター・ビットに囲まれる。

 

 「だから、ここでレジアをやらせる訳にはいかないんだ!!もう少しだけ…………持ちこたえてくれー!!」

 

 ニコルは叫びながら、リフレクター・ビットに囲まれるトライバード・ガンダムに向けて、ボトム・ファイターを突っ込ませた。

 

 拡散ビームを撃つ余裕は無い…………アーシィは、直接リフレクター・ビットを当ててトライバード・ガンダムを破壊する方法を選択する。

 

 そこに、ボトム・ファイターが自らを犠牲にする様に…………自らをリフレクター・ビットにぶつけながら、トライバード・ガンダムを救出する為に加速した。

 

 「うおおおおぉぉぉ!!」

 

 リフレクター・ビットに体当たりされた場所から……………ボトム・ファイターの至る所から…………煙が立ち昇っていく。

 

 なんとかリフレクター・ビットの攻撃を凌いだボトム・ファイターの背にトライバード・ガンダムを乗せると、その空域からの脱出を試みる。

 

 「逃すか!!マグナ・マーレイを損傷までさせたんだ。ここで…………ここで墜とさなければっ!!」

 

 もはや防御する事すら出来ない…………そんな2機に向けて、拡散ビームの射出口が光輝く。

 

 その時……………

 

 「なんだと!!」

 

 無意識のうちにリフレクター・ビットが戻り、マルチランチャーからマグナ・マーレイを守る。

 

 「ケイトって言ったっけ??あんた、良い腕だっ!!マヘリアは、損傷機のフォローに回れ!!」

 

 森の中から、3機のガンイージが姿を現す。

 

 その内の1機のガンイージが、マルチランチャーを撃ったのだ。

 

 そして、マヘリアのガンイージが、ヘレンの指示でトライバード・ガンダムを背負ったボトム・ファイターに近付く。

 

 その横を、凄い勢いでガンイージが1体通り過ぎた。

 

 「私達の基地を………あんたは、私が倒す!!」

 

 「ケイト!!あまり突っ込み過ぎるな!!レジア、ニコル、生きてる??」

 

 マヘリアはケイトに呼びかけながら、ボトム・ファイターを地面に下ろす。

 

 「ありがとう、マヘリアさん。おかげで助かったぜ!!」

 

 「だが、ガンイージで奴と戦うのは無謀だっ!!」

 

 ニコルとレジアの声を聞いて、マヘリアは安堵した。

 

 「大丈夫、ヘレンが上手くやるわ!!私達は後退をっ」

 

 マヘリアの言葉通り、先行したケイトのガンイージの目の前にビームの弾幕を張り、その動きを止める。

 

 「ケイト!!落ち着け!!今は部隊の撤退が優先事項だ!!恨みを晴らす機会は必ずある!!」

 

 ヘレンは叫ぶと、2連マルチランチャーをマグナ・マーレイに向けて撃ち出す。

 

 「次から次へと…………いい加減に!!」

 

 近付いてくるマルチランチャーを、マグナ・マーレイはリフレクター・ビットで撃ち落とした。

 

 そのマルチランチャーは爆発せず、代わりに白い煙のような物がマグナ・マーレイを包み込む。

 

 「リファリア特製、ミノフスキー・チャフ!!なんてな。さぁ、とっとと後退するよ!!」

 

 その、後退劇は見事なモノである。

 

 逃げる事に徹したガンイージ隊は損傷した機体を抱えると、チャフが消える前にはマグナ・マーレイの索敵範囲外まで撤退していた。

 

 チャフが消えると、アーシィはヘルメットの上から自分の頭を何回か叩いた。

 

「変な気分だ…………気持ちが悪い………」

 

 アーシィは、今回の戦闘でサイコミュを使用し、敵のパイロットと感覚を繋げた…………その事で気分が悪くなり、胃液が逆流しそうになるのをグッと堪える。

 

 「マグナ・マーレイのテストにしては、やり過ぎてしまった………私も戻ろう…………」

 

 マグナ・マーレイは、ザンスカールの基地に向けて飛び去っていく。

 

 ボロボロになったトライバード・ガンダムとガンスナイパーを運ぶガンイージに、ニコルは感謝していた。

 

 「マヘリアさん、まぢで助かったよ。ありがとう」

 

 「ケイトが道案内してくれたからね。なんとか間に合って良かった♪」

 

 ニコルからの感謝の言葉に、マヘリアはわざと明るい声を出す。

 

 暗い声を出すと、今の現状に飲み込まれそうで、怖かった。

 

 「2人とも生きててくれたから、最悪は免れたが………F90は2機大破、フォルブリエは…………死んだよ」

 

 逆に、今まで共に戦っていたフォルブリエを失ったヘレンの声は暗い。

 

 「やっぱり…………間に合わなかったか………」

 

 トライバード・ガンダムのコクピットから、ヘレン機のコクピットに乗り換えたレジアが、唇を噛む。

 

 「まぁ………あんたらが無事だったからな………それだけでも、良しとするしかないさ。後は、モビルスーツの問題だな…………」

 

 もはや修理不可能であろう、トライバード・ガンダムとガンスナイパー…………

 

 戦力ダウンは、明らかだった。

 

 ふぅーーー

 

 大きく息を吐くと、レジアは目を閉じる。

 

(なんだか………疲れたな………今は、何も考えられない。何故だか、無性にマイに会いたい………そんな状況じゃない事も分かるが…………)

 

 レジアは、ボロボロになっても自分を守ってくれたトライバード・ガンダムに感謝しつつも、現実から目を背けたくて、その姿を視界に入れる事が出来なかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たなる力
ペンダントの秘密


「これは、酷いな…………」

 

 戻ってきたモビルスーツの惨状をみて、ゲルダは絶句する。

 

「先行して出撃したモビルスーツが、F90・Fタイプ以外は大破か…………レジアの操るガンダムまで墜とされるとはな…………」

 

 久々の大敗に、リファリアも途方に暮れていた。

 

「今、この基地が襲われたらヤバイんじゃないか?何故か敵さんは、基地の位置情報を掴んでいるみたいだ。ヘビーガンやらジェムズガンに、数機のガンイージだけじゃ、基地も戦艦も守りきれないぞ」

 

 ヘレンの言葉にリファリアは頷くが、解決案は見つからず、そのまま言葉もなく呆然と大破したモビルスーツを見続ける。

 

「せめてモビルスーツ・デッキが使えれば、残存したモビルスーツを詰めて戦艦で逃げれるのに………」

 

 ミューラが戦艦のデータを端末で見ながら、歯軋りをした。

 

 技術者であるミューラが、ここに来て力になれていない自分が悔く、またレジアの父親がなんらかの意図で閉じたモビルスーツ・デッキの扉を開ける力が無い事を腹立たしく感じる。

 

 「戦艦で逃げるって言っても、結局は戦闘になる。そうなれば、戦艦を守る為に多くの犠牲者も出る。戦闘しない技術者連中は助かるだろうが………」

 

 「仲間を沢山失った直後だ…………そんな事を言いたくなる気持ちも、分からなくないが…………だが、ミューラさんもできる限り多くの命を救う為に考えているんだ。滅多な事を言うもんじゃないよ」

 

 この基地は戦艦を守る為に、他の基地を圧倒する程の戦力を有していた。

 

 それだけの戦力がありながら、救援に来たのは基地が壊滅した後………

 

 ケイトは頭では理解していても、納得は出来ていなかったのかもしれない。

 

 それが分かっていたから、ヘレンもあまり強くは言えなかった。

 

 「ケイトさん、ごめんなさい。けど、このまま基地に残って戦っても、いずれ全滅してしまう…………そうなる前に対策を立てないと………」

 

 ミューラの言葉に、全員が再び考え込んだ。

 

 量産機のみで、ザンスカールの新型…………トライバードとガンスナイパーを墜としたモビルスーツ相手に、基地と戦艦を守らなければいけない…………

 

 どんな厳しい状況でも、適切で冷静な判断で窮地を救ってきたリファリアでさえも、言葉を発する事が出来ない……………

 

 普通のパイロットが量産機に乗って、敵の新型に挑んだとしよう……………展開されたリフレクター・ビットに拡散ビームの雨…………

 

 現状で考えうる最高の状態で戦えたとして…………リファリアが自分の頭の中でシュミレーションした結果は、1時間持ちこたえれるか…………というレベルだった。

 

(ケイトのいた基地は、新型とラング2機だけで全滅した…………おそらく、新型の実戦テストみたいなモノだったんだろう…………そして、今度はしっかり部隊を編成して来る可能性が高い…………そうなれば…………)

 

 やはり、現実としては戦艦だけを他のリガ・ミリティアに託す……………その戦艦を逃がす為に、全滅覚悟でモビルスーツ戦をする………

 

 それしかないか……………

 

 「ミューラ、ヘレン、ちょっといいか??」

 

 指揮官として覚悟を決めたリファリアは、ミューラとヘレンに自分の考えを伝えようとした…………その時……………

 

「ミューラさんっ!!トライバードが墜とされたって………私、そんな事も知らないで、レジアと普通に食事してきちゃった………」

 

 血相を変えたマイが、モビルスーツの格納庫に飛び込んで来た。

 

「マイ…………今は、基地の皆で対策を立てなきゃいけない時なの。貴女の恋愛相談は、また今度…………ね」

 

 今度があるかは分からない……………が、今はマイに構っている暇は無い。

 

 ミューラは、マイを部屋から外へ連れ出そうと腕を持った。

 

 マイを引き連れながら、戦艦のコンピュータと繋がる端末の前を通り過ぎた時……………

 

 マイの首にかかっていたペンダントが突然輝き、端末のモニターに記号のような文字を映し出す。

 

 端末から離れると輝きが失われ、その文字も消えた。

 

「ちょっと…………今の何??マイ、ペンダント貸して!!」

 

「ちょっ………ミューラさんっ!!大事に扱ってよ!!レジアから貰った私の宝物なんだから!!」

 

 乱暴にペンダントを奪い取ったミューラに、頬を膨らませて反抗するマイだったが、そんな事も見ている余裕もないミューラはペンダントにぶら下がるダイヤモンドを端末に近付ける。

 

 再びダイヤモンドが輝き出し、その光がモニターを照らすと、やはり記号のような文字が浮かび上がった。

 

「この記号………一体、何かしら??」

 

 ミューラが、記号を見ながら考え込んでいると、ゲルダが背後からモニターを覗き込んでくる。

 

「ミューラ、何の配線図だ??これは??」

 

 よく見ると、記号だと思い込んでいたそれは、確かに何かの配線を文字のように細かく区切っているようにも見えた。

 

「これって、レジアから貰ったペンダントって言ってたわよね??彼はコレを誰から…………??」

 

「ご両親の形見って言ってた…………それが、どうしたの??」

 

 マイの言葉を聞いたミューラは、自分の中で確信めいた予感が生まれる。

 

「モビルスーツ・デッキの扉の配線図!!誰か、急いで持ってきて!!」

 

 ミューラは急に立ち上がると、スタッフに大声で指示を出し、そのまま落ち着かない様子でモニターに映る記号を見つめる。

 

「うわっ!!ビックリ~。ミューラさん、急にどうしたの??」

 

 突然のミューラの大声にマイは言葉をかけるが、その言葉は集中するミューラの耳に届かない。

 

「持ってきました!!」

 

 配線図を持って来たスタッフが声を掛けると、ミューラはそれを奪い取るように受け取るり、すぐに広げる。

 

「やっぱり…………分からなかった配線に、この記号のように配線を当てはめていくと…………うまく繋がる!!急いで試しましょう!!」

 

 そう言うと、ミューラはモビルスーツ・デッキに繋がる扉に走り出す。

 

「ミューラさん!!もう、何か発見すると周りが見えなくなるんだから………技術者の人って、皆ああなのかしら………って言うか、ペンダント返して!!」

 

 マイも、ミューラを追って走り始める。

 

 途中、医療室から出て来たレジアもマイと合流し、リファリアやヘレンも続いた。

 

 マイ達がモビルスーツ・デッキの扉についた時には、既にミューラが作業に没頭している。

 

「ミューラさん。開きそうかい??」

 

「レジア、貴方の持ってたペンダントが鍵だったみたい!!この配線で…………必ず開くはずよ!!」

 

 レジア達が見守る中、モビルスーツ・デッキの扉が開く。

 

「これは…………何のパーツだ??」

 

 モビルスーツ・デッキの中に隠されていたパーツ…………

 

 金色に輝くパーツが手前にあり、後方には砲身の長いビームキャノンのパーツが置いてある。

 

「これは…………マルチプルの能力を備えるリガ・ミリティアの次期主力機で使う予定の、換装用の試作パーツ。これを隠したかったの………??」

 

 ミューラは、モビルスーツデッキに作り付けてある端末をいじり、パーツの詳細なデータを読み込む。

 

「このパーツ、トライバードの規格にも対応してる…………??確かに、トライバードはガンイージをベースに作ってるから、換装出来るかも………??」

 

 ミューラは独り言のように呟きながら、端末を操作し続けた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

足りないモビルスーツ

 ブォー、ブォー

 

 サイレンの音が基地全体に流れ、敵機の襲来を告げて回るが、ミューラはその音が聞こえないのか…………気にしていないのか、反応しない。

 

 しかし、レジア達は緊張感に包まれた。

 

 「くそっ!!こんな時に!!」

 

 モビルスーツは整っていない…………敵のニュータイプ専用機に対し、性能の劣る機体で戦闘しなければいけない状況に、レジアは唇を噛み締める。

 

 トライバード・ガンダムでさえ、敵の新型に大した傷もつけれなかったのに…………

 

「レジア!!トライバードを戦艦に搬入して!!換装作業を行うわ!!」

 

 それまで黙って端末に向かって作業していたミューラが、突然大声でレジアを焦らせるような言い方で指示を出した。

 

「ミューラさん、トライバードは修復不可能なくらいボロボロだ。申し訳ないが、戦艦に運び入れても戦力にならないと思う…………それより、今あるモビルスーツの出撃準備だ!!」

 

 レジアは、トライバード・ガンダムへの未練を断ち切るように大声を出すと、基地内の格納庫に向けて走り出そうとする。

 

 マイと食事をし、多少は現実を受け入れるぐらいの余裕が出来たレジアだが、心の奥にはトライバードを失った心の傷がポッカリ空いていた。

 

 希望も無い筈なのに、希望を持たせるようなミューラの言い方に…………それも命令口調に、苛立ちを感じたのかもしれない。

 

 普段とは違う…………トライバード・ガンダムに対するレジアの力ない答えに、ミューラも少し戸惑った。

 

 「レジア!!!トライバードが生まれ変われるかもしれないの!!コクピットも、メインコンピュータも無事だから、この換装パーツさえフィットすれば……………いえ、リガ・ミリティアのモビルスーツの規格で造ってるんだから、必ずトライバードは蘇るわっ!!」

 

 ミューラのテンションが上がり、上擦った声を聞いて、マイの顔も思わず綻む。

 

 「レジア、良かったね♪また戦場に行くのは嫌だけど、トライバードならレジアも皆の命を守ってくれるよ♪」

 

 マイは笑顔でレジアを見るが、その顔を見て笑顔が消える。

 

 レジアの顔は、喜びより絶望を覗かせる表情をしていたからだ。

 

 「換装には、どれだけの時間がかかる??そもそも、トライバードは手足が無い状態だ。換装なら、同じ規格のガンイージからパーツの提供を受ける必要がある。そして、今この基地に残っているモビルスーツの中で、ガンイージはトップクラスの機体性能だ」

 

 「まぁ………レジアの言う通りだな。残っているイージは5機。F90で出れないリースティーアが使うか、ニコルかレジアのどちらかが使うか…………とりあえず、パイロットよりモビルスーツが不足している状態だからなぁ………」

 

 ゲルダは汚れた手袋のまま頭を掻き、その顔も黒くなっている。

 

 ヘレン、マヘリア、ケイト、クレナの4人のガンイージは、それぞれの癖に合わせたチューニングが施されており、予備のガンイージが残されているだけであった。

 

 それ以外の機体となると、ヘビーガンとジェムズガンしか、この基地には残されていない。

 

 優秀なパイロットに与えるモビルスーツが無いのだ。

 

 「今、基地に近付いている敵にあの新型がいたら、換装を待っているヒマなんてない。オレはヘビーガンで出る!!ガンイージはリースティーアに!!」

 

 レジアが戦艦のモビルスーツデッキから出ようとすると、数人の人影に行く手を阻まれた。

 

 「レジアくん!!とっととトライバードを搬入しなさい!!トライバード以外、あの新型とまともに戦えないんだから!!」

 

 「そう言うこった!!それとも、私らじゃ足止めすら出来ないと思ってんのか?」

 

 マヘリアとヘレンが、捲し立てるようにレジアに言葉を投げ付ける。

 

 「あらあら、随分自信家なんですね。模擬戦では、指揮官がいなかったから負けただけですわ。リファリア隊長がいれば、私達に負けは無いわ。それに、射撃が得意な私は、ガンイージよりヘビーガンの方が相性いいの」

 

 「まぁ…………トライバードがいても、勝算は低いぐらいなんだ。レジアがヘビーガンで出てしまったら、そこで勝負は終わる。結局は、換装が終わるまで凌ぐしかないんだ。その後は、全て任せる事にはなるが………」

 

 リースティーアの言葉に頷いたリファリアが、レジアの肩を軽く叩く。

 

 リースティーアもリファリアも、レジアの為に命を投げ出す覚悟は決めていた。

 

 「私達全員、レジアさんの力とガンダムの起こす奇跡を信じているんです。だから、ガンダムパイロットの貴方が諦めないで下さい。トライバードが出てくるまで、基地と戦艦は私達が必ず守りますから!!」

 

 クレナはレジアの目を見て、全員の素直な気持ちを代弁する。

 

 皆、クレナと気持ちは同じだった。

 

 その気持ちは、レジアの胸に熱く…………熱く突き刺さる。

 

「ミューラさんっ!!すぐにトライバードを入れる。メカニックを集めて、搬入したら直ぐに作業に入れるようにしといてくれ!!」

 

 レジアは、今まで出した事のないスピードで走り出した。

 

「ところで、オレの乗るモビルスーツあんのかな………完全に忘れられてたポイんだが…………」

 

 レジアが去った後、ニコルが不機嫌な顔で疑問を口にする。

 

「ああ、勿論あるさ。ジェムズガンがな!!」

 

 ニコルの頭を撫でながら、ゲルダが笑いながら言う。

 

「ああ、ジェムズガンね………って、ジェムズガンかよっ!!」

 

 ニコルの独り突っ込みに皆が笑う最中、リファリアだけが溜め息をつく。

 

 「新型やら高性能機が、そんな都合よくある訳ないだろ…………ガンスナイパーは、ミューラが趣味で作らせたようなモンだしな…………」

 

 頬を含ませるニコルを横目に、リファリアはミューラを見た。

 

 「ああ…………Wのミッションパックなら、まだ完成してないけど…………まさか、使うつもり??」

 

 驚くミューラとは対照的に、ニコルは目を輝かせる。

 

 「使えるなら、出し惜しみは無しだぜ!!で、どの機体に取り付けるんだ??」

 

 ニコルの言葉に、再びリファリアは溜息をついた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジェムズガン・ツインテール

「あらあら、そんな新装備があるなら、私にF90を任せてもらえないかしら??慣れてない坊やに、貴重な機体を預ける事もないでしょ??」

 

リースティーアがリファリアに近付こうとするのをニコルは体で止めて、慌てて祈るポーズをする。

 

「すんません!!リファリア隊長!!オレ、どんな旧式でも頑張りますよ!!オレなんかにモビルスーツを回してもらっちゃって、ありがたいですよ!!だから、そのミッションパックってのオレの機体に付けてね!!」

 

「ニコル、格好悪い………」

 

マイは、そんなニコルを呆れた顔で見つめた。

 

「ところで、F90と言えば…………前回の戦闘で無傷だったのはFタイプだけなんだろ??そのパイロットのプロシュエールは、どこに消えてんだ??」

 

ヘレンがモビルスーツデッキを見回すが、確かにその姿はない。

 

「プロシュエールなら、風邪気味とか言ってたからな…………部屋で休んでたんだろうが、さっきの警報で起きて準備でもしてるさ」

 

「あらあら、お馬鹿さんでも風邪ひくのね。まぁプロシュエールの事だから、もうモビルスーツに乗ってるかもね。前回の戦いでも、1人だけ新型と戦えなかったって悔しがってたし」

 

リファリアとリースティーアが、口々に言う。

 

「そんなら、いいか。皆、私達もモビルスーツに!!レジアを待たなくても、私らで新型を喰っちまってもいいんだからね!!」

 

ヘレンの号令を合図に、パイロット全員が戦艦から基地内の格納庫に移動を開始した。

 

 

「あらあら…………これが新装備のブラスター・パッケージ??結構イイじゃない」

 

基地内の格納庫に入ったリースティーアは、ジェムズガンに装備された羽のようなバックパックに、歓談の声をあげる。

 

ブラスター・パッケージ…………性能の低いジェムズガンの底上げを目指し、リファリアが開発していたパーツだ。

 

「ああ、ジェムズガン・ツインテールってな!!高起動に安定性を加えたこの装備なら、質量兵器を宇宙で使ってもバランスを崩さないぜ!!」

 

ゲルダの言葉に、リースティーアは瞳を輝かせた。

 

「あら、これなら宇宙でバズーカ使っても大丈夫そうね!!ビームを弾くバタフライ野郎に、一泡吹かせてやれそうだわ!!」

 

リースティーアの満足そうな顔に、リファリアの顔も一瞬綻ぶ。

 

「まぁ、コイツも試作品だから、今は1機分しかない。リースティーア、頼むぞ!!」

 

リファリアに背中を押され、リースティーアはジェムズガン・ツインテールのコクピットに向けて宙を舞う。

 

「で、オレのWのミッションパックは??どの機体に付いてるんだ??」

 

ジェムズガン・ツインテールを羨ましそうに見つめていたニコルが、我慢出来ずに口を開く。

 

「ああ、それが問題だ。Wのミッションパックが実用に堪えれるかも問題なんだが、そもそも取り付ける機体が無い。オレのOタイプか無傷のFタイプかしかないが…………どうするか…………」

 

リファリアは考え込んでしまう。

 

「プロシュエールが、Fタイプを手放すとは思えないしね………しかし、作戦指揮にはOタイプは必ず必要だ。悩み所だな…………」

 

「更に言えば、Fタイプは耐久性が無い。Wの………ミノフスキー・ドライブの負荷に堪えれるかどうか…………」

 

ヘレンとリファリアが考え込む姿を見て、ニコルは顔が青くなっていく。

 

「なぁ……………Wのミッションパックって、まだモビルスーツに取り付けられてないの??しかも、取り付けるモビルスーツが無いとか…………」

 

愕然とするニコルの言葉に、リファリアは頭を掻く。

 

「俺達の計画では、装甲の補強もしていたGタイプのF90で、Wタイプを試すつもりだったんだが…………な」

 

「もしWを使うなら、Fを外して使う他ねーだろ!!そもそも、バタフライ野郎にFは相性悪いんだから、使えるかは別にしてWを付けてみるしかないだろ!!私達は出撃準備するぜ!!」

 

ヘレンはリファリアの背中を思い切り叩くと、ガンイージに向けて床を蹴る。

 

「そうと決まったら、すぐに換装しちゃってよ!!オレも出撃準備、急ぐからさっ!!」

 

「おいニコル!!こいつを着けるにも、時間はかかる。トライバードの換装程の時間はかからないが、すぐに出撃は出来ない!!お前は、Wタイプのマニュアル読んどけ!!」

 

難しそうなマニュアルを手渡されたニコルは、不安を感じた。

 

「じゃあ……………最初は、オレとレジア抜きで、戦うしかないのかよ!!それはヤバイぜ!!」

 

ニコルの声は大きく、周りの人の視線がニコルに集まる。

 

「ニコルくん~♪レジアならともかく、あんたに心配される程、私達は弱くないわよ~♪」

 

マヘリアがニコルに近寄ってきて、後ろから羽交い締めにした。

 

「全く、自信過剰なガキだね!!悪いがここのパイロット全員、あんたより経験豊富なんだ。坊やは自分の心配だけしてりゃイイんだよ!!」

 

身動きとれないニコルの胸を、戻って来たヘレンが拳で軽く叩く。

 

「ニコル、大丈夫ですよ。ヘレンさんもマヘリアさんも、初期開発された6機しかないガンイージのうちの1機を託されているエースパイロットなんだから」

 

「クレナぁ~、あんたもでしょ!!自覚持ってよ~」

 

マヘリアのふざけた口調に、ニコルは思わず笑ってしまった。

 

「皆がスゲーのは分かってる。オレとレジアが行くまで、絶対やられんなよ!!」

 

「分かってるよ!!少年もメカニックを信じて、焦らず待つんだよ!!私にとっては、弔い合戦なんだ。やられる訳にはいかないよ」

 

バンっと1回ニコルの頭を叩くと、ケイトはガンイージに向かって飛んで行く。

 

それと同時にヘレンとマヘリアとクレナも、それぞれのガンイージに取乗り込む。

 

(皆、死ぬなよ………)

 

ニコルは心で祈るしか出来ない事に、不安を感じて心臓が高鳴っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏切りのプロシュエール

「うし、これでオッケーだ。オレがカイラスギリー艦隊と通信してた記録は、消去完了!!後はうまく出撃して、ベスパに合流するだけだ」

 

 端末のモニターでデータ消去を確認し、男はほくそ笑む。

 

「だいたい、あんな化け物モビルスーツの相手をしてちゃ、命がいくつあっても足りねぇぜ。あの女にスパイの片棒担げって言われた時はビビったが、正しい選択だったな…………今じゃ女神に見えるぜ!!」

 

 男はそう言うと、自室の扉を開けて廊下に出て行った…………

 

 

 マイは、基地内の居住区を歩いてる。

 

 戦闘時は、皆の邪魔にならないように居住区の自分の部屋にいるようにしようと決めていた。

 

 自分の部屋に戻る為に居住区を歩いていると、突然目の前の扉が開く。

 

「てめぇ!!なんでココにいる!!今の………見ていたのか??」

 

 扉から出てきた男…………プロシュエールは、鬼のような形相で睨みつけながら、持っていた銃口をマイに向ける。

 

「な………に??プロシュエールさん??あの………モビルスーツの出撃命令が出てますよ??行かなくて………いいんですか??」

 

 マイは声を震わせながら、プロシュエールに言う。

 

 銃口を向けられた恐怖以上に、2人しかいないこの状況が………基地に着いた夜にプロシュエールに襲われた時を思い出させ、マイの不安を掻き立てる。

 

「てめぇ1人か!!ちょうどいい…………ついて来い!!」

 

「きゃあああ!!」

 

 腕を掴まれて大声を出すマイだったが、居住区には誰もおらず、その先の人達にも警報と喧騒が飛び交う中で、その声はかき消された。

 

「うるせぇぞ!!少し黙ってろ!!」

 

 大声を出したマイに、プロシュエールは後頭部を叩いて気絶させると、そのまま抱えあげて連れ去って行く。

 

(いざとなりゃ人質に出来るし、頭怪我したから医務室に連れてくって口実にすりゃ、怪しまれずにいきそうだ。本来なら、もうモビルスーツ・デッキにいなきゃいけないんだからな……………)

 

 プロシュエールは、自分に運が向いていると確信していた………

 

 

「艦長…………プロシュエールの部屋の端末から、カイラスギリー艦隊に向けて暗号のようなものが発信されたようです」

 

 出撃準備を整えていた新造戦艦のブリッジで、操舵手のマッシュがモニターで情報を確認しながら声を出す。

 

「至急、基地の管制に居住区の警戒を呼び掛けて!!プロシュエールを拘束するように!!」

 

 新造戦艦の女性艦長スフィア・ノールスは、基地内にスパイがいるだろうと考えていたので、あまり驚かなかった。

 

 むしろ、警戒していた居住区から発信された微細な電波ですら感知する新造戦艦の性能を頼もしく感じる。

 

「了解。基地管制、応答して下さい。プロシュエールにスパイ容疑があります。居住区を閉鎖して、警備兵にプロシュエールを捕らえるように指示して下さい」

 

 戦艦の管制官ニーナ・ヘイスは、冷静に艦長の指示に従う。

 

 戦艦のクルー達は、来るべき時に備え訓練を続けていた。

 

 今、正にその成果が実を結んでいる。

 

「基地の位置情報…………漏らしていたのは、プロシュエールで間違いなさそうですね…………」

 

「まったく、レジスタンス創設メンバーの1人で、F90を任せられてた奴がスパイとは………他にもスパイがいると疑いたくもなるぜ!!」

 

 ニーナとマッシュは、共に闘って来た者がスパイだと信じたくなかったが、プロシュエールの性格を考えると納得出来てしまう。

 

「さて、色々と思う事はあるでしょうけど…………スパイは基地の方に任せて、私達は出航準備を継続よ!!外で戦うモビルスーツ隊のフォローが出来るように、火器管制は特に念入りに!!処女航海で、早速戦場に出なくてはいけないからね」

 

 スフィアの指示に、戦艦のクルー達は再び慌ただしく動き出す。

 

「恐らく、この基地には戻って来れない。モビルスーツの収容・整備を戦場でやる事になる!!整備班はマニュアルを頭に叩き込んでおけ!!」

 

「各武装のチェック急げ!!テスト無しで出航して、すぐ戦闘なんだ!!細かく修正しておけ!!」

 

 各セクションから流れてくる通信が、艦内の活気を感じさせる。

 

 モビルスーツ・デッキの扉が開き、ようやく出航の目処が立った喜びと、戦場に飛び出さなくてはいけない不安………

 

 艦内は、異様な空気に包まれていた………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏切りのプロシュエール2

 ファンファンファンファンファン…………

 

 警戒音が鳴り響き、警備兵が居住区に入っていく。

 

「くそっ!!バレるのが早すぎるだろっ!!これじゃあ、格納庫に行って脱出どころじゃねーな!!噂の新造戦艦に身を隠すか…………」

 

 既に居住区の端に移動していたプロシュエールは、基地内の格納庫に行くより距離の近い新造戦艦へのルートを携帯端末で確認すると、警備兵の動きを確認しながらマイを抱えたまま走り出す。

 

 見つかる可能性が高まった今、プロシュエールは、より人質がいた方が有利だと考えていた。

 

 細い通路を抜け新造戦艦に到達したプロシュエールは、近くにあった扉を開く。

 

 スパイは居住区にいる…………そう伝えられていた戦艦のクルー達は、自分達の作業に追われていて、プロシュエールが目に入らなかった。

 

 ザンスカールに基地を制圧されるより早く、新造戦艦を動かさなければならない。

 

 時間の限られた中での作業は、他の者の動きを見る余裕が無かった…………その状況が、プロシュエールにとっては都合よく働いた。

 

「よし、意外と呆気なく入れたな…………このまま、モビルスーツ・デッキに行ければ、モビルスーツを奪って逃げれるんだが……………」

 

 プロシュエールは慎重に、かつ急ぎながらモビルスーツ・デッキに向かう。

 

 女性クルーが倒れていたので、医務室に連れて行く…………プロシュエールはそう言いながら、戦艦のクルー達の目を上手くすり抜けて、モビルスーツ・デッキの扉の前に到着した。

 

 その扉の窓から中を覗くと、中にミューラとレジアの姿がある。

 

(あの2人がいるなら、こいつがいると刺激しちまうか??さっきの警報…………オレのスパイ容疑を知ってると見るべきだ。ここまでは上手く顔を伏せて誤魔化して来れたが、ここからは更に慎重に行かねーとな………)

 

 プロシュエールはマイを連れて中に入るか迷った結果、通路に放置し救出されるより、人質として利用出来るように身近に置いておく方を選んだ。

 

 モビルスーツ・デッキに入った瞬間に、確実にバレる…………なら、始めから人質として使った方が有効だろう。

 

 窓越しにモビルスーツの場所を確認し、意を決してプロシュエールは扉を開けてモビルスーツ・デッキに侵入する。

 

 やはり…………モビルスーツ・デッキの中にいる限られた人間しかいない中で、突然侵入して来た人間は異質だった。

 

「おい、プロシュエールがいるぞ!!マイさんも一緒だっ!!」

 

 整備士の1人が、プロシュエールの侵入に直ぐに気付く。

 

 その声に、レジアの身体が反応した。

 

「プロシュエール!!貴様、何故マイを連れている!!」

 

 床を思い切り蹴ったレジアは、軽い重力の中で一瞬でプロシュエールとの距離を詰める。

 

「おっと!!お前さんと、まともにやり合う気はねぇよ!!」

 

 プロシュエールは、まるで予定通りと言うようにマイの頭に銃口を突き付けた。

 

 レジアは飛びかかろうとする動作を無理矢理に止めて、逆にプロシュエールとの距離をとる。

 

「プロシュエール!!抵抗の出来ない女性の頭に銃口を…………プライドはないのかっ!!」

 

 動かないマイの体を見ながらレジアは叫ぶが、プロシュエールは動じない。

 

「オレがそんな人間だって、分かってるだろ??今更、プライドがどうこう言うつもりもねぇ!!それより、使えるモビルスーツを1機もらおうかっ!!とっとと準備しろっ!!」

 

 プロシュエールの言葉に、モビルスーツ・デッキのスタッフ達は作業の手を止めザワつき始める。

 

「皆、状況が状況だけど、作業を続けて!!トライバードの換装を急がないと、外で戦ってる皆を助けに行けなくなる!!レジアも、一度下がって!!パイロットの貴方が怪我でもしたら、基地の外で…………貴方を待って戦っている仲間達に、なんて言うつもりっ!!」

 

 ミューラが声を荒げながら、レジアを制してプロシュエールの前に立った。

 

「ミューラ!!モビルスーツを用意しろ!!コイツの頭が吹き飛んでもいいのか??レジアが使い物にならなくなるぜ!!」

 

 プロシュエールは大声で周囲を威嚇しながら、少しづつ歩を進める。

 

 その方向に、緊急時の脱出艇がある事をプロシュエールは知っていた。

 

 プロシュエールがジリジリと脱出艇に近付いて行った時、艦内放送が突然響き渡る。

 

「全クルーに通達!!これより、基地内に残っている全ての人の収容に入る!!スムーズに誘導出来るよう、各員持ち場につけ!!」

 

 艦長スフィアの声で、戦艦内のクルーが慌ただしく動き始めた。

 

 しかし、モビルスーツ・デッキだけは、緊張感のある空気が流れ続ける。

 

「ちっ!!艦が動くのか!!こりゃ、時間をかける訳にはいかねぇな…………とっとと、モビルスーツを用意するんだ!!」

 

 唇を噛むレジアを自分の体で隠しながら、ミューラは叫ぶプロシュエールの前に立った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

てんとう虫のようなモビルスーツ

「さーて、いよいよね。腕が鳴るわ!!」

 

 全天周囲モニターに映し出される宇宙空間を、マヘリアはガンイージのコクピットから見る。

 

 ガンイージは、マヘリア機の他にヘレン、クレナ、ケイトの4機。

 

 その後方には、ジェムズカン・ツインテールに乗るリースティーアの機体と、数機のヘビーガン部隊が並ぶ。

 

 今回の出撃に伴い、リガ・ミリティアは部隊を2つに割っていた。

 

 ヘレンが指揮する部隊は宇宙、リファリアが指揮する部隊がコロニー内を固める。

 

 レーダーに表示された、ザンスカールの地上部隊は1機…………マグナ・マーレイだ。

 

 宇宙から来るベスパの部隊は、ラングを中心とした部隊の中に、ライブラリ照合不可の機体が数機混じっている。

 

 マグナ・マーレイの機体性能では、単機で基地を攻めて来る可能性が高いと、リファリアは予測していた。

 

 リフレクタービットを使うなら、周りに味方機がいない方がよい。

 

 基地を叩くにしても、マグナ・マーレイの拡散ビームなら単機でも充分だろう…………そしてスパイにより戦艦の情報を得ていたのであれば、処女航海の戦艦を叩く為に、それなりの数のモビルスーツを宇宙に配置して来るとリファリアは読んでいた。

 

 そして、その予測は見事に的中する。

 

「来ました!!ラング30!!それに…………情報は間違いなさそうです。ライブラリ照合無しが2機混じってます!!まさか、ニュータイプ専用機??」

 

「反射野郎のフォルムデータは入ってる筈だ!!ザンスカールの奴等、また新型を開発したってのかよ!!」

 

 クレナが動揺し声を震わせるが、ヘレンは冷静だった。

 

「おそらく、ニュータイプの機体では無いでしょ。ベスパが宇宙用の量産モビルスーツを開発してるって話は、聞いた事あるし」

 

 ケイトは、前線基地が全滅する直前に知った情報を思い出しながら言う。

 

「新型だろうが何だろうが、戦艦を守れなければ私達の負けなんだ!!やる事は一緒だよ!!」

 

 マヘリアは操縦管を握り締めると、漆黒の闇に輝く敵モビルスーツから発するバーニアの光を睨みつける。

 

「来るよ!!散開!!」

 

 その光に向かって、マヘリア機がビームライフルで牽制射撃を放った…………その瞬間、リガ・ミリティアの部隊はベスパの部隊を外側から取り囲むように広がっていく。

 

 そして、真ん中に集まっていくベスパのモビルスーツに、ビームの雨を降らせる。

 

「数で分が悪い上に、新型もいる!!先制攻撃で、少しでも数を減らすよ!!」

 

 ヘレンは叫びながら、ビームを躱して集団から飛び出た瞬間のラングをビームサーベルで斬りつけた。

 

 真っ二つになって爆発するラングの影から、新型の機体が姿を現す。

 

「なんだ??てんとう虫??」

 

 赤く、肩が膨れ上がったその機体は、てんとう虫に似ているといえば似ている。

 

「リガ・ミリティアのモビルスーツごとき、このゾロアットが蹴散らしてくれる!!ニュータイプだけに、いい格好させるかよ!!」

 

 その、てんとう虫のような機体…………ゾロアットは加速し、ビームサーベルでヘレン機と交錯し、鍔ぜり合いのような状態となった。

 

「新型!!流石にラングよりは力強い!!けどなぁ!!」

 

 ヘレンが交錯するビームサーベルでゾロアットを押し返すと、頭部バルカンを撃ちながら距離をとる。

 

「ちっ、連邦のモビルスーツよりは性能がいいか。まぁ、数はこちらが上だっ!!一気に押し切るぞ!!」

 

 ゾロアットのパイロットは叫んだ…………その頭上から、馬鹿にしていた連邦のモビルスーツに追加装備のブラスター・パッケージを与えられたツインテールがビームを放つ!!

 

「なんだ??ジェムズカンだと……………だが、このスピードはなんだ??」

 

 ジェムズカンらしからぬスピードで攻撃されたゾロアットは…………しかし、辛うじてビームシールドで、その攻撃を受ける。

 

「少々、厄介な敵もいそうだが……………予定通り、艦の出入口を固めるぞ!!」

 

 ゾロアットを中心としたベスパのモビルスーツ隊は、数に物を言わせ基地に近づいていく………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リファリアの戦い

 その頃、コロニー内のリガ・ミリティアの基地にリファリアの読み通り、マグナ・マーレイが単機で攻め込んで来ていた。

 

 先の戦闘で、トライバード・ガンダムやF90を墜としていたため、アーシィは精神的に少し余裕を感じている。

 

 ガンダム・タイプを除けば、ジェムズカンやヘビーガンなど、リガ・ミリティアにマグナ・マーレイを倒すようなモビルスーツは見当たらない。

 

 最新鋭機のガンイージも、宇宙に出ているとの連絡も入っている。

 

「この基地を破壊すれば、サナリィに拠点の置くリガ・ミリティアは排除出来る。後は、この基地にあると言われてる戦艦を墜とせば……………」

 

 操縦管を握るアーシィの手は、自然と力が入ってしまう。

 

「やはり新型、コロニー内から来たか。サナリィ・コロニーはザンスカールのモビルスーツ開発の拠点になる場所…………出来るだけ傷付けたくないだろうからな。ニュータイプの乗る専用機ならば、コロニーに穴を開けないで戦えるだろう……………だが、こちらも抵抗させてもらうぞ!!」

 

 リファリアは技術者としても、指揮官としても優秀な男だ。

 

 宇宙にジェムズカン、ヘビーガン、そしてガンイージのみを配置した理由…………それは、マグナ・マーレイに対して実弾で対抗する為…………

 

 そう、基地にあった全てのGキャノンは、コロニー内に配置されていた。

 

 その全ての機体に与えられた200mmキャノン砲に、電磁レールガン。

 

 マグナ・マーレイのリフレクター・ビットとIフィールドに対する対策だ。

 

 そして、リファリアの機体…………F90・Oタイプの頭部はヘキサ・システムと呼ばれるブレードアンテナを装備し、通信や索敵に特化している。

 

 マグナ・マーレイの機影を最初に発見したのもリファリアだ。

 

「Gキヤノン隊!!戦艦が出航するまで、この場所を死守するぞ!!ここが正念場だ。今までの我々の戦いを………意味のあるものにするんだ!!」

 

 ヘキサ・システムにより、コロニー内…………そして、宇宙にいるモビルスーツ隊にもリファリアの声が届く。

 

「F90、まだ残っていたのか!!パイロットがレジアかニコルじゃなきゃ…………私の勝ちだ!!」

 

 レジアの名は、ベスパの中でもエース・パイロットとして知れ渡っている。

 

 そのエースか、ニュータイプであるニコルがガンダム・タイプに乗っていなければ、アーシィには圧倒出来る自信があった。

 

 しかし、その考えは一瞬で修正する事になる。

 

 12機いるGキャノンに装備された200mmキャノン砲が火を吹いたのが、戦闘開始の合図となった。

 

「ビームが効かないなら実弾で………か。だが、リフレクター・ビットは盾にもなる」

 

 キャノン砲が砲弾が、リフレクター・ビットに当たり破壊されていく。

 

 砲弾が爆発し、マグナ・マーレイの周りは爆煙に包まれる。

 

「そこだっ!!」

 

 爆煙の中から少し見えた装甲を目掛け、F90はビームを放つ。

 

「ニュータイプの力を…………ナメるなよ!!」

 

 そのビームはリフレクター・ビットに絡み取られ、煙の中に光の線を描く。

 

「ビームの線状に、レールガンの砲撃を集中しろ!!ビームが変化しない場所にビットは無い!!」

 

 その声に呼応して、Gキャノンが一斉に電磁レールの砲撃を始める。

 

 先程の分散した砲撃とは違い、一点集中の砲撃…………更に、視界の遮られている所での砲撃。

 

 アーシィの反応は、確かに遅れた。

 

 レールガンが、マグナ・マーレイを捉えた…………そう見えた矢先、浮いていたマグナ・マーレイが勢いよく下に降りて来た。

 

 アーシィは煙の立ち昇る上空に逃げるより、敵に囲まれてでも降下する選択を、危険を感じて一瞬で決断する。

 

 反応は遅れたが、その決断の早さでレールガンの直撃を避けた。

 

 その上で、避けた砲弾をビームで全て撃ち落とすオマケ付きだ。

 

「やっぱり、簡単には墜ちてくれないか………分散と集中、視界を遮った状態で砲撃パターンを変えられると、嫌な筈だが…………流石はニュータイプか………」

 

 リファリアはアーシィの動きに舌を巻いたが、驚いたのはアーシィも同じだった。

 

「旧型機の寄せ集めだと思ったら、痛い目を見そうね………まずは、あの角の生えたガンダム………指揮をとる奴から墜とす!!」

 

 マグナ・マーレイが、F90オフィサー・タイプに迫る!!

 

「いよいよ本気か…………とにかく、時間を稼ぐんだ…………」

 

 再び、F90とGキャノンが戦列を整えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

繋げる想い

 

「Gキャノン隊、敵機にミサイル!!一斉射だっ!!」

 

 リファリアは、叫ぶと同時にマグナ・マーレイ目掛けてF90のバーニアを全開にして飛び込む。

 

「特攻か??あまり良い策とは思えないけど………何か考えがあるかっ!!」

 

 F90オフィサー・タイプの後方からミサイルが、前方からはマグナ・マーレイの放ったリフレクター・ビットが迫る。

 

「サイコミュが感覚で動く兵器なら…………やりようはある!!」

 

 誘導式のミサイルは、マグナ・マーレイを狙った物、それにF90を追尾する物に別れていた。

 

 マグナ・マーレイを狙ったミサイルが、次々とリフレクター・ビットに墜とされる中、その爆煙の中をF90が突き進む。

 

「視覚を奪ったところで…………条件は同じ、サイコミュを搭載している分、コチラが有利だ!!」

 

 アーシィは、サイコミュの力を借りてF90の位置を特定する。

 

「そこだっ!!」

 

 拡散ビームを放つ、マグナ・マーレイ!!

 

 その瞬間、マグナ・マーレイの近くで爆発が起きた。

 

 拡散ビームが撃たれた時、その射出口の近くにミサイルがあったのだ。

 

 F90を狙って飛ぶミサイルの1つを、リフレクター・ビットの位置を見ながら、拡散ビームを撃つタイミングで、その場所に置いた。

 

 オフィサー・タイプは、チーム全体の情報を集約する能力もあり、Gキャノンのモニターで追えるリフレクター・ビットの位置も、F90オフィサー・タイプのモニターに映し出される。

 

 その膨大な情報量を正確に把握出来るリファリアだからこそ、なせる技であった。

 

 バランスを崩すマグナ・マーレイに、キャノン砲とレールガンの一斉射の雨が降り注ぐ。

 

「素晴らしい奇襲だっ!!だが、相手が悪かったな!!」

 

 一瞬バランスを崩しただけで立ち直ったマグナ・マーレイは、拡散ビームをリフレクター・ビットに当て、砲弾と…………地上にいるGキャノンに正確にビームを当てていく。

 

 F90がキャノン砲やレールガンの射線上にいるのも気にせず放たれた攻撃は、マグナ・マーレイのビームより遅く、F90に襲い掛かった。

 

「さて………ここまでモビルスーツを配置しているなら、基地に守りたい物があると言っているようなモノだな………悪いが、基地を破壊させてもらうぞ」

 

 Gキャノンを一掃し、F90オフィサー・タイプも味方の射撃で破壊された今、マグナ・マーレイと基地の間に邪魔は無い。

 

「ここで戦艦など飛ばされたら、リガ・ミリティアに力があると勘違いする者も出てきて、平和な世にするのに時間がかかる。戦艦ごと散れ!!リガ・ミリティア!!」

 

「そうはいくかっ!!」

 

 爆煙の中から、右足を吹っ飛ばされたF90が飛び出した。

 

 マグナ・マーレイがバランスを崩した一瞬で、その視界から消えていたが、その機体はボロボロ…………更にキャノン砲の弾が、F90の左腕に直撃する。

 

 その反動で回転したF90は、油断していたアーシィに対し、残った右手に持ったビームサーベルを突然伸ばし、マグナ・マーレイのIフィールド発生装置を破壊した。

 

 完全に意表を突かれたアーシィは防御しきれず、Iフィールド発生装置を破壊された瞬間に拡散ビームを放つのが精一杯である。

 

 そのビームは、リファリアの乗るF90のコクピットを歪め、鉄屑と化したF90は地上に墜ちていく。

 

「なんて奴だ………今までの戦闘は全て、Iフィールドを無効にする為に………だが、Iフィールドが無くとも基地と戦艦は破壊させてもらうぞ!!」

 

 マグナ・マーレイは、見た目は損傷なく見える。

 

 額から出血したリファリアは、赤く染まっていく視界の中で………地上に落ちていくF90のコクピットで、マグナ・マーレイの姿を見つめた。

 

「オレの役目は………ここまでだ………だが、繋げてみせたぞ………後は頼む…………戦場を駆け抜ける翼になれ………ウォーバード………」

 

 基地から飛び出した閃光を確認し、リファリアの口元には笑みが浮かぶ。

 

 そして、ボロボロになったF90は、コロニー内の森の中に落ちていく。

 

「リファリアさんっ!!ちくしょう!!間に合わなかったのか!!」

 

 マグナ・マーレイの目の前を、一筋の閃光が駆け抜けた。

 

「ガンダム・タイプ…………何度倒しても出て来る!!いい加減、しつこい!!」

 

 アーシィは、拡散ビームを放つ…………が、速い!!

 

 閃光と化したモビルスーツは、ビームより速く…………そう錯覚する程のスピードで、マグナ・マーレイの横を通過する。

 

「まだ、コイツのスピードに慣れない。掠めただけか!!」

 

 マグナ・マーレイの装甲表面を焼いて行った閃光に、アーシィは戦慄を覚えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

F90W(ウォーバード)出撃!!

「ニコル!!そろそろ、F90・Wタイプの換装作業終わるぞ!!いつでも出れるように、準備しとけ!!」

 

 ゲルダの声が聞こえた為、ニコルはジュースを飲んでいたストローを口から離し、マニュアルを片手にF90のコクピットに滑り込んだ。

 

「この中、タバコ臭ぇなぁ…………しかも、プロシュエールの体臭混じりで、鼻が曲がりそうだぜ!!」

 

 ニコルはブツブツ言いながらもコクピットに収まり、モビルスーツの起動シークエンスを開始する。

 

「仕方ねぇだろ!!使えるF90は、プロシュエールのF(ファイト)タイプだけだったんだ。少し我慢しろ!!」

 

 実際にモビルスーツのコクピットでタバコを吸っている訳では無いが、タバコを吸わないニコルには、シートに染み付いた臭いだけで頭が痛くなった。

 

「ニコル、コイツの機動性に振り回されたら、余計に気持ち悪くなるぞ。今の内に、その臭いには慣れておけよ!!」

 

「そうか…………本来このミッション・パックは、強度のある装甲とフレームじゃないと、機動力に耐えきれないってミューラさんが言ってたな…………こりゃ、マヂで吐くかもしんねぇぞ…………」

 

 ゲルダの言葉で、無理な換装を行っている事を思い出したニコルは、気を引締める。

 

「そういう事だ。W………ウォーバードは、ミノフスキー・ドライブを搭載している。操作を間違えれば、機体ごとバラバラに吹っ飛ぶぞ!!」

 

「了解!!臭いを気にしている余裕は無いって事は、理解したよ!!それで、外の状況はどうなってんの??」

 

 ニコルは、マグナ・マーレイとアーシィの強さを、先の戦闘で実際に肌で感じていた。

 

 だからこそGキャノンと、リファリアのF90だけで戦っているコロニー内の戦闘が、ニコルは気になって仕方ない。

 

「ニコル…………焦るな…………リファリア達は善戦してる。焦ったって、何も変わらないんだ。お前は落ち着いて、やれる事をやればいい」

 

 ゲルダの言葉に、ニコルは何かを思い出したかのように首を振って、小声で話し始めた。

 

「新型のパイロットは……………アーシィさんなんだ。今まで言うタイミングなくて…………他のクルーの目もあったから、言えなかったけど…………」

 

 ゲルダは作業の手を一瞬止めたが、すぐに手を動かし始める。

 

「アーシィは……………今は敵だ!!ニコル、お前は仲間を守る為に…………全力で戦ってこい!!じゃなきゃ、死ぬのはお前だぞ!!」

 

 ニコルは無言のまま何か考え込んでいるが、ゲルダは話しを続ける。

 

「ありがとな…………俺も、娘の事…………家族の事…………色々考えてはいるんだ。だが、戦場で会ったら、今はまだ敵同士だ。躊躇えばニコル、お前でも危険な相手だ。俺が言うのも何だが、娘は質の高いニュータイプなんだ………」

 

 ニコルはコクピットの中で、それは分かっていると言わんばかりに頷いた。

 

 ゲルダは既に、アーシィが新型のパイロットだと感覚的に分かっていたのかも知れない。

 

 それでも自分を気遣うゲルダの物言いに、ニコルは内から力が沸き上がる気がした。

 

(アーシィさんも、皆も、俺が守ってみせる!!機体バランスが悪くたって…………このモビルスーツは、皆の技術の結晶なんだ。コイツで………皆の未来を繋げてみせる!!)

 

 ニコルは、力強く操縦桿を握りしめる。

 

「換装作業終了だ!!シェイクダウン無しだが…………お前ならやれる!!コロニー側のハッチ開け!!頼むぞニコル!!」

 

 ゲルダの声に、ニコルは力強く頷く。

 

「ガンダムF90・ウォーバード!!ニコル・オレスケス………出ます!!」

 

 ゲルダの声に押されるように、F90・ウォーバードがコロニーの大地に飛び出した………

 

 飛び出して直ぐに、リファリアのF90が墜とされる映像が、モニター越しに飛び込む。

 

「リファリアさんっ!!ちくしょう!!間に合わなかったのか!!」

 

 ニコルは操縦桿を軽く押し込み、F90・ウォーバードを加速させる。

 

(うわっ!!なんて加速だっ!!まともな操縦なんか出来ないぞ、コレ!!)

 

 マグナ・マーレイの放った拡散ビームは一瞬で目標を見失い、そのビームは何も無い空間を切り裂いていく。

 

 F90・ウォーバードは、その加速のまま、マグナ・マーレイ目掛けて飛び込んでいく。

 

 その右手にはビームサーベルが握られている。

 

「まだ、コイツのスピードに慣れない。掠めただけか!!」

 

 F90・ウォーバードのスピードに対応出来ていないマグナ・マーレイはその一撃を受けるが、ニコルもまた機体のコントロールが出来ていない。

 

 ウォーバードのビームサーベルは、マグナ・マーレイの機体表面を焼いただけである。

 

(パイロットは…………やっぱりアーシィさんなんだろうな…………いや、今は余計な事を考えるな!!)

 

 ニコルは迷いを振り切るように、目の前のマグナ・マーレイを睨みつけた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新造戦艦発艦!!

 新造戦艦のモビルスーツ・デッキでは、ミューラ達と、マイを人質に取ったプロシュエールの睨み合いが続いていた。

 

 作業する整備班の面々は、事の顛末が気になったが、作業の手は止められない。

 

 その時、外の様子をモニターしていたクルーが、声を上げた。

 

「リファリア機が撃墜!!ニコルのウォーバードが出撃したが…………間に合わず!!」

 

 そのクルーは、悔して壁を叩く。

 

「リファリアが墜ちたか…………ニュータイプ専用機ってのは、化け物だな。あのリファリアも簡単に墜としちまうんだから…………俺らが戦ったって、無駄死にするだけだ。それより、俺のファイトタイプを勝手にウォーバードなんてのに換装しやがって…………ふざけんな!!」

 

 プロシュエールは怒鳴りながらも、マイの頭には銃口を…………そして、周囲の警戒も怠らない。

 

 つまりは隙がなく、ミューラもレジアも身動きがとれなかった。

 

 異様の空気のまま、トライバードの換装作業が続く。

 

「このままだと、バタフライ野郎に基地が攻撃されて、死んじまうな…………とっととモビルスーツをよこすんだ!!こいつを死なせたくないだろぅ??」

 

 プロシュエールの言葉に少し怯むが、しかしミューラは無言で距離を図っていた。

 

 額からは、大粒の汗が流れ落ちる。

 

(焦っちゃ駄目。マイの命も大切だけど、外で戦ってる皆の命も大切なんだ。トライバードの換装作業だけは止められない。それに、モビルスーツなんて渡して、艦内で暴れられたら全てお仕舞いだわ)

 

 考えを巡らすミューラだったが、その間にプロシュエールは脱出艇のあるハッチに辿り着いていた。

 

 そのハッチを開けた瞬間、プロシュエールはマイの頭からミューラに銃口の向きを変える。

 

「逃げた瞬間、トライバードで撃墜なんてのは御免だからな。開発者のお前が死んでれば、換装作業に遅れが出んだろ!!あばよっ!!」

 

 ダァァァァン!!

 

 1発の銃声が、モビルスーツ・デッキの中を反響した………

 

 

「艦長!!ヘレン達が苦戦しています!!早く艦を出しましょう!!」

 

 ニーナが宇宙の戦闘をモニターしながら、焦りを含ませる口調で声を出す。

 

「けど、スパイ問題が片付いてないんだろ??モビルスーツ・デッキに侵入されたって言ってたじゃん。スパイを乗せたままの宇宙旅行なんて、嫌だぜ」

 

 マッシュは我感せずといった口調で、今にも欠伸でもしようかという感じだ。

 

 そんな対照的な………しかし感性の異なる2人のクルーに、艦長のスフィアは大きな不安と少しの頼もしさを感じる。

 

(2人とも正論だな………スパイを無視して艦を動かせば、モビルスーツ・デッキのクルーを危険に晒す事になる。だが、援護しなくてはヘレン達が墜とされるのは時間の問題か…………)

 

 スフィアは少しの時間、無言で考えている様子だったが、意を決して口を開く。

 

「我々は、すぐに出航して宇宙に出る。発進シークエンスに移行しろ!!モビルスーツ・デッキに、スパイには脱出艇をくれてやると通信しておけ!!スパイを乗せたまま飛ぶより、いくらかマシだ」

 

 プロシュエールの握っていた情報は、基地情報とモビルスーツの情報程度だ。

 

 このタイミングで取り逃して情報漏洩しても、比較的被害は少ないと考えたスフィアの口調に迷いは無い。

 

 それよりも、新造戦艦の情報やミノフスキー・ドライブの技術も持ち出される方が問題だ…………

 

 ちなみにシークレット・ワンとは、この戦艦の開発時の呼称であり、正式名称ではない。

 

 本来、戦艦の名前を決めてから進水式を行い、始めて出航となる。

 

 つまりシークレット・ワンは名無しの戦艦であり、名前をつける余裕もないぐらい事態は切迫していた。

 

「全クルーに通達!!これより、本艦は出航する!!ショックに備えよ!!」

 

 決断した後のスフィアの行動は早い。

 

 発進シークエンスが進んでいき、核融合炉に火が入る。

 

「シークレット・ワン、出航する!!宇宙側のハッチ開け!!」

 

 シークレット・ワンの装甲が、宇宙空間を切り裂いて基地内に流れ込む太陽の光に照らされて光輝く。

 

 式典様に作り込まれた金色の縁取りが、その輝きを増しているように見える。

 

「発艦!!」

 

「了解!!シークレット・ワン、緊急発艦!!」

 

 スパイが気になっていたマッシュだが、上官の命令には忠実であった。

 

 集団で何かを成そうとする時、1人で我を通す事の危険をマッシュは理解している。

 

 シークレット・ワンの側面には金色の縁取りがされた純白の装甲板が張り付けられており、そこに太陽の光が反射し淡い翠の本体を神々しいものにしていた…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙モビルスーツ戦

「ええいっ!!数が多すぎるっ!!クレナ、ヘレンの援護に行ける??」

 

「私も手一杯で………すいません!!」

 

 マヘリアとクレナは、10機程のラングに囲まれて身動きがとれないでいた。

 

 マヘリアは友軍機の確認の為に、モニターに目を向ける。

 

 少し離れた所に、ビームの閃光が飛び交うのが見えた。

 

 おそらく、リースティーアとケイトの部隊が戦っているのだろう…………

 

 その戦闘の、もう少し近く…………

 

 バーニアの閃光が、3つ確認出来る。

 

 ヘレンのガンイージが、2機のモビルスーツ…………ザンスカールの新型、ゾロアットと戦っていた。

 

(新型相手に、1機で戦っては危険だわ…………なんとか援護に…………)

 

 そう思っても、ラングの壁に阻まれて、マヘリアはとても援護に行ける状況ではない。

 

 マヘリアの予想通り、ヘレンはゾロアット相手に苦戦を強いられていた。

 

 機体性能ではゾロアットに負けずとも劣らないガンイージだが、相手の能力が分からない以上ヘレンは突っ込めず、苦手な遠距離での戦いを強いられていたのである。

 

 更にヘレンもまた、マヘリア達がラングに囲まれている状況に焦りも感じていた。

 

「リガ・ミリティアのモビルスーツも大したことないな。このまま墜としてやるぜ!!」

 

 1機のゾロアットが、もう1機の援護射撃を受けながら、ヘレン機に突っ込んで来る。

 

「接近戦ならっ!!」

 

 ヘレンはガンイージにビームサーベルを握らせて、ゾロアットを迎え撃つ!!

 

 が…………

 

 ゾロアットはヘレンの考えを察したかのように、ガンイージの足下を通りすぎていく。

 

「うわっ!!」

 

 その瞬間、ヘレン機の右足が切断された。

 

「肩からビームシールドが出るのか!!何かあるとは思っていたが………」

 

 そう…………ゾロアットの肩から展開されたビームシールドが、ガンイージの右足をもぎ取っていったのだ。

 

 まだ何か隠された兵器がある……………そう思い、接近戦が危険と判断したヘレンは、ビームライフルをゾロアットに向けて連射する。

 

 しかし、機体バランスが低下したヘレン機の射撃精度は更に落ち、ビームライフルは牽制にさえ使えない。

 

「パイロットは遠距離が苦手なようだ。このまま、遠くからなぶり殺しにしてやる!!」

 

 ヘレンはビームシールドで、ゾロアットからのビームライフルの射撃を防ぐので精一杯になっていた。

 

「このままじゃ…………ヘレンがヤバイ!!私が突破口を開くから、クレナはヘレンの援護にいって!!」

 

「そんな事したら、マヘリアさんも墜ちちゃいますよ。レジアさんが…………トライバードが出てくるまで、なんとか持ちこたえましょう!!」

 

 クレナの言葉は、マヘリアは頭で理解している事である。

 

 だが……………マヘリアは自分の感情を押し殺す事が苦手な性格であった。

 

「それでも……………ヘレンを失う訳にはいかない!!クレナ、お願い!!」

 

 マヘリアがラングの部隊に向けて、ガンイージを突っ込ませる。

 

 端から見ていると特攻をしかける様な光景に見え、あまりにも無謀な行動であった。

 

 そんなマヘリア機に、ラングから放たれるビームの雨が降り注ぐ……………

 

 一瞬の出来事で身動きのとれなかったクレナの目の前で、マヘリアのガンイージがビームの串刺しにされる…………

 

 と……………思われた瞬間、光の壁がラングとガンイージの間に割り込み、マヘリアに襲いかかる寸前のビームを掻き消した。

 

「何が…………??」

 

 ラングのパイロット達が混乱する中、シークレット・ワンが、その神々しい姿を表す。

 

 動きの止まったラングに、クレナのガンイージがビームサーベルを突き刺した。

 

「マヘリアさんっ!!無事ですか??新造戦艦が………私達の艦が、守ってくれましたよ!!」

 

 クレナはガンイージのモニター越しに、艦大砲がラングとガンイージの間に放たれ、ビームを掻き消す様子を見ていたのだ。

 

「ヘレン隊を援護する!!総員、第1種戦闘配備!!」

 

「了解!!」

 

 艦橋に、スフィアとニーナの声が響く。

 

 シークレット・ワンのメガ粒子砲を牽制に使いながら、マヘリアとクレナはヘレン機に合流する。

 

「敵の新型……………結構手強いけど、機体性能はそれ程でもない!!あの肩…………ビームシールド以外の武器も隠されてそうだから、迂闊に接近戦が出来ないけどね!!」

 

 ヘレンはヘルメットのシールドを一瞬開けて、頭を振って流れる汗を吹き飛ばすと、再び操縦管に手を伸ばす。

 

「ケイトとリースティーアも踏ん張ってくれてる!!新型を倒して、向こうの援護にも行かないと!!」

 

 マヘリアがゾロアットに照準を合わせた、その時…………シークレット・ワンのハッチが突然開き、 脱出艇が飛び出す!!

 

「突然…………何なのかしら??」

 

 クレナは脱出艇を目で追うが、すぐにゾロアットが迫って来て、それどころではなくなっていた……………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もう1つの翼

 シークレット・ワンが戦場に飛び出す少し前、一発の銃声がモビルスーツ・デッキに響き渡った。

 

「ぐわあぁぁぁ!!」

 

 プロシュエールが引金を引くより早く、レジアの放った銃弾が、プロシュエールの銃を持つ手……………右手の甲を貫く!!

 

 ミューラに視線を向けたプロシュエールの、一瞬の隙をついたのだ。

 

 その衝撃と痛みで銃を手放してしまったプロシュエールだったが、マイを放してはいない。

 

「プロシュエール!!マイを放せ!!」

 

 銃を失ってしまい、もはや脱出艇で逃げるのみ…………思考がシンプルになったプロシュエールの動きは素早かった。

 

 脱出艇に向けて動き出したプロシュエールの素早い動きに、レジアの反応も早い。

 

 反撃が無いと分かっているレジアは、躊躇いなくプロシュエールの左足に銃弾を打ち込む!!

 

「ぐわああぁ!!」

 

 痛みで朦朧とする頭で…………ふらつく体で………プロシュエールは脱出艇にとりついた。

 

「レジア!!それ以上撃つなら、マイを絞め殺す!!その程度の力は残っているぞ!!」

 

 プロシュエールの左腕が、マイの細い首に巻き付く。

 

「分かった!!マイに手を出すな!!」

 

 銃を下ろすレジアは、プロシュエールを殺せるタイミングで殺さなかった事に後悔する。

 

 共に戦ったプロシュエールを、出来れば殺したくない…………そんな気持ちが、急所を狙う事を無意識に避けていた。

 

 レジアが銃を下ろしたのを確認したプロシュエールは、脱出艇のハッチを片手で器用に開ける。

 

(まだだ…………脱出して、止血すれば助かる。銃弾は貫通しているし、致命傷じゃない!!)

 

 鋭い痛みに耐えながら、プロシュエールは脱出艇の中にマイを押し込むと、自身も乗り込みハッチを閉めようとする。

 

 まさに、その瞬間…………

 

 警報音が鳴り響き、微かな振動を感じた。

 

「シークレット・ワン、緊急発艦します!!各員、対ショック!!」

 

 その声とほぼ同時に、大きな衝撃がモビルスーツデッキを襲う。

 

 操舵士がルーキーだった事、緊急の発艦だった事が重なり、予想以上の振動がモビルスーツ・デッキを包み込む。

 

「うわっ!!」

 

 レジア達もバランスを崩すが、足に銃弾を受けており踏ん張りの効かないプロシュエールは、脱出艇から投げ出される。

 

(しまった!!)

 

 既に脱出艇の発進準備は整っており、投げ出されたプロシュエールの目の前で無情にも脱出艇のハッチが閉じた。

 

「ごふぅ!!」

 

 そんなプロシュエールの腹部を、モビルスーツ・デッキのクルーが放った銃弾が突き刺さった。

 

「こんな………これまで……………なのか……………」

 

 力無く…………赤い球体を撒き散らしながら、プロシュエールの体が宙に舞う。

 

「プロシュエール!!なんで……………なんで、こんな馬鹿なマネをっ!!」

 

 傷ついたプロシュエールに近付くレジアを、血塗れの右手で制止する。

 

「レジア…………脱出艇はオートで発進してしまう…………中にマイが………彼女は気を失っている。このままでは、戦艦のハッチに突っ込んじまう…………助けてやってくれ………」

 

 その言葉だけで、レジアはプロシュエールが葛藤しながら…………何か別の力に翻弄されながらスパイをしていた事に気付いた。

 

 しかし、今はマイを助ける事が、レジアの中での最優先事項である。

 

「ミューラさんっ!!脱出艇が発進する!!外へのハッチを開かないと、中のマイが…………隔壁、閉じて!!」

 

 レジアの声に呼応するように、モビルスーツデッキと発射口を隔てる隔壁が動き出す。

 

「プロシュエール、とりあえず隔壁の内側に入れ!!そこにいたら、宇宙空間に投げ出されるぞ!!」

 

 隔壁の内側に入れようと伸ばしたレジアの手を、プロシュエールは振り払う。

 

「すまねぇな……………レジア。オレは臆病者なんだ………ザンスカールとの戦力差にビビッて、誘いに乗っちまった。お前の大切な人まで危険に………」

 

 血液の球体が、2人を包み始める。

 

 その数が多くなる程、プロシュエールの命の灯が消えていく。

 

 自分の命を大切にしたい…………

 

 生き物として当たり前の感情であるが、自らの死を覚悟した時、共に戦った記憶が蘇っていたのかもしれない。

 

 プロシュエールは、本気でレジアとマイの心配をしていた。

 

「プロシュエール!!隔壁の外側は宇宙空間と同じ環境になる!!留まれば死ぬぞ!!」

 

「スパイは死刑だっ!!どうせ死ぬ!!オレは臆病者だと言っただろ!!スパイ容疑で尋問されて………後ろ指刺されながら死にたくない!!それより、お前はマイを救う事だけ考えてくれ!!」

 

 そういうと、プロシュエールは最期の力でレジアを隔壁の内側へ押し込む。

 

(もう1人のスパイの事は言えなかったか…………奴の事は、なんとか守ってやりたかった…………な)

 

 そう思い、プロシュエールは目を閉じた。

 

「プロシュエーーール!!」

 

 ガアアアァァン

 

 レジアの叫び声と、隔壁が閉じられる音が重なる。

 

 そして、ハッチの開く音と同時に脱出艇のバーニア音も小さくなっていく。

 

「とりあえず、ぶつからずに発進出来たようね!!あとは救助だけど………」

 

 ミューラは一息ついたが、まだマイが危険な状態である事は認識している。

 

 脱出艇が飛び出した先は、戦場なのだ。

 

「オレが行く!!動かせるモビルスーツを貸してくれ!!」

 

 瞳が紅くなったレジアが飛び出そうとするのを、ミューラは身体を張って止める。

 

「今、あなたが出てったら、あなたを待っている皆はどうなるの??もう少しでトライバードの換装作業は終わる。外で必死に戦っている皆の為にも、ここは堪えて!!」

 

 ミューラの制止を受け入れたレジアは、壁を殴り付けた。

 

 ミューラの言っている事を理解してしまう自分自身への苛立ちと、大切な人の窮地に何も出来ないもどかしさが、レジアの心を蝕んでいく。

 

 その瞬間、レジアの脳裏にプロシュエールの姿が過る。

 

「Fタイプ…………いや、Wタイプ!!ニコルのウォーバードなら!!」

 

 ミューラも思い出して頷くと、コロニー内の映像をモニターに出す。

 

 ニコルはマグナ・マーレイと戦闘中だが、シークレット・ワンが発進した今、基地を守る必要は無い。

 

「ニコルに行ってもらいましょう!!ウォーバード…………いえ、ミノフスキー・ドライブなら!!」

 

 ミューラの言葉に、レジアは首を縦に振る。

 

(ニコル…………頼む!!マイを…………お前の幼なじみを救ってやってくれ!!)

 

 レジアはプロシュエールの血で汚れた自分の身体を見て…………何も出来なかった…………何も出来ない不甲斐無さに苛立ち、再びシークレット・ワンのモビルスーツ・デッキの壁を殴りつけた…………

 

 その姿を見ながら、しかしミューラはプロシュエールにモビルスーツ・デッキの端を見られなかった事に安堵する。

 

 モビルスーツデッキの端…………そこに立て掛けられた、スキー板を大きくしたような物体に目を移す。

 

「とりあえず、あなたが守りたかった物は無事よ…………モビルスーツ・デッキを封印していたのは、トライバードの換装パーツを守る為じゃない。これを守りたかったのよね…………」

 

 立て掛けられた板………

 

 それはかつて、Νガンダムに装備されていたフィン・ファンネルに似ている。

 

(エボリューション・ファンネル。ダブルバード・ガンダムのもう1つの翼…………あなた達の想い、必ず受け継ぐわ!!)

 

 ミューラは心の中で、レジアの両親に誓った…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

父と娘

「うおおおおおぉぉぉ!!」

 

 ニコルはウォーバードのバーニアを最大に噴かして、マグナ・マーレイに飛び込む。

 

 信じられない程の加速に一瞬躊躇したアーシィだったが、すぐにビームサーベルでニコル機に対応する。

 

 ウォーバードのビームサーベルと、マグナ・マーレイのビームサーベルが激突してスパークを起こす。

 

「アーシィさんっ!!ザンスカールが普通じゃないって…………分かるだろっ!!母親の為だって………それに手を貸すのは、おかしいよっ!!」

 

「なら、連邦は普通なのか??地球で私腹を肥やし、コロニーを真面目に統治してこなかった連邦の惰性が、今のザンスカールを生んだのよ!!母は……………その被害者なのっ!!」

 

 マグナ・マーレイは無理矢理ウォーバードを引き離すと、リフレクタービット目掛けて拡散ビームを放つ。

 

 反射しながら全方位で襲いかかるビームを、ウォーバードは躱し、ビームシールドで受け止め、そして加速しリフレクター・ビットの森を駆け抜ける!!

 

「凄い…………これが、ニュータイプの力…………バランスの悪い機体で、ここまで…………」

 

 ニコルにマイの救出を依頼する為にモニターを見たミューラは、その事を一瞬忘れてしまう程だった。

 

「だあぁぁぁぁ!!」

 

 再接近したウォーバードが、ビームサーベルでマグナ・マーレイに斬りかかる!!

 

「言っても分からないならっ!!」

 

 紙一重でビームサーベルを避けたマグナ・マーレイは、リフレクター・ビットを展開する。

 

 今度はリフレクター・ビットが、直接ウォーバードに襲いかかった。

 

 そこに拡散ビームも追加され、ウォーバードを追い詰める!!

 

「なんとぉーーー!!」

 

 辛うじて躱したニコルだが、再びマグナ・マーレイとの距離が開く。

 

 その時、ミューラから通信が入った。

 

「ニコル!!シークレット・ワン…………私達の戦艦が発進したわ。もう、コロニーの中を守る必要は無いわよ」

 

「了解!!羽根つきを倒したら、すぐに宇宙に向かうよ!!」

 

 そんなニコルの言葉に、ミューラは首を横に振る。

 

「ニコル……………プロシュエールがスパイをしていて…………そのゴタゴタで、マイが宇宙空間に投げ出されたの。事態は一刻を争うわ!!ミノフスキー・ドライブなら、まだ間に合う!!」

 

「なっ……………んな事言ったって……………てか、プロシュエールがスパイ??一体、何が起きてんだ??」

 

 頭が混乱するニコルに、拡散ビームが襲う!!

 

「のわっ!!考える余裕も無い!!」

 

 辛うじて拡散ビームを躱したニコルだったが、その背後に置かれたリフレクター・ビットによって、そのビームは背後から再びウォーバードを襲った。

 

「うわっと!!こんな状態で、宇宙まで出れるかよっ!!背を向けたら墜とされるよ!!」

 

 高い起動性を誇るウォーバードでも、マグナ・マーレイの攻撃を紙一重で躱している状況である。

 

 そこに…………1機のジェムズガンが飛んで来た。  

 

「ニコル!!オレが囮になる!!お前は宇宙にっ!!」

 

 ビームライフルからビームを放つジェムズガンから聞こえて来た声…………

 

「ゲルダさんっ!!なんで出て来た??親子で殺し合っちゃ駄目だっ!!」

 

「親子だからこそ…………だ。ニコル、お前は宇宙に行け!!幼なじみが危険なんだろ??」

 

 マグナ・マーレイは、ジェムズガンから放たれるビームを軽々と躱す。

 

「ジェムズガン1機じゃ……………自殺するようなモンだよ!!」

 

「そうだな…………だから、1度だけ力を貸してくれ!!オレを娘の元に!!」

 

 その言葉を聞いたニコルは、直ぐに反応した。

 

 ジェムズガンを隠すように前に出たウォーバードは、マグナ・マーレイの攻撃を自分に集中させる。 

 

 そして、マグナ・マーレイの懐に飛び込む!!

 

「アーシイさんっ!!1度親子で、しっかり話をして!!」

 

「何??」

 

 混乱するアーシィのマグナ・マーレイに、ゲルダの乗るジェムズガンが喰いついた。

 

「アーシィ、オレだ!!聞こえるな??」

 

「なっ…………お父さん…………どうして…………」

 

 お肌の触れ合い回線…………ジェムズガンとマグナ・マーレイは、縺れるように地面に降りていった……………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

父と娘2

 

「お父さん!!自分が何しているか、分かっているの??お母さんの命は、どうでもいい訳??」

 

 お肌の触れ合い回線のまま、アーシィは叫んだ。

 

 父に邪魔される程、自分のザンスカールでの居場所が無くなる。

 

 腕の良い技術者である父をザンスカールが放っておく訳がなく、幾度となく勧誘の手が伸びた。

 

 それを跳ね退け続ける父………それでも、母に薬が支給されているのは、アーシィがニュータイプであるからでしかない。

 

 そのためアーシィは、スパイ容疑がかけられたり、厭味を言われたり…………辛い毎日を送っている。

 

 それでも、サナリィの友人や仲間をザンスカールに殺されている父に、アーシィは強く言えなかった。

 

 ただ、自分の邪魔だけはしないで欲しい…………任務の失敗は、直ぐに母の薬の支給を止められる事を意味する。

 

「私の邪魔だけはしないで!!お母さんを救いたいって気持ちは、お父さんだって一緒でしょ??」

 

「勿論だ!!母さんを救いたいって気持ちは、当然オレにもある!!だがな、間違っていると分かっている組織に手を貸して…………それで母さんを助けても、それを喜んでくれる筈がないだろ!!」

 

 ゲルダの言葉に怒りが込み上げて来たアーシィは、マグナ・マーレイのコクピット・ハッチを開く。

 

 それを見たゲルダも、ジェムズガンのハッチを開ける。

 

「お父さん!!何、ロマンチスト気取ってんの!!そんなの、男のエゴじゃない!!お母さんは、毎日苦しい思いをしてるのよ!!リガ・ミリティアにいたら、当然アメリアには戻って来れない!!もう何ヶ月、お母さんに会ってない??」

 

 アーシィの剣幕に、ゲルダは思わず後退りした。

 

 アーシィの言っている事は、全て正しいと思う。

 

 妻は自分のやっている事を信じて、許してくれている…………ゲルダは、そう思いたいだけでしかない。

 

 そんな自分の気持ちを見透かされている…………ゲルダは恥ずかしくなった。

 

 ザンスカールのモビルスーツ開発に協力して、妻に毎日でも会いたい…………本音を言えば、そうだ。

 

 ゲルダはそう思う度に、イエロージャケットがサナリィに攻め込んで来た日を………娘に銃口が向けられた恐怖を…………そして、自分の身を犠牲にして娘を助けてくれたレジアの母を思い出す。

 

 とてもザンスカールに協力など出来ない。

 

 それが自己満足でしかないと言われれば、そうかもしれない…………妻から言わせれば、どうでもいいと言われるかもしれない…………それでも、ゲルダは見てしまった。

 

 ザンスカールの…………イエロージャケットの非道さを…………

 

「アーシィ…………分かってるんだ…………オレにだって分かってる。1番大切なのは家族って事ぐらい…………でも…………でもな…………レジアの母親はスージィの命を守ってくれた。その息子が、ザンスカールと戦っている。娘を救ってくれた人の息子を守りたい。そして、リガ・ミリティアを…………世界を救うモビルスーツを開発したい…………それが終われば、オレはザンスカールに協力するよ…………」

 

「そんなの!!一体いつになるわけ??お母さんの体は、もう時間が無いんだよ??イエロージャケットの地球降下作戦が成功して、お母さんを地球に降ろせれば、命が助かる!!一刻も早く、地球に侵攻しなきゃいけないのよ!!」

 

 アーシィはマグナ・マーレイの装甲を1度叩くと、コクピットに滑り込んだ。

 

 アーシィの瞳からは、一筋の涙が零れ落ちる。

 

 自分が言った事は、多くの命を奪う事…………そんな考えが、父の嫌悪感に繋がっていると分かっているのに…………

 

「とにかく、お母さんを救いたいなら、私の邪魔だけはしないで!!」

 

 マグナ・マーレイは、ウォーバードを追って宇宙に続くハッチに向けて飛び出した。  

 

 

 宇宙での戦闘は混戦になっており、ガンダムF90・ウォーバードはザンスカールのモビルスーツ隊に足止めをされている状態である。

 

 コロニーから出たウォーバードを待っていたのは、シークレット・ワンに攻撃を仕掛けようとしていたモビルスーツ隊だった。

 

 ラング主体のモビルスーツ隊である為に、ウォーバードの敵ではない。

 

 しかし、1対1のモビルスーツ戦なら圧倒するであろうウォーバードでも、その高速の動きの為、攻撃がヒットアンドアウェイになってしまう。

 

 そのためザンスカールのモビルスーツ隊は、シークレット・ワンにジリジリと近付いていき、ニコルはその場をなかなか離れられない。

 

「くそっ!!先攻して出ていたガンイージ隊に、艦の護衛をする余裕が無いのか??ニコルが足止めされていては、マイの乗る脱出艇をトレース出来なくなる!!」

 

「そうね…………でも、皆は精一杯だわ…………」

 

 レジアの焦りの叫びを耳にしたミューラは、唇を噛む。

 

 なんとか、マイを救いたい。

 

 ただ、優先すべきはシークレット・ワンを守る事。

 

 失われる命の量が、圧倒的に違いすぎる。

 

 戦艦一隻と、1人の命を量りにかけたら、答は決まっていた。

 

「もう少ししたら、羽付きのニュータイプ専用機も宇宙に出て来る。そうしたら、ニコルにはシークレット・ワンを守るのに専念してもらわないと…………」

 

 モビルスーツ・デッキに眠るトライバード・ガンダムは、復活の時を待ってはいるが、もう少し時間がかかりそうだ。

 

 その時、モニターに黄色い閃光がラングを貫く映像が映る。

 

「ニコル!!話は聞いたわ!!ここは私達に任せて、あなたはマイを!!」

 

 シークレット・ワンから放出されたビームバズーカを抱えたガンイージが、ウォーバードの横に飛んで来た。

 

 その上から、更にラング隊にビームの雨を降らせるモビルスーツ…………ジェムズガン・ツインテールも、ビームバズーカで射撃をしている。

 

「あらあら…………この程度の敵を圧倒出来ないなんて…………リファリアの残したツインテールの方が、ミノフスキー・ドライブより使えるんじゃないかしら??」

 

「あんだ??ミノフスキー・ドライブが悪ぃってより、ニコルの腕が未熟なんだろ??素人は邪魔だから、とっとと幼なじみを探しに行けよ!!」

 

 ビームサーベルでラングを串刺しにしたガンイージからも、その声が届く。

 

「マヘリアさん………それに皆…………よく無事で…………」

 

 マヘリアにリースティーアにヘレン…………

 

 ウォーバードが劣勢と見て、シークレット・ワンの近くまで後退して来た。

 

「ニコルさん!!早く行って下さい!!ここは私達に任せて………シークレット・ワンは、必ず守りますから!!」

 

 クレナのガンイージも、シークレット・ワンの護衛に戻って来る。

 

(このままじゃ…………この宙域に出てたザンスカールの全てのモビルスーツが、シークレット・ワンに集まって来る。そんなリスクを侵してまで、マイの事を…………)

 

 ニコルは胸が熱くなった。

 

「すまない皆!!マイを連れて、直ぐに戻って来る!!」

 

 操縦管を思い切り倒し、ウォーバードを加速させるニコル。

 

 そうはさせまいと目の前に飛び出したザンスカールの新型モビルスーツ、ゾロアットがウォーバードの放つ閃光に触れて一瞬で大破する。

 

「駆け抜けろウォーバード!!マイを…………皆を救う為に!!」

 

 閃光と化したウォーバードが、マイの乗る脱出艇との距離をグングン詰める。

 

 その脱出艇に、黒いモビルスーツが迫っていた……………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウォーバードを包む翼

「レグナイト少佐、1機コチラに向かって来るモビルスーツがある…………とんでもないスピードだ。自分が相手をするので、少佐は戦艦を頼みます!!」

 

 黒いモビルスーツ…………漆黒のマグナ・マーレイのコクピットの中で、マデアはリガ・ミリティア所属と思われるモビルスーツの機影をキャッチしていた。

 

 F90…………ライブラリには旧式のモビルスーツの名が表示されるが…………戦場である筈の宙域を考えられないスピードで移動するモビルスーツの反応に、マデアは集中力を高める。

 

「マデア、相手はリガ・ミリティアの新型の可能性がある。F90に、この機動性はありえない!!」

 

 マデアは頷くと、迫って来るモビルスーツを迎え撃つ為にマグナ・マーレイのバーニアを止めた。

 

「敵機は、何故か一直線に向かって来る………少佐の部隊は、F90を迂回しながら戦闘宙域に!!この機体の側にいたら、ビットの巻き添えを食いますよ」

 

「相変わらずだな…………自信過剰なんだか、オレを馬鹿にしてるのか…………まぁお前の腕なら、新型だろうがガンダムだろうが相手にならんだろうが……………少しは気をつけろよ!!」

 

 レグナイトの部隊は、全機新型のゾロアットで編成されており、先頭にいる隊長機………レグナイト機のみ両肩にバインダーを装備しており、それ以外はスパイクシールドを装備する、後に前期型と言われるようになる機体である。

 

 そのゾロアット部隊の横を気絶したマイの乗る脱出艇が通り抜けたが、それを気に止める者はいない。

 

 レグナイトの部隊は、リガ・ミリティアの新造戦艦を叩く任務が与えられていたからだ。

 

 脱出艇に、時間を割いている余裕は無い。

 

 その脱出艇が黒いマグナ・マーレイの横を通り抜けた頃、レグナイト隊の横を閃光が走る。

 

「実際に見ると、信じられないスピードだな…………しかし、敵である我々を無視か…………あのモビルスーツは、何がしたいんだ??」

 

 レグナイトは首を捻りながら…………閃光と化したモビルスーツを目で追いながらも、戦闘宙域へと急いだ。

 

 

「脱出艇……………捉えた!!マイ、もう少しだ!!必ず助ける!!」

 

 ウォーバードのモニターは、脱出艇の小さなバーニアの光を表示する。

 

 それと同時に…………敵のモビルスーツを発見した時のアラームが、ウォーバードのコクピットに鳴り響く。

 

「ザンスカールの新型…………だが、今は構ってやる暇は無い!!相手をするのは、マイを連れ帰った後だ!!」

 

 ウォーバードの機動力なら、マイを助けて戻っても、敵を背後から叩ける………ニコルは、ウォーバードのスピードを信じていた。

 

 ウォーバードの…………ミノフスキー・ドライブのスピードに対応出来るモビルスーツなど無いのではないか…………

 

 そう思える程に、ミノフスキー・ドライブの力は絶対的だった………

 

 しかし、そんなウォーバードにビームが迫る!!

 

「うわぁ!!まぢかよ!!」

 

 ウォーバードのスピードを過信していたニコルは、突然の攻撃を咄嗟にビームシールドで防いだ。  

 

 その為、ウォーバードのスピードは一瞬で殺される。

 

「やはりF90…………しかし、見慣れないミッションパックを装備している…………あれが、超加速の正体か」

 

「って、バタフライ野郎がコッチにも…………ニュータイプ専用機って、量産出来んのか??」

 

 黒いマグナ・マーレイとF90W・ウォーバードが、互いにプレッシャーを与えながら向き合う。

 

「コイツ…………かなり強そうだけど、コッチは急ぎの用事があるんだ。通してもらうぜ!!」

 

 マグナ・マーレイとは、何度か戦っている。

 

 拡散ビームとリフレクター・ビットに注意しながら攻撃を避けて、脱出艇を追いかければ…………

 

 マグナ・マーレイのスピードでは、ウォーバードに付いて来れない筈だ。

 

 今は別に、倒す必要は無い。

 

 そう割り切ると、ニコルはF90ウォーバードのミノフスキー・ドライブに熱を入れる。

 

 が…………加速しようとするウォーバードの目の前に、ビームが飛んで来た。

 

「うわあぁぁぁ!!絶妙なタイミングでビームが………こりゃあ、簡単に突破出来ないか??」

 

 加速する前に動きを止められたウォーバードに、マグナ・マーレイが迫る。

 

 リフレクター・ビットでバリアのように機体を覆いながら、ビームサーベルを持ってウォーバードの懐に飛び込んで来た。

 

 リフレクター・ビットは、それぞれが意思を持っているのかの様に動き、その球体が直接ウォーバードに攻撃を仕掛けて来る。

 

 リフレクター・ビットに囲まれたウォーバードは、ビットの攻撃を避けながらマグナ・マーレイからの直接攻撃にも対処しなければならない。

 

 ニコルはビットに囲まれないように後方に下がってしまい、脱出艇との距離が開いて行く。

 

「このままじゃ…………なんとか前に出ないと!!」

 

 ニコルの焦りを感じているのか…………黒いマグナ・マーレイ…………マデアは、ゆっくりと攻撃を仕掛ける。

 

「F90のパイロット…………腕はいいが、何か焦っているようだな。マグナ・マーレイの後ろに出たそうだが………ならば、その状況を利用させてもらおう!!」

 

 リフレクター・ビットが、壁のようにF90ウォーバードの前に立ちはだかった。

 

「なろっ!!オレに恨みでもあんのか??コッチは幼なじみを助けたいだけなんだ!!邪魔すんな!!」

 

 ニコルはウォーバードをリフレクター・ビットの中に飛び込ませる。

 

 最早、それしか方法は無い。

 

 脱出艇を見失う訳には、いかなかった。

 

「やはり…………このパイロット、焦っているな。ならば!!」

 

 リフレクター・ビットの中で、F90ウォーバードとマグナ・マーレイのビームサーベルが交錯する。

 

 鍔迫り合いの中、上と下からリフレクター・ビットがウォーバードを挟むように飛び込んで来た。

 

「うわぁぉ!!」

 

 変な声を出しながら後方に下がったウォーバードを見て、マデアは間髪を入れず攻撃に移る。

 

「自慢のスピードが殺された状態で、避けれるか??墜ちろ、ガンダム!!」

 

 展開されていたリフレクター・ビットが、いつの間にかウォーバードの周囲に凝縮されていた。

 

 そこに、拡散ビームが放たれる。

 

 密度の高いビットの森…………そこにリフレクター・ビットによる物理攻撃と反射されるビームのオールレンジ攻撃…………

 

「コイツ…………強い…………ゴメンな………マイ。オレはココで終わりだ………」

 

 回避する事など不可能…………ビットを押し退ける事も不可能…………

 

 絶望的な状況の中、ニコルは操縦桿を無意識に引いていた。

 

 その瞬間、ミノフスキー・ドライブが反応する。

 

「わぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」

 

 光に守られたウォーバードが、とんでもないスピードで後方に飛ばされた。

 

 リフレクター・ビットも反射されたビームをも無効化した光が、ウォーバードを守っている。

 

「何が起きた??確実に仕留めていたタイミングだった筈だ………」

 

 後に【光の翼】と呼ばれるミノフスキー・ドライブから発生する過剰粒子が、ウォーバードを守ったのだ。

 

 しかし、それを想定していないウォーバードも被害は甚大である。

 

 関節が悲鳴を上げ始め、ミッションパックからも異変を告げるアラームが鳴り響く。  

 

「なんとか助かった…………のか??でもマイが…………離れて行っちまう…………」

 

 改めて対峙する黒いマグナ・マーレイ相手に、ニコルは勝てる気がせず、そのプレッシャーの中で身体が震えていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ビーム・ストリングス

「レグナイト隊、散開しろ!!ガンダム・タイプは出て来てないようだが…………リガ・ミリティアのモビルスーツは手強い。油断するなよ!!」

 

 編隊の隊長、レグナイト・リステリアは、部隊に気合いを入れる。

 

「そんな…………敵の援軍??もう手一杯なのに!!戦艦を守るどころの騒ぎじゃないわ!!」

 

「それに………全機新型のモビルスーツ………このままじゃ………」

 

 ラングの編隊と戦っているマヘリアとクレナは、かなり疲弊していた。

 

 それでも必死に戦ってこれたのは、少しずつでも敵のモビルスーツの数が減っていくのが確認出来ていたからであり、レジアのトライバードも出て来てくれるという期待もある。

 

 しかし、敵の新型モビルスーツの編隊が現れた…………既に限界を超えて戦っている身としては、気持ちが萎えて当然だ。

 

「馬鹿野郎!!戦艦を跳ばす為に、コロニーで戦った連中は死んでいった…………私らに諦めるって選択肢はねぇ!!」

 

 右足の失ったガンイージのコクピットで、ヘレンが叫ぶ。

 

「あらあら…………でも、そうね。リファリア隊長が命を張って、戦艦の未来を私達に託した………ここで墜とされたら、死んだ後にも怒られそうだわ…………」

 

 リースティーアのジェムズガン・ツインテールは、高速で移動しながらビームバズーカの精密射撃でラングを次々と串刺しにしていく。

 

「天道虫みたいな格好して…………数が多くたって、負ける訳にはいかない!!」

 

 レグナイト隊と最初に戦闘に入ったのは、ケイトのガンイージだった。

 

「数はコチラが上だ!!3機づつで連携して敵を叩く。単機で戦うなよ!!」

 

 レグナイトの編隊から、3機のゾロアットがケイトのガンイージに食いつく。

 

「くそっ!!足止めすら出来ないなんて……………」

 

 いかにガンイージが高性能機であっても、モビルスーツ3機を相手にしては防戦一方になる。

 

 ケイトのガンイージは、その身をビームで少しずつ焼かれていく。

 

「ケイト!!くそっ!!なんとか援護に………」

 

 ヘレンがケイトのガンイージの援護に回ろうとした矢先、赤いゾロアットが目の前に飛び出して来た。

 

 そのゾロアットから振り下ろされるビームサーベルを間一髪で避け、距離をとるヘレン。

 

「この天道虫…………他とは明らかに動きが違う!!」

 

「右足が無くてバランスが悪いだろうに…………よく防いだ…………だがっ!!」

 

 レグナイトの駆る赤いゾロアットは、右肩に装備されたバインダーをガンイージに向ける。

 

「ビーム・ストリングスを試してみる!!喰らえっ!!」

 

 ゾロアットの右肩に装備された電磁ワイヤー兵器、ビーム・ストリングス。

 

 5本の電磁ワイヤーが、ガンイージに迫る!!

 

「なんだコレは??うわぁぁぁぁ!!」

 

 電磁ワイヤーに捕われたガンイージは、電撃を受けた。

 

「ヘレン??動かないとやられる!!あのワイヤーか??」

 

 身動きの取れなくなったヘレンのガンイージを助ける為、マヘリアがビームサーベルでワイヤーを切ろうとする……………が、レグナイト隊のゾロアットに邪魔されてワイヤーを切るに至らない。

 

「ヘレン!!動いて!!」

 

「他人の心配している場合か??」

 

 マヘリアのガンイージも、ゾロアット3機に囲まれた。

 

「きゃあああぁぁぁ!!」

 

 後方から衝撃が走り、マヘリアのガンイージの左腕が吹き飛ぶ。

 

「シールド無しで、どこまで戦えるかな??」

 

 マヘリアやヘレンの横を、ラングとゾロアットが通過していく。

 

「あらあら…………このままじゃ、シークレット・ワンが墜ちるわね…………」

 

 ヘレン機に巻き付いたワイヤーを切ったリースティーアのジェムズガン・ツインテールだが、その隙に突破を許してしまった。

 

 対空防御をするシークレット・ワンだが、モビルスーツに簡単に砲撃が当たる訳も無く、次々にザンスカールのモビルスーツ達に取り付かれていく…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たなるスーツ!!トライバード・アサルト!!

 

「ぐわっ!!」

 

「きゃあぁぁ!!」 

 

 シークレット・ワンのモビルスーツ・デッキは大きな衝撃で揺れ、レジアとミューラはバランスを崩した。

 

「シークレット・ワンにラングと…………天道虫が取り付いたわ!!マヘリア達は何をやってるの??」

 

「マヘリアさんも、ヘレンさんも…………皆頑張ってる!!くそっ!!トライバードの換装は、まだなのか??」

 

 バランスを整えたミューラとレジアは、外の様子が分かるモニターを見る。

 

 戦っているのはガンイージと、ジェムズガン・ツインテール…………他の友軍機はほぼ見えない。

 

「ニコルもまだ戻って来ない!!マイも皆も…………オレは全てを失ってしまうのか…………」

 

 唇を噛み締めながら、悔しそうな瞳でモニターを見つめるレジア。

 

 マイと…………皆の無事を祈るしか出来ない自分の立場が、歯痒かった。

 

 ブォーッ!!ブォーッ!!

 

 そんなレジアの感情を逆なでするように、シークレット・ワンの艦内に、けたたましい警告音が鳴り響く。

 

「今度は…………何??」

 

「最悪だ……………白い羽根付き…………コロニーから出て来た…………」

 

 コロニーから飛び出したアーシィのマグナ・マーレイが、一直線にシークレット・ワンに向かって来る。 

 

「もう…………限界だ!!今の状態で、トライバードを出す!!ここで墜とされたら……………全てが終わりだ!!」

 

「仕方ないか…………ロメロさん、作業状況を教えて!!」

 

 トライバードに向けて跳ぶレジアの後ろから、ミューラが1人のメカニックに声をかけた。

 

「一応、出せますがね…………武装のチェックは、何もやってませんよ!!シェイクダウン出来ないのは、仕方ないにしても…………あと5分ぐらいあれば、全部のチェックが終わるんですがね…………」

 

 80近い老人メカニックが、ミューラに答える。

 

「5分も待っている余裕はない!!このまま行く!!」

 

 レジアは乗り慣れたトライバード・ガンダムのコクピットに身体を滑り込ませ、起動シークエンスに入った。

 

「最近の若者は、せっかちだな……………まぁ作業は完璧の筈だが…………折角の黄金のパーツを、甲冑のように格好よくしたかったんじゃが…………」

 

「えっ??何ですか??」

 

 最後の方の言葉が聞き取れず、聞き返すミューラをロメロは手で制してから、レジアが収まったトライバードのコクピットをノックする。

 

「レジアくん。今回のトライバードは、以前とは比べものにならんぐらい、機動性と攻撃能力が上がっとる。最初は力をセーブして、少しずつ上げていくんだ。焦りは禁物だぞ」

 

「シェイクダウン無しですからね…………了解しています。戦いながら、少しづつ馴染ませていきますよ」

 

 焦っていても、トライバードに乗り込んで落ち着いた様子のレジアに、ミューラとロメロは安心した。

 

「頼むぞ…………トライバード。皆を…………そしてマイを救う為に、もう一度力を貸してくれ…………」

 

 トライバード・ガンダムのコクピットで一瞬だけ瞳を閉じて、レジアは集中力を高める。

 

「トライバード・ガンダム出撃させます!!モビルスーツ・デッキ開放!!」

 

 ミューラが無線で、指示を送る。

 

「了解!!レジア、トライバードの仕上がりは8割程度って聞いているわ…………ザンスカールのモビルスーツを追っ払って、皆を助けるだけでいい。勝ちきる必要は無いわよ」 

 

「大丈夫、ニーナさん。無理はしない。皆を助けて、シークレット・ワンが逃げる時間を作る。それだけで、充分だ!!」 

 

 レジアの声に応えるように、トライバード・ガンダムのデュアルアイに光が灯った。

 

「レジア、未完成の機体で申し訳ないけど、エースの力、期待させてもらうわよ!!」

 

 艦長のスフィアからも、激が飛ぶ。

 

「レジア、出撃準備OKよ。出たら直ぐに敵機がいるから、気をつけて!!」

 

「よし…………オレとお前なら、何でも出来るよな…………」

 

 管制官であるニーナの声を聞きながら、レジアは1人言のように呟く。

 

 そして、自らの目に力を込める!!

 

「ガンダム・トライバード・アサルト!!レジア・アグナールで行きます!!」

 

 レジアは叫ぶと、トライバード・アサルトは宇宙空間に飛び出す。

 

 出た瞬間に、ビームを2発…………ラングに向けて放つ。

 

 その2発が、それぞれのラングの身体に突き刺さり、爆発する。

 

 その爆発の中から、黄金に輝くモビルスーツが現れた。

 

 白き装甲に取り付けられた黄金のパーツが、光に反射して輝いている。

 

 その輝きの中、トライバード・アサルトは肩口から頭が少し出ている状態の兵器を半回転させ腰に固定させると、射撃体勢に入った。

 

「ヴェスバーを使う!!」

 

 ヴェスバー…………可変速ビームライフル

 

 ジェネレーターに直結されたこのビーム兵器は、ビームのスピードを変えられる。

 

 トライバード・アサルトの腰に固定された2門のヴェズバーから、閃光のようなビームをマヘリアのガンイージに取り付いているゾロアットに向けて放つ。

 

 そのビームは、細く速く…………いとも容易くゾロアットのスパイクシールドを貫通した。

 

 そして、2機のゾロアットは何も出来ずに爆発する。

 

「トライバード……………レジアさん!!」 

 

 ボロボロになったガンイージのコクピットで、マヘリアが叫ぶ。

 

「皆…………今まで、よく堪えてくれた…………あと、もう人踏ん張り…………頑張ってくれ!!」

 

 レジアは叫んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ツインテール・パージ

「ガンダム・タイプかっ!!コロニー内の戦闘で、アーシィ大尉が倒したと聞いたが……………リガ・ミリティアには、どれだけ優秀なメカニックがいるんだ」

 

 レグナイトのゾロアットは、高出力のビームを見て思わず距離をとる。

 

 ゾロアット隊がトライバード・アサルトから距離をとった事で、レジアはヘレンと接触する事が出来た。

 

「よく…………無事でいてくれた。損傷した機体をシークレット・ワンに戻してくれ」

 

「分かった!!マヘリアとクレナは、一度シークレット・ワンに戻れ!!トライバードがいれば、戦線は維持出来る!!」

 

 ヘレンのガンイージは右足を損傷していたが、マヘリアとクレナのガンイージを下げる指示を出した後も後退する気配がない。

 

「ヘレンさん、あなたのガンイージも右足が飛ばされてる。シークレット・ワンに戻って下さい。後はオレが、何とかします!!」

 

「おいおい…………私を誰だと思ってんだ!!戦友だったリファリアも失ってんだ!!足が無くなった程度で下がれるかよ!!」

 

 ヘレンのガンイージは、ビームライフルでビームを放ちながら、トライバード・アサルトの前に出る。

 

「天道虫のような新型だけなら、何とかなるかもしれないが…………羽根付きも迫っているんだ!!損傷した機体で戦場に留まってたら、直ぐに墜とされる!!」

 

 レジアは叫ぶが、ヘレンの耳には届かない。

 

「とりあえず、天道虫野郎を全部墜としたら戻ってやるよ!!羽根付きが来る前に全滅させるぞ!!」

 

「くそっ!!仕方ない!!」

 

 何を言っても無駄だとレジアは悟り、接近戦を挑むヘレンの援護に回る事を決めた。

 

「ヘレン機は損傷してる!!オレとツインテールは遠距離から援護、ケイトは牽制をっ!!」

 

「了解!!」

 

 レジアの指示に、まだ大した傷を負っていないリースティーアのジェムズガン・ツインテールとケイトのガンイージが反応する。

 

 数で圧倒していたザンスカールのモビルスーツ隊は、トライバードとツインテールの圧倒的な機動性に外周を抑えられ、その長距離攻撃によって中央に集められていく。

 

 2人の射撃は精密で、混戦の中にいるヘレンとケイトのガンイージにはビームが掠りもしない。

 

 遠距離からの高出力ビームは、ザンスカールのモビルスーツだけを貫いていく。

 

「数で圧倒している筈が…………外を抑えられて、高精度で当てられては、どうにもならん!!マグナ・マーレイが来るまでの時間を稼ぐしかないな。ビーム・ストリングスを使う!!」

 

 レグナイト機の右肩に装備されたバインダーから、電磁ワイヤーが飛び出す。

 

「またかっ!!」

 

「きゃあああぁぁぁ!!」

 

 ヘレンとケイトのガンイージが電磁ワイヤーに絡めとられ、身動きが出来なくなる。

 

「くそっ!!何だあれは!!」

 

 レジアはトライバード・アサルトのヴェスバーを収納すると、ビームサーベルで電磁ワイヤーを斬った。

 

 その隙に、レグナイトの指揮する部隊は後退していく。

 

「あらあら……………なかなかの指揮官ね…………留まった機体があったら、狙い撃ちしようと思ったのに…………」

 

 リースティーアのジェムズガン・ツインテールも、トライバードに続いて電磁ワイヤーを斬り始める。

 

 その時……………銀色の球体が、リガ・ミリティアのモビルスーツを取り囲み始めた。

 

「まずい…………羽根付きかっ!!」 

 

 そう………………アーシィの操る純白のマグナ・マーレイが、リガ・ミリティアのモビルスーツ隊を視界に捉えている。

 

「もう失敗出来ない!!宇宙ででも、リガ・ミリティアの象徴になる戦艦は墜とさせてもらう!!その為にも……………邪魔者は消えろ!!」

 

 銀色の球体……………リフレクター・ビット目掛けて、拡散ビームが放たれた。

 

「まずい!!ガンイージ2機は、まだ動けない!!Iフィールドで護りきれるか??」

 

「あらあら…………レジア、それじゃあ、2機は護れないわよ!!リファリア、ゴメン!!ツインテール・パーツ…………パージ!!」

 

 全方位から襲い掛かるビームに、リースティーアのジェムズガンは、分離させたツインテール・パーツとビームシールドを展開した自らの機体を、ビームに投げ出す。

 

「わあぁぁぁぁぁ!!」

 

「きゃあぁぁ!!」

 

 戦場に、女性の叫び声が響き渡る。

 

 ジェムズガンの身体に…………その機体の脇を抜けたビームがガンイージに…………

 

 Iフィールドを持つトライバード・アサルト以外のコクピットから、叫び声が……………

 

 モビルスーツの頭が……………腕が…………足が…………

 

 宇宙空間に漂う。

 

「皆、無事かっ!!」

 

「ああ…………何とかな…………だが、リースティーアのジェムズガンが………」

 

 ヘレンとケイトのガンイージは、手足や頭は無くなっていたり、所々溶けていたりするが、コクピットは無傷である。

 

 トライバード・アサルトとジェムズガン・ツインテールによって、コクピットへのビームの直撃だけは避けれた。

 

 しかし、盾になったリースティーアのジェムズガンだけは、コクピット部分の装甲が溶けている。

 

 ツインテール・パーツは大破し、頭と左腕と胴体のみを残したジェムズガンは、所々スパークを起こしながら宇宙空間を漂う。

 

「くそっ…………リースティーアさんっ!!応答してくれ!!頼む!!」

 

 レジアの叫び声も虚しく、リースティーアからの応答は無い。

 

「レジア!!私が助ける!!」

 

 ジェムズガンに接触したヘレンのガンイージは、コクピット・ハッチを開ける。

 

 中から、ノーマルスーツを着たヘレンが飛び出し、まだ熱を帯びているジェムズガンのコクピット・ハッチを開けた。

 

「おいっ!!生きてるか??って駄目だ。反応がねぇ!!くそっ!!」

 

 ジェムズガンの中コクピットの中は、機械が剥き出しになってしまっている部分があり、今にも爆発しそうである。

 

 ヘレンは力無くうなだれるリースティーアのヘルメットのバイザーを閉じると、そのまま抱えてジェムズガンから飛び出した。

 

「ヘレン!!ジェムズガンは、もう持たない!!少し荒っぽいけど………」

 

 今にも爆発しそうになるジェムズガンを、ケイトのガンイージが蹴り飛ばし、そのままガンイージをヘレンの近くに寄せる。

 

 ジェムズガンにガンイージの背を向け、ヘレンとリースティーアの盾になろうとするケイト。

 

「動きが止まったモビルスーツ!!墜ちろっ!!」

 

「やらせるかっ!!トライバード・アサルト!!応えてくれっ!!」

 

 再び拡散ビームを放とうとするマグナ・マーレイに、トライバード・アサルトのバーニアを全開にして突っ込むレジア。

 

「まずは、目障りなモビルスーツを墜としてから…………相手をするのは、その後だ。ガンダム!!」

 

「間に合わない!!くそっ!!」

 

 マグナ・マーレイがビームを放とうとした…………正にその時……………

 

 1機のジェムズガンが、マグナ・マーレイの前に立ちはだかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒いマグナ・マーレイ

 ドオオオォォォォン!!

 

 ケイトのガンイージの背後で、リースティーアの乗っていたジェムズガンが爆発した。

 

 その直後、ヘレンのガンイージのコクピット・ハッチが閉じる。

 

「危なかったぜ……………ギリギリだな…………」

 

 モビルスーツは精密機器の集まりの為、損傷すればどんなタイミングで爆発するか分からない…………ヘレンは少し恐怖を覚えた。

 

「ヘレン、リースティーアも傷ついてるし、一度シークレット・ワンに戻るよ!!」 

 

 ケイトの言葉に、ヘレンは頷く。

 

 リースティーアの事もあるが、このまま戦場に残ってもレジアの邪魔にしかならないと感じたからだ。

 

 ヘレンは白いマグナ・マーレイと対峙するトライバード・アサルトをモニター越し見て、唇を噛みながらシートを叩く。

 

(負けんじゃねーぞ、レジア…………いつか私も、同じ土俵に立ってやるからよ…………)

 

 損傷したガンイージが後退していくのを見て、レジアは胸を撫で下ろす。

 

 そして、目の前の状況に考えを戻した。

 

 突然現れたジェムズガン…………それと同時に動きを止めた羽根付き…………

 

 好機と見て攻撃するか、静観して様子を見るか…………

 

 その時…………

 

「きゃあああぁぁぁ!!」

 

 ケイトの叫び声が聞こえた。

 

 レジアは声の聞こえた方向…………正確には、ガンイージが後退したシークレット・ワンがいる方向に向けて、反射的にトライバード・アサルトを動かす。

 

「また電磁ネットか…………それに、あれは…………黒い羽根付き??」

 

 黒いマグナ・マーレイを見た瞬間、とんでもない程のプレッシャーがレジアを襲う。

 

 強い…………無意識に感じたレジアは、ヴェスバーの照準に黒いマグナ・マーレイを入れたまま、ビーム・ストリングスを放出しているレグナイトのゾロアットにビームの雨を降らせる。

 

「くそっ!!このガンダムは、格が1つも2つも上だ!!ゾロアットでは相手にならんかっ…………」

 

 電磁ネットにガンイージを捕まえたままでは、トライバード・アサルトに簡単に墜とされる…………レグナイトは動けないガンイージに照準を搾り、ビームを放つ!!

 

 その射線上に飛び出したトライバード・アサルトは、Iフィールドでビームを弾きながらゾロアットにピンポイントでビームを返す。

 

 そのビームを、今度はリフレクター・ビットが弾き返していく。

 

「スマン、マデア!!高速で飛んでいたモビルスーツは、もう墜としたのか??」

 

「いや、倒す直前まではいったんだが…………不思議な力を持つ機体だ。危険だが、墜とすには時間がかかりそうだったので置いてきた。もう動く力は残って無さそうだったんだが…………」

 

 F90ウォーバード…………突然光に包まれて、リフレクター・ビットの攻撃を無効にしただけで無く、離脱までしていった……………

 

 追って行けば倒せたかもしれないが、まだ何か隠しているなら危険だし、何より今は戦艦の撃破が優先だ。

 

「まぁ、お前の判断に間違いは無いだろ。オレの部隊は全滅寸前だ。ガンダムは任せていいか??オレは戦艦をやる!!」

 

「いや…………少佐は戻った方がいい。機体の消耗が激しい上に、新型ガンダムと戦うのは得策では無い。オレとアーシィに任せてくれ」

 

 マデアとアーシィに任せれば大丈夫か…………ニュータイプなら、1人で戦艦を墜とす事も可能だろう…………

 

「分かった、頼む!!」

 

 レグナイトは、残った自分の部隊を連れて後退していく。

 

 レジアもまた、動けなくなったガンイージに接触していた。

 

「ケイトさん!!大丈夫か??」

 

 レジアの声に目を覚ましたケイトは、首を振って意識をはっきりさせる。

 

「ゴメン、レジア。油断した…………敵は??」

 

「ニュータイプ専用機以外は後退した。だから………後は任せてくれ!!」

 

 レジアの力の篭った声に、ケイトは安心して頷いた。

 

「勿論、任せたよ!!私達が、ここまで繋いだんだ…………やられたら、承知しないよ!!」

 

 ガンイージも、シークレット・ワンにさがって行く。

 

「さて……………レジア・アグナールか…………ハイスクール以来だな………昔は、分かり合えると思っていたが…………」

 

 黒いマグナ・マーレイは、ビームサーベルを構えて飛び込んで来る。

 

「来た!!性能は白い羽根付きと同じか??」

 

 トライバード・アサルトも、ビームサーベルで迎え撃つ!!

 

「トライバード・ガンダムと言ったか…………大尉が墜とした筈だが………流石はガンダムと言うべきか、しぶといな」

 

 ビームサーベル同士が接触している為、レジアにはマデアの声が聞こえてくる。

 

「トライバードの名を知っている??そうか、プロシュエールがモビルスーツの情報もリークしていたか…………だが、アサルトの力は知らない筈だ!!」

 

 レジアはトライバードのバーニアを逆に噴かせて、黒いマグナ・マーレイと距離をとった。

 

「ヴェスバーなら、ビットもIフィールドも貫通する筈だ!!」

 

 可変速ビームライフルから放たれる高出力のビーム…………

 

「ヴェスバーか…………しかし、マグナ・マーレイなら、こんな防ぎ方も出来る!!」

 

 マデアは、リフレクター・ビットを無数に展開し、それに向けて拡散ビームを放つ!!

 

 リフレクター・ビットにより乱反射する全てのビームが、ヴェスバーから放たれたビームの先、ただ1点に集まっていく。

 

 そして、全てのビームが集まった場所から、衝撃が広がった。

 

「ヴェスバーのビームが………掻き消された…………??」

 

 レジアが驚くのは、無理もない。

 

 面で合わせて防いだのではなく、点で合わせて防がれたのだ。

 

「強い…………とてつもなく…………」

 

 レジアは、ジェムズガンと対峙する白いマグナ・マーレイも気になっていたが、黒いマグナ・マーレイに集中しなければ危険だと感じていた。

 

 

 黒いマグナ・マーレイに敗れたニコルの乗るF90ウォーバードは、宇宙空間を漂う事しか出来ない。

 

 光に包まれて離脱した後、完全に機能停止してしまっていた。

 

「くそっ!!マイも助けられない、オレもウォーバードも、ここで終わりか………」

 

 黒い闇が支配する世界で、ニコルは絶望を味わっている。

 

 リガ・ミリティアに参加しなければ…………ガンスナイパーに乗らなければ…………サナリィに来なければ…………

 

 タラレバが、ニコルの頭に浮かんでは消えを繰り返す。

 

 モニターも死んでいるこの状況で、敵にビームでも撃たれたら、次の瞬間には死んでるかもしれない…………このまま酸素が無くなって窒息するよりマシか…………

 

 色々な考えが、ニコルを恐怖に誘い込む。

 

 ガコン!!

 

 突然、コクピットが揺れて、ニコルは心臓が飛び出すかのような思いをした。

 

「おい!!ガンダムのパイロット!!生きてるか??」

 

「は…………はひっ!!」

 

 心臓がバクバクと脈打つニコルは、突然の声に返事もろくに出来ない。 

 

「パイロット!!所属を言え!!我々は、地球連邦軍だ!!」

 

「自分は、リガ・ミリティアのパイロットです!!幼なじみが、脱出艇で飛び出されて、それを追っているうちにザンスカールのモビルスーツに出会って…………」

 

 ニコルは助かるのか分からない状態でパニックになりながらも、これまでの経緯を話す。

 

 いや、自然と口から漏れていた。

 

「とりあえず、話は後で聞く。ハッチを開けて、手を挙げたまま外に出ろ!!」

 

 ニコルは言われた通りハッチを開くと、手を挙げてウォーバードの外に出る。

 

 ウォーバードの周りには、数機のジャベリンがビームライフルを構えて取り囲んでいた……………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

連邦軍との出会い

「お前、本当にリガ・ミリティアのパイロットか??F90に新型のミッションパックを任される程のパイロットには、とても見えないが…………」

 

「なんだって!!こう見えても、一応ニュータイプだぜ!!」

 

 ニコルはF90ウォーバードと共に、連邦軍のカイラム級の戦艦に収容されていた。

 

 ニコルの幼い顔立ちと、身体の小ささが実年齢より若く見え、連邦の軍人達は若干緊張感が緩んでいる。

 

 ガンダム・タイプのモビルスーツと、少年のようなパイロット…………

 

 この組み合わせで、ガンダム伝説を想像しない連邦の軍人はいない。

 

 連邦軍に勝利と奇跡を見せてきた組み合わせに、興奮している連邦の兵士もいる。

 

「だがよ…………ミノフスキー・ドライブの開発は、サナリィが最先端だった筈だ。そのサナリィは、ザンスカールに接収されている。貴様、ザンスカールのスパイって事は無ぇよな??」

 

 ニコルの前に突如現れた、無骨な大男…………ガルド・コードウェルは、その鋭い眼光をニコルに向けた。

 

「なっ……………ちげーよ!!こっちは、たった今、そのザンスカールの新型の黒い奴にボコボコにされたトコだよ!!」

 

 睨まれた事と、手も足も出せずに完敗した記憶が思い起こされ、ニコルの言葉は荒くなる。

 

「少年、別に疑っている訳じゃないさ。君を助けたのも、ザンスカールと戦っているモビルスーツを見つけて、状況を見極める為にその宙域に行ったら、F90が漂っていたのを確認したって訳だからな」

 

 ジャベリン隊の隊長であるエルネスティ・アーサーは、ガルドを飛び越えてニコルの前に出た。

 

「おいエル。お前は、いつも甘いんだよ!!ミノフスキー・ドライブの技術は、レジスタンス如きが開発出来るような甘い代物じゃない。優秀な技術者もそうだが、金もいる。レジスタンスに、その両方が備わっている訳が無い」

 

「だから、コイツはザンスカールのモビルスーツだって訳か??だったら、その最新技術を俺達に奪われるなんて、ザンスカールが許すかね??コイツがザンスカールの物なら、今頃この艦は墜とされてるぜ」

 

 F90・ウォーバードを見ながら、エルネスティはガルドの肩を叩く。

 

「なぁ、オレが戦っているの見てたなら、その前に脱出艇が通り抜けるの見なかった??ソイツに、オレの幼なじみが乗っていたんだ!!」

 

 エルネスティは話が通じそうだ………そう感じたニコルは、思わず詰め寄っていた。

 

「脱出艇??そういえば、ザンスカールの戦艦の方に飛んでった飛行物があったな…………アレの事か??」

 

 エルネスティは考え込みながら、その時の状況を思いだそうとする。

 

「アレなら、戦艦に回収されたんじゃないのか??爆発は確認出来なかったし、戦艦を通り過ぎたようにも見えなかったぞ」 

 

 その様子を見ながら、ガルドは思い出しながら言う。

 

「なんてこった!!くそっ、オレにモビルスーツを借してくれ!!」

 

 跳び出そうとするニコルの襟を、ガルドが摘む。

 

「おいおい、連邦軍のモビルスーツを、簡単に持ち出せる訳ないだろ!!しかも、素性すら分からん貴様に、渡せるモビルスーツなど無い!!」

 

 持ってる襟を放され、ニコルは地面に落ちる。

 

「まぁ、ガルドの言う通りだな。軍の兵器の使用には、手続きってモンが必要になる。それに、ザンスカールの戦艦に単機で突っ込むつもりか??死んで終わりだ。何にもならんぞ??」

 

「けど、オレはマイの救出を託されたんだ!!助けないと、皆に会わせる顔がねぇ!!」

 

 叫びながら飛び上がるニコルを再びキャッチしたガルドが、今度は横に放り投げた。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 ガラガラガラ………

 

 壁に立て掛けられていた機材にニコルが衝突し、物音を立てて崩れ落ちる。

 

「くそっ!!何しやがる!!」

 

「落ち着け!!エルも言っただろ??無駄死にするだけだ。1度自分の部隊に戻って、作戦を練り直せ!!」

 

 ニコルはF90・ウォーバードを見て…………そして、悔しさを滲ませた。

 

 ガルドの言葉を真に受けるなら、ウォーバードのミッションパックの開発は、かなりの時間と資金を投入した筈である。

 

 その機体を使っていながら、敵のモビルスーツに簡単に倒され、幼なじみの…………レジアの恋人も助けられずに…………

 

 ニコルの瞳からは、自然と涙が零れた。

 

「まったくよぉ…………さっきまで暴れてたと思ったら、調子狂うぜ…………どうしたモンかな??」

 

「ガルド、コイツの新技術…………ミノフスキー・ドライブと言ったか…………コイツの技術を貰えれば、この少年の機体を動けるようにしてやってもいいんじゃないか??」

 

 エルネスティの提案に、ニコルとガルドが驚いた顔をする。

 

 ガルドは、その無骨な感じに太い腕に似合わず、繊細な作業も軽々とこなす凄腕のメカニックだ。

 

 確かに、F90・ウォーバードは電気系のトラブルで、少し弄ってやれば直りそうだが…………

 

「そもそもコイツを助けた時点で、ミノフスキー・ドライブの技術のコピーは確定だ。別にコッチにメリットは無いぞ」

 

 ガルドは、その言葉とは裏腹に少し笑っている。

 

 戦争中にも関わらず人間臭さが残るニコルに、ガルドは好意を抱き始めていた。

 

「それに、その技術が確立されたら、この腐った連邦軍を変えようって奴も出て来るかもしれん…………ザンスカールの独立を許し、その対応をレジスタンスに任せっぱなしの連邦軍をな…………」

 

 エルネスティは、連邦軍が変わる事を願っている。

 

 その為にも、この状況は利用したいと思う。

 

「少年、F90を直すが、ザンスカールの戦艦に向かうのは禁止だ。リガ・ミリティアの部隊に戻って、対策を練り直せ。我々としても、せっかく手に入れたミノフスキー・ドライブの技術を、直ぐにザンスカールに奪われるのは面白くない」

 

「……………分かったよ。確かに、このままザンスカールの戦艦に行ってもマイは助けられない…………」

 

 冷静に考えれば、マイを助けに行っても、良い事は何も無い。

 

 エルネスティの言う通り、ウォーバードが捕まれば、ミノフスキー・ドライブの技術が盗まれる。

 

 それに、F90でマイを助けに行けば、マイがリガ・ミリティアの関係者とバラす様なもので、立場を危うくしかねない。

 

「オレからも…………1つだけお願いしたい。ミノフスキー・ドライブの技術を、リガ・ミリティアと敵対する為に使わないって約束してくれ。コイツには、この戦いで散ったリファリアさんや、ミューラさんの想いが詰まってるんだ………」

 

 ガルドは静かに頷いた。

 

 先程も述べたが、レジスタンスが新技術を開発する事は、並大抵ではない。

 

 その技術が流れてしまう事の重大さを、ガルドは理解していた。

 

「大丈夫だ。運良く、この艦はリガ・ミリティア寄りの考えの奴が多い。

 連邦軍も全てが腐ってる訳じゃねぇ!!ミノフスキー・ドライブの技術開発は、いずれリガ・ミリティアにも還元してやるぜ!!」

 

「そうだな…………今の我々の力は小さいが、連邦軍が必ず君達の横で戦う日が来る。それまで…………もう少し踏ん張ってくれ」

 

 ガルドの言葉に、エルネスティも続く。

 

「俺達も、今が正念場だ…………ウォーバード、もう少しだけ、オレに付き合ってくれ…………」

 

 作業に入るガルドを横目に、ニコルはF90ウォーバードを見上げた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ニュータイプとオールドタイプ

 

「また……………お父さん、いい加減にしてよっ!!ジェムズガンで私達と戦ったら、本気で死ぬわよ!!」

 

 立ち塞がるゲルダのジェムズガンをモニター越しに見ながら、アーシィは叫んだ。

 

「アーシィ……………やはり、ザンスカールに協力するのは間違っている!!間違っている道に進もうとする自分の子供を正しい道に戻すのに、自分の命が惜しいなんて思う親がいるか??オレだって母さんだって、お前を救えるなら命だって捨てられるんだ!!」

 

 ゲルダの言葉にアーシィは少しの嬉しさと、大きな不安を感じる。

 

 ここは戦場…………そんな甘い考えで生きていられる筈がない。

 

 殺すか殺されるか……………そんな場所だ。

 

「お父さん!!言いたい事は分かった。だけど、今は私から離れて!!今は…………戦いながらなんて、考えられないよ!!」

 

 アーシィの乗るマグナ・マーレイは、ビームでゲルダのジェムズガンの動きを制限すると、トライバード・アサルト目掛けてバーニアを吹かす。

 

 アーシィは、ザンスカールで孤独だった。

 

 父はサナリィの技術者だが、ザンスカールの誘いを断りリガ・ミリティアに身を寄せている。

 

 母は太陽風によるコロニー独特の不治の病に侵されており、アメリアの自宅で療養中だが、ザンスカールから支給される薬で命を永らえていた。

 

 アーシィは、父がリガ・ミリティアにいる事を軍内部に知られながら、しかし母の為にザンスカールに在籍せざるを得ない。

 

 親が子供を救いたいのと同じように、子供だって命を懸けてでも親を救いたい…………どんなに辛くたって、親孝行したい…………たとえ、周りが敵だらけになっても…………

 

 アーシィはそこまで考えると、首を振る。

 

 今、考えていても仕方ない。

 

 敵のエース・パイロットが駆る、新型のガンダム・タイプが相手だ。

 

 余計な事を考えていれば、やられるのは自分。

 

 両親の事を考えないように、アーシィは集中していく。

 

 そのガンダム・タイプは、マデアの乗る黒いマグナ・マーレイと交戦していた。

 

 トライバード・アサルトはレジア専用機として生まれた機体であり、マグナ・マーレイはニュータイプ専用機として生まれている。

 

 専用機として作られたモビルスーツは、当たり前だが、そのパイロットが1番操作し易いように造られおり、ニュータイプとオールドタイプというハンデを機体性能で埋めていた。

 

 確かに、トライバード・ガンダムはボロボロになり、リニューアルしたと言っても過言では無いくらいパーツは換わっている。

 

 それでも、メイン・コンピュータは無事であり、レジアの癖を知り尽くしていた。

 

 逆に、マデアのマグナ・マーレイはアーシィ機のデータを流用してはいるが、実戦投入は始めてである。

 

 実力が均衡している者同士であれば、この差は大きい。

 

 更に、レジアはマグナ・マーレイとの戦闘経験もあり、少しずつマデアの動きを上回り始めた。

 

「くっ、先程のガンダムとは、力の質が違う!!このままでは押し負ける…………」

 

 レジアのトライバード・アサルトは、拡散ビームを気にせずに追い込んで来る。

 

 Iフィールドで防げるタイミングのビームはIフィールドで……………ビームを凝縮させてIフィールドを貫通しそうなモノは回避かビームシールドで防ぐ。

 

 トライバード・アサルトの最強火器であるヴェスバーは防いだ。

 

 しかし……………である。

 

 ヴェスバーはIフィールドを貫通する…………その事をレジアは知っていた。

 

 何度防がれても、一撃当てればいい。

 

 逆にマグナ・マーレイの火力では、トライバード・アサルトに致命傷は与えられないのである。

 

「リフレクター・ビットを直接当てるしかないか…………しかし、奴はビームを気にせずビットの物理攻撃だけ気にすればいい…………レジア相手に、それで倒せるモノなのか??」

 

 そう言いながらも、拡散ビームでビットを隠しながらトライバード・アサルトに迫っていく。

 

「ビットでの物理攻撃…………接近戦を嫌がっているのか??ならっ!!」

 

 迫って来るリフレクター・ビットの1つをビームサーベルで切り払い、レジアはトライバード・アサルトを加速させる。

 

「速い!!しかし、これならっ!!」

 

 マデアは、リフレクター・ビットをトライバード・アサルトとマグナ・マーレイの間に壁のように集めて、その進路を塞ぐ。

 

「ビットを集めたな…………狙い通りだっ!!」

 

 トライバード・アサルトは、その瞬間にバーニアを逆噴射させる。

 

「その位置で、拡散ビームを集める事は出来ないだろ??ビットごと消えろ!!」

 

 トライバード・アサルトが、ヴェスバーをリフレクター・ビット目掛けて放つ!!

 

 スピードよりパワー重視で放たれた高出力ビームは、一枚壁になっているリフレクター・ビットの壁を容易く貫通し、マグナ・マーレイに迫る。

 

 普通なら確実に直撃するタイミング…………しかし、マグナ・マーレイはヴェスバーの射線から逃れていた。

 

 リフレクター・ビットが貫通される直前、プレッシャーを感じてバーニアを全開にし回避している。

 

 モビルスーツの特徴と状況を考えて戦うレジア、ニュータイプの感覚で戦うマデア。

 

 一瞬の隙が明暗を分ける、ピリピリする状況…………お互いのヘルメットの中を、汗の玉が浮く。

 

 その拮抗した状況は、もう1機のマグナ・マーレイの介入で崩れた。

 

 リフレクター・ビットを展開した白いマグナ・マーレイが、トライバード・アサルトに迫っていく…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

還る魂

「トライバード・ガンダム!!貴様を墜とせば、その功績でお母さんを地球に連れて行く事が出来るかもしれない!!マデア少佐とならっ!!」

 

 アーシィのマグナ・マーレイは、リフレクター・ビットを使って拡散ビームを集束させ、トライバード・アサルト目掛けて放つ。

 

 集束されたビームはIフィールドで防げない為、レジアは回避運動をとるしかない。

 

 回避した先…………そこに、申し合わせたように黒いマグナ・マーレイが待ち構えていた。

 

「お互い、Iフィールドを持っている!!ならば、接近戦で勝負だっ!!」

 

 トライバード・アサルトとマグナ・マーレイ…………

 

 互いのビームサーベルが交錯し、スパークが飛び散る。

 

 トライバード・アサルトはビームサーベルでしか攻撃出来ないが、マグナ・マーレイはリフレクター・ビットの直接攻撃も出来る…………それも2機分だ。

 

 レジアとトライバード・アサルトと言えども、オールレンジ攻撃2機分は流石にキツい。

 

 ビームサーベルの攻撃も、オールレンジ攻撃の合間を縫って的確に行って来る。

 

「うおおおぉぉぉぉ!!」

 

 トライバード・アサルトは、ヴェスバーとビームサーベルで、ギリギリのところで攻撃を避けていた。

 

「トライバードの起動性でも、限界だっ!!このままでは…………」

 

 レジアが限界を感じ始めた、正にその時…………

 

 ドオオォォォン

 

 白いマグナ・マーレイ…………アーシイ機の右肩が爆発した。

 

「なんだ??」

 

 全く予期していなかった方角からの攻撃…………

 

 索敵範囲外から、突然現れた高速の物体…………

 

「速い…………まさか…………ニコルの機体??」

 

「ちっ!!止めを刺さなかったのが、裏目に出たか??しかし、あのガンダムは機能停止していた筈だっ!!」

 

 アーシィとマデアが、モニターでその機影を確認する。

 

 謎の機体……………そう、F90・ウォーバードが戦線に復帰した。

 

 宇宙空間を高速で、一直線に戦場に向かって来る。

 

「このスピードでは、我々を通り越した瞬間にタイムラグが生まれる筈だ!!その間にトライバードを叩く!!2機を相手にするのは厄介だ!!」

 

 Iフィールドを失っているアーシィのマグナ・マーレイは、不意打ちのビームライフルの一撃を受けてしまったが、通常のビーム兵器の射線さえ分かっていれば、リフレクター・ビットで対応出来る。

 

 そして、アーシィのマグナ・マーレイに致命傷を与えられないまま、マデアの読み通りにF90・ウォーバードは、マグナ・マーレイを通過した後の反転に時間がかかった。

 

「今だ!!ありったけのリフレクター・ビットをトライバードに叩き込め!!」

 

 無数の銀色の球体が、トライバード・アサルトに向けて飛び込んで行く。

 

 トライバード・アサルトはヴェスバーを最大出力で放ち、リフレクター・ビットの囲いに穴を開けようとするが…………その穴も2機分のリフレクター・ビットの数で直ぐに塞がれ、脱出口を開けない。

 

 そこに……………ビームサーベルが1本飛んで来る。

 

 そして、リフレクター・ビットの動きが止まった一瞬の隙で、ジェムズガンが飛び込んだ。

 

 飛び込む時に、機体の至る所にリフレクター・ビットによって破損している。

 

 しかし、ジェムズガンのパイロットは、そんな事は気にもしていなかった。

 

「アーシィ、お前にばかり負担をかけて、すまないと思ってる。だが、ザンスカールの……………ベスパのやり方が、正しい訳ない事は分かるだろ!!」

 

「正しい、正しくないなんて関係ない!!私がザンスカールの軍隊を抜ければ、お母さんは薬の支給を受けれなくなって死んじゃう!!それが現実なんだよ!!私達に…………人にとって大切な事って、大切な人を守る事なんじゃないの??」

 

 サイコミュ兵器は、ニュータイプの出す特殊な脳波に反応する…………トライバード・アサルトに狙いを定めていたリフレクター・ビットは、アーシィの感情に反応してしまい、父であるゲルダの乗るジェムズガンを貫いてしまう。

 

「ぐわあぁぁぁぁ」

 

 ゲルダの身体はシートに何度も叩きつけられ、変形したジェムズガンの装甲に圧迫された。

 

「そんな…………お父さん!!わたし…………こんなつもりじゃ…………」

 

 リフレクター・ビットの物理的な直撃により、装甲の歪んだジェムズガンがアーシィの目の前を漂う。

 

「アーシィ…………お前を苦しめるだけの父で、すまなかったな……………だが、何が母さんの幸せか考えろ…………お前の自由を奪うのが母さんの幸せじゃない。親は子供の幸せを感じてる時が、いちばん幸せなんだ………ニコル………アーシィを…………娘を頼む………」

 

 アーシィとゲルダの会話を、ニコルは不思議な感覚の中で聞いていた。

 

 そしてアーシィの言葉は、ニコルの心にも深く突き刺さる。

 

 立場とか所属とか…………そんな事より、大切な人を救えない事が、どんなに辛くて悲しい事か…………

 

 たった今、ニコルは感じて来た所だった。

 

「ニコル…………戦争が長く続けば続く程、俺たちみたいな人が増えていく…………止めてくれ………この哀しみの連鎖を…………」

 

 肺にも装甲の破片が食い込んでいるのだろうか………ゲルダは呼吸するのも辛い状況で、それでもF・90ウォーバードのいる方角に手を伸ばす。

 

「アーシィを…………そして、地球に下りたスージィを…………」

 

 そこまで言ったゲルダの視界が、光に包まれる。

 

 ジェムズガンが爆発する時に発生する光…………その光を見た瞬間、ゲルダの魂は天に還っていった…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ニコルの変化

「そんな………………ゲルダさんっ!!」

 

「いやああぁぁぁ!!お父さんっ!!お父さんっっ!!」

 

 ジェムズガンが爆発する瞬間…………ニコルもアーシィも、ただ見ている事しか出来なかった。

 

 しかし、ゲルダの最後の言葉は……………父の最後の感情は、ニコルとアーシィの頭と心に送られる。

 

「ゲルダさん…………分かってる…………いや、今回の戦いで分かった。戦争は悲しみしか生まない。大切な人達を守る為には、戦争を止めなくっちゃならない…………だから、頑張ってみるよ。これ以上、悲しみが宇宙に広がらないように…………」

 

 ニコルは、モビルスーツに人の感情が入り込んで来るような、不思議な感覚に身を委ねた。

 

 父の感情が入り込んで来た事によって、アーシィの胸は締め付けられていく。

 

「私は…………私だって、お母さんと、お父さんに幸せになってもらいたかった。だから、今だって必死に戦っているのに…………」

 

 父の考えも理解している…………そして、母の苦しみも…………

 

 アーシィの瞳からは、自然と涙が零れていた。

 

「アーシィ!!動け!!止まっていては、的になるぞ!!」

 

 マデアは吠えた。

 

 動かなくなったマグナ・マーレイ…………事情を知らないレジアからすれば、もはや的でしかない。

 

「何故かは知らんが動きを止めてくれたのは、ありがたい!!白い方は墜とさせてもらう!!」

 

 レジアはアーシィのマグナ・マーレイに向けて、トライバード・アサルトのバーニアを全開にして飛び込む!!

 

「しまっ…………間に合わない!!」

 

 最初のビームサーベルの一撃は、辛うじて避けた。

 

 だが、トライバード・アサルトの力は、戦闘に集中出来ていないアーシィの力を圧倒的に凌駕している。

 

 振り上げられたビームサーベルに、思わずビットで防御するアーシィだが、トライバード・アサルトの力は止まらない。

 

「もう…………ダメ…………」

 

 生きる事を諦めたアーシィから、力が抜ける。

 

 力の失ったマグナ・マーレイの左肩からコクピットにかけて、トライバード・アサルトのビームサーベルが切り裂いた…………ように見えた。

 

 しかし、そうはなっていない。

 

 トライバード・アサルトのビームサーベルは、もう1つのビームサーベルに止められていた。

 

「ニコルっ!!どういうつもりだ!!」

 

「オレにも分かんないよっ!!でも、今オレ達が殺し合う必要はない!!だって、アーシィさんとは分かり合える!!モビルスーツは殺し合の道具かも知れないけど…………サイコミュの力は、人と人を繋いでくれるんだ!!だってサイコミュは、サイコ・コミュニケーターの略なんだぜ…………」

 

 ニコルの駆るF90ウォーバードは、コクピット周囲にサイコフレームが採用されている。

 

 リファリアがウォーバードを組み立てる際に、在庫になっていたフレームをニュータイプであるニコル専用機である為に使ったに過ぎないが、それがニコルの感応波を増幅させ、アーシィの思考を読み取っていた。

 

「ニコル、俺達が分かり合ったところで、何も変わらない!!今は戦艦を無事に別の宙域に逃がす事が最優先だ。それに、お前が分かり合ったと思っても、相手がそう思うとは限らない!!」

 

 レジアはトライバード・アサルトの力でウォーバードを押し返すと、再びアーシィのマグナ・マーレイに斬りかかる。

 

「させんっ!!」

 

 黒いマグナ・マーレイから放たれた凝縮されたビームが、レジアとアーシィの間に割って入った。

 

「ちっ!!もう来た」

 

 レジアは、マデアのマグナ・マーレイに対して、ヴェスバーで牽制する。

 

「アーシィさん、一度戻って!!このままじゃ墜とされる!!そのままじゃ帰れないならっ!!」

 

 ニコルはウォーバードのビームサーベルで、白いマグナ・マーレイの右腕を斬り落とす。

 

「これで帰れるでしょ??アンタも、一度帰ってくれ!!」

 

 ミノフスキー・ドライブの加速は異常だ。

 

 一瞬で黒いマグナ・マーレイの間合いに入ると、ウォーバードはショルダー・タックルを食らわす。

 

「ぐわっ!!この加速は何だ??そして、このパイロット…………先程とはプレッシャーがまるで違う……………」

 

 体勢の崩れたマデアのマグナ・マーレイに、トライバード・アサルトが迫る。

 

「ニコルの様子もおかしい…………今は、生き残る事が優先か…………」

 

 レジアの操作で、トライバード・アサルトのビームサーベルが伸びていく。

 

「ビームサーベルが伸びた??ロング・ビームサーベルだとっ!!」

 

 間一髪でロング・ビームサーベルを受けたマデアも、アーシィの様子がおかしい事に気付いていた。

 

「うおおぉぉぉっ!!」

 

 レジアは気迫でロング・ビームサーベルを振り切ると、黒いマグナ・マーレイは後方に弾け飛んだ。

 

「ガンダム!!なんてパワーだ…………このガンダムも、レジア・アグナールの力の1つと言う訳か…………」

 

 マデアは、モニター越しにトライバード・アサルトを見る。

 

「レジア…………君は、リガ・ミリティアを選んだか…………影武者が必要とは言っても、指導者が表に出てこない組織に、信頼性はない。まして、能力の無いジン・ジャハナムがゴロゴロいる組織など…………」

 

 トライバード・アサルトを見ながら、マデアは一瞬悲しそうな顔をした。

 

 そして、そのままアーシィ機を抱えて戦場を離脱していく。

 

「なんとかなったか…………ニコル、先程の件は後でしっかり説明してもらうぞ!!」

 

「ああ…………まぁそんな事より、マイは助けられなかったよ………ザンスカールの戦艦に捕獲されたらしい…………」

 

 ニコルの言葉に、レジアは応えられなかった。

 

 ニコルの機体が援護に来た時から、薄々と予測出来ていた事である。

 

「助けに行く…………と言っても、止められるんだろうな…………マイ…………無事でいてくれ…………」

 

 そう…………まだシークレット・ワンは、戦場から抜け出せていない。

 

 ベスパの張っている防衛線を突破出来ずにいるのだ。

 

 マイを助けに行きたい…………それでも…………レジアは少し考えたが答えが出る訳ではなく、トライバード・アサルトをシークレット・ワンが維持している戦場に機体を向けた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ニコルの変化2

 その頃シークレット・ワンは、ベスパの部隊と交戦していた。

 

 シークレット・ワンは、残っている全てのモビルスーツを投入している。

 

 残っていると言っても、損傷しているマヘリア、クレナ、ケイトのガンイージの3機。

 

 そして、マフティー動乱時に活躍した第5世代のモビルスーツ、グスタフ・カールにヘレンが乗っていた。

 

 稼動試験を名目とする先行運用時に漏れた情報から、サナリィがアナハイムの技術を勉強する為に組み立てられた機体である。

 

 当然、宇宙戦闘にも対応出来るようにモデファイされた機体だが、如何せん大き過ぎであった。

 

 その全高は22メートル…………ガンイージの全高が約15メートルと言えば、その大きさが分かるだろう。

 

 大した火力は無く、ただ大きいだけ……………

 

 そんなモビルスーツを使わなくてはいけないぐらい、事態は切迫していた。

 

 次々とラングとゾロアットを投入してくるベスパの物量に、シークレット・ワンと、そのモビルスーツ隊は防戦一方である。

 

 ヘレンは、シークレット・ワンの盾にでもなればと、その大きなモビルスーツを持ち出したのだ。

 

「くそっ!!ウジャウジャと湧いて来やがる!!シークレット・ワンを守りきれんのかよ!!」

 

 ヘレン機のレーダーに、敵のモビルスーツのマーカーが次々に映しだされる。

 

「仕方ないでしょ!!レジアとニコルは、相手のエース級と戦ってる!!コッチは私達で何とかしなきゃ!!」

 

「マヘリアさんっ!!1機づつ、確実に墜としていきましょ!!数が少ない分、1機でも戦闘不能になったら押し込まれる!!」

 

 マヘリアとクレナのガンイージが、コンビネーションでベスパのモビルスーツを喰らっていく。

 

「私も、負けられない!!破壊された基地の…………皆の死を、意味のあるモノにしなきゃならないんだ!!」

 

 ケイトのガンイージはビーム・ストリングスの網をかい潜り、ゾロアットにビームサーベルの一撃を加える。

 

 パイロットの腕は、圧倒的にリガ・ミリティア側が上回っていた。

 

 しかし、物量は圧倒的にザンスカール側が上である。

 

 4機しかいない内の1機は、的の如くに狙われるグスタフ・カールであり、実質3機で戦っているようなモノである。

 

 それでもマヘリアは、時間さえ稼げばレジアとニコルが助けに来てくれると信じていた。

 

 そして、それは現実となる。

 

 ヘレンのグスタフ・カールに2回ビームが直撃し、シークレット・ワンの盾にすらならなくなった時…………

 

 高出力のビームが、ベスパのモビルスーツを薙ぎ払った。

 

「トライバード・アサルト!!レジアが来てくれた!!」

 

「ちっ!!おせーよ!!もう一撃喰らったら、ヤバかったぜ!!」

 

 マヘリアとヘレンが、安堵の溜息をつく。

 

 ヴェスバーを構えたトライバード・アサルトの前を、閃光の如くF90ウォーバードが舞う。

 

「お前達、自分の居るべき場所に帰れよ!!」

 

 高速で移動するF90ウォーバードが、シークレット・ワンに取り付こうとするベスパのモビルスーツを一掃していく。

 

 ニュータイプ達との戦い、そしてゲルダの死が、明らかにニコルを成長させていた。

 

 そう…………ニコルの放ったビームは、コクピットを貫いていない。

 

 戦闘不能になるように、モビルスーツを破壊させただけである。

 

 ゲルダとアーシィのように、敵対してしまう親子もいる。

 

 敵にだって家族があり、帰りを待っている人……………大切な人がいるだろう。

 

 敵は敵であって、敵ではない。

 

 敵である前に、人なのだ。

 

 戦場で出会わなければ、殺す必要の無い人達である。

 

(ゲルダさん…………約束は必ず守る。悲しみの連鎖を止める…………その為に、早く戦争を終わらせる!!)

 

 ニコルは誓いを胸に、F90ウォーバードを操った。

 

 その動きに合わせるように、レジアのトライバード・アサルトから的確な射撃がベスパのモビルスーツ隊を襲う。

 

 たった2機の介入であったが、ベスパのモビルスーツに脅威を与えるには充分であった。

 

 着実にシークレット・ワンの前方に位置するモビルスーツを排除していくリガ・ミリティアのモビルスーツ隊を相手に、後手に回り始めたベスパのモビルスーツ隊は、足止め不可能と見ると後退を始める。

 

「深追いする必要はない!!シークレット・ワンに向かって来るモビルスーツ以外は無視するんだ!!」

 

 リガ・ミリティアのモビルスーツ隊は、レジアの指示で攻撃対象を明確にした分、残存するベスパのモビルスーツの撃退に成功する。

 

 シークレット・ワンを守り抜いた事で、戦艦の中は歓喜に包まれた。

 

 しかし、モビルスーツのパイロット達は、喜んでもいれない。

 

 今回の戦闘で、多くの仲間が犠牲になった。

 

 リファリアを筆頭としたF90のパイロット達…………

 

 サナリィ基地の仲間…………

 

 アーシィの父、ゲルダ…………

 

 そして、行方不明のマイ…………

 

 多くの犠牲の上に、戦艦を守り抜く事が出来た。

 

 ニコルはF90ウォーバードのコクピットで、汗が浮くヘルメットを外す。

 

 自分達の敵って………………

 

 ただリガ・ミリティアの組織に入ったから、ザンスカールと戦ってはいたが、敵を知らな過ぎる。

 

 ニコルはいずれ、ザンスカール帝国発祥のコロニー、アメリアに行こうと心に決めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アメリア侵入
連邦軍との接触


「アメリアに行く??突然、何を言ってるの、ニコル??」

 

 ミューラが、驚きの声を上げる

 

 ニコルはシークレット・ワンに戻って早々、アメリア行きを皆に告げていた。

 

 マイを助けに行きたいのもあるが、敵であるザンスカール帝国を見ておきたい…………

 

 どんな人達と殺し合いをしていたのか…………

 

 ザンスカール帝国の人々は、悪魔のように極悪非道なイメージだった。

 

 いや…………頭の中で、そのようにすり替えていたのかもしれない。

 

 でも……………実際は、アーシィのような人物もいる。

 

 ザンスカール帝国の人達と触れ合ったら、もう戦えなくなるかもしれない…………

 

 それでも、ニコルは知らなくてはいけないと思った。

 

「ああ、自分達の敵を知ることはイイ事だろ??それに、マイも助けに行かなきゃいけないし。レジアみたいに有名人になったら、2度と行けなくなるだろ??そうなる前に行っとかなきゃ!!」

 

「まぁ…………そうだが、本当にザンスカールの戦艦に脱出艇は入っていったのか??」

 

 ノーマルスーツのまま、レジアはニコルに聞いた。

 

「オレが実際に見た訳じゃないけど…………連邦の人がそう言ってた」

 

「ちょっと、ニコル!!連邦の人って…………連邦軍と接触したの??」

 

 Wのミッションパックを見ながら、ミューラは不安と怒りが入り混じったような表情をする。

 

 リファリアやゲルダと必死に開発した…………いや、取り戻したミノフスキー・ドライブの技術を連邦に横取りされてはならない。

 

「まぁ…………ね。でも、その戦艦の連邦の人は、リガ・ミリティアに協力したいって言ってたぜ」

 

「もう、ウォーバードは連邦に見られたって事よね………いくらリガ・ミリティアに協力したいって言っても……………」

 

 ミューラの表情は、どんどん曇っていく。

 

「そんな顔したって、仕方ないだろ!!ニコルとF90が無事に帰って来ただけ、良しとしな!!」

 

「そうですよ………それに、ニコルの会った連邦の方々は協力すると言ってくれてるみたいだし…………」

 

 ヘレンとクレナが声をかけるが、ミューラの表情は冴えない。

 

 ミノフスキー・ドライブの技術の流出は、戦局を左右する。

 

 それだけに、ミューラやレジアの両親達は、機密を守る為に命を懸けていた。

 

 それなのに…………

 

「ミューラさん、悔やんでいても仕方ない。取り敢えず、ニコルが助けてもらった艦に接触してみよう。まだ、遠くには行っていない筈だ。リガ・ミリティアに協力したいと言うなら、話し合いに応じてくれるだろ」

 

 レジアも、ミューラと気持ちは同じだった。

 

 ダブルバード・ガンダムの設計図面を、正に命懸けで繋げた父の最後の姿が脳内をフラッシュバックする。

 

 だが今は、戦艦が無事であり、自分達が生きている事も奇跡に近い。

 

 仕方ないと、納得する…………それより今は、起こってしまった事の軌道修正する事が大切だと感じる。

 

「そうね!!予想進路、分かるかな??」

 

 マヘリアは、場の雰囲気を和らげようと、わざと明るい声を出す。

 

 シークレット・ワン艦内で、勝利の美酒に酔っている他のクルー達の気分を壊したくなかった。

 

「捉えられるだろ。ニコル、戦艦の特長を教えてくれ」

 

 操舵手のマッシュは、ニコルとライブラリのモニターを眺める。

 

「ウォーバードを捕獲した後、無償で修理してくれてるんだから、上手く接触すれば、何とかなりそうね」

 

 艦長のスフィアが、シークレット・ワンを連邦の戦艦に向けて進路をとるように指示する。

 

「そんで、ザンスカールの戦艦に捕獲されたっていう、マイちゃんはどうすんだ??アメリアに連れて行かれたかは分からないんだろ??」

 

 赤い髪を後ろで縛り直すながら、ケイトが言う。

 

「やっぱり、オレがアメリアに行くしかないでしょ??何と無く学生を装えるし…………」

 

「なら、私が一緒に行ってやるよ。アメリア出身だし、土地勘はあるからさ」

 

 ケイトの申し出に、ニコルが頷く。

 

「パイロットが2人もいなくなるの、不安じゃない??」

 

「なに、直ぐにリースティーアが復帰してくれるさ。そしたら、2人分の活躍ぐらいしてくれんだろ??」

 

 軽口を叩くヘレンを、ニコルとケイトが睨む。

 

 実際、リースティーアは重傷だ。

 

 シークレット・ワンの医務室で懸命に処置をしているが、助かるかどうかは、まだ分からない状態である。

 

「まだまだ厳しい状況が続くが、俺達レジスタンスは少数なんだ。キツくても動くしかない。オレがアメリアに行っても、顔が知られているから動けない。ニコル、すまんがマイを頼む」

 

「ああ、任せてくれ!!出来るだけ早く戻る!!」

 

 レジアとニコルの間に、蟠りがない訳じゃない。

 

 先の戦闘中に、敵のモビルスーツを助けたニコル行動は、レジアは納得出来ていなかった。

 

 それでも、今はそれを言う時ではない。

 

 レジアは、自分の気持ちを押し込める。

 

「パイロットの補充は打診しておく。ガンイージのテストパイロットをしている優秀な奴を知ってるからね」

 

 スフィアは少し微笑むと、持ち場に戻り始める。

 

「よし…………皆、疲れているとは思うが、次に向けて動き出すぞ!!」

 

 レジアの号令で、それぞれ持ち場に戻って行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

連邦軍との接触2

 

「あれが、連邦の戦艦…………カイラム級か??」

 

 シークレット・ワンと連邦軍の艦は、以外と早く接触出来た。

 

 連邦の艦もまた、ニコルを助けた後にリガ・ミリティアの艦をマークしていた為だ。

 

 ザンスカールの目を離れた宙域で、2つの戦艦は肩を並べる。

 

 マッシュは憧れのラー・カイラムにフォルムが似ている戦艦に、思わず見とれてしまう。

 

「しかし…………連邦は、新しいの開発しねぇな…………だから、ザンスカールに舐められるんだよ」

 

 マッシュとは違い、明らかに冷めた目でヘレンが連邦の戦艦を見る。

 

 そこに、連邦の戦艦から通信が入った。

 

「リガ・ミリティアの艦長さん。コッチの準備は整った。ニコルも連れて来てくれると嬉しいんだが…………」

 

 通信の主…………エルネスティは、爽やかな笑顔を見せる。

 

「分かった、私とニコルとレジア…………それとミューラにマヘリアにヘレン…………6名で行く」

 

「了解した。リガ・ミリティアのエース、レジアくんも乗っているとはね…………これは、楽しみだ」

 

 スフィアとエルネスティは、笑顔で挨拶を交わすと、通信を終えた。

 

「なかなか……………気さくな方ですね…………」

 

「だろ??あれで、ジャベリン隊の隊長らしいぜ…………大丈夫かね??連邦軍」

 

 クレナが少し心配するような表情を見せ、ニコルも同意する。

 

「2人とも、何を言っている…………あれは、連邦の碧の閃光…………エルネスティ大佐だ…………」

 

「はっ??大佐??」

 

 驚いているレジアより、ニコルは更に驚いた。

 

「無駄話は後にして。今、人選したメンバーは私に付いて来てくれ!!」

 

 スフィアの後に続き、5名のメンバーがカイラム級の戦艦に入る。

 

 直ぐに艦橋に案内されたスフィア達は、艦長にエルネスティ、それにガルドから挨拶を受けた。

 

「しかし…………リガ・ミリティアに、これだけ大きくて、しかも新型の戦艦が造れる軍資金があるとは…………正直、考えて無かったな…………」

 

 窓越しに見えるシークレット・ワンの姿に、ガルドが正直な感想を漏らす。

 

「いえ…………これはサナリィの基地で、表向きはザンスカール帝国の為に造っていた戦艦で…………式典で飛ばす予定だったので、少し派手なのです」

 

 メカニックの性なのか…………ミューラの説明を頷きながらも、ガルドはシークレット・ワンから目を離そうとしない。

 

「すまない…………彼は機械馬鹿なんだ…………それより、ミノフスキー・ドライブの件だったね…………出来れば、外部流出を避けたいと…………」

 

「はい。ミノフスキー・ドライブの技術が、ザンスカール帝国に渡ってしまったら、私達の勝ち目が薄くなってしまいます。情報は、どこから漏れるか分かりませんので、データを全て返して頂きたいのです」

 

 スフィアの言葉に、一瞬の沈黙が訪れる。

 

「分からなくは無いがね…………しかし、黙ってデータを返せる程、我々もお人良しじゃない。一応、軍なんでね…………」

 

 その沈黙を破ったのは、エルネスティだった。

 

「勿論…………他に我々が出来る事なら、協力をしたい。何か無いですか??」

 

 レジアはエルネスティの発言に頷きながら、代替え案を尋ねる。

 

「エル…………面倒な物言いをするな。すまんが、ミノフスキー・ドライブのデータは返せない。何故ならば、ミノフスキー・ドライブを完成した後、君達にそれを搭載したモビルスーツを開発する体力が残らない事が予想されるからだ」

 

 シークレット・ワンを眺めながら、ガルドが声をあげた。

 

 そして、再び沈黙が訪れる。

 

 ミノフスキー・ドライブが完成したとして、その運用実験、試作機の開発、量産…………

 

 それと並行して、V計画の機体の量産計画も進めて行かなければならない。

 

 ミノフスキー・ドライブ搭載型の試作機であるダブルバード・ガンダムは、設計図面はあれど、それを実現するには、ハイコスト過ぎる。

 

 F90・ウォーバードでミノフスキー・ドライブの運用実験をしようにも、フレーム耐久の問題で、全開出力は試せない。

 

 確かに、レジスタンスだけの資金では、途中で底を尽くのが目に見えている。

 

「でも…………アナハイムは、過去にジオンにもモビルスーツを提供していた…………ザンスカール帝国にも、技術を提供するかもしれない。そのリスクを考えたら…………」

 

 そう、ザンスカール帝国が……………ベスパがミノフスキー・ドライブを開発したら、リガ・ミリティアに勝ち目は無くなってしまう。

 

 何が何でも、ミノフスキー・ドライブの技術だけは、ザンスカール帝国に流してはいけない…………資金が底をついたとしても…………だ。

 

「そう…………そこで提案なんだが…………連邦の腐敗は、恥ずかしい話だが君達も知っているだろう??我々は、連邦を正しい道に戻したい。その為にミノフスキー・ドライブ搭載型のガンダムを旗印に、連邦に正義の心を取り戻したいんだ…………」

 

「エルが言うと、ガキの発言みたいに聞こえるかもしれんが……………実際、ザンスカール帝国を野放しにしていたら、連邦の沽券に関わる。そこで、君達のミノフスキー・ドライブの開発資金と人材を派遣する代わりに、我々もリガ・ミリティアと戦わせて欲しい」

 

 ガルドの突然の提案に、リガ・ミリティアの面々が顔を見合せる。

 

「一気に、全ての連邦軍とはいかないだろうが…………リガ・ミリティアの動きに合わせて決起出来る部隊を根回しする。同士を募る為にも、ミノフスキー・ドライブ搭載型は必要なんだ」

 

 その発言に、ニコルが微笑む。

 

「なっ!!エルネスティさんとガルドさんは、敵じゃないって言ったろ??協力してもらおうぜ!!皆で手を取り合って、戦争をとっとと終わらせるんだ!!」

 

「ニコル!!そんな簡単な事じゃない…………だが、悪くない。地球連邦軍の心を掴むなら、ダブルバードはガンダム・タイプにしないと駄目だな…………まぁ、ミューラさんも親父も、そこは譲らないだろうが…………」

 

 レジアが、ミューラを見て力強く頷く。

 

「始めからガンダム・タイプにするつもりではあったけど……………まさか、こんな展開になるなんて…………」

 

 ミューラは、シークレット・ワンと、その隙間から見える宇宙に視線を移す。

 

 その宇宙に、ダブルバード・ガンダムが飛び回る姿をミューラは想像していた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アメリアへの旅立ち

「じゃあ、行ってくるぜ!!留守中にミリティアン・ヴァヴが墜ちている………なんて事は、無しにしてくれよな!!」

 

 ミリティアン・ヴァヴ…………

 

 リガ・ミリティアの新造戦艦、シークレット・ワンの正式名称である。

 

 名前の由来は、インドにある階段井戸からとられた。

 

 グジャラート語でヴァヴと言う階段井戸は、とても大きな造りで何層にも折り重なっており、祭礼や儀式で使われる為に美しい装飾が施されている。

 

 もちろん井戸である為、乾燥地帯の生活に必要な水も提供しており、オアシス的な役割も果たしていた。

 

 ミリティアン・ヴァヴもまた祭典用に建造された戦艦であり、そして将来的にはヴィクトリー計画の機体やダブルバード・ガンダムを搭載し、正にレジスタンスのオアシスの様な役割を持つ予定である。

 

 そして、名付けの親でもあるインド出身のクレナ・カネーシャは、未だにインド地方に残る遺産、アダラジ・ヴァヴについて話をした。

 

 とある国の王は、慢性的な乾燥に悩まされていた国民の為に、大規模な井戸の建築を始める。

 

 しかし、その階段井戸を建造中に他国に攻め込まれ、国王は死んでしまう。

 

 占領してきた国の国王は、元々の国の王妃の美しさに惹かれ、結婚を申し込む。

 

 王妃は階段井戸が完成したら結婚すると約束し、占領者の王は階段井戸の建造を急ぎ進める。

 

 そして、国民達が待ちに待った階段井戸が完成すると同時に、王妃は自らの命を絶つ。

 

 国民の為に、自らの愛する王を殺した占領者の求婚を受け、そして完成と同時に命を絶った王妃の行動に、多くの国民の心を打った。

 

 このアダラジ・ヴァヴは、占領される前後で建築様式が異なる。

 

 そしてミリティアン・ヴァヴも、複雑な機構を持ち、ザンスカール軍の物として建造していたが、途中からリガ・ミリティア仕様へと変更された。

 

 悲劇ではあるが、その不屈の信念と境遇がシークレット・ワンと重なり、クルー達は共感し、ミリティアン・ヴァヴの名が採用される。

 

 そのミリティアン・ヴァヴの後部ハッチに取り付いている、連邦軍から借り受けたシノーペのコクピットにニコルとケイトは収まっていた。

 

 ザンスカール軍のシノーペを連邦軍が押収した物であり、魚の骨のような構造は、モビルスーツが搭載されてない為に剥き出しになっている。

 

 そのコクピット付近に、リガ・ミリティアのパイロット達が集まり、ニコルの出発を見送りに出ていた。

 

「お前は…………私達を誰だと思ってんだ!!この艦には、リガ・ミリティアのエース級パイロットが揃ってんだぞ!!」

 

 その輪の中にいたヘレンが、ニコルのヘルメットを叩く。

 

「ケイト、ニコルを宜しくね。私達とそれほど歳は変わらないのに、この子は顔も精神年齢も低いからねー」

 

 マヘリアの悪戯っ子っぽい笑顔は、周りを明るくする。

 

 少し緊張気味のニコルとケイトも、その笑顔に癒された。

 

「マヘリアさんっ!!低いって何だよ!!若いって言ってくれませんかねー??」 

 

「ほらニコル!!そろそろ出発するよ!!とりあえず、ベルトをしっかり締める!!」

 

 マヘリアを追いかけようとするニコルの頭を抑え、ケイトは溜息をつく。

 

「しかし………アーシィとかって奴を本当に信用していいのか??未だに、ゲルダさんの娘とか、信じられないんだが…………」

 

「ゲルダの事は、私もよく知ってる。その娘さんで、ニコルの事を知っているなら、人探しくらい手伝ってくれるんじゃないかしら??ニコルの話だと、お母さんが病気で、止むなくザンスカールに協力してるって話だし………」

 

 難しい表情をしているレジアに、ミューラが答える。

 

 ゲルダは、ザンスカールがサナリィを接収した時もレジスタンスに協力していた。

 

 その娘であり、ニュータイプ的な精神の共有を図ったニコルなら、アメリアに入る手引きぐらいはしてもらえるんではないか…………

 

「現実問題、成功確率は半々ってトコか??まぁ、考えても仕方ねぇさ。他にいい案もねぇし、マイは助けなきゃいけないんだろ??」

 

 今度はレジアのヘルメットを、ヘレンは叩く。

 

「そうだな…………オレの恋人で、ニコルの幼なじみだ。絶対に助けないとな」

 

 レジアの言葉に、ニコルは頷く。

 

 本当はレジアも、シノーペに乗って行きたいのだろう…………しかし、立場がそれを許さない。

 

 ニコルには、それが痛い程よく分かった。

 

「レジア!!任せてくれ!!マイを助けて、オレも一回り大きくなって帰って来てやる!!」

 

 お互いに伸ばした、レジアとニコルの拳が重なる。

 

 それで、お互いの意思が通じ合う。

 

 レジアはミリティアン・ヴァヴを守る。

 

 ニコルはマイを助ける。

 

「よし、行こうケイトさんっ!!マイを助けて、ついでにザンスカールの実状調査だ!!」

 

「はいよ。じゃあ皆、宜しく頼むよ!!」

 

 コクピット・ハッチが閉まり、シノーペがミリティアン・ヴァヴから離れていく。

 

「マイさん…………無事に戻って来れるといいですね…………」

 

 クレナの心配そうな瞳は、シノーペのバーニアを見つめていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アメリアへの旅立ち2

「後は、ニコル達の無事を祈るばかりだな」

 

 ミリティアン・ヴァヴの艦橋に戻ったレジアは、シノーペが飛んでいった方向を眺める。

 

「とりあえず、無事にアメリアに侵入出来るかよね??今度補充されるパイロットが、うまい具合にシノーペを傷つけてくれると、リアリティが増すんだけどねー」

 

 マヘリアも、宇宙空間を眺めながら呟く。

 

「新任のパイロットか…………腕は確かなんだろ??」

 

「そう…………聞いてますけど…………当たり所が悪かったら、シノーペが墜ちちゃうし…………少し心配ですね」

 

 ヘレンの問いに、クレナが答える。

 

 今回のアメリア侵入作戦は、ニコル達が乗るシノーペをリガ・ミリティアのモビルスーツに襲わせて、うまく損傷させてザンスカールを欺く事が出来るかにかかっていた。

 

 パイロットを少年と女性の組み合わせにしたのも、相手の警戒心を緩くさせる為もある。

 

 逃げ回るシノーペのコクピットに当てず、ギリギリ航行可能な程度に傷つけられるかが問題であり、それにはリガ・ミリティアのパイロットの腕が重要だ。

 

「墜とされる心配より、当てられない可能性を考えた方がいいんじゃねーか??ニコルにしてもケイトにしても、奴らにマジで逃げられたら、私でも当てれる気しねーぞ」

 

 その言葉に、その場が一瞬静まり返る。

 

「やっぱり、マヘリアさんとかレジアに行ってもらった方が良かったかな??急に不安になってきちゃった………」

 

「俺達が出て、敵に捕まったらニコル達との関係がバレる。顔見知りじゃない方が、何かあった時に都合がいい。それに、リガ・ミリティアでも指折りのパイロット達なんだろ??信じよう」

 

 ミューラの不安そうな顔を見て、レジアは少し笑顔を向けた。

 

「リースティーアになら、安心して任せられたんだがな………ところで、連邦の医療班は大丈夫なんだろうな??」

 

「ええ、ミリティアン・ヴァヴには最新の医療設備が整ってるけど、それを扱える人材がいない…………でも、連邦から派遣された人員のおかげで、リースティーアも助かりそうだって!!」

 

 ミューラの言葉に、ヘレンは安堵の表情を浮かべる。

 

「ニコルなら、射撃主が下手でも上手く自分の機体に当てるんじゃない??私達は私達で、モビルスーツの整備しとかなきゃ、次に襲われたらアウトだよ!!」

 

 マヘリアの言葉で、各々持ち場に向けて動き出した。

 

 

「さーて、そろそろ、襲われる地点だな。ここからアメリア・コロニーの間で損傷して、うまく敵さんに拾ってもらうって事だな。いい感じで当ててくれよ!!」

 

 ニコルはモニターを見ながら、真剣な表情になる。

 

「来た!!ニコル!!全速でアメリアに突っ込むよ!!うまく演技するんだ!!」

 

 モニターを見ながら、ケイトが叫ぶ。

 

 シノーペに向かって、2機のガンイージが迫って来た。

 

 そのガンイージから逃げるように、シノーペがバーニアを吹かす。

 

「どの当たりで被弾すりゃいいんだ??アメリア・コロニーで捕獲される位置で当たらなきゃ………」

 

 高速で逃げるシノーペの後方から、ビームが飛んで来る。

 

 そのビームを避けながら、ニコルは考えていた。

 

「なかなか、高精度の射撃をしてくる!!ニコル、真面目に回避しないとヤバイぞ!!」

 

「わーってるよ!!いい腕だけど…………レジア程じゃない!!これなら上手く被弾出来る!!」

 

 ニコルはシノーペを操りながら、アメリア・コロニーとの距離を測っていた…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アメリアへの旅立ち3

「へぇ…………なかなか、やるじゃないさ。シノーペのパイロット」

 

 ガンイージ・プロトタイプのコクピットで、ジュンコ・ジェンコは感嘆の声を上げた。

 

「ニュータイプが乗ってるんだろ??このぐらい、余裕でやってもらわんとな…………しかし、シノーペ如きに当てられないと思われるのも癪に障る」

 

 同じく、8番目のガンイージに乗るオリファー・イノエは、眼鏡の位置をを指で直しながら、照準を絞る。

 

「オリファー、調子にのって墜とすんじゃないよ!!」

 

「分かってるさ。しかし…………当てずに追い詰める演技をするのも、なかなか大変だな」

 

 2機のガンイージは、ビームを放ちながらシノーペを追っていく。

 

 

 追われている様に見せかけているシノーペのコクピットでは、ニコルが必死に機を操っていた。

 

「おいおい…………まぢで当てるつもりじゃないだろうな…………ビームの照準がシビアになってきてるぞ、おい!!」

 

「仕方ないだろ!!ザンスカールにバレないように潜入するには、これしかない。本気で追ってるように見せないと、敵を欺けない!!」

 

 ケイトの声を聞きながらもニコルは神経を研ぎ澄ませ、シノーペを操る。

 

「ニコル、視認出来た!!あれが、アメリア・コロニーだっ!!」

 

「よし……………もうちょい!!もう少し進んだら、バーニアに被弾させる!!」

 

 アメリア・コロニーを見ながら、ニコルは目視で距離を感じていく。

 

「そろそろだ!!ケイトさんっ、衝撃に備えて!!」

 

 ニコルはモニターに映る情報と自分の感覚を研ぎ澄ませ、ビームにシノーペを近付ける。

 

 

「おいおい、そっちが合わせるのかよ!!普通、ビームを撃っている方が合わせるだろ!!」

 

 オリファーはビームに擦り寄っていくシノーペに、文句の一つも言いたくなった。

 

 普通に飛んでいる機体にビームを当てる方が、何倍も楽なのは誰にでも分かるだろう。

 

 それを…………危険極まりない動きで、ビームに当たろうとしてくる。

 

「ちっ…………ガキみたいなパイロットだね…………オリファー、まともに当てにいくとタイミングがズレる可能性がある。こちらが少しズラすんだ!!」

 

「まったく…………素直に真っ直ぐ飛んでろよ!!」

 

 2機のガンイージは、シノーペに当たらないように、少しズラしてビームを放っていく。

 

 そのビームの射線を掠めるように、シノーペのバーニア部分が入ってくる。

 

「うわあぁぁぁ!!」

 

「うわっ!!結構な衝撃じゃないかっ!!」

 

 ニコルとケイトは、悲鳴を上げた。

 

 シノーペのバーニアは白煙…………いや、灰色の煙を上げながら、蛇行するような航行になる。

 

「自らビームに当たりにいって、上手くバーニアだけにビームを掠めた。ニュータイプ…………案外、本物なのかもね」

 

「ジュンコ、本気か??確かにメチャクチャな動きは、ニュータイプっポイ感じだったけど…………いや、まさかな…………」

 

 オリファーはジュンコの言葉に首を横に振ると、アメリアに向けて蛇行するシノーペを見つめた。

 

「オリファー、こっちは離脱しないと、ザンスカールの部隊に捕獲される!!」

 

「分かった!!さっさと逃げますか!!」

 

 2機のガンイージはアメリアを背にすると、バーニアを全開にする。

 

 

「ガンイージは、上手く逃げたようだ………絶妙の距離感で離脱した………かなり腕のいいパイロットだね」

 

 ガンイージの離脱を確認したケイトはヘルメットを外すと、ポニーテールを横に揺らす。

 

 ふんわりと爽やかな良い香りがコクピットを包み、ニコルは少し顔が赤くなる。

 

「さて、ここからが本番だよ!!ニコル、あんたは私の弟って事になるから、しっかり演技しな!!」

 

 シノーペはゆっくりと、アメリア・コロニーに近付いていた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シュラク隊の原点

 

「これがシークレット・ワン…………いやいや、ミリティアン・ヴァヴだっけ??」

 

 ジュンコはミリティアン・ヴァヴの艦橋を見渡すと、その造りに感嘆の声を上げた。

 

「俺達、リガ・ミリティアの旗艦になる艦だ。それなりに、しっかりした物じゃないと困るだろ」

 

 オリファーも興味津々といった感じで、艦橋を眺める。

 

「あなた方が補充のパイロットですね。ニコル達のアメリア潜入任務に協力して頂いて、ありがとうございます。艦長のスフィア・ノールスです」

 

「ああ…………私はジュンコ・ジェンコ。彼はオリファー・イノエです。そんなに難しい任務でもなかったから、お気になさらさずに」

 

 差し出されたスフィアの手に、ジュンコは腕を伸ばして応じた。

 

「そして、彼らがサナリィの激戦を生き抜いたパイロット達か…………それと、レジア・アグナール……………随分と若いな」

 

 艦橋を一通り見終わったオリファーは、並んでいるパイロット達に目を向ける。

 

「オリファー・イノエだ。今日付けで、君達モビルスーツ隊の隊長になる。よろしくな」

 

 オリファーは軽く敬礼するように、額の前に手をもっていく。

 

「私達の隊長??あんたが??正直、レジア程の腕があるようには見えねぇな。命を預けるなら、信頼している奴の指示に従いたいんだが??」

 

 ヘレンは値踏みするようにオリファーを見ると、スフィアに確認するような視線を向ける。

 

「ええ、しっかり指揮出来るパイロットが加わってくれれば、更に強くなれる。モビルスーツ戦の時は、オリファー隊長の指示に従って下さい」

 

「へぇ……………って事は、私達を指揮出来る腕って事でいいんだな??」

 

 挑戦的なヘレンの言葉に、オリファーは呆れた表情で頭を掻く。

 

「確かに、サナリィでの戦いやレジスタンスとしての戦いで実績を積んでるかもしれんが…………それでも、私とジュンコの足元にも及ばないだろう。しかし、君達には可能性を感じている。リガ・ミリティアのエース部隊、シュラク隊の候補生達なのだからな」

 

「………って、黙って聞いてれば、随分ですね。私達はともかく、足元にも及ばない中にレジアも入ってるのかしら??」

 

 普段はにこやかなマヘリアの表情も険しく、腕を組みながら話すオリファーを睨む。

 

「オリファー!!あんたが言い過ぎだ。少し黙りな!!レジア・アグナールの実力は把握している。純粋なモビルスーツ戦なら強いんだろうが…………実際の戦闘は集団戦だ。そうなると、私達に分があるだろうって話だよ」

 

 ジュンコは、その紫の長い髪をかきあげると、オリファーの前に出る。

 

「あらあら…………騒がしいから来てみれば…………レジア、随分と舐められてるわね。この展開、なんか懐かしいけど」

 

「リースティーアさん!!お身体は大丈夫なんですか??」

 

 松葉杖をつきながら突然現れたリースティーアを支えるように、クレナが寄り添う。

 

「あのリファリアが認めていたリースティーアか。正直、君達がサナリィ戦で生き残れたのは、リファリアの犠牲があったからだ………いや、君達がリファリアをサポート出来ていれば、彼が死ぬ事は無かったかもしれんな……………」

 

「あらあら…………あなた達、私達と同じで恥をかく事に…………」

 

 再び口を開いたオリファーに、何かを言いかけたリースティーアの肩をレジアが叩く。

 

「リースティーアさん、無事で良かった。そして、今日はニコルがいなくて良かった。余計にややこしくなりそうだからな」

 

「あらあら、そうね…………味方同士で言い争っても仕方ないか…………」

 

 レジアが見せる穏やかな微笑みに、リースティーアの怒りは不思議と落ち着いた。

 

「それより、リファリアさんのF90を拾って来てくれたんだって??」

 

 レジアの問いに、ジュンコが頷く。

 

「あら…………隊長の機体を………それで、隊長の遺体は??」

 

「コクピット・ハッチが、恐らく落下の衝撃で開いてしまったらしくてね…………残念ながら、遺体の回収は出来なかった。けど、F90の損傷の状態なら、改修すれば使えそうだよ」

 

 正に命懸けで基地を守ったリファリアの葬儀を、遺体のある状態でしてあげたいと誰もが願っていた。

 

 それは叶わない…………それでも、遺品であるF90が使えそうというのは朗報である。

 

 特にリファリアと共に戦った経験の多いリースティーアには、涙が出る程に嬉しかった。

 

「2人とも、リファリアさんのF90を持って来てくれて、ありがとう。

 確かに、オレに指揮能力は無い。オリファーさん、宜しく頼む」

 

 握手を求めてくるレジアに、バツが悪そうに頭を掻きながらオリファーが応じる。

 

「あらあら…………レジアが従うなら仕方ないか…………F90を持ってきてくれた恩もあるし……………ねぇ??」

 

「はい…………そうですね。私は、皆さんが生き残る可能性が高くなるなら…………」

 

 リースティーアに促されたクレナも、レジアの行動を見て頷く。

 

「あーっ、もぅ!!みんな大人なんだから…………分かったわよ!!とりあえず従うわよ!!」

 

「ちっ、仕方ねぇか!!けど、糞みたいな指揮した瞬間に、私はレジアに従うぜ!!」

 

 マヘリアとヘレンも、しぶしぶ従う事を了承する。

 

「よし、まぁ人事は上層部の命令でもある。嫌でも従ってもらうしかない。ヘレン、クレナ、マヘリアは試作型のガンイージから、量産型に乗り換えてもらう。機体性能は格段に向上しているから、早めに慣れてくれ」

 

 オリファーは、量産型ガンイージのマニュアルを3人に渡す。

 

「リースティーアさんは、傷の回復が最優先だな。リファリアさんのF90は……………」

 

「勿論、長距離援護用に改修して、リースティーアに乗ってもらうわ。F90が直る前に、傷を治してよ!!」

 

 レジアの言葉を遮ったミューラの悪戯っぽい笑みに、リースティーアも笑顔を返した。

 

「まずは、1人1人の能力を把握したい!!シュミレーターを使った実戦訓練をしていくぞ!!」

 

 その後のシュミレーター使用の訓練で、オリファーがレジアに一方的にボコられたのは、言うまでもない…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アメリア侵入1

「さて、これでベスパの連中が喰いついてくれりゃ、いいんだが…………」

 

 バーニアから白煙が上がるシノーペのコクピットで、外の様子とモニターをケイトは交互に見る。

 

「もう、アメリアの索敵宙域に入ってるんだろ??直ぐにでも、モビルスーツが飛んで来るんじゃねーの??」

 

 ニコルは頭の後ろに手を回し、コンソールに足を乗せた。

 

「てか、ニコル君…………ウチラは敵に追われてた設定なんだから、その余裕な態度はどうかねー??それと、アンタは私の弟の役なんだから、しっかりと演じてよ!!」

 

「わーってるって!!とか言ってる間に来たぜ!!ラングが釣れた!!」

 

 ニコルはコンソールから足を下ろすと、怯えている表情を作る。

 

「……………まーいっか。ラング、接触してくるよ!!」

 

 漂っているシノーペを観察するかのように、ゆっくりと近付いて来るラング2機の姿が目視でも見える距離に近付いて来た。

 

 その内の1機が、シノーペに手を添える。

 

「シノーペのパイロット、所属と名前を聞かせてくれ!!」 

 

 仕事熱心で、しかし優しそうな青年の声がシノーペのコクピットに響く。

 

「私達は軍隊じゃない!!連邦に捕獲されてたシノーペを奪ってアメリアに帰ろうとしていた矢先、リガ・ミリティアに見つかって、なんとか逃げて来たんだ!!」

 

「そうか…………機体の認証番号を確認する。バーニアをやられているみたいだが…………爆発の危険は??」

 

 シノーペの後方に回りバーニアの状態を確認したラングが、シノーペに手を添えて【お肌の触れ合い回線】をしているラングに大丈夫だと合図を送る。

 

「機体は大丈夫そうだ……………このシノーペは…………確かに連邦に捕獲された可能性が高いとあるな…………乗っているのは何人だ??」

 

「私と、弟の2人です!!私はアメリアの居住権を持っているんですが、弟のは無くて…………」

 

 気の良さそうな青年の声に、ケイトは何とかなりそうな気がしていた。

 

「しかし…………何故、連邦に捕獲されたシノーペを奪って来る必要がある??普通に、宇宙艇で来れるだろう??」

 

 もう1機のラングのパイロットは、不信を抱く。

 

「そうなんですが…………弟にはアメリアの居住権が無かったのでチケットが取れなかったのと、私達はサナリィ・コロニーから来たので…………」

 

「俺達は、リガ・ミリティアとベスパの戦闘に巻き込まれたんだ!!逃げる為に連邦の艦に紛れ込んだんだけど、バレて…………止むなくシノーペを奪ったんだけど…………途中で後ろから撃たれて、この様さ」

 

 ケイトの後に続いてニコルも緊張感のある声を発し、リアリティを醸し出そうとする。

 

「女性と少年か…………確かに、軍人では無さそうだが…………中を確認したい。ハッチ、開いて貰えるか??」

 

 ケイトは指示に従い、シノーペのハッチを開く。

 

「本当に、2人だけのようだな…………それで、家族はアメリアにいるのか??」

 

「私の両親はアメリアに…………弟は、生まれてすぐにサナリィに養子に出してしまって…………前回のサナリィでの戦闘で、弟の両親が巻き込まれて亡くなってしまったので、引き取りに行ったんですけど…………」

 

 ケイトは話ながら、アメリアの個人認証カードをベスパの青年に手渡す。

 

 そのカードを見ながら、青年は本部に確認をとる。

 

「ケイト・ブッシュさん??確かに、アメリアに住んでいるな。しかし1年以上も前に、アメリアから渡航しているみたいだが…………」

 

 怪訝そうな視線を向けるベスパの青年に、ケイトは苦労した事を物語るような表情をした。

 

「はい、留学中に弟の養子先の保護者が亡くなった事を聞いて………」

 

「なるほど………そうでしたか…………」

 

 本部から送られてくるデータを持っている端末見ながら、ベスパの青年は難しい顔をする。

 

「お兄さん。オレ、アーシィさんって人のお父さんから伝言を頼まれているんだ。サナリィで知り合って、オレの義理の両親が良くしてもらってて………亡くなる前に、伝言を…………アーシィさんに、直接話したいんだ」

 

「アーシィさんって…………アーシィ・リレーン大尉の事か??」

 

 驚いた表情で端末からニコルに視線を移したベスパの青年は、少し考え込む。

 

「アーシィさんって、大尉さんなんだね!!普通の軍人さんだと思っていたんだけど…………凄い方のお父様と知り合いだったのね!!」

 

 考え込む姿を見たヘレンは、考えが纏まらないうちにニコルに声をかける。

 

 少しでも揺さぶって、自分達が有利に事を運ぼうと思ったからだ。

 

「お前達、アーシィ大尉の事を知らないのか??オレの憧れの人だ!!君の名前を教えてもらえるかな??少し待ってもらう事になるが、大尉に連絡をとってみよう」

 

 ベスパの青年は、端末から本部に連絡を入れる。

 

「危険な物も持って無さそうだ。シノーペは爆発の危険が無さそうだから、ラングで運ぶ。宇宙港の待合室の1つを用意しよう」

 

 そう言うと、ベスパの青年はラングに戻った。

 

「ニコル、アーシィさんへの伝言って…………そんな事で、大尉のお手を煩わせて大丈夫なのかな??」

 

「父親の死ぬ間際の言葉だぜ!!娘なら、聞かなきゃいけないし、聞きたいだろ??」

 

 シノーペにはラングの手がかかっている…………【お肌の触れ合い回線】は継続されている為、ケイトとニコルは、わざとそれっぽい話をする。 

 

 ラングに押されながら進むシノーペは、少しずつアメリア・コロニーに近付いていた…………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タシロの思惑

「アーシィ大尉、相変わらず戦果が上がらんな。ニュータイプ専用機を使っても、結局リガ・ミリティアの新造戦艦を取り逃がす始末…………大尉の今の地位を守るのに、私も結構苦労するんだよ。まぁ………なんとかしてやれなくは無いがな…………」

 

 相変わらずタシロの視線は、アーシィの身体を舐め回している。

 

 マデア少佐とアーシィ大尉は、今回の作戦の総指揮官であるタシロ・ヴァゴ中佐に報告に来ていた。

 

 当然、タシロからは労いの言葉は無く、開口一番アーシィの批判を始める。

 

 しかし…………アーシィを自分の思い通り動かしたいという、男の願望がハッキリと見てとれた。

 

「なるほど…………オレも、新造戦艦を取り逃した戦いに参加していた。って事は、オレも降格かな??」

 

 少し目にかかる前髪の奥から、鋭い眼光でマデアがタシロを睨む。

 

「ふん…………当然だな。女王マリアから信頼を得ているとはいえ、作戦行動中は軍の規約に従ってもらう。貴様もニュータイプなら、戦艦1つ墜とすなど簡単だったろうに…………マリアも落胆しているだろうなぁ」

 

 その眼光に物怖じせず、タシロは嫌らしい笑みを浮かべる。

 

「少佐…………作戦を完遂出来なかった原因は、最後に損傷した私にあります!!だから、あまりお立場を悪くするような言葉は…………」

 

 マデアを信頼し、本当に心配しているアーシィの言葉と表情は、タシロの感情を逆撫でした。

 

「ちっ………こんな男の何がいいんだかな。女王もお前も、男を見る目が無さすぎる…………」

 

 小声で呟いたタシロは、踏ん反り返って座っていた椅子から、徐に立ち上がる。

 

「マデア少佐が、今回の作戦指揮をとっていたな。とりあえず、その責任はとって頂こうか」

 

「そんな…………少佐はガンダム・タイプの撃墜に1度は成功しています!!それに、レジア・アグナールの乗る新型のガンダム相手では、少佐が戦ってくれなければ全滅していた可能性もあります!!その辺の考慮も…………」

 

 タシロの言葉に、マデアより先にアーシィが反応した。

 

 アーシィがマデアを庇うその姿に、再びタシロの顔が曇る。

 

「なるほどね…………現場で指揮していたオレは、当然責任をとるべきだろう。で、今回の作戦の総指揮官であるタシロ中佐殿は、どのような責任をとって頂けるのかな??」

 

 タシロの言葉に呆れたマデアの視線は、先程の鋭さから普通に戻っていた。

 

 表情には、タシロを少し馬鹿にしたような笑いも入っている。

 

「貴様…………上官である私に、何と言う言葉を!!」

 

「いや、指揮官ってのは責任が伴うモノだろ??それとも軍ってのは、作戦の指揮をしていても現場に出てなきゃ責任とらなくていいのか??随分と楽な仕事だな。羨ましいよ」

 

 今度はタシロからの強烈な睨みを、ふざけた口調でマデアが返す。

 

「き…………貴様達2人とも、2階級以上落ちるのは覚悟しておけよ!!それが嫌なら、今すぐ謝れ!!」

 

 顔の血管が浮き出る程の怒りを見せながら、タシロは吠えた。

 

 マデアという男は、入隊当初から気に入らない。

 

 女王マリアの推薦でベスパに入隊してきたニュータイプ…………その圧倒的な力で、一瞬で少佐の地位を手に入れた。

 

 まるで大人の社会の構図を知らない若者のくせに…………である。

 

 そして、何故か女王マリアの信頼を得ている事も気に入らない。

 

 やはりというか…………タシロは怒りの全てをぶつけた筈が、涼しい顔をして頭を掻くマデアの姿があった。

 

「まぁ…………オレは階級とか、どうでもいいんだが…………それよりも中佐殿は、簡単にリガ・ミリティアの戦艦を墜とせるんだな。凄く自信がおありのようだ。是非、その戦いを拝見したい。オレ達の処分は、その後でいいだろ??まさかとは思うが、中佐殿も戦艦を墜とせなければ、オレ達の力不足では無かったという事になるだろ??」

 

「ぬぐっ!!」

 

 その瞬間、タシロは何も言えなくなる。

 

 このマデアという男…………女王マリアの信頼を得ているだけでも厄介だが、軍の中でも信頼されており、その発言力は絶大だ。

 

「ふん…………まぁいい、分かった。次は私が仕掛けよう。貴様達の処分は預けといてやる!!」

 

 そう言うと、タシロはマデアとアーシィに退室を命じる。

 

 2人が出て行った事を確認すると、タシロは信頼している副官を呼んだ。

 

「アーシィのデータは、揃ったな??ベースの脳へのデータ移行を急がせろ。次の作戦で使う。そのデータが揃えば、次は完全体のクローンの作成だ…………楽しみにしていろよ…………」

 

 タシロの瞳は、怪しく輝いていた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アーシィとの再会

 

「それで、ニコルという少年が私に会いに来てるんだな??上層部への連絡は??」

 

「はっ!!お父上様からの遺言もあるとの事なので、部内で留めています」

 

 アーシィに敬礼を返す兵は、マリア・カウンターの軍服を来ている。

 

 マリア・カウンター…………ベスパと双璧を成す、ザンスカールの軍隊の名称だ。

 

 ベスパがサイド2に駐留していた地球連邦の部隊とサナリィの一部が母体になっている事に対し、マリア・カウンターはマリア主義者が中心となった女王マリアを守る為の部隊である。

 

 ザンスカール帝国としてはマリア・カウンターを創設する事は反対であったが、マリア主義者の猛反発を受けてしまい、更にはニュータイプであるマデアがマリア側に付いた事で止む終えず…………であった。

 

 アーシィはマリア・カウンター所属であったが、貴重なニュータイプとして、タシロ艦隊限定でベスパの作戦行動に参加している。

 

 ニュータイプ部隊に関しては、マリア・カウンター創設時にタシロ艦隊限定で作戦行動に参加する条約が付け加えられていたからだ。

 

 ザンスカール帝国としては、マリア・カウンターをただ遊ばせておく訳にはいかなかった。

 

「アーシィ様は、我々マリア・カウンターのエースです。ベスパに文句は言わせませんよ!!」

 

「ありがとう。ニコル達は、この部屋だな??」

 

 アーシィは付き添いの兵と共に、ニコル達のいる待合室に入る。

 

「アーシィさんっ!!会えて良かったぜ!!あっと…………コッチの人は、保護者兼姉ちゃんのケイトさ…………姉ちゃんだ」

 

 ぎこちなく紹介するニコルの頭を一発ひっぱたいてから、ケイトはアーシィを見た。

 

 ピンクの長い髪に優しそうな顔立ち…………戦場でモビルスーツを駆る女性には、とても思えない。

 

「ケイトさん、あなたも心が優しそうね。お互い、苦労しそうね」

 

 アーシィは、笑顔で手を差し出す。

 

「アーシィさんは、めちゃ勘が鋭いんだ。こんなんで驚いてたら、疲れちまうぜ!!」 

 

 まるで心を見透かされたような返しをして来るアーシィに驚いたケイトは、ニコルに促されてアーシィと握手する。

 

「で、ニコル。父の遺言って話だけど…………多分、私は分かってるわ。結果的に、父を殺したのは私だから…………」

 

「そっか…………でも分かってほしいのは、ゲルダさんはアーシィさんのお母さんの事、常に気にしていたよ。それでも、自分の信念を貫かなきゃいけないって…………戦争って、本当に難しいな………」

 

 ゲルダの魂が天に還る時、アーシィもその想いを感じていた。

 

 アーシィとニコルの間に、一瞬の静寂が訪れる。

 

「って、ニコル。それはいいとして、マイの事を聞かなくていいのか??」

 

 その静寂を破ったケイトは、ニコルに耳打ちした。

 

「アーシィさん、サナリィを出る時に、オレの幼なじみが乗った宇宙艇がザンスカールの戦艦に保護されたらしいんだけど…………何か情報ないかな??」

 

「ん…………何も聞いてないな…………まぁ、何か分かったら伝えるようにするよ」

 

 やはりアーシィは優しい…………立場として敵と味方に別れてはいるが、何故こんな優しい人と殺し合いをしているのか…………ニコルは分からなくなる。

 

「もし時間があるなら、我が家に寄って行くか??父の最後を知る人間として…………ある意味、父を看取った人間として、母にも会ってもらいたいんだ………」

 

「そっか…………オレはアメリアの町も見てみたいから、アーシィさんの家に行けるのは好都合だけど…………」

 

 そう言いながら、ニコルはケイトの方を見た。

 

「ん??私は構わないよ。お邪魔じゃなければ寄らしてもらおう。実家にも帰りたいけど、その後でも充分行けるしな」 

 

「じゃあ、決まりだっ!!オレ、アーシィさんの事、もっと知っておきたいんだよね!!」

 

 ケイトの言葉に、ニコルは何故か飛び上がって喜ぶ。

 

 アメリアに来たかったのは、もちろんマイを探す為でもあるが、ザンスカール帝国とは、どんな国なのかも知りたかった。

 

 アーシィと行動を共に出来るなら、疑われる心配なく色々見れると思ったからだ。

 

「見ての通り、彼らは私の友人だ。滞在用のパスを準備して貰いたい。後、彼の幼なじみの件、それとなく調べておいてくれ」

 

 アーシィの言葉に、一緒に話を聞いていた護衛の兵は敬礼して足早に動き出す。

 

 会話の内容やニコルの幼さに、護衛は危険が無いと判断したのだろう。

 

「ニコル、あんた無謀すぎるわよ!!まさかアメリアに来るなんて………」

 

 護衛の兵がいなくなるなり、アーシィはニコルに詰め寄る。

 

「サナリィのリガ・ミリティア基地近くまで、ゲルダさんに会いに来るアーシィさんも、随分と無謀だと思ったぜ!!けど、アーシィさんだってて、オレを敵だけど敵じゃないって思ってくれたんだろ??だから、あの時、ザンスカールのパイロットって名乗ってくれたって信じてんだけど」

 

 ニコルの言葉に、アーシィから険しい表情が消えた。

 

「まぁ………そうね。ん??幼なじみって、あの時にいた女の子??確かマイさんって言ったっけ??彼女じゃないの??」 

 

 アーシィは、始めてニコルに会った日を思い出す。

 

「おいおい!!なんで彼女とかって話になるんだよ!!本当に幼なじみだよ!!マイには好きな人いるし………」

 

 喋るニコルの視線に、睨むケイトの姿が映る。

 

 敵国の真っ只中で、超有名人の…………ザンスカール帝国からしたら、敵国のエースパイロットのレジア・アグナールの名前なんて出したら、速効で捕まるぞ…………そんな事を訴えている目だ…………

 

「いや、だから、オレの友人の彼女なんだよねー。その友人からも、必ず見つけて来てって言われてるんだ!!」

 

「そう…………やっぱり、あの娘がいなくなったのね…………なんとか見つけてあげたいけど…………」

 

 タシロ艦隊に見つかってたら、厄介だな…………

 

 言葉にはしなかったが、アーシィは心の中で自分の隊が見つけている事を強く願っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アーシィとの再会2

「ここが、アーシィさんの実家かぁ…………結構、質素なんだな…………」

 

 アーシィの家は、アメリア・コロニーの郊外にあった。

 

 お世辞にも大きいとは言えない小じんまりとした家は、程よい大きさの庭に囲まれている。

 

「おい、ニコル。失礼だろ??」

 

「いえ、ケイトさん。本当の事ですし、ザンスカールの生活…………というより、コロニーの生活を見てもらうには、丁度いいんじゃないかしら??」

 

 ニコルを窘めるケイトに、アーシィは笑顔を向けた。

 

 軍服を着ていないアーシィの表情は柔らかく、言葉使いも優しいものに変わっている。

 

「いや、甘やかしたら駄目なんですよ。大人がしっかりと、しつけてやらないとね!!」

 

「失礼な事を言った事は謝るよ!!だから、睨まないでくれよ。まぢ怖いから!!」

 

 睨むケイトの視線から外れるように、ニコルはアーシィの蔭に隠れた。

 

「別に怒ってないから、家に入って。母が待っているわ」

 

 アーシィがニコルの背を押しながら、家の中へと誘う。

 

「お邪魔しまーす」

 

「ご病気と聞いているのですが…………お邪魔してしまって、申し訳ありません」

 

 ニコルに続いて、ケイトも家の中に入った。

 

 家の中には最低限の家具が置いてる程度で、帝国のモビルスーツ・パイロットの家にしては、あまりに質素に感じられる。

 

「いらっしゃい。何もお構い出来ないけど、娘の友達なら大歓迎だわ。病気のせいで、1人で家にいると気が滅入ってしまうのよ」

 

 アーシィの母は、病気のせいなのだろうか…………頬が痩せこけており、お世辞にも元気とは言えない顔で出迎えてくれた。

 

 それでも、笑顔が素敵な人だとニコルは感じる。

 

「何も無い家だけど…………寛いでってね。お茶、持って来るわ」

 

 アーシィは立ち上がってニコル達を迎えてくれた母を座らせると、キッチンに消えていく。

 

「太陽光に晒されてしまった病気と伺いました…………特効薬なんて、無いものなんですか??」

 

「ええ…………帝国から支給される薬で、何とか生き永らえてるんです。娘には、いつも苦労をかけてしまって………」

 

 ケイトの質問に、少し咳込みながらアーシィの母は答えた。

 

「特殊な薬だから、地球でしか作られてないの。数も少ない貴重な薬だから、本来は地球に住めるぐらいの連邦の高官の家族ぐらいしか貰えないのだけど、引っ越し公社から定期的に運ばれる薬を譲ってもらってるんです」

 

 コーヒーの良い臭いを漂わせながら、アーシィがキッチンから出て来る。

 

「引っ越し公社は宇宙移民した人達の為に、帝国でも連邦でも、分け隔てなく物資を運んでくれている。私達にとっては、とっても有難いわ」

 

「アーティ・ジブラルタルのマスドライバーから飛んでくるんですよね??一年戦争の時から、宇宙移民者の為に働いていた会社か…………」

 

 アーシィからコーヒーを受け取ったケイトは、そのカップから伝わる温かさに、人の心の温もりを感じた。

 

「そっか………地球に住んでいる人も、宇宙に出た人の事を想って働いている人達もいるんだ。オレ、地球に住んでいた頃は、コロニーに住んでいる人達の事まで考えられなかった…………」

 

「それは、当たり前よ。けど、今は違うでしょ??そうやって、色々な事を知って、人は成長していくものよ」

 

 ニコルにもコーヒーを渡したアーシィは、空いていた椅子に腰を下ろす。

 

「ゲルダさんも言っていた………個人個人は、こんなに優しさに溢れている人達が、なんで戦争しなきゃいけないんだ…………戦っていたら、悲しみが続くだけなのに………」

 

 ニコルはコーヒーの苦みを感じながら、カップの中に現れる渦を眺めた。

 

「ニコル君だったわね………生前、主人がお世話になったみたいで………娘も、戦場では助けられたって…………ありがとう」

 

「そんな…………オレは、ゲルダさんを助けられなかったし、戦場に出たキッカケだって、モビルスーツが空いてて、オレにも出来るんじゃないかって軽い気持ちで…………」

 

 呟くニコルを、アーシィは立ち上がって、その身体を自分の方に引き寄せて頭を撫でる。

 

「始めは、皆そんな感じかもしれない。けど、人の命を奪うという事…………私達は、もっと真剣に考えないといけないのかもね………」

 

 アーシィの言葉に、ケイトも考えさせられていた。

 

「何の為に戦うか………信念を持って戦わないといけないな…………引っ越し公社の人達が、宇宙移民者達を分け隔てなく助けているように…………」

 

 ケイトはそう言うと、コーヒーを一気に飲み干す。

 

「私の家は、ここから遠くない。少し時間を貰って、私も母に会ってくるよ。ニコルはどうする??」

 

「そういえば、ケイトさんの御実家もアメリア・コロニーにあると言ってましたね??ニコルは食事をしていって。会わせたい人もいるし」

 

 アーシィの言葉に、ケイトは頷く。

 

「じゃあ、ニコルをお願いしてもいいですか??」

 

 ケイトはそう言うと、ニコルを自分の方に連れて来る。

 

「ニコル、私は実家に帰りがてら、マイの情報も調べられるだけ調べておく。後で合流しよう」

 

「分かった。アーシィさんとの話が終わったら、ケイトさんに連絡するよ」

 

 ケイトは頷くと、家の外に出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地球のシャクティ

「さてと、こんな感じかなー。食卓を囲んで食事するなんて、久しぶりだね」

 

 食卓に5人分の食事を置いていくアーシィは、笑顔を見せている。

 

 これから来る客人達がアーシィの心を盛り上げさせているのか、皆で食事をする事が楽しみなのか、ニコルには分からなかったが、美人の笑顔を見ているのは悪くない。

 

「5人分って事は、あと2人来るのかな??オレも家でゆっくり食事をするのは、久しぶりだな」

 

 木の器から湯気を立てる温かさそうなビーフ・シチューに、カゴに入ったバケット、それにサラダ…………

 

 アーシィの手作りである家庭的な料理に、ニコルは目を輝かせた。

 

「ニコル、お腹空いた??もう少ししたら来ると思うから、もうちょっと待っててね」

 

 アーシィはエプロンを外すと、一輪の花を生けた花瓶を食卓の中央に置く。

 

 コンコン…………

 

 タイミングよく、玄関からノックする音が聞こえる。

 

「こんばんは。アーシィさん、夜分にゴメンなさいね」

 

「お母さん、お久しぶりです。スイマセン、お邪魔します」

 

 髪の長い高貴な雰囲気な女性と、素朴な感じな男性がアーシィの家に入って来た。

 

 なんと言うか…………あまりにミスマッチである。

 

「マリア様、お久しぶりです!!それに少佐、先日はありがとうございました!!」

 

 アーシィは玄関まで小走りで向かうと、入って来た2人にお辞儀をした。

 

 アーシィの母親も、ゆっくりした足取りで玄関まで歩き、2人を迎え入れる。

 

 2人とも、アーシィの家族にとって大切な人物なのだろう。

 

「ん??キミがニコル君か??意外と小さい…………いや若いんだな」

 

 少佐と呼ばれた人物が、ニコルの目の前まで来て少し驚いた表情をする。

 

「マデア!!失礼ですよ!!男性に小さいなんて…………それに、あなた方2人ががりでも倒せなかった凄腕のパイロットなのでしょう??」

 

 マリアと呼ばれた高貴な女性が、マデアと呼ばれた男性を窘めた。

 

「ニコル、マデア少佐は黒いマグナ・マーレイのパイロット。マリア様は、マリア・ピァ・アーモニア…………女王様よ」

 

「はっ??女王って、ザンスカールの女王マリア!!って、何でこんな汚い家に??」

 

 ニコルの驚き様を見て、マデアが腹を抱えて笑う。

 

「今日の男性達は、言葉使いから教育が必要なようね…………ニコルさん、女王と言っても、私は皆から助けられてばかりです。特に、この2人には頭が上がりません。だから、女王と言っても特別な存在じゃないのよ」

 

「いやいや、女王様って立場だけで、充分特別だろ!!」

 

 パニックになるニコルを横目に、マデアはさっさと席に着く。

 

「とりあえず腹減ったぜ!!自己紹介は、飯食いながらにしないか??美味そうなシチューが冷めちまう」

 

 マデアの言葉に、全員とりあえず席に座った。

 

 早速バケットにシチューを付けて一口食べ足りないマデアは、食卓に飾られた花瓶に目を移す。

 

「ヤナギラン……………か……………」

 

「今日は彼女の命日だし、ヤナギランを置いとけば、家に来てくれるんじゃないかって…………」

 

 食卓全体が、悲しみの雰囲気になる中、ニコルだけが首を捻る。

 

「ごめんなさい、ニコル。今日は、私の娘を地球に逃がしてくれた時に犠牲になった女性の命日なの。マデアの幼なじみで、私の娘の命の恩人…………」

 

 そう言うマリアの言葉にも、悲しみを感じた。

 

「マリアさんの娘さんを地球に逃がしたって…………女王なのに、なんで??」

 

「ガチ党の党首フォンセ・カガチは世界平和を唱えてはいるが、武力を行使しすぎている。マリアの力を世界平和の為に使いたいと言っているが、その方法も分からない。娘を利用されたり、自分の言いなりにさせる為に人質にとられないように、帝国から隠したんだ。だが…………」

 

 そこまで言って、マデアは言葉に詰まる。

 

「少佐の友人シャクティ・カッリアラは、地球でマリア様の娘アシリア様を守って戦死した。その2人の絆の花が、ヤナギランなのよ」

 

「その時のショックで、娘は記憶障害を起こしてしまったの。でも、シャクティの名前は忘れなかった…………今は、自分の本当の名前がシャクティだって勘違いしてしまっているみたいだけど…………けど、それでもいいの。アシリアの中で、シャクティが生きていてくれるなら…………」

 

 地球で何が起きたか、ニコルには分からない。

 

 それでもマリアの娘を隠す為に、3人が必死に戦って来た事は容易に想像出来た。

 

「それで、マリア・カウンターか…………視線をくぐり抜けた仲間達だから、信頼出来るんだな…………そして、武力で押すザンスカール帝国に不安を感じてる…………」

 

 ニコルの言葉に、マデアが頷く。

 

「地球連邦に任せていても、平和な世にはならない。そして、トップが隠れているリガ・ミリティアも信用出来ない。ザンスカール帝国なら、世界平和の方向性は同じ。そして、マリア主義者も多い。だが、世界平和に導きたい道筋が違う。だからこそ、ザンスカール帝国が間違った方向に行かないように、我々が力を持って監視する必要があると思っているんだ」

 

「何の為に戦うか…………ニコルも考えてみて。私達はニュータイプなんだから…………」

 

 アーシィの言葉に、ニコルは更に考えさせられる事になった………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイ救出作戦

「それで少佐、ニコルの幼なじみの娘が乗った脱出艇がベスパの戦艦に回収されたみたいなんですけど、何か知りませんか??」

 

「ん…………そういえば、タシロ艦隊のスクイードに所属不明機が搬入されたって話を聞いたな…………それが、そうかな??」

 

 アーシィの問いに、少し考えてからマデアは思い出して言った。

 

「そんな…………最悪。出来れば、私達の部隊で回収したかった…………」

 

「仕方ないさ。マリア・カウンターの出していたのはカリスト1隻、それに回収される確率は低い。それより、その幼なじみが心配だな…………」

 

 唇を噛んで悔しそうな表情をするアーシィを宥めながら、マデアは考え込む。

 

「その、タシロって人の艦隊に回収されたら、何かヤバイのか??」

 

「まぁ………何と言うかな…………指揮官としては、そこそこ優秀なんだろうが、女性に対して節操が無い。そんな男の指揮する部隊だからな…………」

 

 マデアの言葉を聞きながら、アーシィは本当に嫌そうな顔をする。

 

「私の力がもっとあれば、ベスパに意見も出来るのだけど…………」

 

「マリアのせいじゃ無いさ。軍隊への影響力で言えば、オレがもっと上手くやれてれば良かった。それより、その幼なじみを何とかタシロの部隊から引き離したいな…………」

 

 マデアは女王を呼び捨てにしているが、それが自然に聞こえた。

 

 それだけの信頼関係が、この2人にはあるとニコルは感じる。

 

「あの男が進めている、クローン計画…………母の病気が治せるかもって話だから協力しているけど、ザンスカールと関係ない人間が確保出来たら研究に利用されるかも…………」

 

「私達が進めている、サイキッカーへの研究と平行して行われている計画ね。けど、あれは病気を治したり、平和の為に必要な技術のはず。その研究に一般人を利用するかしら??」

 

 アーシィの言葉に、マリアは首を捻った。

 

「表向きは…………な。だが、タシロは優秀な人間の細胞を集めている。自分の言いなりになる兵士をクローンで造ろうとしているならば…………死んでしまっても関係ない一般人を巻き込む可能性はある。それに、その証拠を掴む為に、先日タシロを煽っちまったからな…………研究を進める為に、強引な手段に出る可能性がある。噂では、回収じゃなく搬入と聞いた…………それも情報操作なら、何か動くかもしれん」

 

「よく分かんねーけど、とりあえずマイがヤバイって事だな。どうすれば、タシロの戦艦に潜り込める??」

 

 マデアの話を聞いたニコルは、救出は早くしなくてはいけないと思う。

 

「ニコル……………一応、私達は敵同士なのよ。タシロ中佐は嫌な奴だけど、そこまで協力は出来ないわ」

 

 アーシィの呆れた表情を見て、マデアは吹き出した。

 

「ははっ!!まぁ、建前ではな。さっきも話したが、俺達はザンスカール帝国が間違った方向に進まないように監視している。タシロがクローン計画を平和の為に使う気が無いならば…………」

 

「分かったよ。マイを助けるついでに、クローン計画の闇を探ってくればいいんだな??仕方ねぇ…………」

 

 マデアの考えを察したニコルは、少し嫌そうな顔をしながら面倒臭そうに頭を掻く。

 

「協力するのは1回だけ、マリアにクローン計画の進捗状況を確認に行かせるから、その隙に幼なじみを助け、クローン計画の裏情報を出来るだけ取ってきてくれ」

 

 マデアとニコルは、細かな救出作戦の内容を確認している。

 

 その間、アーシィの視線は病気の母に注がれていた。

 

「マデア、無理に動くと、アーシィさんのお母様への薬の配給が止められてしまう可能性がある。くれぐれも慎重に…………」

 

 マリアの言葉に、マデアの作戦を聞いていたニコルが顔を上げる。

 

 その表情は険しい。

 

「ちょっと待てよ。そんなリスキーな事が出来るか!!他の作戦は無いのか??」

 

 叫ぶニコルの横に、アーシィの母親がゆっくりと歩いてくる。

 

「ありがとう。でも、私は充分生きた。若くて、これからの命の方が大切に決まっているでしょ??私の事は気にしなくて言いから………」

 

「いや、でも…………」

 

 ニコルは自らの手を強く握り締めた。

 

「いつかは、やらなきゃいけない事…………私達の関与が、気付かれなければいいの。ニコル、お願いね」

 

 アーシィの手は、自ら握り締めるニコルの手を優しく包み込む。

 

「頼むぞニコル。俺達との関係を疑われる事なく、幼なじみを助けて、クローンの計画を暴くんだ」

 

「くそっ!!アーシィさん、お母さん、絶対に上手くやるから…………」

 

 ニコルは決意を固めた数分後、アーシィの家を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Z-レイズというモビルスーツ

「この重装甲モビルスーツは、一体…………小型化が進むモビルスーツの進化に逆行してんぞ!!」 

 

 マデアに案内された格納庫の中で、ニコルは思わず声を上げた。

 

 アメリア・コロニーの外れの森の中にあるこの場所は、日中でも光を遮るであろう木々が生い茂り、服が身体に纏わり付くような湿気を生み出している。

 

 両親が離婚し父に育てられたニコルにとって、先程まで食べていた食事の時間は至福の一時であった。

 

 これからの作戦の過程で、アーシィの母親の薬の配給が止まる事態になるかもしれない。

 

 見ず知らずの人を助ける為に、自分の命を差し出す覚悟をしてくれた…………それも、敵である自分達の為に…………

 

 家を出る前に、アーシィの母はニコルを抱きしめてくれた。

 

 その温もりが、母に抱かれた記憶の無いニコルには心地好く…………心が安らいだ。

 

 それと同時に、何故こんな優しい人達が暮らす国と戦争をしているのか、ニコルは分からなくなっていた。

 

(だからこそ…………だ。戦争の本質を見極めて、そして敵味方関係無く、マデアさん達みたいに戦わないと、本当の平和なんて訪れる訳がない!!)

 

 そんな決意を胸に抱き、気持ちを新たに向かった先にあったのは、謎の重モビルスーツである。

 

 とんでもなく目立ちそうな大型モビルスーツ…………明らかに重そうであり、侵入作戦に向いているとは、お世辞にも言い難い。

 

 ニコルの決意が音もなく崩れ去っていったのは、想像が容易いだろう。

 

「どうだニコル。マリア・カウンター専用のモビルスーツで、女王を守護する為だけに産み出された重モビルスーツ、Z-レイズだっ!!」

 

「だっ!!ぢゃねーよ!!女王を守護する目的に造られたモビルスーツで、どうやってタシロとかって人の戦艦に忍び込むんだよ!!しかも、守護する為だけに産み出されたって、最早それ以外の事が出来ないよーに造られてんじゃねーのかよ!!」

 

 得意満面の笑みを浮かべるマデアの頭を、ニコルは本気で叩こうとした。

 

「ニコル君、そんなに殺気立っていては、コッチも当然警戒するぞ??そんな事より、ベスパの脅威になるようなモビルスーツを我々が開発するならば、それなりの理由がいる。マグナ・マーレイですら、リフレクター・ビットと通常のビーム兵器しか装備されていない。ベスパは、我々に軍の全てを掌握されないように、常に動向を探っている」

 

「つまりオレが殺気立っていたのと同じで、こちらの意図が相手にバレたら、その対応策で先手を打たれるって事か…………」

 

 マデアは、ニコルの答えに満足気に頷く。

 

「今の流れで、よく分かったな。このZ-レイズも、守備………つまり、拠点を守る目的に特化したモビルスーツだったから、開発許可が出た。普通に考えれば、何の脅威にもならないモビルスーツだからな」

 

「ってーなると、今の話の流れだと、このZ-レイズには秘密が隠されているって事だな??」

 

 ニコルは先程とは打って変わり、重モビルスーツであるZ-レイズを興味津々な表情で見上げた。

 

「とは言っても、秘密があるのはこの機体だけだ。他のZ-レイズは、コイツのカモフラージュに過ぎない。そして、コイツも装甲をパージした後は、普通のZ-レイズとして生まれ変わる」

 

「つー事は…………この重装甲の下に、モビルスーツが眠ってるって事かよ!!」

 

 マデアは、自信満々に頷く。

 

「じゃあ、段取りを説明するぞ。アメリア・コロニーの外壁周囲には、外からの侵入者や不穏な動きをする者をチェックする監視ロボットがいる。もう少ししたら、この宙域に一瞬だけ監視ロボットの視界から外れる時間がある。その隙に、Z-レイズの装甲をパージして、隕石群に紛れてくれ。その一瞬、この周囲のレーダーも切っておく」 

 

 ニコルをZ-レイズのコクピットに押し込みながら、マデアは少し早口で説明する。

 

「で、その時間ってイツよ??」

 

「もう直ぐだ!!装甲をパージしたら、すぐに隠れるんだぞ!!」

 

 マデアが、近くの壁に付いている赤いボタンを押すと、ニコルの乗るZ-レイズの床が開く。

 

「まぢかよ!!操縦方法とか、色々聞きたい事あんだけどー…………」

 

 ニコルの声は、Z-レイズと共に、床に口を開けた射出口の中に吸い込まれていった。

 

 格納庫のモニターでニコルの動きを見ていたマデアは、外に出た瞬間に装甲をパージし、モビルアーマーの姿で視界から消えたニコルの操縦センスに脱帽する。

 

「あの雑な説明で、あそこまで出来ちまうんだもんな。グレイ…………あんたより凄腕のパイロットかもしれねーぞ。あのニコルって奴は…………」

 

 マデアは、かつての故郷である冬眠船、ダンディ・ライオンに想いを馳せながら、自分にパイロットとして訓練し、送り出してくれたグレイ・ストークを思い出していた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Zガンダム・リファイン

「コイツ…………変形するぞ…………つーか、機首になるシールドまでモビルスーツの中に突っ込むって…………頭おかしいだろ!!」

 

 モビルアーマー…………いや、ウェーブライダーと呼ばれる形態に変形したニコルの乗るモビルスーツは、近くの隕石に身を隠した。

 

「ってゆーか、今ので大丈夫だったのか??Z-レイズとかって機体のパーツ、バラまいて来ちまったけど…………」

 

 Z-レイズの装甲をパージした場所をモニターで拡大表示すると、作業員だろうか…………ノーマル・スーツを着た人達の人影が確認出来る。

 

 その場所…………Z-レイズのパーツを回収している現場に、巡回中のシノーペが現れた。

 

「おい、パーツを撒き散らすな!!危ないだろ!!」

 

「すいません!!何故かモビルスーツの射出口が開いて…………組み立て作業中のパーツが宇宙に飛び出してしまいました!!」

 

 Z-レイズのパーツを忙しそうに回収しながら、1人の作業員が答える。

 

「まったく…………異変があったら駆け付けなければいけない、我々の労力も考えてくれよ。それで、吹っ飛んだのはパーツだけなんだな??」

 

「ええ、正確には外部装甲のみです。特に問題になるような物は無いはずですよ」

 

 巡回していたベスパの軍人は、Z-レイズの装甲をコロニー側に押しながら、怪しい物が無いか点検を始めた。

 

「仕事を増やして、すまないな。私が不用意に、射出口のボタンを押してしまったんだよ。Z-レイズの組み立ての行程を、見せてもらっていたんだがな……………」

 

「少佐もいらしたのですか??しかし我々も仕事なので、格納庫の中も確認させてもらいたいのですが…………」

 

 マデアは頷くと、巡回員に道を譲る。

 

「とりあえずZ-レイズの装甲は、纏めて置いといてくれ。そっちの方が作業が捗るだろ??」

 

 Z-レイズの装甲を片付けをする作業員に声をかけると、マデアはベスパの巡回員を格納庫の中に案内した。

 

 格納庫の中には、骨組みだけのZ-レイズが鎮座している。

 

「これの組み立て中でしたか…………最後の1機ですね」

 

「自分の部下達が、命を預けるモビルスーツだからな…………細かい事は分からないが、組立て作業だけでも自分の目で確かめておきたかったんだ。なので、最後の1機は組み立てないで置いておいてもらったんだが…………」

 

 マデアは格納庫に集まりつつあるZ-レイズのパーツを眺めながら、頭を掻いた。

 

「少佐もいる事だし、問題は無さそうですね。今後は気をつけて下さいよ!!」

 

 そう言うと、巡回員はシノーペに戻っていく。

 

「さて…………人の目はごまかせたな。後は、機械の方だが…………まぁ大丈夫か…………組み立てと報告は任せる。オレはマリア様の護衛を兼ねて、タシロのスクイード1に行く」

 

 作業する1人に声をかけると、マデアは格納庫を離れる。

 

(ニコル…………その機体、Zガンダム・リファインは、オレがシャクティを…………幼なじみを守れなかったZZガンダム・リファインの姉妹機だ。お前は救ってみせろよ…………Zガンダム・リファインなら、お前の能力を最大限に引き出してくれる筈だ………)

 

 微かに宇宙が見えるコロニーの外れで、マデアは幼なじみを守れなかった戦いを少し思い出して目を閉じる。

 

 そして、目を開けると走り出した。

 

 同じ哀しみを繰り返さない為に…………

 

 

 

 その頃、ニコルは隕石の陰で必死にマニュアルを読んで、始めて乗るモビルスーツを理解しようと必死であった。

 

「くそーっ!!コイツ、ビームシールドすら無いのかよ!!変形機能とか、まぢいらないだろ…………武装も、ビームライフルとサーベルにバルカンって…………ん、ミサイル・ランチャー??そんなモン当たんのかよ…………」

 

 ブチブチと愚痴を言いながらも、ある程度の情報を得たニコルは、アメリア・コロニーから離れつつある隕石から機体を出していく。

 

「これなら、ただの飛行機にしか見えないかな??変形って、カモフラージュにしか使えねーんじゃねーの??」

 

 そのままニコルは、ベスパのタシロ艦隊の中心…………スクイード1に向けてバーニアを噴かした。

 

 マイを……………幼なじみを救い、タシロの進めるクローン計画の全貌を探る戦いが始まろうとしていた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイ救出作戦
太陽発電衛星ハイランド


「って段取りです。ニコルは先に、モビルスーツでタシロ艦隊に近付いている筈なので、ケイトさんはシノーペでリガ・ミリティアに戻って下さい。ニコルの援護、任せますよ」

 

 アーシィはそう言うと、合流したケイトの手を掴んでシノーペの方へ誘導する。

 

「私達を、簡単に帰していいのかよ??スパイの可能性だってあるだろ??」

 

「ふふっ、スパイをする人が、自分からスパイを名乗りますか??それに、私の母の事を本気で心配してくれた…………だから、私はケイトさんの事を信じてますよ」

 

 ケイトの疑問に、アーシィは笑顔で返す。

 

「なぁ…………あんた達も、リガ・ミリティアで私達と一緒に戦えないのか??考えてくれるなら、私がパイプ役に…………」

 

「ありがとう、ケイトさん。でも、私達はマリア主義の為に戦っている。ううん、違うわね…………マリア様やアシリア様の力を間違った方向に利用されない為に、マリア・カウンターは存在する。それは、ザンスカール帝国にいなければ出来ない事だから…………」

 

 少し悲しそうな表情をするアーシィを見て、この人は争い事が嫌いなんだろうとケイトは感じた。

 

「いずれは引越公社のように、自分達の意思を貫いて、人々から認められて、私達の行動が人々に浸透して…………そんな風になれれば、私達は争う必要が無くなるかもな……………」 

 

 ケイトは呟く。

 

 宇宙引越公社は、アーティ・ジブラルタルにあるマスドライバーを所有しており、宇宙へ移民した人達の財産を宇宙に上げている。

 

 その為、引越公社を攻撃する事は全人類を敵に回すと言われており、激しい戦いが繰り返される中、マスドライバーは破壊されなかった。

 

 ケイトは、そんな引越公社の理念に共感し、誰とでも手を取り合える世界を作りたいと思う。

 

 そして、人はそれが出来ると信じていた。

 

「そうね。人によって正しい事、間違っている事は違うけど、それでも人の事を考えて…………その人達が幸せになれるように考えられれば、きっと争いは無くなる。そんな世界が作れるように、頑張りましょ!!」

 

 アーシィはそう言うと、ケイトをシノーペの方に押す。

 

「もし、タシロがクローン計画を自分の利益だけに…………戦争を拡大させる為に使っていて、それにニコルの幼なじみが利用されるなら止めなければならない。ザンスカールの軍人として、こんなに恥ずかしい事はないから…………」

 

 シノーペに乗り込むケイトを見ながら、アーシィは決意を決めた。

 

 それでも、自分の母が犠牲になるようなら………その時、自分は今の決意を守れるのか…………そんな不安を掻き消す為に、アーシィはあえて決意を言葉にする。

 

 そしてアーシィもまた、マリアの元へと走り出した。

 

 

 太陽発電衛星ハイランド

 

 ニコルは、ハイランドに辿り着いていた。

 

「ここか…………中立地域って聞いたけど、モビルスーツで来ていい場所なのか??」

 

 Zガンダム・リファインの飛行形態……………ウェーブライダーで、ハイランドに着陸する。

 

「君がニコル君かい??話は聞いているよ」

 

 ハッチを開けると、髪が青い気の強そうな顔立ちの男性が声をかけてきた。

 

 その横には、同じく青い髪の女の子が立っている。

 

「モビルスーツの形態じゃなくて良かった。とりあえず、早く隠しましょう」

 

 褐色の肌の男性は、大きなシートを持ってきて、ウェーブライダーに被せようとしていた。

 

「手伝うよ。あなた達は、ハイランドの??」

 

「ああ、青い髪の彼はクランスキー、静かに作業しているのがイエリネス、そして私がマサリクだ。よろしくな」

 

 ウェーブライダーから飛び降りたニコルは、紹介された人達に頭を下げると、シートを被せるのを手伝う為に手を伸ばす。

 

「君は、早く奥に引っ込んでくれ。ザンスカールとか連邦にバレたら、色々と厄介だ」

 

 クランスキーと呼ばれた男性は、そんなニコルをシートから引き離すと、青い髪の女の子と奥へ行くように指示する。

 

「お兄ちゃん、こっちだよ。私はエリシャ・クランスキー。よろしくね」

 

「あ…………オレはニコル・オレスケス…………よろしく…………」

 

 予想以上に大人っぽい対応に、ニコルの方がしどろもどろになった。

 

「さて、君が誰かは知らないが、マデア君の友人なら歓迎するよ。あのZガンダムが証拠だな」

 

「マサリクさんは、あのモビルスーツを知っているんですか??」

 

 シートを被せ終わり、奥の部屋に入って来たマサリクは、ニコルの問いに頷く。

 

「この衛星は太陽発電を目的に作られたんだが、ザンスカールの新兵器開発で我々の電力が必要だと言って、何度か占領されそうになっているんだ。しかし、その度にZガンダムが我々を助けてくれているんだ。と言うより、マデア君がな」

 

「……………って、まぢかよ。そういう筋書きかよー」

 

 マデアの思惑に気付き、ニコルは頭が痛くなった。

 

 恐らく、マデアは正体を隠してハイランドを守っていたんだろう。

 

 Z-レイズの中に隠したZガンダムで…………

 

 そのZガンダムのパイロットの正体がニコルであれば、仮にマデアが疑われていても、その疑いを払拭出来る。

 

 マデアは、ザンスカール内の不正を正すと言っていた…………その活動の1つが、これなのだろう。

 

(だから、タシロって奴の戦艦に突入するまでの時間をここで待てって事かよ…………で、多分ザンスカールが攻撃仕掛けてくんじゃねーかなぁ…………そうなりゃ、ザンスカール帝国に立ち向かうヒーローの誕生ってか??)

 

 それでも、幼なじみを…………マイを助けるには、これしかない。

 

 そして、ニコルの予想通り、ハイランドにザンスカールのモビルスーツ部隊が迫っていた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マリアの弟

 

「やっぱり、来たかー。ハイランドを守ってから、スクイード1に向かう!!」

 

 ニコルは、ウェーブライダー形態のZガンダム・リファインに乗り込む。

 

「君も、ハイランドを守ってくれるのか??」

 

「この状況じゃ、仕方ないでしょ!!一宿一飯の恩もあるし、マデアさんみたいには出来ないと思うけど、やってみるよ」

 

 心配で見に来たマサリクの言葉に応えたニコルは、Zガンダム・リファインを起動する。

 

 アメリアでもそうだったが、ハイランドでも人の温かさを感じた。

 

 戦争中でありながら、それでも人の優しさを感じれる事が、ニコルは嬉しく感じる。

 

 ハイランドでは、スクイード1に潜入するタイミングを合わせる為に3日程滞在した。

 

 その間、ハイランドの子供達とも仲良くなり、離れる事に寂しさも感じる。

 

「こういう中立の場所を占領しに来るって…………ザンスカール帝国って、どうなってんだよ」

 

 ニコルは悪態をつきながら、ウェーブライダーを発進させた。

 

 ザンスカール帝国からハイランドを占領する為に出たモビルスーツは、ラング数機に混じって1機のゾロアットがいる。

 

 その索敵範囲に入る前にハイランドを出たニコルは、ラング隊の側面までウェーブライダーを進ませた。

 

「こっから横っ腹に攻撃すりゃ、ハイランドから出たって分からないでしょ??食らえっ!!」

 

 ニコルはウェーブライダーを急旋回させると、ラングに向かって突っ込んでいく。

 

「なっ……………戦闘機??また、いつも邪魔する機体かっ!!」

 

 何度もZガンダム・リファインに邪魔されていたザンスカール帝国の部隊は、しっかりと戦闘の準備もしてきていた。

 

 ラングはビームライフルを構え、ウェーブライダーに向かって発砲してくる。

 

「今まで乗ってきた機体より、反応が遅い…………接近したから、モビルスーツで対応する!!」

 

 ラング隊に接近した瞬間に、ニコルはZガンダム・リファインをモビルスーツ形態に変形させると、もっとも近くにいたラングにビームサーベルを一閃!!

 

 ラングの頭から腕を切断する。

 

「それで帰れるでしょ!!次っ!!」

 

 絶妙なバーニアとアポジモーター操作で姿勢制御しながら、Zガンダム・リファインを取り囲もうとするラングにビームを撃つ!!

 

 そのビームの1つ1つが、ラングのビームシールドを掻い潜り、頭や腕や足に当たっていく。

 

「ちっ!!何だ、あの白い奴は??相手はたったの1機だ!!落ち着いて攻撃しろ!!」

 

 ゾロアットのパイロット、クロノクル・アシャーは、少し焦った声を出す。

 

 クロノクル・アシャーは、ベスパのパイロットであるが、女王マリアの実の弟である。

 

 ザンスカール帝国内で、マリア・カウンターとベスパの対立が強まっていく中で、微妙な立場になっていた。

 

 その為、何としても目に見える功績を上げて、軍内部で認めてもらいたいという気持ちが強い。

 

「ビームシールドすら装備してない機体に、こうも好きにやられるのか??しかも、コクピットを狙わないとは…………ラング隊、私の機体に動きを合わせろ!!個別に攻撃していては、ピンポイント射撃の的になる!!」

 

 クロノクルの指示に、ラングの動きも組織立ったものに変わっていく。

 

「ラングの動きが変わった??指示を出している奴がいるのか??あの、天道虫か!!」

 

 ラング隊の前に出たゾロアットを視界に入れたニコルは、クロノクル機に向けてビームを放つ。

 

「白いモビルスーツ!!ガンダム・タイプとでも言いたいのか…………だが、何でもかんでも、ガンダムにすれば強くなるってもんじゃない!!」

 

 ゾロアットはバインダーからビームシールドを展開し、バーニアを全開にしてZガンダム・リファインに迫った。

 

「加速性能が全然違う!!こんな機体じゃ、直ぐにやられちまう!!せめて、ウォーバードがあれば…………」

 

 ニコルは自分の言葉を飲み込み、迫ってくるゾロアットと、その後ろのラング隊に意識を集中する。

 

「いや…………この機体で、マデアさんはハイランドを守り続けてたんだ…………人を殺さないで戦いを終わらせるには、力を身に付けるしかない。ラングと…………その他1機ぐらいっ!!」

 

 ニコルの言葉に、Zガンダム・リファインに組み込まれたバイオセンサーが反応した。

 

 ニコルの操縦をサポートするように、サイコミュが起動する。

 

「うおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 ニコルは叫び……………そしてZガンダム・リファインは、ビームサーベルをゾロアットと自機の間に投げた。

 

「なんだ??奇妙な動きを…………」

 

 クロノクルは回転しながら漂うビームサーベルの脇を擦り抜け、ラング隊もそれに続こうとする。

 

 その回転するビームサーベルに、Zガンダム・リファインから放たれたビームが当たり………………ビームサーベルに干渉したビームが、まるで花火のように拡散された。

 

「なんだ……………とっ!!」

 

 そのビームは、ラングと…………そして、クロノクルのゾロアットを強襲する。

 

 マデアの事を考えたニコルが、無意識にマグナ・マーレイの武器である拡散ビームを思い出し、そのアイデアをバイオセンサーがフォローした。

 

 ニコルの意思を宿したビームは、全てコクピットには当たらず、戦闘不能に陥らせる。

 

 しかしクロノクルだけは拡散ビームに反応し、その攻撃を回避した。

 

「くそっ!!白い奴…………」

 

 クロノクルは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

 拡散ビームの影響が消える前にウェーブライダーに変形したZガンダム・リファインは、戦線を離脱していた。

 

 クロノクルはその後を追いたかったが、ラングの中には損傷が酷く、自力で戻れない機体もある。

 

 クロノクルは、ウェーブライダーのバーニアの光を映し出すモニターを叩く。

 

 これが、クロノクルとガンダム・タイプの初顔合わせであった…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

失われる感情

「彼女か??リガ・ミリティアの脱出艇に乗っていた女性というのは??」

 

 タシロは腕を後ろで組ながら、座らされてるマイを見下ろすように見つめる。

 

「あの…………私、リガ・ミリティアに参加している訳じゃなくて、保護されてたんですけど、手違いで脱出艇に乗っちゃったみたいで…………」

 

 マイの記憶は、プロシュエールに襲われた時から途切れていた。

 

 気付いたら、ザンスカールの戦艦の中で縛られている。

 

(結局、あれからどうなったんだろ??ザンスカールの戦艦にいるって事は、プロシュエールの脱出は成功しちゃったのかな??)

 

 マイは考えるが、気を失っていた時の事など考えたところで思い出せる筈もない。

 

「そうは言っても、はいそうですかと納得出来る程、我々の関係は良好ではない。少なくとも、君はザンスカールの軍人ではなく、リガ・ミリティアの戦艦から出てきた。色々と疑わなくてはいけない」

 

 タシロの横にいたオカッパ頭の士官風の男が、プロシュエールの事など知らないかのように言う。

 

 アルビオ・ピピニーデン中尉。

 

 士官学校を優秀な成績で卒業し、現在はタシロ艦隊で学んでいる。

 

 そのピピニーデンの言葉を分析するに、プロシュエールは脱出艇には一緒に乗っていなかったのだろう。

 

 プロシュエールがいれば、マイの素性など相手に知られている筈だからだ。

 

「ふむ…………まぁ、こうして見ると、ただの可愛らしい女にしか見えんな…………ところで君は、恋をしているかね??」

 

「はにゃ??突然何ですか??今の状況と、何か関係が…………??」

 

 当然リガ・ミリティアの機密とかを聞かれると思っていたマイは、素っ頓狂な声を上げてしまい頬を赤くした。

 

「中佐…………まさか彼女を使うんですか??」

 

「仮にリガ・ミリティアの関係者だとしても、こんな小娘が重要な機密を持っている訳もない。それより、このぐらいの歳の女なら、恋の1つや2つしているだろ??その感情を、ベースのクローンに送り込む。恋やら愛の力というのは、無意識に力が湧くモノだからな…………」

 

 ピピニーデンの言葉にタシロは頷くと、マイの尋問を中断して、別室に連れて行く。

 

 薄暗い部屋には、大きくてリクライニングする機械仕掛けの椅子があり、頭上にも怪しげな機械が天井からぶら下がっている。

 

「あの…………何をするんですか??」

 

「別に大した事じゃない。君はあの椅子に座って、目を閉じているだけでいい。寝ていれば、一瞬で終わるよ」 

 

 怯えるマイを強制的に椅子に座らせると、椅子に取り付けてある機械をタシロは起動した。

 

 天井からぶら下がっている機械がマイの頭を覆い、奇妙な音を起てながら動き始める。

 

「いやああぁぁぁぁ!!」

 

 薄ぐらい部屋の中に、不気味な赤い光が流れていく。

 

 赤い光が点滅する度に、マイは意識が飛びそうになる。

 

 暴れて逃げようとするが、身体を縛られている上に椅子にもしっかり固定されている為、どうにもならなかった。

 

 意識が遠退いたり近付いたりする意識の中で、マイはレジアの事を強く想う。

 

 必ず助けに来てくれる事を信じ、意識が飛びそうになるのを、レジアの事を考えて必死に堪えた。

 

 その様子をみて、タシロはほくそ笑む。

 

「どうだ??データ的には良好のようだが…………」

 

「良さそうですね。グリフォン・タイプのクローンは自尊心が強いですから、恋愛の感情を入れる事で多少安定もするでしょう」

 

 ピピニーデンはデータを見ながら、タシロの言葉に同意した。

 

 タシロは満足気に頷くと、歯を食いしばって堪えるマイの姿を下卑た笑みで見つめる。

 

「流石にザンスカールの国民を拉致して実験したら、女王に何を言われるか分からないからな。母なる者を守るだったか…………くだらない思想だよ、まったく。女性を言いなりにすれば、我々が罰される。しかし、リガ・ミリティアの女であれば、どう扱おうが構わんだろ??しかし、女が苦しむ姿というのは、なんとも……………」

 

 余りにいやらしい笑みに、ピピニーデンは流石に顔を背けたくなったが、グッと堪えた。

 

 タシロやピピニーデンの話しは、マイにも届く範囲で行われている。

 

 しかし、マイは嫌悪感を起こす余裕すら無くなっていた。

 

 大切な感情が、何かに引っ張られて吸い取られていく感覚…………

 

 綱引きのように、必死に自分の方へ戻そうとするが、相手の力が強過ぎる…………

 

 マイの瞳から、自然と涙が流れた。

 

 レジアの笑顔や言葉を忘れる訳ではない。

 

 思い出しても、何の感情も湧かなくなってきているのだ。

 

 その恐怖が…………好きな人を好きと思えなくなる感覚が、とてつもなく恐怖に感じる。

 

「レジア…………お願い…………早く……………早く来て…………」

 

 必死にレジアの事を想い、感情を繋ぎ留めようとする………しかし、マイの人を好きになる感情は、少しずつ失われていた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイ救出作戦

「これは女王様、急の視察お疲れ様です。しかし、何故このタイミングで…………さては、マデア少佐に唆かされましたかな??」

 

 女王マリアの身体を舐めるように下から上まで見詰めてから、タシロはマデアを睨む。

 

「相変わらず、女性なら誰でもいいんだな…………どうでもいいが、中佐の奨めるクローン計画に、予定に無い実験も行っているというタレコミがあったんでな。そのタイミングという訳さ」

 

 マデアの馬鹿にした口調を聞き、タシロは怒りに満ちた目でマデアを更に強く睨んだ。

 

「少佐、中佐に失礼ですよ。私達は敵では無いのですから…………それに、まだ確実な情報ではないのよ…………」

 

「流石は女王、お心が広い!!では、早速艦内を案内致しましょう。護衛は私の部下に交代させましょう」

 

 タシロがマリアの肩に手を回し、スクイード1の艦内へ強引に連れ込もうとする。

 

「中佐、護衛はベスパとマリア・カウンターの両方に所属する我々が担当しております。お気遣いなく」

 

 タシロとマリアの間に無理矢理身体を捩込んだアーシィは、その勢いでタシロの手をマリアの肩から外す。

 

「しかしな…………上官への口の利き方も知らん奴に、艦内をウロウロされたくはないな…………大尉だけなら、護衛に付いてもらって構わんよ」

 

「分かりました…………少佐、ここは私に任せて、モビルスーツ・デッキで待機していて下さい」 

 

 タシロに何かを言いた気なマデアを宥めて、アーシィはタシロとマリアの間のポジションを維持する。

 

「中佐に何かされたら、直ぐに連絡をくれ!!マグナ・マーレイの中で待機しているよ」

 

「何かって何かな??女王、あのような者を側に置いておくのは、どうかと思いますよ。女王はザンスカール帝国の象徴でもあるのですから、もう少し気品のある側近を付けられるべきです」

 

 タシロは最後にマデアを睨むと、マリアとアーシィを従えて艦内に消えていく。

 

 マデアはマグナ・マーレイのコクピットに戻ると、モニターだけを起動した。

 

「さて…………次はセンサーの解除だが…………上手くやってくれたみたいだな」

 

 タシロが消えた事を確認したマデアは、作業服に身を包む男をマグナ・マーレイのモニターでフォーカスする。

 

 その男は、OKサインを小さく出していた。

 

「これで、Zガンダム・リファインはモビルスーツとして認識されない筈だ。上手く侵入しろよ…………」

 

 

 マデアの言葉が聞こえた訳では無いが、ニコルは決められた時間通りにスクイード1に取り付く。

 

「この時間に死角に入れば、戦艦に気付かれないって言ってたケド………まぢでスムーズに来れたな………ベスパって、大丈夫か??」 

 

 マデア達の苦労を知らないニコルは、何事も無くスクイード1に取付けた事が不思議で仕方なかった。

 

「まぁいいや…………ここのハッチから入れって言ってたな……………っと」

 

 スクイード1の艦底にZガンダム・リファインをウェーブライダーの形態で固定すると、ニコルは後部ハッチを開けて中に入る。

 

「こっからは自力で捜索か…………つっても、そろそろかな??」

 

 ニコルの独り言が終わると同じに……………

 

 ブォー!!ブォー!!

 

 けたたましくサイレンが、スクイード1の艦内を走り回る。

 

「ミリティアン・ヴァヴ、来てくれたみたいだな!!タイミングばっちりじゃん!!じゃ、艦内がワタワタしている所、お邪魔しまーす」

 

 ニコルは、ざわつくスクイード1の艦内へと歩を進め始めた。

 

 

「スクイード1が前に出ている!!こんな好機は2度と無い!!ここで墜とすぞ!!」

 

 ミリティアン・ヴァヴの艦長席で、スフィアが叫ぶ。

 

 確かにスクイード1は、旗艦でありながら前に出過ぎている。

 

 以前マデアに馬鹿にされた時、タシロはミリティアン・ヴァヴは自分で墜とすと決めていた。

 

 敵艦は1艦であり、スクイード1だけで充分対応できると思っていたところでの奇襲である。

 

 突出したスクイード1に、ミリティアン・ヴァヴの主砲が掠れた。

 

「うおぉぉぉっ!!こんなタイミングで!!女王、こちらに避難をっ!!」

 

 艦内を案内していたタシロは、マリア達を安全な場所へ誘導しようとする。

 

「待って下さい…………この感覚は…………一体??」

 

「マリア様も感じましたか??私も…………この感じは…………何??」

 

 マリアとアーシィは、揺れる艦内で立ち止まった。

 

「女王、ここにいては危ない!!早くこちらに!!」

 

 タシロは女王マリアの腕を掴むと、強引に走らせる。

 

「ちょっと待って…………えっ??」

 

 タシロとマリアを追って走ろうとしたアーシィは、突然開いたドアから倒れ込んだ2人の男女に行く手を遮られた。

 

「ちょっと……………あなた達、大丈夫??」

 

 無防備で倒れて来た2人が心配で、アーシィは助けようと身体に触れる。

 

「冷たい…………そんな、亡くなってる…………」

 

 その2人の体温は失われており、鼻から流れた血液は、既に固まっていた。

 

「今死んだ訳じゃなさそうね…………あなた達は一体…………」

 

 アーシィは、2人が出てきたドアの中を覗き込んだ…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイ救出作戦2

「この部屋は…………何??何かの実験でもやってたみたいだけど、それにしても……………」

 

 アーシィは、力無く漂っている遺体が出て来た部屋へと足を踏み入れた。

 

 照明が点いていないその部屋は薄暗く、冷たい空気が頬を撫でていく感じがする。

 

 その部屋の中では、頭に機械を付けられた人が数名、椅子に座らされていた。

 

 座らされていた…………そう感じる程に、微動だにしない人達から、強制的に何かをさせられていた……………そう訴えられているようだ。

 

「生きている人…………いないの??今の衝撃で死んだ…………って訳じゃなさそうね…………」

 

 全ての人の身体は冷たくなっており、少なくても亡くなってから数時間以上は経ってそうだ…………いや、何日の可能性もある。

 

 その部屋は異様に冷たく、まるで冷蔵庫にいるようだ。

 

 その為、遺体が腐敗するには時間がかかりそうだからである。

 

「大尉、そこで何をなさっているか??関係の無い部屋には、入らないで頂きたいのですが…………」

 

「ひゃあっ!!」

 

 当然、後方より声をかけられたアーシィは、女性らしい声を上げて飛び上がってしまった。

 

「はー、驚かせないで下さい中尉。入ろうとして入った訳じゃくて、先程の衝撃で通路に遺体が出て来たので、確認の為に入ったら皆さん亡くなっていて…………」

 

「すいません、私も驚かせる気は…………この部屋は、サイキッカーを使った実験をしていた場所です。クローンの平和利用の為の実験ではありますが、サイキッカーへの身体の負担が大きいようで…………私も詳しくは知りませんが」

 

 アーシィの後方から現れたピピニーデンは、部屋を見渡しながら言葉を選ぶように話す。

 

「犠牲になったサイキッカー達を、出来る限り腐敗していない状態で遺族に還す…………それで部屋を冷やしていた筈なんですが…………」

 

「それにしては、亡くなった状態で放置してますね??もっと綺麗に保存する方法もあるでしょうに………」

 

 アーシィの鋭い視線にピピニーデンは少し目を逸らしながら、少し考え込む。

 

「そうですね…………私は出向中の身なので詳しくは知りませんが、クローンの実戦配備を急がせているんではないですか??物量で劣る我々が、戦局を有利にする為に必要な事です」

 

「それでも…………亡くなった方達を放置するなんて…………綺麗に保存するぐらいの時間はあるでしょう??」

 

 アーシィの返答に、ピピニーデンは頭を掻きながれ溜息をつく。

 

「大尉、今は戦時中ですよ??今も、攻撃を受けている。このような状況で、亡くなった人より生きている人を優先する選択肢は、決して間違いだとは言いきれないのでは??それに、軍上層に意見を言えば、大尉の立場が悪くなる。お母様の事もあるので……………」

 

 母の事を持ち出されては、アーシィは何も言えなくなる。

 

 所詮自分も、綺麗事を並べているだけか…………

 

 アーシィは唇を噛み…………そして悲しくなる。

 

「とにかく今は、我々に攻撃してきている部隊の排除が最優先です。大尉も協力お願いしますよ!!」

 

 ピピニーデンはそう言うと、通路の先に消えて行く。

 

 ここで、非合法の実験が行われていたのは間違い無い。

 

 しかし、タシロと党首であるカガチの繋がりを考えると…………ピピニーデンの言う通り、母への薬の配給を止められる恐れがある。

 

「私は…………どうすれば…………」

 

 アーシィは弱々しい足取りで、タシロとマリアを追って通路に出た。

 

 

「中佐、随分と遅いご到着だな??指揮官たる者、もっと素早い行動が大切なんじゃないのか??部下が可哀相だぞ」

 

「マデア…………貴様、付いて来るなと言っただろ!!それに、敵に攻撃されているのに、何故モビルスーツで出撃していない??」

 

 スクイード1の艦橋で艦長席の隣に腰掛けていたマデアは、足を組みながら遅れて入って来たタシロを振り向きながら見る。

 

「それに…………上官に対して、その態度は何だ!!」

 

「これは…………すまない。ついつい、上官である事を忘れてしまうよ。尊敬出来ない人を、上司だと思えない体質でね。悪く思わないでくれ」

 

 マデアの言葉に少し笑ってしまったマリアを睨んだタシロの顔は、怒りで真っ赤になっていた。

 

「それと、今回の戦闘で戦い方のお手本を見せてくれる約束だっただろ??確か、敵の戦艦を墜とせたら、オレの2階級降格だったか??その戦闘にオレが参加するのは、流石に………」

 

 明らかに馬鹿にした態度をとるマデアに、タシロの怒りはピークに達する。

 

「ふん…………勝手に見ていろ!!その態度…………直ぐに後悔させてやる!!モビルスーツ隊、出撃だ!!新モビルスーツ、リグ・グリフの準備もしておけ!!」

 

 タシロは叫ぶと、艦長席に腰を下ろす。

 

「ベスパにも、新しいモビルスーツがあるのですね??」

 

 マリアが小声で、マデアに確認した。

 

「そうでしょう…………マグナ・マーレイと同時期に開発されたモビルスーツの筈です。となれば、ニュータイプ専用機の可能性が高い………」

 

 マデアはモニターを眺めながら、険しい表情になる。

 

 ザンスカール所属のニュータイプは、自分とアーシィしかいない。

 

 新たに発見したか、作り出したか……………どちらにしても、タシロの自信の根拠が分かった。

 

「ニコルが、何かを掴んでくれるといいのですが…………」

 

 マリアも同じ事を考えていたのだろう…………クローン計画の名目で作り出されたニュータイプ…………いや、強化人間と言うべきか…………

 

 もし強化人間を作り出しているのなら、止めなければならない…………

 

「さて、マデア少佐の期待に沿えるよう、パイロットの労いにでも行って来るか。少佐と女王は、そこで私の戦術をしっかり見ていて頂こう」

 

 タシロはそう言うと、見張りの兵をマデアと女王の横に立たせて、艦橋から出て行く。

 

 マデアは後を追いたかったが、マリアに危険が及ぶ事は避けたかった為に身動きが取れない。

 

(ニコル、頼むぞ。タシロの闇を暴いてくれ…………)

 

 マデアは祈りながら、再びモニターに目を向けた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイ救出作戦3

「ピピニーデン中尉、こんな所で何をしている。リガ・ミリティアが攻撃

 を仕掛けて来ているんだぞ」

 

「中佐、申し訳ありません。しかし、アーシィ大尉に例の部屋を見られたので、その対応をしておりました」

 

 モビルスーツ・デッキに急いでいたタシロは、通路でピピニーデンと出くわした。

 

 そのピピニーデンからの報告に、タシロは驚きの顔を見せる。

 

「あの部屋はロックを掛けておけと…………見られたのは、大尉1人なんだな??」

 

「そうです。リガ・ミリティアからの攻撃のショックで開いてしまったのでしょう。母親の件で、釘を刺しておきましたが…………」

 

 ピピニーデンが会話の途中で振り向くと、自分が通って来た通路からアーシィが向かって来ていた。

 

「大尉、気分が悪くなるようなものを見せてしまって、すまない。彼らを弔ってやる余裕も無くてな…………この計画は、アーシィ大尉の遺伝子情報を使っている。無関係………と割り切れないだろうから、少し説明をさせてくれ。中尉は、私が戻るまで艦橋で指揮を頼む」

 

 タシロに向かって敬礼をしたピピニーデンは、艦橋へ向かって動き出す。

 

「さてと、私に聞きたい事は何となく分かる。まず、あの部屋で亡くなっているのは、私の実験に付き合ってくれたサイキッカー達だ」

 

「そうだと思いました。普通の実験部屋とは、明らかに違いましたからね。サイキッカーの命を軽んじる事は、マリア様が禁止していた筈ですが??」 

 

 アーシィの鋭い視線を気にしている様子もなく、タシロは話しを続ける。

 

「我々の進めるクローン計画は、ニュータイプである大尉を失わないようにする為、脳を移植するだけで復活出来るように、クローンの身体を作り出す事が目的だった。大尉も、お母上の薬をザンスカール帝国が存在する限り支給するという約束で、納得している話だな」

 

「私は、そう聞いています。クローンを作るだけならば、こんな…………サイキッカーを犠牲にするような実験をする必要は無い筈です」

 

 アーシィの言葉に頷いたタシロは、再び口を開く。

 

「その通り…………しかし、アーシィ大尉は貴重な存在だ。勿論、クローンの身体を準備させてはいるが、移植する度に脳は劣化していく。そこで、もう1人のアーシィ大尉を生み出せないか、その実験をしているのだよ」

 

「そんな話は聞いてません!!それに、クローンで身体は造れても、脳は自我を持った瞬間に情報が更新されていく…………結果、オリジナルと同じにはならなくなると聞きました」

 

 タシロは通路の壁に背中を預けると、目を閉じる。

 

「アーシィ大尉、我々は大尉を本気で失いたくないのだよ。ザンスカールの誇る2人のニュータイプ、女王の連れて来た謎の男と、帝国の本拠地アメリア出身の女性…………どちらを優先するか、考える間でもない」

 

 タシロは大きく深呼吸すると、目を開けてアーシィを見た。

 

「大尉のクローンでも、自我を持たせた瞬間にニュータイプ能力が減退していく事が分かっている。そして、強化人間では精神面で不安が残る。そこで我々が考えたのは、クローンで強化人間を造る事……………そして、サイキッカーを使って感情や過去の情報を植付けていく。そうする事で、安定した強化人間が出来る筈なんだ」

 

「それで、大勢のサイキッカーを犠牲にしたんですか??私の事は大丈夫です。脳が劣化したって構わない。だから、こんな実験は中止して下さい!!」

 

 アーシィの強めの言葉に、タシロは少し悲しそうな顔をする。

 

「大尉、もし脳が劣化してしまったら、お母上はどうする??お父上も亡くなったと聞いている。薬は支給されたとしても、お母上を1人残していい訳が無いだろ??先程も言ったが、大尉は我々にとって最も大切なニュータイプだ。それに、犠牲になったサイキッカーの為にも実験は成功させなければならない。まぁ、もう完成は目前なんだが…………」

 

 そう言うタシロの視線の先に、1人の女性の姿が映った。

 

「では大尉、紹介しよう。まだ名前は無いが、我々はグリフォン・タイプと読んでいる。伝説の動物グリフォンは、鷹の翼と上半身にライオンの下半身で構成されている。大尉の遺伝子情報を持つクローンで、強化人間の力を持つ……………2つの力を合わせている者として、良いコードネームだと思わんか??」

 

 タシロの横に立った女性は、アーシィに敬礼をする。

 

 その姿はアーシィに瓜二つ…………いや、強化人間の施術の為か、顔立ちが険しい感じがした。

 

「まだまだ、情緒不安定な所があってな…………新たな試みを行い、かなり改善はしたんだが…………今回の戦闘で、実戦投入する予定だ」

 

「そんな…………こんな実験、女王が許す筈ありません!!今すぐ中止して下さい!!」

 

 アーシィは混乱しながらも、ザンスカール帝国がマリア主義と掛け離れている行動をしている事に危機感を覚える。

 

「もはや、女王は関係ないのだよ。ギロチン執行人の家系出身というバックボーンを彼女に植付けてある。これがどういう意味か…………分からん訳ではあるまい??」

 

「まさか…………党首公認の実験…………と言う事ですか??」

 

 狼狽えるアーシィの姿を見て、タシロの口元が緩む。

 

「そう、フォンセ・カガチは承認済みだ。この実験を邪魔するなら、ザンスカールを裏切ったと見做される。つまり、お母上への薬の支給はストップしてしまう事になる。賢い判断を期待するぞ、大尉」

 

 そう言うと、タシロは強化人間であるグリフォン・タイプを連れてその場を離れた。

 

 母親の事を言われると何も言えなくなる自分が腹立たしくて、アーシィは唇を噛み締める。

 

 冷静に判断する時間さえあれば…………しかし今のアーシイに、母親の命と自分の信念を天秤にかける余裕は無かった。

 

 ただ、自分が女王に伝えなくても、第三者が伝えてくれればいい。

 

 アーシィは既に忍び込んでいるであろうニコルを、無意識に探し始めていた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイ救出作戦4

 

「おー、やってるやってる!!って、呑気な事言ってる場合じゃねーな。とりあえず、とっととマイを助けて逃げねーと!!」

 

 ニコルは、スクイード1の窓から戦闘の光を確認した。

 

 艦内は突然の戦闘状態に、慌てているクルーが多い。

 

「今のうちだな…………っつても、なんのヒントも無しに探すのって………不可能じゃねーか??」

 

 ニコルは少しの不安もあの為、小声でブツブツと独り言を言ってしまう。

 

 それらしい場所を覗いてみたりしてみるが、そんな事で見つかる訳もない。

 

「おい、ちょっと来い!!」

 

 突然、正面のベスパの兵がニコルを見ながら声をかけてきた。

 

「ヤベっ!!いきなり見つかった!!」

 

 ニコルは逃げようとするが、俊敏な動きをするベスパの兵に襟首を後ろから掴まれ、暗い部屋の中に放り込まれる。

 

「うわぁぁぁぁ、ヤベぇ!!って………ふがっ!!」

 

 パニックになり大声を出すニコルの口を塞いだベスパの兵は、鋭い眼光でニコルを睨む。

 

「お前、ニコル・オレスケスで間違いないか??」

 

 恐ろしく鋭い瞳で睨まれている為、ニコルは涙目で頷く。

 

「お前…………本当に、マデア少佐にタシロの闇を暴くように言われて来たのか??とても少佐の御眼鏡に適うような人間には見えないんだが…………」

 

 ベスパのノーマル・スーツに身を包む男は、ニコルの口を塞いでいた手を退ける。

 

「マデアさんの仲間かよ…………ビックリさせないでくれよー」

 

「ビックリしたのはオレの方だ。まさか、こんな子供みたいな奴が………いや、子供みたいだからいいのか??少佐から、童顔とは聞いていたが…………」

 

 残念そうな表情を浮かべるベスパ兵に、ニコルは少し苛立ちを覚えた。

 

「協力しろって言ってきたのは、あんたの大将だぞ!!もう少し、感謝というものを…………」

 

「マデア少佐は、お前の幼なじみを助ける協力もしているんだろ??お互い様だ。オレはメッチェ・ルーベンスだ。よろしくな」

 

 ブロンドの髪に、美しい顔立ち…………年齢はニコルとそう違わなそうに見えるが、年齢より大人っぽく見える。

 

 いわゆるイケメン、と言うヤツだろう…………マイが見たら、キャーキャー煩そうだな…………

 

 ニコルは少し嫉妬しながらも、メッチェと握手を交わす。

 

「で、メッチェさんは、マデアさんの仲間なんだろ??マリア・カウンター所属なのか??」

 

「いや、オレはベスパのイエロージャケットだ。だが、曲がった事は嫌いでね。それに、マデア少佐はマリア・カウンターでもあるが、ベスパでもある。ベスパ内には、少佐を慕う人間は多いのさ」

 

 メッチェはそう言いながら、ニコルを連れて通路を進む。

 

「ここから先は、士官達でも入れない空間だ。サイキッカーと、タシロが信用する数名の兵しか出入り出来ない。怪しいとすれば、この中だ」

 

 メッチェはそう言うと、ニコルを扉の前に立たせて電子キーのボックスを拳銃で撃った。

 

「うわぁぁぁ!!メッチェさん、突然どうした??」

 

 至近距離で銃を撃たれて、ニコルは心臓が飛び出しそうになる。

 

「ここからは、君だけで進むんだ。警報は鳴るが、今の状況では何の警報か分かるまでに時間がかかる。タシロも今は艦橋にいないしな…………ここからは、我々は敵となる。次に会っても、気安く話かけないでくれよ!!」

 

 そう言うと、メッチェは今来た通路を引き返して行く。

 

「まぁ…………そりゃ、そうだよな…………メッチェさん、ここまでサンキューな」

 

 ニコルはメッチェに聞こえない事は分かっていたが、とりあえず小さくなる背中にお礼を言うと、普段は入れない通路に目を向ける。

 

「さて…………マイ、無事でいてくれよ…………肝心なイケメンはいなくなっちまったがな…………」

 

 ニコルは、赤い光が不気味に光る通路に足を踏み入れた。

 

 その通路は、なんとなくだが空気が冷たく感じる。

 

 死臭…………と言うのだろうか??

 

 背筋が凍える感じが纏わり付く。

 

「こんなトコにマイがいるのか??無事ならいいケド…………」

 

 ニコルは開けれる扉を次々と開けていくが、変な器械が置いてある部屋が多く、マイの手掛かりは掴めない。

 

 しかし、大きな椅子の上に変な器械がある部屋に足を踏み入れた時、マイの気配をニコルは感じた。

 

「マイ………この部屋で何かされたのか………そんな気がする」

 

 その時、何故かニコルはマイの気配を感じ始める。

 

「こっちか??」

 

 マイの気配が強くなる方向に、迷いなくニコルは進む。

 

 そして、マイの気配が強く感じる部屋の扉を開けようとした………が、ロックがかかっている。

 

「なる程…………だからメッチェさんは、さっきロックの外し方を見せてくれたって訳か…………確か、この辺りに撃ち込んでたな………」

 

 ニコルはメッチェがやったように、扉のロックを解除した。

 

「マイ!!いるか??」

 

「ニコル!!銃声が聞こえたから、助けに来てくれたと思ったわ!!ありがとう」

 

 マイは、ニコルに近寄りお礼を言う。

 

 いつもなら、抱き着いて喜びを表現しそうなものだが…………レジアと付き合ってるんだから、そうもいかないか…………

 

「マイ、身体は大丈夫か??何もされてないな!!」

 

「1回、変な器械に座らされて、その時に大切な何かを取られた気がするの…………私、変なところない??」

 

 マイの身体を一通り見たニコルは、首を傾げる。

 

「見た目は平気そうだな…………あんまり長居は出来ないから、まずは逃げようぜ!!皆と合流して、戦艦に戻ったら詳しく診てもらおう。マイ、走れるか??」

 

「うん…………大丈夫!!」

 

 ニコルは、マイの手をとり走り出した。

 

 マイの人を愛する感情を抜き取られた事に、ニコルはまだ気付けてはいなかった…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイ救出作戦5

 

「レジア、敵のモビルスーツが再接近!!今度は新型も連れてるみたい!!」

 

管制官のニーナは、叫びにもにた声で状況を伝える。

 

「了解!!新型はオレが相手をする。ガンイージ隊は、隊長と他のモビルスーツの相手を頼む!!」

 

「って、ザンスカールの奴ら、ウヨウヨと沸いて来やがる!!どんだけの物量だよ!!」

 

レジアのトライバード・アサルトを中心に、ガンイージ隊が隊列を組む。

 

部隊の中心にいたトライバード・アサルトが、ベスパの新型モビルスーツに向かい始めると、今度はヘレンのガンイージが隊列の真ん中に陣取る。

 

「おい、ヘレン!!隊長はオレだぞ!!その位置を空けろ!!」

 

「名ばかりの隊長さんよ…………悪いが、私は実力の伴わない奴を認められない性格なんでね…………せめて、私以上のパイロットになってから物申しな!!」

 

男勝りのヘレンは、パイロットとしてレジアより圧倒的に劣るオリファーを隊長と認められないでいた。

 

「あらあらヘレン、戦場で自分勝手な行動は死に繋がるわ。頼りない隊長でも、正式に隊長って決まったんだから、とりあえず言う事を聞かないとね」

 

「ちくしょー!!お前ら、なんなんだ!!オレだって、ヴィクトリー・タイプのパイロット候補生なんだぞ!!」

 

リースティーアの言葉に、顔を赤くして怒っているのであろうオリファーの姿を想像して、思わずジュンコは笑ってしまう。

 

「オリファー、皆を認めさせるには、実力を示すしかないよ!!来た、ラングと天道虫!!」

 

モニターに映るベスパのモビルスーツ部隊に、シュラク隊に緊張感が走る。

 

スクイード1に奇襲をかけた瞬間は、リガ・ミリティアの攻撃は敵の喉元まで確かに迫った。

 

しかし、スクイード1に追いついたタシロ艦隊から出撃してくる圧倒的な物量のモビルスーツ部隊に、戦局は押し戻されていく。

 

それでもレジアを中心としたリガ・ミリティアのモビルスーツ隊は、何とか持ちこたえている。

 

マイを救いたい気持ちと、部隊から犠牲者を出さない…………その覚悟を持ったレジアの動きは凄まじかった。

 

トライバード・アサルトは、ガンダム伝説を受け継ぐに相応しい活躍を見せ続ける。

 

そんなレジアの気迫の篭った戦いに、管制官であるニーナですら、隊長ではないレジアに最優先で情報を送ってしまう程だ。

 

「隊長、レジアさんの動きを真似るのは不可能かもしれないですけど、隊長には隊長の良さがある筈です。頑張りましょ!!」

 

「……………ああ……………そうだな…………とにかく、ニコルってヤツがレジアの彼女を助けるまでの辛抱だ!!時間を稼げれば、それでいい!!」

 

クレナの言葉に、パイロットとしてはレジアに勝てないと諦めたオリファーは、それでも自分の気持ちを強く持つ為に叫ぶ。

 

実際、オリファーの指揮するシュラク隊の動きは、ラングでは捉らえきれない。

 

新型のゾロアットですら、シュラク隊のガンイージを追い詰められないでいた。

 

更には、怪我を押して出撃したリースティーアのF90Nタイプによるヴェスバーの精密な長距離射撃の援護によって、ミリティアン・ヴァヴにベスパのモビルスーツを近づけさせない。

 

「コッチは、なんとか均衡を保っていけそうだな…………レジアが敵の新型を抑えてくれれば、だが…………」

 

オリファーは、レジアの向かった宙域に目を向ける。

 

オリファーの視線の先では、レジアの駆るトライバード・アサルトと、アーシィのクローンであるグリフォン・タイプが乗るリグ・グリフが対峙していた。

 

リグ・グリフに搭載されたインコムの攻撃がトライバード・アサルトに迫るが、レジアは難無く避けてしまう。

 

マグナ・マーレイの使うリフレクター・ビットの3次元でのオールレンジ攻撃を受けてきたレジアにとって、インコムの2次元での攻撃は甘く見えた。

 

「新型ではあるが、パイロットの腕は羽付きの方が上だっ!!この程度ならっ!!」

 

インコムを繋ぐワイヤーをビームサーベルで切り払ったトライバード・アサルトは、インコム本体をビームライフルで撃ち墜とそうとする。

 

そのビームは、インコム本体に綺麗に吸い込まれる…………そう、吸い込まれたのだ。

 

そして、吸収されたビームは、拡散されてトライバード・アサルトに襲い掛かった……………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイ救出作戦6

 

「拡散したっ!!だが、その戦い方には慣れた!!」

 

 拡散ビームは広範囲に効果があるが、威力は犠牲になっている。

 

 レジアはマグナ・マーレイの放つ拡散ビーム…………そして、それを反射してオールレンジで襲ってくるビームと戦ってきた。

 

 その経験が、レジアの身体を無意識に反応させる。

 

 レジアの操るトライバード・アサルトは、Iフィールドを展開させながらもビームを回避し、リグ・グリフに迫った。

 

「新型…………悪いが、墜とさせてもらうぞ!!」

 

 リグ・グリフの喉元にビームサーベルから放たれる粒子が迫った時、思いもよらない方向からビームが飛んで来る。

 

「なんだ??」

 

 Iフィールドで受けてしまえば、そのままビームサーベルの一突きでリグ・グリフを墜とせていたかもしれない。

 

 しかし突然の攻撃で、反射的にレジアは回避する事を選んでしまった。

 

 その結果、トライバード・アサルトとリグ・グリフとの間に、ビームを打ってきたモビルスーツに割り込まれてしまう。

 

「グリフォン・タイプ!!無事か??」

 

 突如現れたモビルスーツ……………ゾロアットでトライバード・アサルトに奇襲を仕掛けたのはメッチェだった。

 

「准尉、私の事は構わずに、他の機体の迎撃に行って下さい」

 

「何を言う!!このままでは、君は墜とされる!!それに、ガンダム・タイプを倒せれば、戦局は一気に変わる!!」

 

 メッチェのゾロアットはビームライフルからビームを放ち、トライバード・アサルトに向けてバーニアを全開にする。

 

「天道虫1機か……………援軍にしては、少し弱いな!!」

 

 ゾロアットが放つビームをトライバード・アサルトはビームシールドで簡単に受けると、次々と放たれるビームをヒラリと躱していく。

 

「くっ…………速いっ!!マデア少佐は、こんな奴に勝ったのか…………」

 

 ゾロアットはアポジモーターを駆使して姿勢制御をしながら、ビーム・ストリングスを放った。

 

「それも見ている!!いいパイロットのようだが…………マイを助ける為だ!!墜とさせてもらうぞっ!!」

 

 ビーム・ストリングスをビームサーベルで薙ぎ払うと、トライバード・アサルトはゾロアットに迫る。

 

「准尉、離れて下さい!!」

 

 リグ・グリフは、インコムをトライバード・アサルトに目掛けて放出した。

 

 しかし、インコムの攻撃ではトライバード・アサルトの前進を止める事は不可能である。

 

「くそっ、グリフォン・タイプは後退しろ!!私が時間を稼ぐ!!」

 

 ビームサーベルを持って前に出るゾロアットを援護するように、リグ・グリフからビームが放たれた。

 

 インコムの攻撃を避ける事に集中していたレジアは、その不意の攻撃に反応が遅れる。

 

「貰った!!ガンダム・タイプに勝てる!!」

 

 そのビームの動きに合わせて、ゾロアットがビームサーベルを振った。

 

 が……………リグ・グリフの放ったビームはトライバード・アサルトの装甲表面で弾かれ、何事も無かったようにビームサーベルを躱れる。

 

「くおおぉぉぉっ!!」

 

 コクピットに強烈な衝撃が走り、メッチェは叫んだ。

 

 Iフィールドでビームを弾いたトライバード・アサルトにショルダータックルを受けて、ゾロアットは後方へ吹き飛ばされる。

 

 硬直したゾロアットに、トライバード・アサルトが放ったビームが吸い込まれていく。

 

「ぐわあぁぁぁ!!」

 

 今度は機体後方からの衝撃に、メッチェは悲鳴を上げる。

 

 リグ・グリフがゾロアットを押し退け、ビームに機体を晒したのだ。

 

 コクピット付近の装甲にビームが直撃し、リグ・グリフの動きが止まる。

 

「なんで俺を庇った!!」

 

 爆発しそうなリグ・グリフに近づいたメッチェのゾロアットは、その機に体に触れた。

 

「准尉こそ…………どうして私を助けに来たのですか??私はクローン…………代わりはいくらでもいるのに…………」

 

「代わりがいる…………だと??クローンだろうが人格を持てば、それは人と変わりない!!君は君だろ!!」

 

 ゾロアットのセンサーから、警告音が鳴る。

 

 メッチェは反射的に、リグ・グリフを掴んだままバーニアを全開で吹かす。

 

「躱された…………手負いを抱え込んだままで!!」

 

 トライバード・アサルトが放った止めの一撃…………動きの止まった2機を確実に仕留める為に放ったヴェズバーは、ゾロアットによって躱された。

 

「くっ…………コッチにもモビルスーツを展開してきたか…………潮時だな…………新型を墜とせただけ、良しとするか」

 

 トライバード・アサルトのモニターには、ベスパのモビルスーツ隊が迫って来る事を告げる光点が灯る。

 

「助かった…………のか??いや、このままではリグ・グリフが爆発してしまう!!グリフォン・タイプがっ…………おい、脱出しろ!!」

 

「コクピット・ハッチは歪んでいるみたいだし、リグ・グリフには脱出装置は付いていません。私に構わずに、准尉は行って下さい。直ぐに爆発します…………」

 

 メッチェは感情的に叫ぶが、リグ・グリフのコクピットからは冷静で感情の無い言葉が返ってくる。

 

「メッチェ准尉、リグ・グリフを破壊してから帰艦しろとの命令だ。そいつをリガ・ミリティアに渡す訳にはいかん」

 

 ようやく戦場に追い付いたベスパのモビルスーツから、メッチェ機に通信が入った。

 

「なんだとっ!!そんな事が出来るかっ!!まだグリフォン・タイプは生きているんだぞっ!!」

 

 メッチェはコクピット・ブロックに沿うようにビームサーベルを刺し込むと、そのままコクピットだけを斬り抜く。

 

 コクピットを取り出した瞬間、ゾロアットはリグ・グリフを蹴り飛ばした。

 

 ガアアァァァァァァン!!

 

 そして、その衝撃でリグ・グリフは爆発する。

 

 抜き取られたコクピットは、その爆発の余波で横に縦に振られた。

 

「おい、グリフォン・タイプ、生きてるか??」

 

 そのメッチェの問いに、コクピットから返事は無かった…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイ救出作戦7

「おい、グリフォン・タイプ、しっかりしろっ!!今、ハッチを開けるからな!!」

 

 スクイード1に帰艦したメッチェは、コクピット・ハッチを開けると直ぐにリグ・グリフのコクピット・ブロックに飛んだ。

 

 損傷したリグ・グリフのコクピット・ブロックに手をかけたメッチェは、思わず大きな声を出していた。

 

 助けに行って、逆に助けられた…………

 

 クローンだから、代わりはいると言って…………

 

 もしグリフォン・タイプが機械的で、感情も無く会話もしないモノであれば、メッチェは何も感じ無かっただろう。

 

 しかし、グリフォン・タイプは会話もし、自らの意志でメッチェを助けた。

 

 そして、爆発に巻き込まれるから離れろとも…………

 

「やはり、君に代わりはいないっ!!早くコイツを開けてくれっ!!」

 

 メッチェは作業しているメカニックに、声を張り上げる。

 

「准尉、何を叫んでいる。グリフォン・タイプの回収、ご苦労だったな。敵に捕獲されるぐらいなら、爆発させて粉微塵にしてしまっても…………と思ったが、持ち帰ってくれておげで、戦闘データが抽出できる」

 

「中佐……………ありがとうございます。お言葉ですが、グリフォン・タイプは意思を持って…………心を持って動いていたように感じました。クローンであっても、人と同じように扱うべきかと……………」

 

 敬礼しながら答えるメッチェに、タシロは怪訝そうに視線を向けた。

 

「准尉、頭でも打ったのか??クローンはクローンでしかない。アーシィ大尉の身体を守る為……………大尉に何かあった時は、大尉の力を残す為に開発しているに過ぎない。所詮は作られたモノだ」

 

 タシロはそう言うと、リグ・グリフのコクピット・ブロックに目を向ける。

 

「中佐、准尉、開きました。しかし、中のクローンは残念ながら…………」

 

 タシロとメッチェは、コクピットから出されたグリフォン・タイプに近付いた。

 

 コクピット・ブロックの周囲を切り裂いた時か、爆発の時か分からないが……………グリフォン・タイプの身体は無数の傷が作られており、中には致命傷に至ったと思われる深い傷もある。

 

「くっ……………グリフォン・タイプ……………すまない…………」

 

「いや、准尉はよくやってくれた。頭部は無事のようだしな…………研究チームは、直ぐにグリフォン・タイプのデータの抽出を急げ!!せっかく准尉が持ち帰ってくれたんだ。無駄にするなよ!!」

 

 メッチェは、思わずタシロを睨みそうになる…………しかし、上官にする態度では無い為、思わず瞳を閉じた。

 

 

「ニコル、コッチに来い!!無事に出会えたみたいだな」

 

「マデアさん??この戦艦デカ過ぎだろ…………迷っちまったぜ!!」

 

 スクイード1の通路でマデアに声を掛けられたニコルは、不安だった気持ちが安堵に変わったが、それを気付かれたくなくて少し軽口を叩く。

 

「ニコル、こちらの方は??」

 

「マデアさんって言って、マイの救出に力を貸してくれた人さ。ザンスカールには2つの軍隊があって、その2つがやり合ってて………で、まぁそんな感じだ!!」

 

 ニコルの説明にマイは首を傾げ、マデアは呆れた顔をした。

 

「どんな感じなんだよ…………マイさん、だったな。オレはマリア・カウンターと呼ばれる、ベスパとは違う組織の軍人だ。ザンスカールの軍人ではあるが、ベスパの不正を正そうとしている部隊だと思ってくれればいい」

 

「マイ・シーナです。助けて頂いて、ありがとうございました。でも、マデアさんとニコルは、どこで知り合ったんですか??」

 

 マデアはニコルと出会った経緯を、簡略化しながらマイに話す。

 

「分かりました。ザンスカールにも、色々な人がいるんですね…………マリア主義を唱える人がギロチンとか不思議に思ってましたけど、色々な考えの人がいるんですね…………」

 

「ザンスカール帝国といっても、一枚岩じゃない。大きな組織になる程、その考えや思想は枝分かれしていく。その中で、女王の考えや思想を守る為の組織がマリア・カウンターなんだ。で、ニコル。情報はとれたか??」

 

 ニコルは頷くと、メモリーチップをポケットから取り出す。

 

「これでいいのか分かんねぇけど…………実験室みたい所の映像と、マイが受けた実験の証言が入れてある。あと、人の死体が放置されている部屋があって…………その死体は、どうやらサイキッカーって人達みたいなんだ」

 

 マイはニコルの話を引き継ぐと、証明するように口を開く。

 

「私が変な機械で実験を受けている時、サイキッカーの犠牲がどうのって声が聞こえていたんです。その時の記憶が曖昧なんですが…………」

 

「マイさん、嫌な事を思い出させてしまって、申し訳ないな………だが、これで奴らの動きを抑制出来る筈だ。この情報は無駄にしない」

 

 マデアが感謝の言葉を述べた直後、通路の先から話し声が聞こえて来た。

 

「女王、ブリッジにいなくては危険です!!まだ戦闘は続いているんですよ!!」

 

「分かっています。でも、この戦艦を指揮する筈のタシロ中佐はどこに行ったのです??」

 

 女王マリアと、ピピニーデンが言い争いをしている声である。

 

「マリア…………いいタイミングだ。ニコル、女王がベスパの士官を逃走経路の逆方向に誘導してくれている。マイさんを連れて、ゼータで逃げろ!!ベスパのモビルスーツに追われる事になるかもしれんが、もしもの時は地球に降りろ!!」

 

 マデアはそう言うと、女王とピピニーデンの声がする方に向かって行く。

 

「地球って…………」

 

 ニコルは無意識に窓に目を向けると、綺麗な蒼が飛び込んで来た。

 

 スクイード1は、地球に背を向けて戦闘しているようである。

 

「綺麗…………でも、地球って大気圏で覆われているんでしょ??大丈夫なのかな??」

 

「分かんねぇケド…………地球ってのは、第2選択だっ!!まずはレジア達に…………皆と合流出来るのが1番だっ!!」

 

 ニコルは、マイの手を引きながら走り始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使の輪計画

「女王、ブリッジから離れてしまっては、困りますな。まだ戦闘中であるし、地球を背にしております。我々に敗北はありませんが、衝撃で怪我をしてしまうかもしれません」

 

 スクイード1の通路で、女王マリアはタシロと鉢合わせた。

 

 タシロの隣にいる兵は、傷付いたパイロットを抱えている。

 

「何故、負傷兵を抱えているのです。直ぐに医療班に引き渡しなさい」

 

 マリアは傷の程度を確認しようとして負傷兵を覗き込むと、心臓を鷲掴みにされたように痛んだ。

 

「アーシィ……………さん??」

 

「女王、安心して下さい。彼女はアーシィ大尉のクローンです。我々はグリフォン・タイプと読んでいます。それに、彼女はもう死んでおります。その死を無駄にしない為に、これからデータの収集をする所ですよ」

 

 動揺するマリアの肩を抱きながら、タシロは薄い笑いを見せる。

 

「アーシィ・ベースのクローンか…………で、そのクローンを作る為に、どれだけの犠牲をだしたんだい??」

 

 マリアの肩を抱くタシロの背後から、タシロにとってはストレスの種である男の声が聞こえた。

 

「貴様…………ブリッジで待機していろと言っておいただろ!!」

 

「さて…………勝手に見ていろとは言われたが、ブリッジで待機なんて言われてないぜ??タシロ中佐ボケ……………大丈夫か??」

 

 ボケたか??

 

 と、思わず口走りそうになったマデアは、慌てて言葉を修正する。

 

「言い直すとは、なかなか殊勝な事だな。まぁいい、貴様の相手をしていては疲れるだけだ」

 

 タシロはマデアを無視して、マリアを連れてブリッジに戻ろうとした。

 

「おい中佐、そのクローンを造るのに、どれだけの犠牲を出したか聞いたんだ。随分な数のサイキッカーの遺体があったそうだが??」

 

「サイキッカーの??マデア、それは本当なのですか??」

 

 マデアからニコルが集めたデータが入っているメモリーチップを受けとると、マリアはタシロから離れる。

 

「ああ、証拠も掴んでいる。クローンの実験に、サイキッカーを犠牲にする程の事があるとは思えない。中佐、一体何の実験をしているんだ??」

 

 そして、小型のメモリーチップ再生用端末を受け取ったマリアは、そのデータを見た瞬間に目を見開いて驚いた。

 

 そのデータを見たマデアとマリアから送られる鋭い視線に、タシロは動じる事なく薄ら笑いを浮かべていた。

 

「サイキッカーの犠牲は、我々が成そうとしている事の前では些細な事に過ぎない。天使の輪計画、貴様も聞いた事があるだろう??」

 

「些細な事だと??その天使の輪計画で、サイキッカー達は重要な任務がある筈だ。女王の考えを拡散させるという、大切な任務が!!その数を、貴様の自分勝手な実験で減らしていい訳が無い!!」

 

 タシロの浮かべる涼しい顔に、マデアは苛立ちが込み上げる。

 

「天使の輪計画は、マリアの考えを拡散させるだけではない。人類から闘争心を奪わなければ意味が無い。人から感情を奪う実験をしなければ、この計画は意味の無いモノになってしまう。そして、奪った感情をクローンに定着させる実験を同時に行う事で、闘争心を奪った後の人類に平和な心を…………母なるものを大切にするという思想を定着させる為にも、大切な実験だ」

 

「いや…………そこまでする必要は無いだろ!!天使の輪計画のキモであるエンジェル・ハイロゥの完成の為に時間を稼ぐ必要はあるが、実験する時間は充分にある筈だ。何故、そこまで急ぐ??」

 

 のちにエンジェル・ハイロゥは完成するが、それはまだ先の話…………

 

 この段階で、死者まで出して実験を急ぐ必要は無いように感じる。

 

「でもマデア…………思い出して…………私達が地球に…………アシリアを地球に降ろした時…………私達の友人であるシャクティに、地球の人達が行った仕打ちを………私は、忘れられない。地球の人達から闘争心を奪い、平和な心を持たせる事は、とても大切な事…………あの悲劇を繰り返さない為にも…………」

 

 マリアはマデアにしか聞こえなように、耳元で囁くように声を出す。

 

「それは………ただ、ここでサイキッカー達を犠牲にして実験をしていたら…………それを黙認してしまっては、我々は地球の人間達と同じになってしまう…………」

 

「そうだけど…………ニコルの幼なじみは、感情を吸い取られても普通の人と変わらない。これを応用出来れば…………」

 

 マリアの言葉に、マデアは唇を噛み締める。

 

 マリアを丸め込まれては、何も言えなくなってしまう。

 

 そしてタシロの話は、女王の…………マリアの心を揺さぶるには充分な話である事を、マデアは理解してしまった。

 

 そう…………人を愛する感情を奪われたとされるニコルの幼なじみのマイは、その感情が失われた事が分からない程に普通なのだ。

 

 この実験が成功すれば、人類は闘争心や人と争う気持ちを無くすだけで、他は人としての感情を保つ事が出来る。

 

 マリアは、そう考えているのであろう。

 

 タシロの手の上で踊らされている…………マデアには、状況が悪い方に流れているという焦りが込み上げてきていた……………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スクイード1からの脱出

 

「マイ、しっかり掴まってろよ…………って、掴まる物が無いか…………」

 

 ニコルの1人ノリ突っ込みに、マイは思わず笑ってしまう。

 

 捕虜から解放された事を、しっかり認識出来た事が嬉しかった。

 

「ありがとう、ニコル。危険を冒して来てくれて…………助かったわ」

 

「いやいや…………本当に危ないのは、これからだぜ!!この機体は、旧世代並のスペックしか無い…………ベスパの艦隊を振りきって、レジア達の元へ無事に還れるか…………もう、マデアさん達の援護は期待出来ないしな」

 

 そう言いながらニコルは、ゼータガンダム・リファインの操縦桿を握り締める。

 

「これ…………モビルアーマーでしょ??そんなに性能悪いの??」

 

「んー…………モビルアーマーじゃなくて、可変モビルスーツなんだけど…………装備が貧弱なんだよなー」

 

 ニコルが全天周囲モニターが起動すると、身体がまるで宇宙にいるような感覚になった。

 

「結構揺れるから、気持ち悪くなるかもだけど…………吐くなよ??」

 

「吐くって…………ってニコル!!乙女に失礼な事言うなーっ!!」

 

 ニコルは普段通りのやり取りに安心し、ゼータガンダム・リファイン…………ウェーブライダーをスクイード1から離脱させる。

 

 ちょうどニコルの足元側に、蒼く光る球体が映っていた。

 

「綺麗…………地球って、やっぱり綺麗だよね」

 

「住んでた頃は、そんな事感じなかったケド…………俺達の故郷に戦争を持ち込む訳にはいかない!!ここで食い止めないとな。綺麗な地球は、綺麗なままがいい!!」

 

 ウェーブライダーのバーニアが火を噴き、リガ・ミリティアとベスパの戦闘宙域に向けて動き出す。

 

 全速力で飛ぶウェーブライダーだったが、直ぐにゾロアットとラングに囲まれる。

 

「敵の数、多過ぎだろ!!コイツでやれんのか??」

 

 ニコルは悪態をついたが、敵の1番後方にいる戦艦から飛び出して、敵陣の中を飛んでいれば、囲まれるのは当たり前だ。

 

「ニコル…………これ、ヤバくない??」

 

「ヤバいケド、やるしかない…………」

 

 ゼータガンダム・リファインは、ウェーブライダーからモビルスーツの形態となり、ビームを連射する。

 

 ベスパのモビルスーツのコクピットに次々と突き刺さっていくビームに、マイは驚く。

 

「ニコル、凄い!!」

 

「いや…………オレに余裕が無い!!くそっ…………本当は殺さないで戦いたいのに…………今死んだ人達の中にも、分かり合える人がいたかもしれないのに…………」

 

 ニコルの辛そうな表情を見て、マイの胸も苦しくなる。

 

 それでも、普段なら感じるであろうドキドキ感は全く無い。

 

 その事に疑問を感じる余裕も無く、全天周囲モニターの中の宇宙は激しく動く。

 

 地球の蒼い光が上になったり下になったり……………画像が揺れているだけなのは頭で理解しているが、まるで自分の身体もグルグルと廻っているような感覚に襲われる。

 

(ニコル…………ヤッパリ凄いよ!!苦しい戦いを乗り越えて来たんだもん、当たり前か…………それに比べて、私は何をしてるんだろ…………)

 

 この戦いだって、自分が捕まっていなければ必要の無いモノだったかもしれない。

 

 そう思うと、マイはとても辛くなった。

 

 確かに、ニコルの戦いは凄まじい。

 

 四方八方から襲い掛かるビームを回避し、正確に射抜いていく。

 

 それでも、ベスパのモビルスーツ隊は次々と沸いて来る、

 

「どんだけの数がいるんだよ!!これじゃ抜けるのは無理だ!!戦闘宙域を離脱して、とりあえずマイの無事だけ伝える!!」

 

 ミノフスキー粒子の濃い場所では、通信さえ出来ない。

 

 再びウェーブライダーの形態に戻ると、戦闘宙域から逃げるようにバーニアを全開で噴かす。

 

「こちらニコルだっ!!ミリティアン・ヴァヴ、応答してくれ!!」

 

「ニコル??あなた、無事だったの??マイさんは、助けられたの??」

 

 雑音は酷いが、なんとか管制官のニーナの声が聞こえて来る。

 

「繋がった!!なんとか、マイは助けたよ。ケド、状況は最悪だ!!敵がウジャウジャいて、とても突破出来そうにない!!」

 

「ゴメン、ニコル!!はっきり言って、コッチも戦線を維持するだけで手一杯で…………助けに行ける余力は…………」

 

 ニーナの声を聞けてマイの無事を伝えられただけで、ニコルは満足だった。

 

 ニコルは一瞬マイを見て…………そして決意を固める。

 

「コッチの事は、心配しないでくれ!!いや、少しは心配して欲しいケド…………とりあえず、地球に降りてみる!!」

 

「ちょっとニコル!!地球って…………地球には、大気圏があるのよ!!分かってるの??」

 

 ニーナの焦った声を聞いて、緊迫した状況にも関わらずニコルとマイは笑ってしまった。

 

「ニーナさん…………私もニコルも地球育ちだから、知ってますよ。だから、ミリティアン・ヴァヴも後退して下さい。皆に、ありがとうございましたって伝えておいて下さい!!」

 

 マイは画像が乱れながら映るニーナに、頭を下げる。

 

 皆…………か。

 

 レジアにって言いたい所なんだろうけど、大人になったなとニーナは感じた。

 

「マイ…………無事で良かった…………レジアにも、しっかり伝えておきますね。ニコル、せっかく助けたんだから必ず無事に帰って来なさいね!!」

 

「ああ…………なんとかする。なんとしても、皆の所に帰るよ!!だからニーナさん、皆に…………誰1人欠ける事なく、また会おうって伝えてくれっ!!」

 

 ニコルの決意の表情に、ニーナは頷く。

 

 大気圏突入…………それが、どんなにリスクの高い事か……………

 

 ニーナもマイも、そしてニコルも知っている。

 

「マイ、どうなるか分からないケド…………オレに命を預けてくれ」

 

「うん、大丈夫だよ…………ニコルは私なんかよりも、ずっと成長してる…………ニコルが今…………判断した事が、1番ベストだと思う」

 

 ベスパのモビルスーツ隊に追われながら、蒼い地球は少しずつ近付いて来ていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大気圏での戦闘

「ちくしょう!!地球に近付いているのに、なんで追っかけて来るんだよ!!」

 

 ゼータガンダム・リファインは、全速力で地球に向かっていた。

 

 地球に近付けば、当たり前だが重力に捕われてしまう。

 

 モビルスーツの推力で離脱できない程の重力に捕われる…………つまり、地球に近付く程に、モビルスーツは大気圏に落ちるリスクが高くなる。

 

 その為に、ニコルは地球に近付きさえすれば、追撃は緩まると思っていた。

 

「だーっ!!これじゃ、大気圏へ突入する進入角の計算も、大気圏に突入する方法も見れないぞ!!」

 

 地球に向かって飛ぶゼータガンダム・リファインの後方から、止むことの無いビームが降り続く。

 

 明らかに、追撃の手は緩まっていない。

 

 いや……………ゼータガンダム・リファインが大気圏突入のリミット・ラインを越えた瞬間、ベスパのモビルスーツ隊の足が止まった。

 

「ようやく止まった…………こっからマニュアル見て、間に合うのか………これ??」

 

 追っ手が止まる…………つまり、ニコル達にとっては後戻りの出来ないチャレンジの始まりを意味している。

 

「ニコルなら、やれるよ…………私は信じてるから」

 

 マイの妙に落ち着いた言葉に、ニコルは冷静さと自信を取り戻す。

 

「そうだな…………マイを無事にレジアの元に届けなきゃいけねーし、皆にも生きて会わなきゃいけないし…………弱音を吐いてる暇はないっ!!」

 

 ニコルはマニュアルを見ながら、機体の制御を開始する。

 

 ニュータイプのセンスと言うべきか……………ウェーブライダーは、大気圏による摩擦熱を軽減するように姿勢を整え始めた。

 

「こいつ…………単独で大気圏突入が出来るように作られてる…………凄い…………だからレジアさんは、この機体を托してくれたのか!!」

 

「ニコル!!安心した所に悪いんだけど、ベスパのモビルスーツも突っ込んでくるよ!!」

 

 感動しているニコルの横で、マイが大きな声を上げる。

 

 モビルスーツで大気圏に飛び込むなんて無謀…………と言いつつ、自分も今やったトコだけど…………

 

 ニコルは半信半疑で後方を確認すると、確かにゾロアットが3機、ウェーブライダーを追うように迫って来る。

 

「って……………オイオイ、まぢかよ!!オレはウェーブライダーの形状を見て、ひょっとしたら行けるかもって思ったけど…………普通のモビルスーツじゃ、絶対ムリだって!!」

 

 そんなニコルの気持ちを知ってか知らずか…………ゾロアットはビームライフルを構えて、そして射ってきた。

 

「くそっ、射ってきた!!コッチは、もう重力に捉えられてるのに!!」

 

 摩擦熱によって、モニターが仄かに赤くなっていく。

 

 それでも、ウェーブライダーは大気圏内での行動が可能だ。

 

「そのままじゃ、機体がもたないぞ!!そんなんじゃ…………ただの犬死にだろっ!!なんで突っ込んで来たんだっ!!」

 

 ゾロアットの赤い装甲も、摩擦熱によって更に赤くなっていく。

 

 ただ、そんな事は構いやしない…………そう言っているかのように、ビームを撃ってくる。

 

「ニコル、私達にビームが当たったら、コッチが燃え尽きちゃう。反撃してっ!!」

 

「やるしか…………ないのか…………こんな、戦う必要の無い戦闘をっ!!」

 

 マイの言っている事も分かる…………ビームが掠めただけで…………少しバランスを崩しただけでも、大気圏突入は困難になるのだ。

 

 ウェーブライダーが反転して、ゾロアットを照準に入れる。

 

 機首から飛び出るように装備されたビームライフルが、ゾロアットを捉えた。

 

「そこだっ!!」

 

 ゾロアットから放たれるビームを躱し、ニコルはビームを放つ。

 

 先頭のゾロアットが、狙われたゾロアットの射線上に移動し、ウェーブライダーから放たれたビームの餌食となった。

 

 損傷したゾロアットは、分解されながら摩擦熱によって溶かされていく。

 

「今の動き…………この動きは…………」

 

 仲間をフォローしながら戦うスタイル…………最近まで供に戦っていたパイロットの動きに似ていた。

 

 しかし、ニコルに考える余裕を与えないと言わんばかりに、ゾロアットが攻撃を仕掛けてくる。

 

 命を犠牲にして…………決死隊のように特攻を仕掛けても、大気圏ではウェーブライダーの起動性に追い付ける筈もない。

 

 1機…………2機と…………ウェーブライダーが放つビームの餌食となった。

 

 コクピットは撃ち抜けなかった…………だが、コクピットを撃ち抜かれた方が幸せだったかもしれない。

 

 バランスを崩したゾロアットは、バラバラになりながら燃え尽きて、大気圏に同化していく。

 

「なんで…………なんでなんだ…………こんな意味のない戦いに、なんで挑んだんだよ!!」

 

 ニコルはコンソールに拳を打ち付けた…………そんなニコルの姿を、マイは無表情で見つめていた…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悲しき決意
シャクティとの出会い


「青くなってきた…………地球に戻って来たんだな…………」

 

 ヘルメットを外し、頭を振って纏わり付く汗を飛ばす。

 

 全天周囲モニターが空と海の青を映しだし、ニコル達は地球に戻った事を実感する。

 

「大気圏突入って、思ってたより怖いんだね…………まるで、火の海に飛び込んだみたいだった…………」

 

 マイも、額に付いた汗を拭う。

 

 機体の中の温度上昇もそうだが、恐怖と緊張から2人とも大量の汗をかいていた。

 

「でも…………無事で良かった。問題は、ここがドコかだよな…………勝手に地球に入ったら、連邦軍に捕まっちまう。エルネスティさんの名前とか出したら、迷惑かけるしな…………」

 

 ニコルはモニターで位置情報を見ながら、ウェーブライダーが降りれそうな場所を探す。

 

 地球連邦軍に見つからず、モビルスーツで降りても不審に思われない場所…………

 

「ねぇ、ニコル。インドの近くなら、カーシーに降りてみたら??宇宙移民者の巡礼客も多くいるし、あまり怪しまれないんじゃない??この形態なら、モビルスーツには見えないし………」

 

 カーシーとは、インド大陸北部に位置するガンジス川沿いの都市である。

 

 宗教上での重要な寺院もあり、巡礼客も多く賑いを見せる都市だ。

 

 居住禁止の地域でもあり、よそ者がいても不審に思われない。

 

「カーシーか……………雰囲気は、あまり好きじゃないんだよな…………確かに、旅行客に見せれなくもなさそうだけど…………」

 

 マイはアジア出身であり、インド方面の地理にも詳しい。

 

 以前ニコルは、マイからカーシーの写真や映像を見せてもらった事がある。

 

 文明というのは、この地域では止まってしまったかのような場所で、建物も服も食事も質素であった。

 

「ニコルは、あまり気に入ってなかったよね。でも、私は結構好きなんだよね。昔ながらの生活が残っている感じがして………」

 

「分かった。とりあえず、近くの森の中にでもゼータを隠しておこう。カーシーの近くなら、移動手段もありそうだし」

 

 ニコルはガンジス川を視界に捉えると、その川に沿ってウェーブライダーを移動させる。

 

「この辺りなら、隠せそうだな………マイ、少し歩く事になると思うケド…………」

 

「うん、大丈夫。なんか、この辺りって穏やかだよね。今まで戦争やっていたなんて…………嘘みたい…………」

 

 ウェーブライダーを着地させてキャノピーを開くと、小鳥のさえずりが耳に飛び込んだ。

 

 ガンジス川のせせらぎも聞こえ、木の間からは木漏れ日が漏れる。

 

 マイの言う通り、宇宙で…………地球の近くで戦争をしていたのが信じられない程、穏やかな空間が広がっていた。

 

「貴方達は、そこで何をなさっているのです??」

 

 突然、森の奥の方から声が聞こえ、ニコルとマイは身体を固くする。

 

 しかし、森の奥から出て来た人物を見て、ニコルとマイは安堵した。

 

 その人物は褐色の肌を持つ女性であり、その優しそうな顔立ちは、およそ軍人には見えない……………そして質素な恰好をしていたし、何より両目が包帯の様な物で隠され、右腕が無い。

 

「私達は、これからカーシーに巡礼に行こうと思っているのです。でも、道に迷っちゃって…………」

 

 マイの言葉に、その女性の顔がほころぶ。

 

「そうですか…………男性の方も、カーシーに??」

 

「ああ…………はい!!オレもカーシーに用があって………って、アレ??オレの事、見えているんですか??」

 

 明らかに視界を遮っているであろう物を身につけているにも関わらず、声を発していなかった自分が男だと見抜かれた事に、ニコルは驚いた。

 

「私には、何と無くですが分かるのです。お2人とも、心が壊れそう…………女性の方は、失った心を取り戻せないような…………男性の方は、戦う事への疑問が…………」

 

 突然、心を見透かされたような言葉に、ニコルとマイは顔を見合せる。

 

「ゴメンなさい。今日ここに、私にとっての希望が現れるって分かっていたんです。間違った道を正す、最初の光になる人物に会えると…………」

 

 その女性の言葉を聞きながら、ニコルとマイは後退りを始めた。

 

 初対面で、訳の分からない言葉を並べる不可解な女性に危機感を感じ始めている。

 

「なぁ…………なんか、ヤベー奴に絡まれたぞ…………サイキッカーかも知れないケド、頭がチョイと…………」

 

「そうね………失礼だけど、私も少しそう思う…………隙を見て、逃げようか??目は見えてなさそうだし、運動神経は悪そうだし…………」

 

 ニコルとマイは、小声で話ながら逃げるタイミングを伺う。

 

「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私の名前はシャクティ・カッリアラ。今は、娘の成長を見守りながら、カーシーで生活しています」

 

 その名前を聞いて、逃げようとしていたニコルの足が止まる。

 

「シャクティ…………さん??それって、マデアさんの幼なじみの??」

 

「マデア……………懐かしい名前…………そう、マデアが貴方を私の元へ導いてくれたのね…………」

 

 懐かしさを噛み締めるシャクティを見て、ニコルは首を捻った。

 

「マデアさんは…………幼なじみは死んだって…………アーシィさんの家で言っていたんだが…………無事だったって事ですか??」

 

「そう…………あの状況なら、死んだと思われても仕方ないね…………あの日、私は光と右腕を失った。でも、命だけは助けられたの………」

 

 シャクティは、その時の話をしながらカーシーに向けて歩き始める。

 

 話を聞きながらシャクティと歩いて行くニコルの後を、マイは追いかける事しか出来なかった…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カーシーのシャクティ

「シャクティさんは、カーシーに住んでいるんですか??確か、住居禁止だった気がするんですが…………」

 

 マイの言葉に、シャクティは笑顔で頷く。

 

「そうね。基本は住居禁止なんだけど、教祖だったり修業中だったりで申請すれば、住む事は可能なのよ」

 

 そう言うと、シャクティは煉瓦が積み上げられた作られた小さい家に、ニコル達を案内する。

 

「ここが私の家。家と言っても、借家だけどね。コーヒーでも持って来るから、寛いでいて」

 

 シャクティはそう言うと、キッチンに消えていく。

 

「ニコル、さっきマデアさんの知り合いって言ってたケド、マデアさんって、私達を助けてくれたザンスカールの人だよね??」

 

「ああ、マリア・カウンターの将校の人だ。女王の娘を地球に隠した時に、シャクティさんは亡くなったって話をしていた…………生きてたなら、マデアさんに伝えてあげたいが…………」

 

 そんな話をしていると、シャクティがキッチンからコーヒーを炒れて戻ってきた。

 

「ゴメンなさい。私、運ぶぐらいすればよかったですね!!気が利かなくて…………」

 

 片手でお盆を持つシャクティを見て、マイが立ち上がる。

 

「気にしないで…………もう慣れてるから、大丈夫よ。ありがとう」

 

 そう言うと、シャクティは片手で器用にコーヒーを机に並べていく。

 

「それで、ニコル達は何故カーシーに??」

 

 シャクティは、人を安心させるような笑顔をニコルに向ける。

 

 人の心にすんなりと入り込んで来る笑顔に、ニコルは安らぎを覚えた。

 

「大気圏付近で、ザンスカールの部隊と戦闘になって…………マデアさんから譲ってもらったモビルスーツで、大気圏を抜けて来たんだ」

 

「それで、着陸しても怪しまれなさそうな場所って考えたら…………カーシー付近がいいかなって」 

 

 ニコルとマイが、シャクティに簡単に経緯を説明する。

 

「そう…………大変だったわね。大気圏突入が可能なモビルスーツなら、ゼータガンダム・リファインかしら??」

 

「ビンゴ!!シャクティさん、よく知ってるね!!」

 

 シャクティがモビルスーツの名前を正確に言い当てたのに、ニコルは少し驚く。

 

「私とマデアは、ダンディ・ライオンっていう艦で、一緒に暮らしていたの。その時に、ゼータとダブルゼータを造っているグレイ・ストークって言う物好きなおじさんがいてね…………楽しかったなぁ…………」

 

 それほど昔の話ではないのだろうが、遥か過去を思い出すような表情をシャクティは浮かべた。

 

「シャクティさんは、女王マリアの娘さんを地球に連れて来る手伝いをしたんだろ??その娘さんは、どこに??」

 

「カサレリアって言う、東ヨーロッパの集落にいるわ。そこにいれば、ザンスカールの目から隠せる…………」

 

 カサレリアと言う地名に、マイとニコルは顔を合わせる。

 

 2人ともバルセロナ近郊の浜辺の町、マンダリアンで育った。

 

 その為、東ヨーロッパの地名は詳しいが、カサレリアという地名は聞いた事がない。

 

「カサレリアは、とても小さな集落なの。知らなくても無理ないわ。だから、人を隠すのには丁度いいのよ」

 

 2人の反応に察したシャクティが、カサレリアの説明をする。

 

「でもヨーロッパのエリアは、サイド2出身者や関係者が多いでしょ??ザンスカールの目から隠したいなら、ヨーロッパよりアジアとかに連れて来ちゃった方がいいんじゃない??」

 

「それは…………そうかもな。アーティ・ジブラルタルにあるマスドライバーも、サイド2への輸送がメインだし…………」

 

 マイの言葉に、ニコルが同意した。

 

「本当は、そうしたいところなんだけどね…………ヨーロッパから出るのに、不法移民者だと取り調べを受けるし、その時にザンスカールに情報が流れてしまう可能性があるの。だから、ヨーロッパ地方に隠すしかなかった…………私は障害者でもあるし、サイキッカーの素養もあるからカーシーへは意外と自由に行き来が出来るのだけど…………」

 

「そっか…………ケド、そうまでして女王の娘を隠す必要あるのかな??女王の子供なら、ザンスカールでは不自由なく暮らせそうだけど…………」

 

 マイは、当然の疑問を口にする。

 

「娘を人質にとられて、女王がいいように利用されない為って、マデアさんが言ってたな…………」

 

 ニコルの言葉に、シャクティは頷く。

 

「そう…………あの日、私とマデアは地球に向かう事を決意した…………だけど地球は、外からやって来る者を排除する考えが根付いているの。だから、地球の人達とザンスカール帝国と…………両方からアシリア様を守るには、カサレリアに連れて行くしかなった…………」

 

 その時の事を思い出しているのだろうか…………シャクティの瞳から、涙が1粒床に落ちた。

 

「それで…………最初の質問に戻ってしまうけど、シャクティさんは、どうしてカーシーに住んでいるんですか??その…………アシリアさんと一緒に住んでいる方が、守れるんじゃないかな??」

 

「私も、出来ればそうしたい。でもアシリア様は、私が倒れた時にショックで記憶障害が起きているの。けど、私の名前だけは忘れずに覚えていた…………私がアシリア様の前に出て行ってしまったら、記憶が戻ってしまうかもしれない。今のアシリア様は、自分の名前と疑わずに、私の名前…………シャクティを名乗っているの。だから私は、遠くから見守る事に決めたのよ」

 

 地球に来た時、一体何があったのだろうか…………

 

 女王の娘、アシリアの記憶が失われる程の…………シャクティの身体がボロボロになる程の事があったのだろう。

 

「アシリアさんは、シャクティさんの事が好きだったんだろうな…………だから、自分の名前を忘れてもシャクティさんの名前は忘れなかった。で、そのアシリアさんを守る為に、カーシーで修行中ってトコかな??」

 

 シャクティはニコルの鋭さに、内心驚いた。

 

「凄いわね…………マデアがペラペラと喋ってしまう訳だ……………ニコルの言う通り、この身体でアシリア様を守るには、サイキッカーやニュータイプの能力を高めるしかない…………地球の衛星軌道上までベスパが迫っているなら、尚更ね」

 

 シャクティの戦う理由を感じたニコルは、自分の心に問う。

 

 自分は、一体何の為に戦っているのか…………

 

 幼なじみのマイを助け、今は地球にいる。

 

 2人で故郷に帰って、平和に暮らす事も出来るかもしれない。

 

 ニコルは、リガ・ミリティアに戻るのか否か…………真剣に考えはじめていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カーシーのシャクティ2

「良かった………2人とも無事なのね!!何日も連絡無いから、大気圏で燃え尽きたと思ったじゃない!!」

 

「すまない、ニーナさん。地球には降りれたケド、直ぐに通信したら色々とヤバイだろ??なんたって、不法侵入者なんだから」

 

 ニコルの言葉を聞いて、直ぐに連絡出来ない事を理解したニーナだったが、それでも顔は険しいままだ。

 

「確かに皆すごく心配していたから、ニーナの怒りは分かるけど…………ニコル達も大変だったんだ…………大目に見てやりなよ。ニコル、コッチも戦死者を出さずに切り抜けたわよ」

 

 艦長のスフィアが管制官であるニーナの頭を撫でながら、ニコルに先日の戦闘の報告をする。

 

「それに、戦力の補充もあったしな………ニコル、マイを助けてくれてサンキューな。これで、お前達が戻ってくればパーフェクトだ」

 

 レジアの声が通信器から聞こえてきたが、マイは特に反応しない。

 

「ああ…………まぁ、宇宙に出る方法があればね…………それと、マイの様子も少しおかしいんだ。レジアの声を聞いても反応ないし…………」

 

「ごめんなさい…………私にも分からないんだけど、感情が欠落している感じがして…………多分、ベスパの戦艦の中で変な装置にかけられた時に無くなったと思うんだけど…………」

 

 ニコルの話を補足するように、マイはスクイード1で起きた一部始終を話す。

 

 辛い経験だった為、話すと思い出してしまう…………それが少し辛かった。

 

「感情を失わせる装置か…………そんな装置を開発して、ベスパが何を企んでるか知らんが…………あの時、オレの判断の鈍さが…………プロシュエールを倒す覚悟が足りなかった為に、マイに辛い思いをさせてしまったな…………」

 

 レジアは、唇を噛み締める。

 

「そんな訳だからさ…………とりあえず、地球で少し療養していくよ。今はカーシーにいて、精神的な修行とかも出来そうなんだ。それに、地球にはオレとマイの故郷もあるし…………」

 

「少し休むのも良いかもしれないわね…………もし私達と合流出来そうなら、カリーン基地に行きなさい。そこで宇宙に行く手筈を整えるわ」

 

 スフィアは2人とも休養が必要だと考えたが、それでもニコルは貴重な戦力である。

 

 その為、宇宙に上がる方法は伝えておきたかったし、カリーン基地なら行きやすいと考えた。

 

 カリーン基地…………ニコルとマイが、地球に住んでいた時に就職した場所である。

 

「分かった。故郷にも近いし、そっちに戻れそうなら基地に行ってみるよ」

 

 ニコルはそう言うと、通信を終えた。

 

「ニコル…………やっぱり私おかしいね。レジアの声を久しぶりに聞いたのに…………やっぱり何も感じない。自分が自分じゃないみたい…………恐怖はこんなに感じるのに…………」

 

 小刻みに震えるマイの肩を、ニコルはそっと抱きしめる。

 

「やっぱり、戦場に出なければよかったな………オレが調子のってモビルスーツなんかに乗らなければ…………」

 

「ニコルのせいじゃないよ…………でも、また戦場に戻らなきゃいけないって考えると…………怖い…………」

 

 マイの言葉に、ニコルは頷く。

 

 自分が死ぬのも怖い…………でも、大切な人達が傷ついていく姿を見るのも、分かり合えた人達と戦うのも辛い…………

 

 そして、その怖くて辛い事をして、自分達に何が残るのか…………

 

 ニコルは、分からなくなっていた。

 

「ニコル、マイ…………明日から、私と一緒に修行してみる??私も、戦う理由を見失っていた事があるの。アシリア様を地球に連れて来て、自分の身体もボロボロになって…………私は何をしているのだろうって…………でも、私にはアシリア様を守る事が戦う理由になった。何の為に戦うか…………それを見極めなければ、戦場に戻ってはいけないわ」

 

 シャクティは、2人に優しく声をかける。

 

 そして、ニコルはニュータイプ能力の向上、マイは無くしてしまった感情を取り戻す為に、カーシーでの修行が始まった…………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地球を狙う砲台

「ニコル達は無事で良かったが…………マイの感情の欠落…………そんな事をして、ザンスカールに何の意味があるんだ??」 

 

「ただ感情を抜き取ったとは、考えづらいですよね…………その感情を、何かに利用しようとしてるんでしょうか??」

 

 手を顎に当てて考え込むレジアを見ながら、クレナも首を捻る。

 

「レジアにとっては残念なお知らせだったんだろうが、コッチもあんまり余裕ねーぞ!!ケイトの持って来た情報だと、月近くの宙域で長距離レーザーの建造が進んでるんだろ??そいつを叩かねーと、地球にいるニコル達も、ミューラも死んじまうぞ」

 

 ヘレンの言う長距離レーザー…………その情報は、ケイトがアメリアを離れる時にアーシィから託された物だった。

 

 Zガンダム・リファインがいなくなった事で、太陽光ハイランドをベスパが易々とが占拠した…………その為、その電力供給を受けて長距離レーザーは開発スピードが早まっている。

 

「しかし、そのレーザー…………地球を直接攻撃出来るんだろ??ザンスカールのモビルスーツ開発が大して進んでないのも、コレが原因なのかもな…………」

 

「けどさ…………そいつを叩くにしても、この艦だけで攻撃するんだろ??ベスパのモビルスーツが大した事ないにしても、いくらなんでも無謀じゃないのかい??」

 

 オリファーとジュンコが、長距離レーザー…………カイラスギリーの情報を見ながら疑問を口にする。

 

「ニコル達もそうだが、ダブルバードの開発でミューラさんも地球にいる。エルネスティさんの協力で、地球連邦の一部が開発に協力してくれているんだ。それにダブルバードはサナリィとアナハイムの技術が正式に融合した最初のモビルスーツになる。その機体の開発を邪魔される訳にはいかない」

 

「あらあら、ジュンコさん弱気ねぇ…………私達は、ずっと無謀な戦いしかしてないから…………今更な感じだけどね」

 

 レジアとリースティーアは、ジュンコの言う通り無謀な作戦である事は理解していた。

 

 それでも、やるしか無い事も分かっている。

 

 そうであれば、弱音を吐いている余裕は無い。

 

「レジア達の言う通り、長距離レーザーを地球に撃たせる訳にはいきません。情報によると、護衛艦2隻によるエネルギー補給が必要らしいから、その艦を一隻でも墜とせれば…………」

 

「そう考えると、結構やれるかもね!!サナリィでの戦いみたいにニュータイプ専用機とか出てくるとキツイけど、そのニュータイプ達も長距離レーザーには否定的みたいだし…………」

 

 艦長のスフィアの言葉に、マヘリアも同調して笑顔を見せた。

 

「ザンスカールのニュータイプ…………アーシィもレジアも悪い奴らじゃない。それに、マリア・カウンターとベスパは違う。マリア主義を掲げる人間が、大量殺戮平気を容認する訳がない」

 

 アメリアに潜入し、実際にアーシィやレジアと接触してきたケイトの話は説得力がある。

 

「まずは月の基地、ホラズムで補給してから作戦を開始します。リースティーア、F90の新しいミッションパック…………Nの文字を与えられた力…………NT-Dの能力を持った機体を月基地で換装します。身体への負荷は強いケド…………」

 

「あらあら、私は結構頑丈よ。心配しなくても、使いこなしてみせるわ」

 

 リースティーアの答えにスフィアは頷くと、艦首をホラズムに向けるように指示を出す。

 

「ダブルバードも完成目前だ…………ザンスカールが長距離レーザーの照準を合わせるとしたら、リガ・ミリティアの基地がある北欧を狙うに違いない…………だからこそ、今回の作戦は失敗出来ない」

 

「そうね…………それに地球が打撃を受けたら、せっかく協力的になってきた地球連邦軍も弱気になりそう…………今の連邦に、骨のある奴は少ししかいなそうだし…………」

 

 レジアとマヘリアの言葉に、一同は気を引締める。

 

 戦力差はあるが、そもそもレジスタンスになった時から、そんな戦いが続く事は皆分かっていた。

 

 長距離レーザー…………カイラスギリーを叩く作戦が始まろうとしている。

 

 その先に待ち構える悲劇がニコルの心境を変化させる事に、この時は誰も分からなかった……………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

F90・Nタイプ(NT-D)

「とにかく、真っ先にF90・Oタイプを搬入してくれ!!Nのミッション・パックは取り付けるだけじゃ駄目だからな!!」

 

「トライバードのデータも抽出しなきゃならん!!V計画の機体の開発も佳境にきている!!戦闘データと機体データは大至急メイン・コンピュータにコピーするんだ!!」

 

 月基地ホラズムに到着したミリティアン・ヴァヴは、固定された瞬間にメカニックや作業員達に占拠された。

 

 元々はサナリィの基地だったホラズムに、地球連邦軍の要請でアナハイムのメカニック達も派遣されている。

 

 リガ・ミリティアに賛同したアナハイムのメカニック達は、NT-Dのデータを持ち込んでいた。

 

 サナリィの技術者だけでは開発出来なかったニュータイプ・ドライブと呼ばれるシステムは、アナハイムの技術と融合し、ついに小型モビルスーツに搭載出来るようになる。

 

 F90オフィサー・タイプは、周囲の戦場の把握と情報伝達の為にサイコフレームは搭載されていた。

 

 しかし、ムーバブルフレームと呼ばれるモビルスーツの内部骨格に更なるサイコフレームの増量が必要である。

 

 そして、NT-Dをサポートする為のミッション・パックを取り付け、運用実験までを短期間で行わなければならない。

 

「凄い熱量ですね………前にホラズムに来た時は、レジアさんとマヘリアさんとニコルがザンスカールの部隊を追い払って、歓喜に溢れていたけど………マヘリアさんは負傷していたし、喜びの中にも不安が感じられた。でも今は、サナリィとアナハイムは手を携えて………皆、前しか見ていないですね」

 

「ホントねー。前より人員も増えている気がするし………トライバードの活躍やザンスカールへの反発が、人々を動かしているのかもねー」

 

 以前ホラズムに来ていたクレナとマヘリアが、その時とは違う人々から感じる熱量の多さに驚く。

 

「ザンスカールがサナリィの技術者達に作らせているのは、大量破壊兵器か低コストの量産機だ。だが、我々の為に開発してくれているのは、サナリィとアナハイムの技術の融合だ。俺達が、その科学反応の結果を見せてくれると信じているんだろう………責任重大だな」

 

 ホラズムのモビルスーツ・デッキに搬送されていくトライバード・ガンダムとF90オフィサー・タイプを目で追いながら、レジアは床を蹴る。

 

「さて、メカニック達だけに仕事をさせる訳にもいかない。俺達も、やれる事をやろう」

 

「あらあら、そうね。私も、F90・Nタイプの換装の手伝いと、操作方法を勉強しておくわ。焦っちゃいけないけど、敵は私達の準備を待ってくれる訳じゃないしね」

 

 レジアとリースティーアは、自分達のモビルスーツに向けて動き出す。

 

「皆は、ミリティアン・ヴァヴの補給とフォーメーションのチェック!!ガンダム・タイプだけにいい恰好させる訳にはいかないぞ!!ガンイージ隊も、しっかり戦えるとこを見せてやろう!!」

 

 レジアとリースティーアの背中を目で追っていたクレナとマヘリアの背後から、オリファーが発破をかけるように手を叩く。

 

「そうですね………悔しいですけど、お2人に比べたら私は弱い………それでも、皆で連携して戦えば………」

 

「私達で、ガンダムより結果を出せばいいんだろ??やってやろうじゃないさっ!!」 

 

 クレナの肩を軽く叩いてウィンクしたマヘリアは、そのままミリティアン・ヴァヴのモビルスーツ・デッキに向けて動き出す。

 

「さて、オリファー隊長。私達は、カイラスギリー艦隊攻略の作戦立案をしなきゃな。地球を直接狙うビームなんて、絶対に撃たせちゃならない!!」 

 

「ああ、分かってる。電力の供給を絶てればいいんだが………ハイランドに被害が出てしまう。やはり、制御している艦を墜とすのが一番なんだろうが………」

 

 ジュンコに促されたオリファーは、基地の中に流れる熱量に危機感を感じる。

 

 もちろん、希望もあるのだろう………だが、どんなに考えても、絶望的な戦いだ。

 

 ホラズムのリガ・ミリティアのメンバーも、それは分かっているのだろう。

 

 だからこそ、ほんの少しでも作戦が成功する為に…………いや、この作戦が失敗しても、次に繋がるように必死に作業しているのだ。

 

「地球の基地に、ピンポイントでビームを撃たれたら最悪だな………協力的な地球連邦の少数派も、意気消沈するだろうからね。今度の戦いは、勝ち負けよりも………」

 

「ああ………分かっている。シュラク隊が結成早々全滅しても、レジアとリースティーア、それにミリティアン・ヴァヴさえ生き残って、制御艦を1つでも墜とす………それだけでいい………そうしたら、次に繋げられる。その為に………」

 

 ジュンコに言葉をかけながら、オリファーは眼鏡の奥で、その瞳に決意を表す。

 

「私達の代わりはいるが、あいつらの代わりはいない。レジアの操縦センスとリースティーアの射撃センスは、練習でどうにかなるもんじゃない」

 

 ジュンコの話を聞きながら、オリファーは天を仰いで大きく息を吐く。

 

 命を散らして希望を繋げて………それを何回繰り返せば、戦争は終わるのだろう…………

 

 だが、希望を託せる人間が自分達の信頼に足る人物である事に、オリファーは少しの幸せを感じていた………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

F96アマネセル

「リースティーア………あんた、NT-Dを使いこなせる自信、あんのかい??あんたは、射撃特化型のパイロットだ。サイコフレームが宝の持ち腐れになるんじゃないのかい??」

 

「あらあら………ジュンコさん、随分ですね。ここにいる誰よりF90タイプの扱いには慣れているし、サイコミュは射撃でも充分使えるわ」

 

 ジュンコの言葉に、リースティーアは余裕の笑みを浮かべて答える。

 

「今回の作戦は、トライバードの起動力、F90・Nタイプの長距離射撃がキモになる。ジュンコの心配は分からないでもないが、今のパイロット事情ではリースティーアに任せるのが1番だ。パイロットとしてのトータル能力も高いしな」

 

 ミリティアン・ヴァヴに搬入されていくN装備のミッションパックを与えられたF90を眺めながら、オリファーはジュンコに声をかけた。

 

「まぁ………戦闘データを見れば、能力の高さは分かるけどね………でも、実際の戦闘を見たのは前回の小競り合いの時だけだし、信用しきれないんだ。コッチも、リースティーアのフォローを命懸けでやらなきゃいけないんでね」

 

 ジュンコは別に、リースティーアに喧嘩を売るつもりは無い。

 

 ただ自分を含めたガンイージ隊は、リースティーアの長距離射撃をフォローする………つまり、守り続けなければいないのだ。

 

 命懸けで守っても、その腕がナマクラであれば、意味の無い事をしている事になってしまう。

 

「あらあら、そう言われると………そうねぇ………でも、腕を披露するのにベスパに仕掛けたら、NT-Dの持っている機体があると敵に教えるだけだわ」

 

「そうだが、運用試験もしなければならないだろ??その時にリースティーアさんの腕を確認すればいい。それと、あの機体はF90じゃないらしい。新規開発した技術は組み込まれていないが、今までのサナリィとアナハイムの技術の融合………F96・アマネセル………そう名付けられたそうだ」

 

 暗い闇に光を射す存在………ザンスカールのもたらす闇を打ち砕く力………そして、連邦とリガ・ミリティア、アナハイムとサナリィの協力………全ての幕開けに相応しい名前、アマネセル………スペイン語で夜明けを意味する名を与えられたガンダム。

 

 かつて、GP01・フルバーニアンに搭載されていたスラスターであるユニバーサル・ブースターポッドの発展型を上下左右に装備し、驚異的な可動範囲と3次元の空間移動を可能とした。

 

 そして、その制御を行うのに必要なNT-Dである。

 

「なるほどねぇ………サナリィのモビルスーツのフレームに、アナハイムの技術を融合させたって訳かい。見た目は強襲型にしか見えないんだよな………だから、リースティーアだと少し不安なのさ」

 

 F96アマネセルの背後を見つめながら、ジュンコは再び不安を口にした。

 

「あらあら………それでは、トライバードと運用試験を兼ねて戦ってみようかしら??」

 

「いや、ガンイージ隊と模擬戦してもいいんじゃないか??ミリティアン・ヴァヴには、サナリィとアナハイムの技術者達も乗り込んでくれている。模擬戦を通じて出た問題点は、移動中に改善してくれる筈だ」

 

 レジアの言葉に、オリファーが頷く。

 

「ホラズムの周囲に、ミノフスキー粒子を散布。短時間でデータをとるぞ!!」

 

 

 オリファーが号令をかけた数時間後、ガンダム2機とガンイージ6機が月基地付近の宙域で対峙していた。

 

「こうして見ると、敵の艦隊に攻撃するには少ないですね………やっぱり」

 

「クレナ、今更だぜ!!量より質ってな………まずは、新しくなったガンダムとの力試しだ。いくぜっ!!」

 

 ヘレンのガンイージが、バーニアを吹かしてガンダム2機に迫っていく。

 

「あらあら………ヘレンに連携を期待しても無駄かしら??レジア、宜しくね」

 

「了解!!手筈通りにやる!!」

 

 飛び込んで来るヘレンのガンイージに、トライバード・アサルトがビームサーベルで対応する。

 

 ガンイージの放つビームを難無く回避しながら、トライバード・アサルトがヘレン機を他のガンイージ隊から切り離していく。

 

「ったく………ヘレン、迂闊に飛び出し過ぎだよ!!」

 

「仕方ない、ガンイージ隊は編隊を崩さずに前進だ!!トライバードはヘレンに任せて、F96から仕留める。各個撃破だ」

 

 ヘレンの独断行動に呆れるマヘリアを横目に、オリファーは落ち着いて指示を出す。

 

「ヘレン、あんたはトライバードの牽制だ!!突っ込み過ぎないように………私達がF96を墜とすまで、時間を稼いでくれればいい!!」

 

「分かってます………って!!」

 

 ジュンコの通信に応じたヘレンだったが、既に防戦一方になっていた。

 

 レジアの戦闘データを元にモデファイされたトライバード・アサルトの動きは、全く隙がない。

 

 射撃が得意ではないヘレンの放つビームが躱されるのは仕方ない………しかし、接近戦でも押し負けていた。

 

 接近戦をしている筈なのに、ビームサーベルの攻撃を防いだと思ったらトライバード・アサルトの機影がモニターから消える。

 

「くそっ、出鱈目に早い!!どうなってんだ!!」

 

「このままじゃ、ヘレンがヤバイ!!私、助けに行きます!!」

 

 ヘレン機の援護に向かおうとしたマヘリア機の目の前に立ち塞がるように、一筋のビームが通り過ぎた。

 

「くっ………射撃が正確なのは相変わらずね………」

 

 ヘレンの援護に行けない………それどころか、オリファー率いる本隊ですら、F96から放たれるビームの弾幕に立ち往生させられる。

 

「これじゃあ、コッチが各個撃破されてしまう………ジュンコ、一旦君に指揮権を委譲する。全機、オレの後に続け!!」

 

 正確なビームに晒されながら、オリファー機はビームシールドを展開しながらF96に飛び込んでいった………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

F96アマネセル2

「あらあら………オリファー機が突っ込んで来る??F96アマネセルには、NT-Dが搭載されてるって分かってる筈なのにねぇ………」

 

 本来、NT-Dはニュータイプや強化人間の発する感応波を感じる事で自動に発動する。

 

 逆に言えば、ニュータイプか強化人間が相手でないと、NT-Dは発動しない。

 

 しかしF96アマネセルのNT-Dには、リースティーアの感応波にも反応するように調整がなされており、デストロイモードへ任意に移行できるようにプログラムされている。

 

 リースティーア以外のパイロットが搭乗した場合は、相手がニュータイプか強化人間でなければ、F96の通常モードでしか戦えない。

 

 もはやリースティーア専用機と言っても過言ではない程に改修されたリファリアのF90は、もはや新型機のようなものだ。

 

「あらあら………ここまでユニコーン・ガンダムに寄せる事は無かった気がするケド………シールド・ファンネルを使ってみる」

 

 F96アマネセルには、3機のシールド・ファンネルが装備されている。

 

 それぞれにIフィールド発生装置が付いており、更にビーム・ガトリングでオールレンジ攻撃が可能だ。

 

 NT-Dを使用したF96アマネセルは、その機体名に偽り無く、まるで朝焼けのように赤く輝く。

 

「NT-D………早速使ってきたかっ!!ジュンコ、リースティーアの力量を見たいなら手を抜くなよ!!」

 

「当然!!ここで私達に倒されるなら、NT-D………アマネセルは任せられない!!それに、私達の命を預ける訳にはいかなくなるからね!!」

 

 F96アマネセルに迫っていくガンイージ隊の動きは、決して遅くない。

 

 むしろ、どの戦場で戦っても恥ずかしくない程の動きを見せる。

 

「あらあら………流石、死線をくぐり抜けたパイロット達だね。でも、ハイコスト機は伊達じゃないわよ。それに、ガンスナイパーより扱い易いしね」

 

 そのガンイージ隊に、リースティーアの脳波を読み取りながら動くシールド・ファンネルが迫っていく。

 

「って、オリファー隊長!!ヘレン機を引き連れて、トライバードがコッチに向かって来てる!!このままじゃ後ろとられるよ!!」

 

「私とマヘリアさんで迎え打ちます!!皆さんは、アマネセルに集中して下さい!!」

 

 マヘリアとクレナの通信を聞いて一瞬後方を確認したオリファーが、F96アマネセルに向けて全開にしていたガンイージのバーニア出力を弱める。

 

「いや、このままトライバードを吸収して混戦に持ち込むぞ!!不慣れな機体で、混戦状態の味方機に当てないように射撃は出来んだろ??この状態で、うまくトライバードを墜とせれば………」 

 

 オリファーの思惑通り、F96アマネセルの援護に来たトライバードをガンイージ隊は囲い込む。

 

「あらあら………レジア、こちらの思惑通りね………」

 

「ああ………リースティーアさん、後は頼む。その力を見せつけてやれっ!!」

 

 F96アマネセルは、抱えていたメガ・ビームライフルを構える。

 

 そして………射撃方向から射線を読まれないように小刻みに移動しながら、メガ・ビームライフルでビームを放つ!! 

 

 まるでビームが生きているかのように………動き回るトライバードには掠りもせず、ガンイージのみにビームの雨が降り注ぐ。

 

「嘘でしょ??トライバードもいるのに、ガンイージだけにビームを当てるなんて………」

 

 模擬戦用のビームの為モニターにはビームが映るが、実際にはビームは撃たれていない。

 

 その事は頭で理解しているマヘリアだったが、そのビームの正確さに冷や汗が零れた。

 

 更に、マヘリアの見つめるモニターには、撃墜されてマーカーを失うガンイージが出始めた事を告げてくる。

 

「マヘリアさんっ!!このままじゃ、中と外から狙い撃ちされる………とにかく、トライバードから距離をとらないと………」

 

 クレナの悲痛な叫びを聞いても、マヘリアはトライバードとアマネセルの攻撃から逃れられない。

 

 トライバードの近接攻撃を受ければ、F96アマネセルから放たれるビームの餌食になる。

 

 混戦を逃れようと動いても、シールド・ファンネルによって混戦の中に連れ戻された。

 

「うわぁぁぁ!!」 

 

 F96アマネセルのビームを躱した直後のオリファーのガンイージが、トライバードの放ったビームに貫かれる。

 

「くそっ、相手はたったの2機だぞ!!ガンイージは、リガ・ミリティアのエース達に支給された機体だってのにっ!!」

 

 ビームの雨を躱しながら、トライバードとシールド・ファンネルの攻撃を意識しなければならない。

 

 ジュンコは額から流れる汗を拭う事すら出来ず、2機とファンネルの攻撃を避け続ける。

 

 そう………いつしかガンイージ隊は、反撃よりも攻撃を避ける時間が長くなっていた。

 

 そして、気付けばジュンコとクレナとマヘリアのガンイージが背中合わせになっている。

 

「他の機体は………やられてる………くそっ、なんてこったい!!」

 

 その3機の目の前に、F96アマネセルがデストロイモードを解除して迫って来た。

 

「あらあら、ジュンコさん。私の力が見たいのでしょ??」

 

「ちっ、デストロイを使わなくても勝てるって事かいっ!!」

 

 頭に血が上ったジュンコは、ビームを放ちながらF96アマネセルに飛び込む!!

 

「あら、レジアは手を出さなくていいわ………」

 

 F96アマネセルの援護に動こうとしたトライバードをリースティーアは制して、ジュンコのガンイージにビームを集中させる。

 

「コッチは3機いるんだ!!一気に押し込むぞ!!」

 

 ジュンコのガンイージの動きに合わせて、マヘリアとクレナのガンイージも援護射撃を行いながらF96アマネセルに迫る。

 

 F96アマネセルは、そのビームをビームシールドで受けながら射撃を続けるが、ジュンコ機の接近を許してしまう。

 

 リースティーアは、格闘戦が苦手過ぎた。

 

 一度食いつかれてしまうと、反撃する余裕がない。

 

 その為、マヘリア機とクレナ機の接近も許し、ビームサーベルを振りかざしてF96アマネセルに接近戦を仕掛けてくる。

 

「?????」

 

 ビームサーベルでガンイージの攻撃をすれすれで躱したF96アマネセルのコクピットが、赤い光に包まれた。

 

 強制的にデストロイモードに移行したF96アマネセルは、高速でガンイージから距離をとる。

 

 そして、ガンイージの背後からシールド・ファンネルによるビーム・ガトリングの連射が始まった。

 

「なっ………速い!!」

 

「きゃああああ!!」  

 

 マヘリアとクレナの悲鳴を聞いた瞬間、2機のガンイージが撃墜表示に変わる。

 

 ジュンコ機と1対1になると、デストロイモードが強制解除された。

 

「あらあら………今のは一体………何だったのかしら??」

 

「油断させて攻撃か………まぁ、油断したコッチが悪いって事かっ!!」

 

 ジュンコは多少の憤りを感じながら、F96アマネセルに再び飛び込む。

 

「あらあら………まぁ、勘違いするわよねぇ………仕方ないわね」 

 

 バーニアとアポジモーター………ユニバーサル・ブースターポットの最終形態とも言えるブースターは、高速での3次元の動きを可能とする。

 

 デストロイモードでなくても、それは変わらない。

 

 どこから撃ってくるか分からない射撃は、ジュンコに複数のモビルスーツと戦っている感覚を与える程だった。

 

「デストロイを使わなくても、コレかい!!イージ1機じゃ限界か………」

 

 正面から撃たれたと思ったら横………そして背後からと、ピンポイトの射撃が飛んでくる。

 

 ジュンコ機は、成す術なく撃墜された………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙と地球と

「カイラスギリー………ビッグキャノンか………ザンスカールは、なんでそんな物を造ったのかね??」

 

「それは………抑止力の為ではないのでしょうか??帝国とは言え、サイド2コロニー群の一国家に過ぎません。力を見せなければ、逆に押さえ付けられてしまいますから………」

 

 頭の後ろで腕を組み、ミリティアン・ヴァヴのブリッジの椅子に腰をかけたジュンコに、その傍らに立っていたクレナが答える。

 

「あらあら、ジュンコさん。地球の静止衛星軌道の外からでも、地球を直接狙える兵器は脅威だわ。コロニーレーザーやコロニー落としの悲劇は、地球の人達の恐怖を煽るには最適じゃないかしら??」

 

「それに地球に住む人達は恐怖と戦うというより、なんとか恐怖を取り除けるように動くだろう………戦わずして、ザンスカールに屈するという事態になりかねない。だからこそ、今回の作戦は成功させないとな」

 

 ブリッジのモニターに映し出されるカイラスギリー艦隊との距離を見ながら、リースティーアとレジアもジュンコに声をかけた。

 

「そもそも今回の作戦が失敗すれば、リガ・ミリティアの活動自体が地球から圧力を受ける事になるかもしれん。レジアも言っていたが、地球の人達は自分達に害が無ければ、外で何をしていてもお構いなしだ。そして害が出そうになれば、本質を叩くという発想ではなく、そこに刺激を与えた者を排除しようとするだろう………」

 

「はぁ………もし私達の攻撃中にビッグキャノンが撃たれて地球に被害が出たら、撃ったザンスカールじゃなくて、攻撃した私達が悪くなるのかぁ………問題を先延ばしにしても、結局は自分達が不利になるのにねぇ………」

 

 オリファーの話を聞いたマヘリアが、ウンザリといった表情で両手を広げる。

 

「そんな腐った地球の奴の中でも、オイニュング伯爵やボイスンとか、イイ奴達もいるからな。なんとかしねーと」

 

 ヘレンの言葉に、オリファーが頷く。

 

「今回の作戦は、結構無謀だ………無理はせず、とにかくビームを撃たせない事が1番大切だ。その上で、どこかを破壊させれればいい」

 

「あら………そうね。時間さえ稼げれば、地球連邦と協力する事も出来るかもしれないし、ダブルバードも間に合うかもしれない。とにかく、地球にビームが撃たれないように、少しでも壊して時間稼ぎするしかないわね」

 

 ジュンコは、少し穏やかで何を考えてるか分からないけど、やる時はやってくれるリースティーアの魅力がわ分かり始めていた。

 

 

「ニコル、マイの感情は取り戻せそう??」

 

 カーシーで修行中のニコルは、シャクティの言葉に首を横に振る。

 

「駄目だね。やっぱり、人に好意を持つって感情が失われてる。他は普通なんだけどね………なんで、ベスパはマイの感情を奪ったんだろうな………」

 

 ニコルは前髪に息を吹きかけると、カーシーの上空に広がる青い空を仰ぎ見た。

 

「焦っても仕方ないわ。少しずつ………ゆっくりでも、良くしてくしかないわね。一番辛いのは、マイなんだから………」

 

「まぁ………そうだな。それで、話ってなんだい??シャクティさん」

 

 ニコルは陽射しの強いカーシーに来てから、帽子を被っている。

 

 その帽子のツバを後ろにして、シャクティに呼び出された理由を聞いた。

 

「アシリア様に会う為に、今度バルセロナの町まで行く予定なの。ニコル達も、一緒にどうかなと思ったんだけど………」

 

「バルセロナか………故郷のマンダリアンの近くだな………マイの事を考えても、故郷に戻るのもアリかな??」

 

 ニコルはマイの心の療養の為にも、故郷に一度帰りたいとは考えており、シャクティの申し出はありがたい。

 

「そう。私は身体が不自由だから、一緒に来てくれると何かと助かるわ。リガ・ミリティアに戻るにしても、ヨーロッパの方へ行かなきゃいけないんでしょ??」

 

「うーん………マイの事もあるし、リガ・ミリティアに戻るかは決めてないんだよね………」

 

 シャクティはニコルの返事に、穏やかな表情で頷く。

 

「そうね、無理に戻る必要はないわ。私も色々考えて、地球に残る決心をした………ニコルも、自分が信じた道を進みなさい。でも………戦うにしても戦わないにしても、ニュータイプとして戦ってしまったからには、責任が付き纏うわ」

 

「分かってるつもりだよ。自分が戦わない事で、信じてくれていた人達を裏切る事も分かってる………でも………」

 

 ニコルは、ダブルバード・ガンダムを托そうとしてくれているレジアとミューラの顔が、真っ先に頭に浮かんだ。

 

 それでも、マイの感情の喪失や自分が戦う事で失われていく命に、ニコルは戦場に出る事に恐怖を覚え始めている。

 

「故郷に戻って、何か変わると良いわね。どうなるにしても………」

 

「ああ………でも、カーシーでの修行も有意義だった。人と分かり合う為にはどうすればいいのか………少し見えて来た気がするしね。それがニュータイプとしての能力なのか、人として当たり前の事かは分からないけど」

 

 そう………戦うにしても戦わないにしても、人と分かり合う事で争いが避けれるなら、それが一番良いとニコルは考えていた………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カイラスギリー防衛戦

 

「リガ・ミリティアの戦艦が見えてきたな。こっちに来てくれて、有り難い事だ。ズガン艦隊に墜とされでもしたら、また奴に大きな顔をされてしまうからな………」

 

 タシロは独り言のように呟くと、スクイード1に作られたクローンのファクトリーを眺める。

 

「グリフォン・タイプは、もう少し調整が必要だな。アーシィの能力を最大限に活かし、更に私の意のままに動く人形になって貰わんとな………やはり今回は、カネーシャ・タイプをメインで使うしかないか………」

 

 タシロは怪しく微笑むと、1人の女性のクローンを見つめた。

 

 黒髪にアジア系の顔立ち………そして物腰の穏やかそうな女性は、タシロでなくても気になる男性は多いだろう。

 

「カネーシャ・タイプは、能力は微妙ですね。腕の良いパイロットのクローンなのに、元々の性格なのか………味方を庇う動きを行ってしまう為に、倒せる相手でも倒しきれない………」

 

「まぁ、そう言うな。味方を庇うのも、使いようだ。それに、命令には従順だしな。感情が欠落してるから、その辺りが面白みに欠けるが………」

 

 顎に指を当てて考え込む仕草をするピピニーデンに、タシロは笑いながらその肩を叩く。

 

「そういえば、感情を持たせたクローンが一体いましたね??確か、強化人間の失敗作でしたか………奴は今どこに??」

 

「感情を持たせた為に、自由気ままに動いている奴が確かにいるな。強化してやった恩を忘れ、我々に反旗を翻した愚かな奴が………だが、それも含めて使いようって事だ。次の戦闘で、少々実験してみるか………自分の大切な場所が自分のせいで壊れていく様を見た時、奴はどうなるかな??」

 

 タシロの気持ちの悪い笑みは、更に大きくなった。

 

 

「アーシィ大尉、今回はベスパの指揮下で戦うんですね!!私にも勉強させて下さい!!」

 

 パイロット・スーツに着替えたアーシィが、マグナ・マーレイのコクピットに入ろうとしている姿を見たメッチェが、大きな声を出す。

 

「准尉か………少し声が大きいぞ………今回はマリア様の命令で、ベスパに協力する事になった。タシロ中佐に采配を委ねているから、准尉が私の指揮下に入るかは分からんぞ??」

 

「モビルスーツ戦になれば、マグナ・マーレイの動きは目立ちます。それを見て勉強しますよ!!」

 

 メッチェはアーシィに敬礼すると、その場を離れて行く。

 

「全く………コッチは、モチベーション低めなんだがな………ニコルが無事にリガ・ミリティアに戻れたかは分からないが、ここの場所が分かってるって事は、ケイトとは戦わなくてはいけない………まさかクローン計画が、人の血を流さないで戦争を終わらせる要だったなんて………」

 

 サイキッカーによる、人から闘争心という感情を抜き取る………天使の輪計画の準備が、クローンを実験体にして行われていた。

 

 マリアもアーシィも、血が流れないで分かり合える事が一番良いと思う。

 

 闘争心を失わせれば、戦争は起きない。

 

 その計画を成功させる為には、嫌でもタシロの作戦を協力する必要がある。

 

「ふぅ………」

 

 マグナ・マーレイのコクピットに収まったアーシィは、軽く溜息をついた。

 

 それでも、それが本当に正しい事なのかアーシィは判断出来ないでいる。

 

 しかしタシロに反発しなければ、母親の薬の支給が止まる事はない。

 

 それを理由に、タシロの計画を自分の中で正当化しているだけではないのか??

 

「アーシィ大尉、マグナ・マーレイの出撃準備整いました!!いつでもいけます!!」

 

「了解した………マグナ・マーレイ、アーシィ・リレーン出る!!」

 

 自分の迷いを振り切るように首を横に振ると、アーシィはマグナ・マーレイを飛び立たせる。

 

「後続のカネーシャ・タイプは、ゾロアットでアーシィ大尉の援護にあたれ!!」

 

 スクイード1から次々とゾロアットが出撃し、カイラスギリーを背に防衛戦の陣形をとり始めた。

 

 カイラスギリー防衛戦の火蓋が、切って落とされようとしていた………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カイラスギリー防衛戦2

「クレナ、もう出撃だよっ!!ボーッとしないっ!!」

 

 嫌な気配を感じてノーマル・スーツに着替える手を止めていたクレナに、マヘリアが後ろから声をかけた。

 

「あ………すいません。何か嫌な感じがして………でも、気のせいですね」

 

「もー、止めてよ~。これから結構無謀な作戦に出撃しようって時に、そういう事言うのー」

 

 言っている内容とは逆に笑っているマヘリアを見て、クレナも少し笑顔を見せる。

 

「こんな無謀な作戦を前に、嫌な感じがしない奴なんていないぜ!!気分がいいのは、ある意味新型を与えられたリースティーアぐらいのモンだろ」

 

「あらあら、随分と………新型を任されるって、結構プレッシャーなんですケド………F96アマネセルで、長距離援護を1人でやるんだから………でも、やるしかないわね」

 

 嫌味を言うヘレンを横目に、リースティーアはクレナの肩を優しく叩く。

 

「もうベスパのモビルスーツ隊は、ビッグキャノンの前に布陣しているんだ。無駄話をしている暇はないよ!!」

 

 真っ先にノーマル・スーツを着たジュンコが、モビルスーツ・デッキに向かって壁を蹴る。

 

 話をしていたシュラク隊の面々も、ジュンコの後を追ってモビルスーツ・デッキに入った。

 

 

「シュラク隊、全機出撃!!続いてトライバード・アサルト、出撃どうぞ!!」

 

「了解。トライバード・アサルト、レジア・アグナール出る!!」

 

 カイラスギリー前面に布陣するゾロアット隊の前で対峙する、シュラク隊のガンイージ。

 

 レジアの操るトライバード・アサルトはミリティアン・ヴァヴから出撃すると、その更に前に出る。

 

「リースティーアさん、F96アマネセル出撃準備OKです!!後方支援、よろしくお願いします!!」

 

「あらあら、了解です。メカニックさん達が徹夜で調整してくれた機体なんだから、必ずやれるわ!!」

 

 管制官のニーナの言葉に、リースティーアはF96アマネセルを起動しながら答えた。

 

「敵のニュータイプ専用機も確認している。的確な長距離射撃が来れば、必ず襲い掛かってくる筈だ。アマネセルのNT-Dなら、ニュータイプ相手でも見劣りはしない。だが、身体への負担は多い。無理するなと言いたいトコだが………」

 

「あらあら………艦長、今日は無理しなければいけない日でしょ??大丈夫、アマネセルならやれるわ………F96アマネセル、リースティーア出る!!」

 

 スフィアの心配そうな言葉に、リースティーアは笑顔を返すとF96アマネセルを出撃させる。

 

 カイラスギリー前方の宇宙空間には既に火球が見えており、戦闘が始まっている事をモニターが伝えてきた。

 

「あらあら………もう始まっているわね。じゃあ早速………」

 

 F96アマネセルはメガ・ビームライフルを構えると、白いモビルスーツを照準に入れる。

 

「あら………リファリアとフォルブリエの仇が出てるじゃない。戦闘指揮もとってるみたいだし………まずはバタフライから墜とす!!」

 

 メガ・ビームライフルから放たれた閃光が、アーシィのマグナ・マーレイに向けて一直線に迫っていく。

 

「高出力のビームがくる。ニコルなの??いや、ニコルのプレッシャーじゃない!!」

 

 ゾロアットを巻き込みながら迫ってくる高出力のビームを、アーシィは間一髪躱した。

 

 残留したメガ粒子が、Iフィールドに触れて消失していく。

 

「ガンダム・タイプ………やはり真っ先に墜とさなければいけないのは、奴らだ。ゾロアット隊の数機は私に続け!!長距離ビームを持つ、ガンダム・タイプを墜とす!!」

 

 動き出そうとしたマグナ・マーレイの前に飛び込んできた白と鮮やかな青がカラーリングされたモビルスーツが、その行く手を阻む。

 

「リースティーアには、近付けさせん!!ゲルダさんの娘だろうが、ここで墜とす!!あんたがいるから、ニコルも迷うんだっ!!」

 

「このプレッシャー………レジア・アグナールかっ!!」

 

 トライバード・アサルトとマグナ・マーレイのビームサーベルが交錯する。

 

 鍔迫り合いをする2機の脇を、メガ・ビームライフルから放たれた高出力ビームが通り過ぎた。

 

 そのビームにゾロアットが何機か巻き込まれて消失し、そのスペースにガンイージが侵入してくる。

 

「あのビームを止めないと、カイラスギリーまで行かれてしまう!!私がやらなければっ!!」

 

 焦るアーシィだったが、レジアの駆るトライバード・アサルトは強い。

 

 そして、被害は増える一方………

 

「カネーシャ・タイプ………使うしかないのか………」

 

 クローンを物のように使うタシロと、同じような事をしなければいけないのか………

 

 アーシィは悩みながらも、その指示を出す決意をしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カイラスギリー防衛戦3

「あらあら、レジアのトライバードを簡単に突破出来ると思ってるのかしら??そこに留まっていたら、的になるだけよ」

 

 リースティーアの正確な射撃は、確実にゾロアットを捉えていく。

 

「くそっ!!リフレクター・ビットでっ!!」

 

 アーシィはリフレクター・ビットを展開させて、トライバード・アサルトに挑む。

 

 トライバード・アサルトは、F96アマネセルに近付こうとするゾロアットに牽制をかけながらマグナ・マーレイの相手もしている。

 

 それでも、高機動で動き回るトライバード・アサルトを封じる事が出来ない。

 

 リフレクター・ビットを使った拡散ビームは、密集している場所で使えば味方に当たる危険性があるうえに、Iフィールドを持つトライバード・アサルトには効果的ではなかった。

 

 そして、トライバード・アサルトの持つヴェズバーの一撃は、リフレクター・ビットを貫いてくる可能性がある。

 

 サナリィでの最初の戦闘ではトライバードを圧倒したマグナ・マーレイも、今やその優位性は失われていた。

 

「大尉、タシロ中佐からの伝言をお伝えします。カネーシャ・タイプの搭乗しているゾロアットを囮に使え。後続のカネーシャ・タイプは、F90もどきに直接ぶつける………との事です」

 

「タシロ中佐の命令??でも、それでは………」

 

 苦戦するマグナ・マーレイの援護にあたっていたゾロアットからの『お肌の触れ合い回線』でカネーシャ・タイプからの報告を受けたアーシィは、悔しさを滲ませる。

 

 カネーシャ・タイプの命を犠牲にしても、リガ・ミリティアのモビルスーツを止めろという事………自分の力不足をアーシィは強く感じた。

 

 そして、それをカネーシャ・タイプ本人の口から言わせてしまった事が心にのしかかる。

 

「リガ・ミリティアのモビルスーツ隊は手強いが、無駄に命を散らす必要は無い!!カネーシャ・タイプは、引き続き私の援護を頼む!!」

 

 しかしアーシィの言葉を嘲笑うように、スクイード1から新たに出撃したゾロアット隊は、一直線にF96アマネセルに向かっていく。

 

「あらあら………まさかの特攻………確かに効果的ではあるけど、人の命を無視した作戦ね」 

 

 F96アマネセルのビームは特攻してきたゾロアット隊に向けられた為、アーシィ率いる本体への攻撃が緩くなる。

 

「くそっ、特攻までさせるのかっ!!貴様らは、人の命を何だと思っているんだっ!!」

 

 F96アマネセルからの援護が少なくなった事でトライバード・アサルトへの負担は多くなったが、それでもヴェズバーを使った牽制により、シュラク隊はゾロアットに囲まれる事もなくカイラスギリーに向かって前進出来ていた。

 

「このまま進ませるのはマズイ!!私が何とかしなければっ!!」

 

 アーシィはマグナ・マーレイのリフレクター・ビットをトライバード・アサルトに直接当てようとするが、レジアには通用しない。

 

 逆にヴェズバーにより、リフレクター・ビットの数が確実に減らされていく。

 

「このままでは………やはり、直接叩くしかない!!」

 

 アーシィは覚悟を決めて、ビームサーベルをマグナ・マーレイに持たせると、拡散ビームをリフレクター・ビットで角度を変えて、牽制しながらトライバード・アサルトに迫る。

 

 接近戦が苦手なマグナ・マーレイで、高機動のトライバード・アサルトに挑まなければならない………

 

 それでもカネーシャ・タイプの被害を最小限に抑えて、リガ・ミリティアのモビルスーツ隊を引かせるには、トライバード・アサルトを墜とすしかないとアーシィは思った。

 

「局面の戦闘は押しているが、絶対的に物量が不足しているんだ。長期戦になれば、こちらが不利………決着を急いでくれるなら、こちらの思惑通りだ!!」

 

 レジアもトライバード・アサルトにビームサーベルを持たせて、迫りくるマグナ・マーレイの迎撃準備に入る。

 

 マグナ・マーレイの放つ拡散ビームは、Iフィールドで機体表面で消失するので気にならない。

 

 しかし、そのビームの射線上にゾロアットが現れた。

 

「馬鹿な………死ぬぞ!!」

 

 レジアの叫びも虚しく、拡散されたマグナ・マーレイのビームに直撃されて、トライバード・アサルトの目の前で爆発する。 

 

 突然目の前で爆発が起こり、体勢の崩れたトライバード・アサルトにマグナ・マーレイが迫った。

 

 そしてF96アマネセルも、次々と襲い来るゾロアットに接近を許している。

 

 そんな中F96アマネセルのNT-Dが、リースティーアの操作を無視して発動し始めていた………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カイラスギリー防衛戦4

「あらあら………また勝手に??調整はしてくれた筈なのに………」

 

 F96アマネセルの機体が赤く光り、サイコフレームが膨張し始める。

 

「なんだ、アレは………サイコフレーム………なのか??まるで、機体の全てがサイコフレームのようだ………」

 

 マグナ・マーレイにもサイコフレームは搭載されているが、その比ではない。

 

 アーシィが驚くのも無理はなかった。

 

 そして、その機体の加速や機動性を見て、更に驚く事になる。

 

 強化人間でもあるカネーシャ・タイプの搭乗するゾロアット10機程度が、一瞬で破壊されたのだ。

 

「くそっ!!量で対応出来る程、甘い機体じゃない!!カネーシャ・タイプ、トライバードの対応をしてくれ!!そいつは、私がやる!!」

 

「行かせるかっ!!アマネセルには、長距離射撃でシュラク隊の援護をしてもらわなきゃいけないんだっ!!」

 

 ゾロアットの爆風に体勢を乱されたトライバード・アサルトだったが、直ぐに立て直すと背を向けたマグナ・マーレイにヴェズバーを放つ。

 

 しかし………そこにもゾロアットの盾が………マグナ・マーレイを庇うように、ヴェズバーの射線上に飛び込んで来る。

 

「くっ………なんなんだ、このゾロアットのパイロット達は!!命が惜しくないのかっ!!」

 

 カネーシャ・タイプの操るゾロアット部隊の特攻に、レジアは躊躇してしまう。

 

 その結果、マグナ・マーレイに切り離されてしまった。

 

「あらあら………レジアも人間ね………こっちは時間制限アリのデストロイモードが勝手に発動しちゃって、結構大変なのよね………」

 

 リースティーアが敵と判断した機体をF96アマネセルは次々と撃ち墜としていくが、デストロイモードはパイロットへの負荷を考慮して5分程度しか起動が持続しないようになっている。

 

 モビルスーツが小型化され負荷が軽減されてるとはいえ、その加速Gは殺人的なのに変わりはない。

 

「このままじゃ、シュラク隊を守れない………デストロイモードが発動してしまっている状態では、リースティーアも厳しいな………オレがシュラク隊の援護に回るしかない」

 

 デストロイモードの起動時間を超えて戦っては、サイコミュの逆流によってリースティーア自身がNT-Dに脳を支配されてしまう。

 

 そうなれば、敵意を感じた者を全滅するまで止まらない殺戮マシーンになる。

 

 それだけは、避けなければならない。

 

「あらあら………レジアがシュラク隊の援護に行ってくれた??作戦がメチャクチャになっちゃったわね………」

 

 そう言いながら、リースティーアは迫って来るマグナ・マーレイを捉える。

 

 そしてアーシィもまた、F96アマネセルのみを視界に捉えていた。

 

 クローンだろうが強化人間だろうが、意思と心を持っていれば人間と一緒だ。

 

 それを物のように使い捨てにする作戦に憤りを感じ、その作戦の中心に自分がいる事が許せない。

 

「私がカネーシャ・タイプを守る!!その為に、墜とさせてもらうぞっ!!」

 

 リフレクター・ビットを展開し、F96アマネセルに迫るマグナ・マーレイ。

 

「あらあら………残念だけど、それじゃ駄目だわ………」

 

 リースティーアの意思に関係なく、リフレクター・ビットがF96アマネセルの支配下に置かれる。

 

「なっ………ビットがコントロール出来ない??システムの不具合か??」

 

 サイコミュ・ジャック………

 

 ユニコーン・ガンダムが搭載していたNT-Dでは、パイロットがNT-Dに支配された状態でしか使えなかったが、F96に搭載されたソレは、通常発動時でも使用可能となっていた。

 

 ベスパの技術者達は、レジスタンスの資金力では搭載出来ないだろうと踏んでいた力………

 

 マグナ・マーレイの力が、F96アマネセルの力になった。

 

「あらあら………私達を苦しめたバタフライの最後ね………みんなの敵(かたき)、とらせてもらうわっ!!」

 

 フォルブリエやリファリア………サナリィでマグナ・マーレイと戦って散った戦友をリースティーアは思い出す。

 

 その脳波に、F96アマネセルは反応する。

 

 マグナ・マーレイを取り囲むように浮かぶリフレクター・ビット目掛けて、メガ・ビームライフルを放つ!!

 

 その先には、いつ投げたのだろうか………ビームサーベルが回りながら漂っている。

 

 そのビームサーベルの刃に、メガ・ビームライフルから放たれた閃光が擦れあい、拡散した。

 

 かつてのニュータイプ達が使った技を、NT-Dが使う。

 

 そのビームの力は、絶妙だった。

 

 リフレクター・ビットは高出力ビームを受けて融解するが、反射はする。

 

 ビームサーベルを利用して拡散させたビームは少しだけ威力を落としたが、その閃光の槍はマグナ・マーレイのIフィールドを突き破った………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カイラスギリー防衛戦5

「きゃああああっ」

 

 リフレクター・ビットによって反射された光の槍によって、マグナ・マーレイは貫かれた………ように見えた。

 

 確かに、数本のビームはマグナ・マーレイに直撃したが、運良くコクピットへの直撃は無い。

 

 いや………運が良い訳ではない………マグナ・マーレイのコクピットを守るように、数機のゾロアットが光の槍に貫かれていた。

 

「そ………んな………あなた達………私を庇うなんて………」

 

 乱れて映るモニターにゾロアットの残骸を確認し、アーシィは両手をコンソールに叩きつける。

 

「あら………バタフライは、まだ生きている??コッチは、稼動時間に制限がある。止めを刺させてもらうわっ!!」

 

 メガ・ビームライフルから普通のビームライフルに持ち替えたF96アマネセルは、ビームを正確にリフレクター・ビットに当てていく。

 

 反射するビームが次々に動けないマグナ・マーレイを襲うが、尽く援護に入ったゾロアットが、その身にビームを受けた。

 

「あらあら………いくらニュータイプが貴重な存在だからって、ここまでやるの??」

 

 ゾロアットが10数機墜ちたところで、F96アマネセルから赤い光が失われる。

 

 そしてサイコフレームの膨張現象が収束し、F96アマネセルは白いモビルスーツへと戻っていく。

 

 ベスパのモビルスーツ部隊はF96アマネセルを墜とす絶好のチャンスであるが、その余力は無い。

 

 マグナ・マーレイは動く事すらままならない程の損傷を受けており、カネーシャ・タイプのゾロアット部隊も半数以上を失っていた。

 

「大尉、大丈夫でありますか??」

 

 そこへ、メッチェのゾロアットが援護に駆け付け、ボロボロになったマグナ・マーレイに取り付く。

 

「准尉か………カイラスギリーの防衛はどうなっている??リガ・ミリティアのモビルスーツ隊の侵入を許してしまっているが………」

 

「そっちは、リグ・グリフとイエロージャケットの部隊が対応してくれています。大尉は、一度帰艦しますよ!!ここに留まっていても、死ぬだけです!!」

 

 そう言うと、メッチェのゾロアットはマグナ・マーレイを抱える。

 

「イエロージャケット………地球降下用の精鋭部隊を投入しているのか………しかし、それでは作戦が遅くなってしまう………」

 

 天使の輪計画を進めるには、地球の制圧は必要不可欠だ。

 

 その作戦の要であるイエロージャケットを投入してしまうとは………アーシィは悔しさで唇を噛み締めた。

 

 

「援護射撃が止まった??リースティーアに何かあったの??」

 

 ビッグキャノンの懐近くまで入り込んだところでF96アマネセルからの援護射撃がパッタリ止まって、シュラク隊も徐々にゾロアットに取り囲まれ始めている。

 

 マヘリアはF96アマネセルがいるであろう場所をモニターで確認するが、その姿は見えない。

 

「まったく、偉そうなコト言っててコレだ………新型を貰ってんだ、しっかりやってくれよ………」

 

「ヘレン、無駄口を叩くな!!みんな必死に戦っているんだ………無傷でここまで来れた事に、意味はある」

 

 ジュンコの操るガンイージはビームライフルを構えると、ゾロアットにビームを放つ!!

 

 的確にコクピットを射抜いた一撃で、ゾロアットは動きを止める。

 

「やるぅ~、さすが姉さん。私も、負けてらんないわっ!!」

 

 ケイトのガンイージも、正確な射撃でゾロアットを翻弄していく。

 

「とにかく、陣形を乱すなよ!!援護が無くても、やる事は1つ。馬鹿デカイ砲台から、ビームを撃てなくすれば勝ちだ!!」

 

「分かってます!!もう少しで届く………地球まで届くビームなんて、絶対に撃たせないっ!!」

 

 オリファーの言葉に、クレナが答える。

 

 物量の多さはウンザリする程だが、それでも充分に戦えている………その事が、次々に襲いかかってくるゾロアット相手でも気持ちが折れずにいれる理由だった。

 

 しかし………ついに、ゾロアットのビームがガンイージを捉える。

 

 クレナ機の右足が、ビームの直撃を受けたのだ。

 

「ちっ!!」

 

 撃たれた右足が爆発する前に、その足をビームサーベルで切り落としたジュンコのガンイージが蹴り飛ばした。

 

 蹴られて吹き飛んだガンイージの右足は、直ぐに爆発する。

 

「ジュンコさん、ありがとうございます」

 

「クレナは隊の後方まで下がれ!!ビームの精度が高い………厄介な奴が来るよっ!!」

 

 シュラク隊とカイラスギリーの間………最後の砦と言わんばかりに、リグ・グリフと数機のゾロアットが立ち塞がっていた………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カイラスギリー防衛戦6

「ベスパの精鋭部隊か………あの機体、レジアは圧倒していたが、ガンイージでは厳しいか??」

 

 インコムを持つ機体………リグ・グリフを見ながら、オリファーが唇を噛む。

 

「機体性能が、なんだってのさっ!!パイロットの質は、コチラが上だ。オリファー隊長、連携して墜とすぞっ!!」

 

 オリファー機に隣に自らのガンイージを寄せたジュンコは、リグ・グリフに狙いを定める。

 

「よし………敵の新型は、俺とジュンコで対応する!!みんなは、天道虫を頼む」

 

「新型にビームは危険だ!!インコムに吸い取られて、拡散して反撃される。実弾と接近戦でやるっ!!」

 

 オリファーとジュンコは口々に叫ぶと、リグ・グリフに向かってバーニアを噴かせた。

 

 リグ・グリフのインコムは、ファンネルやビットより動きを読みやすいが、それでもモビルスーツから離れた所から撃たれるビームを回避するのは難しい。

 

 更にリグ・グリフのインコムは、ビームを吸収し拡散して反撃が可能だ。

 

「ジュンコ、モビルスーツ本体にビームは有効の筈だっ!!マルチランチャーは2発しかない。使い時を間違えるなよっ!!」

 

 オリファーのガンイージはインコムから放たれるビームを躱しながら、リグ・グリフを照準に入れる。

 

「新型は隊長と姉さんに任せて、私達は天道虫をやるっ!!」

 

「いつまでも、モビルスーツ相手に手間取ってる訳にはいかねーぞ!!とっとと片付けて、馬鹿でかい砲台をぶっ壊さなきゃなんねーからなっ!!」

 

 マヘリアとヘレンのガンイージを先頭に、シュラク隊の面々はゾロアットの迎撃に向かう。

 

 イエロージャケットのモビルスーツ隊は、精鋭部隊という事もあり手強い。

 

 シュラク隊のガンイージであっても、易々と墜とす事は出来ないでいる。

 

 そうしている間に、リグ・グリフとゾロアットの距離は少しずつ離れ始め、シュラク隊も切り離されていく。

 

 数で劣るリガ・ミリティアのシュラク隊は、数で勝るベスパのモビルスーツに取り囲まれていた。

 

 リグ・グリフと戦っていたオリファー達も、次々に出て来るゾロアットの部隊も相手をしなければいけない状況に追い込まれている。

 

「くそっ!!物量の差が………1機に時間をかけていたら、直ぐに取り囲まれる!!」

 

 リグ・グリフに足止めされている時間が長ければ長い程、その分ゾロアットに囲まれていく。

 

 F96アマネセルからの援護射撃が無く、迷いなくゾロアットは攻撃を仕掛けて来る。

 

「ちっ………オリファー、このままじゃ全滅する。1機でもこの囲みを突破して、ビッグキャノンに一撃を加えなければ………」

 

「分かってる!!ジュンコ、オレが突破口を開く!!混戦を抜けて、一撃をくれてやれっ!!」

 

 オリファーのガンイージがゾロアットをビームライフルの一撃で破壊すると、ビームサーベルに持ち替えてリグ・グリフに迫る。

 

 ジュンコ機の腰のハードポイントには、メガ・ビームバズーカを装備させていた。

 

 メガ・ビームバズーカの高出力ビームを何発か当てれれば、ビッグキャノンを破壊出来なくとも、その機能を停止させる事が出来るかもしれない。

 

 そうすれば、この戦場で散っても意味は残る………

 

「うおおおおぉぉぉ!!」

 

 叫びながらリグ・グリフに突っ込むオリファー機は、接近戦を挑む為に動きが直線的になっていた。

 

 そこに、インコムからのビームが迫る!!

 

 オリファーは気付いていたが、それでも回避はしない。

 

 リグ・グリフに取り付いて爆発してやる………そうすれば、ジュンコ機が混戦を抜けれるぐらいの隙は作れるだろう………

 

 覚悟の特攻をしたオリファーだったが、ガンイージにビームが届く事は無かった。

 

 オリファー機とインコムの間にビームが走り、ガンイージに迫っていたビームを掻き消したのだ。

 

「オリファーさん、動きが単純過ぎる!!アマネセルのNT-Dが発動してしまって、機能不全に陥った。援護射撃が期待出来ない以上、撤退するしかない!!」

 

 リグ・グリフとガンイージの戦いに割って入ったのは、レジアのトライバード・アサルトである。

 

 瞬時にゾロアットを2機破壊すると、インコムのワイヤーを切り払う。

 

「そいつの相手はオレがやる!!オリファーさんは、シュラク隊を纏めて撤退の準備をっ!!」

 

「しかし………今ビッグキャノンを叩かなければ、地球にビームが降り注ぐ事になるぞ!!」

 

 オリファーはレジアの言葉を理解しながらも、前に出ようとしていた。

 

「隊長なら、状況を考えろ!!数発のビームを当てたところで、ビッグキャノンは止めれない。ここでオレ達が全滅したら、誰がアレを止めるんだ??まずは体勢を立て直すんだ!!」

 

 インコムから放たれるビームを躱しながら、トライバード・アサルトはリグ・グリフに迫る。

 

「くそっ………ジュンコ、この戦闘から撤退する!!連携してゾロアット隊を叩き、血路を開くぞっ!!」

 

「仕方ないね………この借りは、直ぐに返しに来るからねっ!!」

 

 ジュンコは叫ぶと、メガ・ビームバズーカのビームをカイラスギリーに向けて放つ!!

 

 ビッグキャノンの砲身にビームは当たったが、距離もあり大したダメージでない事は明らかだった。

 

「損傷している機体もある!!余計な事をしないで、撤退するんだ。殿(しんがり)はオレがやる!!」

 

 ビームサーベル同士の鍔競り合いでリグ・グリフを弾き飛ばしたトライバード・アサルトは、後退していくガンイージ隊の後方に入る。

 

 激しい追撃があると予想していたレジアだったが、ゾロアットが次々と戦闘宙域から離れていく事に違和感を感じた。

 

 そして、気付く………

 

「全機、ビッグキャノンのビームの射線から離れろ!!撃ってくるぞっ!!」

 

 レジアの声に反応して、ガンイージ隊も全開でバーニアを噴かせる。

 

 そして、その時は訪れた。

 

 まるでスローモーションのようにビッグキャノンの砲身にビームが集束していき、そして放たれる。

 

 1本の太い閃光はシュラク隊の脇を通り抜けて、地球へと伸びて行く………

 

 言葉にならない思いを抱えるコクピットの中で、クレナの身体は震える。

 

「こんな………どうして………」

 

 細くなっていくビームの先を見つめ、その瞳から涙が溢れていた………

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離反

「撃たれてしまったか……だが、これではっきりした。ザンスカールに未練は無い。そして、リガ・ミリティアも連邦も帝国に対抗するには、もう少し時間が必要……か」

 

「そうだな……トップが雲隠れしているリガ・ミリティアは、後手に回っている。数機のモビルスーツで、カイラスギリーを討てる筈が無い。指揮官が不在な状況でよくやっているとは思うが……無謀過ぎる」

 

 腕を組み考え込むマデアの横で、仮面を被った男がその言葉に答えた。

 

「やはり、我々が人柱になるしかないな……リガ・ミリティアと地球連邦の協力体制が整わなければ、この戦いに未来は無い。ベスパの地球降下作戦を少しでも遅らせる事が出来れば……」

 

「その為のザンスバインだろ??もうロールアウト目前だ。ザンスカールを陰で支える、お前の為の機体だ」

 

 ザンスバイン……女王マリアやタシロやカガチ……それぞれの思惑でブレ始めているザンスカール帝国を支える為のモビルスーツ。

 

 ザンスカールの膿を出す為に……マデアの為に造られた機体……

 

「ザンスバインか……しかし、タシロも厄介な奴を敵に回したな。お前が書き換えたデータで、ザンスカールはミノフスキー・ドライブ搭載機は当分の間は造れないだろうからな。タシロのザンスパイン計画は、確実に頓挫する……」

 

 そう言うと、マデアは仮面の男に視線を向けて苦笑いをする。

 

 リガ・ミリティアがミノフスキー・ドライブ搭載機の開発をしているように、ザンスカール帝国も当然開発を進めていた。

 

 それが、ザンスパイン計画。

 

 タシロがアーシィのクローン計画を進めていたのも、この機体開発の影響が大きい。

 

 ザンスパインにはニュータイプ専用武装も装備される予定であったからであり、また開発中のミノフスキー・ドライブの加速Gがオリジナルのアーシィに与える影響も考え、ニュータイプのクローン計画も同時に進められていた。

 

 タシロは自分がザンスカールの実権を握る為に水面下で様々な工作を行っていたが、そのうちの1つでもある。

 

 マデアが名付けたザンスバイン……ザンスパインと一文字しか違わないこの機体は、バインの意味である茎の弱い植物が蔦で支える……グラついている帝国本体を支えたいというマデアの気持ちを名前に取り入れた。

 

 そして一文字しか違わないモビルスーツを見たら、タシロは気付くだろう………そう、タシロの思惑を暴いてやろうという強い意思を持って名付けられたのが、ザンスバインである。

 

「俺は、お前に付いて行くと決めたからな。命を救われたのもそうだが、過ちを正す力がお前にはある。その力を使う為の剣と盾なら、いくらでも造ってやるさ。だが、仲間だった者達と戦う事になる………辛い戦いになるぞ??」

 

「それは、お互い様だろ??リガ・ミリティアでもザンスカールでもない。我々はあまりに小さい存在だが、それでも戦い抜く為の覚悟は出来ているつもりだ」

 

 仮面の男はマデアの反応を見て、口元を緩ませた。

 

「さぁ……楔を打ち込みに行くぞ。俺達の後に続いてくれる者達が現れる事を信じてな……」

 

 そしてこの数日後、マデアはザンスカール帝国を離反する。

 

 ザンスカール帝国を正しい方向へ……その考えは、ザンスカール帝国とリガ・ミリティアを敵に回す苦しい選択だと言う事は、マデアも仮面の男も分かっていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

港町で……

 カイラスギリーが、地球に向けてビームを発射する前……

 

 レジア達がビッグキャノンに攻撃を仕掛ける為に出撃準備を始めた頃、ニコル達は港町であるバルセロナにいた。

 

「じゃあ、オレ達はここで……戻る前に連絡を入れるよ」

 

「シャクティさん、気をつけて下さいね」

 

 シャクティが所有していたカミオンにゼータガンダム・リファインをウェーブ・ライダー形態にして乗せ、小高い丘の上に停車させた。

 

「ええ……2人も気をつけて。ヨーロッパ・エリアの居住権を持ってるにしても、宇宙から戻ってない事になってるんだから……」

 

「まぁ、そのぐらいなら何とかなるよ!!」

 

 シャクティに手を振りながら、ニコルとマイは小高い丘から町の方に歩き始める。

 

 向かう場所は、ニコルの母の家だ。

 

 父と離婚した母は、バルセロナに住んでいる。

 

 故郷のマンダリアンに近い事もあり、離婚した後もニコルは母の元に年に1回は遊びに行っていた。

 

 マイの両親と仲が良い事もあり、今日は母の家に来ている筈である。

 

「両親に会うの、久しぶり……でも、何の感情も湧かない……ニコル、やっぱり怖いよ……」

 

「辛いけど、マイの両親なら分かってくれるさ……そして、元に戻す方法は必ずオレが見つける。行こうぜ!!もう待ってる筈だからさ」

 

 マイの手を引いて、ニコルは丘を小走りに駆け下りた。

 

 ニコルの母の家の前に着いた頃には2人とも息が上がり、玄関の前で深呼吸をする。

 

 呼吸が整い顔を見合わせた2人は、その汗だくの顔に思わず笑ってしまった。

 

「こんなに笑ったの、いつ以来だろう………あーあ、せっかく頑張ってきた化粧が全部溶けちゃうよ」

 

「親に会うのに、顔を気にしても仕方ないだろ??」

 

 感情で表現出来ない分、化粧で頑張って来たのに……頬を膨らませるマイを横目に、ニコルはチャイムを押す。

 

「ニコル??入ってらっしゃい。暑いでしょ??」

 

 懐かしい母の声に、ニコルは玄関のドアを慌ただしく開けた。

 

 クーラーから流れている涼しい風に乗って、母の家の嗅ぎ慣れた香いが鼻を通る。

 

 懐かしい母の姿に、ニコルはその胸に飛び込みたかった。

 

 しかし両親と対面したマイの姿を見て、思い止まる。

 

「マイ、心配していたんだぞ……」

 

 涙ぐむ父親の姿とは対照的に、マイの顔は無表情だ。

 

 電話でマイの状態を話していたとはいえ、やはり両親にはマイの無表情にはショックが強かった様子で、その姿にマイの母親は泣き崩れる。

 

「すいません……オレが戦場に出てしまった為に……」

 

「いや、ニコルの責任ではないよ。リガ・ミリティアのファクトリーで働く事を決めた時に、戦争に巻き込まれる事を想定して私達が止めなければいけなかった……」

 

 マイの父親はニコルの頭を軽く撫でると、再びマイの顔を覗き込む。

 

「感情を無くそうが、マイは私達の大切な子だ。そして、戦争の火の粉が地球に降り注がないように、必死に戦ってきた結果だろ??とても辛いが、私は誇りに思う……」

 

 マイの父は泣き崩れている妻を抱き起こし、ソファーに腰を下ろす。

 

「それでニコル、これからどうするの??もうリガ・ミリティアには戻らないのでしょう??」

 

「うん、そのつもり。とりあえずマイは、マンダリアンの実家に戻るのが良いと思うんだ。オレも一度親父に会ってから、カーシーで修業を続けようと思う。マイの感情を取り戻す手懸かりが掴めるかもしれないし……」

 

 その後ニコル達は、宇宙であった出来事を話した。

 

 モビルスーツでザンスカールと戦った事、マイがレジアに恋した事、マイがザンスカールに捕まった事、そしてニコルがニュータイプである事……

 

 ひとしきり話した所で、ニコルの携帯電話が鳴った。

 

「ニコル、アシリア様が……」

 

 その電話を切った瞬間、家の上空からプロペラの音が近付いてくる。

 

「ニコル、どうしたの??」 

 

「シャクティさんがヤバそうだ……ちょっと行って来る!!」

 

 ニコルは、慌てて外に飛び出す。

 

 一緒に飛び出して来たマイと共に、ニコルは小高い丘に今度は駆け上がっていった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

港町で……2

「おい、その娘をこちらに引き渡せ。別に、取って食おうって訳じゃあない。我々の要人の娘の可能性があるからな」

 

 黄色のジャケット……イエロージャケットのベスパの兵が、片腕で褐色の少女を守るように立つシャクティに迫る。

 

 目は包帯で隠されて見えないはずなのに、シャクティはベスパの兵を睨んでるかのような威圧感を放っていた。

 

「それに、その娘は不法居住者の可能性がある。放っておく訳にもいかないのだよ」

 

 2人のベスパ兵が前進する度に、同じ程度後ろに下がるシャクティ達。

 

「あなた方は、ザンスカールの兵士がでしょう??不法居住者を取り締まるのは、地球連邦政府の仕事です。あなた方には、その権利は無いはず」

 

「やれやれ……我々としては事を大きくしたくないし、誰も傷つけたく無いんですがね……しかし協力して頂けないなら、力尽くになってしまうが??」

 

 2人のベスパ兵は拳銃を取り出して、少しずつシャクティ達との距離を詰める。

 

「おいおい、大人の男が女性2人を追い詰めるって……3流の悪役みたいだな。しかも銃って……アンタら、なんかダセーぞ」

 

 シャクティが声のした方を向くと、全力で丘を駆け上がって来たであろうニコルが、2人のベスパ兵を睨みながら立っていた。

 

「なんだ、小僧??こっちは職務中だ。ダサかろうが何だろうが、大切な仕事なんでね」

 

 2人のベスパ兵は一瞬だけニコルの方を向いたが、気にする素振りもなくシャクティ達との距離を詰めていく。

 

「くそっ、面倒臭いなぁ……おっさん達、女性に銃を向けて子供をラチってく仕事に誇り持ってるのか??オレの知ってるザンスカールの軍人さんは、自分の正義の為に戦っていた。あんた達、職務って言ってたケド、本当に正しい事してるって言えんのかよ??」

 

 マデアの戦いを思い出しながら話すニコルを、まるでゴミでも見るかのような視線を浴びせたベスパ兵は、不敵に笑う。

 

「小僧、貴様が知っているザンスカール兵が誰かは知らんが、我々はエリートの証であるイエロージャケットを纏い、首相の特命を得て行動している。その辺の雑魚兵と一緒にするなよ」

 

 そう言うと、再びシャクティ達にベスパのイエロージャケットが迫る。

 

 銃口を向けられて怯える褐色の少女とシャクティに、ニコルは安心させるようにウィンクをしてから、ベスパ兵の意識を自分に向けるように地面を蹴った。

 

「本当に面倒臭いな……オレの知ってるザンスカール兵は、雑魚じゃねぇ!!それに悪いけど、怖がっている女性を守るのは男の義務なんでね……なんちゃって!!」

 

 そう言うと、ニコルは突然走り出す……と同時に、ニコルの向かう方角から飛行機が浮上してくるような音が聞こえ始める。

 

「おい……なんだ、この音は??」

 

「ちっ、嫌な予感がするな……簡単な任務だった筈なのに……」

 

 舌打ちする2人のベスパ兵から先程までの不敵な笑みは消え、険しい表情になっていた。

 

「とりあえず、アシリアの確保が最優先だ。そっちの女は殺しても構わん!!」

 

「させないっ!!何が何でも、この娘だけはっ!!」

 

 シャクティはその小さな身体に覆いかぶさる様に、アシリアの身体をベスパ兵から隠す。

 

「四肢を撃って、アシリアから引き剥がせ!!もう時間が無い!!」

 

 ダダダダダダダッ!!

 

 機関銃の銃声のような乾いた音が周囲に響き、土煙が舞い上がる。

 

 その土煙が薄れていくと、白と青のカラーリングが美しい戦闘機が姿を現した。

 

 ウェーブ・ライダーに乗り込んだニコルが、バルカンをベスパ兵とシャクティ達の間に撃ち込んで、ベスパのイエロージャケットの動きを封じたのだ。

 

「最悪だ!!まさか、戦闘機を隠し持っていたとは……これでは、時間がかかり過ぎる!!」

 

「だが、戦闘機1機だ……こちらもモビルスーツを出せば……」

 

 身動き出来ないベスパ兵達に、旋回したウェーブ・ライダーが再び迫る。

 

「とっとと、どっか行けよ!!命までは取らないからさっ!!」

 

「ってニコル、なんか悪役みたいだよ……」 

 

 全天周囲モニター上に座っているマイが、ニコルに声をかけた。

 

 先程、ウェーブ・ライダーをニコルの元に届けたのはマイである。

 

 リガ・ミリティアと行動を共にし、ニコルやレジアにモビルスーツの操縦を習っていたマイは、戦闘しなければモビルスーツを動かせる程度の腕を持っていた。

 

「くそっ、女。しばらく、この丘の上から離れるな!!」

 

 焦るかのように発したベスパ兵のその言葉を聞いた瞬間、シャクティは不吉な何かを感じとる。

 

「宇宙(そら)から……何か……落ちて……来る……」

 

 シャクティは、見えない瞳で宇宙(そら)を仰いでいた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迫り来る悲劇

今回から数話は津波の描写であったり、災害時のような話が続きます。

被災された方や、そのような描写を読むと気分が悪くなってしまったり嫌悪感を覚えてしまう方は読まないようにして下さい。

ガンダム ダブルバードは、東北地方の災害があった時にアメブロで連載していました。

しかし、あの災害が起きてしまい、こんな事を書いていていいのかという葛藤もあり、当時は連載を中止してしまいました。

ただ当時から、戦争という人が人の命を簡単に奪ってしまうという事の悲劇をライトノベルという形で発信したいという気持ちがあって、そのタイミングで東北の災害があって……

被災された方の気持ちを考えると、文字にするのは申し訳なく感じてしまい、何も書けなくなってしまった時期がありました。

でも、災害という自然が発生させた悲劇は止められないけど、人が起こす悲劇は止めれるはずだし、起こしてはいけないと思っています。

そんな思いを、これから数話に渡って書いていきます。

小説というのは、作者が読者の想像を邪魔してはいけないと思いますが、このシーンだけは自分の考えを伝えたくて前書きに書かせて頂きました。

もし気分を害された方がいたら、申し訳ないです。

この災害のような話は「迫り来る悲劇」のタイトルで書いていきますので、このような話が苦手な方は、その部分を飛ばして読んで頂けると助かります。

よろしくお願いいたします。


「シャクティさん、無事か??」

 

 ニコルはベスパ兵がいなくなった事を確認してから、ウェーブ・ライダーを着地させた。

 

 コクピットから飛び降りたニコルは、直ぐにシャクティの異変に気付く。

 

 身体を震わせ、その視線は空を直視している。

 

 シャクティは目が見えないが、明らかに視線は空を向いていた。

 

「ええ……宇宙が降って来る……いえ、何か恐ろしい物が……」

 

 シャクティの震えは、収まるどころが酷くなっている。

 

「嫌な予感がするな……ベスパの奴らの引き際も見事だったし……」

 

「うん、私も嫌な予感がする。何かが降って来るって感覚……何となく分かる気が……」

 

 マイが空を見上げた瞬間、一瞬だけ日が陰り……そして……

 

 一条の光が、高台から見渡せる海に注がれた。

 

 強烈な発光現象……そして地響き……

 

 ドオオオオオオオォォォォォォォン!!

 

 遅れて耳に飛び込む、破壊的な音……

 

 心臓が鷲掴みにされたような、明らかな危機感が胸を撃つ。

 

 そして、その直後に訪れた地震によって、ニコル達はその場に伏せた。

 

「くそっ、一体何が起きたんだ!!」

 

 地震が収まり立ち上がったニコルの目に、衝撃的な映像が飛び込んで来る。

 

 海から大地に迫って来る壁……いや、壁のように高くなった波が襲い掛かって来ようとしていた。

 

「ヤバイ!!このままじゃ、バルセロナの町が津波に飲まれる!!皆を避難させなきゃ!!」

 

 慌ててウェーブ・ライダーに乗り込もうとしたニコルを、シャクティが制する。

 

 その直後、ヘリコプターのプロペラ音のような音が聞こえて来た。

 

「ニコル……アシリア様をお願い!!私が食い止めるからっ!!」

 

「ちょっと、シャクティさんっ!!それどころじゃないだろっ!!」

 

 ニコルを押して割り込んだシャクティは、ウェーブ・ライダーのキャノピーを閉じる。

 

「くそっ!!シャクティさん、何を考えてるんだ!!町の人の避難が優先だろうに!!」

 

 叫ぶニコルだが、浮いてしまっているウェーブ・ライダー相手にはどうする事も出来ない。

 

 ニコルが海を見ると、確実に津波が町に近付いている。

 

「マイ、アシリアを頼む!!オレは下に行って、出来るだけ避難を呼びかける!!」

 

 ニコルはマイにシャクティを預けると、崖を降るように高台から下りて行く。

 

 シャクティの乗るウェーブ・ライダーは、ベスパの試作機と対峙していた。

 

 目が見えないシャクティだったが、ゼータガンダム・リファインに搭載されているバイオセンサーのおかげで、プレッシャーの感じる位置を読みながら戦う事が可能である。

 

 そして、相手のパイロットの思考を読みながらウェーブ・ライダーを操っていた。

 

「このパイロット……ニュータイプとでも言うのか……旧式の戦闘機で、我々の攻撃を避けるとは……」

 

「ビッグ・キャノンのビームによる津波に、アシリアが巻き込まれる可能性がある!!戦闘機の相手をする前に、アシリアを探せっ!!」

 

 ベスパのパイロットが操るヘリコプター型のモビルスーツも、その焦りからか的確な攻撃が出来ないでいる。

 

 そして、津波は確実にバルセロナの町に近づいていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迫り来る悲劇2

「やあぁぁぁぁ!」

 

 シャクティは、ヘリコプター型のベスパの試作機に向けてビームを放つ。

 

「ちっ……このパイロット、なかなかやる! ドッキングして戦うぞっ!」

 

 ベスパのヘリコプター型の試作機は、フワフワ浮遊していた下半身と合体しモビルスーツ形態になる。

 

「モビルスーツになったの? けど、可変するのはコッチも同じよ!」

 

 ウェーブ・ライダーもゼータガンダム・リファインとなり、ロング・ビームライフルを構えた。

 

 左腕に装備されたプロペラを上にして浮遊するベスパのモビルスーツは、絶好の的である。

 

「もらったわっ! これでっ!」

 

 ロング・ビームライフルの射程内にベスパの試作モビルスーツを入れ……シャクティはトリガーを引く!

 

「ビーム兵器など……効かん!」

 

 ゼータガンダム・リファインの放ったビームは、盾の様に構えたプロペラに吸い込まれ……四散した。

 

「なに? プレッシャーが……消えない?」

 

「コッチは、地球制圧用の新型だぞ? 旧式のモビルスーツに負けるかよっ!」

 

 2機のベスパのモビルスーツは、ゼータガンダム・リファインを左右から挟むように陸地に下りる。

 

「アシリアも探さなきゃいけないが……まずは、この邪魔なモビルスーツを片付けるぞ!」

 

「仕方ない……とっとと終わらせるっ!」

 

 確実に仕留めた筈のプレッシャーが消えない事に、シャクティは焦りを感じた。

 

 

「マイっ! 付いて来るなっ! アシリアと一緒に、高台にいろっ!」

 

「そんな……お父さんもお母さんも、まだ家にいるんだよ? 助けに行かなきゃ!」

 

 助けに行く……そう言うマイの表情からは、焦りのようなモノは感じない。

 

「マイ……」

 

「分かってる! 確かに、何も感じない……皆が死んでしまうかもしれないのに……何も感じない……だから言葉にするの! ニコル、私も連れて行って! この子は、私が命に替えても守るからっ!」

 

 ニコルと一緒に崖を駆け降りるマイは、アシリアを抱えている。

 

 褐色の少女……アシリアは、津波よりシャクティの戦いの方が気になるようで、マイの腕の中で高台を見つめ続けていた。

 

「アシリア、シャクティさんなら大丈夫だっ! あんなモブ顔のモビルスーツに負ける訳ないぜ! なんせ、オレより凄いニュータイプなんだからな!」

 

 ニコルは、シャクティの勝利を確信していた。

 

 いくらモビルスーツの性能差があっても、パイロットの能力でカバー出来る。

 

 それより……ニコル達が高台から降りた頃には、バルセロナの大地に津波が襲い掛かる直前だった。

 

「津波が来る! 皆、高台に避難してくれっ!」

 

 ビッグ・キャノンから放たれたビームの着弾の音で異変に気付き、家から出ている人が殆どである。

 

 その為、ニコルの声は多くの人に届いた。

 

 しかし……肝心の高台では、モビルスーツ戦が繰り広げられている。

 

 その為、高台に避難をしようとする人は数人であった。

 

「くそっ……シャクティさん。もっと離れて戦えないのかよ……このままじゃ、助かる人達も助からなくなっちまう……」

 

 そんなニコルの願いも虚しく、更なるヘリコプターのプロペラ音が、絶望を連れて迫っていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迫り来る悲劇3

「くそっ! なんでベスパは、こんな港町にモビルスーツを大量投入してくるんだ! このままじゃ、シャクティさんもヤバイ!」

 

「それに津波から逃げるには、この高台に逃げるしかないのに……」

 

 ニコルとマイの頭上を、ヘリコプター型のモビルスーツが通り過ぎていく。

 

 シャクティのモビルスーツは、最初からいた2機に任せているのだろうか……後から来たモビルスーツ隊は、高台を……戦闘が行われている場所を回避して、高台と港町の間の空域でホバリングしている。

 

「まさか、こいつら……マイ、高台に向けて走れっ!」

 

「でもニコル、お父さん達を助けに行かないと……」

 

 ニコルは高台に向けた足を一瞬止めて、マイの抱えている褐色の少女……アシリアに目を向けた。

 

「マイ、言う通りにしてくれっ! その娘も守らなきゃいけないんだ……頼むっ!」

 

「う……うん。分かった……」

 

 ニコルの瞳に、うっすらと光る物を見た気がして、マイは後ろ髪を引かれる思いで高台に向けて踵を返す。

 

 その時……津波から逃れようとして高台に走って来る人達に向けて、上空から機関銃が放たれた。

 

 背中越しに、破裂音のような機関銃の音……そして人々の悲鳴が聞こえ、マイは足が竦む。

 

 そんなマイの手をニコルは無理矢理引っ張って、高台の麓にある林に向けて走る。

 

「ちょっと! そんなに引っ張ったら、アシリアちゃんが落ちちゃうよ!」

 

 男の人の中では細いであろう腕のどこから出ている力なのか、強い力で引っ張られ、マイは林の中に引きずり込まれた。

 

「ちょっと、何なの……アシリアちゃん、大丈夫だった?」

 

 ドオオオオオォォォォォン!

 

 アシリアに言葉をかけた瞬間、その言葉を遮るように爆発音が周囲に響き渡る。

 

「こいつら……異常だ……こんな事して、何になるんだよ! 何してんだよ!」

 

 ニコルは唇を噛み締め、拳を握り締めて、叫んでいた。

 

 ニコルが叫んだ方向……爆発音が響いた場所に目を向けたマイは、その光景に驚く。

 

 ヘリコプター型のモビルスーツが、高台と港町を繋ぐ道に爆弾を投下していたのだ。

 

「ニコル……これって……」

 

「さっきの……海に伸びてきた光……あれはザンスカールの新兵器だ……多分だけど、静止衛星軌道から地球を狙えるビーム兵器……それを知られたくないから、港町の人達を口封じの目的で、町から人を出させないようにしてるんだ!」

 

 ニコルの瞳が、怒りで赤くなっているのが分かる。

 

「でも……私達の事も認識してるよね? だったら、ここも爆撃されるんじゃ……」

 

「いや……奴らは、アシリアを狙っていた。理由は分かんねぇけど、アシリアが死ぬとマズイんだろうな……だから、オレ達が津波に飲み込まれないように、町側に行かせないようにもしてるんだ……」

 

 ニコルの説明で、マイは状況が理解出来た。

 

 愛する感情が無くなっている分、事態を冷静に考える事が出来る。

 

「アシリアちゃんって、確か女王マリアの娘さんって話してなかった? だから、ベスパが血眼で確保に動いているんじゃないかな?」 

 

「そうか……マデアさんも、女王がベスパに利用されないように娘を地球に連れて行ったって言ってたな……なら、アシリアをベスパに渡す訳にはいかねぇ……けど、このままじゃ町の人もシャクティさんもヤバイ!」

 

 ニコルは、戦場に出ないと決めた自分を恨んだ。

 

 もし地球に着いて、直ぐにリガ・ミリティアに……ミューラと接触していれば、ゼータガンダム・リファイン以外のモビルスーツを預けてもらえていたかもしれない。

 

 そうすれば、今の状況を打開出来たかもしれない……

 

「マイ……とりあえず、高台に避難しよう……アシリアの命は、オレ達が守らないと……シャクティさんとレジアさんが守ってる人だ。これ以上の悲劇を起こさない為にも、アシリアをベスパに渡しちゃいけない」

 

 ニコルは、何故かベスパにアシリアを渡しちゃいけないと思った。

 

 直感なのか、非道なベスパに子供を渡したら何をされるか分からない……目の前で起きている悲劇を見て、そう感じたのか……

 

 それでも、ニコルは自分の肉親や幼なじみの両親を置き去りにする事に心が痛んだ。

 

 そんな迷いを振り切るように、ニコルは走り出す。

 

「マデア……シャクティ……?」

 

 もの静かで記憶障害のある少女アシリアが、ポツリと呟いた言葉はニコルには届かなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迫り来る悲劇4

「一体、何が起きているの? 町から、命の灯が……どんどん消えていく。ビームは海に落ちた……津波が来るまでは、時間があった筈なのに……」

 

 シャクティは目が見えなくなってから、感覚が一段と鋭くなっていた。

 

 元々のニュータイプ能力の高さに、ゼータガンダム・リファインに搭載された簡易サイコミュ装置であるバイオセンサーのおかげで、シャクティには周りの状況が手に取るように分かってしまう。

 

 その事が、かえってシャクティの動きを混乱させていた。

 

 港町の人々を助けに行くか、戦闘を継続するか……

 

 どちらにしても、目の前の2機のモビルスーツをどうにかしなくてはいけない。

 

 パイロットの腕は凡庸な感じがするが、モビルスーツの方は謎が多いように感じる。

 

 ミノフスキー・クラフトを搭載しているのか……先程までは空を飛んでいたが、ビームを回避したか防いだ後は地上に降りているようだ。

 

 しかし後発で来たモビルスーツは、浮いているのだろう。

 

 シャクティは、感覚で感じとる。

 

「後発で来たモビルスーツが、町の人の避難を妨げているの? あのビームを見た地球の人は、生かしておけないって事? けど、私が何とかする!」

 

 右腕が無いシャクティは、左手だけでコンソール・パネルを叩く。

 

 その動きに同調して、ゼータガンダム・リファインはビームライフルをプロペラが付いたモビルスーツ……ゾロを目掛けて撃ちこむ。

 

「ちっ、コイツの射撃は正確だっ! 2機同時で攻撃を仕掛けるぞ! 早くアシリアを捕獲して帰還しないと、上官にどやされるぞ!」

 

「新型を使ってるんだからな! あんな旧式に遅れをとっていられるかっ!」

 

 ゼータガンダム・リファインの放つビームをプロペラ……もとい、ビームローターで完璧に防いだゾロは、ビーム・サーベルを構えてバーニアを噴かす。

 

「これで、終わりだっ!」

 

 縦に並んだゾロの、前にいた1機のビームローターが回転する。

 

 ビームローターの回転に合わせて空中に飛んだゾロの後ろから、もう1機のゾロが姿を現す。

 

「いい連携ね……でも、見えているわっ!」

 

 目で見ず、感覚で反応するシャクティは、2機の動きが分かっていた。

 

 ロング・ビームサーベルを展開しながら跳んだゼータガンダム・リファインは、上下のゾロの間に入り込む。

 

「やあああぁぁぁ!」

 

 ロング・ビームサーベルから放たれるビームの光が、大地を裂きながら地面にいるゾロに迫る。

 

 そして、振り上げられたビームサーベルの光に、地面にいたゾロは為す術なく下から胴体を真っ二つにされた。

 

 その瞬間、無駄の動きもなくゼータガンダム・リファインは反転して上からの攻撃に備える。

 

「この反応速度……異常だっ!」

 

 ゾロは上からビームサーベルを振るが、体勢を整えたゼータガンダム・リファインはシールドその攻撃を受け止めた。

 

 シールドの表面は焼けるが、ビームサーベルが届く距離でロング・ビームサーベルが届かない訳が無い。

 

 振られたロング・ビームサーベルは、ゾロの真横から襲いかかった。

 

「ぐおっ!」

 

 その光の束をビームローターで辛うじて受け止めたゾロだったが、吹き飛ばされて地面に落とされる。

 

「もらった! これで終わりよっ!」

 

 ビームライフルの銃口が体勢の崩れたゾロに向けられ、正にビームを撃とうとした時、シャクティの頭に人々の悲鳴と命の灯が消える感覚が送られて来た。

 

「くっ……何? 凄い人数の命の灯が……消えていく?」

 

 恐怖と悲しみの感情が次々と頭に流れ込んで来て、思わずシャクティは頭を抱えてしまう。

 

 そう……津波がバルセロナの町を飲み込んだのだ。

 

 ゾロによって逃げ道を塞がれた住人達は、津波に飲まれるしかなかった。

 

 シャクティには、水に襲われる町が見えない。

 

 その分、バイオセンサーによって増幅された感情が頭に溢れていく。

 

「頭が……割れそう……」

 

 自然と涙が溢れ、シャクティの手は操縦桿から離れた。

 

「動きが止まった? 今がチャンスか?」

 

 無防備に止まったゼータガンダム・リファインを見て、ゾロはビームを放つ!

 

「しまった……」

 

 警告音で我に返ったシャクティは、ビームをシールドで受け止める。

 

「くううぅぅぅっ!」

 

 シールドを伝ってモビルスーツ本体に流れ込む衝撃に、シャクティは思わず声を漏らしてしまう。

 

「はぁ……はぁ……津波か……アシリア様は無事なの?」

 

 頭に流れ込む感覚によって忘れかけていた大切な事を思い出し、シャクティはバイオセンサーによる脳波の増幅でアシリアを探す。

 

「ニコルとマイと……アシリア様の命の鼓動が分かる。ニコル、アシリア様を守ってくれているのね……」

 

 シャクティは気を取り直すと、左手で操縦桿を握り締めた。

 

「1機墜としたからか、町が津波に襲われたからか……私に狙いを定めたみたいね……」

 

 シャクティは自分に迫って来るプレッシャーを感じて、操縦桿を握る手の平は汗で湿り始める。

 

 片手で……しかも旧式のモビルスーツでは、2機を相手するのが精一杯であった。

 

 自分に迫って来るモビルスーツは、5機はいるだろう……そして、正面には最初から戦っていた1機。

 

 死を覚悟したシャクティは、アシリア達がバルセロナの町を抜けて、身を隠せるまでは時間を稼ごうと心に決めた。

 

 ゼータガンダム・リファインの大きな盾で機体を隠し、致命傷を避けながら回避行動を取り続ける。

 

「シャクティさんっ! その戦い方じゃ駄目だっ! 反撃しないと、いつか被弾する!」

 

「でもニコル……あれって、シャクティさんが私達を逃がす為に……」

 

 険しい表情で戦闘を見つめるニコルの顔を見て、マイは言葉を飲んだ。

 

 マイの言っている事を、ニコルは理解している。

 

 それでも、その戦い方ではシャクティが……ゼータガンダム・リファインが持たない事をニコルは確信しているのだろう。

 

 そして、それを感じていたのはアシリアも同じだった。

 

「お母さん……ダメっ! お母さんがいなくなったら、私はどうすればいいの……」

 

 突然マイの腕を振りほどいて地面に下りたアシリアは、その瞳に涙を溜めている。

 

 今まで大人しかったアシリアの感情が、不意に溢れ出た。

 

 ニュータイプとしての能力なのだろうか……死を覚悟したシャクティの感情を感じたのかもしれない。

 

 それは、ニコルもマイも感じていた。

 

 絶望を感じた、その瞬間……

 

 1機の戦闘機が、戦場に姿を現した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャクティの願い

「援軍……いえ、違うわね。あれは……」

 

 シャクティは、感覚で戦闘機が援軍ではない事を確認する。

 

 しかし、敵ではない。

 

 戦闘機は、ゾロに対してビームを放ち始めた。

 

「ふん……今更、戦闘機が1機増えたところで……」

 

「だが、あの戦闘機にアシリアを持って行かれたら厄介だ。1機は戦闘機を墜としに行け!」

 

 6機いるゾロのうちの1機は、戦闘機に向けてビームを撃ち始める。

 

 不安定にビームを避ける戦闘機は、明らかに素人が操っているように見えた。

 

「戦闘機のパイロットは雑魚だっ! せっかく希望が持てたのに、残念だったな!」

 

 5機のゾロが、ゼータガンダム・リファインを取り囲む。

 

「囲まれた……それに、不安定な機体に1機向かった?」

 

 シャクティは、感覚を全周囲に飛ばす。

 

「動きが止まった? チャンスだっ!」

 

 動きを止めたゼータガンダム・リファインに、ビームサーベルを構えて1機のゾロが飛び込んだ。

 

 バシュュュゥゥゥ!

 

 不用意に飛び込んだゾロのコクピットを、ゼータガンダム・リファインのロング・ビームサーベルが貫いた。

 

「迂闊よ! でも、おかげで穴が開いたわ」

 

 前方のゾロに向かってクレネード・ランチャーを放ったゼータガンダム・リファインは、爆煙に紛れてウェーブ・ライダーに変形する。

 

「ちっ、行かせるかよっ!」

 

 ゾロから放たれるビームを尽く躱し、ウェーブ・ライダーを戦場に入って来た戦闘機に向けて飛ばす。

 

「あの機体……戦いに来たと言うより、何か……ニコル達を探しに来たのね!」

 

 戦闘機に近付くにつれ、そのパイロットから感じる感覚をシャクティは捉える。

 

「そう……その機体は、ニコル達の希望になるのね……なら、墜とさせる訳にはいかない! ニコル、マイ、アシリア様をよろしくね!」

 

 シャクティは、ウェーブ・ライダーの後方からビームローターを展開して追って来るゾロにビームで牽制しながら、戦闘機に迫って行くゾロに神経を集中させた。

 

「おいおい……5機もいて、何突破されてんだよ……まぁ、この素人の乗る戦闘機を墜とすのは訳無い。それから、じっくり料理してやるぜ!」

 

 先行して戦闘機を追っていたゾロは、ビームライフルを構える。

 

「間に合わない……ごめんなさい、アシリア様……こんな方法しか思いつかなくて……」

 

 シャクティはそう言うと、見えない瞳を閉じた。

 

 

「シャクティさん! モビルアーマーを助けに行ってる場合じゃないだろ! 自分の身を守ってくれよっ!」

 

 ニコルは戦闘区域から出る為に林の中を走りながら、ウェーブ・ライダーの動きに歯痒さを感じる。

 

 ウェーブ・ライダーに変形する前は、攻撃に転じたゼータガンダム・リファインの動きに希望を見た。

 

 しかし、敵か味方かも分からない……それも、戦力にならなそうな戦闘機を助けようとする動きのウェーブ・ライダーに、ニコルは疑問を抱く。

 

 自分の命が危険な状況で、無防備に戦場に入って来た戦闘機を守る必要があるのか……

 

 走りながら上空を……戦闘を見るニコルの裾が、突然引っ張られた。

 

「ニコルさんっ! お母さんを助けてっ!」

 

「お母さんって……そうか……オレだって助けてあげれるなら、助けたいけど……」

 

 懇願する瞳で見上げるアシリアに、ニコルは思わず視線をズラしてしまう。

 

「くそっ……せめて、あのモビルアーマーでも使えれば……素人パイロットじゃ、シャクティさんの邪魔してるだけだ!」

 

 ニコルは悔しそうに、空を……ウェーブ・ライダーの軌道を目で追った。

 

「って……シャクティさん、何してんだ! 背後のモビルスーツへの牽制を止めたら、簡単に墜とされるぞ!」

 

「ニコル……シャクティさんは、戦闘機を守るつもりだよ! 前にいるモビルスーツに攻撃する為に……」

 

 そう……明らかにウェーブ・ライダーは後方へ攻撃しなくなり、次々と撃たれるビームを回避しながら、戦闘機を撃とうとしているモビルスーツに迫っていく。

 

「くそっ! こんな時、映画とかならモビルスーツが都合よく転がってるんだろうに……何か……何か無いのかよっ!」

 

「ニコル……それより頭に……頭に、何か入ってくる……」

 

 空を見上げるしかないニコル達の頭に電撃のようなものが走り、マイは頭を抱えながらも空を見上げる。

 

「お母さんの……声?」

 

 アシリアの瞳もまた、ウェーブ・ライダーの描く軌跡を眺めていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャクティの願い2

 瞳を閉じたシャクティの感覚は、更に上がっていた。

 

 後方から迫る5機のゾロから放たれるビームを躱し、前方の戦闘機とゾロに迫っていく。

 

「コイツ……後ろに目でも付いてるのか? 全く当たらない!」

 

 ゾロのビームは、ウェーブ・ライダーに掠りもしない。

 

 しかし回避動作を行いながらでは、戦闘機を守れない。

 

 ビームライフルを構えたゾロは、今にも戦闘機を撃とうとしている。

 

 そして戦闘機のパイロットでは、そのビームを躱すのは不可能に思えた。

 

「間に合わない……最短距離で駆け抜けない限りは……」

 

 ウェーブ・ライダーは、何発目かのビームを回避した拍子にビームライフルが機体から外れてしまう。

 

「旧式のうえに、調整不足かっ! いい加減、墜ちろよっ!」

 

 ビームライフルの照準でウェーブ・ライダーを捉えたゾロのバーニアが、突然爆発した。

 

 自分が死ぬ事など微塵も考えていなかったゾロのパイロットは、何が起きたか分からないまま、その命を散らす。

 

「何が起きた? 全機、周囲を索敵しろっ!」

 

「隊長! ビームライフルが、単体でビームを撃ってます!」

 

 ウェーブ・ライダーが落としたビームライフルは、まるで幽霊がビームを撃ってるかのように、誰も触っていないのにピンポイントでビームを放ってくる。

 

 ビームローターでビームを受け止めたゾロは、その動きを止められた。

 

 その隙を付いて、ウェーブ・ライダーは戦闘機に銃口を向けるゾロに迫る。

 

「当てるっ! そこっ!」

 

 ウェーブ・ライダーは、バルカンの掃射で戦闘機に向けられたゾロのビームライフルと腕を撃ち抜く。

 

「なんだとっ!」

 

 射角のずれたビームは、戦闘機のはるか上を通過していく。

 

 戦闘機はゾロの横を通過し、地上に向けて降下し始めた。

 

「素人パイロットの戦闘機は、いつでも墜とせる! まずは、化け物可変モビルスーツからヤるぞ!」

 

 ゾロのパイロット達の視線は、ウェーブ・ライダーに……ゼータガンダム・リファインに注がれる。

 

 全てのゾロより上空まで上がったウェーブ・ライダーは、そこでモビルスーツ形態に変形した。

 

 その右手には、ワイヤーに繋がれたビームライフルが戻ってきている。

 

 そして、降下しながら戦闘機を守るようにビームを放ち始めた。

 

「ザンスカールの新型が、ここまで好きにやられるのか……だが、最後に勝つのは我々だっ!」

 

 降り注ぐビームをビームローターで受け止めながら、少しずつ降下するゾロ。

 

 地上では、ビームローターの奏でるプロペラ音が響き渡っていた。

 

「地上に降りたら、こちらの優位が失われる。やはり……奴を利用するしかないな」

 

 1機のゾロが、戦闘機に向けてビームを放つ。

 

 そのビームは、ゼータガンダム・リファインの放ったピンポイントのビームに掻き消される。

 

「やはり……奴は、何としても戦闘機を墜とされたくないらしい。全機、戦闘機にビームを集中しろっ!」

 

「ダメっ……やっぱり、私が囮になるしかない。ニコル、アシリア様をお願いね……」

 

 シャクティはゼータガンダム・リファインの操縦管を優しく握ると、自分の感覚を飛ばした……

 

 

「ねぇ、ニコル。あの戦闘機、コッチに向かって来てない?」

 

「ああ……でも、そんな事より……ゼータが……シャクティさんが……」

 

 ニコルの目には、ゼータガンダム・リファインがオーラのような物に包まれているように見える。

 

 まるでゼータガンダム・リファインとシャクティが、最後の力を出す為に力を放出しているかのように……

 

 そしてニコルは、不思議な空間に自分が立っているのに気付いた。

 

「シャクティ……さん?」

 

「ニコル……聞こえる? 私は、あなたに伝えたい事があるの……」

 

 ニコルの目の前には、モビルスーツのシートに座るシャクティが見える。

 

 宇宙空間のように、上も下も、右も左も分からない空間……

 

 耳障りなプロペラの音も聞こえない、自分とシャクティだけの空間……

 

 シャクティの声は……言葉は、耳というより心に響いているように感じた。

 

「ニコル……あなたの力は、多くの人に影響を与える事が出来る。モビルスーツで戦う事だけが全てじゃない。でもね……あなたの力に、希望を感じている人々もいる。そして聞こえたでしょ? ベスパの放った非道な光に生み出された津波で、多くの命の火が消えた音を……繰り返させてはいけない……あなたの力で、止めて欲しいの……」

 

「そんな……オレには、出来ないよ! 幼なじみの……マイの心が吸い取られて……オレが戦場に出る事で、巻き込まれる人がいる。それが恐いんだ! リガ・ミリティアの皆が戦ってるのを知ってて……それでも、勇気が出ない。また、誰かを巻き込んでしまうと思うと……」

 

 身体を震わすニコルを見て、シャクティが微笑んだ。

 

「確かにね……でもねニコル。そんなニコルの気持ちを知っている人がいる。あなたが目を背けたリガ・ミリティアの人が、あなたの為に届けに来た……自分の命を顧みないで……その人は、あなたに戦って欲しいんじゃない。でもね、きっと今のニコルは力が欲しいんじゃないかって、その人は自分の判断だけで飛び出して来たみたい。だから、私が守る。ニコル、受け取ってね……ダブルバード……人の気持ちを繋げられる、素敵なモビルスーツを……」

 

 そして、ニコルは元の感覚に突然戻される。

 

 ニコルは、思わず上空を……シャクティが戦う戦場を目で追う。

 

 その瞳に映ったのは、ウェーブ・ライダーの形態に変形したゼータガンダム・リファインが、ゾロに飛び込んでいく瞬間だった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャクティの願い3

 ニコルが不思議な空間に身を委ねていた時、マイとアシリアもシャクティが生み出す空間に入り込んでいた。

 

「ここは? 浮いているような感じがするけど……アシリアちゃん、大丈夫?」

 

「はい……私は大丈夫です。不思議な感じですけど、怖くない……」

 

 妙に大人びた言い方にマイは少し戸惑いながら、その不思議な空間に身を任せる。

 

 アシリアの言う通り、恐怖と言うよりは人の温もりのような心地良さが感じられた。

 

「アシリア様……マイ……私の声が届いているかしら?」

 

「シャクティさん? でも、何処から話しているの?」

 

 心に響くように聞こえるシャクティの声に、マイは嫌な予感がして周囲に視線を散らす。

 

「マイ……私は大丈夫です。でも私は、この先アシリア様を守る事が出来ない。だから、アシリア様をカサレリアに送り届けて……」

 

「何を言ってるの? シャクティさん、一緒に行きましょう! 私達は自力で戦闘区域を脱出するから、シャクティさんは離脱して! 後で皆で合流しようよ!」

 

 視線の先に、陽炎のように見えるシャクティの姿が瞳に映る。

 

「マイ……アシリア様をお願い……そして、ニコルも……あなたの心が失われた事を、自分の責任だと責めているわ。でもね、ニコルは大きな事を成せる力を持って産まれてしまった……そして、力を証明してしまった……どんなに逃げても、その力を利用しようとする者が現れる。だから、あなたが側で支えてあげて。ニコルが正しい道を歩けるように……」

 

「そんな……それこそ、心を失った……人を愛する事が出来ない心で、ニコルを支えるなんて出来ない……1番大好きな人の事を想っても、何の感情も出ない心で、人を支えるなんて……」

 

 マイはレジアの声を聞いても、その姿を思い出しても、何の感情も湧きでない自分の心が嫌になっていた。

 

 そんなマイの心を掴むように、シャクティの心がマイを抱きしめる。

 

「心が失われても、マイは優しいわ……それが、あなたの本質だから。ザンスカール帝国が計画している、天使の輪計画……あなたのように、人の心を奪って、争いを無くす……でもね、人の本質は変わらないわ。どんなに心を奪っても……ね。マイ……アシリア様をお願い! あなたのような人を増やさない為にも……」

 

 マイの心に、シャクティの声が突き刺さった。

 

 心を失ったのに、優しい?

 

 そうか……心は無くても、頭の奥底では本質を理解している。

 

 そう思うと、マイは気持ちが軽くなった気がした。

 

「アシリア様……私は、もうアシリア様とは歩めない。でも、遠い空の上から、ずっと見守っています。だから……記憶を奪う事をお許し下さい。でも、いつかきっと思い出す。そして、辛い運命に立ち向かわなければならない……それまでに、強い心を……そして、私の名前を使い続けて下さい。きっと、アシリア様の力になりますから……」

 

 その時、アシリアの頭に強い衝撃が走り、思わず膝を付く。

 

「シャクティさん! 一体……何を?」

 

「マイ……これからは、アシリア様の事をシャクティと呼んで……これまでは、偽名だと気付いてたかもしれない。でも、アシリア様の過去の記憶は曖昧になる筈……マイ、アシリア様をお願いね」

 

 そして、マイとアシリアも突然に現実の世界に戻された。

 

 ガアアァァァァァァン!

 

 その直後、耳を劈く程の破壊音が耳に流れ込む。

 

 それと同時に、心を鷲掴みにされたような、嫌な鼓動が脈を打つ。

 

 3人の視線が、その音が響いた地点に集まった。

 

 シャクティの乗るウェーブ・ライダーの機首がゾロに突き刺さっている。

 

 それだけなら、まだ大丈夫……

 

「シャクティさん! 脱出してくれっ! まだ逃げれる!」

 

 ニコルの悲鳴に近い声も、シャクティには当然届かない。

 

 ゾロの部隊は、驚異的な動きを見せるゼータガンダム・リファインに恐怖を感じていた。

 

 フラフラと降下する戦闘機には目をくれず、ゾロに突き刺さり動かなくなったウェーブ・ライダーを取り囲む。

 

「くたばれ! この旧式モビルスーツがっ!」

 

 ビームローターの高速回転するプロペラが、ウェーブ・ライダーのコクピットに迫る。

 

「もう……もう、やめてー!」

 

 アシリアは、涙を流しながら叫んだ。

 

 そして、ビームローターがコクピットを破壊し始めた時、アシリアは気を失い、糸の切れた人形のように力無く地面に倒れる。

 

「シャクティさん! どうして脱出しなかった! どうして……」

 

 泣き崩れたニコルの傍らに、戦闘機が着陸した……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

希望の翼

「ニコル、無事かっ!」

 

 キャノピーが開き大声を出した図太い男の声は、ニコルにとって懐かしかった。

 

 しかしニコルの苛立ちは、懐かしさを上回っている。

 

 図太い声を出した恰幅がよい男……ボイズンを睨みながら、ニコルは戦闘機に近付く。

 

 そして、リガ・ミリティアに入隊して始めて出来た上司の襟首を掴み上げた。

 

「ふざけんなっ! あんたが無防備で戦闘区域に飛んで来なければ、シャクティさんは死なないですんだんだ! なんで……あんたはっ!」

 

 叫びながら、かつての上司を殴ろうとしたニコルの頭に……心に、声が響く。

 

「コニル、怒ってはダメよ。その人は自分の危険を顧みずに、あなたを助けに来てくれた。あなたの考えを具現化してくれる機体と共に……だから、恨んで戦わないで。一時の恨みは、後で後悔しか残さないわ。あなたは、あなたの戦いを……マデアが認めた力と心なら、きっと大丈夫。自分を信じて進みなさい……」

 

 死んだ筈のシャクティの声が、ニコルの心を揺さぶる。

 

「って……ボイズンさん! ニコルっ! 危ない!」

 

 マイの金切り声で現実に戻されたニコルは、迫って来るゾロに気付いた。

 

「くそっ! ニコル、乗り換えてるヒマがねぇ! せっかく、ここまで来たってのにっ! この機体から離れて逃げろっ!」

 

 止まっている戦闘機にビームを当てるなど、簡単である。

 

 射程にさえ入れば、オートでビームを撃でばいい。

 

 バーニアに火が入り、動く前にビームは当たる。

 

 ゾロのパイロット達も、旧式のモビルスーツに手間取り、未だにアシリアの捕獲に至っていない事に苛立っていた。

 

 戦闘機を爆発させたら、近くにいるアシリアを巻き込むかもしれない……そんな事を忘れるぐらいには、紅潮している。

 

「オレは……シャクティさんに託された。それを……何もしないまま、死ねる訳がねーだろっ!」

 

 死を覚悟したニコルは叫んだ。

 

 ビームが掠めても、戦闘機が爆発しても助からない。

 

 絶望的だと分かっているからこそ、叫ばずにはいられなかった。

 

 しかし、その声に戦闘機は反応する。

 

 その機体が、強力なサイコミュを備えていたからなのか?

 

 ニコル専用に造られたからなのか?

 

 それとも、シャクティが力を貸してくれたのか?

 

 誰にも分からないが、コクピットに座っていないニコルの想いに反応した。

 

 左腕のビームシールドの四隅に取り付けられた三角のパーツが外れ、宙を舞う。

 

 そして、放たれたビームと戦闘機の間にビームの膜を作り出した。

 

 そこにビームが当たり、粒子が四散して消える。

 

「馬鹿なっ! 何が起こった?」

 

 混乱するゾロの動きを見て、ボイズンは戦闘機から飛び降りた。

 

「ニコル、説教なら後で受ける! 今は、この機体を受け取れ! ダブルバード・ガンダム! お前の為の機体だっ!」

 

 無意識にニコルは頷くと、ボイズンの温もりが残るシートに包まれる。

 

「やれるな、ダブルバード……あのヘリコプター野郎をぶっ倒し、バルセロナの人達を出来るだけ救う!」

 

 一度は乗らないと決めたモビルスーツ……それでも、自分を信じて完成させ運んで来てくれた……そう思うと、涙が出そうになった。

 

 だからこそ、ニコルは再び戦う事を心に誓う。

 

 悲しむ人達を減らせるように……そして、自分の大切な人達を守る為に……

 

 ニコルが操縦管を握ると、不思議とダブルバード・ガンダムを完成させる為に尽力した人達の想いが心に入って来る感じがした。

 

 ミノフスキー・ドライブの実用化の為の試作機……その機体をニュータイプ専用機にし、有益なデータを多くとる為に……

 

 そして、次の量産型に繋げる為に……

 

 ザンスカール帝国という強大な敵に、レジスタンスという小さな組織で戦う為に、その希望を宿したモビルスーツ。

 

 ニュータイプが現れる事も、開発資金が得れるかも分からない中で……それでも、ザンスカールの非道を止める為に、奇跡を信じて歩んで来た人達がいる。

 

 命を懸けて、繋いで来た想いがある。

 

 そんな想いが、ニコルの心に突き刺さっていく。

 

 ニコルの心に応えるように、ダブルバード・ガンダムは反応する。

 

 ゾロのビームを防いだ三角のパーツ……クワトロ・ビームシールドは回転しながら宙を舞い、そしてゾロを囲むように配置した所で止まった。

 

「ダブルバードの初陣だっ! この程度、あっさり片付けてやるぜっ!」

 

 ニコルの声に反応した三角のパーツは、それぞれが光の膜を展開し、ビームの四角を作り出す。

 

 その間に挟まれたゾロは、ビームの膜によって切断された。

 

「それで、戦闘継続は出来ないだろっ! 下がれよっ!」

 

 ダブルバード・ガンダムの右腕にも装着されている三角のパーツ……クワトロ・ビームシールドも放たれ、いたる所でスクエアのビームの輝きが開く。

 

 その度にゾロのパーツが弾け飛び、爆発する。

 

「コクピットは無事な筈だっ! オレは誰も殺さない……何度だって挑んで来いっ! 嫌になるまで、相手してやるぜっ!」

 

 ヘリコプターの形態になって基地に引き返していくゾロをモニターで確認したニコルは、ダブルバード・ガンダムのコクピットで叫んでいた。

 

「結局、ダブルバードを少し浮かしただけで、サイコミュ兵器だけで敵を退けちまったか……まだ未完成品だが、それを伝える必要も無かったな。とんでもねぇパイロットに成長したな……アイツは」

 

「私の心が失われた事が、自分の責任だって……だから、もう戦場に出ないって言ってたけど……ニコルの力は、私の様な人を増やさない為に使われないといけないのかな……ニコルには、それだけの力がある……とっても辛い事だけど」

 

 2人の頭上を浮遊する戦闘機形態のダブルバード・ガンダムを眺めながら、ボイズンとマイは呟く。

 

「ところで、その子供は誰だ? お前達の隠し子か?」

 

 ダブルバード・ガンダムからマイの腕に抱えられた子供に目を移したボイズンは、その褐色の肌を見て怪訝そうな顔をする。

 

「隠し子って……でも、そう言う事にしてもらえると助かります。って言うより、この娘を見てない事にして欲しいんです」

 

「はぁ……って事は、ザンスカールの関係者って事かよ。しかも、結構な要人の子供だ。それを知って、放置は出来ねぇ」

 

 ボイズンが、マイの腕の中で気を失っているアシリア……シャクティを奪おうとするが、ダブルバード・ガンダムが着陸した風圧でバランスを崩す。

 

「ボイズンさんっ! その娘は、ゼータガンダム・リファインでダブルバードを守ってくれたシャクティさんの子供だっ! つまり、ボイズンさんの命の恩人の子供でもあるんだぜっ! それをリガ・ミリティアで利用しようってんなら、オレはボイズンさんの敵になる!」

 

 ダブルバードから下りたニコルは、シャクティを守るようにボイズンとマイの間に立った。

 

「あのモビルスーツのパイロットの子供? 連邦の機体かと思っていたが、ザンスカール側のモビルスーツだったのかよ……命の恩人の子供なら、そりゃ匿ってやるしかねぇ……な」

 

 苦虫を噛み砕いたような表情を浮かべたボイズンは、しかし口元は緩んでいる。

 

「しかし、匿う場所はどうすんだ? こんな小さい子、1人にはさせれんだろ?」

 

「元々、カサレリアに住んでいたんだ。そこに戻れば、普段の暮らしに戻れるだろって思ってる」

 

 ニコルの言葉を聞きながら、マイは少し不安な表情でシャクティの顔を見つめた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャクティの帰還

 バルセロナの町は、悲惨な状態だった。

 

 何度も襲ってくる津波に逃げ道も無く、家は……人々は、波に飲まれていったのだろう……

 

 先程まで食事をしていたマイの家は跡形も無く、両親の姿もなかった。

 

「分かってはいたけど……現実を突き付けられると、結構キツイぜ……」

 

 ニコルは握り拳を作り、その身体は震えている。

 

 逃げているかもしれない……淡い期待を胸に、ダブルバード・ガンダムでバルセロナの町まで来たニコル達は、そこで絶望の光景を目にした。

 

 綺麗な町並みは無惨にも崩され、人っ子一人動いていない。

 

「ニコル……残念だが、これでは、生き残りはいなそうだ。しかし宇宙からのビームで、これだけの威力だ。これ以上、撃たせてはいかんな……」

 

「くそっ! レジア達は何をやってたんだ! こんなヤバイ高出力ビームを簡単に撃たせやがって……ちくしょう!」

 

 ニコルは、落ちていた瓦礫の一つを蹴飛ばした。

 

「ニコル……気持ちは分かるケド……」

 

 落ち着いて……そう言おうとして、マイは言葉を飲み込んだ。

 

 ニコルの言葉は、レジア達に向けられた訳じゃない……寧ろ、ニコル自身に向けられていると分かったからである。

 

 そう……自分がリガ・ミリティアに合流していれば、回避出来たかもしれない現実……

 

 後悔と苦悩……ニコルの表情は複雑だった。

 

「起こっちまったモンは仕方ねぇ……次に起こさないようにする事が大切だ。その為に、宇宙へ上がるんだろ?」

 

 ボイズンの言葉に、ニコルは頷く。

 

「じゃあ、行こうぜ。その娘をカサレリアに送り届けてから、カリーン基地へ向かうぞ! ミューラさんと、連邦のガルドって奴も来てるしな。ダブルバードの最終調整も、しなきゃならん 」

 

 ボイズンはニコルの肩を叩き、そしてアシリアを抱えたマイを見る。

 

 自分の両親が行方不明であるのに、冷静なその姿に違和感を覚えた。

 

「私……やっぱり、おかしいですよね? 両親が亡くなったかもしれないのに……涙の一つも出ない。人を愛せないって、こんなに辛いんだ……」

 

 怪訝そうに見つめてくるボイズンの視線に気付き、マイは苦悩の表情を見せる。

 

「いや……スマン。人を愛する感情が無くなったとは聞いていたが……実際、よく分からなくてな。だが、ザンスカールが何を考えてるか分からねぇが、こんな事をして良い訳がねぇ! だからこそ、俺達が潰さねぇとな!」

 

 マイの顔とバルセロナの崩壊した町並みを交互に見たボイズンは、叫びながらニコルの背中を叩く。

 

「痛ぇな! けど、ボイズンさんの言う通りだ。ザンスカールが何を考えていようが、こんな事を許しておく訳にはいかない! オレとダブルバードと……リガ・ミリティアの皆で、ザンスカールの野望を食い止める!」

 

 ニコルは叫ぶと、バルセロナの町を見ないようにダブルバード・ガンダムのコクピットに滑り込んだ。

 

 

「シャクティ! どうしたの?」

 

 帽子のバイザーを背中側に回したオカッパ頭の少年が、アシリアを抱えたマイの側に叫びながら寄って来た。

 

「気を失ってしまってるだけで、大丈夫よ。キミは、シャクティちゃんのお友達かな?」 

 

 オカッパ頭の少年……ウッソ・エヴィンに、マイは優しく話かける。

 

 バルセロナを離れ、カサレリア近郊の林にダブルバード・ガンダムを隠したニコル達は、気を失ったままのシャクティを抱えて歩く。

 

 そこで、ウッソ少年に出会った。

 

「ええ……ご飯を作ってくれたり、遊んだりしてます。あなた達は、シャクティのご両親ですか?」

 

「違うわ。ご両親に頼まれて、シャクティちゃんをカサレリアに連れて来たの……そうだ、シャクティちゃんの両親に頼まれてた事があるんだけど……お願いできるかしら?」

 

 マイは、警戒心を崩さないウッソに……子供なのにシャクティを守ろうとしている姿に、この少年は信用出来ると感じる。

 

 ポケットからヤナギランの種を取り出したマイは、その種をウッソに握らせた。

 

「このヤナギランの種は、シャクティちゃんとシャクティちゃんの両親を繋げる物なの。シャクティちゃんの意識が戻ったら、渡してもらえないかしら? 自分の身が危険な時に、この種を植えたら必ず助けに来る。もしご両親が助けに来れなくても、このお兄ちゃんが助けに来るから」

 

 そう言うと、マイはニコルの方を向いてウィンクする。

 

 ニコルは軽く溜息をつくとウッソに近付き、そして少年の視線に合わせるように腰を落とす。

 

「少年、女の子を守るのは男の仕事だ。オレは幼なじみの心を守れなかった……だが、君なら大丈夫そうだ。その瞳を見れば分かる……けど、どうしても助けられない時は、オレが助けに来る。約束だ!」

 

 ニコルが差し出した小指に、ウッソが小指を絡める。

 

 自分を一人の男として見てくれた人に……どこか波長の合う童顔の男に、ウッソは何故か波長が合う感じがした。

 

 約束を交わした小指が離れると、ニコルはダブルバード・ガンダムに向けて歩き出す。

 

「じゃあね、少年クン! シャクティちゃんをヨロシクねっ!」

 

 シャクティの身をウッソに預けたマイは、ウィンクをしてからニコルの後を追うように歩き出した。

 

 マイを見送るウッソ少年の頬は、少し赤らんでいた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バグレ隊

 

 カリーン基地……

 

 ニコルがレジスタンスとして……リガ・ミリティアの一員として、始めて配属された場所である。

 

 懐かしの場所に足を踏み入れたニコルだったが、その表情は曇っていた。

 

「ニコル……バルセロナでの出来事を聞いたわ……大変だったわね……」

 

 カリーン基地に着いたニコル達を出迎えてくれたのは、ダブルバード・ガンダムの開発の為に地球へ下りて来ていたミューラだった。

 

「ああ……オレは、誰も助けられなかった……守ってくれた人も、津波に飲まれていった人達も、母さんも、マイの両親も……誰一人救えなかった……ニュータイプだって煽てられてても、モビルスーツが無けりゃ何も出来なかった……」

 

 懐かしい人の姿を見て、我慢していたニコルの感情が爆発する。

 

 ずっと我慢していた……アシリアとマイの前で、涙は見せれないと思って我慢していた。

 

 しかし母のような香りがするミューラの前で、ニコルの瞳から涙が零れる。

 

「泣いていいのよ、ニコル……助けに行けなくて、ゴメンね……もっと早く気付いて、モビルスーツを送ってあげれば、あなたを苦しめなくて済んだかもしれないのに……」

 

 優しく抱きしめてくれたミューラの胸の中で、ニコルは声を出して泣いた。

 

 頭の中でフラッシュバックするシャクティの戦い、母の笑顔、優しい言葉をかけてくれたマイの両親……

 

 失ったモノの大きさに、ニコルは身体の震えを止める事が出来ない。

 

「レジアも……今のニコルと同じように、大切な人達を失ってきたわ。そして、戦う事を選んだ。今のニコルなら、レジアの気持ち……分かるんじゃないかしら? 託された者の心の強さが……」

 

 ミューラの言葉に、ニコルは気付く。

 

 レジアはニュータイプでも無いのに、何で強いのか……

 

 きっと、元から強かったんじゃないのだろう。

 

「そうだね……オレも沢山のモノを託された……もう二度と撃たせない! あんな大量虐殺兵器は、オレが破壊する!」

 

 涙を拭ったニコルの瞳は、強い決意を宿していた。

 

「そうね……そして、その為のダブルバードよ。フフっ、ニコルを見てると、本当にレジアそっくり……」

 

 ミューラは、サナリィでの出来事を思い出す。

 

 レジアの操縦するジェムズガンが、ヴィクトリー計画を進めるキッカケとなった。

 

 そして、ニコルがヴィクトリー計画のキモであるダブルバード・ガンダムで戦う決意を見せてくれた。

 

 それぞれ悲しい出来事を乗り越えて、それでも戦う気持ちを見せてくれる……

 

「私達は幸せだわ……こんなに優秀なパイロット達に恵まれて……」

 

「全くだ! 連邦は人材不足だってのに、なんでレジスタンスに優秀な奴らが流れるかね? まぁ、そんだけ連邦が腐ってるって事か……」

 

 ミューラの独り言に答えた体格の良い男が、全身を黒く汚した姿で格納庫から現れた。

 

「ガルドさん、久しぶり! 連邦も、ダブルバードの開発に協力してくれてたんですか?」

 

「まぁな……だが、連邦と言っても全てじゃない。レジスタンスに協力しようって奴らが集まった、バグレ隊ってトコだ」

 

 バグレ隊……地球連邦軍の中でも、レジスタンスであるリガ・ミリティアに協力しようと言う少数派の者達で組織された部隊である。

 

 連邦の碧の閃光……エルネスティ・アーサーが隊長として組織された部隊であり、ミノフスキー・ドライブの技術提供を条件に、アナハイム・エレクトロニクスの協力を得ていた。

 

 その為、バグレ隊の隊長であるエルネスティには、緑に塗装されたアナハイム社製の新型モビルスーツ、ジェイブスが与えられる。

 

 地球連邦軍としては、エルネスティの動きは厄介だったが、それ以上にアナハイムとの関係を悪化させたくなかった。

 

 サナリィがザンスカール帝国に接収されてしまった今、地球連邦軍はモビルスーツの供給をアナハイムに頼るしかない。

 

 その為、エルネスティの動きは連邦内で黙認されていた。

 

「タブルバードは、サナリィの技術に、アナハイムのモビルスーツ・フレーム……本当に夢のような機体になったわ。ニコル……宇宙では、ビッグ・キャノンを再び攻撃する為の準備をしているの。調整にかけてる時間は、あまり残されてないから、疲れていると思うケド……」

 

「分かってるよ、ミューラさん。戦うと決めた以上、泣き言は言ってらんないよ。それに、ダブルバードを早く使いこなせるようになりたいしね!」

 

 ガルドと話をしていたニコルは、ミューラの声に反応してから、格納庫に収まったダブルバード・ガンダムに視線を移す。

 

「エボリューション・ファンネルは、ミリティアン・ヴァヴに置いてあるから、それ以外の武装のチェックと、ミノフスキー・ドライブの最終調整……やる事は沢山あるわ……ガルドさん、お願いします」

 

「分かった! ニコル、操縦方法をレクチャーしてやるから、付いて来い! それが終わったら、エルのジェイブスと模擬戦だっ!」

 

 ガルドに引きづられ行くニコルを見て少し笑ったマイは、激戦が始まろうとしている空を……宇宙を仰ぎ見る。

 

 マイの心は、不安が渦巻いていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

粉砕された気持ち

 

「父さん……すまない。母さんも、マイの両親も助けられなかった……」

 

「何を言っているんだ。ニコルが悪いんじゃないだろ……戦争が全て悪いんだ。それで……これから、どうするんだ?」

 

 ニコルは、父であるロブ・オレスケスの住むマンダリアン近郊まで足を運んでいた。

 

 離婚しているとはいえニコルは母の死を伝えたかったし、モビルスーツに乗って戦う決意をした事を報告したかった。

 

「しかし……お前は、ただの搬送の仕事で宇宙に上がったんだろ? それがどうして、モビルスーツで戦う事になってるんだ?」

 

「最初は、ただ仲間を救いたくてモビルスーツにのったんだ……いや、好奇心もあったんだと思う。けど、マイが心を失ったり、敵にも心を通じ合える人がいたりして、戦う事を避けるようになってしまったんだ……」

 

 ニコルは宇宙に上がってからの経緯を父に詳しく話し、ロブも静かに耳を傾けている。

 

「大変だったんだな……だが、地球に戻ってこれて良かった。これからは漁師として働きながら、将来の事を決めればいい。とは言え、ここの辺りも物騒になってきたが……」

 

 ロブはそう言うと、近くに積んであるガラクタ……モビルスーツの外板に目を移す。

 

「こんなにガラクタを集めて、どうするのさ? リガ・ミリティアや連邦が買い取ってくれるのか?」

 

「そうだとしても、戦争に加担する気は無いな。私の戦争嫌いは知っているだろ? コイツは、魚礁になるのさ……最近、気付いたんだがな。以前よりは魚が捕れるようになったし、生活するだけなら漁師で充分やっていける」

 

 そんな父の言葉に、ニコルは発しそうになった言葉を飲み込み、口を閉ざした。

 

 再び、モビルスーツで戦う……それを言っていいのか、迷ってしまう。

 

 バラバラバラ……

 

 しばらく黙って、モビルスーツのガラクタ……外板を眺めていたニコルの耳に、ヘリコプターの音が飛び込んできた。

 

 その音は、少しずつ近付いて来る……

 

「なんだ? ヘリコプターとは、珍しいな……」

 

「父さん……バルセロナに移住してくれないか? この辺りの町は、多分ベスパが襲って来る……人探しの為に、虐殺して来る可能性もある。だが、津波で全滅したバルセロナの町なら、生き残れる可能性がある!」

 

 そう言うと、ニコルは走り出した。

 

 父の声を背中に受けながら、ニコルの瞳からは涙が零れる。

 

 そして林の中に隠していたダブルバード・ガンダムのコクピットに滑り込んだニコルは、コンソールを叩く。

 

「ニコル、お父さんとの話は済んだの?」

 

「それどころじゃない! ベスパのヘリコプターが飛んで来やがった! これから迎撃する!」

 

 ミューラに通信で戦う事を伝えたニコルは、操縦管を握る。

 

「ニコル……ダブルバードは、重力下の戦闘を想定して造ってないわ! 無理に戦闘しなくても……」

 

「いや……多分、シャクティを探している部隊だ。だとしたら、マンダリアンの住人達を殺戮しても探そうとする……ミューラさん、オレが戦っている間に、マンダリアンの人達を避難させてくれっ!」

 

 独り言のように呟いた後、ニコルは叫んだ。

 

「はぁ……仕方ないか……ペギー、カミオン隊を護衛しながらニコルと合流して」

 

「はいよ。虎の子のダブルバードが墜とされちゃ大変だし、ニコルが危険と感じているなら、動いておいて損は無い」

 

 ミューラとの通信を終えると、綺麗な金髪を靡かせながら、ペギー・リーはガンイージに向かって歩き出す。

 

「ニコル、マンダリアンの近くにペギーの隊がいるわ! マンダリアンの人達も、カミオンで搬送する。だから、無理しないで!」

 

「ペギーさんが来てくれる? なら、安心だ! ミノフスキー・ドライブとエボリューション・ファンネルが使えなくても、ダブルバードならやれる!」

 

 モビルアーマー形態で浮き上がったダブルバード・ガンダムは、迫って来るゾロのトップターミナルに向けてバルカンを放つ。

 

 ピンポイントで放たれたバルカンは、ヘリコプターの様な形態のトップターミナルに付けられたプロペラ……ビーム・ローターを破壊した。

 

「まさか……あれに、ニコルが乗っとるのか……帰って来い、ニコル! お前は、戦争なんかしちゃいかん!」

 

 叫んだロブの横に、大型のトレーラーが止まる。

 

「オッサン! ここの辺りは、モビルスーツ戦が始まる。危険だから、離れろ! とりあえず、一緒に来い!」

 

 大型トレーラー……カミオンから飛び出した若者が、ロブを抱えると運転席のシートの後ろに押し込む。

 

「くそっ! 貴様ら、ニコルを戦争に巻き込むな! 私の大事な息子なんだぞ! 引き返せ!」

 

 ロブの叫び声は、カミオンのエンジン音に掻き消されていった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙へ……

「ニコル……お父さんとは、しっかり話し合えたの?」

 

「いえ……ベスパの襲撃があって、それどころじゃ……戦争反対の父さんが、レジスタンスのモビルスーツ・パイロットになる事を賛成してくれるとも思えないですケド……」

 

 ミューラの声で足を止めたニコルは、格納庫に収納されていくダブルバード・ガンダムを眺めながら言った。

 

「子供は、いずれ親の元を旅立つモンさ。戦争が終わったら、無事の報告をしに行けばいい。何があっても、私達が守ってやるよ。虎の子のダブルバード、墜とされる訳にもいかないしね」

 

 ペギーはそう言いながら、ニコルの髪をクシャクシャっと掻き回す。

 

「ペギーさん……援護、ありがとうございました。そうですね……次に地球に下りた時に、胸を張って報告に行きます。ザンスカールを……ベスパを地球から追い出して、戦争を終わらせたら必ず……」

 

「そうだね……ヴィクトリー・タイプが量産体制に入って、オールド・タイプでも扱えるミノフスキー・ドライブ搭載機が開発されれば、一気に形勢は逆転する。アンタとレジアがリガ・ミリティアを牽引し続けてくれれば、必ず勝てる。私は、そう信じてるよ」

 

 金髪の美女であるペギーに褒められて、ニコルの頬は赤くなる。

 

「それで、ダブルバードを宇宙へ飛ばす段取りは出来てるんだろうな? 宇宙引越し公社は、地球連邦軍でも干渉出来ない。どうするつもりだ?」

 

 油の飛び散った作業着を来たガルドが、格納庫から出て来て話に加わった。

 

「引越し公社の局長、マンデラ・スーンに話は通ってるわ。ジン・ジャハナムが動いているから、問題ない筈よ」

 

「引越し公社のシャトル、2機使えるんだろ? ダブルバードと私のイージを上げちゃったら、地球の防衛は大丈夫かしら?」

 

 ガルドの質問に答えたミューラに、今度はペギーが不安な表情で尋ねる。

 

「一応、彼女に地球に残ってもらうつもりなんだけど……少し不安かしら?」

 

「なによ! 皆して! 私だって、ヴィクトリー・タイプのテスト・パイロットに任命されているんだから、あなた達と同等ぐらいにはやってみせるわ! ミューラ先輩……さっきは腕が上がってるって、褒めてくれたばかりなのに……」

 

 ミューラの横に歩み寄って来た褐色でボーイッシュな女性、マーベット・フィンガーハットが頬に空気を入れて膨らませ怒っていた。

 

 ニコルはマーベットを見ると、シャクティの事を嫌でも思い出してしまう。

 

「ん? どうしたの、ニコル? 私の顔に、何か付いてる?」

 

「いえ……スイマセン! マーベットさんの実力は、皆分かってますよ。ただ、戦力的に厳しいってだけで……」

 

 慌てて口を開いたニコルを見て、マーベットは笑った。

 

「大丈夫よ。あなた達が、これ以上のザンスカールの地球進攻を止めてくれれば、現有戦力だけで何とかなるわ。それに、コア・ファイターによるシュミレーションを何度もやってるんだから、ヴィクトリーさえ完成すればザンスカールを地球から追い出してやるわ」

 

 力こぶを作ってみせるマーベットを見て、今度はニコルが笑ってしまう。

 

「お話中、スイマセン! ミリティアン・ヴァヴの艦長から、ミューラさんに通信が入ってます!」

 

「スフィアから? 何の用かしら……」

 

 通信に出たミューラは、目を見開く。

 

「ビッグ・キャノンに、動きあり……ですって! シュラク隊とレジアが、もう一度攻撃に向かう……ダブルバードの合流は待てない……」

 

 呟くようにスフィアの言う事を復唱するミューラは、顔が引き攣っていた。

 

「ミューラさん、どうしたの?」

 

「ミリティアン・ヴァヴが、ビッグ・キャノンの破壊に挑むみたいだわ……でも、今の戦力じゃ……」

 

 顔が蒼ざめて行くミューラを見て、ただ事ではないとニコルは感じる。

 

「ニコルは、知らなかったね……前回、ビッグ・キャノンを攻撃した時は、完敗だったみたい。しかも、奇襲でね。今回は、身構えている相手に挑まなきゃならない。かなりヤバイね……」

 

 ペギーの言葉を聞きながら、ニコルは思わず宇宙を見ていた。

 

 さして、舞台は再び宇宙へ……

 

 犠牲を覚悟した戦いが始まろうとしていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙の十字架
ビッグキャノンへ……


「回避! 直撃は避けてっ!」

 

「やってます!」

 

 ミリティアン・ヴァヴは、戦場の真っ只中にいた。

 

 艦長席で立ち上がったスフィアは、必死で舵をとるマッシュに指示を送る。

 

「モビルスーツ隊は戻せないんですか? ビッグキャノンを破壊出来ても、私達が墜とされたら……」

 

 敵の集中砲火を浴びせられる光景が映し出される艦橋のモニターを見て、たまらずにニーナが声を上げた。

 

「まだレジア達はビッグキャノンに取り付いてないっ! 私達が墜ちるのが先か、ビッグキャノンを墜とすのが先か……とにかく、今は耐えるしかない!」

 

 モビルスーツの護衛の無いミリティアン・ヴァヴの装甲は、確実に焼かれていく。

 

「とにかく、牽制射撃を撃ち続けろ! 面舵っ!」

 

「やってますって! くそっ!」

 

 操舵手のマッシュの額からは、大量の汗が滴り落ちる。

 

 それでも、手を休める訳にはいかない。

 

 モビルスーツ隊が帰って来る場所を守らなくてはいけない。

 

 その一心で、マッシュはミリティアン・ヴァヴを操っていた……

 

 

「おいおい……ウチらの帰る場所、無くなるって事はないよな?」

 

「ヘレンさん、よそ見をするな! 大丈夫……とは言えない状況だが、気にしていても仕方ない! 俺達は、俺達のやれる事をやるしかないんだ!」

 

 集中砲火を受けるミリティアン・ヴァヴを見て不安を募らせるヘレンに、レジアは集中する事を促す。

 

「あらあら……レジアの言う通りね。ウジャウジャ出て来たわ!」

 

 タシロの率いるカイラスギリー艦隊から、次々とゾロアットが出撃してくる。

 

 そして、その先頭に陣取るのは純白のモビルスーツ……マグナ・マーレイであった。

 

「今回こそ、あの砲台を破壊するんだ! 白いバタフライはオレがやる!」

 

「よし……全機、オレのガンイージに続け! ビッグキャノンまで、最短距離で駆け抜けるぞっ!」

 

 レジアのトライバード・アサルトがアーシィの操るマグナ・マーレイに向かって方向転換すると、オリファーのガンイージが前に出る。

 

「ビッグキャノンさえ破壊出来れば、後は逃げるだけだ! ミリティアン・ヴァヴを……私達の帰る場所を守る為にも、とっととビッグキャノンを破壊するよ!」

 

 ジュンコの言葉に合わせるように、シュラク隊のガンイージのバーニアに火が入った。

 

「オールレンジ攻撃が出来る機体も出ている筈だ! 全員、生きて戻るぞ!」

 

 レジアの叫び声が、開戦の引き金となる。

 

 トライバード・アサルトのヴェズバーから放たれた閃光が、マグナ・マーレイへ向けて伸びていく。

 

「何が正しいかは、正直分からない……でも、出来るだけ命を奪わずに戦争を終わらせる! マリア様の力なら、それが出来る! それを邪魔するならっ!」

 

 マグナ・マーレイのコクピットで、アーシィもまた叫んでいた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アーシィの決意

「アマネセルは、ガンイージ隊のフォローに回ってくれっ! オレは1人でもやれる!」

 

「あらあら……レジア、油断は禁物よ。でも、今回は任せるわ。あのビッグキャノンに取り付けない限り、私達に勝ちは無い」

 

 レジアのトライバード・アサルトがガンイージ隊から離れると、マグナ・マーレイも数機のゾロアットを引き連れて部隊を離れる。

 

「コッチに付いて来てくれたか……ありがたい! ゲルダさんには世話になったが、ザンスカールに居座り続けるなら墜とさせてもらう!」

 

 トライバード・アサルトはガンイージ隊から距離を取りながら、マグナ・マーレイに迫って行く。

 

「レジア・アグナール……何度も私の邪魔をしてっ! マリア様の考えが浸透して、争いの無い世界を作る事が大切だって……なんで分からないっ!」

 

 リフレクター・ビットを展開するマグナ・マーレイの横から、ゾロアットが数機トライバード・アサルトに向けて飛び出した。

 

「また、この戦法かっ! マリア主義が……聞いて呆れる。人の命を、何とも思っていないのかっ!」

 

 直線的に飛び込んで来るゾロアットに、トライバード・アサルトから放たれるビームが的確に当たっていく。

 

「くっ! カネーシャ・タイプ、迂闊に飛び込むなっ! 考えて戦わなければ、奴は倒せないっ!」

 

 しかしアーシィの叫びも虚しく、ゾロアットは次々とビームに貫かれ爆発する。

 

「やはり、クローンはタシロの命令に忠実に動いてしまう……でも、この実験が将来の平和を作る為の犠牲なら……受け入れるしかない!」

 

 ゾロアットが爆発した隙を突き、マグナ・マーレイは展開していたリフレクター・ビットを動かす。

 

 ゾロアットが爆発して出来た煙幕を使い、その死角からトライバード・アサルトを狙う。

 

 拡散ビームでは、Iフィールドによって弾かれる。

 

 ヴェズバーのような高火力兵装が無いマグナ・マーレイでは、実弾を当てるしかない。

 

 そして可能性がありそうなのは、リフレクター・ビットを直接当てる事だ。

 

 たがレジアも、それは分かっている。

 

 距離をとりながらビームをゾロアットに当て、トライバード・アサルトが煙に取り囲まれないように動く。

 

「強い……だから、レジスタンス如きが勘違いするんだ! 自分達は戦えるって……自分達が世界を変えられるって……でも、ちゃんとした国家が腐敗した連邦を止めて、政権を奪わないと世界が統治出来ない。レジスタンスが勝ってしまったら、世界は再び混乱する! そんな簡単な事が、なんで分からない!」

 

 トライバード・アサルトは……レジアは強い。

 

 ニュータイプの乗るニュータイプ専用機を、オールドタイプが凌駕する……

 

 仮にトライバード・アサルトにIフィールドが無くても、ニュータイプ並に攻撃を回避するレジアに勝つのは困難だ。

 

 そんな人間が、レジスタンスにいる。

 

 レジスタンスに、戦争の後の事を考えている人はいるのだろうか?

 

 問題は戦争中ではなく、戦後がどうなるかなのに……

 

「考えも無しに、人を導くなっ!」

 

 叫んだアーシィは、覚悟を決める。

 

 自分が迷っているから、被害が増えるんだ。

 

 ならば……

 

「カネーシャ・タイプ、無駄に命を散らす必要は無い! トライバードに取り付くまでは、リフレクター・ビットで防御する。固まれ!」

 

 爆発の煙を利用しながら、リフレクター・ビットでトライバード・アサルトに牽制攻撃を仕掛ける。

 

 ゾロアットに向かって来るビームも、リフレクター・ビットで弾く。

 

「戦い方を変えてきたっ! 覚悟を決めたな……こうなる前に、墜としておきたかったが……」

 

 サイコミュで動くリフレクター・ビットの隙間から、ゾロアットを狙い撃つ事は難しい。

 

「連射は出来ないが……ヴェズバーを使うしかないっ!」

 

 ヴェズバーから放たれるビームが、確実にゾロアットとリフレクター・ビットを消失させていく。

 

 しかし、レジアとアーシィの距離は確実に近付いている。

 

「すまない、カネーシャ・タイプ! けど……犠牲は無駄にはしない!」

 

 ついに、ゾロアットの刃がトライバード・アサルトに襲い掛かった。

 

 ゾロアットのビームサーベルが、トライバード・アサルトを掠める。

 

「食い付かれたっ! だが、まだだっ!」

 

 トライバード・アサルトの腰に装備されたヴェズバーを放ちつつ、近付いてきたゾロアットをビームサーベルで薙ぎ払う。

 

 一瞬で、光球が2つ出来上がった。

 

「くそっ! 強過ぎる! だからこそ、ここで墜とす! マリア様が考える世界を作る為に、ザンスカールは必要なのよっ!」

 

 ゾロアットが爆発した煙に紛れ、ビームサーベルを握ったマグナ・マーレイがトライバード・アサルトに迫った……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タシロの罠

「リガ・ミリティア……性懲りもなく攻めて来たか。グリフォン・タイプの準備は出来ているな?」

 

「はっ! ニュータイプとしての力は微妙ですが、感情のコントロールには成功しています。カネーシャ・タイプより、人間的に動ける筈です」

 

 研究員の報告を笑顔で聞いたタシロは、満足そうに頷く。

 

「では、エットとティーヴァをリグ・グリフで出撃させろ。墜とされても構わん。戦闘データは必ず持ち帰り、ノルとファラにデータの上書きが出来れば、それでいい」

 

「ティーヴァも使うんですか? 感情が不安定なノルから使った方が……」

 

 そう言う研究員の言葉を、タシロは手の平を広げて制する。

 

「ノルはプロトタイプな分、不安定だがニュータイプ能力は高い。1番安定しているファラと、能力の高いノルは切り札としてとっておく。アーシィの身体も、かなり疲弊している。これ以上の実験に耐えられそうにないんでね。マデアが離反した今、アーシィはザンスカールの貴重なニュータイプだ。私とて、もうアーシィの身体を自由に出来なくなってしまったからな……手元にあるクローンを有効利用しなくてはならない」

 

「分かりました。では、エットとティーヴァの出撃準備を行ってまいります」

 

 研究員はタシロに敬礼すると、艦橋から出て行く。

 

「グリフォン・タイプも出すんですか? カネーシャ・タイプを使うと思っていましたが……」

 

「もちろん、使うさ。リガ・ミリティアのエースと、エース機を一気に葬る。その為には、カネーシャ・タイプの仕掛けも必要だからな……」

 

 ピピニーデンの横で、タシロは嫌らしい笑みを浮かべる。

 

「リガ・ミリティアが攻めて来る大義名分を作る為に、わざわざ地球を撃ってやったんだ……反乱ゴッコは、ここで終わりにさせてもらう」

 

 タシロはモニターに映る宇宙と戦闘の光を見て、ゆっくりと立ち上がった……

 

 

「左舷、弾幕薄いぞっ! メガ粒子砲で牽制っ! 狙わなくていい、艦に近付けさせるなっ!」

 

「左舷に弾幕を集中! 当てなくてもいいから、モビルスーツに牽制攻撃!」

 

 ゾロアットとラングの大軍に囲まれながら、ミリティアン・ヴァヴは孤軍奮闘していた。

 

 しかしモビルスーツの援護が無い状態では、牽制する事しか出来ない。

 

 ザンスカールのモビルスーツ隊は減る事は無く、ミリティアン・ヴァヴのみが一方的に削られていく。

 

 装甲は焼け、弾幕を張る弾数も減り続ける。

 

「我々が墜ちたら、皆の帰って来る場所が無くなる……なんとしても、生き残るんだっ!」

 

 次から次へと襲い掛かるザンスカールのモビルスーツ隊に怯みそうになるクルー達を、艦長のスフィアは必死に鼓舞していた。

 

 だが、自軍のモビルスーツがビッグキャノンの破壊出来たとしても、まだまだ時間はかかる。

 

 その間、艦が生き残っている可能性は極めて低い……

 

 クルーの全員が、そう感じていた。

 

 モニターに映るモビルスーツの数は減るどころか、数は増えている。

 

 そして……

 

「新たな機影を確認! ザンスカールの……新型です!」

 

 その報告に、ミリティアン・ヴァヴのクルー達は沈黙した。

 

 ラングとゾロアットだけで手一杯の状況で、敵の新型モビルスーツ……インコムによるオールレンジ攻撃と、ビームを吸収して拡散してくる機体が来る……

 

 そんな機体を相手に出来る程、ミリティアン・ヴァヴに余力はない。

 

「モビルスーツ隊に、救援を要請しましょう! この作戦事態、無理だったんですよっ!」

 

 ニーナは、瞳に涙を溜めながら叫んだ。

 

「今さら、モビルスーツ隊に救援を要請しても遅い! とにかく、全力で……少しでもコチラに敵のモビルスーツの意識を向けさせるんだっ! そうすれば、ビッグキャノンだけは破壊出来るチャンスが増える!」

 

 生き残る事が出来なくても、ビッグキャノンだけは破壊しなければならない……

 

 スフィアが覚悟を決めた……その時、ミリティアン・ヴァヴは大きな衝撃に襲われた。

 

「何が起きた?」

 

「モビルスーツの格納庫に直撃! 装甲が破壊されました!」

 

 立ち上がって指揮をとっていたスフィアの腰が落ち、艦長席に座り込んでしまう。

 

「艦橋に直撃……来ます!」

 

 その報告をボンヤリと聞きながらスフィアは唇を噛み締め、瞳から一雫の涙が零れた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダブルバード・ガンダム

 艦長スフィアの視線の先に、閃光が伸びてくる様子を映し出すモニターがあった。

 

 映画や士官学校時代にあった教材の中に、似たようなシーンがあった事を思い出す。

 

 まさか、自分が同じ境遇になろうとは……覚悟はしていたが、いざその瞬間が訪れると、恐怖に支配される。

 

 そして自分の部下達も同じ恐怖を味わっていると思うと、申し訳ない気持ちになった。

 

 何もかもがスローモーションの映像のように、ゆっくりと時が過ぎる。

 

 死ぬ……とは、こんな感じなのか……

 

 艦橋がビームの直撃を受ければ、死は免れない。

 

 光がモニターを覆いつくした瞬間、スフィアは瞳を閉じた。

 

 ビッグ・キャノンに向かった仲間達に、心の中で詫びる。

 

 なんの衝撃も無く、痛みも無い……

 

 死とは、呆気ないものだな……

 

 スフィアは、そう思いながら瞳を開ける。

 

 死後の世界とは、どんな場所なのだろう……天国だとしたら、楽園のような場所なのだろうか?

 

 しかし、スフィアの期待は大きく裏切られた。

 

 まだ艦長席に座っており、地獄のような戦闘か続いている。

 

「何が起きた? ビームの直撃を受けた筈だっ!」

 

「なんだか、よく分かりません。でも、艦橋の前にIフィールドが発生し、被弾を免れました……」

 

 ニーナも死を覚悟したのだろう……その声は、震えていた。

 

「よく分からないが……助かっても、やる事は1つしかない! 最優先する事は、この艦を生還させ、モビルスーツ隊の帰って来る場所を守る事だ! 弾幕を前方に集中させろっ!」

 

 スフィアは叫び、再び立ち上がる。

 

「艦長! 今度は、敵のモビルスーツが近付いています! インコムを持ってる……新型ですっ!」

 

 ミリティアン・ヴァヴの捉えた機影は、リグ・グリフ……

 

 アーシィのクローンであるティーヴァ・グリフォンが、その機体を操っていた。

 

 ニュータイプのクローンの為、その能力は当然高い。

 

 戦艦の砲撃など当たる筈もなく、その動きを遮るモビルスーツもいない為、難無くミリティアン・ヴァヴに取り付いた。

 

「足止めすら……新型に弾幕を集中させろっ!」

 

「もう無理です! 左側面、直撃! 動き、止められませんっ!」

 

 クルーの叫びが、艦橋に響き渡る。

 

「ブリッジにインコムによる攻撃……来ます!」

 

 先程、ビームがIフィールドで止められたのを見ていたのだろう……艦橋にインコムを直接当てて、ミリティアン・ヴァヴを破壊するつもりだ。

 

 ビームが直撃する方が、まだ良い……破壊された艦橋を想像すると、背中に寒気が走る。

 

「もう、いやーっ!」

 

 目を腕で覆って、ニーナはコンソールに身体を投げ出した。

 

 数分の間に、死の危険を2度も感じているのだ……普通の精神なら、おかしくなって当然である。

 

 しかし……今回もブリッジは破壊されなかった。

 

 ビームサーベルの様な物が、インコムに繋がるワイヤーを回転しながら斬り裂いていく。

 

「何が……何が起きているの?」

 

「ニーナっ! 泣くのは後……状況確認をするんだ! 何かが我々を守っている!」

 

 スフィアが上げた大声にクルー全員が我に返り、それぞれ仕事を開始する。

 

 何かに守られている……そう、クルー全員が感じていた。

 

 だからこそ、まだ戦える。

 

「艦長! 新たな機影を確認……シグナルチェック……カリーン基地所属のガンイージ、味方機! ペギー機です!」

 

「カリーン基地所属? まさか……あのタイミングで、間に合わせてくれたのか……」

 

 スフィアは溢れ出しそうになる涙を堪える為に、拳を強く握った。

 

「ペギー機の更に前方……もう1機のシグナルチェック……ライブラリ新規照合……ガンダム……ガンダムです! ダブルバード・ガンダム! ニコル機です!」

 

「艦長! モビルスーツ・デッキから報告! 格納庫は内側から破壊されたとの事……エボリューション・ファンネルが勝手に動き出したみたいです!」

 

 ニーナやクルー達が、次々と報告をしてくる。

 

 気付くと、ミリティアン・ヴァヴの周囲に次々と光球が作られていく。

 

「艦長! 皆、無事か? 悪い、遅くなっちまった……」

 

 モビルアーマー形態からモビルスーツの形態へ戻ったダブルバード・ガンダムの手がミリティアン・ヴァヴのブリッジに触れ、ニコルの声が艦橋に直接伝わる。

 

「ニコル……よく来てくれたわ……そして、間に合わせてくれた……」

 

「もー! ニコル、遅いよぅ……本当に、死ぬかと思ったんだから……」

 

 スフィアとニーナの声の後ろから……ブリッジから聞こえる歓喜の声が、ニコルを安堵させた。

 

「ごめんニーナ……艦長、ニコル・オレスケス、戦線に復帰します! 自分勝手な行動……申し訳ありませんでした!」

 

「ニコル……本当は、厳罰しなきゃいけないんでしょうけど……ここは軍隊でもないし、今はニコルの力が必要だから……でも、命令します! ザンスカールのモビルスーツを殲滅し、ビッグ・キャノンを叩きなさい! それで、今回の件は不問にします!」

 

 スフィアの少し震えた……それでも毅然とした声を聞いて、ニコルは少し笑ってしまう。

 

「艦長……了解しました! マイをミリティアン・ヴァヴで保護して下さい。そろそろ行かないと、ペギーさんに怒られそうだ……」

 

 荒っぽくラングを破壊したペギーのガンイージの動きは、確かに怒っているようにも見える。

 

「ニコル……少しだけ大人になったのね……新しいガンダムの力、期待させてもらうわよ!」

 

「こんだけ待たされんだから、半端な戦いしたら承知しないからね! 皆を無事に、ミリティアン・ヴァヴに連れ帰ってよ!」

 

 スフィアとニーナの言葉は、どれだけ自分が期待されていたかをニコルに認識させた。

 

 だからこその、罪悪感と覚悟……

 

「了解、ニーナさん! レジアさんの両親や、リガ・ミリティアの人達が命懸けで繋いでくれた最後のバトン……ダブルバード・ガンダムは、伊達じゃないっ!」

 

 ノーマルスーツを着たマイをミリティアン・ヴァヴの方へ優しく押し出したニコルは、コクピットで叫んだ。

 

 お肌の触れ合い回線でミリティアン・ヴァヴのクルー達は皆、ニコルの叫びを聞き、全てのクルーの顔は紅潮していく。

 

 エボリューション・ファンネルに囲まれながら宙に舞ったダブルバード・ガンダムの勇姿は、本当に救世主のように見えていた。

 

 そして肩甲骨の辺りから飛び出しているパーツに、フィン・ファンネルのような形状の長細いファンネル……エボリューション・ファンネルが突き刺さっていく。

 

 その姿は、Hi-νガンダムを彷彿とさせる。

 

「なるほど……サナリィの技術を盛り込んだモビルスーツをアナハイムが作ると……こうなるか」

 

 地球に落ちる寸前のアクシズを止めた伝説のモビルスーツ……その機体を模倣したようなモビルスーツが目の前に現れれば、期待もしてしまう。

 

「さぁ行くぞ、ダブルバード。まずは、ミリティアン・ヴァヴに取り付くモビルスーツを排除する!」

 

 ダブルバード・ガンダムのデュアル・アイが輝き、バーニアに火が燈った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダブルバード・ガンダム2

 少し、時間を巻き戻そう……

 

 リガ・ミリティアのビッグ・キャノン破壊作戦が開始された頃、ニコル達は宇宙引越公社のマスドライバーの下にいた。

 

「懐かしいな……また、ここから宇宙に上がるのか……」

 

 宇宙引越公社……その巨大なマスドライバーを見上げ、ニコルは何も知らないで宇宙に飛び出した時の事を思い出す。

 

「あの時は……戦争の事なんて、何も知らなかったね……遠くの世界で起きている事で、私達には関係ないって……アルバイト感覚でレジスタンスに参加して、戦争の手伝いをしていた」

 

「ああ……だが、今は違う。戦争を通して色々な人達と出会い、色々な経験をした……身近な人達が亡くなったり、争ったり……平穏な生活をしていたら、絶対に経験出来なかった事だ。知りたくは無かったが、知ってしまったからには、その連鎖を止める……必ず戦争を終わらせてみせる!」

 

 マイの言葉に頷いたニコルは、強く拳を握る。

 

 大切な人が死んでいき、分かり合えた人達と争わなくていけない……何かが間違っている……その何かは分からないが、分かっているのは、戦争が終われば全て解決するという事。

 

「その為には、まずビッグ・キャノンってヤツを墜とさないとね。地球に射撃され続けたら、たまったモンじゃない……」

 

「それに、ミリティアン・ヴァヴも守らないと……皆の帰る場所が無くなったら、戦争を終わらせる前に、私達が終わっちゃうよ」

 

 腕を組みながらニコル達と共にマスドライバーを眺めるペギーとマイは、宇宙での戦闘に不安を募らせていた。

 

 ダブルバード・ガンダムにペギーのガンイージが援軍として向かっても、ビッグ・キャノンを守る部隊……カイラスギリー艦隊との戦力差は大きい。

 

「絶対に大丈夫……とは言えないけど、ダブルバードならやれるわ。後は、間に合うかだけね。もう戦闘が始まる頃だし……」

 

 モビルスーツのシャトルへの搬入作業を終え、時計を見ながらミューラが戻って来る。

 

 ダブルバード・ガンダムのスペックなら、局面を打開出来る……ミューラには自信があった。

 

 ただ、間に合うのか……ミリティアン・ヴァヴが墜とされていたら、ダブルバード・ガンダムもガンイージも、敵の大軍の中に補給も出来ずに取り残される事になる。

 

「絶対に間に合わせる! タブルバードが完成して、これからなんだ。ここでミリティアン・ヴァヴが墜ちて、皆が死んじまったら何にもならない!」

 

「そうだね。ま、奴らの事だ……ボロボロになりながらでも、諦めずに戦ってる筈さ。そういう時は、決まって大丈夫なモンだろ」

 

 ニコルもペギーも、そんな事は考えてもいない様子であり、ミューラの考えは杞憂に終わりそうだ。

 

 自分達より、仲間を……世界の心配をしている。

 

 だからこそ、必ず間に合わせたい……引越公社に無理な注文で出発を急がせている為、今後の関係にヒビが入るかもしれない……それでも、間に合わせなければいけない。

 

 そこに、もう1人……質素な茶色のジャケットを着た男が、引越公社の建物から出て来た。

 

「行けるぞ! ニコル、ペギー、準備してくれ! ミューラ、キミも宇宙へ上がるんだな……私も、直ぐに追いかける。こんなところで終わる訳にはいかない」

 

「あなた……大丈夫。しっかりダブルバードの……ミノフスキー・ドライブのデータもとって戻るわ。ニコルとダブルバードなら、きっとやってくれる……」

 

 ハンゲルグ・エヴィンはミューラの頭をそっと撫でると、その精悍な顔立ちを少し崩して笑顔を見せる。

 

「頼んだぞ! ニコル、ペギー、宇宙に上がったら、直ぐに戦闘になる。私達の希望を……守ってくれ。私は、この程度しか出来んが……」

 

「任せて下さい。今まで、散々迷惑をかけたんだ……誰一人、死なせない……」

 

 搾り出すように言葉を発するニコルを、マイは後ろから抱きしめた。

 

「ニコル……私のせいで、ゴメンね。私が、ザンスカールに捕まらなければ……」

 

「マイのせいじゃないよ……いや、むしろマイのおかげでシャクティさんに会えた。地球にいたから、ダブルバードを早くに受け取れた……」

 

 そんなニコルとマイを、ミューラは笑顔で見つめる。

 

 2人を見てると、焦る気持ちが落ち着いてきた。

 

 きっと大丈夫……きっと間に合う……

 

「ニコル、ダブルバードのサイコミュ強度は最高にしているわ。ミリティアン・ヴァヴの格納庫に放置されてるエボリューション・ファンネル、早い段階で使える筈よ。ただ、ニコルの負担は……」

 

「皆を守れるなら、なんでもいい! サンキュー、ミューラさん!」

 

 宇宙引越公社の建物に走って入って行くニコルの後ろ姿を見て、ペギーが綺麗な金髪を掻き上げ溜息をついた。

 

「戦う前に、エネルギーを使うんじゃないよ! 私達が間に合ったって、倒されたら意味ないんだからね……」

 

「ふふ……ペギーとニコルがミリティアン・ヴァヴを守り、レジア達がビッグ・キャノンを叩く……リガ・ミリティアの最強戦力で……いえ、このメンバーで戦うんですもの……負ける気がしないわ」

 

 普段は技術者の顔の事が多いミューラが笑顔で声をかけてきた為、ペギーも楽観的な気持ちになる。

 

「まぁ、そうね。ダブルバードにトライバード・アサルト。それに、アマネセル……それ以外は、量産型とはいえ全員がハイスペックのガンイージに乗ってる。負ける要素はゼロだな」

 

 ペギーもミューラに笑顔を向けると、シャトルに向けて歩き出した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダブルバード・ガンダム3

「くそっ! まじで始まってんのかよ……皆は無事なのか……」

 

「ニコル、焦っちゃダメだよ。戦いが継続されてるって事は、まだ無事だよ。大丈夫……大丈夫だから……」

 

 感情を失ったマイは、状況を冷静に分析出来る。

 

 そんなマイの言葉は、今だけはニコルにとって心強かった。

 

「よし……行くぞ! ダブルバード、シャトルから切り離します!」

 

 ニコルが操縦するダブルバード・ガンダムは、モビルアーマー形態でシャトルから離れる。

 

 ガコン……

 

 軽い衝撃の後、ダブルバード・ガンダムのコクピットにペギーの声が届く。

 

 ペギーのガンイージが、ダブルバード・ガンダムを触っている。

 

「ニコル、先行してミリティアン・ヴァヴに纏わり付くモビルスーツを排除しろっ! 私も、直ぐに追いつく!」

 

「了解! でも、ツインテール・システムは初装備なんでしょ? 無理しないで下さいね」

 

 ニコルはそう言うと、ダブルバード・ガンダムのバーニアを全開にして飛び立つ。

 

「ツインテール・システムか……リファリアって奴がいれば、もう実用段階になってたって話だな。ミューラさんが頑張っても、今回のは戦闘宙域まで飛んでくのが精一杯か……我々は、とんでもない男を失ったな……」

 

 ペギーは呟くと、閃光と火球が煌めく戦闘宙域に目線を向ける。

 

「ガンイージ・ツインテール。ペギー・リー、行くよ!」

 

 以前の戦闘で、リースティーアのジェムズガンに与えられたブラスター・パッケージと呼ばれるバックパック……ツインテール・システ厶は、ミューラの手によって開発が再開された。

 

 しかし、リファリアによってジェムズガンに装備されたソレに比べ、信頼性が格段に落ちている。

 

 戦闘には対応出来ない……それでも、目的地までの高速移動ぐらいには使えるだろう……

 

 まだ開発段階のツインテール・システムをペギーのガンイージに装備させたのは、そんな理由からだ。

 

「私は、リファリアさんの足元にも及ばない……でも、やるしかない。ミノフスキー・ドライブ搭載型の量産と、ブラスター・パッケージ……必ず完成させてみせる」

 

 離れていくガンイージのバーニアの光をシャトルの中から見送るミューラは、そう心に誓った……

 

 

「ニコル、ミリティアン・ヴァヴが見えてきた! まだ健在だよ」

 

「よし……頼むぞ、ダブルバード。ミノフスキー・ドライブ・ユニット、展開! サイコミュ・システム起動!」

 

 ダブルバード・ガンダムがモビルスーツ形態に変形し、二つ折りに畳まれているパーツが展開し始める。

 

 ダブルバード・ガンダムに搭載されたミノフスキー・ドライブ・ユニットは、上下に開いたパーツの上が長く、バランスが悪い。

 

 その為、ミノフスキー・ドライブを使用しない時は折り畳まれている。

 

 折り畳まれている時のミノフスキー・ドライブ・ユニットは、エボリューション・ファンネルのチャージをする事が可能だ。

 

 エボリューション・ファンネルは、フィン・ファンネルのシステムを元に開発されている。

 

 小型ながら大容量のジェネレーターを搭載し、メガ粒子のビームを放つだけでなく、Iフィールドを作りだせる……そして真ん中から分離し、ファンネルの外装にビームを纏わせ、ビームサーベルのような攻撃も可能。

 

 また擬似大気を作り出し、外装に粒子を走らせプラズマを発生させる事によるプラズマ・ブースターとしてダブルバード・ガンダムに推進力を与え、高速移動させる事も出来る。

 

 1機での局面打開……そしてミノフスキー・ドライブのデータを取る為に、生き残る事を最優先させたいが為の装備だ。

 

 モビルスーツ形態となったダブルバード・ガンダムは、その全てのシステムを稼動させる。

 

 ニコルの声に呼応するかのように、ダブルバード・ガンダムの背部に与えられたミノフスキー・ドライブ・ユニットが動き出した。

 

 二つ折りになったパーツを覆うように装着された部品が分離し、腰の辺りまで下がってくる。

 

 そして、二つ折りになっていたパーツが開いていく。

 

 展開された翼に火が灯ると、ダブルバード・ガンダムの姿は光の翼を残して消えた……いや、そう見間違える程の加速で、ミリティアン・ヴァヴに迫る。

 

「エボリューション・ファンネル! 応えろ!」

 

 ダブルバード・ガンダムのサイコミュ・システムが、ミリティアン・ヴァヴの格納庫に置いてあるエボリューション・ファンネルに働きかけた。

 

 6本のエボリューション・ファンネルが、ダブルバード・ガンダムのシステムに反応する。

 

 格納庫の扉を内側から破壊すると、ミリティアン・ヴァヴに纏わり付くモビルスーツを一瞬で6機破壊した。

 

「とりあえず、ミリティアン・ヴァヴのブリッジを守る! ファンネル!」

 

 3本のエボリューション・ファンネルが、ミリティアン・ヴァヴのブリッジの周囲にIフィールドを作り出す。

 

 ゾロアットの放ったビームは、Iフィールドに触れて消失した。

 

「よし……次! ミリティアン・ヴァヴに近付くモビルスーツを破壊する!」

 

 エボリューション・ファンネルは分離すると、その身にビームを纏わせて回転する。

 

 そのまま高速で動きだし、ゾロアットの頭を……腕を……足を斬り裂いていく。

 

「それで帰れるだろっ! もう、戦場に出て来るなっ!」

 

「ニコル……あれ、敵の新型じゃない? もうミリティアン・ヴァヴに取り付いちゃってる!」

 

 マイが指差す方を確認すると、ゾロアットとは違うモビルスーツがミリティアン・ヴァヴのブリッジに向かって動いているのが見えた。

 

「くそっ! 死角になってたのか……まだ距離があるから、正確にモニター出来てなかった! けど、エボリューション・ファンネルならっ!」

 

 回転するビームサーベルの様に動くエボリューション・ファンネルは、ブリッジを破壊する為に放たれたインコムのワイヤーを切っていく。

 

 後方から、危険な機体が迫っている……そう感じたティーヴァの判断は早い。

 

 ミリティアン・ヴァヴへの攻撃を諦め、リグ・グリフはダブルバード・ガンダムに牽制攻撃をしながら距離を取る。

 

「あっさり諦めた? 攻撃を継続していれば、エボリューション・ファンネルで墜とせていたのに……」

 

 ニコルは呟くと、ヘルメットを外して汗を拭う。

 

「うーん……なんか、汚いなぁ……」

 

 シャボン玉のように漂う汗の玉を見たマイは、自らのヘルメットを外そうとする手を止める。

 

 ダブルバード・ガンダムは、窮地を脱したミリティアン・ヴァヴへと近付いていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダブルバード・ガンダム4

「ペギーさん! フォローに入ります!」

 

 ツインテール・パーツをパージしたペギーのガンイージは、ゾロアットをあっさり破壊した後にダブルバード・ガンダムに近寄る。

 

「モデファイされたガンイージ……調子良さそうですね」

 

「ツインテール・システムの負荷がかかっているが、それでも前よりマシだな。それより、仲間との久々の再開とはいえ、長く喋り過ぎじゃないか? ファンネルで敵の陣形を乱してはいたが、それでも1機で戦うには骨が折れる数は残ってる」

 

 少し苛立った口調で喋るペギーに、ニコルは少し顔を引き攣らせた。

 

「ははは……ペギーさんなら、問題ない数だと思って……カリーン基地のエースなら、天道虫ぐらい余裕でしょ?」

 

「なるほど……随分と評価してくれているんだな……なら、エースは高みの見物と洒落込むかな。ミリティアン・ヴァヴに迫ってくる敵を殲滅したら、ニコルはシュラク隊の援護に迎え!」

 

 ペギーが叫んだ瞬間、モニターにビーム・ライフルを構えたゾロアットが映る……そして、2機の間に撃ち込まれたビームを分散しながらあっさりと回避する。

 

「ゆっくり話ている暇は無いな……だが、実力不足だっ!」

 

 ペギーのガンイージが、ビームを撃ってきたゾロアットを簡単に仕留めた。

 

「ヒュー! 流石はペギーさん! って……オレもしっかりしないと、またペギーさんにドヤされる」

 

 ダブルバード・ガンダムは、エネルギーをチャージしたエボリューション・ファンネルを展開する。

 

 エボリューション・ファンネルは、中央から分離すると倍の12本に増え、ビームを纏って回転を始めた。

 

「残ってる天道虫は12機! なら、これで全機墜とす!」

 

 エボリューション・ファンネルは、ゾロアットの手足……頭を斬り落としていく。

 

「これで懲りたら、もう二度と出てくんなよ!」

 

 胴体だけになったゾロアットは、バーニアを吹かして後退する。

 

「ニコル……あんたの戦いに文句を言うつもりは無いが、私が止めを刺すとか考えないのかしら?」

 

「いや、別にオレのポリシーを押し付けるつもりはないよ。戦争をしてるんだ……でも、オレは殺したくない……それだけさ」

 

 エボリューション・ファンネルは役目を終えると、ダブルバード・ガンダムの背中に戻って来た。

 

 そんなダブルバード・ガンダムとガンイージの勇姿を見て、ミリティアン・ヴァヴの艦橋でクルー全員から歓喜の叫び声が上がる。

 

「我々の苦戦が……死ぬような思いが、馬鹿みたいに感じますね……」

 

「ああ……だが、あれが我々のエース機の力だ。普通の援軍では、本艦は墜ちていたかもしれん。リガ・ミリティアの資金と知識と人脈と……その全ての結晶……そして、パイロットは奇跡的にレジスタンスに参加したニュータイプ……限りなくゼロに近い可能性が紡がれて生まれた機体だ。だからこそ、我々は助かった……」

 

 スフィアはダブルバード・ガンダムが映るモニターを見ながら、マッシュに答えた。

 

 奇跡……思えば、全てが奇跡だったのかもしれない。

 

 ザンスカールがサナリィを接収した時に、ミノフスキー・ドライブの図面とミリティアン・ヴァヴを守れた事。

 

 サナリィでの激戦で、ミリティアン・ヴァヴが墜とされなかった事。

 

 連邦軍のバグレ隊が協力してくれた事。

 

 そしてアナハイム・エレクトロニクスが、サナリィの技術者と連携してくれた事。

 

 リガ・ミリティアの力だけでは、ミノフスキー・ドライブ搭載型の開発など、資金も人手も技術も足りなかっただろう。

 

 それでも奇跡を信じて……奇跡を起こせない限り、強大な敵に対抗出来ないと考え、奇跡を起こす為に必死に戦った人達がいる。

 

 まだまだ、絶望的な状況に変わりは無い。

 

 圧倒的な物量、世論に立ち向かわなければならないが、何とかなる……今のリガ・ミリティアには、そう思わせる程の勢いがある。

 

 今だって、絶望的な窮地を脱する事が出来たのだから……

 

「ニコル……連戦になって悪いが、レジア達の援護に向かってくれ! あの凶悪なビームを、二度も撃たせる訳には行かない! だが戦力差があり過ぎて、流石のレジア達も苦戦している。ペギーさんは、一度ミリティアン・ヴァヴで補給を受けてくれ」

 

 スフィアはニコルとペギーに感謝しながらも、口を開いて命令する。

 

 まだ、戦いは終わっていない。

 

「了解! あんな大量虐殺兵器を、そう何度も撃たせない! 艦長、任せてくれ!」

 

 ダブルバード・ガンダムはモビル・アーマー形態となって、悲劇が渦巻く戦場へと向けて動き出した……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少数精鋭

「予想以上に敵が多い! アマネセルは、援護射撃をしてくれ! 私達は、突っ込むよっ!」

 

 ジュンコは全天周囲モニターで、敵の数を確認しながら声を出した。

 

「あらあら……確かに、かなりの数が出てるわね……前回より多いかも……」

 

「だが、やるしかねぇ! あんな大量虐殺ビームをポンポン撃たせてたら、何の為にレジスタンスやってるか分からなくなるぜ」

 

 F96アマネセルの前に出たヘレンのガンイージは、シュラク隊の先頭に踊り出る。

 

「ヘレン、前に出過ぎるな! 必ず3機で纏まって動けよ! マヘリア、クレナ、ヘレンのフォローを頼む!」

 

 オリファーのガンイージがヘレン機の前に出て、動きを制した。

 

「私とオリファー、それとケイトでビッグ・キャノンに取り付く! 道を作ってくれ!」

 

 迫って来たラングをビームライフルの射撃の一撃で撃破したジュンコは、コクピットの中で叫ぶ。

 

「くそっ! なんで私がアタック・チームじゃないんだよ! ムカつくぜっ!」

 

「すいません……私達では、近距離戦闘に不安があるのでしょう……接近戦と遠距離攻撃のバランスを考えると……」

 

 クレナの申し訳なさそうな声を聞いて、ヘレンは頭を掻いた。

 

「いや……まぁ、仕方がないのは分かってんだけどさ……」

 

「ゴチャゴチャ言ってないで、手を動かして! もう敵は来てんだよ! アタック・チームでも、サポート・チームでも、敵を叩く事に変わりはないんだ。どちらにしても、かなりの数を墜とさないと、私達が生き残れない!」

 

 マヘリアはヘレンのガンイージを横目に、ラングにビームを浴びせる。

 

「しかたねぇ……私が道を作るから、マヘリアとクレナは、しっかり援護を頼むぜ!」

 

「はいはい……最初から素直に言う事聞いてよね……姉さん達は行って下さい!」

 

 ヘレンとマヘリアとクレナのガンイージが、ラングとゾロアットの混成部隊を引き付けていく。

 

「陣形が乱れてきた……援護部隊を信じて、我々はビッグ・キャノンまで一気に行くぞ!」

 

 オリファーが号令をかけ、乱れ始めたベスパのモビルスーツ部隊の中へ突っ込む。

 

 その横を高出力のビームが次々と通り過ぎ、進行方向にいるラングとゾロアットに突き刺っていく。

 

「なんて射撃精度だい……アマネセルがハイコスト機といっても、リースティーアじゃないと、ここまでは出来ないな……」

 

「姉さん……今のうちに、ビーム・バズーカの射程内まで……ビッグ・キャノンに近付きましょう!」

 

 ケイトのガンイージも、ビームを連射しながらラングを蹴散らしている。

 

「よし……オリファー、敵のモビルスーツに囲まれないように注意しながら、ビーム・バズーカの射撃に入る!」

 

「頼む! コッチは、制御艦を墜としに行く!」

 

 墜とす……そうは言ったものの、戦艦を後退させるのが精一杯だろう……

 

 ビッグ・キャノンにしても、ビーム・バズーカでは外装を焼く程度かもしれない。

 

 それでも……

 

 レジスタンスとして活動する者として、そこに殺戮兵器があるのに、何もしないなど有り得ない。

 

 自分達の後に続く者を作らなくてはいけない……ザンスカール帝国のギロチンによる支配を止めるには、レジスタンスだけではなく、もっと大きな組織の協力が必要だ。

 

 そう……地球連邦軍を動かさなくてはいけない。

 

 だからこそ……無謀でも何でも、やるしかなかった。

 

 が……襲いかかって来るモビルスーツを全て撃墜すると、その後に出て来るモビルスーツがいない。

 

「どうなってる? ジュンコ、状況を確認してくれ」

 

「ああ……ヘレン達は、まだ戦闘中だな。だが、私達とビッグ・キャノンの間に敵はいない……これは、好機と見るべきか?」

 

 疑問を持ちながらも、ジュンコはガンイージのバーニアを全開にしてビッグ・キャノンに迫る。

 

 効かないにしても、至近距離からビーム・バズーカを撃った方が可能性があるだろう。

 

 危険かもしれないし、罠かもしれない……それでも、だ。

 

 しかし敵が来ない理由が、ケイトの声で判明する。

 

「姉さん! ビッグ・キャノンとスクイードの間に、戦闘の光が見える! 私達以外に、戦闘を仕掛けている部隊が……いる?」

 

「連邦のバグレ隊か? だとしたら、統率がとれて無さすぎる!」

 

 ケイトとオリファーは、ビッグ・キャノン周辺で行われている戦闘を確認し、首を傾げた。

 

「いや……バグレ隊だとしたら、私達より先にビッグ・キャノンに食い付けている事がおかしい……私達の攻撃に合わせて、背後から襲い掛かった少数精鋭の部隊としか考えられない」

 

「連邦に、それ程の凄腕はいない……か。唯一、可能性がありそうなエルネスティは、まだ地球だしな……だが、好機には違いない!」

 

 ジュンコとオリファーのガンイージはビームライフルを手放すと、背部のジョイントに装備されたビーム・バズーカを手に取り、そして構える。

 

「とりあえず撃ちまくれっ! 少しでも破壊できれば、次の射撃までの時間が稼げる!」

 

 ビーム・バズーカから放たれたビームがビッグ・キャノンに届き、表面を少し焼く。

 

「隊長、姉さん! 1機、コッチに迫って来る! 気をつけて!」

 

「1機で来るって事は、量産機じゃないな……オールレンジ攻撃が出来る奴か……ケイト、オレ達で食い止めるぞっ! ジュンコは、撃ち続けろっ!」

 

 オリファーのガンイージが、ビーム・バズーカを構え……そして、放つ!

 

 そのビームの光は、一瞬闇に消え……そして、光の雨となってオリファー達に降り注いできた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無敵のズガン艦隊

 

「くそっ、どこの部隊だっ! 迎撃、急がせろ!」

 

「中佐、あれはザンスパインじゃないですか? 開発中の機体が、なんで飛び回ってるんです?」

 

 スクイード1のブリッジで驚愕の表情を浮かべるタシロに、ピピニーデンが聞いた。

 

「知るかっ! 誰かが情報を漏らしたのか……何にしろ、開発途中だったザンスパインの……いや、ミノフスキー・ドライブの開発が出来る奴が関わっている筈だっ! だとしたら、かなり厄介なモビルスーツという事になる!」

 

「確かに……あのザンスパインに、完全なミノフスキー・ドライブ・ユニットが搭載されているのであれば……それを開発出来る程の人間が関わっているモビルスーツの性能が低い訳が無い……」

 

 睨みつけるようにスクイード1のモニターを見つめるタシロは、険しい表情で歯軋りをする。

 

 タシロが独自開発していたミノフスキー・ドライブ搭載機、ザンスパイン……

 

 何故かミノフスキー・ドライブの開発が遅れ、完成の目処が立たない機体である。

 

 その機体が、目の前で飛び回っている……タシロは不快感を露にした。

 

「そういう事だっ! ピピニーデン、貴様にも出てもらうぞ! それと、アネモ・ボレアスとアネモ・ノートスを準備させろ! 戻ったティーヴァに、鈴も付けておけよ!」

 

「サイコミュ搭載機とサイコミュ増幅装置の実験も行うんですか? まだ未完成の装置を付けたら、ティーヴァの精神が崩壊する恐れも……」

 

 視線をピピニーデンへと移したタシロだが、その表情は厳しい。

 

「そんな事、言われなくても分かっている! だがな、あのザンスパインを模倣した機体……奴から、危険な雰囲気を感じる。ここで墜とすんだ!」

 

 タシロは、座席の横に付いている机を強く叩いた。

 

 明らかに苛ついているが、それ以外にも何かを隠したい……ザンスパイン計画に、知られたくない情報があるような気がする。

 

 しかし、上官に逆らう訳にもいかない……ピピニーデンは、敬礼をしてからブリッジを出た。

 

「ちっ……黒のマグナ・マーレイもいる。私のザンスパインを掻っ攫ったのは、マデアか……つくづく、憎たらしい男だ……」

 

 恨みの篭った口調で言葉を吐き出したタシロの眉間には、シワが寄る。

 

 しかし、まぁ考えようだ……マデアの関与が裏付けられれば、マリア・カウンターを解体させられるだろう。

 

 心を静める為に、タシロは大きな溜息をついた。

 

 

 スクイード1の外は、たった2機のモビルスーツに翻弄されている戦場となっている。

 

 1機は、ザンスパインの姿を模倣したモビルスーツ……マデアの操るザンスバイン。

 

 そして、もう1機……仮面を被った男……リファリア・アースバリの駆るマグナ・マーレイ・ツヴァイ。

 

 オールドタイプのリファリアでは、マグナ・マーレイのリフレクター・ビットは使えない。

 

 その為に開発したのが、フレキシブル・バインダーに装備した2つのビームシールド。

 

 フレキシブル・バインダーから着脱可能なビームシールドは、回転しながらモビルスーツの動きに合わせて自動追尾する。

 

 側面からの攻撃は完全に防御し、接近戦ではビームサーベルで鍔迫り合いになった際に、自動で相手を攻撃する事も可能な優れ物だ。

 

 そしてフレキシブル・バインダーに仕込んだ、もう1つの装備……ビーム・ウィング。

 

 機体後方にしか展開出来ないが、フレキシブル・バインダーから伸びるビームをシールド状に展開し、フレキシブル・バインダーを動かす事で翼を羽ばたかせるように使える。

 

 これにより、後方から迫る敵も一掃する事が可能だ。

 

 更に、通常のマグナ・マーレイをリファリアがモデファイした為、全く別物の様な機体性能を見せる。

 

 2機しかないモビルスーツで、多くの戦果を上げる為の工夫を凝らしていた。

 

「リファリア、敵の数が多い! ティンクル・ビットを使ってみる!」

 

「了解。それと、ミノフスキー・ドライブ・ユニットでの攻撃も試してくれ。データを取りたい」

 

 サナリィでの激戦で呼吸器系に深刻なダメージを負ったリファリアは、人工呼吸が出来る装置を付けていなくては生きていけない。

 

 その為、小型の人工呼吸器を取り付けた装置を仮面に取り付けている。

 

 呼吸器を付けないと呼吸が出来ない程であり、どんな状況でも激しい言葉は使えない……しかし、その冷静そうに聞こえるこもった声が、マデアの心も落ち着かせていく。

 

「分かったよ。武器として使う為に、わざわざミノフスキー・ドライブ・ユニットを3つにしたんだったな。だが、切り札は戦艦を墜とす時に使わせてもらうさ」

 

 ニュータイプであるマデアの操縦にストレスなく反応するザンスバイン……そんなモビルスーツに、ザンスカールの量産モビルスーツが相手になる筈もない。

 

 ラングが……ゾロアットが……次々と破壊されていく。

 

 忍び寄るリガ・ミリティアの部隊へ増援を送る余裕もなく、スクイード1の部隊はザンスバインとマグナ・マーレイ・ツヴァイへの対応に追われてしまう。

 

 タシロが焦るのも、無理は無かった。

 

「くそっ! アモネ・ボレアスは、まだ出せんのかっ!」

 

「まだ調整段階の機体です! そんなに直ぐに出せませんよ!」

 

 オペレーターの反応に、タシロのイライラが増す。

 

 心を落ち着かせる溜息も、もはや焼石に水だ。

 

「中佐、随分と苦戦しているようだな……少し手助けしてやろう。我が無敵のズガン艦隊がな」

 

「くっ、中将の御手を煩わせる訳には……」

 

 モニターに突然映ったムッターマ・ズガン中将の言葉に、タシロは自分の手の平に爪の跡が残る程に握りしめる。

 

「中佐の部隊は、リガ・ミリティアに集中しろ。あの謎の機体は、私の艦隊のみに配置されたレシェフが相手をしよう」

 

 レシェフ……黄色いカラーリングの小型モビルスーツの名前であり、ズガン艦隊にのみ配備された試作モビルスーツである。

 

 後にシャッコー、リグ・シャッコーに派生する機体であり、ズガンが個人的にサナリィの技術者に資金提供して造らせた高性能機……

 

 そして、そのパイロット達は木星帰りの凄腕を集めていた。

 

 ズガン艦隊が無敵である由縁……その一翼を担っているのが、レシェフ部隊である。

 

 ズガン艦隊から放たれる砲火……そしてレシェフ部隊が、マデア達に迫っていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タイタニア・リッテンフリッカ

 

「ズガン艦隊が出て来たか……リファリア、レシェフが来るぞ!」

 

「分かってる。2機でレシェフ20機を相手にするの難しいか……しかし、引く訳にもいかんだろ?」

 

 今マデア達が後退すれば、リガ・ミリティアの部隊にカイラスギリー艦隊とズガン艦隊が襲い掛かる事になる。

 

 そうなれば、リガ・ミリティアのエース部隊とはいえ、簡単に殲滅されてしまうだろう。

 

「まだ、リガ・ミリティアに潰れてもらっては困る。20機程度なら、足止めぐらい出来る筈だ!」

 

「マデア、レシェフは高性能機だ。パイロットにサイキッカーを使っているという噂もある。油断は禁物だ」

 

 マデアは頷くと、ザンスバインの腕を曲げてビーム・ストリングスを射出する。

 

 が……その動きを読んでいるかのように、ビーム・ストリングスの網をスレスレで躱したレシェフはスピードを緩めずに突っ込んで来た。

 

「こっちの動きを読めるのか? なら、オールレンジからの攻撃ならどうだ!」

 

 ザンスバインの肩のパーツに収納されるビットが射出され、更に分離し4つのビットになる。

 

 ティンクル・ビットと呼ばれる、ザンスバインのサイコミュ兵器だ。

 

 しかし、その攻撃すらも簡単に躱される。

 

 そして、レシェフから放たれるビームの雨……

 

「ビーム兵器か……リファリア!」

 

「分かっている。ただのビームなら、マグナ・マーレイのIフィールドを抜くのは不可能だ」

 

 ザンスバインの前に出たマグナ・マーレイが、Iフィールドでレシェフから放たれるビームを受ける。

 

「高性能と言っても武装が貧弱ならば、どうという事もない」

 

 レシェフの持つビーム・ライフルではマグナ・マーレイのIフィールドに歯が立たない。

 

「Iフィールド搭載機がいるのね……後方支援のレシェフ隊は、実弾兵器に持ち替えてっ! アタック部隊は、私と突撃よっ!」

 

 20機のレシェフに指示を出す女性のパイロット……アルテミス・シロッコは、純白でスカートを穿いているような装甲を持つモビルスーツに乗っていた。

 

 タイタニア・リッテンフリッカ……かつてのジ・Oを彷彿とさせるフォルムだが、そのサイズは小さい。

 

 小型化が進むモビルスーツ業界の波に逆らわず、木星の技術を凝縮して造られたモビルスーツだ。

 

 レシェフと同等の高機動を実現し、更にファンネルや隠しアームも装備し、近距離、遠距離共に使用出来るバランスの良い機体である。

 

 そのパイロットであるアルテミス・シロッコは、木星育ちのニュータイプであり、更に基本設計が既に存在した大型モビルスーツ、タイタニアの小型化を実現した天才だ。

 

 アルテミスの設計の基、サナリィで造られたタイタニア・リッテンフリッカの基本性能は、本家タイタニアの遥かに上をいく。

 

 タイタニア本来のモノアイから、ザンスカール系の複合複眼式マルチセンサーであるキツネ目センサーに変更されている。

 

 無敵のズガン艦隊を支えているのは、アルテミスのタイタニア・リッテンフリッカの指揮下にあるレシェフ隊といっても過言ではない。

 

「あの白いモビルスーツが指揮官機だな……マデア、行けるか?」

 

「ああ……指揮官機を墜とせば、戦局は大きく変わるな。前に出て来てくれるなら、勝機はある。リファリア、援護を頼む!」

 

 レシェフ隊より前に出て来たタイタニア・リッテンフリッカに、ビームサーベルを持ったザンスバインが迫る。

 

「クスっ! あれが、タシロが奪われたモビルスーツかぁ……タシロって、お堅そうな顔して結構ドジなのね。まぁ、ズガン艦隊の強さを見せつける良いチャンスだわ!」

 

 タイタニア・リッテンフリッカのビーム・ソードとザンスバインのビームサーベルが激突し、スパークが飛び散った。

 

 動きの止まったザンスバインに、レシェフからビームが放たれる。

 

「ちっ……この白い奴、なかなか強い! レシェフの反応も早いな……」

 

 ビームシールドをマントのように覆い、四方から繰り出されるビームをザンスバインは防御した。

 

「ほらっ! 動きを止めたら、タイタニアの餌食になっちゃうよ!」

 

「このパイロット、良いセンスをしている! だが、動きにムラがあり過ぎだ!」

 

 タイタニア・リッテンフリッカの繰り出すビーム・ソードの一撃を、ビームシールドで受け止めたザンスバインは、ティンクル・ビットで牽制し距離をとる。

 

「へぇ……面白いね! けど、距離をとれば何とかなるって思ったの?」

 

 アルテミスは、お団子にした銀髪の横からこぼれ落ちている髪の毛を軽く捩りながら、不適に笑う。

 

「オールレンジ攻撃なら、タイタニアにだって出来るわ!」

 

 タイタニア・リッテンフリッカもファンネルを放出し、ザンスバインに全方位から攻撃を仕掛ける。

 

 その攻撃を、ザンスバインは尽く躱していく。

 

「マデア、遊んでいる場合じゃないぞ。その白い奴は、遊んでいるみたいだがな……どうも、タシロ艦隊の動きが怪しい……リガ・ミリティアの援護に回る必要があるかもしれん」

 

「ズガン艦隊にレシェフ以外のモビルスーツがあったのも驚いたが、タシロも切り札を持ってるって事か! アーシィのクローンも好き放題使っているしな……ここでズガン艦隊の足止めをしているだけではダメかっ!」

 

 タイタニア・リッテンフリッカにビームライフルで牽制しながら、ファンネルをビーム・ストリングスで絡め捕る。

 

「へぇ……その網、そんな使い方も出来るのねっ!」

 

「子供は、家で大人しく寝てろっ! コッチは忙しいんだよっ!」

 

 タイタニア・リッテンフリッカのビーム・ソードと、ザンスバインのビームサーベルが再びぶつかり合う。

 

 そして、タイタニア・リッテンフリッカの肩から、不気味な4本の腕が動き出していた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アネモ・ボレアス

「さぁ、隠し技を使っちゃうぞー。6本腕の近接攻撃、受けれるかしら?」

 

 両腕と肩から生えた4本の腕の全てに、ビーム・ソードが握られている。

 

 タイタニア・リッテンフリッカと鍔迫り合いを演じていたザンスバインに、5本のビーム・ソードが迫った。

 

「奇をてらった攻撃など、ザンスバインには通用しない!」

 

 ザンスバインの肘に仕込まれた小型のビーム・ストリングスが、5本のビーム・ソードを振り回そうとしていたタイタニア・リッテンフリッカを絡めとる。

 

「その網、まだ出るの? もー、ウザったいなー」

 

 アルテミスはタイタニア・リッテンフリッカを回転させ、ビーム・ソードでビーム・ストリングスを切り裂いていく。

 

「隙が出来たな……リファリア、ビーム・ファンを使ってみる!」

 

「分かった。だが、まだ完成された技術じゃない。出力は絞って使えよ」

 

 マデアは、ザンスバインの背部に取り付けられたMDU(ミノフスキー・ドライブ・ユニット)を外し、その手に持たせる。

 

 MDUから放出される荷電粒子を武器に転用した、ザンスバイン専用の武装だ。

 

 扇のように放出された荷電粒子は、通常のビーム兵器の破壊力を遥に超える。

 

「きゃっ! なんて威力なの? 推進装置が外れて武器になるなんて……ズガン将軍、こんな兵器があるなんて聞いてないわっ!」

 

 予想外の攻撃であったが、アルテミスの反応も早い。

 

 6本全てのビーム・ソードを防御に回し、扇状に拡がるビーム・ファンの攻撃を受け止めた。

 

「アルテミス、一度戻って来い! 奴の武装……下手したらカイラスギリーにダメージを与える程の力があるかもしれん! タシロの部隊がリガ・ミリティアに釣り出されているのだから、我々でカイラスギリーの防御を受け持つしかない」

 

「了解、ここは無理する必要ないってコトね。レシェフ隊はカイラスギリーの防衛に回って。私は機体の損傷を確かめる為に、一度戻るわ」

 

 アルテミスはレシェフの部隊に指示を送ると、素早く後退していく。

 

「引き際も早いな……そして、やはりと言うべきか……ズガン艦隊は、タシロの部隊を守る気は無そうだ」

 

「ああ……厄介なレシェフの部隊は、ビッグキャノンの防衛に入ったようだな……後方に警戒しながら、リガ・ミリティアの援護に回ろう」

 

 ザンスバインの隣に、レシェフからの猛攻を凌ぎきったマグナ・マーレイ・ツヴァイが飛んできた。

 

 20機のレシェフに囲まれながら無傷で切り抜けたリファリアの腕も然る事ながら、モデファイされたマグナ・マーレイ相手に1機も欠ける事がなかったレシェフの力も相当である。

 

「ズガン艦隊……無敵と言われるだけの事はある……これだけのモビルスーツとパイロットを集めているとは……」

 

「レシェフだけでも厄介だと思っていたが……天使の輪計画の中枢を担っている部隊だけの事はある」

 

 リファリアの言葉に頷いたマデアは、レシェフ隊が動かない事を確認してから、リガ・ミリティアとタシロの部隊が戦っている戦場へと向かって動き始めた。

 

 

「アネモ・ボレアス、出撃準備よしっ! ティーヴァに鈴は付けているな?」

 

「はい、サイコミュの増幅は問題なさそうです! ボレアス・ベースは、まだ使えませんが……」

 

 アネモ・ボレアスは、アーシィのクローン用に造られたモビルスーツである。

 

 ボレアス・キャノンと呼ばれる超長距離射撃を可能にした兵器を装備し、その機体を保持する為のボレアス・ベースも開発されていた。

 

 ニュータイプのクローンであり、強化人間でもあるグリフォン・タイプだが、それでもニュータイプ程の力は発揮出来ていない。

 

 それを克服する為に造られた物が、ピアスの様に耳に付ける鈴型のサイコミュ増幅装置である。

 

 サイコミュ増幅装置による感知能力の拡大で、超長距離射撃が可能になるのか……その実験機でもあった。

 

 試作モビルスーツではあるが、カイラスギリーの技術も盛り込まれており、両肩の粒子加速装置がボレアス・キャノンの超長距離射撃を可能にしている。

 

 しかし発展途上の技術であり、連発は出来ない。

 

 その機体に、鈴を付けたティーヴァ・グリフォンが乗り込んだ。

 

「ティーヴァ、リガ・ミリティアの部隊に高精度の射撃を続けている奴がいる。そいつを叩け!」

 

「了解しました。タシロ様の為に、全力で戦ってまいります」

 

 ティーヴァの返事に、タシロは満足気に頷く。

 

 マイから奪い取った人を愛する感情を埋め込まれたティーヴァ・グリフォンは、その対象をタシロとされている。

 

 タシロは全てのグリフォン・タイプに、自分の事を愛させようとした。

 

 しかし後期型のファラはメッチェに助けられたデータも組み込んだ為に、メッチェに好意を寄せてしまっている。

 

 ノルは初期型の為に、愛情はあるのかもしれないがタシロの思い通りには動かない。

 

 結果、タシロは言う事を聞くエットとティーヴァがお気に入りであった。

 

 人を愛する感情がある方が、愛した人を助ける為に限界値以上の力が出るのではないか……タシロは実験を行う為に、そうプレゼンしたが、言いなりになる女性を側に置いておきたかっただけかもしれない。

 

「頼むぞティーヴァ。作戦を成功させたら、また愛してやるからな」

 

 そう言うタシロの顔は、気持ち悪くなる程の下卑た笑みを浮かべていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者

 マグナ・マーレイと、トライバード・アサルトのビームサーベルが交錯し、ぶつかり合う粒子が2機の周りに舞うように散る。

 

「レジア・アグナール! レジスタンスでは、地球を統治し平和な世界を作る事など出来やしない! 上に立つ人間が、私利私欲を肥やすだけの世界が繰り返されるだけだ! 世界には、マリア様のような存在が必要だって事……なんで分からない!」

 

「ギロチンで恐怖を与え、安全な場所から人々を大量虐殺するような国の統治が、今の連邦より良くなるようには思えない! もしマリアの影響力が強ければ、こんな事はさせない筈だろっ!」

 

 叫び合う2人に呼応するように、2機は弾け飛ぶ。

 

 マグナ・マーレイがトライバード・アサルトから離れた瞬間、周囲を取り囲んでいるカネーシャ・タイプの乗るゾロアットからビームが降り注ぐ。

 

 そのビームの雨をかい潜り、トライバード・アサルトはビームライフルを構える。

 

「マリア様の影響力が弱いのは分かってる! だから、私達が支えているんだ! 天使の輪から降り注ぐマリア様の祝福で、人々から争う心を取り除けば、戦争は起きなくなるんだ!」 

 

 アーシィは自分に言い聞かせるように……操縦管を強く握って、叫んだ。

 

 そして、再びビームサーベルを構えながらトライバード・アサルトに飛び込んでいく。

 

「自分の考えに迷いがあれば、動きが鈍くなるっ! そんな動きで、オレは……トライバード・アサルトは墜とせはしない!」

 

 マグナ・マーレイのビームサーベルは尽く空を斬り、距離をとりながら放たれるトライバード・アサルトのビームは次々とゾロアットを貫いた。

 

 そのビームと同時に放たれたヴェズバーの一撃が、マグナ・マーレイのフレキシブル・バインダーに直撃する。

 

「きゃあああああ!」

 

「ゲルダさんの娘だとしても……ザンスカールの重要人物ならば墜とすしかない!」

 

 動きの止まったマグナ・マーレイに、トライバード・アサルトはビームサーベルで斬りかかった。

 

 だが、トライバード・アサルトとマグナ・マーレイの間に、次々とゾロアットが割って入ってくる。

 

「アーシィ大尉、マリア・カウンターのマグナ・マーレイでは限界がある。アネモ・ノートスを準備した……一度スクイードに戻って来い。カネーシャ・タイプに大尉の護衛をさせる」

 

 タシロの言葉通り、ゾロアットが特攻でも仕掛けているようにトライバード・アサルトに挑みかかっていた。

 

「人の命を軽視している奴らに、正しく人を導ける訳がない! そんな国に身を寄せているマリアの言葉が、どこまで人々に届くのか……」

 

 アーシィを逃がす為だけにトライバード・アサルトに迫るゾロアットは、次々と墜とされていく。

 

 ゾロアットが次々と墜とされていく光景をモニター越しに見るアーシィの瞳からは、自然と涙が零れた。

 

「すまない……カネーシャ・タイプ。強いモビルスーツさえあれば、こんな思いをする必要ないんだ……黄色のジャケットを着る勇気さえあれば、母も私も苦しみから解放されるのか……」

 

 マグナ・マーレイはバーニアを全開にして、トライバード・アサルトから離れて行く。

 

 アーシィは迷いながらも、頭の中では覚悟を決めていた……

 

 

「敵は1機だ! 接近戦で、敵の全方位攻撃を無効化するぞ!」

 

 オリファーは、ビーム・バズーカから放たれるビームをリグ・グリフに向けて撃ちながら叫んだ。

 

「近付けったって……ビーム・バズーカの火力だって、敵に吸収・反射されちまうんだよ。どうやって近付くんだい……」

 

 オリファーの放ったビームが拡散されて自分達に襲い掛ってくる状況に、ジュンコは呆れて溜息をつく。

 

 拡散されたビームによって後退を余儀なくされたオリファーは、リグ・グリフに接近する事も叶わずジュンコ機の横に戻って来た。

 

「くそっ! 固まって動かずにいたら、インコムの的になってしまう!」

 

「そう思ってんなら、さっさと離れてもらえるかしら? ケイト、インコムは有線で繋がっている。多角的に攻撃出来る訳じゃない! こっちがビームを撃たなければ、敵モビルスーツ本体のビームを拡散させるだけだ!」

 

 ジュンコのガンイージは、ビームサーベルを握ってリグ・グリフに向かってバーニアを吹かす。

 

「了解、姉さん! グレネードで援護するっ!」

 

 ケイト機の右肩に装備された2連装マルチランチャーから放たれたグレネード弾が、ジュンコ機の横を通り過ぎリグ・グリフに迫る。

 

 ドオオォォォォン!

 

 インコムから放たれたビームにより、グレネード弾はリグ・グリフの手前で爆発した。

 

「ナイスだ、ケイト! 爆発の光で、ワイヤーが丸見えだよっ!」

 

 ジュンコの乗るガンイージは、爆発の光で反射したワイヤーをビームサーベルで斬り落とし、更に迫ってくるインコムに向けてバルカンを突き刺す。

 

「丸見えだって、言っているんだよっ! 動きが分かれば、予測する事は簡単さ」

 

 光を反射するワイヤーを見ながら、ジュンコは的確に攻撃していく。

 

 しかし、まだインコムは残っている。

 

 残ったインコムは、ジュンコ機に狙いを定めてビームを撃とうとした。

 

 が……グレネードに直撃されて、ジュンコを狙っていたインコムは粉々になる。

 

「オレも少しは役に立つだろ。ビームが効かないってんなら、実弾でやってやるだけだ!」

 

 オリファーも直ぐに対応し、グレネード弾でジュンコのフォローに回った。

 

「まったく……腕はいいんだが、オツムがちょっとね……ケイト、奴に止めを刺すよ!」

 

「姉さん! そこから離れて! 高出力のビームが来る!」

 

 ケイトの声に咄嗟にバーニアを全開にして離脱したジュンコ機のスレスレをビームが通過する。

 

 その隙に、リグ・グリフはバーニアを全開にしてスクイード1へ戻っていく。

 

「くっ……今のビームは……一体……」

 

「また新型……ザンスカールは、どれだけの機体を開発しているんだ……」

 

 三角頭に、両肩に光のリングを輝かせたモビルスーツが、ジュンコ達の前に立ち塞がっていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者2

「アーシィ大尉、こちらに! アネモ・ノートスを準備してあります!」

 

「アネモ・ノートスか……しかし、このモビルスーツは、ベスパの切り札だろ? マリア・カウンターの私が使っていいものか……」

 

 独り言のように呟いたアーシィの言葉に、メカニックの男は笑顔を見せる。

 

「大尉……今は、ザンスカールの部隊同志でいがみ合っている時ではありません。それにアネモ・ノートスはサイコミュ搭載機なのですから、アーシィ大尉の力を充分に発揮出来る筈です」

 

 アーシィはアネモ・ノートスの正面に立つと、その迫力に愕然としながらも不安を感じた。

 

「大きいな……この時代に、重モビルスーツとは……レジアのトライバードに、いい的にされそうだ……」

 

「そんな事は、ありませんよ。パワー・ウェイト・レシオも高いので、機動性も問題ないです。それに、バック・エンジン・ユニット(BEU)はメガ・コンデンサも積んでいるし、大出力のスラスターとしてもマルチプル・ビームランチャーとしても使える優れ物です。コイツなら、トライバードのIフィールドも貫けますよ!」

 

 アーシィは綺麗なピンクの髪を掻き上げると、自信満々に説明するメカニックに笑顔を返す。

 

 マグナ・マーレイに始めて乗った時も、メカニックの男が饒舌に説明してたな……その後、マデア少佐が労いに来てくれたっけ……

 

 アーシィはそんな事を考えながら、アネモ・ノートスのコクピットに収まった。

 

「大尉、アネモ・ノートスのシートはどうだ?」

 

「タシロ中佐……貴重な機体を使わせてもらう事になりました。でも、私が使っていいのでしょうか?」

 

 アーシィの言葉に、タシロは軽く頷く。

 

「スーパーサイコ研究所の連中が、実戦データをとって来いと煩くてな……大尉には悪いが、サイコミュと武装のデータをとってきて貰いたいのだよ。私のクローン計画に合わせて、コイツの量産化も視野に入れているのでな……」

 

 そこでタシロは、大きく溜息をついた。

 

「本来ならば私のザンスパインを援護する為の機体なんだが、あの自分勝手な男のせいで……それにスーパーサイコ研究所の付けるネーミングは、あまり好きではない……風神を捩った機体名など……な。ザンスカールには、ザンスカールに似合った機体名がある」

 

 独り言のように呟いたタシロの言葉は、モビルスーツを整備する音に掻き消され、アーシィは首を傾げる。

 

「いや、気にしないでくれ。先行したアネモ・ボレアスは、長距離支援型のモビルスーツだ。大尉の機体と連携出来れば、大きな戦果を上げる事が出来る筈だ。頼むぞ!」

 

「了解しました。中佐、ハッチ閉めます! アネモ・ノートス、出撃準備ヨシ! いつでも行けるぞ!」

 

 アーシィの声に、オペレーターが最終確認のチェックをしていく。

 

「大尉、出撃オーケーです! アネモ・ノートスは初めての実戦です! あまり無理しないで下さいね!」

 

「ありがとう……アネモ・ノートス、アーシィ・リレーン! 出るぞ!」

 

 アネモ・ノートスは、その巨漢からは考えられない程のスピードでスクイード1から離れていった……

 

 

「タイタニア・リッテンフリッカ、調整完了しました! いつでも行けます!」

 

「はいよー、タシロの尻拭いってのが気に食わないケド、仕方ないか……今カイラスギリーが墜とされたら、マヂ笑えないし……」

 

 長く伸びた綺麗な銀色の髪を結わえ直し、頭の頂点でお団子を作ったアルテミスは、座っていた椅子から立ち上がった。

 

「まぁ……奴みたいな、したたかな人間も必要だ。ここまで上手く事が運んでいるのも、奴の強行策が功を奏している部分が大きい。気に入らない奴ではあるがな……」

 

「んー……私、M字ハゲ嫌いなのよねーって、ヤバイヤバイ」

 

 正面に立つズガンの頭皮を横目に見て笑いを堪えるアルテミスを、まるで気にせずに……ズガンは視線を窓の外に見えるカイラスギリーに移す。

 

「別に、お前に気に入られる必要はない。同じM字ハゲでも、お前と敵対してないだけマシってやつだ」

 

「もー、真面目に答えないでよー。大丈夫……そこまで後退してたら、潔くて好きだよ、私は!」

 

 そう言ったアルテミスも、ズガンと同じ景色を見る。

 

「私達……木星で生きる人達の力を、地球圏の奴らに見せつけてやらないとね……」

 

「そうだな……その為のタイタニアとレシェフだ。地球圏の技術なんぞに劣らない力だ……」

 

 スガンの言葉に少し笑うと、アルテミスはタイタニア・リッテンフリッカのコクピットに向けて歩き出す。

 

「じゃあ将軍、ちょっと行って来るよ! リガ・ミリティアを蹴散らして、ズガン艦隊ここにあり! ってのを見せつけてやるわっ!」

 

 銀色の髪を靡かせて、アルテミスはタイタニアのコクピットに収まった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者3

 

「少尉、所属不明機を捉えました! モビルアーマーです!」

 

「かなりのスピードで飛んでいるからな……やはり、モビルアーマーか。このまま、所属不明機の前に出られるな?」

 

 ゾロアットのコクピットで、クロノクル・アシャーは所属不明機迎撃の指揮をとっていた。

 

「はっ! カイラスギリーのかなり手前で所属不明機を捉えられる筈です!」

 

「よし……所属不明機が我々に敵対行動をとり次第、攻撃を開始する! ラングを20機も出しているんだ。戦闘機如きに、1機も墜とされるなよ!」

 

 クロノクルのゾロアットを先頭に、ラング隊がモビルアーマーを待ち受ける。

 

 モビルアーマー……ダブルバード・ガンダムのコクピットで、ニコルもザンスカールのモビルスーツの動きを把握していた。

 

「21機もモビルスーツが出てる……ラングとゾロアットね。迂回してたら、余計な時間がかかる! やれるな、ダブルバード!」

 

 ニコルはダブルバード・ガンダムのバーニアを全開にして、クロノクル率いるラング部隊に飛び込んで行く。

 

「突っ込んで来るだと! パイロットは自信過剰な奴か、自殺志願者か……リガ・ミリティアの部隊がカイラスギリーに迫っているのだ……不確定要素を戦闘宙域に入れる訳にはいかない。ラング隊、射撃を開始しろっ!」

 

 モビルアーマーから攻撃は無いが、減速する事無く突っ込んで来る機体にクロノクルは危機感を覚えた。

 

 その予感は的中し、ラング20機から放たれるビームが尽く躱されていく。

 

「相手は1機だっ! 落ち着いて狙って墜とせ!」

 

 ラングから放たれるビームに晒されながら、ダブルバード・ガンダムはエボリューション・ファンネルをパージしてモビルスーツ形態へと変形する。

 

「なっ……変形した……だと!」 

 

 ダブルバード・ガンダムを守るように展開されたエボリューション・ファンネルは、ラングのビームを3角形のバリアを張り防御していく。

 

「あれは……何だ? Iフィールドかっ!」

 

 ラングはビームが効かないと分かると、ビームサーベルを手にダブルバード・ガンダムに接近戦を仕掛ける。

 

「馬鹿なっ! 迂闊に近付くなっ! 敵の能力も分かっていないんだぞっ!」

 

 クロノクルは叫んだが、既に遅かった。

 

 ダブルバード・ガンダムに飛び込んでいったラングは、次々とエボリューション・ファンネルの餌食となる。

 

 長細いファンネルの中心部分が分離し、ファンネルの外装にビームの刃を形成すると、近付いて来たラングの頭を……手足を斬り裂いていく。

 

「あれは……ファンネル……なのか? リガ・ミリティアめ……レジスタンスでありながら、次々と新しい技術を……」

 

 所属不明でありながら、ザンスカールの部隊に攻撃を仕掛けてくる……クロノクルは、ダブルバード・ガンダムをリガ・ミリティアの機体と断定していた。

 

「ラング隊、敵モビルスーツから距離をとれっ! 仕切り直すぞっ!」

 

 陣形が乱れた状態で敵う相手ではない……クロノクルは、素早く判断し指示を出す。

 

 しかしダブルバード・ガンダムの動きは、クロノクルの予測を遥かに凌駕していた。

 

 距離をとろうとするラングに、分離していたエボリューション・ファンネルは再び合体し、フィン・ファンネルの様に折り畳まれコの字の様な形態になると、ビームを放つ。

 

 ラングの部隊は成す統べなく、次々と被弾していった。

 

「なんだと……1機で20機のモビルスーツを墜とすつもりかっ! 被弾していないラングは、私に付いて来い! そう易々と、突破される訳にはいかんっ!」

 

 まともに動けるラングは既に6機まで減っており、そのラングを従えてクロノクルのゾロアットはダブルバード・ガンダムに突っ込む。

 

「まだ来る! 相手にならないって、何で分からないのっ!」

 

 クロノクルの操るゾロアットはビーム・ストリングスを放つが、そのビームの網はビームを纏って回転するエボリューション・ファンネルに尽く斬り裂かれてしまう。

 

「くそっ! ラング隊は、白い奴にビームを集中させろっ! ファンネルが機体から離れていれば、Iフィールドは使えん筈だっ!」

 

 クロノクルの言う通りではあったが、ニコルのニュータイプ能力とダブルバード・ガンダムの機動性を合わせれば、ラングのビームなど躱す事は造作も無い。

 

 そして、ダブルバードより先行していたエボリューション・ファンネルが囲んでいたラングに次々とビームを放っていく。

 

 そしてクロノクル機には、MDUを展開したダブルバード・ガンダムが高速で迫る。

 

「速いっ! うわあぁぁぁぁ!」

 

 突然目の前のモニターにガンダムが現れたと思った瞬間には、ゾロアットの右手と頭が分離していた。

 

 そして閃光の如く、ダブルバード・ガンダムはカイラスギリーに向けて戦闘宙域を離脱していく。

 

「全機、状況を報告してくれ」

 

「全てのラング、戦闘不能にはされましたが、艦には戻れそうです」

 

 その報告を聞きながら、クロノクルはコクピットに体重を全て預けてヘルメットを外した。

 

「あれが、ガンダムだと言うのか……強すぎる……だが、その伝説を打ち破る事さえ出来れば、勝気はある……我々を殺さなかった事、後悔させてやるぞっ!」

 

 一瞬で光の点と化したダブルバード・ガンダムを見ながら、クロノクルは叫んだ……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者4

「オリファー! ケイト! 奴の高出力ビームは危険だっ! 散開して叩く!」

 

「分かった! たが……時代遅れの重モビルスーツだっ! 高速移動しながら戦えば、勝気はある!」

 

 オリファーのガンイージはバーニアを全開にして、アネモ・ボレアスの周囲を飛び回る。

 

 飛び回るガンイージとは対照的に、アネモ・ボレアスは微調整をしながら様子を伺っていた。

 

 アネモ・ボレアスのコクピットに座るティーヴァ・グリフォンも、瞳を閉じてサイコミュから感じられるプレッシャーに神経を集中する。

 

「動かないなら……コッチから仕掛ける!」

 

 オリファーのガンイージが、動きを止めているアネモ・ボレアスにビーム・バズーカから収縮させたビームを放つ。

 

 が……

 

 アネモ・ボレアスの肩に装備された粒子加速器がアクティブ状態となり、ビーム・バズーカの高出力ビームを取り込む。

 

 そして、粒子加速器の始点と終点を利用したビームがオリファー機に襲いかかる。

 

「くっ! 今のは?」

 

「オリファー! 迂闊に仕掛けるんじゃないっ! 相手の兵装も分かっていないんだ。慎重に戦え!」

 

 ジュンコは叫ぶと、アネモ・ボレアスをモニターの中央に捉えた。

 

「姉さん、あのドーナツ・リング……あれが展開してから、高出力のビームを撃ってくる! 動きは鈍そうだから、あのドーナツを展開させなければ……」

 

「よし、3機同時に仕掛ける! 肩のドーナツが現れたら、散開して距離をとれっ!」

 

 3機のガンイージは、タイミングを合わせながらアネモ・ボレアスにビームを浴びせる。

 

「奴は肩のドーナツを展開してなければ、バリアも使えないようだ。このまま、押し込むぞ!」

 

 ビームライフルのビームをビームシールドで防御する姿を見て、オリファーは手応えを感じ饒舌になった。

 

 しかし、そんな時間も長くは続かない。

 

 直ぐにアネモ・ボレアスの肩に、光るリングが現れる。

 

「ちっ……流石に固いね! 敵の射撃は正確だ! 距離をとって、確実に回避するんだ!」

 

 アネモ・ボレアスが粒子加速器をアクティブ状態にし、粒子加速器に内蔵されたビームを連射した。

 

 アネモ・ボレアスの本体は大して動いていないが、それでもビームは正確にガンイージを捉えてくる。

 

 ビームシールドを駆使しながら、ガンイージはビームの雨を巧みに躱す。

 

「ジュンコ! この状況はマズイ……」

 

 ビームを躱す事に集中していた3機のガンイージは、アネモ・ボレアスの正面に集まってしまっていた。

 

「しまっ……たっ!」

 

「私が射線をズラします! 2人は回避をっ!」

 

 ケイトのガンイージが、オリファー機とジュンコ機の前に飛び出す。

 

 ケイト機の正面では、アネモ・ボレアスがボレアス・キャノンを構えている。

 

「ケイトっ! 無茶するんじゃないっ!」

 

「タイミング的に、誰かが高出力ビームを受けないと、あのビームに全機巻き込まれる! もう……これしかないっ!」

 

 ケイト機はビームシールドの出力を最大にして、アネモ・ボレアスに近付いていく。

 

「無駄な動きね……モビルスーツ1機で、ボレアス・キャノンを防げる訳がない……」

 

 ティーヴァは静かに言葉を発すると、トリガーになるスイッチを押す。

 

 ボレアス・キャノンに粒子が集中し……そして、凄まじい閃光と共にビームが放たれる。

 

「うおおぉぉぉぉ!」

 

 ケイトは叫びながら、瞳を閉じた。

 

 目を開いたままだと、機体を回避したい衝動に駆られてしまうと思ったからだ。

 

 回避したところで、間に合わない事は分かっている。

 

 それでも……頭で分かっていても、反射的に逃げだしたくなる程の閃光だった。

 

 バシュウゥウゥ!

 

 ボレアス・キャノンが放たれた瞬間、更なる激しい光が戦場を照らす。

 

 それによりアネモ・ボレアスの機体はバランスを崩し、ビームの射角は大きくズレる。

 

「あらあら……3対1なのに、何をしているのかしら?」

 

 そう……アマネセルが放った高出力のビームがオリファー機とジュンコ機の間を通過し、ケイト機の脇をスレスレで抜け、アネモ・ボレアスの放ったビームと交錯した。

 

「まったく……来るのが遅いんだよ! しかし、出鱈目な射撃精度だね……つくづく、ヘレンにアマネセルを任せなくて良かったよ」

 

「あらあら……ようやく、私に感謝する気になったのかしら?」

 

 ガンイージの横に飛んで来たアマネセルを見て、ジュンコは気持ちが落ち着いた気がする。

 

 リースティーアに頼ってしまっている自分に気付き、ジュンコは少し苦笑した。

 

「姉さん、とんでもねぇビームが見えたが、大丈夫だったか?」

 

アネモ・ボレアス以外のザンスカール機が撤退した事で、ヘレン達もジュンコ達に合流する。

 

「ああ……しかし、この状況……どうなっているんだ? 敵の新型の実戦テストにしては、戦場が静か過ぎる……」

 

 嵐の前の静けさ……ジュンコには、そんな気がしてならなかった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者5

「くっ……ボレアス・ベースが無いから、少しの衝撃でバランスが崩れる! それに、あの機体……私の撃ったビームに当てた……」

 

 ティーヴァは、かなり距離のある場所から放たれたであろうビームの射撃精度に驚いていた。

 

 確かにボレアス・キャノンは、構えてからビームを放つまでに時間がかかるし、粒子加速機に光の輪が出来る為に、射撃タイミングは読まれ易い。

 

「まだまだ、改良が必要な機体……と、いう事か。ノートスの方はどうかな?」

 

 スクイード1から出撃したアネモ・ノートスのバックエンジンユニットから放たれる光点をモニターに映しながら、ティーヴァは耳に付けた鈴型のピアス……サイコミュ増幅装置を指で叩いた。

 

「私達のオリジナル……アーシィ大尉が乗っているのか……なら、トライバードも来るな。この戦場で、決着をつける!」

 

 アネモ・ボレアスは、カイラスギリーの方へ近付きながらアネモ・ノートスに寄っていく。

 

「また新型……そして、また大型のモビルスーツだ。ザンスカールは、一体何を考えている?」

 

 オリファーは近付いて来る新型のモビルスーツ、アネモ・ノートスをモニターに捉え、疑問を口にする。

 

「機体が大きくても、性能は高いだろう。何らかのテストをしている様だしな……長距離射撃と同様に、あの馬鹿でかいバックパック・ユニットには、用心した方がいい」

 

 ジュンコは、迫って来るモビルスーツに警戒を強めた。

 

「あらあら……敵の新型なんだし、新しい装備なら用心するのは当たり前よね……それより、あの機体にはニュータイプが乗っているわ。この子がデストロイ・モードになりたくて、ウズウズしているの」

 

「へぇ……そんな事まで分かるのかい? けど、私達は引く訳にはいかない。相手が新型だろうがニュータイプだろうが、あの巨大なビーム兵器が次に撃つ前に、必ず仕留めるんだよ!」

 

 ヘレンの気合いの入った言葉に、シュラク隊の面々が頷く。

 

「それに、私達のエースも合流してくれた。大丈夫……必ずやれるわ! 私達なら……シュラク隊なら、必ず!」

 

 クレナの言葉は終わらないうちに、白いモビルスーツ……トライバード・アサルトが、閃光を身に纏いながらシュラク隊の前に踊り出た。

 

「遅くなった! 特攻してくるモビルスーツに手間取ってしまった……が、どうやら仕切り直しのようだな」

 

「レジア、無事だったんだね! じゃあコッチも、全戦力が揃ったってコトで……一気に敵を叩いちゃいましょ!」

 

 マヘリアのガンイージが、ビームライフルを構え……そして、アネモ・ノートスに向けてビームを放つ。

 

 そのビームを皮切りに、シュラク隊のモビルスーツが散開する。

 

「ベスパの新型が2機か……タシロがスーパーサイコ研究所と繋がっているのは、間違いなさそうだな」

 

「方向性は良い……だが、パイロットの脳波コントロールが大変そうな機体だな。タシロと言う男の目標はザンスパインなんだろうが……まだまだ時間がかかりそうだな……」

 

 2機のアネモ・シリーズの後方から現れたモビルスーツ……ザンスバインとマグナ・マーレイ・ツヴァイ。

 

 背後をとったと思った矢先、その背後にもモビルスーツ……

 

「混戦になりそうだねー! ま、その状況は得意だわっ! タイタニア、飛び込むわよっ!」

 

 カイラスギリーを護衛していたレシェフを10機引き連れて、タイタニア・リッテンフリッカも現れる。

 

「なんだ? 次から次へとアンノウン機が……全機、警戒を怠るなっ! おそらく、強力な機体ばかりだっ!」

 

 レジアは、額から放たれる汗の粒を拭った後にバイザーを閉じた。

 

 量産機に混じって、明らかにワンオフ機がいる……

 

 ワンオフ機……優秀なパイロットの為に、そのパイロットの専用機として造られた機体……

 

 レジアのトライバード・アサルトも、レジアの為のチューンアップされている。

 

 だからこそ、スペック以上の強さを見せていた。

 

 ワンオフ機の強さを身に染みて感じているレジアは、危機感を強める。

 

 ハイコストのワンオフ機を与えられているパイロットが、弱い訳がない。

 

 新世代のモビルスーツ達が、ついに同じ宙域で刃を交える事になる……

 

 壮絶な戦いの火蓋が、ついに切って落とされた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者6

「ちっ、また貴様かっ! タシロと連携している訳でもあるまいに……何故オレに絡んでくる!」

 

「リガ・ミリティアに協力しようとするから悪いんだよー。それに、貴方とは前々から戦ってみたかったのよ……マデア少佐っ!」

 

 両肩に生えた腕を隠そうともせず、その4本の腕にビーム・ソードを握らせてザンスバインに迫る。

 

「その腕は、もう隠さないのか? まったく、とんだじゃじゃ馬だな……」

 

 飛び込んでくるタイタニア・リッテンフリッカをザンスバインはビームサーベルで往なすと、至近距離でバルカンを斉射した。

 

「くそっ! 遊んでるの? 真剣に勝負してよねっ! 少佐っ!」

 

「お前と遊べる程、暇じゃないんだよ! リファリア、どうする?」

 

 再びレシェフと交戦状態に入っていたマグナ・マーレイ・ツヴァイは、放たれるビームをビームシールドを駆使して躱す。

 

 その動きの中で、自然とザンスバインの方へ機体を寄せた。

 

「リファリア……コイツら、ふざけているようで結構強い! だが、ここで足止めされていては……」

 

「ああ……白い機体もそうだが、レシェフも固い。リガ・ミリティアの方から、寄って来てもらうしかないな……コイツらを、タシロのスクイード1の方へ押し込む……」

 

 リファリアはそう言うと、マグナ・マーレイ・ツヴァイをレシェフの前に仁王立ちさせ、弾幕を張る。

 

「スクイード1を巻き込める宙域で戦えば、タシロ艦隊から出たモビルスーツは護衛に戻る……か。リガ・ミリティアがコチラの動きに連動出来るかだが……カイラスギリーを叩く為には、リガ・ミリティアのモビルスーツの協力は必要だ。その可能性に賭けるしかない!」

 

 マデアはMDUのパーツを1つ外すと、圧縮したミノフスキー粒子を解放した。

 

「まずは、隊長機の貴様を吹っ飛ばす! そうすれば、自然と戦場がタシロの艦の近くに移る筈だ!」

 

 解放されたミノフスキー粒子は、タイタニア・リッテンフリッカを捉える。

 

「この武装、リッテンフリッカじゃないと防ぎきれないっ!」

 

 タイタニア・リッテンフリッカは全てのビーム・ソードを防御に回し、ビームファンから放たれた一撃を辛うじて受け止め……そして、バーニアを全開にして衝撃を後方に受け流す。

 

「おいおい……結局、あの2機は味方なのか敵なのか……少なくとも、あの黒いバタフライは、兵装は違うがザンスカールの機体だろ?」

 

「そして、戦っているのは謎の部隊だ……こう戦局が混乱していると……危険だな」

 

 オリファーとジュンコは、アネモ・ボレアスから放たれるビームを躱しながら、その前方で行われている戦闘が気になっていた。

 

「あの白い機体と黄色の機体は、ビッグキャノンを守っているようにも見える……ケイトさん、ザンスカールには2つの軍隊があると言っていたな?」

 

「ベスパとマリア・カウンターって言ってたな……だが、こうも正面きって仲間割れするかな? 確かにアーシィさんは、タシロってベスパの指揮官とは馬が合わないって言っていたが……」

 

 タシロと馬が合わない……だが、先程戦っていたのはアーシィだ……

 

 レジアは考えながら、牽制のビームを放つ。

 

 少なくとも、アーシィはタシロ艦隊から出撃している……だとしたら……

 

「あらあら……どうでもイイけど、やる事は一つでしょ? あの巨大な砲台からビームを撃たせない……私達が考えるのは、それだけ……」

 

「そうね……リースティーアの言う通りだわ! あの巨大な殺戮兵器を破壊する為に戦うだけよ!」

 

 マヘリアのガンイージが前に出て、アネモ・ボレアスにビームを浴びせる。

 

「そんな単純な問題では無い気がするが……確かに、迷いは隙を生む。よし……敵のワンオフ機には、オレが対応する! あれにアーシィや強化人間が乗っていたら、アマネセルのデストロイ・モードが発動してしまう。アマネセルはビッグキャノンへ! ガンイージは、その為の道を作ってくれっ!」

 

 先行するマヘリアのガンイージを追い抜き、トライバード・アサルトがアネモ・ボレアスに接近した。

 

「分かった……だが、マヘリアとクレナは置いていくよ! いくらレジアでも、未知数なモビルスーツ2機相手に1機では危険だ!」

 

「いや……ニコルがダブルバードを受領し、コチラに向かって来ているらしい……ダブルバードが来るまで、その2機を足止めするだけだから、1人でいい!」

 

 ジュンコとレジアの指示の違いに迷いを見せるクレアのガンイージの肩を、マヘリア機のマニピュレーターが掴む。

 

「クレナ、私達はレジアを守るわよ! 姉さん、行って下さい!」

 

「マヘリア、レジアを頼むよ! そいつは、私達の希望なんだ……」

 

 ジュンコはマヘリアに応えた後、トライバード・アサルトをモニターに捉えて小声で言った。

 

 が……

 

「あらあら……ジュンコさんは、レジアの事が好きなのかしら?」

 

「なんだと! その話、戦闘が終わったら詳しく聞かせてもらうぞ!」

 

 マヘリアに応えていた時に、リースティーアのアマネセルとオリファーのガンイージが、ジュンコ機の両肩に手を乗せていた。

 

 その為、最後の言葉は2人に筒抜けである。

 

「は? 何を言ってるんだい! さっさと行くよ!」

 

 ジュンコは少し顔を赤く染めながら、大きな声を出す。

 

 そして、アマネセルにワンオフ機が近付けないようにガンイージ隊が守りながら、ビッグキャノンに向けてバーニアを全開にして動き出した。

 

 その動きを守る為に動いたレジア達だが、アネモ・シリーズの2機は動かない。

 

「2人とも、警戒を怠るな! この戦場……何か、嫌な雰囲気だ……」

 

 クレナとマヘリアのガンイージを守るように前に出たレジアのトライバード・アサルト……

 

 その姿を見て、ティーヴァの口元が少し緩んだ……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者7

 

「我々の目的は、何が何でもビッグキャノンを墜とす事にある! 誰かがやられても、立ち止まるな!」

 

 謎の機体同士が戦う戦場に、ジュンコのガンイージを先頭にシュラク隊が飛び込んで行く。

 

「リガ・ミリティアも動いてくれたな……ズガン艦隊から出ているモビルスーツを、このままタシロのスクイード1の方に押し込んで行けば、なんとかなるかもしれん」

 

「ああ……だが、スーパーサイコ研究所で造られた2機のモビルスーツの動き……気になるな。リガ・ミリティアのモビルスーツがカイラスギリーを叩きに動いているのに、それを追っていない……むしろ、素通りさせたようにも見えた。トライバードを墜としておきたいという気持ちは分かるが……」

 

 タイタニア・リッテンフリッカをタシロのスクイード1の方に押し込みながらも、マデアはアモネ・シリーズの動きが気になっていた。

 

 とはいえ、マデア達の目的もカイラスギリーを墜とす事にある為、それを確かめに行く訳にもいかない。

 

「あの2機をレジアが抑えてくれていると、良い様に考えるしかない。新型がいないだけでも、だいぶ助かる。ただでさえ、我々は戦力的に劣っているのだから……な」

 

 仮面の男……リファリアは、レシェフに牽制攻撃を仕掛けながらガンイージの部隊に寄っていく。

 

「おい……あのバタフライ野郎、コッチに寄って来てないか?」

 

「あらあら……白い奴じゃないケド……サナリィでは、散々お世話になったわね! 仲間の敵、とらせてもらうわっ!」

 

 近付いてきたマグナ・マーレイ・ツヴァイにいち早く反応したのは、サナリィでの激戦を最初から経験していたヘレンとリースティーアだった。

 

 正面から迫るレシェフの部隊を無視して、マグナ・マーレイ・ツヴァイに狙いを定める。

 

「あの2人……まぁ、仕方ないか……ケド、状況は混乱しているんだ! 気をつけなよ! 前から来る黄色いのは、私達で叩く!」

 

 ジュンコ、オリファー、ケイトのガンイージは、レシェフに向かって動き出す。

 

「へっ、大丈夫だろ! あの蝶々は、ビットをどこかに置いてきたみたいだしな! 弱体化した機体なら、2人で充分だぜ!」

 

 ヘレンのガンイージが放ったビームは、フレキシブル・バインダーからパージされたビームシールドによって防がれる。

 

「ちっ、やっぱりサイコミュは装備してんのかっ!」

 

「あらあら……あれに乗っているのはニュータイプじゃないわ……それに、あの動きは?」

 

 リースティーアのアマネセルも、ピンポイントでマグナ・マーレイ・ツヴァイにビームを浴びせた。

 

 黒のマグナ・マーレイは、そのビームを無駄な動きなく躱し、直撃されるビームだけをビームシールドで防御する。

 

 その戦い方を……無駄の無い戦闘スタイルをリースティーアは知っていた。

 

 忘れられる訳もない……大切な戦友の……慕っていた上官の戦い方……

 

「あら……まさか、リファリアが生きていたなんて……そんなドラマみたいな展開、あるわけないわ!」

 

 ビーム・マグナムを構えたF96アマネセルに、ワイヤーが取り付く。

 

「リースティーア、無駄玉を撃つんじゃない。マグナムは、カイラスギリーを破壊する為に必要な兵器だ。モビルスーツ相手なら、ビーム・ガトリングで充分だろう?」

 

「あらあら……私の動揺でも誘うつもりかしら? お生憎様だけど、私はリアリストなのよ。こういう事は、ロマンチストのお嬢様にする事をお勧めするわ!」

 

 リースティーアは、アマネセルの装甲に取り付いたワイヤーをビームサーベルで斬り裂くと、シールドの内側に装備されたビーム・ガトリングガンでマグナ・マーレイ・ツヴァイを狙う。

 

「ふっ……リアリストか……確かに、マグナムを温存したのは冷静な判断だ。しかし、ユニコーン・タイプを持ち出すとは……そんな事にコストを費やしていては、完成形のミノフスキー・ドライブの開発が遅れるだけだ。ミューラは、一体何をしているんだ……」

 

 ビーム・ガトリングガンのビームを巧に躱すマグナ・マーレイ・ツヴァイに、ヘレンのガンイージがビームサーベルを握って近付く。

 

「なんだか、知り合いの戦い方に似ちゃいるが……いちいち腹が立つんだよ! 墜ちやがれっ!」

 

 不意を付いた一撃……アマネセルのビーム・ガトリングガンを躱す事で手一杯であろうマグナ・マーレイ・ツヴァイの死角からの攻撃……

 

 しかしワイヤーで繋がれたビームシールドが、まるでサイコミュを使っているかのようにビームサーベルを受け止めた。

 

「くそっ! なんだ!」

 

「ヘレン……パイロット・センスは相変わらず高いが、感情で動くところは変わってないな……冷静になれ。今は私達と戦う事より、カイラスギリー……ビッグキャノンを叩く事が先だ。我々が敵ならば、ビッグキャノンを墜としてから決着をつければいい」

 

 ヘレンは唇を噛み締めると、無言でマグナ・マーレイ・ツヴァイから離れる。

 

「あの野郎……正論を言いやがって……そういうところも、リファリアそっくりだ。だが、確かに小競り合いをしている場合じゃねぇ! また地球を撃たれたら、私らの面目が丸潰れだ!」

 

 ヘレンはアマネセルに本隊に合流するように指示を出し、攻撃対象をレシェフに変更した。

 

「あらあら……ヘレンにしては冷静な判断ね……あの機体にリファリアの偽物が乗っていたとしても、まずはビッグキャノンを叩かないと……少し落ち着いてよ、私の心臓」

 

 リースティーアは息を大きく吐き、自分の胸を軽く叩く。

 

 黒のマグナ・マーレイに乗っているのは、リファリアかもしれない……

 

 自分の名前を知っていた事、声に電子音の様な物が混じっていた事……重症を負った身体を、機械で補えば生きている可能性だってある。

 

 そこまで考えた後、リースティーアは首を大きく横に振った。

 

 何をロマンチストの様な事を……私はリアリストなんだ……

 

 そう自分に言い聞かせ、リースティーアはレシェフ部隊に飛び込んでいく。

 

 ビッグキャノンの射撃のタイミングは、刻一刻と迫っていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者8

「タシロの奴、カイラスギリーは私達に丸投げって感じだね。ズガンのM字がタシロに、リガ・ミリティアに集中しろっ! とか言ってたけど、露骨だねー。まぁ、いいけど……」

 

 アネモ・シリーズのカイラスギリーの防衛に回る気のない動きを見て、アルテミスは溜息をつく。

 

 アネモ・シリーズの援護が無くても、リガ・ミリティアのガンイージと所属不明の新型2機如き、タイタニア・リッテンフリッカとレシェフの敵ではない。

 

 とは言え、所属不明の2機の動きを抑えるのは容易ではなさそうだ……ちょっと面倒臭いと、アルテミスは思う。

 

 リガ・ミリティアの部隊では、レシェフの部隊を抜けられないだろう……しかし目の前の敵は、自由にしたらカイラスギリーまで届きそうだ。

 

「仕方ないなぁー! 本当は面倒臭い事、嫌いなのよねー!」

 

 タイタニア・リッテンフリッカは、デュアルビームガンを高速で動くザンスバインに照準を合わせる。

 

「タシロの盗まれたザンスパインもどきなら、Iフィールドは無いでしょ? 当たって墜ちろっ!」

 

「そんな単発の攻撃に当たるかっ! リファリアがリガ・ミリティアを巻き込んでくれたなら、カイラスギリーの宙域まで戦場を移動させる! ミノフスキー・ドライブならっ!」

 

 デュアルビームガンを連射するタイタニア・リッテンフリッカに向かって、ザンスバインはミノフスキー・ドライブで最短距離を駆け抜けた。

 

 が……タイタニア・リッテンフリッカに食いついたと思った矢先、ザンスバインに全方位からビームが襲いかかる。

 

「Iフィールド無しで、ファンネルの攻撃はキツイでしょ? さっ、楽にしてあげるわっ!」

 

「本気で……この程度で、ザンスバインを墜とせると思っているのか? ニュータイプ相手に、全方位攻撃は通用しないっ!」

 

 ザンスバインはビームシールドをマントのように展開し、更に加速しタイタニア・リッテンフリッカに迫った。

 

 その動きを予測していたかのように、アルテミスはタイタニア・リッテンフリッカの4本の隠しアームにビームサーベルを握らせて、近付くザンスバインに振り下ろす。

 

「隠しアームがある事は、さっきの戦闘で予習済みだっ!」

 

 マデアの駆るザンスバインは、高速に動きながらビームサーベルの攻撃を躱し、タイタニアの懐にビームサーベルを突き立てる。

 

 いや……突き刺さったと思われたビームサーベルの先に、タイタニアの姿は消えていた。

 

 隠しアームと腕に合計6本のビームサーベルを握らせて、回転しながらビームサーベルを躱し、更にザンスバインに襲いかかる。

 

「コイツ……やはり厄介だ……動きが読み辛い!」

 

 マデアは、そう言いながらも連続して襲いかかる変則のビームサーベルの攻撃を躱しきった。

 

 そして、カイラスギリー……ビッグ・キャノンに向けて、ミノフスキー・ドライブに火を入れた。

 

「なっ……逃げる気!」

 

「子供と遊んでいる時間はないんでね……カイラスギリーを破壊したら、もう一度だけ遊んでやる!」

 

 ザンスバインは、カイラスギリーの前方に展開するレシェフの部隊を目掛けて加速する。

 

「このままでは、リガ・ミリティアの部隊が押し込んで来るレシェフの部隊と、カイラスギリーの前に展開するレシェフの部隊の間に入ってしまうか……ならば、先に押し込まれて来るレシェフを叩く! 急がば回れってな!」

 

 リガ・ミリティアのシュラク隊の動きに合わせて挟撃しようと動くザンスバインの動きを察したのか、レシェフ隊はザンスバインを避けるようにカイラスギリーの前に戻って行く。

 

「サイキッカーか……やはり、やりづらい相手だ……」

 

 戦う相手を逸したマデアの元に、シュラク隊とリファリアが合流する。

 

「あんた、私達の味方か? それとも敵か? どちらにしても、随分と戦場を混乱させてくれたもんだね」

 

「女性のパイロットか……いや、すまない。ニコルが居てくれれば話が早いんだがな……今は、ゆっくり話をしている暇はない。少なくとも、あの大量殺戮兵器を叩くまではリガ・ミリティアと争うつもりはない」

 

 ガンイージから向けられるビーム・ライフルの銃口を見ながら、マデアは落ち着いた声で話す。

 

「抵抗する気はない……って事かい? だが、それだけで信用出来ると思うのか? 私達は、戦争をしているんだ!」

 

 抵抗する様子を見せないザンスバインに向かって、ヘレンのガンイージはビームサーベルを握って今にも襲いかかろうとしている。

 

「あらあら、ヘレン。先程までの冷静さは何処にいったのかしら? この方々が味方だろうが敵だろうが、あの砲台を破壊しなければいけない。この戦いは、勝てば良いって訳ではないわ。撃たれたら、私達の負け……もう胸を張ってレジスタンスをやってるなんて、言えなくなる……」

 

「話が分かる方がいて、助かる。我々が協力すれば、ビッグ・キャノンを破壊できる可能性が上がるのは間違いない……」

 

 マデアは押し潰されそうなプレッシャーを突然感じ、言葉を止めた。

 

 そして、そのプレッシャーの発信源を見つけようとモニターを注視する。

 

 宇宙の闇を切り裂いて来る光点を発見したマデアは、MDUを外して扇状のビームを発生させた。

 

 高出力のビームの閃光がビームファンと交錯し、スパークを起こす。

 

「はっ! やるねぇ……私の撃ったビームを防ぐ奴がいるなんてね。タシロが嫌っているザンスカール最強のニュータイプ……楽しませてくれそうじゃないか!」

 

「このプレッシャー……異常だ! もはや、アーシィの力を超えている! それにリグ・グリフで、こんな高出力のビームを撃っていては、機体が持たないぞっ!」

 

 マデアの心配など、お構いなし……上唇を舌で舐め、目尻を緩ませながら、リグ・グリフに大型のビーム・キャノンを構えさせる。

 

 額と耳から、大きな鈴が見え隠れしていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者9

「助かった! とりあえずビッグ・キャノンを破壊するまでは、アンタを信用してみるよ! 皆も、2機の黒いモビルスーツは味方機としてマーカーしておくんだ!」

 

 とてつもない程の高出力ビームを目の当たりにして……そもそも、黒いモビルスーツが防いでくれていなければ、部隊が全滅していた可能性がある……ジュンコに、シュラク隊だけでは突破は難しいと思わせる程、そのビームのプレッシャーは凄まじかった。

 

「リグ・グリフに、とんでもないビームを持たせたモノだ……だが、弱点もありそうだぞ。マデア、リグ・グリフが足場にしている円盤……アレが無いと、恐らく高出力ビームは撃てないだろう。それに、あと撃てても2発といったところか……」

 

 冷静に伝えてくるリファリアの声に、マデアも落ち着きを取り戻す。

 

「そうだな……強いプレッシャーに驚いてしまったが、モビルスーツと武器のバランスは悪い。それに、リガ・ミリティアの信用は得られたようだ……結果オーライって事かな」

 

 マデアは隊長機であろうジュンコのガンイージに向かって、回線を開く。

 

「高出力ビームを持った機体は、俺達で対応する。後ろから厄介な奴も追って来ているし、時間はかけたくない。リガ・ミリティアの部隊がカイラスギリーまでの道を切り開いたら、俺のザンスバインとユニコーン・タイプのビーム・マグナムでカイラスギリーを叩く。射軸さえズラせれば、地球への直撃は無くなる!」

 

「そしてカイラスギリーを制御しているのは、タシロのスクイードだ。そこまで叩ければ、かなりの時間を稼げる筈だ」

 

 リファリアはそこまで言うと、迫って来たタイタニア・リッテンフリッカにビームを放つ。

 

「へぇー、自分達だけでは弱すぎるから、敵だったリガ・ミリティアと共闘するのね! ダサッ! プライドってモノは無いのかしら?」

 

「自分の考えも無く、操られるように戦っている奴に言われたくはない。それにタシロの援護などしたら、ズガン将軍に怒られるぞ」

 

 タイタニア・リッテンフリッカから放たれるビームを巧に躱しながら、マグナ・マーレイ・ツヴァイのフレキシブル・バインダーからビーム・ウィングを展開する。

 

 ビーム・ウィングから放たれるビームの羽は、シュラク隊にも迫るビームを尽く防いでいく。

 

「リガ・ミリティアの部隊はやらせんよ。そして、お前も部下との合流はさせん。こちらには、時間が無いんでな」

 

「あっそ! でも、コッチはオールド・タイプに用は無いんだよなー。マデア少佐と戦いたいのに……このままじゃ、タシロの子飼いに取られちゃうじゃんよ!」

 

 ビームサーベルを握って突っ込んで来るタイタニア・リッテンフリッカの起動性は、マグナ・マーレイ・ツヴァイのソレを超えている。

 

 が……その動きは、フレキシブル・バインダーから放たれたビームシールドによって防がれた。

 

「何度も言うが、リガ・ミリティアの部隊もマデアも、やらせる訳にはいかないのでな……用が無くても、相手をしてもらうぞ」

 

 6本の腕にビームサーベルを持って襲いかかるタイタニア・リッテンフリッカに対して、マグナ・マーレイ・ツヴァイは誘導式のビームシールドを駆使して防いでいく。

 

 性能では劣るマグナ・マーレイ・ツヴァイで味方を守る姿を見て、リースティーアはサナリィでリファリアに出会った頃を思い出していた。

 

 

 サナリィの研究所で働いていたリファリアとリースティーアは、共に新開発された兵器を試すテスト・パイロットであった。

 

 テスト・パイロットの特徴として、何かに秀でている者が選ばれる傾向にある。

 

 リファリアは指揮能力、リースティーアは射撃、それぞれの長所を認められサナリィの門を潜る事を許されるが、リファリアは総合力でリースティーアどころか、他のテスト・パイロット達にも大きく水をあけられていた。

 

 リファリアの方がパイロット歴は長かったが、それでもパイロットとしての腕はさほどでもない。

 

 その為、リースティーアはテスト・パイロット時代のリファリアの事はよく知らない。

 

 同じ職場で同じ仕事をしていたにも関わらず、リファリアの事はよく分からない……それぐらい、印象になかった。

 

 しかしサナリィの研究員の間では、リファリアはちょっとした有名人であった。

 

 テスト・パイロットにも関わらず、モビルスーツや武器の技術的なところに意見をしてくるのだ。

 

 パイロットの技能が低いにも関わらず……である。

 

 それでも、自分が使ったモビルスーツや武器に意見を言うならいいが、全く関係の無い技術にも意見を言っていた。

 

 その内の1つが、ミノフスキー・ドライブである。

 

 当時、ミノフスキー・ドライブを使用する時に生じる荷電粒子の余剰エネルギーを排出する為の機構が問題になっていた。

 

 荷電粒子の余剰エネルギーを安定して排出する為には、どうしてもパーツが長くなってしまい、その為に生じる機体バランスの著しい低下は、パイロットに多大な負荷をかけてしまう。

 

 かつてサナリィが独自開発したレコードブレイカーは、その問題を解決したと言われていたが、実際は荷電粒子の余剰エネルギーの排出過剰に陥った……つまりパワー・コントロールの難しい機体となっており、実戦投入出来る程の機体ではなかった。

 

 リファリアは、荷電粒子の余剰エネルギーを兵器として使う事を前提にして、そのパーツを短くする事を提案する。

 

 当然だが、サナリィの研究員達はパイロットの意見を聞く事も無く、ミノフスキー・ドライブを搭載したモビルスーツの完成系は開発出来なかった。

 

 いや……レジアの父ブレスタ・アグナールと、ミューラ・ミゲルが設計図面を描いたダブルバード・ガンダムは、戦場での活躍を見せている。

 

 だが機体バランスの問題は解決されておらず、ニュータイプのセンスとエボリューション・ファンネルというサポート兵器との併用が前提の機体の為、限られたパイロットしかコントロールできない。

 

 リースティーアはザンスバインがビームファンを使った姿を見て、更にリファリアの事を思い出してしまっていた。

 

 そしてリースティーアの記憶は、自然とリファリアの事を認識したサナリィでの事件……ザンスカール帝国によるサナリィ接収事件へと巻き戻る。

 

 リファリアの能力の凄さと、内に秘めた優しさを……

 

 レジア達がダブルバード・ガンダムの設計図面を守って戦っていた時、テスト・パイロット達も激しい戦いを繰り広げていた。

 

 裏切りと殺戮が行われる戦場の記憶……サナリィの技術を守る為の戦いが、そこにはあった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者10

 サナリィの格納庫でモビルスーツの整備をしていたリースティーアとフォルブリエは、上の階から聞こえる銃声に手を止めた。

 

「あらあら……一体、何があったのかしら? なにか、騒がしくなってきたんだけど……」

 

「1年前と同じだ。イエロージャケットってガチ党の私設軍、ベスパってヤツがモビルスーツを造れって強要しに来たんだろ?」

 

 フォルブリエは油塗れの顔を袖で拭いながら、あまり気にもしない様子で視線を上に向ける。

 

「あら、それにしては銃声の音が聞こえ過ぎない? 強要しに来ただけなら、脅す為の発砲だけで良い気もするケド……」

 

 ギギギギギっ! 

 

 リースティーアが呟いたのと同時に、格納庫の分厚い扉が開いていく。

 

 フォルブリエは、素早く取り出した拳銃の銃口を扉に向ける。

 

「おい、ちょっと待て! 私だよ!」

 

「なんだ、エステルの婆さんかよ。黄色いジャケットを着てなくて良かったな。撃ち殺してたトコだぜ」

 

 薄い茶色の軍服もどきを着た白髪の初老の女性を確認し、フォルブリエは銃を下ろす。

 

「まったく……あんたらテスト・パイロット共は、野蛮で嫌だねぇ……上じゃベスパってのが銃を撃ちまくってるし、サナリィの研究員達も応戦している……圧倒的に圧されているけどね」

 

「あらあら……大変な事になってそうね。私達は、格納庫にいたから詳しくは知らないけど……研究員と軍との銃撃戦って、何を考えてるのかしら?」

 

 命辛々逃げて来たエステルとは違い、リースティーアとフォルブリエは落ち着いている。

 

 テスト・パイロットとしては、サナリィがザンスカールの管轄になろうが、給料さえ変わらなければ問題ない。

 

 仮に襲ってきても、愛機のF90が格納庫にはあるので、逃げる事だって出来る。

 

 腕に自信のある2人は逃げるだけなら問題ないと考えていた為、危機感も緊張感もない。

 

「ところで、なんで銃撃戦なんかしてるんだ? リースティーアの言うとおり、研究員とプロじゃ相手にならんだろ?」

 

「だから、圧されてるって言ってんだろうが! ベスパって奴らの目的は、どうやらミノフスキー・ドライブらしい。その研究資料と、携わっていた研究員に用があるらしいが……」

 

 ミノフスキー・ドライブ……テスト・パイロットであれば一度は聞いた事があるし、使ってみたい代物ではある。

 

「成るほどね……しかし、ミノフスキー・ドライブ付けると、機体バランスがメチャクチャ悪くなるんだろ? そんな物を奪いに来るって、物好きだな」

 

「あんた、頭にウジでも湧いてるんじゃないか? まだ完成してない技術だから、新興国が独占したいんだろうが! 兵器としてな」

 

 エステルは呆れた顔でフォルブリエを見て、話が終わった後に大きく溜息を吐いた。

 

「あら、フォルブリエの頭の悪さは置いといて、私達の身の振り方も考えておいた方が良さそうね。そのベスパってのに協力するか、ここから逃げるか……」

 

「そうだが、俺達がベスパに協力するって言って、連中は信用するかね? 問答無用で撃ってくるだろ」

 

 フォルブリエは1人で逃げるかのような勢いで、防御に特化した装甲の厚いF90のコクピットに乗り込む。

 

「あらあら……ですってよ? エステルさんは、どうします?」

 

「どうって……あんた達は、研究員達を見捨てて逃げるのか?」

 

 リースティーアは長い髪を束ねながら、エステルを不思議そうに見る。

 

「あらあら、エステルさんも頭悪そうですよ。研究員さん達を助けに行っても、ここで待っても、状況は悪くなるだけ……生身の身体で戦っても、自分が死んで終わりです。まして、相手は白兵戦の訓練を受けてるプロなんですから……」

 

「いや、まぁ……そうなんだけど……格納庫まで逃げ切れる研究員もいるかもしれないだろ? その時に、助ける奴がいないと報われない……」

 

 エステルの真剣な言葉を聞いて、リースティーアは苦笑いを浮かべた。

 

「あら……そうね。エステルさん、壁にマシンガンがあるのと、技術者の中にはモビルスーツが動かせる人も何人かいる。格納庫にあるジェムズガンは、直ぐに起動できるようにしておくわ。それで、なんとか生き延びて下さいね」

 

 リースティーアは壁に付いている装置を操作した後、自らの愛機である射撃特化型のF90に乗り込む。

 

「あのババァ、連れてかなくていいのか? ここも、もう少ししたら制圧されるぞ」

 

「あら……頭にウジが湧いてる割には、優しいのね。無理矢理連れて行っても、あのタイプは面倒臭いからね……仕方ないわ……」

 

 リースティーアとフォルブリエは、エステルを置いて格納庫を離れる。

 

「おいおい……早速、連邦のジェムズガンが1機喰われてるぜ! 大した損傷は無さそうだが……って奴ら、パイロットを外に出して殴ってやがる!」

 

「あらあら……ギロチンを使うだけあって、野蛮な国民性なのかしら? けど、戦場でモビルスーツを下りるなんて、平和ボケしすぎね!」

 

 パイロットのいないラングに、リースティーアの乗るF90の放つビームが次々に突き刺さっていく。

 

 異変に気付いたベスパのパイロット達は逃げようとするが、フォルブリエのF90にアッサリ捕捉される。

 

「野蛮な奴らには、野蛮な方法で消えてもらう!」

 

 F90の振るビームサーベルが、ベスパのパイロット達を焼き消していく。

 

「連邦のパイロット……こっちも急いでいるんでね……悪いが置いていくぞ」

 

「あら……フォルブリエ、こっちに向かってる友軍機があるケド……これって、どう思う?」

 

 リースティーアの言葉でモニターを確認したフォルブリエは、背筋が凍る気がした。

 

「こりゃ……俺達以外のテスト・パイロットだろうな……ザンスカールに尻尾を振った奴らってコトだろ?」

 

「あら、やっぱり……今の見る前なら、ベスパでも別にいいかと思ってたけど……」

 

 フォルブリエも、リースティーアの言葉に同意であった。

 

 だとすれば……

 

「やれるだけ、やるか……」

 

 意を決したフォルブリエは、向かって来る同僚達に刃を向けた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者11

「さーて、どうするかな? ベスパってのに入隊してもいいし、サナリィでテスト・パイロットを続けてもいい……あのイエローのジャケットはダサイが、金は貰えそうだしな……」

 

 プロシュエールは独り言をブツブツと言いながら、手を後頭部に回して歩いていた。

 

 どうやら、既にサナリィはベスパ……ザンスカール帝国の部隊に制圧され始めているようだ。

 

 テスト・パイロットはサナリィに雇われているだけ……なので、どうとでもなる。

 

 プロシュエールは楽観的に、今後の事を考えていた。

 

 しかし何があるか分からない御時世だから、モビルスーツを1機は確保しておきたい。

 

 そう考えたプロシュエールは、研究所の2階に位置する格納庫に足を向けていた。

 

 テスト・パイロット達が使っていたモビルスーツは、ほぼ2階の格納庫に収容されている。

 

 フォルブリエとリースティーアの機体だけ整備の為に1階の格納庫にあった。

 

 その為、フォルブリエとリースティーアは、他のテスト・パイロットと離れて作業をしていたのだ。

 

「しかしなぁ……この中、騒がしいよなぁ……面倒な事になってるなら、入らないって手もあるぞ」

 

 格納庫の中から伝わる喧騒を感じ、プロシュエールは格納庫の扉の前で考え込む。

 

 普段より、明らかに騒がしい……巻き込まれたら、今後の身の振り方の選択は出来なくなる可能性が高い。

 

 だが……外は、ベスパのモビルスーツと連邦のモビルスーツが激突している区域もある。

 

 モビルスーツ無しで出歩くのは、危険な状況でもあった。

 

「仕方なし……誰とも話さず、モビルスーツだけ貰ってトンズラするか……」

 

 プロシュエールは、意を決して格納庫の扉を開く。

 

 そこで、言葉を失った。

 

 格納庫の中は複数の同じ顔の女性に占拠され、抵抗したのだろうか……知っている顔の遺体も、何体か床に転がっている。

 

「なんだ……こりゃ? って……お前ら、ちょっと待て! オレはテスト・パイロットをしているだけで、リガ・ミリティアでも連邦でもない! あんた達の敵ではないんだ! だから、銃を下ろしてくれ!」

 

 手を頭の上に挙げ、同じ顔をした無表情の女性の顔と、自分に向けられている銃口を交互に見ながら、プロシュエールは後退りをした。

 

「伏せて! その子達に、説得は通じないわっ!」

 

 プロシュエールは背後から女性の声を聞いた……その直後、頭を掴まれ頭が床に叩きつけられる。

 

 その瞬間、プロシュエールの身体があった場所に、銃弾の雨が降り注いだ。

 

「まじか……って、あんたも同じ顔しているな……」

 

「今は、頭を低くして動かないで下さい。彼女達は、精密な動きは出来ません。物陰にさえ隠れていれば……」

 

 プロシュエールを床に叩きつけた女性は、確かに銃を持って格納庫を占拠している女性達と顔は同じ……だが表情もあって、その柔らかい雰囲気に安堵感すら感じる。

 

「あいつ達と、あんたは……何者なんだ?」

 

「あの子達は……いえ、私も……クローンです。私だけが感情を持つ事を許されて……この部隊を指揮していたのですが……もう……」

 

 戦場では、なかなか聞けない柔らかい口調……その女性の優しさが伝わって来た。

 

 かなりの重要機密であろう事を、見ず知らずの自分に教えてしまっている……自分と同じ顔をした人間が殺戮する姿は、見ていられなかったのかもしれない。

 

 その事で、精神的に追い詰められているのではないか? と、プロシュエールは感じた。

 

「このままオレを助けて作戦を放棄したら、あんたの立場はヤバイんじゃないか?」

 

「そう……ですね……でも、私はもぅ……死んでしまいたい……」

 

 その言葉で、プロシュエールは確信した……この女性は、このままでは死を選ぶだろう。

 

 今、命を助けられたからか……その女性が美しかったからか……プロシュエールは、何故か守りたいと思った。

 

「通信機は、持ってるか?」

 

「はい……サナリィを制圧したら、連絡をする事になってます」

 

 プロシュエールは頷くと、自分のモビルスーツ……リゼル改を視界に入れる。

 

「あのモビルスーツを取って来る……いや、F90も1機残ってんな……ありゃ、リファリアって奴のか? 腕の悪いパイロットが使うより、オレが使った方がいいか……」

 

 プロシュエールは呟くと、直ぐに行動を開始した。

 

 物陰を這って行けば、なんとかリゼル改の足元へは辿り着けそうだ。

 

 モビルスーツさえゲット出来れば、後は逃げるだけ……そして、プロシュエールは決意していた。

 

 あの女性を守って戦う事を……何故だかは分からないが、守りたいと思う。

 

 いや、決めかねていた自分の今後の道が開けたように感じ、その事を自分の使命だと思いたかったのかもしれない。

 

 女性と共にリガ・ミリティアに参加し、ザンスカール帝国のスパイとして活動する……サナリィのテスト・パイロットと結託し、上手く潜入できた事にすれば、ザンスカール帝国に戻らなくて済むだろう。

 

「顔がニヤけているぞ。これだけの銃声の中、よくも変な妄想が出来るな……まぁいい、早く乗れ!」

 

 考え事をしている間に、リゼル改の足元に到達したプロシュエールは、上からの声に驚いた。

 

「てめぇ……人の機体で何やってんだ?」

 

「モデファイしといてやったんだよ。この状況、使えるモビルスーツは、1機でも欲しい。プロシュエール……だったな? 君は格闘戦に特化しているのだろう?」

 

 リゼル改のコクピットから頭を出した男……リファリアはリゼル改を動かすと、プロシュエールをその手に乗せる。

 

「このまま、代わってくれ。そして、オレをF90のコクピットまで送ってくれ」

 

「ちっ、一体何なんだよ……」

 

 そう言いながらも、プロシュエールは隠れている女性が気になっていた為、リゼル改のコクピットに滑り込むとリファリアをF90のコクピットまで運ぶ。

 

「よし……恐らく、サナリィはザンスカール帝国に完全に接収される。君も、自分の身の振り方を考えた方がいい。まぁ、これからザンスカールに入隊するのは難しいかもしれんがな……」

 

 リファリアはF90のコクピットに座ると、キャノピーを閉じる。

 

「先に行く。リゼル改の調整が気に入ったら、付いて来てくれ。私1人で切り抜けるのは骨が折れそうなんでな……」

 

「ああ……あんたがザンスカール帝国に刃向かうなら、無条件で付いて行ってやるよ。直ぐに追い付く」

 

 リファリアは頷くと、F90を格納庫から飛び出させた。

 

 F90のバーニアの光を目で追いながら、プロシュエールはリゼル改を隠れている女性の元へ移動させる。

 

「無事か? 狭いが、とりあえずコクピットに入ってくれ」

 

「いえ……私が付いて行っては、迷惑がかかります。行って下さい」

 

 プロシュエールは首を横に振ると、激しくなる銃弾から女性を守るようにリゼル改を深く屈ませた。

 

「ここで死にたいのか? 自分のやってた事が許せないなら、オレを利用してでも逃げろ! 早く、リゼルの手に乗れ!」

 

 プロシュエールの大きな声にビクッとした女性は、思わず差し出されていたモビルスーツの手に飛び乗ってしまう。

 

「よし……行くぞ! とりあえず、目を閉じてろ! コイツ達には悪いが、殲滅しなくちゃマズイんでね」

 

 コクピットに女性を移すと、プロシュエールはリゼル改を飛行モードに変形させ、ビーム・トンファーを展開する。

 

 そして、低空を飛びながらクローン達をビームの刃で焼いていく。

 

「これで、テスト・パイロットに拉致られたって言っても信じてもらえるだろ! しかし……この機体、本当にリゼルか? F90より動く気がするぜ!」

 

 サナリィの格納庫から飛び出したリゼル改は、先行していたF90に追い付いた。

 

「遅かったな……」

 

「悪い、野暮用があってね。それよりも、このモビルスーツ……とんでもなく良くなっているが、何をしたんだ?」

 

 高ぶっている気持ちが抑え切れないような、プロシュエールの興奮している声を聞いて、リファリアはため息をつく。

 

「オレがお前の事の癖を理解して、時間をかけて調整すれば、もっと良くなる。そんな事より、前方にモビルスーツが2機……」

 

「F90タイプか……サナリィを制圧する為に、サナリィ所属のテスト・パイロットを使ってんのか? くそっ!」

 

 リファリアとプロシュエールは、気持ちを整える。

 

「指揮能力を特化したF90と格闘特化のリゼル改で、あの2機に勝てるのか……」

 

「よりにもよって、うちのトップ・パイロットか……だが、やるしかねぇ! オレには、それしか道は無いんだ!」

 

 何故、プロシュエールは自分の為にそこまで……

 

 女性は心配そうな顔で、プロシュエールを見詰めていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者12

「撃ってきた! コロニーの中で平気でビーム兵器を使うって事は、リースティーアか?」

 

「ああ……射撃のエース。それに、あのF90はL型のミッションパックを装備している。距離を詰めないと、一方的に叩かれるぞ!」

 

 リゼル改とリファリアのF90は、エネルギーを絶妙にコントロールされたビームを辛くも躱し、距離を詰めようとする……が……

 

「今度は、ミサイルかよ!」

 

「S型のクルージング・ミサイルだ! くそっ、やはりフォルブリエも一緒かっ!」

 

 モビルスーツの形態情報を認識し誘導してくるミサイルは、破壊しない限り追ってくる。

 

「ちっ、どうにもならねぇ! とりあえず、迎撃するぞっ!」

 

 プロシュエールは、リゼル改を向かってくるクルージング・ミサイルに向け、ビームを放つ。

 

「ダメだっ! L型から視線を離したら……」

 

 リファリアの言葉が終わらぬうちに、ビーム・キャノンを内蔵するシールドを装備した左腕が落とされた。

 

 F90Lタイプのロングレンジ・ライフルから放たれたビームが、リゼル改の左肩を貫通し、破壊したのだ。

 

「なんて奴だっ! こうもピンポイントに、ビームが当てれるモノなのか!」

 

「くっ……どうであっても、前に進むしかない! L型に背中を向けたら、背後から貫かれる……」

 

 リファリアは、後退する危険を感じとっていた。

 

 下がったところで、加速性能も相手の方が上……

 

 ロングレンジ・ライフルの射程外に出るまでに、確実にビームの餌食になってしまう。

 

「あら……後退しないのね。意外と頭の良い連中なのかも……蜂の巣に出来ると思ったのに……」

 

「確かに……下がってくれりゃ、楽だったんだがな……」

 

 そこまで言って、フォルブリエは首を傾げた。

 

「いや……だがよ……このまま戦えば、確実に俺達が勝つ。奴らが、命懸けでザンスカールだかベスパの為に戦うかね?」

 

「あら、そうね。最初から機体性能のハンデがある上に、腕も差がある。私達と戦うのに、性能の劣ってる機体で、数も同数で戦うなんて不思議ね……」

 

 サナリィのテスト・パイロットの中で、リースティーアとフォルブリエを知らない者はいない。

 

 それぞれ射撃とサポートはトップクラスの腕を持っているが、総合値でも他のテスト・パイロット達を圧倒していた。

 

 同じテスト・パイロットと言っても、リースティーアとフォルブリエは新兵器を使う側、他のテスト・パイロットは、その兵器で倒される側……

 

 その為、リースティーアとフォルブリエは、他のテスト・パイロット達の事はよく知らない。

 

 だからこそ、疑問に思った。

 

 普段から2対10ぐらいで戦っていても勝てない相手に、2機で勝てる筈もない。

 

「捕まえて、話でも聞いてみるか? 俺達の知らない情報を持ってるかもれんし……」

 

「あら、そうね。でも、罠の可能性もある。慎重にいきましょう」

 

 リースティーアはロングレンジ・ライフルの弾をペイント弾に変更すると、突っ込んでくる2機のメイン・カメラに照準を合わせる。

 

「じゃあ、やりますか。慎重に……な!」

 

 フォルブリエは2連ミサイルポッドから2発のミサイルを発射すると、そのままバーニアを吹かす。

 

 クルージング・ミサイルではないが、先程の記憶が過ぎったリファリアとプロシュエールは、回避行動が大きくなる。

 

「あら……固まっててくれれば、楽なのに……まぁ、いいわ」

 

 回避行動をとって隙の出来た2機に対し、F90Lタイプから放たれたペイント弾が、それぞれのメイン・カメラに直撃した。

 

「くっ! ペイント弾だとっ!」

 

「プロシュエール、パニックになるなっ! 寧ろ、話し合いが出来る場を与えられたのだからな……」

 

 この状況でのペイント弾……リファリアは助かったと感じていたが、プロシュエールは焦る。

 

 得体の知れない女性を、コクピットに乗せているのだから……

 

 その女性は、プロシュエールの目を見て頷く。

 

「リースティーアとフォルブリエが、話の分かる奴なら良いんだがな……それと、リファリアっ野郎も信用出来ない。あの時、クローンの顔を見られていたら……」

 

 しかし、最早どうにもならない。

 

 メイン・カメラを潰されて、画質の落ちたサブ・カメラで戦う事は困難である。

 

「あんた、名前は?」

 

「私……私達クローンは、名前はありません。感情を持った私だけがオリジナル・カネーシャと呼ばれていましたが、後はカネーシャ・タイプと……」

 

 それを聞いたプロシュエールは、ロケット・ペンダントの中の写真を思わず見ていた。

 

「クレナ……クレナの名前を貰ってやってくれないか? 宇宙海賊をやっていた頃、生き別れになった恋人の名前なんだ……今は、それしか思いつかん。名前が無いと、余計に怪しまれるしな……」

 

「クレナ……クレナ・カネーシャですか……良いのですか、そんな大切な人の名前を頂いても……」

 

 プロシュエールは何も言わずに頷き、F90Sタイプの放った電子ネットにリゼル改を委ねた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者13

「まぁ、話は分かった。あんた達が、ザンスカールに尻尾を振ってない事も信じよう。だが、その女……民間人にしては妙だな。何故ノーマル・スーツを着ている?」

 

「フォルブリエさんよ……彼女がベスパのパイロットだって言いたいのか? だとしたら、格納庫にあったモビルスーツを1機拝借して使わせてるぜ。ただでさえ、戦力が少ないんだ。猫の手だって借りたい状況だぞ?」

 

 モビルスーツを電子ネットに捕らえられたプロシュエール達は、両手首を合わせるようにテープで巻かれている。

 

 その状況下でもプロシュエールは必死に説得を試みるが、フォルブリエもリースティーアも不信感を募らせながら、カネーシャ・タイプ……クレナの事を観察するような視線を向けた。

 

「疑う気持ちも分かるが、彼女はモビルスーツも武器も持って無い。裏切ったところで、何も出来やしないんだ!」

 

 叫んだプロシュエールの肩に、クレナは縛られた手を優しく添える。

 

「プロシュエールさん……ありがとう。でも、本当の事を言うわ。私は、昔プロシュエールさんと宇宙海賊をしていました。海賊としての作戦行動中に、カガチの乗る宇宙船を襲った事があって……その時に、私はガチ党に拉致されてしまったのです。それからザンスカールの為に働かされて、クローンまで作られてしまって……それで、サナリィ接収作戦のクローン部隊の指揮をとらされていたのです……」

 

「ちっ、やっぱりザンスカールの飼い猫かよ! 悪いが、不確定要素を持ち込んでやれる程の余裕は無いんでな……だが、楽に死なせてやる!」

 

 フォルブリエは銃口をクレナの頭部に合わせて、引き金に手を持っていく。

 

「フォルブリエ……銃を下ろしてくれ。成る程……それで合点がいった。格納庫を制圧していた女性と顔が一緒だったから、何かはあると思ったが……私も、彼女のおかげで命を救われた……と、言う事だな。私に向けられた銃口から銃弾が飛び出さなかったのは、彼女が私の前に飛び出してくれたからだ」

 

 リファリアはクレナの後ろ姿しか見ていなかった為、その時は何が起きたか分からなかった。

 

 クローン部隊の銃弾から逃れてモビルスーツに辿り着く事に必死だったリファリアは、クローン部隊に指示を出していたクレナが偶然にも自分の前に飛び出して来た為に助かったと思っていたのだ。

 

「フォルブリエにリースティーア……君達は私の事を知らないだろうが、私はテスト・パイロットを全て知っている。もちろん、プロシュエールの事もな。コイツは人助けするような奴では無いし、今日までザンスカールとの繋がりは無い筈だ。だが……彼女が昔の仲間なら、助けた事も納得がいく。どうせ、片想いしていた……とかって理由だろうがな」

 

「おいおい……これじゃ、俺が嘘を言っているみたいじゃないか。まぁ、嘘は言ったんだが……彼女は、リガ・ミリティアに保護を求めている。俺は今後の事を決めていないが、彼女と一緒にリガ・ミリティアに参加しても良いと思ってはいる」

 

 リファリアとプロシュエールの言葉を聞いて、フォルブリエは頭を掻きながら銃を下ろす。

 

「だとよ……リースティーア、どうする?」

 

「あらあら、私は最初から何も言ってないわ。確かに、彼女から敵対心の様なモノは感じない。でも……何かがある気がするわ。ただの女の勘……だけどね」

 

 普段通りのリースティーアの声を聞きながら、フォルブリエは空を仰ぐ。

 

「まぁ……ここで時間を使ってると、コッチが不利になってくだけか……だが、完全に信用する訳にもいかねぇ……その女は、縛った状態でリースティーアのコクピットに入ってもらう。普通に戦えば、あんたより生存率は高い。文句は無いな?」

 

「人質……と、言う訳か。賢明な判断だな。お互い信用出来なくても、背中を預けられる。どっちにしても、あのまま戦っていたら我々はここで墜とされていた。条件は全て飲むよ」

 

 リファリアの発言に納得のいかない表情で声を荒げようとしたプロシュエールは、その行動をクレナに遮れた。

 

「分かりました。リースティーアさん、宜しくお願い致します」

 

「あら、聞き分けの良い娘ね。あなた、名前は?」

 

 作った笑顔を向けるリースティーアに、クレナは満面の笑顔を向ける。

 

「クレナ……クレナ・カネーシャと申します」

 

「あら、そう。とても、海賊なんて出来る顔立ちじゃないね……ま、女は化けれるから、何とも言えないケド……」

 

 作り笑いをしながら口元を緩ませたリースティーアは、フォルブリエの肩を軽く叩いた後にコクピットに足を向けた。

 

「で……他のテスト・パイロットはどうなった? 全員ザンスカールに付いて行った訳じゃないんだろ?」

 

「ああ……抵抗した奴らは、全員クローン部隊に殺されたよ。サナリィのモビルスーツは、全て敵だと思った方がいい」

 

 やれやれ……と、フォルブリエは再び後頭部を掻く。

 

「アナハイムから技術提供の為に借り受けてるリゼル改と、F90が3機はここにある。ザンスカールに持ってかれたのは、GキャノンとF89が2機か……」

 

「Gキャノンが何機残ってるかは分からんが、89は2機とも奪われている可能性が高い。出来る事なら宇宙で戦いたいモノだが……」

 

 ザンスカールの……ベスパのイエロー・ジャケットは、非戦闘員の研究者達も殺しているとエステルから聞いている。

 

 ザンスカールに忠誠を誓わなければ、殺される可能性は高いのだろう。

 

 そして、この場にいる者はザンスカールに矢を引こうとしている者ばかりだ。

 

「結局、2つしか選択肢が無いんだな。仲間を撃つか、ザンスカールの軍門に降るか……」

 

「ザンスカールは、野蛮過ぎる。女性のクローンやギロチンを使い、民間人ですら躊躇わずに殺してくる。とても同じ釜の飯を食べる気にはなれんな」

 

 フォルブリエが呟いた言葉に、リファリアは首を横に振って答えた。

 

「あらあら……男同士仲良くなるのは良いんだけど、モビルスーツをセンサーが捉えたわ。こちらがやる気無くても、あちらはやる気みたいよ」

 

 リースティーアの言葉に、3人はコクピットに滑り込む。

 

「3人とも、回線を開いておいてくれ。ヘキサ・システムで、通信のバックアップをする。4機とも欠ける事無く、逃げ切るぞ!」

 

 リファリアのF90は通信機能に特化しており、ガンダムの角は無く、耳がエルフのように幅広く尖んがっている。

 

 その耳……ヘキサ・システムで、指揮を円滑にとる事が可能だ。

 

「じゃあ、やるか。逃げる……といっても、どこまで逃げるか知らんがな……」

 

 F90とリゼル改は、戦闘モードへと移行していった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者14

「どうでもいいが、メイン・カメラがペイント弾でやられちまってる。これで戦えってのかよ!」

 

「プロシュエール、文句を言うな。リースティーアがペイント弾を使ってくれたから、我々は生きていられる……来たぞ! プロシュエールは変形して上空へ! フォルブリエはサポートを頼む!」

 

 リファリアの言葉が終わる前に、フォルブリエの機体は前衛に出ている。

 

「あらあら……まぁ、私を活かすなら、この戦術しかないわよねぇ……お嬢さん、ちょっとの間ジッとしててね」

 

 リースティーアのF90Lタイプは、ロングレンジ・ライフルを構えて、近付いてくるモビルスーツ部隊に照準を合わせた。

 

「やはり、F89とGキャノンの混成部隊だ! 20機はいるぞ!」

 

「あらあら……Gキャノンがノーマル・タイプなら問題ないけど……換装した機体が数機混じってそうね」

 

 フォルブリエとリースティーアの声が、リファリアのF90のコクピットに響く。

 

「相手は何であれ、2機で戦っているように見せかけてくれ! 奇襲で相手を撹乱する。機動力では、こちが上だ!」

 

 リファリアの通信を聞きながら、フォルブリエはモニターを確認する。

 

「ナイトハルト・エバンスが部隊を仕切ってんのか? それとも、別の野郎が機体を乗っ取ってんのか……」

 

「あら……傭兵出身のエバンスさんねぇ……だとしたら、コロニーに穴を開けられかねないわ。敵を倒すのに、犠牲を厭わない人だからね」

 

 ナイトハルト・エバンス……サナリィに来る前は傭兵として戦場を転々ときていた人物だ。

 

 サナリィではF89のテスト・パイロットとして、リースティーア達とは何度も模擬戦を行っている。

 

 部隊を勝たせる事に長けた人物であり、勝たせる為ならどんな手でも使う。

 

 それが、卑怯でも非人道的であろうとも……だ。

 

「エバンスか……奴の部隊なら、金でザンスカールに付いても不思議じゃない。それに……」

 

 敵、味方の確認なく撃ってくる……リファリアがそう言おうとした矢先、早速仕掛けてきた。

 

「ちっ、野郎……相手が俺達だと分かってて、先制してきやがった! だがなっ!」

 

 フォルブリエの操るF90Sタイプに放たれたビームは、尽くメガ・ビームシールドに弾かれる。

 

「残念だが、コッチのSタイプは特別製だ! 貧弱な火器じゃ、相手にならんぞ!」

 

 ミサイルで牽制しながら、エバンスの部隊に接近しようとするフォルブリエだったが、うまく距離をとりながら攻撃をしてくる。

 

「戦い方を分かってやがるな……リースティーアの射撃が届かない距離を保つか……」

 

「フォルブリエ、大丈夫だ。プロシュエール、ジャミングカット! 仕掛けるぞ!」

 

 リファリアの指示で上空からリゼル改がGキャノンにビームを放ち、エバンスの部隊が一瞬混乱する。

 

 その隙に乗じてリファリアのF90も、ジャミングをカットしてエバンスの部隊の横っ腹へビームを撃ち込む。

 

「このチマチマした作戦、敵の指揮をとってるのはリファリアだな。このコロニーは、我々にはもはや用は無い。貴様ら、遠慮なくぶっ放せ!」

 

 エバンスの野太い声に呼応して、Gキャノンが1機……射撃の姿勢をとる。

 

「ヴェスバーだ! コロニーの中で、そんな高火力のビームをっ!」

 

「あらあら、でも相手が悪いわ……止まって撃ってくるビームに合わせるなんて、造作も無いわ。フォルブリエ、避けてよ」

 

 リファリアの焦りも何のその……ヴェスバーのスピードに合わせてF90Lタイプのロングレンジ・ライフルからビームが放たれる。

 

 高出力のビームとビームが重なり合い、光の飛沫を舞ながら消滅した。

 

「リースティーアか……厄介な奴も混じってるな」

 

「隊長! 同僚を倒して、ザンスカールから金貰えんのか? 無駄に命を懸けたくないんだが?」

 

 敵にリースティーアとフォルブリエがいる……サナリィ所属のテスト・パイロットなら、戦いたくない相手である。

 

「あん? てめぇら、怖気づいたのか? リースティーアだろうが、フォルブリエだろうが、戦場で敵として会ったら倒すだけだろうが! コイツらをリガ・ミリティアの部隊と合流させなけりゃ、金なんて欲しいだけ貰えんだろ! なぁ?」

 

 エバンスの言葉に無表情で頷いた女性は、搭乗しているF89のビームライフルをリゼル改に合わせた。

 

「けっ! メインカメラと左腕を失っていても、貴様らに倒される程弱っちゃいねーんだよ!」

 

 F89から放たれるビームをモビルスーツ形態に変形しながら躱すと、不用意にマシンキャノンを撃ってきたGキャノンのコクピットにビーム・トンファーを突き刺す。

 

 その間にもF90Lタイプから放たれるビームが、足の止まったエバンス隊のGキャノンのコクピットに面白いように突き刺っていく。

 

「リースティーアさん……気を付けて下さい。何か、嫌な予感がする……」

 

「あら……意外とアッサリ片付きそうよ。全滅させちゃえば、嫌な予感とやらも当たりようが無いでしょ?」

 

 クレナと話ながらも、リースティーアの射撃は止まらない。

 

 エバンス隊に吸収されながら戦うプロシュエールとリファリアの機体に当てないようにしながら、更にGキャノンのコクピットだけを貫いていく。

 

「リースティーア、躊躇いねぇな。一応、テスト・パイロット時代は同僚だったんだろうに……ま、戦士なら情けをかけるとしっぺ返しが来る事は当然知っているか……」

 

 エバンスは部隊を後退させながら、時を待っていた。

 

「プロシュエール、このまま押し込め! エバンスの部隊を崩壊させて、そのままリガ・ミリティアの部隊と合流する!」

 

 気付かれないようにリファリアの機体にワイヤーを伸ばしていたエバンスは、コクピットでほくそ笑む。

 

「頃合いだ……やってくれ!」

 

 相変わらず無表情で頷いた女性は、F89で近くにいたGキャノンに発砲する。

 

「何だ? うわぁぁぁぁ!」

 

 突然の味方機の裏切りに、為す術なく墜とされるGキャノン。

 

 その牙は、エバンスのF89にも及ぶ。

 

 ビームサーベルがF89の頭を焼き、更にコクピットを蹴り飛ばす。

 

「ぐおっ! クローンがっ……やり過ぎだ! だが、これでいい」

 

 エバンスと僅かに残ったGキャノンは、女性の乗ったF89を残して後退していく。

 

 残されたリファリア達も、混乱していた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者15

「で……なかなか不思議な編成になったモンだな。裏切り者が1人追加だ」

 

「クレナは裏切り者じゃねぇよ! 利用されてたって言ってんだろっ!」

 

 フォルブリエの言葉に、プロシュエールが食ってかかる。

 

「あらあら……あんな男に好かれるなんて、あなたも大変ね。それで、これからどうするの? リガ・ミリティアの部隊に当てでもあるのかしら?」

 

「ザンスカール帝国の式典様の戦艦をサナリィで造っているという噂……聞いた事は無いか? それを餌にしたら、大物が引っ掛かってくれたよ。リガ・ミリティアのトップ、ジン・ジャハナムだ」

 

 リファリアの言葉に、全員が言葉を失う。

 

「用意周到すぎるな……貴様、何を考えている? 俺達も餌にして、リガ・ミリティア内での地位を約束させるつもりか?」

 

「馬鹿な事を言うな。その気なら、このタイミングで話をしないさ。地位を約束させると言うなら、ここにいる全員の地位を約束させる必要がある。その為の戦艦の情報だ。リガ・ミリティアでも、利用される立場なら意味が無い。俺達が主導権を握って、この世界を変えるんだ」

 

 ビームライフルをリファリア機のコクピットに合わせていたフォルブリエは、その話の内容に頭を抱えた。

 

「ちくしょう! 俺は、楽して稼ぎたい人間なんだっ! 結局、ハメられたぜ!」

 

「あら、私は賛成だけどね。楽しそうじゃない?」

 

 笑い声と溜息が入り混じる中、武装を全て取り上げられたF89のコクピットで、照準の微調整を行う女性のパイロットの姿があった……

 

 

「見えた……あそこだな!」

 

 純白のモビルスーツを視界に捉え、プロシュエールはリゼル改をモビルスーツ形態に戻す。

 

「あら……綺麗な機体ね……あんなモビルスーツ、見たことないわ」

 

「LM11E01ガンダム・イージ。俺がリガ・ミリティアに提供した機体だ。アイツをベースに、リガ・ミリティアの秘密基地で量産機の開発が進められている筈さ。アナハイムの連中は、サナリィの技術を嫌がるかもしれないが……そんな事は言ってられんだろうしな」

 

 リファリアは、そう言うとガンダム・イージの横にF90を着地させる。

 

 F90より一回り小さいガンダム・イージは、まるで子供のように見えた。

 

「ほぅ……ジン・ジャハナム直々に来て頂けるとは……光栄だね」

 

「なに……アンタには、随分と世話になっているからな。それに、ガンダム・タイプを5機も連れて来てくれるとは、ありがたい」

 

 素直に喜ぶジン・ジャハナムに、リファリアはバツの悪い表情を浮かべる。

 

「それが……素直に喜べない状況なんだ。ザンスカールとサナリィの裏切り者を2人連れてきている。ザンスカールのパイロットは縛っているが、サナリィの裏切り者はF89の中だ。武装は解除させてはいるが……」

 

「アンタが武装解除させたなら、間違いないだろう。それに、護衛に付けているガンダム・イージの基本性能は高い。F89に遅れをとる事はないよ」

 

 リファリアとジン・ジャハナムが会話を続けていると、続々とモビルスーツからパイロット達が降りてきた。

 

 リースティーアとクレナ、プロシュエールとフォルブリエ……

 

 F89のコクピット・ハッチも開き、中から女性のパイロットが地面に降りようとした。

 

 ヘルメットを被っている為、その表情は分からない。

 

 しかし、コクピットから降りて来た事で全員の緊張が少し解けた。

 

 その時、F89の機体がバランスを崩しガンダム・イージに寄りかかる。

 

 機動性を重視し小型にしたガンダム・イージは、パワーでは旧世代のモビルスーツに敵わない。

 

「くっ! F89のパイロット、何をしている! 素人でもあるまいに……」

 

 崩れ落ちるモビルスーツのコクピット・ハッチから伸びるワイヤーを握って降りていたパイロットは、突然上昇に転じる。

 

 素早い動きでコクピットに収まると、ガンダム・イージを抑え込む。

 

「おいおい……こんなトコで暴れるって、何を考えているんだ。いや……エバンスの部下は頭の悪い奴が多かったしな……こんなのがいても、おかしくないか……」

 

 リゼル改に足を向け走り出そうとするプロシュエールの袖を、何かが引っ張る。

 

「なんだっ……!」

 

「プロシュエールさん……あの機体のパイロット、もしかしたら……」

 

 袖を引っ張ってきたクレナの表情を見て、プロシュエールも気付く。

 

「まさか……クローンかよ……」

 

 プロシュエールが小声で呟き、その呟きにクレナは頷いて答える。

 

「分かった……正体が晒される前に、コクピットを潰す。それしかねぇ……お前も、いざとなったら逃げろ」

 

 クレナを縛っている縄を切ってから、プロシュエールは走り出す。

 

 プロシュエールが息を切らしながらリゼル改のコクピットに辿り着いた時には、ガンダム・イージのコクピットを潰し、ビームライフルを奪って立ち上がろうとしているF89の姿が見えた。

 

「動きが早ぇっ! やれるのか?」

 

 リゼル改の放ったビームは、F89の右腕をビームライフルごと吹き飛ばす。

 

「プロシュエール、ナイスだっ! ジン・ジャハナムは逃げてくれ! この不始末は、自分達で解決する!」

 

「あらあら……面倒な事になったわね……最初の裏切り者が穏やかだった分、油断しすぎたわね。でも、武装の無いモビルスーツで私達には勝てないわ」

 

 フォルブリエとリースティーアも、モビルスーツに走る。

 

 だが……F89はモビルスーツに目もくれず、ジン・ジャハナムを狙う。

 

 腰の装甲が開き、そこからビーム・ダガーが飛びだし、F89の左手に収まる。

 

「あんな場所に、兵装のギミックは無かった筈だ! バランサーを犠牲にしているのかっ!」

 

 リファリアが叫んでいる間も、F89の動きは止まらない……

 

 無駄な動きを省いたスローイングが、ジン・ジャハナムを捉える。

 

「間に合って……」

 

 咄嗟にジン・ジャハナムを庇うように前に出たクレナは、両手を広げた。

 

 人の身体で庇える筈がない……外す筈のないビーム・ダガーは、しかしジン・ジャハナムの横に逸れる。

 

 次の瞬間には、リゼル改のビーム・トンファーがF89のコクピットを貫いていた。

 

 自分のクローンならば、波長を合わせる事で少しはコントロール出来る。

 

 クレナはF89のコクピットにいた自らのクローンに同期し、その身体をコントロールした。

 

 その結果、ジン・ジャハナムを守ったのだ。

 

「クレナ、大丈夫か?」

 

 走って駆け寄ったプロシュエールに笑顔を向けたクレナだったが、頭に少し違和感を感じていた。

 

 同期した時に流れ込んできた……何やら嫌な感じのモノ……

 

 一瞬陰った表情を見逃さなかったプロシュエールは、その身体を抱きしめていた。

 

 

 その後、廃棄されたサナリィの研究所をカモフラージュに、戦艦を守る為のリガ・ミリティアの基地が作られる。

 

 リファリア達サナリィのテスト・パイロットは、サナリィ基地でパイロットの任が与えられ、クレナは素性が不明過ぎる為に離れた地球へと送られる事となった。

 

 そしてリファリアは約束通り、リースティーア達にテスト・パイロットではなく、部隊のエースとしての役割を与える事になる。

 

 F90をアップグレードさせながら、常にパイロット達が生き残る可能性の高い戦術を練り続けた。

 

 リファリアの才能は、ここで大きく開花する。

 

 サナリィでは、意見を言う度に開発者達に嫌な顔をされていた……テスト・パイロットのクセに……と。

 

 しかしリガ・ミリティアの基地では、自分のやりたいように兵器を開発し、ついにミノフスキー・ドライブの余剰エネルギーの排出方法を見つける。

 

 いや、性格にはリファリアは言い続けて……そして、馬鹿にされ続けていた。

 

 荷電粒子の余剰エネルギーを武器として流用する事……

 

 余剰エネルギーは、ミノフスキー粒子の立体格子構造が崩れる事……そこが研究者達の悩み所であった。

 

 余剰エネルギーを排出する機構は、どうしても大きくなってしまい、著しく機体バランスを崩してしまう。

 

 サナリィでミノフスキー・ドライブ搭載機の試験を何度か行った事があったが、それは酷いモノだった……

 

 余剰粒子を放出する機構が長過ぎる為に、とても戦闘に耐えうるバランスの機体では無い……

 

 パイロットの負荷は関係ない……ミノフスキー・ドライブの推進力のみのデータで一喜一憂する研究者達。

 

 リファリアはF90Wでテストし、常に悩んでいた。

 

 パイロットに負荷の少ない機体にするには、どうすればよいか……

 

 その姿は、リースティーアに信頼をもたらした。

 

 パイロットの事を無視して開発する研究者とは違う……パイロットの事を考えて、パイロットの生存率を上げる為の開発をするリファリアの事を、いつしかリースティーアは目で追っていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者16

「リースティーア、何をボーッとしているんだ? 敵地のど真ん中なんだ……しっかりしてくれよ!」

 

 ヘレンの声で我に返ったリースティーアは、黒いマグナ・マーレイの姿を無意識に目で追っていた。

 

「あら……ごめんなさい。少し、サナリィでの事を思い出してしまっていたわ……もう大丈夫」

 

「全機、ここからが正念場だぞ! レシェフ部隊に風穴を開けて、ビッグ・キャノンに取り付く。フォーメーションを立て直すぞ!」

 

 リースティーアはオリファーの大声によって、意識は完全にクリアになり、戦況を確かめる。

 

 シュラク隊は、前方のレシェフ隊に突入する為に隊列を整えていた。

 

 そのシュラク隊と改良されたリグ・グリフの間に入ったマデアのザンスバイン。

 

 そして、タイタニア・リッテンフリッカと対峙するリファリアのマグナ・マーレイ・ツヴァイ。

 

 白いモビルスーツ……タイタニア・リッテンフリッカとマグナ・マーレイ・ツヴァイでは、性能に差があり過ぎる……リースティーアは、F96アマネセルで援護に向かおうとした。

 

「リースティーア、来るな。こいつは、私が抑える。レシェフも強敵だが、カイラスギリーまでの道を作ってくれ」

 

「頼むぜ、リガ・ミリティアのエース部隊。後ろの事は、気にせず戦え! 前だけに集中するんだ!」

 

 敵だか味方だかすら分からない、その2機の後ろ姿に、ジュンコとリースティーアは頼もしさを感じてしまう。

 

「まったく……嫌になるね。得体の知れないモビルスーツに、背中を預けなきゃいけないなんてさっ!」

 

「あら……でも、何故か安心感があるわ……あの2機なら、なんとかしてくれるかもしれない……って。ね、リファリア……」 

 

 ジュンコの言葉に少し笑いながら……リースティーアはマグナ・マーレイの……リファリアの背中を名残惜しそうに見ながらも、F96アマネセルをオリファー機の後方に付ける。

 

 シュラク隊は、オリファーのガンイージを先頭にレシェフ部隊に飛び込んで行く。

 

「おいおい、お仲間が離れて行くぞ……ま、私はアンタを倒せと命令を受けてるだけだからね……好都合だよ!」

 

 紫色の髪に大きな鈴……妖艶な雰囲気の女性は、紫色の口紅の上から唇を舐める。

 

 ファラ・グリフォン……アーシィ・ベースのクローン、グリフォン・タイプ4人目の成功者。

 

 気性は荒く、性格も歪んでいる。

 

 しかしパイロットとしての能力は異様に高く、サイコミュ増幅装置による増幅値を上乗せすると、オリジナルのアーシィを上回る程のニュータイプ能力を発揮した。

 

 後にザンネック・キャノンと呼ばれる高出力ビーム・キャノンをバランスの悪い機体で射撃出来る事で、その能力値の高さを証明している。

 

「バランスの悪い機体でオレと戦う……嘗められたモノだな! リファリア、リグ・グリフはタシロ艦隊から出ている筈だ」

 

「分かっている。レシェフと連携出来るのは、白いヤツだけだ。リグ・グリフは、高出力ビームだけ気をつければいい。だが、シュラク隊が固まっている所に撃たれるとマズイ。先に墜とした方がいい」

 

 マデアは頷くとMDUを展開し、その翼に火を入れた。

 

「ザンスバインとミノフスキー・ドライブ相手に、大味な武装では捉えられんぞ!」

 

 MDUを展開したザンスバインの動きは、例えニュータイプであろうと捉えられるスピードではない。

 

「ふふ……スピードで勝てないなんて、百も承知なんだよ。けどね、この鈴が私の頭に敵の姿をイメージさせてくれる……心眼の前に、スピードが意味の無いモノだと分からせてやる!」

 

 リグ・グリフから展開されたインコムから、ビームが放たれる。

 

 インコムから放たれるビームが、ザンスバインの動きの先に置かれていく。

 

「このパイロット……オレの動きが読めるのか? しかし、火力不足だ!」

 

 マントのように展開されるビームシールドによって、ザンスバインに向かってくるビームは全て弾かれる。

 

「墜ちろっ!」

 

 高速の動きの中で、ビームサーベルが光の羽を作り出す。

 

 リグ・グリフのコクピットを斬り裂いた……そう思ったが、光の羽はコクピットの上を浅く斬っただけで通り過ぎる。

 

「イメージ出来ると、言っているだろ! 全員、纏めて地獄に行きな!」

 

 リグ・グリフがボレアス・キャノンを、ザンスバインとその後方に見えるシュラク隊とレシェフ隊を照準に捉えた。

 

「なっ……味方ごと撃つつもりか!」

 

「タシロの奴! リガ・ミリティアを討てれば、何をしてもイイってクローンにプログラムでもしてんじゃないの? ふざけんなっ!」

 

 バーニアを吹かしたタイタニア・リッテンフリッカは、マグナ・マーレイ・ツヴァイの横を高速で通り越す。

 

「クローンの分際で、木星の同胞に手を出すな! 死んでろっ!」

 

「へぇ……同士撃ちをしようってのかい? 軍法会議モノだぞ?」

 

 タイタニア・リッテンフリッカが放ったビームを躱し、リグ・グリフのコクピットでファラが笑う。

 

「馬鹿にすんなー! 作り物の強化人間がっ!」

 

「味方にも敵がいるんじゃ、厄介だね。タシロ……ズガンに言って、この馬鹿を止めてくれ。リガ・ミリティアとマデアを同時に討つチャンスを失ったよ」

 

 アルテミスは、怒りの形相でリグ・グリフに襲いかかる。

 

「これは、チャンスと見るべきか? タイタニアの動きに合わせて、コチラも仕掛ける!」

 

「待て……リグ・グリフは、ザンスバインとシュラク隊を同時に撃てる場所を維持しようとしている。タイタニアを上手く使えれば楽にはなるが、リスクは冒せん」

 

 リファリアの言葉に頷くと、マデアはザンスバインを旋回させた。

 

「お子様……レシェフを狙わなければ、突っ掛かる理由も無いだろ? 離れな!」

 

「覚えときなさいよっ! リガ・ミリティアの連中を墜としたら、次はアンタを墜とす!」

 

 アルテミスの怒りの声が聞こえるが、ファラは鈴を鳴らしながら口元を緩める。

 

「はっ、やってみな。マデアやリガ・ミリティアの連中にヤられなければ、相手してやるよ」

 

 アルテミスは怒りを堪えながら、マグナ・マーレイ・ツヴァイに向けてデュアルビームガンを構えた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者17

「敵は、サイキッカーの操るモビルスーツだっ! 全機、フォローしながら戦うんだ!」

 

 ジュンコの言葉に、全員が頷いた。

 

 カイラスギリーの側面に壁のように展開するレシェフ部隊に、シュラク隊は飛び込んでいく。

 

「後方のビッグ・キャノンを、奴らは守りたい筈だ。接近戦より遠距離から攻撃するんだ!」

 

 オリファーのガンイージは、ビーム・バズーカを構え……そして撃った。

 

 狙われたレシェフは、いとも簡単にビームを躱すが、そのビームはカイラスギリーに直撃する……が、とてもダメージを与えられているように見えない。

 

「おい……オリファーさんよ。本当に遠距離攻撃でいいんだろうな? キンピカ野郎は、普通に回避してるぞ。それに、ビーム・バズーカの火力でダメージを与えられないんじゃ、遠距離からビームを当てたってビッグ・キャノンの破壊は無理だろ!」

 

「あら、ヘレンの言う通りね。近距離からビームを当てまくるか、持ってきた高性能爆弾で内側から破壊しない限り、ビッグ・キャノンは墜とせそうにないわ」

 

 ヘレンとリースティーアに指摘されたオリファーは、頭を掻きながら黙ってしまう。

 

「オリファー! しっかりしなっ! 全機、レシェフの壁を抜けて、ビッグ・キャノンを背にして戦うんだ。私とリースティーアで、ビッグ・キャノンを墜とす。フォロー、頼むよ!」

 

「くそっ! ジュンコ機とリースティーア機を守りながら、レシェフ部隊を抜けるぞ! ミノフスキー・トライブ搭載機とバタフライが追いつけば、挟み撃ちにも出来る!」

 

 ジュンコの言葉で持ち直したオリファーの指示で、ジュンコとリースティーアの機体を守るような陣形でレシェフ部隊の中央に向けてバーニアを全開にする。

 

 4機のガンイージとF96アマネセルは、しかし直ぐに足止めされてしまう。

 

 サイキッカーの能力である行動予測と空間把握で、シュラク隊を完全に囲い込む。

 

 リースティーアの射撃すら、動きを読まれて当たらない。

 

 逆に、レシェフの攻撃は装甲を掠めていく。

 

 才能溢れるシュラク隊のメンバーですら直撃を避ける事で精一杯で、前に進む事が出来ない。

 

「このままじゃ、2射目を撃たれる! 地球がザンスカールの恐怖に屈してしまう! なんとしても、止める!」

 

 ケイトのガンイージが強引に前に出て、マルチランチャーを放つ。

 

 が……ランチャーに対してもピンポイントでビームが放たれ、何も無い宙域で爆発していく。

 

 そして、ケイト機にもピンポイント射撃が放たれる。

 

「間に合わない!」

 

 ビームシールドで守ろうとするが、間に合わない……確実にコクピットを貫かれるタイミングだったが、そのビームにビームが交錯した。

 

 ビーム同士が弾かれ、そのビームがレシェフの右足に直撃する。

 

 F96アマネセルが、レシェフの放ったビームに合わせてビームを放ったのだ。

 

 リースティーアの射撃スピードは、行動予測して撃ってくるサイキッカーより遅い……しかし、その遅さも計算に入れてしまえば、射撃の腕はサイキッカー達を遥かに上回る。

 

「すまない、リースティーア。助かったよ」

 

「あら、本当よ。前に出たくなる気持ちも分かるけど、慌てたら敵の思う壷だわ。大丈夫……急がなくても、そろそろ来るわ。戦場に舞う鳥が……」

 

 F96アマネセルのサイコフレームが告げる……新たなる翼の到来を……

 

「あら……来たわね。ツインテール……ニコル、ありがとう」

 

 Iフィールドに守られながら飛んでくる2枚の羽……サイコフレームが張り込まれた羽は、F96アマネセルに向けて加速する。

 

 レシェフから放たれるビームを弾き返しながら、羽はアマネセルの上腕部に吸い込まれるように取り付く。

 

 そして羽を守っていたIフィールドは、長細い板の様な形に姿を戻し、来た道を戻る。

 

 羽を追うように飛んでくる白いモビルスーツの背中から生える長細い羽のようなパーツに、その板は突き刺さっていく。

 

「サイコミュの力でガンダムの後ろから付いて来てくれたけど、気にしながら来たから遅くなっちゃったよ! まだビッグ・キャノンも墜とせてないし……やっぱ、オレがいないとダメだね!」

 

 タブルバード・ガンダムは、一瞬で2機のレシェフをビームサーベルで戦闘不能にすると、F96アマネセルの隣に来る。

 

「あらあら……随分と言うようになったわね。でも、助かったわ。これで、何とかなりそうね!」

 

「正にダブルバードだね! このまま、あの大量虐殺兵器を破壊する! もう二度ど、あの惨劇を繰り返させちゃいけないんだ!」

 

 タブルバード・ガンダムとアマネセル・ツインテール・コード不死鳥。

 

 2機の視線は、カイラスギリーを捉えていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者18

「フェネクスのパーツを持って来たのか。私がブラスター・パッケージの参考にしたパーツだが、量産の目処が付いたか。アレが量産されれば、ガンイージの性能は飛躍的にアップする。それならば、この戦場に持ち込んだのは良い判断だな……ミューラ」

 

 F96アマネセルに装備された羽を見て、リファリアは安心して頷く。

 

 リファリアがリガ・ミリティアを離れたのも、ミューラという後継者のような人物に出会えたからだ。

 

 考え方も近いし、ミノフスキー・ドライブにも精通している。

 

 自分がいなくても、リガ・ミリティアはミノフスキー・ドライブの完成形を手に入れる事が出来るだろう。

 

 量産が可能となり、研究の必要が無くなったパーツは実戦投入する……それが、いかに貴重な物であっても、そんな事は言っていられない。

 

 そして今回の作戦には、ハイコストであっても投入する価値がある……いや、投入してでも成し遂げなければならないのだ。

 

 地球にダメージを与え、大量の死者を出すようなビームを何回も撃たせる訳にはいかない。

 

 それは、シュラク隊の面々も分かっている。

 

 リファリアの視線の先では、2機のモビルスーツが翼を広げ始めていた。

 

「飛べ……リースティーア。お前なら出来る。今、ザンスカールに楔を打ち込まなければ、一気に飲み込まれる。頼むぞ……」

 

 青き輝きを放ちながら翼を広げたアマネセルは、レシェフから放たれるビームを躱しながら加速する。

 

 その動きに、シュラク隊のガンイージは付いていけない。

 

「リースティーア、私達の事は気にするな! そのまま突っ込んで、ビッグ・キャノンを……いや、コントロール艦を破壊しろ! 鳳凰のスピードと火力なら、やれる筈だ!」

 

「あら、そうね。この機体のスピードなら、スクイードに近付ける。シュラク隊が……リファリアが……レジアが……みんなが敵のモビルスーツを引き付けていてくれるから、敵艦の護衛は少ない! 今しかないわ……デストロイモード、起動!」

 

 青き光が、更に青く……リースティーアの気持ちを乗せるように輝きを増す。

 

 リースティーアはサイコミュの増大と共に、レジアの戦っている宙域に妙なプレッシャーを感じとる。

 

「あら……嫌な感じ……ニコル、感じてる?」

 

「ああ……レジアの事だから、何とかしてくれるとは思うケド……心配だね」

 

 奇妙なプレッシャーが気になるリースティーアとニコル……それに気付いたジュンコの機体が、ダブルバード・ガンダムの前に出た。

 

「ならニコル、行って来な! レジアは何とかなっても、マヘリアとクレナは厳しいかもしれない。そのプレッシャーが何か分からないが、ニコルとダブルバードならやれるだろ?」

 

「姉さんの言う通りだ。ザンスカールは……ベスパは、アーシィやマデアのような軍人だけじゃない。非道な事をやる奴もいる。ニュータイプとして感じるなら、間違いだろ? ここは任せて、行ってくれ!」

 

 ジュンコとケイトの言葉に、ニコルは迷う。

 

 確かに、変なプレッシャーの正体は気になる。

 

 しかし、シュラク隊がレシェフに囲まれている状況は変わっていない。

 

「あら、ニコル。ここにいるメンバーは、皆プロよ。それに、私が守る……誰も死なせたりしないわ」

 

「分かった……リースティーアさん、皆を頼む! 向こうが解決したら、直ぐに戻る!」

 

 リースティーアの……アマネセルの背中には、信頼に値する逞しさがある。

 

 シュラク隊は、まだレシェフの囲みの中にいるが、半数のレシェフはアマネセルを追っている為、囲みは薄くなっていた。

 

 大丈夫……ニコルは自分に言い聞かせると、ダブルバード・ガンダムをレジア達の戦っている宙域に向けて動かし始める。

 

「あらあら……とりあえず、纏わり付いてくるレシェフを墜とさないと、スクイードを狙えないわね。時間制限もあるし、やらせてもらうわ!」

 

 リースティーアは高速でアマネセルを操りながら、ビームライフルとアームド・アーマーに内蔵されているメガキャノンでレシェフを狙う。

 

 高速で動きながらも、その射撃は正確……更にサイキッカーの先読み能力も、デストロイモードによるジャミングで使えない。

 

 それでもレシェフのパイロット達は質が高く、回避する機体もある。

 

 だが、少しずつ数は減っていく。

 

「あら……少し時間がかかったわね……でも、ようやく狙えるわ。ビームマグナムなら、戦艦だって!」

 

 射撃の邪魔をするレシェフは、あらかた片付けた。

 

 スクイードにビームマグナムを向けて狙いをつけるアマネセル。

 

 その背後に、サイキッカー能力でステルス化したレシェフが迫っていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者19

「サイキッカー達が……命が散っていく……」

 

 スクイードの艦橋でモニターを見ながら、マリアは涙を流して蹲る。

 

「女王、彼らが我々を守ってくれているのです。スペースノイドを受け入れる事を拒み、自らの保身の為に戦う……我々は、ただ自治権を認めてもらいたいだけなのに、アースノイドは戦争を仕掛けてくる……」

 

 タシロはマリアの肩に手を添えながら、モニターでレシェフが散っていく様子を見て笑う。

 

「さぁ女王、悲しみの戦争も人類の闘争心を奪えば終わります。その為のクローン計画であり、天使の輪計画です。だが、エンジェル・ハイロゥの完成には時間が必要……今は犠牲を出してでも、時間を稼ぐしかありません。エンジェル・ハイロゥが完成しなければ、この犠牲も無駄になってしまいます」

 

「中佐! 敵のモビルスーツに、艦が狙われています!」

 

 管制担当の兵の声に再びモニターに目を向けたタシロは、弾幕を張るように指示するとマリアをフリッジから居住区に繋がる通路へ誘導した。

 

「ブリッジにいては危険です。後は我々が……女王のお身体は、戦争を終わらせる為に必ず必要なのです。安全な場所で待機していて下さい」

 

 何か言いたげなマリアだったが、タシロは言われる前に扉を閉じる。

 

「さて……エバンス中隊の出撃準備は出来ているか? あの機体……全身サイコフレームなら、サイキッカー達が混乱すれば乱れる筈だ。相手の脳波を読んで動くサイキッカーは、その逆も然りだからな」

 

「はい、エバンス中隊の出撃準備は整っています。しかし、この命令で本当に良いのですか? 味方を背後から撃つなんて……」

 

 ブリッジの座席に深く座ったタシロは、口角を少し上げて笑った。

 

「なに……その為のエバンス中隊だろ? 傭兵のやる事に、我々の命令が通ってるかなぞ調べる事は出来んさ。それにカイラスギリーが破壊されては、将軍もマズイだろ? 利害の一致というヤツだ」

 

「分かりました……エバンス中隊はサイコジャマーを使用し、レシェフの背後からリガ・ミリティアのモビルスーツを叩け。その際、レシェフ破壊の有無は問わない!」

 

 指示を受けたエバンス中隊のリグ・ラングが出撃を開始する。

 

「さて……無敵のズガン艦隊の主力モビルスーツが消え、リガ・ミリティアが消え、マリアを手中に収めてしまえば、後は私の天下だな……厄介なハエの始末が残るが、まぁ些細な事だろう」

 

 タシロは、込み上げてくる笑いを抑える事が出来なかった……

 

 

「リースティーア、後ろだ!」

 

 ジュンコの声が耳に飛び込んで来て、リースティーアは慌てて後方を確認する。

 

 気配を経っていたレシェフが、アマネセル・フェネクスの背後からビームサーベルを突き立てようと迫った。

 

「あら……サイコミュの感覚に頼り過ぎたかしら? でも、このタイミングなら、アマネセルが墜とされる前にスクイードを撃てる! 私達の勝ちだわ」

 

 背後のレシェフを気にも留めず、リースティーアはビームマグナムの照準をスクイードの艦橋に合わせる。

 

 が……その決意は、レシェフとアマネセル・フェネクスの間に飛び込んで来たガンイージによって吹き飛んだ。

 

 レシェフのビームサーベルが、飛び込んで来たガンイージの首と胸部……コクピット・ブロックの上に深々と突き刺さる。

 

 リースティーアの頭に、ジュンコとレシェフのパイロットであるサイキッカーの思いが流れ込んだ。

 

「ジュンコさん! 今なら……間に合う!」

 

 ジュンコのリースティーアを守ろうとする思い……そしてガンイージのコクピットを斬り裂き、アマネセル・フェネクスへ攻撃を仕掛けようとするサイキッカーの意思……

 

 リースティーアはビームマグナムを手放し、アマネセル・フェネクスを素早く反転させると、ガンイージの胸元に突き刺さったレシェフのビームサーベルを下から支えるように自らのビームサーベルを付ける。

 

 そのままレシェフのビームサーベルを上方向……ガンイージの頭側へ押し上げると、フェネクス・パーツに装備されたメガ・キャノンを放つ。

 

 至近距離でメガ・キャノンを直撃させたアマネセル・フェネクスは、ガンイージを抱いた状態で爆発寸前のレシェフを蹴った。

 

「リースティーア、なんで助けた! 制御艦を墜とす絶好のチャンスを失ったぞ!」

 

「あら、これからのリガ・ミリティアにジュンコさんは必要よ。それに、まだ時間はあるわ!」

 

 胸から頭までを斬り裂かれたガンイージは、戦闘には耐えられないだろう。

 

 しかし、蹴られたレシェフのように爆発するような危険は少なそうだ。

 

「あらあら……ジュンコさんは、そこら辺に隠れていて。その機体では足手まといだわ」

 

「ふん……まだ、盾にならなれる! 今度こそ、デカイ横っ腹に風穴を開けてやれっ!」

 

 宙に漂うビームマグナムを再び手に取り、スクイードに照準を合わせる。

 

 その時、不意にリースティーアの頭に衝撃が走る……と、同時にアマネセル・フェネクスを襲おうとしていたレシェフが爆発した。

 

「あら……何、今の?」

 

 動きが止まったアマネセル・フェネクスに、リグ・ラングが強襲する。

 

「何だ……コイツら?」

 

 リグ・ラングから放たれるビームはアマネセル・フェネクスの機体に当たるまえに湾曲するが、漂うジュンコのガンイージはIフィールドも耐ビーム・コーティングも無い。

 

「リースティーア、私に構うな! スクイードを撃て!」

 

 自分を守っていたら、デストロイ・モードの制限時間が来てしまう。

 

 ビームの雨に晒される覚悟は出来ている……それよりも、本当に足手まといにだけはなりたくない。

 

 ジュンコは叫んだ後に、瞳を閉じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者20

「あらあら、今のガンイージでは回避は不可能だわ。それに、躊躇わずに味方機を撃つラングの後継機……以前、戦った相手に似てるわね」

 

 アマネセル・フェネクスは損傷しているガンイージの盾になるべく、ビームの雨に機体を晒す。

 

「リースティーア、何をやっている! スクイードを……制御艦を撃て!」

 

「あら、ジュンコさん。フェネクスのパーツには、対ビームコーティングが施されているのよ。ビーム・ライフルの攻撃ぐらい……」

 

 アマネセルに与えられた羽を盾のようにして、リグ・ラングから放たれるビームを防いでいく。

 

「そういう事じゃない! アマネセルのデストロイ・モードには、時間制限があるんだぞ! それに、あんたの身体が持たない!」

 

「あら、心配ありがとう。でも、そんなヤワに育てられてはいないわ」

 

 そう言いつつも、リースティーアに焦りもあった。

 

 サイキッカーが乗ったレシェフを、味方機であるリグ・ラングが墜とした……偶然、である筈がない。

 

 敵のパイロットの感応波を受信し、コントロールの一部を脳波に頼るデストロイ・モードでは、サイキッカー達の強い脳波の衝撃を受け続ける事になる。

 

 そして訳も分からずに墜とされた時の衝撃も、強く頭に流れ込む。

 

「あらあら……先に、あのラングの改良型を墜とすしかなさそうね……ジュンコさんの言う通り、間に合うかどうか……」

 

 狙いをリグ・ラングに定めたアマネセル・フェネクスだが、レシェフを盾にしながら飛び回る為に照準を合わせる事が出来ない。

 

 更に、そのレシェフを背後から撃ち、脳波による衝撃で動きが鈍ったアマネセル・フェネクスに攻撃を仕掛けて来る。

 

 インテンション・オートマチックによって回避し反撃する為、致命傷を受ける訳ではないが、リースティーアの身体へのダメージは蓄積していく。

 

 脳波によるダメージを受けている間に、自分の意図しない動きの反動に身を委ねなければならない。

 

 ジュンコのガンイージを守りながら今まで味わった事のないダメージを受け続け、リースティーアの身体も疲弊し始めていた。

 

「ジュンコ機がやられている? 全機、ジュンコ機を守りつつ、アマネセルの援護を行う! 2人をやらせるなよ!」

 

 レシェフ隊がエバンスの部隊によって後退した事で、オリファー達シュラク隊もリースティーア達と合流出来た。

 

「ちっ、先行してやられてたら世話ねぇぜ! ケイト、超能力野郎はオリファーとリースティーアに任せて、私達はラングもどきをやるよ!」

 

「了解! 姉さんも、リースティーアもやらせない! そして、ビッグ・キャノンも破壊してやる!」

 

 ヘレンとケイトは合流するや否や、リグ・ラングの部隊に攻撃を仕掛ける。

 

 レシェフの影に隠れようとするリグ・ラングに対し、ビームサーベルで接近戦を挑む。

 

 サイキッカーの相手や物量によって圧されていたガンイージだったが、機体性能は高い為、一騎打ちになればラングの改良型とはいえ相手にならない。

 

 あっさりと、リグ・ラングにビームサーベルを突き立てる。

 

「あらあら……流石ね。追加装備まで頂いて助けられてちゃ、ヘレンに言い返せないわ。制御艦ぐらいは、墜とさないとね」

 

 ビームマグナムを構えるアマネセル・フェネクスだが、再び強い脳波の衝撃をリースティーアは受けた。

 

 背中を向けて突っ込んで来るレシェフ……胸部から背部にかけてビームサーベルに貫かれ、糸の切れた人形の如く、無抵抗のままアマネセル・フェネクスに迫る。

 

 その機体からビームサーベルが引き抜かれた瞬間、力を失ったレシェフはアマネセル・フェネクスを目掛けて更に加速した。

 

 ビームサーベルを引き抜いた機体が、レシェフを蹴ったのだろう……予想外の動きだったが、インテンション・オートマチックによってアマネセル・フェネクスは容易に回避する。

 

 しかし、レシェフの影から突然現れたグレーの機体……リグ・ラングのビームサーベルによって、ビームマグナムを持つアマネセル・フェネクスの右腕が斬り落とされた。

 

「あら……やるわね。でも、まだやられてない!」

 

「ふん、流石はリースティーアって事か。接近戦も、そこそこ出来る!」

 

 素早く左手にビームサーベルを持たせると、コクピットを狙ってきたリグ・ラングを牽制する。

 

「あらあら……聞き覚えのある声だと思ったら、あなたエバンスね。通りで、随分と非道な手を使うわ」

 

「ここは戦場だ! 非道だろうが、卑怯だろうが、勝ちゃいいんだよ! リースティーア、貴様はテスト・パイロットとしてはエースだったが、実際の戦闘ではオレの方が強いって事を証明してやるぞ!」

 

 バルカンで牽制しながら、ビームサーベルでアマネセル・フェネクスに攻撃を仕掛けるリグ・ラング。

 

「あら……その程度の力で、本気で私に勝つつもりかしら?」

 

「普通にやってたら、勝てんだろうがな……ここは戦場だと言っただろうが!」

 

 ガンイージに追い詰められていたリグ・ラングの1機が、ビームに晒されながらもレシェフにビームサーベルを突き立てた。

 

 その直後、ビームに貫かれたリグ・ラングとレシェフが爆発する。

 

「あら……自分を犠牲にして、同志撃ちをした?」

 

「これが戦争だ! そして、これが戦場での……傭兵としての戦い方だ! 勝利の為には手段は選ばん! レシェフを墜とせば、貴様の動きが一瞬鈍る。それで、充分だ!」

 

 リグ・ラングのビームサーベルが、アマネセル・フェネクスに迫った……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者21

 レシェフのパイロットの悲痛な叫びが、サイコミュを介してリースティーアの脳に流れ込む。

 

「くっ……」

 

 脳に直接流れ込むような衝撃に、どうしてもリースティーアの反応が鈍ってしまう。

 

 それでもエバンス機のビームサーベルを間一髪で躱すと、バーニアを全開にして間合いをはかる。

 

「ちっ! 粘りやがる!」

 

 リグ・ラングは腕を伸ばして、右手背に装備されたグレネード弾を放つ。

 

「あら……いい加減、諦めたら? 傭兵のあなた達には、ビッグキャノンを守る義理は無いでしょ?」

 

「ふん……俺達は、これで飯を食ってんだよ! ある意味、命懸けだ!」

 

 再び、近くでレシェフが爆発した。

 

「くっ……この、脳に入り込んでくる感情のようなモノ……気持ち悪いわね。それに、ボヤけて見えるビジョンの様な映像は何なの?」

 

 レシェフのパイロット……サイキッカーの命が散る度に、リースティーアの脳に意識が飛んでくる。

 

 その意識の中に入っているビジョンが、リースティーアの脳内で再生されていた。

 

 しかし朧気にしか感じないビジョンでは、何の映像かはっきりしない。

 

 動きが止まったアマネセル・フェネクスに、エバンスのリグ・ラングが迫る。

 

「あら、しっかりしないと……またヘレンに怒られるわ。色々と気になるケド、隊長機を墜として、制御艦を叩いてから考えればいい……」

 

 アマネセル・フェネクスの背部に装備されたディフェンス・エクステンションからIフィールドを発生し、リグ・ラングのビームサーベルを無効化……そして、距離をとった。

 

「ちぃ……レジスタンスの分際で、ハイコスト機を使いやがって! おい、俺の動きにレシェフを墜とすタイミングを合わせろ!」

 

 なかなか墜とせないアマネセル・フェネクスに苛立ちを隠せないエバンスは、部下に命令するとモニターを睨む。

 

 アマネセル・フェネクスの背後に、破損したガンイージが見える。

 

「なる程な……そいつを守ってやがるから、離れられんのか……」

 

 弱点を見つけた時のエバンスの動きは早い。

 

 バーニアを全開にして、ジュンコのガンイージに迫った。

 

「あら……やっぱり、そうくるわね。でも、お見通しよ!」

 

 ディフェンス・エクステンションは多機能兵器であり、シールドのように腕に装備する事も出来る。

 

 その先端に配されるメガキャノンで、エバンスのリグ・ラングを狙う……が、その直後にレシェフが破壊され、再びリースティーアの動きが鈍ってしまう。

 

 今までボヤけていたビジョンが、リースティーアの脳に一瞬だけ鮮明に映しだす。

 

「あら……なんでニコルが、ビッグキャノンを操作していたの? それに、ザンスカールの艦隊に向けて撃っているようにも見えた……」

 

 そのビジョンから解放されたリースティーアの視線の先では、エバンスのリグ・ラングがジュンコのガンイージを捕らえている瞬間だった。

 

「あらあら……どうしたモノかしらね? 動きが制限されている機体なんて、ただの的よ」

 

「どうかな? 昔の貴様は戦士だったが、どうやら今は違う様だからな。仲間に当たる可能性のある状況で、撃てやしまい!」

 

 メガキャノンの射線上にジュンコのガンイージを押し出し、リグ・ラングはビームライフルを構える。

 

「さて……武器を捨てて、投降してもらおうか。貴様が撃った瞬間に、お仲間の命も無くなるぞ」

 

 エバンスはそう言うと、ビームを放つ。

 

 光の閃光は、ガンイージの右足を貫く。

 

「ぐっ! リースティーア、奴の言葉は聞くな! 私だって、まだ戦える! メイン・カメラが無いってだけだ!」

 

 頭と右足の失ったガンイージが、エバンスのリグ・ラングに挑みかかる。

 

「おいおい……冗談だろ? 目を失っている状態ってのは、戦場じゃあ致命的だ。それで、どうにかなるかよ!」

 

 ガンイージが放ったビームはリグ・ラングに躱され、逆に右腕を斬り落とされた。

 

「リースティーア、私に構うな! 私だって戦士だ! こんな奴に命を握られるぐらいなら死を選ぶ! あんたは、制御艦を撃つんだ!」

 

 叫ぶジュンコだが、ガンイージには余力がある筈もない。

 

 遊ばれる様に左腕も斬り落とされ、ガンイージのコクピットにビームライフルの銃口が突きつけられた。

 

「リースティーア、武器を捨てて投降しろって言ってんだ! その機体は高く売れる。無傷で持って帰りたいんでな」

 

 為す術がなかったリースティーアは、その様子を見ながら力無くシートに身を委ねていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者22

「リースティーア、動きが止まっているが……仲間が、人質になっている?」

 

 リファリアはタイタニア・リッテンフリッカの猛攻を躱しながら、確実にビッグキャノンに近付いていた。

 

 タシロが木星の部隊を良く思っていないのは、マデアからの情報で知っている。

 

 そして、明らかにベスパの部隊がレシェフ部隊を攻撃している事実……

 

 タイタニア・リッテンフリッカのパイロットが仲間思いなのは、仲間を撃とうとしたリグ・グリフに攻撃を仕掛けた事で分かっていた。

 

 なら、それを利用しない手はない。

 

 レシェフのパイロットの能力は高いが生粋の軍人ではなく、味方のマーカーが出ている機体を撃てないでいる。

 

 その状況を黙って見ていられないアルテミスは、リファリアの思惑通り標的をリグ・ラングに定めてマグナ・マーレイ・ツヴァイから離れていく。

 

「良くも悪くも、お子様だな。だが、これでリースティーアの援護に行ける」

 

 バーニアを全開にするマグナ・マーレイ・ツヴァイの目の前に、その行方を遮るようにリグ・ラングが迫る。

 

「量産機を多少改良したところで、ワンオフのマグナ・マーレイには勝てんよ。混乱しているレシェフと一緒にしてもらっては、困るな」

 

 リグ・ラングの放つビームは、尽くマグナ・マーレイ・ツヴァイのIフィールドによって弾かれていく。

 

 そして放たれる拡散ビームは、リグ・ラングに反撃の猶予さえ与えない。

 

 更に、怒りに身を任せたアルテミスの駆るタイタニア・リッテンフリッカの猛攻に、リグ・ラングは為す術なく墜とされていく。

 

 リファリアのマグナ・マーレイ・ツヴァイは混乱する戦場の中で、最短距離でリースティーアのF96アマネセルに向かって飛ぶ。

 

 それでも、動きの止まっているアマネセルのコクピットに迫るエバンスの操るリグ・ラングのビームサーベルの方が早い。

 

「機体はそのままで、パイロットは死んでもらう! 悪く思うなよ!」

 

 ビームサーベルのビームの粒子が、アマネセルのコクピット部分の装甲を焼き始めた……その時、リースティーアが動く! 

 

 アマネセルのアポジモーターが火を噴き、微かに機体を後ろに動かす。

 

「抵抗するなって言った筈だ! 貴様のせいで、仲間が一人死んだな!」

 

 リグ・ラングの左手首に装備されたマルチ・ランチャーが、動けなくなったジュンコのガンイージに向けて放たれる。

 

「あら……残念ね。追い詰められたのは貴方の方よ。エバンスさん」

 

 ランチャーはジュンコ機に直撃する直前、飛んできたビームシールドによって破壊された。

 

「ちっ、増援かっ! だが、まだやれる事はある!」 

 

 百戦錬磨のエバンスの思考は、常に先を見据えている。

 

 予期せぬ事態が起きても、直ぐに修正案を導きだす。

 

 傭兵として戦場を駆け抜けた経験が、その思考スピードを生み出していた。

 

 エバンスのリグ・ラングは、ジュンコのガンイージに向けてバーニアを全開にする。

 

 ランチャーの爆発で、ビームシールドに繋がるワイヤーが丸見えだ。

 

 マグナ・マーレイ・ツヴァイとビームシールドを繋ぐそのワイヤーを、リグ・ラングのビームサーベルが斬り裂く。

 

「動きに無駄がない。この位置では、拡散ビームは使えんか……」

 

 リファリアは、ガンイージに迫るリグ・ラングの動きを見て呟いた。

 

 拡散ビームを撃てば、ジュンコのガンイージにも当たってしまう……リファリアはビームを放つが、単発のビームに当たるエバンスではない。

 

 エバンスのリグ・ラングはジュンコ機の背後に回り込むと、胴体と左足だけになったガンイージを盾のように構えてアマネセルに向かって突っ込む。

 

 武装を全て解除していたアマネセルは、完全に反応が遅れた。

 

 直ぐに使える武装は、ビームサーベルとバルカンのみ……

 

「ゴメンね……アマネセル。ジュンコさんを救う方法が、一つしか思いつかないわ……リファリア、ジュンコさんをお願いね……」

 

 アマネセルはフェネクスのパーツをパージすると、リグ・ラングの足元側へバーニアを噴かす。

 

 Iフィールドを発生するフェネクスのパーツがあれば、確実にジュンコ機を盾にしたまま攻撃してくる。

 

 ジュンコ機を放棄すればアマネセルを撃てる……そんな絶妙なタイミングで、アマネセルをリグ・ラングの下のスペースへ滑り込ませた。

 

 エバンスのターゲットは、ビーム・マグナムを正確に撃てるアマネセル……その機体を撃てるチャンスを逃す筈がない。

 

 リースティーアの思惑通り、自らの下方向に移動するアマネセルの動きに正確に反応し、ビームライフルの銃口が動く。

 

 上方向であれば右腕でガンイージを持ち上げて、人質のジュンコごとアマネセルを狙ってきたかもしれない……

 

 しかし、下ならば……

 

 ガンイージごとビームを撃つとなると、ワンテンポ遅れる。

 

 確実にアマネセルを撃つ為に、ガンイージを放棄するだろう……

 

 だが、ビームサーベルが届く位置ならば、当然ガンイージで防御してくる筈だ。

 

 そう……つまりアマネセルは、確実にリグ・ラングのビームに貫かれる……

 

 放たれるビーム……スローモーションに見えるビームに、リースティーアは死を覚悟した。

 

 ジュンコのリーダーシップは、これからのシュラク隊に必ず必要になる。

 

 そして、何故か感じる……リファリアがいるという安心感……

 

 訪れる衝撃……光の中に消えていく感覚……

 

 リースティーアの乗るコクピットは、激しい衝撃に晒されていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者23

 

「ちっ! コッチを狙ってくるとは……頭のキレる奴だ! だが、一歩間に合わなかったな!」

 

 アマネセルにビームを放ったリグ・ラングの右腕が切り裂かれ、腰のパーツにビームシールドが突き刺さる。

 

 友軍機を守ってくると思っていたエバンスは、マグナ・マーレイ・ツヴァイの動きを注視しておらず、もう一つのフレキシブル・バインダーに残された有線式ビームシールドの直撃を受けていた。

 

 攻撃する隙をつき、味方機に当たらないようにコントロールしやすい有線式の兵装を使う……冷静に判断しなければ出来ない芸当だ。

 

 しかしコントロールを重視した結果その攻撃は遅くなり、リグ・ラングのビームは放たれる事になる。

 

 アマネセルに向けて……

 

 それでもビームライフルを持つ右腕を破壊された事で、狙いはズレた。

 

 コクピットだけを貫こうとして絞ったビームは、アマネセルのコクピット・ブロックの下……胸部と腹部の装甲を貫く。

 

 アマネセルを捕獲しようというエバンスの目論みは崩れたが、アマネセルを破壊するという最低限のミッションは達成出来た。

 

「だが……このまま戦場に留まっては、オレもやられる……機体に負荷を与えずに逃げるには……これしかないな」

 

 エバンスはボロボロになったジュンコのガンイージをマグナ・マーレイ・ツヴァイに向かって蹴ると、突き刺さっているビームシールドのパーツを振りほどいてバーニアを噴かす。

 

 と……同時に、ジュンコ機に向けてランチャーを撃った。

 

 振りほどかれたビームシールドが、そのままランチャーを破壊するが、その爆発が収まる頃にはエバンス機は戦闘宙域から離脱していく。

 

「傭兵か……無駄な戦闘はしないし、動きにも無駄がない。機体損傷が悪化する前に、逃げる為の最低限の負荷を与えて、その後の行動に負荷を与えないように逃げるとは……厄介な敵だな」

 

 飛んできたジュンコのガンイージを受け止めたマグナ・マーレイ・ツヴァイは、そのまま損傷したアマネセルの元へ移動した。

 

 マグナ・マーレイ・ツヴァイの手が、アマネセルの装甲に触れる。

 

「リースティーア、早くハッチを開け。この機体は、長く持たない」

 

「あら……いずれ敵になるかもしれない私を、心配してくれるのね……リファリアの偽物さん……」

 

 そう言いながらも、アマネセルの左手はマグナ・マーレイ・ツヴァイの装甲を求め動く。

 

「リファリア……偽物でもいい……今は、貴方を信じて……いいかしら?」

 

「勿論だ。早くマグナ・マーレイのコクピットに移れ。もう数分もすれば、その機体は爆発する。私達にとっては忌まわしい機体だが……それでも、私はお前を救いたい」

 

 リファリアの言葉は、リースティーアの心を熱くした。

 

 サナリィで、リースティーアを庇って戦死したフォルブリエを伐った機体……

 

 その同型機に乗っているパイロットをリファリアだと思いたくなかった……でも、今の言葉だけで充分だった。

 

 私達にとって忌まわしい……

 

 私達、と言った……

 

 その言葉で……

 

 その言葉だけで……

 

「あら、リファリア……私はリアリストと言ったでしょ? そんな事、関係ないわ。その機体に、まだ存在意義があると言うなら……アマネセルにも、まだ……」

 

「リースティーア、何をしようと言うんだ? その機体では、何も出来ない。早くハッチを開け」

 

 アマネセルのコクピットでは、リースティーアの血が花びらのように舞う。

 

 その数は、時間と共に増えていく。

 

 破壊されたコクピットのパーツの一部が、リースティーアのノーマル・スーツを破り、脇腹を切り裂いていた。

 

 そこから、血の球が次々と発生していく。

 

 もう……助からない……

 

 本当は、最後ぐらい大好きな人の胸に抱かれたい……

 

 でも、その大好きな人は、忌まわしい機体と思いながらも……大切な戦友を伐った機体で戦場を駆け抜けている。

 

 少数で大軍と戦う為に……

 

 そして、その想いは、多くの人の命を救う事……

 

 だからこそ、たったの2機でビッグ・キャノンを破壊しに来たのだろう。

 

 私とアマネセルには、それを成す力がある。

 

 使うのは、今……

 

「リファリア、ビーム・マグナムを……今なら、狙えるわ……」

 

「リースティーア、ビーム・マグナムの一撃では、ビッグ・キャノンは破壊出来ない。態勢を立て直す為に、一度後退するんだ」

 

「あら……リファリアらしくないわね……エネルギー供給ユニットをピンポイントで破壊出来れば、時間を稼げる。後退するのは、それからよ……」

 

 リファリアは、操縦管を思わず……そして強く握り締める。

 

 時間が大切な事は、先程のリグ・ラングの後退で身に染みていた。

 

 このままではアマネセルが爆発して、リースティーアは無駄死にするだけだ……

 

 宙に浮かぶビーム・マグナムを視認したリファリアは、マグナ・マーレイ・ツヴァイを移動させる。

 

 そして、アマネセルの左手にビーム・マグナムを握らせた。

 

「ありがとう、リファリア……」

 

「何を……礼を言わなければいけないのは、私の方だ……サナリィでも、今も……助けてもらってばかりだ……」

 

「あら、違うわ……ベスパに入隊していたら、私は道を踏み外していた……道を踏み外した事さえも気付かないで……サナリィでリファリアに出会えて……リガ・ミリティアで大切な仲間達に出会えて……私は変われた。その私の心が言ってるの……あのビームを、二度と地球に向けて撃たせちゃいけないって……」

 

 アマネセルの姿勢を支えるように、その背中に手を添えるマグナ・マーレイ・ツヴァイ……

 

 アマネセルの左腕が上がり、照準を定め始める。

 

「その機体で、何をしようってんだい? 衝撃で、機体が爆発するよ!」

 

 機体を蹴られた衝撃で意識を失っていたジュンコが目を覚まし……目の前の状況に驚いた。

 

 今にも爆発しそうなアマネセルがビーム・マグナムを構え、マグナ・マーレイ・ツヴァイが支える異様な光景……

 

「あら、ジュンコさん……無事で良かったわ……」

 

「あんたが無事じゃないだろ! まだ助かる! 機体から出ろ!」

 

 ジュンコの言葉に首を横に振ったリースティーアは、先程見たビジョンを思い出した。

 

「ジュンコさん……この先の未来……ニコルか……違う誰かが、ビッグ・キャノンを撃つかもしれない……その時が来たら……ジュンコさんが判断して……曖昧な言い方で、申し訳ないけど……」

 

「なっ……それは、リガ・ミリティアがビッグ・キャノンを奪うって事か? しかも、それを撃つって……」

 

 リースティーアは少し悲しい瞳でガンイージを見て……そして、決意を込めた視線をビッグ・キャノンに向ける。

 

「リファリア、ジュンコさんをお願いね。アマネセル……あなたがリファリアを導いてくれたのかしらね……私の前のパイロットを……」

 

 その言葉で、リファリアは気付く。

 

 リファリアのF90にNのミッションパックを装備した機体が、アマネセルという事に……

 

「私達の願いは一つ……無駄に命が散る世界を終わらせる為に……」

 

 ビーム・マグナムの銃口が光り……閃光が走り……そして、リースティーアの声が届かなくなった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者24

「こいつ……動きは雑だが、強い!」

 

 ファラのリグ・グリフと対峙するマデアは、焦りを感じていた。

 

 タイタニア・リッテンフリッカを引き連れてビッグ・キャノンに近付いていったリファリアの事も気掛かりだし、ザンスカールの新型を相手にしているレジアの部隊も気になる。

 

 おそらく、自分が相手をしているリグ・グリフが一番弱い……

 

 だが……

 

 頭の中で、何故か流れる鈴の音……その音が、マデアの集中力を奪っていた。

 

「はっ! ザンスカール最強のニュータイプも、底が知れてるねぇ……この程度なら、私が墜としちまうよ!」

 

 リグ・グリフから放たれるビームを躱し、インコムの網を抜ける。

 

 確かに、マデアの集中力は奪われていた。

 

 機体性能は圧倒的にザンスバインが上である為、リグ・グリフの攻撃は当たらない。

 

 しかし、集中力の欠いたマデアの攻撃も当たらなかった。

 

 リグ・グリフの攻撃に誘導されるように……マデアの思いとは逆に、ザンスバインはビッグ・キャノンから離されていく。

 

「一度、リガ・ミリティアの部隊と合流するか? この感覚……ニュータイプだけに反応している可能性がある。なら、レジアの方が適任だ!」

 

 マデアはレジア達が戦っている宙域……トライバード・アサルトとザンスカールの新型モビルスーツを視野に入れると、牽制のビームを放つ。

 

 今度はマデアのザンスバインに誘導されるように、リグ・グリフがレジア達の戦う戦場に近付いていく。

 

 そこで、マデアは気付く……何かがおかしい……

 

 今の状況なら、ザンスバインとトライバード・アサルトを同一射線に入れる事は容易いように思える。

 

 こちらの戦闘に関与する余裕もないレジア達が、高出力ビームの強襲を受ければ、ただでは済まないだろう。

 

「こいつ……誘導させてるように見せかけて、わざと……」

 

「残念だったね! ニュータイプなんて、先天性だけで優遇される時代は終わったのさ! 最早、創られし者の方が優れていると知りな!」

 

 ファラは鈴を鳴らし、サイコ・ウェーブを放出する。

 

「また鈴の音が……ビームの来る方向は予測しやすいが、気分が悪くなる!」

 

 ファラの額と耳に装着された鈴……サイコミュ補助具として機能するソレは、アクティブ・センサーの役割を果たすサイコ・ウェーブを放出する事が出来る。

 

 敵意を抱いていない情報は認知出来ないが、戦場で敵意を抱かない者など存在しない。

 

 そして放出されたサイコ・ウェーブは、ニュータイプの脳波に感知され、頭に直接鈴の音が響いているように聞こえる。

 

 この為ファラの思考を読む事ができ、ロックオンの状況が読めるが、他者から一方的に発信されるサイコ・ウェーブに晒される脳は不快に感じてしまう。

 

 そのサイコ・ウェーブから与えられる情報で、マデアはリグ・グリフが高出力ビームを放つ意思がない事に気付いた。

 

「気付くのが遅いんだよ! あんたの役目は、ここで終わりさっ!」

 

「この感覚……まさか、ビッグ・キャノンが起動しているのか!」

 

 飛ばされてくるファラのサイコ・ウェーブの情報で、マデアはカイラスギリーが地球への射撃シークェンスを開始している事実を知る。

 

「ほら、私の相手をしていていいのかい? 地球が破壊されちまうよ?」

 

「ちっ! こいつ、何を考えている? だが……事実だとしたら、ビッグ・キャノンの射軸をズラさなければ!」

 

 迷うマデアのザンスバインの横を、リグ・グリフがすり抜けていく。

 

「そこで一生迷ってな!」

 

「くそっ、嫌な予感がする! とりあえず、高出力ビームを撃つ土台だけでも!」

 

 ビッグ・キャノンが気になりながらも、ザンスバインにリグ・グリフを攻撃させる。

 

 無防備なリグ・グリフの背後からビームが迫り、直撃したように見えた。

 

「迂闊なんだよ! 中途半端な攻撃で、私は倒せないよ!」

 

 サイコ・ウェーブによる状況把握……そしてファラのパイロットとしての能力の高さが、死角である筈の背後からの攻撃を易々と対応させる。

 

 リグ・グリフのインコムがザンスバインから放たれたビームを吸収し、拡散して返す。

 

「なっ……」

 

 焦りから、攻撃が単調になったのは間違いない。

 

 それでも、拡散してくるビームに当たる程、マデアの能力は低くなかった。

 

 だが……

 

 加速してレジア達が戦う宙域に向かうリグ・グリフに、勢いが止めれたザンスバイン……

 

 ミノフスキー・ドライブを使えば、捕まえられるだろう……

 

 ただ、ビッグ・キャノンの射撃に間に合わないかもしれない……

 

 そんなザンスバインの上空……頭部側からモビル・アーマーがバーニアを全開にして迫っていた……

 

 そしてリグ・グリフは、リガ・ミリティアのモビルスーツを目掛けてサイコ・ウェーブを放出する。

 

 その先には、薄緑のモビルスーツ……ガンイージの姿があった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者25

「今の爆発は何だ? カイラスギリーの各部チェック、急げよ!」

 

 スクイード1のモニターに映った小さな爆発の光……カイラスギリーのサイズからすれば、問題になるサイズの爆発には思えない。

 

 しかし、何故かタシロは気になっていた。

 

「中佐! カイラスギリーのエネルギー供給ユニットで爆発があったようです! エネルギー漏出の心配は無さそうですが……」

 

「エネルギー供給ユニットは、最重要のパーツだ! 整備は万全にしておけと、釘を刺しておいた筈だぞ! 復旧まで、どのぐらいかかる?」

 

「はっ……報告によると、内部の爆発ではなく、外部からの攻撃で破壊されたそうです! 射撃された場所は……エバンス隊が戦闘を行っていた宙域付近からです」

 

 報告を聞きながら、タシロは指を顎に当てて考え込む。

 

 エネルギー供給ユニットにピンポイントで攻撃するだけでも、ほぼ不可能に近い。

 

 モビルスーツより小さいユニットを狙うのは、動きが無いとはいえ、宇宙のように広大なフィールドでは針の穴を通すより困難だ。

 

 そしてエバンスからの報告では、遠距離射撃が出来るモビルスーツは破壊したと……

 

「エバンスめ……しくじったか! だが……損傷の激しいモビルスーツで、あんなに小さいユニットを狙えるモノか? それ以前に、エネルギー供給ユニットの位置情報が漏れない限り、ピンポイントで狙う事すら出来ない筈だ……」

 

 タシロはブツブツと独り言を言いながら、可能性を導き出そうとしていた。

 

 スパイか、エバンスの裏切りか、それ以外の要因か……

 

 何にしても、問題を解決しなければならない。

 

 カイラスギリーの存在は、ギロチンと合わせて、地球に住む人々をザンスカール帝国に屈服させる為に必要な物なのだ。

 

 サイド2で、反対勢力を恫喝した時のように……

 

 その為にも、カイラスギリーの情報を漏らした裏切り者を特定する必要がある。

 

「しかし……だ。傭兵であるエバンスが裏切るか? レジスタンス如きでは払えんぐらいの報酬を用意した。考えられるのは、マデア奴が情報を持ち出していたか……ザンスパインのデータを根こそぎ持って行ったからな……可能性はある……」

 

 マデアがカイラスギリーの情報を持ち出し、レジスタンスに情報を渡していたのなら、かなり厄介だ。

 

「だが、奴が完全にザンスカールを裏切るとは思えん。女王マリアが、ザンスカール帝国に留まっている限りはな……だとすれば……」

 

 ピンポイントのビームを放ったのは、射撃の天才としてザンスカールでも名が知られているリースティーアだろう。

 

 リガ・ミリティアのエースであるレジアがアーシィ達に、ニュータイプのマデアがファラに足止めされている今、リースティーアが損傷したモビルスーツで狙ったとしか考えられない。

 

「エバンスの失態は間違いないが……サイキッカーの脳内の情報で、ユニットの位置を把握されたのか? だとしたら……マズイな」

 

 タシロは立ち上がると、カイラスギリーのデータが送られてきている端末まで移動する。

 

「エネルギーは、何パーセント残っている?」

 

「75パーセント程度です。ユニットを修理する為に、一度放出する必要がありますが……」

 

「75か……」

 

 タシロは腕を組み、再度考え込む。

 

「この状態で撃った場合、地球にビームは届くのか?」

 

「都市が壊滅する程度の破壊力はあると……あくまで、データ上では……ですが」

 

 再び何かを考えたタシロは、指揮官席に戻ると声を張り上げた。

 

「カイラスギリー、射撃準備に入れ!」

 

 と……

 

 

「この状況で、モビルアーマーだと! どこの所属か知らんが、これ以上戦場を混乱させられては……」

 

 高速で迫るモビルアーマーに、ザンスバインはビームを放つが尽く回避される。

 

「ちっ! 気持ちが焦っているのか……掠りもしない!」

 

 ビームに晒されながら……回避行動をとりながらも、モビル・アーマーはスピードを緩める事なくザンスバインに突っ込んで来た。

 

 そして、ザンスバインの目の前でモビル・スーツ形態へ変形する。

 

「な……変形だと! しかも、ガンダム・タイプか!」

 

 ビームサーベルが激突し、ザンスバインが後方に押されていく。

 

「その声、マデアさんか? ザンスカール側で戦ってるなら、やるしかない!」

 

「ニコルか! ちょっと待て! ビッグ・キャノンに火が入ってるらしい……リガ・ミリティアで止めれるか?」

 

「なんだって! でも、カイラスギリーの近くにはリースティーアさんとジュンコさんがいる! ビーム・マグナムで制御艦を撃てれば……」

 

 ニコルが会話を止めた……いや、止めざるを得なかった。

 

「ニコル……これは……」

 

「そんな……リースティーアさんが……やられた……」

 

 リースティーアの命が弾ける感覚……そして、消滅していく魂……

 

「ニコル……仲間が、命懸けでやってくれたんだな……」

 

「でも、残っているエネルギーで地球を狙ってる! リースティーアさんの命を無駄にする訳には……いかない! 泣いてる暇は……ないんだ……」

 

「ニコル、そのモビルスーツがダブルバード・ガンダムで、エボリューション・ファンネルを搭載しているなら、考えがある! 付いて来てくれ!」

 

 マデアはファラが向かった宙域が気になっていたが、地球を狙うビームを止める事を優先し、バーニアを全開にして動き出した……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者26

「マデアさんっ! 見えた! 先端にビームが集中してる!」

 

「ああ……あまり時間は無さそうだな……ニコル、さっきの説明で理解出来たか?」

 

 エボリューション・ファンネルの外装に粒子を走らせ擬似大気を作り出し、プラズマ発生させる事によるプラズマ・ブースターを利用して、ビーム・ファンのビームの威力を増大・加速させる。

 

 ニコルがそんな説明を受けても、分かる筈もない。

 

「さぁ……でも、とりあえずエボリューション・ファンネルを円形に並べればいいんだろ? あのビームを止めれるなら、何でもやるよ!」

 

「そうだな……原理なんて、どうでもいい。何としても止める! その為に、皆が命を懸けて戦っているんだ!」

 

 マデアの言葉にニコルは頷くと、全面の宙域に意識を集中させる。

 

「いけっ! エボリューション・ファンネル! 奇跡を見せてくれっ!」

 

 ニコルの声……脳波に反応して、エボリューション・ファンネルが巨大な円を作り出す。

 

 そしてファンネルの外装に、粒子が走る。

 

 円形に形取られたエボリューション・ファンネルの先に、ビッグ・キャノンのビーム射出口が見えた。

 

 ビッグ・キャノンから放たれるであろうビームの射線上……その凶悪なビームに晒されれば、モビルスーツなど一瞬で消し去られる。

 

 自分の生きた証すら残せず、灰になる事も許されず、正に消滅させられるだろう……

 

 そんな危険な場所にいるのに、不思議と恐怖は感じなかった。

 

 リースティーア達の思いを背負っているからか……

 

 マデアがいる安心感なのか……

 

 惨劇を食い止めたい気持ちが強いからか……

 

 死ぬかもしれない……そんな考えすら、ニコルの脳裏には過ぎらなかった。

 

 エボリューション・ファンネルを間に入れ、ビッグ・キャノンの正面でザンスバインがビーム・ファンを構える。

 

「ミノフスキー・ドライブとエボリューション・ファンネル……最新技術を組み合わせた大技だっ! これで食い止められなければ、もはや打つ手なしだ! だが、やれる! この力なら……多くの人々の希望や、真の平和を願う者達の思いが詰まった力なら、止められない筈がない!」

 

 マデアの視線の先……ビッグ・キャノンの巨大な銃口に光が集まり、そして閃光が弾けた。

 

「うおおぉぉぉぉぉ!」

 

 ザンスバインの映し出すモニターの全てが、光に包まれていく。

 

 その光の中心……光の前面に展開されるエボリューション・ファンネルの円の中心に狙いを定め、マデアはトリガーを引いた。

 

 扇上に伸びていくビーム……

 

 エボリューション・ファンネルの中央でプラズマと干渉した粒子は、更なる力と速さを得て、鎌鼬の如く……閃光の刃となって強大なビームに立ち向かう。

 

 光が広がっていくようなビームに、刃のようなビーム……

 

 とてつもないエネルギーが、宇宙で激突した。

 

 舞い散る粒子……弾ける閃光……

 

 眩い光の芸術は、遠目に見たら美しく見えただろう。

 

 が……その正体は人の命を奪う悪魔のような光……

 

 もし、通常のビームを放っていたら、光の芸術を見る事もなく……モビルスーツごと消滅していただろう。

 

 だが……ビームの刃は、強大な光を斬り裂いた。

 

 光の粒子を斬り裂きながら、ビッグ・キャノン……カイラスギリーに迫る。

 

 真っ二つにされた光は地球の上と下を通り過ぎ、ビームの刃はビッグキャノンの銃口付近で力尽きた。

 

 それでも、ビッグ・キャノンのビーム射出口を破壊するには充分である。

 

 ビームの刃による干渉で、ビームの射出口に多大なる負荷がかかった。

 

 その結果、ビッグ・キャノンの砲身は焼け落ち、小さな爆発を起こす。

 

 75%というエネルギー量が、被害を小さくした……フルパワーで撃っていたら、どうなっていたか……マデアとニコルが消えていたかもしれないし、カイラスギリーが破壊されていたかもしれない。

 

「やりましたよ! マデアさんっ!」

 

「ああ……ビーム・ファンに、ザンスバインの全エネルギーを乗せたんだ。防げなきゃ困る……」

 

 力無く宙を漂うザンスバインに、ダブルバード・ガンダムが肩を貸す。

 

「全く……無茶をするな。ザンスバインのパーツは、高価な物ばかりだ。またルース商会の連中に頭を下げなきゃならん……」

 

 戦闘宙域から離れていたリファリアのマグナ・マーレイ・ツヴァイが近付いてきてワイヤーを放つ。

 

 ミノフスキー粒子を放出しまくった宙域では、お肌の触れ合い回線以外で通信出来なかった。

 

「その声……リファリアさん……なのか? それに、そのボロボロのガンイージは?」

 

「ああ……ニコル、久しぶりだな。サナリィでマデアに助けられてな……今は、マデアの下で働いている。帝国が破壊していた開発中のデータを盗んだり、地球の資本家とパイプを作ったり……結構コキ使われてる。一応、病人なんだがな……」

 

 深い溜息をついたリファリアは、ボロボロのガンイージをニコルのダブルバードに受け渡す。

 

「ジュンコというパイロットが乗っている。リースティーアが最後まで守り……守り抜いた。無事に母艦まで連れて行ってくれ……」

 

「くそっ! やっぱり、リースティーアさんは……あの時、オレも戦場に残っていたら……」

 

 コンソールを叩き、ニコルは唇を噛む。

 

「そうしたら、ビッグキャノンの射撃を阻止出来なかったかもしれない。その場の選択なんて、間違いであり正しくもある。ニコル、気にするな。リースティーアは、正しい道を歩めたと言っていた。何が正しいか私には分からないが、リースティーアは自らの人生を誇りに思って死んでいった。それは、長く生きるより大切な事だとも思う。大切な人を失うのは辛いがな……」

 

 穏やかなリファリアの言葉を聞き、リースティーアの事を思い浮かべ、ニコルは泣いた。

 

 一度は我慢した感情が、堰を切ったように溢れ出す。

 

 溢れ出した感情は、止める事が出来なかった。

 

 リファリアの言う通りなのだろう……そして、リースティーアが必死で守りたかったもの……それを守れた安堵感と、リースティーアがいなくなってしまった悲しみ……色々な感情がニコルの心を支配する。

 

「ニコル……悲しんでばかりいられんぞ。レジアの戦っている戦場……得体の知れないモビルスーツが……パイロットが向かった。今、動けるのはダブルバードしかいない。ザンスバインは、この有様だしな……ガンイージを届けたら、レジアの救援に行ってくれ! リガ・ミリティアは、まだ彼を失う訳にはいかない筈だ!」

 

 マデアの言葉に、涙を強く拭ったニコルは強く頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者27

「ちょっと、Mっパゲ! タシロの奴に文句を言ってよ! あいつ、私のレシェフ部隊を攻撃しやがった! 返答次第じゃ、ただじゃ置かないわ!」

 

 語気を強め、怒りの表情を浮かべながら、アルテミスはタイタニア・リッテンフリッカのコクピットから飛び出した。

 

 ズガンは自らの頭皮を掻きながら、険しい面持ちでアルテミスを出迎える。

 

「タシロが使っていたのは、傭兵部隊だ。傭兵が勝手にやったと言われたら、追求は難しい。それに、お前もリグ・ラングを何機か破壊しただろ? 喧嘩両成敗で処理されて終わりだ。怒りに任せてタシロの部隊を攻撃したのは、早計だったな……」

 

「は? 先に手を出したのは、タシロの部隊じゃん! そんな不公平ある? なら、今からタシロの戦艦をぶっ壊してくるわ!」

 

 再びタイタニア・リッテンフリッカのコクピットに戻ろうとするアルテミスの腕を、ズガンは慌てて引っ張る。

 

「うわっと! 何するのよ、Mっパゲ!」

 

「そんな事をしたら、ザンスカール帝国内での木星帰りの立場が弱くなる! せっかく築き上げた我々の立場を……多くの犠牲を払って得た立場を、失う訳にはいかんだろ?」

 

 不満そうに睨むアルテミスの視線を感じ、ズガンは大きな溜息をついた。

 

「カガチと私……出来れば、二人でザンスカール帝国を引っ張っていきたかった……だが、タシロのような狡猾な人間がいなくては戦争には勝てん。今回の作戦も、結局は敵の長距離射撃が出来るモビルスーツを潰している。それも使い捨ての傭兵でな……奴のような非道な作戦が出来る人間も必要なのだ……悔しいがな」

 

「けど、だからって……あんな暴挙、許す訳? 文句の一つぐらい言ってよ!」

 

 アルテミスの強い言葉に、ズガンは頷く。

 

「勿論、既に抗議はした。だが、タシロ艦隊は戦闘継続中だ。まぁ……傭兵が勝手にやった事だと突っぱねてきた。予想通りな……それに、戦闘中の艦隊と議論するなら、援護してやれと本国から打診も来ている」

 

「誰が! タシロ艦隊なんて、全滅しちゃえばいいんだわ!」

 

 アルテミスの敵意剥き出しの言葉に、ズガンは再び深い溜息をついた。

 

「タシロ艦隊からは、救援要請は出ていない。助けてやる義理も、流石に無いしな。それと今回の件で、ザンスパイン計画は一時凍結され、リング計画が優先される事になった。これで、少しは怒りが落ち着いたか?」

 

「じゃあ天使の輪は、私達がメインで防衛出来る訳だ! 木星のサイキッカー達を使うんだから当たり前なんだけど、タシロの奴が近付けないってだけで気が楽になるわ。レシェフの後継機になるリング系モビルスーツの開発が進めば、私達の力は更に強くなるわね!」

 

 まだアルテミスの怒りは落ち着いていない様子だが、それでもタシロ主導の計画が凍結される事に多少の溜飲は下がったようだ。

 

「虎の子のカイライスギリーも修復には時間がかかるようだし、タシロは地球への攻撃に労力を使う事になる。その間に、我々は力を蓄えなくてはな」

 

「天使の輪が動き出してしまえば、私達に負けはない。タシロのクローンのおかげで計画が実現する目処もたった。そこは、感謝してあげなきゃね」

 

 アルテミスの声を聞きながら、ズガンは窓の外の宇宙へ目を向ける。

 

「ザンスパインの計画が潰れても、スーパーサイコ研究所の研究は継続されている。クローン兵士とクローン専用モビルスーツか……まだタシロには裏がありそうだな……」

 

 ズガンはアルテミスには聞こえない声で、そう呟いていた。

 

 

「新型が2機……何かあると思っておいた方がいい! マヘリアさんとクレナは、距離を保って攻撃してくれ! オレが至近距離で撹乱する!」

 

 アネモ・ボレアスとアネモ・ノートス……

 

 風神の名を冠したモビルスーツは、タシロが推し進めるクローン計画のグリフォン・タイプ専用のモビルスーツである。

 

 時代に逆行した重モビルスーツでありながら、高い機動力と防御力、そして強力なサイコミュを搭載し、サイズによる不利を感じさせない。

 

 そんな強力なモビルスーツ2機を相手に、トライバード・アサルトとガンイージ2機では苦戦は必至だった。

 

 しかし強力なモビルスーツを足止め出来れば、ビッグ・キャノンを破壊出来る確率は高くなる。

 

「レジア! 一人で突っ込み過ぎないで! 近距離で戦ったって、あのドーナツ・リングを展開したら、こちらの攻撃が通らなくなる。高出力ビームを撃ってバランスを崩したところを狙った方がいい!」

 

「レジアさん、マヘリアさんの言う通りです。それに、もう一機のあの大きいバックパック……絶対に何かありますよ」

 

 レジアはマヘリアとクレナ……2人の言葉で、敵の懐に飛び込む気持ちを抑えた。

 

「とりあえず、2機の連携を見る事が先決か……2人とも、気をつけてくれっ! ドーナツが高出力ビームを撃った瞬間に仕掛けるぞ!」

 

 レジアのトライバード・アサルトがアネモ・ボレアスに向けてヴェズバーを放ち、戦いの幕が上がる。

 

 絶望へのカウントダウンが、始まろうとしていた……

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者28

「流石はリガ・ミリティアのエース、レジア・アグナールと言ったところか。高出力のボレアス・キャノンでは照準が定められない。だが……そっちの二匹の蝿には当たるぞ!」

 

 アネモ・ボレアスが、ジェネレーターに直結した粒子加速器を展開する。

 

 両肩に輝くドーナツ・リング……20メートルはあろうロングバレルに、力が蓄えられていく。

 

 ロングバレル……ボレアス・キャノンの射線の先では、アネモ・ノートスのバックエンジンユニットから放たれるマルチプル・ビームランチャーの雨を回避する3機のモビルスーツがいる。

 

 ある程度の余裕を持って回避するトライバード・アサルトとは違い、2機のガンイージは余裕がない。

 

 とは言え、並のパイロットでは無線誘導式……ファンネルの様に動く砲台から放たれるビームの雨を回避する事すら難しいだろう。

 

 シュラク隊のパイロット達が、並以上の能力を有している事は明白だ。

 

 それでも……対峙するパイロットはニュータイプと、ニュータイプをベースにしたクローン強化人間……

 

 そして、彼女達の為にセッティングされた新型の機体では、さすがに分が悪い。

 

「まずは二匹……頂きだ!」

 

 ボレアス・キャノンの銃口が輝き、トライバード・アサルトを中心にビームが吐き出される。

 

「トライバード・アサルトには、サナリィの技術の全てが詰まっているんだ! そして、ザンスカールに抗った人々の想いが籠もっている! 高出力だろうが、ビームの一撃で墜とされる訳にはいかない!」

 

 可変速型ビーム・ライフルから放たれた高速の閃光は、威力は犠牲になっているが……正に高速でボレアス・キャノンの銃口付近のビームに干渉した。

 

 レジアはヴェズバーのビームの行方を見る事もなく、直ぐに次の動作に移る。

 

 トライバード・アサルトの放熱フィンが展開し、最大出力で発生する熱を逃がし始めた。

 

 最大出力……オールドタイプでありながら……いや、オールドタイプだからこそ、モビルスーツの限界値を感覚ではなく知識で理解し、必要なタイミングで使う事が出来る。

 

 必要な時に必要な力を引き出せる……それが、レジアの力であった。

 

 手動でのリミッター解除……そして、身体への負荷を考えた最低限の解放……

 

 その力が、マヘリアとクレナを救う。

 

 ヴェスバーの一撃でバランスを崩したアネモ・ボレアスの放った高出力のビームは湾曲する。

 

 その湾曲した反対側へ、トライバード・アサルトはガンイージを押し出した。

 

「爆発の規模が小さい……が、一番厄介なトライバードを……レジアを墜とせた。ファラの鈴に頼る事もなく終わったな。私のは、放出が出来ないからな……」

 

 ティーヴァは、自分の耳にピアスの様に付けられた鈴を指で弾く。

 

「ティーヴァ! よく見ろ! 奴は墜ちてない! 接近を許すな!」

 

 アネモ・ボレアスのコクピットに、アーシィの声が響く。

 

「な……確かに、トライバードは爆発した筈だ……何故、生きている? それに……3機……だと……」

 

 確かに、爆発は確認した。

 

 ガンイージ2機は墜とせなかったが、トライバード・アサルトはボレアス・キャノンのビームに巻き込めた筈だ……

 

 しかし、センサーはトライバード・アサルトを3機として認識している。

 

 連なって、アネモ・ボレアスに迫っていると……

 

「ちっ! ビームの干渉波で、モニターがイカれたか! 」

 

「違う! M.E.P.Eだ! サナリィの技術で造られた機体なのだから、搭載されてても不思議じゃないが……オールドタイプが使えるモノなのか?」

 

 アーシィの言葉を聞いても、ティーヴァは分かっていない。

 

 M.E.P.E……金属剥離効果と言われるソレは、装甲表面の塗装や金属が剥離し、それがセンサーにはモビルスーツとして認識してしまう現象である。

 

 剥離した金属がビームによって破壊され、それがアネモ・ボレアスのセンサーはモビルスーツを破壊したと認識した。

 

 質量を持った残像……そう言われる由縁である。

 

 が……金属剥離効果は、高出力機がリミッターを解除し、最大出力で動いた時に発生する現象だ。

 

 本来、ニュータイプでなければ、この現象を起こす事は不可能に近い。

 

 オールドタイプでありながら、高出力機を自分の手足のように扱うレジアは、やはり驚異だ。

 

「ティーヴァ、モニターの情報を信じるな! 接近されてるぞ!」

 

「モニターを信じるな? だが、モニターには3機いる! ならば、全てを墜とす!」

 

 アネモ・ボレアスの両肩に装備された粒子加速器が再び起動し、ビームを連射した。

 

 ビームが当たり、トライバード・アサルトのパーツが破壊されていく。

 

 ……ように見える……

 

 確かに、破壊されている……しかし次の瞬間には、どこも破壊されていないトライバード・アサルトが襲いかかってきた。

 

「くっ……何が……起こっている?」

 

「ティーヴァ、落ち着け! クローンじゃ、知識が無くても仕方ないか……」

 

 トライバード・アサルトの動きに翻弄されるアネモ・ボレアスは、ついにビームサーベルの届く距離に機体を晒していた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者29

 

「まさか、トライバード・バスターも間に合わせてくれるとは……メカニック部門は本気だな……」

 

「艦長、パイロット達が命懸けで戦ってくれているのです。私達も、出来る限りサポートしないと」

 

 ミリティアン・ヴァヴに搬入される白いモビルスーツを見ながら、艦長のスフィアとミューラが言葉を掛け合う。

 

 トライバード・バスター……レジアの為にロールアウトされた、レジアの為の機体。

 

 サナリィで大破したトライバードはアサルト・パーツで装甲を補っている為、強度の面で不安が残る。

 

 いつレジアの操縦に耐え切れなくなるか分からない……だからこそ、ダブルバードの組み立てと並行して行っていたトライバード・バスターの開発。

 

 オーバーハングパックの試作機として開発されたトライバード・バスターは、メガ・ビーム・キャノンとスプレー・ビーム・ポットを装備し、メガ・ビームシールドを持つ。

 

 バスター・パーツは、いずれはマルチプル・システムによる脱着可能な兵器にする予定だが、現状では機体からエネルギーを供給する必要があり、脱着は不可能になっている。

 

 しかし、ハードポイントによりアサルト・パーツの脱着は可能としていた。

 

 ミリティアン・ヴァヴの生存が確認出来たカリーン基地が、急遽宇宙に上げた機体……

 

「レジア・アグナールか……不安定な機体でも戦場を駆ける力を持つ……そして、皆の希望になれる……噂には聞いていたが、つくづく凄い男だな」

 

「それは……そうですよ! レジアさんがいなかったら、私達はサナリィで終わっていたかもしれない……どんなに絶望的な状況でも、レジアさんがいれば大丈夫だって……そう、思わせてもらってましたから。そして、それはサナリィから地球や月に行った技術者さん達も同じ気持ちだと思います」

 

 ニーナの言葉に微笑んだペギーは、カールボブの金髪を掻き上げる。

 

 確かに、カリーン基地の技術者達の熱量は凄かった。

 

 ダブルバード・ガンダムが組み上がった後、休む事なくトライバード・バスターの組み立てに入っていた状況をペギーは思い出す。

 

 レジアに届ける事さえ出来れば、何とかしてくれる……その言葉が合言葉のように……

 

「で、コイツをレジアに届ければいいんだな。しかし、責任重大だわ」

 

「ペギー、カリーン基地のエースにお使いみたいな事を頼んでしまって悪いわね。でも、レジアが敵の新型と交戦中って情報が入ってる。トライバード・アサルトがやられる前に届けないと……」

 

「任せて……最速で届けてやるさ。カリーン基地の……リガ・ミリティアの希望が詰まっているのだからな」

 

 そう言って外に目を向けたペギーの瞳に、一筋の光が飛び込んでくる。

 

「あれは……タブルバード? 損傷した機体を持ってる! 誰のガンイージだ?」

 

 ペギーとミューラは、慌ててモビルスーツ・デッキに向かって飛び出した。

 

 

「ジュンコさん、身体中の傷が酷い! 話なら、後で聞くから!」

 

「いや……ニコル、聞いてくれ。リースティーアは、自分の命で……命よりビッグ・キャノンの破壊を優先して、そして破壊してくれた。だがリースティーアは、これからのリガ・ミリティアに必要なパイロットだった。だから……レジアの事は頼む。これ以上、失う訳にはいかない……」

 

「ジュンコさん、任せてくれ! レジアもマヘリアさんも、オリファーさん達だって、全員連れて帰って来る! だから……安心して待っていてくれ!」

 

 ボロボロになったジュンコの身体をガンイージのコクピットから出すと、ニコルは用意されていたストレッチャーに乗せた。

 

「私は……もっと強くなる……仲間を守れる強さを……」

 

 医務室へと向かうストレッチャーの上で、ジュンコは自分自身に誓う。

 

「リースティーア……あんたとの約束、必ず守る。子供に大量破壊兵器を撃たせる訳にはいかない。もし……あんたの言葉が予言なら、私が背負うさ……それで戦争が終わるなら……」

 

 独り言のように呟いたジュンコの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者30

 

「ティーヴァ、止まるな! 動け!」

 

 叫んだアーシィは、バックエンジンユニットに装備されるマルチプル・ビームランチャーをトライバード・アサルトに向けて放った。

 

 上空……宇宙に上下の概念はないが、トライバード・アサルトの頭側から降ってくるビームに、レジアは後退を余儀なくされる。

 

 それでも、振り抜いたビームサーベルはアネモ・ボレアスの右肩を焼く。

 

「当たらない……新型で戦っても、レジア・アグナールは墜とせないのか……それでも、母の為……マリア様の為に、倒さなければいけないんだ!」

 

 高速で動くトライバード・アサルトを追うバックエンジンユニットは、アーチ状から水平に近いフォルムに変形している。

 

 大推力スラスターによる機動力に加え、15門あるビームランチャーは時間差で偏向射撃をする事で的を絞らせない。

 

 疑似オールレンジ攻撃と言うべきか……

 

 モニター上では、トライバード・アサルトのパーツは飛び散っている様に見える。

 

 それでも……

 

 次の瞬間には、五体満足なトライバード・アサルトが復活してくるのだ。

 

 右肩を焼かれたアネモ・ボレアスも援護射撃をしているが、当たる気がしない。

 

「くそっ! 本当にオールドタイプなのか! このままじゃ……」

 

 焦るアーシィ……

 

 しかし、トライバード・アサルトのコクピットで操縦するレジアも、余裕な表情ではなかった。

 

 飛び散る汗を拭う事も出来ず、変則的に襲ってくる加速Gに意識を持っていかれそうになりながら、必死にトライバード・アサルトを操る。

 

 止まらないビームの嵐……Iフィールドでは防ぐ事が出来ないであろう高出力ビームが、変則的にトライバード・アサルトに降り注ぐ。

 

 ファンネルなら、とっくにエネルギー切れを起こしているだろう……

 

 だが、止まらない……

 

 放熱フィンでは逃がしきれない程の熱が、トライバード・アサルトの機体内部には溜まり始めていた。

 

「このままでは、トライバードもオレも持たない……」

 

「レジア、こっち!」

 

 コクピットに響くマヘリアの声に、レジアは無意識にガンイージの方へ機体を寄せる。

 

「量産機が射程に入った! 仲間ごと墜ちろ! レジア・アグナール!」

 

 ビームシールドを全開にしてトライバード・アサルトを守るように前に出たガンイージに狙いを定めて、放たれるビームランチャー……

 

 が、そうはならなかった。

 

 突然の爆発音の後に、バックエンジンユニットがバランスを崩す。

 

 確実にビームを当てようとして動きを固定したバックエンジンユニットに、ビームが直撃したのだ。

 

「ナイス、クレナ! レジア、一旦距離をとって体制を立て直すよ!」

 

 マヘリアのガンイージは無理矢理にトライバード・アサルトを押して、アネモ・シリーズから距離をとる。

 

 マヘリアのガンイージを囮役にして、バックエンジンユニットの動きを予測したクレナのガンイージがビームを放ったのだ。

 

「すまない、助かった!」

 

「レジア、私達はチームで戦っているのよ! 一人で突っ込み過ぎないで!」

 

「分かっている……だが……」

 

 マヘリアの言葉に頷いたレジアだったが、それ程の猶予もなかった。

 

 出来れば短期決戦で終わらせたい……

 

 アサルト・パーツで補った装甲は限界を向かえているのだろう……トライバード・アサルトのコクピットは、異常を知らせる警告音が鳴り響いている。

 

「レジアさん、私達は無理せずにいきましょう。新型の足止めでいいんですから……そして、皆を信じましょ。信頼出来る仲間達を……必ず、ビッグ・キャノンを破壊してくれる……だから私達は、この新型を足止めする。それだけです」

 

 クレナの静かな口調に、レジアの気持ちも落ち着いていく。

 

「そうだな……足止めだけだ……だが、それだけでも……」

 

 大きく溜息をついたレジアは、気持ちを入れ替える。

 

 攻撃を捨て、防御に徹する覚悟……

 

 しかし、その覚悟は尽く潰される事になる。

 

 ファラ・グリフォンの乗るリグ・グリフから放たれた高出力ビームが、レジア達に迫っていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者31

 

「インコム搭載型が、高出力ビームだと? 無茶をする……そんな攻撃に当たる訳がない!」

 

 リグ・グリフが持つボレアス・キャノンから放たれたビームは、悠々とレジアに回避される。

 

 マヘリアとクレナも、余裕を持って回避した。

 

 そのぐらい、射撃精度に難がある。

 

 アネモ・ボレアス専用の武装、ボレアス・キャノンを無理矢理リグ・グリフに持たせているのだから、射撃精度が低下しても仕方がない。

 

 それでも、ボレアス・ベースと呼ばれる足場に乗って姿勢を保持出来る為、辛うじて射撃ができていた。

 

「はっ! そりゃ躱せるだろうさ! けどね、こっちが本命なのさ!」

 

 ファラの額と両耳に付けられた鈴が、コクピットに鳴り響く。

 

 その瞬間、サイコ・ウェーブが戦場を支配する。

 

「なに……これ……気持ち悪い……」

 

「ファラの奴……私達まで巻き込むなんて……どういうつもりだ?」

 

 先にサイコ・ウェーブに晒されたのは、アネモ・シリーズの2機……アーシィとティーヴァであった。

 

 次の瞬間には、リガ・ミリティアのモビル・スーツにもサイコ・ウェーブは届く。

 

「よく分からんが……新型2機の動きが止まった! マヘリアさん、クレナ! 今がチャンスだ!」

 

「了解、レジア! このチャンスは逃さない!」

 

 リガ・ミリティア側に、ニュータイプや強化人間はいない……

 

 サイコ・ウェーブに感応する者などいない……筈だった。

 

「くっ……頭が……われそう……」

 

 アネモ・ボレアスに攻撃を仕掛けようとしたガンイージのうちの1機が、動きを止める。

 

「クレナ? どうした? 動きを止めるな!」

 

「レジア! クレナは私が! 新型の1機を墜としちゃって!」

 

 動きが止まったクレナ機の前に、ビームシールドを構えたマヘリア機が立ち塞がった。

 

「頼む! ここで1機でも墜とせれば!」

 

 トライバード・アサルトの腰に固定されたヴェズバーが、静かな咆哮を上げてアネモ・ボレアスのコクピット目掛けて発射される。

 

「ソッチは大事な機体なんでね! 墜とさせはしないよ!」

 

 トライバード・アサルトとアネモ・ボレアスの間に割って入ったリグ・グリフがヴェズバーの直撃を受けて、その身体を「く」の字に曲げた。

 

 スピードを重視した為、威力は弱かったビームがリグ・グリフの身体を貫く。

 

 ……が、威力が弱かった為か、直ぐには爆発しない。

 

 リグ・グリフがヴェズバーのビームに晒される前にコクピットから抜け出ていたファラは、そのままアネモ・ボレアスのコクピットに取り付いた。

 

「なっ……ファラ! 何をやっている?」

 

「さぁね……私のモビルスーツが無くなったんで、新しいのを貰いに来たのさ!」

 

 アネモ・ボレアスのコクピット・ハッチを手動で開いたファラは無駄のない動きで、立ち上がった瞬間のティーヴァの鳩尾に拳をめり込ませる。

 

「ぐっ……はぁ……」

 

 悶絶するティーヴァの身体をアネモ・ボレアスのコクピットから放り出すと、ファラはシートに身を沈ませた。

 

「さて……ここからが本番だ。レジア・アグナール、本当の地獄ってヤツを見せてやるよ!」

 

 爆発するリグ・グリフと、その爆発に巻き込まれたであろうティーヴァの身体を横目に見つつ、ファラはアネモ・ボレアスを動かす。

 

 その動きは決して早くはなかったが、レジア達は状況が飲み込めずに好機を逸した。

 

「ザンスカールの奴らは、一体何をやっているんだ?」

 

「レジア、クレナの様子もおかしい! 一旦距離をとって! 状況を把握するわよ!」

 

 マヘリアの声に頷いたレジアは、アネモ・ボレアスから距離をとる。

 

 レジア達の視線の先で、アネモ・ボレアスがリグ・グリフのパージしたボレアス・ベースの上に降り立っていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者32

 鈴の音が頭に響く……

 

 その音を、まるで遠くで聞いているような……何かをしている時に、遠くで風鈴が鳴っているのを無意識で聞いているような……そんな感覚。

 

 その音を聞いていると、昔の事が思い出されてくる。

 

 私は、戦っていた。

 

 父にギロチンを振り落とした相手に、小さな身体にマシンガンを抱え戦う。

 

 贈収賄事件の首謀者である……そう言われて、ギロチン台に立たされた父の姿が鮮明に思い出される。

 

 否定し助けを懇願する父の姿は、あまりに滑稽で情けなかった。

 

 だけど、私は知っている。

 

 父が、スペースコロニーの為に必死に働いていた事を……

 

 戦争をしては駄目だ……争いは、悲劇しか生まない……そして、最終的には利権争いにしかならないと……

 

 その動きを、ガチ党は嫌った。

 

 そして、父は隙を見せてしまう。

 

 力を借りる為に権力者と会食し、ガチ党に付け入る隙を与えてしまった。

 

 ギロチン台の上の父の姿に、力無き正義は何も生み出さないと感じる。

 

 救おうとしていた人々にも相手にされず、犯罪者の汚名を背負って死んでいった。

 

 残された私は、ガチ党に追われている。

 

 犯罪者の子として……いなくなっても、誰も見向きもしない子として……

 

 軍隊相手に、ただの女の子が出来る事なんて多くない。

 

 捕まった私は、実験のモルモットにされた……

 

 負の感情が、どんどん強くなる……

 

 その時、鈴の音に同期して声が聞こえてきた。

 

 かつてジン・ジャハナムを守った時に流れ込んできた、嫌な感覚に似ている。

 

 そして、私の感情は……感覚は、深い闇に堕ちていく……

 

 どんなに手を伸ばしても、救いの手は現れない。

 

 沈んでいく私の視線の先には、嫌な笑いを浮かべる、もう一人の私がいた……

 

 

「クレナ、大丈夫? しっかりして!」

 

「敵のパイロットの動きも一瞬止まっていた……一体、何をしたんだ?」

 

 意識を失っているクレナのガンイージを守るように、マヘリアとレジアがファラ・グリフォンの前に立ち塞がる。

 

「お仲間を庇って止まってんなら、ボレアス・キャノンの的になるだけだよ! 死にな!」

 

「撃たせるかよ! スピードなら、ヴェスバーの方が早い!」

 

 仲間を守りながらでも、レジアの……トライバード・アサルトの動きは俊敏だ。

 

 ボレアス・ベースを撃ち抜く為に放たれたヴェスバーは、ファラに回避行動を促すには充分である。

 

「ちっ、流石はレジア・アグナール! でも、そうでなくちゃ……ねぇ!」

 

 粒子加速器に内蔵された小型ビームを連射しながら、再度ボレアス・キャノンの射撃シークエンスに入るファラ。

 

「マヘリアさん、奴は危険な気がする……味方でも躊躇いなく殺す、非情な奴だ。出し惜しみしていたら、全滅するかもしれない……だから、サポートしてくれ! 全員で……帰る為に!」

 

 レジアの言葉に、一瞬マヘリアは何かを言葉にしようとした……しかし、その言葉を一回飲み込む。

 

 そして、頷いた。

 

「レジア、約束して! 無理はしない……深追いはしない……私達全員が、無事に帰る事を優先するって!」

 

「もちろんだ! クレナの事も気になる。とっとと終わらせて、帰るぞ! 俺達の艦に!」

 

 トライバード・アサルトから、放熱フィンが展開していく。

 

 警告音が鳴るコクピット……数分で、トライバード・アサルトは使い物にならなくなるだろう……

 

 それでも、動かないクレナと、頑固なマヘリアを守るには、もうこれしない……

 

「トライバード……いつも無理させて、すまないな……だが、これで最後だ……もう少しだけ、オレに付き合ってくれ……」

 

 閃光となって、アネモ・ボレアスへ迫るトライバード・アサルト……

 

 その後方で、クレナのガンイージが動き始める……

 

 宇宙が、狂気で埋め尽くされようとしていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者33

「速いねぇ……生身の身体で、その加速Gにどれだけ堪えれると思ってるんだい?」

 

 粒子加速器から放たれるビームを連射し、アネモ・ボレアスは残像を発生させながら迫るトライバード・アサルトをいなしていく。

 

「おい、オリジナル。いつまで休んでるつもりだい! もう戻っている筈だろう? 少しは手伝いな!」

 

「私のクローン……何を考えている?」

 

 近付くアネモ・ボレアスを警戒しながら、アーシィはバックエンジン・ユニットを機体から外し、臨戦態勢をとる。

 

「コッチを疑ってるのかい? 状況を臨機応変に把握出来ない奴だな……本当にニュータイプなのかい? あんな奴のクローンとは、自分が嫌になるよ」

 

 ファラは更に加速するトライバード・アサルトを牽制しながら、アネモ・ノートスの後方にアネモ・ボレアスを隠す。

 

「な……私を盾に使う気?」

 

「あんたは、レジアの相手をしていな! 間違っても、私の仕掛けの邪魔すんじゃないよ!」

 

 レジアの発するプレッシャーに晒され、後退を試みようとしたアーシィの背中に悪寒が走る。

 

「この感じ……さっきの……」

 

「だから、黙ってレジアの相手をしていろ! コッチに来たら、また動けなくなるよ……まぁ、私はそれでも別にいいけどねぇ……」

 

 アネモ・ボレアスがサイコ・ウェーブを放射し、アーシィのアネモ・ノートスは前に出るしかなくなった。

 

 ビームサーベルを構えたアネモ・ノートスに、閃光が激突する。

 

「今は、アンタに構ってる時間はない! あのヤバイ奴を墜とさないと……分かってるだろ?」

 

「私は……ザンスカールの軍人なんだ……ザンスカールの勝利の為に、戦うしかない!」

 

「馬鹿な事を! 仲間を平気で殺すような奴と一緒に戦う事が、アンタの正義なのか? そんなんじゃ、ゲルダさんが浮かばれないぞ!」

 

 トライバード・アサルトとアネモ・ノートスが弾け飛ぶ。

 

 その瞬間、バックエンジン・ユニットに搭載されたマルチプルランチャーが、トライバード・アサルトに向けて火を吹く。

 

「止まれ! レジア・アグナール!」

 

「構っている時間はないと言った! 戦場を混乱させる奴……奴さえ倒せれば!」

 

 マルチプルランチャーから放たれるビームに晒され、機体のパーツを飛び散らす残像を残しながら、トライバード・アサルトはアネモ・ボレアスに迫る。

 

「墜ちろ!」

 

「残念……少し遅かったねぇ……時間稼ぎ、ご苦労だった」

 

 トライバード・アサルトが突き出したビームサーベルの先……アネモ・ボレアスに突き刺さっている筈のビームサーベルは、ガンイージの右肩に突き刺っていた。

 

「なん……だと? これは、クレナ機か!」

 

「ごめん、レジア! クレナが急に目を覚ましたと思ったら……」

 

 レジアとマヘリアが会話をする時間もなく、クレナ機は行動を開始する。

 

 ビームサーベルを引き抜くと、左腕に装備されたビームシールドを展開し振り回す。

 

 間一髪で躱したレジアは、何が起きているか分からずにガンイージ……クレナ機と距離をとる。

 

「そんな……クレナが裏切ったなんて……」

 

「いや……マヘリアさん、クレナが裏切ると思うか? 今回の戦闘中だけでも、オレはクレナに助けられた。裏切るなら、あのタイミングでオレを後ろから撃てばよかっただけだ。そうすれば、マヘリアさん一人に3機で戦える。だが、そうしなかった……」

 

 レジアの視線の先では、動かなくなった右腕を斬り落とし、荒々しくビーム・ライフルを左手に持ちかえるガンイージの姿が見えた。

 

 普段のクレナの操縦からは、想像出来ない程の荒々しさだ。

 

「確かに……あんなの、クレナじゃないわ……」

 

「操られている……そう考えた方が良さそうだ。何故そんな事が出来るのか分からないが、正気に戻さないと……」

 

 レジアは、言葉を止めた。

 

 クレナを正気に戻し、新型2機から逃げ切る……そんな事が可能なのか? 

 

 トライバード・アサルトはボロボロ……マヘリアも連戦での疲労が溜まっているだろう……

 

 そして敵は、クレナを操るという切り札を使っている……簡単に逃がしてくれる筈はない……

 

「私達2人だけになると、いつも苦戦しちゃうね。レジアと始めて一緒に戦った時もそうだった……本気で死ぬかと思った……でも……」

 

 言葉を詰まらせたレジアに気を使って、マヘリアが声をかける。

 

 その声に、レジアは勇気が湧いてきた。

 

「そう……だったな……あの時は、ニコルに殺されるかもしれんと思ったもんだが、助けられた。そうだな……ニコルは来てくれる! 今は、クレナを正気に戻す事だけを考えよう。あの狂気のパイロットの思い通りには……させない!」

 

 傷ついたトライバード・アサルトは、翼を広げる。

 

 あと何回飛べるか分からない……ボロボロの筈の翼は、それでも気高く、力強く……レジアの命を吸い取りながら、光り輝いた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者34

「なんだ? まだ戦うつもりかい? お仲間に裏切られて、機体もボロボロの状況で、アタシの相手をしようってのかい? 笑わせるよ!」

 

「勝手に笑ってろ! クレナの力を借りなければ、ボロボロの俺達の相手すら出来ないってんなら、貴様の底も知れたな!」

 

 クレナのガンイージの脇を擦り抜けて、トライバード・アサルトはアネモ・ボレアスにビームサーベルを突き立てる。

 

「ちっ、まだ動けるのか! おい、オリジナル! 貴様もボサッとしていないで、少しは動きな!」

 

 トライバード・アサルトから繰り出された鋭いビームサーベルの突きを、アネモ・ボレアスは後方に下がりながらビームバリアで粒子を四散させた。

 

「私は、こんな非道な作戦の片棒まで担がされるの? でも、もう後戻り出来ない。お母さんが死んでしまったら、何の為にザンスカールで……モビルスーツのパイロットとして、多くの命を奪ってきたか分からなくなる。マリア様……これで……これで、いいんですよね?」

 

 アーシィの決意と共に……ファラの声に促されて、アネモ・ノートスが動き出す。

 

 アネモ・ノートスの背部に戻っていたバックエンジン・ユニットが再び切り離される。

 

「くそっ、アーシィまで動き出すのか! ゲルダさんの娘さんだから、出来れば墜としたくはないが……そんな余裕もないか!」

 

 アネモ・ボレアスがトライバード・アサルトから距離をとった事を確認してから、レジアはヴェスバーの照準をバックエンジン・ユニットに向けた。

 

「とりあえず厄介なのは、巨大ファンネルとビッグキャノンもどきだ。そこさえ破壊出来れば、逃げるチャンスも出てくる筈だ!」

 

 バックエンジン・ユニットの動きは速い。

 

 無人兵器の利点を最大限まで活かしているバックエンジン・ユニットは、巨大ながら信じられないスピードで飛び回る。

 

 それでも、ヴェスバーの最速射撃なら対応出来る……

 

 正にヴェスバーを撃とうとした瞬間、トライバード・アサルトとバックエンジン・ユニットの間にクレナのガンイージが割り込んできた。

 

「くっ……先にクレナをどうにかしないと、迂闊に攻撃が出来ない!」

 

 射撃の姿勢を解除したトライバード・アサルトは、不規則に撃たれるマルチプル・ビームランチャーの回避行動に移る事を余儀なくされる。

 

「クレナっ! あんた、いい加減に目を覚ましなさい!」

 

 マヘリアのガンイージが、クレナのガンイージを後方から押さえ込んだ。

 

「マヘ……リア……さん……私を……殺して……このまま……じゃ……」

 

「って、クレナ! あなた、意識があるの? きゃあぁぁ!」

 

 クレナの言葉に驚いたマヘリアは、押さえ込んでいた腕を緩めてしまっていた。

 

 その隙をついて、クレナのガンイージはマヘリア機のコクピットの上部に肘を打ち付けて、機体を振り解く。

 

 そして放たれるビームを、マヘリアは間一髪でビームシールドを展開し直撃を免れる。

 

「騙された! こんな事までしてくるの?」

 

「マヘリアさん、止まるな! 撃ってくるぞっ!」

 

 レジアの攻撃で後方に下がったアネモ・ボレアスから、高出力ビームが放たれた。

 

 上下に分かれて回避したトライバード・アサルトとマヘリアのガンイージ……

 

「まずは1機! 確実に墜とせる方から墜とす!」

 

「舐めないでよ! 私だって、リガ・ミリティアの正規パイロットなんだ!」

 

 マヘリアはバックエンジン・ユニットに向けてマルチランチャーを放ち、そのバランスを崩そうとした。

 

「そんな遅いランチャーに当たる訳がない! 墜ちて!」

 

 が……

 

 バックエンジン・ユニットに搭載されている5門のマルチプル・ビームランチャーは、アーシィの意思に反して……いや、無意識に反応して、トライバード・アサルトに向けて放たれた。

 

 まだ距離があるが、残像を残しながら飛んでくるトライバード・アサルトに恐怖を感じたからか? 

 

 マヘリアの気迫に圧されたからか? 

 

 アーシィが感じた事……躊躇した事……それは、クレナの機体がビームランチャーの攻撃範囲に入っていたからだ。

 

 サイコミュで操れる人……それは、おそらくクローンだろうと、アーシィは予測出来ていた。

 

 クローンにだって意思がある……心がある。

 

 クローンを物のように扱うタシロが嫌だった……クローンを利用して戦う自分が嫌だった……

 

「レジア・アグナール! あなたが墜ちれば、戦争は終わる! ザンスカールが腐敗した地球連邦を駆逐し、マリア主義が地球を救う! 墜ちなさい! 全ての人の幸せの為に!」

 

 アーシィは叫んだ。

 

 叫ばずには、いられなかった。

 

 何が正しくて、何が正しくないのか……

 

 もはや、分からなかった。

 

 それでも、どちらかの組織が倒れなければ戦争は終わらない。

 

 ザンスカールが非道な事をするのも、戦争を終わらせる為……

 

 出来るだけ早く戦争を終わらせる為に、仕方ない事……

 

 アーシィは自分に、そう言い聞かせる。

 

「甘ちゃんだねぇ……でも、雑魚を殺す為に切り札まで墜としてたら、アタシがアンタを殺してたかもねぇ……」

 

 ファラは、口元を舌で濡らす。

 

「映画みたいにクローンが正気を取り戻すとか思ってんなら、好都合だ。諦めて殺しちまえば、勝機があるのにねぇ……」

 

 アネモ・ボレアスが構えるボレアス・キャノン。

 

 その射線軸に、クレナのガンイージとトライバード・アサルトを収める。

 

「死んじまいな! みんな死んじまえばいいのさっ!」

 

 笑いながら、ファラはトリガーを引いた……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者35

「うおおおおおぉぉぉぉ!」

 

 アネモ・ノートスに向かっていたトライバード・アサルトは急激な方向転換を行い、クレナのガンイージを目掛けて飛ぶ。

 

 トライバード・アサルトのデュアル・アイに映る映像……アネモ・ボレアスが構えるキャノン砲が怪しく輝く。

 

 レジアが驚異的な感覚でアネモ・ボレアスの射撃に気付いた……訳ではない。

 

 ニュータイプではないレジアに、そんな力は無かった。

 

 だが、トライバード・アサルトにレジアの想いが込められていたからなのだろうか……

 

 限界を超えて動くトライバード・アサルトは、内部に篭った熱によってパーツの一部が爆発した。

 

 その衝撃でバランスを崩した時、射撃体勢に移行しているアネモ・ボレアスが目に入ったのである。

 

 気付いてしまえば、レジアの行動は早い……いや、迷いが無いと言うべきか……

 

 アラームが鳴るコクピットで、更にスロットルを開ける。

 

 最後の咆哮の如く唸るバーニア。

 

 全開の加速と揺さぶられるGに意識を持って行かれそうになりながら、レジアは意識を保つ事に集中する。

 

「うおおおぉぉぉぉ!」

 

 叫ばずにはいられない。

 

 広がって来る光に向かっていく恐怖……それでも、自分の意思で動けるだけ幸せだ。

 

 レジアは、クレナが自分の意思で裏切っている訳ではないと確信していた。

 

 まるで、自分が的になるように動いてる……それも、指示されて動く機械のように……

 

 何らかの理由で、操られているのだろう……だとすれば、クレナは守るべき大切な仲間だ。

 

 その思いで恐怖に打ち勝ち……全開のスピードでクレナ機に激突する。

 

「マヘリアさんっ! クレナを頼む!」

 

 有無も言わさずマヘリア機の方へ飛ばされたクレナ機は、光の帯に下半身を巻き込まれた。

 

 そして、トライバード・アサルトは……

 

 頭から左肩までが消失し、宇宙を漂っていた。

 

 レジアはトライバード・アサルトの特攻を避けようとバーニアを噴かせたクレナのガンイージが移動した方向に体当たりをし、その瞬間に逆方向へ全開でバーニアを噴かせて離脱を図る。

 

 死を覚悟はしていたが、それでも諦めてはいない……迷い無く全力で行った行動で、絶望的な状況でも命を取り留める事が出来た。

 

 が……

 

「ちっ! 往生際が悪いねぇ……でも、裏切り者をボロボロになりながら守ってどうするんだい? 助かったって、直ぐに死が待ってるよ!」

 

 ファラの言う通りだった……

 

 クレナは一瞬気を失っていたが、意識を取り戻すとマヘリア機に向かいビームライフルを構える。

 

 そして、辛うじて爆発していないトライバード・アサルトには、アネモ・ノートスとアネモ・ボレアスが迫っていた。

 

 サブモニターで、その状況を把握していたレジアだったが、もはや成す術が無い。

 

 無理をし過ぎたトライバード・アサルトのコンソールパネルは、レジアの足の上にある。

 

 もし、奇跡的にトライバード・アサルトが生きていても、それを操る術が無くなってしまった。

 

 バーニアを使って逃げようにも、両足に力が入らない。

 

 潰れた両足から、血の玉が浮かび上がる。

 

「マヘリアさん……クレナ……逃げてくれ……敵がまだ、オレを警戒しているうちに……」

 

 そう呟くレジアの視線の先で、アネモ・ボレアスが止めを刺しに動く。

 

 両肩にビームのリングを携え、ボレアス・キャノンを構える。

 

「用心には用心を重ねさせてもらうよ! 分身したって逃げられないように、文字通り消してやるよ!」

 

「逃げて、レジア! クレナ、どきなさい!」

 

 レジアを助けに入ろうとするマヘリアだったが、仲間を撃つ事も出来ず、ただボレアス・キャノンが放たれる瞬間を見ているしかなかった……

 

「いやあぁぁ! レジア、動いて!」

 

 動けないトライバード・アサルトに向けて放たれるボレアス・キャノン……

 

 防ぐ事など出来ない……絶望の閃光……

 

 だが、マヘリア機の遥か後方……

 

 絶望の光があれば、希望の光もある。

 

 漆黒の宇宙に、光の花が咲く。

 

 開いた光の花の中央から加速した高出力のビームが迫っている事を、この時は誰も気付いていなかった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者36

 

「鈴の音? 頭の中に直接響くような、この感覚は……なんだ? けど、分かるぞ! 敵の位置が……ダブルバードを通して感じる、お前の次の行動が! エボリューション・ファンネル!」

 

 モビル・アーマー形態のダブルバード・ガンダムに羽のように装備されているエボリューション・ファンネルが舞うように機体から離れ、光の輪を作り出す。

 

 暗い宇宙に、プラズマの花が咲く。

 

 その花の後方で、ダブルバードはガンダムの姿を露にする。

 

 その両手に握られているビーム・ライフル……

 

 ダブルバード・ガンダム用に急遽開発したバスターライフル。

 

 簡易式のヴェスバーと言うべき兵器は、ミノフスキー・トライブ・コンデンサから直接エネルギー供給が可能となっており、更にバスターライフルに取り付けられているエネルギー・パックに余剰エネルギーを蓄える事が出来る。

 

 これにより、手持ちの可変速ビームライフルとして機能出来る……それが二つ……

 

 トリガーを横に持ち、その二つのバスターライフルの背を合わせる。

 

 タブル・バスターライフル……火力不足が懸念されていたダブルバード・ガンダムに与えられた遠距離兵装……

 

「レジアはやらせない! そして、鈴の音を通して伝わってくる負の感情……お前だけは、ここで墜とす!」

 

 プラズマ・ブースターと化したエボリューション・ファンネルから発生する粒子の描く中心に、最速の射出速度で放たれたビームの電子が触れ合う。

 

 その瞬間、光が伸びていく。

 

 ピンポイントで、アネモ・ボレアスが放ったボレアス・キャノンのビームの先端に……

 

 アネモ・ボレアスのビームがトライバード・アサルトを捉える前に、ビーム同士の干渉が起きる。

 

 戦場が……宇宙が、一瞬だけ太陽の光が降り注いでいる晴天の日のように明るくなった。

 

「なんだ……光?」

 

 光の帯が、トライバード・アサルトとアネモ・ボレアスを鮮明に写し出す。

 

「ちっ、これがニュータイプの力とでも言うのか! ふざけてんじゃなぁい!」

 

 ファラの額に付けられた鈴が鳴る。

 

 ファラはサイコミュでダブルバード・ガンダムの存在を感じとった。

 

 だが……

 

「くそっ! 速い! 敵の姿を感じても、これじゃあ……」

 

 息を飲むファラ……サイコミュの増幅によって敵の姿が頭に浮かんだ時には、既に間合いに入られていた。

 

 たった今、長距離ビームを放った筈なのに……

 

 アネモ・ボレアスの頭部側からミノフスキー・ドライブ・ユニットを展開し、最大戦速で迫って来るダブルバード・ガンダムのスピードは常軌を逸していた。

 

 振り下ろされたビームサーベルは、全速で回避運動に入ったアネモ・ボレアスのボレアス・キャノンの先端を斬り裂く。

 

「ニコル……遅いぞ……ガンスナイパーを使っていた頃は、もう少し余裕を持って加勢に来てくれてただろ?」

 

「これでも、全速で来てんの! あの頃より仕事量がメチャ増えてんだから、間に合っただけでも褒めて欲しいモンだよ……」

 

 後方に弾け飛んだアネモ・ボレアスを深追いせず、ニコルの乗るダブルバード・ガンダムはボロボロのトライバード・アサルトに触れていた。

 

「に、しても……トライバード・アサルトがボロボロだ……あいつ、そこまでの強敵なのか?」

 

「ああ……強い。だが、それ以上に非道な奴だ。よく分からないが、クレナが奴に操られているみたいなんだ……だが、正直対策が見つからん」

 

 レジアもニコルも、マヘリアとクレナが戦っている事は知っている。

 

 二人の視線が向けられた先では、エボリューション・ファンネルに守られたマヘリア機に、クレナ機が攻撃を仕掛けようとする姿だった。

 

「あれは……完全に我を忘れてるね。さっき感じた負の感情は、クレナを操る為のモノだったのかな? だとすれば、奴を倒せば全て終わる!」

 

「待てニコル! クレナを操れるのが奴だけなら、それで終わりかもしれない。だが、アーシィ・ベースのクローンが量産されていたら……サイコミュが使える奴なら、誰でもクレナを操れるなら、解決にはならない!」

 

 動き出そうとするダブルバード・ガンダムの右腕を、残った右手で掴んだトライバード・アサルト……

 

「ニコル、それではクレナを苦しみから解放する事は出来ない……クレナを救うには、今しかないんだ……」

 

「分かったよ……何とかする。どっちにしても、奴を動けなくする事は必要だ! レジアは、ペギーさんが持って来るトライバード・バスターに乗り換えておいてくれ! アサルトは、もう無理だ!」

 

 ダブルバード・ガンダムは、トライバード・アサルトの手を振りほどくと、アネモ・ボレアスに向かって加速する。

 

 タブルバードと入れ替わるように、ペギーのトライバード・バスターがレジアのトライバード・アサルトに取り付く。

 

「リガ・ミリティアのエースが、随分とボロボロじゃないか。早くコッチに移動しな! その機体は、長く持ちそうにない」

 

「ダブルバードにバスターか……親父、見ているか? あの時は、夢物語だと思っていた。リガ・ミリティアにニュータイプが現れて、ダブルバードが宇宙を駆ける姿を見れるなんて、思っていなかった。だが、実現してくれた。皆に感謝しないとな……」

 

 朦朧とした声で、呟くように聞こえて来るレジアの声に、ペギーは焦った。

 

「おい、しっかりしろ! 今、そっちに行く。気をしっかり持て!」

 

「ペギーさん……だったな。そんな事より、マヘリアさんのフォローに回ってやってくれ。マヘリアさんは、仲間を撃てない。ニコルが状況を打開してくれるまで……助けてやってくれ」

 

 トライバード・バスターのコクピットから飛び出したペギーは、ボロボロのトライバード・アサルトに飛び移る。

 

 機体表面がスパークしている部分もあり、爆発までそれほど長く持ちそうにはないが、脱出する時間は充分にありそうだ。

 

「何を言っているんだ! リガ・ミリティアのエースを見捨てられるか! まだ時間はある……ハッチを強制で開くよ!」

 

「やめてくれ……足の上にコンソールが落ちている。動きそうにない……」

 

「そんなの無重力なんだから、どうにだって動くだろ!」

 

 トライバード・アサルトのハッチを開けたペギーの瞳に、衝撃の映像が映る。

 

 血の球による出血量の多さもそうだが、その状況が……

 

 捻じ曲がったコンソール・ボックスを支える土台は残っており、更に床から飛び出した部品がコンソール・ボックスに横から突き刺さり、足に押し付けるように力を加えている。

 

 どちらかを破壊しないと、コンソール・ボックスを動かす事は出来なそうであった。

 

「分かっただろ? 早くマヘリアさんの援護に行ってくれ。ここは戦場だ。迷った奴から死んでいくぞ!」

 

「分かった……だが、あのトライバード・バスターはあんたの機体だ。そして、あんたが死ねばリガ・ミリティア全体の士気に関わる。私の仕事は、この機体をレジア・アグナールに渡す事なんだ。何がなんでも……」

 

「分かっているよ……早く行くんだ。バスターを頼むぞ!」

 

 レジアの瞳を見たペギーは何かを感じ取り、拳を握り締めた後に頷く。

 

 トライバード・バスターのコクピットに戻ると、ペギーはビームライフルをトライバード・アサルトの右手に握らせた。

 

 そしてモニターの中心にトライバード・アサルトを入れ、ペギーは敬礼をする。

 

 こんな状況でも、レジアの瞳は諦めていない。

 

 自分の命ではなく、仲間を救う事を……

 

 ペギーの瞳から、何故か涙が零れた。

 

 レジアと話をしていなかったら、マヘリア機を攻撃するガンイージを破壊していたかもしれない。

 

 自分の身を犠牲にしてでも仲間を信じる、その心にペギーは感じるモノがあった。

 

「マヘリアさんは仲間を撃てない……マヘリアさんを援護しろ……か。マヘリアに準じて戦えって事だろ? 分かったよ。マヘリアと一緒に、あの暴走しているガンイージを正気に戻す。やってやるさ……」

 

 ペギーは涙を拭いて、トライバード・バスターのバーニアを全開にする。

 

 操られた仲間を助ける為に……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者37

「マヘリア! 大丈夫か?」

 

「ペギー、来てくれたのね! クレナが敵に操られてるの……何とかしないと……」

 

 近付いたペギーとマヘリアのガンイージの間を割って入るように、ビームが放たれる。

 

「この荒々しさ……本当にクレナなのか?」

 

「ええ……でも、これで分かるでしょ? クレナは操られている。強制的に、私達を狙わせてるのよ……」

 

 ビームを放ってきたクレナ機は、左手にビームサーベルを持ってバーニアを全開にしてペギー機の懐に飛び込んできた。

 

「速い! カリーンにいた時は、手を抜いてたってのかい? けど、片手のモビルスーツにやられる程、落ちぶれちゃいないよ!」

 

 ビームサーベルが重なり合い、スパークが舞い散る。

 

「うわあああぁぁぁ!」

 

「確かに、声はクレナだね。こんな叫び声は、聞いた事は無かったが……」

 

 機体が触れ合う事で、お互いの声がコクピットに流れてきた。

 

「あ……ああ……ペギーさん……お願い……私を……殺して……自分じゃ、どうにも……出来ない……」

 

「何を情けない事を言ってるんだ! まだ……誰も、アンタを助ける事を諦めちゃいない! 助けられる側が、真っ先に諦めるな!」

 

 左手のみでビームサーベルを操るバランスの崩れたクレナのガンイージを、ペギーのガンイージが押し返す。

 

「そうよ、クレナ! 私達は、あなたを救いたいって思ってる! だって、クレナは私達の仲間でしょ? もしも操られていなくて、クレナが自分の意志で裏切っていたとしても、それでも私達はクレナを討たない! だって、クレナは私達の危機を何回も救ってくれた……沢山の笑顔を私達にくれた。だから、私達はクレナと一緒にいたいの!」

 

 マヘリアの言葉に、ペギーは仲間の大切さを実感する。

 

「そう……穏やかなクレナは、戦争をしている私達には貴重な存在だ。忘れかけてる優しさを思い出させてくれる……アンタの意志は関係ない。必ず、連れて帰る!」

 

 そして、再びビームサーベルが交錯した。

 

「う……あああああぁぁぁ!」

 

 クレナの意思は再び底なし沼に引きずり込まれる様に、深く深く沈んでいく。

 

「カネーシャ・タイプ……貴様ら、クローンの心を揺さ振るんじゃない! 心が崩壊してしまうぞ!」

 

 クレナの心の浮き沈みをサイコミュの力で察知したアーシィが、2機のガンイージに牙を剥く。

 

 バック・エンジン・ユニットとアネモ・ノートスが、2機のガンイージを挟み込む。

 

「墜ちろ! リガ・ミリティア!」

 

「やめろ、アーシィ! 心が壊れるんじゃない! クレナは、必死に戦っているんだ!」

 

 気迫……レジアのプレッシャーが、アーシィを襲う。

 

 サイコミュ兵器てあるバック・エンジン・ユニットが、ボロボロのトライバード・アサルトに反応した。

 

 弱々しくビームライフルを構えるトライバード・アサルトの姿に、アーシィは戦慄を覚える。

 

「どこまでも邪魔をする……そんな姿になってまで邪魔をするな! レジア・アグナール!」

 

 放たれるマルチプル・ビームランチャー……

 

 しかし、回避不可能のトライバード・アサルトの目の前に光の盾が現れて、バック・エンジン・ユニットから放たれたビームを四散させた……

 

 

「あんたがレジアを……そして、クレナを狂わせたのか!」

 

 ダブルバード・ガンダムから放たれたビームが、アネモ・ボレアスの脇スレスレを通過する。

 

「なんだ……こいつのプレッシャーは? ちっ、イライラさせてくれるじゃないか!」

 

 細かくビームを放ちながら、ダブルバード・ガンダムを牽制するファラだが、全く当たらない。

 

 それどころか、動きを予測されているが如く、動いた先にビームが待ち受けている。

 

「ふざけたパイロットだ! この私を墜とそうってのかい!」

 

「ふざけてるのはソッチだろ! 鈴の音で相手を幻惑させるなんて、姑息なマネをしやがって! けどな……レジアやリガ・ミリティアの想いが詰まったダブルバード・ガンダムに、そんな小手先の兵器は通用しない! 貴様を墜として、クレナを解放する!」

 

 ボレアス・ベースによって機動性が上がったといっても、ミノフスキー・ドライブによって加速するダブルバード・ガンダムを上回る事は不可能だ。

 

 高出力のビームによって、アネモ・ボレアスの機体は少しずつ焼けていく。

 

「もう誰も失わない……ジュンコさんと約束したんだ。レジアもクレナも、連れて帰る!」

 

 突き刺したビームサーベルは、アネモ・ボレアスの胸を貫いた……いや、貫く筈だった。

 

「はい、そこまで! ちょっと、この胸くそが悪い女……いや、人形を生かしておかなきゃいけなくなったんでね……悪いけど、引いてくんない?」

 

「なんだ、お前は?」

 

 右手に持ったビームサーベルでダブルバード・ガンダムのビームサーベルを防ぎ、左手のビームサーベルを振る。

 

 後方に弾け飛ぶダブルバード・ガンダム。

 

「またミノフスキー・ドライブ搭載型か……タシロの馬鹿がデータを盗まれたばっかりに、いい迷惑だわ。ま……それでも、私の方が強いけどねっ!」

 

 銀色の髪をかきあげ、アルテミスはダブルバード・ガンダムを視界の中央に捉える。

 

「マデア大佐とアンタ、どっちが強いかな? 興味あるけど、今は人形の回収が先かぁ……」

 

 タイタニア・リッテンフリッカのコクピットで、アルテミスは薄い笑みを浮かべていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者38

「ビームが弾けた? Iフィールドがまだ生きているのか? いや、高出力ビームをIフィールドで防げる筈がない……」

 

 身動きのとれないトライバード・アサルトの目の前で四散したビームに、アーシィは驚きを隠せないでいた。

 

 バック・エンジン・ユニットに搭載されているマルチプル・ビームランチャーは3門が1セットになり、それが5基装備されている。

 

 そのビーム全てが、ボロボロのトライバード・アサルトの目の前で弾けた……とても信じられる状況ではない。

 

「ファンネルから発生したIフィールドか……さっきのガンダム・タイプの置き土産といったところか……いや、しかし……この距離でファンネルを操れる訳がない」

 

 アネモ・ノートスのモニターが、エボリューション・ファンネルの存在をアーシィに告げた。

 

「トライバードが動けないから、ファンネルを置いて熱量に反応してIフィールドを展開させているだけか……カラクリさえ分かれば、怖がる必要もない。墜とさせてもらうぞ、レジア・アグナール!」

 

 アネモ・ノートスはバック・エンジン・ユニットを背中に戻すと、バーニアを全開にしてトライバード・アサルトに迫る。

 

「レジア、敵が行ったわ! せめて牽制だけでもして! 直ぐに助けに行くから!」

 

 トライバード・アサルトとアネモ・ノートスの動きが気になるマヘリアは、どうしても注意力が散漫になってしまう。

 

 振り下ろされるビームサーベルに反応が遅れるが、ペギーのガンイージがクレナ機に体当たりして事なきを得る。

 

「マヘリア、アンタはレジアの援護に回ってやれ! こっちは私がなんとかする!」

 

 放たれるビームにビームシールドで防御しながら、ペギーは叫ぶ。

 

「でも……」

 

「防御に徹していれば、やられる事はない! だが、レジアを守る盾はエボリューション・ファンネルしかない! 奴を……レジアを失う訳にはいかないだろ!」

 

 ペギーの言葉にマヘリアは頷くと、クレア機を見ずにアネモ・ノートスの後を追う。

 

 その動きを察知したクレナは、ペギー機にビームの雨を降らせつつ、2連マルチランチャーをマヘリア機に向けて放つ! 

 

 ビームに晒されつつも、ペギーの操るガンイージはビームライフルでビームを放ち、辛うじてマルチランチャーを1基破壊する。

 

「マヘリア、ランチャーがいった! 撃ち墜とせ!」

 

「そんな事をしていたら、レジアがやられる! 背後からなら、敵の新型を墜とせるかもしれない……レジアを守る為には、これしか……」

 

 マヘリアは、アネモ・ノートスのバーニアにロックオンした照準を解除しない選択をした。

 

 自分を犠牲にしても、レジアを救う選択を……

 

 しかし……

 

 ボロボロのトライバード・アサルトの右手が動く。

 

 ペギーから受けとったビームライフルで、ビームを2発だけ放つ。

 

 一射目は、マヘリアに迫るマルチランチャー目掛けて……

 

 二射目は、マヘリア機とアネモ・ノートスの間……まるで、マヘリアの攻撃を邪魔するかのように……

 

「そんな……レジア、なんで……」

 

 そのビームで、アーシィはマヘリア機の存在を認識した。

 

「誤射か? いや、あの状態で仲間を守る為にピンポイントでランチャーを撃ち落とした……私より仲間を守る為にビームを撃ったか……」

 

 アーシィはアネモ・ノートスを振り向かせ、マヘリア機と対面する。

 

「狙いがマデアから外れた? なら、私が新型を墜とせばいい。相打ちだろうが、自爆だろうが、何だってやってやる! それでレジアを守れるなら!」

 

「量産機で私とやるつもりか? 舐めるな! リガ・ミリティアの蚊蜻蛉が!」

 

 覚悟を決めて叫ぶマヘリア。

 

 自分の迷いを振り切る為に叫ぶアーシィ。

 

 その時、アーシィは妙な空間に包まれている感覚を覚える。

 

 アーシィは、その感覚を覚えていた。

 

 サナリィで、ニコルと戦場で出会った時の感覚に似ている。

 

 そして脳内に、レジアの声が響く。

 

「マヘリアさんもアーシィも、こんな所で死んじゃダメだ……こんな戦い、望んでいる訳じゃないだろ……」

 

 すぐ隣でレジアに言われているような感覚……しかし、アーシィは理解する。

 

 これは、先程ビームを撃った時のレジアの叫びだと……

 

 自分のクローンが自分のクローンを殺し、自分のクローンがリガ・ミリティアに寝返ったクローンを操って仲間同士で戦わせている……

 

 そして敵として戦っている相手は、強制的とはいえ裏切った仲間を救う為に自分を犠牲にして戦っている……

 

 母を救う為……マリア主義を広め、人類を救う為……

 

 その為に、手を汚す覚悟はしていた。

 

 だが……この戦いに正義はあるのか? 

 

 レジアの放ったビームは、誤射なんかではなかった。

 

 仲間を……そして自分を守る為に撃ったビームだと気付く。

 

 アーシィが失った時間は一瞬だったが、その間にマヘリアはアネモ・ノートスにビームを放つ。

 

 回避が遅れたアネモ・ノートスは、そのビームで左足を貫かれる。

 

 ビームが貫いた場所を中心にスパークする左足をビームサーベルで斬り落としたアネモ・ノートスは、その動作の途中でバック・エンジン・ユニットをパージした。

 

 アネモ・ノートスは足側、バック・エンジン・ユニットは頭側に移動し、ガンイージを上下で挟み込む。

 

 そして放ったのはビーム……ではなく、ワイヤーだった。

 

 ワイヤーがマヘリア機のコクピットのパーツに張り付き、お互いの息遣いが聞こえてくる。

 

 音声が届く事を確認したアーシィは、口を開く。

 

 トライバード・アサルトとアネモ・ノートスとの間の宇宙に、エボリューション・ファンネルが光り輝いていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者39

 

 鈴の音が遠くに聞こえる。

 

 自分の意識を奪っていく鈴の音……

 

 遠くなっている筈なのに、頭の中では強くなったり弱くなったり……耳元で、鈴を強く振ったり弱く振ったりして、その音を聞いているような感覚は消える事なく響いている。

 

 鈴の音が弱くなると自分の意識がはっきりしてくる……でも、強くなると暗闇に引きずり込まれるように意識を失ってしまう。

 

 沈没と浮上……繰り返しているうちに、精神がおかしくなりそうになる。

 

 それでも聞こえてくる仲間の声に、なんとか踏ん張ろうと足掻く。

 

 ただ……仲間達の声に手が届きそうで届かない。

 

 もう駄目かもしれない……もう一人の自分が、仲間達を攻撃しているのが分かる。

 

 何とか止めたいと思っても、自分の意思ではどうにもならない。

 

 ごめんなさい……心の中で、何度も……何度も……

 

 声も出せない自分の身体で、心の中で叫び続ける。

 

 再び浮上した意識は、自分の意思とは違うところで動いている身体とリンクした。

 

 歯痒さしかない……避けて……そう願うしかない。

 

 しかし、そう感じる事も一瞬……闇の中へ沈み込んで行く……底なし沼に絡めとられたように……足掻けば足掻く程、深く飲み込まれる。

 

 私は静かに目を閉じる……それが唯一の抗いだから……

 

 沈み込んでいく私の腕を、誰かが掴んだ。

 

 だけど、そんな事に意味はない……掴んでくれても、意識は沈んでいく……物理的な干渉で、何とかなる筈がない。

 

 物理的? 

 

 今は意識でしかない私の腕を……掴む? 

 

 私は疑問に感じたが、その手からは確かに温かさを……人の温もりを感じた……

 

 

「ガンイージのパイロット! 聞こえるな? 操られているパイロットの意識を取り戻す! 協力してくれ!」

 

「何を……そんな戯言、聞ける訳ないでしょ? どういうつもりか知らないけど、クレナは私達が助ける! 敵の言葉が、信用出来るか!」

 

 マヘリアはビームサーベルで繋がったワイヤーを斬り裂き、アネモ・ノートスにビームを放つ。

 

「くっ! やはり……今まで戦っていた相手の言葉など、信用してもらえる筈もないか……だが、あのカネーシャ・タイプを元に戻せるのはサイコミュだけだ! どうする? レジア・アグナール」

 

 思わずレジアの名を口にしたアーシィだが、その言葉は伝わっていると確信していた。

 

 トライバード・アサルトとアネモ・ノートスの間にある光の橋……エボリューション・ファンネルから発する光が、人と人が繋がっていると信じさせてくれる。

 

 そしてアーシィの願いは、確かにレジアに届いていた。

 

 アネモ・ノートスに襲いかかるマヘリア機に対し、トライバード・アサルトから牽制攻撃が飛ぶ。

 

「そんな……レジアまで! 敵の言葉を信じろって言うの? クレナを余計におかしくさせるかもしれないのに!」

 

 トライバード・アサルトの攻撃を躱すカンイージに、アーシィは再びワイヤーを放つ。

 

「ガンイージのパイロット、聞いてくれ! 信用出来ないだろうが、私も自分のクローンを造られている身だ……だから、苦しむクローンを見ていられない……道具のように利用されるクローンを見ていられないんだ! もし、私が不穏な動きをしたら、後ろから撃ってもらって構わない……こんな納得の出来ない……自分の心を偽り続けながら戦う事なんて、やっぱり続けられない……」

 

「クローン? あなたは一体何を言っている? クレナが……クローンだって言いたい訳?」

 

 驚きの隠せないマヘリアの声に、アーシィも少し驚いたが、それもそうかと頷く。

 

 クローンかどうかなんて、普通に接しているだけでは分からないだろう。

 

 特に、オリジナルの感情を移植されているクローンなら尚更だ。

 

「いや……操られているパイロットもクローン計画の被害者なんだろう。サイコウェーブに反応して意識を失いザンスカールに操られているならば、クローンかもしれない。だが、そんな事は関係ない……感情を持ち、仲間の為に抗っているならば、それは人と変わらない……」

 

「クレナはクローンなんかじゃない! 造られた者である訳が無いだろ! 言葉に気をつけなさいよ、ザンスカールのパイロット!」

 

「だから、感情があれば人だと言っているだろう! クローンだろうが人だろうが、それを道具のように使い捨てをするやり方を、私は気に入らないんだ! マリア様の考えは世界に広めたい……けど戦争だからって……勝利の為に、何でも犠牲にしていいって訳じゃない。私は、リガ・ミリティアの考えに賛同は出来ない。だけど、戦争の道具として操られている者をみていられないんだ……今、この宙域にいるザンスカールの機体はアネモ・ノートスだけ……チャンスは今しかない!」

 

 アーシィの感情をぶつけられたマヘリアは、言葉を失った。

 

 確かに、人かクローンかなんて関係ない。

 

 クレナはクレナだ……クレナがクローンだとしたら……だとしたら、何だ? 

 

 元のクレナが戻って来てくれるなら、それでいい。

 

「分かったわ……レジアも貴女の考えに賛成みたいだしね。それに、私も同じ。人は道具なんかじゃない……自分で考えて、自分が正しいって思う道を歩かないとね。それを強制的に言いなりにさせるなんて……許せないわ!」

 

 二人の間に少しの時間、静寂が訪れ……そして笑った。

 

「で、具体的にどうする訳? 動きを止めるだけじゃ、クレナを助けた事にならないわ」

 

「操られているパイロットは、サイコウェーブで脳波を乱された事がスイッチになって意識を分断させられている。ならば、サイコミュで元の意識を引っ張り上げれば……」

 

「そう……貴女、ニュータイプって訳ね……直感だけで動くところはニコルそっくり……いいわ、このままクレナと戦ってても埒が明かないし……でも、少しでも変な動きをしたら容赦なく撃つわよ!」

 

 アーシィは頷くと、クレナ機にアネモ・ノートスを寄せていく。

 

「心があれば……きっと戻せる。必ず戻してやるぞ、カネーシャ・タイプ」

 

 アネモ・ノートスから放たれた微弱なサイコウェーブは、クレナのガンイージに届き始めた……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操られし者40

 私は、私の腕を掴んでくれている温かい手を……その手を必死に握り締める。

 

 手放したくない……手放してはいけない。

 

 身体を飲み込もうとする力に全力で抗いながら、私は空いている方の手を更に伸ばす。

 

 その手にも、人の温もりが触れる。

 

 私の手を絡めとり、引き上げる力が増す。

 

 そして、もう一つ……

 

 そう……私は造られた存在……

 

 人ではない……一人の女性の記憶を移植されたクローン……

 

 宇宙海賊としてザンスカール帝国と戦っていた若き女性パイロット……クレナ・ラスベリーをベースとしたクローン……カネーシャ・タイプのプロトタイプとして生まれる。

 

 私が造られた時、実験の為にベースの人格と記憶を脳内に埋め込まれた。

 

 クレナ・ラズベリーの記憶……母親が反ザンスカールのレジスタンスに参加した事で生活が脅かされるようになったクレナは、宇宙海賊に参加する事になる。

 

 宇宙海賊として活動している最中、恋人となるプロシュエールと出会う。

 

 プロシュエール達と宇宙海賊としてカガチの乗る艦を襲った時に捕えられて、タシロの行うクローン実験のモルモットとされた。

 

 そして造られたカネーシャ・タイプ。

 

 記憶と人格を持たされたのは、エンジェル・ハイロゥから放たれる予定であるサイコウェーブの効果実験の為……

 

 ニュータイプから生み出される新たなクローン作成の実験の為……

 

 私が嫌になって逃げ出した後、全てのカネーシャ・タイプから人格や感情は取り除かれた。

 

 サナリィで……クローンとしてプロシュエールと出会ったその時、クレナは全てを思い出した……いや、ザンスカールにとって都合の良い記憶と、クレナ本人の記憶を同時に持つ事となった。

 

 プロシュエールとの再会……それは偶然の出来事……

 

 タシロは、私をリガ・ミリティアにスパイとして送り込みたかった。

 

 だから私に、ザンスカール帝国を裏切るようにプログラミングしていたのだ。

 

 私は実験が嫌になって逃げ出した……そうなるように、プログラミングされていた。

 

 カネーシャ・タイプを意のままに操れるクローンにし、更なるクローンの開発の為に……

 

 けど……プロシュエールとの再会が、私の運命を変えた。

 

 リガ・ミリティアとして再びプロシュエールと再会した私は、サナリィ基地の情報をタシロに送っている場面を見られてしまう。

 

 その行動を見ていたプロシュエールは、見逃してくれた。

 

 それどころか、全ての罪を被って命を落とす。

 

 プロシュエールの最後を聞いた時、私の中で何かが弾けた。

 

 ザンスカール帝国に組み込まれた都合の良い記憶は弾け飛び、クレナ・ラズベリーの記憶が鮮明に呼び起こされる。

 

 もうタシロの影に怯えないで済む……心の中で、プロシュエールに何度もお礼を言った。

 

 もう誰にも操られない……

 

 そう……思っていたのに……

 

 サイコウェーブによって簡単に頭を操作され、ザンスカールに刷り込まれた記憶が思い出された。

 

 いるはずのない父親がギロチンで殺され、ザンスカール帝国には逆らえないという恐怖の記憶が……

 

 その恐怖が、私を深い闇に落としていた。

 

 でも……その闇をも斬り裂く程の温かさを感じる。

 

 更に……光の中から4本目の腕が伸び、私の手を強く掴む。

 

「戻って来い、クレナ! お前はクレナ・カネーシャ、他の誰でもない! オレ達の仲間だ!」

 

 力強い言葉が、私の心に響き渡る。

 

 私は……カネーシャ・タイプであり、クレナ・ラズベリーであり……

 

「クレナ! あんた……リガ・ミリティアに入ってから、ずっと一緒にいる私を忘れたなんて言わせないよ! クローンだか何だか知らないけど、私と一緒にいた時間は作られたモノじゃないでしょ!」

 

 マヘリアさん……そうか……私は、クレナ・カネーシャ……

 

 クレナ・カネーシャとして、生きていいんだ……

 

 私は私……

 

「助けて……助けて!」

 

 叫んでいた。

 

 叫んだ瞬間、私を引き上げる力が更に強くなる。

 

「当たり前だろーが! 殺せだなんだと、女々しく言いやがって! 殺せる訳がないだろ! 仲間を……戦友をよ!」

 

 ヘレン……サナリィ基地から助け合ってる信頼出来る仲間……

 

 私……甘えていいのかな? 

 

 きっといいんだ。

 

 それを許してくれる仲間なんだから……

 

 私は、ザンスカールの……タシロの呪縛を断ち切る事だけを考えよう……

 

 引き上げてくれる力に逆らわず、溢れる温かさに身を委ねる。

 

 そして……瞳が開く。

 

 ガンイージ……トライバード……それに、アネモ・ノートス……

 

「戻ったか? カネーシャ・タイプ! 無事か?」

 

 この人が、アーシィ・リレーン……私と同じクローンの死を悲しんでくれる……クローンの事を人として接してくれる人……

 

 他のカネーシャ・タイプからの情報で分かる……

 

 この人が、私に仲間の声を届けてくれたんだ……

 

 良かった……みんな無事みたい……

 

 そう思った私の瞳に、ボロボロになったトライバード・アサルトが映る。

 

「そんな……レジアさん!」

 

 声が出た。

 

 私の脳裏に、映像が蘇る。

 

 仲間を攻撃する私を守る為に、傷ついていくトライバード・アサルトの姿が……

 

 クローンなんだから、操られる事は仕方がない……

 

 死んで楽になろうとした自分に嫌気がさす。

 

 涙が溢れた。

 

 クレナは無意識に、ガンイージをトライバード・アサルトに寄り添わせていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙の十字架

「人形! もっとプレッシャーかけなよ! そんなんじゃ、的になるよ!」

 

「人形、人形、煩いんだよ! 蝿みたいに飛びやがって……お前が邪魔なんだよ! 後ろから撃たれたくなかったら、とっとと消えな!」

 

 近接でタイタニア・リッテンフリッカ、遠距離からアネモ・ボレアス。

 

 6本のビームサーベルと、高出力のボレアス・キャノンがダブルバード・ガンダムを襲う。

 

 が……ビームサーベルはビームを纏ったファンネルに押し返され、ボレアス・キャノンは尽く躱される。

 

 回避しながらのバスターライフルの連射は、正確無比にアネモ・ボレアスの装甲を焼いていく。

 

「なんだ、このモビルスーツ! レジスタンス如きが開発できる代物じゃない! ファンネルだけで、私が抑え込まれてる! タシロ自慢のザンスパインより強いんじゃないの!」

 

 回転しながらタイタニア・リッテンフリッカのビームサーベルを弾くエボリューション・ファンネル……ダブルバード・ガンダム本体に相手にもされないアルテミスは、苛立ちを募らせる。

 

 タブルバード・ガンダムは……ニコルは、クレナを使ってレジアをボロボロにしたアネモ・ボレアスを狙っていた。

 

「こいつだけは……ここで墜とす! 人の命の灯を消す事に何も感じないのなら……もはや人じゃない!」

 

 叫んだニコルの意思を乗せたバスターライフルの一撃が、ついにボレアス・ベースを捉える。

 

「ちっ! このプレッシャー……増幅された私のサイコミュを超えている!」

 

 爆発するボレアス・ベースをパージしたアネモ・ボレアスは、バランスを失いながらもボレアス・キャノンを構えた。

 

「この一撃で……終わらせる!」

 

 ダブル・バスターライフルの照準を合わせ、トリガーを引こうとした時、ニコルの脳裏に言葉が響く。

 

「アーシィさん? この戦場にいるのか? けど……このパイロットだけは、ここで墜とさなきゃ!」

 

 ふたたび照準を合わせようとするニコルだったが、上空……ダブルバード・ガンダムの頭側から滝のように落ちてくる15本のビームの回避を余儀なくされた。

 

 そして、飛び込んできたアネモ・ノートスのビームサーベルを、ダブルバード・ガンダムはビームサーベルで受ける。

 

「アーシィさん! こいつだけは……討たせてくれ!」

 

「ニコル……クレナさんは戻ったわ。でも、レジアが……行ってあげて! 一刻を争うかもしれないの……この2人に追撃はさせない。私が責任をもって……必ず。私を信じて……きっと、レジアもニコルと話をしたい筈だから……」

 

 アーシィの言葉で、ニコルはトライバード・アサルトの状態を思い出す。

 

「あの損傷だ……レジアは重症なのか?」

 

「いえ……モビルスーツから出れないの。いつ爆発してもおかしくないモビルスーツの中にいる。だから……急いで、ニコル!」

 

 アーシィの切羽詰まった言葉に、ニコルの額から冷や汗が流れる。

 

 生かしておいても、良い事はない……それは分かっているが、こんな事をしている場合でもない……

 

「くそ……アーシィさん、ここは任せる! けど……あのパイロットだけは許せないんだ!」

 

「ニコル……分かっているわ。マリア様にも、今回の戦いの事は伝える。早く行ってあげて……」

 

 ニコルは頷くと、ミノフスキー・ドライブ・ユニットを展開して飛び去っていく。

 

「アンタ、マリア・カウンターのアーシィ・リレーンだよね? 逃がしてどーすんのよ? 3機でやれば、倒せたかもしれないのに」

 

「そうかしら? とても連携して戦っているとは思えなかったわ。そんな状態で、あのモビルスーツには勝てない。リガ・ミリティアのモビルスーツを爆発寸前で止めておいた。その機体の位置を教えてやったら、まんまと後退してくれた。こちらも態勢を整えるべきだろう」

 

 アーシィの声を聞きながら、アルテミスはシートに身体を沈ませて、大きく息を吐いた。

 

「ま……今からミノフスキー・ドライブ搭載型を追っても、追いつかない。それに、あの人形の行いを罰するチャンスでもあるしね。貴重な同型のクローンを殺すなんて……馬鹿なマネをしたもんだわ。ついでに、貴重な研究中のパーツまで破壊されたし……タシロの泣く姿でも拝めるかな?」

 

 ダブルバード・ガンダムに相手にされなかった怒りの矛先をファラにぶつけたアルテミスは、少し溜飲が下がり表情が柔らかくなる。

 

「では、一度戻りましょう。ファラ・グリフォン……クローンは、ズガン将軍にお預けします」

 

 アーシィはそう言うと、ダブルバード・ガンダムが飛び去った方角を見た。

 

「ニコル、レジアの思い……引き継いであげて。私も戦ってみせるわ。マリア・カウンターのアーシィ・リレーンとして……」

 

 そう呟くアーシィの瞳からは、涙が零れていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙の十字架2

「タシロ中佐、やってくれたな。貴重な最新型クローンを一体、自らのクローンに殺させるとは……なかなか面白い事を考えたもんだ。しかし、バレないと思っていたのなら、少し考えが浅慮だったな」

 

 ズガン艦隊の旗艦に呼び出されたタシロは、宰相であるフォンセ・カガチと通信で会話する為に艦橋に連れて来られていた。

 

 右目に付けた茶色の片眼鏡を調整しながら、ズガンはタシロに視線を向ける。

 

「浅慮ってゆーか、ただ頭悪いだけなんじゃないの! 私達の仲間も散々殺してくれたしね! カガチ様の命令があれば、今ここで殺してやりたい気分だわ!」

 

「ズガン中将、私が言うのもなんだが……お互いに部下の勝手な行為には手を焼きますな。これ以上侮辱を続けるなら、彼女を正当な場で訴えなければいけなくなる」

 

 冷静なズガンの横で感情的に捲し立てるアルテミスを睨んだタシロは、煩わしさを感じた。

 

 こんな子供に毛が生えた程度の人間を戦力として考えなければいけないのか……と。

 

 ズガンが喚くアルテミスを部屋から押し出したと同時に、モニターにカガチ宰相の姿が映る。

 

「宰相、この度は手を煩わせてしまい申し訳ありません」

 

「2人とも、まずはご苦労だったな。色々と問題はあったが、それでもリガ・ミリティアを押し返せたのは悪くない戦果だ。新型のFシリーズに、トライバードを墜とせたのは大きい。奴らの資金や人材は、そう多くないだろうから、こうして削っていけば勝利は見えてくる。しかしタシロ中佐、帝国の財産を自らの手で破壊するのは良くないな。自分の研究の成果だったとしても、その資金は帝国のものだ。好き勝手やっていい訳ではないぞ」

 

 カガチがモニタに映った瞬間、背筋を伸ばしたタシロは深々と頭を下げた状態で話を聞いていた。

 

 カガチの言葉が途切れると、タシロは頭をゆっくりと上げてモニターを見る。

 

「申し訳ありません。しかし、トライバードを墜とす為には必要な犠牲だったと思っております。ファラの判断があったからこそ、トライバードを墜とす事が出来ました。おそらく、パイロットのレジアも無事ではありますまい」

 

「どうかな? 映像を見る限り、ファラというクローンが自分の機体を失ったからモビルスーツを強奪したように見えるがな……それとも、中佐の指示の元やったのかな?」

 

 横から話に入ってきたズガンをタシロは睨み、そして考え込む。

 

「中佐、もしクローンが自分の考えで仲間を殺したのであれば問題だ。確かに結果的には良かったかもしれんが、高価な最新型クローンを失ったうえに、共に戦う同胞達にもクローンが後ろから撃ってくるかもしれないという恐怖を植付けてしまった。エンジェル・ハイロゥの感情コントロールを試す為に始めたクローン計画だが、その結果もある程度でた。今後、クローンの開発は凍結とする。いいな?」

 

「いや、しかし……アーシィ・ベースのクローンは戦闘能力も高い。ここで開発を凍結してしまっては、今までの苦労が……」

 

 口籠るタシロ……確かに、ファラが勝手にティーヴァを殺したのは誤算だった。

 

 しかしクローンが自己にて考え、戦局を有利した事実は喜ばしい事ではないのか? 

 

 が……ザンスカール帝国内での地位を確固たるものにしたかった為、功を焦っていた事も確かだ。

 

 変な事を言えば、現在は不問にされているマデアが離反した際に何故か奪われたザンスパイン計画の事まで持ち出されかねない。

 

「それで宰相、ファラとやらの処遇はどうします? 欠陥品として廃棄が望ましいのでは?」

 

「いや、少しお待ち下さい。廃棄にするならば、今後の研究の為にも冷凍保存し、何かの時に役立てるようにしておいた方がよろしいかと……」

 

 ズガンとタシロの言葉に、カガチは顎に手を当て少し悩む。

 

「ふむ。アーシィ・ベースは、ノルとエットが残っていたな? エットの方は、感情も安定していると報告を受けているが……実際はどうだ?」

 

「はっ……ノルの感情のコントロールは不安定ですが、エットはアーシィ・ベースのクローンの中では最も安定しています。エットを失う訳にはいかなかったので、ファラを出したのですが……」

 

 カガチは眉間に皺を寄せると、更に難しい顔をする。

 

「ズガン将軍、アネモ・ノートスをアーシィ専用機とし、エットにアネモ・ボレアスを使わせる。タシロ、ノルは指揮官用に変更すると共に精神を安定させろ。その為に、色々と実験をさせていたのだからな。ファラは凍結させ、ズガン将軍に預かってもらう」

 

「宰相、地球降下作戦はどうします? 我々ズガン艦隊は、カイラスギリーの修繕とエンジェル・ハイロゥの護衛任務もありますが……」

 

 苦虫を噛み潰したような表情を見せるタシロを無視して、ズガンは話を進めた。

 

 ファラ・グリフォンの戦闘能力は高い……タシロの切り札になるであろうクローンを手中に収める事が出来たのは上出来。

 

 タシロが何かを言う前に、話を終わらせてしまおうと考えたのだ。

 

「そうだな。タシロには、ミノフスキー・ドライブのデータを盗まれた責任もある。マリア・カウンターの者の裏切りだから、マリアにも責任はあるが……マリアには我々の思惑通りに動いて貰わねばならん。今、ここで糾弾する事は得策とは思えんからな。売れる恩は売っておいた方がいい」

 

「つまり、我々タシロ艦隊に地球降下作戦の先鋒を務めろ……という事ですね? それで、今回の不始末の責任をとれと?」

 

 カガチは頷くと、端末を叩く。

 

「我々が地球に降下する事を邪魔するのは、リガ・ミリティアの戦艦一隻と、マデアの部隊だけだろう。それで責任がとれるなら安いもんだ。勿論、ズガン艦隊には後方支援をしてもらう。その作戦が終われば、その功績を持って大佐に昇進だな」

 

「分かりました。お任せ下さい」

 

 敬礼するタシロの目が光る。

 

 昇進して昇進して……いずれ帝国を牛耳ってやる……タシロは、自分の野望の為に言葉を飲み込んだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙の十字架3

「レジア! 今助ける! 整備班の人、早くしてやってくれ!」

 

 トライバード・アサルトに近付いたニコルは叫ぶと、ミリティアン・ヴァヴに向かって通信を飛ばす。

 

 先程まで戦場だった宙域は、まだミノフスキー粒子が影響し通信障害が起きていた。

 

 それでも、ニコルは叫ばずにはいられない。

 

 トライバード・アサルトの破損は酷く、いつ爆発するか分からない状況だ。

 

 下手に動かす訳にもいかず、ミリティアン・ヴァヴの到着を待つしかなかった。

 

 その歯痒さが、ニコルを叫ばせる。

 

 先行して戻ったペギーが座標を伝えた為、程なくしてミリティアン・ヴァヴは到着した。

 

 艦長であるスフィアの指示でレジアの救助隊が編成され、急ピッチで救助の準備が行われる。

 

 そんな中、艦橋でトライバード・アサルトの状態をモニタリングしていたミューラは、トライバード・アサルトの爆発時期が近い事を察していた。

 

「艦長、救助隊を出さないで下さい。全員、トライバード・アサルトの爆発に巻き込まれる事になります」

 

「ミューラさん、何を言っている? レジアは助け出さなければいけない。たとえ、どんな犠牲を払ってもだ! 私が犠牲になっても、レジアさえ生きていれば、リガ・ミリティアは走り続ける事が出来るんだ!」

 

 スフィアの言葉に、ミューラは首を横に振る。

 

「艦長……艦長は、クルーの命に責任を持たないといけないでしょ? 私だって、レジアを失いたい訳じゃないわ。でも、コクピットから出れないレジアを救助していたら、確実に爆発に巻き込まれる。それにレジアがいなくなっても、今はニコルとダブルバードがある。何とかなる筈よ」

 

「本気で言ってるの? ミューラさんは、レジアを都合の良い道具と勘違いでもしているのか? 話にならない……黙って座っていてくれ! 今は技術屋が口を挟む場面じゃない!」

 

 スフィアはミューラに対し嫌悪感を覚え、強く睨みつける。

 

 が……今は、それどころではない。

 

 直ぐにミューラから視線を外したスフィアは救助隊の状況を確認し、最短でレジアを助る為に指示を送る。

 

「艦長! もしトライバード・アサルトが爆発しても、ダブルバードで爆発を抑えてみせる! とにかく、急いでくれ!」

 

「分かっているわ。もう少しで救助隊が出せる。ニコルはレジアに声をかけ続けてあげて! 必ず助けるって!」

 

 ミリティン・ヴァヴが近付いた事で、スフィアの言葉が鮮明に届く。

 

「レジア、聞いたか? もう少しで艦が来る! もうチョイ頑張れ!」

 

 トライバード・アサルトの残っている右肩にダブルバード・ガンダムの手を添えて、ニコルは叫び続ける。

 

「ニコル……声がデカイぞ……それと、艦長に救助隊は出さないように言ってくれ……トライバードの最後が近い……オレには、分かるんだ……」

 

「そんなモン、分かってたまるかよ! ミリティアン・ヴァヴのメカニック達は優秀なんだ! レジアの足に乗っかってるデカ物なんて、秒で取り除いてくれるさ! 爆発前に作業は終わるから、心配すんな!」

 

 少し声の震えてるニコルの声を聞きながら、レジアは少し笑う。

 

 馴染んだトライバード・アサルトのシートに背中を深く沈ませると、レジアは赤い球体の舞うコクピットを眺める。

 

「ニコル……一つだけ頼みがあるんだ……マイの顔を、一目だけでいい……見せてくれないか?」

 

「何言ってやがる! そんなの、助かってからいくらでも見ればいいだろ! くそっ! 早くしてくれ!」

 

 焦るニコルの声が、爆発の時間が近い事をレジアに告げた。

 

「艦長……マイをオレの元に……ひょっとしたら、戻せるかもしれない……心を失わせる事が、クレナの変化と同じなら……」

 

 レジアは破壊されたコンソールを操作し、ミリティアン・ヴァヴと通話する。

 

「レジアさん、諦めちゃダメです! 私達が必ず……」

 

「レジア……諦めたくはないが、あの損傷では……間に合わないかもしれん……」

 

 ニーナの悲痛の叫び……そして、元メカニックのマッシュには機体の状態が分かってしまう。

 

 絶妙なバランスで爆発を免れているが、手が加わった瞬間……

 

 バランスが崩れて爆発する可能性が高い。

 

 勿論、ほっといても爆発してしまうのだろうが……

 

「くっ……だが、手を拱いて見ている訳にもいかん。とにかく、トライバード・アサルトの状態の把握を急げ! それから……」

 

 信頼しているマッシュの言葉で、スフィアの頭に最悪の事態が過ぎる。

 

 しかし、出来る事は全てやりたい。

 

 か……当然、クルーの命も無駄には出来ない。

 

 苦悩するスフィア、泣き叫ぶニーナ、唇を噛み締めるマッシュ……そんな中で、レジアの恋人である筈のマイは無表情でモニターを……スパークするトライバード・アサルトを眺めていた。

 

「マイ……危険だが、レジアの元へ行けるか? レジアの最後の頼みになるかもしれない」

 

「はい……レジアが死ぬかもしれないのに、私には何の感情も湧かない……正直、レジアが死ぬ悲しみより、自分が死ぬ恐怖の方が強いです。でも、私が愛した人の最後かもしれないなら……」

 

 表情を変える訳でもなく、涙を流す訳でもなく……淡々と話すマイにスフィアは怒りを覚える。

 

 マイに対してではなく、マイを通してザンスカールの行いに無性に腹が立った。

 

「マイ……それで充分だ。最悪の事態になったら、レジアの心だけでも救ってやってくれ。ニコル、今から救助隊とマイをそちらに向かわせる! 守ってやってくれ!」

 

「了解! マイ、必ずオレが守ってやる! レジアを救うぞ! 俺達で、必ず!」

 

 マイは無表情で頷くと、格納庫へ向かって走り出す。

 

 レジアの声では何も感じない……でも、ニコルの声は身体の中へ……頭ではなく心に直接語りかけられている気がする。

 

 そしてレジアも信じていた。

 

 ダブルバード・ガンダムとエボリューション・ファンネルに搭載されたサイコフレームが奇跡を起こしてくれる事を……

 

「親父……あの時の親父の気持ち……今なら分かる気がするよ。命懸けでダブルバード・ガンダムの図面を取りに行った親父の行動……馬鹿げてるって思ったけど……今なら分かる……分かる気がするんだ……」

 

 レジアは最後の時が動き出している事を感じながら、決意を胸にした……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙の十字架4

「あそこに、レジアがいるんだね。トライバード……本当にボロボロになっちゃってる……」

 

「マイさん……ごめんなさい。私のせいで、レジアが……」

 

 マイはクレナのガンイージのコクピットの中で、トライバード・アサルトに……レジアの元へ向かっている。

 

 戦闘が終わってからも、クレナはレジアの……トライバード・アサルトの側を離れようとはしなかった。

 

 そしてレジアがマイを呼んでいる事を知ると、護送の役を申し出た……少しでもレジアの役に立ちたい……そんな思いが、クレナを駆り立てる。

 

「うん……でも私、何も感じないんです。最近は、本当にレジアの事が好きだったのかどうかさえも分からなくなってきて……だから、私に気を使う事はないですよ」

 

「マイさん……」

 

 クレナは涙が出そうになる瞳をグッと閉じて、操縦桿を強く握り締めた。

 

 自分が操られていた時……暗闇の中に捕われていた時の自分は、今のマイのような感じだったのだろうか……

 

 表面に出ている自分と、内面でもだえ苦しむ自分……

 

 今のマイを見ていると、苛立ちを覚える。

 

 レジアがマイを想い続けていた事を知っているクレナにとって、無表情のマイに手を挙げたくなる程の怒りを感じた。

 

 でも……マイもきっと、内面では自分と同じように苦しんでいる……同じような経験をしているクレナは、その気持ちが痛い程分かる。

 

 そして、そんな自分を救ってくれたレジアやマヘリア……無表情で味方機を攻撃する自分を、正に命を懸けて救ってくれた。

 

 そんな自分に、今出来る事……

 

 レジアが生きている間に、ザンスカールの実験で失われた感情を……人を愛する気持ちを取り戻す……

 

 マイの内面の感情を、レジアに伝える……

 

 それが出来るなら、トライバード・アサルトの爆発に巻き込まれて死んだっていい……

 

「マイさん……私はレジアに……仲間達に救われました。私は、自分を取り戻す事を諦めていたんです。でも、心の中……暗闇の中で、私は仲間達の声を聞いて……私が何度も諦めても、その声は諦める事なく、何度も何度も心に語りかけてくれて……何度も何度も手を伸ばしてくれて……そして私は、その暗闇から抜け出したいって……助けてって、強く願いました。そして……自分を取り戻した私は、ここにいる。この場所に戻してもらえたんです。ごめんなさい……何を言ってるか分からないかもしれないけど、内なる自分の声に耳を傾けて……きっとレジアは、そこにいるから……」

 

「クレナさん……私、たまに心臓が押し潰されるみたいに、キューってなる時があるんです。暗闇の中に閉じ込められてる感情が出ようとしているのか、ただの感覚なのか分からないけど……でもクレナさんの話、少し分かる気がします。私も元に戻りたい……その気持ちは持ってますから……」

 

 そう言うマイに笑顔を向けて、クレナは軽く頷いた。

 

「マイさん、トライバード・アサルトに近付くわ。少しの衝撃でも爆発するかもれない……でも、何があっても私が守るから!」

 

「はい……私、信じてます。クレナさんの事も、ニコルの事も、そして……レジアの事も……」

 

 マイの言葉を聞いたクレナは、静かにガンイージのハッチを開ける。

 

 開いたハッチの先……ガンイージとトライバード・アサルトの間に、2本のエボリューション・ファンネルが橋のように繋がっていた。

 

 漆黒の宇宙に、エボリューション・ファンネルから発するサイコフレームの赤い光が暖かく輝いている。

 

 無重力なのだから、浮いて向かってもいい……しかし、マイはエボリューション・ファンネルの上を無意識に歩いていた。

 

 エボリューション・ファンネルが、まるで大地のように足に吸い付き、浮遊する事なく自然と歩いていける。

 

「マイ……何があっても、オレとダブルバードが守ってみせる。心配しないで、レジアの言葉を聞いてやってくれ」

 

 ヘルメットの内側から、ニコルの声が聞こえた。

 

 エボリューション・ファンネルを通してニコルと繋がっている……その安心感を感じ、マイは頷く。

 

 トライバード・アサルトに近付くにつれ、その損傷状態がはっきりと伝わってくる。

 

 そして、コクピットの周囲には赤い球体が散らばっていた。

 

 その数は、コクピットの中から流れてくる分だけ増えていく。

 

 歪んだハッチ、垂れ下がるコード、浮遊するパーツ……

 

 そんな危険な個室……コクピットの中に座っている男の姿に、マイは息をのんだ。

 

 かつてエースとして輝いていた男の面影はなく、死神に囚われて生気を失った浮浪者のようにも見えた。

 

「レジア……さん?」

 

「流石に、さん付けは無いだろ? 心と一緒に、記憶も失っちまったのか?」

 

 ヘルメット越しに、レジアが少し笑ったのが分かる。

 

「ごめんなさい……記憶はあるんです。でも……大切な人がいなくなる恐怖も、悲しみも、何も感じないんです。だから、どう接していいのかも……」

 

「大丈夫……それはマイのせいじゃない。全て、ザンスカールの……タシロの実験が悪いんだ。だが、取り戻してみせる……マイの心を。マイ、サナリィで渡したペンダント……まだ持ってるか?」

 

 マイは頷くと、首にかかっているペンダントを外しレジアの目の前に差し出した。

 

「良かった……それが鍵になる……ニコル、マイにサイコ・ウェーブを……マイ、ペンダントを握って目を閉じてくれ……」

 

 レジアの声に反応するように、エボリューション・ファンネルの赤い輝きが増す。

 

 そして、ダイヤモンドのラウンド・ブリリアントカットのような形状をしたペンダント・トップも赤く輝きだした。

 

「そのペンダント・トップはサイコフレームで出来ている。ダブルバードの開発中に、親父が造った物……そして、心の操作は強力なサイコ・ウェーブによるもの……だとしたら、サイコ・ウェーブを受けとる受け皿となるアイテムがあれば、そのアイテムが心に影響を及ぼす筈だ……」

 

 レジアの視線の先で、柔らかな光に包まれるマイの姿があった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙の十字架5

 心の中に、光があった。

 

 心を失った時と同じ、赤い光……

 

 私は……私の心は、反射的に光を拒む。

 

 赤い光に晒された時、自分の感情が吸い取られた。

 

 大切な人を思い浮かべても何の感情も湧かなくなった……あの瞬間に、目の前にあった光……

 

 拒まずには、いられない。

 

 でも……ザンスカールの戦艦の中で浴びた光とは、何かが違う。

 

 機械的で無機質な感じがした光……人を愛する感情を奪っていった光は、そんな感じだった。

 

 でも……今、目の前にある光は……

 

 感情的で温かさを感じる光……

 

 同じ赤い光なのに、こんなに違う感じがするものなのだろうか……

 

 その赤い光が、少しずつ心の中に流れ込んでくる。

 

 その瞬間、突然視野が広がった。

 

 視野が広がった……という表現が正しいか分からないが、心で感じるエリアが広がった……そんな感覚。

 

 心が感じるエリアが広がった事で、見えて来たモノがある。

 

 心の奥底で、暗闇に囚われる白い光……

 

 あれが、分離してしまった私の心の欠片なのだろうか? 

 

 そして、私の心は落ちて行く。

 

 次に意識が戻った時、私は暗闇の中にいた。

 

 何も見えない暗闇の中……だけど、今までと違う……

 

 今までは、心の一部が欠損していたから自由だったのだろう。

 

 私が落ちた先は、きっとさっき見た白い光……

 

 暗闇に囚われている……でも、恐怖は無い。

 

 それは、心が満たされているから……

 

 けど……今までとは違い、焦り始める。

 

 早くこの暗闇を抜け出して、大切な人に会いたい……

 

 とにかく上に……浮上を試みるも、暗闇が方向感覚を狂わせる。

 

 慌てないで……心を落ち着けて……

 

 何故だろう……クレナさんの言葉が心に入ってくる。

 

 そして、クレナさんの言葉を思い出す。

 

 暗闇の中で仲間の声を聞いて、そして手を伸ばしてくれた……

 

 私は焦る気持ちを抑えて、耳を澄ます。

 

 聞こえてくる……今までは聞こえなかった仲間達の声……

 

 ニコル……クレナさん……トライバード・アサルトを修復しようとするメカニックさん達の声……

 

 ドクン……ドクン……

 

 心が、脈を打ち始める。

 

 レジア……レジアは……

 

 どんなに目を凝らしても、見えるのは闇……

 

 それでも私は、必死に手を伸ばした。

 

 私は何をしていたのだろう……大切な人が……命より大切な人の命が消えそうなのに……

 

 振り回す腕に、何かドス黒いモノが触れる。

 

 私の心を奪った時に、私の心に入ってきたザンスカールの情報の一部……

 

 エンジェル・リングから放たれる赤い光……私の心を奪った赤い光……

 

 その光が地球に降り注ぐ映像が、心の中で再生される。

 

 争う心を無くさせて、平和な世の中にする? 

 

 違う……強制的に造られる平和なんて、誰も望んでない……

 

 人は、心を操られる事を望んでいない……

 

 心の欠片に触れるまでは、何も考えられなかった……何も感じないようにされていた。

 

 でも、心の欠片に触れた今なら分かる……心を取り戻した時、大切な事に気付く……

 

 心を失っていた時の自分の行動に対する嫌悪感……それが全て。

 

 助けて……助けて! 

 

 心の中で、叫ばずにいられなかった。

 

「マイ! オレの声が聞こえる方に向かって、手を伸ばせ!」

 

 懐かしい……世界で一番大切な人の力強い声に、涙が出そうになる。

 

 私は躊躇わず、その声に向かって手を伸ばす。

 

「マイさん……自分の心に逆らわないで……心の動きに身を任せて……仲間達の声に耳を傾けて……大丈夫、私達が必ず引き上げるから」

 

 静かだけど、私の事を本当に心配してくれているのが分かる。

 

 クレナさんも、こんな感覚だったのかな……違うね、もっと辛かった筈……無理矢理、大切な仲間達と戦わされていたんだから……

 

 でも、とても優しい……元のクレナさんだ。

 

 クレナさんの声を聞いていると、自分も心を取り戻せる……そんな勇気が湧いてくる。

 

「マイ、レジアが待ってる! チンタラしてんじゃねぇ! とっとと戻って来い!」

 

 ニコルの声と共に、赤い光が道標のように天から伸びて来る。

 

 そして、その光を浴びた時に仲間の……大切な人達の心を感じた。

 

「レジア、クレナさん、ニコル!」

 

「マイ、もう大丈夫だ! オレ達はここにいる! そして、マイの心も!」

 

 力強いレジアの声……クレナさんも、ニコルも感じる事が出来る。

 

「マイさん……よく頑張って……」

 

「マイ、このまま引き上げる! しっかり掴まってろ!」

 

 皆の声に身を委ねると、身体が浮上していくのが分かる。

 

 赤い光が濃くなっていく……そして、光に飲み込まれていった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙の十字架6

「レジア! 私……戻って来れた!」

 

「ああ……よく、頑張ったな……ニコル、マイが戻った。後は……頼む……」

 

 マイの心の中で響いていた力強い声は、とても弱々しくマイの耳に飛び込んで来る。

 

 静かに……そして、ゆっくりマイは瞳を開く。

 

 心の中で響いていた、力強くて心が落ち着いたレジアの声……そっちが本当だと信じたい。

 

 しかし、目を開くと現実が突き付けられてしまう……マイは、その現実が怖かった。

 

 現実は残酷だ……マイの目の前に広がる光景は、破壊されたモビルスーツのコクピットの中で、最愛の人が頭を垂れている。

 

 最愛の人から溢れ出す赤い玉が、命のカウントダウンを奏でているかの様に見えてしまう。

 

 この光景を見て、何も感じなかった自分に嫌悪感が湧いた。

 

「マイ……ニコルの指示に従って、トライバードから離れるんだ……最後にキミの心を救えた……満足だよ……」

 

 必死にマイの方を向き、笑顔を作ろうとしているであろうレジアを見て……心が押し潰されそうになる。

 

「マイ、エボリューション・ファンネルを動かす。しっかり掴まってろよ!」

 

 ニコルの声が聞こえた瞬間、マイはエボリューション・ファンネルを蹴っていた。

 

 エボリューション・ファンネルの先端からトライバード・アサルトのコクピットまで数メートル……マイは跳んだ。

 

 こんな僅かな距離を跳ぶ事すら出来なかったのか……恐怖しか感じていなかったマイの心は、今はレジアの近くにいれた事を感謝すらしている。

 

「マイ……心が戻ったのなら、エボリューション・ファンネルに……トライバードは、もう持たない……」

 

「トライバードは駄目でも、あなたは生きてる! なら……私はここにいる! だって、ようやく会えたんだもん……もう、離れたくないよ!」

 

 マイはレジアの手を握る……ノーマルスーツ越しにも、その手が冷たくなっているのが分かった。

 

「レジア……ありがとう……こんな身体なのに、私の為に……だから、今度は私の番! 絶対に助けるんだから、諦めないで!」

 

 感情的に話すマイを見て、レジアは嬉しそうに頷く。

 

「本当に……戻って来たんだな……その顔を最後に見れた……オレは幸せ者だ……マイ、その笑顔がオレに力をくれる。オレは諦めない……だから、マイは安全な場所に避難するんだ……」

 

「嘘ばっかり! 私を逃がす為に、そんな事を言って……私は絶対に離れないわ! レジアと一緒に死ねるなら、それでもいい!」

 

 マイの着る非戦闘員用のノーマルスーツに、レジアの足から浮かび上がる血液が次々と付着していく。

 

「死んでいい訳がないだろ……お腹の子も、一緒に吹き飛ぶ事になるんだぞ……」

 

 レジアはそう言うと、マイのお腹をそっと触った。

 

「レジア……気付いていたの? 誰にも言ってないのに……」

 

「ああ……まだ目立っちゃいないが、分かるさ……マイの変化なら、なんでもな……」

 

 マイは自分の腹部に当てられたレジアの手の甲に、自らの手の平を静かに重ねる。

 

「うん……レジアと離れ離れになってから、まだ五ヶ月ぐらいしか経ってないんだね……感情を失った時、この子の事も何も感じなくなった。でも今は、凄く愛おしく感じられる。この子の為にも生きて、レジア」

 

「そう……したいな。だが……」

 

 既に足の感覚は無くなっており、出血量を考えても助かる気がしない。

 

「マイ、行くんだ。その子を……頼む。戦争の無い……穏やかな場所を探して、育ててくれ……」

 

「嫌だ……生きて、ちゃんと責任とってよ……幸せにしてよ!」

 

 レジアは首を横に振ると、近付いてきたダブルバード・ガンダムに視線を向ける。

 

「ニコル、マイを連れて行ってくれ……このままでは、爆発に巻き込まれる……」

 

「分かった。力づくでも引き離してやる! マイ、そこにいたら救助隊の作業の邪魔だ! とりあえず離れろ!」

 

 マイはレジアの手を強く握り、そして首を横に強く振った。

 

「助ける気なんて……ないでしょ! 私は、もう離れたくないの! 大好きな人の側にいたい……それだけなの……」

 

「マイさん……気持ちは分かるわ。私達はマイさんの心の中で、お互いの事を共有した。レジアさんのマイさんに対する想いも、マイさんの気持ちも……でも、だからこそ、お腹の子を守らないと……愛しい人との大切な子を……」

 

 トライバードとワイヤーで繋がっているガンイージから、クレナの柔らかい声がコクピットに伝わる。

 

「マイ……オレのファミリー・ネームを……貰ってくれないか? そして、オレの子を守ってやってくれ……オレだって、生きる事を諦めている訳じゃ……ないんだ」

 

 レジアの絞り出すように放たれた言葉を聞いて、そして感じた。

 

 最後の時間を、自分の為に使ってくれた事。

 

 自分を救う為に……そして、心の中で新たな命が芽生えている事を知り、その小さな命の灯を消さない為に……

 

「分かった……でもレジア、私とちゃんと結婚して。そうじゃないと気持ちの整理が出来ないもん。ニコル、クレナさん……その時間だけ下さい。その時間だけ作って……お願い……」

 

「仕方ねぇ……クレナさん、トライバードに負荷がかからないように、ダブルバードとガンイージで機体を固定しよう。マッシュさん、トライバードが爆発するまでの時間を伸ばす為には、どうしたらいい?」 

 

 トライバードに近付く作業艇に乗っていたマッシュは、ニコルの声を聞く前からコンソールを叩いていた。

 

「ニコル、トライバードには触るな。少しの刺激で爆発する可能性がある。こっちからトライバードのシステムにアクセスして、最低限の機能を残して停止させる。そうすれば、かなりの時間を稼いでくれる筈だ!」

 

 マッシュの意見を聞いたニコルとクレナはトライバードから少し離れると、緊急事態に備える。

 

「ニコル……信じましょう、トライバードを……きっとトライバードは、レジアの想いを汲んでくれる。トライバードは、最後に奇跡を見せてくれる……だって、レジアとトライバードなんだから……」

 

「ああ……何故だか、オレもそう思う。機械が人間の想いを汲むなんてありえないけど、でもトライバードとレジアなら……」

 

 静寂な宇宙が、更に静かに……そして、命のカウントダウンが始まった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙の十字架7

「私が神父役を努めよう……オーティスから、牧師の真似事を教わった事がある。いないよりマシだろ」

 

「オイ・ニュング伯爵、トライバードの近くに行くのは危険です。いつ爆発するか分からない。そんな危険な場所に……爆発に巻き込まれでもしたら、リガ・ミリティアは指導者も失う事になってしまいます」

 

「レジア君はリガ・ミリティアに多大なる功績を残した……スーパーエースの名に相応しい活躍をしてくれた。そんな彼の最後も見守れないで、指導者など勤まるか? 艦長、私をトライバードに運んでくれ」

 

 オイ・ニュングの確固たる決意を聞き、スフィアはやむを得ず頷く。

 

 オイ・ニュングは、トライバード・バスターと共に宇宙へ上がって来た。

 

 後にカミオン隊のリーダーとなるリガ・ミリティアの中心人物であるオイ・ニュングは、地球の不法移住者を摘発する仕事に就いていた過去がある。

 

 しかし、不法移住者は全て摘発する……どんな理由があろうと摘発するという官僚的な仕事に嫌気が差し、逆に理由があって不法移住するしかない者に手を指し伸べる為にリガ・ミリティアに参加した。

 

 その心意気や崇高な想いがリガ・ミリティアのメンバーに伝わり、伯爵と呼ばれるようになる。

 

 そんな人物が行くと言って聞かないのならば、スフィアには止める事は不可能だった。

 

「伯爵が結婚の見届け人をして下さるそうだ。だが、これ以上は犠牲者は出せない。トライバードの爆発に巻き込まれないように、最善の注意を払って対応してくれ!」

 

 スフィアの指示の元、オイ・ニュングはトライバード・アサルトに近付く。

 

「移送はここまでで大丈夫だ。ニコル君、後はファンネルで送ってもらえるか?」

 

「了解。伯爵、落ちないように気をつけて下さいよ」

 

「宇宙だからな……落ちたって死にはしないさ。それよりニコル君、残っているファンネルでトライバードの背後に十字架を作ってくれ。やれるか?」

 

 ニコルはエボリューション・ファンネルを巧みに操り、トライバード・アサルトの背後に十字架を作り出した。

 

「よし……マイ君、ペンダントを貸してくれ。直ぐに式を始めるぞ」

 

 マイと同じく、エボリューション・ファンネルからトライバード・アサルトのコクピットに乗り移ったオイ・ニュングは、マイからペンダントを受けとると、ペンダントのチェーンをマイの指に合うように丸めるとレジアに渡す。

 

「さぁマイ君、エボリューション・ファンネルに移るんだ。新婦は新郎の待つ場所に行く前に、化粧直しをしなくてはな」

 

「そんな……私はここを離れたくない……伯爵、このままでいいんです……私達の結婚を見届けてくれれば……」

 

 レジアの腰に手を回し、離れようとしないマイ。

 

 そこにシュラク隊のガンイージが、トライバードの両脇に整列し始めた。

 

 そして、シュラク隊の面々がコクピットから下りて、エボリューション・ファンネルに乗り移る。

 

「ほら、姉さん達が化粧直しの手筈を整えてくれている。行くぞ、マイ君」

 

「マイ……皆、俺達のワガママに付き合ってくれているんだ……だから、皆を信じて行ってくれ。伯爵、マイを頼みます……」

 

 レジアの言葉に、マイは涙を流しながらエボリューション・ファンネルに乗り移った。

 

「マイ、新婦はちゃんと着飾らないとね! これ……リースティーアの物だけど、きっと使ってもらえたら嬉しいと思う」

 

「あいつ、リファリアと結婚寸前までいってたんだ……だから、ひょっとしたら使えるモノがあると思って部屋を見させてもらった。そしたら、そしたらベールとリースとブーケを見つけたぜ。どれもドライフラワーだが、充分だろ」

 

 トライバードから離れていくエボリューション・ファンネルの上で、マヘリアとヘレンがマイのヘルメットにベールを付け始める。

 

「結構、乙女だったんだよな……リースティーアは……今度リファリアに会ったら、リースティーアの墓前に結婚を誓わせてやる!」

 

「ケイト……リースティーアの敵は私がとる。だが今は、お祝い事の前だ……物騒な話は後にしよう。マイ、ちょっとの間じっとしてな。少しは綺麗にしてやるよ」

 

 ケイトとジュンコが、マイのノーマルスーツのヘルメットに装飾を施していく。

 

「しかし、感情を取り戻すと印象が随分と変わるな。今の方が、何倍もいい。リガ・ミリティアのエースが好きになる訳だ」

 

「そうですね。やっぱり、マイさんは感情が顔に出た方が素敵です。本当は、私もレジアさんにお礼を言いに行きたい……でも、その役はマイさんに譲りますね。私の分も、よろしくお願いします」

 

 輪の中にペギーとクレナも入って、マイのノーマルスーツが次々と装飾が施される。

 

「そろそろ始めるぞ! ニコル君、ミノフスキー・ドライブを!」

 

「ああ……レジア、見てくれよ。この翼が、リガ・ミリティアの希望……アグナール家の皆が繋いで……命を懸けて繋いでくれて完成した、希望の翼だ……」

 

 ダブルバード・ガンダムのミノフスキー・ドライブ・ユニットから、過剰粒子が放出され、光の道を作り出す。

 

 光が舞う幻想的な雰囲気の中、マイを乗せたエボリューション・ファンネルが動き出した。

 

「マッシュ……トライバードは、後どのぐらい持つ?」

 

「10分……いえ、5分かもしれません……どちらにしても、もう長くは持ちませんよ! 直ぐに中止にした方が……」

 

 スフィアは静かに首を横に振ると、艦橋からモニターを凝視する。

 

 その場の美しさを見ると忘れてしまうが、絶望の時間は近付いていく。

 

 だが……止める事は出来ない。

 

 リガ・ミリティアがレジアを失った後に、それでも一歩を踏み出す力を残す為に必要な儀式だから……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙の十字架8

 マイだけを乗せたレボリューション・ファンネルが、ガンイージと過剰粒子が作る道を、トライバード・アサルトに向かって静かに動いていく。

 

 ボロボロのトライバード・アサルトの背後に描かれる十字架が、神聖なモノにも不吉なモノにも見える。

 

 ただ、手作りの装飾品に見を包んだマイは、全ての物がレジアの安らぎに繋がってくれるように願った。

 

 暗い宇宙に流れる光の川を舟の様に進むエボリューション・ファンネルを、シュラク隊の面々はモビルスーツのコクピットから見守る。

 

 爆発の兆候があれば、直ぐにでも飛び出せるように準備はしている……しかし、その美しさに目を奪われてしまう。

 

「くそっ! 本当は幸せに……これから楽しい生活が待ってる筈が……こんな悲しい結婚式があるかよ!」

 

「ヘレン、マイはお腹の子の為に……レジアはマイに次の人生を踏み出してもらう為に……必要な儀式なんだ。だから、私達は心から祝福しよう」

 

 ジュンコもヘレンと気持ちは同じだった。

 

 それでも、戦争だからと多くの人の命を奪っている自分達が幸せになる権利があるのか? 

 

 そう……考えてしまう時がある。

 

「姉さん、ミリティアン・ヴァヴから通信です。トライバードは、後10分程度が限界だと……」

 

「了解した。シュラク隊全機は、トライバードの異変を感じたら直ぐに動けるようにしてきな!」

 

 ケイトからの通信を聞き、ジュンコがシュラク隊の全員に指示を送る。

 

「ジュンコさん、無理に動くと傷口が開いてしまいます。爆発の兆候があったら、私が先に動きます……」

 

「私とクレナが……でしょ? レジアとは、サナリィでの戦闘の前から一緒に戦ってたんだ。私は、何回もレジアに救われてきた。そんなレジアの想い人ぐらい、守ってみせるわ」

 

 クレナとマヘリア……2人の頼もしい言葉に、ジュンコは身体中に巻かれた包帯を見てから頷く。

 

「分かった。クレナ機とマヘリア機が先行し、他の機体は2人をフォローだ」

 

 指示を出したジュンコは、張り詰めて緊張していた身体をコクピットのシートに埋める。

 

「リースティーアなら……あらあら、レジアとマイと、それにシュラク隊なら大丈夫よ。怪我人は高見の見物でもしてたら……とか、言いそうだな……」

 

 ジュンコは、光の中のトライバード・アサルトに視線を移した……

 

 

「レジア、大丈夫? 私、戻ってきたよ」

 

「ああ……随分と、御粧ししてきたな。オレの血で汚れてしまうのが、申し訳ないよ……」

 

 マイはエボリューション・ファンネルからトライバード・アサルトのコクピットに飛び移り、レジアの傍らに降り立つ。

 

 そんなマイの持つブーケや、ヘルメットを隠すベールにレジアの足から浮かび上がる血球に触れて赤く染まっていく。

 

「何……言ってるのよ……これ、リースティーアさんに借りてきたの……綺麗でしょ?」

 

「ああ……生きてて良かった……そう思える程……綺麗だよ……マイ……」

 

 レジアの弱々しい言葉を聞きながら、マイは笑顔で泣いた。

 

「レジア、貴方はマイを妻として、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝は死してなお、これを愛し、敬い、そして産まれ来る新たなる命に対しても同様に、その力がある限り、護り続ける事を誓いますか?」

 

「なんだ……伯爵、いきなりだな……」

 

 もう一つのエボリューション・ファンネルでトライバード・アサルトのコクピットに近付いたオイ・ニュングは、突然誓いの言葉を問いかける。

 

 弱々しくオイ・ニュングを見るレジアの瞳に、もはや力はあまり入っていなかつた。

 

 頷くオイ・ニュングを見たレジアは、その瞳を静かに閉じ、口を開く。

 

「はい……誓います。死んでも、マイを……産まれ来るオレの子を、見守り続けます」

 

 小さいが、はっきりとした口調で発したレジアの言葉を聞き、オイ・ニュングはマイを見る。

 

「マイ……貴女はレジアを夫にし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝は、死する運命にある者に対しても、これを愛し、敬い、そして新たなる命に対しても同様に、その命ある限り、真心を尽くす事を誓いますか?」

 

「誓います! 私の命が続く限り、アグナールの名と、レジアの子を大切にします!」

 

 叫んだマイのお腹に、レジアの手が優しく触れる。

 

「ありがとう、マイ。だが……アグナールの名で、その子をザンスカールの手から守り続けるのは難しい。だから、ドゥカートゥス……オレの母方の姓を……貰ってくれないか?」

 

 レジアの言葉に、マイは首を横に振った。

 

「嫌だよ……どんなに危険だって、私はアグナールの姓を名乗りたい……だって、私と貴方を繋げる、唯一のモノだから……」

 

「マイ……レジアは、戦争が終わってマイと一緒になれるなら、その時にドゥカートゥスを名乗るつもりだったんだ。アグナールの名は有名になりすぎた。もし戦争に勝っても、その残党にマイや子を狙われ兼ねない。だから、レジアの気持ちを汲んでやれ。ドゥカートゥスは、レジアと結婚したら名乗るべき筈の姓だったのだから……」

 

 マイはレジアとオイ・ニュングの顔を交互に見て……そして、瞳からは涙が溢れる。

 

「レジア……本気で、私と一緒になろうとしてくれていたの? 感情を失って、レジアの事を何も感じなくなった私とでも……一緒に……」

 

「当たり前……だろ? 感情を失ったって、マイはマイだ。その本質に変わりはない……そう、信じていたよ。そしてマイの本当の心は、オレの事を想ってくれていた。上塗りされた感情なんて、気にはならないさ……」

 

 そう言ったレジアの手は、力を失いマイのお腹から離れていく。

 

「レジア、まだ最後の仕事が残っているぞ! 新婦の指にマリッジリングを……」

 

 オイ・ニュングの言葉で、右手にペンダントを握っていた事をレジアは思い出す。  

 

「そうか……マイ、指を出して……」

 

 差し出されたマイの左の薬指に、レジアはベンダントを巻き付ける。

 

「ちゃんとした指輪……準備しておけば……よかったな……すまない……」

 

 マイは無言で首を振ると、ブーケから花を一本とり、茎を器用に丸めてレジアの指に巻く。

 

「これで……お互い様だね……天国に行ったら、この花を見て私達の事……思い出して……」

 

「ありがとう……マイ……」

 

 レジアは必死に左手を持ち上げ、指に巻かれた花を視界に入れる。

 

「マイ、リミットだ! そろそろ離れろ!」

 

「やっぱりヤダ! まだ……離れたくない!」

 

 二人の時間を妨害するように聞こえたニコルの言葉に、マイは拒絶した。

 

 しかし、マイの身体はレジアとは反対側に引っ張られる。

 

 オイ・ニュングが咄嗟にトライバードのコクピットに飛び移り、マイの腕を引いて強制的にエボリューション・ファンネルに乗せた。

 

「クレナ、マヘリア、やってくれ!」

 

 ガンイージから放たれたワイヤーがエボリューション・ファンネルに取り付き、そして引っ張られる。

 

 マイが反応するより早く……計画された行動はスムーズに進行された。

 

「やだ……止めて! レジアの側に行かせて! レジアーっ!」

 

 オイ・ニュングに抱き抱えられながら、マイは必死に左腕を伸ばす。

 

 マイの左腕の……左手の先で、トライバード・アサルトは力を失った。

 

 核融合炉から発する熱が冷却出来なくなり、機体に熱が回り始める。

 

「親父も……こんな感じだったのかな? 今なら分かる……托す者の気持ちが……ダブルバード・ガンダム……親父、ちゃんと繋げてみせたよ……あの世で、酒でも飲めるといいな……」

 

 シートにも熱が回り始め、背中が熱くなっていくのをレジアは感じた。

 

「マイ……お腹の子を頼む……サイコフレームの力が……きっと、その子に力を与えてくれる……その時まで……」

 

 熱くなる身体に身を委ね、レジアは瞳を閉じる。

 

 程なくして、レジアはトライバードの放つ光の中へと消えていく。

 

 爆発の後、エボリューション・ファンネルの輝く十字架だけが、宇宙に残った……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地球侵攻作戦
ラゲーン侵攻


「地球侵攻だと! そんな事、許してなるものか!」

 

 オリファーは艦長室の重厚な机を思い切り叩き、苛立ちをあらわにした。

 

「オリファー、落ち着きな。それで、ラゲーン基地の部隊だけで何とかなりそうなのかい?」

 

「いや……戦力が整わない。ダブルバードとトライバード・バスターの開発で手一杯だったからな……ヴィクトリー・タイプの量産工場として稼動を予定しているウーイッグの工場に人員は移す事になるようだ」

 

 艦長スフィアの話を聞きながら、ジュンコは壁にもたれかかる。

 

「それで? 本気で戦力を割るつもりか? 半分の戦力でザンスカール帝国のど真ん中にあるブルー3へ奇襲を仕掛けるなんて、無謀を通り越して自殺行為だ」

 

「それでも……リガ・ミリティアには戦える部隊が少ない。エース部隊の私達が戦う姿勢を見せ続けないと、ザンスカールに一気に飲み込まれる可能性だってある」

 

 スフィアとジュンコとオリファー……

 

 3人は、今後の作戦について話し合っていた。

 

 ザンスカール帝国による地球侵攻作戦が間もなく開始されるという情報をキャッチしたリガ・ミリティアは、標的とされているラゲーン基地からの撤収を決める。

 

 レジア、リースティーアとエース級のパイロットを次々と失ったリガ・ミリティアの人材不足は深刻化していた。

 

 パイロットの生存率を上げる為、ヴィクトリー・タイプと言われる新型の量産機にはコア・ブロック・システムの採用が決定したが、その結果、機体剛性の見直しが行われる事になる。

 

 ヴィクトリー・タイプの開発には、アナハイムとサナリィ……両方の技術者が参加しているのだが、コア・ブロック・システムを推すアナハイムの技術者と、剛性の問題でコア・ブロック・システムに反対するサナリィの技術者で意見が割れていた。

 

 しかし2人のエースの死が、モビルスーツ開発の方向性を決定する事になる。

 

 だが……時を同じくして、ザンスカール帝国による地球侵攻作戦の情報をキャッチしたのだ。

 

 ザンスカールの部隊が地球で本格的に動き出す事になれば、ヴィクトリー・タイプの生産工場を守る為の部隊が必要になってくる。

 

 ラゲーン基地を守れる程の戦力が無いリガ・ミリティアは、ヴィクトリー・タイプのパーツを生産工場ごとで分ける事で、基地の規模を小さくして存在を隠しつつ、ヴィクトリー・タイプの開発を継続する事になった。

 

 その工場を守る為に、地球にも戦える部隊が必要になったのだが……

 

「そのブルー3ってコロニーを無視する訳にはいかないのかい? 今はヴィクトリー・タイプを完成させて、地球を好きにさせない事の方が重要だろ?」

 

「ええ……でも、マイとクレナが感じたビッグ・キャノン以上の兵器……本当にあるのなら、叩いておかないと……」

 

 ジュンコの言っている事も分かる……スフィアも、部隊を分ける事が無謀だという事も分かっている。

 

 レジアのトライバード・アサルト、リースティーアのアマネセル……

 

 エースが駆るワン・オフ機とシュラク隊……遅れたもののニコルとダブルバード……全戦力を注ぎ込んだ作戦でもビッグ・キャノンを完全に破壊する事は出来ず、レジアとリースティーアを失った。

 

 レジアもリースティーアもいない、更にオリファーを中心としたシュラク隊を地球に降ろし、ニコルとクレナだけでブルー3の兵器開発の基地を叩く……

 

「そんな無理のある作戦よりも、ザンスカールの地球侵攻を阻止する為に動いた方がいいだろ? 地球に降ろさなければ、時間稼ぎにだってなる」

 

「ザンスカール帝国の大部隊に正面から立ち向かっても……それより、地球侵攻部隊の背後をとってブルー3を叩く……ザンスカールの部隊も手薄になっているだろうし、少数の部隊なら敵に悟られずに任務を遂行出来るかもしれない……」

 

 オリファーの意見に首を横に振って否定したスフィアは、しかし自分の提案も自信なく言葉に力が入っていない。

 

「ダブルバードとトライバード・バスターなら、ブルー3の基地を破壊出来るかもしれない……地球侵攻作戦の部隊も後退してくる事は無いだろうから、そこまでは出来る可能性が高い……だが、基地を破壊した瞬間にザンスカールの大軍に囲まれる事は間違いない。クレナを……犠牲にするつもりかい?」

 

 ジュンコの言葉に、スフィアは言葉が詰まる。

 

 タブルバードのミノフスキー・ドライブなら敵陣を突破出来るし、追いつかれる事も無い。

 

 しかしトライバード・バスターの足でザンスカールの部隊を突破する事は不可能……敵に囲まれた時点で、クレナは助からないだろう。

 

 少し考えさせて……頭を抱えたスフィアの肩を軽く叩いたジュンコは、オリファーと一緒に艦長室を出た。

 

 そして、入れ替わるようにニコルとクレナが艦長室に入って来る。

 

「艦長、まだ考えてんのか? マイとクレナが感じた兵器……マイが感情を吸い取られた力と同じやつが地球に降り注いだら、人類がザンスカールのいいように操られる事になるかもしれないんだ! そんなオカルトみたいな事、本当かどうか分からねぇけど……マイは実際に感情を奪われた。そして、クレナさんは記憶を操作されていた。これ以上、人を弄ばせる訳にはいかないだろ!」

 

「艦長……レジアさんが最後の力で私達に見せてくれた情報……無駄にしたくありません。私に、レジアさんの代わりは務まりません……でも、想いを引き継ぐ事は出来る。レジアさんなら、そんな兵器の存在は絶対に許さないと思います」

 

 クレナの言葉に、スフィアは顔を上げた。

 

 スフィアに、迷っている時間も考える時間も余り残っていない。

 

「ねぇ、ニコル。マイは地球に降りる事を承諾してくれたの?」

 

「かなり駄々を捏たが、お腹の赤ちゃんを守る為って事で納得してもらったよ。そーいや、名前はカルルマンにするって。自由に生きて欲しいからって……」

 

 スフィアは頷くと、窓の外の宇宙を見る。

 

 ザンスカール帝国による地球侵攻作戦が始まろうとしていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻2

「ピピニーデン大尉、地球侵攻の指揮を任せる。ラゲーン基地を占領してから地球に降り、東欧地方を速やかに占拠しろ」

 

「はっ! いや、しかし……良いのですか? 確か、地球侵攻にはファラ中佐が指揮をとる事になっていた筈……何か問題でも?」

 

 タシロはモニター越しに映るズガン艦隊を忌々しい表情で睨むと、一度そのモニターを叩く。

 

「ファラはズガンに持っていかれたよ。今回の作戦には、エットとノルを使う。だが……エットは戦闘用、ノルは指揮官用にするように指示をされた。ラゲーンを占拠したら、ノルが指揮をとる事になる。しかし、ノルは感情のコントロールが……」

 

「そうでしたね。グリフォン・タイプの初期型……指揮させるには、少し無理があるかもしれません。ファラ中佐は、やはり先の一件で?」

 

 タシロは頷くと、湯気が立つ珈琲を一口啜った。

 

「そうだ。ズガンの奴……上手く言ったもんだ。だが、ファラは返してもらう。それ相応の対価を払ってもらってな。その為にも、策を一つ弄する必要がある」

 

「策……ですか。しかし何をやるにしても、まずは地球降下作戦を成功させなければいけませんね。私が裏でノルに指示を出せば良いですか?」

 

「地球降下作戦など、失敗する要素が無い。連邦軍は形骸化しているし、リガ・ミリティアにトライバードもレジアもない。邪魔になりそうなのは、マデアとザンスパインもどき……だが、一機で出来る事などあまりない。まして、大気圏に囚われる危険のある宙域ではな……」

 

 タシロは、窓から自らの艦隊を見る。

 

 暗い宇宙の中に、多くの戦艦の灯を見るのは壮観だ。

 

「ザンスパインもどき……それに、ガンダムか……裏切り者やレジスタンスに、尽く先を行かれている。手段を選んでいる余裕など無い筈なのに、木星帰りの奴らは甘すぎる。ミノフスキー・ドライブの開発で後手を取られているのだ……だからこそ、ファラの力が必要だろうが……」

 

 タシロは呟くと、珈琲を喉の奥に流し込む。

 

 ラゲーン基地への侵攻作戦は、刻一刻と迫っていた……

 

 

「ブルー3と地球……どちらを取る? 戦力的に、ラゲーンを占領されるのは目に見えているが……」

 

「なら答は出てるだろ? 地球降下作戦は阻止出来ない。たったの2機で、穴も無く防衛するのは不可能だ。防衛戦は、奇襲に向いていない。だとすれば、天使の輪計画を潰しておいた方がいい。マリアに会える可能性もあるしな……」

 

 マデアはザンスバインのコクピットから顔を出し、仮面の男……リファリアの問いに返答した。

 

 サイド2にあるブルー3コロニーには、後にエンジェル・ハイロゥと呼ばれる兵器の建設基地がある。

 

 マデア達はこのブルー3コロニーに攻撃を仕掛け、エンジェル・ハイロゥによる地球への攻撃を遅らせる為に戦おうとしていた。

 

「そうか……だが、スポンサー様は地球降下作戦を阻止するように言ってきているぞ。ラゲーン基地が占領されたら、我々への資金提供を凍結するとな……そうなったら、我々は物資の補給も出来なければ、機体の修理も出来なくなる」

 

「テングラシーも、必死だろうな……一応、マリア・カウンターへの資金提供としているが、我々の活動資金を工面していたと知られれば、確実に殺される。リガ・ミリティアの部隊もラゲーンから撤退しているみたいだしな……」

 

 マデアはザンスバインのシートに深く腰掛けると、システム系のチェックを再開する。

 

「まずブルー3の拠点を叩く。そのまま地球降下部隊の背後に回り、出来る限り降下部隊の数を減らす……これしか無いだろうな……」 

 

「一応、頑張りましたアピールはするという事か……移動距離も長いし、連戦になる。かなり厳しい戦いになるぞ。ミノフスキー・ドライブなら可能かもしれんが、身体的負担はかなりのモノになる。それに、私の機体では追い付けないから、タシロの部隊とは1人で戦う事になる……」

 

 無機質な言葉の中に、自分への気遣いを感じる……不眠不休でザンスバインの調整を続けてくれているリファリアに、マデアは感謝していた。

 

「厳しくても、やるしかない。少なくとも、マリアに間違った道を歩ませたくないんだ……天使の輪によるサイコ・ウェーブの照射……人類から表面上は争う感情が消えても、それは強制的に仕向けているに過ぎない。そんな事をしたら、いずれマリアは自分を責める事になる。ザンスカールからマリアを取ったら、ただの殺人集団になってしまう。それだけは避けなければ……」

 

「分かった。ザンスバインは、万全な状態にしてみせる。だが、前回みたいな無茶な事はするなよ。本体は無事でも、武器の方がもたない」

 

 マデアは頷くと、ザンスバインのシステムを調整するために端末を叩く。

 

 最後の戦いになるかもしれない……そんな思いが、マデアの脳裏に過ぎっていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻3

 

「艦長、もう一度……最後に聞くぞ。本当に我々は地球に下りていいんだな? 前回の戦いでも、ミリティアン・ヴァヴは墜とされる寸前までいった。モビルスーツの護衛無しで敵のモビルスーツに囲まれたら、戦艦なんて直ぐに墜とされるぞ」

 

「分かっている……だが、ニコルとクレナをブルー3に連れていく足は必要だ。それに、シュラク隊だってザンスカールの支配下になる地域に降下するんだ。危険は同じよ……戦争をしているんだから」

 

 大気圏突入用のシャトルの中で、ジュンコは発進に備えていた。

 

 ミリティアン・ヴァヴの格納庫を見渡していると、どうしても心配になってしまう。

 

 モビルスーツ……シュラク隊のガンイージは、4機の大気圏突入用シャトルに全て収納された。

 

 残っているモビルスーツは、ダブルバード・ガンダムとトライバード・バスターのみ……

 

 広い格納庫に寂しそうに立つ2機のモビルスーツを見ていると、何故か悲しい気持ちになり、胸が不安で押し潰されそうになる。

 

 地球……これから向かう欧州エリアは、ザンスカールの地球降下作戦のターゲットになっている為、スフィアの言う通り自分達も危険だって事はジュンコも充分に分かっていた。

 

 それでも……

 

「せめて、アサルトとアマネセルがいてくれたら……私がもっと上手く戦えていれば、こんな状況には……」

 

 無意識に力を込めて拳を作ったジュンコの腕は、微かに震えている。

 

「ジュンコさん、そんな事を言ってはダメ。レジアもリースティーアも、仲間の為に命を燃やして戦ってくれた。だからこそ、この状況をつくれた。ミリティアン・ヴァヴは健在で、地球にも増援を送れる。ジュンコさんが生きていて、シュラク隊も戦える。ニコルとクレナも戦線に復帰してくれた。レジアとリースティーアが繋げてくれたこの状況、だから……私は全て諦めたくないの。無謀な戦いをしている……そんなの、リガ・ミリティアに参加した時から、ずっとでしょ?」

 

「そうだな……艦長、地球は任せてくれ。リガ・ミリティアの希望……必ず繋げてみせる。私達も……」

 

 ミリティアン・ヴァヴのブリッジに、決意に満ちたジュンコの声が届く。

 

「ジュンコさん、私は覚悟が出来ました。でも、それは諦めた覚悟じゃなくて、恐怖や絶望から目を逸らさない覚悟……前の戦闘では恐怖で取り乱しちゃったけど、そうじゃないんだって……恐怖の中でも、可能性が無い中でも、抗う道を探す……それが、次に繋がるって教えてもらったから……もし絶望的な状況になったって、私は諦めませんから……」

 

 管制官のニーナは、前の戦闘でミリティアン・ヴァヴが墜ちそうになった時、その状況から目を逸らしてしまっていた。 

 

 しかしリースティーアの最後を聞き、レジアの死の瞬間を見て、ニーナの中で変化した事がある。

 

 それは、ミリティアン・ヴァヴのクルー全てに言える事だった。

 

 自分が死ぬ事は、当然だが凄く怖い。

 

 だが……リースティーアとレジアは、最後の時間を仲間の為に使った。

 

 脱出が出来るタイミングもあったのに、最後の力でビッグ・キャノンのエネルギー供給ユニットを撃ち抜いたリースティーア……

 

 自分の救出作業より、マイの心を取り戻す事を優先したレジア……

 

 その行動が……行為が、ミリティアン・ヴァヴのクルー達に伝染していた。

 

「そうか……そうだな。私達シュラク隊も、次に繋げる為に戦おう……自分達が駄目でも、次の人達にバトンを渡せるようにな……」

 

「ジュンコさん、それは死んでも良いって事じゃないわよ。2人とも、自分の命を諦めた訳じゃないと思う。だから……また会いましょう。どんなにボロボロになっても、もう一度ここで……」

 

 絶望だからと、諦める事は簡単だ。

 

 ニーナもスフィアも……そして、ジュンコも思いは同じ……

 

 スフィアの言葉に大きく頷いたジュンコの瞳に、もう迷いの色は無い。

 

「ジュンコさん、降下ポイントに到達しました。降下ポイント周囲……オールクリーン! 全シャトル、発進オーケーです。ジュンコさん、それに皆さん……地球をお願いします」

 

 ニーナの言葉に合わせるかのように、ミリティアン・ヴァヴのハッチが開き、神々しく光る蒼が目に飛び込んで来る。

 

「ああ……地球をザンスカールの好きにはさせない。艦長、それにニーナ……無理はするなよ。降下シャトル、全機発進! 行くぞ!」

 

 降下シャトルを見送る為、メカニック達が並んで敬礼している……その横を、降下シャトルが通り過ぎていく。

 

「シュラク隊……行っちゃいましたね……」

 

 大気圏に突入し、赤く染まる降下シャトルをモニターで見ながら、ニーナは寂しそうに口を開く。

 

「さぁ、我々はブルー3だ。私達は諦めない……敵がどんなに強大でも、抗ってみせる……」

 

 自分に言い聞かせるように呟くスフィア……

 

 そして、居住区の窓から降下シャトルの出発を見送ったニコルは、マイの身を案じていた。

 

「戦争の事は忘れて、地球で穏やかに過ごしてくれ……マンダリアンは、オレが守る。必ず……な」

 

 ニコルは呟くと、窓から離れる。

 

 人の心を好き勝手に弄ぶザンスカール……人として、それだけは止めたい。

 

 ニコルの顔は、決意と覚悟で少し大人っぽくなっていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン進攻4

 

「ブルー3、見えて来ました! ダミーバルーン、パージしますか?」

 

「いや、敵の動きを把握してからだ! ダブルバードとトライバード・バスターの出撃準備、急がせろ!」

 

 ミリティアン・ヴァヴは、ブルー3コロニーをモニターで捉える事が出来る宙域まで移動していた。

 

 隕石を模倣したダミーバルーンは、推進用のガス噴射装置が取り付けられ、操舵手の技術さえあれば隕石の自然な動きが出来る。

 

 操舵手マッシュの腕は無骨だが、逆に繊細な動きの方が得意であり、本当に隕石が漂っているような動きを再現していた。

 

「付近に敵影ありません。あの……クレナから艦長に通信が入ってます。モニター、出します」

 

 ヘッドセットを外しながら、ニーナは座席を回転させてスフィアに伝える。

 

「クレナ、どうした? 機体の出撃準備が出来るまで、身体を休めとくんだ。これから長時間、集中を続けなきゃいけない時間が続く……休む事も大切な仕事だぞ」

 

「はい艦長……でも、一つ提案が……私がブルー3に潜入して、内部の状況を探って来ます。上手くいけば、内部から崩壊させる事も出来るかもしれないし、無駄に命を奪わなくて済むかもしれません」

 

 クレナの提案に、スフィアは艦長席のシートに身体を深く沈み込ませ、顎に手を当てて少し考え込んだ。

 

 今回の作戦は、ブルー3コロニーを破壊する事を目的にしている。

 

 民間人も、非戦闘員も、多くの人が生活しているコロニーを破壊しようとしていた。

 

 ダブルバード、トライバード・バスター、そしてミリティアン・ヴァヴの高出力ビームの射撃で、初撃で3ヶ所はコロニーに穴を開ける事が出来る。

 

 コロニーの動力部に直撃させれば、爆発させる事も可能かもしれない……

 

 そしてビームを放った後に直ぐに転進し、迫って来る敵をダブルバードで迎撃、戦艦から離れてもミノフスキー・ドライブなら追い付ける。

 

 ミノフスキー・ドライブは過剰粒子を排出してしまう為、位置が敵に分かってしまう可能性はあるが、ブルー3を破壊した後は敵の地球進攻を止める為に動く予定なので、追っ手を振り切れれば問題はない。

 

 どのみち、位置はバレるのだから……

 

 しかし、ミリティアン・ヴァヴのクルーは命の重さを知っている。

 

 ニコルは地球で、クレナはレジアに、命を失う意味、命の大切さを学んだ。

 

 だからこそ、命を無駄に奪いたくはない。

 

 コロニーの破壊行為は、ザンスカールのビッグ・キャノンと同じ……どんな理由があれ、大量虐殺に変わりはなかった。

 

 どんな理由があれ……そこで人の人権を奪うような兵器を開発していたって、やはり避けたい。

 

 ザンスカールと同じ事を……自分達が嫌悪した事を、自分達が行う事を……

 

 だが……代案が出る事もなく、ここまで来てしまった。

 

「クレナ……ブルー3は兵器工場じゃないかもしれないし、逆にベスパの駐屯地の可能性もある。どちらにしても、私達には時間が無い。侵入しても、時間になればブルー3を破壊するしかないんだ。人の心を奪う兵器……突拍子もないが、本当だとしたら開発させる訳にはいかない。人を生かしたまま殺す兵器……私達が、どんな汚名を着る事になっても、なんとしても止めなければいけない。長距離射撃の可能性を上げる為にも、クレナとバスターの力は必要だ」

 

「でも……私ならカネーシャ・タイプのクローンとして、憲兵の目を誤魔化す事が出来ます。時間になったら、撃ってもらって構いません。皆さんも、本当はこんな作戦したくない筈です。そして、それはブルー3の人達やビッグ・キャノンの関わっている人達も同じかもしれません。それが正義や平和の為だと思って、苦しみながらも関わっている人達がいるかもしれません。救える命は一人でも多く……そうでしょ? 艦長!」

 

 クレナの言葉に、スフィアの心は揺れ動く。

 

 ブルー3を残したまま、自分達が地球に戻れる可能性はあるのか? 

 

 地球降下作戦の部隊を少しでも叩かなければ、地球のリガ・ミリティアが危険に晒される。

 

 V計画の工場が全て破壊されれば、リガ・ミリティアの勝利は無くなるだろう。

 

 躊躇いなくブルー3を破壊し、地球降下作戦前に地球に戻り降下部隊を減らす……それがリガ・ミリティアにとっては理想の展開だ。

 

「だが……私達は人間だ。心を持った人間だ。そうだったわね、クレナ」

 

 スフィアの言葉に、クレナは力強く頷く。

 

「ニーナ、作戦変更だ! 捕獲しているラングをクレナ用に変更、システムとデータを偽造する。関節部に小型爆弾を取り付けて、我々に追われて被弾しているように見せかける事は出来るか? 変更にかかる時間は?」

 

「60分でやります! 小型爆弾の設置は問題ありません。ニコルとクレナの腕なら、敵さんを騙す事は簡単ですよ!」

 

 格納庫の返答を聞いたスフィアは、そのままモニターに映るクレナを見る。

 

「了解……艦長、ありがとうございます。私がブルー3に取り付いたら、直ぐに離脱して下さい。先程も言った通り、時間になっても私が戻れなかったら……その時は、艦長の判断に任せます」

 

「分かった。時間になったら、ミリティアン・ヴァヴを通信可能な位置に戻す。それで応答が無ければ……」

 

「はい。了解です、艦長。今、ミリティアン・ヴァヴとダブルバードを失う訳にはいきません。その時は……」

 

 クレナの言葉に頷いたスフィアは、立ち上がった。

 

「ニコルには、私から説明する。クレナ……申し訳ないが、無理をしてくれ。そして、必ず生きて戻ってくれ。これ以上戦力を失うと、地球降下部隊を減らせなくなる……バスターを操縦出来るのは、クレナ……貴女しかいないのだから」

 

 クレナは静かに微笑むと、モニターから消える。

 

 この時、ズガン艦隊がブルー3に近付いている事に気付いている者はいなかった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻5

「ブルー3の索敵範囲の外、ギリギリのポイントです! 今ならラングを射出可能です!」

 

「分かった。クレナ、行けるか?」

 

 ニーナの報告を聞いたスフィアは、ラングのコクピットが映し出されるモニターを見ながら、そこに映るクレナに話しかける。

 

「大丈夫です。ダミーバルーンの操作も問題ありません。いつでも行けます!」

 

「了解した。マッシュ、ミリティアン・ヴァヴを隕石の影に入れろ。そこでダミーバルーンに隠したラングを射出する」

 

 マッシュは頷き、隕石の姿をしたミリティアン・ヴァヴを更に大きな隕石の影に隠す。

 

「クレナ機を射出しろ! ダブルバード出撃準備! ニコル、クレナを出してダミーバルーンをパージしたら、直ぐに出撃よ!」

 

 スフィアの声が合図となり、クレナの乗るラングがミリティアン・ヴァヴから放出される。

 

「本艦のダミーバルーン、パージします! メガ粒子砲、射撃準備!」

 

 ニーナの指示で、ミリティアン・ヴァヴのダミーバルーンが四散した。

 

 そして、メガ粒子砲が隕石に扮したラングを捉える。

 

「ミリティアン・ヴァヴとの通信遮断、履歴を削除! 後は、上手く被弾しているように見せかけられれば……」

 

 クレナの乗るラングも、ダミーバルーンをパージした。

 

「クレナ機からの通信遮断、ダミーバルーンのパージを確認! メガ粒子砲、照準!」

 

「クレナ機には絶対に当てるなよ! メガ粒子砲一斉射! 射撃後、ダブルバード出撃! メガ粒子砲、てーっ!」

 

 ミリティアン・ヴァヴから放たれるビームを躱しながら、クレナはブルー3に向けて通信を試みる。

 

「ブルー3、聞こえますか? 私はカネーシャ・タイプのクローン! 潜入任務中に、トライバードのデータの奪取に成功しました! しかし、敵に気付かれて攻撃を受けています! 援護、願います!」

 

「こちらブルー3、クローンか何か知りませんが、こちらのコロニーはサナリィの技術者と木星の技術者が集まっている工業コロニーです。戦争の火種を持ち込まないで頂きたい」

 

「しかし、このままではトライバードのデータを本国に遅れません。この事がタシロ中佐の耳に入ったら、今行っている研究も中止させられるかもしれませんよ!」

 

 クレナは自分の中にある情報を必死にかき集め、相手の嫌がるであろう事をヤマを張って、切羽詰まった演技をしながら声を出す。

 

「タシロ中佐のクローン計画で生み出された個体か……アインス・リングで援護しますか?」

 

 コロニーの管制官がヘッドセットを外して振り向きながら、防衛隊長に確認をとる。

 

「シャイターンを出してもらう訳にもいかんだろう。そもそも、今マリア様がこのコロニーに来ているのは秘密の筈だ。ブルー3私設部隊のモビル・スーツ、アインス・リングで迎撃するしかあるまい。全く、厄介な時に厄介事を持ち込みよって……」

 

 ブルー3防衛隊長の命令で、アインス・リングが出撃準備に入った。

 

 アインス・リング……

 

 後に改修され、リグ・リングとしてエンジェル・ハイロゥのサポート機として運用される予定となる機体の初期型機である。

 

 リグ・リングに搭載されたエンジェル・ハイロゥのサイコウェーブを共鳴させ、増幅させる役割を持った小型のリング・サイコミュ……

 

 アインス・リングは、リング・サイコミュの試作型を装備した機体でもあった。

 

 そしてアインス・リングのパイロットは、その機体の性質上、木星のサイキッカーで固められている。

 

「アインス・リング、出撃準備完了です」

 

「よし……まだ敵の数が不明だが、リング・サイコミュのテストも兼ねるぞ。サイコウェーブにより敵を混乱、動揺を誘う。アインス・リング、出撃!」

 

 ブルー3より、3機のアインス・リングが出撃した。

 

 アインス・リングに搭載されたリング・サイコミュは、まだ小型化を進めている段階の物であり、その為にアインス・リングはモビル・アーマーの様なサイズと形をしている。

 

 小型化が進む時代に、大型のモビル・アーマー……しかし、それを補う為のリング・サイコミュとサイキッカーだ。

 

「来た……あれが、リング系の機体……頭の中のデータが更新されてるのね……私、本当に人間じゃないんだ……でも、そんな私にも出来る事があるなら……」

 

 クレナ機のモニターに、敵のマーカー……ダブルバード・ガンダムが映し出され、アラームが鳴る。

 

 ダブルバードから放たれる正確なビームが、ラングの装甲を焼いていき、タイミングを図りながらクレナは関節に取り付けられた小型爆弾を爆発させていく。

 

「ブルー3、もう持ちません! 早く援護を……」

 

 クレナが声を出した……その時、天空から一本のビームが放たれ、アインス・リングを貫いた。

 

「何が起きた?」

 

「分かりません! 高速で動く機体あり……こちらの索敵を超えるスピードで動いています!」

 

 赤いYの字を残し、その黒いモビルスーツはラングに迫る。

 

「くそっ! 作戦が台なしだ! クレナさん、バーニア全開でブルー3に突っ込め! あの機体、マデアさんなら……っ!」 

 

 ダブルバード・ガンダムもまた、光るVの字を宇宙に残して閃光となった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻6

「ブルー3、聞こえているな? こちら、マデアだ! そのラングのパイロットは、タシロの人形の可能性がある。そして、クローン計画は中止となった。その機体を保護するつもりならば、悪いがアインス・リングは墜とさせてもらうぞ! クローンは、味方すら殺す可能性がある!」

 

「それを少佐が言いますか? たった今、アインス・リングが1機墜とされたんですがね!」

 

 ブルー3からの通信にマデアは笑うと、モニター越しにビームに貫かれたアインス・リングを見る。

 

「オレは、敵以外を殺しちゃいないさ。ブルー3防衛隊がタシロの言いなりになっていなければ、手を出す気もない。だが……」

 

「少佐、ブルー3で行っている計画……天使の輪計画は、マリア・カウンター主導で行っている計画です。我々が少佐と敵対する理由はない。成る程……アインス・リングの推進システムだけを破壊したといったところですか。流石は少佐です……が、手荒な事は止めて頂きたい。しかし、我々としても保護を求めている友軍機を無視する訳にはいきません。ラングのパイロットは、保護した後に少佐に引き渡す……それで、如何ですかな?」

 

「分かった……ならば、邪魔な機体は潰しておく!」

 

 ラングに向かっていたザンスバインは、赤いYの文字を残して急激に反転した。

 

「あのスピードで方向を変えた? こっちに向かって来る……ならっ!」

 

 ニコルはミノフスキー・ドライブによって加速するダブルバード・ガンダムの中でも、冷静にザンスバインの動きを読む。

 

 赤と黄色の閃光が交錯する……ビームサーベルが重なり合い、その反動で弾けるが、2つの翼は直ぐに体勢を整えて加速する。

 

「ニコルっ!」

 

「マデアさんっ! 邪魔をしないで下さい!」

 

 ビームサーベルが、再びぶつかり合う。

 

 ビームサーベルから火花でも散っているかのような……動から静へ……今度は力比べをしているかのように動きが止まる。

 

「ニコル、あのラングのパイロットはクローンだな? 何を考えている?」

 

「ブルー3で、人の感情を……心を奪う兵器の開発をしているんだ! その事実を探る為、コロニーに潜入しなきゃならない。コロニーを破壊する事は簡単だけど、それじゃ駄目なんだ!」

 

「そうか……リガ・ミリティアも気付いたか……ニコル、ブルー3で建造中の兵器は、本来は女王マリアの考えを地球の人々に浸透させる事が目的だった。だが、その目的はタシロやカガチによって歪められようとしている。いや……最初から、地球進攻の……地球制圧の手段と計画されていたのかもしれない。マイさんを使った実験……あの研究の成果が、天使の輪に組み込まれている可能性は高い……」

 

 ザンスバインはビームサーベルを振り抜いてダブルバード・ガンダムを後方に飛ばすと、直ぐにビームサーベルで追い撃ちをかけた。

 

 その攻撃を、ダブルバード・ガンダムもビームサーベルで受け止める。

 

「マデアさん……あの時のデータ、調べてくれてたのか! 感情を奪われた人は、本心と……何も感じない心の狭間で葛藤する事になる! マイを見て分かった……その苦しみが。だから、絶対に止めなければいけないんだ!」

 

「そうだ! ザンスカールの……タシロやカガチの好きにさせてはいけない! 天使の輪は、マリアの考えを広める為だけの物の筈だった。だが、人の心を操るとなったら話は別だ。ニコル……クローンの事とブルー3の事は、オレに任せてくれないか? リガ・ミリティアには、やってもらいたい事もある」

 

 マデアはそう言うと、ザンスバインをダブルバード・ガンダムの懐に潜り込ませた。

 

「マデアさん、ブルー3に近付いてる艦隊がある事は知ってる! なんとか時間を稼いでみるよ。それとクローンじゃなくて、クレナって名前があるんだ。ブルー3では、名前で呼んであげてよ!」

 

「ふっ、分かったよ。クレナだな。それから、リガ・ミリティアに保護してもらいたい人がいる。傷を負って仮面を被っているが、以前は君達の仲間だった男だ。黒のマグナ・マーレイに乗っている。頼んだぞ!」

 

 マデアはザンスバインのバランスを乱しながら、ダブルバード・ガンダムから急速に離れていく。 

 

 そのザンスバインにニコルは数発ビームを放つと、ダブルバード・ガンダムを反転させてミノフスキー・ドライブを全開に羽ばたかせる。

 

「少佐、大丈夫ですか? ラングの回収は問題なく終わりました。少佐もコロニーに入って下さい」

 

「了解。リガ・ミリティアの新型……なかなかのパワーだ。少し油断をしてしまったよ。それと、この機体はミノフスキー・ドライブの完成型を搭載している特機だ。信用してない訳ではないが、コロニーの中に隠させてもらうぞ」

 

 マデアはそう言うと、コロニーの中に入っていく。

 

 ブルー3に近付くズガン艦隊……

 

 そして、地球降下作戦も開始されようとしていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻7

「久しぶりだな。とは言え、この戦艦のモビルスーツ・デッキが稼動しているのは始めて見るが……」

 

ガランとしたミリティアン・ヴァヴのモビルスーツ・デッキに黒いマグナ・マーレイ・ツヴァイが収容され、コクピットから仮面を被った男が現れた。

 

「手を挙げて、そのまま下りて来なさい! 妙な動きをしたら、撃ちますよ!」

 

モビルスーツ・デッキに、艦長であるスフィアの声が響く。

 

「シークレット1も、随分と戦艦らしくなったモノだな。サナリィに隠していた頃より、寂しくはなってしまったが……」

 

機械音声のような、無機質にも聞こえる声を出したリファリアは、マグナ・マーレイ・ツヴァイの装甲を蹴って無重力の空間に身を投げる。

 

ビルスーツ・デッキに降り立ったリファリアは、銃を構えるミリティアン・ヴァヴのクルーに囲まれた。

 

「ちょっと艦長! マデアさんは、黒いマグナ・マーレイのパイロットは以前の仲間だって言ってた。いきなり、敵対感丸出しにしなくてもいいんじゃない?」

 

「ニコル、この男が昔の仲間だったとして、見覚えでもあるの? 私達は今、戦争をしている。一つの判断のミスが、大切な人達の命を脅かしてしまう可能性だってある。悪いけど、直ぐに信用なんて出来ないわ」

 

スフィアは銃口をリファリアに向けたまま、その距離を詰める。

 

「だろうな。私がリファリア・アースバリだったとして、この見てくれだ。直ぐに信用してもらおうとは思っていない。だが、こんな事をしている時間も無いだろ? 我が盟友のマデアは、マリアと地球を救おうとしている。その点においては、協力出来ると思うが?」

 

「我々は、ザンスカールのマリアを救う必要は無いんだが? 地球を救うというなら、ベスパを止める事が優先だろ?」

 

スフィアの言葉に、リファリアは改めてモビルスーツ・デッキを見渡す。

 

「そうか……それで、モビルスーツ隊を地上に降ろしたか。いい判断だ。量産型のトライバードを失っては、リガ・ミリティアの戦いは苦しくなる。だが、このままでは駄目だ。だから、私がここに来た」

 

リファリアはそう言うと、右腕を挙げた状態で内ポケットから四つ折にされた紙を取り出し、スフィアの方に飛ばした。

 

「ダブルバード・ガンダム……サナリィとアナハイムの技術者が協力しても、まだ完成には至っていない。ダブルバードに搭載されているミノフスキー・ドライブ・ユニットの過剰粒子排出用のパーツが長すぎて、オールド・タイプでは扱えない。その欠点をどう改善するかで、今後の未来が変わるぞ……」

 

リファリアの話を聞きながら、スフィアは飛んできた紙を開いて目を通す。

 

「それで……これは? 私は技術屋じゃないから、よく分からないが……この設計図面を見ると、コア・ファイターにミノフスキー・ドライブ・ユニットを搭載させて、ヴィクトリー・タイプの換装パーツと互換性を持たせようって事か? バカバカしい……ザンスカールと手を組んだあなたに心配されるような事じゃない」

 

「そうか……だが、私はマデアという男と手を組んでいるだけで、ザンスカールに尻尾を振ってるつもりはない。それに、ミノフスキー・ドライブ・ユニットの完成品が出来たとして、それを再びダブルバードに搭載させるとなると、莫大な費用がかかる。そして、ミノフスキー・ドライブ搭載型の新型を造る余裕はリガ・ミリティアには無い筈だ」

 

確かに、ダブルバード・ガンダムを完成させるのに莫大な費用がかかったのは事実だ。

 

ミノフスキー・ドライブにエボリューション・ファンネル……

 

新たな技術の開発には、それなりの金額が必要になる。

 

「そもそも、ダブルバードはニュータイプ専用機だろう? ニコル以外のパイロットが使えないのでは話にならん。量産型のトライバードにミノフスキー・ドライブ・ユニット付きのコア・ファイターをドッキングさそるとなると、機体剛性の見直しは必要になるがな……」

 

そう言うと、リファリアはもう一枚の紙をスフィアに向けて投げる。

 

「それをミューラに転送してくれ。私はミノフスキー・ドライブ・ユニットを3つにする事で過剰粒子の放出時の機体バランスを安定させたが、そのデータがあれば、安定した過剰粒子の排出が出来る機構を造れるだろう。しかし、地球のリガ・ミリティアのファクトリーが破壊されて、量産型トライバードのパーツが破壊されたら意味が無い。ファクトリーを守る為に、ガンイージ隊を行かせたのだろう?」

 

「そう……分かったわ。正直、シュラク隊を地球に降ろしたせいでモビルスーツもパイロットも足りない。このデータが本物なら、あなたを信用しましょう。ニーナ、このメモの画像データを月のミューラさんに送っておいて」

 

リファリアから受けとった二枚の紙をニーナに渡すと、スフィアは銃を下ろした。

 

「それで、あなたは私達に何をして欲しいのかしら? 無償でミノフスキー・ドライブのデータを持ってきた訳じゃないでしょ?」

 

「ああ……我々の今の目的は、ザンスカール帝国が間違った方向に行かないように楔を打つ事にある。その為にも、ミノフスキー・ドライブのデータはザンスカールに渡してはいけない。ザンスカールが……ベスパがミノフスキー・ドライブ搭載機を使い始めたら、拮抗している状況が一気に崩れる。その為にも、我々が今まで使っていた基地を破壊してほしい。ミノフスキー・ドライブに繋がる痕跡は、全て消しておきたいんだ」

 

リファリアは、窓の外に視線を移す。

 

地球から発する温かい青が、道を示しているように感じていた……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻8

「この辺りでいいか……ここなら、そう人も入って来ないだろう……」

 

 ブルー3コロニーの深い森の中に、マデアはザンスバインを降下させた。

 

 ミノフスキー・ドライブの完成品……そう言うと、リファリアに怒られてしまうかもしれない。

 

 本来、ミノフスキー粒子の排出口は2つの方が安定するらしいが……

 

 ザンスバインには、3つの排出口がある。

 

 その内の一つは武器にもなるが、リファリアには未完成を隠す為の悪足掻きだと言われそうだ。

 

 それでも、ザンスバインがザンスカール帝国に押収されて、ミノフスキー・ドライブを奪われてしまったら……

 

 リガ・ミリティアより財力のあるザンスカール帝国は、ミノフスキー・ドライブの量産を始めるだろう。

 

 そうなってしまったら、リガ・ミリティアでも、地球連邦でも太刀打ち出来なくなる。

 

 カガチやタシロの動きが正確に読めない今、ザンスカール帝国にミノフスキー・ドライブの情報を与える訳にはいかない。

 

 マデアは森の中に屈ませたザンスバインに、緑のシートを被せる。

 

「こんなトコか……ブルー3の連中は、ベスパと関わりを持っている奴は少ない筈だ。これで大丈夫だとは思うが……」

 

 ザンスバインから離れようとしたマデアは、緑のシートにフラフラと近付く老人に気付いた。

 

「なんだ、あのジィさんは? 動きがノロくて気付かなかった! 御老人、それに近付かないで頂こう」

 

 銃を構えたマデアを見て、その老人の動きが止まる。

 

 そして、真っ直ぐにマデアを見てきた。

 

 顔は確かに老人だ……動きに俊敏さも感じない……

 

 しかし、その視線は精悍さを感じ、老後の生活に向かっていく人のソレではなく、身体もよく見ると筋肉質で肩幅も広く、ただの老人ではなさそうだ。

 

「マデア少佐……ですね? 少佐がいる……ならば、それは帝国のニュータイプ専用機……と、言ったところですか?」

 

「それ以上、喋らないで頂こう。このまま何も見ずに、ここで見た事を他言無用を通してくれれば、撃たなくてすむ。オレに無駄な人殺しをさせないで欲しい」

 

 老人は頷くが、その場を離れようとはしない。

 

 寧ろ、マデアに向かって一歩を踏み出す。

 

「御老人、話を聞いていたか? それ以上近付くなら、その命を奪わなければならなくなるぞ」

 

「老い先短い我が人生……ここで殺されるのも運命でしょう。だが、そんな老人の言葉を聞いて頂けるなら、少しだけお耳をお貸し下さいませんか?」

 

 敵意を感じない言葉の柔らかさ……しかし、その言葉に篭った重さ……

 

 マデアは思わず銃を下ろしていた。

 

「御老人、オレには時間が余り無い。手短に頼む」

 

「では……私の名前はケネス・スレッグ。元、地球連邦軍の軍人です。思えば、私が在籍していた時代から連邦の腐敗は強くなっていったのかもしれん……今では、連邦軍は組織として統制がとれなくなってしまった……いや、私がいた頃から、その風潮はあったが……」

 

 マデアは銃を下ろしてはいたが、疑惑の目でケネスを見る。

 

「それで……その連邦の元軍人さんが、オレに何の用だ。連邦軍へのスカウトなら、お断りさせてもらう」

 

「少佐程の人物を扱えるなら、連邦はここまで腐っていない。連邦は、身の保身や利益の為なら、非人道的な事も平気でやる。だが、士官以下の兵は志を強く持つ者もいる。だが、それはどこの組織も同じようなモノだ」

 

 ケネスの言葉に、マデアの身体が一瞬だけ緊張した。

 

「そう……少佐の所属するザンスカール帝国も同じ……いずれ上層部は腐っていき、下の者には志だけを抱かせる。組織というのは、上の者にとって都合の良い物を作り上げる……だが、そんな組織に私は嫌気がさした。少佐は……どうなのですか? 今の帝国のやり方……私は疑問を持っています。マリア主義とギロチンを使うやり方……癒しと恐怖……最初は間違っていなかったと思います。だが、気付かれないように歪みを作っているように感じます」

 

「そうか……御老人の目には、そう写るか……だが、それについては答えられない。オレは、マリア様の意向を具現化する存在……ただ、それだけだ。悪いが、話は終わりだ。ここで見た事だけは、誰にも話さないでくれ……」

 

 マデアはそう言うと、踵を返す。

 

「昔……マフティーという組織がありましてな……」

 

 ケネスの言葉を背中で聞き、マデアの動きが止まる。

 

「マフティー・ナビーユ・エリン……か。マフティー動乱と今の情勢を同じと見ているなら……全く違うぞ。マフティーは、人類を全て宇宙に出す……言わば、シャア・アズナブルの意思を汲んだモノだ。ザンスカール帝国は……いや、ベスパは……」

 

「そう……やり方は違えど、マリア・ピァ・アーモニアの考えと同じ……シャアもマフティーも、地球に平和を取り戻そうとした。その為に、地球をクリーンにしようとした。だが、帝国の行動は地球への侵攻……地球を制圧し、乗っ取るかのように見えます。それを止めるのは、今しかない」

 

 マデアが口篭った瞬間、ケネスは捲し立てた。

 

 ザンスカール帝国は、スペースノイドの自治権を獲得する為に、人類社会のシステムの再構築が目的だった筈……

 

 地球に攻め込む必要はあるかもしれないが、制圧する必要は無い。

 

「マフティー・ナビーユは、マランビジーとなった。だが、地球連邦の……地球に済む者の膿を取り除く事は出来なかった。今で言えば、マフティーは帝国なのでしょう。しかし膿を取り除いても、新たな膿が出る。私がしなければいけない事……マフティー動乱に関わった私は、次の一手まで考えなくてはいけないのだ。今、この状況を打破出来るのはマリア・カウンター以外には無い。マリア・ピァ・アーモニアが帝国の支配から逃れ、ベスパと連邦を淘汰出来れば……」

 

「革命をするならば、戦いに勝つだけでは意味が無い……それは、間違いない。だが、オレに……オレ達に、そこまでの力は無い。革命ゴッコがしたければ、他を当たるんだな」

 

「ならば、少佐は何の為に戦っているのです? ニュータイプとしての能力がありながら……革命のキーマンであるマリアに影響を与えられる身でありながら……そして、戦局を変えられる程のモビルスーツを保有しながら……その力を行使しないとおっしゃるのですか? そもそも、勝つ事が必要なのでしょうか?」

 

 ケネスの言葉に、マデアは振り返る。

 

 ケネスに対する疑惑と、自分自身への怒りで、ケネスを睨む視線は鋭くなっていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻9

「勝たなければ、意味が無いだろう? 我々は戦争をしているのだぞ! 勝たなくて良いならば、戦争を続ける必要はない!」

 

「そうですか? では……なぜ少佐は、勝利が確定している舟を下りたのですか? エリート部隊のベスパに、マリアのカリスマ……そして、最強のニュータイプである少佐と、ミノフスキー・ドライブを搭載するモビルスーツ……腐敗した連邦と、女と子供と老人しかいないレジスタンスを潰すなど簡単な筈だ。だが少佐は、沈没確定の泥船に乗り換えた……勝たなければ意味がないと言うならば、何故です?」

 

 マデアは、再びケネスに銃口を向ける。

 

 ケネスを睨む力が強くなり、軍人ですら竦んでしまう程の威圧感を醸し出す。

 

 それでも、ケネスの瞳は真っ直ぐにマデアを見ている。

 

「貴様……どこまで知っている? オレが帝国軍を抜けて、独自で動いている事を知っているまでは許そう……だが、ミノフスキー・ドライブ搭載型のモビルスーツの情報をどこまで掴んでいるかは話してもらう。貴様に、その情報をリークした人間についても、話してもらうぞ!」

 

「まぁまぁ少佐……彼を撃つと言うならば、まず私から撃って下さい。情報を彼にリークしたのは、私なのですから……」

 

 ケネスと同年代ぐらいだろうか……ゆっくりと歩いて来た初老の男は、小さなレンズの眼鏡を指で少し上げながらマデアを見ていた。

 

「あなたは……オーティスさんか? リファリアが頼りにしていた数少ないメカニックだった筈だ!」

 

「覚えていてくれましたか。とりあえず、見られては駄目なモビルスーツを、こんな場所に放置しない方がいい。私達のファクトリーに運びましょう」

 

 確かに、見られてはいけないモビルスーツをシートで隠すだけでは不安がある。

 

 しかし、それでも不特定多数に見られる訳にはいかない。

 

 たとえ、ファクトリーでサンスバインの整備をしていたメカニックがいたとしても……だ。

 

「オーティスさん、あんた我々を裏切ったのか? ザンスバインのミノフスキー・ドライブは、極秘だと……リファリアの事を良く知るあんたは分かっていた筈だ! 極秘にしなくてはいけない理由がっ!」

 

「少佐、もちろんです。こちらのケネスさんは、ルース商会と我々を繋げてくれた人物ですよ。彼がいなければ、極秘でザンスバインを……ミノフスキー・ドライブを完成させられなかった。マフティー動乱を見てきた彼だからこそ、我々に協力してくれているのです」

 

 オーティスの言葉でマデアは銃を下ろすが、混乱していた。

 

「ルース商会……リファリアと繋がっていた訳ではないのか?」

 

「ルース商会は地球のウーイッグにある雑貨店ですが、兵器の密売なども行っています。私は、ルース商会がリガ・ミリティアにも兵器を売っている情報を掴んでいるんですよ。多額の資金援助は、更にベスパの攻撃からウーイッグを守る事も約束しているから受けれたモノです。まぁ……そんな事は無理なんですが……」

 

 ケネスは自虐的に笑うと、マデアの瞳を真っ直ぐに見つめる。

 

「マランビジー……枯れる事のない水道……それは、伝説になった。だが英雄の退場は、絶望を生む。本当のマランビジー……それは、意志を受け継いで行く事……意志を託して行く事。枯れない井戸のように……そう、階段井戸のように幾重にも絡み合いながら、それでも最後は一つに集約される……それが出来れば、勝ち残った組織は腐る事もなくなる。もし志半ばで退場する事になっても、別の誰かがその意志を見せ続ける事が出来れば、英雄が死んでも次に繋がるんだ。その為に、私はここにいる」

 

「結局、考えている事は同じか……言葉だけでは、意味をなさない。その背中を見せなくては、次に続く者が現れない。ニュータイプ能力とは、自分達の意志を伝える為にあるのかもしれないな……遠く離れた者を感知する力……それは、自分達の行動を補完する為に必要な力なのかもしれない。だが……我々がその行動に出ると思っているのか?」

 

 ケネスは、静かに頷いた。

 

「人の心は、不可能に立ち向かっている者達を見た時に燃え上がる。その者達の意志を受け継ぎたいと思う。そこに、成否は意味をなさない。腐った連邦の心を揺さ振り、リガ・ミリティアに勇気を与え、マリアに不信感を抱かせる……蒼い地球を背負い、絶望的な大軍の前で戦う勇姿が必要だ」

 

「そうだ。成否は関係ないと言ったが、失敗するにしても時間は必要だ。我々の行動を見て、人々の心に灯を燈すまでの時間が……な」

 

 風が吹く……

 

 その柔らかだが強い風は、マデアの背中を押しているようだった。

 

「少佐……ガンダムですよ。ガンダムに乗って、伝説になるのです。そして、その姿を見た者達が、次のガンダム伝説を作り出す。少佐は用事を済ませて来て下さい。その為に、ブルー3に来たのでしょう? その間に、ザンスバインの塗装を変えておきますよ」

 

 マデアはオーティスの言葉を聞きながら、風の流れる先を見つめる。

 

 人柱になる覚悟は出来ている……しかし、女王マリアに伝えなくてはいけない。

 

 天使の名を冠した、悪魔の兵器の実態を……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻10

 ヴォー! ヴォー! 

 

 ミリティアン・ヴァヴの艦内に、敵発見のアラームが響き渡る。

 

 独房……ではないが、扉の外に見張りが立っている自由の無い個室で横になっていたリファリアは、その音を聞いて身体を起こした。

 

「キミ……このサイレンは何だ? 敵の艦隊に接触したのか?」

 

「私には、詳しく分かりません。しかし、戦闘にはならなそうですよ。ダミーのおかげで、やり過ごせそうだと聞いています」

 

 見張りの返答に、リファリアはベッドの端に座ったまま考え込む。

 

 ダミーでやり過ごせる? 

 

 ミリティアン・ヴァヴやマデアの動きを察知して行動している艦隊であれば、索敵を強化しながら動いている筈……

 

 ダミー隕石如きで、騙せるような相手ではないだろう……

 

 だとすれば、今ミリティアン・ヴァヴに接近している艦隊は、少なくとも戦闘を目的にしている訳ではない。

 

 ブルー3に向かって来る艦隊の情報はキャッチしていた。

 

 リガ・ミリティアも、自分達も、追っ手だと思っていたが……

 

「すまんが、艦長を呼んでもらう事は出来るか? 至急、話をしたい事がある。好機を失う事になるかもしれん……」

 

「いや、しかし……分かりました! おい、艦長を呼んで来てくれ! リファリアさんが、艦長に大切な話があるそうだ!」

 

 見張りは通路を歩いていたクルーを大声で呼び止め、艦長への伝言を依頼した。

 

「すまんな……こんな素性の知れない人間の頼みを……」

 

「いえ……黒のマグナ・マーレイ、オールド・タイプでも操縦出来るように改修されていると聞きました。それも、機体性能を落とさずに……そんな事が出来るのは、リファリアさんぐらいしか私は知りません。そしてリファリアさんであれば、疑う必要などない」

 

 リファリアは、仮面の中で少し笑顔を見せる。

 

 疑われても仕方がない状況の中で、かつての仲間に信じてもらえる事……それが嬉しかった。

 

 程なくして、艦長のスフィアとニコルがリファリアの部屋に入って来る。

 

「話したい事があるそうだな? 敵の艦隊について……でいいのかな?」

 

「ああ……艦長は、何か気にならないか? と言うより、艦長なら索敵行動中にダミー隕石でカモフラージュする敵艦に気付かない……なんて事があるか?」

 

 リファリアの問いに、艦長は眉をひそめた。

 

「気付くに決まっているだろう? 隕石に紛れていても、所詮はダミーだ。注意深く見れば、気付かないなんてありえない」

 

「だとすれば……だ。敵は、索敵行動すら行っていない可能性がある。そもそも、リガ・ミリティアがブルー3に接触している事すら気付いていないかもしれん……」

 

 ブルー3への接触に気付いていない? 

 

 そんな事があるか! 

 

 そう言おうとしたスフィアは、言葉を飲み込む。

 

 我々がブルー3の存在を知ったのは、マイの心の中でクレナとニコルが感じた事……

 

 ザンスカールの情報を傍受した訳でも、捕虜から聞き出した訳でもない。

 

 ザンスカール帝国が秘密裏に進めている作戦を、リガ・ミリティアが知っていると思って行動するだろうか? 

 

「艦長、接近している敵艦隊の進行予想は出来るか? もしかしたら、地球から出ている艦隊ではないかもしれん。そうだとしたら……」

 

「そう言う事か……我々を追っていると思っていた艦隊は、行き先が同じだっただけで、別の目的でブルー3に向かっていると思った方が自然だ。ニコル、ニーナに敵艦隊の進路予測を出させろ! もしリファリアの言う通りなら……」

 

 スフィアの視線を感じ、リファリアが頷く。

 

「天使の輪……マデアと私の仮説では、巨大なサイコミュ兵器であると見ている。人の心を操る兵器……だとすれば、その開発はサイキッカーが多く存在する木星圏で行っている可能性が高い」

 

「だとすれば、ブルー3に天使の輪のパーツを運んでいる艦隊の可能性もある。しかし、ここで我々の存在に気付かれてしまえば……」

 

 困惑するスフィアを見て、リファリアは首を横に振る。

 

「気付かれた方がいい。リガ・ミリティアの目的は、ベスパの地球侵攻を遅らせる事。ヴィクトリー計画の量産を行っているファクトリーを守る事が最優先事項の筈だ。ブルー3に天使の輪のパーツを運んでいるなら、その艦隊を襲撃すればズガン艦隊は我々に目を向けるだろう。地球侵攻を任されているタシロ艦隊……ズガン艦隊は、その護衛をしている。ズガン艦隊がブルー3に向かって来てくれれば、タシロ艦隊を背後から叩ける可能性が出て来る」

 

「それまでに、クレナを回収出来ればな。だが、天使の輪の完成を遅らせて、地球侵攻も手薄に出来るのならば、やる価値はあるか? だが、我々には攻め手がない」

 

「私もマグナ・マーレイで出る。信用してもらえるならな。ズガン艦隊がタシロ艦隊の護衛をしている理由は、マデアの離反にある。その片腕の私がブルー3の宙域にいれば、ズガン艦隊は必ず来る」

 

 だが……

 

 たった2機のモビルスーツで仕掛けて良いのだろうか? 

 

 スフィアは、悩みながら扉の方を見た。

 

 そこには、ブリッジから戻ったニコルが自信に満ちた表情で親指を立てていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻11

「では、行かせてもらうぞ。少なくとも、戦艦3隻を相手にしなければならん。ダブルバードとマグナ・マーレイ……敵を倒すだけなら充分だが、ミリティアン・ヴァヴを防衛しなくてはいけないからな」

 

 そう言いながら、スフィアの横を通り過ぎようとするリファリア……

 

「マグナ・マーレイじゃなくてもいいわ。別の格納庫に、アレが眠っている。あなたがリファリア・アースバリなら、使えるんじゃないじゃないから?」

 

 そのリファリアの耳元で、スフィアが小さな声で囁くように伝える。

 

「アレ? そうか、まだミリティアン・ヴァヴに搭載しているのか……だが、本当に使えるのか? もし使えるのなら、既に使っている筈だろう? 保管しとくだけなど、そんな無駄使いする余裕がリガ・ミリティアにあるとは思えんな。だとすれば、専門的なパーツが破壊されている可能性がある……例えば、ミノフスキー・ドライブとかがな」

 

「アレで、そこまで予測が出来るなら……本物のリファリアだと思っていいのかしら? そうね……ウォーバードはミノフスキー・ドライブのパーツが破損して使えない……けど、あなたがリファリアなら、直せるんでしよ?」

 

 リファリアは一度頷いたが、足を止めてから首を横に振った。

 

「今のタイミングでは……無理だな。それに、直したところで使い道がない。ミノフスキー・ドライブに関するデータは全て消去する。ザンスカールに奪われる可能性がある物は、全てだ。もしリガ・ミリティアのファクトリーに持っていける事が出来れば、修理してもいいかもしれんがな……」

 

 リファリアは静かに足を前に出し、ゆっくりと歩き始める。

 

「リファリアさん……ゴメン。リースティーアさんも、レジアも守れなかった……リガ・ミリティアの未来に必要な人達を……これからの世界に必要な人達を……サナリィで、リファリアさんが命を懸けて守ってくれたのに……」

 

「そんな事はない。希望はしっかりと受け継がれているだろう? あの日、皆で繋いだ希望を託した私が、再びバトンを受け取っただけの話だ。リースティーアやレジアの想いも一緒にな。リースティーアの最後の想いは、この身に刻み込んだつもりだ」

 

 目の前を通り過ぎたリファリアの背中と、ニコルの背中……

 

 お互いに、顔を合わせずに声を出す。

 

「オレは、何の考えもなく戦争に加わった……目の前の人を救いたい……ただそれだけで、モビルスーツに乗った。リースティーアさんやレジアのように、理念や使命がある訳でもない。それなのに、リガ・ミリティアの全ての希望を乗せたモビルスーツを与えてもらった。世界の平和も……リガ・ミリティアもザンスカールも地球連邦も、どんな思想で動いているのかなんて、何も知らないまま……」

 

 ニコルは、リファリアの顔が直視出来なかった。

 

 生命維持装置を頭に付けないと生きていけない身体になっても、戦場に戻って来たリファリア。

 

 その姿を見て……いや、リースティーアやレジアの死を感じ、自分の命を犠牲にしても何かを守る姿を見て、ニコルは自分自身が情けなく感じていた。

 

 マヘリアさんを守りたくて……マイを救いたくて……でも、戦争が怖くなって逃げ出して……そして、自分の周りの人達だけでも助けたくて戦場に戻って……

 

 それでも……必死に戦ったつもりでも、リースティーアとレジアを失った。

 

「ニコル、迷っているならミリティアン・ヴァヴを降りろ。何も考えていない者が、兵器を扱ってはいけない。だが、大切な人の命を救いたいというのも、戦う理由として充分だ。そしてお前は、敵にも大切な人達がいる事も知っている。だから、理念やら使命なんて事を考えるのだろう。大局を見る事は大切だが、大局だけを見ると本当に大切な事を忘れてしまう事がある。どんな時でも考えろ……自分が追い詰められた時は、特に……な」

 

 リファリアはニコルを見る事なく、モビルスーツ・デッキに向けて地面を蹴る。

 

「ニコル、あなた……」

 

「艦長……大丈夫さ! 迷いは地球に置いて来たつもりだったんだけどね……リファリアさんの姿を見てたら、自分が情けなくっちゃったよ。人の命で出来る事って、小さい。だから、繰り返さなきゃいけないんだ。オレには色々な事は分からないけど、人の心を操る事だけは許せない! だから、ザンスカールを止める! レジアとマイの気持ちも、一緒の筈だから」

 

 ニコルはスフィアに敬礼すると、リファリアの後を追ってモビルスーツ・デッキに向かう。

 

「ニコル、最初は皆一緒だよ……大切な人を救いたい……自分の国を守りたい……でも、その気持ちが戦争を生む。守ろうね、ニコル。私達だけの気持ちを……憎しみをぶつける相手は、人の心を奪おうとする人達だけでいい……あなたの戦いを、私達は精一杯援護するから……」

 

 スフィアはニコルの背中に、自分の想いを口にしていた……

 

 

「マグナ・マーレイ・ツヴァイ、出撃準備よし。ニコルにはミリティアン・ヴァヴの防衛を任せる。私が敵戦艦を叩く」

 

「リファリアさん、冗談でしょ? オフェンスはオレがやる! 電撃戦ならダブルバードの方が得意だ! ミリティアン・ヴァヴはお願いします!」

 

 マグナ・マーレイ・ツヴァイを押し退けるように、ダブルバード・ガンダムがカタパルトに急ぐ。

 

「ニーナさん、ダブルバード・ガンダム……ニコル・オレスケスで行きます!」

 

「ニコル……ダミー隕石をパージしたら、直ぐに敵に気付かれると思います! 充分注意して! 敵戦艦は、本艦の前方。ブルー3索敵範囲のギリギリ外側です。少しでも内側に入れたらブルー3に気付かれて、クレナさんにも危険が及びます。攻撃は慎重かつ迅速に!」

 

 情報を伝えながらも、さりげなくプレッシャーをかけてくるニーナに、ニコルは少し笑ってしまう。

 

「了解! ミリティアン・ヴァヴも牽制よろしく! ダブルバード、出ます!」

 

 ダブルバード・ガンダムのバーニアの光を見ながら、リファリアはマグナ・マーレイ・ツヴァイをカタパルトにつける。

 

「私がディフェンスでいいのか? まだ素性の確認がとれてないんだろう?」

 

「艦長とニコルが信じたんです。私達が疑う必要はありません。それに、最初から気付いてましたよ。サナリィで、ミリティアン・ヴァヴを……私達を守る為に、旧式のF90でマグナ・マーレイに立ち向かった勇姿……忘れる筈がありません! そして、そのマグナ・マーレイが私達を守ってくれる……安心して任せます! マグナ・マーレイ・ツヴァイ、リファリア機、出撃どうぞ!」

 

 リファリアはヘルメットも必要ない、その顔を右手でそっと触れてから操縦桿を握り直す。

 

「安心していてくれ。ミリティアン・ヴァヴは墜とさせはしない。リファリア・アースバリ、出る」

 

 2機の翼が宇宙に羽ばたく……

 

 天使の輪を破壊する戦いが始まろうとしていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻12

「リガ・ミリティアの機体だと! どこから来た?」

 

「本艦の後方! ダミーで隠れていた模様です!」

 

 カリスト級巡洋艦のブリッジで、ザンスカールの将校が驚きを隠せずに叫んだ。

 

 全く予期していなかった攻撃……リガ・ミリティアは、ベスパの地球侵攻作戦を阻止する為に動いていると思っていた。

 

 リガ・ミリティアから見たら緊急時の状況で、ブルー3の宙域にいる筈がない。

 

「我々がエンジェル・ハイロゥのパーツを運んでいる事に気付いているのか? どこから情報が漏れた? いや……そんな事より、迎撃だ! モビルスーツ隊、出撃!」

 

「間に合いません!」

 

 管制官の声が終わると同時に、ブリッジが大きな横揺れに襲われる。

 

「推進機関に直撃! 第2波……来ます!」

 

 ビームの束が、ブリッジの前方に雨の様に降り注ぐ。

 

 上下対称に設定されたカタパルトデッキがビームに晒され、激しい音を立てて爆発する。

 

「くそっ……遊んでいるのか! 残っている兵装で一矢報いろ! いや……脱出! 脱出だっ!」

 

 カタパルトが使えない為、モビルスーツ・デッキから直接出撃していくラング……

 

 そのラングの部隊が次々とダブルバード・ガンダムに破壊されていく光景を見て、艦長は反撃を諦めた。

 

「艦長、エンジェル・ハイロゥのパーツはどうします? アレを放棄したら、我々の首が確実に落ちます!」

 

「知るかっ! このまま戦って、あの化け物に勝てるのか? 奴が止めを刺しに来る前に逃げるんだ! 代わりのパーツは、木星の連中に運ばせればいい!」

 

 モニターには、ダブルバード・ガンダムがラングを簡単に撃墜する光景が映し出されている。

 

 それと同時に、ミリティアン・ヴァヴに向けて回頭するカリストの姿が見えた。

 

「馬鹿が! ブルー3の部隊に援護を要請すれば、本国にリガ・ミリティアの動きを伝えられるというのに……こうミノフスキー濃度が濃くては、何も出来ん!」

 

 悪態をついた艦長は、そのまま脱出艇へと急いだ……

 

 

「奇襲で一隻は墜とした! 次は?」

 

 ニコルは爆発しない程度に破壊したカリストと、そのカリストから出て来たラングが動けなくなった事を確認し、次の目標を確認する。

 

 ダブルバード・ガンダムに向かって来るカリストが一隻、もう一隻はミリティアン・ヴァヴに向かっていた。

 

 ダブルバード・ガンダムが正対するカリストは、既にラングを展開中し臨戦態勢をとっている。

 

「あっちは、リファリアさんに任せるしかない! こっちも手早く済ませないと、厄介な事になる!」

 

 ニコルはエボリューション・ファンネルを飛ばし、サイコミュの感覚に身を委ねた。

 

 ラングの動きが、頭の中で感覚的に再生されていく。

 

「そこだ! ファンネル!」

 

 一瞬……その一瞬で、ラング8機は同時に破壊され、戦闘不能に陥った。

 

 残ったラングも、ダブルバード・ガンダムから直接放たれるビームによって、次々と各部を破壊されていく。

 

 その間も抵抗を続けていたカリストだったが、ダブル・バスター・ライフルの高エネルギーのビームによって推進機関を破壊されて動きが止まる。

 

「終わった! 次は、リファリアさんのフォローを……」

 

 ダブルバード・ガンダムを転身させたニコルの脳裏に、何か感じるモノがあった。

 

「そこ……なんだ?」

 

 ダブルバード・ガンダムの手が伸び、直線的に動いている物体を掴んだ。

 

 掴まれた飛行機の様な形をした物体……それは、先に墜とされたカリストの艦長達が乗る脱出艇だった……

 

 

「あれがニコルの戦い方か。戦場では、甘い……と言わざるを得ないが、木星から来た戦艦であれば、捕獲できれば色々と分かるかもしれんな。こちらに、そこまでの余裕はないが……」

 

 リファリアお手製の自動追尾ビームシールドとIフィールドに守られたマグナ・マーレイ・ツヴァイの防御を、ビームライフルが主兵装のラングが抜ける筈もなく、着実に数が減らされていく。

 

 ニコルの戦いとは違い、効率良く敵に止めを刺していくリファリアの戦いは、敵に逃げる隙も与えない。

 

 隙を作ったら、コクピットに無慈悲な一撃が加えられて終わってしまう。

 

 カリストも、また然りだった。

 

 弾幕が薄くなった瞬間、ブリッジにランチャーが直撃する。

 

 結局、ミリティアン・ヴァヴは戦闘に参加する事もなく終わってしまった。

 

 残ったのは、漂うラングの残骸と、カリスト3隻……そして脱出艇……

 

 カリストの運んでいた物と、カリストの艦長への尋問で、ニコル達は驚愕の事実を知る事になるのだった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻13

「宇宙細菌……だと? 知らんな。艦長は……いや、リガ・ミリティアは知っている情報なのか?」

 

「いえ……初めて聞く話だわ。少なくとも、私にはその情報は下りてきてない」

 

 金庫の様な頑丈な箱から取り出され、更に円柱の金属の塊に保護された物体を見ながら、スフィアは眉をひそめる。

 

 宇宙細菌が入っていると言われた金属の塊の事を、マリア・カウンターの要人でもあるマデアと共に行動していたリファリアにも見当がつかないでいた。

 

「つまり、コイツを開けたら最後、この周囲にいる人間は全員死ぬ事になる……と言う事だな。よく話をしてくれた」

 

「言いたくて言った訳じゃない。だが、私には部下を守る義務がある。それに、この作戦自体が気に入らなかった。真実か嘘かは、ソイツを開けないと分からんだろうがな……」

 

 カリストの艦長は後ろ手に縛られながら、半ば諦めた口調でリファリアに向かって声を出すと、壁に寄り掛かる。

 

「宇宙細菌……それに、エンジェル・ハイロゥ……死んでも口を割らない訳だわ。こんな事が知られてしまっては、計画が潰される危険もある」

 

 他のカリストの艦長達は、口を割る事もなく宇宙に投げ出されていた。

 

 ニコルが不殺を貫いている事で、捕虜の数が多過ぎる……

 

 空いているモビルスーツ・デッキに閉じ込めてはいるが、捕虜達をまとめる人間が生存していれば厄介な事になってしまう。

 

 そのリーダーを中心に動かれてしまっては、ミリティアン・ヴァヴを制圧されかねない。

 

 選択の余地もなく、リーダー格の人間は殺すしかなかった。

 

 ただ、最後の艦長……今、尋問している人物だけは容易く口を開く。

 

 溜まっていた物を吐き出すかの様に、自らの嫌悪感を全て撒き散らすかのように、ザンスカール帝国の考える非道な作戦が口から溢れていた。

 

 地球に住む人々をエンジェル・ハイロゥのサイコ・ウェーブによって眠らせて、宇宙細菌で全人類を……地球の人々を滅亡に追い込む作戦……

 

「他の2人の艦長は、ズガン直属の部下だ。私は……タシロ中佐の部下だが、諜報活動の為にズガンの部隊に先入していた。中佐は、宇宙細菌を使う作戦を望んではいない。その為に、強力なサイコ・ウェーブの放出実験や、クローンを使った精神コントロール実験を行っていた。宇宙細菌は、人間以外の生物も殺してしまう危険性がある。地球が生き物の住めない星になってしまう可能性すらある。それを止める為に、早急に結果を出す必要があった……」

 

「そう聞くと、タシロに正義があるように聞こえるな。しかし、どちらにしても非道な行いに違いはない。だが、もう少し精査する必要がある。艦長、ミノフスキー粒子が薄くなったらマデアに連絡がとりたい」

 

 スフィアは眉間に皺を寄せて、冷静な口調で話すリファリアの仮面を怪訝な目を向ける。

 

「マデアさんは、ブルー3に行ってるんだろ? せっかくブルー3に気付かれないように倒したのに、通信なんかしちゃったらダメなんじゃないの?」

 

「ああ……だが、ブルー3には女王マリアが視察の為に訪れているんだ。マデアは女王に、タシロの実験について何度も話をしている。それでも、女王はタシロの計画に乗っている感じがするんだ。全人類が戦争の……争いのループから抜け出せるのであれば、心を失わせる事も仕方がないと……そんな女王の本意を聞く為に、マデアはブルー3に入ったんだが……」

 

 ニコルの言葉に一度頷いてからそこまで言うと、リファリアは静かにカリストの艦長を見た。

 

「その男の言う事が正しく、それを女王が知っているのであれば、タシロに付く以外の選択肢が女王に無かったのかもしれん。タシロが失脚してしまえば、ズガンの作戦が実行される。宇宙細菌の無差別攻撃……正直、宇宙細菌の攻撃の前に人類を眠らせる必要はないだろう。細菌兵器から身を守る事は不可能に近い。地球をザンスカールに占拠されて、全世界に細菌を撒き散らされれば、逃げる術はない。恐怖の中で死ぬか、眠っている間に死ぬか……」

 

「エンジェル・ハイロゥを使った強制睡眠は、慈悲って事? でも……その時が訪れて、選択を迫られたら、女王マリアはサイコ・ウェーブを使うしかないでしょうね……それに比べたら、人の心を奪っても人として生きられる方を選択するしかない……」

 

 スフィアの言葉に、リファリアは静かに頷く。

 

「そんなの……両方ともダメだ! ズガンもタシロも、両方倒してしまえば良いんだろ! その為のダブルバードだ! レジアの……皆の想いが詰まったモビルスーツなんだ……その機体のパイロットを任されているからには、オレが止める! 絶対に!」

 

「コニル……大丈夫よ。気持ちは同じ……ここにいる全員ね……」

 

 そう言うと、スフィアはニコルの肩をソッと自分の方へ引き寄せる。

 

 気持ちは同じ……非道なザンスカール帝国を止めたい。

 

 だが、現実には絶望的とも言える戦力差がある。

 

 戦局を変えれるモビルスーツに、ニュータイプ。

 

 ゲリラ戦をやっていれば、勝てないまでも負ける事はないだろう。

 

 ただ、短期決戦を挑むなら話は変わってくる。

 

 最強のモビルスーツであっても、操るのは人なのだ。

 

 仮に、ニコルが歴代最強のニュータイプだったとしても、人なのだ。

 

 ミノフスキー・ドライブの恩恵で、モビルスーツは連戦にいくらでも堪えられる。

 

 けれども、そのモビルスーツを操れるのはニコルしかいない。

 

 ニコルを抱くスフィアの腕が、少し震えた。

 

「女王を説得して、こちら側に付ける事が出来るって事か? それならば、エンジェル・ハイロゥをリガ・ミリティアが使う事も可能性か?」

 

「それはないな。女王マリアが望むのは、母なる地球を守る事と争いを止める事……争いを好む男性を排除し、女系社会への回帰を促す事を目的にしている。その目的に沿っていなければ、女王がザンスカールから離れる事はない。そして、今はタシロの計画が女王の目的に一番近いと思っているんだろう」

 

 そこで一度言葉を止めたリファリアは、まだ自分も迷っている事に気づく。

 

 エンジェル・ハイロゥを含めたザンスカール帝国の絵図を砕くには、大規模な部隊による作戦行動が必要になる時が必ず来る。

 

 その為には、腐りかけている地球連邦軍を動かすしかない……だからこそ、理屈ではなく心に訴えかける必要があった。

 

 そこまでしなければ変わらない……今の地球連邦軍は、そこまで腐りかけている事を知っているから……

 

 心に訴えかける為の人柱になる……しかし、その作戦に巻き込まなければいけない人達も知っている。

 

「とにかくマデアに連絡をとって、女王がどこまで知っているか確認する必要がある。それと、エンジェル・ハイロゥの状況だ……完成度によっては、そっちも叩いておく必要がある」

 

「そうね……完全に破壊出来なくても時間稼ぎさえ出来れば、次に繋げられるかもしれない」

 

 スフィアはリファリアに向かって頷くと、ニーナに秘匿の回線を開くように指示をした。

 

「エンジェル・ハイロゥの護衛任務、そして開発についてはズガンが指揮している。エンジェル・ハイロゥを破壊するならば、無敵のズガン艦隊を相手にする事になる。だが、エンジェル・ハイロゥの開発を遅らせるならばズガンの力を削いでおいた方がいい。エンジェル・ハイロゥのパーツについては、木星の息がかかった者しか扱っていない。そして、ズガン艦隊は木星帰りで構成されているからな」

 

 そう言うと、カリストの艦長は寄り掛かっていた壁から背中を離す。

 

「私も宇宙に投げ出してくれ。色々と聞き過ぎた……生かしておいても、憂いにしかならんだろう。私の命と引き換えに、クルーの命を保障してほしい。事が済んだら、脱出艇を放出するだけでいい」 

 

「分かった。これだけの情報をリークしてしまったんだ……生きていても、ザンスカールから狙われるのは間違いない。そして我々も、守ってやれる程の余力はない……すまないな」

 

 カリストの艦長はリファリアに向かって微かに笑うと、部下達を頼むと言い残して尋問室から出て行く。

 

 両脇を抱えられながら歩く後ろ姿に、スフィアは自分達の未来を重ねてしまう。

 

 これからの戦いは、体力を擦り減らしながら走っていくしかない。

 

 自分達の運命も、既に絡め取られているのではないかと思える。

 

 先頭をきって走らせるのは、自分よりも年下の少年……

 

 スフィアは何も言えずに、ニコルの身体を優しく包み込むように後ろから抱きしめていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻14

「マデア、あなたも来ていたのね……いえ、私が来ているから来たのかしら?」

 

 ブルー3の管制室前で、マデアに銃口を突き付けるマリア・カウンターの兵士と、マリアに寄り添うように立つアーシィ……

 

 仲間達に守られながらも、マリアはマデアの前に立っていた。

 

 本来であれば、裏切り者が女王の前に立てる筈がない。

 

 姿を現しただけで、殺されてしまうだろう。

 

 しかしマリア・カウンターの兵の多くはマデアを慕っており、女王もまた、マデアの事を信頼している一人でもあった。

 

 ザンスカール本国には、マデアは確実に入れない。

 

 マリア・カウンター所属の戦艦の中でも、カガチの監視の目は厳しい……だが、ブルー3とエンジェル・ハイロゥに関してはカガチの監視の目が緩んでいる。

 

 タシロが進めていたクローン計画によってサイキッカーが犠牲になっていた事実が明るみになると、ブルー3は木星人とマリア・カウンター以外の人を拒否するようになった。

 

 これはタシロがエンジェル・ハイロゥを自らの切り札にしたいが為に、カガチの目を遠ざけたくて打った手の一つである。

 

 タシロもブルー3に入りづらくなってしまったが、タシロの考えに寄って来ているマリアが自由に動けるならば、さして問題は無い。

 

 マデアがブルー3に来た理由、それはカガチの目の及ばないところでマリアに会う事である。

 

「信用はされていない……か。当然だな。だが、オレはマリアの本心を……考えている事が知りたい。タシロは天使の輪を使って、人の心を奪おうとしている! それでも、天使の輪を使うつもりなのか?」

 

 マデアの言葉は、女王であるマリアの心に刺さる筈だった。

 

「マデア……私もタシロの真意を理解しているわ。そして、ニコルの幼なじみの事も……でも、今はタシロに従うしかないのです。タシロと組めば、最悪の事態だけは免れるのです」

 

 静かに語るマリア……悲しそうな瞳でマデアに銃口を向けるアーシィ……

 

「アーシィ……お前も、納得してマリアに付いているという事か? 何故タシロに付き従う? あれ程、嫌悪感を示していたのに……」

 

「少佐……私は、少佐と共に行きたかった。でも、私までいなくなったら誰が女王を守るのです? 少佐はミノフスキー・ドライブの技術とザンスパイン計画を盗んだ者として、指名手配中です。女王を見捨てて、どうして帝国に背いたのですか? 少佐がいなくなってしまったら、女王を守る盾が無くなってしまう事が分かっていて、なんで……」

 

 アーシィの瞳から、静かに……一筋の涙が頬を伝う。

 

 マデアの事は、心から慕っていた……それでも銃口を向けるアーシィは、それだけの覚悟を持っていた。

 

 マデアと決別しても、女王を守る覚悟を……

 

 その涙を見たマデアは一回言葉を飲み込むが、少し考えた後に口を開く。

 

「アーシィ……それにマリア、人から争う心を奪えば戦争は無くなるかもしれない。だが、その後に残るのは廃人のような人々だけになる。心の中では自分であり続けたいと思っても、それを表出できなくなる。それがどれだけ辛い事か……想像出来るだろ!」

 

 沈黙が流れる……それは、マデアの言っている事を理解しながらも、タシロに付かざるを得ない葛藤が生み出していた。

 

 その形容しづらい……何とも言えない空気感の中で、マデアも感じた事がある。

 

 マリアもアーシィも、タシロの考えに全面的に賛成している訳ではない……しかし、強制的に協力している訳でもない。

 

 2人の様子から、感じ取れた。

 

「マリア、少しだけ時間をくれないか? アーシィも……オレに捕まったフリをしてくれればいい。それとニコルの友人で、タシロが造ったクローンが捕まっている。女王の権限で、解放してやってほしい。今後の参考になる話が聞けるかもしれん……」

 

 マリアが小さく頷いた事を確認したマデアは、素早くアーシィの小型銃を蹴り上げて、宙に浮いた小型銃を手にすると同時にマリアに銃口を向ける。

 

「静かにしてもらおうか! 動けば、女王の命が無くなると思え! オレの目的は、クローンの回収だけだ! 管制官、クローンを引き渡してもらおう!」

 

 ブルー3で、マリアの存在は絶大だ。

 

 女王マリアに銃口を突き付けられた瞬間に、勝敗が決まったと言ってもいい。

 

 アーシィの腕を後ろ手に縛り、解放されたクレナを連れて管制室の外に出る。

 

「マデア、どうするつもり?」

 

「ここに来る前に、ブルー3で活動するレジスタンスに会った。彼らに合流する。そこで、タシロに従っている本当の目的を話してほしい」

 

 動き出したマデアのポケットの中で通信機が振動していたが、この時はまだ気付いていなかった……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻15

「マリア、宇宙細菌の事……知っていたのか?」

 

「ええ……でも、ランクSクラスの極秘事項の筈。何故マデアが知っているの? いえ、知ったのは先程の通信ね。誰からの通信だったの?」

 

 オーティスのファクトリーに辿り着いたマデア達は、暗号通信にてミリティアン・ヴァヴに連絡をとった。

 

 通信を傍受され位置を特定されるリスクもあったが、リガ・ミリティアではないマデアにミリティアン・ヴァヴから着信があったのだ……何らかの緊急事態が起きたのだろう。

 

 リガ・ミリティアでもない自分に、連絡をとらなければならない理由が……

 

 そして、その通信内容は恐るべきモノだった……

 

 宇宙細菌による地球殲滅作戦……

 

 それを阻止する為に立案されたタシロとマリアによる作戦……

 

 サイコウェーブによる人類の心の操作……

 

 エンジェル・コールの存在を知ってしまったら、もはやタシロの案に乗るしかない。

 

 個人で立ち向かうには、ザンスカール帝国は大き過ぎる……

 

 ファクトリーの中で、マリアとアーシィ……そしてマデアは向き合いながらも、互いを牽制するかの様に絶妙な距離感で立っていた。

 

「リガ・ミリティアからだ。ザンスカールの人間にも、良心を持っていた奴がいたって事だな。致死率100%の宇宙細菌……とんでもないモノを見つけてくれたモンだよ」

 

「そう……でも、これで分かったでしょう? タシロはクローンの研究の為に多くのサイキッカーを犠牲にした。それは許される事ではないわ。それでも、カガチやズガンの暴走を止めるにはタシロの作戦に乗るしかないのです。地球の人類を救う為にも、争いの無い世界を創る為にも……心を失う事が辛い事だと理解はしているつもりです。だからこそ、ブルー3では競争心だけを消す研究をしているのです。カガチ達だって、地球を死の星にはしたくないでしょうから……」

 

 マリアの言葉に、マデアは唇を強く噛んだ。

 

 天使の輪……エンジェル・ハイロゥを使用する為には、強力なサイコウェーブを操る者と、多くのサイキッカーが必要になる。

 

 そもそもマリアがザンスカール帝国を離れてしまえば、エンジェル・ハイロゥを使う作戦事態が破綻する事が理解出来ないのだろうか……

 

「マデア少佐……私は妹が地球に……そして、母も地球じゃなければ生きられない身体になってしまっています。地球にエンジェル・コールをバラ撒かれる訳にはいかないんです。私は、自らの手で父を殺してしまった……残った家族は守るって決めたんです! 少佐、私達に強力して下さい! ザンスパインだって、タシロが少佐の為に開発していたと噂で聞きました。いがみ合っていても、タシロは自分に必要な事なら協力してくれる。少佐の力は、マリア様に……そして、地球を守る為に必要なんです!」

 

「タシロは、自分が世界を牛耳る為に動いているんだろう。自らの手中に、ザンスカールも地球も治めたいのだろう。だが……そんな奴の手の上で踊れば、最後は殺されるぞ……利用した後は、邪魔者でしかなくなるからな」

 

 そしてマデアは、マリアの目を力強く見つめる。

 

「地球にはアシリアもいる……人々から競争心だけを奪えたとしても、競争心は人の成長に必要な心だ。その心を、自らの娘からも……アーシィの妹や母親からも奪って、それでいいのか? 大切な人達の大切な心を自分達で奪う事になるんだぞ? それでも……」

 

「それでも……です。私がザンスカール帝国を離れれば、地球上に宇宙細菌が無差別に撒かれてしまう。ならば、タシロの考えに乗るしかない。私には、二択しか残されていない」

 

 様々な感情が渦巻く……

 

 諦め、哀しみ、不安、絶望……

 

 強制的に感情を奪う事を肯定している者は、この場には誰もいなかった。

 

 それでも、多くの人類を人質にとられている様なモノである。

 

 今ある選択肢の中で、最良だと思える方へ進むしかない。

 

「マリア……一つだけ約束してくれ。今、やむを得ずタシロに従い……カガチに付き従っているのなら……天使の輪、エンジェル・ハイロゥがマリアの思惑と違う使われ方をするのなら、その時は造反してくれ。マリアがエンジェル・ハイロゥを上手く使ってくれるなら、まだチャンスはある」

 

「少佐、どうするつもりですか? 出来れば、このまま私と一緒にマリア様の護衛を! 帝国に反旗を翻す時が来たならば、その時こそマリア様を守る盾になりましょう!」

 

 アーシィの言葉を受けたマデアは、静かに……しかし、揺るがない思いを込めて首を横に振る。

 

「女王……託します。オレの思い……そして、ザンスカール帝国に踏みにじられた人々の心……踏みにじられるであろう人々の心……その全てを。強い力は、人の考えそのものを変えてしまう。宇宙細菌なんて見つけなければ、カガチもズガンも人のままでいられたかもな……」

 

「マデア、あなた何をするつもりなのです? まるで死にに行くような物言いを……勝手に死を選ぶ事は許しませんよ」

 

 マデアの気持ちは変えられない……そう思っても、言わずにはいられなかった。

 

 マデアを失う事の恐怖……託されたモノの重み……マリアの心は押し潰されそうになる。

 

「その感情すら、人には大切なモノだ。奪っていい心なんて、何も無いんだよ。恐怖だって、不安だって、それを感じる感性こそが、その人を作っているんだ。奪うのが競争心だけだとしても、競争心を失った人は同じ人ではなくなる。オレを失う事で不安や哀しみを感じてくれるなら、それを感じとれなくなるって事を考えてみてくれ……」

 

「少佐! 結局、何をするつもりなのです? まさか一人でベスパと戦うとか……無茶な事をしようって思ってますか? それこそ、無駄死になります!」

 

 マデアは、シートに被われて横たわるザンスバインを無意識に見た。

 

「戦局を維持する為には、ザンスカールにミノフスキー・ドライブの技術を完成させられてはいけない。少なくとも、リガ・ミリティアか地球連邦が量産の目処が付けれるまではな……エンジェル・ハイロゥが人の心を強制的に変えるなら、オレ達は人々が自らの意思で立ち上がれるようにしてみせる! そして、立ち上がれるまでの時間を稼ぐ!」

 

 マデアのが決意の言葉を吐き出し、そして沈黙が流れる。

 

「あの……私も、少し話をしてもいいでしょうか?」

 

 沈黙を破ったのは、ファクトリーの奥で3人の話を聞いていたクレナだった。

 

 静かに口を開くクレナ……

 

 オーティスのファクトリーには、ブルー3の憲兵が迫っていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻16

「クレナ・カネーシャと申します。タシロのファクトリーで生まれた、カネーシャ・タイプのクローンです。マリア様、私の話を少しだけ聞いて頂いても……よろしいでしょうか?」

 

「アーシィさんをベースにしたグリフォン・タイプとは別のクローンね……クローンでも、自我を持てるなら人と変わらないわね」

 

 マリアとアーシィの視線がクレナに注がれる。

 

 その視線に、哀れみや差別的な感じはない……普通の人を見るように目を見て声をかけてくれる事だけで、信用できる人達だと思えてしまう。

 

「グリフォン・タイプより前に生産されていたタイプのプロトタイプです……私はリガ・ミリティアの情報をタシロに流す為に、シュラク隊に入隊しました。自分の意志でザンスカール帝国と戦おうと決めたと思っていたのに、全てはタシロにプログラムされた行動でしかなかったのです……」 

 

 クレナはゆっくりと瞳を閉じ、少し間を空ける。

 

 過去の自分を思い出し……その時の感情や気持ちを思い出し、噛み締めた。

 

 ファクトリーに流れる油や機械の匂いが混じった空気を吸い込むと、クレナは再び口を開く。

 

「私は、自分は自分だと思っていました。それは多分、全ての人と同じ感覚だと思います。でも、私は違った……私を信じてくれてる人達に銃口を向け、刃を振った。辛かった……本当に辛かったんです。でも……どんなに辛いと思っても、私の身体は何も言う事をきいてくれなかった……でも……それでも私の大切な人達は、その命を捧げて助けてくれた。今の私が、どんな気持ちか分かりますか? 自分の行動で、大切な……本当に大切な人を失った私の気持ちが……」

 

 クレナの声は凛としており、大きくない。

 

 それでも、強さがあった……自分と同じ思いをする人を増やしたくないという強い意志があった。

 

 クレナはクローンだ。

 

 だが操られたのは心だと言っている事は、マリアにもアーシィにも痛い程分かった。

 

「心を失って……本当に辛いのは、心を取り戻そうとした時なんだと思います。身体の奥底で叫んでも……鼓膜がはち切れるぐらい叫んでも、身体は何も応えてくれない。大切な人達が傷ついていっても、大切な人達が助けようとしてくれても、何も出来ない自分がいる。心を失った瞬間は何も感じないかもしれない。でも、その心を使わなきゃいけない時に人は気付くんです。失ったモノの大きさを……」

 

 クレナは自らの胸を、心を掴むかのように握り締める。

 

「それは……分かるつもりです。でも宇宙細菌を撒かれてしまえば、心を失うとかも言っていられなくなるのですよ? 全ての人が……宇宙細菌を撒かれた地域の人達は、例外なく死んでしまう。それを阻止する為には、タシロの計画に乗るしかないのです。今は……まだ」

 

「クレナさん……私達だって、心を強制的に奪う事が良い事だとは思っていないわ。でも、今は仕方がない……それしか方法がないのだから……」

 

 マリアとアーシィの諦めにも近い言葉に、クレナは首をゆっくりと横に振った。

 

「マリア様ならば、出来る事はある筈です。マデアさんは、人の心を奮い起こさせる為に……そして私は、マリア様の為に時間を稼ぎます」

 

 クレナは再び瞳を閉じる……そして、マリアの脳波と同調していく……

 

「クレナさん……この情報は? 人々を幼児化させるって……私がどんな想いで祈っても、サイコウェーブの影響で細胞の退化する……ですって? 幼児化って事は……老化と同じって事……そして、私が出来る事……操るのではなく……促す?」

 

 マリアの言葉に、クレナは頷く。

 

「少佐、憲兵がファクトリーに近付いてる! 逃げる準備をしてくれ!」

 

 ファクトリーに繋がる重い扉が開き、入って来たオーティスは血相を変えて大声で叫ぶ。

 

「ちっ! 早いな! マリア、アーシィ、済まないが手足を縛らせてもらうぞ! 俺達と繋がってると疑われたら、全ての作戦が台なしになる。オーティスさん、ザンスバインは動かせるか?」

 

「もう少し、エンジンの調整に時間がかかる! 人の心を熱くさせる為の最強のモビルスーツが生まれるんだ! こいつだけは、完成させにゃならん!」

 

 マデアは頷きながら、マリアとアーシィの手首を縛り始める。

 

「クレナさん、2人を奥の部屋へ! そこで足も縛ってくれ! オレは外で時間を稼ぐ!」

 

「マデアさん、気を付けて下さいね。私達には、まだやる事があります。私達にしか出来ない、最後の仕事が……」

 

 マデアは壁に取り付けてあるマシンガンを剥ぎ取ると、クレナに向かって親指を立てた。

 

「もちろんだ! 最後に、マリアに何か伝えてくれたんだろ? マリアの反応を見ただけでも希望が持てる。やる事が済んだら、ザンスバインのコクピットで待機していてくれ! ヤバくなったら、助けてくれよ!」

 

 マデアは、車のブレーキ音がした方角の扉に向かって走り出す。

 

「私は上から少佐を援護する。こう見えて、射撃は得意でね。オーティスさんはザンスバインの調整を急いでくれ! これからの戦い、人もモビルスーツも欠ける事は許されない。頼むぞ!」

 

 ケネスはモビルスーツ調整用のリフトに乗り、高い場所から憲兵達を撃ち始めた。

 

「皆さん、可能性を信じて戦おうとしている……私も、抗ってみせます。前を向いて進める事が、こんなに心を震わすなんて……私は知らなかった。自分の行おうとしている事に迷いの無い事の強さが……」

 

「マリア様、私も抗ってみます。マリア・カウンターが無くなっても、私達の戦いは続く。人の心を弄ばせない……その為に、私が少しでも力になれるのなら……」

 

 銃声が激しさを増していく……

 

 マリアとアーシィは、マデアの無事を祈っていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻17

 

「数が多過ぎる! オーティスさん、まだ時間がかかるのか?」

 

「いや、もう少しだ! リファリアのファクトリーに戻れるのならば、直ぐにでも出せるが……」

 

 ブルー3の憲兵は50人程が集まり、オーティスのファクトリーの周囲を取り囲んでいた。

 

 自国の女王が攫われたのだ……最善の救出作戦を行う事は、当たり前だろう。

 

「ケネスさん、女王を救う目的なら……何か違和感がないか? 女王を無事に救出したければ、交渉から入るのがセオリーだろう。だが、コイツ達は始めから銃撃戦を選択している。オレ達が女王を殺さないと決めつけているのか……」

 

「もしくは、女王が死んでも良いと思っているのか……どちらにしても、時間は無い! 女王を盾に出来ないのならば、ファクトリーに侵入されたら終わりだ! ザンスバインを動かせるようにしておけ!」

 

 銃声は激しさを増していく……傍から見たら、どちらが女王を守っているか分からない程に、ファクトリーに銃弾が集まる。

 

「ちっ! 限界だ……オーティスさん、ザンスバインを出す! ここで死ぬ訳にはいかない! クレナさん、ケネスさんもザンスバインの近くに集まってくれ!」

 

「少佐は行ってくれ! ここは私が引き受ける! 抵抗する人間がいなくなったら、ファクトリーに雪崩込んでくる。ザンスバインを動かすまでの時間ぐらいは、稼いでみせるさ」

 

 身体の半身を壁から出すと、ケネスは憲兵に向けてマシンガンを乱射した。

 

 ブルー3の憲兵は戦争の経験が無い為、射撃の精度も連携も良くはない。

 

 一人一人が相手なら、マフティー動乱の時代から戦い続けているケネスに敵う筈もなかった。

 

「しかし……オレ達が逃げたとして、マリア達は無事でいられるのか? このゴタゴタに紛れて、女王を殺すつもりじゃ……」

 

「マデアさん、マリア様も連れて行きますか? ノーマル・スーツさえあれば、ザンスバインの手に乗せて……」

 

 ファクトリーに戻って来たマデアに、クレナは声をかける。

 

「ああ……確かに、このままファクトリーに置いておくのは危険な気がするな。だが……オレ達と逃げた事が帝国に伝われば、女王の身に危険が及ぶ。どうすればいい?」

 

 マデアは自問自答するように、言葉を発した。

 

 ここでザンスバインと一緒に逃げたのなら、命は助かる可能性は高い。

 

 だが、二度とマリアが帝国に戻る事は出来ないだろう。

 

 そうなると、狙われるのは地球に亡命したマリアの娘……アシリアだ。

 

 そもそも、アシリア捕縛の目処が立った為に、マリアを暗殺する可能性もある。

 

「マデア、大丈夫です。ブルー3のサイキッカーに、救援を求めました。賊に捕われてしまいましたが、救援に来てくれている部隊も私達の命を無視していると……もう少ししたら、ブルー3の自警団が来てくれる筈です。マデア達は、先に脱出を!」

 

「ブルー3の自警団? どういう事だ? ブルー3の憲兵がマリア救出に来て、ファクトリーの外を囲んでいるんだろう?」

 

 マリアは頷くと、マデアに歩み寄った。

 

「ブルー3の憲兵は、ズガン将軍の息のかかった者達で構成されています。もしかしたら、私より自分達の意のままに動く者を女王の座に着かせようとしているのかもしれません。ですが……させません。私も、歩み出す事を決めたのだから……」

 

「そうか……憲兵と自警団は違う組織か……マリア、自警団の人をこちらの指示するポイントに誘導する事は可能か? そのポイントで保護してもらおう! アーシィ、これを!」

 

 マデアは2人を縛る縄を切ると、アーシィにマシンガンを手渡す。

 

「アーシィ、なんとかマリアを守りながら、指定ポイントまで行ってくれ! 合流を確認するまで、ファクトリーに立て篭もってみせるさ」

 

「そうと決まれば、憲兵の囲いに穴を開ける必要がありますね。裏口側の憲兵を沈黙させましょう。ケネスさんの頑張りで、憲兵はファクトリー正面に集まってますから」

 

 クレナの言葉にマデアは頷くと、瞳を閉じているマリアを見る。

 

「サイキッカーとコンタクト出来た。きっと大丈夫……指定ポイントに来てくれるわ」

 

「よし……」

 

 マデアはマリアとアーシィを連れて、ファクトリーの裏口まで移動した。

 

「オレとクレナで逃走を援護する……が、表面上はマリア達に向けても発砲しないと、マリア達が帝国に疑われる事になるだろう。オレ達を信用して、全速力で走り抜けてくれ。必ず無事に指定ポイントに辿り着けるように援護してみせる」

 

「少佐、心配なんてしていませんよ。次に会う時は敵かもしれません……戦争の無い平和な世界を作る……物語の主人公が掲げそうな壮大な夢は叶わないかもしれないけど、人々の心に熱い想いを取り戻させて、マリア様の祈りで人々の中に少しでも平和の心が芽生えてくれれば……それだけでも、私達の戦いに意味はある……意味は、ありますよね?」

 

 アーシィの震える声に、マデアとクレナは頷いた。

 

「アーシィさん、きっと争いは無くならない。人が人である限り……だけど、私は信じています。強制的に従わされる世界を間違いだと感じ、恐怖で押さえ付けられる世界で恐怖に打ち勝つ為に立ち上がる人々の姿を……そして、その事を知っている人達が生きている間は、無意味な争いは起きないと……私は信じています。その時間を……その熱量を作る為に、今を紡ぎましょう。私達で……」

 

「難しいね……でも、何となく分かる気がする。誰かがやらなければいけないのなら、私達が……」

 

 クレナとアーシィの手が絡み合い……そして、お互いが強く握る。

 

「行ってくれ! マリア、アーシィ! 頼んだぞ!」

 

 マデアが裏口の扉を勢いよく蹴り開け、マリアとアーシィが飛び出す。

 

「くそっ! 逃がすな! 足を狙って、動きを止めろ!」

 

 マデアの叫び声に合わせて、走り出したマリアとアーシィの足元に銃弾が飛ぶ。

 

「なっ……女王?」

 

「憲兵に保護させる訳にもいかない! マデアさん、先に憲兵をっ!」

 

 不意を付かれたブルー3の憲兵の腕に……足に……的確に銃弾が当たる。

 

 裏口に集まっていた数名の憲兵など、マデアとクレナの敵ではなかった。

 

 簡単に囲みに風穴が開き、マリアとアーシィは憲兵達の脇をすり抜けて行く。

 

「ちくしょう! 裏口だっ! 裏口に人を回せ! ぐわっ!」

 

 叫ぶブルー3の憲兵の足が、マデアが放った銃弾に貫かれる。

 

「よし……後はブルー3の自警団とやらに任せよう。オーティスさん……ザンスバイン、出せるか?」

 

「ああ……これ以上粘っても仕方ない。エンジン出力の調整は終わっている。急いで起動しよう」

 

 マデアとクレナはコクピットに飛び込み、ノーマル・スーツを着たオーティスは、ザンスバインの手の上に乗った。

 

「ケネスさんも! 急いでザンスバインに!」

 

 コクピットの中からクレナは大声を出して、ケネスに戻って来るように促す。

 

 走って来るケネスを確認したマデアはザンスバインのコクピットを閉じて、ザンスバイン起動のシークエンスを開始する。

 

「ケネスさんがザンスバインの手に乗ったら出るぞ! オーティスさん、ノーマル・スーツの予備は持ってるな?」

 

 オーティスが予備のノーマル・スーツを持ち上げたのをモニターで確認すると、ケネスがザンスバインの手に飛び乗ると同時に動けるようにマデアは操縦管を握り締めた。

 

 が……ケネスは全速力でザンスバインの横を走り抜けて行く。

 

「なっ……ケネスさん、ノーマル・スーツはある! 途中で着ればいい! 早くザンスバインの手に……」

 

「少佐、出れるなら行け! 裏口から憲兵が入って来ている! ザンスバインの手に乗っている余裕はない!」

 

 マシンガンを乱射しながら裏口に走るケネス……

 

 マデアはモニターの端に映るオーティスをチラッと見て……険しい表情のままザンスバインを起動する。

 

「マデアさん、ケネスさんを見捨てるつもりですか? まだ間に合います! ケネスさんを助けましょう!」

 

「このままケネスさんを待てば、ザンスバインが銃撃に晒される。中にいるオレ達は問題ないが、下手したらオーティスさんに当たる。いや……銃弾がノーマル・スーツを傷つけるだけで、宇宙に出れなくなる。そこまで考えてケネスさんは裏口に走って行った。無駄には出来ない……あの人の覚悟を……」

 

 バーニアに火が燈り、ファクトリーの屋根を破壊してザンスバインが外に飛び出す。

 

 最高のエンジニアをその手に、ザンスバインは宇宙へと旅立った……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻18

 

「木星の方角から戦艦! 本艦を取り囲む様に動いています! 数……8隻……」

 

 絶望感を孕んだニーナの声が、ブリッジに響く。

 

「8隻? 随分と数を準備したモノね。あの宇宙細菌には、それだけの秘匿性があるという事……ニコルとリファリアに出撃準備を急がせて! 囲まれる前に対応しないと面倒よ!」

 

 スフィアは艦長席に滑り込むと、モニターを見ながら指示を出す。

 

 モニターに映し出される見た事の無い戦艦……ザンスカールでもベスパののでも無い様に見える。

 

「艦長、敵は木星帝国の残党で間違いなさそうだな。木星帝国の残党は、宇宙海賊や独立部隊として活動している奴達もいる。帝国が地球進攻で忙しい今、木星の連中を使っているのかもしれん」

 

「ええ……木星帝国の人達が、全員ズガン艦隊に入隊している訳じゃない……でも、残党と言われる人達が8隻も戦艦を用意出来るのかしら?」

 

 スフィアの疑問に、リファリアも同意し頷く。

 

「帝国直属の部隊で無いにしろ、帝国から資金や物資の援助を受けているのは間違い無いのだろうな。だとすれば、侮れない相手だ」

 

 リファリアはスフィアの座る艦長席を軽く叩くと、モビルスーツ・デッキに向かって動き出した。

 

 モビルスーツ・デッキでは、ニコルが既にダブルバード・ガンダムのコクピットに収まっている。

 

「リファリアさん、遅いよ! 先に出ちゃいますよ!」

 

 モビルスーツ・デッキに響き渡るニコルの声を聞き、リファリアはダブルバード・ガンダムに視線を向けた。

 

「ニコル、用心しろよ。敵は木星の連中の可能性が高い。サイキッカーがパイロットの可能性もある」

 

「大丈夫、オレとダブルバードなら……やれるさ! リファリアさんも、急いで下さい!」

 

 ニコルはハッチを閉めると、出撃の準備を開始する。

 

 その様子を見ながら、リファリアはマグナ・マーレイ・ツヴァイのコクピットに向けて飛んで行く。

 

「リファリアさん、マグナ・マーレイでいいんですか? F90Wのモデファイは終わっているんじゃ……」

 

「アレは切り札さ。それに、今の私では扱いきれるか分からんよ。ハッチ、閉めるぞ」

 

 メカニックがハッチモビルスーツから離れた事を確認すると、リファリアはマグナ・マーレイのハッチを閉じる。

 

「ウォーバードか……未完成のミノフスキー・ドライブのシステムだが、アレも破壊しなきゃならんな……」

 

 ダブルバード・ガンダムのバーニアが噴射する姿を後ろから見たリファリアは、射出口にマグナ・マーレイ・ツヴァイを乗せた。

 

「リファリアさん……2機だけで大丈夫なんでしょうか? ニコルは心配ないって飛び出してしまいましたけど……」

 

「なんとかするさ。それに……この程度の敵は圧倒してやらないと、話にならん……」

 

 リファリアの言葉の真意が分からず、ニーナは首を横にする。

 

「気にするな。リファリア・アースバリ、出るぞ」

 

 ミリティアン・ヴァヴを飛び出したマグナ・マーレイ・ツヴァイは、迫って来たアラナ・バタラにビームを浴びせた。

 

 爆発するモビルスーツには目もくれず、次の機体に照準を付ける。

 

「バタラ・タイプとクァバーゼ・タイプのモビルスーツ……やはり、木星の息のかかった連中で間違いないな。旧式のモビルスーツを運用しているという事は……新型の開発に資金を裂いているのか、本当に金が無いか……いや、帝国の金が流れているなら、金が無いという事はないか」

 

 冷静にスネークハンドの攻撃を躱したマグナ・マーレイ・ツヴァイは、インコムを射出した。

 

「悪いが、オレにはニコル程の余裕が無いんでな。やらせてもらうぞ」

 

 インコムによるオールレンジ攻撃が、クァバーゼと周囲にいたアラナ・バタラを巻き込んでいく。

 

 的確にコクピットを撃ち抜くビームは、木星のモビルスーツを短時間で無効可していった。

 

 それでも、戦艦8隻から次々に出撃してくるモビルスーツは数が減っている事を感じさせない。

 

「ニコル、せめてバーニアを狙え。機体を損傷させるだけでは、艦に戻ってしまう。おそらく敵は、かなりの数のモビルスーツを保有している。パイロットがモビルスーツを乗り換えて、直ぐに出てくるぞ」

 

「ダメだ! バーニアを破壊すれば、爆発する危険性が高くなる! それじゃ、ダメなんだ!」

 

 タブルバード・ガンダムから放たれるビームは、確実に木星のモビルスーツ達の手足や頭を刈り取っていく。

 

 しかしリファリアの言う通り、そのまま戦艦に生還出来るモビルスーツが殆どであり、次が出てくる。

 

「お前が倒しきれなかった敵は、私が殺すだけだ。何の意味も無いぞ」

 

「意味はある筈だ! いずれ、モビルスーツは無くなる! 出撃できるモビルスーツが無くなれば、引くしかなくなる! そこまで追い詰められれば……一人でも多くの人が助かれば、その行動に意味はあるんだ!」

 

 叫ぶニコルの駆るダブルバード・ガンダムは、Vの光を残し加速していく。

 

 閃光と化したダブルバード・ガンダムは、一瞬で3機の首を斬り裂いた。

 

「ミノフスキー・ドライブは無限のエネルギーを供給する。だが、身体の方が持たんぞ」

 

 ダブルバード・ガンダムと、マグナ・マーレイ・ツヴァイは、無傷のまま戦場を駆け抜ける。

 

 善戦するニコルとリファリアだったが、確実に追い詰められていく。

 

 何故か……

 

 この戦いは、ミリティアン・ヴァヴを護る為の防衛戦である。

 

 モビルスーツだけの戦いであれば、圧倒していたかもしれない。

 

 しかし、その包囲網は確実に狭められていた。

 

 クァバーゼのスネークハンドがミリティアン・ヴァヴの船体を焼いてしまう程度にまで……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻19

「囲まれている? リファリアとニコルは何をやってるんだ!」

 

「ミリティアン・ヴァヴを守りながら戦っているのです。それに、数が多過ぎます。流石に2人だけでは……」

 

 全天周囲モニターの上で、マデアの乗るシートに両手を添えて立つクレナの姿は、まるで宇宙に漂っている様に見える。

 

 エアベルトで身体を守られているマデアは、何にも支えられていないクレナが心配であった。

 

 ミノフスキー・ドライブであれば一瞬で戦場に辿り着く事が出来るだろうが、そんな事をしたらクレナの血が逆流し沸騰する可能性もある。

 

 戦場に着かない苛立ちが、マデアの口から溢れ出ていた。

 

「マデアさん、私の事は気にせずにミノフスキー・ドライブを……ミリティアン・ヴァヴを墜とされたら、何にもなりませんよ」

 

「そうだが……だが、君も貴重なパイロットなんだ。簡単に死なせる訳にはいかない。ニコルとリファリアなら、何とかしてくれるさ……」

 

 唇を噛みながらも、戦況を見守る事しか出来ないマデア。

 

「オーティスさん、まだか……トライバード・バスターが来るまでは、俺たちは動けないんだ。早くしてくれ……」

 

 マデアは祈る様に、ミリティアン・ヴァヴに目を向けた。

 

 オーティスは、ブルー3コロニーの外装を点検する為の宇宙艇に乗っている。

 

 ブルー3離脱時に点検中だった宇宙艇を見つけ、強奪した物だ。

 

 オーティスは、宇宙艇の通信機器からミリティアン・ヴァヴへの連絡を試みてはいるが、ミノフスキー濃度が濃く繋がらない。

 

 ザンスバインの待機する場所の座標さえ送れれば、トライバード・バスターを射出してもらえるかもしれないが……

 

「バスターも貴重な戦力だ。破壊される可能性が高いのに、無人で射出してくれるかどうか……どちらにせよ、通信が繋がらん事には……」

 

 オーティスの乗る宇宙艇は、戦闘宙域のギリギリまで足を踏み入れていた。

 

 これ以上進んだら、敵の索敵に引っ掛かる可能性が高くなる。

 

「まぁ……老いぼれ1人の命で、世界を変えられる可能性が残せるならば……安いモノか?」

 

 呟いたオーティスの宇宙艇の脇を、巨大な何かが猛スピードで駆け抜けていく……

 

「クスィー・ガンダム? ファクトリーの地下で眠らせていた機体が何故? 操っているのは、ケネスさんか?」

 

 巨大なモビルスーツは直ぐに姿を消し、オーティスはインカムのスイッチを入れるのと同時に宇宙艇のバーニアを全開にする。

 

「クスィー・ガンダム? そのモビルスーツが、戦場に向けて飛んでったのか? マフティー動乱で消失したモビルスーツ……そんな旧式で何をするつもりだ? 自殺行為だぞ!」

 

「おそらくケネスさんだ。地球連邦が接収した機体だが、裏ルートで手に入れていたらしい。友人が乗っていたモビルスーツと言っていたが……あれを動かす為に、ファクトリーに残ったのか……とにかく、クスィー・ガンダムの開けてくれた道を進んで通信を試みる。もう少し待っていてくれ」

 

 マデアとの通信を切ると、クスィー・ガンダムのバーニアが残す僅かな光点を頼りに、オーティスは宇宙艇を進めていく。

 

「電子ジャマー……ファンネル・ミサイルを全て外して、そこに付けたパーツが役に立つ時が来るとは……しかし少佐の言う通り、旧式の大型機体だ。喰いつかれたら、的にされるぞ」

 

 そんなオーティスの心配を余所に、クスィー・ガンダムは前進を止めた。

 

 そして宇宙艇の動きを敵に気付かれない様に、その巨大な身体で隠す。

 

 宇宙艇がクスィー・ガンダムの背後を通り過ぎた瞬間、ケネスは電子ジャマーのスイッチを切った。

 

 その瞬間、ザンスカール帝国の……木星のモビルスーツ達のモニターにクスィー・ガンダムと宇宙艇の姿が晒される。

 

 しかし、それと同時に通信も回復した。

 

「こちら、オーティス・アーキンズ! ミリティアン・ヴァヴ応答してくれ!」

 

 叫んだオーティスの乗る宇宙艇の横をビームが走る。

 

 そのビームは、ミリティアン・ヴァヴに張り付いていたクァバーゼを撃ち抜いていく。

 

「連邦を退役した後、暇さえあればコイツのシュミレーターをしていたんだ。サイコミュ兵器が使えなくとも、やってみせるさ」

 

 突然現れたクスィー・ガンダムに、バラタ・タイプのモビルスーツがビームの雨を降らせる。

 

「そんな攻撃が、通用すると思っているのか? お前も、あんな最後じゃ嫌だろう? 前のパイロットより腕は落ちるが、最後の花道を飾らせてやる! オレの命を喰らって、最後の奇跡を見せてみろ! クスィー・G!」

 

 降ってくるビームの雨が、まるで傘でも差しているかの様にクスィー・ガンダムの頭上で弾かれていく。

 

 ケネスの思いを乗せたクスィー・ガンダムは、ミリティアン・ヴァヴの前に出た……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻20

「なんだ? あのバカでかいモビルスーツは? ガンイージの倍はあるぞ? 以前、ヘレンが艦を守る為に持ち出したグスタフ・カールより大きい……」

 

 ミリティアン・ヴァヴに群がるモビルスーツを退けてくれたモビルスーツは、あまりに大きかった。

 

 艦長のスフィアは、感謝と絶望を同時に感じてしまう。

 

 たったの2機で、全方位からミリティアン・ヴァヴを墜とそうとするモビルスーツ部隊に対処する事は不可能である。

 

 密かに期待していた援軍は、旧時代の遺産であった。

 

 マデアと戦っていたリファリアは、リガ・ミリティアに協力していくれている。

 

 ならば、共に戦っているマデアが駆け付けてくれるだろうと勝手に思い込んでいた。

 

 マデアとザンスバインが来てくれれば、戦局は変えられる……変えられなくとも、逃げる事は出来るだろうと思っていたのに……

 

 しかし現れたのは、超巨大モビルスーツ……360度包囲されている中で、盾にすらならないだろう機体だ。

 

「大型モビルスーツのパイロットさん! その機体で戦場に出て来るのは危険です! 援護は出来ませんが、全力で戦線を離脱して下さい!」

 

「女性が管制官をやっているのか……まだまだ、私にもツキはありそうだ。キミ、私のモビルスーツに守られている宇宙艇を回収してくれ! キミ達の仲間の座標を知っている! そして、この通信をダブルバードのパイロットに繋いでくれ! 渡したい物がある。リファリアにケネスの名で確認してもらえれば、私の素性も分かる筈だ。急いでくれ!」

 

 電子ジャマーにより宇宙海賊の操るモビルスーツのOSを狂わせ、更にビーム・バリアーにより機体の生存率を高めている。

 

 それでも……モビルスーツ本体は47年も前の物を使っている為、各部が悲鳴を上げるのに、そう時間はかからなかった。

 

「艦長、どうします? ニコルと繋げてしまって良いのでしょうか?」

 

「命懸けで我々を守ろうとしてくれている姿もそうだが、ニコルに渡したいと言う物が切り札にならなければ、どのみち我々に明日は無い! 通信を繋げてやれ!」

 

 ニーナの問いに間髪を入れずに答えたスフィアは、視線をモニターに戻して操舵手マッシュに宇宙艇を回収するように指示を出す。

 

 確かに、このまま何も起きなければミリティアン・ヴァヴは墜とされてしまうかもしれない……そう思わせる程、宇宙海賊の攻撃は激しかった。

 

 宇宙艇に乗っている人物の知っている座標にクレナがいれば、信じても良いのだけど……

 

 一瞬そう思ったニーナは、首を横に振った。

 

 危険な賭けに間違いはない……何故かダブルバードの名前を知っていた人物を信用し、その人が守っていた宇宙艇を招き入れる。

 

 普通では考えられない……敵のスパイで、宇宙細菌が奪われたら……そう思うとゾッと背中に冷たいモノが走った。

 

 でも……艦長が一瞬で判断したという事は、時間をかけて考えている余裕が無いという事……

 

 宇宙細菌より、自分達の指命を優先したという事……

 

「ニコル、聞こえる? ミリティアン・ヴァヴを守りに来てくれた友軍のパイロットが、あなたに話があるみたいなの! 戦闘中に悪いんだけど、聞いてあげて!」

 

「なんだって? そんな余裕は……無いってのに!」

 

 ミリティアン・ヴァヴに近付くクァバーゼの両手を一瞬で破壊したニコルのコクピットに、ケネスの声が届く。

 

「こちら、クスィー・ガンダムのパイロット……ケネス・スレッグだ! ダブルバードのパイロット、今から送る座標にコイツを撃ってくれ! サイコミュ入りの特注ミサイルだ! 2発しかないが、それでやってもらうしかない」

 

「何だって? 悪いが、意味の分からない作戦に付き合っている余裕は無いんだ! って……まさか、クレナさんとマデアさんが、そこにいるのか?」

 

 送られて来た座標の方向に意識を向けた瞬間、ニコルの脳裏に感じるモノがあった。

 

「ニコルくん、やってくれるな? ザンスバインにクレナくんも乗っているから、マデア少佐は動けないんだ。だがバスターを届ける事さえ出来れば、一気に戦力が増える。クスィーの放つ弾幕にバスターを隠して射出してもらうから、無防備なバスターに直撃される前に、ミサイルで守るんだ!」

 

「たった2発で、何から守れって言うんだよ! くそっ、文句言ってる余裕は無いか!」

 

 飛んで来たコンテナを受け取ったダブルバードは、座標に向かって照準を合わせる。

 

 トライバード・バスターがミリティアン・ヴァヴから射出された瞬間、クスィー・ガンダムのシールドから、腕から、脚から……いたる場所からミサイルが放たれた。

 

「これに合わせろって事? 難しいけど、やるしかない! 敵に当てるんじゃない……バスターを守るんだ! 行け、ファンネル・ミサイル!」

 

 コンテナから、クスィー・ガンダムの放ったミサイルとほぼ同じ大きさのミサイルが、ニコルの意思を汲み取り放たれる。

 

 当然、宇宙海賊達はミサイルの群れに敏感に反応した。

 

「戦場で他に気を取られるとは……素人だな。指示・命令系統が乱れているから、そうなる」

 

 動きが止まった宇宙海賊のモビルスーツに、マグナ・マーレイ・ツヴァイのビームが的確に貫いていく。

 

「バスターもザンスバインも、これからの戦いに必要なんだ。海賊如きにくれてやる訳にはいかんな!」

 

 ミサイルを追い、クスィー・ガンダムは光となった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻21

「何やってんだ、アンタ! ミサイルを……バスターを追ってどうすんだ? それに、その加速は……」

 

 ファンネル・ミサイルを放ったダブルバード・ガンダムの目の前を高速で走り去る悪魔のようなガンダム……

 

 図太いボディに異形の顔……

 

 タブルバードを見た目は緑に光り、何か物悲しさを感じる。

 

 正義に目覚め、正しい事を成す為に覚悟を決めた瞳。

 

 一瞬で流れて行ったその光は、ニコルにクスィー・ガンダムの……ケネスの覚悟を伝えるのに充分だった。

 

 トライバード・バスターを守るミサイルに次々に放たれるビームの雨……

 

 その雨の中に、クスィー・ガンダムはその身を晒す。

 

 電子ジャマーをパージした下から現れたブースターに灯を入れ、更に加速するクスィー・ガンダム。

 

 ミサイルが破壊される度に、ミサイルに組み込まれたチャフが宇宙空間にばら撒かれ、爆発とビームの光を取り込み、一つ一つが光を纏う。

 

 その光の中に身を委ねるクスィー・ガンダムに、軌道を乱されたビームが吸い込まれていく。

 

 ビームを放つ海賊のモビルスーツの腕を斬り裂くダブルバード・ガンダム……そのコクピットで、ニコルは唇を噛んでいた。

 

 何が正しいのか……

 

 自分は何をやっているのか……

 

 仲間の命が危ない時でも、敵の命を奪う事を拒んでいる。

 

「本当に……これでいいのかよ! ゲルダさん! シャクティさん! レジア!」

 

 叫ばずにはいられなかった……そして、叫ばなくても分かっている。

 

 ただ思想が違うだけ……ただ生まれた場所が違うだけ……ただ影響を受けた人が違うだけ……ただ守りたい人がいるだけ……

 

 もし銃口を向けている相手が、学校のクラスメイトなら仲良くなれている人かもしれない。

 

 今、殺そうとしている人が恋人になっていた人かもしれない。

 

 ただ今は……ただ敵なだけなのだ。

 

 ニコルの気持ちに、エボリューション・ファンネルが応える。

 

 ビームの射線上にいるクスィー・ガンダムを守るように、エボリューション・ファンネルがIフィールドを展開した。

 

 ダブルバード・ガンダムとマグナ・マーレイ・ツヴァイが艦を護りながらモビルスーツを減らし、Iフィールドがビームを弾いても、横に広がりながら放たれるビームはクスィー・ガンダムの装甲を焼き、トライバード・バスターを守るミサイルは減っていく。

 

「くそっ! 早く……早く、届けっ!」

 

 ミサイルが剥がされて、トライバード・バスターを乗せるポッドが剥き出しになる。

 

 そこに、ビームが吸い込まれていく……

 

 ドオオオオォォォォン! 

 

 一際は大きい爆発が起き、ビームが止む……しかし、ポッドは前に進み続ける。

 

「良くやったニコル! 後少し……もってくれ、クスィー!」

 

 ビームを受け続けたクスィー・ガンダムのビーム・バリアーは、出力が低下してきていた。

 

 加速に耐えながら、後方から放たれるビームの的になるように操縦していたケネスの集中力も切れかけている。

 

「だが……ようやく好きに生きれるようになったんだ! 自慢の友人に顔向け出来る程度にはっ!」

 

 再びビームの雨に晒されるクスィー・ガンダム……ケネスは、最後のファンネル・ミサイルの位置を確認した。

 

 鳴り響く警告音……揺れるコクピット……

 

「私は……まだ死ぬ訳にはいかんのだ……だが、彼も同じ気持ちだった筈だ! 背負ってみせる! 私だって……」

 

 ビームがクスィー・ガンダムの左腕を奪っていった。

 

 爆発の振動に、ケネスは歯を食いしばって堪える。

 

「こんなのは、絶望でも何でもない! 私には、思いを託せる人達がいる! 彼の絶望と希望を知っている私が、こんな事で止まると思わない事だ!」

 

 赤く点滅するモニターが、大きな衝撃で揺れる。

 

 クスィー・ガンダムのバーニアが破壊され、推進力が失われた。

 

 更なるビームが、クスィー・ガンダムの頭をもぎ取る。

 

 モニターが死に、暗闇がケネスを襲った。

 

「最後も……キミと同じだな……あの時の感情も共有できるとはね……」

 

 手が震え、叫びたくなる衝動が襲う。

 

 今にもコクピットがビームに貫かれ、自分という人間は消えるのだろうな……

 

 静かに目を閉じ、操縦管から手を離す。

 

 バスターはクレナに届いただろうか? 

 

 それだけは、確認したかった。

 

 コクピット付近で大きな爆発が起き、ケネスの身体は上下左右に大きく揺すられる。

 

「静かに死なせてももらえないのか。下手くそなパイロットめっ!」

 

「叫べる元気があるなら、大丈夫ですね。無茶し過ぎですよ……でもケネスさん、ありがとうございました。後は、任せて下さい。そして、見せて下さいね……ケネスさんが思い描く未来を……」

 

 微かな笑い声と共に柔らかな女性の声が聞こえ、ケネスは一瞬だけ天国に召されたかと錯覚した。

 

 安堵と共に息を吐き出したケネスは、目を開く。

 

「私は、まだ生きていて良いらしい……もう少し足掻かせてもらうさ……」

 

 ケネスは深くシートに沈み込んだ……

 

 ケネスの無事を確認したクレナは、トライバード・バスターのコクピットで神経を集中していく。

 

「リースティーアさん、私に力を貸して下さい。皆を守る力を……」

 

 トライバード・バスターの右肩に装備されたロングバレル・メガ粒子砲……メガ・ビームキャノン。

 

 海賊のモビルスーツに、高出力のビームが放たれる。

 

 そのビームを追うように、純白のモビルスーツが光の翼を携えて出撃した……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻22

「敵部隊が艦内に入り込みました! 狙いは恐らく……宇宙細菌でしょう! 艦長、どうします?」

 

 宇宙海賊との戦闘中、トライバード・バスターを射出したミリティアン・ヴァヴは、一時的に無防備になった。

 

 更に、宇宙海賊がトライバード・バスターを搭載したポッドを狙った為に、ダブルバード・ガンダムとマグナ・マーレイ・ツヴァイが艦を離れていた。

 

 その隙に、どこに隠れていたのか分からない部隊がスーっと現れ、ミリティアン・ヴァヴの装甲を破壊する。

 

 まるで、狙い澄ましたかの様に……

 

「奴らの狙いが何にしても、ブリッジに向かって来るなら、白兵戦を仕掛けるしかない! 戦闘要員をブリッジ前に集めろ! ここを死守しなければ、地球に降りたシュラク隊や、外で戦っているニコルやリファリアに顔向け出来なくなるぞ!」

 

「了解……ですが、例の宇宙細菌が狙いならば……ただ奪われるだけになりますよ!」

 

 ミリティアン・ヴァヴを操船しながら、マッシュが叫ぶ。

 

「くそっ……どこの部隊か分かれば! いや……あの機体、リグ・ラングか? ならば、敵はリースティーアを殺った連中か?」

 

「そうですね。リグ・ラングは、基本傭兵部隊に与えられる機体だと聞いています。リースティーアさんを倒した人達かは分かりませんが、傭兵である事に間違いはないと思います!」

 

 ニーナの返答に、艦長のスフィアは頷きながら考える。

 

「相手が傭兵ならば、宇宙細菌はくれてやれ! 最短で宇宙細菌を握らせれば、白兵戦などしない筈だ! 戦闘中に間違って艦内に細菌が撒かれ、防護服が傷つけば奴らも死ぬ。傭兵が、そんなリスクを冒す事はないだろう。そもそも、細菌を無事に持ち帰らなくては意味がない!」

 

「ですが、宇宙細菌を傭兵に奪われます! 帝国の連中ですら、機密にしている細菌です。そんな物が、傭兵の手に渡ったら……」

 

 マッシュの大きな声を聞きながら、スフィアは無言でモニターに目を移した。

 

 白き閃光が宇宙海賊のモビルスーツを次々と破壊し、黒き蝶が戦場を舞う。

 

 その後方からは、皆で守り通したトライバード・バスター……

 

 そして、異変を感じミリティアン・ヴァヴに猛スピードで戻って来るダブルバード……

 

「マッシュ……危険かもしれないけど、私はクルーの命も守りたい。それに、信じているのです。奇跡が起こせるパイロット達を……ニーナ、侵入した傭兵共を宇宙細菌の保管庫まで案内して差し上げて! クルー達は、傭兵達に近付かないように通達!」

 

 スフィアの命令を聞く間でもなく、ニーナはミリティアン・ヴァヴの内部の扉を操作して、傭兵達を宇宙細菌の保管庫に誘導していく。

 

「ダブルバード、本艦に到達します! 傭兵部隊の足を止めれるタイミングですが……どうしますか?」

 

 扉の操作をしながらモニターを確認したニーナが、声を上げる。

 

「ニコルに、傭兵部隊のリグ・ラングを撃たないように通達して! 傭兵部隊を刺激すれば、余計な血が流れてしまう可能性がある。傭兵部隊が本艦を離れたら直ぐに追えるように、宇宙海賊の部隊を潰します!」

 

 艦長スフィアからの指示を聞いたニコルは、ミリティアン・ヴァヴに張り付いたリグ・ラングと小型艇に気付かないフリをして宇宙海賊に照準を合わせた。

 

「艦長、信じますよ! 宇宙細菌も、心を奪う行為も、宇宙から地上を焼くビームも……どれも使わせる訳にはいかない! だから戦うんだ! オレ達は!」 

 

 ニコルの声に応えたエボリューション・ファンネルが、宇宙海賊のモビルスーツ達を貫いていく。

 

「ニコル、ザンスバインとトライバード・バスターが敵部隊を分断してくれている。後はミリティアン・ヴァヴを狙っている奴らを墜とせば終わりだ。一気に蹴散らすぞ」

 

 マグナ・マーレイ・ツヴァイも宇宙海賊の攻撃を難無く躱し、的確にビームを当てて数を減らす。

 

 撃ち漏らした敵は、トライバード・バスターから放たれたビームがピンポイントで狙い撃つ。

 

「しかし……大したモノだな。射撃精度は、リースティーアにも負けていない。この面子なら、やれるかもしれん……我々の、最後の悪あがきがな……」

 

 リファリアは呟く……戦場で光っては消える命の灯を見ながら……自分達の行動が正しいと信じて……

 

 

「エバンス隊長、こりゃ罠じゃねぇですか? こんな簡単に、ブツに辿り着ける訳がねぇ!」

 

「どうかな? ここの連中も、そのブツを手放したいだけかも知れんぞ? 帝国の連中にとっちゃ大事な物でも、ここの連中には大した物じゃない可能性もあるしな」

 

 エバンスは仲間に持たせている金属容器を見ながら、とにかく傷つかないように注意していた。

 

 強奪しに来た物が宇宙細菌である事は、エバンスしか知らない。

 

 そして、伝える気もなかった。

 

 このまま帝国に持って帰って報酬を得るか、他に売るか……

 

 間違いなく、売ってしまった方が金にはなる。

 

 だが、部隊の中には帝国の息のかかった奴が確実にいるだろう。

 

 全員消して儲けを独り占めすれば、一生豪遊しても使いきれない程の金が手に入る。

 

 エバンスの考えは、少しずつ固まっていった……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻23

 

「皆……全員無事で、よく戻ってくれたわ。ケネスさんとオーティスさん……お2人がいなければ、この勝利は無かったでしょう。ありがとうございます」

 

「いや、こちらこそだ。信じるしかない状況だったかもしれんが、それでもこちらの動きに的確に合わせてくれた艦長とクルー達に感謝する」

 

 ミリティアン・ヴァヴに迎え入れられたケネスは、艦長スフィアの言葉に応えながら、ニーナの煎れてくれた珈琲を口に含むと安堵の溜息をつく。

 

「艦長、私からも礼も言わせてくれ。ケネスさんを救ってくれた事は大きな意味を持つ。そして、ケネスさんとオーティスさんを受け入れてくれた事が、リガ・ミリティアの……いや、ミリティアン・ヴァヴのクルーや、この世界を正そうとしている全ての人々にとって有益だったと証明してみせよう」

 

 仮面を被っているリファリアの表情は分からないが、その言葉からは確信めいた自信が感じられた。

 

「私はともかく、オーティスさんはエンジン系のスペシャリストだ。マデア少佐に聞いてもらえば、その能力は間違いない事が分かるだろう。ザンスバイン……変わったのは色だけでは無い筈だ」

 

「そうですね……最初見た時は、ザンスバインって分からなかったよ。ビッグ・キャノンのビームを弾いた時は確かに黒かったのに、今は真っ白だ……」

 

 ニコルの言葉に頷いたマデアは、オーティスに視線を合わせる。

 

「オーティスさん、驚いたよ。まるで機体が別物だった……エンジンは心臓みたいなモンだ。その事を思い知ったよ。全ての動きがスムーズに、ストレス無く応えてくれた。モビルスーツ乗りにとって、こんなに心強い事はない」

 

「少佐にそこまで言われると、少々照れますがね……艦長さえ良ければ、全ての機体のエンジンの調整をしますよ。乗りかかった船だ……私もリガ・ミリティアに……皆さんに協力したいと思います」

 

 オーティスの提案に少し考え込んだスフィアは、しかし直ぐに首を縦に振った。

 

「よろしくお願いします。信用する、しないに関わらず、我々には時間も戦力も……全てが足りない。協力して頂けるなら、助かります」

 

「老い先短いこの命……全てを注ぎ込んでみせますよ。ザンスバインとダブルバード……2つの翼が世界を変える様を見てみたいのでね……」

 

 スフィアは、オーティスからケネスへと視線を移す。

 

「それで……ケネスさんから提案があると聞きました。我々の行くべき道を示して頂けるのかしら?」

 

 ケネスは少し笑うと、再び珈琲を少し啜る。

 

「私は……過去の偉人達とは違う。だが、このままで良いとも思えない。私は、弱い人間だからな……自分で全てを背負い込むなんて出来やしないんだ。だからこそ、革命の息吹を蒔いておきたいのさ。ザンスカール帝国を止めた先の未来で、地球を守る力を……」

 

 ケネスはそう言うと、小さなカプセルを取り出した。

 

「ルース商会経由で入手したシャア・アズナブルの遺伝子情報……これにザンスカールのクローン技術を合わせれば、シャアのクローンが出来上がる。クレナさんを見て、確信に変わった。この計画は上手くいく……クローンとて成長する。オリジナルを凌駕する程に……」

 

「シャアのクローンを造る……そんな事をしたら、地球が滅んでしまうかもしれない! 小惑星を地球に落とそうとした人間だ! そんな人のクローンを造るなんて……リスクが大き過ぎる!」

 

 突拍子のないケネスの言葉に、スフィアが声を荒げる。

 

「だからこそ、そうならない為の組織が必要だ。シャアのクローンが間違った道を歩まず、正しい道を進める組織が……」

 

「正しい……か。何を持って正しいとするんだ? 地球に住む人々を粛清して、全人類をニュータイプにすれば変わるのか?」

 

 マデアの疑問に、ケネスは首を横に振る。

 

「地球の人間がシャクティにした野蛮な行為は、忘れられない。だが、それは地球に住んでいるから……だけでは無いだろう。コロニーで生活している人々が中心の帝国であっても、ベスパはギロチンを持ち出して処刑を繰り返している。クローン技術に精神崩壊、静止衛星軌道から地球を焼くビーム……どれも野蛮だ。宇宙に住もうが地球に住もうが、人間の残虐性は変わらない。それでもシャアに縋るのか? 全ての人類が宇宙に出るべきだと?」

 

「どうかな……少佐は地球で絶望し、マリア・カウンターとして帝国で戦った。だが、帝国のやり方も間違いだと思った……だから離反したんだろう? 女王マリアのような人の考えだって、ただ利用されるだけになる……自分達の都合の良いように動かして、自分達の思い通りの世界を造る為にな。そんな帝国が地球の自治権を取ったとしても、地球連邦の高官達とやる事は変わらない。いや、酷くなる可能性の方が強い」

 

 マデアとケネスのやり取りに、少しの間……静寂の時間が流れた。

 

「そうね……少なくとも、リガ・ミリティアは帝国に抵抗する為……動きの鈍い連邦に活を入れる為に組織されたわ。それは、帝国にも連邦にも期待出来ない人達が集まっているという事……帝国を倒しても、今のままの連邦政権が続くなら意味が無い」

 

 静寂を破ったスフィアの言葉に、ケネスは頷く。

 

「連邦政府の高官を殺そうが、利権を得ようとする連中が下から出て来るだけだ。ならば……しっかりとした理念の元、カリスマ性のあるリーダーが必要だ。大抵、リーダーが目的を達成する前に倒れてしまう事が多い。そうなれば、組織は瓦解して終わる。だが、組織の絶頂期に若きリーダーが現れるならば……目的が達成されるまで、そのリーダーが導いてくれるならば……」

 

「なるほどな……その組織の基盤作りを今から始めると言う事か……優秀なリーダーが現れる事が確定している組織……今まで、ガンダムに関わる人々が変えようと足掻いても変わらなかった事。それを変えるならば、同じ事をやっていては駄目だって事は分かるが……」

 

 マデアの言葉で、再び静寂が訪れる。

 

 皆、考えていた。

 

 遥か先の未来に、突拍子の無い出来事を起こす為の行動……

 

 それが、正しい事なのか……

 

 それが、自分達の命を投げ出してまでやる事なのか……

 

「それで、具体的にはどうするんですか? クローン技術を持っているのはザンスカール帝国だ。クレナさんの身体を調べるってんなら反対だし、帝国に頭を下げて……軍門に下って教えて貰うってのもイヤだね」

 

「ええ……それに、私はクローンを造る事自体が反対です。自我を持つクローンは、必ず苦しむ事になります。私は、同じ苦しみを持つ者を生み出す事に手を貸したくはありません……」

 

 ニコルとクレナが異を唱える。

 

 帝国の非人道的な行いを止める為に戦ってきた……それと同じ事をやる為に戦う事は、許せない。

 

「クレナさんの言う事も理解出来る。きっと苦しむ事にはなるだろう……クローンは人と同じだ。クレナさんを見ていると、本心でそう思う。クレナさんに出会えなければ、この計画は私の心の中だけで留まっていただろう……だが、シャアの能力を持った人間を心ある人々が育てたならば……クレナさんの様に歩んでいける道があるならば……この計画は上手くいく。クローンだけに苦しい思いはさせない。その為の組織を作るんだ……一人にだけ背負わせない為の組織を……」

 

 ケネスは、珈琲の入っていたカップを無意識に握り潰していた。

 

 そう……一人にだけ背負わせる訳にはいかない。

 

「その話は、また考えましょう。当面は、奪われた宇宙細菌をどうするか? そして、地球に侵攻するベスパへの対処……やらなきゃいけない事は山ほどあるわ。けど……ザンスカール帝国を止めた後の未来……確かに、考えとかないといけないかもしれないわね……」

 

 ソフィアは、漆黒の宇宙を見る。

 

 闇の中に導く光を探す様に……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻24

 

「で……艦長、これからどうすんの? 宇宙細菌を取り戻すのか、地球侵攻を阻止すんのか、ケネスさんの仕事を手伝うのか……」

 

「まずは、宇宙細菌を取り戻します。いえ……取り戻す必要は無いわ。傭兵部隊の手から離れれば、それでいいでしょう。それに、細菌を強奪した時の傭兵部隊の中心にいた人物……ナイトハルト・エバンスで間違いない。そうですね?」

 

 スフィアは確認の為にリファリアを見て、その視線を感じてリファリアは頷く。

 

「間違いないな。傭兵部隊のリーダーは、ナイトハルト・エバンスだ。リースティーアを卑劣な作戦で殺した男……個人的な恨みで悪いが、私は奴を討つ為に動かせてもらう」

 

「個人的な恨み? この艦のクルー全ての人の恨みの間違いじゃないの? そのエバンスって野郎がリースティーアさんを殺ったってんなら、オレもリファリアさんに付いて行くぜ!」

 

 ニコルは、リースティーアが墜とされたところを見た訳ではない。

 

 味方を犠牲にする事によるサイコミュでの攻撃……更にジュンコを人質にされた状態で戦い、最終的にはエバンスにボロボロにされた機体でビッグ・キャノンのエネルギー供給ユニットを破壊した事で、機体が爆発してしまった……

 

 その顛末を聞いた時、ニコルは怒りを抑えきれなかった事を思い出す。

 

 そして、それは……今、思い出しても同じであった。

 

 正々堂々戦って敗れて亡くなったのであれば、仕方ないとも思う。

 

 しかし……

 

「そうですね。私も、エバンスだけは許せません。サナリィの時からの因縁、今回で決着をつけてみせます。艦長、私にも出撃許可を頂けますか?」

 

「もちろん、いいですよね? 私達全員、リースティーアさんの敵を討ちたいと思ってます! なんなら、宇宙細菌をエバンスって人の口の中に突っ込んじゃいましょうよ!」

 

 普段は大人しいクレナとニーナも、珍しく目を吊り上げて怒りに身を奮わせている。

 

「そうね……私達は戦争をやっている。殺されても文句は言えない。でも、人質をとって……卑劣な手段でリースティーアを討った男を許せる程、私もできた人間じゃないわ。だから追います……宇宙細菌というより、仲間の敵を取る為に!」

 

 スフィアの宣言に、ニコルとクレナ、それにニーナも力強く頷く。

 

「感情で動く連中ばかりだな……帝国が地球侵攻を行おうとしている今、大局的に状況を見る事が必要だが、それが出来ていない。だが……」

 

「その通りだ少佐。物事を大局的に見るのは、大人や上に立っている人間がやればいい。局所的な動きが信用出来ない人間と、大きな事は成し遂げられない。その点では、彼らは好感が持てるよ。少なくとも、私はね……」

 

 マデアの言いたい事を予測し、ケネスは言葉を続けた。

 

「そうだな……しかし、時間が無い事も事実だ。オレとザンスバインも使ってくれていい。悪いが、早急に敵を討ちを終わらせてくれ」

 

「回り道に見えても、蟠りを持ちながら進むより、懸念事項を消してから進んだ方が早くなる事もある。集団で動いている時は、特にな……それに短い時間だが、チームとして成熟しなければ帝国の地球侵攻に楔を打つ事など出来やしない。必要な事さ……」

 

 ケネスは信じた……局所的な繋がりが、いずれ大きな波となる事を……

 

 

「トライバード・バスター……良い機体だな。レジアくんの専用機になると聞いていたが、なる程な……」

 

「オーティスさん……バスターの調整、手伝ってくれていたんですか? ありがとうございます」

 

 コンデンサの調整をしていたオーティスは、クレナの声を聞いて頭を出した。

 

「なに、電気系統を少し見ていただけだよ。しかし、トライバード・バスター……愛情を込めて造られた事が良く分かる。これを組んだメカニック達の丁寧な仕事……忙しい最中ここまで丁寧に組むなんざ、よほどじゃない限り出来ない。これなら、高出力のビームも安定して撃てるだろう」

 

「はい、操縦していても感じます。この機体の安定感……きっと多くの人達が、レジアさんの為に大切に造った物なんだなって……それを、私なんかが……」

 

 俯いたクレナに、オーティスは首を横に振る。

 

「何を言っているのか……そもそも、本当にレジアくんの為に造った機体なのかねぇ? 一度だけ、彼の使っていたジャベリンを調整した事があるが、彼の場合は少しぐらい遊びを残してあげた方がいいんだ。機体の不安定な部分も武器にして戦えてしまう……それがレジアくんの強さだった。リガ・ミリティアの機体を整備しているメカニックなら、そんな事は分かっている筈だ」

 

「なら、この機体は誰の為に? でも、レジアさんのアサルトは限界だった……バスターがレジアさんのでなければ、乗るモビルスーツが無くなってしまいます。まさか、ガンイージを使えって事もないでしょうし……」

 

 オーティスは整備士用のベンチに腰をかけると、トライバード・バスターを見上げた。

 

「私は一度しかレジアくんと会った事はないが、彼は限界だからと言って自分のモビルスーツを放棄する様な男じゃなかった気がする。限界な機体の限界を見極めて戦える男だ。それに、新型のミノフスキー・ドライブ搭載のコクピット・ユニットは2つ開発されているらしい。ニュータイプの感覚的な操縦に対応出来るコクピット……そして、オールドタイプの理論的な操縦に対応出来るコクピット……間違いなく、ニコルくんとレジアくんの為に開発が始まったのだろう。だとすれば、彼は繋ぎでモビルスーツを乗り換える様な事はしないと思うんだ……」

 

「なら……まさか、バスターは……」

 

「安定した射撃、パワー・コントロールの負担を軽くするような調整……明らかに、射撃が得意なパイロットの為に組まれている。おそらく、長距離射撃のサポートでレジアくんの負担を軽くする為に……な」

 

 オーティスの考察は、おそらく正しいのだろう。

 

 クレナも静かにトライバード・バスターを見上げる。

 

 トライバード・バスターを受け取った時……始めてメガ・ビームキャノンを撃った時、確かに私はリースティーアさんの名前を口にした。

 

 無意識に口にした……でも、きっとそうなのだろう……

 

 意識した瞬間、クレナは凄まじい程のプレッシャーを感じた。

 

「気負う事はないさ……リースティーアって人が凄腕のパイロットだったとしても……これだけのモビルスーツを託される程の人物だったとしても、その人の思いを背負って戦っている人達の艦に配備され、その人達に託されたパイロットが貴女なのでしょう? コイツを組んだエンジニアも、コイツも不満は無い筈だ」

 

「そうでしょうか……でも、そう考えてしまう事自体が失礼だって事は分かります」

 

 クレナは一瞬オーティスを見て……そして、再びトライバード・バスターを見詰める。

 

「だからこそ、一緒に討ちましょう……私の大切な仲間を……そして、あなたの主になるべき人を殺した人を……私に力を貸してね、バスター……」

 

 クレナは、なぜだかトライバード・バスターが頷いてくれた様に見え……そして、少しだけ微笑んだ……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻25

「宇宙海賊の艦……いや、傭兵部隊の艦を捕捉しました! アステロイドの海に入っていやがる!」

 

「敵艦を捕捉しつつ、微速前進! センサー、レーダーの捕捉距離はこちらが上の筈だ! 気付かれないように! バスター、F90Wの出撃準備はどうか?」

 

 スフィアは傭兵部隊の艦を映すモニターを見ながら、モビルスーツ・デッキへの確認をとらせる。

 

「はい、両機出撃オーケーです! F90も問題ありません!」

 

 F90W……サナリィでの戦闘時、リファリアとミュラーの手で完成させたミノフスキー・ドライブの試作ミッションパックを装備したF90。

 

 その機体に、マグナ・マーレイ・ツヴァイのパーツでフレーム補強を施した新たなるウォーバードである。

 

 新規パーツによる補強で、飛行形態への変形が可能。

 

 更に飛行形態時には、試作ミノフスキー・ドライブのパーツが翼として機能する。

 

 そう……ミノフスキー・ドライブを展開したままの飛行が可能なのだ。

 

「リファリアさん、F90Wはシェイクダウンも兼ねています。あまり無理はしないで下さいね」

 

「無理をするな……か。それは無理な相談だな。私は感情を表には出せないが……だが、人としての心を失っていないつもりだ。私の事を死ぬ直前まで信じてくれた仲間を殺した男……無理をしてでも討つ。その為のウォーバードだ」

 

 F90の調整を直前まで行っていたオーティスは、ニーナとリファリアの通信での話を聞き呆れ顔で口を開く。

 

「嬢ちゃん、この男に何を言ったって無駄さ。ミノフスキー・ドライブだって、シェイクダウンだって言ってるのに最大出力が出るようにしろと言って聞かないんだ。シェイクダウンなんぞ、している暇は無いそうだ」

 

「我々に残されている時間は、あまりにも短い。シェイクダウン・テストをやって安全性を確認してから、前に進む……そんな悠長な事はやっていられない。この機体が最高の遊撃機になる事を、この戦闘で証明する」

 

 リファリアはコクピットからオーティスを追い出すと、ハッチを閉める。

 

「ニーナ、そういう事だ。今は皆が無理をしている……しなくてはいけない時だ。このF90Wとマグナ・マーレイのパーツを合わせる作業だって、多くのメカニック達が無理をしてくれた。そのおかげで、私は出撃出来る。その私が無理をしませんなんて、言える筈がない」

 

「分かりました。無理するなとは言いません。でも……これだけは言わせて下さい。無理をしたメカニックの為にも、リファリアさんの事を亡くなる直前まで信じた女性の為にも……あなたは死んではいけません。そして、F90Wを壊してもいけません。私達も、出来る限りのバックアップはしますから……」

 

 ニーナの言葉に、フフっと軽く笑ってしまったリファリアは、了解した……静かにそう言った。

 

 リファリアとの通信を切ったニーナは、次にクレナとの通信を繋げる。

 

「クレナさん、バスターの調子はどうですか?」

 

「ええ……大丈夫です。エバンスの機体が出てきたら教えて下さい。私とリファリアさんでエバンスを叩きます」

 

 ニーナは上を向いて、大きく息を吹く。

 

 目を閉じると、リースティーアの声が……姿が……自然と脳内で再生される。

 

 でも……

 

「クレナさん、復讐だけに囚われないで下さいね。エバンスは憎いです。だからこそ、そんな奴にクレナさんまで奪われたくありません。大丈夫……自然体で戦ったって、エバンスなんかに遅れはとらないですよ。クレナさん、リファリアさん、マデアさん……それにニコル。このチームで、負ける訳がないですよ」

 

「そうね……ありがとうニーナさん。おかげで、変な力が抜けたわ。リースティーアさんの為にも、バスターでリファリアさんを守らなきゃって思っていたけど……戦うのは私だけじゃない。うん……大丈夫……」

 

 そのやり取りを聞いていた艦長のスフィアは、大きく頷く。

 

「ニーナ、ありがとう。2人共、私達の真の戦場はここじゃない。ただ、私達が前に進むための戦いだ。4機での連携を確認しつつ、エバンス隊を圧倒する! 力んで、無様な戦いだけはしてくれるなよ!」

 

「艦長、了解だ。F90ウォーバード、リファリア・アースバリ、出るぞ」

 

 ウォーバードのバーニアの光を見送り、クレナはトライバード・バスターをカタパルトに移す。

 

「クレナさん、バスターはクレナさんの為の機体です。少なくともミリティアン・ヴァヴのクルーは、メカニックも含めて全員がそう思っています。それに……きっとリースティーアさんが戦えない状態だったとしたら、やっぱりクレナさんにバスターを託したと思います。常に周りの事を考えて、全員が生存出来る可能性が高くなる動きをする。リースティーアさんも言っていました。シュラク隊の生存率が高いのは、クレナさんの動きのおかげだって……」

 

「そう……ですか……でも、きっと私の動きは罪悪感から……皆を裏切っている事を知っていた私の心が、無意識にそう動いていたに過ぎないわ……だから……」

 

 クレナは、トライバード・バスターの操縦桿をギュッと握る。

 

「だから、今も罪悪感を感じながら戦っているのか? 死んでいった仲間も、自分の責任だと? だが、本当にそうか? 先の戦闘で、バスターを受け取った瞬間にクスィーに纏わり付いていた敵を真っ先に蹴散らしてくれたのも罪悪感からか? いや、違う筈だ。考えて動いているのなら、クスィーなんて旧式も、私のような老人も助ける必要はない。断言しよう……貴女は優しく、そして周りの状況をよく把握出来る人だ。罪悪感を感じていようがいまいが、貴女は私を助け……全てを守る為に全力で戦っていた筈だ!」

 

「そうですよ、クレナさん。確かに、感じる事は沢山あるかもしれない。罪悪感だってあるかもしれない。でも、クレナさんの本質を見誤る程、私も、リースティーアさんも、シュラク隊の皆も、そんなに瞳は濁っていないんです。自信を持って下さい……そして私達の事、守って下さいね」

 

 ケネスとニーナの言葉は、クレナの迷いを消していた。

 

 リースティーアの様にピンポイントの射撃で敵の部隊に風穴を開ける事も、レジアの様に敵陣深く切り込んで各個撃破する事も、自分には出来ない。

 

 バスターの名を冠するモビルスーツなのだから、リースティーアの様に射撃をして……

 

 トライバードの名を冠するのだから、レジアの様にリガ・ミリティアの希望となる様に戦わなくてはいけない……

 

 そんなプレッシャーに押し潰されそうになっていたのも事実だ。

 

「私は私の戦いを……バスターと共に……」

 

 クレナは、トライバード・バスターの操縦桿を再び強く握る。

 

「トライバード・バスターは、クレナ・カネーシャで行きます! フォロー、よろしくお願いします!」

 

 クレナの声と共に、トライバード・バスターはアステロイドの海の中に飛び込んでいった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻26

 

「艦長、ウォーバード及びバスター、作戦目標宙域に到達! 敵戦艦に捕捉されている形跡もありません!」

 

「よし……ダブルバード、ザンスバイン出撃と同時に作戦開始! 目標は敵戦艦の破壊及びエバンス機の撃墜! マデアさん、ニコルを頼みます!」

 

 スフィアの言葉をザンスバインのコクピットで聞いたマデアは、メカニックに合図をしてからハッチを閉じる。

 

「ニコル、パイロットの命を奪わない戦いを続けるのなら、この戦いで見極めろ! 先の戦闘で使ったプラズマ・ブースターによるビームの増大・加速させるような兵器は、どんな兵士だろうが問答無用で消し去ってしまう。だが……面と向かって戦った相手なら、分かる筈だ。そして、俺達は戦争をしている。手心を加えた相手に、自分や仲間が殺されるかもしれないって事を忘れるなよ!」

 

「分かってる! けど……敵だったとしても、話せば心を通わす事が出来るかもしれない! 今……マデアさんと話しているように!」

 

「だからこそ、通わせろ! オレもお前もニュータイプなんだ……なら、出来る筈だ!」

 

 マデアは一呼吸置いてから、操縦桿を握る。

 

「艦長、ミノフスキー粒子を戦闘濃度で散布! 敵の意識をこちらに向けるぞ! ザンスバイン、マデア・スライト……出るぞ!」

 

 カタパルトから射出されたザンスバインは、赤き翼を纏い加速を開始した。

 

「ダブルバード・ガンダム……ニコル・オレスケス、行きます!」

 

 赤き翼をモニター越しに確認したニコルは、カタパルトにダブルバード・ガンダムを乗せ、出撃体勢をとる。

 

「ニコル、私達の事……守ってよ! リガ・ミリティアの希望の翼で、私達に勇気と自信をちょうだい!」

 

 ニコルは親指を立てると、加速Gに身を委ねた。

 

「ザンスバイン、ダブルバード、両機とも問題なく出撃しました!」

 

「ミリティアン・ヴァヴ、ミノフスキー粒子を散布しつつ最大戦速! 次いで、主砲照準! 敵の艦に風穴を開けてやれ!」

 

 ミリティアン・ヴァヴのメイン・エンジンに火が入り、バーニアが噴射する。

 

 そして、ミリティアン・ヴァヴのメガ粒子砲が開戦の合図となった。

 

「来るぞ、ニコル!」

 

 展開を開始したリグ・ラングが素早い動きで編隊を組み、行動を開始し始める。

 

「早いな……流石は傭兵部隊といったところか……だが、ミノフスキー・ドライブの加速にはついて来れまい!」

 

 ザンスバインのミノフスキー・ドライブが、更に赤く輝く。

 

 過剰粒子の放出が、正に翼に見える……そして、翼がはためいた瞬間……

 

 赤い閃光が、傭兵部隊の小隊の中心を貫いた。

 

 ドオオォォォォン! 

 

 閃光が通り過ぎた数秒後に、断続的な爆発音が響き出す。

 

「突っ込んだだけで、全機撃墜……あれじゃ、プラズマ・ブースターを使ったビームと変わらないじゃないか! 問答無用もいいトコだ!」

 

 ニコルはエボリューション・ファンネルを展開させると、ミノフスキー・ドライブの翼を広げる。

 

 そして……目の前に展開していたリグ・ラングの部隊がビームを放った瞬間……ダブルバード・ガンダムはエボリューション・ファンネルを残して姿を消す。 

 

「なっ……」

 

 驚いたリグ・ラングのパイロット達に襲いかかったのは、前方と下からのビームの雨……

 

 エボリューション・ファンネルとダブルバード・ガンダムから放たれるビームは、リグ・ラングの頭を……腕を……足を……確実にもぎ取っていく。

 

「それで帰れる筈だ! 次っ!」

 

 叫んだニコルの横を、リグ・ラングの一団が最大戦速で通り過ぎる。

 

「なんだ? うわぁ!」

 

 ニコルが破壊したリグ・ラングの核融合炉に、容赦のない……無慈悲なビームが貫いた。

 

 リグ・ラングの核爆発によって、モニターを埋め尽くす程の眩しい閃光が発生する。

 

 突然の光に、ニコルの視界は完全に失われていた。

 

 視界が開けたニコルは、ミリティアン・ヴァヴに向かってバーニア全開で進むリグ・ラングの背中を見る。

 

「させるかよ! ミノフスキー・ドライブなら、直ぐに追い付く!」

 

 叫んだニコルの正面に、リグ・ラングが立ち塞がった。

 

 その手に握られている鎖の様なモノ……その先端には、先程ニコルが動けなくしたリグ・ラングの胴体が突き刺さっている。

 

「何してるんだ!」

 

 そんなニコルの言葉を無視して、リグ・ラングは胴体を振り回して攻撃してきた。

 

「何なんだ……何なんだよ、コイツ!」

 

「動揺を誘って、時間稼ぎしているだけだ! 落ち着け、ニコル!」

 

 狂気的な動きをしているリグ・ラングのコクピットに、ビームが放たれる。

 

 光がコクピットを貫通し、リグ・ラングは糸の切れた人形の様に動きを止めた。

 

「ニコル、奴らの狙いはミリティアン・ヴァヴだ! 始めから、自分達の艦は捨てるつもりだったようだな……」

 

 ウォーバードとトライバード・バスターによって、簡単に破壊される傭兵部隊の艦……その爆発を見ようともせず、ミリティアン・ヴァヴに迫る傭兵部隊のリグ・ラング。

 

「流石……と、言うべきか。こちらの戦力は、モビルスーツ4機だと最初から予測していた。遊撃で2機、迎撃で2機……最初から自分達の艦は捨て、ミリティアン・ヴァヴを奪うつもりだったんだ!」

 

「なら……エバンスって野郎は、ミリティアン・ヴァヴに向かったって事だね。傭兵の戦い方……マデアさんの言っていた事、何となく分かったよ。感じてみせる……ダブルバードと、エボリューション・ファンネルで!」

 

 ミノフスキー・ドライブの翼を展開したダブルバード・ガンダムが、その機体を赤く染めていく。

 

 サイコフレームが輝き……そして、ミリティアン・ヴァヴの格納庫が開き始めた。

 

「エバンスとやら、相手が悪すぎたな……そして、怒らしてはいけない男を怒らした。かなりの切れ者らしいが、リファリア・アースバリの方が一枚上手だ。残念ながら……な」

 

 マデアは、同じ宙域に漂っていた破損したリグ・ラングにビーム・ライフルを向ける。

 

「さて……せっかくニコルに助けられた命だ。ここで死ぬか、俺達と死への航海に旅立つか……選ばせてやるぞ」

 

 リグ・ラングのパイロット達は、尽くマデアの軍門に下っていった……

 

 

「隊長、このまま敵の艦を奪えちまいそうですな! レジスタンスなんぞ、所詮は民間人の集まりにすぎねぇって事ですな!」

 

「馬鹿野郎! 油断すんじゃねぇ! 奴らのモビルスーツには、ミノフスキー・ドライブが搭載されていやがる。距離なんざ、一瞬で詰められるぞ! とにかく、迅速に作戦を遂行するんだ!」

 

 部下を怒鳴ったエバンスの声色は、焦りの感情を帯びている。

 

 それ程に、エバンスには余裕が無かった。

 

 簡単に事が運び過ぎている……こういう時は、敵の策に嵌まっている事が多い……戦場で多くの経験を積んでいるエバンスは、本能的に感じてしまう。

 

「隊長! うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

 エバンスの横で、リグ・ラングが破壊された。

 

「ミノフスキー・ドライブたって、いくらなんでも早過ぎる! 何が起きた!」

 

 闇に走る閃光を感じ、エバンスは咄嗟に回避行動をとる。

 

 センサーに反応の無い場所……モビルスーツの全天周囲モニターに映し出されない……何も無い場所からビームの閃光が突然走り、襲い掛かってきた。

 

「ステルス系の兵器でもあるってのかよ! 熱源センサーしか反応しねぇ!」

 

 次々と爆発していく味方機……そんな中、味方機を盾にしながら、エバンスはミリティアン・ヴァヴのブリッジに迫っていく。

 

 宇宙細菌をブリッジに流し込むと脅し、敵戦力を無効化する……

 

 そんな考えは、一筋の長距離ビームによって崩された。

 

「リファリアさん、捉えました! エバンス機!」

 

「ああ……ミノフスキー・ドライブの加速の中での、その射撃精度。充分に自慢してもいい程の腕だ。さぁ……ナイトハルト・エバンス。ここで決着をつける」

 

 ミリティアン・ヴァヴとエバンス機の間に割って入ったメガ・ビーム・キャノンから放たれたビーム……

 

 そしてエバンスのリグ・ラングの前に、リファリアのF90ウォーバードが立ち塞がった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻27

 

「形勢逆転……とでも言いだしそうじゃねぇか! だがよ……切り札は、まだコッチにあるんだよ!」

 

 中央にカプセルの様な物が括り付けられているショットランサーを、リグ・ラングは見せ付けるように掲げる。

 

「宇宙細菌か……ランサーでミリティアン・ヴァヴの装甲を破壊して、死の艦にでもするつもりか……」

 

 エバンスが搭乗するリグ・ラングは、宇宙細菌入りのカプセルが括り付けられたショットランサーをミリティアン・ヴァヴのブリッジに向けると、F90ウォーバードとの距離を詰めていく。

 

「リファリアさん、あれ……撃たれたら、ミリティアン・ヴァヴが!」

 

「クレナ、仮にアレがミリティアン・ヴァヴのブリッジに直撃して艦内に宇宙細菌が充満したら、奴らは完全に足を失う事になる。そんな暴挙に出るとは思えない。だが、油断は禁物だ。奴がランサーを撃ったら、撃ち落とてくれ」

 

 クレナを落ち着かせる為に冷静な口調で言葉を発したリファリアだったが、同時に嫌な予感もしていた。

 

 エバンスは凄腕の傭兵であり、優れた戦術家でもある。

 

 こんな場所で足を失えば致命的な事ぐらい分かっている……そして、死なば諸共……そんな考えは持ち合わせていないだろう。

 

 少なくとも、自分が助かる為の策の一つや二つは用意している筈……

 

「だが……マグナ・マーレイ・ツヴァイの装甲で補強したウォーバードなら、ミノフスキー・ドライブの加減速にも対応出来る。奴が策を弄する前に墜としてみせれば……」

 

 F90ウォーバードのバーニアに火が入り、ミノフスキー・ドライブの翼が開く……開こうとした、その瞬間……

 

 鋭く尖ったビームが、F90ウォーバードを強襲した。

 

 爆発が起こり、F90ウォーバードは弾き飛ばされる。

 

「リファリアさん! ごめんなさい、私が気付けなかったから……一体、どこから撃ってきたの?」

 

「エネルギーを絞って撃ってきている……射撃が完璧ならば、墜とされていたかもしれん……だが、初手で墜とせなかったのは残念だったな」

 

 リファリアはビームを受けて爆発したフレキシブルパーツをパージして、索敵モードに入った。

 

 リファリアの被る仮面の外側から無数のコードが伸びており、リファリアの脳波をバイオ・コンピュータが直接受信する。

 

 そしてバイオ・コンピュータが弾き出したデータが、今度はリファリアの脳に流れ込む。

 

「クレナ、3時方向から2機……いや、3機だ。動きを遅らせてくれ。マデア、ニコル……援護頼むぞ」

 

 バイオ・コンピュータによって増幅されたリファリアの思念が、高度なサイコミュ・システムを持つザンスバインとダブルバードに送られる。

 

「リファリア、了解した。ニコル、ミノフスキー・ドライブを使って突っ込むぞ! 敵さんが攻撃陣形を組む前に叩く!」

 

「了解! ダブルバード、ミノフスキー・ドライブ展開! 閃光になれ、ガンダム!」

 

 2つの翼が光となり、宇宙を構築する闇に閃光を描き出す。

 

 閃光……そう呼ぶに相応しい。

 

 F90ウォーバードを強襲したモビルスーツの目の前まで一瞬で移動したザンスバインとダブルバードは、ピエロの様な風貌の2機に喰いついた。

 

 ザンスバインは無駄のない動きでMDU(ミノフスキー・ドライブ・ユニット)を取り外すと、扇状にビームを伸ばす。

 

 そのビームは、スラッと伸びたピエロの足を切断した。

 

 ダブルバードの構えたダブル・バスターライフルから放たれたビームは、ピエロの乗っかっていたボールを貫く。

 

 その一連の流れは、スムーズ過ぎた。

 

 そして無駄の無い動きによって繰り出された攻撃は、同じタイミングでの攻撃になり、一瞬の静寂の後に同時に爆発音が響く事になる。

 

「下がれ! ミノフスキー・ドライブ……完成品にお目にかかれるとはな……これでは、相手にならん!」

 

 緑色のガンダム……3機の真ん中にいた機体は、損傷した2機のピエロの様な機体の手を取った。

 

「コッチのは未完成どころか、システムの殆どを切らねぇと動かす事も出来ねぇってのに! エバンスの持ってきたサブOSで辛うじて動いている機体で、コイツらとやり合うのは不可能だ! 一旦、宇宙細菌はお預けだ!」

 

 緑のガンダムは、炎に包まれた……いや、光の炎を纏ったかの様に見える。

 

「離脱するだけだ! 持ってくれよ、ファントム!」

 

 炎を纏ったまま高速で後退するモビルスーツを、マデアとニコルは相手にしなかった。

 

「マデアさん、あの炎みたいなヤツは……」

 

「未完成ミノフスキー・ドライブってとこか? ダブルバードのMDUより、更に未完成のようだ。現時点であの程度の技術力しか無いのならば、脅威にはならんだろう。一応、データはリファリアに見せた方が良さそうだが……」

 

 保存された映像データを確認したマデアは、リファリアが戦っているであろう戦場の方角へ目を向ける。

 

「しかし……今の敵は何だったんだ? 大して戦う訳でもなく、エバンスって奴を助ける訳でもない。金で繋がっていただけ……って事なのか?」

 

 マデアは大きく息を吐き……ザンスバインをミリティアン・ヴァヴに向けて動かし始めた。

 

 

「サーカス! ヴェスバーを一発だけ撃って逃げるって、どういうつもりだ! コイツらを倒せば、バイオ・コンピュータもミノフスキー・ドライブの完成品も手に入るってのに!」

 

「傭兵如きが、マデアとニコルを……帝国とレジスタンスのニュータイプを相手に出来るとでも思っていたのか? サナリィの時とは違う……今お前が相手にしているのは、希望のバトンを受け継ぎ、引き継ぐ者達だ。強さの根本が違う」

 

 リグ・ラングのビームを躱し確実に間合いを詰めて来るF90ウォーバードに、エバンスは戸惑いながらも状況を分析していた。

 

 ミノフスキー・ドライブを搭載しているとはいえ、対峙している機体……ベースのF90は旧式の機体……慌てる事はない。

 

 プロトタイプの3機は、援護に来るにしても距離がある。

 

 目の前の敵を破壊し、敵の戦艦を人質にする……それで詰みだ。

 

「直線加速だけ上回れても、細かな機動力はコチラが上だ! ビームに焼かれて、大人しく死にな!」

 

 細かく動き回り、雨の如く放たれるビームに晒されるF90は装甲を焼かれていく。

 

 エバンスの言う通り、F90とラングとでは機体性能に圧倒的な差がある。

 

 だが……

 

 リグ・ラングの下半身が、トライバード・バスターから放たれた長距離高出力ビームによって消失した。

 

「なんだ? 何が起こった?」

 

「機体性能で優位に立てたのなら、いたぶらずに一気に決めた方が良かったな。何かあると怖がり、遠距離から攻撃していた貴様の弱い心を恥じながら旅立て。ナイトハルト・エバンス……」

 

 ミノフスキー・ドライブの翼が羽ばたき……ビームサーベルの光が、リグ・ラングのコクピットを貫き……最後の咆哮が如く、ショットランサーが宇宙の闇に放たれた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻28

「それで、リースティーアの敵を討った感想はどう? あまり気分の良いモノではないでしょう?」

 

 戦闘から戻ったリファリア達を待っていたスフィアは、浮かない表情を浮かべている。

 

「そうだな。だが、そんな事は分かっている。ただ、私が一歩を踏み出すのに必要な儀式だった……これからリースティーアのいる地獄に旅立とうとしている奴が、非道な手段でリースティーアの命を奪った奴を地獄への道連れにすら出来ない……そんな人間を自分自身が許せなかっただけだ。そして作戦が始まってからでは、エバンスを討つ事は難しくなってしまう」

 

 スフィアは、今回の作戦に賛同した一人だ……しかし恨みだけで戦闘を仕掛け、結局は宇宙細菌を取り返す事すら出来なかった。

 

 心の中に残ったモヤモヤが、リファリアに対して棘のある言葉になってしまう。

 

「艦長……リファリアは、恨みつらみだけで戦闘を仕掛けた訳ではない。エバンスの裏にいた組織……オレ達が倒した所属不明のモビルスーツ部隊……奴らの動きを牽制する目的もあった筈だ。だろ?」

 

「マデア、私はそこまで確信を持っていた訳ではない。だが……宇宙細菌を持ち出した奴が、ザンスカール帝国の部隊と合流しない事に疑問を感じた。奴ら傭兵は、何者かに雇われてなければ命懸けで戦艦を襲う事はないだろう。帝国以外の組織に雇われているんだとしたら、炙り出そうとは思ったが。地球降下作戦を邪魔する時に、背後を気にしてはいれないからな……そして思った通り、何者かは知らんが現れた。あの引き際の良さ……エバンスの雇い主で間違いないだろう」

 

 マデアは頷くと、スフィアの目を真っ直ぐに見る。

 

「艦長、そういう事だ。ただの敵討ちではない。謎の組織の目的は、宇宙細菌の奪取。エバンスが宇宙細菌を渡す条件が、恐らく我々の追撃から身を守る事……だがエバンスの性格からして、死んだとしても我々に宇宙細菌を渡す事はしない。宇宙空間に破棄する事ぐらい読んでいたのだろう……我々がこの宙域を離脱したら、探しに来るかもな」

 

「オレ達に勝てなくても、宇宙細菌が手に入れば良し……だから、あんな簡単に引いたって事なの! 仲間を見殺しにして!」

 

 確かに、ミノフスキー・ドライブを使った奇襲は成功し、戦意を削ぐには充分だったとは思う。

 

 それでも、仲間の為に戦う事は必要なのではないか? 

 

 少なくとも自分は……シュラク隊の皆は、そんな戦いをしていた。

 

 仲間を見捨てた事なんて一度もないし、された事もない。

 

 自分の命を犠牲にしたって、仲間の為に戦っていた……リースティーアも、レジアも……

 

「ニコル……雇い主と傭兵の関係は、仲間じゃない。ただのビジネス・パートナーだ。成果と成功報酬……それだけで繋がっている。だからこそ、強固でもあり脆くもある。そして、簡単に関係を切れる強みもあるんだ。自分達の利益にならなければ、見捨てる事も出来る。仮に奴を捕らえたとしても、謎の組織の事は何も分からないだろう。そういう関係だ」

 

「つまり……私達が宇宙細菌を見つけなければ、謎の組織が宇宙細菌を奪って行く……そういう事ですよね?」

 

 ニーナは首を傾げながら、宇宙細菌を取り付けたショットランサーが消えた方角に目を向ける。

 

「そうだ。そして宇宙細菌を見つけるまでは、謎の組織に後ろを取られる心配は無くなったという事だ。我々の目的は、宇宙細菌じゃない。地球侵略の阻止……いや、ヴィクトリー・タイプと呼ばれるミノフスキー・ドライブ搭載機の量産を進める事だ。その為には、地球降下部隊の目をコチラに向けさせて、リガ・ミリティアの工場を守らなければならない」

 

「けど、宇宙細菌だって危険な代物じゃないんですか! それを訳の分からない連中に持って行かれたら、それこそ危ないですよ! どこでどう使われるか分からないんだから!」

 

 ニコルは苛立ち、リファリアに対しても語気を荒げてしまう。

 

 出来るだけ多くの人を救いたい……そう思っているのに、うまくいかない現実がある。

 

 合理的に考えるリファリアとマデアの言葉は、頭では理解出来ても気持ちが納得出来ないでいた。

 

「ニコル、ザク……と呼ばれるモビルスーツを知っているか? ミノフスキー粒子が撒かれる戦場で、革命を起こした兵器……初代のモビルスーツの名だ」

 

 リファリアは横長のソファーに腰を下ろし、ニコルに対面のソファーに腰掛けるように促す。

 

「そのザクの存在が、コロニーで反乱を起こした軍隊を強くした……地球連邦という強大な組織を追い詰める程にな。しかし、その反乱軍は滅びた。革命的な兵器を手にしていたのにな……」

 

「その話が、宇宙細菌を取り戻さない事と何か関係あるんですか! 宇宙細菌が悪党の手に渡れば、多くの人が死ぬ! そんな事、分かるでしょ!」

 

 更に語気を荒げるニコルの横に座ったマデアが、ニコルの頭を軽く叩く。

 

「そう熱くなるな。今の話で分からないか? そのザクってヤツが、今で言うミノフスキー・ドライブって事だ。オレ達があっさり倒した機体……未完成のミノフスキー・ドライブ搭載機が混じっていたが、3機とも高性能な機体だろう。量産されていないワンオフ機だった。だが、オレ達に手も足も出なかった。それが答だ」

 

「リガ・ミリティアがザンスカールより先にミノフスキー・ドライブを量産させ、ザンスカールにミノフスキー・ドライブを量産させる前に倒さなきゃいけないって事? だったら……それだけ圧倒的な兵器なら、今からザンスカールを倒しに行けばいいじゃないですか! ミノフスキー・ドライブ搭載機が3機もあるんですよ!」

 

 リファリアは首を横に振り、ニコルの言葉を制した。

 

「ダブルバード……ミノフスキー・ドライブ・ユニットの全長が長い為に、異常な空間把握能力とバランス感覚が必要な機体。故に、ニュータイプ専用機だ。ザンスバイン……ザンスカール帝国が開発していたミノフスキー・ドライブ搭載機。そのデータを奪い、開発者全てをコチラの陣営に取り込んで完成したマデア専用機。故に、量産を考慮えないシステムと兵装が組み込まれニュータイプしか扱えない。そしてF90ウォーバード……旧式のF90にミノフスキー・ドライブのミッションパックを取り付けた機体。故に、長期時間の戦闘になるとベースのF90がもたない。つまりだ……扱えるパイロットが極端に少なく、物量作戦で来られたら終わる。それが、今の現状だ」

 

「だから、ミノフスキー・ドライブと共に戦える兵力と、息切れしないミノフスキー・ドライブの運用が出来る環境が必要なんだ。だが、帝国がミノフスキー・ドライブ搭載機を開発したら、リガ・ミリティアの優位は無くなる。いいか……オレ達に、他に目を向けている時間は無い。かつてのジオンがガンダムに敗れた様に、オレ達がザンスカールのミノフスキー・ドライブ搭載機にやられる可能性は充分にあるんだ」

 

 リファリアとマデア……2人の言葉に反論出来ず、ニコルは唇を噛む

 

「マデアさん、そのガンダムは私達と共にあります。ニコル……心配しなくても、きっと大丈夫。私達に役割があるように、宇宙細菌を止める為に戦う人達は必ず現れます。二兎を追う者は一兎も得ず……前に、マイさんに教えてもらった日本の諺です。私達にか出来ない事を全力でやり遂げましょう! 私達も、多くの人から多くのモノを託されているのだから……」

 

「そうだな……そして、ガンダムを駆る者は、例外なく反骨心を持つ者達だ。野蛮な帝国に楔を打ち、腐った連邦に活を入れる……帝国の連中がガンダムの事をトラウマになる程の戦果を上げて、レジスタンスと連邦に希望を見せてやろう。やれるさ……君達ならな!」

 

 クレナの言葉に反応したケネスは、その先にある希望を信じていた。

 

 マデアがタシロの戦艦で見つけたクローンとクローンの心の研究データと、クレナの細胞と心情……

 

 シャアのクローンは、必ず造る事が出来る。

 

 今は帝国の脅威を退けて、エンゼル・ハイロゥによる強制的な統治を行わせる事だけは避けなければならない。

 

 来たるべき時に、その下地を作っておく必要がある。

 

「なんにせよ、ラゲーンに進攻は許してしまっている。地上に降りたシュラク隊が何とかしてくれている事を信じて、我々は本格的な地球進攻作戦の邪魔をする。量産されたヴィクトリーのパーツを守り、ミノフスキー・ドライブのデータを極秘にミューラに届け、現存するミノフスキー・ドライブのデータをザンスカールに奪われなければ、我々の勝利だ」

 

「まだまだ、熟さなければならない課題も多い……だが、やるしかない。地球を守り、人類を救う為に……」

 

 戦った事の成果は、未来でしか分からない……

 

 そんな不安の中でも、自分達を信じて進むしかない。

 

 リファリアとマデアの言葉を静かに聞いていたスフィアは、自分の苛立ちが、ミリティアン・ヴァヴのクルー達を成果が出るかも分からない死地へと向かわせなければならない事だと感じた。

 

 それでも……ここまで知ってしまった以上は、逃げ出す訳にもいかない。

 

 スフィアも、艦長として決断する時が近付いていた……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻29

 宇宙世紀0152年10月……

 

 ザンスカール帝国は、地球の東ヨーロッパ地区に向けて大規模な降下作戦……地球侵攻作戦を開始した。

 

 ベスパのイエロージャケットが中心となった今作戦は、地球上空にピピニーデン隊が展開し、ワタリー・ギラの部隊が地球に降下する事になっている。

 

 この作戦を、地球連邦軍も指を咥えて見ていただけではない。

 

 サイド2に駐屯する反ザンスカールの地球連邦軍の艦隊が、作戦阻止に動いたのである。

 

 結果は、ピピニーデンの部隊が展開する地球直上の宇宙まで届かなかった。

 

 サイド2を出た地球連邦軍の艦隊は、ズガン艦隊の返り討ちにあったのである。

 

 アルテミス・シロッコの駆るタイタニア・リッテンフリッカとサイキッカーの乗るハイアームド・レシェフは、いとも容易く地球連邦軍の艦隊を喰らっていく。

 

 その戦闘で、ズガン艦隊は1隻の戦艦も失わず、1機のモビルスーツも撃墜されなかった。

 

 無敵のズガン艦隊……そう呼ばれるに相応しい戦いで、地球連邦軍に恐怖を植え付ける。

 

 そして悠々と、ザンスカールの……ベスパの地球侵攻を許す事になった。

 

 先行して地球に潜り込んでいたベスパの部隊と合流したワタリー・ギラの部隊は、ラゲーンにある飛行場を制圧すると、ヨーロッパ地区の制空権を奪っていく。

 

 地球連邦軍による僅かな抵抗は、ベスパにとっては軍事演習程度の感覚だったのだろう。

 

 まるで遊ぶかの様にジェムズガンを墜とし、何事も無かった様に軍事物資をラゲーン基地に運び入れた。

 

 その時リガ・ミリティアは……シュラク隊は、大規模工場からヴィクトリーのパーツを分散して別々の基地へと運んでいた。

 

 コア・ブロック・システムを採用されているヴィクトリー・ガンダムは、コアファイターにトップリム、ボトムリムと言う2つのパーツとドッキングしてモビルスーツ形態となる。

 

 このドッキング・システムの構築を行う為に、1つの工場で調整する必要があった。

 

 ザンスカールが地球に降りて来るまでの間に調整を済ませ、工場を移しても各パーツを作れる環境を整備する。

 

 そのミッションは、ギリギリで完了した。

 

 後は大規模工場を破棄して、必要なパーツや図面を各エリアの秘密の工場に移すのみ……

 

「地球連邦のクソったれ共め! もう少し抵抗らしい抵抗は出来ないのかい! ザンスカールの連中に、簡単に制空権を奪われやがって!」

 

「姉さん、そんな事を言っていても仕方ないよ。そんな事より、ゾロの部隊が来る。カミオンから離れて牽制攻撃を!」

 

 上空から僅かに聞こえて来るヘリコプターの音に、ジュンコとペギーが反応する。

 

 重力下での運用を目的としたザンスカール帝国のモビルスーツ、ゾロ……

 

 トップ・ターミナルとボトム・ターミナルと呼ばれる2つのパーツで構成されるゾロは、ヘリコプターの様な姿のトップ・ターミナルからのミノフスキー・コントロールにてボトム・ターミナルを無線誘導している。

 

 トップ・ターミナルにはヘリコプターのプレードの様なモノがビーム・ローターにて模倣されており、その為にブレード・スラップ音が発生してしまう。

 

「嫌な音だが……そのおかげで、敵の位置をある程度把握できる。ペギー、敵さんの背後を取るよ!」

 

「了解!」

 

 ガンイージ2機がヴィクトリー・ガンダムのパーツを運ぶカミオンから飛び、森の中でホバリングをしてから静かに着地した。

 

「レジアがいなくなって、連邦軍は露骨に無関心を決め込んでいる。私達がやられたら、次は自分達がザンスカールにやられるってのにね!」

 

「いざとなったら、いつでも帝国を叩けると思っているんでしょ? ま……レジアがいなくても連邦のケツくらい私達が拭いてやれるってトコ、見せてやりましょ!」

 

 ペギーの言葉にジュンコは一瞬だけ口元を緩めるが、直ぐに真剣な眼差しに戻る。

 

「軽口はここまでだ! ゾロの部隊をカミオン隊から引き離す!」

 

 カミオン隊が離れて行った事を確認すると、ジュンコとペギーはガンイージのバーニアに火を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻30

 

「隊長! 後方にモビルスーツ! 一体、どこから湧いて来やがった!」

 

「落ち着け……今の我々に刃向かって来る奴なんざ、連邦のハグレ者かリガ・ミリティアの雑魚だけだ。レジアのいないレジスタンスなど、もはや烏合の衆……いつも通り、演習のつもりで迎え撃て」

 

 ゾロ6機で構成されるベスパのモビルスーツ小隊は、明らかに緩慢な動きで合体を開始し、ガンイージを迎え撃とうとした。

 

 センサーに引っ掛かっているモビルスーツは2機……連戦連勝中のベスパの部隊にとって、油断する事は仕方の無い事である。

 

 しかし、その油断が仇となった。

 

 2本の閃光が、合体しモビルスーツ形態となった直後のゾロのコクピットに吸い込まれ……貫く。

 

 時間が止まり……コクピットを貫かれたゾロだけが、ゆっくりと機体を「くの字」に曲げて……糸の切れた操り人形の様に力を失って墜落した。

 

「なんだと!」

 

 ベスパの小隊長は、状況を把握しようとモニターに視線を泳がせる。

 

 目が泳いでいる……ピンポイントによる射撃は、油断していたベスパのパイロットをパニックにさせるのに充分であった。

 

「油断している今がチャンスだ! ペギー、一気に畳み掛けるよ!」

 

「了解! 姉さん、接近戦を仕掛ける! 援護頼みます!」

 

 ペギーのガンイージが、小隊の端にいるゾロ目掛けて森の中から飛び出しす。

 

「なっ……下からだと!」

 

「遅いんだよ!」

 

 無駄の無い動きでゾロのコクピットにビームサーベルを突き刺すペギーのガンイージ。

 

 ゾロはビームローターを装備する左腕を掲げながら、プロペラの様に回るビームローターを上に向けないと飛行出来ない。

 

 盾として機能するビームローターを、地上では使えない……寧ろ左腕が使えなくなる分、戦闘では不利になる。

 

 もちろんミノフスキー・フライトの様に浮ける為、制空権を奪える事を考えるとメリットは大きい。

 

 しかし、パイロットの力量に大きな差がある場合……その差は致命的になる。

 

 突然飛び出して来たガンイージに対し、ビームライフルで対応するかビームサーベルで対応するか躊躇したぺスパのパイロットは、最終的にビームサーベルで対応しようとした。

 

 ビームライフルを手放し、ビームサーベルを手にした……その瞬間、ベスパのパイロットは光に飲み込まれていく。

 

 片手でしか対応出来ない為、どうしても手数が多くなってしまう。

 

 その間に距離を詰めて、ビームサーベルを突き刺すなど、ベギーにとっては造作も無い事である。

 

「ミノフスキー・フライトも積んでも無いモビルスーツが、ノコノコ飛んできやがって……仲間の敵をとらせてもらう!」

 

 そう、ガンイージは上空で動き回れる様には出来ていない。

 

 空では多少の方向転換は出来るが、飛び上がればそのまま落ちるしかないのだ。

 

 落ちている間は、敵の格好の的になる。

 

 が……

 

 ペギーのガンイージは左肩から2連マルチランチャーを射出し、そのままビームシールドを展開する。

 

「ランチャーなんぞに当たるかよ! 墜ちろよ、バッタ野郎! なっ……うわぁぁぁぁ!」

 

 ランチャーをビームで破壊したゾロのコクピットに、ビームが吸い込まれた。

 

「ゲリラ組織は、アンタらみたいにポイポイ捨てられないからね……武器は、いつでも使えるようになってるのさ!」

 

 ペギーのガンイージは、右手にビームサーベル、左腕にビームシールド……そして、右足のハードポイントにビームライフルが取り付けてある。

 

 そのビームライフルから、ビームを放ったのだ。

 

 ペギー機に銃口を向けていたゾロも、ジュンコの援護射撃に倒れる。

 

「あと2機だ。このまま牽制射撃しながら、関係無い方向に誘導するよ!」

 

「カミオン隊の方には、マヘリアとヘレンが合流してくれたみたいです。これで、敵さんをしっかり誘導できますね」

 

 ジュンコとペギーは、森の中からビームを放ち、ゾロを基地の無い方向に誘導していく。

 

 今は、これでいい。

 

 ヴィクトリーの生産を整える事だけを考える……それしか出来ない。

 

 大規模な地球降下作戦が行われてしまえば、主要な基地は破壊されてしまうだろう。

 

 だからこその、小規模な基地……その存在は気付かれてはいけない。

 

「ウーイッグの基地は残すんでしょ? 誰が残るんですか?」

 

「ペギー……マーベットを残す事にしたわ。多少の防衛はしないと、他の基地の存在を気付かれてしまうかもしれない。でも、ニコル達がやってくれるさ。半数でも削ってくれれば、やりようはある」

 

 ある程度の場所まで敵を誘導し、森の中でゾロを撒いたジュンコは、無意識に空を仰ぎ見た。

 

 ザンスカールの地球降下作戦が行われた後は、おそらくウーイッグが戦場になるだろう。

 

 ウーイッグ近郊に、リガ・ミリティアの基地がある事はザンスカール帝国に知られている。

 

 そもそも、地球に住む事を許された連邦軍の高官や政治家の住む特別区だ。

 

 狙い撃ちにされる事は間違いない。

 

 だが……ウーイッグで抵抗しなければ、小規模基地の存在に気付かれてしまうかもしれない。

 

 ウーイッグにも、ある程度の機密と部隊を残しておく必要がある。

 

「残される者は、無謀な戦いをしなくてはいけない。残された者に希望を託して……託せるからこそ、戦えるのかもしれないな。私達は……」

 

 小さく呟いたジュンコの言葉は、何故かペギーの心に深く刻まれる事になった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラゲーン侵攻31

 

「ボイズンさん、例のモビルスーツ……組み立ては終わったかい?」

 

「大佐……もう少しかかりますな。ガルド整備長にも手伝ってもらってますが、他のモビルスーツの整備もありますので……」

 

 ウーイッグ近郊にあるリガ・ミリティアの基地にて、数機のモビルスーツに混じって立つ組み立て中の青い機体をエルネスティとボイズンは見上げる。

 

 寒色の青……いや、白みを帯びた色……白群と言うべきか……

 

 まるで塗装前の様な装甲だが、エルネスティは満足気に頷いた。

 

「いいね。この機体なら、彼らの横で戦う事を許されるかな? 白い機体でなければ、意味がない」

 

「連邦軍基地の全てのチャンネルは押さえられたのですか? 放送出来ないのでは、今回の作戦が水の泡になる。それだけは、避けてもらわないと……」

 

 ボイズンは油の付いた手袋を気にする様子も無く、その手袋を付けたまま髪の毛をグシャグシャと掻き回す。

 

「問題ない……今回の作戦は、全員命懸けだ。死ぬ覚悟で全員挑んでいる。だからこそ、リガ・ミリティアも乗ってくれたのだろう? 連邦軍の……一部の部隊だけの暴挙に……」

 

「そりゃ……まぁ。個人的には、ニコルの生存確率を少しでも上げたいってだけなんですがね……ニュータイプなんて呼ばれても、奴はまだガキだ。そして……オレは、そんなガキを戦争に巻き込んじまった。だから、出来る事はやっておきたい……それだけなんだよ……」

 

 ウーイッグ基地の財源は、ウーイッグに家族や親族が住んでいる財団の役員達が出資している。

 

 ウーイッグを守る為の資金を、リガ・ミリティアに提供していた。

 

 その資金から、エルネスティ専用のモビルスーツをロールアウトしようとしている。

 

 連邦の碧き閃光……エルネスティ・アーサーがウーイッグを守ってくれると信じ、積極的な出資が行われた。

 

 連邦軍にて配備されている現状の軍備では、ザンスカール帝国のベスパに太刀打ち出来ない……

 

 そう考えるのは、普通であろう。

 

「だから、ニコルの命を守った上で連邦軍が息を吹き返してくれさえすりゃ、万々歳だ。ウーイッグの基地とオレの命だけで済むんなら、安いモンだ……」

 

「そうだな……だが、それすら難しいかもしれない。我々の命を犠牲にしても、ウーイッグの町を犠牲にしても……それでも、何も変わらないかもしれない。だが、やらなければ滅ぼされるだけだ。我々の信念ごと、ザンスカールに喰い尽くされる」

 

 エルネスティはボイズンの肩を軽く叩くと、白いモビルスーツに歩を進めた。

 

「エル! 何突っ立ってんだ! 暇なら手伝え!」

 

 ガルドから発せられるの大きな声の方へ、エルネスティは視線を向ける。

 

 リガ・ミリティアと連邦とアナハイムの人達が、必死にモビルスーツを組み立てている姿が瞳に飛び込んできた。

 

 組織が違っても協力出来るのに、同じ組織でも向かう方向が違う。

 

 自分達の安住の地を守りたい者……無理してまで争いごとに首を突っ込みたくない者……親しい人達を救いたい者……

 

 地球連邦の中で、ただ仕事をこなしていれば全てが維持出来る。

 

 得に不自由の無い生活が約束されるのだ。

 

 その生活を捨ててでも、地球連邦軍として戦いたい人達……正しいと思う事に命を懸けようとしてくるている仲間達に、エルネスティは心の中で感謝をしていた。

 

 地球連邦軍に入軍する時は、世界の治安を守りたいと思う人が殆どだ。

 

 その気持ちが、安定した収入と安定した生活によって、地球連邦の考えに染まっていく……保守的になっていく……

 

 だが……根本にある気持ちは、皆が同じ筈なのだ。

 

 その心を揺さぶる事さえ出来たのなら……

 

「新しい組織が天下を取れば、それは歴史を1から繰り返してしまうだけになる。今まで過ちを繰り返して来た我々が変われたのなら、それが人々にとって一番良い筈なんだ。今ではなく、未来を変える為に……」

 

 エルネスティは呟く。

 

 ザンスカール帝国の軍隊は強い……その強さは、カイラスギリー艦隊とズガン艦隊に象徴される。

 

 その内の一つでも無力化出来たなら、地球連邦軍が奮い立つキッカケぐらいにはなるかもしれない。

 

 簡単な事ではない……それでも、進むしかない……

 

 ウーイッグ基地の防衛の為ではなく、未来の為に資金を使ってくれたリガ・ミリティアの人達の気持ちに応える為にも……

 

 エルネスティは強い瞳で、もう一度白群のモビルスーツを見上げた……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦
最終決戦


 

 鉱物資源衛星、パラオ。

 

 かつて、ネオ・ジオンの残党「袖付き」の基地があった。

 

 暗礁宙域の外れにある基地パラオ……外観は廃墟そのものであり、基地の名残りでもある砲台の砲身は、歪んでいる物もあれば先端が無い物まである。

 

 整備されている様子は無く、宇宙世紀0096年から時間が止まっている様だ。

 

 パラオという基地があった……その事を覚えている人間は、何人いるのだろうか? 

 

 ラプラス事変でのミネバ・ザビの演説を覚えている者は大勢いる。

 

 シャアの再来と呼ばれたフル・フロンタルを覚えている者も多いだろう。

 

 しかし地球連邦の怠慢によって、パラオは放置された。

 

 確かに、カリスマ的指導者であったフル・フロンタルの死後、ネオ・ジオンは崩壊。

 

 機能もしなくなった基地の解体に多額の予算を注ぎ込む事など、馬鹿げていたのだろう。

 

 ましてや基地のある場所は、ゴミになっても問題ない暗礁宙域にある。

 

 そんなパラオの外観には似つかない、純白に金色の縁取りがされた戦艦が着艦しようとしていた。

 

「周囲索敵……敵影無し! 衛星パラオに……着艦準備……よし!」

 

 廃墟と化したパラオに、純白の戦艦が吸い込まれていく。

 

 剥き出しになった鉄のパイプや、基地を構成していたであろうパーツが浮遊する空間を抜けると、突然綺麗で明るい空間が現れた。

 

「上出来だ。このエリアに戦艦を突っ込ませるのは始めてだったんでな。でかいデブリに当てなかっただけでも、大したモンだ」

 

「そりゃ、どーも。基地に着艦させるだけなのに、こんなにヒヤヒヤさせられたのは始めてですよ!」

 

 操舵手のマッシュは、リファリアの冷たい仮面を睨みながら額の汗を拭く。

 

「艦長、ここは暗礁宙域だ。油断は出来ないが、多少は休めるだろう。月にいるミューラに、ミノフスキー・ドライブのデータを直接渡せる様に、小型の宇宙艇を出す事も出来る。出来る事を手早く済ませよう」

 

 マッシュの視線を軽くいなし、リファリアはスフィアの肩を軽く叩くとブリッジを出る。

 

「私達も行きましょうか。モビルスーツの調整と修理……作戦の立案に連携の確認……やらなければいけない事が、沢山あるわ」

 

「その前に、クレナさんに見てもらいたい事がある。オレは、今回の作戦……所属や人種や組織……そんなモノに囚われない……そんなモノは関係なく、力を合わせる事が出来る事を見せつけたいんだ。帝国だろうがリガ・ミリティアだろうが連邦だろうが……そして、クローンだろうが……」

 

 クレナは一度首を傾げるが、マデアの瞳を見て……そして頷く。

 

「ニコルも一緒に。ここは、マデアとリファリアが帝国を離反してから基地として使っていた場所。何があるか分からないわ……マデア、申し訳ないけど……」

 

「いや、まだ信用出来ない事は分かっているつもりだ。サナリィでは、この艦を墜とそうとしていた訳だしな。だが、ここを出る時には信用してもらう。でなければ、この先の戦いの意味が薄れてしまう」

 

 マデアはそう言うと、ニコルに声をかけてブリッジを出る。

 

「艦長、マデアさんは信用出来るぜ! ずっと信念を持って戦っている。マイの救出にだって力を貸してくれた。心配しなくても大丈夫さ」

 

 そう言いながらも、ニコルはマデアの後を追ってブリッジを後にした。

 

 

「これは……人……」

 

「ああ……人と言う者もいれば、人形と言う者もいる……オレは、心を持った段階で人と変わらないと思っているけどな……貴女のように……」

 

 マデアは青白く光る円柱形の容器に手を触れ、液体に満たされた容器の中を見る。

 

 容器の中には、小さな女の子が裸で立っている……いや、浮いていると言った方が正しいか……

 

 まだ発育しきっていない身体は10歳程度にも見えるが、それ以上にも見える。

 

 クレナは、その円柱形の容器の前で口を手で抑えた。

 

 瞳を見開き、その容器の中の女の子を凝視する。

 

「そんな……何故あなたがクローンを……」

 

「いや、オレが……と言うより、オレの育ての親が保護していたんだ。元々、こいつを保管していた場所の機能が低下してね……生存させる事が難しくなったんで、ここに移動したんだ。だが、ここでも装置を維持させる事は難しい。そして、オレはこの場所を破壊しなくてはならない。ミノフスキー・ドライブの機密を守る……その為に必要な事だからな……」

 

 マデアは容器に触れていた手で拳を作り、内側に力を入れた。

 

 きっと、守りたいと思っているのだろう。

 

 しかし……ここで目覚めさせても、その先に待ち受けるものは……

 

 だから、私に聞きたいのか……クローンの私に……

 

「マデアさんは、どうしたいのですか?」

 

「分からん。だが……」

 

 強化人間……か……

 

「強化人間……それも、かなり初期のタイプ……なのでしょうか?」

 

「ああ……プル・シリーズだと聞いている。全滅したシリーズらしいんだがな……どうやって助けたんだか。最後に厄介なモノを押し付けやがって……」

 

 悪態をつくマデアだが、それが本心でない事は分かる。

 

「マデアさんがマスターなら、幸せなのではないでしょうか? 生きていられる時間が、たとえ一瞬でも……」

 

「巻き込むしかないのか……オレ達の戦いに……何も知らないヤツを!」

 

 そう言って、マデアは容器を叩いた。

 

「私が……クローンの私が、私の立場で言わせてもらえるなら、クローンを物として扱わない人をマスターと呼べる事は、幸せな事だと思います。ザンスカール帝国にとって、私は物でした。レジアさんを倒す為の道具だった……そんな私に、人でいいんだって……人として生きていいんだって、手を差し伸べてくれた人がいた。私がもし強化人間だったのなら、その人をマスターと呼びたかった。もしザンスカールに存在を知られたら、その娘は必ず不幸になる」

 

「そう……なのかもな……」

 

 クレナの言葉を聞いても、マデアはまだ迷いを消せずにいる。

 

 ずっと一人で戦ってきたマデアには、自分の行動に……考えに賛同出来ない人を、自分の戦いに巻き込んではいけないという信念があった。

 

 リファリアと出会った後は、その考えがより強くなっていく。

 

「クレナさんが言ってくれてもダメか。私としては、利用できるモノは利用したいのだが……」

 

「なんか、難しい話をしてたけどさぁ……オレ達の戦いに巻き込まれたいのか、巻き込まれたくないのか、本人に聞けばいいだけだろ? その人を、人としてみているならね!」

 

 後から部屋に入って来たリファリアとニコルの言葉に、マデアは笑ってしまっていた……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦2

「ここは……どこ?」

 

 円柱形の容器から出された一糸纏わぬ少女は、クレナの手によって医務室のベッドに運ばれていた。

 

 目が覚めた少女は、辺りを見回す。

 

 無機質な病室……なんとなくは見覚えがある。

 

 こんな場所で生活をしていた……そんな、朧気な記憶。

 

「目、覚めましたか? 良かった。ごめんなさいね……私も貴女と同じ身体なのに、あまり知識が無くて……」

 

 目の前に座った物腰の柔らかい女性は、穏やかな笑顔を私に向けてくる。

 

「グレミー……様……は?」

 

「グレミー? 貴女のマスターの名前かしら? 貴女が生まれた時期が分からないのだけれど……コールドスリープされて随分と年月が経っているから、探すのは難しいんじゃないかしら。もう亡くなっている可能性も……」

 

 申し訳なさそうに声を出す女性の言葉を聞いているうちに、記憶が少しづつ戻ってきた。

 

 反乱軍としてネオ・ジオン軍のゲーマルクと戦闘して……そして……

 

 その戦闘の映像が脳内にフラッシュバックして、私は思わず頭を抱えた。

 

 大切だった姉妹が、次々とゲーマルクに撃ち墜とされていく……

 

 私も、墜とされた。

 

 偶然にも反応した脱出ポッドが、私を戦闘宙域から離脱させる。

 

 そして無情に放たれたメガ粒子砲が、私達の愛機キュベレイを消し去っていく。

 

 私は何も出来ず、漂うしかない脱出ポッドの中でモニターに拳を打ちつけていた。

 

「どこか痛みますか? 起きたばかりなのだから、無理はしないで下さいね」

 

 心配して私の顔を覗き込んでくる女性の顔を見て、その時に頬を流れる雫に気付く。

 

 静かに……しかし確実に、瞳から流れ落ちる雫は多くなっていた。

 

「私は……私だけが、助かったの?」

 

「そうでもない……もう1人いたようだぞ。映像が残っていた。ここの住人にとって、大切な人だったのかな? このメモリーも、厳重に保管されていた」

 

 部屋に入ってきた銀色の仮面を被った男が、映像端子にメモリー・スティックを突き刺す。

 

 少しの静寂の後、画面に表示される荒い画像。

 

 劣化もしているのであろう……所々、音声や映像が抜け落ちたりする。

 

「トゥエルブ……なの?」

 

 大人びた顔立ち、落ち着いた表情……自分の知っているトゥエルブじゃない。

 

 でも、間違える筈がない……同じ身体の構造を持つクローン同士なのだから。

 

 映像の古さが、とてつもなく長い時間の流れを嫌でも感じさせてくる。

 

「50年以上も過去の映像だ。マリーダ……と呼ばれているようだな。私は見ても分からなかったが、彼女には分かったらしい。貴女と同じクローンだ。だから分かったのかもしれないが……」

 

「貴女が目覚めるまでの間、少しでも情報が欲しくて……ここのデータベースでプル・シリーズを検索したら、直ぐに彼女がヒットしたわ。ごめんなさい……こんな映像を見せられても混乱すると思うし、辛い過去を思い出してしまうかもしれない。でも……今の貴女が、今の状況に向き合う為に必要な事だと思ったの」

 

 差し出されたハンカチを、私は受け取った。

 

 目の前の女性から、敵意は感じない。

 

 敵だったとしても、何も出来ない……そんな風に、諦めていたのもあるし、何より涙が止まらなかった。

 

 借りたハンカチで涙を拭くと、少しだけ心が落ち着いていくように感じる。

 

「トゥエルブは……生きてた。幸せに……生きれたのかな……」

 

「ここの廃墟っぷりを見ると、分からないがな……50年も前の話だ。だが……この映像を撮られた瞬間は、少なくとも幸せだった筈だ。この後に悲劇があったのか、希望があったのか……それは分からんが、幸せ時間があった……それは間違いない」

 

 無機質で感情の篭もっていない声の中に、温かさと優しさを感じた。

 

 グレミー様……マスターはいない。

 

 それでも、トゥエルブは幸せに見えた。

 

 そう……生きれるのかな? 

 

 瞳を閉じると、11人の姉妹の顔が鮮明に思い出される。

 

 許してくれる? 

 

 生き延びてしまった私の事を……

 

「私はね……同じ顔をした姉妹を何人も殺してしまった……心を操られて、大切な人を殺してしまった……でもね、それでも生きてる。その人の想いも背負っているから……そして、私を生かす為に犠牲になってしまった人に、幸せな人生を送れました……ありがとうって伝えたいから。そうじゃなきゃ、申し訳がない……」

 

 あの時……脱出ポッドが射出された時……

 

 なんで皆、メガ粒子砲に焼かれたのだろう……

 

 全員じゃなくても、何人かは回避出来た筈なのに……

 

 そうか……

 

 止まった筈の涙の雫が、また流れていく。

 

 私も、生かされたのかな? 

 

 生きていいよって、言ってくれていたのかな? 

 

 目の前の女性は、私を静かに抱き寄せる。

 

 その柔らかい胸の中で、私は声を上げて泣いていた。

 

 止まらない涙で服を濡らしながら、その女性はゆっくり私の髪の毛を撫でてくれる。

 

 人の温もりの中で、私はこの人達と歩んで行こうと決めた。

 

 強化人間だと分かっているのに、人として向き合ってくれる……

 

 今まで気にもしていなかった筈なのに、私は何故かとても大切な事に思っていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦3

「アステーラ、それ持ってきて!」

 

「はい……スフィアさん、ちょっとだけ待って下さい」

 

 アステーラと呼ばれた少女は、ミリティアン・ヴァヴのブリッジの中で右往左往していた。

 

 アステーラ・ハウ……マデアが託されたプルタイプのクローンに名付けた名前である。

 

 名前はプルでいいと伝えたが、クレナは強く首を横に振った。

 

 名前は、とても大切なモノだと……自分たちが物ではない証拠だからと……

 

 そこで考えたのが、ギリシャ語で星という意味を持つ名前……アステーラが、自ら希望した名前でもある。

 

 意識が回復し、次第に記憶もハッキリしてきて、そして全てを思い出した。

 

 マスターであるグレミーは既に亡く、姉妹達も宇宙に散ってしまった事。

 

 オリジナル・プルと共に戦ったジュドー・アーシタとルー・ルカに助けられた事。

 

 悲しみの中で、悲しみを忘れるためにコールド・スリープに入った事……

 

 そして目覚めた場所に、ジュドーもルーもいない。

 

 それでも、アステーラにとって居心地がよく感じていた。

 

 強化人間の事も、クローンの事も理解してくれている。

 

 何より、マスターと呼ぶに相応しいニュータイプもいる。

 

 モビルスーツから流れてくる嗅ぎ慣れた機械と油の入り混じった匂いと、クルー達の熱気。

 

 姉妹達と乗艦していたサンドラに空気感が似ている戦艦、ミリティアン・ヴァヴ……

 

 アステーラは様々な部品の入った籠を持ったまま、窓の外の宇宙に視線を移す。

 

 とても静かで、とても穏やか……

 

 常に戦場に身を置いていたアステーラにとっては、戦争の準備をしている状況ですら、穏やかに感じていた。

 

「ちょっとアステーラ! 早く持ってきてよ! こっちは艦長なのに、修理を手伝ってるんだから……」

 

「ごめんなさい! 直ぐに行きますね!」

 

 ボヤいているスフィアの元に、アステーラは小走りで向かう。

 

「艦長、楽しくやりましょうよ! 戦争しているよりも、ずっといいじゃないですか! 戦争の為の準備だとしても、戦場にいるより、ずっといいです」

 

 アステーラの肩口からニュッと顔をだしたニーナが、笑顔でスフィアを見る。

 

「はいはい、ごめんなさいね。確かに人を傷つけるより、はるかにマシだわ……」

 

「そうですよ! それに、何でも楽しまなきゃ! 生きているって時間は、とても素敵な時なんだから!」

 

 そんな2人のやり取りを見て、アステーラは不思議そうな表情をつくった。

 

「どうしたの? 何か可笑しい?」

 

「皆さん、戦争をされているんですよね? どうして戦う事を否定されているのかなって……」

 

 首を傾げるアステーラに、スフィアは柔らかな笑みを浮かべて優しく抱きしめる。

 

「アステーラ……戦争を好きになっちゃいけないんだよ。違うね……人を傷つける事を好きになっちゃ駄目なんだよ。私達だって、戦わなくていいなら戦いたくない。でも戦わないと、多くの人が苦しむ世界になる未来が見えるから戦っているだけ。アステーラも私達と戦ってくれるなら、戦争を……人を傷つける行為を好きにならないでね……」

 

 不思議そうな表情のまま、アステーラは頷いた。

 

 よく分からないが、なんとなくは分かる。

 

 姉妹達が死んだ時の悲しみ……繰り返したくはないし、同じ思いはしたくない。

 

 だけど、守る為には戦わないと‥……

 

「アステーラ、マデアさんとリファリアさんがモビルスーツ・デッキで呼んでるって。行ける?」

 

「あ……はい。スフィアさん、大丈夫ですよ。皆さんが危険にならないように、精一杯戦いますから!」

 

 ニーナに軽く手を振ると、アステーラはブリッジを出て行く。 

 

「艦長の想い、あまり伝わらなっかたみたいですね」

 

「そんな事ないと思うわ。必ず伝わっている。ひょっとしたら、アステーラが私達の想いを受け継いでくれる存在なのかもね……」

 

 スフィアは、アステーラが出ていった通路を少しの間眺めていた……

 

 

「アステーラ、忙しい時にスマンな……ちょっと、このモビルスーツを見てもらいたいんだ」

 

「マスター、そんな……気にしないで、いつでも呼んで下さい。それでモビルスーツって……これですか?」

 

 アステーラの見上げた視線の先に、黒い見慣れたモビルスーツがある。

 

 サイズは、かなり小さくなってはいるが……

 

「キュベレイ? なんですか?」

 

「いや、マグナ・マーレイだ。キュベレイの設計思想に基づいて開発されたモビルスーツだから、外装は似ているが……」

 

 マデアの横に立っている仮面の男……リファリアが、マグナ・マーレイと呼ばれるモビルスーツの説明を始める。

 

「このモビルスーツ……乗ってみてもいいですか?」

 

「アステーラ、無理に戦わなくていい。これは俺たちの戦争だ。平和に生きる手段だってあるんだぞ」

 

 飛び上がろうとするアステーラの肩を、マデアは掴んで動きを制した。

 

「マスターは戦っているんですよね? なら、マスターの為に戦います」

 

「そうじゃなくて……だなぁ……」

 

 マデアは助けを求めるようにリファリアを見る。

 

「キュベレイより操作は複雑だ。それと、この基地にはトゥエルブが使っていたモビルスーツの部品も残っている。そのパーツを使って、モデファイしてみようと思う。より複雑になるかもしれんが、アステーラなら問題ないだろう」

 

「リファリア! 違うだろ! そういう事を聞いてるんじゃない!」

 

 静かな口調と激しい口調が飛び交う不思議な空間に、アステーラは思わず笑ってしまう。 

 

「マスター、私は大丈夫です。私が生かされて、ここで目覚めた事に意味があるって……何だか、そんな感じがするんです。だから、私も……」

 

 アステーラは、もう一度マグナ・マーレイを見つめる。

 

 黒いキュベレイ……アステーラは、運命的なモノを感じずにはいられなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦4

「ニコル、どうかしましたか? なんか元気無いですよ。せっかく気分転換で出てきているんです。今は、リラックスしましょうよ」

 

「うん……ごめんクレナさん。分かってはいるんだけどね……」

 

 衛星パラオの居住区画……商店街があったであろう場所で、時計屋を見つけたニコルは足を止める。

 

 少し時間のできたミリティアン・ヴァヴのクルーに、艦長のスフィアは休暇を与えていた。

 

 そこで、若いクルー達はパラオの居住区に気分転換しに向かう事にしたのだ。

 

 その商店街の中の廃墟と化した時計屋の前でニコルは足を止めた後、自分の身につけている腕時計に目を移す。

 

 マイがレジアに贈った腕時計……今はニコルが身につけている。

 

 レジアの止まってしまった時間……それでも、レジアが成そうとしていた事を受け継ぐ決意をした。

 

 自分が正しいと思う事を信じて、ただ真っ直ぐに……

 

 腕時計が刻む時間が、ニコルにはレジアと共に歩んでいる時間に感じられた。

 

 ただ、腕時計を見ると思い出してしまう事がある。

 

 マイがレジアの為に買った腕時計……

 

 これを買った時には、レジアもいてゲルダさんもいた。

 

 アーシィさんとも分かり合えた気もしたし、マイと他愛もない会話もした。

 

 あの時は戦争に片足を突っ込んでただけで、沢山のモノを失うなんて思ってなかった。

 

 時計屋を見た時、その時の思い出がニコルの中でフラッシュバックする。

 

「ニコル、どうかしたんですか?」

 

「ええ……あの腕時計は、大切な仲間との思い出の品なの。私にとっても、心を救ってくれた大切な人……その人の形見の品なのよ」

 

 アステーラの言葉に、クレナもレジアの事を思い出す。

 

「素敵な方……だったんですね」

 

「そうね……私も貫き通します。自分が正しいと思う事を……誰かに言われたからじゃなく、自分で考えて辿り着いた事を成す為に……」

 

 クレナはニコルを見つめ、アステーラの頭を撫でながら、独り言を呟くように声を出していた。

 

 眉を顰めて顔を覗き込んでくるアステーラに、笑顔を向けたクレナは口を開く。

 

「アステーラにも、分かる日が来るわ。誰かに従うんじゃない。間違っているって思っても、それに抗う事は難しい事もある。でもね……自分が間違ってるって思ったら、考えるの。そして、心に問いかけるの……私が今やってる事は正しいのかって……」

 

 更に怪訝な表情になるアステーラを、クレナは優しく抱きしめる。

 

 操られていた時……レジアの声は、ずっと聞こえていた。

 

 裏切った私を、最後まで信じて……文字通り、その身を投げうって救ってくれた……命も、心も……

 

 リガ・ミリティアのパイロットとしての責務も、好きな人と過ごす時間も……きっと頭には過ぎったと思う。

 

「強化人間にとっては、マスターの存在は大切な事は分かってる。でも……私達と歩んでいくなら、人として生きてほしい。考えて行動できる力を……アステーラなら出来るって、信じてる」

 

 優しい表情で抱く女性と、怪訝そうな表情で抱かれる女性……

 

 ふと我に返り腕時計から視線を上げたニコルの視界に、奇妙な表情で抱き合う2人がはいる。

 

「って、何やってるの? いや……人の性癖にどうこう言うつもりはないけど、アステーラ嫌がってない?」

 

「え? そういうつもりで抱きついた訳じゃないんだけど……ちょっと、アステーラも何か言ってよ!」

 

 無言で後退りながら、ニコルに近寄るアステーラ……

 

「ニコル……クレナ、ちょっと怖い。訳の分からない事をブツブツ言うの……」

 

「ちょっと……私が今までに感じてきた事を教えようと思っただけで……もぅ!」

 

 声を出して笑い始めるニコルを見て、クレナの頬が赤く染まる。

 

「ははは! 大丈夫だよ。クレナさんが何を言っていたかは、分かる気がする。レジアの話をしてたんだからね……あの時、レジアがクレナさんもマイも救ってくれたから、今オレは笑えてる。だから……たとえ世界平和になろうが、自分が信じる道が進めなくなる世界は違うよ。強制的に人を支配しようとするザンスカールは、やっぱり止めなきゃいけない!」

 

 力の籠もったニコルの言葉に、アステーラは何故か懐かしさを感じていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦5

 

「とんでもねぇ場所に隠れてるな。まるで廃墟じゃねーか!」

 

「仕方ないだろ。リガ・ミリティアの戦力が隠れてる事に気付かれちゃいけないんだ。だからこそ、こんな場所がいいんだよ」

 

 モビルスーツが1機辛うじて搭載出来る小型艇から、ガルドとエルネスティがパラオの大地に降りてきた。

 

「よく来てくれましたね。連邦軍の士官が作戦に参加してくれる事に、感謝します。後に続く者達に、凄く意味のある事だから……」

 

「艦長……我々連邦軍こそ、たいした力になれず申し訳ない。だが……この作戦を見た後に、心が奮い立つ奴は必ずいる。上の命令に抗おうが、自分の心に向き合おうとする奴らがな。そんな連中の背中さえ押せれば、未来は変わるさ……」

 

 エルネスティの力強い言葉に、スフィアは頷く。

 

「それで、完成したんですか? フェニックス・ガンダム……」

 

「まぁ、最終調整直前の段階まではな。サイコフレームにナノスキン装甲……対ニュータイプ用のデストロイモードも搭載させた特盛モビルスーツだ。あんた達が以前使ってたアームド・アーマーだけをドッキングさせた奴とは、耐久性が段違いよ。無理矢理パーツをくっつけた未完成品では、ウチのエルネスティにまともな操縦は無理だからな」

 

 リースティーアが最後に使ったモビルスーツ……コード不死鳥。

 

 レジアもリースティーアも、限界ギリギリの機体で戦ってくれていた。

 

 彼らに今のモビルスーツを託せたら……スフィアは首を振って、そんな考えを頭から消す。

 

「当たり前だ。あんな不安定な機体を扱えるのは、命懸けの戦場で腕を磨き続けた戦士だけさ。だが今回の戦闘では、彼らと同じような働きをしなくてはいけない。その為のフェニックス・ガンダムだ。連邦軍の連中の心に火が灯るまで、何度でも立ち上がらなきゃいけないからな」

 

 搬入されていく純白に鮮やかな蒼で塗装された機体を横目に、エルネスティは自らの覚悟を口にした。

 

 フェネクスを小型化した様なフォルムを持つフェニックス・ガンダムは、貴重なナノスキン装甲を使用する事で軽微な損傷であれば自己修復が可能であり、長期戦を想定している。

 

 リースティーアがビッグ・キャノンを撃ち抜いたモビルスーツに似た機体にした理由……それは危険なモビルスーツと認識されている筈なので、無視出来ないだろうという考えもあった。

 

 ニコル、マデア、リファリアといったパイロットと比べて、エルネスティは劣っている。

 

 実際は分からないが、本人はそう思っていた。

 

 それでも、彼らの様に戦えなくては意味がない。 

 

 それに元々フェネクスは連邦軍にデータが残っている機体であり、またアームド・アーマーもリースティーア機の予備パーツがあった為、新規開発するよりはコストを抑えられるメリットがあった。

 

 その分、性能面にコストをかけられた訳である。

 

「フェネクスか……否が応にも、思い出させてくれるな。そして非道な傭兵にを雇い、卑怯な方法でリースティーアを討ったザンスカールを許せぬと思い返させてくれる。閃光の二つ名を体現させてくれるモビルスーツ、期待させてもらおう」

 

「リファリアさんですね? コイツの最終調整、ガルドと一緒にお願いします。モビルスーツの性能を限界の更に1段階上げるという貴方の腕、楽しみにしていました」

 

 仮面の姿に躊躇する素振りもなく、エルネスティはリファリアに握手を求める。

 

「出来る限りやってみるさ。我々の戦力アップになるなら、何でもな。向こうの機体も、目処が付いたとこだ……」

 

 エルネスティと握手したリファリアの視線の先には、大型のモビルスーツがロールアウトしようとしていた。

 

「アステーラ、無理はするなよ! 昔の機体とは、システムも操作方法も違うんだ! しかも、リファリアが無茶な改造をしやがったからな……チャフを撒いている宙域からは出ないように、注意しろ!」

 

「大丈夫ですよ、マスター。この子となら……きっとやれる。マグナ・マーレイ・トリプルシックス、でまーす!」

 

 パラオから飛び出した黒の塊……モビルスーツを覆い隠す程の大型バインダーを6基も装備したマグナ・マーレイ。

 

 クシャトリヤのサイドバインダーにリファリアが更なる改良と小型化を行い、ファンネルコンテナやメガ粒子砲といった兵装を装備しつつ、AMBACユニットやフレキシブルスラスターを搭載する多機能ユニットである。

 

 それが6基もマグナ・マーレイに取り付けられた。

 

 プロペラントタンクも備える大型バインダーは、その防御力も相まって長時間の戦闘が可能となっている。

 

 更に各バインダーに手持ち用の兵装も隠されており、バインダーをパージした後もマグナ・マーレイ単体での戦闘も可能だ。

 

 強化人間であるアステーラの順応力は凄まじく、直ぐにマグナ・マーレイとトリプル・バインダーを使いこなしてみせる。

 

「いけーっ! ファンネル達!」

 

 バインダーを蝶々の様に広げ、36基のファンネルが飛び立ち、ファンネルから放たれたペイント弾が、目標に次々と色を付けていく。

 

「あの量のファンネルを操るって……どーなってんの? 強化人間ってのは、こんなに凄いのかよ!」

 

「強化人間って言い方はよせ! 少なくとも、アステーラの前では言うなよ。なりたくてなった訳じゃない。それに、あれはアステーラの力だ。強化人間の力じゃない。だが……」

 

 ニコルを注意したマデアは、そのままモビルスーツ・デッキに行きザンスバインのコクピットに収まる。

 

「あんな事をしていたら、頭が先にやられちまう! ザンスバイン、出すぞ!」

 

「マスターが出てきた! 模擬戦でもやるの?」

 

 ファンネルがザンスバインに目標を変え、ペイント弾を発射した。

 

「チャフのおかげで通信出来ない! お肌の触れ合い回線じゃなければ……このファンネルの森を越えるしかない!」

 

 ペイント弾が降り注ぐ中、ザンスバインのミノフスキー・ドライブが唸る。

 

 紅い光が翼になった、その瞬間……

 

 ザンスバインはペイント弾に被弾する事もなく、マグナ・マーレイの懐に入っていた。

 

「はや……い……」

 

 回避行動をしようとするマグナ・マーレイのバインダーを、ザンスバインの腕が掴む。

 

「アステーラ! 無茶な事をするなら、マグナ・マーレイから下りてもらうぞ! 過去のお前のマスターの方針は知らんが、今……オレをマスターと呼んでくれるなら、無理をする事は許さん! ファンネルの数だって、長期戦になっても大丈夫なように多く積んでいるだけだ! 同時に使えば、データのフィードバックで脳が破壊される! そんな事、誰も望んちゃしない!」

 

「えっ……でも……でも……」

 

 アステーラの瞳から、何故か涙が込み上がる。

 

 戦う時は、いつも全力……

 

 今までは、ずっとそうしてきた。

 

 でも、怒られた。

 

 それでも……今まで自分に向けられてきた怒りと、何か違う……

 

 その怒鳴り声に、温かみを感じる。

 

「アステーラ、大丈夫だ。もう少しだが、時間はある。今、分からなければ覚えればいい。君の姉妹達が君の為にした……次に繋げる為の戦いというヤツを……」

 

 マデアの言葉に、アステーラはマグナ・マーレイのコクピットの中で頷いていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦6

「ミリティアン・ヴァヴ、パラオから発艦します! 各員、発艦時の衝撃に備えて下さい!」

 

 デブリの漂うパラオの出口から、純白の戦艦が暗礁宙域に姿を現す。

 

「艦長、爆弾の設置は完璧だ。我々のいた痕跡や、ミノフスキー・ドライブのデータを引き出せない程度には破壊出来る筈……」

 

「でも……いいんですか? パラオにはミノフスキー・ドライブだけじゃなくて色々なデータも残ってるし、アステーラの家族のデータだって……」

 

 無機質に聞こえるリファリアの声に反論するかのように、ニーナが口を開く。

 

「ニーナ、仕方がないわ。それより、パラオ破壊時に大量の電磁チャフが流れ出す。そのチャフの流れに乗せて、ミノフスキー・ドライブの研究者達を月の基地に向けて射出する。小型艇はステルス機能に、機体形状も変えているから、そうそう見つかる事は無いと思うけど……各艇の自爆装置も正常に作動するか……最終チェックしておけ」

 

 スフィアは唇を噛み締めながら命令を出し、確かめるようにリファリアを見る。

 

「すまない、艦長。だが、必要な事だ。研究者達がザンスカールに捕まれば、確実にミノフスキー・ドライブの情報は漏洩する。それだけは避けなければならない。逆に1人でも月のミューラの元へ着く事が出来れば、ミノフスキー・ドライブの完成が早くなる。私の元でミノフスキー・ドライブの開発に携わってくれた者は、覚悟と信念を持っている。未来をより良いモノに変える為に……」

 

 そう言うと、リファリアはパラオに視線を向けた。

 

「しかし、破壊しか出来ないとは……辛いな。すまないな、アステーラ。姉妹の思い出もある場所なのに……」

 

「今回の戦い、全てを理解している訳じゃないケド……でも、敵の手に渡っちゃいけないデータがある事は分かる。だから大丈夫……トゥエルブだって、理解してくれてる」

 

 アステーラはそう言いながらも、感傷的になっている自分の心に気付く。

 

「造り物の身体なのに、こんなに感情があるんだな……昔の私って、こんなに悲しんだりしてたのかな? こんなに……心が痛くなった事って、あったのかな?」

 

「造り物か……それを言ったら、この世にある全ての物は何かによって造り出されている。人だって、人によって作られる。原初の創造主以外、全てな。大切なのは、慈しむ心を持っているかどうかだ。それを持つ者は、手を取り合える筈なんだ。人に作られようが、機械に造られようが……な」

 

 アステーラは、爆発が始まったパラオを……少しづつ離れていく、目覚めた場所を目で追う。

 

「その心を奪う兵器……そんなの、絶対に造らせちゃいけない!」

 

 自らの心臓に手を添えるアステーラを見て、リファリアは静かに頷く。

 

「その通りだ。競争心は、人が成長する上で必要だ。仕事だったりスポーツだったり……それ以外の時間は、争う必要は無い。戦争は、その時間を奪う。だが……心を奪われた者は争う事は無くなっても、手を差し伸べる事も出来ない、感謝する事も出来ない……ただ生きているだけになる。それは、とても……とても悲しい事だ」

 

 心とは感情だ。

 

 それが無くなったら、それは人と呼べるのだろうか? 

 

 逆に、感情のある強化人間は人間と呼んでいいのではないか? 

 

 そう考えながら、爆発していくパラオにリファリアは背を向けた。

 

 冷めている人達の心を震わせる為の戦い……その戦いに向き合う為に……

 

 

「ニコル、ダブルバードをオレに託してくれれば、お前は戦いに参加しなくたっていいんだぞ? いや、戦いには参加してくれなきゃキツいが……それでも、生存出来る可能性はあるんだ」

 

「ははは、マデアさんは正直だね! でも……何度も言ってるケド、オレはダブルバードを下りる気は無いよ。レジアやリガ・ミリティアの皆が託してくれた機体だし、最後はコイツと一緒って決めたんだ!」

 

「だがな……お前は若い。トリプルシックスに乗ってくれれば、助かるんだぞ。リガ・ミリティアだって、お前の力が必要だろ?」

 

 ニコルは、モビルスーツ・デッキに立つマグナ・マーレイ・トリプルシックスの黒い装甲を見上げる。

 

「コイツには、ミノフスキー・ドライブの長時間運用時の戦闘データを月に運んでもらわなきゃいけないんでしょ? なら、やっぱりアステーラが適任だよ。死なない人を1人選べって言われたら……オレはアステーラを選ぶ。オレは自分の意思で戦ってる……覚悟なんて無かったけど、オレは自分で選択してここにいる。けど、アステーラは……」

 

「まぁ……そうなんだがな……」

 

 苦虫を噛み殺した様な表情を浮かべ、マデアは天井を仰ぎ見た。

 

 アステーラは強化人間だ……口から出そうになった言葉を、グッと飲み込む。

 

 ニコルは分かっている……そして、自分も分かっている。

 

 アステーラを人として見なくてはいけないし、それが当たり前の事だと……

 

「それより心配なのは、トリプルシックスが月まで墜とされないで辿り着けるかじゃない? アステーラの腕は間違いないと思うけど、こんなデカイ機体……見つけて下さいって言ってるようなモンだよ」

 

「なるほど……ニコルはアステーラの腕は間違いないが、私の腕は間違いがあると言いたいのだな?」

 

 モビルスーツ・デッキに入って来たリファリアは、軽く床を蹴ってマデアの横に下りてきた。

 

「いやー……そんな事は言ってないっスよ! ただほら、マグナ・マーレイ自体が高機動タイプでもないし、長時間飛行出来る機体でもないから、心配だなぁーって……リファリアさんだからこそ、ここまで完成度の高い機体になってるって思っておりますよ! もちろんであります!」

 

「そうか? デカイから見つけやすいか……宇宙の色に馴染む様に、宇宙色にでも装甲を塗り直すか? 機体の完成度が高くても、見つかったら意味ないもんな」

 

「ちょ……マデアさんも、笑ってないで何か言って下さいよ!」

 

 慌てるニコルを見てひとしきり笑ったマデアは、以前の自分の愛機に視線を移す。

 

「しかし、だいぶ変わったな……もうオレが乗ってた頃の面影は全くないよ」

 

「まぁ……な。ニコル、心配無用だ。コイツに託した6の文字の意味……機体を隠す程の大型バインダーには、無数の使用用途がある。アステーラなら使いこなしてくれるさ。そして、必ず未来を紡いでくれる」

 

 リファリアの力強い言葉に、ニコルは頷く。

 

 絶望に立ち向かう決意を胸に……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦7

「思ったんですけど、プラズマ・ブースターでしたっけ? アイツを使って、ビッグ・キャノンに先制パンチ喰らわすってのはダメですかね? 長距離から撃てば、上手くいけばビッグ・キャノンをぶっ壊せるんじゃないかな?」

 

「どのぐらいの距離から狙うつもりなんだ? レーダーの外の超長距離からじゃ、標的を外す可能性の方が高い。それに、ザンスバインのビーム・ファンは格闘専用の兵装なんだぞ。本来、あんな無茶な使い方は推奨出来ない。あの時は何個もの奇跡と、お前達2人の驚異的な集中力があったから出来ただけだ。そもそも格闘専用兵装で離れた的を狙うなんて、パーツにどれだけの負荷がかかるか分からん。いいか? ザンスバインのビーム・ファンはMDUの大切なパーツだ。戦闘開始直後からMDU無しでは洒落にならん」

 

 ニコルの提案をリファリアは手をヒラヒラさせながら、あっさり却下した。

 

「そんな簡単に否定しないで下さいよ! いい考えだと思ったんだけどな……それかビーム・ファンじゃなくて、ダブル・バスターライフルのビームを増幅させれば……」

 

「どうかな? 距離が伸びる程、ビームの威力は落ちる。バスターライフルが強力なのは分かるが、流石に超長距離でビッグ・キャノンに当てても大したダメージにならんだろ。それなら、大人しく奇襲から戦闘に入った方がいい」

 

 今度はマデアにも否定され、ニコルは子供が不貞腐れるかの様に下を向き床を蹴る。

 

「もぅニコル、子供みたいに……リファリアさん、マデアさん、私はニコルの意見に賛成です。ビーム・ファンが耐えれるギリギリの出力で、ビッグ・キャノン目掛けて撃つ……ビッグ・キャノンを破壊出来なくても、敵の目をこちらに集中させる事が出来る筈です。ビッグ・キャノンを破壊出来る可能性を持つ兵器を所持していると知れば、私達が少数でも無視出来ないでしょう」

 

「ビッグ・キャノンの護衛艦程度でも墜とせれば、やる価値はある……か? ビーム・ファンの射程を伸ばす改良は必要になる。ビーム・ファンが近接兵装として使えなくなるリスクはあるが……」

 

 クレナの意見を考え込みながら聞いたリファリアは、壁に寄りかかり天井を見つめるマデアに視線を向けた。

 

「ビーム・ファンを中距離で使えば問題ない。近接はビーム・サーベルもある。まぁ……6本腕のモビルスーツと戦わない事が前提だが。とはいえ、出て来るだろうな。ズガン艦隊に突っかかれば、必ずな」

 

「タイタニアか……厄介な機体だ。ザンスバインと互角にやれるパワーを持っているし、何より能力の高いニュータイプが操っている。ニコルかマデアに相手をしてもらわん事には……」

 

 アルテミス・シロッコ……

 

 あれだけのギミックを持つモビルスーツを、コンパクトに纏めている。

 

 それでいて、出力を犠牲にしていない。

 

 グリプス戦役時代に活躍したジ・O……

 

 その発展・後継機として開発予定だったタイタニア……

 

 ジ・Oは全高28.4メートルもある……現在のモビルスーツと比べたら、とんでもなく巨大なモビルスーツだ。

 

 タイタニアの大きさも、ジ・Oと大して変わらないだろう……しかし現在の技術を使えば、小型化する事は可能だと思う。

 

 可能だが、難しい事は間違いない。

 

 驚異的なのは、ザンスバインと互角に戦った隠しアームだ。

 

 小型化して収納しているのに、強度が落ちていない。

 

 ニュータイプであるアルテミスの動きに付いていき、更にザンスバインの攻撃にも耐えた。

 

 その開発の舵をとっていたのが、少女という事も驚きだ。

 

 子供っぽさも残っていたが、それだけの頭脳を持つ者が浅慮の訳がない。

 

「プラズマ・ブースターを使ったビーム・ファンの一撃も見られている。対策されている事も考えて行動した方が良さそうだな……」

 

 リファリアは、まだ静かな宇宙を見つめて小さく呟いた……

 

 

「地球降下部隊の第2陣の準備、まだ出来ないの? 相変わらずタシロのM字は使えないわっ! これなら、私達が地球に行った方が早いんじゃないの?」

 

「そう言うな。カイラスギリーの修復も、思ったより遅れている。それにタイタニア・オーヴェロンのロールアウトも、もう少しかかるんだろ?」

 

 焦りの見せないズガンの顔を見てクスッと笑ったアルテミスは、持っていたタブレットに指を這わせる。

 

「見て! タイタニア・オーヴェロンの出力バランスは安定したの! このシステムを組み込めば、最強の王が誕生する! 妖精王の力があれば、あの白いヤツに好き放題やられる事も無くなる! 木星の技術力、見せつけてやるんだから!」

 

「しかし、考えたな。華奢なタイタニアを隠す程の偽装装甲か……中でタイタニアと接続して、モビルスーツに乗ったまま操縦が出来る。長期戦が不得手なタイタニアの弱点を克服出来る訳だ」

 

 タブレットの画面を見ながら、ズガンは改めてアルテミスの才能は妙々たりと思う。

 

「褒めたって、何も出ないよ! それにアイデア自体は、何十年も前にもやってる事よ。でも違う所は、オーヴェロンのパーツをパージした後も、残ったパーツがタイタニア・リッテンフリッカの追加パーツとして何パターンかの形態変化が出来る事。パージされた妖精王は、私達の母星……木星を護る57の命が宿る衛星の様に、娘を護る剣と盾になる!」

 

「メインの形態変化が4つ……そこから派生する形態もあるのか。しかし、ここまでやる必要があるのか? 無気力な連邦軍と、レジア無きリガ・ミリティア……その程度の相手、ハイアームド・レシェフとタイタニア・リッテンフリッカだけで充分だと思うが……」

 

 はぁ……と、冷ややかな目でズガンを見たアルテミスは、美しい銀色の髪をかき上げ……決意に満ちた表情を浮かべる。

 

「敵は連邦とレジスタンスだけじゃない! 地球を制圧したら、今度はザンスカール帝国内に木星の力を……ズガン艦隊の力を示す必要があるのよ! 木星に住む人達の為にもね! それに、忘れてない? マデア少佐や、私を無視してくれた白いヤツ! 戦場を離れて……戦いを忘れているなんて考えられない! 必ず私達の前に現れる……その部隊も殲滅して、無敵のズガン艦隊の名を轟かせるのよ! 地球にも宇宙にも、連邦にも帝国にも……ね」

 

「マデアと、ガンダム・タイプのモビルスーツか……手を組んでるとも思えんが、同じ時期に気配を消している事を考えると……可能性はあると言う事か」

 

 ズガンはアルテミスの手からタブレットを受け取ると、カイラスギリーから放たれたビームを真っ二つにした映像を再生させた。

 

「ザンスバインとガンダム・タイプ……この映像だけ見ると、協力している様に見える。そして、この2機の異常なまでの出力……これがミノフスキー・ドライブの力という訳か……」

 

「そうね。ザンスバインの力をブースターで強化したって感じだけど……それでもモビルスーツたったの2機で、静止衛星軌道上から地球を撃てる程のビームを斬り裂くなんて異常だわ。それに……レジスタンス如きが、ミノフスキー・ドライブ搭載のモビルスーツを開発出来るなんて……私だって、いずれ造ってみせる。けど今は……私のタイタニアが、ミノフスキー・ドライブ搭載型を上回っているって証明してやるんだ!」

 

 小さな肩を小刻みに震わせるアルテミスの姿を見て、ズガンは頼もしく思う。

 

 自分の娘ぐらいの年齢の若者が、木星の未来の為に戦ってくれている。

 

 相手が強大であっても、怯まずに挑もうとしてくれている。

 

「アルテミス……お前がいてくれれば、連邦だろうがリガ・ミリティアだろうが、恐れる事はない。私とカガチが木星の人々の為に、争乱のない世界を作る。それを成した後は、お前達の時代だ。それまでの間、その力を借してもらうぞ」

 

 震える小さな肩を軽く抱き、そして号令をだす。

 

 エンジェル・ハイロゥの作業の一時中断と、ミリティアン・ヴァヴの……宇宙に残存するリガ・ミリティアの部隊の殲滅作戦を……



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。