姉ニモマケズ、金ニモマケズ (湯たぽん)
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石から金
その1
こつん。 つまづいた石が、動いた。
ころころころ・・・その拳大の大きさの石は、しばらく左右にふらふらと勝手に動いた後、突然止まった。
と思うと、今度は近くにあった別の石が動き始めた。次は砂利のような小さな石だ。
動き出した砂利石の正面に回ると、そこには目があった。まばたきをしない丸い目が二つ、ちょこんと付いている。ひとつ大きく跳ねると、今度は周りの石を巻き込んで動き始めた。だんだん大きな塊になりながらついてくる。
「・・・・・・」
そんな石のモンスターを、一人の少女が大きな金色の目をさらに大きく開き、食い入るように見つめていた。
しとしと雨が降る中、自慢の金の巻き毛が濡れるのにも気が付いていない様子で、石のモンスターを上から横から後ろから、ぐるぐる回りながらいちいちかがみこんで観察している。
「・・・・あ~、えぇと」
少女の後ろには、冷静に傘をさした呆れ顔の少年が立っていた。こちらも少女とよく似た綺麗な金髪だが、呆れて細くなった目は碧眼だ。
「リーテさんは何をしておいでかな?」
「・・・・・・」
リーテと呼ばれた少女はなおも転がる石を見つめていたが、少年の冷たい視線がうっとうしくなったのか、雨でしっとりと濡れた髪を一振りし、振り返った。
「この子にお金の匂いがするの!考えてるんだからラットは黙ってて!」
守銭奴。この金髪巻き毛の少女、リーテを知る人は皆そう呼んでいた。
だよねー・・・・。不本意ながら彼女の弟である少年、ラットはため息まじりにつぶやくと、健気にももう一本傘を荷物から取り出した。いまだ石のモンスターを見つめて動かないリーテの頭上にかかげると、ぼんやりと遠くを眺めていた。
翌日。街に戻ってからも、リーテの様子は相変わらずだった。
「・・・・なぁラット、リーテのヤツどうしたんだ?」
街の大通り。昨日までの旅で仕入れてきていた商品を広げ、リーテとラットはいつも通りの露店を開いていた。
ただし、リーテは露店の後ろでかがみこみ、いつものような強引な客引きも売り声もなく、昨日拾ってきて「ロック」と名付けた石のモンスターを入れた洗面器を覗き込んでいた。客はおろか、ラットさえも近づこうものなら物凄い目付きで睨まれた。
(・・・・見せたくないなら家で待ってればいいのに)
そう、心の中で舌を出しながら話しかけてきた客に向き直るラット。
「なんだか昨日からあの調子で。また新しい商品考えてるのかも」
二人の露店は、アクセサリ屋だった。
郊外に住む匠や他の街の店から買い付け、王都たるこの街の大通りで露店を開くのだ。中央通りにある大きな噴水は、この季節寒いが通行人の目を引く格好の場所。
リーテのファッションに関するセンスは本物で、貴族の娘も買いに来る人気店だった。綺麗な石畳の上に絨毯を引いただけの簡素な露店だが、見栄で使い始めた豪華な絨毯と、リーテが注文つけまくりで仕入れてきたきらびやかなアクセサリとで道の上に突如高級宝石店が出現したかのような錯覚にとらわれる。
「ふぅん・・・・まーそうでなくちゃな、”守銭奴のリーテ”の名が泣くってもんだ」
アクセサリ店とはいえ、この客のように男でも買う物はある。
ラットは道中リーテの護衛のため武器や魔力を込めたアイテム等も使う。それらも仕入れてきているのだ。客層も広く、いつも通りラットのまわりには人だかりができていた。
「泣いてるリーテね。たまには見てみたいですね。
ここ12年ほど見てませんから」
遠い目をしながら、あくまでもさらりとラット。
「泣いた事ないってことか、それ・・・・」
冒険者だろうか。服の上からでもわかる細身の剛体で、手の甲に大きな傷のある男性客だったが、そんな男もぞっとしたような声音で壮絶に引いている。
そういえば露店の真後ろは噴水になっている。多少ではあるが水しぶきも飛ぶ寒々しい場所で、石のロックを観察し続けているリーテ。心身共に折り紙つきの頑丈さを誇る少女だった。
「ねぇねぇラット君。それより、なんだか今日やけに安くない?何かあったの?」
ひとまず男が黙ると、今度はアクセサリを見ていた貴族の娘の一人が声をかけてきた。
貴族院で使ったら怒られそうな軽い口調だが、ラットに対してはどの娘も同じように気軽に話しかけてくる。天然自然の女たらし、というのがリーテの評価だ。
ラットはのろのろと客が見せてきた魔法石のブローチと、値札とを見比べると、嘆息交じりに答えた。
「あぁ・・・・リーテがあの調子だから、今日の商品は僕が値段付けたんだったっけ」
「普段のリーテが見たら怒り出しそうな値段になってるもんね。良いの?」
「良いですよ。そのかわりいっぱい買ってってください」
気前の良さを見せつつさりげなく余計なひと言を付け加えるラット。ちなみに、この言葉は半分ウソである。ラットも女性用アクセサリーの適正価格くらいは熟知している。
"ラット君ならたまーに安くしてくれる"
この評を得るためなら、リーテの売り声が無い今日の売り上げ確保の意味も含め、15%引きまでならイケる。そんな高度な計算の末の値段だった。あくまでもラットは、リーテと血を分けた姉弟なのである。
「んー?別に安かねぇぞラット?まけろよ」
またさきほどの男客が耳ざとく詰め寄ってきた。
「こっちの魔法アクセサリは武術系だから、もともと僕が値段つけてるんです。いつも通りですよ」
「知ってるよ。こっちもまけろよ」
「リーテに言ってもらえます?」
「・・・・・・」
いつの間にか露店の後ろのリーテも消え、何故か女性客に大人気のラットがもみくちゃにされながら露店を切り盛りし、貴族の娘達が午後のティータイムに帰るころには、商品はあらかた売れていた。
わずかに残ったアクセサリをまとめて露店の規模を小さくすると、ラットはふぅと一息ついた。絨毯の上にあぐらをかいたまま、昨日とは一変して晴れ渡った高い空を見上げてつぶやく。
「泣いてるリーテね・・・・ホントは一度だけ見てるんだけど。」
「嬉し泣きは多分ノーカンだよね、あの会話の流れからするに・・・・」
独り言を言っている間に、通りの向こう側から背の高い男性が歩いてくるのが見えてきた。
「・・・・あぁ、泣かせた張本人が来たね」
「ん?何か理不尽な事つぶやかなかったかい?」
やけに鋭い事を言いながら、男はにこやかに手を上げ挨拶してきた。
「気のせいですよ・・・・こんにちは、ルイスさん」
ちょっぴり冷や汗をかきながら、ラットはのんびり挨拶を返した。
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その2
道の向こう側から近付いてきた青年は、ラットより3〜4歳上か、という程度の見た目ではあったが、その纏う雰囲気はかなり違うものだった。ゆるやかなウェーブがかかった綺麗な青髪のルイスは、飾り気はないがチリ一つ付いていないパリっとした清潔な純白の服に高そうな生地のマントを羽織り、これだけはこだわりがあるらしい装飾の細身剣を腰から下げていた。
歩くたびにカツンカツンと石畳が小気味良い音を立てる。ブーツも当然最高級品なのだろう。上級貴族である事が一目で分かる。だがラットは気にすることなく露店に座ったまま迎えた。
「リーテなら居ませんよ。先に帰ったようですけ・・・・」
「あ、ルイスー!」
ルイスの背後に、突如リーテが現れた。
かなり距離があったのに、後姿だけでルイスと断定するとものすごい勢いで駆けてきた。
(・・・・?ルイスさんが来るのを知っていたのかな?)
ラットが疑問に思うほど、戻ってきたリーテの服装は気合が入っていた。
短めのスカートに羽毛付のブーツ、肩をぴっちり覆う腰までの短い赤マント。腰にはポーチ。
(いや、気合の方向が違うな。戦闘用じゃないか)
あっという間に目の前まで来たリーテは、ポーチの横に短剣を吊るし、ティアラ型の兜まで付けていた。そしてルイスとラットの間で急停止すると、勢いよくラットのほうを向いた。
「完璧!完璧なプランができたわよラット!確実に大金持ち!」
胸の前で両手を強く握り、高らかに宣言するリーテ。
一拍置いてから今度はルイスへ向き直り詰め寄った。
「ルイス、約束忘れてないわね?」
リーテとラットの二人は同じくらいの身長だが、年上のルイスは20cm以上高い。挑戦的な目付きのリーテを上からほほえましく見下ろすと、ルイスはのんびりと頷いた。
「もちろん。楽しみにしているよ」
興奮か照れか(走ってきた疲れではないという事はその場の誰もが知っていた)、リーテはちょっぴり顔を赤くしながら満足げに頷き返すと、またせわしなく身をひるがえし、リーテとラットの家の方へ身体を向けた。
「ラット、急いで出発の準備するわよ!ちょっと遠いから日が暮れる前には峠前のルッツ村へ!」
肩越しに、またしても勝手な宣言をすると来た時と同じ猛スピードで視界から消えていった。
「・・・・ルイスさん、何度も聞いたかもしれませんけれど・・・・」
茫然と姉の消えた方向を見つめながら、横のルイスに問いかけるラット。
「あれのどこが良いんですか?」
「可愛いじゃないか、色々と。」
「・・・・そですか」
ルイスはにこにこしながら、ラットは呆れ顔で。
それぞれ、リーテの”完璧なプラン”について思いを馳せていた。
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その3
「”うちにお嫁に来てくれないか”、か・・・・」
一人家に戻り、旅の準備をしながら、ようやく冷静になったリーテはルイスのセリフを思い出し、ぽつりとつぶやいていた。
「”うちに”っていうのが気に入らなかったのよね・・・・あんな約束しちゃって」
ルイス・アリアロス。青髪の青年はこの王都でも有数の名家、アリアロス公爵家の後継ぎだった。リーテ、ラット姉弟は孤児としてこの公爵家に拾われ、一人息子のルイスと一緒に育てられた。
それだけでも幸運だというのに、この未来の公爵、ルイスはリーテにプロポーズした。リーテとラットが商売を始めようと、アリアロス家を出るその日だった。誰もがうらやむ申し込みでありながら、リーテはこれを蹴ったのであった。
嫌だったわけではない。
うれし涙にむせびながら、それを悟らせないように後ろを向き必死に強がったのである。
”アリアロス公爵家よりもお金持ちになって、ルイスに婿に来てもらう”
それが、ルイスとリーテの”約束”だった。奇妙なことに、結婚する事に違いはない。
ただ、ルイスが何気なくとはいえ家の事を意識していたのが気に食わなかった。
孤児だった自分達姉弟を育ててくれた公爵家に恩は感じていたが、それでも我慢できなかった。
悔しいのと、泣いているのを知られたくないのとでとんでもない約束をしてしまった。露店が人気を博している、という程度では何の足しにもならない。
「あ~・・・・・・」
珍しく弱気なため息をつくと、リーテは部屋の真ん中で一人、大の字に寝転がった。
出発の準備は終わった。あとは不出来な弟が露店をしまって帰ってくるのを待つだけだ。
「・・・・」
ふと、目に入った洗面器を引き寄せた。
洗面器には小さな砂利と指サイズの小石がいくつか。それだけが入っており、昨日拾ってきた石のモンスター、ロックのくりくりした目玉が無かった。
「こっち・・・・かな」
寝ころんだままリーテが洗面器をひっくり返すと、洗面器の底にロックの目玉がついていた。
「面白い子・・・・。明日頑張ってよね、あんたにすべて懸かってるんだから・・・・」
リーテは洗面器の裏についたロックの目玉を一つつまむと、そのままぽいっと部屋の天井に向かって投げた。明かりを点けていない、夕方の部屋のなかは少し暗く、目玉の行方は見えなかったが、落ちてはきていないのが音から分かる。
勢い余って戦闘衣装まで着てしまったため、そのままだと肩やお尻がなんとも痛いが、寝っころがったまましばし待つ。
ころころころ・・・・
すると、天井から壁をつたい、部屋隅の暗がりをすり抜けてロウソクが転がってきた。
洗面器まで戻ってきたところでロウソクを取り上げると、やはりロックの目玉が一つロウソクの芯にくっついている。
「ふふっ・・・・夜、火をつけてる時は勘弁してね?ロック」
リーテの独り言に答えるように、ロックは洗面器の中でひと跳ねした。
「ただいまぁ~」
「おっそい!夜になる前に山道手前まで行くって言ったでしょ!」
のんびり帰ってきたラットに威勢よく宣言すると、用意していた荷物のほとんどをラットに押し付け、リーテは一人勝手に外へ出た。
「少しは休ませてよ」
聞いてもらえるとは最初から思っていないのだろう、ラットが気持ちのこもっていないお願いを投げかけてくるが、リーテはあっさり無視しロックを入れた洗面器を持ったまま扉を開けた。
「特製元気ドリンクがリュックの横ポケットに入ってるから、一杯飲んでからついてきなさい」
優しいんだかそうでないんだか、いまいち判断のつかない一言を最後に、肩をすくめるラットを置いてリーテは歩き出した。
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その4
「───やっ!」
街を出ると、街道であっても木陰付近では小型のモンスターが徘徊していた。
モンスターとはいっても、膝程度の大きさの大人しい虫食の二足竜。邪魔をしない限り向こうから襲ってくる事はないのだが、リーテがモンスターの進路を無視して傲慢に最短距離を歩こうとする。何度注意しても、直進しかしないのでどうしても衝突する事になる。
先頭を歩くことも譲らないので、襲われればすぐラットが姉を庇い前に出る必要がある。ラットは心の中で毒づきながら、魔法がかかった護身武器を使いこなし撃退していた。
「あんた、まだそのでんこーまる使ってんの?お気に入りねー」
「でんこーまるじゃないって。ザトウイチボウだってば」
「カタナじゃない」
「仕込み杖なんだよ」
ラットも実は勘違いをしている。"The トウイチ棒"だと思って使っている、中身が直刀になっている杖だが、本来は"座頭市棒"。強力なオートカウンターの魔法がかけられた武器だ。
「それ、あんたが振ってるわけじゃなくて、カタナが自分で動いて敵を倒してくれてるのよね。やっぱりでんこーまるじゃない」
「そもそもでんこーまるって何だよ・・・・」
こちらもこちらで、どこで仕入れた知識か未来の猫型ロボットの秘密道具と勘違いしているリーテ。
「リーテもたまには闘ったら?その短剣、風の魔法剣だったでしょ」
「これはでんこーまると違って使用者の魔力吸うのよ。強力だけど連発は出来ないわ」
「でんこーまるじゃないってば・・・・」
連発出来ないんだったら、せめて戦闘を避けて歩こうよ。
愛刀に関しての抗議より現実的な、戦闘回避の提案は何故か口の中で噛み潰すラット。同時にまた寄ってきた不定形のモンスターを鎖分銅で弾き飛ばす。ノーモーションで袖の中から凶悪な武器を出し入れするこの美少年は、姉ほど金の亡者ではないが、相当な武器マニアなのであった。
子供の二人旅、ではあるがこの二人のどちらもが完全な規格外。仲良くケンカしながらも、かなりのスピードで旅は進んでいった。
「んー。宿泊費が前より75リールも安くなってたわね」
夕方に出発したので、今夜の宿は隣町。
時間的な問題もあるが、もう少し脚を伸ばせば便利な王都に着けるのに、すでに廃れた田舎町、ルッツに泊まる物好きな客はほとんど居ない。当然、二人が宿代をケチるには都合が良いのだが、はじめから提示された宿泊代はかなりの安さだった。さらに値切りはしたが。
調度も料理も古臭いものではあったが、貴重な客なのだろう、精一杯のもてなしを感じた。値切った事を後ろめたく思うような精神構造はしていないが、リーテとラットは充分な買い物をしたと満足な宿でくつろいでいた。
「宿代の事はどうでも良いから。そろそろ計画の事話してよ」
不釣り合いな程に丁寧にアイロンがけされた真っ白なクロスがかけられた、がたつきのある木のテーブルに頬杖をつき、ラットは何も聞かされてない事に対してようやく抗議の声をあげた。
「珍しいわね、あんたが計画のこと気にするなんて。今まで全部任せてくれてたのに」
もともと大きな金色の眼を、さらに大きく見開いて、リーテ。
人格はともかく、リーテが立てるお金に関する計画は間違った事が無い。ある意味信頼のなせる業ではあるのだが・・・・
「別に任せてたわけじゃないんだけど・・・・。リーテの気合の入り方が今までと違ったから気になっただけさ」
逆に碧眼を細く絞って視線を外すと、照れ隠しのつもりか、ラットは唇をとがらせた。
最近、可愛いのは見た目だけになってきていた弟の、久しぶりに見たその表情にリーテは満足しながら、まん丸になったリュックサックから計画の主軸となるモノを取り出した。さりげなく可愛い弟の頭を撫でると、それをテーブルの真ん中に優しく置いた。
「この子がカギよ。私たちを大金持ちへの道に案内してくれるわ」
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その5
「この子がカギよ。私たちを大金持ちへの道に案内してくれるわ」
催促されたリーテは、ポケットの中から小石を1つ取り出しテーブルの上に置いた。
「・・・・?あぁ、これがロックね」
昨日リーテが拾って来てから、ずっと1人独占して観察していたため、ラットにとってはまともに見るのは初めてだった。多少レアなモンスターだが、道端で転がってるだけで旅人を襲いはしないので、誰も見向きもしない種だ。
本来はある程度の大きさの岩石になって動くのだが、今テーブルの上に置かれたモンスターは、小指の爪くらいの小さな小さな石。表面に目玉が2つついているので辛うじてモンスターだと分かる、というだけだ。
「うーん・・・・赤ちゃんなの?これ・・・・ロック?えーと種族名はストンプだったっけ」
モンスターとしての危険度の低さからか、ストーンプリン。それもさらに縮めてストンプといういささか手抜きな命名のしかたである。
「そ。多分だけどちゃんと大人よ。からだ?の大きさは関係ないみたい」
奇妙なところに疑問符をつけるリーテの話し方に違和感を覚えて、ラットは目の前の小石を慎重につまみ上げた。
「・・・・あれ?昨日見付けてきた時より大きさ縮んでない?」
さすがは我が弟、と満足げに頷くと、リーテは得意顔で解説を始めた。
「その通り。この小石がストンプってわけじゃあ無い」
芝居っけたっぷりに、ゆっくりとテーブルの反対側へ移動すると、ぴし、と振り返りざま人差し指をラットの手の中のロックへ向ける。
「このストンプという種族は、石のモンスターでは無いのよ。正確には石を好んで寄生するモンスター、ね。そして・・・・」
今度は人差し指をテーブルに置き、トントントン、と子猫でも呼ぶように細かく叩き始めた。
「おいで、ロック」
ころころころ・・・・
言うが早いか、ラットの手の中の小石が飛び出し、テーブル上をリーテの方へ向けて転がり始めた。ほどなくリーテのもとへ辿り着くと、ロックはミッションコンプリート!とでも宣言するかのように溜めたっぷりにひとつ跳ねた。
「私に懐いてくれてるみたい。さらに・・・・」
リーテは左手に収まったロックに右手を伸ばすと
「・・・・ぃっ!」
ラットが思わず小さく悲鳴を上げる。なんとリーテはロックの目玉を一個つまみ上げた。酷いことしやがる、と思いながら何故か自分の片目を押さえるラットをまたも満足げに見つめながら、リーテはつまんだ片目を部屋の隅へ放り投げた。
「・・・・んわっ!?」
またも共感してしまい悲鳴を上げるラット。心配そうに片目になってしまったロックに手を伸ばすが。
「大丈夫よ。ほらそこ」
リーテは片目を放り投げた方向を指差した。
ころころころ・・・・
部屋の隅から、コインが1枚転がってきた。コイン側面には先ほど投げられたロックの目玉が付いている。
「わぉ、流石ロック。お金持ってきてくれるなんて」
古びた銅製の5リールコインをつまみ上げると、リーテは満足げにロックの目玉を元の小石に戻した。
ちなみに、恐らく久しぶりの客のために急いで大掃除した際に落っことしたであろうこのコインは、後でリーテの手によって宿の主人に返却されている。"守銭奴"といえども無意味なお金の増やし方はしない。『信用は現金に勝る』ことを、この歳で二人とも理解しているようだ。
「まさか・・・・今のやり方で稼ごうと考えているの?」
リーテほどではないが(主に武具収集のための)資金集めに執着を持つラットが、ただでさえ大きな碧眼をさらに広げてロックの両目玉を凝視している。
「あはは・・・・分かりやすい実演になっちゃったわね」
からからと笑って、リーテは優しくロックを撫でてやる。しかしすぐに真顔に戻ると、ラットに詰め寄る。
「でも、まさかロックに今みたいな小銭拾いをやらせようなんてセコい稼ぎ方をさせようなんて、このリーテお姉様がやるわけないわよね?具体的な方法論は?」
最も信頼を置いている部下(とリーテが勝手に思っている)であるラットが、このロックの能力を見て愚かな計画しか思い付かないようでは困る。
果たして、ラットはせっかく手に入れた5リールコインを机の端に適当にちゃりんと放り、真剣に思案しはじめた。
「この能力・・・・と、僕らの資産・・・・いや、店を結ぶとしたら・・・・」
ロックを見つめながらぶつぶつと呟き、しかしすぐにハッと顔を上げてまわりを見回すラット。
「そっか、こんな辺鄙なルッツ村にわざわざ泊まるっていうのも・・・・」
腰のポーチから付近の地図を広げるラット。するといくらもしないうちに、現在地ルッツ村の近くにあるポイントに目が釘付けになった。
「ここ、か!!エイン鉱山!」
地図の一点を指差すと同時に顔を上げてリーテのほうを見る。
どうだ!というような弟の目にリーテは満足げに頷くと、しかし意地悪そうな顔をつくってわざとらしい声をあげた。
「でもエイン鉱山はとうの昔に廃鉱になってるはずよね?だからこそ、お隣のこのルッツ村も廃れてるわけだし」
だが当然ラットはひるまない。普通の女子ならどきどきしてしまうほど綺麗な顔をリーテの方に近付けて返す。
「廃鉱になるイコール鉱石が無い、ではないよ。オリハルコンが豊富に採れたあの鉱山も、いくつかの理由で"使える"鉱石が無くなったというだけさ」
そして最後に、ラット自身を自分の親指で、そしてリーテの胸にあるロック、さらにはリーテを人差し指で交互に指して締めくくった。
「僕達なら採れる鉱石がまだそこにはあるし、活用もできる、というわけさ」
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その6
ルッツ村を出て小一時間。ちょっとした渓谷の先にあるエイン鉱山は予想通り、何もなかった。見渡す限り何もない平原。
それもそのはず、とうの昔に廃鉱になっているのだ。
リーテとラットが暮らすこの王国は、はるか昔に龍族との戦争に打ち勝ち肥沃な大地を手に入れたという、建国の際の伝説がいくつも残されていた。龍断ちの斧、国護りのゴーレムなど、様々な伝承の中の一つが、ここエイン鉱山を舞台としている。
「えーと、ここの地下が隠された鉱山・・・・なんだよね」
何もないように見える野原の中央に窪みがあり、小さな階段があった。先のルッツ村には案内板すらなかったので、歴史の勉強で教わったことを懸命に思い出しながらラットは階段を下りる。ちなみに、リーテは当然のように先頭をずんずん歩き、後ろのラットが周囲に危険が無いかキョロキョロしている。
「モンスターなんかは居なさそうだけど・・・・しかし広いね」
ラットの声が反響しない。長い階段を下りた先は巨大なドーム状の空間だった。
「もう少し大きなカンテラを持ってくるべきだったわねぇ」
やや不満げに手に持った照明器具をカラカラと振るリーテ。普通の夜道や多少広い洞窟くらいなら十分に照らせる光量はありそうだが、このエイン鉱山では辛うじて天井が見えるだけ。左右の壁までは完全に光が届いていない。
「まぁ、天井さえ見られればそれで良いよね」
ごそごそと背中のリュックをあさると、ラットは綺麗な金髪をかきあげ自信ありげに上を見上げた。
「そのために、僕を連れてきたんだろ?」
「ふふ、さすがラット。話が早くて助かるわ」
リーテのほうもにやりと、凶悪なまでに整った顔にこれまた凶悪な笑みを浮かべた。
「ここ、エイン鉱山は"建国の勇者"が精霊の力を借りて作った人工の・・・・いえ、魔工の鉱山」
リーテも紅色の派手なコートのポケットをごそごそさせながら歴史をそらんじる。
「だから大昔はこのドーム状の空間全てが高純度の魔法鉱石"オリハルコン"だった、んだよね」
ラットが言葉をつなぎ、リュックから投石用スリンガーを取り出した。リーテに近づき手のひらを差し出した。
「そ。地上からは見付からないこの地下鉱山で採れ、精製されたオリハルコン製の武器でもって、"建国の勇者"達は龍族に勝ち建国につながった。でも鉱山の構造上、採掘には限界がある」
さらに言葉を継いだリーテは、ポケットの中からコインを取り出した。コイン表面には目玉が2つついている。リーテが可愛がっている謎のモンスター、ロックだ。
リーテは無造作にコインから片目を剥がすと、ラットの差し出した手のひらにそっと置いた。
「ドーム状の洞窟の天井には、まだオリハルコンの結晶が残されているのよ。かなりの高度がある上に、天井は地上にも近く脆くなっているから崩落の危険もあり、完全に放置。それを・・・・」
「ロックに採ってきてもらおうというわけだね」
ニッ!と笑うとラットはロックの目玉を受け取りスリンガーにセットした。
いまだリーテの手に残っているもう片方の目は、任せろと言いたげにぴょんぴょん飛び跳ねている。
「ほいっと」
ヒュウッ!
ラットの軽い掛け声と共に、鋭く空気を切り裂いてスリンガーからロックの片目が放たれた。暗い地下ドームの中でも淡く光るオリハルコン結晶、その密集地に寸分違わず着弾すると、ロックの目玉はなんとも嬉しそうにパチリ!と一度まばたきした。
「どの程度・・・・採ってきてくれるのかな」
上を見上げたまま、先程とは違い緊張した声でつぶやくラット。対してリーテは自信満々の笑みで見守っていた。
「ふふん。ロックは取り付いたモノの形をかなり自在に変えられるのよ。綺麗に天井から剥がしてオリハルコン結晶だけ持ってこられるはずよ」
ごそり。
果たして、リーテの言うとおり。人間の頭程のかなり大きな魔結晶が天井から剥がれ、ゆっくりと落下してきた。ロックが取り付いているからか、重力までも半分無視してリーテの手元に、斜めの軌道でのんびり降りてきた。
「う・・・・わ・・・・」
見たこともないほど巨大なオリハルコン結晶を目の前に、さすがのラットも感銘の声を上げる。
「重い」
「!あっごめん」
リーテがオリハルコン結晶からロックの目玉を取り外すと、急に不機嫌な声を発しラットにお宝を突き出した。
不本意ながら姉の下僕的ポジションが染み付いてしまっているため、無条件に受け取るラット。
ズシリ・・・・
金属や石よりもはるかに軽い魔鉱石、オリハルコン。それでもかなりの重さのある塊を受けとると、ラットは小さくうめいた。
「これは・・・・凄いね」
対してリーテのほうは興奮したように、ロックを撫でながらオリハルコンを覗きこんでいた。
「良い大きさね!」
良い大きさどころか、ただ贅沢に生活したいだけであれば、十分過ぎるほどである。ただ、この小さな娘の野望はそんなに小さなものではない。
「アリアロス公爵家を超える、これが第一歩よ!」
これほどのお宝を手にしておいて、リーテにとってはこれがまだスタートラインなのであった。
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その7
「うーん、やっぱりロックがうちに来てから随分変わったわねー」
その日の売上を数えながら言うリーテは、ここのところずっと上機嫌だった。
(生活水準は変わってないんだけどなぁ・・・・)
相変わらず二人暮らしの小さな部屋で、双子の弟であるラットは商品である魔法がかかった短剣を磨いていた。
ラットの言う生活水準だけでなく、リーテとラット二人の生活そのものも実はそれほど変わってはいない。
エイン鉱山で貴重な魔法鉱石オリハルコンをしこたま手に入れた二人だったが、そのまま売るなどという事はしない。オリハルコン原石の良い仕入れ先を見つけました、とうそぶいて宝石屋に持ち込んでカット&研磨してもらい、魔法屋に魔法付与を依頼。そうして出来たオリハルコン魔石を今度はアクセサリ屋で、リーテのデザインで仕上げてもらう。
要は、今まで魔法石を仕入れに行っていた手間が失くなったかわりに、エイン鉱山のオリハルコンを魔法石に仕立てあげる工程が追加されただけなのだ。
「むっふー!」
しかし、売上計算結果に満足し上機嫌に鼻息を噴き出すリーテの言う"随分変わった"のも間違いではない。
オリハルコンは国の成り立ちの伝説になるほど貴重な魔鉱石。目立たぬよう小さな欠片に砕いて少しずつ売っているのだが、仕入れ値がタダというだけで儲けは莫大なものとなっていた。
「ロックのおかげだねー。あ、ロックそこのナイフ取ってくれる?」
目線は手の中の短剣に落としたまま、ラットがロックに話しかける。先程までラットが手入れしていたハンマーに、2つ目玉がくっついていた。
物に寄生して自由に動かすモンスター、ロックは近頃ではリーテだけでなくラットにも懐き、言うことを聞くようになっていた。ハンマーから離れて、目玉だけでコロコロ転がり、投げナイフに取りつくと、今度はラットのほうにナイフごとずるずると動き始めた。
「・・・・で?ここまでは順調だけど」
またも、武器の手入れをしたまま目線を上げずにラットが声を上げる。
ロックが自分以外に懐いてる事が若干気に入らないリーテは、返事をせずに視線だけラット・・・・と言うよりラットの手の中に収まったロックのほうを向いた。
「最初に言っていた"計画"ってのは、ここまでのことだけじゃあないんでしょ?この先どうするの?」
「当然でしょ。もう計画は次の段階へ進んでる」
くるりと、今度こそ身体ごとラットの方を向くとリーテは細い足をぴっ!と伸ばした。振り向き様に投げ出された足を板張りの床がかつん、と小気味良い音をたてて受け止める。
「まだ仕込みだけどね。本格的に動くのはもう少し先になるわよ」
リーテの性格はともかく、その商才は誰よりも認めているラットだったが。この時だけは何故か猛烈に嫌な予感に襲われた。形の良い眉毛をひそめながらラットはロックが取り付いたナイフを机に置いた。
「・・・・仕込みって、このところ毎晩こっそりロックと一緒に出掛けてること?危ないんだから気をつけてよね」
一瞬、リーテがあれ?という顔をした。深夜の外出がバレていないと思っていたのだろう。他人に対してはしっかりと警戒しビジネスライクな最適距離を保つリーテだが、身内には驚くほどに警戒心を持たない。こっそり出掛けているのも"つもり"なだけなのでラットが気付かないわけはないのだ。
「・・・・うん、まぁそうね。外では気を付けるから大丈夫よ。仕込みの効果はまだだけど」
珍しく居心地悪そうに、ロック付きの短剣を取り上げるリーテ。
「とにかく、私たちの目標はあくまでもアリアロス公爵家よりも金持ちになること。こんなオリハルコン成金で終わるわけにはいかないのよっ」
居心地の悪さを振り払うように、拳を握り決意を新たにするリーテを目の当たりにしても。
ラットの嫌な予感はどうにもぬぐえないのだった。
それから、およそ2ヶ月。冬本番を控えてリーテとラットのアクセサリ屋を訪れる客も急激に着太りし始める頃。街は2つの噂で持ちきりになっていた。
「どっちの噂もアリアロス公爵家にまつわる話っていうのが、ねぇ・・・・」
いつも通り、噴水前に広げられた絨毯の上で、いつも通り気だるげに頬杖をついたラットがつぶやいていた。
「あ!またアリアロス公爵の話?」
「カッコいいわよねー!」
ラットのつぶやきに反応したのは露店の客、貴族の娘達だった。つぶやいた本人そっちのけで、勝手に自分達だけで盛り上がりはじめた。
「成人もまだなのに、王国一の名家を継ぐなんて、って最初は思ったけどね!」
「とってもカッコいいし、物腰も穏やかで爽やか!」
新たに公爵の位に就いたアリアロス新公爵の話題だった。当然、ラットとは旧知の間柄で、非公式ではあるがリーテとは婚約者であるルイス=アリアロスのことである。数日前に電撃で行われた新公爵お披露目会は歴史上に残るとまで言われたほど贅を尽くした見事なものだったとの噂で持ちきりなのだ。
「ね?ラット君。ルイス様ってこのお店に来たこともあるんでしょ。どんなお方?」
ぼんやりと聞き流していたラットに、不意の質問。つい本音が出てしまうのは、えてしてこういう時である。
「え、あぁ~・・・・。女性を見る目は無いんじゃないかな・・・・ぁ」
途中で、しまったと思うが既に遅い。聞かれてはいけない者に聞かれてしまった。
ぐわし。
「ラット~ぉぉぉおおおぉ?」
ラットの肩を後ろからつかんだのは、案の定リーテだった。普段の五倍はあろうかという異常な握力でしめつけられる肩に悲鳴をあげるラット
「あ゛~ごめんなさいごめんなさいルイス様は完璧なんですよぅ」
完全に気持ちのこもっていない謝罪ではあったが、ゆるしてもらえたようでラットの肩は解放された。
「むっふん。分かればよろしい」
満足げに鼻を鳴らすリーテ。しかし今度はリーテのほうが貴族娘達に捕まってしまった。
「え、なになにリーテちゃんもルイス様のファンなの?意外!」
「・・・・ん?いやファンっていうか」
「ラット君と一緒にお会いしたことあるんでしょ?」
「えぇ。そりゃもぅ」
「わー!良いなあ。今度お店にいらした時はすぐに知らせてね!」
「・・・・はい」
さすがのリーテも、お年頃の貴族娘達のノリにはついていけないと見え一瞬、押し黙る。
しかし、すぐにニヤリとひとつ笑いを浮かべると
「それよりも、ご存知?アリアロス公爵家の家宝の噂」
なんとも胡散臭い低いトーンで話を切り替えた。顔を近付け口元に手を当てて密談をするように、しかし何故か声は大きなままで。
「・・・・!あの噂ね。もちろん聞いているわよ」
貴族娘達も同じように密談のフリだけして、大きな声で。
「アリアロス公爵家一番のお宝、"国護りのゴーレム"の噂・・・・ね」
あぁ、やっぱりリーテの仕業か・・・・。ラットが心の奥底でため息を漏らしているのをよそ目に、乙女数名が勝手に盛り上がり始めた。
「夜な夜な動くんですってね!」
「もともと美術品だったんじゃなくて、ホンモノのゴーレムだったのが目覚めたんじゃないかって噂よ!」
「お城の高名な魔導師様もお手上げだったんですって!」
口々に噂話をまくしたてる貴族娘達の話をうんうんと頷きながら聞くリーテ。ときおりこっそりメモまで取っているのが見えて、ラットにも薄々と噂の実態が見えてきた。
「どうも、ありがとうございましたー」
いつも通りのやる気の無い一礼でお客を見送り、ようやくラットは尋問の時間を得ることが出来た。
「・・・・まさかリーテの仕業だったとはね。立派に犯罪なんじゃないの?」
怒っているというよりも、呆れたような表情でリーテに問いただすと、当の本人は全く悪びれずに返事を返した。
「問題は無いわよ。"国護りのゴーレム"を動かしたのは事実だけど、私は侵入してないし。ロックが乗り移ればゴーレムが動いても音はしないから迷惑にもあたらないわ」
つまり、アリアロス公爵邸の外からロックを送り込み、建国の伝説をかたどった国一番の美術品、彫刻"国護りのゴーレム"にオリハルコンの時と同様に取り付き動かしたのだ。坑道の天井からオリハルコン結晶を剥がすのとは訳が違う。エイン鉱山でオリハルコンを得た後もロックの特性解明にこだわり続けたリーテにしか思い付かない芸当である。
とはいえ
「なんでこんなことを?まさかこのままゴーレムを邸外まで動かして盗もうって気じゃあないよね?」
しかも事前にゴーレムを動かすなど犯行予告にも等しい。しかも噂が広まっているのを念入りに確認までして。ラットには意図が全く読めなかった。
果たして、リーテはちっちっち・・・・と人差し指を左右に振ると偉そうに解説を始めた。
「あのゴーレムの価値を分かってないわね!」
価値とかそーゆー事言ってんじゃないんだけどな・・・・どや顔を不快に思いながらも、ラットが素直に頷いて続きを催促すると、リーテは部屋の奥に厳重に保管してあるオリハルコン結晶を収めた金庫を指差した。
「全てはあのオリハルコンが起点よ。"国護りのゴーレム"の、どこに一番価値があるか知ってる?」
実は、ラットは知らなかった。アリアロス公爵家の家宝である巨大彫刻"国護りのゴーレム"がどう造られたかなど、すぐに独立するつもりだったラットには価値の無い情報。だがリーテは知っていた。いずれ自分のものになるアリアロス公爵家の物は全て把握しているのだ。
「歴史的価値・・・・ってことは無いよね?建国の伝説で、最後の龍のブレスの前に立ちはだかり、初代王である"はじまりの勇者"を護って砕け散ったゴーレム・・・・でもこれは砕け散るその瞬間をモチーフにした美術品にすぎないよね?」
が、金銭的価値以外には興味が無かったのか伝説の内容には瞳をぱちくりさせ、リーテは答えた。
「もちろん、歴史的価値はアレには無いわ。あくまで美術品。でも、誰が彫刻を施したかの伝承は途絶えているし、黄金製のボディも私たちには持て余すわ」
「そういえば、あのゴーレム像って眼が特徴あったなあ。あの眼の素材って、もしかして」
アリアロス邸に住まわせてもらっていた頃を思い出してラットがつぶやくと、話の主導権を邪魔されたとでも思ったのかリーテの声は少し気勢の削がれたようになった。
「・・・・そうよ、よく覚えてるわね」
しかし、こほんとひとつ咳払いをするとすぐに気を取り直して、再び部屋の奥の金庫を指差した。
「そう、オリハルコンよ。ただし国一番の美術品と言われるからにはただのオリハルコンとは違う」
「はるかに価値の高い、濃縮オリハルコンなのよ」
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エピローグ
「ま、"約束"だし仕方ないよねー」
「・・・・"約束"には期限を設けていなかったはずよ」
「でも、"約束"の条件達成が現実的でなくなった時点で、未達完了と見なされて当然だよね」
「見切りが早すぎるのよ。まだ私には策があったのに」
「そもそも、相手方には一切利益の無い"約束"じゃあないの」
「不利益もないわよ」
「時間は有益だよ」
「・・・・」
むぅ、と不満げな溜め息を絞りだし、リーテが黙る。金髪金眼、10代半ばを少し過ぎた頃であろうか。絵に描いたような美少女だが、やけに機嫌が悪い。
その横には、頬杖を突いて気だるげなラット。リーテの双子の弟である彼は同じ金髪だが、眼は碧色だ。険悪な空気の二人が座っているのは、大富豪アリアロス家の一室。機嫌悪く押し黙るリーテに対して、あくまで無関心、気だるげなままのラットがぽつりと一言。
「花嫁控え室だよ、ここ」
「ンのこととうに分かってるわよっ!!」
当の花嫁が激昂しているリーテなのだが。化粧が崩れるほどに顔を歪ませて怒り狂ってはいるが、その顔はしっかりヴェールで覆われ、純白のウェディングドレスも完璧に着付けられている。
ルイス・アリアロス公爵との結婚式。花嫁入場まであと少しというところなのである。
「良いじゃん、結局大好きなルイスさんと結婚できることに変わりはないんだよ?」
「だだだ大好きとか誰が言ったのよそれ今関係ないでしょ」
マリッジブルーというにはいささか奇妙な精神状態なリーテ。結婚自体は、ラットの言うとおりリーテも望んだことなのだが。その経緯と、アリアロス家への"嫁入り"が未だに気に食わないリーテだった。
「なんで借金の肩代わりの"見返り"が結婚なのさ。あのゼロを数えるだけでも大変な請求書がなくなる上に、超絶玉の輿だよ。懐深いにもほどがあるよねーアリアロス公爵家」
「未来の女主人が、ちょこっと商売の元手を貰うくらい問題ないじゃない」
「でも、あれだけやらかしといて、数週間で完全に元に戻って・・・・いや元にじゃないねあれは。より凄くなっちゃっててさ。もともと僕らに勝ち目無かったの、よく分かるよねー」
「勝ち目を引き出すための元金作りだったのよ」
花嫁控え室でなんとも場にそぐわない会話を続けている二人。いつの間にかリーテもラットと同じように頬杖を突き、そっくりな双子がまったく同じ体勢でだらけている。
「あんた、もう会場行きなさいよ」
「付き添いだもん。そうもいかないよ。どっちかというと会場よりもボルタック商会との会合に行きたいね。急遽変更になって投資話も不安定になってるのに、結婚式のほうを優先してやってるんだから、感謝してほしいところだよ」
あのぉ・・・・リーテ様、そろそろ・・・・
と、扉の隙間からアリアロス家のメイドが遠慮したような声をかけてきた。
人生最良であるはずのこの日に、仕方ないなと面倒臭そうに立ち上がるリーテ。隣でまったく同じようにだらだら立ち上がる弟に、精一杯の悪口を浴びせかけた。
「この守銭奴」
「知ってる。けどリーテにだけは言われたくないな」
少なくとも、アリアロス家の今後の経済状況だけは幸せを約束されそうな結婚式に向けて、リーテとラットの双子姉弟はやる気無さげに歩きだした。
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