金剛・J・クロフォード (フリート)
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序章
おかしな金剛 その①


もう一つの作品より、こちらを優先して書きます。
勢いで書いていますけど。


 この鎮守府にはおかしな金剛がいるという。どこがおかしいのかと問われれば上手く答えきれないけど、でも何かおかしい。

 転属する前からそんな噂を耳にして、馬鹿馬鹿しいと思っていた陽炎は、実際に噂の金剛と会ってみたらその曖昧な噂に納得がいった。

 

「ヘーイ、陽炎ガール。ようこそいらっしゃいました。鎮守府一同、ユーのことを歓迎しマース」

 

 両手を大きく広げて歓迎のポーズを取る金剛。

 確かにおかしい。

 英国の生まれの金剛は、言動にそれを匂わせることがある。陽炎の元居た鎮守府の金剛も、少し独特な話し方をしていた。

 だけど、それと比較するとこの金剛はどこかおかしい。何と言えばいいのだろうか、そうだ。似非感が強くなっているとでも言えばいいのか。ちょっと話し方にわざとらしさがある気がする。

 

「陽炎ガール」

 

 その時、金剛の右目が輝いたように、陽炎には見えた。

 金剛はニヤリと口元を歪める。

 

「ユーの考えていることはお見通しデース」

 

 自身の左目の部分を指さしながらのその言葉。

 一瞬ドキリとしたが、それよりも気になることがあった。さっきは触れないであげたけど、自慢げに指をさしている、趣味の悪い眼帯は何なんであろうか。

 眼帯を着けている艦娘と言えば、天龍が真っ先に上がるというか天龍以外にいるのか不明だが、あれだって何か意味があって付けているのだろう。鋼鉄の身体の時代に何かあったとか。

 だが、金剛のこれは明らかに趣味である。小学生が授業中寝るときにバレないようにと、瞼に落書きしたみたいな眼帯だ。

 これはまさか、お洒落のつもりであろうか。

 

「あの、その眼帯何なんです?」

 

 触れたからには、最後まで突っ切ろう。

 

「これは私の持つ力、ミレニア〇アイです。これでユーの心を読みました」

 

 陽炎はポカーンと口を開けて固まった。

 本気なのか、冗談なのか。なんちゃらアイはまだしも、心を読むだなんて。完全にオカルトじゃないか。科学で証明されていない艦娘の自分が言うことじゃないけど。

 すると陽炎は閃いた。

 確か、金剛みたいな言動の人を表す言葉を聞いたことがある。誰に教えてもらったんだか……そうだそうだ、曙に龍驤、それと神通だ。

 曰く、

 

『世の中には中二病ってのがあってね。出来もしないことをやろうとして、自分には力があるだなんて馬鹿なことを言う奴らよ。あんたみたいな』

 

『ピーターパンや。永遠の少年たちや』

 

『えと、頭の中で考えていることを、常に演戯している人たち、と言えば分かりますか? 分かりませんか?』

 

 こんなんだったろうか。

 しかし思い起こせば曙はさらっと侮辱してきた。次会った時は、あの小憎たらしい顔に12・7cm連装砲をお見舞いしてやろう。

 泣きながら噛みついてくる想像上の曙に、陽炎はくししと笑った。

 

 それにしても中二病だ。

 他にも、中学二年生ごろの子がかかりやすい不治の病であるとも聞いたことがある。中学二年生と言えば、今の自分ぐらいだろうか。だいたいの駆逐艦娘がそうだろうか。

 病気。目の前の金剛が病気。そう考えるとそうかもしれない。

 だから、普通の金剛とはおかしいのかも。

 

「あの、金剛さん。病気大変でしょうけど、頑張って下さい」

 

「ワッツ? 病気?」

 

「はい。中二病っていう病気だから、金剛さんはそんなおかしな言動をしてるんですよね」

 

 ぴしりと金剛にひびが入った。

 今までのおおらかでオーバーな感じが無くなり、額に手を当ててぶつぶつと何かを言い始める。

 

「……別に中二病じゃないわよ。偉大なる会長をリスペクトして……あれ、それを中二病って言うんじゃないっけか……でも、やっていると楽しいんだもん。本来の金剛だって似たようなもんなんでしょ。何が悪いって言うのよ……」

 

 どんより。

 何か地雷を踏んだかも、と陽炎は慌てふためくと同時に、軍艦の自分が地雷を踏むっていうのも何か新鮮と少しの嬉しさ。

 五分後。ほっとくとこのままずっとぶつぶつ不気味なことになりそうな金剛に、原因の陽炎は声を掛けた。

 

「金剛さん、そろそろ」

 

「……だからって、中二病……オー、ソーリー。自分の世界に入ってしまいました。それよりも陽炎ガール」

 

 復活した金剛は、ずいっと陽炎に顔を近づける。

 

「あんまり滅多なことを言わないことです。暗いくらい闇の世界に行きたくはないデショ?」

 

 陽炎はぶるりと震えて、高速で頭を縦に振った。

 声がマジトーンだった。

 陽炎の反応に気を良くした金剛は、元の位置に戻る。

 安堵にはふっと胸を撫で下ろす陽炎。

 そこで、ふと思ったことがあって金剛に尋ねた。

 

「そういえば、何で金剛さんここにいるんですか?」

 

「んっ? オー、忘れてました。私は陽炎ガール、ユーの案内をするためにここに来たのデース」

 

「案内……? あっ」

 

 思い出した。

 鎮守府で最も偉い人物、鎮守府の王様たる提督に着任の挨拶をした後、ここで待っている様に言われたのだった。そして、言いつけ通り待っていたら、変人もとい金剛がテンション高めでやって来たのである。

 つまり、この人が、この鎮守府の案内をするわけだ。陽炎は不安になった。

 大丈夫だろうか。

 この鎮守府はそこまで大きな鎮守府というわけではない。平均よりは大きいだろうけど、自分が元居た場所よりは小さいと思う。

 

 だけど、言っては何だが金剛は信用に足らない。悪い人ではないのだろうけど、上手く案内してくれるのだろうか。

 案内されて場所覚えていませんでした、よく分かりません、とかなれば怒られるばかりではなく、自分の元居た鎮守府の名誉にも関わって来る。その責任は自分にあるのだろうけど、でもわけの分からない案内をされては困りものだ。 

 考えて、陽炎は大丈夫か、と結論づけた。

 

 任された以上はきちんとやってくれるだろう。あんまり心配する必要もない筈だ。

 なんせ、腐っても金剛なのだし。

 

「それでは、よろしくお願いします!」

 

 これからの生活の世話になるのと、今回の案内。二つの挨拶のために、陽炎は深々と頭を下げた。敬礼の方が良かっただろうか。反応が気になる。

 金剛は「頭を上げて下サーイ」と軽やかに言葉を紡いだ。

 そして握手を求めてくる。

 

「これからよろしくお願いしマース」

 

 陽炎は差し出された手を握った。

 

 



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おかしな金剛 その②

 意外だな、と陽炎は思った。

 金剛による施設案内。任されている以上はしっかりとやってくれると思ったし、その予想通りしっかりとやってくれている。少なくとも不平不満をこぼすような粗雑、あるいは奇異な案内をしてくることはなかった。

 じゃあ、何が意外かといえば、時々出会う他の艦娘の人たちに結構慕われている節があるからである。みんな、どことなくこの金剛を頼りにしているようで、そこは流石戦艦の一人だなと思った。

 

 これまで案内してもらったのは、食堂、工廠、船渠などなど。この辺りは、前の鎮守府とそう変わる処は無かった。

 これから案内されるのは、艦娘の寮である。つまり、これから自分の生活する家というわけだ。住む場所にあまりこだわりはないけれど、気にならないと言えば嘘になる。

 

「ここです」

 

 辿り着いた寮は、特に語るところはない普通の寮だった。陽炎は寮を見上げてから、同室の子は誰なんだろうとか、上手くやっていけるかなあとか考えていた。

 

「さあ、中を案内しマース、おや?」

 

 突然眉を顰める金剛に、どうしたのかと聞こうとしたが、それより先に答えがやってきた。

 ドタドタと騒がしく寮から飛び出して来る三つの影。その正体に、金剛はここでも意外さを発揮した。

 

「ヘーイ、暁ガール、響ガール、雷ガール。いつも言っていますが、建物内で走ったり、ドアから出てくるときに走り込んでくるのは大変危険です。やってはいけまセーン」

 

 正論だった。あまりにも正論過ぎて、そこが意外だった。

 注意された第六駆逐隊の三人は、素直に謝っている。

 

「どうしたのだ?」

 

 続いて寮から現れたのは、金剛と同じと言えば語弊が生まれるが、まあ広義に同じくくりに入る戦艦の長門だった。鍛え抜かれた筋肉質な肉体は、世界のビッグセブンの名に恥じない。この鎮守府には、この人もいるんだと思って感心していた陽炎は、長門の頭より上を見て言葉を失った。

 普通よりおかしいのは金剛さんだけじゃなかったの、と陽炎は思う。

 

 長門と言えば、その性格は艦娘の中で上位に入るほどの堅物。一言で言えば、軍人。または武人。鞘から抜き出された刀。頼りになるけど、プライベートな面では付き合い難い、というのが陽炎の中の長門像であった。

 それがどうだろう。柔らかく、例えるなら自分の元上司重巡愛宕のごとくおっとりと微笑み、第六駆逐隊の残りの一人である電を肩車しているその姿は、近所のお姉さん。

 

 長門は金剛から事情を聞いてから、流れるように陽炎に視線をやった。

 

「金剛、この者は?」

 

「紹介しマース。今日、この鎮守府に着任した陽炎ガールです」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 長門の衝撃が強すぎて陽炎は敬礼し忘れた。

 しかし、そこにまったく非難が来ることはなく、展開は先へと進んでいく。

 

「暁よ。一人前のレディーとして扱ってよね」

 

 胸を張って堂々とするのは暁である。背伸びしている子供感が拭えない。

 

「響だよ。不死鳥の響。以後よろしく」

 

 クールな印象を受けるのは響。四人の中で一番冷静で頼りがいがありそうである。

 

「雷よ。かみなりって呼んだら承知しないから」

 

 八重歯が可愛らしい活発な雷。醸し出す雰囲気は、見た目より数歳上の姉のようだ。

 

「電です。よろしくお願いいたします」

 

 四人の中で一番大人しそうな電は、陽炎にとっては一番付き合いやすそうであった。いや別に、他の三人が付き合い難いわけではないけど。

 そして最後はこの人。

 

「長門だ。あなたたち駆逐艦娘の世話は、私に任せておけ」

 

 凛、として男前な長門。同性も惚れ惚れするようなかっこよさがそこにあるが、言っていることはただの保母さんだった。

 ここの鎮守府の戦艦て一体……陽炎は何だかげんなりとする。

 すると、金剛が長門の背中を叩いて陽炎に向かって言う。

 

「補足しますと、長門ガールはこの鎮守府の秘書艦デース。ユーも何かと世話になる筈ですから、覚えておいて損はありまセーン」

 

「嘘!?」

 

 陽炎は素で叫んだ。

 だって秘書艦と言えば、鎮守府のナンバーツー。提督の補佐をする重要な役目を持ち、統率力、事務処理能力、交渉能力に秀でた様な艦娘が担当する役職である。これらの他にも必要とする能力は多々あって、最早、パーフェクト艦娘と称されるような艦娘がやるのだ。

 それを何でこんな人がやってるんだろう。疑問に思わざるを得ない。

 その疑問を金剛が解決してくれた。

 

「長門ガールは世話好きなのです。秘書艦をやっている理由も、そこに起因しマース」

 

 そこで陽炎は、挨拶を交わした提督のことを頭に思い浮かべて、世話好きと秘書艦の繋がりを見付けた。

 挨拶に行って出会った提督は、かなり小柄な女性の提督だった。それこそ、駆逐艦娘と同じぐらいの、いやもう少し小さいか。

 ともかく、世話好きが大好物な庇護欲を掻き立てる容姿だったのである。

 この長門は、そこにつられて自ら立候補したに違いない。そして並みいる候補者を実力行使で蹴落としまくって、今の地位についているのだろう。

 

「さてと、これから私たちは達磨さんが転んだをやりに行くのだ。そういうわけだから、これにて御免」

 

 言いながら、長門は暁と雷の手を握りながら去って行った。唯一、響だけ一礼してから長門たちの後を追いかける。

 

「ひとしきり遊んだら、間宮か鳳翔にでも甘味を作ってもらって、それを食べよう」

 

「ほんと!? じゃあ、アイスが良いわ!」

 

「私は、久しぶりに羊羹でも食べたいな」

 

「私はプリンが良いのです。雷お姉ちゃんは?」

 

「私? 私は何でも良いわよ」

 

 わいわいと楽しげに去って行く長門たち。その後姿を見送った陽炎は、ため息を吐くと同時に、何だか暖かい気持ちになった。

 ああいう姿を見ていると、長門も、あれはあれで良いものな気になって来る。

 そんな陽炎の気持ちを察したのか、金剛も微笑ましそうに長門たちがいた場所を眺めた。

 

「ワンダフォーな光景でしょう? 我が鎮守府でも自慢なのデース」

 

「そうなんですか?」

 

 確かに、他の鎮守府では見られなさそうな光景だった。

 

「思えば、この鎮守府にも駆逐艦が増えたものです」

 

 しみじみと金剛は言う。

 

「思い起こしてみれば、長門ガールが秘書艦になってからでしょうか。賑やかになったものデース。長門ガールは、駆逐艦に好かれる星の下に生まれたのでしょう」

 

 ちょっと感動しながら金剛の言葉を聞いていた陽炎。しかしまてよ、と首を傾げる。

 

「長門さんが秘書艦になってから、ですか?」

 

「そうです。長門ガールが秘書艦になってから、よく駆逐艦が転属して来るようになりました。それがどうしたのですか、陽炎ガール?」

 

 金剛が訝しげに陽炎を見た。

 陽炎は金剛の視線を気にすることなく、いや気にすることが出来なかった。だって、衝撃の真実に出会ったかもしれないのだから。

 実は陽炎、この鎮守府に転属させられた理由を知らない。一か月ほど前に命令を下されてから、一度もその理由を聞かされていないのだ。

 自分のような下っ端には理由を聞かされないのかも、と思ってあまり深くは考えなかったのだが、もしかしたら分かったかもしれない。

 自分は駆逐艦である。それが関係しているのか。

 良い気持ちになっていた時にとんでもないオチをつけられたものである。

 

「陽炎ガール?」

 

 この鎮守府の戦艦て一体……陽炎はその思いを強くしたのであった。



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おかしな金剛 その③

 長門たちを見送った後、陽炎は金剛の案内で早速、自身の住む部屋に向かった。

 

「ここ、ですか」

 

 部屋は三階にあるらしく、階段を使って歩いて行く。

 着いた部屋は「321」の非常に覚えやすい数字。階段を上がってすぐの「320」のお隣の部屋であった。金剛はごそごそとどこからともなく鍵を取り出してドアを開ける。

 なんで金剛が持っているのかが果てしなく疑問だが、もしかしたら寮母さんだからかもしれない。陽炎は深く考えないことにした。

 

「陽炎ガール、さあ」

 

 金剛がそう言ったので、遠慮なく中へと入った。

 部屋の中を見回してみれば、文句は無いように思う。二段ベッドがあるところを見れば、この部屋は二人部屋なのだろう。上のベッドはかなり生活感あふれており、これから自分と同居する艦娘の物。誰かは分からないけど、結構独特な性格をしているのだと想像する。漫画にトランプ。しかも壁紙に女の子がでかでかとプリントされたもの。とてもではないが、軍人の物とは思えない。持ち主は男子高校生みたいな人なのか。ていうか、許可されるのか、こんな物が。

 

「陽炎ガールは下のベッドを使ってくだサーイ」

 

「は、はい」

 

 陽炎はぼふっとベッドに座った。弾力性抜群。

 

「そういえば、私と同じ部屋の人は誰なん……で、すか?」

 

 気になる。この独特な空間の持ち主は、そして自分と同居するのは誰なのか。

 尋ねてみれば、金剛は思いもよらない行動を取っていた。

 左目に装着していた趣味の悪い眼帯を、ポーンと上の段に放り投げていたのである。その行動が意味するのは、たった一つであろう。

 まさかまさかである。

 

「ふ~、あんまり長時間着けていると視力が……んっ? どうしたんですか、陽炎ガール?」

 

「もしかして、私の同居人って」

 

「言ってませんでしたか? 私です」

 

「ええっ!?」

 

「ハハハハ、吃驚しましたか? そんなわけですから、お手柔らかにお願いしマース」

 

 どうして同じ駆逐艦の人じゃないんですか、と訊いてみようと思ったけど止めた。ここから先、おかしいと思うことが多々あるだろう。ここまでの間にも、金剛、長門、部屋割り、とツッコミどころ盛りだくさんだった。この調子だと、もっと他にも目を疑うようなことがあるに違いない。その都度訊きまくっていたら仕方がないだろう。本当に大切そうなことだけ質問して、後はスルーしよう。陽炎は心に誓った。

 金剛がチラリと腕時計に目を落とす。

 

「さてと、鎮守府の施設案内はこれでおしまいデース」

 

 ニッコリと笑いながら言った。

 いや、おしまいデースって、これからどうすれば良いの。何も聞かされていないのだけど。

 

「私、これからどうすれば」

 

「私は聞かされていまセーン。あっ、そうです。私と一緒に来ませんか?」

 

「やはりこちらにいらっしゃいましたか、お姉さま」

 

 玄関から、呆れたような声が聞こえる。

 陽炎がそちらに視線を向ければ、一人の艦娘がスタスタと中に入ってきた。金剛と同じ巫女服に身を包み、眼鏡を掛けて如何にもな知的美人だ。

 金剛型四姉妹の一人、霧島に相違はないだろう。

 

「お姉さま。自分で言っておいて約束をほったらかしにしないでください」

 

「ソーリー。しかし、重大な用事がありまして」

 

 どうやら金剛は霧島と約束事をしていたらしい。それが、施設案内のせいで……陽炎が悪いわけではないけど、心の中で謝った。

 

「とにかく行きますよ」

 

「待ってくだサーイ。霧島、ゲストをお迎えしたいのですが」

 

「ゲスト?」

 

 言って、霧島は陽炎を見た。

 

「ああ、新しくやってきた」

 

「そういうことデース。よろしいですね?」

 

「お姉さまが良いとおっしゃるなら何も文句はありませんけど」

 

「決まりデース。陽炎ガール」

 

 なにか知らないけど、脇におかれて勝手に話が進んでいる。

 でもこれからどうすれば良いのか分からない陽炎にしてみれば、ありがたい話であった。どこに行くのかさっぱりだけど、付いて行くことにしよう。

 金剛に手を引かれて、陽炎は部屋を後にした。

 

 

 

 

「世界最高の紅茶に手作りのクッキー。それから世界最高の妹たち。このひと時こそが、まさに至福の時デース」

 

 金剛たちに連れていかれた場所は、どこか建物だったり施設だったりではなく屋外であった。そこには丸型のテーブルと椅子が用意されていて、テーブルにはクッキーとカップが並べられている。カップの中身は紅茶であった。

 金剛と霧島の約束とはティータイムのことだったのである。

 集まっているのは金剛型四姉妹であった。

 

「至福の時などとおっしゃいながら、遅刻するのはいかがなものかと」

 

 霧島がからかうように金剛に言った。

 

「ですからそれは不可抗力です。仕方ありまセーン」

 

「えへへ、榛名。マインド〇キャン!」

 

 妹に必死に弁解する金剛の横では、二番艦の比叡が三番艦の榛名に対してよく分からないことをやっている。おそらくは金剛の真似ごとだろう。比叡は金剛大好き艦娘として有名である。尊敬する姉に近づきたいと思って、あんな趣味の悪い眼帯をお揃いにしているのだろう。まあ、現在金剛は眼帯は外しているけど。

 

「榛名はノーコメントで」

 

 いまいち理解できない攻撃らしきものを姉から受けた榛名は、苦笑いしながらカップに口をつけた。どうやら榛名は、眼帯とかをこころよく思っていないらしい。

 常識人だ。

 金剛とそして比叡を見ていると強く感じる。

 

「ユーは飲まないのですか?」

 

 その言葉に、四姉妹全員の視線が陽炎に集まる。

 

「いや、頂きます」

 

 四姉妹の観察をやっていたらついつい夢中になってしまった。ペコリと一礼してからカップに一口。紅茶には全然詳しくないので違いがどうこうは分からないけど、多分美味しいのだと思う。続けてクッキーに手を伸ばして、一枚パクリ。チョコチップクッキーだったか、チョコの苦みが絶妙なアクセントになっていてこちらは美味しい。

 思わず顔がほころぶ。

 

「どう?」

 

 霧島が問う。

 

「美味しいです」

 

「それは良かった」

 

「美味しくない筈がありまセーン。これは霧島が用意したのです。これに勝るものなど、この世には存在しまセーン」

 

「そういえば陽炎さんは、前の鎮守府ではどうでした?」

 

 金剛の一大アピールをスルーしてから、榛名が陽炎に言った。

 

「この鎮守府に転属して来る駆逐艦の人たちは、みんな最初は人間関係というかそういうものに驚くことが多いです。陽炎さんはどうです?」

 

 確かにそういった面で驚いたのは驚いた。

 前の鎮守府での生活を思い出す。そこでは、陽炎はだいたい自分と同じ駆逐艦の子たちと一緒につるんでいることが多かった。他の重巡だったり軽巡だったりは、プライベートで話すような人は少なかったと思う。こうやって戦艦の人たちとお茶を飲むなんてことはまずあり得ない世界。

 

「確かに驚きました。こうやって戦艦の方たちとお茶したりってことは初めてです」

 

 それに長門と駆逐艦たちのあの距離の近さも初めて見る光景だった。

 

「それがうちの良いところなんだよ。やっぱり私たちも、駆逐艦の子たちに変な壁を作ったりしてもらいたくなくてさ。やることきちんとやっとけば、こういうほんわかしたのも良いと思うんだよね」

 

 比叡の言葉に他の三人が頷いた。

 

「そういうわけですから、陽炎ガール。気軽に声を掛けてくだサーイ」

 

「確か、陽炎さんはお姉さまと同じ隊に配属されるのよね。委縮して声を掛けれないとかなったらやりにくいわよ」

 

「オウリアリー? ワンダフォー! イッツミラクル! 部屋も一緒ですし楽しくなりそうデース」

 

「同じ隊ですか?」

 

「そだよ。お姉さまがあなたたちの隊の嚮導艦だから。そうなんだよね、霧島」

 

「はい。と言いますか、あの時お姉さま聞いてなかったんですか?」

 

「あっ、いや……聞いてたわよ! 今のは演戯。勘違いしないでよね」

 

「金剛お姉さま、素が出てます。まあ、榛名はそっちのお姉さまの方が好きですけど」

 

「しまった……! おほん……ん、勘違いしないでください霧島。ジョークです、英国ジョーク。ハハハハハ」

 

「はいはい」

 

「ちょっと待ってください!」

 

 陽炎が突如声を張り上げた。

 なぜなら、早速スルー出来ないおかしなことがあったからである。

 

「金剛さんが嚮導艦ってどういうことですか!?」

 

 駆逐艦隊を指揮する役目を持つ嚮導艦。通常その任が与えられるのは、軽巡洋艦である。百歩譲って重巡洋艦。それが何を血迷って戦艦にやらせるんだ。確かに、金剛には高速戦艦とかいうくくりがあるけど、嚮導艦をやらせるような軍艦じゃない。

 答えを出してくれたのは智将霧島だった。

 

「どこかのロリコン秘書艦のおかげで駆逐艦が異常に増えてるから、人手が足りないのよ」

 

 だからと言って。それにあの人やっぱりロリコンだったんだ。薄々そんな気はしていたけれど。

 

「金剛お姉さまはこれでも優秀ですから安心してください。榛名が保証します」

 

「こんなのとは何ですか、榛名?」

 

「ふふ、別に」

 

 そういう問題じゃない気がするけど、ここまでで陽炎は考えるのを止めた。自分もこの鎮守府の一員となったのだから、ここのやり方に従おうということにしたのだ。

 そうしてみると、何だかスッと肩の荷が下りたようであった。

 

「どうしたの?」

 

 比叡が小首を傾げる。

 金剛が榛名につっかかり、霧島が笑みを浮かべながらその様子を見ている。そんな光景を見ながら、陽炎は比叡に答えるのであった。

 

「なんだか、楽しくなりそうです」

 

 

 

 

 

 

 



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おかしな大会
おかしな鎮守府 その①


 陽炎が転属して来てから一か月が経った。

 この一か月、陽炎はさまざまなことに気付かされた。例えば、噂で金剛がおかしいとされているわけだが、基本的にこの鎮守府の艦娘たちはおかしい人が多いこと。その筆頭が現在、陽炎の嚮導艦である金剛というわけで、際立って目立つから噂になっていたのだ。

 また、案外金剛の指導が上手なこと。秘書艦長門は確実にロリコンーーただ一線は超えないーーなこと。艦種に限らずみんな仲良しなこと。金剛は戦いになれば鬼のように強いことなどなど。

 とても濃ゆい一か月だった。

 

 そんな濃ゆい一か月を全力で駆け抜けていった陽炎は――。

 

「ネームシップの実力を思い知らせてあげるわ。私のターン! 私は手札から、ハートの7のカードを場に置くわ。そしてルールで、手札からカードを一枚捨てることが出来る。私はスペードの4のカードを捨てる」

 

 完全に染まりきっていた。

 元から素養はあったのであろう。ネームシップのくせに地味だとか言われていたからかもしれない。陽炎は、この一か月ではっちゃけた。

 まあ、四六時中金剛と一緒にいたのも大きいだろう。

 

「私のターンです。私は、これです。ジャックのカード」

 

「ふぅん! 馬鹿だね。序盤からそんな強力なカードを使うなんて」

 

 自信満々の笑みを浮かべているのは、駆逐艦の雪風。そんな雪風を鼻で笑ったのは同じく駆逐艦の時雨。彼女たちこそ、この鎮守府において陽炎と同じ隊に所属する仲間である。初対面の時から意気投合して、今では大親友と言っても過言ではない。

 

「僕はパスをしよう」

 

「私もここはパスをしましょう」

 

「口惜しいけど、私もよ」

 

 金剛を含めて彼女たちがやっているのは、トランプを用いた遊びで有名なカードゲームの大富豪である。大貧民と呼ぶこともあってどちらが正式名称なのか分からない。あるいは別に正式名称があるのだろうか。

 

「ふふふのふ。再び私のターンですね。私はさらにジャックを二枚だしです」

 

「ほんと何をやってるんだい、雪風」

 

「何か策でもあるの、雪風?」

 

 大富豪をやる時において、稀に素人が強いカードばかりを序盤に展開して失速するということがある。しかし雪風を見るとそんな様子ではなく、勝ちを確信している顔であった。

 

「私の強運に跪くのです」

 

「まさか……!?」

 

 雪風の言葉を聞き、陽炎は自分の手札を確認した。そして、雪風がどうしてあんなに自信たっぷりなのかに気付いた。なるほどそう言う事だったのか。だとすれば、このままでは勝ち目がない!

 

「フフフフ……ハハハハハ! 自信に満ち溢れていて結構なのですが、雪風ガール。ユーはこの戦いで勝者となることは不可能デース」

 

 突然、金剛が笑い出す。

 陽炎と同じく雪風の自信の理由を感づいたらしい金剛。推測が正しければ絶体絶命と言ってもよいが、この状況で勝ち目があるのであろうか。

 

「負け惜しみは止めてください金剛さん」

 

「ノーノー。今から証拠を見せましょう。時雨ガール」

 

「ああ、僕はパス」

 

「私のターン。雪風ガール、今からがユーのナイトメアの始まりデース。私が場に出すのは、この二枚のカードです」

 

 金剛が二枚のジャックの上に重ねたカードは、2とジョーカーだった。最上位とされている2のカードと、それより強いジョーカーのカード。このコンボに勝てる方法は存在しない。

 陽炎や時雨はもとより、雪風もパスせざるを得なかった。

 これで終わりではない筈だ。一体どうなるのか。

 

「行きますよ、雪風ガール。私のターン。フフフ……雪風ガールの強運には驚かされましたが、勝利の女神が微笑んだのはユーではないようデース。5のカードを四枚」

 

 ずらりと並んだ四枚のカード。

 これを見た雪風は先ほどまでの自信満々な表情から一変、地獄に叩き落とされたように真っ青になった。

 

「ま、まさか……?」

 

「そう言う事です。革命! これにより強弱が逆転しマース」

 

 それは雪風にとって死刑宣告であった。

 革命。これが起きれば強いものは弱く、弱いものは強く逆転する。すなわち、自身の強運で強力なカードばかりを集めた雪風の手札は、一瞬にしてゴミの集まりになったというわけである。

 革命返しというものがあるのだが、雪風には不可能だった。

 雪風の敗北は決定的となった。

 

「ジ・エンド。雪風ガール、お疲れ様デース」

 

 言葉通り、以後雪風は何も出来なかった。

 ただ、自分以外の三人があがっていく様を見続けるのみ。

 

「ミーの勝ちデース! これで間宮ガールのデザートは頂きデース」

 

「僕は二位か……まあ、良いかな」

 

「私も抜けて、ビリなのは」

 

「そ、そんな馬鹿な……このようなことがあろう筈はございません。私が負けるだなどと……」

 

 カードをパラパラと床に落として唖然と固まる雪風。普通であれば勝利は確実な手札で敗北を決したのだ。無理もないと言えばない。

 だけれど、これがカードゲーム。戦いに絶対はないことを教えてくれる、素晴らしい遊びである。

 未だ現実を信じられない雪風の肩を、陽炎が優しく叩いた。

 

「さっ、食堂に行こう?」

 

 

 

 

 艦娘たちで賑わう食堂の一角に、金剛たち四人の姿があった。テーブルの上には給糧艦間宮の作ったご飯が並べられており、視覚と嗅覚から食欲を誘って来る。

 陽炎、金剛、時雨の三人は、待ちきれないとばかりに勢いよく食べ始めた。だが、雪風は死んだ目をしながらご飯を眺めるばかりで口にしない。

 

「美味ですね。間宮ガールの料理もまた、世界最高のものデース」

 

「ほんとだね。これを食べてると幸せを実感できるよ」

 

「私たちって果報者よね」

 

「…………」

 

 食事が済めば、お待ちかねのデザートタイムである。今日のデザートは一か月に一度あるかないかの間宮羊羹だ。そんじょそこいらの羊羹とは比べものにならないものであり、これの為に深海棲艦と戦っていると述べる艦娘も少なくない。

 

「美味いなぁ、美味い」

 

「たまらないわ」

 

 恍惚とした笑みを浮かべながら羊羹を口にする時雨と陽炎。金剛も無言で本当に美味しそうに食べる。

 一方の雪風は食事も摂らないまま、本来自分のものだった金剛の二本目の羊羹を、羨ましそうに尚且つ恨めしそうに見ていた。

 

「雪風ガール、ご飯食べないのですか?」

 

「……お死にください」

 

 ぼそりと口走った言葉は、金剛には聞こえていなかった。

 金剛は小首を傾げると、そのまま食後のデザートを再開する。

 雪風の瞳に光が戻り始めるのは、陽炎と時雨のデザートタイムが終わりに近づいた時だった。

 

「こうなったらやけ食いしま――」

 

「先ほどから見ていたけど、食べないのなら勿体ないから貰っていくわね」

 

 横からぬっと現れた手が、雪風のご飯が乗ったトレイを取る。誰かと思って雪風が視線をやると、そこにいたのはホクホク顔の赤城だった。

 彼女は優しくて真面目で頼りになる空母、鎮守府内ではお姉さん的な存在だ。だけど、食事のことになると性格が豹変してしまう。

 常識人かと思いきや変人だったパターンで、鎮守府のおかしな艦娘勢の一人だ。

 赤城は、ラッキーとでも言いたげに雪風から取ったご飯を、よだれを垂らしながら持って行ってしまう。

 

「赤城さん。それはどうしたのですか?」

 

「雪風から貰ったの」

 

「それ、私にも分けてください」

 

「どうしようかな~、ちょっとだけよ」

 

「ちょっまっ!」

 

 雪風の呼び止めもむなしく、赤城は同じ一航戦でさらに健啖家仲間の加賀と一緒に視界から消えて行った。

 

「あの、雪風ガール?」

 

 場が静寂となった。

 踏んだり蹴ったり。泣きっ面に蜂。幸運艦の異名を持つとは思えない程の不運であった。

 そんな中で流石に哀れすぎると思ったのか、金剛は食いかけではあるが羊羹をあげようとする。雪風はそれを一瞥すると。

 

「うわーん! 長門さーん!!」

 

 ぽろぽろと涙を溢し、長門の名前を叫びながら食堂を走り去った。おそらくだが、慰めてもらいに行ったのだろう。

 残った三人は何とも言えない空気に包まれる。

 

「今度、デザートあげようかしら」

 

「そ、そうだね。あれは、見ていて悲惨だったよ」

 

「アンラッキーデース……可哀相に」

 

 雪風が出て行った食堂の出入り口に視線をやりながら、少しばかり優しくしてあげようと思った三人だった。

 



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おかしな鎮守府 その②

「雪風の奴、遅いわねえ」

 

 悲惨すぎる昼食後一時間と言ったところ。本日、特にやることが無い第十なんちゃらなんちゃら隊、通称金剛隊は、金剛と陽炎の部屋でたむろっていた。

 たむろっていたと言っても、部屋の住居人以外には時雨しかいないけど。昼食の前は、他もう一名も加わってカードゲームで盛り上がっていたわけだ。

 その一名であるが、食堂を泣きながら飛び出して行ってから戻って来る気配がない。前にも何度か似たようなことはあって、だいたい駆逐艦の艦娘は落ち込めば長門の下に駆け込み慰めてもらうのが慣例である。落ち込んだ理由を述べて、抱きしめてもらって、頭を撫でてもらい、頬にキス。十分ぐらいで終わることだ。

 だけど一時間が経過している。一体何が起きているというのだろうか。

 

「長門さんを探すのに手間取った、という可能性はないかい?」

 

「あるにはあると思いマース。but、長門ガールは基本的に寮の部屋、提督の執務室、広場の三か所にいることが多いデース。可能性としては低いでしょう」

 

「もしかしたら、長門さんの熱いパトスが抑え切れなくなってしまったとか?」

 

 しつこいようだが長門はロリコンである。小さくて可愛らしい女の子たちに目がない。今まで一線を踏み外したところは見たことが無いけど、もしかすれば裏では、なんてことに。

 雪風の安否が心配な陽炎だった。

 

「それは大丈夫デース。長門ガールの安全性は、私が保証します」

 

 長門とは長い付き合いの金剛が、陽炎の最悪を否定した。一か月見たところ、金剛と長門の関係はマブダチというのが一番近い気がする。その金剛が長門を大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。

 じゃあどうして遅いんだろう。

 三人が頭を悩ましていると、タイミング良く長門から放送が入った。

 

『……秘書艦の長門だ。ゴミ野郎、もとい金剛。今すぐ私の下へ来い。私は大部屋の方にいる。繰り返す。虫けら、来い……』

 

 ピンポンパンポンと放送が終わりを告げる。

 何やら長門は金剛に対して怒っている様子だった。それにプラスして、いきなり放送で罵倒された金剛も少しイラッと来ている。

 ゆらりと立ち上がった金剛は、静かに部屋を後にした。

 陽炎と時雨はお互いに顔を見合わせる。そしてニヤッと口元を歪ませた。面白いことになってきた、と言いたげだ。二人も金剛の後を追って部屋を出る。

 そうして三人は、長門とついでに雪風が居るであろう部屋のドアの前に立った。

 

「一体どうしたんだろうか、長門さん」

 

「金剛さん、何か怒らせることしちゃった?」

 

「分かりません。長門ガールには事情を聞く必要がありそうデース」

 

 それもそうだ。先ずは長門の話を聞かなければ話は進まない。金剛にしても、いきなり罵倒されたのではたまったものではないのだ。

 金剛がドアをノックしてから開ける。

 すると、金剛を最初に出迎えたのは長門の怒り顔でも雪風の泣き顔でもなく、ナックルであった。

 

「ぐほえ……っ!」

 

 突然の不意討ちに金剛も、後ろでニヨニヨしていた陽炎と時雨も反応出来なかった。

 ナックルは金剛の左頬をクリーンヒット。金剛は乙女にあるまじき声をあげてから、身体を仰け反らせた。

 

「いきなり何すんぐぼ……っ!」

 

 間髪入れずにもう一発。それから連打連打連打! もう滅多打ちである。途中から殴られている方は声もあげれていない。

 何発放たれたのであろうか、ナックルの持ち主は止めの為の決め台詞に入った。

 

「あなたの死因は一つだけだ、金剛……あなたは私を、怒らせた」

 

 どっかで聞いたような決め台詞だった。だがそれにツッコミを入れる者はこの場にはおらず、力を溜めた右拳が金剛に向かう。

 が、あいにく金剛はやられてばかりではなかった。

 

「死ねぇ、金剛!」

 

「おらぁあああ!」

 

 クロスカウンター。綺麗に決まった。

 一撃で大ダメージを負った長門は、足ががくがくと震えだす。ここからが金剛の反撃であった。

 殴る、蹴る、殴る、殴る、蹴る、殴る、距離を取ってトランプのカードを投擲、接近して殴る。先ほどまで好き勝手にやられた鬱憤を晴らすかのようである。

 長門も応戦。

 観客は大盛り上がり。

 観客Aの陽炎は、腕をぶんぶん振り回してもっとやれえ、と叫んでいる。

 観客Bの時雨は、偉そうに腕を組んで実況及び解説役に回っている。

 観客C、部屋の奥の方で覗き見るようにしている雪風は、一見あわあわしている様に見えるが、しっかりと楽しんでいた。

 

「……羊羹とご飯の恨みです」

 

 昼食の時のことを言っているらしい。

 逆恨みも良いところである。

 先ず、今日の昼食のデザートを賭けて大富豪をしようと言い出したのは雪風だ。羊羹が金剛に奪われたのも言い出しっぺが敗北した結果である。ご飯を取ったのは空母の赤城で、ここに関しては金剛は関係ないうえに、食べかけとはいえ羊羹を分けようとしているのは実に優しいことだ。

 でも、雪風にしてみれば金剛に羊羹を奪われたという事実が重要なのだ。過程はどうだっていい。

 そうこうしている内に、戦いは決着を迎えた。

 ダブルノックアウト。

 ばたりと戦艦二人が床に大の字で倒れ伏す。部屋の中で倒れ伏す長門はともかく、廊下で倒れている金剛は通行の邪魔だった。

 

 

 



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おかしな鎮守府 その③

「長門さん、いつものシュガー入りコーヒーです」

 

 ダブルノックアウトから十分後である。

 雪風がほんわかほんわかしながら、長机の上にコーヒー入りのカップを置いた。

 

「ありがとう、雪風」

 

 会議の時に使うような椅子に腰かけている長門は、出されたコーヒーを美味しそうに飲む。

 

「雪風。ほらっ、ここに来い」

 

 カップを机に置き、長門は膝の上をぽんぽんと叩いて雪風を誘致する。雪風は誘蛾灯に誘われる蛾のように、というと女の子に使う表現ではないので、花々に誘われる蝶々のように長門の膝の上に収まった。花という比喩をこの長門に使うのは癪であるが。

 

「それで、私を呼んだ理由を説明してくだサーイ」

 

 心なしか冷めた表情の金剛。 

 それもそうだろう。いきなり罵倒され呼び出され、来てみれば殴られるのである。これで怒らない人が居るのなら、その人は間違いなく聖人か菩薩だ。

 ちなみに、どういうわけか金剛も長門も殴り合いをした痕は一切身体に残っていない。一体どういうつくりをしているのか、同じ艦娘として気になる陽炎であった。

 

「そんなの、あなたの胸に手を当てて考えればすぐに分かることだと思うが」

 

 こちらもまだ怒っているらしい。自分の愛する者を傷つけられて怒る長門。そう考えればかっこいいかもしれないが、実際は歪んだ性癖の延長線上の話である。

 金剛としてみれば、そんな性癖で殴られたなどと納得できるものではない。

 だが、長門とは長い付き合いである金剛だ。ここで何を言っても無駄だということをよく理解しているので、長門の望むとおりにしてやる。

 

「まあ、いいでしょう……アイムソーリー雪風ガール。次から気をつけマース」

 

 甚だ不本意だが金剛は頭を下げた。決して金剛が悪いわけではないけど、誰かが大人にならないと話が進まないのである。

 

「雪風。謝っているがどうする?」

 

「わ、私が悪いんです……ですから金剛さん……謝らないでください」

 

「雪風は優しいな。どれ、お姉ちゃんが頭をなでなでしてやろう」

 

「はうう。気持ち良いです」

 

 長門は雪風を宝物をギュッとするみたいに左腕で自分の方へ引き寄せ、右の掌で壊れ物に触れるかの如く雪風の頭を優しく撫でる。

 頬を真っ赤にして長門に身をゆだねる雪風。

 このシーンだけ見れば心温まる光景とかなんとか言えるけど、陽炎は見逃さなかった。雪風が微かに口角を上げたのを。

 親友の新たな一面を見付けた陽炎だった。

 女の子って怖い。自分も女の子だけど。

 

「長門さん。これで金剛さんへの用件は終わりかい?」

 

 置物になりかけていた時雨が、存在のアピールの為か長門へ問い掛けた。

 この長門のことだから、金剛を抹殺するためだけに呼び寄せた可能性は大なのであるが、長門の様子を見る限り違うらしい。

 相変わらず雪風を抱いたまま、長門は表情を正して言った。

 

「あなたたちが、昼食のデザートを賭けて大富豪をしていたと聞いてな」

 

 その言葉に、陽炎は怪訝な顔をする。

 もしかして、賭け事は駄目だと言うのであろうか。確かに、賭け事と聞けば良いイメージは湧かないけど、でもこの鎮守府ではお金を賭けさえしなければ認められている筈だ。

 まさか雪風が泣いた原因だから禁止だとか言いたいのか。

 

「長門ガール。それを咎めようと言うのですか?」

 

「違う」

 

 違うらしい。

 

「じゃあ、何なんだい?」

 

「いや、実は良い考えが浮かんだから、ちょっと話を聞いてもらいたくてな」

 

「話を聞いてもらいたい人の態度ではなかったですが?」

 

 金剛がもっともなことを言った。

 話を聞いてもらいたい人がいきなり殴りつけてくる。それで話を聞いてくれる人を見てみたいと思っていたら、その人は陽炎の隣に座っていた。

 

「ふぅ……それで話とは一体?」

 

 ため息を吐いて金剛が先を促す。

 言動に奇天烈なところが多い金剛だけど、根っこのところは優しいというか苦労人というか。これは陽炎が一か月間の生活の序盤あたりで知ったことである。

 

「実はな、大会を開こうと思っていてな」

 

「ワッツ? 大会?」

 

「そうだ」

 

 長門が饒舌に語る。

 曰く、全駆逐艦を対象にした演習。駆逐艦は同じ隊のメンバーと一緒にトーナメント形式で戦い、優勝した隊には景品を与えるという単純明快なもの。

 駆逐艦以外の艦娘たちは、同じ隊の駆逐艦に協力するという形だ。隊に駆逐艦がいない艦娘たちはスタッフとして働いてもらう。

 前者は金剛のような艦娘。陽炎たちと同じ隊に所属しているので演習に参加である。後者は長門のような艦娘。駆逐艦以外の艦娘で構成された隊の艦娘である。

 泣きわめく雪風から賭け事の話を聞かされた時、ピンと来たらしい。

 これを聞かされた金剛は、不機嫌そうな顔から新しいおもちゃを手に入れた少年の表情へと早変わりする。

 

「長門ガール、ユーにしては素晴らしい考えデース」

 

「だろう? 後、私にしてはってどういうことだ」

 

 そういうことである。

 とにもかくにも賛成気味の金剛。長門はさらに当事者となる駆逐艦の意見を聞きたいと、今ここにいる金剛隊の三人に賛成か反対かの意見を求めた。

 結果。

 

「私は賛成よ。だって面白そうだし」

 

 賛成派の陽炎。戦いやお祭りみたいなものが好きな陽炎なので、今回の長門の提案に反対する気はさらさらない。

 

「別に僕も良いと思うけど。本番さながらに訓練するのは悪いことじゃない。それに僕も仲間たちと戦ってみたいと思っていた」

 

 こちらも賛成の時雨だ。幸が薄そうな雰囲気をしているのに血の気は濃ゆいらしい。

 

「私も賛成です。皆で一つのことをやるなんてとても楽しそうです。これでさらに私たちの絆も深まると思います」

 

 これまた賛成な雪風。思わず微笑みたくなるような賛成理由だが、本心から本当にそう思っているのかは不明である。

 これで駆逐艦三人も全員が賛成と相成った。

 

「よし、それでは決定だな」

 

「長門ガール、景品はどうするのデース? これをしっかりとしたものにしなければパーフェクトとは言えまセーン」

 

 気になるのか長門に視線が集まった。雪風は場所の都合で長門に視線をやれないので、聞き耳を立てる。

 

「それは当日になってからのお楽しみだろう。ここで言ってしまっては、あなたたちにとっては興ざめではないのか?」

 

 それもそうだと、こういうゲームやイベントごとには一家言がある金剛はそれ以上追及しなかった。他の三人は聞きたそうであったが、空気を読んで金剛を真似ることにする。

 

「さて、私はこの提案を提督に認めてもらわなくてはならないから、これで失礼するぞ」

 

 長門は膝の上の雪風を隣の席に座らせてから、満足げに退室して行った。

 四人は長門を見送ってから、自然と顔を合わせる。

 

「このトーナメント、絶対に優勝するわよ」

 

 戦いが好きで負けず嫌いな陽炎は、勝利の決意を胸にグッと拳を握った。

 もとより初めから負けようと考える人は少数である。言われるまでもないとばかりに、他の三人も力強く頷いた。

 

「フフ、私はどんなことでも負けたくありまセーン。勝つのは私たちデース」

 

「勿論だよ。僕たちの力を、今こそ知らしめる時だ。金剛隊には金剛さん以外にもいるってことを教えてやるさ」

 

「頑張りましょう」

 

 四人はガッと拳を突き合わせた。

 

 



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おかしな鎮守府 その④

 早くも大会当日である。

 長門が大会の開催を金剛たちに伝えたのは一週間前のこと。提督は今回の大会について二つ返事で了承したとのことで、このことを聞かされた鎮守府内の艦娘たちはここ一週間そうとうの盛り上がりを見せていた。訓練にもいつもより力が入り、自分達こそが絶対に優勝するという気持ちが伝わってきた。

 天気は快晴。大会をお天道様も楽しみにしてくれていたらしい。

 さて、最高のボルテージを伴った艦娘たちは、現在、金剛が長門に呼び出された大部屋に集結している。金剛たちが訪れた時にあった長机と椅子は片付けられており、艦娘たちは整列して前を見据えていた。艦娘たちの熱気で部屋の風景が蜃気楼のごとく歪んでおり、今回の大会にどれほどの期待があるか知れるものだ。 

 艦娘たちのぎらぎらと獲物を見付けた狼のような瞳が見つめる先には、マイクを片手に持った長門の姿があった。

 

「待ちに待った時が来たのだ。というわけで、本日の『駆逐艦の駆逐艦による駆逐艦のための大会、おまけもいるよ』の司会進行役を務めさせてもらう秘書艦の長門だ。本日はよろしく頼む」

 

 おお、と山を揺るがすような声。その声に負けないぐらいの拍手音も鳴り響く。

 

「それでは、先ずは提督からの挨拶だな。提督、よろしく頼むぞ」

 

「はい、分かりました」

 

 長門からマイクを受け取ったのは、駆逐艦から見ても小柄な女性だった。ふわふわのブロンドに纏っている柔らかな雰囲気は、どこぞのご令嬢を思わせる。お花畑で、風に飛ばされそうになる帽子を押さえながら微笑むと、絵になりそうである。

 この女性が艦娘の指揮をとって化け物と戦っているなんて、言われても信じられないだろう。だけど、この鎮守府の一員となった陽炎は知っている。かなり出来る人であると。

 人を見かけで判断してはいけないの良い例であった。

 

「ああ、提督。相変わらずお美しいデース」

 

 陽炎の隣で、金剛がぼんやりと呟いた。どうやら提督に見惚れているらしかった。

 金剛が提督に深い愛を抱いているという話は、この鎮守府内では有名な話である。金剛自身も公言しているし、同性愛も珍しくないので、みんなはその恋をそっと見守っている。

 唯一文句を言っているのは長門ぐらいなものだ。提督に対して劣情を抱いてはいけないというのが長門の言い分だが、盛大なブーメランであることに気付いて欲しいものだった。後、金剛の恋はそんな下劣な感情ではないと思う。

 いつも笑顔で可憐で、まるで自分を導いてくれるような提督に惚れたという金剛。陽炎は、仲間の恋路が上手く行ってくれたら良いと切に願う。

 

「皆さん。今日の大会では、自身の持てる力を精一杯出して、優勝目指して頑張ってください。優勝した隊の人には、私からもご褒美を差し上げます」

 

 ご褒美という言葉でさらに場がヒートアップした。

 そしてバーニングする者も現れる。

 

「マジで!? 陽炎! 時雨! 雪風! 負けられない理由が増えたわ。絶対に優勝は私たちのものよ!」

 

 地が出るほど嬉しいようだ。

 

「ふふ、皆さん頑張って、くれぐれも無理だけはしないようにしてください。私からは以上です」

 

 ふんわりと微笑んで最後を締めると、提督は長門にマイクを渡して元の位置に戻った。

 

「提督、ありがとう。さて、次の話だが提督のお言葉にご褒美という言葉が出た。そういうわけだから、景品の発表を行う」

 

 ビシッと全員が姿勢を正した。

 

「本来は優勝した隊だけにしようと思ったが、三位まで与えることにした。そのつもりでな……それでは第三位からだ。第三位は、間宮の料理一日食べ放題だ」

 

 ドッと歓声が上がった。三位でこれとは二位と一位が何なのか気になってしまう。太っ腹な景品である。空母が約二名ほど、先ほどの金剛のように荒ぶりを見せた。

 

「続いて第二位の隊には、間宮に一か月間好きな料理を作ってもらう権利」

 

 これもまた凄い。三位よりも良い景品である。

 

「最後に優勝した隊には……間宮に一か月間好きなデザートを作ってもらう権利だ。どうだ? 皆、欲しいだろ?」

 

 欲しい、と部屋中で大合唱。あの間宮に好きなデザートをしかも一か月間作ってもらえるなんて、今大会の本気度が窺える。

 それにしても間宮ばっかりの負担だが大丈夫なのか、と思って陽炎が視界の端に映っていた間宮に視線を移してみると、間宮は腕まくりして力こぶをつくっていた。大丈夫みたいだ。まあしかし、艦娘全員が喜べるような景品と言ったら間宮のご飯関係しかないので仕方ないだろうか。

 これだけではないぞ、と長門が続ける。

 

「駆逐艦だけなのだが、優勝した隊には私からも景品だ。私と一日ずっと一緒券だ!」

 

「……それは要らない」

 

 時雨がぼそりと吐きだした言葉に、陽炎もつい頷いてしまう。だけれど、この反応は時雨たちだけであった。長門の駆逐艦人気というのは凄まじく、長門の用意する景品を聞いた駆逐艦の艦娘たちは一番喜んでいる。特に暁型の艦娘たちが。

 

「喜んでくれているようで何よりだ。それでは、一先ずこちらも準備があるので適当に近くの者たちと話でもしていてほしい」

 

 ということになったので、艦娘たちは前や後ろ、隣の人たちと会話を始める。

 陽炎の右隣の時雨は雪風と会話を始めたので、自分は左隣の金剛とでも、と思ったが先客が現れた。

 

「よう、金剛さん」

 

 話し掛けてきたのは、金剛の左隣に立っていた天龍である。金剛や、それに影響を受けた比叡とは違い、正統派眼帯イケメン系女子だ。

 

「今回はオレたちが貰ったぜ」

 

 ニッと白い歯を見せながら天龍は不敵に笑う。

 

「そうは行きまセーン、天龍ガール。戦いには何が起こるか分かりませんが、しかし、今回の私たちの勝ちは決まっていマース」

 

「言ってくれるじゃねえか。戦艦だからって調子乗ってると痛い目見るぜ」

 

「ノーノー、痛い目を見るのはユーたちデース」

 

「へっ、まあ良いさ。絶対に吠えずらかかせてやるからよ。まっ、正々堂々よろしく頼むぜ」

 

「こちらこそ」

 

 がっしりとお互いに手を握り合う。

 それから天龍は、金剛とは反対側の隣にいる龍田の方へ身体を向ける。

 入れ替わる形で、比叡が後ろに振り向いて来た。あの、ミレニア〇アイと呼称されている眼帯を装着している。今日は金剛も着けているので、改めて見るこのツーショットは、この鎮守府のノリに乗った陽炎とはいえ近寄り難いものがあった。

 

「フフフ、お姉さま。今回はお姉さまと言えど、容赦はしませんよ」

 

「比叡。良い機会デース。どちらが真のミレニアム〇イの使い手か決着をつけましょう。姉妹でも、戦いの場に行く事を決意すれば相手を潰すまで戦う。それがデュエルデース」

 

「闇のゲームの始まりです。陽炎もお手柔らかにね」

 

 何の話をしているんだ。陽炎は金剛と比叡の二人を見ながら思った。

 最後に、後ろから金剛の肩をぽんぽんと叩いてくる艦娘。空母の赤城だ。既に勝利した後のことを考えているのか、ふにゃりと幸せそうな顔をしている。

 

「金剛。もし、あなた方が三位になってしまったら景品は交換しましょう」

 

 予想通りと言うべきか、赤城は食べ放題という言葉に惹かれたようだ。

 まさかだと思うが、三位になるために最後あたりはわざと負ける気じゃないだろうか。陽炎が赤城の隣にいた駆逐艦の潮を見てみると、その視線に気づいた潮が苦笑した。

 なるほど。食べ物の為なら本気で手段は択ばないらしい。その清々しさにはある意味で感心する。

 そうこうしていると、長門たちの準備が整ったようだ。

 

「皆、注目! このボードを見ろ!」

 

 デカデカとしたホワイトボードにはトーナメント表が記載されていた。艦娘たちはこぞって自身と対戦相手、それから順番を探している。

 陽炎も例に漏れずに目を凝らして確認した。

 金剛隊と書かれていた場所は一番最初。大会の初戦である。相手は赤城隊と記されていた。

 

「あら、最初?」

 

 背後で赤城の声が聞こえた。

 どうやら景品の交換計画は早々と失敗に終わったらしい。それにつけても、初戦の相手がいきなり赤城の隊とは厳しいものになりそうである。

 陽炎は金剛を横目で確認。金剛は何とも思ってなさそうというか、ただの倒すべき敵としか見ていないみたいだった。

 マイクもなしに長門が声を張り上げる。

 

「それでは、早速だが試合を開始する! 金剛隊及び赤城隊のメンバーは直ぐに準備に取り掛かれ!」

 

 

 

 



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おかしな鎮守府 その⑤

 場所は演習海域。

 太陽が燦々と照らす中で、金剛隊と赤城隊が距離を取って向かい合っていた。彼女たちはお互いに視認することは出来ない。それほど離れているのだ。これは空母である赤城に配慮してのことだった。最初から砲撃戦になれば不利なのは明白だからだ。

 そして安全な位置に大勢の艦娘たちと長門に抱きかかえられた提督が、両者の戦いの観客となっていた。

 

「いよいよ戦いの火蓋が切って落とされようとしています。彼女たちの胸の内から今か今かと溢れ出る闘志を、ビシビシと私感じ取っております。申し遅れました。本日の実況及びリポーターの青葉、重巡洋艦青葉です。よろしくお願いします」

 

 セーラ服に黄色のスカーフ、髪の色はグレー系のピンクでマイクを手慣れたように持つ少女。重巡洋艦の青葉は、まるで天職であるかのごとく振る舞っている。

 

「両隊共に四人ということで、数のところは互角。一体どうなるのでしょうか。それでは一人ずつ話を聞きましょうと言いたいところですが、時間が無いので金剛さんと赤城さんから一言ずつ頂こうと思います。では早速」

 

 青葉が先ず向かったのは赤城の下であった。そこには赤城の他に、漣、潮、曙の三人がいる。他の三人はあまりやる気がなさそうであった。

 さもありなん。一位と二位を赤城が取る気ない上に、三位の食べ放題を貰ったとしても赤城に食いつくされるのがオチである。

 彼女たちの思いは無様な戦いだけはしない。それだけだ。

 一方の赤城はやる気も気合も共に十分。メラメラと瞳に炎が見えそうであった。ずざざっと飛沫をあげてやって来た青葉が、マイクを赤城の口元に近づける。

 

「赤城さん、一言」

 

「ご飯」

 

「ありがとうございます」

 

 実に簡潔である。彼女らしさが詰められた一言であった。

 続けて金剛。彼女たちは四人全員が勝ってやるという強い意志を見せていた。赤城の時と同じように、金剛にマイクを近づける青葉。

 

「金剛さん、一言」

 

「私たちの敗北などありえまセーン。この大会を征し、名誉も景品も手にするのは私たちデース。ハハハハハ!」

 

「随分な自信の有りようですね。ありがとうございます」

 

 油断と取るのか余裕と取るのか、あるいはパフォーマンスと取るのか。判断に迷うところであるが、一つだけ言えるのは実力に裏付けされている発言ということだ。

 続いて青葉が向かったのは、赤城と同じ空母にして一航戦の加賀の下だ。本日加賀には解説役が授けられている。

 

「この戦いを加賀さんはどう見ますか?」

 

「赤城さんが取るべき戦術は二つ。金剛さんを先に片付けて、駆逐艦娘をじっくり料理するか。あるいは駆逐艦娘に攻撃を集中させて総大将を轟沈させるか」

 

 この大会では、隊の駆逐艦の中から一人総大将というものを選ぶ。この総大将を轟沈判定させれば勝ちというわけだ。言い換えれば総大将さえ生き残っていれば負けではないし、他が生き残っていても総大将がやられれば負けである。

 またお互いに、敵の隊の総大将が誰かは知らない。

 

「金剛さんの方は、赤城さんの最初の艦載機による攻撃を耐えて、主砲の射程に赤城さんたちを入れてしまえば勝ちは見えてくる」

 

「なるほど。この段階ではまだどちらが勝つのか、という確実な勝敗は見えてこなさそうですね」

 

「そろそろ皆が待ちきれないようだし、始めるとしようか」

 

 長門が加賀の隣に立った。それから顎で周りを指し示す。

 青葉が視線で追ってみると、観客の方がさっさと始めろと言いたげにこちらを見ていた。

 

「そうですね。開始の合図はどうしますか?」

 

「ここは提督に任せよう。提督、頼んだぞ」

 

 マイクを青葉から長門が受け取り、それを提督の口元へ。提督は軽く頷くと、一息置いてから開始の宣言を行った。

 

「それでは、金剛隊、赤城隊の試合を開始します――始めてください!」

 

 

 

 

 

 提督の開始の合図で、両者一斉に動きを見せた。動きが目立つのは空母の赤城である。長弓を構えて、それを天に向かって放った。すると放たれた矢は空中で分裂し、艦爆機や艦攻機、両者を護衛する戦闘機となって風を斬り裂き突き進む。

 その艦載機の姿が陽炎たちの目に入って来ると、彼女たちは前進していたのを停止してから迎撃態勢に入った。移動しながらの攻撃は、照準に問題が生じるからである。

 

「撃て撃て撃てぇええ! 撃ち落とせぇええええ!」

 

 普段のクールさを潜めさせた時雨が張り上げた声が辺りに響き渡る。それを号令として四人の対空砲による迎撃が始まった。

 弾幕を張ってとにかく敵艦載機の妨害をする。撃墜するのが一番良いのであるが、あいにく飛んできた飛行機全部落とせるほど、軍艦は万能じゃないのだ。艦娘であってもそれは変わらない。

 

「ワオッ! 流石に赤城ガールの……ユーたち、来ますよ!」

 

 多少の被害をものともせずに弾幕の中を突破してきた艦載機が投弾を行う。爆弾と魚雷が金剛たちに襲い掛かった。陽炎、時雨はしっかりと見極めて回避運動あるいは迎撃を行う。金剛もそれに倣おうした。

 が、そうはいかなかった。

 

「私の勘がこちらの方が良いと言っています。秘技、鋼鉄なるバリアーダイヤモンドフォース!」

 

「何をする気ですか雪風ガール! オーノー!」

 

 周辺一帯に水柱が立った。

 

「よし回避!」

 

「やったな」

 

 運が良かったのか実力か、上手く敵の攻撃をかわした陽炎と時雨。そして直ぐに周囲を確認すると、晴れた水柱の中から金剛と雪風が現れるのを見た。

 雪風は笑顔で陽炎たちにサムズアップ。何ともないところを見ると満足の行く結果を生み出せたらしい。一方の金剛は激痛で顔を歪めていた。至って傷を負っている様には見えないが、それはこれが模擬弾で行われているからである。金剛の現在の状態は中破。それ相応の痛みがある筈だ。

 

「よくもやってくれましたね、雪風ガール?」

 

 ぴきぴきとこめかみに青筋が浮かんでいる。

 

「私は最善の手を取ったと思います」

 

「仲間を盾にすることが最善ですか?」

 

「はい。金剛さんは運が良いですし、戦艦で防御力もある。それにこうした方が良いって私の勘が言っていました! てへっ?」

 

「てへじゃないわよ! まさかあんた、あの時のことをまだ根に持って」

 

「まあまあ金剛さん落ち着いて。こうして誰も轟沈判定受けてなかったんだから良かったじゃない」

 

「そうだな。運が良かった」

 

 全砲門を雪風に向けて今にもぶっぱなしそうな金剛を、陽炎と時雨が宥める。無傷だったのに味方の手で沈められるなんて馬鹿みたいな話だ。

 それに今回の総大将はこの雪風である。雪風が沈んだら負けである以上、雪風の判断もあながち間違ったものではないかもしれない。

 

「ほら、金剛さん。さっさと行かないと第二次があるから、早く行くわよ」

 

「……分かりました。では行きましょう!」

 

「「「了解!!」」」

 

 赤城たちがいるであろう地点まで全速前進。とは言っても全速の速度は一応金剛に合わせてあるけど。陽炎たちは赤城の二回目の攻撃に備えながら進軍する。

 そうして、二回目にさらされることなく赤城たちを金剛の大砲の射程に捉えることに成功した。陽炎たちの視線の先では、赤城が少し焦っているのが見える。

 金剛がそれを見過ごさない。

 

「誰が総大将なのかは、私たちにとってはアンノウン、すなわち未知デース。ですが、全員倒してしまえばノープロブレムデース! 砲門フルオープンーーファイア!」

 

 砲弾が爆音と一緒に赤城たちに襲い掛かる。しかし赤城たちとて屑鉄の案山子ではない。砲弾を軽々と回避してから反撃に移った。

 

「一航戦の名誉と誇りをやらせはしない! そして、間宮さんのご飯は渡しはしないわぁあああ! 漣、曙、行きなさい!」

 

「オワタ! 完全に捨て駒な件について」

 

「言わないで、漣。せめて、盾。そう私たちはイージスの盾なのよ」

 

「あんまり変わらないよ!」

 

 艦載機は、赤城の場合は弓を放って分裂したものが艦載機に変化し、空中で集合して陣形を整える時間が必要なのだ。特に弓を放つ時は無防備であり、それを守護する他の艦娘が不可欠。この無防備な時間身を挺して守らなくてはならない。

 であるから漣と曙は、まあそういうわけである。

 

「こうなったら行くわよ、漣!」

 

「うん。こういう時はそうだね、これだ……バンザーイ!」

 

 覚悟を決めた漣と曙が急接近して来るのが見えた金剛たちも動き出した。陽炎ら駆逐艦三人が砲撃を開始。接近して来る二人の逃げ道を断った上で、本命の金剛である。

 三人の駆逐艦による砲撃で水柱が乱立し、金剛が放った砲弾は弧を描いて飛んでいき爆発した。

 

「また守れなかったけど、これは仕方ない気がするわ」

 

「メシマズ……」

 

 辞世の句というか最後の言葉を言い残して、漣と曙は退場した。

 

「やりぃ!」

 

「このまま一気に行こう」

 

「勝ちましたかね、これ?」

 

 先に先制点を取ったということで、陽炎ら三人の士気が上がる。二人の駆逐艦を撃破したことで、必然的に総大将は残りの一人潮だ。三人は潮に注目する。だがただ一人、金剛だけは平常を保って赤城に注目しその動きを察知していた。

 

「ユーたち、赤城ガールの第二次攻撃隊デース。注意しなサーイ」

 

 言っている間に上空から攻撃が降り注ぐ。

 金剛は雪風に視線をやり、生き残れそうなことを確認してから対処に入った。総大将の雪風と最悪自分だけ生き残っていれば勝てるという算段だ。

 金剛の予想通り雪風は小破しながらも生き残った。

 

「うく……ふぅ……死ぬかと思ったわ」

 

「痛い! 痛い! 痛いー!」

 

 生き残ったには生き残った陽炎と時雨だが、大破判定の轟沈一歩手前。これ以上動けそうにはなかった。

 

「その様子だともう無理そうですね? 大人しくしているのデース。雪風ガール、行きますよ!」

 

「了解です。金剛さん」

 

 金剛と雪風の主砲が火を噴く。轟音、それから着弾。

 第二次攻撃がある意味で失敗したことを悟った赤城は、なんとか起死回生の一手を講じようとするもいかんともしがたく。

 

「潮ー!」

 

 と、頼みの綱を総大将に託して散っていった。

 

「赤城さん……!」

 

 託された潮は、自分と同じ駆逐艦、そして巨大な戦艦へと対峙する。

 潮は二人に勝てるとも思っていない。だけれどもしかしたら万に一つの望みがあるかもぐらいは考えている。それは、速度で金剛をかく乱して、雪風に接近し攻撃するヒットアンドアウェイ。でも、雪風が総大将じゃなかったら終わりだ。

 

「フフ……」

 

 必死に自分たちに勝つ算段を考えている潮を見て、金剛が凄みがあるというか邪悪な笑みを浮かべた。

 

「潮ガールの考えていることが手に取るように分かりマース」

 

「顔に出やすいですからね、潮ちゃん。それじゃあ金剛さん。油断しないで全力で戦いますよ」

 

「勿論デース」

 

 二人ははっきりと潮を見据えた。

 お互いに睨み合ったまま停止している。

 すると、潮が動き出したのを機に砲撃戦が始まった。

 右へ左へかく乱しようとする潮。だが、金剛には通用しなかった。行動を先読みされて、移動予定場所に飛来して来た主砲弾に直撃。そのまま轟沈判定となった。

 

「そ、そんな呆気ない……もうちょっと戦えると思ったのに」

 

「赤城隊総大将潮の轟沈を確認! この勝負は金剛隊の勝利だ!」

 

 凛とした長門の声。

 この一瞬後に、勝者である金剛隊と観客となっていた艦娘たちの歓声が沸き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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おかしな鎮守府 その⑥

「いたたたた……勝ったわね、皆」

 

 陽炎は意識を飛ばしたくなるような激痛を耐えて、時雨とお互いに肩を貸し合いながら金剛と雪風の下へ行く。

 初戦を見事に征することが出来て嬉しさが込み上げてくる反面、そういえば私は何もやってない気がすると何とも言えない思いも込み上げて来た。

 やったことと言えば、漣と曙に牽制程度の主砲を放っただけで頑張ったというか活躍したのは金剛ただ一人。金剛無双だった気がしなくもなかった。

 

「陽炎の気持ちはよく分かる……僕も基本叫んだだけだったしね」

 

 金剛隊には金剛以外にも人物がいることを分からせてやる、という意気込みで戦いに臨んだ時雨。でも結果としては、金剛流石の一言が飛び交いそうな内容だった。

 落ち込むのも無理はない。

 

「やりましたよ金剛さん!」

 

 身体も気分も優れない二人とは裏腹に、雪風は満面の笑みで海上を飛び跳ねている。彼女だって大したことはやってないけど、でもどんな手を使ってでも生き残ったというところは評価が出来そうだ。少なくとも自分や時雨に比べれば。

 そして本日のMVP。

 

「フフフフ、だから言ったではありませんか。私たちが負けることなどあり得ないと。粉砕! 玉砕! 大喝采デース! フハハハハハ!」

 

 勝ったことが嬉しいのか高笑いのレベルが上がっている。金剛だって中破判定の身体で無視は出来ない痛みがある筈なのにそれを一向に感じさせないタフぶりだった。

 と、馬鹿笑いしている金剛に、敗者とは思えない程スッキリとした表情で赤城が話し掛けて来た。赤城の背後には漣、曙、潮の三人もいる。

 

「今回は負けたわ、金剛」

 

「私たちも冷や汗ものな時が何回もありました。ユーたちは強敵でした」

 

「……この戦いで駆逐艦はほとんど何もしてない件について」

 

「……漣ちゃん、しっ」

 

 赤城の後方での会話を聞かなかったことにして、金剛と赤城は握手。

 

「他の隊の人たちも手強く、苦戦することは間違いないわ。だけど、私たちを下したあなたたちならきっと三位に入ることが出来る。私は信じてるわ」

 

 中々感動的な場面だが、ここで優勝ではなく三位とか言ってしまっては台無しだ。この後赤城が何を口にするのか、陽炎は何となく想像がついた。

 

「それでものは相談なんだけど……あなたたちが三位になって景品を貰ったら、それを私にくれないかしら。後日、百倍にして恩を返すから」

 

 やっぱり。

 この実に呆れた相談ごとに、陽炎たちだけではなく漣たちまで首を横に振ってやれやれ。また、こんな馬鹿な提案に金剛が乗る筈もなく。

 

「ソーリー、赤城ガール……私たちが目指すのは優勝ただ一つ。三位などさらさら取る気はありまセーン」

 

「そんな! 殺生なことを言わないで。お願い!」

 

 涙を垂れ流しそうな勢いで瞳をウルウルとさせる赤城。ご飯が関われば性格が変わることは知っていた陽炎だが、ここまで酷いのは見たことがない。赤城は腰に縋りついて上目遣いと持ちうる武器を全部使って金剛に懇願する。

 これに金剛はーー。

 

「ユーには一航戦としての誇りはないのですか?」

 

 苦笑気味である。

 今の赤城を見たところ誇りなんて埃と区別が付きそうにもないが、優先順位の問題だろう。彼女にとってご飯はそれほど大事なものということだ。

 

「誇りでご飯が食べれますか!?」

 

 赤城が咆哮した。魂の叫びだった。

 誇りでご飯が食べられないことに異論はないけれど、なんか赤城が言っても意味が違いそうなので同意はしない陽炎であった。

 さてと、次の試合があるためいつまでもここにいては大会進行の遅れの原因となりうる。赤城の醜態は見ていて楽しくはあるが、他の人に迷惑を掛けるわけにもいかない。

 

「一先ず、戻るわよ」

 

 ということで八人仲良く海上を滑る。

 出迎えてくれたのは、大勢の艦娘の拍手と赤城の負けで落ち込んでる私情入りまくりの解説役加賀、マイクとメモ帳を持った青葉に、笑みが可愛らしい提督と少し笑っている長門だった。

 赤城は真っ先に加賀の下へと向かって慰めてもらう。自分の胸の内で泣く赤城に、落ち込んでいた加賀は頬をうっすらと赤らめて、仲が良さそうで何よりだ。

 

「フッ、面白い試合だったな金剛」

 

 提督を抱きかかえた長門が金剛に笑いかける。

 

「特にあなたが爆発するところは大変笑わせてもらった。あのままくたばっていたらもっと面白そうなのだが……」

 

「フンッ……別にユーを笑わせるためにやったことではありまセーン。それより、提督を寄越しなサーイ!」

 

 乱暴な言葉とは裏腹に、長門の腕から優しく提督を抱く金剛。

 

「ヘーイ、提督? 私の活躍ぶりはどうでしたか?」

 

「とてもかっこよかったですよ」

 

「…………っ! そう」

 

 甘酸っぱい光景が目の前で広がっていた。見ているだけで胸がドキドキする。傍から見たら小さい少女に褒められて熱っぽくなる眼帯の女性の図だが、危険性が感じられないのは何故だろうか。

 比較対象を観察してみる。

 

「長門さーん、勝ちました勝ちました。私勝ちましたよ!」

 

「頑張ったな、雪風。凄いぞ」

 

「うぅ……負けちゃったわ、長門さん」

 

「残念だったな、曙。お姉ちゃんの胸で良ければ貸してやる。よしよし」

 

 自分と時雨を除いた駆逐艦四人が長門を取り囲んでいた。金剛とあまり変わりはない絵面なのに、こちらはそこはかとない危険性を感じる。

 不思議だ。

 

「はーい、ちょっとよろしいですか?」

 

 どうでもいいことに頭を悩ませる陽炎と、ぼけっとしていた時雨は声を掛けられた。

 声の持ち主はマイクを持った青葉。

 どうやら、周りはお忙しい中特にやることがなさそうに突っ立っていた二人に、今回の試合について一言もらいたいとのことだった。

 こういったことは初めての経験なので、何を話して良いのか分からない二人。最初に冷や汗流しながらしゃべり始めたのは時雨であった。

 

「が、頑張りました」

 

 次は陽炎の番。

 えっ? こんなんでいいのと思って自分も簡単に済ませようとしたが、青葉が目で語って来たのでそこそこの長文を話す羽目になった。

 

「えと……今回は金剛さんに頼りきりだったし、私はろくに戦っていません。こんな不甲斐ない真似を次は繰り返しません。自分に出来る事を精一杯やろうと思います」

 

 ありがとうございました、と青葉は踵を返して赤城の方へ行った。声音から判断する限りどうやら及第点は貰えたようである。

 青葉を見送った陽炎は、ふと自分が言った言葉を思い返してみた。

 

「頼りっきりか……」

 

 そんなことじゃいけない。自分たちは保護の対象ではなく轡を並べる戦友でなくてはならないのだ……って、何で妙な雰囲気になっているのだか。

 隣を見れば、時雨と視線があって、周りで盛り上がっている仲間たちを見ながら、二人で大きなため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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おかしな鎮守府 その⑦

打ち切りみたいな終わり方ですけど、その通りです。すみません。

続けるとぐだぐだしそうな感じだったのでここでおかしな鎮守府編はスパッと終わらせます。

話自体はまだまだ続きますので、これからもよろしくお願いします。


 そして話はだいぶ飛んで決勝戦である。

 外はすっかりと夕焼け色に染まって幻想的な様相を呈していた。そんな中、陽炎たち金剛隊は、横並びに立って観客に混じり決勝戦の見物に参加していた。

 そう、見物に参加しているのである。

 どういうわけなのかと言えば、言うほどでもないのだが負けたのだ。それも二回戦敗退というやつである。完膚なきまでに叩き潰された。

 相手は天龍幼稚園もとい天龍隊。数の上では天龍隊が六、金剛隊が四と不利なのだが、戦艦である金剛がいることでちょっと敵を舐めすぎたのだ。

 陽炎は戦いの様子を思い出してみる。

 

「無駄ですよ、天龍ガール、龍田ガール。ユーたちがどれだけ足掻こうが、私たちの勝利は揺るぎまセーン。覚悟はいいですか?」

 

「天龍ちゃん……」

 

「くっ、勝負は最後の最後まで分からない! 行くぜ!」

 

「NOOOOOOOOO! この私が……ここまで」

 

「響、雷、電! 燃やしつくすのよ! 命の燃料のひと雫まで!」

 

「「「イワーーーーク!!」」」

 

 少しだけ捏造が入ってるかもしれないがだいたいあってると思う。こんな感じで、天龍と龍田の予想以上の奮闘に唖然となった金剛が隙となり、駆逐隊一のチームワークを誇る第六駆逐隊の猛攻撃で陽炎たちはあっさりと脱落。優勝どころか上位にも入れなかったということで、大変恥ずかしい結果に終わった。

 そのため金剛は俯き気味で何だか居た堪れない様子を見せている。あれだけ「勝ちは決まっている」「優勝以外興味はない」とか言っておいてこれでは相当恥ずかしいだろう。陽炎たちですら少し恥ずかしさを感じているのだから。

 

「金剛さん」

 

「今は、話し掛けないで」

 

 長門に散々からかわれまくって、提督に慰められて、これでは一時の間、もしかすれば数日はこのままかもしれない。

 気持ちが痛いほど分かる陽炎はそっとしておくことにした。

 陽炎は視線を正面に変更する。

 決勝戦は、陽炎たちを見事打ち破った天龍たちと、ちゃっかり勝ち上がって来た比叡たちだ。ここまで来れば、どちらが勝ってもおかしくはない実力さである。陽炎としてはどちらが勝とうがもうどうだっていい。そんなことより疲れたからさっさと寝たいというのが正直な感想であった。

 しかし真面目に考えるなら、チームワークでは天龍隊で個々の力では比叡隊に軍配が上がるだろう。

 

「お姉さまの仇は私が取る!」

 

「俺が教えてやるぜ。真の眼帯使いの戦いぶりをな!」

 

「それでは決勝戦を行います――始めてください!」

 

 ついに決勝戦が始まった。

 天龍たちの作戦は陽炎たちとやった時と変わらないようだ。すなわち天龍と龍田が大型の敵を抑えて、その間に暁たちで敵駆逐隊を殲滅するというもの。

 対する比叡達はガンガンいこうぜ、おせおせどんどんって感じだ。各々が突出してそれぞれで殲滅するという作戦のようだ。作戦って言うのだろうか、それは。

 

「あっ……しまったっぽい」

 

 作戦通りに一人突出した夕立が、作戦通りに固まって行動する暁たちに砲撃された。あれはもう駄目だろう、と見ていたら案の定であった。

 試合終了の合図。

 どうやら比叡側の総大将は夕立だったらしい。

 金剛の仇を取ることもなく、真の眼帯使いの戦いぶりを見せることもなく決勝戦は幕を閉じた。試合時間は十秒にも満たっていない。

 世界の時間が停止したように陽炎は感じた。

 

「今大会の優勝者は天龍隊の皆さんです。拍手!」

 

 いつも通りの天使の笑顔な提督。

 ぱちぱちぱち。提督の拍手が呼び水となり、まばらにぱちぱちぱちと音が増える。

 とにもかくにも優勝者が決まったのである。

 

 

 

「今回の大会は酷かったわ」

 

 大部屋に戻るなり、陽炎はげんなりとしながら言った。

 特に決勝戦である。一番盛り上がりを見せるべきところで、一番盛り上がらない終わり方をしてしまった。あれはないだろう。

 ほら見てみろ。一位になってトロフィーを貰っている天龍の顔が複雑そうであり、どことなく引き攣っているようにも見える。

 二位の比叡たちもそこはかとない申し訳ありません感があった。

 ちなみに三位は高雄の隊である。

 

「では、私からの景品だ」

 

 この空気を一変するように大はしゃぎする第六駆逐隊の面々。貰った景品を目一杯掲げて自慢げにしている。そんなに嬉しいのだろうか、長門と一日一緒券とやらは。陽炎には分からなかった。

 そして優勝した隊にはもう一つ景品が贈られることを忘れてはならない。

 

「提督……」

 

 悲痛な瞳で提督を見つめる金剛。

 そう、提督からの景品である。どんな景品が贈られるのか、陽炎には既に興味はない。だが金剛は違うのである。

 おもむろに天龍に接近する提督。

 

「私からこれです。天龍さん、少ししゃがんでください」

 

「んあ?」

 

 チュッ。

 右頬を押さえる天龍。

 発狂する金剛。

 

「やめてぇえええええ!! あぁっ!? うわああああああああ!!」

 

 がっくりと崩れ落ちてからそのまま動かなくなった。

 こうして長門主催の大会は終了したのである。

 

 

 



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おかしな艦娘たち
おかしな金剛とお出掛け その①


「陽炎ガール。今日少し時間ありますか?」

 

 あの残念な大会が終わり金剛の精神が正常に戻ってから幾ばくか経った日のことである。今日は一日お休み、休暇だ万歳ということで陽炎は部屋でのんびりとした時間を過ごしていた。陽炎には特にこれといった趣味はない。だから金剛からマンガ本を借りてそれを読み漁っていた。

 このマンガ本は古代中国の三国時代のことを描いたものだ。コミカルな本ばっか持っている金剛が、どうしてかこんな本を持っていたので、興味が湧いた陽炎が借りたのである。

 読んでみると意外と面白かった。一人一人のドラマを感じ取れて中々考えさせられるところがあったり、単純に強い人たちがいたり、頭を使った駆け引きがあったり。登場人物を艦娘たちに当て嵌めると違った面白みもあった。

 取りあえず「孔明の罠だ」はいつか使ってみようと思う。

 そんな風に陽炎が楽しんでいた時だ。同じ休暇中の金剛に声を掛けられたのは。金剛も金剛でやることが無かったのか、自分のベッドではなく床に座って神経衰弱で時間潰しをやっていた。陽炎が見た限り百発百中で、もしかしたら本当に特殊な力が金剛の眼帯に宿っているんじゃないかと思った。

 声を掛けてきたのは十回目が終わったぐらいであろう。

 

「あるわよ」

 

「でしたら付き合って頂けませんか?」

 

「念のために聞くけどお付き合いの方じゃなくて」

 

「一緒に付いて来て欲しいの方デース」

 

 そういうことになったので、陽炎はパジャマを脱いで外出用の服に着替える。時刻は昼過ぎ。昼食は取っていない。休みの日は特別に用がない限り一日中ずっと不規則だらだらのパジャマ派なのだ。別に人間ではないからそこまで健康気にしなくていいし。

 着替え終わってどこに行くのか尋ねてみれば、買いたい物があるから一緒に行こうとのことで、陽炎としては欲しい物があるわけではないけど、見るだけなのも面白いので問題は無い。

 

「何が欲しいの、金剛さん」

 

「コミックデース。丁度新刊が出ている筈ですから」

 

「てことは書店?」

 

「イエース」

 

 書店は行ったことが無い。買いに行くとしてももっぱら服とかばっかりだから少し新鮮な気分だ。何か面白そうな本があったら買うのも悪くはない。

 それはそうとメンバーは二人だけなのだろうか。別に二人だけでも面白そうであるけど、折角出かけるのであればもうちょっと人数を増やしたいところである。ただ、あいにく時雨と雪風は用事があって今日はいない。二人して朝早くからどこかに行くらしい。食堂で聞いた。

 だから二人は誘えないとして、今の自分と同じように暇している人を誘いたい。別に今日が休暇中なのは自分たちだけではないので他にいるだろう。陽炎はその旨を金剛に伝えた。

 

「それもそうデース。ならば一人宛があるのですが、構いませんか?」

 

 どうやらいるらしい。いるんだったら誰だって構わない。この鎮守府の艦娘たちに嫌な人なんて一人もいないのだから。

 

「誰でもいいわよ。一緒に来てくれるなら」

 

「オーケー。でしたら招待しましょう」

 

 

 

 

 

「私を誘ってくれるの?」

 

 金剛が誘ったのはネガティブ系美女の山城だった。不幸よ、が口癖で水が滴っているのが妙に様になる。そのどんよりした雰囲気から『濡れおなご』と愛称がついており、『濡れおなご』は怨念だなんだと物騒な反面大変な美女の妖怪として知られているので、山城も満更ではないらしい。

 彼女は金剛が書店に出かけるから一緒に行こうと誘うと嬉しそうに反応した。

 

「勿論デース。マイフレンドなのですから当然デース」

 

「友達……いい響ね。陽炎もいいの?」

 

「ええ。一緒に行くわよ」

 

「ふふ……うふふふふ……嬉しいわ」

 

 こういう儚げな笑みが似合う女性だった。

 

「山城さんって本とか読むの?」

 

「ええ、読むわよ。私は恋愛ものが好きなの」

 

「そうなの?」

 

「うふふ……」

 

 含みを感じる笑みであったが陽炎は聞かなかったことにした。

 とにもかくにもこれでメンバーは二人から三人に増えた。もうちょっと増やしたいところだが、それは贅沢な話であろうか。

 だいたいにして貴重な休日をだらだらと過ごしている陽炎みたいな人は珍しくて、普通だったら時雨たちみたいにやることがある。

 三人でも十分に楽しめる筈だしこれで大丈夫であろうか。

 

「そう言えば、お昼ご飯どうするの?」

 

 昼食はまだ取っていない陽炎にとっては気になる問題だ。朝からずっと部屋に一緒にいた金剛も取って無い筈だし、山城はどうだろう。

 

「山城ガールはもう食べましたか?」

 

「まだ食べてないわ」

 

「だったら三人で外食しようよ」

 

「そうですね。山城ガールさえ良ければそうしましょう」

 

「私も問題ないわ」

 

「決まり!」

 

 食堂のご飯は美味しいけど、たまの外食で友達と一緒に食べるのもまた格別に美味しいのだ。今から楽しみな陽炎。 

 その時だった。

 

「あら、山城お出掛けかしら?」

 

 現れたのは山城の姉妹艦である扶桑だ。鎮守府に存在する数ある姉妹艦の中から、妹に対する愛情が人一倍多いことで知られている。

 彼女は右手に書類を持っていて忙しそうだ。妹の山城とは違い、私服ではなく巫女服風の着物を纏った扶桑はお勤めのようだった。

 

「お姉さま……金剛たちが誘ってくださいましたので、書店に行って参ります」

 

「あらそうなの? 事故の無いように気をつけて行ってきなさい」

 

「はい」

 

「金剛さんたちも、山城のことをどうぞよろしくお願いします」

 

「任せなサーイ。山城ガールに不快な思いはさせまセーン」

 

「ふふ、頼もしいですね」

 

 口元に手を添えてうふふ。山城といい、長門や陸奥といった面々には無い大人の色気が凄い。大和撫子というのはこういう人たちのことを言うのであろうか。

 

「それでは、行ってらっしゃい」

 

 左手を顔の辺りで振って陽炎たちを見送る扶桑。

 

「ええ、行って来ます。お姉さま」

 

 山城がそう答えて、続けて陽炎と金剛も答える。扶桑の熱い視線を――特に山城に向けられた――背後に受けたまま、三人は書店目指して歩き始めるのだった。

 

 

 



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おかしな金剛とお出掛け その②

「ここがそうなのかしら?」

 

 昼食と書店、先ずは書店に行ってからにしようということになったので、陽炎、金剛、山城の三人は鎮守府付近で一番大きな書店へと足を運んでいた。

 グッと見上げるほど巨大な書店で、一階から四階まで全部本売り場らしい。小説、マンガ本、専門書何でもござれ。百万冊を優に超える在庫数ということで、ここで本を探せば大抵の目当ての品は見つかるであろうということらしい。

 

「大きいわね」

 

 山城が目をぱちくりとしながら呟いた。その驚きには陽炎も同意見だ。昔、まだ陽炎が転属する前の時に、行きつけだったデパートと同じくらいの大きさなのではないだろうか。何で本だけなのにこんなに大きいのだろう。

 

「驚いていますね? ですが、これよりもっと大きな書店がありマース」

 

「これより!?」

 

「そうデース。ここの二倍ほどの大きさの書店デース」

 

 信じられない。どれだけ大きい書店だと言うのであろうか。

 まあ、そんなことより入ってみることにしよう。入り口を塞ぐように会話をしていたら店側の迷惑にも繋がるし。

 というわけでこの大きな書店に足を踏み入れると、視界に飛び込んで来たのは四方を埋め尽くす本、本、本。圧巻の光景である。こんなに大量の本を一度に見たことがない。世の中には本を見ると頭が痛くなるという特異体質の人がいるらしいが、そんな人がここに来たらひとたまりもないだろう。

 

「ここは主に文庫本デース。私の目的のコミックは最上階の四階ですが、折角です。一階から順にぶらりと回りましょう」

 

 そういうことになったので、金剛の案内の下で陽炎と山城は店内を歩き回った。一階のフロアは、ファンタジー、恋愛、戦記、歴史、哲学、と文庫本サイズなら何でもある。陽炎は興味が湧いた本を手に取ってパラパラと読んでみたりした。

 山城も恋愛関連を熱心に読み込んでいた。内容はだいたい姉と妹の禁断の恋的なやつだ。彼女の趣味がよく分かる一場面であった。

 金剛は陽炎と山城の案内をするだけで本を手に取ったりはしなかった。自分たちの反応を見て笑っている。少し恥ずかしい。

 そして二十分ぐらい回っただろうか。

 ふと視線を感じた陽炎。誰かがこちらを見ている気がする。

 陽炎は注意して何気ない動作で周りを見渡した。

 すると視線が消えた。気のせいだったのか。あるいは誰かが見ていたのだろうとしても、陽炎は深く考えなかった。

 何せ目立つ人が二人もいるのである。スーツ姿に左目を長い髪で隠し、しかも隠した左目に眼帯を着けていてちらちらとそれが見える金剛と、大和撫子を体現した様な着物美人の山城。こんな二人が一緒にいたらそれは視線を集めるだろう。単体でも気になるのに。

 

「どうしました、陽炎ガール?」

 

「何でもないよ、次の階に行こう」

 

 階を上がって二階。

 ここは専門書がメインである。ここも一通り回って、陽炎たちはミリタリー系のところで盛り上がった。軍艦だったころの自分の説明なんかを読んでみると面白い。山城のネガティブが発動したりするなど問題も起きたが。

 さらに山城のネガティブ以外にも問題があった。この階でも視線を感じたのである。

 やっぱり二人は目立つのかと思って、あんまり気にしすぎても仕方ないと気に留めるのを止めようとしたその時である。陽炎は信じられないものを目撃した。

 何あれ?

 衝撃を受けた陽炎が目撃したのは、よく見なくてもかなり怪しい人だった。怪しすぎてむしろ奇妙な信頼感すら出てくるようだ。

 身長は陽炎よりずっと高く戦艦の艦娘ぐらいだろうか、髪は艶やかな黒髪のロング。男性か女性か問われれば、女性だと思う。断言できないのは、顔が完全に隠されているからだ。鼻から下はスカーフを巻いており、目にはサングラスをかけていた。

 怪しい上に面白い。隣でニコニコしている金剛と比べても問題がないほど面白い恰好をしている。

 

「金剛さん」

 

 陽炎は金剛を呼んで。

 

「陽炎ガール?」

 

「あれを見て」

 

 謎の人物を指さした。

 

「……ぷっ」

 

 吹き出した金剛は口元とお腹を即座に押さえる。どうしたのかと陽炎が怪訝にしていたら、金剛は肩をふるふると振動させ始めた。

 

「くくっ……ふ、不審者……あ、あの人本当にやったのね……くふふ」

 

 人がいない場所だったら、地面を転げ回ってバンバン叩いていただろう。笑い死にしそうなぐらい笑っている。

 

「どうかしたの?」

 

 金剛の様子がおかしいことに気づいた山城が心配そうに声を掛けて来た。

 

「あれ」

 

 笑うことに忙しすぎて答えられない金剛に代わって陽炎が対応した。

 

「何もないわよ?」

 

 だが、金剛を笑い死にに追いやろうとしている謎の人物の姿は、忽然となくなっていた。

 

「あれぇ?」

 

 目を離したまさに一瞬の間にいなくなってしまった。一体どこに行ってしまったのだろうか。

 

「陽炎?」

 

「いや、何でもないわよ。大丈夫だから」

 

「そう……」

 

 山城は少し気遣わしげだったが、それ以上追及はして来なかった。

 それから何とか金剛を落ち着かせて三階に移行する。

 三階でもやっぱり視線を感じたけど、それは時々思い出し笑いをする金剛が原因だと陽炎は思った。気持ちは痛いほど分かるんだけど、一緒にいる自分たちまで変な目で見られるので勘弁してほしい。

 最後の四階は金剛の目的地である。

 金剛がお目当てのマンガ本を手に取って、四階もぐるりと一周した。

 この階では人の想像力と逞しさに驚かされた。自分たちのように軍艦が擬人化したり、戦車や城、果ては駅までもが擬人化していたのだ。深海棲艦に海を支配されている昨今、人は意外と元気に生きているものだと感心する。

 

「私、ちょっと手を洗って来ていいかしら」

 

 途中、山城が手洗いに行くということで一人外れることになった。そういうわけだから、山城が戻って来るまで場所を動かずに待つことにする。

 この時、待っていて思ったのだが、先ほどまでずっと感じていた視線がなくなっている気がする。山城が手洗いに離れてからだ。これって、もしかしたら……。

 急に不安になって来た陽炎。

 まさか、一階から感じていた視線の持ち主は同じ人物で、その人物は山城を狙っている? だとすれば、一人になった山城が危険ではないのか?

 すると、金剛が陽炎の不安を取り除くように頭を撫でながら言った。

 

「や、山城ガールには……くくっ、ストロングなボディガードが付いてマース。な、何も心配することはありまセーン」

 

 またあの謎の人物を思い出して笑っているのか。

 そんなことよりボディーガードとは一体どういうことなんだろうか。どうしてそんな人がいるのかが疑問だが、そんな人がいるなら教えてくれてもよかったのに、と陽炎はむっと頬を膨らませて金剛を見る。

 金剛は呼吸を必死に整えていた。

 

「お待たせしたわね」

 

 山城が戻って来た。何事もなかったようで、陽炎は一安心である。

 

「それでは、レジを済ませてきマース。それから食事に行きましょう」

 

 無事に山城が戻って来て、さらに四階も十分に見て回ったので、書店の方はこれでおしまいである。

 本日購入予定のマンガ本を会計するためにレジの方へ向かって行く金剛。陽炎は買うものがなかったが、山城は一階で熱心に読んでいた本を購入するということで、お金と本を金剛に渡していた。

 それにしても、一階から視線を感じさせてくれた人物といい、山城のボディーガードといい、ついでに謎の人物といい何者なんだろうか。ボディーガードの方は後で金剛にでも聞くとするか。

 

「ソーリー、それでは行きましょう」

 

 レジで会計を済ませた金剛が戻って来た。

 そんなわけなので、陽炎たちは書店を後にして遅めの昼食を取るためにレストランへと向かった。ちょくちょくと視線を背後に受けながら。

 

 

 

 

 

 



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おかしな金剛とお出掛け その③

 昼食を取るためにやって来たレストランは、時間帯が時間帯だったために閑散としていた。本来だったら、甘いものでティータイムの時間である。人はだいたいそちら方面の店に流れているのだろう。ちなみに、このレストランを勧めたのも金剛だ。

 店に入ってドアベルがからんからんとなる。すると、店員が満面の笑みで応対してくれた。お仕事用の笑みではない、本当に歓迎してくれているらしい。何て良い店だ。ここはお気に入りの店として脳内で登録しておこう。やけに金剛が推して来ると思えばこういうことだったのか。

 店員に案内されるまま、陽炎たちは一番奥の席へと向かった。途中、客が振り返って陽炎たちを見ていたが仕方ないだろう。スーツで眼帯のコスプレみたいな美女に、儚げな着物美人と中学生らしき子供。嫌でも視線が集まるというものだ。

 席に着いたら、店員が冷たい水を持って来てくれた。案内してくれた人とは別の人だったけど、この人の笑顔も素敵だ。水も格別に美味しく感じる。

 

「グッドなレストランでしょ?」

 

 陽炎の対面に座る金剛がニヤリと笑って足を組んだ。足が長い。後、行儀が悪い。

 

「ここのレストランは特別なサービスをしているわけではありませんが、接客がワンダフォ! 私が初めて訪れた時は、それはそれはびっくりデース! 唖然としました」

 

 水を一口。ガラスのコップで水を飲んでいるだけなのに、凄く絵になる金剛であった。

 

「そうね。私みたいな人にもあんな笑顔で。良いお店ね」

 

 金剛に同意するように山城が微笑んだ。さらりとネガティブ発言をするのは止めてほしい。

 

「さて、オーダーしましょう。味も保証しますから安心して頼んでくだサーイ」

 

 バッと金剛がメニュー表を広げた。そこにはさまざまな料理名が食べてくださいと主張するように記載されている。写真を見るとどれも美味しそうで直ぐに決められない。

 

「私は焼き魚定食で良いわ」

 

 山城は焼き魚定食のようだ。何を頼めば良いのか分からないから取りあえず和食系を選んでみた、という顔をしている。

 

「私はこれデース。ステーキ定食」

 

 金剛はステーキ。

 これで決まっていないのは陽炎だけである。どうしようかと思ったが、ここは定番で行くことにしよう。

 

「私はハンバーグ定食にするわ」

 

「決まりですね? ヘーイ、そこのガール! オーダーデース。焼き魚定食、ステーキ定食、ハンバーグ定食を一つずつ。OK?」

 

 偶然近くを通りかかった店員を呼び寄せて金剛が注文した。実に日本らしくない注文だった。流石欧米生まれである。店員は笑顔で注文の内容を繰り返してから厨房へ向かって行った。

 

「そういえば、金剛さん。ボディーガードって誰なのよ?」

 

 料理が届くまでの間暇なので、書店の時から気になっていたボディーガードのことについて金剛に尋ねた陽炎。それに反応したのは、質問された金剛ではなく何のことか分からない山城であった。

 

「ボディーガード?」

 

「山城さんは知らないの? 何だか山城さんにボディーガードが付いてるって金剛さんが言ってたけど」

 

「私は知らないわ? 誰にも頼んでないし」

 

「ふ~ん。金剛さん、知ってるんだったら教えてよ」

 

 無言である場所を指さす金剛。

 指を指している先を視線で辿ってみると、出入り口を指していることが分かった。そして出入り口で、店員が何やら揉めている。

 誰と揉めているのか考えれば、それはだいたい客しかないだろう。こんな良いレストランに一体何者がケチをつけているというのか。

 

「あ……っ!」

 

 陽炎が思わず叫んで立ち上がった。この一連の動作で、陽炎に客からの注目が集まる。ぺこぺこ頭を下げながら席に座る陽炎。

 しかし、あの店員と揉めている人物は間違いない。

 書店の二階で見た、あのスカーフサングラスの謎の人物である。

 あれは、あまりにも怪しすぎて店員に止められたに違いない。思えば、書店で堂々と本を読んでいたのもおかしかったのだ。何で書店の人は追い出しにかからなかったのか。やっぱり陽炎と同じで怪しすぎて逆に信頼出来ると判断したからか。

 ともかく、謎の人物と店員が揉めている。

 待てよ。先ほど金剛にボディーガードが誰なのか質問した時、彼女が指さした先には店員と謎の人物がいた。あれが答えだと言いたげだった。

 店員がボディーガードということはないだろう。そしたら必然的に残るのは謎の人物。ということは、謎の人物こそが山城のボディーガードだったのか!?

 

「仕方ありまセーン」

 

 やれやれと首を振ってから金剛が立ち上がった。何をする気かと思えば、出入り口に向かい店員と何か話を始める。それから、謎の人物を無理やりこちらに連れて来た。

 陽炎の目の前に謎の人物が出現する。

 

「というわけで、彼女が黒咲もといボディーガードデース」

 

 近くで見ると凄い。

 それにしても謎の人物が山城のボディーガードだったとは。全然ボディーガードに見えない上に完全に襲う側の恰好である。というか黒咲って誰?

 その時、謎の人物を間近で見た山城が驚いたように呟いた。

 

「……お姉さま」

 

 今明かされる衝撃の真実! 

 謎の人物、ボディーガードの正体は山城の姉妹艦扶桑だったのだ。

 

「私は扶桑ではないわ」

 

 否定するその声は完全に扶桑のものだった。それに否定したところで、妹を誤魔化すことなど出来ないのである。

 

「嘘をつかないで」

 

「あっ」

 

 スカーフとサングラスを山城が取り上げると、その下から出て来たのは山城にそっくりな扶桑の顔であった。これで扶桑は言い逃れが出来ない。

 山城が悲しそうな表情で言った。

 

「どうしてこんなことを」

 

 どうしてこんな不審者みたいな恰好をして妹をストーキングしていたのか。まあボディガードとか言っても本人が知らないんじゃストーキングと大差ない。しばらく黙っていた扶桑であったが、観念したのかぽつりぽつりと語り始めた。

 

「あなたのことが心配だったの。あなたにもしものことがあったらと思うと夜も眠れなくて、それで……金剛に相談したら、良いものがあるって」

 

「それがこれ?」

 

「ええ」

 

 扶桑がこんなことをやったのは妹を心配する姉心が原因のようだ。陽炎的には間違っている行為だけど、妹を心配するその気持ちは同感を持てる。だけど、扶桑の隣で笑いを堪えている人に相談をしたのは早まったのではないだろうか。

 姉の気持ちを聞かされた山城は感極まったように、瞳に水分を含ませる。

 

「嬉しいわ、お姉さま」

 

 山城が扶桑をきつく抱きしめた。

 嬉しい、ありがとう、と繰り返し言っている山城を、扶桑もおずおずと抱きしめ返す。

 いきなりの感動シーンである。

 

「はぁ……はぁ……お姉さま、すんすん」

 

 だからこれは見なかったことにしよう。鼻息を荒く姉の首筋に顔を埋めて匂いを嗅いで欲情している妹がいたことを。

 美しい話として終わらせよう。

 感動の光景にこちらをがん見していた客から拍手喝采が沸き起こった。

 

「そういえば、私もお腹が空いたわ」

 

 それから扶桑も一緒に昼食を取ることになったので適当に注文を頼んだ。どうやら扶桑も食べていないらしかった。早々と伝票と料理を持って来た店員はやはり惚れ惚れする笑みを浮かべていて、流石と思ったと同時に多分もう店に来れないとがっくりする陽炎であった。

 

 

 余談だが、遅い昼食を食べ終って鎮守府に帰って来た一同を待ち受けていたのは良い顔をした長門であった。レストランの店員に負けず劣らずの笑顔だった長門は、扶桑の首根っこを捕まえるとどこかへと消えて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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閑話 秘書艦長門のおかしな悩み事

 長門にはある悩み事があった。それはここ最近のものではない。随分前から頭を悩ませさらに頭痛の種となっているのだ。

 あんまり頭を使うのは得意ではないけどそれでも放置して良い問題ではないので必死に解決策を考える。考えて考えて考え抜いて、結局何も出てこない。

 長門が何に頭を悩ませ何を考えているのか、それはたった一つだ。

 

 ――この鎮守府は変な奴が多すぎる。

 

 これに尽きるのである。

 特に戦艦や空母クラスの大型の連中。奴らは一体何を考えているのか分からない。一回頭を解剖して覗いて見たいと真剣に考えた事もある。他の鎮守府ではそんな問題は聞いたこともないのに、どうしてここの鎮守府にだけ変な奴ばかりいるのか。

 今日も考えながら歩いていると。

 

「山城ぉぉぉぉぉ!!」

 

 廊下のど真ん中で姉妹艦の名前を叫ぶ戦艦扶桑に出くわした。ここ最近の彼女の動きは長門の理解の範疇を超えている。

 先日こんなことがあった。

 仕事がある筈なのに姿がなかったから探し回ってみれば、スカーフとサングラスで顔を隠していた扶桑が町に繰り出したのを見たという者がいたではないか。

 帰って来るのを待ってみれば、他三名と一緒にニコニコ顔の扶桑。仕事をさぼった分際で良いご身分だと思ったので即座に捕まえて折檻してやった。

 話を聞いて要約してみれば、妹をストーキングしていたと言うのだ。それは洒落になっていないのではないだろうか。

 とにかく、こんなところでいつまでも叫ばれては堪らないので話し掛けてみる。

 

「扶桑」

 

「あら、長門じゃない」

 

「お前はこんなところで何をしているのだ?」

 

「山城がいないのよ。もしかしたら誘拐でもされたんじゃ」

 

 されるわけないだろう。ここをどこだと思っているんだ。

 ここは鎮守府で山城は戦艦。一体どこの誰が攫おうと考えてどこの誰が実行に移せると言うのだろうか。

 それにしても山城であれば、ついさっき陽炎と一緒にどこかへ行くのを見た気がする。長門はそのことを扶桑に伝えた。

 すると。

 

「山城ぉぉぉぉぉ!!」

 

 叫びながら走り去って行った。

 危ないから廊下を走るのは止めてほしいのだが……長門は大きなため息を一つ吐いてから歩き出す。

 とどのつまり、先ほどの扶桑のような変な人ばっかりな実情に長門は頭を悩ませているのだった。

 本当にどうにかしたい。

 ちょっぴり痛み始めた頭を抑えながら長門はお腹が空いたこともあって食堂へと向かった。

 今日は何を食べようか。あっさりといくか、がっつりといくかどうしようかと少し気分を高揚させながら目的地を目指す。 

 嫌なことはご飯でも食べて忘れることにしよう。いや、忘れてはだめだ。でも取りあえずご飯を食べている間はゆっくりとしよう。

 

「さて、何を食すか……な」

 

 傍目で見ればそうでもないがルンルン気分で食堂へ乗り込んだ長門は、次の瞬間にどこかへと食欲が吹き飛んだ。

 

「美味しいわね」

 

「ええ、これだけが生きがい」

 

「もう、加賀ったら」

 

 色々と山盛りの食事を取っている空母の赤城と加賀を見つけた。文字通り山のように盛り上がった白米と竜田揚げを口いっぱいに放り込んでいる。

 見ているだけでお腹がいっぱいになってきたと言うか、気分が悪くなってきた。

 何をやっているんだ、大食い大会をやっているんじゃないんだぞ。

 そして長門は知っている。これが毎日の光景であることを。毎日毎日よくあれだけ消費出来るものだと、長門はある意味で感心した。

 長門は一時、二人の食べっぷりを眺めていたがやがて踵を返して食堂を後にする。

 今は食べ物を見たくなかった。

 

「これからどうしようか……」

 

 今日の分の書類仕事は既に終わらせており、提督からも用事は仰せつかっていない。

 何をしようか迷った長門。いつものところに行こうか……長門がそう思った時、その長門の前にある艦娘が立ち塞がったのだった。

 巫女服を上手に着こなし左目に眼帯を着けた戦艦である。

 長門は彼女のことを一番の親友であると認識している。彼女もそう認識しているだろう。それと同時にこうも認識している。

 おかしな奴筆頭。

 

「金剛、か」

 

「ヘーイ、長門ガール。こんなところで何をしているのですか?」

 

 相変わらず変な口調であった。

 金剛という軍艦が英国で作られたことは周知の事実である。だから英国訛りというかそういうものが出ていても仕方ないと思うし長門も気にはしない。

 だけどこの金剛は違うのだ。明らかに英国訛りというよりは米国訛りである。というか日本人が想像する米国人の日本語の話し方みたいなのだ。しかも普通に日本語で話せるくせにわざわざそんな話し方をしているというのがミソである。

 何の意味があってそんなことをしているのか問いただしてみたい。長いつき合いだからさして気には留めなかったのだが、悩み事のことを考えていると非常に気になるのだ。

 

「長門ガール?」

 

 ガールって何だよ、ガールって。 

 普通に長門って呼べよ、と言いたくなったが言わない。言ったところで直るとは思わないし、それよりも今は話を長引かせたくない。

 頭の痛みが増してきたから一刻も早く金剛から離れたいのである。

 

「すまんな。私はこれで失礼する」

 

「ワッツ?」

 

 だから失礼するって言ってるんだよ。

 長門は金剛の隣を通り抜ける。背中に金剛の視線を感じるが全面的に無視した。

 くそっ、頭が痛い。この頭の痛みの原因を早く取り除きたいが何も妙案が浮かんでこない。戦艦も空母も重巡洋艦も軽巡洋艦もどこかおかしい。救いはないのだろうか。

 長門が頭を押さえていたその時だった。

 

「どうしたの長門さん」

 

 耳に入って来る少女の声。蕩けるように甘いそのボイスは、長門のかち割りたくなるような頭の痛みを彼方へと吹き飛ばした。

 ああ、救いはあったのだ。

 頭を下げて視線を下に向けると、そこにいたのは泣きそうなぐらい長門を心配している少女の姿。駆逐艦娘の暁であった。

 

「暁」

 

 思わず長門はその少女を抱き上げた。苦しくないようにそれでもしっかりと宝物を抱くように。

 

「長門さん?」

 

 よしよし。

 暁が長門の頭をなでなで。長門は鼻から血を噴き出しそうになったが気合で止めた。

 刺激が強すぎる。

 

「嫌なことでもあったの?」

 

 あったのだ。だけどもう構わない。嫌なことがあるしそれは解決していないけれど、今救われているのだから。もうどうだって良い。

 ああ、マイスイートエンジェル。

 

「暁こそ、何かあったのか?」

 

「うん。これから間宮さんのデザート食べに行くから、長門さんと一緒に行こうと思って」

 

 長門は自分に出来る最高の笑顔で了承した。

 扶桑が妹ラブでも、赤城と加賀が食糧吸引艦でも、金剛が似非米国人でも構わない。他の艦娘たちがおかしくても構わない。悩み事が解決出来なくても構わない。何故なら救いはあるのだから。

 天使はいるのだ。

 

「行くわよ長門さん! ゴー!」

 

「ああ」

 

 長門はすっきりとした頭で恐らく響、雷、電が待っているだろう場所に向かって行くのであった。

 

 

 その様子を見ていた陽炎は言った。

 

「長門さんは相変わらずね」

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 



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おかしな深海棲艦
おかしな金剛と愛情 その①


気分が悪くなる人がいるかもしれませんが、その時はすみません。


「……ドコニイルンダ」

 

 大海原を移動しながら少女は呟いた。

 全身不健康そうな真っ白い肌に怪物のような尻尾を生やした異形の少女。キョロキョロと辺りを見回して何かを、いや誰かを探しているようだった。

 頬を赤く染めているその表情はまるで愛しい人を求めるようで。いや、まるでではなく本当に愛しい人を求めているのだった。

 

 愛しい人に出会ったのはほんの数か月前のことだ。いつも通り少女が天敵の群れを襲撃していた時だった。愛しい人は少女の前に姿を現すなり攻撃してきたのだ。その愛しい人も天敵だったので別段当たり前のことでそこは気にするところではないが、少女はその愛しい人の攻撃で生まれて初めて痛みを覚えた。

 生まれてからずっと傷一つ負ったことがなく、天敵の攻撃も一切通用しなかったのに、愛しい人の攻撃は初めての傷をつくり初めての痛みを与えてきた。

 

 少女はこの時、苛立ちよりも困惑を強く感じた。どうして痛みがあるんだ、という困惑もそうであるが胸がドキドキして身体が熱くなったからの困惑が大きかった。

 それが恋だと、それが愛だと分かったのは愛しい人が既にどこかへ行ってしまった時。あの時は愛しい人が何をしに来たのか不明だったが、今思えばあれは最初に少女が襲っていた天敵の群れを助けに来たのであろう。

 その日以来少女は愛しい人を思い続けた。

 

 もう一度会いたい。

 

 愛しい人から受けた傷を治した少女は、直ぐに愛しい人を捜索することを始めた。だけれど思うようにいかない。愛しい人を見つけたと思えば別の個体でがっかりしたこともあった。

 初めて会った時からずっとずっと探しているのに、ずっとずっと見つからない。会えない時間が長引いて行くと、会いたい気持ちがどんどん溢れてきて我慢が出来なくなる。

 

 会いたい。

 

 会いたいよぅ。

 

 何とか自分を抑えるために、少女は我慢の限界が来たら初めて会った時のことを思い出して何とか耐え抜いてきた。

 愛しい人の顔を思い浮かべると、少女の胸がドクンドクンとときめいた。肌の色とマッチするように冷たい体温がマグマのように燃え滾る。

 

 抑えきれなくなって時々基地の壁を粉砕したりして怒られたりもしたけど、少女にとってそんなことはどうでも良かった。

 

 再会したら何をしようか、少女は心に決めていることがある。

 それは、愛しい人を傷つけること。

 少女は考えていた。

 自分はこうして愛しい人を愛しているけど、愛しい人は自分のことをどう思っているんだろう。多分、ただの倒すべき敵としか見ていないのだろう。

 

 そんなのは嫌だ。

 

 自分のことも愛してほしい。

 

 じゃあ、自分のことも愛してもらうにはどうすれば良いのか。愛しい人を傷つけることにしたのだ。自分は傷つけられて、愛しい人を愛しいと思うようになった。ならば愛しい人を傷つければ、自分のことを愛してくれるはずだ。

 

 お互いに愛し合いたい。

 

 傷をつけて、傷をつけられたい。

 

 傷つけ合うことは愛し合うことなんだ。

 

 少女は考えた結果そういう結論に至った。

 そして今、少女は有益な情報を入手していた。何と、この辺りの海域によく愛しい人が現れるらしいのである。つまりこの辺りを探していれば、いずれ愛しい人の住む場所に辿り着けるかもしれない。

 そういうことで、少女はこの近辺を探し回っていた。

 

 だけど、探せど探せど一向に見つからない。折角もう少しで会えると思っていたのに歯がゆかった。

 こんな時こそ愛しい人のことを思い浮かべるべきだ。

 少女は愛しい人の笑顔を思い浮かべた。この笑顔は自分に向けたものではない。それを考えると胸の内が満たされると同時にこの笑顔を自分にだけ向けてほしいと思う。

 その笑顔は自分にだけ、そう自分にだけ向けていれば良いんだ。

 

 邪魔な奴は消しちゃおうか。

 

 少女は決意した。

 そうと決まれば早く会いに行かなくちゃ。

 高まってきた少女は、愛しい人に向けて自身の思いの内を声に出して言うのであった。この近くにどこかにいるであろう愛しい人へ届けと願いながら。

 

「……大好キ……大好キダ――金剛」

 

 

 

 



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おかしな金剛と愛情 その②

「オォウ……」

 

 金剛は気色悪くも妙に艶やかな声を出して背筋を震わせた。それが何の脈絡もなくいきなりのことであったので、陽炎は冷たい視線を金剛に送る。

 現在地は、「321」の二人の部屋だ。

 

「何やってんの?」

 

「いえ、何か悪寒がしたのデース。あれは尋常なものではありまセーン。誰か私を狙っているのでは……」

 

「はいはい」

 

 また訳の分からないことを言い出した、と陽炎は呆れのため息をついた。

 金剛という艦娘は美人である。それも並の美人ではないし陽炎も羨ましいと思うぐらいの美人だ。専制国家では碌なことにならないだろうという美人。さらに気が利いて優しく、またノリが良い。艦娘だから力も強いし、何だよ完璧超人かよと吐き捨てたくなるような女性だ。

 

 でも天は二物も三物も与えるけど、時に入らない物まで与えてしまう。

 

 完璧超人かと思っていた金剛だが、ちょっと夢と現実の狭間を彷徨っているところがあったりする。例えば、今も左目に着けているミレニアム〇イなる代物。手作りにしてはクオリティがプロ級に高く、しかしデザインがダサい。そのミレニ〇ムアイなのだが、金剛曰く相手の心だか思考だかを読み取る力があるらしいのだ。マインド・〇キャンだったか。また闇のゲームとかいう物を発動させることが出来、魂がうんたらかんたら。

 

 金剛ェ……と言わざるを得ない。

 

 欠点があるのは好ましいけれど、どうせなら別の欠点にしてほしかった陽炎である。

 

「ああ、信じてませんね、陽炎ガール。本当なのデース。近々とんでもないことが起こりそうな気がしマース」

 

「そうなの? それより金剛さんのターンだから早くしてくれないかしら」

 

 苛立たしげに陽炎がトランプのカードを突きつけた。

 金剛は憮然としながらも突きつけられたカードの中から一枚を選んで自分の手元へ持ってくる。そして持ってきたカードと同じ数字のカードを床に投げ捨てた。

 そう、陽炎と金剛はババ抜きの最中なのである。あの時の大富豪のように賭け事もしていないし時雨も雪風もいない、二人きりのババ抜き。

 二人でババ抜きって……と思うがこれがなかなか面白い。

 現在は二勝二敗だ。

 心や思考が読める金剛が絶対勝つんじゃないかと思うだろうが、金剛曰く、こんなお遊びでは使わないとのことだ。演習でも実戦でも使ってるところは見ないし、じゃあいつ使うんだよという話だが。

 

「次は陽炎ガールのターンデース」

 

「はいよ。げっ……」

 

「ハハハ、ババを引きましたね」

 

 陽炎はカードをシャッフル。ババの位置を不明にしてから再びカードを突きつける。

 これを何度か繰り返した結果。

 

「ゲームオーバー。私の勝ちです」

 

「負けた……」

 

 これで陽炎の二勝三敗。負け越しだ。だからと言って何かあるわけでもないが。

 

「まだしますか?」

 

 尋ねる金剛はしたくないと表情が物語っている。かく言う陽炎も面白いけどそろそろ厭きたし、何か別のことがしたいと言うのが本音だった。

 

「何か別なことしようよ」

 

「では何をしましょう。特に思い浮かびませんが」

 

 二人でああでもないこうでもないと考えた結果。

 

「そうデース。提督の下へ行きましょう」

 

 ということになったので、二人は提督の執務室の前にやって来た。

 コンコンとノックをすると提督の返事が聞こえてくる。幼くも芯が大人な女性の声音。実に耳触りの良い声が陽炎たちの脳を刺激する。

 相変わらず気持ち良い声と思う陽炎の隣で、金剛が神に祈りを捧げるクリスチャンのように両手を組んで聞き入っていた。

 金剛は提督の声を思う存分に堪能すると、ドアノブを掴んで部屋の中へと入った。陽炎も後に続く。

 

「ヘーイ、提督。ミーデース」

 

「どうもです」

 

「あら、金剛に陽炎ちゃん。いらっしゃい」

 

 陽炎と金剛を歓迎してくれる提督。

 その対応に感激する金剛。

 スッと提督に近づいた金剛はギュッと提督を抱きしめる。

 

「バーニングラブデース。提督、愛してマーはぅ」

 

 また気色の悪く艶やかな声。

 先ほどから一体どうしたと言うのだろうか。

 金剛の胸元に抱きしめられている提督が心配そうに金剛を見上げた。

 

「どうしたのですか、金剛」

 

「いや、悪寒が走りました」

 

「大丈夫なのですか?」

 

「さっきも走ったのデース。やはり何かの前触れでしょうか?」

 

「風邪ではないのですか? 医務室に行きます?」

 

「そうですね。そうしマース……」

 

「陽炎ちゃん。付き添い頼んでも大丈夫ですか?」

 

「は、はい」

 

 この後陽炎は金剛と一緒に医務室へと向かった。

 

 

 

 

 二時間後――医務室へと向かって特に何もなかったことが判明したので、医務室で時間を潰すという保健室で授業をサボる学生のようなことをしてから、陽炎たちは食堂に足を運んだ。

 食堂では鎮守府内の艦娘たちが賑やかに食事を取っているところであった。

 

「今日のお昼は何でしょうか」

 

 ざっと食べているのを見た感じでは、麦飯に味噌汁、とんかつとキャベツに漬物と言ったところだろうか。皆美味しそうに食べている。

 

「今日の飯も満足だ!」

 

「こら、武蔵。落ち着いて食べなさい」

 

「キャベツにはマヨネーズが一番だよ、翔鶴姉」

 

「へぇ~。じゃあ、とんかつには何が一番なのかしら?」

 

「うん! それってネギ?」

 

「今日も一人前のレディーに相応しい食事よね」

 

「なのです」

 

 思い思いに楽しみながら食べているのを横目に見ながら、陽炎たちもお仲間に入る。

 先ずはキャベツから食べる。千切りにされたキャベツはそのみずみずしさとシャキシャキした食感が堪らない。ほのかにキャベツ本来の甘みがあって、何もつけずにどんどん箸が進んでいく。

 キャベツを食べた後は味噌汁をずずっと。具はお豆腐にわかめとネギのシンプルなものだが、だからこそ美味しい。お袋の味を感じる。お袋なんかいたためしはないけど。

 メインのとんかつは、外はカリッと中はジューシー。口の中で大暴れだ。漬物のキュウリも塩加減が絶妙でグッド。麦飯だってそのまんま食べても美味しい、何かと一緒に食べても美味しい、そして栄養があると最高の主食だ。

 結論として全部美味い。

 

「デリシャス! 最高デース」

 

 金剛も悪寒、とやらのことを忘れて舌鼓を打っている。

 

「この麦ご飯はどこ産のものでしょう」

 

 こくこくと頷きながら麦飯を口の中に収納していく金剛。

 

「私はこの麦ご飯のことをラブデーほぅ」

 

 三度目だった。多分、あまりの美味しさに奇声を発したということではないだろう。正直そういうことにしておきたい陽炎だがそうもいかないらしい。

 

「ま、またデース……これは一体何を暗示しているのでしょう」

 

 ただの気のせいだと思うが。

 この後の食事やなんやかんやでも、金剛はときおり気味の悪い声を漏らすのであった。

 

 

 

  



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おかしな金剛と愛情 その③

「悪寒が暗示していたのはこのことだったのデース」

 

「モット私ヲ傷ツケテヨ。ソシテ愛シ合オウ」

 

 陽炎は目の前の光景に呆気に取られていた。

 眼前で睨み合う金剛と深海棲艦。いや、睨み合うという表現は過ちだ。睨んでいるのは金剛だけで、深海棲艦の方は熱い視線を送っている。

 おかしい。

 こんな筈ではなかった。ただ深海棲艦を排除するだけの簡単なお仕事の筈だったのに、どうしてこんな異常な光景に出くわさなくてはならないのか。 

 陽炎と同じ光景を共有している艦娘たちも固唾をのんで様子を見守る。

 事の始まりはほんの数十分前。陽炎が執務室に呼び出されたところから始まるのだ。

 

 

 

 歩き慣れた廊下を金剛と一緒に並んで歩く。

 目的地は提督の執務室だった。多分出撃の話だと思う。最近、鎮守府付近の海域を一人? 一匹? の深海棲艦が徘徊しているという情報を入手したのである。これを撃沈あるいは撃退するという話が、鎮守府内で話題になっていた。

 金剛が悪寒を感じると言い始めたのが三日前のこと。あれから場所を問わず奇声を上げるようになった金剛は、現在その症状を悪化させていた。

 今も何かに怯えるように周囲を警戒しながら歩いている。

 ここまで来ると、最初は悪ふざけの一環だと思っていた陽炎としても心配になってくるというものだ。

 

「金剛さん、大丈夫?」

 

「ノープロブレム。問題はありまセーン」

 

 しかし心配するものの、当の本人である金剛がこの調子なので、どうしようもないというのが実情であった。最初の頃は悪寒がすると自分で言っていたのでまたそういうことをやり出したと思っていたが、最近はそのことを言わなくなった。だから本当に心配な陽炎なのだ。

 そうこうしているうちに執務室へとやって来た。

 執務室には提督の他に呼ばれたであろう艦娘たちが集結している。空母より翔鶴と瑞鶴。戦艦から比叡。駆逐艦から雪風。そして陽炎たちの計六人。

 ちなみに金剛隊だとかは日常時のチームであって、出撃時の艦隊とかではないのであしからず。

 

「揃いましたね」

 

 提督が椅子に座ったまま陽炎たち六人を見回す。

 本来だったらここで金剛が顔を赤らめながら「バーニングラブデース」とかやる筈なのだがそれがない。そのことからも陽炎は心配になる。

 

「皆さんも知っての通りだと思いますが、最近この辺りを深海棲艦さんが徘徊しているという情報を入手しました。さらにその深海棲艦さんが戦艦レ級さんであることが判明し、危ないので皆さんにやっつけてきてほしいのです」

 

 確かにそれは危険だった。いや、まあ駆逐艦の一隻でも危険なんだけど、戦艦のレ級は超強力な相手。RPGで言うと中ボスぐらいの敵なのだ。

 だったら何で駆逐艦の陽炎たちがいるのかと言えば、まあいろいろと大人の事情があるのである。

 そういうことになったので、艦娘たちはぞろぞろと執務室を出て行った。

 陽炎と金剛も出ようとすると、提督が金剛に言った。

 

「あまり無茶をしないでくださいね」

 

 やはり提督も金剛の様子がおかしいことに気づいたらしい。三日前の初日から少し変だった金剛を心配していたのであろう。

 心配する提督に、金剛はいつもの乙女な感じではなくうっすらと微笑んでから執務室を後にして行った。

 陽炎もペコリと頭を下げてから執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 そして海に出てからニ十分ぐらい経って、現在の状況に至る。

 もうちょっと詳しく言うなら、陽炎たちが海に出てからニ十分後ぐらいに突如現れた戦艦レ級。彼女と呼んでも問題なさそうなので彼女と呼ぶが、彼女は現れるやいなや金剛に攻撃。傷を負った金剛であるが、ひるまずに反撃すると、レ級は防御もせずに砲撃を食らって今に至るということだ。

 何で陽炎たちは見学中かと言えば、金剛に加勢しようとしたらレ級が凄まじい眼光で睨みつけてきて、比叡が「ひえ~」ともらすぐらい怖かったので手が出せないという実情なのだ。

 

 この判断は陽炎は正しいと思っている。

 何故なら今のレ級と同じような人を見たことがあり、その人を邪魔した時の恐ろしさを知っているからだ。その人物は何者かというと長門である。

 レ級の上気した頬。悶えるように身体をくねらせる動作。ねっとりとした声音。

 これは長門が駆逐艦娘たちに囲まれていたり頬擦りしている時とそっくりなのである。この至福の時間を邪魔した艦娘がどうなったのか、その末路を陽炎は知っているのだ。

 

 レ級の方が危険度が高そうだし、ここは大人しくしていた方が得策なのである。

 だからちょくちょく介入を試みている比叡。お姉さまが心配なのは分かるからそこで黙って見てて頂戴ね。

 

「サア、金剛。モットモット傷ツケ合オウ。私タチハ相思相愛ダ」

 

「オーマイガット……とんでもないことになりました。どうすれば良いのデース」

 

 知らないけど早く何とかしてほしい。

 相思相愛だって? 提督を愛してるとか言ってたくせに二股かよ。

 もうこの際だから金剛を生贄に脱出を図るのも一手なのではないかと思い始めてきた陽炎であった。

 

「行クヨ、金剛!」

 

 恍惚の笑みを浮かべながらレ級が金剛に砲撃した。天地を揺るがすと言えば過剰だが、大気は揺るがすほどの一撃。

 金剛はひょいっという感じで回避した。

 天にそびえる水柱。

 攻撃を回避されたレ級はきりきりと歯が擦り切れそうなぐらい歯軋り。

 

「アア、ドウシテ避ケルンダイ?」

 

「避けるでしょ!?」

 

 まあ、そうなんであろうが、陽炎は他人事ながらに避けてあげない方が良かったのではないかと思った。

 

「お姉さま!」

 

 比叡が心配のあまり叫んだ。

 それに反応したのは姉の金剛ではなく敵のレ級であった。

 

「サッキカラウルサイ奴ダネェ。消サレタイノカイ?」

 

「ひえ~。何でもございませんです、はい」

 

 比叡が三歩ぐらい下がった。

 情けない奴だ。

 それにしても本当にどうするんだこれ。いつまでもこんなことをやっているわけにはいかないし、何とか状況を打開しないといけない。だけど陽炎は良い案が思い浮かばなかった。

 

「金剛、次ハ避ケチャ駄目ダヨ」

 

「オーノー……というかユーたち見てないで加勢するのデース」

 

 無理デース。

 と、その時一人の艦娘が金剛の横に立った。

 

「瑞鶴!」

 

 翔鶴が名前を呼んだ。

 そう、瑞鶴である。

 ふわりとツインテールを揺らしながら、キッとレ級を睨みつける瑞鶴は弓に矢をつがえていた。

 

「何ダイ、君ハ」

 

「私は金剛の友達よ!」

 

 勇気があると言うべきか命知らずと言うべきか、陽炎は取りあえず心の中で拍手してあげた。

 瑞鶴の行動と言葉にレ級の表情が歪む。

 

「友達ダッテ? 私ハソンナモノ認メタ覚エハナイヨ!」

 

「何であんたなんかに認めてもらわなくちゃなんないのよ! だいたい――」

 

 次に瑞鶴が吐いたセリフは、世界から時間というものを取り上げたように感じた。

 

「金剛はあんたなんかより好きな人がいるんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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おかしな金剛と愛情 その④

「何ダッテ?」

 

 やりやがったな、あの女。

 陽炎は今すぐにでも金剛の隣に向けて魚雷を叩き込みたくなった。

 何を考えているのか分からない。何がしたいのか分からない。遠回しの自殺なのか。だったら他の人を巻き込むなよ。どうしてこういうことをするんだ。やって良いことと駄目なことの区別ぐらいつくと思うのだが。

 今回は一番やってはいけないパターンである。

 

「私以外ニ好キナ人? ドウイウコトダイ、金剛」

 

「えっ? あっ、その」

 

 わたわたと狼狽える金剛。どう答えるべきか迷っているのであろう。

 正直に答えれば金剛の愛する提督の命が危ない。さりとて嘘を答えてもこういうタイプは確実に見破ってくる。限定的だが、ある意味金剛以上にマインド・〇キャンを使いこなすのだ。

 中々答えない金剛にレ級の視線が鋭くなる。

 

「オカシイネェ……私ハコンナニ君ノコトヲ愛シテイルノニ、君ノ愛ハ私ニ向イテイナイ……」

 

「あの……」

 

「フフ、冗談ダヨ。私ハ分カッテルヨ。ソイツノ嘘ッテコトグライ」

 

「あ~」

 

「モシカシテ、本当ノコトナノカイ」

 

 どう答えても待っているのはバッドエンドだ。嘘と答えれば強制的にレ級との純愛ラブストーリー。本当だと答えれば昼ドラ展開待ったなし。

 

「本当のことよ! あんたなんかよりずっと可愛らしい人なんだから」

 

 だから余計なことを言うんじゃない。瑞鶴を何とかしなければ、このままでは被害が拡大する。そう思った陽炎は、瑞鶴の姉妹艦である翔鶴に視線を送った。

 しかし翔鶴は俯いてぶつぶつ何か言っていて陽炎の視線に気がつかない。

 

「……妹の教育を間違えたわ。私はやっぱり不幸艦なのよ」

 

 取りあえず使い物にならないのは確か。

 ならば雪風でどうだ。一緒に来ていることを忘れていたが、腹の底で何を策謀しているか分からない彼女ならば、瑞鶴どころかレ級をどうにかする方法すら思いつくに違いない。そう思って陽炎が雪風の姿を探すが見当たらなかった。よく見ればかなり離れた位置に人影が。

 雪風は既に逃げる準備が整っているらしかった。流石幸運艦。幸運は自分で掴み取るというわけか。

 比叡は論外として、後は自分だけである。だけど出来るんだったら初めから他人に頼ろうとはしない。このまま黙って事態の推移を眺めているしか術はなかった。

 

「許セナイ、許セナイヨ……私以外ノ好キナ人ナンテ金剛ニハ必要ナイヨ。友達モネ!」

 

「何それ、意味わかんない」

 

「ダッタラ教エテヤルヨ。アノ日カラズット、金剛ハ私ノモノッテコトヲネ」

 

「ヨハンボーイ! あっ、間違えました、瑞鶴ガール! 後ろに下がるのデース」

 

 言われた通り瑞鶴は後方にホバー。瑞鶴のいた場所にレ級の砲撃が炸裂した。

 ていうか、ヨハンて誰?

 

「流石金剛ダ。私ノ考エテイルコトガ分カルンダネ。ヤッパリ、私タチハ繋ガッテイル」

 

 レ級は嬉しそうに笑った。

 

「金剛。私以外ニ好キナ人ガイルナンテ嘘ナンダ」

 

「それは……」

 

 金剛は言い難そうに言葉を詰まらせると、やがて、ふうと息を静かに吐いた。覚悟を決めたように見える。それから先ほどまでの慌てぶりもどこへやら、真剣な目そのもので口を開いた。

 

「ごめん。私には好きな人がいるわ」

 

 いつもの似非口調を仕舞った、本音の言葉。少しばかり歪んではいるがレ級の金剛に対する愛は本物だ。陽炎もそこのところは理解している。正直な話、提督がいなければレ級の応援をしていたと思う。

 金剛だってそれは分かっているから、こうして偽りのない気持ちで答えを出しているのだろう。

 

「だから、あなたの愛は受け取れません」

 

 深々と頭を下げる金剛。

 この金剛の真摯な答えを受け取ったレ級は、ショックだったのだろう、ふらふらと崩れ落ちる。そしてゆっくりと立ち上がると、グワっと目を見開いた。

 

「ソウカイ、君ノ愛ハ私以外ノ奴ノモノナンダネ。デモ、金剛。ソンナ奴ヨリ私ノ方ガ良イニ決マッテルヨ。ソウカ、私ノ愛ガ足リナカッタンダネ。ダッタラ、モットモット私ノ愛ヲ感ジテヨ、金剛!」

 

 レ級の尻尾から爆音と一緒に飛び立つ砲弾。

 まあ、こうなると思っていた陽炎だった。

 さて、ここから振り出しに戻るのであろうかとあくびの一つもしたくなる。が、どうやら本来の任務遂行の時間がやって来たらしい。

 

「このままでは埒があきまセーン。私は私自身の特殊能力で、場に艦娘たちを特殊召喚しマース。比叡、陽炎ガール、雪風ガール、翔鶴ガールを特殊召喚! これで場には私を含めて六人の艦娘が揃いました。総攻撃デース!」

 

 何だこのノリ。

 げんなりしつつも主砲をレ級に向ける陽炎。ちょっとだけ倒すのがかわいそうというか、やっぱり怖いというのがあるけど、赤信号、皆で渡れば怖くないの原理で戦おう。

 

「やっぱり怖い! 見捨てないでぇ!」

 

 ドオン、と強烈な砲撃音が鳴り。

 

「それじゃ、雪風もちょこっとだけ本気を出すのです」

 

 いつの間にか戻ってきていた雪風の主砲が火を噴き。

 

「行きなさい、艦載機たち!」

 

「行っけぇ!」

 

 上空からこれでもかと爆弾が投下され。

 

「ネームシップの力を受けなさい!」

 

 これも喰らっとけとばかりに魚雷が発射される。

 ドドドドドドドドン!

 これはやり過ぎではないかとばかりにレ級に襲い掛かった。全攻撃命中。レ級は爆炎の中に飲みこまれる。レ級の姿が見えるようになると、これだけやられるとダメージがあるのか息を荒げていた。

 

「コノ私ガ、ココマデ……」

 

 縋るように金剛を見るレ級。

 だけれどそれに応えることが出来る筈もなく。

 

「バーニングラーブ!」

 

 止めの一撃がレ級を包み込んだ。レ級の認識する世界が炎と黒い煙に覆われる。

 

「さようならデース……そしてありがとう」

 

「オノレオノレオノレ、金剛!」

 

 その言葉を最後にレ級は海上から姿を消したのであった。

 

「さあ、帰りましょう」

 

 

 何とも後味が悪い気がするが、とにもかくにもこれで任務は終了。金剛は何か釈然としないまま、陽炎たちと一緒に鎮守府へと戻っていくのであった。

 

「おかしいのデース。やはり悪寒が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽炎たちが去っていった後の海上。

 そこには、潮風に優しく頬を撫でられながら、一人の艦娘が不思議そうに自分の身体を眺めていた。頭や首筋、お腹や背中を触って本当に自分の身体かどうか確認する。

 確認が終わって自分の身体だということを認識すると、少女はうっとりと顔を綻ばせた。

 こんなことが起こるなんて奇跡だ。これは神様からの贈り物かも知れない。

 さっきは自分の愛を拒否されてしまったけど、きっと彼女は自分の愛を受け入れる準備が出来ていなかったんだ。

 そうだ。

 そうに決まっている。

 彼女は自分のもので、自分は彼女のもの。これは不変の法則で何人も犯すことの出来ないものなのだ。

 確か向こうの方だったね。

 少女が視線を向ける先。そっちはとある鎮守府が存在する方向。

 ゆっくりと少女はその方向に進みだす。

 

「君は私だけを見ていれば良いんだよ、ふふふ」

 

 

 



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おかしな金剛と愛情 その⑤

「パルメザンチーズ、超展開でアール。まるで意味が分からんザウルス」

 

 英国生まれの高速戦艦金剛は愛する提督が何を言っているのか理解出来なかった。頭の中がぐるぐると混乱している。その証拠にキャラ崩壊も甚だしい。両頬に両手を当てて大口開けてアッチョンブリケ。

 確かに自分は偉大なるペガサス会長をリスペクトして、彼の口調を真似たりしているがこの世界は遊戯王の世界ではない筈だ。なのに本家遊戯王バリの超展開到来である。どうしてこんなことになってるんだ。

 時間はレ級を討伐してからさほど経っていない。鎮守府に帰って来た金剛は嫌なことを忘れるようにルンルン気分でティータイムに洒落込もうとしていた。比叡たち姉妹だけではなく、今日一緒に出撃した皆で楽しもうじゃないかと準備をしていたのだ。

 

 その時に提督からのお呼び出し。

 

 どうしてか自分だけで、何か報告に不備があったのであろうか、もしかしたらついに提督が自分の愛を受け入れてくれるのであろうか、とムンムンモンモンしながら執務室へ。

 提督、ユーを愛する金剛が来たのデース、とばかりに中へ入ったらそこには異様な光景が広がっていた。

 執務室にいたのは提督だけではなかった。提督を含めれば数にして三人。提督と長門と身長からして駆逐艦の女の子。

 

 何を以って異様な光景かと言えば、一言で言うならばだ。

 長門が血の海に沈んでいた。

 部屋中に鉄錆のごとき臭いを蔓延させて、彼女は右腕を投げ出した状態で倒れ込んでいる。まるで殺人現場のようであった。

 そんな部屋で平然としている提督と女の子。

 これは異様な光景だと断言せざるを得ない。一体誰が長門をこんな目に遭わせたのか、提督の仕業なのか、それとも女の子の仕業なのか。

 

 口から血を垂れ流している長門を殺害した犯人は!

 

 執務室の内情をここまで確認した金剛はこのことの思考をここで止めた。ぶっちゃけ長門がどうなろうがどうだっていいし。

 提督が慌ててないという事は大したことではないのである。

 長門にはこのまま死体になってもらうとして、金剛は本題に入ることにした。

 

「提督、一体どうしたのデース。私に何か問題でもあったのでしょうか」

 

「そういうわけではありません。実はこちらの吹雪ちゃんのことでお呼びしたんですよ」

 

 この吹雪ちゃんとやらは何者であろうか。

 駆逐艦娘であることを念頭に置けば、そこで血だまりの主となっている、『永眠せし駆逐艦娘の番人レッドバブーン』がまたぞろどこかから誘拐してきたと考えるべきだが、どうもそういうわけではなさそうだ。

 

「吹雪ちゃんは先ほど保護したんです」

 

「保護、ですか?」

 

「そうです。それでお話を聞いてみると、金剛のお知り合いみたいなのでお呼びしたんですよ」

 

「ミーの? 申し訳ありませんが、会ったことはありまセーン」

 

「へっ? でも吹雪ちゃんは会ったことあるって……それもただの知り合いじゃないって言ってましたよ」

 

 提督がそう言うと、吹雪ちゃん改め吹雪は金剛に熱い視線を送った。彼女の金剛を見る目は確かにただの知り合いに向けるものではない。

 どこかで会ったことがあるのか。

 金剛が過去の記憶を必死に遡っていると。

 

「金剛。また会えたよ」

 

 この時、金剛はゾワリと背筋に冷たいものが走るのを感じた。この感覚は真新しいものだ。三日前から感じているものと、そして今日鎮守府に帰る前に感じたものと同一。

 そこで金剛は吹雪の全体像を詳しく脳に叩き込んだ。

 容姿自体は見たことがない。これは間違いないのだ。でも身に纏っている雰囲気は既知のもののような気がする。ついさっき同じ雰囲気の人らしきものと会ったのだ。あんな特徴的な雰囲気は忘れようと思っても忘れられない。いや、忘れようとしてティータイムをしようとしていたのだ。

 この吹雪って子、まさか。

 

「金剛」『金剛、私ノ愛ヲ感ジテヨ』

 

 まさか、そんな筈は。

 金剛は吹雪の正体が分かって身も心もブリザードに襲われる感覚を味わった。

 吹雪だけにブリザード。

 ちょっとだけ上手いことを考えたな、と金剛は思った。

 そんなことより吹雪の正体である。こんなことがあって良いのであろうか。いや、駄目。

 固まった金剛に吹雪が抱きついてくる。子供がダッと走って来てギュギュっと抱きつくようなものではなく、優しく包み込むように。

 

「金剛、愛してるよ」

 

 完全にレ級の意識を持っている吹雪は、上気した頬を金剛の胸に摺り寄せ、右手は背中を抱き、左手は頬を撫でる。

 固まっている金剛はされるがまま。

 その様子を見た提督はぽん、と手の平を打った。どうやらただの知り合いではないという疑問を彼女の中で解決したらしい。

 

「金剛の恋人さんだったんですね」

 

 金剛の恋人さんだったんですね。

 金剛の恋人さん。

 恋人。

 

「恋人!?」

 

 固まっていた金剛は提督が投下した爆弾に絶叫した。

 どういう……ことだ……。

 当事者が置いてきぼりの展開なんて感心しないのデース、と金剛は提督に視線を送ったが提督はニコニコと微笑ましそうにするだけである。

 金剛は一先ず吹雪を身体から無理やり引き剥がした。

 

「あんっ」

 

 見た目不相応の艶めかしい声を上げて吹雪は地面に倒れ込んだ。

 ちょっと乱暴にし過ぎたかと罪悪感を覚えた金剛だがそれは一瞬のことであった。

 

「ああ、痛いよ。やっぱり金剛は私を愛してるんだね。だってこんなに私を痛めつけてくるんだ。あの時の砲撃だって愛だったんだね」

 

 身体をしならせる吹雪。

 こんなことよりも提督である。

 金剛は提督を愛している。見た目も可愛らしく綺麗だが、それよりも内面の綺麗さに惹かれたのだ。その提督に吹雪と恋人なんて誤解されたのでは堪ったものではない。

 何とかしなくては。

 

「提督、誤解しないでくだサーイ。ここにいる吹雪とは恋人同士ではありまセーン」

 

 提督は目を丸くして後になるほどと頷き、吹雪は目を鋭くして怒ったように見つめてくる。

 どうやら提督の方は誤解を解いてくれたらしい。だったらこれで一安心と金剛は息を吐いて、そして噴き出した。

 

「なるほどですね。金剛と吹雪ちゃんは、その……夫婦だったんですね!」

 

 いやんいやんと恥ずかしそうに身体を揺らした。

 悪化してしまったー!

 金剛は絶望した。提督がどことなく天然が入っているのは知っていたがここまで酷いものだったとは。

 

「金剛」

 

 再び吹雪が金剛に抱きついてきた。その顔に先ほどまでの鋭さはまったくなく、愛おしそうに金剛を見つめるばかりであった。

 

「そうだよ、金剛は私だけのものなんだ。私は金剛と一つになってこれから生きていくんだ。もう決して離れることはないよ。なんたって夫婦なんだからね。最初はあいつを消してやろうかと思っていたけど、良いこと言うじゃないか。ふふふ。金剛、君は永遠に私のものだ」

 

「何だって! 吹雪ちゃんと夫婦だって! そんなこと私が許さんぞーー!」

 

 レッドバブーンが復活した。面倒くさいからもう少し寝ていてほしいと思う反面応援する自分がいる金剛であった。

 しかし、吹雪が長門を一蹴する。

 

「本当に気持ち悪い奴だね。私は金剛のものなんだよ。どっか行けよ」

 

「ごはっ!」

 

 明らかに致死量の血を口から吐きだした長門は再び血の海に沈んだ。

 なるほど。執務室に入った当初、長門が倒れていたのはこれが原因らしい。どうでもいいことを知ってしまった上に、肝心な時に役に立たない奴めと金剛は内心で罵った。

 それからどうすれば良いと焦る金剛に提督が追撃をかける。

 

「夫婦なんですから、お部屋は一緒の方が良いですよね? 陽炎ちゃんはどうしましょう。そこは三人で話し合って決めてください」

 

「相部屋かい? やったね、金剛」

 

「え、えぇぇぇぇ!」

 

 金剛は思った。

 おいおい、まるで意味が分からないじゃないか。

 

 

 



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おかしな金剛と愛情 その⑥

 カチ、カチ、カチ、カチ。

 時計の針の音が静寂な空間に鳴り響く。こうして聞いてみると、この時計のカチ、カチ、という音も中々趣深いものだと陽炎は思った。

 陽炎は現在、寮の部屋でもう一人の部屋の主と共にお客様をお出迎えしている。陽炎が知る限りでは、雪風と時雨、そして霧島の三人に次ぐ新しいお客様だ。

 そのお客様は陽炎の対面、陽炎のベッドの上に座って同じくベッドの上にいる金剛にぴったりと寄り添っている。つまり必然的に陽炎は地べたに座っていることになる。

 

 吹雪。

 

 お客様のお名前だ。陽炎の知っている吹雪は、ネームシップの割に地味で時々その名前と顔を忘れられるという驚愕の設定の持ち主である。少なくとも陽炎が転属して来る前に在籍していた鎮守府ではそういうキャラであった。

 しかしここのお客様としてやって来た吹雪はどうだろう。この溢れ出る存在感、一目見て飲み込まれそうになる雰囲気、そうとうにキャラが濃い金剛を完全に抑え込んでいる。

 

「あのぅ……」

 

 何とお声をおかけすれば良いのか分からないけど、取りあえず時計の針の音は聞き飽きたので別の音を入手するべく切り出してみる。

 すると、金剛とただならぬ関係を匂わせるような動作をしていた吹雪は、陽炎に視線をやって柔らかく笑った。とても可愛らしい。

 

「私は吹雪だよ。先ほどぶりだねぇ。これから一緒に住むんだ。よろしく頼むよ」

 

 先ほど? この吹雪はもしや陽炎の知っている吹雪なのであろうか。地味でどんくさくてちょっと電波で、赤城の後ろをトコトコついて回っていたあの吹雪。

 にしては変わり過ぎではないだろうか。劇的ビフォー〇フターどころの話ではない。改造したと言うより、転生したってぐらいの変わりようだ。

 それに先ほどって表現が使えるほど、吹雪と最近会った覚えはない。確かに人によって時間の感覚が違うのは理解出来る話だけれど、それでも先ほどという表現は適切ではない。ついこの間でもギリギリアウトである。

 だったらいつ、どこで会ったんだろう。山城と買い物に行った時にすれ違ったりしたのだろうか。いや、先ほどの範囲はだいたい一日以内だろうから、その時に会っていてもアウトだ。そもそも陽炎の知り合いの吹雪なのか。

 

「陽炎ガール。確かに先ほど会ってマース」

 

「えっ? でも金剛さん。私にはその記憶がまったくないわよ」

 

「先ほど会った時は吹雪ガー……吹雪ではありませんでしたから」

 

「吹雪じゃない? それで先ほど会った……」

 

 そんなの一人しかいないではないか。

 金剛に愛の言葉を囁き、その末に金剛たちによってたかって海の底に沈められてしまった哀れな深海棲艦の少女。彼女なら納得がいく。確かに言動を見る限りでは面影がしっかりと残っていた。

 

「陽炎ガール? 驚かないのですか?」

 

「へっ? 愛の力って凄いのね」

 

「……そうですか」

 

 金剛を愛するあまり生まれ変わって追いかけて来たらしい。ここまで愛してくれる人がいるなんて金剛も果報者である。いっそ提督から鞍替えした方が良いんじゃないだろうか。

 金剛の愛を応援する陽炎であったがそんな考えが頭の中をよぎった。

 意外とお似合いかもしれない。

 

「吹雪があの時のレ級ってことは分かったけど、一緒に住むってどういうことなの?」

 

「それには山よりも高く、海よりも深い事情があるのデース」

 

「あいつが私と金剛は夫婦だから一緒の部屋に住めば良いって言ったんだ」

 

「あいつ?」

 

「提督のことデース」

 

 提督公認なのか。しかも夫婦認定までされているらしい。これはますます金剛が鞍替えするのが良い気がしてくる。

 そこでふと陽炎は思った。

 

「私がいたら邪魔じゃない?」

 

 これは金剛ではなく吹雪に尋ねたものである。

 吹雪がレ級ということは、その性格は独占欲の塊。自分と愛する人の愛の巣に異物が紛れ込むことなど許されないのではないのか。

 そう思った陽炎であったが、意外にも吹雪は陽炎が部屋にいてくれた方が良いらしい。訳を尋ねてみると。

 

「私は金剛と一緒の布団に包まれて寝るんだ」

 

 とのことであった。

 理解はしたが納得はしない。陽炎が下のベッドを占領下に置いておけば、ベッドが二つしかない部屋なので吹雪は陽炎か金剛と一緒のベッドで寝なくてはならない。だから、金剛と一緒のベッドで寝る口実を作ったということである。

 この吹雪のことだから陽炎を追い出した上で一緒に寝るという選択肢を取りそうであったが、まあそういう選択をしないのならそれで良い。陽炎だって部屋から追い出されるのは勘弁願いたい話である。

 

「まあ、とにかく話は分かったわ」

 

「分かったのですか!?」

 

 さっき倒したレ級が吹雪となって復活し、金剛と吹雪が提督公認の夫婦となって陽炎と一緒に住むことになった。何も難しい話ではないのだ。

 ごちゃごちゃ騒いだところで何か変わるわけでもないし、騒ぎすぎてこの吹雪から睨まれたくないし、陽炎は全てを受け入れることにした。

 

「これからよろしくね、吹雪」

 

「うん」

 

 陽炎と吹雪はニッコリと笑いあった。

 そんな二人を唖然として見る影が一つ。

 

「なぁにこれぇ」

 

 

 

 

 

 



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おかしくはない大激戦
おかしな金剛と報われた恋 その①


 金剛は目を凝らして青空を見上げた。

 海上にその姿をおいて、まるでお天道様が自分たちを祝福してくれているのではないかと勘ぐってしまうぐらい晴れやかな空に、視線を送る。

 波は穏やかで、深海棲艦も空気を読んでかその姿も気配すらも現さない。風でふわりと揺れる髪の毛を手で押さえながら、金剛は自分の隣に視線を移した。

 そこにいたのは、満面の笑みを浮かべながら金剛の腕に抱きついている吹雪。幸せいっぱいの姿がそこにあった。

 

「今日はグッドな天気、絶好のデート日和デース」

 

 その言葉に吹雪は抱きつく力を強くすることで答えた。

 金剛はそんな吹雪に限りない愛おしさを覚え、空いている方の手で頭を撫でる。くすぐったそうに、それでも嬉しそうな吹雪を力いっぱいにギュッと抱きしめたくなるのを何とかこらえた。

 提督に吹雪と夫婦扱いをされてから時は経った。最初はどうにかして提督の誤解を解くことに心中苦心していたわけだが、いつからだったか。吹雪から目が離せなくなったのは。

 鬱陶しいとさえ思っていた吹雪が可愛く見え始めて、いつしか吹雪と夫婦と言われるのも悪いようには思わなくなった。

 

 悪いように思わなくなったどころか、実際に夫婦になりたいとすら思うようになったのだ。その気持ちに気づかせてくれたのは陽炎である。

 自分は提督のことが好きな筈であると苦悩の日々を過ごした時期もあったが、比叡や榛名、霧島といった姉妹艦に助けられてその苦悩を乗り越えた。

 そして、陽炎や比叡たちの後押しもあって、金剛は吹雪に告白。吹雪は涙を流しながら金剛の告白に快諾して、二人は本当の夫婦になったのである。

 今二人の左手薬指には、決して高くはないけど確かな指輪が輝きを放っている。

 

「こんなことがあるとは思わなかったよ」

 

 吹雪はしみじみと呟いた。

 

「何がですか?」

 

「金剛とこうして夫婦になれるなんて思ってもみなかった。君の心はあいつに囚われていたからねぇ……正直、無理なんじゃないかと思っていたけど、まさか君の方から告白してくるなんて」

 

「ソーリー。今まで辛く当たってしまいましたね」

 

「良いんだよ。こうして君は私の下に帰ってきてくれたんだ。だから良いんだよ」

 

「吹雪」

 

 自分は何て幸せな艦娘なんだろう。こんなに自分のことを愛してくれる人と巡り合えた何て……金剛は高まった感情の赴くままに吹雪の頭に唇を落とした。

 

「これから君は私のものだよ、金剛。永遠に、そう永遠にだ」

 

「オフコース。その逆も然りデース。吹雪は私のものです」

 

「ああ、今私は君の愛を感じている。君の愛に包まれているよ」

 

「私もデース」

 

 吹雪は抱きついていた腕を離し、金剛と向かう形になった。

 お互いに愛しい人の瞳を見る。

 

「これからは一つになって、二人で頑張っていこう、金剛」

 

「ええ」

 

「愛してるよ、金剛」

 

「I love you 吹雪」

 

 腕を伸ばして吹雪の背中に回す。

 燦々と降り注ぐ陽光が二人を照らし、金剛と吹雪は一つになった――。

 

 

 

 

 

 

「オウノオオオオオ!!」

 

 陽炎を叩き起こしたのは、上の段で寝ている同居人の絶叫であった。音は完全に遮断出来ているとはいえ、隣の部屋にも聞こえていそうな絶叫は、同じ部屋の陽炎にはきつい。

 朝っぱらから何でこんなBGMで目覚めなくてはならないんだ、と不機嫌そうに目を擦った。

 のそのそとベッドから降りた陽炎は、カーテンをシャーとして朝の恵みを部屋に取り込んでから、ベッドに掛けられた階段を昇る。

 

 そこで見たのは、汗をだらだらと流して過去のトラウマを刺激でもされたのかというぐらい息が荒く、焦点が定まっていない金剛であった。

 そして金剛にしがみついて寝ている吹雪の姿もある。彼女はまだ夢の中にいるらしく、規則正しい寝息でぐっすり。

 

 最近のいつもの光景であった。

 戦艦レ級改め駆逐艦吹雪が鎮守府の一員及び部屋の住民になってから、陽炎の朝は最悪以外の何事でもない。目覚ましが、だいたい金剛の「オウノオオオオ!!」「止めてぇぇぇ!」「うわああああ!!」という三パターンの絶叫になっているのだ。

 時間帯が時間帯なので別に寝不足にはなっていないのだが、それにしても毎回そんな絶叫で目を覚まさせられるのは精神的に辛い。

 さらにその絶叫の中爆睡出来る吹雪が羨ましかった。

 

「はあはあ、ドリームデース。バッドエンドの方ではなくスマイルの方を所望しマース」

 

 何を言っているんだ。

 とにもかくにも陽炎にも我慢の限界というものが存在する。いい加減に目覚まし時計役を本物の目覚まし時計に譲ってやったらどうだ。

 無用の長物と化しては、折角お金出して買っているのに勿体ないのである。

 

「どうしたの、金剛さん」

 

「バッドドリームを見たのデース」

 

 それは分かっている。寧ろ悪夢以外で絶叫していたら大慌ての事態だ。

 それにしても今回はきちんと内容も話してくれるらしい。やっぱり陽炎としても気になるので、毎回どうしたと訊いてはいたのだが、悪夢を見たとしか金剛は話さなかった。だけれど今回はかなり詳しく語ってくれたのである。

 曰く、ここで金剛とは正反対に良い夢を見てそうな吹雪と結婚してお出掛けする夢。二人は仲睦まじく海の上で微笑み合い、最後にマウストゥマウスするらしい。

 

 あっそ、としか言いようがない内容であった。

 

「どうすれば解決出来ると思いますか?」

 

 金剛が真面目な表情で尋ねてきた。

 それに対する答えを陽炎は一つしか持ち合わせていない。

 

「本当に吹雪と夫婦になれば」

 

 見た夢の通りに仲睦まじくやれば悪夢から最高の夢に変わるではないか。陽炎も変な目覚ましで目を覚ますこともなくなるしバンザーイである。

 提督? 

 吹雪でもいいじゃん。

 

「ノー、私は提督を愛してマース。だから吹雪に応えることは出来まセーン」

 

「吹雪の何が駄目なの?」

 

 一緒に生活してみて分かったけど、吹雪は超優良である。笑顔が可愛らしくて、気遣いが出来て、料理も何気に上手で、強くて、さらに愛が深い。時々、雰囲気が怖いのと、行き過ぎた独占欲が玉に瑕だが、それすらも愛してみれば案外良いところになるのではないか。

 それは最初の方は金剛と提督の恋を応援したいとか言っていた陽炎だが、吹雪という存在を知ってしまえば心変わりするというものである。洗脳ブレインコントロールである。エネミーコントローラーである。

 

 陽炎は一途な愛が大好きなのだ。

 

「とにかく、起きる度に叫ぶのは止めてよね。私は迷惑してるんだから」

 

「前向きに善処するのデース」

 

 何もしないのと同義である。

 陽炎がため息をつくと、吹雪が静かに目を覚ました。どっかの絶叫マシーンとは大違いである。マシーン。艦娘、軍艦だけにマシーン。大して上手くはないと自分で思う陽炎だった。

 目を覚ました吹雪は先ずは金剛に挨拶をする。

 

「金剛、起きてる顔もやっぱり可愛いね」

 

 独特な挨拶である。

 

「ハロー、吹雪」

 

「うん。陽炎もおはよう」

 

「おはよう」

 

 ついでのように挨拶をされたが別に構わない。いちいちそこにつっかかるほど陽炎は狭量ではないのだ。

 

「そう言えば陽炎はそんなところでどうしたんだい? まさか、金剛の寝顔を見ようだなんて考えていたのかい? 残念だけど、それは私だけの特権だよ」

 

「別に、違うわよ。金剛さんが最近悪夢に魘されているらしくて、それでね」

 

「悪夢? 金剛、おかしいねぇ……私が一緒に寝ているんだからそんなもの見る筈が」

 

「……それが原因デース」

 

 金剛と吹雪がいちゃいちゃしだしたので陽炎は階段を降りた。

 早く着替えなくては朝食の時間がやってきてしまう。

 陽炎は上でドタドタドンドン、ベッドで運動している二人を余所に着替え始めるのであった。

 



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リメイク版 序章
その①


「コングラチュレーション、陽炎ガール。鎮守府一同、ユーのことを歓迎しマース」

 

 やばい、思っていた以上に変な奴だ。

 と、言うのが、満面の笑みで歓迎された陽炎の内心であった。

 そもそも恰好が先ずおかしい。陽炎の視界に飛び込んできているのは、赤だか桃色だか、まあそういう系統のスーツに身を包んだ一人の艦娘。いや、その恰好は別に良いとしても(他にもツッコミどころが豊富なので許容範囲)、左目の眼帯は一体何なの? 

 

 多少なりとも覚悟はしていたのだ。

 それは、陽炎が新天地に赴任する前日のことである。

 ウキウキと胸を弾ませながら、翌日の、つまるところ今日を楽しみにしていると、同僚の一人の龍驤が不吉なことを言ってきたのだ。

 

『陽炎、気を付けや。噂によると、どうもやばい奴がおるらしい。何かあったら、直ぐに連絡してな』

 

 普段はコミカルな面が際立つ龍驤が、急にシリアスぶってそんなことを言ってくるもんだから、陽炎も冗談半分で受け取らず、警戒のけの字ぐらいは、と心の準備をしていたのだ。

 そうして迎えた当日、まだ赴任先の建物の中に入っていない、というか敷地内にすら入っていないのに、その忠告の意味を実感したのである。

 

「……この人が、龍驤が言っていたやばい奴に相違ないわね」

 

 ぼそり、目の前の女性に聞き取られない声音で、陽炎は呟く。

 答え合わせなどする必要はない。目の前の女性、すなわち金剛こそが、龍驤が警鐘を鳴らした人物に間違いないのだ。この人じゃなかったら、陽炎は回れ右して古巣に向かい、全速前進である。このレベルでやばい人扱いじゃないなら、遺憾ながら手には負えない。

 陽炎の顔色を察して金剛、

 

「安心して下サーイ。ワタシはクレイジーな頭をしているわけではありまセーン」

 

 とニコニコしている。

 ああ、そうなんですか、と陽炎が安心……するわけがなかった。

 本人が狂ってないと自己申告したところで、信用など出来よう筈がない。なんとなれば、狂っていると肯定された方が、まだしもと言った具合だ。

 冷静な頭でクレイジーなことをやらかすようなのが、敵にいても、味方にいても、一番怖いのである。だから陽炎は、本人が気づいていないだけで狂っているのだと判断した。と言うかそう思うことにして、自分の中の恐怖を軽減することにした。

 

 だいたいにして、金剛という艦娘は狂っていることが多いのだ。目の前の金剛とは別に、他にも金剛という艦娘は沢山いる。双子とかそういうのじゃなく、クローンとか人造人間とかアンドロイドとか、まあ、そんな感じで同じのがいっぱいいるのである。

 例に挙げてとある鎮守府の金剛は、初対面の人間(提督)に、好き好きダーリン、ハグチュッチュ、とかやらかしてるし、また別の金剛は戦闘中にも関わらず、

 

「ティータイムの時間デェス」

 

 とか言って敵前逃亡したらしいのだ。

 他にも狂っているのはいっぱいいるらしく、なるほど、ことさら目の前の金剛がおかしいわけではないようだった。金剛という艦娘そのものがおかしいのだ。そうだ、そういうことなんだろう。そうに違いない。

 

(いや、まちなさい……)

 

 陽炎は納得しかけたところで、ふと重大な見落としがあることに気付いた。

 金剛という艦娘が元から狂っているのが多いとして、だと言うのに、噂されている。やばい奴がいるのだと、ああ、金剛だからしょうがないねえ、で済まずに、やばい奴がいると噂になっている。この事実に気付いた時、陽炎の額から汗が流れ落ちた。冷たい汗、冷や汗であった。

 その時、金剛の右目が怪しげな光を放った……ように見えた気がした。

 

「陽炎ガール」

 

 静かに金剛が陽炎の名前を呼んだ。

 妙な凄味があったので、思わず陽炎は唾を飲み込む。とっても大きな音がした。

 金剛は右手の人差し指を自身の左目に向けた。左目には、陽炎が初っ端内心でツッコミを入れた、エジプトの土産物屋で安売りされてるような眼帯がつけてある。

 

「マインドスキャン! あまり変なことを考えない方が身のためデース。私には全てが見えていマース」

 

 突然、金剛が何かを言った。

 マインドなんちゃらと言ったのを、陽炎は聞き取っていた。

 

「な、何ですか? そのマインドなんちゃらと言うのは?」

 

 至極当然な質問を陽炎は行った。いきなりそんな、何の専門かは知らないけど専門用語的な事を言われても、こちらはまるで意味が分からない。

 マインドなんちゃらとは何だ? どういう効果で何時発動する? いや、まあ発動はさっきしたらしいけど。

 

「説明しまショウ」

 

 すると金剛は、

 

「マインドスキャン。これは相手の心の内を詳細に読み取る能力。そしてその力は、このミレニアムアイによってもたらされるのデース」

 

 極めて爽やかに訳の分からない説明をした。

 まてまて、また新しい単語が出て来たぞ。当たり前のように説明に出て来たが、ミレニアムアイって一体何だ? マインドスキャンの時点で訳わかめなのに、新しい単語を増やして来るんじゃない。大体、イギリス生まれのくせに、どうして口調が似非アメリカン何だよ。お前、結局どこの国の艦娘だよ。陽炎は苦笑いを浮かべながら、内心で金剛を罵倒した。

 そんなことをしていると、はたと気付く。

 まてよ、今の金剛みたいに理解不能な言動をする奴を表す言葉を知っているぞ。確か、これまた同僚の曙が教えてくれたではなかったか、と陽炎は脳裏に思い浮かべた。

 

『中二病。こいつは色んな意味でとんでもないわよ。あいつらの痛すぎる言動を見ていると、こっちが苦しくなって来るし、あいつらも後年になって、当時の自分の痛さを思い出しては発狂するという、最強最悪の病よ。あんたも用心しなさい』

 

 いつもは顔を合わせれば悪口ばっかりの曙だが、この時は妙に親切だったので記憶に残っている。中二病、そうか、金剛は中二病なのだ。彼女は病気なのである。

 そう思うと、むくむくと湧き上がって来る親切心。このままじゃ、近いのか遠いのか分からない未来で、金剛が可哀そうなことになってしまう。

 何とかしてあげなくちゃ。未だに奇怪な説明を嬉々として続けている金剛に向かって、陽炎は上から目線の強い決意を胸に込めて言った。

 

「金剛さん、病院に行きましょう」

 

「ワッツ?」

 

 金剛が、どうして? ではなく、何? と首を傾げた。

 聞こえていないわけではないようだ。目を見ればどうして、と語っている。単純に言葉の意味を間違えているのか、それとも取りあえず言ってみただけだろうか。そういうところが似非アメリカンみたいだと言うのだ、発音もおかしいし。

 やっぱり、中二病という病気に違いないようだ。詳しいことは分からないけれど、多分頭か精神がおかしくなる病気だろう。そういう意味でも恐ろしい病に違いない。

 

「……中二病って何よ? 別に中二病じゃないわよ。これは偉大なるペガサス会長をリスペクトしているのであって、断じて頭がおかしい訳じゃないわ。そもそも、金剛ってこういう喋り方をする娘なんでしょう? だったら良いじゃない。この小娘め、カードに魂を封印してやろうか」

 

 何かいきなり、金剛がぶつぶつと独り言を言い始めた。これは気味が悪い。

 クレイジーだ。どうも中二病という病気は、頭か心を狂わせてしまうのだろう。あまり直接的な治療はせずに、じっくりと気長にやるべきなのかもしれない。陽炎はそう悟った。

 一先ず、怖かったので暫く金剛を放置して独り言を存分に吐いてもらっている間に、話の軌道を修正することにした。というか、いい加減門を通らせてもらいたいのだけど。

 

「あの、中に入って良いですか?」

 

 一応そう声掛けしてから、陽炎は敷地内に足を踏み入れた。

 勿論、良いよ何て言われてないけど、そもそもそんなことで一々許可は要らないだろう。関係者何だから不法侵入でもないんだし。

 敷地内に足を踏み入れると、これからお世話になる鎮守府の姿が目に入った。別に、敷地内に入らずとも見えていたけど。

 

(前の所よりまるで全然、しょっぼいわねぇ)

 

 失礼極まりない感想であったけど、声に出してないから問題はない。

 さてと、鎮守府の大きさはともかくとして、これからその鎮守府の主である提督に着任の挨拶をしに行かなくてはならなかった。変な奴に捉まって時間をだいぶ削られてしまったけど、それでも約束の時間には余裕がある。やることはさっさと済ませてしまおう。

 

「執務室はどこかしら」

 

 そう言いながら歩き出した陽炎を、やっと独り言を吐き終わった金剛が、

 

「待ちなサーイ、陽炎ガール」

 

 と、引き留めようとした。

 待てと言われて待つ奴がいるかバーカ、と無視するのは簡単だったが、無視をすると後が恐い。一体全体何をされるのか分からなかったので、大人しく言うことを聞いた。

 

「テイトクに会いに行くのでショウ? 私が案内しマース。実を言うと、私は貴女の案内役を仰せつかっているのデース」

 

 ああ、だから門番みたいに突っ立てた訳ですね、と陽炎は門前に金剛が居たことに納得した。それはそうとして、金剛が案内役だなんて不安しかない。この鎮守府の提督も何を考えて金剛に頼んだのやら。もしかしてここの提督も危ない人だったりするのだろうか。

 嫌な予感がかっとビングの陽炎であった。

 

「フォローミー」

 

 言って、金剛は陽炎に背を向けて歩き出す。

 発音が拙すぎて一瞬何を言われたのか理解出来なかった陽炎だが、多分付いて来いという意味だろうと判断して、金剛の後を追う。

 陽炎は胸がドキドキとして来た。ここの提督はどういう人物なのだろうか。神か魔か。少なくとも、人を見る目はないだろうなあと、思った。

 



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その②

 陽炎は金剛の案内の下、提督の執務室を目指して歩いていた。ここで意外だったのは、金剛が人に気を遣えるような艦娘であったことだろうか。陽炎と金剛では一歩一歩の大きさ、早さが違う。陽炎の方が一歩が小さく、遅かったのだが、金剛はそれに合わせてくれたのだ。

 話方やお話に常識はないくせに、こういう気遣いの常識は持ち合わせているらしい。ほんのちょびっとだけ、陽炎は金剛の評価を上方修正した。

 そしてもう一つ意外だったのは、金剛が他の艦娘に好かれているということだ。

 陽炎の予想としては、腫れ物でも扱うような、あるいは触らぬ神的な、そんな立場にいるとおもっていたのだが、ところがどっこい、

 

「あら、金剛じゃない。こんにちは」

 

「会長! また一緒に遊ぼうね」

 

 と、まさに好意の嵐である。すれ違う艦娘皆が皆、金剛に好意的な眼差しや言葉を送るのだ。金剛の顔はこの鎮守府で広く知れ渡っており、どういうわけかもの凄く人気があるようだった。実は皆が演技をしており、丁度良いタイミングで、な~んちゃって、とか手のひら返しをする、そんな可能性を陽炎は真っ先に思い浮かべた。

 ところで、また気になる事が出て来たのだけど、金剛が会長って呼ばれていたけど何で? どっかの会社で会長でもやってるの? 軍人って副業ありなの? っていうか、艦娘って普通の仕事出来るの? 陽炎は頭の中が疑問でいっぱいになった。

 

「おっと、ここデース」

 

 疑問を頭の中で自己解答している内に、執務室に辿り着いた。結局、疑問は疑問のままに終わり何一つ納得の行く答えは出て来なかった。

 

(取りあえず、ここの金剛さんが色んな意味でやばい奴ということしか分からなかったわ。もう何がやばくてやばくないのか、境界がはっきりしないぐらい、何だかやばい)

 

 唯一導き出したのは、こんな答えにすらなってない、言葉遊びでもない、そんな結論であった。そして金剛の事を考え込み過ぎて、本来の目的をすっかり忘れていた。

 

「いらっしゃい、陽炎ちゃん」

 

「ひょ……ッ!?」

 

 思考の渦の中から突然掬いだされて、陽炎は色気の欠片もない悲鳴をあげた。

 おっかなびっくり声のした方を見れば、軍服を着た女の子がいる。そう、女の子だ。見た目中学生ぐらいの陽炎が、女の子と表現して全く違和感のないぐらい女の子している女の子だ。ふわふわとしているクリーム色の長髪、二重でぱっちり大きい瞳、ぷるぷるとぷりんのような唇、天使とは斯くの如しと言わんばかり。

 

「ふ、ふつくしい」

 

 知らず知らずに魅入られた陽炎であったが、偶然視界に入った金剛を見て、直ぐに正気を取り戻した。人は、怒りを抱いた時、自分以上に怒りを爆発させている人を見れば、何となく冷静になって落ち着きを取り戻すものである。まあ、つまりそういうことだった。

 

「ああ、テイトクゥ――」

 

 この後に何か言葉にしていたが、あまりにも聞き苦しい内容だったので、陽炎はシャットアウトした。にしても金剛、完全にこの女の子に恋してる。そりゃあもう気持ち悪いぐらいに恋してる。これが逆の立場であったら微笑ましかったのだが、あいにくと現実は非情であった。

 

(ロリコンでレズビアン? なんなのよこれぇ……)

 

 と、先ほど気持ち悪いぐらい見惚れていた自分を完全に除外して、金剛を蔑んだ。

これも中二病という病の所為であろうか。それとも、金剛は中二病罹患者と言動が似ているだけで、やっぱり素でおかしいのだろうか。だとすれば、単にやばい奴?

 陽炎は、さっきちょっとだけ上げた評価を一気に落下させた。もう奈落の底、落ちるところまで落ちている。

 因みに金剛の愛の告白を受けている提督はというと、

 

「もう、金剛ったら」

 

 と、満更でもなさそうだった。

 普通だったらあまりの気持ち悪さと恐怖で泣き出したり、気が強ければ罵詈雑言の嵐を吹かせたり、クールな人だったら電話に手が伸びてとある国家権力に連絡を入れたりするのであろうが、この提督はどうも一味も二味も違うらしかった。

 そうか、こういう感じでおかしい人だったのか。陽炎は拍子抜けしたような、嬉しいような、そんな複雑な感情を抱いた。良く言えば天然でピュア、悪く言えば馬鹿、思っていたより百分の一ほどのおかしさだったので、

 

(ちょっと人より感性がずれているのね)

 

 ぐらいの感想に落ち着いた。

 比較対象の桁があまりにもかけ離れているので、この程度のおかしさでは、最早普通の人と断定しても問題は無い。陽炎の中で提督の印象は、ピュアで可愛らしい天使みたいな女の子ということになった。

 陽炎が結論づけていると、提督が困った様に眉をひそめて言った。

 

「ごめんなさい。金剛ったら、私に何時もこんな恥ずかしいことばっかり言って来るのよ。私もその、嬉しいけど、人がいるところでは止めてほしいなあ」

 

 普通の人だったら、

 

「何なのこの人……イラッとくるぜ!」

 

 と、冷たく言いそうなものだが、人よりほんのちょっと感性がずれている提督だったので、普通の人より数百倍言葉が優しかった。

 陽炎は満足そうにその提督を眺めている。金剛と比較してしまうと聖人にしか見えないので、もう感心するばかりだ。

 

(この金剛さんを案内役にするような人だから、視界がモザイクがかっているような人だと思ったけど、安心したわ。良かった)

 

 陽炎が安堵のため息を吐くと同時に、妄言を垂れ流しにしていた金剛が現実世界に帰って来て、やたら決め声で言った。

 

「陽炎ガール、ユーも燃え上がる様な恋をしたら私の気持ちが分かるネ。こう自分で自分を抑え切れないのデース。つい、我を忘れて思いの丈をぶつけてしまいマース」

 

 余りにも意味不明な自己弁論であった。こんな弁論では、カードの中に閉じ込めてチュッチュしたい的な発言は正当化出来ないだろう。

 それはどうかな、と反論する気にもなれなかったので、陽炎は聞こえてない振りをして聞き流した。

 

「それで、これから私はどうすれば?」

 

 取りあえず提督に挨拶を済ませた形だが、これから何をすれば良いのか。陽炎が訊ねると、提督はニッコリと微笑んで言った。

 

「そうですね。でしたら、一通り鎮守府内を歩き回ってみて下さい。案内は金剛がやってくれますから」

 

 それを聞いて、

 

(ええ……)

 

 と、内心嫌そうな声を陽炎はあげた。勿論、顔に出すようなへまはしない。

 別に金剛のことが、この短い付き合いで嫌いになったというわけではない。ただ、今日はお腹いっぱいだなあ、という本音があるのだ。あんまり長時間一緒に居たくはない。

 この場に居るのが金剛だけだったらそれとなく本音が表情に出そうだけど、ここには提督も居るのだ。金剛にどう思われようが結構だけど、この提督に嫌われたくはなかった。

 

「陽炎ちゃんって、ちょっと苦手な子だなぁ」

 

 とか提督に思われた暁には、人生もとい艦娘生がおわったビングである。

 すると陽炎の、そんな金剛さんにこれ以上付き合ってもらうのは悪いですよ、というオブラートに厳重に包み込まれた気持ちが神様に届いたのだろうか。金剛は残念そうに首を横に振って、案内役を拒否した。

 

「ソーリー、私には、今から外せない用事がありマース」

 

 そうか、ならば仕方がないな。陽炎と提督が気落ちした様な表情を同時に見せた。無論のこと、陽炎は演技である。

 だったらどうしようかと提督は本気で悩み、陽炎は心の中でランランしていると、何の脈絡もなく、案内役をかって出てくれる人が現れた。

 

「良かれと思って、私がやってあげようか?」

 

 ひょっこりと現れたその人物は、これでもかとばかりに爽やかな善人面をして、執務室に入って来る。

 

「げっ、瑞鶴ガール……」

 

 と、金剛が嫌な奴を見たとばかりの口調で、人物の名前を紹介してくれた。とは言うものの、陽炎は別個体の瑞鶴を知ってるから特に要らない紹介である。

 それはさておき、金剛が苦手としているだろうこの瑞鶴。色々と詳しい話を聞かせてもらおうじゃない、とわくわくしている陽炎の中では、既に彼女が案内役になっていたのだった。

 

 



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