私は貴方を呼ぶ。 (朔紗奈)
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私は貴方を呼ぶ。

クオリティが低いのはいつもの。


――――貴方は、永遠に消えるの?

 

お前はいつの日か、世界を救うだろう。そう言う”彼”に、私は問いかけた。

 

その問いに”彼”は笑い、こう答えた。

 

――――待て、しかして希望せよ

 

――と。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「――先輩?」

 

 冬木に表れた特異点の修正から数えて約一年。アメリカ、エルサレムで発生した特異点を修正し、つい昨日、最後の特異点――バビロニアの明確な観測に成功した。

 

 アメリカの東西戦争、エルサレムでのかの名高き円卓の騎士達との戦い。

 

苦しい戦い、なんて生易しいものじゃなかった。後ろで指揮しているだけの私がそうなのだ、手を貸してくれているカルデアのサーヴァント達、特異点で出会ったサーヴァント達、未だ英霊には至っていない、生きている英雄達。そして、戦闘では攻撃に身を晒し、私をいつも守ってくれるマシュの辛さは、私の比では無い。それ位は、分かっている。

 

 

・・・・・・それでも、それが分かっていても――

 

 

「先輩?大丈夫ですか?」

「――あ、えと、あれ、マシュ?」

「コップを覗き込んだままぼう、としていらっしゃったので、何かあったのかと思いまして。以前の・・・・・・そう、アメリカの特異点に挑む前にあったような状態になってしまうのではないかと、心配になってしまって」

 

 

ロンドンの特異点を修正して少しした頃、イフ城に魂を囚われた七日間。

カルデアの私は所謂植物状態のようなものになっていたらしく、またそうなってしまうのでは、と心配させてしまったらしい。

 

「う、ううん、大丈夫だよマシュ。少し、考え事してただけ」

「そう、なのですか?でしたらいいのですが・・・・・・」

「うん、だから気にしなくて大丈夫。あはは・・・・・・」

 

紙コップに入った残りのカフェオレをくい、と口に流し込み、その冷たさに、どれだけの時間考え込んでいたかを改めて実感する。

 

・・・・・・マシュに、これ以上心配させる訳にはいかないもんね。

 

「ごめん、マシュ。やっぱり私疲れてるみたい。少し部屋で横になって来るね」

「あ・・・・・・はい。ゆっくり体を休めて下さい、先輩」

「・・・・・・うん、ありがと」

 

いつも通りに見えるようににへら、と笑みを浮かべ、マシュに背を向けて自室に足を向ける。

 

・・・・・・ううん、違う。マシュに心配されるのが恥ずかしいんだ、私は。

 

 マシュの身体は、もうボロボロだ。限界に近いと言ってもいい。それなのに、私の事を手伝うと、守ると、そう言ってくれている。マシュがそこまでしてくれているのに。ここまで来たのに。もう少し、あと一つの特異点を修正し、ソロモンを倒しさえすれば、世界は救われるのに。マシュは私の前で弱音を吐かないのに、マシュに優しくされると――――

 

 

 

 怖い、と。彼女の前で漏らしてしまいそうになるのだ。

 

 

 

 自室に戻り、ベッドに横になる。

次の特異点は紀元前。神がまだ人と共にあった時代。つまり、エルサレムで戦った獅子王と同レベル、或いはその上をいく存在とすら戦う事になる。

アーラシュが自らの命を懸けた宝具で相殺し、マシュが真名を解放した上で全力で防御してようやく受けきる事が出来た一撃、それを上回る一撃を放ちうる敵。

 

・・・・・・想像するだけで、体が震えそうになる。

 

 駄目、考えていてもどうしようもない。気持ちを落ち着けて、取り敢えず寝よう。

 

寝て起きた時、少しは気持ちが落ち着いているといいなぁと願いながら、私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

――――感じたのは、煙草の香り。

 

カルデアの煙草を嗜むスタッフは少ない。サーヴァントにしても、嗜好品として煙草を好む者も存在はするが私の部屋で吸う事はしない。

 

ならばどうして、と疑問に感じ、眼を開く。

 

・・・・・・ここ、私の部屋じゃ――――?

 

石組みの薄暗い部屋。まるで、監獄のような・・・・・・

 

そこまで思考が至った所で、頭が急激にクリアになる。

見た事がある・・・・・・いや、居た事があるのだ、この部屋に。

 

 アメリカの特異点に挑む前、一週間の間寝起きした部屋。かの復讐者と共に過ごした監獄――――イフ城。

 

そして、そこに漂う煙草の香り。

 

つまり、その主は――――

 

「目を覚ましたか」

「アヴェンジャー・・・・・・なの?」

「・・・・・・ああ」

 

ベッドに背を預けるようにして床に座り込み、咥えた葉巻から紫煙を燻らせていたインバネスを羽織った男、アヴェンジャーは、私が体を起こしたのを確認してサイドテーブルの灰皿に葉巻を置き、立ち上がる。

 

「どうしてここにいる?

 ・・・・・・いや、それは俺も同じことか。訂正しよう、何があった、我が仮初のマスター・・・・・・藤丸立香よ」

「何、と言われても・・・・・・」

 

前回のようにソロモンが理由、という訳では無いのだろうし、このイフ城に居る理由にとんと覚えが無い、というのが本音だった。

 

「ほう?まぁいい。ならば、眠る前にあった事を話してみろ。ここはどうやらあのイフ城とは違う、所謂胡蝶の夢のようなもの。お前だけで無く俺が居る原因が分からずとも、退屈しのぎにはなるだろうさ」

 

立ち上がり、私を見下ろしていたアヴェンジャーは、ギシ、とベッドの私を下敷きにしない程度の位置にもう一度腰を下ろし、新しい葉巻を――――

 

「あれ、普通の煙草なの?」

「そういう気分の時もある。・・・・・・あぁ、確かそこにマッチを置いていなかったか?」

 

戦闘時以外の平時は、アヴェンジャーはあまり紙巻は吸わない。吸うとしたら、葉巻をゆったりと楽しむ事が殆ど・・・・・・いや、あの7日間では、戦闘時以外で紙巻を吸っているのを見た事が無かったが故の疑問だったのだけれど、まぁ、気分だというならそういう事もあるのだろう。

彼がこちらを見ず、右手の二本指で挟んだ紙巻で指している辺りに目を向けると、丁度私の枕元にマッチ箱が置いてあったので、手に取って差し出す。

 

「はい、アヴェンジャー」

「・・・・・・ああ、感謝する」

 

アヴェンジャーは煙草を指に挟んだままの手で私から受け取った箱を持ち直し、煙草に火をつけて一息したのを見て、軽く俯く。

 

彼なら、何か答えをくれる気がする。カルデアの仲間達とは違い、それでいて、かつて導いてくれた彼なら。

 

「・・・・・・私は、怖いの」

「・・・・・・ほう?」

「マシュとかみんながの方が私よりも危険で大変なのに、マシュ達は弱音を吐いていないのに、私は怖い、って言ってしまいそうになる。マシュの身体はボロボロで、私が気に掛けてあげなきゃいけないのに、私はマシュに守られ、心配されてばかり。

・・・・・・私は、自分が恥ずかしいの。私はマスターで、先輩で、しっかりしなきゃならないのにいつも守ってもらって、心配されてばかりで」

 

 そこまで聞いたアヴェンジャーはハァ、と煙を吐き出し、静かに口を開く。

 

「傲慢だな」

「・・・・・・っ!!」

 

 クク、と笑いを忍ばせながら、彼は続ける。

 

「傑作だとは思わないか、藤丸立香よ?裁きの間において、傲慢の主として立ちふさがったこの俺を打倒したお前が、傲慢の罪でこのイフ城にやって来たのだからな!!」

「それは・・・・・・」

「訊こう、立香。その後輩は、何故お前を守っている?何故お前を心配する?

お前がマスターだからか?お前の後輩だからか?」

「それ、は」

「確かに、お前はマスターだ。しかも、人類最後の、な。当然、通常の聖杯戦争以上にマスターの価値は高い。何せ、お前が死んだ段階で魔術王への対抗手段が存在しなくなるのだからな」

「・・・・・・」

「しかし、あの後輩はお前の事をマスターだから、という理由で守っていると、そう思っているのか?」

 

 

――――まだまだ未熟なサーヴァントですが、先輩の力になれるよう努力します

 

 

「俺には、そうは見えなかったがな。

 サーヴァントがマスターを守り、心配する?そんなものは当然の形だ。マスターがサーヴァントを心配し、気遣う?それもまた当然だとも。双方共に存在せねば真面な戦いにすらならんのだからな」

 

 

「だが。

お前は、あの後輩がそういった主従関係の義務でお前を守っていると、そう考えているのか?」

 

 

――――わたしは先輩のお役に立ちたくて、デミ・サーヴァントになったのですから!

 

 

「怖い?当然だ、恐怖を持たぬ人間など獣と大差無い。守られ、心配されている?始めから完成されている人間等存在してたまるか!」

 

 ベッドに腰かけたまま足元に短くなった煙草を捨て、靴で踏んでもみ消したアヴェンジャーは、煙草を持っていた手を私の頭に載せた。煙とは別の、手に付いた仄かな煙草の香りを感じ、顔を上げる。

 

「未熟を恥じるのは悪では無い。弱音を吐くのもそれを我慢するのも勝手だ。だが、未熟を恥じ、弱音を吐かない理由に他人を使うな。寧ろ、弱音を吐かせてやるくらいになってみるがいい」

 

軽く笑みを浮かべながらぐりぐりとやや乱暴に頭を撫でるアヴェンジャーの声色は、何処か優しげで。

 

「また弱音を吐きたくなるほどに追い詰められたのなら、俺を呼ぶがいい。もう一度、導くくらいの事はしてやろう」

 

 そう言ってくれる彼は巌窟王では無く、エドモン・ダンテスにしか見えなかった。

 

「さあ、この夢から覚めるがいい立香。ここは、今のお前が居るべき場所では無い」

 

 頭を撫でていた手で私の手を掴み、体を引き起こそうとされるまま、その力を借りて自分でも体を起こし、ベッドから降りる。

 

「どうやら、扉がそのまま出口になっているようだ。ここを通れば、目を覚ますことが出来よう」

 

 立ち上がった私の手を離し、背を向けて扉に向かって歩き出す彼に訊ねると、

 

「・・・・・・呼べば、来てくれるの?」

 

彼はニヤリと笑いながら振り返り、こう言うのだ。

 

 

 

―――――――――待て、しかして希望せよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、先輩?」

「・・・・・・んう?あれ、マシュ?」

「はい。何時もよりもゆっくりのお目覚めですね、先輩」

「フォフォウ、キューゥ!!」

「あたっ」

 

体を揺さぶられ、呼ばれる声で目が覚めた所にフォウ君の顔への不意打ちを受け、またベッドに倒れ込む。

 

「良い夢を見られたのですか、先輩?」

「え?」

「昨日よりすっきりとした顔に見えたので・・・・・・違いましたか?」

 

 あの薄暗い部屋を、煙草の香りを、頭を撫でる感触を、後ろ姿を思い出し、

 

「・・・・・・先輩、なにやらお顔が赤いように見えるのですが、もしかして体調が」

「何でもない!何でもないし、健康だから!!」

「そう、なのですか?でも、一応ドクターに・・・・・・それは?」

「それ?」

 

 ベッドに手を突くと、小さな箱の感触と、カシャ、という軽い音がした。それは、つい先程イフ城で触ったものと同じ感触。

 

「マッチ箱?」

「先輩、なんでマッチ箱なんてベッドに?」

「・・・・・・ちょっと預かりもの、かな」

 

 ベッドから降りて、椅子に掛けていた制服の上着を羽織って胸ポケットにマッチ箱を仕舞い、マシュに向き直す。

 

「それじゃマシュ、行こっか!先ずはごはんに!バビロニアに行くと、今まで以上に美味しいご飯が食べられるか分からないしね!」

「はい、行きましょう先輩!」

 

 第七特異点、バビロニアの修正、そしてソロモンへの挑戦は迫っている。

どんな戦いになるかと思うと、やっぱり怖くて仕方ない。でも、今度はマシュやカルデアのみんなの他にも心強い味方が付いていてくれている。彼が付いていると思えば、弱音も吐かずにいられる気がする。

 

 それでも、もし弱音を吐きそうになったのなら。

 

 また助けてくれますか、私のファリア神父。

 




バビロニアを必死にぐだ子が走ってる頃、この巌窟王はきっとイベ限鯖達の所を駆け巡って協力を仰いでいた事でしょう(

そして、俺を呼んだな!と格好良く登場して彼氏面扱いされる巌窟王さんマジイケメン。


さて、うちの巌窟王は、マッチで火を着けてもらえたりするか、とアクションしてみたら普通にマッチ箱を渡されて内心少しショボンとしていた感じで。
だからこそ、最終章で煙草に火を着けてくれた時は、内心超ハッスルしながらアンッ↑ドロマリウスに殴りかかっていったと思われます。


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