グランブルーファンタジー ~STARDUST MEMORY~ (怪鳥)
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第一章 ~始まりの風~
第一話 蠢く影


文章を書くこと自体慣れていないので、拙い部分があるとは思いますが、最後まで読んでもらえると嬉しいです!

よろしくお願い致します。


 大地が大空に漂う島々に、数多の種族が共生している。そんな空の世界。

 かつて、数千年にも及ぶ大きな戦争があった。

 突如として現れた『星の民』は、圧倒的な軍事力を持って空の世界の侵略に乗り出し、結果、空の世界全域が、星の民によって支配される事となる。

 だが、それだけでは終わらなかった。

 占領下で星の民の技術を吸収した空の民が、反撃に出たのだ。

 血で血を洗う凄惨な戦いが続き、空の民は勝利し、世界を取り戻した。 

 その戦争は後に、『覇空戦争』と呼ばれた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――また、三人で星を見に行こう……

 

 

 

 

 

 

 がしゃり、がしゃりと重々しい足音が薄暗い洞窟に木霊する。

 夜影を思い起こさせる漆黒の板金鎧に身を包んだ男は、ゆっくりと、歩を進めていた。

 男の足元には、黒ずんだ頭蓋や、何のものか判別のつかない骨が無数に散らばっていたが、さして気にも留めていないのか、ただ真っすぐ一点を見つめているだけだった。

 

 不意に男の足が止まる。

 

「……目覚めよ」

 

 男がそうつぶやくと、柱に立て掛けられていた松明が一斉に灯り、見つめていたものがはっきりと姿を現したのだ。

 視線の先にあるもの、それは、《星晶》であった。

 人の手で切り取られたのかと錯覚するほどの綺麗なひし形に、洞窟の天蓋まで届かんばかりの巨大な星晶。どれほどの年月が経っているのだろうか、本来持っていたであろう淡く透明感のある輝きはとうに失われ、男の板金鎧のように、どす黒く濁っていた。

 男は星晶に右手をかざすと、静かに口を開く。

 

「空の民に報いる時が来た……古の亡者達よ、我が声に応じるのだ」

 

 その時だった。

 

 洞窟全体がうなりをあげて大きく揺れる。まるで、人の叫び声のような音が、禍々しく輝く星晶から発せられたのだ。男は眉根一つ動かさず、体勢を維持した。揺れと叫び声はしばらく続いたが、幾分か経つと、どちらも完全に収まった。

 男はかざしていた右手を下ろす。

 すると今度は、星晶と男を取り囲むように、もうもうと灰色の霧が立ち込め始めた。霧はどんどん広がっていき、とうとう洞窟内全てを包み込む。

 男の周囲から何かが湧いてくる。それも一つや二つなどではない。もっと膨大な、数えきれないほどの気配。

 気配はやがて影となり、影は少しずつ形を整えていく。

 

「おお……」

 

 男はおもわず、感嘆の声を漏らす。

 槍を持ち、巨大な爬虫類のような化け物……《飛竜》にまたがる者もいれば、魔物の皮をなめした軽鎧に身を包む兵士たちもいる。

 男は霧から現れた影の軍団を見渡すと、不敵な笑みを浮かべた。

 

―――もう一度、この空に怨嗟の声を……

 

 

 

ファータグランデ空域

~ザンクティンゼル島 金露森林~

 

 ――ぴとりと、頬に当たる冷たい何かを感じて、ラスラは目を開いた。

 視界には、どんよりと曇った空。頬に当たっていたのは、どうやら雨水のようだ。

 ラスラは大の字で寝転がったまま、左手を閉じたり開いたりした。

 

―――大丈夫……みたいだな

 

 ゆっくりと上体を起こし、軽く伸びをする。

 頭を針で突かれるような痛みを感じるが、特に目立った傷もない。

 こめかみを押さえながら、周囲に視線を走らせる。

 辺りには背の高い木が間を置かずに生えていて、枝葉が風になびく音や小鳥のさえずりが、絶えず聞こえてくる。一言で表すならば『森』だ。

 

―――どこだ……ここ

 

 どうやら見知らぬ森の中で気を失っていたようだ。

 とりあえず、近くにある大木の根元に腰を下ろす事にする。少しくらいの雨なら凌げるはずだ。

 

―――そもそも、どうして俺はこんな場所で倒れていたんだ?

 

 ラスラは顔を曇らせながら、考える。

 鳥や木、土や花といったものは、もちろん理解できる。

 それは知識として脳に記憶されているからだ。だが、自分の事……家族や友人、自分が何をしていたのか、まったく思い出せない。記憶の糸がぷつんと途切れている。

 覚えているのは『ラスラ』という名前だけ……

 一過性の記憶喪失だと願うばかりだが、どうすることもできない。

 

「はぁ……」

 

 あまりの状況に思わず、ため息が漏れる。

 そんなラスラを嘲笑うかのように空は曇っていて、あとどれくらいで夜が来るのか、見当もつかなかった。自分の現在地すらわからないのに、入り組んでいるであろう森の中を移動するのは、自殺行為以外の何物でもない。

 八方塞がり。正直言って、詰みだ。

 

―――こんな仕打ち……ないぜ、神様……

 

 ラスラは膝を抱えて、いるかもわからない神を恨んだ。

 ふと、くたびれた上着のポケットに手を突っ込むと、なにやら小さな箱が出てきた。

 マッチだ。

 何の解決にもなりはしないが、これがあれば夜を過ごすことが出来るだろう。

 

―――ちょっとはやるじゃん、神様

 

 まだ運は尽きてない!とラスラは顔を綻ばせたが、現実はそんなに甘くない、というのが世の常である。

 試しに箱から一本取り出して、マッチを擦ってみる。

 

 ……………………点かない。

 

 いくら擦っても結果は同じで、火花すら……上がらない。

 神がいるとするならば、ラスラを見捨てているのは明白であった。

 

「くそっ……バカにしやがって……」

 

 怒りに任せてマッチ箱をぶん投げる……気力すら湧かず、うなだれてしまった。

 

…………

 

 何時間か経っただろうか、雨は上がり、雲は晴れて、茜色の空を映し出している。

 動くなら、雨の上がった今が絶好のチャンスだったが、時すでに遅し、もうじき夜が来る。

 という事はつまり、火も食料も無い中で一晩明かさねばならないという事だ。

 

―――俺は一体、どうなるんだろう……

 

 ラスラは押し寄せる不安から逃げるように、膝を抱えて目を閉じた。

 

 すると突然、獣の鳴き声や鳥のさえずり、風の音までもがぴたりと止んだ。

 

……え?

 

 目を開けて確認してみると、辺りは異様な静けさに包まれていた。

 明らかに、何かがおかしい……

 背筋がぶるると震える。本能的な恐怖を感じて、ゆっくりと立ち上がる。

 雨上がりの蒸し暑さか、それとも別の何かか……

 吹き出る汗を拭う事もせず、ラスラはそのまま固まってしまった。

 

「だ……誰かいるのか!」

 

 返事の代わりに返ってきたのは、ねっとりとした、気味の悪い視線……

 どちらにせよ、好意的なものでは無さそうだ。

 ラスラは、顔と目だけを動かして視線の主を探す。

 

 みしっと、木の枝を踏み抜く乾いた音が、すぐ近くで聞こえた。

 

―――何かがいるっ!!




《鎧の男》???

《ラスラ》ヒューマン。男性。ザンクティンゼルの森の中で目覚めた折、名前以外のすべての記憶を失っていた。


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第二話 出会い

 近くから感じる、殺気立った鋭い視線……

―――どこだ……どこにいるっ!?

 辺りを見渡してみても、深い茂みが邪魔をして視線の主を視認する事はできない。

 ラスラはその場から一歩も動く事ができず、呆然と立ちつくしていた。

 不意にぽとりと、頬に水滴が落ちてきた。今度は雨水ではない。雨はとうに上がっているし、水滴はねっとりとしていて、強烈な刺激臭が鼻につく。

―――まるで何かの唾液のような……まさか……

 

「グウウゥゥッ!!」

 

 ラスラが上を見上げるのと同時、けたたましい咆哮と共に()()は姿を現した。

 犬のように大木の枝に乗る()()は、狼を二回り大きくした巨躯に、剝き出しにした獰猛な牙。爛々と赤く光る瞳は、今にも飛びかかろうと視線を離さない。

―――なっ……何だコイツッ!

 異形の魔物を前にして、ラスラは思わず息を呑んだ。

 魔物からすれば、目の前にいる人間は、腹を満たすただの肉塊に過ぎないのだろう。ラスラが次の行動を考えるよりも早く、飛びかかってきた。

 さっきまでラスラが立っていた場所に、致死の一撃が放たれる。

 ほぼ奇跡に近いが、前方に転がり込むことで致命傷を回避する事ができたのだ。

 魔物を見ている暇などない。ラスラは無我夢中で走った。

 

「くそっ!! こんな所で、くたばってたまるかっての!!」

 

 すぐ真後ろから、魔物の呼吸音と足音が聞こえてくる。その音はどんどん距離を詰めてきていて、耳元で鳴り響いているかのようだ。

 

「―――っつ!!!」

 

 運悪く、地面の石に足をすくわれて、前のめりに倒れこんでしまった。

 すぐに立ち上がろうと足に力を入れるが、重石のようなものが邪魔をして立ち上がれない。

 ……魔物だ。魔物の足が重りになって立ち上がれないのだ。

 ラスラがそう気付いた時にはもう、魔物の醜悪な顔が目の前にきていた。

 鼻が曲がりそうなほどの強烈な臭いがする。金縛りのように動く事もできなければ、もう声を上げることもできない。

 魔物は抵抗のないラスラを弄ぶかのように、ぐいっと足に力を入れる。

 

「があっっ!!!」

 

 右足に激痛が走る。魔物がラスラの右足を折らない程度に力を入れたのだ。

 ラスラは反射的に落ちていた小石で、何度も何度も魔物を殴りつける。

 

「くそっ! くそっ!!」

 

 空しくも止めるどころか、魔物に傷一つ付けさせる事はできない。むしろ魔物は、その反応を楽しんでさえいるようだった。

 もうダメか…… 

 諦めかけた――その時。

 

 轟!という炸裂音が響くのと同時に、魔物が吹き飛んだ。

 

「早くここから離れるんだ!」

 

 ラスラは何が起こったのか分からぬまま、声の主に視線を向ける。

 声の主はフードを被っていて顔はよく見えないが、声と体格からして女性だろう。

 フードの女性は、身の丈を軽く超える狙撃銃の銃口を魔物へと向けていた。

 

「早く行け!」

 

 ラスラは立ち上がって全力で走った。さっきまでの金縛りが嘘のように足は動く。ぬかるんだ地面に足をすくわれても、お構いなしに走り続けた。

 息も絶え絶えになった頃、足を止めた。

 もう日は暮れていて、夜の帳が下りている。辺りは真っ暗だ。

 ちょうどよい切り株に、どっと腰を下ろす。

―――助かった……のか?

 正直、魔物から逃げた今でも、生きた心地がしない。

 ずきずきと痛む右足をさすりながら、ため息を漏らした。

―――助けてくれた女性は、大丈夫かな……

 フードの女性は銃を持っていたが、さっきのラスラのように、近付かれればひとたまりもないだろう。

 逃げてきた道に視線を移す。この先でまだ戦っているようで、銃声はまだ続いている。

 

「……行かなくちゃな」

 

ラスラは月明りを頼りに、来た道を引き返した。

 

 

 

 開けた場所に出ると、フードの女性と魔物がにらみ合っているのが見えた。

 魔物の姿はほとんど見えない。背の高い木々が月明かりを遮っているのだ。魔物は光の届かない茂みを利用して身を隠している。

 目を凝らして良く見てみると、フードの女性が絶妙な間合いで銃弾を撃ち込んでいるのが分かった。銃弾は魔物の近くを掠めるばかりのようだが、間合いを詰められないようにするだけでも、相当な銃の使い手だという事が窺える。

 何とかして魔物を照らさなければ、いずれ距離を詰められて殺されてしまうかもしれない……

―――一瞬だけでいい……何か……

 ラスラは、はっとした顔で無造作にポケットに手を突っ込む。

 取り出したのは、小さな小箱。湿気で使えなかったマッチだ。

 幸運というべきか、雨が止んでいる今なら、なんとか使えるかもしれない。

 

「すみません! 聞こえますか!」

 

 フードの女性は、突然の声に面食らった顔でラスラに意識を向ける。

 

「一体、何をやって……」

 

 ラスラは言葉を遮るようにして続けた。

 

「一瞬だけヤツを照らします! そこを狙ってください!」

 

 これは博打だ。マッチに火が灯らなければ詰み、見当違いの場所に投げれば詰み、狙撃の環境が整ったとしても致命傷を与えられなければ詰み……。

 どこか一つでも誤れば、魔物に喰い殺されてしまう事になるだろう。

 あのまま言われた通りに一人で逃げる事もできた。

 だが、見ず知らずの自分の為に誰かが犠牲になるくらいなら、魔物の晩メシになった方がよっぽどマシだ。

 ラスラは手を震わせながら、マッチを取り出す。

 

「……頼むぜ、点いてくれよ」

 

 祈りを込めてマッチを擦ると、小さな火が灯った。

 魔物のうなり声と、自分の勘だけを頼りに居場所を探る。

 一瞬だけ……赤く血走った目が見えたような気がした。

 離れた場所にいるフードの女性に聞こえるよう、声を張り上げた。

 

「今だっ!!」

 

 ラスラの合図を聞いたフードの女性は、牽制射撃の手を止め、片膝を地につける。

 衝撃で火が消えてしまうかもしれないが、お構いなしに全力でぶん投げた。

 ほのかな火を携えるマッチは、弧を描きながらゆっくりと飛んでいく。

 まるでスローモーションのような時間の中、ラスラは固唾を飲んで見守った。

 マッチの火が何かに当たって儚い火花を散らす。

その瞬間。

魔物の頭がほんの一瞬だけ、姿を現したのだ。

 フードの女性からすれば、その一瞬だけで十分だった。瞬きする間もないほど早く照準を付け、トリガーを引いた途端、辺りの木々や地表が薙ぎ倒されるほどの衝撃が走った。

 さきほどの牽制射撃の比ではない。まさに、必殺の一撃だった。

 轟音が止んで、ラスラが顔を上げると魔物はもう跡形もなく四散していた。

 

「やった……のか」

 

 ふぅ、と安堵のため息をつきながら、ラスラはフードの女性のもとへ駆け寄る。

 

「君、ケガはないか?」

 

 フードの女性が、深く被ったフードを取りながら、凛とした口調で言った。

 年は二十歳を超えているのだろう。ウェーブがかった銀白髪は、腰まで届くほど長く、美しい。少女のような可憐さ、というより美人といった感じの、大人の女性であった。

 

 「え……ええ、何とも。さっきは助けて頂いてありがとうございます」

 

 ラスラは少し動揺したような声音で答えた。

 

 「なに、礼には及ばんさ。君の助けがなかったら、私も危なかったし…… だが関心せんな、こんな時期に森に来ちゃ危ないだろう?」

 

 「え、えっと……実は……」

 

 もしかしたら、何か勘違いされているのかもしれない。

 ラスラは今、自分が置かれている状況を説明した。

 自分が見知らぬ森の中で目覚めた事。『ラスラ』という自分の名前以外の記憶を、何一つ思い出せないという事。

 フードの女性は嫌な顔一つせず、真剣に耳を傾けてくれた。

 

「記憶喪失……という事か。うーん、困ったなぁ……積もる話は後にしよう。森を抜けた先に村があるから、案内するよ」

 

「助かります!」

 

 地獄に仏とはまさにこの事だ。ラスラはコクリと頷くと、彼女の歩幅に合わせて歩き出した。

 不意に、彼女の足が止まる。

 

「おっと、自己紹介がまだだったね。私は騎空士のシルヴァだ。よろしく頼む」

 

 シルヴァは柔和な笑みを浮かべながら、手を差し出す。それに応えるようにラスラは手を握り返した。

 

「本当に……ありがとう……」

 

「……ふふ。村に着いたらゴハンでも御馳走するよ」

 

 彼女は苦笑しながら歩き出す。ラスラもまた、それに続いて歩き始めた。




《シルヴァ》ヒューマン。女性。相棒の狙撃銃と共に、騎空士稼業を勤める女狙撃手。ザンクティンゼルには、とある事情で降り立っているようだが……?



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第三話 Promise

 薄暗い森の中。

 ラスラは狙撃銃を担ぐ女性、シルヴァの後に続いて歩いていた。

 彼女はラスラにとって、命を救ってくれた恩人だ。魔物から助けてもらったうえに、安全な村まで案内してくれるのだと言うのだから、感謝してもしきれない。

 けもの道をさらに進むと、人工的に踏みならされた道に出る。

 背の高い木々たちはもうない。

 また魔物に襲われる恐れもあったが、二人は無事に森を抜ける事ができた。

 

「……凄く綺麗だ」

 

 ラスラは目を凝らして辺りを見回し、思わず声を上げた。

 森の遥か後方に、どこまで続いているかわからないほどの長大な山脈が広がっている。雨上がりの雲一つない夜空には、満天の星たちがゆらゆらと瞬いていたのだ。

 

「そうだろう? 私も初めてこの島に降り立った時は、見惚れてしまってね。こんな景色、他の島じゃなかなかお目にかかれない」

 

「そうでしょうね……まあ、他の島で夜空を眺めた記憶なんて、忘れてしまったんですけど」

 

「……大丈夫さ! すぐに良くなるよ! ほら、もうすぐ村に着く」

 

 シルヴァが指差す方に視線を移すと、整えられた道の先に、ぽつぽつと人工的な灯りが見えた。

 幻想的な景色を目に焼き付けて、足早に村を目指す。

 

 

 

 村に到着したのは、それからすぐの事だ。

 村の入り口に、急ごしらえで作られたのか、木製の簡易的な門がある。門の両脇に、監視の為の小さな詰所が設置されていた。恐らく先の魔物が村に入らないようにする為だろう、とラスラは考える。

 閉ざされた門の前で立っていると、詰所から腰に剣を提げただけの、およそ魔物と戦えるとは思えない格好をした男が近づいてきた。

 

「騎空士殿、ご苦労様です」

 

 守衛が胸に手を当てて、軽くお辞儀する。

 シルヴァが同じ所作で礼をしたので、ラスラも見よう見真似で礼をした。

 

「今日は、かなりの収獲があった」

 

 収獲?何の話だろうか……。ラスラは頭に疑問符を浮かべた。

 シルヴァの言葉に、守衛の顔が一層引き締まる。

 

「収獲……というと?」

 

「件の魔物の発生源……。魔物の棲み処なんだが、ある程度見当がついてね。明日にでも、下見がてら当たってみる事にするよ」

 

「おお! そうでしたか! これでようやく、村の皆も安心できる」

 

 守衛はそこまで言うと、急にばつが悪そうな顔をした。

 

「我々がもっとしっかりしていれば……」

 

「……気に病む必要はない。どうしようもない時の為に、私達、『騎空士』がいるのだからな」

 

「ええ……頼みます」

 

 守衛は二人に向けて、深々と頭を下げた。すると、そういえば……、と言って話を続けた。

 

「そちらの方は?」

 

 思わずドキリとしてしまったが、正直に説明するしかなさそうだ。

 さっきまで黙っていたラスラが口を開く。

 

「実は……」

 

 言葉を紡ごうとした、その時。

 シルヴァが手を横に出して、ラスラの言葉を制止した。

 まるで、その先を言うな、とでも言いたいのか。もしかすると自分は、あまり快く思われていないのかもしれない。そこまで思案して、ラスラは押し黙る。

 

「ああ、そうそう。彼は騎空団からの応援でね。遅れて合流したんだ。そうだろう? ラスラ」

 

「え……ええ、そうなんですよ」

 

「なんと……これは大変失礼しました。騎空士殿」

 

 理由はわからないが、話を合わせる事にする。

 シルヴァの言葉に納得したのか、守衛は門を開けてくれた。

 

「では、私たちは先に失礼する。何かあれば、すぐに呼んでくれ」

 

 シルヴァが村に入ると、ラスラも続いて門をくぐる。

 

 

 二人が足を踏み入れた村……キハイゼル村は、小さな島と相まって、かなり規模の小さな村だ。

 ザンクティンゼル島自体、一年を通して穏やかな天候であり、鮮やかな四季が彩る素朴な島である。島ではキハイゼル村にしか人は住んでおらず、その世帯数も20程度で、島民は主に農耕を営んで生活している。

 夜だからか、村人は見当たらず、歩いているのはラスラとシルヴァ二人だけだった。

 小川にかかる小さな石造りの橋を渡り、水車小屋の横を抜ける。

 先に沈黙を破ったのはシルヴァだ。

 

「……さっきは、すまなかった」

 

 謝罪の理由は恐らく、さっきの守衛とのやり取りだろう。

 ラスラは首を横に振った。

 

「全然気にしてないですよ。むしろ、俺が迷惑かけちゃったみたいで……」

 

「そんな事ないよ。色々あるんだ……色々と……な。そういえば、村に来て何か思い出した事はないか?」

 

「いえ……何も」

 

 ラスラは空の彼方に輝く星を見つめる。

 自分がどこから来て、どこへ向かうのか星々が答えを知っているような……そんな気がする。

 

「お、今日は珍しいな」

 

 シルヴァが空を見上げながら言うのと同時、びゅうっと一陣の風が吹いた。

 風が止んで目を開けると、青い尾を引いた一筋の流れ星が夜空に通り過ぎていた。その流れ星を皮きりに、また一つ、また一つと星が夜空に流れていく。まるで光のカーテンになって星が降り注いでいるようだった。

 

「……流星群だ。今日はまた一段と綺麗だな……って、どうしたんだ? ラスラ」

 

 シルヴァは不思議そうにラスラの顔をまじまじと見つめていた。

 ラスラの頬に一筋の涙が伝っていく。

 

「何で泣いてんだろ……俺……変ですよね」

 

 どうして涙を流しているのか、自分でもよく分からなかった。安全な村まで来て安心したわけでも、流星群を見て感動したわけでもない。強引に笑顔を作ろうとしても、作れない。頭の奥で何かがチリチリと音を立てて弾けていて、胸の奥が痛む。まるで締め付けられているかのようだ。

 割れるような頭痛がして、思わずその場に屈みこんでしまう。

 

「大丈夫か! ラスラ!」

 

 ずっと、永遠にこの景色を見続けていたい。終わらないで欲しい……。そんな感情だけがラスラの心に広がっていた。頭の中で誰かの声が響いている。

 

 

 

―――また三人で、星を見に行こうね―――

 

 

 

 何度も、その言葉だけが繰り返し再生される。これは、記憶の断片なのか。

 

―――誰だっ! 誰なんだ!! 

 

 答えは返ってこない。ラスラは懸命に記憶の糸を手繰り寄せる。手繰り寄せようとする度に頭の痛みが増した。

 

―――もう少し、あともう少しなんだっ!! あと……もう少しなんだ……

 

 意識がどんどん遠のいていく。

 何かを掴みかけた、次の瞬間。ラスラの意識は完全にまどろみの中に沈んだ。

 

 

 

 

―――起きて、ラスラ―――

 

―――誰だ? 俺は……どうなったんだ?

 

 心地良い浮遊感を感じながら、ラスラは目を開く。辺りは何もない真っ白な空間で、中心に七色に光るひし形の石が鎮座している。目の前には、拳ほどの大きさの球体が淡い光を放ちながら、ゆらゆらと浮いていた。

 

―――ここは、あなたの夢の中の世界――― 

 

 声を聞いて、ラスラは周囲に視線を向けるが、もちろん誰もいない。

 

「夢の世界!? 俺に何をしたんだ!!」

 

―――ついてきて―――

 

「答えになってないぞ!」

 

 声は、ラスラの頭の中に直接届いているようだ。

 光を放つ球体が、ラスラを先導するようにゆっくりと進んでいく。始めこそ悪態をつくラスラであったが、結局は球体についていった。

 

 七色に光る、ひし形の石の側まで来ると、球体が止まった。

 球体が石の中に吸い込まれていく。

 

「この中に入れって事か?」

 

 目の前にある物が七色に光る珍しい石とはいえ、無機物である事に変わりはないだろう。入れるわけがない。

 石の前でじっとしていると、頭の中に声が響いてくる。

 

―――恐れないで―――

 

「わ……わかったよ」

 

 ラスラは石の腹に手を触れてみると、ぐにゃりと石が歪んだ。手から虫が這いずってくるような気持ち悪さを感じて手を引っ込めたくなったが、構わずに体ごと押し込めていく。

 

―――ダメだ……また意識が……

 

 石に飲み込まれた瞬間、再び意識が途絶えた。

 

 

 

 ラスラは、薄暗いらせん階段を上っていた。意識ははっきりとしていて黒く湿気た階段の質感や、鼻をつくカビ臭さまでもが、鮮明に感じられる。

 ラスラの右手には鎖が握られていた。その鎖は、数段先を歩いている女性の後ろ手を縛める、錆びついた手錠に続いていた。

 目の前の女性は囚人なのだろう。彼女の衣服は、ぼろぼろに引き裂かれた鼠色のシャツ一枚だけだ。露になった素肌には焼き印が押されて、顔を背けたくなるほどの拷問の跡が見える。

 

 それでも彼女は笑っていた。

 

 狂った笑みなどではない。友達や家族、愛する人に向けるような……そんな優しい微笑み。

 

「後は、任せたよ」

 

 階段を上り終えて、眩しいほどの光が差し込む出口の手前、彼女はそう言った。

 これ以上進みたくなかった。ずっと一緒にいたかった。一緒に逃げようと、伝えたかった。

 だがラスラは口に出さなかった。

 彼女を苦しめたくなかったから。彼女と……約束したから。

 

「そんな顏しないで、ほら……行くよ」

 

 二人は外に出た。

 右手には国の繁栄を象徴する、豪華絢爛の限りを尽くした王城が。そして、真王とそれを守護する11人の騎士たちがいる。左手には何も知らずに、国中から集められた大勢の民がいる。

 民がどよめく中、二人は中央に設置された処刑台まで歩く。

 

「かの者、レイラ・バレスタインは、真王に忠誠を誓い、あまつさえ『王の剣』でありながら反逆を企てた。よって、かの者を斬首刑に処す! 陛下からの恩情だ……何か言い残した事はあるか」

 

「ああ、あるとも!」

 

 さっきまでの可憐な女性の声ではなく、獅子のような凛とした声音で彼女は続ける。

 

「皆よく聞けぇぇッ!」

 

 民のどよめきが彼女の覇気に圧倒されて、一斉に止んだ。

 

「貴様らが信じてやまないこの戦争は無駄なのである!! 空の民は皆、我らの存在を脅かす悪鬼羅刹と教えられてきた。私も最初はそうだった……。だが真実は違う!! 彼らは友と学び、人を愛する……私たちと変わらぬ心を持った人間なのだ!!」

 

 彼女の言葉を聞いてざわめきが起こる。

 

「何をやっとる!!早くヤツを黙らせんか!!」

 

 真王の側近の一人が、醜悪な腹の脂肪を揺らしながら喚き散らした。

 それを聞いた真王が重々しい口を開く。

 

「良いではないか……面白い。最期の一瞬まで舞って見せよ……」

 

「私は今日ここで死ぬ事になるだろう!! だが断じて、無駄死にだとは微塵も思っていない!! 立ち上がるのだ!! 真実を隠蔽し続けた、真王に報いを!!」

 

 彼女は最後に真王を睨みつけて叫んだ。

 

「……愚かなる真王よ、心しておけ。貴様の思い通りにはならんという事をなっッ!!!……以上だ」

 

 彼女を助けるチャンスが訪れるのはもう無いだろう。

 ラスラは腰元に提げた剣の柄に手を触れる。

 

―――運命は変えられない―――

 

 頭の中でまた声が響くと、金縛りにでもあったかのようにラスラの手が止まった。

 

―――クソっ!! 何なんだよこの!! チクショウ!!

 

 ラスラの意識に反して、体は勝手に彼女を処刑台まで連れていく。まるで操り人形にでもなってしまったかのようだ。

 彼女が完全に拘束されてしまう。ラスラは処刑用の斧を手に持った。

 

―――やめろ!! やめてくれッ!!!

 

 ラスラの手はわなわなと震えていて、なかなか構える事が出来ない。

 それを見た彼女が咆えた。

 

「早くやれッ!! この臆病者!!!」

 

 その言葉が後押しになって、ラスラは斧を構える。

 斧を振りかぶる瞬間、一瞬時が止まったような気がした。

 彼女が最後に笑ったのだ。愛する者に向ける、最期の微笑み……。

 

「……あの日交わした。三人でまた星を見に行くって約束……守れなくて……ごめんね……」

 

―――やめろぉぉっっッ!!!!

 

 肉を断つ鈍い音が響き渡った。      



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第四話 キハイゼル村にて 1

「うわぁっ!!」

 

 悲痛な叫び声を上げながら、ラスラはベッドから飛び起きた。

 肩が上がるほど、呼吸が荒い。まるで、バケツに貯めた水を一気に被ったのかと思うほど、汗が滲んでいた。

 辺りを視認する。四畳半ほどの室内にベッドやテーブル、椅子といった簡素な家具が設えられていて、四角い窓から小鳥のさえずりと共に、朝日が差し込んでいる。

 どうやらここは、どこかの家の一室らしい。

 

―――そうだ、俺は村に着いて星を見たんだ……それから意識が遠のいて……

 

 そして、夢を見た。

 恐ろしいほど生々しく、残酷な夢……。

 

―――あれは……何だったんだろう……

 

 額に手を当てて、考える。

 魔物に襲われるという異常な体験が生み出した、ただの悪夢か。それとも、本当に過去の記憶なのか……。

 もし過去の記憶の残滓なのだというのなら、誰かの命を奪っている事になる。

 

―――俺は……一体……

 

 がちゃりと、扉が開いた。

 

「ようやくお目覚めか、眠り姫。いや、違うな……爆睡王?」

 

 低い声でそう言い放つ男は、片足を引きずりながらラスラに近づいていく。

 手に持ったお盆には、湯気の立つ皿が載っていた。

 

「ほら、食え」

 

 男はお盆をラスラの膝元に置いて、近くの椅子に腰かける。

 状況がのみ込めず、ラスラはきょとんとした目で男を見つめた。

 体格のいい中年の大男だ。料理人が着ているような白い給仕服を身に着けているが、料理人にはとても見えない。むしろ、軍人か傭兵の方が、言葉は合っているだろう。

 

「えっと……どちら様で?」

 

 男がその言葉を聞くや否や、がはは!!と豪快に笑った。

 

「……こりゃ傑作だ!! それは俺のセリフだぞ、少年」

 

「……え?」

 

 ラスラは首を傾げる。

 

「俺の名はライル。ここザンクティンゼルで騎空士や旅行客相手に旅宿を営んでいるんだ。女房のエリザと一緒にね。」

 

「はぁ……、どうして俺がここにいるんでしょうか? 何が何だか、わからなくて……」

 

 ラスラは素直に疑問を口にした。

 ライルと名乗る大男は、悪い人ではなさそうだ。

 

「……ちょうど一週間前の晩の事だ。どういう訳か倒れているお前さんをシルヴァが運んできてな……。医者に診てもらっても原因不明、そんで、今の今までずっとぶっ倒れてたってわけさ」

 

 どうにか自分の置かれている状況を理解する。

 ライルの話によると、どうやらまたシルヴァに助けられたらしい。

 

「そうだったんですね……ありがとうございます」

 

「礼なら直接彼女に言ってやりな。ほら、腹減ってるだろ? 早く食っちまわねぇと、せっかくのメシが冷めちまうぜ?」

 

 ラスラは膝元に置かれたお盆を見やる。お盆の上に載った湯気の立つお皿から、胃袋をくすぐる良い匂いがする。目覚めてから……というか、森で目を覚ましてから何も口にしていなかったから、無性にお腹が減っていた。

 皿の中身は『おかゆ』だった。ラスラの体調を考慮しての事だろう。

 ラスラはいただきます、と言って、おかゆをスプーンでひとすくいすると、たまらず口に入れた。

 

「……美味しい!!」

 

 思わず声を上げる。

 動き出した手は、もう止まらない。何の変哲もないただのおかゆのはずなのに、涙が出そうなほど美味しく感じられた。おかゆにがっつくラスラの様子を見てライルは、「そうかうまいか!」と笑っていた。

 

 胃が落ち着いてきた頃、これからどうするか、ラスラは思案していた。

 これ以上シルヴァや村の人たちに迷惑をかける事は出来ない。それに一週間も

宿で世話になっていたというのなら、先立つもの、つまりお金が必要になるだろう。

 

―――お金になりそうなモノなんて……持ってないよなぁ……

 

 ラスラは深いため息をついた。

 

「そういや、お前さん。記憶喪失……なんだってな、シルヴァから話を聞いた」

 

「え……ええ。どうしてあの森の中で倒れていたのか、自分が何者なのか…… この村の事も、他の島の事も、何も覚えていないんです……」

 

「そうなのか…… 酷なことを言うようで悪いんだが、お前さんがこの島の人間じゃない事だけは確かなんだ。騎空士を引退して、十数年…… この村に移り住むようになってから、お前さんを見た事は一度も無いんだ。村のヤツらみんな家族みたいなもんだからな。これだけは断言できる」

 

「そうですか……」

 

 ラスラが俯きながら相槌を打つ。

 

―――俺は、この村の人間じゃない……

 

 島に一つしかない村の人間が言うのだから、間違いないのだろう。

 だがそれは同時に、一つの大きな疑問を呼んだ。

 村の人間では無いと言うのなら、他の島から何らかの手段を使ってこの島に来た、という事になる。

 

 島と島との間は、地続きで繋がっているのではない。

 そもそも各島々は大空に漂っているのだ。

 島間の交易や人の行き交いには、『騎空艇』と呼ばれる空を飛ぶ乗り物を経由しなければならない。

 

 もしそれらを使ってこの島に降り立ったとして、どうして森で倒れていたのか……。

 疑問は深まるばかりだ。

 

「ま、安心しな。当分の間は面倒見てやるからさ。」

 

「え、そんな……」 

 

 突然の提案に、ラスラは言葉を詰まらせる。

 

「……もしかして、嫌なのか? それとも他に行くアテがあるとか……」

 

「とんでもないです!! むしろ、こちらからお願いしたいというか……その……」

 

ラスラは、ぼそっと憂い顔で続ける。

 

 

「お金が……」

 

 

それを聞いたライルが、またも吹き出して笑った。

 

「―――ぷはっ!! んなもん気にすんなっての!! 家に一人増えたくらいで、どうこうなりゃしねぇよ。困ったときはお互い様……そうだろ?」

 

 ラスラは何度もお礼を言った。何か返せる事はないかと考えていると、廊下からコツコツと足音が聞こえてくる。

 

「あなた、そろそろ料理の仕込みをしなきゃ昼に間に合わないわよ―――あら?」

 

 勢いよく扉が開け放たれて、そこに立っていたのは若い女性だった。女性は、短く切り整えられた赤い髪を揺らしながら ラスラを見つめている。

 この人がさっき話に出てたライルさんのお嫁さんだろうか……にしては若すぎるだろう。と若干失礼な事を頭に浮かべつつ、ラスラは「どうも」と軽く会釈をした。

 

「おっといけねぇ……もうそんな時間か。俺は仕事があるからもう行くわ。何かわからないことがあれば、俺かエリザに聞いてくれ」

 

 ライルはそう言い放つと、そそくさと部屋から出て行った。

 

「ほんっと、抜けてるんだから……」

 

 はぁ……、と ため息をつくエリザと呼ばれた女性を横目に、ラスラはベッドから起き上がる。

 急に立ち上がったためか、体がふらついてしまう。一週間も寝たきりだったのだ、無理もない。鉛のような重い気だるさを全身に感じつつ、ラスラは上体を反らして伸びをする。

 

「大丈夫? まだ休んでていいのよ」

 

「いえ、大丈夫です。運動がてら、外の空気でも吸ってこようかな……」

 

「あらそう、それなら家の裏手に井戸があるから、顔でも洗ってきなさいな」

 

 ラスラは丁寧にお礼を言って、宿を出る。

 森で目覚めたあの日とは打って変わっていい天気だ。昇り始めた太陽から放たれる朝日が、目の前の麦畑を煌びやかな黄金色に照らし出している。

 新鮮な空気を胸いっぱいに吸ってから、宿の裏手に続く、石貼りのタイルの上を歩く。

 井戸には見覚えのある人影があった。どうやら先客がいるらしい。

 ラスラは見知った後ろ姿に近づくと、声をかけた。

 

「ん? ああ、君か。元気そうで良かったよ」

 

 シルヴァはいつもそうであるように笑顔で答えた。

 青いコートを着ていないせいか、肩やスカートから伸びる艶やかな白い素肌が露になっている。

―――こう見てみると、結構際どいよなぁ……

 目のやり場に困ったラスラは、頭をぽりぽりとかきながら、これ以上意識してしまわないように視線を移す。

 

「あの……助けてくれてありがとうございます。俺、色んな人に迷惑かけちゃってるみたいで……」

 

「迷惑なんて思っちゃいないさ。ライルさんもエリザも……みんな優しい人達ばかりだから、大丈夫。それより、これからどうするんだい?」

 

 うーん……、と唸ってラスラは考える。

―――自分が今できる事……か

 いくら宿の主が親切とはいえ、長い間何もせず居座るのはさすがに良心が痛む。

 それに、失くした記憶も探さねばならないのだ。何か行動を起こさねば。

 

「失くした記憶の手がかりを探そうと思います。この島で目覚めたのなら、何かあるはずです……俺につながる何かが……」

 

「……そうか、私も手伝いたいのは山々なんだが仕事があるんだ」

 

 シルヴァは青いコートを羽織り、愛用の狙撃銃の留め帯を肩にかける。

 

「仕事って……またあの森に行くんですか?」

 

「ああ、魔物の討伐も、騎空士の仕事の一つだからね」

 

「ずっと気になってたんですけど、『騎空士』って何なんですか?」

 

 森で助けてもらった時もそうだったが、シルヴァさんが口にした『騎空士』とは何だろう?とラスラは疑問を投げかけた。

 シルヴァは少し驚いた顔をして答えた。

 

「そうだなぁ……規模の大きい何でも屋だと思ってくれればいい。迷子のペットの捜索から魔物の討伐まで何でもする。この空の世界で、一番自由で一番危険な職業さ。私もこの島には魔物討伐の依頼で来ていてね……君も見ただろう?」

 

「ええ……あんな化け物と……」

 

 ラスラは森で襲ってきた魔物の姿を思い出して、思わず身震いする。

 目の前の彼女は、何度も死線をくぐり抜けてきたのだと感じさせる圧があった。

 

「……とは言っても、君が意識を失っていた間に、あらかた片付いたんだけどね。今日は見回りみたいなものだから、だいぶ気が楽だ。余裕ができたら手伝うよ……なんだか、妹を見ているようで放っておけなくてね……」

 

 最後に「行ってくるよ」と手を振って、シルヴァは歩き出した。

 

「……お気をつけて」

 

 ラスラはただ彼女が無事に帰ってくるのを祈るのだった。



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第五話 キハイゼル村にて 2

 森へ見回りに行くというシルヴァを見送ったラスラは、井戸に吊り下がった木製の桶を落とした。ロープを引いて、桶いっぱいにくべられた水を傍らの手桶に移す。

 手がかじかんでしまいそうなほど冷たい水で顔を洗い、一息つく。頭にこびりついていた浮遊感と眠気はもう完全に吹き飛んでいた。

 

―――あれ? 何か着けてる

 

 ラスラは水を張った手桶を見つめる。映り込んでいるのはもちろん自分自身の顔だったが、首元にひもで何かを提げている。

 ひもを手繰り寄せて確認してみると、どうやらネックレスのようだった。

 華美な装飾は施されていないが、六角形に切り取られた黒ずんだ石が、首元の交差部分にある型にはめ込まれていた。

 

―――気味の悪い石だなぁ……

 

 あまり気にも留めず服の下にネックレスを戻し、手で水を軽くすくって飲む。

 陽の光が届かない井戸水はとても冷たくて、少しだけ甘い味がした。

 

―――これからどうするか……だな

 

 ”記憶の手がかりを探す”と言っても、漠然としすぎている。ただ闇雲に動いたところで、何の成果も得られないだろう。もっと具体的な行動案が必要だった。

 一番は自分が倒れていた森を当たってみるのがいいかもしれない、とラスラは考えるが、すぐにその案を頭から振り払った。

 森には凶暴な魔物が出る。丸腰で向かうには、あまりにも危険すぎるのだ。

 それにこの村に入る前のシルヴァと守衛との会話に、どこか引っ掛かりを感じる。

 

―――シルヴァさんはあの時、俺の事『騎空士』って言ったよな……なんで嘘なんかついたんだろう

 

 頭を捻って考えるが、答えは出ない。この村に何か事情があるのだろうか。

 後で直接本人に聞いてみようと、ラスラは思う。

 

―――状況了解。とりあえず情報を集めないとな。考えるのはその後でいい

 

 当面の行動方針は決まった。まずはこの村について知る事、その途中で記憶の手掛かりが掴めればもうけものだ。

 

「よし、行くか!!」

 

「行くってどこに行くんだ? 騎空士のあんちゃん」

 

「うおっ!」

 

 背後から突然声がして、ラスラは驚いてしまった。

 後ろを振り返ると、年端もいかない子どもが二人。一人は首に赤いスカーフを巻いた少年と、もう一人はその少年の背に隠れてラスラを見つめる少年だ。

 

「ほら、これタオル。母ちゃんに頼まれて持ってきたんだ。」

 

「ありがとう……母ちゃんってエリザさんかい?」

 

 少年からタオルを受け取って顏を拭きながらラスラは言った。

 

「うん、そうさ! オレはパル。んで、こっちが弟のペルってんだ」

 

 両親によく似た笑顔を浮かべて、パルは胸を張る。元気な男の子なのだろう。

 

「ラスラだ。君のご両親には色々と迷惑かけてるみたいで……二人ともよろしくな」

 

 ラスラは身を屈めて二人に視線を合わせる。太陽のようなパルの笑顔につられて、ラスラも自然と笑顔になった。

 パルの後ろに隠れているぺルの方はというと、目を合わせようとする度に顔を引っ込めてしまう。気恥ずかしいのだろうか。

 

「ほら、ちゃんと挨拶しろって」

 

 パルに急かされて、ぺルは渋々ラスラの前に出てきた。

 

「……ぺルです」

 

「ああ、初めまして。そんなに遠慮しなくていいぜ」

 

 ラスラはできるだけ優しい笑顔を向けて、ぺルの頭をなでる。

 

「はうぅぅぅ!?」

 

 逆にびっくりさせてしまったのか、ぺルは声を裏返してパルの背中に戻ってしまった。

 

「……昔からこうなんだ。あんちゃん、あんまり気にしないでやって」

 

 はぁ……、とため息をついてパルが言った。

 

「ところでさ、さっきでっけー銃担いだねーちゃんが森に向かってたんだけど、あんちゃんは行かなくていいのか?」

 

「そ……そうだなぁ……」

 

 ラスラは困り顔で空を見上げた。パルの口ぶりから考えると、やはり『騎空士』だと思われているらしい。ここは素直に本当の事を話してみようかと考えたが、何も情報がない以上、かえって話がややこしくなりかねない。結果的に嘘をつく事になり、少しばかりの後ろめたさを感じつつも、ラスラは流れに身を任せることにした。

 

「……あ、そうそう! 俺、さっき一週間ぶりに目覚めたばっかだしさ、今日まで休ませてもらう事にしたんだ」

 

「……ふーん、そうなんだ」

 

 パルは訝しげな顔でラスラを見つめた。

 少し間を置いて、ぺルがひょこっと顔を出す。

 

「……仕方ないよ、パル兄さん」

 

「でもよ、村に着いた途端、一週間も寝込むなんて信じらんねぇぜ……船酔いでもしたのか?」

 

「まぁ……そんなところかな。俺、三半規管弱いし」

 

 それを聞いたパルは呆れて肩をすくませた。

 

「はぁ……騎空士が聞いて呆れるぜ……グラン兄ちゃんとは大違いだな」

 

 最後にボソっとぺルが「……情けない」と言い残すと、二人はどこかへ行ってしまった。

 

―――とりあえず何とかなったな……

 

 ラスラはホッとして胸を撫でおろす。

 それにしても、あそこまでどストレートに呆れられては、少し心が痛む。

 

「あっ……タオルどこに返せば……」

 

 タオルを持ってきてくれた二人はもういない。

 ここは一旦、宿に戻ることにした。

 

 

 酒場『旅風亭』と刻印された扉の前に立って、宿じゃないんだ、と思いつつ中に入る。

 どうやら酒場が主のようで、宿はあくまでもそのおまけなのだろう。室内の一階部分が酒場で、二階部分の空き部屋を旅宿として利用できるようにしているようだ。

 酒場と聞くと、どことなく『汚い』イメージがあったラスラだったが、自然とそんな気は起こらなかった。

 整然と並べられた、どこか年季の入ったテーブルや椅子を見ると、むしろ上品さすら感じられるほどだ。

 

―――さっきからいい匂いがするなぁ……

 

 扉を開ける前から胃袋を刺激するいい匂いがしていた。

 何か調理しているようで、ぐつぐつと何かを煮込む音が室内に響いている。

 ラスラは匂いに導かれるがまま、厨房を目指した。

 

「よっ! さっぱりしたか?」

 

 厨房にはスープを煮込んでいるライルと、芋と人参の皮むきをするパルとぺルの姿があった。

 やはりいい匂いの正体はここだったようだ。

 

「ええ、おかげさまで目が覚めました。タオル、ここに置いときますね。朝から料理の仕込みですか?」

 

 近くのテーブルにタオルを置いて、ラスラが言った。

 

「ああ、今日はまた特別でなぁ……夜から村のもんみんな集まって宴会なんだ。今から準備しねぇと間に合わねぇ」

 

「俺も何か手伝いますよ!」

 

 ラスラは腕をまくりながら、山積みになった芋の皮をむき始める。

 

「そりゃ助かる!! でも……なんか悪いな」

 

「お世話になっていますから……これくらいさせてください」

 

 それからしばらくの間、仕込みを手伝うこととなった。

 始めは悪戦苦闘するラスラであったが、すぐにコツを掴みだし話をする余裕も出てきた。

 

「あの、ライルさんって騎空士だったんですよね?」

 

 ラスラの言葉に「そうだ」とライルは頷く。

 

「騎空士だった頃の話、聞かせてもらえませんか?」

 

「俺も父ちゃんの話聞きたい!」

 

「……僕も」

 

 全員の賛同にライルは「そんなおもしれぇ話じゃねぇぞ」と言って、語り始めた。

 

「……ガキの頃から一緒だった親友がいてな。そいつはいつも、おとぎ話にしか出てこない星の島……イスタルシアに行くってうるさくてよ。ラスラ、ちょうどお前さんくらいの歳になって、そいつと一緒に空の果て目指して旅に出たんだ。」

 

「うんうん、それでそれで?」

 

 パルとぺルは目を輝かせて話に食いついていた。ラスラもどんな物語が飛び出すのだろうかと、ゴクリと生唾を飲み込む。

 

「そんでまあ……色々あって今に至るって話だ」

 

 ライルは言葉を濁した。

 

「なんだよそれー!!」

 

 想定外の答えにパルとぺルは不服の声を上げる。無理もない。この場にいた全員が聞きたかったのは、旅の途中に何が起きたのか、どんな冒険譚だったのか聞きたかったのだ。

 

「結局、空の果てに辿り着く事は出来たの?」

 

「いや、俺が旅の途中で怪我しちまって船を降りてな……そっからどうなったのか、俺もよくわからねぇんだ」

 

 どこか残念そうな表情を浮かべるライルの横顔を、ラスラは見つめる。

 

「……大丈夫ですよ、そんな気がするんです」

 

「……ああ、お前ならきっと……」

 

 最後の言葉は共に旅をした親友に向けてなのだろうか。ライルはどこか遠くを見つめて呟いた。

 

「父ちゃん、もったいぶらずに教えてくれたっていいのに……」

 

「ガキにはまだ早い。てか全員手止まってるじゃねぇか!? ほら、早く片付けちまうぞ。この調子じゃ朝までかかっちまう」

 

 それっきりライルが旅の仔細を口にすることはなかった。  



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第六話 月見酒

 夜の月明りが辺りの木々を照らし出す中、単眼鏡を片手に村を見つめる二つの影があった。

 一人は黒衣のローブに身を包み、長杖をつく小柄な男。

 傍らには2mを軽く超えるであろう巨躯を持つ偉丈夫が立っている。

 

「ねぇ……見てよルーネス。今日は村の守りが薄いようだけど、どうしたんだろうね?」

 

 ローブの男はさっきまで覗いていた単眼鏡を偉丈夫に手渡しながら言った。

 

「……さあな。我らには関係のないことだ」

 

「関係ないだって? 僕の手駒たちがやられたんだよ? それも、たった一人に……だ。絶対に見つけ出して殺してやる」

 

「……くだらん。我らの仕事はもう終わった……帰るぞ」

 

 ルーネスは右手を開いて前に出し、力をこめる。すると、それに呼応するように浅黒い霧が立ち込め始めた。その霧はやがて、大人一人が通れるほどの輪を形成し、ルーネスはその霧の中へと進んでいく。

 

「どうせ、結局みんな死ぬんだ。島一つ落としたところで何も問題ないでしょ……僕は少し遊んでから帰る事にするよ」

 

「……勝手にしろ。だが、忠告はしておくぞ……アレイスター」

 

 その言葉を最後に、ルーネスは霧の中へ吞み込まれていった。

 

「忠告どうも……っと」

 

 ローブの男……アレイスターは、これから起きるであろう惨劇を想像して卑しい笑みを浮かべると、深い森の闇へと消えていった。

 

 

 

~ザンクティンゼル島 『旅風亭』 ~

 

 むせかえるような酒の匂いに、色々な料理が入り混じったいい匂い。店内は、これでもかというほどの熱気と喧騒でごった返していた。村中総出の宴会が始まったのである。

 ラスラは店を手伝ってから、パルとぺルを案内役に、村を散策して色々と話を聞いてみようと思ったのだが、道中、人と行き交うたびに畑仕事やまき割などの手伝いを頼まれて、それどころではなかったのだ。結局のところ、自分に繋がる手がかりはゼロだ。

 

「先に飲んでる野郎もいるみてぇだが……みんな聞いてくれ!!」

 

 ライルの一声に、その場にいた全員が振り返った。

 

「最近、森の方の魔物が活発になったり、元々この島にいなかった魔物が現れ始めたのは、みんな知っていると思う。幸運な事に誰も襲われたりしちゃいないみたいだが……何かと物騒だったのは確かだ。けど、それも今日で終わりだ……何てったって、凄腕の騎空士様が片付けてくれたんだからよ!! さあシルヴァ、何か一言頼む」

 

 名指しで指名されたシルヴァがライルの横に立つや否や、店内が割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。村中の視線が集まってさすがに緊張しているのか、シルヴァの足取りは、どこかぎこちなかった。

 

「えっと……皆さんこんばんは。少し遅くなりましたが、森の魔物は排除しました。もう大丈夫です……ご安心を」

 

 魔物を討伐した本人のお墨付きに、再び拍手が鳴り響く。

 

「ねーちゃん! ここはいっちょ、乾杯の音頭を!!」

 

 村人の一人が声を上げた。それに対してシルヴァは、顔を赤らめながら答える。

 

「なんだか、は……恥ずかしいな。では……乾杯!!」

 

「カンパーイ!!」

 

 カンと酒が入ったグラスの重なる音が木霊し、村の平穏を高らかに告げた。

 

 

 

 

「おらぁっ!! 今日は赤字出血大サービスだ!! じゃんじゃん食ってくれよおお!!」

 

 店内には歌って踊って騒いでいる人もいれば、世間話に花を咲かせる者もいる。

 みんな……楽しそうだなぁ……とラスラは内心で呟きつつ、料理を運んだりして店を手伝っていた。本来であればオーダーを取ってから料理を作るのが基本なのだが、なにせ、人数が人数である。ビュッフェ形式にして、料理が無くなれば追加……といった感じで何とか店を回している。

 

「騎空士なのにかわいそうだなぁ……兄ちゃん、ビール追加で!!」

 

「明日も畑仕事頼もうかしら。こっちもビールお願いね~!!」

 

「はい! 今行きますよ」 

 

 どうやら村人からかなり気に入られたようで、男女問わず引っ張りだこだ。

 ふと、シルヴァはどこにいるのだろうかと探していると、一人で店の外に出る姿を目にした。

 

―――あれ、どうしたんだろう?

 

「ライルさん、すいません。ちょっと時間貰っていいですか?」

 

 疑問に思ったラスラは手早く仕事を片付けて、厨房に立つライルに言葉をかける。

 

「ああ、もちろんだ!! 今日はホント、助かったわ!!」

 

「ええー、あんちゃん一人だけズルいぞ」 

 

「……僕たちの仕事、増えちゃうね」

 

「お前らはまだ働いてもらうからな?」

 

 一緒に手伝っていたパルとぺルが抗議の声を上げるものの、仕事から解放されるのはまだ先のようだ。何だかかわいそうだが「すぐ、戻ってくるよ」と言って、エプロンを脱ぐ。それから、酒を入れた木製の杯を両手に持ってシルヴァの後を追った。

 

 

 

 店内とは打って変わって、外は静かだった。先ほどまで熱気に包まれた空間にいたからか、時折吹く風が肌に触れる度に清々しい気分になる。村の道は、何かで舗装されている訳でもなく、砂利をならしただけの簡素なものだ。そんな道沿いを少し歩いていると、木の根元に腰を下ろすシルヴァの姿があった。

 彼女の姿を見ると、少しずつ歩調を速めてラスラは近づいていく。

 

「こんなところで、どうしたんです?」

 

 シルヴァは後ろから急に声を掛けられて驚いたようだが、ラスラの顔を見ると安堵のため息を漏らした。

 

「なんだ……君か。君こそどうしてここに?」

 

「いやさっき……シルヴァさん店から出て行ったじゃないですか。それもこっそりと……何かあったのかなって」

 

「見られてたのか……しまったな。正直、あんまりガヤガヤしてるのは好きじゃないんだ」

 

 照れくさそうにそう言うシルヴァを見て、ラスラは微笑んだ。

 

「なら良かった……でも一人なんて、そんなの寂しいですよ。これお酒です、もうぬるくなっちゃってるかもですけど……」

 

 ラスラはシルヴァの横に腰を据えながら、ビールの入った杯を彼女に渡した。

 「ありがとう」と柔らかな笑みを浮かべながら杯を受け取る彼女は、月並みな言葉では表現できないほどに美しく、ラスラは思わず目をそらしてしまう。一口ビールをあおって、込み上げてくる熱いなにかを強引に押し流す。特段、苦い味がした。

 

「月を見ながら飲む酒も、なかなか良いものですね」

 

 空を見上げるとくっきりと月が浮かび上がっていた。この世の優れた画家を集めようと描けないような……それほどまでに美しい月だった。

 

「……うん。素直にそう思える君が、なんだか羨ましいよ」

 

 それから二人は時間を忘れて語り合った。

 シルヴァには血が繋がっていない2人の義妹がいる事……親友と仲違いをして今でも後悔している事……他の島の事……。まるで、昔からの親友のように語り合った。

 急にシルヴァは申し訳なさそうな顔をして、ラスラを見つめる。

 

「実は、君に謝らないといけなくて……」

 

「……え?」

 

「一週間前……君が倒れた日の晩。村に入るときの事なんだが……」

 

 「ああ、門での事ですよね」とラスラは相槌を打つ。

 

「聞きたかったんですよ。あの時何で、俺の事”騎空士”って言ったんですか?」

 

「ああ……実はな、不思議なことが起きていて、私がこの島に降り立ってから艇は出入りしていないんだ。となれば、何か別の手段を講じて君はこの島に来た事になる。それも森に異変が起き始めた時期に……だ。」

 

 ラスラは何か恐ろしいものを感じて、生唾を吞み込んだ。

 

「それじゃつまり……俺が異変に関わってるかもしれないから嘘をついたって事ですよね……?」

 

 シルヴァはこくりと、弱々しくうなずく。

 

「……本当にすまない。ライルさん達には事情を説明したんだが、村のみんなを困らせたくなかったし、君の事も……放っておけなかったんだ」

 

―――なんだ、そんな事だったんだ

 ラスラは両の拳をぎゅっと握って、深呼吸をした。

 

「……シルヴァさんが謝る必要なんてないですよ! みんなに迷惑ばっかかけて……謝らなきゃいけないのは、むしろ俺の方だ」

 

「でも私は……君の事を疑ってしまった」

 

「そんなの、仕方ないですよ。シルヴァさんは当たり前の事をしただけだ。もうこれ以上……自分を責めたりしないでください。俺を助けてくれた、大切な人……なんですから」

 

「……ありがとう」

 

 本音だった。これ以上、シルヴァに悲しい顔を浮かべてほしくなかった。

 二人は夜空を前にして、互いに気持ちを吐露しあう。

 もしかすると美しい星々や月の持つ不思議な力が、そうさせたのかもしれない。

 

「ラスラ、そろそろ私は仲間の元に帰らなくちゃならない。君が良ければなんだが……私と一緒に……」

 

 シルヴァが何か言いかけた、次の瞬間。

 地面が揺れるほどの衝撃と共に、爆音が鳴り響いた。

 

「なんだ……これ……」

 

 音の鳴った方に目を向けると、ラスラは絶句した。

 森の方角から噴煙が立ち上っていたのだ……。



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第七話 決意

「シルヴァさん見てください! 森の方から火の手が!」

 

 ラスラは、もうもうと立ち上る黒煙を指差しながら叫んだ。

 さっきの音は恐らく爆発音だ。それも、人為的な何かが働いている……。

 本能的にそう感じずにはいられなかった。

 

「ああ、判っている! ここは一度、店に戻ろう!」

 

「はい!」

 

 シルヴァの行動は速く、もう既に走り出していた。

 ラスラもそれに追従する形で後を追う。 

 砂地の道沿いを走っていると、今度は”ぴぃぃ”という甲高い鳥の鳴き声のような音が聞こえた。

 

「今度は何なんです!?」

 

「……風切の笛の音。今の音は、何かが起きた時の為の知らせなんだ」

 

「もしかして……魔物が?」

 

 シルヴァは唇を噛みしめながら、首を横に振った。

 

「……判らない、でも、もしそうだとしたら……」

 

 それ以上、シルヴァは言葉にしなかった。

 風切の笛の音は、サイレンのように断続的に聞こえてくる。

 森で何かが起きた事だけは、確かなのだ。

 

 

 店に着くと、シルヴァは勢いよく扉を開け放った。

 店内にいた全員の視線が二人に集まる。さっきまでの楽しげな表情とは打って変わって、みんなどこか、不安げな表情だった。

 

「シルヴァ! 装備はもう用意してある。この場は俺に任せて行ってくれ!」

 

 声を上げたのはライルだ。二人がすぐに戻ってくると予測していたのか、手にはシルヴァの狙撃銃と、予備の弾薬を入れた専用のポーチを持っている。

 

「……頼みます」

 

 シルヴァは腰元のベルトにポーチを装着し、背負い紐(スリングベルト)を肩にかけて狙撃銃を保持すると、韋駄天の如く森へと疾駆する。

 ラスラはどうする事もできず、ただ茫然と、その場に立ち尽くす事しかできなかった。

 

「みんな、不安だとは思うが家には戻らないでくれ」

 

 幸いと言っていいのか、その場には門を守る数人の守衛以外の村人、全員が揃っていた。

 妙な静けさが、店内を包み込む。

 爆発は度々起こって、その音が聞こえる度に、全員の不安が高まっていく。

 

「おい、お前!!」

 

 歳はラスラと同じくらいだろうか。村人の一人が立ち上がって、店の入り口で立ち尽くすラスラに近付いていく。少年はラスラのすぐ目の前に立つと、声を荒らげながら言った。

 

「こんなところで何やってんだよ!! アンタ騎空士だろう!?」

 

「……」

 

「くそ……黙りやがって!! 何とか言ったらどうなんだ!!」

 

 少年の不満は、ラスラの事情を知らないほとんどの人が胸に抱いていたものだ。

 栗色の髪を揺らしながら、少年はラスラの胸ぐらを掴んで殴りかかろうとした。

 拳が振り下ろされたその時、まだ若い母親に抱かれた赤子が泣き出した。

 少年の拳が、顔面に痛打を与える前に止まる。

 

「やめろアーロン!! もっと冷静になるんだ。その人は何も悪くない」

 

 アーロンと呼ばれた少年の父親とライルが割って入って、二人を引き離した。

 

「ラスラ、ちょっとこっち来い」

 

 ラスラはライルに連れられて厨房の方まで移動した。

 

「すいません……俺……」

 

 ラスラは両の拳を握りしめて、歯噛みする。

 ただ何もできない自分に不甲斐なさを感じていたのだ。

 

「気にすんな……お前さんは何も悪いことなんて、しちゃいねぇんだから……」

 

 ライルはいつもの笑顔を向けて言った。

 

「それじゃ、俺はもう行くからな。お前さんは、ほとぼりが冷めるまでココにいりゃあいい」

 

「……待ってください」

 

―――もう、腹は括った

 語気を強めたラスラの言葉に、ライルは振り返る。

 

「俺、今からシルヴァさんの後を追います!」

 

 突然の宣言に、ライルは目を丸くして驚いた。

 

「おい……一体何を考えてる。もし本当に魔物が原因なのだとしたら、死んじまうかもしれねぇんだぞ!?」

 

 何度も死線をくぐり抜けてきた猛者が言うのだ。言葉の重みが違う。

 

「判ってます……けど、このまま何もしないままなんて、絶対に嫌なんです!! それに、この騒動自体、俺が関わっているのかもしれない……」

 

「馬鹿言ってんじゃねぇ!! お前さんをみすみす死なせに行くわけには……」

 

「俺は……本気だ」

 

 ラスラの眼を見つめて、思わず言葉を詰まらせた。

 戦士の眼だ……。覚悟の闘志を宿した、純粋な瞳……。

 ライルは今まで生きてきた中で、その眼を二度見た事があった。

 一度目は、親友が空の果てを目指して旅をすると言ったとき。二度目は、その親友の息子が父親の後を追って島を出たときだ。今、目の前に立っているのはまごう事なき”戦士”そのものだった。

 

「わかった……ちょっと待ってろ」

 

 ライルはそう言い残すと、右足を引きずりながら厨房の奥にある物置部屋へと歩いて行った。

 しばらく待っていると、古めかしい麻の布袋を抱えて戻ってきた。

 ライルは布袋をテーブルに置いて、ふぅ、と一息つく。

 

「丸腰じゃ、話にならねぇ。こいつを持って行ってくれ」

 

 ライルが勢いよく布を取ると、そこから現れたのは剣だった。

 

 剣の名は、『アガートラム』

 大きさは1メートル弱ほどで、一般的なロングソードに分類される。

 この剣の最大の特長はまるで、小鳥の羽根でも持っているのかと錯覚するほどに軽いのだ。

 ラスラは鞘から剣を抜くと、耳を震わせる鞘鳴りの音と共に、白銀に輝く美しい刀身が姿を現した。素人目からしても、ただの剣では無い事が窺える。本物の業物だ……。

 

「……良い剣です」

 

 剣を鞘に収めながら、ラスラが言った。

 

「だろう? その剣は親友から預かったものだ。元は親友のせがれに渡すつもりだったんだが……色々とあってな。それとだなぁ……」

 

 ライルは小さな麻袋をラスラに手渡した。

 中を開けて確認してみると、金の装飾が施された中に液体の入った赤い小瓶2つに、毒々しい紫色をした丸薬のようなものが入っていた。

 

「これは?」

 

 ラスラは袋の中身を、ライルに向けながら疑問を口にする。

 

「赤い小瓶はエリクシール……傷口にかければ、大抵の傷ならすぐ治しちまう。そんで、小さい豆みたいな物がソウルシード。こいつは植物の種で、食ったら一時的にだが、強力な強壮効果が見込める。あと……」

 

 ライルはラスラの目を見つめて続けた。

 

「……絶対に死ぬんじゃねぇぞ。命あっての物種だ。少しでも危ないと感じたら、すぐ逃げろ……いいな?」

 

 ラスラは首を縦に振って頷くと、腰元の剣帯に剣を留めて歩き出す。

 厨房を抜けて店の裏口にあたる扉に手をかける。すると、後ろから声をかけられた。

 

「あんちゃん!! 魔物なんかやっつけて早く帰って来いよ!!」

 

 振り返ると、パルとぺルだった。

 二人は事の始終を見届けた後、心配になって駆け付けてきたのだ。

 

「おにいさん、頑張って」

 

 ラスラは精一杯の笑顔を向けて言った。

 

「……うん、行ってくるよ」

 

―――大切なものは、俺の手で必ず……守って見せる

 

 どこか胸の奥底で懐かしさを感じながら、ラスラは決意する。

 この先に自分に繋がる何かがある。それが失われた記憶なのかどうかはわからない。

 このまま足踏みしているだけでは、絶対に後悔してしまう。そんな気がするのだ。

 だから今は、前に進もう。

 

 力強く始めの一歩を踏み出して、ラスラは森へと向かった。

 

 

 あともう少しで森へと続く門が見えてくるはずだ。

 石造りの小さな橋を越え、大きなため池の横を走り抜ける。

 道中、誰とも出会う事はなく不自然なほどの静けさに包まれていた。

 何かの間違いであればいい、とラスラは願ったがその願いもすぐに裏切られる事となる。

 

「なっ!?」

 

 ラスラは驚いて目を見張った。

 炎に巻かれて焼け落ちた門から、狼に似た魔物”リンヴルウルフ”が入り込んでいたのだ。

 魔物をこれ以上入らせまいと、シルヴァを先頭に3人ほどの守衛が戦っている。

 守衛の装備はお世辞にも上等なものではなく、牛革でしつらえた胸当てと小振りの短剣だけというお粗末なものだった。

 

「クソッ! 無限に湧いてきやがる!」

 

 一人の守衛が叫ぶ。

 焼け落ちた門の向こう側から、醜悪な魔物が何頭も押し寄せてくる。

 最前線でシルヴァが魔物を食い止めてはいるが、数頭ほど門を超えて村に侵入する魔物がいた。

 守衛が魔物を取り囲むが、彼らとて戦闘のプロではない。

 

 一頭の魔物が、村を蹂躙せしめんと防衛網をすり抜けた……。

 

「マズいぞっ!! 人家が集まっている方角だ!!」

 

 守衛の叫びが、ラスラの耳に届く。    

 ちょうど魔物の影が、ラスラの方へと迫ってきていた。

 ラスラは走るスピードをさらに速めながら、腰元の剣の柄を握る。

 不思議と違和感はなく、恐怖も感じない。

 あと数歩も踏み込めば接敵するだろう。

 

―――あと三歩……

 

 牙を剝き出しにして涎をまき散らす魔物が、目と鼻の先まで近付く。

 

―――あと二歩……

 

 魔物が飛び上がり、唸り声を上げながら鋭い爪を構える。

 

―――あと一歩……

 

 ぽっかりと空いた心の奥で、火花が散った。

 頭の中に鮮明な静止画が飛び込んできたのだ。

 目の前には煌びやかな長い金髪を垂らす女性が、黒の全身鎧に身を包んで微笑んでいる。

 夢で現れた女性だった。

 

「……力は自分のために使うものではなく、誰かのため……大切なものを護るために使うものよ。覚えておきなさい……ラスラ……」

 

 これは過去の記憶だ……。ラスラはそう確信し、魔物を見据えた。

 

―――そう、俺は……

 

 腰を深く落とし、左足で一歩踏み込む。

 

―――(コイツ)の扱い方を知っているっ!!

 

 一閃。

 ラスラは渾身の抜き身を放った。

 魔物の首がボトリと落ち、大量の返り血がラスラの頬や服に不揃いの模様を描き出す。

 ラスラは勢いを殺さず、さらに加速する。

 門を超えた魔物は、あと三頭。

 魔物を取り囲んだ守衛は、なかなか手出しできずにいた。

 

「俺に任せろ!」

 

 ラスラは鋭い声で叫ぶと、一人の守衛の肩をバネ代わりに思い切り跳躍する。

 中央に追い詰められている魔物の一頭に狙いを定めると、勢いよく剣を振り下ろした。

 確かな手応えだ。

 魔物がラスラに気付いて後方に飛び退るが、もう遅い。

 左後方に下がった魔物が、脳天を突かれ魔物自身、気付かぬ間に絶命した。

 

―――あと一頭……

 

 ラスラはそのまま流れるように刀身を右へ薙ぐ。

 仕留めた!とその場にいた誰もが確信したが、刀身が()()()()()

 魔物が斬撃よりも高く、空中へ飛び上がったのだ。

 

―――まずいっ……!

 

恐ろしいほどに鋭利な爪が首元めがけて飛んでくる。

 

―――あんなもので切り裂かれでもしたら……

 

 ラスラは反射的に後方へ倒れこんだ。

 致死の一撃が前髪を掠める。

 ラスラはそのまま左へ半身を捻らせて剣を振りぬいた。

 カウンターの要領で放たれた斬撃は、魔物の胴をバターのようにやすやすと両断した。

 大量の鮮血を浴びながら、危うくも着地する。

 村に入り込んだ魔物はすべて片付けたようだ。

 

「みんな、怪我はないか?」

 

 事の始終を間近で見ていた守衛たちは、目を丸くして固まっていたが、どうやら大丈夫なようだ。

 

「凄いな、アンタ! あの化け物を一瞬で片付けちまうなんて……」

 

 ラスラは「ううん」と、かぶりを振る。

 

「みんなはここで待機してくれ! 魔物がまたくるかもしれない……」

 

 門を少し超えた先に、シルヴァの姿があった。

 いつ魔物の波状攻撃が始まってもいいように、狙撃銃のスコープを覗いている。

 

「シルヴァさん!」

 

「ら……ラスラ!? どうして君がこんなところに……」

 

 そこまで言うと、シルヴァは押し黙った。

 ラスラの姿を見たのだ。

 右手には肉片がこびりついた剣に、服には大量の血……。

 戦い終えた兵士のような出で立ちに、シルヴァは言葉を詰まらせてしまった。

 

「……俺の事なら心配いりません。自分でもよく判らないけど、戦う術を知っているんです……」 

 

 言外にそれは、記憶を失っただけのただの一般人ではない事を意味していた。

 ラスラ自身信じたくはないが、この騒動に一枚噛んでいる可能性も捨てきれない。

 

「……ダメだ。いくら君が戦えたとしても、容認できない」

 

「話は後にしましょう。後ろに下がる時間なんてなさそうだし」

 

 森の奥からリンヴルウルフの群れが押し寄せてくるのが見える。

 今から戻ろうにも、ラスラに残された時間はなかった。

 シルヴァは短く息を吐き、スコープを覗きこむ。

 

「……絶対に無理はするな。君の背中は、私が守ろう!!」

 

 重々しい銃声が響き渡る。

 放たれた弾丸は、先頭を走る魔物の脳天を貫き脳漿を飛び散らした。

 それを合図に、ラスラは魔物の群れへと斬りこんでいく……。




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第八話 Rush Assault

 最後の魔物を斬り伏せると、ラスラは崩れるようにその場にへたり込んだ。

 第二波の襲撃で村に入り込んだ魔物はいない。

 ほっと息を吐いてシルヴァの方を見やると、彼女もまた近くの岩に腰掛けているところだった。

 

「これで全部……みたいですね」

 

 ぜえぜえと肩で息をしながらラスラが言った。

 

「まだ油断はできない。しかし……驚いたな、その剣術はどこで?」

 

 補助武器(サイドアーム)回転式拳銃(リボルバー)に弾丸を込めながら、シルヴァが尋ねる。

 

「それが、自分でもよく判らなくて。こう、自然に体が動くっていうか――」

 

 魔物を倒して少し気が緩んでいたのか、不自然な影に気が付かなかった。

 

「いやぁ……お見事お見事」

 

 森の奥から拍手と共に声が聞こえた。

 男の声だ。芝居がかった言葉に、どこか不快感を感じる。

 姿を現したのは、禍々しい黒のローブに身を包んだ、背の低い男だった。

 男は口角を上げ、気味の悪い笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。

 

「そこを動くな!!」

 

 シルヴァがリボルバーを男に向けながら叫んだ。

 ラスラもすぐに立ち上がって剣を構える。

 だが男は、少しも物怖じすることなく進んでいく。

 シルヴァが引き金を引くと、ひと際、大きな銃声が鳴り響いた。

 

「そんな玩具(オモチャ)で、どうしようっていうの?」

 

 二人はあまりの光景に目を見張った。

 弾丸は男に向け放たれた……はずだが、男の目の前で、時が止まったように滞空していたのだ。

 ものの数秒も経たぬ内に、弾丸は地に落ち、カランと無機質な金属音が鳴る。

 それは、この世の物理法則を無視するものだった。

 

「僕の傀儡を、随分、派手に壊してくれたみたいじゃないか」

 

「お前は一体......」

 

 傀儡?魔物の事だろうか……。

 どちらにせよ、村の者でない事だけは確かだった。

 男はラスラの顔をまじまじと見つめる。

 

「ふ……ふはは! とんだ偶然もあるものだ! こんなところで”鍵”が見つかるなんて!」

 

――この男は、俺の事を知っているのか……?

 何を指す言葉なのかよくわからなかったが、ラスラを見て”鍵”と言ったのだ。

 男は狂ったように笑いながら、両手を掲げる。

 

「まあ、いいや。生きて回収できればいいだけだし……この力、試させてもらうよ」

 

 風がぴたりと止み、月が赤に染まった。

 男の内部から、黒く淀んだ力が溢れていく。

 二人が頭上を見上げると赤黒い球体が浮かんでいて、その球体は、心臓のように一定の周期で脈打っていた。空に浮かぶ球体は、鼓動と共にどんどん大きさを増していく。

 

「シルヴァさん! 何かきます!」

 

「判っている……っ!」

 

 シルヴァは息もつかせぬ早撃ちで、強装弾を男に撃ち込んだ。

 放たれた弾丸は、またも男に命中する前に地に落ちていく。

 

「無駄だよ。そろそろ始めようか……」

 

 男は下卑た笑みを浮かべて、目を見開いた。

 

「さあ来い……憤怒の巨人……アドラメレク!!」

 

 男がそう叫んだ瞬間、耳をつんざく咆哮と共に、暴風が巻き起こった。

 辺りの木々が、吹き荒ぶ風で滅茶苦茶に倒されていく。

 二人は吹き飛ばされないように、その場に踏ん張るだけで精一杯だった。

 目を開いて空を見上げると、そこに現れたのは、おぞましい翼を震わせる異形の化け物だった。

 竜というより、竜人に近い……ラスラは化け物を見てそう感じた。

 見上げるほどの巨躯に、人間のような四肢を持ち合わせていて、全身は黒く光る鱗に覆われている。化け物は青い眼で二人を見ると、再びけたたましい咆哮を上げた。

 

「星晶獣!? バカな……何の媒介も無しに呼び出しただと!?」

 

 シルヴァは呆然とその場に立ちつくしながら言った。

 星晶獣……。それは数百年前に起きた『覇空戦争』において、星の民が造りだした兵器である。

 今でこそ、島の守り神のような存在になって眠りについている星晶獣がほとんどなのだが、この男は、その超常的な力を持つ星晶獣を、()()()()()()()()()()()

 

「殺れ」

 

 異形の化け物……アドラメレクは主の声を聞き届け、円を描くように両手を構えた。

 化け物の手に、風の力が集まっていく。

 風はやがて目に見えるほどの球体を作り出し、力の塊となったそれを天高く掲げた。

 

「離れてください!!」

 

 とっさにシルヴァを突き飛ばし、遠ざける。

 次の瞬間。

 爆風と幾重もの風の刃が、ラスラを包み込んだ……。

 

 

「ラスラ――っ!!」

 

 シルヴァは叫んだ。

 さっきまで立っていた場所は、爆風で舞い上がった土煙が邪魔になって、ほとんど前が見えない。

――あの衝撃をまともに受けたラスラはもう……

 シルヴァは、余裕そうな笑みを浮かべる男を睨みつけた。

 

「あーあ、やっちゃったなぁ……肉片の一欠片でも、残っていればいいんだけど……」

 

「下衆が……ッ!!」

 

 怒りにまかせて、狙撃銃を乱射する。

 放たれた弾丸は、男に傷一つさえ付ける事はできない。

 

「お姉さん、まだ生きてたんだ」

 

 男が長杖を振りかざすと、十数もの小さな火球が男の周囲に現れ始めた。

 

「鬱陶しいし……そろそろ死んでね」

 

 男の声と同時に、シルヴァに向け火球が放たれる。

 火球が直撃する手前、シルヴァは目を閉じ、一人思う。

――全部、私のせいだ……ラスラ、島のみんな……本当に……すまない

 心の中で謝罪するシルヴァであったが、なぜか意識が刈り取られる事はなかった。

――苦しむ事なく死ねただけ、まだマシか……

 そう解釈し、ゆっくりと目を開けると、耳までかかる金髪にくたびれた旅装束……見知った後ろ姿が目に入った。

 

「何が……起こって……」

 

 幻かと思ったが、目の前に立っていたのは確かにラスラだった。

 降り注ぐ火球は二人に届く前に、霧散していく。

 ラスラの首に提げられたネックレスの中央部分……型に嵌め込まれた石が、紫の光を発して火球を吸い込んでいたのだ。

 

「なるほど……星晶の力か。いけ、アドラメレク!」 

 

 化け物は、恐ろしいほどの速さでシルヴァの元に詰め寄る。

 

「させるかよっ!!」

 

 死の絶爪がシルヴァに振り下ろされた瞬間、ラスラの剣がその一撃を受け止めた。

――くそ! なんて力だっ……!

 化け物の膂力(りょりょく)は凄まじく、ラスラを数メートル先まで吹き飛ばす。

 受け身を取って体勢を整えるが、無慈悲にも化け物の絶爪が目の前まで迫ってきていた。

 

「頼む……間に合ってくれ」

 

 シルヴァは一度、後方に飛び退り、狙撃銃を構えた。

 深く息を吸い、続いて息を止め、照準を安定させる。

――ここまでおよそ、二秒……

 大口径の弾丸とはいえ、ただ当てるだけではダメだ。堅牢な鱗に弾かれてしまうだろう。

 シルヴァは一瞬で判断を下し、化け物の”目”に照準を合わせた。

 ”目”という器官は構造上、外部に弱点を露出している部位だ。シルヴァはそこに着目したのだ。

 風を読み、化け物の動きを読む……。

――我が銃弾……過たず敵を穿つ!!

 撃ち出された必殺の一撃は、見事に化け物の片目を撃ち抜き、化け物を大きく怯ませた。

 

「今だっ!! 一気に畳みかけるぞ!!」

 

「ハァ!!」

 

 指示を聞くよりも速く、ラスラの体は動き始めていた。

 短い気合いの声を発し、化け物の懐に飛び込んでいく……!

 化け物は視界の端にラスラを捉えると、無造作に爪を振り回した。既の所(すんでのところ)で、攻撃を避けると、今度は化け物の腕を伝って走り出す。狙いは、潰れていないもう片方の目だ。

 ゴツゴツした鱗を足掛かりに、勢いよく跳躍する。

 

「こいつで……終わりだっ!!」

 

 ラスラは剣を振り上げた。化け物が意図を察したのか、手で顔を覆おうとしたがもう遅い。

 振り上げた剣を、化け物の目に突き刺し、さらに深く……脳天深くへと剣を押し込む。

 真っ赤な鮮血が噴き上がり、化け物は地を揺らすほどのうめき声を上げ、地に落ちた。

 

「立てるか?」

 

 シルヴァはラスラの元に駆け寄り、手を差し伸べる。

 

「ええ……何とか」

 

 差し伸べられた手を握り返して、ラスラは立ち上がる。

 致命傷を負ったのか、化け物はもう動かない。

 化け物の目に刺さったままの剣を引き抜き、ローブの男へと剣を向けた。

 

「さあ、答えてもらうぞ。お前は誰だ!」

 

「気を付けろ、ラスラ……何が飛んでくるかわからん」

 

 化け物を倒されてもなお、男の笑みが崩れる事ななかった。

 

「ま、どうせ失敗作だし、今日はここら辺で引き上げるとするよ。良いもの見れたしね」

 

 男はそう呟くと、長杖を振りかざす。

 すると、男を囲むように浅黒い霧が立ち込め始めた。

 

「……僕の名は、アレイスター。覚えておくといい、君がもがけばもがくほど、大切なものを失う事になる……」

 

「逃がすか!」

 

 ラスラは男に詰め寄るが、男は霧と共に姿を消してしまった。

 傍らにいたシルヴァが、安堵のため息をついてラスラの体をまじまじと見つめる。

 彼の体は特段、傷ついているわけでもなく、むしろ、無傷に近かった。

 

「その……大丈夫なのか?」

 

「はい……コイツが守ってくれたんです」

 

 ラスラは、ネックレスをシルヴァに見せた。

 さっきまで光を放っていた石はもう、元の黒ずんだ石に戻っている。

 

「あの男は『星晶の力』と言っていたな……」

 

「何か心当たりが?」

 

「あるにはある」

 

 シルヴァは頭の片隅に、仲間である蒼の少女の姿を思い浮かべていた。

 名はルリア。

 その少女は、星の民にしか従う事のない星晶獣を操る事ができたり、星晶獣の力を吸収する事ができる不思議な力を持った少女だった。 

 どこかラスラは、ルリアと似ている部分が多い気がする……。

 

 突然、ぐらりと地面が揺らいだ。

 

「……まさか」

 

 二人は化け物に視線を走らせる。

 倒れていたはずの場所に、化け物の姿は見えない。

 

「上だ!」

 

 シルヴァの声を聞いて、ラスラは上空を見やる。

 

「ウソだろ……倒したはずなのに……」

 

 雄々しい翼をはためかせるそれは、止めを刺したはずの化け物、アドラメレクだった……。



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第九話 旅立ちの日

 化け物は唸り声をあげながら、両手を空高く掲げ、球体状の暴風の塊が形作られていく。

「もう一度来るぞ!」

「いや……シルヴァさんあれは……」

 赤黒い球体は徐々に膨らんでいき、ついには空を覆うほど大きくなっていた。

「なっ!? あんなもの落とされでもしたら……島が沈んでしまう!」

「くそっ! 早くなんとかしないと!」

 ――でも、一体どうすれば……

 ラスラの剣では上空の化け物に届きはしない。シルヴァが狙撃銃で撃ち込んでも、暴風の壁に阻まれてしまって効果は見込めなかった。

 ラスラは意味が無くても、それでもなお撃ち続けるシルヴァを見て、唇を噛みしめる。

「汝、我が力を欲するか……」

 ――何だよ……この声。お前は誰だ?

 激しい頭痛と共に、誰かの声が聞こえる。ラスラはその声を聞いて、不思議と懐かしさを覚えた。

「我が名を呼べ、忘れたわけではなかろう? なれば再び力を与えん……」

 

「大丈夫か!! ラスラ!?」

 シルヴァの声でラスラは現実に引き戻された。

 上空の化け物をみやると、今にも巨大な球体を撃ち放たんとしている。

「ええ……ちょっとフラついただけです。早く手を打たないと」

「すまない、もう手は尽くしたんだ……私の力では、もうどうする事も……」

 俯くシルヴァの肩に優しく手を置きながら、ラスラは笑顔を向ける。

「任せてください。俺が何とかしますから」

 首飾りに嵌め込まれた黒ずんだ石を握りしめ、強く想う。

 ――俺を助けてくれたみんな……シルヴァさんやライルさんにパルとぺル……それに村のみんな。大切な人達が消えてなくなってしまうかもしれないんだ……だから頼む。一度だけでいい。俺に……俺に、力を貸してくれっ!

 その時だった。

 黒ずんだ石が赤色に発光すると共に、雲を切り裂いて何かが姿を現したのだ。

「あ……あれは、ルリアと同じ力!?」

 空を漂う何か……それは、竜だった。

 夜の闇よりも深く黒い体皮に、間違いなく自然界の頂点に君臨するものだけが纏う王者の風格。アドラメレクを竜の姿をした人と例えるなら、新しく現れたそれは、完璧なまでに竜であった。

 竜の翼や手、顏や尾の部分には拘束具が施されていて、何かを求めているかのようにラスラを見つめている。

 ――闇の炎の子……《始原の竜》

 そう、お前の名は……

「バハムートっ!!」

 ラスラの叫びと共に、竜の拘束具が外れていく。

 自由を奪うものから解放された竜は、黒銀の翼をはためかせながら大きく口を開け、化け物へと向けた。

 次の瞬間。

 大いなる破局(カタストロフィ)。竜の口から高出力の熱線が吐き出され、暴風の球体ごと化け物を包み込んだ。熱線の余波で爆発が起こり、辺りの木々がちり紙のように吹き飛ばされていく。

「シルヴァさん、捕まっててください!」

 ラスラはシルヴァが巻き込まれないように、しっかり抱き留める。

「ああ、ちょっと!! すまない、ラスラ」

 余波が静まり二人は空を見上げると、いつもの月と満天の星が瞬いているだけだった。 

 そこに化け物の姿はなく、遠くの方で竜が飛び去って行くのが見えるくらいだ。

 二人はため息を漏らしながら、その場にへたりこむ。

「……まあ、結果オーライですね」

「……まったく」

 シルヴァはニコリと笑いながら、ラスラの胸板を軽く小突く。

「君には驚かされてばかりだ。でも、おかげで助かったよ……ありがとう。さあ、村に戻ろう。立てるか?」

 シルヴァの手を取って、ラスラは立ち上がろうとする。

 ――良かった、みんなを守れたんだ……あれ? 力が……入らない

「ラスラ!? どうしたんだ!?」

 ラスラは立ち上がる事ができず、その場にばたりと倒れこんでしまった。

 

 ――また、この場所か……

 体がいつもよりも軽く感じられて、ラスラはため息をつく。

 目の前にはどこまで続いているのか判らない、真っ白な空間が広がっていた。宇宙の果てまで延びているように見える。どうやら、また夢の中に迷い込んでしまったようだ。

 しばらくその場に座り込んでいると、白く発光した球体が現れた。

「……またアンタか。俺の事、教えてくれよ。俺が何者で、何をしていたのか……それに、あの不思議な力の事も」

 静かに語りかけても、返事はない。

「……もういいよ。早く現実に戻してくれ」

 もうこんな場所こりごりだ、と目を閉じた次の瞬間。

 強烈な浮遊感に襲われて、ラスラは目を開いた。

 真っ白な空間だったその場所に、粒子のようなものが集まっていき、木々や空が形作られていく。

 ――何が……起こって……

 気が付くと、ラスラは俯瞰して景色を眺めていた。

 どんよりと空には灰色の雲が広がり、土砂降りの雨が降っている。どこかの村だったのだろうか、キハイゼル村よりも規模の大きな村だ。だが、ほとんどの家は焼け焦げていて、収獲間近の農作物が鎧を身に纏った騎士達によって、踏み荒らされている。

 ――何だよこれ……うっ!

 ラスラは強烈な吐き気を覚えて身をよじらせる。

 村の広場の方に視線を向けると、死んだ人間の遺体が焼き払われていたのだ。その傍らには、他の兵士よりも格式の高い鎧を着た二人の騎士が立っている。

「ねぇ、本当にこんな方法しか……殺すしかなかったの?」

 一人の騎士が、兜を脱いで言った。その騎士は、夢に出てきた金髪の女性だった。

「姉さん……空の民は俺達の敵だ。心無い魔族なんだ」

「本当にそうなの? 私にはそうは見えなかった……こんなの、こんなのって……間違ってるよ」

「……うん」

 泣き崩れた女性の肩に、もう一人の騎士がそっと手を置く。

 ふとラスラは自分の手を見やると、血で真っ赤に染まっていた。

「……苦しい」

「助けてくれ」

 頭の中に誰かの悲鳴が、木霊する。

 ――やめろ!! やめてくれ!!

 

「ラスラ!! 大丈夫か!? ラスラ!!」

「うわぁっ!!」

 目を覚まして辺りを見回したとき、一瞬、自分がどこにいるのか判らなかった。ぜぇぜぇと激しい呼吸を繰り返しながら、ラスラは意識をかき集める。木製の小さなテーブルと椅子に、クローゼット。開け放たれた窓からは、爽やかな朝日が差し込んでくる。目の前には、心配そうに自分を見つめるシルヴァが。どうやらここは、宿の一室のようだった。

「これを飲め。少しは楽になるはずだ」

 シルヴァは水の入ったコップを手渡す。

「あ……ありがとうございます」

 ラスラは水を一気に飲み干し、呼吸を整える。

「悪い夢でも見ていたのか? あれから三日間、ずっとうなされていたぞ」

「三日間も……そうだ、村の皆は!?」

「大丈夫だ。心配すんな」

「ライルさん!」

 入口の扉には、にんまりと笑うライルの姿があった。

 ライルは、よいしょと椅子に腰かける。

「簡単に話すとだな……」

 それからライルとシルヴァは、あれからどうなったのか語り始めた。

 まず、シルヴァとラスラが星晶獣を退けてから、村に害を与えていた魔物がめっきり現れなくなったという事。島に元の生態系が戻りつつあるという事。そして、多少の損害は出たものの、人的被害が出なかった事。

 ――良かった……みんな無事だったんだ

 ラスラはホッと胸を撫でおろしながら、話を聞いていた。

「ほんと、お前さん達には無理をさせちまった……島を、みんなを守ってくれて、ありがとうな」

 ライルは深々と頭を下げる。

「いえ……ラスラのおかげです。私だけでは……どうする事もできなかった。でも、驚いたよ。君が星晶獣を呼び出す事ができるなんて」

「星……晶獣」

 アレイスターと名乗った男が呼び出した化け物と、自分が呼び出したらしい黒銀の竜の姿が脳裏によぎる。

 星晶獣という言葉を聞いたライルの表情が、ほんの一瞬だけ、険しいものに変わった。

「星晶獣……まさかな。シルヴァから話は聞いていたが……お前さん、どうやって呼び出したんだ?」

 ラスラは俯きながら首飾りを握りしめる。

「……声が聞こえたんです。力が欲しければ我の名を呼べ、って。そしたら、この石が輝き始めて、気付いたら竜が現れていた……ほんと、何がなんだかって感じで……」

「どれ、その石を見せてみろ」

 ライルは首飾りの中央に嵌め込まれた、黒ずんだ石をまじまじと見つめる。

「コイツは……星晶塊!? 帝国の紛い物なんかじゃあねぇ……正真正銘、本物の星晶だ」

「ルリアも似たようなものを身に着けていたな……」

「星晶? 何ですそれは」

 ラスラは首を傾げながら、二人の顔を見つめる。もしかしたら、自分に繋がる何かが判るかもしれない。

「俺の知り得る限りの知識だが……大昔、空の民が住むこの世界に、星の民と呼ばれる者達が侵略戦争をふっかけてきやがった」

「……戦争?」

「ああ、そうだ。今では覇空戦争って呼ばれてはいるがな。おかしな話だが、ほとんど文献が残ってねぇ……。ざっくりとだが戦時中、星の民は星晶獣やら圧倒的な力を使って、空の世界を瞬く間に占領下へ置いた。その力の源となったと言われているのが、この星晶だ。結局、星の民の技術を吸収した空の民が勝ったみてぇだが」

「そんな物を、何で俺なんかが……」

「それがわかりゃあなぁ……」

 自分が何者なのか、それを知ろうとすればするほど、謎は深まるばかりだった。

「ただの一般人じゃない、という事だけは確かだろう。あの流れるような剣技に、星晶を操る力……それに、君の事を知っていたアレイスターの事もある」

 ――そうだ、あの男……俺の事を知っているみたいだったけど……一体

 三人とも押し黙ってしまって、部屋に重たい空気が流れる。沈黙を破ったのはシルヴァだった。

「辛気くさい話は終わりにしよう。君に伝えておきたい事があってな。私は明日、この島を出る。もし、君が良ければなんだが……私と一緒に来ないか?」

「ええっ!?」

 急な誘いに、ラスラは驚いた。

「もちろん、嫌だったらそれでいいんだ!! 私は、ある騎空団に入っていてね。事情を話せば、きっと団長も判ってくれる。それに、君の事も何か判るかもしれないと思って……」

 もじもじと、シルヴァは顔を赤らめさせながら早口でまくし立てる。

 ラスラにとっても、悪い話ではなかった。

「美人の誘いは素直に受けとけー、後で後悔すんぞー」

「もう、からかわないでください!! ライルさん!!」

「がははっ!! ラスラ、お前さんが誰であろうと、島を守った英雄に変わりはねぇ!! 島に残ってもいいんだぜ。これからどうするか、よく考えろ」

「ありがとうございます、そうだな……」

 ラスラは窓の外へ視線を移しながら、一呼吸おいて続ける。

「この島で目覚めたのも、みんなに出会えたのも、きっと何か意味があるはずなんだ。ライルさんの話はすっげー嬉しいけど、今はまだその時じゃない……そんな気がするんです。だから俺は、シルヴァさんと一緒に島を出ます」

 ――立ち止まってなんかいられない。今はただ、前に進もう

 ライルは決意の込められたラスラの目を見て、島を出て行った親友と、その息子の影を重ねて懐かしさを覚えた。

「よし、決まりだな!! よろしく頼む、ラスラ」

「俺の方こそ、これから世話になります」

 ラスラとシルヴァは固く握手を交わす。

「よっしゃぁ!! こうしちゃいられねぇ!!」

「ど……どうしたんです!? 急に」

 ライルは声高に言った。

「宴会に決まってんだろ!!」

 

 ――うっぷ……昨日は飲みすぎちゃったな……

 早朝。ラスラは宿の裏手にある井戸にいた。昨晩、二人を送り出す為の宴会が開かれて、ラスラは大いに楽しんだのだ。というより、かなりはしゃぎすぎてしまったらしい。目覚めるとなぜか、ほぼ半裸に近い状態で大の字になって寝転がっていたし、そもそも酒を口にしたあたりからの記憶が綺麗さっぱり飛んでしまっている。

 今日はシルヴァと共に島を出る大切な日。そんな大事な日に、酔ったままでは示しがつかない。

 きんきんに冷えた井戸の水で顔を洗い、酔いを覚ます。

 ――島のみんなとも、今日でお別れなんだよな

 今日は忘れずに持ってきておいたタオルで顔を拭き、ラスラは空を見上げた。

 雲一つない紺碧の空。この場所でこの空を眺めるのも最後かもしれないと思うと、どうも寂しさが込み上げてくる。

 ――きっと、戻ってこれるよな

 忘れてしまわないように、しっかり景色を目に焼き付けてから、ラスラは宿へ戻った。

 

 村はずれにある、空へと突き出した桟橋。島で唯一、騎空挺が停泊できるその場所には、一隻の中型騎空挺が停泊していた。

 桟橋には島を守った二人を見送ろうと、村中の人々が集まってきている。

「あんちゃんと会えなくなるの……俺、寂しいよ」

「泣いちゃダメだよパル兄さん、見送るときは笑顔でって……えぐっ」

 泣きじゃくるパルとペルの頭を、ラスラはこれでもかと撫でくりまわす。

「ありがとな……絶対に帰ってくるよ。次に戻ってきた時は、冒険の話、いっぱい聞かせてやるからな!!」

「絶対だぞ……あんちゃん!!」

「ああ、男の約束だ」

 三人は拳を合わせ、約束を交わした。

「ラスラ、そろそろ時間だぞー!!」

 先に騎空艇に乗り込んでいたシルヴァが、甲板上から身を乗り出して言った。

 ラスラは「じゃあな」と別れを告げて、歩き出す。

「ちょっと待ってラスラ、これは私からの気持ち。そんなくたびれた旅装束じゃあ、長旅持たないわよ!! あとこれ、二人で食べて……ごめんね、これくらいしかできなくって」

「俺からはコイツだ。お前さんにやるよ」

 エリザからは、白を基調としたベージュのコートとお弁当。ライルからは、一振りの美しい剣『アガートラム』が手渡された。

「何から何まで……二人にはお世話になりっぱなしで……ありがとうございました」

 ライルとエリザは、いつもそうであるように柔和な笑みを浮かべていた。

「良いって事よ、またいつでも帰って来い!!」

「もっとゆっくりできたら良かったのにね……気を付けて、行ってらっしゃい!!」

 ラスラが艇に乗り込むと、肩に鳥を乗せたハーヴィン族の小さな女性が出迎えてくれた。

「はぁい。もうすぐ出発しますよ~。別れは済みましたか~?」

 ハーヴィン族はみな小柄な種族だ。成人でも身長は一メートルにも満たない。ラスラを出迎えてくれたこのハーヴィンの女性も、例外ではなかった。

「はい。遅れちゃってごめんなさいね……えっと」

「私はよろず屋のシェロカルテです~。シルヴァさんから話は伺っておりますよ~ラスラさん。よろず屋によろ~ず~、なんちゃって! うぷぷぷ! 以後、お見知りおきを~」

「……はぁ、これからお世話になります」

 独特の雰囲気を醸し出すシェロカルテを前に、ラスラは困惑しつつも、頭を下げた。

「ではでは~、しゅっぱーつ!!」

 耳の奥まで響くほどの大きな駆動音と共に、艇がゆっくりと動き始める。

 その時。桟橋の方から、割れんばかりの歓声が上がった。

「あんちゃん!! 騎空士のねーちゃん!! 元気でなー!!」

 ラスラはシルヴァの横に駆け寄って、一緒に手を振った。

 

 自分が何者で、これからどうなるのか……ラスラは船首の向こうを見つめる。

 

 そこには旅立ちの日にふさわしい、どこまでも続く蒼い空が広がっていた。



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第二章 ~ポート・ブリーズ群島~
第十話 引き合う二人


 どこまでも続く快晴の空。ラスラ達を乗せた騎空艇は、渡り鳥のように悠々と大空を駆け抜けていた。遠くの方ではさっきまで滞在していた島、ザンクティンゼルが小粒ほどの大きさに見える。

「すげぇ……あんな大きな島が浮いてるなんて。一体どんな原理で浮いているんでしょう?」

 甲板上から浮き島を眺めながら、ラスラが呟いた。

「さあな。島自体に浮力を生じさせる何かがあるとか色々、諸説はあるが……今のところ謎のままだ」

 凛とした声音でそう言ったのは、すらりとした長身に、腰まで届く銀色の長い髪を揺らめかせる美しい女性、シルヴァだった。シルヴァは床に布を広げて、愛用の狙撃銃を分解し、掃除している。

「そういえばシルヴァさん。この艇どこに向かってるんでしたっけ?」

「あれ、言ってなかったか? ポート・ブリーズ群島だ」

「ポート・ブリーズ?」

 知らない島の名前……というより忘れてしまっているだけかもしれないが、聞きなれない単語を聞いて、ラスラは疑問符を浮かべた。

「ああ。ポート・ブリーズはファータグランデ空域内でも、指折りの交易都市だ。まあ、ここ最近の魔物騒ぎのせいで、貿易がかなり制限されてしまっているが……」

「へぇ……って事は、魔物騒ぎはザンクティンゼルだけじゃないんですか?」

 ラスラの脳裏にローブの男……アレイスターと、魔物達の姿がよぎる。

 ――島に魔物を放ったのはヤツの仕業だ。もしかして、他の島でも……

「君にはしっかりと話しておいた方がいいな。例の男の件もある……話せば長くなるが」

 シルヴァはゆっくりと語り始めた。

 一か月ほど前。軍事国家エルステ帝国のトップにオルキス王女が即位し、帝政を捨てエルステ王国を再建すると宣言した……そんな頃。ファータグランデ空域の各島々で、新種の魔物が現れ始めたのだ。被害を広めない為に最低限の貿易のみで、外部からの入島を制限し始める国々。ファータグランデを混乱の渦中に追い込んでいた背景もあってか、エルステ王国に疑いの目が掛けられていたが、エルステ王国はそれを否定。事実、エルステ領内にも魔物は現れて対応に追われていたのだ。

 そこで、エルステ王国は何かと縁の深い騎空団に、事件の真相究明をと協力を仰いだ。

 その騎空団こそが、シルヴァの所属している騎空団なのだという。

「……そんな事があったんですか」

 長く喋りすぎたのか、水を飲みながらシルヴァは頷く。

「ああ。私がザンクティンゼルで魔物を討伐していたのも、それが理由だ……とりあえず団長に会おう。何か判るかもしれないしな」

「え……ええ」

 ラスラの心にどろっとした黒い塊が落ちる。自分がその騒動に関わっているのかも……何だか妙な胸騒ぎがして、ラスラは顔を曇らせた。

 その時。ひと際大きな駆動音が鳴り、騎空艇がゆっくりと減速を始める。

「……本艦は現在、ポート・ブリーズ群島へ向け、西へと航行中。一時間後には定刻通り……」

 アナウンスが順調に航行中だと告げる。どうやらさっきの音は故障ではなかったようだ。

 ラスラはホッと胸を撫でおろしながら、手元のバケットに目を移す。

 ――そうだ、二人から昼ご飯もらってるんだっけ

 バケットはザンクティンゼルを出る際、エリザからお昼ごはんにともらったものだった。

 太陽はちょうど、空の真上を通っている。お昼どきにはちょうどいい。

「そろそろゴハンにしませんか? お腹減ってきちゃいました」

「もうそんな時間か……うん、ご飯にしよう!」

 バケットを広げると、中にはサンドイッチと可愛らしくカットされたりんごが入っていた。

「うわぁ……うまそうだなぁ……いただきます!!」

 サンドイッチの一つを手に取って、頬張る。

 ――お……美味しい……

 こんがりと焼いたパンに塗られた、濃厚なバターの味。その味の先には新鮮な野菜とベーコンのピリッとした辛さがアクセントになっていて、すごく美味しい。さすが、島で唯一の宿を経営するだけある。

 そこまで思案して、ラスラはシルヴァを見つめた。

「ん? どうかしたか?」

 きょとんとするシルヴァを見て、ラスラは自分の頬を指差しながら、くすくす笑っている。

「シルヴァさん、ほっぺほっぺ!」

「ほっぺ? ……んにゃっ!?」

 シルヴァは自分の頬を触って、いつもとは違う素っ頓狂な声を上げた。頬にはサンドイッチのソースがべったりとついていたのだ。

「……うぅ、そんなに笑わなくたって……いいじゃないか」

 顔を赤らめさせながら上目遣いの角度で言うシルヴァを見て、思わずドキリとしてしまう。

「だってシルヴァさん。いつも大人びた人だから、ついおかしくって……ぷぷ」

「もうっ!! 大人をからかうんじゃない!!」

 涙目になりながら抗議するシルヴァ。何だか距離が縮まった気がして、嬉しく思うラスラだった。

 それからしばらく経って……。

「島が見えてきたぞ」

 シルヴァの指差す方に目を向けると、小さな豆粒ほどの島がいくつも見えた。騎空艇がゆっくりと減速を始め、小さな島がどんどん大きくなってくる。

「おー、すげぇ……」

 ラスラは思わず声を漏らした。

 人が多く集まる島なだけあって、ザンクティンゼルよりも数倍大きな島だ。中央に位置するひし形のような島を中心に、大小様々な浮き島が周りを囲むようにして浮いている。ポート・ブリーズ群島と呼ばれる所以であった。

「周りの浮き島に人は住んでいない。中央の大きな島……見えるか? あの島、エインガナ島に人が集まっているんだ」

 シルヴァが丁寧に説明してくれる。

「お二人とも~もうすぐ着きますからね~」

 のんびりと間延びした声が聞こえて二人が振り返ると、そこにはシェロカルテがいた。

 ――やっぱり、子どもにしか見えないよなぁ……

 ヒューマンと比べて少しとがった耳に、愛くるしい子どものような見た目。体格的にはパルやペルとそう変わらないだろう。こんなに小さくても、れっきとした大人なのだというのだから驚きだ。

「すまないな、シェロ。急に呼び出してしまって」

「いえいえ~シルヴァさんはお得意様ですからね。お安い御用ですよ~」

 昔からの仲なんだな、とラスラは二人の話を聞いていると、艇が着艦体制に入った。

 艇を操る操舵士の腕前は相当なものらしく、小さな浮き島の間をひょいと最短コースで すり抜けていく。一見、危なそうに見えても甲板上には揺れ一つ立たなかった。

 ザンクティンゼルよりも造りのしっかりした桟橋に、艇は着艦した。

「聞いてますか~? ラスラさん」

「え? 俺ですか? ごめんなさい、初めての経験ばっかで……つい気を取られちゃって」

 ラスラが謝ると、シェロカルテは「仕方ない人ですね~」と言った。

「これからグランさんに会うんでしょ?」

 ――グラン? どっかで聞いた事があるような……シルヴァさんが言ってた団長の事か

 ラスラは「ええ」と言って、相槌を打つ。

「グランさんはですねぇ……筋肉ムキムキのマッチョマンです。あと……」

 まあ、騎空団を束ねる団長なのだから、よほどの人間じゃないと務まらないのだろう。ラスラのイメージ図に、筋骨隆々の偉丈夫が浮かぶ。それも、口元に白髭を生やした歴戦の猛者って感じの。

「常にふんどし一丁で、語尾はゴザルでござる~」

「はぁっ!?」

 ――何だよ、ふんどし一丁って……完全に変態じゃねーかっ!!

 ラスラは話をもとにグランを思い浮かべてみる。

 町はずれの森の中、魔物に襲われる少女。絶体絶命の状況で魔物を斬り伏せる男の姿が!

「HAHAHA!! お嬢さん、もう大丈夫でゴザル!!」

 ここまでは良い。若干、というかもう既に怪しいが……。

「キャアアアアッ!!」

 少女は逃げ出した。マッチョでふんどし一丁のおっさんが立っているのだ、仕方ない。

 ――やべぇ変態だ……どう想像しても美化できねぇ……そんな奴に会いに行くのか俺は!?

「何だか胃が痛くなってきました……」

「……あまり真に受けるなよ、ラスラ」

「会ってからのお楽しみ~。……うぷぷぷ」

 そんなこんなでラスラ達は無事、ポート・ブリーズに降り立つのであった。

 

 ――うーん、困ったなぁ……

 ヒューマンやハーヴィン、うさぎのようにぴんと尖った耳を持つエルーンに、牛のような角を生やした筋骨隆々のドラフ族。多種多様な種族が行き交う噴水広場のベンチで、ラスラは頭を抱えていた。

 シルヴァ達とはぐれてしまったのだ。

 さすが交易都市といったところか、ザンクティンゼルと比べると雲泥の差があるほど人の数が多い。街に入るとごった煮状態で、気付けば人の波に飲まれて置いて行かれていたのだった。

 ――もうはぐれてから結構経つし……探してみるか

 ベンチから立ち上がり、人の多いバザーの方へ足を踏み出した……その時。

「あたっ!!」

「うおっ!!」

 曲がり角で誰かとぶつかってしまい、ラスラは思いきりしりもちをついた。

「あたた……すみません! つい、不注意で……」

 少女の声だった。少女は透き通ってしまうほど淡い真っ白なワンピースを着ていて、胸元に拳大ほどの青い宝石の嵌まった胸飾りを身に着けている。買い物をしていたのか、フルーツの入った紙袋を抱えていた。

「いや、俺の方こそごめんなさい。ボーっとしてたから……立てるかい?」

 ラスラは少女に手を差し伸べる。

 華奢な腕。それでいて、人形のように白い肌。

 少女は地面まで届きそうなほど長い空色の髪を揺らめかせながら「ありがとう」と言って立ち上がる。

「ああ……オイラのりんごがぁ……」

 今度は少女の声ではない。声のした方へ目を向けると、羽の生えたトカゲのような生き物が、紙袋から転げ落ちたりんごを拾っていた。

「ドラゴンが喋った!?」

「オイラはトカゲじゃねぇっ……って、え? 兄ちゃんもう一回、言ってみ?」

 ラスラは口をパクパクさせながら二回目のしりもちをつく。

「何ってお前……どっからどう見てもドラゴンだろっ!」

「うわー! ビィさんの事”ドラゴン”って言った人、初めて見たー!」

「生きてて良かった……ルリアぁぁああっ!!」

 羽トカゲのビィは泣きじゃくりながら少女に飛びついた。

「あの……ぶつかっといて何なんだけど、君たち島の人だよね? 俺、ここに来たばっかで、大事な人とはぐれちゃってさ……大通りまで出たいんだけど、こっちで合ってるかな?」

「そういう事ならオイラたちに任せとけっ! なあルリア、この兄ちゃん助けてやろうぜ」

 少女は一瞬だけうーんと思案したが、すぐラスラに笑顔を向けた。

「そうですね! 悪い人じゃなさそうだし……私はルリアと言います。ラスラさんの探し人、見つけてみせます!」

「えっ……いいの? 買い物してたみたいだけど」とラスラ。

「任せてください! 何てったって”きくうし”ですから!」

「それじゃ、お言葉に甘えて……よろしくな、ルリアとちびドラゴン」

「ちびは余計だぁっ!! この野郎!!」

 こうして二人(+一匹)の珍道中が始まった。




グラフェス行きたかったぁ……(´・ω・`)


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