もしもスケーターが異世界に行ったならば。 (猫屋敷の召使い)
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原作一巻
第一話 奈落の底からこんにちは


 別作品の改稿の息抜き兼妄想爆発作品。
 続くかわからないから短編で投稿。気が向いたら続きを投稿。
 この作品は問題児とSkate 3のコラボ作品です。
 ある実況プレイヤーの動画を参考に書かせていただいています。


リメイク後の変更点
・主人公が箱庭に行った方法


 街中にスケートボードを持った少年たちがいた。

 黄色いパーカーを着た少年は歩道の脇にあるベンチに膝にスケートボードを乗せ顔を俯かせながら座り、落ち込んでいるようであった。

 他の少年たちはその少年を励ますように周りを囲んでいる。

 すると落ち込んでいる少年が急に叫びだす。

 

「あークソッ!今日もゴミ箱に勝てなかった!マジでどうなってんだあの異次元ゴミ箱野郎ッ!!」

 

 ………………………………この少年は一体何を言っているのだろうか?

 なぜか突然叫びだし、大きな声でゴミ箱に対して文句を言う。

 しかし、彼が意味不明なことを口走っていても街を往来する人々は気にした様子もなく素通りしていく。

 ゴミ箱に対して声高らかに文句を言う少年にそばにいた一人が溜息を吐きながら話しかける。

 

「お前、そろそろ諦めろよ。もう何回挑戦して敗けてんだよ?」

()()自体は百二十六回目」

「マジで諦めろよ」

 

 少年はもう一度溜息を吐きながら呆れたような声で話を続ける。

 

「ったく。毎回毎回お前を助ける俺たちの身にもなってくれよな」

「いつもサーセン。あざっした」

「絶対反省してないなコイツ」

 

 全く反省していない様子の少年を見て本日何度目かの溜息を吐く少年。

 

「じゃあ、俺たちはもう行くから、今日はもう喰われるなよ、翔」

「ういうい。いやーどうもすんませんっした」

 

 少年たちは彼の名前を呼んで、それを最後に黄色いパーカーの少年を残してその場を後にする。その後姿を笑いながら見送る黄色いパーカーの少年。

 少年の名前は『板乗翔(いたのりしょう)

 

「ハァ………。あのゴミ箱め。どうしてくれようか」

 

 どうやらこの少年はゴミ箱に喰われかけて友人たちに迷惑をかけたというのにまだ懲りていないようである。

 

「ハァ………今日はこれからどうすっかなー?」

 

 二度目の溜め息。

 ゴミ箱に挑戦して喰われ、友人たちに助けを求め、それでもまだ、あまりある時間をどのように使うかをこれからの予定を考え始める。

 

「………スケーターなら、やっぱ滑って、トリックの練習をする。それが一番いいかね?………そうと決まれば、もうちょい滑りやすいところに移動すっかね」

 

 そう考え、彼は座っていたベンチから勢いよく立ち上がり、スケートボードに乗って移動を始める。しかし、

 

「あっ、地面抜けた」

 

 彼は地面の中へと落下していった。なぜ?そんなもの彼がスケーターなのだから当然の現象だ。

 

「まーた、奈落行きかぁ………」

 

 真っ黒な空間を落ちていく彼は、頭を下に向けグルグルと回転しながら落ちていく。

 

「にしても、落ちるのなんて、随分と久しぶりだなぁ」

 

 何も見えない空間に落ちていくというのに物凄く冷静な翔。グルグルと回りながら代わり映えしない奈落の景色を眺めている。すると、

 

「えっ!?奈落じゃなくなった!?どういうことッ!?」

 

 突然周囲の景色が一変した。

 周りの殺風景な黒一色の景色は影もなくし、代わりに青い空が広がっており、眼下には巨大な天幕と緑豊かな森。

 それは彼の世界では見れない光景だった。

 だが、彼がいる場所は上空4000m。抵抗することなどできずに、そのまま重力に従って落下していく。他にも男一人、女二人の計三人ほど同じように落下していく人たちがいるが、翔はそれよりも気づいてしまったことがあった。

 そう。落下地点に湖が見える。つまり水なのである。スケーターは総じて水に弱い。浅くても溺れるし、深いなど以ての外だ。このことは彼らスケーターの常識であった。

 

「…………さて、どう回避するか」

 

 どうやって水に落ちないようにしようか。そんなことを考えている間にも水面が近くなっていく。が、彼の落下地点だけは、他の三人と違い、若干ズレていた。

 そして結論に達した。

 

「あっ、なんだ。俺の落下地点、湖のそばの岸じゃん。それならボードに乗ってれば着地できるや」

 

 そう考え、ボードに乗って着地体勢になる翔。

 基本、スケーターというものは総じて死にやすい。

 水に触れたら死。

 殴られたら死。

 ゴミ箱に襲われたら死。

 そんなことが日常茶飯事に存在している。しかし、現に彼は生きている。その答えは簡単だ。スケーターは死んでも死なない。そういう生き物なのだ。ゆえに彼はこんな状況でも冷静でのんびりしている。

 だが、そんな死にやすい彼らだが、高所から落ちる際には生き残る方法が一つだけ存在している。

 それはボードに乗ってボードから着地することだ。

 だんだんと地表が近くなっていく。

 そして、ついに水面へと三人と一匹が着水した。

 翔は何故かダブルピースしながら岸に着地、

 

「あっ駄目だこれ。ミスる」

 

 失敗した。盛大に土煙をあげながら落下した。失敗の原因はボードの前輪部分が先に着地してしまったことだ。そのせいで衝撃が完全に吸収できなかった。いや、上空4000mから落ちて、その衝撃をすべて吸収できるのもどうかと思うが。

 ボードから体を放り出されて、地面に頭を打ち付けてしまった。そして死に、リスポーンを果たした。

 一方、湖に落ちた翔以外の三人と一匹は水を泳いで陸地に上がっていた。翔の落下した部分に上がっている土煙を見ながら。

 

「………あれはさすがに無理ね。きっと生きてないわ」

「俺ならわからないが、他の奴なら無理だろうな」

「うん。可哀そうに」

「そうだな。失敗失敗。もう少しうまく着地できれば死ななかったんだろうけどさ」

「「「………ッ!?」」」

 

 今、言葉を発した三人以外の人物の声が聞こえた。それに驚いた三人は声の主が誰かを確認するべく声の下方向へと勢いよく振り返った。

 そこには傷もなく、土埃や汚れてもいない落下した当の本人、翔がいた。

 そう。リスポーンである。スケーターの彼は頭を打って死んでしまった。だが、彼はすぐにリスポーンした。マーカーは死んだところに置いたのだ。その結果、三人の視線の先の土埃とはズレた位置に生きた状態で出現したのだ。そう。なにも不思議なことはない。なぜなら彼はスケーターなのだから当然の結果である。

 もしも他の三人がスケーターであれば、もしくはスケーターを知っていれば、その謎はすぐに解けたであろう。それどころか彼と同じようにリスポーンすれば何も問題はなかっただろう。

 つまり、

 ・水に入っても生きている。

 ・死んでリスポーンしない。

 この二つから逆説的に彼らが自分とは違いスケーターではないということを翔は直感的に理解した。

 翔が三人の方へと歩いて向かっていく。

 

「それで、ここがどこかわかったりは?」

「………さあな。つーか、お前。岸に落ちたはずだよな?なんで生きてんだよ?」

「そうね。それに汚れてもいないようだし、どういうことかしら?」

「それは俺がスケーターだからだ」

「はっ?」

「えっ?」

「………?」

 

 三人から疑問符を浮かべられる翔。

 なぜだ、この説明で通じるのは万国共通じゃないのか。と今度は逆に翔が疑問符を浮かべることとなった。

 

「なんでスケーターなら死なないし、汚れないんだよ?」

「スケーターは死ぬけど、生き返れるし、汚れなんてつかないからな。それに死んだら生き返るためにリスポーンするのは常識だろ?」

「………はっ?」

「スケーター?リスポーン?なにを言っているのかしら?」

「なん………だと………?まさか、スケーターでは、通じないのか………?馬鹿な………こんな、こんな訳の分からん世界があろうとは、俺は一体、スケーターとして、どうすればいいんだ………?」

 

 三人の反応を見て、頭を抱えて真剣に悩み始める翔。そんな彼に理解が及ばないと判断したのか各々自己紹介を始める三人。

 翔は考えながらも三人の名前を耳に入れる。

 逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀。アンド三毛猫。

 そして、翔の番が一応回ってくる。

 

「それで、最後に意味不明なことを言っているあなたは?」

「意味不明なことって………。ハァ、俺は翔、板乗翔。ただのスケーターだ」

「………結局、スケーターって何?」

 

 三人がずっと思っていることを耀と名乗った少女が代弁する。

 その質問に即答する翔。

 

「スケーターはスケートボードに乗ってトリックを決める人のことだ」

「スケートボード?」

「こういう車輪が四つ付いた板だ。略称としてスケボーとかって呼ばれてる」

「ふーん?でも、それがどうして汚れていないことにつながるのかしら?」

「スケーターが汚れないってのは常識だ。つまりは、そういうことだ」

「「「………」」」

「ちょっとこいつを湖に投げ入れてみるか」

「「賛成」」

「えっ、ちょっ、なにをす」

「オラッ!」

 

 十六夜に首根っこを掴まれて湖に投げられる翔。

 そして、そのまま着水し、沈黙した。

 

「………」

 

 そして微動だにもしなくなる翔。そんな彼の様子を見た三人が慌て始める。

 

「………ね、ねえ?反応ないけれど大丈夫なの?」

「………さあな」

「………死んだ?」

「ああ!死んだよ畜生ッ!そのせいでリスポーンする羽目になったわッ!」

「「「………ッ!?」」」

 

 突然後ろから怒声が響く。そして三人はその声に驚き、反射的に勢いよく振り返る。

 

「ったく。いきなり人を投げるとか非常識にもほどがあるだろうに」

「それを言うならお前も十分非常識だがな」

「俺んとこだったら常識だったんだよ」

 

 ヤハハッと笑いながら話しかける十六夜。

 一体何が起こったのかよくわかっていない飛鳥。

 同じく何が起こったのか理解していない耀。

 そんな三人を肩を竦めながら見る翔。

 そしてそんな四人を見つめる人物が草陰に一人。

 

「(………い、一体何が起こったのでしょうか?あの人が投げ飛ばされたと思ったら、水面で動かなくなり、でも気が付いたら御三方の後ろに現れましたよね?移動系の恩恵保持者でしょうか?いえでも彼は『死んだ』と言いましたし………本当に一体何なのでしょうか………?彼の言っているスケーターとは一体………?)」

 

 その人物も理解が及んでいなかったのであった。だが、一つだけ。一つだけどうしても気になる疑問があった。

 

「(黒ウサギが呼んだのは三人のはずです………。一体誰が………いえ、絶対にあの変な方でしょうね………)」

 

 視線を翔に向けたまま、そう考えた。



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第二話 スケーターのトリック

リメイク前との変更点
特に変更はない。読み飛ばしていただいて構いません。


 黒ウサギは困惑していた。

 なにに?そんなもの目の前の光景に決まっている。

 

「これが【オーリー】。スケボートリックのオーリー系の基本でもあり、奥が深い中級トリック。すべてのトリックの基本となる技だ」

「「「おー」」」

 

 スケボーで滑りながらジャンプする翔。それを見て素直に感心する三人。

 

「これが【インディーグラブ】。グラブ系トリックの初歩だ。本来なら段差とかからジャンプしたときにやるトリックだけど平地でもできなくはない。こう見えても上級トリックだ」

「「「おー」」」

 

 空中に浮いてるときにボードデッキのフロント側をテール側にある手でつかんでから着地する翔。やはりそれを見て感心した声を上げる三人。

 

「そこから発展してグラブ系上級トリックの【クライストエアー】または【キリストエアー】。これは空中でボードを掴み十字架を表現する技」

「「「………ん?」」」

 

 突然何もないところから坂が現れ、そこを滑りながらジャンプ距離を稼ぎつつ空中でボードを片手に十字架を表現する翔。少し不思議な光景に疑問を持ったがまだ許容範囲のために大人しく流す三人。

 

「そしてッ!これが超上級トリックの【天上天下】だッ!!」

「「「「いや、それはおかしい」」」」

「なぜだッ!?スケーターならこのレベルを目指すのが当然だろうッ!?」

 

 その光景にはさすがに異を唱える四人。その四人に対して馬鹿なッ!?と慄く翔。

 しかし、四人が異を唱えるのも当然のことだ。翔はジャンプした際にボードを上に持ち上げてそのまま足から地面に着地、せずに埋まりボードを頭に乗せ、がくがくと揺さぶっているのだから。

 だが、普段ならこの天上天下はコンテナの上といった下に空間がある場所でしかできないはずなのだが、翔はこの世界に来てからは頗る調子がいいので、こういった下に空間のない場所でもこのような大技ができてしまっている。

 

「ところで、そっちのウサ耳の人はどちら様?」

「あっ………」

 

 翔が天上天下に異を唱えた一人、黒ウサギに目を向ける。………地面に埋まりながら。

 

「えっと、あの、その、ですね………」

「とりあえず、怪しいから確保で」

「………わかった」

「フギャ!?」

 

 翔が地面の中からそういうと耀が黒ウサギの耳をむんずと掴んだ。

 

「ちょ、ちょっとお待ちを!触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面でいきなり黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」

「好奇心の為せる業。それと翔の指示」

「えっ?俺のせい?てかそれ本物なの?それなら俺も触りたい」

 

 いつの間にか地面から出てきた翔がウサ耳を所望する。

 

「………じゃあ、半分」

「おう。ありがとう。………へー、触り心地意外といいんだな。なあ、そっちの二人もどうだ?」

「なら触らせてもらうぜ」

「触らせてもらうわ」

「ちょ、ちょっと待っ―――――――――!」

 

 黒ウサギの声にならない声が空に木霊する。

 

「あ、あり得ないのですよ。まさか話を聞いて貰うだけで小一時間も費やすとは。学級崩壊とはきっとこのような状態に違いないのデス」

「それなら君もこのスケボーで超上級トリック【天上天下】を決めて世界の心理を実感」

「しません!それにどこの宗教勧誘でございますか!?」

 

 黒ウサギに新品のスケートボードを手渡そうとするがすぐに断られてしまった。そのせいで肩を竦めて落ち込む翔。

 

「いいからさっさと始めろ」

 

 十六夜が話を進めるように促される。

 すると黒ウサギはコホンッと一つ咳払いをしてから話し始める。

 

「それでは、皆様方。ようこそ、〝箱庭の世界〟へ!我々は皆様にギフトを与えられた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせて頂こうかと召喚いたしました!」

「ギフトゲーム?」

「そうです!既に気づいていらっしゃるでしょうが、皆様は全員、普通の人間ではございません!その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその〝恩恵〟を用いて競いあう為のゲーム。そしてこの箱庭の世界は強大力を持つギフト所持者がオモシロオカシク生活出来る為に造られたステージなのでございますよ!」

「ステージ、だとッ………!?」

「「「お前は黙ってろ」」」

「アッハイ」

 

 ステージという言葉に反応した翔を三人が黙らせる。

 しかし、黒ウサギの言う『普通の人間ではない』というところに疑問を持つ翔。自分の世界では天上天下のようなトリックは練習してコツを掴めば誰でもできる代物だ。だからこそ翔は自身の才能が何かを理解できなかった。

 とはいえ、黙れと言われたからには黙っていようと口をつぐむ翔。

 

「コホン。さて、まず初歩的な質問からしていいかしら?貴方の言う〝我々〟とは貴方を含めただれかなの?」

「YES!異世界から呼び出されたギフト所持者は箱庭で生活するにあたって、数多とある〝コミュニティ〟に必ず属していただきます」

「嫌だね」

「属していただきます! そして『ギフトゲーム』の勝者はゲームの〝主催者(ホスト)〟が提示した賞品をゲットできるというとってもシンプルな構造となっております」

 

 属していただきますと聞いた十六夜は拒否の意を示す。そして黙ってはいるが翔も嫌そうな顔を浮かべていた。なぜか?チームに属していると妙な決まりがあったりなどして嫌な思いをしたことがあったからだ。だから基本的には一人、もしくは友人としか集まったりしなかったのだ。

 

「………〝主権者〟ってなに?」

「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が人を試すための試練と称して開催されるゲームもあれば、コミュニティの力を誇示するために独自開催するグループもございます。

 特徴として、前者は自由参加が多いですが〝主権者〟が修羅神仏なだけあって凶悪かつ難解なものが多く、命の危険もあるでしょう。しかし、見返りは大きいです。〝主権者〟次第ですが、新たな〝恩恵〟を手にすることも夢ではありません。後者は参加のためにチップを用意する必要があります。参加者が敗退すればすべて主権者のコミュニティに寄贈されるシステムです」

「後者は結構俗物ね………チップには何を?」

「それも様々ですね。金品・土地・利権・名誉・人間………そしてギフトを賭けあうことも可能です。新たな才能を他人から奪えばより高度なギフトゲームに挑む事も可能でしょう。ただし、ギフトを賭けた戦いに負ければ当然――――ご自身の才能も失われるのであしからず」

 

 だから俺の才能ってなんだ。

 翔はそのように言いたかった。だけど一先ず黙っておく。口を開いたら今度は警告では済みそうになさそうだからだ。

 

「そう。なら最後にもう一つ質問させてもらってもいいかしら?」

「どうぞどうぞ♪」

「ゲームそのものはどうやったら始められるの?」

「コミュニティ同士のゲームを除けば、それぞれの期日内に登録していただければOK!商店街でも商店が小規模のゲームを開催しているのでよかったら参加していってくださいな」

「………つまり〝ギフトゲーム〟とはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかしら?」

「ふふん?なかなか鋭いですね。しかしそれは八割正解の二割間違いです。我々の世界でも金品による物々交換は存在しますし、ギフトを用いた犯罪などもってのほかです………が、しかし! “ギフトゲーム〟の本質は全くの逆!一方の勝者だけが全てを手にするシステムです」

「そう、なかなか野蛮ね」

「ごもっとも。しかし“主催者〟は全て自己責任でゲームを開催しております。奪われるのが嫌なら初めから参加しなければいいだけの話でございます」

 

 才能なんて思い当たらないし参加しなければいいか、と内心考えている翔は自分には関係なさそうだとスケートボードをいじり始める。

 

「さて。皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭の世界における全ての質問に答える義務がございます。ここから先は我らのコミュニティでお話をさせていただきたいのですが………よろしいです?」

「待てよ。まだ俺が質問してないだろ」

「………どういった質問です?ルールですか?ゲームそのものですか?」

「そんなのはどうでもいい。腹の底からどうでもいいぜ、黒ウサギ。オレが聞きたいのは………たった一つ、手紙に書いてあったことだけだ」

 

 三人は十六夜の言葉に黙って耳を傾けていた。その言葉に全身全霊の期待を込めるかのように。

 

「この世界は―――面白いか?」

 

 その質問の回答を関係ないと考えていた翔までもが静かに待っていた。

 そして、その答えはすぐに黒ウサギによって解決した。

 

「―――YES。『ギフトゲーム』は人智を超えた神魔の遊戯。

 箱庭の世界は外界よりも格段に面白いと黒ウサギが保証します♪」

 

 人智は超えなくていいんだよなぁ、と口に出してたらお前が言うな、と言われそうなことを考えていた翔であった。

 



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第三話 デバッガーいるところにバグあり

リメイク前との変更点
一部セリフの追加とそれに伴う地の文の追加。
読み飛ばしても問題ないレベル。


 黒ウサギからの説明も終わり、彼女の案内に従い空から見えた天幕へ向けて移動を始める五人。さすがの翔も足場が悪いところでスケートボードに乗るつもりはないようで普通に歩いている。

 

「なあ」

「んあ?なんだよ十六夜」

「お前って何なんだ?」

「俺は極一般的なスケーターだ。っても、そんなことが聞きたいわけじゃなさそうだよな」

「ああ。さすがに地面に潜れるような奴をスケーターとは思えねえよ」

 

 普通のスケーターということを完全否定されてしまった翔は軽く、いや全力で落ち込んだ。

 

「とはいえ、俺はスケーターとしか言えねえよ。俺の世界じゃあれが普通だったんだからよ」

「………ハハッ、マジかよ………」

 

 十六夜、飛鳥、耀の三人に引かれてしまった。そのことを不思議に感じてしまう翔。彼の世界ではああいうトリックが日常茶飯事に行われていたのだから十六夜たち三人の感覚が理解できなかった。

 そのため翔は一応確認のために三人に問う。

 

「………やっぱ、おかしいのか?」

「おう」

「ええ」

「うん」

 

 三人にすぐさま肯定され再び落ち込む翔。

 まあ当たり前だろう。彼ら三人、いや飛鳥のいた世界の時代にスケーターがいたのかはわからないが、もしいたとしても『地面に潜る』というような奇天烈なトリックはしないだろう。

 

「ハア………。まあいいか。やることは変わんねえし。どうせボードで滑ることしかできないからな」

「嘘だな」

「嘘ね」

「嘘」

「三人してひどくねえか?こんなんでも元の世界でスケーターとして有望視されてんだぞ」

 

 クソ、みんなして俺を馬鹿にしやがって、と不満を口にしながらも足を止めない。とはいえ元の世界でも彼の扱いは今と大差ない。

 何故かとても上機嫌な黒ウサギを先頭に天幕へと向かっていく。

 そこで十六夜が三人に話しかけてきた。

 

「まあ、俺は世界の果てに行ってくるから後は頼んだ♪」

「あっそ。滑れそうな場所見つけたら今度教えてくれ」

「おう」

 

 そんなやり取りをして十六夜はさっさと世界の果て目掛けて走っていった。

 そんな彼を残された三人は黙って見送った。

 

「………良かったのかしら?」

「………さあ?」

「別にいいだろ。何があっても全部自己責任だ、自己責任。それよりさっさとしねえと黒ウサギにおいて行かれちまうぞ」

 

 ハッと気づいたように黒ウサギに追い付くために小走りで追いかける三人。

 それから少しして天幕が近くなると黒ウサギが声をだす。

 

「ジン坊ちゃーん! 新しい方を連れて来ましたよー!」

 

 黒ウサギが声をかけた先にはダボダボのローブに髪の毛が跳ねているジンと呼ばれた少年が天幕の入り口にいた。

 

「お帰り、黒ウサギ。それで、そちらの三人が?」

「はいな、こちらの四名様が――――――」

 

 黒ウサギはクルリ、と振り返り四人のほうへ向く。が、そこにいたのは翔と耀と飛鳥の三人だけだった。

 そのことを認識し少しの間固まるが、すぐに三人に問いかける。

 

「あ、あの?もう一人いませんでしたっけ?〝俺問題児!〟って感じの方が」

「ああ、十六夜君なら『ちょっと世界の果てまで行ってくるぜ』と言って向こうの方に行ったわ」

「ど、どうして止めてくれなかったのですか!?」

「面倒くs………止める間もなく行ってしまったんだ。黒ウサギに話そうにもタイミングを見失ってしまってな。許してくれ」

「今思いっきり面倒くさいって言おうとしましたよね!?」

「気のせいだ」

「気のせいよ」

「気のせい」

「このお馬鹿様方ッ!!」

 

 スパパパンッ!とどこかから出したハリセンで打ち合わせでもしていたかのように口を合わせる三人の頭を叩く黒ウサギ。

 

「た、大変です! 〝世界の果て〟にはギフトゲームのために野放しにされている幻獣が」

「幻獣?」

「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に〝世界の果て〟付近には強力なギフトを持ったものがいて、人間では太刀打ち出来ません!」

「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」

「ゲーム参加前にゲームオーバー?………斬新?」

「別にゲームオーバーになってもリスポーンすれば良くね?」

「そんなことができるのは貴方だけよ」

「うん。私もそう思う」

「冗談を言っている場合じゃありません!」

 

 ジンは慌てて事の重大さを伝えるが、三人は叱られても肩を竦めるだけである。

 黒ウサギは呆れつつも立ち上がりジンに話しかける。

 

「………ジン坊っちゃん。申し訳ありませんが、御三方様のご案内をお願いしてもよろしいですか?」

「わかった。黒ウサギはどうする?」

「問題児様を捕まえに参ります。事のついでに〝箱庭の貴族〟と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります!」

 

 黒ウサギはそう言うと黒い髪を緋色に染めていく。そして跳び上がると外門の柱に張り付く。

 

「一刻程で戻ります! 皆さんはゆっくりと箱庭ライフをご堪能ございませ!」

 

 言い終わると全力で跳躍した黒ウサギあっという間に見えなくなった。

 

「………箱庭のウサギは随分速く跳べるのね。素直に感心するわ」

「本当だな。ただの愛玩動物じゃなかったんだな」

「当たり前です。ウサギ達は箱庭の創始者の眷属で、様々なギフトや特殊な権限を持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の事がない限り大丈夫だと思うのですが………」

「そう、なら黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」

「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします」

「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」

「春日部耀」

「んで、俺が板乗翔だ。よろしくジン」

 

 ジンが自己紹介をすると、三人もそれに倣って一礼した。

 

「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね、軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」

 

 飛鳥はジンの手を取ると、胸を躍らせるような笑顔で箱庭の外門をくぐるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――箱庭二一〇五三八〇外門・内壁

 翔、飛鳥、耀、ジン、三毛猫の四人と一匹は石造りの通路を通って箱庭の幕下に出る。しかし、ぱっと四人と一匹の頭上に眩しい光が降り注いだ。遠くに聳える巨大な建造物と空覆う天幕を眺め、

 

「………本当だ。外から見たときは箱庭の内側なんて見えなかったのに」

 

 耀がそう声を上げる。

 彼女が言った通り、天幕の下に入ったはずなのに都市の空には太陽が姿を現している。外から見た時には何の変哲もない天幕しか見えなかったというのに。

 その疑問には四人と一匹の中で唯一の箱庭出身のジンが答える。

 

「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。そもそもあの巨大な天幕は太陽の光を直接受けられない種族のために設置されていますから」

「うっわ、見えないだけかよ。滑る際に気を付けねえと駄目じゃん」

 

 やはりスケーターとして滑ることしか考えていない翔。いや、それ以前に天幕にぶつかるほどに飛び上がるのかという点に疑問を持つが………まあ彼ならやりそうだと飛鳥と耀の二人はその疑問を飲み込んだ。対して翔のことをまだあまり知らないジンは彼の言葉に首を傾げた。

 

「翔君の心配は置いておくとして、ジン君の話は気になるわね。この都市には吸血鬼でもいるのかしら?」

「え、居ますけど」

「………。そう」

「へぇー。俺はそっちも気になるな」

 

 ジンの返答に複雑そうな顔をする久遠飛鳥。それとは対照的に興味津々といったような表情を浮かべる板乗翔。飛鳥は実在する吸血鬼の生態がどのようなものかは知らないが、同じ街に住むことができる種とは思えないという心配から。対して翔は血を吸われる感覚とか見た目とかを知りたいという純然たる好奇心から。

 すると、三毛猫が耀の腕からスルリと下りると、感心したように辺りを見回す。そしてすぐに耀が声を出す。

 

「うん。そうだね」

「あら、何か言った?」

「………。別に」

「………ふーん?」

 

 耀は三毛猫に話す優しい声音とは対照的な声で返す。

 飛鳥もそれ以上は追求せず、目の前で賑わう噴水広場に目を向ける。

 翔が何か気になったような声を上げるが、飛鳥と同様に追及はしなかった。

 視線の先にある噴水の近くには白く清潔感の漂う洒落た感じのカフェテラスが幾つもあった。

 

「お勧めの店はあるかしら?」

「す、すいません。段取りは黒ウサギに任せていたので………。よかったらお好きな店を選んでください」

「それは太っ腹なことね」

「それなら適当に近くにあるカフェに入ろうぜ」

 

 四人と一匹は身近にあった〝六本傷〟の旗を掲げるカフェテラスに座る。

 注文を取るために店の奥から素早く猫耳の少女が飛び出てきた。

 

「いらっしゃいませー。御注文はどうしますか?」

「えーと、紅茶を二つと緑茶を一つと「エナジードリンクを一つ」

「は、はい?」

「エナジードリンク一つ」

「………す、すみませんエナジードリンクは置いてないんですー」

「えっマジ?じゃあコーヒー一つ」

「はい♪ほかにご注文は?」

「え、えっと、軽食にコレとコレと」

「ニャー!」

「はいはーい。ティーセット四つにネコマンマですね」

 

 ………ん?と飛鳥とジンが不可解そうに首を傾げる。しかしそれ以上に驚いていたのが春日部耀だった。信じられない物を見るような眼で猫耳の店員に問いただす。

 

「三毛猫の言葉、分かるの?」

「そりゃ分かりますよー私は猫族なんですから。お歳のわりに随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスさせてもらいますよー」

「ニャーニャニャーニャー!」

「やだもーお客さんったらお上手なんだから♪」

「へえー。二人とも凄いな。俺にはなんて言ってるかさっぱりなのに」

 

 ケラケラと笑いつつ足元を頻りに気にしながら三毛猫の言葉を解する二人を称賛する。

 そして注文を取り終えた猫耳娘は長い鉤尻尾をフリフリと揺らしながら店内に戻っていく。

 その後ろ姿を見送った耀は嬉しそうに笑って三毛猫を撫でた。

 

「………箱庭ってすごいね、三毛猫。私以外に三毛猫の言葉が分かる人がいたよ」

「ニャーニャー」

「ちょ、ちょっと待って。貴女もしかして猫と会話できるの?」

「気づいてなかったのか?それらしい挙動はいくつかあっただろ?」

「逆になんで貴方は気づけたのよ?」

「スケーターは目も耳もいいんだよ」

 

 フフン、と勝ち誇ったようにドヤ顔で返す翔。そのことに僅かな怒りを覚える飛鳥であったが、何とか抑え込む。

 もちろん飛鳥の質問には頷きで肯定する耀。ジンも興味深く質問を続けた。

 

「もしかして猫以外にも意思疎通は可能ですか?」

「うん。生きているなら誰とでも話は出来る」

「それは素敵ね。じゃあそこで飛び交う野鳥とも会話が?」

「うん、きっと出来………る?ええと、鳥で話したことがあるのは雀や鷺や不如帰ぐらいだけど………ペンギンが行けたからきっとだいじょ」

「ペンギン!?」

「う、うん。水族館で知り合った。他にもイルカ達とも友達」

「ペンギンやイルカまで話せたんなら自信もとうぜ。これからこの箱庭でもっと多くの生き物と話す機会も増えるんだろうしさ」

 

 飛鳥とジンの二人が驚く。

 対して翔は二人が驚いたのはおそらくペンギンと話す機会があったという点だろうとあたりをつけ、未だに足下を気にしながら落ち着いた口調で耀に話しかける。

 

「し、しかし全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。この箱庭において幻獣との言語の壁というのはとても大きいですから」

「そうなんだ」

「まあ、そうだろうなー。いつだってめんどくさいのは言語の壁。人間同士でも国が違うだけで言葉が通じなかったしな。それに箱庭なら言葉の断片を拾って推測するにさらに多種多様な種がいて、より複雑だろうし」

「はい。一部の猫族やウサギのように神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば意思疎通も可能ですけど、幻獣達はそれそのものが独立した種の一つです」

「つまりは同じ種かそれ相応のギフトがなければ難しいってことか………」

「そうですね。箱庭の創始者の眷属に当たる黒ウサギでも、全ての種とのコミュニケーションをとることはできないはずですし」

「とはいえ、言語が同じでも、話の通じない奴はいくらでもいたしなぁ………」

 

 しみじみと元の世界のインストラクターや仕事仲間を思い出す翔。

 

「そう………春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ。そして自然に会話に参加してる翔君が心底鬱陶しいわ」

「お前さん、というか十六夜含むお前さんら三人、なんか俺に当たりが強くねえか?」

「「気のせいよ/気のせい」」

 

 足下を気にしながら溜息を吐き、落ち込む翔。

 そんな翔を無視して飛鳥は耀に笑いかける。笑いかけられた彼女は困ったように頭を搔く。対照的に飛鳥は憂鬱そうな声と表情で呟いていた。

 

「久遠さんは」

「飛鳥でいいわ。よろしくね春日部さん」

「う、うん。飛鳥はどんな力を持っているの?」

「あっ、それは俺も気になる」

「私?私の力は………まあ、酷いものよ。だって」

「おんやぁ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュ〝名無しの権兵衛〟のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」

 

 品のない上品ぶった声がジンを呼ぶ。四人が振り返ると、2mを超える巨体をピチピチのタキシードで包む変な男がいた。変な男は不覚にも………本当に不覚にもジンの知った者のようであった。

 そんな男を見た翔はジンが話そうとするのを遮り、

 

「あー、ジン。お前こんなやつ知り合いなのか?こんな見るからに変人っぽそうでサイズの合ってないタキシードをピチピチに着込んだ気持ちの悪いガチムチのゲイみたいな奴とはさっさと縁を切ることを推奨するが?」

「「「ブフッ………!」」」

「がちむち………?げい………?」

 

 翔の容赦のない実直な第一印象だけの罵倒を聞いた耀、ジン、猫耳店員は笑いを堪えきれずに顔を背け、おなかを抑えて噴き出してしまう。飛鳥はさすがお嬢様とでもいえばいいのか、それとも時代が時代だったからなのかは定かではないが、翔の発した単語のいくつかの意味が理解できなかったようだ。

 そんな謂れのない罵倒を受けた変な男、ガルドはこめかみに青筋を浮かべ、嘘くさい笑みを浮かべている口や眉毛を痙攣させており、あからさまに怒りを抑え込んでいるのが見て取れた。

 

「し、失礼ですがジェントルメン。私は別に同性愛者というわけでは………」

「あ、そうなの?それは失礼した。素直に謝罪するよ。どうも人を第一印象で判断してしまう癖が治らなくてな。もし良ければお名前をお聞きしても?」

「え、ええ。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ〝六百六十六の獣〟の傘下である」

「烏合の衆の」

「コミュニティのリーダーをしている、ってマテやゴラァ!!誰が烏合の衆だ小僧オォ!!!」

「いや、流れ的にお前しかいないだろ。つか結局名前教えてもらってねえんだけど?」

「この人はガルド=ガスパーですよ、翔さん」

「へー、そんな名前なのか」

 

 そうして興味をなくしたように猫耳店員によって運ばれてきたコーヒーを啜る。

 しかし、ジンに横槍を入れられたガルドの顔は怒鳴り声と共に激変する。口は耳元まで大きく裂け、肉食獣のような牙とギョロリと剝かれた瞳が激しい怒りと共にジンに向けられる。

 

「口慎めや小僧ォ………紳士で通っている俺にも聞き逃せねえ言葉はあるんだぜ………?」

「森の守護者だったころの貴方なら相応に礼儀で返していたでしょうが、今の貴方はこの二一〇五三八〇外門付近を荒らす獣にしか見えません」

「ハッ、そういう貴様は過去の栄華に縋る亡霊と変わらんだろうがッ。自分のコミュニティがどういう状況に置かれてんのか理解できてんのかい?」

「ハイ、ちょっとストップ」

 

 険悪な二人を遮るように手を上げたのは飛鳥だった。その横で「し、紳、紳士………ブフォッ………!」とか言っている人物がいるせいですごい締まらないが。

 

「事情はよく分からないけど、貴方達二人の仲が悪いことは承知したわ。それを踏まえたうえで質問したいのだけれど―――」

 

 飛鳥が鋭く睨む。しかし睨む相手はガルド=ガスパーではなく、

 

「ねえ、ジン君。ガルドさんが指摘している、私たちのコミュニティが置かれている状況………というものを説明していただける?」

「そ、それは「あ、すいません。コーヒーのお代わりください」」

「「「「「………」」」」」

「………えっ?なにこの空気?俺なんかした?」

 

 ジンの言葉を遮るように翔がコーヒーのお代わりを注文する。

 そんな突拍子もなく、空気の読めない行動をした翔を無言で睨む。

 

「ハァ………。翔君、今からジン君が私たちのコミュニティの置かれている状況を説明してもらうところなのよ?そこでどうして黙って聞こうとか思えないのかしら?」

「いや、長い話になりそうだったから今のうちに飲み物のお代わりを頼もうと思ってだな」

「店員さんはすぐにコーヒーを持ってきてちょうだい。そうすれば静かになると思うから」

 

 暗にお代わりくれてやるから黙っていろ。そう目で語りかけてくる飛鳥に気圧されて縮こまる翔。そして運ばれてきた二杯目のコーヒーをちびちびと飲む。

 

「さて、邪魔者は静かになったわ。じゃあジン君。貴方は自分のことをコミュニティのリーダーだと名乗ったわ。私たちを新たな同士として呼び出したからにはコミュニティとはどういうものなのか、そして貴方達の現状を説明する義務があるはずよ。違うかしら?」

 

 追及する声は静か、されどナイフのような切れ味を持ってジンを責める。先ほどまでふざけた雰囲気を出していた翔でさえ黙って聞いていた。彼女の生まれ持ったカリスマ性がそうさせるのかもしれない。いや、彼が単純に小心者なだけかもしれないが。

 そして、それを見ていたガルド=ガスパーは獣の顔を人に戻し、含みのある笑顔と上品ぶった声音で、

 

「レディ、貴方の言う通りだ。コミュニティの長として新たな同士に箱庭のルールを教えるのは当然の義務しかし彼は―――」

「前置きが長い」

 

 ガルドの言葉を遮って翔が声を出す。そしてすぐに次の言葉を紡ぐ。

 

「そんなんはいいからお前がコミュニティについて、そしてジンのコミュニティについて知っていることを全部教えてくれ。飛鳥と耀の二人もそれでいいだろ?俺も本当はジンの口から直接聞きたかったが」

 

 翔はチラリとジンに目をやる。ジンは俯いて黙り込んだままだ。

 

「この様子じゃ無理そうだしな」

「………そうね。お願いするわ」

「承りました。まず、コミュニティについてですが―――」

「あっ、簡潔にね。話が長いのは嫌いなんだ」

「話の腰を折らないでもらえるかしら?」

 

 こめかみに青筋の見える、決して、お嬢様がしていいとは絶対に言えない表情をしている飛鳥が釘を刺す。

 

 

 

 

 

 

 

 ガルドの話を三人は静かに聞いた。

 話をまとめるとコミュニティは複数名で作られる組織の総称で、活動する場合は箱庭に〝名〟と〝旗印〟を申告しなければならない。特に旗印はコミュニティの縄張りを主張する大事な物で広告塔のような役割もしている。しかし、ジンのコミュニティは数年前まではこの東区画最大手のコミュニティであった。が、箱庭の世界で唯一最大にして最悪の天災である〝魔王〟と呼ばれる存在に滅ぼされたということらしい。

 そして今、広告塔となる名も旗印もないことから〝ノーネーム〟と呼ばれる零細コミュニティから自身のコミュニティ〝フォレス・ガロ〟に来ないかと勧誘を受けている。

 

「どうですか?待遇は要相談で―――」

「結構よ。だってジン君のコミュニティで私は間に合っているもの」

 

 は?とジンとガルドは飛鳥の顔を窺う。彼女は何事もなかったようにティーカップの紅茶を飲み干すと、耀に話しかける。

 

「春日部さんは今の話をどう思う?」

「別に、どっちでも。私はこの世界に友達を作りに来ただけだもの」

「あら意外。じゃあ私が友達一号に立候補していいかしら?」

「………うん。飛鳥は私の知る女の子とちょっと違うから大丈夫かも」

「あ、じゃあ俺二号に立候補してもいい?」

「……………………………………………………………うん。翔は私の知る人間と違うからいいよ」

「間が長くないっすかねえ?しかも『私の知る人間と違うから』って………俺も立派な人間なんだけど?」

「「それはない」」

「助けてジン君!この女性二人が俺を苛めるんだあ!!」

 

 呆然としているジンに助けを求めて泣き縋る翔。未だに理解が追い付けていないのか固まったままのジン。

 そこで翔が思いついたように追加でお願いをする。

 

「あ、ついでにジン君。俺の足を床から引き抜くのを手伝ってくれ」

「「「「「………………………………は?」」」」」

「いやー座った拍子に足が床をすり抜けて埋まっちゃってさー!話の最中もどうにか抜こうと頑張ってたんだけど無理でさー!」

 

 アッハッハッ、と笑いながら話す翔。そう。頻りに足下を気にしていたのは埋まってしまった足を引き抜こうと動かしていたからだ。

 五人は恐る恐るテーブルの下を覗くと、確かに翔の足は足首のあたりまでが穴の開いてない床になぜかすっぽり埋まっていた。

 一番早く思考が復帰したのはこの店の店員である猫耳の店員であった。

 

「ちょ、ちょっと!?お店の床を壊さないでくださいよ!?」

「壊してない壊してない。ちょっとすり抜けただけ。よって穴は開いてないから安心して」

「それでも早く抜いてください!!」

 

 猫耳店員が翔の足を抜こうと引っ張る。

 

「ちょちょちょッ!?そんな無理矢理やると不味いことに―――」

「「「「「あっ」」」」」

 

 そのとき、スポンッという音を立てながら翔の足が抜け―――

 

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ―――――――!!」

 

 ―――翔自身もスポーンと遠くへと飛んでいった。そして去り際に、

 

「後で合流するからあああぁぁぁ―――――――!!!」

 

 あー!あー。ぁー。とエコーを残しながらどこか遠くに吹っ飛んでいく翔。

 その姿を呆然としながら見送る五人と一匹とカフェテラスの客たち。

 無論、店の床には穴なんて開いてはいなかった。

 

「………………ハッ!……………えーっと、話を戻しましょうか」

 

 五人の中で、今度は飛鳥が一番早く復活し、話を元に戻す。

 

「え、ええ。そうですね………。それで、理由を教えてもらえませんか?」

「間に合ってるのよ。春日部さんは聞いての通り友達を作りに来ただけ。翔君は………まあスケボーができればいいんでしょうね。そういうわけだからジン君でもガルドさんでもどちらでも構わない。そうよね?」

「うん」

「そして私、久遠飛鳥は―――裕福だった家も、約束された将来も、おおよそ人が望みうる人生の全てを支払って、この箱庭に来たのよ。それを小さな小さな一地域を支配しているだけの組織の末端として迎え入れてやる、などと慇懃無礼に言われて魅力的に感じるとでも思ったのかしら。だとしたら自身の身の丈を知った上で出直して欲しいものね」

 

 このエセ虎紳士、最後に言って締める。ガルド=ガスパーは怒りで体を震わせていた。飛鳥の無礼極まりない物言いに対してどういい返すべきか、自称紳士としての言葉を必死に選んでいるのだろう。

 もし、もしもここに翔がいたらガルドのことをさらに煽り、怒りを爆発させていただろうことを考えればガルドは我慢することができた。

 

「お………お言葉ですがレデ

()()()()()

 

 ガチン!とガルドは不自然な形で、勢いよく口を閉じて黙り込んだ。

 本人は混乱したように口を開閉させようともがいているが、全く声が出ない。

 

「………!?………………!??」

「私の話はまだ終わってないわ。貴方からはまだまだ聞き出さなければならないことがあるのだもの。貴方は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 飛鳥の言葉に力が宿り、今度は椅子にヒビが入るほど勢いよく座り込む。

 ガルド完全にパニックに陥っていた。飛鳥の恩恵の正体が分からず、手足の自由が奪われている。飛鳥のような小娘ごときにいいようにされてしまっているのだから。

 その様子に驚いた猫耳の店員が急いで飛鳥達に駆け寄る。

 

「お、お客さん!当店でもめ事は控えてくださ―――」

「ちょうどいいわ。猫の店員さんも第三者ととして聞いていって欲しいの。多分、面白いことが聞けるはずよ」

 

 そしてガルドは飛鳥の恩恵によって彼女の質問に答え続けた。

 

 まずはコミュニティに〝両者合意〟で勝負を挑ませた方法を問う。

 ガルドは強制させた方法は相手コミュニティの女子供を攫い脅迫すると答える。

 

 次にそうやって吸収したコミュニティを従わせる方法を問う。

 ガルドは各コミュニティから数人ずつ子供を人質に取ってあると答える。

 

 続けてその子供たちは何処にいるかと問う。

 ガルドは、すでに殺した、と答える。

 

 その答えを聞いた瞬間、その場の空気が凍りつく。

 ジンも、店員も、耀も、飛鳥でさえ一瞬耳を疑って思考を停止させた。

 ただ一人、ガルド=ガスパーだけは言葉を紡ぎ続ける。が、すぐに飛鳥によってその口を閉ざされた。

 

「素晴らしいわね。ここまで絵に描いたような外道とはそうそう出会えなくてよ。流石は人外魔境の箱庭の世界といったところかしら………ねえジン君?」

 

 飛鳥は冷ややかな視線でジンを見る。それに気づいたジンは慌てながらもすぐさま否定する。

 

「彼のような悪党は箱庭でもそうそういません」

「そう?それはそれで残念。―――ところで、今の証言で箱庭の法がこの外道を裁くことはできるかしら?」

 

 その質問にジンは厳しいと答えた。

 

「人質や身内の仲間を殺すことはもちろん違法ですが………裁かれるまでに彼は箱庭の外に逃げ出してしまえば、それまでです」

 

 それはある意味では裁きとは言えなくもない。ガルドが今まで築き上げてきたコミュニティを手放さなくてはいけなくなる。そしてリーダーであるガルドがコミュニティを去れば、脅迫されていたコミュニティも抵抗を始めるかもしれない。もしそうならなくても烏合の衆でしかない〝フォレス・ガロ〟が瓦解するのは分かりきっていることだ。

 しかし飛鳥はそれでは満足できなかった。

 

「そう。なら仕方ないわね」

 

 苛立たしげに指をパチンと鳴らす。それが合図となり、ガルドを縛り付けていた力は霧散し、体に自由が戻る。怒り狂ったガルドはカフェテラスのテーブルを勢いよく砕くと―――

 

「こ…………この小娘が「器物破損の現行犯にィ着弾ンッ!」ヒデブッ!!?」

 

 ―――何かを叫ぶ空からの飛来物に衝突されて床へと倒れた。

 

 一方、飛来物である翔はなぜかダブルピースをしながら床へと落ちる、という直前に関節という関節があらぬ方向を向き、体は捻じれ、腕や足が胴体を貫通した。

 いわゆる彼の世界で言う【ゲッダン】という現象である。スケーターなら誰しも一度は体験したことのある現象だ。しかし、この箱庭ではそんなものを知る者など翔以外にはおらず、その光景を見た者たちの大半が口に入れていたものを勢いよく噴き出した。そしてすぐに、大丈夫なのか!?と翔のことを心配したのも束の間。落下地点に突如無傷の状態で出現する翔の姿があった。

 

「よし!()()()戻ってこられた!」

 

 どこがだッ!?

 先ほどの光景を目撃した者たちの心は完全に一致した瞬間であった。

 

「そんで、こいつどうすんの?」

 

 そんな周りの人物の心境など無視して床で呻いているガルドを指さす翔。

 しかし、飛鳥も耀もジンも猫耳の店員も呆然としたまま動かない。

 

「………?おーい?」

「………ハッ!」

 

 目の前で手をひらひらと振る翔によって本日何度目かはわからなくなった思考停止から復活する飛鳥。

 それと一緒に耀の意識も戻り、すぐさま床に倒れているガルドを押さえつける。

 そして飛鳥は、コホン、と一つ咳ばらいをすると床にいるガルドに話しかける。

 

「さて、ガルドさん。私は貴方の上に誰が居ようと気にしません。それはきっとジン君も同じでしょう。だって彼の最終目標は、コミュニティを潰した〝打倒魔王〟だもの」

 

 その言葉にジンは大きく息を吞む。内心、魔王という言葉に過剰に反応しそうになったが、自分達の目標を問われて飛鳥に問われて我に返る。

 

「………はい。僕達の最終目標は、魔王を倒して僕らの誇りと仲間達を取り戻すこと。どんな脅しにも屈しません」

「そういうこと。つまり貴方には破滅以外のどんな道も残されていないのよ」

「く………くそ……!」

 

 どういう理屈かは不明だが、耀に組み伏せられたガルドは身動きできず地に伏せている。先ほどの衝突のダメージがないとは言わない。しかし、それでも自身とかなりの体格差があるにもかかわらず身じろぐことも出来ないでいる。

 久遠飛鳥は機嫌を少し取り戻し、足先でガルドの顎を持ち上げると悪戯っぽい笑顔で話を切り出す。

 

「だけどね。私は貴方のコミュニティが瓦解する程度のことでは満足できないの。貴方のような外道はズタボロになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ。―――そこで皆に提案なのだけれど」

 

 飛鳥が何を言おうとしているのかを理解した翔はクツクツと含み笑いをして成り行きを見守っている。逆に理解していないジンや店員達は顔を見合わせ首を傾げている。飛鳥は足先を離し、今度は女性らしい細長い綺麗な指先でガルドの顎を掴み、

 

「私達と『ギフトゲーム』をしましょう。貴方の〝フォレス・ガロ〟存続と〝ノーネーム〟の誇りと魂を賭けて、ね」

「あ、ついでにこの店の代金と修繕費も賭けねえ?」

「………(無言の腹パン)」

「ゴフッ………俺が、一体、何をした………(ガクッ)」



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第四話 ヌケーターによるヌケボー超加速理論

変更点
説教部分を無くし、代わりとなるものを追加。


 日が暮れた頃に噴水広場で合流し、話を聞いた黒ウサギは案の定ウサ耳を逆立てて怒っていた。突然の展開に嵐のような説教と質問が飛び交う。

 

「な、なんであの短時間で”フォレス・ガロ”のリーダーと接触して喧嘩を売る状況になったのですか!?」「しかもゲームの日取りは明日!?」「それも敵のテリトリー内で戦うなんて!」「準備の時間もお金もありません!」「一体どういう心算あってのことですか」「聞いてるのですか四人とも!」

 

「「「ムシャクシャしてやった。今は反省してます」」」

「あたりめおいちい」

 

「黙らっしゃい!!!そして翔さんはせめて反省してください!!!」

 

 約一名関係ないことを(のたま)っている(バカ)が居り、それがさらに黒ウサギの怒りを加速させる。

 それをニヤニヤと笑って見ていた十六夜が止めに入る。

 

「別にいいじゃねえか。見境なく選んで喧嘩売ったわけじゃないんだから許してやれよ」

「い、十六夜さんは面白ければいいと思っているかもしれませんが、このゲームで得られるものは自己満足だけなんですよ?この〝契約書類(ギアスロール)〟を見てください」

 

 黒ウサギの見せた〝契約書類〟は〝主催者権限(ホストマスター)〟を持たない者達が〝主催者〟となってゲームを開催するために必要なギフトである。

 そこにはゲーム内容・ルール・チップ・賞品が書かれており〝主催者〟のコミュニティのリーダーが署名することで成立する。黒ウサギが指す賞品の内容はこうだ。

 

「〝参加者(プレイヤー)が勝利した場合、主催者(ホスト)は参加者の言及する全ての罪を認め、箱庭の法の下で正しい裁きを受けた後、コミュニティを解散する〟―――まあ、確かに自己満足だ。時間をかければ立証できるものを、わざわざ逃がすリスクを背負ってまで短縮させるんだからな」

 

 ちなみに飛鳥達のチップは〝罪を黙認する〟というものだ。それは今回に限ったことではなく、これ以降もずっと口を閉ざし続けるという意味である。

 

「でも時間さえかければ、彼らの罪は必ず暴かれます。だって肝心の子供達は………その、」

 

 黒ウサギ言い淀む。彼女も〝フォレス・ガロ〟の悪評は聞いていたが、そこまで酷い状態になっているとは思っていなかったのだろう。

 

「そうだな。皆死んでる。それでも、自己満足でもなんでも、あんな近場にいる不穏分子は早めに摘むに越したことはないんだよ」

 

 翔があたりめをくわえながら話す。

 

「更なる面倒事に発展する前に潰す。それが一番いいんだよ。あんな外道なら特にな」

「そうね。あんなのに周りをうろちょろされたら翔君並に鬱陶しくて仕方ないわ」

「おい。あれと同列にしないでくれよ、頼むから………。俺だってされて嫌なことはあるんだぞ………」

「あら、ごめんなさい」

 

 クスクスと笑いながら謝罪する飛鳥には一切の反省の色が見てとれなかった。翔はそのことに気づいて溜息を吐きながら、あたりめをくわえ直す。

 

「それに、今回は利益がまるっきしゼロってわけでもねえしな………」

「え?そうなのでございますか?」

「まあ、終わってみなきゃ何とも言えねえけどさ………。ま、一旦置いておこう。それにどうせ誰もこのゲームに関しちゃ折れる奴はいねえからさ」

 

 翔の言葉に飛鳥、耀、ジンの三人が同調し、頷いている。

 それを見た黒ウサギはついに諦めたように頷いた。

 

「はぁ~……。仕方がない人達です。まあいいデス。腹立たしいのは黒ウサギも同じですし。〝フォレス・ガロ〟程度なら十六夜さんが一人いれば楽勝でしょう」

 

 それは黒ウサギの正当な評価のつもりであったが、十六夜と飛鳥と翔は怪訝な顔をして、

 

「何言ってんだよ。俺は参加しねえよ?」

「当たり前よ。貴方なんて参加させないわ」

「まったく同意見だ。なんで参加させると思ってんだよ」

 

 フン、と鼻を鳴らす十六夜と飛鳥。対して翔はへらへらと笑って流す。黒ウサギは慌てて三人に食ってかかる。

 

「だ、駄目ですよ!お二人はコミュニティの仲間なんですからちゃんと攻略しないと」

「そういうことじゃねえよ黒ウサギ」

 

 十六夜が真剣な顔で黒ウサギを右手で制する。

 

「いいか?この喧嘩は、コイツらが売った。そしてヤツらが買った。なのに俺が手を出すのは無粋だって言ってるんだよ」

「あら、分かっているじゃない」

「そうだ。途中参加は厳禁だ」

「………。ああもう、好きにしてください」

 

 

 

 

 

 

 

 椅子から腰を上げた黒ウサギは、横に置いてあった水樹の苗を大事そうに抱き上げる。

 コホンと咳払いをした黒ウサギは気を取り直して全員に切り出した。

 

「そろそろ行きましょうか。本当は皆さんを歓迎する為に素敵なお店を予約して色々とセッティングしていたのですけれども………不慮の事故続きで、今日はお流れとなってしまいました。また後日、きちんと歓迎を」

「いいわよ。無理しなくて。私達のコミュニティってそれはもう崖っぷちなんでしょう?」

 

 驚いた黒ウサギはすかさずジンを見る。彼の申し訳なさそうな顔を見て、自分達の事情を知られたのだと悟る。ウサ耳まで赤くした黒ウサギは恥ずかしそうに頭を下げた。

 

「も、申し訳ございません。皆さんを騙すのは気が引けたのですが………黒ウサギ達も必死だったのです」

「もういいわ。私は組織の水準なんてどうでもよかったもの。翔君と春日部さんはどう?」

 

 黒ウサギが翔と耀の顔を恐る恐る窺う。すると二人は、

 

「特には。むしろ底辺からのし上がる方が面白そうだし願ったり叶ったりだ」

「私も怒ってない。そもそもコミュニティがどうの、というのは別にどうでも……あ、けど」

 

 思い出したように迷いながら呟く耀。ジンはテーブルに身を乗り出して問う。

 

「どうぞ気兼ねなく聞いてください。僕らに出来る事なら最低限の用意はさせてもらいます」

「そ、そんな大それた物じゃないよ。ただ私は………毎日三食お風呂付きの寝床があればいいな、と思っただけだから」

 

 ジンの表情が固まった。この箱庭で水を得るには買うか、もしくは数kmも離れた大河から汲まねばならない。水の確保が大変な土地でお風呂というのは、一種の贅沢品なのだ。

 その苦労を察した耀は慌てて取り消そうとしたが、先に黒ウサギが嬉々とした顔で水樹を持ち上げる。

 

「それなら大丈夫です!十六夜さんがこんな大きな水樹の苗を手に入れてくれましたから!これで水を買う必要もなくなりますし、水路を復活させることもできます♪」

 

 一転して明るい表情に変わる。これには飛鳥も安心したような顔を浮かべた。しかし翔だけは内心、その報告はもっと早くできなかったのか?と疑問に思っていた。

 

「私達の国では水が豊富だったから毎日のように入れたけれど、場所が変われば文化も違うものね。今日は理不尽に湖へ投げ出されたから、お風呂には絶対入りたかったところよ」

「それには同意だぜ。あんな手荒い招待は二度と御免だ」

「そのせいで俺は溺れ死んだしな」

「あう………そ、それは黒ウサギの責任外のことですよ………。って翔さんのは黒ウサギは関係ないじゃないですかッ!?」

 

 召喚された三人、及び箱庭に突然来てしまった翔の責めるような視線に一瞬怖気づくが、突然の責任転嫁に反応してしまう黒ウサギ。ジンも隣で苦笑する。

 

「あはは………それじゃあ今日はコミュニティに帰る?」

「あ、ジン坊ちゃんは先にお帰りください。ギフトゲームが明日なら〝サウザンドアイズ〟に皆さんのギフト鑑定をお願いしないと。この水樹のこともありますし」

 

 十六夜達四人は首を傾げて聞き直す。

 

「〝サウザンドアイズ〟?コミュニティの名前か?」

「YES。〝サウザンドアイズ〟は特殊な〝瞳〟のギフトを持つ者達の群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティです。幸いこの近くに支店がありますし」

「ギフトの鑑定というのは?」

「勿論、ギフトの秘めた力や起源などを鑑定する事デス。自分の力の正しい形を把握していた方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出処は気になるでしょう?」

 

 出処って何?と翔は首を傾げ思った。が、他の三人の表情はあまり芳しくはなかった。それでもギフト鑑定に向かうことは拒否しなかったのだから一応は気になるのだろう。

 そうして黒ウサギ・十六夜・飛鳥・耀・翔の五人と一匹は〝サウザンドアイズ〟に向かう。

 道中、十六夜、飛鳥、耀、翔の四人は興味深く街並みを眺めていた。すると、そこで飛鳥が思い出したように声を上げる。

 

「そういえば、翔君はどうしてあのとき空から降ってきたのかしら?」

「あ、確かに」

 

 飛鳥に同調するように耀も声を上げる。そして四人の視線が翔へと集まる。

 

「ああ、あれはスケボーのテクニックで超加速というのがあってだな」

「「「「あ、もう大丈夫です」」」」

「せめて、せめて説明だけでもさせてよぉッ!!」

 

 翔の必死の懇願によって四人から説明する許可が与えられる。

 

「よ、よし。じゃあ超加速についてだが、いくつか種類があって今回使ったのは壁加速と呼ばれる方法だ。実践すれば早いんだけど、さすがに一日二回も街中でやるのは憚られるからやめておく。方法については壁に向かって二十度ぐらいの角度で走って行ってぶつかる手前でボードを手元に呼び戻すんだ。そうすれば壁にボードがぶつかった際の反作用によって加速させられる」

「「「「ちょっと待て」」」」

「………?なんか変なとこあったか?」

 

 四人を代表して耀が質問してくる。

 

「まず手元にボードを呼び戻すってなに?」

「それはこういうことだ」

 

 ボードを五mぐらい後ろに放り投げる。そして翔がボードに手を向ける。するとボードがひとりでに浮かび上がり翔の手元に戻ってくる。

 

「な?」

「「「「いやいやいや、それはおかしい」」」

「スケーターなら基本テクニックだぞ?スケーターになる際に一番最初に習うことだ」

「じゃあ、反作用って正しく理解してる?」

「………?超加速の原理だろ?スケーターとしての基本知識だ」

「「「「………………………」」」」

 

 自信満々に答える翔に四人全員が「コイツ手遅れだな」という顔をする。

 しかし、彼の世界での作用・反作用はこの理論で大体あっていた。彼の世界のスケーターに同じ質問をすれば半分以上は似たような回答が得られることだろう。

 

「つーか、もう質問がないなら急がないか?店ってことは閉店時間も決まってるんだろ?」

 

 それを聞いた黒ウサギがハッとした様子で、そうでした、と言いながら歩みを早める。

 そして再び街並みに目が行く四人。商店へ向かうペリベッド通りは石造で整備されており、脇を埋める街路樹は桃色の花を散らして新芽と青葉が生え始めていた。

 

「桜の木………ではないわよね?花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの」

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合の入った桜が残っていてもおかしくないだろ」

「あれ?晩夏じゃなかったっけか?」

「………?今は秋だったと思うけど」

 

 ん?っと噛み合わない四人は顔を見合わせて首を傾げる。黒ウサギが笑って説明した。

 

「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など所々違う箇所があるはずですよ」

「「「あー………」」」

「おい。なんでそこで俺を見て納得したような声を出すんだ?」

 

 三人が翔を見て腑に落ちたといったように声を吐き出す。

 

「それってパラレルワールドってやつか?」

「近しいですね。正しくは立体交差並行世界論というものなのですけども………今からコレの説明を始めますと一日二日では説明しきれないので、またの機会ということに」

 

 曖昧に濁して黒ウサギは振り返る。どうやら店に着いたようだ。商店の旗には、蒼い生地に互いが向かい合う二人の女神像が記されている。あれが〝サウザンドアイズ〟の旗なのだろう。

 まあ、彼らはそんなことより今まさに看板を下げる割烹着の女性店員に目がいっただろう。そんな女性店員に、黒ウサギ滑り込みでストップを、

 

「まっ」

「待った無しですお客様。うちは時間外営業はやっていm「すいませーん。ここってあたりめおいてますかー?」………おいてません。それ以前に時間外営業は「あ、じゃあどこならおいてますー?」………知りません!それと時間外営業はやっt「神は死んだッ!!」急になんなんですかこの人は!?」

 

 女性店員の言葉を遮って翔が割り込む。そして他の四人からすれば至極どうでもいいことを聞く。

 あたりめがないという事実に絶望を顕にする翔。「どうして超巨大商業コミュニティがごく普通のあたりめ如きをおいていないんだ!?辛口あたりめはないと悟って妥協してノーマルあたりめを要求しているのにッ!!」と大声で叫びながら店の前で頭を抱えて蹲る翔。

 そんな翔を無視しながら四人が女性店員に文句を言う。

 

「なんて商売っ気の無い店なのかしら?」

「ま、全くです!閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!」

「文句があるならどうぞ他所へ。あなた方は「なあ!なんであたりめおいてないんだよッ!!」「「「黙れ」」」「アッハイ」………あなた方は今後一切の出入りを禁じます。出禁です」

「出禁!?これだけで出禁とか御客様舐めすぎでございますよ!?」

 

 途中なにか幻聴が聞こえたような気もしたが、何事もない様に話を進める四人と女性店員。その足元に真っ白な何かもあるが特に気にしない。

 キャーキャーと喚く黒ウサギに、店員は冷めたような眼と侮蔑を込めた声で対応する。

 

「なるほど、〝箱庭の貴族〟であるウサギの御客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいでしょうか?」

「………う」

 

 一転して言葉に詰まる黒ウサギ。しかし十六夜は何の躊躇いもなく名乗る。

 

「俺達は〝ノーネーム〟ってコミュニティなんだが」

「ほほう。ではどこの〝ノーネーム〟様でしょう。よかったら旗印を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 ぐ、っと黙り込む。黒ウサギが言っていた〝名〟と〝旗印〟がないコミュニティのリスクとはまさにこういう状況のことだった。

 力のある商店だからこそ彼らは客を選ぶ。信用できない客を扱うリスクを彼らは冒さない。

 真っ白に燃え尽きている翔以外の全員の視線が黒ウサギに集中する。彼女は心の底から悔しそうな顔をして、小声で呟いた。

 

「いぃぃぃやほおぉぉぉぉぉぉ!久しぶりだ黒ウサギイィィィィ!」

 

 店の奥から何かが飛んできた。そしてそのままの勢いで黒ウサギに抱きつき、彼女と共にクルクルクルクルクと空中四回転半ひねりして街道の向こうにある浅い水路まで吹き飛ぶ着物風の服を着た真っ白い髪の少女。

 

「きゃあーーーーー…………!」

 

 ボチャン。そして遠くなる悲鳴。

 十六夜達と真っ白に燃え尽きていたはずの翔でさえ目を丸くし、店員は痛そうな頭を抱えていた。

 

「……おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか?なら俺にも別バージョンで是非」

「ありません」

「何なら有料でも」

「やりません」

 

 真剣な表情の十六夜と、真剣な表情でキッパリ言い切る女性店員。二人は割とマジだった。

 そしてそこに先ほどまで何とも言えない雰囲気を醸し出していた翔が店員に話しかける。

 

「………苦労してんだな。愚痴ぐらいなら聞くが?報酬はあたりめでいいが」

「いえ、お気持ちだけで大丈夫です」

 

 女性店員に同情の視線を向ける翔に女性店員は一瞥するだけで対応する。それでも女性店員の雰囲気が和らいだように思える。

 そして一方、フライングボディーアタックで黒ウサギを強襲した白い髪の幼い幼女は、黒ウサギの胸に顔を埋めてなすり付けていた。

 

「し、白夜叉様!?どうして貴女がこんな下層に!?」

「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろに!フフ、フホホフホホ!やっぱり黒ウサギは触り心地が違うのう!ほれ、ここが良いかここが良いか!」

 

 スリスリスリスリ。

 

「し、白夜叉様!ちょ、ちょっと離れてください!」

 

 白夜叉と呼ばれた少女を無理やり引き剝がし、頭を摑んで店に向かって投げつける。

 くるくると縦回転した少女を、十六夜が足で―――

 

「てい」

「ゴバァ!」

「え?」

 

 ―――翔に向かって蹴り飛ばした。

 

「ヘブァ!」

 

 少女が腹部に直撃した翔はそのまま後ろに倒れた。そしてすぐに少女を除けて十六夜に向けて叫ぶ。

 

「俺ってなんかしたかぁ!?」

「「「なんか腹立ったから」」」

「ただの八つ当たりだよねえ、それッ!?」

「「「そうともいう」」」

「やっぱり俺に対してのあたりが強くないッ!?」

 

 その場で怒りを発散するように地団駄を踏む翔。そして翔によって受け止められた(ぶつかった)白夜叉も文句を言う。

 

「お、おんし、飛んできた初対面の美少女を足で蹴り飛ばした挙句人に当てるとは何様だ!」

「十六夜様だぜ。以後よろしく和装ロリ」

「おんしもだ!なぜしっかり受け止めん!」

「ただのスケーターに飛んできた美少女を受け止めるという高等テクは持ち合わせていないんで………ていうかなんで俺が責められてんだ………?」

 

 ヤハハと笑いながら自己紹介する十六夜。そして、何故か受け止め切れなかったことを責められる翔。

 一連の流れ(翔の成敗)に意識が向いていた飛鳥は、思い出したように白夜叉に話しかける。

 

「貴女はこの店の人?」

「おお、そうだとも。この〝サウザンドアイズ〟の幹部様の白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢のわりに発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」

「オーナー。それでは売り上げが伸びません。ボスが怒ります」

 

 どこまでも冷静な声で女性店員が釘を刺す。

 濡れた服やミニスカートを絞りながら水路から上がってきた黒ウサギは複雑そうに呟く。

 

「うう………まさか私まで濡れることになるなんて」

「因果応報………かな」

「ニャニャー」

「リスポーンすれば乾くぞ」

「そんなことができるのは翔さんだけでございますよッ!」

 

 悲しげに服を絞りながらもツッコむのを忘れない黒ウサギ。

 反対に濡れても全く気にしない白夜叉は、店先で十六夜達を見回してニヤリと笑った。

 

「ふふん。お前達が黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元に来たという事は………遂に黒ウサギが私のペットに」

「なりません!どういう起承転結があってそんなことになるんですか!」

 

 ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。何処まで本気かわからない白夜叉は笑って店に招く。

 

「まあいい。話があるなら店内で聞こう」

「よろしいのですか?彼らは旗も持たない〝ノーネーム〟のはず。規定では」

「〝ノーネーム〟だと分かっていながら名を尋ねる、性悪店員に対する詫びだ。身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ」

 

 む、っと拗ねるような顔をする女性店員。彼女にしてみればルールを守っただけなのだから気を悪くするのは仕方がないことだろう。まあ、翔のいた世界ではルールを守りつつも破天荒な方法で勝利するスケーター(ヌケーター)だっていたのだから、それぐらいのことをこの女性店員に密かに期待している翔であった。あと、その人物は言うまでも翔本人であることを追記する。

 そんなことはさておき、女性店員に睨まれながら暖簾をくぐった五人と一匹は、店の外観からは考えられない、不自然な広さを持った中庭に出た。

 正面玄関を見れば、ショーウィンドウに展示された様々な珍品名品が並んでいる。物珍しそうにその品々を眺める四人。

 

「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」

 

 五人と一匹は和風の中庭を進み、縁側で足を止める。翔は足が埋まらないように慎重に行動している。

 障子を開けて招かれた場所は香の様な物が焚かれており、風と共に五人の鼻をくすぐる。

 個室というにはやや広い和室の上座に腰を下ろした白夜叉は、大きく背伸びをしてから十六夜達に向き直る。気がつけば、彼女の着物はいつの間にか乾ききっていた。

 

「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている〝サウザンドアイズ〟幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

「はいはい、お世話になっております本当に」

 

 投げやりな言葉で受け流す黒ウサギ。その隣で耀が小首を傾げて問う。

 

「その外門って何?」

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでいるのです」

「スケーターは住んでる?」

「住んでません!」

 

 競争相手がいないことを寂しく感じる翔をバッサリと切って、黒ウサギは説明を続ける。

 此処、箱庭の都市は上層から下層まで七つの支配層に分かれており、それに伴ってそれぞれを区切る門には数字が与えられている。

 外壁から数えて七桁、六桁、と内側に行くほど数字は若くなり、同時に強大な力を持つ。箱庭で四桁ともなれば、名のある修羅神仏が割拠する完全な人外魔境だ。

 黒ウサギが描く上空から見た箱庭の図は、外門によって幾重もの階層に分かれている。

 その図を見た四人は口を揃えて、

 

「………超巨大タマネギ?」

「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」

「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」

「………三○六の切れ端を食いたくなってきたな」

 

 うん、と頷き合う四人。身も蓋もない感想にガクリと肩を落とす黒ウサギ。

 対照的に、白夜叉は呵々と哄笑を上げて二度三度と頷いた。

 

「ふふ、うまいこと例える。その例えなら今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮の部分に当たるな。更に説明するなら東西南北の四つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は〝世界の果て〟と向かい合う場所になる。あそこにはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持ったもの達が棲んでおるぞ―――その水樹の持ち主などな」

 

 白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。白夜叉が指すのはトリトニスの滝を棲みかにしていた蛇神の事だろう。

 

「して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ?知恵比べか?勇気を試したのか?」

「いえいえ。この水樹は十六夜さんがここに来る前に、蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ」

 

 自慢げに黒ウサギが言うと、白夜叉が驚きの声を上げる。

 

「なんと!?クリアではなく直接的に倒したとな!?ではその童は神格持ちの神童か?」

「いえ、黒ウサギはそう思えません。神格なら一目見ればわかるはずですから」

「む、それもそうか。しかし神格を倒すには同じ神格を持つか、互いの種族によほど崩れたパワーバランスがある時だけのはず。種族の力でいうなら蛇と人とではドングリの背比べだぞ」

 

 神格とは生来の神様そのものではなく、種の最高ランクに体を変幻させるギフトを指す。

 蛇に神格を与えれば巨躯の蛇神に。

 人に神格を与えれば現人神や神童に。

 鬼に神格を与えれば天地を揺るがす鬼神と化すように。

 

「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

「知り合いも何も、アレに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 

 小さな胸を張り、呵々と豪快に笑う白夜叉。

 だがそれを聞いた十六夜は物騒に瞳を光らせて問いただす。

 

「へえ?じゃあオマエはあの蛇より強いのか?」

 

 十六夜のその言葉を聞いた翔は、どうか巻き込まれませんように、と心の中で何度も唱える。

 

「ふふん、当然だ。私は東側の〝階層支配者(フロアマスター)〟だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者なのだからの」

 

 〝最強の主催者〟―――それは翔が今一番聞きたくないし、言って欲しくなかった言葉であった。

 十六夜・飛鳥・耀の三人は一斉に瞳を輝かせた。そしてそれに気づいた翔が頭を抱える。

 

「そう………ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

「無論、そうなるのう」

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

 三人は剥き出しの闘争心を視線に込めて白夜叉を見る。白夜叉はそれに気づいたように高らから笑い声をあげた。

 

「抜け目のない童達だ。依頼しておきながら、私にギフトゲームを挑むと?」

「え?ちょ、ちょっと御三人様!?翔さんも一緒に止めるのを手伝ってください!!」

「え、いや、俺こんなかで一番立場が低いし………」

「それでもですッ!!」

 

 黒ウサギは最後の一人の翔に助けを求める。翔は頭を掻きながら仕方なく三人の説得を試みる。

 

「ハァ………。じゃあ、一応。本当に挑む気か?こんな化け物に?」

「あら?怖いのかしら?」

「怖くはない。だが、お前らが無謀すぎるって言ってんだよ喧嘩売る相手くらいしっかり見極めろ」

 

 翔の言葉にムッとする三人。

 

「へえ?どこが無謀すぎるってんだ?」

「いや、話を聞いてると白夜叉は東側最強だ。そのうえ超巨大商業コミュニティの幹部。それに他者に神格も与えられる存在ときた。そんな奴が生半可な実力しか持ってないなんてありえないと思うんだ。きっとお前らよりもギフトの扱いは起源なんかを知らないより格段に上だろう。そして何より少し考えれば思いつく理由だってのに、今お前らがこんなことにも気づけずに無謀にも挑もうとしてるのはどうかと思う。それは実力をうまく隠せている証拠であり相手に実力差を悟られないほどの実力を持っているという証拠だと考えられる、かな?………以上、長々と失礼しました。あとはお好きにどうぞ」

「「「………」」」

 

 翔の説明を聞いた三人が黙る。そして―――

 

 

「「「なんかムカついたから強制参加で」」」

 

 

 ———翔の参加が決定された。彼はそれを聞くと黒ウサギに詰め寄る。

 

「ほらッ!ほらァッ!!結局こうなっただろうがッ!!なんか俺まで参加することになってるしッ!!?どうしてくれんだよ黒ウサギィッ!!??」

「ひゃあああぁぁぁ!!?申し訳ありません――――!!?」

 

 三人によって無理やり参加を決められる翔。黒ウサギを責めるが、そうしたからといって参加するという決定は覆らない。

 

「もう、よいかの?」

「ああいいぜ」

「構わないわ」

「………うん」

「よろしくない!全ッ然よろしくないッ!!」

「ふふ、そうか。―――しかし、ゲームの前に一つ確認しておく事がある」

「なんだ?」

「えっ!?無視ッ!?俺の意見ってないの!?」

 

 ギャーギャー喚く翔を無視して四人は話を進めていく。

 白夜叉は着物の裾から〝サウザンドアイズ〟の旗印―――向かい合う双女神の紋が入ったカードを取り出し、壮絶な笑みで一言、

 

「おんしらが望むのは〝挑戦〟か――――もしくは、〝決闘〟か?」

 

 刹那、四人の視界が爆発的に変化が起きた。

 四人の視覚は意味を無くし、脳裏を様々な情景が掠めていく。

 黄金色の穂波が揺れる草原。

 白い地平線を覗く丘。

 森林の湖畔。

 記憶にない場所が流転を繰り返す。

 四人が投げ出されたのは、白い雪原と凍る湖畔、そして―――太陽が水平に廻る世界だった。

 

「……なっ………!?」

 

 余りの異常さに、翔を除く十六夜達は同時に息を呑んだ。

 箱庭に招待された時とはまるで違うその感覚は、もはや言葉で表現出来る御技ではない。

 遠く薄明の空にある星はただ一つ。緩やかに世界を水平に廻る、白い太陽のみ。

 まるで星を一つ、世界を一つ創り出したかのような奇跡の顕現。唖然と立ち竦む三人に、今一度、白夜叉は問いかける。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は〝白き夜の魔王〟―――太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への〝挑戦〟か?それとも対等な〝決闘〟か?」

 

 魔王・白夜叉。少女の笑みとは思えぬ凄味に、再度息を呑む三人。

 〝星霊〟とは、惑星級以上の星に存在する主精霊を指す。妖精や鬼・悪魔などの概念の最上級種であり、同時にギフトを〝与える側〟の存在でもある。

 十六夜は背中に心地いい冷や汗を感じ取りながら、白夜叉を睨んで笑う。

 

「水平に廻る太陽と………そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの土地は、オマエを表現してるってことか」

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私がもつゲーム盤の一つだ」

 

 白夜叉が両手を広げると、地平線の彼方の雲海が瞬く間に裂け、薄明の太陽が晒される。

 〝白夜〟の星霊。十六夜の指す白夜とは、フィンランドやノルウェーといった特定の経緯に位置する北欧諸国などで見られる、太陽が沈まない現象である。

 そして〝夜叉〟とは、水と大地の神霊を指し示すと同時に、悪神としての側面を持つ鬼神。

 数多の修羅神仏が集うこの箱庭で、最強種と名高い〝星霊〟にして〝神霊〟。

 彼女はまさに、箱庭の代表ともいえるほど―――強大な〝魔王〟だった。

 

「これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤………?」

「如何にも。して、おんしらの返答は?〝挑戦〟であるならば、手慰み程度に遊んでやる。―――だがしかし〝決闘〟を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか」

「えっ?命と誇りだけでいいのか?」

 

 飛鳥と耀、そして自信家の十六夜でさえ返事を躊躇ったというのに、ただ、ただ一人だけ即座に質問を投げかける者がいた。皆が皆、声のした方へと向く。そこには―――

 

「「「「「…………………」」」」」

「………え?なに?」

 

 ―――上半身だけ地面から出して、下半身が埋まっている翔がいた。

 

「って、なんで埋まっているのでございますかッ!?」

「いや、ほら、あれだ。世界が急に変わったら、スケーターっていうのは埋まるのが、その、常識というかなんというか………」

「そんな常識は知りません!」

「はぁ!?なんで知らないんだよ!?やっぱりこの世界はおかしいッ!!」

「逆切れ!?って、それを言うのであれば、翔さんの世界も大概なのでございますよッ!!」

 

 あーだこーだ、と口論する二人。それを見かねた白夜叉が止めに入る。

 

「そこら辺にしておけ。それよりもおんし。命と誇りだけというのはどういうことだ?」

「え?いや、たとえ死んでも、リスポーンし続ければ俺の命は無限だし、誇りも言うほどないし………。あーでも、〝決闘〟を選んでも敗けることはないが、勝つこともできないか………。それはさすがにな…………。絶対に勝てない勝負に挑むほど無鉄砲でもねえから………。うん、決めた。俺は他の三人に合わせる。だから、答えはそいつらに聞いてくれ」

 

 埋まったまま唸りながら考える翔は、そのように答えた。

 彼の言葉を聞いていた十六夜・飛鳥・耀の三人は死の恐怖を全く持っていない彼に多少の恐れを抱いた。

 なぜ?自分の命を何とも思っていない者を好ましいと思えるか?そんなものは否だ。ましてや痛みにも死にも恐怖を抱かない者など、普通の者からすれば、そんな得体のしれない感性を持つ存在など恐怖の対象でしかない。

 翔の言葉を聞いた白夜叉は少々悲しそうな視線を彼へと向け、目を閉じて小さく頷いた。

 

「………そうか。それよりもまず地面から出たらどうかの?」

「………そうだった。すっかり忘れたよ」

 

 改めてリスポーンして地中から脱する翔。

 

「では、三人に改めて問おうかの。おんしらが選ぶのはどちらだ?」

 

 白夜叉の言葉に三人は、

 

「………今回は黙って試されてやるよ」

「………ええ。私も、試されてあげてもいいわ」

「右に同じ」

「………正直ほっとした。このまま〝決闘〟とか言われたらどうしようかと思ってたわ………」

 

 一連の流れをヒヤヒヤしながら見ていた黒ウサギはホッと胸を撫で下ろす。

 

「ふむ。しかし、どうするかのう?」

 

 白夜叉が扇子を顎に当てて悩む素振りを見せる。とその時、彼方にある山脈から甲高い叫び声が聞こえた。獣とも、野鳥とも思えるその叫び声に逸早く反応したのは、春日部耀だった。

 

「何、今の鳴き声。初めて聞いた」

「ふむ………あやつか。おんしら四人を試すには打って付けかもしれんの」

 

 湖畔を挟んだ向こう岸にある山脈に、チョイチョイと手招きをする白夜叉。すると体長が5mはあろうかという巨大な獣が翼を広げて空を滑空し、風の如く四人の元に現れた。

 鷲の翼と獅子の下半身を持つ獣を見て、春日部耀は驚愕と歓喜の籠もった声を上げた。

 

「グリフォン………嘘、本物!?」

「フフン、如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。〝力〟〝知恵〟〝勇気〟の全てを備えた、ギフトゲームを代表する獣だ」

 

 白夜叉が手招きする。グリフォンは彼女の元に降り立ち、深く頭を下げて礼を示した。

 

「さて、肝心の試練だがの。おんしら四人とこのグリフォンで〝力〟〝知恵〟〝勇気〟のいずれかを比べ合い、背に跨って湖畔を舞うことが出来ればクリア、ということにしようかの」

 

 白夜叉が双女神の紋が入ったカードを取り出す。すると虚空から〝主催者権限〟にのみ許された輝く羊皮紙が現れる。白夜叉は白い指を走らせて羊皮紙に記述する。

 

 

『ギフトゲーム名〝鷲獅子の手綱〟

 

 プレイヤー一覧

   逆廻十六夜

   久遠飛鳥

   春日部耀

   板乗翔

 

 ・クリア条件 グリフォンの背に乗り、湖畔を舞う。

 ・クリア方法 〝力〟〝知恵〟〝勇気〟の何れかでグリフォンに認められる。 

 ・敗北条件 降参、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

〝サウザンドアイズ〟印』

 

「私がやる」

 

 読み終わるや否やピシ!と指先まで綺麗に挙手した耀。彼女の瞳はグリフォンを羨望の眼差しで見つめている。比較的大人しい彼女にしては珍しく熱い視線だ。

 

「ニャー?ニャニャーニャー」

「大丈夫、問題ない」

「ふむ。自信があるようだが、コレは結構な難物だぞ?失敗すれば大怪我では済まんぞ」

「大丈夫、問題ない」

 

 耀の瞳は真っ直ぐにグリフォンに向いている。キラキラと光るその瞳は、探し続けていた宝物を見つけた子供のように輝いていた。隣で呆れたように苦笑いを漏らす十六夜と飛鳥。

 

「OK、先手は譲ってやる」

「気を付けてね、春日部さん」

「負けるなよー」

「うん。頑張る」

 

 三人はそれぞれ思うがままに耀へと声援を投げかける。

 その言葉を背に受け、グリフォンに駆け寄る耀。だが、グリフォンは大きく翼を広げてその場を離れた。

 戦いの際、白夜叉を巻き込まないようにだろう。その程度でどうにかなるような存在でもないが、あのグリフォンにとってはよほどの恩義があるのだろう。

 春日部耀を威嚇するように翼を広げ、巨大な瞳をギラつかせるグリフォンを、追いかけるように春日部耀走り寄った。

 数mほど離れた距離で足を止め、まじまじとグリフォンを観察する。

 鷲と獅子。猛禽類の王と、肉食獣の王。数多の動物と心を通わせてきた彼女だが、それはあくまで地球上に生息している相手に限る。

 箱庭にいる生態系を逸脱した幻獣と呼称されるものと相対するのは、これが初めての経験。まずは慎重に話しかけるようであった。

 

「え、えーと。初めまして、春日部耀です」

「!?」

 

 ビクンッ!!とグリフォンの肢体が跳ねた。その瞳から警戒心が薄れ、僅かに戸惑いの色が浮かぶ。彼女のギフトが幻獣にも有効である証であった。

 

「ほう………あの娘、グリフォンと言葉を交わすか」

「やっぱり幻獣相手でも通じるんだな」

 

 白夜叉は感心したように扇を広げ、声を漏らす。翔は幻獣相手でも関係なく言葉を交わせることに安心した。

 二種の王であるグリフォンの背に跨る方法は二つ。

 一つは、力比べや知恵比べで勝利し、屈服させること。

 二つ目は、王であり誇り高い彼らにその心を認められることだ。

 たとえこの二つ以外の方法でも言葉を交わせるのであれば、自分の有利なように、もとい自分の好きなように交渉を進められるだろう。そして、春日部耀は大きく息を吸って、一息に述べた。

 

「私を貴方の背に乗せ………誇りを賭けて勝負をしませんか?」

「………!?」

「おおう。これまた大きく出たな、おい」

 

 耀がグリフォンに向けて言った『誇りを賭けろ』というのは、気高い彼らにとって最も効果的な挑発だろう。その証拠にグリフォンの声と瞳に闘志が宿る。春日部耀はグリフォンの返事を待たずに交渉を続ける。

 

「貴女が飛んできた山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます。貴方は強靭な翼と四肢で空を駆け、湖畔までに私を振るい落とせば勝ち。逆に私が背に乗っていられたら私の勝ち。………どうかな?」

 

 耀は小首を傾げる。確かにその条件ならば力と勇気の両方を試すことができる。

 だが、グリフォンは如何わしげに大きく鼻を鳴らす。そしてグリフォンが耀に何と返したかは彼女とグリフォン自身にしかわからなかった。だが、耀が次に発した言葉である程度は察しがついた。

 

「命を賭けます」

 

 そう答えた。グリフォンは対価を求めたのだろう。誇りの対価に、耀は何を賭けるのか?そう問われ彼女はすぐに自分の命と答えた。

 その余りに突飛な返答に黒ウサギから驚きの声が上がった。

 

「だ、駄目です!」

「貴方は誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生きていても、私は貴方の晩御飯になります。………それじゃ駄目かな?」

「………」

 

 耀の提案にますます慌てる黒ウサギ。それを白夜叉と十六夜と飛鳥が厳しい声で制す。

 

「これ黒ウサギ、下がらんか。これはあの娘が切り出した試練だぞ」

「ああ。無粋な事はやめておけ」

「そうね。春日部さん自身が決めたことよ。そう簡単には曲げないわ」

「そんな問題ではございません!!同士にこんな分の悪いゲームをさせるわけには―――」

「大丈夫だよ」

 

 耀が振り向きながら黒ウサギに頷く。その瞳には何の気負いもない。むしろ、勝算ありと思わせるような表情だ。

 グリフォンはしばし考える仕草を見せた後、頭を下げて背に乗るように促した。

 耀は頷き、手綱を握って背に乗り込む。鞍がないためやや不安定だが、耀は手綱をしっかり握りしめて獅子の胴体に跨る。

 耀は鷲獅子の強靭で滑らかな肢体を擦りつつ、満足そうに囁く。

 

「始める前に一つだけ。………私、貴方の背中に跨るのが夢の一つだったんだ」

「………」

 

 決闘を前に何を口走っているのやら。グリフォンは苦笑してこそばゆいとばかりに翼を三度羽ばたかせる。前傾姿勢を取るや否や、大地を踏み抜くようにして薄明の空に飛びだした。

 その姿を雪原から見送る五人と一匹。

 

「しょ、翔さんもなんとか言ってくださ………い?」

 

 黒ウサギが翔の方へと振り向きながら抗議の声を上げようとした。………そう、したのだ。

 

「………なんでまた埋まってるんでございますかッ!?」

 

 振り向いた先にいた翔は腰から下が埋まっていた。黒ウサギの叫び声に近いツッコミを聞いた他の者たちも翔の方を見る。翔は慌てながらも説明する。

 

「いや、知るかよ!?俺は普通に立ってただけだぜッ!?おい白夜叉!お前のゲーム盤、地面ヌケやすすぎるだろ!!?」

「それこそ私の知ったことではないわッ!!?それに今までおんしのようになった者など一人も居らんッ!!!」

 

 ギャーギャーと騒ぐ、翔・黒ウサギ・白夜叉の三人。

 そして、十六夜と飛鳥がその様子を遠巻きに見ている。

 

「………なんでさっきアレを怖いと思ったのかしら?」

「ヤハハ!常識が違うからじゃねえか?」

 

 二人は、黒ウサギと白夜叉が翔のことを頑張って引き抜こうとしているのを、笑いながら見守る。

 




彼は至極真面目(意味深)に生きてます。


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第五話 スケーターたるもの滑らずにはいられない

変更点
一部セリフを追加。

………直した意味があったのかは分からない。
ま、まあ、これからも投稿していきますので、よろしくお願いします………。


 耀のギフトゲーム中、黒ウサギが翔を引き抜く努力をしていたり、翔自身がリスポーンして地上に上がろうとしたら逆に首まで埋まるなどがあったが、その状況を見かねた十六夜によって一瞬で引き抜かれ無事に事が済んだ。

 そして、そんなことをしている間にも耀のギフトゲームは終わっていた。

 

「………何かあったの?」

「………いや、もう解決したことだから気にしなくていい………」

 

 耀が小首を傾げて皆に尋ねると無駄に疲れた表情の翔がそう答えた。

 そして話題は耀のギフトの話へと移った。彼女は自身のギフトによってグリフォンの大気を踏みしめる特性をゲームの最中で習得に成功していた。そのギフトとしての力の源は彼女がつけているペンダントのおかげだと答えた。

 

「ほほう………彫刻家の父か。よかったらその木彫りを見せてくれんか?」

 

 白夜叉の要望に頷き、ペンダントにしていた丸い木彫り細工を取り出す。

 白夜叉に渡された手の平大の木彫りを各々が覗き込む。

 翔と飛鳥には何が何だか分かっていないようであったが、白夜叉・十六夜・黒ウサギが各々の見解を述べていく。そして最後に白夜叉が、

 

「ふむ………円形の系統樹か。まさか人の手でここまで独自の系統樹が形作られるとはな。これほどの代物、私が買い取りたいほどだ」

「ダメ」

 

 買い取りたい。この一言を聞いた耀はすぐさま白夜叉から木彫り細工を取り上げる。白夜叉はお気に入りの玩具を取り上げられた子供のようにしょんぼりした。

 

「で、これはどんな力を持ったギフトなんだ?」

「わからん」

 

 白夜叉が一言で切った。確かに現状分かるのは異種族との対話と友になった種から特有のギフトをもらえるの二点だけである。彼女はこれ以上の情報は店の鑑定士か上層の者でしかわからないと答えた。

 

「え?ダメじゃん。今回一応ギフト鑑定を目的に来てるんだが」

 

 翔がここへ来た目的を告げる。それを聞いた白夜叉は、ゲッ、と気まずそうな顔をする。

 

「よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外どころか無関係もいいところなのだがの」

 

 そういって白夜叉は白髪を搔きあげ、着物の裾を引きずりながら四人の顔を両手で包んで見つめる。

 

「………うむ、この三人は素養が高いのが分かる」

 

 そういって、十六夜・飛鳥・耀の三人を指さす。

 

「しかし、おんし。おんしに関して全く分からぬ。素養が低いか高いかどころかその有無でさえもだ。明らかにギフトを所持してるというのに何も分からん。まったく、こんなことは初めてだの」

「………………それは喜ぶべきことなのか?それとも悲しむべきことなのか?」

「わからん」

 

 白夜叉に一蹴されて一気に落ち込む翔。

 だが、ある意味ではそれで正しいのかもしれない。彼の世界では彼の持つギフトと思われているものは誰もが簡単に所有出来る代物だったのだから。素養なんてものは必要ではなかったのかもしれない。

 誰もが彼のようなスケートができる。

 誰もがリスポーンできる。

 誰もが地面に埋まることができる。

 そんな世界だったのだ。

 だが逆に、それならば、なぜ彼が召喚される必要があったのか。

 そんな謎が現れてしまう。別に召喚するのであれば彼である必要が一切ないのだ。その世界には彼以外にも同一のギフトを所有しているものは五万といる。彼以上にスケボーを上手く滑れる者もいれば、彼より超加速で速く滑られる者も彼の世界には存在した。

 

 では、なぜ彼は来てしまったのか?

 

 なぜ彼だったのか?

 

 彼以外ではいけなかったのか?

 

 一同はその理由をいくら考えても答えを導き出すことは終ぞかなわなかった。

 

 しかし、皆は知らない。

 

 翔は別に召喚されたわけではなく、偶々この箱庭に落ちてきただけだと。

 

 そして翔自身もそのことを一同に伝えた気になってしまっていることを。

 

 そんな風に考え込んでいると白夜叉から四人に対して声をかけられる。

 

「ところで、おんしらは自分のギフトの力をどの程度に把握している?」

「企業秘密」

「右に同じ」

「以下同文」

「分からん」

「うおおおおい?いやまあ、仮にも対戦相手だったものにギフトを教えるのが怖いのは分かるが、それじゃ話が進まんだろうに」

「別に鑑定なんていらねえよ。人に値札貼られるのは趣味じゃない」

「俺はどれがギフトとして働いてるのか普通に分からないだけだ」

 

 はっきりと拒絶するような声音の十六夜と、同意するように頷く飛鳥と耀。

 対して、お手上げとでもいうように両手を上げて申し訳なさそうにしている翔。

 そんな翔は白夜叉に話しかける。

 

「なあ白夜叉。本当に少しもわからないか?あの三人はある程度自身のギフトを把握してるとは思うが、本当に俺は自身のギフトというものが一切わからない」

「む?そうなのか?」

「ああ。さっきの地面に埋まったのも元の世界じゃ誰もができたものだ。他の技術全般も元の世界じゃ一般に普及している代物ばかりだ。もしかしたらその技術がギフトとなっているのかもしれない。だが、だからこそ俺はギフトを知ってすっきりさせたいんだ」

「……………」

 

 翔に返答に白夜叉は黙ってしまう。

 

「………まあ、ギフトについては何とかして見せよう。ちょいと贅沢なものだが、コミュニティ復興の前祝いとしては丁度良かろう」

 

 白夜叉がパンパンと柏手を打つ。すると四人の眼前に光り輝く四枚のカードが現れる。

 カードにはそれぞれの名前と、体に宿るギフトを表すネームが記されていた。

 

 コバルトブルーのカードに逆廻十六夜・ギフトネーム〝正体不明(コード・アンノウン)

 

 ワインレッドのカードに久遠飛鳥・ギフトネーム〝威光(いこう)

 

 パールエメラルドのカードに春日部耀・ギフトネーム〝生命の目録(ゲノム・ツリー)〟〝ノーフォーマー〟

 

 レモンイエローのカードに板乗翔・ギフトネーム〝物理演算(デバッグ)〟〝スケーター(ヌケーター)〟〝混沌世界(パーク)〟〝宿敵との共演(ゴミ箱先輩チーッス!)

 

 それぞれの名とギフトが記されたカードを受け取る。

 翔は信じられずに自身のカードをもう一度見る。

 

 

 

 〝宿敵との共演(ゴミ箱先輩チーッス!)

 

 

 

 そして翔はすべてを理解した。自身のギフトというものを。確かにこれは俺以外にいないだろうと腑に落ちた。

 黒ウサギは驚いたような、興奮したような顔で三人のカードを覗き込む。

 

「ギフトカード!」

「お中元?」

「お歳暮?」

「お年玉?」

「………誰か僕を殺して………」

「ち、違い、ってなんで翔さんはこの世の終わりみたいな雰囲気で落ちこんでいるのでございますかッ!?」

 

 納得はしたが、それと同時に一人称が変化するほどの絶望の波が翔を襲った。その理由は単純だ。

 

「いや、うん………自身のギフトはもう全部理解しました………。ごめんな白夜叉………さっき散々言ったことは全部納得したからもういいです………忘れてください………」

「う、うむ、そうか?それならよいのだが………」

 

 どこか遠くで霜降り肉として生まれ変わりたい、と地面に倒れて泣きながら呟く。

 そう。原因は彼の四つ目のギフトの存在が全てである。彼の世界で前者三つ、〝物理演算(デバッグ)〟〝スケーター(ヌケーター)〟〝混沌世界(パーク)〟は誰もが所有するギフトだと思われる。

 しかし、しかしだ。四つ目の〝宿敵との共演(ゴミ箱先輩チーッス!)〟は彼の世界でも彼しか所有し得ないギフトであろう。なにせ、ゴミ箱で実験し、ゴミ箱を利用してトリックを編み出したり、ゴミ箱に百二十六回も挑み、数多くの敗北、ときに勝利を、ときに共闘を重ねてきた人物など、彼以外に存在しているだろうか?いや、彼以外に存在し得ないだろう。

 自身のギフトが分からない。先ほど彼は確かにそういった。だが、今はもうそんなことは言えない。まさかそんなものがギフトと化しているとは、思えないだろう。いや、むしろ誰が思えよう。ゴミ箱と戦い続けたという事実が、ギフトへと昇華しているとは。

 そんな絶望している翔を無視して話を進める五人。

 

「それでこのカードは一体なんなんだ?」

「こ、これはギフトカードといって顕現しているギフトを収納できる超高価な代物です………。耀さんの〝生命の目録〟や水樹も収納可能で、好きな時に顕現でき、ます………。あ、あの、翔さんはどうすれば………?」

「「「放置で」」」

「アッハイ」

 

 倒れたまま延々とリスポーンし続けるという意味不明な行動をしている翔のことを放っておくことを決める四人。

 

「まあ、つまり素敵アイテムってことだろう?」

「はい、もうそれでいいです………」

 

 黒ウサギは絶望している翔を見たせいか気分が沈み、元気がない。

 三人は各々のカードを物珍しそうにみつめる。

 

「我らの双女神の紋のように、本来はコミュニティの名と旗印も記されるのだが、おんしらは〝ノーネーム〟だからの。少々味気ない絵になっているが、文句は黒ウサギに言ってくれ」

 

 その話を聞き、十六夜はカードに水樹を出し入れしている。

 

「おお?面白いな」

「そのギフトカードは、正式名称を〝ラプラスの紙片〟という全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームとはおんしらの魂と繋がった〝恩恵〟の名称。鑑定は出来ずともそれを見れば大体のギフトの正体が分かるというもの」

「へえ?じゃあ俺のはレアケースなわけだ?」

 

 ん?と白夜叉が十六夜のギフトカードを覗き込む。そこには確かに〝正体不明〟の文字が刻まれている。ヤハハと笑う十六夜とは対照的に、白夜叉の表情の変化は劇的だった。

 

「………いや、そんな馬鹿な」

 

 パシッと白夜叉はすぐさま顔色を変えて取り上げる。その雰囲気には尋常ならざるものがあった真剣な眼差しでギフトカードを見る白夜叉。

 ありえん、と呟く白夜叉に対し十六夜は、

 

「なんにせよ、鑑定は出来なかったってことだろ。俺的にはこの方がありがたいさ。現に自分のギフトを知って絶望してる奴もいるしな」

 

 今にも端から灰になり始めて散っていく翔に目を向ける。結局放っておけずにその灰を必死に集めようと奮闘している黒ウサギの姿も視界に入った。

 

「それよりも俺はアイツのギフトの方が気になるがな」

 

 完全に灰になって消え、そのことで焦る黒ウサギを尻目にリスポーンして………何故か大きく分厚い霜降り肉へと変貌している翔へと目を向けたまま言う。

 十六夜は飛鳥と耀の方に目配せをする。そして、十六夜は()のそばに落ちているギフトカードを拾い、そこに白夜叉も加わり四人で目を通す。

 

「「「「………………………」」」」

 

 四人の間に何とも言えない空気が流れる。そして、

 

「……………」

 

 そっと、元の位置にギフトカードを戻した。その際の彼の眼は同情するような哀愁漂うものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 五人と一匹と一枚は暖簾の下げられた店前に移動し、耀たちは一礼した。

 

「今日はありがとう。また遊んでくれると嬉しい」

「あら、駄目よ春日部さん。次に挑戦するときは対等になったときよ」

「ああ。できれば吐いた唾を飲み込むなんて、恰好付かねえしな。次は渾身の大舞台で挑むぜ。もちろんコイツも一緒に連れて来るぜ」

 

 そういって片手に持っている分厚い霜降り肉()をブラブラさせて白夜叉に見せる。

 

「ふふ、よかろう。楽しみにしておけ。………ところで」

 

 白夜叉はスッと真剣な顔で黒ウサギ達を見る。

 

「今さらだが、一つだけ聞かせてくれ。おんしらは自分達のコミュニティがどういう状況にあるか、よく理解しているか?」

「ああ、名前と旗の話か?それなら聞いたぜ」

「ならそれを取り戻すために、〝魔王〟と戦わねばならんことも?」

「聞いてるわよ」

「………。では、おんしらはすべてを承知の上で黒ウサギのコミュニティに加入するのだな?」

 

 黒ウサギはドキリとした顔で視線をそらす。そこで覇気のないか細い声が響く。

 

「………分かってる。全部こいつらが決めたことだ。だから、簡単には曲げないだろうさ………」

 

 そこまで言い、気力を使い果たしたのか意識を手放す霜降り肉()

 

「………そ、そうか。まあ、魔王がどういうものかはコミュニティに帰ればわかるだろ。それでも魔王と戦う事を望むというなら止めんが………そこの娘二人は確実に死ぬぞ」

 

 霜降り肉()が喋ったことに驚きながらも予言するように断言する白夜叉。二人は一瞬だけ言い返そうと言葉を探したが、すぐに翔の言葉を思い出して、口を噤み、冷静になった。

 そして白夜叉は二人に「魔王の前に様々なギフトゲームに挑んで力を付けろ」と告げる。

 

「………分かってるわ。翔君にもいろいろ言われちゃったもの。それぐらいは理解しているわ。そしていずれ貴女のゲームに挑みに行くから覚悟しておきなさい」

「ふふ、望むところだ。私は三三四五外門に本拠を構えておる。いつでも遊びに来い。………ただし、黒ウサギをチップに賭けてもらうがの」

「嫌です!」

 

 黒ウサギは即答で返す。怒る黒ウサギ。笑う白夜叉。店を出た四人と一匹と一枚は不愛想な女性店員に見送られて〝サウザンドアイズ〟二一〇五三八〇外門支店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 白夜叉とのゲームを終え、ようやく復活した翔を加えた五人は噴水広場を越えて半刻ほど歩いた後、〝ノーネーム〟の居住区画の門前に着いた。門を見上げると、旗が掲げてあった名残のようなものが見える。

 

「この中が我々のコミュニティでございます。しかし本拠の館は入口から更に歩かねばならないのでご容赦ください。この近辺はまだ戦いの名残がありますので………」

「戦いの名残?噂の魔王って素敵ネーミングな奴との戦いか?」

「は、はい」

「ちょうどいいわ。箱庭最悪の天災が残した傷跡、見せてもらおうかしら」

 

 黒ウサギは躊躇いつつ門を開ける。すると門の向こうから乾ききった風が吹き抜けた。

 砂塵から顔を庇うようにする四人。視界には一面の廃墟が広がっていた。

 

「っ、これは………!?」

 

 街並みに刻まれた傷跡を見た飛鳥と耀は息を呑み、十六夜はスッと目を細める。しかし翔だけはその光景を見ても表情が変化しなかった。

 十六夜は木造の廃墟に歩み寄って囲いの残骸手に取り、少し握る。すると、木材は乾いた音を立てて崩れていった。

 

「ふむ………。ガルドの話じゃ数年前という話だと聞いたけど、具体的にはいつ襲われたんだ?」

「三年前でございます」

「ハッ、そりゃ面白いな。いやマジで面白いぞ。この風化しきった街並みが三年前だと?」

 

 美しく整備されていたはずの白地の街路は砂に埋もれ、木造の建築物は軒並み腐って倒れ落ちている。要所で使われていた鉄筋や針金は錆に蝕まれて折れ曲がり、街路樹は石碑のように薄白く枯れて放置されていた。

 黒ウサギ・十六夜・飛鳥・耀は複雑な表情で辺りを見ている。そんな中、翔だけは廃墟の一つに歩み寄ると、

 

「むぅ………鉄はほぼ錆だけといってもいいような状態、となると溶かして再利用というのは難しいか。それに木材も触れれば崩れ落ちそうなほど………畑に使うにしても醗酵とか時間がかかるし、半端だと窒素飢餓とかが起きるから素人が扱うには難しいものがあるか………砂は畑の土に混ぜれば使えるかもしれないが、堆肥がないと素人に管理させるのは厳しいし、堆肥の方も値段が分からないな………いずれ街を見て回ってみるか………最悪の場合は自分で一から作るしか………黒ウサギ、土壌もこういう風に被害を受けているのか?」

「え?は、はい」

「そうか………」

 

 そういって頭をガシガシと乱暴に掻いて困ったような表情をする。

 

「予想以上に厳しい状況だなぁ………。それなら土壌の回復からやらないといけないか………腐葉土とかをどっかから持ってくるか………ハア、そのうえこんな状況にした魔王ともいずれ対決するとなるとなおさら………いや、でもそれもまだ先の話になるかもしれないし、今は無視して考えても構わないか………ならコミュニティの発展に集中しても特に問題は―――」

「「「「……………………」」」」

「ん?………なんだよその顔は?」

 

 四人は翔のことを驚いた表情で見つめている。それを難しそうな顔で見つめ返す。

 

「ず、随分と考えていらっしゃるのですね………?」

「元々そのために呼ばれたんだ。コミュニティのことを考えるのは当たり前だろ。それに俺は前に出て戦うタイプじゃないし、こういうところで役に―――」

「嘘だな」

「嘘ね」

「嘘」

「嘘でございますね」

 

 即座に四人にバッサリと切られる翔。それを顔を引きつらせながらも笑いながら答える。

 

「四人して酷くないっすかねえ?」

「死んでも生き返る時点で戦闘チートだと思うが?」

「………………………むぅ、一理ある」

 

 十六夜の弁に渋々だが納得してしまい、ぐぬぬと呻く翔。

 

「ハァ………黒ウサギ。そろそろ先に進みたいんだが、案内の続きを頼めるか?」

「あ、はい!こちらです!」

 

 先ほどの複雑な表情が完全に消えた黒ウサギは四人を先導して風化した街を進む。飛鳥と耀も先ほどの暗い表情が綺麗に消えて意気揚々と黒ウサギについていく。四人の中で流れていた暗い雰囲気を翔が一瞬にして変えてしまった。それを彼が狙ってやったのか、はたまた彼の性格ゆえの偶然なのか。それは翔本人にしかわからないだろう。そして翔も三人に続いて進んでいく。そんな中、十六夜だけは翔の背中を見つめていた。

 

「ハッ、魔王も大概だが、アイツ自体も想像以上に面白そうじゃねえか………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、水樹を貯水池に設置したのを見届けた四人は屋敷に移動する。もうそのころには既に夜中になっていた。女性陣は既に貴賓室を出て湯殿へと向かった。十六夜も野暮用で貴賓室を出て屋敷の外へ出ていった。だが、翔も少しやりたいことがあり屋敷の外へ出て、敷地内の場所を一部借りている。

 

「………ふぅ、オブジェクトの配置はこんなもんか?」

 

  翔の目の前にはスケボーのセクションであるプラットホーム付きでフラット面が広い【ランプ】が出来上がっている。そう。やりたいこととはスケボーの練習である。本来ならば埋め込み式が望ましいのだが、人様の敷地でさすがにそこまで烏滸がましいことをするわけにはいけないので自重している。

 一日一滑り。それが彼がスケーターとして心がけている事である。今日はまだ滑っていなかったのだ。したことといえば、ゴミ箱に挑み敗北したり、フラットトリックを披露したり、地面に埋まったりしただけだ。………壁加速?あんなものは滑ったことに含まん。

 

「………よし!滑るか!」

 

 翔は早速プラットホーム部分に昇り、ボードのテール部分をコーピングに掛け、グーフィースタイルでの後ろ足、つまり左足で固定する。これはドロップインと呼ばれる前段階だ。そこからデッキ部分に右足を乗せ、重心を移動させる。そして、アール部分を降りていき―――

 

 

「アシクビヲクジキマシタ―――――!!?」

 

 

 ―――思い切り、足を挫いた。捻挫(グリッチョ)だ。おまけにこけた際に頭部を強打し、死んでしまう。

 

「なぜだ………?準備運動が足りなかったというのか………?」

 

 リスポーンした翔はそんなことを口にする。………むしろ、それしか原因がないと思うのだが。なぜなら、彼は滑る前に準備運動を一切していない。

 ならば、なぜ「した」と口にしたのか。

 それは………オブジェクトを動かした程度のことを準備運動と宣っているだけである。

 今度はしっかり足首を軽く回してほぐしてからドロップインの体勢を再びとる。

 

「よし!今度こそ!」

 

 重心を移動させ、ランプへと身を乗りだ「ズドガァン!」したと同時に転び、再び死にリスポーンする。

 今度の原因は言うまでもなく今の爆発音だ。こちらにまで衝撃が届き、振動と驚愕により転んでしまったのだ。その際に今度は首の骨を折ってしまう。

 

「…………………………………」

 

 無言で立ち上がり三度目の挑戦。こめかみに見えた青筋はきっと気のせいであろう。再び足首の柔軟をしっかりやってから、ドロップイン。

 まずは斜面(アール)を滑り降り、フラット面で【キックフリップ】。反対側の斜面(アール)は登り切らずにターンし、フラット面で【ヒールフリップ】。

 最初の斜面(アール)に戻ってくると、ランプの淵のパイプ(コーピング)にボード部分を固定してフェイキーで降りる【インターフェイキー】。そのままフラット面で【フェイキーオーリー】を決めると、減速したのを補うためにランプの淵のパイプ(コーピング)での【ハンドプラント】の体勢を取り始める。重心をデッキの真ん中に落とし、右手でボードのデッキの中心を掴むとランプの淵(リップ)に左手をついて逆立ちする。そこから勢いよくボードから斜面(アール)へと突入する。そのまま反対側の斜面(アール)を勢いのまま登り切ってボードごと空中に身を投げ出す。そして空中で360°回転し、ランプへと着地―――

 

 

「ボードが埋まったああああぁぁぁぁ―――――――!!!?」

 

 

 ―――できなかった。いや、正しくは着地したが

 着地したと同時にボードのノーズ部分が斜面(アール)をすり抜けて埋まってしまったのだ。

 

「おいいいぃぃぃ!!なんで!なんでだよッ!!なんでそこで埋まるんだよおおおぉぉぉ!!!もっと頑張れよッ!!お前の本気はこんなもんじゃねえだろッ!?まだそこまで高難度なトリック決めてないだろッ!!それなのに、それなのにどうして途中で滑ることを諦めて埋まってるんだよおおおおぉぉぉぉッッッ!!!!!!」

 

 身を放り出されてボードと共にリスポーンした翔はボードの目の前でうわあああああぁぁぁぁぁッッッ!!!と両拳を地面へと打ち付けながら絶叫する。

 そして一頻り絶叫した翔は仕方なくオブジェクトを消して、地面をプッシュで滑りフラットトリックを決める事でこの日は我慢した。

 ちなみにこの翔の叫び声は別館の子供達にも聞こえ、そのせいでひどく怖がらせてしまったとして翌朝になり黒ウサギによって大目玉を喰らったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ———〝フォレス・ガロ〟・居住区画前。

 翌日、ガルド=ガスパーとのゲームのため、〝フォレス・ガロ〟へ赴いた六人。

 

「………んで、来たはいいけどこの木々はなんだ?見るからにおかしいんだが」

 

 居住区画は森のように豹変しているのだ。ツタの絡む門を見ながら翔が呟く。

 

「………ジャングル?」

「虎の住むコミュニティだしな。おかしくはないだろ」

「いえ、翔さんの言う通りです。〝フォレス・ガロ〟のコミュニティの本拠は普通の居住区だったはずです」

「………俺が言ってんのはそういう事じゃないんだが………まあいいか」

 

 翔は小声でそう呟くと、脈動する木々から視線を外して門柱に貼られている〝契約書類〟を剝がして手に取る。

 

「うっわ………だる………」

「あら、どうかしたのかしら?」

 

 他の五人も翔の持つ〝契約書類〟を覗き込む。

 

 

『ギフトゲーム名〝ハンティング〟

 

・プレイヤー一覧 久遠飛鳥

         春日部耀

         板乗翔

         ジン=ラッセル

         

・クリア条件 ホストの本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐。

・クリア方法 ホスト側は指定した特定の武具でのみ討伐可能。指定武具以外は〝契約(ギアス)〟によってガルド=ガスパーを傷つける事は不可能。

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

・指定武具 ゲームテリトリーにて配置。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、〝ノーネーム〟はギフトゲームに参加します。

                          〝フォレス・ガロ〟印』

 

 

「ガルドの身をクリア条件に………指定武具で打倒!?」

「ああ。想像以上にめんどくさいな。だが、こんな博打じみたことはしねえ奴だと思ってたんだがな………」

 

 ジンの焦った声と翔の嫌そうな声が入り混じる。飛鳥は心配そうに問う。

 

「このゲームはそんなに危険なの?」

「そんなことはない。が、ルールが厄介だ。鬱陶しいのは指定武具でしか傷つけることができないという一点だけだ」

「ええ。まさか〝恩恵〟ではなく〝契約〟によって自身を守らせるなんて………」

「すいません、僕の落ち度でした。初めに〝契約書類〟を作ったときにルールもその場で決めてしまえば―――」

「だーじょうぶだって!勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ!ガキがそんな辛気臭い顔してんじゃねえよ!」

 

 ジンの言葉を遮るようにジンの頭を乱暴に撫でながら言う翔。

 

「わっ!?ちょ、ちょっと!なにするんですか!?」

「どうせコイツ程度のハンデありのゲームをクリアできないようじゃ、未来なんてねえよ」

 

 一転して真面目な口調に変わった翔が言う。ジンがその豹変ぶりに驚く。

 

「お前がリーダーとしてやっていくならしっかり覚悟を持て。お前はこれから全員を引っ張っていかなきゃいけないんだ。判断を誤るな。驕るな。常に冷静でいろ。常に考えろ。思考を止めるな。リーダーとしてするべきこととは何か、何が必要かを。そして、もし今後また、自身の決定を思い返して悔やむようなら、俺はお前をリーダーと認めないし、コミュニティを抜ける。わかったな?」

「………はい」

 

 翔の言葉に先ほどよりも引き締まった表情で頷くジン。

 

「よーし!気も引き締まったところでそろそろ突撃しますかー!」

 

 伸びをして体をほぐす翔。その言葉に飛鳥と耀も頷く。

 

「頑張る」

「ええ。あの外道のプライドを粉砕してやりましょう」

 

 そして参加者四人は門を開けて突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 門の開閉がゲームの合図だったのか、生い茂る森が門を絡めるように退路を塞ぐ。

 光を遮るほどの密度で立ち並ぶ木々。街路と思われるレンガの並びは下から迫り上げる巨大な根によってバラバラに分かれていた。

 緊張した面持ちのジンと飛鳥に、耀が話しかける。

 

「大丈夫。近くには誰もいない。匂いで分かる」

「あら、犬にもお友達が?」

「うん。二十匹ぐらい」

 

 耀のギフトはこのような状況の時はかなり頼りになるだろう。

 

「詳しい位置は分かりますか?」

「それは分からない。でも風下にいるのに匂いがないから、どこかの家に潜んでる可能性は高いと思う」

「俺もその可能性に一票」

「でも一応外から探しましょう」

 

 四人は森を散策し始める。奇妙な木々は家屋を吞みこんで生長したらしく、住居のほとんどが枝や根に食い破られていた。そんな家屋を見た翔は、

 

「………勿体無いなー。持って帰ったらまずいかね?」

「絶対にやめてください」

 

 ジンによって釘を刺される。

 

「とはいえこんなに見て回って何も見つからんなら屋内だな」

「そうね。ヒントも武器らしいものも見つからないわね」

「もしかしたらガルド自身がその役目を担っているのかもしれない」

 

 これだけ散策して何もないという事は、やはり耀の嗅覚と翔の言った通り屋内に潜んでいるのだろう。

 

「耀。どこかの建物内に影はあるか?」

 

 翔は樹の上にいる耀に問いかける。すると、彼女は頷き樹を飛び降りてくる。

 

「本拠の中に見えた。目で確認したから間違いないと思う」

 

 猛禽類を彷彿させる金の瞳で話す耀。その視線の先は本拠を見据えていた。

 

「じゃあ確認しに行くか」

 

 四人は警戒しつつ本拠の館をへ向かい始めた。

 

「あ、そうだ。お前ら」

「「「………?」」」

「いざとなれば容赦なく俺をおいて逃げろ」

「ちょっ!?なにを言ってるんですか!?」

「至極真面目なことを言っている。俺はいくら死んでも問題はないが、お前らは違う。ただ、それだけだろう。飛鳥と耀もいいな?」

「うん。分かった」

「ええ。そうさせてもらうわ」

「二人まで!?」

 

 翔の言葉に頷く二人を見て驚くジン。

 

「いいか?ジン。これは単純な計算だ。お前らの残機は一つに対して俺の残機は無限だ。それなら誰が囮や足止めをするかなんてのは明白だろう」

「うっ………で、ですが、それでも仲間を見捨てるなんてッ!?」

「いつかリーダーとしてそういう状況におかれるかもしれないんだ。ならば、今のうちに俺で練習して忌避感を和らげておけ。別に冷酷になれとか仲間を捨て駒に出来るようになれとかって言っているわけではないんだ。即座に判断・決定できるよう判断力を身につけろと言っているんだ。まあ最善なのはそういう状況に陥らないようにお前が盤面をコントロールすることだ。リーダーとして、な。ゲームの参加は今回が初めてのようだから仕方ないが、確実に身につけなきゃいけない力だ。そして今回、万が一の最善は俺がガルドを引き寄せることだ。俺ならば怪我をしても死ぬこともないしリスポーンすれば怪我は消えるんだからな。わかったか?」

「………」

 

 翔のその言葉に黙ってしまうジン。しかし納得したわけではないようだ。人として、リーダーとして、何かしら思うことがあったのだろう。

 

「リーダーは皆を引っ張る存在、でも、ないな。あれ?俺の知ってるリーダーって、スケボーしかしない無能だったような………。ん?じゃあ、リーダーってなんだ?仕事を他人任せにする存在か?」

「ええっ!?」

「すまん、ジン。さっき言ったことは忘れてくれ。俺の知ってるリーダー的存在が、全く参考にならないという事実が発覚した。つまりそれは、俺の言っていること全てが、参考にならないという事にもとれる。というわけで忘れてくれ」

「いや、えっ!?さっきまでかなりいいこと言ってたじゃないですか!?」

「おいおい、ジン。もう本拠の目の前でそんな大声出して見つかったらどうするんだ?」

「エッ!?これって僕が悪いんですか!?」

 

 〝フォレス・ガロ〟の本拠に着く。虎の紋様を施された扉は無残に取り払われ、窓ガラスは砕かれている。豪奢な外観は塗装もろともツタに蝕まれて剝ぎ取られていた。

 

「ガルドは二階にいた。入っても大丈夫」

 

 内装も荒れ果て酷いものだ。贅を尽くして作らせた家具は打倒されて散在している。

 流石に飛鳥・耀・ジンの三人はこの舞台に疑問を持ち始めていた。

 

「この奇妙な森の舞台は………本当に彼が作ったものなの?」

「その可能性は低いかもな。このゲーム自体がまずおかしいしな」

「あら、そうなの?」

「三人から見てガルドはこんな博打を打つように見えるか?勝てばいいけど、敗北の条件が自身の討伐なんて。死んだら敗け。逆に敗けが死だ。まあ生き残っても自身の犯した罪のせいで死ぬかもしれないから自棄になった、と考えればありえなくもないから断言は避けるが………それでも、こんなゲームを考えられる頭はないと思うんだけどなあー。単純に物量で押し切るとかそういう手を取ってくるとか考えてたんだが………」

 

 これ以上の考察は出来ない、と申し訳なさそうに頭を掻く翔。

 

「………もしかして指定武具の場所とかも見当がついてるの?」

「俺だったら自分で持つか部下に持たせてそこら中を走りまわさせてるかな?でも、外に人の気配がなかったことから十中八九ガルドが持っているか傍に置いていると考えて、二階。傍に置いてるなら背後に置くだろうな」

「………?なんで背後?」

「獣人だからな。獣形態のときの方が身体能力は高いだろうって思っただけだ。でも、そうしたら武具の類は持てないから背後だと思ったんだ。でも大半が仮説だから、三人には本当に申し訳ないね」

「「「………」」」

「………またその顔ですかぁ?なに?俺ってそんな何も考えてなさそうに見えんの?」

「「「うん」」」

 

 敵地だというのに地面に手をついて落ち込む翔。

 

「い、いや、うん。これから挽回していけばいいんだ、うん。………よし落ち着いた!これから二階に上がる。が、ジンはここで待て」

「え?な、なんでですか?」

「一応、退路の確保、なんて言ってみるが、お前がここに居た方が好ましい状況になるかもしれないってだけ」

「は、はあ………」

「それに率先してリーダーが危険な場所に突っ込んでいくのはいかがなものかと考えて」

 

 そういってケラケラ笑う翔。

 

「んじゃま、作戦とも言えない作戦発表!武具を取って逃げる、以上!」

「………そ、それだけ?」

「ぶっちゃけるとここで戦うよりは外の方がマシ。それにガルドのいる部屋に入ると突っ込んでくるだろうし。分担としては俺が壁、耀が武具の確保、飛鳥が退路の確保、ってところ」

「「「………」」」

「それじゃあ、怪我しないように行ってみようか~」

 

 間延びした声で意気揚々と二階へと昇っていく翔。

 

「あっ!ちょ、ちょっと!?」

「待って。もっと慎重に」

 

 焦った様子で翔を追いかける二人。そんな二人を無視した様子でどんどん進んでいく翔。そして扉の前で立ち止まる。追い付いた二人も扉の両脇で待機する。

 

「………準備は?」

「………いいわ」

「………大丈夫」

 

 二人が頷くのを確認すると、翔は扉に手をかけ開け放つ―――

 

「どッせい!!」

「………ッ!?」

 

 ―――と同時に耀を斜め上へと投げ飛ばした。そしてガルドの突進をスケボーのデッキで受け止める。

 

「飛鳥は階段からッ!耀は武具を確保後に窓からッ!それぞれ退避し合流しろッ!!」

「「ッ!」」

 

 翔の声にそれぞれが跳ね飛ばされるように行動を起こした。飛鳥は来た道を走って引き返し、ジンと共に館を後にする。翔によって投げ飛ばされた耀も着地と同時にガルドの背後にあった白銀の十字剣を手に取って窓が割れている部分から外へと脱した。

 

「………ッ!?」

 

 翔が押さえているガルドが二人の後を追おうとするが、翔がそれを許さない。

 

「お前はこれでも被ってろッ!!」

 

 そういって彼はガルドにオブジェクト召喚で出したバケツを被せる。

 

「目潰しには気を付けようってか!じゃあな!」

 

 すると彼はリスポーンして消えていった。ここまでの道中でマーカーを置ける部分があったのでそこに置いてあったのだ。それにより彼はこの館から脱した。

 

「—————………GEEEEEYAAAAAaaaa!!!」

 

 虎の怪物の怒りに塗れた声が館に響いた。

 

「おお、怖ッ!さっさと合流しまs―――」

 

 すぐさま館から飛び出してきたガルドが翔に焦点を合わせて突進してくる。

 

「………でええぇぇぇすよねええええぇぇぇぇ!!!??【ポセイドン】んんんんぅぅぅぅ!!!」

 

 ボードを放り出し、ジャンプ。最高点に達したときにボードを呼び戻す。すると、

 

「ハッハアアァァ!!超加速だあああぁぁぁ!!!ほらクソ虎ァ!!追い付けるものなら追い付いて「GEEYAAAAaaaa!!!」ごめん!やっぱ今の言葉はなしでッ!!?」

 

 普通についてこられる速度だったようだ。きっとジャンプ力が足りなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 翔の指示で館から脱した飛鳥・耀・ジンの三人は何とか館の外で合流することに成功していた。

 誰にも怪我はなく、無事であるようだ。

 

「翔君以外は何とか合流できたわね」

「うん。でも、大丈夫かな?」

「確かに心配ですね………」

 

 翔のことを心配する耀とジン。そんな二人に対して飛鳥は微笑みながら話す。

 

「大丈夫よ。死んでも死なないんだからそのうちひょっこりどこかから出て―――「ぎゃあああぁぁぁぁ!!!?来んなあああぁぁぁ!!!!沸点低すぎんだよこの脳筋ニャンコがッ!!!」「GEEEYAAAAaaaa!!!!」「って、うわあああぁぁぁ!!!俺が悪かったからもう勘弁してくれえええぇぇぇぇ!!!!」―――ほら、目の前を通っていったわ」

「………本当だ。元気そうだったね」

「そ、そんなこと言ってる場合ですか!?早く助けないと!!」

「「少しぐらいは平気」」

「飛鳥さんに耀さんッ!?」

 

 しばらく、ガルドに追われる翔を観戦していた二人であった。

 

 




【霜降り肉】チートコマンドのアレ。

【無駄にある畑知識】参考にしたあの人もやってたからいいよね!

【グーフィースタンス】右足を前に置くスタンス。

【ランプ】アールと呼ばれる湾曲面と平らなフラット面、上部にはプラットホームがあるセクション。

【プラットホーム】上部の平らな場所。

【フラット(面)】平らな場所。ランプの底の部分も言うが普通の平面な場所のことも指す。

【フラットトリック】平面な場所で行うトリック。

【コーピング】アールとプラットホームの接点となるパイプ。

【グリッチョ】捻挫。しっかり準備運動をしましょう。本来は迅速な処置が必要。

【キックフリップ】オーリー時にノーズ(デッキの前足側)を擦りあげた足を使い、そのままノーズを蹴りぬきデッキ(板の部分)を自身のお尻側に一回転させるトリック。

【ヒールフリップ】オーリー時にノーズを擦りあげた足を使い、そのままノーズを蹴りぬきデッキを自身のお腹側に回転させるトリック。

【インターフェイキー】アールやミニランプのコーピング部分にデッキのボード部分を固定し、そのままフェイキースタンスで滑り下りるトリック。

【ハンドプラント】ノーズ側の手でデッキの中心を掴み、テール側の手をつき逆立ちするトリック。

【ポセイドン】言わずと知れたアレ。


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第六話 スケーターは意図せずしてヌケるもの

 ガルドとのゲームは翔とガルドが追いかけっこしている隙をついて耀と飛鳥が連携してとどめを刺した。その間、翔はずっと追われ続けていた。

 門柱のところまで戻ってきた飛鳥・耀・ジン、そして耀に引き摺られた土気色の翔の四人は、十六夜と黒ウサギと合流する。

 

「………いいか、ジン。覚えて、おけ。これが、俺の扱いだ………君もこういう風に、使ってくれて、構わない………リスポーンす、れば肉体疲労、も関係ない、からな………だが、こいつら、には限度というもの、を知ってもらいたいが、な………」

「は、はい………」

「あら、失礼ね。だから翔君の限界を見極めてあげたじゃない」

 

 息も絶え絶えな翔を見て、戸惑いながらも頷くジン。そんな翔に笑いながら話しかける飛鳥。

 言葉の意味合いが大分違うと思いながらもなんとか意識を手放さないようにする翔。

 

「ふ、ふふ………そう、か。………ああ、はやくかえって、やすみたい、なぁ………」

 

 今にも消えそうな掠れた声で呟く翔。実際リスポーンすれば肉体疲労は消えるが、今回はそれ以上に精神疲労が限界を超えているようだ。

 その様子を見た五人はさすがにマズイと思ったのか、

 

「わ、私は翔さんを先に屋敷へと連れて帰りますね」

「ああ。早く休ませてやれ」

「そうね。翔君はよく頑張ってくれたもの」

「うん。あとは私達でやっとく」

「はい。それでは!」

 

 四人に見送られて翔を抱えた黒ウサギは先に本拠へと帰還した。

 

「にしても、どうしてガルドは私たちを狙わずに翔君だけを狙ったのかしら?」

「あん?どういうことだよ?」

「私達、何度かガルドに攻撃しようとして失敗した」

「それでもガルドは私たちではなく翔君を執拗に追ったのよ」

「失敗したときは、こっちに来るかもってすごく焦ったけど、全然私たちに見向きもしなかった」

「………なんだそりゃ?攻撃してきた相手を無視してまで逃げ続けるアイツを追い続けたのか?」

 

 十六夜の問いに頷く二人。

 ゲーム時のガルドは獣の本能が全面に出ていた。そんな状態で攻撃を加えてきた相手を無視するとは思えなかった。

 

「翔さんが敵の注意を引き付けるようなギフトを持っているとかは………?」

「………分からねえな」

「うん。全く読めない」

「そうね。理解しようとも思わないけれど」

 

 三人が口を揃えてジンの疑問に答える。

 

「アイツのギフトの四つのうちのどれかにそういう効果もあるってことは十分にあり得る」

「でも、名前だけじゃ判断付かないわね」

「うん。ただでさえ変なギフトばかりだったから、なおさら分からない」

 

 情報のない中、知恵を絞る四人。しかし、考えても答えは出て来ないので、あとで本人に問いただせばいいという結論に達し、その話題をやめる。

 

 その後、〝フォレス・ガロ〟の解散令が出され、脅されていたコミュニティに〝名〟と〝旗印〟を返還した。

 十六夜の演説の成果もあり、宣伝効果は上々のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 やることが全て終わり本拠に戻った十六夜、飛鳥、耀、ジンの四人は翔の容態を一応確認しに行く。

 しかし館の中にはいないようなので、黒ウサギに翔の居場所を聞く。

 

「翔はどうしたんだ?」

「え、えっとですね。よくわからないのですけど―――」

 

 黒ウサギの話だと、翔は水を飲んですぐに滑りに行ってくる、とだけ告げて、姿を消したらしい。何処に行くのかなどの詳しい場所は言わずに。しかも黒ウサギの目の前で忽然と姿を消したらしい。

 

「………一番怪しいのはアイツの〝混沌世界(パーク)〟っていうギフトだな。字面だけ見るなら白夜叉のゲーム盤とかそういう世界に行く類のものだと考えてるんだが」

「や、やっぱり十六夜さんもそう思いますか?」

「ああ。………まあ、アイツのことだ。そのうち帰ってくるだろ」

 

 全員特に心配することもなく、その場は解散となった。

 

 

 

 そして一方、当の本人である翔はというと………。

 

「………………………………………」

 

 いつもの黄色いパーカーではなく赤いTシャツを着ている彼はひどく落ち込んでいた。その理由は先ほどのゲームが原因―――

 

 

「ヤバい………超上級トリック【オイシイウメシュ】ができなくなってる?………………マズイぞ、これはスランプという奴なのだろうか………………?」

 

 

 ―――というわけではない。彼は純粋に以前出来ていたトリックが成功しなくて落ち込んでいるのだ。

 だが、【オイシイウメシュ】は普通のトリックではないし、彼の世界にしか存在していないものだ。そのうえ彼の世界でも成功率は低くとても珍しいトリックだ。彼も成功率でいえば百回に一回できればいい方である。だが、現在の試行回数は既に数千を超えていた。

 

「どうしてだ………?パークの設備や形態も変えてまで試しているというのに………」

 

 だが、そこで彼は思い出した。【オイシイウメシュ】がどういう状況で成功したのかを。

 

「はっ!あれが成功したのはいずれも屋外だった!ならパークから出て試行回数を伸ばせば、成功するのかもしれない!?そうと決まれば、こんなとこに引きこもってないで、さっさと戻って試してみないと!」

 

 そう決意した彼は、パークを出て本拠のそばの空地へと出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝ノーネーム〟・本拠三階、談話室。

 そこには十六夜と黒ウサギの二人が仲間が景品に出されるゲームのことを話していた。十六夜が参加してくれると聞いて大歓喜していた黒ウサギは、申請から戻ると一転して泣きそうな顔になっていた。

 

「ゲームが延期?」

「はい………申請に行った先で知りました。このまま中止の線もあるそうです」

 

 黒ウサギはウサ耳を萎れさせ、口惜しそうに顔を歪めて落ち込んでいる。

 十六夜は肩透かしを食らったようにソファーに寝そべった。

 

「なんてつまらない事をしてくれるんだ。白夜叉に言ってどうにか出来ないのか?」

「無理でしょう。どうやら巨額の買い手が付いてしまったそうですから」

 

 十六夜の表情が目に見えて不快そうに変わった。人の売り買いに対する不快感ではない。

 一度はゲームの景品として出したものを、金を積まれたからといって取り下げるのはホストとしていいことではない。十六夜は盛大に舌打ちし、〝サウザンドアイズ〟を貶す。そのいい様に黒ウサギは仕方ないですよ、と達観したように言う。

 

「〝サウザンドアイズ〟は群体コミュニティです。白夜叉様のような直轄の幹部が半分、傘下のコミュニティの幹部が半分です。今回は傘下コミュニティの幹部、〝ペルセウス〟。それに双女神の看板に傷が付くことも気にならないほどの金やギフトが対価ならばゲームの撤回もするでしょう」

 

 十六夜以上に悔しさを感じている黒ウサギが言う。今回は純粋に運がなかったと諦めてしまう。

 

「まあ、次回に期待するとしよう。ところでその仲間ってのはどんな奴なんだ?」

「そうですね………スーパープラチナブロンドの超美人さんですかね。指を通すと絹糸みたいに肌触りが良くて、湯浴みの時に濡れた髪がキラキラするのです」

「へえ?よくわからんが見応えありそうだな」

 

 その時、窓のある方から声がかけられる。

 

「お話のところ悪いけど、話題の人物っぽい人が来たぞ?」

「「………ッ!?」」

 

 その方向には壁から仰向けで上半身だけ出している翔がいた。

 

「翔さん!もう戻って………って、なんでまた埋まっているのでございますか!?」

「いや、あるトリックの練習中に………。って、そんなことよりもお客様だ」

 

 そういって翔は隣の窓を指さす。その方向には一人の少女が窓の外で、細くきれいな指で頬を搔き、戸惑いながら佇んでいた。

 

「いや、うん、まあ………とりあえず開けてくれないか?」

「だそうだ。じゃあ、俺は練習に戻るから、後は頼んだ」

 

 それだけ告げるとリスポーンによって姿を消す翔。彼が案内した少女は今まさに話題にしていたスーパープラチナブロンドの髪を持った少女であった。

 

「レティシア様!?」

「様はよせ。今の私は他人に所有される身分だ。〝箱庭の貴族〟ともあろうものが、モノに敬意を払っていては笑われるぞ」

 

 黒ウサギが錠を開けると、レティシアと呼ばれた金髪の少女は苦笑しながら談話室に入る。

 

「こんな場所からの入室で済まない。ジンに見つからずに黒ウサギと会いたかったんだ」

「そ、そうでしたか。あ、すぐにお茶を淹れるのでお待ちください!」

 

 黒ウサギは嬉しそうに小躍りするようなステップで茶室に向かう。

 十六夜の存在に気が付いたレティシアは、彼の奇妙な視線に小首を傾げる。

 

「どうした?私の顔に何か付いているか?」

「別に。前評判通りの美少女だと思って。目の保養に観賞してた」

 

 十六夜の真剣な回答だったのだが、レティシアは心底楽しそうな哄笑で返す。

 口元を押さえながら笑いを噛み殺し、なるべく上品に装って席に着いた。

 

「ふふ、なるほど。君が十六夜か。白夜叉の話通り歯に衣着せぬ男のようだ。では外にいた彼は翔か。彼もまた白夜叉の話通り、何をするか読めない男だったな。案内を頼んだら、『………あそこらへん?とりあえずついてきて』とだけ言い、妙な板に乗ってここまで飛んだ挙句、壁に突き刺さったのだからな」

「あれはただの頭のイイ馬鹿だ。案外、白夜叉と似た者同士かもしれないぞ?」

「ふむ。否定できんな」

「そこは翔さんの名誉のために否定しましょうよ………」

 

 紅茶のティーセットを持ってきた黒ウサギが呆れた表情で入ってくる。

 温められたカップに紅茶を注ぐ際には、少し疲れた表情を浮かべていた。

 

「それに翔さんが白夜叉様と似ているのでしたら、私の苦労が二倍になってしまうじゃないですか」

「ふふ、それもそうだな」

 

 再び、楽しそうに笑うレティシア。

 

「それで、どのようなご用件ですか?」

 

 レティシアは現在、他人に所有される身分。その彼女が主の命もなく来て、そのうえジンに見つかりたくないと言っていた。ならばただ会いに来たという話ではないだろう。

 

「用件というほどのものじゃない。新生コミュニティがどの程度の力を持っているのか、それを見に来たんだ。ジンに会いたくないのは合わせる顔がないからだよ。お前達の仲間を酷使させる結果になってしまった。………とはいえ、当の本人は元気そうだったから、何とも言えないが」

 

 ガルドとのゲームの際の木々は彼女の仕業のようだ。

 彼女は鬼種の中でも個体が最も少ない一つとされる吸血鬼の純血。その性能は世間一般に知られているものとさほど変わりないだろう。大きな相違点を挙げるとすれば、互いの世界における吸血鬼の思想だろう。

 箱庭創始者の眷属であるウサギが、〝箱庭の貴族〟と呼ばれるように。

 箱庭の世界でのみ太陽を浴びられる彼らは〝箱庭の騎士〟と称される。

 太陽の光を浴び、平穏と誇りを胸に生活できる箱庭を守る姿から、吸血鬼の純血は〝箱庭の騎士〟と呼び称されるようになったのだ。

 

「吸血鬼?なるほど、だから美人設定なのか」

「は?」

「え?」

「あ、そうなんだ」

「って、またですか翔さん!?」

 

 先ほどとは違う場所からうつ伏せで上半身を出している翔がいた。

 

「いや、さっきは狙ってやったけど今回は普通に事故だ。じゃあ、俺は消えるから続けてどうぞ」

 

 そういってまたリスポーンで消える翔。それを呆れたように見つめる黒ウサギと十六夜。まだ不慣れなレティシアは、驚きを隠しきれていなかった。

 十六夜は視線をレティシアへと戻すと、話を続けるように促す。

 

「………悪い。邪魔が入ったが、続けてくれ」

「あ、ああ。………実は黒ウサギ達が〝ノーネーム〟としてコミュニティの再建を掲げたと聞いた時、なんと愚かな真似を………と憤っていた。それがどれだけ茨の道か、お前が分かっていないとは思えなかったからな」

「……………」

「だが、ようやく接触するチャンスを得た時に、看過できぬ話………神格級ギフト保持者が、黒ウサギの同士としてコミュニティに参加したと耳にした」

 

 黒ウサギの視線が反射的に十六夜に移る。

 

「そこで、私は一つ試してみたくなった。その新人たちがコミュニティを救えるだけの力を秘めているのかどうかを」

「結果は?」

 

 黒ウサギが真剣な双眸で問う。レティシアは苦笑しながら首を振った。

 

「生憎、ガルドでは当て馬にもならなかった。ゲームに参加していた女性二人はまだ青い果実で判断に困る。………それに、もう一人の彼はなおさら判断に困る。ふざけているのか、はたまた本気なのか。それが分からない。実力もまた同じだ。こうして足を運んだはいいが、私はお前達に何と言葉をかければいいのか」

 

 自分でも理解できない胸の内にまた苦笑する。十六夜は呆れたようにレティシアを笑う。

 

「違うね。アンタは言葉をかけたくて古巣に足を運んだんじゃない。古巣の仲間が、自立した組織としてやっていける姿を見て安心したかっただけだろ?」

「………ふっ。そうかもしれないな」

 

 自嘲気味に笑いながら首肯するレティシア。

 危険を冒してまで古巣に来た彼女の目的は、何もかも中途半端になってしまっているのだ。しかし十六夜は軽薄な声で続ける。

 

「その不安、払う方法が一つだけあるぜ」

「何?」

「実に簡単な話だ。アンタは〝ノーネーム〟が魔王を相手に戦えるかが不安で仕方ない。ならその身で、その力で試せばいい。———どうだい、元・魔王様?」

 

 スッと立ち上がる。十六夜の意図を理解したレティシアは一瞬唖然としたが、すぐに哄笑に変わった。弾けるような笑い声を上げたレティシアは、涙目になりながら立ち上がる。

 

「ふふ………。なるほど。それは思いつかなんだ。実に分かりやすい。下手な策を弄さず、初めからそうしていればよかったなあ」

「ちょ、ちょっと御二人様?」

 

 雲行きの怪しくなってきた会話に疑問を持つ黒ウサギ。

 ようするに、十六夜とレティシアの二人が力試しを行う。ただそれだけである。

 ルールは両者が一撃ずつ撃ち合い、最後に立っていた方の勝利というもの。

 笑みを交わした二人は窓から中庭へ同時に飛び出した。

 開け放たれていた窓は二人を遮る事無く通す。窓から十間ほど離れた中庭で向かい合う二人は、天と地に位置していた。

 

「へえ?箱庭の吸血鬼は翼が生えてるのか?」

「ああ。翼で飛んでいる訳ではないがな。………制空権を支配されるのは不満か?」

「いいや。ルールにはそんなのなかったしな」

 

 飄々と肩を竦める十六夜。立ち位置的には十六夜が不利。しかし、彼は別段それを口にせず構える。

 満月を背負うレティシアは微笑と共に黒い翼を広げ、己のギフトカードを取り出した。

 ギフトカードが輝き、封印されていたギフトが顕現する。

 光の粒子が収束して外角を作り、突然爆ぜたように長柄の武具が現れる。

 

「互いにランスを一打投擲する。受け手は止められねば敗北。悪いが先手は譲ってもらうぞ」

「好きにしな」

 

 投擲用に作られたランスを掲げる。

 

「ふっ――――!」

 

 レティシアは呼吸を整え、翼を大きく広げる。全身を撓らせた反動で打ち出すと、その衝撃で空気中に視認できるほど巨大な波紋が広がった。

 

「ハァア!!!」

 

 怒号と共に放たれた槍は瞬く間に摩擦で熱を帯び、一直線に十六夜に落下していく。

 流星の如く大気を揺らして舞い落ちる槍の先端を前に、十六夜は牙を剝いて笑い、

 

「カッ―――――しゃらくせえ!」

 

 殴りつけた。

 

「「———は………!??」」

 

 素っ頓狂な声を上げるレティシアと黒ウサギ。

 しかしこれまた比喩ではない。他に表現の仕様もない。鋭い先端はたった一撃で拉げ、ただの鉄塊と化し、さながら散弾銃のように無数の凶器とレティシアに向けられたのだ。

 レティシアも避けようとするも体が動かなかった。そして彼女に着弾―――

 

「「あ」」

「え?」

「ん?」

 

 ———する直前、レティシアの前に板に乗った赤い何かが出現した。

 

「ゴベフッ!?」

 

 そう。翔だ。

 彼は全身の骨が砕けながらも、鉄塊をしっかりと受け止めて落下していく。

 なぜいるのか?なぜ間に合ったのか?

 それは彼は【オイシイウメシュ】の練習中に、不覚にも別のトリックを繰り出してしまったことに他ならない。

 そのトリックは【瞬間移動】。だが、それは場所もランダムで、どこに出るかもわからない制御不能の妙技だ。

 彼の本当に偶然の成功だった。タイミングも偶然であった。そのうえ場所までもが、偶然レティシアの目の前だったというだけ。しかし、その偶然の一致が、レティシアを救ったのだ。

 

「まさか、私を庇ったのか………?」

 

 レティシアは驚きながらもそう呟く。

 その声を聞いた十六夜・黒ウサギ・地で蹲る翔は否定の声を上げる。

 

「いや、偶然だと思うぞ?」

「偶然だと思います」

「ほ、本人からも、証言………偶然、です………」

「そ、そうか………」

 

 まさに死にかけの翔からも言われて、何とも言えない表情で納得するレティシア。

 翔は痛みから解放されるためにマーカーを置き、リスポーンする。

 

「本当に偶然だったんだ………トリックの練習をしていたら、何故かあそこにいたんだ。あれはきっと、伝説とまで言われたトリック、【瞬間移動】なんだろうな………」

「どうやったら、スケートボードの練習をしていて瞬間移動するのでございますか!?」

「これがスケーターの為せる奇跡ってやつだよ、黒ウサギ君。覚えておきたまえ」

「何様ですか!?」

「スケーター様だ」

 

 ワーワーと口論をする翔と黒ウサギ。そこにレティシアが歩み寄り、翔のそばまで行くと、頭を下げる。

 

「偶然だとしても、助かったのは事実。感謝する」

「いや、別にいいって。黒ウサギの昔の仲間なんだろ?なら俺も偶然とはいえ、助けられてよかったよ」

 

 それじゃ、俺は練習に戻ると言ってその場を去っていった。

 

「それで、レティシア様。少々失礼いたします」

「く、黒ウサギ!?」

 

 隙を見て黒ウサギはレティシアのギフトカードを掠め取る。

 黒ウサギは抗議には乗らず、レティシアのギフトカードを見つめ震える声で向き直る。

 

「ギフトネーム・〝純血の吸血姫〟………やっぱり、ギフトネームが変わっている。鬼種は残っているものの、神格が残っていない」

「っ………!」

 

 さっと目を背けるレティシア。歩み寄った十六夜は白けたような呆れた表情で肩を竦ませた。

 

「なんだよ。もしかして元・魔王様のギフトって、吸血鬼のギフトしか残ってねえの?」

「………はい。武具は多少残してありますが、自身に宿る恩恵は………」

 

 十六夜は隠す素振りもなく盛大に舌打ちした。

 

「まあ、詳しい話は屋敷に戻ってからにしようぜ」

「………そう、ですね」

 

 二人は沈鬱そうに頷くのだった。

 そして、屋敷に戻ろうとした黒ウサギ達三人。異変が起きたのはその時だった。

 顔を上げると同時に遠方から褐色の光が三人に射し込み、レティシアはハッとして叫ぶ。

 

「あの光………ゴーゴンの威光!?まずい、見つかった!」

 

 焦燥の混じった声と共に、レティシアは光から庇うように二人の前に立ち塞がる。

 光の正体を知る黒ウサギは悲痛の叫びを上げて遠方を睨んだ。

 

「ゴーゴンの首を掲げた旗印………!?だ、駄目です!避けてくださいレティシア様!」

 

 黒ウサギの声も虚しく、褐色の光を全身に受けたレティシアは瞬く間に石像となって横たわった。更に光の射し込んだ方角から、翼の生えた空駆ける靴を装着した騎士風の男たちが大挙して押し寄せてきたのだ。

 

「いたぞ!吸血鬼は石化させた!すぐに捕獲しろ!」

「例の〝ノーネーム〟もいるようだがどうする!?」

「邪魔するようなら斬り捨てろ!」

 

 空を駆ける騎士達の言葉を聞いた十六夜は不機嫌そうに、尚且つ獰猛そうに笑って呟く。

 

「参ったな、生まれて初めておまけに扱われたぜ。手を叩いて喜べばいいのか、怒りに任せて叩き潰せばいいのか、黒ウサギはどっちだと思う?」

「と、とりあえず本拠に逃げてください!」

 

 黒ウサギが慌てて十六夜を本拠に引っ張り込むと、空の軍団の中から三人が降り立ち、石化したレティシアを取り囲む。十六夜達は扉の内側から外の様子を窺った。

 騎士風の男達は石になったレティシアを取り囲むと安堵したように縄をかけ始める。

 

「これでよし………危うく取り逃すところだったな」

「ああ。台無しになれば〝サウザンドアイズ〟に我ら〝ペルセウス〟の居場所は無くなっていたぞ」

「それだけじゃない。箱庭の外とはいえ、交渉相手は一国規模のコミュニティだ。もしも奪われでもしたら―――」

「箱庭の外ですって!?」

 

 黒ウサギの叫びに、運び出そうとしていた男たちの手が止まった。

 邪魔者と認識していた〝ノーネーム〟の叫びに、彼らは明らかな敵意を込めて見る。

 

 

 と、その瞬間。空の軍団の下から、妙に手足の長い赤い服を着た何かが飛来する。

 

 

「「あっ」」

「え?」

『『『『『ん?』』』』』

 

 手足が伸縮、もとい【ゲッダン】しながら翔が空の軍団へと突っ込んでいく。そして、

 

『『『『『うわああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!?』』』』』

「なんで、空にこんなたくさんの人がいんだよおおおおぉぉぉぉぉ!!?」

 

 そう。またしても翔だ。

 思いもよらない場所からの襲撃(?)だったため、避けることも反撃することも出来ずに、百人ほどいる騎士風の男たちは全員が、彼の伸びた手や足や首によって薙ぎ倒されながら、地面に落ちていく。

 地面に落とされた騎士風の男の一人がリスポーンした翔に向かって叫ぶ。

 

「き、貴様ッ!?我らが誰かわかっているのかッ!?」

「んなもん知るかッ!!むしろスケーターのそばの上空にいるお前らが悪いんだよ!!スケーターの半径50m以内の地上、及びその上空にいたら巻き込まれるなんて常識だろ!?そんなところにいるってことは、アンタら巻き込まれる覚悟があったってことなんだろ!!?そうだろ!?」

「し、知らん!!そもそもそんな常識なんぞ、この箱庭には存在していないッ!!」

「ここは〝ノーネーム〟の敷地だ!!だったら郷に入っては郷に従えよッ!!」

「勝手にそんな常識を此処で作らないでくださいませッ!!!」

 

 騎士風の男達と共に黒ウサギも翔に向かって叫ぶ。

 

「もう少しで成功しそうだったっていうのに――――――――!!!」

 

 地面に向かって叫ぶ翔。その光景に唖然とする一同。

 そんな中、リーダー風の男が最も早く、その場の状況を整理したようだ。

 

「………ハッ!邪魔は入ったが、吸血鬼は回収できた!帰還するぞ!!」

「なっ!?待ちなさい!!」

 

 その声を皮切りにして騎士風の男たちはその場から姿を消す。その場からいなくなったわけではない。ただ見えなくなっただけだ。しかし黒ウサギの目は誤魔化されない。

 

「まさか、不可視のギフト!?」

「〝ペルセウス〟ってコミュニティが俺の知るモノと同じなら、間違いなくそうだろうよ。………しかし、箱庭は広いな。空飛ぶ靴や透明になる兜が実在してるんだもんな」

「………そんな変な奴らに、俺は邪魔されたのか………」

「さすがに、お前に変とは言われたくないと思うぞ?」

「申し訳ありませんが、黒ウサギもそう思います」

「………みんなが俺に冷たい………」

 

 さらに落ち込む翔。その様子をもう見慣れたというように流す二人。

 

「まあ、今はやめとけ。俺はいいけど、〝ノーネーム〟と〝サウザンドアイズ〟が揉めたら困るんだろ?」

「そっ………それは、そうですが」

「詳しい話が聞きたいなら順序を踏むもんだ。事情に詳しそうなやつが他にいるだろ?」

 

 はっと思い出す。レティシアを連れてきたのが白夜叉なら、詳しい事情を知っているかもしれない。

 

「他の連中も呼んで来い」

「え?は、はい。分かりました」

 

 そうして、十六夜、飛鳥、耀、翔、黒ウサギ、ジンの六人は〝サウザンドアイズ〟二一〇五三八〇支店を目指す、のだが、

 

「………誰かしら?こんなところに気持ちの悪い石像を置いたのは?」

「あっ、それ俺」

「「「「「………」」」」」

「いや、そんな『お前、こんな趣味してんの?』的な視線を向けないでもらえます?ていうか、置いたのが俺って意味じゃなくて、その石像自体が俺って意味で言ったわけであって………」

「えっ?………あっ、翔さんもゴーゴンの威光を受けてしまったのでございますか!?」

「何それ?あの光ってそんな名前なの?なんか奇妙な光を受けて、石になったからリスポーンしたんだけど、何故か石像はそのまま残ったんだが………」

「「「「「………」」」」」

 

 五人は件の石像へと目を向ける。

 しかし、翔が自分であると言っている割には、その石像はなんとも歪であった。手足や首は伸びて、体は捻じれて、関節は増え、膝が背中へと貫通している、そんな石像だ。

 つまり、翔はこう言いたいのだ。

 スケボーの練習の際に、運悪く【ゲッダン】した瞬間にゴーゴンの威光を受けた、と。

 それを聞いた五人は、

 

「………これ、どうするんですか?」

「………一応、持っていく?」

「………そうね。交渉に使えるかもしれないし」

「………そうでございますね。ないよりはあった方がマシだと思います」

「じゃあ、そうすっか。翔、運搬頼んだぞ」

「………やっぱり、俺が運ぶんだな………」

 

 この歪な石像を()()()、持っていくことにした。

 翔が石像を運ぶ役割を担って、今度こそ六人は〝サウザンドアイズ〟二一〇五三八〇支店を目指したのだった。




【ガルドが翔しか狙わなかった理由】スケーターが怒らせたNPCは無駄にしつこい。つまりはそういう事。

【オイシイウメシュ】服が爆発して梅干しのように見えるアレ。梅酒は関係ない。

【瞬間移動】スケーターに稀によくある謎の移動。

【ゲッダン】攻撃範囲が広がり、不規則な動きで相手を翻弄するスケーター流戦闘術(嘘)。本当はSkate3でお約束のアレ。

【リスポーンしても残る石像】石化したらどうなるか悩んだ結果。石化を解いたら、その場で一瞬で消えると思われる。思われるだけ。




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第七話 ゲーム盤にはバグが満載

今回で原作一巻終了です!


 …………………………どうして、こんなことになってしまったのでしょう?

 

 黒ウサギは心の中で、そんな風に思っていた。

 

 なぜ?それは目の前の光景を見ている全員が思っていることで、答えを教えてほしい事だろう。

 

 困った原因?誰もが予測できない行動をする人物が一人いるだろう?

 

 そう。―――

 

 

「おい!どういうことだ!?ド腐れ外道坊っちゃん!?」

「ぼ、僕が知るかッ!?君の要望通りのことをしただけだ!!というかド腐れ外道坊っちゃん!?」

「それがどうしてこうなるんだよ!?能無しチャラ男!?」

「だから、それは知らないって!?って能無しチャラ男!?」

「クソッ!どうして、どうして………!?」

 

 

 

「「どうして、俺が二人になっちまうんだよ!?」」

 

 

 

 ———翔だ。ただし、今は二人いる、という状況だが。

 まあ、彼が二人いる理由は少し時間を遡って説明しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほんの数十分前。

 〝サウザンドアイズ〟の門前に着いた六人を迎えたのは、例の不愛想な女性店員だった。

 

「お待ちしておりました。中でオーナーとルイオス様がお待ちです」

「場所は何処だ?」

「離れの家屋です」

「ん、分かった」

 

 率先して翔が女性店員と話して、面倒事にならないようにする。女性店員は翔の引き摺っている。そのまま六人は店内に入り、中庭を抜けて離れの家屋に向かう。

 中で迎えたルイオスは黒ウサギを見て盛大に歓声を上げた。

 

「うわお、ウサギじゃん!うわー実物初めて見た!噂には聞いたいたけど、本当に東側にウサギがいるなんて思わなかった!つーか、ミニスカにガーターソックスって随分エロいな!ねー君、うちのコミュニティに来いよ。三食首輪付きで毎晩可愛がるぜ?」

 

 ルイオスは地の性格を隠す素振りも無く、黒ウサギの全身を舐めまわすように視姦してはしゃぐ。黒ウサギは嫌悪感でさっと脚を両手で隠すと、飛鳥と耀も壁になるように前に出た。

 

「これはまた………分かりやすい外道ね。先に断っておくけど、この美脚は私達のものよ」

「うん。だから誰にも渡さない」

「そうですそうです!黒ウサギの脚は、って違いますよ飛鳥さんに耀さん!!」

 

 突然の所有宣言に慌ててツッコミを入れる黒ウサギ。

 そんな二人を見ながら、十六夜は呆れながらもため息をつく。

 

「そうだぜ二人とも。この美脚は既に俺のものだ」

「そうですそうですこの脚はもう黙らっしゃいッ!!!」

「よかろう、ならば黒ウサギの脚を言い値で」

「売・り・ま・せ・ん!あーもう、真面目なお話をしに来たんですからいい加減にしてください!黒ウサギも本気で怒りますよ!!」

「馬鹿だな。怒らせてんだよ」

 

 スパァーン!とハリセン一閃。今日の黒ウサギは短気だった。

 

「皆さん………」

「ジン。これがあの三人の平常運転だ。お前がコイツらをまとめるんだ」

「すみません。僕では無理です」

「君ならそういってくれると信じていた。これから頑張ってくれたまえ」

「いま僕、無理って言いましたよね!?」

 

 そんな五人のやり取りを見ているジンと翔もどこかズレたやり取りをしていた。

 七人のやり取りを唖然と見つめていたルイオスは、唐突に笑いだした。

 

「あっはははははははは!え、何?〝ノーネーム〟っていう芸人コミュニティなの君ら。もしそうならまとめて〝ペルセウス〟に来いってマジで。道楽には好きなだけ金をかける性分だからね。生涯面倒見るよ?勿論、その美脚は僕のベッドで毎夜毎晩好きなだけ開かせてもらうけど」

「お断りでございます。黒ウサギは礼節も知らぬ殿方に肌を見せるつもりはありません」

 

 嫌悪感を吐き捨てるように言うと、隣で十六夜がからかう。

 

「へえ?俺はてっきり見せる為に着てるのかと思ったが?」

「ち、違いますよ!これは白夜叉様が開催するゲームの審判をさせてもらう時、この格好を常備すれば賃金を三割増しすると言われて嫌々………」

「ふぅん。………おい白夜叉」

「なんだ小僧」

 

 キッと白夜叉を睨む十六夜。両者は凄んで睨み合うと、同時に右手を掲げ、

 

「超グッジョブ」

「うむ」

 

 ビシッ!と親指を立てて意思疎通する二人。そこにいつの間にか姿を消していた翔が声をかける。

 

「おーい。店員さんから許可をもらって、店内の客間を貸してもらえることになったから、今からそっちに………なんかあったのか?黒ウサギが項垂れてるけど」

「い、いえ。なんでもないです」

 

 一度仕切り直す事になった一同は、〝サウザンドアイズ〟の客室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 座敷に招かれた六人は、〝サウザンドアイズ〟の幹部二人と向かい合う形で座る。長机の対岸に座るルイオスは舐めまわすような視線で黒ウサギを見続けていた。

 黒ウサギは悪寒を感じるも、ルイオスを無視して白夜叉に事情を説明する。

 

「———〝ペルセウス〟が私たちに対する無礼を振るったのは以上の内容です。ご理解いただけたでしょうか?」

「う、うむ。〝ペルセウス〟の所有物・ヴァンパイアが身勝手に〝ノーネーム〟の敷地に踏み込んで荒らしたこと。それらを捕獲する際における暴挙。確かに受け取った。謝罪を望むのであれば後日」

「結構ですあれだけの暴挙、我々の怒りはそれだけでは済みません。〝ペルセウス〟に受けた屈辱は両コミュニティの決闘を持って決着をつけるべきかと」

 

 両コミュニティの直接対決。それが黒ウサギの狙いだった。

 レティシアが敷地内で暴れまわったというのは勿論ねつ造だ。しかし彼女を取り戻すためにはなりふり構っていられる状況にはない。使える手段は全て使う必要があった。

 

「〝サウザンドアイズ〟にはその仲介をお願いしたくて参りました。もし〝ペルセウス〟が拒むようであれば〝主催者権限〟の名の下に」

「いやだ」

 

 唐突にルイオスは言った。

 

「………はい?」

「いやだ。決闘なんて冗談じゃない。それにあの吸血鬼が暴れまわったって証拠があるの?」

「それなら彼女の石化を解いてもらえば」

「駄目だね。アイツは一度逃げ出したんだ出荷するまで石化は解けない。それに口裏を合わせないとも限らないじゃないか。そうだろ?元お仲間さん?」

 

 嫌味ったらしく笑うルイオス。筋が通っているだけに言い返せない。

 

「そもそも、あの吸血k「あっ、その嫌味、長くなるようなら、先に俺の石化を解いてもらってもいい?」

 

 ルイオスの言葉を遮って、翔が割り込む。

 

「………は?別にお前は石になってないじゃん」

「いや、そこはほら、ギフトの関係上で。ていうか、お前らのせいで石になってんだから、そんぐらいしてくれよ」

「………チッ。まあいいよ。その石像は何処にあるわけ?」

「お、アザっす。じゃ、持ってくる」

 

 客室を出て、ゲッダン状態の自身の石像を持ってくる。

 

「これだ」

「………生きてんの、これ?」

「さあ?解いたら分かんじゃね?」

 

 ケラケラ笑いながら、ルイオスに話しかける翔。

 不審に思いながらも渋々翔の石化を解く。

 

 

「………」

「………」

「「「「「「「…………………」」」」」」」

「「………なんで!?」」

「おいオマエ!お前誰だよ!?」

「俺は翔だろう!そういうお前こそ誰だ!?」

「俺だって翔だ!」

 

「「………おい!ルイオス!!これはどういうことだ!?」」

 

 

 

 そして、冒頭の話へと戻る。

 

 

 

「クソッたれ!?なんで、あんなにゲッダンして生きてんだよ!?」

「知るか!?俺が聞きてえよ!!マジでどうして生きてんの!!?」

 

 石だった方も石ではなかった方も騒がしく、ギャーギャーとルイオスに詰め寄りながら、動き回っている。

 と、その時。

 ゴトリ、と音を立てて石ではなかった翔の懐から何かが落ちる。

 それを飛鳥が拾い、翔に手渡す。

 

「翔君。これ落ちたわよ?」

「ん?………あっ、悪い。ありが―――」

「ちょっと待て」

 

 しかし、翔の手に渡る直前で十六夜によって横取りされる。

 

「おい!?何しやが―――」

「これを使ったのはいつだ?」

 

 手に持ったものを見せながら、持ち主である翔に尋ねる。

 

「え?あー、今日………というよりは、ついさっきだな。大抵、練習のときに使ってるから」

「そうだよな。それ以外では滅多に使わねえし」

「「………」」

 

 その道具の名称・用途を知っている十六夜と耀は黙っている。

 そして、

 

「ちょっとそこの馬鹿二人。動くな」

「じっとしてて」

 

 二人は拳を握り締めながら立ち上がり、翔に近寄る。

 それを見た翔達は冷や汗や脂汗をかきながら、尋ねる。

 

「………あ、あの?俺ら何かしました?」

「………き、記憶には何もないんだけど?」

「今回は何もしてないのが原因だから、そうだろうな」

「うん。どうして、黙ってたの?―――この、ビデオカメラのこと」

 

 そう。翔が落としたのはスケボーの練習の際によく使っている、ビデオカメラだ。

 そのビデオカメラには勿論、先ほどの練習風景も撮影しているし、失敗したら本拠に飛んでいくという事も分かってからは、その方向も映るようにもう一台新たに設置していた。

 つまり、彼の、いや、彼らのカメラには〝ペルセウス〟が〝ノーネーム〟に対してやったことが全て映っているのだ。………無論、翔が〝ペルセウス〟の人たちにやったことも映っているのだが。

 

「いや、必要ないかなぁ………なんて………」

「大したものなんて………その、映ってないと思って………」

 

 二人の翔が交互に、忘れていた、とは正直に告げずに言い訳を口にする。しかし、それが彼らの受難の始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 ドゴッメキャッバキッゴンッガンッドンッギンッゴキッドパァンッ!!!

 ※言い訳だとバレバレな二人が、容赦のない制裁を与えられています。そのままでしばらくお待ちください。

 

 

 

 

 

 

「「ふぅ………」」

「「ふぉうふぃわふぇ(申し訳)あふぃふぁふぇんれふぃふぁ(ありませんでした)………」」

 

 

 二人の容赦のない攻撃によって、顔面をパンパンに腫らし、包帯だらけの二人の翔が、回らない口で謝罪を口にする。

 

「さっき使ってたのは、これで全部か?」

「「ふぁい(はい)ふぉうれふ(そうです)………」」

 

 正座で座らされている二人は十六夜の問いに頷く。そのことに満足した十六夜と耀は改めてルイオスに向き直る。

 

「さて、この馬鹿は放っておいて………この中に証拠がある」

「吸血鬼がコミュニティを襲った証拠も、〝ペルセウス〟が〝ノーネーム〟の敷地内で暴れた証拠も」

 

 十六夜の持つカメラには、レティシアが十六夜に向かってランスを投擲した瞬間が映し出されている。

 対して耀の持つカメラには、翔がゴーゴンの威光によって石になる瞬間が映し出されている。

 二人はルイオスを見つめながら笑い、

 

「「さあ、どうする?/どうするの?」」

 

 嫌味ったらしい声で問うた。

 先ほどの嫌味ったらしい顔はどこへやら、悔しそうな顔をしている。

 

「………チッ。………わかった。決闘を受ける」

 

 この状況では不利だと気づいたルイオスは渋々といった感じで決闘を了承する。

 

「開催は一週間後。ゲームの内容はこっちで決めさせてもらう。場所は〝ペルセウス〟の本拠だ。それでいいな?」

「ああ。構わないぜ」

「………どうやら、話はまとまったようじゃな。では、これにて解散としよう」

 

 そうして、〝サウザンドアイズ〟の幹部二人を交えた話し合いは、幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、翔の受難は終わっていなかった。

 なぜか行きより増えた七人で本拠に戻り、屋敷の談話室に一度集まると、飛鳥、耀、黒ウサギによって包囲された、二人のボロボロの翔。

 

「「………」」

「「「…………」」」

「「なんでせうか?」」

「とりあえず、正座しなさい」

「「なんで!?」」

「いいから黙って正座してくださいやがれデス。翔さん方」

「「黒ウサギ、なんか口調おかしくない!?」」

「………黙って、正座」

「「………………はい」」

 

 翔達は女性たちのもの言わせぬ圧力に屈した。

 どうやら先ほどの制裁では足りなかったようだ。

 そこからは、女性三人によるがみがみと説教タイムであった。

 なぜ、ビデオのことを忘れていたのか、から始まり、なぜ思い出せなかったのか、どうして説明しなかったのか、次からは気を付けてください、などのことを延々と言われていた。

 その度に、申し訳ございません、反省しています、はい次からは気を付けます、と定型文のようなことを言い続ける翔達。

 その途中で、

 

「俺よ………俺は、もう限界だ。あとは、任せた………ガクッ」

「ちょっ!?こんな状況で俺を一人にしないでくれよ!?」

「あら、反省が足りないみたいね?」

「どうやらそのようでございますね」

「………徹底的にやる」

 

 このように唐突に石化していた方の翔が消えていったが。女性陣三人はそんなことは露程も気にせずに説教を淡々とする。

 その女性たち三人と翔の様子を十六夜とジンは遠くから見守っていた。

 

「………さすがに、今回は翔さんが悪いですね」

「ああ。そうだな」

 

 ヤハハ、と笑いながら本拠の屋敷にある自室へと帰っていった。

 ジンも女性陣に囲まれる翔を一瞥すると、談話室を後にした。

 

 

 そんな翔は女性陣が睡魔に襲われるまで、解放されることはなかったそうだ。

 

 〝ペルセウス〟とのゲームまであと一週間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間という時間があっという間に過ぎ、〝ペルセウス〟とのゲーム当日。

 

『ギフトゲーム名〝FAIRYTALE in PERSEUS〟

 

・プレイヤー一覧 逆廻十六夜

         久遠飛鳥

         春日部耀

         板乗翔

 

・〝ノーネーム〟ゲームマスター ジン=ラッセル

・〝ペルセウス〟ゲームマスター ルイオス=ペルセウス

 

・クリア条件 ホスト側のゲームマスターを打倒

・敗北条件  プレイヤー側ゲームマスターによる降伏。

       プレイヤー側のゲームマスターの失格。

       プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

・舞台詳細・ルール

  *ホスト側ゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない。

  *ホスト側の参加者は最奥に入ってはならない。

  *プレイヤー達はホスト側の(ゲームマスターを除く)人間に姿を見られてはいけない。

  *姿を見られたプレイヤー達は失格となり、ゲームマスターへの挑戦資格を失う。

  *失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うだけでゲームを続行できる。

  

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、〝ノーネーム〟はギフトゲームに参加します。

                              〝ペルセウス〟印』

 

 〝契約書類〟に承諾した直後、六人の視界は間を置かずに光へと吞まれた。

 次元の歪みは五人を門前へと追いやり、ギフトゲームへの入り口へと誘う。

 門前に立った十六夜達が不意に振り返る。白亜の宮殿の周辺は箱庭から切り離され、未知の空域を浮かぶ宮殿に変貌していた。

 

「姿を見られたらダメって………ギフトゲームって、こんな面倒なものばっかなのか?」

「つまりペルセウスを暗殺しろってことか?」

 

 白亜の宮殿を見上げて、胸を躍らせるような声音の十六夜とは対照的に、しかめっ面を浮かべ怠そうな声音の翔。

 

「それならルイオスも伝説に倣って睡眠中という事になりますが、それはないでしょう」

「YES。そのルイオスは最奥で待ち構えているはずデス。それにまずは宮殿の攻略が先でございます。伝説のペルセウスと違い、黒ウサギ達はハデスの兜を持っておりません。不可視のギフトを持たない黒ウサギ達には綿密な作戦が必要です」

 

 〝契約書類〟に書かれたルールを確認しながら飛鳥が難しい顔で復唱する。

 

「見つかった者はゲームマスターへの挑戦資格を失ってしまう。同じく私達のゲームマスター―――ジン君が最奥に辿り着けずに失格の場合、プレイヤー側の敗北。なら大きく分けて三つの役割分担が必要になるわ」

 

 飛鳥の隣で耀が頷く。

 

「うん。まず、ジン君と一緒にゲームマスターを倒す役割。次に索敵、見えない敵を感知して撃退する役割。最後に、失格覚悟で囮と露払いをする役割」

「それなら、索敵は耀が適任だな」

「ああ。春日部は鼻が利く。耳も眼もいい。不可視の敵は任せるぜ」

 

 翔と十六夜の提案に黒ウサギが続く。

 

「黒ウサギは審判としてしかゲームに参加することができません。ですから、ゲームマスターを倒す役割は、十六夜さんにお願いします」

「あら、じゃあ私は囮と露払い役なのかしら?」

 

 む、っと少し不満そうな声を漏らす飛鳥。だが、十六夜は首を振って否定する。

 

「お嬢様がそれでいいなら別にいいが、今回はお嬢様より適役がいる」

 

 十六夜がそう言って、翔の方を向く。それに釣られて他の四人も翔へ顔を向ける。

 

「………だよな。知ってた」

 

 なぜか敵の注意を引き付け続ける翔が囮としては適任なのだ。

 三人との付き合いは短い翔だが、もうすでに諦めることの重要性が身に染みている彼が、ため息交じりで答える。

 

「だが、そうしたら飛鳥はどうするんだ?さすがに、ルイオス戦に連れて行くのはどうかと思うが………」

「ああ。お嬢様には耀か翔の、どっちかについてもらう」

「なら、耀の方に行ってほしい。俺は周りに味方がいない方がやりやすい。最悪、巻き込む可能性があるからな」

 

 そういわれ、五人の脳内に同じ光景が思い出された。勿論、彼がゲッダンしている光景だ。あんな気味の悪い動きを見ていたいとも思えないし、巻き込まれたいとも思わないだろう。

 

「そう、わかったわ」

 

 飛鳥は納得し、大人しく耀についていくことに決めたらしい。

 

「ところでこれって、もうスタートしているんだよな?」

「え?え、ええ。ここに来た時から始まっていると思いますけど………」

「なら、俺は先に行ってもいいか?中で色々罠を仕掛けたい。お前らが入る際は、分かりやすく音を立ててくれると嬉しい。それと、見知らぬ代物には不用意に触らないようにしてくれ」

「別に構わねえが、正門から入るつもりか?それなら、俺らと一緒に行ってもらった方がありがたいんだが」

 

 翔は首を振って否定する。

 

そっち(正門)はお前らが使え。俺は―――」

 

 そういって、後ろに下がりスケボーに乗る。

 

「―――壁から入る」

 

 加速し、ボードを置き去りにして壁へとドロップキックをする。

 すると、

 

「「「「「………」」」」」

 

 スルリ、といった感じで壁を抜けていった。置き去りにされたボードも、次の瞬間には消えていた。

 

「………まあ、アイツのあれはいつものことだ」

「そ、そうですね。皆さんも気を付けてください。ルイオスさんが所持しているギフトには―――」

「隷属させた元・魔王様」

「そう、元・魔王の………え?」

 

 十六夜の捕捉に黒ウサギは一瞬、言葉を失った。

 しかし素知らぬ顔で十六夜は構わず続ける。

 

「もしペルセウスの神話どおりなら、ゴーゴンの生首がこの世界にあるはずがない。あれは戦神に献上されているはずだからな。それにもかかわらず、奴らは石化のギフトを使っている。―――星座として招かれたのが、箱庭の〝ペルセウス〟。ならさしずめ、奴の首にぶら下がっているのは、アルゴルの悪魔ってところか?」

「………アルゴルの悪魔?」

 

 十六夜の話が分からない飛鳥達は顔を見合わせ、小首を傾げる。

 しかし黒ウサギだけは驚愕したままで固まっていた。

 

「十六夜さん………まさか、箱庭の星々の秘密に………?」

 

 黒ウサギは信じられないものを見る目で首を振りながら問いかける。

 

「まあな。このまえ星を見上げた時に推測して、ルイオスを見た時にほぼ確信した。あとは手が空いた時にアルゴルの星を観測して、答えを固めたってところだ。まあ、機材は白夜叉が貸してくれたし、難なく調べることが出来たぜ」

 

 フフンと自慢げに笑う。黒ウサギは含み笑いを滲ませて、十六夜に顔を覗き込んだ。

 

「もしかして十六夜さんってば、意外に知能派でございます?」

「何を今さら。俺は生粋の知能派だぞ。ドアノブを使わず扉を開けられもする」

「…………………………………………。参考までに、方法をお聞きしても?」

 

 やや冷ややかな目で黒ウサギが見つめる。

 十六夜はそれに応えるかのようにヤハハと笑って門の前に立ち、

 

「そんなもん――――こうやって開けるに決まってんだろッ!」

 

 轟音と共に、白亜の宮殿の門を蹴り破るのだった。

 

 

 

 その音でゲーム開始を悟った〝ペルセウス〟の騎士達は、一斉に行動に移る。

 

「東西の階段を封鎖しろ!」

「正面の階段を監視できる位置につけ!」

「相手は五人、捨て駒の数は限られている!冷静に対処すれば抜かれることはない!」

「我らの旗印がかかった戦いだ!絶対に負けられんぞ!」

 

 号令と共に一糸乱れぬ動きを見せる〝ペルセウス〟の騎士達。

 本拠を舞台にしたゲームは伊達ではない。地の利は圧倒的に彼らにあるのだ。

 

 ………そう。彼らは完全にそう思っていた。まさか、一体誰が思うであろうか。たった十分かそこらで、地の利が敵の手によって、完全に奪われ、逆転しているとは………。

 

 

 

 正面から入っていった十六夜達は、戸惑っていた。

 

「………敵が寄ってこない?」

「………ああ。あれだけの大きな音に反応しないとは考えられない」

「………確かに変ね。誰一人正面に来ないとは思えないし………」

「………そうですね。いくらなんでもこの状況はおかしいです………」

 

 その時、正面階段から、カン、カン、カン、と何かの音がし始めた。その音に警戒して、十六夜はジンと共に物陰に隠れ、耀と飛鳥は警戒を強めた。しかし、その警戒は無意味に終わった。

 

「………兜?」

「………のようね。ご丁寧に人数分あるわね」

 

 落ちてきたのは不可視のギフト、ハデスの兜であった。

 それを手に取る四人。

 

「………罠でしょうか?」

「いくらなんでも、それはないんじゃないかしら?」

「………うん。敵の有利になるようなことは、しないと思う」

「なら、可能性は一つだ。これをやったのは、俺たちの味方ってことだ」

 

 そういって、一人の存在を思い出す三人。

 十六夜は不敵に笑って、

 

「ハッ。アイツは一体、何をやってんだ?」

 

 正面階段の奥を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 翔は轟音を合図に、動き始めようとしている騎士達の目の前に飛び出す。その場にはまだすべての騎士が待機していた。そして、その中の何人かをボードで殴りつける。

 もちろん、不可視のギフトを用い、見えていない騎士もいるだろう。だが、その者たちも含め、全員が翔へ意識が行く。

 

「おーい!俺はここに居るぞー!こんなガキ一人を目の前に逃げ出すような情けない奴が、この場にいるとは思えないんだが、一応言っておこう!………すぅ………腰抜け!間抜け!意気地なし!実力も能も無いザコ共!………あれ?どうしたんだい?体をプルプル震わせて?小便の我慢は体に悪いぞ?さっさとトイレに行くことをおすすめするぜ?」

『『『『『こ………このガキッ!!ブッ殺してやらァッ!!』』』』』

「や~ん、怒らせちゃった~?そんな怖い顔してると、女性や彼女や奥さんに逃げられちゃうよ?あっ、ごめんね?彼女や奥さんもできないような不細工さんばっかだった!」

『『『『『テンメエッ!!?そこを動くんじゃねえぞッ!!!』』』』』

「きゃあ~!騎士さん達、コワ~い!………でも、そこ。足下注意だぜ?」

『『『『『なっ!?』』』』』

 

 そういって、女性口調をやめた翔が指さしたのは、床にある木の板、所謂ベニヤ板先輩であった。

 騎士達が板を踏むと、板は複数にバラけて上へと吹っ飛ぶ。運悪く板に乗っていた騎士はともに吹き飛び、地面に勢いよく叩きつけられる。数として全体の約一割ほどが巻き込まれた。

 

「ほらほら!こんなガキにいい様に誘導されて、どんな気持ち?ねえねえ、どんな気持ち?よかったら、俺に教えてよ?」

『『『『『………クソが!!意地でも捕まえてやる!!!?』』』』』

「お、マジで?鬼ごっこかい?じゃ、おーにさんこーちらッ、手ーの鳴るほぅーへッ!」

 

 パンパンと手を叩き、馬鹿にするような翔の口車にまんまと乗せられた騎士達は、鬼の形相で翔を追いかける。

 こうして、騎士と翔による命の掛けた鬼ごっこがスタートした。

 

 

 

 第二の罠、サッカーボール爆弾で約一割脱落。

 

『『『『『な、なぜボールがッ!?うわあああぁぁぁぁ!!!!』』』』』

 

 運よく、兜が正面階段の方へと転がっていく。残り約八割。

 

 

 

 第三の罠、十の鉄球によって約三割脱落。

 

「ゴべフッ!」

「ま、前から鉄球が!」

「た、退避ッ!退避いいいぃぃぃぃ!!」

「お、おい!?押すなよ!!?」

「そういうお前らこそ早く進めよ!!?」

「空を飛べるものは空を飛べ!」

「なっ!?この鉄球、飛ぶぞ!?」

『『『『『ぎゃ、ぎゃあああぁぁぁぁ!!!!』』』』』

 

 空中にいた者にも荒ぶる鉄球が命中。ただし、翔も巻き込まれ死亡し、リスポーン。残り約五割。

 

 

 

 第四の罠、ビーチボール爆弾で約一割脱落。

 

『『『『『なっ!?またか!?うわあああぁぁぁぁ!!!!』』』』』

 

 空中・地上関係なく命中。残り約四割。

 

 

 

 第五の罠、ポール密集地帯で約二割脱落。

 

「くっ!前の奴ら早く行け!?」

「うおっ!?押すんじゃねえよ!?ただでさえ足場が悪いってのにッ!!?」

「なっ!?このポール、動くぞ!!?」

『『『『『ぎゃあああぁぁぁぁ!!!!』』』』』

「あ、やべッ。俺も死ぬ!」

 

 荒ぶるポールによって、こちらも空中・地上関係なく命中。翔もポールに足を取られ死亡。残り約二割。

 

 

 

 そして、最後の罠、

 

「お願いしますよ、()()()()()

 

 ゴミ箱先輩ロード。通路の両脇や床にゴミ箱先輩を大量に設置しただけの罠だ。

 だが、これほど恐ろしい罠もないだろう。

 

「もう逃げないのか?」

「ここが最後の罠なんだ。これ以上逃げて、何の意味がある?」

「………ふん。ここまで来て、このようなもの。正直、拍子抜けだな」

「………それは、どうかな?」

 

 翔が不敵な笑みを浮かべながら言う。そして、次の瞬間、騎士達は混乱の渦に吞みこまれる。

 

「うわあああぁぁぁぁ!!?」

「なっ!?どうした!?」

「ひ、一人が、騎士の一人が、ゴミ箱に吞みこまれました!!」

「なにっ!?」

 

 騎士の一人が指さす方向には、確かにゴミ箱に上半身を食われている騎士の姿があった。

 それを切っ掛けに、騎士達は周囲のゴミ箱を警戒する。しかし、

 

『『『『『ぎゃ、ぎゃあああぁぁぁぁ!!!!!?』』』』』

 

 ゴミ箱先輩の前では、すべてが無意味だ。

 ハデスの兜も。武器も。抵抗も。すべてが意味をなさずに、吞まれるだけ。

 そして、一瞬のうちに騎士達がゴミ箱に吞まれ、倒れ伏していく。

 

「ゴミ箱先輩はさすがだな。これだけの騎士を一網打尽だなんて。………って、ちょっ?先輩?俺は食わなくていいんだぜ?………なっ?今までや今回も、俺達って結構、ほら、仲良くやれてきたよな?俺を食うなんて、そんなこと―――ぎゃあああぁぁぁぁ!!!!」

 

 ………そして、翔も無意味だ。彼はもれなく全身を吞みこまれる。

 そんな彼を近くで見ている人物がいた。それは、

 

「(………こんな男に、〝ペルセウス〟の騎士、総勢数百名が全滅させられたのか?こんな、馬鹿げた男に?)」

 

 ルイオスの側近の騎士であった。彼はオリジナルのハデスの兜を用いているため、ここまで近寄ることが出来た。―――逆を言えば、近づいてしまったのだ。………ゴミ箱先輩の近くに。

 そんな彼は翔という存在に慄いていたために、後ろにあるゴミ箱先輩に気づくことが出来なかった。

 

「なっ、うわあああぁぁぁぁ!!?」

 

 ………やはり、オリジナルのハデスの兜でも、ゴミ箱先輩を欺くのは不可能だったようだ。

 

 

 最終結果。

 ・死者一名。

 ―――翔(三回)。

 ・〝ペルセウス〟の騎士は全員戦闘不能。

 

 ………勝者、ゴミ箱先輩。

 

 

 

 

 ―――ぎゃあああぁぁぁぁ!!!!―――

 

「………いま、翔の悲鳴が聞こえた」

「どうせあいつは囮だ。無視して最奥まで行くぞ。運よく全員が、翔の対処に向かったみたいだしな」

「そうね。彼は死んでも生き返るもの」

「………みなさん、翔さんを少しくらいは心配してあげましょうよ………」

 

 ジンしか、翔の身を案じる者はいなかった。

 

 その後、何事もなく白亜の宮殿の最奥へと辿り着いた四人の手により、ルイオス及びアルゴールが打倒され、無事にゲームに勝利した。

 

 

 

 

 

 

 

 〝ペルセウス〟とのゲームに勝利し、レティシアの所有権が〝ノーネーム〟に移った。そして、見事勝利を収めた六人はレティシアを大広間に運び、石化を解いた途端、問題児四人は口を揃えて、

 

「「「「じゃあこれからよろしく、メイドさん」」」」

「「「え?」」」

「え?じゃないわよ。だって今回のゲームで活躍したのって私達だけじゃない?」

「うん。私もたくさん活躍したとは言えないけど、二人はくっついてきただけだし」

「俺は騎士全員を相手取って、勝利を収めたうえに、四人に不可視の兜を渡したしな。それに三回死んだし」

「俺はアルゴールをぶっ倒したしな。所有権は2:2:3:3でもう話はついた!」

「何を言っちゃってんでございますかこの人達!?」

 

 もはやツッコミが追いつかないなんてものじゃない。黒ウサギは完全に混乱していた。

 ついでに言えばジンも混乱していた。

 唯一、当事者であるレティシアだけが冷静だった。

 

「んっ………ふ、む。そうだな。今回の件で、私は皆に恩義を感じている。コミュニティに帰れた事に、この上なく感動している。だが親しき仲にも礼儀あり、コミュニティの同士にもそれを忘れてはならない。君達が家政婦をしろというのなら、喜んでやろうじゃないか」

「レ、レティシア様!?」

 

 黒ウサギの声は今までにないくらい焦っていた。そんな中、飛鳥が嬉々として服を用意し始めた。

 

「私、ずっと金髪の使用人に憧れていたのよ。私の家の使用人ったらみんな華も無い可愛げもない人達だったんだもの。これからよろしく、レティシア」

「よろしく………いや、『よろしくお願いします』の方がいいかな?」

「使い勝手がいいのを使えばいいよ」

「そ、そうか。………いや、そうですか?んん、そうでございますか?」

「黒ウサギの真似はやめとけ」

「もういっそのこと、口調は変えなくてもいんじゃねえか?」

 

 ヤハハと笑う十六夜、ケラケラと笑う翔。意外と和やかな五人を見て、黒ウサギは力なく肩を落とすのだった。

 

 

 

 そして、〝ペルセウス〟との決闘から三日後の夜。

 子供たちを含めた〝ノーネーム〟一同は水樹の貯水池付近に集まっていた。

 

「えーそれでは!新たな同士を迎えた〝ノーネーム〟の歓迎会を始めます!」

 

 ワッと子供達+翔の歓声が上がる。周囲には運んできた長机の上にささやかながら料理が並んでいる。本当に子供だらけの歓迎会だったが、それでも悪い気はしていなかった。

 

「だけどどうして屋外なのかしら?」

「うん。私も思った」

「黒ウサギなりのサプライズってところじゃねえか?」

「………それにしても、翔君は随分と馴染んでいるわね」

「子供好きなのかな?」

「精神年齢が近いんじゃね?」

 

 三人は子供達のなかに溶け込んでいる翔を見て口々に言う。

 それに、実を言えば、〝ノーネーム〟の財政は想像以上に悪い。あと数日で金蔵が底をつくほどには。

 こうして敷地内で騒ぎながらお腹いっぱい飲み食いする、というのもちょっとした贅沢だ。そういった惨状を知っている飛鳥は、苦笑しながらため息を吐いた。

 

「無理しなくていいって言ったのに………馬鹿な子ね」

「そうだね」

 

 耀も苦笑で返す。二人がそんな風に話していると、黒ウサギが大きな声を上げて注目を促す。

 

「それでは本日の大イベントが始まります!みなさん、箱庭の天幕に注目してください!」

 

 十六夜達を含めたコミュニティの全員が、箱庭の天幕に注目する。

 その夜も満天の星空だった。空に輝く星々は今日も燦然と輝きを放っている。

 そんな星空に異変が起きたのは、注目を促してから数秒後の事だった。

 

「………あっ」

 

 星を見上げているコミュニティの誰かが、声を上げた。

 それから、一つ二つと連続して星が流れていく。すぐに流星群だと気が付き、歓声を上げる。

 

「この流星群を起こしたのは他でもありません。新たな同士、異世界からの四人がこの流星群のきっかけを作ったのです」

「え?」

 

 子供達の歓声が響く中、十六夜達が驚きの声を上げる。黒ウサギは話を続ける。

 

「箱庭の世界は天動説のように、全てのルールが箱庭の都市を中心に回っております。先日、同士が倒した〝ペルセウス〟のコミュニティは、敗北のために〝サウザンドアイズ〟を追放されました。そして彼らは、あの空からも旗を降ろすことになりました」

 

 十六夜達四人は驚愕し、翔以外は絶句した。翔は絶句する暇もないほどに、子供達の相手で忙しいようだ。

 

「———……なっ……まさか、あの星空から星座を無くすというの………!?」

 

 ついさっきまで空に存在していたはずの星座が、流星群と共に消滅していく。

 ここ数日で様々な奇跡を目の当たりにした彼らだが、今度の奇跡は規模が違う。

 言葉を失った三人とは裏腹に、黒ウサギは話を続ける。

 

「今夜の流星群は〝サウザンドアイズ〟から〝ノーネーム〟への、コミュニティ再出発に対する祝福も兼ねております。なので、今日は一杯騒ぎましょう♪」

 

 嬉々として杯を掲げる黒ウサギと子供達と翔。だが三人はそれどころではない。

 

「星座の存在さえ思うがままなんて………あの星々、その全てが、箱庭を盛り上げる為の舞台装置という事なの?」

「そういうこと………かな?」

 

 絶大ともいえる力を見上げ、二人は茫然としている。

 

「………アルゴルの星が食変光星じゃないのは分かってたんだがな………まさかこの星空までもが箱庭の為だけに作られているとはな………」

「ふっふーん。驚きました?」

 

 流星群を見ながら感慨深くため息を吐いていると、そこに元気な声がかけられた。

 その声に、十六夜は両手を広げて頷いた。

 

「やられた、とは思ってる。世界の果て、水平に廻る太陽………色々と馬鹿げたものを見たつもりだったが、まだこれだけのショーが残っていたなんてな」

 

 いい個人的な目標もできた、と最後に呟くように言った。

 その声を黒ウサギは聞き逃さずに尋ねる。

 

「それは、なんでございます?」

 

 その問いに、十六夜は消えたペルセウス座を指さし、

 

「あそこに、俺たちの旗を飾る。………どうだ?面白そうだろ?」

 

 今度は黒ウサギが絶句する。しかし途端に弾けるような笑い声を上げた。

 

「それは………とてもロマンが御座います」

 

 そんな二人の様子を、子供たちの輪の中で横目で見ながら、優しく笑っている者がいた。

 

 

 

 

 

―――余談―――

 

 

「でも、本当にこんな歓迎会してもよかったのか?」

「そうよ。財政が厳しいのに」

「うん。無理しないで」

「あっ、いえ、その………今回は翔さんがお金を出してくれまして………そのお金ですべて賄えたのデス………」

「「「え?」」」

「アイツが?いつ稼いできたんだよ?」

「わ、分かりません。でも、意図せずして手に入ってしまったからと言って、渡してきたのデス」

「「「………」」」

 

 三人は子供達の中で騒いでいる翔をじっと見つめた。

 

「今度、問いただすか?」

「そうね。もし、何か危ないことに手を染めていたら、コミュニティに迷惑がかかるかもしれないものね」

「でも、今日は許してあげよう?」

「「じゃあ、明日だな/明日ね」」

 

 翌日、身に覚えのない罪で三人に拘束される翔が、見かけられたとかなんとか。

 

 

 




【ゲッダン】死なないことがある稀によくある。

【ビデオカメラ】スケーターが持っているカメラ。どうやって撮っているのかが分からないアングルの映像がある。複数台所持。ぶっちゃけると、リプレイのこと。

【ルイオスとの交渉】強引だったかもだけど、証拠が少ないかもだけど、許してください!でも実際、よそのコミュニティの人を、事故とはいえ傷つけたらどうなるんだろう?

【増えた翔】死んだら消える。リスポーンは出来ない。

【壁抜け】扉がない?ならば壁から入ればよかろうなのだ!

【スケートボード】最強の武器。敵は吹っ飛ぶ。

【怒った騎士達】翔が怒らせたために、無駄にしつこく追い続ける。

【ベニヤ板先輩】複数枚重ね、それを踏んだら空へと舞いあがる。

【サッカーボール爆弾】触れたら爆発する。よく知られているアレ。

【荒ぶる鉄球】ゲーム盤ゆえにバグが多発。よって荒ぶった。予測不可能。

【ビーチボール爆弾】ボールが違うだけで、サッカーボール爆弾と同じ。

【ポール密集地帯】スケーターは転ぶと死ぬ。死んだNPCに触れても死ぬ時がある。たまに荒ぶる。

【ゴミ箱先輩】みんな大好きゴミ箱先輩。この方の前ではすべてが無意味。最強の存在。

【翔のお金】「街の空地でスケボーしてたら、投げ銭をたくさんもらった。扱いに困ってたから黒ウサギに渡した。………本当なんです。真面目にスケボーしてたらお金をもらっただけなんです。三人とも、信じてください………」(本人談)


 今回はバグ無双。それと上記の通り、翔君は悪い事してお金を稼いだわけではありません。
 それと次話なんですが、原作二巻のプロットを作るので、少し遅くなると思います。ご了承ください。
 あと今回の没ネタの【翔vs海魔】があるんですけど、読みたい方っていらっしゃいますかね?
 もし、読みたい!って方は活動報告の『なんでも掲示板』で教えてください。


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原作二巻
第八話 ヌケーターはどうしてもヌケてしまう


 ある朝、〝ノーネーム〟の敷地内でそれは起きた。

 

「く、黒ウサギのお姉ちゃぁぁぁぁん!」

 

 狐耳と二尾を持つ、狐娘のリリが黒ウサギを呼びながら、泣きそうな顔で駆け寄る。

 

「リ、リリ!?どうしたのですか!?」

「じ、実は………皆さんがこれを置いていって!」

 

 リリが慌ただしく黒ウサギに持っていた手紙を渡す。

 

『黒ウサギへ。

 北側の四〇〇〇〇〇〇外門と東側の三九九九九九九外門で開催する祭典に参加してきます。貴女も後から必ず来ること。あ、あとレティシアもね。

 私達に祭りの事を意図的に黙っていた罰として、今日中に私達を捕まえられなかった場合四人ともコミュニティを脱退します。

 P/S ジン君は道案内に連れて行きます』

 

「………?――――――!?」

 

 時折、リリを見て、また手紙を見て固まる。それを繰り返すこと三〇秒。

 

「………な、何を言っちゃってんですかあの問題児様方ああああ―――――!!!」

 

 黒ウサギの絶叫が辺り一帯に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 ———箱庭二一〇五三八〇外門居住区画・〝ノーネーム〟本拠。翔の私室。

 あの歓迎会から、時は進んで一か月後。黒ウサギが絶叫する日の朝。まだ日も昇らない暗い時間帯。

 

「………よし。練習に行くか」

 

 寝巻から普段着の黄色いパーカーに着替えた翔。ボードを片手に外へと向かう。

 

「今日は、何にしようか?グラインド系とスライド系の練習でもしとくか?」

 

 そう考えると、鉄柵を目の前に出して準備運動を始める。十分ほど念入りに準備運動をし、いよいよ滑り始める。

 プッシュで加速していくと、鉄柵に飛び乗る。まずは前と後ろの車輪の真ん中をかけてグラインドする【F/S50-50グラインド】。次にUターンして再び加速、飛び乗って【F/S リップスライド】、の途中でボードが傾き、鉄柵に埋まる。

 

「………どうして、こうなる?」

 

 やはり死んだ翔は、リスポーン後に四肢を地面につき、落ち込む。

その後も何度もチャレンジするが、必ず何かしらのトリックで、ボードが鉄柵へと沈み込むという事故が発生する。どうにかして沈み込まないようにする方法はないものかと、試行錯誤しているうちに朝日が昇りはじめ、辺りに暖かい日差しが差し始める。

 

「ハァ………また今度にしよう」

 

 今日のところは諦めて次の機会にするようだ。………実をいうと、こんなことがこの一か月間ずっと続いている。

 街の空地でする際には、こういった事故はないのに、自身が出したオブジェクトやパークで練習すると、こういった事故が発生してしまうのだ。

 気落ちしながら、居住区画の屋敷へと戻る翔。

 そして屋敷の中へ入った瞬間、

 

「翔君!」

「ゴベハァッ!?」

 

 何者かからの顔面への襲撃―――赤いドレス姿だから飛鳥であろうことは分かった―――を受け、もう皆が見慣れたゲッダンしながら吹き飛ぶ翔。

 そして、何事もなかったように元の位置にリスポーンする。

 

「………朝からなんだ?」

「………翔も、随分と今の扱いに慣れたよね?」

「これは慣れじゃなくて、諦めっていうんだよ。それよりも、俺はなんでいきなり蹴り飛ばされたんだ?」

「これよ!」

 

 そういって、飛鳥は翔に〝サウザンドアイズ〟印の入った手紙を渡して見せる。

 

「………招待状?」

「らしいわよ」

「それよりも、十六夜が何処か知らない?部屋にはいなかった」

 

 耀が十六夜の居場所を聞いてくる。翔は記憶をたどり、思い出す。

 

「あーたしか、昨日は本拠の書庫じゃなかったかな。ジンと一緒に籠ってるはずだが、部屋にいないなら徹夜したか、また朝から行ったんじゃねえか?」

「春日部さん、行くわよ!」

「おー」

「あっ!ま、待ってください!!」

 

 翔の言葉を聞いた飛鳥はドレスの裾を翻し、書庫へと向かっていく。耀とリリも彼女に追従していった。

 その場に呆然としながら残された翔は、呟くように言った。

 

「………結局、俺は何で蹴られたんだ………?」

「ほら!翔君もさっさと行くわよ!」

「………へいへい」

 

 飛鳥に急かされ、翔も訳が分からないまま、ついていくことにした。

 

 

 

 ———〝ノーネーム〟本拠。地下三階の書庫。

 書庫へ向かって慌ただしく階段を下りていく飛鳥達。

 

「十六夜君!何処にいるの!?」

「………うん?ああ、お嬢様か………」

 

 十六夜の眠そうな声が聞こえ、うつらうつら頭を揺らして二度寝しようとする。飛鳥は散乱した本を踏み台に、十六夜の側頭部へとび膝蹴りで強襲する。

 

「起きなさい!」

「させるか!」

「グボハァ!?」

 

 飛鳥の蹴りは、盾にされたジン=ラッセル少年の側頭部を見事強襲。

 寝起きを襲われたジンは三回転半して見事に吹き飛んだ。

 追ってきたリリの悲鳴と耀の感心した声、翔の残念そうな声が書庫に響く。

 

「ジ、ジン君がぐるぐる回って吹っ飛びました!?大丈夫!?」

「………十点。綺麗な三回転半だった」

「0点。なんでゲッダンしないんだ?」

 

 突然の事態に混乱しながらも、ジンに駆け寄るリリ。いつの間にか手に持っていた十点満点の点数ボードで、ジンの吹っ飛びを評価する耀と翔。

 ジンを吹っ飛ばした飛鳥は特に気にも留めずに、腰に手を当てて叫ぶ。

 

「十六夜君、ジン君!緊急事態よ!二度寝している場合じゃないわ!」

「そうかい。それは嬉しいが、側頭部にシャイニングウィザードは止めとけお嬢様。俺はともかく、御チビの場合は命に関わ」

「って僕を盾に使ったのは十六夜さんでしょう!?」

「お、そんなジンには生存点一点を差し上げよう」

「いりません!!」

 

 ガバッ!!と本の山から起き上がるジン。そのジンが生きていることで、手元のボードの点数を書き変えている翔。

 

「御チビも五月蠅い」

 

 スコーン!っと、十六夜が投げた本の角が騒いでいたジンの頭に直撃し、先ほど以上の速度で吹き飛び失神。リリは混乱極まりあたふたしている。

 そんな少年少女を余所に、不機嫌な視線を飛鳥に向ける十六夜。

 

「………それで?人の快眠を邪魔したんだから、相応のプレゼントがあるんだよな?」

 

 彼にしてみれば快眠を邪魔された怒りが強いのだろう。十六夜は壮絶に不機嫌そうな声で話す。

 

「まあ、そう怒るなよ。それに、これを見せるなら早い方がいいと考えたんだろうよ」

 

 そういって、翔は先ほど飛鳥から受け取った手紙を見せる。

 

「うん?双女神の封蠟………白夜叉からか?あー何々?北と東の〝階層支配者〟による共同祭典―――〝火龍誕生祭〟の招待状?おい、ふざけんなよお嬢様。こんなクソくだらないことで快眠中にも拘らず俺は側頭部をシャイニングウィザードで襲われたのか!?しかもなんだよこの祭典のラインナップは!?『北側の鬼種や精霊達が作った美術工芸品の展覧会、及び批評会。そして、様々な〝主催者〟がギフトゲームを開催。メインは〝階層支配者〟が主催する大祭を予定』だと!?クソが、少し面白そうじゃねえか行ってみようかなオイ♪」

「お前ならそういうと思ってた」

 

 十六夜の言葉に苦笑する翔。

 先ほどの不機嫌さがさっぱり消え去った十六夜は、跳び起きて颯爽と制服を着込む。

 冷や冷やしながら見ていたリリは、血相を変えて呼び止める。

 

「ままま、待ってください!北側に行くとしてもせめて黒ウサギのお姉ちゃんに相談してから………ほ、ほら!ジン君も起きて!皆さんが北側に行っちゃうよ!?」

「……北………北側!?」

 

 失神していたジンは「北側に行く」の言葉で跳び起きる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください皆さん!北側に行くって、本気ですか!?」

「ああ、そうだが?」

「何処にそんな蓄えがあるというのですか!?此処から境界壁までどれだけの距離があると思ってるんです!?リリも、大祭のことは秘密にと―――」

「「「「秘密?」」」」

 

 重なる四人の疑問符。ギクリと硬直するジン。失言に気づいた時にはもう既に手遅れだった。振り返ると、邪悪な笑みと怒りのオーラを放つ耀・飛鳥・十六夜の三大問題児。その後ろでは、諦めろと目で語りかけてくるが、やはり笑顔の翔。

 

「………そっか。こんな面白そうなお祭りを秘密にされてたんだ、私達。ぐすん」

「コミュニティを盛り上げようと毎日毎日頑張っているのに、とっても残念だわ。ぐすん」

「ここらで一つ、黒ウサギ達に痛い目を見てもらうのも大事かもしれない。ぐすん」

「………ということらしい。逃がすつもりはなさそうだぜ、ジン?」

 

 泣き真似をするその裏側で、物騒に笑う問題児達。

 哀れな少年、ジン=ラッセルは問答無用で拉致され、一同は東と北の境界壁を目指すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 リリに手紙を預けた後、十六夜、飛鳥、耀、翔、ジンの五人は〝ノーネーム〟の居住区を出発し、二一〇五三八〇外門の前にある噴水広場まで来ていた。もうすっかり常連となりつつある〝六本傷〟の旗印を掲げるカフェに来ていた。

 

「で?勢いに身を任せて出てきたけど、どうやって北側に行くんだ?」

 

 翔が注文したコーヒーを啜りつつ言う。

 その問いに春日部耀が小首を傾げながら答える。

 

「んー………でも北にあるってことは、とにかく北に歩けばいいんじゃないかな?」

「無理です死んでしまいますそれだけは勘弁してください」

 

 翔が即答で耀の提案に拒否反応が出て、全員が動きを見失う速度で土下座をし、一息で許しを乞う。

 その早業に皆が目を丸くしながらも、苦笑を浮かべる。

 

「この馬鹿がこんなにまで懇願するほどなのか?此処から北側までの距離ってのは?」

 

 そう。確かに翔は、死んでもリスポーンさえすれば、怪我も病気も肉体疲労も全回復する。ただし精神疲労だけは、そうはならない。つまり、北側に着くまでに彼の心が折れるというわけだ。

 

「馬鹿って言われたのは流す。遠いなんてものじゃない。人伝に聞いただけで実際に測ったわけじゃないが………大体1000000km程度らしい」

「そうですね。もう少し短くするにしても、980000km程度でしょうし」

「「「うわお」」」

 

 この辺りでよくスケボーをし、顔見知りの方々から祭りのことをこっそりと聞いていた翔は、その距離のことも聞いていたらしい。

 三人は同時に、様々な声音で。

 嬉々とした、唖然とした、平淡な声を上げた。

 

「いくらなんでも遠すぎるでしょう!?」

「ええ、遠いですよ!!箱庭は恒星級の表面積なうえに、都市は中心を見上げた時の遠近感を狂わせるようにできているんです。そのため、肉眼で見た縮尺との差異が非常に大きいんです。あの中心を貫く〝世界軸〟までの実質的な距離は、眼に見えている距離よりも遥かに遠いんですよ!!」

 

 だからやめましょうってあれほどーッ!!とジンが叫ぶ。

 その隣で、十六夜は冷静に箱庭を考察する。

 

「そうか。箱庭に呼び出された時、箱庭の向こうの地平線が見えたのは、縮尺を誤認させるようなトリックがあったのか」

 

 具合が悪そうに黙り込む飛鳥だが、仕方なさそうに足を組み再提案する。

 

「そう。なら〝ペルセウス〟の時のように、外門と外門を繋いでもらいましょう」

「それはそれで金が無い。俺の金じゃ精々一人が限界だ」

「………って翔さん、いつの間にそんな稼いでいたんですか!?」

 

 飛鳥の提案する〝境界門〟の起動。それには一人につき〝サウザンドアイズ〟金貨が一枚必要となる。今回の場合は金貨が五枚必要となる。〝ノーネーム〟のような零細コミュニティには、とても払えない額だ。

 

「日雇いのバイトや路上パフォーマンスによる投げ銭だ。俺はコイツらみたいにクリアできるゲームが限り無く少ないからな。そうやって稼いでたら色々箔をつけてくれる人もいるんだよ。あと、俺は自由に金を使う許可ももらってるし、手元に大金を置いておけるんだよ。ってか、俺の稼ぎに関してなんかはどうでもいいだろう。………というか、そもそも現実問題として、どうして向かう手段のない俺らに、こんな招待状なんかが来たんだ?」

「「「あっ………」」」

 

 三人が声を上げる。そんな三人に苦笑しながら新たに提案する翔。

 

「………まず、送り主の〝サウザンドアイズ〟、もしくは白夜叉のところに行ってみねえ?」

 

 翔の提案に三人は勢いよく立ち上がり、

 

「そうと決まれば、行くわよ三人とも!」

「おう!これだけ期待させたんだ!責任とってもらいに行くぞゴラァ!」

「行くぞコラ」

 

 気合十分になった三人は意気揚々と〝サウザンドアイズ〟に向かう。翔はジンが逃げないように引き摺りながら、三人の後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 五人は噴水広場のペリベッド通りを走り抜け〝サウザンドアイズ〟の支店の前で止まる。桜に似た並木道の街道に建つ店前を、竹ぼうきで掃除していた割烹着の女性店員に一礼され、

 

「これは翔様。この度は何の用でしょうか?」

「いや、今回は客として来たわけじゃなく、白夜叉に会いに来たんだが、いるか?」

「いえ、オーナーは今日は来ておりません」

「………来る予定は?」

「今のところはありません」

「「「………」」」

 

 三人が翔と女性店員とのやり取りを見て、目を丸くして驚く。

 

「………おい、翔。いつこの堅物女性店員を懐柔―――」

「してない」

「いつ買収したの―――」

「してない」

「いつ落として―――」

「してないってば。しつこいなお前ら」

 

 十六夜、飛鳥、耀の順でいわれのない非難を受ける。

 翔が呆れ顔で答える。それと一緒に女性店員も答える

 

「「彼女()とは商売相手なだけ(です)」」

「「「………」」」

 

 何故か息ぴったりな二人に、疑わしそうな視線を向ける三人。と、その時。

 

「やっふぉおおおおおおお!ようやく来おったか小僧どもおおおおおおお!」

 

 どこから叫んだのか、和装で白髪の少女が空の彼方から降ってきた。

 嬉しそうな声を上げ、空中でスーパーアクセルを見せつけつつ―――

 

「おぶッ!?」

「ゴフッ」

 

 ―――翔を轢き殺しながら着地。

 ぶつかった際に苦しそうな奇声を上げる白夜叉。そして、肺の中の空気が噴き出すような音を口から漏らす翔。二人が土煙をあげながら、揉みくちゃになって転がっていく。

 

「なぜ避けん!?」

「なぜ普通に来ない?」

 

 ギャーギャー騒ぐ白夜叉とは対照的に、手慣れたようにリスポーンして、淡々と彼女の相手をする翔。

 騒いでいる二人に、招待状を片手に割って入ってくる耀。

 

「白夜叉、招待ありがと」

「そもそもおんしは―――む?ああ、よいよい。全部わかっておる。まずは店の中に入れ。条件次第では、負担は私が持って北側に送ってやろう。………秘密裏に話しておきたいこともあるしな」

 

 スッと目を細める白夜叉。最後の言葉にだけ真剣な声音が宿る。

 四人は顔を見合わせ、翔以外は悪戯っぽく笑った。

 

「それ、楽しい事?」

「さて、どうかの。まあおんしら次第だな」

 

 意味深に話す白夜叉。四人はジンを引きずりつつ、これまた翔以外は嬉々として暖簾をくぐった。ただし、翔だけはくぐる際に、女性店員から声をかけられる。

 

「………お疲れ様です」

「もう諦めたよ」

 

 同情するような声音の彼女に短く答え、店内へ入っていく。

 五人は店内を通らず、中庭から白夜叉の座敷に招かれた。

 白夜叉は畳に腰を下ろし、厳しい表情を浮かべ、カン!と煙管で紅塗りの灰吹きを叩いて問う。

 

「さて、本題の前にまず、一つ問いたい。〝フォレス・ガロ〟の一件以降、おんしら魔王に関するトラブルを引き受けるとの噂があるそうだが………真か?」

「ああ、その話?それなら本当よ」

 

 飛鳥が正座したまま首肯する。白夜叉が小さく頷くと、視線をジンに移す。

 

「ジンよ。それはコミュニティのトップとしての方針か?」

「はい。名と旗印を奪われたコミュニティの存在を手早く広めるには、これが一番いい方法だと思いました」

 

 〝名〟と〝旗印〟の代わりに〝打倒魔王〟という特色を持ち、広めることでコミュニティの存在を認知してもらおうというのだ。

 ジンの返答に、白夜叉は鋭い視線を返す。

 

「リスクは承知の上なのだな?そのような噂は、同時に魔王を引きつける事にもなるぞ」

「覚悟の上です。それに敵の魔王からシンボルを取り戻そうにも、今の組織力では上層に行けません。決闘に出向くことが出来ないなら、誘き出して迎え撃つしかありません」

「無関係な魔王と敵対するやもしれんぞ?」

 

 その問いに、傍で控えていた十六夜が不敵な笑みで答える。

 

「それこそ望むところだ。倒した魔王を隷属させ、より強力な魔王に挑む〝打倒魔王〟を掲げたコミュニティ―――どうだ?修羅神仏の集う箱庭の世界でも、こんなにカッコいいコミュニティは他にないだろ?」

「………ふむ」

 

 茶化して笑う十六夜だが、その瞳は相も変わらず笑っていない。

 白夜叉は二人の言い分を嚙み砕くように瞳を閉じる。

 しばし瞑想した後、呆れた笑みを唇に浮かべた。

 

「そこまで考えてのことならばよい。これ以上の世話は老婆心というものだろう」

「ま、そういうことだな―――で?本題はなんだ?」

「うむ。実はその〝打倒魔王〟を掲げたコミュニティに、東のフロアマスターから正式に頼みたいことがある。此度の共同祭典についてだ。よろしいかな、ジン殿?」

「は、はい!謹んで承ります!」

 

 ジンは少しでも認められたことにパッと表情を明るくし、応えた。

 

「さて何処から話そうかの………」

 

 カン。と煙管で紅塗りの灰吹きを軽く叩き、一息ついてから話し始める白夜叉。

 話としては、北側のフロアマスターの一角が、〝サラマンダー〟というコミュニティの長が急病により世代交代した、という事から始まり、次の頭首はジンと同い年のサンドラという少女が襲名。しかし、それをよく思わない者たちも少なからず存在するらしい。それ以外の事情も含めて、東のフロアマスターである白夜叉に、共同祭典の話を持ち掛けてきたそうだ。

 問題児三人もジンを揶揄いながらとはいえ、しっかり聞いていた。しかし、

 

「むぅ………長い!」

「あら?翔君、もう少しくらい我慢したらどうかしら?」

「違う!そうだけど、違う!こんなところで時間を浪費してる場合じゃねえ、ってことだよ!もたもたしてると黒ウサギが来ちまうって言ってんだよ!」

 

 翔の我慢も限界に達し、自身が思っていたことを吐き出す。その言葉に、ハッ、とした問題児三人とジン。

 十六夜が身を乗り出しながら白夜叉に尋ねる。

 

「白夜叉!その話はあとどれくらい続く!?」

「ん?短くとも一時間くらいかの?」

「チッ!飛鳥!ギフトでジンを黙らせろッ!十六夜はそのまま白夜叉と交渉しろ!」

「ええ!ジン君、()()()()()!」

 

 口を開けて言葉を発しようとしたジンの口が、飛鳥が翔の指示によって閉じさせる。目的のためには妙にマッチしたコンビネーションを発揮する問題児三人+スケーター。

 その隙に十六夜が白夜叉を促す。

 

「白夜叉!今すぐ北側へ向かってくれ!」

「む、むぅ?別に構わんが、何か急用か?というか、内容を聞かず受諾してよいのか?」

「構わねえから早く!事情は追々話すし何より―――その方が面白い!俺が保証する!」

 

 十六夜の言い分に白夜叉は瞳を丸くし、呵々と哄笑を上げて頷いた。

 

「そうか。面白いか。いやいや、それは大事だ!娯楽こそ我々神仏の生きる糧なのだからな。ジンには悪いが、面白いならば仕方がないのぅ?」

「………!!?……………!??」

 

 白夜叉の悪戯っぽい横顔に、声にならない悲鳴を上げるジン。

 暴れるジンを嬉々として取り押さえる翔。それを余所目に、白夜叉は両手を前に出し、パンパンと柏手を打つ。

 

「―――ふむ。これでよし。これで御望み通り、北側に着いたぞ」

「「「―――………は?」」」

 

 素っ頓狂な声を上げる三人。

 しかし、全員が抱いた疑問は一瞬で過ぎ去り、次の瞬間、三人は期待を胸に外へと飛び出した。

 

 

 

 三人が店から出ると、熱い風が頬を撫でた。

 何時の間にか高台へ移動し、街の一帯を展望できる。だが眼下に広がる街は彼らのよく知る街ではない。

 

「赤壁と炎と………ガラスの街………!?」

 

 彼らの目の前には、天を衝くかというほど巨大な赤壁、色彩鮮やかなガラスで飾られた回廊、朱色の暖かな光で照らす数多のペンダントランプ。それら全てが彼らの興味を引き付ける代物であった。

 

「へえ………!980000kmも離れているだけあって、東とは随分違うんだな」

「ふふ。しかし違うのは文化だけではないぞ。其処の外門から外に出れば、真っ白な雪原がある。それを箱庭の都市の大結界と灯火で、常秋の様相を保っているのだ」

 

 白夜叉は小さな胸を自慢げに張る。

 胸の高まりが静まらない飛鳥は、美麗な街並みを指さして熱っぽく訴える。

 

「今すぐ降りましょう!あのガラスの歩廊に行ってみたいわ!いいでしょう白夜叉?」

「ああ、構わんよ。続きは夜にでもしよう。暇があればこのギフトゲームにも参加していけ」

 

 ゴソゴソと着物の袖から取り出したゲームのチラシ。三人がチラシを覗き込むと、

 

「見ィつけた―――のですよおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 ズドォン!!とドップラー効果の効いた絶叫と共に、爆撃のような着地。

 その声に跳ね上がる一同。大声の主は当然我らが同士・黒ウサギ。

 遥か彼方、巨大な時計塔から叫んだ彼女は全力で跳躍し、一瞬で彼らの前に現れたのだ。

 

「ふ、ふふ、フフフフ………!ようぉぉぉやく見つけたのですよ、問題児様方………!」

 

 淡い秘色の髪を戦慄かせ、怒りのオーラを振りまく黒ウサギ。

 危機を感じ取った問題児の中で、真っ先に動いたのは十六夜だ。

 

「逃げるぞッ!!」

「逃がすかッ!!」

「え、ちょっと、」

 

 十六夜は隣に居た飛鳥を抱きかかえ、展望台から飛び降りる。耀は旋風を巻き上げて空に逃げようとするが、数手遅かった。黒ウサギは大ジャンプで耀のブーツを握りしめる。

 

「わ、……!」

「捕まえたのです!!もう逃がしません!!!」

 

 どこかぶっ壊れ気味に笑う黒ウサギ。

 耀を引き寄せ、胸の中で強く抱きしめ、黒ウサギは耀の耳元で囁く。

 

「後デタップリ御説教タイムナノデスヨ。フフフ、御覚悟シテクダサイネ♪」

「りょ、了解」

 

 反論を許さないカタコトの声に、耀は怯えながら頷く。着地した黒ウサギは、白夜叉に向かって耀を投げつける。三回転半して吹っ飛んだ耀と白夜叉は悲鳴を上げた。

 

「きゃ!」

「グボハァ!」

「耀さんのことをお願いいたします!黒ウサギは他の問題児様を捕まえに参りますので!」

 

 叫ぶ黒ウサギ。白夜叉は勢いに負けて頷く。

 

「………そ、そうか。よくわからんが頑張れ黒ウサギ」

「はい!」

 

 展望台からジャンプする黒ウサギ。その背中を見つめる耀と白夜叉。

 

「………とりあえず、中で話を聞かせてもらおうかの。私もおんしに話があるのでな」

「………うん。わかった」

 

 少し暗い表情で耀が頷く。しかし、そこで思い出したように呟く。

 

「………そういえば、翔はどうしたんだろう?ここに来てから見てないけど………」

「む?そういえば、そうだのう………はて?」

 

 二人は首を傾げながら、支店の部屋へと戻る。すると、そこには、

 

「「………」」

「「………ッ!」」

 

 黄色い裾の腕と、その手よりも若干小さい腕が、一本ずつ畳から姿を覗かせていた。小さい方の腕をよく見てみると、ジンが着ているローブの裾のようにも思える。

 その二本の腕は助けてほしそうに、ブンブン!と勢いよく左右に振れている。

 

 

「………だから、どうしておんしは埋まるのだッ!?」

 

 若干キレ気味に叫ぶ白夜叉。

 彼らが翔の姿を見なかった理由はこれだ。ここに転移した際に翔は勿論、彼が押さえていたジンまでもを巻き込み、共に床をヌケてしまったのだ。

 勿論、翔だけならば、リスポーンすれば助かることが出来るかもしれないだろう。だが、いま隣には、我らがリーダー、ジンがいる。そのため、迂闊にリスポーンすると、どうなるかわからない状況にあった。だからこうして、耀と白夜叉に助けを求めている。

 そんな中、翔は床の中で、やっぱり白夜叉に関わると碌なことが無い、としみじみ実感したのであった。




【F/S50-50グラインド】ノーズとテール両側のトラック(デッキとウィールを繋ぐ金属部分)を掛けてグラインドするトリック。

【F/S リップスライド】テールでレールをまたぎ、スライドするトリック。

【翔のお金】日雇いバイトと路上パフォーマンスで稼いだ真っ当なお金。コミュニティの為に必要だと思う物の購入権を黒ウサギからもらっている為、かなり自由に使える。戦えないから、まともにギフトゲームなんてできないから仕方ないね。

【女性店員との関係】ただの商売相手。………ホントだよ?

【床ヌケ】スケーターなら常識。ただし今回はジンを巻き込んだ。


 ………さて、この先の話をどうしようかな。ぶっちゃけノープラン!だから次回も遅れるかも!そこのところ許してください!


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第九話 真面目な話が一章に一話ぐらいあってもいいと思う

今回は一部以外は真面目な話。


 あの後、無事に耀と白夜叉の二人によって、床の中から救出された翔とジン。

 ジンは救出された際、恐怖体験をしたかのように顔が真っ青であったため、今は別室で休ませている。

 そして、事の元凶である翔は白夜叉の前で正座させられ、彼女によって怒鳴られている。

 

「どうしておんしは、毎回毎回毎回ッ!ことある事に埋まるのだ!?私への嫌がらせか!?」

「これは仕方ない事なんだ。あの現象は俺の性であり、生き様であり、癖であり、そして何より存在意義なんだ。あの現象を起こさざるして俺は胸を張って世間様に顔向けが「もういい黙れ!」アッハイ」

「そもそもあの現象はおんしの恩恵だろうに!どうしてそれが制御できておらん!?」

「スケーターとは、いや、スケーターだからこそ、制御できない力の一つや二つがあるんだ。諦めてくれ。ちなみに俺はもう諦めた」

「あああああああ、もう!!おんしは一体何なんだ!!?」

「スケーターです。いや、むしろスケーターって……なんだ?」

「私が知るかああああああああアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」

 

 スケーターという理解不能な存在に、もはや鬼気迫る表情で発狂寸前の白夜叉。そんな彼女に翔はボードを振りかぶり、

 

「せいッ」

「あがッ!?」

 

 白夜叉の頭を殴る。その一撃で昏倒する白夜叉。

 

「また、つまらぬものを殴ってしまった………」

 

 ボードにフッと息を吹きかけている翔。そんなことをしている間に白夜叉が目を覚ます。

 

「……う、ぐううぅぅぅ………わ、私は一体………?何を、しておったんだ?」

 

 先ほどのような鬼気迫るような表情はきれいさっぱり

 どうやら殴られた衝撃で発狂するのは阻止できたようだ。

 

「記憶が少し飛んでおるのだが、一体何が………うっ、思い出そうとすると頭痛が―――」

「さあ?まあ、辛いなら無理に思い出さない方がいいこともあるさ」

「そ、そうかのう?」

「そうそう。それよりも耀に話があるんじゃないのか?」

「おお、そうであったな。ついでだからおんしも聞いていけ」

 

 そんなやり取りを見ていた耀は彼のことをジト目で見つめていた。

 

「とはいえ、まずは黒ウサギがあんなにも怒っている理由を聞きたいの。おんしら、一体何をした?」

「それは―――――」

「その前にお茶と和菓子とかない?」

「………そうだの。長くなるやもしれんし、それぐらいはあった方がいいかもしれんの」

 

 そういって、白夜叉は女性店員を呼び、お茶と和菓子の用意をさせる。

 一通りの準備が整い、耀と翔は白夜叉に事の経緯を話した。

 

「ふふ。なるほどのう。おんし達らしい悪戯だ。しかし〝脱退〟とは穏やかではない。ちょいと悪質だとは思わなんだのか?」

「止めはしたさ。しただけで成功しなかったがな」

「うっ………私も少しは思った。でも、黒ウサギだって悪い。お金が無いことを説明してくれれば、私達だって強硬手段に出たりしないもの」

「普段の行いが裏目に出た、とは考えられんのかの?」

「それは………そ、そうだけど。それも含めて信頼の無い証拠。少しは焦ればいい」

「まあ、今回はどっちもどっちってことだな。これから信頼されるように頑張りゃいいんじゃねえの?俺みたいに」

「むっ………なんで翔なんかが、黒ウサギに信頼されてるのかわからない」

「なんかがって、随分な言われようだなぁ。まあ、否定はしない。自分でもどうして信頼されてるかなんぞ分からんしな。大方、畑の土壌回復にちまちま貢献してるからじゃね?」

 

 翔の言い草に、拗ねたように和菓子を頬張る耀。それを見てケラケラと笑う翔。白夜叉もくっくっと笑っている。

 

「そういえば、大きなギフトゲームがあるって言っていたけど、ホント?」

「本当だとも。特に、おんしに出場してほしいゲームがある」

「私に?」

 

 耀は和菓子を頬をリスのように膨らませて詰め込み、小首を傾げる。

 白夜叉は先ほどのチラシを着物の袖から取り出して見せた。

 

「造物主達の決闘?」

「………?創作系のギフト?」

「うむ。人造・霊造・神造・星造を問わず、製作者が存在するギフトのことだ。おんしのは技術・美術共に優れておるからの。力試しのゲームも木彫りに宿る〝恩恵〟ならば、勝ち抜けると思うのだが………」

「そうかな?」

「相手が相当な手練れじゃない限り、平気だろう」

「そうだのう。幸いなことにサポーター役にジン………一応翔もいることだしの。勝者には強力なギフトも用意しておる。どうかの?祭りを盛り上げる為に一役買ってほしいのだが」

「一応って、いや、確かに戦闘能力はほぼ皆無だけどさ………」

 

 白夜叉の言葉に若干傷つく翔。

 耀は小首を左右に折って考えるが、ふっと思い立ったように質問する。

 

「その恩恵で、黒ウサギと仲直りできるかな?」

 

 幼くも端正な顔を、小動物のように小首を傾げる耀。

 それを見てやや驚いたような白夜叉。しかし次の瞬間に、温かく優しい笑みで頷いた。

 

「出来るとも。おんしにそのつもりがあるのならの」

「そっか。それなら、出場してみる」

 

 コクリと頷き、縁側から立ち上がる耀。

 

「だから、翔も頑張ろう」

「あ、俺が出るんすね………」

「………?だって、翔ならジンと違って盾に出来るし」

「知ってた!そうだよね!俺ってそういう扱いだよなッ………!」

 

 ハハハ、と渇いた笑いを上げる翔。

 

「それで、ゲームはいつから?」

「このすぐあと、といったところかの。とはいえ、決勝は明日になるがの」

「………じゃあ、翔は今日は自由にしていいよ」

「ハハハ………え?いいのか?」

「うん。決勝までは一人でやってみる。だから明日はよろしく」

 

 耀はやる気に満ち溢れた目で翔を見る。その目に若干気圧される翔。

 

「そ、そうか。なら俺はこれから街を見に行ってくるわ」

 

 そういって支店を飛び出し、街へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 街を徘徊する翔。

 

「しっかし、街に出てきたはいいものの、何をしたらいいものか。まさかこんなところで滑るわけにもいかないしな」

 

 人がごった返しているところを、わざわざ滑ろうとはさすがの翔も思わない。

 

「素直に作品を見て楽しむかね………」

 

 そう考え、翔は出展された作品が立ち並ぶ区画に来ていた。すると、ふっと視線が一つの作品に引き寄せられた。

 

「これは………ステンドグラス、だっけ?」

 

 そう。ステンドグラスだ。モチーフが何なのか、考える力はあっても学がない翔では分からなかった。しばらくその作品を眺めていると、横から声がかけられる。

 

「それが気になるのかしら?」

「ん?ああ、まあな。キレイなもんだな」

 

 ステンドグラスから視線を外さずに答える翔。

 

「題材が何かは分からないが、なんか目が行ってな」

「………ふぅん。そのステンドグラスに興味を持ったなら、他の作品も案内しましょうか?」

 

 横から聞こえる声がそう提案してくる。

 

「うん?お前のところのコミュニティが出展したのか?」

「まあ、そんなところね」

 

 そしてようやく、声の主に顔を向ける翔。その方向には斑模様のワンピースを着た少女が立っていた。

 

「………それなら頼んでもいいか?街に出たはいいが、何を見ればいいか困っててな」

 

 翔がそう頼むと、少女は微笑み、

 

「ええ、いいわよ♪」

 

 了承した。

 その後、翔は少女と共に街の中を回り、一〇〇枚以上のステンドグラスを見て回った。途中、少女に色々要求されて多少の出費があったり、いつものように翔が埋まる事態はあったが。

 

「それで、どうだったかしら?」

 

 少女は翔に笑いながら問う。

 

「んー、なんか最初のほど気になるやつはなかったかなー。なんで最初のやつはあんなに気になったんだろうか?」

 

 腕を組み、首をひねる翔。それに多少驚きを見せる少女。

 

「貴方に見る目があったってことじゃないかしら?最初の作品は私達の力作だもの」

「そう、なのかねぇ?………いや、ないな」

 

 なんでかな~、と未だに首をひねり続けている翔。

 

「………そんなにおかしいのかしら?」

「ハッハッハ。俺の美的センスをナメるなよ?周りから、それはどうかと思う、とか、それはない、とか。そんなことをやたらと言われまくっているからな。だから、俺は俺の目による芸術的判断に関しては一切信用していない!」

 

 胸を張って言い切る翔。そのことに目を丸くし、すぐにクスクスと笑い声を上げる少女。

 

「とはいえ、この作品の出展者というのが、俺らと同じ〝ノーネーム〟だからって理由だけで、目がいっただけかもしれないがな」

「………?貴方、〝ノーネーム〟なの?」

「ああ、そうだ」

 

 ケラケラ笑いながら、誇らしく肯定する。

 

「………そう」

「そうだ。………それじゃあ、もうそろそろ帰るわ!」

 

 その場で伸びをして、体をほぐす翔。

 

「お前も気を付けて帰れよ。えーっと………?」

「………ペストよ」

「そっか。なんか縁起悪いな」

「余計なお世話よ」

「それもそうか。んじゃ、()()な」

「………ッ!」

 

 それだけ告げて、ボードに乗って去っていく翔。

 彼が何を思って「また」といったのかは定かではない。だが、少女を驚愕させるのには十分な言葉だった。

 まさか、魔王であることがバレているのか?

 そんな考えが脳裏をよぎる。だが、すぐにそれは有り得ない、と頭を振ってその考えを消す。

 ………ちなみに、翔はこの街がそこそこ小さかったから、また会えるかも、程度で言っただけである。

 ペストにそんな勘違いを持たせて去っていった翔は、〝サウザンドアイズ〟の旧支店へと戻った。

 

「あっ、結局題材が何か聞いてねえや」

 

 

 

 

 

 

 

「………戻ってきましたか」

 

 店前で女性店員が翔を迎えてくれた。

 

「ああ、戻ってきましたとも。珍しく何もなくな」

「なるほど。それでこんなに早いのですね。他の方々はまだ帰ってきておりませんよ」

「そっか。なら、ゲームに出てる耀以外は、面倒事にでも巻き込まれたかね?」

 

 ケラケラと笑う翔。彼のそ様子を見た女性店員は溜息を吐きながら、

 

「来賓室と湯殿に案内します。湯殿は好きにご利用してくださってかまいません。それ以外の時は出来る限り来賓室にいてください」

「りょーかーい」

 

 素直な返事をする翔。

 そして、来賓室で暇をつぶしていると、各メンバーが帰ってきた。飛鳥が帰ってきた際は女性店員の怒鳴り声が聞こえたが。

 そんな翔は十六夜とジンと共に湯殿へと来ていた。

 

「………毎回思うが、お前って風呂は平気なんだな」

「平気ってわけでもない。今物凄く必死に耐えてる。多分気ぃ抜いたら死ぬ。さらにぶっちゃけると入る必要性が俺にはない。汚れなんかもリスポーンすれば全部消えるからな」

 

 口元が引き攣りながらも、無理やり笑みを浮かべる翔。その回答を聞いた十六夜とジンは必死な表情の翔に苦笑する。

 

「それは勿体ないな。せっかくの風呂が楽しめないなんざ」

「楽しんではいるさ。ただ必死(必ず死ぬ)。それだけだ。というわけで俺はもう―――」

 

 それ以降の言葉は続かなかった。なぜ?死んだからに決まっている。ちなみにマーカーは脱衣所に設置していたようで、物音が聞こえてくる。

 

「………俺達も、もう少ししたら上がるか」

「………はい」

 

 目の前で脱力し、消えていった翔がいた空間を見つめながら二人がそう言った。

 

 そして、湯殿から上がった男性陣一同は来賓室で女性陣が上がってくるのを、歓談しながら待っていた。

 十六夜と女性店員がこの店の仕組みについて話していた。そしてその話が終わると、

 

「で?いつからお前らはデキてたんだ?」

「「デキてないと言っている(デキてなんていません)」」

「そんだけ息ピッタリなのにか?」

「「デキてない(デキてません)」」

 

 なぜか言葉が被る二人に疑惑の目を向けながら詰め寄る十六夜。

 そこに声がかけられる。

 

「あら、そんなところで歓談中?」

 

 湯殿から出てきた飛鳥達だ。

 飛鳥達は備えの薄い布の浴衣を着ており、首筋から上気した桃色の肌を覗かせている。

 十六夜は椅子からそっくり返って湯上りの女性陣を眺めた。

 

「………おお?コレはなかなかいい眺めだ。そうは思わないか二人とも」

「はい?」

「はあ?」

「黒ウサギやお嬢様の薄い布の上からでもわかる二の腕から乳房にかけての豊かな発育は扇情的だが相対的にスレンダーながらも健康的な素肌の春日部やレティシアの髪から―――」

 

 ガンッ!!!

 そこまで言って、十六夜は前のめりになって、うつ伏せで床へと倒れた。

 そんな彼の後ろには翔がボードを振り下ろした体勢で立っていた。

 

「あ、ヤベッ。思わず手が出ちゃったな」

「いいえ。ナイスよ翔君」

「はい。ファインプレーなのデスヨ」

 

 飛鳥が親指を立てて翔のことを褒める。黒ウサギも彼女に賛同して頷いている。そして、なぜか頭を押さえている白夜叉。

 ジンが痛そうな頭を両手で抱えていると、彼の肩に女性店員が同情的な手を置く。

 

「………君も大変ですね」

「………はい。翔さんが()()まともなのが救いです」

「おい、リーダー。()()ってなんだ、()()って。どこからどう見てもコイツらよりは全然まともだろう」

「「「「「「「いや、それはない」」」」」」」

 

 未だに倒れている十六夜以外から総否定される翔。十六夜も起きていたらきっと皆と同じことを言っただろう。

 そしてそこでようやく、十六夜が目を覚ます。

 

「痛ぅ………。クソッ、意識が飛んでたか」

「悪いな。咄嗟に手が出ちゃってな」

「少しは加減しろよ。瘤になってんだろうが」

「「「「「え?」」」」」

 

 十六夜の言葉に驚きと疑問が混ざった声を上げる〝ノーネーム〟メンバー。その理由はコミュニティの主戦力に怪我(瘤)を負わせたことだ。まだ誰も彼が負傷したところを見たことが無いのだ。そして、その初めて負わせた者が、スケーターという意味分からん存在で、方法がボードでの殴打。本来なら十六夜が、その程度のことで負傷することなどないだろう。

 では何故か?そんなのは決まっている。武器がスケーターのボードだったからだろう。

 

「………ケガ?十六夜が?」

「………ただのボードよね?十六夜君の冗談かしら?」

「私が投擲したランスでさえ傷一つなかった主殿が?」

「翔さんのボードの一撃で、コブ?」

「………信じられません」

「おい。俺だって怪我くらいするからな?」

「俺はむしろ瘤で済んでる方に驚いてるんだが。元の世界なら普通に死んでるんだが」

 

 各々が率直な感想を述べる。

 

「だが、俺もこんなやつの一撃で、瘤とはいえ負傷するなんざ不本意だ。そのボード何でできてるんだよ?」

「デッキは木材、トラックとナットとベアリングは金属、ウィールはウレタンだな。それ以外に俺は知らん」

「………そんな一般的なボードで、俺は負傷したのか?」

「いや、多分ギフトの関係で、ボード自体がギフト化してるとは思うから、その影響じゃね?」

「………そうか。俺もその方が納得できる」

 

 他のメンバーも十六夜の言葉に頷き、同意を示している。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、レティシアと女性店員は来賓室を離れた。今は十六夜、飛鳥、耀、翔、黒ウサギ、ジン、白夜叉、そしてとんがり帽子の精霊がこの場に残っている。ちなみに十六夜は瘤の部分を氷で冷やしている。

 白夜叉は来賓室の席の中心に陣取り、両肘をテーブルに載せこの上なく真剣な声音で、

 

「それでは皆のものよ。今から第一回、黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を」

「始めません」

「始めます」

「始めませんっ!」

「衣装をエロ可愛くする代わりに賃金を現在の三倍にする審議を」

「………………始めません」

 

 白夜叉の提案に悪乗りする十六夜。速攻で断じる黒ウサギだが、翔の提案には逡巡するも断じる黒ウサギ。やはり零細ゆえにお金が欲しいのだろう。それでも羞恥心を捨てることはできなかったようだ。

 白夜叉は笑いながらも本題へと入る。

 

「ま、衣装は横においてだな。実は明日から始まる決勝の審判を黒ウサギに依頼したいのだ」

「あやや、それはまた唐突でございますね。何か理由でも?」

「うむ。おんしらが起こした騒ぎで〝月の兎〟が来ていると公になってしまっての。明日からのギフトゲームで見られるのではないかと期待が高まっているらしい。〝箱庭の貴族〟が来臨したとの噂が広がってしまえば、出さぬわけにはいくまい。黒ウサギには正式に審判・進行役を依頼させて欲しい。別途の金銭も用意しよう」

 

 なるほど、と納得する一同。

 

「分かりました。明日のゲーム審判・進行はこの黒ウサギが承ります」

「うむ、感謝するぞ。………それで審判衣装だが、例のレースで編んだシースルーの黒いビスチェスカートを」

「着ません」

「着ます」

「断固着ませんッ!!」

「着た場合の金銭が五倍に」

「なっても着ませんッ!!!いい加減にしてくださいお二人様!」

 

 茶々を入れる十六夜と翔。ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。

 一方で全く無関心だった耀が思い出したように白夜叉に尋ねる。

 

「白夜叉。私が明日戦う相手ってどんなコミュニティ?」

「あ、それ知りたーい!」

 

 翔も便乗して尋ねる。

 

「すまんがそれは教えられん。〝主催者〟がそれを語るのはフェアではなかろ?教えてやれるのはコミュニティの名前までだ」

 

 パチン、と白夜叉が指を鳴らす。

 すると昼間のゲーム会場で現れた羊皮紙が現れ、同じ文章が浮かび上がる。

 そこに書かれているコミュニティの名前を見て、飛鳥は驚いたように眼を丸くした。

 

「〝ウィル・オ・ウィスプ〟に―――〝ラッテンフェンガー〟ですって?」

「うむ。この二つは珍しいことに六桁の外門、一つ上の階層からの参加でな。格上と思ってよい。詳しくは話せんが、余程の覚悟はしておいた方がいいぞ」

 

 白夜叉の真剣な忠告に、コクリと頷く耀と、はーい、と間延びした返事をする翔。

 一方の十六夜は、〝契約書類〟を睨みながら物騒に笑う。

 

「へえ………〝ラッテンフェンガー〟?成程、〝ネズミ捕り道化〟のコミュニティか。なら明日の敵はさしずめ、ハーメルンの笛吹き道化だったりするのか?」

 

 え?と飛鳥は声を上げる。その裏で翔も、あっ、と声を上げたが。

 しかしその隣に座る黒ウサギと白夜叉の驚嘆の声に、二人の声はかき消された。

 

「〝ハーメルンの笛吹き〟ですか!?」

「まて、どういうことだ小僧。詳しく話を聞かせろ」

 

 二人の驚嘆の声に、思わず瞬きする十六夜。

 白夜叉は幾分声のトーンを下げ、質問を具体化する。

 

「最近召喚されたおんしは知らんのだな。―――〝ハーメルンの笛吹き〟とは、とある魔王の下部コミュニティだったものの名だ。魔王のコミュニティ名は〝幻想魔道書群〟。全二〇〇篇以上に及ぶ魔書から悪魔を呼び出した、驚異の召喚士が統べたコミュニティだ」

「しかも一篇から召喚される悪魔は複数。特に目を見張るべきは、その魔書の一つ一つに異なった世界が内包されていることです。魔書の全てがゲーム盤として確立されたルールと強制力を持つという、絶大な魔王でございました」

「―――へえ?」

 

 十六夜の瞳に鋭い光が宿る。黒ウサギは説明を続ける。

 

「けどこの魔王はとあるコミュニティとのギフトゲームで敗北し、この世を去ったはずなのです。………しかし十六夜さんは〝ラッテンフェンガー〟が〝ハーメルンの笛吹き〟だと言いました」

 

 童話の類は詳しくありませんので、ご教授してほしい、と緊張した顔で最後に言う黒ウサギ。

 十六夜はしばし考えた後、悪戯を思いついたようにジンの頭をガシッと摑んだ。

 

「なるほど、状況は把握した。そういう事なら、ここは我らが御チビ様にご説明願おうか」

「え?あ、はい」

 

 一同の視線がジンに集まる。ジンも承諾したものの、突然に話題を振られて顔を強張らせる。そしてゆっくりながらも、語り始めた。

 ジンの話によると、〝ラッテンフェンガー〟はドイツ語でネズミ捕りの男を指し、つまり〝ハーメルンの笛吹き〟を指す隠語らしい。

 童話の原型としては、ハーメルンという都市で笛吹き男に一三〇人のハーメルン生まれの子供達が誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した、というもののようだ。

 

「ふむ。ではその隠語がなぜにネズミ捕りの男なのだ?」

「グリム童話の道化師が、ネズミを操る道化師だったとされるからです」

 

 白夜叉の質問に滔々と答えるジン。その隣で、静かに息を呑む飛鳥。更に隣では、何故か汗が止まらない翔がいた。

 

「ふーむ。〝ネズミ捕り道化〟と〝ハーメルンの笛吹き〟か………となると、滅んだ魔王の残党が火龍誕生祭に忍んでおる可能性が高くなってきたのう」

「YES。参加者が〝主催者権限〟を持ち込むことが出来ない以上、その路線はとても有力になってきます」

「うん?なんだそれ、初耳だぞ」

「おお、そうだったな。魔王が現れると聞いて最低限の対策を立てておいたのだ。私の〝主催者権限〟を用いて祭典の参加ルールに条件を加えることでな。詳しくはこれを見よ」

 

 ピッと白い指を振ると光り輝く羊皮紙が現れ、誕生祭の諸事項を記す。

 

『§ 火龍誕生祭 §

 

・参加に際する諸事項欄

 

   一、一般参加は舞台区画内・自由区画内でコミュニティ間のギフトゲーム開催を禁ず。

   二、〝主催者権限〟を所持する参加者は、祭典のホストの許可無く入る事を禁ず。

   三、祭典区画内で参加者の〝主催者権限〟の使用を禁ず。

   四、祭典区域にある舞台区画・自由区画に参加者以外の侵入を禁ず。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

                〝サウザンドアイズ〟印

                〝サラマンドラ〟印』

 

 十六夜の手元に現れた羊皮紙に目を通し、小さく頷く。

 

「確かにこのルールなら魔王が襲ってきても〝主催者権限〟を使うのは不可能だな」

「うむ。まあ、押さえるところは押さえたつもりだ」

「そっか。………で、そこの馬鹿は何で骨になってんだ?」

 

 そういって、十六夜は骸骨と化した翔の方へと顔を向ける。そちらには心配になるほど中身のない翔がいた。その姿を見た飛鳥、ジン、黒ウサギは短い悲鳴を上げる。

 

「あー、いや、昼間にちょっと、街に行った際に、気になる作品を、その、見たんだ。そのせいで、汗が止まらなかったからこうしたら止まるかな~、って」

 

 無理だったけどね………。そういって翔は汗を垂れ流しながら、顎をカタカタ鳴らし、あばら骨の中からデジカメを取り出す。そして、昼間に撮影したステンドグラスの画像を皆に見せる。

 

「………ッ!おい、これって〝ハーメルンの笛吹き〟か?」

「なに?」

「やっぱり、そうなのか?今の話を聞いてもしかしたらー、って思ってたんだが………」

 

 ハァ、とため息を吐く翔。そして、最大級の爆弾を投下する。

 

「じゃあ、案内してくれたのは魔王かその仲間だったのかね?」

「「「「「「………」」」」」」

「詳しく話せ骨小僧」

「ほ、骨小僧って………」

 

 白夜叉が翔に説明を要求する。

 

「ま、まあ、今見せた写真が一番最初に見た作品なんだが、それ以外にも一〇〇枚以上ステンドグラスがあったらしく、その作品を作ったコミュニティと関係のある人物が案内を申し出てくれたんだよ。今考えれば、最初の一枚から目を逸らすためだったのかもしれない」

「なぜ今の今まで黙っておった?」

「………魔王が来るなんて話、たった今聞いたんだもん!それに今の話を聞くまで、作品の題材も分かんなかったんだよッ!!前情報なしで、こんな出来事が関係あるとは誰も思えねえよッ!!!それに見事なまでにバッタリ遭遇するとか、ありえねえだろッ!!!!珍しく()()()()戻ってこれたと思ったら、時間差でこれだよチクショウッ!!!!!!」

 

 俺は、俺は悪くねえッ!!頭蓋骨の目にあたる空洞から、どうやって分泌しているか分からない涙を流しながら叫ぶ翔。その言葉を聞いて、一同は納得してしまい、彼のことを責める者は誰一人としていなかった。

 

「それで、これは何処のコミュニティが出展してたんだ?〝ラッテンフェンガー〟か?」

「いや、名義は〝ノーネーム〟だった………」

 

 その話を聞いた一同は驚く。

 

「〝ラッテンフェンガー〟ではなかったのかしら?」

「ああ。確かに〝ノーネーム〟だった。〝ラッテンフェンガー〟が無関係なのか全く別のコミュニティなのかは知らん。まあ、最初は俺も同じ〝ノーネーム〟だから気になったんだと思ってた。でも、今の話を聞いちまうとな~」

「違う、ってか?」

「点と点が線で結ばれていくような、パズルのピースが当て嵌まっていくような………そんな感じだ。それでも仮説でしかないが………」

「よい。話せ」

 

 白夜叉がそれでも構わない、と話を促す。そういわれては断ることも出来ず、むしろ断ったら酷い目に遭うと経験的に知っている翔は、息を一つ吐き、話し始める。

 

「さっき見せてもらったルールには若干の穴があって、今回はそこを突かれたと思う」

「穴、でございますか?」

「そうだ。見た限り、参加者じゃなかったら〝主催者権限〟が使えるってことだろ?」

「それは、そうでございますね………」

「なら、〝主催者権限〟を持っているのが参加者ではなく、出展された作品ならどうだ?さっきの話だと魔書の一つ一つがゲーム盤として確立されてんだろ?」

「………ま、まさか」

「そう。もう既に魔書自体が作品として持ち込まれているっていう仮説。それによって、さっきのルールには抵触せずに〝主催者権限〟が行使できる。………まあ、最初に言った通り、そのステンドグラスが魔書ならばの仮説だ。ただ、〝主催者権限〟が魔書、もしくは魔書から召喚された悪魔が行使できる前提の話だ。俺の妄想で、根拠も証拠もねえ。まだ箱庭に来て一か月程度の男の戯言だ」

「………だが、現実味があるの」

 

 むぅ、短く唸って黙り込む白夜叉。それとは対照的に十六夜が獰猛な笑みを浮かべる。それに気づいた翔も困ったような表情をするが、その顔には僅かながらの笑みが窺える。

 

「ハッ。なら、ほぼ確実に噂の魔王様とギフトゲームができるってことか?」

「この仮説が本当なら、明日にでもしかけてくるだろうよ。俺に魔書を見つけられて慎重になるってことも考えられるが」

「だが、遅かれ早かれ開催はされる」

「多分な。だが、それは俺らにとってはチャンスだ」

「これを機に俺たちの名を広める」

 

 そういって、二人は笑みを交わす。

 

「そうと決まれば、軽く打ち合わせでもしとくか?」

「何もかもが不確定事項だらけのこの状況でか?まあ、いいが………」

「どうせ話してない情報もあるんだろう?」

「………否定はしない。だが、これも不確定情報だから、話しても不要な混乱を招く可能性がある」

「じゃあ、御チビを交えて三人だけでゆっくり聞かせろ」

 

 そういって、翔の頭蓋とジンの襟首をつかみ、引きずって部屋から退室する三人。そんな中、翔に声をかける耀。

 

「翔、明日の決勝」

「分かってるって。言われた通り、盾ぐらいにはなるさ」

 

 カタカタと顎を鳴らして笑い、引きずられていく翔。それを見送った女性陣は、各々自身に宛がわれた部屋へと戻り、床に就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 別室に来た十六夜、ジン、骨から元に戻った翔の三人。座ると同時に十六夜が尋ねる。

 

「で、話してない情報はなんだ?」

「………俺を案内してくれた少女の名前だ」

 

 そこで翔は一息置いて、口を開く。

 

「彼女は自身の名をペストといった」

「ペ、ペストですか!?さすがにそれは」

「だからこそ、分からないんだ。名前ってのは、口頭だと一番詐称しやすいからな。だが、本名なのだとしたら」

「マズイ、ですよね」

「俺はリスポーンすれば平気だ。十六夜も多分平気だろう」

「おいおい、俺を一体何だと思ってるんだよ?」

「風邪にすら罹らなさそうな問題児。まあ、信頼の証だと思ってくれ」

 

 ケラケラ笑って流す翔。しかし、すぐに真剣な表情に戻る。

 

「さて、これで一先ずは全部だ。現在分かっている状況を整理するか。敵の戦力は不明。だが、ペストと魔書の悪魔・〝ハーメルンの笛吹き男〟はほぼ確定。こっちの戦力は俺らと〝サラマンドラ〟、白夜叉と他の参加者達。だが、不確定要素が多分に含まれている。開催は明日にでも仕掛けてくる。ゲーム内容は不明。だが、これらのステンドグラスがカギとなる可能性がある。………こんなところか?」

「………ま、今はそれが限界だな。どう転ぶにせよ、この御チビには頑張ってもらわないとなあ」

「はい?」

「全くだ。どうなってもこのリーダーの存在を広めなきゃいけない」

「あ、あの?」

「「というわけで、ゲーム攻略の指揮は任せた♪」」

「え?え、えええええぇぇぇぇぇッッッ!!!!」

「「五月蠅い」」

 

 ガガンッ!とジンの頭に拳とボードによる一撃が叩き込まれ、昏倒する。それを確認した二人は立ち上がる。

 

「さて、御チビも()()ことだし、俺らも休むとするか」

「そうだな。現状じゃまともな対策なんて、できやしねえしな。つか、俺こんな考えるキャラとかやってらんねえぜ。なんで作品見に行っただけで、ドンピシャで面倒事関係に引き寄せられたんだか」

 

 そういって、自分たちに宛がわれた部屋へと向かっていった。

 




【スケーター】………なんだろう。人智を超えた存在?

【スケートボード】殴られたら吹き飛んだり、昏倒したりする不思議な車輪付きの板。よほどのことが無いと壊れない不思議な板。

【ステンドグラス】ご都合主義。

【賃上げ交渉】零細コミュニティにはお金が足りない!

【骨】Skate3のアレ。骨になっても生きてます。肉が無くても分泌されるものは変わらず出るようだ。

【翔の頭】知識はない。でも思考力はある設定。バグを考える→発想力がある→ならば思考力はそこそこあってもいいのではなかろうか?っていう感じ。他にも、スケボーしながら次のトリックを考えるから思考速度もそこそこあるという設定。だからこれぐらいは許して!


作者「実際今回の話、翔がステンドグラスが怪しいかも的なことを話して、全員で叩き割りに街を回るっていう風にしようかって考えてた」
翔 「でも、それをすると原作二巻が今回で終わる上に、ペストやメルン、ディーン、ラッテン、ヴェーザーの出番が消えちゃうからな。しかもペスト以外この小説でセリフも描写もなく終わるし」
ペスト・メルン・ディーン・ラッテン・ヴェーザー
「「「ッ!!?」」」
作者「うん。だから没った。皆の行動に焦ったペスト達がゲームを強行するってのにしてもよかったけど、現在時間が夜ってのと、その後の展開が難しくなるから魔王の思惑に乗る方向にしたよ」
ペ・メ・ディ・ラ・ヴェ
「「「「「ほっ………」」」」」
翔 「その後の展開?なんかあったか?」
作者「うん。そうすると今度はアーシャとジャックの出番が消えるんだ。魔王襲来で決勝が中止になるからね。今後の重要人物たちとの接点がなくなっちゃう」
アーシャ・ジャック
「「えっ!!?」」
翔 「ああ、だからそっちも没か」
作者「うん」
ア・ジャ
「「ほっ………」」
作者「でも、こっちに至っては、今後の展開次第で修正可能だから可能性は十分にあった」
ア・ジャ
「「ッ!!!!???」」
翔 「でも、やめたんだろ?」
作者「うん。正直、七桁と六桁じゃ接点作りづらいし、やると無理やりになりそうでやめた」
ア・ジャ
「「ふぅ………」」
作者「どっちも書いてみたかったけどね♪」
ペ・メ・ディ・ラ・ヴェ・ア・ジャ
『やめてッ!!』


 というわけで(?)今回はあまりヌケボー出来なかった。次回はもう少しヌケさせる(未定)



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第十話 問題児に係わると碌なことが無い

 ———境界壁・舞台区画。舞台袖。

 春日部耀と板乗翔は観客席から見えない舞台袖で、待機していた。

 セコンドについたジンとレティシアは、次の対戦相手の情報を確認していた。

 

「―――〝ウィル・オ・ウィスプ〟に関して、僕が知っていることは以上です。参考になればいいのですが………」

「大丈夫。ケースバイケースで臨機応変に対応するから」

「人は俗にそれをノープランと言うんだが………」

 

 呆れ顔の翔を見て、苦笑いするジン。

 会場では黒ウサギの手でゲームが進行し、とうとう試合開始が近くなる。

 

「さて、俺は邪魔にならない程度に頑張りますかね」

「うん。最初に盾になってもらうつもり」

「それ、せめて最初じゃなくて最後にしません?」

 

 耀の言葉に口元を痙攣させる翔。

 舞台の真中では黒ウサギがクルリと回り、入場口から迎え入れるように両手を広げた。

 

『それでは入場していただきましょう!第一ゲームのプレイヤー・〝ノーネーム〟の春日部耀と、〝ウィル・オ・ウィスプ〟のアーシャ=イグニファトゥスです!』

 

 三毛猫をジンに預け、通路から舞台に続く道に出る耀。その彼女に追随する翔。

 その瞬間―――耀の眼前を高速で駆ける火の玉が、

 

「あ、足埋まった」

「あ」

「ちょッ!?」

「YAッFU!?」

 

 こけて前のめりになった翔に直撃した。その際に火が翔に引火し、燃え上がる。

 意図せずして、先ほど耀が言っていた通り、最初に盾になってしまったようだ。

 

「熱っつい!?」

 

 叫ぶがすでに遅く、そのまま燃え続けて地面に黒い人型を残し、消し炭になった翔。

 その光景に静まり返る会場。

 強襲した人物―――〝ウィル・オ・ウィスプ〟のアーシャは、口を開けて唖然としていた。

 

「………え?い、今のやつ、し、死んだの?」

 

 顔を青ざめ、体を震わせるアーシャ。彼女は自分のちょっとした悪戯のつもりであったが、まさか人が飛び出し、そのうえ死んでしまうとは思わなかったのだろう。だがまあ、

 

「ええ、死にましたとも!いくら〝ノーネーム〟だからって突然焼死なんざ、あんまりだチクショウがッ!!」

 

 翔だから問題ないだろう。

 耀のすぐ横にリスポーンする翔。

 

「おい、そこのガキンチョ!!」

「え?わ、私?」

「そうだ!!お前以外に誰がいる!?」

 

 先ほど死んだはずの翔が現れたことへの驚きを、未だ整理できていないアーシャ。そんな彼女を翔が指をさし、今の出来事の不平不満を告げる。

 

「殺すんなら、溺死か斬殺か惨殺か絞殺か失血死か圧死かゴミ箱捕食死とか色々あんだろうが!!それなのになぜ、なぜ焼死をチョイスしやがった!!?次に殺す時はせめて焼死以外にしろッ!!殺すなら対象の人物が慣れてる殺し方か、苦しまないような殺し方にしろ!!!これは常識だ!!!わかったか小娘!!?」

「え?あ、う、うん………」

 

 いや、そこじゃないだろ!?

 耀の横に突然現れた翔の言葉に、やり取りを聞いていた観客たちの心が一つになった。

 どうしてそんな変な理由で怒られなければいけないのだろうか。アーシャはそのことを理解できず、どこか虚しい気持ちになった。

 

「ったく。いきなり燃やされるとは思わなかったぞ」

「………翔がこけたのが悪い」

「足が埋まるのは仕方ないだろう。それは俺じゃなくて地面が悪い」

 

 んなわけあるかッ!!

 観客たちは翔に向かって叫びたい気持ちを必死に抑える。

 耀は火の玉にの中心のシルエットへと目を向ける。

 

「その火の玉………もしかして、」

「………ハッ!?な、何言ってんのオマエ。アーシャ様の作品を火の玉なんかと一緒にすんなし。コイツは我らが〝ウィル・オ・ウィスプ〟の名物幽鬼!ジャック・オー・ランタンさ!」

「YA、YAッFUUUUUUUuuuuuuuuu!!」

 

 戸惑いながらもしっかり答えるアーシャ。それに呼応して火の玉は取り巻く炎陣を振りほどいて姿を顕現させる。その姿に耀のみならず、観客席の全てがしばし唖然となった。

 轟々と燃え盛るランプと、実体の無い浅黒い布の服。

 人の頭の十倍はあろうかという巨大なカボチャ頭。

 その姿まさしく、飛鳥が幼い日より夢見ていた、カボチャのお化けそのものだった。

 

「ジャック!ほらジャックよ十六夜君!本物のジャック・オー・ランタンだわ!」

「はいはい分かってるから、落ちつけお嬢様」

 

 らしくないほど熱狂的な声を上げて十六夜の肩を揺らす飛鳥。下の声が聞こえなかったのは幸いだろう。眼下の舞台袖では、アーシャが耀を見下して嘲り笑っていたからだ。

 

「ふふ~ん。〝ノーネーム〟のくせに私達〝ウィル・オ・ウィスプ〟より先に紹介されるとか生意気だっつの。私の晴れ舞台の相手をさせてもらうだけで泣いて感謝しろよ、この名無し」

「YAHO、YAHO、YAFUFUUUuuuuuuuu~♪」

「はーい、感謝しまーす!放火殺人犯のアーシャさんとジャックさん!」

「うっ……あ、あれは事故だっつの!まさか人がこけるとは思ってなかったんだよ!!」

「犯人は皆そう言うんだ。素直に認めたら楽になるぞ?」

「お前がこけた時点でまぎれもない事故だろうがッ!!」

「一理ある」

「あああああぁぁぁ!!!メッチャ腹立つ!!なんだコイツ!?」

「貴女が先ほど燃やし殺した〝ノーネーム〟ですが、なにか?」

 

 アーシャを揶揄って遊ぶ翔。

 至近距離で見ていた黒ウサギは、苦笑しながら告げる。

 

『正位置に戻ってくださいアーシャ=イグニファトゥス!あとコール前の殺人行為は控えるように!』

「だからさっきのは事故だっつの!!?」

 

 黒ウサギも若干、翔に悪乗りしているようだった。

 アーシャは黒ウサギにも叫びながら、舞台上に戻る。耀と翔も彼女に続いて舞台に上がる。耀は円状の舞台をぐるりと見まわし、最後にバルコニーにいる飛鳥達に小さく手を振った。

 飛鳥もそれに気が付いて舞台に手を振り返す。

 アーシャはその仕草が気に入らなかったのか、舌打ちして皮肉気に言う。

 

「大した自信だねーオイ。私とジャックを無視して客とホストに尻尾と愛想ふるってか?何?私達に対する挑発ですかそれ?」

「うん」

 

 カチン!と来たように唇を尖らせるアーシャ。どうやら効果は抜群らしい。

 それを見てケラケラ笑う翔。その顔は、よく言ったとでも言いたげだ。

 一見して大人しい耀だが、これで結構負けず嫌いな一面もある。

 そして黒ウサギが宮殿のバルコニーに手を向けて厳かに宣言する。

 

『―――それでは第一ゲームの開幕前に、白夜叉様から舞台に関してご説明があります。ギャラリーの皆さまはどうかご静聴の程を』

 

 刹那、会場からあらゆる喧騒が消えた。〝主催者〟の言葉を聞くために静寂が満ちていく。バルコニーの前に出た白夜叉は静まり返った会場を見回し、緩やかに頷いた。

 

「うむ。協力感謝するぞ。―――さて。それではゲームの舞台についてだが………まずは手元の招待状を見て欲しい。そこにナンバーが書いておらんかの?」

 

 観客は一斉に招待状を取り出した。手元にないモノは慌てて鞄の中を捜し、置いてきた者はひたすらそれを悔いていた。一喜一憂する観客たちの様を温かく見つめる白夜叉は、説明を続ける。

 

「ではそこに書かれているナンバーが、我々ホストの出身外門―――〝サウザンドアイズ〟の三三四五番となっている者はおるかの?おるのであれば招待状を掲げ、コミュニティの名を叫んでおくれ」

 

 ざわざわと観客席がどよめく。

 するとバルコニーから真正面の観客席で、樹霊の少年が招待状を掲げていた。

 

「こ、ここにあります!〝アンダーウッド〟のコミュニティが、三三四五番の招待状を持っています!」

 

 おおお!っと歓声が上がる。白夜叉はニコリと笑いかけ、バルコニーから霞のように姿を消し、次の瞬間には少年の前へ立っていた。

 

「ふふ。おめでとう、〝アンダーウッド〟の樹霊の童よ。後に記念品でも届けさせてもらおうかの。よろしければおんしの旗印を拝見してもよろしいかな?」

 

 コクコクと勢いよく頷く少年。彼の差し出した木造の腕輪には、コミュニティのシンボルと思われる、巨大な大樹の根に囲まれた街が描かれていた。しばし旗印を見つめた白夜叉は微笑んで少年に腕輪を返し、次の瞬間にバルコニーに戻っていた。

 

「今しがた、決勝の舞台が決定した、それでは皆のもの。お手を拝借」

 

 白夜叉が両手を前に出す。倣って全ての観客が両手を前に出す。

 パン!と会場一致で柏手一つ。

 その所作一つで―――全ての世界が一変した。

 

 

 

 

 

 

 

 変化は劇的だった。

 春日部耀と板乗翔の足元は虚無に吞みこまれ、闇の向こうには流線型の世界が数多に廻っていた。その世界の一つに、白夜の大地があることに気が付く。

 それに気づいた耀は不安は一切なかった。そう、耀は。

 翔は()()()()というだけで嫌な予感しかしなかった。どうかその予感が外れますように、と心の中で願い続ける。

 そして、バフン、と少し意外な着地音と、

 

「白夜叉あああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 翔の絶叫が響いた。耀はその絶叫を上げた彼の方へ顔を向ける。そこには下半身は樹木に埋まっている状態の翔がいた。

 

「………また?」

「ああッ、そうだよ!まただよチクショウ!!なんでこうもアイツが関係してるとこうなるんだよ!!?」

 

 どこか遠くから、だから私が知るかッ!!と聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

「それにしても、此処………樹の根に囲まれた場所?」

 

 上下左右、その全てが巨大な樹の根に囲まれている大空洞だった。樹の幹が根だとすぐに理解できたのは、耀の強力な嗅覚が土の匂いを嗅ぎとったからだ。

 耀の独り言を聞いていたもう一人の人物が、小馬鹿にしたように彼女を笑う。

 

「あらあらそりゃあどうも教えてくれてありがとよ。そっか、ここは根の中なのねー」

「………翔、一人で出られそう?」

「いや、リスポーンしても無理だった!助けて!!」

 

 そんなアーシャを無視して、翔のところに行き、スポンッ、と彼を助け出す耀。今度は挑発行為のつもりはなかったが、アーシャを苛立たせるには十分だったらしい。

 横に立つジャック・オー・ランタンと共に臨戦態勢に入るが、耀はそれを小声で制す。

 

「まだゲームは始まってない」

「はあ?何言って」

「耀の言うとおりだ。今のままじゃゲーム内容がさっぱりだ」

「勝利条件も敗北条件も分からない。これじゃゲームとして成立しない」

 

 むっとするアーシャ。だが二人の言い分に正当性を感じたのだろう。

 そんな耀と翔、アーシャの間に亀裂が入る。

 亀裂の中から出てきたのは、輝く羊皮紙を持った黒ウサギだった。

 ホストマスターによって作成された〝契約書類〟を振りかざした黒ウサギは、書面の内容を淡々と読み上げる。

 

 

『ギフトゲーム名〝アンダーウッドの迷路〟

 

・勝利条件

一、プレイヤーが大樹の根の迷路より野外にでる。

二、対戦プレイヤーのギフトを破壊。

三、対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合(降参含む)

 

・敗北条件

一、対戦プレイヤーが勝利条件を一つ満たした場合。

二、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。』

 

 

「―――〝審判権限〟の名において。以上が両者不可侵であることを、御旗の下に契ります。御二人とも、どうか誇りある戦いを。此処に、ゲームの開始を宣言します」

 

 黒ウサギの宣誓が終わる。それが開始のコールだった。

 二人は距離を取りつつ初手を探る。勝利条件が複数ある以上、明確な方針が欲しかった。

 しばしの空白の後。先に動いたのは、小馬鹿にした笑いを浮かべるアーシャだった。

 

「睨み合っても進まねえし。先手は譲るぜ」

「……………?」

「ま、さっきの一件があるしね。後でいちゃもん付けられるのも面倒だし?」

 

 ツインテールを揺らしながら肩を竦め、余裕の笑みを浮かべるアーシャ。

 春日部耀は無表情でしばし考えたあと、一度だけ口を開いた。

 

「貴女は………〝ウィル・オ・ウィスプ〟のリーダー?」

「え?あ、そう見える?なら嬉しいんだけどなあ♪けど残念なことにアーシャ様は、」

「そう。分かった」

 

 リーダーと間違われたことが嬉しかったのか、愛らしい満面の笑みで質問に答えるアーシャ。だが耀は聞いていない。耀は会話をほっぽり出し、背後の通路に疾走していったのだ。翔もスケボーに乗り彼女に追随し、【プッシュ】、【ボンレス】、【オーリー】を駆使して追いかける。

 

「え………ちょ、ちょっと…………!?」

 

 自分から投げかけたにも拘らず話の途中で逃げ出した耀。アーシャはしばし唖然とする。

 ハッと我に返ったアーシャは全身を戦慄かせ、怒りのままに叫び声を上げた。

 

「オ………オゥェゥゥウウェェェェイ!とことん馬鹿にしてくれるってわけかよ!そっちがその気なら加減なんざしねえ!行くぞジャック!樹の根の迷路で人間狩りだ!」

「YAHOHOHOhoho~!!」

 

 怒髪天を衝くが如くツインテールを逆立たせて猛追するアーシャ。春日部耀は背中を向けて通路と思わしき根の隙間を次々と登る。アーシャはその背中に向かって叫んだ。

 

「地の利は私達にある!焼き払えジャック!」

「YAッFUUUUUUUuuuuuuuuu!!」

 

 左手を翳すアーシャ。ジャックの右手に提げられたランタンとカボチャ頭から溢れた悪魔の業火は、瞬く間に樹の根を焼き払って耀と翔を襲う。

 しかし耀が最小限の風を起こし、炎を誘導して避けた。

 アーシャはジャックの業火の軌道が逸れたことに舌打ちする。

 対して、春日部耀は既にジャック・オー・ランタンの秘密に気が付き始めていた。

 

「あーくそ!ちょろちょろ避けやがって!」

「そりゃあ、もう燃えたくないからね。まったく、放火殺人犯が言うとより恐ろしく感じるな」

「………あの馬鹿に三発同時に撃ち込むぞジャック!」

「YAッFUUUUUUUuuuuuuuuu!!」

 

 アーシャが左手を翳し、次に右手のランタンで業火を放つ。先ほどより勢いを増した三本の炎が翔へと向かう。何故か狙われた翔は加速し、樹の根を縦横無尽に移動して避ける。

 

「……な………!?」

 

 絶句するアーシャ。スケボーで滑ることしか能の無い翔に避けられたことが、ショックだったのだろうか。

 

「おいおい。相手をしてくれるのは嬉しいが、俺ばっか構っててもいいのかい?」

「ハッ!?そうだった、くそ、やべえぞジャック………!このままじゃ逃げられる!」

「Yaho………!」

 

 走力では俄然、春日部耀が勝っていた。そのうえ翔も囮として十二分に機能しており、アーシャとの差は大分広がっている。

 豹と見間違う健脚は見る見るうちに距離を空けて遠ざかる。しかも耀の五感は外からの気流で正しい道を把握している。迷路の意味は既にない。

 アーシャは離れていく耀の背中を見つめ―――諦めたようにため息を吐いた。

 

「………くそったれ。悔しいがあとはアンタに任せるよ。本気でやっちゃって、ジャックさん」

「わかりました」

 

 え?と耀が振り返る。遥か後方にいたジャックの姿はなく、耀のすぐ前方に霞の如く姿を現したのだ。巨大なカボチャの影を前にした耀は、驚愕して思わず足を―――

 

「そーッらッ!!」

「「ッ!?」」

 

 ———止めた瞬間にジャックを飛び越える角度で投げられた。犯人はもちろん翔だ。三人の意識が逸れた際に、何時の間にか耀の背後に来ていたのだ。

 耀を投げた翔は叫ぶ。

 

「走れッ!!」

「ッ!」

 

 ガルドの時のように翔の声に弾かれるように走り出す耀。それを見たジャックが追いかけようとするも、

 

「せいやッ!」

「ヤホッ!?」

「ジャックさん!?」

 

 翔のスケボーによって殴られ、横に吹き飛んで樹の根に叩きつけられる。

 

「お前さんの相手は俺だよ?無視しようとするなんて、寂しいじゃないか。一人遊びは虚しくなるだけなんだ。だから、少しぐらい付き合ってくれてもいいんだよ?」

「ヤホホ………予想外でしたね。私にヒビを入れられるような方が、サポートとして参加しているとは」

 

 カボチャの頭に若干ヒビが入ったジャックが翔を見つめる。

 

「やだなあ。俺は後方支援、囮、待ち伏せ、足止めといった完全サポート役だ。それに今回のルールでは、それらの手段(ギフト)が全く使えないと来たから、困ったもんだぜ」

 

 ケラケラと笑い、笑みを崩さない翔。

 

「だから、今回は不意打ちという手段を取らせてもらった。悪く思わないでくれよな?それとヒビに関しては偶々だ。もう一回やれと言われても絶対無理だぜ?期待しないでくれよな?」

「………ヤホホ!面白い方です!」

「俺は正面からぶつかったら一瞬でやられちまうんでな!」

 

 笑みを崩さない翔。しかし、その額には汗がにじんでいる。

 

「それで、貴方はこれからどうするおつもりで?」

「お前の相手をする……………………とか言うわけねえだろ!いい夢見ろよ、じゃあなッ!!」

「ヤホッ!?」

 

 突然背中を見せて逃亡を始める翔。その行動に驚きを隠せないジャック。

 顔だけをジャックに向けて声を上げる翔。

 

「さっきの会話で、もう十分に時間は稼がせてもらったんでな!」

 

 呆然と彼の背中を見つめるジャック。その背中を見失ったその時。

 舞台がガラス細工のように砕け散り、円状の舞台に戻った。

 黒ウサギが宣言する。

 

『勝者、春日部耀!!』

 

 ハッと観客席から声が上がる。次に割れんばかりの歓声が会場を包んだ。

 おおと声が上がる舞台の中心で辺りを見回す耀。そこにジャックが近寄って声をかける。

 

「どうかしましたか?」

「………翔が見当たらない」

「………ヤホ?もしや、あれでは?」

 

 そういってジャックが示したのは、舞台の端の方で地面から生え、ジタバタしている手だった。

 耀はそれを見て、笑って頷いた。

 

「多分、アレ。ありがとう」

「いえいえ。貴女こそ、おめでとうございます」

 

 ジャックは素直に勝利した耀を祝福する。その後ろから、不機嫌そうなアーシャがやって来た。

 悔しそうな視線で耀を見たと思うと、

 

「おい、オマエ!名前はなんて言うの?出身外門は?」

「………。最初の紹介にあった通りだけど」

 

 突き放すように言う耀。しかしアーシャはそれでも食らいついた。

 

「あーそうかい。だったら私の名前だけでも覚えとけ、この〝名無し〟め!私は六七八九〇〇外門出身のアーシャ=イグニファトゥス!次に会うようなことがあったら、今度こそ私が勝つからな!覚えとけよ!」

「………うん。わかった。でも次も私が勝つ」

 

 耀は笑いながらそう返した。アーシャはそれを聞くとツインテールを揺らして去っていく。

 

「あの、そろそろ助けてください………」

 

 何とか上半身を地中から出すことに成功した翔がそう呟いた。

 

「………何とかそこまで出れたんだ」

「無理やりな。それより早く助けて」

 

 仕方なく翔を地中から引っ張り出す耀。

 

「助かった………」

「今度は埋まらないでね?」

「それはどう足掻いても無理な話です」

 

 舞台上で二人がそんな会話を繰り広げていると、遥か上空から、雨のようにばら撒かれる黒い封書が目に入った。二人もそれに気づいて、降ってきたうちの一枚を翔は手に取って目を通す。耀も横から覗き込むようにして見る。

 

 

『ギフトゲーム名〝The PIED PIPER of HAMELIN〟

・プレイヤー一覧

現時点で三九九九九九九外門、四〇〇〇〇〇〇外門、境界壁の舞台区画に存在する参加者、主催者の全コミュニティ。

 

・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター

太陽の運行者・星霊 白夜叉。

 

・ホストマスター側・勝利条件

全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

・プレイヤー側・勝利条件

一、ゲームマスターを打倒。

二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

〝グリムグリモワール・ハーメルン〟印』

 

 

「………翔の仮説が当たった?」

「みたいだなあ。………ハア、最悪。こんな面倒事になるなら来なきゃよかった」

「………でも、顔が笑ってるよ?」

「………そんなウソには引っかかりませーん」

 

 耀が冗談を言う。翔はそれには乗らず、ため息を吐く。本当に笑顔を浮かべておらず、むしろ疲れきった表情の翔と笑顔の耀という対照的な二人。

 そんな中、観客席の中で一人、膨張した空気が弾けるように叫び声を上げた。

 

「魔王が………魔王が現れたぞオオオォォォォ―――――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 最初の変化は本陣営のバルコニーから始まった。

 突如として白夜叉の全身を黒い風が包み込み、彼女の周囲を球体に包み込んだ。

 

「………なに、あれ?」

「俺が知るか。でも、なんか予想外の事態になっているのだけは分かる」

 

 特に焦りの見えない翔と耀が舞台上で様子を窺う。

 すると、黒い風は勢いを増し、白夜叉を除く全ての人間を一斉にバルコニーから押し出した。

 

「………行こう」

「ハア………嫌だなあ………」

 

 無表情の耀と心底嫌そうに顔を顰めている翔が、舞台に降りてきた十六夜と飛鳥のところへと向かう。

 

「翔の仮説が大当たりのようだな」

「本音を言えば当たってほしくなかったなー」

「ヤハハ!昨日は結構ノリノリだっただろうが!」

「杞憂で終わればいいなって昨日からずっと思ってました。妄想のままでいてくれって考えてましたー!正直強がってただけですー!!くそったれ!!なんで当たるんだよ!!?」

 

 地面に拳を打ち付ける翔。それを見て緊張していたメンバーの表情が少し和らぐ。

 そんな中、舞台周囲の観客席は大混乱に陥っていた。

 阿鼻叫喚が渦巻く会場の中心で、軽薄な笑みを浮かべている十六夜。

 しかし瞳には何時もの余裕が見られない。

 翔が息を一つ吐き、覚悟を決めたように口を開く。

 

「さて、まずはどうする?」

「〝サラマンドラ〟の連中が気になる。アイツらは観客席の方に飛んで行ったからな」

「では黒ウサギがサンドラ様を捜しに行きます。その間は十六夜さんとレティシア様の二人で魔王に備えてください。ジン坊っちゃん達は白夜叉様をお願いします」

「分かったよ」

 

 レティシアとジンが頷き、皆が動こうとしたとき、声がかけられる。

 

「お待ちください」

 

 一同が声の方向に振り向く。同じく舞台会場に上がっていた、〝ウィル・オ・ウィスプ〟のアーシャとジャックだ。

 

「おおよその話は分かりました。魔王を迎え撃つというなら我々〝ウィル・オ・ウィスプ〟も協力しましょう。いいですね、アーシャ」

「う、うん。頑張る」

 

 前触れなく魔王のゲームに巻き込まれたアーシャは、緊張しながらも承諾する。

 

「ハハハ!ああ、こりゃ心強いや!」

「そうでございますね。では御二人は黒ウサギと一緒にサンドラ様を捜し、指示を仰ぎましょう」

 

 一同は視線を交わして頷き合い、各々の役目に向かって今度こそ走り出した。

 逃げ惑う観客が悲鳴を上げたのは、その直後だった。

 

「見ろ!魔王が降りてくるぞ!」

 

 上空に見える人影が落下してくる。

 それを気にせず、白夜叉の下へと駆ける飛鳥、耀、翔、ジンの四人。

 そして、バルコニー入り口扉前に辿り着く。が、そこには吹き飛ばされた時と同じ黒い風が、彼女たちの侵入を阻んでいた。

 進むことも出来ずに歯噛みする飛鳥は、扉の向こうにいる白夜叉に向かって叫ぶ。

 

「白夜叉!中の状況はどうなっているの!?」

「分からん!だが行動を制限されておるのは確かだ!連中の〝契約書類〟には何か書いておらんか!?」

 

 ハッとジンが拾った黒い〝契約書類〟を取り出す。

 すると書面の文字が曲線と直線に分解され、新たな文面へと変化したのだ。

 飛鳥は風で舞い上がる髪を押さえながらも、すかさず羊皮紙を手に取って読む。

 

『※ゲーム参戦諸事項※

  ・現在、プレイヤー側ゲームマスターの参戦条件がクリアされていません。

   ゲームマスターの参戦を望む場合、参戦条件をクリアして下さい。 』

 

「ゲームマスターの参戦条件がクリアされてないですって………?」

「参戦条件は!?他には何が記述されておる!?」

「そ、それ以上の事は何も記述されていないわ!」

 

 白夜叉は大きく舌打ちした。彼女の知る限り、この様な形で星霊を封印できる方法は一つしかない。白夜叉は続けて叫んだ。

 

「よいかおんしら!今から言う事を一言一句違えずに黒ウサギへ伝えるのだ!間違えることは許さん!おんしらの不手際は、そのまま参加者の死に繋がるものと心得よ!」

 

 普段の白夜叉からは考えられない、緊迫した声。今はそれだけ非常事態なのだ。

 飛鳥達は大きく息を呑み、白夜叉の言葉を待つ。

 

「第一に、このゲームはルール作成段階で故意に説明不備を行っている可能性がある!これは一部の魔王が使う一手だ!最悪の場合、このゲームはクリア方法が存在しない!第二に、この魔王は新興のコミュニティの可能性が高い事を伝えるのだ!第三に、私を封印した方法は恐らく―――」

「はぁい、そこまでよ♪」

 

 ハッと白夜叉はバルコニーに振り返る。

 其処には白装束の女―――ラッテンと呼ばれた女が、三匹の火蜥蜴を連れ立っていた。

 

「あら、本当に封じられてるじゃない♪最強のフロアマスターもそうn「行け、ゴミ箱先輩三連星!あの蜥蜴どもを喰らうのだ!!」ちょ、ちょっと!?まだ私が話している途中でしょう!?」

 

 ラッテンが話している間に三匹の火蜥蜴に向かって、白い円柱状のゴミ箱が飛んでいく。そして、

 

「「「………(ムシャムシャ)」」」

 

 頭から綺麗に食べ、火蜥蜴たちを行動不能にするゴミ箱先輩。………殺してはいないようだ。

 

「お前ら、白夜叉の話は聞いてたな!?ならさっさと誰か、もしくは全員が黒ウサギの下に行け!!ちなみに俺は話を聞いてなかったからよろしく!!ほら、早く行かないとさっきの耀みたいに投げるぞッ!?」

 

 何か翔が馬鹿丸出しの発言をしていたが、それを無視して三人が行動を起こす。

 

「飛鳥、ジン!摑まって!」

「え、ええ!」

 

 耀は二人の手を摑んで旋風を巻き起こす。

 鷲獅子のギフトを用いた力に、ラッテンは少なからず驚きの声をあげた。

 

「あら、今の力………グリフォンかn「ゴミ箱先輩、射出!」ちょっ!?こいつ、また!?」

 

 今度は笛を吹こうとしていたラッテン本人に向かって、ゴミ箱先輩を射出する翔。

 その隙に耀、飛鳥、ジンの三人は黒ウサギのいる観客席に向かって飛翔した。

 

「このッ!鬱陶しいのよッ!!」

 

 笛を吹くのを一旦諦め、翔に向けて突っ込んでくるラッテン。

 しかし、翔に殴りかかろうとした直前に、翔の姿が消える。

 

「なっ!?い、一体どこに!?」

「ゴミ箱先輩二発目、射出!」

「えっ!?」

 

 翔の声は後ろから響いた。彼はリスポーンして、マーカーを置いてあった舞台中央まで移動したのだ。

 翔の奇襲を寸前で避けるラッテン。

 彼女はそんな彼を奇異の視線で見る。

 

「………貴方、一体どういうギフトなのかしら?」

「敵のお前さんに教えるとでも?」

「………いいえ」

「そうだろう?………だが敢えて言おう!俺のギフトはスケーター(ヌケーター)であるとッ!!」

 

 先ほどのセリフはなんだったのかというほど、清々しく自身のギフトネームを告げる翔。

 その言葉にラッテンは口を開け、唖然とする。その顔を見た翔がラッテンを指をさし、吼える。

 

「ほらな!?そんな顔をする!!どうせ、どうせ理解なんてできてないんだろ!?やっぱり箱庭に俺の理解者なんていないんだあッ!?」

 

 また、地面に拳を打ち付けて吼える翔。その背後から白い円柱状の物体、ゴミ箱先輩が転がってきて、

 

「うぎゃああああぁぁぁぁ!!!!?謀反ッ!?謀反ですかッ!?謀反なんですかッ!?おのれ、おのれえぇ、ゴミ箱先輩いいいぃぃぃぃ!!!!ゴミ箱の分際で、覚えてろよおおおおぉぉぉ!!!いつか絶対加速装置にして、そのまま放置してやるッ!!」

 

 下半身をゴミ箱先輩に吞みこまれる翔。

 異様な光景に再び唖然として、固まってしまうラッテン。と、次の瞬間。

 激しい雷鳴が鳴り響いた。

 

「そこまでです!」

 

 放心していたラッテンは我に返り、ハッと空を仰ぐ。

 

「今の雷鳴………まさか!」

 

 ラッテンはバルコニーから宮殿の屋根に跳び上がった。幾度も轟く雷鳴を発していたのは、〝疑似神格・金剛杵〟を掲げた黒ウサギである。

 黒ウサギは輝く三叉の金剛杵を掲げ、高らかに宣言する。

 

「〝審判権限〟の発動が受理されました!これよりギフトゲーム〝The PIED PIPER of HAMELIN〟は一時中断し、審議決議を執り行います!プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください!繰り返します―――」

 

 黒ウサギの声が街に響く。

 

「ぎゃああああぁぁぁぁ!!!!?そうだった!?リスポーン地点は此処だった!!?だ、誰か助けて!!このままじゃ無限にゴミ箱先輩に喰われ続けるうううぅぅぅぅ!!!!??」

 

 ………翔の悲鳴も虚しく、街に響いた。

 

 

 




【問題児】十六夜・飛鳥・耀・白夜叉の四人(現在)

【プッシュ】地面を蹴って加速させる、スケボーの基本テクニック。

【ボンレス】片腕でデッキの側面を掴んで前足を地面に置き、その足でジャンプして跳び上がるトリック。

【オーリー】ボードに乗りながらジャンプするトリック。

【スケートボード】殴られた者は通常の物理演算では有り得ない現象が起きる。例:吹き飛ぶ。

【翔の本音】帰りたい。ただその一言。

【ゴミ箱先輩】共闘、そして裏切り。これで捕食回数が97713回目。詳細な記録は以下の通り。
ゴミ箱実験回数:98251回+74回(第十話現在)
ゴミ箱共闘回数:32回+2回(第十話現在)
ゴミ箱挑戦回数:126回+28回(第十話現在)
ゴミ箱に滑りを妨害された回数:1574回+0回(そこら辺にゴミ箱先輩がいないため)
ゴミ箱捕食回数:97618回+95回(うち二回が今回)
「+回数」は箱庭に来てからの記録。


今回はこれぐらいで!それではまた次回!


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第十一話 ヌケーターは意図せず魔王を越える

 黒ウサギが発動した審議決議により、ギフトゲームは一時中断。幸いにもその間の〝ノーネーム〟への被害はごくわずかであった。

 審議決議とは、〝主催者権限〟によって作られたルールに、不備がないかを確認するために与えられたジャッジマスターが持つ権限の一つのことだ。発動したら、〝主催者〟と〝参加者〟でルールに不備がないかを考察する。しかし、審議決議を行いルールを正す以上、〝主催者〟と〝参加者〟による対等のギフトゲーム。相互不可侵の契約が交わされることにもなる。

 これにより現在、〝主催者〟である魔王達と〝参加者〟の代表として十六夜達が交渉のテーブルについている。交渉が終わるまでの間、暇を持て余した翔・飛鳥・耀・三毛猫の三人と一匹は空いている部屋を借り、談笑することにした。

 

「それにしても、翔君の妄想が当たるなんて思わなかったわ」

 

 椅子に座り、膝に小さなとんがり帽子の精霊を乗せた飛鳥が呟く。その呟きを一字一句逃さず拾ってしまった翔は間が悪そうな表情をする。

 

「当たって悪かったな。俺だって当たってほしくなかったよ」

 

 そういってため息を一つ吐く翔。その様子を見て、苦笑する耀。

 

「でも、これで活躍すれば名前が知れ渡るんだよね?」

「まぁな。六桁のコミュニティや、かなり遠くのコミュニティも来ているから、七桁・六桁では多少なりとも広がるだろうな。今やってる交渉でも、そこそこの成果を期待してる」

 

 椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見るような体勢でそう答える翔。

 

「だが、やっぱり今回が一番厳しいな。名前が売れてないから、〝ノーネーム〟ってだけで信用され辛いのが鬱陶しいな」

「それは、仕方がないわね。でも、今の状況だと皆、藁にも縋る思いなのだから、〝ノーネーム〟にも頼るのじゃないかしら?」

「そう期待するよ」

 

 口角だけを軽く上げて薄く笑う翔。

 

「それにしても、翔君は交渉に参加しなくて良かったのかしら?」

「考える力はあっても、知識がないからパス。それに長い話を聞いてると、どうしても茶々を入れたくなるからな」

「………そうだったわね。貴方は長い話が嫌いだったわね」

 

 呆れたような表情を浮かべる飛鳥。そこで、部屋のドアがノックされる。

 

「はい?」

「部屋のご用意が出来ましたので、お知らせに参りました」

「あー、わざわざ………俺は別になくてもいいとは言ったんだがな………二人はどうする?」

「………そうね。一応覚悟はしていたけれど、色々なことがありすぎて疲れたから、少し休ませてもらうわ」

「うん。私も」

「んじゃ、これでお開きだな。案内お願いします」

 

 知らせに来た〝サラマンドラ〟の者と思われる火蜥蜴に案内を頼む三人と一匹。そして案内されたのはそれぞれ個室で、三部屋が横並びにあった。

 

「それでは、私はこれで」

「ありがとうなー」

 

 それだけ言って離れていく火蜥蜴。

 

「それじゃあ、ゆっくり休めよー。もし体調が悪くなったらすぐに申し出るように。三毛猫も異変を感じたら教えてくれよな?」

「………なんか、学校の先生みたい」

「ええ、そうね」

「えぇー………お前らを心配して声かけただけなんですけど………」

 

 落ち込んだ翔を放っておき、飛鳥と耀、三毛猫はさっさと自分に割り当てられた部屋へと入っていく。それを見届けた翔は、先ほどの雰囲気がどこかに消え、怒りの炎をその目に灯らせた。

 

「さて、ゴミ箱先輩め………ッ!さっきはよくもやってくれたな………!俺を怒らせたことを後悔させてやる………!!」

 

 そして足早に外へと向かう翔。

 その後、ゴミ箱に全身を吞みこまれた状態でいる翔を、交渉を終えた黒ウサギが発見・救出するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 交渉も終わり、その結果一週間という時間を与えられた一同は集まり、話し合いを始めようとしていた、の、だが。

 

「………もう一度聞きますが、本当に誰も飛鳥さんを見ていないのですね?」

「ああ。俺と御チビ、黒ウサギは交渉してただろ?」

「俺は部屋に入るのは見たが、それ以降は知らないな」

「私も翔と同じ」

「「「「……………」」」」

 

 そう。飛鳥の姿が見えないのだ。姿を消したのは交渉後だと思われるため、魔王に攫われたという事はないだろうが、それでも心配なのだ。

 

「まあ、平気じゃないか?飛鳥も途中で投げ出すような奴じゃないし。再開の前日か当日には姿を見せるさ」

「そ、そうでございますね」

 

 翔にそういわれても不安を拭い切れない表情の黒ウサギ。そこで翔が提案した。

 

「さて、それでどうする?十六夜とジンはこのままゲームの考察を続けてもらうとして、一応俺と黒ウサギと耀で街に出て、飛鳥の捜索に回るか?」

「………うん。やっぱり心配」

「………そうでございますね。街中を捜索してみましょうか。それでは、十六夜さん、ジン坊っちゃん。黒ウサギと翔さんは飛鳥さんを探して参ります!」

「うん。気を付けて」

「十六夜。一応これ渡しとく。中にステンドグラスが撮影されてるし、参考になるかもしれねえから」

「おう。悪いな」

 

 そうして、黒ウサギと翔は飛鳥の捜索、十六夜とジンはゲームの考察という分担になった。

 

「とはいえ、どこから捜すか………」

「一先ずは虱潰しに探してみましょう。黒ウサギは北側を捜してみます。耀さんは東側、翔さんは南側をお願いします!終わり次第西側に集まりましょう!」

 

 それだけ告げると、黒ウサギは物凄い速度で街へと消えていった。その背中を見つめる翔は、

 

「いや、俺、黒ウサギや耀ほど速くないんだけど………って、行っちゃったよ………はあ………」

「じゃあ、頑張って」

 

 耀もそれだけ告げて、グリフォンのギフトを用いて街へと駆けだしていった。そんな二人を見た翔は、ため息をもう一つ吐き、スケボーに乗り言われた通り南側に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

「ん………」

 

 眠る前とは明らかに違う、背に感じる固く湿った地面。それを感じながら飛鳥は目を覚ました。

 

「あすかっ!」

「ん?起きたのか?」

 

 とんがり帽子の精霊と、何故かいる翔が彼女に声をかける。そんな彼の声に嫌気がさした彼女は、自身に掛けられているものを手繰り寄せ、寝返りを打ち、もう一度眠りに就こうとする。

 

「いや、この状況で二度寝しようとしてんじゃねえよッ!?」

 

 しかし、それは翔が飛鳥に掛けてあった上着を剥ぎ取ることで中断させられた。

 

「………ハァ。それで、翔君?ここは何処なのかしら?悪戯にしても少し笑えないのだけれど?」

「いや、俺は飛鳥が突然行方をくらましたから、黒ウサギと耀とで手分けして、街ん中を捜してたんだよ。そんで、スケボーしながら捜してて、妙な挙動をして落ちた、と思ったら此処だ。飛鳥こそ、こんなところで寝てるなんざ、夢遊病にでもなったんじゃないのか?」

「………失礼ね。それなら誰かが気づくでしょう」

「さすがに今のは冗談だ。それに犯人らしきものの正体は分かってる」

 

 そういって翔は立ち上がり、松明を二本、壁から引き抜くと一本を飛鳥に差し出す。

 

「ほら、ついてこい」

 

 飛鳥を先導するように洞穴を進む翔。

 

「それで、犯人って誰なのかしら?」

「それはついてくれば分かるさ」

「………貴方、本当に翔君?」

 

 飛鳥が疑わしそうな視線を翔に向ける。その質問に呆けた顔をする翔。

 

「………え?酷くない?心配して捜しに出て、合流できたと思ったらそれ?なに?【ゲッダン】?【天上天下】?【オイシイウメシュ】?それとも【すっぽんぽん】とか【ポセイドン】辺りを披露すればいいのか?此処にマーカー置きたくないから、さすがにやりたくはないんだけど」

「いえ、分かったわ。そんなよくわからない言葉が出て来るのは翔君しかいないわ」

 

 翔の発言に即座に本人だと判断する飛鳥。本人だと理解し、大人しく彼についていく飛鳥。すると、天井高くまであるような巨大な門の前に着く。

 

「ここだ」

「門………?それにこの紋章………」

 

 巨大な扉には、旗印と思われる細工が施されている。門を見上げている飛鳥を気にせず、門へと歩み寄る翔。

 

「ほいッと」

 

 そして、翔がその門の中心に貼られている羊皮紙、〝契約書類〟を剝がして飛鳥に渡す。

 

 

『ギフトゲーム名〝奇跡の担い手〟

 

・プレイヤー一覧

 久遠飛鳥

 

・クリア条件

 神珍鉄製 自動人形〝ディーン〟の服従。

 

・敗北条件

 プレイヤー側が上記のクリア条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、〝    〟はギフトゲームに参加します。

〝ラッテンフェンガー〟印』

 

 

「これって、〝契約書類〟?」

「あすか」

 

 飛鳥が内容を読み終えると、とんがり帽子の精霊は飛鳥の肩から降りて、手ごろな岩壁の突起に立つ。

 幼い表情には寂しそうな、切ないような、でも少し嬉しそうな、そんな瞳で精霊は―――

 

「わたしから、あなたにおくりもの。どうかうけとってほしい。

 そして偽りの童話―――〝ラッテンフェンガー〟に終止符を」

 

 声は四方八方から聞こえた。目の前の精霊ではなく、洞穴の虚空から岩肌の中から。

 この場にいるのは彼女だけではない。飛鳥は彼女が何者か思い出し、そして直感した。

 ここに彼女の仲間がいたのだと。

 

「〝群体精霊〟。貴方達は、大地の精霊か何かなのかしら?」

「え?大地の精霊?なにそれ?うちのコミュニティに一人ちょうだい」

「「………」」

「あ、ごめんなさい。続けてどうぞ」

 

 突然、空気を壊しに来た翔を視線だけで黙らせる飛鳥。

 

「コホン。………はい。私達はハーメルンで犠牲になった一三〇人の御霊。天災によって命を落とした者達」

 

 ———〝ウィル・オ・ウィスプ〟のアーシャのように、天災や天変地異で亡くなった魂は、時にその魂の形骸を肥やしとして新たな超常存在へと昇華する。

 人の身から精霊へ。転生という新たな生を経て、霊格と功績を手にした精霊群。

 それが彼ら〝群体精霊〟の正体である。

 

「………。私を、試していたの?」

「いいえ。この子と貴女の出会いは偶然であり、私達にとって最後の奇跡。そこに群体としての意識的介入はありません」

 

 幼い精霊が飛鳥に惹かれたのは、故意ではなく。

 彼女は運命的に貴女に惹かれたのだと群体は語る。

 

「貴女には全てをk「もう帰っていい?」………」

「ええ。大丈夫よ。だから早く消えなさい。私はこのゲームをクリアして帰るから」

 

 飛鳥のこめかみに見えた青筋は気のせいであろう。とにかく、邪魔だからさっさと消えろ、と告げる飛鳥。それに従い、即座にリスポーンで消える翔。

 

「さて、邪魔者は消えたわ。続きを話してちょうだい」

「は、はい。貴女には全てを語ります。―――――」

 

 これから、対魔王に向けて、飛鳥の試練が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、予期せぬ動きで予期せず飛鳥を発見できたわけだが………西側で合流って、二人は何処だよ?」

 

 そこに建物の上から黒ウサギと耀が飛んでくる。

 

「………やっと見つけた」

「翔さん!飛鳥さんは!?」

「一応見つけたけど、ギフトゲームをクリアしてから帰るってよ」

「………?あ、あの、一体どういう事でございますか?」

「かくかくしかじか」

「そうでございますか………ってそれで通じるわけがないでしょう!?」

「そっか。飛鳥はあの精霊のコミュニティのゲームを受けてるんだ」

「耀さん!?今ので分かったのでございますか!?」

「………?」

 

 耀がどうしてわからなかったの?とでも聞くように小首を傾げる。それを見てさらに困惑する黒ウサギ。

 

「い、一体なぜ?黒ウサギがおかしいのでございましょうか………?」

「ほら、飛鳥の無事も確認できたし帰るぞ」

「うん。お腹減った」

「は、はい………」

 

 ウサ耳をへにゃらせた黒ウサギが二人の後をついていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、隔離部屋個室。

 交渉からは既に六日が過ぎていた。

 閑散とした空気が立ち込める部屋で、春日部耀は目を覚ました。

 発熱で頭は霞がかかったように鈍く、意識がはっきりとしない。

 寝苦しくてベッドの上で寝返りを打つ。今わかるのは、この部屋には自分以外に―――

 

「………。十六夜?翔?」

「お、起きたか。容体はどうだ?」

「とりあえず水と雑炊、デザートにプリンはあるが食欲は「食べる」………ありそうだな。さっき持って来たばっかだから、熱いうちに食べろ」

 

 十六夜が首だけ振り返り、尋ねる。耀が眠るベッドの脇で本を読んでいたらしい。

 一方の翔はエプロンを付け、お盆に雑炊の入った土鍋、蓮華、水の入ったピッチャーとコップ、そして、いま言っていたプリンと思しき小さな容器とスプーンを乗せて立っていた。

 

「………翔が作ったの?」

「俺が作っちゃだめですかー?材料の調達に苦労したけど、この程度の料理ぐらいなら俺でも作れますー!」

 

 口を尖らせて拗ねたように言う翔。そして、お盆を耀へ渡す。彼女は土鍋の蓋を開ける。その瞬間に湯気と雑炊の香りが、ふわりと広がる。一見は卵がご飯に絡み、汁が多めではあるが、普通の卵雑炊のように見える。耀は恐る恐る、口をつける。

 

「………予想以上に、おいしい………ッ!?」

「マジかよ………ッ!?」

「おい。お前らは一体どういうのを予想してたんだ?答えろ」

 

 目を見開き、翔の作った雑炊に慄く耀。

 彼女が口にした雑炊は、塩味こそ薄いが、カツオダシの味と香りが代わりに口と鼻に広がる。しかし、それも卵の甘みを損なわない程度に抑えている。ご飯の方も柔らかいがしっかりと形と触感が残っていて、噛んで味わうことが出来る。それに卵がふんわりと絡み、口の中で卵と米の甘みが広がる。

 本当に翔が作ったのか疑いたくなるほど、おいしい仕上がりの雑炊であった。

 耀はそれを一瞬のうちに平らげる。そして、息を一つ吐く。

 

「………これ、本当に翔が作ったの?」

「完食してから聞くな。こんなんでも一人で暮らし続けてたからな。とはいえ、こんなにまじめに作ったのは久しぶりだが………」

「お前って、料理上手かったんだな?」

「それなりにな。俺の世界はスケボーとアレ以外の事となると、どうしても娯楽が少なかったからな。こういう風に食事とかで娯楽を求める必要があったんだよ。他にも実験目的ってのもあったが」

 

 懐かしむ様な表情を浮かべる翔。

 

「なんの実験?」

「ゴミ箱先輩に弱点はないのかという実験の一環でやった味覚実験だ。不味い料理と美味い料理、普通の料理を食わせた場合の反応を見るっていうものだ」

「いや、無いだろ」

「それがあるっぽいんだよ」

「あんのかよ」

 

 十六夜ですら呆れた声で反応する。

 

「不味い料理と普通の料理、それとケーキをぶつけた時は荒ぶったが、美味い料理の時は荒ぶらず、大人しかったんだ」

「………偶然じゃないの?」

「それぞれ一〇〇回ずつ試行して全部が同じ結果ってのは、流石にないだろう?」

「「………」」

「その結果として、料理が上手になったってだけだ」

 

 こいつは一体何をしているんだ?といったような顔をする二人。

 

「それより早くプリンも食ってくれ」

「………こっちも翔が作ったの?」

「どんだけ疑うんだ?いや、その目は期待してるのか?まあ、一応俺が作ったが………」

 

 それを聞いて、息を呑む耀。そして、一口。

 

「………ッ!」

 

 耀が目を見開き、先ほどの雑炊とは違い、一口ごとにしっかり味わって食べている。

 口に入れた瞬間に、溶けて消えるような滑らかさ。しかし甘さは控えめで後に残らず、邪魔しない。柔らかい口当たりで、とても食べやすくできていた。

 先ほどとは違い、ゆっくり食べていた耀の手が五分ほどして、ようやく止まる。

 

「………御馳走様」

「お粗末様」

「………これ本当に「それはもういい」………信じられない」

 

 女性として何か大切な部分が傷ついたのか俯き、落ち込む耀。それを見てケラケラ笑う翔。

 

「そんなに出来んなら、本拠でも作ればいいじゃねえか」

「子供達の仕事を奪うのはさすがに気が引ける。それに俺のは大人数に作るのに向いてないんだよ。一品一品に時間かかるしな」

「………料理自体は何年ぐらいやってるの?」

「大体一二年くらいだな」

「「………え?」」

 

 翔の言葉に耳を疑う二人。そして、翔の体を上から下まで観察する。

 

「………お前今何歳だよ?」

「一三歳、だったか。いや、もう一四になるのか」

「「………」」

 

 さらに自身の耳を疑う二人。

 

「………どういうこと?」

「………あー、そっか。俺の世界ってお前らとは違うんだっけ?俺の世界の人って、容姿を決められてその姿で突然壁や地面、虚空から現れるんだ。肉体年齢や服装、スケーターか否かも。その時にすべて決まる。だから俺は生まれた時からこの姿だ。肉体年齢的には一五、六ってところだ」

 

 なおもケラケラ笑い続ける翔。その話に唖然とする二人。

 

「それ以前の記憶とかはどうなってんだ?」

「一応あるぞ?親とか、学校とかな。しっかり経歴も存在してる。それらもすべて生み出されるからな。まあ、スケーターは少し融通が利く面もあるが………」

 

 そこで一つ、コホンと息を吐く翔。

 

「それより、ゲームの話をしようぜ?俺の話はまた今度、もっと暇なときにでも」

「………そうだな。翔の仮説通り、ステンドグラスが魔道書だろう。だが、本物が最初の一枚だけなのか、それ以外にも本物があるのかどうかだ。翔は他は何も感じなかったんだろ?」

「残念ながらな。最初の以外はさっぱりだ。だが、逆を言えば最初のを参考に本物を逆算すればいいんじゃないのか?」

「それもな………お前の感覚だけに頼るのは危険だしな。ちゃんとした解答を導いといた方が確実だ」

「ごもっともで。よって、これ以上は俺は力にはなれませーん」

「諦め早えよ」

「仕方ないだろ。俺には知識がないんだから。記憶があっても、必要最低限の義務教育程度の知識しかないんでな。力にはなれんよ。というわけで、あとは頑張って!」

 

 それだけ言って、お盆に土鍋とプリンの容器、蓮華、スプーンを乗せて退室しようとする翔。

 

「あ、翔」

「………?なんだ?」

「今度作る時はもっとたくさん作って」

「………善処する。今度があればな」

「それとお菓子は和菓子が好き」

「………それも覚えておく」

「………作れるんだ………」

「一応。材料と時間さえあればな。ゴミ箱先輩の好み調査実験でも作ったしな」

 

 耀の希望に呆れた表情で返事をし、退室した翔。

 それを確認すると、二人はゲームについて話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ———境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、大広間。

 黄昏時の夕陽に染まる舞台区画の歩廊は、今や人一人いない。

 赤いガラスの歩廊も閑古鳥が鳴き、一週間前までの賑わいがうそのようだ。

 尖塔群の影も傾き、陰る宮殿の大広間に集まった人員の数は、僅か五〇〇程。

 一週間前に屈服を強要された者や、ジャックなどの『出展物枠』には参戦資格がないことが判明し、病魔に犯されていないメンバーを集めたが、それでも全体の一割未満だ。

 ざわつく衆人の前に現れたサンドラとマンドラは、不安を搔き消すような凛然とした声で話をする。

 内容は今回のゲームの行動方針についてだ。

 方針其の一、三体の悪魔は〝サラマンドラ〟とジン=ラッセル率いる〝ノーネーム〟が相手をする。

 方針其の二、その他の者は、各所に配置された一三〇枚のステンドグラスの捜索。

 方針其の三、発見した者は指揮者に指示を仰ぎ、ルールに従い破壊・保護をすること。

 それらが二人の口によって告げられる。

 その話を聞きながら、翔は呟いた。

 

「………えっ?俺はどうすればいいんだ?」

 

 自身の役割を見つけられなかった。

 

 

 

 その後、ゲームが始まると同時に、木造の街並みが広がるハーメルンの街へと変貌し、本格的にどうすればいいかわからず、ふらふらしていた翔は、突如黒ウサギに攫われる。

 

「………えっ!?なんぞ!?」

「も、申し訳ありませんが、黒ウサギにご協力願います!」

「………あー………まあ、盾ぐらいにしかならないと思うけど、それでもいいなら………」

「十分です!むしろそれがいいのデス!!」

「……………………………………黒ウサギもあの三人に似てきたな~」

「さすがにそれは失礼にもほどがあるのでございますよッ!!!?」

 

 翔の言葉を聞いた黒ウサギは、自覚がないのか問題児三人と一緒にしないで欲しいと叫んだ。

 

「事実だろうがッ!?俺を盾にするっていう発想の時点で、あの三人に毒されてんだよッ!!」

「そ、そんなッ………黒ウサギは、あの問題児方に、毒され………」

 

 翔に諭され地面に両手をつき落ち込む黒ウサギ。

 

「ああ、そうだ。お前はもう毒されていた。だが、今からでも元に戻れる。まだ遅くはないさ」

「翔さん………」

「………………もうそろそろいいかしら?」

「「あっはい」」

 

 二人の茶番を見せられていたペストが声をかける。すでに来ていたサンドラも呆れ顔であった。

 

「というわけでペスト、久しぶり。こうやってちゃんと話すのは二度目か」

「………ええ、そうね」

 

 表情を変えずにペストが応える。対する翔は敵を前にしているというのに、ケラケラと笑っている。

 その表情を見たペストは舌打ちする。

 

「ムカつくわね、その顔」

「そりゃ残念。俺は生まれた時からこんな顔だ」

 

 なおも笑い続ける翔を見て、顔を不快そうに顰めるペスト。

 

「………貴方は殺すわ」

「いくらでも殺ってみろ。その度にリスポーンしてやんよ」

 

 殺意を向けられても、依然として笑みを崩さない翔。

 

 

 

 

 

 

 

「………………ねえ、そろそろ諦めない?」

「五月蠅い五月蠅い五月蠅いッ!!なんで死なないのよ!?」

「死んでますー。リスポーンしてるだけで、ちゃんと死んでますー」

「それが意味わかんないって言ってんのよッ!?」

 

 もう自棄になって必死に翔だけを狙うペスト。それを面倒臭そうに相手をする翔。更にそんな二人の様子を、翔が出したベンチに座って眺める黒ウサギとサンドラ。

 

「………あ、あの………私達はこれで大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫でしょう。翔さんのおかげで、あの黒い風は生命を奪い取る類のモノと実証されました。それに黒ウサギ達の攻撃は彼女には通じないという事は、最初の衝突で理解させられたので、黒ウサギ達にできることはありません」

「………………やっぱ黒ウサギは手遅れだな(ボソッ)」

「聞こえていますよ翔さん!!!!」

「チッ………昔みたいに苦労ウサギに戻ればいいのに………(ボソッ)」

「それも聞こえていますッ!!!!!!」

 

 殺されながらも黒ウサギを批判する翔。その声をしっかり聞き取り、怒鳴る黒ウサギ。

 しかし、流石に殺され続けるのも飽きてきた翔がペストに提案する。

 

「なあ、ちょっとお前のこと教えてくんね?お茶も菓子もあるんだが」

「………まあ、いいわ。休憩がてら話してあげる」

「んじゃ、ちょっと準備するから待って。そっちの二人もどうだ?」

「いただきますヨ」

「え?………じゃ、じゃあ、いただきます………」

 

 返事を聞いた翔は持っていた茶と菓子の準備を始める。テーブル一つ、椅子四つを出現させ、用意が終わる。

 

「それじゃ、話してどうぞ」

「ええ。………美味しいわね、このお菓子。貴方が作ったのかしら?」

「そうだが?俺以外に誰がいるよ」

「………意外ね。そういう物には興味がなさそうな顔なのに」

「生まれた時からこの顔ですー!それより話をはよう」

「………そうね」

 

 ペストの話によると、彼女は魔王軍・〝幻想魔道書群〟を率いた男に召喚されたようだ。そんな彼女の正体も八〇〇〇万の悪霊群で、男は彼女を死神に据えれば、神霊として開花させられると踏んでいた。しかし男は彼女、正確には彼女達を召喚する儀式の途中で何者かとのギフトゲームに敗北し、この世を去った。そして時が過ぎ、何かの拍子で召喚式が完成され、呼び出された。

 

「私達が、〝主催者権限〟を得るに至った功績。この功績には私が………いえ。死の時代に生きた全ての人の怨嗟を叶える、特殊ルールを敷ける権利があった。黒死病を世界中に蔓延させ、飢餓や貧困を呼んだ諸悪の根源―――怠惰な太陽に、復讐する権限が………!!!」

 

 ティーカップを持つ手が怒りによって震えるペスト。そして、感情と震えが収まると、息を一つ吐く。

 

「これが私達についてよ。どうだったかしら?」

「えっ?あ、ごめん。思いのほか長くて聞いてなかった」

 

 翔があっけらかんとした表情で言った。その表情から察するに、本当に何も聞いてなかったのだろう。

 その返事に、ペストは一瞬唖然とするが、すぐに顔を俯かせたと思うと、次に体を震わせ始める。彼女の周りには黒い風が現れ、吹き荒れる。黒ウサギとペストはすぐに彼女から距離を取る。翔も二人を見倣って、一応距離を取る。

 

「……………………もう……………わ」

「ん?」

「もう怒ったわッ!!!!!!皆殺しにしてあげるッ!!!!!!」

「ちょっ!?翔さん!?なんで怒らせてるのでございますかッ!?」

「えー?だって話長いんだもん」

「だもん!?というより自分で聞いたんですから、ちょっとくらいは聞いて差し上げてくださいッ!!!」

「あーあー、なにー?全然聞こえなーい」

 

 つまんなそうな表情をしてぼやく翔を咎める黒ウサギ。その声すらも耳に手を当てて、聞こえないようにしている翔。

 

「先ほどまでの余興とは違うわッ!触れただけで、その命に死を運ぶ風よッッッ!!!」

「え?なんて?耳塞いでて全然聞いてなかったから、もっかい言ってくんね?」

「………………死ねッ!!!!」

 

 殺意に満ちた、女の子が決してしてはいけないような表情で、翔に向かって黒い風を飛ばすペスト。それに対して翔は―――

 

「翔、行きまーすッ!」

「あっ!ちょ、翔さん!?」

 

 ———自ら突っ込んでいった。

 

「フンッ!やっぱり馬鹿ね。生き返るとしても、常に死の風に包まれていたらどうしようも無いでしょうに」

 

 ペストが死んだ翔に向かって吐き捨てるように言う。しかし、

 

「【アスカブンカアタック】………」

「「「………え?」」」

 

 死してもなお、両膝を抱えた体勢でペスト目掛けて、黒い風の中を突っ込んでいく翔の姿があった。なぜか、物的力で突き進める翔。

 

「な、何なのよコイツッ!?」

「スケーターハ、シンデモウゴク。コレ、ジョウシキ………」

「そんなの知らないわよ!?って、こっち来るんじゃないわよッ!?」

 

 死んでいるせいか、弱弱しい声で言う翔。

 死んでいるのに自身に向かってくる翔に恐怖を抱いたのか、後ろへ下がるペスト。そこで、すかさずリスポーンする翔。

 

「もう一回ッ!!」

「来るなッ!!!!!?」

 

 ひと際大きな声で怒鳴るペスト。それを無視して、黒い風の中へと突っ込む翔。

 

「【アスカブンカアタック】ニカイメ………」

「い、いやあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!??なんなの!?なんなのよコイツッ!?」

「オレハスケーター。ブツリエンザンヲ、セイスルモノナリ………」

「知るかあッ!!!!!!」

 

 再び後退するペスト。

 リスポーンする翔。

 殺しても殺しても終わらない恐怖。いや、むしろ―――

 

「【アスカブンカアタック】サンカイメ、ホネバージョン………」

「来ないでよおッ!!!」

「【アスカブンカアタック】ヨンカイメ、ニクバージョン………」

「もう、いやッ…………!なんで、こんなことにぃ………ッ!」

「【アスカブンカアタック】ゴカイメ、アイザックバージョン………」

「私達は、ただ、怠惰な太陽に………ッ!!!?」

 

 ―――骨や肉、エンジニアになり、より意味不明なものに追われる恐怖が増していく。

 しかし、これは………傍目から見れば、実に危ない光景だろう。

 涙目の少女。

 それを変態機動で追いかける青年。

 この状況は、場合が場合でなければ、相手が魔王の一人でなければ、即通報ものであろう。

 そんなこんなで翔がペストを追いかけていると、飛鳥、十六夜と順々にこの場へと現れた。の、だが………。

 

「…………こ、これは、ちょっと………見てるこっちも、可哀そうになってくるわね…………」

「………………………おい、黒ウサギ。これは一体どういう状況だ?」

「………………………さ、さあ?黒ウサギにも、ちょっと説明できないのでございますよ…………」

「………………………す、すみません。私にも出来ません…………」

 

 念のためにもう一度言おう。

 涙目で泣き叫び、逃げ惑う少女。

 そんな彼女を一心不乱に追いかける、変態機動の青年。

 果たして………どちらが悪者だろうか?いや、場合と正体からして少女の方なのは分かりきっているのだが。しかし、

 

「………俺らはどっちを倒せばいいんだ?」

「…………………わ、分かりません………」

 

 現にその光景を見ている四人は翔とペスト、どちらを倒すべきか悩んでしまっている。

 だが、そこで十六夜達に気づいたペストが彼らの足下に縋りつく。

 

「貴方達ッ!私達を倒す方法があるんでしょうッ!?それなら早く私達を倒してよぅッ!!」

「………良いのか?」

「ええ!アイツに追い掛けられなくなるならどうでもいいわッ!!」

 

 今度は奇妙なダンス(ゲッダン)している翔を涙目で指さすペスト。

 

「………もう一回聞くが、本当に良いのか?」

「そんなのはどうでもいいから、早く私を倒して楽にしてッ!!!太陽に復讐なんて、あんな奴に追われる恐怖に比べたら、どうでもよくなったのよッ!!!!」

「「「「………………」」」」

 

 もう涙目どころか、ボロボロと涙をこぼし、ガチ泣きへと移行したペストの必死な要求によって、渋々倒すことにした四人。

 その後、ペストの対策として考案されていた黒ウサギのギフトによってペストは無事に倒された。止めの間際に、嬉し涙を流しながら、感謝の言葉を口にした彼女を見て、彼らは再び彼女を哀れむのであった。

 ………今回の功労者は間違いなく板乗翔だが、その方法を見ていた四人は居た堪れない気持ちになってしまったのであった。

 この四人は人間的には間違っていない。そう、間違っていない。あのような少女を、変態機動で追いかけまわすという非道な手段を選んだ板乗翔が、人間(ヒト)として間違っているのだ。だが、当然だろう―――

 

 

 

 

 

 ―――だって、彼はスケーターだもの。

 

 

 

 

 

 




【アレ】
 Hall of Meatのこと。え?娯楽じゃない?いいんです。元の世界では一応世界大会もあったという事にもしてます。賞金も痛みを伴うので高額という設定。ちなみに主人公は世界大会ベスト8の実力者。最高順位は第四位。世界ランキングは七位。………あくまでこの小説での設定ですよ?

【生命の誕生】
 地面や壁や虚空から人は生まれる。少なくとも彼の世界では。

【一人暮らし】
 生まれた時から一人。でも寂しくないよ。だって、それが普通だから。だから、家事全般出来るよ。元の世界ではお腹も減るし、睡眠欲も一応あるからね。リスポーンすれば全部リセットだけど。料理が上手いのは本編通り、ゴミ箱先輩実験のため。さすがにプロに、ゴミ箱に喰わせるから最高に美味い料理ください、と言った暁には、彼は夜空の星の仲間入りを果たしてしまいましたからね。えっ?彼は実際に頼みましたが、なにか?
 そして、仕方ないから自分で作ろう、となり今に至ります。

【ゴミ箱先輩の実験】
 五感は軒並み実験し、すべて存在しているという確証が得られている。しかし、それとは別の実験だが、痛覚は未だに確証が得られていない。詳しくは『板乗翔によるゴミ箱実験レポート』No.14875~No.14881を参照してください(そんなものはない)。好み調査実験の記録は同冊子と次の冊子の、『板乗翔によるゴミ箱実験レポート』No.14882~No.15799を参照してください(だからそんなものはない)。

【飛鳥文化アタック(アスカブンカアタック)】
 両膝を抱えた状態で前転で突撃する。ただし、威力は絶大(当たれば)。

【奇妙なダンス(ゲッダン)】
 全ての元凶のあのダンス。ギフトを無意識に制御して、無我夢中でやり遂げた。もう一度実行できる日が来るのは遠い未来。

【火龍誕生祭】
 一応、〝造物主達の決闘〟は耀が優勝。ギフトは生け簀を作るための水質設定&安定化させるものをもらった。メルン?ああ、ちゃんと仲間になりましたよ。他の〝ラッテンフェンガー〟の方々は、消える間際に事の顛末を聞いて、なんとも言えない表情をしてたらしいですけど。


作者「まずは謝罪を。ペストファンの皆さん、誠に申し訳ございませんッ!!!!いや、私もペストは好きですよ?もう一つの作品の方ではそこそこ優遇してますし!」
翔 「そんなことよりも、思ったより原作二巻は早く終わったな」
作者「そんなこと!?そんなことってなに!!?」
翔 「落ち着け」
作者「………………あーいや、うん、まあ、そうだね。一旦落ち着こう。………よし、落ち着いた。それで短い理由としては、原作一巻の方は、最初の一話二話が文字数少なかったってのもあるけど、二巻はそれぞれ視点の違う描写が多かったから、その部分が削れたんだよね」
翔 「なるほど。それで、今回も没ネタあるのか?」
作者「一応」
翔 「どんなのなんだ?」
作者「耀のヌケーター化」
翔・耀
「「!?」」
作者「そうすれば黒死病もリスポーンで治って、ゲームに参加できるし。何よりスケーターは人じゃない別の生き物って、耀のギフトで証明できるから」
翔 「いや、証明するなよ!?耀のヌケーター化もすんなよ!?」
耀 「………ゲームに参加できたなら、別にそれでもよかった」
翔 「いや、駄目だろ!?」
作者「だから、没ったじゃないか。今後の展開的にも厳しいし、何より私がその設定を忘れそうだし」
翔 「そ、そうか………」
作者「やるとしても『ラストエンブリオ』に入ってからか、本編に関係ない番外編で一発ネタとしてやるかだな」
翔 「やるなよ!?いいか、絶対やるなよ!?」
作者「フリか?」
耀 「フリ?」
翔 「違うッ!!」
作者「まあ、いずれ問題児の短編集の中に書きたい話があるから、読みたいとか要望があれば、そん時にでも書いてみよう」
翔 「ゴミ箱先輩、アレ(作者)食べちゃっていいっすよ」
ゴミ箱先輩
「…………(すぅー)」
作者「え?うわなにをするやめ(ry」
翔 「ふう。これでよし」
耀 「………(すこし、スケーターするのも楽しそう、とか考えている)」
翔 「それじゃあ、作者が退場したから俺から言わせてもらう。次話から原作三巻突入する予定だ。原作二巻のエピローグ部分も若干含むかもしれないが、それは作者の気分次第だ。そんじゃ、また次回!」
耀 「また次回」



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原作三巻+四巻
第十二話 章の最初はまだ真面目


………スケボーってなんだ?

というか翔に普通のスケボーさせたい。どうせバグ(らせ)るけど。

でも、どっかで入れないとスケーター詐欺になるかも………!?いや、だが戦闘も多い巻だからそこに無理やりスケボー要素を………!?いやでも………!

あ………と、とりあえず本編どうぞ………。



 ———〝黒死斑の魔王〟との戦いから一ヵ月。

 翔達は今後の活動方針を話し合うため、本拠の大広間に集まっていた。

 大広間の中心に置かれた長机には上座からジン=ラッセル、逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀、板乗翔、黒ウサギ、メイドのレティシア、そして年長組の筆頭に選ばれた狐娘のリリが座っている。

 〝ノーネーム〟では会議の際、コミュニティの席次順に上座から並ぶのが礼式である。

 リーダーであるジンの次席に十六夜が座っているのは、水源の確保に同士の奪還など、様々な戦果を挙げているためだ。十六夜の次席に座っている飛鳥はやや不満そうではあるが、特に異論はないようである。そう。彼女はない。一人だけ、椅子にすら座ることを許されてない人物がいる。

 

「あ、あの………俺、会議中ずっと床で正座ですか………?」

「おう」

「ええ」

「うん」

「えぇー………………」

 

 翔だけは椅子ではなく床、そのうえ正座を強制されている。え、座布団?あるわけがない。

 彼もコミュニティへの貢献度は決して低くない。むしろ十六夜に次ぐレベルで貢献しているだろう。土壌回復をメルンやディーンよりも先駆けて行っていたし、〝ペルセウス〟とのゲームでもたった一人で数百の騎士を誘導・撃破したのだから。一ヵ月前も、〝黒死斑の魔王〟を(精神的に)追い詰め、撃破に貢献している。三人のようにギフトゲームにこそ参加してはいないが、それ以外の細かいところでコミュニティに貢献している。しかし、一部(主にペスト)の方法が方法ゆえに反省も兼ねて床で正座ということになっている。今この場ではリリよりも下の立場である。

 

「でも、ご飯を一週間作ってくれるなら―――」

「「春日部?/春日部さん?」」

「………むぅ」

 

 翔に餌付けされつつある耀が、自身の欲に負けて妥協案を出そうとすると、すかさず十六夜と飛鳥が声をかけて止める。

 

「それで?今日集まった理由は?」

「えっと、僕の名前で届いた招待状の話もしたいと思っています。ですがその前に、コミュニティの現状をお伝えしようと思って集まってもらいました。………リリ、黒ウサギ。報告をお願い」

「わかりました」

「う、うん。頑張る」

 

 ジンは、黒ウサギと末席の椅子に座るリリに目配せをする。

 リリは割烹着の裾を整えて立ち上がり、背筋を伸ばして現状報告を始めた。

 

「えっと、備蓄に関してはしばらく問題ありません。最低限の生活を営むだけなら一年弱は問題ありません。この理由は一ヵ月前に十六夜様達が戦った〝黒死斑の魔王〟が、推定五桁の魔王に認定されたからです。〝階層支配者〟に依頼されて戦ったこともあり、規定報酬の桁が跳ね上がったと白夜叉様からご報告がありました。これでしばらくは、みんなお腹一杯食べられます」

 

 パタパタと二尾を振りながらはにかんで喜ぶリリ。

 隣に座っているレティシアは眉を顰め、そっと窘めた。

 

「リリ。はしたないことを言うのはやめなさい」

「え………あ、す、すみませんっ」

 

 リリは自分の発言が露骨だったと気が付き、狐耳を真っ赤にして俯いた。自慢の二尾もパタパタと大慌てである。そして、顔を上げると話の続きを話し始める。

 

「そ、それと翔様のお店も―――」

「「「「リリッ!!?」」」」

 

 翔、ジン、黒ウサギ、レティシアが大きな声でリリの発言を止める。彼女自身も思い出したように自らの手で自らの口を塞ぐ。

 

「翔のお店?」

「あら?また私達に隠し事かしら?」

「へえ~?そいつは悲しいな」

「あ~クソッ。必死に隠してたってのに」

「す、すみませんっ!!」

「いいよいいよ。バレちゃったら仕方ないさ。でも、一つだけ訂正しとくぞ、三人とも」

「「「………?」」」

 

 翔が耀を指さして言う。

 

「俺らが伝えないようにしていたのは飽くまで耀だけで、その理由は店って言うのが飲食店だからだ」

「ッ!?」

「「あー………」」

 

 翔の言葉を聞いた耀は目を輝かせながら、椅子から勢いよく立ち上がる。対する二人は、納得したような声を上げて、耀のことを見る。

 

「ど、何処でやってるの!?」

「いや、来るなよ。身内が来たら商売の意味ねえから」

「ッ………そ、そんな………」

 

 絶望したかのように目からハイライトが消え、床に手をつき落ち込む耀。そんな彼女を傍目に十六夜は翔に尋ねる。

 

「それで、利益は出てんのか?」

「不定期営業ながらも大黒字だ」

 

 今度は飛鳥が不思議そうな顔をして尋ねる。

 

「でも、よく春日部さんにバレなかったわね?」

「そこら辺は厳重に対策してましたし。不定期営業なのもそのためだ。本業(スケボー)の時間を作るっていう理由もあるが」

 

 翔は全部用意周到に対策してあったようだ。

 

「さて、それよりもアレをどうにかせにゃな」

 

 翔は正座のまま、負のオーラを放っている耀に眼を向ける。

 

「むぅ………まだ秘密にしておこうかとも思ったが、近々元の世界では稀少だった白小豆が手に入りそうなんだよ」

「は?白小豆?アレってかなり栽培が難しいことから高くなかったか?」

 

 十六夜が疑問を口にする。

 

「ああ。だが、箱庭ではそうでもないらしくてな。かなり安価で、それこそ普通に中納言とかよりも少し安いぐらいで取引できることになったんだ。それで、無事に手に入ったら白あんに加工して和菓子を作ろうかと―――」

 

 そこまで言ったとき、もう既に耀は元の椅子へと座っていた。負のオーラも先ほどの光景が嘘のように、影を潜めていた。

 

「………よし。んじゃ続きをどうぞ」

 

 翔が呆れた表情で話を促す。

 

「そ、そうでございますね。今回の本題なのでございますが、復興が進んだ農園区に、霊草・霊樹を栽培する特殊栽培の特区を設けようと思うのです。例えば、」

「マンドラゴラとか?」

「マンドレイクとか?」

「マンイーターとか?」

「サメさんとか?」

「YES♪っていやいや後半二つおかしいですよ!!?〝人喰い華〟なんて物騒な植物を子供たちに任せることはできませんっ!それにサメは畑に出来ません!それにマンドラゴラやマンドレイクみたいな超危険即死植物も黒ウサギ的にアウトです!」

「え?じゃあ、俺が見たチンアナゴからサメさんへと成長する畑は一体何なんだったんだよ!?体長一〇mほどの大物はッ!?」

「知りませんよっ!?」

「もしかしてタクシー畑も他の世界にはないのか!?」

「なんですかタクシー畑ってっ!!?」

 

 翔との言い合いが白熱する黒ウサギ。彼の世界の常識にはやはりついていけないようだ。

 

「………じゃあ、ラビットイーターとか」

「なんですかその黒ウサギを狙ったダイレクトな嫌がらせは!?」

「へー、そんなのが箱庭にあるのか」

「ありませんッ!!」

 

 うがーッ!!とウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。

 レティシアは一向に話が進まないことに肩を落とし、十六夜達へ率直に告げた。

 

「つまり主達には、農園の特区に相応しい苗や牧畜を手に入れて欲しいのだ」

「牧畜って、山羊や牛のような?」

「そうだ。都合がいいことに、南側の〝龍角を持つ鷲獅子〟連盟から収穫祭の招待状が届いている。連盟主催という事もあり、収穫物の持ち寄りやギフトゲームも開かれるだろう。中には種牛や希少種の苗をかけるものも出てくるはずだ」

 

 なるほど、と頷く問題児たち。

 しかし、と黒ウサギが言葉をつなげる。

 

「この収穫祭ですが、二〇日、それに前夜祭からの参加を求められているので総計二五日。約一ヵ月にもなります。この規模のゲームはそう無いですし最後まで参加したいのですが、長期間コミュニティに主力がいないのはよくありません。そこでレティシアさんと共に一人残って欲し」

 

「「「嫌だ」」」

 

 三人は即答だった。そして言葉を発さなかった翔の方を見やる三人。

 

「じゃあ、翔が居残りな」

「え?俺って主力に含まれるのか?そういう認識なかったから反応しなかったんだが」

「「「………」」」

「いや、黙るなよ。あからさまに目を逸らすなよ。せめてこっちを見て、『そうだった』とか『一応主力』ぐらいの慰めを言え。無言が一番つらいんだよ」

 

 翔を無視して、話を進める三人。

 いや、翔の実力が低いとはこの三人も言わないだろう。しかし、それは彼が後衛、サポートとして立ち回ったときの評価だ。囮、足止め、誘導、待ち伏せ、罠などが彼の十八番だ。これだけ見れば防衛戦に強いだろう。敵を倒す力が無いとしても、今回の場合はレティシアが共に残ることになっている。だが、それでも不安が拭い切れない。そのため、三人は押し黙ってしまう。

 そこでジンが提案する。

 

「でしたらせめて日数を絞らせてくれませんか?」

 

 ジンの提案は、前夜祭を二人、オープニングセレモニーからの一週間を三人、残りの日数を二人といったような提案をし、最終的には前夜祭までに最も多くの戦果を挙げた者が、全日程を参加できるということになった。

 

「………あれ?それって結局、俺は居残り決定ってこと?」

 

 翔の呟きが、誰もいなくなった大広間に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そして戦果報告当日。昼食を摂り終えた一同。リリは家事全般の取り仕切りに戻り、十六夜達は大広間に集まっていた。

 

「まさか、シーチキンまで作れるなんて………翔の主夫スキルは恐るべし」

「運よく材料があったからな。本当は一夜ぐらい漬けて置ければもっといいんだが。今度から、食いたいときは早めに言ってくれ」

「うん。分かった」

「………なんか俺達、徐々に翔の野郎に胃袋を摑まれつつねえか?」

「………そうね。気を付けないといけないわね」

「ちなみに十六夜がリクエストした、梅鰹醤油に使った梅干しも自家製だ」

「………マジでヤバいんじゃねえか?」

「………本当、早めに対処しないとマズイわね」

 

 その呟きを聞き取った翔がケラケラと笑う。

 

「それでは、戦果を発表してきましょうか。黒ウサギは〝サウザンドアイズ〟の店に向かいましたが、審査基準は聞いていますので、僕とレティシアだけでも十分です。それに後は十六夜さんの報告を待つだけですから」

 

 三人が頷いたのを確認したジンは、コホンと咳払いを一つして話し始める。

 

「細かい戦果は置いておきます。まず皆さんが挙げた大きな戦果から報告しましょう。初めに飛鳥さんですが、牧畜として山羊十頭。そして、それらを飼育するための土地の整備です」

 

 フフン、と後ろ髪を搔き上げる飛鳥。あまり派手とは言えないが、生活を成り立たせるためには、組織的に大きな戦果であった。

 レティシアはぺラリと報告書を捲って続きを促す。

 

「次に耀の戦果だが、火龍誕生祭にも参加していた〝ウィル・オ・ウィスプ〟が、わざわざ耀と再戦するために招待状を送りつけてきたのだ」

「〝ウィル・オ・ウィスプ〟主催のゲームに勝利した耀さんは、ジャック・オー・ランタンが製作する、炎を蓄積できる巨大キャンドルホルダーを無償発注したそうです」

「これを地下工房の儀式場に設置すれば、本拠と別館にある〝ウィル・オ・ウィスプ〟製の備品に炎を同調させることが出来る」

「なのでこれを機に、炎を使用する生活必需品は〝ウィル・オ・ウィスプ〟に発注することになりました。ですが、その費用は全額翔さんが払って出してくれました」

「「「え?」」」

 

 驚きの声を上げて、床に正座する翔を見やる三人。

 

「翔………犯罪はダメだよ?」

「翔君、貴方がそんな人だとは思わなかったわ」

「翔、見損なったぜ」

「いや、なんも悪いことしてねえよ!?三人して、俺が何かをやらかした前提で話さないでくれるか!?ちゃんと真っ当に店で稼いだ金だから!!」

 

 両手を顔の前でブンブンと振って、弁明する翔。しかし、まだ疑い続ける三人。そこへジンが助け舟を出す。

 

「翔さんのは自身の出店で稼いだものです。それに出店で知り合った上層コミュニティと契約を結んで、活魚を提供してくれることにもなっています。他にも、チップを払う人やギフトを代金の代わりに支払っていく人が多発しているそうです。ギフトも有用性が高いものが多く、コミュニティの発展に繋がると思います」

「………例えば?」

 

 耀が首を傾げてジンと翔に尋ねる。

 

「例えば、か。そうだな。湿度や温度を設定すれば一定に保ってくれるギフトとか、植えたら花や樹とかの植物の精霊が生まれる種子とか、植物の成長を促進させる霊薬とかだな」

「「「………」」」

 

 三人が口を開けて唖然としている。

 

「ていうか、俺の戦果はお前らの戦果とは一切関係ないんだから、早く十六夜の戦果を教えてくれ」

「え?」

 

 ジンが呆けたような声を出す。彼はなぜ、いまそのような声を出したのだろうか。

 

「………今の『え?』ってなんだ?他になんかあったっけ?」

「い、いえ、関係ないという事はないのでは?だって四人の中で全日程参加する人を二人決める為に―――」

「いや、自分で言ったことを忘れるなよ。お前は『前夜祭を二人、オープニングセレモニーからの一週間を三人、残りの日数を二人』って言ったんだぜ?四人って言ってないから、そこに俺は含まれてないだろうし、だから暗に俺のことを収穫祭に参加させないで、本拠に残らせるつもりだと思ってしまったんだが………」

「「「「………」」」」

「え?………………あっ………」

 

 ジンのことを鋭い視線で見る問題児三人とレティシア。彼自身も自分の発言を思い出し、顔を青ざめさせる。その様子を見た翔は、呆れたように溜息を吐く。

 

「………ふっ。お前もいい感じに、この三人に毒されてるんだな………?」

「えっと、その、申し訳ありません………」

 

 目の縁にキラリと光るものを溜める翔。決してジンの成長を喜んでの涙ではない。逆だ。リーダーに存在を忘れられるほどの貢献しかしていないと、彼は感じてしまったのだ。

 一方のジンは、完全に翔の存在を忘れていたようだ。いや、問題児三人は翔のことを忘れていないだけ、マシな方なのだろう。いることすら忘れられる方が、正直悪質ではある。

 毒されていることを否定できないと思ったのか、顔を俯かせるジン。そして、珍しく問題児三人は翔に同情したのであった。

 

 

 

 結局戦果としては、〝水源となるギフト〟として神格保持者の白雪姫を貸し出して、〝地域支配者〟の証である外門の権利証を手に入れた十六夜。本人は参加している意識はなかったが、数多くのギフトを店の代金として受け取った翔。この二人が全日程を行けることになった。翔は納得がいってなかったが、彼がハブられていたのがジンのミスだったという事もあり、ほぼ強制的に全日程参加となった。だが、翔は本当に嫌がっていた。なぜ?それは、この問題児達と関わると碌なことが起きていないからだ。いや、彼自身も傍から見れば、問題児達と同じか、それ以上に碌なことはしていないのだが。彼がしている事で褒められることといえば、精々料理と畑ぐらいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――二一〇五三八〇外門。噴水広場前。

 〝境界門〟の起動は定時に行われるため、起動時間には行商目的のコミュニティも一斉に集まってくる。

 しばらくして門前にちらほらとそれらしい人影が見え始めたころ。

 飛鳥達は門柱に刻まれた()()()()()()()()()()を凝視していた。

 

「………誰ですかッ!?こんなところに僕の彫像を作ったのはッ!?」

「あ、それ俺。ちゃんと自費だから安心してくれ」

「やっぱり翔さんですかッ!!」

「なんだ予想してたんじゃないか。いや、せっかく〝地域支配者〟になったってのに、いつまでもガルドの彫像だと鬱陶しいし、恰好もつかないから徹夜で撤去した。そんで代わりをどうしようかって考えたら『ここはやっぱり、我らがリーダー・ジン=ラッセルしかないよな!』と思って、一五〇%善意で作りました、はい。かなりの力作だぜ?ほら、もっと喜べよ」

「すぐに撤去してくださいッ!!」

 

 ジンが周りの目も気にせず、翔に怒鳴る。そんなジンの顔は羞恥の赤と血の気が引いた青が混ざって、変なことになっていた。

 翔は落ち込みながらもジンの彫像を撤去する。飛鳥も似たようなこと考えていたのか、ため息を吐く。

 

「せっかく、ジンを売り出そうと思ったんだがな」

「そうね。正直残念だわ。じゃあ………ジン君の代わりに黒ウサギを売り出しましょう」

「なんで黒ウサギを売り出すんですかっ!」

「おっ?なら彫像製作は任せろ!一ミリのズレもなく、完璧な黒ウサギを作ってみせるぜ!」

「そうじゃないでしょうっ!」

 

 スパン。スパン!飛鳥には軽く、翔には若干強くツッコミを入れる黒ウサギ。

 

「安心しろ!ミニスカは覗けるようにして男性の注目を集めるように作り込むからッ!!」

「黒ウサギを売り出すという前提から間違っていると言っているのですよっ!!それとそんな彫像は絶対に作らないでくださいッ!!!」

 

 スパァーンッ!!と先ほどよりも断然強く翔にツッコミを入れる黒ウサギ。

 周りで会話を聞いていた男性たちが動きを止め、耳をそばだてていたのは本人たちの秘密だ。それでも皆一様に動きを止めていたのでバレバレなのだが。

 隣で小首を傾げていた耀は、

 

「じゃあ………黒ウサギを売りに出そう」

「なんで黒ウサギを売るんですかあああああああ!!!」

 

 スパァーン!っと心の叫びと共にハリセンを奔らせる黒ウサギ。

 

「じゃあ、今度白夜叉に値段を伝えに行ってくる。あ、でもその前に彫像用のスケッチと型取りだけでも―――」

「この、お馬鹿様あああああああッ!!!!!!」

 

 ズバンッ!!!!っと決してハリセンが出してはいけない音を鳴らす黒ウサギ。その一撃で地面に埋まって絶命し、リスポーンを余儀なくされる翔。

 

「………クソッ。屈辱だ。スケーターが地面に埋められるなんて」

 

 よく分からないことを悔しがる翔。

 万事同じ調子の飛鳥と耀。そして今回は翔までが問題児側に加わったことにため息を吐きつつ、二枚の招待状を取り出す。

 

「我々がこれから向かう場所は南側の七七五九一七五外門。〝龍角を持つ鷲獅子〟が主催する収穫祭でございます。しかしそれとは別に、舞台主である巨躯の御神木〝アンダーウッド〟の精霊達からも招待状が来ております。両コミュニティには前夜祭のうちに挨拶へ向かいますので、それだけ気に留めておいてください」

「うん」

「分かったわ」

「埋まったらすまん」

「最初から埋まること前提はやめませんか!?」

「だって、こういう長距離移動とかゲーム盤で、埋まらなかった試しが一度もないんだよッ!!」

 

 地面に拳を打ち付ける翔。彼にとって、こういった移動はいい思い出が無いのだろう。白夜叉のゲーム盤、白夜叉による北側への移動、白夜叉によるゲーム盤への移動などなど。

 ………あれ?全部白夜叉が悪いんじゃね?そう思わずにはいられない翔であった。

 黒ウサギが道先案内をしている間に、〝境界門〟の起動が進む。

 青白い光が門に満ちていくと、待機していた利用者が列を作り始めた。黒ウサギ達は〝地域支配者〟として列の脇から門が開くのを待つ。

 

「皆さん、外門のナンバープレートはちゃんと持ってますか?」

「大丈夫よ」

「問題ない」

 

 飛鳥と翔が鈍色の小さいプレートを見せる。

 耀は手の平にあるナンバープレートをじっと見つめ、本拠のある方向へ視線を向けた。

 

「……………」

「どうしたの、春日部さん。何か忘れ物でも?」

「ううん………ただ、十六夜のことが気になって」

 

 ヘッドホンは見つかったかな、小首を傾げる。

 飛鳥と黒ウサギも気になっていたらしく、二人も同じように本拠のある方向を見つめた。

 

「そうね………まさか十六夜君が、ヘッドホン一つで辞退してくるとは思わなかったわ」

「YES。あれほど楽しみにしていましたのに」

「全くだ。おかげで俺が辞退できなくなったじゃないか。直前で置手紙を書くか店を一ヵ月も空けられないとかで、耀に行かせるつもりだったというのに」

「「「「………」」」」

 

 四人がジト目で翔のことを見る。

 

「貴方だけだったら、本拠の守りが不安なのよ」

「お生憎様。敵を閉じ込めることに関しては俺以上の奴は多分いないぜ?やろうと思えば敵が餓死するまで閉じ込められるしな。そうでなくとも主力が帰ってくるまでは普通に余裕」

「「「「………」」」」

 

 今度は驚きで目を丸くする四人。

 そう。彼のギフト〝混沌世界(パーク)〟は翔が相手を出そうと思わない限り、抜け出すことはできない。だが、その条件は翔も同じだ。しかし彼は、リスポーンすれば餓死もしないし、寝る必要もない。殺されてもリスポーンするだけ。そのうえ、パークを壊すことも出来ないため脱出不可能の牢獄へと一変する。

 

「だからわざわざ俺は主力じゃないと主張してお前らを煽り、コミュニティの利益になるよう誘導したし。そして、俺が本拠に残れれば万々歳、だったんだがなぁ………まさか店が六桁・五桁で噂になってて、〝境界門〟を使ってまで来るとは思わなんだ………」

「………く、悔しいわ………途中までとはいえ、翔君の手の平の上で踊らされていたなんて…………!」

 

 飛鳥が恨めしそうに翔を睨む。睨まれた本人はケラケラと笑うのみであった。しかしすぐに笑うのをやめ、

 

「十六夜のヘッドホンも予想外だった。見つかりゃいいとは思うが………」

「………うん。見つかるといいね」

 

 その言葉に二人も頷く。〝境界門〟の準備が調ったのは、その直後だった。

 

 

 

 ———七七五九一七五外門〝アンダーウッドの大瀑布〟フィル・ボルグの丘陵。

 

「わ、………!」

「きゃ………!」

 

 ビュゥ、と丘陵に吹き込んだ冷たい風に悲鳴を上げる耀と飛鳥。

 多分に水を含んだ風に驚きながらも、吹き抜けた先の風景に息を呑んだ。

 

「す………凄い!なんて巨大な水樹………!?」

「やっぱり埋まった………それにしても水、水かぁ………」

 

 少し遠い目をしながら、呟く上半身だけの翔。やはり埋まってしまったようだ。そして、何とかリスポーンだけで脱することに成功する。

 丘陵に立つ外門を出た耀たちは、すぐに眼下を覗き込む。彼女たちの瞳に飛び込んだのは、樹の根が網目模様に張り巡らされた地下都市と、清涼とした飛沫の舞う水舞台。

 

「北側とは本当に、真逆と言っても良いぐらい対照的だな」

 

 騒ぐ耀と飛鳥を見ながら、冷静に〝アンダーウッド〟を観賞する翔。

 

「来てよかったですか、翔さん?」

「まだ来たばかりだろう。これじゃあ何とも言えない。だけどやっぱ、人伝に聞くよりは見た方が迫力はあるな。間違って溺れないかが心配だが………」

「………そればかりは、本当に気を付けてください」

 

 翔の不安に苦笑する黒ウサギ。

 そこへ、耀の声が響く。

 

「飛鳥、上!」

 

 その声につられて飛鳥のみならず、翔と黒ウサギとジンも上を見上げる。

 遥か空の上に、何十羽という角の生えた鳥が飛んでいた。

 

「鹿の角?じゃあ、あれが客の話にあったペリュドンか?」

「ペリュドン?それってどんな幻獣なの?」

 

 翔の呟きを眼を輝かせながら尋ねる耀。

 

「客の話だとたしか、人を襲い殺す幻獣だったか」

「え………?」

「だからこの収穫祭の時期は追い払うか、他種の幻獣が警告するって言ってたはずなんだが………」

「食人種なの?」

「そこまでは聞いてないさ。副業中に聞いた話だからな。そこまで詳しくはな。あ、でも肉は美味かったぞ。持ち込まれて調理したしな」

「………じゃあ、友達にならないで、食卓に出した方が良さそうだね」

 

 少し落ち込む耀。声も先ほどのように熱っぽいものから、大分落ち着いた声音に戻っていた。そこに旋風と共に懐かしい声が掛かった。

 

『友よ、待っていたぞ。ようこそ我が故郷へ』

 

 巨大な翼で激しく旋風を巻き上げて現れたのは、〝サウザンドアイズ〟のグリフォンだった。嘴のある巨大な頭を寄せると、耀も答えるようにグリフォンの喉仏を撫で上げた。

 

「久しぶり。此処が故郷だったんだ」

『ああ。収穫祭で行われるバザーには〝サウザンドアイズ〟も参加するらしい。私も護衛の戦車を引いてやってきたのだ』

 

 見れば彼の背中には以前より立派な鋼の鞍と手綱が装備されている。契約している騎手と共に来たのだろう。

 それから耀とグリーと名乗ったグリフォンは話を続ける。言葉の分からない翔と飛鳥とジンは内容が分からず、話についていけなかった。耀とグリーが話している間に、黒ウサギが翔達に事情を説明する。三人はグリフォンに頭を下げて背に跨る。

 耀は自らの力で飛べるため、一同が乗り込むまでの間、ペリュドンと思しき鳥について質問していた。やはりグリフォンの言葉は分からないが、耀と黒ウサギの言葉を拾い殺人種ということを考えると、翔が先ほど言っていたような危険な幻獣だという事は飛鳥にもわかった。

 そして、グリフォンは翼を羽ばたかせて旋風を巻き起こすと、巨大な鉤爪を振り上げて獅子の足で大地を蹴った。

 

「わ、わわ、」

 

 〝空を踏みしめて走る〟と称されたグリフォンの四肢は、瞬く間に外門から遠退いて行く。耀は慌てて毛皮を摑み並列飛行をするが、彼の速度に付いて行くのは生半可な苦労ではない。

 現に飛び立った瞬間、

 

「あ、こりゃ無理だわ」

 

 翔が風圧でどこかへと消えていった。

 

「しょ、翔さん!?」

「後で合流するからあああぁぁぁ………!」

 

 遠ざかる翔の声。その様子を唖然とした様子で見つめる四人と一匹と一頭。耀と飛鳥とジンは、何処か既視感のある光景だった。

 

『………す、すまない。少し飛ばし過ぎたようだな………しかし、あの少年は本当に平気なのか………?』

「大丈夫。翔は死なないから」

 

 グリフォンが謝罪するが、耀は気にしなくていいと告げる。他の皆も同意するように頷いている。そしてすぐに街へと向かい始める。が、後ろから何かが飛行して近づいてくる。

 

「な、なんとか追いついた………」

 

 翔だ。だが、その状態は皆が疑問符を浮かべるものだろう。

 直立で、スケートボードに乗っている。ここまではいつもの彼だ。しかし、今はスケートボードの下に何かがある。それは長方形で木目のある、

 

「しょ、翔さん?その板は一体………」

「ん?これはベニヤ板先輩だ。スケーターが空を飛ぶために必要な代物だ!こういう風に使えば空を滑ることが出来る!」

 

 ベニヤ板だ。罠にもなり、乗り物にもなれる素材。それがベニヤ板先輩である。

 どういう風にかは一切わからないが、とりあえずキメ顔で自信満々に答える翔。それを見た一同は、

 

「「「「『『いや、それはおかしい』』」」」」

「なぜだッ!?なぜ毎度毎度、俺の為すことの大半が否定されなきゃいけない!?」

 

 即座にその用途を否定した。それもそうだろう。一同の知っているベニヤ板の用途と言えば、椅子やテーブルへと加工する材料なのだから。

 一悶着はあったものの、街の上空を旋回する一同。そのまま街へと下り、網目模様の根っこをすり抜け、地下の宿舎に着いて一同を背から降ろす。翔もまた墜落と言っても間違いではない着陸をする。その際に上半身が地面に埋まる。

 一方のグリーはすぐに翼を広げ、旋風を巻き上げながら去っていく。きっと殺人種のペリュドンを追い払いに向かったのだろう。

 すると、宿舎の上の方から声をかけられる。

 

「あー!耀じゃん!お前らも収穫祭に」

「アーシャ。そんな言葉遣いは教えていませんよ」

 

 その声に引かれて上を見る耀たち。しかし、翔だけは未だに上半身が抜けないようで、地面に膝を立てて足の力だけで抜こうと奮闘していた。

 耀たちの視線の方向には〝ウィル・オ・ウィスプ〟の少女アーシャと、カボチャ頭のジャックが窓から身を乗り出して手を振っていた。

 

「アーシャも来てたんだ」

「まあねー。コッチにも色々と事情があって、サッと!」

 

 窓から飛び降りて耀達の前に現れるアーシャ。そのまま耀達と談笑する。ギフトゲームの話や世間話をする一同。

 その後ろでようやく抜けたのか、色々な場所を動き回りは立ち止まり、するとまた動き回っては立ち止まるという事を繰り返している翔がいた。

 

「………ところで、翔さんは一体何をしているんでしょうか?」

「………わからない」

 

 少し翔のことを観察していると、やりたいことが終わったのか耀達の下へと戻ってくる。しかし、その表情は少しほっとしていた。そのことに気づいた黒ウサギが彼に尋ねる。

 

「な、何かありましたか、翔さん?」

「いや、なんでもない。もう解決した」

 

 翔の返答に一同が首を傾げる。

 いま彼が確かめていたのは、この場所に()()()()()()()()()()()()だ。だが、たとえ置けなくても裏技で置くことが出来るのだが、それでも死んでからの復帰が不安定になる。そのため安定して置ける場所を探していたのだ。しかし、残念ながらこのあたり一帯はマーカーを置くことが出来なかったため裏技、視界ジャックを利用してマーカーを置く方法を用いたのだ。ただ、視界ジャックは箱庭に来てから使っていなかったので、スケーター以外の視界も使える事に安心したのだ。

 

「それでこれからどうするんだ?荷物を置いて真っ直ぐ〝主催者〟に挨拶にでも行くのか?」

「ヤホホ。それは丁度良かった。我々も今から向かおうと思っていたところです。此処であったのも何かの縁ですし、〝ノーネーム〟の皆さんもご一緒というのは」

「YES!ご一緒するのですよジン坊ちゃん!」

「そうだね。じゃあ、少しだけ待っていてください」

 

 荷物を宿舎に置いた〝ノーネーム〟一同はジャックとアーシャに連れられて地下都市を登り、大樹の中心にある収穫祭本陣営まで足を運ぶのであった。

 

 

~~余談~~

 

「そういえば翔の荷物は?」

「そういえば翔君だけ何も持ってなかったわね。行く気がなかったから用意してなかったのかしら?」

「いや、全部〝混沌世界(パーク)〟にぶち込んでるから、手に持つものがボードぐらいだっただけだ」

「「「「………」」」」

「それって、私達の荷物も入れれたり………?」

「出来るが、女性の荷物を男の俺が管理していいのかよ?」

「「「それはいや」」」

「だろうな。だから言わなかったんだよ」

 




【床に正座】
 反省させるための罰。だが、足が痺れてもリスポーンすれば平気。

【翔の店】
 飲食店。食材持ち込み・テイクアウトOK。パークを利用して作った野菜や持ち込まれた食材を使って料理を出している。耀の嗅覚などから逃げるために、本拠が風上の時にしか営業をしないようにしている。基本は屋台。場所は〝サウザンドアイズ〟から許可をもらっている。本人は副業と言っているが、もはや本業であるスケボーのフリーパフォーマンスなんかよりも儲かっている。噂が六桁や五桁にも広まり、わざわざ〝境界門〟を利用して来店する人がいる程度には盛況している。

【翔の手料理】
 シーチキン、梅干しは手作り。梅は近隣住民の皆さんからもらったもの。シーチキンに使った魚もマグロに似たものを店に持ち込まれ、その余りを使ったもの。

【翔が代金の代わりにもらったギフト】
 精霊の種子はもう埋めてあり、それを成長促進のギフトで立派な樹木へと成長させてある。そのため、子供の人数が密かに一人増えている。見た目は髪に一輪の花の差した少女。
 湿度・温度の保存ギフトは冷蔵庫の代わりにしようと考えている。
 その他にも多数あるが、基本は目立つようなものはない。

【ジンの彫像】
 翔の作品。オブジェクト召喚を利用して、その後加工して作り出したもの。全部で百体作ってあって、それら全部が違うポーズをしている。しかしそれらが日の目を見ることなく、本人の命令で撤去を余儀なくされた。だが、何故かこのジンの彫像がオブジェクト召喚に増えていたのは、翔だけの秘密。

【行きたくなかった】
 問題児に係わっていい思い出が無かったから。埋まる、死ぬなどが続き、我慢の限界になりハジケた結果が、ペストガチ泣き事件である。

【アンダーウッドのことを教えてくれたお客様方】
 アンダーウッドの出身者だったり、収穫祭に参加したことのある方々。酒のつまみを翔に作ってもらいに来ている。基本はテイクアウト。

【既視感のある光景】
 第三話のカフェテリアからの射出。

【ベニヤ板先輩】
 花火にもなり、罠にもなり、挙句には空飛ぶベニヤ板にもなれる不思議木材。スケーターは貫通できるが、それ以外は何物も通さない鉄壁。何故か壊れない。

【マーカーを置けない】
 ゲームで言う一部の芝生の上。今回は樹の中→植物の上→だみだこりゃ、という感じ。そのため視界ジャックでジン君の視界をお借りして、マーカーを置きました。



翔 「………原作一冊内で真面目は一話のみ。そんな数少ない真面目成分が若干多め。そんな始まりで大丈夫か?」
作者「だいじょばない。問題しかない」
翔 「おい」
作者「で、でも!弄られキャラのアーシャちゃんが出てきたし、サラちゃんもその予定だから次話は大丈夫なはず!それに二話三話後ぐらいには、二巻で散々泣かされたあの子も登場予定だから!」
アーシャ・サラ
「「!?」」
ペスト「私、また泣かされるのかしら………?」
作者「あ、ヤバい。目のハイライトが消えた」
ペスト「いっその事、ここで作者を消せば、私はあの恐怖をまた感じなくて済む………?」
作者「ちょっと雲行き怪しいんでこれで失礼しまーす!」
翔 「あ、おい!?………アイツ、逃げやがったな。つーかもうそろそろ普通(意味深)にスケートしたいんだがな………おい!?(意味深)ってなんだ!?」
アーシャ・サラ・ペスト
『さあ?』
作者「スケーターじゃないからわかりませーん!って、ちょっ!?黒い風こっちにくんなッ!!それではまた次回ッ!ちょ、死ぬって!?」
ペスト「なら死ね!!いえ、刺し違えてでも絶対に殺すわッ!!」
翔 「あー………また次回をお楽しみにー」
ペスト「ついでにアンタも死になさいッ!!」
翔 「なんか飛び火した!?」


 でも、書いてて思った。ケモノっ娘がケモミミまで真っ赤になるってどういう感じ?すごく愛でたい。以上。では次回。ちょッ!?死の風が!地の文にまで入ってきてんじゃねえぞペストォッ!!


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第十三話 スケーターは樹木と相性が悪い

 ———〝アンダーウッドの地下都市〟壁際の螺旋階段。

 螺旋状に掘り進められた〝アンダーウッド〟の都市をグルグルと回りながら登っていく。深さは精々二〇mといったところだが、壁伝いに登るとなるといささか距離がある。

 しかし〝ノーネーム〟一同は億劫そうな顔など一切見せず、初めて訪れた都市に瞳を輝かせていた。収穫祭ということもあって、出店からは美味しそうな薫りが漂っている。

 耀は〝六本傷〟の旗が飾られている出店に、ふっと瞳を奪われた。

 

「………あ、黒ウサギ。あの出店で売ってる〝白牛の焼きたてチーズ〟って、」

「駄目ですよ。食べ歩きは〝主催者〟への挨拶が済んでから、」

「美味しいね」

「いつの間に買ってきたんですか!!?」

 

 その背景では、翔がお店の人に必死に頭を下げて謝りながら、代金を支払っている姿が窺えた。

 黒ウサギのツッコミを意に介さず、耀は小さな口に含んだ熱々のチーズを手で伸ばす。

 二口、三口、と食べ進める耀の隣で、飛鳥とアーシャが物欲しそうに見つめる。

 それに気づいた耀は、包み紙を二人に近づけて小首を傾げた。

 

「―――――………匂う?」

「匂う!?」

「匂う!!?匂うって聞かれた!?そこは普通『食べる?』って聞くはずなのに『匂う?』って聞いたよコイツ!!」

「うん。だって、もう食べちゃったし」

「しかも空っぽ!?」

「残り香かよ!!」

 

 そこに代金をしっかり支払い終え、手にチーズの匂いを漂わせる袋を下げた翔が戻ってくる。袋から流れてくる薫りを瞬時に嗅ぎ取った耀は、

 

「あ、翔。おかわりちょうだい」

「ちょッ!?これ耀のおかわりじゃなくて皆の分!皆の分だからッ!!」

 

 翔から袋を奪い取ろうとする。

 

「ほら!羊羹やるからそれ食ってろ!!」

「あむ………おいしい」

 

 一瞬で袋への興味がなくなり、心底美味しそうに羊羹を頬張る耀。

 その間に、袋からチーズを皆に配る翔。

 

「ほら、飛鳥とアーシャの分」

「ええ。ありがとう」

「………私もいいのか?」

「別にいいさ。大した出費でもないしな」

 

 そういって、押し付けるように手渡すと、黒ウサギやジン、食べられるのかどうか分からないがジャックにも渡していく翔。ただし、自分の分だけは買っていないようだ。

 

「あら?自分の分は買わなかったのかしら?」

「………店とかにチーズを持ち込まれたりするから、見飽きてんだよ。今じゃ見るだけで胸焼けする」

「………そ、そう………」

 

 翔の返答に困ったような声を上げる飛鳥。

 彼は店で酒のつまみとして、よく持ち込まれたチーズを調理していたのだ。焼くだけのものからスモーク、フライまで、挙句にはピザにもしている。それにほぼ毎回持ち込まれるのだ。耀にバレてからは不定期ではなく定期でやっている為、客足も増え繁盛している。その弊害が彼の胸焼けであるのだが。今では、野菜や肉を見るのすら嫌になりかけている。そのため基本的に彼の食事は、店では絶対に作らない類の面倒な料理を自ら作っている。その度に耀が味見と称して大半を食べていくので、最近では自分の分と耀の分とを作るようにすらなってしまっている。

 

「ヤホホ。気遣いができる方なのですね、翔さんは。それに賑やかな同士をお持ちで羨ましい限りですよ」

「そうだな。我がリーダーが俺の存在を忘れるくらいには賑やかだよ」

「うぐっ………まだ根に持ってたんですか、翔さん………」

「当ッ然ッ!しばらくは忘れるつもりはねえよ」

「ヤホホホホホ!」

 

 どの集団よりも賑やかに進む一同は、網目模様の根を上がって地表に出る。

 しかし長いのはここからなのだ。大樹を見上げる一同。

 

「………目測でまだ200m以上はあるな」

「〝アンダーウッド〟の水樹は全長500mと聞きます。まだ中ほどの位置ですから、翔さんの言う通りでございますね」

「それはさぞ、頂上から滑ったら爽快だろうな。………それにしても500mか。それなら相応の移動手段が備えられてると思うんだが………なんかあるか?ないとか言わないよな?頼むからあるって言ってくださいお願いします」

「ヤホホ!安心してください!お察しの通り本陣まではエレベーターがありますから、さほど時間はかかりません」

「………安心した。ものすげー安心した。そんなものはない、とか言われたら自分で飛んでいこうかと思ってたわ」

「私も」

 

 翔と耀が見るからにほっとして胸を撫で下ろす。そんな二人を見て苦笑する一同。

 ジャックは歩みを進めると、太い幹の麓に行く。木造のボックスに乗り全員に手招きをする。

 

「このボックスに乗ってください。全員乗ったら扉を閉めて、傍にあるベルを二回鳴らしてください」

「わかった」

 

 木製のボックスに備えられたベルの縄を二回引いて鳴らす。

 すると上空で、水樹の瘤から水が流れ始めた。

 翔たちが乗っているボックスと繋がった空箱に、大量の水が注がれているのだ。乗用ボックスと連結している滑車がカラカラと回ると、徐々に上がり始めた。

 

「わっ………!」

「上がり始めたわ!」

「ヤホホ!反対の空箱に注水して引き上げているのです。原始的な手段ですが、足で上がるよりはよほど速い」

「あっヤバッ!?落ちるッ!!」

「「「「「「えっ?」」」」」」

 

 翔がそう叫び、皆が彼の方を振り向く。しかし、先ほどまでは確かにそこにいたはずの翔の姿はなく、代わりに床から生える一つの手首があった。

 

「ちょっ!?誰か手を引っ張るか掴むかして!!?このままだとマジで落ちる!!さすがに空中にマーカーとか置けないよ!!せっかくここまで来てリスタートとか、嫌だよ俺!?」

 

 ここまであからさまに埋まるのはあまりに久しぶりのことで呆然とする一同だが、翔の言葉で我に返る。

 一番早く動いたのは黒ウサギであった。すぐに翔のかろうじて出ている手を瞬時に摑み取る。

 

「しょ、翔さん!気を付けてくださいと、常日頃からあれほど言っているじゃないですか!?」

「いや、俺も出来れば埋まりたくねえよ!?でも埋まるんだからしょうがないだろ!!文句は床とか地面に言え!!」

「言葉が通じないから無理です!!」

「やってみれば意外と通じるかもしれないさ、きっと!!」

 

 そうギャーギャー騒ぐ翔と黒ウサギ。何とかギリギリ落ちることを防げた一同はホッと息を吐く。

 

「まったく。翔君は忙しないわね」

「うん。もう少し落ち着いてほしい」

「お前らにだけは言われたくないッ!!………あっ」

「あっ」

「「「「あっ?」」」」

 

 翔と黒ウサギが同じような声を漏らす。その瞬間、スルリ、といったように黒ウサギの手から翔の手が滑り落ちた。

 

「テメッ、黒ウサギ!?覚えてろよおおおぉぉぉ!!!」

「も、申し訳ないのですよおおおぉぉぉ!!」

 

 下へと落ちていく翔。それをエレベーターの底で見ることもかなわず、遠ざかっていく声だけを聴いている一同。

 

「黒ウサギ………今のはさすがに………」

「酷いわね。いくら翔君が問題を起こすからといって、報復にわざと手を離すなんて」

「いえ、わざとではありませんよ!?」

「「犯人は皆そう言う」」

「だから違いますッ!!」

 

 耀と飛鳥から責められる黒ウサギ。その様子を見てため息を吐くジン。

 

「………引き返しますか?」

「………いえ、多分リスポーンしてると思うので、後で合流することにします………それに翔さんも必死に登ってくると思うので………」

 

 ジャックが提案するが、流石にこの高さでは死んでいると考え、こちらに向かってくることを信じたジン。

 その後、数分して本陣まで移動した水式エレベーター。

 吊られたボックスを固定する金具を付け、木造の通路に降り立つ。

 木の幹に取り付けられた通路は何枚もの板木を繋げて作られており一見危なく思えたが、乗ってしまえばそんな不安はすぐに消えた。見かけより頑丈な作りなのだろう。

 落ちないように両側にも柵が設けられており、身を乗り出さない限りは落ちそうにない。いや、一人はこの通路に到達する前に落ちたのだが。

 幹の通路を進むと、収穫祭の主催者である〝龍角を持つ鷲獅子〟の旗印が見えた。七枚の旗を見た耀が疑問を口にして、黒ウサギが七枚の旗の説明、それぞれの旗と連盟旗について話す。その後、受付へと向かう一同。

 

「〝ウィル・オ・ウィスプ〟のジャックとアーシャです」

「〝ノーネーム〟のジン=ラッセルです」

「はい。〝ウィル・オ・ウィスプ〟と〝ノーネーム〟の………あ、」

 

 受付をしていた樹霊の少女は、ハッと顔を上げる。

 彼女はメンバーの顔を一人一人確認していき、飛鳥で視線を留めた。

 

「もしや〝ノーネーム〟所属の、久遠飛鳥様でしょうか?」

「ええ。そうだけど、貴女は?」

「私は火龍誕生祭に参加していた〝アンダーウッド〟の樹霊の一人です。飛鳥様には弟を助けていただいたとお聞きしたのですが………」

 

 ああ、と思い出したように頭を痛そうに押さえる飛鳥。

 〝黒死斑の魔王〟が翔に追いかけられていたときに避難させた、樹霊の少年の事だろう。

 受付の少女は確信すると、腰を折って飛鳥に礼を述べた。

 

「やはりそうでしたか。その節は弟の命を助けていただきありがとうございました。おかげでコミュニティ一同、一人も欠ける事無く帰って来られました」

「そ、そう。それは良かったわ。なら招待状は貴方たちが?」

「はい。大精霊は今眠っていますので、私たちが送らせていただきました。他には〝一本角〟の新頭首にして〝龍角を持つ鷲獅子〟の議長でもあらせられる、サラ=ドルトレイク様からの招待状と明記しております」

 

 〝ノーネーム〟一同は一斉に顔を見合わせて驚いた。

 

「サンドラの姉である、長女のサラ様が?まさか北側に来ていたなんて………もしかしたら、北側の技術を流出させたのも―――」

「流出とは人聞きが悪いな、ジン=ラッセル殿」

 

 聞き覚えのない女性の声が背後から響き、ハッと一同が振り返る。

 途端、熱風が大樹の木々を揺らした。激しく吹き荒ぶ熱と風の発生源は、空から現れた女性が放つ二枚の炎翼だった。

 

「サ、サラ様!」

「久しいなジン。会える日を待っていた。後ろの「此ォ処ォかあああぁぁぁッ!!!って、熱いいいいいいッッッ!!?ホノオ!?ホノオナンデ!?」な、なんだ?」

 

 サラの後ろを何かが物凄い速度で通り過ぎ、炎翼に巻き込まれながら過ぎ去る。〝ノーネーム〟の一同はそれが何か分かり、頭を痛そうに押さえる者やホッと安心する者に分かれた。しかし、まだ安心はできない。なぜなら、彼はまだ燃えているのだから。

 

「コヒュー………コヒュー………ゲフッ………ゲフッ………」

「「「「あっ」」」」

 

 喉が焼けたのか、悲鳴も上げられない翔。苦しそうな呼吸音と咳き込む声だけがその場に響く。その様子を見て我に返ったサラは焦り始める。

 

「す、すまない!まさか炎翼に人が巻き込まれるとは思わなかった!すぐに治療を―――」

「残念ながら、もう手遅れです」

 

 ジンが焦る彼女に対し、すでに息絶えた翔を指さす。それを見て顔を青くするサラ。〝主催者〟の一人として、参加者を事故とはいえ殺してしまったという事実を、重く受け止めているのだろう。しかし、その心配は杞憂で終わった。

 翔の死体はすぐにその場から消えた。そしてすぐに、

 

「ああああアアアアアアァァァァァァァァァアアアアアッッッ!!!!!!!!!!クソがああああぁぁぁぁ!!!!せっかく登ったってのにゴール地点で焼死かよッ!!?ふざッけんな!!!なんで俺の進行方向にピンポイントで、炎なんざあんだよ!!!?んなもん予想できるかあッ!!!!こちとらマーカーも置けなけりゃ、空中で方向転換とかいう高等技術も持ち合わせてねえんだよおおおおおおお!!!!!!」

 

 翔の絶叫が大樹の下の方から響いてきた。それを聞いて、今だけは不憫に思う〝ノーネーム〟と〝ウィル・オ・ウィスプ〟の一同。サラもその声が聞こえていたようで、表情を暗くする。

 

「………なんか、すまない。私が炎翼なんて出していなければ………」

「………気にしないでください。今のは不幸な事故でございます………」

 

 表情を暗くしたサラを気遣う一同。今のはどちらが悪いとも言えない。偶然が重なった不幸な事故だ。偶々翔がエレベーターから落ち、水樹の幹を登るという方法での登頂を試みる。偶々、サラが炎翼を出していた場所に、登ってきた翔が突っ込む。偶々、翔に燃え移った炎が肺と気管を焼き尽くし、呼吸ができなくなり窒息死したなど。本当に偶然が重なった不幸な事故だ。

 それを気に病む必要はない、と〝ノーネーム〟メンバーが慰める。現に死亡した翔は生きているのだから、後で謝罪し、許してもらえばそれでいい、と。それを聞いて気持ちが軽くなったのか、少しだけ表情を明るくするサラ。

 そこに、二度目の登頂を果たした翔が辿り着く。先ほどのような勢いはなく、若干やつれて、細くなっているようにも思える。肌も土気色だ。彼でも、この水樹の登頂は精神的に来るものがあるのだろう。だが、それも当然だ。スケボーでここまで上がって来るには、一直線に登るのでは、すぐに失速して落下してしまう。だから彼は、螺旋を描くように、幹を何周もして登ってきたのだ。それならば、階段を用いた方が楽なような気もするだろうが、スケボーの【超加速】を使った方が時間的にも早く、速度的にも速い。なにしろ一度は登ってきたものの、あんな結果に終わった。それでも彼は諦めずに、もう一度同じ方法で登頂してきた。たとえ精神的に苦しくてもだ。言ってしまえば、彼の人としての、そしてスケーター(ヌケーター)としての最低限の意地だ。

 登頂した翔は〝ノーネーム〟メンバーの顔を見て安心したように脱力する。

 

「やっと、着いたっ………!さっきの炎で心が折られかけたが………!ニュートン先生、もとい重力にも折られかけた………!!でも、それでも、俺はやり切ったッ………!!ここまで、この本陣まで登り切ったんだ………ッ!!」

 

 地面に手をつき嗚咽する翔。その光景に呆然とするサラ・ジャック・アーシャの三人。

 

「………お疲れ」

「………お疲れ様」

「………お疲れ様でございます」

「………ご苦労様です」

 

 咽び泣く翔を見て、それぞれ声をかける〝ノーネーム〟の四人。それを見て、気まずそうな表情でサラが近づき、謝罪する。

 

「………先ほどは、すまなかった。炎翼に人が飛び込んで来るとは、考えていなかったんだ………」

「………別に、いいさ。………こっちだって水樹の幹を登ってきたんだ。予想外なことをしている自覚は一応あるしな………」

 

 一応あるのか、と〝ノーネーム〟の四人は思った。

 サラは自身が思った疑問を口にする。

 

「だが、なぜその者は別に来たのだ?」

「「「「………」」」」

 

 サラの質問に口を閉ざす一同。まさか、エレベーターの床から落ちたとは言えるわけもなく、どう説明していいものか悩んでいる。そんな中、翔が説明する。

 

「途中までは一緒だったが、そこのエレベーターの床から落ちただけだ………。気にしなくていい………」

「床から落ちた?壊れたのか?それならすぐに整備を―――」

「「「「壊れてないので大丈夫です!」」」」

「………?だが落ちたのだろう?つまり床が抜けたと―――」

「「「「そういうわけではないので大丈夫です」」」」

「………むぅ。言っている意味がよくわからないな」

 

 サラが首を傾げて不思議がる。

 翔は泣き止むと、サラのことを見て首を傾げる。

 

「あれ?というか誰?」

「それは中で茶でも飲みながら話そう。キリノ、受付ご苦労。中には私が居るからお前は遊んで来い」

「え?で、でも私が此処を離れては挨拶に来られた参加者が、」

「私が中にいると言っただろう?それに前夜祭から参加するコミュニティは大方出そろった。受付を空けたところで誰も責めんよ。お前も他の幼子同様、少しくらい収穫祭を楽しんで来い」

「は、はい………!」

 

 キリノと呼ばれた樹霊の少女は表情を明るくさせ、飛鳥達に一礼し収穫祭へ向かった。

 残ったサラは一同に目を向けると、口元に僅かな笑みを浮かばせて仰々しく頭を垂れる。

 

「ようこそ、〝ノーネーム〟と〝ウィル・オ・ウィスプ〟。下層で噂の両コミュニティを招く事が出来て、私も鼻高々といったところだ」

「………噂?」

「ああ。しかし立ち話もなんだ。皆、中に入れ。先ほど言った通り茶でも淹れよう」

 

 手招きしながら本陣の中に消えるサラ。

 両コミュニティのメンバーは怪訝に顔を見合わせるも、招かれるままに大樹の中へ入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 ———〝アンダーウッド〟収穫祭本陣営。貴賓室。

 翔達が招かれた貴賓室は大樹の中心に位置する場所にあった。

 サラは〝一本角〟の旗が飾られた席に座り、翔達へ座るよう促した。

 

「では改めて自己紹介させてもらおうか。私は〝一本角〟の頭首を務めるサラ=ドルトレイク。聞いた通り元〝サラマンドラ〟の一員でもある」

「じゃあ、地下都市にある水晶の水路は、」

「勿論私が作った。しかし勘違いしてくれるな。あの水晶や〝アンダーウッド〟で使われている技術は、私が独自に生み出したもの。盗み出したようなことを言うのは止めてくれ」

 

 ホッと胸を撫で下ろすジン。その事が一番気がかりだったのだろう。

 

「それでは、両コミュニティの代表者にも自己紹介を求めたいのだが………ジャック。彼女はやはり来ていないのか?」

「はい。ウィラは滅多なことでは領地から離れないので。此処は参謀である私から御挨拶を」

「そうか。北側の下層で最強と謳われる参加者を、是非とも招いてみたかったのだがな」

「………北側、最強?」

 

 耀と飛鳥が声を上げる。

 隣に座っていたアーシャが自慢そうにツインテールを揺らして話す。

 

「当然、私たち〝ウィル・オ・ウィスプ〟のリーダーの事さ」

 

 話によると、〝ウィル・オ・ウィスプ〟のリーダー、ウィラ=ザ=イグニファトゥス。〝蒼炎の悪魔〟とも呼ばれ、生死の境界を行き来し、外界の扉にも干渉できる大悪魔だそうだ。だが、実態は余り知られていない。噂だが、〝マクスウェルの魔王〟を封印したという話もあるそうだ。

 

「もしも噂が本当なら、五桁最上位と言っても過言ではない」

「ヤホホ………さて、どうでしたか。そもそも五桁は個人技よりも組織力を重視致します。強力な同士が一人居たところで長持ちはしませんよ」

 

 ジャックは笑ってはぐらかす。表情から読み取ろうにも、カボチャ頭が相手では分が悪い。

 詮索は出来そうにないと判断したサラは、視線をジンへと移す。

 〝ペルセウス〟を打ち破ったことや、〝黒死斑の魔王〟を倒したことを追及され、困り顔のジン。〝黒死斑の魔王〟を倒したのか?と問われた時は、特に困ったような表情をしていただろう。その原因は、椅子に座りながらも疲れた表情をし続けている翔なのだが。

 

「故郷を離れた身だが、礼を言わせてくれ。………〝サラマンドラ〟を助けてくれてありがとう」

「い、いえ………」

 

 赤髪を垂れさせて一礼するサラ。

 彼女は顔を上げて一同の顔を一瞥すると、屈託のない笑みで収穫祭の感想を求める。

 

「それで、収穫祭の方はどうだ?楽しんでもらえているだろうか?」

「はい。まだ着いたばかりで多くは見ていませんが、前夜祭にもかかわらず活気と賑わいがあっていいと思います」

「それは何より。ギフトゲームが始まるのは三日目以降だが、それまでにバザーや市場も開かれる。南側の開放的な空気を少しでも愉しんでくれ」

「ええ。そのつもりよ」

 

 飛鳥が笑顔で答える。

 その後もしばらく談笑を続ける。連盟のコミュニティは、それぞれが身体的特徴や役割によって分けられているなど、なかなかに興味深い話を聞かせてもらえた。

 耀は黒ウサギを見て、ふっと思い出したように尋ねる。

 

「南側の植物って、ラビットイーターとかブラックラビットイーターとか?」

「まだその話を引っ張るのですか!?そんな愉快に恐ろしい植物が在」

「どちらも在るぞ」

「在るんですか!?」

「在んのか。無いなんて抜かしたのは誰だよ。箱庭も大概じゃねえか」

「ああ。発注書が此処に」

 

 バシッ!とサラの机から発注書を奪い取る黒ウサギ。

 そこにはお馬鹿っぽい字でこう書かれていた。

 

『対黒ウサギ型プラント:ラビットイーター&ブラック★ラビットイーター。八〇本×2の触手で対象を淫靡に改造す

 

 グシャ!

 

 その行動で何かを察した翔は迅速に行動を起こす。

 

「ジン。俺らは俺らで見て回るぞ。耀と飛鳥は黒ウサギと一緒に女性同士で見て回れ。ほら小遣い。好きに使え。ただし耀には渡すなよ?日が暮れるぐらいには宿に戻るつもりだ」

「えっ?ちょっ―――」

「ええ。いってらっしゃい。私たちもそれぐらいになると思うから大丈夫よ」

 

 口早で二人にそう告げると、戸惑うジンを引きずって一目散にその場から退散する翔。それを苦笑で見送る耀と飛鳥。

 

「………フフ。名前を確かめずとも、こんなお馬鹿な犯人は世界に一人シカイナイノデスヨ」

 

 翔とジンは、起訴も辞さないのですよッー!?という黒ウサギの叫びを聞きつつ、そそくさと収穫祭を見て回りに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翔とジンは苗と種子を売っているバザーや市場を重点的に回った。その中でも、野菜などの食物系のものを特にだ。

 

「ふむ?これって全部、成長したら接ぎ木とか種子って採れる?」

「ハハハ!兄ちゃん、それが出来なきゃ今ここで売ってねえよ!」

「だーよねぇ!んー………生育環境とかって特に関係ない感じ?」

「ああ。極端に暑かったり寒くなけりゃ、基本的には平気だ」

「そっか。出来れば食って美味いやつがいいんだが………おっちゃんのオススメとかってある?」

「そうだなあ………この苗とかどうだ?成長するまで時間がかかるが、生る実は甘くて美味いぞ」

「むぅ………。実が取れるようになるまで何年ぐらい?」

「五年ってところだな。勿論接ぎ木も可能だ。他の苗は大体生長期間は二、三年ぐらいだ」

「………うん。じゃあそれ三つと………ここからここまでの種子をこの容器一杯分ずつ。あとはそれとそれ、あとあっちの苗も三つずつ」

「あいよ!」

 

 翔がお猪口のような容器と代金を店の人に手渡す。すると店員は種子を掬って、それぞれを小袋に入れると翔に手渡す。()()()の苗も一緒に手渡してくれる。

 

「………?三本多くないか?」

「おまけだよ。それらの苗はどれも特殊な代物なんだ。どれも出来る実は正しく調理すれば美味いんだがな。それ以外の調理法は食えたもんじゃなくてな」

「全部違うのかよ!?それってただの在庫処分じゃん!?っていうか正しい調理法ってなんだよ!?」

「知らん!自分で見つけてくれ!」

「………あー本格的に在庫処分かよ。まあいいや。ありがたくもらっておくよ」

「まいど!」

 

 翔は苗を自分で持ち、種子をジンに持ってもらう。彼の買いっぷりを見てジンは困った表情を浮かべる。

 

「今こんなに買ってしまってどうするんですか?植える場所も置いておく場所もないですよ?」

 

 そう。すぐに本拠に戻るわけにはいかず、これらを植えることはできない。たとえ、本拠に帰ったとしても、まだこれらすべてを植えられるほど土壌の回復は済んでいない。

 ジンは一体どうするのか、と翔に問う。

 

「勿論今から植える。手伝ってくれよ?」

「え?」

 

 ジンが驚きの声を口にすると同時に視界の光景が変化する。

 〝アンダーウッド〟の地下都市から、天井の開いているどこかのスタジアムのような場所へ。しかし、そこには土があり、水があり、植物が存在していた。とても競技場(スタジアム)というには、あまりに異質な場所であった。

 

「あ、あの………此処は?」

「俺のギフト、混沌世界(パーク)の一つだ。元はスケボーするためのとこなんだが、今は農園にしちまってるな。まあ、他にもいくつかあるパークのうちの一つを使い潰してるだけで、スケボー活動には影響しないしな」

 

 翔の言葉に、迷惑をかけてしまっていると考えたのか、表情を暗くするジン。そんなことはお構いなしに翔は告げる。

 

「ほら、ジン。鍬を持って手伝え」

「え?」

「え?じゃねえよ。植えるのを手伝えってんだよ。ついでに水まきもだ!ほらキビキビ動けッ!!早くしないと陽ぃ暮れちまうぞ!!俺は他にも店を見て回りたいんだ!!わかったら苗を植えられる穴を掘れ!!印はもう旗を立ててある!!その場所を掘るように!!直径80㎝!深さは60㎝!掘った分の土は傍の手押し車に入れとけ!」

「は、はい!」

 

 翔の声に弾かれるように、手に持った鍬でマークされた場所を掘り返すジン。彼がそれを四回繰り返す間に、翔は一本分の穴を作り終わっていた。

 その後も樹木を植える一通りの工程をそつなくこなし、ものの一時間ほどで全ての作業を終わらせる。

 終わる頃にジンは、疲れ果て地面に這いつくばっていた。

 

「おい、ジン。まだ見てないとこあんだから、もうちょい付き合えよ?」

「……………………………………………はい」

 

 これは存在を忘れたことへの仕返しなのだろうか………。

 そう考えずにはいられないジンであった。

 その後も翔は買い物を続け、その度に植える作業を手伝わされたジンは、宿に戻る頃には燃え尽きたように、翔に引き摺られていた。

 




【羊羹】
 ちゃんと管理さえしてれば日持ちするから作り置きしている。

【翔の店】
 バレたから定期的に営業。現在は週四で営業。休養日(元の世界で言う土日)と平日に二回(火・木曜日)。食材が切れたら持ち込み以外はNG。保存のきくチーズを持ち込まれることが多い。次点でいい肉が入ったらすぐに持ち込まれる。持ち込みの際は技術料と燃料代程度の代金をもらう。

【水樹を登る】
 無謀な挑戦。ただし成功する。重力なんかには負けないぜッ!

【炎翼に突っ込む】
 いつからサラちゃんが弄られ役だと錯覚していました?残念!巻き込まれキャラです!

【混沌世界(パーク)】
 現在は一部を農園として使用中。………ちゃんと真面目(意味深)なスケボーもしてますよ?




 感想で十六夜と耀もかなり料理できるけど、この世界では出来ないのかという質問を受けました。それについてですが、ここで少し返信したいと思います。

 一点目に、他の三人は基本的に子供達に料理は任せているけど、翔だけは店の都合もあって一応している。その都合で調味料から何まで自作し、その他の加工食品もすべて自作しています。ただし、それらは箱庭の食材で使ったモドキであって、かなり調整したものになっています。
 二点目に、翔はその時その時の食材にあった味付けや調味料に変えるので、かなりのこだわりを持って調理しています。それに時間があれば、一人一人に合わせて味付けをそれぞれ変えてます。
 三点目に、現時点では十六夜と耀よりも翔の方が、箱庭独特の食材の扱うことが多いので、二人より最適な調理方法や味付けを理解してます(例:ペリュドンや鰺に似た川魚など)。以前のシーチキンもマグロに似たナニカを用いています。
 大きな差としてはこの三点です。十六夜や耀も時間があれば料理しますが、その二人よりも時間が有り余ってるのが翔というのもあります。
 ただ耀は作るよりも食べることが好きなので、この作品で作ることはたぶんない。十六夜は話にこそ出てこないだろうけど、時間さえあればちゃんと料理しています。
 え?翔がそこまでこだわる理由?中途半端に美味しい料理を作ったら、ゴミ箱先輩がお怒りになるからですよ。先輩も美味しい料理が好きなようです。翔にとってはトラウマなのでしょう。それでも実験するし、挑戦するけど。


作者「とりあえずこんなもんかな?」
翔 「………それよりも、あの謎の苗たちは一体何なんだ?」
作者「まだ秘密。気になるなら、お客様からもらった成長促進の霊薬を使えばいいさ」
翔 「…………え?すげえ怖いんだけど?」
作者「お楽しみだよ。育てるのを頑張ってくれたまえ。ではまた次回!」
翔 「………燃やそうかなぁ………」
作者「環境破壊、駄目、絶対」


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第十四話 物理とは未知なるものである by翔

 物理とはヌケボーであり、ヌケボーとは物理である。

 よってヌケボー=物理という方程式が成立します!


 翔は暗い夜色に包まれた空間で、黄昏ていた。

 

「………なんでこんなことに、なってんだろうなぁ………いや、本当に」

 

 そう呟く翔の前には、何十人もの巨人族が倒れ伏している。

 

「………こんなつもりじゃ、なかったんだけどなぁ………」

 

 しみじみと感慨深く呟く翔。

 事の発端は少し前のこと。十年前に〝アンダーウッド〟を襲った魔王、巨人族が襲撃してきたときにまで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 突如響き渡った激震が、巨人達の襲撃を知らせた。勿論翔は真っ先に行動し、誰よりも早く宿を飛び出した。

 そして、巨人族の襲撃で最も被害を受けていると思われる場所へと来た。

 

「………………物理演算砲って、こうだったか?」

 

 ある程度広さのある場所で、腕を組み首を傾げていた。

 いくつかのオブジェクトを組み合わせて砲台のようなものを組み立てる。

 

「弾はゴミ箱先輩でもいいけど、ここはオーソドックスに鉄球でいいか」

 

 何がオーソドックスなのか、まったくもって分からないが、早く戦えと周りの者たちは思っていた。そこへ一人の巨人族が、翔へと襲い掛かる。それに気づいた翔は、

 

「カーモが来た、っと!」

 

 問答無用で鉄球を射出する。本来ならばあまり勢いはないはずなのだが、スケーターも真っ青な勢いで射出される鉄球。そしてその鉄球は、

 

「――――――――ッッッッッ!!!?!?!?」

「あっ………………」

『うっ………………』

 

 巨人の局部に命中した。おまけに、プチュ、という男性からすれば絶対聞きたくない音も聞こえた。巨人は内股になり、手で局部を押さえ、そのまま地面へと倒れ伏して痙攣する。

 それを見ていた巨人族、そして必死に戦っている〝アンダーウッド〟の者たちも動きを止めてしまう。彼らもまた、内股になり自身の息子を押さえる。

 

「『『………………』』」

 

 翔のことを見つめる巨人族と〝アンダーウッド〟の同士。翔も彼らのことを見つめ返す。翔自身も予想外だったのか唖然としている。しかしすぐに、表情を戻して気を引き締め直す。

 

「………あー………えーっと………つ、次にタマ潰されてぇ巨人はどいつだッ!?まあ、申し出なくても問答無用で潰すんだけどッ!!」

『『『オ、オオオオオオォォォォォォ――――――!!!?!?!?』』』

 

 悲鳴なのか、怒声なのか。いや、おそらくは悲鳴だろう。速攻で翔を潰そうと群がり突進してくる巨人族達。

 それを見た翔は、()()()物理演算砲から鉄球を射出した。無論巨人族達は、最初の巨人のようにならないために手で大事なところをガードしている。しかし、

 

「物理演算砲に、常識は通用しねえ……………………たぶん」

 

 翔の言う通り?射出された鉄球は、巨人族の手をすり抜け的確にタマを打ち抜く。すべてだ。全ての鉄球が的確に打ち抜いた。何故かは知らないが、直進ではなく不規則な弾道でだ。

 

 ある鉄球は直角に曲がり。

 

 別の鉄球はバウンドして。

 

 また別の鉄球はUターンして。

 

 それら全てが的確に巨人の息子を潰した。

 

 そして響き渡る、複数の何かが潰れる音。それを聞いた〝アンダーウッド〟の男性達が自身の息子を押さえる。

 そうして彼の前にできた巨人族の死屍累々。いや、死んではいないのだが。だが、現在進行形で先ほどまで翔の所行に戦々恐々していた男性達の手で止めを刺され、もしくは苦痛からの救済が行われて、死体に変わっているので問題はないだろう。

 翔はその光景を見ながら、地面に胡坐をかき、頬杖をついて呟く。

 

「……………………こんなはずじゃあ、なかったのになぁ……………………」

 

 明後日の方向を向きながら、しみじみと呟いた。

 そんな彼の周りには()()ほどの物理演算砲が、建設されていた。

 彼が参加した戦場は負傷者も少なく、街への被害も最小の戦場であった。ただし、男性達へのトラウマを刻み込む結果となってしまったが………。

 ………………………物理って、なんだっけ?物理演算って、なんだったか?そんな疑問を男性達の頭に残した翔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ———〝アンダーウッドの地下都市〟宿舎の瓦礫前。

 瓦礫の回収作業は既に始まっていた。巨人達の強襲から一時間。前夜祭の間に建て直さねばならないことも考えれば、一分一秒が惜しいのだろう。

 そこへ耀と飛鳥はやってきていた。目的は勿論十六夜のヘッドホンの捜索だ。こんな忙しい中でも耀のお願いを聞いてくれたのは、南側の住人の大らかな気質のおかげだろう。

 しかし無残にも砕け散ったヘッドホンの残骸を見るや否や、飛鳥は即答で、

 

「諦めましょう」

「………。ええと、もう少し頑張ってみない?」

「無理よ。元の形に戻すなんて物理的に無理」

「物理的におかしい翔でも無理かな?」

「………………………………………………きっと無理よ。直すことよりも、十六夜君の機嫌をとる方向で考えましょう」

 

 翔のことを出されて言葉に詰まりながらも、他の手を探そうと提案をする飛鳥。物理的におかしい翔ならば非物理的な方法で解決、と一瞬だけでも考えてしまったのだろう。だが残念ながら、いくら翔でもここまで壊れてしまったものを直すことはできない。

 耀は何としても元に戻したかったが………そうそう都合のいいことはない。

 大半が粉々になっているヘッドホンを直すのは、復元の類のギフトが無ければ難しいだろう。そんなギフトがあるのかどうかも怪しいのだが。

 

「でも………機嫌を取るって、どうやってとるの?」

「そうね。第一候補としては………ラビットイーターを、黒ウサギとセットで贈」

「るわけないでしょうこのお馬鹿様!!!」

 

 スパァーン!と背後からハリセン一閃。

 耀は目を丸くして驚き、

 

「それ、名案!」

「ボケ倒すのも大概になさい!!!」

 

 スパパァーン!と更にハリセン一閃。此処に翔がいなかっただけマシであろう。もしもいたならば、もっと場を搔き乱していたはずだ。

 どうやらジンとジャックと共にサラの元から帰ってきたようだ。三人は十年前にここ、〝アンダーウッド〟を襲った魔王である巨人族について話を聞いてきたのだ。それに加えて報酬の話もだ。そして、〝黒死斑の魔王〟のゲームの全ての勝利条件を満たしてクリアした報酬の受け取りもだ。

 ジンの片腕には、しょんぼりした三毛猫が抱かれていた。

 

「全くもう………耀さんっ。詳しいお話は、三毛猫さんよりお聞きしましたよっ!どうして黒ウサギに相談して下さらなかったのですか!?」

「え、えっと………巨人族が襲ってきてそれどころじゃ、」

「その話ではありませんっ!収穫祭の滞在日数の事でございます!相談してくだされば皆さんも耀さんを優先的に参加させました!なのにどうして相談してくれなかったのですかっ!?戦果を誤魔化すほど悩んでいたのならなおさらですっ!」

 

 ハッと耀と飛鳥は互いを見る。

 そして二人の視線は、自然にジャックへ向けられた。

 ジャックは気まずそうに頭をポリポリと掻いていた。

 二人は今度は半泣きの黒ウサギを見て、俯いてしまう。

 収穫祭の前に参加した〝ウィル・オ・ウィスプ〟のゲームは、耀と飛鳥の二人で参加し勝ち取ったものであった。

 飛鳥は堪らず、前に出て弁明した。

 

「ち、違うのよ黒ウサギ!春日部さんに話を持ち掛けたのは私で………!」

「違う。私が悩んでいたから飛鳥が気を遣ってくれて、」

「………いえ。そんな気を遣わせたのは、黒ウサギにも責任がございます。本当に………申し訳ありません」

 

 三者三様に頭を下げる。

 ジンは三毛猫を抱いたまま耀に近寄り、小首を傾げて問う。

 

「ヘッドホンは、駄目そうですか?」

「………うん。本当にごめん……なさい」

「いえ、壊れてしまったものは仕方がありません。直せないなら他の方法で手を打つしかありません。僕から代案がありますので、後で聞いてもらえますか?」

 

 ジンの突然の言葉に、耀は驚いて顔を上げる。まさか彼から提案があるとは思っていなかったのだろう。

 

「ですが、その前に翔さんを知りませんか?僕はてっきりお二人と一緒にいると思っていたのですが」

「………?襲撃前は部屋にいたと思ったけど、それ以降は見てないわね」

「………うん。私も見てない」

 

 顔を見合わせる一同。それを聞いて、深いため息を吐くジン。

 

「………なんだか、嫌な予感しかしないのは僕だけですか?」

「さ、さあ?どうでございましょう?いくら翔さんといえど、この緊急事態の中では―――」

 

 そこまで言った黒ウサギの脳裏に、過去の翔の行動がフラッシュバックされる。

 

「―――大人しくしているとは、断言ができないのデスヨ………」

「………そうね。彼はこういう時こそ放っておくと危ないわね」

「うん。早く見つけて拘束しないと」

 

 と、その時。緊急を知らせる鐘の音が〝アンダーウッド〟に響き渡った。

 網目模様の樹の根から飛び降りてきた樹霊の少女が、

 

「大変です!巨人族がかつてない大軍を率いて………〝アンダーウッド〟を強襲し始めました!そしてゴミ箱が巨人族を食べちゃいました!」

 

 嫌な予感が的中した。いい意味でも、悪い意味でも、だ。

 

 

 

 樹の根から出た耀たちが見たのは、半ば壊滅状態になっている〝一本角〟と〝五爪〟の同士達―――ではなく一面に倒れ伏す巨人族であった。逆に〝一本角〟や〝五爪〟の同士の姿は全く見えない。

 警戒の鐘が鳴らされてからほんの僅かな時間に、一体何があったのか。

 耀たちが面くらって驚いていると、空から旋風と共にグリーが舞い降りてきた。相当慌てているようであった。

 隣に降り立ったグリーは血相を変えて訴えた。

 

『耀………!今すぐここから離れろッ!』

「え?」

『これ以上近づくと彼奴らの戦闘に巻き込まれるぞッ!ここはいいから別の区画の応援に………!』

 

 グリーが叫ぶ中、琴線を弾く音が響いた。

 琴線を弾く音は二度三度と重なるが、特に変化があるようには見えない。しかし、音源から離れているはずの耀達は、意識が飛びそうになった。

 そして、怒声が響く。

 

「やっかましいわッ!!耳障りなんだよオォッ!!!全物理演算砲!!!目標は巨人族及び竪琴の奏者ァ!!一斉イィ掃射アァ!!!!」

 

 そしてすぐに巨人族が倒れたことによる地鳴りが響き渡る。かろうじて見えたのは、鉄球によって倒される巨人族と、円柱状の小さな何かに9mはあるはずの巨人族が吞みこまれる光景であった。

 〝ノーネーム〟の面々からすれば物凄く聞きなれた声だ。

 

『あの音色で見張りの意識を奪われたが、翔という少年が即座に対処をして、二度目の奇襲は免れた!現在、彼と仮面の騎士が戦線を支えている!今のところはこちらが優勢だが、いつまで持つかは分からない!だが、下手に近づくと()()()()()とやらに巻き込まれる故、後方で待機していろと少年からの指示だ!』

 

 耀、飛鳥、黒ウサギ、ジンの四人は痛む頭を押さえる。

 こうなったのには翔が少し前に決行した作戦が原因であった。

 

 

 

 

 

 

 

 一回目の襲撃の後、負傷者を運んでいく男性達を見送り、胡坐をかいて一人寂しく水樹の外周を監視する翔。そして、考察を始める。

 

「………まず、なんで9mもの巨人が中にまで入ってこれたんだ?あんなの大群で近づいてくれば、誰かしら気が付くはずだろうし………。というかまず、あの巨人族達は何者なんだ?何が目的でここに………?あー、情報皆無すぎてクソ考察しかできないー………もうちょいサラと話しとけば、もう少しまともな考察ができたかもしれなかったかー………」

 

 上体を後ろに倒して寝転がる。

 

「というか、皆どこだよー?はぐれた、というよりは俺が先走り過ぎただけだけど………それでもどうにか合流したいなあー………」

 

 ボケーとしながらそう呟く翔。

 

「………でも、襲撃はこれじゃ終わんねえよな………すぐに鎮圧されたみたいだし、次があると考えてもおかしくはない、よな?………でも、ここで一人寂しく見張ってるのもなあ………」

 

 そう考えていると、翔の脳裏に一つの妙案が浮かんだ。

 

「………今のうちにゴミ箱先輩を外周部各所に設置しまくるか………それと物理演算砲も今のうちに量産しとくべき?」

 

 しばらく目を瞑り、独り言をやめて考え込む翔。そして、目を開けると勢いよく立ち上がる。

 

「二次災害なんぞ知ったことかッ!俺はやりたいようにやるぞ!!たとえ味方がゴミ箱先輩に喰われたとしても、俺は知らんッ!!喰われる方が悪い!!もしくはリスポーンできない奴らが悪い!!物理演算砲が暴発するかもとかどうでもいいわ!!」

 

 もしもそこに黒ウサギがいたならば、伝家の宝刀・ハリセンで死ぬまで叩かれていたと思われることを叫ぶ翔。そして、その恐るべき妙案を実行に移すべくスケボーに乗り、超加速でゴミ箱先輩を設置しながら走行する。その片手間に物理演算砲も水樹の外周部に建設していく。

 こうして、ゴミ箱先輩物量押し作戦(翔命名)という見境のない、とんでも作戦が実行された。こんな作戦が画策・実行されているとは、この時はまだ翔以外には誰も知り得ないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在。そんなとんでも作戦の一部を知った一同。口からは文句は出てこず、ため息しか出てこない。

 だが、今の翔はちょっと………いや、かなり暴走している。原因としてはある一体の巨人であった。

 

「オオオオオオォォォォォォッッッ!!!」

「うるっせえんだよ!!!?テメエもタマを潰されてえのか!!!?それならかかってこいや!!!二個とも潰してやるからよオォッ!!!!それともゴミ箱先輩にくわせてやろうかあッ!!?アぁッ!?」

「オオウ………………………」

「分かればいいんだよ、分かればッ!!!それならさっさとそこのドM変態野郎をどっか遠くに捨ててこい!!!ついでにそいつが【自主規制】した【放送禁止】も掃除しろ!!!!ンな汚いもん見せられたこっちの身にもなれや!!!!あアァっ!そこの奴!!射線の邪魔だ!!さもなきゃ潰すぞ!!!それが嫌ならこの喧しい音の奏者を此処に連れてこいやアアアアァァァ!!!!!!」

 

 ………翔の声と思われる支離滅裂な発言に対し、もう一度溜息を吐く一同。

 遠目からだが、巨人が巨人をどこかへ運んでいく光景が確認できる。翔の指示通りに動いている巨人族を見て、三度目のため息を吐く〝ノーネーム〟メンバー。

 翔が暴走しているのは、ドM変態野郎と呼ばれている巨人。彼が原因だ。

 彼は一番最初に翔へと襲い掛かり、カウンター気味に撃ち込まれた鉄球が息子に直撃し、プチュ、と潰れる音がした。そう。男性ならば激痛で気絶するか悶絶するはずだ。しかし、その巨人が恍惚とした表情をしたと思うと、【自主規制】して白くベタつくナニカを出したのだ。

 これには翔、そして仮面の騎士でさえもが顔を赤面させて呆然とした。そして、そんな汚物を見せられた翔は頭の中が真っ白になり、暴走を開始したのだ。

 その結果が、現在の戦線である。

 ………仮面の騎士?巻き込まれないようにちまちま巨人を倒していますが、なにか?

 

「………恐怖政治みたい」

「………もう、翔君だけでいいんじゃないかしら?」

「………そうもいかないですよ。この音色の元を絶たなければ「オイそこのクソローブ!!待ちやがれやッ!!ゴミ箱先輩射出ゥ!!!!オラ竪琴置いてけエッ!!!!」絶た、なければ………」

 

 聞こえてくる翔の声に、あれ?彼一人で大丈夫なのでは?と思ってしまったジンであった。しかし、すぐに翔の悔しがる声が聞こえてくる。

 

「クッソ!?逃がした!!何処に行きやがッた!!?おい!!巨人ども!!探すの手伝えや!!!」

「「「「「……………………」」」」」

「………チッ」

 

 動かない巨人達を見て舌打ちをする暴走している翔。そしてすぐに一人の巨人が悲鳴を上げる。

 

「オグゥッ―――――――!!!?!?!?」

「「「「!?」」」」

 

 翔の物理演算砲によって息子が殺されたのだ。

 

「次に息子を潰されてえ奴はドイツだ!?アァッ!?コイツみてえになりたくなきゃ、あのローブを探せッ!!!あわよくば俺ンとこに連れてこいッ!!」

「「「「オ、オオオオオオォォォォォォ!!!!」」」」

「最初っからそうしてりゃ良いんだよッ!!!この脳筋どもがッ!!!!」

 

 翔の怒鳴る声が此処まで響き渡ってくる。かなりイライラしているようだ。

 しかし、立ち込める霧のせいで奏者を探すのに手間取っているようだ。

 

「………耀さん。竪琴の術者を破るのだけでも手伝ってあげませんか?そのためには貴女の力が必要なようです」

 

 疲れたような表情でジンが耀に話を持ち掛ける。

 

「………うん。わかった」

 

 そんなジンの言葉に苦笑気味に頷く耀。

 

 

 

 そして耀は指示された通り、上空でジンの合図を待った。

 その高度、約1000m。巨躯の〝アンダーウッド〟よりも更に高い。

 敵に見つからない位置にまで上昇し、混乱が起きるのを待つ。いや、翔のおかげで(せいで)もう既にかなり混乱しているのだが。

 鷹の目を持つ耀には下の様子がありありと分かったが、巨人族には耀を捉えることはできないだろう。

 上空からは白い円柱状の物体や鉄球が飛び交っているのが、よく見えた。そして、翔の支援に回っている幻獣達の姿も。

 この作戦が終わったら、あの幻獣達と友達になりたいな。

 そんなことを考えて、微笑を浮かべた。

 

 

 

 その間、ジン達は出来るだけ前線に移動していた。グリーの背中を借りて低空飛行を続けながら巨人族の合間、ではなく巨人族によって作られた一本道を進んでいた。

 

「よーし!そのままグリフォンを前線に送れ!!もしも攻撃してみろ!!?その瞬間に貴様らの大事な部分が死ぬと思え!!!」

「………うん。本当に僕たちは必要だったんでしょうか?」

 

 なぜか翔が統率している巨人族によって作られた道を進みながら呟くジン。

 そんな呟きを無視して、飛鳥が長い髪を押さえながらジンに問う。

 

「ジン君!この辺りでどう!?」

「え、は、はい!これだけ敵陣に踏み込めば―――!」

「ウオオオ………オ……オォ……………」

 

 足を止めた途端、一体の巨人が大剣を振りかぶったが、プチュ、という音がして、後ろへと倒れた。

 そして、翔からブチッ、と何かが切れる音が聞こえる。

 

「攻撃すんなって、言っただろうがああああぁぁぁッ!!!!」

 

 翔の無差別攻撃が、巨人族を襲う。そして、巨人族は今ジン達を攻撃した巨人族を責めるような眼で睨む。

 ジンは唖然としながらも、〝グリモワール・ハーメルン〟の指輪を嵌めた右腕を掲げた。

 

「れ、隷属の契りに従い、再び顕現せよ―――〝黒死斑の御子〟――――――ッ!!!」

 

 刹那、漆黒の風が戦場に吹雪いた。

 蠢くように生物的で、不吉を具現化させたような黒い風は、瞬く間に戦場を駆け抜けていく。召喚の円陣には笛吹き道化の旗印が刻まれ、その中心へと黒い風が圧縮される。

 やがて人型へと変化していく黒い風は、圧縮された全ての空気を放出して爆ぜた。

 爆心地は白と黒の斑模様の光が溢れ、その中から顕現したモノは―――

 

「―――――――何処に逃げたの、白夜叉ああああああああああああッぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「…………………………アァ?」

 

 戦場とは無関係の駄神の名を叫び。

 一瞬で一〇〇の巨人族を薙ぎ払―――わなかった。

 なぜ?視界に恐怖と憎悪の対象、板乗翔の姿が映ったからだ。

 翔も彼女の声を聞いて、ドスの効いた声を上げる。

 

「ここで会ったが百年目ッ!!!前の借りを返させてもらうわ―――――――――!!!!」

「上等だこのクソアマッ!!!前みたいに泣かしてやんよ!!!精々地面に額を擦りつけて許しを乞えや―――――――――!!!!」

 

 巨人族そっちのけで、激突する翔とペスト。結果的にその余波で一〇〇の巨人族が吹き飛んだのでオールOKだろう。

 一瞬面食らった飛鳥だが、流石に何を召喚したのか気が付いた。

 

「ちょ、ちょっと待って!新しいギフトって、〝黒死斑の魔王〟なの!?」

「YES!ハーメルンの魔道書から切り離されているため神霊ではなくなっていますが、大戦力であることは、間違いなかったのデスヨ………」

「黒死病を操る力を持っているから、ケルトの巨人族には抜群の効き目があると踏んだのですが……………」

 

 衝突している翔とペストを見て、微妙な表情をするジン。

 しかし結果としては巨人族が次々と倒れているから、問題はないだろう。

 

「あの時の私とは違うわッ!!お前のあの恐怖は克服したのよ!!!」

「へえ!?そりゃよかったな!!?なら今度はゴミ箱に喰われる恐怖でも教えてやろうかアッ!!!?」

「そんなのを味わう前にアンタを殺し尽くしてみせるわよ!!!」

「ハッ!!なんだなんだァ!?服装と相まって、性格もちょっと可愛らしくなったってのかァ、オイ!!!」

「ッ!?こ、これは白夜叉が無理やり着せたのよ!!!ていうか、見るなああああぁぁぁッ!!!!?」

 

 翔に指摘されて、顔を赤らめるペスト。

 黒い風に吞まれている翔とペスト。そのため、現在彼女の服装を確認できていないジン達。

 

「戦場で敵を見ねえ、なんて馬鹿げたことできるわけねえだろうがよオッ!!!そんならお前が俺の視界に入んなきゃいいだろうがッ!!!!」

「五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!!見られたからにはお前を殺す!!!!殺し尽くすッ!!!!」

「やれるもんならやってみろやア!!!!」

 

 羞恥で顔を赤く染めたまま、翔を攻撃する。それを地面に潜ったりリスポーンしたりして巧みに避ける翔。

 避けつつもペストにゴミ箱先輩や鉄球を飛ばす翔。それをひらりひらりとと避けるペスト。避けられた鉄球は行き場を無くして、仕方なく巨人族の股間に命中する。ゴミ箱先輩も仕方なく巨人族を捕食する。

 一見、二人だけで戦っているように見えるが、周りの巨人族は余波で順調に倒れている。

 

「ウオオオオオオオオッォォォォォォ――――――――!!!」

「「五月蠅いッ!!!!!」」

 

 翔の鉄球とペストの腕の一振りで、二人に攻撃しようとした巨人族が吹き飛ぶ。それはもう物理演算がおかしいほどに勢いよく、他の巨人族を巻き込みながら吹き飛んでいく。

 二人は一瞬、視線を合わせる。

 

「チッ。テメエとの殺し合いは後だ!!!周りが鬱陶しすぎる!!!!」

「心底不本意だけど、貴方の意見に賛成だわ!!!!」

「「「「ウオオオオオオッォォォォォォ―――――――!!!」」」」

「「俺達の(私たちの)邪魔を、するなッッッッッ!!!!!!」」

 

 仲がいいのか悪いのかわからない二人が、息ぴったりの攻撃を繰り出す。

 翔が鉄球とゴミ箱先輩を出現させると、ペストが風でそれらを巻き込みながら巨人族を薙ぎ払う。

 

「テメッ!?俺まで攻撃対象に含んでんじゃねえよ!!!ちっとは共闘してやろうっていう誠意を見せやがれッ!!?」

「そんなの知らないわよ!!!自分でどうにかしなさい!!!」

「ふざっけんな!!?ちょっと許してやろうかと思ったが、やっぱテメエはゴミ箱に喰わせる!!!!そしてそのままくたばれ!!!!」

「あら!?今ならここで貴方を殺しても巻き添えってことで通せるかしらね!?」

「………やっぱ殺す!!!巨人族なんぞ知るかッ!!!」

「やってみなさいよ、この変態機動が!!!」

 

 彼らの結託は一瞬で崩れ去り、罵声の浴びせ合いを続ける二人。

 しかしそんな攻撃の最中、ペストの服装が垣間見えたジン達。

 

「………メイド服でしたね」

「………フリフリのメイド服だったわね」

「白夜叉様………」

 

 ホロリ、と同情の涙をペストに向ける黒ウサギ。

 そして、二人の手(余波)によって巨人族が殲滅されていく。

 すると予定通り、琴線を弾く音が聞こえた。前回の戦闘と同じように濃霧が一帯を包み込んで行き、視界の全てが奪われていく。

 ジンは二人の激突は想定外だが、予定通りの状況へ運べたことに安堵、生きてきて最大の安堵といってもいいほど安堵した。

 

 その後、耀が〝黄金の竪琴〟をローブの人物から奪い取って、勝敗が決した。

 

 

 

 

 

 

 

 ———〝アンダーウッドの地下都市〟新宿舎。

 次の日の朝。耀達〝ノーネーム〟を迎えたのは、例の仮面の女性だった。ジンの言っていたヘッドホンの代わりについて話のようだ。ジンの言っていた代替案とは、異世界から代わりとなるヘッドホンを召喚するという物らしい。耀の家にちょうど十六夜のヘッドホンと同じメーカーのものがあるらしい。

 

「………昨日の記憶が物凄く曖昧だ………巨人族の襲撃があったのは覚えているが、それ以降は一体何があったんだ………?」

「あははは………」

 

 鈍痛がする頭を押さえながら呟く翔。それを信じられないといった様子で見つめる一同。

 結局、翔とペストの喧嘩は、前回同様ペストがガチ泣きするまで続いたのだ。

 ゴミ箱に喰われ、地面に埋められ、ゲッダンダンスで追いかけまわされた挙句、ペストの負けでその場は収拾したのだ。

 ペストは涙を流しながら、「覚えてなさいよ!」という三下の敵キャラじみた捨て台詞を吐き捨てて、ジンの右手の指へと戻っていった。

 その直後に疲れていたのか、気を失って倒れた翔を新宿舎まで運び込んで、休ませたのだ。

 

「………なにか、嫌なものを見て頭の中が真っ白になって………くそ、そこからが思い出せない………」

「思い出さなくていいよ」

「そうよ。翔君は十分すぎる活躍をしたとだけ覚えておけばいいのよ」

 

 耀と飛鳥の二人がそのように言う。それでも首を傾げて、必死に昨日の出来事を思い出そうとする翔。でもすぐにどうでもよくなったのか、考えるのをやめた。

 

「………悪い。頭痛が酷いからお前らだけで行ってくれ。それと仮面の騎士に昨日は助かったとも伝えといてくれ」

「うん。わかった。でもその頭痛って、リスポーンでもどうにもならなかったの?」

「無理だった。外傷とかじゃなくて精神的なもんだから、順応するまで休むしかない」

 

 そういって、宿舎の中に戻る翔。

 

「………昨日の荒れ具合は一体何だったのでございましょうか?」

「………さあ。でも、何かを見て怒り狂ったんじゃないかな?頭の中が真っ白になったって言ってるし………」

「………そうかもしれないわね。戦闘中はずっと怒鳴っていたもの」

「………翔さんは今までにないほど頑張ってくれましたから、一日くらい休ませてあげましょうか」

 

 一同がジンの意見に賛同して、フェイス・レスの案内に従って召喚の儀式が行われる場所まで向かった。

 

 

 

 しかしまだ、事は始まったばかりである。

 琴線の弾く音で翔は目を覚ました。

 

「………だーよねー。そう簡単に面倒事が終わるわけないよねー………。あー、逃げたい。これだから本拠に残りたかったのに。一体誰だよ。こんな面倒事を引き寄せる馬鹿は?」

 

 ここに〝ノーネーム〟の誰かが居たら、お前もその一人だと告げていただろう。

 寝て起きたら彼の頭痛も治まり、体調()万全であったが、彼の気分は最悪だった。

 

 

 

『ギフトゲーム〝SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING〟

 

・プレイヤー一覧

 ・獣の帯に巻かれた全ての生命体

 ※ただし獣の帯が消失した場合、無期限でゲームを一時中断する

 

・プレイヤー側敗北条件

 ・なし(死亡も敗北と認めず)

 

・プレイヤー側禁止事項

 ・なし

 

・プレイヤー側ペナルティ条項

 ・ゲームマスターと交戦した全てのプレイヤーは時間制限を設ける。

 ・時間制限は十日毎にリセットされ繰り返される。

 ・ペナルティは〝串刺し刑〟〝磔刑〟〝焚刑〟からランダムに選出。

 ・解除方法はゲームクリア及び中断された際にのみ適用。

 ※プレイヤーの死亡は解除条件に含まず、永続的にペナルティが課される。

 

・ホストマスター側 勝利条件

 ・なし

 

・プレイヤー側 勝利条件

 一、ゲームマスター・〝魔王ドラキュラ〟の殺害。

 二、ゲームマスター・〝レティシア=ドラクレア〟の殺害。

 三、砕かれた星空を集め、獣の帯を玉座に捧げよ。

 四、玉座に正された獣の帯を導に、鎖に繋がれた革命主導者の心臓を撃て。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

 〝       〟印』

 




【物理演算砲】
 本来ならそこまでの勢いはないはずのボーリング用砲台。翔のギフトと相まってスケーターもびっくりな加速力で、文字通り敵を玉砕した。
 今回の総計建設数は一一〇〇機。一回目の襲撃で一〇〇機。二回目で一〇〇〇機。ほぼ自動装填及び自動射出。

【巨人族】
 Q.巨人族に男性の大事なアレがあるの?
 A.きっとある。というかこの小説ではあるんです。そういうことにしておいて下さいお願いします。

【【自主規制】した【放送禁止】】
 ある巨人(ドM変態野郎)のタマを潰した際に、そいつが恍惚として出した白くベタつく何か。翔のブチ切れの原因。二回目の襲撃の最初の物理演算砲の被害者。

【ゴミ箱先輩】
 質量や体積に関係なく相手を捕食する最強の無機物。今回は一〇〇〇個の先輩を外周部に設置。死角はなかった。
「巨人族は食べごたえがあったが、やっぱりスケーターの方が味はいい」byゴミ箱先輩

【恐怖政治】
 金的は怖いよね?男性なら分かるよね?なら、潰される痛みも、想像できるよね?

【ブチ切れ翔君】
 激しい怒りにより自身のギフトを十二全に使いこなす最強のヌケーターと化した翔。
 もしくは妖怪・竪琴置いてけ。
 口調や性格が悪くなり好戦的になる。怒声を撒き散らす上、残虐なこと(金的)などもいとも簡単に行える存在と化す。
 翌日は頭痛が酷く、記憶が混濁している。
 今後出ることは限りなく少ない(あまり考えてない)。
 原因は上記の通り汚物を見せられたから。


 なんで暴走翔君はこんなに強いのって?
 理由としてはギフトの〝物理演算(デバッグ)〟を十二全に使いこなせば、()()()()を自分で設定できる上に操れます。それゆえに鉄球を自由自在に動かすことも出来ますし、敵の攻撃に当たることもありません。頑張れば第一永久機関から第三永久機関も作れますが、暴走翔君状態では作るつもりも余裕も知識もない。平常時の翔に至っては、まずギフトを一~二割ほどしか使いこなせていない上に、その発動もほぼ偶然の産物ゆえに論外。だが、攻撃手段は鉄球かゴミ箱先輩、植物の化身ベニヤ板先輩を操って攻撃する。物理法則を狂わせて殴った方が強そうだけど、手数が多いからこっちの方が効率がいいと()()で分かっている。
 そして、これに〝スケーター(ヌケーター)〟を合わせれば空中での方向転換も可能になり、あり得ない速度での走行も可能となる。
 的な感じですね。

 この暴走翔君ですが、多分今後出ることはないと思います!よってこれで見納めです!というか暴走翔君は、この部分を乗り切るためだけに作りました!だから許してください………次回からはいつもの翔君に戻るので………。

 正直この話はかなり悩んで投稿しました。こんな風にしていいのかな………?とか凄い悩んだ挙句、一度これで投稿して反応を見てみようかなって?思ったんです………。

 気に入らないなどの意見があれば活動報告の方へお願いします。逆に今回だけならこれでもいいよ!という方もお暇があれば教えてください………。作者のモチベーションに直結しますので………。タグには書いてないけど豆腐メンタルなのでお手柔らかにお願いします………。


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第十五話 ヌケーターの起こす奇跡

 翔は琴線の音が聞くと、文句を言いながらも〝アンダーウッド〟外周部へ向かう。

 無論ゴミ箱先輩はそこら中に設置してある。そして、

 

「ちょ、先輩!?今は、今は止めて!?緊急事態!!緊急事態だから!!?なに!?昨日使ったから!?その反動なん!?」

 

 勿論翔も食われる。

 外周部に到着したと同時に、ゴミ箱先輩に吞みこまれる翔。しかし、その周りでは巨龍から産み落とされた魔獣たちも、ゴミ箱先輩の餌食になっている。だがそれでも、殲滅する勢いではない。巨龍から魔獣が次々と産み落とされているため、数が減っているように感じないのだろう。

 翔もそれに気づき、無謀なことを実践する。それは―――

 

「ゴミ箱先輩、大量発生いいいいぃぃぃッ!!!?」

 

 ―――ゴミ箱先輩を無差別に出し続け、地面を覆いつくすというものだ。

 こうすれば魔獣を発生させられても、発生と同時にゴミ箱先輩がどうにかしてくれる、はずだ。

 自身が食われながらもゴミ箱先輩を発生させる翔。

 ゴミ箱先輩は〝アンダーウッド〟の外周部から外に向かって津波のように、巨人族や魔獣を飲み込んで押し流していく。

 

「って、当然のように俺も流されるよねええええぇぇぇッ!!?」

 

 ………翔も外周部から平野へと向けて流されていく。

 だが、彼の犠牲のおかげで都市を襲っていた魔獣を殲滅することに成功する。

 都市内部に入り込んだ魔獣は最初に設置したゴミ箱先輩が対処してくれるだろう。

 

「これ、何処まで流されんのおおおおおぉぉぉぉ!!!?!?」

 

 そんなことを叫んでいると、目の前に巨人族の大群が見えてくる。いつの間にか東南の平野まで流されてきていたようだ。

 まだ遠目でしか確認できていないが、巨人族と戦っている幻獣達と()()()()()()()が見える。それだけで翔は察した。あそこに誰がいるのかを。だがまあ、

 

「全員そこから逃げてええええええぇぇぇぇぇ!!!!!!?」

 

 今の彼には避難を呼びかけることしかできない。

 彼のギフト、〝宿敵との共演(ゴミ箱先輩チーッス!)〟が暴発したようで、現在抑えが利かないのだ。

 その声に気が付いた十六夜は翔の方へと顔を向ける。そして、迫りくるゴミ箱先輩の波に目が釘付けになる。

 

「………………………………は?」

 

 十六夜の呆けた声が僅かに聞こえた。

 つい先ほど、士気も回復し混乱も治まったばかりだというのに、新たな混乱の種が向こうから迫ってきているのだから、そのような声が出てもおかしくはないだろう。

 

「翔、お前ッ!なんてことしてんだよ!?」

「ちょっと数が多くて殲滅しようとしたら、先輩が暴走した!!だからそこら辺の幻獣に乗って逃げてええええええぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 珍しく焦る十六夜。その間にも迫りくるゴミ箱の波。幻獣達はゴミ箱先輩を二度の襲撃で知っているために即座に回避行動をとる。

 十六夜は傍にいたグリーが乗せてくれたようで、寸前で離脱に成功する。

 だが、巨人族はゴミ箱先輩が何かを知らない。そのため、正面から受けとめる、もしくは迎撃しようとする。

 

 でも、無意味だ。

 

 巨人族の稲妻も、怪力も、鎖も、何もかもが通用しない。

 

 だって、無機物だもの。

 

 抵抗虚しく、白い津波に吞み込まれる巨人族の大軍。

 

 そしてすべてが吞み込まれ、ようやく解放される翔。

 

「ゼエ………ハア………ハア………ふぅ………恐ろしい体験だった………。もう、こんな無謀なことはやらないようにしよう………」

 

 また一つ、ゴミ箱先輩の恐怖を心に植え付けられた翔であった。

 その後は何事もなくリスポーンで外周部に生還することに成功した。

 

「ほ、本当に酷い目に遭った………。自業自得とはいえ、あれほどの恐怖体験をするなんて………」

 

 地面に手をつき、体の震えを止めようとする。が、直後。

 

「〝審判権限〟の発動が受理されました!只今から〝SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING〟は一時休戦し、審議決議を執り行います!プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください!繰り返し―――」

 

「―――――GYEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaEEEEEEEEEEYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaa!!!」

 

「………はあ?」

 

 そんな声が、()()()()()翔の口から漏れた。

 急降下してきた巨龍が、100m頭上を通過した際の暴風で巻き上げられたのだ。

 〝アンダーウッド〟で戦っていた十六夜も、飛鳥も、ジンも、ペストも、巨人も、魔獣も、敵味方の区分なく、あらゆる者を空へと巻き込んで吹き飛ばす。

 しかし翔はその中でも、より高く吹き飛ばされていた。それこそ、ともに吹き飛ばされた者全員を把握できるほどに。

 だが、それは彼にとっては()()()であった。

 

「チッ………!〝アンダーウッド〟の同士と十六夜達………!巨人と魔獣は除外………!許可した者達を〝混沌世界(パーク)〟へ………!!」

 

 そう宣言すると、彼が()()()()()()()にいた〝アンダーウッド〟の同士達と十六夜達の姿が消え失せる。

 それを確認した翔は安堵して、自身も〝混沌世界(パーク)〟へと入る。………移動し損ねた者達がいるとは露知らずに。

 中へ入った翔は、何が起きたのか分かっていない〝アンダーウッド〟の同士達と十六夜達が視界に入る。

 

「………ここは、一体………」

「俺のパークの中だ。全員無事そうでよかった」

 

 誰かが漏らした呟きに、翔が応える。

 

「とりあえず、これから地上に戻ってからお前らを解放する。解放後、負傷者には手を貸してやれ!俺への文句や質問は一切受け付けない!以上!というわけで暫くの間お待ちくださーい!」

 

 口早にそういって、再び姿を消した翔。

 

「………アイツ、こんな器用なことも出来たんだな。巨人族と魔獣は一切入り込んでない」

「………なんだか、過小評価し過ぎていたのかしら?」

「………いや、どっちにしろ何かしらミスとか馬鹿とかやらかすし、妥当な評価じゃないか?そのせいで俺もさっき冷や汗かいたしな」

「………それもそうね」

 

 本人のいないところで散々な言いようである。

 

 

 

 

 

 

 

 その後地上に墜落し、リスポーンした翔は〝混沌世界(パーク)〟内にいた者達を解放した。

 

「翔殿。貴方のおかげで多くの同士が助かった。感謝する」

「それでも何人も移動し損ねたから、そういう風に感謝されるのも複雑な気持ちになるんだが………」

 

 地上へ生還後、メンバーの確認をしたところ、耀を含めた何名かの行方が分からなくなっていた。どうやら魔獣や巨人族の影に隠れて、翔が視認できていなかったのだろう。

 今、十六夜と飛鳥が黒ウサギと合流するために治療所へと足を運んでいる。念のために耀がいるかどうかも確認してもらっている。

 

「組織の要人も行方不明となるとなぁ………。あっ、そういやジャックとかはどうした?」

「うん?………そういえば、見ていないな」

「………んー?なら行方不明者と一緒にラ○ュタ………もとい空の古城にいるのかね?」

「………確認に行けたりはするか?」

 

 サラが翔に尋ねる。だが、彼女はすぐに首を振って自分でその質問を否定する。

 

「なんて、無理に決まっ―――」

「距離がなぁ。とりあえずやってみて、もし行けたら誰々がいるか確認してみるかぁ………いやでも、ジャックもいるかもしんないし、最悪な事態にはならんだろうからここで罠を張ってた方が有意義か………?」

「………できるのか?」

「成功率は低いけどなー」

 

 状況的に笑えねー、といって地面に寝転がる翔。

 

「………やれるだけやってみてはくれないか?無茶な頼みだとは思うが………」

「ちょっと待って。色々考えて頭ン中こんがらがってる」

 

 頭を抱えて、あーでもないこーでもない、と唸っている翔。

 そしてしばらくして、よし!と意気込んで立ち上がる。

 

「とりあえず行ってみるわ。行けなかったら戻ってくるけど、そん時は許してくれ」

「………感謝する」

「それはゲームクリアしてから改めて受け取らせてくれ。とはいえ、俺はこういう防衛戦なら得意だったんだがな」

「そうなのか?」

「ギフト的にな。あんま先陣きっていくのに向いてないんだよ。待ち伏せとか罠なら得意だから、待ちの体勢を取るこういう状況が一番力を発揮できる。とはいえ俺も耀が心配だから行くんだが」

 

 勿論いろいろ(ゴミ箱先輩や物理演算砲を)仕込んでから行くが。

 心の中でそんな言葉を付け足す翔。そうして〝アンダーウッド〟の外へと向かっていく翔。

 そして彼は、最強の無機物(ゴミ箱先輩)最恐(男性にとって)残虐兵器(物理演算砲)を其処彼処に仕掛け、〝アンダーウッド〟を強固な要塞と化したのであった。

 ちなみに、地上に散乱していたゴミ箱先輩は翔が責任をもってしっかり回収しました。

 

 

 

 

 

 

 

 ———〝アンダーウッド〟上空。吸血鬼の古城・城下街。

 一夜明けて、城下街に連れ去られていた者達も一息つくことにした。上空ということでやや風が強く肌寒いが、強風を凌げる程度には廃屋も使える。

 最初は水と食料に不安のある耀だったが、その問題は早々に解決した。

 ガロロとジャックがギフトカードに水樹の幹と乾燥食材を常備していたからだ。

 魔王とゲームの備えとして持久戦を考慮して常備しているそうだ。ガロロからそのことを教えられる耀。

 ギフトカードの利便性を改めて理解し、ガロロが用意した羊の干し肉を焼いた料理や、ドライフルーツなどの保存食を口に運んで噛みしめる耀。………決して不味くはないが、美味しいとは言えない。安物のカップラーメンよりはマシ、という程度だ。耀は不意に、本拠の食事を思い出して切なくなった。

 

「………リリや翔の作るご飯が恋しい」

「ん?呼んだ?」

 

 そんな声が耀の背後からかけられる。彼女は反射的に裏拳を繰り出した。

 

 メキャ!

 

 何かがへし折れる音がその場に響いた。その直後に誰かが地面へと倒れる音も響く。

 理不尽な攻撃(裏拳)を受けた人物が地面に転がりながら叫ぶ。

 

「痛ってぇ!?なんで!?なんで声かけただけで膝を砕かれなきゃいかんの!?」

「あ、翔。翔もここに来てたの?」

「いやそれよりも先に膝!!膝についてなんか言う事ないの!?」

 

 翔がありえない方向に向いた膝を指さしながら尋ねる。

 それに小首を傾げながら、

 

「………?何もおかしくないよ?」

「え、えぇー………?」

 

 さも当然とでもいうように普通に告げる耀。ありえないといったような表情を浮かべる翔。まあ、いつもは全身捻じれているから、膝だけだと特に変に感じないのだろう。

 膝がおかしくなっている翔を心配してガロロが声をかける。

 

「お、おい。アンタ大丈夫なのか?」

「あー平気平気。リスポーンすれば全部治るし………」

 

 そういって、その場にリスポーンする翔。

 ガロロが目を見開いて驚きを顕にする。初めて間近で目にすれば大抵はこんな反応だろう。

 

「そんなことよりご飯頂戴」

「おいおい、そんないつも料理を持ち歩いてるわけ―――」

「ほら、耀の分」

 

 ドンッ、と直径70㎝で深さ120㎝ほどの鍋が置かれる。

 

「―――あるのかよ」

「此処に登ってくる前に大量に作ってきたからな。他の参加者の分もあるが、どうする?勿論地上に避難させることも出来るが」

「………登ってきただと?」

「おう。耀や組織の要人もいるみたいだったし、俺なら何かあっても問題はないしな」

 

 ガロロの方を見ながら説明する翔。

 

「それで?どうするんだ?」

「なら先に避難を頼みたい。だが、方法は安全なんだろうな?」

「120%安全だ。でも、最低でも耀とガロロとジャックはゲームクリアの為に此処に残ってもらいたいんだが………構わないか?いやむしろ、そうしてくれないと困るんだが………」

 

 困ったような表情で提案する翔。それに苦笑しながらも答える一同。

 

「別にいいよ。ゲームをクリアする鍵があるかもしれないし」

「俺も構わないぜ」

「私も構いませんよ」

 

 三人は快く承諾してくれた。ホッと胸を撫で下ろす翔。逆にアーシャは不満そうな顔をしている。

 

「………私はいらないってのかよ?」

「うん。いらない」

「アンタ、ブッ殺すぞ!?」

「お?やってみろよ、放火殺人犯のアーシャちゃん?今以上に罪状を増やすのかい?」

「それまだ引っ張るのかよ!?もういいだろ!?」

「いーや、引っ張るね!末代までにお前への嫌がらせを強要するぐらいに引っ張るね!」

「鬼か!?悪魔か!?」

「失敬な。俺はスケーターだ。むしろ悪魔はお前のコミュニティのリーダーだろ?」

「あぁー!!?そうだったー!!!」

 

 頭を掻きむしって苛立ちを表にするアーシャ。そんな中、翔に声がかけられる。樹霊の少女、キリノだ。

 

「あ、あの!私たちも協力させてください!」

「ん?もちろんそのつもりだけど?」

 

 え?と全員が首を傾げる。翔はここに居る参加者たちを見回す。

 

「非戦闘員の避難はゲーム再開後だ。それまではちゃんと此処に料理を運んでくる。他に必要な物があれば教えて欲しい。だが、今は〝審判権限〟が発動してるから、古城の中に居れば比較的安全だ。その間にこの辺りを探索して、ゲームのヒントなり何なりを見つけたいと考えている。こんだけいれば、そこそこ調べられるだろう」

「………うん。そうだね」

「今のうちに探す物の目途を付けといてくれ。謎解きはてんで駄目なんでな。その間に俺は、一旦下に戻って此処の状況を伝えてくる」

「うん。ありがとう」

「どういたしまして。そんじゃ、頑張ってな。あ、他の奴らにゴミ箱には触らないように伝えといてくれ」

「………また置いたの?」

「そこら中にな。ゲーム再開後でもよかったが、念のためにな。戦力的には申し分ないだろ?」

 

 ケラケラ笑いながら答える翔。その返答に呆れた表情をする耀。

 その後、スケボーに乗って空中の古城を後にする翔。

 彼がいなくなった城下街で耀は、自身が用意した解答が正しいか検証するために、一同に質問し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ———〝アンダーウッド〟収穫祭本陣営。連盟会議場。

 そこには今、七名の人物がいた。

 〝一本角〟の頭首にして〝龍角を持つ鷲獅子〟連盟の代表・サラ=ドルトレイク。

 〝六本傷〟の頭首代行・キャロロ=ガンダック。

 〝ウィル・オ・ウィスプ〟の参謀代行・フェイス・レス。

 〝ノーネーム〟のリーダー・ジン=ラッセルと逆廻十六夜、久遠飛鳥。

 そして進行役の黒ウサギだ。

 其処へもう一人会議場へ入って来る人影が見えてくる。

 

「板乗翔、ただいま空中の古城より帰還しましたー」

「ちょうどよかった。攫われてしまった者達の安否を気にしていたところだ。話してくれ」

「………待て。翔、お前古城に行っていたのか?」

 

 十六夜が質問を投げかける。それに首を傾げながらサラに尋ね返す翔。

 

「行っていたが、サラは伝えてなかったのか?」

「あ、ああ。てっきり翔殿が伝えていると………」

「………あちゃー?悪い。俺らの不手際だ。古城にいる連中の料理とか作ったりで忙しくて、伝えてなかったわ」

 

 頭を掻きながら謝る翔。

 

「その代わり、攫われた人達の無事は確認してきたから許してくれ。耀もガロロとやらも無事だった。傍にはジャックもいたし、外縁部によらなければ、〝審判権限〟での休戦期間中は問題ないと思う」

「そうか………それはよかった」

「次にレティシアの居場所だが………残念ながらまだ、はっきりとは調べきれていない」

 

 物凄く悔しそうな表情をしながら報告する翔。それを見て、飛鳥が不思議そうに尋ねる。

 

「あら?どうしてかしら?」

「………ローブ姿の奴の声と他に二人の声と、未確認だが人か獣か分からない声を出すのが一体の、計三人と一体の存在を認識できた」

『ッ!?』

「これから戻って、もう一度調べ直すが、少なくともローブの奴ともう一人、少女だと思われる奴がこちらに攻めてくるというのが話の内容から確認できている。残りの一人と一体は古城に残るというのも確認済み。それと耀の〝生命の目録〟も狙っていることも断片的に聞き取れた。敵のギフトは不明。〝バロールの死眼〟はローブが所持。おそらくこいつらが会話をしていた場所に、レティシアがいると予測する。それと、古城には自動防衛機能が存在していると思う。俺も何度か訳も分からずにリスポーンさせられた。休戦期間は関係ないようだからギフトだとは思う。近づく際には細心の注意を払ってくれ。十六夜も武器か何かが欲しいなら言ってくれ。店の代金でもらったギフトに何かあるかもしれない。あと………」

「………続けてくれ」

 

 翔が言いづらそうに口をつぐむが、サラが続きを促す。

 

「ローブを含む三人と一体は主催者じゃないから、いつでも攻めてこられる。奴らの作戦のタイミングとしては敵の主力が分散される時、だそうだ。その時は巨人族を率いて襲撃に来る。勿論〝バロールの死眼〟も持ってな。その他の情報は微々たるもので今は気にする必要がないものばかりだ」

「………よく、そこまで調べられたな?」

 

 そう十六夜が尋ねると、翔は不敵に笑う。

 

「壁に耳あり、障子に目あり、地中にスケーターあり。これぐらいの盗み聞きは容易いよ。ただ目が利かないから、そこら辺は勘弁な?でもまあ、バレなくてよかったぜ。もしも荒ぶったりしたら一巻の終わりだったぜ!まあこの話を聞いたのは本当に偶然なんだけどなッ!古城に衝突して地面の中だと思ったら、偶々この話が聞こえてきただけなんだよねッ!!それにしても不用心すぎるよなッ!!地中に誰かいるかもとか想定してないなんて、甘すぎるぜッ!!」

 

 誰が想定するかよ。全員の心が一致した。

 ゲラゲラと笑って報告を終える翔。なんとなく察しがついていた〝ノーネーム〟メンバーは溜息を吐く。

 彼は【ロケット】で古城まで飛んでいくと真下から突き刺さった。しかし、勢いは止まらずに城の玉座の床に出る一歩手前で停止したのだ。そこで偶々、今の話を盗み聞きしたのだ。聞き終わった翔はその後、地中を落下するようにすり抜けて、城を出て耀達と合流したのだ。

 

「じゃあ、俺はこれからまた古城に戻って、耀のサポートをしてくるついでに情報を集めてみる。が、〝生命の目録〟が狙われているのを伝えるか?隠しといて動揺させずに済ませるか?」

「隠しとけ。いざとなれば翔、お前がどうにかしろ」

 

 十六夜が応える。それに困ったような表情、かつ唖然とした表情で返答する翔。

 

「む、無茶言うなよー。俺にそこまでできる術がねえよ………匿うことや敵を閉じ込めることが出来ても、一時しのぎだぜ?」

「やれ。せめて俺が行くまではどうにかしろ」

 

 十六夜が真剣な目で翔を見据える。その目に怖気づき、ため息を溢しながらも頷く翔。

 

「………わかった………期待はしないでくれ………。それと防衛機能についても、どの程度の強さなのかとかを調べてみる。明日中には映像付きで報告出来ると思う………」

 

 そして、肩を落としながらその場から姿を消す翔。きっとリスポーンして古城に戻ったのだろう。

 

「………さて、偶然とはいえ翔が持ってきた情報を参考にして、もう少し話し合うか」

 

 十六夜の言葉にうなずき、もう少しだけ会議を続けた一同であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ———吸血鬼の古城・城下街。

 十六夜達に報告し、古城に戻って耀達と合流した翔。

 

「………で、謎は解けそうか?」

「うん。これからの探索次第だけど、何とかなりそう」

「そうか………それなら俺は少し外れてもいいか?」

「………?うん。別にいいけど………なにかあるの?」

「ちょっとな………一応皆に、外縁部には近づかないように言っておいてくれ」

「……?わかった」

 

 耀にそれだけ告げて、件の外縁部に向かう翔。

 

「はぁー………とはいえ、何を基準に強さを判定するか………?」

 

 悩みながらも、順調に歩みを進めていく。数分してようやく外縁部に到着し、そこからはゆったりとした歩調へ変えて周回し始める。古城の防衛機能の機動域を調べるためだ。一歩一歩ゆっくりと慎重に進める。

 

「まあ、流れに任せてその時その時に対応すれば―――」

 

 瞬間、翔の視界がブラックアウトする。

 

「―――いい、か?」

「あれ、翔?何か忘れ物でもしたの?」

「………耀?はっ?嘘だろ?」

「むっ………翔にそんなことを言われる筋合いは―――」

「ああ、いや。そういう意味合いで言ってないし、まず耀に向けて言った言葉じゃないから」

 

 はぁー、マジかぁー?と頭を抱える翔。それを見て首を傾げる耀。

 

「………しゃーない。何回かチャレンジするか………耀は探索、頑張ってな」

「うん。翔も何か知らないけど、頑張って」

 

 ありえねぇー、と呟きながら去っていく翔。同じ轍を踏まないように、外縁部手前でマーカーを設置しておく。

 

「………よし!今度こそ!」

 

 今度は、スケボーに乗って素早く移動をする。

 再び、ブラックアウト。しかし、視界が黒くなる前に一瞬だけ、黒いレティシアのような姿が見えた。だが、攻撃手段は不明。

 それでも諦めずに、防衛ギフトの攻撃手段を確かめようと挑戦する。

 

 

 殺された。リスポーンする。

 

 

 殺された。リスポーンする。

 

 

 殺された。リスポーンする。

 

 

 

 

 

 

 ………殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて、リスポーンして、殺されて…………………リスポーンした。

 

 

 

 

 

 

 果たして何回繰り返しただろうか。翔本人ですら記録を取っていないから覚えていない。だが、確実にゴミ箱先輩への諸々の試行回数合計よりは圧倒的に少ないだろう。多く見積もっても1000には届かない程度だ。

 だが、ようやく見えた。攻撃手段が見えたのだ。途中からはもう反射のようになっていた。彼女から長槍を投げられる前から、道筋が見えているかのように避けることが出来た。

 しかしその結果、最初は有頂天になって、その隙に正体不明の攻撃に意識を沈められた。そこからは試行回数の積み重ねである。彼女から決して目を離さない。それだけを心掛けた。

 だからこそ、見えた。影から生み出される、無尽蔵の武具が。あれこそが、あの影こそが、彼女の最大の武器であると。

 理解した翔はすぐにリスポーンして、その場から離脱した。

 

「………はぁー………もう、朝、かぁ………つらッ!無理ゲー!よく避けた俺ッ!!………………はぁ………ほんと、疲れるわー………」

 

 出現と同時に地面に寝転ぶ翔。でも、ようやく終わった。終われるのだ。残るは報告のみ。

 

「後はここを抜け出して、十六夜に報告するだけだな」

 

 そういって、地面に吸い込まれるように落下していく。あの防衛ギフト。古城の真下だけは範囲外のようで、安全に落下できるのだ。

 スケボーに乗って、上空4000mほどから落下し続ける。無論、あの防衛ギフトから意識は外していない。だが、離れていくものには無反応のようだ。

 そのことにホッとしながらも、警戒しておく。

 しかし警戒虚しく、その後は何事もなく地上に辿り着いた。

 




【ゴミ箱先輩大量発生】
 ゴミ箱先輩の大津波。翔のトラウマとなる。
 ぶっちゃけ、想像しながら書いてたら鳥肌立った。

混沌世界(パーク)
 視認可能な範囲にいるものを移動させられる。移動は翔の一存で決められる。入るのも出るのも翔の一存。視認範囲というのは、視界ジャックでも可能。だが本人は知らない。

【ロケット】
 建物に埋まって自殺コマンドをすると吹っ飛ぶ奴。ギフトで強化されて4000mくらい簡単に飛べるようになったスケボー(ヌケボー)テクニック。

【床の下の翔】
 私、板乗翔。今あなたの足下にいるの♪
 動けないけど、音は拾える高性能盗聴器モドキ。
 偶然の結果。思いのほかロケットが勢い出過ぎて、玉座一歩手前で停止。偶々聞いちゃった。
 そもそも床の中を確認しない彼らが悪い!
 奇跡その一。

【防衛ギフト偵察】
 死にゲー&覚えゲー。ただし攻撃は全てランダム。いきなりラスボス。速度があって、距離がない。心折設計。………あれ?これ無理ゲーじゃね?
 おかげで翔の動体視力が50上がって、反応速度が20上がり、精神疲労が1000増えた。
 奇跡その二。


翔 「嘘………?私の死亡数、多すぎ………?」
作者「そうだね。一話の中でこんなに死んだのは、これが初めてだね。書いてはいないけど、登るときにも死んでるし。でもゴミ箱先輩の実験でもっと死んでるから」
ペスト「ハッ!いい様ね!」
翔 「お?やんのか?高く買ってやんぞ?」
ペスト「上等よ。やれるもんならやってみなさいよ」
翔・ペスト
「「………」」
翔 「テメエ!本編に出ろや!!叩きのめしてやんよ!!?」
ペスト「その言葉、そっくりそのまま返すわ!!次回を楽しみにしてなさいよ!!?」
作者「え?君らに次回の内容を決められる筋合いは―――」
翔・ペスト
「「作者も分かったッ!?」」
作者「………ウッス」


 案外〝アンダーウッド〟のあたりの話が難しい。

 それとヒロインについてなんですが、今のところ特に考えてないです。最初に、「ヌケーターにヒロイン?………無いな」と思って書き始めた作品なもので。何より戦闘描写よりも恋愛描写が苦手というのもあり、あまり書かないようにしています。
 ですが、一応、活動報告の方にヒロインアンケートモドキでも置いておきます。選択肢にヒロイン無しもあるので、よろしければ覗いてみてください。


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第十六話 残念諜報員、その名は板乗翔!

 ヒロインアンケート継続中です。中間結果があとがきにあります。おそらく次の次の投稿で締め切りです。


 地上に何事もなく帰還した翔。これから十六夜に、あの防衛ギフトとの対戦映像を見せに行こうと考えている翔。しかし、樹の中を歩いていると突然の揺れでバランスを崩し、地面に手を突いてしまう。

 

「………なんぞや?巨人族ってわけでもなさそうだし………?下から、なのか?」

 

 不審に思って下を目指し始める翔。入り組んだ道でかなり迷ったが、なんとか揺れの原因に辿り着く。そこには、

 

「―――アレでよくも私のゲームを生き残れたものね。逆に感心したわ」

 

 ジン、ペスト、黒ウサギ、サラ、そして水に濡れた飛鳥と彼女のギフトである紅い鉄人形のディーンがいた。

 悠然とした笑みと皮肉を飛鳥に向けるペストを見て、翔が尋ねる。

 

「………一体、何をしていたんだ?」

「あ、翔さん。実は―――」

「死になさいッ!!」

「はぁ!?ちょっ!?今はマジで勘弁してッ!!?」

 

 ジンが説明しようとした途端、ペストが翔に向かって黒い風を殺害宣言と共に飛ばす。しかし翔はさすがに古城にマーカーを置いている状態で、死にたくはないため必死で避ける。

 

「あら?いつもの威勢はどうしたのかしら?」

「俺は此処にマーカー置けねえんだよッ!!今ここで死んだら空中の古城からリスタートなんだよッ!!?また報告しに戻ってくんのクソ大変なんだぞ!?」

「それはいいことを聞いたわ」

 

 それを聞いたペストは翔に笑いかけると、一層激しく黒い風を発生させて彼を追い立てる。

 

「テメッ!?いつかやり返してやるからなッ!?」

「あらそう?ならその時を楽しみにしてるわ♪」

 

 必死に逃げ惑う翔をみて、皮肉そうに笑うペスト。だが、追い込まれているはずの翔が、不敵に笑った。

 

「なーんてな♪後ろだバーカ♪」

「「「「あっ」」」」

「え?」

 

 

 ムシャリ。

 

 

 楽しそうに言った翔の言葉のすぐ後に、咀嚼音が響く。

 背後からゴミ箱先輩に食べられたペストは、クルクルと宙を舞って大河に落ちる。しかし、激流には流されずにその場に留まってプカプカと浮いている。

 何とかゴミ箱先輩の口から這い出てきたペストは顔を俯かせながら、水を滴らせながらも額に青筋を立てて怒りを顕にしている。

 そんな彼女を指さし、

 

「ザマァ!マジ草生えるわw!」

 

 全力で嘲笑する翔。

 

「………死ねこの変態ッ!!」

 

 もはや揶揄う余裕もなく、殺意のみのペストの無慈悲な攻撃が翔に襲い掛か、ろうとしたその時。

 

「手が滑ったあああああああああああああッ!!!」

「えっ!?ちょっ!?水は、水だけはらめえええええええええええええッッッ!!?」

 

 バシャァァァァン!!!とペストとジンに十六夜が全力で水をぶっかけた。だが、翔は間一髪で何とか避けることに成功する。そのことに安堵して腕で額の汗を拭っていた。

 十六夜はついでに黒ウサギにもぶっかけた。

 

「って何でですかああああああああ!!?」

 

 下方からぶっ飛んでくるバケツ一杯分の水弾。それを辛うじて避ける黒ウサギ。どうやら弄り倒されてきた経験が生きたらしく、危険に対する感度が上がってきたようだ。

 ふふん、と冷や汗を流しながら自慢げに見下ろす黒ウサギ。

 そんな彼女のいる主賓室、というよりは黒ウサギの隣を見て、苦笑している翔の姿が黒ウサギの目に入った。

 彼女の隣には全身びしょ濡れで立ち尽くしているサラがいた。

 対して、至近距離で水を浴びたジンとペストは、あまりの水の勢いで後方三mほどぶっ飛んでいた。

 この二人はこの二人で、まさか勝者が水をぶっかけられるとは思わなかったのだろう。ペストは憤怒の視線を一割を十六夜に、九割を翔に向けながらユラリと立ち上がる。

 

「………何のつも」

「手が滑ったから仕方がないな!」

 

 ビシッ!と有無を言わさぬ笑顔で親指を立てる十六夜。

 しかしその目が笑っていない。ジンは笑顔のまま真正面から睨まれて思わず竦んだ。

 やりすぎだ、と目で訴えているのだろう。

 そんな有無を言わさぬ十六夜の気迫を受け、拗ねるように頬を膨らませてそっぽを向くペスト。その隙を突いた十六夜はガシッ!と二人を拉致。

 

「ちょ、ちょっと貴方………!?」

「手が滑ったからには仕方がないな!俺が責任をもって風呂まで運んでやるぞ!」

「ふ、………!?」

 

 サァと血の気が引いたように頬を引きつらせるペスト。その光景を見て腹を抱えて地面を笑い転げる翔。

 二人を運び始める十六夜はその際、一連のやり取りをポカンと眺めていた飛鳥に視線を移す。

 

「………おい、お嬢様」

「な、何よ」

「何よも何も、そのまま全身濡れたままじゃ風邪を引くことはきっと間違いないからとりあえず風呂場まで直行するが異論は認めない方向なんでとりあえず同じように担ぎ上げるけど文句いうなよ分かったらしいなよし、翔も行くぞ!」

「あ、あいよー………ヒー、腹、腹が痛いッ………」

 

 え?え?と飛鳥が混乱して首を傾げている間に担ぎ上げる十六夜。

 お子様二人と飛鳥を拉致した十六夜は、ズカズカと大股で大空洞を去っていく。それに腹を押さえながら追随する翔。

 主賓室で一部始終を見届けた黒ウサギとサラは呆気にとられながらもその奇行を見送る。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝アンダーウッド〟葉翠の間・大浴場。

 飛鳥とペストを風呂に入るように説得?した十六夜は、ジンと共に風呂に入っていた。

 

「翔、お前は入んなくていいのか?」

「報告途中で死んでも俺がめんどいだけだし、お前も嫌だろうに………」

 

 呆れた表情で湯船に浸かる十六夜に声をかける。

 翔は今、服を着たままだが、足だけは裸足になりズボンの裾を多少捲り上げて湯殿に入っていた。十六夜に防衛ギフトの報告をするためだが、水が駄目なので湯船には浸からず出入り口の傍に立ちながら話す。

 

「それで、どうだったんだ?」

「………古城に来るならお前一人で来るのがベストだと思う。幻獣も使い捨てか、死ぬ覚悟か根性のある奴、あとは速度に自信のある奴にしといた方がいい。武器かなんかが欲しいならサラにでも言ってくれ」

「………そんなにか?」

 

 十六夜が驚いた表情で聞いてくる。翔は溜息を吐きながらも防水用にビニールに包んだビデオカメラを投げ渡す。十六夜はカメラを受け取ると、すぐに中の映像を確認し始める。

 

「詳しくは映像を見てくれ。さすがに口で説明するのは難しい。でも、十六夜や黒ウサギレベルじゃないと歯が立たないと俺は踏んでる。仮面の騎士やジャックでも可能かもしれないが、片や古城に、片や地上で巨人族が攻めてきた際の戦力だからな」

「………全部一瞬しか映っていないんだが?」

 

 十六夜が最初の方にある映像を視て呟く。翔はそれを聞くと、思い出したように補足する。

 

「あ、最初の二百くらいは早送りとかで飛ばして?俺のdieジェストだから。初見殺しにも程があったんだ………。長めの映像を撮るのに苦労した………」

「………何回死んだんだ?」

「俺も把握してない。暇なら数えてくんね?正直自分のdieジェストを見ようとは思えなくてな?いや、それでも『ゴミ箱先輩による一週間ぶっ続けリスキルの刑』よりは精神的に楽だったんだけどさ?さすがにあの時は一ヵ月は家に引き籠ったからな~………アレは怖かった………何も見えない、感じない、真っ暗な空間で、そんで気が付いたら死んで、リスポーンしたらまた喰われる。あれはもうやられたくないな………」

 

 哀愁漂う雰囲気で語る翔。

 そんな翔の言葉を聞いているのか聞いていないのか分からないが、真剣な表情で食い入るようにビデオカメラの映像を視ている十六夜。

 

「この、たまに映る木材っぽいのはなんだ?レティシアもどきの攻撃を完璧に防いでいるが」

 

 十六夜は映像にある木材のように木目のある板が気になったようだ。それを不思議そうな顔をして答える翔。

 

「何って、ベニヤ板先輩だろうが」

「………………………は?」

 

 十六夜の呆けた声が湯殿に響く。彼はベニヤ板先輩の存在を知らなかったのだろう。

 その反応を見た翔は、ならば説明してやろうと口を開く。

 

「『は?』ってベニヤ板先輩だよ。燃えず、壊れず、折れず、(しな)らず、割れず、貫かれずという性質を持った最強の(木材)のことだ。俺は先輩を盾にしてそのレティシアもどきの攻撃を防ぎ、時間を稼いでその映像を撮影したんだ。あの方がいなければ即死だった………」

「………………」

 

 十六夜は翔の話を聞き流すことにした。

 

「もし来るなら気を付けろ。どれぐらいの距離で迎撃態勢になるのかはさすがに測れてないからな」

「………ああ。わかった。これは借りてもいいか?」

「別にいいぞ。脱衣所に置いておくから渡してくれ」

 

 十六夜からビデオカメラを受け取って、脱衣所の服の上に置く翔。

 

「それじゃあ俺は古城に戻るわ」

「気を付けろよ」

「………………………そんな言葉がお前の口から聞けたことが驚きだよ」

 

 目を見開いて驚きながら返答する翔。言い終わるとリスポーンして消える。

 

「………アイツ、気を抜いても抜かなくても盛大に失敗するときがあるからな。いい方向に転ぶこともあるが」

「あははは、はは…………」

 

 ジンの渇いた笑いが湯殿に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝アンダーウッド〟上空。吸血鬼の古城・黄道の玉座。

 玉座の間に続く階段の踊り場に陣取っていた、黒いローブを纏った女性―――アウラと呼ばれた女性は、水晶球で覗き見た地上の動きを察して呟いた。

 

「………殿下。〝アンダーウッド〟が動きました」

「そうか。そろそろ頃合いだと思っていた。迎え撃つ準備はできてるか?」

「勿論ですわ。城下街には吸血鬼の屍骸に冬獣夏草を散布してあります。苗床が良いですし、今頃は全区画を埋め尽くしているでしょう」

 

 口元を押さえ、クスクスと笑うアウラ。殿下も頷いて返す。でも残念ながら、城下街に蔓延っていた冬獣夏草は全て、すでにゴミ箱先輩が美味しく頂いてしまっている。

 二人の後ろに控えていたリンは、殿下の白髪を三つ編みに編みつつ、意外そうな声を上げた。

 

「そっかー。私は参加者側がもっと時間をかけると思ってたなー」

「うん?何でだ?」

「だって休戦期間は一週間もあるんだよ?まだ三日だし、焦るような時間でもないと思うな。ましてや翼を痛めた幻獣もいっぱいいるみたいだし。私ならギリギリまで治療に専念して………うん。五日目ぐらいに、総力が調った状態で敵城探索に乗り出します」

 

 リンの進言に、ふと考え込む殿下とアウラ。

 確信とまではいかないが、一考する価値はあると判断したのだろう。

 

「………そうですね。リンの言う事も一理あるわ。使い魔に確認したところ、攻略部隊はたった一人のようですし」

「………なに?」

 

 この古城に攻め入るのはたった一人。昨日の翔の助言に従い、攻略部隊は十六夜一人とその騎獣だけに編成し直したようだ。

 その事実に驚く殿下。

 

「なぜだ?何が目的で一人で古城に?」

「………古城の防衛ギフトを警戒しているのでは?」

「そうだとしても、どうやってその存在を知った?近づかなければその存在は分からないだろう」

 

 殿下が疑問を口にする。それに対してリンが指を顎に当てながら、自身の考えを述べる。

 

「………優秀な斥候でもいたのかな?」

「………そうだとしても、あの防衛ギフトを偵察して、尚且つ逃げ切るのは至難の業だと思うが?それ以前に古城に近付く事すら困難だろう」

「じゃあ、このゲームを知ってるような古参がいた?」

「それもないだろう。このゲームを知っている者となると、それこそ白夜叉やクイーン・ハロウィンとかの大物に限られる。そいつらも他所の地域の魔王の対応で手いっぱいだろう」

「………んー?じゃあ、なんでだろう?………やっぱり防衛ギフトで無駄な犠牲を出したくないからだと思うけど、それだとどうやって知ったのか、ってなるよね?」

「………一人だけ、斥候が可能な人物に心当たりが」

 

 アウラが声を上げる。その声に反応して三人は耳を傾ける。

 

「それは誰だ?」

「例の〝名無し〟の一人で、噂では死んでも蘇るそうです。それならば防衛ギフトの偵察も可能ではないかと」

「あー………アウラさんが追いかけまわされたっていう………」

「はい………巨人族の、その、アレを潰すという攻撃の恐怖で支配した人物です………」

 

 アウラが言葉を濁しながら説明する。

 だがその瞬間、どこかから人の声らしきものが響く。

 

「ぶぇっくしょんッ!!?」

「「「『―――っ……!?』」」」

 

 ………くしゃみだ。盛大に踊り場に響く。

 その声に反応して、四人の警戒心が高まった。

 威嚇するように周囲へと殺気を飛ばし、城全体を軋ませる。

 だが、声の主は存外四人の近くにいた。

 

「ズルッ………うー………ここ寒すぎー………風邪引かなきゃいいけど………いや、引いてもリスポーンすりゃいいんだが……ズルッ………しかもなんか強そうでヤバそうでめんどくさそうな連中いるとこに出たし………もう最悪………」

 

 声の主は踊り場の地面から上半身だけ出して、鼻を啜っていた。そんなことが出来るのは一人しかいない。翔だ。

 そんな彼に四人の視線と殺気が突き刺さる。しかし彼はそんなことを気にした様子もなく、四人に尋ねる。

 

「ズルッ………ねえ誰か、紙持ってない?鼻かみたいんだけど………」

「え?いや、持ってないけど………」

「あっそ。じゃあ自分の使うからいいや」

 

 自分のあるなら最初から使えよ。四人が若干の苛立ちを抱く。

 そんな四人の心境を知らずに持っていたティッシュで、チーンッと鼻をかむ翔。

 

「………ねえ。貴方は何者?」

「あっ、クソローブだ。お前こんなところに居たんだ。ていうか他人に尋ねる前に、お前達が名乗れよ」

 

 あくまでもここにいたのを知らない体を装う翔。彼の返しにアウラは、

 

「それはでき「じゃわうう。〝ノーネーム〟所属の板乗翔だ。よろしくな!」ま、せん………」

 

 アウラが返答しようとしたが、翔の突然の名乗りによって遮られる。

 なんだコイツ?突拍子もない行動に全員がそう感じた。

 

「それで、お前らは敵?」

「………まあ、そうなるかな?」

「そっか。………………………………見逃してくれたりはしない?」

「しないかな」

「ですよね~♪」

 

 そういって、ティーポットとティーカップをどこかから取り出して、ポットの中のお茶を飲み始める翔。

 その光景に唖然とする四人。そんな中、リンが彼に話しかける。

 

「………焦らないの?敵に囲まれてるのに」

「いや~、一対一なら逃げられるかもしれないけど、この人数で、しかも実力者達から逃げるのは、俺の力じゃあちょっと無理だからな。そしたらもうティータイムにするしかないね!あっ、もしかして飲みたいのか?茶菓子はあたりめとクッキーしかないけど」

「ううん。いらない」

 

 自身のとんでも理屈を述べる翔。

 会話が成立しているようで、していないような会話をする彼と四人。

 リンが困惑しながらも翔に提案する。

 

「………じゃ、じゃあ私たちの質問に答えてくれたら見逃してあげてもいいけど?」

「あ、マジ?いいぜいいぜ。答えられるものは全部答えるぜ!」

 

 翔がケラケラ笑いながら、お茶を飲む。答えるだけならば簡単だ、と了承する。

 

「どうやって古城に来たの?攫われたの?」

「いや、スケーターらしく飛んできたぞ」

「ど、どこから入ったの?」

「真下からだな。あそこからなら撃墜されずに入れた。まったく、甘いね!スケーターとか床をすり抜けて侵入する人だっているのにさ!」

「………貴方はなんでここに居るの?」

「くしゃみして気が付いたら此処にいた。スケーターだから仕方のないことだな」

「………………なんで埋まってるの?」

「それは俺がスケーターだからだな。埋まるのはスケーターの性だから、これまた仕方のないことだな」

「「「『………』」」」

「………………………殿下ー。私この人と会話できる自信がないよー」

「安心しろ。俺もコイツが何を言っているのかは分かっていない」

 

 翔は嘘をついてなどいない。

 スケーターらしく、スケボーテクニック【ロケット】で古城まで飛んだ。

 地面をすり抜けて古城にダイナミックお邪魔しますをした。

 くしゃみをして天井に突き刺さって、運悪く上半身が飛び出して四人に見つかってしまった。

 埋まっている?スケーターの基本テクニックだ。

 そうやって自信満々に質問に答える翔。

 翔の答えにはてなマークを浮かべて、殿下に助けを求める。が、その殿下も翔の言葉を理解できていない。

 

「え、えっと。じゃあ次は、攻略部隊が一人なのはどうして?」

「余計な犠牲を出したくないからだな。防衛ギフトが思いのほか強すぎて、半端な戦力は足手まといと判断したんだ。アレの相手ができるような人材、かつ自由に動ける奴は一人しかいなくてねー。それに謎も解けたみたいだし、さっさとこのゲームも終わらせて収穫祭を楽しみたいからな」

 

 あ、今度はまともだ。安堵するリン。

 

「古城にいる人物に組織の重鎮はいる?」

「知らね。俺ってば箱庭に来たばっかりで誰が偉いのかよく分からん。なんかそんな話を聞いたような気もするけど忘れた。気になるなら自分で調べてきたら?」

 

 当然のように嘘を答える翔。実際は忘れてなどいないのだが。

 だが、誰も真実を答えるとは言っていないのだから、当然だ。

 

『………〝生命の目録〟の所持者はどこにいる?同じ〝名無し〟ならば知っているだろう?』

「えっ?なにそれ?そんなのあったっけ?誰か持ってるっけ?」

 

 やはり息を吐くように嘘を吐く翔。 

 コイツ、使えねえ。その場の殿下以外の三人がそう思った。

 

「それにしても、声しかしない方は随分とその、〝生命の目録〟?とやらにご執心なようだけど、なんか確執でもあるの?」

 

 そう尋ねた瞬間、柱の影からの殺気が増した。それを感じ取った翔はケラケラと笑って、

 

「おっと、藪蛇だったか?ごめんねー?追及はしないぜ」

 

 お茶を注ぎ、また飲み始める翔。そんな翔に最後の質問を投げかけるリン。

 

「………最後に、貴方を始末するにはどうすればいい?」

「んー、さあ?死んでも生き返るし、どっか異世界にでも送ればいんじゃね?あとはお前らが一生拘束し続けるとか?」

 

 適当に答える翔。それを聞いて頷くリン。

 

「じゃあ、そうしようか。あとで連れて帰ることにするよ」

「………おっとー?それは困るぜい。というか見逃してくれるっていう話は?」

 

 お茶を飲むのを止めて、四人の動向を気にし始める翔。

 

「知らな~い♪嘘の情報しか教えない人はいらないし~♪」

「だーれも、本当のことを言うなんて言ってませ~んよ~だ。こーのクソガキがー。生意気言ってると地面に埋めるかゴミ箱先輩に食わすぞー?」

「やれるものならやって―――」

「なら遠慮なく」

 

 

 ムシャリ。

 

 

 咀嚼音が問答無用で響く。そしてリンの頭部に素敵な装飾品(ゴミ箱先輩)が追加される。

 

「んー!?んんー!?」

 

 必死に頭を引き抜こうと頑張るリン。完全な不意打ち、かつ直接頭にゴミ箱先輩が呼び出されたため、ギフトで避けることが出来なかった。

 それを見ながらまたお茶を飲み始める翔。

 

「………それで、本当のことを話してくれないか?そうすれば本当に逃がしてやる」

 

 殿下が慌てふためくリンを余所目に翔に話しかける。彼は悩みながらも頷き、

 

「まあ、いっか。十分楽しめたし、大した情報でもないからな」

 

 存外すんなりと了承する。

 

「古城にいる重鎮は〝六本傷〟のガロロ=ガンダックだ」

『ほう。ガロロ殿が………』

「そんで〝生命の目録〟の所持者も古城にいる」

「………ほう?それは面白いな」

「まあ、さっきも言ったがとことん邪魔させていただくんだけどね!そこんとこ夜・露・死・苦ゥ!それじゃあ、ほんの少しだったけど、君らのことも分かったし!いい夢見ろよ、じゃあな!」

 

 そう言って、ティーポットとティーカップを残してリスポーンによって姿を消す翔。

 そこでようやく頭からゴミ箱先輩を外せたリン。辺りをきょろきょろと忙しなく見回し、三人に尋ねる。

 

「さっきの人は!?」

「消えたぞ」

「消えたわ」

『消えたな』

「えぇー!?結局何だったのあの人!?」

「ただのスケーターでーす!」

「わっ!?」

 

 再び地面から生え出る翔。今度は全身が地上に出ている。

 

「って、きゃああああぁぁぁ―――――!!!?首、首が捻じれてッ!?」

「ありゃ?」

 

 全身出てはいるが、首と上半身が捻じれている。それを間近で見たリンが悲鳴を上げる。

 しかし少しすると正常な状態に解ける。

 

「お、戻った。いやーごめんなー?たまにあるんだわ。それよりもティーセットを忘れちまったんだぜいッ!それとついでに、これ!渡し忘れたから戻ってきたぜい!」

 

 懐から小袋に分けられたお菓子を人数分手渡す。

 

「………クッキー?」

「YES!皆で食べろよ!じゃあ、今度こそばいばいさせてもらうな!」

 

 そういってティーセットを回収して、もう一度リスポーンで消える翔。

 急な展開について行けず、呼び止めることも出来ずに呆然とする四人。

 

「………本当に、何だったのあの人?」

「さあな」

「そんなの知りませんよ」

『私も知るか』

「………あ、このクッキー美味しい」

 

 四人の間に微妙な空気が流れる。

 その後、翔のことを忘れるためなのか、各々が役割を果たすために行動する。リンとアウラと殿下は音もなく闇に溶けて姿を消す。柱の影にいたグライアも鷲獅子とは思えない漆黒の翼を広げ、玉座へ続く回廊から飛び去るのだった。

 

 四人から何とか逃げることが出来た翔は、マーカーの置いてある城下街にリスポーンするとホッと一息つく。

 

「び、びびったぁ………ッ!まさかあのタイミングでくしゃみが出るとは思わなかったぞ、チクショウッ!!?平常心保つのに苦労したッ!!欲を言えばもうちょい、盗み聞きしたかったんだがなぁ………」

 

 内心、もの凄く焦っていた。

 翔の嘘があまりばれなかった原因の一つでもある。脳内麻薬が垂れ流しっぱなしで、体の正常な反応が見分けづらかったのだ。そのためテンションもおかしく、口調が安定していなかったのだ。

 




【ベニヤ板先輩】
 燃えず、壊れず、折れず、(しな)らず、割れず、貫かれずという性質を持った最強の(木材)。ゴミ箱先輩と双璧を成す、翔の秘密兵器。
 ゴミ箱先輩は最強の矛。でも、ゴミ箱先輩はベニヤ板先輩を食べられない。が、ベニヤ板先輩の影にいる人物なら余裕で食べられる。

【くしゃみ】
 噂されたから出ちゃった。

【ティーセット】
 常備。若干ぬるい。お茶は自家製ハーブティー。

【あたりめ】
 苦労して手に入れたあたりめ。だが、辛口ではない。現在辛口にするための試行錯誤中。

【クッキー】
 もちろん手作り。


作者「今回はちょっと短めで申し訳ない」
翔 「まあ、最初の方は適当に書いてたこともあって、短いのもあったが久しぶりに一万字を切ったな」
作者「切りが悪くてね。これ以上書くと切り処を見失うってことで、ここまでにさせてもらったよ。ホントこれ以上書くと、今回で原作四巻の内容が終わるまで切りがよくないからさ」
翔 「難しいもんだな。とりあえず短い理由が分かったところでヒロインアンケートの途中結果だ。一応七票の投票があったな」
作者「内訳ドンッっと」


ヒロインアンケート途中経過
・春日部耀:四票
・ペスト:二票
・ヒロイン無し:一票


作者「こんな途中経過ですな」
翔 「耀がリードしてるな」
作者「………このままじゃ、恋愛描写を書かなければいけなくなる………!?」
翔 「自分でアンケートしといてそれはないんじゃないか?」
作者「いや、だって前回も書いたけど『ヌケーターにヒロインとかいらんやろ』と思って書き始めた作品だぜ?………困るやん?」
翔 「知るか」
作者「翔君が冷たい。まあ、ヒロイン決まったとしても絡みが多くなる程度にして、あからさまな恋愛描写ってのは少ないかもしれないけどね」
翔 「それでいいのか?」
作者「だって苦手なんやもん!」
翔 「男が『もん』とか言うな。きしょいぞ。これを機に練習すればいいだろ。じゃなきゃ他の原作に手を出せなくなるぞ?」
作者「………ヒ、ヒロインの少ない原作に手を出せばいいし………」
翔 「言ってろ。じゃあ、また次回!」


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第十七話 本日の〝アンダーウッド〟周辺の天気は晴れ、ところによってはゴミ箱が降るでしょう。

 外出の際は地中を潜って移動するようにしましょう。

 まずは申し訳ありません。
 オチやら言葉選びやら友人と遊んだりで物凄く悩んで投稿が遅れました。

 ヒロインアンケート継続中です。
 それと途中経過があとがきにあります。
 次回で締め切っていいのかと不安になってきた。主に一位をヒロインにした際の展開的な意味で。


 ―――〝アンダーウッド〟東南の平野。

 巨人族による三度目の強襲は、またも突然の出来事であった。

 しかも以前のように濃霧に紛れた襲撃ではない。巨人族は何の前触れもなく平野の先の丘に現れ、一斉に襲い掛かってきたのだ。

 

『………………』

 

 が、全巨人族が足を止めて〝アンダーウッド〟へ進撃するのを躊躇い、一歩も動けていないのだ。

 何故か?そんなもの、決まっている。先日の二回の襲撃でも煮え湯を飲まされている、あの凶悪兵器(物理演算砲)のせいだ。地には局部を押さえて痙攣し、泡を吹く巨人族が多数見受けられた。

 

『………………』

 

 対して、迎撃するはずの幻獣達もまた、動きを止めてしまっている。

 これまた何故か?それも分かりきっている。巻き込まれたくないのだ、あの白い悪魔(ゴミ箱先輩)の行進に。触れた巨人族は忽ち、あの深淵のような口に吸い込まれてその存在を消していく。

 

 翔が用意した巨人族迎撃用兵器がちぎっては投げちぎっては投げの快進撃により、じりじりと前線を押し上げていく。目まぐるしいほどの戦果を挙げている。

 鉄球が撃たれれば、あり得ない軌道で百発百中巨人族の息子を殺す。

 白い悪魔が進軍すれば通った後には、骨肉の欠片も残さない。

 これだけ見れば、好ましい成果だ。

 だが傍から見ると、緊張感の欠片すら見えないような光景だ。

 物理演算砲の砲身はどうだ?原理が何一つわからないが、とにかく鉄球が射出される摩訶不思議な代物。

 ゴミ箱先輩はどうだ?白い円柱状の無機物がしっかり隊列を組み自律機動しているのだ。

 ………………知らない者から見れば目を疑う光景でしかない。こんな勝ち方でいいのだろうか?そんな風にさえ思ってしまうかもしれない。

 だが、『勝てば官軍』といったような便利な言葉が、何処にでも存在する。そして翔の言い分がこれだ。

 

 

 

 

 

 勝てばよかろうなのだァァァァッ!!

 

 

 

 

 

 ただこれだけだ。彼はこの言葉を初めて聞いた時、猛烈に感激した。まるで目が覚めたかのように晴々とした気持ちだったそうだ。

 それからは勝つために手段を決して選ばなくなった。それが彼だ。元の世界でも散々やってきたのだ。いまさら良心が痛むこともない。

 そんな戦況が黒ウサギによって飛鳥達の耳に入る。

 

「翔さんの情報通り、のようですけど………」

「そうみたいね。私たちが出る幕すらなさそうだけれど」

「で、でも〝バロールの死眼〟を攻略しなければいけませんから。―――ペスト!」

 

 笛吹き道化の指輪から黒い風と共に現れるペスト。その姿はメイド服ではなく、出会った時の斑模様のスカートで顕現した。

 

「ジン君。それで、作戦はあるの?」

「巨人族に関していえば、翔さんの戦略兵器もどきがどうにかしてくれてますから、僕たちは〝バロールの死眼〟をどうにか攻略しましょう」

 

 ジンの口から飛び出した言葉に、ペストは眉を歪めた。

 

「………何それ。敵は〝バロールの死眼〟を所持しているの?」

「うん。バロール自身の瞳じゃなく、同性質の魔眼だとサラは言っていたけど」

「同性質って………死眼の放つ〝バロールの威光〟は〝ゴーゴンの威光〟と同種の物よ?一度開眼すれば、防ぐことも避けることも出来ないわ。それこそ同規模の神霊か星霊でも連れてこないと、戦いにすらならないでしょ?」

 

 非難するような目を向けるペスト。

 

「うん。僕もそう思う。だから此処は『バロール退治』の伝承をなぞろうかな、と思って」

 

 ジンは黒ウサギに目配せする。

 黒ウサギも閃いたようにウサ耳を伸ばして頷いた。

 

「もしかして………黒ウサギの出番だったりします?」

「うん。黒ウサギが所持する〝マハーバーラタの紙片〟―――帝釈天の神槍なら、〝バロールの死眼〟を討ちぬけるはず。伝承が事実なら、ケルトの主神が撃った神槍も必勝の加護を帯びた物だったらしいから」

 

 顔を顰めるペスト。

 止めを刺してくれた神槍には感謝しているが、その前に翔にされたことを思い出したのだろう。

 

「魔王バロールを倒す方法は、開眼した死眼を〝神槍・極光の御腕〟で貫くというもの。その代行を帝釈天の神槍でやろうと思う。………出来るかな、黒ウサギ」

「YES!任されたのですよ!」

 

 シャキン!とウサ耳を伸ばして大きな胸を張る黒ウサギ。

 

「よし。作戦の初期段階として、まず巨人族を混乱させて叩く。飛鳥さんとペストは翔さんの戦略兵器のサポートを。うまく追い詰められたら敵は必ず〝バロールの死眼〟を投入してくるはず。黒ウサギは〝アンダーウッド〟の頂上でタイミングを見計らいつつ待機。敵の巨人族が〝バロールの死眼〟を使ったのを確認して、帝釈天の神槍でトドメを刺す。………どうかな?」

「………ふぅん。まあ、無難な作戦ではあるわ」

 

 ペストは一瞬だけ意外そうな顔を見せたが、すぐに悠然とした笑みで飛鳥と黒ウサギを見た。

 

「そう。あの変態のせいですっかり忘れていたわ。貴方達には、この化け物ウサギがいるのだったわね」

「ば………!?」

「それじゃ赤い人。行きましょうか」

「飛鳥よ。ちゃんと名前で呼びなさい〝黒死斑の御子〟」

「そっ。気が向いたら、あの変態よりは先に呼んであげるわ」

 

 ペストは言うや否や、黒い風を舞い上がらせる。黒ウサギが反論する間もなく土煙を上げて飛翔し、物理演算砲が撃ち漏らした巨人族を迎え撃つ。

 飛鳥も同様に巨人族を討つために黒ウサギ達と別れる。

 彼女が向かったのは混沌の渦中にある最前線ではなく、〝アンダーウッドの地下都市〟を守るための防衛戦だった。勿論そこにもゴミ箱先輩や物理演算砲が設置されているが、様子を見に行かないわけにもいかない。

 

「〝アンダーウッド〟を守る約束だものね。―――行くわよ、ディーン!」

 

 ギフトカードを掲げ、幻獣や獣人たちの援護に回る飛鳥。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝アンダーウッド〟東南の平野・最前線。

 黒ウサギが足止めを受け、自身の元に現れた少女を強敵と認めた頃。

 また、サラが飛鳥と合流して防衛戦で奮闘している頃。

 最前線では戦況が変化しようとしていた。

 ペストは士気を操作されて無理やり戦わされている巨人族を無視して、敵本陣へと強襲してそこにいたアウラと対立していた。

 そしてアウラの甘言の中で言われた、〝ハーメルンの笛吹き〟の侮辱にペストは怒りが爆発した。

 

「………アウラ。私はあの変態野郎とは違って、一つだけ貴女たちに感謝していたわ。それは他でもない〝ハーメルンの笛吹き〟の魔道書を提供してくれたこと。その一点に関していうなら、私は間違いなく貴女たちに義理も借りもあったわ。………だから今の交渉も、一考の価値はあったの」

「……………」

「でもオマエはたった今、それを捨て去った。そして吐き捨てた。オマエ達にとっては只の捨て駒でも、〝グリムグリモワール・ハーメルン〟は……私の全てを賭して旗揚げし、彼らが命を捧げたコミュニティよ」

 

 ペストは静かな声でアウラを恫喝し、笛吹き道化の指輪が嵌められた右手を握り込む。

 彼女にとってあのコミュニティは、最初の居場所であった。自身の野望に協力し殉じた二人の同士がいたあのコミュニティが、だ。

 

「その同士を侮辱するということは、私が掲げた旗を侮辱することと同意の行為。―――だから此処で、私たちの決別は為された。後はお互い殺し合うだけよ、古き魔法使い」

「………そう。とても残念だわ」

 

 アウラはため息を吐き、本当に残念そうな素振りで肩を落とした。

 一方その頃、巨人族の本陣を突き破って現れた飛鳥とディーンとサラ、そして追従した〝龍角を持つ鷲獅子〟同盟の幻獣・獣人たちがアウラの前に立つ。

 飛鳥はペストを横目で確認し、

 

「お疲れ様、ペスト」

「どういたしまして。でもまだ終わってないわ」

 

 一同の視線が一斉にアウラへと集う。

 サラは代表者として前に進み出て、降伏勧告をした。

 

「巨人族は全て我々が倒した。士気を操作して無理やり戦わせたようだが、所詮は死に体の輩。我々の敵ではない。大人しく降伏し、その身を預けるが良い」

 

 言い終わり、剣を抜く。これが最後通牒であるという意味だろう。

 巨人族を失い、四方を取り囲まれたアウラ。しかしその唇には憮然とした笑みが絶えず浮かんでいた。

 ペストは警戒しつつ、飛鳥とサラに告げる。

 

「気を付けて。この人は巨人と同じ人類の幻獣―――通称〝魔法使い〟と呼ばれる者よ。中でもコイツは〝妖精〟の語源に相当する〝フェイ〟と呼ばれる絶滅危惧種。代表的なのは『アーサー王物語』の〝湖の乙女〟やモリガン、『灰かぶり姫』の〝小さな魔法使い〟とかと同系統。人類カテゴリーじゃ最上級のキワモノね」

「好き放題言ってくれるわね。でもそういう事は、戦いが始まる前に伝えておく物よ?」

「言ったでしょ。ついさっきまでは義理も借りもあったと。………それに、あの変態野郎以外は誰も示し合わせたように聞いてこないんだもの。変なところで義理堅いと思わない?まあ、あの男に尋ねられた時は気に喰わないっていう理由で、意地でも言わなかったのだけれど」

 

 悠然と告げたペストは、〝アンダーウッド〟の本陣を見る。

 ペストは五感を通して戦況を窺っていたジンは、思わずドキリとした。

 

「さっ、終わりにしましょうアウラ。今なら特別待遇として、三食首輪付き年増女中として生かしてもらえるよう、交渉してあげてもいいわ」

「……………」

 

 ペストの言葉に表情を消すアウラ。

 彼女は自分を包囲する数多の軍勢を一度見回し、ボソリと呟いた。

 

「………ペスト。貴女は何故、巨人族が黒死病に弱いか知っている?」

「え?」

「〝黒死病を操り、築き上げた支配体系〟。これが巨人族の呪いとして、貴女を優位に立たせている。―――でも逆説的に考えてみて?〝黒死病によって支配された巨人族〟がいるなら、〝黒死病で支配していた巨人族〟も存在していたはずよね?」

 

 ………何?と様々な場所で声が上がる。

 アウラは〝来寇の書〟を閉じ、儀式場に安置された〝バロールの死眼〟を手に取る。

 何をするつもりかと眉を顰めるペスト。

 そんな彼女の脳裏に、ジンの悲鳴のような言葉が響いた。

 

(ペスト、彼女を倒して!今すぐだッ!!)

(え?)

(やられたッ!バロールだッ!彼女の言う〝黒死病による支配体系〟を築いたのは、バロールが率いた部族のことだッ!もしかしたら敵の狙いは………!!!)

 

 ジンの言葉でペストも敵の狙いを直感し、黒死病で倒れている巨人族を見る。

 しかしアウラは嘲笑うかのように〝バロールの死眼〟を掲げ、

 

「さようなら、〝黒死斑の御子〟!そして〝龍角を持つ鷲獅子〟同盟の皆さんと、その他大勢の皆さん!不用意に全軍を進めた、貴方達の敗北よ………!」

 

 〝バロールの死眼〟が一瞬、戦場を満たすほどの黒い光を放つ。

 死眼の光を受けて死を覚悟したサラ達だったが、別段身体に別状はない。

 何故だと訝しげに顔を見合わせる一同。しかし次の刹那―――

 

「「「「「ウオオオオオオオオオオッォォォォォォォ――――――!!!」」」」」

 

 黒死病から解放された巨人族が、鬨の声を上げて彼らを包囲した。

 しかし、そんなアウラと巨人族をさらに嘲笑う者がいた。

 

 

 ムシャリ

 

 

 複数の咀嚼音が重なり、大きくなって戦場に響き渡る。それと同時に包囲していた巨人族の一部が消え失せた。

 

「……………………え?」

 

 アウラが突然の出来事で言葉を無くす。

 それもそうだろう。誰が空からゴミ箱が()()()()()、巨人族を捕食するなんて予想するだろうか。

 

 ―――とことん邪魔するって、言ったはずだぜ?―――

 

 アウラは、そんな声が聞こえたような気がした。

 サラ達すらも呆然としてる中、白い悪魔(ゴミ箱先輩)による一方的蹂躙が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ―――〝アンダーウッド〟上空。吸血鬼の古城・外縁部付近。

 東南の平野の最前線に空からゴミ箱が降り注ぐ、少し前まで遡る。

 翔は古城の防衛ギフトの範囲内に入らないギリギリの場所まで来ていた。此処からでも十六夜と防衛ギフトの戦闘音が聞こえてくるほどだ。

 なぜ彼がこのような場所にいるのかというと………()()だ。

 下の前線で想定外が起こる、もしくは最悪のケースの場合に機能するためのものを()()しにきたのだ。

 その物の名称は、()()()()()()()()()()()()だ。それをこの古城の外へと射出口を向けて設置する。

 あとは勝手にゴミ箱先輩が危機を察知して飛んでいくだろう。………今回ゴミ箱先輩の力に頼り過ぎで後が怖い翔だが、犠牲を減らすためには文字通り粉骨砕身の覚悟をしている。

 そして、翔の想定する最悪とは〝バロールの死眼〟とやらの使用、またはゴミ箱先輩が()()になった場合だ。

 ゴミ箱先輩にも感覚があり感情があるように、人に備わっているような大半の機能が存在する。逆にないモノを上げた方が楽なほどに。しいてあげれば、瞬き、関節、排泄等の機能が存在していない。なので、ゴミ箱先輩にも容量というものが存在する。

 物理演算砲の組み立てが終わると、翔は満足したように一度頷く。

 

「………よし、これでいいな!ならさっさと、耀のところに向かうか。元から狙われていたとはいえ、俺のせいで場所まで伝えてしまったしな。待ち伏せされてる可能性もあるしな」

 

 独り言を言って、外縁部に背を向けて玉座の間へと足を向ける。

 ゴミ箱先輩が射出されたのは、翔が去ってからほんの少し後であった。

 ()()が存在するように、逆に()()も存在する。それに耐えきれなくなった先輩たちが、最悪のケースになる前に勝手に飛び出したのだ。だが、今回はそれが功を奏した。おかげで最悪のケースが起きたと同時に、その時点ではまだ最善な状況へと転じることが出来たのだから。

 

「―――――GYEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaEEEEEEEEEEYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaa!!!」

 

「………は?え?なんで?ゲーム再開?クリアに伴って?いやそれなら〝契約書類〟に何かしら出るはず。なら、なんで………?」

 

 突然の出来事で、足を止めて考え込んでしまう。だがすぐに頭を振って、その思考を掻き消す。

 

「今は耀に合流することを急ごう………。俺が考えなくても十六夜あたりがどうにかしてくれるだろう」

 

 そう考えて先ほどよりも足早に耀達がいるであろう玉座の間に再び向かい始める。

 しかしその道中で玉座の間から一つの人影が飛び出し、上空に巻き上げられる姿が目視できた。それを追うように黒い鷲獅子が飛び出す様子も窺えた。

 人影が耀、黒い鷲獅子があのとき影にいた声だけの存在だと即座に理解すると、城下街にいる者達に被害が出ないように〝混沌世界(パーク)〟へと引き摺り込んだ。

 

「「………ッ!?」」

 

 突然周囲の光景が変化したことに戸惑い、動きを止める二人。

 先ほどまで城の周囲を旋回していたはずなのに、気がつけば見知らぬ()()()()()()()()()()の地面に立っていたのだ。そのうえ向かい合い戦っていたはずなのに、耀は建物の影におり、隣には翔がいた。対するグライアは建造物に囲まれた広場の中央に立っていた。

 

「とりあえず、城下街にいる奴らに被害が出ないように此処に隔離した」

「………うん。ありがとう………」

「それで、アイツはどうにか出来そうか?」

「………………………作戦があって閉じ込めたんじゃないの?」

「あるわけないじゃん。アイツのギフトも実力も分からないってのに、作戦立てたって作戦とすら呼べないお粗末なもんになるだけだ。なら最低限ゲームの邪魔にならないようにするしかない。あの野郎は耀を狙っているからお前がいた方が、時間稼げそうだったからだ。しばらくは観察に徹するつもりだ」

 

 翔に正論を言われて押し黙ってしまう耀。

 翔は説明しながらも広場の中央にいるグライアから観察し続けている。

 

『………フン、突然のことで驚いたが、所詮は時間稼ぎか。しかしこの程度の事で姿を隠しきれると思っているのか!?』

 

 高く吼えるグライア。刹那、黒い鷲獅子はその造形を激変させるように軋ませ始めた。胸に刻まれた〝生命の目録〟の系統樹が流転を繰り返し、彼の生命としての在り方そのものを変幻させていく。

 骨肉が捩れ軋む音が広場に響く。物陰からその様子を窺っていた二人だったが、耀は余りの事態に息を呑んで放心していた。だが翔は冷静に、その変化から目を離さずに観察していた。

 グライアの身体から黒翼と嘴が無くなり、首筋からは三つの頭と顎が生え、やがて巨躯の猛犬へと姿を変幻させていく。

 その姿を見た翔は放心している耀を抱えて、

 

「移動するぞ」

「え?」

 

 即座に、この場に居てはマズイと判断して【ポセイドン】で移動し始める。

 匂いを頼りに二人を追い始めるグライア。さすがと言うべきか。【ポセイドン】の加速にも軽々とついてきている。それを後ろ目で見た耀が告げる。

 

「………追いつかれちゃうよ?」

「分かってる。内心めっちゃ怖い。だからアイツをどうにかする方法を考えてくださいお願いします耀様」

「………」

 

 無表情で冷や汗を流している翔をジト目で睨む耀。

 

「………なら翔がゲーム終了まで閉じ込めておいたら?」

「いいのか?アイツのギフトは耀と同じか近しい〝生命の目録〟だ。多分向こうの方がギフトの扱いは上手い。だから少しでも、お前のギフトのことが分かるかもしれないという俺の粋な計らいなんだが、観察しなくて良いのか?」

「………翔から見て、彼のギフトは、どういうものだと思う?」

 

 興味半分、恐怖半分。そんな感情を含ませた耀が尋ねる。尋ねられた翔は彼女のことを横目でチラリと確認して、

 

「分からん!」

 

 自信満々に言い放った。再びジト目で睨む耀。

 

「まず俺に聞くなよッ!?現在進行形で逃げるのに必死な俺に!!向こうの方が絶対詳しそうじゃん!!?」

 

 そういって、耀を抱えてない方の手で空を駆けて追いかけてきているグライアを指さす。

 そんなグライアは罠も何もないと分かったのか一気に二人との距離を詰め、

 

『遊びはここまでだッ!』

 

 二人を噛み殺さんと襲い掛かる。翔は抱えている耀を前方に投げると、身を挺して彼女を守る。だが、それでも動きを止められるのは三つある頭部のうちの一つのみだ。

 

「翔!?」

「俺より自分の心配をしろッ!!」

 

 噛みつかれながらも耀に逃げるように叫ぶ。だがグライアがそれを許さなかった。翔を遠方に投げ捨てて耀に襲い掛かる。耀は即座に旋風を巻き上げて上空に逃げる。

 

『愚か者がッ!我ら鷲獅子の一族は翼が無くとも飛翔出来るのを忘れたか!!』

「―――っ……!」

 

 グライアも強靭な四肢で大気を踏みしめ、一瞬にして耀との距離を詰める。鋭い牙で耀に襲い掛かるところ、既の処でかわす。

 だが、残り二つの頭が間髪容れずに巨大な犬歯が耀を襲う。連続して襲う牙に左足が掠る。それだけで耀から大量の鮮血が舞った。

 耀は鼻頭を全力で蹴り上げ、その勢いで急降下して距離を取る。半ば叩きつけられるように降りた耀は、その衝撃と激痛に顔を歪めた。

 

「痛っ………!」

 

 しかし痛がっている場合ではない。耀は直ぐに立ち上がって逃げようとするが、鷲獅子の姿に戻ったグライアがその行く手を阻んだ。

 即座に臨戦態勢を取る。しかしグライアは何故か訝しげな表情で耀を見つめた。

 

「……………?」

『………解せんな。何故、〝生命の目録〟を使って変幻しない?そのギフトを使えば勝てぬまでも、防戦に徹する事は不可能ではないはず』

「………変、幻……?」

 

 肩で息しながらオウム返しに問い返す耀。

 グライアは一層不可解だと瞳を細めた。

 

『小娘。よもや貴様、そのギフトが何か知らぬ訳ではあるまいな』

「え………?」

『その〝生命の目録〟は生態兵器を製造するギフト。使用者は例外なく合成獣となり、他種族との接触でサンプリングを開始する。………よもや、知らぬまま使っていたのか?』

 

 耀は息を呑み、父に渡されたペンダントを握りしめる。

 

「接触して………サンプリング……?」

『そうだ。先ほど組み合った時に発した剛力。それは巨人族の物だ。お前にも覚えがあるだろう?数日前に〝アンダーウッド〟を襲った時に戦ったはずだ』

「へー、そういう代物だったのか。耀のギフトは」

 

 そこにようやくグライアに投げ飛ばされた翔が合流する。大体の話の流れを聞いていたようだ。彼は耀に駆け寄ると、彼女を背にしてグライアに立ち塞がるように二人の間へと立つ。

 

「耀。動けそうか?」

「………ちょっと、無理かな」

「なら本格的に閉じ込めるのを視野に入れなきゃいけないのか………(最悪、あの()()()を使うことも考えとくか)」

 

 眉を顰めてグライアを睨む翔。

 

『あくまでも抵抗するか。その小娘はこのまま生きていたとしても、己の怪物性に目覚めて苦しむだけだぞ?』

「悪いね。うちの稼ぎ頭の一人なんでな。そう簡単に殺されても困んだよ」

『………そうか。ならば貴様もろとも消し飛ばすのみだッ!』

 

 グライアの龍角が、彼の総身を包むように灼熱の炎を放出し始める。炎の中で体を変幻させていく彼はやがて全身を巨躯へと変え、別の怪物として組み上げて行く。黒い鷲獅子の面影はやがて消え―――炎の嵐から、巨大な四肢と龍角を持つ黒龍が顕現した。

 

「………鷲獅子が、龍に………!?」

「うわ。カッコイイなアレ」

『これが貴様の父が造りだした業の片鱗。そして〝生命の目録〟が持つ、真の力だッ!!!』

 

 黒い西洋龍となったグライアは口内に炎を蓄積し、熱線として建物や公道を焼き払う。しかし、その直後にまた世界が移り変わった。

 さっきまでのビル群や公園のようなものは姿を消し、代わりに工場のような建造物が立ち並ぶ街並みにだ。

 

『………厄介な。だが意味のないことだ。すぐに見つけ出して始末するのみだ』

 

 そういって飛翔するグライア。

 一方の翔と耀は、ある廃工場の中の物陰で身を潜めていた。

 

「さて、アイツを倒すか倒さないかの賛否決議をはじめまーす」

「………もう閉じ込めちゃえば?」

「未来の敵は最低でも重症にしたいんで諦めてください。だからどうにか倒したいです。どうにかなりませんか耀様」

「………でも、私のギフトは………」

 

 自身を怪物にするギフト、と言いかけて口を噤み顔を俯かせる。翔はそれを見てため息を吐く。

 

「………別な方向から考えねえ?」

「………?」

「お前の親父さんは娘を怪物にしたがるようなマッドな奴だったのか?」

「―――っ、違う!!」

「ならそうなんだろうよ。そんな危険な代物を渡すわけがない。そうしたら逆にこういう仮説が立てられる」

「………」

「仮説一、耀のペンダントはグライアの知っている〝生命の目録〟とはまた別の〝生命の目録〟である。仮説二、耀の為に作られた耀だけのギフトである。仮説三、耀ならば怪物にならないという確信があって渡した。仮説四、仮説一から三すべてを合わせたもの。でも、どれにせよ耀はまだ〝生命の目録〟の真価を発揮できていない、ってことになる」

 

 耀は静かに翔の話に耳を傾けている。

 

「それで、どうする?此処で死にかけて、小説みたいに真の力が発揮できるのを期待するか。または勝てない、無理だと自分に言い聞かせて尻尾巻いておめおめと逃げ出すか」

「………私に、できるかな………」

「自信もたなきゃだめだぜ?基本的には根性でどうにかなるさきっと」

「………帰ったら和食と和菓子。材料費は翔持ち」

「うぐっ………こういう時ぐらい頭ン中から飯を消せよ。俺の本業は料理人じゃなくてスケーターなんだからよー」

「それで、作ってくれるの?」

「約束すればアイツをどうにか出来んのか?」

「やってみせる」

 

 自信満々に言い切る耀。それを見て、安心したような表情を浮かべて立ち上がる翔。

 

「それなら、俺は時間稼ぎにでも行ってくる。もう一回ステージを変えるから、隙を見て一発ぶち込めよ。俺にこんな柄にもないことさせたんだから」

「うん。任せて」

 

 再び、世界が移り変わる。

 

 

 

 そこは最初のビル群が立ち並ぶ世界だった。ビルに囲まれた場所に二つの影が見える。片方は翔。もう片方は黒龍の姿のままのグライアである。

 

『………小娘は何処だ?』

「もう外に帰したさ。この世界にはお前と俺の二人だけ。あっ、できればこういうのってかわいい女の子と二人っきりの場面で言いたかったかな」

『………戯言を。私の嗅覚を知っていて、そんなことを言っているのなら正真正銘の馬鹿だな』

「馬鹿で上等。どうせそのご自慢の嗅覚はすぐに使えなくなるさ」

 

 そういって、懐から球体の物質をいくつか取り出す翔。それをしっかり握るとグライア目掛けて走り出す。

 

『空を飛べるのを忘れたかッ!』

「逆になんで俺が飛べないと思ってんの?俺とリンとやらの会話を聞いていなかったのか?馬鹿なの?死ぬの?」

『………ッ!?』

 

 空へと駆けあがるグライアをすぐに【ロケット】で追いかける翔。驚きで一瞬身体を硬直させるグライア。翔はその隙を見逃すつもりは無かった。手に握ってあった球を彼の鼻目掛けて投げつける。すると中に入れてあった粉状の物質が舞った。

 

『毒かッ!?』

「んなもん使うわけないだろ!」

 

 即座に翼を羽ばたいて粉を吹き飛ばすが、少し遅かった。

 

『………ハ、ハックションッ!?ハックション!?き、貴様、ハックシュン!?これは、何だ!?』

「中身はただのコショウじゃボケッ!!」

『私を、ハックシュン!馬鹿にしているのか!?ハックシュン!!』

「あ、分かっちゃった?でもまあ、こちとら貴様に噛まれて超痛かったんだし安いもんだよね!つ、ついでにそのまま呼吸困難になって窒息死しろとか、お、思ってなんかいないんだからねっ!?」

『貴様、ハックシュン!許さんぞ!!』

 

 ツンデレ風に挑発する翔にグライアの怒りが有頂天に達して、くしゃみをしながらも意識が完全に彼だけに向けられる。この男をどう痛めつけるか。それしか考えていなかった。………()()の事はその瞬間だけ完全に脳内から消え失せていた。

 

『………何ッ!?』

 

 気づいた時にはもう遅かった。

 ペンダントが変幻した、先端に大蛇の顎を持ち、翠色の翼を装飾した巨大な杖をビルの影からグライアに狙いを定めて掲げている耀。

 先端から溢れ出た閃熱が大波の様に黒龍の片翼を消し飛ばした。

 

『オオオオオオオオオッォォォォォォ―――!!!』

 

 断末魔にも似た絶叫。翼を失ったグライアはその一撃で吹き飛んでいく。そしてビルにぶつかる直前に、

 

「とりあえず、そのまま落ちてけよ。回収はあの三人にでも頼むんだな」

 

 翔が古城の外へとつなげて、グライアを弾き出す。それを確認した翔は息を吐いて安堵する。

 

「これで一段落だな。十六夜達と合流する、ぞ?」

 

 耀の方を振り向くと地面に倒れている彼女の姿が目に入る。胸が静かに上下しているから生きてはいるのだろう。

 

「………ああ、メンドクサッ………せめて古城に戻ってから倒れて欲しかったが」

 

 文句を口にしながらも彼女の姿を見て、軽く笑っている。

 

「これで耀はより稼げるようになったな。これでうちの財政がもう少し楽になればいいが。………できれば食費を抑えて欲しいんだがな………」

 

 そういって翔は耀と共に古城の城下街に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 ———吸血鬼の古城・黄道の玉座。

 レティシアのいる玉座の間に繋がる通路を歩く翔と彼に背負われている耀、合流した十六夜とガロロ、キリノ、ジャックの四人。

 

「で?俺が頑張って情報渡したのに一発食らったのか?しかも九割わざと?なに?アホなの?マゾなの?敗北の味でも知りたかったの?」

「ヤハハハハ!」

 

 笑ってごまかす十六夜。

 肩を怪我している十六夜を見て事情を聴いた翔が、呆れながら彼のことを非難する。

 翔は耀の足を軽く処置していると、そこへ十六夜達がきたのだ。そして、十六夜の怪我を見た翔が唖然として問い詰めた。それで耀のついでに十六夜の処置も行った。

 怪我人に人を背負わせるわけにもいかず、翔が耀を背負っている。

 その途中で耀が目を覚ます。

 

「………翔?」

「………気が付いて何よりだ。耀もこの馬鹿になんとか言ってくれ」

 

 半分諦めたような翔の声が回廊に響く。そういわれて十六夜の方に視線を向ける耀。その方向にはボロボロの学ランを着た十六夜がいた。そのあとすぐに、前方にいるガロロ、キリノ、ジャックを見る。すると安心したのか力を抜いて翔の背中に凭れかかる。が、すぐに何かに気づいて勢いよく辺りを見回す耀。それに気づいた翔は、

 

「アレならちゃんと回収してある。心配するな」

「そ、そう?それなら、いいけど………」

 

 小声で耀に話す。

 

「でも、アレを渡すのはどうかと………」

「………だよね」

「俺のヘッドホンやるから、そっち渡しとけ」

 

 小声で話し続ける二人。

 

「で、十六夜は完全な謎解きが出来てたのか?」

「ああ。俺はレティシアから吸血鬼の歴史を聞いていたからな」

「………吸血鬼の歴史?箱庭より前の?」

「そう。曰く、あの巨龍は『吸血鬼の世界を背負う龍』だそうだ。まあ確かに大きいと言っちゃ大きいが………流石に、星を引っ張るほどはデカくねえ。だから俺は吸血鬼たちが抱いていた宇宙論は宗教上の比喩・暗喩の類だと読み解いた」

 

 そう―――それが『系統樹が乱れないように、巨龍の背から監視していた』という十六夜の推論。

 

「この前提を知っていれば、この空飛ぶ城が衛星だという発想に辿り着くのは容易だ。だから俺も最初に目を付けたのは〝SUN SYNCHRONOUS ORBIT〟だった。その次が第四勝利条件〝鎖に繋がれた革命主導者の心臓を撃て〟かな」

「………もしかして言葉遊びだったのか?〝革命〟の部分は。〝正された獣の帯〟ってそこにかかる言葉か。そこを〝公転〟に直せばいいって訳なのか」

「へえ。翔は気づいてたのか?まあ、正しくは第三勝利条件の裏付けにも使うが」

 

 十六夜が感心したような声で尋ねる。それに対して翔は首を振って否定する。

 

「まさか!暇つぶしに〝契約書類〟を英訳して、再び和訳してって遊んでるときに気がついただけで、全部偶然だ。地面に潜ってる間は暇だったんだよ。結局それだけ考えても勝利条件はさっぱりだしな」

 

 予想通りというべきか、ただの偶然であった。

 耀は二人の話を聞いて考えをまとめた。

 

「えっと………つまり総合すると『公転の主導者である、巨龍の心臓を撃て』というのが、第四の勝利条件?」

「ちょっと違うが、概ねそういうことだ。………ただ一つ、腑に落ちないことはあるが」

 

 そこで言葉を切る。最後の欠片を嵌める窪みを見つけたのだ。

 十六夜はその場ですぐには嵌めず、玉座に鎮座していたレティシアに振り返り。

 

「………レティシア。外の巨龍はもしかして………お前自身なんじゃないか?」

 

 え、とその場にいた全員が瞳を丸くしてレティシアを見る。

 レティシアは沈鬱そうに俯き、自嘲の笑みを浮かばせた。

 

「………ああ。その通りだ」

「ど、どういうこと十六夜?」

「タイトルに書いてあるだろ。これは太陽の軌道の具現である巨龍と、吸血鬼の王様が主催したゲーム。そして勝利条件に二度登場するレティシアの存在。確信にはちょっと物足りないが、推測するのは難しくない」

 

 フン、と何故か不機嫌そうに鼻を鳴らす十六夜。

 レティシアは心底困ったように彼を見つめて頷く。

 

「………最強種を箱庭に召喚するには多くの場合、星の主権と器が必要だ。そして偶然にも、当時の私にはその二つが揃っていた。龍の純血種が生み出したこの身体と………我ら〝箱庭の騎士〟が積み重ねた功績の証。十三番目の黄道宮という主権が。………しかし、それも今日で本当におしまいだな。勝利条件を満たせば巨龍も間もなく消える。私も無力化されてゲームセットだ」

「………本当は?」

 

 其処で翔が彼女に尋ねる。

 

「無力化ってのは、具体的にどうなるんだ?アレがどうやって無力化される?死ぬのか?どこかに消えるのか?」

「………本当に、頭がいいのか悪いのか疑いたくなるな、主殿は。………クリアされれば大天幕が開放され、太陽の光が降り注ぐ。その光で巨龍は太陽の軌道へと姿を消すはずだ」

「………クリア後、大天幕の開放まではどれくらいだ?」

「………大体十数分後というところだろう。ゲームがクリアされれば具体的に分かる」

「………分かった。十六夜。とりあえずゲームをクリアさせろ。そのあとは、俺に協力してくれ。頼む」

 

 真剣な表情で十六夜に頼み込む翔。

 

「俺に出来ることは何でもしてやる。だから、今回だけ力を貸してくれ」

「………へえ?なんでだ?」

「………ここで救えなきゃ、絶対に後悔する」

 

 そこにいる全員が静かに翔の言葉に耳を傾けている。

 

「主に家事と子供達の統率に関して。新しく俺じゃ扱いきれないメンドクサイ斑模様のムカつくクソアマも増えたし、俺の負担が増えるのはさすがに嫌だ。レティシアにはメイドが増えた際のメイド長をしてもらおうと思っていた計画が全部潰れるし。子供達の教育係も減ってしまう。それに死なれるとコミュニティの雰囲気も暗くなって、子供達や黒ウサギの仕事効率が悪くなる可能性もあるし。それにいざという時の戦力だって―――」

「待って。いいこと言ってるかもって思ったら、そういう理由なの?」

「え?悪いか?コミュニティの事を考えて言ってるつもりなんだけど………。それにほら、負担が全部俺らに来るしさー………今いなくなられるのはかなり困るぜー」

 

 頭を掻きながらぼやく翔。

 その場にいる翔以外の全員が、ハァ、とため息を吐く。

 

「え?ていうか、二人はここでレティシアを見殺しにして、後悔しないって言えんの?」

「………言えない。絶対無理」

「俺も無理だな」

「じゃあ、救おうぜ?みんなで!」

 

 物凄く軽く告げる翔。そんな彼の表情は明るく、満面の笑みだった。それにつられて二人も笑ってしまう。

 

「そうだね。助けた後でいっぱいこき使おう」

「二人がやる気なら俺も手伝うぜ。それと翔。さっきの約束忘れんなよ?」

「うげっ。そこは無償で手伝う流れじゃないのか………?」

「ヤハハハハ!」

 

 笑いながら最後の欠片を窪みに嵌める十六夜。

 

 

『ギフトゲーム名〝SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING〟

 勝者・参加者側コミュニティ 〝ノーネーム〟

 敗者・主催者側コミュニティ 〝     〟

 

*上記の結果をもちまして、今ゲームは終了とします

 尚、第三勝利条件達成に伴って十二分後・大天幕の開放を行います。

 それまではロスタイムとさせていただきますので、何卒ご了承下さい。

 夜行種の死の恐れがありますので七七五九一七五外門より退避して下さい。

 

 参加者の皆様はお疲れ様でした』

 

 

 ゲームの終了が告げられる。

 

「十二分か。悪いけど先に行って飛鳥の援護に行ってくる」

 

 そういって何故か()()()()()を被る翔。それを見てギョッとしたレティシアが尋ねる。

 そんな翔の手には、何かが入った小瓶が握られていた。

 

「ちょ、ちょっと待て。何をする気だ?毒でも使うつもりか?」

『うーん?毒よりももっと凶悪かね?何せ耐性のつけようがないし、抗体や血清もないから。今から使うものを説明すると長いから言わないけど、簡単に言えばゴミ箱先輩に対して唯一の白星の際に使った()()()。もしくは()()

 

 くぐもった声で話す翔。

 説明を聞いた十六夜、耀、レティシアの三人は嫌な予感しかしなかった。

 

「待て待て待て。お前はじっとしてろ。な?さっきの約束もなかったことにしていいから」

「うん大丈夫。何もしなくていい。ここでガロロさんを守っててくれればそれでいいから」

 

 焦るように十六夜と耀が彼に必死の説得を試みるが、

 

『男に二言はない!それに()()がどれくらい効き目あるのか興味あるから俺は行く!』

 

 そういって地面の中へと消えていった翔。さすがの二人も自身が通れない場所に行かれては止めようがなかった。

 二人は本当に焦って立ち上がり、

 

「マズイッ!急がないとまた斑ロリの時のような気持ちを味わうことになるぞッ!!」

「さすがにあの時の話は聞いただけでも虚しくなったから、絶対に止めないとッ!!」

 

 そういって耀は〝生命の目録〟を変幻させ、ロングブーツを先端から燦爛とした光を放つ白い翼が生えた白銀の装甲に包ませる。

 

「何だよそれ、超カッコいいじゃねえかッ!」

「後でたくさん褒めて!今はそんなことを聞いてる場合じゃないから!!私は運ぶだけでいいんだよね!?」

「ああ!十分だ!その後は任せろ!だから翔より速く頼むぜ!!」

 

 そうして、二人も巨龍をどうにかするべく古城を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、二人が地上で見たのは半身がボロボロの赤い鉄人形のディーンと、何とも言えない表情をしている飛鳥とサラとその同士達。

 そして、正座をして『申し訳ありません。自身の行動について反省も後悔もしています。どうか気の済むまで叱るなり罵るなり痛めつけるなりしてください。私はそれを地獄の亡者のように全ての罰を受け入れます』と書かれたボードを自主的に首に下げたと思われる翔。

 そんな彼らの視線の先には―――

 

 

 

 ―――白目を剝き、泡を吹きながら、仰向けに倒れて痙攣している巨龍の姿であった―――

 

 

 

 ………十六夜と耀は、翔を止めることが出来なかったことを激しく後悔した。

 

 

 彼が使った()()()、または()()と呼称していた代物。それは、ゴミ箱先輩に勝ちたいという執念から作られた、()()()()()()()()()()()()()()だった。しかし、その威力は人が一滴でも口にすれば、脳が伝わってくる情報を処理しきれずにショートするという、文字通りのデスソースである。

 巨龍(レティシア)はそんなものを小瓶一つ分を口に入れられ、ああなった。

 翔はこの一件で、永久に使わないことを決めた。ちなみにこれが『ゴミ箱先輩による一週間ぶっ続けリスキルの刑』の原因でもあり、ゴミ箱先輩が一日は何をしても動かなくなった、翔の唯一の白星の要因でもある。

 とどのつまり、ただ憎しみから生まれたトンデモ兵器である。

 

 

 結局、助けても助けなくても二人が後悔する結末であった。

 

 

 その後、翔は〝ノーネーム〟の同士のみならず〝アンダーウッド〟の皆様からも厳しく叱られた。

 

 サラは「私はあんな結末のために自身の角を………?あは、あははははは………!」とブツブツと壊れたように呟いている姿が数日間見かけられたが、翔に全ての怒りをぶつけた次の日には元に戻っていた。いや、むしろ以前よりも表情が明るくなったそうだ。

 

 そして肝心のレティシアはと言うと、ゲームクリア後一週間は目を覚まさず、皆から心配されたが無事?に生還。しかし、しばらく翔を避けるような姿が見かけられた。

 

 

 ………もしかしたら翔が何もしなかった方が、被害が小さく済んだのではないだろうか?

 

 

 




【全自動ゴミ箱先輩射出装置】
 あの不安定な射出装置を全自動にしてほんの少しだけ安定させたもの。

混沌世界(パーク)
 実はパーク以外にも翔の世界も呼び出せる。ただし人はいない。絶対に壊れない不思議な建物が乱立している。

巨龍(レティシア)
 五感も脳もあるという()()

【危険物or劇物】
 世界一辛い唐辛子『キャロライナ・リーパー』を百個凝縮して作ったエキスに、友人からもらった(押し付けられた)虹色ソース(仮称)を混ぜ、謎の反応によって辛味がありえないぐらい跳ね上がってしまった代物。
 翔自身も出来てすぐに飲んでみたが、気が付いたらリスポーンしていたとのこと。文字通りのデスソース。
 唯一ゴミ箱先輩に勝つための手段。しかしその後に地獄が待っている。
 ちなみに在庫がまだ小瓶五ダース分ほどある。



翔 「まさかあんなことになるとは………」
作者「いいじゃん。ゴミ箱先輩にも巨龍にも通用するってわかったんだから」
翔 「圧倒的に不利益の方が大きいんだよなぁ………」
作者「まあ、そんな落ち込んでいる翔君は放っておいて、ヒロインアンケートの途中経過ドンッ!」


計二五票
・ペスト:八票(内SM覚醒チキンレース希望が二票)
・耀:六票
・女性店員:五票
・レティシア:一票
・黒ウサギ:一票
・ヒロイン無し:一票
・あたりめ:一票
・ゴミ箱先輩:一票
・十六夜:一票


作者「………大分意見が割れたね!」
翔 「いやそこか!?一番下!一番下をよく見ろよ!?」
作者「大丈夫!警告タグのボーイズラブはこの時のためにあるんだから!」
翔 「やめろォ!」
作者「冗談だよ。どう間違っても十六夜が、というよりは男がヒロインになることはないよ。BLは嫌いなんだ。そんな腐ってるのは姉だけで十分さ………。警告タグも知らないうちにそういう描写してたら嫌だな、ってつけたもんだし」
翔 「作者………」
作者「それ以上に俺はペストが一位になることに不安がある」
翔 「え?」
作者「『ラストエンブリオ』に突入すると絡みが極端に少なくなる可能性があるし、SM覚醒チキンレースってどうすりゃいいんだよ………分かんねぇよ………」
翔 「じゃあ、どうするんだ?」
作者「『一位二位のダブルヒロイン案』というのが頭を過ってしまったが、恋愛描写したことのない俺にそんなことが出来るのか………?と現在もの凄く悩んでる。耀なら逆に楽なんだがな」
翔 「また読者に意見を聞くのか?」
作者「それはできればあまりしたくない。そう頻繁にアンケートとかは実施したくないんだよね。まあ、とりあえず結果が決まってから考えるさ。これについての意見がある方は活動報告のなんでも掲示板で教えてください。それじゃあ、また次回!」
翔 「結局アンケートっぽくなってるし………。じゃあ、また次回!……………………………次の投稿は?」
作者「出来るだけ早く投稿できるように鋭意執筆中です」



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原作五巻
第十八話 彼は料理人じゃなくてスケーターです


 ちょっと雑かもしれないけど許してください。


 ———〝アンダーウッド〟収穫祭・広場。

 収穫祭に持ち寄せられた食材は本祭を行う広場の脇に高々と積み上げられていた。調理を望む者は食材置き場から好きなものを手に取り、独自のレシピで腕を振るっている、はずだった。

 

()()()()!料理の確認をお願いします!」

()()()()!私のレシピの改良を教えて!」

()()()()!調味料のアドバイスを頼む!」

 

 何故か調理を望む者たちに拉致られた翔を、総料理長と呼んで囲んでいる。

 

「………なんでこんなことになってるん?」

「総料理長は三桁や四桁でも通用するほどの腕をお持ちとか!」

「作った料理で金銭やギフトをたくさん巻き上げているとか!」

「料理は人間ながら箱庭下層一と言っても過言ではないとか!」

『『『お聞きしたので!』』』

 

 声を揃え、目を輝かせながら翔のことを称える調理人たち。それを聞いた翔は不機嫌そうな表情へと変化する。

 

「………尾鰭つきすぎ。捏造されすぎ。誇張されすぎ。年齢的にお前らより経験短いのわかれよ………」

『『『………?』』』

 

 呆れと諦観の混じった声で自分にしか聞こえない声量で呟く。

 

「いや、何でもない………」

『『『では!』』』

「料理の確認を!」

「レシピ改善を!」

「アドバイスを!」

「誰がするか馬鹿ども!!」

『『『………!?』』』

 

 集ってくる連中に一喝する翔。

 

「そんなもん赤の他人に聞かず自分で考えろやッ!!」

『『『なん……だと………!?』』』

 

 一瞬、騒然とする一同。だが、すぐに翔の言う事が理解できたのか、ハッとした表情を浮かべる者がいた。

 

「ま、まさか………総料理長は料理人としての自分、そして作り上げたレシピと料理を信じろと、そういっているのか!?」

「なるほど!そんなことも出来ないようならば、料理人として前に進むこともかなわず、未来が存在しないってことだなッ!?」

「そ、そうかッ!そのうえ自身の作ったレシピを、自身で改良・工夫を考えなければ意味がないということなのだなッ!!」

『『『流石です!板乗総料理長!!』』』

 

 うおおおおぉぉぉ!!!と勝手に勘違いして興奮し、翔を褒め称える群衆。勘違いした群衆を見て涙を流してしまう翔。

 

「違う、そうじゃない。そうじゃないんだ………」

「おお、見ろ!総料理長が涙を流している!!自身の一喝で私たちが料理人としての正しい道へと戻ったことを、まるで自分のことのように泣いて喜んでくださっているぞッ!!?」

「す、すげえ!?どれほど人間性溢れる御方なんだッ!!?」

「俺達も感謝の意を込めて総料理長を胴上げするぞ!!!」

『『『おおおおおおぉぉぉぉ!!!!』』』

 

 物凄い勘違いをされた翔がされるがままに群衆に担ぎ上げられ、何故か宙に舞う。

 

『『『ワーッショイ!ワーッショイ!!』』』

「ええい!?俺の事はもういいから、さっさと調理に戻れ!!料理人なら黙って料理してろや!!?」

「な、なんと!?お前たち、聞いたかッ!?総料理長は俺達に早く料理を作って、一人でも多くの者に食べてもらえることを望んでいらっしゃるぞ!!」

「それが俺たちの成すべきことだと言ってくださっているのか!?」

「さすが総料理長だ!!喜ぶのも一瞬だけで、もう次の瞬間には料理を食ってくれる人のことを考えてやがる!!」

「こうしちゃいられねえ!!俺達も総料理長を見倣って調理に戻るぞ!!そしてより多くの奴らに食ってもらうんだ!!!」

『『『おおおおおおぉぉぉぉ!!!』』』

 

 そういって、胴上げをやめて各自の厨房へと散っていく一同。そして一人取り残された翔は、

 

「なぜこうなった?なんでこうなった?どうしてこうなった?間違いを正そうとしたら、どうしてそれが真逆の方向へと転がっていくんだ………?俺は料理人じゃなくてスケーターなのに、どうして………!?」

 

 地に手を突いて落ち込んでいた。そこへ少女の声がかけられる。

 

「あ、あの、翔様………?」

「ん………?ああ、リリか。どうした?」

「あ、味見をお願いしたいのですが………」

 

 よく見ればリリの手には小皿があった。その中には彼女が作っていたシチューが少量入れられていた。

 

「わかった。………うん。大丈夫そうだな。あとは肉が柔らかくなるまで焦げないように混ぜれば、香草の味も多少和らいで丁度良くなると思う。頑張ってな」

「は、はい!」

『そ、総料理長が味見しただと!?』

『なに!?あの子ズルい!!俺だってしてもらいたいのに!!』

『クソ!!総料理長は隠れロリコンだったのか!?くたばれッ!』

「おい!最後の奴は料理人生命を終わらせてやるから潔く出てこいやアッ!!?」

 

 二人の会話を聞いていた周囲の料理人たちが野次を飛ばす。最後の野次に関しては翔も許容できずに、収まりきらなかった怒りを声のした方向へと投げる。

 

『お、大人しく行けよ!?俺はまだ死にたくねえ!!』

『だ、だがあの子は一体何者なんだ!?総料理長に味見してもらえるなんて!?』

『あっ!あの子は総料理長と同じコミュニティの子じゃないか!?』

『なんだと!?なら、もしかして、彼女は総料理長の一番弟子なのか!?』

『『『な、なんて羨ましいんだッ………!!!!!?』』』

「ひっ………!?」

 

 料理人たちの嫉妬の視線に怖がるリリ。

 

「あーもう!!お前らの店の料理も味見しに行ってやるから俺の分を残しとけやッ!!」

『さっすが総料理長!!話の分かる男だと信じていたぜ!!』

『テンション上がってきたああああぁぁぁ!!』

『よっ!ロリコン総料理長!!』

「ただし最後の奴。テメーはダメだ」

『……………………』

『コ、コイツ……!自業自得のくせに真っ白に燃え尽きやがった………!?』

 

 執拗にロリコン呼ばわりしてくる人物を拒絶する翔。その人物は翔の言葉を聞いた瞬間に真っ白になり、風に吹かれてサラサラと消えていこうとしていた。

 そんな彼から目を逸らしてリリに話しかける翔。

 

「それじゃあリリ。大変かもしれないが頑張れよ。俺は成り行きで露店巡りをしなければいけなくなったからな」

「はい!翔様も頑張ってください!」

 

 翔にエールを送って七番厨房の調理場にへと戻っていくリリ。彼女の背中が見えなくなるまで見送った翔は、メンドクサそうにため息を吐いて最初の露店にスケボーを向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 そして全ての露店の料理を食べ終えて、それぞれにアドバイスや案などの雑談をしてリリのいる七番厨房へと戻ってきた翔。

 そこには、鍋を混ぜているリリと、麻袋に手当たり次第に肉を詰め込んでいる十六夜がいた。

 

「あ、お帰りなさいませ翔様!早かったですね?」

「ああ、ただいま。いやはや、さすがに急ぎすぎて顎が疲れた」

「………お前は何をしてきたんだ?」

「全露店の試食、か?味見と言ってもいいかもしれないが、一通り食ってきただけだ」

「俺より先に全制覇した、だと………ッ!?それも初日制覇だと!?」

「何で戦々恐々としてんの、お前?」

 

 翔を睨むように見て対抗意識を燃やしている十六夜。その理由が分からない翔は首を傾げる。

 

「古き日に〝縁日荒らし〟の二つ名を勝ち取った俺が、異世界の露店よりも先に、こんな変態野郎に敗北するっていうのかよッ………!!?」

「うん。よくわからんが、とりあえず『変態野郎』って呼称やめてくんね?『変態』を含むのはちょっと、いや、かなり心にくるものがあるから。あ、でも『変態機動野郎』はOK。逆に『総料理長』はNG」

「クソッ。あんな噂を流したのが裏目に出るとは………!」

「お前かよ、あの行き過ぎた噂の元凶はッ!?そのせいで変な方向に勘違いされたんだからな!?総料理長とか呼ばれる羽目になったしッ!!」

「ヤハハハハ!巨龍の時のことを誰かが根に持ってんじゃねえか?」

「それって絶対お前だろッ!?」

 

 笑って誤魔化す十六夜。それを見て頭をガシガシと掻く翔。

 

「つうか、此処の肉を持っていくなよ。他に作る料理もあるんだから。たしか十三番テーブルの方に肉あるからそっから持って行けよ。ていうかその肉は誰用なんだ?」

「グリー用だな。お前、アイツの好みってわかるか?生か調理済みかどっちを持っていけばいいのか分からないんだが」

「俺が知るか。不安なら両方持っていけ。そして次から好みの方を持っていけばいいだろ。ほら散った散った。リリもお疲れ様。此処はもういいから楽しんで来い。お小遣いもやるから」

「い、いいんですか?」

「ああ。販売は向こうの奴らがやってくれるように話を付けた」

 

 そういって後ろの方を指さす翔。そこには先ほど翔をロリコン呼ばわりした男性が男泣きしている様子が目に入ってきた。

 

「………お前、何したんだよ?」

「さっきロリコン呼ばわりしてきたから、味見してやらないようにしてたんだが、どうせなら利用してやろうと思ってな。味見する代わりに委託販売を頼んだ。面白いぐらいあっさりと了承してくれたぞ。あ、利益は勿論俺らが作った分は全額こっちに来るから問題ない」

 

 そういって笑って見せる翔。リリは若干笑顔が引き攣っているように思える。

 

「そうか。なら別に問題ないか」

「ああ。でも肉は置いてけ。それ不必要な分は持ってきてねえんだから」

「………マジかよ」

「あーでも、詰め込んだなら別にいいわ。………おい、お前ら!」

「「「へいッ!」」」

「この麻袋に入ってる量と同じぐらいの肉を持ってきてくれ。ついでに肉を詰めるのも手伝ってやれ」

「「「分かりやした、先生!」」」

「先生ちゃうわ、このダボども」

 

 そういって翔の後ろから三人の男が飛び出してくる。

 

「………誰だコイツら?」

「俺を手伝いたいって言いだした者ども」

「二番弟子ッス!」

「三番弟子でさぁ!」

「四番弟子だべ!」

「一番は何処にいったんだ?」

「「「一番弟子はそこの狐の姐さんですので!」」」

「ふぇッ!?」

「補足するけどコイツラ自称だから」

「お、おう………」

 

 十六夜ですら反応に困ってしまっている。翔もこのストーカーどもには困っている。だから使い潰してやろうというのが彼の思惑なのだが。

 

「ということで、ここはいいから楽しんできて」

「は、はい!ありがとうございます!」

「十六夜もグリーによろしく言っといてくれ」

「おう」

 

 そうして七番厨房から去っていく十六夜とリリと自称翔の弟子三人組。

 

「………さて、仕込みは大体終わってるし、肉を待つだけ………だとでも思ったのかねえ?」

 

 悪そうな笑みを浮かべて、〝混沌世界(パーク)〟にしまってあった大きな調()()()()を取り出す。それからは美味しそうな薫りが漂っている。

 

「実はもう既に完成していたのさ!あとはこれとリリのシチューを委託販売させるだけ………!」

 

 翔は未だに泣き続けている男の店へと二つの鍋を預けると、あの三人に気づかれないように一つ上の断崖の露店巡りに向かった。

 

「「「何処ですか先生―――――!!?」」」

 

 そんな声を背中に受けながら。

 

 

 

 

 

 

 

「静かに一人で露店を見て回れればー、と思って一つ上の断崖に来たのに………どうして俺は、耀の為に肉を調理しているんだ?」

「私の専属料理人だから」

「その認識いつからあったの?ねえ?いつから?俺の知らないところでそんなことになってたの?」

「きっと箱庭に来る前から決まってた」

「待って!それはさすがに俺も予想外だった!!そこまでは遡らないでくださいッ!?」

「………?」

「いや、不思議そうな顔されても!?てか随分と余裕あるなお前ッ!?」

 

 なぜか翔は元々厨房にいたはずの料理人たちを追い出して〝斬る!〟〝焼く!〟という工程を繰り返していた。店をやってからは要領も良くなり、調理速度が耀の食べるスピードに合わせられるようになった彼が、何故か料理人の代わりに耀のために肉を焼いていた。

 

「初めて作る料理のはずだろう!?それなのになんなんだ、あの手際の良さは………!?」

「手が全く見えないぞ!?」

「あの子の専属となるとあれほどの技量と速度が必要だとでもいうのか!?」

「あの女と同等の速度で作ってる上に、遅くなるどころか加速していっているぞ……!?」

「サラマンダーより、ずっと速い!!」

『『『おい馬鹿やめろ』』』

「なんでや!?サラマンダー関係ないやろ!?っていうか箱庭でそのネタが通じるの!?」

『『『もちろんです、プロですから』』』

「だからなんでそんなネタを知ってるんだよ!?そんな文化は箱庭に流入してないだろ!?………………………え?してないよね?」

『『『……………………………………………………………………』』』

「そこで黙るんじゃねえぇよおおおおおおおぉぉぉぉぉ―――――――!!!」

 

 俺はツッコミじゃなくてボケに回りたいんだあああぁぁ!!と叫びながらも、調理する手を止めることなく、延々と〝斬る!〟〝焼く!〟の工程を繰り返す翔。

 そんな中、〝食べる!〟という工程しかしていない耀が、

 

「………フッ」

 

 挑発するように笑う。それが意味することは、彼女はまだ余力を残していて全力ではないという事だ。それを見た翔は、

 

「(ブチッ)………上等だゴラァッ!!!俺の全力を見やがれやあああぁぁ!!!」

 

 さらに速度を上げて、無意識に物理を狂わせて〝斬る!〟と〝焼く!〟の工程を刹那で終わらせてしまう。

 

「あ、あの坊主ッ今何しやがったんだ!?」

「肉の色が一瞬で変わりやがった!!」

「これが専属料理人の実力だとでもいうのか………ッ!?」

「サラマンダーより(ガンッ!)ガクッ………」

『『『モブYY(ダブルワイ)―――――!!!』』』

「二度も同じネタをかまそうとしてんじゃねえよッ!!プロなら同じネタは同じ舞台じゃ一回までだろうがッ!!!」

 

 先ほどと同じネタをやろうとした野次馬の一人に、翔が投げたおたまが直撃する。

 耀は彼が全力を出したのを確認すると、ゆっくり食べることをやめた。

 翔もそのことを感覚的に理解したのか、さらに加速する。

 両者の速度はほぼ拮抗していた。これはもう、食糧庫が尽きない限りは終わりはしないだろう。

 

「………………………………………………………………………えっと、」

 

 そんな中、リリは唯一人。

 会場の熱と光景に付いていけないまま、ポカンと立ち尽くしていた。

 此処で自分がツッコミを入れたら、きっと会場は冷めてしまうだろう。そうなってしまえば耀と翔は只の痛い人である。

 リリは会場の空気を読んだ末―――流されることを選んだ。

 

「よ、耀様!頑張って!翔様も負けないでください!」

「おう、お嬢ちゃん頑張れ!」

「料理人の坊主も負けんじゃねえぞ!」

「うおおおおぉぉぉぉ!俺は料理人じゃなくてスケーターなのにいいいぃぃぃ!!!しかも他人の厨房ってすごく使いづらいよおおおぉぉぉ!!!?」

 

 ワーワーと異質な盛り上がりを見せる立食会場。一人は切実な悲鳴を上げていたが。

 リリは〝六本傷〟の名物料理を諦めて、年長組を招集しようと二人に背を向ける。

 しかし熱の高まる観衆の中でふと、冷めた声が聞こえた。

 

「………フン。何だ、この馬鹿騒ぎは。〝名無し〟の屑が、意地汚く食事をしてるだけではないか」

 

 ———え?と足を止める。翔も幽かに聞こえたのか他者にはわからない程度だが、一瞬だけ手の動きが鈍くなった。

 しかも声は一つではなかった。

 やれ巨龍を倒して持て囃されている猿だの。

 やれ残飯を漁っていそうな貧相な身形だの。

 やれ一時の栄光だの。

 やれ屑は屑だの。

 好き勝手に宣う。だが、

 

「そんなことありませんッ!!!」

 

 リリの叫びに、観衆の視線が一斉に集まった。

 〝ノーネーム〟を蔑んだ男は、人の姿に鷲と思われる翼を生やしている。細身ながらも鍛え抜かれた体躯を持ち、鬣のような髪と猛禽類の様な瞳を持つ凶暴そうな男は、鋭い眼光でリリを睨み付けた。

 

「………なんだ、この狐の娘は」

「私は〝ノーネーム〟の同士です!貴方の侮蔑の言葉、確かにこの耳で聞きました!直ちに訂正と謝罪を申し入れます!」

 

 真っ赤に頬を染めながら、ひょコン!と狐耳を立てて怒るリリ。

 男の取り巻きは得心がいったように笑い、一歩前へ出る。

 

「なるほど。君が誰かはよく分かった。………でも君は、この御方が誰かわかっていますか?この方は〝二翼〟の長にして幻獣・ヒッポグリフのグリフィス様ですよ?」

 

 取り巻きの男たちの言葉に、今度はリリがたじろいだ。

 

「ヒ、ヒッポグリフ………?でも、ヒッポグリフは鷲獅子と馬の姿を持った幻獣で、」

「阿呆か貴様。人化の術なんぞ珍しくも無いだろうが。数が多い獣人どもの都合で変幻してやっているだけだ。………それよりも、先ほどの放言のツケ。どう払うつもりだ?」

「ど………どうも何もありません!謝罪を求めているのは此方です!」

「ハッ、分を弁えろ。グリフィス様は次期〝龍角を持つ鷲獅子〟連盟の長になられる御方。南の〝階層支配者〟だぞ。〝ノーネーム〟なんぞに下げる頭は無いわッ!」

「………待って。それ、どういうこと?」

 

 観衆の視線が、一斉に動く。

 取り巻きに強く反応したのはリリではなく、会場の中央にいた春日部耀だった。食事の手を止めた耀は訝しげな瞳でグリフィスを睨む。そんな彼女の後ろでは、同じく手を止めた板乗翔がいたが、こちらは取り巻きに反応したのではなく耀に反応して動きを止めたのだ。ついでに言えば眉間を押さえている。

 グリフィスは鬣のような髪を搔き上げ、獰猛に笑った。

 

「何だ、あの女から聞かされていないのか?あの女は龍角を折ったことで霊格が縮小し、力を上手く使いこなすことが出来なくなったのだ。実力が見込まれて議長に推薦されたのだ。失えば退陣するのが道理だろう?」

「………それ、本当?」

「狡い嘘など吐かん。信じられんのなら本人にでも聞くと良い。龍種の誇りを無くし、栄光の未来を手折った、愚かな女にな」

 

 クックッと喉で笑うグリフィス。取り巻きもより品無く下卑た声で嘲笑った。彼の話す事実を知った観衆にも動揺が広がり、ちょっとした騒ぎになっている。

 そんな最中、耀は無言で席を立ち、男たちへと近づいていく。翔は厨房から出てグリフィスへと歩み寄っていく彼女の背中を見ながら、ため息を吐く。

 

「………あー、辛口あたりめが恋しい………」

 

 耀が〝光翼馬〟を模したレッグアーマーで、取り巻きの一人を吹き飛ばすのを椅子に座りながら眺める。現実逃避ともとれる言葉を呟きながら。事実現実逃避なのだが。

 

「なあ兄ちゃん?止めなくていいのか?同じコミュニティの同士なんだろ?」

「アッハッハ。面白いことを言うなおみゃーさん。スケーターに何を求めているのやら。俺には彼女を止める力なんぞありゃしませんよー。だから誰か助けてくださいお願いします多少の謝礼は出すのでマジで頼んます」

『『『無理。野次馬に何を求めているんだ』』』

「知ってた。そして求めているのは辛口あたりめだ」

『『『だめだこりゃ』』』

 

 バカみたいなやり取りをする翔と野次馬たち。

 その間にもグリフィスが人化の術を解き姿を激変させて、耀と相対する。

 

「ほら逃げろ逃げろー。早くしないと巻き込まれるぞー」

『『『はーい』』』

 

 暢気だった野次馬たちも素直に二人から距離を取る。だがリリは、その場から逃げずに踏ん張って―――

 

「ほらリリも。耀は心配いらないから」

「あっ………」

 

 ———いたかったが、翔の手によって抱えられてその場から多少離される。

 閃光と暴風、そして荒ぶる稲妻が、断崖に亀裂が走るほど迸る。

 そして刹那―――

 

「はい、そこまで」

 

 ———二人は、第三者によって同時に敗北した。二人が倒れるのを確認した翔は手をパンパンと叩いて、

 

「はーいお疲れー」

『『『収まったー?』』』

「おーう。もういいぞー」

「え?………え?………………………え?」

 

 野次馬たちに声をかける。

 どこまでも普通の声音の翔と野次馬たち。それを見て困惑するリリ。

 

「えっと、翔様は分かっていたのですか?」

「うんにゃ、全然。でも、ちょっと遠くから二人の様子を見ている人がいたから、『あ、どうにかしてくれそう』とか思っただけ。根拠はゼロだ」

 

 そういってリリを下ろすと、第三者によって気絶させられた耀に近寄る。

 

「いやー、助かったよ。さすがに、彼女を止めるほどの力はなかったからよー」

「ええよ。そんじょそこらの人が、この二人を止められるとは思わへんし」

「分かってくれて嬉しい限りだ」

 

 よいしょ、といって耀を抱き上げる翔。

 

「申し訳ないけど、そっちの〝二翼〟の人は頼んでもいいか?名前も知らない御人や」

「かまわへんよ。それと僕の名前は蛟劉や。よろしゅうなぁ、噂の板乗翔少年」

「………その噂、すっげぇ嫌な噂だったりしませんよね?」

「そうやなあ、巨龍を卒倒させたとかやなぁ」

「それはマジ勘弁。反省してるんで言わないでください。まさかあんなことになるとは思ってなかったんで」

 

 耀を抱えながらも謝る翔。

 

「それじゃ、そろそろ失礼させてもらいますかね。本当に、本ッ当に助かりました」

 

 そういってその場を立ち去る翔。その背中を追いかけるリリ。そしてその三人を追いかける野次馬たち。

 

「いや、お前らは来なくていいんだよッ!!?」

『『『いやいやいや、寝てる彼女に対して色々するんでしょ?エロ同人みたいに!くんずほぐれつするんでしょ!?エロ同人みたいにッ!!』』』

「誰がするかドアホッ!!そのお前らが持っている野次馬根性凄すぎるだろ!?」

『『『もちろんです。プロですから』』』

「同じネタの使いまわし禁止ィ!!よってゴミ箱先輩にボッシュートッ!!」

『『『うわなにをするやめr』』』

 

 そういってゴミ箱先輩に道を阻まれる野次馬のプロたち。その隙に【ポセイドン】で全力疾走する翔。耀を横抱き、かつリリを背中に担いで、その場から消え去っていく翔。

 

 

 

 

 

 

 

 翔は耀をベッドに寝かせると、リリに年長組を招集して宿へ戻るように告げる。彼女は素直に従って部屋から出ると年長組を捜しに行った。翔も三毛猫に概要を話すと部屋を出る翔。

 そして、収穫祭本陣営では十六夜、飛鳥、黒ウサギ、リーダーのジンが足を運び、グリフィスとサラを交えて話し合って最終的に蛟劉の話を聞くために宴を始めた頃、翔は別の場所で物凄く面倒なことに巻き込まれていた。

 

「翔さん~……ちゃんと聞いてるんですかぁ~……?」

「聞いてる聞いてる。だから早く寝てください女性店員さん」

「それよりもぉ~………翔さんも飲んでくださいよぉ~」

「あーはいはい。後で飲ませてもらうよ。……………………クッソ、まさか女性店員が絡み上戸とか、予想外だったぞ………超めんどくせえ………」

 

 黒ウサギが話し合いに行ったのを危惧して、白夜叉の様子を見に来た翔。すると大体予想通り大暴れだった。唯一予想外だったのは女性店員の酒癖であった。

 

「―――というわけでッ!収穫祭のメインゲーム・〝ヒッポカンプの騎手〟の水馬の貸し出しはッ!!!全員、水着の着用を義務とするッ!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

「白夜叉様万歳!!!白夜叉様万歳!!!白夜叉様万歳!!!」

「〝サウザンドアイズ〟万歳!!!〝サウザンドアイズ〟万歳!!!」

「許せ黒ウサギ。俺にはこの状況をどうにかする術がない。元はと言えばあの馬鹿を一人にした黒ウサギが悪い」

「すぅ………すぅ………」

 

 寝てしまった女性店員を膝枕しながら、事の成り行きを見ることしかできない翔は、黒ウサギに謝りながら明後日の方向を見やる。

 心の中では、男に被害はないから別にいいかなぁ………。と考えて止める気力すらも消え失せた翔であった。

 

 




【総料理長】
 噂が十六夜、飛鳥、耀によって一人歩きさせられた結果の呼称。料理の腕は食材の扱い的に、別に料理人たちとどっこいどっこいで翔の方が上というわけでもない。だが、翔が知っている食材なら少し翔の方が上になる。

【露店巡り】
 リスポーンしながら満腹状態をリセットしながら食べ歩いたため、腹は膨れていない。ちなみに料理は全部完食しています。お残しは許しまへんでぇ!

【翔の弟子(自称)三人組】
 ストーカー。以上。

【プロの野次馬】
 何処にでも出没するプロの野次馬。何事にも動じず、唐突にネタをぶち込んでくる謎の集団。

【モブYY(ダブルワイ)
 もしかして:ヨ○

【絡み上戸の女性店員】
 書きたかっただけ。他意はない。増えろ女性店員ファンッ!



翔 「俺がスケーターだ」
作者「うんそうだね。スケーター(ヌケーター)だね」
翔 「………?今何か変なルビが付いてなかったか?」
作者「俺には何も見えないけど(すっとぼけ)?」
翔 「そうか?」
作者「うん。それよりもヒロインアンケートの結果発表!」
翔 「結局今日で締め切るんだな」
作者「投票率も安定してきたし、此処で締め切るのが正解かなって。それじゃ結果をドンッ!」


計三七票
・耀:十二票(+一票《複数投票》)
・ペスト:十一票(内SM覚醒チキンレース希望が二票)(+一票《ダブヒロ》)
・女性店員:七票
・レティシア:一票(+一票《複数投票》)
・十六夜:一票
・あたりめ:一票
・ヒロイン無し:一票
・黒ウサギ:一票
・ゴミ箱先輩:一票
・結月ゆかり:一票


作者「スケーターつながりで結月ゆかり票があったのが驚いた」
翔 「今のところ出てないキャラだもんな。今後に出すにしろ、いつ出るんだっていうレベルの人だよな」
作者「まあ、結果から言うと耀がヒロインなんだが、ここまで接戦だったなら、いっそダブルヒロインでもいいんじゃないかと思っている自分がいる。そこそこ多かった女性店員さんも、サブヒロ的立ち位置でちょいちょい絡んでもらおう。今回のように。今回のように!」
翔 「………二度言う必要があったのか?」
作者「一応。というか公式での女性店員さんの名前が今現在無いから、すごい困ってる」
翔 「それな」
作者「まあ結果的にはこうなったから、チョイチョイ出番を増やすつもりではあるけど」
翔 「それで、結果は?」
作者「耀とペストのダブルヒロイン。女性店員さんは残念ながら?サブヒロ的立ち位置で頑張ってもらいましょう」
翔 「………作者はどのキャラが好きなんだ?」
作者「基本的に嫌いな女性キャラはいない。でも、皆に鵬魔王の迦陵ちゃんもいいぞ、とだけ言いたい」
翔 「おい」
作者「ではまた次回!」



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第十九話 類は友を呼ぶ!

 ―――〝ヒッポカンプの騎手〟・地下都市の観戦会場。

 そこで翔は当日に開く店の準備をしていた。翔は水場での活躍が難しいため、サポート役として参加するか悩んでいた。せめてスケボーが幻獣と認められたなら、選手として参加する可能性もあっただろう。だが、そんな暴論が通るわけもなく、一瞬で却下された。

 

「なぜスケボーが認められないのだろう?ならばと思って提案したゴミ箱先輩とベニヤ板先輩も却下されたから、幻獣の区別はやっぱり息があるかないかなのだろうか?」

 

 絶対にそんな定義ではないだろう。まず生きた細胞が無い時点で生物とは認められないのだから。逆に通ると考えている前提から違うのだ。

 

「だからといって水の側じゃなおさら活躍できないし。白雪姫が居るからそっちのが断然役に立つしなぁ。騎馬に危害を加えられないなら、騎手に直接ゴミ箱先輩を吹っ掛けるか、パークに引き摺り込んで放置っていう手もあるけどさ。それより俺、料理人よりスケーターしてたいんだよなー。最近料理しかしてないし」

 

 滑りたいなぁーとぼやきながら、屋台を組み上げる翔。当日はリリたちも売り子として手伝ってもらえるように頼んである。勿論水着でだ。美少女たちが売り子をしていれば、売り上げが伸びるだろうという魂胆からだ。白夜叉の暴走に便乗しようとしているのだ。

 

「はぁ………店はリリたちに任せてサポート役として出て適当に滑ってようかなぁ………」

 

 そろそろスケーターとしての何かが爆発しそうな翔は、水面でもいいから滑りたい衝動に駆られ始めている。

 

「………どうせ俺は強制参加かね?それならそれでただ滑るだけなんだが………」

 

 もっと【ポセイドン】や【ロケット】以外のトリックを決めたいという思いが、沸々と湧きあがってくる。

 

「むぅ………あとで駄目元で三人に聞いてみるかぁ………」

 

 そんなことを考えていると屋台が組み終わり、地面にいる酔っ払いたちを跨ぎながらその場を後にする翔。

 

 

 

 その後、三人に聞いた結果。

 

 

「駄目よ。貴方は何をするかわからないのだから」

「駄目。私たちが絶対困ることになるから」

「駄目に決まってるだろ。お前が一番の不確定要素なんだよ」

 

 

「何するかわからない、困る、不確定要素、ねぇ………いいよいいよ。そっちがその気ならこっちにも考えがある」

 

 不敵に笑う翔。そして、ある場所へと誰にもバレないように向かう。

 彼が何を考えているのかは、本人とある人以外は当日に知ることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝ヒッポカンプの騎手〟・参加者待機場。

 快晴だった。当日の朝は雨雲がちらほらと出ており天気が崩れそうな雰囲気であったが、昼間を過ぎれば強い日差しが〝アンダーウッド〟に差し込んでいた。

 大樹の水門に設けられたスタート地点で、意気揚々とレースの開始を待つ参加者たち。

 しかしそんな活気に溢れる中―――十六夜たち他〝ノーネーム〟のメンバーは、コミュニティごとに宛がわれた更衣室テントの前で、ジンから昨夜の出来事を知らされていた。

 

「―――以上が、サラ様とポロロから要請を受けた内容です。〝二翼〟とは遺恨もあります。絶対に勝ってください」

 

 優勝者が、次期〝階層支配者〟を連盟から指名する。

 十六夜たちは呆れたようにため息を吐いた。

 

「………なるほど。サラも面白い面倒事を任せてくれたな」

「でもせめて一言欲しかったわ。私、本当に心配したのよ?」

「これはもう、サラには美味しいものを奢ってもらうしかないね」

「………程々にしておけよ?じゃなきゃまた料理人が泣くぞ」

「………?翔が作ってくれるんでしょ?」

「ごめん。それサラじゃなくて、俺に奢ってもらうことになってると思う。普通にプロの方に作ってもらってくださいお願いします」

 

 耀に土下座で懇願する翔。そんな二人のやり取りを見て苦笑する十六夜達。

 

「しかしレンタルをした女性出場者は、本当に全員水着なんだな………白夜叉の発案にしては珍しくまともじゃねえか」

「酔った勢いで言ってたからな。理性があったのかなかったのかは知らんが」

 

 十六夜と翔はそう言って、飛鳥と耀の水着姿を見つめる。

 飛鳥はビキニタイプにパレオを付けた水着、対して耀はセパレートタイプの水着だった。

 ………二人が観察していると、飛鳥が頬を赤くして二人を睨む。

 

「ちょっと、ジロジロ見過ぎよ」

「馬鹿言えよ。水着姿なんて見られてなんぼだろ。二人とも、中々にエロっぽいぞ」

「似合ってないわけじゃないんだし、いいじゃん。こんな機会なんて滅多にないんだから楽しめよ」

 

 ビシッ!と親指を立てる十六夜と、頬杖を突きながらダルそうに言う翔。恥ずかしさからますます紅潮する飛鳥。

 耀は逆に、親指を立て返してビシッ!と返す。

 丁度そんなお馬鹿な四人のやり取りが終わった頃。更衣室の中から、水着に着替えている黒ウサギの声が聞こえた。

 

「お………お、お待たせしました」

 

 ヒョコ、と。テントの出口からウサ耳だけが出てくる。心なしか紅潮しているのは気のせいではないだろう。

 既に水着に着替えている飛鳥と耀は、じれったそうにウサ耳を摑み、

 

「「てい!」」

「フギャァ!?」

 

 思いっきり引っ張った。黒ウサギは堪らずテントの外まで引き摺り出される。その引っ張った勢いで、黒ウサギの胸元が艶めかしく揺れた。

 

「………お?」

 

 十六夜の瞳が、揺れる胸元に釘付けになる。

 黒ウサギの衣装は―――愛らしいフリルで着飾られた、煽情的なビキニの水着だった。

 童顔とは相反する蠱惑的な肢体に、一同は息を呑んだ。

 

「………十六夜君。エロっぽいというのは、こういうのを言うのよ」

「馬鹿を言え。これはエロいっていうんだよ」

「うん。エロエロだね」

「白夜叉にしては普通のチョイスで安心した」

「ほ、他に言う事はないのですか………?」

 

 ツッコミを入れる気力すら湧かずに、ウサ耳と頬を真っ赤にする黒ウサギ。

 十六夜は黒ウサギの心境を察したように、笑って付け加えた。

 

「いや、自信持っていいぞ。〝アンダーウッド〟全域を見回しても、黒ウサギが一番可愛い。俺が保証する」

「………そ、そう、ですか」

 

 ド直球な言葉にもっとウサ耳が紅潮する。

 

「というか、翔君はどんなのを想像していたのかしら?」

「どんなのって………白夜叉の事だから………スリングショット、とか?まあ、もし用意してたら、殴り込みに行こうかとは思ってたけど」

「す、スリングショット………?」

「アレか、紐の奴だな」

「うん。紐の奴だね」

「そう。紐の奴だ」

 

 飛鳥は首を傾げていたが、十六夜と耀は分かったのか頷いていた。黒ウサギも分かったのか、さらにウサ耳が紅潮する。

 川辺で参加者を集める鐘が鳴り響いたのは、それから間もなくのことである。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝ヒッポカンプの騎手〟・舞台。

 十六夜、飛鳥、耀、白雪姫の四人はなんとも言えない表情を浮かべていた。その原因は―――

 

「………なんで貴方も出場するのかしら?」

「………暇だったから俺も出たいなー、って。それで白夜叉に相談したら『面白そうだから良いぞ!〝サウザンドアイズ〟名義での出場を許す!』って言って許可くれた」

 

 ―――飛鳥の横でヒッポカンプに跨る翔であった。

 

「くっ………まさか、こんな身近に思わぬ伏兵が出るなんて………!」

「大丈夫だよ、飛鳥。翔の騎馬は走るのが苦手な子だった。仲間内では、可哀そうだけど落ちこぼれって呼ばれてた」

 

 耀が飛鳥に耳打ちする。確かに翔が乗っている騎馬は彼女が昨日確かめた中で一番水面を奔るのが苦手であった。だが、翔もちゃんと調べているのだ。その結果が今の騎馬なのだから。彼の秘策にはこの騎馬が最適と考えたからである。

 そんなことも知らない一同は、少し安堵する。

 

「………それなら、安心かしら。なら私たちが注意しなきゃいけないのは………」

 

 そういって飛鳥は離れた場所にいるフェイス・レスの姿を見つめる。

 大河の両岸にいる十六夜、耀、白雪姫も目配せし合って頷き合う。

 黒ウサギは舞台の真ん中まで移動し、ルールの最終確認を行った。

 

『それでは黒ウサギより、〝ヒッポカンプの騎手〟の最終ルール確認を行います!

 一、水中の落下は即失格!但し、岸辺や陸に上がるのはOK!

 二、進路は大河だけを使用すること!アラサノ樹海からは分岐路がありますので、各参加者が己の直感で進んでください!

 三、折り返し地点の山頂に群生する〝海樹〟の果実を収穫して帰る事!以上です!』

 

 黒ウサギが言い終わると、白夜叉は両手を開き準備を整え。

 

『それでは参加者たちよ。指定された物を手に入れ、誰よりも速く駆け抜けよ!

 此処に、〝ヒッポカンプの騎手〟の開催を宣言する!』

 

 

 

 

 

 

 

 ―――開会宣言後、刹那の剣閃だった。

 白夜叉が柏手を打つと同時に、フェイス・レスは蛇蝎の魔剣を引き抜いて範囲内に居る参加者を全て切り伏せた―――否。正確には、首の皮一枚傷つけることなく。

 仮面の騎士は一瞬にして参加者たちの水着をバラバラに引き裂いたのだ―――!!!

 

「きゃ………きゃあああああああああああああああ!!?」

 

 途端に広がる黄色い絶叫。水着を斬られた者たちは何が起こったのかも分からず、己の裸体を隠すためにドンドン水面に落馬していく。男性も容赦なく素っ裸にされた。

 

「うへぇ………えげつない………」

 

 〝水着斬り裂き魔(フェイス・レス)〟はその間も悠々と騎馬を進め、参加者の水着や衣服を近寄る傍から斬って捨てている。そして翔にもその魔の手が襲い掛かる。

 だが、宙に舞ったのは衣服の切れ端ではなく、鮮血であった。騎手である翔は跳ね上げられて、岸に投げ飛ばされる。そして叫ぶ。

 

「あ、相棒おおおおおおおおおおおおおおおッ!!?」

「………え?」

『『『え?』』』

 

 フェイス・レスも観客も驚きの声を上げる。彼女が斬ったのは翔の服ではなく、彼の騎馬のヒッポカンプであったのだから。

 

「え、衛生兵!衛生兵いいいぃぃぃッ!!!治療を早くうううぅぅぅ!!!?」

『は、はい!』

 

 一体どういう事だろうか?先ほどまで一分のズレも無く、水着と衣服だけを斬り捨てていたというのに。彼女の手元が狂ったというのだろうか?………答えは否だ。彼女の狙いは正確であった。()()()()()()()翔の衣服を切り捨てていただろう。何かあったから今、翔の騎馬が血塗れなのだから。

 では何があったか?根本としては、彼女が翔を狙ったのが不味かったのだ。

 フェイス・レスの蛇蝎の魔剣は、彼の衣服を斬ろうとした瞬間………何故か【()()()()】したのだ。本来ならば、【ゲッダン】は人がする現象で物体がすることはほぼないのだが運悪く、彼女はその超低確率を引き当ててしまったようだ。そのせいで刃先がズレて、騎馬を斬りつけてしまったのだ。

 黒ウサギはなんとも言えない表情で、審判として告げる。

 

『え、えっと………〝ウィル・オ・ウィスプ〟のフェイス・レス選手、禁止事項抵触のため、失格でございますヨ………』

「………はい」

「相棒おおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 ルールだから仕方ないと頷き、退場するフェイス・レス。

 そのすぐ傍で血塗れの騎馬を傍で見守る翔。だが、次の瞬間!

 

「ヒヒンッ!」

『『『………え?』』』

「なん………だと………?お前、まさか………」

 

 彼の騎馬は無傷の状態で姿を現したのだ!

 この現象に似通ったものを翔は、というより翔という人物を知っている者ならば知っている。

 

「お前は………()()()()()だったのか!?だから泳ぐのが、というよりも水が苦手だったんだな!?」

「ヒンッ!」

 

 衝撃の真実。彼のヒッポカンプは〝スケーター(ヌケーター)〟のギフトを一部所持しているようだ。

 だからなのだろうか?フェイス・レスの蛇蝎の魔剣が【ゲッダン】したのは。一人と一頭のギフトが合わさり、相乗効果で刃先がズレたのかもしれない。

 だが、これで翔はレースに復帰できる。彼自身も落馬せずに岸に上がっていたのだから。

 

「相棒、行けるんだな?大丈夫なんだな?」

「ヒヒンッ!」

「よっしゃ!なら行こう!今すぐ行こう!!俺が硬水ロードを作るから、お前はその上を走れ!硬水ロードならお前は真価を発揮できるッ!!硬水こそが、お前のボードだッ!!」

 

 翔は騎馬に跨ると、オブジェクトの水を召喚して進行方向に敷いていく。

 彼がこの騎馬を選んだ理由は、スケーターだったからではない。その事実は彼自身もいま知ったものだ。

 本当の選んだ理由は、この騎馬は『硬水』の上を走らせたならば、【超加速】並みの加速と速度を発揮するのだ。翔にボードが必要であるように、このヒッポカンプにとって『硬水』こそが必要な物、彼にとってのボードであったのだ。

 翔は硬水の道を敷き続ける。ヒッポカンプはその水とは思えない硬さを持つ、文字通りの『硬水』の上を駆けていく。そうして彼らは、他の参加者を次々と追い抜いていった。

 

「………………………一番の強敵だと思ってた人が、さっそく退場したのだけれど?」

「………………………翔が勝っても、多分問題ないんだろうが―――」

「「それだけは嫌だな(それだけは嫌よ)」」

 

 口を揃えて言う二人。

 

「絶対に負けてなるものですかッ!」

「あんな野郎に二度も負けて堪るかよッ!」

 

 飛鳥も騎馬であるヒポポタママに鞭を打ち、加速させる。十六夜も離れないようについて行く。先を行く翔に負けないために。

 

 

 

 

 

 

 

 樹海を進む翔は細い河を通って山頂を目指していた。しかしその途中で〝水霊馬〟に襲われる。だが、

 

「………この程度だったら、ベニヤ板先輩とゴミ箱先輩で事足りるからなあ………」

 

 正面を見据えながら呟く翔。

 右手に(ゴミ箱先輩)を左手に(ベニヤ板先輩)を持って、突き進む翔とその騎馬であるヒッポカンプ。

 

「別に優勝を目指さなくてもいいんだよなぁ………お前はどうだ?優勝したい?」

「ヒヒンッ!」

 

 走りながら器用に首を振って、否定の意を示すヒッポカンプ。

 今まで思う存分に走ることが出来なかったから、現在のこの状況だけで十分満足しているのだろう。

 

「そっか。………まあ参加したからには好成績残して終わりたいよな。優勝とか」

「ヒンッ!!」

 

 今度は同意するかのように力強く鳴いて、さらに速度を上げるヒッポカンプ。

 そのことに驚く翔。

 

「おおッ!?まだスピード上がるのかよッ!?すげえな!」

「ヒヒヒンッ!!」

「ハハハ!いいぞこれ!!ガンガン行こうぜ、相棒!!ついでに楽しもう!!気の済むまでなッ!!!」

 

 テンションも速度も上がっていく一人と一頭。〝水霊馬〟なんか気にならない速度で河を駆けていく。

 その後は難なく山頂まで一気に駆け上がっていく一人と一頭。

 

「………着いた!山頂はここだろ!?」

「ヒンッ!」

 

 そういって山頂に一番乗りで辿り着いた翔は目の前の大海原に目を奪われる。

 

「………ハハ、アハハハハッ!スゴいなコレッ!?これだけでも参加した価値があるな!!とはいえ海は怖い!!強制リスポーン地獄の産地だし!!さっさと採るもん採ってバイバイしようぜッ!!?」

 

 ヒン、と短く鳴いて、すぐ近くの海上に生えている樹へと寄るヒッポカンプ。それに生っている実を素早く回収する翔。そこへ、

 

「………ッ!先を越されてたわ!十六夜君!」

「クソッ!負けて堪るかよクソッタレ!」

「あちゃー?追い付かれちゃった?」

「ヒン………」

「あー大丈夫大丈夫。お前さんのせいじゃないから」

 

 追い付かれたことを申し訳なく思ってるのか、哀しそうな声で鳴く翔のヒッポカンプ。翔は気にするな、と騎馬を慰める。彼自身そこまで差を開くことはできないと考えていたのだろう。

 

「でもなぁ、一番の不安要素は飛鳥達じゃないんだよなぁ………」

「あら?それはつまり、私たちは眼中にないという事かしら?」

 

 額に青筋を浮かべながらお嬢様らしからぬ表情で、翔に尋ねる飛鳥。しかし彼は首を振って否定する。

 

「眼中に無いわけじゃない。優勝を競い合うことになるのは確定だとも考えてる。でも、それ以上の不安要素が―――」

 

 瞬間、緩やかに足場が揺れ始め、心なしか波風が強くなり始める。

 

「ああ、クッソ。やっぱ参加してんじゃねえか………最悪。勝ち目ねえじゃん。十六夜ー、お前に丸投げしていいー?」

 

 翔が独り言のように暗い表情で呟く。

 地鳴りは滝の下を震源として徐々に強くなり、大噴火のように水柱を上げてその姿を現す。天まで届くかという水柱には、一頭の騎馬と騎手の影。先ほどまでの地鳴りは大河と滝の流れを逆流させるものだったのだ。

 

「いやあ、参った参った!寝坊したらこんな時間になってもうた。無理やりねじ込ませてもらったのに、白夜王には悪いことしてもうたなあ」

 

 胡散臭い関西弁を話しているがしかし、その雰囲気に昨夜までの親しみやすさはない。突然現れた最後の参加者―――蛟魔王は、濡れた髪を搔き上げて翔達を一瞥する。

 

「ハァ………マジクソゲー………こんなん萎えるわー………仕方ないからスケボーしよ………」

 

 そんな翔の声が広い海原へと消え入る。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――海樹の園・海岸沿い。

 潮風が吹き抜ける海岸で、四人はそれぞれの陣営を―――

 

「ああ、相棒………ここまでのようだな………もし来世があるなら、その時はまたお前の背中に乗せてくれよ………」

「ヒンッ………ヒンッ………!」

「遺言みたいなことを言うん止めてくれへん?僕、其処までやるつもりあらへんで?」

「馬ッ鹿お前!俺らは金槌なんだよ!水に浸かった瞬間、命を刈り取られるんだよッ!!」

「ヒンッ!!」

「じゃあなんで参加したん、君ら!?」

「暇だったからに決まってんだろ!?なあ相棒!!」

「ヒヒンッ!」

「それにここはお前のフィールドだ!なら此処で全員を潰すつもりで津波の一つや二つ起こす気だろう!?」

「…………あちゃー、バレてもうたか………残念ながら君、正解や」

「…………え?マジで?さっきのフラグだったか?言わなくてもどうせやってたんだろうけどッ!」

 

 蛟劉が馬上で右腕を掲げると、先ほどの何倍もの地鳴りが彼らを襲う。

 次の刹那、巨大な津波が迫り始めた。

 

「………覚悟決めるか、相棒!」

「ヒンッ!」

「死んだらリスポーンして会おう!優勝できないのは残念だがな!」

 

 そういって、硬水ロードで滝へと全力疾走し始める一人と一頭。そして、一〇〇mもの高さからダイブした。

 

「暇つぶしだから負けても良いうえに、リスポーンできるからって思いっきり飛んでいったわ!」

「けど他に手はない!お嬢様も滝に向かって走れ!」

 

 そんな声が後ろから聞こえた。だが、翔は気にすることも無く、久方ぶりの落下を楽しむ。

 

「ヒャッハー!〝Hall of Meat〟をやってる気分だ!!」

「ヒヒィン!!」

 

 翔がそんなことを言っていると、彼の騎馬が一際甲高い声で嘶く。すると、

 

「おおう!?硬水が、集まってきてる!?って、これは―――」

 

 至る所から硬水が押し寄せて来て、足下にウォータースライダーを形成する。そう。これは、

 

「―――ボード呼び戻し!?ボードの代わりが硬水だからこんな風になるのか!?」

「ヒンッ!」

「………ハハハッ!すげえな、相棒!スケーターらしくなってきたじゃねえか!!」

 

 ―――なら、もう一段スケーターらしくしてやろうか?―――

 そんなことを言っているかのような気配が、彼らの背後から感じた。それに悪寒を感じて、勢いよく振り向く。

 

「ゴ、ゴミ箱先輩………ッ!?も、もう少しでゴールなんだ!!だからそれまでは、それまではせめてッ!!」

「ヒ、ヒンッ………!?ヒンッ!ヒンッ!」

 

 翔とその相棒が懇願する。だが―――

 

 ムシャリ。

 

 ―――現実は無常である。

 

「ぎゃあああああぁぁぁ!!!?」

「ヒヒイイィィン!!!?」

 

 一人と一頭がゴミ箱先輩に喰われる光景を、唖然としながら飛鳥と観客たちは見ていた。現在一位の選手がそんな呆気ない終わり方をしてしまえば、そんな表情にもなるだろう。

 そのまま大河へと落下して失格となり、スタート地点にリスポーンする。

 一人と一頭は岸辺に寄って、反省会を開く。

 

「むぅ………まさか、あんなところに伏兵がいるとは思わなんだ」

「ヒン………」

「まあ、優勝こそ逃したが楽しかったから良しとしよう」

「ヒンッ!」

 

 翔は右手で、ヒッポカンプは左の蹄で、ペシッっと何とも締まらない音のハイタッチをする。

 

 

 

 その後、文字通り最後の参加者となった飛鳥達〝ノーネーム〟がゴールを果たして、ギフトゲーム〝ヒッポカンプの騎手〟は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝アンダーウッド〟階層支配者就任式。

 最終日を迎えた収穫祭の夜。

 連日行われた酒宴は一時取り止められ、荘厳な雰囲気に包まれていた。

 大樹の天辺では、南の守護者としてサラ=ドルトレイクが新たな〝階層支配者〟として任命され、〝鷲龍の角〟を授与されている。

 地下都市の広場でそれを見上げていた十六夜たちは、収穫祭を振り返りながら斑梨のジュースを飲んでいた。

 

「これで〝龍角を持つ鷲獅子〟連盟も落ち着くかな」

「そうですねー。今回の一件でグリフィスが出奔し、反発する声はほとんど無くなったでしょうから」

 

 十六夜に黒ウサギが応じる。グリフィスはサラが〝階層支配者〟を継ぐと決定するとすぐにコミュニティを去った。それが潔さからでた行動なのかは分からない。しかし長の座をかけて戦った以上、敗者が去っていくのは別段おかしなことではないのだろう。〝二翼〟の同士もすぐに現状を受け入れた。

 

「サラの折れた龍角も、〝鷲龍の角〟があれば大丈夫なのよね?」

「元々がドラコ=グライフの龍角だから、一本だけだしね。他にも何かギフトを授かるって言ってたから、きっと大丈夫だよ」

 

 そう、と相槌を打つ飛鳥。そこで十六夜が疑問の声を上げる。

 

「そういや、翔の奴はこんな時にどこに行ってんだ?」

「さあ?また料理でも作ってるんじゃないかしら?」

「本人のいないところで好き勝手に言わないでくれ。さすがに最終日まで料理していたくはねえよ。俺にも休息ぐらいくれよ」

「ヒンッ」

 

 翔が文句を言いながら、一同に合流する。何故かヒッポカンプを乗せた台車と共に。

 

「………そのヒッポカンプはどうしたのでございますか?まさか、盗んできたのでは―――」

「風評被害が甚だしい発言は止めてくれませんかねぇ!?コイツは、こんな奇妙なヒッポカンプは扱いづらいから、って向こうの方から引き取らせてくれたんですぅー!」

「ヒンッ!」

 

 そういってため息を吐きながら、空いている場所に座る翔。

 しばしすると、大樹の天辺で炎の嵐が吹き荒れた。

 その熱風は地下都市にまで届き、夜風の肌寒さを一斉に吹き飛ばす。新たな〝階層支配者〟が生まれた事を知り、地下都市では乾杯の音があちらこちらで鳴り響いていた。

 黒ウサギは〝アンダーウッド〟を見上げ、羨望と祝福を込めて呟いた。

 

「………お疲れ様です、サラ様。黒ウサギたちも負けずに頑張るのですよ」

 

 コミュニティの命運を背負い、再建に貢献し、その功績が認められた。

 黒ウサギはそれが他人事とは思えなかった。崩壊から〝ノーネーム〟を支え続けている彼女にとって、復興の前例というのは強い励ましになるだろう。

 何時か旗と名を取り戻し、同士たちと再会する。

 その夢を大樹の旗に重ねて見上げる。

 傍に控えていたリリたち年長組は、今がタイミングだと走り寄ってきた。

 

「あの、黒ウサギのお姉ちゃん」

「………リリ?どうしたのですか?」

 

 神妙な顔をしているリリに、小首を傾げる。

 リリは狐耳を紅潮させて、胸に抱きしめていた小袋を手渡した。

 

「………これは?」

「プレゼント。十六夜様や、飛鳥様や、耀様や、翔様、ジン君や、私たちみんなで選びました」

 

 ―――へ!!?とウサ耳を逆立たせて驚く黒ウサギ。

 視線で問いかけると、問題児三人はそれぞれ別方向にそっぽを向いたまま頷いた。翔はそんな三人の様子を見て、クツクツと含み笑いを溢す。

 

「………ま、こんな面白い場所に招待してくれたからな」

「連盟も組んで、一つの節目が出来たわけだし」

「何時もありがとう、黒ウサギ」

 

 耀が笑顔で締めると、更にそっぽを向く十六夜と飛鳥。それを見てもう既に含み笑いを我慢できなくなったのか、盛大に笑い転げる翔。だがすぐに二人の手によってシバかれる。

 そんな不器用な心遣いが、今は心から嬉しかった。

 

「あ、ありがとう………ございます。とても大切にするのですよ………!」

 

 そう言って袋を開けようとする黒ウサギ。しかし問題児三人は、慌ててそれを遮り、広場の中央まで黒ウサギを連れて走り出した。

 

「いいから、贈り物の確認なんか後でやれ」

「今夜は最終日よ!飲んで食べないでどうするの!?」

「行こう、黒ウサギ!」

「え、ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 プレゼントをリリに預け、広場に躍り出る四人。僅かに開いた小袋の中をリリが覗くと、プレゼントとは別の手紙が入っていた。宛名にはこう書いてある。

 

『親愛なる同士・黒ウサギへ』と。

 

「………ふふ。十六夜様達も、素直じゃないです」

「それがあの三人じゃん」

 

 〝親愛なる同士へ〟。その一文が嬉しくて、パタパタと二尾を揺らすリリの横で、カメラを覗き込みながら翔が呟く。

 

「おかげで、いい写真も撮れた」

「………翔様は映らなくていいんですか?」

「カメラマンは映らなくてもいいの。本当かどうか分かんないけど、写真には撮影者の心が映り込むって、よく色んな写真家が言ってるんだから。それよりもお前らも行ってこい」

 

 慌ただしく駆けていく彼らの後を、年長組に追いかけさせる翔。年長組も嬉々として追いかける。

 そして、一番後ろで、もう一枚写真を撮影する翔。

 

 映っている全員の、背中しか映っていない写真だが、見る人にも楽しい雰囲気が伝わってくる一枚であった。

 

「じゃあ、俺らも行くか。相棒」

「ヒンッ!」

 

 写真に満足してカメラをしまい、相棒の乗る台車を引きながら、皆の背中を追いかける翔。

 夜風と祝福に包まれた大樹の地下都市は今宵も眠らず、何時までも明るい声が響いていた。

 




【幻獣】
 グリフォンやヒッポカンプのこと。決してスケートボードやゴミ箱先輩、ベニヤ板先輩は含まない。

【スリングショット】
 紐の水着。何故か男性用もある不思議。

【サウザンドアイズ名義での出場】
 白夜叉にジャンピング土下座して頼み込んだ。そしてなんか面白そうってことで参加させてくれた。その結果、序盤で白夜叉の仇敵である、女王の騎士を脱落させるという番狂わせをした。


【ヒッポカンプ(スケーター)】
 作者の苦肉の策。この回書くことなさ過ぎてどうすればいいか悩んだ結果、『猫屋敷の召使いよ………スケーターを増やせばいいのです』という天啓を受けた(大嘘)。
 まだスケーター(ヌケーター)として半人前で、オブジェクト召喚が上手くできないため、翔に硬水を召喚してもらっていた。
 そして、扱いづらい騎馬のため、翔に押しつk、引き取られた。名前は次回。

【硬水】
 水とは思えない硬さを持つ水。skate3にはありふれた水。水中こそ存在しないが、それでもスケーターは溺れて死ぬ。

【刃先のズレる蛇蝎剣】
 (ヌケーター)ヒッポカンプ(ヌケーター(半人前))、『硬水』。これらの要素が一か所に集まっていたから、物理先生がご乱心してもおかしくないね!

ボード(硬水)呼び戻し】
 スケーターとして覚醒したヒッポカンプが成せる技。呼び戻す硬水は一つか全部かなどと枚数指定できる。


作者「サブタイトルは『(ヌケーター)(ヌケーター)を呼ぶ』と読んでください」
翔 「ついに、ついにスケーター仲間が………!」
ヒッポカンプ
  「ヒンッ!」
翔 「相棒!」
作者「というわけで今回で原作五巻が終了ですね」
翔 「今回は書く内容に困ったんだったか?」
作者「うん。舞台は水場だし、スケーター立ち入り禁止区域の海もあったからな。だから苦肉の策としてヒッポカンプのスケーターを急遽増やした」
翔 「今回だけは作者に感謝しとく」
作者「今回だけって………もっと感謝してぇな!」
翔 「特にする必要が無い。それより読者様に言っておくことがあるんじゃないのか?」
作者「あ、そうだった。えー、この作品についての意見等についてなのですが、お書きになる場合は感想ではなく、活動報告の『「もしもスケーター(ry」なんでも掲示板 』をご利用ください」
翔 「………以上か?じゃあ、また次回!」
作者「さて………次回も書くものには困り果てているんだが、どうなるかな………?」
翔 「おい」


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原作六巻
第二十話 箱庭のカフェは異界に繋がっているのかもしれない


 ―――〝混沌世界(パーク)〟内の果樹園。

 そこで翔は一人で、〝アンダーウッド〟の露店で購入した苗を確認していた。主に謎の苗についてだが。

 

「………あのおっさん、嘘吐きやがったな………!全部違う苗のうえに、果実が生るのかも分からねえ奴もいるじゃねえか………ッ!!」

 

 翔の目の前には、おまけとしてもらった不良在庫の三本の苗が成長した姿があった。

 

 一本目は、触れると体が荒ぶったり、オブジェクトを乗せると勢いよく飛ぶ、よく分からない樹木。

 

 二本目は、ガサガサと独りでに蠢き、その枝には食べたら不老不死とか知識とかをくれそうな、リンゴのような黄金の果実が生っているトレントっぽい樹木。

 

 三本目は―――

 

「………なんで、ラビットイーターもどきが混ざってるんだよぉ………」

 

 ―――見るからに八〇本よりも多くの触手を蠢かせ、花と思しき部分には牙のある口を大きく開かせた謎樹木(ラビットイーターもどき)。しかも、自ら勝手にパーク内を動き回っている。

 その光景を見て、顔を俯かせて暗い空気を纏う翔。そんな彼に近寄って、肩を叩くものがいた。

 

「………グッ!」

 

 翔が顔を上げて、叩いたものを見上げる。そこには元凶である植物、ラビットイーターもどきがいた。

 頑張れとでも言いたいのか、触手でガッツポーズを表現している。

 

「………………誰のせいで、こうなってると思ってんだよぉ………」

 

 再び顔を俯かせて、落ち込む翔。

 それを不思議そうに花の部分を傾げて、翔を見つめるラビットイーターもどき。

 だが、また翔の肩が叩かれる。

 

「………スッ」

 

 翔がもう一度顔を上げると、そこには枝を翔の場所まで伸ばしてきたトレントっぽいもの。

 その枝を器用に使って黄金の果実を差し出している。

 

「その果実を差し出すなッ!絶対食べたらヤバい代物だろ!?世に出したら戦争起こるような代物だろッ!?ええい!いいから食ってみろ的な感じで口に押し付けるなッ!!」

 

 グイグイと果実を口に押し付けてくるトレントもどき。それを必死に抵抗して押し戻す翔。さすがにしつこいので、最終手段を行使する。

 

「いい加減にやめろッ!さもなきゃ燃やすぞッ!!?燃えなくても一生別パークに移して、孤独のまま放置するぞッ!!!?」

「「ッ!?」」

 

 恐怖で即座に俺から離れる二本の樹木。それを見てため息を吐く翔。

 

「お前ら、暇ならここの樹木の世話を頼む。水はあそこにあるし、収穫籠も置いてある。むしろやらなきゃ燃やす。逆にやってくれたらちゃんと養分になるものくれてやる」

「「………ッ!」」

 

 ビシッ!としっかり敬礼して了解の意を表す二本。それを見てパークから出ていく翔。それを見送った二本は、直ぐに行動を起こす。如雨露(じょうろ)で水を汲んで、他の樹木にやり始める。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝ノーネーム〟水樹の貯水池。

 現在本拠には、十六夜、飛鳥、耀、黒ウサギはおらず、農園の調整のために残った翔とリーダーのジンなどの一部の人物しかいない。

 翔はパークを出ると、本拠の水場にいる『ハルト』と新たに名付けられたヒッポカンプの世話をしてから、本拠の農園の田植えの様子を見に来た。のだが、なぜかそこで腕を組んで仁王立ちしながら、ある二人を詰問していた。

 

「―――んで、結局貴様ら二人は一体何をしている?」

「それはこの乳蛇が―――」

「このまな板娘が―――」

 

 

  「喧嘩すんぐらいなら黙れや」

 

 

「「はい………」」

 

 翔の目の前にはペストと白雪姫が正座で座っていた。

 原因はこの二人による和食か洋食かの醜い争いだった。翔にとって物凄くどうでもいい争いだったので、彼がキレて二人を止めたのだ。

 

「チッ………リリ、しばらくは中華に絞れ。可能ならインド料理やトルコ料理とかのアジア料理でもいい。作れるならだが」

「ご、ごめんなさい………中華料理しか作れないです………」

「ならそれでいい。アジア料理とかは今後のために今度教えることにしよう。ハァ………ったく。今までこうならないように週三ごとに洋食和食で分けて、残り一日はそれぞれ好みごとに分けて作ってたのに………俺の配慮はなんだったんだ………?」

 

 誰にも聞こえないような小さな声で呟く。

 そこへ侍女頭のレティシアが来る。それで、ふと思いついたように彼女に提案する翔。

 

「レティシア。コイツラがくだらないことで喧嘩して―――」

「くだらなくはないわ!」

「そうだ!和食か洋食か、大切なことを―――」

「アア?なら俺が帰ってきたら東南アジア・南アジア・中央アジアのフルコースを、以降毎日毎食おやつも含めて振る舞ってやろうか?そうすれば、そんな闘争も起きないだろうからな」

「「ごめんなさい」」

 

 即座に謝る二人。〝ノーネーム〟の厨房は翔の手中にあるのだ。胃袋もしっかり掴まれているのに、翔にはそう簡単には抗えないだろう。

 

「で、レティシア。話の続きだが、コイツラ扱き使ってくれ。それで少しは反省するだろう。ちゃんと()()()()()()振る舞いで、な」

「………ふむ。分かった」

 

 翔の意図を察したレティシアは微笑みながら頷く。それに満足した翔は、じゃあ、と言葉を繋げる。

 

「さっそく紅茶を飲みたいんだが?」

「そうか。なら、そこの二人に淹れさせるとしよう」

 

 即座に逃げようとした二人を翔とレティシアが、それぞれを捕らえる。翔は捕らえたペストをレティシアに引き渡すと、

 

「じゃあ、頼んだ」

「頼まれた」

 

 二人の襟首を掴んだレティシアは颯爽と飛び去っていった。

 それを見送った翔は、ため息を吐く。

 

「もっと色んな国の料理を作った方がよかったのかねえ?」

「さ、さあ?どうでしょうか?」

「まあ、ペストは最初は俺の料理ってだけで毛嫌いしてたからな。今でこそ普通に食ってくれるが」

「………あんなことされれば、嫌でも食べるようになりますよ」

「そうするように仕向けたんだから、当然だ」

 

 ペストが来た当初は、翔が作った料理を毛嫌いしていた。そのため翔も強硬手段に出たのだ。

 毎食、ペストには選択肢が与えられるのだ。時には干し米か翔の料理、はたまた別の時には乾パンか翔の料理。酷い時には翔の料理か、世界一臭い食べ物であるシュールストレミングという、二択のようで一択の時もあった。その結果、今は普通に翔が作った料理を食べている。

 

 農園にいる子供たちに声をかける。

 

「よし、田植えが終わったら昼食だからな!リリは昼食の準備を手伝ってくれ!」

「は、はい!」

 

 そう言って本拠の厨房に向かう翔とリリ。

 

 その後、昼食を取り終えるとジンとペストと翔は、三日前から五四五四五外門に行っている十六夜たちと合流するために向かった。

 本拠の留守中はレティシアと白雪姫に任せて本拠を後にした三人。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――箱庭五四五四五外門〝煌焰の都〟

 東の境界門を通過すると、熱い風が三人の頬を撫でていった。

 地上から吹き上げる精鉄場の熱い風を受け、都市の中心に吊られた巨大ペンダントランプが激しく揺れる。

 直径五〇mもあるこの暖色の巨大ペンダントランプは、極寒の北側に暖かな気候を運び、都市全域を黄昏色に染めるように照らしていた。

 

「へー、東と北の境界壁よりもなおさら炎っぽい街だな」

「ええ。中心の巨大なペンダントランプ一つで、寒冷から都市を丸ごと守っているんですよ」

「………そうね。一体どういう仕組みなんだか」

 

 翔が都市を見回しながら感心する。

 

「それで、今日はとりあえず挨拶回りか?」

「そうですね。まだ準備期間ですし、他の地域の支配者が全て揃うまで一週間もありますから。今日は挨拶が終わったら、特に何もないですね」

「その間に何も起こらないことを祈るね。おそらくは無理だろうが」

「あははは………」

 

 そんな中、ペストは少し憂鬱そうに、黄昏時の空を見つめてため息を吐く。

 

「………私も、根掘り葉掘り色々聞かれるのよね。面倒くさい」

「そればっかりは仕方がないよ。君は敵の情報を知る唯一の人物だ。貴重な情報源として協力してあげないと」

「……………それならそこの変態も色々聞かれるのかしら?〝アンダーウッド〟のときに接触していたようだけど」

「俺を巻き込もうとするな。まあ、確かに聞かれるかもしれないが、お前よりは断然少ねえよ」

「あら、そうかしら?」

「………そう願うよ。くそ、否定しきれないのが痛いな」

 

 若干顔を歪める翔。

 そんな二人のやり取りを見ながら、困ったように苦笑いを浮かべてペンダントランプを再度見上げた。

 

「さすがは元四桁のコミュニティ。あれほどのモニュメントとなると、ジャックたちでも作れないんじゃないかな?」

「ヤホホ?それはどうでしょう?」

 

 外門前の回廊に吊られた炎から、巨大な火の玉が顕現する。カボチャ頭の悪魔―――ジャック・オー・ランタンは、陽気な声を上げてジンの前に現れた。

 その頭上には〝サラマンドラ〟の頭首・サンドラ=ドルトレイクが腰を下ろしている。美麗な赤髪を揺らすサンドラは、ジンを見てパァっと表情を明るくさせた。

 

「ジン、久しぶり!そろそろ来るころだと思ってた!」

「うん。久しぶりだね、サンドラ。それにジャックも。二人してどうしたの?」

「新しい恩恵の開発について、工房街で話を聞こうとしていたところ」

「ヤホホ!先ほど話し合いが終わって帰る最中、ジン殿の姿が見えた次第で!コレは挨拶せねばとカボチャなりに思ったわけでございますヨ!」

 

 ヤホホ!と陽気に笑うジャック。

 しかし一転、カボチャ頭の空洞な瞳を鋭く尖らせ、

 

「そんなことより、ジン=ラッセル殿。蒼炎の旗本を侮られては困りますぞ!我らにもペンダントランプに比するギフトを作りだすだけの技術はございます!」

「どうせ技術だけあって、それ以外が足りないんだろ。コストとか」

「ヤホホ………その通りです」

「いつだってコストパフォーマンスが付きまとってくる。商業や製作に携わるもんの難しいところだよな」

「ええ。全くです」

「でも、自分たちが使う商売道具は金に糸目をつけずに、常に最高の道具を最高の状態にしておく」

「ヤホホホホ!それもまたその通りです!」

「その結果、金がかかるんだよなぁ………」

「ええ……悲しいことでございます………」

 

 ハァ、と二人でため息を吐く。ジャンルは違えども、物作りに対してこだわりのある者同士通じ合うところがあったのだろう。

 その隣でクスクスと朗らかに笑うサンドラ。しかし突然、その笑みが消えた。

 彼女の視線の先にはかつての仇敵―――ペストが、悠々と佇んでいた。

 

「………そう。貴女も来ていたんだ、〝黒死斑の魔王〟」

「う、うん。この二か月、ペストには護衛を兼ねて四六時中一緒で……」

「お久しぶりサンドラ。しばらく見ない間に随分と霊格が肥大したんじゃない?」

 

 悠々と笑みを浮かべるペスト。それを睨むサンドラ。

 先ほどまでの幼い雰囲気は消失し、コミュニティの長としての顔が現れる。

 

「そういう貴女は、随分と霊格が縮小している。神霊として顕現していた頃とは比較にならないほど脆弱。―――今の貴女なら、私の息吹一つで容易に消し飛ばせる」

「………さあ、それはどうかしら?」

 

 威圧的な声音に、ペストは余裕を持って受け流す。しかし実際にところを言うと、こんな軽口を叩ける状況では―――

 

「ねえ、俺もう行っても良いか?あの三人が問題起こす前に街を見て回りたいんだが」

 

 ―――ないはずなのだが、そこで空気を読まないのが、翔だ。

 彼はこの状況でジンに、というよりはその場にいた全員に問いかける。それに対して、ペストとサンドラは張り詰めた空気のまま、

 

「どうぞ。街を楽しんできてください」

「失せなさい変態男」

「やっりぃ!許可もらったからあとは頼むわ、ジン」

「えッ!?僕この状況で置いてかれるんですか!?」

「グッドラック!」

 

 それだけ言い残して、スケボーで颯爽と街へと滑っていく翔。ジンはその背中に伸ばした手を、虚しく宙を漂わせると、いまだ睨み合っている二人に視線を戻す。

 

「………ちょ、ちょっと待っ「「ジンも黙ってて」」…………」

 

 二人を止めようもするも、一瞬で敢え無く撃沈した。

 

 

 

 

 

 

 

 翔は街に出ると、長時間滞在できそうな場所を探し始める。

 

「……………おっ、あそこのカフェテリアとか丁度よさそう」

 

 ゆっくり出来そうなカフェを見つけると、ドアを開けて中に入る。

 店内では店員が慌ただしく働いていて、客もそれなりの数が座っていた。この状況で、自分が望んでいるような席に座れるかが不安になってきた翔。

 このまま入るべきか、別の店を探すべきか悩んでいると、女性の店員が彼に近づいてくる。

 

「いらっしゃいませ!お一人様ですか?」

「え、あ、はい。できれば窓際の席が良いんですけど、空いてますか?」

「はい。大丈夫です!ご案内しますねー」

 

 店員に声をかけられて、反射的に返事をしてしまった。だが、どうやら翔が望んでいる席は丁度

 彼女に案内された席は窓から通りを見渡せる、複数人用のテーブル席だった。

 翔が座ると店員がメニュー表をテーブルに置く。

 

「こちらがメニューです!お決まりでしたらお声かけ下さい!」

「あ、ありがとうござ、ファッ!?」

「ど、どうかしましたか!?」

「い、いや!何でもない何でもない!」

 

 手をブンブンと振って必死に主張する翔。

 彼はメニュー表に書かれているものを見て、奇声を上げたのだ。その肝心の品なのだが、

 

(なんでド○ター○ッパーとかモ○スターとかがあんの!?しかも商品名そのまんまで!?大丈夫か、これ!?箱庭にピンポイントで販売会社や製造会社が来るとは思わないけど、それでも駄目だろこれ!?この店怖い!!早速入ったことを後悔し始めている自分がいるッ!?)

 

 頭の中が混乱している翔。さすがにあってはならない代物があって、尋常じゃないほど焦っていた。

 

「(これは、頼んだら負けだッ!ここは無難にコーヒーを頼む!)………すいません!コーヒー一つ!」

「はーい!………チッ」

「店員さん!?今の舌打ちは何!?」

「やだな~気のせいですよ~♪」

「えー………」

 

 どうやら店員は先ほどの危険物などを頼んでくれることを期待していたようだ。

 それから少しして、注文したコーヒーが運ばれてくる。

 

「お待たせしました!コーヒーです!」

「………なんか薬臭いんだけど?」

「コーヒーです!」

「この匂いどう考えてもド○ペじゃ―――」

「コーヒーです!!」

「いや、でも―――」

「コー、ヒー、ですッ!!!」

「……………………………………………ありがとうございます」

「はい!」

「………」

「………」

 

 しかし品物を出した店員は、一向に翔の傍を離れようとしない。それどころか、瞳をキラキラと輝かせ、何かを期待しているようにも思える。

 

「……………」

「……………」

「………………………………………………………………………あ、あの………?」

「………………………………………………………………………ドキドキワクワク」

「いや、『期待してますよ』的なことをわざわざ口に出してまで言うなよ。ていうか傍で飲むのを見守ろうとすんなよ。ってか何で周りの客まで俺に注目してんだよ!?野次馬か!!?」

『『『もちろんです。プロですから』』』

「どっかで聞いたぞそれ!?なんで此処にもいるんだよお前ら!?そして、二度も登場してんじゃねえぞ!!つかまず、俺は見せもんじゃねえッ!!」

『『『「えー」』』』

「マジで何なんだ、この店!?俺は箱庭から異界に迷い込んじゃったのッ!?」

『『『「一理ある」』』』

「ねぇよッ!!!」

 

 一糸乱れず声を揃えて言う野次馬(周りの客)と店員に、苛立ちを覚える翔。

 ゼエ……ゼエ……と、息を切らして肩で呼吸する。そして呼吸を落ち着かせて席に座ると、

 

「喉が渇きませんか?先に()()()()を飲んでから言いたいことをどうぞ!」

「………もうヤダこの店」

 

 徹底してテーブルの上の飲み物をコーヒーと主張する店員。

 翔は諦めて、目の前の店員によればコーヒー、翔の感覚からすればド○ペだと思われるものを一口飲む。そして目を見開いて、叫んだ。

 

「やっぱド○ペじゃねえか!!」

「あの少年、あの店員が押し付ける謎の飲み物を、何のためらいもなく飲んだぞ!?」

「すごい!やはり野次馬して正解だった!こんな雄姿を見られるなんて!!」

「サラマn「言うと思ったよ!!つか関係ないうえに、結局それを言いたいだけだろお前!!」あとは、任せた………ガクッ」

『『『モブYY(ダブルワイ)一五九七号うううぅぅぅ!!!?』』』

「そのネタ要員そんなにいんの!?つか前回はそんな何号とか言ってなかったよね!?」

 

 翔は素早く反応してスケボーを投擲して、気絶させる。そしてその呼び名に驚き、ツッコんでしまう。

 

「ハァ………もうこれでいいよ」

「はーい♪」

 

 翔が諦めてド○ペを呑むことに決めると、あっさりと店員は下がっていった。

 

「ハァ………憂鬱だ。ていうか最近ため息ばっかりだな………だから幸せが逃げて、面倒な事ばかり起きるのかね?」

 

 そう言ってようやく一息つき、窓から通りを眺める翔。そこで自分の言ったことを反芻し、

 

「………………あれ?ということは俺が本当のトラブルメーカーってこと?」

 

 逆の発想であった。自身が巻き込まれているのではなく、自身が巻き起こしているのでは?と。

 だが、あながち間違いではないだろう。確かにトラブルは生み出している。他者が寄せつけた面倒事を別方向に悪化させるという形で。

 翔はそんなはずはない。俺は被害者だと。そう考えて、そんな発想を脳内から消すように、もう一口ド○ペを飲むのであった。

 




【バグの木】
 skate3に存在する色々とおかしい樹木。オブジェクトを乗せると吹っ飛んだり、プレイヤーが荒ぶったりする。

【トレントおじいさん】
 正体はエデンの園の生命の樹と知識の樹のハイブリット。なぜこんな代物が露店で売っていたのかは不明。あの時の露店のおっさんも、行方を晦ましているそうな。
 枝には葉が生い茂り、それにリンゴに似た黄金の果実が実っている。食べると永遠の命や知識がもらえそう。『食べるな危険』と言っても過言ではない。しかし、トレントおじいさんは必死に食べさせようとしてくる。これがもし世に出たら、戦争が起こるだろう。
 それと食べても決して、再生能力Ⅳとか火炎耐性とかが付いたりはしない。不老不死且つ全知を得る()()ですので、悪しからず。

【ラビットイーターもどき】
 正体はラビットイーターとブラック★ラビットイーターのハイブリット。触手の本数は親の植物たちがそれぞれ八十本だったため、その合計の一六〇本、ではなく六四〇〇本という、なぜか掛け算された本数になっている。普段は大半の触手は地中へと隠している。特に黒ウサギでなきゃダメというわけでもなく、誰でもいいらしい。たとえノンケ(触手嫌い)でもいいらしい。
 クトゥルフのシアエガっぽい?いいえ。誰が何と言おうとこれはラビットイーターもどきです。

【ハルト】
 ヒッポカンプにつけられた新たな名前。名付け親は翔。

【和食洋食戦争】
 翔君はアジア料理派で、作者は中華料理派です。

【世界三大料理】
 中華料理、トルコ料理、フランス料理のこと。

【ド○ター○ッパーとモ○スター】
 作者はド○ペを飲んだことはおろか、実物すら見たことが無い。だって、こっちで売ってないんだもん。だからただの想像。ちなみに翔君はお好きなようです。今回はただ、コーヒーを頼んだはずなのにホットド○ペが出て来て、おこだっただけです。

【プロの野次馬】
 プロの野次馬・五四五四五外門部隊。何処にでも潜んでいて、隙あらば野次馬る。


翔 「………なんか今回短くね?気のせい?」
作者「大丈夫、短いよ。約七千字ぐらい。いつも一万字前後を目指してるんだけど、今回はこれ以上書くと切りが悪くなるから、此処で一回切ろうと思って」
翔 「ふーん。てか、パークがどんどんギフトネーム通り、〝混沌〟になっていってるんだが?」
作者「気のせいだよ。ちなみにド○ペってどんな味なの?」
翔 「………表現しにくいな。杏仁豆腐って言っても、お前あんまり味知らないだろ?」
作者「残念なことにな。あまり食べたことないんだよな」
翔 「………なんか癖になる味だ。それで納得してくれ」
作者「………まあ、了解」
翔 「ところで、作者の猫屋敷の召使いさんよ」
作者「ん?なに?」
翔 「恋愛成分はいつになるんだ?」
作者「……………………」
翔 「……………………」
作者「………さーて、次話の準備をしないとなぁー」
翔 「おい待て逃げんな」

 次回もよろしくお願いします!



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第二十一話 五四五四五外門のとある喫茶店には気を付けろ

 翔はカフェに居座り、十六夜達の視界をジャックしていた。依然としてテーブルにはド○ペがある。

 その中で、気になる人物の姿を捉える。その視点の主はジンであった。その人物たちの姿を認識した翔は、眉を顰める。

 

「………こいつら、何が目的だ」

 

 以前、〝アンダーウッド〟で見た白髪の少年とその傍に控えていた少女の姿が、ジンとペストとサンドラと共にあった。

 

「………誰かに伝えるべきか?だがそれを感づかれたら、ジン達に危害が及ぶかもしれないから迂闊には動けないな。………あぁ、メンドクサ。十六夜に伝えて、そのあと偶然を装ってジンとペストに合流するか?」

 

 視界ジャックをやめて、ぼぉー、と頬杖を突きながら窓の外を見つつ考える翔。………なぜか勝手に提供されてくるド○ペを片手に。

 

「おかわりはいかがですかー?」

「まだある。それと対面に座るな腹黒店員」

「やだなぁー、私は店員じゃなくて店長ですよー♪」

「………腹黒は認めんだな」

「…………………………………………あっ、腹黒でもないですよー?」

「否定が遅ぇよ」

 

 そういってカップの中のド○ペを飲み干す翔。すると気がつくと次のド○ペがテーブルに置かれている。彼はド○ペと目の前の店員改め店長を交互に見る。

 

「………………………なにこの『わんこド○ペ』みたいな状態。終了を希望するんだが?」

「えー?いいじゃないですかー。もう少しここに居てくださいよー。この飲み物こんなに飲んでくれる人って、全然いないから嬉しいんですよー」

「俺はこの数の空のカップを見ても、そんなこと言えるアンタの目を疑わざるを得ないんだが?」

 

 翔のテーブルには軽く百は超える数のカップが置かれていた。勿論、置ききれなくなって回収されたのもあるが、それでもこの数なのだ。

 それを目にしても、にこやかに笑いながら話しかけてくる店長。

 そんな彼女の態度を見て、再び窓の外に目を向ける翔。

 

「そういえば、なんでこの店にこういう飲み物があるんだ?」

「企業秘密です♪」

「……………」

 

 笑顔を変えずに、人差し指を唇に当てながら答える店長。それを横目で見ながら興味を失ったように、人が行きかう通りを見つめる。

 

「………先ほどの様子から見ると、大分落ち着きましたね?達観でもしたんですか?」

「達観じゃなくて諦観。悟りではなく諦めだ、店長殿」

 

 店長の方に目も顔も向けずに通りを眺め続ける翔。それを聞くとクスクスと笑う店長。

 

「つか、店長仕事しろ」

「それもそうですねー。お代わりが欲しくなったら「もういい。飲み過ぎて腹ン中がタプタプ言ってるんだよ」残念です………私とは遊びだったんですね………」

 

 そう言って目じりに涙を浮かべる店長。そんな彼女の表情を見た周囲の客が、翔のことを責め始める。

 

「おいおい兄ちゃん。女を泣かせるなんざ許されねえぜ?」

「そのうえ遊びだったとは、なおさら許されねえよなぁ?」

「え?これって俺が悪いの?」

 

 なぜ自分が責められているのかわからず、仕方なく店長に声をかける。

 

「あー、店長………悪かったな」

「いえ、大丈夫ですよ………」

「ついでに、あそこの二人に『わんこド○ペ』を俺の奢りで。女性を泣かせるという大失態を指摘してくれた礼として」

「は~い♪」

 

 店長は嬉しそうな表情に早変わりして、テーブルの上にあったカップを一瞬のうちに全て回収して、カウンターの奥の厨房へと消えていく。

 彼女の背中を見送った男性客二人は、

 

「「じゃあ、俺らはこれぐらいで」」

 

 と言って席を立とうとする。しかし、

 

「おや?人の好意を無下にするのか?そいつは悲しいなあ?」

「そうだなぁ。男らしくねえよ」

「ただより美味いもんはないんだぜ?何も言わずに受け取っておけよ」

 

 翔をはじめとする周囲の客が今度は二人を責める。

 

「俺はアレをもう一度飲むなんて嫌だ!」

「俺も同じだ!」

「まあまあ、落ち着けよ。俺がいたところでは、ド○ペはこういう風に言われるんだ。『三回飲めば癖になる』ってな。………だから、最低でもあと二回は飲もうぜ?」

 

 逃げようとした二人をイイ笑顔の翔が肩を摑んで、無理やり席に座らせる。

 

「お待たせしました~♪」

「んじゃ、レッツトライ♪」

「あ、『わんこド○ペ』は最低十杯ですので、忘れずに!」

「「…………」」

「それじゃあ、店長。金はここに置いていくな。ごちそうさん」

「またのご来店、お迎えに上がりまーす!」

「来なくていいぞ~」

「貴方の方から迎えに来てくれるだなんて………きゃっ♪」

「どう聞いたらそう解釈するんだよ………目だけじゃなく耳も危ないんじゃねえか?」

 

 代金をテーブルに置いて店を後にする翔。

 後ろから野太い悲鳴が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

 そしてその日、ド○ター○ッパー中毒者が新たに二人生まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翔はカフェを出ると、当てもなくフラフラと歩きまわる。頭の中では十六夜を探すか、ジン達と合流するかを迷っている。視界ジャックでチラチラとそれぞれ覗いているのだが、ジンとペストの方は何故か風呂に、対する十六夜は〝混〟一文字を着た誰かを追っている。片方は社会的に入れず。片方は速度的に追えず。どこかで時間を潰そうにも、何かが起きた場合すぐに動けるようでなければ意味がない。………先ほどまでカフェに入り浸っていた者が言っていいのかは分からんが。

 仕方ないので、傍にあったベンチに腰掛ける。

 

「………視界を覗いても初めての場所じゃ特定は無理だな。十六夜はしばらくはかかりそうだし、ジンかペストだな。うまい具合に分かれてくんねえかな?」

 

 自身の希望を口にする。が、そんなうまくはいかないだろうと諦める。

 

(そもそもあいつらの目的は?ペストの口を封じるんなら簡単にやれるはずだ。ジンを消すのも同じだ。サンドラは………難しいかもしれないが、以前見た戦力的には問題はないはずだ。なら………この都市自体に目的が存在するか、あの三人をどうにかしたいのか?それも殺すのではなく、生かす必要がある?………やっぱ情報足りねえな。いくら考えても答えなんて出るわけない。それに少女の方は頭の回転もよさそうだし、俺なんかじゃいくら考えても裏をかけるとは思えねえな………いや、むしろ自然体の方が裏をかける?………って、そんなわけねえよな)

 

 考えるのが馬鹿らしくなり思考を中断させて、空を仰ぐ。

 

「ま、ジンか十六夜あたりがどうにかしてくれるかね?」

 

 全部投げた。思考を放棄して、コミュニティのブレインの二人にすべて任せた。視界ジャックもやるだけやってもまた気になり始めるので、やめることにした翔。

 

「そうと決まれば観光観光♪展示回廊はなんて言ったかな?たしか〝星海の石碑〟?だっけ」

 

 そう決めた翔は鼻歌交じりで、通行人に道を聞きながら展示品の鑑賞に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――箱庭五四五四五外門舞台区画・〝星海の石碑〟展示回廊入場口。

 

「―――それで。本当はどういうつもりなの、リン」

「ふぇ?」

 

 カフェテラスの端っこで、小さい両頬に黄金芋のタルトを詰め込んでいたリンは、突然の質問に手を止めた。真剣な話をしようとしたペストは、毒気を抜かれたように溜息を吐く。

 ペストとリンの二人は今、ジン達と二手に分かれていた。

 ジン、サンドラ、殿下の三人は展示回廊の中の現場を確認しに行き、ペストとリンの二人は入り口で待機。

 しかしそれでは暇だからと、〝サラマンドラ〟名物の黄金芋のタルトを食べていたのだ。何処までが本気なのか定かではないが、ペストはもう一度だけ気合を入れて問い直す。

 

「貴女たちがこの街に来た目的は分かっているわ。なのにいつまでこの茶番を続けるの、と聞いているのよ」

「おお、それは面白い発言だね。ペストちゃんは私たちの目的が何か分かってるんだ?」

 

 驚いたなー意外だなー!と微笑むリン。

 ワンテンポもツーテンポもずらしたようなしゃべり方だが、これはこの少女の会話術だ。はぐらかされない様にペストはもう一歩踏み込んで問う。

 

「言っておくけど、この展示回廊には〝ノーネーム〟のメンバーが全員向かって来ているわ。その中の一人でも合流できれば、逃げ切ることも不可能じゃない。そうなれば〝階層支配者〟の奇襲も失敗。また追い返されるのがオチよ」

 

 悠々とした余裕の笑みを浮かべるペスト。

 ―――当然だが、彼女が口にしたのは偽情報だ。少しでもリンに揺さぶりをかけようとしたものである。それが嘘から出た真になっていることを、ペストはまだ知らない。

 リンはしばらく考えたふりを見せてから、悪戯っぽく笑った。

 

「そうだね。そうなったら計画はここで終わりだ」

「そうでしょう?なら今のうちに、」

「うん。ペストちゃんを殺すしか『表蓮華ェェェェェェ!!』な、い?」

 

 空から何かが回転しながら飛来し、突然のことで手にナイフを握ったまま固まるリン。飛来物はそのままカフェテラスに衝突し、上半身が床へとめり込む。

 周囲の客も何が起こったのかと驚き、埋まった人物に注目する。するとその人物は、足をジタバタさせて何とか体を引き抜こうとする。でもすぐに諦めたように動きを止める。だが次の瞬間その場に無傷の状態で現れる。

 

「………ここは何処?」

「というよりさっきの声は一体誰よ?明らかに声が違ったわよね?」

 

 ペストが平然とその人物、翔に話しかける。先ほどの声というのは、【表蓮華】と叫んでいたあの声である。完璧に翔の声とは違っていた。それを不思議に思ったペストが、発生源と思われる翔に尋ねる。

 その問いに対して翔は、

 

「………?なんか叫んでたか、俺?思い当たることが全くないんだが………」

「………もういいわ。いつものことだものね………」

 

 翔には聞こえていなかったようだし、発していたのかもわからないようだ。

 それでは一体、先ほどの声はどこから聞こえてきたのだろうか?周囲の人も不思議そうに首を傾げている。

 翔自身も周りの反応を不思議そうに眺めては小首を傾げ、最後にペストに目をやると、

 

「………?相変わらず変な奴だな」

「………貴方だけには言われたくはないし、その喧嘩は高く買ってあげるわよッ………!!」

「すまん。喧嘩を売ったつもりは全くない。今回は普通に許して。土下座でも何でもしますんで」

「ん?今なんでもするって―――」

「記憶に御座いません。聞き間違いです」

 

 自身の記憶を改竄して、今言ったことを即座に撤回する。

 リンをほったらかしにして、翔とペストは話し込む。

 しかし、そこで翔は気づいた。

 ………なんで、ペストがここに居るんだ?と。ジンとサンドラ、おまけにあの魔王連盟の二人は何処にいるのか。

 そう思い、辺りを見回すと、唖然としているリンの姿が目に入った。そのまま数秒間見つめると翔は、

 

「じゃあ、ここらへんで御暇させてもらうわ。同年代同士楽しめよ」

「ちょっと待ちなさい?」

 

 そそくさと立ち去ろうとする翔の肩を、ペストが思いっきり掴む。それはもう骨の軋む音が聞こえるほどに。

 

「この状況でどこに行こうというのかしら?」

「いや、ちょっと、トイレに………」

「さっきリスポーンしたのだから、尿意も消えてるでしょう?」

「………落とし物しちゃって、いまから取りに………」

「貴方、貴重品は全部パークに入れてるはずよね?」

「……………い、今から耀達の応援に行かないと間に合わないかも………?」

「あら。それならまだ時間はあるし、ここからすぐに行けるから十分間に合うわよ?」

 

 面倒事をどうにか避けようと、必死に考え付いた言い訳が全てペストによって切り伏せられる。

 

 

 

 そうして観念した結果。

 

「「「………」」」

 

 先ほどと同じ、悠々とした余裕の笑みを浮かべるペスト。

 メンドクサそうに顔を歪めながら足を組み、自身の膝に肘をついて頬杖している翔。

 笑みを浮かべて()いるリン。

 その三人が席について向かい合っている。翔は頬杖を突きながらリンに質問する。

 

「それで?聞くけど、お前らの目的は何?ペスト達を殺す意思がないってのは、分かりきっているんだが」

「あ、そうなんだ。ペストちゃんよりかは頭が回るんだね?」

「そりゃどうも。この状況からさっさと離脱したいがね」

 

 依然としてメンドクサそうに話す翔。

 

「でも、そういう風に考えられるなら、答えは目前じゃないの?」

「お生憎、自分の妄想や憶測だけで、ベラベラしゃべるのは嫌いなんだ。だが、あえて言うのなら三人の勧誘か、もしくは強引に連れ去るかだ。あくまでお前はな。殿下とやらが同じ目的なのかは知らんが、まあ、同じなんだろうな」

「ふぅん?何でそう思うの?」

「直接会って話をすれば大体の思惑は分かる。こんなんでも昔は、多くの社長と駆け引きしてたんだ。心の内を読めなきゃ、即刻体罰だ。だから、会ってもいない殿下の目的なんぞ読めるか」

「………クビじゃないんだ」

「ブラックだったからな。やめようにもやめようとした瞬間、脅迫してくるようなブラック上司だったよ」

 

 ハッハッハッハ、と渇いた笑い声を上げる翔。

 

「それじゃあ、私たちの本当の目的も分かってるんじゃないの?」

「………分かっているにしても、わざわざお前に話すと思ってるのか?」

「………んー、お兄さんは本当に分かって言ってるのか、それともただのブラフなのか。それがすごい読みづらいね」

「そうでなきゃ、お前みたいな相手に舌戦を挑もうとはしないさ」

 

 二人が睨み合い、お互いを牽制する。しばらくその状態が続くが、翔の方から目を閉じてにらみ合いを終わらせる。

 

「まあ、勧誘自体は好きにしろ。俺はそいつらの意思を尊重する」

「あれ?そんな簡単に許しちゃうんだ?」

「そいつがコミュニティから離れたいんなら、そこに居場所がなかったってことだろう。なら、居場所を作り切れなかった俺らにも問題がある。その事実を受け入れるだけだ。それでも出来る限り居場所ができるように、努力はしているつもりだが」

 

 注文したコーヒーを飲みながら答える翔。彼の言葉に驚いたような表情をするペスト。翔は彼女の様子に気づかず、コーヒーを飲む。

 

「で、どうするつもりだ?俺らを此処に拘束しておくつもりか?前の時に空から観察して、距離操作だというのは分かっている。確かにお前のギフトなら拘束も可能だろうが、逆に俺はお前を拘束することが出来るぞ?」

「それはちょっと気になるかなー。ねえねえ、どうやって拘束するの?」

 

 リンは興味深そうに翔に詰め寄る。

 

「単純だ。お前をパークに閉じ込めて放置する。あの場所は俺が出そうと思わない限り、出ることはできない。逆に許可なく侵入することもだ。さすがに、水も食料も無ければ死ぬだろ?その点では、お前は俺と相性が悪い。………だから、今日ぐらいは平和に話し合いと行こうぜ?」

 

 へらへら笑いながら話しかける翔。その言葉に一瞬唖然とするが、すぐにへらっと笑うリン。

 

「………意外と優しいんだね?」

「もちろん。正直、お前らの本当の目的の方は、俺の力じゃ、どうにかできそうにもなさそうだ。それにペストが何を望んでいるのかは、あんま興味ない。好きにやってくれ、って感じで放っておいてるし。お前らと手を組んでそれが叶うのなら、別にそれでもいい」

「………っ!?」

 

 驚きのあまり息を呑むペスト。

 

「だから勧誘でも何でも好きにやればいい。だがもし、仲間を傷つけるようなことがあれば、容赦はしない」

 

 十六夜とかがね、と笑いながら付け加えて、コーヒーの残りを飲み干す。

 リンはしばらく翔の顔を見つめていたが、止めたと思うと突然カフェテラスから立ち上がり、席を離れる。

 

「そっか。まあ、兎にも角にも、今日の勧誘活動はここまでにするよ。ペストちゃんにも時間が必要だろうし。私はお暇するから、今日だけ殿下をよろしくね」

「できれば、もう二度と会いたくないんだが、その場合はどうすればいい?」

「知らない♪」

 

 クルリとスカートを靡かせてリンは、雑踏の中に消える。カフェテラスの彼女が座っていた席には、飲みかけのティーカップだけがポツンと残されていた。

 

「………勿体無い。せめて飲み干してから帰れよな」

「………ねえ、変態男」

「その呼び方はやめろ。で、なんだ?」

「………私は、どうするべきなんだろう………?」

 

 翔に問いかけるペスト。その問いに、彼は―――

 

「知るかドアホ。自分で決めろや。さっきも言ったが、お前の目的なんぞ、こちとら微塵も興味ねえの!自分で勝手に好きに自由にやってくれって。俺に聞いてる時点でお門違いだ」

「………それも、そうね」

 

 そう言って、ペストは顔を俯かせる。それを見た翔は気に食わなかったのか、

 

「オラオラ!そんな辛気臭い顔してないで笑え笑え!!」

 

 グシャグシャ!と頭を乱暴に撫でる。そのことを不満に思ってか、なんとかして翔の手から逃れようとするペスト。

 

「ちょっ!何するのよ!?」

「アッハハハハ!さっきみたいな沈んだ表情より、いつもみたいに悪態ついてる方が、お前には似合ってるんじゃないのか?」

「………やっぱ気に食わない!さっきリンの勧誘を受けておけばよかったわッ!」

「だが残念!次回にでも頼むんだな!!」

「………し、死ね!死ね死ね死ねぇッ!!」

「でも生きる!!というわけで、さよならバイバイまた今度!!」

 

 ピュー、とスケボーに乗って雑踏に消えていく翔。テーブルにはきっちり全員分の代金を置いて。肩で呼吸しながら、翔を見送るペスト。

 そんな彼女の表情は、先ほどよりも幾分かスッキリしているようにも思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ペストと別れた(から逃げた)翔は、再び辺りをフラフラと巡っていた。〝造物主の決闘〟の会場へ向かうために。しかし、

 

「………もしかして迷った?」

 

 途方に暮れていた。人に道を聞きながら来たはずなのだが、何故か迷ってしまっている。

 

「さっきのリンとペストのとこに行ったのも、迷って仕方なくスケボーしてたら突然飛んだからだしなあ………」

 

 どうすっかなぁ、と呟いて首を傾げる翔。

 

「とーりあえずー………また人に尋ねながら頑張ってみるかぁ………」

 

 そう考えると、そこら辺の人に道を尋ねる。

 何故か物凄く懇切丁寧に説明していただいたが、おかげで何とか闘技場の前にまで辿り着いた翔。

 ………実は、その人物に道を尋ねるのが三度目だったとは、本人は全く気が付いていないんだが。

 それはさておき、流石の翔も闘技場が見えているのなら、迷うことはない。のんびりと闘技場の入り口に歩を進める。と、その時。

 

「………っ!?」

 

 大地が揺らめき、翔は体勢を崩してしまう。しかし、即座に震源が闘技場だと判断して、急いで向かう。

 翔は全員が無事であることを祈り、全力でスケボーで駆け抜ける。そして、闘技場の舞台に辿り着くと、耀と飛鳥が殿下と衝突する寸前であった。

 彼女たち二人では敵わないと一瞬で判断した翔は、殿下をパークへと送る。

 

「「………ッ!?」」

 

 標的を失った二人は混乱する。しかし、翔は気にせずに負傷した黒ウサギの下に駆け寄る。

 

「ジャック!黒ウサギはどんな感じだ!?」

「一応止血は行いました!今、ルイオス君に治療具を取りに行かせています!」

「………そうか。なら、一先ず出来る事はないな」

 

 そこに耀と飛鳥の二人も近寄ってくる。

 

「翔君!」

「翔!アイツは!?」

「パークに閉じ込めた。こう言っちゃ悪いが、お前らじゃさすがに無理だと判断したんだ。ありきたりだが、これ以上負傷者を出したくはない」

 

 翔は無力感に満ちた表情で、黒ウサギとジャックを見る。でもすぐに二人に視線を戻す。

 

「十六夜もこっちに向かっているはずだ。合流次第、さっきの白髪の相手を任せるつもりだ」

「「………」」

 

 二人は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべて、翔を睨む。彼は二人の視線を受けても、一切動じることはなかった。

 

「俺を睨んで怒りが収まるのなら、幾らでもそうしていろ。でも、コミュニティの一員として、負傷者を増やしたくはないというのは理解してくれ」

「……………………分かったわ」

「……………………うん」

「その割にはものすごい不満そうで、あとが怖いんだが?」

 

 目に怒りの感情を残したままの二人が、さっと目を逸らす。翔はそんな二人の態度にため息を吐く。

 そこへ騒ぎを嗅ぎつけた十六夜が姿を見せる。翔は彼を見つけると手招きをして、こちらへ来るように促す。

 

「………おい。黒ウサギをやった奴は、何処だ?」

 

 抑揚のない声音で尋ねてくる十六夜。それは彼を知る者ならば大半が鳥肌が立つほど冷徹な響きで発せられた。しかし、翔は気にした様子も無く、返答した。

 

「今、パークにぶち込んでる。さすがにこの二人じゃ荷が重いと判断したからな。お前がやってくれるって言うなら、すぐに解放するが?」

「頼む」

 

 十六夜がすぐに返答する。翔は苦笑気味でパークから殿下を、闘技場の舞台中央の辺りに解放する。

 

 そして、姿を現す。

 

 

 

 全身が白くべたつくナニカに塗れた、レ○プ目の殿下(ショタ)の姿が。

 

 

 

「ア、アウトオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ――――――――!?!?!!?」

 

 翔はそのことを認識すると、すぐにバケツ状のゴミ箱を被せて彼の全身を隠す。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいぃぃぃ!!?この作品R-15、R-15ッ!!R-15なんですううううぅぅぅぅぅぅぅ!!!?だからごめんなさいお帰りくださいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!ごめんなさいしか言えなくてごめんなさいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

 

 メタいことを言いながらも必死に謝罪する翔。それを見ていた飛鳥、耀、ジャック、挙句には先ほどまで怒り心頭だった十六夜までも呆然としていた。

 

「とりあえず、お前をパークのお風呂にシュゥゥゥーッ!!」

 

 どこかから『超!エキサイティン!!』という熱苦しい声が聞こえたような気もしたが、きっと気のせいだろう。

 一先ず翔は、パーク内に設置してある銭湯に殿下を投げ込んだ。すると一安心したのか額の汗を拭う。だが、すぐに頭が混乱し始める。

 

「なんでだああぁぁぁ!?何があってああなったああぁぁぁ!?俺は何もないパークに入れたはずだ!!拘束用に残している更地のパークに!!それがどうしてああなるんだよおおぉぉぉ!?」

 

 ウガアアアァァァァァ!!!と頭を振り乱して血涙を流しながら、必死に情報を整理しようとする翔。それを白い目で見る十六夜たち。気を失っているはずの黒ウサギも、失血以外の理由で顔を青くしている。

 

「……………………おい翔。俺のこの、行き場を失った怒りはどうすればいいんだ?」

「ごめん待って!!?マジで待って!!俺もよくわかってないから!!!?どうしてこうなった!!!?」

「知るか」

「知らないわよ」

「知らない」

「ですよねッ!!?」

 

 だが実際、殿下をあのようにした犯人など見当がついている。

 そう。ラビットイーターもどきだ。しかし謎なのは、どうやってアイツが別パークに移動したか、だ。

 あいつは一切移動させていない。それこそパーク内の農園の世話をさせる程度だ。でもなぜか奴はそこにいて殿下を【自主規制】した。

 未だに頭を振り乱して発狂している翔を、三人が慰め―――

 

「まさか翔にそんな趣味があったとはな」

「全くね。翔君はやっぱり変態じゃない」

「………翔、気持ち悪い」

「やめろお前ら!その言葉は俺に効く!!」

 

 ―――るわけもなく、三人で攻め立てて追い打ちをかける。勿論、三人とも本気で言っているわけではないが、それでも心にくるものがある。………まあ、六割から七割ほど本気ではあるのかもしれないが。

 三人の言葉を聞いた翔は、ヤケクソ気味に殿下をパークから放り出す。全身が水に濡れて、先ほどの白い液体は完全に落ちきっていた。

 翔はそれを確認すると、三人を睨み、

 

「こ、こんなのッ………やってられるかああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 うわあああぁぁぁぁぁん!!と泣きながら、その場から脱兎の如く全速力で逃げて行った。

 三人の攻めで心が折れたのだろう。

 いくら殺されても砕けなかった精神だが、仲間からの白い目と侮蔑の言葉には、流石の翔でも耐えきれなかったようだ。

 その後、殿下は無事?にリンたちが迎えに現れ、去っていった。特に精神的にも参っていないようであったので、一先ずは問題ないだろう。

 ………恨みの有無は別として。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝煌焰の都〟サラマンドラの宮殿・地下牢。

 堅牢な石畳に、朧げな月明かりが差し込んだ。

 昼間の快晴から一転して、夜空は曇り空となっているらしい。

 小さな鉄格子から覗く月を、ペストは独り寂しく見上げていた。

 

「………ま、〝煌焰の都〟は星明りが見えないらしいけど」

 

 ペストは冷たい石畳の上で、文明の光を皮肉気に笑っていた。ペンダントランプが地上の星ならば、その星は星明りを消し去る宵闇でもある。

 ―――暖かな気候と夜の輝きが、星の光を喰らっている。

 太陽の光が弱まったことで死んだカノジョタチにとって、これ以上の皮肉はない。ペストはこの北側の地があまり好きではないと、直観的に感じていた。

 

「でも………これからどうしようかな………」

 

 幼い膝を抱えて蹲る。一時的な処置で、ペストとジンは地下の牢屋に入れられていた。あくまで形だけのものだから数日で出られるらしいが、それでもあんまりな扱いである。

 しかし問題はそんなことではない。

 ペストが先ほどから頭を抱えていた理由は、リンたちに対しての今後だった。

 

「流石に………ちょっと早まったかもしれないわ」

 

 翔が逃げて行ったあと、彼女は勢いで宣戦布告してしまったのだ。しかし、リンや殿下の実力は今の自分より遥かに上だ。今のペストでは僅かな勝算でさえ見当たらない。

 戦場かゲームで出会ったが最後、手も足も出ないまま命を落とすことになるだろう。

 八〇〇〇万の怨嗟に応えられずに消滅すれば、彼女は永遠の糾弾に晒され続けることになる。

 別に、それが怖いというわけではない。

 ただカノジョには、箱庭で果たさなければならない使命があった。

 奇しくも先ほどリンが告げていた言葉。あれと全く同じ妄言を吐き、カノジョを箱庭に召喚した魔王―――〝幻想魔導書群〟を率いたその男は、八〇〇〇万の死者の霊群であるカノジョタチを試すようにこう告げたのだ。

 

 ―――黒死病の死を縛る宿命は、とても強固だ。

 数多の並行世界を旅してきたが、その全てで同じ現象が確認されていた。

 故にこの現象は自然災害などの確率論的な宿命ではない。

 星の在り方そのものに裏付けされた、より強固な絶対性を秘めた運命だろう―――

 

「………当然ね。だって大流行の理由に太陽の周期が絡んでいるのだもの。人の力でどうこう出来る運命じゃないわ」

 

 己がこれから目標とするものの大きさを嚙み締め、より強く膝を抱える。

 ―――しかしそれでも、あの男は運命を変える可能性があると宣言した。

 この箱庭の世界は〝可能性に偏在する空間〟だとあの男は言っていた。

 箱庭なら太陽に復讐を遂げ、黒死病の大流行を縛る楔を引き抜けるかもしれないと。

 八〇〇〇万の怨嗟と糾弾を以てして星の宿命を変えてみせろと、あの男は哄笑と共にカノジョタチを箱庭に召喚したのだ。

 

「………まあ、そのあと誰かに殺されたみたいだけど。おかげでステンドグラスに閉じ込められたまま、何百年も倉庫で埃を被ることになったわ」

 

 はあ、と珍しくため息を吐く。そもそも障害はそれだけではない。

 もしも方法を見つけたとして、ペストを邪魔する勢力は必ず現れる。

 国や宗教の礎として黒死病は存在している。

 それにより強力且つ数多の信仰の裏付けとして作用している〝歴史の転換期〟は中々存在していない。もしも楔を抜く方法なんて見つかろうものなら、その全ての神群や英霊たちを敵に回すことになる。一部の魔王も牙をむくかもしれない。

 

「黒死病の運命を変えたい………でも、ジンや飛鳥、ましてやあの変態に相談したところで………賛同してくれるはずないわ」

「そんなことないよ」

「おいおい、ジン。珍しいペストの本音だぜ?どうせならもう少し声を潜めて、楽しむくらいの意思を見せようぜ?」

 

 ひゃあ!?と、実にみっともない声を上げそうになったペストだが、それを渾身の努力で飲み込む。

 声はジンと翔のものだった。ジンはどうやら隣の牢屋に放り込まれていたらしい。

 そして何故か翔も、ジンとは反対側の牢屋に入れられているようだ。

 

「じ、ジンは分かるけど、なんでアンタがいるのよ!?」

「………あの三人に『『『ちょっと反省してこい』』』って言われて、ぶち込まれた。俺も今回も反省してるから甘んじて受け入れてる………」

「そ、そう………」

 

 呆れたような反応をするペスト。

 翔が入れられたのは、間違いなく殿下の一件だろう。逃げ出した後、十六夜に捕まってそのまま地下牢行きだったのだ。そしてその後に、ジンとペストの二人が放り込まれたのだ。

 

「そ、それよりも……!聞こえていたのならもっと早くに声をかけるのが礼儀でしょう………!?」

「ご、ごめん。本当は途中から声をかけようと思ってたんだけど、なんて声をかけたらいいかわからなくて」

「逆に俺は声をかけるつもりは全くなかった。世にも珍しいお前の本音だ。聞いて悩みを解決、とまではいかないが聞く価値があると考えてた。ついでにあとで揶揄えると思ったから」

「………絶対後者が、大半の割合を占めていると思うのだけれど?」

「お、正解だ。後者が十割を占めている」

「大半どころか全部じゃない!?前者はなんだったのよ!?」

「冗談だ。前者は一一〇割だぞ。何を言っているのやら」

「くっ………!こんな、こんな壁さえなければぁ………ッ!!」

 

 お前こそ何を言っているんだ、と怒りに身を震わせるペスト。

 壁の向こうから何か怒りと殺意を感じるが、あまり気にしない翔。むしろ、ペストに聞こえるように笑う。

 

「ちなみに最初から全部聞いてましたー」

「僕も最初から、かな」

「何で二人して最初から全部聞いてるのよッ!」

 

 毛布を広げて壁に叩きつける。しかし壁が無ければ、お互いにもっと悲惨なことになっていただろう。

 ペストは今、耳まで紅潮させて真っ赤になっていたのだから。

 

「はあああぁぁぁ………ホント、付いていく相手まちがえたかも」

「そ、そういう事は聞こえないように言わない?」

「馬鹿ね。聞こえるように言ってるのよ」

「まあ、こんな音の反射しやすそうな場所じゃ、どう頑張っても聞こえちまうと思うがな」

 

 フン、と拗ねたように膝を抱え直すペスト。石畳のこの部屋は冷え込みが酷い。毛布を被って体を丸めていなければやっていられない環境だ。

 ジンも同じように毛布にくるまって膝を抱え、背中越しにペストへ声をかける。

 

「ところで、さっきの話だけど………僕は別に反対しないよ。きっと十六夜さんたちも同じじゃないかな?翔さんはどうですか?」

「ペストには言ってあるが、そいつ自身の意思を尊重する。手伝ってほしいと言われたら、出来る範囲で手伝う。そんなもんかな?」

「………それはどうも、ご親切に。でも安心して。私はもう自分の力でどうにかするって決めたから。〝ノーネーム〟には迷惑かけないつもりよ」

「そりゃ残念」

 

 突き放すように告げるペストに、大してそう思ってなさそうな声音で相槌を打つ翔。ジンの方も普段なら此処で言い淀んで終わりだっただろう。

 しかし、今日の彼は珍しく諦めが悪かった。

 

「………わかった。ペストがそう言うなら何も言わない。けどその代わりと言っちゃなんだけど、一つだけ聞かせてよ」

「何?」

「ペストは、どうやって死んだの?」

「ブフッ!」

 

 ジンが聞いた瞬間、反対の壁から笑いを堪えきれずに、空気を吹き出す音が聞こえた。

 

「しょ、翔さん?」

「ク、クフ、ハハハッ!防壁があるからとはいえ、随分と踏み込んだ質問を投げかけるもんだな」

「ぼ、僕はたださっきから、ペストらしくないくらい元気がなかったから―――」

「牢屋が怖いのかもしれないと思って、だろ?」

 

 ジンの言葉を遮って、翔が言う。

 

「昔の伝染病患者なんて、どうすればいいのか分からないから牢屋に入れられて隔離されるか、問答無用で殺されるかの二択だ。被害が大きくならないようにな」

「………まず、なんで貴方まで元気がないってわかったのよ」

「いつもより俺への殺意が超薄い。以上」

「「………」」

 

 呆れたのか、押し黙る二人。その反応を理解した翔はケラケラと笑う。

 

「………正解よ。………私は黒死病に罹った後、家の牢屋に閉じ込められて死んだわ。伝染を恐れた父の手によって。感染ルートを洗い出そうと躍起になった父は、私が当時仲の良かった農奴を皆殺しにしたわ。老若男女関係なくね。………フフ、今考えれば本当に馬鹿よね。黒死病の感染ルートが蚤や血液からだってことも知らずに。おかげで農奴を追い回して処刑をした人たちも、それに参加していた父も、みんな感染して、一族郎党あっという間に全滅よ。救いがないと思わない?」

 

 普段以上に冷徹な声でクスクスと笑うペスト。しかしその言葉の端々には堪えようのない嫌悪と憤怒、そして悲しみが入り混じっていた。

 彼女の父に対する怨嗟は死を超過して尚、薄れてはいない。

 

「………死の間際にね。父にも聞こえるように、牢屋から叫んでやったの。『死ね、死ね、みんな死んじゃえ』って。そしたら本当に皆死んじゃった。ま、私はそれが原因で小さな霊格を得たのだけど。呪いの成就っていうの?悪霊としてはそこそこ強力な霊格だってリンが言ってたわ。………それからかな。死後、特にやることも無くてヨーロッパ中をフラフラと歩きまわったわ。そしたらあちらこちらに似た様な境遇で死んだ人が居てね。その人たちは浮遊霊みたいなものなんだけど………なんだか、寂しそうに生きてる人を眺めていたから。その姿が見てられなくて手を引いて行ったら、何時の間にかヨーロッパから大陸に出て、数百年も旅をして。………気が付けば総勢八〇〇〇万人超の大所帯、という訳よ」

 

 そんな感じで己の生涯と二度目の軌跡を語るペスト。

 彼女の話を黙って聞いていたジンはしばし沈黙し、ポツリと呟いた。

 

「知らなかった。………ペスト、優しかったんだね」

「―――はっ、?」

「何だジン。そんなことも知らなかったのか?二か月もずっと一緒にいたというのに?」

「うん。知らなかった」

「ちょ、ちょっと。どうしてそういう結論になるのよ!?」

 

 ペストの戸惑うような声が響く。

 

「見てられなかったって言ったよね。黒死病が理由で理不尽に死んだ人たちを。そんな人たちを探して、わざわざ手を引いて行って。寂しくないように一緒にいるなんて、優しくないと出来ないよ」

「しょ、翔は?」

「いつも観察してれば、いやでもわかる。子供たちが無理してるのを横目でしんp「わーわーわー!!?」………言って欲しくないなら、そう言えばいいだろう。………ああそれと」

「………?」

「やっとまともに名前を呼んでくれたな」

「―――っ!死ねこの変態ッ!!」

「ちょッ!?黒い風はダメだって!!」

 

 ギャアアアァァァァァ!!!?と翔の断末魔が響く。

 照れ隠しを含む制裁を加えて少しはすっきりしたのか、改めてジンに話しかける。

 

「随分と贔屓目な感想をありがと」

「そ、そんなことない。少なくとも、僕は君が歴史を変えたいと望む理由が見えたよ。………うん。ペストは優しかったんだ」

「優しかったんじゃなくて、現に優しいんだよ。その根っこの部分は変わってないから子供たちにも―――」

「もう一回死ね!!」

 

 アビャアアアァァァァ!!?と翔の二度目の断末魔が響く。

 口封じに翔を攻撃して黙らせるペスト。

 自覚が無いところでそんな風に褒められても、嬉しさより気恥ずかしさが先行して、どう言い返せばいいかわからなくなる。

 ジンは何度も頷き、ペストの言葉を噛み締めて立ち上がった。

 

「―――よし。決めた。〝ノーネーム〟の再建が終わったら、僕は君を手伝うよ」

 

 壁越しに、誓いの言葉を口にする。

 ペストは大きく息を呑み、信じられないことを耳にしたように目を見開いた。

 

「な………何言いだすの突然………!?」

「十六夜さんたちには言いにくいんだよね?なら僕と翔さんから説明する。もしも駄目だと言われても………その時は、僕一人でも協力する」

「そういうことじゃないわっ!ジンは曲がりなりにもリーダーでしょ!コミュニティを放り出していいわけ、」

「大丈夫。その問題は、もう解決してる。むしろ今後の予定が出来て丁度いいくらいだ」

「おー、男らしいねぇ。ちゃんと成長してくれて嬉しいもんだ」

 

 何やら自分一人で納得しているジンと、彼の成長ぶりに感心している翔。

 ペストは唖然としながらジンの話を聞き、壁の向こうにいるはずの主人を見つめる。

 

「………本気なの?」

「本気だよ。君の願いは、叶えるべきだ。八〇〇〇万の声援に応える為に。魔王連盟と決着がついてコミュニティの再建に目途がついたら………その時は必ず、君の力になるよ」

 

 壁越しからでも伝わるほど、ありったけの真摯さを込めて宣言する。

 それを受け止めたペストは壁越しに向かい合う主人を見つめ―――小さく、頬を緩めて可憐に笑った。

 

「………そう。なら、その条文を契約内容としましょ」

「契約?」

「ええ。魔王の隷属ではなく、私とジン=ラッセルが結ぶ契約。その契約を守る限り………私は、貴方をマスターとして認め続けるわ」

 

 朧月の雲間が晴れ、鉄格子の向こうから満月の光が二人に降り注ぐ。

 二人は壁越しに手を重ね、牢獄で二人だけの契約を交わすのだった。

 

「………………………あれ?俺空気じゃね?」

「…………………………………………………………ああ。まだいたの?」

「え?酷くない?さっき散々殺しておいてそれ?つか牢屋だから勝手に出れないからね?」

 

 翔が自分の存在が無いように扱われてることに気づき、声を上げる。

 ペストも彼がいない者のように扱っていた。

 

「まあ、いいわ。貴方も手伝うとか言うのかしら?」

「お前の意思と俺の気分次第。手伝ってほしいと言われたら、手伝うかもしれない。でも、ジンとは違って俺はコミュニティを優先したい。それだけは言わせて」

「………なら、いつか頼ることになるかもしれないわ。だから、その、その時は、お願い、するわ………」

「………………………………………………」

「な、なんか言いなさいよ………」

「………じゃあ、一つだけ。…………………ついにデレた?」

「―――っ!?やっぱ死ね!!」

 

 ノオオオォォォォォ!!?と三度目の断末魔が響く。

 そんな二人のやり取りを聞いていたジンは、壁の向こう側で苦笑を浮かべていた。

 その騒がしいやり取りは、騒ぎを聞きつけた兵士が来るまで続けられた。

 

 

 




【わんこド○ペ】
 終わらない、止まらない。

【表蓮華】
 回転しながら落下する技。攻撃力は低い。でも、使うと何処からかゲジマユ少年の声が響き渡る。

【舌戦】
 何も考えてないだけ。

【ブラック上司】
 さて、誰でしょうね?

【殿下】
 白くべたつくナニカ塗れ。………誰得?少なくとも俺得ではないです、はい。

【白くべたつくナニカ】
 ラビットイーターもどきの()()です。誰が何と言おうと()()です。異論は認めない。

【デレた?】
 デレてないッ!!(ペスト談)



作者「はい。じゃあこれにて原作六巻終了です!」
翔 「………………」
作者「………?どうかしたかい、翔君や」
翔 「………俺って、これ以降活躍の場ってあるの?」
作者「……………さあ?」
翔 「プロットは?前作ってから書くって言ってたよな?」
作者「途中まで書いてたけど、それ通りに行くことなんてほぼゼロだからやめた。今は勢いとノリだけで書いてる。思いついたネタを書きとめる、ネタ帳ならあるけど」
翔 「いいのかそれで!?」
作者「いんじゃない?実際プロット書いても、こっちの方が面白いかもって変更するし。skate3ネタを挟むのも結構大変なんだぜ?例のあの人の動画とかを見返したりで」
翔 「………はあ」
作者「まあ、これからも頑張っていくし。ていうか、それよりもさ」
翔 「………?おう?」
作者「この作品のお気に入り登録数が500を超えました!読者様方には本当に感謝です!!これからも頑張っていくのでよろしくお願いします!!」
翔 「………でも、もうすぐ学校始まんだろ?」
作者「グフゥ………その言葉は作者にクリティカルヒットですよぉ………ガクッ」
翔 「………作者も倒れたし、今日はこれぐらいにしておくか。じゃあ、また次回に!!」



耀 「翔、見て見て」
翔 「………?」
耀 「ボード呼び戻し」
作者・翔
「「!!?」」
翔 「作者貴様!何をした!?吐け!!」
作者「知らない知らない知らない!!?本当に知らないッ!!!俺も混乱してるから!!!」



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原作七+八+十+十一巻
第二十二話 真面目を書きたい


最終決戦ぐらい真面目に書きたい。三話同時投稿です。お気をつけてください。


 ―――〝煌焰の都〟本拠宮殿・書庫。

 翔は気になることがあり、サンドラに頼んで書庫の本を閲覧させてもらっている。

 

「………違う。………これも違う。………これもだ。………どれだ?どれに俺の知りたい情報が………いや、まず資料として残されているのか………?」

 

 翔が知りたい情報というのは、この都市に一体何があるのかだ。

 彼はリンと今回対面して、この都市に何かがあるというのは簡単に分かった。だが、その『何か』が翔にはわからなかった。

 彼が知りたい情報というのは、この都市の地下に封印されている魔王のことだ。だが、このことは〝階層支配者〟であるサンドラと、彼女の口から直接聞いたジンとペスト、魔王連盟しか知らない情報だ。

 しかし、当然最高機密であるために、資料としては一切残されていない。

 

「流石に高望みし過ぎたか………。まあ、街の見取り図だけ拝借させてもらおうか」

 

 翔は街の見取り図にざっと目を通す。

 

「仕掛けてくるとしたら今夜。ペストは完全にこっち側についたから、出来る限り情報を話させたくはないだろうしな。これを見ると、侵入経路は………意外と多いな。………間に合うか、これ?激戦区になりそうな場所は、放置するとしても………急がにゃまずいか」

 

 見取り図を折り畳んでポケットにしまって書庫を後にする。

 

「さぁて、俺の十八番は一体どこまでやれるのかね?」

 

 こうして〝煌焰の都〟は〝アンダーウッド〟と同様、翔の手によって頭のおかしい要塞へと生まれ変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 翔は本拠宮殿から少し離れて、ある程度高い建物の上に陣取って、街を見渡している。

 

「………準備は万端。あとは、待つだけ。俺の予想を超えて見せて欲しいもんだな」

 

 空を見上げながら、口角を吊り上げる。

 彼女が自身の防衛をどう上回って来るのかを期待しながら。

 

「とはいえ、この都市に隠された何かが分からないから、それの対処法が全く分からないけど」

 

 翔の作戦は実際穴だらけだ。

 この〝煌焰の都〟に封印されている魔王を解放されると、対処のためのプランが存在しない。

 しかし、足止めだけならいくらでも出来るゆえに、他の者たちが対応するまでの時間を稼ぐことはできる。

 ただ一つだけ心配なのは、封印されている魔王の実力だ。勿論翔は魔王が封印されているなどと夢にも思っていない。いや、考えこそしたものの、このような本拠に使用している都市の地下に封印されているとは思えなかった。

 だが、この予想が当たっていたら最悪だ、と。翔は当たらないでくれと祈ることしかできない。

 封印止まりの魔王。どのような実力者が相手をしたのかはわからないが、倒せるのならば倒したことだろう。だが、それが出来ずに封印で納まっている。その魔王の実力がそれだけ高いという証明だ。

 それだけが、彼の作戦の一番大きい穴だ。奈落と言っても差し支えないほどの、深く、大きい、底の無い穴だ。

 

「その時は、その時。今は、襲撃が起きた際の迎撃・防衛に集中する」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。先のことはその時に考えるしかない。

 何もかもが完璧な作戦なんて、在りはしないのだから。

 

「でも、俺も大分毒されてんのかなぁ………。少し前なら、こういう出来事はメンドクサイと思うか、帰りたいとか逃げたいとか思ってた。それなのに、今は少し楽しみにしてる」

 

 そんな自分に対して苦笑する翔。

 

 

 

 その数分後。空から黒い〝契約書類〟が降り注いだ。

 

『ギフトゲーム名〝Tain Bo Cuailnge〟

 

 ・参加者側ゲームマスター〝逆廻十六夜〟

 ・主催者側ゲームマスター〝     〟

 

・ゲームテリトリー:〝煌焔の都〟を中心とした半径2km。

 

・ゲーム概要

※本ゲームは主催者側から参加者側に行われる略奪型ゲームです。

 このゲームで行われるあらゆる略奪が以下の条件で行われる限り罪に問われません。

 

 条件その一:ゲームマスターは一対一の決闘で雌雄を決する。

 条件その二:ゲームマスターが決闘している間はあらゆる略奪可(死傷不問)

 条件その三:参加者側の男性は決闘が続く限り体力の消費を倍加する(異例有)

 条件その四:主催者側ゲームマスターが敗北した場合は条件を反転。

 条件その五:参加者側ゲームマスターが敗北した場合は解除不可。

 条件その六:ゲームマスターはゲームテリトリーから離脱すると強制敗北。

 

 終了条件:両陣営のゲームマスターの合意があった場合にのみ戦争終結とする。

 ゲームマスターが死亡した場合、生き残ったゲームマスターの合意で終結。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗の下、〝ウロボロス〟連盟はゲームを開催します。

 

 〝ウロボロス〟印』

 

 翔は〝契約書類〟に目を通すと、一つ頷く。

 

「まあ、特に問題ないかな?体力消費の倍加は予想外だけど、動くタイミングを調整すれば全く関係ないな」

 

 そういって、後ろに〝契約書類〟を投げ捨てると、目を閉じて外から聞こえてくる地響きに耳を傾ける。細かい音の変化一つも、聞き漏らさないように。

 

「………〝アンダーウッド〟の時と少し違う。新しく恩恵でも与えられたか?逆にこっちは男性陣は体力の消耗が激しい。壁の外には『物理演算砲』もゴミ箱先輩も設置してある。しばらくは問題ない。が、男どもに無理をされても困るし、前線で指示を出すべきか?………………いや、移動する暇もなさそうだな」

 

 もう既に、巨人族に外壁を突破されたようだった。それを確認した翔は、小さく呟く。

 

「チートコード入力:zombie。モード()()

 

 翔が言い切ると、世界が変化する。

 そして、今までなかったはずのオブジェクトが、出現する。

 通常の世界の状態で設置したトラップ群だ。

 その物体はまるで、三脚を逆さまにしたものを地面に敷き詰めてあるようだった。

 翔の世界なら、知っている人もいただろう。

 そう。スケーター(ヌケーター)の間で、『ゲッダン装置』と呼ばれるものの一種だ。

 巨人族は突然現れたものに驚きこそすれども、進撃を躊躇うことはなく装置を踏み抜く。踏み抜いて、しまった。

 すると、

 

『――――――――――ッ!!!』

 

 声にならない悲鳴が響き渡る。

 巨人族は装置を踏み抜くと同時にゲッダンして、体中の骨が砕け、体が捻じ裂ける。運の悪い者は肉体が破裂して血の雨を街へ降り注がせる。

 街に耳障りな骨の粉砕音と、体の破裂音が響く。

 その光景を見た翔は一言。

 

「うっわ、グロッ………」

 

 お前が言うな、と言われそうなブーメラン発言をする翔。

 

「えー………?スケーター以外がゲッダンすると、ああいう風になるの………?」

 

 そう。翔は箱庭に来てから、自身以外をゲッダンさせたことはなかった。

 だが、今回ではっきりした。

 

「致死率ほぼ一〇〇%って強すぎない………?」

 

 『ゲッダン装置』は強すぎる。問答無用で体を捻じ折り、絶命に追い込む。たとえどんな鎧を着込んでいても、それごとゲッダンさせる。吸血鬼化していたとしても、四肢全てがありえない方向へと曲がれば一溜まりも無いだろう。

 流石にゲッダンして生き残れるのは不死の種族だけだろう。………スケーター?ゲッダンしたら大抵死ぬ。死なないわけではないので除外。ただ血は出ないので、彼の目の前の光景より幾分かマシだろう。

 空へと舞って、完全に肉団子といっても差し支えない状態になった多数の巨人族が街へと落ちる。

 その光景を目の当たりにした敵味方両陣営、ともに動きを止めてしまう。

 

「第一は成功。もう一度チートコード入力:zombie。モード起動」

 

 翔が呟く。

 そうして再び世界が生まれ変わる。

 今度はオブジェクトが消えて、今しがた死んだはずの巨人族が()()()()で起き上がり始める。

 襲撃者である巨人族は安堵して、宮殿へと進撃を開始しようとする。防衛する〝サラマンドラ〟の面々もその光景を見て、警戒を高める。しかし、

 

『ア……アァ…………アアアアァァァァッ!!』

 

 有ろうことか、起き上がった巨人族は、味方であるはずの巨人族を襲い始めたのだ。

 巨人族は混乱し、〝煌焰の都〟を防衛する面々は状況を理解できていなかった。

 

「………実験成功。うまくいくかは不安だったが、いい具合に敵の巨人族を狙ってくれている」

 

 翔が目の前の光景を見てほくそ笑む。彼が自身のギフトを少しずつ使いこなせるようになってきている証拠だろう。

 

「まっ、俺も狙われるんだけどねッ!!」

 

 翔の言葉通り、ゾンビとして生き返った巨人族が数体、翔の姿を見つけると、彼の下へ向かってくる。

 そのままゾンビを引き付けて、別方向の敵へと誘導するために、急いで移動を始める翔。

 

(これで、あの辺りはしばらくは大丈夫だと信じよう………。あとは、この追ってきてる奴らを敵に押し付けて、他の場所の援護に回る………)

 

 必死に逃げ回りながらも、思考だけは決して止めない翔。

 追ってきているゾンビは動きこそ遅いものの、一歩一歩が大きいために、油断していると追い付かれそうになる。ゲームの呪いのせいで疲れると、その場にマーカーを置いてリスポーンをし、またすぐに逃げ始める。

 それでも、宮殿周りを移動しながら、押し付けるのによさそうな奴らに一体、また一体と押し付けていく。

 そうして自身を追っていた全てのゾンビを撒くと、再び高い建造物に登って街を一望する。

 

「………前線が押されている。これは、少しマズイか?」

 

 今のこの状況に焦りを覚え始める翔。彼が思っていた以上に衰退の呪いの影響が大きく出ているのだ。先ほど翔も体感した疲労の早さ。確かに異様なくらいに疲れやすいものだ。

 

「………やるか。チートコード入力:zombie。モード解除」

 

 三度世界が変わる。

 ゾンビ化していた巨人族は元の死体へと逆戻りし、『ゲッダン装置』が再び至る所に現れる。

 だが、翔はこれで満足しない。

 

「お願いします、ゴミ箱先輩!」

 

 翔が叫ぶ。

 そして、次の瞬間。

 

 

 〝煌焰の都〟上空が、ゴミ箱で埋まった。

 

「………あ、やべっ。ってか、俺其処まで望んでないんだけど………?」

 

 冷や汗を流しながら、現状況に焦る翔。

 

「また、皆にこっ酷く言われそうだな。………ま、そんときゃ緊急事態ってことで言い訳しとこう」

 

 今だけは楽観的に考えて、自身の責任を忘れることにした。

 そして、ゴミ箱に吞まれる巨人族や味方の面々を俯瞰する。別方向では、巨人族が津波に吞まれる光景も窺えた。

 

「………なんだ。あの人来たんだ。随分と忙しかったみたいだから、来るのはてっきり明日かと思っていたんだけど」

 

 津波を眺めながら、呟く翔。

 そのまましばらく戦場の状況を見渡し続ける。戦況がこれほど混乱し、そのうえ蛟劉も来たとなれば多少は安心だろう。

 翔はそう考えた。

 

 

 

 大地が、大きく揺れ始めるまでは。

 

「………ああ、これか。この都市にあったものは、魔王かなんかの封印だったのか」

 

 地面が揺れる中で冷静に状況を判断する翔。

 

「これは死者が大多数かもなー。………あー、最悪。こっちの戦力はどれだけ削れる?逆にどれだけ生き残る?そして………どれだけ()()()?」

 

 翔は蛟劉が彼以外にも誰かを連れてきていることを期待する。

 

「………今のうちに、オブジェクトを全部消しておこう」

 

 〝煌焰の都〟から翔が設置したすべてのオブジェクトが消え失せる。

 残しておいても邪魔になるだけと判断したのだ。

 

「余計なことをしてくれなければ、閉じ込められるだろうけど………このままじゃあ、どっかに吹っ飛ぶよな、俺」

 

 そして、活火山が噴火する。

 

「………流石にマグマダイブはしたくないな。少し離れようか」

 

 こっちに流れ来る溶岩から逃げる為に、スケボーで外壁へと向かって走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

「………チッ。大分飛ばされたな」

 

 服についた汚れをリスポーンして一掃する。

 封印が解かれた三頭龍の羽ばたきによって、全てが崩れ去り瓦礫の山と化した。その衝撃波で翔は街の外れまで吹き飛ばされていた。

 

「これは………合流するのは後になりそうだな」

 

 翔は周りを見渡す。そこには、多くの人が呻き声を溢しながら倒れていた。

 

「おい、動けそうか?」

「す、すまない………恩に着る………」

「そういうのはいい。動けるなら他の奴らを助けるのを手伝ってくれ」

「あ、ああ………」

 

 動ける者と協力して、周囲の者達を助け起こす翔。

 全員を助け起こし、軽い手当てを終えるまでに数十分もかかってしまったことに、内心舌打ちをする。

 

「重傷者に手を貸してやれ!出来る限り中心部から、戦闘区域から離れるように避難しろッ!」

 

 翔は出来る限りの声で叫ぶ。声を聞いた者たちも、死にたくはないので、素直に指示に従ってゆっくりながらも外側へと歩みを進める。

 それを見送った翔は〝煌焰の都〟の都市部、アジ=ダカーハと十六夜が戦っている場所を目指す。

 

「アイツ、まだ死んでないよなッ!?」

 

 そう祈りに近い叫び声を上げる。と、その瞬間。

 視界に映る全ての景観が崩壊し、世界が一変した。

 瓦礫の山は消え、見渡す限りの尖塔群が出現した。

 その変化に、翔は歯を食いしばる。

 

「………なおさら、ヤバいな。これじゃあ、パークに閉じ込められねえ………ッ!」

 

 そう。彼のパークには、一つだけ欠点が存在する。

 それは、自身の霊格よりも上の存在のゲーム盤が展開されたら、参加者と主催者の両者をパークへ移動させることが出来なくなるのだ。

 翔は少し立ち止まり、パークから何か液体の入った注射器を取り出す。

 

「………本数は六本。こんなことになるなら、ケチらないでもっと買っておけばよかったよッ!」

 

 翔はそのうちの一本以外をパークにしまう。手元に残した一本は、手でしっかり握りしめて今度こそ中心部へ急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

「………凄まじいな」

「七天の中でも最大火力の持ち主やからな、迦陵ちゃんは。昔から殲滅戦の要やったし」

「半神とはいえ流石は最強種の直系というわけか。これならさしもの大魔王も無傷では」

「さて、それはどうやろか?」

 

 レティシアの言葉を遮る蛟劉。その瞳には僅かな焦りの色が見える。

 鵬魔王による大火力の一撃。その一撃によって三頭龍がどうなったかを確かめようとする前に、ジャックが鵬魔王を担いで上から現れた。

 見れば鵬魔王の身体には肩から脇腹にかけて大きな裂傷がある。

 蛟劉は息を呑み、血を流して項垂れる義妹に問う。

 

「やったか?」

「………やれてません。多少の手傷を負わせられたかと思いますが、五体満足でしょう」

 

 簡潔な応答に一同は苦い顔をした。

 鵬魔王の火力は彼らの中でも最大級の破壊力を秘めている。それに加えて対神・対龍という破格の恩恵を宿していた。にも拘らず倒しきることが出来なかったのだ。

 

「常軌を逸した耐久力………と考えられなくもないけど、それだけでもないやろな」

「ええ。〝主催者権限〟に近しい強力な法則に守られている可能性が高いでしょう」

 

 三頭龍―――アジ=ダカーハは〝人類最終試練〟だ。

 人類に対する試練である奴は、その存在そのものが一つの〝主催者権限〟と等しい力を持つ。その霊格には何かカラクリがあると見ていいだろう。

 このまま戦えばジリ貧なのは目に見えていた。

 

「お互いの戦力差は把握した。一度城に戻るで。迦陵ちゃんの傷の手当ても必要やし」

「そうですね。ゲームルールで守られている内に立て直しを―――」

『―――させると思うか?』

 

 その声に全員の身体が強張る。

 襲撃はその直後に起きた。建物の陰に身を寄せていた一同は火柱の方に視線を向けるが、三頭龍の放つ影の閃刃の方が僅かに速かった。

 街の建造物を全て貫通し、一直線に彼らを狙い撃って放たれたのだ。が、

 

「―――させて、もらうんだよ」

 

 一人の声が響く。その瞬間に影の閃刃は地面に張り付くように地に落ちた。

 

「主殿ッ!?」

「さっさと、逃げろ………俺もお前らを庇いながらアイツの相手をできるほど、器用じゃない………」

 

 レティシアが声の主を見つける。

 其処には翔の姿があった。彼は頭を押さえながら、瞳孔が過度に拡大していた。傍には空の注射器が一本落ちていた。

 

「特に、ジャックは早く逃げろッ………もうすでに、ゲームが解かれかけてるかもしれない………」

「ッ!?」

「ゲームのクリア条件的に、この場にいない方がいい。できれば早く離脱してくれ!アイツを抑えるのだって、楽じゃないんだよッ!!」

 

 怒りを顕わにした声で叫ぶように告げる翔。

 彼はいま、ギフトである〝物理演算(デバッグ)〟を意図的に暴走させて三頭龍の動きを封じている。

 方法は、力場を発生させ上からは斥力を、下からは引力をかけて、どうにか動きを止めている状況だ。しかし、暴走させ制御も出来ない中、ずっと拘束しているのにも限界がある。

 

「分かったらさっさと消えろ!!拘束が解けるッ!!」

「ッ!クロア!!私たちを回収してくれッ!!」

 

 レティシアがそう叫び、次の瞬間には五人の姿が掻き消えた。だが、彼女は消える瞬間に、翔の口が何かを伝えるように動くのを見た。動きから内容を理解すると、悔しそうに歯を食いしばった。

 翔が発生させた力場による拘束から解放された三頭龍は、翔を睨みながら呟く。

 

『………空間跳躍か。小賢しい真似を。………それで、今度は貴様が相手か?』

「………アハハ!相手?とんでもない!俺は只の、時間稼ぎだッ!」

 

 〝煌焰の都〟にただ一人残った翔が、三頭龍と向き合い、足止めのために突撃する。

 

 

 

 

 

 

 

 クロアのおかげで空中城塞へと空間跳躍したレティシアは最後に見た、翔の言葉を思い出して歯噛みした。

 

(なぜ………?なぜ主殿はあの場に残る選択をした?主殿のギフトならば死ぬことは決してない。だが、それだけで足止めできるほど、易しい相手ではないのは理解していたはずだッ………!)

 

 頭の中で翔の言葉を反芻する。

 

 ―――可能なら、皆には伝えないでほしい―――

 

 どういうつもりで、このようなことを言ったかは本人にしかわからない。だが、レティシアはあの状況では撤退せざるを得なかったことを、十二分に理解していた。現に逃げるまでの時間を稼ぎ、三頭龍の攻撃を防いで五人を守ってみせた。

 自分よりも格上の戦力を減らさないために。

 ゲームの攻略を少しでも遅らせるために。

 たった一人で、三頭龍の眼前に残ったのだ。

 

 レティシアは、何もできない自分に腹が立ち、さらに強く歯噛みした。

 




【ゲッダン装置】
 三脚を逆さまにして乱立させたもの。ヤバい。

【チートコード:zombie】
 NPCがいないから代わりに死体をゾンビ化させる。基本的にスケーターを優先的に狙う。
 ゾムビエ。

【マグマダイブ】
 ダイヤを持っているときにしたら悲しくなるアレ。

【アドレナリン】
 翔を強制戦闘態勢に移行させる薬品。
 乱用駄目、絶対。

【〝物理演算(デバッグ)〟】
 翔が意図的に暴走させて、物理演算ソフトのようなことが出来るようになる。それでも100%の力を引き出しきれない。
 長時間暴走させると、その反動で他のギフトの使用が不安定になる。
 使いすぎると、脳にかなりの負担がかかる。


翔 「主人公の翔です」
作者「作者の猫屋敷の召使いです」
翔 「…………」
作者「…………」
耀 「………?」
翔 「とりあえず前回のあとがきは置いといて、サブタイから突っ込んでいいか?」
作者「どうぞどうぞ」
翔 「真面目、書きたいの?」
作者「最終決戦ぐらいはね」
翔 「ふぅん?………でだ。本題の前回あとがきの耀はなんだ?」
作者「私にも分からん!」
翔 「…………」
作者「…………」
耀 「………?」
作者「とりあえずちゃちゃっと最終決戦終わらせるために、時間を取らせてもらいましたまる」
翔 「まあ、次話もあるし今回は此処で切るか」




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第二十三話 でも、本能と理性と頭と体が書かせてくれない

最近真面目を書こうとすると拒絶反応が出て、手が止まる。三話同時投稿です。お気をつけてください。


 翔と三頭龍の両者が正面衝突…………するわけもなく。

 三頭龍に向かって突撃するような勢いで飛び出した翔は、出来る限り平らな地面を見つけると、テーブル、椅子、ティーセット、お菓子を取り出して席に着く。一応アジ=ダカーハの分の席も用意してある。

 

「………」

『………』

「……………」

『……………貴様は、何がしたいんだ?』

 

 若干混乱したような様子を見せる三頭龍。翔はその問いに、口に入れたクッキーを飲み込んでから答える。

 

「ングッ。さっきも言った通り、足止めをしたい。でも、今は動く様子が無かったからな。ゲームルールが邪魔だから、解こうとしてるんだろ?なら俺が邪魔するべきはゲームをクリアするために、動き始めるとき。それまではこうやってのんびり―――」

 

 翔の言葉は最後まで続かなかった。なぜなら、翔の言葉の途中で三頭龍が、テーブルごと彼を斬り刻んだからだ。

 

『………フン』

 

 完全に殺したと判断した三頭龍は、テーブルと翔の残骸に背を向ける。しかし、

 

「俺のお気に入りのティーセットがあああぁぁぁぁ!!!!??」

『ッ!?』

 

 突如背後から響く絶叫。その声に反応して振り向きざまに声の主を斬り刻む。今度こそはっきりと確認した。翔がバラバラになり、地に転がる様を。だが、

 

「に、二度も斬ったね!?親父にですら『ハラキリ』や『クビキリ』しかされたことないのにッ!!」

『………』

 

 即座にその場に五体満足で姿を現す翔。………彼の言葉から読み取るに、最低でも二回は父親に切られているということになるが、気にしないことにする。

 それを見て、これ以上やるのは労力の無駄と判断したのか、腰を下ろして蜷局を巻く。

 

「………ん?もういいの?」

『………貴様を殺しても無駄だと判断した。ただそれだけだ』

「なら俺も自由にさせてもらおう」

 

 そういって、今度は白地にハート柄の炬燵一式と地面に敷物を敷いて、炬燵の中に湯たんぽを入れる。天板にはミカンと緑茶も用意する。準備が終わると、のそのそと炬燵に足を入れて温まる翔。

 

「ふぅ………」

『………』

 

 翔が炬燵のあまりの温さに蕩けていると、アジ=ダカーハがのそのそと寄ってきて、炬燵へと足を入れる。

 その行動には、さすがの翔も驚きのあまりに固まり、じっと三頭龍を見つめてしまう。

 

「………」

『………』

「……………」

『……………変温動物なのだ。許せ』

「それなら仕方ないな。あ、お茶いります?緑茶ですけど」

『………頂こう』

「どうぞー」

 

 翔が緑茶を三人分差し出す。アジ=ダカーハはそれを受け取ると、影を使って器用にそれぞれの口に運ぶ。

 ズズー、と一人と三つ首がお茶を啜る。

 ………………この状況を見たら、誰もが目を疑うだろう。()()三頭龍が炬燵に入ってお茶を啜っているなど、誰もが二度見、もしくは目を擦りたくなる光景だ。

 だが、現実問題そんな光景が実現している。

 そんな光景はしばらく続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 三頭龍はゲームクリアのための情報収集に眷属を街へと放つ。しかし、翔は炬燵のあまりの気持ちよさに、天板に顎を乗せて寝落ちしていた。

 やることもやり、時間を消費するために惰眠を貪ろうとする三頭龍。しかし瞳を閉じかけた途端―――カツン、と甲高い足音が聞こえた。

 

『………!』

「………」

 

 ユラリ、と三つのうちの一つが鎌首を上げる。翔も聞こえたのか目を覚ます。

 すると寂れた道の向こうからコツコツと、二人分の靴音が聞こえた。主催者側からのアクションかと思ったが、それにしては早すぎるし迂闊すぎる。翔も不審に思い、視線だけを向けて警戒する。

 何事かと怪訝そうに傾げる左首。

 足音の主は姿を見せると、快活な声を上げた。

 

「あ、居ましたよ旦那様!ほらあそこ!あそこで炬燵に入りながら蜷局巻いてます!」

「そんなものは見れば―――炬燵?い、いや、そんなことよりも、もう少し落ち着けカーラ。閣下の御前だぞ」

「いいなー!私も入りたい!」

 

 美麗な金髪にメイド服を着た快活そうな女は、ふわりと甘い薫りが漂いそうな髪を靡かせ、鼻歌でも歌うかのように三頭龍を指さす。

 苺の様に赤い唇は整った容姿と愛らしさに拍車をかけている。しかしその腰にはその容姿とメイド服に似合わない巨大な大剣が下げられていた。彼女の背丈ほどはあろうかというその大剣は、女性の細腕では一振りも出来ないだろう。

 しかし金髪のメイド―――カーラと呼ばれた女は、大剣の重さをものともせずステップを踏んでいる。並の怪力ではない。間違っても人類ではない。

 

(………相手にはしたくないな)

 

 天板に顎を乗せながらも、来訪者を横目で確認する。

 もう一人の男の方も、目で確認する。一見脅威にはなり得そうもない()()()()()()()()男。

 

(………変な奴。でも、油断したら駄目なタイプだ。何考えてるか全く読めない)

「―――カーラ」

「はーい!」

「―――――はい?」

 

 目を離さずに、空になった湯呑に新しく緑茶を注ぐ翔。

 と、その時。男は女の名を呼ぶ。すると、メイド服の女性は腰の大剣を抜くと、在ろうことか翔へと振り下ろしてきた。観察されたのが気に食わなかったのか、三頭龍と一緒にいるのが気に食わなかったのか分からないが、何か癪に障ったのだろう。

 すかさずスケボーで受け止める翔。反応できたのは偶然だった。速度は決して遅くはなく、むしろかなり速かった。それでも反応できたのは、単純に警戒していたからだろう。

 受け止めた翔も、受け止められたカーラもお互いに驚いていた。

 

「………まさか、今のに反応するなんて。やりますね」

「偶然に決まってんだろッ!俺は戦闘要員じゃないのッ!!後方支援が主な非戦闘要員なんですうッ!?」

「非戦闘要員が私と鍔迫り合えてる時点でおかしいですよ?」

「それについては否定できないッ!!あ゛あ゛!!クッソ重いッ!!!」

「女性に重いって言ったら失礼ですよ?私、傷ついちゃうなあー」

「体重の話はしてねえよッ!?主に大剣と腕力とかの話だろうがッ!!!体重に関しては目測で『軽そうだなあ』程度にしか思ってねえよッ!!!」

「や、やだなあ、もうッ!そんなに誉めないでくださいよお!」

「ごめん!褒めたつもりは一切なかった!!」

「………………………」

「ちょッ!?まだ余力あんのかよッ!!?」

「そちらこそッ………!人のこと言えないじゃないですかッ………!!」

 

 大剣とスケボー。どちらも押せず押されず、拮抗している。カーラと呼ばれた女性もムキになっているのか、更に大剣に力を込めて押し込む。

 ギギギギィッ!と互いに歯を剥き出しにしながら、全力で力を込めている。

 そんな二人を無視して、謎の風貌の男は軽く会釈すると、知人に話しかけるかのような声音で挨拶をした。

 

「久しぶりだな、閣下。相変わらずご健勝なようで何より」

『………その声。貴様、グリムの詩人か』

「如何にも。〝幻想魔導書群〟が崩壊した時に霊格を失ってね。まあ、ご覧の有り様さ」

『戯言を。霊格を完全に失った〝ノーフォーマー〟が生きていられるはずなかろう』

「そうでもねえよ。何事にも裏道や例外はあるものさ。今は遊興屋として雇われている―――と、今はそんなことより、アンタの方だ。随分とのんびりとしたゲームメイクしてるじゃないか。しかも敵と一緒に炬燵に入りながらなんざ。以前のアンタなら罠と承知で敵陣に乗り込み、罠ごと主催者をぶっ殺していただろうに」

 

 やれやれと頭を横に振る謎の風貌の男―――幻想と呼ばれた男は、三頭龍に無防備に近づくと、批難するように瞳を細めた。

 

「二〇〇年ぽっち眠った程度で日和る閣下じゃあるまい。何か考えがあるんだろ?邪魔はしないから、昔馴染みにも教えてくれよ」

『……………』

 

 ヒュン、と風を切る音。

 その直後、ロンドンの街に強烈な疾風が起きた。見れば三頭龍の片翼が大きく広げられ、鋭い刃物の様に男の首を切り飛ばしてる。

 だが幻想と呼ばれた男はノイズの様に揺れるだけで、首と胴体は何事も無く繋がっていた。

 肩を竦めて笑う男は蛇のように絡みつく笑みを浮かべて告げる。

 

「無駄だぜ閣下。そんな子供騙しで今の俺は殺せない。閣下の所持する〝アヴェスター〟なら万が一もあり得るが………試してみるかい?」

『……………』

 

 幻想と呼ばれた男はニヤリと笑って挑発する。しかし三頭龍は取り合わず、蜷局を巻きなおして二度寝に入る。どうやら面倒くさい奴に絡まれたらしい。

 ヒラヒラと尻尾の先を振ると、無感情に告げた。

 

『失せろ、グリムの詩人。今日は興が乗らん』

「つれねえなあ。熱心なファンを無下に扱うもんじゃねえよ?ゲームの謎解きに手間取ってるなら手伝うぜ?」

『いらん。謎ならば概ね解けている』

 

 ………へえ?と、幻想の男は口を歪ませて笑う。その笑みはさながら獲物を前にした蛇の様だ。

 翔も三頭龍の言葉に、一瞬驚き動きを止めるもすぐに茶を啜り始める。その横では、一緒に炬燵に入って翔が淹れた紅茶を飲んでいるカーラがいた。

 いつの間にか、二人の鍔迫り合いは終わっていたようだ。

 

「そうかい。流石は閣下だ。俺もファンとして安心したよ。俺はメイドと一緒に高みの見物と洒落込むんで、閣下はご同類との戦いを楽しんでおくれや」

『………同類だと?』

 

 予想外の言葉に鸚鵡返しで問い直す。この手合いは間違っても真正面から取り合ってはいけないと分かっていたが、三頭龍は聞き返さずにはいられなかった。

 翔は「同類」が何を指すのか分からず、首を傾げていた。

 

「ああ、そうだよ。このトリプルゲームの中には一人だけ、閣下とご同類がいる。〝悪〟の御旗を背負う魔王アジ=ダカーハと、同じ試練を課した者が」

『……………』

「己の鏡像前にした貴方がどんな反応をするのか。どのような暴威を振るうのか。………俺はその瞬間が楽しみでならない。〝人類最終試練〟として幾星霜の戦いを続けてきた魔王は、同類に如何なる採決を下すのか、ってな」

 

 幻想が厭らしく笑う。

 その笑みには、まるで戦いの結末を予知でもしているかのような不気味さがあった。

 

「この戦いの果てに閣下を討つ者がいるなら、その男か、もしくはコウメイの娘か………それとも大本命である金糸雀の駒が勝つのか。カーラはどう思う?」

 

 幻想は女の方に顔を向ける。そこには、

 

「この紅茶美味しいですね!銘柄はなんですか?」

「アッサムだ。欲を言えばアッサムCTCがあればよかったんだが、如何せん見つからなくてな。それで我慢してほしい」

「いえいえ!この味なら十分美味しいですよ!」

「そうか?ミルクティーに適してるってよく言われるから、心配だったんだが………」

 

 暢気に談笑する翔とカーラの姿があった。別に仲間というわけではないはずなのだが、同じ炬燵に入って茶を飲んでいる。いや、それを言うなら同じ炬燵に三頭龍も入っているのだが。

 

「……………」

「あいたッ!?何をするんですか旦那様!?」

「アホ。敵と仲良くなる馬鹿が何処にいる?つか、質問に答えろ」

「あー………なんでしたっけ?」

「誰が閣下を討つかもしれないか、だ」

「あーはいはい。そうですねえ。大穴として、〝ウロボロス〟代表の殿下君とかどうでしょ?」

「それはねえわ。あの子が閣下に挑むのは十年早い。肝心のブレイブが足りてねえよ。じゃあ、そこの少年。お前はどう考える?」

 

 突然話を振られる翔。茶菓子を口にしていたせいもあって、返答が遅れる。

 

「ゴクン。どれが誰か全く分からんけど、とりあえず十六夜に一票」

「そうか。手堅く金糸雀の駒か」

 

 普通だな、と吐き捨てて三頭龍に背を向ける。

 

「まあ、俺が言いたいのはそれだけだな。上層は白旗状態でもうお手上げらしい。なので勝つにせよ負けるにせよ閣下はこれがラストゲームだ。俺はその勧告しに来たってわけ。―――だから、悔いを残すなよ。俺にとっては貴方だけが世界で唯一の魔王なんだから」

「―――せめて、この紅茶を飲み終わってから帰りませんか?」

「……………」

「いたっ!ちょ、痛い痛い!!痛いですって!!ごめんなさい!!」

 

 幻想と呼ばれた男と吸血鬼は霞の如く姿を消した。

 後に残るのは翔と炬燵と蜜柑に茶。

 三頭龍は六つの紅玉を細め、三つの首で天を仰ぐ。

 

『………そうか。これが私の、最後の戦いか』

「……………」

 

 三頭龍は紅玉の瞳に遠い過去を映す。

 ずっと、ずっと。戦い続けた闘争の日々。〝未来に現れる英傑〟を待ち続けた。自身を打ち倒す英傑を。

 そうやって永遠に続くのかもしれない、終わりなど存在しないのかもしれないとまで思っていた日々がようやく終わると考えた刹那―――紅玉の瞳に、一人の女の影が浮かんだ。

 

『……………』

 

 思い返せば、その女の涙こそ全ての始まりだった。

 

『……………』

 

 紅玉の瞳を閉じる。幾星霜という年月が経った今でも、決して忘れることはない。

 宝石のような瞳から止め処なく流れていた涙の理由を。その涙を拭うためなら、永遠を賭しても構わないと思った熱い気持ちを。

 戦って戦って、永遠に等しい時間を戦い続けた。

 その戦いが………ようやく終わりを告げようとしている。

 

『―――裁決の時だ。箱庭の英雄たちよ』

「……………」

『今こそその真価を見せるがいい………』

 

 その宣言を翔は静かに聞き入っていた。

 彼も、やはり人なのだろう。

 翔は心の底から、彼に尊敬の念を抱いた。

 

「………さて、そろそろぐうたらするのもやめて、真面目にやるか」

 

 炬燵などの出したものを全て片付け、三頭龍と向き合う翔。その際にアドレナリンを注射し、ギフトを意図的に暴走させる。

 

『……………』

「んじゃ、アジ=ダカーハ()()。ちょっとだけでも、貴方の血を流せるように努力させてもらうッ!」

 

 力場を生じさせ、周囲の瓦礫を三頭龍に向けて飛ばしたのを合図にして、今度こそ二人は衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――空中城塞・最上階のテラス。

 夜明け前の風が吹き抜け、城の上に掲げられた旗印を揺らす。あと一時間もすれば地平線から太陽が昇り、夜の終わりを告げるだろう。

 召喚された時は主力コミュニティである三つの旗印しかなかったが、今は違う。

 〝ウィル・オ・ウィスプ〟の蒼炎、〝サラマンドラ〟の火龍、その他にも参戦を表明した全てのコミュニティの旗印が雄々しく靡いている。

 この光景は眼下の翔とアジ=ダカーハにも見えるだろう。

 何十もの旗印が最強の神殺しを前にして不退転を鼓舞する様は、壮観の一言に尽きる。名を上げるのにこれ以上の効果があるだろうか。

 正に一世一代、華の舞台と呼ぶに相応しいだろう。

 なのにその旗印の戦列に………一つ、足りない旗があった。

 

「…………」

 

 黒ウサギは最上階のテラスに一人佇み、旗印を見上げていた。

 柄にもなく少し寂しげな表情を浮かべる彼女は、柄にもない溜め息を吐いて柵に凭れ掛かる。

 

「………これから命がけの大決戦だっていうのに、鼓舞できる旗が無い。締まらない話なのです。皆さんは、本当にそれでよろしいのですか?」

 

 黒ウサギは視線をテラスの入り口に向ける。

 逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀の三人は、三者三様の表情を浮かべて頷いた。

 

「俺たちは所詮〝名無し〟のコミュニティ。大舞台で命を賭けたとしても、後世に名を残すことは難しいだろうな」

「そうね。こんな大舞台に参戦を表明できないなんて口惜しい気持ちはあるけれど……」

「………今回の戦いは、名前を売る為の戦いじゃない」

 

 戦いとは名誉の為だけに行われるものではない。為すべきを為し、討つべきを討つために行われる戦いがある。

 〝人類最終試練〟―――不倶戴天の敵として蘇ったアジ=ダカーハは、世の全てに降りかかる災厄だと自身を称した。

 命に、都市に、文明に、繁栄に、秩序に、犯罪に、社会悪に。

 この世の正義に牙を剝き、醜悪な地獄を暴悪な地獄で吞み込む魔王。

 それらは嵐の如く、津波の如く、雷雨の如く、世の全てに一切の差異なく降りかかる、意志ある〝天災〟である。

 

「世界の敵………か。何とも大層な敵だが、まあやることは今までと一緒だろ。魔王を倒すために旗揚げし直したのが今の〝ノーネーム〟だ」

「といっても、口惜しさは消えないわ。せめて連盟旗を製作できていたらこんなことにはならなかったのにっ」

「連盟が締結できていたら、これがデビュー戦だったもんね。あのトカゲ魔王さまは空気が読めない魔王だ」

 

 全くだ、と同時に頷く問題児三人。

 

「それよりも翔の野郎は一体全体何処に行ったんだ?」

「居たら食事作ってもらおうと思ってたのに」

「またそこらへんで埋まってるんじゃないかしら?」

 

 三人は姿の見えない翔の話をする。

 どうやらレティシアは話さずにおいてくれたようだ。

 呆れたように溜め息を吐く三人。

 しかし話題の彼はいま、眼下の街で三頭龍と激しい攻防を繰り広げている。いや、一方的な虐殺を受けている、と言った方が適切であろうか。

 だが、三人はそんなことをしているとは夢にも思わず、大して心配もしていない。どうせどこかで埋まって身動きできていないだけか、そこらをフラフラしているだけだろうと考え、話題を終える。

 最終作戦が始まるまであと一刻ほど。

 四人は旗が無いことを嘆くためにテラスを借りたわけではない。英気を養う為に少しだけお茶会をしようという飛鳥の提案で此処まで来たのだ。

 お茶を載せたカートに手をかけた黒ウサギは自慢の

 

「ネコミミ!」

 

 ネコミミをユラユラと揺らし―――

 

「………ネコミミ?」

 

 ネコミミ?え、何ですかその媚び媚びなケモミミは高貴なウサ耳に喧嘩売っているのですかええそういう意味なら買いますよいくらでも、という意図を込めて問題児たちに視線を向ける。

 だが其処には、彼女の想像を超えた物があった。

 

「に、似合う!似合うわ十六夜君!春日部さん風に言うなら〝超グッジョブ〟よ!」

「ううん、それは違うよ飛鳥。これはもう〝超グッジョブ〟を超えてる。それこそ〝ギガグッジョブ〟、〝テラグッジョブ〟、〝オメガグッジョブ〟を越えた究極のグッジョブ―――〝AT・GJ〟だよッ!!!」

「やかましいわ」

「本当、どうしてこんな時に翔君はいないのかしら!勿体無いわ!」

「うん。勿体無い。翔が見つかったら見せてあげよう」

 

 腹を抱えて笑う久遠飛鳥と、何処までも真剣な春日部耀。

 その二人を呆れながら見る逆廻十六夜―――改め、ネコミミ十六夜。

 

「な………な………!?」

 

 黒ウサギは想像を超えた光景に思考を真っ白にさせていた。

 十六夜の頭上には、何時か召喚したネコミミヘッドホンが装着されている。黒ウサギが過去をモノログっちゃってる間に装着したのだろうが………問題は其処ではない。

 ネコミミヘッドホンは、十六夜の頭に抜群に似合っていた。

 元々が外に撥ねる癖毛だったこともあるが、不機嫌そうに尖らせた瞳や彼自身の内面や微ツンデレなキャラクター性も相まって化学反応を起こし、黒ウサギの胸の奥から未知の衝撃を掘り起こしていた。

 

「な、何でしょう、この胸の高鳴りは………!ウサ耳代表としては断固として物申さねばならないはずのこの状況に、何故か身を任せてしまいたい自分がいるのです………!!!こ、この衝動は一体………!!?」

「それは萌えだよ、黒ウサギ」

「………な、なんということでしょう………黒ウサギも遂に己の宇宙観を手にするほどの悟りを開いたのですね………!!!しかしその切っ掛けがライバルジャンルであるネコミミとは、何という皮肉………!!!何という屈辱………!!!」

「―――。わかったから、女性陣一同そろそろ異世界から帰ってこい。………なんでこんな時に翔の奴いないんだよ、クソ」

 

 呆れたように溜息を吐く十六夜。最近少しずつツッコミ側に傾いて来た自分に危機感を覚えつつも、今の自分も悪くないと自嘲の笑みを浮かべる。

 こんな馬鹿な付き合いを何時までも続けられたらいいと、以前までの自分からは考えられない弛んだ思いがあった。

 

 願えるのなら………この戦いの後も、この日々が続けばいいと。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ロンドンの街。

 ある建物の中に翔はいた。その姿は血塗れで、口からも血を吐き出している。しかし、その口元は弛み笑みを浮かべていた。

 壁に背を預けて休む翔。

 

「………フ、フハハ………なんかあいつら、また馬鹿なやり取りしてそうだなぁ。俺も、参加したいもんだ………」

 

 何か電波を受信したのか、小さく笑い声をあげる。

 三頭龍との攻防で自滅気味に斥力で互いを弾き飛ばしたのだ。それぞれは逆方向に吹き飛び、翔はこの建物に突っ込んだ。

 

「ゲフッ………あーつらっ………肺に肋骨刺さってんなぁ、これ。呼吸しづらいったらありゃしねぇ………」

 

 アドレナリンのおかげで痛みこそ感じていないが、息苦しさだけはどうにもならない。

 いつもの翔ならば、リスポーンすれば万事解決する話なのだが、〝物理演算(デバッグ)〟を長時間無理やり暴走させた反動なのか、他のギフトが使いにくくなっているのだ。

 

「………ゴホッ。感覚的にはあと数分でリスポーンできる、か………」

 

 長い攻防により、すっかり夜が明けたロンドンの街。翔が突っ込み、瓦礫になった壁も今では完全に修復されている。

 

「………夜が明けたんなら、何か、仕掛けてくれるとは思うが………あー帰りたい。スケボーしたい」

 

 翔が疲労困憊といった風に、ずるずると壁伝いに床へと寝そべる。

 明るくなり、空中城塞から攻撃を仕掛けてくれると信じて、どうにかしてリスポーンしようと努力する。

 そんな彼の傍には、黄金の杖が安置されていた。

 翔はそれを横目に見て、ため息を吐く。

 

「………どー見ても、あれってゲーム関係のもんだよなぁ………此処で待ってれば、必然的にアイツも来る、か」

 

 今は安全確保のために、建物前面に斥力のドームを生み出している。今の状態では分身体の侵入を防ぐ程度にしかならないが、それでも十分であった。

 

「………つか、逆になんで斥力の壁を突き抜けて攻撃できんだよ。理論上は斥力よりも大きい力なら可能だが、実行するのにどれだけの速度と力が必要だかわかってんのか………?」

 

 翔がいくら斥力の壁を生み出しても、三頭龍はそれを超える力で突破してしまう。

 次はどうやって足止めしようかと考えていると、

 

「………おっ、リスポーンできそう」

 

 感覚的にリスポーンできると判断して、その場に無傷の状態で出現する。

 

「………残るアドレナリンは二本。夜間の攻防で二本も使ったのは痛いな」

 

 外からは激しい戦闘音が鳴り響いている。しかし、それはほんの少しの間だけで、すぐに静かなロンドンの街へと逆戻りする。どうやら一撃離脱で分身体を吐き出させているようだ。

 翔は耳を澄まして、周囲の音を確認する。数分か十数分ほどそのまま立ち尽くしていた。

 

「でも、そううまくはいかないよな」

『ああ。その通りだ』

 

 斥力の壁を突破してきた三頭龍が声をかける。

 

『そこにある黄金杖を渡してもらおうか』

「………ほんの少しでも、時間を稼ぎたいとは思うけど、ここまで来られたら焼け石に水だよなぁ………」

 

 冷や汗をたらしながら、引き攣った笑みを浮かべながらも、アドレナリンを注射する。

 

「もう少しだけ、お付き合い願うぞッ!」

『………フン』

 

 何度目かの衝突を始める両者。

 翔は黄金杖の周りに斥力を発生させて壁を作ると、突撃する。




【ハラキリ】
 文字通りのトリック。

【クビキリ】
 これも文字通りのトリック。

【炬燵】
 白地に赤いハート柄の炬燵カバー。余裕で五、六人は入れる大きめの代物。
 入ったら最後、謎の魔力で出たくなくなる悪魔の代物。
 途中から翔とアジ=ダカーハはずっと入っていた。すごいシュール。
 ………とか言ってるけど、実は作者は生まれも育ちも、全国炬燵保有率ワースト一位の場所に住んでいて本物の炬燵を知らない。これだけで分かる人には場所が分かってしまう。

【変温動物】
 本当にそうかはわからない。だから、この作品の独自設定。


翔 「主人公の翔です」
作者「作者の猫屋敷の召使いです」
翔 「とりあえず今回もサブタイから突っ込ませてもらうぞ?」
作者「おう」
翔 「………どうした?」
作者「真面目を書こうとしたら、手が止まって『あれ?真面目ってどうやって書けばいいんだっけ?』ってなった。そのうえ、俺の全てが『真面目が書けない?ならばギャグを書けばいいじゃない』って囁いてくるんだ………」
翔 「………………」
作者「俺、頑張ったよ?最終決戦ぐらい、真面目に書こうとしたんだよ?」
翔 「………お疲れ様。………そういえば耀は?」
作者「あ、それなら向こうでヌケボーの練習して来るって」
翔 「やめろおおぉぉぉ!!!早まるんじゃないいいいぃぃぃぃ!!!!」
作者「あー、行っちゃった。とりあえず次でアジ=ダカーハ戦は最後です」


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第二十四話 早く真面目を終わらせたかったんです。許して

さっさとギャグを書きたかったんです。ごめんなさい許して。三話同時投稿です。お気をつけてください。


『……………』

「………ゴホッ」

 

 気管からか食道からかせりあがってくる血を吐き出しつつも、二本の足でなんとか地面を踏みしめている翔。

 対する三頭龍には、小さいが傷のようなものが二か所。

 

『………私に傷をつけるとはな。そのうえ分身体も一瞬のうちに処理したか。褒めてやろう』

「そりゃ、どうも………!その褒美として、この場から退いてくれません、かねえ………ッ!」

『戯言を。無理な話だと分かっているのだろう?』

「ハッ、言ってみた、だけだ………!こちとら、強がるのが、精一杯なんだよ………!」

 

 何とか声を絞り出しているが、立っているのがやっとの翔。

 そんな彼の横を通って黄金杖を取りに向かう三頭龍。

 彼が通り過ぎた瞬間に、完全に限界を迎えたのか、前のめりに倒れる翔。無理にギフトを使って脳を酷使させ過ぎたのだろう。

 

『……………』

 

 倒れた翔を一瞥して、〝ケーリュケイオン〟の黄金杖を手にする三頭龍。

 

 

『ギフトゲーム〝GREEK MYTHS of GRIFFIN〟

 上記のゲームがクリアされたことをお知らせします。

 勝者:アジ=ダカーハ。

 達成条件:宝の奪取。

 主催者側の責任者・サラ=ドルトレイクは速やかに恩恵の授与に移行してください』

 

 

 その瞬間。

 全ての戦闘行動が中断された。

 

『………フン』

 

 三頭龍は〝契約書類〟を見て鼻を鳴らす。

 そして、倒れている翔に止めを刺さずにその場を飛び去る。

 

「ク、ソ………茶の礼、のつもりかよ………あの変温動物野郎が………ッ」

 

 もう体も脳も限界を迎えているはず。だが、彼は三頭龍の態度が気に入らなかったのか、意地だけで無理やり体を起こす。ゲームのクリアによる強制力によって、移動こそできないが何とか立つことが出来た。

 

「覚悟しろよッ………最後の最後まで、邪魔してやっからよ………ッ」

 

 眼に力強い闘志を宿して、体を酷使する。最後のアドレナリンを握りしめながら。

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく動けるようになり、建物の外へと出る翔。視線の先には大嵐の化身となった煉瓦の双頭龍が暴れていた。

 丁度フェイスレスが一人で飛び掛かるところだった。

 しかし、翔は気にすることなく狙いを定めるように腕を構えると―――

 

「―――――円錐生成。力場・斥力と風。強度・測定不能(infinity)。………演算、スタート」

 

 ―――生成した円錐を、射出した。

 

 通常ではありえないほど強力な力で押し出された円錐は、一瞬で姿を消し、邪魔な建物を貫通しながら、誰にも目撃されることなく―――双頭龍を貫いた。

 

「………ッ!?」

 

 フェイスレスは突如眼前で息絶えた双頭龍に驚きと動揺を隠せなかった。すぐに周囲に目を向けると、遠くの方で翔が倒れるのを見つける。

 今までやらなかった、最大強度でのギフトの暴走行使。しかも力場を二つ併用してだ。相当な負荷が脳に掛かってしまったのだろう。彼の意識は一瞬で闇に沈んでいった。

 

『……………ッ』

 

 流石の三頭龍も予想外だったのか、息を呑んだ。龍格を与えた双頭龍が、いとも簡単に倒されたのだ。驚きや動揺の一つぐらいはするだろう。

 フェイスレスは倒れた翔の下へ向かい、彼を回収する。

 

「………お礼は、貴方が目を覚ましたら言わせていただきます」

 

 フェイスレスは意識の無い翔にそう告げて、耀とジャックの下へ向かった。

 

「翔ッ!?な、なんで此処に!?いや、それよりもどうしてこんなに………!?」

「………レティシアから口止めされていましたが、彼は地上でずっとアジ=ダカーハの相手をしていました。ゲームの攻略速度を少しでも遅らせる為に」

「ッ!!」

「その結果がこの負傷でしょう。彼が怪我を直さないのは、何らかの理由でギフトが使えないからかもしれません」

「そ、そんなッ………」

 

 耀が心配そうな表情で翔を見つめる。

 こんなことは初めてだ。リスポーンできない状態で死んだら、翔本人ですらどうなるかはわからない。

 だからこそ、耀は心配した。

 翔が死ぬかもしれない。そんな恐怖に襲われた。

 だがそこに、龍角の双頭龍が倒されたことに焦ったのか、空から純白の双頭龍が落下してきた。

 

「ッ!春日部さんッ!」

「え、あ、うん………」

 

 まだ事態を飲み込みきれてない耀が曖昧な返事をする。と、その時。

 見えない攻撃でうち一体が消し飛んだ。

 

「「ッ!」」

「………最後の、一発、だな」

「ッ!?翔、起きたの!?」

「お前らが耳元で騒ぐから、起こされたんだよ………ほら、俺のことはいいから、行け………」

「………うん。わかった。だから、寝ないでよ?」

「アハハ………保障、できない」

「寝たら一年間私の専属料理人」

「起きてますはい。絶対寝ません」

 

 耀の言葉に翔が即答する。彼女は満足そうな、けれどもどこか残念そうな表情で頷くと、双頭龍の迎撃に向かった。

 その背中を見送る翔。

 

「あんなこと言われちゃ、おちおち寝て休むことも出来ないな」

 

 脳を酷使し過ぎたからか、彼の目や耳からは血が流れていた。

 

「あー頭ン中掻き回されてるみたいで気持ち悪い。………なあなあジャックよ。話くらいはできるよな?頼むから出来るって言ってくれ。でないとマジで寝そうになるから。独り言は寂しいんだよ畜生」

「………ええ。何とか、話ぐらいならできますよ」

「そりゃよかった。これで寝なくて済みそうだ」

 

 アドレナリンが切れてないのか、心臓が鬱陶しく感じるぐらい五月蠅い。代わりに痛みは感じないが、どんどん血が流れていって、体温が下がっていくのが分かる。

 翔はパークから止血剤と造血剤を取り出して、手当てする。

 

「ジャックも手当てしてやろうか?」

「………いえ、結構です。私は、覚悟を決めたので」

 

 そういうジャックの目には強い意志が見られた。それを見て翔は理解したのか、苦笑する。

 

「皆、悲しんじまうぞ?」

「その時は、翔さんに全部お任せしますヨ」

「………面倒な役回りを押し付けるなよなー。……………本当に、やる気なのか?」

「ええ。どうしようもなくなれば、迷わずやります」

「………その『どうしようもない』状況にならないことを祈るよ」

「ヤホホ………もしそうなったら、恥ずかしいですね」

「安心しろ。そんときゃ盛大に皆に酒のつまみとして提供してから、墓場に持っていくからよ」

「そうしたら、そうなる前に翔さんをどうにかして殺さないといけませんね」

 

 どちらも死にそうだというのに、どうでもいい会話をする二人。

 そんな談笑をしていると、落下する三頭龍が極光を放とうとしていた。

 

「ああ。あれは、マズいですね………」

「だからといって、俺らじゃどうにもできんだろう。仲間を、信じよう。………ああ、でも、結局」

「ええ。お別れのようですね」

 

 たとえ、誰かがあの極光を止めたとしても、その後の追撃を避けられるとは思えない。それこそ―――誰かが庇わない限り。

 ジャックが瀕死の身体を無理やり動かして立ち上がる。

 

「………ジャック。お前のことは、忘れない。楽しかったよ」

「それは此方のセリフです。貴方たちにはいつも驚かされてばかりでした」

「本当なら此処で、酒の一つでもあれば、別れとしては最高なんだがな」

 

 血だらけの顔で笑みを浮かべる翔。目は流した血のせいで赤く染まっていた。

 空では耀が極光の軌道を変えて、空中城塞を掠めて地平線へと飛んでいった。

 

「………それでは」

「………ああ。俺が死んだら死後の世界を案内してくれよ」

 

 叶わぬ願いを冗談として口に出す翔。

 ………本当に、叶えばいいな。そう思いながら。

 

 そうしてジャックは魔王となり、悪神の心臓を剥き出しにし、その存在を消した。

 翔は三頭龍とジャックの攻防を一瞬たりとも逃さず見守った。ジャックの雄姿を目に焼き付けるために。

 

「………グッバイ、ジャック。子供たちは連盟の仲間として、ちゃんと気にかけてやるよ」

 

 ジャックがいた虚空を見つめながら呟く。と、ふと視界が霞む。

 

「あ、これはヤバい。処置以前に流した血の量が多かったかな?それとも、暴走させすぎて脳に負荷がかかり過ぎたかな?あー、意識、が、遠、退く………」

 

 寝たんじゃなくて気絶だから許されるかな?などと、もう十六夜達の勝利を信じている翔は、耀の罰ゲームのことを考えながら、そのまま意識を無くした。

 

 

 

 

 

 

 

「………知らない天井、ではないな。うん」

 

 翔が起きて最初に目にしたものは、見慣れた天井であった。その天井は本拠の自室として使わせてもらっている部屋のものであった。

 ………ネタを言えなかったことを少し残念に思いながらも、体を起こす翔。

 窓からは月の明かりが辛うじて入ってきている。もうかなり夜が更けた時間帯なのだろう。

 自分がここに居るということは、無事に三頭龍に勝利したのだろう。

 だが、あれからどれほどの時間が経過したのかが全く分からない。どれほどの時間、昏睡状態だったのかも。

 と、そこで自分以外の呼気が部屋から聞こえるのに気が付く。部屋が暗くて先ほどまで目が慣れていなかったので、周囲を確認できていなかったが、今ならわかる。

 

「すぅ………すぅ………」

(………耀か。レティシアの時みたいに、交代しながら看病してたのかね?)

 

 壁に椅子を寄せて、凭れ掛かりながら寝ている耀の姿が見えた。

 そして、いまさらながら自分の状態を確認する。

 今の翔はほぼ全身が包帯で巻かれており、外気に触れている部分が顔ぐらいしかなかった。だが、外傷は大きなもの以外はほぼ治りかけており、骨の固定の意味合いの方が強そうだった。無意識にですらリスポーンはできなかったようだ。

 

(ふはは………自分のことながら随分と無茶したなぁ。皆に心配されたくないのと、怒らせたくないっていう二つの理由でレティシアに口止めしたけど、これじゃあどっちにしろ怒られそうだな………。それに結局、心配させたしなぁ………)

 

 意識を無くす前の記憶を思い起こす。

 

(ああ、でも。アジ=ダカーハとのお茶会はちょっと楽しかったな。あの恐ろしい魔王が変温動物だなんて、誰も思わないよなぁ………)

 

 思い出して自然と頬が緩んでしまう翔。

 

(あ、結局アドレナリン全部使っちゃったや。箱庭で手に入るかな?今度女性店員に聞いてみるか)

 

 三頭龍との短い攻防の中で、最初の一本を除く五本すべてを使ってしまうとは思いもよらなかった。普通に量も気にせずどんどん使っていた。だが、それが無ければ三頭龍とはまともにやり合えなかったのも、また事実だった。

 

(………ああ。すごい本拠から逃げ出したい。でも、絶対にすぐ捕まるな。感覚的にギフトが使える状態じゃないし。思った以上に暴走させたことの反動が大きい………)

 

 これじゃしばらくスケボーが出来ないな。と、非常に残念に思う翔。

 窓からは陽の光が徐々に差し込んできている。かなり長い時間考え込んでいたようだ。

 と、その時。

 

「……………」

(あ………)

 

 耀の頭が壁を伝って滑っていき、

 

 ゴンッ!

 

 と、痛そうな音を響かせて床に頭を打った。流石にその衝撃で目を覚ました耀。

 ぶつけた額を押さえながら、体を起こす。そこで、翔と目が合う。

 

「………」

「おはよう。俺が意識を失ってから、どれぐらい経ってるんだ?」

「……………」

「………?耀?聞こえてるんだよな?もしもーし?」

 

 ひらひらー、と耀に向けて手を振ってみる。すると耀は翔の顔に手を伸ばし、

 

「………ひゃにをひゅる(なにをする)

 

 翔の頬を抓った。

 

「…………夢じゃない?」

ひゅめひゃない(夢じゃない)

 

 翔も仕返しとして耀の頬を抓る。

 これが現実だと理解した耀は、翔の手を振り払い部屋から飛び出すと、

 

『十六夜ー!!飛鳥ー!!黒ウサギー!!翔が起きたあぁぁ!!』

 

 声を張り上げて建物内を駆ける耀。その後すぐに、ドタバタガタンッ!と騒がしい音が近づいて来る。

 そして、ドアが壊れそうな勢いで開けられる。

 

「「「「………………」」」」

「……………?」

 

 四人がドアを開けたと思ったら、部屋には入らずに翔のことを見つめる。

 

「おはよー。ところで、俺が意識失ってからどれぐらい?」

「「「………ハアアアァァァァァ」」」

「………?」

 

 十六夜以外の三人が溜め息を吐く。その反応にどうしたらいいのか分からず、首を傾げる翔。

 

「あの?マジであの後どうなったか知りたいんだけど?ジャックの雄姿は目に焼き付けたんだが、それ以降は意識失ったから話を聞かせて―――」

「「「正座」」」

「………………はい」

 

 女性陣三人に睨まれながら命令された翔は大人しく従った。

 しかし、なんだか日常に戻った気がして、嬉しく感じていた。

 

 

 

 その後、三人の説教は交代しながら夜まで続いた。

 ………食事?あるわけがなかった。

 ちなみに意識を失っていたのは二週間だったそうだ。

 それは皆心配するわ、と反省した翔であった。

 




翔 「おいサブタイ」
作者「ごめんなさい!本当に真面目を書きたくない衝動に駆られて、さっさと終わらせたかったんです!!」
翔 「…………」
作者「とりあえずこれで最終決戦は終わりです!これから『軍神の進路相談です!』を書き始めていきます!今後ともよろしくお願いします!!学校がもうすぐ始まるので更新速度が遅くなるかもしれませんが!!それじゃ!」
翔 「あっ!?逃げんなこのクソ召使い!」


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原作十二巻
第二十五話 神話上の生物って生活が大変そうな奴いるよね


 〝人類最終試練〟の〝絶対悪〟魔王アジ=ダカーハとの死闘から三か月。

 翔は目が覚めてからギフトを扱えない生活を送っていたが、それも一か月で終わりを告げた。それからは以前と同じように扱えている。いや、それどころかより融通が利くようになった。まあ、その分荒ぶった際は激しいのだが。

 それと、『寝たわけじゃなくて気絶だから』という言い訳は通用せず、一年間『罰』を受けることが決定。現在二か月と半月を過ごし、残り期間は九か月と半月である。

 そして、そんな翔は現在―――

 

「―――で、どうして俺は、こんなところにまで出張って店を構えにゃならんのだ」

「………?いつも通り美味しいよ?」

「ごめん、そういうのを聞きたいわけじゃない」

 

 五六五六五六外門にある〝風浪の鉱山〟で、朝早くから店を出していた。彼の隣には出された料理を美味しそうに口に運んでいる耀がいる。

 俺はスケボーがしたいんだよ、という本音をどうにか呑み込んで、黙々と注文を受けて調理する翔。

 

「ゲームまではまだ余裕があるのか?」

「うん。あと二時間ぐらいは大丈夫かな」

 

 翔が作ったドネルサンドを食べながら答える耀。翔は注文を受けながら次々と料理を渡していく。その調理を間近で見ていた耀が疑問を口にする。

 

「………その無駄に速い調理って、ギフトを使ってるの?」

「………む、無駄って………まぁ、意識してないけど、多分そうじゃないか?明らかに肉に通る火の速度とかがおかしいし」

 

 そう言いながら、注文された串焼きのケバブを火にかける翔。すると、あっという間に肉の色が変化して、焼き終わってしまう。

 

「一体どういうギフトなの?」

「多分物理法則を歪めたり、操ったり、かね。龍角の双頭龍の時は、円錐の物体に観測できないほどの力と風で射出した、はず」

「………曖昧だね」

「俺自身ギフトを使いこなせてないからね~。それよりも自分の心配をしろ。策はあるのか?」

 

 自分のギフトを使いこなせていないことが恥ずかしくなったのか、話を変える翔。耀も深くは追求しないで、質問に答える。

 

「土竜とヘカトンケイルの二つの恩恵を使ってみるつもり」

「………ヘカトンケイル?あの顔と腕がいっぱいある奴?」

 

 翔は昔見た事のある伝承の絵を思い浮かべる。五〇の頭と百の腕を持ってる巨人の姿が浮かぶ。

 それを聞いた耀は、苦笑しながら首を横に振る。

 

「箱庭のは違ったよ。見た目は巨人族と大差ないけど、霊体の腕を召喚する恩恵を持ってるんだって」

「………それは自分で操る感じ?」

「………?うん」

「……………練習した?それともぶっつけ本番?」

「………ぶっつけ本番」

 

 首を傾げながら肯定する耀。それを見て呆れたように息を吐く。

 

「いいか、耀。二本の腕を別々に扱うのですら大変なのに、それがさらに二本三本って増えたら、どれだけの負荷が脳にかかると思ってるんだ?」

「………あ、そっか」

「考えてなかったのか………まあ、やってみればいいさ。何事も経験だ。意識的に操るんじゃなくて、単純な動作で自動操作的な感じに出来るなら、それでやればいい。意識的にやろうとすると、俺みたいにぶっ倒れるぞ」

「………翔ならできる?」

「やったことないから分からん。でも、二本の腕は別々に使える。両目もそれぞれ別の方向を見れるぞ」

「………翔に出来て私に出来ないなんて、なんか悔しい」

「俺だって、出来るようになるのに数か月かかった。それに必要に駆られた結果だしな。あのクソブラック企業め………ッ!!」

 

 思い出したくない記憶が蘇ったのか、目に怒りの感情が現れる翔。しかし、すぐにハッとして耀に声をかける。

 

「それより、もうそろそろ行った方がいいんじゃないか?」

「………うん。そうだね。頑張って来る」

「無茶はするなよー」

「翔みたいに馬鹿じゃないから大丈夫」

「………否定できないのがつらい」

 

 ヒラヒラと手を振って耀を見送る翔。

 朝のピークを過ぎたからか、客足もまばらになり多少のんびりできる時間になる。

 そこへ翔の見知った人物が近づいてくる。

 

「………こんなところに居ましたか」

「あれ?フェイスレスか?アンタも来てたんだな。で、その口ぶりだと、俺を探してたようだが?」

「ええ。龍角の双頭龍の時の礼を言ってなかったので」

「………あー、あれね。あれは九割私怨だったから、気にしなくてもよかったのに」

「それでも、結果としては助けられたことに変わりはありませんので。改めてお礼を言わせてください。ありがとうございました」

「………ふむ。礼を言われるぐらいなら、商品を買って売り上げに貢献してくれた方が、個人的には嬉しいんだが?」

 

 そういって、店の商品を勧める翔。その商人魂に苦笑しながらも、ドネルサンドを買ってくれるフェイスレス。そして、一口食べて驚く。

 

「………美味しいですね。さすが、店を出すだけあります」

「そりゃどうも。………そういやアンタも参加するんだっけ?予選はこれから?」

「ええ。なので、始まる前に貴方を捜していたのです」

「そっか。それは悪かったな。アンタも頑張れよ」

「……………」

「………?何か顔についてるか?」

「いえ。双頭龍の時のギフトを使えば、今回のゲームも優勝できるのではないのかと思っただけです」

「俺にまたぶっ倒れろと?勘弁してくれ………目を覚ました後、仲間たちにこっ酷く絞られたんだ。あんな思いはもうしたくないね」

「フフッ。そうですか。それと、美味しかったですよ」

 

 そう言い残して、その場を後にするフェイスレス。彼女を見送って一息つこうかと思っていると、また一人翔の下を訪ねる者が現れる。

 

「………ここでもお店をやっているのですね」

「今度はアンタか。………そういえば、店長になったんだっけ?」

 

 翔がよくお世話になっている〝サウザンドアイズ〟の女性店員だ。いや、もう店長になったのだったか。

 

「ええ。無事に。………これ、注文されていたものです」

 

 そう不機嫌そうに、手に持っていた箱を渡してくる。箱の中身は翔が頼んでいた、アッサムCTCなどの茶葉とアドレナリンだろう。

 

「………わざわざ届けに来てくれたのか?そんなことしなくてもこっちから取りに行ったのに」

「いえ、個人的に貴方に言いたいことがあったので、そのついでです」

 

 そういって、不機嫌そうな声のまま、顔を近づけてくる女性店長。その行動に困惑する翔。

 

「………もう三頭龍の時のような無茶は止めてください。こちらはもう、貴方をお得意様の一人と認識していますので」

「………ぜ、善処する、かな?」

 

 冷や汗を流しながら、引き攣った笑みで返す翔。その返事に対して女性店長は、しばらく翔を見つめ続けるが、やがて溜め息を吐いて離れる。

 

「あのコミュニティにいる限りは、無茶をせざるを得ないということですね」

「まあ、そう、なるかな?とはいっても、しばらくはコイツらの出番も無いだろうけどな」

 

 箱からアドレナリンの入った注射器を手に取って、眺めながら言う翔。

 

「また何か欲しければおっしゃってください。こちらの出来る限りで取り寄せますので」

「ああ。これからもよろしく」

 

 小さく礼をして、去っていく女性店長。

 それを見送って、溜め息を吐く翔。

 

「(………美少女や美人を続けて三人相手にしていたからか、周囲の男性の視線がヤバい。視線だけで人を殺せるレベルだ………。中に真の英雄が混ざっていたら、なおさら危なかった………)―――って、どわあああぁぁぁぁ!!?」

 

 そんなことを考えていると、周囲の男性達の何人かが本当に目からビームを放ってきた。

 翔は瞬時に反応して、店をパークにしまうと横っ飛びに逃げる。

 

「危なッ!?誰だよ!?真の英雄みたいに眼で殺そうとしてくる奴はッ!!?」

『『『僕だ!』』』

「ブルーノ!お前だったのか!………って、ブルーノはそんなにいねえ!!ゲーム内でも同時に二人が最高だったわ!!ネタに乗っかってやったけど、いくらなんでも多すぎるだろッ!!?せめて一人か二人に絞れよ!!!もしくは眼で殺す英雄の真似事するなら、返答も真似ろよ!!」

『『『ンなこと知るかッ!!そんなことよりも非モテの恨みを味わわせてやるから覚悟しろッ!!!』』』

「お断りですッ!!そんな不良商品は返品させていただきたい!!【ポセイドン】ンンンゥゥゥゥッ!!!!」

 

 非モテの男たちから逃げる為に、スケボーで久しぶりに超加速を用いる翔。

 

『『『待てやこの野郎ッ!!!その顔面百発ほど殴らせろやあああぁぁぁぁ!!!』』』

「ざっけんなよ!?一人百発とかマジでシャレにならないからッ!!?」

 

 こうして、翔は命を、男性たちは八つ当たりを賭けたデスレースの幕が開け―――

 

「あっ」

『『『あっ』』』

 

 ―――ボードが埋まり、翔が転倒することによって、即座に幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――それで、どうしてこいつはこんなにも疲労困憊なんだ?」

「………さあ?」

「……………………………」

 

 何とか醜い男性たちから解放された翔は〝六本傷〟のカフェにて、ルイオスとポロロの見知った二人が見えたので合流していた。しかし、彼は席に着くなりテーブルに突っ伏して、物言わぬ屍のようになっていた。リスポーンする前までは顔面を酷く腫らしていたのだが、そんな様子は一切なくいつも通りの顔である。しかしリスポーンしても精神的な疲労だけは拭い切れずに残っているのだ。そしてその疲労は計り知れない。男性たちが鬼が裸足で逃げ出しそうな形相で、百発の拳を振り下ろしてきたのだから、精神が疲れないわけがない。 そこへ、一人の店員が近づいてくる。

 

「こちら、ご注文されたド○ペでーす♪」

「…………ッ!?」

 

 その声とセリフを聞いた翔が、目にも止まらぬ速さでその場から離脱しようとするのを、片手で襟首を掴んで阻止する店員(仮)。掴まれながらも暴れて、どうにか逃げ出そうと必死に足掻く翔。

 

「なぜここに居る腹黒店長!!?そして俺が頼んだのは普通のコーヒーだ!!」

「やだな~もう!お迎えに上がりますって言ったじゃないですか~♪」

「だからってマジで来なくていいッ!!」

「私と翔さんの仲じゃないですか~。それに翔さんのおかげでド○ペファンが増えたんですよ?」

「知るかッ!!今はド○ペはいらないんだよ!!つか、それ以前にアンタ使い捨てキャラのはずだろ!?なんでまた出てるんだよ!?」

「いえ、今回はド○ペ布教ではなくて、モ○スター布教のための登場ですので」

「大差ないッ!?キャラが同じなだけで大差ないよッ!!つかモ○スター布教ならド○ペじゃなくてそっち出せや!!」

「………………………………………………………テヘッ☆」

「うわ、超うぜえ………しかも溜め長えし………」

 

 メタい会話をする二人。最後の最後で翔は本音がガチのトーンで口から漏れてしまう。

 

「もういい………せめてド○ペをモ○スターに変えてくれ………」

「はーい♪」

 

 そう言ってせっかく出してもらったド○ペを持って帰らせ、代わりにモ○スターを持ってこさせる。

 その二人のやり取りを呆然と見ていたルイオスとポロロ。

 

「………翔の旦那。あれは誰なんだ?」

「そんなのは俺が知りたいね」

 

 あっはっは、と渇いた笑いを上げる翔。それを見て苦笑する二人。

 しばらくすると、先ほどの女性がモ○スターを持ってくる。それを翔の目の前に置いて、店の中に戻るのかと思いきや………席に着いた。

 

「「「……………」」」

「………?どうしたんですかー?」

「いや、それはこっちのセリフ。これから同盟の会合だから、居られると困るんだが………」

「ブーブー!」

「いや、ブーたられても………」

「……………」

「うん。無言で親指だけ立てて下に向けるのは止そうか。………いや、中指立てるのも止めて。だからって首を横に掻っ切るジェスチャーで死刑宣告も止めてね。ほら、お願いだからあっち行って」

 

 翔の説得によって、文句を無数に溢しながらも、しぶしぶ、渋々席を離れる腹黒店長。

 

「………あっ。十六夜ー!飛鳥ー!こっちこっちー」

 

 やっといなくなったことに安心した翔は、ため込んでいたものを追い出すように、思いっきり空気を吐きだす。

 そして安心した翔は、十六夜と飛鳥の姿を見つけると、手を振って二人を呼ぶ。ルイオスは十六夜の姿を見るや否や、ゲッと腰を浮かせるルイオス。

 ルイオスと視線が合った十六夜は、新しい玩具を見つけた猛獣のようにニヤァ、と笑って素早く隣にかけた。

 

「よく来たなあ、ルイルイ。ゲームの予選通過おめっとさん。頑張ったじゃねえか」

「五月蠅い黙れ。お前に祝われてもキモイ。上から目線も止めろ。あとルイルイ言うな」

「そう言うなってルイルイ。俺も頑張って予選通過するから、本選でよろしく頼むわ。同盟の絆でワンツーフィニッシュと行こうじゃねえか」

 

 ニヤニヤと笑いながら肩を叩く。腰を浮かしていたルイオスはこれ以上ないくらい気まずそうな冷や汗を掻いて視線を逸らす。互いに失礼な態度を取っているが、ルイオスにはそれだけの理由があるから仕方ない。

 飛鳥はルイオスをいびって楽しそうな十六夜を見て、呆れたようにため息を吐いた。

 

「十六夜君。彼は腐っても同盟相手なんだから、いじめるのは止めなさい」

「ちょっと待て、そこの赤いの。ナチュラルに僕を腐ってるとか言うのやめろよ」

「そうだよな。ルイルイは腐りかけだもんな」

「腐る寸前!?」

「あら、言われて見ればその通りね」

「即同意!?っていうかほとんど意味一緒じゃないか!?」

「馬鹿ね。今が一番美味しいってことよ」

「逆に今を過ぎれば廃棄処分、と。………ルイルイ。お前はいい奴だったよ。腐ってからも五分は忘れないと思う」

「勝手に死んだ風にするなッ!!」

「この場合は『死んだ風』ではなく『腐った風』が正しいかな。よってやり直し。テイクツーをルイルイに要求する」

「誰がするかッ!!それとルイルイ言うなッ!!」

「そのセリフしつこいから、もっとバリエーションを増やしてから出直してきてくれ」

「もうお前黙れよ!?」

 

 呆れ笑いを浮かべる飛鳥と、ヤハハと笑う十六夜。その二人に便乗してルイオスをからかう翔。

 同じく同盟相手である〝六本傷〟の頭首ポロロは、笑いを噛み殺しながらも話を戻す。

 

「仲がいいのは結構だけど、お互いにそれぐらいにしてくれよ。今日は仕事の話をしに来てるんだからさ。紹介したい人もいるんだし、今日はお行儀よく頼むぜ」

「紹介したい人?」

「おう。〝六本傷〟のこれからの事業に出資したいっていうパトロンが見つかってさ。折角だからこの機会に顔合わせした方がいいと思って」

「へえ?どこのコミュニティだ?」

「先方が着いたら紹介するよ。トラブルでもない限りもう着く頃合いだし」

「あいよ。―――それで、ネコミミ御チビはどんな商談を持って来たんだ?〝金剛鉄〟の専売契約となると、こっちにも相応の旨みが無いと承諾できないぞ?」

 

 十六夜が挑発的に笑う。ポロロも同じように歯を見せて獰猛に笑う。この辺りは実に猫科らしい。

 ポロロは荷から複雑な図面の描かれた紙束―――設計図のような物を取り出した。

 

「実は〝金剛鉄〟の鉱山があると聞いた時から、ドワーフたちに設計を頼んでいたんだ。連中ほど鉄の扱いに長けた種はいないからな」

「設計ってことは、やっぱり何かを造るつもりなんだな?」

「まあね。これがその設計図―――通称〝精霊列車〟って奴だ」

 

 ドン、と設計図の紙束を叩いて得意げに話すポロロ。

 予想外の提案に、十六夜と飛鳥は顔を見合わせて驚く。

 翔は何故か()()()()カップの中のモ○スターの処理に必死なようで、話す余裕が無い。

 

「えっと―――〝精霊列車〟、というと?精霊の力で動く列車ということ?」

 

 小首を傾げて問い直す飛鳥。てっきり武具や城塞の建造に使うのかと考えていた彼女にとってこの提案は不可解なものでしかない。

 しかしポロロは瞳を光らせ、ネコ耳を張ってニヤリと笑う。

 彼が言うには、〝精霊列車〟は精霊の恩恵と彼らの通り道を奔る列車で、霊脈を高速で移動するためのものだと言う。この〝風浪の鉱山〟にも霊脈が集中しているらしい。そして霊脈の移動は疑似的な空間跳躍に近く、霊脈の引かれている場所に限り、物資も含めて数秒から数分での移動が可能になるそうだ。利便性でも、同じ超長距離移動手段の〝境界門〟を上回り、一度に運べる物資も一車両と一荷馬車では桁違いである。

 十六夜は腕を組んでポロロの提案を熟考する。線路を敷く手間が無いのなら、〝精霊列車〟の車体を造るだけで土地と土地の移動時間を飛躍的に縮めることが可能だということだ。

 もしもこの〝精霊列車〟が完成すれば箱庭の流通事情は大きく変わる。

 いや、流通だけではない。

 〝境界門〟の有無に拘わらず自由な冒険が可能になれば―――今まで知られていなかった、未知のギフトゲームに参加することが出来る機会も増えるかもしれない。

 

「まずは〝階層支配者〟のある本拠がそれぞれ繋がる様に線路を敷く。具体的には〝サラマンドラ〟、〝龍角を持つ鷲獅子〟、〝ラプラスの悪魔〟、〝サウザンドアイズ〟、〝鬼姫〟連盟の五つだな」

「ふぅん………〝アンダーウッド〟と〝煌焰の都〟は分かるが、他は何処の街だ?」

「〝ラプラスの悪魔〟の本拠は北側四桁にある〝デイリーウォーカー〟。

〝鬼姫〟連盟の本拠は北側五桁の〝根の国・殺生宮〟。

〝サウザンドアイズ〟は本拠が二桁なんで、代わりに各支店を提供してもらえる手筈だ」

「あら、随分と根回しがいいのね」

 

 感心半分、皮肉半分で飛鳥が告げる。全ての〝階層支配者〟と連携が取れるように話が通っているということは、彼らも同意済みと考えていい。

 〝ノーネーム〟との交渉でのカードを増やすためだったのだろうが、同盟コミュニティとしてこれは面白くない。先に通すべき義理を欠いている。

 ポロロもそれを自覚していたのか、僅かに頭を下げて続ける。

 

「非礼は百も承知だ。だがこれは其方に安心して納得してもらうための根回しだと理解してほしい。治安の責任者である〝階層支配者〟もそうだが、大口の出資者も幾つか心当たりがある。土地の権利はまだ押さえていないが支配者たちの太鼓判があれば難しくない。後は〝ノーネーム〟が〝金剛鉄〟を提供してくれれば、すぐにでも取り掛かれる企画なんだ」

 

 緊張と熱を帯びた口調で現状を説明するポロロ。

 彼にとっては〝六本傷〟の命運を賭けた一大企画に違いない。若すぎる頭首である彼がこれほど大きなマネーゲームに参加できる機会はそうそうないだろう。

 〝ノーネーム〟としても此処までお膳立てされてしまっては呆れを通り越して感心してしまう。前の同盟会議からたった四か月でよくも此処まで好材料を揃えられたものだ。

 しかし、

 

「う~ん、微妙。ちょっと今のままじゃ賛同し辛いかな~?」

 

 待った?をかける声が上がった。

 ポロロは身構えるように体を強張らせて、問い返す。

 

「………それはなんでだ?」

「今の説明はメリットの話をしただろ?でもそれが普及した後の変化についての問題や対策には、一切触れていないし。そんな今の説明だけじゃ、ちょっと事後のことが恐いかなって。少なくとも、そう簡単にこんなとこで『はいそうですか。許可します』なんて言える内容じゃないな」

「ああ。翔の言うとおりだ。………そのことについて、お前は責任取れるのか?」

 

 翔と十六夜の言い分に息を呑むポロロ。

 まさかこの段階でこの質問をされるとは思わなかったと内心で舌打ちするが、その苛立ちを隠すようにとぼける。

 

「責任………か。何に対しての責任だ?」

「俺が言いたいのは、この起業によって起こる、副次的な環境変化に対してだ」

「環境変化?どういうことなの十六夜君?」

 

 飛鳥は話の核が見えないと首を傾げる。

 十六夜は設計図を指先でコツコツと叩いて説明する。

 

「現在、〝境界門〟の開門は一日に十二回。内訳は一般向けの開門が朝昼晩にそれぞれ四回、積み荷の運搬が二回。これらは場所によりけりだが大きな差は無いはずだ。それは分かるな?」

「え、ええ」

「それなら荷馬車の交通量が一度の開門で二〇〇~五〇〇台ってのも分かるな。それが日に六回だから最大で三〇〇〇台の荷馬車が一つの〝境界門〟で交通できるとする。これに対して一台の〝精霊列車〟が一日に運搬できる物資の量は、一体どうなると思う?」

 

 十六夜の説明を受け、飛鳥は神妙な顔で考え始める。

 

「えーと………〝境界門〟と〝精霊列車〟の利便性の差は、一度に運べる量よね。ポロロ君の桁違いという言葉を借りるのなら、一車両で荷馬車の一〇倍詰め込めることになるわ。列車を一〇車両繋げて運搬できると仮定した場合、一度の運搬は荷馬車の一〇〇倍?」

「いやいや、そんな単純じゃねえよ。実際には一車両に詰め込める物資はもっと増える予定だ。一日の稼働回数も数十回の往復が可能になる。開拓地や都市部に直通で繋げることも可能だから、速度はもっと増すぜ」

 

 苦笑するポロロに、飛鳥は驚きで返す。

 

「それは………凄いわね。それが本当なら、〝境界門〟がお払い箱になる日も遠くないのではないかしら。単純計算でも数百倍の利便性があるでしょう?」

「まあね。更に言うなら、荷馬車だと物量よりも重量限界の方がネックなんだよな。鉱石のように荷運びが大変な物資を大量に運べるようになれば、今の流通事情は大きく変わる」

「そうだ。その相乗効果で箱庭の開拓も尋常じゃない速度で広がるはず。そうなると今後百年………いや、十年で箱庭は大きく様変わりするに違いない」

 

 霊脈が通っていれば〝精霊列車〟は陸海空の何処にでも物資を運ぶことが出来る。

 ポロロの話通り霊脈が恩恵の集まる土地だというのなら、そこに住まう幻獣や土地神も多いだろう。

 だからこそ、十六夜はポロロの案に警笛を鳴らす。

 

「俺が一番懸念しているのはその点だ。〝精霊列車〟の性能がお前の言う通りのものなら、今まで交通の問題で未開拓だった土地に雪崩れ込むコミュニティが大量に現れる。大量の移民と急速な開拓が現地の先住者たちとの抗争に繋がることは容易に想像できることだ。流通の一極化によって仕事を奪われるコミュニティだって出て来るぞ。甘い汁を吸ってる〝地域支配者〟だって黙っちゃいない。そんな副次的な争いに、お前は責任取れるのか?」

「………それは、」

 

 十六夜の指摘に、ポロロはしばし黙り込む。勿論問題はそれだけではない。

 〝境界門〟の使用料は〝地域支配者〟に分配されている。

 しかし〝精霊列車〟の普及が進めば〝境界門〟はその役割を終える。

 そうなれば各地の〝地域支配者〟の反発は必至だ。

 ポロロが〝階層支配者〟を先に押さえたのはその辺りの事情を考慮していたからだろう。彼らを緩衝材にして予想される摩擦を無くそうと考えていたのだ。

 

「………なるほどね。旦那も見える人間なわけか」

「それぐらいの見通しを立てられないで交渉になんかくるかよ。参考になる歴史はゴールドラッシュを筆頭にして幾らでもあった」

 

 十六夜も、ポロロが根回ししていた点については正しく評価している。

 だからこそより大きな視点で語りかけた。

 ポロロも彼らが何を言わんとしているのかを察し、重苦しく奥歯を嚙む。

 

「………悪いけど、責任を取れるかどうかは答えられない。箱庭がゴールデンステイトの二の舞になる可能性だって俺は否定できないんだからな」

 

 取り繕っても仕方がないと諦めたのか、ポロロは偽りなく本心を告げる。

 〝精霊列車〟の製造ラインが整えば〝金剛鉄〟の採掘が進み、〝風浪の鉱山〟もゴールドラッシュと同じような発展を遂げていくだろう。

 鉱山を掘る工夫が増え、彼らを食わせる為の商店が増え、消費が増え、民家が増える。上手く事が運べば史上空前の大バブル期の到来だ。

 しかし事はそれだけに留まらない。

 〝精霊列車〟は、今の箱庭の文化そのものを大きく変えてしまう可能性がある。

 

「人が増えれば需要が増える。需要が増えれば消費が嵩む。あらゆるバランスを欠いたままにな。そして結果として、様々な地域で衝突や摩擦が生まれる。絶滅の危機に晒される種族だって出てくるだろうよ」

「ゴールドラッシュで、土地を奪われたヤヒ族のように?」

 

 ポロロの呟きに一瞬、十六夜の瞳に熱が籠る。その熱は怒りに似た感情だった。

 だがそれも一瞬のこと。

 髪を搔き上げた十六夜は舌打ちと同時に熱を隠す。

 

「………そうだな。ま、知ってるなら話が早い。俺が言いたいのは要するに、そういう事件を起こすなってこと」

 

 断固たる決意を感じさせる口調の十六夜。

 これにはさすがの飛鳥も肝を冷やし、フォローを入れようとすると、それを見計らったように、

 

「とは言っても、それは俺個人の意見にすぎねえけどな。〝ノーネーム〟内の一票ってことで聞き流してもいい」

「わ、私?」

「おう。お互い代表なのは間違いないからな。お嬢様の意見も聞いておきたい」

 

 突然意見を求められて言葉に詰まる飛鳥。このタイミングで話を振られるとは思わなかったのだろう。少し戸惑ったが、すぐに彼の意図に気が付く。

 

「そ、そうね………純粋にコミュニティの利益を求めるのならこれ以上の話はないわ。なので専売契約に異論はありません。でも十六夜君が危惧している点については考慮しなければいけないと思います。風評被害だって考えられるでしょうし、鉄道の利率についても同盟の内外、それに支配者たちとも相談しないと。―――なので専売契約そのものは前向きに検討しつつ、マイナス面も対策を考えていくのがベストでしょうね。………しょ、翔君はどうなの?一応〝ノーネーム〟なのだから意見を聞かせてくれるかしら?」

「一応って………。で、何の話だっけ?長くてあんまり聞いてなかった」

「………〝金剛鉄〟の専売契約と〝精霊列車〟の製作・稼働についてよ」

「ああ、はいはい。まあ、余計な恨みは買いたくないから、対策とか更なる根回しとかもしておくべきかな?」

「………うん。〝ノーネーム〟の意思は分かった。前向きに考えつつ、一先ずは保留ってことでいいんだよな?」

「ああ。ゲーム開催中には方針をまとめて、閉会式の夜に意見を出し合うってことで」

 

 ポロロの問いに、三人は共に頷く。この辺りが落としどころと判断したのだろう。急いては事を仕損じると互いにわかっていた。

 〝精霊列車〟の設計図の模写を取り出したポロロは十六夜とルイオスにそれぞれ一束ずつ手渡して今後のスケジューリングに話を移す。

 しかし話が纏まろうとした矢先―――彼らを嘲る様な、豪快な笑い声が響いた。

 

「プッ………クッ、ハ、ハハハハハ!!!」

「っ、誰!?」

 

 無遠慮極まりない嘲笑が鉱山の街に響き渡る。

 声の主は嘲りを含んだまま声高に続ける。

 

「全く、何をもめているのかと思えば………コイツは驚いた!実に笑える!呵々大笑―――って何だこの触手!?ちょ!絡んでくんじゃねえ!!俺にそんな趣味は―――うわなにをするやめ―――」

「あ、そうだった。アイツの回収忘れてたや」

 

 ―――なんだ?四人は一瞬警戒心を高めるが、その後の言葉に警戒心が緩む。

 翔は心当たりがあるようで、握り拳をポンともう一方の手の平に乗せていた。そして、

 

「ハアアァァァチイイィィィィ!!!」

 

 叫んだ。

 すると山脈に悲鳴が響いた。

 

「うわああああああああ暴れ触手と暴れ牛だああああああッ!!!」

 

 ―――はい?と、翔以外の一同は一斉に素っ頓狂な声を上げた。

 当然だが、こんな鉱山の真ん中にそんな妙ちくりんな物体があるわけがない。農畜もだ。

 幾らなんでもそれは無いだろうと考えるが、先ほど響いた声から嘘だとは思えない。現に通りの向こうから土煙を上げて何かが迫って来る。

 ズダダダダ!!!と鳴り響く爆走音。

 土煙の向こうからは稲光と雷鳴のようなものまで鳴り響いている。

 

「………翔君。今度は何をしたのかしら?」

「俺のペットがちょっと面白いものを拾っただけだよ。きっと」

「そう。なら大丈夫そうね」

「あーでも、後ろの戦車と牛は知らないな」

「よし、そっちはルイルイに任せた!」

「はあ!?何で僕が!?」

「だって腐りかけだもの。消費期限も過ぎてるんだから使わないとね」

「店じゃ使えないし、どうせ廃棄される運命なんだ。どうせなら此処で華々しく散っておけよ」

「死ねこのクソ同盟が!!」

 

 文句を言いつつもバン!とテーブルを叩いてカフェを飛び出す。

 此処で飛び出す辺り彼らのノリが分かってきたのだろう。鉱山街の大通りの中心に仁王立ちする。

 ルイルイは目を細めて迫りくる暴れ牛を観察する。

 見た感じは水棲型の牛の幻獣。しかも雷を携えているとなるとそこまで多くはない。ルイルイは頭の中で辞書を開く。

 雷鳴を轟かせ。

 旋風を吹かせ。

 清水を身に纏う牛の幻獣となると―――

 

「―――三種複合属性………天候の恩恵?え、ちょっと待て!あれ土煙じゃなくて雷雲じゃないのか!?」

「なんだ。今気づいたのか?随分と目の悪い奴だな」

「まったくね。一度病院に行ったらどうかしら?」

「今度いい医者を紹介してやるよ」

「お前ら分かってたなら教えろよ!?」

「「「悪い。今知った」」」

「死ね!!純粋に死ね!!氏ねじゃなくて死ねッ!!!」

 

 喚き騒ぐルイオス。

 しかし大地から巻き上がっていたのは土煙だけではない。鉱山街の中心で雷鳴を轟かせていたのは―――大地から巻き上がった積乱雲である。

 牛が牽いているのは、積乱雲を纏った鈍色の戦車だ。

 そんな怪物じみた牛(と触手)がただの暴れ牛なはずがない。

 神格の気配を感じ取ったルイルイは蒼白になって叫ぶ。

 

「冗談じゃない!オイ、そっちの馬鹿トリオ!お前らも手を貸せ!」

「「「え、やだ」」」

「よし、やだ!?え、やだ!!?」

「「「断固やだ」」」

「DANKOYADA!!?ええい、同盟の絆は何処に逝った!!?」

「絆の奴ならさっき翔のゴミ箱に食われて死んだよ」

「『思いの外美味しかった』ってゴミ箱先輩が伝えて欲しいって言ってたぞ」

「良い人だったのにね。合掌しましょう」

 

 パンパン、と両手を叩く三人。ルイオスは血管がはち切れそうなほどに青筋を立てたが―――もう、色々と遅かった。

 

「KISHAAAAAA!!!」

「MOOOOOOOON!!!」

「ぎゃああああああああ!!!」

 

 巨大な触手生物と巨大な天候牛に吹き飛ばされ絶叫するルイオス。

 合掌する問題児。

 茶を啜っていたポロロはふと、何かに気がついたように呟く。

 

「あ………茶柱立った」

「そう、よかったわね」

「あ、そちらのお茶、茶柱が絶対立つように細工してありますよ?だから別に幸運でも何でもないですね」

「「……………」」

 

 翔が腹黒店長と呼んだ女性から無残にも真実を告げられ、がっくりと肩を落とすポロロ。しかし彼には些細な幸せですら与えられなかった。

 そんな安穏とした空気を漂わせるカフェに、触手生物に逆さ釣りで絡め捕られている人物から声がかけられる。

 

「………おいそこの飼い主。どうにかしてくれ」

「アッハイ。ハチ、その人を放してあげて」

「シャー」

 

 ベシャッ!と重力に従って顔面から地面に落ちる男。

 

「よーしよし!良い子だ!」

「シャー♪」

 

 翔に頭と思われる蕾を突き出して、撫でてもらっている触手生物。もといハチと名付けられたラビットイーターもどき。

 

「出資者の一人に随分な扱いじゃねえか、なあおい?」

「それは悪かった。コイツはまだそういうのを理解できてないんだ。【自主規制】されなかっただけよかったと思って許してよ」

「え、なにそいつ?もしかしたら俺【自主規制】されてたかもしれないのか?」

「うん。【自主規制】されてたかもしれない。でも、かなり厳しく言ってあったからか、何とか耐えたみたいだ。よかったよかった」

「………………よし!これに関しては水に流そう!!」

「アザーッス」

 

 これ以上の追及はマズイと思ったのか、話を切り上げる謎の男。いや、見当はついているのだが。

 その確信を得る為に、飛鳥は出資者を名乗る男に問う。

 

「失礼ですがお名前は?それとも轢き逃げ犯とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「名前?―――ああ、そうか。人間に降天すると名前も新しく考えにゃならんのか」

 

 面倒くせえな、と呟きながら煙草を咥える。のを見た翔が煙草の火を消すために水を顔面にぶっかける。

 ポタ、ポタ、と水を髪から滴らせる男。

 

「………………………おい。いきなり何しやがる?」

「ごめん。煙草嫌いなんだ。具体的には顔面に過剰なほどに水をぶっかけたくなるほどに」

「ああ。それは今痛いほど分かったよ………!」

 

 火の消えた煙草を握りつぶしながら答える男。それを見ながら悪びれる様子の無い翔。でも、コイツに何か言うだけ無駄だと、先ほどのやり取りで理解したのか辛うじて耐えることに成功する。

 改めて真面目に偽名を考え始める男。

 

「名は帝………いやいや、流石にまんまじゃ不味いよな。なら捩って御門………ああ、此れなら霊格を落とし過ぎることもねえな。それに今の役割とも一致する。よしよし、コレで行こう」

 

 ガリガリと頭を掻きながらしばらく考え込んだ男は、試行錯誤の末、己の偽名を自慢するように名乗った。

 

「よし………決めた!俺の名前は御門―――そう、御門釈天だ!」

「―――な、」

「わー、隠す気が一切感じられねー」

 

 全員が一斉に唖然とする。御門釈天はその反応に気を良くして続けた。

 

「所属コミュニティは上層に繋ぐ〝忉利天〟。この度は〝護法十二天〟の使者として、〝精霊列車〟の開発に協力しにきてやった!」

 

 ドヤァ!と、完璧な偽名だという自負を込めて名乗る帝―――否、御門釈天氏。

 その仕草、その偽名、そしてその身に纏う黒ウサギ系残念オーラ。

 これだけ推理する要素が揃っていて見破れない人間は箱庭にはいないだろう。

 

「何というか、アレだね。うん」

「おい、ネコミミ御チビ。まさかコイツ………」

「………はい。間違いないっす」

 

 露骨に嫌な顔をする逆廻十六夜。

 唇の端をヒクつかせる久遠飛鳥。

 我関せずというようにハチと遊ぶ板乗翔。

 瓦礫の下で顎が外れるほど衝撃を受けるルイオス。

 痛い頭を抱えて後悔するポロロ=ガンダック。

 五人は五人とも、目の前の人物の正体に心当たりがあった。

 気配こそ人間だが、その正体は隠しているつもりで隠せていない。何よりも黒ウサギさえ上回る圧倒的残念オーラが正体を物語っている。

 そう―――この男こそ黒ウサギの、そして〝月の兎〟の主祭神。

 鵬魔王曰く、〝動けばいらないことしかしない駄神〟。

 蛟魔王曰く、〝天界のヤンキー兄ちゃん〟。

 武神衆・〝護法十二天〟の長にして箱庭の都市を統べる一人。

 最強の軍神(笑)〝帝釈天〟その人である―――!!!

 




【ヘカトンケイル】
 伝承上は五十の顔と百の腕を持つ巨人。いろいろと大変そう。手洗いとか、うがいとか。

【ブラック企業】
 いずれ番外編で登場予定。

【腹黒店長】
 当初は使い捨て予定だった店長。

【ラビットイーターもどき】
 名前はハチ。棒を投げたら拾って来て、待てと言われたら一年でも十年でも待ち続ける忠犬(?)。

【絆】
 スタッフ(ゴミ箱先輩)が美味しくいただきました。


作者「作者の猫屋敷の召使いでーす」
翔 「主人公の板乗翔だ。それにしても今日は随分と疲れてるな?」
作者「学校が始まったからね~。授業やらなんやらで忙しくてねえ~。それで投稿も遅れちゃって申し訳ないね~」
翔 「………本当は?」
作者「FGOのイベントやってましたごめんなさい」
翔 「………まあ、作者の事情は置いとくとして。あそこでヌケボーしてる耀はどうすればいいんだ?」
耀 「………?」
作者「いんじゃない?あとがきだけの特別仕様みたいだし」
翔 「メメタァ」
耀 「………翔。【超加速】が上手くできない。見本見せて」
翔 「あ?あーそれなら壁に向かって走って―――」
作者「………翔によるヌケボー講義が始まったから今日はこのへんで。それではまた次回!それとラストエンブリオ4巻は胸熱でした!」

 ラストエンブリオ4を購入するのに四件本屋を梯子しました。


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第二十六話 次からラストエンブリオ編までのつなぎとして番外編です

問題児編はこれにて最終回。
それと、投稿遅れて申し訳ありません………。
次はもう少し早く投稿できるように頑張ります………。


 ―――〝風浪の鉱山〟温泉街の旅館。

 天然温泉の噴き出る鉱山街の中心に、観光地としての開発を進めている区画があった。その中でも一際大きい建物に〝向かい合う双女神〟―――〝サウザンドアイズ〟の旗印を掲げている旅館がある。

 鉱山で採掘した鉱石を加工して造られた旅館はまだまだ派手さに欠けるものの、今後モニュメントを設置する予定の土地をかなりの規模で保有している。大方、彫刻コンテストのギフトゲームでも開く算段なのだろう。

 そうなれば旅館の中庭や外観は一気に華やかなものになる。

 今は先行投資として土地だけ買った状態なのだろう。〝ノーネーム〟としても纏まった金額を戴いたのでこの件については双方に利があった。

 名前はまだないが、この旅館を中心に観光客は訪れるようになる日も遠くはないだろう。

 (たい)―――いや、御門釈天の接待の場に選ばれ、そこに足を運んだ十六夜と翔。しかし、

 

「温泉って………俺を仲間外れにしたかったのか、グリーが脱いでもいい場所を選んだか、もしくはその両方かー………?」

 

 旅館の入り口付近で十六夜と別れ、女性店長に案内を任せて背中を見送った翔は、近くにあった椅子に座って不貞腐れる。

 

「まあいいや。あの人………人?………今は人間だから人でいいのか?まあ、なんにせよアイツに聞きたいことは特になかったし」

 

 そう言って、スケボーを片手に立ち上がる。

 

「接待終わるまで暇だし、スケボーでもしてるかな~?」

 

 そう考え、いまいち物足りない普通のあたりめを嚙みながら、意気揚々と旅館の()へと歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 十六夜の案内を終え、翔を客間に案内するために入り口に戻ってきた女性店長。しかしそこに翔の姿はない。

 接待に参加できないから、再び外へと出て行ったのだろうか、となぜか少し残念に思う女性店長。だが旅館の中から鼻歌が聞こえてくる。不思議に思った女性店長は、聞こえてくる方に足を向ける。

 すると、そこには。

 

「てーんじょうてーんげー♪」

「ッッッ!!?!?」

 

 スケボーを頭に乗せて、首より下が埋まった状態で移動している翔の姿があった。

 あまりの光景に息を呑む女性店長。彼女はこのトリック【天上天下】は初めて見る。スケーター以外の者が見れば明らかに異常な光景で、驚きで息を呑まざるを得ないだろう。

 一方の翔はフンフフ~ン♪と鼻歌交じりで床を移動しており、まだ彼女の存在に気づいていない。

 

「………しょ、翔様?一体、何をしているのですか………?」

 

 目の前の光景に目を丸くして戸惑いながらも、翔に尋ねる女性店長。その声でようやく気付いた翔は、グルン!と勢いよく女性店長の方へと首を向ける。

 

「あっ。いや、ね?暇だったからスケボートリックの練習がてらギフトの使い方を錯誤してたんですよ、はい。そしたら、ほら、こんなに簡単に【天上天下】ができ―――」

「今すぐにやめやがれください」

「アッハイ」

 

 言葉遣いが崩れるほどに怒っているのか、いつになくすごい剣幕で翔に告げる女性店長。それに負けた翔は素直に従ってリスポーンして地表に出る。

 

「客間に案内しますのでついてきてください」

「ハイ………」

 

 しょぼん、と落ち込みながらも女性店長についていく翔。

 

「こちらです。この部屋を好きにご使用ください」

「へーい………」

 

 翔は部屋を確認すると、中には入らずに旅館の外に足を向ける。中でやるのが駄目ならば、今度は外で練習するつもりなのだろう。

 

「お待ちください」

「………?」

 

 しかしそんな彼を女性店長が引き止める。

 翔は不思議そうな顔をして女性店長の方へ振り向き、彼女の顔を見つめる。

 

「貴方に少し、話したいことがあります」

 

 

 

 

 

 

 

 湯から上がった春日部耀は旅館の外に出て涼んでいた。それに色々なことが一度に起きすぎて、少し一人で考える時間も欲しかった。

 

「………私がリーダーなんて………やれるわけが無い。………それに飛鳥がコミュニティから抜けるなんて………」

 

 ハア、と一つ息を吐き出す。そして、空に浮かぶ月を見上げる。しかし月以外にも空に浮かぶものがあり、小首を傾げながらその物体を見つめる。

 するとその物体は徐々に彼女の方へと近づいて、いや、落下してきているように思える。

 

「―――――――ヘブゥッ!?」

 

 ヒュゥゥゥウウウウベシャズシャアアアァァァァァッ!!と顔面を地面に擦りつけるように滑っていく。

 

「………………」

 

 落下物は衝突と同時に奇声を上げながら滑っていく。耀はそれをジト目で見ながら問う。

 

「………何してるの、翔?」

「えっ?………ああ、耀か。いたんだ」

「うん。それで、何してたの?」

「いや、ギフトがちょっとまともに扱えるようになったから、〝物理演算〟を使って【パラソル浮遊】で自由に空を飛べないかなって。その実験をしてた」

「…………パラソル浮遊………?」

 

 耀は翔と一緒に落ちてきたパラソル付きテーブルに目をやる。

 翔はそんな彼女を横目にテーブルを起こす。

 

「【パラソル浮遊】は、このテーブルに乗り、両手を上げると―――」

 

 テーブルに上った翔が両手をあげる。

 

「―――推進力が生まれる」

 

 パラソル付きテーブルごと翔が数m上空に飛んだ。が、

 

「あべしッ!?」

 

 すぐに落ちた。

 鼻を押さえながら立ち上がる翔。

 

「―――という感じで飛ぶから、うまくやれば〝物理演算〟で制御できるんじゃないかと思って」

「………まず物理から学び直したら?」

「むっ。失礼な。これでもスケボー物理学とスケボー力学は、両方とも最高評定をとれるほどにはできるんだぞ?」

「まずその学問自体がおかしいと思う」

「逆にこの学問がない世界がおかしいと反論したい」

「それはない。絶対ない」

「いーや、絶対そっちがおかしい」

「私は普通。翔が異常」

「俺が正論。耀が論外」

 

 主張が対立して、しばらく睨みあう二人。

 

「………うん。やめよう。こんな醜い争いは」

「………そうだね。それぞれの常識が違うのに論争しても意味がないし」

 

 しかしすぐに和解した。

 

「それで?耀の方こそ何でこんなとこに?風呂上りなのにこんなとこにいると風邪ひくぞ?」

「………うん」

 

 翔の言葉に頷いて、そのまま顔を俯かせる耀。そんな彼女の様子に翔は首を傾げる。

 

「………?なんかあったのか?」

「………よし。この際、翔()()いいや」

「………いや、『でも』って。『でも』ってなに?ねえ?俺同士だよね?仲間だよね?友達だよね?」

「とりあえず話を聞いてくれる?」

「ああ、はい………話聞くんで、俺に拒否権は与えないという目で睨まないでくれます?普通に怖いです。眼力だけで人を殺せそうですよ?それと肩を離してください。メキメキ鳴ってて痛いです」

 

 そんな翔の言葉を無視して、耀は話し始める。

 先ほど〝ノーネーム〟の頭首に推薦されたこと。

 飛鳥がコミュニティを抜けて独立すること。

 その二つを翔に話す。

 

「―――というわけなんだけど………私、どうするべきなのかな?」

「え?知らない。じゃあ聞くだけ聞いたから実験に戻るわ」

「待って」

 

 背中を向けてその場を立ち去ろうとする翔の首を鷲掴んで止める耀。その際に苦しそうな声を上げる翔。

 

「ぐえっ」

「そ、それだけ?今の話聞いて慰めるでもなく、相談に乗るでもなく?他人事のようにスルー?え?どういうこと?」

「そういうこと。それじゃ首を離してください」

「待てこのクソ変態野郎」

「コラッ!女の子がそんな言葉使いしちゃメッ!でしょッ!」

「キモイ」

「うん。今のは自分でもどうかと思った。吐き気がする」

 

 うげー、と青ざめた顔で手で口を押さえる翔。そんな様子の彼を見た耀はハア、と一つ溜息を吐く。

 

「少しぐらい相談に乗って欲しい」

「なら最初からそう言えばよかったろうに」

 

 よいしょ、と口に出しながら彼女の隣に腰掛ける翔。

 

「………それで、改めて私はどうするべきなのかな?」

「知らんよ。それこそ自分で考えてくれ。耀の自由にすればいい」

 

 耀の相談を一蹴するようにバッサリと切る翔。

 

「でも、耀がやらなきゃ〝ノーネーム〟を担える者はほとんどいないだろうな」

「………?十六夜は?十六夜なら私以上に―――」

「無理だろ。あんな自由が擬人化したような奴は組織のトップに向かない。ま、個人的な意見だけどな」

「………そうなんだ。………なら、翔は?」

 

 耀は翔の顔を見ながら聞く。対する彼はきょとんとした表情で聞き返す。

 

「え?やっていいの?むしろやらせてくれるんですか?それなら喜んでスケーター量産計画を始動―――」

「ごめん。今の無し。ちょっとした気の迷い」

「そりゃ残念だ」

 

 翔がリーダーになった未来を想像したのだろうか。即座に自分の言葉を撤回する耀。

 そんな彼女を見てケラケラと笑う翔。

 耀はため息を一つ吐いて、話題を少し変える。

 

「翔は、これからどうするの?」

「これから?」

「うん。飛鳥は自分のやりたいことを見つけて、行動した。だったら翔はどうするのかな、って。コミュニティを抜けたり、とか」

 

 耀が不安そうに尋ねる。問われた翔は空を見上げながら、んーと唸ると口を開く。

 

「実はさっき女性店長から〝サウザンドアイズ〟に来ませんか?って勧誘を受けた」

「………………………え?」

「以前仕事を手伝った時の手際が良かったらしくてな。俺を引き抜こうと考えていたらしい」

 

 先ほど女性店長に呼び止められた際の話だ。

 

 

『―――ということなのです』

『………つまり、要約すると俺を引き抜きたいって話?』

『はい。〝階層支配者〟も変わり、少しでも人手が欲しいのです。それで貴方ならば加入したら、すぐにでもどんな仕事でも任せられると私が判断しました』

『もし入ったら、以前手伝ったような仕事内容か?』

『ええ。そう考えていただいて構いません。多少別の仕事が増えるかもしれませんが、大筋は変わらないはずです。以前のような手伝いとは違い、しっかりと給料も配布されます』

『ふーん………』

 

 

 このような会話を二人はしていたのだ。

 耀もその話は予想外だったのか、呆然としている。

 

「え………?じゃ、じゃあ翔もコミュニティを抜け―――」

「まあその場で断ったけどな!」

「―――はい?」

 

 再び呆然とする耀。そんな彼女を無視して翔は不満を顕にする。

 

「働きたくないでござるッ!社畜は嫌じゃッ!書類は見たくない確認したくない書きたくないッ!残業も嫌じゃ嫌じゃッ!!誰が喜んで大嫌いな仕事なんかするかボケェッ!!」

「……………………」

「俺は自由気ままにスケボーをしたいんじゃッ!!仕事に束縛されるなんて嫌じゃッ!!だから元の世界でも会社を辞めたんだよッ!!」

「………フ、フフッ、アハハハハハハッ!!」

 

 翔の心の叫びを聞いた耀は、普段滅多に出さない大きな笑い声を上げた。

 その反応に驚いた翔は彼女の方に向いて叫ぶ。

 

「な、なんで笑う!?」

「そ、そんな理由で、大手商業コミュニティの勧誘を断るなんて………ッ!!アハハハハッ!!」

「だって社畜は嫌なんだよ!!?山のような書類を整理するのがどんなに苦痛か知ってるかッ!!無能上司を上に持つ苦しみがッ!!?」

「アハハハハハハハハハハッ!!」

 

 翔が半泣きで訴えかけるも、それを無視するかのように笑い転げる耀。そんな彼女を見た翔は、理解させるのは無理だと判断して諦めたのか、息を一つ吐く。

 ようやく笑いが収まり、笑い過ぎたのか目じりに涙を溜めながら聞き直す。

 

「結局、翔は〝ノーネーム〟に残るの?」

「まあ、そうなるかな?あそこほど好きな時間に自由にスケボー出来る組織は無いだろうし」

「………そっか」

 

 それを聞いて安心した様子の耀。

 コホン、とわざとらしく咳払いをして話を戻しにかかる翔。

 

「ま、何であれリーダーになるかどうかはお前が決めることだ。お前にリーダーとしての資質は十分にあると思うぜ?もう少し自信持ったらどうなんだよ」

「………それは翔にも言えること。真面目にやれば翔だって十分実力もあるし、リーダーとしてやっていける」

「俺が無茶したら、お前らに説教される未来しか見えないから個人的に却下。実力出すにも無茶しなきゃならんから皆が心配するので他者的に却下。リーダーやるにしてもギャンブル的な方法が多いだろうから組織的に却下。よって俺はリーダーに向いてない。以上QED。異論は認める。でも、四人の中じゃ血筋的にも実力的・能力的にも耀が適任だと俺は思う」

 

 よっ、と立ち上がって今度こそその場から立ち去ろうとする翔。

 

「………翔」

「んあ?」

「ありがとう」

「大したことしてないけど、とりあえず、どういたしましてと言わせてもらうかな」

 

 耀は微笑を浮かべながら礼を言う。翔もそれに応える。

 そして「さーて実験、実験♪」と呟きながらその場を立ち去る翔。

 その場に残された耀の顔は、憑き物が落ちたかのようにスッキリとした表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 耀と別れ、実験もうまくいかなかったため一度中断した翔は、息抜きに旅館へと戻ってきていた。

 

「あークソッ。上手くいかねえ。やっぱバランスが悪いのかね?」

 

 どうすれば【パラソル浮遊】が上手く制御できるかを思案しながら、旅館の中にあった椅子に座り背もたれにグデーと体重を預けながら考える翔。そこに声がかけられる。

 

「やーっと見つけたぞ」

「ん?………ああ、アンタか。釈天って呼んでも?」

「構わねえよ」

「そらどうも。で?俺を捜してたような口ぶりだけど」

 

 翔に声をかけてきたのは御門釈天であった。どうやら翔のことを捜していたようだ。

 

「一体今までどこに居やがったんだ?」

「旅館の外だ。ちょっと試してみたいことがあったもんでね」

「あー外だったのか。そりゃ中捜しても見つからねえはずだ」

 

 苦笑しながら翔の隣に腰掛ける釈天。翔は変わらず背もたれに全体重を預けるようにして、天井を見上げている。

 

「それで、どういうご用件で?」

「まあ、聞きたいことは一つだけだ」

 

 そう言って、表情を引き締めて翔のことを見る。

 

「お前は一体何者だ?他の三人が偶然ではなく必然で召喚された。だが、お前はなんで召喚された?なぜ、あの三人と共に箱庭に来たんだ?答えろ」

 

 釈天は鋭い視線で翔を睨む。翔という存在は、いくら調べても考察しても旧〝     〟とは全く関係のない存在だ。だが、そんな人物が十六夜たち三人と共に箱庭に来た。その理由と目的があれば聞かせろと言っているのだろう。

 翔は天井を見上げたまま釈天に話しかける。

 

「………まず、勘違いを一つ正そうか」

「あ?勘違いだ?」

 

 翔の言葉に怪訝な表情をする釈天。

 翔は少し間を置いて答える。

 

「俺って他の三人みたく招待状はもらってないんだよね!『手紙もらった』なんて俺一度も言ってないし!話を合わせる為に、コミュニティの為に召喚された的なことは言ったかもしれないけど、手紙を読んだとかは言ってないはずなんだよね!」

「……………………は?」

 

 先ほどまでの真面目な表情は何処へやら。一転して唖然とする。

 

「ちょ、えっ?てことは自力、もしくは偶然で箱庭に来たってことか?一体どうやってだよッ!?」

「え?どうやってって………スケボーしてて気づいたら十六夜達と一緒にいましたが、なにか?」

「なんでスケボーしてたら世界を超えるんだよ!?」

「………スケーターだからだろうな」

 

 翔は遠い目をしながらスケーターだから(魔法の言葉)を口にする。

 

「スケーターだから!?お前の言うスケーターってなんだよ!?スケボーを乗りこなすスポーツプレイヤーじゃねえのかよ!?」

「それで合ってるぞ?でも更に付け加えるのなら、スケーターはスケーターだし、スケーターに不可能は存在しない。それこそ努力次第で世界を超えられる。この俺が実証したから間違いないね!」

「ふざっけんな!?今まで思い悩んでいた俺の苦労を返せ!!」

「そっちの勘違いを押し付けないで欲しいな、まったく。まあ、何はともあれ。俺が箱庭に来たのは全くの偶然だ。スケボーしてたら突然、周りの風景が変わってただけなんだからな」

 

 本当はスケボーではなく奈落に落下していたのだが。そのことは口に出さない翔。

 翔の話を聞いた釈天は頭を垂れて、先ほどまでの鋭い雰囲気を一瞬で霧散させた。

 

「…………………ハア」

「俺と初めて会った人って、出会ったその日に必ず数回は溜め息を吐くよな。なんで?」

「お前という存在について行けなかったり、理解できないからじゃないか?」

「おお!それは嬉しいな!スケーターとしてこの域に辿り着くのにかなりかかったんだッ!それを簡単についてこれたり、理解されても困るしな!!」

「………………………………………ハア」

「そんなに溜め息を吐いていると幸せが逃げるぞ?」

 

 誰のせいだ、誰の。

 そんなことを思ったが、言ってもさらに自身が疲れるだけだろうと判断して、口には出さずに呑み込んだ。

 

「つまり、結局はお前は只の訪問者だったってわけか?どっかの組織の間者とかではなく?」

「あー、そうなるかな?」

 

 頭を掻きながら曖昧に頷く翔。彼自身「どうやって?」「どうして?」の部分が分からないまま箱庭で過ごしてきたのだ。特に疑問を掘り返すこともなく過ごしてきたために、その返答で正しいのかどうかわからなかった。

 

「まあ、来れて良かったとは感じている」

「…………へえ?」

「無駄にしつこいブラック企業の勧誘から逃げられたからな」

「………………………」

 

 少し感心したような声を上げる釈天だったが、そのすぐ後に続いた言葉にすぐに口を閉じた。

 

「それで、結局それだけだったんだろ?ならもう行っても良いか?」

「あ、ああ。悪いな、時間を取らせちまった」

「別にいいさ」

 

 それだけ言って「もっかい頑張るかぁ~」と言って旅館の外に向かう翔。

 その場に残された釈天は、しばらく翔の背中を見つめていたが、呆れたように溜め息を吐くと立ち上がる。

 

「杞憂にも程があんだろ………。敵とは何の関係もないただの面白可笑しい謎存在だったって訳かよ…………」

 

 勘が鈍ったのかね?と呟きながら、自分に割り当てられた部屋へと戻る釈天。

 だが、実際勘としてはかなり惜しい線までいっていた。

 敵ではなく、味方で最も多くの敵対戦力の人相を知っているのは、今のところ彼だけだろう。

 そういう情報所持者としては適切だろう。

 常に味方で、敵に回ることも無い。だがまあ、敵を倒す術もほとんどないのだが。そのため、敵と出会っても談笑しながら、お茶を飲むという行動しかしない。

 

 

 

 そしてその後、翔は夜通し【パラソル浮遊】の実験をしたが、成果が実ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝金剛の鉄火場〟・本選当日。

 観客席は一つの空席も作ることなく埋まっていた。

 千客万来とは正にこの事だろう。

 相変わらず売り子として走り回っていた狐娘のリリは、狐耳をひょコン!と立てながら翔が用意した品物を捌いている。今回は年長組の少年少女も同じように売り捌いている。

 これから先、〝ノーネーム〟が単独主催するゲームも増えてくるだろう。少しでも彼らに経験を積ませてやろうという黒ウサギの親心だった。

 丁度、品物が半分ほど捌けたその時。

 開幕の銅鑼が一つ鳴り響いた。

 

『大変お待たせいたしました!〝金剛の鉄火場〟の本選を始めさせていただく前に、我ら〝ノーネーム〟の新しい頭首―――春日部耀選手から開幕の言葉をいただきます!』

 

 ―――雄々オオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!

 割れんばかりの喝采が鳴り響く。その声量に少しビビる翔。

 

「おお………さすがに人数が多いだけあるな」

「………翔様?どうかしましたか?」

「ん。なんでもないさ。それより手を動かして。まだ半分残ってるんだから」

「は、はい!」

 

 傍にいたリリが不思議そうに声をかけてくるが、翔は何もなかったように装って仕事を急かす。

 

「………まあ、記念すべき頭首としてのデビュー戦だから、カメラどっかに設置しとくか」

 

 そう考えて、コソコソと耀のスピーチを聞きながら彼女の姿が映るようにカメラを設置する翔。

 

「にしても………」

 

 カメラを設置した翔は、誰かを捜すように会場を見渡す。

 

「十六夜、聞こえてるんかね?ぱっと見、この会場内にいるようには見えないけど。………ま、この観客の中で見つける方が難しいか。いないならいないで耀の恥ずかしいスピーチ映像が撮れるだけか。そうなったら、しばらくはバレないようにお蔵入りさせとかないとマズいかな?」

 

 さて、あと半分頑張るかぁ~。といって品物を持って観客の中に消える翔。

 耀のスピーチが終わり、ゲーム開始の大銅鑼の音を耳にしながら、翔は品物を売り捌くのであった。

 

 

 

 このあと、結局十六夜が耀のスピーチを聞いていないことが発覚し、翔の撮影した映像のお蔵入りが決定した。

 その映像には耀の号泣シーンも含まれていたため、なおのこと耀にはバレないように混沌世界(パーク)内で厳重に保管すると心に決めた翔であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ある朝、鞄一つ分の荷物を持った十六夜は本拠を一瞥すると、敷地の外に足を向ける。

 

「………………さて、行くか」

「おお。行ってらー。いつでも帰って来ていいからなー」

「…………………………………」

「…………?どしたん?」

「いや、お前に見つかるとは思わなくてな」

 

 十六夜が驚きながら、声の主である翔に顔を向ける。

 

「普通に夜通し外にいれば、余裕で見つけられるだろ?」

「………お前、ちゃんと寝てんのか?」

「まさかっ!リスポーンすれば全部リセットだぜ?俺にとっちゃ睡眠はただの娯楽だ。寝るよりもスケボーの練習や実験した方が有意義だ」

 

 胸を張って一睡もしていないと言い張る翔。それを呆れたような表情で見やる十六夜。

 

「それよりも早く行ったら?もうすぐみんな起きてくるぞ?」

「……………そうだな」

 

 それだけ言って今度こそコミュニティの外へ向けて歩いていく十六夜。

 

「翔」

「ん?なんぞや?」

「春日部のこと頼んだぞ」

「無理。確約できない。保障できない」

「……………………」

「そ、そんな目で見るなよ………ちゃ、ちゃんと一日五食三時のおやつに夜食も与えて育てるよッ!?」

「ペット扱いかよ。しかも一日五食で足りるのか?」

「うんにゃ。五食で済んで欲しいっていう俺の願望」

「あっそ。……………それじゃ、もうそろ行くわ」

「はいはい。気を付けろよ。周囲に迷惑をかけないように」

「無理だな。確約できない。保障できない」

「せめて今日一日ぐらい大人しくのんびりと過ごしてくださいお願いします」

「ヤハハハハ!」

 

 互いに冗談を言い合って笑うと、今度こそ本当に出ていく十六夜。それを引き留めることもしないで静かに見送る翔。

 

「………十六夜も行ったし、朝食の準備でもし始めるかね。いや、まだ少し早いかね?」

 

 十六夜の姿が見えなくなると、本拠の厨房に足を向けて歩き出す翔。まだ時間的に作り始めるのは早いが、別にいいかと思い、厨房に入って朝食の下準備を始める。

 

(今日は………洋食の日だし、パンでいいか。材料は………強力粉にドライイースト、卵、バター、牛乳………よし、一通り揃ってるな。そうだな………時間もあるし、今日は食パンじゃなくてロールパンにしようか)

 

 材料を確認し終えると、早速調理を始める翔。

 そして日が昇り始めた頃、彼に声をかける人物がいた。

 

「翔さん。おはようございます」

「ん。黒ウサギか。おはよう」

 

 翔は彼女の方を見ずに、声だけ返答する。

 

「何かお手伝いできることはありますか?」

「いや、こっちは大丈夫。子供たちを起こし始めて欲しい。今日はまだ農園の方を見れてないんだ」

「はい!わかったのデスヨ!」

 

 そう返事をすると踵を返して離れの子供達を起こしに向かう黒ウサギ。

 十六夜の部屋にも起こしに行くのだろうか、などと考えながら黙々と調理を続ける翔。

 しばらくすると、子供たちの声が農園の方から聞こえてくる。リリを筆頭とした炊事担当の子も、翔の手伝いとして朝食の準備を進める。

 そこでようやく耀が食堂に姿を見せる。

 

「おはよう、翔」

「ああ、おはよう、耀。もうできるから座って待っててくれ」

「うん。………今日は洋食?」

「昨日が和食だったからな。でも備蓄的に昼は和食になると思う。それでも夜までには買い出しに行って、夕食は洋食の予定だが」

「そっか」

 

 聞き終わると大人しく食卓に着く耀。

 そこへ慌ただしく黒ウサギが駆け込んでくる。

 

「翔さん!十六夜さんがどこにも見当たらないのですが、心当たりはありますかッ!?」

「あいつなら朝早くに出て行ったぞ?荷物持ってたから、しばらく帰って来ないだろうな」

「はい!?しょ、翔さんにだけ別れを告げたのですか!?」

「それは、偶然十六夜の姿を見つけた俺が声をかけただけ。あ、丁度焼けた」

 

 オーブンの中から焼きあがったバターロールを取り出す翔。

 黒ウサギは翔が取り出す終わるのを待って、詰め寄る。

 

「どういうことか、説明していただけますね?」

「おー、落ち着け落ち着け。俺、料理中だから。説明なら後でいくらでもしてあげるよー」

 

 黒ウサギの怒気に押されながらも、冷静に彼女を落ち着かせる翔。

 その後、調理を終え、農園に行っていた子供達も交えて朝食を済ませる一同。

 翔、耀、黒ウサギの三人は集まって翔からの事情聴取を行っていた。

 

「それで、どういうことか十文字以内で説明して」

「十六夜が有言実行した」

「うん。ジャスト十文字」

「って、そうではなく!なぜすぐに知らせてくれなかったのでございますか!?」

 

 黒ウサギがテーブルを叩きながら立ち上がる。

 

「いや、十六夜にも一人でのんびり考える時間が少しぐらい必要だと思ったもんで」

「それで、十六夜さんが面倒事を起こさずに大人しくしているとでも!?」

「まさか。どうせ黒ウサギとグリーとかが後を追うだろうと思ってるし。違う?」

「うぐっ………な、なぜそのことを?」

「あ、当たっちゃった?七割冗談だったんだけど」

 

 ばつが悪そうな表情を浮かべる黒ウサギを見て、ケラケラと笑う翔。しかし、残る一人である耀は表情を暗くする。

 

「黒ウサギも、行くの?」

「ッ!………はい。〝ノーネーム〟は耀さんに任せます」

「まだ、」

「……………?」

「まだ、〝金剛の鉄火場〟の仕返しをやり切ってないのに………ッ!!」

「そんなことでございますか!?」

「そんなことって何?私はまだ許しきれてないよ」

「アハハハハッ!」

 

 不機嫌そうな表情を浮かべる耀。

 そんな二人のやり取りを見て、大きな笑い声を上げる翔。

 

「ま、十六夜と一緒に行くにしても、そんなに急ぐことはないと思うぞ?昼過ぎに出ても普通に合流できるだろうよ」

「そ、そうでございますか?」

「おう。だからそれまでに、子供たちに此処をしばらく離れるってことを伝えて来いよ?」

「うっ………」

「旅支度も終えてないんだったら終わらせておけ。路銀が足りなかったら、言ってくれれば少しは分けてやれるからな」

「はい。わかったのでございますよ………」

 

 少し雰囲気を暗くしながら、その場を後にする黒ウサギ。おそらく子供達にどう説明するのか悩んでいるのだろう。しかし、子供たちもそんなに弱くはない。今までにも長期間離れることがあったのだから、特に気にせずありのままを説明すれば、すんなり分かってくれるだろう。

 

「………本当に行っちゃうんだね」

「ああ。まあ、不定期とはいえちゃんと帰って来るだろ」

「………寂しくなっちゃうね」

「代わりに忙しくなるけどな」

「それはノーサンキュー」

「そこは我慢してやってくれよ、新リーダー殿………。俺が出来る事は手伝うからさ………」

 

 耀の言葉に、呆れながら返事をする翔。

 

「………でも、本当に寂しくなる。今までお茶会とかやってたのに、それも出来なくなっちゃう」

「え?俺それ知らないんだけど」

「………………………………そういえば、翔は呼んでなかった」

「わーい、仲間外れだー」

 

 そう。確かに翔は三頭龍との戦いのときは仕方ないとはいえ、〝アンダーウッド〟のお茶会や〝ノーネーム〟本拠のお茶会でさえ、御呼ばれされていない。

 しかし、耀は首を振って、

 

「それは違う。最後のお茶会の時は呼ぼうとした。でも、翔はアジ=ダカーハの足止めをしてたせいで、何処にいるか分からずに呼べなかった」

「本当にその節はどうも申し訳ありませんでした」

 

 それを聞いてすぐに土下座する翔。今でも本当に悪いと思っているのだろう。

 しかし結局、〝アンダーウッド〟と本拠の時は、呼ぼうとすらされていない事実に変わりないのだが。

 そんな彼を見て苦笑を浮かべる耀。

 

「いいよ。もう怒ってないから」

 

 耀は床で土下座をしている翔に、優しい声で話しかける。

 

「ありがたやーありがたやー……………それじゃあ、俺は農園の方を見てくるから」

 

 そう告げて、翔もこの場を後にしようとする。

 

「翔」

「なんぞ?」

「〝ノーネーム〟に残ってくれて、ありがとう」

「……………いや、俺箱庭に此処以外の居場所に行くことって、多分ないから。ここ以外は全部社畜になる未来しか残ってなかったから」

 

 〝サウザンドアイズ〟然り。〝アンダーウッド〟然り。その他店の客の勧誘等々。

 それら全部、好待遇すら跳ね除けてまで彼は〝ノーネーム〟に残った。その理由は―――

 

「それに他の場所、スケボー禁止って言われたから」

 

 ―――純粋に自分の私利私欲のためであった。

 

 

 

 その後、昼下がりに旅支度を終えた黒ウサギとグリーは十六夜を捜しに、〝ノーネーム〟を後にした。

 その姿を見えなくなるまで見送った耀と翔。

 

「行っちゃったね…………」

「そうだな」

「「……………………」」

「とりあえずおやつにしよう」

「とりあえず書類を確認してくれ」

「「……………………………………」」

「何を言ってるの?おやつが先だよね?」

「いや、食べながらでいいから確認してくれ。頼むから。俺の一存じゃ決められそうにない代物ばかりなんだ。こればかりはリーダーの意見も聞かにゃならん。汚れてもいいものもあるから、そっちから先に確認してくれ」

「むぅ………意地悪」

「おやつはいつもより多くしとくし、明日、いや明後日辺りに好きなもんを作ってあげるから」

「…………………………………なら許す」

「その間が気になるが、とりあえず本拠に戻ろうぜ」

 

 本拠へ足を向けて仲良さげに歩いていく二人。

 

 これから、たった二人だけでこのコミュニティを支えていかなければならない。

 

 今までと同じようにはいかないかもしれないが、それでも最適解を汲み取りながらやっていくだろう。

 

「苺大福お代わり」

「もう材料ないから無理」

「嘘。完成品の匂いがまだする」

「………………………俺、耀のギフトのそういうところが嫌いだ」

 

 ………………本当に、大丈夫なのだろうか………?




【天上天下】
 下に空間のある場所で埋まり、スケートボードを頭に乗せる本来のスケボーとは立場を逆転させるトリック。頭上のスケートボードは前後に揺れ続ける。

【パラソル浮遊】
 skate3で、オブジェクトのパラソル付きテーブルの上に乗り、両手を上げるモーションをすると浮遊感が与えられる。


翔「今作品の主人公の板乗翔だ」
猫「作者の猫屋敷の召使いです………」
翔「………表記、変えるのか?」
猫「うん。今回からこれにしようかと」
翔「そうか。それよりも………」
猫「前書きの通り、今回の投稿遅れて申し訳ありませんッ!!思いの外学校が忙しくて執筆時間がなかなか取れなかったのと、話が思い浮かばなくて右往左往と彷徨ってましたッ!!」
翔「そうだな。それが正しい」
猫「それとサブタイの通り次回から番外編です!ラストエンブリオ編まで原作内時間で二年ぐらいあるので、その間の日常等の出来事を書き綴っていきたいと思ってます!一つ一つが短いと思うので、いくつかを一話にまとめて投稿する予定です!GW中一話二話二投稿できるように頑張ります!」
翔「今後ともとこの作品をよろしくー」
猫「……………ところで耀は?」
翔「パークでスケボーの練習中だ。かなり上達してるぞ?」
猫「あっそう………。じゃ、じゃあ今回はこれぐらいで。また次回!」



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番外編というの名の幕間
番外編1 ちょっと変化した日常


ギャグ成分ほぼゼロ。翔のある日の一日です。普通の一日です。


~~~番外編1 翔のいつもと少し違う日常1~~~

 

 

 翔の一日は、基本的に始まるということが無い。前日が終わらずそのまま続いているのだから、終わりも始まりも無い。リスポーンすれば睡眠も食事も必要ないのだから、無駄な消費を減らすためにわざわざリスポーンしては、全てをリセットしている。

 そのため、休息するなどということは基本的には無い。大きな精神的ダメージを受けたとき程度にしか休息は無い。それゆえに、彼の部屋のベッドはほとんど使われた形跡がない。

 十六夜に飛鳥、黒ウサギ、グリーが一度にいなくなった〝ノーネーム〟を少し物寂しく感じる翔だが、そんなことを考える暇すらも惜しいと感じるほど、彼の日常は忙しい。それは店の開閉は関係なしにだ。

 

 午前零時から午前六時。

 その間はスケボーの練習と実験、ゴミ箱先輩への挑戦。これが毎朝の日課だ。

 この間にも彼の頭の中では、朝の献立を考えている。〝ノーネーム〟では和食派と洋食派が半々で分かれているので、和食、洋食、和食、洋食と言ったようにそれぞれ変えていないと、以前あったような面倒な闘争が起きうるからだ。本当は、それぞれ別の献立を考え、ビュッフェ形式で作れればいいのだが、余った時が勿体無いので、特別な行事が無い限り、そんな勿体無いことはしないようにしている。

 そして、今日は和食の日であった。

 いつも通り練習と実験を終えて、ゴミ箱先輩に全敗を喫した翔は本拠の厨房に向かう。

 しかし、そこにはいつもと違って先客が存在した。その人物はあくびを噛み殺しながらも、朝食の準備を進めていた。

 

「………あれ?リリ?今日は随分と早いんだな」

「え?あ、はい!最近はいつも翔さん一人で先に始めちゃっていますから、今日からは私も手伝おうかと!」

 

 あくびを噛み殺していたところを見られたと思ったのか、多少顔を赤く染めながら元気いっぱいに答える狐耳の少女、リリ。

 

「それに、作っていないと腕がなまってしまうのでっ!」

「………あー、それは考えてなかったな。………まあ、いいや。明日からはもう少し遅くてもいいぞ」

「え?で、でも………」

「明日からはリリが起きて来てから準備を始めることにするさ」

「………はい!わかりました!」

 

 パァッ!と表情を明るくして朝食の準備に戻るリリ。コミュニティの役に立てることが、彼女にとっては何よりも嬉しいのだろう。

 そんな彼女を見た翔も薄く笑みを浮かべて厨房に入る。

 

 午前六時三十分。

 準備を進めていると、徐々に子供たちやメイド服姿のレティシア、白雪姫も起きてくる。

 

「「「おはようございます!」」」

「おう。おはよう。早速で悪いが―――」

「「「農園に行ってきます!」」」

「―――理解が早くて助かるよ。気を付けてな」

「「「はい!」」」

 

 元気よく返事をして農園へと飛び出していく子供たち。そのあとすぐに、レティシアと白雪姫も姿を見せる。

 

「おはよう、主殿」

「おはようじゃ、翔殿」

「ああ、おはよう。悪いが、所々掃除を頼んでも良いか?それとたまに子供たちの様子も覗いてやってくれ」

「了解した」

「分かったのじゃ」

 

 端的な応答だけで済まして、その場を立ち去る二人。

 

 午前七時。

 口を動かしながらも淡々と料理を作っていく翔。徐々に料理が出来上がっていき、食卓に運ばれていく。

 料理を運んでいると、視界の端にチラリと影が見える。

 

「つまみ食いするなよ、耀」

ひふぇない(してない)

「………その、口の中に入ってるものは、一体なにかな~?」

 

 翔の注意も遅く、既に何かを口に入れた様子の耀。

 額に青筋を浮かべながらも笑顔で、彼女の両頬を引っ張りながら尋ねる翔。しかし、頬を摑まれる寸前で、口の中身を飲み込んだのはさすがと言えるだろう。

 

ひゃべてない(食べてない)

「嘘つけ。おやつなしにするぞ」

ひゃべました(食べました)ほめんなひゃい(ごめんなさい)

「よろしい。なら大人しく座って待ってろ」

 

 そういって、食卓の()()に彼女を座らせる。リーダーになったのだから、立場的にもその席が正しいのだ。しかし、一方の彼女はその席が居心地悪そうな表情を浮かべる。

 

「………やっぱり慣れない」

「慣れてくれ。リーダーなんだから基本的には上座に座らなきゃ、立場というものが曖昧になるからな」

 

 彼女の様子に苦笑しながら告げる翔。それを聞いて渋々その席に居座る耀。それを見ると、厨房に戻って調理を続ける。

 

 午前七時三十分。

 農園に行っていた子供たちが建物内へと帰ってきた。それと一緒に、後ろから二人のメイドの姿も窺えた。

 

「「「作物への水やり終わりました!」」」

「よろしい。手は洗ったか?服に汚れはついてないか?怪我はしていないか?」

「「「洗いました!汚れと怪我、共にありません!」」」

「なおよろしい。ならば、食卓に着席して朝食を待つように」

「「「はい!」」」

 

 翔に報告を終え、厨房から食卓へと移動していく子供の波。

 そして、全ての料理が完成する。

 

「レティシア、白雪。料理を運んでくれ。リリたちは箸やカップを用意して」

「ああ。分かった」

「了解じゃ」

「はい!」

 

 翔の指示に従って、それぞれが指示された通りのことをこなす。

 

 午前八時。

 全てが完璧に準備し終わると、翔が最後に着席する。それを確認した耀は両手を合わせて、

 

「いただきます」

「「「いただきます!」」」

「………いただきます」

 

 食事を始める挨拶を告げる。その後に他の皆も元気よく挨拶する。そして最後に翔が挨拶をして、ようやく食べ始める。

 ワイワイ、と賑やかな声が響く食卓。子供たちが美味しい料理に舌鼓をうちながら、各々感想を言い合っている。

 その全てが料理を美味しく食べてくれていると実感できる、率直な感想で内心嬉しく思う翔。

 

 午前九時三十分頃。

 朝食が終わり、食休みも挟んだ後、耀がリーダーとして書類の確認に移る。翔も補佐として一緒に書類をチェックする。

 

「………やっぱり量が多い」

「文句言うな。毎回言ってるが、これでも先にチェックして減らしてあるんだぞ?」

「………それでも、この量?………無能」

「うるさい。知らないだろうが、これでも最初の頃よりマシだ。それにこの量だって、毎日コツコツ整理すれば、そこまでの量は無かったんだぞ?」

 

 耀が頭首になった当時は、翔だけで書類を処理していた。書類整理を面倒くさがった耀が逃げ出し、翔に全てを押し付けたのだ。そのツケが今一度に回ってきているのだ。

 

「もう少しして、連盟が落ち着けば、量は一段と減るさ」

 

 耀が書類を見ながら、うんざりした表情で文句を言う。翔は書類から目を離さずに話しかける。

 

「耀は先に連盟関係のを処理してくれ。それ以外はこっちである程度処理して、最終確認だけすればいいようにしてある」

「………分かった。頑張る」

 

 その後は淡々と書類の確認作業を進める耀と翔。それから二時間ほどかけて、ほぼ全ての書類を処理し終わる。

 

「今のでほとんど終わりだな」

「あ、あとは………?何が残ってるの……?」

「あとは………」

 

 翔がそこで言葉を切る。それに反応して身を強ばらせる耀。

 そんな彼女を見て苦笑しながら伝える。

 

「連盟の同士たちから、お茶会の誘いだけだ」

「え………?」

「今ので終わりだ。あとはちゃんと手紙を読んで、しっかり返事をしておけ」

 

 彼は耀にそう言って、いくつかの封書を手渡す。

 〝ウィル・オ・ウィスプ〟、〝六本傷〟、おまけの〝ペルセウス〟から四つ合同でのお茶会を開いて交流を深めようという提案をされたのだ。場所としては〝アンダーウッド〟で行いたいという趣旨がその手紙には書かれていた。

 

「……………」

「それじゃ、俺は昼食を準備しに行くから、遅れるなよ?」

「………………………あ、うん」

 

 手紙に喰いつくようにして読み始めた耀は、翔への返事が多少遅れながらもしっかりと返事をすると、再び手紙に集中する。それを見てもう一度苦笑を浮かべ、その場をあとにする翔。

 

 午後零時頃。

 いつもよりも少し遅れながらも昼食の準備に参加した翔は、特にやることも無く食器等を出していた。

 久しぶりに子供たちの手だけで作られた料理が食卓に並べられ、耀以外の全員が既に着席している。

 

「翔様?耀様はどうしたんですか?」

「………あー、ちょっと呼びに行ってくる。先に食べててくれてもいいぞ?」

 

 珍しく食事に遅刻する耀を心配して、リリが翔に尋ねる。彼は遅れている理由をなんとなく理解して、席を立って先ほどまでいた部屋へと戻る。

 

「………………………」

「………耀。遅れるなよ、とちゃんと伝えたはずだけど?」

「………え?あ……えっ?もうそんなに経ってた?」

「時間を忘れるぐらい没頭して読んでたのか?まあ、一先ずは食事にしよう。皆待ってる」

「うん。ごめん」

 

 手紙を机に置いて立ち上がる耀。それを見た翔は食堂へと踵を返す。耀も彼のすぐ後に続いて食堂へと向かう。

 二人が食堂に着く。が、まだみんな食べ始めてはいなかった。

 

「ありゃ、食べてても良いって言ったのに」

「みんなで食べた方が美味しいですからっ!」

 

 リリが狐耳をひょコン!と立てながら翔に告げる。それを微笑ましく見て、自分の席に座る。耀もすぐに着席した。

 

「それじゃ―――」

『いただきます!』

 

 犬が長時間「待て」をされていたかのように、堰を切ったような勢いで食べる子供たち。その何人かは焦り過ぎて、のどに料理を詰まらせて顔を青くしている。

 何人かの青い表情を見た翔は若干焦りながらも、その子たちに急いで飲み物を飲ませる。

 

「落ち着いて食べろ!時間はあるし、料理が生きてるわけじゃないから逃げないって!」

『ご、ごめんなさい………』

「次は気を付けろよ。………て、言っても常習犯どもには意味ないか………」

 

 そう。今のどを詰まらせた者には前科がある。今と同じく、焦ってのどを詰まらせるという前科が。

 こんな光景もこのコミュニティでは日常茶飯事なのだ。その証拠に周囲の者は皆、苦笑を浮かべている。

 そんないつもの食事を終え、午後の自由時間へと移行する。

 食べ終えた者から自身の食器を片付けて、各々やりたいことをやりに散っていく。

 翔は自分の食器を片付けながら、隣に居るリリに話しかける。

 

「今日は買い出しに行くんだっけ?」

「はい。買い足しておかないといけない物がいくつかありますので、それの買い出しに!」

 

 リリが元気よく答える。翔はそんな彼女の元気を少し分けてもらいたいな、などと考えながら食器を洗い終わる。

 

「行くとき教えてくれ。俺も買いたいものがあるから。それに一緒に行って荷物持ちもするし」

「はい!わかりました!」

 

 リリも丁度洗い終わった様で、そのままパタパタと走り去っていく。

 

 午後二時頃。

 身支度を整え、財布も持ち、準備万端な二人は買い物のために街へと駆り出す。

 

「よお!翔!今日はリリちゃんと買い出しか?」

「ああ。でも、おっさんのところで買うもんはねえな。悪い」

「坊主!いつになったら店は再開するんだ!?」

「コミュニティが落ち着いたらだな。まあ、近日中に再開予定だ」

「なら店主!これやるから次に店行ったらサービスしてくれッ!」

「酒のつまみを一つ追加でつけてやるよ、この飲んだくれめ」

 

 行く先々で翔の店の常連が話しかけてくる。

 ここしばらくコミュニティのごたごたで店を閉めているため、みんなまだかまだかと落ち着きが無いのだろう。

 翔が近々再開すると伝えると、色々と商品を渡してくる店員達。店が再開すると聞いて嬉しいのだろう。大半が次回来店時のサービス目的なのが見え見えなのだが………。

 

「相変わらずすごい人気ですね………!」

「ここら辺は全員が店の常連だからな」

「おっ!聞いたぜ?近いうちに店を再開するんだって?」

「そのつもりだよ。果物屋のおっちゃん」

「ならこれ持ってけ!そこの嬢ちゃんの分も!」

 

 果物屋の店主がリンゴを二人に向けて投げる。翔は受け取ると一つをリリに手渡す。

 

「だから今度行ったら―――」

「分かってるって。サービスするよ。今散々強請られてきたところだ」

「ハハハハハッ!みんな待ち遠しいんだろうよ!」

 

 店主は笑いながら翔達を見送る。それを横目で見ると、もらったリンゴをシャリッ、と一齧りする。リリもそれを見て控えめにしゃくり、と一口齧る。そして、口内に広がる香りと味に驚く。

 

「おいしいです!」

「あそこの親父は果物を見る目に関してはプロだ。どれが一番美味しいかを一目で見抜く。あの中で一番と二番目にいい奴を投げ渡してきたんだろうな」

 

 リンゴを食べながらリリの言葉に反応する翔。

 リリはそれを聞いて先ほどの店に積まれていた果物の山を思い出す。あの中から一瞬で、こんな美味しい果物を見つけて手渡してきたのだろうか、と疑問に思う。

 

「とはいえ、あの店のはどれも一級品でどれを選んでも大差ない。素人目にはな」

「そうなんですか?」

「ああ。何か欲しい果物があるならあそこに頼むと良い。かなりの変わり種も用意してくれたりするし」

 

 そう言いながら、早くも食べ終わり手を拭きながら答える翔。芯は手持ちの袋に入れたようだ。

 

「さて。何故か買い物する前から荷物がいっぱいだけど、ちゃっちゃと買って帰ろうか」

「はい!」

 

 その後二人は、コミュニティで不足してる食材等を購入し、コミュニティへと帰還した。その道中でさらに多くの物を貰ったが。

 

 午後四時頃。

 自由時間も終わり、再び子供たちに仕事が与えられる。風呂掃除から始まり、片付け、炊事等の仕事が毎日分担されている。最低限の家事が自分でできるようにするために、毎日ローテーションさせて経験を積ませている。

 まあもちろん中には、何か苦手なことがある子もいる。だが、そういう時のために―――

 

「これやるからもう一回頑張ってこい」

「うん………」

 

 ―――便利な手段(餌付け)が存在する。中にはお菓子が欲しくてわざと失敗する子もいるが、翔に掛かれば一瞬でバレる。叱ればちゃんと自分の仕事を終わらせに戻るため、そこまで面倒ではない。

 それと分担しているといったが、中には仕事が固定されてる子もいる。炊事担当のリリがその筆頭だ。ある意味では翔もそうなのだが、全て子供たちの中ではっきりと決められている。

 子供たちも仕事の時はなんだかんだしっかりとやってくれる。そのため基本的には監督はつけずに、子供たちに任せている。

 

「………これで一通りは大丈夫か」

 

 翔も厨房に立って、献立を決め作る料理の下準備をしていた。リリも傍におり、翔を手伝っていたのだろう。

 

「それじゃあ、あとはリリに任せても良いか?」

「はい!」

 

 そういって翔は厨房をリリに任せて、外に出る。彼が向かう先は―――

 

「ハルトー」

「ヒン!」

 

 ―――ヒッポカンプのハルトの下だ。一日一回は彼にブラッシングをかけ、その後に遊んでやっている。いつもはもう少し早い時間に出来るのだが、今日は少し遅れてしまった。

 翔に呼ばれたハルトは、彼専用に作られた硬水の池を走って近寄って来る。

 

「よしよし。悪かったな、今日はこんな遅くなって」

「ヒヒン」

 

 気にしてない、とでも言うかのように首を左右に振るハルト。それを見て薄く笑ってブラッシングを始める翔。

 その後、夕食ギリギリまでハルトと遊びつくした翔。

 

 午後七時頃。

 食卓には夕食が綺麗に並べられていた。全員がもう既に着席していた。今回はさすがに耀も遅れていない。

 耀は全員の顔を見渡して、

 

「いただきます」

『いただきます!』

 

 食事の挨拶を告げた。やはり朝食や昼食と変わらない光景。皆が楽しく食事をする。ただそれだけの光景。

 しかし、それが翔にとっては何よりも楽しかった。

 ………いや、訂正。スケボー関連の次ぐらいに楽しい。

 何事も無く、食事が終わる。食器も片づけ、子供たちは風呂へと走る。ただし翔だけは行かずに自室へと戻る。まあ、理由は『水』だ。触れると死ぬ。だから身体の汚れはリスポーンでリセットされるため、それで済ませる。

 自室に戻ると、翔は真っ直ぐ机に向かっていく。そのまま椅子に座って机の上にある手帳を開き、明日以降の予定を確認し始める。

 自室では机と向かい合うことが一番多いだろう。前述のようにベッドなんてのはあまり使わない。彼の唯一人が使っていると分かり、生活感のある場所がこの机だろう。その次に机の傍にある本棚だろう。

 

(………店の再開は順当にいけば一週間前後ってところか。大きな問題が発生しない限りは問題ないか。それに急ぎの書類や溜まっていた書類は今日で全部片付けた。二、三日はのんびりできるか?)

 

 そうやって考えていると、部屋のドアがノックされる。

 

「………?誰だ?」

「私」

「………箱庭にもオレオレ詐欺があるのか?」

「詐欺師じゃなくて耀だよ」

「冗談に決まってるだろ。入っていいよ」

 

 少しふざけた様子で答えて、入室を許す。そんな許可を得る前にすっとドアを開けて入って来ると、真っ直ぐベッドに腰を下ろす。

 

「………迷わずベッドに座るなよ」

「………?でもここしか座る場所ないよ?」

「いや、そういう意味じゃないから」

 

 確かに椅子は翔が座っているもの以外に、この部屋にはない。

 相手が相手なら勘違いされてもおかしくないぞ、などと考えながら耀の方に体を向ける。

 

「それで、何か用か?」

「うん。連盟のお茶会のことで、ちょっと相談しに」

「ああ、あれか。受けるんだろ?」

「うん。でも、場所の変更をお願いしたいかな、って」

 

 耀の言葉に、ん?と首を傾げる翔。

 場所の変更、とは?果たしてどこに変えるというのか。それを尋ねる。

 

「翔のお店で、できないかなって」

「………………………はい?俺の店?なんでまた?」

 

 彼女の提案に呆気にとられた翔。彼女の意図が分からず、今度はその理由を聞く。

 

「連盟のリーダーとして、会談、とまでは行かないけど、みんなが集まる場所の提供は最初ぐらい私たちでやった方がいいのかな、って思って………」

 

 声が尻すぼみになっていく耀。ダメかな………?と最後に小首を傾げながら尋ねる。

 

「駄目じゃないが………。返事はしっかりとお前が書けよ?リーダーとして」

「っ!うん、わかった!」

 

 顔を明るくして、翔の部屋を飛び出す耀。しかしすぐに戻って来る。

 

「………まだ何かあるのか?」

「えっと……………便箋って、ある?」

 

 はあ、と溜め息を吐きながら机に立ててある便箋と封筒の束を手渡す。

 

「それはお前が持っとけ。これから使うことも多くなるだろうし」

「いいの?」

「俺の分はまだまだあるからな」

 

 そういって机の本立ての部分を指す翔。そこにはパッと見ても、それぞれ二部ずつほどあるように見えた。

 

「ペンはあるのか?」

「……………貸して」

「はいよ。それも自分で管理しておけ。それと書類は今日ので終わりだ。少しの間はゆっくりしていい」

「わかった」

 

 今度こそ部屋を出ていく耀。それを見送った翔は手元の手帳に視線を落とす。

 明日以降の予定はほとんど何もない。招待状か何かを貰わない限り、急に予定が狂うことは無いだろう。

 そう考えると、手帳を閉じて、一冊のノートを持って自室を後にする。

 

「さーて、今日も今日とて練習と実験の繰り返しー、っと」

 

 スケボーとギフトの合わせ技の練習に行くのだろう。ノートにはこれからやる実験が事細かに記されているのだろう。後は日が変わるまで、試行錯誤して終わるのだろう。

 翔の少し忙しい日常はこれにて終わり。

 

 

 

 そして、この日も何の成果も得られなかったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

~~~番外編2 翔のいつもと少し違う日常2~~~

 

 

 翔の日常は以前記述したような日常がほとんどだ。

 ただしそれは、店が無い時の日常だ。店がある時は多少、彼の行動は変化してくる。

 まず午前四時には、もう店の厨房に立っている。

 午前七時頃には店を開店できるようにしているため、朝は誰にも会うことはなくコミュニティを出ている。

 連盟のごたごたで店を閉める前まで、順調に客も増え、忙しい日々を送っていた。

 しかし、以前と変わった点がある。それは、彼が露店ではなくテナントを借りて、ちゃんとした店としてリニューアルしたことだ。

 そのため、一度に入る客の数は制限されるが、店の前にもテーブルを用意することで、そこら辺はしっかり解消させている。

 そして、今日がその記念すべきリニューアル一日目なのだ。

 しっかりとした厨房でしっかり調理できるというのは、翔にとってはきっと楽なのだろう。外では砂埃などを厳重に注意しながら切り盛りしていたので、屋内の調理の方が幾分か心持ちが軽いのだろう。

 そんな彼はたった一人で今の店を頑張っている。

 

「………よし。下拵えはこれで十分かな。後は持ち込み食材だけど、あれはいつも通りその場その場で対応するしかないか」

 

 最近は真新しい食材は見ないから全然いいけど、と口から溢しながらドアに掛かった『close』の看板を『open』へと裏返す。そして変えること数秒後。ドドドドッ!!と雪崩のような勢いで店へと流れ込んでくる客たち。開店待ちをしていた常連や、この店の噂を聞き、必死に並んだ一見さんだ。翔の知らない顔ぶれがちらほらと見える。

 彼らの多くが目当てにしているのは個数限定の品の数々だろう。翔の店では在庫が限られている食材を用いた料理や、調理の手間、つまり下準備に数日を要する物や、一つ作るのに時間がかかる物は個数限定品として、メニューに載せている。

 それらは毎回変わり、同じものがもう一度メニューに載ることの方が珍しい。しかし、どの限定品も並んで良かった、食べに来た甲斐があったと誰しもに思わせるような一品ばかりだ。

 

「とりあえずビール!それとつまみを適当に!」

「おいまだ朝だぞ?」

「今日は店は休みなんだよ!それよりさっさとくれ!この時をどんだけ待ってたと思ってんだ!?」

「へいへい。奥さんに怒鳴られんなよ?」

「許可はもらった!あっ!追加で燻製肉の盛り合わせは確実にくれ!」

「こっちは厳選肉の盛り合わせ!」

「それと特選野菜のサラダもだ!」

「私は限定ケーキ!」

「私も私も!」

「はいよー。ドライアドさん。注文の受け取りよろしくー」

『はーい』

 

 一気に騒がしくなった店内。

 店員として雇っているドライアドたちに注文を任せ、厨房へと入っていく翔。

 この店員たち、ドライアドは翔のパークにいるトレント爺から生まれた娘たちだ。翔が気が付いた時には彼女たちがパーク内で農園の管理をしていたのだ。そのうえあまりにも数が多かったので、翔が店員として此処で雇用しているのだ。

 ちなみに彼女たちの給料は肥料と水だ。お金をもらっても使うことが出来ないので、返って迷惑なのだそうだ。

 

「店長ー!一先ず注文票ここに置いておきますよー?」

「おーう。とりあえずケーキとビール運んでくれー」

 

 既に朝の段階で作ってあったケーキを盛り終わっていた翔は、ドライアドに頼んで客に持って行ってもらう。

 一先ず簡単なものからさっさと終わらせて、多少作業がいるものを片手間にやっていく。出来るだけ客を待たせないように次々と注文を捌いていく。

 

「燻製肉、厳選肉、特選野菜ができたから、それぞれ持って行ってくれ」

『はーい』

 

 凄い勢いで増えていく注文を、ほぼ同等の速さで消化していく翔。朝はしばらくはこのままだろう。

 いつもならこの勢いが収まるのは九時、十時を過ぎた頃だ。しかし、しばらくを店を閉めていたせいか、店の外にはまだ列ができており、更には未だに長く伸び続けている。

 

「…………席、足んなかったかな?」

「増やします?」

「これ以上増やすにしてもスペースがな。外に増やすにしても、公共の場所だし」

「おい兄ちゃん!この店の前を使う許可をもらってきたから、席を増やして早く食わせてくれッ!」

「……………………ご都合主義ってスゲー」

「じゃあ、席増やしてきますね。仲間も追加で出してくれるとありがたいです」

「りょーかい」

 

 何故か大々的に店の前の通りまでを借りて、リニューアルオープンさせられている翔。

 今日はずっと忙しいだろうなー、などと考えながら料理を作り続ける。食材だけは大量に買い込んでいるため、まったく心配はしていない。

 ビール、ワイン、燻製肉、厳選肉、ステーキ、サラダ、シチュー、ケーキ、パフェ、その他諸々。

 一気に多くの注文を消化していく。

 そして、昼時が近くなった時。

 

「食材持ち込み、入りまーす!」

「っ!わかった!今行くッ!」

 

 食材が持ち込まれる。

 こんな忙しい時間に、と悪態をつくことも無くすぐに食材を確認しに行く。そこには翔には見慣れた人物が立っていた。

 

「おっ、店長!今回はこれを頼むな!」

「………………今度は何を持ってきやがった?」

 

 翔はカウンターの上に乗せられている巨大な肉塊を見る。肉の重みでカウンターの板がしなってミシミシと音を鳴らし、今にも板が折れてしまいそうになっている。

 この食材を持ち込んできた彼は、この店の常連だ。悪い意味で。

 彼は毎回来店するたびに、何処から持ってくるのか妙な食材ばかりを持ち込んでくるのだ。

 以前はコカトリス、ハギスなどが持ち込まれたことがある。どちらも食材としては申し分ない上等な代物だったが。

 そして今回。どんな肉を持って来たのか警戒しないわけがない。

 

「今日はシーサーペントの肉だ!」

「……………………はぁ。まったく、毎度毎度どこから持ってくるのやら。いつも通り味見用に少し食わせてもらうぞ?」

「おう!店長は仕事熱心だから、味見には本当に爪の先くらいしか食わねぇしな!」

「全部料理しちまっていいのか?」

「おう!全部だ!」

 

 翔はため息を吐きながらも、肉塊を抱えて厨房の奥に入っていく。

 普通の客の注文も処理しながら、持ち込まれたシーサーペントの皮と肉を薄く切って、それぞれ味見をする。

 注文を処理しながらも、頭の中で今食べた肉の味に合う料理を構想する。

 

(皮は弾力が少ないが、ぬめりがあるな。肉は味的には鶏に近い。歯ごたえも含めると、感覚的にはほぼ蛇だな。なら蛇料理を参考にして料理するか………。肉は唐揚げ、塩ゆで、炒め物。皮はぬめりを取った後、素揚げ、塩炒めとかにするか。流石に初めての食材で変化球はできないな………)

 

 そう考えをまとめると、注文を捌きながらもシーサーペントを調理していく。

 

(構造的には完全に大きい蛇。でも蛇と違って大きいから骨は取り除きやすい。これならそこそこの大きさの唐揚げにしても大丈夫そうだ)

 

 捌きながらも、次の工程を考える翔。

 

(短時間で味を染み込ませるのは、以前は電子レンジを使っていたが………さて、どうするか?十数分だけでも漬けておくか?)

 

 そう考えフォークで二十か所ほど肉に穴を作ると、調味料を付けてよく揉んでからたれに漬け込む。漬けている間に他の料理に手を付ける。

 塩ゆで、炒め物はすぐに終わらせられるのでそこから手を付ける翔。だが、火を使う料理ならば翔の手に掛かれば一瞬のうちに出来上がる。

 

「これ、アイツに持ってって」

「はーい」

 

 出来上がったものをドライアドに頼んで、すぐに持って行かせる。

 次にシーサーペントの皮の処理を始める。

 

(一先ずは塩でぬめりが取れるか試すか)

 

 そう考えて大量の塩を皮へと擦りつける。しかし、

 

「ッ!意外とッ!取れねえなッ!?」

 

 どれだけ強く擦ってもなかなか取れず、途中で断念する。

 

「これは要研究だな。今回は諦めてもらって次回に回してもらうとするか」

 

 皮の調理は諦めて、肉にだけに専念する。しかし肉の方が圧倒的に多いために彼に出す分には十分すぎる量だろう。

 先ほどたれに漬け込んだ肉を調理することにした翔。入れ物に卵、小麦粉、片栗粉を直接入れると、そのまま適温の油へと投入して揚げ始める。肉の表面が小麦色になり浮いてくると、油から上げて余分な油を落とす。皿に盛ると、翔自身が直接客に持っていく。

 

「おっ!それが最後か?」

「今回はな。流石に初めての食材だと冒険できないんだよ」

「そうかそうか!初めてだったか!」

「あんな食材持ち込んでくんのは、この店にはアンタしかいねえよ」

 

 呆れながらも料理を男の前に置く。

 

「それとシーサーペントの皮に関してなんだが、しばらく時間くれ。あれは一日二日でどうにか出来そうにもない」

「おっ?そんなに苦戦してんのかい?珍しいな」

「ぬめりがな、なかなか取れんのだよ」

「あー………」

 

 何か思い当たる節があるのか、納得したように声を漏らす男。

 

「三日後までにはどうにか調理できるようになっておく。もしかしたらアンタに出す分が無くなるかもしれないが」

「ならそん時は追加で持ってくるさ」

「………なら早めに持ってきてくれ。唐揚げなんか味を染み込ませたいんだ」

「了解だ、店長殿」

 

 そういって朗らかに笑った男性。今回はこの料理で満足なようだ。翔は懐から紙を一枚取り出すと、何かを書いてテーブルに置く。

 

「領収書だ」

「………いつもより安くねえか?」

「皮を調理できなかった分、割り引いた」

「いいのか?」

「構わねえよ。どうせプラマイゼロぐらいの損しかねえ」

「じゃあ、いつもはぼったくられてたのかよ………」

「技術料とその他食材費用に決まってんだろ。じゃなきゃ大損だわ」

 

 それじゃあ良い食事を、とだけ言い残して厨房に戻る翔。

 その後も注文する声は止まずに、ずっと賑やかであった。

 

 

 

 この日、翔に休む暇はなかった。彼が本拠に帰ってきたのは、周囲が薄明るくなり始めた頃であった。

 それでも彼は苦に感じておらず、久しぶりに楽しく料理できたと満足気であった。

 

 しかし結果として帰ったら、耀とリリからお叱りを受けたとかなんとか。

 




【シーサーペント】
 姿形に関しては諸説あるけど、この作品では巨大な海蛇。肉の味は鶏に似てて水っぽい。皮はぬめりがあって処理が大変。しかし処理が終わり、調理したものの味は格別だった(翔談)。


翔「主人公の板乗翔だ」
猫「作者の猫屋敷の召使いです」
翔「今回は日常回か。描写されてないけど、影では結構埋まってるんだよなー………」
猫「うん。そして次回は非日常回」
翔「……………………え?」
猫「それよりもFGOのCCCイベントが忙しくてヤバい。金林檎がすごい勢いで溶けてく」
翔「待てまてマテ。()日常ってなんだ?何が起きるんだよ?なあ?なあ!?なあッ!!?」
猫「ごめん。AP回復したし、これからイベント周回するから構ってらんないわ」
翔「ハァッ!?」
猫「あ、番外編のあとがきで感想返しをまとめてやろうと思っているので、作者や作品についての質問とかがある人は、出来る限り活動報告の方に書いてください。それ用のを作っておくので。感想とかだとものによっては消えちゃうんで。そんな危ない感想がないことを祈りますが………。それではまた次回!」
翔「え、ちょっ!?このまま終わんの!?俺どうなんの!?」
猫「精神的に疲れるだけだから平気平気」
翔「それ俺にとって致命傷ッ!!」


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番外編2 予想していなかった非日常

かなり短めで申し訳ありません。


~~~番外編3 翔のある日の非日常1~~~

 

 

 今日も翔は店に来て料理を作っていた。しかし、どこか動きがぎこちない。理由としては、彼はかつてないほどに緊張、いや緊迫しているといった方が正しいだろうか。

 原因はいつもと少し違う今の状況だろう。

 

「………(スッ)」

「………ッ!?(ビクッ!)」

「………(スゥ)」

「………(ホッ)」

 

 翔がいる厨房には普段はいない人物が、見学と称して見に来ているのだ。

 その人物というのは、彼自身よく知っている者だ。だが、だからこそ逆に気が気でないのだ。

 その人物、()()は翔が最もここに入れたくないと考えている人物だ。

 

「………なんでそんなに汗をかいてるの?」

「え?い、いや………厨房って暑いからさ………」

 

 食欲の化身が後ろに居るからとは口が裂けても言えない、と考えながらどうにか注文を消化していく。

 そう。翔の所属するコミュニティ〝ノーネーム〟の現リーダーであり、連盟の頭首こと春日部耀が、翔の店の厨房に見学に来ているのだ………!

 つまみ食い等をされないように、後ろに気を配りながら調理をするのはかなり精神がすり減る。今のところ問題が無いのだが、その動作一つ一つに体が反応して強張ってしまうということを繰り返している。

 

「………いつもこんなに忙しいの?」

「………まあ、こんなもんだな。食材の持ち込みがあればさらに忙しくなるが」

 

 下拵え済みの料理に最後の仕上げをして、店員のドライアドに持っていってもらう。

 

「………あの店員さんたちは?」

「パークにいるトレント爺がいつの間にか生み出してたんだ。ちょっと数が多かったから、一部はこの店を手伝ってもらうことにしたんだ。ちゃんと給料代わりの報酬は支払っているからな?」

「あの人たちからギフトを貰ったらどうなるんだろう?」

「………〝光合成〟とか〝植物操作〟とかかな?あ、でもトレント爺から生まれたのか。ならあの果実のギフトも持っているかもしれない、のか?」

「………?あの果実?」

「あー、聖書とかで言う『エデンの園の禁断の果実』って奴?」

「生命の樹と知識の樹の果実のこと?」

「そう、それ。それのハイブリット」

「………つまり?」

「食べただけで永遠の命と無限の知識が手に入るヤバい果実。それが彼女たちの親に生る実だよ」

「うん。彼女達には触らないようにする」

 

 流石に彼女も不老不死と全知にはなりたくないようだ。

 聞きたいことを聞いたからなのか、大人しく座る耀。

 沈黙する二人。

 此処にある食材が食い荒らされないかどうかが、翔は不安で仕方ない。

 

「………何か手伝おうか?」

「ん?いや、大丈夫だ。これぐらいならもう手慣れてるし」

 

 耀の問いかけに顔を彼女の方に向けずに、声だけで返答する翔。

 そして、厨房には調理音だけが響く。

 

(き、気まずい………。この状況、予想以上に気まずいぞ………!?なんだこの状況!?どうしてこうなったんだっけ!?)

 

 このような状況に陥ったわけは、前日に遡る。

 

 

 

 

 前日の夜。翔の部屋のドアがノックされる。

 

「翔」

「ん?耀か。どうぞー」

 

 翔は訪れた人物をすぐに理解し、部屋に招き入れる。まあ、耀は彼が返答する前にドアを開けて入ってきているのだが。

 

「………いや、もう何も言うまい」

「………?どうかした?」

「なんでもない。それで、何か用か?」

「うん。明日、翔の店を見学させて」

「……………………………はい?なんで?」

「お茶会の下見と、翔がどんな風に働いてるのか気になったから」

「………まあ、いいけど………邪魔だけはしないでくれよ?」

「わかってる」

 

 

 

 

 そんなこんなで店に来ることを許してしまった翔。しかし、まさか厨房内で見学なんてするとは夢にも思わず………。

 

「あー、見てて楽しい?」

「そこそこ楽しい」

「あ、そうですか………」

 

 〝楽しい〟とはっきり言われて何も言えなくなる翔。その後は何かを話すことも無く、静かな時間が過ぎる。

 そして昼が近くなり、客足も増す時間帯。先ほどにも増して忙しなく手を動かす翔。

 そんな翔を見て、再び疑問が頭に浮かぶ耀。

 

「………翔って、食事ってちゃんと食べてるの?」

「ギクッ」

 

 口から声を漏らすほどに焦る翔。そんな彼をジト目で見つめる耀。

 

「………もしかして、食べてないの?」

「い、いや、ほら、リスポーンすれば万事解決だからさ?平気平気………」

 

 だんだんと語尾が小さくなっていき、バツが悪そうな顔をする翔。その言葉が普段はどのようにしているのかを如実に物語っていた。

 後ろからでも焦っているのが分かるほど、翔の声は早口だった。

 耀はそんな彼を呆れた表情で見ながら、溜め息を吐く。

 

「みんな心配しちゃうから、気を付けてね?」

「ウッス………」

 

 どんなに問題なくても、心配は心配なのだ。それは彼女も同じだ。

 翔は申し訳なさそうに返事をすると、今盛り付けていた料理を耀の前に置く。

 

「………?なに、これ?」

「耀の昼食」

「………いいの?」

「どうせ食材は多少は余るようにしてるしな。残るよりは食べてもらった方がいい。まあ、たとえ残っても本拠で使う予定だ」

 

 そういって、増え続ける注文を捌きに戻る翔。耀は料理と翔を交互に見つめると、料理を食べ始める。かと思いきや。

 

「あーん」

「………あの、耀さん?何をしておいでで?」

「………?料理を食べさせようとしてる」

 

 翔の隣には、フォークに料理を刺して彼に差し出している耀がいた。

 

「いや、だから俺はリスポーンすれば―――」

「あーん」

「いや、その―――」

「あーん」

「………………あーん」

 

 流石にこれ以上傍に居られると集中できないと判断した翔は、観念して差し出された料理を食べる。

 

「うん。一口ぐらい食べなきゃダメだよ」

「一口食べたんで、今は勘弁してください。これ以上は料理が焦げそうになるんで。客足が落ち着いたらちゃんとしたものを食べるから」

 

 翔がちゃんと食べたことに満足したのか、耀は先ほどの場所に戻って料理を食べ始める。

 ………流石に恥ずかしかったのか、その顔はほんのり赤く染まっていたのは、耀自身も知らない。

 

 

 

 その後、店は夜遅くまで続け、帰れる頃にはすっかり陽が沈み、耀も寝ていて仕方なく翔が背負って本拠まで運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

~~~番外編4 翔のある日の非日常2~~~

 

 

 この日もまた、翔は店に来ていた。もちろん開店準備のためだ。しかし、そこには翔以外の人影も多くあった。

 

「んー♪やっぱり美味しいね!お兄さんのクッキー!」

「ふむ、美味いな」

「………無駄に美味いのが憎たらしい………!」

「………フン」

「キハハハ!顔に似合わず主夫してんだな、お前!」

「………♪」

「突然来てすみません、翔さん………」

 

 今、彼の店の厨房の奥の休憩スペースとして使っている場所で、ある一団を匿わされている。

 

「本当だよ………来られるこっちの身にもなって、事前に予約ぐらいしてくれよ………」

「あっ、予約したらいいんだ?」

「そりゃあな。客として扱う分には、お前らは無害と判断してるし」

「………ふぅん?害があるって判断したら?」

「一生、別世界(パーク)に閉じ込める」

「やっぱ油断ならないねぇ、お兄さんは」

「そしてスケーターとしての教育を施す」

「………お兄さんって敵には容赦ないよね」

「褒めてもクッキーと紅茶しか出ねえぞ?」

「わーい♪でも褒めたつもりは一切ないよ!」

 

 差し出されたクッキーを嬉しそうに頬張る()()

 そう今の翔の店には、殿下を始めとする魔王連盟の連中が来ている。いや、ある意味では〝元〟を付けた方がいいのかもしれないが。

 その場には殿下、リン、アウラ、グライア=グライフ、混世魔王、ペスト、ジンがいた。

 リンとペストは美味しそうにクッキーを貪る。

 アウラ、グライアの二人は不機嫌そうに座っているが、こちらもまたクッキーを食べている。

 混世魔王は皆を見ながら楽しそうにクッキーを食べている。

 ジンも申し訳なさそうにしているが、彼の手もまたクッキーに伸びている。

 結論。この場にいる連中は全員、翔の手作りクッキーを食べている。

 ………果たしてこの者たちは、こんなことでいいのだろうか?

 

「まあ来たからにはゆっくりしていけ。追い出す気は更々ないし、金を取るつもりもない」

「あれ?いいの?」

「所詮クッキーと紅茶だ。大して良いもんを使ってるわけじゃない。それぐらいの損害は気にならない程度には稼いでる。でも、それ以外が欲しいなら金を払え」

 

 それよりも、と言いながらある一人に視線を向ける翔。他の皆もそれにつられて視線を向ける。………視線を向けられている本人以外は。

 視線を向けられている人物、ペストも周囲の視線に気づいたのか慌てながらも皆を問いただす。

 

「………な、なによ?」

「アイツ、あんなに俺の料理を美味しそうに食べるっけ?あんな誰にも見せたことが無いような笑顔で、嬉しそうに頬張るっけ?」

「しばらく翔さんの料理を食べられないからって、軽く幼児退行していた時期もありましたよ」

「うっそだろ?あいつが?なにそれ?超見たかったんだけど」

「ちょっと!?聞こえてるわよ!?」

「「聞こえるように言ってんだよ(言ってるんだよ)」」

「死ね!!」

「うわぁ~。なんかもう懐かしいな、この癇癪も」

 

 顔を赤くしながら黒い風を飛ばしてくるペスト。それを日々磨いている変態機動で避ける翔。

 

「ていうかお兄さん?こんなところで油売ってていいの?」

「いいのいいの。昼休憩兼仕込中のプレート出してるし。それに基本的に気分でやってる店だし」

 

 たまには店でのんびりしてもいいでしょ、と椅子に座ってコーヒーを飲み始める翔。

 そんな彼を見てリンが一言尋ねる。

 

「………暇なの?」

「忙しいに決まってるだろ。でも、お前らがいたらさすがに集中できんよ」

 

 だから休憩、と二杯目に突入したコーヒーを飲む。

 リンもふぅん、と呟いて興味を無くして、再びクッキーを食べる作業に戻った。

 

「あっ、こっちからも一つ聞いて良いか?」

「ん?いいよ。クッキーのお礼としてなんでも一つ答えてあげる!」

「お、マジで?」

「ちょっと、リン?そんなこと言っていいのかしら?」

「大丈夫大丈夫!この人、情報ばら撒くような度胸の無いチキンだから!」

「ゴミ箱先輩に食わせてやろうか、テメェ?」

 

 翔がゴミ箱先輩片手にリンを脅す。

 彼女はすぐに、冗談だよ冗談!と言って翔に質問を促す。

 

「………旧〝     〟が封印していたとされる魔王の封印塚を破壊しまわっているのはお前らか?」

「………あー、それを聞いてくるんだ?」

「もち。むしろ今、それ以外に聞きたいことはないね!」

「はぁ、だから言ったのに………」

「フン。コイツはコイツで存外食えない奴だというのに」

「キハハハハハ!!」

 

 バツが悪そうな表情を浮かべるリン。それを見たアウラとグライアが彼女を責めるような眼で見る。逆に混世魔王は愉快そうな笑い声を上げていた。

 さあ答えやがれ!と、彼女に返答を促す翔。しかし、彼の質問に答えたのはリンではなかった。

 

「ああ。俺達で合っている」

「で、殿下!?」

 

 殿下が翔の疑問に答えた。それにリンは驚き、目を見開いて殿下を見る。

 

「リン。お前がなんでも一つ答えると言ったんだ。なら、答えるのが普通だろう」

「そ、そうだけど!そうだけどッ!!」

 

 自身の主に対してはあまり強気に出られないリン。そんな二人を見て、笑いながら一言呟く。

 

「そうか。なら安心した」

 

 その言葉にその場の全員が言葉を失った。

 安心?誰が?何に?

 その言葉の意味を聞くためにリンが口を開く。

 

「………………え、安心?なんで?」

「まだお前らなら、俺は信用できるから。他の魔王とかに奪われてるとかよりは、断然マシだ」

 

 そういって屈託のないを笑みを浮かべる翔。

 その言葉に一同は呆けた顔をする。まさかそんなことを言われるとは一切合切、思っていなかったからだ。

 翔はその答えに満足したのか、改めて心身ともに落ち着かせてコーヒーを啜る。

 

「やっぱりお兄さんは面白いねー」

「………誉め言葉として受け取っておく。本音を言えば受け取りたくはないけど」

 

 残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がる翔。

 

「そろそろ店を再開するから、満足したら裏口から出ろ。それといつでも食べに来い。食べにくる分には客として扱ってやる。ただし開店前に裏口から頼むよ。ペストも、いつでも来てもいいからな」

 

 それだけ言い残して厨房に戻る翔。それを静かに見送る一同。

 

「よかったね、ペスト」

「………ふ、ふん!別に食べたいわけじゃ………」

「ふぅん?ならこれで最後でもいいよね?」

「………あぅ………でも、たまに、来たいかな、って………」

 

 今にも消えそうな小さな声で呟くペスト。その顔は伏せてこそいるが、それでもはっきりわかるほどに真っ赤に染まっていた。

 そんな彼女を見て、周囲の者たちは一様に優しげな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 その後、クッキーを袋に詰め込んだ一同は、翔の店を後にした。

 

「ア、アイツら………山ほど作ったクッキー、全部持ってったのか?嘘だろ?……………………あー!?隠してあったケーキも無えし!?ザッケンなよアイツらッ!!!こんなことになるならパークにしまっておけばよかったッ!!次来たら覚えてろよアイツらッ!!!」

 

 てんこ盛りにしてあったはずのクッキーが消え去っているのと、コミュニティの子供たちのために作ってあったケーキが消えているのを見て、愕然とした翔がいたとかいなかったとか。

 

 

 




翔「主人公の板乗翔だ」
猫「作者の猫屋敷の召使いです」
翔「………今日はかなり短いんだな」
猫「ネタが思いつかなくてね。思いつかないからこのまま投稿しちゃえと思った次第です、はい」
翔「おい」
猫「それよりも次の番外編を書きたくて仕方なかったんやッ!許してぇな!!」
翔「あーはいはい。で?次はどんな番外編なんだ?」
猫「翔の『スケボー実験記録 最新版』的な感じの奴を予定してる」
翔「………………え?」
猫「これが思いの外出し渋ってたネタを出すのが捗る捗る」
翔「俺の大事な資料を公開しようとしてんじゃねえよ!?つか、資料が見つからないと思ったらお前が犯人かよ!?」
猫「大変楽しく読ませていただきました。現在まとめ作業中だ」
翔「テメッ!それ返しやがれ!!」
猫「後でね。多分次話が投稿された時に返すと思う」
翔「それじゃ遅いだろうがよ!?今すぐ返しやがれ!!」
猫「いやだね。あ、それと質問受付中です。何かあれば聞いてください。感想返しも次回予定してますのでよろしくお願いします。ではまた次回!サラダバー!」
翔「あっこの野郎………!!待ちやがれ!!」


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番外編3 翔の『スケボー実験記録 最新版』

 投稿が遅くなって申し訳ありません………。学校の方でのテストとかレポートとかで、なかなか執筆できませんでした………。



 サブタイの『スケボー』は『ヌケボー』と読んでください。




~~~番外編5 翔のギフトを用いたスケボー(ヌケボー)実験記録~~~

 

 

 箱庭に来てまともに記録を取りながら実験するのは、何気にこれが初めてかもしれない。

 手元に以前から書き綴っていた実験記録が無いので、一先ずは最新版と銘打っておく。まあ、すぐに次の記録を書くから最新版と言うのもどうかと思うが。いずれ横線で消して改名の必要が出てくるだろう。その時は『箱庭版』とでもしておこうか。

 それよりも今回はギフト〝物理演算(デバッグ)〟の運用法についての実験だ。

 これを使えばよりスケボーの高みに昇れるかもしれない。ならば試すしかない。そう。それしかない。

 

 

 実験1 パラソル浮遊

 

 

 〝風浪の鉱山〟でもやっていたが、どうにかして飛行制御ができないかと努力している最中だ。前やって気付いたが、そのままやってもやはりバランスが悪いのか、制御する間もなく落下してしまう。

 そこで俺は考えた。

 

 そう。同じく飛行能力のあるベニヤ板先輩と組み合わせれば飛べるのでは?と。

 

 だからパラソル付きテーブルのポールにベニヤ板先輩を翼としてつけてみた。今からコレで飛んでみる。

 

 

 

 

 

 結果:失敗。

 

 失敗した。結果は変わらず制御する間もなく落下した。ただ風を受ける面積が増えたからか、その分、落下までの時間は遅くなっていた。誤差と言っても過言ではない時間だが。

 だがまあ、今回の失敗は必然だった。

 

 俺としたことが大事な物を忘れていたのだ。

 

 そう。()()だ!

 俺はパラソル付きテーブルに翼を付けるということだけで、()()しか付けなかった!

 しかし、それでは駄目だったんだ。しっかり、それこそ飛行機のように尾翼も付けなければ!

 

 というわけで、改良したパラソル付きテーブルがこちら。

 しっかり主翼にベニヤ板先輩、尾翼としてどうにかこうにか加工したベニヤ板先輩を取り付けた。

 

 今からコレで再チャレンジしてくる。

 

 

 

 

 

 結果:無理だった。

 

 何がいけなかったのだろうか?主翼と尾翼もしっかり付けたというのに。やはりエンジンが必要なのだろうか?

 

 そこで俺はパラソル付きテーブルに()()()()を付けてみた。

 スケボーエンジンという、見た目はまんまスケボー、いや普通にただのスケボーだ。地面に叩きつけることで反射時のエネルギーを増幅して、とてつもないパワーをパラソルに与えようと思う。

 それでは今一度実験して来る。

 

 

 

 

 結果:十回死んだ。十一回目は進展した。

 

 いや、うん。叩き付ける位置が悪かったな。それでも十一回中十回が俺の頭を貫通するとは思わなんだ。まあでも十一回目で成功したからいいんだが。そっちの結果だが、飛行時間と距離は格段に伸びた。しかし、未だに制御には至らず。更なる工夫が必要なのかもしれない。

 そう考えた俺は、パラソル付きテーブルの足下に目を付けた。そして気付いた。

 

 

 ()()()が無いのだと。

 

 

 俺は今の今までそのことに気づけなかった。何と言う浅はかな考えをしていたのだろうか!

 

 というわけで、発射台のゲッダン装置がこちら。

 

 コレの上に主翼・尾翼付きパラソル付きテーブルを乗せて、スケボーエンジンで射出する。これで完璧だろう。

 

 

 

 

 

 結果:まず乗れなかった。

 

 どうしても乗る前に俺がゲッダンしてしまう。一千回試して、すべてゲッダンするとは。

 

 だが、もう少しだけ頑張ってみようと思う。先ほどテーブルまでの橋を架けたから次こそいけるだろう。

 

 

 

 

 

 結果:今まで以上の飛行時間と距離、そして僅かながら制御の成功。

 

 試行回数は五千回を超えてからは数えるのが面倒になった。何故か橋を貫通して、必死に俺をゲッダンさせようと食らいついてくるあの三脚どもは、一体何なんだ?

 だが、一応は成功した。成果は結果に書いてある通りだ。

 そしてさらに気付いたのだが、この〝物理演算〟というギフト。動いているものを適用させようとすると、物凄く発動と制御が難しい。これも課題の一つだろう。

 これにて一度パラソル浮遊の実験を終わりとしよう。無論まだどうすれば上りやすいかなど、課題は山積みだが一度は成功したのだ。次回からは簡単だろう。

 

 

 

 

 

 実験2 白柵

 

 

 〝物理演算〟を使えばもっと派手なことが出来るのではないか、もしくはより過激なことが出来るのではないかという思考の下、この実験を試行する。

 

 まずは普通に軽くボード掛けの状態、つまり基本の状態でギフトを使ったらどうなるのか?それを実験する。

 

 

 

 

 

 結果:若干速度が上がっていたが、普通の結果。

 

 変化なし。少し拍子抜けだった。もう少し派手なことになるかもと期待していたのだが。しかし、一つだけではこんなものだろう。

 次は白柵をいくつかの使用した状態でギフトを使用してみようと思う。

 

 

 

 

 

 結果:呑み込まれた挙句、串刺しになった。

 

 少しギフトを使っただけで、面白いぐらい荒ぶった。柵を十個一纏めにしておいたのだが、少しギフトで力を加えただけで、全部俺に反旗を翻して襲ってきた。その結果が串刺しだ。さながら吸血鬼になって殺された気分だった。

 だが、これを十全に利用できれば、白柵お化けのオブジェクトンボをよりリアルに動かせるかもしれない。これからその実験をやってみる。

 

 

 

 

 

 結果:そこそこリアルだった。それとこっち来んな。

 

 中々に利用価値がありそうな動きだった。俺に向かって飛んでくる以外は。改良の余地あり。その方法についてはギフトを使うか、物理的な手法を使うかに分かれる。

 しかしギフトを使うにしても、今の俺の力量では無理だろう。よって消去法で物理的(無理矢理)にやるしかない。まずは手始めに行動パターンの観察に入るとする。それから実験を行う。

 

 

 

 

 

 結果:一万回試行して行動パターンを書き留めた。それは別紙として保存しておくので、そちらを参照すること。

 

 かなりパターン性があるのが見て取れた。オブジェクトンボは基本的には円運動をしようとする。しかし、それはその場で作った場合だ。

 なのでオブジェクトンボ用の物理演算砲(発射台)を作ってみた。これから発射実験を行ってくる。

 

 

 

 

 

 結果:かなり指向性は安定してきたが、稀に空中分解する。

 

 これで兵器としてまだ使えるだろう。しかしまだまだ改良の余地はありそうだ。いずれこの研究を復活させて再開するとしよう。今回は此処で区切ることとする。

 

 

 

 

 

 

 

 実験3 斥力の壁を使ったアルマゲドンこと反射加速

 

 

 次の実験はギフトで生み出した斥力の壁を使った反射加速(アルマゲドン)だ。この実験が成功、ないし完成すれば俺も更なる高みへと昇れることだろう。今から気持ちが高ぶって浮足立ってしまっている。

 これで元の世界に戻ったときに他のスケーターたちの度肝を抜くことが―――アンのクソブラック企業が!!もしも帰ったら覚えて―――(感情を表に出して書きなぐったのか、解読不可能)―――

 

 

 

 ………失礼。少しブラック企業への怨嗟を思いのままに吐き出してしまった。それよりも実験に戻ることにする。

 まあ、内容としては斥力の壁に反射加速を行うだけだ。これから行ってくる。

 

 

 

 

 

 結果:馬鹿なの?死ぬの?………いや、死んだんだけどね?

 

 いきなり力場強度を一千億に設定するというポカをやらかした。馬鹿なの?死ぬの?むしろ死んだよ?リスポーンしたよ?体が空中分解しちゃったよ?さっきのオブジェクトンボのように。

 はい。馬鹿ですね。最初は普通もう少しどころか、もっと小さい数字でやるところなのに、なんつう馬鹿をしているのでしょう。演算処理しきれなくて頭が破裂しながら空中分解したのは驚いたけど。

 ということで最初の数字を設定してから実験を行う。

 始めの力場強度は『2』。次は『4』。次は『6』と2ずつ増やしていくことにする。

 

 

 

 

 

 結果:誰が掛け算しろと言った?

 

 やはり俺は馬鹿なのだろうか?『2』()()増やすと言ったのに、『2』()していってどうする。俺はどこぞのおっぱいドラゴンじゃないぞ。

 しかし収穫もあった。どのあたりまでが耐久出来るかは分かった。

 俺が耐えきれる力場強度は大体64~128の間だ。………いや、実験としては32768、2の15乗ぐらいまでは調べたんだが………。まあ、それは置いといて。

 64から2ずつ、今度こそ2ずつ増やしていく。いいか?2ずつだぞ!?2ずつだからな!!いいな、俺!?

 

 

 

 

 

 結果:MAX64でした………。

 

 66どころか65ですらアウトでした、はい。

 ということで結論。力場強度のMAXは64。速度も64倍。顔がぶるぶるするのが欠点かな。あと速すぎて丁度いいところに着弾できないし、うまく着地しても身体中が悲鳴を上げている。普段使うなら強度は10~20くらいまでが丁度いいのだろう。いずれMAXの数値を上げていく実験も実施したいものだ。

 と、考えたのだが、よくよく考えれば空気抵抗をなくせばもっと速く飛べるのではないかと、書きながら思いついてしまった。これから試してみようと思う。

 

 

 

 

 

 結果:ゲッダン

 

 力が強すぎるのか、それとも速すぎるのか、どうしてもゲッダンしてしまう。空気抵抗を完全になくした分、速くなったが、最大力場強度が30ほどにまで下がってしまった。空気抵抗を少しずつ変更して試してみたが、通常の3分の2ほどまでにしか減らせず、最大強度も65までしか上げられなかった。

 だが、速度もあるしゲッダンするならば、攻撃手段として使えるだろう。速いゆえに衝突の際の衝撃は大きいだろうし、ゲッダンして手足が伸びて攻撃範囲もかなり広い。さらに不規則な動きのため相手を混乱させられるだろう。いずれ実戦で使ってみたいものだ。だが、今回の実験ではここまでにしておく。これ以上やると次の実験とも被ってしまうしな。

 

 

 

 

 実験4 人間迫撃砲

 

 

 人間迫撃砲の威力強化実験。文字通りギフトを用いた速度と威力の強化だ。ギフトによる初速の上昇。斥力や風、乱気流を纏うことによる威力の強化。これらの実験を行う。

 初速は斥力の力場強度を5に設定。最初は乱気流や風とかは無しで行う。

 

 

 

 

 結果:狙いが定まりづらいが、当たればなかなか痛そうだ。

 

 初速は申し分ないだろう。これ以上強くすると、また空中分解するだろう。これにさらに斥力や風、乱気流を追加する。

 

 

 

 

 結果:風が一番無難な結果だった。

 

 まずは斥力なのだが、発射の力場と相まって初速が上昇。しかし空中分解。

 次に乱気流なのだが、こちらは複雑な動きのため敵に当てることが困難だ。

 最後に風を試したが、これは初速も指向性もしっかりして、空中分解しても一塊で飛んでいくため、攻撃手段としてはこれが無難であろう。敵や物を飛ばす分には加減しなくてもいいのだろうが、自分を飛ばすとなると問題しかない。これから少しずつ調整して―――(何故か血痕らしき赤い痕が所々に付着している)

 

 

 

 

 

 ―――失礼。少しゴミ箱先輩に襲われて必死に迎撃(ワンサイドゲーム)していた(されていた)

 まあ、まだまだ試してみたいことがあるから、何とかゴミ箱先輩には退場(土下座して)してもらった(許してもらった)

 それで次の実験なのだが、ベニヤ板スライドや木製パレットを用いたすのこ加速なども試してみたい………が、元々物理とは数字で、というよりは数学でこの世の法則を表そうとしたことが始まりだと、つい最近調べていて初めて知った。つまりこのギフトを用いれば数学的事象も操れるかもしれない。なので、しばらくは耀が知っている物理と数学を学ぼうと思―――

 

 

 

 

 

 

 

 パタン、とそこまで読んだ耀は翔の部屋にあったノートを閉じて一言。

 

「…………なにこれ?」

 

 そう呟いた。

 耀は翔の部屋に勝手に入って、様々なものを物色していた。今読んでいた表紙に『スケボー(ヌケボー)実験記録 最新版』と書かれたノートもその一環であった。

 しかし、彼女も翔の部屋に無断で居るのにはちゃんとした理由がある。

 

「むぅ………翔は一体何処に行ったんだろう?」

 

 そうなのだ。翔は現在行方を晦ましている。

 彼は二週間ほど前に〝サウザンドアイズ〟へと仕事の手伝いをしに向かった。だが、その日のうちか翌日には帰って来るはずだった彼だが、その日も翌日にも帰ってくることはなかった。耀も手伝っている仕事の量が多いのだろうと考えて、深くは考えなかった。しかし、彼はその次の日も帰って来なかった。

 少し不安になり始めた彼女は〝サウザンドアイズ〟の支店へと出向き、女性店長へと尋ねた。でも、彼女から告げられた言葉は、耀が求めていた答えとは異なっていた。

 

『翔様ですか?仕事を手伝っていただいたその日のうちに、お帰りになられたはずですが?………ああ。でも、これからクイーン・ハロウィンのところに行かないといけない、とは言っていました』

 

 女性店長からそう告げられた。

 それを聞いた耀は、慌てることはなかった。なぜなら以前にもこのようなことはあったからだ。最長で五日間。彼は行方を晦ましたことがあったのだ。だから二、三日では彼女も慌てることはなかった。しかし二週間も行方が分からないとなると、流石の彼女も不安になってくる。

 だが、そんな翔にも大切な用事があるというのは、耀も重々承知だ。確かに、彼が行方を晦ます前に女王、〝クイーン・ハロウィン〟から招待状という名の出頭命令状が届いていた。それならば、あと数日で帰ってくるかもしれない。そう考えた。

 だが、彼はその後も音沙汰も無く二週間が過ぎた。

 流石に長すぎる。そう感じた耀は、翔の部屋に手掛かりや痕跡が無いかと思い、彼の部屋へと入ったのだ。

 しかし、結果は先ほどの意味の分からないノートと、それに類する続きと思われるノートが数冊だけ………だと思ったが耀はふと、明らかに厚さと表装の違う冊子に目がいった。表紙には先ほどのノートと違い、何も書かれてはいない。耀は気になって、パラパラとページを捲る。

 すると、そこには多くの写真が入れられていた。

 

 ガルドとのギフトゲーム。

 

 〝ペルセウス〟とのギフトゲームと、その後に開いた四人の歓迎会。

 

 〝火龍誕生祭〟での初めての魔王とのゲーム。

 

 〝アンダーウッド〟の風景や、耀や飛鳥、黒ウサギ、十六夜の姿。

 

 それ以外にも日常の光景や、皆が楽しそうに笑っている写真が収められていた。しかし、それらの写真のどれにも、翔の姿は映っていなかった。たったの一枚もだ。だが、当然だろう。そのアルバムに収めてある写真を撮影したのは、紛れもないこの部屋の主である翔なのだから。

 そのことに気づいた耀は、ほんの少し悲しそうな表情を浮かべる。

 

「………誰かに頼んで、撮ってもらえば良いのに………」

 

 翔一人だけ映っていない写真たちを見て、そう呟いてアルバムを閉じる耀。

 

「それにしても、本当に何処に行ったんだろう………?」

 

 こうまで書置きも痕跡も何もないと、何か不慮の事故に巻き込まれたとしか考えられない。先ほどまで感じていた不安が途端に大きくなり始める耀。

 ほんの二週間いないだけで、十六夜や飛鳥が出ていくときよりも大きな不安と喪失感に襲われる。でも、二人のときは事前にいなくなるとわかっていたから、そこまでの喪失感を感じなかったのだろうとも考えたが、明らかに違う。心の一部が翔と一緒に消えるような感覚。今回はそれがあった。それほどまでに彼女の中では、翔は大切な存在になっていたようだ。彼女自身、今の今まで自覚はなかったが。

 

「………捜しに、行った方がいいのかな………」

 

 力なく呟く耀。

 捜しに行くと言っても、当ては一切ない。それにコミュニティを放っておくわけにもいかない。

 だが、彼女自身は捜しに行きたい気持ちが圧倒的に上回っている。

 

「………ううん。駄目だよね………当てもないのに捜しても。それにコミュニティを放っておいたら、翔に怒られちゃうだろうし」

 

 表情を引き締めて、ノートとアルバムを元の位置へと片付ける耀。そうして、翔の部屋を後にする。

 

「ッ!?」

「アダッ………!?」

 

 しかし、出た瞬間に耀は何かに頭をぶつける。その何か、目の前の人物は顎を押さえて、彼女のことを睨んでいた。

 

「………なんで耀は俺の部屋から出て来てんの?」

 

 そのぶつかった人物というのは、翔であった。顎に思いの外衝撃が来たのか、顎を押さえながら若干涙目の翔。

 頭をぶつけた耀も負けじと、翔のことを睨む。

 

「………翔こそ、今まで何処に行ってたの?」

 

 その言葉に翔は、うっ、と声を詰まらせて耀から顔ごと目を逸らす。

 

「それは………まあ………色々と………やむを得ない事情があったんですよ、はい………その事情もなんとかしてやっと帰って来れたんです………」

「なら私もやむを得ない事情があって、翔の部屋に入った」

「むむむ………屁理屈を………まあ、いいや。特に何かあるわけでもないし」

「ならいいでしょ?それよりも、何処に行ってたのか説明して」

 

 グイッ!と翔の顔を両手で挟んで強引に正面を向かせる耀。そんな彼女の行動に少したじろぐ翔。

 

「………明日でいっすか?なんかもう疲れてさ………寝たいんだ………」

「………わかった。でも………」

 

 両頬を挟んでいた手を腰に回して翔の身体を抱き寄せる。

 翔は不思議そうに首を傾げるが、すぐに冷や汗を掻く。

 

「あ、あの、耀さん?何で腰を砕けそうな勢いで力を込めているんですかね?」

 

 メキメキメキ、と音を立て始めている翔の腰を余所に、耀は問い詰める。

 

「………この机にあったビデオカメラの中身について、どういうことか教えて?」

「え?あれ!?出しっぱなしだったっけ!?……………………あッ!?そうだったぁ………!!中身のデータを整理しようとして出しといたっけかぁ!!?」

「………それで、なんで撮影してあったの?この、〝風浪の鉱山〟の恥ずかしい宣言を」

 

 そう。翔の部屋には彼の居場所を指し示すものは一切なかった。それ以外の物があっただけで。それがビデオカメラとそのメモリーカードも、その一つである。

 

「事故!!それ事故だから!!十六夜があの場に居たら完璧に決まってた最高の場面だから!!撮影しないわけにはいかないでしょ!!?十六夜がその場にいなかったが故の撮影事故だから!!だから悲鳴を上げてる腰にさらに力を込めないでええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!文字通り腰砕けになるからあああぁぁぁぁ!!!」

「面白くなかったから駄目」

「うん!!今のは自分でもどうかと思った!!内心『うわ、つまんな………』って思いながらも勢いで言ったから!!!だからその手を離してえええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!………あっ………」

 

 バキッ!!と何かが砕けるような音を立てて、その場に力なく崩れる翔。そして死んだまま腰を砕いた張本人に問いかける。

 

「………ナンデコロシタシ」

「なんとなく。それより写真撮ろう」

 

 唐突にそんな提案をしてくる耀。それをリスポーンしながら聞き流す翔。

 

「はいはい。また今度ね。今は休ませてー」

「………………………………」

 

 部屋の中に入ろうとする翔の後頭部から、ガンッ!という音が響く。それと共に翔は意識を無くした()()()床に倒れる。耀に後ろから殴られたようだ。それにしては、あまり鈍くない音だったが。まあ、翔自身は意識はあるのだが、「ああ、これは逆らったらダメな奴だ」と瞬時に理解して、為すがままにされることにした。

 翔が動かなくなったことを確認した耀は翔の首根っこを摑んで、引き摺って行く。そして、狐娘のリリの下まで行くと、

 

「リリ。これで写真撮って」

「………は、はい!わかりました!」

 

 彼女に翔のカメラを手渡す。リリも彼女の異様な雰囲気を感じ取ったのか、素直にカメラを受け取ると、二人の写真を撮る。

 

 

 

 この日、翔のアルバムに初めて翔本人が映り込んだ写真が一枚、収められることとなった。

 ………ただ絵面としては最悪の写真だったが。

 意識の無い(ふりをしている)翔の首根っこを摑みながら、カメラにVサインを向ける耀。

 そんな、決して仲睦まじくは見えない写真であった。

 

 その後、満足気な耀と不満気な翔という対照的な二人の姿が、本拠で見られたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どこに行ってたの?」

「マジで明日にしてください………色々なことが起きすぎて疲れたんだ………」

 

 納得がいかない様子の耀を宥めて、自分の部屋で休む翔。後日、しっかりと耀による尋問が行われた。

 

 

 

 




翔「主人公の板乗翔だ」
猫「作者の猫屋敷の召使いです」
翔「それじゃあ、早速だが」
猫「はいはい」
翔&猫『感想返しのコーナー!!イエエエェェェェイ!!!』
翔「それにしてもついに返信するのか」
猫「最初のころはちまちま返信してたんだけど、次第に作品の方に忙しくなっちゃって、全然返せてなかったからね」
翔「まあいいか。それじゃあまずは………これだな」

『シモ○ル?』
『とある辛口あたりめの人』
『とある辛口あたりめ好きのマカロニさんか』
『バグの申し子』
『あたりめ マカロニ』
『まさか、シモエr(以下のコメントは削除されました)』
『シモ○ル…いや、なんでもない』
『完全にシモ○ルです』

猫「ずっと言われてたから、ここではっきりさせておきます。………そうです。そのお方、シ○エルさんを参考にさせていただきました!」
翔「ずっと言われてたもんな、これ」
猫「うん。というわけで、正解者の方々の家には、いつかゴミ箱先輩が直接お礼の品をお届けしますので、楽しみにしておいて下さい!」
翔「これを読んだら今すぐに家の鍵と窓を閉めて部屋の中央にいるんだ!!間違っても部屋の隅には行くな!!壁をすり抜けて食われるぞ!!俺も出来る限りの手を尽くして、ゴミ箱先輩を説得するが、失敗したらすまないッ!!」
猫「はい次行きまーす!」

『おいちょっと待て。てことはあのラビットイーターもどき、殿下を制圧して【自主規制】出来るぐらい強いってことになるのか?・・・ラビットイーターもどき、恐るべし』

猫「これについてはラビットイーターもどきのステータスを書いておきますねー」

ラビットイーターもどき
 能力
・ギャグ補正
 最強の能力。シリアスを壊すためならどんな敵も無力になる不思議な力。
・超再生増殖
 一本の触手が斬り飛ばされたりすると、瞬時に再生しながら五~十本ほどに触手が増える能力。
・性質吸収
 他の植物の特性や能力を取り込める。耀のギフトの植物版。現在は『バグの木』、『ベニヤ板先輩』、トレント爺の『不老不死と無限の知識の禁断の果実』を取り込んでいるため、事実上の最強。

猫「こんな感じですねー。うーん、強い」
翔「…………いや、強すぎだろ。もうコイツが主人公でいいんじゃないか?」
猫「あ、お帰り。随分とボロボロだね?なにかあった?それとこの作品のタイトルからして、主人公は翔君しかありえないねー。で、なにしてたの?」
翔「お前に代わって、ゴミ箱先輩を説得してたに決まってんじゃねえか!?お前頭沸いてんじゃねえの!?」
猫「よく言われる。それで話を戻すけど―――」
翔「戻さないで!?お前の代わりにゴミ箱先輩に許しを乞いてた俺を労えよ!!ちょっとは労われよ!!」
猫「はいお疲れー翔君。つーぎ行きまっしょーう!」
翔「流してんじゃねえよッ!!」


『これヌケーターの人本人読んでるんかな?』


猫「………………………」
翔「………………………」
猫「うん。次行こう。これは詳しくコメントすると危ない気がする」
翔「おう。次行こう」


『翔君ってヤったら子供って出来るんですか?』


翔「………おい。これってセーフか?」
猫「具体的な描写はないし、セーフ、かな?まあ、これに関する答えは………はい、できます。しかし、翔の世界では基本的には、人は虚空や壁や地面から生まれるものなので、そういう思考に至ることがほとんどありません。以上!次!」


『名前は忘れたけどタイヤのないスケボー(浮いてるやつ)って翔君持ってるんですか?』


猫「………チートコードのホバーボードのことかな?」
翔「そうじゃないか?まあ、チートコードは使えるから、持ってはいないけどいつでも出せるな」
猫「とりあえず、今回はこんなところかな。また気になる感想があったら、随時取り上げていこうと思っています。質問も随時『活動報告』の方で受け付けております!」
翔「色々な感想、感謝します!」
猫「次回はサブタイトルは未定だけど、今回の話で出ていた、翔君が二週間ほどの間に何をしていたのかを書きます。それと多分、次回で番外編は終了して、その次からラストエンブリオの内容に移っていこうと思います!」
翔「それじゃあまた次回!」
猫「でも、次も投稿遅れるかもしれません!本当に申し訳ありません!………あ、そうだ」
翔「………?どうかしたのか?」
猫「警告タグに新しいものが追加されたのは知ってる?」
翔「………?ああ。勿論。それがどうかしたのか?」
猫「その中に『クロスオーバー』があるんだけどさ………この作品って一応『skate3』の設定と能力?っぽいものをお借りしてるじゃん?これってタグ付けるべきなのかどうなのか凄い悩んでるんだけど」
翔「…………保険で付けとけば?」
猫「………………そうしようか」
翔「おう。そうしとけ」
猫「それでは今度こそ、また次回!」
翔「また次回!」

 というわけで、警告タグに『クロスオーバー』を追加しました。


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ラストエンブリオ1・2
第二十七話 やっぱりヌケーターはヌケーターにしか理解されない


 はい………。お久しぶりです………。二か月以上、約三か月ぶりの投稿です………。中間テストが終わったと思ったら、二週間後に期末テストが迫っているという訳の分からない状況からギリギリ生還した猫屋敷の召使いです………。
 前話で番外編の四つ目と申しましたが、正直蛇足だったんで省きました、はい………。
 それでは、今回からラストエンブリオ編始動です………。これからも投稿を頑張っていきますので、皆様これからもよろしくお願いします………。

2018/02/21 Hall of meatの司会者のセリフを編集。辻褄合わせ。
報告してくれた方、ありがとうございます!


『―――これより!Hall of Meat世界大会決勝戦を始めまーす!!』

 

 ワアアアアアァァァァァァッッ!!!!とポートカーヴァートンのスタジアムに大きな歓声が響き渡る。

 

『それでは選手の入場です!まずは、毎年参加していたが残念ながら優勝経験はゼロ!!しかし、四年前に開催された世界大会でついに優勝の座を掻っ攫っていったが、その後数年間謎の欠場、失踪の末、今大会でついに復活!!板乗いいいぃぃ翔おおおおぉぉぉッッッ!!!』

 

 ワアアアアアアアァァァァァァァァァッッッ!!!!!!と先ほどよりも大きい歓声が鳴り響く。そして入場口から名前を呼ばれた翔が―――

 

『……………………………………………あれ?翔選手?翔さん?しょーさーん?』

 

 ―――入場してこなかった。司会も翔の名前を呼びながら困惑している。

 そんな中、司会の下に大会のスタッフが駆け寄って、耳打ちをする。

 

『…………え?あぁ、はい。え?本当に?………えー、はい、わかりましたー………』

 

 司会がスタッフから話を聞き終わると、マイクを握り直して観客に説明を始める。

 

『えーっと、たった今スタッフから翔選手は奈落に落ちたまま帰ってこない、とのことで不戦敗ということにさせていただきたいと、思い、まーす………』

 

 司会が怯えながら観客の反応を窺いつつそう告げる。すると途端に、ブーッ!ブーッ!!と会場中からブーイングと共に、司会に空き缶やら卵やらスケボーやらが投げつけられる。

 

『ちょっ!?痛い!痛いですって!!私に八つ当たらないでください!!これは私のせいじゃないんですからああああぁぁぁッ!?』

 

 翔選手の馬鹿野郎おおおぉぉぉッ!!!という悲鳴を上げながら、観客のブーイングを一身に受ける司会。

 

 

 

 その後、準決勝で敗退した選手を呼び、決勝戦が執り行われた。

 

 

 

 一方、奈落へと落ちた翔はと言うと―――

 

「……………デジャビュ。既視感。………いやまぁ、言い方はどうでもいいんだけどさ。………せっかく長期休暇もらって故郷に帰って、久しぶりに大会出場も果たせたのにさぁ………こんなオチはどうなのよ?せめて爆発オチぐらいしてくれよ」

 

 ―――何時しかのように奈落を抜けるとそこは箱庭であった。

 ま、それはそれで爆発オチなんてサイテーとか言われそうだけど、などとネタをぼやく。

 そのまま空から落ちながら、眼下に広がる巨大な水樹―――〝アンダーウッド〟を見つめて呟く。

 

「…………せめて、優勝、したかったなぁ………」

 

 心底残念そうな顔で呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、翔は〝アンダーウッド〟の枝葉をすり抜けていき、真下にある大河へと―――

 

「ご安心ください。御二人は十六夜さんのご家族。いうなれば我らの恩人のご家族です。参加費用は黒ウサギのポケットマネーから都合させていただきますとも!」

「おお、黒ウサったら太っ腹!」

「悪い、稼いだら必ず返すから。まずは簡単そうなゲームで手ならししたいけど、何がいいかな?」

「それならさっきいい店があったぜ姉弟(ブラザー)!きっとアレがギフトゲームの舞台―――」

「ちょっと待っベフゥ!?」

 

 ―――着水しなかった。

 着水するかと思われたその時、大河から巨大な水柱が上がり、水中から出てきた何かにぶつかり、すぐ傍のレストランへとダイナミックに入店。そして逆に、水中から出てきた者は、すぐにもう一度水柱を上げながら大河へと落下した。その際に上がった水は何かに弾かれるように大河へと戻された。

 そして、大河から飛び出した者の代わりに焰たちの前に舞い降りた者は、

 

「料理をダメにするのは料理人として許さんぜよ」

 

 ぜよぜよ、と言いながら焰たちの前に空中三回転ひねりで華麗に着地したのは、()()()()()()であった。

 

「………何者?いや、何物?」

 

 その立ち姿?に焰が呆然としながらも、目の前の正体不明の、人物とすら言えるのか分からないナニカに尋ねる。

 

「………ナニモノ?かと聞かれたら!」

「答えてあげるが世の情け!」

「世界の破壊を防ぐため」

「世界の平和を守るため」

「愛と真実の悪を貫く」

「ラブリーチャーミーな(かたき)役」

「ショウ!」

「スズカ!」

「銀河を駆ける、ロケット団の二人には」

「ホワイトホール白い明日が待ってるぜ」

「「………(ちらっ)」」

 

 そこまで言い切り、ポーズ(片方は生肉)まで決めた二人はチラリ、と唯一本物のケモミミを持つ黒ウサギに視線をやる。

 

「え?えっ!?ふ、二人してこっちを見て、一体何なんでございますか!?」

「………少し惜しかったな」

「うん。ちょっと残念かな」

「じゃ、そこのネコミミヘッドフォンの君でいいや」

「そうだね。ほら姉弟(ブラザー)!」

「え?お、俺?」

 

 二人はポーズを決めたまま、早く早くとでもいうように焰を急かす。

 そして急にフラれた焰は、少しだけ頬を紅くして戸惑いつつも、

 

「にゃ、ニャーんてな………?」

「よし!これでいいな!」

「完璧とは言えないけど、一通りの流れは終わったね!」

 

 イエーイ!と鈴華と意気投合する生肉()。鈴華はハイタッチしようとしたのか、手を上げていたが、相手に腕が無いのを思い出して、その手は虚しく空を彷徨う。

 そこで、あまりの出来事に混乱していた黒ウサギが目の前の生肉に話しかける。

 

「………しょ、翔さん?こんなところで何をしていらっしゃるんですか?と、というか今までどこにいたんですか?黒ウサギたちが散々捜したというのに!」

「それに関しては長期休暇を貰ってかくかくしかじかまるまるうまうまな事情だ。これで分かるだろう?少なくとも耀はこれで分かるはずだけど?」

「………五音以内でし・っ・か・り・と!説明してくださいませっ!」

さとがえり(里帰り)

「………………………」

「というか耀には事前にしっかりと伝えてあったはずだが?聞いてないのか?」

 

 きっちり五音で説明された上に、耀には伝えてあったと聞いて黒ウサギはぐうの音も言えずに黙ってしまう。

 そんな黒ウサギを何処に存在しているかわからない目で見ながらも、その対面にいる焰たち三人を見やる。

 

「それで?この子らは何なんだ?………ハッ!?も、もしかして黒ウサギの隠し子!?」

「いったいどこをどう見てそう思ったのでございますかこのお馬鹿様ッ!!」

「しいて言うならネコミミヘッドフォン?ほら、ケモミミ繋がり的な?」

「お馬鹿様ッ!!!」

 

 スパァーン!ズバンッ!!とハリセンで叩く黒ウサギ。小気味いい音と痛そうな音が響く。

 

「というかさっさとお肉から戻ってくださいませっ!」

「えっ?………ああ、すっかり忘れてた」

 

 そういって、ピョン、とその場で飛ぶと、一瞬で生肉の状態から人間へと戻る翔。

 

「じゃあ、改めまして!このロリウサ……じゃなくて、黒ウサギと同じコミュニティに所属している板乗翔だ。ただのスケーターだから、周りよりは全然すごくないんでそこんとこよろしく!気軽に翔って呼んでくれ!」

「あ、はい。どうも。イザ兄の弟の西郷焰です」

「同じく彩里鈴華!」

「………二人の友人の久藤彩鳥です」

 

 ケラケラと笑いながら三人に自己紹介する翔。

 そんな彼を変な目で見る焰。

 彼と同じように笑う鈴華。

 少し警戒気味に見つめる彩鳥。

 そんな一同の横。大河の上に立ち、人どころか神ですら殺せそうな視線を向けてくる女性がいた。

 

「そろそろ私のことに触れてもらってもよいだろうか………!?」

「え、嫌に決まってんじゃん。絶対面倒なことになるのは分かりきってるし。それに、ただ格好つけたかっただけで、料理をダメにしようとした人に触れたくなんかないね!」

「や、やかましい!神格保持者の一人としてファーストインパクトを重視したまでのこと!上下関係は最初が肝心であろう!?それを貴様が邪魔したのだ!!」

「……………………………………………ああ。一応は神格保持者だっけ?十六夜にいつも負けてるイメージしかなかったから、すっかり忘れてたわ」

「よかろう!その喧嘩を買ってやるから表に出るがよいッ!!」

 

 大河の上でウガー!!!と翔に向かって叫ぶ白雪姫。そんな彼女を無視し続ける翔。

 しかしそんな彼女も、彼がそういう態度をとるのは予想していたのか、すぐに気持ちを切り替えると、焰をキッと睨むと、有りっ丈の敵意をむき出しにして指をさす。

 

「それよりもそこの貴様だ!気配が似ていると思ったが、どうやら主殿の弟のようだな!」

「主殿………?イザ兄のことか?それなら鈴華もそうだけど」

 

 うむ?と小首を傾げる白雪姫。

 

「………ぬぬ?そうは見えんが、まあ良い。貴様らまとめて主殿の故郷の住人らしいな。であれば私が受けた数々の屈辱、貴様らを使って晴らさせてもらおうかッ!」

「「「お断りします」」」

「よし、それでこそあの大戯けの知人よなッ!!!」

「白雪や。個人的に思うんだが八つ当たりは良くないぞ?」

「ほう?貴様は家族の不始末は家族がつけるべきだとは思わんか?」

「自分の不始末は自分でどうにかしたい主義(かっこ)出来るとは言ってない(かっことじ)だから。よって逆説的に、たとえ家族の不始末でも、仕返すなら本人に仕返しなさいや」

「それが出来ぬからこうしているのだろうがっ!!!」

n(エヌ)理ある」

 

 どこから出したのかわからないお茶を飲みながら、白雪姫の反論を否定できなかった翔。

 

「ま、後は当人たちで何とか話し合ってください。俺はここに居たら面倒事に巻き込まれる匂いしかしないんで、実家(本拠)に帰らせてもらいます」

 

 バイバーイ、と手を振りながらその場を離れようとした翔の肩を黒ウサギと焰がガシッと摑む。

 

「逃がしませんよ、翔さん?黒ウサギにだけ面倒と責任を背負わせようとしないでくださいませ」

「俺も流石に、この人とまともに話し合える気がしないので、立ち会ってください」

「暇をください。休暇をください。有休を使わせてください黒ウサギ様。というか本来なら俺、まだ休暇中だからね?自由だからね?それと焰君や。立ち合いなら黒ウサギが居れば十分だからその手を離したまえよ」

「「お断りします」」

「だよね。知ってた」

 

 二人に捕まり、逃げることを諦めてその場にとどまることにした翔。

 

 

 

 その結果。

 

 

 

「なーんで俺まで、ゲームに参加させられにゃならんのだ?しかもお前らとは別枠で」

「ヒヒン………」

「なんか、すいません………」

「ごめんなさい………」

「申し訳ありません………」

 

 翌日の昼頃。何故か白雪姫の主催するゲームに強制的に参加させられることになった翔。それを見て申し訳なさそうにする焰、鈴華、彩鳥の三人。

 今は愛馬のハルトに跨り、レースのスタート地点に待機していた。

 

「しかも報酬の正体ははっきりしないし………変なもんだったらどうすっかなー………?」

「それもすいません………」

 

 〝契約書類〟に記されている参加者側の勝利報酬の部分には、ギフトカードの贈与と衣食住の保障と書かれている。しかし、既にどちらも翔が所持しているものだ。だが、既に所持している者は別に報酬を与える、とも追記されているが、明確な記述はされていない。

 それを聞いて巻き込んだ焰が謝罪してくるが、翔は別に気にしてないと彼に告げる。

 

「まあ、これぐらいの理不尽は慣れてるからいいさ。こうなったからにはお互い頑張ろうな」

「うっす」

 

 それから少しして、精霊列車が出発する汽笛が鳴ると、白雪姫が水面からのそりと巨大な鎌首を上げて彼らを見下ろした。

 

『ふむ、準備はできているようだな。―――では再度確認するぞ。まず〝精霊列車〟が出発したらゲームスタートだ。この巨大な水樹〝アンダーウッド〟を左回りに一周し、この位置まで先に戻ってきた方が勝者となる。水上都市の裏側はまだ未開発の土地だが、細かい水路は通っている。好きな道を選んでゴールを目指すがよい』

「はーい」

「わかりました」

「へーい………」

「ところで質問だけど。このレース、体当たりとかして相手を直接妨害するのは無しだよな?」

『安心せい、そんな無粋な方法は取らん。そのような勝ち方をしたところで観客に非難されるだけであろう?ゲームのルールを守って戦うから神聖なのだ。―――但し、自身の恩恵を行使するのは合法だがな』

「オッケー。それを聞いて安心した」

 

 各々位置に就く。本来ならば多くの船が行き来しているはずだが、今はギフトゲームの為に極めて少ない。

 

「ハルト。程々に頑張ろうな。俺らは今回はおまけみたいなもんだし」

「ヒヒンッ!」

 

 貨物を下ろした〝精霊列車〟が大樹の中から出てきて汽笛を鳴らすと同時に、黒ウサギはゲーム用の銅鑼の前に立ち、片手をあげて開催の宣言をした。

 

「それでは〝ヒッポカンプの水上騎手〟―――スタートなのです!」

 

 ドオオォン!!!と、大きな音を立てる銅鑼。同時に響く開催の汽笛。

 

「ハルトー。とりあえずポセイドンー」

「ヒン!」

『………は?』

 

 スタートの合図が生った瞬間、誰よりも早くに翔とハルトが反応した。そして、その光景を見た全員の時間が止まった。

 何故なら、翔の騎馬であるハルトが翔を肩車して()()()()()()()()()()()()()()()、水上を滑り始めたのだ。………いや、足下をよく見れば、水でできたスケートボードのようなものがある。

 

「えっ!?なにあれ!?本当にヒッポカンプなの!?」

「さ、さあ?そこら辺は俺は詳しくねえし………変異種とかなんじゃね?」

「………まあ、あの人の愛馬ですし」

『まあ、翔さんとその愛馬だし………』

 

 焰と鈴華が驚く中、彩鳥は二人に聞こえないように小さく呟き、気持ちを引き締めて改めてスタートする。観客も何か達観したような表情で、同じセリフを口にする。

 そんな中、翔はハルトに肩車された状態で叫ぶ。

 

「これぞスケーター!二本足でボードに立って滑って、稀によくゲッダン、そしてゴミ箱先輩に食われる!これがスケーターの正しい姿!!」

『いや、それは絶対に違う』

「なん……だと………?………ハルトよ。やっぱりスケーターとは、スケーター同士にしか理解されない生き物のようだよ………」

「ヒン………」

 

 観客全員に否定され、寂しそうな表情で水上を走り続ける一人と一頭。そんな表情を作るも、すぐに元に戻してゲームに集中する。

 

「とりあえず工業区の方に抜けようかー。手前の商店街は水路も広いし」

「ヒーン」

 

 翔の指示に従って、ハルトが進んでいく。ハルトに任せていれば、白雪姫の妨害も問題ないだろうと判断した翔は後ろを確認する。

 

(………ふむ。大通りに抜けないでこっちに来るのか。まあ、参加者が分散しない方が盛り上がるからいっか。それに、他の二人の実力を見極めるのにもちょうどいいかな)

 

 後ろについてきている焰、鈴華、彩鳥の三人をじっくりと観察し始める翔。すると、白雪姫の妨害が激しくなり始める。それを確認した翔はハルトに指示を出す。

 

「ハルト。しっかり躱してくれよ」

「ヒヒン」

 

 任せろ、とでもいうように嘶くハルト。現に目の前に現れた水柱を、軟体生物のごとき動きでかわして見せたハルト。それを見て安心した翔は再び三人に目を向ける。

 

(十六夜の弟って聞いてたからちょっと警戒していたけど、随分と大人しいもんだな。でも、箱庭に来たからには、絶対面倒事を抱えてるよなぁ………)

 

 溜め息しか出ないことを考え、憂鬱な気分になりながらも白雪姫の妨害を掻い潜っていく一人と一頭。

 昨日のうちに彼らの事情を聴いていれば、この様な思考をすることも無かっただろうが、昨日は帰ってきた挨拶回りと、とある人物から説教で一日が潰れてしまい、その時間は取ることが出来なかったのだ。

 それゆえに、暇な現在、この様なことを考えて暇をつぶそうとしているのだ。それにどうせ、翔が彼らの事情を聴いても、現状では何かを手伝うことはできなかっただろう。碌に知識もないし、得ようともしない行き当たりばったりな翔では。

 

(十六夜達は面倒事に首突っ込んでいくタイプだったけど、彼らはどうなのかなぁ……?自分から何かに突っ込んでいく性格じゃなさそうだし、面倒事を持ってくるタイプかね?………だったら、なおさら嫌だなぁ………)

 

 さらに溜息が出そうな結論に至ってしまい、顔を顰める翔。

 

「ま、今は憶測の域を出ないし」

 

 ハルトの頭に頬杖をついて後ろにいる三人を見つめる。そんな中、三人のうちの一人、鈴華が動き出した。

 両手をそれぞれ別方向に向ける。右手を商店街の方に、左手を白雪姫に。すると、白雪姫の頭にショッキングピンク色のペンキが降りかかった。

 それを見た翔は目を丸くする。

 

(距離操作?………いや、転移か?もしそうなら厄介な恩恵を相手に回してるもんだな、白雪の奴)

 

 鈴華の恩恵を見て、咄嗟に知り合いの少女が持つ恩恵を思い浮かべたが、すぐに別の可能性も模索する翔。白雪姫も彼女の恩恵の厄介さを思ってか、地下水脈へと潜り始める。

 そして、翔は無意識に頬が吊り上がるのを自覚する。

 

「面白そうな子達だなぁ。将来有望そうだ。それにしても、騎手のあの子はやっぱ彼女なのかね?そこんとこお前はどう思うよ、ハルト?」

「ヒヒヒーン?」

 

 そうじゃね?という風に軽い返事を返してくるハルト。それを聞いて、だよねぇ、と言って顎をハルトの頭に乗っける翔。

 そんな会話をする中でも、白雪姫の妨害を難なく躱す翔とハルト。

 水柱を軟体生物のような気持ち悪い動きで。

 大渦はオーリーによる大ジャンプで。

 普通に躱していく。

 それを後ろから見ていた三人は、素直に感心した声を上げる。

 

「すごいな……妨害を難なく躱してるぞ」

「うん。翔さんは特に指示も出してない様だし、あのヒッポカンプの独断で避ける方法を決めてるのかな?」

「ええ、そうでしょうね。見た感じ相当信頼し合っているようですし。ですが―――」

「「「動きが気持ち悪い………」」」

 

 三人の言葉にうんうんと同意するように観客たちも頷いている。

 そんな彼らの言葉は翔達には届かず、一人と一頭はぬるぬると水面を滑っていく。

 そして、ゲームは中盤戦へと突入していく。上空の暗雲が色濃くなる中―――。




 今後の投稿ペースが如何ほどのものになるか、まったくわからないので、次話はのんびり待っていてください………。
 それと、翔と鈴華と焰はロケット団ではありません。

2017/10/02 多少加筆。話にあまり関係ない部分なので、気にしなくて大丈夫です。
2018/02/21 加筆修正
それと翔君は一度元の世界に帰って四年前の世界大会に参加しています!それ以降は時間がズレたり、上手く世界に戻れなかったりで参加できませんでした!そういうことにしておいてください!お願いします!


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第二十八話 果たしてゴミ箱先輩に完全勝利できる日は訪れるのだろうか?

 ………これまたお久しぶりです。約一ヵ月半ぶりの投稿ですかね?
 いや、ある資格試験の筆記試験を受けに行ってましたね、はい。その勉強のために夏休みの後半を全部使い潰しました。
 そのうえ久しぶりの執筆のせいで主人公のキャラどころか原作キャラの性格さえも曖昧になっている始末で、ちょっと読み直しながら書いていたので遅れました。申し訳ありません。


 ………誰か、私に時間をください。精神と時の部屋でも可。


「うん、知ってた。どうせ面倒事に首を突っ込まざるを得ない状況になることぐらいはさあッ!?」

 

 翔の文句が〝アンダーウッド〟に谺響(こだま)する。

 それは、焰たちが工業区画に入って少し経った時に起きた。

 突如、稲妻を帯びた大戦斧が三人が乗っていた水上馬車を木っ端微塵に打ち砕いたのだ。

 それを見た翔はすぐにレースを中断し、急いで大河から陸地に上がった。

 眼前にいる牡牛が次の一手を打ち被害が出る前に、近場にいる者たちをどうにかしなければいけなかった。

 

「ハルト!〝パーク〟を共有する!お前は反対側に行って目についた非戦闘員から一人残さずパーク内に避難させろッ!相手があれじゃ防波堤も多分無意味だ!工作員も避難対象とする!水際にいる者と大樹から離れている者を優先しろ!」

「ヒンッ!!」

 

 翔の指示を聞いたハルトが硬水ロードを作り、空を駆けていく。その様子を見届ける暇も無くすぐに目についた非戦闘員を次々にパーク内に送り込む。

 それでも、送り込む範囲は彼の視界内、つまり目についた者しか送り込めない。それに速度も彼の視線の移動速度で決まる。そのため、物陰にいる者は範囲外となる。

 

(………ッ!目が追い付かないなぁー、くそ!視界ジャックを乱用して、目についた奴からとことんぶち込むしかないかッ!?)

 

 空中で回転しながら、避難が遅れている者を見つけてはパークへと送る。

 

「あーもう!全員スケーターなら、見捨ててもリスポーンしてくれるのにッ!!何でお前らスケーターじゃねえんだよ!?いっそ今すぐスケーターになれや!!そしてゲッダンしろッ!!大丈夫!!柔軟剤を使った服を着てればゲッダンしても死なないからッ!!たぶんおそらくきっとッ!!」

『無茶言うなッ!?』

「為せば成るんだよッ!!そんな半端な気持ちだからスケーターになれねえんだ!!お前らみんなYDKだ、YDK!!!諦めんなよおおおぉぉぉ!!!やればできるんだよおおおぉぉぉ!!!」

『うっせえ黙れ!!それよりも早く避難させてくれ!!』

「自分だけ避難しようとする玉無し野郎に貸す手なんかあるかッ!!つかそんだけ叫ぶ元気が有り余ってんなら、ちっとは女子供を助けろよッ!!ばーか!!あーほ!!ぐーず!!まぬけー!!いくじなしー!!」

『(ブチッ)上等だテメエ!!そこで首洗って待ってろやあああぁぁぁ!!!!』

 

 宙を舞い、かなりの距離が離れているはずの翔にも、男たちの何かが切れる音が聞こえた。

 外にいた男性たちは翔の煽り文句に怒り、付近にいた女性や子供を担いで大樹の中に向かって爆走し始める。

 それを見た翔は満足げに口を歪める。

 

「―――なんだ。自主避難ぐらいやれんじゃん。………でも、それでも出来てないのは多そうだし、後が物凄く怖いけど―――」

 

 ―――ゴミ箱先輩に協力してもらおうか。

 その言葉が聞こえたのかどうかは定かではないが、避難途中の者たちの背筋に寒気が走った。

 

「ゴミ箱先輩!ひたすらに食って、消化せずに後で吐き出して!」

『ちょっと待って!?その避難方法はどうなんだよ!?』

「安心・安全・恐怖の三拍子が揃ってる完璧な避難方法だろうが!ほらほら!喰われたくなきゃ、精々必死に大樹の中に向かって走るこったなァ!!」

『ちっくしょおおぉぉぉ!!?お前は鬼か!?』

「いいえ、スケーターです」

『俺らはお前を断じてスケーターとは認めないからな!!?』

 

 男性のみならず女性や子供までもが、先ほど以上の速度で大樹の中へと駆けていく。後ろから迫りつつあるゴミ箱包囲網から逃れる為に。

 

 そんな彼らを見て、翔は―――

 

 

「ほらほら走れ走れー。後ろからゴミ箱先輩が迫ってるぞー。かのメロスのようにもっと走れー。もしくはスケーターのようになー」

『テメエはいつか絶対殺すッッッ!!!!!!』

 

 

 ―――両手に小さな旗を持って一生懸命エールを送る。そんな彼を見て、怨嗟の言葉を返す避難者一同。

 

 しかし、彼も決して遊んでいるわけではない。この間にも視界ジャックを利用して、目の届かない場所にいる者たちを避難させているのだ。

 だが、そんな彼の行動にも意味はあったようだ。なぜなら、避難者が必死になって翔を殺すためだけに生き残ろうとしているのだから。

 と、その時。遥か上空で雷鳴を轟かせる雷雲は目に見えるほど巨大な渦を巻き、大樹の枝葉が散るほどの雨風を吹かせ始めた。

 そんな荒れ狂う空を見上げながら一言、翔が呟く。

 

「………うん。嫌な予感しかしない」

 

 遥か天空で、怪牛の咆哮が響き渡った。

 〝アンダーウッド〟全域に響き渡るその咆哮は聞く者全てを震え上がらせた。雷雲は稲妻の角を生やし、巨大な闘牛のように成り変わっていく。

 巨大な闘牛が身動ぎをすると、水上都市を二十四もの落雷が襲った。

 当然そのうちの幾つかが、翔のいる方にも降り注ぐ。

 

「―――あっ、これは間に合わんわ」

 

 翔がポツリと声を漏らした。翔は動けずに、ただじっと、落雷の行く先を見ているしかなかった。今にも、眼前にいる者たちに直撃しようとしている。そして、無慈悲にも、落雷が〝アンダーウッド〟の民に―――

 

『「………は?」』

 

 ―――降り注がなかった。いや、正しくは降り注いだが、何()かによって無力化されたのだ。

 それは今にも死ぬかと思われた者たち、そして、翔までもが驚愕により唖然とするほかなかった。

 そう。その何()とは―――

 

『………ご、ゴミ箱?』

 

 我らがゴミ箱先輩である!

 突然ゴミ箱先輩が落雷の落下地点に飛び出したと思えば、降ってきた落雷を食べてしまったのだ。

 それを理解した翔は、顔を青くしながら譫言(うわごと)のように呟く。

 

「おいおいおい、やべえよやべえよ………俺、マジでゴミ箱先輩に一切勝てなくなる日が来ちゃうの………?マジで恐怖でしかないんだけど………?」

 

 ついに有形物だけでなく、無形物をも食せるようになったゴミ箱先輩に戦慄せざるを得なかった翔。

 あわわわ、と青い顔をしながら慌てふためく翔。しかし、それでもパーク内への避難は止めない辺り、流石と言うべきであろう。たとえ眼前に、自身の恐怖の象徴が迫っていたとしても。

 

「ぎゃあああぁぁぁッ!?ちょッ!?ゴミ箱先輩、今ふざけてる場合じゃないから!?マジで勘弁してくれええぇぇぇ!!!?」

『……………………』

 

 もっしゃもっしゃ、と食べられている翔を放っておいて、彼によって焚きつけられた男たちは、本来の恩恵保持者である翔よりもゴミ箱先輩を使いこなして護衛とすると、他の場所にいる逃げ遅れた者たちを助けに向かった。

 

 氾濫した大河?ゴミ箱先輩に水を全部飲んでもらえば障害ではない。

 空から降り注ぐ稲妻?同様だ。ゴミ箱先輩に食べてもらえばいい。

 倒壊した家屋?ゴミ箱先輩はダ○ソンに勝る吸引力を得てしまったので問題ない。

 

 そうして、男たちとゴミ箱先輩の活躍により、怪我人こそ多数いたものの死者は翔一人で収まったのだった。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

「フッ………愚かな。新たな加速法であるボード掛け加速を身につけた俺に追いつけるとでも思ったのか?」

 

 自身が焚きつけた男たちに追い回されたが、なんとかギリギリのところで逃げ切り大樹の中を悠々とドヤ顔で滑る翔。

 

「さーって、と。ぶっちゃけ、この時点で俺に出来ることなんて―――」

「総料理長ー!!暇なら炊き出し手伝ってくださーいッ!!」

「―――賄い、だよなぁー」

 

 そう考えて、呼ばれた方向に足を向ける。

 

「そのネタはもうやめろ。いい加減に飽きたわ」

「えー?いーじゃないっすかーそれぐらい。つか、ネタってなんすか、ネタって。俺達が総料理長のことを総料理長って呼ぶのは尊敬と畏敬による本心からで―――」

「それ以上言ったら地面に埋めんぞ?」

「うっす。黙ります」

 

 その後は会話も無く、ただただ静かに避難所付近にある仮設調理場へと向かった。

 

「………食材自体はそこそこあるな」

「ええまぁ。ただ人手がどうしても足りなかったもんで………」

「なんでだ?ここにゃかなりの数の料理人が居たはずだろう?」

「腕のいい人に限って、怪我しちまったんですよ………」

「んな馬鹿な……………死者は?」

「料理人にはいません。それ以外でも翔さんとハルトさんのおかげで()()()いません」

「現状危ない奴はいるってことか………後で見舞いにでも行くか」

「うす。お供します」

「それよりも先にさっさと炊き出し終わらせよーかぁー?お前、食材運びな」

「うす………」

 

 そして、

 

「お代わりはー?」

『自由ー』

「うまい飯を食ってー?」

『一息つこうー』

「明日のことはー?」

『寝て起きた後に考えるー』

「スケーターにー?」

『ならなーい』

「チッ………それじゃー、いただきまーす」

『いただきまーす!』

「………………………今の斉唱は、いったい何だったんでございましょうか………?」

 

 よくわからないことを斉唱して食事を摂り始める避難民たち。避難民たちの様子を見に来たついでに、食事もとりに来たのだろう。

 そんな彼女の存在に気づいた翔は、近寄って声をかける。

 

「黒ウサギも食いに来たのか?」

「は、はい。そ、そうでございますが………」

「そっか。焰たちはもう食ったのか?」

「いえ……焰さんたちの分も黒ウサギが取りに来たのでございますよ」

「ああ、それなら丁度よかった。姿が見えなかったからどうしようかと思っていたところだ」

「そうでしたか」

「料理自体はパークにしまってあるから、案内は、してくれるんだよな?」

「YES♪こっちでございますよ!」

 

 黒ウサギはそう言って先導する。翔はそれに素直に追従する。

 

「それで、あいつらは今何をしてるんだ?」

「今は部屋で過去のギフトゲームの資料を読み漁っているでございますよ」

「………普通だな。本当に十六夜の弟なのか?」

「十六夜さんを反面教師にしたのでは?」

「………かもねー」

 

 そう言ってケラケラと笑う翔。それにつられて黒ウサギもクスクスと笑う。

 

「………ところで、先ほどの斉唱は一体何でございますか?」

「なんとなーく適当に良さそうなことを言いながら、『スケーターになりたい』的な言質を取れないかと試してみた」

「………そ、そうでございますか……………」

 

 そんなたわいない会話を続けながら歩いていく二人。そして、黒ウサギがある部屋の前で止まる。

 

「此処でございますよ!」

「ういうい。じゃあ、失礼しますよー」

 

 軽い調子で部屋の中に声を掛けると、そのまま中からの返事も待たずに扉を開け中へと入る翔。そして、部屋の中にあるものに驚いた。

 

「………わぉ。随分と勉強熱心なことで」

 

 翔は部屋の中で積んであるゲームの資料を見やる。その声でようやく翔の方に目を向けた焰と鈴華。部屋の外からの呼びかけには気づかないほど、二人は集中していたようだ。残りの一人である彩鳥は、部屋に備え付けられていた椅子に行儀良く座っていた。

 

「………ん?ああ、黒ウサギと翔さんか。どうしたんだ?」

「一応、飯を持って来たんだが………いらなかったか?」

「「いる」」

「わざわざすみません………」

「いいさ、別に。俺も君ら三人がどうしてるか気になったし」

 

 そういってパークから鍋を取り出して四人分の料理を盛り付けて、それぞれに手渡す。そして自分の分は盛らずに鍋に蓋をする。

 それを不思議に思った焰が翔に尋ねる。

 

「………?自分の分はいいのか?」

「…………………………おお。いつも食ってないから、すっかり頭からすっぽ抜けていたな。………まあ、気にしなさんな!基本あたりめしか食べてないような人間だから!」

 

 ケラケラと普段通りに笑う翔。それを頬を引くつかせながら見つめる焰と鈴華。

 

「………よく栄養失調とかで倒れないもんだな」

「そこはほら、リスポーンすれば万事解決するから大丈夫大丈夫」

「………しっかり食べないと同士達に叱られてしまいますよ?」

「バレなきゃ平気平気。それにこういう食料の消費を少しでも抑えたい状況なら、多分みんなも許してくれるさ」

 

 なおもケラケラと笑いながら話す翔。そんな彼を見ながら溜め息を吐く黒ウサギ。

 そんな二人のやりとりを見た焰は疑問の声をかける。

 

「そう言えば、翔さんは―――」

「普通に翔でいいぞ?俺なんて『さん』付けされるほど偉くもないし」

「………じゃあ、翔は黒ウサギと同じコミュニティって言ってたけど、どういう立場の人間なんだ?今も偉くはないって言ってるけど………」

「立場?立場………立場かぁ………………………………黒ウサギさん説明よろしく」

「………絶対、なんて言えばいいかわからなくて黒ウサギに丸投げしたでございますよね?」

「はて、何のことやら?」

 

 口ではとぼけたことを言っているが、その口元が笑っていることから、黒ウサギが言ったことは当たっているのだろう。彼女もそれに気づいたのか、本日何度目かの溜め息を吐きながらも説明する。

 

「翔さんは黒ウサギ達のコミュニティの頭首補佐でございますよ」

「は?」

「そして頭首の専属料理人でもあります」

「HA?」

「………………なぜそのことに、当の本人であられるはずの翔さんが一番驚いているのでございますか?」

「いや、だってそんなこと初めて聞いたから。え?俺ってそんな立ち位置だったの?初耳すぎて何も言えないぐらいに驚愕なんだが」

 

 先ほどからの驚きの声は焰たちではなく翔であった。この中で誰よりも黒ウサギの説明で驚いていたのは彼であった。

 しかし、翔ほどではないにしろ焰たちもかなり驚いていた。会った当初から「すごくない」「偉くない」と言っていた人物がコミュニティのナンバー2だったのだから。

 

「………十分すごいじゃないっすか」

「………らしいねぇ。俺としてはそんなつもりはなかったんだけどねぇ………」

「………自覚なしで今まで仕事してたの?」

「………………そういうことになるねぇ。いやはや驚いた。まさか自分がそんな立ち位置の人間だとは思わなかったぜい」

「………ある意味大物ですね」

「そんな褒めないでくれよ」

「「「褒めてない」」」

 

 照れくさそうに頭を掻く翔に対して焰、鈴華、彩鳥の三人が口を揃えて否定する。

 

「まあ、凄くないのは事実だから。戦闘やゲームに関してはマジで弱いからさ。そんな立場にいても誇れるようなことは何一つないんよ。……………多分きっとメイビー」

「ですが、それ以外のことでその立場にいるのでございますから、問題はないのですヨ!」

 

 黒ウサギがウサ耳をピン!と立てながら、翔のことをフォローする。『それ以外』の部分で鈴華が反応する。

 

「それ以外って例えばどんなこと?」

「翔さんは書類整理に関してはコミュニティで一番速いのです!戦闘では敵の足止めや囮、待ち伏せといったサポートのプロフェッショナルでございますよ!それと皆さんが頂いている料理も翔さんが作ったものです!」

「翔がこれを?」

 

 そう言って、手元の料理に視線を落とす焰。そんな彼の様子を見た翔は口を尖らせながら問う。

 

「そんなに意外でしたかー。こんな変人が料理できることがー」

「い、いや………別にそんなことは―――」

「顔に出てるぞ」

「うぐっ………」

 

 翔はただ適当に言っただけだが、図星だったのか気まずそうに顔を逸らす焰。それに対して翔は苦笑で返す。

 

「別に出来そうに見えないのは自覚してるさ。料理だって必要だったから練習したら、いつの間にか上手くなってただけだからね」

「これでも翔さんは黒ウサギ達の外門にご自身のお店を構えるほどの腕前なのでございますよ!翔さんの料理を食べたくてわざわざ足を運ぶ方もいらっしゃるほどです。そのおかげで無駄に顔が広いのでございます」

「む、無駄って………」

「事実翔さん自身、世情に疎いのでコミュニティの重鎮の顔を把握していないので、知らず知らずのうちに仲良くなっていることがあるのですよ」

「いや、ぶっちゃけ興味ないし………客は客だし………それにお忍びで来てる人も相当数いるし………見た目はともかくみんな極普通の方だし………」

「お店にシーサーペントのお肉を持ち込む方が普通なわけないのでございますよッ!!」

 

 スパン、と翔の頭をハリセンで軽く叩く黒ウサギ。その話を聞いた三人が驚く。

 

「シーサーペント………?美味いのか………?」

「味とかは蛇に近いぞ」

「………いや、蛇を食ったことが無いんだが………」

「え?……………まったく、これだから都会っ子は」

「いや、確かに都会育ちだけどよ!?つかアンタは違うのかよ!?」

「現役バリバリの都会っ子ですが何か?ただ料理の一環として蛇の肉を研究しただけでーす」

 

 さらっと焰のセリフに普通に返す翔。その対応にガクリと肩を落とす焰。真面目に対応していては疲れるだけだと分かったのだろう。

 

「まあ、鶏をより淡白にしたものだと思ってくれ。それで食感に関してなんだが、水面付近や深海を行き来するせいなのか身が引き締まっていてな。コリコリと肉にしては食感を楽しめる独特な肉だったな。長時間煮込んでもその食感がしっかり残ってるんだよ。そのうえで味がしっかり染み込んで噛めば噛むほど肉汁が溢れてくる。皮の方はぬめりが酷くて下処理に苦労したが、それを終えていざ調理してみると存外美味くてな。揚げ物にすると食べやすくて良かったな」

「YES!確かにあれは美味しかったでございますね!また食べたいものデス!」

 

 それを聞いた三人は食事中だというのにゴクリ、と喉を鳴らした。

 

「とはいえ、滅多に獲れるもんでもないんだがな」

「いいなぁ!食べてみたい!」

「それなら今度俺の店に来るといいさ。今は子供たちに任せて旅行に行ってたが、この一件が終わったら一先ず再開するし。十六夜の家族みたいだし、一回だけ無料(タダ)で食わせてやるよ。外じゃ食えない食材も山ほどあるからな」

「余裕があれば寄らせてもらうよ!」

 

 鈴華が元気よく返事をする。そして翔は会話の中で思い出したことがあり、黒ウサギに尋ねる。

 

「そう言えば子供たちは上手く経営できてるか?」

 

 翔は休暇に入る前に、自身の店を自分が料理を教えている子供たちに修行と称して任せてみたのだ。今の会話でこの二か月間どうなっているのか気になったのだろう。

 それを聞いた黒ウサギは少し気まずそうにしながらも答える。

 

「い、いえ………。それが持ち込まれる食材があまりにも奇抜なものが多くて、早々にカフェテリアとしての経営へと移行したのでございますよ………」

「あ、やっぱり?だから無理だと思うから、最初っからカフェにしといた方がいいって言ったのに」

 

 失敗したかなぁ、と呟いて後頭部を掻く翔。それを見て黒ウサギは付け加える。

 

「で、でも!売り上げは安定しているのでございますよ!?固定客も多いうえに、毎日満席で黒字でございますよ!」

「それぐらいはしてもらわないとねぇ。そのためにスイーツの作り方とお茶の淹れ方だけは、最初の方に徹底的にたたき込んだんだから。とはいえ二か月間とはいえ黒字か。金のやりくりが上手く出来ている証拠だな」

 

 それならとりあえず安心した、と胸を撫で下ろす翔。しかし、黒ウサギは心なしか少しシュンとし、落ち込んでいるようにも見える。

 この二か月の間、赤字にならずに経営出来ているということは上手に金のやりくりをしていることになる。翔ももちろん、仕入れ先の紹介だけはしたが、それ以降の取引に関しては店を任せた子供たちにやらせている。上手く交渉すれば安く売ってもらえる。しかし、相場も何も知らないのではただぼったくられるだけだ。取引先には子供だからといって容赦はしなくていいと事前に伝えてあったため、手は抜いていないのだろう。つまり、それだけ子供たちが交渉をやり遂げ、利率もバランスよく考えられているのだろう。

 隣のテナントは事前に借りてあったし、これなら子供たち用のカフェテラスを別に開いても良いかもな、などと考える翔。

 そこまで考えて翔はハッとし、何かを思い出したような顔をする。

 

「まあ、この料理は好きなだけ食ってくれ。飲み物が欲しければ避難所になっている広場に行ってみてよ。それじゃ、俺はこれで失礼させてもらう。ポロロに呼ばれてたのを忘れてたや」

「あ、ああ。じゃあな」

「バイバーイ!」

「食事、ありがとうございました」

 

 三人の言葉を背中に受けながら翔は焰たちの部屋を後にした。

 そして焰は、翔が遠ざかっていくのを感じ取ると黒ウサギに尋ねる。

 

「なあ、本当に翔は戦闘は弱いのか?」

「………えーっと………ちょっと、ちょーっとだけ無茶をすれば、かなりの実力者でございますよ?それこそミノタウロスも一撃で葬れるほどには」

「………なんであの人はやらないんだ?」

「………翔さんが無茶をすれば、心配する方が少なからずいるからでございますよ♪」

 

 一応黒ウサギや十六夜さんもその一人でございます♪と、彼女は楽し気に話した。

 

「とはいえ、恩恵の暴走さえさせなければ心配するようなことはないので、滅多なことでは不安になるようなことはないのですヨ」

「………恩恵の暴走?」

「YES。翔さん自身の恩恵は強力すぎて未だに十全に使いこなせていません。そのため出力を上げる為に、わざと恩恵を暴走させるのでございます」

「それは、どうやって?まさか、危ない薬とか………?」

「あー………確かに薬ではありますね」

「………それって大丈夫なのか?」

「薬とはいってもただのアドレナリンですから大丈夫、と言うのも変でございますよね。まあ、勝たなければいけない場合以外では、滅多に使用することはありません」

 

 使ったら使ったで同士の皆さんに叱られちゃいますからね、と黒ウサギは苦笑交じりに言う。そんな彼女の言葉に焰、鈴華、彩鳥の三人は苦笑を返した。

 




・ゴミ箱先輩
 有形無形関係なく有象無象を飲み込むという新たな進化を遂げ、最強へと更に一歩近付いた先輩。
 一体彼の進化はいつ止まるのだろうか?
 そんな彼の潜在能力は未だ計り知れない………。

・新たな加速法
 ボード掛け加速のこと。

・『スケーターにー?』
 『なりたーい!』
 翔の翔による翔の為のスケーター量産計画の第一歩。なお賛同者は現状ハルトしかいない。

・翔が料理を教えた子供たち
 店の手伝いをしながら翔の料理技術を叩き込まれた勉強熱心な子供たち。なおスイーツの作り方を最初に叩き込んだのは子供たちの希望。
 その理由は自分で作って自分で食べたいだけなのは彼らだけの秘密。お茶の淹れ方はそのおまけ。


 というわけで一ヵ月半ぶりの投稿でした。
 ………さて、次の投稿はいつになるのかな………。
 誤字脱字があったらよろしくお願いします。


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第二十九話 物理はヌケてこそ価値がある

 はい…………お久しぶりです…………本当にお久しぶりです………………。つい先日なんとか中間テストをやり切って、執筆作業に漕ぎつけた作者の猫屋敷の召使いです……………。
 いや、本当にすみません………。もっと早く投稿できれば良かったんですが、如何せん難しい科目が多く、勉学を優先しないとマズいと心底感じたもので…………。
 とりあえず前書きはこれで終わりにして本編どうぞ。また後書きでお会いしましょう。


 翔は今、大樹の地下工房にある精霊列車の車庫にいた。その場には、他にポロロの姿が彼のすぐ横にあった。二人の眼前には、すぐにでも稼働できるように完璧に整備された精霊列車が在る。

 目の前のそれを見ながら翔は、胡坐をかき、頬杖を突きながらも自身の隣にいるポロロに聞く。

 

「―――で?結局俺も行かなきゃいけないのか?なんで?」

「首突っ込んじまったんだから、最後まで付き合ってやったらどうだよ。なあ、翔さん?」

「整備を手伝ってやったから別に良くない………?それに俺はさぁ、乗り物とか移動に関してはスケボー以外は不安しかねえんだよぉ………」

 

 転移門然り、〝アンダーウッド〟のエレベーター然り。過去現在、翔はこういった移動の際は嫌な目に遭ったことしかないため、眉を顰めて嫌そうな表情を浮かべる。

 

「翔さんはスケボーやベニヤ板とか以外の乗り物が苦手だからな」

「苦手なんじゃない。相性が悪いんだ」

「元の世界じゃどうしてたんだよ?」

「お前の言う通りスケボーやベニヤ板とかに乗ってたに決まってんだろ」

 

 常識だろ?とでもいうように平然と言う翔。そんな彼に呆れて、溜め息を吐くポロロ。

 しかし、翔の方も途中で彼らを放り出すのもどうかと思っているのか、目を伏せてうんうん唸っている。やがて考え終わったのか、目を開き―――

 

「辛口あたりめ買い忘れたッ!」

「なんの話だこの野郎」

 

 ―――全く関係ないことを口走った。

 流石のポロロも額に青筋を浮かべる。

 

「今そんな話してなかっただろうがッ!」

「何を言う!?俺にとっては死活問題だッ!!」

「知ったことかッ!!それより焰たちに協力すんのかどうか返事聞かせろや!!」

「……………………あー、そんな話してたな」

「その話しかしてねえんだよこの変態野郎!!」

 

 ガーッ!!と声を荒立てながら翔を怒鳴るポロロ。

 それに対し、あーはいはい、と耳を塞ぎながら再び考え始める翔。少しして翔が返事をする。

 

「よし、わかった。途中で投げ出すのも嫌だし、関わった以上は最後まで付き合おう。役に立たないかもしれんが」

「アンタがいるだけでなんだかんだ生存率上がるし、十分だ」

 

 それじゃあ、焰たちを呼んでくるか、と言い残してその場を離れるポロロ。

 翔はそんな彼の後ろ姿を見えなくなるまで眺めると、溜め息を吐き、

 

「……………………あー、メンドクサ。スケボーしたい」

 

 ぼそっと、自身の心情と欲望を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――超巨大精霊列車〝サン=サウザンド〟号・第一車掌室。

 豪快な試運転はその派手な見掛けに違わぬ衝撃を車内に与えていた。それこそ翔が軟体動物のようにグネグネと忙しなく変形しているほどだ。

 何せ家屋を飲み込むほどに巨大な水飛沫を上げての出発だ。忙しなく走り回る獣人の車掌たちは衝撃と相次ぐトラブルで右往左往している。翔も衝撃と振動で無重力空間にいるかのように、体をぐにゃぐにゃさせたまま車内を飛び回る。それを見て車掌たちが、

 

「翔さん!邪魔ですッ!!」

「めんご」

「飛んでないで地に足をつけるなり埋めるなりしていてくださいよ!!?」

「俺だって好きで飛んでるわけじゃないんだから許してよ」

「あーもう!ソイツ縛り上げるから誰か手伝えッ!!」

「うわなにをするやめ―――」

 

 煩わしさの限界に達した何人かの車掌たちが、どこから出したのか分からない(むしろ)と縄で簀巻(すま)きにされて、すぐ傍の手摺に結び付けられる翔。

 そんな中、一際騒がしい車掌の一人である、長靴を履いた三毛猫がいた。

 彼は精霊駆動機関の炉心に中にいる小さな群体精霊たちに関西弁の檄を飛ばしつつ、三毛猫車掌は二本足で飛び跳ねながら声を上げる。

 

「あかんあかん、速度出し過ぎやでチビすけ共!こんなに速度出しとったら霊脈に入られへんやろ!速度落とせ落とせ!」

「おとさなーい!」

「おとせなーい!」

「おとしたらつかまるー!」

「はやいはせいぎー!」

「「「せいぎー!!!」」」

 

 ウッキャー♪―――と、轟々と燃え盛る炉心から顔を出してはしゃぎ始める、赤いマントの炎の群体精霊たち。何処か茶化した様子なのは、彼女たち炎の群体精霊の陽気な性格から来るものだろう。とはいえ、どこぞの誰かから余計な知識を植え付けられて、スピード狂気味にはなっているが。

 そして、同じ石炭の山から顔を覗かせた地精―――二又のとんがり帽子を被った精霊が、窓の外を指さして叫ぶ。

 

「牛!空から牛きてる!メルルたち、逃げる!速度落とせない!」

「ええい!詳しく説明されんでもわかっとるわい!でもありがとうな二番目!」

 

 ビシッ!と爪を立てる三毛猫車掌。

 状況は把握できたが、改善方法は見つかっていない。

 

「せやけど参ったな。この速度のままじゃ、霊脈の超加速ができんやないか」

「隙を見て霊脈に入るか、隙を作って霊脈に入るしかないんじゃね?それまではこの速度を維持するしかないだろ」

「………あんさんはまずその挙動をやめたらどうや?」

 

 そう言って三毛猫は、縛り付けられているはずの翔をジト目で見つめる。

 そんな目で見つめられた翔は、彼の身体を拘束している荒縄は伸縮性がないはずなのだが、何故かゴムのようにビヨンビヨンと伸び縮みを繰り返し、それが依然と車掌たちの邪魔をしていた。無論、この行動は彼の本意ではない。

 

「いいや、これでいい!ガンガン飛ばせ三毛猫」

 

 一人と一匹がそんなことを話していると、ポロロの声が機関室に響いた。

 そんな彼の姿を視認した三毛猫は慌てて敬礼する。

 

「せやけど二代目!このままやと牛畜生に襲われます!〝サン=サウザンド〟号が破壊されるようなことになったらどないするんです!?」

 

 焦りながらも端的に状況を伝える三毛猫車掌。

 同行していた西郷焰は精霊列車の動力炉や二足歩行の長靴を履いた三毛猫等を詳しく見たい気持ちをグッと抑え、同じくポロロに問う。

 

「ポロロ。俺も其処の………ええと、其処の猫車掌さんと同じ意見だ。〝天の牡牛〟を上手く〝アンダーウッド〟から引き離せたからいいけど、このままじゃ不味くないか?」

「ハッ、其処らの列車と一緒にしてもらっちゃ困るなッ!この精霊列車の車体は全体の四〇%が〝金剛鉄〟で出来た特別製だぞ!ちょっとやそっとの襲撃で壊れることは無い!それに保険として翔さんも連れて来てる!」

「ああ………せやったな………」

 

 そういってポロロは縛られたまま宙を行き来している翔を指し示す。三毛猫もそれを聞いて、そういえばそうだったといった風に納得する。

 しかし、それを聞いても焰には何のことかわからなかった。それも当然だろう。焰は翔の実力の全てを見たわけではないのだから、分からないのは当然であった。だが事実、翔は足止めと防衛に徹するのならば第四桁にも迫る実力者だ。………その存在を無視さえされなければだが。

 

「分かったんならこのまま速度を上げて突っ走れッ!」

「りょ、了解です二代目ー!」

 

 ポロロは興奮気味に檄を飛ばし、三毛猫車掌は大慌てで石炭を放り込む。

 動力炉の精霊たちは投げ込まれた石炭に齧り付くと、即座に燃焼させて勢いを上げていく。

 焰はその様子を興味深そうに眺めながらも、我慢できずに問う。

 

「ポロロ。まさかとは思うが、この巨大な列車は蒸気機関なのか?」

「そんなわけねえだろ。それじゃ力の転換効率が悪すぎる。各動力部に別途の群体精霊の巣を作って、相互転換させることで動力に変換してるんだよ」

「………。は?え、じゃあ何か?燃焼で得たエネルギーを他の精霊とやらを通して、シェアしてるってこと?つまり燃焼エネルギーの転換率一〇〇%?」

「そうなんじゃない?詳しくは知らないけど………丁度そこにそれに関する責任者がいるから聞けばいい」

 

 そういって、ポロロは未だ暴れ続けている翔を指さす。それを見た焰は驚きながらポロロに問いただす。

 

「………………マジで?アレが責任者?さすがに冗談だろ」

「冗談じゃねえよ。あんなんでもこの動力部の最高責任者だぞ?」

 

 それを聞いて唖然としている焰を放置し、ポロロは翔を呼ぶ。その声が聞こえた翔は直ぐに縄から脱出し、ポロロに駆け寄る。

 

「どうした?なんか問題発生か?」

「いや、焰が動力について、さらに言えば転換率について聞きたいらしい」

「ああ、はいはいなるほどね」

 

 ポロロの話を聞き、納得したのか焰の方に向き直る翔。

 

「それで、転換率についてだっけ?」

「ああ、はい………」

「転換率については精霊たちだけだと一〇〇%には届かないな。多少なりとも転換作業に精霊たちがエネルギーを使うんだ。でもそれも微々たるもので、通常時でもほぼ一〇〇%に近い状態だ。でも今は、俺の恩恵で一二〇%を維持してある」

「……………………は?え、ちょっと待て!?力学的エネルギー保存の法則はどこに行ったんだよ!?」

「出来ちゃうんだから仕方ないだろ?そもそも質量保存の法則すら成り立ってるか怪しい場所で、そんなこと言われてもなー。それに俺だってやりたくてやってるわけじゃないし。そこのポロロに無理やり学ばされてできるようになったんだよ。文句はポロロに言え」

 

 若干口を尖らせながら文句を言う翔。

 翔の恩恵〝物理演算〟は少し無茶な使い方をすれば、今言ったようにエネルギーの転換率を弄るぐらいはできる。しかし、そのための知識を翔は持ち合わせていなかった。なので、ポロロが彼を拉致監禁、もとい勉強会を開き、翔にエネルギー変換に関する知識を詰め込ませたのだ。

 それにこの箱庭には〝神珍鉄〟といった、質量保存の法則に真っ向から喧嘩を売っているような不思議金属があるのだ。力学的エネルギー保存の法則を歪ませたところで喜ばれはしても、困るものや不満を持つものはいない。少なくとも、翔の周りには。

 

「………翔さんの恩恵って一体何なんですか?エネルギーの転換率をいじれるなんて………」

「んー………物理学者が助走をつけてドロップキックしてくるような恩恵、かな?詳細は省く」

「えぇー………」

 

 ケラケラと笑って誤魔化す翔。

 事実、翔の〝物理演算〟は世界の法則そのものを、一時的とはいえ書き変えているといっても過言ではない恩恵だ。純粋な科学者たちからは非難が殺到すること間違いなしだろう。だが、翔も使いたくて使っているわけではない。ポロロからの高級食材詰め合わせという報酬に目がいっただけで、進んで協力したのではない。

 

「この人はいつもはおどけていて凄い人には全然見えないかもしれないが、やる気を出せばこの辺りでは屈指の実力者だ」

「んな大袈裟な。俺より強い奴なんぞ、そこらに掃いて捨てるほどいるだろう」

「それは有り得ねえよ」

「いやいや、〝アンダーウッド〟の住民たちも大概だと思うぜ?何せ俺に追い付けるほど速く走れるし」

 

 あれは並大抵の奴にはできないね、と笑いながら話す翔を見て溜め息を吐くポロロ。

 そんなやり取りを続ける二人を見ながら、焰は先ほどの話を反芻する。自身の目で見はしたものの、視たわけではないので納得はしても理解はできないが、精霊を用いた動力など自分たちがいた世界にはなかったものだ。だからそういうことも可能なのだろうと考えるしかなかった。

 さすがは神々の箱庭というだけあって常識が通用しないと認識を改める。と、同時に宝の山ではないのだろうかとも考える。

 とはいえ、焰は翔や精霊を解剖するほどマッドではないので、自身の好奇心を抑える。

 

「ツッコミ入れたいところは一杯あるけど、とりあえず了解した。話を戻そう。先ずは安全圏まで逃げて、それからどうする?」

「〝アンダーウッド〟から引き離しさえすれば、速度を落として霊脈の流れにのり超加速することが出来る。作戦は時間を作ってからゆっくり立てればいい」

 

 ポロロの意見に、焰は顔を顰めた。彼の口にする時間とは、ゲームクリアの刻限のことだろう。しかし焰たちの刻限は違う。彼らには帰らねばならない事情があるのだ。

 

「ま、それも霊脈に入れればだけどな」

「ならアンタがどうにかしろよ」

「此処にいるだけで足が埋まる俺にどうしろと?」

 

 翔が自身の足元へと視線を誘導する。するとそこには足首ほどまで埋まった足があった。それを見たポロロは眉間を押さえながら言い返す。

 

「いつものことだろ?」

「いや、そうなんだけどな」

 

 いつものことなのか、と焰は二人の会話を聞きながら思う。そんなことを考えながら携帯電話を取り出し、少し後悔したように画面を睨む。

 

「通話切っちまったけど、失敗したな。せめてプリトゥさんに連絡してもらうように言うべきだった。イザ兄と連絡を取りたいけど………ポロロ。どうにかならないか?」

「それなら女王に頼めばいい」

「女王に?それは、それが出来れば一番だけど………どうやって?」

「この精霊列車には貴賓室を兼ねた謁見の間がある。其処に行けばいい」

「あ、それなら俺も女王んとこ行きたーい。転換率は安定してるみたいだしいいだろ?」

「ああ、行っていい。むしろ行け」

 

 翔の言葉を適当に受け流して焰が思ったであろうことに答え始めるポロロ。

 

「この〝サン=サウザンド〟号は製造こそ俺たち〝六本傷〟のコミュニティだけど、所有権は女王の物だからな。此れが太陽の主権戦争の予選扱いなら、どちらにせよもう一度話を聞いておいた方がいい。本選のギフトゲームは従来の物と少しルールが違う」

「………そうなのか?」

「そうだっけ?」

「そうなんだよ。今回から〝主催者〟と〝参加者〟に加えてもう一枠―――」

「しゅ、しゅうげきー!しゅうげきー!」

「しょうげききますー!」

「落雷注意!みんな、摑まって!」

 

 会話の最中、幼い声と溌剌とした声の二つが列車の中に響いた。

 直後に轟く雷鳴。輝く雷光。天空より真っ直ぐ落ちてきたその稲妻は精霊列車を打ち据える。獲物を決して逃さぬ蠢きながら積乱雲が迫る。

 意志を持ち、渦を巻いて蠢く大嵐は、その姿は一匹の偶蹄類に変えていく。

 〝天の牡牛〟は稲妻を発しながら、天を揺るがす程の雄たけびを上げた。

 

『GEEEEYAAAAaaaaa—————!!!』

 

 蹄で天を搔き疾走する巨大な獣。その姿は目視できる範囲ではどれ程の巨体を誇るのか正確に測ることさえ難しい。

 稲妻を鋭い角に変え、高密度の積乱雲を総身にし、今まさに天を落とす勢いで迫る。

 

「っ………!」

「うわー」

 

 雷雨と風を受け激しく揺れる精霊列車の車内。焰は耐えきれずに倒れた。翔は足首が埋まっているせいで、足が固定されたまま、体を振り回される。

 しかし、雨風で大河は氾濫し稲妻で大地は削られるものの、精霊列車はその軌道を外れる様子がない。激しく車体は揺れているが、それだけだ。

 焰は激しく揺れた衝撃で横転し頭を打っていたが、それどころではない。

 普通の列車ならばただ走っているだけでも足場が不安定だというのに、精霊列車は雷雨に貫かれてもただ激しく揺れているだけだった。

 今も正常に走り続けている精霊列車に驚いて、瞳を瞬かせる。

 

「す………凄いな。ちょっと聞いたことが無いぐらい豪快な雷鳴の雨だったぞ」

「ふふん。このぐらいで驚かれちゃ困るな。まだまだ本当の力はこんなもんじゃないぞ。霊脈の中にさえ入ってしまえば此方のもんだ。後はミノタウロスの迷宮まで一直線って寸法よ」

 

 ポロロは横転して逆さまになった体勢で精霊列車の性能を誇る。

 

「………ところで翔さんは大丈夫か?」

 

 身体を起こしたポロロは尚も揺れ続ける精霊列車に摑まりながら、ポロロは車内で激しく振り回されていた翔の方を見やり、声をかける。

 

「平気平気。これぐらいの揺れなら慣れたもんだよ」

「………腕とか脚が体を貫通してるんだが?」

 

 ポロロの視線の方向には腕や脚が体を貫通し、通常では死んでいるのではないかと思われる様な姿の翔がいた。しかし、当の本人は首を傾げながら、

 

「こんなもん日常茶飯事だろ?」

「………………………………そうか」

 

 何事もないかのように返答する。それを見たポロロは考えることを手慣れた風に放棄した。スケーターという存在は常人には理解できない。スケーターを理解できるのは同じ存在、すなわちスケーターでなければ理解できないということをこの数年の間に理解していた。

 しかし、流石に腕や脚が貫通したままだと居心地が悪いのか、気を付けながらリスポーンを行う翔。

 そこで、ポロロは思い出したように焰に告げる。

 

「ほら、今のうちに女王に会いに行け。物好きなあの人のことだから、今頃は無断で貴賓室か謁見の間を占拠して物見遊山でもしてる頃だろうよ」

「わかった。何から何まですまない。お礼はきっと何かの形で」

「いいってことよ。十六夜の旦那には山ほど借りがあるからな。その身内なら俺たちの身内みたいなもんさ。気軽に構えておいてくれ」

「コイツは金か美味い食いもんだと喜ぶぞ」

「おい」

「そうか。それはいいことを聞いた」

 

 翔が余計なことを言ったせいで、ヒラヒラと振っていたポロロの手が止まる。

 しかしこれだけの巨大な精霊列車を軽く貸し出してくれるとは、何とも気前のいい少年である。或いはそれほど多大な借りが十六夜にあるのだろうか。

 何れにせよしばしの猶予が出来たことに代わりはない。

 焰は手すりに摑まりながら別車両に向かう。翔も彼を追って車掌室を出ていく。

 目の前の焰を見ながら、翔は考える。

 

(……………この列車の実地試験も兼ねて、ていうかそっちの方に重きを置いて貸し出してるって、コイツ知ってるのかな?一応の借りも作れて、精霊列車の実地試験も成功させてるんだから、さすが商売人としか言えねえよなぁ…………)

 

 ポロロのがめつさについて。




 はい。前書きぶりです。
 まず最初にこの作品について書いておきたいと思います。別に打ち切りとかそういうのではないのであしからず。それに近いかもしれないけど………。
 言いたいこととしては、『ラストエンブリオ』2巻の内容が終わったら一旦更新停止ということにしたいと思います。理由としては()()()()です。一応タグに原作沿いとあるので、それから大きく逸れることはしたくないので原作の最新刊、現在で言うと5巻が出て、内容が大きく進んでいるようなら更新再開、進んでいないようなら様子を見ながら更新していきたいと考えています。

(要約:最新刊が出たらとりあえず更新するよ!)

 そして今作を更新停止している間は別作品、短編なり超不定期連載などやる(かもしれない)ので投稿され、興味があればそちらもどうぞ(とはいえ構想しているものも、まだ調査段階なのでいつになるかはわからない)。これに関する質問は活動報告の方に質問を書いていただければ可能な限り返答します。

 あとがきで長々と申し訳ありません。
 ではまた次話でお会いしましょう!


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第三十話 面倒事ってどうすれば回避できるの?

 はい…………お久しぶりです………。約二ヵ月ぶりですかね…………?
 いや、まあ、テストとレポートが地獄でして執筆時間が取れませんでしたね………。
 あとは、まあ、展開どうしようかと悩んでいる内に時間が過ぎ去っていきましたね、はい。


 許して!ごめんなさい!

 それと今回の出来はあまり期待しないで。


 西郷焰は板乗翔と群体精霊の一匹、地精のメルルに連れられて貴賓室の前まで来た。

 

「………ここだっけか?」

「そう!ここ!女王の部屋、ここ!」

「ああ、合ってた。よかった。じゃ、ほら、クッキー」

「わーい!ありがとー!」

「ちゃんとみんなで食べろよ?」

「はーい!」

 

 翔とメルルが微笑ましいやり取りをする。焰も此処まで案内してくれたメルルに礼を言う。

 

「ありがとな。案内はここまででいいから、お前は機関室に帰っていいぞ」

「わかったー!「あすかの家族によろしくー!」

 

 ぴょん!と翔の肩から飛び降りたメルルは、トッタカトッタカと可愛らしい足音を立てて去っていく。焰は小首を傾げて「あすかの家族って誰だ?」と疑問符を浮かべていたが、すぐに翔に言ったのだろうと考えた。

 そんなことを考えた焰は、扉へと向き直る。するとすでに、扉をノックしようと右手を上げている翔がいたが、隣の車両から聞こえてくる足音を聞き、動きが止まる。視線を音の方へ向けると、彩鳥がこちらに向かって走ってきているのがが目に入った。

 

「………先輩に翔さん?翔さんはともかく、先輩はまた女王に呼び出されたのですか?」

「いいや、此方の用件で来た。そっちは?」

「私は………え、先輩と似たようなものです。預けていた物を返していただこうかと」

「へぇ………」

 

 彩鳥は極めて自然な仕草でそれを口にする。それを聞いた翔は、少しだけ感心したような声を漏らす。ついに自ら戦いに赴くつもりだと理解したからだ。だが、それが分かったところで、翔はどうするつもりもない。彼はただ自分のしたいことをするだけなのだから。

 

「そうか。並の相手じゃないってことは知ってるんだよな?」

「ええ。それはもう先輩以上に」

「マジかよ。その辺りの話も聞いてみたいが、それはまた帰ってからだな」

「………あのー、そろそろいいか?俺は俺でさっさと用事を済ませたいんだが………」

「「アッハイ」」

 

 焰と彩鳥が共に返事をする。

 それを確認した翔は扉をコンコンコンと叩いて入室を求める。

 するとすぐに、中から声がした。

 

「どうぞ。入室を許可します」

 

 女王の声が響く。それを聞いた翔は扉を開け、中へと足を踏み入れ―――

 

「アイタァッ!?」

「「ッ!?」」

 

 ―――ようとしたら、彼の額にナイフが突き刺さった。それを見た焰と彩鳥の二人は驚き、身を強張らせてしまう。しかし、ナイフが突き刺さったままの翔は気にした様子も無く、中へと歩みを進めると女王に苦言を呈す。

 

「………ノックはちゃんと3回しただろう?」

「ええ、そうね。でも、また箱庭の〝外〟に行ったでしょう?」

「………ああ、行ったな」

「せめて正規の手順を踏むなり、もう少しまともな方法で行ってくれないかしら?貴方が自力で〝外〟に行くとき、境界が変に歪むのだけれど」

「意図してなくても、勝手に世界を越えちゃうんだから仕方ないだろう………。それにあの時は正規の手順を踏もうとお前のところへ向かう途中に越えちまったんだよ」

 

 文句を言いながら、額からナイフを引き抜く翔。

 

「それより用事があるのはこっちの二人だ。俺は半ば強制的とはいえ休暇が終わったことを知らせに来た。だから来月から献上を再開すr「今日から再開しなさい。それでお咎めなしにしてあげるわ。いいわね?」………ハイ……………これ、今日のお茶に合うと思われるお菓子です…………。じゃあ、俺の用件はこれで…………失礼しましたー………」

 

 『献上』という言葉に首を傾げる焰と彩鳥。しかし、それを無視して用事を済ませた翔は二人に用件を話すように身振りで促し、女王の部屋を後にする。

 しかし、退出の際に一言。

 

「………デブれ」

「死になさい」

 

 それが聞こえた女王は、彼の頭を弾けさせながら、部屋から追い出すように吹き飛ばした。

 

「え、あ、ちょっ!?ええええぇぇぇぇぇ!!!?」

 

 焰が驚いた声を上げるが、それを全く気にした様子がない女王、スカハサ、彩鳥の三人。

 

「気にしなくていいわよ。いつものことだから」

「いや、でもッ………!?」

「先輩。本当に気にしなくていいですから。あの程度で死ぬ人ではないので」

「だけどよッ………!?」

「「気にするな」」

「……………………ハイ」

 

 これ以上口にするな、という雰囲気を二人が発している。

 そんな女王と彩鳥の二人による重圧に耐えきれず、屈してしまう焰。

 現に翔も部屋の外に吹き飛ばされた後、すぐにリスポーンを行い復活を果たしているため、実質被害者は罵倒された女王だけである。本来なら万死に値するのだろうが、翔のしぶとさは女王も一目置くどころか、諦めるほどのものなのだ。

 

「ハアァァ………次の()()は一週間後か~………それまでは店で金を稼がないといけないなー………」

 

 無事にリスポーンを果たした翔は、しばらくその場でしゃがみ込んでこれからのことを考えては落ち込んでいた。しかし、いつまでも落ち込んでいられないので立ち上がって、貴賓室を後にしようと歩き―――

 

「ああ、翔さん。まだいたんですね。それなら迎撃を手伝ってください」

「……………………ッ!!」

「………そんな、歯が砕けそうなほどの歯軋りしないでくださいよ……………尋常じゃない音が聞こえてますよ………」

 

 ―――出せずに彩鳥に呼び止められてしまう。

 それへの返答がとてつもなく歪んだ表情であった。それはもう、万人が見て万人が全力で嫌がっていると分かるほどには。

 そんな表情を見せられた彩鳥は少し後ずさりながらも、答えを促す。

 

「それで、どうするんですか?」

「………………あくまでも、俺は保険。お前のミスをカバーするだけ。あとは俺の気分でいいなら」

「構いません」

「じゃあ、それで」

 

 翔は女王が係わっているだけあって妥協した。平時ならば絶対に面倒だといって嫌がるはずだが、女王+女王の客+連盟仲間+精霊列車と、様々な要因が混ざり拒否し辛い状況に陥ってしまっていた。そもそもの間違いとしては、この精霊列車に同行することを承諾してしまったことであるのだが。

 

「あーもう………。今回だけでどれだけ消費すれば済むんだか………。また耀とか店員とかに小言を言われるじゃんか」

「なんか、申し訳ありません………」

「そう思うなら行動で示してください。マジで」

 

 肩を落としながら彩鳥にお願いする翔。そんな翔を見て苦笑しながらも彩鳥は甲板へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、二人が甲板に着くと荒れ狂う空を見上げる。そこで気づいた。

 

「………なんか、牛じゃないのがいるな」

「そのようですね」

「狙えるんでしょ?」

「以前なら自信をもって頷けたでしょうが、今の私では少し………」

「そこはできなくても頷いとけ。それにやるしかないんだからさっさとやれ」

「ええ。分かっていますよ」

 

 そう言って、弓を整然と構える彩鳥。そうして放たれる一条の閃光。その一矢は荒れ狂う水流と暴風の隙間を縫って突き進み、見事に視線の先の人物の首を撥ね飛ばした。

 

「おー、お見事」

「いいえ、まだです」

 

 そう言うと、次いで放つ三本の矢。それらは上空に留まっていた首なし死体に迫る。

 しかし突如、首なし死体が動いた。

 クルリクルリと落下してくる生首を片手で受け取り、胴体に装着。切り離された首と胴体は何事もなかったかのように癒着し、傷は一瞬で癒えた。

 カッと瞳を見開いた術師は雨風を凌いでいたローブを脱ぎ捨て、先ほどまで流体を操っていた七つの宝玉を奔らせる。

 彩鳥が射た三本の矢は、空を高速で駆ける七つの宝玉によって阻まれた。

 その一連の様子を見ていた翔が呟く。

 

「………え?殺しても死なないとかズルくない?ズルッこじゃない?」

「…………………あなたがそれを言うんですか………?」

「………?どうした?俺、なんか変なこと言った?」

 

 本気で首を傾げる最も身近な『殺しても死なない』存在筆頭の翔。そんな彼を見て溜め息を一つ吐く彩鳥。しかしそれでも敵から目を離すことはしない。

 だが首を飛ばされた術師は特に何をすることもなく、薄い笑いを浮かべたまま精霊列車を見送った。

 

「………あれ?」

「……………」

 

 素っ頓狂な声を上げる翔と警戒を怠らない彩鳥。

 二人の視線の先にいる術師と仙虎とそれに跨る少年。

 すると、仙虎に跨る少年が両刃斧で虚空を斬ると同時に視界が七つの光に包まれた。

 

「………マジ?」

 

 翔は眼下に広がる迷宮を見て、一言溢した。

 そして、自分の運の悪さに改めて絶望した。休暇が強制的に打ち切られ、外界から箱庭に帰ってきて早々、この様な面倒事に巻き込まれる自分の境遇に呆れかえってしまった。

 だから、だからこそ―――

 

「……つ………じゃ………」

「………?翔さん?」

「八つ当たりじゃボケエエェェッ!!!」

「「「「ッ!!?」」」」

 

 ―――八つ当たりの対象にされた申公豹、白額虎、アステリオスの三人も、運が悪いのかもしれない。

 

「なあぁぁんで俺が毎度毎度毎度毎度面倒事に巻き込まれにゃならんのだクソがアアアアァァァァ!!!!俺にスケートをさせろおおおおぉぉぉぉ!!!休暇の続きを堪能させろやああああァァァァ!!!!牛擬きだけでも面倒なのに、なぁーんで余計なもんまでついてきてんだよ!?ふざけんじゃねえッ!!?だから死ね!!!十回は死ね!!!!こちとらストレス溜まっとるんじゃボケェッ!!!!」

 

 発狂したように大量のゴミ箱先輩を召喚しては、向かってくる敵影に投げつける。

 そして申公豹、白額虎、アステリオスは向かってくるゴミ箱先輩を迎撃しようとする。

 申公豹は流水をかき集めていた宝珠、〝開転珠〟と呼ばれる七つの宝貝で撃ち落とそうと試みた。………そう。()()()

 

「えっ!?ちょっ!?〝開転珠〟がゴミ箱に吞まれたんだけど!?」

 

 ゴミ箱先輩の口に吸い込まれるように消えていく〝開転珠〟。

 その様子に驚く申公豹。

 

「フハハハハハ!!その程度で先輩が止まるものかァ!!ゴミ箱だと思って油断したのかぁ!?甘い!甘すぎるぞォ!!世界一甘いドーナツのグラブジャムンより………は甘くないかもしれんが、蜂蜜程度には甘いぞォ!!」

 

 粉砕!玉砕!大喝采!!と叫びながら高笑いを続ける翔。その間もゴミ箱先輩がアステリオス達に向かって飛んでいく。

 そんな彼を見て流石に不味いと思った彩鳥が止めに入る。

 

「しょ、翔さん!落ち着いてください!!まずは落下を始めている列車をどうにかしないと!!」

「知るかッ!!別に俺は平気だからそんなことはどうでもいい!!!ものすごくどうでもいい!!」

「ちょっと!?同士の皆さんにこのこと話しますよ!?」

「それはッ!」

「………?」

「………………それはー、ちょっとぉー、困るかなぁー、って………」

 

 彩鳥の言葉で少し落ち着き、今回の件に絡んでいる関係各所を思い出した翔は、向こう見ずなゴミ箱先輩の召喚をやめる。あくまでも考えなしでの召喚をやめただけで、アステリオスたちへの牽制としての召喚は止めない。

 それを確認した彩鳥は安堵し、一つ息を吐く。

 

「そ、それで!落下を止められますか!?」

「………頑張ってはみる。正直難しい」

「お、奥の手(アドレナリン)は!?」

「さっきのゴミ箱先輩の召喚の際に最後の一本使っちゃった♪」

 

 テヘペロ♪という感じでウインクしながら舌を出す翔。

 それを見た彩鳥は、殴りたいこの笑顔、と口と行動に出さないまでも心の底からそう思った。

 と、其処に救いの手が現れる。

 

「彩ちゃん、摑まって!」

「鈴華!?ど、どうして甲板に!?」

「おー、鈴華だー、元気ー?」

「元気だよ!てかなんで翔はそんなに落ち着いてるの!?って、そうじゃなくて落下を止めないと!!」

「せやねー。で、なんか案ある?」

「あるから大丈夫!」

 

 そう言うと、鈴華は真っ直ぐ申公豹を見る。彼女に向かって手を伸ばした鈴華は摑まっていた左手を離し―――

 

「あの子のあれを使う!」

 

 途端、鈴華は精霊列車から離れて甲板から宙に浮く。だが自由落下をしたのは僅か一瞬のこと。

 全身に風を纏った鈴華は、甲板の上で飛翔し始めたのだ。

 

「え………は、はあ!?」

「おー、なるほどねー。そりゃあいい。俺もさっきゴミ箱先輩が吞んだのがあるから使ってみるかな」

 

 申公豹が驚く中、そう言った翔の手にも〝開転珠〟があった。

 

「ふんふんふん?まあまあ、かな?〝物理演算〟よりは使いやすいかも?まーでも、なんか楽しいなこれ!」

 

 そう言いながら軽々と飛び回る翔。

 

「でも、いらねーや。なんか性に合わんし。ハイ、あげる」

「えっ?あ、うん、ありがとう………」

「それじゃ、先に迷宮に行って受け止める準備しとくからよろしく!」

「えっ!?ちょっと!?」

 

 自分が持っている〝開転珠〟を鈴華に渡すと、甲板から飛び降りる翔。それを見ていた鈴華は焦るが、それよりも、やるべきことをするために気持ちを切り替える。

 精霊列車から飛び降りた翔は、車両よりも速く落下し迷宮へと突撃しながら()()。そして、すぐさまリスポーンする。

 

「さーて。とはいったものの、どうするべか?」

 

 迷宮に降り立ったものの、全く何も考えていなかった翔。頼みの綱のアドレナリンは先ほど使い切ってしまった。と、そこで一つ思い出した。

 自分の飼っているペットの存在を。

 

「カモン!ラビ!」

 

 長いからと略した名前を呼ぶ翔。そうしてパークから出て来て、迷宮の壁を壊しながらも姿を現すラビットイーターもどき。

 うねうねと無駄に多く、長い触手のような蔓を宙に漂わせながら翔に頭と思われる蕾の部分を寄せてくるラビットイーターもどき。

 

「………なんか、また大きくなった?」

「Shaa」

 

 翔の問いかけにコクン、と蕾が頷く。それを見た翔は、特に何かをするわけでもなく頷き、本題を話す。

 

「とりあえず、アレ受け止められる?」

「Shaa!」

 

 翔の言葉にグネングネン!勢いよく触手を動かし始めるラビットイーターもどき。

 そして、触手を伸ばして網のように迷宮上空に張り巡らせる。その大きさは精霊列車が簡単に収まるほど巨大で

 

「Shaa?」

 

 これでどう?とでも聞くかのように蕾を傾げさせるラビットイーターもどき。その光景を唖然としながら見上げる翔。

 

「………大丈夫そうだな。じゃ、頼むわ」

 

 成長し過ぎて凶悪度が増していっているラビットイーターもどきに、つい頬が引き攣ってしまう翔。

 そして、その網に精霊列車が落ちる。網はゴムのように伸びて落下の衝撃を吸収しながら、地面すれすれでようやく停止した。

 

「おっけー。ゆっくり下ろしてー。オーラァーイ!オーラァーイ!」

 

 翔の呼びかけに応じて受け止めた精霊列車を、網をほどきながらゆっくり迷宮に下ろし始めるラビットイーターもどき。

 地に下ろされた精霊列車には大きな損傷は見られず、無事であることが見て取れた。あくまで外面は、だが。………中身?知らんな。

 

「ふぅ。なんとかなった」

「Shaaaa!」

「………翔さん。助かりましたけど、その、生物?はなんですか………?」

「あれ?初見だっけ?」

「ええ、まあ………」

 

 そうして二人が話していると精霊列車の中から鈴華と焰、スカハサと続いて出てきた。

 

「こ、今回こそ駄目かと思った………!って、なにこのよくわかんない生物!?」

「うわなんだこれ!?生物!?いや、植物かこれ!?」

「まだこんな意味不明なモノを飼っていたんですか、板乗翔」

「意味不明とは失敬な。まったくもって同意だが」

「Sha!?」

「そ、それで、結局これは何なんですか?」

「これは暫定的に『ラビットイーターもどき』と呼んでいる動植物だ。略称はラビ。どうだ?外見が絶妙に気持ち悪いだろう?」

「「「「うん」」」」

「Kii!?」

 

 その場にいる全員に気持ち悪いことを肯定されたラビットイーターもどきは、落ち込んだように触手で地面に「の」の字を書き始める。

 

「ああ、ほら落ち込むなよ。気持ち悪いのは外面だけだ。お前のその主人思いなとこと優しいってことは、俺が心の底から思い知ってるから」

「Shaa………」

「ほら、しばらくパークで休んでなさい」

 

 翔にそう言われ、大人しくパーク(自分の住処)へと戻っていくラビットイーターもどき。

 

「さて、と」

 

 一息ついた翔は腕を伸ばして体をほぐすと、声をあげる。

 

「帰っていいかい?」

「いや、駄目だろ」

「あ、やっぱり?」

「てか、なんで突然そんなこと言いだすんですか」

「え?………たまたま視界に入ったそこにいる奴の右手に持っている武具を見たから、かな?」

 

 そう言ってある方向を指さす翔。そこには、

 

「動くな、転移能力者」

 

 瓦礫の向こうから現れた少年が鈴華に命令する。咄嗟に反応しようとした彩鳥だったが、翔が言っていたように右手に握られている武器を見て動けなくなってしまう。

 

「ふぅん?遠目で見たときも思ったけど、存外若いんだねー」

「貴様に用はない。何か不審な動きをするようならば―――」

「それぐらいは分かってるよー。ま、俺自身は正直どうでもいいんだけどね」

 

 周りの連中は困るだろうけど、と言葉には出さないまでもすぐに動けるように警戒を怠らない。

 両手を上げて降参の意を示す翔。しかしその表情はケラケラと笑っていた。………口の端が少し痙攣しているのはきっと気のせいだろう。

 

「でもさ、用があるのはそっちなんでしょ?それが終わるまではこっちに手を出すつもりはほとんどないでしょ。俺らが何もしなければ、だけど」

「………その通りだ」

 

 汗を一筋流しながら翔が尋ねると、アステリオスは肯定する。そうして彼は西郷焰に視線を向け、最初で最後の問いかけをした。

 

「俺が用があるのはそっちの男だ。俺に―――〝ミノタウロス〟に、何か言うべきことは無いのか?」

 

 アステリオスが言葉を発する許可を出す。ただし武装は解かずに。

 彼は回答を静かに待つ。

 しかし当人である西郷焰は、驚愕した瞳のまま固まっていた。其れは何もアステリオスの問い掛けによるものではない。彼はアステリオスの一字一句頭に入っていない。彼がミノタウロスの正体だと知ってから、焰は硬直したまま顔を強張らせている。

 

「―――――マジ、かよ」

 

 信じられない、と。アステリオスの問い掛けとは無関係な言葉を呟く。それが駆け引きの類であったなら有無を言わさず雷霆を振り下ろしていただろう。

 だが焰の様子は明らかにおかしい。アステリオスも怪訝な顔をした。思い返すと彼がこの場に現れた時から、焰はアステリオスに驚愕していた。

 つまり西郷焰は、アステリオスの姿そのものに驚愕し、衝撃を受けていた。

 それはアステリオス自身の疑問でもある。望み薄かと思っていたが、或いは何か知っているのかもしれない。

 雷霆を傾けたアステリオスは、声を潜めて再度問う。

 

「どうなのだ?お前は、俺の何を知っている!?俺のこの少年の姿は何だ!?俺は………クレタ島の怪牛・アステリオスではないのか………!!?」

 

 隠していた本心が焦りと共に零れた。そんな彼の本心を辛口あたりめをしゃぶりながら聞く翔。彼の本音は早く終わらせて帰りたいということしかないため、話の内容の大半を聞き流していた。今回のゲームの内容にも興味がなければ、誰が何をしようがどうでもよかった。ただただ早く終わって欲しかった。

 翔がぼーっとしながら成り行きを眺める中、地鳴りは遠く響き、雷光が迷宮内に満ちている。それほど時間がないことに気が付いた焰は、突然顔を上げた。

 

「アステリオス。………落ち着いて聞いてくれ。多分今から、恐ろしいことが起きる」

 

 予想外の言葉だった。傍聴していた彩鳥たちでさえ一人を除いて訝しげに顔を見合わせている。その一人である翔は暇そうにあくびを噛み殺していた。焰の言葉が何を示唆しているのかすら判断に困る言葉だった。焰も言葉を選ぶように逡巡した後、最後の勝利条件を。

 〝雷光を掻き消せ〟を口にした。

 

「アステリオス。お前は、ミノタウロスじゃない」

 

 その真実を口にした途端。

 真なる食人の怪物が、迷宮に鼓動を響かせ始めた。

 

「………本当に帰っちゃダメ?」

「少し黙ってろ」

「………うっす」

 

 翔は何故か隣に居たスカハサに尋ねてみるが、返答がYESでもNOでもなく威圧だったため、大人しくその場に留まった。




・献上品
 ポロロが女王との話し合いの際に翔のことを売って、一週間に一度翔お手製の菓子を献上するという契約。ただの横暴。

・殺しても死なない
 一番面倒な類の相手。スルー推奨。死なない例:板乗翔。

・ラビットイーターもどき
 ただいま生長中。どこぞの邪心様のようになっているが見てもSAN値は減らない精神に優しい動植物。何がどうしてこうなったのか原因を現在調査中。


 こんなものかな?
 ちなみに次話は明日の0時に予約投稿済みです。
 本当は今回でラストエンブリオ2巻の内容を終わらせようと思ったけど、15000字くらいになって二つに分けました。


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第三十一話 吸引力の変わらないただ一つのアレ

 前話で受けた誤字報告で「スカハサ」ではなく「スカサハ」では?といわれたのですが、この原作では「スカハサ」が正しい表記であることを記しておきます。


 焰が真実を口にした途端、アステリオスの牛角が砕けた。同時にケラヴノスは威光を失い、アステリオスの手から転げ落ちる。

 彼は激痛と衝撃に襲われ、その場に膝を突いた。

 

「ギッ………グ、ッガ………!?」

 

 目の前の少年が苦悶の声を上げて地に臥したとき、一番早く動き始めたのは何故か翔だった。

 倒れたアステリオスと落ちているケラヴノスをいち早く回収して、面倒そうにしながら列車の中に叩き込む。そんな翔の早すぎる手際の良さに呆然とする焰たち。

 

「はーい。お前らも列車ん中入ってー。何かが起きる前に避難しろー。これ以上俺に面倒を掛けないでくれー。切実にマジで頼むから守る手間を省略させてくれ土下座でも何でもしてやるから」

「ん?今なんでもって―――」

「あーはいはい。そんなネタはいいからはよ入ってアステリオスの面倒でも見てろや」

 

 翔の言葉に反応した鈴華が、彼に蹴られて列車の中に無理やり入れられる。それとほぼ同時に地鳴りが迷宮内に響き始めた。他の者たちの戦いの余波もあったのだろうが、これはもっと大地の深奥から響く地鳴りだ。

 

「ほらお前らも下がって―――あ、いや、下がって欲しいけどもそこまで急がなくていいわ」

「「え?」」

 

 焰と彩鳥は疑問の声をあげながら翔のことを見る。二人に見られた翔は先ほどアステリオスを指さしたように、ある方向を指していた。二人も先ほどと同じようにそれに釣られてその方向へと振り返る。

 

「「………………」」

「運がよかった。さっき大量に召喚したゴミ箱先輩に引っかかったみたいだ」

 

 三人の視線の先には、迷宮の地盤より伸びる白亜の岩塊が質量的に収まるはずのないゴミ箱先輩に吸い込まれている光景だった。

 ………焰と彩鳥の二人は、振り返ったことを果てしなく後悔した。

 

「いやー、最近はゴミ箱先輩も自力で動くから大したもんだよなー。俺的には恐怖でしかないんだけども」

「すいません。ちょっと何言ってるのかよくわかりません」

 

 少し顔を青くしながら言う翔に対して真顔で返答する焰。

 

「とりあえず早く避難してくれない?壁を作りたいからさ」

「………………普通の壁っすか?」

「なわけないじゃん。そんなんだったらすぐに壊されちまうよ」

「ですよねー」

「分かったら入って入って」

 

 しっしっ、と手で二人に中に入るよう促す。

 その様子を見ていたスカハサが問う。

 

「大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫。任せろーバリバリー」

「いや、そうではなく。こっちは巻き込まれないんだよな?」

「…………………………………多分大丈夫?初めてやることだからなんとも言えない、かも?」

「……………」

 

 そんな曖昧な言葉を聞いたスカハサは、頬を引き攣らせながら精霊列車の中へと入っていった。

 

「さーて、実験しようかー」

 

 そう言って翔は精霊列車を守るように、なぜか『木』を乱立させる。列車の外周を囲むように植林すると、満足したのか腕を組んで数回頷くと列車の中に入ろうと客席の窓へと向かう。

 と、その時。

 

「―――――んの、クソジジイがあああああああッ!!!」

「ヒデブッ!?」

 

 ズドガァンッ!!!と、ド派手な爆発音と共に十六夜が飛来してきた。着地と同時に白亜の迷宮の地盤を突き破るほどの勢いで拳を翔へと叩きつける。

 流石に十六夜に殴られては並大抵のものは生き残れない。それは翔も例外ではない。その場でミンチのようになった翔はすぐさまリスポーンして十六夜に文句を言う。

 

「………何してくれてんの!?今の偶然!?それとも狙ったのか!?」

「狙った」

「なにゆえ!?」

「ムシャクシャしてやった」

「それ都合のいい言い訳じゃねえからな!?それ言ったら許されるわけじゃねえぞ!?それとそのセリフを吐くなら反省もセットでしろやぁッ!!」

「それよりあれはなんだ?」

「俺の話聞いてますかぁ!?」

 

 翔の話をスルーして翔が乱立させた木の内の一本を指さす十六夜。翔の方も流石にこれ以上言ってもどうしようもないと思い、頭を冷静にさせて説明を始める。

 

「………実験だ」

「なんのだよ?」

「箱庭でも通用するかっていう実験。ほら。成功したらあんな感じになる」

 

 翔が指さす先には、牛頭の怪物が乱立してる木に吞まれては頂上から射出される光景が広がっていた。

 

「……………なんだアレ?いや、マジで何だ!?」

「何って、『木』だけど?」

「何処のだよ!?」

「俺の世界の。里帰りしたときに遊んでたら出せるようになった。理屈はよくわからんけど。他にも『トンガトンガの木』とか『吸い込まれる岩』があるけど―――――」

「わかった。わかったからさっさと中に入るぞ。焰たちもいるんだろ?」

「え?ああ。早々に中に避難させたぞ?」

 

 それを聞いた十六夜は翔を置いて一人でさっさと精霊列車の中へと入って行ってしまった。まるで現実から目を逸らすかのように急いで入って行った。………いや、事実その通りなのだが。

 後には珍しい首を傾げる翔が佇んでいたが、彼もすぐにハッとして十六夜を追いかけるようにすぐに中に入って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――〝サン=サウザンド〟号の客車。

 全員が逃げ込んだ後、車両は全てスカハサの〝影の城〟によって覆われた。

 翔が建設(?)した防壁のおかげなのか牛頭の群れの攻撃もなく、車内は静寂が包み込んでいた。

 〝影の城〟に包まれた精霊列車は窓からの陽が入らず薄暗いままだ。キャンドルランプの火のユラユラと揺れる様が彼らの不安を駆りたてている錯覚を起こす。

 厳戒態勢を一時的に解いた車両内では、途中で合流した十六夜に状況を説明していた。

 そんな輪から外れたところで、寝そべって辛口あたりめをくわえながら話を聞き流す。

 

「………貴方は参加しないんですか、翔」

 

 〝影の城〟を維持しているスカハサが尋ねる。翔は彼女に視線を向けることなく答える。

 

「知識のない馬鹿が参加しても場を混乱させるだけでしょ。それに俺の出番は多分もうないじゃん。欲を言うならさっさと帰りたい。というか絶対に最初から俺は必要なかっただろ。ふざけんじゃねぇぞあのニャンコめ」

「口が悪い割には、随分と冷静ね?」

「………正直、俺には関係のないことだからどうでもいいってのが本音。事実、今回はただただ巻き込まれただけだからねー。さっさと本拠に帰りたいよ」

 

 天井を見上げながらスカハサに答える翔。そんな彼を見て苦笑しながらも続けて尋ねる。

 

「同士たちでも恋しいんですか?」

「そうだよ、って答えたら信じるの?」

「いいえ」

「ですよねー。いや、これでも三割くらいはそれもあるんだぜ?残り七割はスケートしたいのと、オフトゥンが恋しいってのと、のんびりしたい、だけどさ」

「……………いや、貴方に睡眠は必要ないでしょう」

「たまーに、極稀にたまーにだけど、惰眠を貪りたい衝動に駆られる。わかる?この気持ち」

「残念ながら」

「知ってた。執事だもんね」

 

 二人による他愛のない会話が続く。

 そこで焰と十六夜たちの話が終わったのか、翔へと話しかけてくる。

 

「おい、翔。外にあるモノを消しといてくれ」

「うーい。焰たちが外に出ると同時に消すよ。んじゃ、行ってらっしゃーい」

「ああ、悪いな。………が、その前にだ。聞きたいことがある」

 

 十六夜が翔に質問を投げかける。

 

「いつの間に外にあるような『木』を生み出せるようになった?今までは一部の物を除いてあそこまで危険な物はなかったはずだ」

「あー、それねー。んー…………でもなぁー…………こればっかりは気が付いたらできるようになってたとしか言えないんだよなぁー、これが」

「…………翔。ギフトカードを見せろ」

「んー、いいぞー」

 

 そう言って懐からレモンイエローのカードを取り出して十六夜へと投げ渡す。

 そしてそのカードには、『板乗翔・ギフトネーム〝物理演算(ぶつりえんざん)〟〝デバッグ〟〝スケーター(ヌケーター)〟〝混沌世界(パーク)〟〝宿敵との狂演(ゴミ箱先輩チーッス!)〟』と記されていた。

 それを見た十六夜は顔を顰めた。

 

「……………おい、翔。恩恵が変化してるぞ」

「………………………………………………………えっ?マジ?」

「自分のことぐらい自分で気づけドアホ」

 

 レモンイエローのギフトカードを翔に向かって全力で投擲する十六夜。それを顔面で受け止めてしまう翔。

 ドスッ!!という音が彼の額から、ベキッ!!という音が首からそれぞれ響く。額にギフトカードが刺さり、十六夜の全力の投擲だったため、勢いで首が後ろへと折れてしまったのだ。

 それを受け、静かにリスポーンして文句を言う。

 

「もっと安全かつ穏便に返却してよ」

「で?どういうことだ?」

「無視ですかそうですか。………とはいえなー、俺に聞かれても―――」

 

 翔が自分のギフトカードを眺め、

 

「嘘だッ!!」

 

 絶望の声を上げた。理由は一つしかない。〝宿敵との狂演(ゴミ箱先輩チーッス!)〟。このギフトの『()()』の部分だ。以前は『共演』であったのに、今は字面が変わってしまっているのだ。そして絶望すると同時に、最近のゴミ箱先輩の著しい成長はコレのせいだったか、と理解もしてしまった。

 むしろ十六夜としては、そちらよりも〝物理演算(デバッグ)〟が〝物理演算(ぶつりえんざん)〟と〝デバッグ〟に分かれていることを問いただしたいのだ。だが、そんな変化にすら気付いていなかった翔に聞いても答えは得られないだろうと、既に理解していた。外に防壁として設置した『木』は新しく発現している〝デバッグ〟の恩恵が関連していると睨んでいる。それは正解だ。だが、翔は自身の恩恵をフィーリングで使っているため、どの恩恵がどのような能力を持っているのかを曖昧な認識しかしていない。恩恵の名前である〝デバッグ〟から能力を推定しようとするが、そもそも『デバッグ』とは、バグや欠陥を発見および修正を行い動作を正常にするという意味であり、字面通りの意味ではあの『木』を出せた理由が分からない。そのせいで十六夜は困惑していた。

 

 ………当然だ。翔の恩恵は、恩恵本来の能力とは全く違う。酷く歪んでいる。いや、『バグって』いるといった方がこの場合は正しいのかもしれない。

 〝物理演算(ぶつりえんざん)〟と〝デバッグ〟。この二つの恩恵は元々は()()()()恩恵なのだ。

 〝物理演算(ぶつりえんざん)〟は()()()()()()()()()()()()()()()

 〝デバッグ〟は()()()()()()()()()()()()()

 修正の対象が違うだけで、名前通りの恩恵だったのだ。

 しかし、今では〝物理演算(ぶつりえんざん)〟は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 〝デバッグ〟は()()()()()()()()()()()()となっている。

 

 では、なぜこのように変容し(バグッ)てしまったのか?

 

 それは翔の〝世界〟に原因がある。彼の〝世界〟は言ってしまえば()()だらけだ。他の世界からすれば()()であっても、翔の〝世界〟ではそれが()()なのだ。

 

 そんな世界で、()()()()に修正する恩恵が生まれたらどうなるのか。

 

 答えは簡単だ。

 

 ()()()()と見なし、()()()()と見なしてしまったのだ。

 

 他の世界と比べ、翔の世界では正常(異常)な物理法則の方が少ない(多い)

 

 他の世界と比べ、翔の世界では正常(異常)な物体の方が少ない(多い)

 

 しかし、翔の世界が基準となっているために、本来の恩恵が認識すべきものが逆転し(バグッ)てしまっているのだ。

 

 その誤認識(バグ)の結果がこの二つの恩恵なのだ。

 

 しかし、そうするともう一つ疑問が残る。なぜ、この恩恵は〝物理法則(デバッグ)〟などとなっていたのか。

 これはこの二つの恩恵の能力が似通っていたこと。そして、変容したことに起因する。

 能力の類似と変容。

 この二つの恩恵は()()()()際に存在が不安定になってしまったのだ。自分たちの存在を安定化させるために能力が類似し、同じく不安定な恩恵同士で一つになることで安定化を図ったのだ。その試みは見事成功を果たし、それぞれの存在が安定化するまで一つの恩恵として存在することを自ら選んだのだ。

 そして、今。翔は二つの恩恵のうちの一つ、〝物理演算(ぶつりえんざん)〟を暴走させてとはいえ使い続けた結果、二つの恩恵は変容し(バグッ)た状態での安定化を果たし、めでたく二つの恩恵へと戻ることが出来たのだ。

 この一連の出来事は非常に稀有で、極めて限られた環境下での現象だ。

 よもやそんなことが起こっているなどとは、誰も脳裏をよぎることは無い。この場に居ても、この場に居なくても、それは変わらないだろう。

 十六夜も翔のことだから考えるだけ無駄だと判断し、思考をやめた。

 

「まあいい。んじゃ、精々気張れよチビッ子ども」

「「チビッ子じゃねえ」」

 

 即座に反論する焰と鈴華。彩鳥は義兄弟たちのやり取りを羨ましそうに見ていたが、コホンと咳をして注目を集める。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 三人は顔を見合わせて頷き合い、最後の戦いに挑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 三人が精霊列車から出ていくのを見送った翔と十六夜。

 

「………そっくりだよなぁ、お前ら」

「焰とは血が繋がってるからな」

「あ、やっぱり?性格とかはともかく、外見とかはお前ら似てるもんな。………って、そうじゃなくってさ。焰だけじゃなく鈴華もだよ」

「は?どこがだよ?」

「自覚ないの?根元の部分がさ、こう、なんて言うのかな?うまく言葉で表せられないけど、『ああ、やっぱ家族なんだなぁ』って感じた。良くも悪くも十六夜の背中を見て育った、って感じの人としてできてるいい子たちって印象」

「………ハン」

 

 義兄弟たちを褒められたからか、少し笑みを浮かべる十六夜。それを見た翔が、

 

「なに?テレてんの?弟妹褒められてテレてんの?」

「………うっせ」

 

 十六夜が顔を背けて、そう一言溢した。翔はケラケラと笑いながら、そんな十六夜の珍しい姿を見ていた。

 そこで、パシャ、というシャッター音が響いた。

 十六夜がその音を聞いて、ギギギッ、といった錆び付いたボルトのような音が聞こえてきそうな感じで首を動かす。

 

「スカハサ、どうだった?」

「ベストショットです」

「よっしゃ!すぐにパークに収の―――」

「させるかああああぁぁぁぁッッッ!!!!!!」

「だが遅いッ!!」

 

 十六夜がスカハサが持っていたカメラを壊そうと動くが、時すでに遅し。カメラは既に翔のパークへと収納された後だった。

 

「テメエッ!!?」

「ふははははッ!!悪いな十六夜!!さっきの写真はありがたく頂戴させてもらったぜッ!!さすがのお前もパークにしまえば手出しできんだろうッ!?」

「つか何でスカハサが協力してんだよ!?」

「バカめッ!すでに最高級品茶葉と俺の菓子レシピで買収済みじゃいッ!!」

「さっきの写真をどうするつもりだ!?」

「ンなもん黒ウサギとか焰たちに見せてニヨニヨさせるために決まってるだろうッ!!俺が考えた今世紀最大級の恥辱をしっかりと噛み締めてじっくり味わうがいいさッ!!!」

「ざっけんなこのクソ野郎ッ!!」

 

 精霊列車内でこの二人が盛大に生死(社会的含む)を賭けた鬼ごっこを繰り広げていたのを、焰たち三人は知らない。

 鬼ごっこは三人がゲームクリアしたことによって強制的に終わりを迎えるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 焰たちがゲームをクリアしたことで、焰たち三人は彼らの世界のクレタ島へと帰された。

 それは他の者たちも同じだ。精霊列車は箱庭に帰り、出口から入った十六夜や釈天は焰たちと同じくクレタ島へと帰された。

 

「あんのクソバグ野郎………ッ!!!!すぐにこうなることわかって完全に逃げに徹していやがったな………ッ!!!?次会った時覚えてろよ………ッ!!!!」

 

 とある人物への怒りで全身を戦慄かせながら小さく叫ぶ十六夜。時折歯ぎしりの音も聞こえるため、相当頭に来ているのだろう。冷静な時の彼なら気づきそうなことにも気づかないほど怒り心頭だったようだ。

 その当の本人である翔は、ゲームクリアの瞬間に『俺の勝ち』宣言をしていたため、なおさら腹が立っているのだろう。

 この様子では、十六夜の怒りは暫く鎮火されることは無いだろう。

 

 

 

 

 ―――〝アンダーウッド〟精霊列車の車庫―――

 場所は変わり、箱庭の〝アンダーウッド〟。精霊列車の車庫では、今回のゲームで使用した精霊列車の修理と整備をポロロ主導の下、行っていた。

 と、其処へ黒ウサギが駆け寄り、質問を投げかけた。

 

「ポロロさん!翔さんを見かけませんでしたか?」

「あん?俺はてっきりそっちと一緒だと思ってたんだが………まさかいないのか?」

「は、はいですよ!〝アンダーウッド〟中を見て回りましたが、姿を確認できないどころか翔さんのものと思われる音すらも聞こえなかったのですよ………」

「考えられるとしたら、ゲームクリアの時にどっかに飛ばされたぐらいだが………」

「あ、あり得るのでございます………ゲームクリアの条件がゲーム盤の破壊のようなものだったので、その影響でどこかに転移したというのは十分に考えられるのでございますよ………」

「だとしたら、まず箱庭にいるのか、そうでないのかを確認するべきだとは思うが、それも難しいだろうな。まあ、あの人なら自力で帰ってきそうな気もするが………。どこかの街に飛ばされてくれてれば、自分のコネでどうにか出来るだろうが………」

「ま、街ではなかった場合は最悪いつ戻ってくるかわからない、と?」

「……………………そう、なるな」

 

 二人の間を静寂が過ぎ去る。

 

「ど、どうしましょうか…………?」

「どうするも何も、俺らからじゃどうにもできないだろう」

 

 全部が全部、翔次第という現実。それを理解した黒ウサギは深い深い溜め息を吐く。

 

「ハァ………翔さんが帰って来るのは一体いつになるのでございしょうか………」

 

 黒ウサギのそんな呟きは、誰の耳にも届かず静かに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ゲームクリアおめでとー、西郷焰君ー。聞こえないだろうけど、一応称賛の言葉を言わせてもらうよー」

 

 大の字に寝そべりながら言葉を溢す翔。

 

「…………でーもさー、さすがにこれはねーんでねーのー?」

 

 人っ子一人どころか、雑草の一つも生えない荒れ果てた荒野の真ん中で空を見上げながら呟く。

 翔はゲームクリアと同時に箱庭に戻されたのだが、〝アンダーウッド〟の影すら見えない何処とも分からぬ場所であった。ゲーム盤を破壊された弊害であろう。悉くゲーム盤とは相性の悪い男である。そのうえゲーム盤にマーカーを置いてあったため、リスポーンしても今のこの場所に位置が変更されてしまっていて、意味がない。

 果たしてここが何処なのか。本拠の土地も最初のころはこのように荒れていたが、それよりも酷いように見えるこの場所。そもそも、ここが本当に箱庭なのかすらも怪しく思えてくるほどだ。

 

「はぁー………とりあえず気の赴くままにスケートしながら移動しようかね。女王への献上品はどうにか帰れた時に釈明するとしよう」

 

 何回殺されるのかね?などと溢しながらボードに乗って移動を始める翔。

 

 この後、一ヵ月ほど費やして、なんとか本拠へと帰還を果たすも、同士たちからこってり絞られたのはまた別のお話。

 




・吸引力の変わらないただ一つのゴミ箱
 タイトル。ちなみにゴミ箱の他にも、木や岩タイプのものも存在する。
 貴方に合った最高の品物をお届けします!ご注文は以下の番号まで!
 0120-×○×-○×○

・ベストショット
 詳しくは翔が販売している『逆廻十六夜写真集 The best selection』に掲載された写真をチェック。

・ニヨニヨ
 ニヨニヨ。

・荒れ果てた荒野
 二度荒れて二倍お得に感じる字面。………いや、マジでここどこ?


 はい。ひとまずこれで更新停止期間に入りたいと思います。次の更新は最新刊を待ってね!


 …………………次の新刊、短編集だったらどうしよう………。


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ラストエンブリオ3・4・5
第三十二話 料理人は苦労人


 ―――大樹の大瀑布と水上都市〝アンダーウッド〟。

 太陽の主権戦争に参加するために春日部耀と共に〝アンダーウッド〟に来ている板乗翔は、今は彼女と別行動をしていた。

 

「……ここで買うべきものはこれぐらいかな?食材オッケー。調味料オッケー。携帯調理器具オッケー―――」

 

 ぶつぶつと独り言を呟きながら、指を折って数え始める。それを周囲の人は遠巻きに不審者でも見るかのように眺めている。だが、ここでは知らぬ人はほぼいないと言っても過言ではない人物だ。翔は良くも悪くも有名なのだ。たとえ、その多くが悪い意味だとしても。

 そんな中、必死に記憶を探っている彼に近付いてくる者がいた。

 

「……何やってるんだよ、翔さん」

「んえ?あっ、ポロロじゃん。それにシャロロも」

「ど、どもっす」

 

 声をかけられ、その方向へと首を向ける翔。そこにはポロロ=ガンダックとその姉のシャロロ=ガンダックがいた。この土地の権力者でもあるポロロのことだ。これから乗車予定の賓客に挨拶回りをしに行くところなのだろうと翔は考えた。だが、それよりもいつもと違う様子のシャロロに目がいってしまった。

 

「……?なんかよそよそしいな?なんかあった?」

「い、いや!なんもないっすよ!?」

 

 翔の言葉に必死に両手を振って否定するシャロロ。彼女はおそらく翔がいるということは、その頭首である少女もここに来ていると気づいたのだろう。シャロロは彼女と関わってあまりいい記憶がないのだから、仕方のないことかもしれないが。

 そんな彼女に首を傾げながらも、翔は気にしないことにした。

 

「そ、それよりも!翔さんは何してるんすか!?」

「俺?俺はただの買い出しだよ。何かを補充できるのはここが最後かもしれないし、買えるものは買っておいた方が安心だからな。主に食材とかな……」

 

 明後日の方向を遠い目で見つめながら話す翔。そんな彼に同情するような視線を向ける二人。どことなく周囲の何人かも、彼を温かい目で見つめている。きっと以前に彼女の被害に遭った者達か、知っている者達だろう。

 

「ま、というわけで。考え出したらさっき買った分じゃ、ちょっと不安になってきたし、買い出しに戻るわ。幸いまだ時間はあるから」

「あ、ああ。頑張ってくれ……」

「それはエキシビションとか本選に対して言ってる?それともそれ以外の何かに言ってるのか?」

「全般だ」

「……そりゃどうもー」

 

 ハァ、と溜め息を吐きながら踵を返して、市場の方へと戻り始める翔。ポロロとシャロロは見送るように手を軽く振る。

 彼の姿を見送り、その背中を見ながらポロロふと口にする。

 

「……あの人も参加するとなると、マジで勝敗が分からなくなるよな」

「突拍子もない行動とか、予測不可能回避不可能なことも平然とやることもあるっすからねえ……」

 

 ポロロの呟きに反応したシャロロは諦観が混じった声音で律義に返す。

 

「それこそ未来予知でもしない限りは無理だろ」

「いやぁ……予知できても咄嗟に反応できるっすかねぇ……?もしできてもそれこそ〝人類最終試練(ラストエンブリオ)〟ぐらいじゃないっすかねぇ……。流石に〝魔王〟レベルもギリってとこっすけど、それでも冷静に反応できるのは僅かっしょ?」

「「………………」」

 

 自分達ならできるだろうか?と考え、よく分からない動きでこちらに突っ込んでくる様子を思い浮かべ、唖然としている場面しか想像できなかった二人。

 

「……考えても仕方ないし、さっさと挨拶回りに行くか」

「そうっすね」

 

 二人も足を動かし始め、乗車予定の賓客の下へと向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 買い物を終えた翔は列車内に置いたマーカーの下にリスポーンする。

 

「ただいまー……」

「おかえり、翔。お土産は?」

 

 耀の座っている席の横の通路に出現した翔に、彼女はいの一番に手を出して何かを要求する。その様子に呆れながらも、パーク内から木箱に入れられた菓子を取りだして、耀に差し出す。

 

「今はこれで我慢してください……」

「うん。わかった」

 

 笑顔で翔が差し出してきたそれを受け取ると、さっさと箱を開けて中に入っている大福のような菓子を食べ始める。

 

「そっちの二人もどうぞ」

「えっ?あ、ありがとうございます……」

「なんか、ごめんなさい……」

 

 帰って来た時には既に席に座っていた二人、彩里鈴華と久藤彩鳥には耀に渡したものよりも小さい木箱を手渡す。二人は頭を下げて礼と謝罪を言ってくるが、翔は手を振って遠慮しながら席に着く。

 

「いいっていいって。どうせ日持ちしないから食べちゃって……」

 

 買い物の途中に〝アンダーウッド〟で主に営業してる店の店主が、料理長という翔の側面を知っているうえに、以前アドバイスを受けたことで腕前が向上したうえに箔が付き、客足が増えたためそのお礼にと押し付けられたものだ。今は耀が持っている立派な木箱のものをズイッと差し出され、流石の翔も断るのはマズいと思って大人しく受け取ったのだ。だが、ただで受け取るだけだと悪いので、更に小分けの商品も購入したのだ。今鈴華と彩鳥が持っているものがまさにそうだ。ぶっちゃければただの在庫処分である。もちろんコミュニティの同士たちにも渡す予定はあるが、それでも余るほど買ってしまっていたのだから。

 

「………………」

 

 そんなこととは知らずに、申し訳なさそうに小箱を持っている二人。そんな彼女たちの手元を物欲しそうな目で見る耀。その視線をずらして隣に座る翔へと移す。それに気づいた彼は軽く一瞥してからはっきりと告げる。

 

「そんな物欲しそうな目でこっちを見たってやらんぞ。今はもうこれで終わり」

「残念」

 

 二人の持っている木箱を見やってから翔の顔を見つめる耀。彼はその視線を一蹴する。耀もそれ以上は要求しようとはせず、大人しく自分の分で我慢した。

 

「それで、買い物は全部できた?」

「一応は。でも、貴賓車両の下見に時間使い過ぎたかも。時間を無駄にした」

「そうなの?」

「ゲームが始まってから舞台が変化するらしいんだよ。今の状態でも十分面倒な構造なのにどうなることやら。あ、それにゲームの様子は中継されるらしいから、下手に恩恵(ギフト)を見せびらかさないように注意して」

「そっか。なら、ほどほどにしないとダメだね」

 

 翔の言葉に素直に頷く耀。その二人の様子を見て、鈴華が尋ねてくる。

 

「えっと、お二人はどういった関係で……?」

「ん?前に聞いてなかった?俺は耀の補佐とか事務仕事とかをしてるって」

「えっ?あっ。この人なの?翔さんを専属料理人にしてる人って?」

「……まあ、そうだな」

 

 不本意そうな表情を浮かべながら鈴華の言葉に頷く翔。そうして隣に居る耀を指さしながら話を続ける。

 

「こんなでも耀は基本的に自由人だからな。上手く手綱を握れる人がいないんだよ。俺も含めてな」

「自由人なのは翔も同じ。私だけそうみたいに言わないでよ」

「むしろ、うちの主力は基本全員が自由人だろ。主力に俺を含んでいいかは別としても」

「……それもそうだね」

「そう思うなら少しは自制してくれ」

「無理」

「知ってた」

 

 鈴華と彩鳥も思うところがあるのか、翔の言葉に頷いて同意している。おそらくそれぞれ想像している人物は別々か、片方が思い浮かべている人物の数が多いのであろうが。

 

「それで、今日は焰は一緒じゃないのか?」

「あっ、それなんですけど―――」

 

 翔に聞かれて、事の顛末を話した二人。それを聞いて納得したように一つ頷く。

 

「……となると、異界舞台車両が有力だよなぁ」

「えっと、それってポロロも言ってたけど七両先のですか?」

「ああ。そこで負債持ちの参加者が一チームにまとめられてゲームに強制参加させられる、はず。招待状に書いてたんだっけかな?」

「「……負債?」」

「負債」

 

 話の中にあった単語をおうむ返ししてくる二人に頷きながら、同じ単語を言い返す。そうして思い浮かべるは正体は神で、今は人間の一人の人物(穀潰し)

 

「急いで合流して事情を聞きましょう!」

「そうだね彩ちゃん!これは緊急事態だよ!」

 

 勢いよく席を立って勇む二人。しかし、その二人に翔と耀が現実を突きつける。

 

「でも、貴賓車両を君ら二人で通るのは難しいと思うけど?多分向かっている途中でゲームが始まるだろうし、〝参加者〟と〝主催者〟が用意した生物なんかも出現するだろうし」

「……そうだね。十六夜の義兄弟とその友人だし、連れてってあげようか?」

「「……お願いします」」

 

 声の勢いがなくなって二人に向かって頭を下げてお願いする鈴華と彩鳥。それを見て苦笑を浮かべる二人。

 

「じゃあ、移動しようか」

「そうだな。ここに居てもゲーム開始時に出遅れるかもしれないし」

 

 それじゃあ離れないでね。と二人に言い聞かせると、先導して移動を始める耀。そして彼女についていくように促す翔。どうやら最後尾に付くことで背後を警戒するつもりなのだろう。その指示に従って鈴華と彩鳥の二人は、実力者と実力者(?)に挟まれながら、西郷焰と合流するために移動を始めた。

 




・菓子をくれた店主
 〝アンダーウッド〟で人気な販売店。洋菓子から和菓子、箱庭特有なものまで幅広く作っている。翔にアドバイスを貰ったそうだが、肝心の翔はそのことを覚えていない。

・ゲーム開始時に舞台が変わる
 仕様がよくわからなかったから、不正防止用に開始と同時に変化することにしただけ。


 とりあえず5巻が出たので更新再開。でも6巻で色々進展するらしい……。
 一先ず月一か、月二更新で、15日と月末(30日・31日・28日等)の18時に更新予定中。

 というわけで!これからもよろしくお願いします!


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第三十三話 実は三巻は大して書くネタが無い

2020/07/15 大幅改定


 異界舞台車両へと移動を始めた四人は貴賓車両を通り抜けていた。

 

 

 

「……臭い」

「……そう、ですね」

「……鼻が曲がりそう……むしろもう曲がってるかも……」

 

 耀、彩鳥、鈴華の三人が鼻を押さえながら口々に言う。それでも嗅覚を刺激してくるのだから相当に強い異臭だ。

 異界舞台車両へ向かうために貴賓車両を通っていたが、ゲームの舞台と化した車両内が猛威を振るっていた。

 女性陣が鼻を押さえる中、翔だけは鼻を押さえずにけろっとした表情をしながら三人の後ろからついていく。

 

「人の感覚で嗅覚は一番麻痺しやすいらしいからすぐ慣れると思うぞ?でもまあ、耀とは絶妙に相性が悪いからさっさと抜けちゃおう。耀、先導できる?」

「……ちょっと無理かも」

「じゃあ、二人抱えてついてきて。さすがに体に染みついちゃいそうで長居するのは俺も嫌だ。さっさと駆け抜けよう」

「いや。鼻から手を放したくない」

「あー……なら〝パーク〟に入っていてくれ。今なら鈴華と彩鳥もパークに入れられるし。この車両を抜けだしたら出すから。いっその事シャワーでも浴びてろ。ドライアドさんを介して中の状況は教えてもらえるけど、早めに終わらせて」

「うん……」

 

 耀、鈴華、彩鳥の三人をパークに入れると、このエリアを抜け出すためにスケボーに乗って急ぐ翔。

 

 

 

 異臭のする車両を抜け出すと、今度は鬱蒼と木々が生えた森のエリア。

 〝パーク〟から出してもらった三人は、石鹸の香りを漂わせながらも、出された瞬間は鼻を押さえる。しかし、すぐに異臭がしないと分かったのか、鼻から手を放して息を吸う。そうして辺りを見渡す。

 

「今度は森かぁ……でもちょっと安心……」

「いや、ゲームに使われるぐらいだから普通なわけはないと思うが」

 

 鈴華の呟きに翔が答えた瞬間、噂をしたら影、とでもいう風に一同のすぐ傍を何かが、視認することが難しい速度で過ぎ去っていく。

 

「……今、何か通った?風が吹いたけど……」

「……少し速すぎて、私の目では……」

「通ったな。鹿だ」

「うん。鹿だったね」

 

 鈴華と彩鳥の二人は呆然とするものの、翔と耀の二人はしっかりと見ていた。自分達の傍を鹿が通り過ぎるのを。

 それを見て翔は隣にいる耀に尋ねた。

 

「鹿、はどっちにもいなかったよな」

「うん。そうだね」

「じゃあ放っといていいか」

「さっさと抜けちゃおう」

「……ここら辺の野草って採取していいのかね?」

「……やめといたほうがいいんじゃないかな?」

 

 耀にそう言われて翔は渋々歩き始め、一同は森の中を抜けていく

 

 

 

 森の車両から隣の車両に移ると、眼前には山丘が広がっていた。

 

「なんでこんなに環境が変化するのさ!?列車の中だよね、ここ!?」

 

 車両を移って早々に鈴華が声を荒げる。その様子を苦笑しながら三人が見つめる。

 そんな彼女が地団駄を踏む中、山の向こうから大きな影が迫ってくる。一同がそれに気づいて注意深く観察していると、その正体が分かった。

 

「何あの猪!?でかっ!?」

「は、早く逃げましょう!」

「おお、ようやく対象の動物が出てきた。結構いないもんだな」

「そうだね。それに倒さなくちゃいけないし」

「暢気にしてる場合ですか!?」

 

 目の前に迫ってきている巨大猪を見ても特に何かをするわけでもなく、のほほんとしている二人に彩鳥が吠えた。そんな声を気にした様子もなく、猪の背中の触手に目がいった翔。

 

「……ん?あの背中のって、もしかしてブラック★ラビットイーターか?いや、動物への寄生型ってことはブラック★ラビットイーター改の方か?惜しいな。改じゃなければ食えたのに」

「なんでそんなに詳しいんですか!?というか改じゃない方は食べられるの!?」

「少々やむを得ない事情でな……。それと基本種は一応食える。味はお察し。ああ、ちなみにあれは胸が豊満な女性を狙う。約一名は気を付けてくれ」

「それを早く言ってくださいよ!?」

 

 三人の中の胸が大きい一人が反応する。それを聞き流しながら翔はさらに話を続ける。

 

「ちなみにあの下の猪は確か胸が慎ましい女性を狙うと風の噂で聞いた。他二名は気を付けろ」

「嘘ォッ!?」

 

 胸の慎ましい二人の内の一人が驚愕の声を上げる。そしてなぜそんなことを知っているのかを疑問に思った彩鳥が問いかける。

 

「なんでそんなことまで!?」

「風の噂って言ったでしょ。で、どうする?俺がやってもいいけど」

「うーん……。いや、私がやるよ。翔は二人をお願い」

「了解。ほら、二人とも。丘の向こうに出口があるはずだから行って行って。この隣が異界舞台車両だよ。扉をくぐれば観客席に出るはずだ」

「も、申し訳ありません!」

「ここ本当に貴賓車両!?そういう名前の魔界じゃないの!?」

「……?ここは箱庭だぞ?さらに言えば精霊列車の車内だ」

「マジレスしないで!!ただの現実逃避だからぁッ!!」

「耀!一応中継されてるっぽいからあまり見せすぎないようにねー!」

「うん!わかった」

 

 暢気に声を張りながら耀は猪へと、翔は鈴華と彩鳥の二人と共に隣の異界舞台車両へと向かう。

 

 

 

 鈴華と彩鳥の二人を隣の車両に送り届けた翔は、耀の許へと戻ってきた。

 すると、すでに戦闘は終わっており、猪はどこかへと消えていた。アナウンスで倒していたのはわかっていたが、吹き飛ばしていたとは流石に翔も驚いた。

 

「お疲れー」

「おかえり。二人は大丈夫?」

「流石に観客席や移動スペースなら大丈夫だろ」

「そっか。それで、これからどうする?」

「いやぁー、今回はこれ以上動いても仕方ないから、鈴華たちと合流しちゃおうぜ。時間的にももうすぐ終わるし」

 

 翔がそう言うと、ゲーム終了を知らせる銅鑼が鳴り響く。

 

「本当だ」

「どうせ次のエキシビジョンまで時間あるだろうし、少しゆっくりしよう」

 

 そうして二人は鈴華たちの許に向かい始めた。

 

「……そういえば、何で猪にブラック★ラビットイーター改が寄生していたんだ?」

「誰かの悪ふざけ、とか?」

「もしくは変態生物同士で波長があったのかもな」

「それなら翔とも気が合いそうだね」

「……そういうベクトルの変態と同じ括りにしてほしくはないかなぁ」

 

 翔はそんなことを心の底からお願いした。

 




 次の投稿は諸事情で七月末になります。申し訳ありません。


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第三十四話 恋愛描写ってどうやればいいの?(今更)

 ゲームが終わり、一同は列車内の一室に移って焰たちは十六夜へ連絡を取っていた。

 

「……ほい、お茶とお茶請け」

「ありがとう」

 

 翔と耀の二人はそんな焰たちを横目に見ながら部屋の隅で茶と菓子を味わっている。携帯電話で現状報告をしている様子を、湯呑を片手に持ちながら静観する。

 

「うん。美味しい」

「そりゃどうもー」

 

 翔は辛口あたりめを銜えながら耀の言葉に返答する。スピーカーで会話しているため、十六夜の声が自然と耳に入ってくる中、のんびりとする二人。

 

「この後は何かあったっけ?」

「ない。精々が風呂入って夕食ぐらい。あとは主催者(ホスト)からの説明かね」

「そっか。おかわり」

「……これ、かなりいいお茶なんだけどなぁ……」

 

 湯呑を差し出してきた耀に文句を言いながらも翔は茶を注ぐ。そしてすでに無くなっていたお茶請けの菓子も新しいのを出す。

 

『……さて、与太話も此処までにしよう。話から察するに近くの部屋に春日部と翔もいるんだよな?』

「………………」

「……ああ。此処にいる。ちょっと耀は食べるのに集中してるけど」

『んなもん取り上げろ』

「ッ!?」

「話は聞こえてるみたいだぞ?お茶請けを抱え込んでガードしたし」

 

 十六夜の言葉を聞いて、耀はお茶請けの入った器を腕で囲むようにして取られないようにする。翔はそれを見て「取り上げないから落ち着いて食べなさい」と告げて、十六夜に話を進めるように伝える。

 

『それにしても春日部にしちゃ人付き合いがいいな?翔に付き合わされてんのか?』

「ううん。十六夜の義兄弟じゃなかったら手伝ったりしなかったと思う。鈴華さんは菓子折りも持ってきてくれなかったし」

「え!?やっぱり怒ってます!?」

 

 鈴華が飛び上がると耀は小さく笑った。

 

「怒ってるんじゃないよ。哀しんでるんだよ」

「ウゴゴ、そっちの方が申し訳なさ度数アップです。次は持ってきますんで……!」

「あー、あまり気を遣わなくていいぞ?なんだかんだ方々からたくさんもらってるし」

『そうだな。それに春日部に関して言うならどう考えても俺が世話を焼いた回数の方が多い』

「そんなことないと思うな。十六夜も飛鳥もコミュニティに仕送りしてくれないから、ずっと私と翔が食い扶持を稼いでたんだけど」

「……耀。あまり自分から話題を掘り返さない方が―――」

『へえ?そりゃ悪かったな。ところで、俺と黒ウサギが贈ったカボチャの森の土産だが』

 

 カボチャの森。その単語が出た瞬間に耀は身体を硬直させて、翔はほら見た事かと言った風に手を頭に当てながら耀に同情する。

 

『ある日突然、人知れず消えたと聞いたんだが。春日部に心当たりは?』

「……それは、妖精さんの仕業ってことに」

 

 此処で翔の名前を出さない辺り、ほとんど名指ししているようなものだが、それでも耀は正直に白状せず言い訳を口にする。

 話の内容が気になったのか焰たちが翔に小声で尋ねる。

 

「あの、カボチャの森はどうなったんだ?」

「……耀が恐ろしい勢いで食べ尽くしそうだったから、その前に生き残っていた部分を俺のパーク内に避難させて現在鋭意栽培中。回復してきたから日照量確保のために邪魔な一部を表に出したいんだが、如何せん前科があるからなぁ……」

 

 諦めの混じった声で翔が話す。それを聞いた一同は信じられないものでも見たかのような目で耀のことを見つめる。

 強情な耀の言い訳を聞いた十六夜は、さらに別のことで追い詰めていく。

 

『ああ、なら焰が作ったヘッドホンを、三毛猫に盗ませて破―――』

「よし、この話題は此処までにしよう!」

「だから言ったのに……」

 

 はいヤメ、と降参ポーズを取る耀に呆れたような視線を翔が向ける。

 勝利した十六夜のヤハハという笑い声が電話の向こう側から聞こえてくる。

 

『ったく……相変わらず色気より食い気だな。まあ、お前はそういう奴か。変わりないようで何よりだ。ちょっとは大人っぽくなったか?』

「丸二年会ってないもの。少しくらい大きくなったよ。十六夜は?」『俺は残念だが変わりないぞ。身長が少し伸びたぐらいだ。他に変わったといえば―――いや、こういう話は後にしよう。少し内緒話がしたい。悪いけど春日部と翔と焰……あとアルジュナだけ残して、それ以外の連中は部屋の外で待つか風呂にでも入ってろ』

「それはいいけど……アルジュナさんも?」

 

 チラリ、と焰はアルジュナを見る。

 

「……わかりました。俺も逆廻十六夜には聞きたいことがありましたから」

『へえ、そりゃ楽しみだ!インド神群最強の戦士階級(クシャトリヤ)に名前を憶えてもらっているとは光栄の至り、って喜べばいいのか?』

「謙遜の真似事は止すべきだ。お前が箱庭で打ち立てた功績は俺の耳にも届いています。特に〝人類最終試練(ラスト・エンブリオ)〟である三頭龍アジ=ダカーハを倒した功績は群を抜いている。アレは人間が倒せる魔王では無かったはずですから。どんな手段で勝ったかは興味があるな」

 

 アルジュナの僅かばかりの皮肉が混ざった言葉に、焰と十六夜と翔がそれぞれ反応を見せる。

 西郷焰は、彼が口にした怪物の名を聞いてハッと顔を上げる。箱庭とつながりの薄い彼がその名を聞いて何を思ったかなどは、この場では本人しか知り得ない。

 対して、彼の傍に居た板乗翔は、その名を聞いてこめかみを押さえて、これから起こるであろうことを予想して生じてしまった頭痛を和らげようとする。そして、電話の向こうから十六夜の声が聞こえてきた。

 

『……ハッ。よりにもよって何だ、その冷める物言いは。期待して損したぞ』

「何?」

「十六夜、ストップ。何を言い返そうとしてるか分からないけど、和が乱れるのはよろしくない」

『いいや、言わせてもらう』

 

 翔は十六夜を止めようとするが、彼はそれを聞かずに言葉を吐き出し始める。

 

『人間に倒せるはずがない魔王だと?馬鹿言ってんじゃねえ。そんなものがこの世にいるものかよ。伝承として語られているアンタなら、わかりそうなもんだと思ってたんだが……ああ、そうか。大英雄アルジュナは確か、誓いを破って勝利した大英雄だったな!』

 

 違約の大英雄―――そう呼ばれた途端、アルジュナから噴出した憤怒は津波のように今までの安穏とした空気を押し流して全員を襲った。

 春日部耀は一瞬で臨戦態勢に入り、久藤彩鳥は即座に連接剣を取り出して焰たちを背にかばい、極めて乏しい武力しかない焰と鈴華も、このアルジュナという青年から沸き上がる怒気に押されて腰を浮かせた。最後の一人、翔だけは欠伸をしていた。

 その後も十六夜とアルジュナの口論が続く。翔は口だけならば可愛いものだと考えて、二人が対面していたらの口論だったらどうなっていたか想像して、ゾッとした。おそらく殺し合いが始まって、列車が破壊されていたかもしれない。

 

『―――それを破って勝利したお前が、魔王の何を語れる?何を誇る?違約の勝利の果てに、最悪の結末を引き起こしたお前が……!!!』

「そこまでにしといてくれ。これ以上はマジで勘弁」

 

 翔の疲れた声が十六夜の言葉を遮る。

 アルジュナは憤怒に身を震わせながらも、拳を握りしめてその怒りに耐えていた。

 重たい空気の中、翔が溜め息を一つ吐く。

 

「アルジュナだっけ?さっきの話題は十六夜にとってはあまり触れられたくないことだ。それこそお前が今、十六夜に言われた内容と同じぐらいに。地雷を踏まれたから踏み返した。自覚してるのかしてないのかは知らないけどな。ま、一旦席を外して落ち着かせてきてほしい」

「……わかりました」

 

 そういって、アルジュナは部屋を出て行く。

 それを見送った翔は、今度は十六夜に話しかけた。

 

「十六夜も怒りを押さえなよ」

『怒ってる?俺が?』

「そうだよ。あの名前が出ると、必ず不機嫌になって内容次第では怒ってるんだよ、お前は。とりあえず感情を落ち着かせろ。俺だってアイツのことをとやかく言われるのは嫌なんだからさ」

『……ああ、悪い。お前に言われたのにそれを聞かずに空気を悪くしたな』

「あれ、珍しいな?俺の言うことを素直に受け入れるなんて。明日は核弾頭でも降るのか?」

 

 翔の言葉を素直に聞いた十六夜に驚きながらも、笑いながら冗談を言う翔だったが、内心本当に明日何かが起きるかもしれないような気がしてならなかった。

 

「というかイザ兄も俺に話があるんだろ?もしかして例の組織を壊滅してくれたとか?」

『そんな話だったら、俺も気が楽だったんだけどな。如何やら事態は俺たちが考えているよりも複雑になっているようだ―――と、悪い。話をする前に場所を変えたい。一時間くらいしてからもう一度連絡をくれ』

「はいよ」

 

 焰が軽快に返事をして通話を切る。そして顔を翔の方に向けると、質問を投げかけた。

 

「あの、三頭龍って……?」

「ん?んー……どう説明したものかなぁ……。もう〝魔王〟は知ってるよな?」

「はい。〝主催者権限〟を悪用する者の総称、だよな?」

「そ。んで〝人類最終試練〟ってのは最古の魔王の総称で、〝主催者権限〟が擬人化したような存在だ。三頭龍はそのうちの一体で、十六夜が打倒した。非常に不本意で不名誉な勝利だったみたいだけど。どっちにしろ、十六夜の怒りは同族嫌悪みたいなものだよ」

「同族嫌悪……?」

「多分だけどな。それじゃ、連絡するまでの間、風呂にでも入ってきなよ」

「……?翔は入んないのか?」

「溺れちゃうからな」

 

 それを聞いた焰と鈴華は首を傾げ、残りの二人は苦笑を浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――精霊列車〝サン=サウザンド〟号・展望車両。

 大浴場に行く一同を見送った翔は、備え付けてある椅子に腰かけて、焰たちが出てくるのを待っている。テーブルの上には辛口あたりめを出して、もそもそと食していた。そんな彼に一つの人影が近づいていく。

 

「………………………………………………………おお。元気?」

「……貴方。いま一瞬、私のことを忘れてたわよね?」

「そんなまさか。ただ、此処に居るとは思わなくて驚いただけだって―――ペスト」

 

 名前を呼ばれた彼女は、嬉しそうにしながら柔らかい笑みを浮かべた。

 




・三頭龍アジ=ダカーハ
 変温動物。翔と一緒にお茶を飲んだお方。


 次の投稿は8月15日予定。


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第三十五話 サブタイ付けたことを猛烈に後悔している(手遅れ)

 遅れてごめんなさい……。
 いや、流石にお盆に投稿は無理がありましたね……。
 ちょっと短いですけど本編どうぞ。


 ―――精霊列車〝サン=サウザンド〟号・展望車両。

 そこに設置してあるテーブルに二つの人影があった。

 〝ノーネーム〟の板乗翔と〝アヴァターラ〟のペスト。その二人がそこにはいた。

 

「久しぶりー。前に会ったのは一月前だっけ?」

「もう忘れたの?二週間前にも会ってるわよ。貴方のお店で」

「そだっけ?」

 

 首を傾げながらもケラケラと子供っぽく、心底楽しそうに翔は笑う。それを見て、呆れたような表情を浮かべるペストだったが、そういうところが彼らしいと感じて、特に何かを言うことは無かった。

 

「にしても、ここにいるとは思わなかったぞ。てっきりジンとは別行動だと思ってた」

「心外ね。これでも警護役よ?マスターから離れる方が珍しいわよ」

「そんなもんかね?」

「そんなものよ」

 

 ほへー、と翔は納得した表情を浮かべ、あたりめを貪る。それをペストがじっと見つめる。それに気づいた翔が眉を顰めながら告げる。

 

「これはやらんぞ」

「いらないわよ、そんなもの」

「『そんなもの』言うな!これは俺の生命線やぞ!?」

「はいはい。それよりも、クッキーはあるかしら?私はそっちのほうが嬉しいのだけれど」

 

 翔の言葉を軽く流したペストは菓子を要求する。そんなこと呼ばわりされたことを何とか我慢しながら、翔は彼女にクッキーを手渡す。

 

「はい……」

「ありがとう」

「でも、クッキーでいいのか?他にも色々あるけど……」

「クッキー()、いいのよ」

「……そーでっか」

 

 ペストの言葉を聞いて翔は頬杖を突いて、改めてあたりめを銜え直す。

 

「てか、こんなところで油売ってるほど暇なの?」

「ええ、暇よ?だから貴方との会話を楽しむために此処に来たのよ」

「へいへい……。こんなことが楽しいならどうぞいくらでもお付き合いしますよ……」

「というか、貴方こそ暇なの?他のメンバーがいないようだけれど。もしかして仲間外れにされたのかしら?」

「当たらずとも遠からずー。他の奴らは全員風呂だよ」

「……たしかに仲間外れね」

 

 風呂に入ったら溺れるのだから仕方ない。金槌はスケーターの宿命である。

 ペストはそんな彼に同情するような視線を向ける。

 

「お前は風呂に行かんの?」

「今行ったら、耀に遭遇するのでしょう?なら行かないわよ」

「あっそ……」

 

 どんな理由だ、とは口にはせずになんとか呑み込んで、翔は相槌を打つ。

 

「……菓子のお代りは?」

「貰うわ」

「はいよ」

「ついでに持ち帰る分も頂戴」

「へーい」

 

 翔はペストに言われた通り、菓子を手渡す。

 

「にしても、元気そうで何よりだ」

「ええ。貴方も変わりないわね」

「ああ。問題児が減った分、楽になったよ。最近は耀の暴走を止めることが仕事だ」

「……それはそれで大変ね」

「大丈夫だ。胃袋はこっちが握ってる」

「………………………嫌な表現ね。握られてるのもどうかと思うけど……」

 

 翔の話を聞いてペストは微妙な表情を浮かべる。そんな彼女を気にした様子もなく、翔は新たにクッキーの入った小袋をテーブルの上に出す。

 

「あっ、そうだ。これ他の仲間たちにも渡しといて」

 

 そういって取りだしたクッキーを彼女に押し付ける。

 

「あら、良いのかしら?」

「構わにゃーよ。ただお前、一人で全部食うなよ?」

「…………………………そんなことはしないわ」

「……顔を逸らされながら言われても信じらんねぇんだけど?」

「あら?私が一度でもそんなことしたことがあったかしら?」

「……少なくとも、お仲間から二度ほど苦情が来ているはずだが?」

 

 ケラケラ、クスクス、と翔とペストの二人は互いに笑い合う。

 その後は他愛ない会話をしながら過ごした二人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ペストとの雑談を終えると、翔は一人で精霊列車を歩き回っていた。特に何をするでもなく適当にぶらついていた翔だが、貴賓車両のラウンジの方が何やら騒がしく、聞こえてくる声に惹かれて、そちらに足を向ける。

 

「一体、何が―――」

 

 だが、気になって顔を出してみたのが間違いだった。

 翔の視線の先にはよく見知った蛟魔王と、一度遠目で見ただけなので断定はできないが、おそらく風天と思わしき人物が、なぜか戦いながらこちらへと向かってくる光景があった。

 

「はい……?」

 

 咄嗟のことですぐに反応できずに、翔は呆然と立ち尽くしてしまう。そしてそのまま二名の戦いに巻き込まれてしまい、彼の顔面にどちらかは判断できないが、拳が炸裂した。

 

「ヒデブッ!?」

 

 魔王に匹敵する力の持ち主の拳を喰らった翔は、顔面を(アスタリスク)状に陥没させ、ゲッダンしながらどこかへと飛んでいく。

 殴られた際に微かに酒の香りを感じ取った翔は「ああ、酔っ払い同士の喧嘩か」と現実逃避する。更には、しばらくゲッダンしていなかったためか、今のこの状態に懐かしさまで感じてしまっている。

 殴られて、そのままかなりの勢いで飛んでいく翔は、精霊列車の壁を()()()()()、霊脈へと落ちていく。

 翔のことだから心配することは無いが、このままでは何処へ落ちるのか分かったものではない。普通ならば一大事なのだが、今この場に、そのことを冷静に判断できる素面の者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ヒュルルルルゥー……、などと言う生易しい表現はゲッダンしている翔には合わず、グネングネングネン!と言葉では表現できないような理解不能の動きをしながら謎の森へと不時着(落下)する。

 

「はふんっ……」

 

 よく分からない声を出しながら地面と衝突した翔は、つい癖で即座に()()()()()()()()リスポーンしてしまう。そして、新品になってから激しく後悔した。

 

「……置いちゃ、ダメじゃーん……なんで置いちゃうのぉ、俺……?どうしてぇ……?」

 

 翔は地面に蹲って頭を抱える体勢で固まる。

 置かなければまだ、精霊列車内に置いたマーカーにリスポーンできたかもしれないが、新しくマーカーを置いてしまえば、そこに上書きされてしまうのは周知の事実である。そしてなによりも、その事は翔自身が一番理解している。

 しかし、翔はすぐに気持ちを切り替えて、頭を上げて周囲を見渡す。

 

「……ここどこー?」

 

 改めて周囲を見渡しても、木、木、木、木と、四方を木々に囲まれていて人気がない。しかも地面は草が生い茂っていて、スケートで滑るにはお世辞にも快適とは言えない環境だった。

 

「あぁー、マジで最悪。流石に事故扱いだよな、これ?この場合って不参加とかにならないよな?特別措置とか取ってくれればいいけど……」

 

 これからのことを不安に思いながらも、一先ず立ち上がって、適当な方向へと翔は歩いていく。

 




 とりあえずこれでラストエンブリオ三巻は一区切りです。
 次の投稿はいつになるか未定。意外とすぐ(九月一五日)に投稿するかもしれないし、新刊出てからかもしれません。
 それと今回は予告よりも遅れてしまい、申し訳ございません。
 こんな私ですが、今後ともよろしくお願いします。


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第三十六話 I am Meat

はい、1年半振りぐらいになるのでしょうか?作者の猫屋敷の召使いです。

今回は大ッッッ変!申し訳ございませんでしたァッ!!

いやですね、言い訳をさせていただくとですね、最新刊出た頃にちまちま書いていたのですが、すぐに就活と卒論の板挟みになり、就活が終われば今度は卒論だー学会だーとなり、つい先日卒論の最終稿を提出した次第です。

いや、本当に申し訳ございません……。

ストックもないので、次話はいつになるかはわかりませんが、しばらくは不定期更新です……。

では、最新話をどうぞ……。

次の更新ストップは5巻かなぁ……。
忙しかったから、まだ6巻読めてないんだよなぁ……。


 翔が喧嘩に巻き込まれ、精霊列車の壁を通り抜けて落ちてしまった後、彼の姿が見えないことを不思議に思った耀は乗客たちに彼を見なかったか聞き込みをしていた。

 

「黒髪の男性?あぁ、その人なら風天様と蛟魔王様の喧嘩に巻き込まれて、あの壁の向こうに消えていったよ。まるですり抜けるように。すごい変な動きだったけど大丈夫かな、あの人?」

 

 

 

「妙な動きで吹っ飛んでいく男性を見なかったか、ですか?……あ、男性かどうか、というよりも人だったかどうかも分かりませんけど、すごい勢いで向こうに飛んでいく何かなら見ましたわ。でも、手足が妙に伸縮していたから違うかもしれないけれど……」

 

 

 

「手足を伸縮させながら吹っ飛ぶ男性?なんじゃそれは、何の種族じゃ?……人間?……そりゃ珍妙な。まぁ、それなら、あの壁に消えていったぞ。どうなったかは知らんが、壁に穴が開いておらなんだから、落ちてはいないじゃろうがのう。まぁ、それ以降は姿を見ておらんがの」

 

 何人かに事情を聞いて、耀は理解した。

 翔は、この列車から落ちたとしか考えられなかった。

 何故か?それは最後の老人が示した場所が車両の外の面している壁だったからだ。

 それを理解した耀は翔を探すのを諦め、とりあえず今回のゲームの運営を任されている白夜叉に相談するために運営本部のある車両に足を向けた。

 そして、目的の人物である白夜叉に事の顛末を説明した。

 その結果、捜索が行われ、遠見の水晶により、一回戦の舞台にいることが分かった。しかし、走行中の列車内に召喚するのは、女王が面倒くさがったために断念し、今回は主催者(ホスト)側の責任ということで、特に罰則などのない寛大な処置が下された。

 

「それにしても、霊脈に落ちたらどこに出るか分からんというのに、運よく一回戦の舞台に不時着するとはのう……」

「そうね。だから面白いんじゃないの」

「……意外とあやつを気に入っておるのか?」

「見てる分には面白いわよ?」

「……まぁ、そうじゃろうな」

 

 その後、翔の居場所を耀に報告し、この件は終わった。

 ちなみに蛇足だが、蛟劉と風天は追加で制裁を受けたとだけ記しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 見知らぬ密林へと不時着した翔は、当てもなくふらふらと木々の隙間を縫って進んでいた。

 もちろん当てもなく進んでいるわけだから、同じところをグルグルと回っている。

 冷や汗を滲みだしながら、流石にこれはマズイと思い、今度はただ只管にまっすぐ進み続ける。

 そして、

 

「そこのっ!……な、なんだ……生肉、か?と、とりあえず止まれっ!?怪しい動きは見せるんじゃないぞっ!?」

「ただの自力で移動する怪しい生肉に対して怪しい動きをするなとは……そういう貴様は一体何様だ!」

「等身大の生肉が言うなッ!それに自らの意思で動いている時点で十分怪しいし、自分で怪しいと認めてしまっているではないかッ!!」

 

 ごもっともである。

 いや、人間の状態では容赦なく攻撃されたこともある翔だからこそ、生肉に姿を変えて徘徊していたのだが、そんな彼の謎の思考回路には驚愕である。

 翔は弓を向けてくる牛の仮面をつけた女性に対し、彼女の気迫に押されながらも、渋々答える。

 

「……ぼ、僕は悪い生のステーキ肉じゃないよ……?」

「むしろ悪い肉ってなんだ!?」

「さぁ?腐った肉とか?」

「腐っているかどうかの話はしていないッ!!」

「ちなみに俺は鮮度抜群の新鮮な肉だ!……あっ!?だからって食べないでくれよ!?痛いんだからッ!」

 

 なぜか生のステーキ肉の状態で森の中を闊歩していた翔に、複数人の現地人らしき者達が取り囲む。そして彼らは全員、手に持っている弓を彼に向けていた。

 その中から、先ほどから質問を投げかけていた女性が歩み出てくる。

 

「お前は、さすがに巨人族の仲間ではないよな……?」

「どの巨人族かは知らないけど、まあ、これじゃあ確実に食われる側かと」

「では……なんだ?」

「生肉ですが、なにか?あと迷子です。ここ何処なん?」

「……近くの街に案内しよう。見た限り、何かを仕出かせそうにないしな」

「あざます」

 

 翔はそう言った彼女の先導に大人しく従い、後ろについていく。

 そしてしばらく歩いていくと、建造物の姿が見えてきた。

 

「あそこだ。だが、しばらくは此方が指定する建物で大人しくしていてくれ」

「ういっす」

 

 彼女の言葉に翔は上体を折り曲げて頷きを表現する。

 再び彼女の後をついていき、一つの建物に案内される。

 

「この中でなら自由にしてくれ」

「へい」

「……」

「……?どうかした?」

「……一応、中に居る者達に話をしておこう」

 

 先に彼女が中へと入り、翔のことを説明に向かう。その間翔は、一人建物の外で待たされる。

 周囲から奇異の視線と肉食獣のような視線を受けながら。

 

「……俺、食われないよね?」

 

 少し、いや大分ここに滞在することに危機感を覚えた翔であった。

 それが嫌ならば、さっさと肉の姿をやめればよいのだろうが、気分的に人型でいたくないようだ。しかし、結局のところ『気分』であり、特にステーキ肉であり続ける絶対的な理由はない。

 さらに言えば、どんな気分なのかは分からないし、理解したくもないが。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、なんとか屋根の下に入ることができ、一息をつく。

 

「いやはや、一時はどうなることかと思ったけど意外となんとかなるもんだなー」

「……これはまた、なんというべきか、珍妙な者が来たの」

「ん?」

 

 翔は聞こえてきた声に反応して、声の主の方へと赤身と脂身の入り混じった上部を向ける。

 そこには白髪赤眼の女性が床に座った体勢で彼の方に奇異の視線を向けていた。そんな彼女の傍には血濡れの戦斧があり、彼女の持ち物であろうことが窺えた。だが、その彼女の顔色はあまり良さそうに見えなかった。

 

「……どちら様?」

「それは此方が先に問いたいが、まぁよい。ワシはおぬしと似たようなものだ。行き倒れていたところをここに住まう者達が助けてくれたのだ」

「おけ、把握。俺は迷子だったところ助けられた生肉です。食べないでね?多分、現在進行形で衛生度が下がってて食べたらお腹壊すから」

「誰も人語を話す肉なんぞ食いたいとは思わんから安心せい」

「外にいる人たちには思いっきり獲物として狙われてましたけど?」

「……」

 

 翔の言葉に彼女は何も言えなくなってしまった。そのことは気にせずに床に身体を折りたたんで腰と思われる部分を下ろす。

 

「アンタ、大丈夫?あんまり体調がいいようには見えないけど」

「問題ない。おぬしに心配されるようなことはなに一つの」

「ほへー。ならいいんだけど」

 

 彼女の返答に翔は地面に寝そべり始める。

 そんな彼を見つめながら彼女は質問を投げかける。

 

「それよりもおぬしは一体どうやって言葉を発しているのだ?見る限り声帯どころか口もなさそうだが……」

「そこは、ほれ、気合いで?」

「……おぬしは今、世界の生物学者に喧嘩を売ったということを理解しておるか?」

「だってできるんだもん。でも、そう言う意味なら箱庭の生物全般がそうなのでは?」

「たしかにそうかもしれんが、それでもお主と違って声帯も肺などの基本的組織はあるわ。それらがなさそうなお主が一体どうやって声を発しているのやら……」

 

 翔の言い分に呆れながらもこれ以上聞いても無駄だということを悟った女性は、大人しく身体を休め始めた。

 翔もその様子を見ながら、参加者たちが乗る精霊列車の到着を、この場所で暫し待つことにした。

 

 

 

 

 

 

「いやだ!いやだッ!」

「ええい!うるさい!早う住人たちの盾にならんか!?」

「何回カットステーキにされたと思ってるんだよ!?今度はきっとサイコロステーキか挽き肉にされちゃうぜ!?」

「それでも蘇るのだろう!?」

「嫌なもんは嫌なんだっ!!死ぬのは別に構わないし、痛いのも最近は別に何とも思わなくなっててそろそろ自分自身でヤベエと思ってる!!でも、カットステーキに加工されるのだけは嫌なんだッ!!加工されるぐらいならこのまま焼いてほしい!!もしくは完全な挽き肉が良い!!だからせめてミンチ!!ミンチにして!!それなら調理方法がたくさんあるからさッ!!」

「そんな妙なこだわりなんぞ即刻捨ててしまえ、この不衛生ステーキ肉が!!」

「じびえ!?」

 

 白髪赤眼の彼女に容赦なく前方に蹴りだされて、翔は姿が見えない襲撃犯の下へと踊りだされる。

 

「へふん」

 

 も、瞬時に六等分されてカットステーキへと変貌する。

 そして先ほど蹴りを入れてきた女性の傍にリスポーンする。

 

「カットステーキ……カットステーキだけは嫌だと言ったのに……!!」

「全くもって役に立たんな。死なないというのはそれだけで利点だというのに……」

「と、言われましても……おわっと、危ないよー」

「む?」

 

 翔は彼女に襲い掛かってきた細い何かを、少女を引っ張って攻撃の軌道上から移動させる。どうやって引っ張っているかは分からないが。

 

「すまんな」

「いえいえ。って、今度はこっちなん?」

 

 自身に襲い掛かってきた細い何か、おそらく糸と思われるものを植物の化身・ベニヤ板を壁にして防ぐ。

 

「……よく防げるの?」

「……あれ?そういやそうだな。……なんで?」

「おぬしに分からんのに、ワシに分かるわけがなかろう」

「おっしゃる通りで」

「あとおぬしが触れたところが肉の脂で気持ち悪いんじゃが」

「それはごめんなさい」

 

 完全に防ぎきれているわけではないが、先ほどよりも格段に被弾数が減ったのは確かだった。

 自分でも理解できていない翔だが、次第に目と身体が攻撃に対して慣れてきているのだ。以前のレティシアの影との経験が此処で役立っている。とはいえ、見えづらいだけで彼女の攻撃ほど速くはないが。そのため順応が早かったのだろう。

 

「とはいえ、八方塞がりだねー」

「……うむ。そうだな」

 

 翔は一歩も動けずに襲撃者からの攻撃に受け身になることしかできず、彼女の方は体調が悪く、その影響で身体の動きも悪く襲撃者からの攻撃で曲線状の生傷もいくつか見える。

 と、そこに原住民が逃げた咆哮から近付いてくる人物がいた。

 

「ん?」

「あ」

「……お前、こんなところで何してんだ?」

「いや、精霊列車の中を散歩してたら酒に酔った蛟劉さんと風天さんの乱闘に巻き込まれて、気がついたらここに……」

「……相変わらず運の無い奴」

「てか、それよりも助けて。めっちゃきついっす」

 

 十六夜と話しながらも、翔は必死に現在進行形で襲い掛かってくる糸群をボードで防いでいる。

 

「見りゃわかる。ほら、この種を持ってけ」

「ういっす。あー、この子も連れてった方が良い?」

「任せた」

「重ねて了解。じゃ、あとは頼むわ。可能なら迎えに戻ってくるんでー」

 

 傍から見れば互いに何が分かったのか不明な会話だが、二人はそれぞれ事態を把握したのか十六夜は襲撃者を、翔は女性を連れ、程々のところで種子を植え、それが示す方へと全速力で退避する。

 細かい話は合流した後でするということを、二人は互いに理解していた。

 というよりも翔の方は今されても困るという程度の考えだったが。




・生肉:言うまでもないI am Me〇t。衛生度が爆下がり中。



次話ですが、本当にいつになるかわかりません。でも2月中には投稿したいです。

まだ待っていてくださっている方や、見捨てていない方がどれほどいらっしゃるのか分かりませんが、これからもよろしくお願いいたしします。


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第三十七話 時間稼ぎは十八番です

 1万字超えてしもうたぁ……。
 このぐらいだったら大丈夫だとは思うけど、もし読み込みが重かったらごめんなさい。
 そして恒例の書いていると別作品を書きたくなる症候群。

 あと、誤字脱字あったら教えてください。結構推敲の時点で見つけたものは直しているのですが、1万字も書いたので見落としがあるかもしれませんので……。

追記
待ってくださっている方々がいらっしゃり、励みになりました。今後もよろしくお願いいたします!


 十六夜と別れた翔は、少女を連れて、原住民たちと共に避難する。背中にいる少女は既に眠りに落ち、静かな寝息を立てていた。

 そして、辿り着いたのは巨大な建造物の入り口に広がる街並みだった。

 

「おぉ、凄いな」

 

 街並みを見渡しながら、言葉を溢す。きょろきょろと周囲を見渡し、背中の少女をどこに連れて行こうか、右往左往と入り口付近を彷徨う。

 そんな彼に声をかける人物がいた。

 

「おい、そこのお前」

「はい?」

「その娘を安置する場所まで案内する。ついて来い」

「うーす」

 

 おそらく、先ほどまで牛の仮面をつけていた女性だろう。翔は声からそのように判断した。仮面をつけている時よりも澄んでいるが間違いはないだろう。

 彼女が先導し、白いシーツに囲まれた建物に案内された。その前まで来ると、中に入るように促される。

 

「ここだ」

「へーい」

「中には他にも人がいる。あまり騒がないようにしろ」

「はーい。ありがとねー、牛仮面さん」

「変な呼び方をするなッ!」

「いや、だって名前を知らないし」

「それは、そうだが……いや、待て。そもそも初対面のはずだが?」

 

 そう。女性は今は牛の仮面を着けておらず、素顔を晒している。そして眼前にいる()()には彼女の記憶には見覚えがない。

 彼女はそのことを指摘する。

 

「へっ?……あぁー、そっか。これじゃわかんないか。別に声は変わってないはずなんだけどなぁ」

 

 彼女の言葉に、翔は首を傾げるが、すぐにあることに思い至り、実行に移した。

 とうっ!と、翔はその場で軽くジャンプをすると彼と身長の変わらない大きさの()()へと変貌する。

 

「どや?」

「……」

 

 ステーキ肉の姿でドヤ顔をしている()()()の翔だが、顔がないため、ドヤ()は出来ていないが、雰囲気だけは漂っている。

 目の前で起こった不思議な事象に頭が追い付いていないのか、女性は言葉が出てこない。

 暫く、彼女が再起動するまでじっと待っていた。

 そして、ようやく口を開いたと思うと、

 

「ゆっくりするといい。それと私はララァという」

 

 現実から目を逸らすかのように足早に去っていった。

 言葉を発してからただの一度も(生肉)のことを視界に入れようとはしなかったため、おそらく理解することを諦めたか、逃避したか。どちらかは定かではないが、速くその場から離脱したかったのは間違いないだろう。

 そんな彼女の反応を見た翔は、おそらく首に当たる部分を傾げつつも人型へと戻り、少女を背負ったまま、案内された建物の中に入る。

 中には、褐色肌の女性と寝台に寝かされている少女がいた。その少女は翔自身が背負っている少女にどことなく似ていた。

 褐色肌の女性が翔が中に入ったことで、彼の方を見やった。

 

「ん?お前は?」

「うん?あー……どう名乗ればいいんだろう?〝ノーネーム〟でいいのかな?そのメンバーの板乗(いたのり)(しょう)

「あぁ、君があの有名な」

「……どう有名なのか聞きたいけど、それもそれで怖いからやめとく」

 

 翔は背負っていた少女を空いている寝台に静かに下ろす。

 

「むっ……着いたのか……?」

「そうだけど、まだ寝てていいぞ」

「ん……あぁ……分かった……」

 

 少しの間、起きていた少女だが、翔に言われ、再び目を閉じて静かな寝息を立て始めた。

 そのことを確認すると、一つ背伸びをして考え始める。

 

「さぁて、どうするかなぁ……十六夜を迎えに行こうにも入れ違いになるのも嫌だしなぁ……」

「それなら心配ないぞ。彼には種子を渡したからな」

「あっ、それなら使っちゃった。多分。あの樹って菩提樹って言うんだっけ?なんか光ってるそれが生えるやつだったけど」

 

 そのことを伝えると、彼女が浮かべていた微笑は固まり、二人の間に静寂が生まれる。

 コホン、と一つ咳ばらいをしてから彼女は再び口を開く。

 

「まぁ、生えた樹は暫く残る。それさえ見つけられれば大丈夫だろう。それよりもこの娘たちの傍に居てやって欲しい」

「……まぁ、他に誰か来るまでは待つけど。……そういえば、名前は?」

「うん?言ってなかったか?」

「聞いてない」

「そうか、プリトゥと言う。よろしく」

「そう、よろしくー」

 

 ようやくお互いが名乗り終えると、建物の中に一人の少年が入ってきた。

 

「此処か……?」

「おっ、焰じゃーん。元気ー?」

 

 ひらひらと、入ってきた少年に向かって、翔は手を振って歓迎する。

 それに気づいた相手も軽く会釈を返す。

 しかし、はて?と翔は思い浮かんだ疑問を投げかけた。

 

「なんか、随分速いね?」

「〝代行者権限(ゲストマスター)〟の力で女王に力を借りたんだ。それで、そっちの二人が?」

 

 彼は寝台の少女二人を指差しながら、聞いてくる。

 翔は自身が連れてきた少女についても、ここに安置されていた少女についても、未だどういう存在なのかを理解しておらず、焰の言葉が何を求めているのかが分からなかった。

 

「……さぁ?俺は今来たばっかりで状況はよくわからん。どうなのプリトゥさん?」

「この二人で間違いない」

「だそうです」

 

 とりあえず、自分の隣にいる人物に丸投げた。どうやら彼の目的の少女たちで合っているようだ。

 彼女の言葉に、すぐに寝台に寝かされている二人に近寄って、状態を確認する。特に取り付けられている手甲を念入りに見ている。

 小さく舌打ちをすると、翔とプリトゥの二人に聞こえるように現状と今後について伝えた。

 

「完全に癒着してる。これじゃあ表皮ごと剝がすしかない」

「ワォ、マジで?それなら、俺は席外すね?傍にいると邪魔する気がなくても、邪魔しちゃうかもしれないし」

「私も焰が来たのなら精霊列車に行かせてもらうか」

 

 立っているだけでも、その場にいるだけでも問題(バグ)を引き起こしてしまう。そのため、翔は焰が施術を開始する前にこの場所から離れようと考えた。

 翔とプリトゥは一緒に建物から出ていく。そして、建物のすぐ前で解散する。

 

「では、またいつか会おう」

「はいはい。じゃあねー」

 

 翔はひらひらと手を振ってプリトゥを見送る。それに彼女は軽く手を上げると、精霊列車に向かい始めた。

 

「さぁて、俺はどうしよっかなぁ?……パーク内農園の様子でも見に行こうかな。大分拡張しちゃってるから見回るの面倒なんだよなぁ。でもしないとしないで正体不明の植物生い茂ったりしてるから、しないわけにもいかないんだよなぁ……。この前なんかはブラックラビットイーター()()()()の量産体制が完成間近だったし……。あっ、もしかして、あの猪の背中の奴ってうちから流れたものじゃないよな……?」

 

 そうぼやきながら、翔はその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 翔は農園の見回りが終わり、密かに植えられていた奇怪植物を廃棄し、〝パーク〟に住まう植物人間(ドライアド)達、および大樹(トレント)に説教をしてから街に戻ってきた。

 

「……んあ?どういう状況?」

 

 そんな翔が焰の下に戻ってくると、合流した十六夜と見知らぬ人物が二人いた。

 彼が首を傾げている中、十六夜だけは翔を見据えた。

 ただ一人、目が合った彼に状況の説明を求めるために声をかけた。

 

「あ、十六夜。これってどういう―――」

「翔」

 

 だが、その問いは途中で遮られてしまう。

 

「戻ってきて早々で悪いが、この亜麻色の髪の男相手に―――」

 

 ―――()()()()()()()()

 

 その一言を聞いた彼の動きは、早かった。

 

「―――あいよー、任されたー」

 

 青色と灰色のポールを出し、同時に出した柵の上に設置する。

 そして青いポールを灰のポールに交差させるようにずらす。

 

「即席、上級テクニック【ポールガン】!」

 

 すると、何故か青いポールが射出され、亜麻色の髪の男の腹部に直撃すると、その勢いのまま壁を壊して吹っ飛んで行く。

 それを見た十六夜が尋ねる。

 

「〝パーク〟は使わないのか?」

「今回は他のチームの参加者を入れるのを禁止されてるんだ。なんか、卑怯だからって理由だっけ?そんな感じ。同コミュニティと連盟なら良いらしいけどさ」

「あっそ」

 

 〝パーク〟を使って参加者を閉じ込めると、外に出ることはそう簡単なことではない。そもそも〝混沌世界(パーク)〟という恩恵は翔が元の世界で所有していた〝パーク〟を模した空間、または〝パーク〟をこちらに引っ張ってきているのかと、周囲の者達も考えていたが、間違っていた。

 実際は翔の世界にある〝パーク〟に移動させる恩恵である。これは『強制的に別の世界へと移動させる』現象、そのうえで『隔離された空間』という状況下に置くものである。そういった理由で、今回は競争相手を〝パーク〟に入れるという手段は禁じられている。

 

「んじゃ、さっさと追っかけるわ」

 

 その場に残っていた柵とポールを消し、それらと入れ替えるように斜面のオブジェクトを出すと、さらにその上に同じ斜面を少し手前にずらし、斜面の始端が地面に接触するようにして慎重に重ねた。

 そこで、彼に声をかける人物が二人いた。

 

「どれ、ワシも手伝おう」

「僕はたまたま糸が絡まってしまっただけ、ということにしておこうかな」

「了解でーす。……身体は大丈夫なの?」

「手伝うぐらいならば問題はない」

「ならいいけどさ」

 

 了承し、確認を終えると、すぐに白髪の少女を抱え上げ、絡まってきた糸は無視し、パパッと準備を終わらせると、先ほど作り上げた斜面に向かって走り出す。

 急いだのは、さっさとしないとオブジェクトがどんどんズレていってしまうからだ。

 

「【超加速】!」

 

 そして、彼の十八番であるスケボー物理学を利用した基本的な加速方法で三人は空へと飛び立つ。

 傍から見れば何が起きているのか分からない現象を目にした少女は、つい尋ねてしまう。

 

「……どういう恩恵(ギフト)じゃ?」

恩恵(ギフト)?いいえ、スケボー(ヌケボー)です」

「………………………………………………」

 

 その返答で瞬時に確信した。きっと、これ以上尋ねても無駄であろうということを。

 空中ではその問答だけで、以降会話はなかった。

 それから少しして、飛ばされた亜麻色の髪の男が見えてきた。

 

「―――っとと。到着ぅ」

 

 ()()()上手く着地出来ると、抱えていた少女を下ろし、自身の身体に()()()()()()()糸を引き抜く。

 引き抜かれた糸と彼の身体を交互に見比べながら、糸使いの男は尋ねた。

 

「……大丈夫かい?」

「へっ?なにが?」

「いや、大丈夫ならいいんだけど……」

 

 明らかに()()()()()()()()()()()()()()()()()を引き抜き、その際には糸が身体を切り裂くように抜いたにも関わらず、平気そうな翔に男は首を傾げる。

 

「あれぇ、血はついてないけど、明らかに刺さってたと思うんだけどなぁ……」

「諦めろ。この小童は頭も身体も奇妙な意味で常識外の存在じゃと思え。それが最も頭と心の平穏に良い。ワシは先ほど確信した」

「?」

 

 二人の会話を聞いていた翔は何のことか分からずに首を傾げている。

 そこに今まで腹部を押さえていた男が、胡散臭い笑みを浮かべながら顔を上げる。

 

「私を置いて暢気に談笑ですか?いい御身分ですね」

「いや、別に俺は談笑してないんだけど」

「それにしても、何てことだ。よもや―――」

「いや、悪いけど、別に俺もアンタと談笑するためにここまでぶっ飛ばしたわけじゃないんだけど……。あー、でも名前ぐらい教えて貰っても?俺の横のお二人も」

「―――いいでしょう。私はクリシュナです。ちなみにこの身体は借り物でヘラクレスのものです」

「へー。二人は?」

 

 名前を聞いても特に何の反応もない翔を疑問に思いながらも二人も自身の名を告げる。

 

「……ワシはパラシュラーマじゃ」

「僕はオルフェウス……」

「改めてよろしくー。俺は板乗(いたのり)(しょう)。ただのスケーター」

 

 特に驚いた様子もなく自分の名前を伝えた翔に亜麻色の髪の男、クリシュナは疑問を投げかける。

 

「……驚かないのですね」

「……?なんで?なんか驚く要素あった?」

「……なるほど。ただの馬鹿でしたか」

「小童……」

「君って……」

「えっ……?出会って間もない二人が呆れてるのも気になるけど、それよりもなんで初対面の人に馬鹿呼ばわりされてんの?」

 

 翔の反応にパラシュラーマとオルフェウスが呆れかえっている。そんな二人に対して怪訝な表情を向け、理由を教えて欲しそうな目で見つめる。それに溜め息を一つ吐いて、パラシュラーマが答える。

 

「ヘラクレスといえばギリシャ神群最強の戦士じゃぞ?」

「へー、そうなん?初めて聞いた。いま聞いた時は『ヘラクレス?カブトムシかな?』って思っちゃったし」

「流石にそれは……」

「え?別によくない?身体借りてるってことはクリシュナは寄生虫みたいな奴じゃないの?虫と虫で相性ばっちり!みたいな?」

「「ぷっ……!」」

 

 翔の言葉にパラシュラーマとオルフェウスの二人は思わず、笑い声をあげてしまいそうになるが、辛うじて軽く噴き出す程度に留まらせた。

 それを聞いたクリシュナは顔を俯かせ、肩を震わせている。

 

「き、寄生虫……?こ、この私が、寄生虫……?……ふ、ふふ……」

「あ、ごめん。怒っちゃった?ごめんね知識無くて。そういうのは他の人に任せてるからさぁ……。でも、この程度でキレるの?口調からしてもう少し理性的かと思ったんだけど……あっ!虫だっけ?なら人よりも脳みそ小さいもんね。そんな理性とか元からなかったかな?」

「……貴方だけは殺します」

「おー、望むところだー。かかってこいやぁー」

 

 クリシュナの殺意が込められた低い声に対し、気が抜けそうな緩い声で翔は言葉を返した。その表情はへらへらと笑っており、緊張感など欠片も無かった。

 そんな次の瞬間には翔の眼前にクリシュナ、もといギリシャ神群最強の戦士ヘラクレスの拳が迫っていた。その威力は翔を簡単に殺せるどころか、普通の人間よりも()()()()彼では、身体が消し飛ぶほどの威力を持っているだろう。

 

「ほい」

 

 そんな一撃を、翔は簡単に防いだ。

 いや、語弊があるか。

 正しくは、翔()防いでいない、だ。

 では何をしたのか?という話になってくる。

 ヘラクレスの攻撃に対して、彼が行ったことは簡単なことだった。

 相手がギリシャ神群()()ならば、こちらも自分が知っている限りの()()をぶつければいい。単純にそう考えた。

 つまりは―――

 

「ゴ、ゴミ箱……?」

 

 ―――そう、()()()()()の出番である。

 

「ふっ、やはり最強はゴミ箱先輩だな。いつも通り揺るぎない。切実に勝てる存在を教えて欲しい」

 

 『ギリシャ神群最強の戦士』対『翔が思う最強の無機物(存在)』という対決は、ゴミ箱先輩の圧勝で幕を閉じた。

 そして、翔はゴミ箱先輩に食われるヘラクレスを見て、ドヤ顔を決める。

 たしかに召喚したのは彼だが、倒したのはお前ではないのだから、そのドヤ顔はおかしいのではないだろうか。

 そんな光景を傍で見ていたパラシュラーマとオルフェウスの二人は唖然としていた。

 

「……星弓も手放し、若返ってるとはいえ、あのヘラクレスをこんないとも簡単に……」

「ゴミ箱先輩は俺の中では最強なんで。言うことを聞いてくれることは少ないけど」

「駄目じゃん!?」

「だから日頃から機嫌取りは欠かしません☆」

 

 いぇい、とダブルピースを披露しつつ言い放つ翔だが、それはそんな自慢げに、ましてや星をつけてまで言うべきことではないだろう。

 そんな中、ゴミ箱先輩に食われているヘラクレスの全身から黒い風が吹き荒れた。

 

「くっ……!まさかヘラクレスがこんな簡単に負けるとはッ……!」

 

 その黒い風は一匹の蛇のように渦を巻いて唸りを上げた。そのまま三人を避けて十六夜たちの方へ吹き抜け―――

 

「ごめん。もうちょい俺と遊んでいこうよ?こっちは時間稼ぎを頼まれてるんだよ」

 

 ―――ようとしたところを翔に()()()()

 どうやってかは知らない。原理も分からない。だが、スケーターは何故か、()()を摑むことがある。今回のこれもそういった現象の一端が起こしたことなのかもしれない。

 

「なっ!?」

「えっ!?」

 

 摑まれたクリシュナは驚きの声を上げる。だが同時に翔も驚きの声を上げる。

 

「何故摑めるのですか!?」

「なんで摑めてるの!?」

 

 そう。どうやってかは知らない。原理も分からない。それは第三者に限らず、()()()()()()同じことである。

 まぁ、日頃から様々な物を摑んだり、変な摑み方をしていた影響が出ているのかもしれない。

 不定形のものを摑む機会がなく、気付くのが遅れたうえ、いつからこのような仕様になっていたのかは全くもって不明だが。

 

「つか気持ち悪ッ!?手の中で小さい毛虫が大量に蠢いてる感じッ!?新・感・触ッ!!出来れば今すぐにでも手放したいほどのッ!!倒置法を使うレベルのヤバさッ!!放してもよろしいですかなッ!?」

「「待て待て待て待てッ!?」」

 

 口調がおかしくなるほどの不快感を手の中で感じている。口調だけでなく表情も普段見ないほどに歪んでいる。更には全身に鳥肌まで立っている。

 そんな翔が、今すぐ手を放したい旨を二人に伝えると、パラシュラーマとオルフェウスが全力で止めにかかる。

 彼の手の上から両手を上下から覆い被せるようにして握り、手を開かないように押さえつけた。

 

「小童も先ほど言っていたが、ワシらの目的は時間稼ぎじゃ!実体が顕現していない状態を押さえつけておけるのであればこれほど良いことはないッ!もう暫く耐えるのじゃ!!」

「なら握るの代わってぇッ!?」

「今の状態は小童以外無理だから言っておるのだ!!」

「ならオルフェウス!」

「僕も無理ッ!ていうか、話聞いてた!?彼女が君以外無理って言ったよね!?だから君が頑張るしかないッ!!」

「そんなぁ!!?」

 

 涙目で、いやいやと首を左右に振り、体重を後ろにかけてどうにか出来ないかと些細な抵抗をするが、地力が乏しい翔の力では、片や英雄の師で〝英雄殺し〟、片やディストピア戦争の英雄で半神半人。そんな二人の力を、力だけなら()()()()()()()()翔では振り切ることはできない。ましてや今、手から伝わってくる感触で頭もあまり回っていない。この感触から解放されるには、単純にリスポーンすれば済む話なのだが、それすらも頭の中から消え去っている。そのうえで、頭の片隅にはしっかりと十六夜から言われた『時間を稼げ』という言葉だけは残っているため、例え『リスポーン』という手段を忘れていなかったとしても、おそらく彼はその信頼に応えるためにしなかっただろう。

 ……本音が口からすべて漏れてはいるが。

 しかし、このまま摑まれたままだとまずいと考えたクリシュナは次の手を実行した。

 

「こうなったら、貴方の身体をお借りします!」

「えっ?―――二人とも離れてッ!!」

 

 翔は無理矢理二人を引きはがして、黒い風を一身に受ける。

 黒い風が吹き荒れ、翔の身体を包むようにして侵食していく。そして、黒い風が晴れたときには―――

 

「………………は?」

 

 ―――首だけが地面にあった。

 いや、正確には首より下が地面に埋まっていた。

 

「あっ」

 

 そして、翔の身体を奪ったクリシュナはふと横から聞こえた声に首と目を動かし、なんとか視線を向ける。そこには―――

 

「強制リスポーンされたのかな?いや、今回はマジで助かったけど」

 

 ―――身体を奪われたはずの翔がいた。

 これには流石のクリシュナも眼を見開かざるを得なかった。

 

「な、ななな―――」

「……?言いたいのは『なんで』、かな?いや、それに答えようにも俺自身100%理解してないから困るんだけど……あ、二人とも無事ー?」

「う、うむ……」

「う、うん……」

「それなら良かった。いやー、それにしてもビックリしたー!」

 

 アハハハ!と笑い声を上げながら、額から流れる冷や汗を拭う。顔色も若干青い。流石に彼も今回ばかりは危機感を覚えたのだろう。

 石化のときもそうだったが、前例がない状況というのはいつも焦らされる。

 

「くっ、ならこんな身体は必要ありません!」

 

 その言葉を聞いた翔達三人も対応できるように身構える。

 地面に埋まっているクリシュナが首を動かしている。しかし、ただそれだけで、先ほどのように黒い風が出るわけでもなく、何も起こらない。

 それに三人は不思議に思っていると、クリシュナが叫ぶ。

 

「な、なぜ出られないのですか!?」

「……いや、そればっかりはお前の都合だからまったくもって知らんけど」

 

 奪った身体を捨てようとするも、なんの()()なのか、出ることができない。

 ただでさえ、人間かどうかも疑問視されることもある存在だ。そのうえその身体の持ち主でさえ、よく()()らせているのだ。どんな影響があるのか分かるものではない。

 しばらく藻掻いていたが、すぐには出れないと理解すると、クリシュナは自棄を起こす。

 

「くっ!な、ならば、貴方が先ほど出したゴミ箱を……ッ!」

「あっ!?おい馬鹿やめろ!?」

 

 身体から出ることはできない。ならば、他の恩恵で応戦する。そう考え、十個ほどのゴミ箱先輩が召喚される。

 先ほどの焦りようからこのゴミ箱は彼にとっても脅威なのだろう。そう感じたクリシュナは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ふふふ、もう遅―――」

 

 ムシャァ……。

 クリシュナは自身が出したゴミ箱先輩に食われてしまった。

 

「あちゃー……だから、やめろって言ったのに……」

 

 せっかく忠告してあげたのに、と顔を右手で覆うようにして嘆く。

 容赦のないゴミ箱先輩の捕食に、パラシュラーマは慄き、彼に確認する。

 

「あれは、小童に従うのではないのか……?」

「誰もそんなこと言ってないよ?従うわけないじゃん。さっきも言った通りだよ。ご機嫌取りは欠かさないって。あのゴミ箱先輩だよ?その時の気分によるに決まってるじゃん」

「そ、そうか……。てっきり先ほどのは冗句か何かかと思っておったのだが……」

「まぁ、これで暫く時間を稼げるから、あとはのんびりしよう」

 

 お茶飲む?と、いつの間に出したのか、翔がお茶の入ったコップを手に持って二人に尋ねる。

 

「……もらおうかの」

「……じゃあ、僕も」

「うい、分かった。今テーブルと椅子も出すから待って」

 

 翔は二人の返事を聞いて、すぐにテーブルを出し、椅子を人数分セッティングした。テーブルの上にはお茶請けまで準備されていた。

 そうして、三人でお茶会を始めた。

 そのまま茶を飲み、茶菓子をつまみながら談笑していると、ゴミ箱先輩に食われていた翔から黒い風が吹き出し、真っ直ぐ十六夜たちのいる方へと抜けていった。……多少覚束ない軌道だったが。

 

「へっ?……あっ、何時の間にか俺の死体(前世)が消えてるし」

「前世って……」

 

 クリシュナが入っていたはずの翔の身体が気付かぬうちに消えていたのだ。以前も石化していた翔が元に戻ったときは暫く残り続け、時間で消滅していたが、それと同じ現象が起きたのだろう。

 黒い風が飛び去った方向を確認しながら、翔は椅子から立ち上がる。

 

「ごめん。一応追っかけるね。俺ならあれ相手でも逃げ回れるとは思うし。最終手段もなくはないから」

「うむ。ではの」

「じゃあね」

「ばいばーい。テーブルとかは放置でいいからー」

 

 翔は二人と別れると黒い風を追いかけ始めた。そんな彼の背中を見つめながらパラシュラーマが呟く。

 

「結局、ワシらはほとんどやることが無かったの」

「そうだね。正直、彼一人じゃ荷が重いと思ってついてきたけど、今回ばかりは僕らは邪魔だったかもしれない」

「……とはいえ、よくわからん童子じゃったな。本当に人か?全く別の新しい種族と言われた方が納得できるんじゃが……」

「さ、さぁ?そればっかりは僕にも分からないかな……。多分、本人に聞いても分からないと思うよ?」

「……そうじゃな」

 

 二人は疑問に思いながらも、残っているお茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 翔は黒い風を追いかけて森を駆け抜ける。

 

「たしか、こっちの方だったけど……?」

 

 森の中という環境で方向感覚を奪われ、直進しているつもりでも多少逸れてしまっているのか、なかなか十六夜と焰が逃げた場所へと辿り着けない。正確な場所も分からない上に、手掛かりは黒い風の向かった方角だけ。単純に遠いだけなのかもしれないが、少しだけ焦り始める。

 と、その時。

 

「おぅッ……!?」

 

 上空を極光が過ぎ去っていった。木々に隠れて過ぎた後の光景は分からないが、あれではしばらく減衰する事もなく、はるか遠くに光を届かせるだろう。

 

「……とりあえず、今の光の発生源と思われる方行に向かうか……?」

 

 新たな道標を辛うじて得た翔は、今度は逸れないように細心の注意を払いながら、一直線に森を進み始めた。

 そして、山の麓に小屋を見つけた。その中には、ボロボロの姿で椅子に腰かけている焰がいた。

 

「おー、いたいた。焰ー」

「……お前は」

「……なーんか、違う?……あーでもこの感じ知ってる。お店の客じゃない……けど、話してた時間が短くとも、密度が凄かったような……?」

「……」

「―――思い出した!三つ首の変温動物!……かな?」

「……たしかに間違いではないが」

 

 何とも不本意な覚え方をされてしまったものだ。

 三頭龍、アジ=ダカーハはそのように思ってしまうが、翔自身が三年前のあの時から大して変化がないことを感じさせた。

 

「おー、当たった当たった。……でも、何で?」

「西郷焰が私の化身であった。ただそれだけのことだ」

「……?……よー分からん。簡潔に敵か味方で言えば?」

「……どうであろうな。味方寄り、やもしれん」

「ならいいや。お茶飲む?」

「―――いただこう」

 

 アジ=ダカーハはクツクツと嗤いながら、翔が手渡す冷茶を受け取る。自分の分も注ぐと、ここまで急いできた理由を思い出した。

 

「あっ、そういえばあの黒い風ってどうなったの?」

「残念ながら逃げ去った」

「ふぅん?あいつ、意外としぶといんだ」

 

 翔はどこからか出した辛口あたりめを咥えながら、アジ=ダカーハの話を聞く。

 

「まぁ、どうせまた絡んでくるんだろうし、その時頑張ればいいかー」

「……」

「とりあえず撃退できたんなら、集落に宿の確保に行ってくるかな。じゃ、またいつかー」

 

 それだけ告げると、翔はボードに乗って()()()()()。アジ=ダカーハはそれを見届けると、わずかに残っていた茶を飲み干した。

 その後、翔が戻ってくると小屋には意識を失った焰、そして健やかに眠る少女に加え、十六夜の姿が増えていた。お互いが疲れていたこともあり、特に会話もせず、十六夜が少女を、翔が焰を運び、集落に借りた一室に安置し、一日を終えた。




 今話を書く際に、クリシュナの描写を何度も見返して、
①黒い風のときも実体がある
②『黒い風のみの時』と『実体がある状態』を切り替えられる
 どういった解釈が正しいのか悩んでました。具体的には上記の二つで。
 原作を何度読み返しても、私の頭ではそこら辺の描写を読み解くことができませんでした。
 ですので、この小説では、②ということにしてください。お願いします。
 ちなみに円月輪などの攻撃手段は『実体がある状態』でしか使えないということにしておきます。
 他にも奪った肉体の持ち主の恩恵を使えるのかどうか、ということも不明でしたが、今回は『使える』ということにしました。

 ちなみに今話で文字プロットと脳内プロットも出し切りました。
 この先の展開は文字にも起こしていませんし、脳内にもありません。
 ですので、次回の更新はいつになるか本当に分かりません。
 申し訳ございませんが、気長にお待ちいただけると幸いです。

・あの有名な
 一部の界隈では良い噂、大半のところでは変な噂があるらしい。

・上級テクニック【ポールガン】
 ポールが吹っ飛んでいくバグ。思い出せない方は第一部 39を参照。

・〝混沌世界(パーク)
 今回見直すまで恩恵名を忘れていた。こんな感じにルビ振ってたんだって今更ながら思った。まぁ、字面と実態は間違ってはいない。多分以降は〝パーク〟と略すことの方が多いかもしれない。

・三つ首の変温動物
 今回はこたつは無いし、飲み物は冷たい麦茶である。

蛇足
 サブタイ付けるのに1時間ぐらい悩んだ。

追記
待ってくださっている方々がいらっしゃり、励みになりました。今後もよろしくお願いいたします!


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第三十八話 翔の〝パーク〟は魔境です

はい。お久しぶりです。
中古とはいえ、PCを買い替えておんぼろPCの誤作動やフリーズにおびえることなく安心して執筆できるようになった作者の猫屋敷の召使いです。
今の今までコロナに怯えながらも新社会人として忙しい日々を過ごしておりました。
そして、ようやく生活にも慣れ始めたので、ぼちぼち更新していきます。更新を楽しみにしていた方々には大変待たせてしまい申し訳ございませんでした。

それでは最新話です。どうぞ。
久しぶりに書いているので誤字や文章に違和感があったら申し訳ございません。


 ゲーム初日にしては激動の一日を過ごした翌日。

 アトランティス大陸では日が顔を見せ始める時間帯。

 

「ふわぁ……」

 

 そんな早い時間に翔は、彼にしては珍しく大口を開けるほどの欠伸が出つつ、〝パーク〟内の()()()動植物群に散水ホースで水を与えていた。

 

「欠伸が出るかぁ……。一回リスポーンして睡魔をリセットすべきかねぇ?」

 

 誰に聞くでもなく、強いて言うなら目の前で水を浴びているドライアドやトレントに尋ねるように言葉を溢す。

 ここは他にも意思を持つ動植物を一つの〝パーク〟に集めた、翔が管理する〝パーク〟の中でも特殊で特別な〝パーク〟だ。基本的には動植物以外には翔以外立ち入ることはしないし、招き入れることもしない。そんな場所で朝からせっせと水やりをしていた。正直ここにいる動植物たちは自分で水を得るために動けるので、やりに来る必要性はあまりないのだが、定期的に見に来なければいけない理由があり、そのついでで水を与えているのだ。

 別に翔は尋ねる気はなかったが、そんな場所で溢した言葉に対して目の前の彼ら彼女らは頷いたり、枝を揺らすなど反応を示した。どうやら皆の意見は満場一致な様子だった。

 

「……そんなに言うなら、これが終わったらやっとくか。―――っとと、もうそろいいか」

 

 翔は散水を止め、ホースを片付け始める。

 

「さて」

 

 片づけを終えると、〝パーク〟内の一角に視線を向ける。

 

「これらを処分しないとなぁ」

 

 そこには、R-18G(モザイク)レベルの奇妙な動植物が山のように積まれていた。

 そう。これこそが定期的に様子を見に来なければいけない理由だ。この中では動植物たちには自由に活動させている。そのためか、なぜか見知らぬ面子が増えていることがある。どうやって増やしているのかはわからないが、中には気性の荒いものや精神衛生上よろしくないものも存在しているため、そういったものは剪定しなければいけない。

 ちなみに前回の剪定は昨日である。

 

「何で一日、いや、時間的に半日?まぁ細かいことはどうでもいいけど、そんな短い期間でこんな成長させたな。そのうえでこの造形とか、見る人が見たらSAN値直葬されるんじゃないのか?」

 

 一応、すべてに止めを刺したはずなのだが、時折動いている個体が見られる。

 ちなみにこれらの動植物の除去は知り合いから頂いた除草剤でやっている。これは周辺に被害を出さないようにピンポイントの散布が可能な優れものであるうえ、効き目は抜群なのだ。それによってイチコロであるが、使用時にガスマスクを使用しなければいけない。理由は知らないがそのように念押しされている。さらに言えば、絶対にむやみやたらに散布するなとも言われている。

 

「もうやるんじゃないぞ。リスポーンすればいいとはいえ、疲れるんだからな」

 

 おそらく危ないであろう除草剤をギフトカードにしまい込み、動植物たちに念を押してから〝パーク〟から退出した。

 

 

 

 

 

 

 

 〝パーク〟から出ると一先ず、確実にこの付近にいるであろう十六夜と合流するため、集落を散策する。

 集落では原住民たちが竈に火を入れ、煮炊きをしている香りが漂ってくる。とはいえ、煮炊きもピークを過ぎたのだろう。そこまで強い香りは感じず、残り香のようなほんのり漂っているような香りだった。

 まぁ、リスポーンしたばかりの翔には食事は必要ないため、取っても取らなくてもあまり関係はない。胃に入れようと思えば入れられるが、リスポーンすれば胃の中身もリセットされるため、意味がない。むしろ食べた分を無駄にしてしまっている。

 だが、料理人の端くれとして味は気になってしまうが、やはり、出遅れたせいかあまり残っていない。まぁ、頼めば出てくるのだろうが味を見るためだけに、一品丸々作って貰うわけにもいかない。そのため、既に出来合いのものが余っていないか目を張り巡らせる。

 翔はあえて、見覚えのある少女の前に空の皿が山のように積み上がっている光景を視界に入れないようにしながら、残っている料理がないか辺りを見渡していると、昨日お世話になった司祭補佐のララァの姿があった。翔が彼女のことを認識するとほぼ同時に、彼女の方もこちらに気づき歩み寄ってくる。

 

「起きたか。姿が見えないから何処で何をやらかして―――いや、何をしているのかと心配したぞ」

「本音が隠せてない事に気づいて」

「気のせいだろう」

「うん。それで誤魔化せるほど俺は馬鹿じゃないからね?」

「まぁ、それは置いといて。で、今度は何をやらかした?」

「やらかした前提で話を進めないで欲しいんだけど?昨日会ったばかりにしては俺の扱いが酷くありませんかねぇ……。まぁ、ここでは何もしていないから大丈夫です、はい」

 

 ここ、アトランティス大陸ではまだ大したことはしていない。しいて言えば昨夜の戦闘のことが挙げられるが、それを除くと全て〝パーク〟内の出来事だ。よって問題はない。

 

()()()()?」

「うん。ここでは」

「……深くは聞かないでおこう」

 

 聞いたところで理解できないだろうと考えたのか、ララァはそれ以上何かを尋ねてくることはなかった。

 

「ああ、そうだ。昨夜の出来事での実力を見込んで、会って欲しい人がいるのだが、どうだろうか?」

「んー?いやー、別にいいんだけどー……」

「……?何か、煮え切らない返事だな……」

 

 翔は困ったように頬を掻きながら、彼女に聞きなおす。

 

「俺なんかで本当にいいの?十八番は後方支援の俺で?仲間にも『良くも悪くも想像を超えていく』なんて言われる俺で?」

「…………待て、少し考える。本当にいいのか?邪魔になる可能性もあるんじゃないか?いや、昨夜のことだけを考慮するならば実力的には十分なはず……しかし、このような人類種かも分からない不可思議な生命体を頼って良いのか?どの参加者よりも得体がしれず、信用していいのかもわからない……だが、昨夜、悪漢を追い払ってくれたのは間違いない。……落ち着け。相手は生肉。生肉に変化するんだぞ?そもそもコイツは本当に参加者なのか?今は人間の形をしているが、生肉が人の姿をとっている、それこそフレッシュゴーレムの類であって、人類種ではないのか?いやいやいや、待つんだララァ。現実から逃げるんじゃない。実際にゲームの参加者なのは十度ほど確認したじゃないか。まぁ、残念ながら間違いはなかったが。ここに来ている以上実力者なのは間違いないんだ。…………………………よし、覚悟は決まった。改めて、会って欲しい人がいるのだが、どうだろうか?」

 

 ララァはぶつぶつと呟き、表情もころころと変化させ、挙句には汗まで流して必死に考え始める。

 そして、結論が出ると、表情を元に戻して、先ほどまで流していた汗までも影を潜め、百面相していた彼女は別人だったのではないかと思ってしまうほどの落ち着きぶりだった。

 

「うん。すごい悩んだね。途中、関係ない葛藤とか罵倒みたいなのがあった気もするけど。ちなみに、俺は紛れもなく人類種だからね?こっちの姿の方がデフォだぜ?それと残念ながらってなに?俺、馬鹿にされてるの?……いや、さっきも言ったけど、その話については了承するよ。今回のゲームじゃ、みんなの役に立てるかわからないし少しぐらい自由に動いても―――」

「そうか!感謝する!では、私は他の参加者にも声をかけなければいけないんだッ!!」

「―――って、まだ話してるのに、満面の笑みを浮かべてすごい勢いで俺から距離を取らないでもらえます?つか、バック走なのに速っ。やっぱ司祭補佐だけあって色々と凄い人なのかな」

 

 それは司祭補佐関係ないと思う。周囲で話を聞いていた者達は心中は満場一致であった。

 さて、気を取り直して十六夜と合流しないと。翔は改めて集落を見渡して彼を探し始める。

 いや、分かっている。彼も頭では分かっているのだ。

 あの山のようにある空の皿。その光景を作り出した人物は自分のよく知る者だと。

 だが、いつまでも現実から目を逸らしていては不味いと思い、ララァと話しているときからずっとこちらを見ていた二人へと近付く。

 

「おはよう、十六夜。それと、耀は出迎え行けなくてごめん。下手に動いて妙なことが起きても嫌だから、集落から動けなかった」

「……おう。それよりもララァと何を話してたんだ?」

「ん?あー、んー、なんか、会って欲しい人がいるとかなんとかだったけど……どうかした?」

「……返事はどうしたの?」

「えっ?普通に了承したけど……なんか、俺よりも向こうの方が渋っていたけど……えっと、もしかして不味かった?」

「いや、よくやった。今回ばかりは本当によくやった」

「うん。大丈夫だよ、翔。むしろ私達が失敗したから」

「?」

 

 何故かはわからないが、ララァからの頼みごとを承諾しただけなのに、十六夜と耀の二人から褒められた。

 もしかして今日はオブジェクトが降るのだろうか?いや、でも流石にそれは日常的すぎるから何かもっと凄いものが降ってくるのだろう。一体何が降るんだ?

 二人がこんなにも素直に褒めてくるなど滅多にないため、かなり混乱していた翔であった。

 

「てか、よくララァもお前にその話をしたよな」

「あぁ、なんか大分渋々だったぞ。途中途中で罵倒してきたうえ、最後の方は自己暗示を掛けてたし」

「……そんなに不承不承だったんだ」

「おう。で、なんで俺は褒められたの?あーでも、去り際に他の参加者にも声をかけるって言ってたし、ゲーム関連だったのかね」

 

 その後、詳しい理由を聞いたが、やれ英雄らしい行動うんたらなど言われてもそういった知識(神話や英雄)に疎い翔の頭では理解ができずに首を傾げた。

 ひとまず、昨日のうちに合流できていた十六夜はともかく耀と合流できたことを喜んだ。今回は()()()()()で列車の外に殴り飛ばされたとはいえ、()()()第一ゲームの会場に落ち、()()()原住民に保護され、()()()十六夜と合流できたからどうにかなったようなものだ。

 耀の鼻があればどうにかなったかもしれないが、もしも十六夜と離れた大陸の端に落ちていたらこんな簡単に合流はできなかっただろう。

 そう考えると本当に運がよかったなと思い、心底安心したのだった。

 




動植物:ブラックラビットイーターことラビやドライアドやトレントなどが存在する。中には食人植物もいたが、すでに剪定済み。剪定作業中に何回か食われたのはご愛敬。
「体が溶けていく感覚は新鮮でした」by翔

〝パーク〟:他には農園パークや酪農パーク、敵監禁用パークなどがある。

参加者:板乗翔君は参加者で間違いありません。

運よく:とても運がよかった。ご都合主義ともいう。

次話:下書きはできているので、来週か再来週の同じ時間に投稿できればいいなぁ、と考えています。

蛇足:skateの新作やラストエンブリオの新刊情報やPS5でのゲームのラインナップ(特にラチェクラ)などでテンションが上がっています。
 今はコロナで厳しい状況ですが、皆さんも気を抜かずに日々をお過ごしください。
 あと久しぶりの更新は投稿ボタンを押すのに5分ぐらいかけてびくびくしながら押してる。
 久しぶりの投稿ってなぜかすごく怯えてしまう。それなら定期的に投稿しろよって話だけど、そんな速度で書くスキルがない自分が悲しいです……。



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第三十九話 休息は大事

 十六夜と耀と合流した翔、さらに彩鳥に白夜叉から派遣されてきた上杉謙信までもがその場に集まった。

 

「―――以上が、私が派遣された理由だ」

「マジかよ」

「だ、大歓迎!大歓迎!〝ノーネーム〟は人手不足過ぎて困っています!加えて美人なお姉さんなら何時でも大募集してます!」

 

 上杉女史が派遣されたのは黒ウサギが白夜叉に頼んでいた自分の代理として〝ノーネーム〟に助っ人として参戦するためというのを彼女から聞いた。なぜ今の今まで知らされなかったのかは疑問に思ったが、そんな疑問を消し去るほどの戦力が送られてきたため、すぐに耀は喜びの声を上げ、ブンブンと上杉女史の両手を振り回す。そんな彼女を見ていた彩鳥がテーブルに顎を乗せてだらけている翔に尋ねる。

 

「……そんなに困ってたのですか?」

「ぶっちゃけ雑用なら子供たちもいるし、なんならドライアドさんたちがいるから別にって感じ。子供たちはともかく、彼女(ドライアド)達も一般人に比べればそこそこ強いんだけど、やっぱり十六夜や耀と比べると、ねぇ。んなわけで、戦闘要員の方はからっきしな訳で。子供が多いのもそうだけど、自衛手段さえも教える人員の確保ができなかったんよ。俺や耀、十六夜は恩恵(ギフト)で戦う人間で、彩鳥のように純粋な技術で戦う人員を育成しようとも思ったけど、その教師役がこれまた捕まらなんだねー」

「お店の客にはいなかったので?」

「お忍びの方も多いから頼みづらーよ。まぁ、買収しても良かったけど、俺の見る目が悪いせいで誰が適任か分からんかった。それに結局のところ育てるにも時間がかかっちゃうから、何とも言えん」

「なるほど」

「正直、十二天の内の一人である上杉さんが来てくれたのはありがたい。でも、十二天の方々ってポンコツな部分の方が印象に残ってて正直どうなの?と思うところはある。俺が精霊列車からはじき出されたのも、風天さん絡んでるし」

「……」

 

 その言葉に彩鳥、そして聞き耳を立てていた十六夜までもが何も言えなかった。何しろトップが多様な噂が尽きない釈天(とくてる)だ。不安にもなるだろう。だが、十二柱もいるのだ。まともな者もいるだろう。ただ、運悪くまともではない方の遭遇率が高いだけで、もしかしたら上杉女史は大丈夫かもしれないという淡い思いを抱くぐらいは別に構わないだろう。抱くぐらいなら。

 

「とはいえ、太陽主権戦争に於いては私はあくまでお前たちの戦闘要員としての役目しか負わない。何より護法十二天として請け負った使命がある。先ずはこの二枚の手紙を読んで欲しい」

 

 コホン、と上杉女史は咳払いをして十六夜、耀、翔、彩鳥の四人に説明する。

 

「一枚は釈天から、もう一枚は久遠飛鳥から預かった手紙だ」

「飛鳥から?」

「へえ?じゃあもしかして、今回の作戦はお嬢さまのサプライズってことか?」

「……うちの三大問題児の一人からのサプライズって時点で嫌な予感が……」

「なに自分を抜かしてんだよ」

「そうだよ。場合によっては私達より問題起こしてるよ」

「まだ人間判定されてるだけいいだろ。俺だけ『問題児』じゃなくて『問題』って言われてんだぞ」

「「「………………」」」

 

 翔の言葉に三人は顔を逸らす。会話に区切りがついたと判断した上杉女史が声をかける。

 

「……話を戻してもいいか?」

「「「「どうぞ」」」」

 

 四人が声を揃えて続きを促す。

 

「久遠飛鳥の手紙にはクリシュナの正体及びその打開策が書かれており、釈天の手紙には奴を嵌める為の作戦が書かれている。もしこの作戦を引き受けてくれるのであれば私は〝ノーネーム〟の客分としてこのアトランティス大陸のゲームに参加することを誓おうと思う」

「一人でも多い方が良いんでやりまーす。耀(リーダー)は?」

「もちろん受けます!三人だけだととてもじゃないけどゲームが成立しないし!〝ノーネーム〟のみんなは問題児ばっかりで困っていたところです!」

「特大ブーメランなことに気づいて」

 

 三年間、コミュニティの頭首をやってきた彼女だが、その三年の内にそこそこ無茶なこともしている。そのスケジュールの管理や調整は基本的には翔がまとめていた。もちろん予定通りに進まないことは多々あり、振り回されていたが、それでも作成しないよりは断然マシであった。むしろ、この三年では翔の方が問題を起こしていないだろう。店での仕事もあり、他コミュニティの接待や取引なども彼の店で行うことが多かった。彼も中々に苦労したのだ。

 

「十六夜はー?」

「ん?ああ、そうだな……」

「……やっぱなんか微妙だな。顔色も若干変だし」

 

 翔は唯一返事のない十六夜へと顔を向けて意見を求めるが、十六夜の反応が少々薄いことを気にして、彼を心配する。

 

「少し気怠いだけだ。気にするようなことじゃ、」

「そんなわけねえだろ、この馬鹿兄貴」

 

 宿舎から来た新たな人影に、翔を除いた三人が振り返る。

 其処には腰に手を当てて怒っている西郷焰の姿があった。

 昨夜のことを思い出しているのか、十六夜は鋭い瞳で彼を睨んでいる。

 

「おはよー、よく休めたかー?」

「ああ。おかげさまでゆっくり休めたよ」

「んー……うん。大丈夫そうだなー」

「?」

 

 翔も少し言葉を交わし、確認するような素振りを見せる。彼も十六夜と同様に彼が西郷焰なのかアジ=ダカーハなのかを見定めていた。

 翔の言葉に多少違和感を覚えたのか、焰は不思議そうな表情を一瞬浮かべたが、すぐに十六夜へと大股で歩み寄ると、彼の右腕に嵌められたB.D.Aを観察する。

 

「くそ、完全に癒着してる。装甲ごと肉を引き剝がさないと外れそうにない」

「またですかぁ」

「また?」

「昨日も同じようなことしてたし。あー、そういえばあの二人は?」

「女の子の方は容態が安定してきてる。パラシュラーマさんは……その、身体や臓器の機能について問題があって……」

 

 焰が言い難そうに視線を逸らす。口にするのも憚られるほどの状態らしい。

 その後、彼の辛そうな表情を見た上杉がパラシュラーマを護法十二天に預けてみないか、ということを提案する。護法十二天の中にはパラシュラーマの弟子も居り、悪いようにはならないだろうと付け加えると、彼は礼を言い、ドイツの病院の紹介状を書く約束をする。

 そこまで聞いた翔は、再び睡魔が襲ってきて夢見心地になる。

 

(んぅー……リスポーンしたけどこれかぁ。思いの外、昨日の事が精神的にキテんのかなぁ……。たしかに手の中の感触は気持ち悪かったし。それに加えて初日だからって張り切り過ぎたのかなぁ……。そんな意識は全くなかったんだけどなぁ……。あぁ、精霊列車から吹っ飛ばされたのも関係あるかも……?考え始めると思い当たる節がゴロゴロ出てくんな……)

 

 ぽやぽやとしながら、翔はこの眠気の原因を考える。それに相当しそうな出来事が一日の中に複数あり、随分濃い一日だったなどと思った。

 

「―――どう思う。……翔?翔!」

「んぁー……?」

 

 はふ、と翔は一つ欠伸をしながら、ぐぅーと身体を縦に伸ばして眠気を覚まそうとする。そんな彼を耀はジト目で見ながら尋ねる。

 

「話、聞いてた?」

「ごめん。少し、眠ってたっぽい」

「「「!?」」」

 

 その言葉を聞いて十六夜、耀、彩鳥が驚愕の表情を浮かべる。

 

「寝てた?お前が?大丈夫かよ」

「何があったんですか?身体は大丈夫なので?」

「悩みがあったら遠慮なく相談してくれていいんだからね?」

「普段が普段だからってそれはないんじゃないですかねぇ?」

 

 彩鳥ならばともかく、普段なら絶対にそんなことを言ってくれない二人が親切な対応をしてくるのを翔は頭を上げ、頬杖を突くと不満そうに言葉を返す。

 

「いや、だって、なぁ?」

 

 十六夜が耀と彩鳥の二人に確認するように目配せすると、彼女達は頷いて同意の意を示した。

 

「俺だって昨夜のごたごたで疲れてるんだってば……」

「……ちなみに何があったの?」

「ん……まぁ、色々?あーでも、一番はやっぱり手の中で小さな虫が無数に蠢いてるような感触を数分間我慢したことかなぁ……?」

「「「何がどうしてそうなった」」」

「色々だって、色々ぉ……」

 

 三人はその『色々』の部分を詳しく聞きたいのだが、もう一つ大きな欠伸をした翔にこれ以上聞くのも彼に悪いと思ったのか口を閉ざした。

 翔について詳しいことをあまり知らない焰は、そんな反応をした三人を不思議に思って疑問を口にする。

 

「眠いことがそんなに異常なのか?」

「コイツにとってはな。普通ならリスポーンすれば食事も睡眠も必要ないんだが……」

「精神的に疲労したりストレスが溜まると、こういう風に休養が必要になるんだよ」

「つまり、昨日はそれだけのことがあったってことか……なんか、無茶させたみたいですいません……」

「いいよいいよ。あれぐらいしか俺にはできないんだからさ。それで、結局何の話だったの?」

 

 翔が自分の話を打ち切って、話題を戻す。

 

「十六夜は安静にしていないといけないから留守番、彩鳥が集落の防衛、私と翔と飛鳥と上杉さんでクリシュナと戦うことについて、翔はどう思う?って話」

「ふーん……?十六夜は戦闘は厳しいって感じ?」

「うん」

「じゃあ……連れてくだけ連れて行かない?何が起こるか分からないし、相手がどんな存在かも直に見た方が、あとで聞くよりも情報としては正確だろうし」

「でも―――」

「いざとなれば〝パーク〟に入れればいい。同コミュニティだったら自由にぶち込めるから」

「「なるほど」」

「それにこういうことに限って言えば絶対予想外が起こる気がする」

「……?なんでだ?」

「飛鳥はともかく、釈天だぞ?いいか?あの釈天の作戦だからな?俺は大して接点ないけど、碌な噂を聞いてないんだが。特に『動けばいらないことしかしない駄神』なんか聞いちゃうと、もう信用ならんね。俺よりかは接点のある十六夜たちには失礼かもしれないけど、そこんとこわかって言ってる?」

「「「「………………」」」」

 

 翔の言葉に上杉女史を除いた四人が閉口する。

 

「うん、翔の案で行こう。やっぱり何事も油断しないことが大事だよ」

「そうだな。俺も出来る限り戦闘は避けるが、やむを得ない場合は手を出すからな」

「イザ兄。今日は許すけど明日からはちゃんと休んでもらうからな」

「私は力になれませんが健闘を祈っています」

 

 四人が納得し、方針が決まったところで、翔が立ち上がって十六夜と耀の二人に声をかける。

 

「そうと決まれば、飛鳥を迎えにでも行きますかー」

「えっ!?」

「あ?近くまで来てるのか?」

「多分な。おそらくはディーンに乗って―――」

 

 翔が何かを言いかけた瞬間、巨大な質量を持った何かが、足踏みするような音が聞こえた。

 

「本当だ」

「みたいだな。仕方ねぇ。迎えに行くか」

「うん!行こう!」

 

 十六夜はさっさと一人で音のする方へと駆け出し、耀は翔の手を引っ張って十六夜の後を追いかけていった。

 

「また後でぇー……」

 

 翔は残された三人に手を振りながら、連れ去られていった。残された三人は手を振り返して彼らを見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翔たちがディーンに乗った飛鳥たちのいる場所へと辿り着くと、原住民たちが彼女たちに襲い掛かっていた。

 

「「てい!」」

「「「「「グアアアアアアやられたああああああ!!!」」」」」

「ごめんなさーい!?」

 

 とりあえず手加減のプロである十六夜と手加減のセミプロである耀は、邪魔だとばかりに原住民たちを蹴散らした。

 そんな原住民を救助のプロ(自称)である翔が〝パーク〟に収容してディーンから離れた位置へと安置する。

 

「いやー、手荒い止め方で申し訳ないねー……。でもアレは巨人族じゃなくて参加者の方の恩恵でして、事態の収拾のために戦闘行為をしていた方々を気絶させるという暴挙に―――」

 

 気絶した原住民たちを現場に駆け付けてきた応援に駆け付けた原住民たちに引き渡しつつ、事情を話している。その間も気絶している者達を起こし、落ち着かせながら事情を一言二言で話す。

 すると、後ろからどりゃーという叫び声が聞こえ、そちらへ振り向くと、十六夜と耀に襲い掛かっている飛鳥と、そんな彼女に付き合わされているのか金髪の少女が混ざり、2on2で暴れていた。

 

「……どうしてそうなった?」

 

 まぁいいか、どうせいつものことだ。そう考えて、我関せずと原住民たちへの説明と気付けに専念した。

 ……時折飛んでくる岩石に気を付けながら。それでもいくつか被弾してぽっくり死んでしまったが。

 

 

 

 

 

 

「にしても、翔は混ざらないんですね?」

「ああ、彼はそういうのが苦手なんですよ。なにより、地力は他の方よりも断然劣っていますし」

「そうなんですか?」

「ええ。殺すだけでしたら鈴華さんでも可能だと思いますよ?彼は泳げませんので水中に移動させたら簡単に殺せます。マスターたちの喧嘩に交ざるだけでも死ぬでしょうね」

「そ、そうなんですか!?よく生きてこれましたね……」

「いえ、何度も死んでいますよ?」

「えっ?」

「ただ、殺したところで止められないから厄介なんです」

「じゃ、じゃあ以前も見えないところで死んでたのかな……?」

「さぁ、どうでしょうね?ですが、味方にいると心強い方ではあります。マスターも何度も助けられたと言っておりました」

「うん。それは私も分かる」

「「変人だけど(ですが)」」

 

 

 

「ぶぇっくしゅん!……?」

 




白柵様、ハキラ様、レイ・サベージ様。感想ありがとうございます!
次話はちょっといつになるかわかりません。でもできる限り早く投稿したいです。


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第四十話 翔もこの二年で成長している

ただし良い方向か悪い方向かは人によりけり。

はい、お久しぶりです。一か月弱ほどですね。申し訳ありません。

というわけで最新話です。あと、あとがきに今後の方針も書いてありますので、よければ見てください。

あと、3巻の本編の最後まで一気に行ったので、1万字越えです。
重かったらごめんなさい。


 新月が過ぎ、夜の帳を脱ぎ捨てた月が顔を見せ始めた刻限。

 一同は作戦が始まるまで、森の奥で息を潜めていた。

 

「―――基本的には俺と耀と飛鳥でやって、十六夜は不測の事態が起きない限り観察……で合ってる?」

「ああ。それでいい」

「うん。できるだけ十六夜が動かなくてもいいように頑張ろう」

「ええ、そうね。アルマも準備はいい?」

「勿論です」

「あー、で……鈴華は役割終えたら即座に退避。もしもの場合は可能なら焰や他の人も連れて集落まで避難。OK?」

「OKです!」

「じゃあ、所定の(焰が見える)位置まで移動してー」

 

 翔の言葉に鈴華は一同から離れ、焰が見える位置まで移動した。

 

「……なんで俺が指揮ってんの?」

「俺は頭が働いてないからな」

「私はお腹が空いちゃったから」

「私は緊張してしまって……」

「私はマスターの成長のために口出ししませんので」

「アルマ以外嘘臭ぇ……。まぁ、もしもの場合は俺を置いて避難して。何とか押さえるから」

 

 絶対面倒臭いだけだろ。翔はそう思ったが口には出さなかった。しかし、なぜ翔がそう思ったのか。

 たしかに、十六夜は自身が言うように貧血でいつもより思考能力が下がってはいるが、その事をニヤニヤ笑いながら告白する必要はない。耀に関しては先ほど翔が作った料理を三十人前ほど食している。それなのにもう空腹なのは噓、だと言ってほしいという願望も入ってはいるが、そのことを告げるときに僅かではあるが、この状況を楽しんでいる様子が窺えた。久しぶりに四人が揃ったことで少し羽目を外しているのかもしれない。飛鳥に関しても十六夜ほどではないが、微笑を浮かべながら言っているのだから信じられない。

 しかし何よりも、この三人の目の奥が笑っていた。結局のところ決めつける理由はそれだけで十分だろう。

 そこで耀が思い出したように翔に尋ねる。

 

「そういえば、翔はどうして飛鳥が来るのが分かったの?」

「んー?他の参加者の動向を探るために視界ジャックしまくってたらたまたま姿が見えただけ。周囲の景色も近場のようだったからそう判断したんだよ」

「「「………………………」」」

「なんだよその顔。一応俺だって、俺なりにできることをやってるんだからな?」

 

 三人は明らかに驚愕した表情を浮かべ、その反応に翔は眉間にしわを寄せた。

 結局、それ以上の反応はなく、さっさと焰の視界をジャックした翔がアルジュナと接触したことを確認すると、飛鳥に準備を促す。とはいっても、転移させられたクリシュナを斬るだけなのだが、タイミングが遅れないように集中する必要はあるだろうが、それぐらいだ。

 そして、

 

「―――来るぞ」

 

 翔が声をかけ、それを聞いた飛鳥が刀の柄に手をかけ、居合の構えをとる。そこへ、

 

「っ!?」

 

 鈴華によって空間を超えて飛ばされてきたクリシュナが姿を現す。

 

「空間跳躍―――!!?」

「遅いッ!!!」

 

 焰を殺そうとしていた瞬間を狙い、飛ばされてきたクリシュナは対象がなくなったことで、刃は空を切り、勢いが余り体勢を崩してしまう。そこに飛鳥の居合い抜きが襲い掛かる。二度の不意打ちを仕掛けられたクリシュナは彼女の刀を避けきれず、袈裟懸けに切り裂かれる。

 

「や……やったわ!!!」

「奇襲大成功!あ、後はお任せしますんで!」

「はいよー。お疲れさまー」

 

 作戦通り、且つ最大限の役割を果たしてくれた鈴華はすぐに森の影に姿を隠す。彼女の空間跳躍させるタイミングが完璧だったからこそ、飛鳥の剣術でも捉えることができた。決行した作戦は少なくとも出だしは最も理想の流れで成功した。

 

「にしても思った以上に上手くいったなー。……あれ?これってフラグ?フラグですか?『ここからが本番だ』的なあれですか?もしかして俺、やっちゃいました?」

「おい馬鹿やめろ」

 

 翔が馬鹿なことを言っていると、十六夜から突っ込みを入れられる。

 そんな中、黒い風が荒ぶり始める。

 

「お……のれ………!!!このような、小癪な手を……グ、ァ……!!!?」

 

 黒い風は明らかに制御を失いつつあった。

 絶え間なく溢れ出る黒い風は周囲の樹々を薙ぎ、地を燃やし、大気を乱れさせながら無差別に襲い掛かる。

 

「お、ノレ……わ、わた、ワタシに、何ヲした……!?」

「ふふ。貴方の霊格と伝承を切り分けたのよ。もし貴方が私たちの推測通りの人物……〝詩人クリシュナ〟なら、この一撃で引き剝がせる筈よ!」

 

 刀を正眼に構えたまま、飛鳥は彼の正体を暴く。クリシュナというのは本来なら土着の神霊を差していた名前だ。

 それが後にダビデ王のオリジナルでもある救世主となり、叙事詩〝マハーバーラタ〟で英雄となり、聖典〝神の詩〟をアルジュナに説いた詩人となった。

 そのことから、神霊クリシュナは複数個の側面を持つ化身を有する強力無比な存在なのである。

 物陰から姿を見せた十六夜は背中に鈴華を庇いながら不敵に笑う。

 

「クリシュナの化身を名乗った者は歴史的にも少なくない。恐らく化身の条件が軽いんだろう。〝僧侶階級であること〟、〝クリシュナの意思に身を委ねること〟って程度の資格でいいんだろう。アルジュナとクリシュナが接点を持っている以上―――」

「あー、その説明は後回しにしてもらってもいいですかね?俺の思い過ごしならいいんだけど、もしかしたらもしかすると、これはちょっとヤバい状況なのではと思うんだけど?俺らはともかく、他は避難させた方が良んじゃね?」

 

 十六夜の言葉を遮って、翔は黒い風が溢れ出し続けるクリシュナを指し示す。

 クリシュナの様子は一向に変化が現れない。確かに飛鳥の刀で斬りつけ、霊格を切り分けたはずにも関わらず、その効果が見られない。

 

「……だな。鈴華。集落まで逃げろ」

「で、でも、」

「いいから早く行け!!!焰や白皮症のチビたちを連れて逃げろ!!!」

「りょ、了解!」

 

 一喝された鈴華は身を縮こまらせ、おっかなビックリ姿を消す。

 異変が起きたのはその直後だった。

 アルジュナから人型の何かが剥離すると同時に、黒い風の発生源がそちらに移る。黒い髪をした青年が詩人クリシュナであることは十六夜と飛鳥、翔にも理解できた。

 もがき苦しむクリシュナは怒りの相貌で三人を睨む。

 

「何てコトを……何テコトヲしてクれタッ!!!アレはワタシとアルジュナダカラ抑えられたッ!!!アーリア人ではない私一人では……アルジュナと二人にワカレテ仕舞えば、抑えがきかん……全てが、滅んでシマウゾッ……!!!!」

「えっ?マジで?ヤバない?」

 

 クリシュナが吐いた言葉を拾った翔が焦り始める。

 彼は斬られたことに対する怒りではなく、別の何かに対して憤激を高めている。そして、一向に消えずに、溢れ続けている黒い風は何なのか。

 少なくともクリシュナにそのような伝承は無かったはずだ。

 

「まさか……クリシュナの中にもう一体、何かが潜んでいるのか!?」

「ほらぁ、やーっぱり上手くいかない~……」

 

 十六夜の言葉にため息を吐きながら翔は呆れ果てる。

 

「で、こっからどうするん?ちなみに俺は何も考えてないよ?」

 

 クリシュナから溢れ出る黒い風が天を覆いつくす様子を呆然と見上げながら、翔は隣にいる十六夜へと問いかける。

 流石の十六夜も想定外だったのか、頬を一滴の汗が流れている。心なしか身体も小刻みに震えている。それが武者震いなのか、恐怖なのかは判断がつかない。ただ、おそらくは武者震いだろうと考え、次に翔は首を左右に回し、耀と飛鳥の様子も確認する。二人も十六夜と同様に眼前の光景に目を見開き身体を震わせていた。

 

(ま、いつもなら何も感じない俺でさえ、ちびっと寒いんだから、三人は俺以上に何かを感じてるんだろうなぁ……)

 

 つい出てしまいそうになる欠伸を噛み殺しながら、そんなことをぼんやりと考えていると、吹き荒ぶ風の中、ゆっくりとクリシュナが立ち上がる。

 そして久遠飛鳥の握っている刀を凝視した。

 

「―――この怖れを知らぬ切り口。器だけとはいえ、よもや極相の星剣が完成していたとは。ギルガメシュ王とエリンの女王め。星鍵を破壊しただけでは足らんかったらしい」

「え?」

 

 今までとは全く違う雰囲気の声がクリシュナから漏れる。

 飛鳥が声を上げた途端、クリシュナの姿が消えた。しかし、

 

「あっぶねッ!?ぎり間に合ったッ!!」

 

 いつからか姿が見なくなっていた翔が()()()()()()、誰よりも早くクリシュナの攻撃を受け止めた。地面から完全に抜け出している翔は、その凶爪の一撃をボードで防いでいた。

 だが、どれほど強力な攻撃でさえも耐えてきたスケートボードがベキベキと悲鳴を上げている。それに気づいた翔が、口の端を引きつらせながら呟く。

 

「あ、これヤバい」

「翔!」

 

 翔とほぼ同時に動き始めていた耀が駆け付ける。そして、その勢いのままに両手から放出した金翅の炎を容赦なく叩きつけ、吹き飛ばす。熱風によって大地は焼け焦げ、陽炎に触れた野花は消え去り、一呼吸するだけで灰を燃やし尽くす。それはもちろん翔も例外ではない。

 

「熱いんだけどッ!?」

「ごめん!それにそんな状況じゃなかったでしょ!」

 

 腕と顔に出来た火傷の文句を告げる翔だが、耀は一言謝ると、敵を見てから発言しろと咎める。むしろ炭や灰になっていない時点でかなり配慮した方である。

 しかし、それでもクリシュナの吹き飛んだ方向から目を離さないのは流石だろう。そんな二人の視線の先で、クリシュナは無傷で立ち上がる。

 

「ほう。大鵬金翅鳥か。この身体でさえなければ、少々厄介だったのう」

「っ!?」

 

 傷一つない体を見て、耀は驚きを隠せなかった。クリシュナはそんな彼女を無視し、翔の方に目を向ける。

 

「だが、まずは一人じゃな」

 

 その言葉と同時に、翔の頭部が首から転げ落ちる。

 

「えっ?わっ、とっととととッ!?」

 

 落ちた頭部を必死に落とさないように両手をわたわたと動かしてキャッチを試みる。その甲斐があってか、地面に落ちることなく受け止められた。

 

「ふぅ……セーフ。落とすところだった……」

 

 両手で持った頭を右脇に抱えるように持ち直すと、額の汗を左手で拭う。もちろん右脇に抱えた頭部の額だ。早くも首を落とされた状況に対応しつつある翔だった。

 いや、普通の人間なら完璧にアウトな状況なのだが。種族が人間(スケーター)の翔であるから無事なのだ。

 

「ていうか、視界が新鮮だなー。何だっけ?デュラハンだったっけ?こんな感覚なのかね?」

「んなこと言ってる場合か!さっさと集中しろっ!!」

「おっと。そうだった」

「さっきの攻撃で無傷のところを見ると肉体だけはクリシュナかもしれねぇ!!」

「それに容赦なく殺しに来たから俺以外の人は気を付けて。参加者として見なされていない存在かも。それにしても箱庭に来てから初めてボードが壊されたなぁ………」

 

 十六夜の叱責によって、すぐにリスポーンして元通りの身体に生まれ直す。先ほど悲鳴を上げていたボードも新品へと生まれ変わった。翔自身、相手が容赦なく自分の首を落としに来たのが意外で警戒の段階をさらに引き上げる。

 そんな翔の様子をクリシュナの肉体を扱う者が興味深そうに眺めていた。

 

「奇怪な奴だな。……さて、それよりもこれは如何なる状況か。説明を求めようにも、小間使い一人おらぬ。ワシを一人にしておくと好き勝手に吞み込むが、其れでよいのか?白夜王かアルゴル、或いはインドラが来ぬとワシは止まらんぞ?」

 

 陰鬱な笑いを浮かべて腕を組む。この男―――言葉の端々から感じる雰囲気から女性かもしれない。その瞳は四人のことを肉としか捉えていない。

 だがふと、何かに気が付いたように瞳を見開いた。

 

「ん?……そこの小僧。よもや、原典候補者か?」

「何?」

 

 十六夜は明確に疑問符を浮かべる。

 その言葉が十六夜の意識を逸らした。

 

「極相の星剣、原典候補者、生命の大樹……ああ、そういうことか!残り一人は分からんが、合点がいったぞ!つまり貴様らが、人類最強戦力というわけか!!!」

「……?ミリオン、クラウン?」

 

 黒い風が歓喜に震えて悶えている。

 そう―――十六夜、飛鳥、耀の三人は知らない。ましてや召喚されたわけでもなく、偶々箱庭に落ちてきた翔なんかが知る由はない。

 三人が召還される際、その様に語られていたことを。

 人類最高位の才を持つ者として召還された事実を、この三人+αは知らない。

 

「いやはや、大したものよ!遅かれ早かれ表舞台に立つことになるとは思っていたが、よもやワシの前に立つのが黄帝でもギルガメシュ王でもなければエリンの女王ですらなく、斯様な小僧たちとは!連中の目論見がほぼ正しく進んでいた証拠よなァ!!!」

 

 獣の様な前傾姿勢になった男は、明確に敵意を込めて四人を睨んだ。

 

「さあさあ、そうと決まれば前哨戦じゃ!!ワシがクリシュナに預けた星権が切れるまで残り四半時!全力で死に抗え、小僧共……!!!」

 

 死に抗ったことなんて一度も無いし、むしろ正面から受け入れているんだが。それどころか、こっちからお歳暮送ってもいいぐらいには仲良しなんだが。

 翔がそんなどうでもいいことを考えていると、クリシュナの全身を黒い風が覆った。

 獣と形容するには余りにも恐ろしいその姿で、十六夜たちの眼にも留まらぬ速さで一直線に駆けだした。

 十六夜すら反応できなかったその疾走に、耀が辛うじて食らいつく。

 右手に金翅の炎を纏わせ、左手にケツアルカトルの杖を手にした状態で吼える。

 

「十六夜はまだ本調子じゃない……だから、二人には絶対に近付かせない……!!!」

「足らぬ足らぬ足らぬよ小娘!!!星の主権なき金星神の力など恐るるに足りぬ!!!さあ、我が瞳のソラを見よ!!!」

 

 言われるがまま、獣の瞳を覗き込む。

 耀はその直後、全身の血の気が失せていくのを感じた。

 黒き獣のその瞳には星が―――星々が―――否、夜空の星そのものが輝いていた。

 

「まさか……貴方は、星霊なの……!!?」

 

 箱庭を支配する三大最強種。

 神霊、龍の純血種とは交戦した経験があったが、完全な星霊とだけは戦ったことがない。知っているのは白夜叉、クイーン・ハロウィン。交戦経験があるのは、力を大きく制限されたアルゴールのみだが、彼女は星霊と言っていいのか分からないほど弱体化していた。そんな経験はノーカンだ。

 そんな最強種である星霊と思われる呵々大笑した黒き獣は、ケツアルカトルの杖を牙だけで食い破る。距離はすでにない。ここからの回避は流石の耀でも無理だ。

 

「でも、そうは問屋が卸さない、ってねー」

 

 しかし、後ろで控えていた翔が絶体絶命の耀を〝パーク〟へと避難させ、すぐに〝パーク〟から自分の後方へと放出した。

 眼前の対象が消えたことにより、黒き獣は勢いのまま、前方へと直進してくる。

 そして、その進行方向には―――

 

「はーい、いらっしゃーい♪」

 

 ―――当然、特大の地雷が存在した。

 翔は先ほどまで()()()()()オブジェクトの後ろにいた。

 そのオブジェクトは黒き獣がオブジェクトの存在する空間に入り込むと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そのオブジェクト、大型のゴミ箱(Closed Dumpster)は実体化すると同時に、その空間に存在するすべてを押し退ける。もちろん、黒き獣も例外ではない。

 

「ふぅ……初めての実戦使用だけど思いの外上手くいったな」

 

 ガンガンガンガンッ!と、押し退けられた獣はゴミ収集箱の下敷きになり、激しくバウンドし、身体全体を箱と地面に叩き付けられていた。

 

「なん、ガッ!?これ、バッ!?ふざ、ゲフッ!?」

 

 下敷きになった獣が何か言っているが、連続して叩きつけられているため、言葉にすることができていなかった。

 そんな様子を見ていたアルマテイアを除く三人が、やりきった感を出している翔へとジト目を向ける。その視線に気づいた翔が十六夜たちに顔を向ける。

 

「……なんでしょうか?」

「随分えげつない小手先の技を覚えたんだな、と」

「そうね。私なら絶対に受けたくはないわ」

「うん。味方としては凄く心強いんだけどね」

「……それって、褒めてんのか?」

「「「もちろん」」」

 

 そんな会話をしている間も、鈍い金属音が響き続ける。すると、翔は何かに気づき、飛鳥を急かす。

 

「やっべ、ズレてきてるわ。飛鳥、飛鳥。思い切ってグサッでもズバッでもいいからパパッとやっちゃって!」

「え、ええ……」

 

 連続で叩きつけられている可哀そうな黒き獣に対し、飛鳥は慈悲を与えるように刀を突き刺した。

 

「ヌッ、グゥ!!?」

 

 苦悶ではなく、ただ意外な声。むしろ先ほどまで叩きつけられていた状態の時の方が苦しそうではあった。

 だがまあ狙い通りだったのは間違いない。黒い風は急激に霧散し、クリシュナの身体から離れていく。

 黒い獣は油断したとばかりに蜷局を巻いて薄くなっていく。

 

「……チィ。随分とふざけた手段を使いおって」

 

 十六夜、飛鳥、耀の三人はこんなバグ(こいつ)と一括りにするなとでもいう風に、翔のことを横目で見つめる。そんな張本人の彼は素知らぬ顔で黒い獣を見据えている。

 対する黒い獣は、飛鳥の握る天叢雲剣を、怒りと愉悦を込めて睨みつける。

 

「極相の星剣。よもや一太刀でワシを切り離すとは。未熟者でこれとは、信じがたい切り口よ。神霊ではなく人間の可能性に賭けた王たちの勝利よな」

 

 愉快そうに牙を剝いて言葉を紡ぐ。

 だが翔を除く十六夜たち三人はそれどころではない。一瞬の攻防だったが、箱庭に来てから間違いなく一番の窮地だった。一番気楽そうな翔は死に抵抗がなく、常に捨て身、なによりも相手が遊んでいるから今は何とかなっているだけでしかなかった。そんな翔も他の者よりも数歩前に立ち、いつでも肉壁になれるように気を張っている。

 そんな中、十六夜が黒い風に問いかける。

 

「テメェ……一体何者だ?〝ウロボロス〟の首魁か?」

「〝ウロボロス〟の首魁?何を言っておる?」

 

 知らぬ存ぜぬと首を傾げる黒い獣。

 その仕草に、嘘偽りは見られない。

 十六夜はその様子を見て、拳を強く握り締める。

 

「じゃあ……何なんだ、お前は。神霊か?龍種か?それとも……星霊か?」

 

 問い掛けを受けた黒き獣は、待っていたとばかりに最後の力で威風を放つ。

 轟々と吹き荒ぶ風で星明かりを遮り、さらに暗さが増す。その中で、瞳の中で輝く星々で四人を睨み付け、山々を飲み込むほどに大きく裂けた口で笑って見せる。

 

「我を何者か問うか。———呵々、よかろう。ならば答えて進ぜよう」

「———っ、」

 

「我こそは蒼き星の大星霊が一柱ッ!!!貴様らが母と呼ぶ星の代弁者にして代行者ッ!!!〝世界の敵〟たる人類を滅ぼす者———即ち〝人類の敵〟、殺人種の王である!!!」

 

「なっ………!!?」

「殺人種ですって!?」

「ほぇー……」

「「「………………」」」

「いや、ごめんて。俺って殺されても特に問題ないからあんま関心なくて………」

 

 三人は一斉に声を上げて顔を見合わせたが、そのあとすぐに唯一気の抜けた声を出した翔が三人に睨まれ、「ユルシテ……ユルシテ………」と言いながら身を縮こませてしまう。

 だが実際、翔とはあまり関係のない存在であるのは間違いないだろう。

 殺人種とは読んで字の如く〝人間を殺す〟種のことだ。

 喰らう為でもなく、生存競争の為でもなく、〝人を殺すが為に殺す〟種のことだ。

 代表的なものにペリュトンという幻獣や必要性のない食人を行うミノタウロスのような怪物も殺人種に含まれる。

 だからこそ、殺されたところで死にこそするが、すぐに復活できてしまう翔が興味や関心を持たないのは不思議なことではなかった。

 しかし、重要なのはそこではない。眼前の殺人種の王を名乗った存在は、今まで対峙した殺人種など比にならないほど強力な力を持っていた。

 

「驚くことはあるまい。ペリュトンはアトランティス大陸特有の種。殺人種たる〝ガイアの末子〟が放った幻獣の一体よ。殺人種と星霊は表裏一体に表裏一心。斉天大聖の小娘が己の愚弟を殺して使命を受け入れておれば、もっと早く我々も目覚めたものを」

 

 半星霊である斉天大聖。

 混世魔王は斉天大聖の弟として生まれ、人間を喰らうことを使命として生まれた存在。愚弟とは彼のことを指しているのだろう。

 

「全く………困った末の娘よ。アレだけ神々の弄ばれながら、尚も人と神の側に付くとは。愚弟を殺し臓腑を喰らうだけで楽になれたものを、未熟者がくだらぬ情に流されおって」

「—————」

 

 弟を殺し、臓腑を喰らう。

 流石、殺人種の王を名乗っただけのことはある。残虐なその所業をさも当然の義務の様にいとも簡単に口にする。

 そんな言葉に、十六夜と飛鳥は怒りの余り全身が膨れ上がった。

 

「………ハッ。久方ぶりに、分かり合えねえクソ野郎と出会っちまったな」

「同感よ。地球の星霊だか何だか知らないけど、肉親を殺さなかった故の悲劇を尊ぶならまだしも、未熟者だと嘲笑うなんて論外だわ」

 

 此処に来て意気軒昂の二人。相手が星霊であろうと構いはしない。

 そんな二人の怒気を後ろから諸に浴びている翔は、別に何かを感じることはないのだが、声色から色々と察した。

 

(感情に身を任せて突っ込まなきゃいいけど………。つか、二人は今どんな表情してんだろ。興味本位で見てみたい気もするが、ちょっと怖くもある。でも、アレから目を逸らすのも不味いしなぁ。視界ジャックも隙ができるし………)

 

 黒き獣が薄くなっていき消えかけているとはいえ、油断できない睨み合いに飽きてきた翔が、必死にあくびを噛み殺しながらもどうでもいいことを考えているが、それでも視線だけは眼前の黒き獣に固定されている。そのうえ、左手には薬品の入った注射器が握られており、置き土産や最後の一撃などがあれば、すぐに使用できるように準備していた。

 そんな不安を他所に、殺人種の王は星の瞳を大きく見開き、呵々大笑して消えていく。

 

「ククッ、一人を除き鮮度の良い童たちよ。………この地にはもう星辰体の楔も感じられぬし、近いうちに〝ガイアの末子〟も目覚めるだろう。なればその次はワシの番じゃ!その細首、他の者に喰われぬよう気を付けておくのじゃなァ!」

 

 黒い風が高笑いと共に完全に霧散する。

 先ほどまでの高笑いは夜風に消え、静寂が満ちていく。森の樹々が葉を擦れさせる音が徐々に強くなり始めると、十六夜が天を仰いで大きく溜息を漏らした。

 

「………アレが本物の星霊。しかも殺人種ときたか」

「ええ………想像以上の存在だったわね」

「………うん。私も死ぬかと思った」

「………明言してないけど、絶対除かれたのって俺だよね。なんで?」

「「「……………」」」

「無視か?無視ですか?おい、顔を逸らすんじゃねえよ。いや、顔を逸らしててもいいからせめてなんか言え」

「翔だからな」

「翔君だからね」

「翔だもん」

「俺の名前は何かの代名詞なのか?もしそうなら意味を教えろやコラ」

 

 三人から同じ返答をされ、翔は不満そうに顔をしかめる。

 そんな彼を見て、耀はふふ、と力を抜いて笑みを浮かべた。

 今のやり取りである程度の緊張が抜けた十六夜と飛鳥が、不思議そうに耀をみた。

 

「何だか、箱庭に来た時のことを思い出すね」

「そうかしら?」

「そうだよ。だって私たちが最初に挑んだ魔王って、星霊の白夜叉だったじゃない?」

 

 耀の言う通り、召還されたばかりの頃、四人の前に立ちはだかったのは、東側で最強と謳われていた〝白き夜の魔王〟白夜叉だった。

 

「………ええ。そういえばそうだったわね」

「あの時は度肝を抜かされたもんだ。星の運行に携わるほどの相手となると、流石の俺も半歩退くしかなかった」

「………おかしいな。記憶が間違ってなければ、俺は一度は止めたはずだし、なぜか強制的に参加させられたはずなんだけど」

「細かいことは気にするな」

「そうよ、翔君。男の子なんだから一々小さいことを気にしてはだめよ」

「そうだったかもね」

 

 三人が笑みを浮かべながら口々に言う。そして耀はその笑みを挑戦的なものへと変化させ、十六夜たちに言う。

 

「でも、あの頃とは違う」

 

 そんな言葉に、十六夜と飛鳥は面食らう。

 だが次の瞬間には、同じように挑戦的な笑みを浮かべていた。

 同じ表情を浮かべた三人を見て翔は、「あぁ、またこいつらに付き合わされるんだな」と諦観の念を抱いていた。

 

「………そうだな。不意打ちに面食らったが、戦えない相手じゃないだろう」

「みんなそれぞれ、魔王に対しても切り札があるものね」

「うん。召還されたばかりの三年前とは違う。だけど、もう少しだけ足らない。それを補うためのコミュニティなんだと思う。だから―――」

 

 パンパン、と服の埃を叩いて立ち上がる。

 振り返った耀は、満面の笑みで両手を広げた。

 

「二人とも――〝ノーネーム〟に、おかえりなさい」

 

 改まった再会の挨拶を受け、四人は同時に噴き出した。彼女の傍でずっと見ていた翔でさえ、実力的にも精神的にも立派な頭首として成長に驚いた。三年前の耀からは考えられない台詞だ。

 翔は今の今まで手に握っていた薬品を仕舞うと、意識を失ったクリシュナとアルジュナを担ぎ上げる。

 

「何はともあれ、ミッションクリアだ。此れで暫く白皮症のチビは安全だろう。早速アトランティス大陸の謎解きに向かいたいところだが―――」

 

 十六夜は言葉を切り、空を見上げる。

 すると主催者と出資者たちを乗せた精霊列車が螺旋状に走りながら十六夜たちの許へ降りてきた。

 

「………まずは、事情を知っていそうな奴に話を聞こうじゃねえか。このアトランティス大陸の謎と太陽主権戦争、そして殺人種を名乗る怪物についてな」

 




レイ・サベージ様、ゲッダン侍様、白猫プロジェクト様。感想ありがとうございます!
また、感想を受けて三十二話の内容を改稿しました。

そして、今後の方針についてですね。

とりあえず、7巻までは書きます。理由はラストエンブリオ8巻のあとがきもしくは原作者様のTwitterを見て察してください。

そのあとは一応連載中の表記のままにしておきます。

もしかしたら原作で書いていなかった短編の話などを書くかもしれません。書かない可能性もありますが。

もしも、続刊が出た場合は、おそらく続きを投稿すると思います。

ちなみにこれ以降は脳内プロットだけで文字にすら起こしてません。
なので時間がかかると思います。ごめんなさい。

それでは、今回も読んでくださりありがとうございました。


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ラストエンブリオ6・7
第四十一話 人類かどうか怪しい人類


恥ずかしながら帰って参りました。作者の猫屋敷の召使いです。
一年以上ぶりですね。遅くなって本当に申し訳ない。
あと、社会人って忙しいですね。なかなか時間のやりくりが慣れない。
他の社会人の作者の方々ってどうやって時間を作ってるんだろう……。

では最新話です。


時間が欲しい……。


 汽笛を鳴らしながら、精霊列車が森へと降りてくる。

 主催者と出資者が乗車している精霊列車がアトランティス大陸に降りてくるということは、本来なら考えられない事態だ。上空を滑走していた精霊列車が弧を描きながら降りてくると、逆廻十六夜は神妙な顔でその様子を窺う。

 

「降りてきやがったな。これで神王様から直々に話を聞けるなら手っ取り早いんだがね」

 

 十六夜の呟きに、久遠飛鳥が驚いた顔をする。

 

「神王? 神王って、インドラさんのこと?そんな凄い人まで足を運んでいるの?」

「そりゃそうだろ、主催者の一人なんだから。……ん?そういえばお嬢様はどうやってこのアトランティス大陸に上陸したんだ?」

「私?私は予選から勝ち上がってきただけよ。太陽主権も太陽伝承も持たない人向けの一般参加枠。〝天の牡牛〟事件で進行が遅れて、着いたのが初日ギリギリってこと」

 

 飛鳥の話を聞いて、春日部耀が思い出したように手を叩く。

 

「そういえば〝天の牡牛〟事件で予選会場が吹き飛んだんだっけ。その時に避難を手伝ってくれた参加者がいたって聞いたけれど……もしかして、飛鳥のこと?」

「私もそうだけど、他にも居たわ。特に二本の槍を使う金髪の男の子なんて強いなんてもんじゃなかったもの。アルマ曰く、神群最高位に近しい実力者が七人は参加していたって話よ」

 

 へぇ、と十六夜は相槌を打つ。翔も納得したような声を上げる。

 

「あー、まぁ太陽の主権や伝承がないとどんな実力者でも予選からだしなぁ」

「それもそうか。お嬢さま以外は誰が予選を通過したんだ?」

「確か武勇の部門がその男の子で、知勇の部門が東洋系の子。他にも何人かいたけれど、最終的には私たち三人ね」

「てか、そんな予選を勝ち上がってきたのか……」

 

 翔は飛鳥を含め、そんな予選を勝ち上がってきた相手と競い合うということを考える。が、結局は自分が果たすべき役割は大して変わらないんじゃないかということに気付き、考えることをやめた。

 

「まぁ、そのときに考えればいいか……」

 

 それにしてもここ数日は本当に疲れるな。

 翔はリスポーンしても消え去らない疲労を感じながら、内心だけで愚痴を溢す。

 

(ほんと、くそ眠い……。ここまでのは久しぶりだな……)

 

 睡魔に耐えながらも翔は三人の会話をぼんやりと聞く。彼が十六夜のいつもの笑い声を耳にすると同時に、そこへ西郷焰と彩里鈴華が姿を見せる。

 

「揃ったか。ならさっさとこの二人について考えね?正直、俺はもう眠すぎて立ってるのも辛い……」

「……そんなにか?」

「ぶっちゃけ、さっきの三人の会話も頭に入ってないぐらいには……」

「……なんでだろう?昼間はちゃんと休んでたよね?」

「あぁ……」

「殺人種に殺されたから、とか?」

「あー……あり得る、のか……?」

「お前ですらわからないことを俺らに分かるわけないだろ」

「でーすよねー……とりあえず、そこらで寝てるから、用があるときか移動するときには起こして………」

 

 覚束ない足取りで木の傍に歩いていくと、すぐそばに二人を地面に下ろすと、、自身も根元に腰を下ろして木に背中を預けると、彼自身が言っていたように、ものの数秒ですぐに寝息を立て始めた。

 

「大丈夫かな……?」

「さぁな。まぁ、死ぬことはないだろ。目を覚ますかどうかは別にして」

「……一回だけ起こしてみる?」

「遅くとも移動のときに起こすんだ。寝かせといてやれ。今回は大活躍だったからな。手段はともかく」

「……それもそうだね」

 

 その後、一同は降りてきた釈天を交えて話を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 翔は壮絶な音が鳴り響いたのを切っ掛けに目が覚めた。

 まだ起きたばかりでぼんやりとした意識と視界の中で、なぜか十六夜が崩れ落ちるのを目撃した。

 

「……なにごと?」

「寝かせただけ」

「………………あー、なんとか把握。起きた後が怖いけど」

「それよりも翔は大丈夫?」

「それよりもって……。まぁ、こっちは平気。少し寝たら楽になった」

 

 まだ眠いけど。そう締めくくると、あくびを一つ溢した。

 耀が十六夜を殴り倒したのだと理解すると、十六夜を担ぎ上げる。

 

「あー……そちらが噂の神王様?」

「ああ。今は御門釈天と名乗っている」

「板乗翔です。よろしくー」

 

 互いに自己紹介を終えると、翔はもう一つだけあくびを溢す。

 

「で、どういう状況?」

「私たちは遅れてるらしい」

「だろうね。それ以外は?」

「それ以外はあまり関係が……待って。『だろうね』ってどういうこと?」

「んー?視界ジャックで色々見てると参加者の進行状況もある程度把握できるのよ。クリア報酬の文面とか。それで、俺らよりかは進んでるのが何組かいた―――」

「内容は覚えてる?」

「―――……覚えてるけど」

「あとで紙に書き写して」

「……えっ?『有り』なの?ゲームも何もやってないのにクリア報酬だけ盗み見って?」

 

 翔は審判である黒ウサギと出資者である釈天の方を見る。

 

「一応、ゲームをクリアして入手してほしいのだが……」

「だそうで」

「ちっ」

「参加者間の任意譲渡、または共有は有りだがな」

 

 ちっ、と耀はもう一つ舌打ちをする。

 耀が諦めたのを確認すると、翔は話を変える。

 

「で、そこの二人はどうするんだ?参加者は無理だけど、それ以外なら〝パーク〟にぶち込んでもいいんだけど」

「参加者であるアルジュナは無理だ。だが、クリシュナとパラシュラーマと白皮症の少女は俺が引き取ろう。娘たちは外界に帰すことになるが、俺の仲間に守らせれば大丈夫なはずだ。焰もそれでいいな?」

「勿論。キッチリ守ってくれるなら借金帳消しでもいい。絶対に助けてくれ」

 

 焰の言葉に釈天は頷いて返す。

 耀は焰の話が終わったのを見計らって尋ねる。

 

「わかりました。最後に私から二つだけ質問があります。本当は幾つか聞きなれない名詞についても聞きたいですけど、取り敢えずは二つだけ」

「聞こう。答えられるものなら必ず答える」

 

 耀の言葉を快諾する釈天だが、答えられるものだけしか答えないあたり、出資者として、神王としての相応の責任を持っているための制限だろう。しかし、最後に会った黒き獣についてだけは聞いておかなければならない。

 

「釈天さん。さっきの敵ですけど……アレ、なんですか?」

「逆に問おう。アレが何に見えた?そしてなんと名乗った?」

「……星霊に、見えました。そしてこう名乗りました。自分は〝人類の敵〟、つまりは殺人種の王だと」

 

 釈天は痛烈な舌打ちを漏らした。

 その強烈な舌打ちが耀に対してではなく、黒い風の敵に対してのものであることは説明されずとも理解できた。

 

「〝人類の敵〟?……ハッ、ずいぶんと自分をいいように表現したもんだ。お前こそが最たる〝世界の敵〟だろうに」

「……。まあ、名称はどうでもいいんです。私の友達に危害を加える以上、私の友達の敵です。友達の敵は絶対に許さないし、どんなに強くても倒します」

 

 強い口調で端的に断言する。

 たとえ、如何に強大であろうと立ち向かい、如何に弱小であろうと手を抜かない。

友達に危害を加えるなら、どんな相手でも全身全霊をもって倒す。それ以上の理由は耀には不要だった。

 

「十六夜ほど好奇心が強いわけじゃないし、だからといって翔ほど無関心なわけでもないですけど、アレの詳しい正体とかは割とどうでもいい。取り敢えず星霊っていうことは間違いないんですよね?」

 

 いや、()()()そこまで無関心じゃないんだけど。それに昔のお前も大差ないだろ。

 翔はそう思ったが、場の空気を読んで口を噤んだ。

 

「そうだ。奴が〝人類の敵〟と名乗ったのはあながち間違いではない。神霊が神殺しに勝てぬように、人類では殺人種の王に勝てん。読んで字の如く奴は、〝人類を殺す〟ということに於いては最高位だ。奴に勝てる人間は有史以来一人として存在していない」

「………」

「とはいえ、勝てる可能性を持つ人間が一人だけ現れた」

「え?」

「そこにいる板乗翔(バグ)だ」

 

 そういって釈天は翔のことを指さした。その先に釣られるように一同が彼のことを見る。そんな当の本人も驚いたような表情を浮かべており、瞬きを繰り返していた。

 

「……え?俺?」

「そうだ。殺されてもすぐに復活できて、死んでからも短時間とはいえ動ける人間なんてお前とお前と同じ世界の人間ぐらいだろう。そういう意味ではこの場では唯一対抗し得る人物だ」

 

 お前が人間の括りならな。釈天は最後に一言、そう付け足した。

 その言葉を聞いて、翔は表情を歪ませた。

 

「うへぇ、マジで?つか俺、普通に殺されたんだけど?そのあとは無性に眠いしさぁ」

「ま、今のはあくまで可能性の話だ。それに人類の中ではって話だしな。もし本体が現れたとしたらその時は〝天軍〟か他の星霊に助力を求めろ。必ず力に成ってくれるはずだ」

「というか、やっぱり俺って人間なのに人間判定されてないの?」

「さてな」

 

 釈天は口角を上げながら誤魔化した。その表情を見た翔は肩を落とした。そんな翔を慰めるように耀が彼の肩を叩いている。

 しかし、釈天の心中は穏やかではなかった。

 

(召喚されたわけじゃないと聞いて、少し気になって調べたが結局何一つわからなかった存在……。恩恵も人類としては()()という他ない代物ばかり……)

 

 翔の恩恵とは。

 〝スケーター(ヌケーター)〟は所有者にリスポーンの能力を与えている。これにより人類の枠を()()()()()に、死にはするが五体満足で蘇る不死性に近いものを有している。

 〝混沌世界(パーク)〟は世界の移動、および規格が決まっているとはいえ世界の創造さえも可能な代物。

 〝物理演算(デバッグ)〟に関しては限定的とはいえ事象の設定と発生、法則の書き換えが人類の域を超えて行うことが出来る。いや、出来てしまう。

 〝スケーター(ヌケーター)〟も含めたこれら三つの恩恵は、決して人類が所有していていいものではない。逆にこれらを所有しているのなら人類の枠を超えているはずなのだ。だが、翔は人類という判定であり、さらに言えば神格さえも所有していない自称一般人である。

 十六夜のように星辰粒子体(アストラルナノマシン)が体内を循環しているわけでも、耀のように対魔王・全局面的戦闘兵装(ジェネラル・ウェポン)を持つわけでも、飛鳥のように神霊を祖先に持つ現人神といった存在でもない。

 また、三人のように人類最高峰の才能を持っているわけでもない。

さらに言えば、箱庭に縁があったわけでもない。

 彼の世界基準では、翔自身は癖はあるが一般人の域を出ず、偶々箱庭の世界に迷い込んだだけの存在(人間)だ。

 そんな彼がどうして箱庭に迷い込んだのか。それを不審に思った釈天は二年前に調査をした。翔個人、恩恵はわからずとも、彼のいた世界のことだけでも知ることができたらわかることはあると考えたのだ。だが、成果は何一つ得られなかった。驚くべきことに根本的に翔の世界が()()()()()()()()()のだ。原因はわからないが、とにかく普通ではないということだけを改めて理解しただけだった。そのうえ、本人に聞いてもおそらく首を傾げるだけだろう。本人的には、一部を除き普通と認識しているのだから。そんな人物にお前は何者だと聞いても、怪訝な表情をされるだけだろう。

 

「それに倒すことはできなくても閉じ込めることは可能だろう。奴は参加者じゃないしな。応援が来るまではどうにかしろ」

「えぇー、結局俺がやるのかよぉ……。でも、あいつって星霊だろ?あー、いや、斉天大聖のことを話題にしてたから半星霊の可能性もあるのか?……どっちにしろ最強種じゃん。いや、むしろ半星霊の方がマズいのでは?」

「……そうだな。翔の予想通り奴は半星霊だ」

「……めんどくさー。いやー、ないわー。最強種のハイブリッドを相手に応援が来るまで頑張るとかないわー。素直にパークにぶち込んどく」

「「えっ?」」

 

 翔の言葉に耀と飛鳥の二人が驚きの声を上げる。

 

「さ、最強種のハイブリッド?それってどういうことなの?」

「……?知らなかった?半星霊って半神半星を指す言葉らしいんだけど。なんだっけ。星霊と神霊の間には神霊しか生まれず、半星霊は星と神話によって産み落とされる、だったかな?別の調べ物のついでだったからちょっとあってるか怪しいんだけど……」

 

 あってる?と顔を釈天の方に向けて確認をとる。

 釈天は驚愕の表情を浮かべながら、頷いていた。

 

「あってるが……なんでお前がそんなことを知ってるんだ?正直、お前のことは風の噂程度にしか知らないが、それでも一番知らなさそうだと思ったんだが……」

「あー……一時期は蛟劉さんと取引とかで相手することも多かったからさ。そのついでにお茶とかお酌をすることもあってねー。まぁ、取引相手の話や愚痴を聞くのも大事だから、話を合わせるためや、地雷とかがあるならそれを踏まないようにも、一通り人間関係や経歴、有名なら伝承、歴史を調べられる限り調べておくことにしてるんだよ。といっても如何せん斉天大聖やら白夜叉やら義兄弟の話が多くてねー……。んで、そんなこんなで半星霊については斉天大聖について調べてるときに知った。あの人もそうらしいし」

「……意外と真面目なのね」

「商売については誠実に、かつ真摯に取り組みますとも。なんだかんだ耀にも交渉とかそういうノウハウは叩き込んだし」

「そうなの!?」

「うん。忘れがちだけど翔はこれでもレストランの経営をしているから、そういう知識がないとすぐに破産してる」

「これでも元の世界ではちゃんと働いてたんだぜ?食事や寝床はなくても困らなかったけど、お金があると便利なことが多かったからな」

 

 いぇい、と翔は両手でピースを作る。

 

「そういえば、さっきはなんで〝パーク〟に入れなかったんだ?」

「えっ?……あぁ、クリシュナも参加者じゃないんだっけ?それなら入れられたか……。正直、今回のゲームで耀と十六夜に使う以外ほとんど考えてなかったからなー……うっかりしてたわ」

「……まぁいい。話を戻すか。もう一つの質問は何だ?」

 

 釈天は耀に視線を戻して続きを促す。

 

「じゃあ聞いておきますけど―――」

 

 途端、耀の瞳が鋭く光る。その目で釈天を睨んだ彼女は、

 

「釈天さんは……〝ガイアの末子〟という怪物に心当たりはありますか?」

「っ!!?」

「クリシュナって人と、殺人種の王が言っていました。このアトランティス大陸は〝ガイアの末子〟の遺骸そのものだと。それについては話せますか?」

 

 鋭く刺すような言及。

 釈天は苦々しい顔で首を横に振った。

 

「……悪いが、それについては何も言えない。ゲームの根幹にかかわる謎だ」

「いいえ、許しません。これは参加者としてではなく〝階層支配者〟の一人としての質問ですので答えて貰います」

 

 耀は毅然たる態度で釈天を問い詰める。翔の方からは彼女の表情は窺えないが、きっと瞳には感情がないであろうことは容易に想像できた。そのことを理解して翔は沈黙した。

 

「私……父さんがギリシャ神話が好きだった関係から、ギリシャ神話と伝承上の動物についてはそれなりに知識があります。殺人種の王が言っていたガイアって、ギリシャの大地母神ガイアですよね?ならガイアの末子って……あのギリシャ神話最強の生命体のことじゃないんですか?」

 

 その問いかけに釈天は答えない。主催者の一人であるから恐らく答えられないのだろうが、その苦悶に満ちた表情を見れば答えは明らかだった。

 静かに怒る耀に飛鳥が恐る恐る話しかけようとするのを、傍にいた翔が人差し指を口に当てながら制止する。

 

(今は〝階層支配者〟として主催者に疑問をぶつけているから、邪魔はしないであげて)

 

 翔が小声で飛鳥に伝えると小さく頷いて了承した。確かに、今の彼女は二年前まで見たことのない顔をしていた。そんな彼女を見たあと、飛鳥は横目で翔の方に視線を向ける。横にいる彼は自分と違い、そんな彼女の姿を二年間ずっと傍で見てきたのだろう。

 

「もし……もしも私が知っている怪物なら、この場にいる全員で戦ったとしても勝てるとは到底思えない。最悪の場合、私たちは翔がいるから生き残ることはできるかもしれない。ギフトゲームなんだから力の無い参加者が死ぬのは仕方が無いかもしれないけれど、此処のアトランティス大陸に生きる原住民の人たちはどうなんですか?ゲームに巻き込まれただけなんじゃないですか?」

「―――……」

 

 回答に僅かなためらいが見られた。それ自体が既に回答と同じ意味を示していたが、耀は敢えて言葉を待った。

 参加者同士の殺し合いは禁じられているものの、交戦以外の死亡については誰もが覚悟しているだろう。

 最高位の試練(ゲーム)の参加者である猛者たちなら強大な敵が現れても己の力で乗り越えようとするだろう。

 その果てで命を落とすのなら自身の力不足と納得するだろう。

 しかし、原住民たちは違う。彼らは戦いの舞台に巻き込まれた協力者でしかない。

 己を鍛えて生きるしかない過酷な地で生きている原住民を巻き込んだというのなら、彼女にも〝階層支配者〟として正す義務がある。

 

(まぁ、原住民たちはなんか覚悟を決めてるように見えたけど、別に今は言う必要はないよなー。今どころかこの大陸にいる間ずっとかもしれないけど)

 

 翔は何となく感づいてはいるが、いま言うとデメリットしかないため大人しくしておく。

 

「成り行きで引き受けた〝階層支配者〟だけど、私にだって義務を全うしようという気概くらいあります。今回の一件は明らかに箱庭の秩序を乱すゲームと判断されても仕方ありません。そこのところはどうなんですか、釈天さん」

「……ふむ」

 

 耀の質問に、釈天は返答に窮した。

 翔が感じた通り、原住民たちは初めから心構えができている。

 しかし、その詳細を話すということは、今回の勝利条件を話すことになってしまう。

 耀の質問は、〝階層支配者〟として主催者に今回のゲームの方針を問うているものだ。

 だが、この流れでは釈天はこう答えるしかない。

 

「すまん。答えられるものには答えようと思っていたが、その問いには答えられない。俺の権限で言えるのは此処までだ」

「なら仕方ありません。私は私の持つ全ての権限で今回の問題に当たります。いいですか?」

「ああ。好きにやってみるがいい」

「その返事じゃ足りません。〝天軍〟の長としての許可が欲しいんです。今この場で返事を貰ってもよろしいですか?」

「も、勿論だ。それなら俺の権限の範疇だからな」

(あぁ~、許可しちゃったよ、この人……)

 

 耀の強い押しにより、釈天は勢いで頷いてしまう。

 そこまで話を聞いて、翔は耀の狙いを理解した。そして軽はずみに頷いてしまった釈天に多少ながら同情した。

 〝天軍〟は秩序の守護者という意味では、〝階層支配者〟の上位組織である。魔王でさえ恐れるほどの戦闘能力と権限を持ち合わせた最強の武神集団。名目上とはいえその長である帝釈天が〝階層支配者〟としての介入を認めた瞬間、今まで険しい瞳を耀は一転させて笑みを浮かべた。

 

「わかりました。じゃあアトランティス大陸にいる間―――調査の為に〝階層支配者〟として、全権限を使わせて貰いますね」

 

 ―――なんだと?と間の抜けた声を上げた途端。

 耀はギフトカードを取り出して、カードから七色の光を放った。それと同時に翔が必死に笑いをかみ殺していたが、釈天の声に我慢できなくなったのか、くつくつと一応は抑え気味に笑い声をあげる。そして、コートの中にカードを仕舞いこんだ耀は、翔と飛鳥、黒ウサギの方へ走っていく。

 

「よし。新しい仲間を迎える準備も出来たし、ララァさんのゲームに向かう準備をしようか」

「へ?」

「新しい仲間?」

「飛鳥はまだ会ったことがなかったよね。私と同じくらいの時期に〝階層支配者〟に就任した女の子。さっきゲームの倫理規定に関する調査について助勢をお願いしたから、一時的に客将扱いで召喚できるようになった、釈天さんのおかげで」

 

 そこで釈天はようやく翔が笑っている理由を理解し、冷や汗が吹き出す。

 二年前の魔王アジ=ダカーハとの戦い以降、〝階層支配者〟は有事の際に連盟を結んでいる相手を客将として招くことが出来るようになった。

 〝境界門〟を操る女王〝クイーン・ハロウィーン〟が協力的な姿勢を見せているため、可能な新しい契約だ。

 

「ちょ、ちょっと待て!それは狡くないか!?」

「いやいやいや。そんなことはないでしょ。だって、主催者の一人で、〝天軍〟の長の神王様が許可をくれた上に、全責任を背負ってくれると言ってくれたんだからな」

「うん。その期待に応えるためにも頑張らないと!」

 

 釈天は二人の言葉に表現できそうにない奇声を上げながら顔を覆い、天を仰いだ。

 

「まだまだ甘いところはあるし、初対面の人には五分五分ってところだけど、二年前の耀を知っている相手だと大体は油断してくれるんだわ、これが。まぁ、初回しか使えないけど」

「……お前の仕込みか?」

「まさか。努力の賜物だっての。俺も途中で狙いに気付いて、笑いを堪えるのに必死だったし。ま、騙された方が悪いてことで」

 

 この二年間の成長を知らなかったから嵌められんだよ。

 翔は最後にそう締めくくった。

 確かにその通りだった。交流の少ない相手であったが、二年前まではこういった奇策を用いるようなタイプではなかった。だから今も変わらないだろうと考えていた自分の落ち度であることを認めざるを得なかった。

 

「お前はどうなんだ?」

「……?何が?もうちょいはっきり質問してほしいんだけど……」

「二年前と比べてだよ」

 

 釈天にそう問われた翔は、飛鳥や黒ウサギと談笑する耀を見て微笑を浮かべながらも返答する。

 

「そんなべらべらと自分の成長やら実力やらを吹聴する気はないっての」

「……まぁ、それもそうか」

「ただまぁ、俺も俺で置いて行かれないように必死、とだけ言っとく。あまり無茶をすると怒られるから、強引なことはできないけどな」

 

 そういって翔は困ったように眉尻を少し下げ、微笑を苦笑へと変化させた。

 

「翔ー!集落に戻るよー!」

「あーはいはい。今行くよー。はぁ、十六夜が起きた後が怖いなぁー……」

 

 飛鳥に手を引かれながら、自身に呼びかける耀の姿を見て、翔はとぼとぼと足を動かし始める。

 




もうしばらくはエタる気はないので、まだ読んでくださっている方々はどうかお付き合いくださると嬉しいです。

次の投稿はいつになるかわからないですけど、12~15日の間にもう一話ぐらい投稿できればと考えています。


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第四十二話 死んでも問題ないけど痛みはあります

待ってくださってる方がいらっしゃってうれしいです。

ということで書き溜め放出。


 幻想大陸アトランティス三日目。

 南の山岳地帯・オレイカルコス鉱山。

 陽の光が頂まで登り切った頃。

 司祭補佐のララァに連れられた久遠飛鳥、春日部耀、板乗翔たち一行は、固く閉ざされた門の前に集まっていた。周囲には他の参加者もいる。

 如何やら彼らも原住民に頼み込まれて集まってきたらしい。

 青いターバンを巻いて腰かける青年や、近代風のカジュアルな服に身を包む黒髪の女性や、二本の槍を手元に置いて昼寝をしている少年。その他にも二〇名近い参加者たちが集まっているが、翔が特に気になったのはその三人だった。

 

(少年は槍を持ってるから武闘派、青年の方も武闘派かな。体は若いけど見た目通りではないかも?女性の方はそういう雰囲気じゃないから、頭脳労働かな?)

 

 久遠飛鳥と春日部耀が周囲を見渡して値踏みをしているなか、翔はあたりめを口にくわえ、味わいながら観察を終えた。レストラン経営で勝手に身に付いた目利きだ。毎日毎日箱庭の猛者を直に見ているおかげで見た瞬間にある程度判別できるようになっていたのだ。ある日それに気付いた翔としては、そういうのよりも食事の好みがわかった方が便利なんだけどなぁ、と思ってしまった。

 

「ふぅん……太陽主権戦争の本戦って、意外にも人数がいるのね」

「出資者のシード枠もあるし、こんなもんじゃないか?まぁ、飛鳥が勝ち抜いてきてるから、予選で本命の選手が落ちたところはあるんじゃないかね?」

「そうだね。参加者の実力が低くても出資者が実力者の場合もある。どうしても参加させたい人を出資者が持ってるシード枠に押し込んだりね」

「じゃあ伝承に残ってるような怪物や英雄以外もたくさん参加しているということ?」

「それを言ったら私たちだって凄い伝承があるわけじゃないよ。太陽に関係性を持っているというのは予選を有利にすることはあっても、本戦ではアドバンテージがあるわけじゃない」

「予選上がり組は飛鳥含めて実力者ばっかだろうけど、シード枠の参加で無名だからって出資者から送り出されてるわけだから油断はできないし」

「……翔君って、結構考えてるのね」

「こんなんでもこの二年間もリーダーの補佐をやり続けてきたからな。おかげ様で必要のないはずの睡眠時間がたっぷり増えたよ」

「……春日部さん?」

「……………………」

 

 翔の睡眠の必要条件(精神疲労)を思い出すと、飛鳥は耀へと視線を向けた。その視線の先の人物は目線を合わせないように飛鳥とは反対方向へと顔を背けた。

 その後、上杉女史が軽く事情の補足を聞くと、飛鳥がそっと振り返る。

 視線の先の金髪の少女、久藤彩鳥を見た飛鳥は、少し声のトーンを下げた。

 

「ところで、あの子。ずっと気まずそうな顔でそっぽ向いてるけれど。何か機嫌が悪くなるようなことした?」

「そ、そういうわけじゃないと思うよ。きっとお腹が―――」

「いや、単純にフェイスレスの生まれ変わりで飛鳥と顔を合わせるのが気まずいだけでしょ」

「……えっ?」

「翔っ!?」

「えっ?まずかった?」

「まずいよ!そんな急に言っても飲み込めないよ!」

「いや、勿体ぶっても仕方ないでしょ」

「話すにしても覚悟を決める時間ぐらいはあげようよ!ほら、飛鳥だって混乱してるし!」

 

 翔が事実を軽く告げたことに対し、彩鳥は硬直して真っ白になり、飛鳥はすぐにはその言葉を飲み込めずに頭上にクエスチョンマークが大量に出ている。耀も翔の名前を呼んで驚愕を隠せずにいた。

 

「えっと、どういうことなの?」

「飛鳥の姉妹は二年前の決着の後、外界で久藤彩鳥という字は違うけど同名の人物に生まれ変わったんだよ。クイーンの手駒として、外界と箱庭を繋ぐ役目としてな」

「そういえば……そんなことも言っていたわね。じゃあ、彩鳥さんにはフェイスレスとして戦っていた頃の記憶が存在していないの?」

「あー、それはぁー……」

 

 翔が一応、念のために彩鳥の方に視線だけで確認をとる。すると、彩鳥は全力でバツマークを作って首を左右に振っていた。

 それを見た翔は飛鳥に告げる。

 

「まるまるあるらしいぞ」

「そうなの!?」

 

 彩鳥の意思を無視して真実を暴露した。

 彩鳥が目を見開き、すごい形相で翔のことを見つめる。その目はやめるように伝えているが、翔はそれを理解したうえで敢えて無視して話を続ける。

 

「だから気まずいんだろ。前世できっぱりお別れしたのにこうやって記憶持ったまま再会しちゃってるから何か頭に刺さったッ!?」

 

 そんな翔の頭にさながら創作物のフランケンシュタインに刺さっている螺子のように一本の槍が生え、突然の痛みと衝撃で奇声を上げる。そして、飛んできた方向を見ると、彩鳥が右手を振り下ろした体勢でそこにいた。

 周囲の参加者たちも頭に槍が刺さる生々しい音を聞き、その発生源である翔を見て、あんぐりと口を閉じ忘れるほどに驚いている。

 当の本人は平然としており、なにすんの?と訴えるような視線で彼女を見ていると、そのことを察したのか口を開いた。

 

「手が滑りました」

「いや、絶対狙ってやったでしょ、これ」

「手が滑りました」

「なら滑ったときに一声かけてよ」

「手が滑りました」

「…………」

「手が滑りました」

「別になんも言ってないんだけど……」

「手が滑りました」

 

 『手が滑りました』が鳴き声の生物にでもなったのかな?そんなことを考えながら、頭から槍を引き抜き、あくまでも手が滑ったと宣う彩鳥に返却する。

 その光景を見た他の参加者たちは少しの間翔の様子を窺っていたが、徐々に見るのをやめていった。

 彼女は渡された槍を仕舞うと、すぐに翔のもとに近づくと、三人から離れた位置に移動して小声で話し始める。

 

(なんであんなことを言うんですか!?)

(いや、色々とめんどい。長々と説明すんのもめんどいし、二人の間に妙な地雷が出来んのも後々めんどい。ぶっちゃけ『全部覚えてるらしいよ☆』って言った方が丸く収まるかもって思ったから)

(………………)

 

 彩鳥は無言で再び槍を取り出すと、翔を刺した。本人的にはかなり悩んでいた内容だったものを『面倒』の一言で片づけられたのだ。それは槍の一本や二本くらい刺したくもなるというもの。まぁ、あくまでも死んでも問題ない翔だから行っている行為で、良い子のみんなは決して真似をしてはいけない。

 

「痛い」

「すごい棒読みですね」

「普通に痛いけどね。ただの慣れよ、慣れ」

 

 槍が腹から背中に貫通し、腹部から出血、さらには胃が傷ついたのか、吐血しているというのに翔は表情や声色一つ変えずに平然としている。その態度がさらに癪に障り、さらにぐりぐりとねじ込むように槍を動かすと、「うわー痛いよー」と表情を変えずに棒読みの悲鳴を上げた。

 

「え、えっと……」

「まぁ、今度時間があるときにでも二人っきりでじっくり話しなよ。こうして再会したんだし。前と違って時間はあるんだから」

 

 翔と二人で話し始めてしまった彩鳥を見て何を言えばいいのか、困っている様子の飛鳥を見て、翔が彼女にそう告げる。

 それを聞いた飛鳥が、戸惑いながらも微笑を浮かべる。

 

「……そう、ね。時間はあるんだもの。話すのは後にして、今はゲームに集中しましょう。それと―――」

 

 ―――以前みたいに頼りにしていいのかしら?

 彩鳥のことを見つめながら、そう尋ねる。

 対する彩鳥は驚きながらも、飛鳥と同じように微笑を浮かべ答える。

 

「はい。いま私が出せる全力を以て臨みます」

 

 そんな二人の様子を見た耀がふと口に出す。

 

「……めでたしめでたし?」

「あー、死別からの奇跡の再会って点ではそれで良いんじゃないか?」

 

 まぁ、危険なゲームはこれからなんだけど。

 翔はそんなことを考えながら、今更ながら腹部に刺さりっぱなしだった槍を引き抜いてリスポーンして体を元に戻した。

 

「あぁ、女王には『翔にいじめられた』と報告しておきますので」

「じゃあ、その時は賄賂(菓子)でも送るから教えてよ」

 

 その後、彩鳥と翔がそんなことを話していた。

 




レイ・サベージ様、高1病様、カンガルーゴリラ様。
感想ありがとうございます!
返信等はしていませんが、しっかり読ませていただいております!

可能なら明日したいけど、次の投稿日は不明です。


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第四十三話 俺は悪くねぇ!……はず

3週間ぶりです。作者の猫屋敷の召使いです。

文章は9割はできていたのに見直しやら加筆やらで残りの1割が長かったです。

では、最新話をどうぞ。


「大変長らくお待たせした。それでは、我々からの依頼内容についてご説明させてもらおうと思う」

 

 司祭補佐のララァが参加者たちの視線を集める。

 これからゲームの進行が始まるらしい。

 翔たちも同様に彼女を見た。

 

「此処に来るまでに、皆に会って欲しい人がいるとは伝えたが……先に謝らねばならない。実はそのお方は現在、地下迷宮にはおられない。その方は一昨日とある悪漢に襲われ、姿を見せることが出来なくなってしまった。本来ならその方と共に最下層の怪物の討伐を依頼したかったのだが……」

(やっべ。一昨日って。いやでも、よくよく考えればとどめは俺じゃないはずだしセーフセーフ)

 

 心当たりがありすぎて困るんだが。

 口にも表情にも出さないが、内心冷や汗を搔きまくっている。翔がやったのはあくまでも()()()()状態にしただけ。()()()()状態にしたのは十六夜であって、自分ではない。そう考えて責任を十六夜へとぶん投げた。事実、翔がやったことだけであれば、今日この場に姿を見せられただろうからその考えは間違ってはいないのだ。

 そうこうしているうちに、参加者の一人である現代風のカジュアルな格好をした女性が察したように問いかける。

 

「その説明じゃわからないわ。もう少し詳しくご説明願いたいものね。そもそも誰と会わせたかったの?」

「残念だがそれは言えない。あの方は主催者たちの呼び寄せたゲストだから私の口からは何も。……しかし、それでは不義理だな。私の立場で答えられる質問には答えよう」

 

 質問を受け付けるということは、ゲーム攻略の鍵を得られる機会でもある。

 参加者たちが顔を見合わせて話し始める中、女性は間を置かずに続ける。

 襲撃された人物の生死。

 襲われた日。

 聞き出した答えはこれだけ。

 あとは既出の情報だけで彼女は答えを導き出した。

 

「ララァ。貴女が会わせたかった人って―――ギリシャ神群最強と名高い勇士、ヘラクレスじゃない?」

「な……!!?」

 

 今の情報だけで出せるんだ……。

 翔は素直に驚嘆した。それと同時にこれほどの実力者と競わないといけないのかと思い、少し気が滅入ってしまう。

 そんな女性の言葉にララァは言葉に詰まってしまっている。

 

「それは……その」

「あ~OKOK、答えなくてもいいわ。その反応で十分です。……けどマジか~。ヘラクレスと正面から戦える奴なんてヴィーザルかうちの最強戦力くらいだと思ってたのにな。誰が倒したんだろ」

 

 あれを正面から戦ったといえるのかは知らんけどな。動けなくした後にオルフェウスから聞いたけど弱体化してたっぽいし。

 一瞬、あの女性と目が合ったような気もするが、口にも表情にも目にも興味を持たれるような反応を出していないからおそらく大丈夫だろうと翔は考えた。興味を持たれるにしても、先ほどの彩鳥とのやり取りの方が印象は強い。

 

(それにしても、彼女の服の絵柄……どこで見たんだっけなぁ……?)

 

 薄らぼんやりと見覚えのある絵柄だが、思い出せずにもやもやとして気持ちが悪い。

 そんな気持ちをどうにかしようと必死に思い出そうと試みる。

 しかし、必死に考え続けるがどうにも思い出せない。

 そうこうしているうちにララァと女性の会話は終わり、女性は元の場所に戻っていった。

 

(こうも思い出せないとなると箱庭以前ってことかな。なら元の世界で観光した場所かも……。でも、地元や料理を習った国は結構覚えてるんだよなぁ……。王冠が描かれてるなら王政や貴族制のあった場所……?そのうえで料理修行をしていない国……?いや、くそ多いわ。しゃーないし地域ごとに潰していくか……。ヨーロッパが比較的観光のみの場所が少なかったは、ず……?)

 

 ヨーロッパ。

 その地域で何かが引っかかった。

 何だっけ?ヨーロッパのどこだ?観光のみの場所?とはいえ、一国全域を巡ったわけではないのに、見覚えがある、ということは―――

 

「―――翔?聞いてる?」

「え?あ、ごめん。聞いてなかった。何の話?」

 

 翔は思い出すのに集中していて、話しかけられていることに気付けなかった。そんな彼に耀は呆れながらも、ある参加者の衣服を指さしながら尋ねる。

 

「期待はしてないけど、あの女性の服の絵柄、分かったりする?〝三重冠〟っていうらしいんだけど」

「あぁ、あれね。見覚えはあるんだよねぇ……」

「あるの!?」

 

 耀は驚きの声を上げる。他の三人も目を見開いて驚いている。

 誰もまさか翔が知っているとは思っておらず、固まっているがそれを気にせず翔は続ける。

 

「見たはずなんだ。はずなんだけど、どこで見たのかが思い出せない。もう、喉元までは出てきてるんだけど……。たぶん、元の世界で料理修行で各国を巡っていた時期で、さらにはヨーロッパのどっか、すぐに思い出せないことから観光しかしてない場所だと思うから、かなり限定されるはずなんだけどなかなか思い出せなくて……あっ」

 

 そこまで言って思い出した。一か国だけ観光でしか立ち寄ってない国が存在していたことに。さらにはその国だけは国全体を観光で巡ったことも。

 

「思い出した。バチカンだ。バチカン市国で見た気がする。国旗、だったっけ?」

「えっと……つまり?」

「あー、ローマ教皇、もしくは教皇庁の関係者、かも?少なくとも国旗に使われているぐらいだから、関係は深いはず。生憎だけど俺の頭じゃ、かなりの大物が出資者だろうってことしか分からん」

「……だから彩鳥さんは話せなかったのね?」

「わ、私の口からは肯定も否定も言えません……」

 

 翔が話を聞いていないときにそういったやり取りがあったのか、飛鳥が彩鳥に尋ねるが彼女の方もあいまいな言葉を返す。

 それはもはや答えを言っているのと同義では?

 そう思った翔だが、それ以上に思い出すことが出来てすっきりしたのか、彼の表情が少し晴れやかになっていた。

 

「とりあえず、あの娘については理解したようだな。———さて、そろそろ開始だが、準備はいいか?」

「あ、ちょっと待って!ララァさんに聞いておきたいことがあるから!」

 

 小走りでララァに近寄った耀は、片手をあげて問いかけた。

 

「えっと、ララァさん。もしかして、先行して地下迷宮に潜っているか、或いは別の入り口から地下迷宮に入っている人たちがいるんじゃないかな?」

「……さて、どうだろうな。それについて私から説明する権限はない」

 

 否定も肯定もしてはいないが半ば答えているようなものだ。

 その言葉を聞いた耀は翔へと目配せする。その視線に気づいた翔は意図を理解し、様々な人物へと視界ジャックをやり始め、すでに地下迷宮にいるかもしれない参加者の動向を探り始める。

 

「そろそろ時間だ。この迷宮には勝利条件の手がかりが複数ある。どのような手段で迷宮を探索するのかは各々の采配に任せるが……一つだけ、了承しておいてほしいことがある」

 

 人差し指を立てたララァは参加者全員の顔を見つめる。

 

「ここから先は死の危険がある。参加者同士の戦いによる死ではない。この地下迷宮の中に眠る怪物が貴方たちを殺すかもしれないという意味だ」

 

 箱庭では、このような注意勧告は非常に珍しい。神魔の遊戯であるギフトゲームは死と隣り合わせであることなど日常茶飯事であるからだ。そのうえでの発言であるならばよほどの危険があるということだろう。

 とはいえ、この場には一名ほどそういったものとは無縁な()()がいる。むしろ逆に毎日、死と衣食住を共にしているような存在かもしれないが。

 

「死を賭しても構わないという者だけ足を踏み入れて欲しい。……だが万が一ということもある。命の危険を感じたのなら、状況を問わず、東の集落へ来てくれ。必ず力になろう」

 

 迷宮に続く門が開く。誰も先を急ごうとはしなかった。

 用心深く相談し始めるグループや準備を再確認するグループが多い中、飛鳥たちは迷宮の入り口に立つ。

 

「ちゃっちゃと行くかー」

「ええ。躊躇う理由はないわ。誰よりも早く攻略して見せるわ!」

「石碑が複数あるなら手分けして探したほうがいいよね」

「人海戦術もいいが、方針も大事だぞ。目的が地下の御仁なら〝石碑を探す者〟と〝地下を目指す者〟の二組が必要になる」

「……何だかRPGゲームみたいですね」

 

 は?と疑問符を浮かべる飛鳥と上杉女史。

 そんな二人の反応に彩鳥は恥ずかしそうに一歩下がる。

 だが、耀と翔は何が言いたかったかを即座に察した。

 

「あー、確かにローグライクっぽいかもな。入る度に構造は変わらないけど」

「そうだね。ダンジョンらしいダンジョンに挑む古典的なゲームはやったことなかったけど、彩鳥さんの時代にはあるの?」

「古典的かどうかはわかりませんが、先輩たちが好きなゲームのジャンルだと思います。むしろ春日部さんや翔さんがRPGゲームを知っていたことに驚きです」

「そう?私はそこそこゲームもしてたよ。信長の展望とか、三国奔走とか、セブンスコスモラウンドナイツシリーズとか、ジャンルは偏ってるけど。翔は?」

「ミステリとか戦略シミュレーション、パズルとかの頭を使う系以外はそれなりに満遍なくやってたかな。俺の世界はかなり特殊らしいから同じタイトルのゲームがあったかわからないけど。というかなんで俺まで?俺の世界はお前らの時代と比較的近いはずなんだけど?俺に対してどういうイメージがあるわけ?」

「……えっと、いつもスケートをしている、というイメージが……」

「流石の俺も一年365日24時間ずっとスケートはしてなかったからな!?確かに費やす時間は多かったけど、ちゃんと仕事もあったし、スケートほどではないけど別の趣味もあったから!」

「料理とか?」

「え、あ、いや、まぁ、それもそうっちゃそうかもだけど……初めは不純な動機だったからそれに関しては何とも言えんわ……。あぁでも、修行ついでにその国の観光はしてたからそっちは趣味といえるかも……」

「二人とも意外に多趣味よね。翔君は知っての通りかもしれないけど、春日部さんも料理はびっくりするくらい上手なのよ」

「そ、そうなんですか?」

「齧った程度だから翔ほどじゃないよ。それに〝ノーネーム〟の主力陣はみんな料理得意だもの。私の料理のレベルなんて翔を除いたみんなとそんなに変わらないんじゃないかな」

「なら夜食ぐらいは自分で作ってくれよ」

「だが断る」

「知ってた。何度も言ってるからな、こんちくしょう」

 

 おお……と彩鳥は感心したような声を上げる。

 彼女の言うように〝ノーネーム〟の侍女頭や使用人たちの給仕能力は極めて高い。そこに並ぶとなるとかなりの腕前だ。だが、料理に関してはそんな使用人たちの上を行くのが翔であるため、そんな彼に料理を教わっている者も少なくない。

 

「意外な真実です。もし機会があればその腕前のほどを確かめてみたいものです」

「別にいいけど、その時は私もご馳走してもらうよ?」

「望むところです。こう見えて家庭科の必修科目は全て満点を取っています。披露する場がなくて口惜しいと思っていたところでした」

「おお、それは期待。じゃあアトランティス大陸を攻略したらみんなで立食パーティーをするのもいいね」

「……うん?それは耀と彩鳥()作るってことでOK?」

「えっ?何ってるの?翔()作ってもらうよ?」

「マジかぁ……。俺関係なかったじゃん。おとなしく女子会しててくれよ」

 

 珍しく女性らしいトークで盛り上がっていると思ったら、なぜか自分が巻き込まれてしまったことに翔は驚き、その隣の飛鳥はそんな二人の会話に入ることが出来ず口惜しそうにしていた。

 上杉女史は笑って地下迷宮を指さす。

 

「楽しそうなところ申し訳ないが、そろそろ進むとしよう。探索は2:3でわけるか?」

「うん。私と翔が組む。でも探索は三人に任せるから、私たちは先に地下に行くよ」

 

 この申し出には飛鳥たちも慌てた。

 

「い、いくら翔君が一緒だとしても、それはちょっと無理があると思うわ」

「何があるかわからない状況で二人だけでというのは危険すぎる」

「大丈夫、翔がいるなら他の参加者たちはともかく私だけなら〝パーク〟に避難もできるから。それにほら、昨日言ったでしょ?〝階層支配者〟の友達を呼び出せるようにしたって」

 

 飛鳥は昨夜のやり取りを思い出す。そういえば御門釈天が全面的に責任を負ってくれたおかげで、人材を補充できるということになっていた。

 

「戦闘になるようだったら彼女に力を貸してもらうし、彼女の力なら戦いを仕切りなおすことだってできる。未知の敵と戦う時の彼女は凄く頼もしい。それに翔がついてるから、もし逃げることになっても余裕だよ。それに最悪は翔が視界ジャックで先に地下に着いた人の視界を覗き見れば様子はわかるから」

「今のところ最下層っぽいとこに他の参加者はいなさそうだけどな。何人かすでに地下の探索を行っている感じの視界はあるけど」

 

 先ほどからずっと目を閉じていた翔はすでに地下に先客がいることを報告する。その情報を聞いた一同が表情を引き締める。

 今ここで言い争っている間にも先に地下迷宮の探索を進めている参加者がいる。

その事実は自分たちがすでに出遅れていることを示していた。

 

「というわけだから私たちが先に最下層を見てくる。もし危険そうだったらみんなと合流するし、そうでなくとも私は無茶はしないよ」

「……それって俺に無茶しろって言ってる?」

「相手によっては少しはしてもらわないといけないかも」

「……へーへー、頑張りますよ。頑張らせていただきますよー……」

 

 翔は耀の言葉に肩を落としながらも、渋々了解の意を伝える。

 

「そこまで言うなら二人に任せてみてもいいんじゃないか?石碑の探索に時間がかかるのは間違いないのだし、大胆ながら堅実さも感じられる作戦だ」

「……はあ。仕方ないわね」

 

 飛鳥はギフトカードを取り出す。

 するとカードの中からとんがり帽子の精霊が飛び出てきた。

 

「メルンの姉妹を一人預けるわ。合流するときに迷ったらこの子を頼って。私のところまで案内してくれるわ」

「はい、あんないするよー!」

「ありがとう。飛鳥たちも気を付けてね」

「人のことは言えないけど無茶はしないようにな」

 

 五人は頷き合って別行動を開始する。

 耀と翔は地下に向かい、飛鳥たちは石碑を探し始めることにした。

 




レイ・サベージ様、シオアメ様、名も無きヌケーターファン様。
感想ありがとうございます!

シオアメ様、ちくわに成りし者様。
評価ありがとうございます!

ちなみに次話は3~4割しかできてないのでいつになるかわからないです。


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