インペリアルマーズ (逸環)
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Mars Attak
Moirai 椰子蟹


ここしばらく忙しく、何も書けていなかったのでリハビリに書いてみました。
原作は最近の私のお気に入り、テラフォーマーズです。
では、どうぞ!


27世紀。

人間は、火星をその生存圏と(テラフォーミング)しようとしていた。

しかし、その計画は過去に2度失敗している

そしてその3度目の計画の本拠地となる、宇宙艦『アネックス1号』。

 

 

「クソッタレ!」

 

 

その艦内を、金髪を逆立てた青年が倉庫に向かって走る。

 

過去2回の計画が失敗したのには、共通の理由がある。

21世紀中頃、人類は火星のテラフォーミングのために『苔』と『ゴキブリ』を火星に放った。

黒い物で、火星という惑星を暖めようとしたのだ。

火星の地下には大量のドライアイスが埋蔵されている。

その融点にさえ大気の温度が上がれば、火星の温暖化は進むと考えられたのだ。

 

 

「クソ!クソ!」

 

 

実際、その試みは正しかった。

過去の調査団たちは、宇宙服なしで活動ができた。

しかし、失敗したのだ。

 

何故か。

 

 

「クソ!クソ!クソ!!」

 

機材の故障でも、燃料が足りなかったわけでもない。

 

敵襲を受けたのだ。

人類が発見できなかった、火星の原生生物?

違う。

決して、否。

火星には二種類の生物しか居ない。

『苔』と、『ゴキブリ』。

 

考えてみて欲しい。

もしも、台所の隅に居るゴキブリが、人型となり、我々と同じ大きさとなったら。

もしも、それがゴキブリの素早さや硬さを保ったままだったら。

 

それが、500年の時を経て、火星で実在してしまったら。

 

 

「クソクソクソクソクソクソッッッ!!!!!」

 

 

それこそが、『テラフォーマー』。

火星にて進化した、『害虫の王(ゴキブリ)』である。

 

アネックス1号は、今まさにその奇襲を受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金髪の青年、『マルコス・エリングラッド・ガルシア』が後から合流した東洋人青年、『膝丸(ひざまる) (あかり)』とともにテラフォーマーに対抗するための武器(・・)を取りに倉庫まで来た時、そこは異常な空間となっていた。

 

 

 

「くは!くははははははははっっっ!!!」

 

 

床に崩れ落ちる一体のテラフォーマーと、哄笑をあげる1人の男。

それこそが異常。

その男は、恐怖でおかしくなった様子ではない。

ただ、ただ、歓喜していた。

 

 

「いいぞ!いいぞゴキブリども!いい加減地球(人間)には飽きていたんだ!」

 

 

男の姿は、特に周囲から外れるものではない。

制服の前を開け、葉巻型の筒を咥え、染めた金髪を後ろでくくっている日本人。

それだけのこと。

ただ、その姿が(・・・・)人間に他の生物を(・・・・・・・・)足したようであり(・・・・・・・・)その手に(・・・・)もう一体のテラフォーマーの(・・・・・・・・・・・・・)頭部を掴んで(・・・・・・)いなければ(・・・・・)

 

 

「…だからよ」

 

 

その男は、おもむろに口を開いた。

 

 

「俺を愉しませてくれよ?害虫(ゴキブリ)

 

 

グチャッ!

 

言うが否や、手の中で潰れるテラフォーマーの頭部。

テラフォーマーの甲皮は、人間の握力程度で潰れるようにはできていない。

だが、潰れた。

潰せてしまった。

 

何故か。

 

彼の姿が、それを教えている。

人類がテラフォーマーに対抗するために手に入れた武器、その名は『(モザイク)(オーガン)手術(オペレーション)』。

過去の失敗により得られた人類の武器であり、アネックス1号の乗組員に施された“人為変態”手術のことを指すそれは、共存できない筈の他種生物の組織を人体が拒絶するのを防ぐための手術。

そして、その人体と他種生物のバランスを崩し、自身に施された生物の能力を駆使するための薬剤。

それが、人類の武器だ。

 

彼の名前は『幸嶋(ゆきしま) 隆成(たかなり)』。

その手術ベースとなった生物は、椰子の実ですら切り裂き内部を捕食する甲殻類。

 

 

「脆いなぁ、おい」

 

 

ヤシガニ。

ヤドカリの仲間であるこの生物は、日本では沖縄で見ることができる。

口に入るものなら腐敗した死肉でも食べる雑食性であり、その名の通り硬い椰子の実の繊維すら切り裂ける。

また、その爪に挟まれ、人間の指が切断されたという事故も起きているほど。

 

それが、幸嶋の手術ベースとなった生物。

その強靭な握力は、ヤシガニの持つ力。

 

 

「まあ、いいか。次だ次」

 

 

ガッカリ感を隠さず倒れ臥したテラフォーマーを見ていた幸嶋は、気を取り直したように言う。

 

 

「さて、次は愉しめるかな?」

 

 

獰猛な笑みを、隠そうともせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸嶋 隆成

22歳 男性 日本

日米合同第一斑 戦闘員

手術ベース:ヤシガニ

マーズ・ランキング:10位

瞳の色:焦げ茶

血液型:B型

誕生日:3月18日(うお座)

好きなもの:強い相手・強い女性

嫌いなもの:アルコール全般

 

より強い相手を求めるバトルジャンキーであり、地球では道場破りやストリートファイトを繰り返していた。

それが小吉の目に留まり、スカウトをされる。

強い敵と戦えるならと承諾し、成功率36%の手術へと臨んだ。

強い女性が好みのためミッシェルやイザベラが結構タイプ。

そのため日米合同第一斑に配属された。

使用する武器は、巨大なボルトカッター。

そこまで必要かはともかくとして、クロカタゾウムシの甲殻を切断できるよう設計されている。

振り回して鈍器にすることも可能。

最近の悩みは、彼女が生まれてから一度もいないこと。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 




実は主人公の作者的な裏設定として、私の書いている別作品のとあるキャラの子孫という設定があったり。
こういう感じのも、連載として書いてみたい。

っと、いうことで連載化してみました。
次話は、まったく別の主人公が出ますけども。


タイトルのモイライは、ギリシャ神話の運命の糸を鋏で断ち、寿命の長さを決める三柱の女神のことです。
鋏を持ってるので、こうなりました。

2013年8/26に幸嶋の絵を差し込みました。
拙い自分絵で恐縮ですが、皆さんがイメージしやすくなればそれで本望です。


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Titan 巨象

今回はドイツ班視点です。
サブタイトル、タイタンに相応しい手術ベースですよ!


火星到着、1日目。

ドイツ班は今、窮地に立たされていた。

見渡す限りの、害虫(テラフォーマー)の群れ。

指揮官と思わしき、筋肉質で他の個体より一回り大きいテラフォーマー。

そしてざっと300体はいるだろうかという、通常の固体。

先ほど受けた奇襲で、この窪地まで追い込まれてしまい脱出する手段はただ一つ。

この全てを殲滅すること。

 

班長、『アドルフ・ラインハルト』は決断した。

 

 

「ディートハルト、薬を使ってあの無灯火運転のデブを始末しろ」

 

「アイアイサー、ボス」

 

 

茶色の髪をオールバックにし、随分とダボついた制服を着る2mを越す筋骨隆々の巨漢。

『ディートハルト・アーデルハイド』が気軽な調子で返事をし、ペーパー状の薬を取り出す。

 

 

「さぁて、ボスのご命令ですし、やりますかぁ」

 

 

そして薬を、服用した。

 

 

さて、遥か古代より生物が続けてきた一つの掟がある。

それは、絶対に覆ることのないモノ。

人類が技術で、武器で。

生物が毒で乗り越えようとしてきて、いまだ越えきれない、一つの大きな壁。

それは、

 

 

「オオオオォォォォォォォッッッ!!!!」

 

 

見る間に膨張し、膨れ上がっていく肉体。

四肢が膨張し、先ほどまで以上の筋量を誇る。

皮膚が厚くなり、頑健となる。

 

 

古代より繰り返されてきた掟。

それは、『大きい方が、強い』。

 

 

「さあ、潰してやろうか。チビども」

 

 

アフリカゾウ。

日本では一般に動物園で見ることができる、広く知られる動物。

一般に持たれるイメージとは違い、その気性は狂暴。

迂闊に近づけば、問答無用で襲い来る。

そして、象の持つ最大の特徴。

 

 

「オオオオォォォッッ!!」

 

「じょ、じょう………っっ!!!」

 

 

テラフォーマーの中でも一回り大きく、頑丈なその肉体と組み合う。

筋肉質で、他の『同族(テラフォーマー)』などより強靭な肉体。

それが、たった一度の押し合いで、上から潰された。

 

象の持つ、最大の特徴。

それは、『大きい』こと。

陸上動物最大の大きさを誇るその肉体は、百獣の王ですら近寄らせず、分厚い皮膚は虫の毒すら通さない。

 

その特徴が反映されたのか、ディートハルトの肉体は今や3mを越す超巨体となり、若干鼻も伸びていた。

 

 

「イザベラ、お前は薬を打って脱出機の警護。ディートハルトは脱出機に近づくやつを潰せ」

 

「はいよ」

 

「アイアイサー、ボス」

 

 

褐色の肌の女性、イザベラが注射器型の薬を打つと、その肉体が変化する。

彼女の手術ベースは『リオック』。

獰猛な最大級の肉食コオロギ。

その能力は、強靭な脚力と獰猛性。

 

 

「俺は、奴らを片付ける」

 

 

アドルフが薬を吸うと、顔に斑点が浮き出る。

その身体を包むのは、稲妻。

彼の手術ベースは、『デンキウナギ』。

『闇を切り裂く雷神』とも称されるその能力は、『発電』と『放電』。

 

ディートハルト。

その手術ベースたる『アフリカゾウ』。

その能力は、『巨大(大きく)』て、『強い(大きい)』こと。

 

 

第五班、ドイツ班は、強い。

 

 

 

 

 

 

ディートハルト・アーデルハイド

28歳 男性 ドイツ

ドイツ第五班 戦闘員

手術ベース:アフリカゾウ

マーズ・ランキング:8位

瞳の色:鳶色

血液型:O型

誕生日:4月28日(おうし座)

好きなもの:アジアゾウ

嫌いなもの:寿司の酢飯

 

実は手術ベースになったアフリカゾウよりも、小型のアジアゾウの方が可愛くて好きな身長2mオーバー、体重3ケタの巨漢。

気は優しくて力持ちそのままな性格であり、成功率36%の手術に挑んだのも、それで救われる他人のため。

いつも柔和に微笑んでいるが、如何せん巨体ゆえに恐れられるのが基本。

しかし、何故か子供は寄り付いて、その巨体をよじ登りたがる。

使用する武器は、その肉体に見合って巨大なハンマー。

が、脱出機には持ち込めず、いまだにアネックス1号の中にある。

ロシア三班の班長と、中国四班の班長に腕相撲で勝ってから、両班の班員から睨まれる日々が続いている。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 




タイタン、即ち巨人。
大きいことは、イコールで強いという原点に立ち戻ってみました。


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Recollection Of Hero 仲間

今回は第一斑です。


テラフォーマー数体による内部襲撃後、アネックスに群がる大量のテラフォーマーの攻撃により、艦は不時着。

生き残った乗組員たちは脱出艇に乗り込み各方向へと逃げた。

 

そして、火星での一日目が続く。

 

 

 

 

火は、全ての生物が等しく恐れるものの一つである。

一度(ひとたび)全身を火に包まれれば、死ぬまでの間に地獄を見続けることとなる。

火は燃えるために酸素を奪い、人体が取り入れるための酸素が失われる。

熱で呼吸器は焼け爛れ、息を吸うこともできなくなる。

そしてただただ、苦しい生だけが続く。

 

その火に今、第一斑は囲まれていた。

 

 

「…艦長よぉ、こりゃあちとマズかないですかい?」

 

「ああ、21位の開紀もすでに犠牲になってしまった」

 

 

そう。

彼らを襲う脅威は、火だけではない。

そして、火ではない。

 

 

「…あのパワーも、バグズ手術なんですか?」

 

「…いや、あの虫の特性は甲皮にある。ガタイは単に、食料によるものだろう」

 

「食料…ですか?」

 

「ああ、おそらくは動物性蛋白質」

 

 

人間は、火を利用して繁栄を続けてきた。

故に今、彼らを本当に脅かすものは、火ではない。

 

 

「バグズ2号に食料として積まれていたカイコガを、奴らも養殖したんだろう」

 

「あー、俺実家が農家で養蚕してたんで隠れて食ってましたけど、美味いですよねぇ」

 

「俺も好きだったよ。女性隊員の中には、頑として食わない奴もいたけどな」

 

 

まあ、芋虫ですしねぇ。と幸嶋が笑いながら答える。

戦闘中、それも犠牲者が出た直後なのに、それを気にしていない様子で。

 

 

「…それじゃあ、もう一体の方の出している、あの糸の能力は?」

 

「あれも、カイコガだ」

 

 

マルコスの問いに、艦長・『小町 小吉』が答える。

彼らの目の前にいるのは、2体のテラフォーマー。

それも、『バグズ2号』の乗組員の亡骸を利用して施された、バグズ手術によって強化をされた個体。

全身を白い毛に覆われた方は、1000mの鋼鉄の糸を吐く蜘蛛糸蚕蛾。

甲皮がより硬く強靭であり、より筋肉質になっている方は世界最硬の黒硬象虫。

 

 

「何つーことする奴らだ…!!それじゃあ、艦長の昔の仲間を3人も…!」

 

 

次々と告げられていく事実に、マルコスが憤る。

今にも、飛び掛らんとばかりに。

既に、バグズ手術が施された個体とは戦闘していた。

その個体には、マルコスの幼馴染、シーラを殺されている。

 

スッ、と、小吉の手が挙がり、マルコスの憤りを、怒りを抑える。

 

 

「近付いてきたら、落ち着いて駆除するまでだ。なに、不幸中の幸いっつーのかな」

 

 

その声は、平らで感情が見えない。

 

 

「さっきのもこの2人も、あんま喋ったことのない隊員(ひとたち)だったからよ」

 

 

そんなはずはない。

地球でも、アネックス1号でも、小吉は誰にでも気さくに話しかける男だった。

身分の区別なく、誰とでも話せるムードメーカーだった。

そんな嘘は、小吉を慕う一斑全員にしてみれば、簡単に見破れる。

 

だが、彼はそれを知ってか知らずか、一人前に出る。

 

 

「…だろ?ゴリラ」

 

 

その言葉に、僅かに親しみをこめながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“夢を見ていた”

 

 

小吉が、クロカタゾウムシのテラフォーマーを踏みつけるように、何度も蹴る。

 

 

“リーの能力を見たときから、想像はついていた。…それでも”

 

 

その脳裏によぎるのは、あの時のこと。

 

 

“奴は、興味を持っていた。アキちゃんの遺体か、その糸に”

 

 

20年前、目の前で最愛の命の炎が燃え尽き、自身も命辛々地球へと帰還したあの日のことを。

 

 

“だから、彼女の遺体だけは、何か特別扱いを受けているものと”

 

 

後ろから迫るカイコガのテラフォーマーの糸を避け、構える。

 

 

「ちったあ空気を読みやがれ!!」

 

 

挟み来る2体に対して、同時に空手六段の拳を毒針とともに叩き込む。

そう、彼は20年前の生き残り。

受けた手術は『M.O手術』ではなく、『バグズ手術』。

その手術ベースは、世界で最も人を殺している生物。

 

日本原産、『オオスズメバチ』。

 

しかし、そのオオスズメバチの毒針も、2体へは届かない。

硬過ぎる甲皮に、鋼鉄の糸に、阻まれる。

その威力に飛ばされはしても、効きはしない。

 

 

「ふぅーっ」

 

 

その事実に怯むことなく、彼は構えを取り、呼吸整え次なる一手が打てるように体勢を整える。

想像はついていたから。

テラフォーマーは、それだけ手強いということが。

 

だが、その必要はなかった。

 

 

「だっしゃぁっっ!!」

 

 

駆け寄ってきた2人の男が、クロカタゾウムシを殴り飛ばしたから。

目の動きだけで小吉はそれを確認すると、カイコガのテラフォーマーに向き直る。

 

 

「艦長ぉ、脱出艇と皆はマルコスが守ってくれるとよ。こっちのデカ物は、俺と慶次が仕留めますんで」

 

「あと、マルコスから伝言です。『全くの勘ですけど、事情は分かりました。他のことは俺らに任せて、艦長はその白いのを』と」

 

 

クロカタゾウムシを殴り飛ばしたのは、幸嶋と『鬼塚 慶次』。

両方とも、甲殻類をベースとしている。

クロカタゾウムシの相手としては、適任だ。

 

 

「…お前たち、頼もしいぜ」

 

 

そして、マルコスの言葉。

自身の仲間たちが、これほどまでに心強く感じる。

こんなにも、嬉しいことはない。

 

 

「後ろは任せた」

 

 

だから、自分もそれに報いよう。

 

 

「いくぞ、害虫ども」

 

 

オオスズメバチが、牙を剥く。

 

 

 

 

 




…あれ?
主人公、脇役じゃない?
小吉艦長の主人公力、やばいです。


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Hecatoncheir 百足

さて、新しい主人公が出ます。


水は、生物が生存する上で必要不可欠となる物質だ。

クマムシという生物がいるが、これは身体から水分を放出することで仮死状態となり、あらゆる環境にあっても生き残ることができる。

しかし、仮死状態は生きているというわけではない。

僅かな水分で元のように活動するが、それは生物種としてその必要があるからだ。

 

水がなければ、生物は生きれない。

 

 

「よし、ここで水を補給しておくぞ」

 

 

火星には本来、水はなかった。

しかし、大量の氷とドライアイスはあった。

ゴキブリと苔によって温暖化が進められた今の火星には、氷が溶けたことによって生まれた水がある。

窪地には水が溜まり、今では湖を形成するほどに。

 

日米合同第二班班長『ミッシェル・K・デイヴス』は、そうしてできた湖のそばに脱出艇を停めた。

生物が生存し、人間が日常生活を送る上で不可欠な、水を。

しかし、そこには既にいた。

 

 

「じょうじ」

 

 

20匹以上のテラフォーマー。

脱出艇の外には、それだけの脅威が存在していた。

当たり前といえば当たり前だ。

テラフォーマーも生物。

水は、必要な物資なのだ。

 

 

「燈はそっちの数体を。晶とアレックスは脱出艇の護衛だ。…できるな?」

 

「もちろんですよ班長!終わったら燈君をつまみ食いしちゃって良いですか!?」

 

「どうやら私は、ゴキブリの前に班員を駆除しなくてはいけないらしいな」

 

「ごめんなさい!」

 

 

そんな危機的状況下で、ミッシェルは平然とし、ミッシェルと同じ女性隊員の『牧瀬 晶』は終わった後のことを考える。

良くも悪くも浴衣が似合う日本人的な体型に、黒い髪をポニーテールにした彼女は結構なイケメン好きだ。

よって、微妙にイケメンな『膝丸 燈』や『アレックス・スチュワート』のことを狙っていたりもする。

彼女の飄々とした性格に、宇宙艦内だけという閉鎖された環境の中でどれだけ救われただろうか。

そして、それ以上にどれだけの恐怖を味わっただろうか。

それは、既婚未婚問わない彼女の行動には、幹部たちも標的になったこともあるほど。

 

 

「さて、すぐに終わらせるか」

 

 

牧瀬を止めたミッシェルが、首筋に注射器型の薬を打つ。

見る見る始まるその変態は、昆虫特有の姿となった。

そして、一体のテラフォーマーと四つ手になる。

 

本来なら、いくら『M.O.手術』を受けたところで危険でしかないこの状況。

しかし、彼女は世界で2人しかいない、『生まれつきM.O.能力を持って生まれた人間』その片方。

彼女は、バグズ2号艦長の娘。

その継承した能力は、

 

 

「ラァッ!!」

 

 

頭突き一発でテラフォーマーの顔がひしゃげ、崩れ落ちる。

 

継承した能力は、自重の幾十倍の物を持ち上げ運ぶ、蟻の筋力。

世界最強の蟻、『弾丸蟻(パラポネラ)』。

そしてもちろん、彼女の能力はそれだけではない。

もって生まれた能力だけではなく、もう一つ。

『M.O.手術』によって得た、彼女の力。

 

 

ゴ…ッッ!!

 

 

彼女の拳が、足が、同時に四体のテラフォーマーを捉える。

三体は脳を、食道下中枢神経節を打ち抜き、その身体の機能を停止させる。

が、一体は生き残り、用済みと後ろを向いたミッシェルに棍棒を振り上げた。

 

 

「ミッシェルさん!!」

 

 

膝丸が叫び、その顔から血の気がうせる。

しかし、心配は無用だった。

 

 

ボンッ!ボボボッボボンッ!!

 

 

テラフォーマーの顔が爆ぜ、絶命したから。

これが、彼女が手術を超えて手に入れた能力。

 

揮発性の物質を溜め込み、『自爆』する蟻。

『バクダンオオアリ』の力。

 

これが、日米合同2班班長、『ミッシェル・K・デイヴス』の強さ。

 

 

 

 

 

 

「…班長、強ぇ」

 

 

脱出艇を守るアレックスが、ポツリと呟く。

20数体のテラフォーマーが、一切適わず1人に駆逐されていくのだから当然だ。

彼は今、ミッシェルの戦いに魅せられていた。

ゆえに、上からの接敵に気付けなかった。

 

 

バガンッ!!

 

 

と、脱出艇のフードを揺らしながら、遥か上空から着地してきた生物。

それは、確かにテラフォーマーだった。

唯一つ、他の個体に比べて下半身が異様に発達していることを除けば。

 

それは、盗まれた技術によるもの。

『バグズ手術』、『サバクトビバッタ』の能力。

 

 

「じょうじ」

 

 

脱出艇の上から、アレックスを、牧瀬を見るテラフォーマー。

 

 

「気持ち悪い害虫が!あたしに見るなぁッ!!」

 

 

それに過剰に反応したのは、牧瀬だった。

いつの間にかガム状の薬を摂取し変態を遂げた彼女の身体は、四肢、特に腕が延長し、無数の節があるワインレッドの甲殻に覆われていた。

その節ごとに関節が存在するのか、四肢がテラフォーマーの肉体を這いずって絡めとり、自由を奪いつくしていく。

テラフォーマーが振りほどこうとするも、頑健に、そして確実に自らを固定するそれを破ることができない。

自分の持つ最大で最高の武器である『サバクトビバッタ』の脚力ですら、足を動かすことすらできないため機能しない。

 

 

「…ムカデ…か?」

 

 

アレックスは、その生き物に見覚えがあった。

世界中のどこにでも生息し、太古の昔からその姿を変えていない生き物のことを。

ダーウィンの進化論では、生物は環境に応じて進化するとしている。

では、遥か太古の昔よりその姿を変えない生き物は、その姿こそを究極系としているのではないだろうか。

ゴキブリよりも、もっと昔から地球で息づいてきたそれが、彼女の手術ベース。

 

『ペルビアンジャイアントオオムカデ』。

現存するムカデの中でも最大種であり、大きい個体では40cmにも達する。

気性は激しく獰猛。

攻撃性が非常に高く、小型の昆虫や時に鼠や蛇なども捕食する。

その牙はムカデでありながらもプラスチックケースであれば噛み砕く力を有し、毒を放つ。

ムカデの毒は極度の痛みを発し、そして蛋白質を分解する。

 

その力が、人間大にまでなったとしたら。

 

 

「イケメンになってから…、出直してきなさいッ!!」

 

 

手の甲にあった牙を、テラフォーマーの胸部を狙って振りかぶる。

そして牙は穿たれ、毒が注がれた。

 

 

 

 

 

牧瀬 晶

18歳 女性 日本

日米合同第2班戦闘員

手術ベース:ペルビアンジャイアントオオムカデ

マーズ・ランキング:50位

瞳の色:黒

血液型:B型

誕生日:9月1日(おとめ座)

好きなもの:イケメン

嫌いなもの:ゴキブリ

 

モデル体型で大人びた顔なので成人していると思われがちだが、まだ未成年。

好きなものはイケメンであり、たとえ微妙にイケメンでもいける。

艦長にコナをかけて、3日程シーラと対立したことすらある。

ロシア3班のイワンに声をかけたときは、赤くなって倒れられたという。

なお、ヨーロッパ・アフリカ六班のジョセフ班長は確かにイケメンだが、何か違うらしい。

本来ならマーズ・ランキングもより上位に入れる実力だが、ゴキブリが嫌いなため試験や審査で手を抜きまくり逃げまくった結果、今のランクに収まった。

Dカップ。




タイトルのヘカトンケイルとは、百の手を意味し五十の頭に百の手の巨人です。
ムカデは百足と足ですが、百繋がりでこうしました。


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Chimera 海月蟻

さて、今回はロシア三班の話です。
どうぞ!


火星について、500も昔から囁かれ続けて噂がある。

曰く、火星には他の知的生命体がいた痕跡があると。

そう、衛星写真には、写っていた。

人面岩が、チューブ状の物体が、ドームが。

 

そして、

 

 

「到っ(ちゃ)ーく!!」

 

 

ピラミッドが。

 

 

 

 

「隊長、まさか本当にこんなのがあったんですね」

 

「ああ…、妙だがな」

 

 

ロシア第三班が辿り着いた、ピラミッド。

しかし、それは実に妙だった。

火星に人為的建造物があることもそうだが、それ以上に妙なこと。

 

 

「…ここに、一体もテラフォーマーがいないなんてな」

 

 

建造物というものが殆どない火星において、ピラミッドは重要な施設だということは想像に難くない。

なのに、一体も敵がいない。

見張りも、警備も、それどころか出入りするテラフォーマーすら。

一体も、いない。

 

 

「そんじゃ始めるか。俺たちの任務をな」

 

 

いないと、油断してしまった。

 

 

「じょおじ!」

 

「「「「「「「ッッッッ!!!!!???」」」」」」

 

 

突然だった。

突然背後から襲われ、一人が頭部を抉られて死んだ。

そのままの勢いで『エレナ・ペルペルキナ』まで殺傷しようと襲いくるが、班長である『シルヴェスター・アシモフ』がその体を押すことにより、右腕を犠牲にして助けた。

 

 

「ふんっ!!」

 

 

残った左腕で口を掴み、遠くへ放り投げるというおまけ付きで。

 

 

「エレナァッ!サイン(ヴェー)でいく!『網』を出しな!」

 

「はい!」

 

 

エレナが脱出艇に駆け寄り、ハッチを開いて『網』を取り出す。

テラフォーマーたちを捕獲するための、『網』を。

 

 

「敵は一匹!薬は節約!!訓練通りにこの単体のアホを生け捕りにする!!!」

 

 

アシモフの命令で、各員が薬を用意し身構える。

エレナだけが、『網』を持って構える。

そしてテラフォーマーは、『網』を持ったエレナへとまっすぐに駆けていく。

 

この『網』、正確には『対テラフォーマー発射式蟲取り網』という。

地球に存在するテラフォーマーたちのクローンの筋力データを基に、たとえその3倍の筋力で持ってしても決して切れることのないそれは、発射筒から放たれると対象を包み込み、もがけばもがくほど絡まるという性質を持っている。

 

 

「ターゲット、捕獲」

 

 

ボッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

使えればの、話だが。

 

まるで瞬間移動のように突如加速したテラフォーマーが、エレナの首を持っていた。

そう、彼女の首を、速度と筋力でもぎ取っていったのだ。

それは、『バグズ2号』の遺産。

ガス噴射による高速移動術、『メダカハネカクシ』の能力。

 

 

「じょうっっ!!!」

 

 

そしてテラフォーマーは呼ぶ。

害虫(ゴキブリ)は、1匹いれば30匹はいるのだとでも言うように。

 

 

 

 

 

 

 

ゆるくウェーブのかかった金髪に、軍隊の荒くれ者の多いロシア3班において気品ある顔立ちと物腰。

その女性が粉末状の薬を服用すると、姿が大きく変容した。

額からは触角が現れ、服の袖や裾からは夥しい数の長く、そして黒い触手が出現する。

 

 

「…わたくしに触れない方が、良くってよ?」

 

 

その言葉を合図にしたのか、数体のテラフォーマーが彼女へと、『ライサ・アバーエフ』へと駆け寄る。

その腕で、棍棒で、彼女を殺傷せしめんと。

 

 

「…せっかくご忠告申し上げましたのに。残念な方々………」

 

 

彼女の触手が動き、近付ききられる前にテラフォーマーたちの皮膚に触れる。

そのまま彼女は、もう見る必要がないとでも言うかのように目を閉じた。

 

 

どしゃっ!

 

 

っと、触手が触れた全てのテラフォーマーたちが、膝から崩れ落ちる。

目は反転して白目を向き、口からは唾液が流れている姿から、間違いなく絶命していることが分かる。

 

 

「わたくしと出会わなければ、後数秒は長生きできたでしょうに…」

 

 

 

 

 

艦長である小町を除く全ての隊員たちは、全員二度『M.O.手術』を受けている。

正確には、その二度でワンセットの『M.O.手術』なのだが。

『M.O.手術』では能力を得るための手術とは別に、『バグズ手術』の目玉である『開放血管系の併用』と『強化アミロースの皮膚』を獲得するために、多種多様な形状に合わせられる『ツノゼミ類』をベースとした手術が施される。

しかし、『ライサ・アバーエフ』は違う。

『ツノゼミ類』ではなく、別の昆虫で『バグズ手術』の恩恵を得たのだ。

何故か。

それは、彼女の手術ベースに関係する。

 

世界最強の猛毒を持つ生物、『キロネックス』。

それが、彼女のメインの手術ベース。

触れる者皆毒に(おか)し、死に至らしめるこの生物の、一体何が問題であるか。

クラゲであるから、肉体が脆弱であるということだ。

さらに、毒を打ち込むための刺胞も、魚の鱗は通せてもテラフォーマーの甲皮には通用しない。

故に、テラフォーマー相手では、ただ殺されるだけの存在となることが予測されていた。

 

しかし、偶然にも『開放血管系の併用』と『強化アミロースの皮膚』を持ち、突き刺すための針を持った生物が、彼女の手術適合生物の中にいた。

 

そして、その異例の『M.O.手術』は行われた。

『ツノゼミ類』の代わりに『オオサシハリアリ』を使用するという、異例の『M.O.手術』が。

 

彼女が駆使する触手に存在する刺胞その全てが、彼女が適合したもう一体の生物『オオサシハリアリ』の物となっている。

 

そう、彼女はアリの筋力と持久力に針を持ち、クラゲの猛毒の触手を操る魔の生物。

 

 

淑女(わたくし)に無断で触れようとするから、そうなるんですのよ?」

 

 

『マーズ・ランキング』16位。

ロシア貴族の血をひく女性、『ライサ・アバーエフ』。

 

 

 

 

 

 

ライサ・アバーエフ

27歳 女性 ロシア

ロシア第三班戦闘員

手術ベース:キロネックス

マーズ・ランキング:16位

瞳の色:青

血液型:A型

誕生日:11月24日(いて座)

好きなもの:婚活・女子会・恋愛話

嫌いなもの:結婚を急かされること

 

艦長を除く全隊員の中で、唯一の『ツノゼミ類』以外による『M.O.手術』をした存在。

没落したロシア貴族の血を引いているらしく、その物腰は気品がある。

そして傍から見ると軍人勢のロシア3班の中で浮いている。

しかし、ライサも軍人であることには変わりない。

最近同僚たちが寿退役していく中婚期で焦っており、よくエレナや他の班の女子を集めて女子会を行い、恋愛トークに花を咲かせることが多かった。

密かに同班のイワンを狙っていたりするが、歳の差やその姉であるエレナの睨みにより行動に移せたことはない。

Eカップ。

 

 

 

 




ツノゼミの代わりに、他の昆虫を使用した『M.O.手術』でした。
タイトルのキメラは、まあ、そのままですね。


P.S.
拙い自分絵のシャーペン描きですが、1話目で幸嶋の絵を載せました。
人様にお見せできるほどのものではありませんが、イメージしやすくなっていただければと思います。


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Scissors 切り裂く

さて、再び第一班です。


「ハッハァッッ!!!」

 

 

幸嶋が笑いながら咆え、クロカタゾウムシの顔面を殴りつける。

それだけで、最硬を誇る甲皮がひしゃげた。

 

 

「ふっ!」

 

 

鬼塚が元ボクシングチャンピオンとしての能力を駆使して懐に入り、肝臓(レバー)に拳を入れると甲皮がひび割れた。

 

なぜ?

なぜ?

なぜ!?

 

テラフォーマーは、その人生の中で起きた初めての事態に戸惑っていた。

この身体から放たれる拳は、人間(ムシケラ)を一撃で殺せるはずだ。

戦闘の練習相手であった同属たちも、全て一撃で死んでいった。

 

本来の予定であれば既に地面を殴りつけて、あらかじめ用意しておいた地下空間にこいつらを落とせていたはずなのに、それすらもできていない。

既に地の底でこいつらを殺しているはずなのに、なぜ!?

潰れた顔面で、ひび割れた身体で考えるが、答えは一向に出ない。

 

考えることを、上位個体に委ね続けてきたから。

そいつのヴィジョンのままに、動いてきたから。

考えるということを、放棄してきたから。

 

だから、彼は分からない。

 

鬼塚は躱したら打つの教本のようなアウトボクシングでライト級を制した元世界王者であり、網膜剥離で引退したもののその実力は衰えず、手術ベースの『モンハナシャコ』の能力によって、誰よりも目が良いということを。

 

幸嶋はストリートファイトと道場破りで常勝無敗を重ねてきた、20歳を過ぎてなお全盛期の肉体を維持し続けるバーリトゥードの猛者であることを。

 

二対一の状況が、どれほどの不利を招くのかを。

 

 

「オゥルァッッ!!!」

 

 

鬼塚が正面から殴り付けたのをテラフォーマーが迎撃する瞬間に、幸嶋が後ろに回って腰に右の拳を叩きつける。

単純に、拳を握り締めて、誰から教わったでも何もなく、身体に染み付いた経験が導く、最善で最高の方法で。

格闘技の世界において、有名な方程式がある。

 

握力×体重×スピード=破壊力

 

ヤシガニの鋏は硬い椰子の実ですら切り裂く力を有し、その力は自重の約8倍もの重さのものを持ち上げることができる。

これは自重の百倍以上の物を牽引し持ち上げることができる蟻などの生物に比べれば激しく劣る数値ではあるが、175cmの身長に対しその筋肉によって85kgの体重を誇る幸嶋がそれだけの力を得るならば。

その鋏の力が丸ごと彼の握力となったならば。

 

 

ゴドォッッ!!!

 

 

その破壊力は、たかが最硬の甲皮を粉々にするなどわけはない。

また、腰、つまり腰椎には中枢神経が通っており、ここを破壊されると--------

 

 

「…じょう?」

 

 

----神経が損傷され、下半身不随となる。

 

もう、クロカタゾウムシは歩けない。

立とうともがくも、まるで自分のものではないかのように、先ほどまで動いていた足が動かない。

いや、足だけではない。

腰から下。

下半身全てが機能しない。

仮に彼が、地球に存在するゴキブリと同じ体構造であればこうはならなかった。

中途半端に人間に近付いたこと。

いや、それ以前に脊椎動物になってしまったことが、この結果を招いていた。

 

 

「…さて、後はっと」

 

 

腕だけで身体を支えることはできる。

腕を使って這えば動ける。

しかし、それが今なんの役に立つ?

うつ伏せに倒れ臥したテラフォーマーは今、その人生の中で始めて『恐怖』を覚えた。

 

 

「この腕切り落としゃあ、捕獲完了だな」

 

 

背後から忍び寄る、『恐怖』。

 

 

「…まあ、それが確実かな?」

 

 

頭上で目を光らせる『恐怖』。

その全てが、怖かった。

 

 

「キィィィィィッッ!!!」

 

 

見っともなく、甲高い鳴き声を上げる。

逃げたい。

助けて欲しい。

怖い。

恐い。

 

 

「うるせえよ、害虫(ゴキブリ)

 

 

カチンッ、カチンッ、と音が聞こえてきた。

それは幸嶋が背部のバックパックを変形させて出した武器、巨大な『ボルトカッター』が刃を打ち合う音。

それがテラフォーマーには、まるで死神の歩いてくる音に聞こえた。

痛みはない。

故に、恐い。

 

 

「捕獲、完了だ」

 

「キィィィィィィィィィィィィィッッッッ!!!!!」

 

 

バツンッ

 

 

断頭台の刃(ヤシガニ)』の鋏が、黒硬象虫を切り裂いた。

 

 

 

 

 




…うん、後半というか最後がエグイ………。

次回は第五班の話にします。


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Exterminate 潰す

さて、今回は5班の話です。
ディートハルトファンの方、どうぞ!


ドイツ5班は善戦していた。

脱出艇に近付く敵は、ディートハルトとイザベラが圧倒的な力で屠り、他のテラフォーマーはアドルフの(いかずち)に打たれ倒れ臥していった。

この分ではこの窮地を脱することも不可能ではないと、誰もが思っていた。

 

 

「じぎぎぎ……」

 

 

奴が、現れるまでは。

そいつは、他のテラフォーマーと違って髪がなかった。

そいつの額には、何かの模様があった。

 

そいつには、表情があった。

 

 

「…なんだ、あいつは………?」

 

 

ディートハルトの口から、疑問が漏れる。

そいつが『バグズ2号』に搭載されていたであろう車を、通常のテラフォーマーに運転させてきたのは良い。

そいつが先ほど自分が倒したのと同じ、筋骨隆々のテラフォーマーを3体従え連れて来たのも良い。

 

しかし、笑うのだけは、看過できない。

 

テラフォーマーには、感情がない。

恐怖がない、痛みがない、喜びはない、怒りはない、楽しみはない。

あるのは本能だけであるはずなのに。

 

笑った。

 

奴はそれだけ、人間(自分達)に近付いている。

そのことが、看過できなかった。

咄嗟に幹部(オフィサー)であるアドルフに目を向けると、その肉体はここまでの戦いで疲労に染まりきり、ここにきて訪れた新たな脅威に対応しきれるかは怪しかった。

 

…いや、できるのだろう。

ディートハルトは、一瞬の思考の末にそう判断した。

自分の知っているアドルフは、ここで終わるような男ではない、と。

 

車から降りたスキンヘッドのテラフォーマーが、自分たちを指差して何かを言っている。

それに反応し、周囲のテラフォーマーたちが背筋を正して傾聴する姿を見ると、あれは間違いなくテラフォーマーたちのトップ、もしくはそれに順ずる地位の持ち主であることは、想像に難くはない。

テラフォーマーを統率するテラフォーマー。

その存在は、衝撃的だった。

しかし今、一体のマッチョなテラフォーマーが取り出したものが、更なる動揺を誘った。

 

 

「は…た………?」

 

 

『エヴァ・フロスト』が、思わず声を零す。

それは、旗だった。

旗は集団の象徴であり、伝令を出すのにも使える。

その存在は、テラフォーマーたちが自分たちが想像していた以上に知能があること、自分たちが想像だにしていなかった統率があることを意味していた。

そしてもう一つ。

統率者の登場により、統率を持って動くテラフォーマーたちは、『絶望』となって自分たちに押し寄せてくるということを意味していた。

 

ドイツ5班に、絶望の空気が流れ蔓延し始める。

優勢が覆ったとき、人は絶望するのだ。

 

 

「…だから、なんだというのだ」

 

 

本人すら知らず、ディートハルトの口からは、そんな言葉が漏れた。

 

 

「…ボス、私に命令してくれ」

 

 

そして、一歩歩む。

それだけで、地鳴りがした。

 

 

「ただ、一言」

 

 

彼の歩みは、その手術ベースのそれ。

地上において比類なき、最大の生物。

 

 

「奴らを踏み潰せと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ディートハルト、俺に続いて奴らを踏み潰せ!」

 

「アイアイサー!ボス!!」

 

 

アドルフは粉末状の、ディートハルトはペーパータイプの薬をそれぞれ更に摂取する。

『M.O.手術』は、人間と他の動物という本来相容れないものを同調させるための手術。

薬は、そのバランスを崩して手術ベースとなった生物の能力を引き出すためのもの。

では、その薬を過剰に摂取すればどうなるか。

20年前、薬の過剰摂取をしたある『バグズ2号』の隊員は、よりその生物の特徴が強く現れそれまで以上の力を引き出せた。

これは、正の面だ。

薬には負の面、副作用がある。

過剰摂取によりバランスが崩れすぎると、二度と人には戻れなくなり、人間と手術ベースが拒絶反応を起こして死に至る。

 

 

「「オオオオオオオォォォォォオオォォォォォォッッッッ!!!」」

 

 

『デンキウナギ』は、主要な臓器を頭部周辺に押し込め、発電機関を持つ尾鰭との間に分厚い脂肪層を挟むことで自らを守っている。

しかし、人間(アドルフ)にはそんな便利な脂肪層など存在しない。

だからこそ、全身に制御装置を埋め込んでその身を守っていた。

だが、薬の過剰摂取により増大した電力は、その制御装置を破壊するほどの威力を持っていた。

 

上半身の衣服は破け、半裸となっていた。

下半身も膝下がはじけ、着れる物ではない。

2m以上の巨体が、3m以上になっても着れるように作られた衣服が、破けた。

その肉体はより巨大化し、もはや4mはあるだろうか。

その巨体を維持するために腕は足のように太くなり、四足で身体を支えている。

鼻は更に伸び、口からは牙が生えた。

 

 

「班長!ディートハルトォォォッッ!!」

 

 

誰かが、彼らを呼んだ。

2人を引き止めるために。

しかし、その声が引き金となったのか、彼らは駆け出す。

アドルフが先行し、特殊な手裏剣を投げる。

それは、彼の電気に指向性を持たせるための避雷針。

それが刺さったテラフォーマーたちは、即座に感電させられ絶命して逝った。

そうして開いた道に、ディートハルトが突撃する。

人間が生身では象に立ち向かうこともできないように、人間大のゴキブリ(テラフォーマー)ではその進路を塞ぐこともできず踏み潰され、なぎ倒され、圧殺されるだけ。

 

その姿は正しく、『闇を切り裂く雷神』と『全てを蹂躙する巨兵』。

 

 

「じじょっ!?じょうじょじょじょうじ!!じぎぎぎぎぎ!!!!」

 

 

焦ったように統率者が部下たちに指示を出すも、既に遅い。

降りしきる雨の中、一筋の閃光が統率者を狙う。

咄嗟に傍に控えていた上位個体が旗で防ぐと、それはアドルフの手裏剣だった。

 

それを見た統率者は、ニヤリと蔑む様に笑う。

「残念だったな」とでも言うように。

 

しかし、天候は雨。

それも豪雨。

そしてここには、電気を操る男がいる。

 

 

ドオオォォォォンンッッッ!!!!!

 

 

側撃雷、というものがある。

雷が木に落ちたときに、その半径4m以内にあるものに通電する現象のことだ。

火星には師はなく、書もない。

側撃雷を知らない統率者は、避雷針の付いた旗に落ちた雷に打たれ倒れた。

雷の電圧、6億V。

それが統率者へと落ちた。

 

統率者が倒れたことにより、動きを止めるテラフォーマーたち。

これで終わりだと、誰もが思った。

車を運転していたテラフォーマーが、足で統率者の心臓マッサージを行うまでは。

彼らは知っていた。

少なくともこうすれば、血流が動くことを。

そして彼は動いていた。

 

 

「オオオオォォォォォォッッ!!!」

 

 

ディートハルトは、動いていた。

『奴らを踏み潰せ』。

それが、班長からの命令。

それを遂行するために、全員が動きを止めたときも、動いていた。

切り立った崖を、その巨体に見合った強靭な四肢で、時に鼻を使って駆け上がった。

『アフリカゾウ』ならできなかった。

これは、『掴む』という動作のできる人間の手を持った、『ディートハルト・アーデルハイド』だからこそできたこと。

 

 

「ウゥゥゥオオオォォォォォォォォッッッ!!!!!」

 

「じじょっ!?」

 

 

蘇生措置を行っていたテラフォーマーを、駆け上がった勢いのまま跳ね飛ばし胸部を踏み潰す。

崖の上に残ったテラフォーマーは、倒れ臥した統率者一体。

崖の下でドイツ5班を襲っていたテラフォーマーたちが、我先にと崖を上りディートハルトに襲いかかろうと、統率者を救おうと動き出す。

 

だが、全ては遅い。

 

 

 

 

 

 

 

問い.ゴキブリを見つけたとき、人はそれをどうするか。

 

 

 

 

「オオォォォォッ!!」

 

 

 

 

答え.潰す。

 

 

 

 

 

ディートハルトの足が、まるで地球で人がゴキブリにそうするように、踏み潰した。

 

 

 

 

 

 




大きいことは、強いこと。
テラフォーマーと人間の関係性を、ゴキブリと人間にまで引き下げられました。


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Aigis 鱗舟魂貝

とうとう奴らです。
いえ、やらかしてる方ではなく。


「あー、班長?」

 

「…なんですか?」

 

「班長の日頃の行いのせいでしょうかねぇ、この状況は?」

 

「怒りますからね?先輩」

 

「へいへい、黙ればいいんだろう?」

 

 

停止したヨーロッパ・アフリカ脱出艇の中、2人の男が気安く会話をしている。

片方はヨーロッパ・アフリカ第六班班長、プレイボーイな言動が多い美青年『ジョセフ』。

『アネックス1号』からの脱出時に、テラフォーマーを両断した幹部(オフィサー)

もう片方は、とてもとても小柄な男だった。

身長は160cmあるだろうかというところ。

しかし、その身体は身長というハンデを補って余りあるほど、筋肉質で力強かった。

 

 

「班長!バルトロメオさん!何でそんなにリラックスしていられるんですか!?」

 

「「いや、だって、ねえ?」」

 

 

『アネックス1号』が落とされたさいに発令された、六つの班に分かれて避難・集合する『プランδ(デルタ)』。

高速脱出艇でヨーロッパ・アフリカ六班が逃げた先にあったものは、テラフォーマーたちによる待ち伏せ。

それも、網を使って脱出艇を捕獲するという方法だった。

そして待ち伏せというだけあり、周囲には何体ものテラフォーマー。

目算で30体以上は軽くいるだろう。

そして、その数は徐々に増えていく。

 

黒き害虫の軍勢は、正しく絶望の象徴。

 

 

「「こいつ(この人)がいるし」」

 

 

しかし、2人にとってそれは違った。

自分が指差す男がいるならば、この状況はさしたる脅威ではない。

そう、認識していた。

 

 

「皆はこの中で待ってて」

 

「ここは俺たちが」

 

「「殲滅する」」

 

 

そして2人はハッチを自分たちが出る分だけ開け、外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて、テラフォーマーたち。今すぐ神の御許へと跪き、改心し改宗すると言うのならば助けてやろう」

 

 

バルトロメオは錠剤を口へ放り込むと、胸元で輝くクロスを手にテラフォーマーへと語りかける。

いささか高圧的で上から目線なのは彼の性格によるところであり、本心からの言葉ではあるのだが説得力がない。

欠片も助ける気がないように聞こえてしまう。

さらに、相手はテラフォーマー。

人の言葉に、耳を傾けるはずもない。

徐々に、徐々に彼を囲む包囲網が縮んでいく。

 

 

「…はぁ。神の尊きお言葉も、害虫には届かないか。…なら」

 

 

嘆息。

その直後、経口摂取した薬の影響により、彼の身体が変異し始める。

しかし、火星の敵は地球の敵とは違う。

敵の準備が整うのを、待ってくれはしない。

 

岩石を削って、砕いて作られた棍棒が、バルトロメオの頭部に振りぬかれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴガンッ!!

 

 

それはまるで、岩石と金属がぶつかり合ったかのような音だった。

いや、違う。

 

 

「異教の害虫よ、覚悟しろ」

 

 

その通りの音だった。

金属質な鎧が、彼の頭部を覆う。

彼の全身は今、硫化鉄の鎧に包まれていた。

 

『M.O.手術』では、地球上の生物が用いられる。

そして、金属を扱える生物は、人間だけしかいない。

金属を加工し活用してきたからこそ、ここまで人類は発展してきた。

 

が、その前提が21世紀初頭に覆った。

金属を扱う生物は、人類以外にもいる。

 

『ウロコフネタマガイ』。

この体長4cmほどの深海に生息する貝は、体表に硫化鉄でできた鱗を持つ。

そして捕食者である海老や蟹が近付くと、鱗を持った足を縮めて防御するのだ。

 

なぜ、このような進化を遂げたのかは、誰にも分からない。

神のイタズラと、ある人は言うかもしれない。

しかし、これだけは事実だ----。

 

 

「ぬうりゃっ!!」

 

 

バルトロメオの右手から剣が生え、テラフォーマーを両断する。

周りを取り囲むテラフォーマーたちを睨みつけ、言う。

 

 

「さあ、悔い改めろ」

 

 

----金属を使う生物は、いる。

 

 

 

 

 

バルトロメオ・アンジェリコ

31歳 男性 ローマ

ヨーロッパ・アフリカ第六班戦闘員

手術ベース:ウロコフネタマガイ

マーズ・ランキング4位

瞳の色:翡翠色

血液型:AB型

誕生日:5月31日(ふたご座)

好きなもの:息子・娘・新婚だったときの妻

嫌いなもの:夜中に帰ったときの妻

 

敬虔なキリスト教徒の家に生まれたため、本人も信心深い。

5年前に結婚し、三人の子宝に恵まれたマイホームパパ。

班長であるジョセフの学生時代の先輩であり、軍隊でも先輩。

同部隊に配属されており、ジョセフのプレイボーイっぷりに振り回されて大変だった。

ジョセフが火遊びをした後の後始末は、この男の仕事。

そのためジョセフは班長なのに頭が上がらず、六班影の班長と呼ばれている。

 

 

 

 

 




今回の生物のコンセプトは、人類の強さです。
金属を利用して発展してきた、人類特有の強さを使える手術ベースでした。

タイトルのアイギスは、ギリシャ神話に出てくる盾です。
あらゆる災厄を退ける盾を、今回のイメージとしました。


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God 合流

聖書の一説をぶち込んでみました。
原作とは、使い方が違いますが。


人類が初めて手にした火は、自然から得られたものだった。

火山の噴火、山火事、落雷にあった樹木。

それらから残り火を得たのだ。

その(のち)、人類は摩擦を利用して火を起こす方法を編み出した。

いつでも火を獲得できる。

それはとても大きな意味があった。

火で炙られた肉は生肉よりも柔らかく、そして美味かった。

肉を食べて、体調を崩す仲間もいなくなった。

火のある夜は、恐ろしい猛獣も近寄ってこなかった。

 

火を扱うこと。

それが、人類と他の生物を決定的に分けた線の一つ。

 

 

 

 

「…『バグズ1号』と『バグズ2号』。加えてそれ以前の無人機に積まれていたもので、今ゴキブリ達が手にしている物」

 

 

ピラミッドの内部。

ロシア三班班長、『シルヴェスター・アシモフ』は班員たちに語る。

 

 

「それは、『銃』、『乗り物』、『繊維』、『薬品』。そして…」

 

 

緊張した面持ちで自身の話を聞く隊員たちの前で。

 

 

「地球へ帰るための燃料装置」

 

 

大事な物が欠けた、最初に消失した無人探査機、『グレイトカープ三号』の前で。

 

 

 

 

 

その時火は、放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。(ルカによる福音書)』

 

 

聖書の有名な一説には、こうある。

『イエス・キリスト』が、人々に告げた言葉だ。

もちろん、この言葉には直接的な意味はなく、様々な解釈がされている。

信仰の火を人々に灯す。

この世の終末を語る。

 

だが今まさに、日米合同一班のいる地点に火は投じられた。

 

 

「うぉぉっっ!?焼ける!カニの姿焼きになる!!」

 

「マルコス!?三条さん!?」

 

「こっちが使えないからって、いい気になりやがって!!」

 

 

『グレートカープ三号』より取り外されていた燃料装置。

人類に恩恵を与えるはずだったそれが、炎の海となって人類を襲っていた。

テラフォーマーたちは、賢い。

それがどういうものなのか、数度の経験で理解する。

おそらく、何度も調べたのだろう。

そして手に入れたのだ。

火を、そして大量破壊兵器を。

 

落下地点から、多少離れたところにいた小町、鬼塚、幸嶋の三人は火に巻かれずにすんだ。

しかし、炎は容赦なく脱出艇と仲間たちがいた地点を燃やす、見えなくする。

仲間たちも、そして敵も。

そして、

 

 

ボゴォォッッ!!!!

 

「「「なにっ?!」」」

 

 

自分たちも。

三人は爆発の衝撃で生まれた大空洞に、落下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブハッ!!」

 

 

『ジャレッド・アンダーソン』が、地面から二人の仲間と共に出てきた。

地面に掘られた穴の上に、『対テラフォーマー用蟲取り網』を射出し土で覆う。

こうすることで、火から逃れたのだ。

彼は『網』の使い方が上手い。

テラフォーマーを捕まえることもそうだが、網の砲身を使い敵を叩くことも、そして今のような応用もこなす。

 

 

「ハアッ!…()ダヨ、これは!?」

 

 

周囲を見渡すと、辺り一面は火の海。

両脇にいた二人しか守れなかったことを悔やむが、その直後に戦っていた二人のことを思い出した。

 

 

「マルコス!加奈子!!」

 

「俺らは無事だ!たぶん外したぜ、ヤツら!!」

 

 

戦っていた二人は、無事だった。

ジャレッドの声に、マルコスが答える。

しかし周囲は依然火の海。

そして、絶望はそれだけではない。

 

 

「…嘘だろッ!?」

 

 

徐々に人間のそれへと戻っていく手。

周囲を火とテラフォーマーに囲まれ窮地の中、薬の効果が切れたのだ。

薬も既に、尽きている。

 

最悪のタイミングだ。

 

 

「ジャレッド!変身が----」

 

 

ジャレッドが助けた内の片方が、変身が解けたことに声を上げようとするも、途切れる。

 

 

「グアァッ!!」

 

 

全身を炎の明かりで眩ませる、玉虫色の甲皮を持ったテラフォーマー。

『ニジイロクワガタ』での『バグズ手術』を施されたテラフォーマーが炎に溶け込んで近寄り、背後から急襲。

仲間の頭部とジャレッドの足を、蹴りで切り落とした。

 

 

「…大勢で来てくれたのは嬉しいんだけど、生憎薬が切れててさ」

 

 

マルコスの周囲には、十体ほどのテラフォーマーたちが地面から現れ包囲していた。

そのうちの一体は、手が異様に発達し、羽も大きい。

 

 

「クソッ…。一昨日来やがれ」

 

 

日米合同第一班は、窮地に陥っていた。

 

 

 

 

 

しかし、捨てる神がいれば、拾う神はいる。

火星にはいなくても、地球にはいる。

 

 

空より落ちる、幾枚かの羽毛。

それと、球と、人。

 

 

 

 

ゴバッ!!

 

 

「…メジャーリーガー」

 

 

突如飛来した球が、マルコスに拳を向けたテラフォーマーを刺殺する。

 

 

「…何やってんだ、あのバカは」

 

 

球を投げたのは、メジャーリーガーを志す青年。

『アレックス・カンドリ・スチュワート』。

 

 

スタッ

 

「マルコス!大丈夫か!」

 

 

空から降り立ってマルコスの前に立ち、構えるのは『膝丸 燈』。

 

 

「おい、大丈夫か。お前ら」

 

 

巨大な空洞。

その穴を見下ろして声をかけるのは、『ミッシェル・K・デイヴス』。

 

 

 

ドズンッ!

 

「あたしのイケメンにぃぃぃッッ!!手を出してんじゃねぇぇぇッッ!!!」

 

「じょうっ?!」

 

 

突如空より来て、その四肢をニジイロクワガタに巻きつかせて拘束したのは牧野。

 

 

 

「「「「今助けるぞ」」」」

 

 

 

日米合同第一班、二班。

合流。

 

 

 

 

 

 




ヤシガニとペルビアンジャイアントオオムカデが合流しました。
片方は穴の底ですが。

…さて、四班の話を書かないと。


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Kraken 大王鬼灯烏賊

お久しぶりです!
一つ言わせていただきます!

生きてます!!


『ミミックオクトパス』と呼ばれる、奇妙なタコがいる。

この生物の生態、いや特徴は甚だ『奇妙』。

このタコは、真似る。

ヒラメや海蛇、ミノカサゴ、クモヒトデ、アカエイ、クラゲ、イソギンチャク、貝等など。

その数なんと、40数種類。

全く違う生物のその姿を、真似る。

形も、動きも。

瞬時にその全てを真似る。

 

天敵である生物から、身を守るために。

天敵の、天敵となる。

 

 

 

 

 

 

 

「…さて、どうしたものかしらね」

 

 

彼女の視線の先には火の海と、テラフォーマーたちと交戦する日米合同第一斑と第二班。

自身はマーズランキングが低いからと、金属製のボールを投球してテラフォーマーを攻撃するアレックスと共に、第二班の脱出機にいる。

ここに来るテラフォーマーたちは、とても少ない。

先ほどアレックスに、その手術ベースである『オウギワシ』の170kgの握力を持って顔面を握りつぶされた個体が来ただけだ。

だから、ここは比較的安全ではある。

自身に危険が及ぶことは、まずない。

たとえ及ぶことがあっても、自分の能力を使う必要もない。

 

ゆえに、自身の目的も正体も、悟られることはない。

邪神の眷属ともいえる能力を、わざわざ使わなくて済む。

 

…それで、いいのだろうか。

『作戦』のために日米合同班に潜り込んでから、3ヶ月程。

それだけの期間をともにいれば、それなりに情も湧く。

その相手たちを危険に晒して、自分はココで安全をキープしているのは、心苦しい。

 

だが、自分の家族は『あの人たち』だ。

『仲間』と『家族』なら、自分は家族を取る。

 

ただ、それだけのこと。

 

 

彼女は、そう判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場が、安全地帯のままでなら、そう判断できた。

 

 

ブブブブブブブブブブブブッッッッッッ!!!!!

 

 

「「「「「「「「ッッッ!!!????」」」」」」」」

 

 

脱出機の後方から響く、大量の羽ばたき音。

それは、数10体のテラフォーマーたちが、安全地帯を侵略せんと飛来してきた音だった。

 

安全地帯は失われた。

アレックスが鉄球を投げようとしているのが視界に映るが、それではあの数を相手に間に合うわけがない。

自分には、仲間を見捨てて安全に逃げられる『能力』がある。

同時に、自分の命のリスクがかかるが、仲間達を守れる『能力』もある。

 

『作戦』のためには、前者が明らかに都合がいい。

なぜなら、『作戦』にこの人たちは不要だから。

そうだ、自分には、『家族』には『作戦』がある。

 

だから。

だからだから。

だからだからだから。

 

 

「だからって、『仲間』を見殺しになんてできないわよぉッッ!!!」

 

 

激昂と共に、彼女の腸に仕掛けられた機械が作動、薬が放出された。

 

瞬間、彼女の身体は膨れ上がった。

腕も、足も急激に伸び、肥大化。

腰からは細長い『足』が6本生えて、身体を支える。

それぞれの長さは5mを越え、腕に至っては8m程だろうか。

その体は赤く彩られ、腕にも足にも無数の爪が並んでいる。

 

彼女の手術ベースは、『アオダイショウ』。

…ではもちろんない。

公式にはそう記録されているが、実際は違う。

そもそも、彼女のプロフィールからして、公式の物は嘘で塗り固められている。

 

『磯山 リース』

18歳 女性

国籍:日本国

日本人の父と、日系アメリカ人の母の元に生まれた。

幼少期より父の転勤のため土地を転々としていたため、特別親しい友人はいない。

父の勤めていた企業が倒産したことにより借金苦にあえぎ、今回の『アネックス計画』に参加。

 

 

…この全てが、嘘。

彼女の本名は『(ホワン) 静花(ジンファ)』。

日本国籍など持っていない、生まれながらの中国人。

 

彼女は、能力を2つ所持している。

なぜなら、彼女は『元二番目(セカンド)』。

公式には記録されていない、『親のM.O.手術の能力を、先天的に獲得した存在』だから。

『ミッシェル・K・デイヴス』の出生のニュースは、科学者達の耳に即座に届いた。

そして、各国は挙って『二番目』を生み出そうと躍起になった。

だがしかし、ベースが足りない。

親足り得る者たちは、2名を除いて火星で殉職している。

新たに生み出すにも、当時のバグズ手術の成功率は30%。

100人を手術して、上手くいって30人しか確保できないことになる。

だが、数年後に起きた『アドルフ・ラインハルト』の、世界初M.O.手術の成功によって、手術成功率は36%に上昇。

そして、昆虫だけではなくより多様なベースを使用できるようになったことにより、手術できる人数が増加した。

 

そのことが、人口の増加により飽和状態の世界の、中でも最も人口が多く、都市部とそれ以外の地域で貧富の差が著しく激しい中国には都合が良かった。

 

【わが国には、手術対象(モルモット)はいくらでもいる。】

 

それが、当時の国家の判断だった。

手術の被験者は、男性を中心に選ばれた。

なぜなら、男性ならば一度に複数の女性を妊娠させることができるから。

鋼鉄の子宮を利用するにしても、精細胞の方が安定して利用できるから。

彼女の父は、そうして手術を施された被験者の一人だった。

ベースは『ミミックオクトパス』。

たまたま、それだけが適合した。

 

そして彼女は出生した。

絶対に公表できない、『二番目』として。

彼女は父の66番目の子供だった。

奇しくもそれは、『アドルフ・ラインハルト』の実験成功から6年後のこと。

並んだ3つの6に、当時の科学者達は驚いた。

666。

それは、聖書に記された『獣の数字』だから。

ただの偶然。

そのはずなのに、何らかの意思を感じてしまう。

彼女は、実験の成功体として以上の待遇を受けて育てられた。

 

それから約10年後、アネックス計画の開始に伴い彼女も政府の意向により参加。

遺伝したM.O.能力、ミミックオクトパスの能力で姿を変え続け、偽造された国籍、戸籍、プロフィール全てを偽っての参加だった。

 

そんな彼女が、手術ベースとして選んだ生物。

それは、

 

 

バキッ…、ミシ…ッ、ゾリィ…

 

 

10本の赤い手足を存分に使い、テラフォーマーたちを叩き潰し、捻り潰し、抉り、削ぎ落とす。

その巨躯と巨腕を前に、数10のテラフォーマーが蹂躙される。

 

彼女の手術ベースは、『ダイオウホオズキイカ』。

深海に生息する世界最大のイカであり、足には吸盤の代わりに爪が生えている。

時にクジラとも交戦するこの生物は、もちろん希少種。

サンプルの入手事態が、極めて困難な生物だった。

生い立ちゆえに、ほぼ確実に手術が成功する彼女でなければ、できない手術だった。

 

『作戦』を本当に第一に考えることができれば、彼女はココでテラフォーマーたちと交戦などしなかっただろう。

大人であれば、交戦などしなかっただろう。

だが、彼女は大人ではなく、13歳の子供だった。

『仲間』を見捨てることなど、できなかった。

 

仮に、巨大なタコを『邪神』とするならば、巨大なイカは何であるか。

 

 

「私が皆を!護るッッ!!」

 

 

邪悪なる海魔(ダイオウホオズキイカ)』が、捕食を開始する。

 

 

 

 

 

(ホワン) 静花(ジンファ)

13歳 女性 中国

日米合同第二班 非戦闘員・中国第四班 間諜

手術ベース:ダイオウホオズキイカ

マーズ・ランキング:92位

瞳の色:黒

血液型:B型

誕生日:6月6日(ふたご座)

好きなもの:家族(四班のメンバー)・仲間(アネックスメンバー)

嫌いなもの:タコの活け作り(それ以外のたこ料理は食べられる)

 

 

先天性M.O.としてミミックオクトパス。

M.O.手術でダイオウホオズキイカ。

 

中国で秘密裏に生み出された『元二人目(セカンド)』にして『三人目(サード)』。

アドルフの手術成功を切欠に生み出された初期のM.O.手術被験者が父親。

世界最大の人口を誇る中国らしく、被験者(特に男性)を集めて大掛かりに行われた人工的に奇跡を起こす計画を立て、その66番目にして最初の成功体として生まれた。

13歳だが、タコやイカの特徴で急成長し18歳ほどの見た目。

ミミックオクトパスの能力で擬態し、日米合同第二班に潜入していた。

大切に育てられたため結構な箱入り娘であり、男どもの下ネタトークと女子会での恋愛話には全く付いていけなかった。

周囲の人間は研究員ばかりであったため、大切に育てられたといってもそれは研究者と被験者との関係だった。

そのため、初めて会ったそれ以外の人間である四班のメンバーを家族と認識している。

一度U-NASA内で公衆の面前で劉を『パパ』と呼んでしまい、騒動を起こしたことがある。

Bカップ。

 

 

 

 




タイトルのクラーケンはそのまま。
海を航行する船を蹂躙する、頭足類の大海魔です。
タコっぽいのかイカっぽいのかは、割りとどっちもどっちな感じですが今回はイカにしました。
だってタコが『邪神そのもの』ですもの。

というわけで、四班スパイの静花ちゃんでした!

まさかの『三人目』がスパイ役。
一体誰が想像できただろうかとほくそ笑む私ですが、次回の更新もまた遠くなりそうです。
実習がまだまだ続きますので…。

それでは、次回の更新を、お楽しみに!


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Dense Forest 肉食

お久しぶりです!
今回はムカデ娘こと、牧瀬メインです!


クワガタムシの顎は、挟み、固定し、潰し切ることに特化した造りとなっている。

宿敵とされるカブトムシの様に、掬い上げ、投げ飛ばすためではない。

排除することよりも、削除することを目的に作られた、武器。

 

ニジイロクワガタをベースとした、彼の武器もそう。

炎の光を照らし、より『紛れる』ことに特化した甲皮もそうだが、攻撃にはクワガタムシの顎としての機能も獲得した腕こそが彼の用いる必殺の武器。

バグズ手術後、幾度も繰り返した機能実験的な模擬戦の中で、彼の顎に敵う同族はいなかった。

同族、とはいっても彼の相手をしたのは全て通常の個体ではあったが。

しかし、それでも彼は自信を持っていた。

それは、絶対の自信だった。

 

その自信が、自負が、自尊が。

今、崩れていようとしている。

 

 

「オオオオォォォォォラアアアァァァァァァァアアァァアアァァァァァッッッ!!!」

 

 

自分に絡みつき咆哮する、見たこともない生物。

四肢に巻きついたそれが、自身の武器を機能させない。

大顎を閉じようとするも、ぶるぶると震えたまま動かない。

足を動かし逃れようとするも、その足も動かない。

むしろ顎は自分の意思とは真逆に動き始め、足は締め上げられたことにより軋み上げる。

 

 

「じょっ!じょうじ!!じょうじ!」

 

 

声を上げ、必死に身体を動かそうとするも虚しく、顎であったはずの腕は徐々に広がり続け、足は罅割れていく。

 

 

「あんたの罪は二ァァつッッ!イケメンに手を出した事とォォッッ!」

 

 

何を言っているのか、相手の言葉の理解などできない。

感情も、理解の範囲外。

だが、これだけは分かる。

 

今正に、自分の『大切なもの』は砕け続けている。

 

そのことを自覚したとき、彼は最早抵抗する気など失っていた。

テラフォーマーに、感情はない。

自らの武器に自信や自尊を持っていた彼が、その枠に収まるかは分からない。

しかし、自覚がなかったそれらに対して、今彼の胸の内を占める感情こそ、正しく彼が初めて得た感情とでも言うべきなのか。

自信があったからこそ、彼はそれを得てしまった。

 

 

「ゴキブリがあたしの前に出てきたことだァァァッッ!!」

 

 

四肢が折れ、砕ける音が聞こえる中彼が獲得した感情。

それは『諦め』だった。

 

ニジイロクワガタの甲皮は、密林において身を隠すためのもの。

奇しくも、ペルビアンジャイアントオオムカデは、その密林の闇に潜み、暴威を振るう覇者。

密林に住まう者たちの戦い。

勝者、『闇と密林の暴君(ペルビアンジャイアントオオムカデ)』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はー、終わった終わった」

 

 

四肢を失ったテラフォーマーを脱出機まで蹴り転がし、肩をグルグルと解す様に回しながら牧瀬はジャレッドまで近寄る。

テラフォーマーとの交戦中、実は素肌の状態だったら鳥肌が立っていただろうと思いながら。

 

 

「…よく無事だったな、アキラ」

 

「当たり前よ。あたしは死ぬ時はイケメンに囲まれてって決めてんだから」

 

「トンでもねぇな!?」

 

 

片足を失い、重症であるはずのジャレッドにさえツッコませるほど、牧瀬のゴーイングマイウェイっぷりは酷かった。

だがしかし、それが彼女の本音であるから始末が悪い。

なにせ、逆光源氏による逆ハーレムのための資金に当てるために、この計画に参加しているほどイケメンが好きなのだから。

 

 

「ほら、薬を使って変身しときなさい。足が生えなくても、傷口が塞がる程度にはなるんじゃない?」

 

「お、おう…」

 

 

手渡された、ペーパータイプの薬を服用するために口へと運ぶ。

しかし、

 

 

「あ、そうだジャレッド」

 

「お、おい!?」

 

 

その手は途中で止められ、薬を牧瀬に奪われてしまった。

慌てるジャレッドを尻目に、薬を唇に挟むと、そのままジャレッドの唇を強引に、前触れもなく奪い取ってしまった。

 

 

「守るために頑張ってるのは、結構イケメンだったぞ」

 

 

そう、唇を離すと牧瀬は楽しそうに言った。

 

口移しで、薬を含まされた。

その事実はジャレッドの思考を停止させるのに充分であり、変異し傷口が塞がった肉体とは裏腹に、心はどこかに行ってしまった。

 

それを尻目に牧瀬は、楽しそうに笑う。

彼女は『アネックス計画』内において、最も肉食系の女子である。

 

 

 

 




精神がイケメンでもいける女、それが牧瀬 晶。
イケメン率の高いアネックスは、彼女にとっては天国です。(
ゴキブリの多い火星は、彼女にとっては地獄です。(


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Emperor 帝王

今年最後の更新です。
来年も良い年になりますように。


椰子蟹が奈落へ落ち、巨象が咆え、百足が喰らい、海月が刺し、鎧舟魂貝が斬り、大王鬼灯烏賊が蹂躙している正にその時。

人間の活動圏外で、テラフォーマーたちの死骸が幾重にも重なり、臥している地点が存在していた。

その地点の中心地には、『アネックス計画』の前身、かつての『バグズ計画』で使用された宇宙船。

『バグズ1号・2号』と全く同系の機体が鎮座していた。

その存在は、かつての乗員だった2人も、その娘すらも知らない。

公式には、存在しない機体。

一度作れば、次にはその設備が使える。

早急に作れて、尚且つ確実に輸送ができるという実績が必要だった面々からすれば、それは非常に都合が良かった。

たとえそれが、20年前の型落ち品であろうとも。

 

テラフォーマーの死骸を検分する者がいれば、その異常性に気付けただろう。

全て一様に、『何かに引き裂かれた』か、『噛み殺され』ていることに。

明らかに、『人の手ではありえない殺され方』をされていることに。

 

それは、腹を空かせていた。

狭い空間に閉じ込められ、わけも分からないまま故郷を離された。

気付いたとき、自分は自分ではなくなっていた。

そして再び、狭いところに押し込められ、星から離された。

 

狭い空間は、とりあえず動くのに不自由はしない程度の広さはあった。

だが、不自由だった。

そこには、食い扶持はあった。

だが、足りなかった。

3日間、何も食べない期間が続いた時、彼の身を大きな振動が襲った。

そして、狭い空間から出るための、出口が生まれた。

彼はその先へと、迷わずに出て行った。

そして出会った。

 

数匹の『(テラフォーマー)』に。

 

テラフォーマーたちを即座に、本能のままに殺し、捕食すると、住み慣れた狭い空間に彼は戻っていった。

40日もその中に留まれば、住めば都だった。

 

それから延々と、テラフォーマーたちは襲撃を続けてきた。

その全てを葬り、糧としてきた。

 

巨躯はテラフォーマーを圧倒し、爪は彼らを引き裂いた。

喉元に食いつけば、それだけで絶命に導けた。

急に、飛躍的に向上した脚力は、一跳びで彼らを襲えた。

地面に押し倒すだけで、踏み潰すことができた。

時折、よく見るものとは違うのも現れたが、それすらも捻じ伏せてきた。

 

元より、それは当たり前のこと。

彼は、王の遺伝子を継いだもの。

始まりは、一人の科学者の言葉だった。

 

『なぜ、人体実験でなければいけないのか』

 

『バグズ手術』、そして『M.O.手術』に限らず、実験には被験者が必要となる。

そして、人体でそれを行う前には、大方の場合マウスを利用した動物実験が行われる。

テラフォーマーの『免疫寛容臓』を移植する『M.O.手術』にはテラフォーマーと同型である人体が都合が良いということはあったのだろう。

免疫寛容臓(モザイク・オーガン)』は、マウスの小さな身体には収まらないのだし。

しかし、手術成功率36%。

『バグズ手術』から20年が経った現在でも、未だに『人体実験』の域を出ないこの数字。

前提となる実験をしっかりと行えば、もっとこの数字を引き上げることができたのではないか。

 

その科学者は、そう言った。

そしてそれは、実現した。

 

 

 

 

とびっきりの、『実験動物(モルモット)』が用意されて。

 

 

 

 

『交雑実験』。

異なる生物を交配させて、生まれた子供を観察する実験のことを言う。

少々難しそうだが、この実験は実は家庭でも行うことができる。

トマトの苗の茎を楔形に切断し、同様の処置をしたジャガイモの根側の茎とセロテープなどで接合する。

すると、トマトの実とジャガイモの食用部両方を生み出す、ポマトという植物ができる。

 

彼も、この交雑実験の成果だった。

サーカスの見世物として、研究者の好奇心の結果として。

しかし、自然の摂理に反して生み出されたそれは、短命だった。

先天的に心臓や腎臓、視覚関係へ疾患を持っていたり、後天的にも骨の発育不全、各種の癌等の病気を患うケースが多く、成獣となる6歳前後まで生存できる個体は少なかった。

しかし、彼は生き残った。

 

その彼を、アメリカは実験だけではなく実戦のために、手術対象として提供した。

 

手術ベースとなったのは、『ブルドッグアント』。

和名で『トビキバアリ』と呼ばれるこのアリは体長1cm程と、小さい。

 

しかし、その性格と性質は極めて獰猛。

その小さい外見からは想像もできない程の距離を跳び、発達した顎で自分の何倍もある外敵を捕食する。

それも、単騎で。

 

その性質を得た彼もまた、強靭な脚力と、元々持っていた物よりもより強靭なアリの筋力、そして持久力を獲得。

本来の種としての弱点すら埋め、テラフォーマーたちが太刀打ちできない程の生物になっていた。

 

彼は、二種の王の遺伝子を継いでいた。

彼は、百獣の王(ライオン)密林の王(トラ)の息子。

彼は、何よりも強く生まれながら、次代へ命を繋げることのできない、何よりも儚い生物。

 

体重、400kgを越すネコ科最大級。

人類とも、ゴキブリ(テラフォーマー)とも一線を画す、『万獣の帝王』。

 

個体名、『シーザー』。

種族名--------

 

 

 

 

「ガアアアァァァァァァッッッ!!!!」

 

 

 

 

-------『ライガー』。

 

機体の上から帝王の咆哮が轟いた時、その聞こえる範囲にいた全てのテラフォーマーが動きを止めた。

彼が人類に先行して火星に送られたのは、『アネックス1号』が到着する1ヶ月前。

現在の狩場内のテラフォーマーは既に死骸となり、腐るのを待つだけの状態にあった。

故に、帝王は決定した。

新たな狩場へ移ることを。

突如現れた、懐かしき人類の臭いの下へ向かうことを。

彼の意識の内にはまだ、人類は食物をくれる存在であるとの認識が残っていた。

 

シーザーが人類と再び接触するまで、残り4日。

 

 

 

 

シーザー

7歳 オス アメリカ

米国実験動物

手術ベース:ブルドッグアント

マーズ・ランキング:-位(非計測)

瞳の色:焦げ茶

種族:ライガー

誕生日:12月25日(山羊座)

好きなもの:生肉・餌をくれる人

嫌いなもの:科学者

 

ライオンとトラの交雑種であるライガーのオス。

元々は異種交雑実験及びデザイン・チャイルド実験のために生まれた。

病弱で生殖機能のないライガーを、繁殖可能な生物として生み出されたが生殖機能を持たずに出生した、言うなれば失敗作。

しかし、遺伝子操作の結果病弱だけは克服し、成獣まで成長することができた。

科学者の『動物実験をしっかり行えば、M.O.手術の成功確率も上がるのではないか』という発想と、U-NASAの『より強力な戦力が欲しい』という思惑が合致した結果、実験動物として既に用済みであるシーザーが手術の対象となった。

体重400kgを越す巨躯でありながら、ブルドッグアントの特性を得たことにより長距離・高高度を跳ぶことができる。

単独でも変異ができるよう、変異に必要な薬品は一定時間ごとに体内に埋め込まれた装置から補給される仕組みになっている。

なお、シーザーの存在はその特殊性から幹部(オフィサー)にすら秘匿されており、極一部の研究者と政府高官のみが知っている。

 

 

 

 

 




『そもそも、なんで人体実験だけなの?』
『人間+強い生物より、強い生物+強い生物の方が良くないか?』
という発想の元生まれたシーザーくん7歳(です。

それでは皆様、良いお年を。


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Going This Way この道を行く

今回はヤツが、ヤツが暴れます。


結論から言えば、日米合同班は無事に合流できた。

彼女…、スパイであることが発覚した静花(ジンファ)の胸に、不安を募らせながら。

 

しかし、その不安は杞憂に終わった。

静花がダイオウホオズキイカに変態した姿を、ミミックオクトパスの能力を解除し姿形が変化したところを見た二班班員たちは、誰もそのことに触れなかった。

一班の面々、特に艦長である小吉に報告することもなかった。

 

 

「…何で、誰にも言わないの?」

 

「あん?」

 

 

夜営で体力を回復させる夜。

静花は簡素な墓を参りに行くアレックスに訊ねた。

恐る恐る、恐々と。

ここで自分は、何かを要求されるかもしれない。

何かをされるかもしれない。

実験施設の中で、実験体として箱入り娘同然に育てられた彼女でも、そういう予想はついた。

 

 

「だってお前、俺たちを助けてくれただろ?」

 

「…え?」

 

 

彼女は思わず面食らった。

自分達を助けた。

ただそれだけで信じると、彼は言ったのだ。

彼女(自分)が助かるためとは思わず、自分達を助けるために戦ったと。

だから、信じると。

 

 

「お前にも色々あるんだろうけど、俺たちは信じるよ」

 

「…ありがと」

 

 

ニッコリと笑いながら言うアレックスに、静花は微笑んで返した。

それで、静花はリースに戻る。

 

 

「じゃ、また後でね」

 

「ああ、またな」

 

 

リースは艦内に戻り、アレックスは墓を詣でる。

その様子をコックピットから、2人の班長は眺めていた。

 

 

「…大丈夫そうだな」

 

「ああ、皆大事な仲間だ」

 

 

子供を見守る、両親のように。

 

 

 

そして、火星最初の1日目が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わったはずだった。

 

 

「ギャアアァァァァッッッ!!!」

 

「「ッッ!?」」

 

 

突如班長2人がいる1号機に隣接した2号機から、突如叫び声が上がった。

まるで、断末魔のような。

 

 

「どうしたっ!?」

 

 

急いで小吉とミッシェルが2号機に戻るとそこには。

 

 

「…ちゅ、ちゅーされた」

 

「…オレ、二回目…」

 

「…あれ、母さん?」

 

「慶次戻ってこぉぉぉぃぃぃッッ!!」

 

「あ、艦長!こいつの首に縄を付けてくれや!!」

 

「あががが…………」

 

 

倒れ臥した死屍累々の男ども。

それとアイアンクローで牧瀬を持ち上げた、幸嶋がいた。

 

 

「…え、なにこれ?」

 

 

 

 

事の顛末はこうだ。

耳の良いミッシェルから逃れるために、2号機で思春期(下心)溢れる男子トークをしていた男たち。

話しが盛り上がるにつれて周囲への注意が散漫になったところで、『闇と密林の暴君』が動いた。

 

だって、イケメンが集まってたんだもん。

 

それが犯人の動機。

犯行は一瞬で、最初の犠牲者は燈だった。

一切の気配なく後ろから忍び寄り、武術家である燈に反応すらさせず唇を強奪していった。

突然の犯行に男たちの思考がフリーズした隙を突いて、今度は慶次が狙われた。

元ボクシング世界王者といえども、思考が停止した一瞬を突かれてはなすすべもない。

あっさりキスをされた挙句、全身を素早く弄られた。

ここでようやく、残った男たちが動き出した。

マルコスとアレックスが、幼馴染として息の合った攻撃を繰り出し、牧瀬を組み伏せようと試みるも言葉では形容しがたい、薬を使っていないのに百足のような動きでそれをすり抜けた。

その際に、マルコスの尻を撫でながら。

そのまま左足を失い機動力を損なったジャレッドに、本日二回目のキスをした。

 

だが、暴君の暴威もここまでだった。

いつの時代も、暴君を処刑するものは現れる。

『断頭台の刃』が、暴君の前に立ち塞がった。

幸嶋はルールのないストリートで、最強の座まで上り詰めた男。

マルコスとアレックスをすり抜け、ジャレッドにキスをしたことで次の行動が限定された牧瀬を捕らえるなど造作もなかった。

鍛え上げられた豪腕が牧瀬の頭を掴んで視界を奪い、そのまま本気で握った。

人間は痛みの限界を迎えると気絶する。

断末魔の絶叫を上げた後、牧瀬はそのまま気絶。

 

そして小吉とミッシェルが来た、ということだった。

 

 

 

「…あー、そうだな」

 

 

一応無事?だったマルコスとアレックスのコンビがキスをされ放心している面々を介抱する中、艦長である小吉が決定を下す。

 

 

「晶は今日はミッシェルちゃんの隣で寝なさい」

 

 

事実上の、死刑宣告を。

 

 

「どうぞ、姐さん」

 

「おう」

 

 

幸嶋が頭を掴んだままミッシェルに牧瀬を引き渡し、ミッシェルも牧瀬の頭を掴んで受け取る。

そのまま1号機へ牧瀬を引きずっていく彼女の背中を見て、マルコスが呟いた。

 

 

「…男より男前だ」

 

 

その言葉に2号機にいた全員が頷き、そしてその数分後。

もう一度牧瀬の絶叫が周囲に響いた。

 

 

 

 




因果応報。
悪いことはできないものです。


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Mars 深緑の星

ある人の、意外な特技が判明します。


「…なあ、シーラ。俺たち、行くよ」

 

「お前をここに置いていくことになるけど、ごめんな…」

 

 

マルコスとアレックスが、シーラの墓の前で佇む。

オオムカデ襲撃事件から一夜明け、火星二日目を迎えたこの日。

彼らは『アネックス一号』に向けて移動を開始することとなっていた。

大切な幼馴染の遺体と墓をここに置いて行くことになってしまう彼らは、最後の挨拶と思い、いた。

その二人の背後に、大柄な影が差した。

 

 

「元気ですかー!」

 

「「ウグオッ!?」」

 

 

背後から勢い良く二人の間に入って、肩を組ん男。

その掛け声は、600年前に活躍した偉大なプロレスラーのものだった。

空気なんて、一切読んではいない。

 

 

「タカナリ!?」

 

「お前急に…ってかイッテェ!?」

 

「おーおー、湿気た顔しちゃってお前ら。なんだその元気のねぇ顔は。元気があれば何でもできるけどな、元気がなけりゃあ何にもできねえぞ?」

 

 

火の点いていない煙草を咥えながら、二人を抱き寄せて言う幸嶋。

その姿は二人よりもちょっとだけ年上の、高校の部活の先輩とでも言えばしっくり来る光景だった。

アネックス計画のメンバー内において、父親役となる人物は何人かいる。

艦長の小吉やロシアのシルヴェスター・アシモフなどがその筆頭と言える。

しかし、頼れる兄貴分となるとそうはいなかった。

歳が近くて、自分よりも前を歩く人は意外といなかった。

特に、地元で最年長であったアレックスからすれば。

一瞬だけ、マルコスが加入してたギャングチームのリーダーの顔が頭をよぎる。

確かに兄貴分と言えないことはないだろうが、彼らからしたら黒歴史に当たるので記憶から削除した。

 

 

「ほれ、そろそろ行くぞ。姉御が痺れを切らして暴れちまう」

 

「うぇ!?早く行くぞアレックス!!」

 

「てめっ!?置いてくんじゃねぇよ!!」

 

「…おーい。言ってるお前が俺を置いてくなよ…」

 

 

駆け出し、自分を置いていく二人の背を見送りながら、そうボヤク。

ふと、振り返るといくつか並んだ墓石を見て、その唇が動く。

 

 

「…心配すんなよ、お前ら。…あん?大丈夫だって。あいつらはちゃんと生きて帰れるさ」

 

 

そこには誰もいないのに、まるで誰かがそこにいるかのように話し始める。

時に苦笑し、時に顔をしかめ、時に笑いながら。

 

 

「ああ、任せろよ。お前らはダメだったけど、あいつらくらいは守ってやるさ。…ククッ、無理はしないさ。俺にできるなら、だ」

 

 

いつの間にか咥えていた煙草に火を点け、ふかしながら話をしている。

マルコスとアレックスに、艦に行くよう促した男とは思えない行動だ。

5分ほど煙草を吸いながら話した後、フィルターギリギリまで吸った煙草を地面に捨て、足で踏み消す。

 

 

「そんじゃ、もう行くわ。これ以上は姉御がおっかない」

 

《もう、来なくて良いからね?》

 

「帰りによるさ。お前らも一緒に、あそこに連れていかにゃならんからな」

 

 

幸嶋が指差した青空。

そこには、今は見えないが青く輝く、生命に満ちた美しい星がある。

かつて、世界で初めて有人飛行を成し遂げた宇宙飛行士、ユーリイ・ガガーリンはこう言ったとされている。

 

『地球は、青かった』

 

実際は長文のポエムで綴られていて、各国で分かりやすく解釈された結果でもあるが、その眼には地球は何よりも美しく輝いて見えただろう。

 

 

「こんな苔とゴキブリしかいないとこになんて、お前らを置いていけるか」

 

《…バーカ》

 

 

紺碧に輝く星から離れて、深緑に輝く星で死んだ者たちを連れて帰る。

これ以上、誰一人としても欠けさせない。

それが今、より強い者と戦うことを求めてきた男が持った目標。

 

 

「地球に着いたら、お前らの代わりに世界へ言ってやるよ。『火星は、(アオ)かった』ってな」

 

《…うん、お願い》

 

 

振り向きざまに手を振って、幸嶋は脱出艇へと歩く。

そこに紫煙の残り香と、

 

 

《…あの二人のこともね》

 

 

火星と同じ、緑の眼をした少女の意志を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…なお、

 

 

「…お前のせいで、出発が遅れたんだが?」

 

「あ、ちょ、姉御やめてやめアアアアアアアアアアァァァァァァァァあアァァァアァァァアアアァァァァァッッッッ!!!!!???」

 

「ミッシェルちゃんストーップッッッ!!!!!?」

 

 

出発が遅れたことによって、幸嶋が制裁を受けたのは別の話。

 

 

 

 




幸嶋 隆成のマル秘スキル
霊感


まさかのスキル、発覚です。


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Lighting And Plot
Triumphal Return 凱旋


最近テラフォーマーズ二次創作が増えてきて、しかも面白いので嬉しい私です。
それでは、どうぞ!


「…4日だな」

 

「ああ、4日だ…」

 

 

日米合同班が本艦へ向けて移動を開始して、4日目。

高速脱出機の上で、幸嶋とアレックスは周囲を警戒していた。

 

実はこの二人が見張りをしている時の警戒・索敵範囲は、全六班の中でも群を抜いて広い。

鳥の目を持つアレックスは、その視力で周囲の敵の存在を視認できる。

支給されている双眼鏡を使えば、相当な距離までが彼の視覚範囲となる。

また、強い存在と戦うために人生を費やしてきた幸嶋は、意識をすれば感覚的に強い存在がどこにいるのかを感知できる。

とはいっても、あくまでも意識をしなければどこにいるかも分からないし、自分の近くに何人も強い存在がいるせいで、現在はイマイチ調子が振るわないようだが。

 

とはいえ、現状。

 

 

「本当に、何も来ないな…」

 

「…ああ」

 

 

見事に誰も、何も見当たらないため、盛大に暇をしていた。

それもそうだ。

2日目までは気を張り続けられた。

何もないことに、刺激を得られ続けた。

しかし、4日だ。

人間は4日間も気を張り詰めたまま、過ごし続けることはできない。

この火星ではそれが命取りになるとしても。

 

 

「アレックスよぉ…」

 

「なんだ?」

 

「お前の好きなヤツ誰よ?」

 

「ぶふぁっ!?」

 

 

それでも、気を抜いてしまうのは仕方がない。

だから、まるで思春期のような会話が起きても仕方がない。

男が二人いて暇となれば、趣味か女の話しにしかならないのだから。

 

 

「おぉぉお!お前はどうなんだよ!?」

 

「俺?俺はアレよ。姉御とかイザベラとかよ」

 

「あっさり言ったなチクショウ!」

 

「…で、実際のところは?」

 

 

天気は快晴。

空にも地にも黒い影はなく、一向は順調に進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その同時刻。

アネックス本艦周域で、一体のテラフォーマーが歩いていた。

目的地は、眼前に見えるアネックス一号。

遮る物は何もなく、このまま歩き続ければすぐに着くだろう。

 

 

カチッ

 

 

はずだった。

 

 

ドッゴォォォォォオオオォォォオォォォォッッッ!!!!

 

 

瞬間、足元からの爆音と共にその体が舞った。

痛みのないその体では何が起きたかも理解できない。

その彼の目には、吹っ飛ぶ先で笑顔を浮かべる害獣(ヒト)が映った。

 

 

「地雷オッケーーーーッッ!!!!」

 

 

その害獣(ヒト)は、何かを叫んだ。

自分への命乞いではない。

何が起きたか分からず、自身が万全であると勘違いしている彼でも、それは分かった。

 

 

「えー、このように!」

 

 

地雷によって飛ばされた彼は、害獣(ヒト)の手によって首をつかまれて捕らわれた。

そのヒトは、身長は2mはあるだろうかという大きな男だった。

その男の背後には、数人の男女が整列している。

まるで、軍隊の様に。

 

 

「生け捕りには網の他に、手足を壊すといった方法が有効です」

 

 

その言葉の通り、テラフォーマーの両足は地雷の影響で千切れ、吹き飛ばされている。

あの、火星に放たれた直後の祖先のような、俊敏さを生み出した足はもうない。

足がなければ、逃げることも、それどころか立って攻撃することも適わない。

 

 

「人間相手にこれをやるのは気が引けると思うけど!!」

 

 

男はテラフォーマーを捕らえたまま、整列した面々に指導をしていく。

 

 

「僕らと違って、生まれつき中身が虫な二人なので!(テラフォーマー)見たいなモンだと思ってやってみよう!!」

 

 

彼らは動く。

水面下で、誰にも悟られないよう。

 

 

「ちなみに()てッ!!」

 

 

捕らえられていたテラフォーマーが男の腕を力強く握ると、咄嗟に力が入った握力によって首を握り通されて絶命する。

その膂力が、男の体の大きさに見合ったものであることが伺える。

 

 

「…えー、『サンプル』は生け捕りが望ましいですが、最悪死体でも構いません」

 

 

男の名は、『(リュウ) 翊武(イーウ)』。

中国第四班班長。

 

 

眠れる獅子が、暗躍する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

「ガアアアアアアァァァァアアァァァァァッッ!!!!!」

 

「「「「「「「「ッッ!!?」」」」」」」」

 

 

遠く彼方で黒雲のように見える、飛行するテラフォーマーたち。

しかしそこから漏れ落ちるように墜落していく個体が見える。

無数のテラフォーマーたちの雲の中で、咆哮を上げるそれ。

誰も知らなかった。

その存在を。

火星に存在する生物が、ゴキブリ(テラフォーマー)(コケ)と、自分達(人類)以外にいるだなんて。

 

 

「…なんだぁ、ありゃぁ」

 

 

周囲のテラフォーマーたちを足場にし、通常とは異なる特徴を持った一体のテラフォーマーと、奇妙な空中戦を繰り広げる存在がいるとは思わなかった。

そして彼ら(テラフォーマー)も思ってはいなかった。

本来彼らは、もうしばらく経ってから到着するはずだったのが、それのせいでかなりペースを上げての移動となってしまった。

 

 

「グルルアアァァァァアアァァァッッ!!!」

 

「じょうじっ!!」

 

 

最後の交錯。

強靭な爪によりバラバラに引き裂かれたテラフォーマーは、そのまま墜落()ちていった。

瞬間、勝利者の目が柳を捉える。

 

万獣の帝王(シーザー)』が、凱旋を果たした。

 

 

 

 




暗躍する中国。
そして凱旋した帝王。

眠れる獅子と、獅子と虎の子が邂逅しました。


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Encumbrance 絆

珍しく二日連続での更新です。


「(おいおい…、うっそだろぉ~~?)」

 

 

誰も知らなかったシーザーの登場により動揺が走る中国四班の中で、その男もまた動揺していた。

もちろん、それはシーザーの登場によるものではあるが、周囲のそれとは少々事情が違っていた。

 

 

「(中国にスパイとして潜り込んだは良いけど、何だこの状況は~?)」

 

 

男の名は、『廈門(アモイ) (チュン)』。

…と、表向きはなっている。

正確にはこの男は、『ハリー・ジェミニス』という名のイギリス人。

イギリス政府の中でも諜報員とされる部署に所属していたが、今では中国に限らず各国での動向を探るために送られたスパイの一人。

それがたまたま香港からの血筋をついでモンゴロイドの顔つきをしていたことと、たまたまM.O.手術の適合ベースがいたために、第四班配属というある意味では最も深いところに潜り込めてしまった(・・・・・・・・・)

 

 

「(何だあのおっかねぇのはよ~ッ!今、絶対にこっちを見てたぞおい~っ!!)」

 

 

なお、この男。

間違いなく腕利きではあるが性格に難があった。

根本的に、落ち着きがない。

 

 

「あー、廈門くん。君も元々は事務職だったとはいえ軍属なんだから、(ホン)ちゃんみたいにならないでよ?」

 

「将軍!?」

 

「あ、ウッス~」

 

「廈門くんまで!?」

 

 

大の男二人が、一人の少女を虐めてる構図ができているのを見て、他の面々がため息をつく。

明らかに緊急事態なのに、緊張感が薄いのには理由がある。

 

 

「…で、そういえば『対空シールド』は?」

 

「そういや張ってないですね、将軍~。紅~。確かお前だろ担当は~」

 

「は、はひ!?す…すみません。本当にすみません。お…おかしいな?何ででしょう?」

 

 

『対空シールド』。

無数に配備されたレーザーカッターによって、防衛地点に近付くものを無差別的に粉微塵にする設備。

本来、そんなものは『アネックス一号』には搭載されていない。

搭載されるはずがなかった。

何故なら、有事の際にテラフォーマーに(・・・・・・・・・・・・・)技術を奪われてはいけないから(・・・・・・・・・・・・・・)

それが今は、中国の暗躍の一部として搭載されている。

 

 

「あれ、(マル)の方がスイッチオンですよね…?」

 

「逆だバカ!!つーかあれは『0』と『1』だって前教えたろ!!」

 

 

もっとも、今は搭載されているだけで機能はしていないが。

 

 

「あ~。まあ、しょうがない。ゴキブリたちも数がいるし、アレが何か分からないけど不味そうだね。『薬丸』を使うぞ!ジェット!対多数の演習準備だ!!」

 

「了解しました、将軍」

 

 

劉の号令が響くと、一台の大きな筒の様な機械に乗って、部下のジェットが現れた。

もちろん、これも武器を奪われるという事態を想定し、近代兵器の持込ができない『アネックス計画』においてありえないもの。

『もしも』奪われても大丈夫なように音声認識機能の搭載されたそれの機能は。

 

 

「オッケー!皆気をつけ!!」

 

ボッ

 

「!?」

 

 

何か(・・)を察知したシーザーが、『ブルドッグアント』の脚力で離脱した直後。

突如テラフォーマーたちがバラバラになる。

 

 

「…あっちには逃げられたか。でも、お前らは気付くかなー?」

 

 

『薬丸』と称される兵器の機能。

それは、より速い物を優先して迎撃射撃するという機能。

現に今、僅かな誤差であろうともより早く近付いてくるテラフォーマーから順に撃ち落され、バラバラになっている。

班員が皆気を付けの姿勢でいるのは、この自動射撃のターゲットとならないため。

動くものは、無差別に襲う。

 

 

「フフ…、フフハハ…」

 

 

銃弾が飛び、一方的な蹂躙劇が繰り広げられる中、その男は笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはははははは!!!ぶっ、文明の利器ってスゲーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…止まってください!!」

 

「「「「「「「「ッッ!?」」」」」」」」

 

 

『アネックス一号』までの道程をひた走る日米合同班の機内で突如、磯山が叫んだ。

艦は既に目前であるというのに、このタイミングで。

見張りをしていたアレックスと幸嶋も、特に異常は感知していないというのに。

 

青ざめた表情で俯きながら、磯山が叫んだ。

 

 

「…慶次、ジャレッド。『視て』くれ」

 

 

薬を二人に差し出しながら、小吉が言った。

磯山が必死に叫んだというその事実と、自身が知っていた中国が裏切っているかもしれない(・・・・・・)という情報。

そこから小吉は、判断した。

 

この先には確実に、何かある(・・・・)、と。

そして、悪いことは重なることが世の常。

 

 

「…おーい、艦長。不味い知らせだ。今ちょっとこの先を注意して強いやつを探ってみたんだけどよ」

 

 

ボンネットから乗り出した体勢で煙草をふかしていた幸嶋もまた、報告をし始める。

 

 

「結構強そうな感じが一つに中くらいがゴロゴロ。それと、人間じゃありえねぇ特大クラスのが一つだ」

 

 

それは今、アネックス一号を取り巻く中国班とテラフォーマー。

そしてシーザーの数。

とはいえ、現在の状況を彼らは知る由もない。

だから、何が起きているのかすら分からなかった。

精々が、バグズ型テラフォーマーの強力な個体が出現したのだろうとしか、考えられなかった。

 

 

「…えっと、艦長。それとなんですかアレは?レーザーなのか電波なのか良く分からないけど…。なんか張り巡らされてます…」

 

「…艦長、地中にも何かあります。たぶんアレは…」

 

 

そして、あらゆる生物の中でも特に『目』が良い『モンハナシャコ』の特性を持つ鬼塚と、反響定位(エコーロケーション)によって周囲の状況を確認できるシャチの特性を持つジャレッドが探った結果は。

 

 

「…地雷です」

 

 

完全に『黒』な存在がいることが、確定したという事実だった。

 

 

「…リース、ありがとうな」

 

 

震える磯山の頭を撫で、言葉をかける小吉の目は既に、『アネックス一号』へと。

 

 

「悲しいぞ劉…。ここまでやられちまったら俺は…」

 

 

『中国第四班』へと向いていた。

 

 

()らなきゃならねぇ…!!」

 

 

『大雀蜂』が、牙をむく。

 

 

 

 

 

 

 

「…あんたのことは好きだったよ、艦長。だが、世界の九十億人はもう、アネックスの百人のようにはなれないんだよ」

 

 

班員達の前で、劉は告げる。

 

 

「総員…、『未確認生物(アンノウン)』に充分注意した上で」

 

 

その心の中に、幾許かの思いを残しながら。

 

 

「戦闘準備!」

 

 

ただ、命令を発した。

 

 

 

 

 




encumbrance:邪魔・重荷・足枷・絆

とりあえず、私が忘れないために次回予告を。
あの人たちが出ます。
その予定です。


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Advance 進撃

二次創作を書いてると、他の作者さんのキャラと絡ませたくなる。
そんなこの頃です。(

今回はヤツが!
とうとうヤツが出ます!

それでは、どうぞ!


「よし、やれ」

 

「了解しました」

 

 

劉の命令で中国四班班員の一人、西(シイ)の指がコントロールパネルの上を踊る。

そして直後に起こる、通信機の電波障害。

中国四班と日米合同班は今、地球にあるU-NASA本部から完全に切り離された。

つまりそれは、公にしては不味いことが話されるということ。

そのまま電波をジャックし、日米合同班と通信を繋げる。

マイクを持った(裏切り者)の第一声は、

 

 

「聞こえますか?日米合同班の皆さん」

 

 

極々、一般的なものだった。

 

 

「…地雷や対空シールドを仕掛けたのはテメエか?」

 

「そうです」

 

 

怒りを押し殺したミッシェルの問いかけに、劉はただ事実を肯定する。

 

 

「フフッ、まあそんなのは良いじゃないですか。もう喋らなくて良いですよ、デイヴス副長。僕らが興味あるのは、あなたの首から下だけなので」

 

「…ンだとテメエ!?」

 

「落ち着け幸嶋ァッ!!」

 

 

劉の言葉の直後、激昂した幸嶋の手が脱出艇の機体を握り砕く。

もちろん、機体は金属製だし、幸嶋はまだ薬を使っていない。

なのに、砕けた。

それを見たマルコスとアレックスが、二人がかりで押さえ込む。

必死になって押さえ込む二人に、ようやく冷静になった幸嶋が力を抜いたところで、劉が再び言葉を発する。

 

 

「…えー、色々あったようですが、ここからが本題です。今から君たちに向けて、誤差1m以内の最新式ミサイルを二発撃とうと思います。高額(たか)かったです」

 

「「「「「「「「ッッ!!?」」」」」」」」

 

「それが嫌なら膝丸君とデイヴスさん、それと磯山ちゃんだけ丸腰で走ってここまで来てください」

 

 

そこで、一方的に切られた通信。

そして、脱出艇の中に数瞬の間が開き。

 

 

「待て」

 

「「…は?」」

 

 

立ち上がった膝丸とミッシェルの二人を、青ざめた表情の磯山の頭を撫でながら小吉が静止した。

 

 

「お前達が仲間の安全を真っ先に考えて動いてくれたことは分かってる。だが、落ち着け」

 

「そうだぜ。それに本当に俺らのことを思うなら、むしろ逆だろ」

 

 

珍しく、末っ子体質のマルコスが膝丸とミッシェルを正す。

 

 

「あいつらはお前らを捕まえた後に、100%俺たちを撃ってくるぞ」

 

「…ッ!じゃあ、どうすれば!」

 

 

膝丸が、ミッシェルが、全員が焦る中、一人の声が出る。

 

 

「艦長、どうします?」

 

「よーし、お前は離れてようなー晶」

 

 

腰に手を回して抱きつきながら牧瀬が訊ねるのを、小吉があしらう。

その顔自体は、満更ではないよう。

現に、微妙に鼻の下が伸びている。

 

 

「胸が当たってるから離れなさい」

 

「当ててるんですよ?」

 

「お前何してんだ」

 

「フグゥッ!?」

 

 

無論、この状況で余計なことをした牧瀬には、ミッシェルのボディブローという制裁が待ち受けていた。

まあ、この状況でなくても、大体そうなるのだが。

 

 

「…まったく」

 

 

牧瀬の蛮行により毒気が抜かれた日米合同班の空気。

必要以上の緊張は解かれたが、実際にこれからどうするのか。

最大級の問題が、まだ残っていた。

 

だが、

 

 

「大丈夫だ」

 

 

艦長である小吉は、力強く言った。

 

 

「俺たちには、頼もしい仲間がついている」

 

 

 

 

 

 

その直後、『アネックス1号』の中国四班がいる反対側で、爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「ッッッッ!!!???」」」」」」」」

 

 

突然の爆発に最も敏感に反応したのは、もちろん中国四班だった。

 

 

(バオ)!バーキ!すぐに見て来い!!」

 

「「了解!」」

 

 

劉の命令が即座に飛び、二人の班員が駆け出す。

一人は無表情のまま、一人は焦った表情をしながら。

しかし、

 

 

「…いや、その必要はないぞ」

 

「な!?グァッ!?」

 

「まったくだな」

 

「…え?」

 

 

ドルヂバーキが本艦の陰から現れた人物に叩き伏せられ、爆が身体を痙攣させて動きを止める。

片方の影は金髪の男のもので、もう片方は非常に大柄な、身長2mを越す劉を更に越す背丈の男のもの。

 

 

「…やれやれ。どうやってあの対空シールドを抜けたのかな?」

 

「ただ脱出機で突っ込めば、それで事は済んだ」

 

 

劉の問いに、金髪の男が答える。

対空シールドは確かに、レーザーによって切断するという最速の方法で敵を迎撃する。

しかし、脱出機のように速く、そして巨大な物体を全て切断することまではできない。

つまり、ただ突っ込むだけで通り抜けられるのだ。

 

 

「…さて、ボス。どうするんです?」

 

 

大男が、金髪の男に問う。

 

 

「分かりきったことだろう?」

 

 

金髪の男が、命令を下す。

 

 

「この裏切り者達を…」

 

 

踏み潰せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイアイサー!ボス!!」

 

 

 

 

 

ドイツ・南米第五班。

班長アドルフ・ラインハルト、及び戦闘員ディートハルト・アーデルハイド。

殲滅開始。

 

 

 

 




というわけで、象さん、パオパオマン、ディーハルさんなど様々な呼ばれ方をするディートハルトさんが出ました!

…あれ、なんだろう。
この妙な安心感は…。(


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Stand Up To The Fight! 闘え

ヤバイ。
何がヤバイって()のノリがヤバイ。

というわけで、どうぞ!


「フンッ!」

 

 

中国四班とアドルフとディートハルト。

まず最初に攻撃を仕掛けたのは、煙管型の吸入器で変態を遂げたジェット。

つまり中国四班からだった。

彼の手術ベースは甲殻類の『ニシキテッポウエビ』。

能力は衝撃波を飛ばすこと。

その能力を使い、自身から離れた位置にいたアドルフを狙ったのだ。

それは、命中す(あた)れば四日前の大軍との戦闘と薬の過剰摂取の後遺症で今だ満身創痍のアドルフを気絶させるには充分な威力だった。

 

 

バシンッ

 

「ッッ!?」

 

 

命中すれば(・・・・・)の話だが。

 

 

「…何かしたのか?」

 

 

変異したディートハルトが衝撃を遮るように手を翳しただけで、それは防がれた。

確かにジェットの衝撃波は、アドルフを倒すには充分な威力だった。

だが、ディートハルトの手を吹き飛ばすには、不十分だった。

それだけのこと。

 

 

「…ッ!この規格外が!!」

 

 

それだけのことが、どれだけ規格外なことであるのかは別の話ではあるが。

変態前の時点で身長2m32cm・体重320kgの巨漢が、『アフリカゾウ』の特性で3mを越す巨体となっている。

もちろん、体重もそれに伴って増加していることを考えると、その重量は相当のもの。

いくら成人男性(アドルフ)を倒せる威力があろうとも、ディートハルトを弾くには及ばない。

 

 

「どうした?その程度か拳法家。…なら」

 

 

左右の指をゴキゴキと鳴らし、火星の荒れた大地を踏み締めジェットに近付くディートハルト。

その歩みは一歩ごとに地面にしっかりとした跡を付けていった。

そして、

 

 

「今度はこっちからだ!!」

 

「ッッ!?」

 

 

突如走り出し、加速。

迎撃のため、より強い衝撃波を出すための一瞬の『間』すらを与えない速度で、ディートハルトとジェットは肉薄した。

図体が大きいと、人は『遅いだろう』と考える。

実際、それは間違いではないケースは多い。

人体を動かす筋肉量がその肉体の大きさと釣り合わせて、求められる速さを生み出すためには足りないからだ。

その点、ディートハルトは違う。

軍人として鍛え、絞り上げた肉体は素の状態での体脂肪率、なんと3%。

320kgの体重の内、約155kgが筋肉で構築されている。

鍛え上げられた肉体と、長身が生み出すストロークの長さは、爆発的な加速と速度を生み出す。

 

その姿はまるで、人類が持ちえる陸上最強の兵器。

『戦車』が迫り来る様。

 

 

「オォォッッ!!」

 

「ガッハ…ッ!」

 

「うおっ!?」

 

 

ただ、全速力で走り、体当たりをする。

それだけでジェットは吹き飛ばされ、少し離れた場所にいた味方の廈門と衝突することで、ようやく止まった。

その甲殻には(ヒビ)が入り、衝突時の衝撃の凄まじさを物語っている。

 

 

「…おぉ、凄いね」

 

 

劉がその光景を見て、感想を漏らす。

ジェットは班の中でも腕利きの存在。

それがこうも一方的に一撃を喰らうのだから、相当だ。

 

 

「部下を心配している暇があるのか?」

 

 

ジェットに気をとられた不意を突き、その劉の心臓目掛けてアドルフの手裏剣が投げられる。

たとえ肉体がボロボロでも、磨き上げられた投擲術は彼を裏切ることはなく。

手裏剣はまっすぐに、劉へと向かった。

 

 

「ああ、もちろんだとも」

 

 

しかし、手裏剣は呆気なく避けられ、劉の背後へとそのまま飛んでいった。

不意を突いての投擲のはずなのに。

 

 

「アドルフ君。確かに君たちが来たおかげで、僕たちは多少(・・)不利になった。だけど、こうして降伏する姿勢など見せていない」

 

 

ニヤリ、と笑いながら、劉は何故だかわかるかと問う。

 

 

「…知るか」

 

 

その言葉の直後、アドルフの手裏剣が再び投げられるも、その前の焼き直しのように避けられた。

そして、数名の中国班員が銃を構えてアドルフとディートハルトへ向ける。

中国四班が持つ、最大のアドバンテージ。

それは近代兵器を行使できるということ。

分厚い皮膚を持つディートハルトも、銃に対しては無防備に近い。

現に、地球の象も銃によって狩られている。

 

 

「勝つのは中国四班(僕ら)だからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いか、加奈子」

 

「…私は大丈夫ですけど、でも………」

 

 

アドルフとディートハルト、四班が戦闘をしている最中。

日米合同班では小吉が一つの判断をした。

その作戦は一つの大きな障害があり、一般的には不可能と思われる。

それゆえに、この作戦で重要となる『三条 加奈子』も逡巡していた。

 

 

「大丈夫だ」

 

 

しかし、小吉は大丈夫と言う。

彼は信じていたから。

何よりも仲間を、信じていたから。

 

 

「アレックス、慶次。頼んだ」

 

「「…分かりました」」

 

 

 

 

 

 

そして魔球は、放たれた。

 

 

 

 

 

この世には『偶然』と言われる現象がある。

それはありえるはずのないことが、奇跡的に起こること。

おそらくこれも、偶然なのだろう。

だが、それを『偶然』と呼ぶにはあまりに出来過ぎていた。

人の強い想いは、時に『偶然』を引き寄せる。

その引き寄せられた偶然は、なんと呼ばれるべきであろうか。

 

 

バガンッ!

 

 

「ッ!?」

 

 

劉の背後で起きた音。

それは対空シールドの極々僅かな隙間を縫い、アレックスの投げた金属製の野球ボールが対空シールドの本体に当たった音。

それによって中国四班の銃撃のタイミングは、劉の命令のタイミングは失われた。

そして、劉の背後といえば、

 

 

カツン…

 

 

避けられたアドルフの手裏剣が、飛んで行った先。

アレックスのボールはそのまま基盤にめり込み、そのボールに手裏剣が触れた瞬間。

 

 

バチンッ!

 

 

アドルフの電撃が、手裏剣の避雷針に落ちた(・・・)

その結果、金属製のボールを通じて対空シールド本体内部は電撃で焼き尽くされた。

 

 

「「「「「「「「…なっ!?」」」」」」」」

 

 

そのことに、中国四班全員が驚く。

当然だろう。

こんなことは、想定できなかったのだから。

 

だが、驚いている暇など存在しない。

彼らの頭上を一羽の『ツバメ』が飛び去り、その後に強烈な突風が吹き荒れた。

 

 

「…ああ、そういやいたわ。ジェット機と同じ形をした鳥…。まったく…」

 

 

思わず、劉がぼやく。

その目の前には、

 

 

「おいおい、パオパオマン。何でそんなにボロボロなんだ?」

 

「…この状況でふざけるな、路上最強」

 

 

路上最強の男、『幸嶋 隆成』と。

 

 

「…二人とも、ありがとうな」

 

「いいえ…、いつ来るかとヒヤヒヤしましたよ」

 

「そうか、すまなかったな。…さて、重大な反逆行為により他の全乗員を命の危機に晒した者達、幹部『劉 翊武』ならびに以下十六名。武器を持ったままで構わん」

 

 

憤怒した艦長、『小町 小吉』がいた。

 

 

『三条 加奈子』の手術ベースは、『ハリオアマツバメ』。

そのツバメは、水平飛行時の最高速度が170km/hとも350km/hともされている。

空を誰よりも速く駆ける、最速の鳥類。

 

小吉の作戦は本来、アレックスのボールによってメイン基盤を壊された対空シールド本体が、予備基盤で復旧するまでの極々僅かな時間の間に、三条の能力で『アネックス一号』に近付くこと。

この作戦で許された時間は、僅か0.8秒。

小吉の突入が成功しても、三条の安否の保障はできない時間だった。

それが、アドルフの電撃により対空シールドは完全に破壊され、三条は何事もなく通過できた上に、今後援軍が到着するにしても遮るものは地雷だけという状況になった。

 

 

引き寄せられた『偶然』は、なんと呼ばれるべきか。

それは人の意思によって行われた、『必然』と呼ばれるべきなのだろう。

 

 

 

 

「一列に並べ」

 

 

 

中国四班対日独精鋭四名。

開戦(Stand Up To The Fight)

 

 

 

 




自分で書きながら自分で興奮するという、どうしようもない自給自足ガソリン補給の末が今話です。(
いえ、勿論最新8巻とOVA・アニメ化決定も多大なガソリンになりましたが。

…なにか企画物をやりたい。

そういえば今日は2月22日、にゃん・にゃん・にゃんで猫の日ですね。
シーザー…。(遠い目

さて、次回分を書くのが今から楽しみです。(


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Iron Claw 掴む

今回、一部私の趣味が強く反映した内容になっています。
ええ、私の趣味です。(

では、どうぞ!


「…言われて並ぶと思いますか。僕たちゃ裏切り(モン)で」

 

 

小吉の怒りの言葉に、劉はヤレヤレといった様子で至極もっともなことを言う。

 

 

「あんた達を囲んでいる」

 

 

劉が、その右手を挙げた。

 

 

パンッ!

 

 

瞬間、炸裂音が響き銃弾が小吉の側頭部へと飛ぶ。

当たれば、致命傷は免れない。

しかし、『オオスズメバチ』をベースとした『バグズ手術』による身体能力の向上に加え。

『バグズ二号』の後から20年もの間研鑽を重ね、空手六段の段位を持つ小吉には通用しなかった。

自身の体で最も硬質な、腕から生えたスズメバチの針を銃弾の腹に当てて弾いた。

 

 

「…え?」

 

 

撃った男は忘れていた。

銃の照準装置は赤いレーザー光。

これは赤い光を視認できないテラフォーマー(ゴキブリ)相手では問題ない。

しかし、相手は人間。

照準機の光は、小吉にこれから撃つことを教えてしまった。

 

 

「フンッ!」

 

「…ガ…ッ!?」

 

 

スズメバチの敏捷さと磨かれた技術によって瞬時に一人の男に近付いた小吉の掌底が、下から男の顎を打ち抜く。

その一撃で脳を揺さぶられた男は、脳震盪を起こしてそのまま気絶してしまった。

 

 

「…よう」

 

「…やあ」

 

 

そして、中国四班班長劉の目の前に辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

「よっし、タッチだ。怪我人たちは休んでろ」

 

「「…オォッ!?」」

 

 

幸嶋がアドルフとディートハルトの手を叩き、二人の腰の辺りを掴むとある程度の距離まで後ろに放り投げ、一歩前に出る。

その口元は好戦的な笑みを浮かべ、手は開かれた状態でいる。

手は、開かれている。

 

 

「ま、待て!」

 

 

咄嗟に投げられて倒れた姿勢のまま、アドルフが幸嶋を引き止める。

当然だ。

相手は銃。

テラフォーマーやM.O.手術被験者では持ち得ない、一方的な殺傷を可能とする兵器。

しかし、それでも幸嶋は前に出た。

 

 

「大丈夫っすよぉ」

 

ドンッ!

 

「うおっとぉ!」

 

 

銃口が自身に向いた瞬間、身体を僅かに半身にすることで射線から外れて銃弾を回避。

そのまま更に前に、いっそ不用意とも言えるほど無造作に敵との間合いを詰めていく。

 

 

「オォォォッッ!!」

 

「ハッハァッ!そんな鉛玉に当たってたまるかよ」!!

 

 

その間にも、銃弾は飛んでくる。

前だけではなく、左右からも。

その全てを、避け続ける。

実は、たとえ近距離であっても動く物体を撃つのは難しい。

仮に1cm対象が動いただけでも外れることがある。

それでも、彼らは一流の軍人。

本来ならば、とうに幸嶋の身体には被弾していなくてはおかしいだけの技術は持っている。

だが、当たらない。

弾丸の一発たりとも、当たらない。

 

 

ガシッ

 

「…そぉら、捕まえた」

 

「ヒ…ッ!」

 

 

開かれた幸嶋の手が、一人の中国班班員の頭を掴む。

プロレスの世界には、『アイアンクロー』と呼ばれる技がある。

非常に単純な技で、掌と指を使い相手の頭を掴んで力を入れるだけ。

これがフィニッシュになることは、まずないと言って良い。

しかし、握力が強い者がこれを行えば、その痛みは---------

 

 

「~~~~~~~ッッッッ!!?ギャアアアァァァァァァッッッッッ!!!!!」

 

 

--------測り知れない。

 

幸嶋の手術ベースは、『ヤシガニ』。

その最大の特徴は、その名が示す通り固い椰子の実すら切断する鋏の力。

それが人間大になってより強力となり、幸嶋の手、握力へとそのまま置き換わっている。

 

 

「そぉら、次のヤツ来やがれ!」

 

 

痛みで気絶した男を投げ捨て、幸嶋が咆える。

 

 

「…お前達、下がっていろ」

 

 

それに応えたのは、

 

 

「そいつとは俺がやる…ッ!」

 

 

ディートハルトに吹き飛ばされた、ジェットだった。

銃が通用しない幸嶋相手には、実際これがベター。

他の班員ではなく、中でも能力の高いジェットが戦うことが。

 

 

「…へえ」

 

 

幸嶋が左手を前にして右手を開き、腰を落とした構えを取る。

その構えから見て取れるのは、左で捌き、右で必殺のアイアンクローを狙っているということ。

それを見て、ジェットの頬を冷たい汗がつたう。

 

本来、幸嶋の相手をするのなら班長である劉が適任。

しかし、その劉は今。

 

 

「「フンッ!!」」

 

 

小吉と攻防を繰り広げている。

 

小吉の腕から生えている、『オオスズメバチ』の毒針。

一撃必殺ともいえるそれを、劉は絶対に避けなければいけなかった。

対して、劉の拳は確かに強力だが、一撃で勝負を決められる威力はない。

劉は避けながら攻撃しなくてはいけない。

小吉は多少捨て身でも攻撃できる。

その差が二人の間合いの取り方に、攻撃の仕方に違いを生み出していた。

その差が二人に、僅かな差を生み出していた。

 

 

「「オォォォォッッ!!」」

 

「…クッ」

 

 

ぶつかり合う劉と小吉を視界の端で捕らえ、苦虫を噛み潰したような表情をするジェット。

これでは、劉がこちらに来るのは期待できない。

周りの班員に銃で撃たせようとしても、あの二人が相当な近距離戦(インファイト)をしているせいでそれも不可能。

幸嶋に投げられた二人は、もともとボロボロだった身体に限界が来たのか座り込んでいるが、いつでもこちらに来れる体勢を、たとえ銃で撃たれても大丈夫な体勢を整えている。

 

 

「そら、来いよ色男」

 

 

目の前でそう言う幸嶋の手が、ジェットの目にはギロチンの様に見えた。

 

 

「何だ、来ないのか?それなら…」

 

「…あ?」

 

いきなりだった。

いきなり自分の顔のすぐ目の前に、幸嶋の顔が現れた。

5mはあったはずの距離が、一瞬で潰された。

 

 

「お、おぉっ!?」

 

 

急いで後方に下がろうとするも、

 

 

「…どーこ行くんだよ」

 

「…ッ!?」

 

 

足を踏まれて、引けない状況になっていた。

 

ならば、攻めるしかない。

足を踏まれているせいで、詰めることしかできない間合いを、既にかなり近い間合いを更に詰める。

本来、この距離では拳に対した威力は乗らない。

しかし、ジェットの特性を使えば、その理屈は無意味なものと化す。

 

 

「フンッ!」

 

「おっと!」

 

パンッ!

 

 

だが、あっさりと、極あっさりと幸嶋はその特性を使うために繰り出された拳を掌で弾き、方向を変える。。

そして、

 

 

「歯ぁ食い縛れよ…?オラァッ!!」

 

ゴドッ!!

 

「グフ…ッ!?」

 

 

鈍く、重い音をさせながら顔面を殴りつけた。

もちろん、それでは終わらない。

ふらつくジェットの首を右手で掴み、持ち上げる。

まるで、600年前に存在した赤い怪物のように。

 

 

「オオオォォォォッッッ!!!!」

 

ドゴガッッ!!

 

「ガ…ハッ!!」

 

 

そのまま背中から地面に叩きつけて、血を吐くジェットを見下げる幸嶋。

『チョークスラム』。

それがこの技の名前。

かつて大巨人と、赤い怪物のフィニッシュムーブだった技。

 

これが、『路上最強』。

曲がりなりにも、最強を冠する男の実力。

 

 

「…さって、艦長はっと」

 

 

ふと、幸嶋が小吉が戦っていた場所を見る。

丁度その時、

 

 

「静聴ォッ!!」

 

 

戦いは終わり、小吉は劉を持ち上げていた。

 

 

 

 

 




幸嶋から漂うプロレス臭。(

えーと、ちょっと恥ずかしいですけど、OVA・アニメ化を記念した企画物として、コラボ小説をやりたいと思います。
そこで、もしこの『インペリアルマーズ』を読んでいる、テラフォーマーズ二次創作をしている作者さん方の中で、『インペリアルマーズ』とのコラボ・クロス小説が書きたい、書いても良いよ、キャラを出して良いよといった方は、私にメッセージをください。
はい。

先に言っておきますが、誰もいなければ企画倒れ決定です。(
はい。

メッセージ、お待ちしています!


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Blue Blood 瑠璃色

…企画倒れかな、これは。(

というわけで、どうぞ!(


小吉に掴み上げられた劉の姿は、ボロボロだった。

左右胸部には毒針による穴が開き、左目のすぐ下にも刺し傷がある。

しかも、左目下の傷は筋肉を断ったか骨を砕いたのか、顎が垂れ下がってしまっている。

凶器が『オオスズメバチ』の針であることを考えれば、その三つの傷が致命傷となるだろう。

 

 

「…お前達の大将が死ぬ確率についてだ」

 

 

劉は力なく持ち上げられ、周囲は小吉の言葉に静まり返る。

直前まで戦っていた幸嶋はジェットの足を踏みつけたまま、アドルフとディートハルトは蓄積され続けた肉体的・精神的疲労がここに来てピークが近いのか座ったままで。

 

 

「アナフィラキシーショックは知ってるな?蜂に二回刺されるとヤバイってヤツ。あれで最初の一回目で症状が起きて死ぬ確率が1割。まず1割増えたな」

 

 

アナフィラキシーショックとは、人間の免疫機構によって起きるアレルギー症状の一種。

免疫の内、主にIgEという抗体がアレルギー物質(アレルゲン)に反応することによって起きる、全身性のアレルギー症状のことを指す。

症状は主に、血圧の低下・呼吸困難・意識の消失・血管性浮腫・脳炎などなど。

その多くが、生命の危機に強く関与する。

この現象は、何も蜂の毒に限って起こるものではない。

つまりこれは、人間の機能上の問題の話。

 

 

「で、だ。『オオスズメバチ』の毒。これの単純な致死量はおよそ4.1mg/kg。こいつの体重が仮に100kgだとして、致死量は400mlだ。…意外と弱いだろう?」

 

 

例えば、ロシア三班の『ライサ・アバーエフ』の手術ベースである『キロネックス』。

世界最強の毒を持つクラゲであるが、その致死量は文献にもよるが、最低でも0.001mg/kg。

僅か0.5kgで、全人類を滅ぼせるほどだ。

『キロネックス』は極端な例として、他にもフグ毒で有名なテトロドトキシン。

これは0.01mg/kgで致死量となる。

世界で最も人を殺害している生物の毒は、実は全体から見れば下位なのだ。

 

しかし、

 

 

「だがまあ、それくらいは注入()れた気もするし、首から上に刺されば死亡する確率は跳ね上がる」

 

 

致死量が低くとも、致死量に達するまで投与すればいい。

致死量が低くとも、より効果的に機能する部位に刺せば良い。

人の肉体は、あまりにも『脆い』のだから。

 

 

「…俺の専用武器は、俺を研究して作った『解毒剤』だ。…第四班」

 

 

このままでは死に行く劉を前に、小吉は自身の専用武器が『解毒剤』であることを明かす。

それは、取引。

『命は助けてやるから、負けを認めろ』という取引。

小吉は、告げる。

 

 

「投降し 《ガシッ!》 ろ…?」

 

「…捕まえたぞ、『大雀蜂』!」

 

 

告げた言葉は、絶望に塗り替えられた。

劉を捕らえていたその腕に這う、二本の腕。

小吉を見る、双眸。

 

 

「フッフ…、さすが元殺人犯。とうに童貞は捨ててるってわけね」

 

 

笑う、哂う、嗤う。

捕らわれていた男は笑う。

 

 

「同胞達よ、俺ごとでかまわん。足を撃て」

 

「…クッ!」

 

「了解です」

 

 

構えられる銃。

直前まで日米合同班とドイツ班が完全に優勢であった。

直前まで(・・・・)は。

 

徐々に、劉の顎が閉じていく。

閉じないはずの顎を、驚異的な筋力で閉ざしていく。

 

 

カキンッ

 

 

その口が閉じきられた瞬間、奥歯に仕込まれたスイッチが作動する。

それは外側からは見えない。

中に、体内に隠されていた。

 

 

「『人為変態』」

 

 

腸に仕込まれていたカプセルが、奥歯のスイッチからの指令を受け取り薬液を腸内に撒く。

劉の傷が塞がり、姿が変わる。

事前に申告されていた手術ベースは、『アナコンダ』。

しかし、その姿は蛇からは程遠い。

新たに生えた、三本の触腕。

体中に映る、瑠璃色の豹柄。

 

 

「楽しかったよ艦長。…だが戦争は、俺らが勝つ」

 

 

『ヒョウモンダコ』。

それが、中国第四班班長『劉 翊武』の本当の手術ベース。

前述にあげた毒、『テトロドトキシン』を操る『蒼き血の死神』。

 

陰謀が、首を絞めてゆく。

 

 

「…ッ!」

 

 

アドルフが、歯噛みする。

せめてこの身体が十全とはいかなくとも、もう少しだけ強い電流に耐えうるだけの余力があれば、と。

 

 

「…ッ!お前らァッ!!うちの艦長撃ってみろ!その瞬間こいつの頭を握りつぶすぞ!!」

 

 

咄嗟に幸嶋が、ジェットの頭を掴んで声を張り上げる。

だが、

 

 

「撃て」

 

 

劉の判断は、無情だった。

一人の軍人として、上官として、間違いのない判断を下した。

 

 

ズドドドドッ!!

 

 

足を撃たれたことにより、崩れる劉と小吉。

直情した幸嶋の手に力が篭り------

 

 

「…どうした?やれよ。俺を潰すんじゃなかったのか!」

 

「…ド畜生が!!」

 

 

------有言は、実行されなかった。

幸嶋の手は離され、ジェットを突き飛ばした。

 

 

「アハハ!『路上最強』も、人殺しは無理か!」

 

 

劉が笑う。

幸嶋はストリートファイトで生きてきた。

その領分は『倒すこと』であり、『殺すこと』ではない。

半殺しにはしても、殺したことは一度たりともない。

軍人である彼らとは、違う。

 

 

「さて、艦長の手当てをしてやりなさい。…ああ、アドルフ君もね。人質にしよう。その他は…」

 

 

劉が言葉を切った瞬間に、幸嶋とディートハルトに銃口が向けられる。

銃の前には、多くの生物は平等となる。

ただ、死を待つだけとなる。

 

 

「…ボス、この状況は………」

 

「…ディートハルト、お前は俺が守る」

 

「艦長よ、こりゃ流石にマズイっすね…」

 

 

アドルフが、ディートハルトが、幸嶋が。

苦虫を噛み潰したような表情となる。

そこにあるものは、紛れもなく絶望。

これ以上の救援は実質期待できず、ただ弾が放たれるのを待つだけ。

 

 

「…俺に」

 

 

その絶望的な空気の中、小吉が口を開く。

 

 

 

 

 

「俺に人質の価値はない」

 

 

 

 




ハッハー、何だこの絶望臭は。(

最近ちょっと気付いたことがあります。
他の話はおおよそ1話か2話で話が成立しているというのに、この対中国編が物凄く長いということに。(


…そろそろ自分から動いてみるか?(遠い目


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A Midsummer Night's Dream 真夏の夜の夢

今回は特別編!
テラフォーマーズOVA・アニメ化記念としてのコラボ企画です!
ゆっくんさん!
ありがとうございます!


「いやー!食った食った!」

 

「あそこの店良かったな」

 

「だろう?この間偶々見つけたんだよ」

 

「偶には慶次のプランってのも、良いもんだな」

 

慶次、ジャレッド、幸嶋が、夜の街を歩いている。

日米合同班の中でも同年代かつ下戸、もしくは酒を飲まないという共通点があるこの三人は、よくこうして一緒にソフトドリンクオンリーでの飲み会を開いていた。

気の合う仲間と飲む。

そのことは、たとえ素面でも人の気分を良くさせる。

 

 

「…お?」

 

「どうしたー?」

 

幸嶋がふと、立ち止まる。

その視線の先には、一軒の小さな書店。

書店を見る目は、

 

 

「…よし、三バカにエロ本でも土産に買ってってやるか!」

 

「「なんでだよ!?」」

 

 

少々邪まだった。

 

 

「いーからいーから。ついでに俺らの分も買うぞ?」

 

「お前ついでがメインだろ!」

 

「マルコスなんかは、まだ16歳だろう?」

 

「大丈夫だ!16でも男!」

 

 

そう言うと、慶次とジャレッドの背中を押して書店へと入っていく。

その歩みはまったく止まる気配がなく、一目散にピンクと肌色の多いコーナーへと進んで行った。

 

 

「…まったく」

 

「いや、着いた瞬間に品定め始めたよな。ジャレッド」

 

「ッ!?」

 

 

路上最強は、見逃さなかった。

ピンクなコーナーに入った瞬間、ジャレッドの目が四方に動いたのを。

男の本能が、動いたのを。

 

 

「…け、慶次!慶次は何にするんだ!?」

 

「ッ!?」

 

「お前振り方酷いな」

 

 

追い詰められたジャレッドが慶次へ振ることで、逃げの一手を出す。

振られた慶次が何となしに手にしていた、雑誌のタイトルは。

 

『淫らな人妻-団地に響く嬌声』

 

 

「「…うわぁ」」

 

「なんだよ!?偶然持ってただけだろう!?」

 

 

少々マニアックなジャンルに、幸嶋とジャレッドは引いた。

具体的には、先程まで一歩で触れる間合いだったのが、今は三歩分開いていた。

間違いなく、心の距離は開いていた。

 

 

「…さ、さて!三バカへの土産を探そう!」

 

「そ、そうだな!」

 

「おい!二人とも!…おいってば!!」

 

 

慶次の制止を無視して、二人はいそいそと本を物色し始める。

慶次の足元には、水滴が落ちた跡が残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…はー、楽しかった」

 

 

U-NASAの男性寮の自室に備え付けられたベッドに寝転び、今日一日を反芻する。

慶次の意外な性癖を知り、膝丸には金髪巨乳物を、マルコスには貧乳物を、アレックスには日本人のナース物を買ってやった。

多少の抗議はあったが、概ね満足してもらえただろう。

そして自分には------

 

 

「…そういやこのジャンルは初めてだな」

 

 

------ロリ巨乳物を買った。

表紙には童顔の幼さに対して、身体の一部分が特に肉付きの良い女性が写っている。

普段ならただの巨乳物。

しかし、今日はノリに任せた結果これになった。

素面のはずなのに、酔っていたかのような気分だ。

 

ベッドの上でペラペラとエロ本のページをめくっていると、時間も時間のせいか眠気が襲ってくる。

徐々に瞼が落ち始め、徐々にページをめくる速度が遅くなる。

そして、

 

 

「…Zzzz」

 

 

幸嶋は微睡みの中へ落ちて行った。

 

 

 

 

 

「…お?」

 

 

気が付けば、そこは見慣れた訓練施設の休憩所。

設置されていたソファに腰掛け、右手には火のついた煙草。

左手には空になって灰皿代わりになっているブラック珈琲の缶。

そこまで確認して、ここが夢だと気付く。

 

 

「ククッ、俺ぁ微糖派だっての」

 

 

どうやら所謂『格好いい男像』は、600年後でもたいして変わっていないらしい。

灰を缶に落とし、一息。

 

 

「しかし、明晰夢ってのはなんだかんだ初めてだな」

 

 

ふと、人生初の明晰夢に気付きながら周囲を見渡すと、

 

 

「クーガ君!頑張って!」

 

「お?」

 

 

白衣を着た研究員らしき少女が、訓練室を見るためのガラス窓の前にいた。

どこか既視感を覚えるその顔に、幸嶋がよくよく見てみると、

 

 

「…俺は10代の猿か!」

 

 

思わず頭を抱えた。

なぜならすぐ近くに、寝落ちするまで読んでいたエロ本の表紙を飾っていた女性が、白衣姿で訓練室の中を見ていたから。

 

 

「…ん?待てよ?」

 

 

頭を抱えて唸る中、幸嶋は一つの可能性に気付いた。

応援している人がいるということは、今まさに訓練している最中の人がいるのではないか。

そしてそれは、『強いヤツ』なのではないか。

ここは、『(理想)の中』なのだから。

 

 

「ちょっとすまん」

 

「ふえ!?」

 

 

そうと決まれば、後は早かった。

表紙の女性そっくりさんの真上からガラスを覗き込み、中にいる人物を見る。

何時ものように、感覚を澄ませながら。

そして------

 

 

「…ビンゴ」

 

 

------その顔は、狂暴な笑顔に染まった。

 

 

 

 

 

 

「ふっ、はっ、よっと」

 

 

訓練室の中では、一人の青年が仮想敵(テラフォーマーのクローン)を相手に戦闘訓練を行っていた。

その容姿は女性と間違われることはないが中性的。

やや細身の体型をしている。

黒い髪を後ろでまとめ、身長は185cmほど。

一言で言ってしまえば、イケメン。

二言使うならば、残念なイケメン。

 

 

「そらッ!」

 

 

しかし、その実力は本物。

今も仮想敵を圧倒的な力で捻じ伏せている。

 

…いや、捻じ伏せるというのは適切な表現ではない。

切断し、地に伏せさせている。

 

青年の全身は黒光りした甲皮に包まれ、腕からは獲物を引き裂くための大顎が生えている。

その姿は間違いなく、『M.O.手術』被験者の姿。

 

 

「これで終わりっと!」

 

 

最後の一撃が、仮想敵の首を跳ね飛ばす。

そこで丁度訓練室の扉が開き、一人の男が姿を現した。

まるで、タイミングを見計らったように。

 

 

「…なあ、そいつら虐めて喜んじゃいねぇよな?」

 

「…そりゃな」

 

「だったらよ…」

 

 

男が筒状の物を咥え、先端部を回す。

すると全身を青黒く輝く甲殻が覆い、前腕部、特に手が固く、強く、大きく変貌する。

 

 

「ちょっと俺と遊んでくれや!!」

 

 

幸嶋が、『人為変態』をとげた。

 

 

 

 

 

 

「(…こいつッ!)」

 

 

幸嶋が人為変態を遂げたことと、感じられるその好戦的な戦うという意志の強さ。

そして幸嶋が強いということを察知した青年は、

 

 

「ッ!オオオォォォッッ!!」

 

 

戦うことを選んだ。

この男と戦えば、自分はもう一歩強くなれるかもしれない。

そんな期待が、なぜか胸中にあった。

 

 

「先手必勝でやらせてもらうぞ!!」

 

 

青年が驚異的な速度で駆け、幸嶋に肉薄する。

狙うは、甲殻の薄く弱い関節。

右腕の肘関節を狙い、その大顎を振るった。

幸嶋の意識は青年に向いており、そこにはない。

振るわれた大顎は、

 

 

ガキンッ

 

「…あー、そうだ」

 

「ッッ!?」

 

 

間接を捉えることはなかった。

間接のすぐ近くにある、厚い甲殻。

腕を僅かに動かすことで、大顎による攻撃をそこに当てさせていた。

隙は、間違いなくあった。

しかし、その隙は青年が攻撃した瞬間に潰された。

 

 

「俺の名前は『幸嶋 隆成』。…お前は?」

 

「…クーガ。『クーガ・リー』だ」

 

「そうか、クーガか。…ククッ」

 

 

幸嶋は笑う。

これから始まる、楽しい時間を前に。

夢の中とはいえ、笑う。

 

 

「楽しませろよ!クーガァァァァッッッ!!」

 

 

『断頭台の刃』対『絶対的捕食者』。

誰にも知られることなき対戦が、始まった。

 

 

 

『椰子蟹』・日本・178cm・【プロレス】

 

            対

 

        『大閻魔斑猫』・イスラエル・180cm・【空手】

 

 

 

 

 

 

「そらッ!」

 

「ッッ!」

 

 

幸嶋の繰り出した左拳がクーガの右下腹部を掠める。

咄嗟に左へ回避するも、幸嶋の突きを極々近距離で回避することはできなかった。

突き、つまりパンチはいくつかに種類分けができる。

幸嶋が放った突きは、その中でも速さに特化した殴り方。

拳を握り切らず構え、ひたすら真っ直ぐに、やや下方向へ向けて放った突き。

この時幸嶋が、何よりもクーガの速さを警戒していたが故の選択だった。

 

 

「(避けれた!なら、次……ッ!?)」

 

「はっえぇなぁ!おい!!」

 

 

クーガが思考する一瞬。

その一瞬で幸嶋の伸びていた左腕が曲がり、クーガのベルトを掴んでいた。

そしてそのまま、

 

 

「オラアッ!」

 

「ッ!?」

 

 

空いていた右手で、訓練室中央まで殴り飛ばした。

ドザァッ!と床に受身を取りながらも落ちたクーガに、幸嶋は一歩一歩近寄る。

 

 

「いやぁ、流石に俺も驚いたわ。こんなのは初めてだ」

 

 

その左腕は、一筋の傷がついていた。

 

 

「あの殴られた瞬間に(・・・・・・・)攻撃してきてんだからよ」

 

「…どうも」

 

 

クーガが起き上がりながら、その腕の大顎を幸嶋に向ける。

大顎の一部は、欠けていた。

殴られる瞬間、咄嗟に最も近い自身を掴んでいた腕を切りつけるも、浅い傷をつけるだけで終わった。

関節を狙った攻撃もダメ、単純に切りつけるのはもっとダメ。

ならば、どうするか。

 

 

「…なあ、あんたは何でそんな強いんだ?」

 

 

ふと、気になって聞いてみた。

クーガ自身が尊敬する、二人の戦士。

小吉やアドルフとは種類の違う、強さ。

その理由が、知りたくなった。

幸嶋はその問いに立ち止まり、瞑目する。

そして、答えた。

 

 

「…ただ、毎日血の小便を出してきただけさ」

 

 

それしかなかったと、幸嶋は笑顔で答えた。

 

 

「そっか」

 

 

それにクーガは、一つの答えを出す。

自分が今、何をするべきか。

 

 

「いくぞッ!」

 

「かかって来いやぁッ!」

 

 

『オオエンマハンミョウ』の脚力で一気に駆け寄り、間合いを詰める。

幸嶋は全身の力を抜き、たとえ何が来ようとも捌き、防ぐ体勢を作る。

お互いが触れ合う間合いまで、5…4…3…2「ッ?!」

 

それは、幸嶋からすれば本当に予想外なことだった。

自分が計っていたタイミングより、僅かに速く攻撃が来た。

クーガが選んだ攻撃は、答えは、

 

 

「ゼリャァッ!!」

 

「うっそだろ!?」

 

 

空手の、後ろ回し蹴りだった。

空手の中でも、上位の威力を持つ後ろ回し蹴り。

それを、空手四段の男が、『オオエンマハンミョウ』の脚力で行ったらどうなるか。

それは、後ろ回し蹴りを受け止めた幸嶋の右腕が物語っていた。

 

 

「…ッ!マジかよッ!!?」

 

 

その腕は今、甲殻に靴の痕がくっきりとつき、ひび割れていた。

五体全てが凶器。

それが、空手。

 

切断できないなら、破壊すればいい。

 

 

「よし、これなら通じるか…」

 

 

とはいえ、通じるというだけ。

幸嶋の拳のダメージは確かに残っているし、あの甲殻を砕くにはしっかりと溜めて攻撃しなくてはいけない。

その一瞬を、幸嶋がくれるわけがない。

溜めの一瞬の間に、相手(幸嶋)は問答無用の一撃を見舞ってくる。

そのイメージが簡単に着くほど、先ほどの一撃は強力だった。

 

 

「…ククッ!ハハハハハハハハハハハッッッ!!!」

 

「ッ?!」

 

 

突如、幸嶋が哄笑する。

楽しそうに、嬉しそうに。

笑う、笑う。

 

 

「ハハハッ!!そうかそうか!」

 

「な、なんだよ…?」

 

 

クーガの戸惑いはもっともだ。

今の今まで戦っていた相手が、急に笑い始めたのだから。

 

 

「いや、なに。ただ、楽しくて仕方ないだけさ。こうして強いヤツと戦えるのがな」

 

 

哄笑が収まるも、まだクスクスと笑いながらそう言う幸嶋。

彼の望みは、強いヤツと戦うこと。

それが人生の至上命題。

そんな幸嶋からすれば、今この瞬間こそが。

 

 

「最ッ高の気分だ!クゥゥゥゥガァァッッ!!」

 

 

一歩。

たった一歩だけ踏み込む。

その一歩がお互いの拳が届く距離となり、幸嶋の腕が弓を引く。

『ナックルアロー』。

弓を引くように拳を構え相手を殴る、かの燃える闘魂が得意としたプロレス技。

それが、幸嶋が最も信頼する拳の使い方。

 

幸嶋の構えを見た瞬間、クーガも構える。

両腕を腰に構え、足を僅かに開く。

『正拳』。

空手の基本中の基本であり、昨今では最早形骸化しつつある技。

しかし、誰もが必ず習得し、そして拳に魂を乗せていく技。

 

 

「「………………」」

 

 

一瞬の、間。

 

 

「「オオオォォォォォォォッッッッ!!!!!!」」

 

 

 

 

男の魂は、拳に乗る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んあ?」

 

 

日が差し込み、目を覚ます。

幸嶋が身体を起こすと、柔らかいベッドの上。

周りを見渡せば、トレーニング器具とプロレス誌の詰まった本棚。

 

 

「…ああ、そうか」

 

 

夢か…。

そう、幸嶋の声が部屋に虚しく響いた。

寝起きの一服のために煙草を咥え、火をつける。

吐き出す紫煙をゆっくりと眺めていると、ふいにインターフォンがなった。

玄関まで行き、扉を開けまず第一声。

 

 

「…あん?」

 

 

目つきは悪く、声にドスをきかせながら。

 

 

「…え、俺なんかした?」

 

「ああ、艦長っすか。はよざっす」

 

「…あ、ああ。おはよう。えっと…、朝飯の時間そろそろだから早く来いよ」

 

「うっす」

 

 

この後小吉はミッシェルに語った。

あの目と声は殺されるかと思った、と。

 

 

「あ、そうだ」

 

「どうしたんすか?」

 

 

ふと、小吉が何かに気付いた様子で、言葉をつむぐ。

 

 

「何か良いことでもあったのか?」

 

「…ハハ」

 

 

頭を掻き、どこか照れながら。

 

 

「…いい夢を見たっす」

 

「…そっか。じゃあ、早く来いよ」

 

「うっす」

 

 

小吉が立ち去り、後に残された幸嶋。

目蓋の裏に思い描くは、楽しかった夢。

頭を掻きながら、一言。

 

 

「ああ、クソ…。焦がれるなぁ…」

 

 

どこか赤い顔は、煙草の火によるものだけはないのかもしれない。

 

 

 

 

主が去った部屋。

ベッドの枕元に置かれた本の表紙では、一人の女性が微笑んでいた。

 

 

 

 

 




ゆっくんさん!
『LIFE OF FIRE 命の炎』より、クーガと唯香さんお貸しいただき、ありがとうございました!

また、ゆっくんさんの『LIFE OF FIRE 命の炎』でも、『インペリアルマーズ』とのコラボ作品を書いていただけるとのことです。
楽しみにしています!


コラボ企画参加者はまだまだ募集中です!
この機会に、コラボの環が広がれば良いな。
そんなことを考えてます。

それでは、また次回!


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North Sea 脱出経路

久しぶりの更新となりました。
うん、パソコンの買い替えに伴うゴタゴタなんです。

というわけで、どうぞ!


「…何?」

 

 

人質の価値はない。

小吉のその言葉に、劉は反応した。

そんなはずはない。

彼は艦長という立場であり、他のどの班員よりも情報を持ち、そして権限がある。

それ以上に、誰からも好かれる彼の人柄を考えれば、その人質としての価値は相当だ。

 

 

「そんなもの、信じるわけないでしょ。紅ちゃん、副艦長(ファースト)につないでちょ」

 

 

小吉の言葉を切り捨て、劉は命令を下す。

そんなものは、戯言だと。

一考の価値すらないと。

 

しかし、

 

 

「…りゅ、劉将軍!大変です!」

 

「どうした?」

 

 

どんな事態でも、必ずしも都合良く行き続けるとは限らない。

 

 

「逃げてます、奴ら!」

 

 

火星の荒野を、アネックス一号とは反対の方向目がけて走り抜ける二機の脱出機。

それはもちろん、日米合同班の二機。

しかも、その両機の運転手の顔はヘルメットにより視認できず、他の班員も隠れているためかわからない。

この状況で想定できる、中国四班にとっての最悪のケース。

 

 

「…ミッシェルと燈だけ(・・)が、一号機と二号機にそれぞれ乗っている…だろ?」

 

 

小吉が劉に向かって言い放ったそれ。

それこそが、彼らにとっての最悪のケース。

小吉を、アドルフを、そして幸嶋とディートハルトを即座に撃たなかった理由。

二人を、そしてあわよくば生きたテラフォーマーのサンプル200体を強奪しようと考えていた中国班からすれば、これが最悪。

 

 

「…それがどうした。一・二号機と強制的につなげ!『彼女(ファースト)』と交渉する!」

 

「そんな呼び方はするな!彼女の名は『ミッシェル・K・デイヴス』!俺の最も尊敬する戦士の血を継いだ女性だ!決してお前らが思うような小娘でも!サンプルでもない!」

 

 

小吉の激昂。

それが火星の大気を震わし、彼の想いを中国四班に叩き付ける。

 

 

「…どれほど俺をいたぶる声を聞かせようとも、あいつらは決して振り返らない」

 

 

たとえ自身がどうなろうとも、仲間たちは絶対に任務を遂行させる。

そのための行動を、何があろうともとってくれる。

そう、小吉は信じていた。

事実、今がそうなのだから。

 

…それでも、決して彼らは揺るがない。

 

 

「あんたがそう言うなら…そうなんだろう。他の連中も纏めていたぶろうが、な」

 

 

一瞬、劉の目がアドルフ、ディートハルト、幸嶋を捉えるもすぐに再び小吉に視点を戻す。

 

 

「交渉に協力するなら、厄介な第二位(アドルフ)は無理としても…艦長。あんたの命だけは助けたかったんだがな…」

 

 

どこか、残念だとでもいうような声色と瞳。

そして、それは確かに真意なのだろう。

それを見て取った小吉は…、

 

 

「…相変わらず、冗談ばかりだな。劉さんよ」

 

 

それを、拒絶した。

 

 

「…ああ、冗談だ。艦長ならそういうと思っていた。…だから、冗談だ」

 

 

その瞬間、アドルフの電撃によるショックから立ち直っていた爆が固定砲台を操作。

 

 

「か、艦長ォォォォォッッッ!!!!」

 

 

幸嶋の絶叫が響く中、小吉の全身は余すところなく撃ち抜かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

 

中国班員、紅は二つ。

たった二つ疑問を持った。

なぜ、爆は態々固定砲台の方で撃ったのか。

個人携行の火器も、あるというのに。

なぜ、態々。

そしてもう一つ。

あの固定砲台、『薬丸』は動かない物を撃てただろうか。

 

 

「あんれぇ?」

 

 

そのことが、紅の頭に疑問として生まれた。

虚ろな(・・・)目で、考えた。

 

 

「紅ッ!」

 

 

徐々に麻痺していく思考の中、誰かの声が彼女の耳に届いた。

 

 

「吸うな!ガス兵器だ!!」

 

 

鈍化していく思考をとどめるものは、西が被せてくれたガスマスク。

ガス兵器?

いったいそれはどういうことだ?

 

その正体は、

 

 

「坑道とか!古典かよ!!」

 

 

彼らが小吉たちに気を取られている間に掘られた坑道。

そしてそのすぐそばに落ちていた一本の筒。

ガスは、ここから出ていた。

 

 

「…劉将軍!小町艦長の死体がありません!!」

 

 

ジェットが、もう一つ驚くべきことを伝える。

死体が、ない。

 

いったい、いつだ?

いつから、自分たちは幻覚(ユメ)を見ていた?

 

いや、問題はそこではない。

問題なのは、ガスの濃度(・・)

あのまま吸っていれば、間違いなく全員死亡していたほどの濃度。

復活したドルヂバーキが教えなければ、おそらくはそうなっていたであろう。

 

いったい、誰が。

 

紅の、少々学の足りない頭では導けなかった答え。

それは、劉が導き出した。

 

 

「…ああ、そういえば僕たち以外にもいたな。軍人(・・)が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アネックスから、少々離れた地点。

そこからは、アネックス本艦がよく見えた。

その地にいるのは、数名の男性たち。

 

 

「…なあ、イワン。あいつら、どんな幻覚(ユメ)を見てると思う?」

 

「…さあ。でも、悪夢ならこれから見るでしょうね」

 

 

彼らは、北海から来た猛者たち。

世界最大の領土を持つ、大国の兵士たち。

 

 

「…動ける我々だけではなく、艦長まで助けていただき感謝する」

 

 

ディートハルトが、助けてくれた二人に感謝をする。

小吉は担がれ、アドルフとディートハルトは自力で歩いて坑道を通り、ここまで来た。

 

 

「なに、気にするな」

 

「これ、使ってください。弱めた『チョウセンアサガオ』の成分ガスです。一時的ですけど、痛みは軽くなるはずですから」

 

「本当に、ありがたいな…」

 

 

逃走経路から、治療まで。

必要なものを提供してくれた彼ら。

手に巨大な爪がある大柄な男は、セルゲイ。

小柄で、顔に大きな傷があるのはイワン。

 

 

「さて、どんな悪夢になるでしょうね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッ!?爆!すぐにそこから離れろ!!」

 

「え…?なんで?」

 

「早くしろォッ!!」

 

 

アネックスで、ジェットの声が轟く。

彼は、誰よりも早く察知した。

彼の持つ専用装備の力で、それが来ることを察知した。

 

尋常ではないジェットの様子に、爆が固定砲台から離れる。

そして、

 

 

「…来るぞッ!」

 

「…嘘」

 

 

空から、それはやってきた。

火星の空を飛ぶ、数少ない物。

 

固定砲台に、高速脱出機が突撃した。

 

 

「やりやがったアイツら!!」

 

 

衝突の衝撃により、爆発する固定砲台。

その周辺は、爆発による噴煙で見えづらい。

その、煙の切れ間。

 

 

「…そうかぁ」

 

 

彼らが、いた。

 

 

中国(そっち)は今頃春節かぁ」

 

 

裏拳で一発。

それで近くにいた、中国班員の一人は宙で一回転。

意識を失った。

 

 

「ご機嫌麗しゅう、元同盟諸君」

 

 

そう、彼らは。

 

 

 

 

 

 

「本日付で日米同盟国、ロシア連邦宇宙軍だ」

 

 

 

 

 

覚悟を決めろ。

 

 

 

 




北海の猛者たち、ロシア軍が参戦しました。


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RingIn 舞踏曲

今回はあの人が再登場!

では、どうぞ!


「にしても、ズルイわ~。そのマスク…」

 

 

ロシア班班長、アシモフが劉に語り掛ける。

ズルイ。

その言葉の理由は、明白。

それさえなければ、イワンのガス攻撃で全員死亡していたはずなのだから。

 

アシモフが語り掛ける間に、ジェットを除く中国班班員たちが視界を狭めるガスマスクを外していく。

これから起こるであろう、戦闘のために。

爆発の衝撃で、もうガスは吹き飛んでいる。

 

 

「まあ、そんなマスクまで用意周到に持っていたってことは、お前らの方も同じような武器を使おうと思っていたってことか」

 

 

アシモフが当たりを付けたそれ。

ロシア班のイワンのチョウセンアサガオではないだろう。

そう、それは例えば、

 

 

「『ハパロトキシン』とか」

 

 

劉の左足。

そこだけスーツが破れているのに、足は裸足なのに無傷。

甲殻類型のベースであるジェットだけが、ガスマスクを外していない。

大きくこの二点が、判断の理由だった。

 

『ハパロトキシン』は、『テトロドトキシン』が通用しない甲殻類を捕食する為に、『ヒョウモンダコ』が使う毒。

ジェットは劉が人為変態を続けている限り、甲殻類型ベースの相手と戦う限りマスクを外すことはできない。

もちろん、このまま話し続けていれば『タスマニアンキングクラブ』がベースのアシモフもまずい。

 

 

「…だったら、どうなのかな?」

 

 

アシモフが指摘していくことに、劉が肯定を含めて続きを促す。

そう、だからなんだというのだ。

アシモフは今、ガスマスクを持っていない。

 

そのアシモフに、ロシア班のアレキサンダーから、何かが投げ渡される。

 

 

「こうすりゃ、問題ねぇ」

 

 

投げ渡されたそれは、中国班のガスマスク。

アレキサンダーが中国班の一名を殺害し、奪い取った物だった。

 

 

「…言っておくが、先に始めたのはお前らだからな」

 

 

アシモフ自身は、決してこれから起こることを好んではいない。

軍人ではあるが、それでも。

 

 

「…戦争だ」

 

 

戦争はすでに、始まっている。

 

 

 

 

 

 

 

「…まったく。軍人のわたくしが言うのもなんですけれども、戦争だなんて……」

 

 

アシモフが劉に向けて踏み込んでいった瞬間に、ロシア班班員も走り出す。

隊長同士の一騎打ち。

そんな戦争などありはしない。

 

ただ、彼女だけは走らなかった。

『キロネックス』をベースに持つ、『ライサ・アバーエフ』は。

その必要が、なかったから。

薬を服用し、服の裾から触手が出てくる。

この触手に触れれば、待っているのは死あるのみ。

しかし、触れなければ何の影響もない。

両班の激突地は、触手の範囲圏外。

だが、問題はない。

 

 

「…ですが、貴方方の所業はとても許せるものではありませんのよ?」

 

 

髪留めを外し、ゴムを伸ばす。

そしてバレッタも外すと、今度はそれを中ほどまで割りY字にする。

 

『アネックス計画』に持ち込める兵器には、ある制限がかけられている。

1.『マーズ・ランキング』において15位以上であること

2.テラフォーマーに奪われた際に、その技術を流用されない物

この2点を満たしていなければいけない。

例えば、五班班長のアドルフ。

彼は『マーズ・ランキング』で2位であり、避雷針付の手裏剣はたとえテラフォーマーに奪われたところで手裏剣としてでしか使えない。

この様に条件を満たすことで、初めて隊員たちは火星に武器を持ち込める。

ライサのランキングは、16位。

僅かにだが、武器の持ち込みはできない位置にいる。

 

あくまでも、武器は(・・・)

 

どんなものにも、抜け穴は存在する。

武器を持ち込まなければいいのであれば、それでいい。

それ単体は武器として機能せずとも、組み合わせれば武器となる。

 

髪留めと、バレッタ。

この二つを組み合わせてできた物。

それは、

 

 

「では、参りましょう」

 

 

『スリング・ショット』。

狩猟などでも使われる、射撃武器。

構造は簡単。

Y字の物にゴムを結び、弾を保持するための板をセット。

これだけ。

しかし、威力は確かにある。

まともに当たれば、小動物を仕留められる程度には。

弾は、そこらへんに転がっている。

小石を拾い、毒を、自然界最強の猛毒であるキロネックスの毒、『ボツリヌストキシン』を塗る。

あとは狙いを定め、腕を引き指を離すだけ。

 

 

 

 

 

名も知らぬ中国班の男が一人、声も出さずに倒れる。

 

 

 

 

裾から靡く白い触手は、まるでドレスのように彼女を彩る。

彼女のベースは、キロネックス。

 

 

「本当に…、戦争なんて嫌ね」

 

 

勝ってしまうのは分かっているのに、殺さなければいけないんですもの。

 

 

 

純白の姫君(キロネックス・フレッケリ)』が、火星で舞う。

 

 

 

 

 

 

 

「…ふざっけるなぁッッ!!」

 

「マズイ!?」

 

 

それを彼らが、黙って見ているわけがなかった。

ジェットが踏み込み、衝撃波を飛ばそうとする。

遠距離には、遠距離から攻撃を加えればいいのだから。

さらに、ジェットの衝撃波ならばスリング・ショットの弾が飛んで来ようとも弾き飛ばせる。

この一撃が当たれば、華奢な体のライサは戦闘不能になる。

 

 

「おい」

 

「…ッ!?」

 

 

この男が、いなければ。

咄嗟に攻撃を中止して振り向くも、それでは遅い。

 

 

「お前の相手は…」

 

 

既にその拳は振りかぶられているのだから。

 

 

「俺だろうがぁッ!!」

 

「グガ…ッッ!!?」

 

 

拳はジェットの顔面に突き刺さり、その体を殴り飛ばす。

拳の主は、残っていた。

 

 

「…さて、仕切り直しといこうか」

 

 

断頭台の刃(ヤシガニ)』は、『路上最強(幸嶋 隆成)』はまだ、戦場にいた。

彼がまだいるのは、ただ単にあの四人の中でまだ戦えるだけの余力が残っていたから。

ガスが撒かれていた間はに坑道の中に潜み、ガスが晴れるのを待っていた。

あとは『ハパロトキシン』対策でアシモフが喋っている内に、ガスで倒れていた手近な中国班員からガスマスクを奪った。

そして邪魔なものがない今、戦える。

『路上最強』が、戦える。

 

 

「いくぞ」

 

 

『断頭台の刃』、戦線復帰(リングイン)

 

 

 

 




何事にも穴はあるものです。


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Pressure 重圧

久しぶりの更新です。
とうとう、とうとう輝くあの方が出ます!!


この戦争の決着は、極々単純につく。

どちらかの大将が倒れること。

それだけで。

 

現在、劉とアシモフの戦況は拮抗していた。

…いや、実際はアシモフの方が不利。

班員たちが衝突するわずかな時間で繰り返されたやりとり、すでに数十合。

アシモフのつけていたマスクは、劉の初撃で擦り取られている。

劉の口から霧状に吹き出る『ハパロトキシン』が、その身を蝕んでいく。

しかし、アシモフの体は大きい。

それゆえに毒の周りは遅くなる。

だから、まだ動ける。

幾重にも続いた攻防の中で、二人が導いた結論。

 

『掴めば勝てる』。

 

劉から見ると、アシモフを掴んで拘束すれば『ハパロトキシン』で殺せる。

アシモフから見れば、劉を掴んで投げれば脊椎にダメージを与えられる。

どちらも、同じことを考えていた。

しかし、どちらも掴めない。

劉の二本の腕と三本の触腕がアシモフの腕を阻み、アシモフの二本の腕が劉の手を捌く。

開始から数十合。

未だその時は来ない。

だが、近づいている。

二人の距離も、その瞬間も。

 

 

 

 

 

 

ジェットは考えていた。

どうすれば目の前の(幸嶋)を倒し、そしてスリング・ショットで狙撃してくる(ライサ)を排除できるのか。

その思考の合間にも、掌は向かってくる。

掴まれれば終わる、その掌が。

腕を狙ってきているのは、衝撃波という遠距離からの攻撃をつぶすためなのだろう。

そして、ジェットが攻め込めない理由はもう一つ。

 

 

「シッ!」

 

「くっ!」

 

 

風切り音をあげてジェットに迫る、ローキック。

バックステップでそれを避け、僅かばかりに距離を取る。

この蹴りが曲者だった。

その理由は、リーチと速さ。

掌を広げて伸ばされた腕よりも、長いリーチの蹴り。

発達した筋肉と、最短の軌道が生み出す速さ。

腕が届かない間合いにいても、この蹴りが飛んでくる。

 

…ということではなかった。

 

本当の理由も、やはり二つ。

一つは、この蹴りを避けても軌道が変化して足を踏みにかかられていること。

もう一つは、蹴りの軌道がそのまま踏み込みへと変わること。

この二つが、大きな理由だった。

間合いを開かせない踏み付けと、間合いを潰してくる踏み込み。

この二つを、攻撃と同時に行ってくるのだから性質(タチ)が悪い。

掌を避けるために内側に踏み込もうものなら蹴られる。

外に逃げても距離を潰される。

攻撃して離れようにも、薬の効果で大きくなったジェットの腕は掴むには丁度いい的。

蹴りを放てば片足が離れた瞬間に掴まれ、終わる。

 

仲間の応援は期待できない。

ロシア班と交戦している中、仲間もそちらで手いっぱいなのだから。

 

この状況は、ジェットにとっては人生最大級に不利な状況だった。

 

…だが、これでいい。

この男(幸嶋)を自分に引き付けておければ、全体の作戦の成功率が上がる。

劉将軍が勝つまで、自分は粘っていればいい。

 

そう、ジェットは考えていた。

そして、それは正しい。

彼の目的は、幸嶋を倒すことではないのだから。

 

 

それが、幸嶋が相手でなければ正しかった。

 

 

「…ちょっと、あれやるか」

 

 

ポツリと、攻撃の嵐の中聞こえた呟き。

その直後、全身の怖気を感じたジェットは横に跳んだ。

 

チッ!!

 

ジェットの甲殻で覆われた、左の上腕。

そこに、一筋の傷ができていた。

その傷をつけた物の正体、それは。

 

 

「…お前、貫手までできるのかよ」

 

「稽古で艦長が使ってたのを見てなぁ。便利そうだから練習した」

 

 

五指を伸ばし、力を込めて固めることで刺突の力を持たせる、空手や中国拳法に見られる貫手だった。

本来貫手は、手指を強靭に鍛え上げる『硬功夫(イーゴンフー)』の鍛錬を経て習得される。しかし、今の幸嶋の手はヤシガニの固く鋭い甲殻に包まれ、そして飛躍的に向上した握力は固めるための力の底上げになっている。

貫手を使うには、絶好の代物だった。

それでも、手が適しているからといって易々とできるものではないのだが。

こともなげに、練習したからできたという言葉の裏に、どれだけの汗が隠れているのか。

ジェットにも察することはできた。

 

『路上最強』の称号(タイトル)を支えるものは、あらゆる技術・技・肉体の強化を収めてきた柔軟な思考と膨大な汗。

どのような状況でも戦える、どのような相手でも戦えるだけの技と技術。

それが裏打ちする絶対の自負と自信。

幸嶋が『路上最強』と呼ばれるようになってから数年。

彼が勝てない相手は、いまだ出てきてはいない。

そう…、それがたとえ、最新の人類であろうとも。

 

 

「(まずい…、これ以上はまずい!!)」

 

 

そして、ジェットにはそろそろ限界が来ていた。

必殺を躱し続けるという重圧(プレッシャー)と、『路上最強』と対峙するという重圧。

この二つが莫大な精神的負荷となり、彼の体力を削っていた。

見れば、自身の上司は両腕のないアシモフに足で挟まれて、地面に転がって締め上げられている。

仲間たちは数人が銃を使ってライサの狙撃を封じ込め、もう数人で格闘戦をしている。

だが、そちらはもう終わりそうだった。

既にロシア班の数人は、殺されている。

状況を考えると、7対3でこちら(中国班)が不利か…。

そう、戦いの合間にジェットが思考していると、

 

 

ダァァァンッッ!!!

 

 

一発のやたらと響く銃声がした。

そちらを向けば、

 

 

「はーい、全員戦闘行為は即時やめろー」

 

 

いた。

日の光に照らされて輝く、スキンヘッド。

それと頭部に生える、クワガタの顎。

 

 

「じゃないと撃っちゃうよ?拾ったミサイル!!」

 

 

通称、アレキサンダー。

ロシア第四班班員、『アレクサンドル・アシモフ』がミサイル搭載車を、奪い取っていた。

 

 

 

 




戦闘シーン難しい…。
もっと臨場感というか…、そういうのが欲しい…。


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Imperial 混迷

さー!
書きたかった奴が出せた!

というわけで、どうぞ!


アレキサンダーの傍らには、一人の遺体。

アレキサンダーが乗っているミサイル搭載車を操縦していた、『高俊(ガオジュン)』の遺体。

 

 

「ミサイルの発射コードは、こいつの7本目の指が教えてくれた」

 

 

遺体には、明らかな損壊があった。

その損壊の理由、それは拷問。

ミサイルの発射コードを知るために、痛めつけられた跡。

 

 

「撃てるぜ」

 

 

アレキサンダーの言葉は、事実上の勝利宣言。

彼が撃てるミサイルは、火星の半球に電波妨害を起こしているアンテナを破壊することができる。

それはつまり、中国班の反逆が地球に知れ渡るということ。

国家は自分たちを切り捨てることで生き残れるかもしれない。

だが、それで自分たちはどうなる?

 

 

「…チッ」

 

 

劉がアシモフの足でタップをし、降参する。

その口から蒸気のように出ていた『ハパロトキシン』は、もう出ていない。

それに伴って、ジェットもマスクを外した。

その肩は、幸嶋の右腕によって抑えられている。

今の中国班は、アレキサンダーの要望を飲むことしかできない。

 

 

「…話、続けろよ」

 

 

ジェットがアレキサンダーの話の続きを促す。

 

 

「オーケー、ベリィーグー。まあ、俺だってこれを撃って死にたくはないからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らは忘れていた。

中国班とロシア班、そして幸嶋も。

さらに言うなら、この騒乱に関わっている全ての人員が忘れていた。

『ここ』が『火星』であり、『本来』の『任務の対象』が何であるかを。

 

 

「!?」

 

 

何かに驚いたように、幸嶋が一歩後退した。

だが、ジェットを抑えていた右腕が、残った。

 

 

 

ゴッ!!

 

 

「「「「「「「「ッッッ!!!???」」」」」」」」

 

 

一瞬黒い何かが横ぎったかと思うと、幸嶋の右腕が消えた。

正確には、『奪われた』。

そう、ここは火星。

火星の帝王(インペリアル)は、やつら。

 

 

「…じょうじ」

 

 

黒い悪魔(テラフォーマー)たち。

 

 

 

 

 

 

 

 

幸嶋の目は、目の前を過ぎていったものを視認することはできなかった。

ただ分かったのは、自身の腕が引っ張られ、引き千切られる感覚だけ。

彼は遭遇していなかったが、幸嶋の動体視力は『メダカハネカクシ』ベースのテラフォーマーの動きですら、ある程度までなら見切ることができる。

先ほどシーザーに殺された、『オニヤンマ』べースの個体の速さまでなら、問題なく見切れるほど。

だが、見えなかった。

ただ、通り過ぎる黒い影が見え、圧倒的な熱を感じただけだった。

 

 

「(…なんだ!?『バグズ二号』に、『メダカハネカクシ』より速い昆虫が…、いや!そもそも昆虫界に、あれより速い生物がいたか!?)」

 

 

小吉から20年前の話を聞きかじった幸嶋が、自身の腕を持ち去った特性の秘密を探る。

だが、いない。

『バグズ二号』には、そんな生物はいない。

なら、どうするか。

『バグズ手術』によって起きた変化。

自身の腕を捥ぎ取っていった個体の、変化を観察する。

数瞬の間。

 

 

「(…あった!背中に孔が二つ!)」

 

 

しかし、その特徴はロシア班が遭遇した『メダカハネカクシ』の物。

それだけでは、答えにならない。

幸嶋が焦りを感じたとき、軍神(アシモフ)が唸った。

 

 

「…二種類以上での、『バグズ手術』か」

 

 

アシモフは、見た。

テラフォーマーのその両手に、二つずつ孔が空いているのを。

背中と、両手に孔。

背中の孔は、『メダカハネカクシ』の。

では、両手の孔は?

 

 

「…まさか」

 

 

幸嶋には、覚えがあった。

火星に来ての、最初のテラフォーマーとの交戦。

初めての殉職者が出た戦いで、そいつはいた。

 

 

「…『ミイデラゴミムシ』か……?」

 

 

仲間(シーラ)の、仇。

そしてかつて火星で散った戦士(ゴッド・リー)の能力。

『過酸化水素』と、『ハイドロキノン』を混ぜて化学反応を起こし、摂氏100℃の『ベンゾキノン』を放出する『ミイデラゴミムシ』能力。

以前の時は両手に一つずつだった孔が、今では両手に二つずつ。

片手で『ベンゾキノン』を放出するための、改良が施されていた。

もし、その『ベンゾキノン』の威力を、推進力としたら。

もし、『メダカハネカクシ』の推進力と合わさったら。

各生物の特徴のみを発現する、言うなれば『テラフォーマー式バグズ手術』だからこそできたこと。

 

その速さは、計り知れない。

人間がジェットエンジンを積んだ車を間近で見て、目で追うことすら難しいのだから。

 

彼らはこの20年で進化はしなかった。

しかし、変化と進歩をしてきた。

彼らは欲しかった。

何もないこの星を、豊かにするものを。

技術が欲しかった。

それを持ってくる侵略者たちは、強いということを学んだ。

そこから、考えた。

どうすれば、より多く奪えるか。

答えは、簡単に出た。

 

自分たちが、より強くなればいい。

 

強いものからパーツを奪い、強くなる。

そうすれば、技術はもっともっと奪いやすくなり、より多くを奪える。

だからこそ、幸嶋がまず狙われた。

彼らは、成長していた。

黒い悪魔たちは、成長していた。

 

 

「…なるほど」

 

ズボッ

 

冷や汗を流しつつも、右腕を甲殻類共通の再生機能で生やした幸嶋。

テラフォーマーは次の獲物を選別するかのように、こちらを眺め回している。

これは、決定的にマズイ状況だ。

アレキサンダーが作った優位性を根底から覆されている。

将棋で勝っていたら、第三者が横から盤を蹴り飛ばしてきたようなものだ。

 

テラフォーマーが、幸嶋の腕を咥えて両手を後ろに向ける。

それが、彼のフルスピードの構えなのだろう。

言い忘れていたが、『ミイデラゴミムシ』が『ベンゾキノン』を放出する連射数。

なんと29回。

彼は加速を重ねることができる上、左右の放出回数を減らして舵取りもできるということ。

次はいったい誰に来るのか。

 

 

ボッ!

 

 

 

 

「ガルルァァァッッ!!」

 

「じょうじぎ!」

 

 

誰にも、来れなかった。

加速した瞬間、『ブルドッグアント』の脚力と『ライガー』の性能を駆使したシーザーが、テラフォーマーに横合いから体当たりをしたから。

加速そのままに、予測しなかった衝撃で吹っ飛ぶテラフォーマー。

だが、まだ生きている。

まだ、戦える。

 

シーザーは、別に人類を助けようとは思っていなかった。

ただ、自らの血に流れる本能に従っただけのこと。

それは、二種の王の遺伝子が訴えてる本能。

『俺より強いやつは、いてはいけない』。

だから、戦う。

捕食ではなく、戦う。

 

『万獣の帝王』対『火星の帝王』。

人類を置き去りにして、開戦。

 

 

 

 

 




置いてけぼりになった人類。(

複合バグズ手術テラフォーマー、ようやく出せた!
半年前に思いついてようやく!
長かった!
よく忘れなかった自分!(


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Battlefield 戦場

シーザー乱入の今話。
どうぞ!


野生の世界において、基本的に一撃必殺はあり得ない。

なぜならば、皮膚が厚く、爪も牙も主要な血管や臓器を傷つけられないから。

なぜならば、動物の体は急所が隠れる構造になっているから。

なぜならば、速いから。

 

速いということは、それだけでアドバンテージとなる。

現在、人類が認識できる内での火星最速は、目の前の個体(テラフォーマー)

『メダカハネカクシ』と『ミイデラゴミムシ』の能力を持つ、いうなれば『速度特化型テラフォーマー』。

それに勝負を挑むのは、地球に生息する全ての生物の頂点。

『万獣の帝王』、シーザー。

『ライガー』本来のスペックと、『ブルドッグアント』の能力。

最速ではなくとも、間違いなく最強。

 

だが、この速さが厄介。

シーザーの爪も、牙も。

当たらなければ意味がない。

 

 

「ハルルル……ッ」

 

「じょう…」

 

 

人類(オーディエンス)が見守る中、両者が対峙する。

お互いから、目を離さないように。

一切の挙動を、見逃さないように。

いつどちらから動いてもおかしくない状況で、先に動いたのは-----

 

 

「…………………」

 

 

中国四班班長、劉だった。

正確には、動いてはいない。

ただ、漏らした。

猛毒、『テトロドトキシン』を。

 

その臭いを感じ取ったシーザーが、その瞬発力を活かして劉からさらに距離を取る。

それを好機と見た速度特化型が、自慢の加速と速度を持ってして追従。

幸嶋の腕を離して空いた(あぎと)が離脱時に隙ができたシーザーの脇腹を狙うも、強靭な前脚を地面に叩きつけて跳ぶことで回避される。

 

ほぼ、挙動なし。

しかし、確実に状況は動いた。

劉によって、動かされた。

この劉の動きが、それぞれの班員たちに動きを与えた。

 

 

「ッ!!後ろだ!ハゲ!!」

 

 

速度特化型に意識を集中させていたせいで、幸嶋の強者を見つける感知範囲が狭まっていたし、鈍っていた。

だから、シーザーの登場で余裕ができるまで分からなかった。

 

 

「なんだ」

 

 

彼女が、中国第四班の西(シイ)がアレキサンダーの後ろに、さながらカメレオンのように周囲の景色に擬態して忍び寄っていることに。

 

 

「パスワード、聞き出せてねーじゃん」

 

「なっ!?」

 

 

アレキサンダーが振り返った時には、もう遅かった。

ジェットが踏み込み、衝撃波が飛ぶ。

その威力は、咄嗟に間に入った幸嶋を弾き飛ばし、ミサイル搭載車の車体を浮かせるほど。

 

混沌と化した戦場で、それぞれが分断・対面したことで少しずつ纏まった戦いに戻っていく。

 

 

「随分!嘗めた真似をしてくれたな!!」

 

「…ッウ!さすがに吹き飛ばされりゃあ痛えな」

 

 

怒るジェット対、立ち上がる幸嶋。

 

 

「仕切り直しだけど…、毒で辛いんじゃないかい?」

 

「…お前もだろ」

 

 

再び戦闘態勢を整える、劉対アシモフ。

 

 

「…困りましたわね」

 

「だか、やるしかないだろう」

 

(ホン)はとっとと艦に行ってろ!」

 

「は、はひぃぃっっ!!」

 

 

身構えるロシア班対、待ち構える中国班。

 

 

「高俊…、本当の軍人だったよ」

 

「いや、お前らあいつのこと信用してなかっただろ?」

 

 

周囲の環境と同化する西対、冷静に言葉を挟むアレキサンダー。

 

 

「ゴルルルァァァァッッッ!!!!」

 

「じょうじ!じじょう!!」

 

 

四肢に力を蓄えるシーザー対、空気と化学物質を蓄える速度特化型テラフォーマー。

 

戦場は、整っていく。

 

 

 

 




大きくは動かなかったけども、それぞれが動きやすい下地ができました。


これは余談というか、なんというかですが。
ディートハルトの絵を描いたので、二話目の最後に載せました。
文書以上に拙い絵ですが、少しでもイメージしやすくなればと思います。


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Future 進化と変化

久しぶりの更新です。
どうぞ!


劉の『テトロドトキシン』を切欠に、整えられた戦場。

まず真っ先に動いたのは、

 

 

「じょー――――うじぃぃ―――――――ッッ!!!」

 

 

首と両手首にバンダナのような布きれを巻いている、速度特化型テラフォーマー。

四機のジェットを一気に吹かし、シーザーとの距離を詰める。

その姿を見ることができるのならば、まるで飛んでいるかのようと形容するだろう姿。

口を開き、肉を引き千切るために研ぎ澄まされた牙を露出させる。

圧倒的な速度で迫り、食い千切り、過ぎ去っていく。

それが、速度特化型の戦闘方法。

クロカタゾウムシ型のような、硬すぎて歯が文字通り立たないような相手以外では、確実に必殺となりうる戦闘方法。

また、たとえクロカタゾウムシ型でも、勢いに任せて間接から引き千切ることのできる圧倒的速度。

これまで実験台として葬ってきた同族たちも、皆自身の速度に反応することすらできなかった。

 

 

「グルアッ!」

 

「じじょ!」

 

 

それを、シーザーはたやすく回避した。

その脚力を使い、真横に跳ぶことで。

元々、テラフォーマーの動体視力と、シーザーの動体視力には差がある。

さらに、シーザーの目は『ブルドッグアント』の特性で強化されている。

人類やテラフォーマーが見きれなくても、シーザーには見える。

あとはただ、直線から来る相手を横に回避すればいいだけのこと。

もっとも、

 

 

「…グルル」

 

 

速度特化型の攻撃全てを避けきれるわけではない。

周囲に漂いだす、焦げ臭さ。

その正体は、シーザーの体毛がわずかに焼けた臭い。

体当たりそのものは避けられても、後に軌跡を描く『ベンゾキノン』の熱まではかわせない。

そして、痛覚の存在しないテラフォーマーである速度特化型は知らなかったことだが、『ベンゾキノン』は粘膜に付着しやすく、激痛を起こす。

今はまだ粘膜に付着してこそいないが、これ以降攻防を続けていけばいずれその時は来る。

 

どちらが不利であるか。

それは明白。

 

 

「じょう!」

 

「あら、避けられちゃったわ」

 

 

不意に、速度特化型の背後を狙って放たれた、スリング・ショットの一撃。

ライサが中国班との攻防の合間に、放ったものだった。

尾葉が空気の動きを察知したことで、回避できた。

 

シーザーには、現状で敵が増えることはない。

詳細は一切分からないが、テラフォーマーに対する強力な戦力だから。

人類のミッションは、テラフォーマーの捕獲とテラフォーマーに殺されないこと。

シーザーがテラフォーマーを狩り、人類に危害を加えない限りは敵ではない。

対して、テラフォーマー。

元より、人類の敵。

周りは全て敵。

もちろん、シーザー自身も脅威だ。

 

 

「…じょう」

 

 

不利。

圧倒的に不利。

テラフォーマーは考えた。

この不利は、どう覆せばいいのか。

自身の速度で殲滅?

いや、シーザーがいることを考えると、リスクは高いと言わざる負えない。

 

ならば、どうするか。

簡単なことだ。

 

 

「じょぉぉぉう!!」

 

 

呼べばいい。

数を、仲間を、同胞(はらから)を。

すぐに、周囲は羽音と黒に包まれた。

 

 

「なんだよ…!?こいつは…!?」

 

 

最初に声をあげたのは、アレキサンダー。

空を覆うは、無数のテラフォーマー。

 

一騎当千?

なら、万の軍勢を当てよう。

それを超える?

なら、億の軍勢を当てよう。

数は、絶対の優位。

 

これは、戦争だ。

略奪だ。

何もないものが、得るための攻撃。

『自分が』勝つ必要など、どこにもない。

 

 

「…おいおい、こりゃあ流石に………」

 

 

空を覆うテラフォーマーたちを見上げながら、幸嶋が煙草に火をつける。

その頬に伝う汗を、誤魔化すために。

 

 

「ハルルル………」

 

 

シーザーも、今は動けない。

先ほどテラフォーマーたちの黒雲(群れ)とやりあって完勝したとはいえ、状況が異なる。

周囲が囲まれているというのは同じ。

しかし、異なる点は先ほどの群れとの戦いが、実質一対一だったということ。

シーザーが交戦した相手、オニヤンマ型テラフォーマーは終始単騎での攻撃だった。

周囲のノーマルタイプたちは、あくまでも囲むための壁か進路を妨げるための壁としてしか運用していなかった。

だが、こいつ(速度特化型)は違う。

自分で狩らずともいい。

あくまでも、全体的視野で物を見ている。

 

緊張が張り詰める中、おもむろに速度特化型が腕を挙げ、指を三本立たせた状態で、振り下ろす。

 

一斉攻撃が始まるか。

人類たちが身構えるも、降りてきたのは十数体の――――――

 

 

「………ガキ…か?」

 

 

――――――テラフォーマーの幼体だった。

予想外のことに、面食らう人類たち。

だが、そんな暇などはなかった。

 

 

「なっ!?」

 

 

幼体たちは、速かった。

もちろん、速度特化はおろかノーマルタイプたちには劣る。

だが、速かった。

そして、肉体の使い方が段違いに上手(うま)かった。

小柄な肉体を十全に発揮し、まず二人がかりで一番弱っていたロシア班の『ニーナ・ユージック』の足を取り、集団から引き離す。

さらに、他の面子の前にも必ず複数で、より強い者にはより多く立ちふさがることで、それぞれが独立して戦えるように、そして有利に戦えるように戦場を区分け(・・・)した。

 

この幼体たちも、シーザー一頭がいればそれで殲滅はできる。

だが、できない。

シーザーを相手するは、速度特化型のみ。

間違いなく、相手に合わせてきている。

 

戦場が整えられると同時に、この状況がどういうことなのか、数名の頭が切れる面々は理解していた。

即ち、『教育を受けさせている』のだと。

 

 

 

 

彼ら(テラフォーマー)は、危機が訪れるたびに『進化』してきた。

500年前、火星に送り込まれた先祖たちは、環境に適応し乗り越えるため進化した。

二十年前、侵略者たちの訪れにより、二体の天才が生まれた。

そして今回。

彼らは『進化』はしなかった。

更なる天才が生まれることもなく、凡庸な個体たちが新たに生まれただけだった。

だが、『変化』してた。

彼ら全員が、『変化』した。

 

有能な…、実に有能な指揮官(天才)を失った。

彼らに指示を与え、ヴィジョンを与えていたものがなくなった。

だが、だが、だが。

指示を与えるものがなくなったということ=ヴィジョンの消失ではない。

 

『天才』は死んだ。だが、『ヴィジョン』は残っている。

 

そして、指揮官は本当の意味で優秀だった。

残していた。

自身がいなくなろうとも、種が繁栄するための方法を。

全ての『知識』を、残していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僅かな灯火しかなく、ようやく視界が得られる暗い空間。

そこに、何十体もの幼体たちが座っていた。

彼らの視線の先にあるものは、明かりに照らされた壁。

そこに残されていた。

全ての知識が。

 

 

 

「…じょうじ」

 

 

『文字』が、残されていた。

 

 

 

 




来☆襲!(

あー、ようやくここまで来た…。
でもまだまだ長いぞー。
ファイト、自分。

…そろそろ、地球サイドも書かないと。


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Assumption 撤退開始

時間と体力が欲しい。
そんな今日この頃です。(

では、どうぞ!


ライサ・アバーエフは考えていた。

今、この状況はどこまで最悪であり、どうすれば切り抜けられるのかを。

結論から言えば、

 

 

「…ほとんど不可能、ってところかしら…?」

 

 

仮に。

そう、仮に自身の能力で触れるもの皆殺めることができようとも、この状況は切り抜けることができない。

なぜか。

死体を殺すことはできないから。

これだけの数を殺すことができたとしても、その死体を盾にでも利用されてしまえば圧殺される。

そうでなくても、投擲攻撃でもされれば殺される。

 

では、味方の能力では?

答えは簡単。

数に押されて殺されてしまう。

 

なら、アンノウン(シーザー)は?

それも、ほとんど駄目だろう。

テラフォーマーたちが、速度特化型が牽制しているのだから。

 

この状況を切り抜けられる確率は、客観的に見れば0。

しかし、彼女はほとんど(・・・・)と言った。

なぜか。

 

 

「…でも、諦める気なんてさらさらないのよね」

 

 

諦めなければ、ごく細く、頼りない道でも活路は拓けるから。

人の意思は、こんなところで負けるわけがないと信じているから。

だからこその、ほとんど。

 

狙いを定めて、スリング・ショットのゴムを引く。

 

 

「人間は!こんなところでは敗れない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「じょがっ!?」

 

「はい、次ぃ。…あ、いないのか」

 

 

幼体を殴り砕き、蹴り砕き、踏み砕く。

幸嶋に向かってきた三体の幼体たちは、瞬く間に絶命させられた。

幸嶋からすれば、一対一ないし一対複数程度は問題にはならない。

さらに言うならば、力も弱い幼体程度なら猶更。

だが、

 

 

「…しかしまあ、これは拙いだろ……」

 

 

紫煙を吐きながら上を見上げると、空を覆い尽くすテラフォーマーたち。

アネックスを見れば、テラフォーマーたちに覆われて最早黒い塊にしか見えない。

一対複数なら問題にはならない。

だが、軍が相手となると話は別。

数に押されて、潰されるのがオチ。

今は幼体たちの教育が目的だから上の連中は攻めては来ない。

しかし、それが終わってしまえば?

テラフォーマーたちは、総力を持ってして自分たちを殺しに来るだろう。

 

 

「…まあ、うん」

 

 

足をある所へ向ける。

 

ひとまず自分がやることは。

いや、やりたいことは。

 

 

「右腕もってかれた借り…、返すぞオラァッ!!」

 

 

アンノウン(シーザー)とにらみ合う、速度特化型との戦い。

強い奴と戦うこと。

それが幸嶋の望み(火星に来た理由)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、二人の覚悟はすぐになんの意味もないものになった。

なぜか。

 

幸嶋が速度特化型に歩み寄った際に、見えた。

いや、全員が見たそれ。

それは、ボロボロとアネックスから落ちていくテラフォーマーたち。

みるみる内に上部から(テラフォーマー)が剥がれ落ちて行くその中、一人上半身裸で俗に言う手ブラ姿の少女。

何が起きているのかは分からない。

ただ、窮地なのは変わらないであろうことは確か。

 

そして、ロシア班班長のアシモフが、見てしまった。

テラフォーマーに覆われたアネックス、その内部にいる中国班を。

混戦の間にアネックスへと辿り着いた、中国班を。

正確には、その装いを。

それはまるで、細菌実験等で使用される防護服の様な作りをしていた。

しかし、それとは明らかに違う。

全身の動きを邪魔しない、ぴっちりとした形状。

急所を守るかの様な、プロテクター。

 

それは、全区域救助及び戦闘用防御甲冑。

 

 

『マン・イン・ザ・シェル』

 

 

「総員撤退!!」

 

 

残り0.2秒で固まったアシモフの撤退するという決意が、更に瞬時にまで縮まった。

アシモフは知っていた。

その可能性を。

 

 

「『細菌型』だ!!」

 

 

 

 

 

 

劉は言った。

対人を想定していると、勝てる。

たとえそれがどれほど、『非人道的』であろうとも。

 

 

「…アネックスは、渡さん」

 

 

対人を想定していれば、勝てるのだ。

 

 

 

 




ところで、原作の細菌型ベースは品種改良された物ですが、その改良されたベースはなんなんでしょうね?
気になります。


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Bacteria 細菌

必殺!
一日に連続更新!(

あ、すいません。
どうぞ!


『細菌兵器』。

国際法で『人道に反している』等といった理由で規制、禁止されている兵器。

目に見えず、内側から人体を犯していくこの兵器の特徴は、その名に表れている。

『強毒性の細菌』を散布し、対象を病魔に侵させるのだ。

そして、細菌には潜伏期間というものがある。

感染、即発症というわけではない。

インフルエンザで例えると分かりやすいが、一人が感染すると職場や学校であっという間に罹患者が増える。

それは、発症する前の潜伏期間中に感染者から移されたためだ。

つまり、その細菌(病原体)感染力を持っている(生きている)間は、他者に感染しつづけるのだ。

 

…そう、細菌は『生きている』。

つまりは、M.O.手術の適応となる『生物』なのだ。

その手術を施すことが、その使用がどれほど非人道的であるかは別として。

ただの女の子()にその手術を施すことが、どれほど酷なことかは別として。

 

ロシア班、というよりロシアの諜報員は、その存在の可能性に気付いていた。

だから、アシモフもその可能性を知ることができ、そして即時退却を命じることができた。

 

『ミズラモグラ』をベースに持つ、セルゲイの掘った坑道へと撤退していくロシア班の面々。

もちろん、中国班がその無防備な背中を狙わない手はない。

しかし、狙えない理由があった。

 

まだ、速度特化型やアンノウン(シーザー)が近くにいるわけではない。

二体は異常が起きて早々に、どこかへと消えた。

 

狙われている。

『アオズムカデ』をベースに持つアーロンに担がれたライサのスリング・ショットが、自分たち(中国班)を狙っている。

その事実が、彼らに背中を狙うことを躊躇わさせた。

狙うために身を晒したら、一撃必殺の毒が飛んでくる。

防護服を着ていても、礫はそれを穿つかもしれない。

物理的な殺傷力を持たない細菌とは違う、もう一つの恐怖。

 

 

「…やれやれ、紅ちゃんにもああいうのを持たせれたら良かったんだけどねぇ」

 

 

劉が一人愚痴るも、アネックスを中国班が制圧したという事実に変わりはない。

そう、今この火星で最も有利なのはテラフォーマーたちだが、最も重要なのは中国班となったのだ。

 

 

「さて、同志諸君。隊を組み直そう」

 

 

即座に切り替え、アネックス内部を歩く。

暗躍を成功させるために。

 

 

 

 

………………ジーッ、…ザザ…ッ………

 

 

 

 

明かりのない一本道の坑道。

その中をロシア班は駆ける。

その途中で、一人の足が止まった。

 

 

「…どうしたんだ?」

 

 

アシモフがその事に気付き、立ち止まって振り返る。

 

 

「……親父(オヤジ)、アイツが…」

 

「…あら?ちょっと待って…?いないわよ…?」

 

 

ライサが、気付いた。

いない。

奴がいない。

 

 

「幸嶋が!俺の代わりに残ったんだ!!」

 

「「「「…何ィ!?」」」」

 

 

アレキサンダーの言葉が、ロシア班の驚愕が、坑道に響いた、

 

 

 

 

 

 

 

…ジーッ、ザザザッ!

 

【あー、テステス。皆聞こえてるかー?】

 

「「「「「「「「ッッッッ!!!??」」」」」」」」

 

 

それは、突然だった。

アネックス館内の放送スピーカーから、脱出機の通信機から、各班班長の個人通信機から聞こえてきたのは。

 

 

【何か連絡室の機材の操作方法よく分からなかったから、キチンと繋がったのか不安だけど、それは置いておく。時間もないし、手短にいくぞ?】

 

 

 

 

 

これは俺の遺言だ。

 

 

 

 

幸嶋の声は、ただそう言った。

 

 

 

 




言葉があるから傷つけ合い、言葉があるから分かり合える。


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Show Me Your Brave Hart 貴方の勇気を見せて

半年!
私はこの件を書くのに半年待った!(遅筆なだけ(

あ、どうぞ!


『幸嶋 隆成』という人間は、生まれついて『異常』だった。

彼には、見えた。他の人には見えないものが。

 

『幽霊』が見えた。

 

彼の出身は、日本の関東。

その中でも農業の盛んな、比較的過疎から逃れることができた小さな村だった。

知りあいの知りあいは大体知り合い程度の、小さな村。

そんな小さなコミュニティーで他とは違う子供がいればどうなるか。

 

小学2年生のころ、彼は学校で虐められて引きこもっていた。

『幽霊』が見える、会話ができる。

他の子から見れば、それは排除したい対象(異常)だった。

家族もどこか腫れ物に触るかのような扱いになり、徐々に、徐々に彼の居場所は失われていった。

話し相手といえば、自分が5歳の時に亡くなった祖父の幽霊や、その祖父に呼ばれて来る色々な霊たち程度。

自分が虐められた原因しか、いや、それ以上に生きた人間と会話しないという歪な環境は、少年の心を腐らせていった。

 

だが、そんな少年にある日転機が訪れる。

部屋に置かれていたパソコン。

暇潰しに動画サイトで様々な動画を見ていた中で、出会った。

画面を明るく照らす、スポットライト。

躍動する肉体に、ヘッドホンを震わせる歓声。

そして何よりも、男の子の心を震わせた、格好良さ。

 

少年は、『プロレス』とであった。

 

その日から、毎日特訓をした。

腕が千切れるほどに腕立て伏せをし、痛みに苦しみながら腹筋を重ね、室内でひたすら何度も走り込みをし、窓に映る自分を見て技を練習し、体を床に叩き付けて受け身の練習をした。

トレーニング器具は、部屋の家具で代用した。

それまで僅かしか食べていなかった食事も全て完食するようになり、出す尿はいつも真っ赤に染まっていた。

そんな生活が半年。

少年は部屋を出て、家を出て、学校へ登校した。

やることは決まっていた。

少年は知りたかった。

 

『自分は今、どこまで強くなっているのか』を。

 

久しぶりに見た幸嶋を、また『懲らしめてやろう』と近づいてくる虐めっ子たち。

少年は無我夢中で拳を繰り出した。

結果から言えば、圧勝だった。

半年前に手も足も出なかった自分が、パンチ一発、キック一つで相手を倒した。

それは大きな、とても大きな自信へとつながった。

 

それからも毎日毎日、少年は特訓を続けた。

中学生になって成長期に入ると、体の成長以上に強さが成長していった。

気が付いた時には、14歳の時点で少年に勝てる人間は、村にはいなくなっていた。

そのことに気付いた時、少年は家を出た。

まるで百鬼夜行のように、幽霊たちを連れながら。

 

村を出た少年は、強そうな人に喧嘩を売っては勝ち続けた。

もっと強い奴は、もっと強い奴は。

探して、戦って、探して、戦った。

その内に少年の名は広まり、都市伝説的な存在にまでなった。

曰く、やたら強い子供がいる、と。

曰く、そいつは強い奴を探している、と。

 

18歳の時、青年となった少年はルールなしのストリートファイトとはいえ、ボクシングのヘビー級世界王者を倒した。

空手の無制限大会優勝者を倒した。

合気道の達人を倒した。

ムエタイで死神と呼ばれた男を倒した。

 

プロレスに憧れた少年は強くなり、そして戦うことの楽しさを知った。

もっと、もっと、もっと。

もっともっともっともっと!!!

強くなれば、それだけ多くの相手と戦える。

強くなれば、その分楽しめる。

 

青年が21歳の時、彼は人々からこう呼ばれるようになった。

 

『路上最強』

 

そして、その意味するところは何も、ストリートファイトにおいての最強ではない。

つまりは、

 

 

 

 

 

 

 

『人類最強』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【これは俺の遺言だ】

 

 

アネックス艦内放送で、幸嶋の声を聴いた劉は走り出した。

 

 

「やられた!通信室に急ぐぞ!!」

 

 

通信室からは、電波塔の操作もできる。

専門知識がなければ不可能だが、それでも脅威。

さらに言うなら何をされるのかが分からないのも問題。

そして、それ以上に何より問題なのは。

 

 

「一対一をせざるを得ない室内に、『人類最強』に入り込まれた!!」

 

 

毒で死ぬ前に、何かをされるかもしれない。

その可能性が、負ける可能性が高くとも中国班を走らせた。

 

 

 

 

 

 

【あー、そうだな。まず艦長!あん時俺を誘ってくれてありがとうございました!うん!組み手も楽しかったっす!!】

 

「………………」

 

 

眠りの中、小吉はその声を聴いていた。

その表情が苦しげなのは、痛みのせいだろう。

しかし、閉じた瞼からこぼれた涙は、これから死んでいく部下を想っての物なのかもしれない。

 

 

【それから慶次とジャレッド!飲み会楽しかった!一回くらいはアルコール有りでもよかったかもな!】

 

「…バカヤロウ!また何度でもいってやらぁ!!」

 

「クソッ!なんで一人で残ったんだよ!!」

 

 

慶次とジャレッドの、幸嶋とよく飲みに行っていた二人が泣く。

だが、あまり知識がない幸嶋が通信を無理矢理つないだためか、こちらからの声が届くことはなかった。

 

 

【三馬鹿!お前らはアレだ!アレックスは地球に帰ったら夢を叶えろよ!マルコスはギター上手かっただろ!あの道もありじゃねぇか?燈は格闘技の道とかな!】

 

「叶えるよ!行くよ!メジャーリーグ!!」

 

「なんでこんな時に進路相談なんだよ!俺の心配してんじゃねーよ!!」

 

「なんでだ!なんでだよ!」

 

 

壁に、床に、地面に。

それぞれが膝をつき、拳を叩き付る。

 

 

【姉御はー…、というか未婚の女性陣。みんな美人揃いなんだから、とっとと良い人見つけなさい】

 

「「「「「「「「余計なお世話だよ!!!??」」」」」」」」」

 

 

通信が聞こえている、全ての女性からツッコミが入る。

聞こえていないはずなのに、その反応を予想していたのかケラケラと幸嶋が笑う。

 

 

【あとそうだ、ハゲ!お前だそうそう!気にすんなよ!】

 

「…あいつ、俺がアネックスに行こうとしたら止めてきたんだ……」

 

 

 

 

 

《…なんか険しい顔してるけどな、こういうのは、待ってる人間がいないやつが行くもんだ。…あ、俺?俺はアレよ。今更実家に顔は出せないし、地球に残した人もいないしなぁ。まあ、腹のガキが親父の顔知らないってのは、結構堪えるらしいぞ?…ガキに顔見せたけりゃ、とっとと帰れ。帰らなきゃ、お前の嫁もガキもぶん殴るぞ。カカカカ!!》

 

 

 

「…そのまま俺を坑道のそばまで放り投げて……。あの野郎!…格好つけやがって…!!」

 

 

サングラスの隙間から涙が零れ落ちて、坑道を濡らす。

他の面々も、沈痛な面持ちで通信とアレキサンダーの言葉を聞く。

 

 

「…感謝しなきゃならぇな……。バカ息子を、そして娘と孫を助けてもらったんだからよ……」

 

 

アシモフの声と、アレキサンダーの嗚咽が洞窟に木霊した。

 

 

【…さて、時間もないし、あと一人かな?………えー…うん。…なんか恥ずかしいな】

 

 

どもる。

先ほどまで快活にしゃべっていた幸嶋が、ここにきてどもりだした。

それも、気恥ずかしそうに。

 

 

「…なんなんだよ?」

 

 

五班の脱出機の中でそれを聞いていたイザベラが、首を傾げる。

なんで、急に恥ずかしがり出したのか?と。

答えは、すぐに分かった。

 

 

【…あー、最後だから言っておくわ。好きだぞ、イザベラ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………え?」

 

 

 

 

 




初めから強かったら、彼は火星には来なかったです。
というか、人類最強になんてなれませんでした。

次回、インペリアルマーズ。
『Dream 夢のような日々』
お楽しみに!


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Dream Days 夢のような日々

愛:対象をかけがえのないものと認め、それに引き付けられる心の動き。また、その気持ちの表れ。


幸嶋が小吉からスカウトを受けたのは、アネックス計画開始の2年前。

アメリカでのことだった。

いつも通りストリートファイトをしていたら、突然スーツ姿の(オスゴリラ)に声をかけられて多少なりとも戸惑ったのを覚えている。

 

 

《君がどれほど強いのか、知りたい》

 

 

男のその一言で、戦いは始まった。

その当時の幸嶋はすでに、『路上最強』と呼ばれて久しかった。

開幕でいきなりドロップキックを放つことで、たとえ避けられようとも『こいつはどう来るのかが分からない』という動揺を誘う目的も込めて。

しかし、小吉は冷静だった。

20年前、本当の意味で(・・・・・・)何をしてくるかわからないやつらを相手にしてから、訓練を続けてきた。

そんな小吉からすれば、高が開幕ドロップキック程度。

驚くに値しなかった。

冷静に、そう冷静に踵を振り上げて、振り下ろした。

『踵落とし』。

かつてこれを代名詞として人気を博しながらも、若くして病魔で亡くなった空手家もいた。

幸嶋からすれば、予想外もいいところだった。

受け身を取ったから落下ではそう大きなダメージはなかった。

しかし太ももが痛む。

もしかしたら、ひびが入っているかもしれない。

 

知らず、幸嶋の口角は上がっていた。

嬉しかった。

久しぶりに、まともな相手ができて。

 

 

《オオオオオオォォォォォォッッ!!!》

 

 

彼は、うれしかった。

 

 

 

《…その力を、俺に貸してくれないか》

 

 

コンクリートの上で倒れ伏す小吉が、幸嶋を誘う。

 

 

《…火星、そこに人類よりも強い生き物がいる》

 

 

幸嶋は、二つ返事で頷いた。

 

 

 

 

それからしばらく日数が経ったある日のこと。

合同の戦闘・捕獲訓練の時、彼は出会った。

 

 

《お前が路上最強か!ちょっと稽古つけてくれよ!》

 

 

朗らかに笑いながらそう言う彼女に、幸嶋は一瞬で心を奪われた。

運がいいのか悪いのか、これが彼の初恋だった。

ある意味ではよかったといえるし、ある意味では悪かったのだろう。

 

 

《…お、おう。いいぞ》

 

 

それまで戦い尽くめの生活を送ってきた彼にとって、その胸の高鳴りは初めての経験。

何をどうしたらいいのかは、分からなかった。

とりあえず、

 

 

《ほー、下半身が特に強化されるのか。じゃあ、ルチャ・リブレとか合いそうだな》

 

《お、ルチャか?アタシも知ってるぜ》

 

《マジで?じゃあ話が早えや》

 

 

自分の得意な分野から、距離を近づけようとは思ったが。

そしてその後も何度か会ったりする内に、

 

 

《イザベラー。近くでプロレスの公演あるから見に行かねぇかー?》

 

《お、いいな!行く行くー!》

 

 

一般的に言う、デートを自然にするようになっていた。

とはいっても、二人にそんなつもりはなく、友達同士で出かけるものだという認識ではあったが。

何せ幸嶋は男女間の交際に関しての知識が中学時代で止まっており、告白してからスタートだと思っていたし、イザベラはイザベラで仲のいい友達くらいに思っていたから。

お互いがサバサバした性格だということもあり、二人の関係が友人として深まっていくことはあっても、男女として自覚的に深まっていくことは中々なかった。

 

 

《…ねえ、イザベラって日米合同班の幸嶋君と付き合ってるって本当?》

 

《ハッ!?》

 

 

時折、同じ班のサンドラやレイシェルにミラピクスとの会話で意識させられることはあったが。

 

 

《いやいや!付き合ってないって!友達!ただの友達だから!》

 

《えー?デートももう、何回もしてるんでしょ?》

 

《お泊りもしたって聞いたわよ?》

 

《一緒に飯食いに行っただけだから!泊まったのもあいつが昔のプロレスの動画持ってるから一緒に徹夜で見てただけだから!!》

 

 

それを世間一般では付き合っているというのだが、本人たちにその意識がないためこうして否定していた。

それでも、顔の火照りは隠せなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな関係が続いている内に火星へと飛び立ち、今。

 

 

【好きだぞ、イザベラ】

 

「………え?」

 

 

通信機から聞こえてきた、幸嶋の告白。

一瞬、耳を疑った。

でも、それは間違いなく自分への告白だった。

理解した瞬間に頬が上気する。

そして、思い出した。

 

これは、遺言だと。

 

ボロボロと涙が溢れだし、通信機に拳を叩き付ける。

 

 

「ふざけんな!!アタシも好きだよ!この馬鹿野郎ッ!!」

 

 

何度も何度も、泣きながら拳を叩き付ける。

何度も、何度も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アネックスの通信室内で、煙草を吹かしながら幸嶋は通信をしていた。

告白したはいいものの、イザベラがどう反応したのかはわからない。

ただ、なんとなく泣いてくれたり、私も好きだとか言ってもらえれば嬉しいなとは、思っていた。

 

 

「おっと、そろそろか」

 

 

通信機が拾わない程度の声で、呟く。

そろそろ、中国班が到着することも、その感覚が訴えてきていた。

これが、本当に最後になるだろう。

 

 

「…お願いがあるんだけどもよ、皆に応援してもらいたいんだ」

 

 

通信機に向かって、最後の頼みをするために唇が動く。

一瞬の、間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「幸嶋!ボンバイエ!!」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっし、聞こえた」

 

 

 

 

 

 

 

 

本当は、聞こえてなどいなかった。

だが、届いた。

想いは、届いた。

 

扉へと近づき、手に持っていたものを振りかぶる。

時に、アネックスの武器庫には各隊員の専用装備の中で持ち歩けない物が保管されている。

その中でも、一際大きなものがそれ。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!!!!」

 

ドッゴオオォォオォォォオォォオオオォォォォッッッ!!!

 

 

横薙ぎに巨大なハンマーが振りぬかれ、扉のすぐ向こうまで来ていた中国班員をまとめて五人ほど叩き潰す。

その振るわれたハンマーは、

 

 

「…まあ、ハンマーもプロレスでよく使う凶器だわな」

 

 

マーズ・ランキング8位、ディートハルト・アーデルハイド専用装備。

『油圧式伸縮鎚 エレファント・ハンマー』

 

 

「テメエら全員!道連れにしてやるよ!!」

 

 

 

 




夢のような日々に終わりを告げ、求める先へと。

次回、インペリアルマーズ。
『Wrestling 憧憬』


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Wrestling 憧憬

燃え上がれ、闘魂よ。


『油圧式伸縮鎚 エレファント・ハンマー』

 

第8位専用装備として開発されたこの巨大なハンマーには、一つの機構が備わっている。

設計段階時点からあまりに大き過ぎるため、通路も廊下も通らないことが分かっていた。

それを解消するために、頭部と柄に油圧ジャッキを備え、まだコンパクトになるよう作られている。

 

 

「…第8位の専用装備か」

 

 

目の前で起きた惨状に、劉が思わず唸る。

通信室の前まで辿り着き、突撃を命じようとしたその時だった。

扉と壁を粉砕して、巨大な鉄塊が部下五人を叩き潰したのは。

しかし、不可解なことが一つ。

 

 

「…どうやって、この短時間で武器庫から通信室まで来れたんだ?」

 

 

それが劉には気になった。

アシモフによる撤退命令の後からアネックスに侵入したであろうことは推測できる。

侵入してから、自分たちと鉢合わせしない経路で通信室まで来たことも。

だが、武器庫に一度行っているはずだとすると、今度は時間が問題となる。

通信が入った時間から計算すると、どう考えても武器庫によってから通信室に来たのではつじつまが合わない。

 

 

「さあ…な!」

 

「グギャッ!?」

 

 

劉の疑問を遮りながら、ハンマーを手放した幸嶋が今度は瓦礫を投げつける。

当たった中国班班員が、その威力で息絶える。

有る物全てが凶器。

それがプロレス。

しかし、

 

 

「…ん?おっと」

 

 

それも実現できる肉体があればこそ。

突如幸嶋の身体を覆っていた甲殻が消失し、ヤシガニの特性が失われて行く。

つまりそれは、このタイミングで幸嶋の薬の効果が切れた。『ただの人間に戻った』ということ。

 

 

「…なんだよ、甲殻類薬はもう持ってねぇぞ」

 

「ジェット…、下がってなさい」

 

「了解…」

 

 

幸嶋の口から漏れた言葉に、即座に対応する劉。

幸嶋と同じ甲殻類ベースであり、共通の薬品形態であるジェットを幸嶋に近付けると、薬が奪われまた変態されるかもしれない。

それを防ぐため、劉はジェットを下がらせた。

 

 

「狭い通路だ。三人ってところが限界でしょ」

 

 

劉の言葉に反応し、即座に三人の中国班班員が幸嶋の前に出る。

彼らも、変態はしていない。

というよりも、できない。

その身につけている防護服が、破けてしまうから。

だが、問題はない。

一切の問題は。

 

『紅式手術』。

正式名称、『不完全変態手術』。

中国で極秘裏に開発されたこれが、彼らの最大の武器。

その特徴は、薬を使って変態しなくとも、ある程度手術ベースとなった生物の能力・筋力を引き出すことが出来ること。

 

マスクとスーツで能力は使えない。

しかし、人間離れした筋力はある。

故に、問題はない。

 

 

「オラッ!」

 

 

三人が駆け出し、幸嶋へと迫る。

絶体絶命の状況下、幸嶋の表情は、

 

 

甲殻類用のは(・・・・・・)な」

 

 

悪役(ヒール)的な笑みがあった。

その手には、

 

 

「人為変態ッ!!」

 

 

昆虫型用の(・・・・・)薬が握られ、首筋に注射器が打たれていた。

その肉体が艶やかな、昆虫の甲殻に覆われていく。

筋肉が膨張し、血管が隆起し強化されていく。

 

 

「何ッ!?…ゴボァッ!!」」

 

「そんなバキャブアッ!?」

 

「ポグッッ!?」

 

 

これで、肉体的なハンデはなくなった。

その結果は、向かってきた中国班員たちの瞬殺。

首に一撃、頭部を蹴り砕き、頭を掴んで壁面に叩き付ける。

 

 

「…そういうことか」

 

「おおよ」

 

 

その姿を見た劉が、冷静に判断した。

理論上は、できないわけではない。

しかし、やる意味などなかったこと。

 

 

「共通手術ベース、『ツノゼミ類』の能力を引き出したのか!」

 

 

『幸嶋 隆成』

手術ベース:エビ目・オオヤドカリ科

椰子蟹(ヤシガニ)

 

そして―――――――

 

 

「それじゃあ、第二(ラウンド)いこうか」

 

 

―――――――――――カメムシ目・ツノゼミ科

薔薇ノ棘角蝉(バラノトゲツノゼミ)

 

 

 

 

 

 

「…だが、それだけじゃないな」

 

「と、言うと?」

 

 

条件はイーブンになった。

手術の能力発揮という意味では。

しかし、それだけでは説明がつかないことがある。

 

 

「ツノゼミはあくまでも『バグズ手術』の目玉を使うためのベース。…そこまでの筋力増強はありえない」

 

 

そう、幸嶋の肉体は、椰子蟹による強化時と同等までに筋量が増えている。

ツノゼミによる強化では、ここまでの筋力増強はありえない。

ならば、別の昆虫型ベース?

いいや、幸嶋はあくまでも、ツノゼミと椰子蟹が手術ベース。

ならば、他の理由が?

劉の出した結論は、

 

 

「おそらくは、『アナボリック・ステロイド』ってとこだろう?」

 

「ご名答ってとこだな」

 

 

『アナボリック・ステロイド』。

生体の化学反応によって外界より摂取した物質から蛋白質を作り出す、『蛋白同化作用』があるステロイドホルモンの総称であり、一般的には『ドーピング薬物』の名で知られている。

つまりは、超強力な筋肉増強剤。

その副作用は、肝障害、肝臓癌、前立腺癌、高コレステロール血症、高血圧症、心筋梗塞、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群、性腺刺激ホルモン分泌低下性性機能低下症、体液性免疫異常、ニキビ、筋断裂、毛髪の消失、しゃがれ声化あるいは金切り声化などなど。

これでもまだまだ一部でしかないほど、多岐に渡って存在する。

 

明日(未来)と引き換えに、誰よりも今日強くなれる禁断の薬物。

それが、『アナボリック・ステロイド』。

 

幸嶋が使用した昆虫型用注射薬に、最新最強のそれが含まれていた。

 

 

「…そんなものまで用意していたなんて、明日がいらなかったのか?」

 

「よっぽど追いつめられた時用だよ。…それに、もう明日なんてないしなぁ」

 

 

こうして会話している間にも、紅の出した毒が幸嶋の体を蝕んでいる。

人為変態時に血流が加速した影響もあり、なおのこと。

だが、そんなことは問題にはならなかった。

まだ、足はしっかり立っている。

まだ、拳は握れる。

まだ、相手は見える。

 

 

 

 

まだ、闘魂の炎は消えていない。

 

 

 

 

「そら、ゴングだ!!」

 

 

 

断頭台の刃(ヤシガニ)

     『守護する棘(バラノトゲツノゼミ)

           『路上最強(人類最強)

 

 

               『受け継ぐ闘魂の炎(幸嶋 隆成)

 

 

                  ファイト。

 

 

 

 




憧れは今、継承へと。


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Fighter Of The Flame 燃える闘魂

その炎は、誰よりも輝いて見えた。
その炎に、僕は憧れた。
その炎を、俺は魂に灯した。


「…ジェット、すぐに血清と呼吸器を用意して来てくれ」

 

「…了解しました、将軍」

 

 

劉がジェットに命令を下すと、即座に医薬品を、それも中国第四班用に作られた薬品庫へ取りに行く。

これで、完全に幸嶋は甲殻類用の薬を手に入れられなくなった。

 

 

「あんたの事は嫌いじゃない。むしろ一人の拳法家として、格闘家として尊敬すらしている」

 

「…光栄だな」

 

「そんな心にもないことを」

 

 

劉がヘルメットを外し、防護甲冑を上半身分脱ぐ。

およそ、5分。

防護甲冑を外した状態で、()が保証できる時間。

いや、テトロドトキシンで痛みを和らげているが、小吉に打ち込まれた毒のことを考えると、もっと短い。

だが、やらねばならない。

この中でただ一人、劉だけが幸嶋に敵いうるから。

 

 

「人為変態!」

 

 

劉の肉体が変貌する。

背中から生える、三本の触腕。

戦闘準備は整った。

 

 

「…いくぞ」

 

「こいや」

 

 

奪い合う物は、称号(タイトル)

そして、未来。

 

 

 

 

 

 

 

「くらっとけ!!」

 

「なんの!」

 

 

先手を打ったのは、幸嶋だった。

というより、先手を打つしかない。

何せ、時間がないのだから。

 

『縮地法』、と呼ばれる技法がある。

創作の世界では超加速的に扱われるこれは、案外その通りだったりする。

瞬時に間合いを詰めたり、死角に入り込むなど流派によって異なるが、大筋は変わらない。

『大地を縮める方法』。

それが『縮地法』。

幸嶋が今、間合いを詰めるために使用したのがそれ。

方法としては、地面に落ちる様に走ること。

坂道で加速するのと同じ理論で、通常では得られな速度で動いた。

もちろん、この方法でもコンマ数秒到達が速くなるかどうか程度。

だが、そのコンマ数秒が、生死を分ける。

迎撃のための手が、追いつかない。

幸嶋はただ、加速のままに肩から突っ込む体当たり、『スピア』をし、劉はそれを足と触腕を全て活用することで受け止めた。

そして触腕が、腕が幸嶋の身体を固定する。

 

 

「そっちが、くらえ」

 

「うお!?毒霧!?」

 

 

劉の口から、蒸気が出る。

ハパロトキシンではない。

自然界でもトップクラスの猛毒、テトロドトキシン。

甲殻類相手では効果のないこれも、『バラノトゲツノゼミ』で変態している今の幸嶋には効く。

当然、効く。

 

 

「オオォォリャアァァァァァッッッ!!!」

 

「ヌオォッ!?」

 

 

なら、効く前に仕留めれば済む話。

足を踏ん張り、身体が固定されていることを利用し、劉の身体を持ち上げて、叩きつける様に投げる。

少々変式だが、『パワーボム』だ。

 

 

「ぐふっ!?」

 

 

落下の衝撃で拘束が緩んだところで、即座に抜け出す。

そのまま足を振り上げ、

 

 

「オラァッッ!!」

 

「うお!」

 

 

劉の腹部目掛けて踏み付けるも、身体を回転させて避けられる。

そして踏み付けた足には、完全に重心が移っている。

 

 

「ふんっ」

 

「…ッッ!」

 

 

劉の触腕の一本が幸嶋の足を掬い上げ、バランスを崩させる。

もう一本で残った足を払い、身体を宙に浮かせる。

幸嶋の身体は、微量ながらもテトロドトキシンを吸入したことで、僅かに鈍っている。

相手が宙に浮けば、後は料理するだけ。

 

 

(フン)ッッ!!」

 

「…ゴフッ!?」

 

 

残った最後の触腕を利用した、真上への『発勁』。

テトロドトキシンとこの一撃が、幸嶋の身体に深刻なダメージを与えてた。

ズルっと、力を失い崩れる幸嶋の身体。

発勁で内臓は千切れんばかりに揺さぶられ、おそらくいくつかの臓器はテトロドトキシンの影響を考えると、この先使い物にはならない。

そのまま地に落ち、動かない身体を見据え、立ち上がる劉。

 

 

「…できるなら、あんたとはもっとちゃんと戦いたかったよ」

 

 

テトロドトキシンも、紅の毒も。

それ以前にM.O.手術もない、生身の、ただの格闘家として戦いたかった。

それが叶わないのは、軍人ゆえの悲しみか。

 

なんにせよ、幸嶋は倒れ、劉は立っている。

それが全て。

 

 

「…クッ、流石にそろそろダメだな」

 

 

劉の身体もそろそろ時間が来る。

紅の毒が、小吉の毒が回る。

膝を着き、呼吸が荒くなる。

 

だが、もう脅威はない。

焦ることは、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ちゃ〜ちゃ〜ちゃ〜………」

 

「ッッ!!?」

 

 

聞こえてきた声に驚き、振り向く。

内臓が損傷したためか口からは血を流し、細菌の毒のためか血涙が流れ、テトロドトキシンで身体は震える。

それでも、立ち上がった。

 

 

「元気ですかー!!」

 

「…バケモノか」

 

 

幸嶋は、立ち上がった。

たとえ、そうたとえ何度倒されようとも。

 

 

「元気があれば、なんでもできる…」

 

 

3カウントを取られるまで、何度でも立ち上がるのが。

 

 

「1!2!3!ダーーッッ!!」

 

 

プロレスだ。

 

 

 

 

 

『この道を行けばどうなるものか』

 

 

幸嶋の拳が、劉の腹部にアッパー気味に叩き込まれる。

その拳の軌道は、回転を描くコークスクリュー・ブロー。

身体がくの字に曲がったことで下がった劉の顔面を、その膝が打ち砕く。

それで劉は崩れ落ちた。

 

 

『危ぶむなかれ』

 

 

崩れ落ちる劉の向こう。

銃を構えた爆に向け、まだ息のある劉を投げつけ発砲を防ぐ。

 

こんな時に思い出すのは、楽しかった思い出。

 

 

《元気ですかー!》

 

 

閉め切って、閉じこもっていた薄暗い部屋の中。

画面の向こうで出会った、憧れ。

 

 

『危ぶめば道はなし』

 

 

劉を投げつけられ、挙動が遅れる爆の顔面を、その拳で打ち砕く。

完全に破壊されたそれに、もう命はない。

 

 

《よし!次は俺のオススメだ!》

 

《あ、俺烏龍茶で》

 

《慶次!?》

 

 

歳の近い仲間と朝まで飲んだ記憶。

 

 

『踏み出せばその一足が道となり』

 

 

向かって来たドルヂバーキを前蹴りで足を止めさせ、さらにローキックで足を折る。

そのまま足を振り上げ、踵落としを後頭部に叩き込んだ。

 

 

《今のどうやんだ!?》

 

《今のもプロレス技!?》

 

《コークスクリュー630°!?》

 

 

若い面々を指導するという、初めての体験。

一人で強くなり続けた身には難しかったが、楽しかったし、嬉しかった。

 

 

『その一足が道となる』

 

 

そこで足は動かなくなり、膝を着く。

もう、身体は限界に達してしまった。

 

 

《…あ、あのさ。……いや、やっぱなんでもない!なんでもないから!!》

 

 

最後に浮かぶのは、恋した女のこと。

明るく、快活で、皆に元気を分け、優しく美しい人。

自分が好きになったのは、そんな人だった。

 

 

『迷わずゆけよ』

 

 

「オオオオォォォォォォォォッッッッ!!!」

 

 

最後のその時まで戦う。

まだ、ゴングは鳴っていない。

まだ、『闘魂の炎』は燃え尽きていない。

最後の力を振り絞り、全身のバネを使って動く。

見ろ、これがプロレスだとばかりに。

 

美しい、美しい軌道だった。

崩れ落ちたドルヂバーキの背に回り込み、腰をホールドしてブリッジをする。

『ジャーマン・スープレックス』。

これが彼の人生の集大成。

命の全てを費やした、最後の輝き。

 

 

『ゆけば分かるさ』

 

 

果たして、自分の人生とは何だったのか。

消えゆく命の中、幸嶋が自問する。

戦って、戦って、戦って、戦って、戦って。

気が付けば自分より強い人が誰もいなくなった世界が、自分 は欲しかったのか。

 

…いや、思い出すのは全て、戦いの記憶ではなかった。

それは全て、仲間や愛する女性といた記憶だった。

 

 

「…………ああ、分かった…」

 

 

その答えが出た時、壊れていた壁から金属片が落ちた。

その音は、まるでゴングの様に。

 

 

 

 

『幸嶋 隆成』は、死んだ。

しかし、その『闘魂の炎』は、確かに受け継がれた。

600年前から続く、その魂の聖火は。

 

 

獲得タイトル--------『路上最強』、『人類最強』。

そして---

 

 

 

『いくぞー!1、2、3、ダーーッッ!!』

 

〜アントニオ猪木『道』より引用〜

 

 

 

--------『受け継がれた闘魂の炎』。

 

 

 

 

その魂を焦がす炎は消え、真っ白な灰に。

その顔は、穏やかだった。

 

 

 

 




《ねえ、私との約束忘れたでしょ?》

《くかかか!何のことか分からねぇな?》

《なんですって!?》

《まあまあ、許してくれって》








連載スタートからここまで戦い続けていた幸嶋も、ここで3カウントです。
彼の命はここでおしまいですが、魂は残されました。
私としても寂しいですが、誰よりもらしい終わり方だったと思います。

次回からも、インペリアルマーズをお楽しみください。


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If もしもこんな未来があったなら

今回は特別編!
暗い話が続いたので、Ifストーリーです。
もしもこんな未来があったなら。
そんなことを、考えながら。


イザベラの朝は早い。

結婚してから毎夜欠かさない、夜のプロレスで寝不足の目をこすりながら台所に立ち、弁当と五人分の朝食を作る。

それが終われば、今度は洗濯。

毎日の家事は大変だが、これでも元本職のメイド。

手際良く済ませて行く。

そしてまだ寝ている子供たちを起こし、既に起きて薪割りトレーニングをしている夫に声をかける。

 

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

 

結婚5年目。

『幸嶋 イザベラ』の朝は、早い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、行って来る」

 

 

一家の中で最も早くに家を出るのは、大黒柱の夫。

玄関で電子タバコを咥え、ショルダーバッグを背負うこの男。

 

かつての『路上最強』、『幸嶋 隆成』。

 

現在はU-NASAで戦闘訓練の教官をしているこの男。

実は職が決まるまでが大変だった。

火星から帰り、今後のことを本気で考えたはいいものの、最終学歴は中卒、資格もなく取り柄といえば戦闘能力。

そんな男に一般的な就職先は存在しなかった。

ならばと格闘技の世界へと考えオファーをするも、「強過ぎて試合が組めない」と断られた。

最後に年齢を考えて選択肢から外していた、憧れのプロレス団体と考えたが、これから結婚するのに故障が付き物の業界に行くのは断念。

なお、プロレスはダメで格闘技が大丈夫な理由が、「自分を故障させられるほど強い奴がいない」というのがらしいといえばらしいが。

そんなこんなでU-NASAから『アネックス計画』で支払われた金でしばらく凌ぐかと考えていたところで、助けが出た。

そう、我らが頼れるオスゴリラ。

『小町 小吉』だ。

 

 

《火星へ行く、後進を育ててみないか?》

 

 

否は、なかった。

そうして得た職で食べて行ける様になった隆成とイザベラ。

二人が役所に届け出に行くのは、隆成の職が決まった翌日だった。

 

 

「おう、気をつけてきなよ」

 

 

行ってきますのキスと、行ってらっしゃいのキス。

これが結婚してから5年間変わらない習慣。

夫を送り出したら、今度は三人の子供たちの幼稚園のお迎え。

グズる末っ子をあやして送り出し、一息つく間も無く洗濯物を外に干す。

U-NASAから近い場所にあった庭付き一戸建て。

一戸建てにして良かったと、風になびく家族5人分の洗濯物をドヤ顔で見て思う。

一通り朝にせねばならない家事を終わらせ、コーヒーを淹れる。

クッキーをお茶受けに、一息。

 

 

「…あ、弁当忘れてるじゃん」

 

 

そこでようやく、テーブルの上に置かれている包みに気付いた。

とすると、普段着替えと弁当しか入れていないあのショルダーバッグには何が入っていたというのか。

今日は会議で着替えも持ってなかったはずだが。

まさか、空で出かけたのか。

 

 

「…しょうがない」

 

 

鞄に弁当の包みを入れ、鍵を取る。

職場から近い所に家を買って、良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、忘れ物」

 

「……おお!」

 

「おお!じゃないよ」

 

 

どうやらこの脳筋夫は、本気で弁当を置き忘れていたらしい。

U-NASAまで弁当を届けに来たイザベラも、流石にがっくりきた。

 

 

「…愛してるぜハ二ー?」

 

「違う。その言葉も欲しいけど、そうじゃないんだよダーリン」

 

「…おーい、二人ともー。寂しい独り身の前で、夫婦漫才はやめてくれるかなー?」

 

「ツッコミが遠いぞ、上司」

 

 

U-NASAの火星テラフォーミング課、戦闘部署。

その統括にまで昇進し、幸嶋夫婦の仲人までした小吉は、まだ独身だった。

実際のところ、本人に結婚する気がないためなのだが。

彼の亡き彼女が安心できる日は、まだ遠そうだ。

 

その補佐として籍を置いているミッシェルは、近々結婚するらしい。

相手は燈ということで、周囲も納得だった。

というより、今更かよという雰囲気が強い。

ちなみに、仲人は小吉がするそうだ。

 

 

「寂しいってんなら、結婚すりゃいいじゃないっすか。艦長なら選り取り見取りでしょうよ?」

 

「こんなおじさんにかー?」

 

 

ひとしきり満足したらしい隆成が会話に入ってくる。

火星から戻って5年。

まだ、彼の中では小吉は『艦長』だった。

 

 

「あんた言うほど老けとらんでしょう。良い加減奈々緒さん安心させましょうよ」

 

「そんなの言ったら、俺アキちゃん一筋だし」

 

「…なんであんたが霊感持たなかったかなぁー…」

 

 

隆成の視線が、小吉の背後に動く。

いる。

真っ赤にした顔を手で覆って隠している、20年以上前に亡くなった小吉の想い人が。

『秋田 奈々緒』がいる。

 

まあ、小吉はそんなことは知る由もないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、何がハニーだよ…。弁当忘れてたくせに…」

 

 

隆成の昼休憩が終わるのに合わせて帰宅し始めたイザベラだが、その口からは不満が流れている。

だが、その表情は悪いものではない。

普段は会えない時間に、夫に会えたから。

 

結婚して5年。

気が付けば子供は3人になった。

幸い、夫は何気に高収入だから家族六人になっても問題はない。

長女はなんか毎日隆成とトレーニングしてるし、長男はなんか何もないところを見たり話したりしてるし、末っ子は癇癪を起こすとなんかM.O.能力を発揮するが、可愛いわが子。

そんなことは、どうでもいい。

三人はこれからどんな風に成長するのか、楽しみで仕方がない。

 

 

「…まあ、アイツの子供ってところが不安なところだけどな」

 

 

というか、なぜここまで父親に似たんだ。

あの男の成育歴を考えたら、あまり似られると大変なことになるのが目に見えている。

いや、末っ子はリオックみたいだから私に似たんだろうけど。

そんなことを考えながら、歩く。

幸せな悩みだと、ほほえみながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうじき、家に着く。

そしてそれから少しして子供たちが帰って来たら、すぐに旦那も帰ってくる。

今日の夕飯は、フェジョンと白飯、それと豚のしょうが焼きにでもしようか。

ああ、ハンバーグも喜びそうだ。

足取りは軽く、心には希望が。

明日は、どんな良いことがあるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな幸せな未来が、あるだろうか。(もしもこんな未来が、あったなら。)

 

 

 

 

 




はい、というわけで、こんな未来があったならでした!
…本当、こんな未来につなげられたら……。


そしてこれに続き、誰得かは分かりませんが、ここで一度インペリアルマーズ、舞台裏の話です!
幸嶋のことについても絡んでくる話なので。

インペリアルマーズは、元々はしばらく小説を書いていなかったリハビリのために、単発企画で書いたものでした。
それが私が書いていて楽しくなってしまい、気が付けばもう30話を越える程に…。
インペリアルマーズがここまで続けられたのも、単ひとえに皆様のおかげです。
ありがとうございます!

さて、それぞれのキャラ誕生の裏話!
これが今回の本題です。
まずは我らのベビーフェイス、幸嶋です!

幸嶋は単発企画の時からの主人公ですね。
あの時はこいつ以外書く予定なんてありませんでした。
幸嶋を作るにあたって考えたことは、単純明快。
「誰よりも強く」です。
だって単発企画だったので、細かいこと考える必要がなかったんですもの。(
実は他のキャラたちがベースから考えてキャラ作りがされていった中、一人だけ骨格となる性質が先にできています。
連載していくにあたり、それ以外にも人間的な部分を継ぎ足していったことで、現在の幸嶋に。
最初の方に比べて、死ぬ間際の頃にはだいぶ人間が丸くなってました。
ベース選択は、硬く、強い生物ということで考え、ヤシガニになりました。
他の候補としては、それこそ男の子の憧れヘラクレスオオカブトとか、パラワンノコギリクワガタ、後はオランウータンとかもいましたねー。
最終的にヤシガニにして、良かったと思っていますが。
霊感設定は、彼の過去に影を落として人間味を出すことと強さを求める動機付けのためですね。
プロレスは単純に私が好きなことと、幸嶋のベースヤシガニの特性に基づいて、相性を考えた結果ですね。

はい、それでは本題の本題です。
なぜ、幸嶋が死ぬことになったのか。
簡単に言えば、「強過ぎた」こと、「話を面白くするため」。
この二点に付きます。

連載前の時点で、幸嶋が『人類最強』というのは確定していました。
そして原作で中国班が暗躍していくに当たり、確実に対抗でき、原作以上にダメージを与えられ、尚且つそれまでの過程が不自然ではない人物。
全てを満たしたのが、幸嶋でした。
この時点で幸嶋の突撃は決まりましたが、まだ死ぬことは決めていませんでした。
しかし、より格好良く、より幸嶋らしく、と話を考えていくと、私の手を離れて勝手に動いていく幸嶋。
気が付いた時には、私の頭の中の幸嶋は倒れていました。
これを考え直さないで、展開していくことを後押ししたことが、「幸嶋が強過ぎること」。
実質勝てない存在がない幸嶋の相手は、それこそシーザーや細菌といった、規格外しか当てられないという、制作サイドの理由が後押しとなりました。

以上が、インペリアルマーズにおける幸嶋の舞台裏です。

個人的にも愛着が湧いていただけあって、最後のあたりを書くのが悲しかったです。
そんな幸嶋が幸せになった未来。
そんな物が書いてしまいたくなった結果が今話。
もしもこんな未来があったなら。
そんな思いを込めて書きました。

では、また次回から本編です。
これからも、インペリアルマーズの展開をお楽しみに!


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Hypnos 芥子

さて、今回からは奴の出番です。


「急げ!すぐに無菌室へ将軍を連れていくんだ!スズメバチの解毒剤も用意しろ!!」

 

 

室内にジェットの怒号が響き、班員たちが行動する。

呼吸器や血清を持って来たジェットが見た物は、爆とドルヂバーキの死体。

そして辛うじて息はある劉と、眠りについた幸嶋だった。

友人たちの死に胸を痛めるも、軍人として即座に必要な判断を下して、班員たちへ通達した。

 

 

「…クソ!やってくれたな…ッ」

 

 

状況が最悪というわけではない。

しかし、現場における最高責任者が使い物にならなくなったのは痛すぎる。

タコの柔軟性で攻撃の威力を緩和させることで死ななかったのは良い。

それでも、傷病兵は足手まといでしかない。

現状、指令を出す立場はジェットに移っている。

だが、どうする。

 

 

「…まずは紅だ!紅を呼んで隊列を組み直す!その間に他の面子は通信室で何かされてないか調べるぞ!!」

 

 

今できる最善をするしかない。

幸嶋の亡骸を跨いで超え、通信室へと入る。

 

 

「ッ!?…そういうことか」

 

 

そこで、ジェットは目にした。

幸嶋があれ程短時間で武器庫から通信室まで来れた理由を。

 

通信室の壁にあいた大穴と、ひしゃげて壊れきった幸嶋の専用装備。

巨大ボルトカッター、『スミス・サウンド』の残骸がそこにはあった。

 

単純なことだった。

ただ、一直線のルートを作っただけ(・・・・・・・・・・・・・)だった。

思えば、幸嶋の薬が切れたときのこと。

なぜ、ストックがなかったのだ。

到達時間から想定できる戦闘回数から考えれば、まだ薬は残っていたはずなのに。

使っていたのだ。

巨大で鈍重なハンマーを引きずり、ボルトカッターで壁を壊す膂力を得るために。

薬の効果が一回の服用で持続する時間は、その時の体調やメンタルに左右されるが数分から十数分。

 

だからこそ、あの時薬が切れた。

 

 

「…敬意は示す。だが、それだけだ…」

 

 

それだけ。

あとは、仕事の時間。

通信装置の端末を操作し、どのような操作がされたのか履歴をたどる。

 

 

「………よし、どうやらあの通信だけだったようだな」

 

 

幸い。

そう、中国班としては幸いなことに、幸嶋が行った操作は火星にいるメンバーたちへの通信だけ。

あの遺言だけだった。

機械のスペシャリストではない幸嶋には、それが精一杯だった。

自らの意思を、(のこ)すことだけが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、

 

 

「大変だジェット!紅ちゃんが攫われてる!!」

 

「…なんだとッ!?」

 

 

動くのは遺された者たちだけではない。

駆け込んで来た、死んだはずの(・・・・・・)爆。

その男の報告に、ジェットはただ、驚くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、ざまぁねえなあ。脳筋どもは〜」

 

 

アネックス本艦から数キロ単位で離れた地点で、一台の車両が飛行していた。

そこに、二人はいた。

 

 

「あ…あは……あはは…」

 

 

一人は、渦中の紅。

ただし、その表情は明らかに異常だ。

半開きの口からは唾液が垂れ、不自然な笑みを浮かべるその目には光がない。

 

 

「いやはや、まったく大変だったぜ〜。でも、おかげで首尾よくサンプル(・・・・)は確保できた〜」

 

 

もう一人は、その表情を伺うことは難しい。

なぜなら、マスクをしているから。

中国班が紅の毒から身を守るために用意した、戦闘用防御甲冑『マン・イン・ザ・シェル』。

それをかつて人気を博した映画のキャラクターの装備を参考に作り直した、特別な攻性防御甲冑(・・・・・・)

その名も、『プレデター』。

これは、ある男の専用装備として、極秘に用意されたもの。

 

その男は、イギリスから中国にスパイ活動のために送り込まれた、エージェント。

全ての経歴が嘘で塗り固められた、偽りの存在。

 

そのベースは、かつて大国を内から蝕みボロボロにした悪魔。

戦争を引き起こした切っ掛け。

 

 

「…さあ、後は女王陛下のもとへ帰るだけだ」

 

 

パーソナルネーム、『廈門(アモイ) (チュン)』改め、『ハリー・ジェミニス』。

ベース名----------

 

 

 

「…あ…あはは……」

 

 

 

----------『地獄の快楽(ケシ)』。

 

 

歴史は、繰り返される。

 

 

 

 

 

 

ハリー・ジェミニス

34歳 男性 イギリス

中国第四班 非戦闘員

手術ベース:ケシ

マーズ・ランキング:77位

瞳の色:深緑

血液型:AB型

誕生日:5月26日(ふたご座)

好きなもの:イギリス女王・ジャッキー映画

嫌いなもの:火がちゃんと通っていないフィッシュ・アンド・チップス

 

MI6に所属する諜報員。

先祖は香港がイギリス自治領の頃に渡英した人物で、そのためモンゴロイド系の顔をしている。

普通の家庭に育つも、就職する過程で気付けば諜報機関にいた。

そこで才能が発掘され、イギリス屈指のスパイに。

中国の動向監視と開発されている新手術方式を探るために潜入。

信用を得るために中国人としての仕事をキチンとこなしていたら、火星メンバーに選ばれた。

自身のM.O.手術は英国で行っており、中国で火星出発前に手術をするとなった段階では、書類を偽装して中国国内で行ったと誤魔化した。

 

 

 

 




題名のヒュプノスは、ケシの汁を集めた眠りの神。
はい、そのまんまですね。

スッカリ影が薄くなり消えていた彼、裏でこんな機会を狙っていました。
謀略は、中国だけの専売特許じゃないんです。


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Reconstruction of the British Empire
Seth 茶色雀蜂


今回は場面が変わって、地球になります。

では、どうぞ!


「…火星には、今頃到着した頃合いかな?」

 

 

アネックスが火星に到着したその日、地球では会議が行われていた。

各国のトップが集まり、各国の投資や技術提供によって実現したアネックス計画。

その火星到着第一日目として。

だが、集まったトップたちの内、本当の会議(・・・・・)に参加できるのは、僅か六名。

日本、アメリカ、ローマ、ドイツ、ロシア、そして中国。

このアネックスのオフィサーを要する六カ国だけが参加できる会議。

アネックス計画の全ては、この六カ国によって決められているも同然だった。

 

では、他の国はどうしているのか。

もちろん、会議をしている。

正確には、していた。

会議が終わったのはつい先ほどのこと。

主要六カ国の会議が終わるまで帰れないため、控え室にいるのだ。

 

 

「お疲れ様、首相」

 

「おつかれー」

 

「二人も、お疲れ様」

 

 

この男、イギリス首相『キース・ハワード』もその一人。

その控え室には、二人の女性がいた。

二人はキースの愛人…ではもちろんない。

二人は今回、キースの秘書としてこの場にいる。

片方はストロベリー・ブロンドの珍しい髪色をした、『ルクス・アスモール』。

片方は銀色の髪色という、これまた珍しい髪色をした『ウェル・ハニーラビット』。

 

 

「ハリーの奴は上手くやってくれてるかな?」

 

「さあねー?」

 

「昨日の報告だと、順調みたいだよ」

 

 

この男、キースこそが四日後に火星で紅を拉致するイギリスのスパイ、『ハリー・ジェミニス』に命令を下し、中国に送り込んだ張本人。

イギリスという国家の暗躍の、総元締め。

 

 

「さて、二人とも。さっそくだけどお願いしようか」

 

「あら、せっかちさんねー。そんなに待ちきれないのかしら?」

 

「ルクルク、言葉のチョイス考えて」

 

 

軽口を叩きながらも、ルクスとウェルが薬を用意し服用する(・・・・・・・・・)

そう、この会場にはいる。

日本国総理、『殺されない政治家』こと『蛭間(ひるま) 一郎(いちろう)』のような、かつての『バグズ手術』被験者ではなく。

『M.O.手術』被験者が、いる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議場の一室。

そこそこの広さのあるその部屋には、10人ほどの人々がいた。

 

 

「全員、準備はいいな?」

 

「もちろんだとも、兄弟」

 

 

『M.O.手術』被験者は、会場の中にいる。

それは、何もイギリスだけのことでも、各国におけることでもない。

 

 

「この作戦は、非常に難易度が高い。しかし、我々なら絶対に成し遂げられる」

 

 

その部屋にいた人間たちは、人種も宗教も性別も年齢も服装も違う。

一人は白人の男性で清掃業者の格好をしており、一人は黄色人種の男性でスーツ姿、一人は黒人の女性で調理員の白衣姿などなど。

全てがバラバラだった。

そんな彼らに唯一、共通点がある。

それは、全員がフランス国籍を取得した軍人であるということ。

『フランス外人部隊』。

それが彼らの所属する部隊の名前。

世界中を見渡しても、異質と言えるフランスという国家独自の部隊。

その部隊は他国籍の人間をフランス軍兵士として募集し、採用、陸軍に軍属させる。

また、将校以上はフランス国籍の持ち主のみというシステムでできている。

つまり、この10人はそれぞれ全員が元々は別々の国から集った人々。

しかし、過酷な訓練や任務を経て築かれたその絆は、非常に強固。

また、武器の類を持ち込めない会議場内にて、最大限の戦闘能力と任務遂行力を果たせる、『M.O.手術』被験者である彼ら。

その目的は、任務は何か。

 

 

「…上位六カ国、その内の同盟国であるロシアと中国を除いた四人で良い。四人を暗殺し、我らが祖国が世界の主導権を握るんだ……!」

 

 

先に挙げた、アメリカ、ドイツ、ローマ、日本、ロシア、中国。

今現在会議を行っている、世界の主導権を握っている六カ国のトップのうち四名。

アメリカ大統領、ドイツ首相、ローマ連邦大統領、日本国総理大臣の四名を、テロ組織の仕業に見せかけて暗殺すること。

それが彼らの目的(任務)

その後の騒動を速やかに鎮静させ、リーダーシップをとり世界の主導権を握る(新たな五カ国の中に入る)ことは、政治家たちの仕事だ。

いったい、こんな杜撰なシナリオを誰が考えたのか。

だが、シナリオが杜撰であろうとも、キャストがそれを補い傑作にすることもできる。

もし、作戦が失敗して自分たちがフランスと繋がらないように、フランスに借りのある立場の弱い国家たちの護衛として、この会場に入った。

薬も、しっかりと持ち込めた。

もちろん、身体検査と持ち物の検査は行われた。

だが、問題なく通過できた。

なぜなら、薬だから。

昆虫型用や鳥類型用の薬液は、糖尿病患者が使用するインシュリンの注射器に入れて持ち込んだ。

その他の薬も、市販薬と同じ包装をすることで持ち込んだ。

準備は万端。

後は作戦を遂行させるだけ。

 

 

「…よし、作戦開始だ」

 

「ああ、やっぱりここだったか。彼女たちの感覚も確かなものだな」

 

「「「「「「「「ッッッッ!!!??」」」」」」」」」

 

 

そのはずだった。

ごく当たり前のように、その男がその部屋の扉を開けて入って来るまでは。

イギリス首相、『キース・ハワード』が来るまでは。

 

 

「…ど、どうされたんですか?こんなところにいらっしゃって…」

 

 

部隊長が何も知らない風を装い、右手の袖にインシュリン用の注射器に偽装した薬を隠しながらキースに近寄り声をかける。

相手はターゲットではないとはいえ、作戦遂行後の自国の敵(権力抗争の相手)になるであろう人物。

さらには、自分たちが集まっていることを知られてしまったのがまずい。

有体に言えば、ここで殺さ(口封じし)なければいけない人物になっている。

 

 

「いや、なに。私の優秀な秘書たちが良い仕事をしてくれてね。不穏な『声』があることと、そいつらの『熱源』が固まっていることを教えてくれたんだよ」

 

「…『声』と…『熱源』…?」

 

 

部隊長には、その言葉の意味がよく分からなかった。

ここ(会場)に、そんなものを調べる機器はなかったはず。

持ち込むこともできなかったはずだ。

 

 

「……まさか…ッ」

 

 

いや、一つ方法ならある。

自分たちもそうなのだから(・・・・・・・・・・・・)

 

 

「M.O.能力か…ッ!!」

 

イグザクトリィー(その通り)

 

 

『ウェル・ハニーラビット』の手術ベースは、『ロップイヤー』。

垂れた耳が可愛らしいウサギだが、やはりウサギらしく聴覚がずば抜けていい。

その耳が、外人部隊の密談を察知した。

 

『ルクス・アスモール』の手術ベースは、『イースタン・インディゴ・スネーク』。

ナミヘビ科の蛇であり、毒性は持たない。

その代り、熱センサーである『ピット器官』を持っている。

これで、外人部隊の位置を特定した。

 

今、二人はイギリス首相の控室にいる。

もっと具体的に言うならば、ソファの上でルクスがウェルを押し倒している。

 

 

「だ、ダメだよルクルク!こんなところで…!」

 

「こんなところだから、燃えるんじゃなーい」

 

「ダメだって!人来たら恥ずかしいよ!」

 

「見せつけちゃいましょうよ。…ウェルの可愛いと・こ・ろ」

 

「ダメ…ひゃあああんっ!?」

 

 

ソファの上で、押し倒している。

 

そんなことは知らない部隊長は、判断した。

この場で、確実に殺さなければならない、と。

 

 

「困るんだよなぁ。お前たちみたいな連中に、私の計画をご破算にされかねないだなんて」

 

「知ったことか!『人為変態』!!」

 

 

注射器を即座に打ち込み、部隊長の肉体が変異していく。

怪しく光る甲殻、肥大化する前腕、服が弾け筋肉の塊のような肉体が露わになる。

 

その生態は、甚だしく異質。

性質、狂暴。

定住する巣を作らず、群れで行軍しその進行上に存在するあらゆる命を捕食するそれ。

 

命を飲み込む大河(グンタイアリ)』。

それがフランス外人部隊部隊長、『マリアン・ヴィクトル』の手術ベース。

 

 

「ヌリャッ!!」

 

 

肥大化した前腕から生える、グンタイアリの鎌のような顎がキースの首を狩らんと動く。

生身の人間であるキースでは、確実に致命的である一撃。

 

 

ガキィンッ!

 

 

「な…に…?」

 

「…フッ」

 

 

しかし、それはキースの『右腕』に防がれた。

生身の肉体に、防がれた。

 

 

「どういうことだ…!?」

 

 

マリアンの驚愕。

だが、その理由はすぐにわかった。

破れたキースのスーツの袖。

そこから覗く、機械を見て。

 

 

「義手か!」

 

「イグザクトリィー。これでも昔はMI6にいてね。負傷した際に取り付けたんだが…」

 

 

見せ付けるように右腕を掲げ、言う。

 

 

「これが中々調子が良い」

 

「…ッ!なめるな!!」

 

 

マリアンがキースの脇を掻い潜り、退路を塞ぐ。

彼一人ではないのだ。

 

 

「カカカ!!俺もいかせてもらうぜェ!大将!!」

 

 

隊員の一人、『レナルド・バルザック』がシート状の薬を使い、変態する。

 

陸上最速の生物は何か。

そう問われた時、大多数の人がこの生物を挙げるだろう。

時速110キロ、最速のスプリンター。

 

地上最速(チーター)』が、彼の手術ベース。

 

そのベースの能力そのままに、一瞬で間合いを詰めキースに襲いかかる。

もちろん、襲いかかるのは一人だけなわけがない。

 

 

「援護するよ!」

 

 

粉末状の薬を吸入し、変異する黒人女性『クロティルド・ボナ』。

 

闇を切り裂く雷神(デンキウナギ)』。

それは火星で戦う、『アドルフ・ラインハルト』の手術ベース。

その能力は、『発電』。

最高電圧800ボルトにも及ぶ、強力無比な特性。

発電する生物は、限られた種類だが他にも存在する。

例えば、『オリエントスズメバチ』。

この種はハチながらも、太陽光発電をする。

 

その生物は、淀みに潜んで生きる。

体表を紫電で覆い、最大350ボルトの電流でもって獲物を捕食する。

その存在は、古代エジプト時代より知られていたほど。

 

地を揺るがす雷霆(デンキナマズ)』。

それが彼女の手術ベース。

 

クロティルドが厨房から持ち出した包丁を、前を走るレナルドに当たらない軌道で投げ付ける。

レナルドと包丁、僅かにレナルドの方が速くキースに辿り着く。

 

 

ドスッ

 

「…え?」

 

「…やれやれ」

 

 

それが、マズかった。

レナルドの攻撃の瞬間、キースが左腕で(・・・)レナルドを捉えて持ち上げることで、包丁を防げたのだから。

いや、正確に言うならば違う。

 

 

「…ガハ……ッ!」

 

「ああ、言い忘れていたな」

 

 

キースの変異した左腕から生える巨大な針が、レナルドを突き刺し持ち上げたのだ。

 

 

「『人為変態』」

 

 

かつて20年前、一人の男が愛のために当時最先端の『バクズ手術』を受けた。

その男は今、アネックス1号の艦長となっている。

その男の手術ベースが、『圧倒的武力制圧(オオスズメバチ)』。

獰猛な気性に加え、激しい攻撃性と強力な攻撃力を持つ恐ろしいハチ。

だが、その同族にいる。

オオスズメバチの顎を、針をものともしない強靭な外殻を持ち、同族であるキイロスズメバチやモンスズメバチの(社会)を奪い取るスズメバチ界きっての異端。

 

玉座の簒奪者(チャイロスズメバチ)』。

 

 

「さあ、私のために死んでくれ」

 

 

簒奪者の計画に、邪魔は許されない。

 

 

 

 




オシリスを殺し王位を簒奪したセトが、今回のタイトルになりました。

はい、というわけで戦える首相『キース・ハワード』でした。
どのようにして薬を使用したのか、彼の目的は。
火星で紅を拐ったハリーの行動にもつながる地球編、2、3話を目安にやっていきたいと思います。

次回の展開も、お楽しみに!


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Assassins 暗殺者たち

新規!
新規!
新規の手術ベースがぞろぞろとな回です。
どうぞ!


「…いつだ?」

 

 

マリアンが疑問を呟く。

いったい、キースはいつ薬を使ったというのか。

いつの間に薬を使用したというのか。

 

だが、そんなことは後回しにしなければならない。

 

 

「クロティルド!レナルドはもうダメだ!レナルドごと()れ!!」

 

「…ッ!アイ、サー!」

 

 

デンキナマズは体表に発電機能を備えている。

デンキウナギのアドルフは筋肉に発電機能を備えているため、自身も感電するというリスクを持っているがクロティルドは違う。

体表のすぐ下の脂肪層。

そこが絶縁機能を果たし、自身への感電をさけている。

 

 

「レナルド、ごめん!!」

 

 

仲間ごと攻撃するという一瞬の逡巡の直後。

銃の形にした手、その指先から指向性を持たされて紫電がレナルドに刺さった包丁めがけて奔る。

その電圧、350ボルト。

人が感電死するのには、十分な電圧。

 

 

「ふん、遅いな」

 

 

だが、遅かった。

電撃が、ではない。

クロティルドの行動が、だ。

仲間ごと攻撃する。

そのことによって生まれた一瞬の隙が、キースに針を引き抜きレナルドの体を絶縁性のある乾いた革靴で蹴り押すだけの時間を与えてしまった。

つまり、放電は全くの無意味。

ただ、レナルドの死体を焦がすだけ。

 

 

「なら、これならどうだ!!」

 

 

中東系の顔立ちをした男性、『セドリック・エマール』がシート状の薬を服用し、変態。

レナルドを蹴り押した体勢のキースへ肉薄し、毛むくじゃらになった腕を振りかぶる。

その力を全て使えるよう、まるでマサカリ投法のようなフォームで。

 

その生物は、森に生きている。

人に近い、しかし隔絶して違う遺伝子を持ち合わせたヒトの近縁種。

樹上での生活がメインのためか、その握力はなんと300キロ。

だが、森林の減少により住処を奪われ、今ではレッドデータに載る、儚くも力強い絶滅危惧種。

 

森の賢者(オランウータン)』。

それがセドリックの手術ベース。

 

オランウータンの握力は300キロ。

握力300キロの力で拳を固め、殴りつければどうなるか。

きちんと訓練を受けた軍人が、その力を使えばどうなるか。

オオスズメバチの針も顎も通じないチャイロスズメバチの外骨格でも、容易く砕けるだろう。

 

 

「ふん、一人相手程度なら…」

 

 

それでも、キースの実力ならば捌くことはできる。

還暦を手前になお、日夜鍛え続けているキースの実力ならば。

 

だが、それも一対一ならの話。

 

 

「おっと、ワタシたちもいますよ?」

 

「レナルドを倒したくらいで、良い気にはなっていないか?」

 

「俺たちのこと、忘れてるんじゃないぜぇッ!?」

 

「ッ!?」

 

 

左右から聞こえてきた三人分の声。

右には腕を黒い羽根に変えた白人女性と、背中を無数の針で覆った白人男性。

左には腕から狂暴な牙を生やしたエキゾチックな男性。

 

毒を使う生物は、決して珍しくはない。

むしろ、相当種がこれに該当する。

だが、それが鳥類と限定した場合には話が異なる。

その筋肉と、黒とオレンジの警告色に彩られた羽根。

そこに毒が含まれている。

自衛のために武器()を獲得した、特異な鳥。

 

華麗に舞う警告者(ズグロモリモズ)』。

それが彼女、『ブリジット・ブロンドー』の手術ベース。

 

その体は、非常に特異的だ。

全身を針で覆われ、あらゆる外敵からの攻撃を阻んでいる。

守るために特化し、そして防御力に比例し攻撃力と荒い気性を持った。

その守るための能力が、仲間と身を寄せ合うことも許さないジレンマを生み出してしまった生物。

 

猛き串刺し刑場(インドタテガミヤマアラシ)』。

それが彼、『ドミニク・ブランヴィル』の手術ベース。

 

乾燥地帯の闇に潜み、獲物を狙う捕食者(プレデター)がいる。

主にクモや昆虫を食らい、しばしばタランチュラすら捕食対象とする。

その上、時にネズミや小鳥なども襲い、食らってしまう獰猛なハンター。

強力な顎は、まさに命を絶つ鋏の様。

 

荒れ地の捕食者(ヒヨケムシ)』。

それが彼、『オーギュスタン・オートゥイユ』の手術ベース。

 

 

「フンフンフンフン!!」

 

 

ヤマアラシの針は毛が硬質化したものであり、実は抜けやすい。

自身の背から生える針を抜き、毒を持つブリジットの羽に擦り付けてから投擲するドミニク。

『ズグロモリモズ』の毒は、『ホモバトラコトキシン』と呼ばれる強力な神経毒であるアルカロイド化合物。

その針が刺されば、一溜りもない。

右からはオーギュスタンの攻撃。

キースの義手を狙った一撃は、確実に義手を破壊する威力を持っていた。

正面には、大ぶりで振りかぶられたセドリックの拳。

背後、そこにはグンタイアリのマリアンがいる。

 

だから、選んだ(・・・)

 

 

キュボッ!

 

「…は?グベラバッ!?」

 

 

瞬間。

義手の前腕、その中心に仕込まれていた電磁石が作動。

前腕部が前後に分かれ、電磁石が反発する作用に従い超速で前半分を発射される。

そのリーチと威力で胸を殴られたセドリックが吹き飛び、オーギュスタンの腕から生えたヒヨケムシの牙が、前半分を発射したことで露出した義手の前腕部の中心部を砕く。

ヤマアラシの針は、チャイロスズメバチの堅牢な外骨格には刺さってもその先、筋肉にまでは突き刺さらず毒が効果をなしていない。

 

義手は失った。

だが、これで一撃必殺は防げた。

さらに、右腕一本、それも義手と引き換えに敵を一人戦闘不能に。

 

 

「右腕一本か…。まあ、悪くはない」

 

 

不敵に笑うキース。

左腕一本となっても、その余裕。

 

 

「セドリック!?…クソが!」

 

 

オーギュスタンが即座にキースの胴体を狙い、攻撃を開始する。

キースの右腕がない今、それは簡単なこと。

 

 

「…まあ、そう簡単にはさせないがな」

 

 

カッ!

 

 

「なっ!?目がぁッ!!?」

 

 

突如壊れた義手の上腕部が発光し、フランス勢の視界を塞ぐ。

そして行動の止まったオーギュスタンを狙い、キースの毒針が、

 

 

「させるかよ!!」

 

「…視界をやられても動けるか」

 

 

刺さらなかった。

キースの腕は、額から角のような器官を生やしたラテン系の男に止められた。

 

その生物は、実に奇怪な容姿をしている。

突き出た角のような額。

普段は仕舞われ、捕食時に飛び出す顎。

その姿から付いた英名は、ゴブリンシャーク。

だが、奇怪な姿には理由がある。

角、正確には吻は電気受容体、つまりはレーダーの役目を果たす『ロレンチーニ瓶』が多数備えられており、獲物を探すのに活用されている。

深海に棲む、一属一種の古代鮫。

 

深水を見通す鬼(ミツクリザメ)』。

それが『ヴァンサン・モルガン』の手術ベース。

 

ヴァンサンは、その吻が感知した位置情報によって、視界が封じられた中を移動。

キースの攻撃を阻止したのだ。

 

 

「…我々が、やられてばかりと思うなよ?」

 

「…なるほど、厳しいねどーも……」

 

 

暗殺者の、反撃が始まった。

 

 

 

 




義手が万能。(小並感

はい、そんなわけで苛烈さを増してゆく地球編、もうちょっと続きます。
次回の更新を、お楽しみに!


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Extinct Species 古代の因子

作者のロマン回です。

どうぞ!


「…ふむ、なるほど。中々に厳しいな」

 

 

掴まれたキースの左腕。

よほど強い力で掴まれているからか、その腕が動くことはない。

 

 

「仲間たちはまだ目が回復していないようなのでな、僭越ながら私がお相手させていただこう」

 

「悪いな。申し出は嬉しいのだがそれは…断らせてもらおう!!」

 

 

足の力も腕の力も、スズメバチの膂力を全て使って後方に跳び、腕を振り払おうとするキース。

床にはへこみが生まれ、その力の強さが窺えるというもの。

だが、

 

 

「そうつれないことを…言うな!」

 

 

ヴァンサンの指の腹から細く鋭い牙が現れ、サメの顎の力そのままの握力でチャイロスズメバチの甲殻に突き刺さる。

そして、ここからがミツクリザメの特徴。

キースの腕の移動に合わせ手が、否、それはもう顎。

顎が引き出され、食らいつき続ける。

 

 

「な…ッ!?」

 

 

ミツクリザメに限らず、サメの仲間は顎を引き出すことによって、より確実に獲物を捕らえるという機能がある。

ミツクリザメは、それがより顕著。

他のサメが口の中程度に収まるのに対し、顎を前方に突出させる。

 

 

「フッ!!」

 

 

キースの左腕を掴んでいたヴァンサンの右手。

そしてその反対の左手からも細く鋭い歯が現れ、キースの顔面を狙う。

顔面にあるものは、甲殻で覆われていない眼球、鼻腔、口腔。

いずれも神経が集まっている場所であり、ここを攻撃されると甚大な痛みに襲われる。

が、それだけではない。

眼球は視覚の、鼻腔は嗅覚の、口腔は味覚および触覚の受容器であり、そこを傷つけられるということは五感の一部を欠損するということ。

特に視覚を失うという事態は、この状況では最も避けなくてはいけない。

 

だが、防ぐことはできない。

右腕、つまり義手は上腕だけ。

足は後退するために重心が後ろに傾いているため、蹴りだせない。

防ぐ手段がない、避ける手段もない。

 

 

「死ね」

 

 

迫るサメの牙。

それがキースに触れる、まさにその瞬間。

コマ送りの様にゆっくりと流れる視界、その中。

 

 

 

ゴッ!!

 

「カ…ッ……ハ…………ッ?」

 

 

義手の残っていた部位を押しのけてチャイロスズメバチの脚が生え、ヴァンサンの腹部を殴りぬいた。

その勢いに押され、吹き飛ばされるヴァンサンの体。

何が起きたのか。

それは今のキースの姿が物語っている。

 

昆虫の複眼となった目、チャイロスズメバチの脚が生えた右腕、より厚くなった甲殻。

 

 

「…一国の首相をなめるなよ…?小僧……」

 

 

薬の過剰摂取。

それによって、よりチャイロスズメバチに近づいたということ。

だが、そのために必要な薬はいつ投与されたのか。

それは、抜け落ちた義手が語っていた。

義手と腕の接合面、そこから覗く物を、ようやく視界が戻ったマリアンの目が捉えた。

 

 

「…そこだったのか……!」

 

 

それは、針。

義手の上腕部に仕込まれていたそれは、昆虫型用変態薬の注入装置。

神経系に接続して、まるで本物の腕の様に動く義手。

そのシステムに組み込まれていた、その薬品注入機構。

それが予備動作なしでキースが変態できていた理由。

 

 

「我が国自慢の品だ。中々だろう?」

 

「グフッ!?」

 

 

その事実に気付いたマリアンに、キースが口の端を歪めた獰猛な笑顔で声をかける。

最も近くで光を直視してしまったせいでまだ視覚の戻っていないオーギュスタンに、スズメバチの毒針を発射して仕留めながら。

これで、一対七。

 

 

「ああ、私の心配はしてくれなくて大丈夫だ。我が国の優秀な化学者たちは、この状態から人間に戻るための薬を作っている」

 

 

『バグズ手術』、『M.O.手術』の欠点である薬の過剰摂取による人間からの解離。

人間と手術ベース生物のバランスを崩して変態するのなら、そのバランスを人間に戻してしまえば元に戻れる。

それを実現したのが、イギリス。

限界が訪れる前に薬を摂取しなくてはいけないが、薬の過剰摂取によるリスクはこれでだいぶ削減された。

 

 

「さあ、かかってこい、小僧ども」

 

 

暗殺者たちの前に立つ、簒奪者。

人ならざるその姿は、畏怖を起こさせるには相応しいもの。

 

 

「…俺が仕留める!お前たちは援護しろ!!」

 

「「「「「「…サー!イエッサー!!」」」」」」

 

 

マリアンが号令をかけ、決死の覚悟でキースへと立ち向かう。

グンタイアリの力、そして人間の技術全てを駆使してキースを仕留めるために。

キースの顔を狙って放たれる、ズグロモリモズの毒が塗られたヤマアラシの針に、胴体を狙って飛ぶクロティルドの投げた包丁。

そして、突撃してくるマリアン。

 

 

「隊長自らか!!」

 

 

それを迎え撃つため、マリアンに向きなおるキース。

その右側からはヤマアラシの針が迫る。

これは体をかがめば回避ができる。

後ろから来る包丁は、脇に避けてしまえばいい。

実際にその通りに行動し、マリアンを迎撃する体勢を整えたキース。

 

 

「ッ?!」

 

 

だが、咄嗟に身を屈めたまま横っ飛びをする。

薬の過剰摂取によってセンサーとして強化された触角が、それを教えた。

つい一瞬前まで自分がいた場所を通り過ぎる、赤い弾丸の存在を。

そして、脅威はまだ過ぎ去っていなかった。

 

 

「シッ!!」

 

「ヌォォッ!?」

 

 

突如視界の外から回り込むようにして迫ってきた蹴り。

それを腕をクロスすることでガードするも、吹き飛ばされ壁に叩き付けられる。

チャイロスズメバチの外骨格が非常に強固でなければ、おそらく今ので死んでいたであろう一撃。

 

 

「…ふむ、今のを避けるか」

 

「なんだよォォォォッッ!!オッサンまだ生きてるじゃねぇかァァァァァァッッッ!!!」

 

 

今の攻撃をした二人の男女が、それぞれ感想を述べる。

男の方は片目から流血をした白人。

その体は、茶褐色の鱗に覆われていた。

女の方は強靭な筋肉を纏った鳥の脚に、獰猛な目をした黒人の女性。

 

そう、マリアンの宣言、三人の攻撃。

その全てが今の攻撃のための陽動。

そもそもマリアンの号令自体が、この行動を指示するための符牒だったのだ。

 

壁に吹き飛ばされ、ダメージを負ったキースは考えた。

男の方の手術ベースは、大方の予想がつく。

だが、女の方は?

想像できる範囲で、それに該当する生物は何種類か存在する。

だが、その生物たちでは説明できない物がある。

それは、彼女の狂暴性。

人間性とは思えない、あの獰猛な目つき。

変態時、その手術ベースの気性も反映されることは多々ある。

恐らくはそれなのだろうが、それでは想像できる生物にあの様な生物はいない。

 

…いや、もっと正確に言えば、現生する生物には存在しない。

では、過去(・・)には?

 

…いた。

既に見ることはできないその生物は、確かにいた。

 

 

その生物は、特異な能力を持っていた。

硬い鱗の鎧を纏ってなお、自身を脅かす天敵から身を守るための能力を。

眼球に圧力をかけ、天敵の嫌う成分を含んだ血液を飛ばすという、世にも奇妙な能力を持っていた。

もしも、その能力を人間大にして、より高圧をかけ、より多量に噴出させればどうなるか。

人体程度なら容易く穿つ、血液の弾丸となる。

 

緋の弾を放つ狙撃手(サバクツノトカゲ)』。

それが男の、『フェリシアン・ラジアー』の手術ベース。

 

 

その生物は、既に地球のどこからも姿を消している。

恐竜が大地を去った後地上を支配した、翼の代わりに強靭な脚を得た鳥。

気性は甚だしく獰猛で、付けられた分類は『恐鳥類』。

大地を駆け、地上で最強の力を持ちながらも哺乳類の台頭により絶滅した生物。

 

亡国の支配者(ディアトリマ)』。

それが彼女の、『コゼット・アントナ』の手術ベース。

 

 

フランスという国家で研究されていた、一つのプロジェクトがあった。

その内容は絶滅した生物、それも化石しか残らない古生物を比較的近縁の現生生物のDNAを操作して再現するというプロジェクト。

それが形を成した時、そのプロジェクトも成立した。

 

(エクティンクト)(スピーシーズ).M.O.手術計画』。

それがプロジェクトの名前。

そして、新たな手術様式の名前。

 

太古の因子が、牙を剥く。

 

 

 

 




とうとう出ました古代生物ベース。
厳密には、それに近似した生物ですが。
でもディアトリマなんです。


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Reconstruction of the British Empire 大英帝国

さあ、地球編もラストです!
どうぞ!


『E.S.M.O.手術』、日本語に直すと『絶滅種型手術』。

その最大の特徴は、なんと言っても絶滅した生物を手術ベースにするということ。

と、だけ説明すれば大層なものに聞こえるかもしれないが、実際のところは少々違う。

正確には、『遺伝子操作で生み出した、絶滅した生物に極々似た生物を手術ベースにしている』というだけのこと。

ようするに、実際に存在している生物を使用して『M.O.手術』を行っているだけの話。

だが、この絶滅種に近似した生物を手術ベースにすることこそが、最大級の利点となる。

第一に、絶滅種とは環境の変化や外敵などの要因で絶滅にまで追い込まれていることがほとんどだが、その分一つの特徴・利点が際立って尖っていることが往々にしてある。

それを人間の力として活用すれば、どれほどの利点となるだろうか。

第二に、敵対者に手術ベースが悟られなくなること。

『M.O.手術』は基本的に、現生生物を手術ベースとしている。

だが、『E.S.M.O.手術』は一般的な現生生物を手術ベースにはしない。

つまり、手術被験者同士の戦いでお互いが相手の手術ベースを探り、そこから弱点を見出す中で、こちらは一方的に情報を与えないことが可能というアドバンテージがあるのだ。

 

例えば、『ディアトリマ』。

この体高2m、体重200kgにもなる巨大な鳥は、約6,550万年前から約5,580万年前までの暁新世および、約5,500万年前から約3,800万年前までの始新世に繁栄をした恐鳥類の一種であり、退化した翼の代わりに大地を疾走する強靭な脚を持っていた。

現代でも『ダチョウ』や『ヒクイドリ』といった翼を持たず、大地を走る鳥類はいる。

だが、それらの鳥類たちは皆草食や雑食であり、頭部や嘴が小さく、キックは驚異的であるものの全体的な攻撃力はそれほどでもない。

だが、この『ディアトリマ』は違う。

大きな頭部に、巨大な嘴。

大地を駆け、獲物を捕らえる強靭な脚力。

当時の陸上生態系の頂点に位置した、獰猛な肉食動物。

それが、『ディアトリマ』。

 

しかし、しかしだ。

いったい誰が、今のコゼットの姿を見て『ディアトリマ』だと想像がつくだろうか。

辿り着いて、似た特徴を持つ『ダチョウ』か『ヒクイドリ』などだろう。

 

それらより遙かに、凶悪な生物だとも知らずに。

 

 

「ヒャッハハハハハハッッ!!!」

 

「ヌオォッ!!?(なんだこの女!?クスリでもキマってるのか!?)」

 

 

『ディアトリマ』の獰猛さそのままに、嵐の様な蹴りの応酬をしていくコゼット。

その円運動を中心とした、荒々しさの中にある優雅に踊るかのような動き。

『カポエイラ』こそが、彼女の得意とする武術。

その源流には諸説あるが、かつて奴隷として扱われていた黒人たちが看守にばれないようにダンスの練習のふりをして鍛えたものだという説がある。

だとすれば、皮肉なものだ。

 

 

「当たれ当たれ当たれ当たれェェェェッッ!!!!」

 

「当たったら死んでしまうだろうが!!」

 

 

荒れ狂う暴風の様な蹴りが、ダンスのような変則的な動きで四方八方からキースを襲うのを、辛うじて避け続ける。

実に皮肉な構図だ。

奴隷(弱者)たちが自身のために修練した武術が、支配者(強者)の力となっているのだから。

 

 

「ヒャッハァァッッ!!」

 

バゴッ!

 

 

コゼットの蹴りが、キースの左腕を掠める。

それだけで甲殻の一部がはぎ取られてしまった。

亡国の支配者(ディアトリマ)』が、『玉座の簒奪者(チャイロスズメバチ)』を追い詰めていく。

 

 

「…ふむ」

 

 

コゼットの乱撃のため援護ができない外人部隊隊員たちの中で、隊長であるマリアンは冷静に状況を見定めていた。

 

 

「(…この状況は、確かにこちらが有利だ。だが、スズメバチの毒針がコゼットに刺さりでもしたら、一気に形勢逆転とされてしまう…。となると…だ…)」

 

 

近づけば蹴りの嵐の中に入ることになり、遠くからだと縦横無尽に動くコゼットに当ててしまいかねない。

そんな援護が難しい状況において、どうするのか。

 

 

「…総員!コゼットがやられた場合には、即座に攻撃ができるよう構えていろ!」

 

 

準備をして、部下を信じるだけ。

それしか、なかった。

そしてそれ以上にするべきことなど、なかった。

 

 

「…………………………………………………ッ」

 

 

だが、その額を冷や汗が流れるのはなぜか。

何かを見落としているかのような。

そしてそれが命取りであるかのようなこの感覚は、悪寒はいったい何なのか。

マリアンの頭の隅で、まるで警報のように感じられるその悪寒。

その正体に、戦う二人の全ての動きに注意しなければいけない状況も合せ、マリアンは気付けない。

気付けるだけの余裕が、ない。

 

だが、その時は刻々と近づいていた。

彼らはまだ気づけない。

全ては簒奪者の掌の上であることに。

そして、そう。

何事も事態が動く時は、突然なのだということに。

 

 

「…そろそろか」

 

「ああんっ!?何だジジィィッッ!!?」

 

 

コゼットの猛攻の嵐を避け続けるキースが、不意に呟く。

あまりにも小さいその言葉は、最も近くにいたコゼットにすらギリギリでしか聞こえないもの。

だが、確かに発せられた。

 

 

「…そろそろ時間稼ぎは終わり(・・・・・・・・・・・・)だと言ったんだ!」

 

「はぁっ?!」

 

 

その言葉が発せられた瞬間、床に転がっていた義手の上腕部が再び強く発光し、キースも含め全員の視界が潰された。

 

 

「グアアアァァァッ!?」

 

「クソが!またか!!」

 

「目が!目がぁァァッッ!!」

 

 

再び潰された視界の中、マリアンが瞬時に思考をする。

なぜ今、目を潰してきた?

瞬き一つできない乱撃の最中であれば、自分の視界も封じられるだろうというのに。

なぜ?なぜ?なぜ?

 

なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?

 

なぜ?

極度の集中下での思考が、その可能性に気付くまで僅かコンマ数秒。

それに気づいたとき、それまで感じていた悪寒の正体にも、否応なしに気付かされた。

 

 

ドゴォッ!!!

 

ガガガッ!ズガガガガガッッ!!

 

「ぐあっ!?」

 

 

気付いた瞬間に扉が蹴破られる音と共に聞こえた銃声と、全身に感じた衝撃と痛み。

マリアンは確信し、フランス外人部隊隊員全員が、この時理解した。

 

キースは増援を待っていた(・・・・・・・・)という事、正確にはこの銃を持った部隊が本命であり、キースは部隊の準備が全て整うまでの時間稼ぎだったという事に。

 

 

「ああっ!?」

 

「ひぎゃ!?」

 

「パッケージ確保しました!!」

 

「パッケージを退避させろ!それ以外は殲滅だ!!」

 

「イエッサー!」

 

 

消えゆく意識の中、マリアンの耳に届いた部下たちの悲鳴や襲撃部隊の声。

そして―――――――――、

 

 

「すまないな、諸君。私は戦士でも軍人でもない」

 

 

フランス外人部隊が今回の会議で行動を起こすことを知ったキースは、それにどう対処するかを考えた。

おそらく、捕まえたところで大本(フランス)に繋がる情報は出さないだろう。

そして、彼らの目的を考えれば、別段自身(イギリス)が動かずとも被害は出ない。

 

…わけではないだろうことは予測できた。

彼らの作戦が成功すれば、そのあとはロシアと中国が良いようにし始めるだろう。

主要六カ国の空いた四枠に、イギリスが入ることができるのかとなると、怪しくなってくる。

そして更に中心から遠くなるであろうことも。

 

ならば、最大限に恩を売ろうではないか。

他国(標的)に事前に情報は与えなくていい。

自身が気付いて動かなければ、危ない所だった(・・・・・・・)という事実を与えればそれでいい。

全ての準備は、会議前に終えておいた。

 

後は会議の当日、その日初めて気付いたという体を装い会議場の警備と主要六カ国に連絡をする。

もちろん、相手はテロリストであるので充分な武装をすること。

そしてその準備の間は、バグズ手術被験者である(・・・・・・・・・・・)自分が時間を稼ぐという事も。

その役目は、二人の秘書に任せておいた。

連絡して部隊の準備が整うまでは、ルクスが楽しんでいそうだが仕事はきっちりとしてくれる。

 

自分は死なないように、全力を尽くせばいい。

その間に数人でも数を減らしておくことができるなら、なおのこと良い。

自分は主要六カ国国家元首の命を救った、英雄となる。

そうすれば、必然的に彼らに恩を売るだけでなく、イギリスという国家の地位も上がる。

 

それが、キースの描いた今に至るまでの絵図。

全ては彼の掌の上でのこと。

 

そう、彼は自身の武力ではなく、政治力こそを最大の武器とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は政治家なんだ」

 

 

 

 

 

――――――キースのその言葉が、彼の耳に届いた最後の音となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさま、首相。はい、お薬ー」

 

「あらあら、こりゃまたこっ酷くやられたわねー」

 

「ああ、ルクス、ウェル。君たちもお疲れ様だね」

 

 

襲撃者に付き添われて部屋(戦場)を出たキースを出迎えたのは、人為変態をしていたルクスとウェルだった。

部隊に突入のタイミングを教えたのは、音と熱で室内の様子を探った彼女たちらしい。

垂れていてわかりづらいが、ウェルの耳に耳栓がされているのは強化された聴覚のせいで、銃声が相当五月蠅くなるからだろうか。

 

キースが薬を受け取り服用すると、みるみる内に元通りの人間の姿となる。

右腕も完全な人間の物となっている。

 

 

「さて、部屋に戻ろうか」

 

「「はい、首相」」

 

 

袖のなくなったボロボロのスーツ、そのネクタイを締め直し自分の部屋に戻る。

政治家たる彼の戦闘服は、それなのだから。

野心を持って、彼は進撃する。

彼の目的ははるかに遠い。

だが、不可能と考えたことは一度たりともない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さあ、大英帝国の再建はすぐそこだ……!」

 

 

 

 

 

 

キース・ハワード

57歳 男性 イギリス

イギリス首相

手術ベース:チャイロスズメバチ

瞳の色:翡翠色

血液型:A型

誕生日:4月6日(おひつじ座)

好きなもの:天体観測、ビール

嫌いなもの:プリン体、コレステロール

 

大英帝国の再建、つまりイギリスを世界一の国家にすることを野望とするイギリス首相。

元MI6のエージェント。

その当時の負傷を理由に、右腕は特別製の義手となっていた。

『M.O.手術』が確立する前、15年前にエージェント引退の直前に手術をしたため、手術形式は『バグズ手術』。

子供のころから宇宙が好きで、実は二回の『バグズ計画』の搭乗員と今回の『アネックス計画』の搭乗員たちを尊敬している。

が、それと野望は別の話。

自国の成長のために手段を選ばないと誓った。

ちなみに、『バグズ計画』から生き残り、『アネックス計画』で艦長を務める小吉と近縁の手術ベースになったことを、かなり喜んでいる。

ビールが好きだが、最近プリン体が怖くなってきた。

 

ルクス・アスモール

23歳 女性 イギリス

イギリス首相秘書

手術ベース:イースタンインディゴスネーク

瞳の色:琥珀色

誕生日:11月11日(さそり座)

好きなもの:老若男女、ウェル、エロス

嫌いなもの:生卵

 

キースの秘書1号。

老若男女分け隔てなく、性の対象としてみている人。

ウェルとは自称恋人同士。

むしろ周囲から見てもそう見える。

エロスに対して非常に積極的であり、雇用主のキースが扱いに困るほど。

過去に言い放った発言として、「目指せ蛇の交尾時間越え」という迷言がある。

Fカップ。

 

 

ウェル・ハニーラビット

21歳 女性 イギリス

イギリス首相秘書

手術ベース:ロップイヤー

瞳の色:赤

誕生日:12月17日(いて座)

好きなもの:ルクス、ギャンブル

嫌いなもの:雷、賭け金の不払い

 

キースの秘書2号。

ルクスとは恋人同士。

ギャンブルが好きで、長期休暇にはよくラスベガス旅行に行っている。

実は寂しがり屋で、一人でいるのが苦手だったりする。

Cカップ。

 

 

マリアン・ヴィクトル

42歳 男性 フランス

フランス外人部隊 部隊長

手術ベース:グンタイアリ

瞳の色:灰色

誕生日:1月5日(やぎ座)

好きなもの:ショートケーキの苺

嫌いなもの:猫(アレルギーのため)

 

生まれも育ちもフランスのフランス人で、今回の部隊を率いた部隊長。

元々別の部隊にいたが、数年前に出世した際、配置換えとなった。

この歳まで妻子を持たなかったが、それもよしと本人は思っている。

最近甥っ子が生まれて、可愛くてしょうがない。

 

 

レナルド・バルザック

25歳 男性 トルコ

フランス外人部隊

手術ベース:チーター

瞳の色:黒

誕生日:10月24日(さそり座)

好きなもの:ホルモン

嫌いなもの:仕事終わりの付き合いを強要してくる上司

 

トルコ出身の部隊員。

幼少期から足が速く、地元では知らない者がいないほどの陸上選手だった。

なお、種目は長距離走。

 

 

クロティルド・ボナ

28歳 女性 南アフリカ

フランス外人部隊

手術ベース:デンキナマズ

瞳の色:黒

誕生日:9月19日(おとめ座)

好きなもの:晴れた日に干した布団の匂い

嫌いなもの:生もの全般

 

南アフリカ出身の部隊員。

『デンキナマズ』の能力で感電しないように、ある程度は脂肪のある水泳のシンクロ体型。

数年前まで一般職の男性と付き合っていたが、「自分より強い女性はやっぱりちょっと…」と言われ振られたのがトラウマ。

Dカップ。

 

 

セドリック・エマール

32歳 男性 アフガニスタン

フランス外人部隊

手術ベース:オランウータン

瞳の色:茶色

誕生日:8月22日(しし座)

好きなもの:人妻物のAV

嫌いなもの:格闘ゲームの複雑なコマンド

 

アフガニスタン出身の部隊員。

紛争地帯に生まれ、子供のころから銃を握っていた。

そのため、正直なんで外人部隊に入隊する際の審査をパスできたのか、本人も今だに分からない。

よくオーギュスタンとゲームをするが、一向に勝てないのが目下の悩み。

 

 

オーギュスタン・オートゥイユ

27歳 男性 インド

フランス外人部隊

手術ベース:ヒヨケムシ

瞳の色:緑色

誕生日:3月9日(うお座)

好きなもの:日本のOTAKU文化

嫌いなもの:キャッシュカードでの買い物

 

インド出身の部隊員。

幼少期からアニメなどのサブカルチャーに触れ、特に日本のアニメが好きだった。

よくセドリックとゲームをするが、最近ちょっと負けそうになってきているのが目下の悩み。

 

 

ドミニク・ブランヴィル

26歳 男性 フィンランド

フランス外人部隊

手術ベース:インドタテガミヤマアラシ

瞳の色:青色

誕生日:8月8日(しし座)

好きなもの:ビーフカレー、食後のコーヒー

嫌いなもの:蚊

 

フィンランド出身の部隊員。

寒い地方出身のため、砂糖を多めに入れた暖かいコーヒーが好きでしょうがない。

そのため糖分を取りすぎ気味であり、糖尿病予備軍だったりする。

 

 

ブリジット・ブロンドー

27歳 女性 スイス

フランス外人部隊

手術ベース:ズグロモリモズ

瞳の色:黄色

誕生日:2月22日(うお座)

好きなもの:リバイバル映画上映を見ること

嫌いなもの:実家から最寄り駅まで、車で30分以上かかること

 

生まれも育ちもフランスだが、外人部隊に入るためにスイス国籍に変更した部隊員。

昔の映画が好きで、一番好きなのは『ダイ・ハード』シリーズ。

次点が『シックス・センス』なあたり、『ブルース・ウィリス』のファンであることが窺える。

Cカップ。

 

フェリシアン・ラジアー

34歳 男性 ベルギー

フランス外人部隊

手術ベース:サバクツノトカゲ

瞳の色:茶色

誕生日:7月16日(かに座)

好きなもの:他人の預金通帳を見ること

嫌いなもの:キノコ

 

ベルギー出身の部隊員。

手術後、鉄剤を服用している姿がよく見られている。

実際のところ、能力使用は血中水分量の問題なので、実は能力の使い過ぎによる貧血予防に効果がある程度。

昔自分で採ったキノコを食べて中毒になって以来、キノコが食べれない。

 

 

ヴァンサン・モルガン

29歳 男性 アルジェリア

フランス外人部隊

手術ベース:ミツクリザメ

瞳の色:緑色

誕生日:10月28日(さそり座)

好きなもの:アクアリウムアート

嫌いなもの:休日明けの出勤日

 

アルジェリア出身の部隊員。

趣味のアクアリウムアートでは、大会で何度か賞を得ている。

最近では飼育が難しいクラゲに手を出そうとしていた。

一番好きな魚は『モザイクグッピー』。

 

 

コゼット・アントナ

31歳 女性 ブラジル

フランス外人部隊

手術ベース:ディアトリマ

瞳の色:焦げ茶色

誕生日:6月30日(かに座)

好きなもの:小さい子供

嫌いなもの:巨乳な女性、おっぱい男子

 

ブラジル出身の部隊員。

カポエイラの使い手であり、その実力は相当のもの。

普段は物静かな性格であり、人為変態時くらいでしか声を荒げることもあそこまで暴走することもない。

貧乳なのがコンプレックス。

Aカップ。

 

 

 

 




実は本作オリキャラで最もやばい人、戦士でも軍人でもなく政治家。
それがキース。
こんなのが上司なので、火星のハリーも大変です。


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People, Hell and Angels
Stairway To Heaven 天国へのきざはし


さて、舞台は火星に戻ります。

どうぞ!


「…さってと~、あそこ(・・・)まではまだ四日はかかるのか~。とすると、その間にテラフォーマーとの接触もありそうだな~」

 

 

キースが暗躍した地球での会議から四日後の火星。

紅を拉致したハリーは、ある場所(・・・・)を目指して移動していた。

そこは、本来ならば極々一部の人間しか知らない物がある場所。

だが、イギリスの諜報部員はそれがあることを知っていた。

それの存在をハリーに伝えられたのは、『アネックス一号』が地球を発つ直前。

なんと出発の前日のことだった。

だが、伝えられた。

そしてその時、ハリーのプランが完全に固まった。

 

元々ハリーが請け負っていた任務は、『中国が保有する『不完全変態術』のデータおよびサンプル(・・・・)』を持ち帰ること。

データに関しては、地球にいた時に流すことができた。

だが、サンプル(・・・・)だけは無理だった。

サンプル、つまり火星へ行く『中国第四班』の班員を拉致し、イギリスへ連れて帰ることだったから。

人一人を拉致し国外へ連れていくのには、多大なリスクがある。

そのリスクをカバーできるだけの状況が、彼にはなかった。

しかし、火星という地球のあらゆる防御網から離れ限られた空間で、その状況は実現したのだ。

 

 

「待ってろよ~」

 

 

そう、全てはイレギュラーなそれ(・・)が切欠だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『バグズ三号(・・・・・)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イギリス諜報部員が突き止めた極秘情報。

それはイレギュラーな存在、『M.O.手術』を受けた人類以外の唯一の存在。

『万獣の帝王』、『シーザー』の火星打ち上げのことだった。

シーザーが乗ってきた宇宙船、『バグズ三号』には宇宙船の操作ができないシーザーしか乗らない。

更には、所詮シーザーは実験のためだけの動物。

経費削減のため片道燃料にして、火星に捨て置いても構わない。

そのため、『バグズ三号』には片道分+不測の事態に対応するための予備燃料しか積まれていない。

 

………はずだった。

資金提供は、イギリス。

その極秘の出資金を元手に、『バグズ三号』には往復分の燃料が積まれた。

 

『ハリー・ジェミニス』が、任務を遂行して帰還するために。

 

 

「…っとお~?あららららのら~」

 

 

車を走らせるハリーの目に留まったのは、身に着けている攻性防御甲冑『プレデター』に搭載された高性能レーダーに表示される反応。

そこには、大量のテラフォーマーたちがこの先にいることを示す反応があった。

ハリーの手術ベースはケシ。

物理的な戦闘能力は、ほぼ皆無といっていい。

この先にいるテラフォーマーの群れに対し、ハリーが無力なのは間違いのない事実。

 

 

「こりゃ~ちっとマズイなぁ~。なあ」

 

 

そう、ハリーは無力だ。

 

 

「…(ホン)~?」

 

「…あれぇ……?らんれすかぁ…?」

 

 

だが、彼にテラフォーマーが危害を与えることはできない。

 

 

「ほ~ら、気持ち良くなるお薬だぞ~?」

 

「ッ!!お薬!お薬ください!!」

 

 

力が入らないのか舌足らずになり、焦点の定まらない紅の目の前に注射器をチラつかせるハリーと、それに反応して目を輝かせる紅。

注射器の中身は、ハリーの体内に埋め込まれたもう一つの専用装備、『ヘブン・ステイアス』によってハリーの体液中に含まれるモルヒネを精製して作った、世界最高最悪の薬物ヘロイン。

着実に紅は、薬物依存者になっていっていた。

 

 

「あげたいんだけど、その前にやってほしいことがあるんだぁ~」

 

「らんれすか!?早く!早くお薬くらさい!!」

 

 

彼が、なぜ紅を連れ去ったのか。

他のメンバーではなく、なぜ紅なのか。

それにはいくつか理由がある。

1.紅がほぼ素人であり、拉致した際に抵抗が弱い

2.紅が孤立状況にあったため、拉致しやすかった

 

 

「『人為変態』して、毒撒いてちょ」

 

 

そして、3.紅の能力が、対テラフォーマーおよび対人において最も効果を発揮したから

 

 

「はひ!まかへてくらはい!!」

 

 

クスリのために、紅は即座に能力を使った。

使うのに躊躇していた、能力を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふふ~ん」

 

「あはは…。気~持ち…良~い~……」

 

 

黒々とした(・・・・・)火星の大地の上を、一台の車が飛行する。

本来火星は、苔で覆われ緑の大地のはずなのに、その一角だけは黒で覆われていた。

その黒の正体は、紅の毒によって死んだテラフォーマーたちの死骸。

ハリーの道を遮るものは、なかった。

 

 

 

 

 

 

『ハリー・ジェミニス』が『バグズ三号』に到着するまで、残り四日。

 

 

 

 




ダメ、絶対!(合言葉)
舞台が火星でも地球でも、イギリスの陰謀が止まらない…。


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Past Looming 過去が迫り来る

神は奇跡を起こす。
例えそれが、ヒトを脅かすものだとしても。

というわけで、どうぞ。


「ん~、この分なら、半分にまで短縮できるかな~?」

 

 

火星の空で、ハリーが計器を見ながら呟く。

当初予定していた四日間という時間は、テラフォーマーや山脈などの障害物を回避した場合の値。

障害物は飛行すれば上空を通って回避できる。

テラフォーマーは紅がいれば問題なく殲滅できる。

その諸々から計算しなおすと、当初の四日という計算は半分の二日にまで短縮された。

あくまでも、このまま順調に進めばだが。

 

 

「…っと、うん~?」

 

『プレデター』に搭載された、高感度のレーダー。

そこに、テラフォーマーの群れの反応が現れた。

だが、問題はない。

先ほどと同様に、紅の能力で殲滅するだけのこと。

 

 

「…なんだとっ!?」

 

 

だが、ここは火星。

人類を阻む、戦いの凶星。

何度も何度も人類の思い通りになるなんて、そんなことは、起りえない。

 

急に後方(・・)へと引き寄せられる機体。

レーダーには、何も映っていない。

 

…いや、違う。

よく見れば、極小の点が機体の後方に反応としてある。

つまり、紅の能力で殲滅したはずの群れの中で、一匹だけ生き残った個体がいたことになる。

だが、ありえない。

極めて致死性の高い紅の毒。

それを吸入した時点で、死は確定している。

だが、そいつは死んでいない。

しかもそいつは、この機体を何らかの方法で引き留めている。

 

いったい、どうやってか。

後方を確認したハリーは、その答えを知った。

 

 

「…『バグズ手術』…ったけなぁ~…。まったくよぉ…、勘弁してくれよ~」

 

 

その視線の先にあった物。

それは、

 

 

「…『クモイトカイコガ』だったか~…?この糸は~…」

 

 

一筋に伸びた、太い『糸』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

生物は、時に不可思議な特徴を備えることがある。

それは生物種としての話ではなく、個体として見た時のこと。

例えばそれは、特定の疾患に罹らない(・・・・・・・・・・)など。

免疫を産生する遺伝子の中に刻まれた、奇跡のデータ。

父と母、そしてそれ以前から続く掛け合わせの中で偶然にも生まれた奇跡の免疫遺伝子。

時折起こるそれが、その個体に今起きていた。

本来なら、その奇跡は起こらなかっただろう。

正確には、分からなかっただろう。

人類が入り込まない限り起こらなかったであろう、その奇跡の発覚。

 

 

「じょぉぉぉぉぉおおおぉぉぅぅじっっ!!!!」

 

 

紅の毒への免疫を、生まれ持って保持していたその個体は吠える。

この糸を離しはしないと。

引き戻し、八つ裂きにしてやると。

その全身の筋肉が唸り、糸を引く。

 

『複合バグズ手術型テラフォーマー』――――――――――――

 

 

「クソッたれっ!?引き戻される~!!?」

 

 

――――――――――――ベース、『クモイトカイコガ』及び、『パラポネラ』。

言うなればそれは、『捕獲特化型』。

 

最強の筋力と鋼の糸が、ハリーを襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリーが捕獲特化型と出会ったとき、彼ら(・・)も出会っていた。

 

 

「…頼むから、そのまま何事もなく。拍子抜けするほどあっさりと捕まってくれ…」

 

 

『アネックス一号』からだいぶ離れた地点。

中に静花を残し、高速脱出機から降りた燈が語りかけるのは、『パラポネラ』をベースとした『バグズ型テラフォーマー』。

その個体は片手で高速脱出機を止め、その力を誇示していたが燈の、『オオミノガ』の糸によって絡め取られ、動きを封じられていた。

『弾丸蟻』とも呼ばれる、蟻界最強の筋力を持ったテラフォーマーも、雨風や外敵からも身を守るために強靭に進化してきた『大蓑蛾』の糸を振りほどくことはできなかった。

 

 

「…さて、やるか」

 

 

ミッシェルがその身動きの取れないテラフォーマーに近づき、拳を振りかぶる。

その拳に込められた想いは、非常に重いもの。

なぜなら、『パラポネラ』は彼女の父、『ドナテロ・K・デイヴス』の手術ベースだったのだから。

 

だが、その拳を振り下ろすことはできなかった。

 

 

ビシッ!!

 

 

という音と共に、突如吹き飛ばされたから。

そう、パラポネラは最強の筋力を持つ蟻。

凸ピンの要領、指先一つで人を吹き飛ばす程度、訳はない。

 

 

「ミッシェルさん!!?」

 

 

咄嗟にミッシェルの心配をするも、燈自身の身にも危機が迫っていた。

糸が(ほつ)れてきていた。

正確には分解されてきていた。

腐食性の酸によって、ボロボロに。

つまり、どうなるか。

 

 

「じょうじ!!」

 

「…おいおい、マジかよ……」

 

 

パラポネラが、動けるという事。

糸が引き千切られ、パラポネラが自由となる。

その原因は、その個体だった。

 

 

「じょうじ…」

 

 

『マイマイカブリ』という生物がいる。

その虫は酸を使いカタツムリを捕食する。

酸はタンパク質を分解する腐食作用があり、タンパク質で構成される『オオミノガ』の糸も分解されてしまったのだ。

 

現れたのは、刺復(サスマタ)状の棍棒を持った、『バグズ型テラフォーマー』。

ベース、『マイマイカブリ』。

 

 

「…あー、クソ。二匹もいるのかよ…」

 

 

思わず愚痴をこぼす燈だが、無理もない。

状況は極めて悪いのだから。

だが、それで終わりはしなかった。

都合よく三対二になるなど、そんなわけがなかった。

 

もしも、そうもしもの話。

何物にも傷つけることのできない、見えない工作員がいたとしたら。

それはとても、恐ろしい存在となる。

 

 

バガァァァンンッッ!!

 

「ッ!?」

 

 

突如響いた音に燈が振り返ると、高速脱出機に一体のテラフォーマーが取り付いていた。

しかも、中に居た静花を狙うように、拳をカバーに叩きつけた形で。

だが、一番の問題はそこではなかった。

虹色に輝く、分厚く頑丈な甲殻。

それは、『複合バグズ手術型テラフォーマー』であることの証明。

 

『ニジイロクワガタ』と『クロカタゾウムシ』。

カイコガによる動物性蛋白質の摂取をしていないのか、ノーマルタイプのテラフォーマーと同じ体型だが、『ニジイロクワガタ』の能力を活かすにはそれが良いのだろう。

言うなればこの個体は、『潜入機能特化型』。

 

 

 

 

ハリー、燈とミッシェルと静花。

捕獲機能特化型、パラポネラとマイマイカブリと潜入機能特化型。

戦いと逃走は、始まったばかり。

 

 

 

 




パラポネラ大盤振る舞い。(

ハリーと紅ちゃんも大変。
燈たちも大変。
どっちも絶体絶命です。


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Tracker 追う者と追われる者

OVA付き10巻が発売されましたね!
まだ買えてません!(

では、どうぞ!


「…さーて、と~。なにも馬鹿正直に相手をする必要は、ねえよなぁ~」

 

 

ハリーが身に着けている、攻性防御甲冑『プレデター』。

その機能の中には、腕に搭載された高周波ブレードなどもある。

シャキンッ、と引き出されたブレードを振りかぶり、糸に向けて振り下ろす。

 

 

プツンッ

 

 

それで糸は、容易く切れてしまった。

それで再び、前進する車両。

なにも、馬鹿正直に戦う必要などない。

ハリーと『捕獲特化型』の間に、元より因縁などなかったのだから。

ハリーはただ、『バグズ三号』を目指すだけ。

 

だが、

 

 

「ッ!?糸を切ったのに動かねえ!?」

 

 

糸は間違いなく切った。

それなのに、車両はまだ動かない。

 

因縁がないのはあくまでも、ハリーから見た話。

捕獲特化型からすれば、目の前で仲間を大量虐殺した犯人が逃げているようなもの。

それに、彼らは求めていた。

車両(技術)』を、求めていた。

 

 

「じょう」

 

 

逃がすわけが、ない。

テラフォーマーは、総じて賢い。

『工夫』をするための知能なら、あるのだ。

ハリーが一本の糸に気を取られている間に、その工夫はされていた。

一本の太い糸ではなく、肉眼では見えないほど細い糸を、無数に車両に張り付けていたのだ。

一本一本は弱くとも、見えずか細くとも、集まれば強靭な力を持つ。

今や車両は、先程の一本よりも強い力で動きを奪われていた。

 

 

「…いいぜぇ〜。相手してやるよ、クソッタレが〜…」

 

 

逃げられない、ならば交戦するしかない。

ハリーはその決断をした。

 

 

「だけど、後悔しろよ〜…」

 

 

紅の毒は効かず、ハリーの能力は戦闘向きではない。

だが、ハリーは負けるわけがなかった。

そう、今乗っている車両はテラフォーマーが欲してやまない、『技術』が詰め込まれているのだから。

 

 

「………そら…」

 

 

荷台置かれていた、大きく長い何か(・・)が用意された。

それは、中国第四班が極秘裏に火星へ持ち込んだ代物。

それは、まさしく文明の利器。

本来他班やテラフォーマーが扱えないように音声認識によるロックがかかっているそれは、

 

 

「音声認識、『廈門』」

 

 

中国第四班班員として潜入していたハリーの偽名で、あっさりと解除された。

 

 

「蜂の巣になれ〜ッッ!!!」

 

ドガガガガガガガガッッッ!!!!

 

 

その名は、ガトリングガン。

 

瞬間、火星に火薬の爆ぜる音が響き渡った。

それが、『捕獲特化型』が最後に聞いた音。

回転する銃口から輝くマズルフラッシュ。

それが、『捕獲特化型』が最後に見た光景。

いかに素早いテラフォーマーでも、音速の数倍の速さからは逃れられない。

まるで空間から削られるかのように、被弾する毎に失われていく肉体。

全てを破壊し、そして全てから自身を守ってきた『パラポネラ』の筋肉。

それが今、何の意味もなく抉られる。

当然と言えば当然だ。

音速の数倍で迫る重厚な金属の塊を防ぐタンパク質の塊など、世界には存在しないのだから。

 

 

「いや〜、ハハハ〜。こりゃあ、劉のおやっさんに言わせりゃ、あれかな〜?」

 

 

形を失い、物理的に消えていく捕獲特化型を見て、ハリーは笑う。

 

 

「文明の利器ってスゲ〜ッッ!!!」

 

「あはは〜…、すごいれすね〜…」

 

 

火星の空に、哄笑が渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《楽しそうだなぁ…、このクソヤロウ……》

 

「…ッ!?」

 

 

瞬間、背筋が凍り付いた。

地獄の底から来るかのような、その女の声のせいで。

 

 

「…この声は…」

 

《…テメエ……、よくも紅を攫ってくれやがったな…?》

 

西(シイ)〜ッッ!?」

 

 

その声は、先程まで潜入していた中国第四班班員、西の声。

だが、ありえない。

この車両に無線が届く距離には、何の反応もなかった。

確かにアネックス本艦には巨大なアンテナがあるが、それも電波妨害用。

咄嗟に無線の画面を確認すると、その画面に現れた文字は----------

 

 

「……第三班…ッ!ロシアの高速脱出機だと〜ッ!?」

 

《固定砲台にぶつけて、しかも爆発に巻き込まれてだいぶガタガタだけどよぉ…。ゲス野郎を追いかけるのに問題はなかったッッ!!!》

 

 

----------アネックス本艦に放置されていた、ロシア第三班の高速脱出機だった。

 

そもそも、あくまでも比較した際の話だが、今ハリーが乗っているのはプランα(通常時)に使用されることを想定した物で、足が遅い。

緊急事態のために作られた高速脱出機とはそもそもの最高速度が違う。

その上、テラフォーマーによる足止め。

いくらハリーが先行していようとも、追い付かれるのは当たり前だった。

その追い付かれ、無線の圏内に入ったのが『今』だったのだ。

まだ、肉眼でお互いを見ることはできない。

だが、レーダーと無線の圏内には入った。

入ってしまった。

 

 

「…なるほど〜……」

 

 

ハリーは即座に考えた。

まだ、車両は動かない。

ここに来られるのは時間の問題。

紅は捉えている。

人質にもできる。

西はどうする?

確実にこちらを殺しにかかる。

ヘロインで堕落()とせるか?

いや、その隙すら与えてはくれない相手だ。

致命傷を負わせないよう、単純な武力で勝てるか?

否、西は自分よりも強い。

そして、持ち帰るサンプルは既に確保済み。

 

ならば、どうするか。

 

 

 

「…よし、決めたぜ〜……」

 

《こっちはとっくに決まってるよ…!》

 

 

その答えは、重なった。

 

 

「お前をぶっ殺す〜ッ!!」《テメーはブチ殺すッ!!》

 

 

裏切り者対裏切り者。

開戦。

 

 

 

 




はい、来ちゃいました。(
怒れる保護者、西さん登場です。(

どうなるでしょうねぇ、この勝負。


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Maid 幸せだったあの日

ギャグに飢えたため、急遽短い番外編です。
在りし日の幸嶋とイザベラの姿。
どうぞ!


これは、そう。

『アネックス一号』が火星へと向かう、数ヶ月前のこと。

 

「なー、イザベラー」

 

「あん?どうした?」

 

 

季節は冬。

寒さに身を震わせる季節に、二人は何時もの様に幸嶋の部屋でプロレス鑑賞をしていた。

 

 

U-NASA(ここ)来る前って、何やってたんだ?」

 

 

水を入れたコーラの空き缶に煙草の灰を落としながら、幸嶋がふと気になったことを尋ねた。

なお、聞いた本人はU-NASAに来る前はストリートファイターのため、戦闘班である現在と大して変わりはなかったりする。

 

 

「アタシはあれだよ、実家近くのデカイ家でメイドやってた」

 

「メイド?メイドってあれか。アキバとかで有名なソフトなイメクラのやつか?」

 

 

それが過疎からギリギリ粘っている程度の田舎出身であり、対戦相手を求めて都会に出てからもその手の店に興味を持たなかった幸嶋の、メイドに対する酷すぎる偏見と認識だった。

まあ、あながち間違いとも言い切れないが。

 

 

「偏見酷すぎやしねえか、それ…?違う違う。ただのお手伝いさんってやつだよ」

 

「ああ、そういうのね。それがなんでまたこんなとこに?」

 

 

短くなった煙草を缶の中に落とし、新しい煙草を咥えながらイザベラの過去を聞いていく。

コーラの空き缶の中には、もうかなりの本数の吸い殻が落とされていた。

 

 

「…ビックリするくらいグイグイ聞いてくるね……。働いてた家のバカ息子がアタシを襲って来たから、殴ったらこの様だよ」

 

「…マジか」

 

 

イザベラの言葉に、思わず口に手を当て呟く幸嶋。

彼女が襲われたという事実が、ショックだったのか。

 

 

「そういうエロ本みたいなの本当にあるんだな…」

 

「おい?」

 

 

そういうわけではなかったらしい。

まあ、結果が結果だからだろうか。

 

 

「でもあれか。メイド服とか着てたのか?」

 

「あれ?無視(スルー)されたぞおい…?でもまあ、あんなモン、田舎の金持ち程度の家であるわけないない。皆私服で働いてたよ」

 

「ということは、メイド服を着たことがないと」

 

「まあね」

 

「なるほどなー……」

 

 

新しい煙草を咥え、火をつけて一息。

吐き出された紫煙が天井へと届くころ、幸嶋が口を開いた。

 

 

「よし、着てみるか?」

 

「………は?」

 

 

その瞬間、イザベラの思考は止まった。

 

 

「ちょっと待ってろ。今コスプレショップまでバイク飛ばすから」

 

「は!?」

 

「あ、いや待て。サイズが分からないか。後ろに乗れ、一緒に行くぞ」

 

「ハァァァァッッ!!?」

 

 

あっという間に決定して、イザベラの手を引いて駐輪場まで向かう幸嶋だが、イザベラはイザベラでパニックが止まらない。

 

なお、その晩幸嶋の部屋では、一人のメイドの撮影会が行われたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メイドって良いな!」

 

「もう着ないからな!?」

 

 

 

 




はい、というわけで幸嶋がメイド萌えに目覚めました。(

なんでもない様なこんな一日一日が幸せだったのです。

次回は本編か、それともマッスルたちによる番外編か…(


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Muscle 筋肉賛歌

はい、今回はマッスルたちによる暑苦しい話です。


毎週日曜日。

世界を作った神すら休むこの日には、アネックス計画のメンバーたちも休日となり、思い思いに過ごしていた。

そう、思い思いに。

 

U-NASAの中にある施設の一つ、トレーニングジム。

不規則な時間帯で仕事をしている職員の健康管理のために、24時間解放されているそこ。

そこで彼らは、ディートハルトとアシモフは毎週集まっていた。

 

何のために。

 

 

「いやー、素晴らしい僧帽筋ですな」

 

「いやいや、お前の大胸筋もスゲェじゃねえか」

 

「そんなそんな。アシモフ班長の上腕二頭筋には負けますよ」

 

「何言ってんだ、お前の広背筋だって」

 

「おーい、お二人さーん。周りが引き始めてるぞー」

 

「おーう」「アイアイサー、艦長」

 

 

お互いの高め、鍛え上げた筋肉を褒め合う二人を、小吉が止める。

 

そう、彼らは筋肉を愛するために来ているのだ。

 

毎週日曜日は、全ての班が休みとなる。

筋肉を愛する彼らは、筋肉と語らい、筋肉とふれあい、そして筋肉を愛しに来ているのだ。

もちろん、毎週。

 

 

「そういやオメエよぉ。スゲェ身体だが、体脂肪率はいくつだった?」

 

「3%ですね。生まれつき男性ホルモンが多いみたいでして」

 

「天然でステロイド使っているようなもんなのか」

 

「ええ、そういうことです」

 

「お宅の班員はー、なんだ。お前以外に身体鍛えたりしねえのか?やたら丸いのとかいるけどよ」

 

「ウチは戦闘職は少ないので。ボスだって最低限鍛えている程度ですね。どちらかというと、投擲練習の比率の方が多いかと」

 

「まあ、戦い方(スタイル)ってもんがあるからなぁ」

 

 

和やかに会話をしている二人だが、二人ともベンチプレス(80kg)をしながらなのだから驚きだ。

この二人からすれば、80kg程度は軽いということなのか。

余談だが、ディートハルトの様な身長が2m以上になる人は、成長ホルモンの過剰分泌による『巨人症』である事が多い。

成長ホルモンには骨を伸ばし身長を伸ばす効果の他に、筋肉を増大させる効果もある。

ディートハルトの恵まれ過ぎた体型には、これも関係しているのだろう。

 

 

「…さて、そろそろスクワットといくか」

 

 

アシモフがバーベルを台に置き、スクワット用のバーベル台へと近づく。

ガッチャガッチャと次々にウェイトを増やしていき、300kgにまで増やしていった。

それにディートハルトも続き、アシモフの後ろに立つ。

 

 

「では、私が補助につきましょう」

 

「ああ、頼む」

 

「フルですか?ハーフですか?」

 

「フルだな」

 

 

※フル=フル・スクワット

パワーリフティングの大会等でルールとなっている、足を平行よりも深く曲げるスクワット。

ハーフ=ハーフ・スクワット

ひざの角度が90度になったところで止めるスクワット。

どっちも凄くしんどい。

 

 

「では…」

 

「ああ」

 

 

アシモフの肩にバーベルが担がれ、浮く。

 

 

「「イェアー!!ライウェイベイベ!!ライウェイベイべ!!!」」

 

 

※「ライウェイベイベ」とは、「light weight baby」のこと。

大雑把に訳せば、「こんなモンクソみてえに軽いぜベイベー!!」。

調べてみたら、すごいのが見れる。

 

と、まあボディビル界でも極一部の人しか使わない掛け声で、スクワットを始めるアシモフと補助のディートハルト。

その掛け声に合わせ、鍛え抜かれた肉体が躍動感を溢れさせ過ぎながら上下する。

迸る汗が、膨れ上がる筋肉が全身にかかる300kgという重さを教える。

 

そして、合計八回のスクワットが終わったところで、バーベルが台にかけ直された。

 

 

「…アアァァァー……」

 

「お疲れ様です」

 

 

全身の力が抜かれ、バーベル台で体を支えるアシモフ。

いかに屈強な軍人であり、趣味が高負荷トレーニングの彼でも、それだけ辛いのだ。

 

 

「では、次は私が…」

 

 

そう言って準備をするディートハルト。

バーバルにウェイトを追加していき、最終的にアシモフよりも150kg重い450kgとなった。

バーベル自体が重さで曲がっているが、折れないのだろうか。

 

しかし、準備を進めるディートハルトに、残酷な言葉がかけられた。

 

 

「…すまねぇ。俺は今日はもう限界だ…、補助もできそうにねぇ…」

 

「え!?」

 

 

単純に、アシモフに限界が訪れたという言葉が。

 

 

「ちょっ!?アシモフ班長!?私はどうするんですか!?自己ベスト更新する気だったんですよ!?」

 

「…いや、本当にすまねぇ……。俺も歳だな…」

 

「消化不良になるじゃないですか!どうしてくれるんですか!?」

 

「やーやー、お二人さん。元気そうだね。どうしたの?」

 

 

消化不良のディートハルトと、疲労困憊のアシモフのもとに来たのは、中国四班の班長。

劉だった。

劉の背は高く、おおよそ2mほどにもなる。

その身長の高さゆえにのっぽの様になってしまい分かりづらいが、彼自身も非常によく鍛えられた肉体をしている。

つまり。

 

 

「補助お願いします劉班長!」

 

「うん、いいよー」

 

 

ディートハルトの補助ができる、数少ない人材だという事だ。

安請け合いした劉が、そっとバーバルを確認する。

 

 

「ッ!!?」

 

 

流石に陰謀を張り巡らす中国四班の長でも、450kgのバーベルは驚愕だったらしい。

ただ、口と目を思いっきり開け、驚愕していた。

 

 

「…え、えーと。本当にこれやるのかな…?」

 

「もちろんです」

 

 

そう言ってバーベルを担ぐディートハルト。

すでに準備は万端だ。

 

 

「…わかった、行くよ」

 

 

遠い目をしながら、劉が後ろに立って補助につく。

そして。

 

 

「「イェアー!!ライウェイベイベ!!ライウェイベイべ!!!」」

 

 

U-NASAでは、この掛け声が流行しているのだろうか。

 

 

 

 

その後、自己ベストを更新したディートハルトの雄叫びが轟き、周囲の視線をすべて集めることとなった。

 

なお、完全な余談ではあるが、その二日後に力み過ぎたミッシェルがパラポネラの能力を発揮し、500kgのバーベルでスクワットをしたらしい。

 

 

 

 

 




ディートハルトだって軍人。
普通に上官に敬語は使います。

ちなみに、トレーニング後の会話が以下。

ディートハルト(以下ディ)「そういえば、プロテインはどんなものを?」

アシモフ(以下ア)「俺は自前で用意したホエイパウダーだな。長年愛用してる、プロテインの王様ってやつだ」

劉「僕はトレーニングルームに用意されてるやつだね。結構美味しいんだよ、ここの。イチゴ味でさ。君は?」

ディ「私は牛乳で腹を壊す体質なもので…。必然的にソイプロテインですね」

劉「あー、ホエイは牛乳が原料だものねぇ」

ア「でもソイプロテインっていやあ、イソフラボンがエストロゲンと同じ働きをするから、脂肪もちっと付きやすくなるんじゃねえか?」

ディ「脂肪が付く以上に動いているので。それに、男性ホルモンが多いので」

ア劉「「あー、なるほど」」


以上、トレーニングが終わっても、暑苦しいマッスルたちでした!
今度マッスルな回をやるとしたら、ボディビルコンテストでもしますかね?(


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Hornet スズメバチ

番外編三連荘です!
今回はスズメバチ同士の戦いです!
どうぞ!


「イギリスに出張?」

 

「ええ、来週からの予定でお願いします」

 

 

まだ『アネックス一号』が地球を飛び立つ数か月前のこと。

『アネックス一号』の艦長である小吉は、14人いる『アネックス計画』の副司令官の一人であり、現日本国首相『蛭間(ひるま)一郎(いちろう)』の実の弟である『蛭間 七星(しちせい)』に、突然の出張を言い渡された。

 

 

「いや、良いけどなんで?」

 

「…実は、イギリスの首相から直々に貴方に会いたいと……」

 

「………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあやあ!よく来てくださった!私が『キース・ハワード』です。お会いできて光栄ですよ!『アネックス一号』艦長、『小町 小吉』さん」

 

「…あ、いや!こちらこそお招きいただいて光栄です。『キース・ハワード』首相」

 

 

その一週間後、小吉はイギリス首相官邸にいた。

『アネックス一号』という枠組みで見ればトップの彼も、『アネックス計画』、およびそれに絡む『国家』という視点で見れば、所詮は中間管理職。

一国の首相に呼ばれたとあれば、大柄な体を縮めて会いに行くしかない。

 

 

「はは、そんな固くならなくて大丈夫ですよ。今日は一国の首相ではなく、私個人としてお呼びしたのですから。ああ、そうだ。ルクス、小吉さんにお茶を淹れて差し上げなさい」

 

「はい、直ぐに」

 

「ああ!そんなお構いなく!」

 

 

秘書としてキースの傍らに控えていたルクスが簡易キッチンへと向かうのを、私生活ではゴキブリが苦手など、意外と小心者な一面もあり、すっかり恐縮しきっている小吉が慌てて遠慮する。

キース自身はいたってフレンドリーに接しているのだが、如何せん効果は出ていない。

 

 

「いえいえ、是非召し上がっていってください。イギリスの紅茶は美味しいですよ」

 

「…は、はあ……。それじゃあ、お言葉に甘えて…」

 

 

事前にある程度の準備はなされていたのか、すぐに香り高い紅茶と茶菓子がテーブルの上に並べられる。

 

 

「それで、今日はどの様なご用件で…?来るまで秘密だということで、何も聞いてないのですが…」

 

「ああ、なるほど」

 

 

そう、今回の渡英に当たり、小吉は事前の説明を全く受けていない。

キースからU-NASAに連絡が入った際に、呼び出し理由は秘密だとキース側から言われていたから。

例えそれでも、一国の国家元首からの呼び出しには応じなければいけなかった。

だからこうして来たのだ。

 

 

「今回私が貴方をお呼びしたのは我が国も協力しているアネックス計画、その艦長がどの様な人物か知りたかったこと。それと…」

 

「……それと?」

 

 

少しの間を置き、小吉の反応を楽しむかのようにしてから、キースが言葉を続ける。

 

 

「私が『バグズ手術』の被験者であり、貴方と同じ様にススメバチが手術ベースだからです。まあ、種は違いますがね」

 

「な…ッ!?」

 

 

キースの口から出た真実は、小吉を驚かせるには充分すぎるものだった。

確かに、政治家で『バグズ手術』被験者といえば、自身の20年来の友人でもある日本国首相、『蛭間 一郎』だってそうだ。

しかし、彼には青年期に様々な事情から困窮していた家庭を救うために、多額の報酬と引き換えに手術を受けなくてはいけない理由があった。

 

だが、目の前の男には?

一応、事前に『キース・ハワード』という男がどのような人物であるかは調べておいた。

元政府の情報機関員の政治家で、生まれも育ちも極々一般家庭。

特に生活に困窮したという話もない。

 

 

「実はスパイの引退直前に手術を受けましてね。あ、一応私が手術被験者なのは、国家機密ですので他言はしないでくださいね?」

 

「…い、いや……はあ…」

 

 

戸惑う小吉に口止めをしながらも、楽しげに話しているキース。

実際、この会談を彼は楽しみにしていた。

子供の頃より憧れていた、宇宙への想い。

『いつか、火星に住める時代が来る』。

子供の頃の憧れを胸にしまい、現実的な進路を選んだ彼にとって、火星のテラフォーミング計画である『バグズ二号』の乗組員であり、二人しかいない生存者の片割れ。

しかも、自身の手術ベースと同種のスズメバチがベースとなれば、男子特有の子供の様な憧れの対象としては充分だった。

 

 

「それでですね」

 

 

そして、キースは自身の胸の内にあった、ある種の本題を口に出す。

 

 

「ちょっと一試合していかれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、我が国がアメリカの研究機関と共同で開発した、最新鋭のVRシミュレーションシステムです」

 

「…なるほど、これが」

 

 

小吉が通された部屋にあった物は、コンピューターとモニター。

そしていくつかのヘッドギアの様な機械だった。

なぜ首相官邸にこんな物が置かれているのかというと、単純にキースの趣味だったりする。

この首相、割と子供っぽいところがあったりする。

孫もいる歳だというのに、こういった部分で男はいくつ歳を取っても変わらないのだろう。

 

 

「必要なデータさえ打ち込んでおけば、あのヘッドギアを装着して仮想世界での戦闘が体験できます。ちなみにですが、結構リアリティを高く作っているので、ゲームのように自身の肉体と違ったボディで設定すると、激しい違和感を感じることになりますな」

 

「…もしかして、試したことが?」

 

「……………実は」

 

 

そっと目を逸らして言うキースと、いたたまれない気持ちになる小吉。

どうにもモヤッとする空気が、中年男たちの間で流れた瞬間だった。

 

 

「さ、さあ!さっそく頭に機械を取り付けてください!U-NASAから貴方のデータは頂いているので!!」

 

「お、おお!そうですか!!では、さっそく!」

 

「では、シミュレーションシステムを起動します」

 

 

空気を変えるためにキースが機械の装着を促し、慌てて小吉がそれに乗る。

そして二人がヘッドギアを装着し椅子に腰かけたところで、ルクスが機械のスイッチを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

「…なるほど。これは凄いな」

 

 

小吉が目を開けると、驚いた。

火星の大地を再現した、緑と赤の大地。

自身の肉体はすでに変態を済ませている。

その肉体も、問題なく、違和感なく動かせる。

 

 

「でしょう?…実は、実際に火星に行ったことがあり、これから再び行く貴方に、このシステムを添削して欲しいという意図もありましてね」

 

 

驚いている小吉の後ろから、声がかけられる。

それは、同じように変態を済ませているキースだった。

 

 

「この空間で起きたことは、現実には何の影響もしません。…が、経験はできる」

 

「薬による変態は問題もありますし、素晴らしいですね!」

 

 

人体が一生の内に行う細胞分裂の回数は限られている。

薬を用いて変態するということは、人体を作り替える、つまり細胞分裂を爆発的に起しているという事。

地球で慣らすために薬を使用するたびに、彼らの寿命は短くなっていくのだ。

それを予防できるこれは、確かに素晴らしい物ではある。

だが、所詮これはまだプロトタイプ。

 

 

「これが本当に素晴らしいかは、これから貴方自身で確かめてください。そのための試合ですし」

 

 

そう、そのために小吉は呼ばれたのだ。

このシステムが本当に有用であるのか、火星で戦った戦士に、確かめてもらうために。

 

 

「…と、言いつつ本当は、貴方自身が戦いたいからではないんですか?」

 

「…バレましたか」

 

 

だが、そんなものは表向きの理由。

本当はただ、自身が憧れた男がどんな男なのか。

そして、同じ種をベースとした自分とその男の、どちらが強いのかを知りたかっただけのこと。

 

そんな、とてもシンプルな理由だった。

 

 

「…では」

 

「お願いします」

 

 

二人が構えを取る。

小吉はあえて構えを取らず、全身をいつでも動かせるように脱力させる、構えなき構え。

キースは左半身と左腕を前面にした半身の姿勢を取り、自身という的を極限まで減らした構え。

 

その姿勢でお互いにジリジリと近づき、二人の手を伸ばしたら届く距離まで接近した瞬間。

 

 

「「オオオオォォォォォッッッ!!!!」」

 

 

キースの左ジャブと、それを掃いカウンターでボディを襲い掛かる小吉の一撃。

右手でその一撃を掴むと、掴んだ腕を起点として回転しながら遠心力を加えた肘打ちを喉元目掛けて繰り出す。『茶色雀蜂』の顎が生えた、その肘で。

その一撃を、更にキースの近くの間合いに入ることで腕しか当たらないようにしつつ、引いた左腕から生えた『大雀蜂』の毒針で貫きにかかる。

キースは覚悟をした。

この攻撃は避けられない(・・・・・・・・・・・)と。

 

 

「「ウオアァァッッ!!!」」

 

 

キースの腕と小吉の毒針は、同時にヒットしお互いを吹き飛ばした。

そして受け身を取って即座に立ち上がり、再び接敵する。

 

結果から言えば、キースの体に毒針は刺さらなかった。

『チャイロスズメバチ』の最大の特徴はその生態だが、それを成し得るのが『オオスズメバチ』の針も顎も通さぬその頑健で強固な外殻。

それを理解した瞬間、小吉は針を引っ込めた。

 

貫けないなら(・・・・・・)砕けばいい(・・・・・)

 

硬い外骨格に覆われた『チャイロスズメバチ』は、生態的に見れば『オオスズメバチ』より有利だ。

しかし、『キース・ハワード』と『小町 小吉』という個人で見た時に、有利なのはどちらなのか。

片や今も鍛え続けているとはいえ、現役を退いて長いスパイ。

片や現役で先陣を切る、戦士たちの長。

それを今の短い打ち合いの中で理解した瞬間、キースは右腕の義手の機能を呼び覚ました。

 

弱いのならば(・・・・・・)補えばいい(・・・・・)

 

 

「オオオオォォォォォッッッ!!!」「アアアアァァァァァッッッ!!!」

 

 

二人が同時に駆け出し、この一撃を決めんとする。

小吉から見れば、普通の攻撃が通用しないキース相手には一撃必殺を狙うしかない。

キースから見れば、実力が劣るため長期戦は不可能であり一撃必殺を狙うしかない。

この時、二人の思惑は一致していた。

 

 

「「これで最後だァァァァッッ!!!!」」

 

 

小吉が繰り出したのは、後ろ回し蹴り。

筋力や遠心力を利用した、空手の中でもトップクラスの威力を持つ蹴り技だ。

それが、空手六段の小吉の技術と力を持って放たれるのだから、その威力は相当のもの。

 

対してキースが放ったのは、右手の義手に仕込まれた電磁石の反発による閃光の拳。

速いという事は、より威力が増すという事。

物理的な破壊力において、キースの持ち駒の中ではこれが最大級だった。

 

二人の必殺が交差する瞬間。

 

 

「……………え?」

 

 

小吉が、跳んだ(・・・)

後ろ回し蹴りのモーションは、フェイク。

本当の狙いは、横の回転ではなく、縦の回転。

足を伸ばさずそのまま高速で一回転をした小吉が、今度は縦の回転をする。

その頬を掠る、キースの右拳。

だが、止まらない。

 

 

「オリャアアアァァァァッッ!!!」

 

「ヌグアァッッ!!?」

 

 

キースの顔面に、必殺の胴回し回転蹴りが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうです?シュミレーションとしては使えそうでしたか?」

 

「…ええ、確かに短時間の戦闘シュミレーション機器としては優れていました。ですが…」

 

 

試合の終了後、求められた感想を小吉は答える。

火星に生き、そして帰ってきた者として。

そしてこれから、火星に赴く戦士の長として。

 

 

「…軽かったです。触れた時の感触や、殴られた時の痛みもあるのに。命を奪うという事への感触が、軽かったです……」

 

「…なるほど。なら、これは使えませんね…」

 

「ええ、申し訳ないですが…」

 

「いや、ありがたいですよ。我が国としても、不完全な物を発表するわけにはいきませんですし」

 

 

まあ、使えてゲーム機ですかね。と、続けたキースは、どこかこうなることを予想していたようだった。

 

 

「…貴方と戦えて、良かったです」

 

「…こちらこそ、自分の憧れと戦えたんです。ありがとうございます」

 

 

二人の間に、どこか温かい空気が流れる。

二人はあの短い戦いを通して、確信していた。

 

『この男なら、間違いはない』と。

火星での任務を果たしてくれると。

地球での謀略を防いでくれると。

 

 

「では!飲みに行きましょうか!!本場イギリスのパブをご案内しますよ!!」

 

「おお!良いですねえ!!」

 

 

その場の空気を一変させ、あっという間に中年男二人の酒盛りが決まる。

男が友情を築いたのなら、あとは酒を酌み交わすだけ。

イギリスにも美味い酒は沢山あるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

武力制圧(オオスズメバチ)』VS『玉座の簒奪者(チャイロスズメバチ)

 

勝者、『武力制圧(オオスズメバチ)』。

 

 

 

 

 

 




戦闘が短いですが、一撃必殺クラスの力を持った者同士ならこんなものです。

たぶん。(

さあ!
次回は本編!
頑張ります!


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Rob 奪う

はい、久しぶりの本編です。
どうぞ!


「さーて~?どうしてやろっかな~?」

 

 

ハリーは少しばかり悩んでいた。

どうすれば、確実に仕留めることができるのかと。

それも、西が乗っている高速脱出機を奪って。

今、自分が乗っている車両が動かないのだから、当然の考えといえばそうだ。

 

同じ班だったから、西の特性は知っている。

『ミナミハナイカ』の周囲の環境に対する保護色能力による、透明化だ。

実際、この能力は厄介だ。

見えないというのは、視覚情報に依存している人類には致命的に厄介なものとなる。

なら、まずはそれを封じるところから始めるべきだろう。

 

 

「紅~。お薬あげるから、しばらく能力を使っててくれるか~?」

 

「は、はひ!!やりまふ!やりまふから早くお薬くらはい!!」

 

「はいはーい~」

 

 

紅が能力を使用し、周囲に細菌の毒素がばら撒かれる。

それをハリーが確認すると、紅の首筋に注射器が撃ち込まれてヘロインが注入される。

これで、西が到着した時点で『マン・イン・ザ・シェル』を装着しなくてはいけなくなった。

つまり、透明になることができなくなったという事だ。

 

次に、何で戦うか。

ガトリングは使えない。

高速脱出機が壊れてしまう。

かと言って、西と近接戦で戦えるかというと、否。

彼女は『マーズ・ランキング』こそ99位と低ランクだが、それは全力で手を抜き、実力を隠した結果。

実際は彼女は軍人として非常に高度な訓練を受けており、この『アネックス一号』のスタッフたちの中でも、トップクラスの実力を所持しているのだから。

対してハリーは、元々非戦闘職。

戦闘能力そのものは、たいして高くはない。

 

重火器は使えない、近接戦闘も勝ち目がない。

では、どうするのか。

単純な話だ。

 

 

「まあ、『プレデター』の備え付けの銃器を使えばいいだけだけどな~」

 

 

ハリーが身に着けている攻性防御甲冑である『プレデター』には、高周波ブレードの他にもそのモデルとなった映画における装備などが搭載されている。

その中には、銃器も備え付けられているのだ。

肩に搭載され、頭部のレーダーと連動したその銃は、威力は低いが非常に高い精密性を持っている。

この様な状況では、うってつけの武器だ。

 

 

「……だけど、これだけじゃ不安だな〜」

 

 

相手は自他ともに認める猛者。

十全では不足だし、万全でも不安が残る。

ならば、完全にしなくてはいけない。

 

能力は封じた、攻撃手段も持った。

では、後求められることは?

 

 

「…ああ、これでいいか~」

 

 

ハリーは何かを思いつくと、機体のパネルを操作する。

これで、準備はできた。

 

その直後。

 

 

ズシャアアアァァァァァッッ!!!

 

 

と、滑るような着地音を響かせて、それはハリーたちから10mほど離れた地点にやってきた。

その風防が開き、『マン・イン・ザ・シェル』に身を包んだその姿が晒される。

ゴーグルから覗くその瞳は、怒りに染まっていた。

 

 

「紅を!返してもらいに来たぞゲス野郎!!」

 

「ハッハ~。国ぐるみでゲス野郎なそっちには言われたくないなぁ~」

 

 

お互いに銃を構え、いつでも攻撃できるよう備える。

 

 

「テメエを殺して奪い返す!!」

 

「お前を殺して逃げるさ~」

 

 

紅を奪い返しに来た西と、奪い去ろうとするハリーの対決が、始まった。

 

 

 

 




『奪う者』VS『奪う者』
始まりました。

逃げてハリー、超逃げて。(


そして私、ようやく小説版テラフォーマーズ、月の記憶読めました。
はい、それがガソリンです。(
確かにあれには、『テラフォーマーズの魂』がありましたねー。
いやー、良かったです。
それにしても、あの作中に出てきた手術ベース。
使ってみたくなりましたね。
流石にやりませんが。
でも、どこかで月の記憶と絡ませたいですねー。
パパシアの時代から始まる、インペリアルマーズとのつながりとか。
地球サイドで、できるかな?


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A Gunshot 銃声が響く

ケシとイカのバトルです。
では、どうぞ!


開幕は、一発の銃声からだった。

ハリーの肩にセットされている、小型の銃。

狙撃銃というほどではないが、サイズの割には高い精密性を誇るそれが、人体の中でも大きな的、つまり胴体を狙って放たれた。

心臓に当たれば、即死。

腹部、特に肝臓や腎臓に当たれば薬の代謝ができずに体が人間ではなくなって拒絶反応で死ぬ。

それでなくても、『M.O.手術』によって移植された免疫寛容臓が損傷すれば、その時点で手術ベースとなった生物と人間である肉体が拒絶反応を起こして死に至る。

頭を狙うよりも、よっぽど殺しやすい。

 

だが、それで終わるわけがない。

相手は中国が生んだヴァルキリー、『西(シイ) 春麗(チュンリー)』なのだから。

銃口の向きで、自分のおおよそどの部位を狙っているのかは分かる。

なら、後はその銃口から伸びる線から、体をズラせば良い。

撃たれる、その直前に。

 

結果、開幕の初撃は西によって避けられた。

なら、次はどうするのか。

 

 

「オラッ!!」

 

 

高速脱出機から飛び降り、大地を駆ける西。

そう、遠距離では不利なままには違いない。

ならば自分の距離で戦うのが、そのために近づくことが一番となる。

銃は持って来てはいたが、走るのに邪魔になるから高速脱出機に置いて来た。

 

 

「…チッ!」

 

 

ハリーの舌打ちが一つ。

 

高速脱出機から降りたことによって西が得られた利点。

それは自分の動きを妨げるものがなくなったという事。

弾除けになる障害物はなくなったが、それは自分の動きで補える。

走って、避けて、走る。

難易度の高い障害物競走だが、不可能ではない。

 

徐々に詰められる距離。

10mは本来短い距離だが、それでも銃から狙われていることで一度に近づける距離は限られている。

だが、それでも10m。

おおよそで、1~2秒でたどりつける距離。

 

あと一歩で、一足で辿り着ける。

だがそこで、西にとって大きな誤算が起きた。

ここは、直前までハリーと捕獲機能特化型のテラフォーマーが交戦していた場所。

そして、ハリーが立ち往生していた理由は-------

 

 

「ッ!?身体が…重い!?」

 

 

-------糸。

西の身体に絡みつく、見えない程極細で、しかしながら強靭な鋼の糸。

それが、無数に絡み付いて西の動きを阻害していた。

彼女は知らなかった。

いや、彼女だけではなく、ハリーも。

この場に、これ程多くの見えない糸があっただなんて。

西が走っている間に、ハリーの乗る車両を動けなくしていた無数の糸をその身体に巻き付けていただなんて。

 

何にせよ、この状況はハリーにとっては絶好のチャンス。

ここを逃す手はない。

 

 

「……ああ、成る程~。糸だったってわけか~。この車両の動きを止めていたのは~」

 

 

銃口を西に、それも本当に確実に仕留められる様に、一撃で動きを止めるために、頭に向ける。

ハリーはここに来ても、まだ安心はしていない。

何が起きてもおかしくないから、警戒し続けている。

現に、まだ西は糸の影響で遅くはなっていても、動けている。

彼女の手の届かないところから、確実に仕留める。

それが、彼にできる最善。

 

 

「………クソが……」

 

 

緩慢になってしまった身体。

それでも西は、ハリーを睨み付ける。

深い、深い殺意を込めて。

 

 

「…そんじゃ、あばよ~」

 

 

それでも、ハリーは揺るがなかった。

ただ、肩の銃を操作するだけ。

 

 

 

 

パァンッ!

 

 

 

 

 

一発の銃声が、火星に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何ィッ!?」

 

 

撃たれたのは、ハリーだった。

背後から撃たれ、貫かれた左肩から落ちていく銃。

咄嗟に後ろを振り向くも、そこには緑の苔と赤い土、それと夕焼け空しか見えない。

だが、間違いなくその方向から撃たれたのだ。

 

 

「…西!身体のパーツを持って行かれたことはあるか~!?」

 

「…ないよ!火星に来てからはまだ無傷だ!!」

 

 

その場に伏せ、射線から身を隠しながら声を張り上げて聞くハリー。

一瞬で理解できたことは、謎の第三者が割り込んで来たということだ。

中国四班の伏兵は、時間的にありえない。

ならば、他に誰が?

ハリーが見えない敵で真っ先に思い付いたのは、『ミナミハナイカ』の西。

だが、彼女は自分のすぐ近くにいる。

なら、彼女のパーツをベースに手術をしたテラフォーマーはと思ったが、それも違うらしい。

 

と、なれば。

 

 

「…『プレデター』、サーモグラフィ・オン~」

 

 

見えないならば、見える様にすれば良い。

『プレデター』のゴーグルから見える景色が変わり、青と黄色になる。

これが、サーモグラフィ。

物体の温度に応じてその色を変化させる、特殊な映像機器。

これを起動させて、頭だけを必要最低限出して外を伺う。

 

 

「…あ~、いたいた~……」

 

 

ハリーの視界に映る、赤い塊。

それは、体温を持った生物がそこにいるということ。

サーモグラフィを切って、改めてその地点を見て、納得した。

 

 

「…成る程~。単純な迷彩かよ~」

 

 

肉眼で見て、ようやく分かった。

苔を体にまとって迷彩を施したテラフォーマーが、伏せていたのだ。

それも、『バグズ一号』に残されていた銃を持って。

銃口から上る僅かな硝煙が、ようやく確認できた。

これまで、奇襲を仕掛けてくる個体はあっても迷彩を施した個体はいなかった。

テラフォーマーたちも、試行錯誤しているのだ。

どうすれば、害獣(人類)から奪えるのかを。

 

 

「…となると、だ」

 

 

だが、そんなことはハリーからしたら目的を阻む障害でしかない。

西はまだ、糸に阻まれてここまでは来れていない。

そして何より、西もテラフォーマーがいるから動くに動けない。

彼女も、ハリーたちが乗っている車両の陰にいることで、テラフォーマーの射線から逃れているのだから。

つまり、ハリーの攻撃を邪魔する者はいない。

肩の銃はなくなっても、アレがある。

 

 

「吹き飛べ~ッ!!」

 

 

捕獲特化型を塵にしたガトリングガンを再び掃射し、テラフォーマーが銃を放つ暇すら与えずその頭部を、身体を、穴だらけどころか、砕き、抉りこの世から消滅させる。

 

後は、西を仕留めればいいだけ。

もう高速脱出機から離れているのだから、ガトリングガンでも攻撃して大丈夫だ。

 

 

「…待てよ~?」

 

 

やけに、西が静かだ。

ハリーが違和感を感じ、即座に振り向くとそこには。

 

 

「………ふー」

 

 

目を瞑り、深く呼吸をしている西だった。

 

 

「(…糸がほどけず、諦めているのか~?)」

 

 

一瞬、そう考えたハリーだがすぐにその考えは払拭された。

彼女に限って、それはない。

 

『西 春麗』に限って、それはない。

 

 

「…(フン)ッ!!」

 

 

瞬間、絡まっていた糸が緩まり西の足元に落ちる。

西は諦めたのではなく、気を練っていた。

この場合の気を練るとは、ファンタジー的な物ではなく呼吸と心を落ち着け、最大限のリラックスをすること。

そしてそのリラックスした状態から一気に全身の筋肉に力を入れ、その爆発力で糸を弾いてゆるめたのだ。

 

 

「クッソッッ!!」

 

 

状況は変わった。

ガトリングガンを西に向けるも、その時にはもう遅い。

軽い跳躍で車両に飛び乗った西の手は、ハリーの胸に当てられていた。

 

 

「マズ…ッ!」

 

 

咄嗟に高周波ブレードで貫こうとしても、もう遅い。

西の脚は車両の床につき、準備は完了している。

 

 

「発勁ッ!!」

 

「グウッ!?」

 

 

咄嗟に高周波ブレードで突き刺そうとしたことで、僅かに手の位置がズレたが功を奏し右胸に発勁が打ち込まれる。

もしこれが左胸なら、心臓が損傷し即死していただろう。

だが、右胸なら右肺を損傷するが即死はしない。

 

 

「まだだ!!」

 

「グハァッッ!!」

 

 

発勁を打ち込んだ腕が曲がり、肘打ちから続いて肩から行く体当たりへと流れるように続ける。

最後の体当たりで吹き飛ばされ、車両の壁にぶつかって崩れ落ちるハリー。

 

 

「大丈夫か!紅!」

 

 

右胸に打ち込まれた発勁と、壁に叩き付けられた衝撃で動けないハリーを尻目に、紅へと駆け寄る西。

しかし、

 

 

「…あんれぇ~?西さんじゃないれすかぁ~…。ろうしたんれすかぁ~…?」

 

「…紅……ッ!」

 

 

その目の焦点は定まっておらず、呂律もまわっていない。

実際、西のことをキチンと認識できただけでも僥倖だろう。

 

 

「………廈門ィィィィッッ!!!ゲス野郎が!紅に何をしやがった!!」

 

「…お前な…、右肺…ゴポッ…潰れてんだぞ…俺…は~……」

 

 

崩れ落ちていたハリーの胸ぐらを掴み、引き摺りあげて尋問をする西。

その西の言葉にも、血の泡交じりの言葉だが飄々とするハリー。

 

 

「答えろっ()ってんだよ!!」

 

「…俺の…手術ベー…スはケシだ…。ゴフッ…!それで…、分かるだ…ろう~……」

 

「…阿片か!!このゲス野郎!」

 

「正確には…ヘロイン……だな~…」

 

 

激昂する西と、瀕死ながらも飄々とするハリー。

状況的には圧倒的に西が有利なのに、余裕があるのはハリーに見えるのはなぜか。

紅の状況が西から冷静さを奪っていることは間違いないにしても、あまりにも西は熱くなりすぎている。

 

 

「お前も紅がただのガキだってことは知ってただろうが!そんなことまでして…お前は……」

 

 

徐々に。

徐々に西の力が緩んでいき、声もか細くなっていく。

それに伴ってゆっくりとハリーの体も落ちていく。

 

 

「…お前はそんな奴じゃなかっただろう………!」

 

 

仲間だった時期があった。

その時の記憶が、西にはあった。

ハリーは潜入任務だったとはいえ、西からすれば危険な任務を共にした仲間だった。

西は冷徹な軍人としての一面だけではなく、心優しい女性としての側面も持っている。

その優しさが、仲間だった記憶が、彼女に最後の一線を越えるのを踏みとどまらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前は知ってるか~…?」

 

 

力なく崩れ落ちたハリーの口から、言葉が出た。

 

 

 

 




その口から語られる言葉は…!(本誌っぽい煽り

はい、というわけで現時点では玉クラッシュは避けられました。
西姉さんも、優しい女性なんですよ。
紅ちゃんへの関わり方を見ても。


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Purple Haze 紫の煙

Purple Haze
LSDやマリファナなどの名称。
直訳で、紫の煙。


『ハリー・ジェミニス』の人生において、その幼少期は極々平凡と言っても間違いはない。

空気は澄んで、森には狐などの野生動物が豊かな生態系を育み、人々は畑を耕し大地と共に生きている。

そんなイギリスの片田舎に生まれた彼は、都会、それもイギリスの首都ロンドンに強い憧れを抱いて育った。

少年だったハリーは、いつかこんな田舎を出て、ロンドンで大成功するという夢を持ち、日々努力を続けた。

その結果、高校を卒業した彼は通信の大学で働きながら学び、大学卒業後には念願のロンドンで公務員として就職を決めることができた。

彼は喜んだ。

これで憧れの都会に、夢のロンドンに行けると。

 

 

 

 

 

「…俺の実家はイギリスの田舎でなぁ~。家の周りは畑と森だった~…。だから、都会に凄く憧れてなぁ~…。一生懸命勉強して、就職する時にロンドンに出たんだよ~……」

 

 

力なく崩れ落ちた身体の中で、口だけを動かし言葉を紡ぐハリー。

潰れた右肺の内で、貯留した血液の中に空気が混じり泡沫音をさせながら話すも、その言葉に、述懐に淀みはない。

 

 

「俺だけじゃない~。ロンドンにはイギリス中から人が集まってたんだ~…。ロンドンに来れば、仕事があるって思ってな~…。一発当てられる、家族を食わしてやれる~…」

 

 

多くの人にとって、その国の首都は夢の舞台となる。

そこには沢山の憧れや希望、羨望が集まり、その分多くの人が集まっていく。

かつてのハリーも、その一人だった。

 

 

「………だけど、ロンドンは、イギリスは狭すぎた~…」

 

 

だが、理想と現実は、往々にして違うものだ。

 

 

「愕然としたさ~…。光はあちこちでこうこうと照ってるのにな、空は暗いんだ~…。道端じゃあガキどもが座り込んで物乞いしてるし、地下鉄のホームじゃあホームレスたちが寝転んで、路地裏じゃあ猫やカラスが誰かも分かんねぇ死体食ってんだ~……」

 

 

2600年代。

いや、それ以前から限界は来ていたのだ。

世界全体に起きていた、増えすぎた人類による地球のパンクは。

世界各国にその影響は出ていたが、一番ダメージを受けていたのは貧しい国ではなかった。

国土が狭い国々、その中でも先進国と呼ばれる国々だった。

元々、そのような国は第二次産業や第三次産業で発達してきた。

国土が狭いから、第一次産業での輸出国家としては不利だったが、技術力で他国と勝負してこれたからだ。

かつて大英帝国と呼ばれたイギリスも、そして産業立国である日本も、工業製品を始めとする第二次産業の商品を輸出することで国力を高めてきた。

 

だが、人類の飽和はそのような国々に、まるで毒の様に少しずつダメージを与えていった。

国土が小さいのに、人は増えるばかり。

国と一部の会社には、確かに金はある。

だが、その金が全体に行き渡るわけがない。

更に言うならば、例え全体に行き渡ったところで一人一人の分配は極端に少なくなる。

分母を分子が越えた。

越えた分子が受け皿から溢れ、町に社会からあぶれた人が転がる。

それが現在のイギリス首都、ロンドンだった。

 

 

「……俺の夢は、そんな夢のゴミ溜めだったんだよ~…」

 

「…それは、知っている。有名な話だし…、今の世の中どこにでもある話だ…」

 

 

実際、そのような話はイギリスに限らず世界中であった。

それが人類が飽和した世界での当たり前だった。

 

 

「だけど!だからって何で紅を!?」

 

「お前に分かるか!?自分の夢が!ただのゴミ溜めだと知った時の絶望を!!」

 

 

口から血の泡を吐き出しながら、鬼気迫る表情でハリーが吼える。

 

 

「だから俺は誓った!ガキの頃歴史で学んだ大英帝国を蘇らせると!!俺の田舎の様に!誰も食うのに困らない国にすると!広く大きく強い国にすると!ガキの頃の俺に!お前の夢はゴミ溜めじゃないと!胸を張れる様な国にすると!!」

 

 

呼吸は左肺だけで行っている。

右肺には貯留した血液の様で、まるで水中で溺れたかのような息苦しさを感じている。

だが、それでも彼は叫ぶ。

 

 

「それは首相も同じだった!俺たちは同じだった!大英帝国はすぐそこだ!例え何をしようとも!必ず果たしてみせる!!お前にそれを!」

 

 

理想に燃える瞳で。

それ以上に、漆黒の希望に輝く瞳で。

 

 

「邪魔されてたまるか!!」

 

「なッ!?」

 

 

それまで死にかけ、崩れ落ちていたのが嘘の様に機敏に動き、西に足払いをかけてバランスを崩させる。

それでも倒れはしないのが流石の西だが、一瞬の隙は生まれてしまった。

その一瞬の隙が、ハリーに準備していた最後の策を打たせる時間を与えた。

 

 

「オォォッ!!」

 

ダンッッ!!!

 

 

車両のコントロールパネルに、事前に準備していた最後のキーを叩く。

 

 

「…なっ!?」

 

 

その瞬間、西の視界は奪われた。

突如立ち込めた煙に、目の前を閉ざされたから。

 

煙幕発生装置(スモーク・ディスチャージャー)』。

それは、大量の煙で煙幕を発生させ、視界を封じて身を隠すための機能。

この車両に搭載されていた、元々は緊急時にテラフォーマーから逃れるための装備。

 

能力を封じた。

攻撃手段も持った。

そして、視界を封じた。

 

人類は情報を得ることの大部分を視覚に頼っている。

では、そんな人類が突如、視界を奪われたらどうなるか。

 

 

「(み、見えねぇ…ッ!!どこにいやがる!?)」

 

 

どんなに冷静な人物であろうとも、パニックに陥る。

そしてその隙を、ハリーは逃さない。

 

 

「…邪魔を」

 

「ッ!?」

 

 

西の後ろから聞こえた声。

咄嗟に後ろを振り向くが、もう遅い。

 

 

「………するな!」

 

「カッ!?」

 

 

突如煙の中から注射器を持った腕が現れ、西の首筋に注射針が打ち込まれる。

首筋に打ち込まれた注射針から、一気に血管内に薬剤が流し込まれ、そして注射針が引き抜かれたと同時に膝から崩れ落ち、そのまま倒れた。

崩れ落ちる最中で、西は気付いた。

正確には、極々近距離だから、煙の中でも見えた。

 

 

「(…こいつ…、変態してやがる……)」

 

 

近くから見えたハリーの険しい顔。

それは、顔に線が浮かび上がり、ゴーグルから覗く髪には植物の葉の特徴が。

つまり、人為変態を遂げていた。

 

 

「(…モルヒネ…か……)」

 

 

徐々に霞がかって行く思考の中で、西はその結論に達した。

ハリーが死にかけの身体で俊敏に動けた理由。

それが人為変態をしたことにより体内で精製された、モルヒネによるもの。

モルヒネは医療の世界でもよく使用され、ホスピスなどでは末期ガンの患者に対し日常生活を送るのに支障のない量を服薬させることで、痛みなく生活を送れる様にしている。

つまり、今のハリーは擬似的な無痛状態。

奇しくもそれは、人類を脅かすテラフォーマーたちの持つ利点と同じものだった。

 

打ち込まれたヘロインの影響で、動くこともままならない西。

だが、それで終わるわけがなかった。

 

 

「…カッ!?カハッ!?」

 

 

混濁していく意識の中で、気が付いた。

呼吸ができない(・・・・・・・)と。

 

 

「………言ったはずだ。邪魔はさせないと…」

 

 

ヘロイン、いや、麻薬系の薬物には、ある特徴がある。

過剰摂取をすると呼吸中枢が抑制され、呼吸ができなくなるという特徴が。

今、西を襲っているのがそれ。

ここまで来たらもう、後は昏睡し、眠る様に死ぬしかない。

 

 

「…そのままそこで、寝ていろ」

 

 

倒れた西を放置し、紅へと向かうハリー。

痛みをなくしたが、ハリーの身体は動かせる様な状態ではない。

それでも、無理矢理動かして紅を抱え、高速脱出機へと向かう。

それが彼の任務だから。

 

 

「クソ…ッ。とんでも……ねぇもん……。ブチかまして…くれやが「……おねがいです…」…あ?」

 

 

不意に、彼の耳に届いたか細い声。

 

 

「…おねがいです……。西さんを…助けてあげてください……」

 

「…紅……お前…」

 

 

それは、涙を溢れさせながら大切な人のために懇願する、少女の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!?」

 

 

西は目を覚ました。

咄嗟に飛び起きて、辺りを見渡す。

一瞬、ここがあの世かと思うが、辺り一面の苔と岩を見れば火星だと分かった。

でも、何で自分は生きているのか。

そのことが頭をよぎり、そしてその答えは足下にあった。

 

 

「…これは、人工呼吸器か?」

 

 

自分が立ち上がったことで足下に落ちたのであろう呼吸器が、そこにあった。

しゃがみ込んで手にとってみると、どうやらそれはこの車両に標準装備されている物の様であり、チューブが席の一つに繋がっていた。

そこでようやく胸元まで脱がされた『マン・イン・ザ・シェル』に気が付いた。

おそらく、呼吸器を取り付けるために脱がされたのだろう。

今こうして呼吸器が外れた状態で呼吸をしても無事だということは、細菌の毒は風で散っていることが分かる。

 

 

「……なんで、生かされたんだ…?」

 

 

解けない疑問が頭の内側を叩いてくるが、今それ以上に彼女には気がかりなことがあった。

 

 

「…紅は…連れて行かれたのか……?」

 

 

周囲を見渡しても、彼女が助けに来た少女はいない。

その疑念が確信に変わった時、彼女の中で何かが溢れた。

 

 

「………紅ンンンンッッ!!!」

 

 

少女の名前を呼んでも、答えはない。

ただ、風の音だけが聞こえるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…さぁて、着いたぜ〜」

 

 

途中から現れた夥しいテラフォーマーの死体の上を、高速脱出機で移動した先にそれはあった。

まるで卵の様なフォルムをした、無数のテラフォーマーたちの死体の中に存在する唯一の文明の証にして、ハリーの希望。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『バグズ三号』だ」

 

 

その時は、訪れた。

 

 

 

 




勝者、『地獄の快楽』。

はい、というわけで、ハリーの勝利です。
かなりギリギリのラインで、ですけどもね。

とうとう『バグズ三号』に到着したハリーと紅。
二人はどうなるのでしょうか。

次回の更新を、お楽しみに!


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Flower Of Spy 任務完了

ある朝我らは船出する 頭をほてらせ
心中には憤怒と 苦い欲望を抱きながら
波の脈動にまたがって我らは進む
有限な海の上で無限の思いを揺らめかせつつ

~シャルル・ピエール・ボードレール『悪の華』より引用~


「………中にはゴキブリどもはいないみたいだな………」

 

 

本当ならば動かせない身体を、モルヒネで痛みをごまかしながら一歩一歩無理矢理動かし『バグズ三号』の内部を歩いていく。

その背におぶられた紅は、心労や疲労がたたったのか目を閉じて眠っている。

『バグズ三号』の近くにテラフォーマーが存在しないのには、つい数日前までいたシーザーが原因だ。

テラフォーマーが求める『技術』の塊である『バグズ三号』は、彼らからしたら垂涎物の品だ。

だが、近付けばシーザーによって殲滅される。

テラフォーマーたちはそのことを学習し、この近辺に立ち入ることを辞めていたのだ。

その判断はシーザーがいなくなって数日経った今でも続いており、それ故にテラフォーマーに荒らされることなく『バグズ三号』は存在できた。

 

 

「…あー…こっちの方にアレ(・・)があったはずなんだけど~……」

 

 

そんな『バグズ三号』の中を歩きながら、ハリーはとある物を探していた。

それは、過去二回の『バグズ計画』において、必ず搭載されていたもの。

一度目の時は地球に重大なサンプル(テラフォーマーの頭部)を送り、二度目の時は二人の生還者を地球へと送り込んだそれを。

そう、彼は―――――――――

 

 

「…………ああ、あった」

 

 

――――――――地球へ飛ばせる、小型ポッドを探していたのだ。

 

紅を小型ポッドの中に寝かせ、持ってきた地球までの40日分の水と食料を二人分。

それと、娯楽品を入れる。

40日という長い時間の中で、自分を保つために。

 

一応人為変態をしたことで、傷は塞がった。

それでも彼の身体が地球に辿り着くまで保つかどうかは、ほぼ不可能と言ってもいい。

だが、彼は最善を尽くし、地球へ向かう準備をした。

彼の悲願、大英帝国の再建のために。

 

積み込む荷物を入れ終え、ポッドの入口から眠っている紅の顔をハリーは眺めていた。

この後、この少女の身に起きるであろうことは、想像に難くはない。

紅式手術のサンプルとして、様々なことをされるのだろう。

その容易に想像できる未来に、胸が小さくズキリとする。

自分のしたことなのに、だ。

中国四班に潜入していた時、彼女らの偽りの仲間だった時。

彼はこの少し頭が弱く、しかし愛嬌があり優しい少女を可愛がっていた。

そのことは偽りではなく、本心からだった。

だから、今になって胸が痛みを訴えだした。

 

 

「……………紅…」

 

 

たった半日とはいえ、彼女をヘロイン漬けにした。

これから彼女の行き先に、地獄を用意した。

それらは全部、自分のやったことだ。

大英帝国再建のために、紅を犠牲にすることに躊躇いはない。

 

 

「(……だが、それでも…、せめて……)」

 

 

せめて少しでも、苦しい思いをしないで済むようにできるなら。

偽善的だが、ハリーはそう考えていた。

しかし、自分が地球に辿り着くまでに死んだら、その思いを伝える者はいなくなる。

いや、確実に自分はそれまでに死ぬだろう。

だからこそ(・・・・・)、紅をこのポッドに乗せたのだ。

一度打ち上げれば、特に操作しなくても地球へ帰るこのポッドに。

ポッド内の端末を操作して、扉を締めて1分後に飛ぶように設定をした。

後はメッセージを残すだけ。

端末に簡単な文書を打ち込み、保存する。

これで、準備は完了した。

 

そこで気付いた。

思わずその手で拳を作り、ポッドの外壁を叩く。

 

 

「……………あー、クソったれ…。なんで今なんだよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じょうじ」

 

 

ハリーの背後の通路から姿を現したのは、一体のテラフォーマー。

火星は、個人の感傷など関知したりなどしない。

 

 

「…こりゃあ、俺は地球までは行けねぇなぁ……」

 

 

そう言いながらカプセル型の植物型用のクスリを服用して人為変態をし、小型ポッドの扉を外から(・・・・)閉めた。

 

1分。

飛び立つまでの1分間、『技術』を持つものを、女性を優先して狙う習性のあるテラフォーマーの魔の手から小型ポッドを守らなくてはいけない。

 

 

「(………可能か?)」

 

 

頭の中を、不安がよぎる。

例えモルヒネで痛みを誤魔化そうとも、ダメージを受けていることには変わりはない。

人為変態した際に傷そのものはある程度塞がっても、右肺はもう使い物にはならず、そして今も呼吸をするたびにゴボゴボと音がする。

 

だが、それでも。

 

 

「…邪魔はさせないぞ、ゴキブリ野郎」

 

 

戦わない理由にはならない。

 

 

「オオオオォォォォォリャァァァァァァァッッッ!!!!」

 

 

右手の高周波ブレードを展開し、テラフォーマーに突撃する。

高周波ブレードの斬れ味は、容易くテラフォーマーを断つことができるほど。

覚悟も決めた。

 

だが、しかし、それでも。

 

 

グチャリ

 

「………カハ…ッ」

 

 

それで良い結果に繋がるとは限らない。

 

ブレードは避けられて空を切り、テラフォーマーの腕がハリーの腹部を突き抜けた。

モルヒネで痛みは感じないからといって、これは流石に辛い。

まだ、10秒。

まだ10秒しか、時間を稼げていない。

 

腕でハリーを串刺しにしたまま、小型ポッドへ向かうテラフォーマー。

最早ハリーを、気にしてなどいない。

ただ、後で死体を回収するのが面倒だから、連れているだけだった。

だから、気付けなかった。

 

 

「…この距離なら……、避けれねぇだろう……?」

 

 

ハリーの心臓の鼓動が、まだ止まっていないということに。

 

 

ズブリ

 

「…じょう?」

 

 

一瞬の煌めきの直後、テラフォーマーの胸、つまり食道下神経節に高周波ブレードが突き刺されていた。

間抜けな声をテラフォーマーが出し、その胸に刺さるブレードを視認する。

そしてそのまま、崩れ落ちた。

 

自分の傷から不必要に出血しない様に、刺さっているテラフォーマーの腕を斬り落としてそのままにしておく。

 

 

「……ああ、そうだ…」

 

 

もう一つ、やらなければいけないことができた。

左腕に装着されていた、『プレデター』を操作するための端末。

震える手で、その画面を決まった手順でタッチし、今必要としている機能を動かす。

これで、30秒経過。

タッチが終わると画面にカウントダウンが表示され、1分のカウントダウンが始まった。

その画面を確認すると、小型ポッドへ目を向ける。

紅はまだ寝ているだろう。

せめてもの彼女の幸せを願いたいところではあるが、これから彼女の身に起こることの原因とも言える自分にはその資格はない。

だから、代わりにこの言葉を贈るのだ。

 

 

「………良い女に…、なれよ~…。紅~……」

 

 

柔らかく、微笑みながら言うその言葉。

それが、可愛がっていた彼女に贈れる精一杯の言葉。

その言葉の直後に達した、1分。

小型ポッドが飛び立ち、火星の上空を突き抜けて行く。

この瞬間、彼の任務が達成されたことが確実となった。

 

そして、もう残り30秒。

この『バグズ三号』を残しておくわけにはいかなかった。

残しておけば、シーザーの不在によって侵入できることを理解したテラフォーマーたちが、『技術』を奪っていってしまう。

それだけではなく、小型ポッドがないという事実も、『アネックス一号』のメンバーたちに知られるわけにはいかない。

 

勿論、自分の死体を残すこともできない。

 

『プレデター』に搭載された、最後の機能。

それは、非常に強力で、何より無慈悲。

モデルとなった映画の中での、使用方法から名付けられたその名は『アナザー・ワン・バイツァ・ダスト』。

その正体は、超強力な時限爆弾(・・・・)

 

『アナザー・ワン・バイツァ・ダスト』、その意味は。

 

 

「…『地獄へ道連れ』だ、ゴキブリども……」

 

 

残り、10秒。

彼はふと、モデルとなった映画でこれが使われたシーンを思い出した。

 

 

「……は、はは……。ハハハハハハハッッッ!!!」

 

 

そう、そうだ。

こうして笑っていたんだった。

嘲る様に、何かに満足したかの様に。

 

そして、残り1秒。

笑うのをやめ、満ち足りた笑顔で彼は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「任務完了」

 

 

 

 

 

 

 

 

大規模な爆発が起こり、『バグズ三号』が原型を留めないどころか木っ端微塵に大破する。

『技術』も、『情報』も、『死体』も。

全ては爆炎の中に消えた。

これでテラフォーマーは『技術』を奪えず、『アネックス一号』メンバーたちは『情報』を知ることができなくなった。

 

彼の、『ハリー・ジェミニス』の任務は、これで完全に、そして完璧な形で完了したのだ。

 

 

 




芥子
花言葉:「恋の予感」「いたわり」「陽気で優しい」「思いやり」「忘却」「眠り」


はい、というわけで『ハリー・ジェミニス』はこれにて退場となります。
実はこの人の何が凄いかと言うと、現在火星にいる者たちの中で唯一、自分の目的を完全に遂行している、勝者なんですね。
あの『幸嶋 隆成』ですら、目的を達する前に死んでいますし。
書き終わってから、そんな事に気が付きました。

次回からは、燈たちの話になるでしょうか。

それでは、今回はこれにて。
『任務完了』。


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Chinese Lantern Plant 鬼灯

今回、一人死にます。


『磯山 リース』こと、『(ホワン) 静花(ジンファ)』は迷っていた。

目の前の脅威、潜入機能特化型のテラフォーマーに対してどの様に対処するのか。

薬を使うのは?

おそらくそれは、今は(しのげ)てもその後が怖い。

なにせ、自分は一緒にいる二人からすれば裏切り者だ。

今薬を使えば、テラフォーマーを倒せても二人からどの様に対処されるかは想像に難くない。

だが、使わなければ死は免れない。

彼女の『サード(元セカンド)』として生まれ持ったベースは、『ミミックオクトパス』。

変幻自在の擬態能力を持つが、戦闘能力として見ると心細い。

そして彼女自身もまだ少女であり、幸嶋や劉、アシモフなどの変態せずにテラフォーマーを倒せる様な力も戦闘力もない。

 

薬を使わなければ死ぬ。

薬を使っても死ぬ。

 

ならば、助けてもらうのはどうか。

それも不可能。

一緒にいた二人は、今まさにテラフォーマーと交戦中であり、彼女の家族である中国四班のメンバーも来ることはできない。

 

絶体絶命とは、このことだった。

目の前に迫り来る、テラフォーマーの腕。

そういえば、テラフォーマーは女性を優先して攻撃するんだったか。

そんなことが頭をよぎり、何故だか可笑しくなり苦笑してしまう。

 

 

「(…皆は、大丈夫なのかな……?)」

 

 

思考を諦めが埋め尽くし、項垂れて(こうべ)を垂れる。

最後に想ったのは、家族と、そしてその資格もないだろうが仲間たちの安否。

諦めた彼女に、逃れられない死が迫る。

 

 

「薬を使え!リィィィス!!」

 

「ッッ!?」

 

 

諦めた思考を破る、彼女に告げられた命令。

それはパラポネラ型テラフォーマーに吹き飛ばされ、大の字になっていたミッシェルからのものだった。

 

 

「アアアアアァァアァアアアァァァァァァッッッ!!!!」

 

 

咄嗟に。

そう、ミッシェルの命令により咄嗟に行われた人為変態だった。

瞬間、咆哮とともに彼女の腰から6本の足が現れ、元々の手足は伸び、肥大化する。

それも、変態時に肥大化した腕で潜入機能特化型を吹き飛ばしながら。

 

 

「……じょうじ」

 

 

だが、それだけ。

ノーマルタイプのテラフォーマーならば引き千切れたであろう一撃も、昆虫界切っての強度である『クロカタゾウムシ』の甲殻を持つ『潜入機能特化型』相手では、吹き飛ばすことまでしかできなかった。

苔と岩の大地では、その輝く迷彩の効力を完全に発揮することはできない。

しかし、それ脅威的な甲殻の強度に影響はない。

あらゆる攻撃が通じない上、更に『ニジイロクワガタ』の特性として挟む力(・・・)が強い。

『カイコガ』の動物性蛋白質の摂取による肉体の強化はないが、相手の攻撃を無視し挟んでしまえば仕留めることができる。

他者からは見えづらい肉体と桁外れの頑丈さで近付き、切断する。

それが彼の戦い方。

 

 

「…ミッシェルさん……」

 

 

だが、彼女の関心はもう、潜入機能特化型にはない。

彼女に命令をした、ミッシェルにあった。

何故、自分に薬を使わせたのか。

それが気になった。

 

 

「…何してんだリース。お前は第二班の仲間だろうが」

 

 

ダメージのある身体を起こしながら、ミッシェルは言う。

静花が、リースが仲間であると。

 

 

「とっととそのゴキブリ野郎を倒しやがれ!!」

 

「は、はい!!」

 

 

リースと呼ばれ、命令を下された。

そのことが自分は『磯山 リース』でもあることを理解させた。

『黄 静花』ではなく『磯山 リース』として、日米合同第二班の班員としていられるこの最後の時間を生きようとさせた。

『磯山 リース』はこれから死ぬ。

おそらく、中国第四班の追っ手がもうじきくるだろう。

そうすればもう、本当に『磯山 リース』で居続ける必要はなくなる。

中国第四班の『黄 静花』として生きることとなる。

なら、この戦闘の間だけでも、『磯山 リース』として生きよう。

それが『黄 静花』が、もう一人自分である『磯山 リース』にできる最後のこと。

 

 

「……かかってきなさい!!」

 

 

覚悟はもう、決まった。

 

『ダイオウホオズキイカ』。

名前の中にある『鬼灯(ホオズキ)』とは、赤い実をつけるナス科の植物のこと。

その名前の由来には諸説あるが、一つこんなものがある。

曰く、『鬼の提灯(魂を運ぶ入れ物)』。

 

『鬼灯』によって、『磯山 リース』は運ばれる。

だがそれは、この戦いの後だ。

今から『磯山 リース』は、戦う。

 

その覚悟をした姿を見届けたミッシェルもまた、行く。

 

 

「…さあ、待たせたなゴキブリ野郎」

 

 

ただ全力で、全霊でパラポネラ型に拳を打ち込むために。

父の能力を奪った相手を、叩きのめすために。

 

 

「第二ラウンドだ!!」

 

 

人とは違う出生を果たした、救われぬ己の魂を救うために。

 

 

「オオオォォォラアアアァァァァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それにしても、今のが効いてないなんてね……」

 

 

リースの頬を、冷たい汗が伝う。

今の一撃には、『ダイオウホオズキイカ』の特徴でもある爪による引き裂きもあった。

しかし、その甲殻には傷一つ負わせることができていない。

硬い甲殻に守られた相手には、どうするべきか。

クロカタゾウムシ型テラフォーマーと交戦した幸嶋と慶次は、そのパワーと甲殻類の頑丈な肉体で突破した。

では、『ダイオウホオズキイカ』は?

筋肉の塊である烏賊の身体に、変態したことにより伸びた手足。

パワーは充分にある。

だが、硬さが足らない。

パワーを確実にダメージに変えるための、硬さが足らない。

 

ならば、どうするか。

その答えは、実は二十年も昔。

この火星で示されていた。

 

無言のテラフォーマーが、リースの胴体を切断するために無造作に近寄る。

何度叩かれ様とも、その身体に触腕が巻きつこうとも、気にせずに近寄る。

何をされても自分には通用しない。

その絶対の自信があったから。

彼は若く、そして知らなかったから。

 

『ジャイナ・エイゼンシュテイン』

 

それは二十年前の『バグズ二号計画』で死亡した、一人の女性隊員の名前。

明るく、活発な彼女こそ、『クロカタゾウムシ』による『バグズ手術』被験者だった。

 

(テラフォーマー)は知らない。

彼女がどの様にして死んでいったのかを。

そしてそれが、

 

 

ブツン

 

 

自身の死に方と、同じだということを。

『ダイオウホオズキイカ』の複数ある腕が、全て彼の体に巻きついていた。

その、無理矢理千切られた左腕にも(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「…そうよね、当たり前よ」

 

 

引き千切った左腕を放り棄て、リースは呟く。

捕獲機能特化型の首に、触腕を巻きつけながら。

 

 

「いくら皮膚が固くても、関節があるなら引き千切れるわよね…?」

 

 

かつて、死刑の方法に存在した、最も重いとされた刑。

被処刑者の四肢を牛や馬などの動力源に結びつけ、それらを異なる方向に前進させることで肉体を引き裂き、死に至らしめるものであるそれ。

 

かつてフランスで行われた最後のこの刑は、執行者が詳細な手記に残している。

国王に対する殺人未遂の罪でこの刑を執行された『ロベール・フランソワ・ダミアン』は、まず寺院の前に連行され、そこで罪を告白する公然告白が行われた。

その後広場に連行され処刑台の上に上げられると、まず国王を刺した右腕を罰するために右腕を焼かれ、次にペンチで体の肉を引きちぎり、傷口に沸騰した油や溶けた鉛を注ぎ込まれた。

地面に固定されたX字型の木に磔にされ、両手両足に縄を結ぶと、それらのもう一方の先を4頭の馬に繋いだ。これを号令とともに馬たちが一気に4方向に駆け出すことでダミアンの体から四肢を引き裂いた。

この刑の凄惨さは、執行後余りの凄惨さに二人いた執行者の片方が職を辞したほどとされている。

 

そして、その刑の名は。

 

 

「『八つ裂き刑』よ」

 

「ギィィィィィッッ!!!」

 

 

力任せに、潜入機能特化型テラフォーマーの残った右腕と両足が引き千切られ、頭部も引き抜かれた。

痛覚のないテラフォーマーのはずなのに、その凄惨さからか断末魔を上げる。

ゴロリと転がった頭部には、ハッキリと『恐怖』が刻まれていた。

 

戦闘が終わり、ふと空を見上げるリース。

 

 

「…じゃあね、リース」

 

 

高速脱出機に残ったのは、『黄 静花』だけだった。

 

 

 

 




『磯山 リース』は、鬼灯で運ばれて行きました。

そういえばそろそろハロウィンですね。
何かハロウィン短編書こうかなぁ…?


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Halloween ハロウィンマーズ

今日はハロウィン!
予告していたハロウィン特別編です!

カボチャのランタンが笑う今日。
アネックスメンバーたちはどう過ごしていたのでしょうか。
どうぞ!


「10代集まれー!!燈と八重子もカモン!」

 

「なーにー?晶ー?」

 

「なんか面白えことでもすんのか?」

 

「…俺と八重子がついでなのはなんでだ…?二十歳だからか…?」

 

 

10月20日、牧瀬が日米合同班の若い連中を唐突に集めた。

勿論、理由なく集めたわけではない。

 

 

「問題!今日から11日後には何がある?はい!シーラ!!」

 

「え!?あ、あたし!?え、えっと、ハロウィンでしょ?」

 

「正解!第二問!トリック・オア・トリートとはどういう意味か!!はい!マルコス!!」

 

「お菓子をくれなきゃ悪戯すんぞイカ野郎!!」

 

「イカ野郎は余計だけど正解!第三問!ハロウィンで欠かせないものは?はい!リース!!」

 

「ふえっ!?わ、分からないわ!」

 

「はい!八重子!!」

 

「私なの!?えーと…そうだ!仮装!」

 

「正解!第四問!お菓子をもらえなかったら何ができる?はい!アレックス!!」

 

「さっきのマルコスの答えにもあったけど、悪戯だろ?」

 

「正解!第五問!つまりハロウィンはどういう日?私の望む答えを出すように!はい!燈!!」

 

「晶の望む答え!?ハッ!?」

 

「いーち、にーい、さーん」

 

「何のカウントダウンだよ!?ちょっ!?なんか怖い!?」

 

「しーい、ごーお、ろーく」

 

「なんか手をワキワキさせてるゥゥッ!?ダメだったら美味しく頂かれちゃうのか!?」

 

「しーち、はーち、きゅーう」

 

「合法的に悪戯ができる日!!」

 

「………ファイナルアンサー?」

 

「…ファイナルアンサー………」

 

「……チッ。正解!」

 

「ヨォォォォッシャアアァァァァァッッ!!!!」

 

「「「「(………今、舌打ちしてた…)」」」」

 

 

牧瀬による怒涛の問題攻めを切り抜けた面々は、心に少しのトラウマを抱えながらも彼女が言いたいことを理解した。

ラストの燈に関しては貞操の危機もかかっていたが、それについてこれ以上追及する者はいない。

だって(性的に)食べられちゃうから。

 

そして、牧瀬が高々という。

 

 

「名付けて!『ハロウィンにかこつけて悪戯(意味深)大作戦』!!」

 

「「「センスがねぇ!?」」」

 

 

あまりにセンスのないその作戦名に、3バカトリオからツッコミが入る。

何せ、欲望をそのまま言っているだけなのだから。

アネックスの皆、逃げて。

超逃げて。

 

 

「で、でもアキラ!そんなことはいくらなんでも「悪戯の代わりってことで、艦長とデートできるかもしれないわよ?」気合い入れて仮装するわよ!!」

 

「…あー、シーラ艦長のこと好きだから」

 

「脈はないのにな…」

 

「まな板のくせにな」

 

「そこの3馬鹿!うるさい!!」

 

 

3馬鹿の容赦のない口撃(・・)に、若干涙目になりながら反論するシーラ。

だが、彼ら(3馬鹿)は気付いていなかった。

 

 

「…ま・な・い・た?」

 

 

まな板と罵倒されたシーラ以下(Aカップ)の加奈子が、その背後に般若と化して迫っていたことに。

 

 

「…テメーら………殺す」

 

「「「ギ、ギャアアアアァァァァァァッッ!!!?」」」

 

 

こうして、騒動と喧騒と流血から、日米合同班の若者たちによるハロウィン大作戦が開始された。

 

 

「……劉さん、静花は(周りのノリに着いていけなくて)辛いことも多いけど元気です……」

 

 

なお、リースの悲しい呟きは、騒いでいる誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

そしてハロウィン当日の朝。

彼らは皆仮装をし、準備は万端となった。

 

 

 

・TARGET1:幸嶋 隆成

 

 

最初のターゲットとなったのは、『路上最強』こと幸嶋だった。

最初からハードルが高すぎる気がしないでもないが、高いハードルから先に済ませていこうという考えなのだろうか。

部屋の中からはプロレスであろうテレビの音が聞こえており、中に人が居ることが分かる。

 

 

「…行くわよ」

 

 

言いだしっぺの牧瀬が、幸嶋の部屋の扉をノックする。

数秒後…。

 

 

「どうしたー?」

 

「「「「「「「「トリック・オア・トリート!!」」」」」」」」

 

 

扉が開き、幸嶋が顔を出したところを全員でお決まりの文句を口にする。

が。

 

 

「……ほーお?悪戯?俺相手に?」

 

「ヒッ!?」

 

 

実は一番年下のリースの喉から、引き攣った悲鳴が上がる。

根本的な相手が悪かった。

幸嶋は千葉県の過疎からギリギリ免れているような村の出身だ。

英語は世界中を喧嘩旅している内に覚えたが、ハロウィンがどういうものなのかなんて、全く知らなかった。

せいぜい、ネズミーなランドで10月くらいにハロウィンがどーちゃらやってるくらいにしか知らなかった、

勿論、世界を回っていれば10月31日にハロウィンでお菓子を貰いに行く子供たちを見かけることがあっただろう。

しかし、この男が世界を回っていた理由は『強い奴と戦いたい』というものだったため、自然と都市部の住宅が少ない地域にいることが多かった。

その結果、ハロウィン商戦を見ることがあってもハロウィンを理解していない22歳が出来上がり、

 

 

「……できるとでも…?」

 

 

トリック・オア・トリート(お菓子か悪戯か)』をそのままに解釈し、年下に嘗められていると判断した田舎者が出現したわけだった。

 

 

「ブクブクブク……」

 

「八重子が泡吹いて倒れたぞ!?」

 

「担架!担架ァァァッッ!!」

 

 

そのプレッシャーに八重子が倒れ、隣にいたアレックスが驚き、燈が担架を求めるという大惨事に発展していく。

正直火星をこいつらに任せて大丈夫なのかと不安になる光景だが、若い連中がハッチャケているだけなので大丈夫だ。

そのはずだ。

そう信じている。

 

そんな恐慌状態に陥っている幸嶋の部屋の前だが、捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもの。

 

 

「あんたらどうしたの…?」

 

 

幸嶋の部屋の奥から、イザベラ(拾う神)が現れた。

 

 

「こいつらが俺を嘗め腐ってた」

 

「…はい?」

 

トリック・オア・トリート(お菓子か悪戯か)だと」

 

「……え?それってハロウィンの…。え、まさかハロウィンを知らないのかい、あんた?」

 

「は?」

 

「………マジか。ちょっと待ってなよ」

 

 

どうやら、イザベラは全てを理解できたらしい。

部屋の奥へと戻り、戸棚から常備されていたらしい板チョコを持って戻ってきた。

 

 

「ほら、これしかなかったけど、これで我慢してくれよ」

 

「アザーッス!!」

 

「ほら!行くわよ皆!!」

 

「マルコス!八重子運ぶの手伝え!!」

 

「任せろ!」

 

 

若い連中がドタバタと逃げていく中、展開がよく掴めなかった幸嶋がイザベラに訊く。

 

 

「…なあ、ハロウィンってなんなんだ?」

 

「…まあ、教えるよ」

 

 

 

・TARGET2:小町 小吉

 

 

「今度は艦長よ!」

 

「イエーッ!!」

 

 

今度はハードルがグッと下がり、艦長である小吉がターゲットとなった。

小吉に恋する乙女のシーラも、この日一番の盛り上がりを見せている。

 

 

「八重子はどうした?」

 

「保健室に寝かせてきた」

 

 

おそらく一番簡単であろう人に行くのに、残念ながら参加できない者もいるが。

そして、全員で小吉の執務室の前に集まり、今度はシーラがドアノブに手をかける。

 

 

「トリック・オア・トリート!!…………あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「………いない」

 

 

シーラが扉を開けるも、その中には誰もいなかった。

いつもならば仕事をしているはずの時間なのに。

ならば、どこにいるのだろうか。

 

 

「「「「「「「「んー…?」」」」」」」」

 

 

とりあえず全員で執務室の中に入り、小吉がどこに行ったのかを考える。

トイレにでも行ったのか?

それとも小腹が空いたので食堂か?

もしくは他班の班長と話しているのか?

はたまたどこか外に行ったのか?

等と全員で頭を捻っていても、解決するものではないが考えてしまう。

そうして考えていると、自然と注意力や警戒心は散漫になってしまうもの。

 

 

「…おい、お前らそんな恰好で何をしているんだ?」

 

「「「「「「「「ッッッ!!!??」」」」」」」」

 

 

突如彼らの背後、つまり扉の方から掛けられた声、

その声に驚き振り向くと、そこにいたのは日米合同第二班班長にして、副艦長のミッシェルだった。

 

 

「…あー、なるほど。そうか、今日はハロウィンだったか」

 

「あー、そうなんですよ。…艦長、どこにいるのか知りません?」

 

 

一同を代表して、牧瀬がミッシェルに小吉の居場所を訊く。

日頃男性陣(ただしイケメンに限る)にちょっかいをかけてはミッシェルに制裁を受けているというのに。

イケメンのためなら死をも厭わない姿勢が持ち味の彼女だからこその行動だ。

 

 

「…お前に教えたくはないんだけどな」

 

「失礼ですよ、副艦長」

 

「お前の存在が失礼だ」

 

「存在否定!?」

 

 

日頃の行いのせいか、ミッシェルから全く信用されていないという事実に牧瀬がショックを受けるも、周囲は全くの自業自得であると知っているため一切の同情もない。

むしろ、一部は被害者なのでもっと言ってやれと思っているほどだ。

この女、本当に業が深い。

 

 

「…まあ、良いか。お前ら全員いるんだし、ストッパーにもなるだろうからな」

 

 

が、今日はハロウィン。

多少のお祭り騒ぎなら、ミッシェルも見逃してくれるようだ。

あくまでも、牧瀬に対するストッパー付が条件ではあるが。

 

 

「艦長はな―――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まさか、ここ(・・)だったなんてね」

 

「想像もしていなかったわ…」

 

「艦長なら、ありえなくはないけどな」

 

 

ミッシェルから教えられた場所で、彼らは小吉を見つけた。

そこは――――

 

 

「病院の小児科病棟の、ハロウィンパーティーか…」

 

「「「「「「「「トリック・オア・トリートーー!!!」」」」」」」」

 

「なんだって?!悪戯は嫌だなー…。よーし!オジサン奮発しちゃうぞ!!」

 

「「「「「「「「やったー!!!」」」」」」」」

 

 

――――――彼らが扉の陰からハロウィンらしい飾り付けをされたプレイルームを見ると、U-NASAの病院、その小児科に入院している子供たちがそれぞれ可愛らしく仮装をし、小吉からお菓子を貰っている光景があった。

 

 

「…結構前から企画していたらしいな、あれ」

 

「みたいね…」

 

「この後も、プレイルームに来れない子たちのために病室を回るらしいわよ」

 

 

U-NASAが誇るこの最新設備の病院でも、中々病状がよくならず入院が長引く患者たちはいる。

その事実は患者たちの精神面にネガティブな影響を与え、闘病に対する意欲の減退もしばしば見られるほどだ

特にそれは、小児では顕著となる。

幼く精神は未発達で、何より本来ならば親と過ごしているはずの時間を孤独に過ごすこととなるため、その不満や不安、孤独感から治療を拒否したり悲嘆にくれる子供までいるほどだ。

そのことを直接関係はないとはいえ、自分の職場と同じ敷地内で起きていることに胸を痛めていた小吉は、以前からこのハロウィンイベントを企画していたのだ。

少しでも、子供たちの心が軽くなるように、と。

 

 

「「「「「「「「流石アネックスのお父さん…」」」」」」」」

 

 

物陰からこっそりとその姿を見ていた彼らの心は今、一つとなっていた。

 

 

「…邪魔しちゃ悪いし、行きましょう」

 

「……そうね。今日くらい、艦長はあの子たちに譲ってましょう…」

 

「…シーラとアキラが…!」

 

艦長(好きな人及びイケメン)を譲る…だと!?」

 

 

シーラと牧瀬の、小吉を子供達に譲るという発言は他のメンバーに強い衝撃を与えた。

特に、牧瀬がそう言ったことが強い衝撃だった。

まあ、普段の行いが行いだからしょうがない。

 

 

「…私だってね、イケメンに手を出すばっかりじゃないのよ」

 

 

そう言いながら、メンバーたちの背を押して来た道を急かしながら戻る牧瀬。

その顔は俯いてよく見えないが、頬は少し気恥ずかしそうに染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ」

 

「どうしたの?」

 

 

ふと立ち止まった牧瀬に、加奈子が首を傾げながら声をかける。

さっきの地点で終われば、まあまあの良い話で終わったのだろうが、そうはいかない。

牧瀬がいるのだから。

 

 

「トリック・オア・トリートよ。イケメンたち」

 

「「「ッッ!!!??」」」

 

 

彼女は捕食者。

何も獲物を捉えずして、終わるわけがなかった。

 

 

「大丈夫…。痛くはしないし…、むしろとッッても気持ち良くしてあげるからッ!!」

 

「「「ぎ、ギャアアアァァァァァッッ!!!??」」」

 

 

その後、牧瀬の手によって全身を弄られ、体のあちこちにキスマークを付けられた三馬鹿が発見されるのだが、この件はアネックスメンバーの精神保険のために『ハロウィンの悪霊が三人を襲った』ということとされた。

なお、牧瀬はミッシェルによってフランケンシュタイナーからのキムラロックという手酷い折檻を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

番外編:ハリー・ジェミニス

 

「……なあ、西~」

 

「あん?」

 

 

中国四班の談話室。

数日前にカボチャと悪戦苦闘しながら紅が作った不恰好なランタンがロウソクを燃やすそこで、廈門ことハリーと西が話していた。

ハリーの手には、一枚の手紙が握られている。

そこに書かれていたのは、

 

「……いっそお前でいいから結婚を前提に付き合ってくれないか~…?実家の親から、結婚を催促する手紙が来てな~……」

 

 

中国語で書かれた、彼の結婚を催促するものだった。

実際、彼ももう三十代。

そろそろ、と言うよりだいぶ前には結婚を考えていなければいけない歳だ。

 

 

「お断りだよ、他当たりな」

 

「だよなぁ~…」

 

 

それをにべもなく断る西と、断られるだろうと予想してはいたハリー。

実際のところ、立場上断ってくれなければ困るので、絶対に断りそうな西だからこそ、そう言えたのだが。

 

 

「与太話は終わりか?」

 

「わあ、ひで〜…。まあ、元々冗談のつもりだったしな〜。俺もまだ結婚する気はね〜よ〜」

 

「なら、私は紅のところに行く。…あ、そうだ。同じ質問、紅にもしたら金玉潰すぞ…?」

 

「しね〜よ〜。紅はまだ子供だろうが〜」

 

「なら、良い」

 

 

そう言うと立ち上がり、スタスタと部屋を出て行く西。

残されたハリーが、手紙を読み返しながら呟く。

 

 

「…なーにが『伎俩或款待(トリック・オア・トリート)』だよ〜。あの首相は〜…」

 

 

キースからの連絡のために使われる偽装された住所と、手紙の冒頭に書かれていた一文。

それだけで彼は理解した。

あの首相から強制的にトリートされた、と。

こっちからはお菓子をまず送れないからとはいえ、あの野郎という怒りが募る。

手紙の字が女性の字ということから考えると、おそらく秘書のルクスかウェルに書かせたのだろう。

手紙の差出人が存在しない母親名義ではあるが、変なところでリアリティを求めて来たものだ。

 

 

「…まったく〜……。こんなことのために偽装住所はあるんじゃねぇぞ〜…」

 

 

手紙を仕舞い、珈琲を淹れるために立ち上がる。

イギリスといえば紅茶のイメージがあるが、彼自身は珈琲の方が好みだった。

そもそも、イギリス自体はコーヒーハウスの国だったのだから、珈琲党の人間がいてもおかしくはないだろう。

少し濃いめに淹れた珈琲に、砂糖を二杯とミルクを少々。そこにカレーのスパイスにもなるクミンを挽いた物を香り付け程度に加えて一口。

 

 

「……ふぅ」

 

 

常に敵地の中にいる彼の、安らかな午後の一時。

ふと見れば、備え付けで用意されている茶菓子のチョコレートが目に入る。

それを一つ手に取りラッピングの文字を読むと、どうやら中にオレンジピールが混ざっているタイプのチョコレートらしい。

 

 

「…トリック・オア・トリート………か…」

 

 

お菓子か、悪戯か。

子供の頃、毎年言っていたこの言葉。

いつの間にか言われる側になっていたが、今でもあの特別な時間は忘れられない。

トリック・オア・トリート。

 

 

「…今日は悪戯(仕事)はなしだ。……お菓子貰っちまったからな」

 

 

封を開けて、一粒口に放り込む。

口に広がる、濃厚な甘さと爽やかな酸味が、甘苦い珈琲と良く合う。

今日はハロウィン。

たまには休んだってバチは当たらないはずだ。

 

 

「…ああ、そうだ。紅に菓子をやらないとな〜」

 

 

いくつかお菓子を手に取り、ポケットの中に入れる。

そう、もう自分はお菓子を貰う側ではなく、あげる側。

紅がどんな顔をするのか想像し、思わずククッと笑いながら珈琲を飲み干す。

ハロウィンは子供だけが楽しいイベントではない。

大人には大人の楽しみ方があるのだ。

 

部屋を出るハリーを見送るのは、不恰好なカボチャのランタン。

そのランタンの顔は、楽し気に笑っていた。

 

 

 

 




ハロウィンにも、色々な楽しみ方があります。
自分が最も楽しい方法で、ハロウィンを楽しみましょう!

それでは!トリック・オア・トリート!


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THE OUTER MISSION
War Veteran 寮監


お久し振りです!
今回から二話連続でのライトノベル版テラフォーマーズ、『THE OUTER MISSION』の発売記念という事で、特別篇を差し込みます!
それでは、『インペリアルマーズ-THE OUTER MISSION-ウォーベテラン』スタートです!


「ルーニーィィッ!!おんどりゃ大概にしねえとそのケツに痣付くまで揉みしだくぞゴラァァッッ!!」

 

「んだとこのセクハラ寮監!殴り殺してやろうか!?」

 

 

『U-NASA』の敷地内にある、遠くから出て来ていたり家のない『M.O.手術』被験者用の寮。

そのラウンジで男が少女を追いかけ回していた。

いや、この言い方には語弊がある。

怒りの表情でセクハラ発言をした男に対し、少女が拳を構えて立ち向かおうとしていた。

この方が正しいだろう。

 

 

「り、リジー!寮監を無意味に刺激するのはやめてくれないかな!?」

 

 

その二人を見て青年が少女を宥めようとするが、それは悪手。

 

 

「タチバナァァッ!お前もルーニーを庇うってんなら、裸にひん剥いて混んでる時の女子便所に叩き込むぞ!!アアァッ!?」

 

 

男の燃え上がる怒りに、ガソリンを注いだだけだった。

完全にとばっちりではあるが、これはある意味青年が悪い。

言っていることだけ見れば、完全に男が悪いのだが。

 

 

「寮監も落ち着いて!落ち着いてください!!」

 

「これが落ち着けるかァァァッッ!!この無害装ってホイホイ近寄って来た女を食っちまうようなロールキャベツ男子がァァァッッ!」

 

「そんな事実はありませんよ!?というか八つ当たりですよね!?」

 

「……うわぁ…。金輪際あたしに近づかないでくれよな…」

 

「リジー!?寮監の嘘だからね!?」

 

 

慌てた様子の青年の声が、ラウンジに響く。

青年の名前は『橘 東平』、アメリカ式に表記するなら『トーへイ・タチバナ』。

空手二段の腕前に、『U-NASA』のコンピューターのクラッキングができるほどの知識と技術を持ち、飛び級により18歳ながら大学終了過程を得ている努力した才人。

そのトーへイに蔑みの目線を向ける少女の名前は、『エリザベス・ルーニー』。

愛称は『リジー』で、かつて対戦相手を事故で殺してしまった女子学生ボクシングチャンピオン。

二人の所属は、『掃除屋(スカベンジャーズ)』。

端的に言うと、地球上で何らかの理由によりテラフォーマーが現れてしまう危険性を潰すための存在だ。

では、男は何者か。

名前は『スレヴィン・セイバー』。

とはいえこれはあくまでも本人の自称であり、本名を知る者は『U-NASA』内では一人しかいない。だが、彼を呼ぶ上ではこれで支障はない。

先程から呼ばれている様にこの寮の寮監である彼だが、いったい誰がこのセクハラ男を中央棟と男女別に分かれているとはいえ、女性も使う寮の寮監にしたというのか。

 

この三人には、ある共通点がある。

それは全員、『M.O.手術』を失敗しながらも生き延びたということだった。

『免疫寛容臓』への適合率が低く、一生大量の免疫抑制剤なしには生きることのできない身体だが生き残った。

失敗している故に火星への搭乗員にはできないが、折角の『M.O.手術』を生き残った被験者たちを無駄にはしたくない。

その結果が、今の彼らの立場。

 

 

「とにかく!二人とも落ち着いて!!何でこんなことになったの?」

 

「…ルーニーが、決して許されないことをしたんだ……」

 

「はあ!?大袈裟に言い過ぎだろうが!!」

 

「だからリジーは落ち着いて!…決して許されないことって、何ですか?」

 

 

スレヴィンが俯き、震えながら絞り出す様な声でその怒りを発露する。

それに対して反応したリジーを抑えながら、トーヘイが恐る恐る訊ねると。

 

 

「…俺のまとめて置いておいたポルノ雑誌を資源ゴミで出しやがったんだ……ッッ!!」

 

「リジー、そろそろランチの時間じゃないかな?」

 

「お?そうだな行くか」

 

「おいコラタチバナ、興味を失うんじゃない」

 

 

あまりのくだらなさに興味を失い、リジーを連れてランチに行くという選択肢をとった。

実際、そこまで怒るほどかという理由ではあったが。

 

 

「お前も健全な男なら分かるだろうこの苦しみが」

 

「今まで勉強しかして来なかったので分かりません」

 

「お前それ寂しいな、おい。ルーニーのケツ揉んでみろよ。まだちと貧相だけど、ケツの魅力は分かるかもしれないぞ?」

 

「殴り殺すッ!」

 

「おっと」

 

スレヴィンのセクハラ発言に容赦ないリジーの右ストレートが叩き込まれるも、のらりくらりと躱される。

高い実力の変態など手に負えなくて始末に負えないというのに、スレヴィンはその手に負えなくて始末に負えない存在だった。

 

 

「ファック!全然当たりゃしねぇ!」

 

「ハッハッハッ!テラフォーマーのパンチより遅いなぁ」

 

 

リジーの放つパンチの一つ一つを丁寧に避け、捌き、距離を取り、踏み込む。

まるで下手くそなダンスの様に行われるそれは、その実確かな実力の賜物。

一発たりとも、リジーの拳が当たることはない。

もちろん、このままならの話だが。

 

 

「ファック!……….あ、尻のデカい女が歩いてるぞ」

 

「なんだと!?」

 

 

ふと、リジーがスレヴィンの背後に向けて指を向けて放った一言。

欲望のままに、咄嗟にスレヴィンが振り向いたその瞬間。

 

 

ゴギンッ

 

「……しま…った…」

 

 

綺麗に顎を右ストレートで打ち抜かれ、崩れ落ちるスレヴィンの身体。

一瞬にして白目を剥き頭からゴトリッと倒れて行く様は、実に見事なKO劇。

これがリングの上なら、即座にレフェリーがTKOを取るだろう。

ここが、リングの上なら。

 

 

「…いや、今危ない倒れ方したよ!?寮監さーん!!」

 

「……わ、悪いのはそいつなんだからな!!」

 

「ベタな言い訳しなくていいから!リジーは早く医務室に連絡して!!」

 

「分かった!!」

 

 

急いで医務室まで駆けていくリジーだが、内線を使って呼び出せばよかったのではないだろうか。

そんなことをトーヘイは思いながら、スレヴィンを介抱しようと手を伸ばしかけ、その手を引っ込める。

脳震盪の恐れがある人を、無理に動かすわけにはいかないことに気付いたからだ。

 

 

「…ルーニーは行ったか?」

 

「………意識、あったんですか?」

 

「当たり前だバカヤロウ。あんな小娘のパンチでKOもらってたまるか」

 

 

リジーが走り去った後直後に眼を開け、体を起こすスレヴィン。

顎に良いのが入ったのだから、小娘のパンチとか関係ないはずなのだが平然としている。

ツナギのポケットから煙草の箱とマッチ箱を取り出し、一本咥えて火を(とも)す。

気だるげに紫煙を吐く姿は大人の男の色気が…ないわけではないが特にあるとも言えない。

どちらかと言うと、ダメな中年寄りの姿だ。

 

 

「いや、寮監まだ24歳ですよね?」

 

「おう、アネックスのミッシェルと小学生(プライマリースクール)時代からの同期だからな。…うっわ、考えてみりゃあれとはもう10年以上腐れ縁なのかよ……。アイツとっとと良い男作れよなー。……あ、俺も女いねーんだった。ハハ……ッ」

 

「一人で勝手に昔のことで盛り上がって、現代のことで落ち込まないでください」

 

「お前さっきから厳しいな」

 

 

のっそりと立ち上がりながら、トーヘイと言葉を交わすスレヴィン。

特にふらつきもなく、問題はなさそうではある。

そうは見えても、脳血管系の疾患は後発的に突然症状が起きることが怖いのだから、すぐにでも検査を受けておくべきではあるのだが。

 

 

「……医務室に行って検査を受けがてら、リジーにセクハラ発言したことを謝ってくださいね」

 

「………プフッ。そうかそうか!!厳しいと思ったら、お前そういう事か!!分かった分かった!」

 

「痛った!?ちょっ、強く叩かないでくださいよ!!」

 

「ん?おお、わりぃわりぃ」

 

 

ゲラゲラ笑いながら背中をバシバシと叩いてくるスレヴィンに、涙目になりながら抗議するトーヘイ。

その抗議が通じたのか背中を叩くのはやめてくれたが、その顔はまだ笑っている。

確実に反省などしていない。

 

 

「んじゃ、ちょっくら医務室に行ってくらぁな」

 

 

相変わらずゲラゲラと笑いながら、背中越しに手を振って医務室へと向かうスレヴィン。

その背を見送って、トーヘイは一人嘆息する。

 

 

「…はあ。………なんであの人が寮監なんだろう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ、もうダメだわ」

 

 

医務室へと繋がる長い廊下。

その半ばで、突如倒れるスレヴィン。

あの顎への一撃が、本当は足にキテいたのだ。

咄嗟に首を振って完全に当たることを回避したものの、浅く入ったパンチは脳を揺らしていた。

若い奴に情けないところを見せたくなくて、一応立てて歩けるレベルまで回復するのを横になって待っていただけだった。

しかし、無理に動いた結果はこれだ。

完全に止まってはいなかった脳の揺れが、動いたことで再び大きくなったのかもしれない。

こうしてまた、崩れ落ちる結果となった。

 

 

「…だけど、まだ立たなきゃなぁ……」

 

 

おそらくだが、このまま倒れているとリジーと鉢合わせすることになる。

そうなれば、年下に情けないところを見せることになってしまう。

セクハラ男と思われるのは、別に一人の男として構わない。

それで陽気な兄ちゃんと思ってもらえるなら充分だ。

だが、崩れ落ちている姿だけは見せられない。

それだけは、退役したとはいえ軍人たる自分が崩れ落ちている姿など、見せられるわけがない。

先程のは演技だと笑い飛ばせばいい。

今、こうして歩けているのが証拠だと言えばいい。

歯を食いしばり、廊下の手すりに手をかけて、腕力だけで無理矢理立ち上がる。

 

 

「……守るん…だよっ。今度こ……そ……ッ!」

 

 

なぜなら、軍人は国民を守ることが仕事なのだから。

国民たちに安心して生活をしてもらうための、強い力の象徴であるべきなのだから。

かつて何も守れなかった(・・・・・・・・・・・)自分だが、ただ一人無様に生き残った自分だが、それしか残された生き方はないのだから。

 

手すりに掴まり、震える足を無理矢理動かして、前へ前へと歩く。

守るべき者に、情けない姿を見せないように。

 

 

 

 

 

『アネックス一号』発射は、二日後に迫っていた。

 

 

 

 

 




はい、今回が初登場の寮監、スレヴィンさん(24歳)です。
実はこの寮監さん、前々から出したかったのですが中々タイミングがつかめずにいたところを今回のノベライズ版の発売により、ようやく登場させられたという経緯があります。
まあ、元々考えていた設定を、ノベライズ版の設定に合わせてこねくり回し再構成はしていますが。失敗したM.O.手術被験者とのあたりがそうですね。
色々ツッコミどころはあったけど、ノベライズ版の色々な設定は今後に活かせるものが多くて…よし、燃えてきた。
それでは次回の更新を、お楽しみに!


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Cthulhu 真蛸

どうも、お久し振りです。
今回で寮監のベースが判明します。
では、どうぞ!


「…ついに明日だな」

 

「……ああ、明日だ」

 

 

『U-NASA』に程近い、とあるバー。

そのカウンターに一組の男女が座って酒を酌み交わしていた。

男はスレヴィン・セイバー、そして女はミッシェル・K・デイヴス。

一緒に飲みに来た切欠なんて、あってもない様なもの。

廊下でバッタリ出くわし、どちらからともなく、何と無く二人で外に出たら足が勝手にこの店に向かっただけの話し。

 

 

「…俺らの腐れ縁も、もうほぼ二十年か……」

 

「…そうだな、ピース……」

 

「今はスレヴィンな。もう使ってない本名で呼ぶな」

 

(ワリ)い」

 

「おう、次から気を付けろよ?知られて困るもんでもないけどよ、ややこしい事にはなるからな」

 

 

そう言いながら愛飲している銘柄の煙草(ナチュラル・アメリカン・スピリット)を咥えて、片手でマッチを擦り火を点す。

雰囲気作りのためか、少々暗い照明に照らされて煙が流れていく。

 

 

「相変わらず、マッチを使っているんだな」

 

「ライターだと味気なくてなぁ」

 

「そういうものなのか?」

 

「そういうものなんだよ」

 

 

ミッシェルの問いに答えるスレヴィンだが、本当のところは少し違う。

嘘は言っていないが、本当のことを言ったわけでもない。

だが、理由の一つには違いないので問題はないはずだ。

そもそも、昔馴染み相手だからといって全てを明かす必要はないだろう。

 

 

「お前お袋さんのとこに、ちゃんと顔出したか?」

 

「ああ、手術する前に一応な」

 

「今日中に電話しとけよ?心配してるぞ」

 

「大丈夫だ。ここに来る前にしておいてある。…明日の出発前にも、するつもりだ」

 

「そうか…」

 

 

そこで二人揃ってビール(バドワイザー)の注がれたグラスを傾け、残っていた黄金の液体を一気に飲み干す。

独特の苦みと甘み、そして爽快な喉越しが会話で乾いた口に潤いを与え、また話しやすくなった。

 

 

「マスター、ハイネケン二つ」

 

「かしこまりました」

 

 

空になったグラスの代わりに、今度もまた別の銘柄だがビールを頼むスレヴィン。

バドワイザーから、ハイネケン。

なんとなく。そう、なんとなくだが何度か二人で飲んでいる内にお決まりとなった流れ。

最初に飲んだ時に、どうせだから色々試そうかとなったのが切欠だっただろうか。

思えば一緒に飲み始めたのはあの頃、とは言ってもほんの五年ほど前。

若かったものだと思いながら、新しいグラスを傾ける。

 

 

「……最近、思い出したことがある」

 

「んぁ?」

 

 

少しの沈黙の後、ミッシェルが口を開き語る。

 

 

「お前が私の家によく遊びに来ていた理由を」

 

「な…ッ!?お、お前まだそんなもん覚えてたのか!?」

 

「当たり前だろう」

 

「わ、忘れろ!今すぐ忘れろ!!」

 

 

ほぼ爆弾当然のミッシェルの言葉に、一気に慌てだすスレヴィン。

それだけの理由が、その記憶にはあった。

なにせそれは、

 

 

「お前が私の母が好きで、会うための口実にしていたことなんて忘れられるか」

 

 

かなり、かなりなモノだったのだから。

 

 

「お前ふざけるなよ!?なんで忘れてねぇんだよ!?」

 

「いや…流石に…なぁ…」

 

「目ぇ背けてんなァッ!気まずそうにすんなァッ!!余計に俺が恥ずかしいわァッ!!!」

 

 

それだけ叫びカウンターに顔を突っ伏して崩れ落ちるスレヴィンと、それを横目で見ながらグラスを傾け気まずそうなミッシェル。

恐ろしいほど気まずい時間が数分流れた時、

 

 

「お客様方、私の奢りです」

 

「「…ん?」」

 

 

それを見かねたマスターがしょうがないと言わんばかりに肩を竦めて二つのグラスを用意した。

琥珀色の、グラスの向こうが見えない液体。

スライスレモンが飾られたそれの名は――――――――

 

 

「『ゴールデン・フレンド』です。ご贔屓にして頂いてる仲の良いお二人への、私からのプレゼントとさせてください」

 

 

――――――――『ゴールデン・フレンド(生涯の友に)』。

 

 

「……かー…。マスター、あんた小粋だね」

 

「…フ、良い男だな。マスター」

 

「ありがとうございます」

 

 

チンッ、と軽い音を立ててグラスを合わせ、二人とも一気に半分程飲み干す。

 

 

「……まあ、なんだ。結婚式には招待してやるから、ちゃんと帰って来いや」

 

「…フッ!アテもない癖に」

 

「テメーが戻って来るまでに、良い嫁見つけてやるよ。バーカ」

 

 

酒で赤くなった顔をお互いに背け合い、軽口を叩きあう。

積み重なった時間が、どことなく見えるかの様に。

 

 

「期待はしないぞ?もしできなかったらどうすんだ?」

 

「30までに相手いなかったら、テメーと結婚してやんよ」

 

 

遠回しなプロポーズの様で、その実ただのからかいの言葉。

スレヴィンには、そんなつもりは微塵もない。

 

 

「ハッ!無理だなそれは。私はその前に結婚している。お前はそのまま独身でいろ」

 

 

それが分かっているからこそ、ミッシェルも慌てずにこうして軽口を返せる。

彼女の悩みとして最近口説いてくる某班長がいるが、彼の事は度外視しているのでただの軽口だ。

 

 

「…テメーを引き取る様な物好きがいないから、貰ってやるっつてんだよ」

 

「よし、分かった。表に出ろゲス野郎」

 

「おーおー、上等だ不良娘。返り討ちにしてやるよ」

 

 

その言葉が癇に障ったのか、額に青筋を浮かべて煽り始めたスレヴィンにミッシェルが煽り返す。

先程までの軽口がどこに行ったのか、一転して一触即発のムードを漂わせて睨み合う二人。

だが、十数秒ほどそのまま睨み合っていると、

 

 

「「………ぷっ。アッハッハッハッ!!」」

 

 

二人揃って、笑い始めた。

いったい何が可笑しくなったのかは、二人にも分からない。

だけど、笑ってしまった。

ひとしきり二人でグラスを傾けて口を湿らせながら笑っていると、ふいにスレヴィンがスッと目を細める。

 

 

「…絶対に、生きて帰って来いよ。もう空っぽの墓の前で泣くあの人を見るなんざ、俺は御免だからな」

 

 

それはかつて彼が見た、好きになった女性の姿。

幼心に刻まれた、絶対にこの人にこんな表情をさせたくないという思いが、今こうして口に出た。

チリチリと煙草が短くなっていく中、彼女が宣言する。

 

 

「当たり前だ…!」

 

 

その言葉に、ニッと笑う。

 

 

「じゃあ、ケツは任せろ」

 

 

フィルターギリギリまで吸われた煙草を灰皿に押し付け、彼も宣言する。

 

 

「俺が無事に火星まで飛ばしてやるよ」

 

 

俺の代わりに。その言葉は、胸の奥に仕舞い込んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、世界中で火星への『アネックス一号』発射を期待し、そしてその時を待っていた。

狭苦しい地球から、新天地が開拓されるその時を。

『アネックス計画』には、数多くの国の期待がかかっている。

もちろんその中には、

 

 

「じょうじ」

 

 

自分達こそがその恩恵を受けるべきだと考え、某略する国家もあった。

そう、『アネックス計画』の恩恵の殆どは、主要6ヶ国にほぼ集約されている。

恩恵がほとんどない国や、自分達を主要6ヶ国に挿げ替える様画策する国家もあった。

 

 

「じょうじ」

 

 

この状況は、きっとその様な何処かの国が手を引いたのだろう。

『アネックス一号』が発射できないとなれば、責任を取らざるを得ない。

その責任を取るのは誰か。

まず、先導している主要6ヶ国だろう。

そしてその中でも最も力の弱い国が責任を取ることになる(蹴り落とされる)

 

つまり、そう。

 

 

「「「「「「「じょうじ」」」」」」」」

 

 

『アネックス一号』の発射管制室へ向かう通路に、十数体もの研究・訓練用のテラフォーマーがいるこの状況は、それを狙った国家の手によるものなのだろう。

テラフォーマーたちが通った後には、既に警備員や研究者たちの死体が倒れていた。

このままテラフォーマーたちが発射管制室に入り込めば、とある国家の思惑は達成されてしまうだろう。

『M.O.手術』を受けた戦闘員は、全員『アネックス一号』に乗り込んでしまっている。

準搭乗員で戦闘能力のある『掃除屋(スカベンジャーズ)』は、現在『アネックス一号』そのものに通じるルートを守っている。

しかも、そのルートにも現在数体のテラフォーマーたちが進行しているという情報もある。

ここまで来ることは、時間的に非常に厳しい。

このままでは、管制室に侵入を許してしまう事となり、間違いなく発射は不可能となってしまう。

 

 

「…やっぱり本命はこっちだったか」

 

 

『スレヴィン・セイバー』が通路の中央で仁王立ちしていなければ。

 

 

「『人為変態』」

 

 

奥歯に仕込まれたスイッチから電波が飛び、腸に仕込まれた座薬カプセルから薬液が放出される。

服の裾から三本の触手が現れ、その身が強化アミロースの甲皮で覆われる。

 

例えばスーパーに行けば、その生物をよく見かけることだろう。

パックに詰められた脚一本。

それが我々の良く見るその生物の姿。

だが、侮るなかれ。

その生物は全身を筋肉で構成され、吸盤で張り付き、硬い甲殻類や貝類の殻を引き剥がして捕食する。

時にダイバーや漁師も襲われ、噛まれれば強い痛みを放つ毒を注ぎ込まれる。

また、その場の環境に応じて体色や体の形状まで変えてしまう変幻自在さ。

西洋では悪魔そのものと呼ばれ、時に邪神や神の一柱とされるその生物の名は。

 

 

「…元アメリカ陸軍特殊部隊、『セイバー班』所属……」

 

 

闇夜の海魔(マダコ)』。

 

 

「コードネーム『スレヴィン』!作戦開始!!」

 

 

 

 




前回二話で終わると言った気がしますが、ここで切るべきと思って三話にまたぐことにしました。
次回、インペリアルマーズ-THE OUTER MISSION-
『Luck Of Peace スレヴィン・セイバー』
次回の更新を、お楽しみに!


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Luck Of Peace スレヴィン・セイバー

スレヴィン・セイバー編最終話です。
どうぞ!


「…来い!!」

 

 

口から蒸気を漂わせながら、スレヴィンが咆える。

 

 

「じょう!」

 

 

一体のテラフォーマーがスレヴィンへと駆け寄り、一撃でその命を刈り取ろうと駆ける勢いを殺さず膝蹴りを放つ。

これがもし、非戦闘員やただの兵士ならそのまま殺されていただろう。

だが、テラフォーマーの相手は『スレヴィン・セイバー』。

 

 

ドゴンッ!!

 

「………甘ぇよ…」

 

 

轟音の直後、胸に大穴を開けて崩れ落ちるテラフォーマーと、硝煙を上げるリボルバー拳銃を手にしたスレヴィンがそこにいた。

通常、テラフォーマーには生身の人間が使える銃火器は通用しないとされている。

だが、それも通常ならの話。

スレヴィンが持っている拳銃は、世界最大口径の拳銃『M500』をオートマティック・リボルバーに改良したオーダーメイド品。

その口径は何と、50口径。

600年前に製造された銃だが、それでも尚この記録は塗り替えられておらず、2600年現在まで製造されている。

そしてもう一つ、特別な物がある。

それは銃弾。

スレヴィンが使用した銃弾は、『ホローポイント弾』と呼ばれる特殊な形状をした物。

その特徴は、銃弾の先端がまるでカルデラ湖の様に窪んでいること。

その結果、何が起こるのか。

着弾した際にまるでキノコの傘が開く様な形状となり、莫大な運動エネルギーと衝撃波で着弾物を内部から吹き飛ばす。

ただでさえ規格外の大きさの拳銃に、破壊を最大限に行う銃弾。

それによりテラフォーマーの食道下神経節をたった一発の銃弾で破壊しきった。

テラフォーマーには銃弾は通用しない。

だが、銃が効かないのなら、効くような選択をすれば良い。

この組み合わせなら、胴体のどこに当たっても食道下神経節を破壊できる。

それが元軍人である、スレヴィンの選択だった。

 

そしてこの通路。

これもまたスレヴィンの味方となった。

通路の幅はおよそ5m、高さは約3m程。

決して広いとは言えないそこに十数体ものテラフォーマーがいれば、特に狙いを定めなくてもどれかには当たる。

そして当たれば、ほぼ確実に仕留められる。

 

だが、一つだけ問題はあった。

それはとても簡単なこと。

仲間が崩れ落ちたのを見て、今度は一斉に駆け出すテラフォーマーたち。

そう、これこそが最大の問題。

『ホローポイント弾』は破壊力は高いが、貫通性に欠ける。

そしていくらオートマティック・リボルバーとはいえ、1丁ではこの数を相手にはできない。

『M500』の装弾数は僅か5発。

すぐに弾切れを起こすからだ。

 

もっとも、

 

 

「お前ら、何で俺が拳銃使うのにわざわざ『人為変態』までしていると思っているんだ?」

 

 

たった1丁しかなければの話だが。

スレヴィンの腰のホルスターから、更に4丁の『M500』が左手と三本の触手に握られてテラフォーマーたちに向けられる。

合計5丁の化物拳銃が、テラフォーマーたちに牙を剥く。

このための、人為変態。

たった一人で弾幕を築き、そして殲滅するための。

反動は銃自体が重いから軽減されるため問題はない。

そしてその重さはタコの筋力で解決できる。

5丁の引き鉄が引かれ、あっという間に全てのテラフォーマーたちが身体に大穴を開けて崩れ落ちていく。

 

 

「一先ず良し、と」

 

 

動くテラフォーマーはもう存在しないが、今ので全ての銃弾を放ってしまったので念のために再装填する。

床に合計25個の熱された薬莢が、カランカラン、と軽い音を立てて転がっていく。

 

何かがおかしい。

彼はそんな思いを感じていた。

彼の人生最大の後悔のあの日の様な、そんな悪い事の気配を感じる。

例えばの話、なぜ十数体程度しか来なかったのか?

サンプル用のクローンテラフォーマーはまだまだ大量にいたはずなのに。

チリチリと焼ける様な、そんな悪寒。

 

 

「じょう」

 

「ッ!!」

 

 

彼が思考していると、テラフォーマーたちがやって来た通路の向こうから、一体のテラフォーマーがのっそりと遅れてやって来た。

だが、どこかおかしい。

違和感を感じる。

いったいそれは…。

 

 

「……形状が違う?…まさか!!?」

 

 

報告には上がっていた。

以前『掃除屋(スカベンジャーズ)』の二人が最初の任務に就いた際に、『M.O.手術』が施された個体がいたと。

つまりあのテラフォーマーは------

 

 

「何もさせないで殺せば良い!!」

 

 

狙いを付け、一度に三発の弾丸を放つ。

それらは全てテラフォーマーに吸い込まれる様に飛んで行き、

 

 

「ギキキィィッ!!?」

 

 

見事に全弾命中した。

だが、なんだこの悪寒は。

なぜまだ安心できない。

その理由は、すぐに分かった。

 

 

「……じょう」

 

「効いてねぇのかよ…」

 

 

------『M.O.手術』を受けている。

起き上がり、何事もないように振る舞うテラフォーマーを相手に、思わず唸る。

表皮を見れば、何らかの粘液で覆われている。

だがあの粘液で弾丸が逸らされたとも、止められたとも思えない。

しかし、表皮とそのすぐ下の脂肪層で止められているのだ。

 

最弱と呼ばれている生物がいる。

寄生虫を駆除するためにジャンプをすれば、水面に叩きつけられる衝撃で死亡する。

潜水すれば寒さで死亡する。

朝の太陽光を浴びると、強すぎて死亡する。

これらの伝説のせいで勘違いされるが、全てでまかせ。

実際は非常に厚い皮膚と硬い脂肪層を持ち合わせており、その強度はなんと銃弾も通さない程。

『ホローポイント弾』には、弱点がある。

それは、硬い物質に着弾すると効果を発揮できないという事。

これが、テラフォーマーが銃撃を受けても無事だった理由。

 

最弱伝説(マンボウ)』。

最も弱いとされる生物は、銃弾すら止める。

 

 

「クソが!どこのどいつがこんな真似しやがった!!」

 

 

5つのホルスターに銃を仕舞い、のっそりと向かってくるマンボウ型に向かって構えを取る。

銃弾が通用しないのなら、サブミッションで関節を破壊するまで。

四肢と羽を破壊すれば、もう移動はできない。

幸いにも相手は体型はノーマルタイプと同様。

タコの筋力で充分破壊できるはず。

まずはサブミッションをかけられる距離まで駆け寄り、

 

 

「ブッ!」

 

「じょっ!?」

 

 

蛸墨を顔面に吹き付けて、目を潰す。

そして後ろに回り込み、両腕と三本の触腕で両腕を固定。

このまま後ろに体重をかけ、力を加えれば両腕を肩から破壊できる。

 

 

「…ッ!?」

 

 

はずだった。

だが、目の前の黒い背中から何かが突き出してくるのが見え、咄嗟に拘束を解除して離れる。

突き出してきた物。

それは多数のトゲだった。

マンボウの稚魚は、その全身にまるで金平糖の様にトゲを備えている。

成長につれそのトゲは失われるが、今マンボウ型が出した物はそのトゲだった。

 

全身に備えられた防御機構。

それこそが、マンボウ最大の特性。

 

 

「チ…ッ!」

 

 

思わず舌打ちを打つも、それで状況が良くなるわけではない。

いっそ自分のベースが甲殻類型だったらと思うも、即座にその考えを切り捨てる。

どうせ四肢は再生させる事ができる。

ならば、

 

 

「手足の8本くらいはくれてやるよ!」

 

 

両手に銃を構え、撃つ。

まずは今生えているトゲを破壊することが先決。

例えこれが明確なダメージにならなくても、それで良い。

今拘束するための場所が確保できるなら。

 

だが、そう。

相手はテラフォーマー。

初速から新幹線並みの速さで動く、『害虫の王』。

 

 

ドズンッ

 

「グ……ガッ!?」

 

 

瞬間的に最高速度で近寄られ、腹部に拳を受け吹き飛ばされる。

そのまま壁に叩き付けられ、大きなへこみを作る。

しかも今の一撃は拳からトゲを生やしてのものだった様で、腹部が大きく抉られズタズタに裂かれた腸がはみ出てしまっている。

さっきまでののっそりとした動きは、頑丈な肉体故に速く動く必要がなかったから。

 

 

「……ぁ………」

 

 

そのことに気付いた瞬間、スレヴィンの意識は落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開ければ、そこは鬱蒼と茂るジャングルだった。

咄嗟にアサルトライフルを構え、そこで気付く。

 

ここは、部隊が自分を除いて全滅した場所だ(・・・・・・・・・・・・・・・・)と。

アメリカ陸軍特殊部隊・セイバー班。

それが彼の、『スレヴィン・セイバー』が所属していた部隊の名前。

その日部隊は南米のとある麻薬組織を襲撃するために作戦を行っていた。

だが、どこからか情報が漏れていた。

進行ルートが漏れてしまっていた。

進行途中に部隊は奇襲を受け壊滅した。

 

今彼の周りは血溜まりで、生きているメンバーは一人もいなかった。

彼以外には。

その彼も、全身に銃弾を受け死にかけていた。

まだ生きていることが不思議なほどに。

 

 

「…隊長……シュタイム…シャロッシュ…アルバ……ハメッシュ…シェシュ……シュモネ……」

 

 

血溜まりの中で冷たくなっていく仲間たちの名前(コードネーム)を呟きながら、彼の体温も冷たくなっていく。

 

 

「…ぅ……ウオオォォォォォォオオォォォォォォッッ!!!!」

 

 

叫ぶと同時に涙が溢れる。

そのままスレヴィンは、また目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に目を開けると、ベッドの上だった。

そう、この景色にも見覚えがある。

この後聞いた話だが、襲撃を受けた時に呼んだ応援によって助けられ、そのまま『M.O.手術』を受けたことで一命を取り留めたらしい。

 

 

彼が起きたことを看護師から聞いた医師と軍の上官がやって来て、彼の身に『M.O.手術』が施されたこと、そしてその手術が失敗したことを聞かされる。

だが、そう。

大事なのはこの後だと彼は知っている。

 

 

【『M.O.手術』を行う前に、君の体の欠損を補う手術をした。『M.O.手術』を受ける前に死んでしまっては困るからね】

 

【欠損を補うのに使ったのは、君の部隊の仲間たちの体だ。本来なら免疫の方が会わない肉体を移植すると拒絶反応が起きるんだがね?そっちは『M.O.手術』の『免疫寛容臓(モザイク・オーガン)』がカバーしてくれているおかげで問題ないようだね】

 

【……今回のコードネームはスレヴィン、つまり7だったそうだな?…ラッキーナンバー・スレヴィンということか。まったく、素晴らしい仲間たちと幸運を背負ってしまったな】

 

【これで貴様は、一生勝手には死ねなくなったな。……『ピース・ラックマン』】

 

 

なぜ自分だけ生き残ってしまったのか。

その理由は今でも分からない。

なんにせよこの日、『ピース・ラックマン』の生き方は決定付けられ、そして絶対に死ねなくなってしまった。

『スレヴィン・セイバー』という墓標を掲げながら、生き続けるという生き方が決まったのはこの日だった。

 

 

「……ああ、そうだ。俺には勝手に死んで良い理由なんてないんだ………」

 

 

ならば、いい加減この目を開けよう。

そして、立ち上がろう。

この身は彼ら(セイバー班)によって生かされているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオオオォォォォォォオオォォォオォォォォォォォッッッッ!!!!!!」

 

 

その雄叫びに、思わずマンボウ型が足を止める。

振り向くと、そこに立っていた。

 

 

「…そうだよなぁ!!死んでる暇なんて!あるわけねぇよなぁ!!」

 

 

『スレヴィン・セイバー』が、立っていた。

薬の過剰投与によって腹部の傷を強引に治したのだろう。

傷口だった場所はタコの皮膚が覆っている。

死ねない理由を思い出してしまったのなら、後はもう戦って、生きるしかない。

 

 

「安心しろよミッシェル!俺は約束を守るからよぉッ!!」

 

 

拳を握り締め、彼は叫び、戦う。

 

 

「だからお前は安心して、火星に行って来いッッ!!」

 

 

亡き戦友(とも)たちと、今を生きる腐れ縁(とも)のために。

 

 

「じょう!!」

 

 

マンボウ型が駆け、間合いを詰める。

それに対しスレヴィンも左手に銃を持って走り、間合いを詰める。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

まずは牽制の銃撃。

その命中した衝撃でマンボウ型がたたらを踏んだ所で完全に間合いを詰め、触腕をトゲに突き刺し絡めて、再びマンボウ型の両腕を拘束する。

そして更にトゲがある事に構わず腕を突き出してこれ以上身体が密着しないように押す。

痛みに思わず顔を歪めるが、決して離しはしない。

食いしばった歯の隙間から蒸気が漏れ、スレヴィンとマンボウ型の周囲に漂う。

力が拮抗しお互い全身に力を入れたまま動かず、数分が経った時。

 

 

「…ギ!?ギキィ…ッ!?」

 

 

突如マンボウ型が泡を吹き、全身を痙攣させ始めた。

 

 

「…ようやくか……」

 

 

触腕と両腕から大量の出血をしながら、スレヴィンが呟く。

マンボウ型に起きている現象。

それは極々ポピュラーな疾患。

疾患名、『くも膜下出血』。

脳の血管が破裂したことにより出血、脳を保護する膜の間に血液が入り込み脳が圧迫され起こる疾患だ。

激しい頭痛と様々な症状を引き起こし、その死亡率は何と50%。

 

 

「…何が起きたか分からねぇって面だなぁ……」

 

 

拘束を解除してマンボウ型を押し倒し、もはや使い物にならない両腕を自切して再生させる。

尻ポケットから煙草とマッチを取り出して火を点し、一息。

その間にも、マンボウ型は白眼を剥いて痙攣を続けている。

 

 

「さっきから俺が出していたのは、マダコの『チラミン毒素』。神経に作用して血管を収縮、血圧を上げるもんだ。そこにさっきまでの力比べで、お前自身の心拍数も血流量も上がったんだろうよ」

 

 

紫煙を燻らせながら、スレヴィンが言葉を紡ぐ。

 

 

「後はお前の頭の血管が限界を迎えて弾け飛ぶのを待つだけ。……これがゴキブリのままならこうはならなかっただろうが、半端に人間に近付いた事が仇になったな」

 

 

外からがダメなら内側から蝕み殺す。

スレヴィンが覚悟を決めた時から、こうなる事は決まっていたのだろう。

そしてもう、テラフォーマーたちがやって来る気配も、新手の敵が来る気配もない。

これで決着は着いた。

 

その瞬間通路の奥、管制室から大歓声が沸き起こり、建物全体が揺さぶられる。

丁度今、『アネックス一号』が無事に発射したのだろう。

 

 

「…『セイバー班』、これにて作戦終了」

 

 

灰が床に落ち、そのまま彼自身の身体がグラリと横たわる。

出血し過ぎたこと、そして薬の過剰摂取と戦闘による大幅な疲労が原因だろう。

遠くから聞こえる『掃除屋(スカベンジャーズ)』の声を聞きながら、彼は笑みを浮かべながら意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けると、無機質な白い天井が視界に入った。

どうやらまだ、生きているらしい。

右を向けば、点滴棒から輸液パックがぶら下がり、ルートが自分の右手に繋がっている。

左を向けば、

 

 

「…なんでタチバナなんだよ」

 

 

若いが小町艦長にも似たむさ苦しい寝顔が視界に入り、思わず眉間にシワが寄る。

こういう時は可愛いちゃんねーじゃねーのか。などと独り言ちながら、とりあえず体を起こしてナースコールを押す。

既に一度入院した事はある身。

こういう事は理解している。

これですぐに看護師が来るだろう。

だが、その前に一つやっておかなければいけない事がある。

 

 

「…おい、起きろタチバナ」

 

「…ふぁ?………目が覚めたんですか!?」

 

 

トーヘイの頬を叩いて起こすと、慌てた様にする彼に一言。

 

 

「今すぐ煙草(アメスピ)買ってこい」

 

「病院内は禁煙です」

 

 

当たり前の様に断られたが。

 

その後医師や看護師によって検査や診察を受けると、特に問題なく翌日には退院できるとの診断を受けた。

その際に受けた説明で、ようやく自分が丸2日寝込んでいた事、『アネックス一号』が無事火星へ向け飛び立った事、今回のテラフォーマー襲撃の黒幕も、マンボウ型に『M.O.手術』を施した国や組織も分からずじまいだという事を知ったがスレヴィンは、

 

 

「…ま、そんなもんか」

 

 

とだけ言い残して、そのまま翌日退院を果たした。

その際に迎えに来たリジーの尻を撫でたせいで顎を右ストレートで打ち抜かれ、再び病院内に逆戻りしたという事件があったりしたが、それも問題ではない。

 

そして数日後、彼は生まれ故郷に来ていた。

 

 

「……どうも、お久しぶりです」

 

「久しぶりね、ピース君」

 

 

初恋の人に、会うために。

 

 

「さあ、上がって。遠いから疲れたでしょう?」

 

「お言葉に甘えて。あ、これお土産の花とケーキです」

 

「あらあら、ありがとう。そういえば、貴方昔からウチに来るたびにお花を持って来てくれてたわねぇ」

 

「あの頃は道端で摘んだ花でしたけどね」

 

 

子供の頃よく遊びに来た、もはや自分の家同然になっていた家に再び足を踏み入れる。

こうして訪れたのは、もう何年振りだろうか。

軍属した時からもう来ていなかったから、かれこれ五年は来ていなかっただろう。

リビングに通され、よくオヤツを食べたテーブルを見て思わず笑みを浮かべる。

椅子に座るとすぐに紅茶と持ってきたケーキが出された。

 

そして、彼らは話し始める。

長過ぎた初恋を、完結させるために。

 

 

「…あいつは、無事に飛び立つ事ができました」

 

「そうみたいね。…聞いたわ。貴方もありがとう」

 

「いえ…。感謝される理由なんてありませんよ。俺はただ、約束を守っただけです。………本当なら、俺も飛びたかったのですが…」

 

「何を言っているの。もう充分よ」

 

「…だけど……」

 

「貴方もミッシェルも、頑張り過ぎちゃうから。私心配よ」

 

「…すいません」

 

「謝らないで。そんな貴方が素敵よ?見ててハラハラしちゃうけどね」

 

「ハハ…。………一つ、今だから言える事があります」

 

「……ええ、何かしら?」

 

「貴女の事が、好きでした」

 

「……こんなオバさんを好きになってくれて、ありがとう」

 

「…ええ、良い初恋を、ありがとうございました……」

 

 

こうして彼の初恋は完結した。

その時の彼がどんな表情をしていたのか知っているのは、ただ一人だけ。

一人だけしか、知るべきではないのだ。

 

 

「…次に来る時には、結婚式の招待状でも持って来ます」

 

「楽しみにしているわ。……本当に、大人の男の人になったわね…」

 

「…なら、良かったです」

 

 

できれば貴女の胸の中で大きくなりたかった。その言葉は飲み込んで。

男は女にフラれて、初めて大きくなるのかもしれないのだから。

この日『スレヴィン・セイバー』は、『ピース・ラックマン』は初めて大きくなったのだろう。

ただの男として、初めて。

 

 

プルルルル

 

 

その時、スレヴィンの胸ポケットから電子音が鳴る。

この音は、メールの受信だ。

それも、

 

 

「…すいません。仕事(・・)が入ってしまったようです」

 

「…頑張ってね」

 

「ええ。今度来る時に招待状も持って来ないといけませんし」

 

 

男は立ち上がり、家を出る。

その先に戦場があると知っていながら。

それが彼の生き方なのだ。

 

 

「タチバナ!ルーニー!仕事だ!!」

 

 

『U-NASA』にある『M.O.手術』被験者用寮寮監。

その仕事は寮の管理、整備、その他雑多。

そして、

 

 

「ゴキブリ駆除に行くぞ!!」

 

 

地球で発生したテラフォーマー関係の事件を解決すること。

 

 

 

 

 

 

 

スレヴィン・セイバー

本名:ピース・ラックマン

24歳 男性 アメリカ

『M.O.手術』被験者専用寮寮監

手術ベース:マダコ

瞳の色:緑

血液型:A型

誕生日:6月3日(ふたご座)

好きなもの:女性の尻、ポルノ雑誌

嫌いなもの:パッと見で流し方が分からないトイレ

 

M.O.手術被験者たちが暮らす寮の寮監。

被験者たちが問題を起こすことも考えられるため、寮監も被験者。が、失敗者のため常に多量の免疫抑制剤が必要となる。本人が錠剤が苦手なため、研究者に無理を言って栄養ドリンクタイプにしてもらっている。飲んだ後の瓶は専用に回収され、再利用されている。

誰かが喧嘩を始めるとすぐに現れて賭けの胴元になる辺り、仕事をしていない。

寮監室でポルノ雑誌を読む姿は、自分から風紀を乱しているが気にしない。

手先は器用なので、何かの修理はだいたい頼めばできる。

ミッシェルとはプライマリースクール時代からの腐れ縁で、時々一緒に飲む程度の仲。なお、初恋の相手はミッシェルの母。

元軍人であり、所属していた部隊が壊滅した際に一人だけ生き残った事で軍にはいられなくなり退役。そのまま『M.O.手術』被験者として『U-NASA』に寮監としてスカウトされ就職した。

好きな女性のタイプは歳上なあたり、初恋が影響している。

 

 

 




何かを守るために生き続ける。
それが彼の生き方。

次回からは本編に戻る予定です。
それでは、次回の更新をお楽しみに!


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REASON TO LIVE
Deliver products 届け


久し振りの更新です。

中々本編が進まない…!
でも頑張ります。


静花が敵を引き裂いたのと同じ瞬間。

燈もまた、戦っていた。

相手は『マイマイカブリ』をベースとした、バグズ手術を施されたテラフォーマー。

その特性は、タンパク質を分解する酸の放出。

そして燈のベースは『オオミノガ』

その特性は、タンパク質で構成された鋼鉄の糸。

現時点で言えることは、燈にとって相性は最悪だという事。

特性である糸が腐食され、溶かされてしまうのだから意味がない。

ならばどうするか。

燈は別に、この能力頼りの戦い方しかできないわけではない。

寧ろ、それは戦闘における手段の一つ

彼は古流柔術である『膝丸神眼流』を修めている。

つまりそれは、無手でも戦えるという事。

 

 

「グ…ガハァ…ッ」

 

「じょうじ」

 

 

もっとも、戦える=勝てるというわけではないが。

今、燈は膝をつき、マイマイカブリ型は片腕を失いながらも立っていた。

二人をこの状況にした原因はいくつかあるが、大きく上げてしまえばそれは、そう。

ヒトとテラフォーマーの違いだろうか。

 

途中まで、燈は優勢だった。

打製石器のさすまたによって攻撃を受けるも、腕を伸ばした構えを事前に取っておくことで相手の肩に触れることができた。

そこからは、体に染みついた反射行動。

マイマイカブリ型の左腕を取り、そのまま()めた。

これがルールのある試合か、人間が相手ならばこの時点で燈の勝利だっただろう。

 

テラフォーマーに痛覚はない。

だからこそ、片腕を(うしなっ)ても構わず攻撃してくる。

 

マイマイカブリ型が無理矢理、左腕が圧し折れ引き千切れながらも上体を起こし、袴の中に隠し持っていた銃で超至近距離から燈に発砲。

そのダメージで動けなくなった燈はそのまま蹴り飛ばされ、なんとか体を起こしたというところまでが現状だった。

一応、事前に身体中に糸を巻き付け、防弾チョッキの様にしていたおかげで弾は身体を傷付けてはいない。

しかし、衝撃によるダメージはある。

実際、今の攻防で肋骨が何本か折れてしまった。

 

この時点で燈は気付いた。

彼らがこの二十年間、強くなるための努力を続けてきていたことに。

二十年ごとに訪れる外敵から身を守り、そして奪うための努力を。

 

そして目の前の敵が、強いという事を。

 

 

「……だからなんだってんだ」

 

 

それでもなお、彼は立ち上がる。

 

 

「…絶対に帰って!ワクチンを作るんだ!!」

 

 

負けられない理由が、死んでなどいられない理由があるから。

気合いを入れて、無理矢理立ち上がる。

だが、勝算などはない。

目の前の敵は、自分の糸も技術も通用しない相手。

ならば、どうするか。

 

 

「こんなところで死ねるか!!」

 

 

それでも、拳を握る。

地球に残してきた、約束を果たすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

その同時刻。

 

 

「……お願いです」

 

 

奇跡の子たちとは別行動をとっていた日米合同班の八重子から、震える声で中国第四班に向けて通信がされた。

 

 

「…三人の場所を教えるので、私たちは助けてください……。もう…限界……!」

 

 

通信用のマイクに向け、その眼に涙を湛えて懸命に訴えるその内容は、仲間を売っての命乞い。

必死に、必死にその命を繋ぐために、折れた心で訴える。

 

 

「……罠じゃないかな?」

 

「どうだろうな…?」

 

 

その通信の先にいる者は、戦車に乗る中国第四班のジェットと死んだはずの(バオ)

班長(司令官)である劉が重傷を負っているためこの場にはいないが、その代わりとして暫定的ではあるが部下たちの中でもリーダー格であるジェットが司令塔になっていた。

しかし、悩む。

これが嘘、もしくは罠である可能性があるのだから。

もし罠であった場合、これで迂闊に近寄ってしまっては自分たちが危ういかもしれない。

それならば、アネックス本艦に籠城し続けた方が良い。

 

 

「一応、この地点から動いてはいないみたいだけど?」

 

「そうだな…」

 

 

(バオ)の言葉に一考する。

本来、自分にはそこまでの権限はないが、この状況で一番安全な手を打つならば、あれ(・・)だろう。

そこまで思考し、その考えを伝える。

 

 

「…よし、ミサイルを使うぞ。それでミッシェル(ファースト)膝丸(セカンド)を誘き寄せる」

 

「了解」

 

 

ミサイルで遠距離から、安全に危険因子を排除し、その上で目的の二人を誘き寄せる。

おそらく(ホァン)はその二人と一緒だろうから、このミサイルに巻き込まれることはない。

そもそも、たとえ巻き込まれようともミッシェルと燈さえ捕えることができればいいのだ。

更に言うならば、偶然の産物であるミッシェルも不要であり、あくまでも欲しいのは燈だけ。

 

 

「設定完了だよ」

 

「…撃て」

 

「発射」

 

 

だから、これで良いのだ。

躊躇いなど、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミサイルが飛び、八重子がいる高速脱出機へと飛来する。

それは彼女にも目視できた。

どれだけ速かろうとも、遠くから迫るのだから見ることはできる。

 

 

「……恨んでやる…」

 

 

迫り来るミサイルを前に、震える声で呟く。

 

 

「外したら…恨んでやる……」

 

「当たれオラァァァァーーーーッッ!!!!」

 

 

ミサイルを放った中国班にではなく、ミサイルを迎撃するためにボールを持って待ち構えていたアレックスに。

メジャーリーガーを目指してきた彼のコントロールと、オウギワシの握力によってボールが、彼の専用装備である『ランディ・ジョンソン(ズ)』が、ミサイルに向けて放たれた。

 

そもそも、八重子は仲間を売ってなどいなかった。

通信をすればおそらく、奴ら(中国第四班)は自分に向けてミサイルを撃って来る。

それをアレックスが迎撃し、その爆炎を狼煙として離れ離れの仲間たちと合流する。

そういう作戦だったのだ。

 

真っ直ぐに、真っ直ぐにミサイルへと飛んでいくボール。

二つの飛行物体が当たる瞬間、

 

 

「「ッッ!!?」」

 

 

突如ミサイルの飛行軌道がブレ、ボールは外れてしまった。

いったい何故?

回避装置でもついていたのか?

それとも他の理由?

不幸な偶然?

 

 

「…クソッ!」

 

 

様々な要因が頭をよぎるも、時間はない。

即座にアレックスがボールを構えるが、

 

 

「………恨んでやる…」

 

 

その瞬間には、間に合うことはない。

涙目で、半笑いで八重子が呟き、諦める。

 

 

「八重子ォォォォーーーーーッッ!!!」

 

 

ミサイルが、着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………あれ?」

 

 

何も起きなかった。

着弾の直前に更に軌道がブレ、ミサイルは地面に墜落しそのまま爆発することはなかった。

 

 

「何が起きた!?」

 

「不発しちゃったのかな…!?」

 

「いや、違う!」

 

 

その結果をレーダーで知った中国第四班では、混乱が起きていた。

何故、高性能のミサイルが不発したのか。

それも、軌道が途中でブレたのか。

回避装置は積まれていなかったのに。

だが、ジェットの脳裏にはあることがよぎり、そしてそれが真実であろうと直感していた。

 

 

「あの時だ!ロシア班のハゲが俺たちの戦車を奪った時!俺たちがアネックス内で切断された砲塔を確認した時!あの時既に工作されていたんだ!!ミサイルその物に(・・・・)!!」

 

 

 

 

 

 

アネックス本艦から離れた、ロシア三班とアドルフ、ディートハルトがいる荒野の一地点で、『アレクサンダー・アシモフ』は一人祈る。

 

 

「……ちゃんと、届いてくれよ…!」

 

 

自身が仕掛け、そして託した物が無事に目的の人物へと届くことを。

 

 

 

 

 

 

「………受け取ったぜ…」

 

 

それは武器庫に仕舞われていたため、脱出時に持ち出すことはできなかった。

だが、それは今届いた。

アレクサンダーがミサイルの砲塔を切断するのに使用し、そして砲弾が爆発しないよう細工した後、そのミサイルに括り付けていたそれ(・・)

兵器に使用される合金すら切断する圧倒的な切れ味を誇り、彼の特性に合わせた複数の機能を持つそれ(・・)

その機能の内の一つは、特殊な音波によって持ち主のみにその在処を伝えるもの。

それが先程、ミサイルが発射されたことで外に出たことにより、彼の感覚野に感知することができるようになった。

後はそれを、鋼鉄の糸を伸ばして捕まえただけの事。

 

 

「……さあ、ここからは俺も武器を使わせてもらうぜ」

 

 

鞘から抜き、目の前のマイマイカブリ型に対して構える。

これで彼はとうとう、十全となった。

これで彼の持ちうる技術の全てが(ふる)える。

 

彼の手に握られたそれの名は、

 

 

「膝丸神眼流、『膝丸 燈』…。いくぞ!!」

 

 

対テラフォーマー振動式忍者刀『膝丸』。

 

 

 

 

 




燈のもとに届いた武器(膝丸)
次回、決着です。
そしてそれだけではなく…。


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Two of the soul 二人の魂

久しぶりの更新です。
皆さん、お久し振りです!


「じょう!!」

 

 

「グッ!」

 

 

武器を手にした燈を相手にしたマイマイカブリ型の判断は、相手を近付かずに攻撃することだった。

刺又状の棍棒の先を地面に突き刺し、ただそれを振り切る。

それだけで地面は抉れ、ソフトボール大の石がいくつも燈を襲う。

そのダメージで刀を地面に突き刺して杖にし、息も絶え絶えとなる燈。

これであとは、弱り切った獲物を仕留めるだけ。

おもむろに近づく、マイマイカブリ型。

決着が、訪れる。

 

一筋の、煌めきによって。

 

結論から言ってしまえば、決着は一瞬だった。

マイマイカブリ型の猛攻によって刀を杖のようにし、膝をついて満身創痍の燈。

その止めを刺そうとマイマイカブリ型が燈に近寄り棍棒を振り上げた瞬間、荒野に刺さっていた『膝丸』が煌めき、マイマイカブリ型を両断した。

 

激闘の終わりの瞬間は、劇的で、そして呆気ないものだった。

 

 

「………悪いな、俺たちも立ち止まっていられないんだ…」

 

 

勝ったのは、『膝丸 燈』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アアァァァァッッ!!!」

 

 

咆える。

ミッシェルがパラポネラ型テラフォーマーを前に、拳を握って吼える。

相手のその膂力の前に、僅か数合の打ち合いでミッシェルの体は満身創痍だった。

だが、それは心が折れる理由にはならない。

 

 

「返せ……!」

 

 

握った拳に力と魂を込め、駆ける。

 

 

その特性(父の魂)を返せェェェェッッ!!!」

 

 

だが、

 

 

「じょうっ!!」

 

ドゴッ!!

 

「ガアァッ!!?」

 

 

強い思いが勝たせてくれるとはいつだって限らない。

パラポネラ型の、その力に任せた上からの強引な一撃で頭を強打されたミッシェルは、その意識を暗闇の向こうへと、強制的に遠ざからせた。

 

 

 

 

 

 

 

11年前。

13歳の頃だった。

友人達といた公民館でガス爆発があり、建物が倒壊。

当たり前の様に一緒にいたスレヴィンも含め、友人達がみな重症を負った中で、ミッシェルだけが無傷だった。

周りは運が良かったのだと言うが、それは違った。

 

この日、僅か13歳で『普通の人間の女の子』としてはもう生きられないのだとミッシェルは知る。

 

それからミッシェルはその力を呪わしい力だと、思いながら日々を過ごした。

事故の後も変わらずに、煙草の香りをさせながら絡んでくるスレヴィンの存在を、多少疎ましく思いながらもありがたく感じながら。

そして22歳の誕生日、『U-NASA』の火星探索チームの幹部になったミッシェルは資料室へと足を運ぶ。

 

 

呪わしき力。

自身の持つ力を、そう思っていた。

父のことは火星で何か公開できない原因によって死んだとしか知らなかった。

それ所かもしかしたら単に私達を捨てたのかもしれないと疑ってすらいた。

 

娘に悪魔のような体質があるから。

そう思っていた。

 

 

だが、それは違った。

資料室で父のことを全て知った。

悪魔の力だと思っていたのは父の特性だった

いつも私を護ってくれていたのは、遺伝(うつ)る筈の無い亡き父の特性だった。

 

そしていつだって傍にいたのは、

 

 

「親父さんの事、実は俺嫌いなんだわ」

 

「……会ったこともないのにか?」

 

「惚れた女を泣かせたクソ野郎の事を、嫌わねえわけがねえだろうが」

 

 

自分の母親に惚れた、腐れ縁だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ありがとう、二人とも……」

 

バゴンンッッ!!!

 

 

瞬間、ミッシェルの体が躍動する。

そう、まさに爆発的に(・・・・)

その勢いでパラポネラ型の顎に拳を叩き込み、その巨躯を浮かす。

肘が爆ぜ、その推進力で繰り出された拳ががら空きになった腹に叩き込まれ、パラポネラ型を吹き飛ばす。

 

これが、彼女の専用装備、対テラフォーマー起爆式単純加速装置『ミカエルズ・ハンマー』の能力。

爆弾蟻の気化物質を充填、着ている装備の各部に仕込まれた噴出孔から噴出することにより加速するというもの。

その簡易な機構と性能から、製作者たちはこれを『単純加速装置』と呼んだ。

だが、その威力と効果は絶大。

 

 

「……さあ、立て」

 

 

壊れた眼鏡を外し、髪をかき上げる。

もう一度拳を握り、宣言する。

 

 

「他の誰でもなく私自身が人間としての生を取り戻す為に!テメェを(たお)すッ!!!」

 

 

そして、約束は守ってやる。その言葉は、ポツリと呟かれた。

 

背中から気化物質を噴出し、一気に加速。

吹き飛ばされ、直ぐには動けないパラポネラ型の懐にまで潜り込む。

 

 

「……じょう!」

 

 

だが、そう易々とはパラポネラ型も崩れない。

吹き飛ばされ、崩れた姿勢の中化外(けがい)の力をもってして、力任せに振り上げた拳をミッシェルに打ち込む。

 

 

「効く……かァァァッッ!!」

 

 

しかしそれは、『ミカエルズ・ハンマー』の噴出力によって押し返され、拮抗した。

そして自分を押し潰そうとする手を上から抑え、伸びたパラポネラ型の肘に拳を添える。

 

 

「フンッ!!」

 

 

再びミッシェルの肘が爆ぜ、てこの原理でパラポネラ型の右腕をへし折り、吹き飛ばした。

 

 

「……関節技(サブミッション)は、あいつ(・・・)が得意だったな………」

 

 

どこかへと飛ぶ黒い右腕を見上げながら、そんな事を思い出す。

一瞬過った腐れ縁の事を頭から叩きだし、黒い悪魔を見据える。

目の前には、呆けた様子で失われた右腕を見るパラポネラ型。

これで、終わりだ。

 

 

「オオオォォラアァァァァアァアァアァァァッッッ!!!!」

 

 

呆けている隙をつき、その首に足をまわして『ミカエルズ・ハンマー』で加速して回転。

荒れ果てた火星の大地に、パラポネラ型の頭を叩き付ける。

その勢いで首が潰れ、食道下神経節が損傷した。

『フランケンシュタイナー』。

それがプロレスで、主に軽量選手が使用するこの大技の名前。

 

 

「……勝ったぞ、二人とも………」

 

 

食道下神経節を損傷させた、パラポネラ型に未来はない。

それを見届け確認すると、そのまま疲労とダメージでミッシェルの体は崩れ落ちる。

だが、その顔は柔らかい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その同時刻。

地球の、フランスのとある豪邸に一人の人物が訪れていた。

 

 

「こうして二人っきりで会うのも久しぶりだな……」

 

「そうだなぁ。『キース・ハワード』」

 

 

その人物とは、イギリス首相『キース・ハワード』。

そしてその会話の相手は、見たところおそらく60代頃の男性。

スーツを着こなし、全世界万人を平等に見下しているかのようなその瞳の持ち主は、

 

 

「息災のようで何より、とでも言っておこうか?フランス大統領、『エドガー・ド・デカルト』……」

 

「その言葉、素直に受け取っておこうか。……ああ、ワインでもどうだ?」

 

 

フランス大統領、その人だった。

 

 

「いらん。………『アネックス一号』が地球を発ってから40日以上……。ようやく貴様と会えた」

 

「そんなに余に会いたかったのか?」

 

「………もちろんだ。貴様にはいくつか聞きたいことがあったからな」

 

「ほう?」

 

 

キースが剣呑な空気を放ちエドガーを見据えるも、まるでそれをそよ風かの様に受け流される。

だが、そうなるであろうことは始めから分かっていたから、それを気にせずに問いを続ける。

 

 

「『アネックス一号』発射の際、管制室手前までテラフォーマ―たちが襲撃をしに来たという。しかも、その内の一体には『M.O.手術』まで施されていたそうだ」

 

「ふむ、そのことは余も聞いておるぞ?」

 

「さらに、この間の国際会議を襲撃しようとしていた、『M.O.手術』被験者達の件。あれはおそらく、どこかの国の(・・・・・・)手の者だろう」

 

「そんなことを企てたものは、国際社会から非難されるだろうな」

 

「本当だな」

 

 

やれやれ、といった風に語るエドガーだが、その瞳のギラつきや態度は言葉に似つかわしくないもの。

そして、そう。

全てを見下して彼は言う。

 

 

「もっとも、余を非難することなど下民に許しなどしないがな?」

 

「……やはり私は、貴様が嫌いだな。……ニュートンの系譜の中でも、貴様は最悪だ」

 

「ハッハッハッ!!……余を非難することは許さんと、今言った筈だが?」

 

「ほざくな。貴様の思想や野望とやらは知っているが、貴様も同じ人間だろう」

 

 

圧倒的な威圧感を発し、キースを睨むエドガー。

そしてそれを真正面から受け止め、尚も退かないキース。

地球での、最小で最大の国家間争いが始まった。

 

 

 

 

 




火星でのミッシェルの戦いに、一つの終止符が打たれました。
そして始まる、国家間の戦い。
イギリス対フランスで巻き起こるこの戦いは、いったいどのような帰結を迎えるのでしょうか。

次回、インペリアルマーズ。
『Missing link 天への階』

お楽しみに!


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Missing link 天への階

皆様、お久しぶりです。
どうぞ。


「クハハ!まあ、そう剣呑になるな。相手は余だぞ?」

 

「……貴様だからこそ、だ」

 

 

憎々しげに顔を歪めるキースと、そのキースを見下した笑顔を浮かべるエドガー。

国家代表という立場こそ似通っているが、しかしその実際は全く対極。

 

 

「……まあ、こうも睨み合っていても意味がない。本題に入らせてもらおう」

 

「ふむ?言ってみろ」

 

「『レオ・ドラクロワ』」

 

「…………ほう?なるほど。確かにイギリスのスパイは優秀らしいな」

 

 

キースの口から放たれた、一人の人名がそれまで彼を見下し続けていた男の表情に、初めて変化を生みだした。

それまでの見下し続けていた表情ではなく、どこか感心したかのような。

 

『レオ・ドラクロワ』とは、『M.O.手術』にも携わるとあるドイツ人の天才科学者の名前だ。

最初の『M.O.手術』成功被験者である『アドルフ・ラインハルト』に関する研究にこそ携わってはいなかったが、彼の残した成果は多岐に渡る。

それこそ、『M.O.手術』以外のあらゆる分野に至るまで。

それが天才たる所以。

その彼を、ドイツから秘密裏に、極秘裏にフランスは引き抜き亡命させていた。

 

だが、その事実を突きつけられても彼は揺るがない。

『エドガー・ド・デカルト』は、『キース・ハワード』を、否。

全人類を平等に見下している。

 

 

「ドイツで失踪した科学者が、なぜフランスの研究所で発見されたのか、教えてもらおうか」

 

 

それでもキースは問いただす。

問いたださねばならない。

 

それがエドガーの琴線に触れた。

 

 

「ほう?わざわざそんなことを言わなくてはいけないのか?……この私が、お前如きに?」

 

 

瞬間、室内を満たした濃密な怒気。

その発生源はもちろん。

 

 

「お前如きが、この私に指図を、命令をするんじゃあないッッ!!」

 

「……ッ!?」

 

エドガーその人だった。

その濃密な怒気に気圧され、僅かに後ずさるキース。

しかし、それでも歯を食いしばりその足を、無理やり前進させる。

 

 

「…………レオの研究テーマは多岐にわたっていた。実際、どれが彼のメインテーマなのかすら分からないほどに。しかし、彼はその全てにおいて成果を出し続けていた。もちろん、その中には『M.O.手術』に関するものもある」

 

 

目の前の男から放たれる重圧に潰されそうになりながらも、彼は言葉を繋げる。

 

 

「………そのレオがドイツの研究所から失踪する直前、他の職員に対して言った言葉があるそうだ……。曰く」

 

 

『この世の全てを知るには、人の一生では不足すぎるとは思わないかね?』

 

 

それが天才科学者が残した、最後の言葉。

そして彼は、ドイツからフランスへと渡っている。

 

 

「『アネックス一号』発射時の『M.O.手術』テラフォーマー。会議場の『M.O.手術』被験者の部隊。しかもその内の一人を解剖したところ、使用されたベースの生物は地球上に存在しない生物だったとの報告がある。そして科学者の引き入れ。貴様の目的はなんだ!…………いや、違うな。なぜ、そんな手段を取る(・・・・・・・・)?」

 

「……お前のその言い様は気に食わん上に、この余を敬意を払おうとすらせん姿勢は虫唾が走るところだが………ふむ。まあその意地でもという姿は悪くはない」

 

 

必死なキースの姿に、柔らかな革張りのソファに背を預けてエドガーは語る。

 

 

「……なあ、下民よ。下等なサルから進化し、人類が誕生しておよそ20万年…………。そして我がデカルト家の本家筋にあたるニュートンの血脈が人間の品種改良を始めておよそ500年……。人間は人間となったが、なあ」

 

 

数瞬の、間。

 

 

 

 

「………そろそろ人間()は、神になるべきだとは思わんか?」

 

「貴様それは……ッッ!!?」

 

 

人類を産み出す一族、その分家の男。

その野望とは、願望とは、望みとは。

 

 

「……『ミッシング・リンク』…………ッッ!!!」

 

 

進化の失われた過程(ミッシング・リンク)を手に入れることだった。

 

 

 

 




神へと至る道を求める男、それがエドガー。


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Challengers 挑戦者たち

皆さま、本当にお久しぶりです。
帰って来たインペリアルマーズ、どうぞ。


「なあ、下民よ?神は我々人間を、自身をモデルにして創造したそうじゃないか?」

 

その顔に、一国のトップとして国民には見せられない、凶暴で凶悪な笑みを浮かべ、エドガーは語る。

 

「ならば、何故我々は神の権能を持ち得ないのだ?乾き、軋み、老いゆく肉体。風化し、摩耗し、滅びゆく精神。その先にある暗く惨めな死。……なあ、何故我々は神をモデルとしたはずなのに、死ぬのだろうな?」

 

「……それが、生命として当然のことだからだろう。でなければ、この地球は数多の生物でパンクしてしまう」

 

「ハッハッハッ!!!既に人類でパンクしているじゃないか!故に火星にまで手を伸ばそうとしたんだろうが!!」

 

キースの答えに対し、エドガーは哄笑して否定する。

そして、それは正論だった。

増えすぎないために制限がかけられているというのであれば、この状況は、この世界はあまりにも、あまりにもそぐわない。

 

「簡単なことだ」

 

彼は、彼なりの答えを告げる。

 

「神は嫌だったのだよ。自身に並ぶ存在を。自身がそれを産み出すことを。神の権能は、我だけにあるとしたかったのだよ」

 

「……それは…!」

 

唯一神が、権利欲のために人間に、否。

この世界全ての生物に寿命を設けたと、そう神への挑戦者(エドガー・ド・デカルト)は言ったのだ。

 

「さて、かのチャールズ・ダーウィンが提唱した『進化論』。進化には連綿とした系統図があり、そして前後した生物には共通点がある。……この進化論に基づき、神の型落ちとして生まれた我々は、猿から進化し人類となった我々は、次なる過程へと進むべきではないかね?」

 

「神と人の間を、その進化の道筋を……!『ミッシング・リンク』を埋める気か……!」

 

「ハハ!その通りだとも!!そもそも、人類誕生から既に何十万年経っているんだ?いい加減、もう良いだろう?」

 

『人間』を辞めるのも。

 

人類最新の系譜だからこそ言える、傲慢不遜極まりないこの発言。

だが、それを聞くキースは、カラカラになった喉を思わず鳴らし、そして確信した。

 

「(………この男は、生かしてはいけない………ッッ!!)」

 

危険すぎた。

あまりにも、危険すぎた。

おそらく、きっと。いや、確実にこの男以外のニュートンの系譜も、もしかしたらその全てが至っている思考かもしれない。

だが、しかし、今まで対面してきたどの人類最新(ニュートンの系譜)よりも、危険だった。

どの人類最新(ニュートンの系譜)たちも、皆人間的でありながらどこか人間離れした精神をしていた。

だが、目の前のこの男は違う。

 

そもそもの精神が、人間のそれではない。

人間離れしているのではなく、人間ではない。

 

故に、殺さなくてはいけない。

 

「(……だが…!できない……!!)」

 

しかし、それは不可能だった。

エドガーはフランスの大統領。一国の国家元首だ。

つまり、今手を出したら戦争になってしまう。

なるべく早く、この男は始末しなくてはいけない。

 

それが分かっていても、手出しができない。

 

ならば、暗殺は?

それも不可能。ただでさえ国家元首の防備は固い上に、この男はニュートンの系譜。

仮に接近戦に持ち込めても、エドガーに勝てる人間など、それこそ本家筋の最新『ジョセフ・G・ニュートン』か、人類という種における最強『幸嶋 隆成』くらいで、それ以外にも探せばいるだろうが、数える程度だろう。

あらゆる病魔にかかることもなく、常人よりも遥かに強靭な肉体。そこに国家元首としてのセキリュティーが組み合わされば、実質的に暗殺など不可能だ。

 

「ハッハッハ!!その顔は余の暗殺を企てたが、不可能と察したな?よいよい、その通りだからな」

 

「…………ッッ!!!」

 

エドガーの言葉に奥歯が軋み、額に青筋が浮かぶ。

だが、ここで感情に任せるのは得策とは言えない。

殺せないなら、できる限りの情報を集める。

かつてスパイだった自分だからこそ、なによりも情報の価値は分かっている。

 

「……『レオ・ドラクロワ』に、何の研究をさせている?」

 

「ご自慢のスパイに調べさせたらどうだ?」

 

素気無く言い、卓上の電話機のボタンを押し、内線を繋げる。

 

「イギリス首相殿がお帰りだ。ご案内差し上げろ」

 

「【かしこまりました】」

 

「待て!まだ話は終わってない!!」

 

「それは余が決めることだ。さて、いつまでも他国にいるものじゃないぞ?もしや暗殺などされるかもしれないからな?ハッハッハッハッハッハッハッッ!!!」

 

「貴様……ッ!」

 

皮肉を言って哄笑するエドガーに、歯噛みするキース。

しかし、ここはもう引かなくてはいけない。

コンコンッ、というノックと「お迎えに上がりました」というスタッフの声が、扉から聞こえてきた。

 

「……貴様の思い通りになどさせんぞ………ッ!」

 

「勝手にすると良い、帝国を目指す下民よ。国を発展させることはできても、余を邪魔することはできぬぞ?」

 

睨みつけながら退出するキースを、余裕の表情で、しかし確実に威圧しながら見送るエドガー。

これで公式には親善訪問とされた二か国の首脳会談は終了し、イギリスとフランスは表向きは友好を深めた。

もちろん、その裏では二名を代表とした争いが幕を開けている。

特に、キースの行動は迅速だった。

フランス国内では傍受される危険性が高い為、一切の指示は出さなかったが、会談から数時間後。帰国するために乗り込んだ飛行機が飛び立ってからは即座に動いた。

 

「すぐに最優先で『レオ・ドラクロワ』の所在を調べろ!おそらく、エドガー本人が出資をしている研究所があるはずだ!代理人を通しているか、いくつものルートを通しているだろうが、調べ上げろ!なんの研究をしているのか突き止めるんだ!」

 

「分かりました。各エージェントに伝えます」

 

歳の頃は60を過ぎているであろう男性、『レオ・ドラクロワ』の写真をテーブルに叩き付け、指示を出す。

 

「それから、エドガーの動向を常に監視しろ!奴がどこに行き、誰と、何の目的で会ったのか。奴がどこで、何を、何の目的で行ったのか。その全てだ!」

 

「はいはーい、伝えまーす」

 

「それと……ああ、そうだ。大事なことを忘れていた!」

 

「なんでしょうか?」「何かしら?」

 

問いかける秘書のウェルとルクスに、キースはニコリと笑う。

 

「紅茶の準備をしてくれ。もうアフタヌーンティーの時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キースが飛行機に乗ったその同時刻。

フランス国内、その片田舎にある、小奇麗な洋館。……というゲームなどでありがちな怪しい場所ではなく、首都圏ではないがそれなりに発展した都市にある、それなりに巨大なビル。そしてさらにその地下に、その施設はあった。

無数の檻や飼育ケースが並び、それに加え様々な実験設備が立ち並ぶそこに、その男はいた。

 

「……ふむ…2053号の経過は順調だな。この分なら、一週間後には施術に使用できるだろう」

 

『Probe Anzahl/2053』と書かれたラベルの貼られている飼育ケースを覗くのは、若い、そう若い男だった。

とりわけ特徴のない、平凡な顔立ちと着古した白衣。

だが、その額から見える、頭部を一周する傷跡が特徴的だった。

 

「おい、カサンドラくん。すまないが『黒幇(ヘイパン)』の連中に、一周間後くらいに被験体を都合するように伝えてくれ」

 

「分かりましたわ」

 

足のスリットと豊満な胸元が大胆に開いた、真紅のドレスの上から白衣に袖を通している女性------カサンドラが彼の指示に頷き、すぐに携帯電話でどこかに連絡を取る。

そのやり取りを聞きつつ、飼育ケースの中の生物を観察する彼の視線の先には、数匹のアリがいた。

 

そのアリたちはどこか異常だった。

それなのに、誰が見てもどこか見慣れていると感じるであろうアリたちだった。

 

「さてさて、上手くいってくれるといいんだが。流石に36%の成功確率を変えることは、現状できんからな。私の技術力で補っても、45%が成功すれば良い所だろう」

 

飼育ケースから目を外し、独り言ちる。

 

「ふーむ……。まあ、確実性を考えて、100人いるとして36人が成功したとしよう。そうなると、だ。その内6人を選別してサンプルとして、残りは契約通り提供だな。あー……、中国の『(ホン)式手術』の記録が見たくなるな……。見なくても再現はできるだろうが、1からだと流石の私でも時間がかかるな……」

 

ウロウロと、忙しなく歩きながら、独り言は続く。

 

「それもこれも、あのエドガーのせいだな。奴が『黒幇(ヘイパン)』に渡りを付けてくれたから、いくらでも被験体は手に入るが!時間が!そう!私の貴重な時間が足りない!!100人も一人で施術などしていられるか!!当たり前に考えてブラック企業にも程があるだろう!!?人材だ!スタッフだ!!私に時間を寄越せ!!そもそも!一人当たり何時間の大手術だと思っているんだ!!?もう一度言うぞ!大事なことだからな!もう一度だ!!私に時間を寄越せ!!貴重な!私の!!時間を!!!」

 

「すいませんが、レオ博士(・・・・)。電話中ですので、お静かに願いますわ」

 

「あ、はい。すいません」

 

徐々にヒートアップしていた、鬱憤が迸る独り言は、カサンドラの言葉と携帯電話に向けられた指によって、一瞬で鎮まった。

だが、しかし。彼女は男を今、何と呼んだだろうか。

 

「あー……、とりあえずあれだな……。後でエドガーの奴に、手術用で良いからスタッフを寄越す様に伝えないとな……。いや、真面目に過労死する。そして時間が奪われる。もういっそ、私が研修してやっても良いからスタッフが欲しい……。カサンドラくんも凄く優秀なんだけど、数には勝てん……」

 

先程のヒートアップから一転して、椅子に腰かけ背もたれにだらしなく体を預けてクールダウンするこの男を、カサンドラは何と呼んだだろうか。

そして気分の上下を激しくしている間に、カサンドラは要件が終わったのか通話を切る。それを男は確認すると、再び口を開いた。

 

「あ、そうそう。カサンドラくん、今晩予定開けておいてくれてる?」

 

「ええ、勿論ですわ」

 

「なら、良かった!いやー!カサンドラくんが協力してくれて助かるよ!私としても、中国のあの実験には興味があったからね。まあ、既に結果は出てる実験だからね。私は少し条件を変えたかったんだが、カサンドラくんのおかげで助かったよ!!」

 

「ふふ、博士のお誘いですもの。断るわけがありませんわ」

 

楽しそうに笑う男と、妖艶に微笑む女。

男はニィッと、心底から面白そうに、愉快そうに、楽しそうに笑みを見せる。

 

 

 

 

 

 

 

「この天才『レオ・ドラクロワ』が、君を孕ませてみせようじゃないか!!」

 

 

 

 




二人の『レオ・ドラクロワ』。
さてさて、その正体はいったい何なのでしょうか。


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BLACK 黒

今回から、再びあの男が登場します。


「おい、タチバナ。ちょっと頼みがあるんだが良いか?」

 

「はい、何でしょうか寮監?」

 

二か国首脳会談が行われていた、まさにその同日同時刻。

アメリカの『U-NASA本部』にある、『M.O.手術』被験者たちの寮。

そこの食堂で、スレヴィンはトーヘイに声をかけていた。

 

「ちょっとこのビルの図面調べて欲しいんだ。管理会社とか警備会社にハッキングするなりして、できるか?」

 

「可能だと思いますけど……何なんですかこのビル?」

 

「ん?今度そこでな、オークションパーティがあるんだと」

 

「はあ……」

 

何故わざわざオークションパーティの催されるビルを、調べなくてはいけないのか。

渡された書類に目を通すも、トーヘイにはいまいちピンと来なかったが、続くスレヴィンの言葉に、衝撃を受ける。

 

「聞いて驚け。FBIからの捜査協力願いだ。そのオークションに、テラフォーマーの卵が出品される」

 

「……なっ!!?」

 

その言葉に、愕然とするトーヘイ。

これまで、確かにテラフォーマーの卵の裏取引などは事例があった。

だがしかし、オークションの様な大規模な、かつより不特定多数の誰かの手に渡ってしまう危険性は、今まではなかった。

 

「驚いたろ?」

 

クツクツと愉快そうに笑うスレヴィンが、言葉を続ける。

 

「この後FBI捜査官と会議すっから、20分後にルーニーとブリーフィングルームに集合しろ」

 

「え?あ!はい!」

 

トーヘイの肩をポンポンと叩いてから、食堂を出る。

会議をするにも、まずは部屋の準備から。

寮監は色々と大変なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、二人とも。こちら、俺の軍学校時代の同期で、現FBI捜査官の『ジェームズ・フランクリン』だ」

 

「よろしく、お似合いカップルさんたち」

 

「「!!??」」

 

言われたとおりに二十分後。

会議室に来たトーヘイとリジーを出迎えたのは、中肉中背の黒人男性だった。

 

「か、かかか、カップルだなんて……そんな…お似合いだなんて……な、なあ……!!?」

 

「リジー、落ち着いて。初めまして、ジェームズ捜査官。僕は『トーヘイ・タチバナ』。彼女は『エリザベス・ルーニー』です。それと、僕たちは恋人(カップル)ではなく、相棒(バディ)ですよ」

 

「「「……………………」」」

 

初対面から飛ばしてくるジェームズのからかいを、真面目に答えるトーヘイだが、それはまあ、端的に言って悪手だった。

大人二人が「おっと、こいつマジか」という空気になり、リジーは顔を赤くさせたり青くさせたり、アワアワさせたりとし、結果。

 

「トーヘイのバカー!!このプッシー知らずー!!!」

 

「リジィィィィィィッッ!!?」

 

リジーは突如走り去り、元凶であるトーヘイがそれを追いかけるという構図ができあがった。

残された大人二人はというと。

 

「………俺、余計な事言っちゃった?」

 

「いや、ありゃあタチバナが悪い。あ、そうだ。俺だけに見せたいって言っていた資料、どうせだし今見せてくれるか?」

 

「ああ、そうだな。これだよ」

 

タブレット端末による、情報交換を即座に行っていた。

それも、トーヘイとリジーの二人には聞かせられない、元軍人である-------いや、当事者だったスレヴィンにしか話せない内容の情報を。

 

「……なるほどねぇ。あの時の(・・・・)も、か……」

 

「ああ、我々の調査の過程で、偶然分かったことだ。……本当は、お前にも教えてはいけないんだぞ?」

 

「分かってるよ。ありがとなジェームズ。今度一杯奢るよ」

 

「いいさ。軍学校時代からの友人のためさ」

 

そう言って、お互いの拳の側面を打ち合わせる。

今はツナギとスーツと別々の服装だが、同じヘルメットに同じ軍服を着ていた昔の様に。

 

「さて、ウチの二人が戻ったら、オークションの方の打ち合わせだな」

 

「ああ、そうだな」

 

そうこうしている内に、出ていった二人が戻って来る足音が聞こえて来る。

まったく。と苦笑と共に溢したスレヴィンだが、その顔を見たジェームズは微笑んでいた。

 

そうか。こいつはもう、大丈夫なのか。

 

と。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、改めて作戦会議だ。オークション会場は高級ホテル『ウンディーネ』の55階、パーティフロアだ」

 

トーヘイとリジーが戻って来た後、暗くした室内で、スレヴィンがスクリーンに会場の見取り図と写真を表示しながら、事前に立てられていた作戦の概要を説明していく。

 

「今回は捕獲対象の事を、一貫して『パッケージ』と呼称する。FBI主導の任務ではあるが、あれに関しては極秘中の極秘。実はジェームズもその外観は知らされているが、それがどういうものかは知らない状態だ」

 

「まったく、あれは何なんだ?映画で見る、エイリアンの卵かなんかかい?」

 

「正解だったら事件後にクリスタルひとしくんをやろう。さて、話を進めるがFBIの部隊も合同で動くわけだが、我々U-NASA班はパッケージの確保を、FBIはその場にいる犯罪者の逮捕が目的であり担当となる」

 

ジェームズの茶化しを適当に流しつつ、写真をレーザーポインターで示しながら、説明を続ける。

 

「当日は我々四人はボーイやウエイターなどの給仕に扮して現場に潜入する。これは既に手続きや根回しはジェームズ達FBIが済ませてくれている。パッケージが出品される時に、それぞれ舞台の近くに来て待機だ」

 

レーザーポインターの赤い点が、写真に映っている一段高いステージを指し示す。

写真では楽団が映っているが、当日はここに様々な合法・非合法を問わない珍品や高級品が並ぶことになる。

その中にはもちろん、テラフォーマーの卵も。

 

「近くの部屋にはFBIの部隊が待機してるし、U-NASA研究者たちが乗る車も駐車場で待機している。パッケージが出品されたら部隊がブレーカーを落として、会場に突入して来る。俺たちはパッケージを確保して、さっさと車に搬入してトンズラだ。可能な限り、敵と交戦しようとはするなよ。行動は迅速かつ冷静に。何か質問はあるか?」

 

説明に合わせ、見取り図や写真をその都度指し示し、最後にトーヘイとリジーに尋ねると、スッとトーヘイの手が挙がる。

 

最悪の事態の場合(・・・・・・・・)、パッケージは破壊しても大丈夫ですか?」

 

「ああ、その説明をしていなかったな。既に緊急時のパッケージ破壊の許可は取り付けている。だが、研究者たちは完品での搬入を基本的にはお望みなので、破壊は緊急時のみだ」

 

「了解しました」

 

トーヘイの言う最悪の事態の場合。

それはつまり、テラフォーマーの卵が孵化し、テラフォーマーが誕生してしまうケース。

テラフォーマーたちの脅威は、既に充分以上に知っているからこそ、破壊しても良いのかは知っておきたかった。

 

「なあなあ、テラ……パッケージってオークションに出品されるんだよな?あんなもん、誰が出品するんだ?」

 

トーヘイの次に、少々危うげにだがリジーが尋ねる。

もっともな質問だ。オークションに出品されるということは、出品者がいるということ。

つまり、テラフォーマーの卵を入手できる誰かがいるということだ。

 

「それについてだが、既に調べがついている」

 

その質問には、スレヴィンではなくジェームズが答えた。

持って来ていた鞄の中から、一つのファイルを取り出して開く。

そこには、一人の男の顔写真と資料が挟まれていた。

 

「こいつはガンキュール。『ガンキュール・ダッドリー』だ」

 

「こいつがテ……パッケージを売りに出したのか?」

 

見たところ、金髪と爽やかなイケメンスマイルの好青年であり、テラフォーマーに関わっているようには見えない。

しかし、この男が問題だった。

 

「ガンキュールは近頃急速に勢力を拡大させているギャング、『ブラック・パレード』の幹部の一人でな。こいつを内偵している最中に、今回のオークションとパッケージの事が分かったんだ」

 

「ギャングの一員であり、幹部……」

 

「ああ、こいつが加入してから、ブラック・パレードは一気にでかくなっている」

 

ジェームズの説明を聞きながら、ガンキュールの資料に目を通していく二人。

そうしている内に、ふとトーヘイが気づく。

 

「……あれ?ブラック・パレードって、もっと大きいとこの下部組織なんですね?名前は……これ、中国語ですか?」

 

資料の一部を指さし、ジェームズに尋ねる。

しかし、その問いかけの答えはジェームズではなく、別の人物から返された。

 

「中国発祥の多国籍マフィア、『黒幇(ヘイパン)』。それが組織の名前だ」

 

ポケットから煙草とマッチを取り出し、紫煙を吐きながら答えたのは、スレヴィンだった。

 

「寮監、知っているんですか?」

 

「軍にいたことに一度、別の下部組織の摘発をFBI、CIAと合同でやったことがあってな。存在自体はその時に知った。悪い事も良い事も、金になることは何でもやる連中でな。裏カジノ、脱税、合否合を問わない店舗経営、売春宿、クスリ、医療その他その他。……資料を渡された当時、あまりの項目の多さにドン引きした覚えがある」

 

「彼らの発祥は、600年前の中国の無国籍児、『黒孩子(ヘイハイズ)』の集まりとされている。それがこの600年。各地の無国籍児を吸収、拡大し、更には世界展開したのが今の黒幇(ヘイパン)となったそうだ」

 

1900年代の中国で起きた、『一人っ子政策』。

これにより2人目以降の子供が出生した場合、両親の昇進や昇給が止められてしまったり、賃金を削減される。さらには罰金の支払いを命じられるなど、他にも複数のデメリットが発生するようになった。

これにより、何が起きたか。

二人目以降の出産の際、戸籍を届け出ない親が多数出たのだ。

その結果、莫大な人数の無国籍児童が生まれ、闇社会へと流れていった。

 

黒幇(ヘイパン)もその一部が生きるために寄せ集まり、犯罪組織となったのが始まりだった。

そして、『一人っ子政策』によって、黒幇(ヘイパン)が生まれた1900年代から、約650年後の現在。

世界中で加速し続けた人口の爆発的増加は、中国以外でも各国で無国籍児や地下でしか生きられない人間を輩出。

彼らを取り込み、拡大した組織が現在の世界最大の多国籍マフィアにまで成長したのだ。

 

「お前ら、覚えておけよ。今回の敵はエイリアンじゃねえ。人間の歴史が生んだ、おっかねえ人間共だ」

 

煙草を口に咥えながら、脅す様に凶暴な笑みでスレヴィンは語る。

何せ彼自身も、黒幇(ヘイパン)のせいで悲劇に見舞われたことを先ほど知ったのだから、その脅威は誰よりも理解している。

スレヴィンの表情と言葉に、思わず顔が強張るトーヘイとリジーが、ゴクリ、と喉を鳴らす音が静かな会議室に響く。

誰も喋らぬ静寂はしばらく続き、そして一人の男の声で破られる。

 

 

 

 

「って、やっぱりエイリアンが敵だったのかお前ら!?」

 

「「「あ」」」

 

 

 

 




ポロっと言ってしまう事はあるけど、気をつけねばなりませんね!!(戒め)


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Company オークション

最新話です、どうぞ。


とある簡素な部屋に、三人の男女がいた。

男たちは揃って黒いタキシードに身を包み、女は給仕服に身を包んだ一団。

テラフォーマーの卵鞘が出品される、オークションパーティ会場のある階から、数階ほど下にある一室に、彼らはいた。

 

「全員耳に骨伝導スピーカーは付けたな?さて、それじゃあおさらいだ。FBIはガンキュールを、俺たちU-NASAはパッケージの確保が目的になる。もちろん、状況に応じてお互いの援護も行うぞ。加えて、可能な限りは避けたいところではあるが、戦闘になることも考えられる。しかしだ。こんなオークション会場にいる連中の中には、M.O.手術について知らないやつも多いだろう。あえて教える必要もない。ってことで、こいつを配布する」

 

普段はツナギで闊歩している故に、全く着慣れていないタキシードに身を包み、更には頭髪をオールバックに固めボーイに扮した男------つまりはスレヴィン------が、同じくスタッフに扮装したトーヘイとリジーに、それぞれ一枚ずつシート状の物を渡す。

 

「これは……哺乳類型用の変身薬ですか?」

 

「その通り。だが、いつものとはちょっと違う。U-NASAのイギリス支局が作ったもんでな、名称は『不完全変態薬』。効果は人間の姿を保ったまま、限定的に手術の効力を得られることだな」

 

「それって凄い技術じゃないですか?!」

 

「俺も驚いている」

 

イギリス支局謹製、『不完全変態薬』。

その効果は極めてシンプルであり、ベース生物の力を極々限定的な発現に抑える代わりに、人間の姿を保ったまま戦闘を行えるというもの。

スレヴィンたちは知る由もない事だが、これは中国が生み出した『(ホン)式手術』に着想を得て作られた薬であり、既にベース生物寄りになった肉体を人間に戻す薬品を実用化していた、イギリスだからこそ作れた代物だった。

これが完成したと報告を受けた時の、キースの顔はそれはそれは悪い笑顔だったと、彼の側近や秘書たちは記憶している。

 

なんにせよ、これさえあれば人為変態によるM.O.手術、ひいては『免疫寛容臓』、テラフォーマーの存在の発覚を防ぎやすくなる。

その上で、スレヴィンは「だが」と言葉を続けた。

 

「だが、忘れるな。これはあくまでも、M.O.手術の存在を秘匿するためのもんだが、そんなもんよりお前たちの命の方が数倍以上に大事だ。この薬で得られる能力なんて、たかが知れている。少しでも必要と感じたなら、すぐに通常の『変態薬』を使え」

 

「寮監…………」

 

彼の言葉に、若い二人が目を見開く。

普段彼らは、言ってしまえば実験動物同然の扱いを科学者たちから受けている。

そのため、こうして技術や情報の秘匿よりも、自身の安全や生命を優先させろと言われるなど、ほぼ皆無に等しかった。

だからこそ驚き、そして嬉しく思う。

 

「って、おいおいお前ら。そういう面は、任務達成してからにしろ。頬が緩んでるぞ?」

 

「「ッッ!!?」」

 

揶揄う様な彼の言葉。

言われて気づき、咄嗟に二人揃って頬に手を当て、口元を抑えてしまう。

 

「ハハッ!素直で結構だ!そんじゃあ気合い入れ直せよお前たち!」

 

「「はい!!」」

 

そんな二人の背中を、男はバシンッと力強く叩き、笑いながら渇を入れる。

これからが仕事の時間であると。

命のやり取りが待っているかもしれないと。

 

必ず生きて戻る様に、と。

 

 

「それじゃあ、『掃除屋(スカベンジャーズ)』及び『セイバー班』、作戦開始だ!」

 

「「了解!!」」

 

三人が、戦場へと扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

ピアノとバイオリン、ビオラにチェロの四重奏(カルテット)が奏でる優雅な曲が、豪華に彩られた会場を優美に飾る。

ステージから響く音楽と、招待客たちの話し声がこの空間を巡る。

誰かが給仕に声をかけグラスを受け取り、そしてまた誰かとの談笑を楽しむ。

時折華麗なスーツに身を包んだ男が、シャンパンのグラスを片手に美しい女性に声をかけ、一晩の恋を楽しもうとするのは、こういう場でのお決まりというものだ。

そんな中、

 

「ジェームズか。こちらスレヴィン。予想外にシャンパンの出が良すぎる。追加を準備してくれ」

 

「ちょっと待ってくれボーイさん。今日の本業はそっちじゃないだろ」

 

「ぶっちゃけ、ハイスクール時代にバイトでボーイした時を思い出してる」

 

潜入のためボーイを行っていたスレヴィンからの一番最初の通信に、別室で待機しコールを受けたジェームズが脱力した。

ちなみに、スレヴィンの持っているお盆の上にはシャンパンのグラスが3つ乗っているのみになっている。

だが、この状況は仕方がないのかもしれない。

なにせこのオークションパーティでは、比較的裏側の人間が多いものの、表側の金持ちまで多く参加している。

このオークションパーティには、テラフォーマーの卵鞘だけが出品されるわけではない。

合否合問わず、様々な美術品や貴重品、珍品が出品されるのだ。

珍しい物、美しい物、貴重な物、そして他人が持っていない物。

それらを欲しいと思うのは、人の常なのだから。

 

「まあ、それはそれとしてだ。そちらさんのターゲットは見つけたぜ」

 

「それを先に言え!」

 

「でけえ声出すなよ。こういうのはゆとりが大事だと俺は思うぜ?」

 

ジェームズを揶揄う様に、ククッと笑うスレヴィンだが、その目はターゲットを捉えて離さない。

視線で悟られぬ様に、視界の中央ではなく常に端に置き続け、時折客の間を移動するなどした際に自然にしっかりと再補足する。

既に彼はターゲットを、このオークションにおけるテラフォーマーの卵鞘の出品者であり、犯罪組織『ブラック・パレード』の幹部である『ガンキュール・ダッドリー』をいつでも捕らえられる姿勢に入っていた。

 

簡単な話だ。ゆっくりと、さり気なく近づき、忍び寄り。距離を詰めたら一気に捕らえる。

彼の手術ベースである『マダコ』も、その体表面の色素を変え、隠れたり忍び寄ることを得意としている。

人知れず指を数度、音を鳴らしながら握る。

護衛たちは見たところ腕利きのようだが、これでもアネックス1号の幹部(オフィサー)を幼馴染に持つ男。あの程度ならば物の数ではない。『不完全変態』を行い、奇襲をかければすぐに無力化できるだろう。

まずは足だ。立ち振る舞いを見るに、聞き足は右足。ならば先にそちらを破壊しよう。膝を蹴り抜けば簡単に済む。

その次は両手を踏み潰す。それで完全に無力化できるはずだ。

卵鞘は、二人に任せれば大丈夫だろう。

些か以上に手荒だとは自覚しているが、可愛い青少年の命を預かっている身でもある。

自分が死ぬだけならそれで仕方ない。死ぬつもりもないし死ぬわけにはいかないが、人間死ぬときは死ぬ。軍属だった身の上故に、そこははっきりと理解している。

だが、あの若い二人はその限りではない。自身が守らなくてはいけない存在だ。

こんな鉄火場に連れてきてしまっているが、本当ならあの二人はまだまだ普通の学校に行き、普通の生活を送り、普通に友人と遊び、普通に恋をして、普通に青春を送っていたはずなのだ。

守らねばならない。普通の人生を歩みづらくなってしまった彼らが、普通の人生を送れる様になるまで。

 

タイミングは決まっている。テラフォーマーの卵哨が出品されると同時に、会場の全ての電気が消される。

それに乗じて、事を成せばそれでおしまい。

 

「悪いけどボーイさん。グラスを一つ貰えるかしら?」

 

「はい、シャンパンしかございませんが、よろしいですか?」

 

そう考えていた思考を、女性の声により中断される。

今はボーイに変装し、この場に紛れ込んでいるのだ。

ならばそちらの仕事もきっちり行わなくてはいけない。

自身に声をかけてきた、青く、華やかかつ胸元を強調した、思わずこの後(・・・)を予想させる、金髪に整った目鼻立ちの美女に、慣れた手つきでグラスを一つ渡す。

 

「ありがとう。素敵なボーイさん?」

 

「ッ!……いいえ、どういたしまして。素敵なお嬢様?」

 

グラスを渡す際に、彼女はわざとスレヴィンの手を包む様に、甘い仕草と微笑みで受け取る。

それに一瞬驚いた表情になるも、すぐに平静を取り戻し答える。

 

「……ねえ?ここを抜け出して、一緒に私の部屋に来ないかしら?」

 

「お誘いは嬉しいのですが、まだ仕事がありますので」

 

「あら、残念ね」

 

話している間も、女はグラスとスレヴィンの手を離さず、まだ話足りないとばかりな様子を見せている。

 

「仕事は何時までなの?」

 

「このパーティーが終わってからも片づけ等ありますので……一概には言えませんね」

 

「そう。じゃあ私の部屋番号を教えておくから、お仕事が終わったら、何時になっても良いから来てくださる?」

 

「……そこまでおっしゃるのであれば」

 

「良い?よく聞いてね?3……9……1……よ?分かったかしら?」

 

「…ッ!……ええ、分かりました」

 

蠱惑的な声色で彼女が部屋番号を教えると、途端にスレヴィンの表情が硬直するが、それもまた一瞬のことであり、ニコリと女に微笑みを返す。

 

「そう。それじゃあ、楽しみにしているわ。また後でね色男さん(ロミオ)?」

 

「……ええ、また後で毒婦(ジュリエット)?」

 

そこでようやく、指先を名残惜し気に一度スレヴィンの手の甲に這わせてから、女はゆっくりと手を離した。

ゆるり、女に流し目を送ってから、スレヴィンは自然に、ゆっくりと。しかし会場から出る扉までの最短距離を、客たちやテーブルの間を縫いながら歩いていく。

そのまま会場の外へ出て、すぐ近くの一室------FBIの待機室へと入った。

 

「おい、どうしたんだスレヴィン?シャンパンの追加ならここじゃな「ジェームズ!この案件の調査をしているのは、FBIだけなのか!?」…………は?」

 

軽口で迎え入れたジェームズに、思わず怒鳴りこんでしまう。

突然の事に、目を白黒させるジェームズが何も言えないでいると、畳みかけるようにスレヴィンは言葉を続けた。

それも、衝撃的な言葉を。

 

CIA(・・・)だ!!今俺が話してた女!」

 

「な………ッ!?」

 

幸い、この部屋は完全に防音となっており、スレヴィンの怒号も外には漏れることはない。

だからこそ、感情のままに彼も大声を出しているのだ。

 

「3、9、1だ!このホテル『ウンディーネ』は、3階に客室はない!そしてそれぞれの数字に対応したアルファベットは!?」

 

「……Cと…Iと……A………。おい、嘘だろ!聞いてないぞ!!」

 

「……クソッタレ!必ずしも共同歩調をとるわけではない上に、内容が内容だけに内密に進めすぎたな……!各所で連携が取れてねえ……!」

 

思わず二人揃って煙草を咥え、火を点けようとしたところでお互いに思い止まりながら、二人の思考は混乱の渦に巻き込まれていく。

 

「……スレヴィン、FBIにはCIAへは連絡していないし、逆もまたしかりだ」

 

「……こっちもだよ。少なくとも国家の害になる様な事はしねえだろうが……あそこは何を狙った作戦を組んでるのかが分からねえからな……。ただでさえ、この会場には犯罪者だってそれなりの人数いるわけだしな……。………ああ、それともう一つだ」

 

「……なんだ?」

 

自身の持っていたお盆に乗っていた、残ったシャンパンのグラスを飲み干し、目つきを鋭くしながら彼は伝える。

 

「………あの女、俺の本名を知ってやがった。手を握ってる間、モールス信号で何度も『V』を送ってきた。Vだぞ?」

 

「V……?それにお前の本名……というか俺のちゃんと知ってる方の名前と言うと……?………………Vサインか!」

 

「そうだ。Vサイン。つまりピースサイン。俺の本名は『ピース・ラックマン』。……まあ、俺はある意味では有名人だから仕方ないかもしれんが……」

 

「……警戒の必要はあるだろうな」

 

こちらの情報が一方的に相手に知られている状況。

CIAという、国家規模で見れば味方であるはずの相手に、強い警戒心を抱いてしまう。

 

「…………まあ、とりあえずCIAさんには警戒しつつでだが、予定通りに動こう。こっちとしては、それしかできない。だが、それさえできれば俺たちの仕事は完璧だ」

 

「だな。……頼んだぜジェームズ」

 

「任せな、同期を信じろって」

 

お互いにククッと笑ってから、拳を打ち合わせる。

20歳を過ぎて、何をハイスクールの学生染みた事をとは思うが、それでもやらずにはいられなかった。

信頼している同期の桜とは、こうも心強いものかと、思わずにはいられなかった。

笑わずには、いられなかった。

 

張り巡らされた蜘蛛の巣に、今にも引っかかってしまいそうな。そんな嫌な予感をしつつも。

 

 

 

 

テラフォーマーの卵鞘のオークションまで、残り1時間30分

 

 

 

 




まさかの事態に、パニクる大人二人。


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Fly 猩々蠅

クリスマスとか関係なく、本編です。
どうぞ。


「……さて、と。五品の出品が終わり、次が……か」

 

ジェームズと話した後、シャンパンのグラスを補充し、会場内を『ガンキュール・ダッドリー』とCIAの女を監視しつつ、ボーイをしつつで歩くこと、1時間半程度。

一品終わるごとに休憩を挟みつつでこの時間なのだが、確かにあの異様な熱気の後では休憩も必要だろう。

特に、先ほど出た5品目。『レオナルド・ダ・ヴィンチ』の真作(盗品)は、それこそ本当に異様な熱気だった。

何十億という額の金が、いくら煌びやかとはいえ、こんな表沙汰にできないオークション会場で一瞬で動いてしまうのだ。

 

「……だが、それすらも前座、か」

 

スレヴィンがポツリと呟いたそれは、間違いなく真実。

数十億円もする、かのルネッサンスの巨匠の絵画ですら、この後に出るテラフォーマーの卵鞘の前座に過ぎない。

希少性、芸術性では確かに絵画の方が圧倒的に上だろう。

だが、それすらエイリアンの卵の前では。化学、生物学、医療、軍事。あらゆる分野で莫大な利益を上げるであろう、文字通り金の卵の前では霞んでしまう。

 

既に被検体、それも失敗例である身という、バリバリの関係者のスレヴィンですら、怖気を感じる人間の暗部。

確かに、これはオークションにかければ、それこそダ・ヴィンチの絵画すら凌ぐ金額となるだろう。

だが、しかし問題はある。

生物全般に言えることではあるが、制御する術が確立されていない。

特に今回のテラフォーマーの卵鞘は、そもそも火星に送り込むために、寒さに強いように品種改良されたゴキブリを先祖に持つ生物。

例えば冷凍庫に保管したところで、勝手に孵化してしまうだろう。

加えて、テラフォーマー特有の『人間を襲う』という本能。

最もテラフォーマーたちの管理の面で進んでいるU-NASAですら、食道下神経節に小型の爆弾を埋め込むという形でしか、彼らを制御できていないのだ。

これまでスレヴィンや『掃除屋(スカベンジャーズ)』が相手をした科学者たちは、それぞれ工夫をしてテラフォーマーを制御している場合もあった。

しかし、それですら僅かな狂いが生じてしまえば破綻するものだった。

 

そして制御を離れたテラフォーマーが、人里に現れてしまったらどうなるかなど、火を見るよりも明らか。

 

「……ここで止めないと、な」

 

水際の防衛線にも程があるが、それでもやるしかない。

だが、それと同時に疑問と、引っかかる点がスレヴィンにはあった。

まず、卵鞘の出どころはどこなのか。

これに関しては候補がありすぎるため、出品者であるガンキュールに問わなければならないだろう。

そして、なぜ卵鞘を売るのか。

秘匿し、自身だけで研究をすれば、実質的な独占販売にもつながるだろう。

なぜそうしないのか。

その二点が、引っかかり続けていた。

 

「(…………何を考えている……『ガンキュール・ダッドリー』……ッ!)」

 

思わず歯を食いしばり、表情が硬くなってしまう。

だが、スレヴィンの思考が疑問で停滞するのに反比例するように、現実の時間は進んでいく。

残り数分で、テラフォーマーの卵鞘のオークションが始まってしまう。

耳元の通信機に手を当て、トーヘイとリジーに通信を繋げる。

 

「そろそろ時間だ。配置に付き、薬をいつでも使えるように準備しろ」

 

「「了解」」

 

二人からの返事は、一言だけ。

だが、それで充分。

そっと休憩時間に花を添える四重奏(カルテット)が演奏を止め、ステージ脇へと消えるのに変わる様に、二人がステージ近くにスタンバイをしたのを目視。

自身も歩みを進め、時に客にグラスを笑顔で渡しながら、自然にステージへと近づきスタンバイをする。

哺乳類型が手術ベースの二人と違い、頭足類をベースとするスレヴィンは奥歯に仕込まれたスイッチで作動する、腸に埋め込まれた座薬装置で変身をするため、予備動作が少なく、かつ隠密性も高い。

『不完全変態薬』の実装に合わせ、つい先日新しいタイプの装置を埋め込んだのだが、まさかその手術が局所麻酔で行われるとは彼も思ってはいなかった。

意識があり、痛みはないが自身の腹部が切り開かれ、腸をまさぐられる感触を味わうという、人生の中でもトップクラスに知りたくはない感覚を知ってしまったわけだが、それはそれとして装置の使い心地は悪くはない。

スイッチ1回で『不完全変態薬』が使用され、連続でスイッチを2回使用することで通常の『変態薬』が使用される仕組みだ。

 

カチンッ。と奥歯のスイッチを作動させ、密かに『人為変態』を遂げる。

見た目には分からない。しかし、生物としてのスペックは間違いなく向上している。

特にスレヴィンの手術ベースである『マダコ』は、夜行性の生物であるためこれから起こる予定の暗闇には滅法強い。

FBIが会場の照明を落とした直後にステージまで暗視ゴーグルなしに向かうなど、充分に可能だった。

 

そうして準備を整えたところで、ステージ上に布に包まれ中が隠された物が運び込まれ、同時に司会兼盛り上げ役の男が壇上へと上がる。

ついに、その時が来た。

 

「レディース・エンド・ジェントルメーン!!それでは!今日の目玉商品のご紹介です!事前にお送りしたカタログに記載されていて、目を疑った人も多いでしょう!!しかし!これは間違いなく本物!そう!これが!!」

 

そう言いながら、男が布を取り去ろうと、手をかけた瞬間。

 

ブツンッ!

 

と、音を立てて、会場内の電気が一斉に消え、暗闇へと切り替わる。

そしてスレヴィンやトーヘイ、リジーの耳に入る、ジェームズの声。

 

「総員突撃!!」

 

「タチバナ!ルーニー!!確保だ!!」

 

「「「「「「「キャアアアアアアッッ!!!??」」」」」」

 

「FBIだ!全員外へ出ろ!」

 

「『ガンキュール・ダッドリー』及び『ブラック・パレード』構成員は全員床に伏せて手を頭の上へ!!」

 

ドバンッ!と会場の扉が乱暴に開け放たれ、女性客たちの悲鳴と共に、十数人の武装したFBIが侵入して来る。

それには目もくれず、U-NASA班の三名はステージに一気に駆け寄り、慌てふためく司会の男を突き飛ばして卵鞘を確保しようとした。

 

そう、した(・・)のだ。

 

「……なっ!?」

 

「………ハッ!?嘘だろ!?」

 

布を取り払うと、そこには確かにテラフォーマーの卵鞘自体はあった。

上部に穴が開き(・・・・・・・)明らかに孵化済みの状態で(・・・・・・・・・・・・)

この瞬間、スレヴィンの脳裏に、過去に自身が『ピース・ラックマン』から『スレヴィン・セイバー』になった日の事が、一瞬でフラッシュバックした。そして、先ほどから感じていた自身の疑問と引っかかり、この状況から瞬時にある予測がついてしまった。

 

「……二人とも!すぐに通常の薬を使え!!これは罠だ!!」

 

「寮監!?まさか!?」

 

「「「「「「「「「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!???」」」」」」」」

 

スレヴィンが二人に指示を出した直後、その背後から複数の断末魔が聞こえ、咄嗟に振り向く。

そこには、

 

 

 

 

「あー……全く。こうして綺麗に引っかかってくれるだなんてね?」

 

「……てめぇ」

 

会場からは客たちがいなくなり。代わりに先ほどまで生きて、動いていたFBIの面々が、血だまりに倒れ、二度と動かなくなってしまった姿と、その血だまりの中で悠々と立つ、『ガンキュール・ダッドリー』と5名の部下たちがいた。

とはいえ、全員先ほどまでとはその姿を大きく異ならせている。

部下たちは全員、同一の昆虫の様な特徴を持った姿で、ガンキュールのみが特別なのだろうか、別の昆虫の様な姿になっているという違いはあるが。

突如変わった姿。そして人間と他の生物が混ざり合ったような姿。

そこから導き出される答えは。

 

「『M.O.手術(モザイク・オーガン・オペレーション)』か!!」

 

「その通りだよ。バカなU-NASA諸君」

 

『ブラック・パレード』たちは、M.O.手術を受けている。

 

「さて、どうせこの後死んでいく君たちに。この私の計画を教えてあげよう」

 

相当な自信家なのか、ゆっくりとスレヴィンたちに近づきながら、ガンキュールは聞いてもいないのに勝手に話し始める。

慢心、傲慢、自信、優越。それらが合わさっての事なのだろう。

 

「今回のオークションは、君たちU-NASAの実働部隊の排除と、我々『ブラック・パレード』の持つ戦力のプレゼンテーションの場として用意させてもらった。この会場に元々あった監視カメラだがね?映像を我々の取引相手にリアルタイムで中継する、中継カメラにさせてもらっている」

 

「一石二鳥を狙った……ってわけか」

 

「まあ、そういうことだ」

 

ガンキュールが語る間に、スレヴィンたちは彼らの特徴。正確には手術ベースの特徴を確認する。

体に現れた甲皮は黄色や褐色がかった色をしており、よく見ればそれぞれ両目が赤になっている。

ガンキュールはベージュにまだら模様が甲皮に浮かび、前腕からはクワガタムシの様な、しかしそれよりも細い顎の様な物体が生えている。

 

「……戦力のプレゼンってのは、その三下たちが全員、『ショウジョウバエ』を手術ベースにしているのも関係しているのか?」

 

「おや?分かるのかい?実験動物(モルモット)に教養があるとは思わなかったけど、正解だよ。こいつら全員『ショウジョウバエ』……正確には『キイロショウジョウバエ』がベースさ」

 

「なるほどなぁ……?」

 

「寮監……!『ショウジョウバエ』って確か……!」

 

「ああ……」

 

『M.O.手術』の前身にあたる、『バグズ手術』。

更にはその初期段階において、ある昆虫を使用することが決定していた。

『バグズ計画』にあたり、当時の研究者たちによって勝手に別の昆虫で手術は行われたため、結局は使用されなかったその昆虫。

それこそが、『ショウジョウバエ』。

体長は3mmほど。

戦闘面において、際立った特徴は何もない。

だが、これがこと、『バグズ手術』や『M.O.手術』となると、ある特徴が突然浮上する。

 

人間への適合率が(・・・・・・・・)他の生物よりも高い(・・・・・・・・・)のだ。

 

つまりは、現行の『M.O.手術』ですら成功率36%程度なところを、より高い確率で、安定して成功させることができる。

なおかつ、通常パッチテストの様にどの生物が手術ベースとして該当するか調べた際、良くて数種類の生物が該当する程度なのに対し、『ショウジョウバエ』は大多数の人類が手術ベースとして該当する。

これこそが、『ショウジョウバエ』の持つ能力(・・)

また、男たちが受けたのは『M.O.手術』であるため、『ショウジョウバエ』だけではなく『ツノゼミ類』も手術ベースとして活用している。

これにより『ショウジョウバエ』の欠点たる、脆弱さは補われる。

もちろん、他のより強い生物で手術を行った場合に比べ、圧倒的にその肉体的スペックは劣る。

だが、それで良いのだ。

 

通常の対人戦闘及び近代戦においては(・・・・・・・・・・・・・・・・・)それでも充分すぎるほどの強化なのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……まあ、ガンキュール。今はそれ以上口を開かなくていい」

 

スレヴィンが、奥歯のスイッチを連続で二回入れる。

見る間に人為変態が始まり、腰から三本の蛸足が上着を破りながら出現し、黒目は横に長くなる。

 

「そっから先は、U-NASAの取調室で聞いてやんよ」

 

既にトーヘイとリジーも通常の変態薬を使用し、それぞれの手術ベースである『ドブネズミ』と『イエネコ』の特徴を出現させ、戦闘準備は万端だ。

 

「……クハッ!この私を!?捕らえると!?打倒すると!?……妄想が過ぎるよ、実験動物(モルモット)ども……!」

 

スッと両手を肩程度まで挙げ、ガンキュールはその表情を歪ませる。

 

「さあ、行けお前たち!実験動物(モルモット)の駆除だ!」

 

「「「「「アイヨ兄貴!!」」」」」

 

「二人とも!全力で生き残れ!!」

 

「「了解!」」

 

『U-NASA』と『ブラック・パレード』。

二つの組織の衝突が始まった。

 

 

 

 



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Nephila clavata 罠

「タチバナ!ルーニー!三下共は任せた!!ガンキュールは俺がやる!!」

 

「了解しました寮監!」

 

「リジーちゃんのニャンコパンチでやってやるぜ!!」

 

「全く、戦力差が分かっていないようだね?」

 

状況は3対6という不利な状況。

そして当たり前のように、ショウジョウバエベースの戦闘員たちは拳銃を取り出し、撃って来る。

にもかかわらず、躊躇いなくスレヴィンたちは敵の渦中に駆け込む。

トーヘイはドブネズミの能力、ネズミの体感時間によりスローモーションで動く景色の中、銃弾を潜り抜けながら、牽制で拳銃(ファイブセブン・レプリカ)を撃ち、その手の甲に生えたエナメル質の歯による一撃を叩き込もうと。

リジーはイエネコの持つ鋭敏な感覚と動体視力を駆使して、銃弾が撃たれるよりも前に躱しながら、その拳が届く位置へと駆け抜ける。

 

そして、スレヴィン。

今回、潜入にあたって武装は制限されてしまっている。

例えば、トーヘイの愛銃『ファイブセブン・レプリカ』は持ち込めたが、スレヴィンの拳銃『M500』のオートマチック改造銃は大型すぎるため持ち込めなかった。

だが、だからと言って無武装で鉄火場へ来るような男ではない。

 

「よっとぉ!」

 

「あぶねぇ!?」

 

腰のベルトに吊るされていた数振りの小型ナイフ。

このナイフは金属ではなく、強化プラスチックで作られているため金属探知機には引っかからない。

故に隠し場所さえあるならば、何本でも持ち込むことができる絶好のアイテムだった。

それを戦闘員たちに向け牽制として投げ、道を作る。

更にはトーヘイの援護射撃もあり、ガンキュールと交戦できる距離まで踏み込むのは、実に容易だった。

 

「さあて、覚悟しろよ犯罪者。司法取引ができるよう祈っとけ」

 

実験動物(モルモット)の分際で、この私に何を言っている……!お前たち、援護しろ!」

 

「そう来るよな……!だが、ウチの若い連中を嘗めんなよ?」

 

目の前に立つスレヴィンに、一人ではなく複数でかかろうとするガンキュールだが、そうはいかない。

 

「クソッ!兄貴すまねえ!」

 

「そっちへ行きたいんだが……!こいつら妙に強え!」

 

「リジーちゃんがいるのに、勝手に行けると思わないことにゃん!」

 

「リジー!思い付きで取ってつけたようににゃんとか言わない!」

 

誰かががガンキュールの助けに向かおうとすると、トーヘイの射撃で足を止められ、そこをリジーのテラフォーマーすら殴り倒す一撃が襲い来るため、回避せざるを得ない。

複数で行こうとすると、背後を強襲される。

5人がかりで、たった二人の『掃除屋(スカベンジャーズ)』を抜くことができない。

 

ショウジョウバエの弱点、とも言えるものが、ここで露呈し始めていた。

突出した戦闘能力を持たないため、他の手術ベースに比べどうしても戦闘面に難がある。

言ってしまえば、短時間で強い兵士を生み出すことはできても、突出した英雄を生み出すことはできないのだ。

もちろん、これが現代戦であれば対した弱点にはなりえない。

英雄が活躍する時代は、800年前に終わっている。

銃の発展と共に、英雄の時代は終わったのだ。

アサルトライフルを手に市街地で撃ち合い、殺しあう。一撃必殺など狙わず、どれでも良いから当たれと撃ちまくる。

銃弾には、射手の名前は刻まれていない。誰が殺したのかも分からないまま、コンクリートにできる血だまりの中に沈み死んでいく。

爆弾やミサイルでも打ち込まれれば、そこに人の痕跡すら残りはしない。

ショウジョウバエをベースにするのは、そんな現代戦においては有利なことだが、これがM.O.手術被験者同士になると話が変わって来る。

M.O.手術被験者同士の戦いは、言わば英雄同士の戦いになるのだ。

もちろん、これはそれぞれの専用装備や能力という物が絡み合った結果であり、このまま技術開発が進み本格的に軍事転用が進めば、M.O.手術被験者同士の戦いも英雄不在の現代戦となっていくだろう。

だが、現段階ではまだその段階ではない。

 

それが、ショウジョウバエの弱点。

先の事を視野に入れたことで、現在においては弱者となってしまう。

 

「クッ!……この私だチィッ!」

 

「おっと、よそ見してんなよ」

 

部下たちに目をやっていた隙を突き、スレヴィンの触腕がガンキュールの腕を絡めとろうとするも、避けられてしまう。

ここから先、スレヴィンは武器を使うつもりはない。

目的が生け捕りの中、武器の使用は手加減が難しい。

ならば、関節技(サブミッション)で四肢を破壊すればいい。

 

ズルリ、と。スレヴィンの体が沈む。

一瞬敵の視界から消え、そのまま脇へともぐりこみ、両腕で左腕を、触腕で左足を取り、てこの原理の要領でへし折りにかかる。

しかしガンキュールの右腕から生えた、昆虫の顎が襲い来るため、拘束を解除し回避。

仕返しとばかりに繰り出される横回しの回転蹴り、ソバットを柔軟な触腕で受け止め、距離を詰めるも、今度はソバットの蹴り足を利用して後方に跳躍し、距離を取られる。

この攻防によって、お互いに一つ理解しあったことがある。

 

「「(……やりづらいな)」」

 

お互いの、相性の悪さだ。

ガンキュールの放ったソバットは、フランス発祥の格闘技サバットの技。

サバットは蹴りを主体に、パンチや棒術、レスリングと様々な技術を持つこの格闘技だが、触腕を含め5本の腕があるも同然のスレヴィンには、防がれやすい。

逆にスレヴィンからしても、足技主体のサバットは距離を取られやすく、かつ四肢を取りに行ってもガンキュールの腕から生える顎による一撃を繰り出されれば、回避せざるを得ない。

 

ガンキュールは腰に隠している銃を扱うことも考えたが、即座に却下。

銃を取るというアクションをしている間に、目の前の敵は自分の四肢をへし折り打ち砕くだろうことが、容易に想像できたから。

 

スレヴィンは考える。

先に足を折り、機動力を奪おうと思ったが、思ったよりもあの腕のクワガタムシの様な顎は邪魔。

ならば、先に両腕を奪うべきか。

 

お互いが次の一手を思考し、そして同時に動く。

 

強化プラスチックのナイフを手にスレヴィンが間合いを詰め、片足を挙げ蹴りによる迎撃の姿勢を取るガンキュール。

奇しくも、お互いの考えは同じだった。

 

「「ッ!!?」」

 

間合いが詰まる寸前、お互いに何かを口から相手の顔面に向け噴き出す。

スレヴィンはマダコの蛸墨を。ガンキュールは何やら奇妙な液体を。

それらがぶつかり合い、はじけ、床に落ち、泡立ち煙を立てる。

放った当人らには、一滴も付着していない。

 

「考えることは同じってか……」

 

「屈辱だがね……」

 

「だけど、今のでお前のベースは分かったぜ」

 

そっと耳の通信機に手を当て、位置を調節するかの素振りを見せながら、スレヴィンは語る。

 

「ほう?」

 

「アリジゴク……だろ?」

 

「ああ、正解だ」

 

アリジゴク。

ウスバカゲロウという昆虫の、幼虫の時の姿であるこの虫は、むしろその幼虫時の姿こそが有名。

すり鉢状の巣穴の中心に潜み、落ちてきた獲物を捕食。更には巣穴から逃げ出せない様に、相手に砂をかけ滑り落したり、捕らえた獲物に消化液を注入し、溶かした内部を啜り食うという生態を持っている。

なお、消化液には病毒性もある。『エンテロバクター・アエロゲネス』という細菌によるものであり、通常人間には対して病毒性を発揮しないが、免疫力が低下した時などに発症する日和見感染などで発病することもある。人間に対しては、この程度しか威力を発揮しないこの細菌。

しかし、こと昆虫が相手となると話は変わる。

この細菌は昆虫に対し強い強毒性を持っており、その殺虫活性はフグやヒョウモンダコの毒、テトロドトキシンのおよそ130倍ともいわれている。

 

大型のアリすら捕らえて離さぬ強靭な顎、内部を溶かす消火液、蝕み殺す細菌。

特徴的な巣穴すら霞む、本体の能力こそがアリジゴクの真骨頂。

 

「外見で想像は付いていたが、まあ今の消化液で確定ってとこだな」

 

実験動物(モルモット)も、多少は知性があるようだね?さっきのショウジョウバエと良い、U-NASAはそういう教育をしているのかな?」

 

「この仕事始めてから、テメーみたいなのの相手は散々してるんだよ。予習くらいはする」

 

ズボンの尻ポケットから煙草を取り出し、火を点けるスレヴィン。

一息吸い、紫煙を吐き出しながら、余裕の笑みで語る。

 

「来いよ、タネの割れた手品師。今なら賑やかしにピアノでも弾いてやるぜ?」

 

「おや?弾けるのかい?」

 

「実は『Piano Man』が十八番だったりする」

 

「……ククッ!『ビリー・ジョエル』って、600年も前の古典じゃないか……!」

 

「ハハッ!良い曲だろうが?」

 

「ああ、良い趣味だ。私も好きだよ」

 

そう話しながら、徐々にお互いに距離を、間合いを詰めていく。

軽口に反し、慎重に、油断なく。

 

「じゃあ、今度刑務所の慰問で弾いてやろう」

 

「ああ、結構だ。ここで君は死ぬからね」

 

「残念だが、俺は生きるしお前は豚箱行きだ」

 

ここで、スレヴィンの体が沈み、加速した。

レスリングのタックルの様に、低い姿勢からの突撃。

そう来るならばと、サバット得意の蹴りで迎撃しようとしたガンキュールの動きが、一瞬止まる。

 

低すぎるのだ。

基本的にタックルをする際、相手の腰の辺りにぶつかり、抱え込むものだが、それにしては低すぎる。

そしてこの一瞬の戸惑いが、一気に明暗を分けた。

 

「窓で良いんだよな!?オオオオオオォォォォラララァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

「なっ!?き、貴様ぁぁ!!?」

 

タックルではなく、諸手刈りによる重心はおろか全身の強引な引っこ抜き。

そのまま足を掴んでの、ジャイアントスイング。

ガンキュールが抵抗しようにも、腕は遠心力により振り回され、足はガッチリとロックされてしまっている。

技術も何もへったくれもない、マダコの筋力を活かした、圧倒的な力技。

そしてそのまま、夜景を一望する窓へと。

 

「ぶっ飛んでけ!!」

 

「何ィィィィッッッ!!!!??」

 

全力で投げ捨てた。

ガシャアアァァンッッ!!という窓の割れる盛大な音と共に、ガンキュールの体はアメリカの夜空へと放り込まれる。

眼下には車の多く通る道路、そして硬い硬いアスファルト。

落ちれば死は免れない。

 

「クソッ!?……仕方ない!!」

 

首筋に打ち込まれる、二本目の『変態薬』。

その直後、ガンキュールの背中から向こうが透けて見えるほど薄い羽が生え、飛行能力を得る。

 

幼虫であるアリジゴクは羽をもたず、飛行能力を持っていないが、成虫であるウスバカゲロウは違う。

飛行は決して上手いとは言えないが、四枚二対の羽を持ち、フラフラと陽炎の様に飛ぶ。

故に、『薄羽陽炎(ウスバカゲロウ)』。

 

「こ、これで墜落死はない……!……しかしあいつ!私を生け捕りにしたかったんじゃないのか!?」

 

咄嗟に上を向くと、その先------つまり先程自分が叩き出された、割れた窓から顔を覗かせる、スレヴィンがそこにいた。

しかも、相当に腹の立つ、「まんまとハマりやがったなボケナス」とでも言うかの様な、そんな笑顔で。

 

「関節技が得意なのであって、それだけじゃねーよ。軍人が投げもできないとでも思ったか。バーカ」

 

「す……!『スレヴィン・セイバー』ァァァァァァッッ!!!!」

 

上から中指を立てて見下してくるスレヴィンに、思わず激昂して叫ぶガンキュール。

そんな彼にお構いなく、顔を窓からひっこめると、耳の通信機に手を当て、話しかける。

 

「オーダー通りに投げ飛ばしたぞ。後は任せた。……CIA(・・・)

 

「【ええ、任せて。と言うより、もう終わったわ】」

 

「仕事が早いな」

 

「【時間は充分以上にあったもの】」

 

「そうかい」

 

窓からひっこめた首を、そのまま後ろへ向ければ、そこには5人のショウジョウバエ型の戦闘員たちが、『掃除屋(スカベンジャーズ)』の二人に倒され、拘束されている姿があった。

煙草を吸おうとして、ジャイアントスイングの際に落としてしまったことに気づき、気落ちしながら呟く。

 

「……まあ、任務完了だな」

 

 

 

 

 

 

「クソッ!クソッ!クソッ!戻ったら思い知らせてやる!!『ショウジョウバエによる安定したM.O.兵士のプレゼンテーション』なんてもうどうでも良い!!銃だ!アサルトライフルの連射で殺してやる!!」

 

空中をフラフラと飛び、ゆっくりと地面へ降り立ちながら、ガンキュールは叫ぶ。

彼は気づいていなかった。

上ばかり見ていたから。

自分の足の下に広げられた、大きな罠に。

 

まず、フワリと、足に何かが引っかかる。

それが何かと思い下を見る。

 

「……ッッ!!?」

 

そこで、見てしまった。

自分の進む先、つまり下に広げられた、巨大な蜘蛛の巣(・・・・・・・)に。

もう一度説明するが、ウスバカゲロウは飛行が得意なわけではない。

そして足に引っかかったもの。否、付着したものは蜘蛛の粘着性のある糸。

蜘蛛の糸は頑強極まりなく、鉛筆程度の太さがあれば飛行するジェット機の捕獲ですら理論上は可能とまで言われているほど。

飛行が得意ではないウスバカゲロウが、この強靭な糸に触れ、脱出する術はない。

本人の意思とは反し、重力に従いゆっくりと落ちる体が、どんどんと蜘蛛の巣に引っかかり、くっつき、離れられなくなる。

 

「な、なんだこれは!?」

 

「貴方たちが悠長に戦ってくれて、本当に助かったわ」

 

「ッ!?」

 

逃げようともがき、余計に糸が絡まるガンキュールに、極々間近から(・・・・・・)、女が話しかけてくる。

この蜘蛛の巣しかない、空中で。

つまり、この女こそが。

 

「私の巣へようこそ。そして逮捕よ。『ガンキュール・ダッドリー』」

 

 

 

『ジョロウグモ』

クモ目ジョロウグモ科ジョロウグモ属にあるこの蜘蛛は、黄色と黒の縞模様を特徴とし、成長すると3cmほどの大きさにまで育つ。

巣を張る待ち伏せタイプの蜘蛛であるが、その巣のサイズはなんと約1m程度にまでなり、蜘蛛の中でも比較的大型の巣を張る。

体長3cmの蜘蛛でそれなのだから、それがその50倍、60倍の人間サイズになった時、張られる巣の大きさはどうなるだろうか。

少なくとも、今現在ガンキュールを捕らえている様な、ビルとビルの間に広がる、巨大な巣を作ることは容易い。

 

そしてこの蜘蛛には、あまり知られていないもう一つの武器がある。

『JSTX-3』と呼ばれる毒がそうだが、この毒は神経伝達物質であるグルタミン酸を阻害する効果がある。

つまりは、麻痺毒。

本来のジョロウグモであれば一匹に含まれる量は少ないため、人が噛まれても問題はない。

しかし、M.O.手術により人間がその特性を得た場合には話は別。

 

「それじゃあ、しばらく動かないでもらうわね?大丈夫、死にはしないから」

 

ゆっくりと、その手が差し伸べられ、ガンキュールの首筋に当てられる。

動くことは、蜘蛛の糸により既に困難。

抵抗したくてもできず、脱出も不可能。

 

そして、彼女の指先が、彼の首に食い込む。

 

「それでも……そうね……ああ、そうだわ。この町を、空をしっかり眺めておきなさい。あなたはもう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二度と、塀の内側の景色しか見れないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、戦闘中にジェームズから通信かと思ったら、女の声でびっくりしたぜ。それも、あの野郎を窓から叩き出せなんてな」

 

ホテルの一室。

そこに二人組の男女がいた。

一人は、スレヴィン。そしてもう一人は。

 

「あら?それにしては見事な対応だったと思うわよ?」

 

パーティ中にスレヴィンに接触し、そして蜘蛛の巣を張った、金髪の女。

 

「ハッ、とりあえずは悪いようにはならねえ、とそう思っただけだ」

 

スレヴィンがガンキュールの手術ベースを当てる時、一度行った通信機の位置を調節する動作。

あの時、ジェームズのいる待機場所から、このCIAの女が通信してきていたのだ。

内容は、「方法は問わないから、ガンキュールを窓の外へ飛ばしてほしい」というもの。

それに応じ、ジャイアントスイングで投げ飛ばした結果、彼は蜘蛛の巣に引っかかったというわけだ。

あの時、スレヴィンが窓の外へ顔を出したのは、ただガンキュールを煽るためだけではない。

窓の外へ投げた結果、どうなるのかを見届けるためだった。

 

「そういえば、あんたの名前は?まだ聞いてなかったな?」

 

「私?私は『キャサリン・I・エース』よ」

 

「頭文字取ったらCIAとか、バリバリ偽名じゃねえか」

 

「ふふ、本名はまた今度会った時にでも、ね?」

 

「ああ、そうかい」

 

彼女の言葉に、肩をすくめる。

煙草を咥え、火を点けようとすると即座に火を点けてくれるのだが、なんとも座りが悪い気分になる。

そう、彼女への感想をスレヴィンは抱いた。

 

「ところで、折角のホテルの部屋に男と女が二人っきりなんだから、楽しんでいかない?」

 

スルリ、と彼の腕を抱き、胸の谷間に挟む。

蠱惑的なそのアプローチは、大概の男ならそのままベッドへと駆けこんでしまうだろう。

 

「ふむ」

 

「へ?……ふぇぇぇぇぇっっ!!!??」

 

だが、この男は違った。

躊躇いなく、胸によるアプローチをスルーし、その尻へと手を伸ばし、揉みしだく。

 

「薄いケツだな。俺を誘惑したけりゃ、もっと良いケツになってからにしな」

 

「はいぃ!?」

 

口の割には尻を堪能した後、ひらひらと手を振りながら、ケラケラ笑いながら彼は部屋を出ていく。

 

「ああ、そうだ。現在U-NASA寮では事務員を募集中」

 

扉が閉まる直前、呆然とする彼女に一言残して。

 

「…………え、これって……そういう……?え?え?………折角慣れないキャラ作ったりとかしてたのにぃぃぃぃっっ!!!??」

 

 

 

 

 

 

その数日後、U-NASAのM.O.手術被験者用の寮で、一人の女が寮監と先輩入居者二名に挨拶をしていた。

その女は、茶髪(・・)にスーツ、度の強そうな眼鏡という姿だった。

 

「し、CIAより出向しました、『キャサリン・アーキス』です。普段は事務職として働くということになりますので、よろしくお願いします!」

 

妖艶とは程遠い、困ったような笑顔を浮かべ、立っていた。

 

「(ヒーン!?事前情報で経歴受け取ってから、ピースさんのファンだったけど!こういう事は予想してなかったわよぉ!?何で篭絡するはずが、取り込まれる流れなのぉ!?)」

 

心の中で、自分でもまさか過ぎる事態に半分泣きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピース、これが追加調査の資料だ」

 

「ああ、ありがとうなジェームズ」

 

暗い室内で、書類の束が手渡される。

ペンライトで照らしながら書類を読み進める男の片割れと、それを見守る男。

 

「……なるほど、やっぱりか」

 

「ああ、お前の懸念通りだった。大変だったんだぞ?ロシアまで行って調査するのは」

 

「助かったよ。しかし……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『闇のジェド・マロース事件』、『簡易M.O.手術ボクサーの八百長事件』。この二つに関わっていたマフィアやチンピラたちの後ろを辿ると、『黒幇(ヘイパン)』関係からの資金や流通が見えるだなんてな……」

 

 

 

 




「んー……やっぱりこの映像を見る限り、ショウジョウバエの出番はまだ数年、最低でも2年は先か?」

頭部を一周する傷を持つ男が、パソコンに保存された動画データを確認していた。

「まあ、いくら私が天才でも、時流ばかりは如何ともし難い……。今回は貴重な実践データを得られたと思うことにしよう。ああ、そうだ。カサンドラくん」

「はい、なんでしょう?」

「エドガーに伝えてくれ。『C.M.O.手術』は、先日の『E.S.M.O.手術』の実践データの解析が終わり、後はベースの調整と精査段階だと」

「分かりましたわ」

女が頷き、備え付けの電話を手に取る。
その通話の声をBGMに、男は呟く。

「あー……あれもこれもしなくちゃいけないのに、時間が足りない足りない……。私の貴重な時間が足りない……。早いところ、あの研究を完成させないといけないな……」

光の灯らぬ、闇が広がっているかのような。
そんな瞳で、呟いた。



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EXTRA MISSON/Nobody's Perfect
Anotherone's もう一つ達


その日、U-NASA本部の『M.O.手術』被験者たちの寮にある寮監室で、スレヴィンはモニター相手に眉間に皺を寄せていた。

モニターに映る、会話の相手。それは――――

 

「……この状況下で、とんでもねえこと言ってくれるな?なあ、クロード博士」

 

「君が適任なんだよ。そもそも、こういう役割だろう?」

 

――――『生物学権威』『ノーベル賞科学系三冠』『ダ・ヴィンチの再来』こと、『クロード・ヴァレンシュタイン』。本来ならば、一寮監でしかないスレヴィンと、研究者の中でもトップクラスであり、更には『アーク計画』にも深く関わるクロード博士が、モニター越しとしても会話をするなどありえない。

しかし、今現在そのありえないことが現実となっている。

 

「タチバナとルーニーが、グランメキシコ出身の3バカプラス保護者(開紀)と一緒に南米に行ってる最中に、何を血迷ってる?ご自慢の『ティンダロス』はどうした?」

 

「『ティンダロス』たちは今、他のターゲットのところに向かっているんだ。同時に見つけたターゲットでね。相手に攻め込むのを悟られたくはないし、時間は置きたくないんだ」

 

「それで俺にか?無茶を言うなよ」

 

煙草の灰を灰皿に落とし、一息付くスレヴィン。

 

「一人で『アダム・ベイリアル』を落とせってのか?」

 

『アダム・ベイリアル』。それがこの二人が会話するという、ありえない現実を生み出した理由。

狂気の科学者集団であり、犯罪者であり、『M.O.手術』の違法研究者たち。

優秀な科学者の集団であることは、間違いない。しかし、その研究は人類のためにはならない。

故に、討伐しなくてはならず、そのための部隊が『ティンダロス』だ。

一人を討伐するために、部隊が必要となる。そんな相手を、一人で相手取れと言うのか。それが、スレヴィンの眉間に皺が寄る理由だった。

 

「ハハ、もちろんそんな無茶は言わないさ」

 

「当たり前だ」

 

そんなスレヴィンを相手に、笑いながらクロード博士は告げる。

 

「君にだけ伝えてある、潜入員(・・・)。この内二人を貸し出そう」

 

「つまり、正規のアネックスメンバーも、裏アネックスのメンバーも、どちらも連れては行けねえわけだな?」

 

アネックス計画には、各国の思惑が絡んでいる。

地球人同士の内ゲバによる被害を減らすため、各班には護衛のために一人ずつ潜入員がいる。

寮監であるスレヴィンにのみ、それは知らされていた。しかしあくまでも極秘である潜入員のことを、アネックス計画のメンバーたちには教えられない。アネックス1号出発後に、後追いで火星に向かう裏アネックスのメンバーにも、もちろんのことだ。

 

「いや、実はこの件を、どこからか嗅ぎつけたのか、ある人から助っ人の推薦があり、それを受けることとなった」

 

「ある人?推薦?」

 

「推薦人は、『キース・ハワード』」

 

「……ッ!?イギリス首相!?」

 

放たれた大物の名前に驚くスレヴィン。

それを放置し、クロード博士は続ける。

 

「そして推薦されたのは「どうも~」……彼だ」

 

「……え!?はぁ!?」

 

クロード博士がその名を言おうとしたまさにその時。タイミングを見計らったように、ノックもなく寮監室の扉が開けられる。

開けた男を確認し、スレヴィンも目を剥いた。

 

「中国第四班所属~、『廈門(アモイ) (チュン)』~……こと、イギリス諜報員『ハリー・ジェミニス』。これより任務に就きます」

 

最も裏切りが予測された国家に潜む、諜報員がやってきたから。

 

「……ジェームズ・ボンドの国って怖ぇー………」

 

「同感だ」

 

珍しく、体育会系(スレヴィン)理系(クロード)の感想が一致した瞬間だった。

 

 

 

 

 

「さて、クロード博士から連絡は行っているな?というわけで、お前たち二人と俺たち二人。合計四人でこれより作戦に就いてもらう。詳細は移動しながら説明するから、さっさと荷物まとめて1時間後に駐車場に集合だ」

 

「東堂大河、分かったぜ」

 

「キャロル・ラヴロック、了解しました」

 

「ハリー・ジェミニス、任務着任します」

 

スレヴィンとクロード博士の通信が終わり数分後、寮監室にはスレヴィンとハリーを合わせ4人の人間が集まった。

新たに加わったのは、『東堂 大河』と『キャロル・ラヴロック』。共にアネックス1号の日米合同1班と2班に潜入し、班員を護衛するための潜入員。

その実力は、ベース生物と専用装備、施された特殊な手術術式に加えて、本人自身の能力も合わせて折り紙付き。

 

「ところで寮監さんよ、出発前に聞きたいんだが、俺たちはどこに行くんだ?」

 

「ん?クロード博士から聞いてないのか?」

 

「ああ、あんたらと合流して、詳しい説明を聞けってことでな」

 

「……そうか」

 

大河の言葉に、思わず天井を見上げるスレヴィン。

どうやら自分は、面倒くさい部分を放り投げられたらしい、と。

 

「それで、私たちはどこに行くんですか?」

 

「いいか、心して聞け。任務先はな」

 

一息煙草を吸い、紫煙を吐く。

僅かなタメの後、再び口を開いた。

 

 

「ルーマニア、その首都ブカレストだ」

 

「「ルーマニア!?」」

 

「まあ、俺は知ってましたけどね」

 

「はい、というわけで急造特務部隊『トート・ダガー班』、任務開始だ」

 

驚く二人を尻目に、最後にパンッと手を打ってその場を締める。

目指すはルーマニア。歴史と混乱の地。

 

だが、彼らは知らない。

その地を目指しているのが、その地を目指している『M.O.手術』関係者が、自分たちだけではないことを。

 

 

 

 

 

 

『トート・ダガー班』が出発準備を行う、同日同時刻。

ドイツの田舎町にあるホテルで、一組の男女が宿泊していた。

女性は旅行雑誌をぺらぺらとめくり、そしてとあるページを見つけると、キラキラとした目で指さす。

 

「シロ君シロ君!私、次に行きたいとこが決まりました!!」

 

「おお、急だな。どこだエミリー?」

 

「ルーマニアです!」

 

「……俺たち、一応逃亡者なんだけど。そんな旅行気分で次の逃亡先決めちゃうの?」

 

元気いっぱい、といった様子のエミリーに、やや呆れながらシロは尋ねる。

それに対し、彼女はなおも満面の笑顔で、こう言った。

 

「はい!楽しい方が良いじゃないですか!」

 

「……ハハ、確かにそうだ!」

 

二人は暖かな空気の中、次の行き先を決める。

向かう先は、ルーマニア。

そこで待ち受ける、運命を知らずに。

 

 

 

 

 

空港までの移動中の車内。

キャロルが、一つの疑問を口に出した。

 

「それで、私たちのターゲットはどんな人物なんですか?『アダム・ベイリアル』の一人とだけは聞きましたけど……?」

 

「ああ、確かに」

 

キャロルの疑問に、大河も同調する。

そう、『アダム・ベイリアル』とは個人の名前であり、そして集団の名前でもある。

各人に共通していることは、優秀な研究者であることと、程度の差さえあれ狂人であること。その二点のみ。

今回の標的である『アダム・ベイリアル』は、どのような人物・存在であるのか。それが気になるのは、当然のことだった。

 

「ハリー、どうせ先に資料を盗み見た(読んだ)んだろ?ちょっとこの先カーブ多いから、運転に集中したい。説明頼んだ」

 

「了解。えーっと?ああ、これだ。二人とも、今回のターゲットだが、『アダム・ベイリアル・ロスヴィータ』。本名『ロスヴィータ・シントラー』、32歳女性、ドイツ人。わお、結構な美人だな」

 

助手席に座るハリーがカバンからタブレットを取り出し、すぐに目当てのファイルを見つけ出すと内容を読み上げていく。

本来これは極秘情報であり、ハリーのタブレットには入っていないファイルのはずなのだが、なぜかそこに収まっていた。

あってはならないことではあるが、そもそもハリーがこの任務に参加した経緯が経緯であるため、スレヴィンも黙認するしかないため、眉を顰める程度に留める。

 

「女が相手か」

 

「気兼ねするかい?」

 

大河の呟きに、ハリーが微笑みながら返す。

そもそも、大河は元は一般人だ。軍人だったスレヴィン、現役スパイのハリー、元警察官のキャロルとは、事情が違う。

相手はテラフォーマーではなく、人間。それも女性。

となれば、戦うにも通常の覚悟とは違う、非情さが必要になる。

 

「……いや、大丈夫だ」

 

「はいはい、なら続きを読むよ」

 

それでも、大河は大丈夫と言った。

軽い調子でそれを受けたハリーは、再び資料を読み上げる。

 

「あの『レオ・ドラクロワ』に師事したらしいが、数年前に袂を別ったらしいな。理由は不明だけどな。さて、ここからが大事なところだ。こいつの研究内容は、他の『アダム・ベイリアル』たちとはちょっと違うぞ」

 

「違う……ですって?」

 

「ああ。他の連中は大体は『M.O.手術』そのものを研究したり、テラフォーマーや人体について研究する、まあ言っちまえば生物学者だ。だけど、こいつはな」

 

チラリ、と後部座席の二人にも見えるようにタブレットをずらし、その一文を見せる。

 

 

 

 

「機械工学者。『レオ・ドラクロワ』の下でも、『M(モザイク).O(オーガン).H(ハイブリッド)』を研究していたらしい」

 

 

 

 

 

 

今ここに、三つの物語は合わさる。

敵は常ならざる存在。

 

火星にはびこる、黒い悪魔ではない。

異形の怪物となる、兵士でもない。

陰謀を企てる、黒幕でもない。

 

探求する、機械の虜。

それが相手。

 

対するは、本来出会うことなき、六人の戦士たち。

それぞれがそれぞれの事情を抱え、欠落を内包した不完全な人間たち。

これから始まるのは、そんな彼らの戦記。

 

いつの時代でもある、当たり前の人類たちの戦いの、しかし特別な闘いの記録。

 

 

 

 




『深緑の火星の物語』、『贖罪のゼロ』とのコラボストーリー、『EXTRA MISSON/Nobody's Perfect』開幕です。
コラボに応じていただいた各作者様、子無しししゃも様、KEROTA様双方に、この場を借りて御礼申し上げます。
それぞれの作品のキャラクターたちの魅力が、僅かでも出せれば幸いです。


それでは次回、『Beyond 集いし者達』。
お楽しみに。


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Beyond 集いし者達

M(モザイク).O(オーガン).H(ハイブリッド)』。

通常の『M.O.手術』が、人間と他の生物とを結びつける技術であるのに対し、これは人間と機械とを結びつける技術。

人工細胞により、強靭な筋肉と外骨格を形成。そこに機械を取り付け強化した、一種のパワードスーツ。神経接続が必要であるため、神経接続が比較的容易な『M.O.手術』被験者、正確にはM.O.(免疫寛容臓)移植者でなくては装着できないという制限こそあれ、誰でも、安定して、一定以上の強化が可能というメリットに加え、成功率36%の手術に臨まなくていいという安全性。さらには量産もしやすいという生産性がウリだった。

ドイツの研究機関(バイオ&メカニクスアーゲンター)が生み出し、そして最初の『M.O.手術』被験者、『アドルフ・ラインハルト』によって最終的に引導を渡されたそれは、数多くのメリットに対し、致命的なデメリットが存在していた。

 

人工細胞が、着用者側の細胞を侵食していくという、まるで癌に似たデメリットが。

もちろん、これが進行すれば、当然の様に生死は危ぶまれてしまう。短時間の着用ならともかく、長期間の使用には、人体が耐えれなかった。

 

 

「……って、いうのが『M.O.H』の歴史だな。ちなみにだが、こいつの研究自体はU-NASAで今は行われてて、『M.O.手術』被験者たちのサポートメカの作成と、安全に使用できるようにするための薬品作りが進められているってとこだな」

 

「「なるほど……」」

 

「まあ、実用化はまだ先らしいが、数年以内にはできるらしい」

 

飛行機の機内で、ブリーフィングと知識の共有のために、ハリーから説明され、スレヴィンがそれを補足する。

 

「俺も一度、再現機体のテストに立ち会ったがな。あれは凄いぞ。強く、容易で、数も揃えられる。安全性の問題さえ解決してたら、火星行きのトライアウトで、通常の『M.O.手術』は……いや、お前らに二人施されてる、特別な方だったとしても負けてたな」

 

「そんなにか?」

 

スレヴィンの感想に、大河が疑問を浮かべる。

彼自身、通常の『M.O.手術』よりも先に進んだ、より強力な術式を施されている身。

かつてトライアウトで負けた技術に、安全性さえクリアできれば負ける。というのは頷きがたかった。

 

「結局のところ、安定性の問題なんだよなこれは。俺も軍属していたからよく分かるんだが、俺たち手術者たちを一種の兵器と考えると、極めて不安定なんだ。個々の能力、性能は全て異なり、生産性も少ない。それに対してあっちは、ガワさえ作っちまえば後は誰が使用しても一緒だからな。まあ、もちろん個々の戦闘技能に対する練度の差、ってものは出るが、俺たちほどじゃない」

 

『M.O.手術』は言わば、英雄を生み出すための技術。

しかし、現代の戦争は、英雄を必要としない、機械と効率化した部隊運用によって行われる。

突出した個、すなわち英雄も求められる時はあるが、その機会は極めて少なくなっている。

歩兵を戦車が蹂躙し、降り注ぐ爆弾に対し、人は無力でしかない。

統率された数と破壊力こそ絶対の摂理。それが現代戦。

 

「だが、『M.O.H』は、極めて安定性が高く、そして効果は抜群だ。あれが実用化されて、安定して軍事配備されたら、それこそ戦争は変わるな。歩兵が戦車に蹂躙されるんじゃなく、戦車が歩兵に叩きのめされる。そういう時代になる」

 

もちろん、そのためには相応のサポート体制は必要になるが。

そう締めくくったスレヴィンは、灰皿に煙草を押し付け、火をもみ消す。

 

戦争を変えうる技術。それが今回の主要な敵。

 

「分かっているだろうが、覚悟しろよ?今回の敵は、テラフォーマーより手強いぞ?」

 

 

 

 

 

『トート・ダガー班』が空路でルーマニアへ向かっている、まさにその同じ時刻。

先にブカレストへ到着していた二人がいた。

そう。

 

「んー!このサルマーレ美味しいですわ!お肉の脂も、外側の酢キャベツの酸っぱさでさっぱり食べれちゃいます!」

 

「へえ……?ロールキャベツみたいなもんだと思ったけど、食べてみるとだいぶ違うな」

 

完全に旅行気分になり、大衆食堂でルーマニア料理を食べている逃亡者二人が、ブカレストに到着していた。

なお、二人が食べているサルマーレとは、豚ひき肉と刻み玉ねぎを酢キャベツで包み、トマトやコンソメのスープで煮込んだルーマニア版ロールキャベツというものだ。ジューシーな肉の旨味と、さっぱりとした酸味が合わさり、相乗効果を引き出すルーマニアの家庭料理。

 

「あ、シロ君シロ君。そっちのコンソメスープも味見させてくださる?こっちのトマトスープも分けますから」

 

「ん?ああ、ほらよ」

 

ごく自然に、それぞれの皿にスプーンを入れ、口に運ぶ二人。

傍から見ればカップルか夫婦なのだが、これで付き合っていないというのだから驚きだ。

 

「さて、飯も食ったし、次はどこに行く?」

 

「あ、私行きたいとこがありますわ!デザートを食べに行きたいです!」

 

「それは行きたいとこなのか……?」

 

「デザート食いたいなら、三軒隣のカフェがおすすめだぜ」

 

「「え?」」

 

エミリーの言葉に、首をかしげるシロ。

そこに一人の男が声をかけてきたため、二人そろってそちらを向く。

 

「おっと、突然悪いなお二人さん。この辺じゃアジア系は滅多に見かけないからな。つい声をかけちまった。そっちのお兄さん、もしや日本人か?」

 

「い、一応……?」

 

「そりゃあ良かった。俺もなんだ。よろしく同郷」

 

声をかけてきたのは、若い男だった。

見たところ、10代後半。東洋系の顔立ちに、黒い髪。黒い着流しにこれまた黒い羽織を羽織った、全身黒づくめ。甘いバニラの様な匂いが特徴的だ。

やたら気さくに握手を求めるフランクな姿勢は、良く言えば友好的。悪く言えば図々しいといったところか。

戸惑いながらもシロが握手に応じると、男はそのままエミリーとも握手をする。

 

「俺は仕事で半年前からここに来たんだが、あんたらは?観光?」

 

「あ、ああ。そうだ」

 

「これから色々見に行くんですの!」

 

「そりゃあいいな。俺もこっちに住んでからあちこち見て回ってみているけど、ルーマニアは観光地が多い。世界遺産とかも結構あるし、良いところだ」

 

「ですです!」

 

男が話し上手なのか、観察上手なのかはわからないが、二人の様子から適度な話題を振っていき、話を回していく。

10分ほどそうして話していたところで、ふと男が壁にかかった時計に目をやる。

 

「おっといけねえ。そろそろ職場に戻らねえとな。またな、お二人さん」

 

「ああ、また」

 

「はい、また!……って!?」

 

そう言って男が立ち上がるが、その際にシロとエミリーの分の伝票を持っていることに気付いたエミリーが驚く。

それに対して口の端をニッと歪めて男は笑った。

 

「良いから良いから。日本からこんな離れたところで、ご同郷と出会ったのも何かの縁だ。ルーマニアの良い思い出の一つくらい、作らせてくれよ。そ・れ・に」

 

チョンッとエミリーの鼻を指で突く。

 

「彼氏さんには悪いけど、こんな可愛い子には親切にしとかないとな」

 

「……ふぇ?ふええええええぇぇぇぇっっ!!??」

 

「ちょ!?あんた!?」

 

「クカカカ!!じゃあなお二人さん!ルーマニアを楽しめよ!!」

 

慌てふためく二人を尻目に、ケラケラと笑いながら男はレジへと向かう。

 

「お、おい!あんたせめて名前は!」

 

「俺か?俺は『水無月(みなづき) 六禄(むろく)』だ!またどこかで会おう!!」

 

背に投げかけられた問いかけに、男は振り返らずに手を振って答える。

そのままレジで会計を済ませた男は、ブカレストの雑踏の中へと消えていった。

 

「……いやー………まさかこんなところで、日本人に会って親切にしてもらえるなんてな……」

 

「ほ、ほんとですわね……!」

 

男が、六禄が出て行ったドアを眺めながら、二人は呟く。

突然現れ、好き勝手をして去った嵐のような男。

その余韻というには騒々しい感情を抱えながら、どちらからともなく立ち上がる。

 

三軒隣のカフェに、デザートを食べに行くために。

 

 

 

 

この日の夜、ブカレストの街をシロとエミリーは堪能してホテルに宿泊し、任務に赴いた4人は移動で疲れた体を癒すために、捜索等はせずホテルへ直行。奇しくも全員が同じホテルに宿泊し、本来交わることなき戦士たちが、一つの屋根の下に集った。

なお、部屋割りは『トート・ダガー班』は全員個室。シロとエミリーは同室というのは余談。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カツンッカツンッ、と金属の階段を下りていく音がする。

その足音に付随する、衣擦れの音。口元からは、甘いバニラの匂いがする煙草が煙を燻らせている。

階段を降り切り、しばらく廊下を歩くと、壁にもたれかかった女性の影が現れ足を止める。

 

「ご飯を食べに行っただけなのに、遅かったわね?」

 

「ああ、同郷に会ったもんでな。ちょっと話してた。っと、ほらハンバーガーだ。どうせまだ飯食ってないんだろ?」

 

「あら、ありがとう」

 

女は、金髪を肩までのショートでカットし、男を欲情させる豊満かつスリムな美女。

男が女に持っていた手提げ袋を渡してから、二人並んで歩き始める。

 

「それで、俺の『カオス』の調整は終わったのか?」

 

「ええ、もちろん。クロノスの『アームズ』も完了よ。言ったでしょう?ご飯を食べに行っている間に終わるって」

 

「ああ、流石だ」

 

女から男に手渡される、メカニカルな印象を受ける黒いチョーカー。

それを歩きながら身に着け、装着感を確かめる。

 

「うん、悪くない」

 

「でしょう?」

 

話ながら辿り着いた扉を開き、入室する。

そこは、研究室とリビングが混ざったような空間だった。

部屋の一角にはソファとテレビがあり、コーヒーメーカーまで備え付けられている。しかし、同時にデスクトップパソコンと、そこから伸びるケーブルが繋がる機械の鎧(・・・・)があった。

女はデスクトップ前の椅子に腰かけ、男はソファに沈み込みテレビを点ける。

 

「んで?そいつの調子はどうなんだい?ロスヴィータ(・・・・・・)博士殿?」

 

「明日には完成よ。実験体は明後日にでも調達すればいいわ。……ああ、最近私たち(・・・)を襲っている連中の動きが活発らしいの。警備は頼んだわよ?ムロク(・・・)くん?」

 

「あいよ。そうだ、煙草いる?」

 

「ハンバーガーを食べてからもらうわ。ありがとう」

 

男と女は、日常生活を送り、世間話をするような気軽さで、研究のこと、敵のことを話す。

当たり前と、当たり前でないことが混在する空間。

企みと研究は、そこで進められていた。

 

『アダム・ベイリアル・ロスヴィータ』の研究は、そこで行われていた。

 

 

 

 




ついに顔出ししました、敵サイド。
ロスヴィータ及び、その護衛。

混沌たる敵を相手に、どう立ち向かうか。
今後の展開を、お楽しみに!


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Cross 交差

ブカレストの街へ着いた翌日。

『トート・ダガー班』の4名は、調査のために町を歩いていた。

ターゲットである、『アダム・ベイリアル・ロスヴィータ』の拠点を探すための調査だ。

まあ、とはいえある程度の目星はついている。

物資の流れ、金の流れを追えば、おのずと判明することだ。

クロード博士がつかみ、イギリスが精査した情報により、一棟のビルが候補に挙がっていた。

 

「で、ここか」

 

「はい、ここです」

 

見上げたビルの高さは、5階建て。

一般的なテナントビルのようだが、ここに金も物資も流れ込んでいる。

可能性はかなり高い。

 

「お前ら、武装の用意は良いな」

 

「いつでも」

 

「準備できています!」

 

「俺はいつでもいいぜ」

 

ここは装備が制限される火星ではなく、実質無制限に持ち込み使用できる地球。

場所が場所なので自重はあるが、それでも持ち込めるものは持ち込んだ。

全員がプロテクターを装着し、大河以外は銃器も持っている。

特に、スレヴィンはこのために色々と持ち込んでいる。

 

「良いか、当局には手出ししないように通達済みだし、周囲には映画の撮影って張り紙もした。窓の外に弾が飛ばない様にだけ気をつけろ」

 

「……あの、一つ質問が」

 

「なんだ、言ってみろ」

 

恐る恐る、といった様子で手を挙げるのは、ハリーだった。

若干の汗をかきながら、彼は問う。

 

「俺、スパイで後衛というか戦闘職ではないんですが、俺も前衛バリバリに中に入れと………?」

 

「できるだろ?頑張れJB」

 

「ジェームズ・ボンド?」

 

「残念、ジャック・バウアーだ」

 

「アメリカじゃねーか!」

 

「さて、他に質問がある奴は?なければ突入だ」

 

ハリーの訴えを一蹴し、突入準備を整えさせる。

ハリーとしても言うだけ言ってみただけなので、特に気にした様子はない。

そもそも、4人しかいないのだから、全員で突入しなければ人手が足りないにもほどがある状況になってしまうのだから。

 

「良いか、突入と同時に人為変態だ。廊下では一列。先頭はラヴロック、防御力が一番高いお前だ。能力の盾は常に展開し続けろ」

 

「了解!」

 

「二番目が東堂。敵が接近戦仕掛けてきたら、前にいるラヴロックとスイッチして戦え」

 

「分かったぜ」

 

「三番目はジェミニスだ。臨機応変にサポートを頼む」

 

「承りました」

 

「で、最後尾が俺だ。後ろから指示出しが主になるが、状況に合わせて俺も援護する」

 

そうして、彼らはビルの扉に手をかける。

 

「それじゃあ、突入!!」

 

勢いよく扉は開けられ、4つの影がビル内に駆け込んでいった。

覚悟を決め、駆け込んだ。

 

 

 

だが、その覚悟はすぐに意味のないものとなる。

一階を捜索しても何もなかった。しかし、二階以降では違った。

 

「これって……」

 

「……なんだぁ、こりゃぁ?」

 

二階に入ってすぐのこと。

閉じられていた一室の扉を開くと、キャロルと大河は顔をしかめた。

それも当然だ。中にいたものは、

 

「あー……あへへ……あーーー…………」

 

「キクキク……」

 

「……けひひ…………」

 

特殊な匂いのする煙が漂う室内で、クスリをキメて、恍惚の笑顔で床に倒れる複数人の男女だったから。

覚悟はしてきていた。機械の鎧を身に着けた、屈強な兵隊と戦う覚悟を。

覚悟はしてきていた。速く、硬く、強い黒い悪魔と戦う覚悟を。

だが、これはそのどれとも違う。

目の前のこれは、覚悟していなかったもの。

 

「……この匂い……マリファナか。まるで阿片窟(アナグラ)だな」

 

『トート・ダガー班』の中で、最もその手のことに詳しいハリーが匂いに顔をしかめつつ、感想を述べる。

彼自身、『ケシ』を手術ベースとするため、個人的に調べもしていた。

故にこの状況が、まるでかつて中国に存在した、阿片窟に似ていることもすぐにわかった。

だが、阿片窟と似て非なるこの空間は、かなり異様。

 

「……この香炉、『FREE』って書いてある……?」

 

その異様さの原因は、元警察官のキャロルが見つけた。

部屋に立ち込める煙の正体は、マリファナを燃やし燻らせるための香炉。

それを手に取り確認すると、そこに書かれているのは『FREE(お好きにどうぞ)』の文字。

 

「おいおい、嘘だろ。マリファナったら金の生る木だぞ。そいつがU-NASAの給茶機よろしく無料ってこたぁねえだろ」

 

床に転がっている人々を観察し、危険がないか確認していたスレヴィンがジョークを飛ばす。

しかし、その首筋には冷たい汗が一筋流れていた。

そう、この空間は極めて異様だ。

そもそも、彼らがここに来た理由は『アダム・ベイリアル・ロスヴィータ』がいる可能性が高かったからだ。膨大な金と物資がこのビルに流れ込んでいたことを理由に、ここに来たのだ。

なのに、あったのはフリーの阿片窟。

手に入れた情報と、実際の内容が全く一致していない。

 

「……一応、最上階まで確認するぞ」

 

スレヴィンが一声かけ、再び隊列を組む。

全員が全員、一様に言いようのない不安を感じながら。

 

そしてその不安は、最上階で的中することとなる。

 

 

 

一方そのころ、シロとエミリーは屋台で買ったアイスを片手に町を歩いていた。

シロがバニラ、エミリーはチョコというオーソドックスなアイス。

時折エミリーが味見がしたいと言い、食べさせあいっこをしているのが微笑ましいが、彼らは決して付き合っているわけではないのだから驚きも良いところだ。

U-NASAにいるロブソン兄弟やその他大勢が見れば、七孔墳血してしまいそうだが、まあそれはそれだろう。

 

「あら?シロくん、あの張り紙見てくださる?『映画の撮影中』ですってよ!」

 

「映画?へえ、こんなところでなぁ?」

 

二人が見つけた張り紙、それはスレヴィンたちが貼っていた、例の張り紙だった。

映画の撮影ということにしておけば、銃声や戦闘音、破壊音がしても、人は『そういうものだ』と認識するから。

普通は、そのはずだった。

 

パァンッ!!

 

「「ッッ!!?」」

 

思わず顔を見合わせる。

今の音は、映画で使われる様な音ではなかった。

そもそも、映画の撮影において銃声は編集で後付けされるものであり、撮影現場でするものではない。

加えて、今の銃声は作り物ではない。正真正銘本物の、実銃の音。

二人はそれを、聞き分けることが程度には修羅場をくぐっていた。

 

「……どうするのです?」

 

「どうしたもんかな……」

 

エミリーの問いかけ。

短いそれは、この銃声を無視するかどうかというもの。

何せ二人は逃亡者。厄介ごとには関わらないに限る。

逡巡するシロだが、しかしその迷いは即座に打ち切られることになる。

 

パリンッ

 

「ッ!?避けろエミリー!!」

 

というガラスが砕け、割れる音。

その音がした上を見れば、窓ガラスの破片と共に落ちてくる灰と黒。

咄嗟に二人でその場を飛びずさると、それらは目の前に落下して来た。

 

「あっっぶねェェェェッッ!!!!」

 

その内の灰……正確には腰あたりから生えた、灰色の触腕で身を包んでいた男は、その触腕をクッションにしつつ落下と同時にゴロゴロと転がり、ある程度転がった所で立ち上がる。

 

「じぎぎ……!」

 

黒の方……テラフォーマーは、落下の際に辛うじて羽を展開させることで衝撃を殺し、生き残って立ち上がる。

 

「クソッタレ!五階からパラシュート無しダイブとか、空軍でもやらねえよ!!痛ってぇな!!」

 

ガラスの破片が突き刺さり、落下によってボロボロとなった触腕を自切して切り離し、再生させる男。

痛々しい見た目に反し、その全身から立ち上る覇気は衰えず。

落下の衝撃でフレームが歪んだ銃を捨て、中指を立てて吠える。

 

「オラ!来いよゴキブリィ!!」

 

男は、スレヴィンは咆える。

この目の前のテラフォーマーを、確実の抹殺すると。

 

「じょう」

 

しかし、その咆哮は無意味となった。

テラフォーマーには、ある習性がある。

まず、『1.機械など文明を感じさせる物を持っている者を優先して狙う』

そして、『2.生殖目的ではなく、何故か女性を優先して狙う』

ここでの問題は、その2。

 

「え?」

 

この場には、エミリー(優先対象)がいる。

突如狙いを一緒に落下したスレヴィンから、この場に偶々居合わせたエミリーへと変えるテラフォーマー。

その黒い巨躯が、一気に加速しエミリーへと迫る。

 

「クソッ!」

 

咄嗟に触腕を伸ばしてそれを阻もうとするが、ゴキブリは一瞬でトップスピードへ達する。

その触腕は届かず、虚しく空を切った。

だが、そもそも伸ばす必要はなかった。

 

「人為変態」

 

エミリーへと伸ばされた黒い魔手は、止められた。

他でもない、その胸を貫くシロの腕によって。

 

何も速い生き物は、ゴキブリだけではない。

停止状態からトップスピードまで加速する力は、確かにゴキブリはトップクラスだ。

しかし、しかしだ。一瞬でトップスピードまではいかなくとも、しかしその途中の速度ででもゴキブリのトップスピードを凌駕する生き物は、存在する。

 

「エミリーに……触るなぁ!!」

 

『M.O.手術ベース』……『閃槍の暗殺者(シオヤアブ)

      及び『変則的バグズ手術ベース』……『音速伝説(セフェノミアヒツジバエ)

 

蜻蛉を超える旋回性能に加え、人間大にすると時速800kmに至るその速度が、一瞬にしてテラフォーマーの食道下神経節を破壊する。

引き抜かれた腕からは、白い脂肪体がボタボタと落ちる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「シロくん!大丈夫ですか!?」

 

「お前こそ大丈夫かエミリー?」

 

「はい!シロくんが守ってくれたからですわ!」

 

咄嗟に行った人為変態により、体にかかった負担が疲労となってシロを襲う。

だが、それでも二人は笑顔だった。

二人だから、笑顔だった。

 

「あー……お二人さん?仲良しこよしで良い雰囲気のとこお邪魔して悪いが、ちょっと良いか?」

 

「「あ」」

 

そんな二人の良い雰囲気を、遠慮がちに、しかし容赦なく破壊しながら割って入ったスレヴィン。

二人の様子、具体的には身なりや所持品、シロの全身状態などをザザッと観察した彼は、一つの提案をした。

 

「危険手当込々で、害虫駆除の日雇いバイトしてかないか?」

 

崩れ落ちたテラフォーマーと、自身が落ちてきた窓を指さしながら。

 

 

 

 




ついに本格的に重なり始める、3つの物語。
それぞれの運命が混ざり合い、描き出す文様。
まだまだ続くコラボシリーズ、お楽しみください。


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Demolition 獣の数字

シロとエミリー、スレヴィンの話はすぐに纏まった。

スレヴィンから彼らに伝えた事は、時間もないため極々簡略化され、要点を纏めに纏めたもの。しかし、シロやエミリーにしてみれば、テラフォーマーがいるというだけでもこのバイトに参加するには、充分な理由となった。

なにせ、テラフォーマーは普通の人間では太刀打ちはできず、加えてその人間への攻撃性と知能は格別。こんなのがいる状況では、おちおち観光を楽しむ事もできないのだから。

 

そして彼らは今。

 

「二人共!下見んなよチビっちまうぞ!」

 

「あ、あわわわわ!?」

 

「まさかこんな……こんな日が来るとは……」

 

スレヴィンが落ちてきたビル、その壁面をクライミングしていた。スレヴィンが二人を抱え、その腰から生えるタコ足の吸盤を駆使して壁面を一気によじ登るという、あまりにもストロングな方法で。

 

「時間がねえ!一気にショートカットするぞ!」

 

「だからって、こんな方法で……!?」

 

「ちょ!?今お尻触りませんでした!?」

 

「ガキの貧相なケツに興味はねえよ!気のせいだ!」

 

「ガ……!?貧……!?」

 

なお、3人が1階から5階まで登る間に、スレヴィンの頬に紅葉ができたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

話はスレヴィンが落下してくる、数分前に遡る。

『トート・ダガー班』はこの異様なビルの中を、慎重に捜索していた。フリーのマリファナなんてふざけた代物のある、このビルを。

結果的に言えば、2階から4階までその全ての部屋が、同じ様に香炉が置かれ、同じ様にマリファナでラリった人々が転がっていた。

そして、最上階。途中まで、そう。最後の部屋まではそれまでの部屋と同じだった。しかし、その最後の部屋で出くわしてしまったのだ。

 

「あ、この部屋今掃除中だから、クスリやるなら他の部屋で頼むわ」

 

「じょうじ」

 

「じ」

 

香炉と、マリファナ中毒者。そして中毒者たちを抱えた2匹のテラフォーマーに、掃除機片手にバンダナとエプロンをした黒髪の若い東洋人と。

 

「総員攻撃開始!」

 

「「「了解!」」」

 

咄嗟のスレヴィンの号令に、3人は即座に動いた。

近接戦に優れた大河とスレヴィンが男に、キャロルとハリーがテラフォーマーにそれぞれ向かう。

それに対し男は、

 

「あー、なんだもう来たのか」

 

と、軽い調子で言うと、掃除機を脇に置き、そして。

 

「クカカ!まあ、そんなことは、どうでも良いか」

 

「ッ!?班長!こいつやば……ッ!?」

 

「ク……ッ!?」

 

その体を一瞬沈み込ませ、先に向かって来た大河を低い姿勢から蹴り飛ばし、そのままスレヴィンにぶち当てるという力技で2人の動きを封じてしまった。

咄嗟に腕を差し込んだおかげで、大河自身に大きなダメージはない。

だが、それ以上に何より、大河は感じ取った。

 

「寮監さんよ……あいつは何かやばいぜ……。今の攻撃、まるで殺気も何もなかった……!」

 

「……っつーことは、サイコパスか経験値か、その両方かだな……」

 

お互いに助け起こしながら立ち上がりつつ、目の前に立つ男の異常性を共有する。

通常、人間が何かを攻撃する際には、その前兆たる殺気や意思というものが多かれ少なかれ感じ取られる。人間の共感性や危機感、本能といったセンサーによって知覚されるこれは、戦闘や逃走の熟練度が高ければ高い程感じ取りやすくなる。

もちろん、スレヴィンや大河は熟練度が高い方であり、大方の攻撃にはその殺気を感じ取り反射的に対応できる事も多い。

だが、男の攻撃にはそれがなかった。大河の防御も、蹴りを視認し、それが必要だと判断した結果であり、普段の反射的な防御とは違う。

殺意なく、悪気なく、当たり前の様に人を攻撃できる存在。先天的か、訓練によるものかは不明だが、それができる人間は、総じてヤバイ(・・・)と相場は決まっている。

2人が次の手を考えながら体勢を整える間に、男は両手をポケットに入れて悠々と立つ。

 

「ほら、来いよ。遊んでやるぜ?」

 

「……大河、時間を稼ぐぞ。2人がゴキブリ共を仕留めたら、4人で一気にこいつを叩く」

 

「了解。じゃあ、俺から行くぜ!」

 

「おう、俺はサポートする」

 

スレヴィンが牽制で拳銃を撃つと、男は半歩その場を動くだけで回避する。

だが、その半歩こそ絶好の攻め時。大河が詰め寄り、その腕から生えた牙で足を狙う。移動の最中に蹴りは放てず、回避も困難なのは当然のこと。ここで機動力を封じれば、だいぶ有利になれる。

 

「よっと」

 

「な……ッ!?」

 

はずだった。

いつの間にか男のポケットから腕が出ており、大河の腕を捌き攻撃を防いだのだ。

大河の目は驚愕で開かれる。通常、ポケットに入れた手で攻撃を受ける、捌く、殴る等アクションをする際、どうしてもポケットから手を抜く→拳を構えるという2動作が必要になり、それが致命的な遅れとなる。しかし、男にはそれがなかった。

 

「抜拳術ってんだ。面白えだろ?」

 

笑いながらの男のセリフ。それは明らかに、余裕の表れ。大河もスレヴィンも、敵とすら認識されていない。

 

「原理は簡単だな。腕を抜くんじゃなくて、腰を引く事でポケットから手を抜く。腕が出た時にはもう、構えは終わってるってわけだ」

 

さも当たり前の様に手の内を語る男だが、聞かされる2人からすれば、たまったものではない。

つまり男は今、スレヴィンの銃撃を避けるための半歩の回避の中に、抜拳術の腰を引く動作を混ぜて大河の攻撃を捌いたということなのだから。

それができるという事がどういうことなのか、分からない2人ではない。

スレヴィンと大河の首筋を、冷たい汗が伝う。

が、その間にも事態は動き続ける。

 

「そら、俺の説明聞いて呆けてる場合か?」

 

「しまッ!?」

 

男の持つ独特の空気と実力に飲まれつつある彼らは、警戒しつつ危機感を抱きつつ、それでもある種気を抜いてしまっていた。

特に大河は、目の前に男がいるというのに。

そのがら空きになってしまった腹部へ、男の拳が吸い込まれるように進み----

 

「させない!」

 

----キャロルの持つ、氷の盾によって防がれた。

 

「……へえ?氷の盾か?面白いな、流石にそれは初めてだわ」

 

「私の仲間は……私が守る!」

 

キャロルの盾は、パイクリートと呼ばれる特殊な氷で構築される。

たかが氷と侮るなかれ。14%のパルプと86%の水分という比率で生み出されるそれは、ライフル弾すら通さないほどの頑健さ、強固さを誇る。

もちろん、これは単一の手術ベースでは不可能。加えて、氷を生み出す生物が存在しない以上、M.O.手術のみでは不可能。この二つの問題を解決したのが、天才クロード博士の生み出した、本来は適合しない生物すら手術ベースにすることが可能かつ、複数の手術ベースを使用可能となる特殊術式。

 

 

 “ツノゼミ累乗術式” M.O.手術ver『Hyde(ハイド)

 

そしてマーズランキングとは異なる、秘匿されたランキング。

『アークランキング』15位たる彼女の、専用装備。

 

『ミツツボアリ』の能力で彼女の胸部に貯蔵された水分を、老廃物と混合しパイクリート原液を生産。過冷却状態にして全身の葉脈を利用して運搬する、対テラフォーマー過冷却式パイクリート生成装置『アイス・エイジ』。そしてそれによって生み出された原液を使い、特殊な盾を生み出す、対テラフォーマー凍結式バリスティックシールド『ハボクック』。

 

これらの要素によって成し遂げられる、神話に語られるアイアスの盾が如き氷壁。

攻め手として用いられる事の多いM.O.能力の中でも、数少ない防御に特化したそれは、男の拳から仲間の身を完全に守っていた。

 

 

M.O.手術ベース……『氷華の乙女(シモバシラ)

     及びM.O.手術ver『Hyde』ベース……『生命の涙(ミツツボアリ)

 

 

彼女こそ、氷結の守護者。

 

「ありがてえキャロル!テラフォーマーは倒せたのか!」

 

「ハリーさんがサポートしてくれたから!でも、まだ一匹残ってる!」

 

「こっちは大丈夫だ!そっちの男は三人でしっかり倒してくれ!」

 

キャロルの言葉の通り、現在ハリーは一人でテラフォーマーと交戦している。

しかし、彼も一対一かつ、地球という装備に制限がない環境であれば、多少時間はかかるもののテラフォーマー相手でも問題なく倒すことは可能。

それよりも、問題は大河とスレヴィンを相手取って尚、圧倒的な力を見せる目の前の男だ。

見た目はどう見ても、10代後半。いってても20代前半程度。なのに、異常なまでに強い。

 

自身の状態を確認すると、男の拳によって腕は痺れる物の、盾は健在。

どれだけ強くとも、生身の人間の生み出せる破壊力には限界があり、パイクリートで構築された盾を砕くことは不可能。

例え男がM.O.手術被験者であり、これからその能力を使う事も充分以上に考えられるが、それでもライフル弾を超える威力の一撃を出してくることは早々ありえない。

 

 

 

 

 

 

「まあ、このくらいの硬さなら問題ねえか」

 

はずだった。

 

「「ッ!!」」

 

「ッッ!?アアアアァァッッ!!?」

 

瞬間、盾を構えていた彼女の両腕に、爆音とともに爆発したかの様な感覚が襲う。

否、本当に爆発したように、その内部、骨格はグシャグシャにひしゃげ、砕けていた。

爆発の直前に、咄嗟に大河とスレヴィンがキャロルの体を後ろに引かなければ、その爆発(・・)は腕はおろか彼女の命に達していただろう。それほどの威力。

いったい、何が起きたのか。

 

「アアッ!?~~~~~~ッッ!!!!!???」

 

「東堂!ラヴロックと一緒に下がれ!ハリーと交代して、治療をさせろ!!」

 

「わ、分かった!キャロル、頑張れ!すぐに治療してもらうからな!」

 

両腕の骨が砕けるという、壮絶すぎる痛みに転げることすらできず蹲るキャロルを、大河と共に下げさせる。

そして男に、スレヴィンは問いかけた。

 

「……八極拳、だな?」

 

「その通り。今のは八極拳の基本の『崩拳』。俺のはそれを絶招(ぜっしょう)にまで練り上げたもので、『破城崩拳』って呼んでいる」

 

男は、盾を打ち砕いた瞬間の姿勢のまま、残身を取るかのように立っていた。

生身で強固な盾を殴ったことにより、拳から出血はしているようだが、それでも骨には支障はない様子。

足元は何故これで床が崩落しないのか不思議なほど、踏み込んだ足を中心にひび割れている。

その一撃はまさに、城壁を打ち破り崩壊させる拳。

 

「これでも元は軍人だ。色んな格闘技は見させられていた。中でも八極拳は、その破壊力で有名だしな」

 

「クカカ!なるほどなるほど!」

 

「さっきの蹴りはカポエラ、それから抜拳術。この二つは見せ札で、本分は八極拳。違うか?」

 

「おぉ!正解だ!お兄ちゃん眼が良いね!」

 

「今のパンチの、とんでもねえ練度を見ればすぐに分かる」

 

話ながら、スレヴィンは観察する。

目の前で笑う、この異常な男を。この奇妙な、恐ろしい男を。

ライフル弾をも止める、パイクリートの盾を崩壊させ、あまつさえその盾を構えていた腕を砕くなど、生身で実現することは困難だが、決して不可能ではない。

そういう技術、肉体の運用こそが武術なのだから。

例えば、最新の人類『ジョセフ・G・ニュートン』。彼なら超効率的な肉体の運用と、盾の脆い一点を正確に穿つ精細さ、盾を持つ人間の姿勢や体運びを見抜き、素手による氷盾砕きを遂行できるだろう。

例えば、ロシアの軍神『シルヴェスター・アシモフ』。彼なら鍛え抜かれた肉体と、戦闘経験から来る眼力、柔道で身に着けた重心移動で破壊力を増した拳で、それを成すだろう。

 

だが、それはジョセフの血統による才能か、アシモフの長い年月の修練によって培われるもの。目の前の20代に達するかどうかの男には、全くもって当てはまらない。

もしやニュートンの血族か、とも思考するが、それならそれで何故こんなところで掃除をしているかについての、合理的な結論が出ない。

いや、世の中には好き好んでホームレスの格好をするニュートンの一族もいるそうだから、一概には言えないだろうが。

結論を保留し、次はM.O.手術の可能性を検討する。これに関しては、即座に『ない』と断言できる。服から露出した顔や手を見る限り、人為変態をした際の特徴的な痕跡は、全く見られない。

 

では、特殊な肉体改造の線は?

超硬の盾を殴ったことで、表皮は裂けて血が流れる拳を見るに、おそらく表皮はいじられていない。人体の中でも脆く、例えば相手の頭部を殴ったらこっちの拳が壊れるほど脆弱な、手の骨格が無事なのは解せない。

今回のターゲットは、『M.O.H』の研究者である『アダム・ベイリアル・ロスヴィータ』。その捜索中に出会い、しかもテラフォーマーを連れていたこの男は、関係者であると考えられる。ならば、骨格(フレーム)そのものを改造されている可能性は、かなり高い。

が、それもあくまで可能性、検討の余地がある程度の話であり、確証はない。

 

あらゆる可能性が膨らみ、否定されては新たな可能性が生まれる。

そこでふと、ある疑問が、ある可能性が発生した。

 

果たして、この男は、本当に人間なのだろうか?(・・・・・・・・・・・・)

 

思考がそこに辿り着き、辿り着いてしまいスレヴィンの全身を怖気が襲った瞬間だった。

 

「まあ、そんなことは、どうでもいい」

 

「ッ!?しま……ッ!!?」

 

怖気と緊張でしてしまった、瞬きの一瞬。その一瞬で男は間合いを詰め、スレヴィンの腰を掴む。

するとそのまま、重心を引き抜くかのように回転し、勢いを付けると、

 

「スッとんできな!!」

 

何かに捕まったり、ブレーキをかける余裕もないほどの勢いで窓に向けて、投げ飛ばした。

そしてそのままスレヴィンは、大河と交戦し始めた直後のテラフォーマーにぶつかり、巻き込みながら共にビルの外へ放りだされ、落下した。

 

 

 

そして今、落とされた男はその場で捕まえた援軍を連れて、再び這い上がってきた。

落とされた窓から、今度は侵入するとそこは、

 

「クソッ!当たれ!当たれオラァ!!」

 

「手術ベースは見たとこ強い。お前自身のセンスも悪くはない。だけど、まあ」

 

「うぐ……ッ!?」

 

功夫(クンフー)が50年は足りんなぁ。……っと、なんだ、さっきの兄ちゃん戻ってきたのか。タフだねぇ」

 

男と交戦していた大河が腹部を蹴られ、倒れる瞬間だった。

もちろん、この光景、この瞬間は衝撃的だ。

だが、それ以上に衝撃を感じることあったのは、彼女(・・)だった。

 

「なんで……?なんで貴方がここにいるんですの……?」

 

「ん?おぉ、昨日の……あー……メアリーちゃん!いや、違うな……メミリー……これも違う……」

 

彼女は、驚いていた。

とても親切にしてくれた、愉快な青年。

昨日あったばかりの彼が、そこにいたのだから。

 

「何で、ムロク(・・・)さんがここにいるんですの!?」

 

「エミリー……ああ、これだ!最近物忘れがダメだな……。っと、どうしたんだこんなところで?俺に会いに来た?んなわけねえか」

 

「クソ……!なんであんたがテラフォーマーと一緒に……!」

 

昨日と同じ笑みで、エミリーとシロの前に『水無月 六禄』は立っていた。

だが、エミリーの発した名前に、この場にいる人物の中で、彼だけは心当たりがあった。

キャロルの治療に当たり、その手術ベースの特性で痛みを緩和させ、腕を簡易的に整復し、追加でカプセル型の薬を飲ませて人為変態によって砕けた骨を修復させていた、彼は知っていた。

 

「待て……待て……八極拳に、ムロク……?水無月………六禄……?ちょっと待ってくれ……」

 

彼は、ハリーはその名前を知っていた。

確かに、彼が知るその男ならば、あの練度の八極拳も、見せ札として使った武技も、そしてなにより彼の理不尽なまでの強さが頷ける。それほどの存在だ。

 

「……お前は、本当に『水無月 六禄』なのか…………?」

 

「お、良く知ってるな?そうだぜ?偽物でも、襲名者でも、何者でもない。俺が『水無月 六禄』だ」

 

ハリーの問いかけに、男は、『水無月 六禄』は明確に肯定する。

だが、しかし、しかし。その名前からは、最大の疑問点が生じる。

 

「………だが!だが!!『水無月 六禄』は!既に80歳を超える老人のはず(・・・・・・・・・・・・・・)だろう!!?」

 

「えっ!?」

 

その吠える様なハリーの言葉に、六禄以外は衝撃を受ける。

そして、それを問われた男は、

 

「それも、間違っちゃいねえよ。今年で86歳になるしな」

 

口の端をギニィッと歪めて、笑みを浮かべながら肯定した。

 

 

 

 

混沌とした何かが(・・・)、笑っていた。

 

 

 

 



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Enemy Lines 捕食者

『水無月 六禄』。その名前が最初に轟いたのは、丁度70年前の事。

2550年の某日。その日フランスのパリでは、市民たちによる暴動が起きていた。

理由は簡単であり、歴史は繰り返すもの。

貧困による怒りの刷毛口としての、貧しさに対する最大の娯楽である暴動。

店々が壊され略奪が行われ、警官隊と市民の衝突も起きたこの事件。

当時16歳だった彼が、突如この事件に介入したのだ。

 

その日、怒りに陶酔する100人以上のパリ市民は、進軍する先に彼を見た。

まだ16歳。高校に上がった直後の、青年に差し掛かった直後の東洋人。その手に鉄パイプとスプレー缶が握られているのを。

人種が入り乱れるこの時代。彼もまた自身たちと同様に暴れるために来たのだと、そう思った。

彼が鉄パイプを振りかぶり、自分たちに走って向かってくるまでは。

 

最初に、振り抜かれた鉄パイプで男の頭がひしゃげた。次に、殴りかかってきた男の目がスプレー缶の催涙ガスで潰された。

彼の攻撃は重い鉄パイプによって重傷は免れず、彼を攻撃しようとしたものはスプレーで強制的に行動を停止させられる。

気が付けば彼の周りは、のたうち回る群衆と血の海になっていた。

100人以上いた暴徒たちは、倒れている者以外は彼に恐れをなして散り散りとなり、いつのまにやら消えてしまっていた。

そして警官隊が彼を取り押さえようとする中逃げおおせ、その後の消息は不明となった。

 

次に彼の名前が出現したのは、裏社会であった。

フランスでの騒動から20年後、2570年代の某日のことだった。

ニュートン一族に名を連ねる人物が、突如暗殺されたのだ。それも、素手で。

その事件を引き金とし、立て続けに何人もの一族の者が抹殺された。

生き残った目撃者の証言から作られたモンタージュにより判明した犯人は、20年前に大暴れし、そして失踪した男だった。

事件を繋げていった際、ある共通点があった。それらの死が全て、デカルト家に利するものだったということである。

デカルト家の当時の当主、エドガーの祖父に多くの一族の者が詰め寄ったが、のらりくらりと関与を否定し続けた。

 

それから2610年代に至るまで、彼はデカルト家に利するように、一族の面々を殺めたり、壊し続けていた。

 

 

 

 

「……それが!それがなぜここに!?しかもその姿は!?」

 

「若返った。いやぁ、現代技術ってすげえな」

 

「若返……いや、どうやってだ?!」

 

「いや……なんかこう……モザイ……なんちゃら手術?あれでこう……いや、年寄りにそんな難しい事聞くなよ」

 

「何故10年近く姿を消していた!?」

 

「仕方ねえだろ。長年の煙草で肺癌で手術と薬飲んだりとか、転んで股関節骨折してリハビリしたりとか、歳取ると色々あるんだよ」

 

ハリーの問いかけに対し、ケロッと答えていく六禄。

その様子はまさに、自然体。

しかしその内容は一部聞き捨てならないものの、老人あるある過ぎて悲しみすら伺える内容。

 

「まあ、そこらへんは気にすんな。俺は『水無月 六禄』本人で、若い姿でここに立っている。それが唯一肝要なことだろ?」

 

「……素手でパイクリート砕ける理由は?」

 

「若返った事で、巧夫に肉体が追い付いたからな。ついでに鍛錬の負荷を増して、体壊しまくって人為変態繰り返して、短期間で肉体の超強化よ。70過ぎてから対物ライフル想定の金属板を、試し割りでブチ抜いた事はあったが……いやぁ、技術を十全に扱える体って良いな」

 

皮膚の破れた拳を見ながら、どこか嬉しそうに語る六禄。

年齢不相応な見た目と、その全盛期を超えた最盛期を楽しんでいる事は、間違いない。

とはいえ、彼の発言からこの時点で分かることは、いくつかある。

 

1、彼はM.O.手術被験者である。

2、手術ベースは若返りに関与する生物である。

3、人為変態時の肉体修復と再生を利用し、通常ではありえない強度の肉体を獲得している。

4、名称など、微妙に物忘れが見られる。

 

一番最後に関しては、加齢に伴い仕方のないことなのだろう。

だが、それ以上に厄介なのは、頭脳面ではなく肉体面。

ライフル弾すら通さぬパイクリートを崩壊させる拳。踏み込みでコンクリートにヒビを入れる脚力。どれを取っても、驚異でしかない。

当たり前の話だが、通常人体はパイクリートはおろかコンクリートを殴るだけで、状態によっては木の板を殴るだけでも骨折する程度には脆い。

しかし、ムエタイなどでは何度も硬い物を蹴りつけ、微小な骨折と修復を繰り返して骨格を強化するのに代表されるように、破壊と再生のプロセスによって人体はその強度を増す。

彼はそのプロセスを、人為変態による細胞の入れ替えによって、無理矢理早めたのだ。その結果得られたものは、本来ならば加齢により強化よりも脆くなる速度の方が速くなる人体において、劣化させることなく強化し続けた肉体。

パイクリートを殴っても壊れない拳に、力を生み出す下半身、そしてその全てを成すための技量を余すことなく駆使できる肉体。

 

彼の発言を全て信じるのであれば、彼はまさに、全ての武術家が求めてやまないものを手にしていた。

 

「さて、と。今度はこっちから質問しようか若造ども。おそらく巻き込まれだろうエミリーちゃんとシロはともかくとして、一応聞くが……」

 

それまでハリーの問いかけに応えてきた彼が、おもむろにズボンの尻ポケットから煙草を取り出し、火をつけて一息吸う。

そして、たった一言を問うた。

 

「ここに、何をしに来た?」

 

「「「「ッッ!!??」」」」

 

瞬間、『トート・ダガー班』だけを襲う、冷気すら感じる怖気。

その正体は、曖昧な殺気ではなく、濃縮された殺意。害意はない。敵意もない。

そこにあるものは、ただただ純粋な、圧倒的な殺意。

武術の世界では一種の気当たりとも呼ばれるそれが、彼らを襲っていた。

もちろん、視認する事はできない。言ってしまえば、指向性を持った雰囲気程度のもの。

それだけで、鳥肌と全身の震えや悪寒が止まらない。

戦場や修羅場を潜り抜けたスレヴィンとハリーですらこの様なのだから、その威力は察せるだろう。

 

「み、みんな!?あんた!こいつらに何したんだ!?」

 

「クカカ!ちょっと脅かしつけただけだぜ?ククッ」

 

気当たりの対象から外れていたシロの問いかけに、六禄は愉快そうに笑いながら答える。

その間も、『トート・ダガー班』4名の気当たりによる拘束は解けない。

気が緩んでいるように見えて、全く緩んでいない。

 

「まあでも、大体は予想着くぜ?俺の今の雇い主、ロスヴィータ博士殿だろ?」

 

「…………ああ」

 

「だろうな」

 

ケラケラと笑いながら訊く彼に、隠す意味もないため首肯するスレヴィン。

それだけを聞くと、彼らを襲っていた気当たりが霧散し、震えも落ち着く。

 

「……なあ、俺からも聞いて良いか?」

 

「お、頑丈だな兄ちゃん。良いぜ、サービスしてやるよ」

 

先ほど受けた腹部のダメージが抜けきらず、足を震えさせながら立ちあがる大河は、六禄に尋ねる。

 

「……あんたほど強ぇ人が、何でアダム・ベイリアルなんかの用心棒……で良いんだよな?何でそんなことを……?」

 

「バッカお前決まってんだろ。女の涙は最強なんだよ」

 

「あ、あぁーー……………」

 

その返答には妙な納得をしてしまう男どもだが、いったい何が彼と彼女の間にあったのか。

写真で見たロスヴィータが美女だったこともあり、変な勘繰りもしてしまうというもの。

特に、まだ10代の大河にしてみれば、むしろ積極的に勘ぐってしまう。

 

「おっと、ちと話過ぎちまったな。んじゃ、俺は帰るとするよ」

 

ふと、六禄がポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認するとそんなことを言い始める。

 

「一応うちの博士殿が色々実践実験したいそうだから生かしてやるから、お前ら研究所に来いよ。特に罠はねえけど、実験の準備はしておくからよ」

 

「は?」

 

唐突な彼の宣告にあっけにとられていると、その足が振り上げられ------

 

「おっと、一つ研究所の場所へのヒント。ここはルーマニアだ(・・・・・・・・・)。じゃあな」

 

「ッッ!!?総員退避だ!!」

 

------振り下ろされた。

結果は、シンプルだった。

ただ罅割れたコンクリートの床が崩壊し、轟音と共に生じた粉塵の中に六禄が消える。

咄嗟に放った号令が功を奏したのか、ハリーは動けないキャロルを抱えて崩落を免れた廊下へ退避し、シロはセフェノミアヒツジバエの速さでエミリーを連れて同様に廊下へ避難。大河をスレヴィンが抱え込み、壁に蛸足の吸盤で張り付くことで崩落に巻き込まれる事を回避。

当然のごとく六禄の姿は見失うものの、全員生き長らえることには成功した。

 

「……シロ君」

 

「大丈夫だ、エミリー」

 

シロとエミリーは寄り添い合い、

 

「おいおい……あれでも人為変態していない人間かよ……」

 

「私の盾も……通じなかった……ッ」

 

ハリーとキャロルは怖気を感じ、

 

「班長……あんなのが相手なんすか?」

 

「……腹くくるしかねえだろ」

 

大河とスレヴィンは粉塵の中に消えた男を恐れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後。

彼らは滞在地である、ホテルへと戻ってきていた。

奇襲等の警戒もしていたが、それどころか監視すらない状況で、問題なく帰還することができた。

 

「……はぁ。全く、あんな化け物がいるとはな」

 

椅子に大股開きで座り、煙草をふかして嘆息するスレヴィン。

『トート・ダガー班』with無自覚カップルは、スレヴィンと大河、ハリーの部屋に集合し、一息ついていた。

キャロルだけは腕を砕かれていた事もあり、現在は植物型故に比較的高い再生能力とハリーのモルヒネで落ち着いてはいるものの、自室で休ませている。

ハリーもいつの間にやらどこかに消えていたため、この部屋にいるのは現在4名。

窓から自由落下したくせにしぶといスレヴィン。腹を蹴られたダメージが抜けてきた大河。実質的なダメージがないシロとエミリー。

 

「まさか……ムロクさんが……。あんなに親切にしてくれたのに……」

 

「エミリー……」

 

落ち込むエミリーに寄り添い、肩と背中を擦って慰める。

どこからどう見ても付き合っている男女にしか見えないのだが、二人はそう思っていないのが本当に不思議な構図だ。

 

「……トウドウ、ああいうのどう思う?正直俺は羨ましい」

 

「同感だな……」

 

20代と10代男性。いちゃつく二人を見て、少々嫉妬している様子。

特に、片方は現時点においては彼曰く、腐れ縁の雌ゴリラことミッシェルの母(未亡人)に20年近い片思いをしている最中なのだからなおの事。

誰かが彼に、諦めるという言葉を早々に教えるべきではないだろうか。

とはいえそもそもからして、彼の上司には死んだ恋人を20年想い続けているせいで女性にフラれる男もいることを考えると、もしやこの職場に集まる人間の恋愛問題は根深いのではないのだろうかとすら思えてしまう。

U-NASAには、心理カウンセラーはいないのだろうか。

 

「まあ、それは置いておこう。話を戻すとして、あの自称『水無月 六禄』が本当に本人なのかどうかは、この際問題じゃない。あんな化け物が、ターゲットの護衛にいるってことが問題だ」

 

「……俺も、手も足も出なかった」

 

ホテルに帰還した直後に、U-NASAに問い合わせたことで入手した、化け物(六禄)の情報。

それをタブレットに表示しながら、首をひねる。ディスプレイに映っている人物は、間違いなく70は過ぎた老人。

本人はM.O.手術によって若返ったと言っていたが、それが可能な生物として、ある生物が掲載されていた。

 

「ベニクラゲ……若返りによって永続性を持つクラゲか」

 

「それなら、人為変態しなかったことにも理由が付きますわ。しても、意味がないんですもの」

 

ベニクラゲ。

通常成熟した個体が、幼年体であるポリプになることで、寿命という時間制限から解き放たれた、類まれなる生物。

もちろんだが、この生物は不老であって不死ではない。捕食され、死ぬことは往々にしてある。

そして決して、強くも無敵でもない。

 

「人為変態したところで、精々が再生能力の微弱な向上……ってところか。いや、それ以前に本人が強すぎるせいで問題はないんだがな」

 

戦闘能力以外の特殊な能力を求めた手術ベースの場合、戦闘において人為変態することが無意味なケースは多々ある。

彼らは知らないが、中国軍に所属している(バオ)。彼のチャツボボヤによる無性生殖によるクローン作製もまた、この枠に入る。

 

「班長、どうすりゃいいんだ?」

 

「いくつか考えられるが、一番良いのはこいつを無視してロスヴィータを襲っちまうことだ」

 

強力な敵が出現した時、それをゲームで言えば倒さねばいけないボスであると認識してしまう事が多々ある。

しかし、今回の勝利条件はあくまでも『アダム・ベイリアル・ロスヴィータ』の討伐。『水無月 六禄』はその障害でしかない。

相手が強すぎるなら、戦わなければいい。

 

「実際のところ、それは難しいだろうがな。ってなわけで、相性の問題になるんだが……シロが相手をするのが一番だな」

 

「え?俺か!?」

 

「おう。どんだけ強かろうが、人間は人間だ。生物学的限界、物理の限界は超えられない。なら、その限界の上の速度で一発で仕留められる、お前が適任だ」

 

「……なるほどな、分かった」

 

「ただし、無理はするな。足止め程度で充分だからな」

 

パイクリートを素手で砕ける人間も、音速で走る物体には敵わない。

当然のことだが、それがこの場合、各人の相性となっていた。

 

「後は問題は……奴らの拠点か」

 

「あのビルは違ったんだよな?」

 

「ああ、研究設備などはなかったからな」

 

大河の問いかけに、スレヴィンが答える。現在、ロスヴィータの拠点と思われていたビルは違ったことが分かっている。

となると、他にどこかにあることは間違いない。用心棒である六禄がいたことから考えて、そう遠くもないだろう。

 

「しかし、あのビルは何だったんだ?」

 

「さあな?薬中(ジャンキー)集めて何がしたかったんだか」

 

「え?ジャンキーですの?」

 

先にビルを捜索し、中の状況を詳しく知っていた男二人が肩をすくめる中、エミリーが口を開く。

 

 

 

 

 

そんなの見てませんわよ(・・・・・・・・・・・)?」

 

「「ッッ!!!??」」

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、博士殿。すまんすまん、つい遊びすぎちまった」

 

「良いのよ、仕事はしてくれたんだから。でも、あそこはもう使えないわね」

 

「また適当に、良さそうなビル探すか」

 

「ええ、お願いするわ」

 

照明により、明るく照らされた室内。

暴れまわった化け物と、その雇い主が並んでベッドに座って煙草を吸っていた。

どちらも同じバニラの香りがする、同じ箱に入っていた煙草。

 

「なあ、博士殿。いい加減俺の箱からじゃなくて、自分で煙草買ったらどうだ?」

 

「嫌よ。私、煙草が吸いたいわけじゃないんだから」

 

「……じゃあ、何で俺の煙草を?」

 

貴方の煙草が(・・・・・・)吸いたいのよ」

 

「はいはい、分かったよ」

 

煙草を片手に、苦笑しながら頬杖を突く男。

どこか甘いような、そうではないような空気が流れる室内。

 

「あー……」

 

だが、その部屋にいるのは二人だけではなかった。

もっと言うならば、ベッドは一つだけではなかった。

 

「いひひ……けひひ……」

 

「あひぃー……」

 

「あぁぁー……」

 

呻き声がそこかしこで上がっていた。

ベッドの数は数十台あり、そしてそこに寝ている人間も相応の人数いた。

全員が全員、一様に薬で正気を失っていた。そう、あのビルにいた人々の様に。

 

「さぁて、あの連中はいつ頃来るかな?」

 

「私も楽しみだわ」

 

笑う、笑う。彼らは笑う。

そして今、待っている。

 

 

 

 

 




『英雄に成れたはずの男』

   『歴史の残滓』
  
      『切り捨てられた完成』

 『闇夜の海魔』
  
   『氷盾の守護乙女』

  『地獄の快楽』

            『黄金戦斧』

        『逃亡者たち』







最後に残るのは―――――――――?


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Far Land 遠く近く

「はいはい、今戻りましたー」

「おぉ、ハリー。遅かったな?どこ行ってたんだ?……それどうした?」

「まあ、出かけた用事は後にして、これはあれだ」

 

ハリーがホテルの男部屋に戻ってきたのは、その日の深夜だった。

スレヴィンが昼間のビルから落下したダメージを消すために既に寝ており、腹の痛みで寝付けなかった東堂が訝し気に声をかける。

何故か出て行った時には持っていなかったのに、その手にいくつもの花が入ったバスケットを携えているのだから。

その花をいくつか手に取ると、備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを2つ取り出し、中身を半分ほど捨ててから花を生けるハリー。

そして微笑んでこう言った。

 

「素敵なレディが二人もいるのに、花の一つも贈れないようじゃあ英国紳士(ジョンブル)じゃないだろ?」

「ジョンブルすげえ!!?……ッ。いててて……!」

 

これが英国紳士(モテる男ムーブ)と思わず立ち上がって手を叩く大河だが、すぐに腹部を押さえて膝をつく。

人為変態をすればダメージも回復するだろうが、そもそも人為変態自体が体にかかる負担が大きい。

そのためスレヴィンからは、まだ人為変態で回復するのを止められていた。

その様子を見かねてか、ハリーが自身の専用装備を取り出す。

 

「まあ、見舞いも兼ねてだな。ああ、大河。腹痛んでるんだろ?キャロルに打つついでだ。ほら、痛み止め打ってやるよ」

「……なあ、それ中身聞いて良いか?」

「モルヒネ」

 

ハリーの専用装備とは、ケシを手術ベースとする彼の血液からモルヒネを生成、充填する『ヘブン・ステイアス』。

モルヒネは違法薬物としてのイメージが強いが、実際は医療現場でも使用されており、癌患者の痛みの緩和にも使われている。

とは言え、用法用量はシビアに守らなければいけないので、こんな気軽に「ちょっと痛み止め使っとく?」くらいの気持ちで使うものではないのだが。

 

「あ、あー……。気持ちだけ受け取っとくぜ」

「だよな。ほら、鎮痛薬(ジクロフェナク)買ってきてあるから飲んどけ」

「お、おぉ。ありがとうな」

「You are welcome」

 

ポケットから取り出した鎮痛薬の箱を大河に投げ渡し、続いて部屋に置いてあった新聞紙を先ほど花瓶にしたペットボトルへと巻き付けて、折り紙の要領で形を整えていくハリー。

事前に形をイメージしていたのか、その手の動きに淀みはない。

 

「……器用なんだな」

「ジェームズ・ボンドが不器用だったらがっかりだろう?」

「ハハ、確かにな」

 

そんな事を話している間に、新聞紙のデコレーションは完成した。

ペットボトル部分は完全に隠され、花びらの様な花瓶へと変貌している。

 

「……大河。この花を買った相手はな、まだ10歳になるかならないかの女の子だった」

「ハリー……?」

「そんな子供が学校にも行かず、籠いっぱいの花を、外人を狙って売りに来るんだ。金を持っているからな」

 

飾られた花の位置を、チョイチョイと調整し、最も映えるであろう造形を探していく。

 

「ジャパニーズだと、どんな貧乏人でも中学までは行けるから分かりづらいだろうが、ここはそういう国だ。……残念ながら、我が国イギリスも田舎はともかく都市部ではその傾向が出始めている」

 

そういう意味では、今最も上手くいっている国はフランスあたりだろうな。そう彼は嘯きながら、バスケットに残っていた花を一輪手に取り、花瓶に足す。

 

「この世界が人口の飽和によって慢性的な貧困が続いているのは知っているな?だが、この国(ルーマニア)はそれ以前からとある人物の手によって、致命的なまでに貧困層の社会基盤が壊されていた」

「とある人物……?」

「『ニコラエ・チャウシェスク』。1900年代において24年間に及ぶ独裁政権をこの国に築いた、独裁者だ。学校で習わなかったか?」

「……………………習った習った!うん!覚えてねえけどな!!」

「……さては学校サボってた口だな?まあ、良い。肝心なのは、このチャウシェスクが俺たちの探し物である、アダムの拠点を教えてくれたってことだ」

「は!?分かったってのか!?」

「ああ、明日の朝、隊長が起きたら説明する。大河も薬飲んだら寝ておけ。俺もキャロルにモルヒネ打ったら寝るさ」

 

自身の言葉に驚く大河に、新しく冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターとチョコレートを投げ渡す。

薬を飲むための水だけではなく、チョコレートも渡したのは空腹時の服用を避けさせるためだろう。

 

「すまねえな。あ、もしかしてさっき言ってた、出かけていた用事ってその事か?」

「いや、それとはまた別件でな。ちょっと人と会ってたんだ」

 

人と、な。そう彼は、微笑みながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

同日同時刻。地球のどこか地下深くにある神殿の様な所で、一人の女性が苛立たし気にある気ながら電話を握りしめていた。

 

「あーもう……!なんだってあんなところに、あの男(・・・)がいるんっすか!?」

 

希维(シウェイ)・ヴァン・ゲガルド』は焦っていた。

苛立たし気に握られている携帯電話は、ニュートン一族の中でも上位に位置する人類最高峰の肉体の力によって、悲鳴を上げながら罅割れていく。

だが、そんなことは気にしていられない。

見る事もなく適当に、しかし的確に放り投げられた携帯電話はゴミ箱に見事に収まり、その役目を終える。

先程までは機能していたそれから与えられた連絡は、彼女をして最大級に警戒しなくてはいけない、最悪のものだった。

 

曰く、この10年活動しておらず、そして1年近く存在が確認されていなかった『水無月 六禄』が、若返ってルーマニアにいる、と。

 

故・携帯電話のことは即座に頭から叩き出し、急いで廊下を走る。

 

別に彼がルーマニアにいる事が問題なのではない。

現状、彼によって侵害されて困る施設は、あの国にはない。

『水無月 六禄』がこのタイミングで生きていることが問題なのだ。

ニュートン狩りで有名な彼には、『槍の一族』も散々煮え湯を飲まされ、辛酸を舐めさせられた。

まあ、実際のところ被害を受けたのは槍の一族以外にもいくらでもいるので、この件に関しては槍の一族に限った話ではない。

 

最大の問題は、神を目指す二人(エドガーとオリヴィエ)が競い合った2年前の『痛し痒し(ツーツクワンク)』。

あの一連の出来事において、エドガーは明確にオリヴィエを邪魔だと認識した。

それまでの放置で良いという捨て置く考えではない。自身が神になるにあたり、邪魔であると断じたのだ。

とすれば、打ってくる手はいくつか考えられる。

その中でも最悪に位置する手と言えば、ニュートン狩りを送り込まれる事。

2年前のあの時。既に彼は84歳というバリバリの後期高齢者。

その身は老いと病に蝕まれ、アメリカ陥落には遣わされなかった程の状態だった。

その状態で槍の一族に与する赤の宣教師たちの中でも最強の一角を、事もなく下したのは流石だろう。

だが、それがその時の限界だったのだ。

 

年齢に見合わぬ精強さ。しかし、老いは確実に彼を弱めていた。

例えば、体力。飛行機による移動すら、老骨には堪える。

例えば、食事。ご飯の盛られた茶碗に重みを感じ、トロミの付いていない食事ではむせ込むようになった。

例えば、病気。喫煙による肺癌は手術したが、肺の切除により呼吸機能は下がっていた。

だから、代理戦争には送り込まれなかった。

 

「なのに……!!」

 

『シド・クロムウェル』という自分を狙った存在を『自身の』騎士としたエドガー。シドもまた、数多のニュートンを狩った男だ。もちろん、彼も脅威ではあった。

だが、その驚異の長さに関して言うなれば、そして刻まれた記憶で言うなれば。エドガーではなく、『デカルトの』暗殺者たる六禄の方が強い。

およそ半世紀。50年近くに渡り、ニュートンを狩り続けたその歴史は、槍の一族にも刻まれてしまった。

 

その脅威が、全盛期を超えた最盛期を迎えてしまった。

真偽はどうあれ、見過ごす事はできなかった。真実であった場合、その駒をあのエドガーがどう使うかなど、容易に想像できてしまうから。

 

ならば、どうするか。

 

「呂布!呂布はいるっすか!?」

 

脅威は、更なる脅威で叩き潰すに限る。

辿り着いた扉を些か乱暴に開け、中にいるはずの人物に声をかける。

が、返ってくる声はない。

 

「……呂布?おーい、呂布ー?いるっすよねー?」

 

声をかけながら室内に入り、きょろきょろと見回す。

すると、いた。いるにはいた。

 

上はTシャツ、下はパンイチで耳にイヤホンと鉛筆を付けて新聞片手にラジオとにらめっこしている、2m近い巨漢が。

 

「……………………………」

 

入るまでの熱が、一気に冷めるのを感じる希维。

ゆっくりと近付き、彼の背後から忍び寄る。

 

「りょ「フンガアアアアアァァァァァァッッッ!!!!また負けたァァァァァァァァッッ!!!」ホンギャァ!?」

 

突如振り上げられた男の両拳が、希维の顔面にヒット!!

うら若き乙女としてはどうかと思う様な悲鳴を上げ、そのまま崩れ落ちた。

 

「あん?……おわぁ?!す、すまねえ希维ちゃんさん!この俺たる呂布としたことが!」

「い……いや、大丈夫っすよ……」

 

何故わざわざ自室なのにイヤホンをしてラジオを聞いていたのか。また負けたという事はネットなりなんなりで馬券を購入したのだろうが、セキュリティというものを何だと思っているのか。

その他にも希维は色々と言いたいことがあったが、巨躯を小さくしてオロオロとしている男を前に、頑張って飲み込んだ。

 

「そ、そうか……。あ、鼻血が……。えーと、てぃっしゅてぃっしゅ……この辺に……」

 

顔面事故で粘膜が切れたのだろう、希维から鼻血が垂れてきたのを見てごそごそと手近なテーブルの上を探る男。

それを鼻を押さえながら眺めつつ、何故自分はこんなのを戦力として真っ先にカウントしてしまったのだろうかと、自己嫌悪してしまう。

だが、それだけこの男は強いのだ。

 

どうしようもない程、失敗作だというのに。

 

「お、あったあった。ほら、希维ちゃんさん。鼻に詰めると良い」

「……こっち見ない様にお願いするっす」

「あ、はい」

 

希维も女性。そこに何らかの特別な感情がなかろうとも、異性を前に鼻にティッシュを詰めた姿は見せたくないのだ。

 

 

 

 

 

「と、いうわけで。貴方にはルーマニアに即座に行ってもらうっす」

「るーまにあ?希维ちゃんさん、俺たる呂布はるーまにあになんて行ったことはないが、言葉とか道案内とかは?」

「それなら、適当に人選するので、呂布もすぐに準備するっす」

「おっけい。俺たる呂布に任せておけ」

 

親指を立てて了承する呂布に、希维は溜息をつきながら言葉を返す。

 

「呂布。確かに貴方は最強となるべくして最強になっているっすけど、相手は人類最高峰の肉体を持つ一族を屠り続けた怪物っす。気を付けるっすよ」

「任せろ希维ちゃんさん。怪物退治は古来より、俺たる呂布の様な英雄の得意分野だ。ところで希维ちゃんさん。その怪物がいるって情報は、誰から聞いたんだ?嘘っぱちとかじゃないのか?」

「その点は大丈夫っす。最下位とは言え、槍の一族の人間が持ってきた情報っすから」

 

希维の言葉に納得する呂布。

それには理由があり、槍の一族たちはニュートンの一族の中でも特異な面々ではあるが、ニュートン一族が持つその社会性動物の極みの様なより上位の者に仕えるという本能と、その本尊たる『オリヴィエ・G・ニュートン』への崇拝は本物を超えて狂信的。

それを知っているからこそ、一族の者がニセ情報や確証のない情報を送ってくるわけがないと分かった。

 

「ふむ、それじゃあ俺たる呂布が怪物退治に()こうか。さあ、共に来い陳きゅ間違えた希维ちゃんさん!!」

「あ、私は今回はお留守番っす」

「何ぃ!?」

 

なお、呂布はまだTシャツパンイチである。

 

 

 

 

 

 

希维と呂布が会話し、出立の準備を始めるまさにその同じ時間に、もう一か所。会話をしている人物たちがいた。

その場所は、フランス。エリゼ宮殿大統領私室(・・・・・・・・・・)

そこにいる人物とはつまり、

 

「クハハハハハッッ!!!あのバカ者め!急にいなくなったと思ったら、余を笑い殺す気か!!クハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!」

「私としては笑い事ではないんですけどねぇ?」

 

フランス共和国大統領、『エドガー・ド・デカルト』。

そして共に会話をするのは、仕立ての良いスーツを着た、初老の眼鏡をかけた紳士。

 

「ククッ!いや、しかし笑うしかなかろう。死にかけた老いぼれが若返り、道化に(たか)る蛆虫と共にいるなどとは」

「その死にかけた老いぼれが若返ったという段階で、私は泣けてきますよ」

「貴様はそうだろうな。余とてレオから最初に聞いた時には耳を疑った。あの生きたがりの自殺志願者(・・・・・・・・・・・)が、まさかそこまでするとはな。なあ、奴の息子。『ジュアン・バルテ』よ。あれの息子は苦労するな」

 

男の名は、『ジュアン・バルテ』。

医学に精通した医者であり学者であり、エドガーが私財で創設したフランス最大の大学の学長を務める人物だ。

およそ運動とは無縁そうな細い体躯であり、少なくとも戦う種類の人間でないことはうかがえる。

 

「そう言いながら、うちの倅にメールをしようとするのは止めていただきたいですな大統領。私のところに倅から鬼電が来るでしょう」

「余に指図をするな」

 

ジュアンの静止もむなしく、エドガーの手に握られた端末は仕事を果たし、送り先へとメールを届ける。

その数秒後にはジュアンの携帯から電話のコール音が鳴り響くが、彼は冷静に通話を拒否するとそのまま電源を切った。

 

「しかし、父にも困ったものですな」

「何事もなかったかのように会話を続けようとするな貴様。そういうところが貴様の父親とそっくりなのだ」

「そんなことは、どうでもいいんです。それで、わざわざその報告のためだけに私を呼んだわけではないのでしょう?」

「うむ。一つ聞くが、貴様が声をかければ、あのバカは戻ってくると思うか?」

「あの父がそれで戻ってくると思いますか?」

「やはりそうか。……そこの棚にロアールの2510年がある。取れ」

「グラスは二つでよろしいですな?」

「許す」

 

ジュアンが棚からワインボトルとグラスを取り出し、慣れた手つきでコルクを開けようとして気づいた。

 

「コルク開けはどこですかな?」

「ボトルをよこせ」

 

ジュアンからボトルを受け取ると、人差し指を立てるエドガー。

そのままコルクへと指をあて、さして力を込めた様子もなくコルクをボトルの中へと押し込んでしまった。

コルクはちゃぽんっとワインの中へ落ち、色々間違ってはいるもののボトルは確かに開封はされた。

 

「それ、父もやってましたよ」

「余にこれを教えたのは貴様の父親だ」

 

あのバカ親父と天井を仰ぐジュアンを尻目に、2つのグラスにワインを注ぐエドガー。

深い赤の液体が並々と注がれ、グラスぎりぎりまで達する。

それを零さずに持ち上げて飲むエドガーと、零さない様に先に口から迎えて飲むジュアン。

 

「……そういえば、最近私曾孫が生まれまして」

「貴様孫が10人はいただろう?一番上のところか?」

「ええ、それで思ったんですが、玄孫が生まれたとなれば戻って来る事はないにしろ、顔を出しに来るのでは?」

「それで一時的に帰ってきても、あの男の場合面倒ごとも一緒に連れて来そうだからやめろ」

「確かに」

 

そう言い合いながら、2人揃って頭を抱える。

あの男、父。そう呼ばれる存在はそれだけ頭痛の種だった。

『水無月 六禄』は、頭痛の種だった。

 

そうしてしばらく話していると、不意に廊下から慌ただしい声と足音が聞こえてくる。

それに目を向け、ようやく来たかと三つ目のグラスが用意される。ただし、酒は高いワインではなくハイパードライを新しく出したが。

そして勢いよく私室の扉が開けられ、男が飛び込んでくる。

 

「親父!大統領!!爺さんがルーマニアで若い女に手を出したって本当か!?」

「「……………違うわバカ者ォッ!!!!」」

「え!?違うの!!?」

 

エリゼ宮殿に、フランス共和国親衛隊第二歩兵連隊長、『セレスタン・バルテ』の声が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、奴らの本拠地ってのはどこなんだ?」

「簡単な事でした。「ここはルーマニア」という奴の言葉を紐解けば、容易に分かった事です」

 

翌朝、ハリーは『トート・ダガー班』と無自覚カップルを相手に説明を始めた。

 

「ルーマニアはかつて、『ニコラエ・チャウシェスク』という独裁者によってとある存在が生まれました。それがチャウシェスクの落とし子(・・・・・・・・・・・・)。言ってしまえば超大人数のストリート・チルドレンです」

 

かつてルーマニアに君臨した独裁者、チャウシェスクはその政策として国民に産めよ増やせよを奨励した。人工妊娠中絶の例外を除いた禁止まで行い。

その他にも様々な人口増加政策の結果、町には貧しい孤児たちが溢れかえり、ストリート・チルドレンの集まりとなっていった。

『チャウシェスクの落とし子』という、忌み名を付けられて。

 

「彼らはこのルーマニアの寒く厳しい冬を乗り越えるために、ある場所に集まり、そして犯罪組織として拡大していきました。そしてその場所を、ターゲットたちは利用しているものと考えられます」

 

タブレット端末を操作し、一つの図面を見せる。

 

「都市に埋められた地下のパイプ網。その出入口の一つの上に、あのビルは建っていました」

「あー……どうりですぐに姿が消えたわけだ」

「つまり、ムロクさんは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて、そろそろ分かった頃か?早く来いよ、ガキ共。俺がボケてくたばる前にな」

 

太陽の光が注がぬ地下空間。

怪物はそこで、待っていた。

 

 

 

 

 

 

英雄たちを、待っていた。

 

 

 

 

 

 




おまけ1

ハリー「ほら、モルヒネのついでと言っては何だけど、女性の部屋に来るんだ。花の一つもないとな?」
キャロル「うわぁ、綺麗……あれ?この花瓶って、もしかして手作り?」
ハリー「そういう事。ちなみに、こういう事もできる」(キャロルの手を握ると、スルスル出てくる万国旗)
キャロル「それ、スパイじゃなくて泥棒がやった奴じゃない?」
ハリー「チッ、バレたか」
キャロル「舌打ち?!」



おまけ2

ロスヴィータ「それじゃあ、検査するわね」
六禄「どんとこい」
ロスヴィータ「100-7は?」
六禄「あ、体の検査じゃなくて認知症検査の方?」


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Gigantomakhia

「地下か……」

「はい、パイプ網の埋設図を調べたところ、あのビルが建っていた場所にはかつてマンホールがあり、ビルの見取り図と見比べると出入口はおそらく1階の消火栓が偽装されているものかと思われます」

 

スレヴィンの呟きに素早く反応し、端末を操作すると二つの図面が画面に表示される。

どちらもだいぶ古い用紙をスキャンしたデータの様だが、見比べると確かにハリーの言った通りになっている。

 

「侵入方法はあるんですか?」

「穏便なのはあのビルの一階にある、消火栓に偽装された出入り口から侵入する方法だな」

 

律儀に挙手をして質問をするキャロルに、件の消火栓が設置されているポイントにマーカーを付けながら答える。

その言い方が気にかかったスレヴィンが、そっと手を挙げた。

 

「……その口ぶりだと、穏便じゃない方法もあるみたいだが?」

「『天使の梯子(クレパスキュラー・レイズ)』って知ってます?」

「それダメなやつじゃねーか!!」

「ウチの国のトップなら、外交的に駄目な部分は黙らせられますが?」

「だからなんだけどねぇ!?」

 

天使の梯子。

21世紀に机上のプランのみ作られた、衛星兵器『神の杖』というものがある。

概略としては、人工衛星に搭載された金属棒を投下し、その落下エネルギーで地上を破壊するというもの。

当たり前だが、これは机上の空論に終わった。

 

が、それを対地下人員突入用として再プランニングした物が、天使の梯子だ。

内容は極めてシンプル。下部が尖ったカプセル内を特殊なゲルで満たし、その中に人員を入れる。

飛行機で超高度からそれを落とし、岩盤を貫通して直接地下施設内へ突入要員を送り込むというもの。

落下の衝撃は充填されたゲルが殺すため、内部の人員は無事というのが、一応の理屈だ。

砂漠地帯にて猿での動物実験が行われた際には、中の猿は無傷だったとされている。

なお、これを作った人物は一時アダム・ベイリアルの一味ではないかと疑われている。結局は違ったのだが、それが尚の事恐ろしい。

 

「く、天使の梯子はなしだ……。あんなもん街中で使えるか……」

「まあ、ですよね。流石に郊外とかならともかく、こんな街中で、しかも一国の首都なわけですし」

「それを外交的には黙らせられるって言うお前が怖えよ……」

 

大河の言葉に、目は笑わずに微笑むハリー。

そういうところが怖いのだと、流石に大河も口を噤んだ。

 

「後は一応、例えば街中のマンホールから侵入する方法もありますが……。こちらはパイプ網の埋設図から調べてみましたが、複雑すぎる上に古すぎるので、本当に現在奴らが使っているスペースに繋がっているかは不明ですね」

「となると、結局その消火栓から入るしかないわけか」

「そういうことですね」

 

こうして突入口は決まった。

それならば次は、どう攻めるかだ。

 

「消火栓から入ったら、どういうルートになるんだ?」

「多少手は入れられていても、パイプ網自体に大きく手を加えることは難しいはずです。なので、基本的には拠点そのものは元からある広いスペースを使うものと考えられます」

「と、なると……ここか」

 

スレヴィンが指さす一点。

そこは、地下に作られた巨大な貯水施設だった。

その周囲にはいくつか小サイズの貯水施設もあり、元々は一か所ではなく分散して雨水を貯める構造だったのだろうが、こうして見ると確かに地下に秘密基地を作る。という目的には適している。

 

「ええ。ですので消火栓から入り、敵がこのポイントに行くまでに普段使いしているであろうルートを通ります」

「うん?そんなんで良いのか?そういう通りやすい道ってこう……罠があったりとかするんじゃないのか?」

「いや、その可能性は低いと思うわ。地下に埋設されたパイプ網に元々人が住んでいたのなら、きっと寒い環境でも生活できるよう、暖める何かが……ああ、やっぱりね。ほら、大河見て。ガスのパイプがすぐそばを通っているから、侵入者迎撃用の罠の設置も難しいはずよ」

 

大河の疑問に答えるのは、同じアーク計画の仲間であるキャロル。

スレヴィンを始めとした他の面々には、まだ些か固いところがあるが、同志が相手ならば別なのだろう。

 

「そういうこと。流石警察官だな。立て籠もり犯の相手はお手の物って感じだな」

 

素直に出たハリーの言葉。

しかし、それに反応してしまう二人がいた。

正確には、警察に反応してしまう二人がいた。

 

「えっ……?!け、警察?!」

「し、シロくんと私は無罪!無罪ですわ!」

「……いや、こんな状況で貴方達を逮捕したりしないわ」

「U-NASAの関与していないM.O.手術の時点で予想してたが、お前らやっぱ密入国か」

「我が英国は優秀な人材をいつでも募集中。新しい身分証、新しい生活、新しい仕事。全部用意しよう」

「お前は元とは言え軍人の前で他国民を引き抜きすんじゃねえよ?!せめて終わってからな?!」

「警察の目の前で違法な取引を堂々と……」

「え、えーと……?考えておきま……す……?」

「決心がついたらここへ連絡を」

 

密入国カップル(シロとエミリー)警察(キャロル)に怯え、それに警察(キャロル)が呆れ、スパイ(ハリー)引き抜き(亡命幇助)を行うのを退役軍人(スレヴィン)が止めるというカオスの中、一人彼はため息を付きながら天井を見上げた。

 

「……誰か、この空間から俺を助けてくれ…………」

 

大河のつぶやきは、5人の喧騒の中に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

結論から言えば、地下への潜入と侵攻は想像以上にすんなりと進んだ。

喧噪の後に装備を整え、6人は予定通りに消火栓から地下へと潜り込んだのだが、流石にブービートラップの一つでもあるかと思いきやそれはない。侵入を阻むバリケードも存在しない。テラフォーマーでも放たれているかと考えるがそれもない。

 

地下パイプの中を走る彼らの道筋を阻む物は、何一つとして存在しなかった。

 

「…………………………」

 

だが、それを楽観視できる人間は、彼らの中には誰もいなかった。

相手は、人智を侵す毒虫。アダム・ベイリアルの一角。

それに加えて、判明している戦力だけでもテラフォーマー、そして『水無月 六禄(デカルトの暗殺者)』という凶悪な布陣。それ以外にも、こちらで確認していない戦力が保有されているかもしれない。

 

罠など必要としない戦力。

それが待ち受けていると予想できて、なぜ楽観視できるだろうか。

 

誰かが唾を飲み込む音が聞こえる中、辿り着いた目的地の部屋に、それ(・・)はいた。

 

「ようこそ、ロスヴィータ博士殿への刺客諸君。待っていたぜ?寿命迎えちまうと思うくらいにな?」

「アタシもセンセーも、待ちくたびれちゃったー」

「……そうであってくれれば良かったよ。しかも、新手までいやがるし」

 

黒髪に、首に着けられた黒いチョーカー、バニラの匂いのする煙草を咥えた男。

『水無月 六禄』が部屋のど真ん中で事務椅子にふんぞり返り、椅子の後ろから支えている女の豊満な胸に頭を預けて座っていた。

女の方は日焼けサロンにでも通っているのか、彼女の肌は褐色に焼けており、金髪と一般的にアメスクと呼ばれる格好も合わさって軽い印象を受ける女だ。

とてもではないが、ロスヴィータには見えない。

 

「おっと、そういえばこいつは初顔だったか。ルイズ、お客さんたちに自己紹介しな」

「はーい、センセー!アタシは『水無月 ルイズ』!よろしくーぅ!」

「待って?待ってルイズ?俺はお前に俺の苗字あげた記憶はないぞ?何をどさくさに紛れた?おい?おい?」

「いたーい!?センセーいたーい!?」

 

頬を抓られる女────ルイズと、その頬を抓っている六禄を見て、一同は同じ感想を抱く。

「なんだこいつら……」と。

 

「さて」

 

そういう空気を察してか、六禄が手を叩いて改めて注目を集める。

 

「今回の実験のルール説明だ。この広間にはプランAからCまで3つの扉がある。それぞれその先に1つずつ実験プランが用意されている」

 

彼は親指で自身の後方にある、3つの扉を指さし口を開く。

そう語る彼の指す扉を見ると、確かにそれぞれの扉にはAからCまでのアルファベットが書かれたプレートがかけられている。

 

「それぞれの部屋の先は全て同じで、抜ければ少しの廊下の後にプランEの部屋に繋がっている。そこにロスヴィータ博士殿はいるわけだが、まあそこまで行けるかどうかはお前たち次第だ。……頑張れ若人たち、クカカッ!」

 

笑う六禄をルイズが事務椅子を押して、Cの扉まで移動する。

隙だらけの姿なのに、誰一人動くことができない。

自分たちを蹂躙し、ビルの床を踏み抜いた姿を思い出すだけで、ただ、彼の説明を聞くだけとなってしまう。

 

「俺はプランCの部屋で待っている。部屋分けができたら、勝手に入りな。……ああ、同じ部屋に何人で入っても良いけど、各部屋最低でも1人は来てくれよな。どこかの部屋に1人でも入ってないってなると、その時点で俺たちはトンズラこかせてもらうからな」

 

そのままスルリ、とCの扉の中へと入っていく六禄とルイズ。

残された面々は自然と顔を見合わせる。

 

「……で、どうするよ?」

「まあ、本来的には戦力分散は愚の骨頂だな」

 

最初に口を開いた大河に、スレヴィンがマッチで煙草に火を点けながら答える。

その眉間には皴が寄り、今にもため息をついて難儀だと口にしそうな状態。

 

「ですが、奴らの目的が実験であるならば、水無月の言葉の通りにするしかないでしょう。ここで散らずに進んで、逃げられたら適わない」

「じゃあ、俺がCってのは確定か?」

「ああ、最初の予定通りに、君には水無月の相手をしてもらう」

「後はあみだクジってか?」

「それでもいいだろう。どうせC以外の先の事は分からんからな」

 

言いながらも自然と足が動き、それぞれが扉の前に立つ。

 

「よっしゃ、行くぜ!」

「油断はしちゃダメよ」

 

Aの扉……東堂大河及びキャロル・ラヴロック。

 

「俺たちはこっちだな、JB」

「ジャック・バウアー?」

「ジェームズ・ブラウン」

「古典音楽!?」

 

Bの扉……スレヴィン・セイバー及びハリー・ジェミニス。

 

「シロ君!シロ君!」

「はいはい、俺たちは決まってるだろ」

 

Cの扉……シロ及びエミリー・オーランシュ。

 

「部隊長として、全員に最上位命令だ。『生きて集合』、以上」

「「「「「了解!!」」」」」

 

それぞれが足を進め、扉を開けて潜る。

待ち受けるは機械と生物の実験場。

 

 

作戦(ミッション)開始(スタート)



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High end 扉の先

「ようこそ、お二人とも。私の管轄するAの扉へ」

 

Aの扉を開けた2人を出迎えたのは、背中からいくつもの機械腕を生やした男性だった。

彼は椅子に座っており、その手に握られたマグカップからは、珈琲の匂いがしている。

どう見ても、ちぐはぐ。

だが、その男に見覚えのある人間がいた。

 

「貴方は……まさか!?」

「知ってるのか?」

 

キャロルは、男を知っていた。

 

連続殺人犯(・・・・・)!『クロノス・パイパー』!」

「連続殺人犯!?」

「おや、私をご存じで?」

 

10年程前の事だった。

アメリカはニューヨークを襲った、恐怖の連続殺人事件があった。

最初は絞殺死体が、街灯に吊るされているのを発見された。

次は腹部を引き裂かれ、臓物を広げた状態でゴミ捨て場に置かれていた。

次は頭部を銃で撃ち抜かれた状態で、道端に捨てられていた。

次はドラム缶の中で炭になるまで焼かれた死体が、ビルの一室から見つかった。

次は頭以外を執拗に殴打され、骨がぐちゃぐちゃになった死体が民家の庭に放置されていた。

次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は────

 

「ニューヨークの殺人見本市と呼ばれた男ッ!」

「ええ、その通りですね」

 

────そうして殺した、57人(・・・)

未発覚の事件も含め、殺しに殺した。

大いに多種多様の殺し方を試した。

 

そして当然の様に警察に捕まり、当然の様に死刑判決を受け、当たり前の様に死刑執行となった。

 

「……死刑になったはずなのに!」

「いやあ、私も死ぬかと思いましたよ」

「そこは死んでおけよ!」

「シンプルな暴言ですね……さて」

 

飲み干されたマグカップが落され、パリンと割れる。

そのまま椅子から立ち上がると、背中のサブアームが蠢き活動を始める。

 

「実験を始めましょうか」

 

 

 

 

「……おい、あの面見覚えあるんだが」

「奇遇ですね。俺もですよ」

「アア、オ前タチハ、ソウダロウナ」

 

Bの扉をくぐったスレヴィンとハリーが見た物は、まさに機械(サイボーグ)化した人間という姿のそれ。

ただ、その頭部だけが違った。

頭部は生身だった。

 

────培養液のつまったカプセルに浮かぶ生首というだけの話しなのだが。

 

「お前が此処にいるって事は、つまりこの実験にはオリヴィエの奴も関わっているって事か?『ルイス(・・・)ペドロ(・・・)ゲガルド(・・・・)』よぉ」

「……ソノ下賤ナ口カラ、オリヴィエ様ノ尊名ヲ出スンジャナイ。シカシ、答エテオコウ。アノオ方ハ関係ナイ」

「本当か……?」

「それ以上に水槽に浮かんだ生首が喋っているっていう状況に、俺の頭が拒否反応を起こしているんですが」

「慣れろ、俺は色々あって慣れた」

「人として慣れたくなぁい……」

 

痛し痒し(ツークツワンク)を経て、人として慣れたくないものに(スレヴィン)慣れてしまった方(セイバー)はルイスに問いかける。

 

「で、お前報告だと死んだはずじゃなかったか?」

「アア、ソノハズダッタ。ダガ、生カサレタ。……デカルトノ暗殺者ニ、首ヲ拾ワレテナ」

「あの化け物、あの現場にいたのかよ……」

 

どうりであるはずの首が、あの事件の後見つからないと思ったわけだ。スレヴィンがそう思いながら、拳銃(M500)を取り出す。

それに倣い、ハリーもまたライフルを構える。

そしてルイスもまた、槍を構えた。

 

「それじゃあ、早速だけども」

「急かすようで悪いけどよ」

「実験ヲ始メヨウ」

 

 

 

 

「ここがCの部屋……」

「えーと、ムクロさんは……?」

 

シロとエミリーがCの部屋に入り、入り口からキョロキョロと見渡すと奥に彼らはいた。

 

「はーい、いらっしゃーい!センセー!2人来たよ!2人!」

「はいはい、そうだなー。じゃあ、お前はそっち行って座ってろー」

「はーい!」

 

ルイズが六禄の傍を離れ、部屋の隅に置かれていた座布団に正座する。

それを見届けてから、ゆっくりと、腰や膝を労わる様に摩りながら「あー……どっこいしょー……のしょ……」と立ち上がる六禄。

見た目の若さに対し、その動作は完全に老人のそれ(・・)

老人の様な若者ではなく、若者の様な老人だと分かる動きだ。

 

「それじゃあ、始めようかお2人さん」

「……ああ」

「負けませんわー!」

 

六禄が自身の首……正確にはそこに取り付けられたチョーカーに手を触れ、装置を起動させ「……あれ?」……させようとして、首を傾げる。

 

「ルイズー!これどうやって使うんだっけー!?」

「先に準備!準備が必要なんだよセンセー!」

「悪い!やり方忘れたから頼んだー!」

「はーい!」

「完全に要介護老人じゃねえか……」

「ボケ老人ですわ……」

「一番傷つくからそういうのやめてくれる?」

 

奥に用意されていた扉の開閉スイッチを押しに行くルイズと六禄のやり取りを見ていた密入国カップルの言葉に、ここ最近で一番傷ついた六禄が悲しみの目を向けてくるのが何とも哀愁を誘う。

 

「いやー……80歳越えるともうね、人間ダメだわ」

 

扉がスライドし、ゆっくりと開いていく。

 

「そんなダメな爺さんでもね、まだまだ得意な事の一つや二つってのはあるわけよ」

 

扉が開き切ると、そこからゾロゾロと人々が入って来る。

しかしその足取りはフラフラと頼りなく、そして意思を感じさせないもの。

 

「いやいや、人殺しが上手いってだけじゃないんだ」

「ひ……ッ」

 

六禄のチョーカーからコードが伸び、人々の首に後ろから突き刺さるのを見たエミリーから、思わず悲鳴が漏れる。

だが、コードが刺さった人々は倒れる事はなく、逆にフラフラした様子が消えシャキッと立ち上がる。

 

「結構な、マルチタスクってのも得意なんだよ」

 

その立ち姿は、まるで武術の達人の様に芯を捉えたもの(・・・・・・・・・・・・・・・)だった。

 

「さあ、実験を始めようか」

 

 

 

 

 

「そろそろ始まるわね……」

 

A、B、Cのそれぞれの部屋から繋がる最奥。

各実験室の様子をモニターで見ながら、彼女は────アダム・ベイリアル・ロスヴィータは最後に資料を確認していた。

そこに記載されているのは、至極真っ当で、そして生命倫理に反した内容。

今回の実験の概要が記載されていた。

 

「この実験で成果が出れば、私の研究は更に飛躍するわ。……ここまで苦労したわね」

 

そうだ、この実験のために苦労した。

アダム・ベイリアルにコンタクトを取り、その一因となった。

資金はともかくとして、土地を確保し改造した。

痛し痒し(ツークツワンク)の現場から、六禄にゲガルト(ニュートンの一族)の首を持って来てもらった。

ルイスの首を急いで培養液に漬け、脳細胞が死ぬ前に頭部だけでも生存できるようにした。

得られた細胞からクローンを作り、使い勝手の良いニュートンの一族(人類のハイエンド)を手に入れた。

何故かできたクローンは女子になったが、一卵性双生児でも男女分かれる場合もある。極めて低いが確率を引いてしまったのだろう。

大量の麻薬中毒者を用意し、都合の良い実験材料や検体を用意した。

連続殺人犯、クロノス・パイパーを死刑執行した事にして出所させたのには骨が折れた。アダム・ベイリアルの力がなければ、単独ではできなかっただろう。

 

「そう、この実験が成功すれば、人間はより完璧に近付く」

 

思わず口から出た言葉。

だが、これを言う度に彼女の脳裏にはかつての師の言葉が蘇る。

きっとそうだ。彼なら今の彼女を見て、こう言うだろう。

 

 

 

 

 

「アプローチは良いんだ。それにとても素晴らしい技術だと思うよ。しかしだね。それは私が求めるソレではない。それでは────」

 

 

 

────完璧には程足りない。

 

 



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