フィクションをノンフィクションに (ダルマ)
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フィクションをノンフィクションに

所謂転生ものです。

例によって作者自身が原作を未プレイであり、作者独自の解釈と設定によって作品が形成されておりますので違和感を覚える部分も多いと思います。
上記を踏まえ閲覧していただけるよう、お願い申し上げます。


 艦隊これくしょん、通称『艦これ』。

 ブラウザゲーム、所謂ウェブアプリケーションのゲームで、ジャンルとしては育成シュミレーションとなる。

 第二次世界大戦時の軍艦を女性キャラクターに擬人化した艦娘を動かし、集め、育て、強化し、そして戦う。

 

 配信開始後からじわりじわりと人気を延ばし、コンシューマーやアーケード等様々なプラットフォームを展開しながらも、現在でもその人気は衰える所を知らない。まさに大人気ゲームである。

 コラムニストにして女装タレント、司会者もこなすマルチなタレントが司会進行を務めるトークバラエティ番組で取り上げられる事からも、その人気ぶりが窺える。

 

 

 そんな艦これのプレイヤーは全国に数百万人とも言われているが、その内の一人、とある都心部に住まう青年もまた艦これプレイヤーであった。

 今日も今日とて机に置かれた愛用のノートパソコンに向かい艦これを楽しんでいる。

 いつもならば、翌日の仕事に支障が出るからと一時間程度で遊ぶのを止めるのだが、どうやら今日はその限りではないようだ。

 

 と言うのも、翌日が休日、更には所謂イベント期間と言うこともあり、本日は夜も遅くまで艦これを楽しんでいる。

 

「よし、こいっ! こいっ!」

 

 ノートパソコンのモニターに映る進行状況を、青年は眠たい眼を必死に開きながら眺める。

 やがて、ステージのボスと言うべき存在を倒した事による報酬画面に切り替わり、その内容を目にした青年は歓喜の声を挙げた。

 

「っしゃっぁぁぁ、きたぞぉっ、きたぞぞぞ」

 

 とは言え、既に夜も遅い時間帯なので声を抑えてその喜びを表す。が、やはり喜びを表し足りないのか、両手を高らかに上げ万歳を行う。

 

「これで……、か、つ、ぅ」

 

 だが、嬉しさと同時にそれまで保っていた緊張の糸が切れてしまったからか、強烈な眠気と共に青年は机に突っ伏してしまう。

 そして、直後に分かり易いほどのいびきが部屋の中に響き渡るのであった。

 

 

 

 

「……あれ? 俺寝ちゃった?」

 

 特に夢らしい夢も見ずに再び目を覚ました青年。机に突っ伏して寝ていたと言うのに、特に首や腰などに痛みは感じていない。

 

「……って、え、ここどこ?」

 

 だが、そんな違和感など些細なことであるかのように、青年の目には見覚えの無い空間が広がっていた。

 眠る前まで見慣れた自身の部屋の面影など何処にも無く、と言うよりも家具も家電も、そもそも空も大地も、上下の概念があるかどうかすら怪しい真っ白な空間が地平線の彼方まで広がっている。

 

 当然意識してこのような摩訶不思議空間に足を運んだ覚えも無く、かと言って自身の頬をつねってみても痛みは感じるので夢でないのは確か。

 だが、悪戯にしてもここまで手の込んだ悪戯は見たことがないし、そもそもこの様な悪戯を仕掛けてくるような知り合いもいなければ仕掛けられる覚えもない。

 

「ほほほ、困惑しておられるようですね、無理もない」

 

 と、青年が自分自身が置かれている状況に困惑していると、後ろから男性の声が聞こえてくる。

 青年以外に人の姿が見られない事から、その声が青年に向けられているものだと言うのは容易に理解できた。

 

「って、いつの間に後ろに、と言うかあんた誰だよ!?」

 

 声に反応するように後ろを振り返ると、そこにはいつの間にやら役所や銀行の窓口のような木目が綺麗なカウンターが存在し。カウンター越しにスーツを着込んだ初老の、何処にでもいるサラリーマンのような男性がいた。

 

「まぁ、色々と聞きたいことはあるとは思うけど、ま、とりあえずどうぞお掛けください」

 

 頭の中に浮かぶ質問の数々を直ぐにでも声に出したい衝動に駆られながらも、青年は男性の声に沿うようにカウンター前に置かれた椅子に着席する。

 

「色々と窺いたい事は山ほどあるんだけど、とりあえず。ここは何処!?」

 

「ここですか、ここは所謂この世とあの世の境界、そのようなものです」

 

「それって、つまりは、え、だから……」

 

 男性の説明に理解できたようで出来ていない青年、その脳内では様々な単語が渦巻き混乱をきたす。

 

「つまりは、貴方様は現世を離れ霊界へと誘われようとしている訳です。で、ここはその手続き窓口で、私は担当を務めます神様です」

 

 さらっと流すかのように自身を神様と名乗った男性だが、青年にはそれ以上に自身が現世を離れたと言う事実に更なる衝撃と混乱を受けていた。

 

「ちょっと待って! それって俺、死んだって事!?」

 

「はい、そうなります」

 

「待てよ、待ってよ! 俺、自殺なんてした覚えないぞ!」

 

「自殺ではありません、焼死です。不運が重なり大変残念とは思いますが……」

 

 神様と名乗った男性曰く、青年が突っ伏して寝てしまったその後、青年の暮らしていたアパートの一室で火の不始末による火災が起こったのだとか。

 季節柄空気も乾いており、火の回りが早く、結局アパートは全焼。青年も巻き込まれ、あえなく現世での生涯に幕を閉じた。

 

「しかし幸運なことに、未明であるにもかかわらず他のアパートの住人の方は火傷をおった方はいらっしゃいましたが、命に別状はありません」

 

「それってつまり、結局死んだの俺だけ?」

 

「はい」

 

 淡々と告げられる事実に、青年の頭の中は一気に真っ白になった。

 死んだのにどうして感覚があるのだとか、どうして体があるのかとか、寝る前と同じ衣服だとか。色々と質問したかった事が、一気に頭から吹き飛んだ。

 

「因みにですね、お客様の混乱を最低限に留める為に、お客様自身の生前最後のお姿でこちらにお越しいただくようになっておりまして。感覚等も霊界へと送られた際にお消えになりますので……」

 

 まるで心を読んだかのように淡々と説明を続ける神様であるが、青年の耳にはそのような説明はまったく耳に入ってこなかった。

 

「でですね、本題なのですが」

 

 だが、神様自身もそんな事など気にも留めないように、淡々と進行を続ける。

 

「此度の不運によって貴方様の人生が終わってしまう。上とも協議を重ねましてこれではあまりにも寂しいとなりまして、そこでですね、生前の現世とは異なる世界へのご移転許可を与えることに……」

 

 異なる世界への移転、その言葉を聴いた瞬間、青年の心の中にぱっかりと空いた穴が瞬く間に埋まっていく。いやそれ以上に、希望と言う名の山脈が連なっていく。

 

「あの、それってもしかして、別の好きな世界に行けるって事ですか?」

 

「えぇ、ありていに言えばそうなります」

 

 青年の落ち込み具合が一変、その目には夢と希望が満ち溢れている。

 青年が生前目を通していたネット小説等では、神様によって主人公が別の世界へと移転し大活躍する内容の物語は数多く。青年自身も心の片隅では、そんな物語の主人公に憧れを抱いていたのである。

 その憧れていた存在に自分自身がなれる。そう思うと、もはや現世、いや今では前世となった世に未練など持っている場合ではない。明るい来世を夢見て、希望を抱かずにはいられない。

 

 人助けをして死んでだ功績でとか、神様の手違いのお詫びでとか、読んだ小説とは若干展開が異なってはいると感じつつも、それらは青年にとってみれば些細なことでしかなかった。

 

「もしかして! チートも使えるんですか?」

 

「ちーと? ……はて、何ですかな、それは?」

 

 小説等では移転に際して神様から様々な能力の追加が行われ、その追加された能力を駆使して様々な困難に立ち向かう、といった流れが主流であった。

 故に、青年も何らかの能力の追加の恩恵が受けられると思っていたのだが、どうやら事情は異なるらしい。

 

「えっと、だから、無から有を作れる様になるとか、数メートルの高さから落ちても死なないとか、とんでもない腕力を持ってるとか……」

 

「あぁ、はいはい、能力の追加向上等に関するものですね。残念ながら現在では能力の追加向上に関する行為等は禁じられておりまして」

 

 何やら意味深な言い回しに、青年は思わず声を漏らす。

 

「え、現在はって……」

 

「かつては一部行ってはいたのですが、移転先の世界の管理業者等からの苦情が寄せられまして。現在では行わないようにとのお達しが上からきましたので、禁止している次第です」

 

 何だか色々とお役所的な措置のとり方に、青年は思わず叫びたくなった。が、それを何とか堪えると自身の気持ちを落ち着かせ始める。

 確かに追加向上等が行われないのは残念ではあるが、しかし、異世界への移転が行われなくなった訳ではない。まだ移転できるだけあり難いではないか。自身にそう語りかけ、青年は気持ちを落ち着かせる。

 

「えー、ではですね、早速ですがご移転先となる世界のご希望などございますか? もしなければ……」

 

「艦これ! 艦これの世界で!」

 

 青年が落ち着いたのを見計らって神様が希望を窺おうとすると、青年は食い気味に自身が希望する世界を述べる。

 モニターの中の世界に行ける、交わる事のない世界の住人と交われる。それを考えただけで、青年の気持ちは再び興奮に包まれた。

 

「かんこれ? ……少々お待ちください」

 

 しかし、そんな興奮を抑えられない青年を他所に、神様は青年の話す艦これと言うものを存じ上げないかのようだった。

 その証拠に、カウンター脇に置かれたノートパソコンを操作して、おそらく検索サイトで艦これについて検索しているのだろう。

 

「あ~はいはい、艦これ、艦隊これくしょん、ですね。……分かりました」

 

 暫くノートパソコンのモニターを眺めて艦これに関する情報を収集し終えたのだろう。神様はおもむろに席を立つ。

 

「では、準備しますので暫くお待ちください」

 

 そして、青年に声をかけると何処かへと姿を消してしまった。

 一人取り残される事になった青年ではあったが、神様の言う通り席に座りながら神様の帰りを待つ。

 

 そしてその間にも、青年は実際に移転した後の自身の活躍を想像し、さらに期待に胸を膨らませるのであった。

 

「お待たせしました。準備が出来ましたので、どうぞこちらに」

 

 いつの間に後ろに回りこんだのかは分からないが、後ろから聞こえてくる神様の声に振り返ってみると、そこには回転式の抽選ダーツの的と思しきルーレット台を設置している神様の姿があった。

 しかも、的にはそれぞれファンタジーやスチーム、SFにヒャッハー等といった、おそらく艦これ以外の世界であろう世界が示されたもの並び。当然、その中には青年の希望した艦これの的もあった。

 

 が、艦これの的はどう見ても白紙の的に手描きで書き足したとしか思えないほどの出来で。艦これの文字は、お世辞にも上手とは言い辛い。状況から推測して、おそらく書いたのは神様と思われるが。

 

 とは言え、その事を声に出して指摘するほど青年も空気が読めない訳ではない。

 気にはなるもののそれらを黙って飲み込むと、神様の指示に従い椅子から立ち上がり指定された場所に立つ。

 

「では、こちらを」

 

 そして、台の設置が終わった神様から手渡されたのは、やはりと言うべきかダーツの矢であった。

 

「では、回しますので、私が合図したら投げてください」

 

「え、あの。投げる前に、一つ聞いてもいいですか?」

 

「はい、どうぞ」

 

 ダーツの矢を手渡され投げる寸前に、青年は嫌な予感と共に覚えた可能性を確かめる為に、神様に尋ねる。

 

「もしこれ、艦これ以外の所に当たったらどうなるんですか?」

 

「勿論、当たった的に書いてある世界に移転してもらいます」

 

「え!? ……希望を言ったらその世界に移転出来るんじゃないの!?」

 

「申し訳ありません。公正移転競争規約によってご希望をそのまま叶える事は出来ないんです」

 

 それまでの期待が音を立てて崩れるかのように、青年の顔から笑顔が消える。

 確かに神様との会話の流れで確実に希望の世界に移転できると言った裏付けが取れた訳ではない。だが、何となくの流れでほぼ確実ではないかと思い込んでいた。

 

 が、どうやら現実は甘くはなかったようだ。

 

「でも大丈夫、要は当てればいいんですよ!」

 

「……そうだな、うん!」

 

 しかし、期待が崩れたからと言っても望んだ世界に移転できなくなった訳ではない。神様も言う通り、確率ではあるものの、まだ可能性は残されている。

 

「では、いきますよ」

 

 気持ちを切り替え、青年は手にしたダーツの矢を構える。

 当たれ、当たれ。そう強く願いながら、回転を始めた台に視線を集中する。

 

「どこになるかな……、どこになるかな……、ふふふふっふ、ふふふふ」

 

 嫌がらせか、それとも景気付けか、おそらく後者であろうが。神様の口から漏れるどこかで聞いたことのあるようなメロディに、青年は集中力を削がれそうになる。

 しかし、そんな無意識な悪意に負けることもなく、青年は意識を手にしたダーツの矢に集中させる。

 

「っ!」

 

 そして、集中が最高潮を迎えたその時、手にしたダーツの矢は青年の手から手放される。

 吸い込まれるように回転する台に飛来したダーツの矢は、見事外れることもなく的に命中した。

 

 程なくして回転速度が遅くなっていき、どの的に命中したかが判別できるようになる。

 

「……っ!」

 

「おや?」

 

 やがて、完全に回転を止めた台がその全貌を現し、矢の行方が鮮明にその姿を現す。

 

「……っしゃぁぁぁっ!」

 

 その姿を目にした瞬間、青年は今まで溜め込んでいたものを全て吐き出すかのように雄叫びをあげ、ガッツポーズを行う。

 願いが届いたのか、ダーツの矢は、見事に艦これと書かれた的に突き刺さっていた。

 

「おめでとうございます」

 

 この結果には、神様も拍手で歓迎してくれるようだ。

 

「それでは、早速、行ってらっしゃい」

 

「え、今すぐ!?」

 

 しかし、次に出たのは何の脈絡もなく移転を告げる言葉であった。

 もっと移転する世界に関する事前情報だとか、心構えだとかを聞けるのかと思っていた青年は、そのあまりに早い進行状況に頭が付いていけていない。

 

「それじゃ、艦これの世界へ、行ってらっしゃい!」

 

「ちょ、それダーツちが……」

 

 最後の最後に色々と突っ込みをいれたい所ではあったが、そんな間すら与えぬ程に青年の真下の空間に穴が開くと、もはや重力に逆らうことなく青年はその穴の中へと落ちてしまう。

 まるで地の底まで続くかのような長い長い穴の底、最後に青年が目にしたのは、徐々に近づいてくる眩いばかりの光であった。

 

 目を開けていられないような眩い光に包まれた青年が最後に感じたのは、まるで幼き頃に感じた、母の腕に抱かれる温もりであった。

 

 

 

 

 

 青年は、確かに艦これの世界に移転を果たした。

 その際、再び幼年期から二度目となる人生を始めなければならない事になりはしたものの、それでも元青年に不満はあまりなかった。その時は。

 

 だが、幼児、小児、学童、そして少年から青年へと成長して二度目の現世となる世界を知るにつれ、彼の中の不満は大きなものへと同じく成長していった。

 

 

 先ず最初に、神様が移転させて下さった艦これの世界は、はっきり言って彼の知っている艦これの世界とは全く異なっていた。

 そもそも艦これの一番のメインたる艦娘は、人とも兵器とも定義される摩訶不思議な存在であった筈が。この世界では、妖精と言う存在と契約を交わした女性達の通称となっており。言わば魔法少女的な存在として一般に認知されている。

 更に言えば、敵たる深海棲艦は海を我が物顔で人類から奪い取った、こちらも摩訶不思議な存在であった筈が。全貌が解明されていないのは同じではあるが、何故か『漁船』しか襲わないという、もはや理解不能な行動をとっており。

 

 人類との間には生存競争と言うよりも、お魚戦争のような競争を繰り広げている。

 

 更に更に、艦娘達を束ねているのは大日本帝国軍かとも思ったが、どうやら時代的に青年の前世とそう変わりがないようで、もはや帝国海軍は存在していなかった。

 ならばその後継組織たる海上自衛隊が束ねているのかと思いきや。何故か、艦娘達は民間軍事会社に属し、自衛官でもなければ軍属でもない、ただの民間の社員として活躍している始末。

 

 無論、これに至までには政治的なお子様には決して見せられないような大人たちのどす黒いドロドロしたものが渦巻いた結果、だというのは理解したつもりだが。青年にとってはどこか腑に落ちないものとなった。

 

 そして最後に、青年自身が最も不満に思っていたのが、自分自身であった。

 前世から唯一引き継いだ記憶、それを活用して艦娘達の傍に少しでも近づこうと彼は頑張った。それこそ、前世ではあまり真面目に取り組んだとは言いづらい勉学も、きちんと取り組み好成績を収め続けた。

 そして、民間だろうが何だろうが、軍関係である事に変わりはないと、彼は軍人になる事を目標に基礎体力の向上なども忘れずに行った。

 

 こうして彼は、見事、軍に入隊し、士官として軍隊生活を送ることになる。

 

 え、これの何処が不満なのか。そう不思議に思う者もいるだろう。だが、彼は不満であった。

 

 そう、何故なら、彼が入隊したのは『自衛隊』ではなく『ロシア軍』なのだから。

 何故日本人がロシア軍に入隊できたのか、そう不思議に思う者もいるだろう。確かに彼が前世と同じ『日本人』ならば、ロシア軍に入隊するのは難しいだろう。

 だが、現世の彼がロシア生まれのロシア育ち、生粋の『ロシア人』であるならば、自国の軍であるロシア軍に入隊するのは難しい事ではない。

 

 そう、彼の最大の不満。それは、この世でも前世同様日本人として生きていけるのかと思っていたら、何故か現世、この不思議な艦これの世界では彼はロシア人として生を受け生きていく事になったのだ。

 故に、先ほど書いた頑張りの数々は、もはや半ば自暴自棄になった結果と言ってもよく。幸い言葉の壁と言うものはなかったが、少年時、彼は何度枕を涙で濡らした事か。

 

 

 

 無論、今となっては彼もこの事実を受け入れロシア人として、『イワン・ゴンチャロフ』としての第二の人生を前向きに歩んでいる。

 

「はぁ……、暑い」

 

 が、今現在。イワンはため息と共に顔を伝う汗をタオルで拭き取っていた。何故か、第二の我が家たるモスクワの実家に比べ、彼のいる場所の気温が高いからに他ならない。

 

「もう少しで迎えが来るはずよ」

 

 そんなイワンに声をかけたのは、イワンの同期にして相棒とも言うべき女性、マーシャである。

 綺麗なロングヘアーの金髪を靡かせ、その肌は北国育ちだからか透き通った白い肌である。軍人としては勿体無い、異性ならば誰でも振り向くような美貌を持っている。

 

 なおイワン曰く、大人で金髪になった響と形容している。ただし、彼女自身は艦娘、ではない。

 

 さて、そんな二人がまだ日も昇っている内に何処にいるのかと言えば。

 残念ながらデートなどと言う甘いものに出かけている訳ではない。そもそも、デートならば少なくとも、互いにスーツなど着てくる筈もない。

 ではスーツを着て何処にいるのか、そもそも何故軍人である二人がスーツなど着ているのか。その説明を行いたいと思う。

 

 先ず二人は、確かに同期で同じ軍人、それも『陸軍』に属していた立派な軍人であった。だが、今現在はその事情が少し異なる。

 と言うのも、現在の二人の肩書きは軍人ではなくロシアに本社を置く民間軍事会社、『スナリャート』の社員と言う肩書きの為。軍服に袖を通すことはない。

 二人揃って軍を辞めて再就職した訳ではない。上官から揃ってスナリャートへの出向を命じられて、同社に籍を置くことになったのだ。

 

 で、現在、そんな二人が何処にいるのかと言えば。

 北国の母国を離れ、雪なんてものとは無縁も無縁。赤道直下の国であるインドネシアは西パプア州、その州都であるマノクワリにあるマノクワリ空港のターミナルである。

 ターミナルと言っても先進国の大規模空港のような巨大な整備されたターミナルではない。中小規模空港に似合うコンパクトに纏められたターミナルで、しかも不運な事に、空調が壊れたのか冷房が効いておらず、その結果はイワンの流す汗の量でお察しできよう。

 

 二人がこの空港のターミナルにいるのは、スナリャートの業務の一環として訪れたのであり、マーシャの台詞の通り社が用意したと伝えられた案内役が迎えに来るのを待っているからである。

 

「にしても、本当に深海棲艦ってのは何を考えてるんだろうな」

 

「さぁね。でも、それが分かれば少しはこの戦いも楽になるんじゃない?」

 

「分かればね……。ま、無理だな」

 

「えぇ、無理ね」

 

 同じ気温の中にいるにもかかわらず汗を滝のように流すイワンとは対照的に、まるで涼しげに汗をかいている様子のないマーシャ。

 そんな二人は暑さを紛らわせる為に、主にイワンだが、は今回二人がこんな赤道直下の国にまで赴かなければならなくなった愚痴を、話し始めた。

 

 本来、二人が籍を置くスナリャートは、日本のクラシック・ネイビーに代表されるような民間軍事会社ではない。そう、同社は艦娘と呼ばれる女性達が籍を置いている民間軍事会社ではないのだ。

 では、既存の他の民間軍事会社と同じかと言われれば、それもまた少し異なり。スナリャートは、日本で言うところの『クラシック・アーミー』に相当する特殊な民間軍事会社である。

 

 具体的に何処が特殊なのかと言えば、艦娘とは異なる『戦娘(せんむす)』と呼ばれる、妖精と契約を交わし『装甲戦闘車両』を召喚する事が出来る女性達が在籍している点だ。

 戦娘は艦娘同様呼び出した装甲戦闘車両を一人一輌動かすことが出来る。また、呼び戻しが自由自在であるのは然り、傷付いても通称待機スペースと呼ばれる摩訶不思議空間に戻しておけば時間がたてば元通りになるのも艦娘と同じである。

 因みに、マーシャも戦娘であり、今はスーツを着ているが妖精指定の衣服を着れば彼女もまた装甲戦闘車両を呼び出すことが出来る。

 

 しかし、艦娘は深海棲艦と戦う事でその存在価値を高めているのは広く知られている所。だが、戦娘は一体何と戦っていると言うのだろうか。

 深海棲艦は当然ながらその活動範囲が海である為、陸地でしか運用できない装甲戦闘車両を呼び出す戦娘では、余程海岸線に近づいてこない限り戦えない。

 

 では一体、戦娘の存在価値は何なのか。それは、通称『ゾンビ軍団』と呼ばれる深海棲艦の陸上戦力と考えられている勢力との戦闘である。

 このゾンビ軍団は近年新たにその存在が確認された勢力で、ゾンビ軍団がゾンビ軍団と呼ばれる所以は文字通り構成する兵員がゾンビであり、とは言え噛み付くなどはなく兵器を使って戦うからである。

 ただし、現在までの所強力な機甲戦力は確認できておらず、歩兵主体の戦力が中心となっている。

 

 陸上戦力と呼ばれているだけに、その活動範囲は当然陸地。即ち、それまで安全と思われていた人類の生存圏がいよいよ侵され始めたのだ。

 

 が、深海棲艦の陸上戦力だからか、それとも何らかの拘りなのか、或いは歩兵中心故の行動範囲の狭さからか。ゾンビ軍団は確かに人類の生存圏を侵し始めた、漁港と言う名の生存圏を。

 海では漁船、陸では漁港。もはや新たなる敵性勢力が現れた所で変わる事のないお魚戦争。

 

 イワンの言葉の通り、人類は深海棲艦側の考えが、全く持って理解できないでいた。

 

 

 だが、漁業関係の船や港を襲うと言う法則性は分かっているのだから、対処のやりようはある。

 と、思われていたのだが、ここにきてまた事態は人類の重いもよらない方向へと展開する。

 

 それは、ビアク島と呼ばれるインドネシアのパプア州北部、チェンデラワシ湾に浮かぶビアク諸島と呼ばれる島々の中で最大の大きさを誇る島を占領したからに他ならない。

 もっとも、厳密に言えば島全体を占領したのではなく、島最大の人口密集地である南部海岸のビアク市一帯を占領したのだが。島の他の地域が小村程度しかない事を考えると、意味合いとしては島全体を占領したにも等しい。

 一帯何故突然ビアク市一帯を占領したのかは今となっても謎のままではあるが、人類の生活圏が始めて大規模に侵されたのは事実。

 

 これに際して、常識的に考えれば自国の生活圏を侵されたのだからインドネシア国軍が動くべきなのだろうが、何故か同軍は重い腰を上げようとはしなかった。

 

 何故か、国軍やそれを有するインドネシア政府は恐れたのだ、底なし沼のように終わりの見えぬ戦いに。

 深海棲艦は漁船を襲うだけとは言え、倒しても倒しても再び現れ、更に言えば交渉の窓口も存在しない為手打ちと言う手段が取れない。まさに、どちらかが滅ぶまで戦い続けなければならないのだ。

 艦娘と言う存在が現れなければ、人類は今頃とうにジリ貧に陥っていた事だろう。

 

 それが陸にも及び、更にその範囲が等々本格的な生存圏にまで及んだ。

 悪い事に、自国に艦娘や戦娘を有していないインドネシアは、自力で戦えばジリ貧になる事は必須。何より、既に海軍が深海棲艦との戦いで疲労困憊なのに、ここにきて陸軍まで同じような状況に陥れば、それこそ国が窮地に陥ることは間違いない。

 とは言え、放置し続ければ国民の声によって政権へのダメージは避けられず、何らかの対策を取らなければならないことは必然。

 

 そこで考え出されたのが、目には目を歯には歯を、イレギュラーにはイレギュラーを。民間軍事会社を主力とする奪還作戦である。

 本来民間軍事会社は警護や教育などを主な業務とし、攻撃よりも防御に重きを置いた存在であった。所が今回、それを攻撃に使おうと言うのだ。

 

 まさにイレギュラーだが、攻撃対象もイレギュラーであるならば、攻撃をする方もイレギュラーであった。

 今回の作戦の要とも言うべき民間軍事会社は、日本のクラシック・アーミーなのだから。

 

 日本とビアク島、太平洋戦争時に深い関わりを持つに至ったものが、数十年の時を経て今再び関わりを持とうとしているのだ。

 

 

 と、ここまで説明して、イワンとマーシャの籍を置くスナリャートがこの一件とどう関係しているのかと言えば。

 今回二人はクラシック・アーミーに交流と言う形で、同社が行う奪還作戦の見学を行う為に遠路遥遥この地にやって来たのだ。

 

「そもそも日本軍の陸上戦力はブリキだらけじゃなかったのか……」

 

 まるで駐在武官のような役割を与えられた事に少々不満を漏らしつつも、イワンは更に愚痴を漏らした。

 前世で日本人であったイワンは艦これの影響で少しばかり陸軍についても知識は集めており、それと比較して現世では前世と異なり日本の陸上戦力は馬鹿にされなかった。と言う訳ではなかった。

 

 そもそも、現世は前世と比較して艦娘や戦娘、深海棲艦にゾンビ軍団と言った存在以外は殆ど前世と歴史も文化も変わっている所はなく。

 現世でかつて存在していた日本陸軍の戦車なども、前世同様あまりいい評価は下されていない。

 

 そんな評価を有する装甲戦闘車両を召喚する戦娘が籍を置くクラシック・アーミー。

 もはや国や経済に優しい以外の取り得がないと言わんばかりの会社の何処を見学しろと言うのか。

 

 イワンの愚痴からは、そんな意見が含まれているような気がしてならなかった。

 

「でも、数は侮れないわ」

 

「昔のご先祖様たちみたいにか?」

 

「そうね、畑では取れないけど」

 

 ロシアがかつてソ連と呼ばれていた時代、ソ連兵は畑で取れると揶揄された事があった。

 無論、これは本当に畑から取れたのではなく、人海戦術に基づき強権故の無慈悲な招集によって成された事である。

 

 クラシック・アーミーもまた、本来なら複数人で性能を発揮できる装甲戦闘車両を一人でその性能を引き出せる戦娘を多数在籍させている、と言う点においては似ているのかもしれない。

 

「ま、何にせよだ……。さっさと迎えが来てくれないかな」

 

「あら、言ったそばから来たみたいよ」

 

 そして結局の所、この暑さから開放されたいと言う結論に達し、そんな愚痴を零すイワン。

 そんな愚痴が天に届いたのか、地元の人間とは異なる、迎えと思しき白人男性が二人に近づいてくる。

 

「お待たせしました。現地で調整役を承ったヴィタリーです。あ、案内も仰せつかってます」

 

 腰の低そうなヴィタリーと名乗った白人男性は、数度会釈すると、早速二人をターミナルの外に停めてある移動用の車へと案内する。

 ヴィタリーの案内に従いターミナルを出ると、日本産の四輪駆動の自動車が一台、停まっていた。

 

「どうぞ」

 

 促されるままに車に乗り込んだ二人は、運転手を務める現地の人間だろうか、アジア系の運転手に軽くお辞儀をしながらヴィタリーが乗り込むのを待つ。

 程なくしてヴィタリーが助手席に乗り込むと、運転手が車を発進させる。

 

 

 海岸沿いの道をひた走り、一路車はマノクワリの港を目指す。

 数百キロ先の島では異形の化け物たちが生活圏を荒らし回っていると言うのに、マノクワリ市内は悲壮感や絶望感が漂うことはなく。まるで平時と変わらぬ生活が広がっている。

 

「随分と賑やかなんですね」

 

「え、えぇ。ビアク島、ビアク市は今回予期せず占領されましたが、奴らは海を渡れる訳ではありませんし、何より周辺の海域等はクラシック・ネイビーの活躍により安全が確立されつつありますから……」

 

 一時はビアク島から逃げてきた者達などで混乱も見られたというが、今では平穏を取り戻したのだとか。

 しかし、それもビアク島奪還作戦の成否次第では、また変化がもたらされる可能性もある。

 

「しかし皮肉だよな。かつてはこの地を踏み荒らした者達が、今やこの地を守る者としてやって来た」

 

「け、経験や数の差……ですかね。その、我が社や他の同業者と異なり、日本の企業は艦娘や戦娘を多く有していますから」

 

「一番戦争とは無縁だった国が、今や魚を巡って世界中でドンパチか……。皮肉以外の何者でもないな」

 

 何の因果か、それとも何とも皮肉な運命か。育てようと思って育てられるものではない艦娘や戦娘は、何故かその分布状況に偏りが見られた。

 世界で一番戦争などと言うものに距離を置きたがっていた日本と言う国に、多く偏っているのが現状なのだ。

 

 無論、日本以外の国でも艦娘や戦娘はいるのだが。彼女達が召喚するものが関係しているのか、何故か第二次世界大戦時の主要国以外の国々に関しては艦娘や戦娘は殆どいないのが現状で。

 また、日本以外の主要国に関しても、先に説明した通り日本に偏りがある分他の主要国の状況は各々の国が満足できる数ではないのが現状。

 

 結果として、多く持っている国である日本が、やりたくても不十分な為出来ない国々の分までやる羽目になっているのがお魚戦争の現状なのである。

 

「あ、見えてきましたよ、あそこがマノクワリの港です。ご覧の通り、現在は奪還作戦に参加する艦娘や戦娘が召喚した船や車輌で埋め尽くされています」

 

 海岸沿いの道をひた走っていると目的地が見えたのか、ヴィタリーが目的地であるマノクワリの港を指差す。

 まだ少し距離があるものの、車窓から見えるマノクワリの港には、確かに大小様々な軍艦の姿が目にする事が出来る。

 

 平時ならば、民間のコンテナ船や遊覧船などが行き来しているであろう港も、現在では軍港のような様相を呈している。

 

「ん? あれは、空母かしら?」

 

 そんな港に停泊している軍艦の中にあって、一際目立つ軍艦が一隻、マーシャの目に留まった。

 その上部構造物が少ない特徴的な艦影、他の船と比べ一際目立つ巨大さ、そしてそのフラットな甲板上には露天駐機された飛行機らしきものの機影まで見られる。

 

「島の奪還とは言え航空戦力の確認できない相手に空母は戦力過剰では? そもそも、制海権も確保されているなら空母よりも戦艦の方が火力支援の点で優れていると思うけど?」

 

「そ、それはですね。どうやら奪還に際してインドネシア政府から市内の被害を必要最低限にとのお達しがあったようでして、それでクラシック・ネイビー側は戦艦の派遣を遠慮したとの話を……」

 

 海上ならば周囲の構造物への被害など考慮しなくてもよいが、こと陸上となるとそうもいかない。

 艦娘や戦娘は自身が召喚した兵器については不思議な力で自然と元通りになるが、人の手が作り出した住宅などについてはそうはいかない。時間がたっても、人の手が入らなければ朽ち果てるのみだ。

 しかし、元通りに直すには人手もさることながらお金もかかる。しかも、クラシック・ネイビー等が補償金を払ってくれる筈もなく、その費用は当然、全てインドネシア政府が用意する事となる。

 

 なので、少しでもそのお金を安くしようと策を巡らせた挙句の答えが先の注文なのだ。

 と、そんな裏側の事情をマーシャとヴィタリーが交わしている最中、イワンは一人、マーシャが目に留まった空母と思しき軍艦を考察していた。

 

「(信濃……か、幻の空母が南の海で幻の活躍を見せるか)」

 

 艦これの影響か、前世では第二次世界大戦当時の軍艦についての記述をじっくりとではないがある程度は読み調べ、そこそこの知識は得ていた。

 現世でも前世とほぼ変わらぬ歴史を辿った為、前世で得た知識は無駄にはならなかった。

 もっとも、書物に関しては現世がロシア人の為入手が難しかったが、インターネットの記述に関しては目を通すことが出来たので、一部忘れかかっていた知識も再び呼び起こす事が出来ていた。言葉の壁も、前世の記憶が生きていた為に特に問題はなかった。

 

 そんな知識と照らし合わせ、イワンは目に映る空母の艦名を導き出す。

 前世でも、そして現世でも、数奇な運命によって戦う事無く沈んだ幻の巨大空母。それが、数奇な運命によりこの世に再び生を受け、南の海に現れたのだ。

 

「(ん? ……あれ? 信濃にあんなクレーンなん付いてたっけ?)」

 

 だが、車が徐々に港へと近づき艦の細部が鮮明になっていくにつれて、イワンの中に違和感が芽生えていく。

 その際たるものが、空母信濃と思しき軍艦の甲板上に設けられている大型のクレーンであった。イワンの知る信濃の再現画や数少ない貴重な写真の中には、あのような大型クレーンは設けられていなかった。

 見た目はまさに信濃に似ている、が、その実実際には全くの別の艦なのか。

 

 港に到着するまでの間、イワンの違和感が自己解決される事はなかった。

 

「さ、到着しました。どうぞ、どうぞ」

 

 ヴィタリーの気が利くエスコート、と言ってもイワンよりもマーシャに対してのエスコートによって車を降りた二人は、準備に追われ見るからに忙しい港へと降り立つ。

 

「で、では私は、責任者の方を呼んできますので、少しお待ちください」

 

 ヴィタリーが責任者を探しに二人のもとから離れ、残された二人は小さな子供でもないので勝手に歩き回ることもなくその場でヴィタリーの帰りを待つ。

 と言っても、ただ待つのではなく、目の前に見える巨大な軍艦をまじまじと観察する。

 

「大きいわね。百ぐらいの搭載機数は誇るのかしら?」

 

 イワンと異なりあまり第二次世界大戦中の軍艦に精通しているとは言いづらいマーシャは、その大きさから大雑把な計算を導き出す。

 一方のイワンは、マーシャの意見に表面上は曖昧な答えを返しつつも、内心では信濃であるならば実際にはその数の半数以下であると答えを導き出している。

 

 だが、そんな心の隅には、依然として違和感が拭えず残っている。

 

「あら?あれは、何かしら?」

 

「ん?」

 

 しかし、幾ら観察したところで違和感が解消されるものでも、その正体が分かる訳でもない。

 だが、そんなイワンを含めた二人の目の前を、更なる違和感が音を立てて通り過ぎていく。

 

「あれは、確かタイプ61!?」

 

 軍艦には疎いがやはり戦娘だからか、装甲戦闘車両については少し精通しているマーシャ。

 そんな彼女が、今しがた二人の前を通り過ぎ、二等輸送艦に乗船する一台の戦車の名を叫ぶ。

 

 お椀を引っ繰り返したかのような形状の砲塔に、車体前面は避弾経始を考慮して傾斜がかかっている。更に主砲の先端には特徴的なT字型のマズルブレーキを備えている。

 

 その姿は、紛れもなく第二次世界大戦後に日本が開発した国産戦車、61式戦車と呼ばれる戦車であった。

 

「どうして!? どうしてタイプ61が動いてるのよ!? あれはもう全車退役した筈よ!」

 

「お、落ち着けよマーシャ……」

 

 珍しく取り乱しているマーシャにイワンは落ち着くように促してはいるものの、彼自身も内心では何故あの戦車がここにいるのか、それが気にならない訳ではなかった。

 

 今回ビアク市一帯を占領したゾンビ軍団は、従来の歩兵主体ではなく初めて有力な機甲戦力の存在が確認された。

 その為、クラシック・アーミーは自社が有する戦娘の戦力では不安が残り。故に今回の奪還作戦を確実に成功させる為に、クラシック・アーミーが切り札としてわざわざ退役した車輌をレストアして復活させた。

 

 等と考えてはみたものの、イワン自身としては何処か腑に落ちないでいた。

 

「(そもそも戦娘の利点はその費用対効果の高さにあった筈じゃなかったのか。古い既存の兵器を再利用したんじゃ、本末転倒じゃないのか……)」

 

 こうして考えを巡らせている間にも、とりあえず落ち着きを取り戻したマーシャに大丈夫かと声をかける。

 

「あ~終わった終わった。後は出港待つのみ~」

 

「お疲れ、雪ちゃん」

 

 その後、とりあえずヴィタリーが連れて来る責任者に先ほどの61式戦車と思しき戦車について尋ねようとの方向で二人が調整していると、先ほど61式戦車と思しき戦車が乗船した二等輸送艦から二人の女性が降りてくる。

 本来ならセーラー服に採用しないであろう国防色と呼ばれる色合いをしたセーラー服を着込んだ二人の女性は、お喋りを交わしながらイワンとマーシャの前を通り過ぎていこうとする。

 

「ねぇ、ちょっと待って!」

 

 しかし、その足はマーシャの呼びかけによって止まる事になる。

 もっとも、待ってと言われたから足を止めたと言うよりも、突然自分達に向かってロシア語が飛んできたので驚いて止まったと言ったほうが正しい気もするが。

 

「うわ、雪ちゃん! 外人さんだよ! 金髪さんだよ!」

 

「秀乃佳、ここ海外なんだから外国人がいるのは当然でしょ」

 

 共に黒い髪を靡かせている二人、短髪の秀乃佳と呼ばれた女性は興奮気味にイワンとマーシャを眺め。対して長髪をポニーテールにしている雪と呼ばれた女性は、秀乃佳よりも落ち着いている。

 

「ねぇ、二人に少し聞きたい事があるのだけれども」

 

「雪ちゃん、何言ってるのかな?」

 

「う、多分……、挨拶よ! 挨拶してるんだわ!」

 

 所が、マーシャの言葉を理解できず、どうやら内心では雪もまた焦っている様だ。

 

「そっか、流石雪ちゃん! ……でも、私、ロシア語かな? 分からないんだけど。雪ちゃんは?」

 

「え!? わ、わたしか、……ま、任せなさいな! 英検三級も合格した事のあるこのわたしに!」

 

 焦りを誤魔化す為か、それとも二人は先輩後輩の間柄なのか。雪は何処か無理をしている素振りを見せながらも、マーシャの言葉に返事を行う。

 

「え、えっと……。は、ハイ! アイムおっけー、アイアムハユキイノウエ。アイムフロムワカヤーマ、アイライクテラメグリ。ハロー、ハロー! ハラミの塩!?」

 

「凄ーい! 雪ちゃん! 流石伊達に英検三級合格してないね! ……でも、最後のハラミの塩って何?」

 

「え、ロシア語でしょ?」

 

「それ、もしかしてハラショー?」

 

「あ、そうそう、ハラショー!」

 

 緊張と焦りからか、何やら摩訶不思議な英語を繰り出した雪は、もはややり切ったと言わんばかりに鼻息荒く両手を挙げている。

 

 英語は世界共通語と言えるのでロシア人に対しても英語で話すのは間違った選択とは言えないだろう。ただ、問題はその片言さと内容であった。

 これには流石のイワンとマーシャの二人も、苦笑いしか出なかった。

 

「あ、あの。私、日本語なら話せるわ」

 

「話せるんかいぃっ!」

 

 顔を真っ赤にしながら素早い突込みを炸裂させる雪に、秀乃佳は流石関西人と褒めるのであった。

 

「で、えっと……」

 

「私はマーシャ、こちらは相棒のイワン。今回、スナリャートから奪還作戦の見学をしにやって来たの」

 

「あ、それって朝のミーティングで司令が言ってた人達だよね」

 

「確かにそうだったな。同業者が何人か見学にやって来るって言ってた……」

 

 日本語での自己紹介でようやくイワンとマーシャの素性を理解した二人は、遅ればせながら自己紹介を行う。

 

「私は鈴木 秀乃佳、クラシック・アーミーで戦娘してまーす!」

 

「わたしは猪上 雪、秀乃佳と同じで戦娘です」

 

 お互いにちゃんとした自己紹介が終わると、マーシャは早速先ほど見た戦車について尋ね始めた。

 

「ねぇ、先ほど乗船した戦車って、タイプ61よね!? どうして退役した筈の戦車がここで動いてるの!?」

 

「タイプロクイチ? ねぇ雪ちゃん、タイプロクイチって何だろう?」

 

「あー、えっと、確か昔自衛隊が使ってた戦車じゃなかったっけ? でも、さっき乗船したのはそのタイプロクイチじゃないんだけど」

 

「タイプ61じゃない!? なら、さっきの戦車は何なの!?」

 

 飛び掛るかのような勢いで二人に詰め寄るマーシャ。その勢いに圧倒されたからか、それとも軍人としての眼光が出てしまっているのか。

 完全に及び腰で今にも泣き出しそうなほど瞳を潤わせる二人を見かね、イワンが間に入る。

 

「落ち着けマーシャ。彼女達、怖がってるじゃないか」

 

「……、ごめんなさい」

 

 つい熱がこもり過ぎてしまったマーシャを落ち着かせながら、二人に先ほどのマーシャの行動を本人に代わって詫びる。

 

「だ、大丈夫ですよ。ちょっと、驚いただけだから」

 

「そ、そそそそ、そうそう」

 

 二人は先ほどの事については大した事ではないと言ってはいたが、雪はまだ少々気持ちの切り替えが出来ていないようであった。

 

「さっきは本当にごめんなさい。少し、取り乱してしまって」

 

 その後、マーシャも落ち着きを取り戻し本人の口から改めて謝罪を行った所で、再びあの戦車についての質問が始まる。

 

「それで、あの戦車は一体何なの?」

 

「あれは三式中戦車って名前の戦車で、えっとね、タイプサンって言えばいいのかな? あ、でも、同じ名前の戦車があるみたいで、区別の為に三式中戦車マークツーって書類上では呼ばれてるみたい。でも面倒くさいから殆ど三式ツーって呼んでるけどね」

 

「あ、因みにさっき乗船したって言う三式ツーはわたしのワンタンなの。あ、ワンタンって言うのはわたし達の会社の中で使ってる造語で、ワンマンタンクの略でワンタンって言うわけ」

 

 何やら独自の造語を用いているようだが、マーシャにはそんな造語よりも三式中戦車と言う名前に突っ込みをいれられずにはいられなかった。

 

「ちょっと待って、あれがタイプスリー? どういう事?」

 

「どういう事って……、んなもんわたし達に聞かれても分かるわけないよ。妖精と契約して戦娘になって、んで呼び出したらアレが出てきたってだけで」

 

 マーシャが言う三式中戦車とは、秀乃佳が少し触れた戦車の事だろう。人の手によって兵器としてこの世に生を受け、結局一度も活躍の場を与えられることなく兵器としての生涯に幕を閉じたその戦車。

 チヌと言う愛称が付けられた、本物の三式中戦車の事だろう。

 

 だが、61式戦車の姿をした謎の戦車もまた、三式中戦車の名を持つ戦車として、戦娘の手によってこの世に生を受けた。

 

 この事実に、マーシャは呼び出した本人から更なる周辺事情の追求を求めたが、どうやらこれ以上の情報は引き出せそうにない。

 

「マーシャさん、だっけ? 貴女もわたし達と同じ戦娘なら分かるでしょ。妖精は、召喚した兵器の名前と性能は教えてくれても、その兵器がどうやって作られたとか、どう活躍したとか、そんなのは絶対に教えてくれないってこと」

 

「そう、だったわね……」

 

 確かに過去に人の手によって生を受けた物ならば、わざわざ作られた経緯や戦歴等を教えて貰わずとも、関係資料を探ればその辺りは自ずと理解できる。

 しかし、それが同じ名を有していても過去に人の手で生み出された物ではないとなると、話は変わってくる。

 

 だが、どうやらその辺りの事情を妖精は柔軟に対応してくれる事はないようで。名前や性能以外については、口を絶対に割らない様だ。

 

「えっとね、専門家の人によると三式ツーは並行世界の戦車じゃないかなって考えられてるみたいだけど。でもやっぱりよく分かんない」

 

「ま、わたし達はそこまで兵器について詳しくもないし、作られた事情とかその辺の事も詳しく知りたいとも思わないし。頼れるワンタンなら何でもいいんだけどね」

 

 呼び出して運用する当人達は、特に事情が分からないことについては気にはしていないようだ。

 

「この分じゃ、責任者に問いただしても同じ答えしか返ってこなさそうだな」

 

「そうね……」

 

 一方、一番その辺りの事情を知りえる可能性がある当人達ですら知らない事から、もはやこれ以上の追求は不可能と判断したイワンとマーシャの二人は、三式中戦車マークツーと呼ばれる謎の戦車の活躍を奪還作戦では注視すべきと心に決めるのであった。

 

 

 しかし、雪と秀乃佳と別れた後、見計らったようにヴィタリーが責任者を引き連れてやって来ると、イワンとマーシャの二人は更なる驚愕の事実を知る事となる。

 そして、二人はスナリャートの上層部が何故今回二人を遣わせたのか、その真意を知り。

 イワンは、一人心の中でこの不思議な艦これの世界の更なる不思議に対してぼやき、更にあの神様に対して不満をあらわにするのであった。

 

 が、それはまた、別のお話。




転生できるからと言って、来世が前世と同じ環境であるとは限らない。

つまり、タダより高いものはない。そういうこと。



読んでいただき、どうもありがとうございます。


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