とある飛空士への回顧録 (加賀長門)
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邂逅

 サンタ・クルスの右斜め後ろに付いた天つ上製の飛空機、真電がその両翼と機首から炎を噴き出す。すかさず狩野シャルルは左フットバーを踏み込んで回避する。

 それを予測していたかのようにもう一機の真電が今度は左斜め後ろから襲い掛かってくる。その発砲の瞬間を、空を通じて伝わってくる殺気で感じ取り、右フットバーを踏み込んで右に避ける。

 空はシャルルの味方になり、寸分たがわずに敵の殺気を伝えてくれる。そのおかげでここまで生き残ってこれたが、まだ大瀑布さえ超えられていないここで、墜ちるわけにはいかない。だが、その決意に反して体内をめぐる血液からは酸素が失われていき、極度の緊張から呼吸が浅くなっている。長時間の空戦によって消耗した精神と肉体は、精神力で押さえつけることはもはやできないほどの悲鳴を挙げてきた。

 

(ダメだ。ここで墜ちてはいけない。ファナ殿下を本国に無事に送り届けなければ、この戦局は覆らない……)

 

 そう決意するも、意識が何度か遠のきかける。危険な兆候である。味方基地が近い迎撃ならまだしも、この広大な中央海のど真ん中で墜ちてしまえば、生還は望めない。しかも、ここいら一帯は天つ上が制海権を握っている。

 必死に意識を手繰り寄せて、無理やりつなぎとめる。敵は二機、恐らく哨戒中であった戦空機編隊であろう。今頃は母艦から戦空機隊が発艦作業中であろう。増援が来ないうちに、この二機を振り切りたい。空母との通信半径以上までは追いかけてこようとしないはずだから、そこまで銃撃をかわし続ければ、逃げ切ることができる。

 その時、右斜め後ろから真電一機が攻撃を仕掛けてくる。また同じ編隊攻撃が来るだろうと予測して、左フットバーを蹴る。そして、左斜め後ろを振り返るが、

 

「────────ッ⁉」

 

 そこには月夜が広がるだけで、飛空機は一機も飛んでいなかった。とっさにシャルルは左フットバーをまた思い切り蹴る。曳光弾が月夜を切り裂き、コックピットをかすめていく。

 集中力が切れかけていた。もうこのままだと墜とされてしまうかもしれない。その時は、ファナ殿下を脱出させて自分は囮になるしかない。そう、覚悟した時だった。

 右斜め後ろの真電がいきなり爆発四散、きれいな月空にオレンジ色の花を咲かす。

 

「…………?」

 

 いきなりのことに放心していると、もう一機の真電の翼がもげてきりもみしながら海原に落ちてしぶきを上げる。

 その中を、サンタ・クルスに機速をあわせて高度を下げてくる一機のアイレスⅡ。

 そのエンジンカウルのエンブレムを見せつけるかのように、機体をサンタ・クルスに近づけてくる。

 

「流星…………」

 

 描かれた、青い流星のエンブレム。

 天つ上出身のレヴァーム空軍のエースパイロット、天城ケンジ少尉。

 とある飛空士に向けられた追憶の、知られざるもう一人の主人公である。



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