とある六兄妹と名探偵の話 (ルミナス)
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日常編
第1話〜プロローグ&美術館オーナー殺人事件前〜


 2月14日、世間で言うところのバレンタインデーであるこの日。例え、そんな特別な日であろうと、警察に休みはない。

 

「ふぁ〜……警察って本当に忙しい……」

 

「そんなの覚悟の上だったろ?」

 

 そんな会話を警視庁内の廊下で歩きながらしているのは、黒髪を伸ばして薄茶色のスーツを着た身長160cm前半の欠伸をこぼす女性と、欠伸をした女性に呆れたような視線を向ける、同じく黒髪でグレーのスーツを着た180cm前半の男性。そんな2人の後ろから足音が聞こえ後ろを振り向けば、茶色のスーツと帽子を被ったとても見覚えがあるぽっちゃり体型の男性が来ていた。

 

「あれ?目暮警部。先程、事件が起こったからと外に出たのではありませんでしたっけ?」

 

 黒髪の女性がそう聞けば、目暮警部は目の前の二人に気づき、笑顔を浮かべて答える。

 

「おお!『瑠璃(るり)』君と『(あきら)』君!いや、実はそうだったのだがね?早々に解決したから戻って来たんだよ」

 

「へ?早くないですか?何が起こったんですか?」

 

 瑠璃は目暮警部の返答に目を丸くして返せば、目暮警部の方は少しだけ呆れたように返す。

 

「いやな?事件現場に毛利の娘さんが来ててな」

 

「毛利さんの娘というと……蘭さん、だったか」

 

「そうだ。その娘さんが来ているからと毛利も来てな、時間をそう掛けずに解決してくれたんだ」

 

「へ〜?毛利さん、案外、切れ者だったんだ……能ある鷹は爪を隠すタイプの人だったんですね」

 

「…………」

 

 瑠璃は目暮警部の話にそう返し、彰の方は何かを考え込んでいる様子だったが、目暮はそれに少し苦笑をこぼした。

 

「いやはや、現役時代を知っているからこそだろうが、探偵になってからの彼奴はどうもその能力が発揮されていなかったみたいでな〜。徐々にその頃の力が戻っているのかもしれんな」

 

「……目暮警部は、毛利さんの実力を認めてるんですね」

 

 彰が笑みを口元に浮かべてそう問えば目暮もまた頷き、その場を去っていく。瑠璃達もその後を追うようにして仕事場に戻りながら、彰は毛利の事を考える。

 

(いままでは全く有名にもならない程度の事件解決数だったのが、ここ最近で数が上がった……何がキッカケだ?)

 

 彰は考えるだけ考えるが、しかしヒントの数が少なく、結局は分からずじまいでその日は終わった。

 

 ***

 

 あの日から時間が経ち、瑠璃と彰の二人が一緒の休日を取れた日、もうすぐ閉館をすると噂の米花美術館へと足を運んでいた。

 

「他のみんなは残念だったね……特に『雪男(ゆきお)』」

 

「ああ。雪男はこういうの、好きだからな……」

 

「『修斗(しゅうと)』も案外好きだよね?絵画」

 

「まあ、一番は読書やヴァイオリンだろうが……」

 

 そんな二人が話しながら見ているのは、天使の絵が描かれた展示物。実際、天使の輪があるのだから、強ち二人は間違っていないだろう。

 

「しかし、天使ね〜……」

 

「展示物に文句やケチをつけるのは悪い客だぞ」

 

「少しぐらいいいじゃん!」

 

「そもそも、お前がここに行こう!って言ったから来たんだ。俺に文句を言う権利はあれど、お前にはないぞ」

 

「ケチ〜!」

 

「というか、こういうのは兄である俺とじゃなくて、彼氏でも作って行けよ。ほら、『松田』とか……」

 

「いやいや、松田さん休み取れてないじゃん。今日、あの人休みじゃないじゃん」

 

「……」

 

 瑠璃のその一言に彰は頭を抱え、同期の松田に心底、同情を覚えた。

 

「……俺とかも鈍感だが、お前も鈍感だよな……」

 

「人の気持ちに対してかな?その発言は」

 

 そう楽しげに話していれば、別の話し声が聞こえ、そちらを見れば、ちょび髭が生えた男性と、メガネの子供と、美術館の雰囲気とあった大人しめな服を着た少女がそこにいた。その少女は、その隣にいる白髪で長く白い立派なヒゲを持った初老と男と話している。初老の男性は少女に「ごゆっくり」と声をかけた後、反対の方へと視線を向ければ、そこには作品の絵を手袋もつけずに素手で触る、世間のマナーさえ守っていない男がいた。

 

 その男を見た途端、初老の男性の目が開き、怒鳴る。

 

「『窪田(くぼた)』!貴様、何をやっとるか!!作品を扱う時にはかならず手袋をしろといつも言っとるだろうが!!」

 

「あ、あぁ……すみません」

 

『窪田』と呼ばれた男は自身の両掌に視線を向ける。初老の男は窪田に少し詰め寄り注意をした後、また別の男に目を向けた。

 

「君はもういい。『飯島(いいじま)』くん、ここを頼む」

 

「はい」

 

『飯島』と呼ばれた男性は、作業が終わっていたのかすぐに仕事を始め、逆に窪田はというと、離れながら舌打ちを1つしていた。

 

「うわ、ガラ悪っ」

 

「……美術品への愛情のカケラもない人間が、ここで働く理由は……」

 

「……証拠探す?探しちゃう?」

 

「いや、アルバイトとかの可能性もあるからやめておこう。被害届も出てなかったはずだ」

 

「まあ、私もその資料は見てないし……出てたら捜査してるでしょ」

 

 そんな二人が話している間にまた別の人物が初老の男に声をかけていた。

 

「ふっ、相変わらず寂しい入りだな」

 

「おや、『真中(まなか)』オーナー」

 

「あと10日もすればここも閉鎖だ。それまでシッカリ頼むぞ」

 

 そこで『真中』と呼ばれたオーナーは、悪い顔を見せた。

 

「このカビの生えたガラクタ共の世話をな」

 

 そこで瑠璃が堪え切れなくなり、間に割って入ろうとしたのを彰が肩を掴んで止める。

 

「……彰、この肩を掴んでる手を離して」

 

「お前が説教もせず、蹴りもいれないと言うならな」

 

「…………」

 

「アレはここの問題だ。俺達が出るべきじゃない」

 

「……私達なら簡単に終わる話でも?」

 

「それは『家』の力だろ?そんなことしてみろ……『修斗』への負担が増えるだけだ」

 

『修斗』という名を出されると、瑠璃の耳がピクリと動いた。それを見た彰が手を離すと、瑠璃は息を一つ吐き出し、事の成り行きを見ることにした。とはいえ、既にオーナーらしい男は何かを持っている眼鏡の男と別の場所におり、今は少女が初老の男に声を掛けていた。

 

「この美術館、無くなっちゃうんですか?」

 

「ええ。前のオーナーの会社が倒産して、あの真中オーナーに売ったんです」

 

「前のオーナーはここを続ける約束で売ったんです。それを、あいつは……買った途端、ここをホテルにすると言いだしたんです」

 

 流石にその発言は聞き逃せなかったようで、彰は瑠璃とアイコンタクトを取ると、少女達に近寄り、話しかけた。

 

「それ、口約束でしたか?あと、書類にサインとかしましたか?」

 

「……?貴方達は?」

 

「失礼。俺達、こういう者です」

 

 彰がそう言って取り出すと、瑠璃もそれに習いある物を取り出す。そしてそれを見せると、その場の全員が驚いた表情を浮かべた。

 

「け、警察の方ですか!?」

 

「あ、事件があったわけじゃないですよ?俺達、休暇で此処に来てて……」

 

「これ、私達の身分証明の1つだしね〜」

 

 そう言いつつ、警察手帳を手荷物の鞄に戻せば、「で?」ともう一度聞き返す。

 

「結局、口約束でしたか?」

 

「ええ、そうですね……書類で契約はしましたが、大事にする、というのは確かに口での約束で……」

 

「……ボイスレコーダーとかは……」

 

「ありません」

 

「だよなぁ……」

 

 そこで彰は溜息をつく。書類の方に書いておけば、契約違反で訴訟が出来る。勿論、口約束でもアリではあるのだが、それを実証出来るかどうかが問題である。訴訟する側が『ある』と言えど、相手がシラを切り、その上で証拠もなければ実証は不可能に近い。

 

「状況証拠じゃどうにも出来ないし、かと言って物的証拠が書面上のみ。それだって、その約束は書かれてなかったみたいだから……」

 

「ねえ?なんで書かれてないと思ったの?」

 

 そこで下の方から声が掛けられ、誰かと彰が目を向ければ、眼鏡の子供がいた。

 

「ちょっと、『コナン』くん!……すみません、うちのコナンくんが……」

 

「いや、気にしてないから謝らなくていい。で、そう思った理由だったな」

 

 それにコナンが頷けば、彰は少し苦笑を浮かばせる。

 

「そもそも、そういう約束が書面に書かれていたら、契約違反として訴訟可能だ。元オーナーの人は倒産したから無理だっただろうけど……そこの2人は違う」

 

 そこで彰は、初老の男性と飯島に柔らかな笑みを向ける。

 

「そこの2人は、本当に此処や美術品を大事にしてるのが分かる。だからこそ、契約違反をしていた場合、見逃さずに訴訟しているだろうと思っただけさ……間違ってたらすみません」

 

 彰がそこで頭を下げれば、2人は慌てたように許す声をあげる。

 

 そんな話をしていた横で『ガンッ』と物が落ちる音が聞こえて目を向ければ、窪田が銀色の甲冑の頭を落としたようで、音の原因はそれだと簡単に推理することが出来た。

 

 これはまたこの初老の男が怒るなと彰と瑠璃は思い、初老の男に目を向けてみれば怒る様子を見せていなかった。それに少し驚いた彰とは違い、瑠璃はその後の真中と窪田のやり取りを見ていた。

 

「君は確か窪田くんだったな。君の噂は聞いてるよ。早めに金の算段をしておくんだな……ハッハッハ!」

 

 真中が笑いながら去れば、窪田は怒りをぶつけるように今度は拾った頭を乱暴に投げ捨てた。が、それを見ていたにも関わらず、怒りを見せる様子を見せない初老の男は「ではみなさんごゆっくり」と声を掛けて、飯島と共に行ってしまった。

 

「……で?結局、あの初老の方は誰?」

 

「あ、そういえば刑事さんは聞いてませんでしたね。あの人は落合さんといって、此処の館長さんなんですよ」

 

「なるほど、あの人が……どうりでさっきは怒ったり、あの真中って人にあんなこと言われる訳だ。立場が立場だからか」

 

「正直、館長さんももうお爺さんだし、ストレス溜めさせないようにしろよ、周り……おじいさんはストレスに弱いんだぞ」

 

 その瑠璃と彰の呟きに、コナンは乾いた笑いを漏らした。

 

 そう、この日が初めて、二人がこの『コナン』と呼ばれる少年と出会った、初日の話である──。



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第2話〜美術館オーナー殺人事件〜

毛利一家と話をしたあと、その流れのままに一緒に回ることとなった瑠璃と彰は、お互いの自己紹介をしたあとに絵の話を蘭と共にし始めた。

 

「それにしても、ここの絵って素敵なものばかりだね〜」

 

「そうですね!私もそう思ってたんです!!それなのに、この2人は全然興味が湧かないみたいで……」

 

そう話しながら次のブースへと行こうとするが、そのブースには入れなかった。なぜならその前に『立ち入り禁止』の看板が置かれていたからだ。

 

「あれ?立ち入り禁止……」

 

「おかしいね?この先にはもう1つ展示ブースがあるのに……」

 

その瑠璃の断言するような言葉にコナンは首を傾げたが、それが瑠璃と彰の視界には入っておらず、2人は首を傾げていた。

 

「清掃中とかか?」

 

「いや、それだったら清掃中の看板じゃない?」

 

「放っとけ。ほら、さっさと次行くぞ」

 

今のメンバーの中では一番年上の小五郎にそう促されれば流石に立ち止まるわけにもいかず、蘭、瑠璃、彰は疑問を持ったまま立ち去ることとなった。

 

ーーこの時、殺人が行われていたことも知らずに。

 

***

 

それから暫く周り、既に時刻は夕方となっていた。その所為か小五郎とコナンは既にヘトヘトで、2人だけ設置されている椅子に座って休んでいた。

 

「疲れた〜。蘭姉ちゃん、もう帰ろ〜」

 

「腹減ったぞ〜……」

 

「もう、だらしないわね〜。このぐらいのことでへたばってしまうなんて」

 

「いや、まあ小五郎さんも良い歳だし、子供にはちょっとキツかったかもね……」

 

蘭が疲れ切った2人に対して言った言葉に、瑠璃は苦笑しながらフォローに回った。

 

そこで蘭が2人から視線を外すと、あることに気づいた。

 

「あら?立ち入り禁止の立て札がなくなってる……」

 

「あれ?本当だ。前に通った時にはあったのに……何時なくなったんだろ?」

 

瑠璃は首を傾げるが、蘭は逆に嬉しそうな笑顔を浮かべ、その笑顔を浮かべたまま疲れ切った2人に顔を向けた。

 

「ねぇ!折角来たんだから、最後の部屋にも行ってみようよ!」

 

「「えぇ〜!!」」

 

2人が嫌そうな声を上げれば、蘭は意地の悪い顔を浮かべる。

 

「先に帰っても良いけど、夕飯は2人で作るのよ?オホホホホホ」

 

高笑いをあげながら、最後の部屋へと1人向かう蘭に向けて悔しそうな顔を浮かべる2人。その背中に「きったね〜」と投げかけるも、この2人は料理経験が皆無。作られるものがどうなるかなど予想し易いだろう。

 

「うわぁ、流石にこれは……」

 

「ちょっと同情するわ……これは」

 

このやり取りに、彰と瑠璃は残された2人に同情の視線を向けるのだった。

 

***

 

最後の部屋、『地獄の間』はとても薄暗い部屋となっており、灯りは入り口まで付けられている廊下の電気だけである。

 

「ずいぶん、薄暗い部屋ね……」

 

「地獄の間だからね……」

 

全員が周りの展示物に目を向けて歩いている時、彰は背後にある監視カメラに気付いた。

 

「……」

 

「彰?どうしたの〜?」

 

瑠璃が歩みを止めた彰に声をかければ、彰は首を横に振り、瑠璃の横にやって来た。

 

「……いや、なんでもない。閉鎖されることになったこの美術館だけど、最後まで大切に完備されてるんだなと、そう思っただけだ」

 

「そりゃ、美術品を大事に思う人がこの美術館にいるからね!当たり前だね!」

 

そう互いに話し、お互いに笑みを浮かべた。

 

離れてしまった毛利一家の後を追うために歩き始め、少し経った時、蘭の叫び声が部屋の中に響き渡った。

 

「!?何事!?」

 

すぐにただ事ではないと察知し、走って近付き、全員の視線が向けられた方に視線を向ける2人。

 

そこにはーー首に剣を突き立てられた状態で壁に縫い付けられ、血達磨となり、その血さえも床に滴り落ちているーー明らかに死んでいると分かる真中オーナーの姿が、そこにはあった。

 

「っ!!!!?」

 

「ーー瑠璃!!もう見るな!!」

 

彰が声をかけた頃には時既に遅く、瑠璃は目を見開いてその酷い惨状を目にしたまま、動きを止めていた。

 

それに小さく舌打ちを1つし、彰は直ぐに瑠璃の目を右手で覆った。

 

「あっ……」

 

「これ以上見なくて良い……もう、『見なくて』良いんだ」

 

彰の声で少し安心を覚えた瑠璃とは反対に、彰は小五郎に視線を向けた。

 

「毛利さん、2人をお願いします。俺はその間に警察に連絡を入れます……俺と瑠璃だけじゃ、現場検証なんて無理な話ですから」

 

「あ、ああ、分かった」

 

小五郎はそれに頷き、2人の側に寄る。その間に彰は警視庁に連絡を入れ、応援を呼んだ。それから美術館にいた全員に事件が起こったことを話し、現場の近くまで来てもらい、その後に少し辺りを見ている頃に、漸く応援がやって来た。

 

「彰くん!瑠璃くん!」

 

「目暮警部……応援に来ていただき、感謝します」

 

「彰くん、お礼はありがたいがそれよりも……瑠璃くんは」

 

目暮警部が心配そうにそう聞けば、彰が瑠璃が座っている椅子に視線を向ける。そこに座っている瑠璃は、明らかに元気が無く、体を震わせながらも、必死に何かに耐えるように唇を噛んでいた。

 

「……ふむ、本当は直ぐにでも帰って休んで欲しいところだが……」

 

「無理ですね。彼奴も、俺も、第一発見者に入ります……毛利さん達よりも少し遅れたとはいえ、ですが」

 

「そうだな……彰くん、瑠璃くんの様子をちゃんと見てやってくれ。正直、彼女の証言が一番、我々の中では『重要』だからな」

 

「分かっていますーー彼奴は俺の、大事な妹ですから」

 

彰のその言葉に目暮警部は頷き、次は小五郎に近づいていく。その背を見送ったあとに瑠璃に近づけば、目を瞑って、視界から入る情報をシャットアウトしている様だった。。

 

「瑠璃……大丈夫か?」

 

彰がそう声をかければ、瑠璃はゆっくりと目を開き、視線を向ける。

 

「……大丈夫。刑事になった時点で……ううん、警察を目指した時点で、こうなる事は既に覚悟してたから……既に何度も見てるはずなのに、相変わらず慣れてない私の言う言葉じゃないか」

 

瑠璃はそう言って笑うが、彰は酷く悲しそうな表情を浮かべている。

 

「……無理に笑わなくて良い。今のその表情は流石に酷い。折角の美人な顔が台無しな酷さだ」

 

「ちょっ!?その言葉を私に使わないで!?兄妹じゃなかったら正直、勘違いしてもおかしくないからね!?」

 

「いや、兄から見たお前の評価だぞ?素直に嬉しがっとけ」

 

「ああもう!この女誑しが!!」

 

「正直、俺が女誑しなら修斗はどうなるんだと聞きたくなるんだが……」

 

「ごめん、それは確かにだね。一番の女誑しは彼奴だったか……」

 

瑠璃がそこで頭を抱える。が、そこでクスリと小さく笑い、徐々に笑う声が大きくなっていく。

 

「ふっ、ふふっ……ははっ」

 

「元気は出たか?」

 

「ははっ……うん、大丈夫。元気付けてくれてありがとう、彰。さすがは私達兄妹の長男だね」

 

「俺の長男らしいものなんて、こういうことぐらいだからな」

 

彰が肩を竦めれば、瑠璃は首を横に振る。

 

「ううん、彰が長男だから、私達は安心するんだよ。これで正直、修斗が長男だったら、もう心配しかないよ」

 

「ああ、確かに……心労とか苦労とか、一番かけさせてしまってるからな……」

 

そんな風に話した後、瑠璃は小さく深呼吸をし、立ち上がる。

 

「っよし!元気出た!じゃ、お仕事始めよっか!」

 

「……本当に大丈夫なんだな?」

 

「うん!問題なしだよ!」

 

瑠璃が元気よく答え、笑顔を向ければ、彰もそれを見て安心したように笑みを浮かべ、2人で目暮に近づいた。

 

「目暮警部」

 

「おお、彰くん!……瑠璃くん、もう大丈夫かね?」

 

「はい。ご心配お掛けしてすみません。ですが、私の『力』はこういう時こそ、役立たせるべきだと思ってますから」

 

「うむ。無理はせんようにな」

 

「はい!」

 

瑠璃が敬礼をすれば、目暮警部は1つ頷き、次の行動を伝える。

 

「実はな、今から防犯カメラの映像を見にいくのだが……」

 

「ああ、彰が気付いたあの防犯カメラですね」

 

そう言って瑠璃が視線を向けたのは、部屋の隅に設置されているカメラ。

 

「なんだ、彰くん。気づいておったのか。なら早めに言ってくれれば……」

 

「すみません。流石にちょっと頭から抜けてました……」

 

「彰も内心、動揺してたもんね」

 

「なんでお前、俺の内心知ってんだ」

 

「妹舐めんな」

 

まだやり取りが続くかと思われたところで、目暮が咳払いをし、話を続ける。

 

「それでだな、毛利達も連れてその映像を見にいくのだが……2人はどうするかね?特に瑠璃くん」

 

目暮はそこで瑠璃に心配そうな視線を向けた。

 

「君の能力を儂も理解しておる。だからこそ、無理強いは出来ん。無理そうなら儂らと彰くんで見るが……」

 

目暮の提案に、瑠璃は首を横に振った。

 

「提案はとてもありがたいです。しかし、先程も言った通り、私の力はこういう時にこそ役立てるべきものだと思ってますーーだから、私にも見させてください」

 

「……わかった。無理だった時には途中でも良い。目を瞑り、耳を塞ぐんだ……いいね?」

 

最後まで心配そうな目暮の言葉に、瑠璃は柔らかく微笑みながら、頷いた。

 

そうして全員で監視カメラを見始めれば、最初に映った時刻は午後4時25分。そこにあるのは鉄の甲冑だけで、他には特に目を向けるものはない」

 

「馬鹿な犯人だ。ビデオに撮られているとも知らないで……」

 

その小五郎の言葉に、彰は違和感を持つ。

 

(本当に犯人は監視カメラがある事を知らなかったのか?大抵の美術館にも監視カメラというのはちゃんとある。それは盗難防止の役割が主だ……それを知らないなんて事、本当にあるのか?)

 

そんな時、ビデオが始まってすぐ、被害者の真中オーナーが映り込んだ。

 

「お、オーナーだ。さぁ、出てこい犯人!!」

 

ビデオ内の真中オーナーはそこで腕時計の時間を確認する様子を見せた。

 

(誰かとあそこで待ち合わせをしていたのか……)

 

「お前の面をシッカリ見届けて……」

 

ーーそうして、犯人は現れた。

 

いや、最初から写り込んでいたのだーー剣を構えた、鉄の騎士甲冑。それに真中オーナーが背中を向けた途端、動き出し、剣を振り上げた。

 

全員がそれに驚いた様子を浮かべるも、映像は止まらない。そのまま真中オーナーは背中から斬られ、血を流す。鉄の騎士は前に飛び出し、動きを止めた。そこから少ししてまた振り返り、また同じように上から振りかぶり、斬り裂き、真中オーナーの顔を掴み上げ、その首に向けてまっすぐ、力強く突き刺しーー血を吐き出させる。

 

流石にその部分では殆どが目を瞑る。勿論、探偵である小五郎と、警部である目暮は片目だけでも開き、一般人である蘭は両目とも閉じて、顔を下に向けている。そんな酷い映像だ。小学生であるコナンなど同じく目を閉じているだろうと思った彰はコナンを退出避けるべきだと思い、目を向けるーーしかしそこにあったのは、視線をそらさず、鋭い視線で映像を直視しているコナンの姿があった。

 

(はっ!?嘘だろ!?普通、小学生ならこんなショッキングな映像、泣き叫ぶもんだぞ!?)

 

彰がそんなコナンの姿にあり得ないようなものを見たような視線を向ける横で、瑠璃は一つも視線を動かさず、静かに映像を見ている。

 

と、そこで漸く目暮警部が映像を止めた。止めた箇所は血を大量に浴びた騎士が突き刺された真中オーナーから離れるところでーーー。

 

「……あっ」

 

そこで瑠璃が何かに気付いたかのように小さく声をあげる。

 

「?瑠璃くん、どうしたのかね?」

 

「この構図、あの絵と同じ……」

 

「あの絵?」

 

目暮警部は首を傾げているが、その一言でコナンと小五郎、彰は気付いた。

 

「本当だ!あの絵とそっくりだ!!」

 

「瑠璃くん、あの絵とは?」

 

「害者の正面に展示されていた絵です。題名は『天罰』。位置的には、真中オーナーと同じ首に剣を突き立てられた者が右奥におり、左前にはこの騎士と同じ血塗れの騎士がいるんです」

 

「確かに、この構図と同じだな……」

 

「おそらく、あの絵と重ね合わせる為にこんな殺し方を……」

 

そこまで言った所で、ふと、小五郎が瑠璃に視線を向ける。

 

「それにしても、彼女、あの一瞬でよく直ぐに天罰だと分かりましたね……」

 

「ああ。彼女はな、特別な能力があるんだよ」

 

「特別な能力?」

 

コナンが首を傾げて問い返せば、目暮警部は同じく瑠璃に目を向けながら答える。

 

「彼女には『完全記憶能力』というものがあってな。彼女が一度でも見たもの、聞いたものは嫌でも忘れる事が出来ないのだよ」

 

そう言いながら目暮警部が目に浮かばせる感情は哀愁だった。

 

「儂にはそんな力はない。だからこそ、今まで、彼女がその力でどのくらい苦しんできたかは分からんが、正直、とても心強い力である反面、無理をさせてしまっていると思っておるよ」

 

そこで話を切り、話を戻す目暮警部。

 

「しかし、大胆な犯人だな。こんな格好を誰かに見られでもしたら大騒ぎに……」

 

「だからこそ、ならないようにしたんでしょうね。犯人は」

 

そこで彰がそんなことを言うと、目暮警部は彰に目を向けた。

 

「というと?」

 

「俺達が見て回っていた時、あの展示部屋も行こうとしたんです。けど、その時には立ち入り禁止の立て札があって……瑠璃、アレいつだったか時間見たか?」

 

「いや、時間までは見てないけど、多分、四時ごろじゃないかな?そのあと、5時ごろに小五郎さん達が疲れちゃって休憩って時に目を向けてみれば、もう立て札がなくなってて……」

 

「ほぉ……」

 

「犯行時刻が4時半ごろ。つまり、あの立て札は俺達みたいな客を遠ざける為に犯人が置いたもの。そうやって人を遠ざけたあと、甲冑を着てあの部屋に潜んでたんでしょう」

 

「そして、呼び出した真中オーナーを殺害した」

 

「あと、目暮警部」

 

そこで瑠璃が目暮警部を呼べば、全員の視線が集まる。

 

「どうしたんだね?瑠璃くん」

 

「あの映像、もう一度回してもらってもいいですか?その方が指し示しやすいので……」

 

それを聞き、目暮警部が操作する為に振り返れば、既に映像が流れていた。

 

「うんっ?なぜ映像が……」

 

「え、コナンくん!?」

 

目暮警部が首を傾げているその横で、映像を動かしているコナンに気付いた瑠璃は、驚いたように声をあげる。と、そこでコナンが声を上げた。

 

「ねぇ!真中オーナー、何かしてるよ?」

 

それを聞き、一度目暮警部が瑠璃に視線を向ければ、瑠璃が一瞬映像を見て、頷く。

 

「私が気になったのもちょうどそこです。見ていただけませんか?」

 

「うむ、分かった」

 

そうして見ていれば、コナンが説明をしだす。

 

「ほら、最初に斬りかかった弾みで犯人が前に出た隙に……」

 

「真中オーナーが何か壁にあった紙に気付いてそれを見たあと、今度は机の上にあるペンを掴んで何かを書いてるんです。その後、ペンを捨てて、紙は手で丸めて、そのまま……」

 

その説明のすぐ後、もう一度真中オーナーが殺されるシーンを見ることとなった全員。しかし、その映像を気にしている場合ではなくなった。

 

「……つまり、あの札はオーナーの手にあるようだな」

 

そこで鑑識の人に被害者の手を開いて取り出して貰い、その紙を開いてみれば、そこには『クボタ』と書かれていた。

 

「なっ!?なんで私の名前が!?」

 

「防犯カメラから身を隠す為に甲冑を着たみたいだが、被害者は犯人の正体に気づいていたようだな……」

 

「…………」

 

その小五郎の推理に、彰は難しい顔をする。

 

「……なんか納得出来ない事でもあるの?」

 

「……こんな単純な事件じゃない気がするんだ。それに普通、声だけで人を判別出来るか?長年、付き合いがあってとかなら分かるが、俺達が見た限り、被害者と窪田さんは初対面。真中オーナーが一方的に知ってるだけの間柄だった。そんな相手の声なんて、いちいち覚えてるもんか?」

 

「……私みたいな能力があったとか?」

 

「そんな近場に特殊能力持ちがいてたまるか」

 

「デスヨネー。じゃあ声フェチだったとか?」

 

「お前ふざけてないか?」

 

「マジサーセン」

 

流石に瑠璃が頭を下げれば、彰もため息一つ吐いて許し、話を続ける。

 

「……まあ、窪田さん自身には動機はあったみたいだが」

 

そう言って視線を向けた先には、窪田が密かにこの美術館の作品を売り飛ばし、被害者に多額の損害賠償を請求されていたことが暴露されていた。

 

「……まあ兎も角だ。気になることの一つである真中オーナーが投げたあのペン、探さないか?」

 

「了解。なら、投げた方向を考えるなら、こっちだね」

 

そう言って真中オーナーの死体があった方から左の方へと足を進めれば、そこには既にコナンが床を這い、顔を左右に動かし、何かを探す様子があった。

 

「……あいつ本当に小学生か?」

 

「行動力が凄いね。今時の小学生はそんなものなのかな?」

 

「俺達兄妹の中にはいないからな、小学生」

 

「実は従兄弟とかいて、その中に小学生がいたりして」

 

「流石に今、その事を修斗から聞けないからな……って、そんなこと言ってる場合じゃない。取り敢えず止めないと」

 

彰がそこでようやく動き出し、コナンの背後に立つと、首根っこを掴み上げた。

 

「こらっ!小学生が事件現場を荒らす真似をするな!」

 

「うわっ!?」

 

コナンはそこでようやく彰達に気付き、慌てだした。

 

「ご、ごめんなさい!でも、僕気になって……」

 

「あのペンの行方のことかな?なら、もう見つけたよ」

 

瑠璃がそう言って指をさしたのは、別の甲冑の足元にあるペン。それを手袋をつけた手で拾い上げれば、ふと首を傾げる。

 

「あれ?確か、これを使って真中オーナーはあの紙に名前を書いたんだよね?」

 

「ああ……そしてそのまま放り投げた。となると、そのペンからはペン先が出ていないとおかしい」

 

「しかもこれ、ボタン式じゃないみたい。ほら」

 

そう言ってボタンがある場所を指先で押しても、それが沈む様子はなく、ペン先が出る様子もない。

 

「となると……ちょっと貸してみろ」

 

そこで一度コナンを下ろし、瑠璃に手を差し出せば、ペンを渡される。それを片手でペン先近くをつかみ、もう片手でもう半分の方をつかんだ状態で回すようにすれば、ペン先が出て来た。

 

「…………おい、これ本当にあの人が投げたのか?」

 

「どう考えてもこれ、誰かが置いたよね?」

 

「取り敢えず、警部に話すか」

 

そう言って一度ペンを戻すと、目暮警部に声を掛ける。そうして状況を報告すると、そこでこのペンが米花美術館50周年記念に今年造られたボールペンであり、関係者なら誰もが持っているものだと判明した。そうして目暮警部が彰と同じようにペンを回してその先を出し、インクが出る事、そして、その色と太さが同じであることを瑠璃に確認させ、同じであると言葉に出されると、これを真中オーナーが使ったのだろうと予測が立てられた。

 

「いやちょっと待ってください警部。それ、さっきも言った通り、ペン先が戻されてたんですよ?真中オーナーがそれで書いていたなら、ペン先は出されたまんまだったはずです」

 

「どうせ何かの反動で戻ったんだろ」

 

(どうしてそんな見解になる!?)

 

小五郎の言葉に彰はまるで呆れたかのように片手で額を抑える様子を見せると、瑠璃が慰めはじめた。

 

「確かに。この場合、反動じゃなくとも犯人が戻した可能性もある」

 

「それをする意図が分かりませんが……」

 

「それは、本人から直々に話して貰えばいい」

 

そこでついに小さく溜息を吐いた彰。そもそも彰自身は、目暮警部が劣っているなど微塵も思っていない。寧ろ『警部』に昇進したほどだ。自身の位も『警部』である為、そこまでどれほど大変だったか、分かっている。勿論、それは小五郎にも言えることだ。あの目暮警部が賞賛するのだから間違いはないだろうと思っている。しかし、時にこんな風に突飛な考え方をするのはいただけない。そこで彰は話すことにした。

 

「目暮警部、そもそも犯人はどうしてあの天罰と同じような構図で殺したのか、分かりますか?」

 

「ん?というと?」

 

「意図としては多分、真中オーナーへの制裁、もしくは題名と同じ天罰を下す為だと俺は思ってます。そしてそれは美術品への拘りがない限り難しいです。姿を隠して殺すだけなら、そんな凝ったことをしなくてもいいんですから」

 

「ふむ、確かにな」

 

「そして窪田さんは、ここの美術品を勝手に売り捌くほど、美術品への愛情なんてカケラもない。となると、そんな面倒なことをするとは思えません」

 

「ここの美術館関係者に疑いを向ける為だろ」

 

「向けるだけなら他にも方法はありますよ。例えば、自身以外の誰か別の関係者の私物を落としておくとか」

 

「それがそのペンなんだろ」

 

小五郎言葉に彰は首を横に振る。

 

「これはあくまで真中オーナーが投げたものだと思わせるためのもので、誰かに疑いを向けさせるためのものじゃない」

 

そこで一度、彰は瑠璃に目を向けた。それは瑠璃が今この時の動向の確認をして、この後に自身がすべき行動を考えるためのものだったが、その瑠璃はというと、何故かコナンとともに鑑識の人から貸してもらった証拠品、被害者の持っていた紙を観察していた。

 

(っておい待て待て待て!?何小学生巻き込んでるんだ!?)

 

そこで不自然にも彰の言葉が止まり、目暮警部と小五郎は首を傾げながらその視線の先を見れば、瑠璃とコナンの二人がそこにいた。それを見て、小五郎がすぐにコナンを掴み上げ、邪魔するなと叱ったその時、タイミング良く窪田のロッカーの中から甲冑が見つかったと実物を持って来た警察官から連絡を受けた。その甲冑を見て見ると、血でベトベトになっており、これが殺人で使われたものだとハッキリと分かる証拠品となった。

 

「そ、そんな馬鹿な!?私は知らない!」

 

「しかし、これが一番な動かぬ証拠品だ。この血まみれの甲冑がな」

 

それにさえ彰は違和感しか抱かない。そもそも、証拠品となるその甲冑でさえ、罪を着せるためだと思えば窪田のロッカーの中にあっても仕方ないだろうと思っている。

 

(くっそ。窪田さんはきっと犯人ではない。強盗みたいなことはしてるからそこは見逃せないが、殺人を犯すならもっと適当なはずだ……しかし、このままだと……)

 

「それにしても、酷いものですな。せっかくの美術品が血塗れで台無しに……」

 

「いえ、それは騎士甲冑のレプリカです。確か、昼頃に窪田さんが運んでいたはずです」

 

それを聞き、あの時、館長であるはずの落合さんが怒らなかったのはそれが理由かと思い至った。そしてそれと同時に一つの可能性に辿り着いた。それを確認するためか、真中オーナーが殺された壁を見て見れば、紹介の紙は貼られているにもかかわらず、作品は一つも掛けられていないことに気づいた。

 

「……おい瑠璃」

 

「……ごめん、言いたいことはわかってる。でも流石に言い訳ぐらいさせて。あの時は私も動揺してたし、正直、思い出したい光景でもなかったから記憶を遡ってなかった」

 

「覚悟は出来てたんじゃなかったか?」

 

「足らなかったみたいです」

 

「……まあ、怒ってはないからそんなショボくれるな。ミスぐらい誰でもあるから気にしなくていい」

 

彰はミスをして落ち込んでいる瑠璃の頭を軽くポンポンと叩くと、それで少しだけ安心したのか、瑠璃の表情が柔らかくなる。

 

そんなことをしている時、窪田さんが連れていかれかけていた。それを彰がまた止めようとした時、

 

「うわぁ!漏れちゃうよぉ〜!」

 

そんなコナンのようやく見れた子供らしい声と言葉に反射的にそちらを見れば、マップを持ったまま足をバタバタさせて『トイレ』と連呼しているコナンがそこにいた。そうしてそのまま落合館長の前まで行くと、トイレの場所を聞き出し始めた。

 

普通ならここで瑠璃が案内してもいいのだが、彰からの制止の視線に気が付き、声を掛けるのをやめた。

 

「おじさん、トイレどこっ?」

 

「トイレならこの部屋を出て右に曲がった所にある階段を下りて、突き当たりを……」

 

「口で言われてもわかんない!これに行き方書いてよ」

 

そうしてマップを渡すと、落合館長はそれを受け取り、胸の内ポケットからペンを取り出す。コナンが急かすと、それに答えてペン先を出し、書こうとするが、そこで焦った表情を浮かべて動きが止まる。ペンを持っている手も震わせ、書こうとしない。

 

「どうしたの?おじさん。どうして書かないの?」

 

「……」

 

「あ!そっか〜!おじさん書く前からそのボールペンが書けないことを知ってたんだ!」

 

コナンが可愛らしく首を傾げ、上目遣いで言葉を投げかける。しかしそこでは終わらず、さらに追求される。

 

「でも変だよね?書けないとわかってるボールペンをなんで持ってたの?」

 

そのコナンの言葉に小五郎と目暮警部がいた。が、そこで小五郎がふと何かを閃いたかのように口に出す。

 

「待てよ?もし真中オーナーの使ったペンが書けなかったとしたら、このダイイングメッセージは……」

 

「別の人、今回の場合だと犯人が書いたんでしょうね」

 

彰が小五郎の代わりに答えれば、次に瑠璃が答える。

 

「私とコナンくんがその紙を確認した時、変わった跡がありました。その跡は、まるでインクの出ないペンで力強くグリグリと書いた跡でした。最初はなんなのかと思いましたが、今の推理通りなら、それは最初から書いてった文字を、書けないボールペンで消そうとした跡だと予想がつきます」

 

そこで目暮警部が驚いた様子を見せたあと、では何故なのかと問い掛け、それは小五郎が答える。

 

「それは簡単ですよ。犯人はオーナーにこう言ったんですよ。『後ろの札を見てみろ。犯人の名前が書いてあるぞ』ってね。だが、オーナーがとった物には犯人の名前ではなく『クボタ』と書いてあった。驚いたオーナーは机の上にあったボールペンでその名前を消し、自分をこの部屋に呼び出した犯人の名前を書こうとした。しかし書けなかった。何故ならそれは、犯人が最初から用意していた書けないボールペンだからです」

 

「だからあの時、オーナーはペンを投げ飛ばし、紙をもみ潰そうとしたのか」

 

そこでようやくトリックが暴かれ、事件が収束するかに見えたところで、目暮警部から疑問の声が飛ぶ。

 

「しかし、発見されたこのボールペンは書けるぞ」

 

その疑問に答えようとしたコナンだが、それよりも早く彰が答える。

 

「そのボールペン、俺達が発見した時からペン先が引っ込んでいました。しかし、真中オーナーが使おうとしたが使えず投げ飛ばしたなら、ペン先なんて戻さずに投げ飛ばしたでしょう。瑠璃、ペン先を戻すような行動、被害者はしてたか?」

 

彰が瑠璃に問えば、瑠璃は首を横に振る。

 

「そもそも、これから殺されると理解している人が、そんなことする余裕はありません。つまり、そのボールペンは後から犯人がすり替えたもの。だからこそ、今、書けないボールペンを持っている人、つまりは落合館長、貴方が犯人であると示す証拠となります」

 

それがトドメとなり、犯行時刻のアリバイを聞けば、落合館長はゆっくりと犯行時刻に何をしていたのかを話し出す。

 

「……その時刻といえば、ちょうど待ち合わせをしていた頃です。あの腸の腐った悪魔を待っていたんです。甲冑に身を包んで。あとは探偵さん、そして刑事さんが言った通りですよ」

 

「はんっ。しかしまあ、上手い具合に映像に残ったものですな」

 

小五郎が呆れたようにいえば、壁に背を預けて静かに聞いていた彰がそれに首を振る。

 

「いや、偶然ではないと思いますよ。俺の兄妹から実は聞いてたんですが、ここ最近、この美術館で、夜になると騎士甲冑がひとりでに歩き回るという噂が流れていたそうです。その騎士甲冑、貴方ですよね?落合館長」

 

「ええ。刑事さんのいう通り、私です。オーナーに隙を見せたように前に飛ぶタイミング、札を貼る位置、ペンを置く場所、全て計算づくでした。何度もここで練習しましたからね。……愚かなことだとは思いましたが、全ては真中オーナーを葬り去るためにやったこと。私利私欲のために、この聖なる美術館を潰し、我が子のような美術品を私から取り上げようとしたあの悪魔をね。そして、勝手に作品を売り飛ばした窪田くん。君にも罰を与えたかった」

 

「絵と違って落合館長。貴方にも天罰が下ったようですね」

 

小五郎の言葉に、落合館長は否定の言葉を返す。

 

「いいえ。あの絵の通りですよ。あの絵は、悪魔は正義の騎士に葬られたがその邪悪な返り血を浴びた騎士はやがて悪に染めていく事を示しているんです。……理由はどうであれ私は殺人者。私もまた悪魔になってしまったんです。その証拠に、純粋な小さな正義の目は欺けなかった」

 

「純粋な小さな正義の目?」

 

それに小五郎は疑問を持った様子で問い返すと、落合館長はコナンに顔を向ける。

 

「ボウヤ、トイレはもう良いのかい?」

 

それにコナンは困ったように笑えば、落合館長は楽しそうに笑い出したのだった。

 

***

 

「……そうか。兄貴達もお疲れ様。もう帰れるんだろ?……ああ、少し時間が掛かるのか。なら、メイドさん達にはそう伝えて置く。『雪菜』と雪男、それから『梨華』にもな。あいつ、もしかしたら拗ねるかもしれないぞ。折角、アメリカから一旦帰国してくるのに、迎えに出たのが全員じゃないかもしれないからな」

 

執務室のような部屋で一人、携帯の先の相手を思い浮かべて談笑に耽る男がそういえば、相手の方が少し焦ったような声が聞こえてきて、さらに笑みを深める。

 

「ははっ。そうなったらまあ、なんとかフォローはしてやるけど、多分難しいぞ?……ああ、米花美術館のことは任された。やってみるだけやるさ。けど、きっと俺が手を貸さなくても潰れたりしないさ。何せ、それだけ愛されてるんだ。自治体が動くと思うぞ」

 

男が少し羨ましそうな声を言葉に乗せると、相手は心配そうな声を掛ける。

 

『……やっぱり、羨ましいか?『修斗』』

 

「……兄貴はどうなんだ?それから『瑠璃』の奴も。俺達は、『愛され』てこの世界に生まれてきたわけじゃない。ーーー俺は、羨ましいよ」

 

そこで相手が息を呑む音が聞こえ、修斗は笑顔で「冗談だ」とおちゃらけて返した。

 

『そうだ。修斗、今日な、少し変わった子供とあったんだ』

 

「ん?子供?」

 

『ああ。『江戸川 コナン』というらしいんだが、行動力があり、かつ推理力も高く、知能も理解力すらも高い。それはもう、小学生の枠には収まりきらないぐらいにな』

 

「……ふーん?」

 

修斗がそれを聞き、手近にあったパソコンを使い、調べ物を始めた。

 

「というか、仕事はいいのか?事件終わりだと忙しいんだろ?」

 

『ああ、そうだった。お前も休めよ、修斗』

 

「休憩ぐらいなら考えとく」

 

『……はぁ。兎に角、俺は仕事に戻るな。じゃあな』

 

そこで相手から電話が切られ、修斗もその携帯を閉じ、近くに置く。そして、パソコンの画面を見ながら呟く。

 

「ーーー江戸川コナン。まるで江戸川乱歩とコナン・ドイルを掛け合わせたような名前だな。それこそ、『偽名』だと思っても仕方ない名前だ」

 

そうして呟きながら見つめているのはーーー工藤新一の特集ページ。

 

「最近、あれだけ持て囃されていた工藤新一の活躍がイキナリなくなり、それとほぼ同タイミングで現れた江戸川コナンという小学生……さて、お前達二人は、どう関係しているのか。少し興味があるな」

 

修斗は最後に少しだけ楽しげな笑みを浮かべると、パソコンの電源を落とし、そばに置いてあった仕事関係の書類を手に取ったのだった。




長い!私にしてはとても長く書いた!!というか、最高文字数じゃないかな今回!

とりあえず、此処に軽いキャラ紹介だけ載せときます。あ、まだ、姿すら出てなくて名前だけのキャラもです!(ただしその場合詳しくは書かない)

ーーー

*北星 彰 (ほくせい あきら)

年齢:29歳
職業:警視庁捜査一課の刑事。階級は警部

鋭い洞察力と観察眼、推理力を持っている兄妹達の長男。運動能力に優れており、そこに関しては『天才』とも言われている。勘も鋭い。ちなみに同期組に松田がいる。


*北星 修斗 (ほくせい しゅうと)

年齢:28歳
職業:サラリーマン(次期社長)

正直、お前出てきたらもう刑事いらないと兄妹に言われるほどの勘の鋭さと頭の回転の速さを持つ。結構色々できるオールラウンダー。ただしその本心に関しては誰にも悟らせないほどの演技力さえある。が、兄妹間だと時折本心を漏らす。心理学させたら真面目にやばい。隠し事なんて出来ない。


*北星 瑠璃 (ほくせい るり)

年齢:27歳
職業:警視庁捜査一課の刑事。階級は警部補。

『完全記憶能力』を持つ者。その力を使って彰の手伝いをよくする。反面、記憶から消去が出来ないので、悪夢を見るとしたら大抵、過去の死体が出てくる。ちなみにアニメと漫画オタクなので千葉刑事とはその話でよく意気投合する。


*北星 梨華 (ほくせい りか)

年齢:??歳
職業:??

最近まで仕事でアメリカにいた。趣味は音楽。


*北星 雪男 (ほくせい ゆきお)

年齢:??歳
職業:??

体が弱い男性。コンプレックスが色々ある。


*北星 雪菜 (ほくせい ゆきな)

年齢:??歳
職業:??

色んな意味での問題児。


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第3話〜天下一夜祭殺人事件〜

今回、コナンくんが事件を解決することはありません。

じゃあ誰が解決するのかーーーまあ、お楽しみに!

それでは!どうぞ!


美術館での殺人事件から数日が経ったこの日の夜、彰はこの日、自身の愛車であるシルバーの日産スカイランのセダンに乗り、埼玉県の祭りにやって来た。勿論、一人ではない。

 

「久しぶりに二人での旅行はどうだ?修斗」

 

「正直、女性成分が欲しい。この際、妹でもいいから」

 

「無理だろ。瑠璃は能力の関係か呼び出され、梨華は折角帰ってきたというのに日本公演で全国回ってるし、雪男は仕事、雪菜に関しては俺達よりも雪男の方が色々な面で詳しいからってことで近くにいさせるために連れてこなかったし……」

 

「ちっくしょう。男二人で祭りを楽しまなきゃいけないとか、なんて寂しい祭りの夜だ……」

 

「うっせぇ諦めろ。そもそも雪菜に関してはお前の判断だろ。後悔しても遅いわ」

 

彰が片手で運転しながら左の助手席に座ってる修斗の頭に容赦無くチョップをかます。大の男、それも二人して180cm前半の高身長だ。仲の良さがよく分かる。

 

「で?修斗。お前、黒色が好きだからって、こんな祭りの夜でも黒着てくるとはどういう了見だこら。せめてもうちょっとなんとかしてこい」

 

彰の今の服装は白のTシャツに青いデニムジャケットを着ているが、修斗はグレーに近い黒のTシャツの上に濃い黒のジージャンを着ている、とても黒一色な出で立ちである。

 

「黒好きなんだから仕方ないだろ。というか、俺、なぜか黒以外似合わないんだよな〜」

 

「それだとお前とほとんど同じ顔の俺も黒しか似合わないことになるが?」

 

「兄貴はなんだろうな?……ダンディ?」

 

「ほお?ナヨナヨしてるってか」

 

「それ外国での意味。日本だととても男前って意味だろ。てか分かってんのに何ボケてんだ」

 

「こういう会話が楽しくてつい。ほら、着いたぞ」

 

そうして着いた祭りの会場には既に沢山の観光客や見物客がおり、子供などいたらすぐに迷子になってもおかしくないほどだと二人は思った。

 

「……修斗の判断、間違ってなかったな。此処に雪菜連れて着たら確実に迷子確定だ」

 

「雪男みたいな専門家でありしっかり者がそばにいたら大丈夫だったんだがな。……仕方ない。ナンパでもするか?」

 

「お前、好きなやついるのにそんなことするのか……」

 

「俺のは一目惚れだし、もう八年以上会ってないし、会ったのだってイギリスで、しかもたった一回、怪我してた所を助けただけだぞ?あのあとお礼言われたけどもすぐ出て行ったし……」

 

「難しいやつに惚れたな〜、お前も」

 

「ああ、難しいし……裏の仕事してるみたいだし、な」

 

最後の言葉に関しては、修斗は彰に聞こえないように呟いた。それは狙い通り、彰は周り喧騒の所為で聞こえず、首を傾げていたが、それに修斗は笑って流した。

 

(正直、あんな薄暗い路地で、しかも横腹から血を流して座り込んでる奴とかそんなもんだろ……ああ、けど、あの青と白色……だったのか?あのオッドアイの目と外見は本当に綺麗だったな……同年代っぽいし、今頃あいつ、何してんだろうな……)

 

そんな考え方をしながら歩いていると、前を歩いていた彰の歩みが止まる。それに訝しげな表情を浮かべて前を見れば、今は有名人となった『眠りの小五郎』こと毛利小五郎がいた。

 

「おっと。偶然の出会いか……兄貴、挨拶してこいよ」

 

「まあ、そうだな……修斗はそこで待ってろ」

 

彰がそう行って声をかけ去っていく後ろ姿をポケットに手を突っ込んで見ていれば、一言二言話したあと、何故かこちらに顔を向け、手をチョイチョイと動かしだす。

 

「……はぁ」

 

ため息を一つ吐き、近くによれば、小学生の子供が目を見開き、警戒の色を前面に出した。

 

そして、それを出された張本人である修斗は、その子供をジッと見つめていた。

 

「それにしても、偶然ですね!彰さんは兄弟で一緒に?」

 

「ええ、そうです。あ、あいつの自己紹介がまだでしたね……おい、修斗」

 

「ああ、してなかったな。俺は北星 修斗。兄弟間だと次男にあたる。よろしく」

 

そう言って自己紹介をすれば、蘭達も自己紹介を返す。子供ーコナンはあいも変わらず警戒をしているが、そんな事など御構い無しに、蘭は彰を誘い、名物の『天下一』の火をともに身始めた。

 

「あっ!点いた点いた!最後の一の文字が!」

 

「おぉ!」

 

それに彰達も視線を向けると、確かに一の文字が見えていた。

 

「ほぉ?これが天下一夜祭りの名物か……」

 

「ああやって三つの山に、それぞれ『天』『下』『一』の文字を灯し、今年の天下一の豊作を願う、それがこの『天下一夜祭り』……らしいが、これ、どう考えても京都のだい「それ以上はいけないぞ修斗。大人の事情を考えてやれ」……俺達も大人だけどな」

 

そんな二人のやりとりに近くで可愛らしいウサギの風船を持ったまま会話を聞いていたコナンは、呆れたのか苦笑いを浮かべていた。

 

「それにしても、悪くないな。偶に旅館に泊まって祭りに来るのも」

 

「そういえば、彰さん達はどうやって来たの?旅館に泊まったりするの?」

 

「いや、俺達は日帰りさ。祭りが終わったあと、俺が車を飛ばして帰るのさ」

 

「まったく、兄貴の祭り好きには正直、呆れ返る……」

 

「いいじゃないか祭り。楽しいだろ?」

 

「まあ、楽しいけどな?正直、女性成分が真面目に欲しい……まあ、今は可愛らしいお嬢さんがいるからいいけど」

 

「えっ!?」

 

修斗の何気ない一言に蘭は少し頬を赤く染め、それに気づいた小五郎とコナンが修斗を睨めば、修斗もまたそれに気づき、溜息をつく。

 

「はぁ、別に深い意味はないからな?それに、俺にはちゃんと別に好きな奴がいるし……」

 

「えっ!?それは一体……」

 

そこまで会話をした所で声が掛かり、全員がそちらを見れば、汗をかいた顔が焼けた男がカメラを持って近づいて来た。

 

「すみません、一枚撮っていただけませんか?」

 

「あ、はい。いいですよ」

 

男が時計があったらしい部分だけ焼けてない左手で使い切りカメラを持ち、それを渡しながら言うと、蘭が使い切りカメラを受け取り、撮る方向の指示を受けていた。

 

「…………」

 

「?どうした?修斗」

 

「……いや。あの人も、兄貴と同じくらいの祭り好きなのかなと思っただけさ」

 

そんな会話をしているうちに、写真は撮り終わっており、何故か頼んだ側からの話が始まっていた。それはこの浅黒い肌の人が、地方の祭りを題材にした気候物を手がけていること、今撮ってもらったのが資料の題材となるものであること、この二つの話がされた。

 

「やっぱり、あんたそういう職に就いてたのか……」

 

「おや?一目でわかったのですか?」

 

「ああ」

 

修斗の言葉に彰以外の全員が目を丸くし驚いた。そして、それはコナンも同じで、すぐにコナンは修斗の裾を引っ張った。

 

「ねぇねぇ!なんでこの人が作家さんだってわかったの!?」

 

「ちょっと、コナンくん!すみません……」

 

「いや、気にしてない。あと、別に作家だと断定してたわけじゃない。漫画を描いたり、文字を書いたり、その辺だろうなと当たりをつけただけさ」

 

「じゃあなんでそう思ったの?」

 

それを聞かれ、修斗は男の手を見ながら答える。

 

「ペンだこ」

 

「……は?」

 

「あんたの手にペンだこが出来てた。ということは長い時間、ペンを握っている証だ。正直、浅黒いのは旅行かもしくは日焼けサロンか迷ったけど……まあ、そういうことだ。間違えてる可能性もあって黙ってはいたが」

 

「……凄いな、君は。鋭い観察眼を持っているみたいだね」

 

「……褒めてくれてありがとう。正直、俺としてはいらんものだがな」

 

男の発言に修斗は溜息を一つ吐きながら答える。

 

「……で?資料集めならそれだけじゃ足りないんじゃないか?」

 

「え?あ、ああ、そうですね……っと、そうだ。その前に……」

 

そう言って男が上着の中を探り、取り出したのは一冊の本。題名には『オーストラリア紀行』と書かれている。

 

「……『笹井 宣一』」

 

「昔は『今井 智一』というペンネームで小説を書いていたんですが……」

 

その名前に蘭は大喜び。大声を出せば周りの人が注目し、それに恥ずかしくなったのか顔を少し紅く染めて、本で顔を隠しながら自身が中学の時に沢山読んだことを伝える。

 

「でも変だな。その名前は『今竹 智』がデビュー当時使っていた……」

 

「今竹とは古い友人なんです。昔、二人で組んで書いていたんですよ」

 

「え!?あの今竹智さんと!?」

 

「今日も二人でこっちに来たんです。彼が直本賞を受賞したお祝いに今晩呑み明かそうと……」

 

「……汗かくぐらい暑いなら、上着脱ぎません?」

 

修斗が笹井の顔を見ながらそう問えば、少し困ったような顔をする笹井。と、そこで視線が右を向き、今度は飴細工の店の前で写真を願い出た。

 

その様子を、修斗は冷たい目で見つめていた。

 

「……お前、あの人が気になるのか?」

 

そんな修斗に声をかける彰。こういう時の修斗は、何かを考えているか、もしくは相手の様子に疑問に思ったか、そのどちらかであると知っている。

 

「……いや、なんでも。あの人が何企んだようと、関係しないなら問題ないだろ」

 

「なんだ。あの人が何か企んでると思うのは一体どこから思ったんだ?」

 

彰がそう問えば、修斗は笹井の様子を見ながら答える。

 

「……あの人が暑いのにあれを脱がないのは資料だけじゃない。正直、資料を取りたいだけならそれこそ暑いのを我慢して着てるのさえどうでもいいはずだ」

 

「サマにはなってるけどな」

 

「ああ、悔しいことにな」

 

そこだけ修斗が彰の意見に同調するように頷くと、続きを話す。

 

「あの人、俺が少し職業の件で当てた時、俺の事を鋭いと褒めつつ、最初になんの警戒もしてなかったにもかかわらず突然として警戒をしだした。勿論、秘密にしたいことがあるからなんだろうけど……」

 

「それが良くないものの可能性もあるってことか」

 

「正直、本気で考えすぎであって欲しいところだけど、あの人、俺達に声をかける前、汗を拭いながらもすごく嬉しそうな顔をした。そのあと、写真を撮った時もそんな顔だった」

 

「ああ、だからお前、あの時、俺と同じくらいの祭り好きだって言ったのか」

 

「そういうことだ……ああ、本当に、嫌な予感しかしない」

 

修斗が頭を抱えたその瞬間、頭が少しだけモジャモジャした男が笹井の後ろに立ち、そして名前を聞いたあと、警察手帳を出した時点で、さらに修斗は頭を抱えたのだった。

 

***

 

祭り会場で横溝という刑事が告げたのは、笹井とともに来たという今竹が、銃で撃たれて死亡し、その犯人が笹井だと容疑を向け、やって来たらしい。その話を受け、そのまま帰りたかった修斗だが、彰も警察関係者。手伝えることは手伝いたいとの言葉を受け、仕方なしに現場まで付いてくると、確かに人が倒れて死んでいた。

 

「ということで修斗。手伝え」

 

「はぁ?なんで……」

 

「早く帰りたくないか?」

 

「…………」

 

彰の一言に修斗は溜息をつき、ホテルの扉に背を預け、腕を組み、その状態で荒らされた部屋の惨状をサッと見渡しながら話を聞いていた。

 

「凶器は拳銃。犯行時刻は夜の8時2、3分過ぎ。犯人はその直後、逃げ去った若い男……間違いありませんな?」

 

そう言って横溝刑事が問いかけたのは、髪が少し少なめな白髪のおじいさんだった。そのおじいさんはテレビでちょうど祭りの中継が始まったからだから間違いないと肯定を返す。それを聞きながら修斗が見ていたのは、白いものを口につけ、バスローブを着た被害者の近くにいる小五郎とコナンの二人。特にコナンの方を見ていた。

 

(犯行時刻が8時少し経った時。その直後に犯人が飛び出したなら、まず間違いなく物取りじゃない。物取りだったなら、もっと長時間かけなきゃこんな、服とか全て飛び出した様な状態にならない。つまり、これは殺される前に荒されたと考えるべきだ。そして、あの被害者)

 

そうしてみるのは死んだ被害者の口元、そしてその奥に飛ばされた歯ブラシの二点。

 

(アレから察するに、歯磨きをしていた時に殺された事になる。もし別の犯人がいたとして、その犯人が外から堂々と客としてきたなら、普通は歯磨きなんて途中で終わらせてからまねきいれるだろう。というかそれがマナーだ。つまり、そんな姿を見せてもいいほどの間柄と考えるべきだ。となると、犯人はーーー)

 

修斗はそれを頭の中で素早く考え、笹井を見る。ここまでの間、約5秒。

 

(後は決定的な証拠が欲しいところだが……さて、この人が突きつけてくるアリバイの中にあることを願う限りだ)

 

そう考えて、ようやく一息ついた頃、横溝刑事が小五郎に注意をしようとし、しかし小五郎が有名なあの『眠りの小五郎』だと分かると、横溝刑事は尊敬する様な眼差しで見つめ、反対に笹井はまるで『しまった!?』とでも言いたげな焦った顔を浮かべる。勿論、それは修斗も気付いている。

 

(……そういえば、あのコナンって子供。アレが彰が言ってた子供だろうが……あのあと、調べて見たらハッキングしたりしてみたが、『江戸川コナン』なんて戸籍の子供はいなかった。突然として現れた子供。そしてあの顔立ち。写真だけでしかみてないが、あの工藤新一と同じ。ちょうど、メガネを掛けたらあんな顔になるだろうな……まあ、こんだけあれば、突きつけたら白状するだろうけど……まあ、今はいいや)

 

修斗がそこまで考えている間に、小五郎が何故か物取りの犯行だと断然しており、その発言を聞いた修斗と彰は頭を抱える。

 

「しかし、毛利さん。こうも考えられませんか?これは物取りの犯行に見せかけた殺人で、犯人はこの部屋で被害者と一緒に泊まっているーーー」

 

そこで横溝刑事が笹井に顔を向ければ、笹井は迷惑そうな顔を浮かべて反対意見を述べる。

 

「おいおい、冗談じゃない。犯行は8時ごろだったんだろ?だったら私にはちゃんとアリバイがある。同じ時刻にあの天下一夜祭りに行っていたんだから」

 

横溝刑事がそれを聞き、あり得ないような顔色を浮かべるが、笹井の言葉は止まらない。

 

「そこで毛利さん達と会ったんだよ……そうですよね?」

 

そこまで修斗は横目で見ていたが、少しだけ口を開く。

 

「けど、俺たちとあんたが会ったのは祭りの後半部分。しかもあの一の文字が点火されていた時だ。しかもあんた、俺が見た限り、結構焦ってたよな?」

 

「なに?それは本当ですか?」

 

横溝刑事が修斗の言葉を聞き、そう笹井に問えば、笹井は少し焦った様子を見せる。が、修斗は一瞬ながら気づいた。

 

ーーー笹井からほんの一瞬だけ、憎悪の目を向けられたことに。

 

(…………)

 

「そ、それは君の見間違えじゃないかい?私は最初からいたんだよ。嘘だと思うんなら、これを現像してみればいい」

 

笹井がそう言って取り出したのは使い切りカメラ。あの祭りでも使われていたカメラである。

 

「これに私のアリバイが写っているはずだ」

 

横溝刑事がそれを受け取り、部下に指示を出す横で、修斗は静かに目を瞑って、その部下が戻ってくるのを待っていた。

 

「全く、彼の言葉なんかに振り回されるなんて……小五郎さんからの言葉なら兎も角、彼はその手で有名なわけじゃないんですから。子供の戯言です」

 

「いや、俺もう28……」

 

「精神的なと言いたい皮肉じゃないか?」

 

「皮肉には皮肉で返してやるべきか?」

 

「やめておけ、拗れるぞ」

 

修斗が彰と会話をしていると、そこで部下が数枚の写真を持って帰ってきた。それを全員で見てみると、そこで蘭がある写真に気づき、少しだけ嬉しそうに見せつけた。その写真には、コナンが持つピンクのうさぎの耳が写り込んでおり、それは確かに蘭が撮ったことの証となるものだ。

 

「ああ、そうそう。ちょうど一の文字が点火された時に笹井さんと会ったんです」

 

修斗がそこに混ざり、写真をサラッと見ている中でも話は進む。

 

「しかし、一の文字が点火されるのは8時40分過ぎだ。犯行時刻は8時2、3分。車を飛ばせば40分でホテルから祭りの会場まで行けると思うが……」

 

そこで小五郎がとある写真を見て何かに気付いたのか横溝刑事に疑問を投げかける。

 

「横溝刑事、最初の天の文字はどのくらい燃え続けるのですか?」

 

「大体そう、8時25分くらいまでですが……」

 

それを聞き、小五郎が見せた写真は、ちょうど『天』の文字をバックに写真に写っている笹井の姿。しかも右手のピース付き。

 

「これは彼が遅くとも8時25分前に祭りの会場にいたことを示しています。犯行時刻は8時ごろ。どんなに飛ばしても8時25分にはーーー」

 

「いや、犯人はその人だ」

 

小五郎の言葉を遮るように出されたその言葉は、その場の全員に注目の視線を貰うには十分なほどのものだった。

 

「どうしてそう思うのかね?ーーー修斗さん」

 

横溝刑事が修斗にそう問いかければ、修斗は既に部屋の壁に背を預け、また腕を組んだ状態で目を瞑っていた。その目を片目だけ開け、修斗は写真を見る。

 

「その写真……本当に、今日、撮ったんだな?」

 

そう言って笹井に問いかければ、笹井は遂に怒りを表に出し、叫ぶ。

 

「だから!そうだと言っているだろ!!君がどれだけ勘が鋭くとも、時間を操ることなどーーー」

 

「あんた、出来てるじゃないか。時間を操ることが」

 

「……はぁ?」

 

そこで横溝刑事が素っ頓狂な声を上げるが、修斗はその顔を見て笑みを浮かべる。

 

「ああ、失礼。少々言葉が足らなかったですね。彼は時間を操ることが出来るのですよ。といっても、彼だけしか出来ない事じゃない。俺達全員、やろうと思えばできる事だ」

 

「と、言うと?」

 

修斗はそこで初めて小五郎の近くまで歩き、その写真を受け取ると、話し始めた。

 

「まあ、まず、この現状だが……これだけ物が溢れてんのは、あんたが物取りの犯行に見せるためだ。現に、犯行があった時間からすぐに若い男が出てくるところが目撃されている。そんな短時間じゃ物取りはできない。何より、その人の口には歯磨き粉が付いてて、その先には歯ブラシが落ちてる」

 

その説明で全員が一度、遺体の様子と歯ブラシを見たのを確認した修斗は話を続ける。

 

「その状態で来客があったとして、歯ブラシを咥えたまま扉を開くなんてことは普通はない。というか、マナー違反だ。大人の恥だな。となると、被害者は歯を磨いている時に殺されたことになる。そんなこと出来るのは、相当な間柄……あんたしかいないよな?笹井先生?」

 

修斗がそこで冷たい目で笹井をみれば、それはさらに笹井を怒らせる材料にしかならなかったようで、遂には胸ぐらを掴まれ、怒鳴られる。

 

「だから!私には犯行は不可能だ!君が今持っているその写真がその証拠。これが私があの祭りにいたと証明するーーー」

 

「あんた、去年も来てたんだろ?それも、同じ服装で」

 

「……はっ?」

 

そこで笹井は驚いた顔を見せるが、修斗はその間に冷静に笹井の手を服から外させ、続ける。

 

「これ、あんたが去年、もしくはそれよりも前に撮ったものだったんだろ?そこで一度止めて、そして今年、またこれを使った」

 

「そ、そんな証拠、どこにあるというんだね!?私を馬鹿にするのも……」

 

「あんたさ、確か、今日、時計を忘れたんだよな?」

 

修斗がそう問えば、ほんの少しだけ冷静になった笹井が頷く。それを修斗は見て、トドメを刺しに行く。

 

「あんたの左手首、そこにあんたは時計をつけてたんだろ?だけど、この写真を見てみれば……あんたの手首が全て日で焼かれてる。おかしいよな?それとも、腕時計の部分だけ日で焼けた部分を治したとか?もしそうなら、是非教えてもらいたいな……どうやって戻したのか」

 

修斗の言葉、それは決定的な証拠であり、何より言い逃れなどできない証拠である。笹井先生もそれを理解し、負けを認めた。

 

「……負けたぜ、小僧。一年前、私は今竹を抹殺することを決意した。奴に変わって文芸の頂点に立つためにな。……そう、一年前。文芸時代、メインは私の作品でいくことに決まっていたんだ。だが編集部はギリギリになって持ち込まれた今竹の企画に飛びついた。今竹の方が名が通っていたからな。……私にとっちゃ、あの連載は作家生命をかけた最後の作品だったんだ……。なのにあいつは!そんな俺を嘲笑うかのように横取りしやがったんだ!」

 

そこで壁にまた背を預け、腕を組んで静かに聞いていた修斗が溜息をつく。

 

「はぁ……そんなことで……」

 

「そんなことだと!?」

 

修斗のその言葉は笹井を激昂させるには十分だった。

 

「お前みたいな奴には分からないだろうが!俺にとって、その作品は本当に大切なものだったんだ!それを横取りされた気持ちなど、お前には分からんだろうな!」

 

「…………」

 

修斗はその言葉に何も言わなかった。笹井はそんな修斗の様子に少し鼻で笑った後、諦めた様子で手錠を嵌められ、部屋から出ていく。その最後に、蘭に声を掛けた。

 

「お嬢さん、今竹がこの前、直本賞を受賞したあの作品……あれは昔、私と今竹が組んで書いてた頃に二人で考えた話だったんだ」

 

その言葉の最後に、笹井は「誰も信じちゃくれない」と言って、出て行ってしまった。

 

***

 

修斗と彰がホテルから出て車で帰ろうと歩いていた時、その背中に幼い声を掛けられた。

 

「ねぇ、修斗さん」

 

「……兄貴、先に行っててくれ」

 

「……分かった」

 

彰は修斗の言葉に深くは聞かず、車を取りに行く。そして修斗はそこで漸く振り向き、コナンに向き直る。

 

「それで?坊主。俺に何の用だ?」

 

「修斗さんは、いつからあの人を疑ってたの?……あの頭の回転なの速さ、少し異常だと思う」

 

「……異常、ね」

 

その言葉に修斗は自嘲の笑みを浮かべる。

 

「疑うも何も、最初は事件が起こっていたことなんて知らなかったからな……正直、どこでと言われたら、まあ……最初からと答えておこうか」

 

「さ、最初から?」

 

コナンが驚いたように目を見開けば、修斗はポケットに手を突っ込みながら答える。

 

「ああ、最初から。あの人と会った時からだ。ただ、最初は結構焦ってる様子に、ただの祭り好きで、もうそろそろ終わるから焦っていたんだと思ったが……」

 

「実際はそうじゃなかった」

 

「ああ。現に、俺にあのペンだこの事を指摘された後、あの人は俺を警戒しだした。それだけで終わってくれるなら良かったが、それで終わらず、結果は事件が発生していた」

 

「…………」

 

「あの人、本当に最初からおかしかった。あの上着も、暑いなら脱げばいいものを、そうしなかったのは……」

 

「……あそこにいたという証拠のため?」

 

「ああ。まあ、俺がそう考えてるだけで、あの人の考えてる事を完璧にあてることなんて、世の中の誰も出来やしないがな」

 

「……そうだね」

 

コナンはその答えに満足したのか、そこで漸く離れようとした。その時、

 

「……ああ、そうだ坊主ーーーいや、工藤新一」

 

「!?」

 

その名前にコナンは慌てて修斗を振り向けば、修斗は意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「ふーん、やっぱりそうなのか」

 

「な、なんのこと?僕、わかんない……」

 

「焦ったように子供の真似をするのは、お前が隠し事をする時、それも自身の正体を隠すための仮面」

 

「!!?」

 

「それに、俺があそこで推理しなきゃ、お前がやってたんだろ?」

 

「ど、どうやって?」

 

そこで修斗はコナンに近付き、その腕時計を掴む。

 

「わっ!?な、何!?」

 

「睡眠針を仕込ませるなら、こういう腕時計」

 

「っ!?」

 

「そして、声に関してはお前が今身につけてるその蝶ネクタイ……違うか?」

 

その修斗の追求にコナンは焦り始める。正直、ここまで最速でバレたことなど、彼の中では一度もなかった。そもそもどこからミスをしたのかも分からない。どこから修斗に、目の前にいる男にヒントを与えてしまっていたのかも分からない。それほどまでに、今のコナンから見た修斗は、すでに敵わない相手となっていた。

 

「それに、工藤新一が消えたのとほぼ同時に『江戸川コナン』という分かりやすく偽名と捉えられても仕方ない、戸籍情報すらない存在が現れたら、こっちとしても疑いたくなる」

 

「なっ!?こ、戸籍なんてどうやって!?」

 

「さあな?教えてやんねぇよ」

 

修斗がそこで腕時計から手を離すと、目を合わせる。

 

「正直、お前がどうして小学生に逆戻りしてるかなんて、俺には考えても分からんことだが……だがここまで考えて、お前が工藤新一である事は間違いないと思っている。もし違うってんなら、どうして戸籍情報がないのか、教えて欲しいんだが?」

 

修斗がコナンの目を見てそう問えば、一瞬の間が開き、コナンが口を開く。

 

「……そうだよ。俺が工藤新一だ。……にしても、本当によくわかったな。戸籍情報はハッキングか何かしたのか?」

 

「何だ、簡単に認めたな。戸籍情報の件は……どう思うあはお前に任せるわ。取り敢えず、俺はもう帰んないといけないしな」

 

そこで漸くコナンに背を向けて歩き出す修斗。コナンはその背中に声をかける。

 

「今度は、絶対に負けねぇからな!」

 

修斗はそれには答えず、後ろ手に手を振って去って行ったのだった。



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第4話〜ピアノソナタ「月光」殺人事件・前編〜

さて、今回はあのコナンくんにとても根強い影響を与えた事件です。

正直、犯人さんも好きなのですが、申し訳ない……助けれないと判断しました。

どう頑張っても、到着時間的にはもう入らないですからね。

さて、内容的には半分です。後編はまた次回。

それでは!どうぞ!



追記:警察学校編にて、松田→萩原の呼び方が分かりましたので、修正しました。


穏やかな日が数日続いたある日の朝、警視庁にとある島で殺人が起きたとの連絡が入った。それを聞いた目暮警部が彰と瑠璃を誘い、行こうとしたが……。

 

「え?彰なら別件でもう出てますよ?」

 

「そうか……それは、困ったのぉ……」

 

瑠璃の言葉に目暮警部は心底困った表情を浮かべる。

 

別に、二人で島に行く分には何も問題はない。しかし、彰のあの鋭い洞察力、観察眼、推理力、その上での勘の良さ。それは事件解決に大いに役立っている。そういう人材が一人でも多くいた方が、事件解決自体、早くなる。

 

「ふむ、仕方ない……なら、儂と瑠璃くんで行くか」

 

「あ、ちょっと待ってください。なら松田さん呼びません?確か、松田さんなら何もなかった筈ですし……」

 

その瑠璃の提案は、目暮警部にとってはそれはもう、有難いものであった。

 

『松田 陣平』。29歳で彰の同期の一人であり、元は警備部機動隊の爆発物処理班に所属していたが、7年前、彼ら二人の同期の一人であり、親友でもある『萩原 研二』がとある爆弾事件にて事故にあい、運良く生きながらえた。生きながらえた理由は、彰の勘の良さと忠告から、彼は防護服を着ていたのが運命の分かれ道となったが、しかしそれでも大怪我を負ってしまった。そんな親友の敵を討つ為に爆弾事件を扱う特殊犯係に転属を希望するも、頭を冷やすようにと強行犯係に回された。そして転属から一週間後、また爆弾事件が起こり、危なく命を落としかけたのだが、病院に仕掛けられていた爆弾をある人物……と言うより、熱で倒れた雪男の付き添いで来ていた修斗が偶然にも見つけたものだが、その連絡を彰が受け、それで彼が死ななくとも問題がなくなり、現在も生きながらえながら、敵である爆弾犯を探し続けている。

 

そんな松田は、彰同様に能力が高い。だからこそ、とても頼りにされているのだ。

 

「あ、丁度やって来た……おーい!松田さーん!」

 

「……あ?」

 

瑠璃が松田の名前を呼べば、松田がサングラスを掛けたまま眉を寄せ見返す。其処には目暮警部もおり、これは今から事件捜査のために何処かに行くのだろうと予想がつき、そして自分の名が呼ばれたのは、その事件に自身も連れていこうという瑠璃からの提案を受け入れた結果なのだろうと理解した。

 

「……今から事件捜査ですか?目暮警部」

 

「ああ、そうだ。それで、松田くん。君も来てくれないか?」

 

「……分かりました」

 

そうして軽く準備をした後、三人は殺人事件が起こった伊豆の小島『月影島』へと向かっていったのだった。

 

***

 

「……って意気込みでやって来たのに。なーんで子供女性が起きてて、男衆は寝てるのかなー?」

 

「知るかオッサン供の考えることなんて」

 

「子供からしたら私達ももういい歳したオッサンとオバサン「何か言ったか?」イエ、ナンデモ」

 

そんな軽口も交えながら、コナンから事件のあらまし、置かれていた譜面を貰うと一度三人を寝かせ、それを目暮警部に渡すと、二人は村役場まで行き、事情聴取を始めた。その間、目暮警部は寝袋で爆睡している小五郎を起こしており、村役場で事情聴取をしていることを話すと、立ち上がり、村役場まで向かっていった。

 

そうして時間が過ぎ、もうそろそろ6時となる時間頃、瑠璃が軽く休憩をするためにコーヒーを松田、目暮警部、そして蘭と容疑者の一人であり、蘭達と共にいた『浅井 成実』、コナンの分を買う事にした。が、流石に数が多かったため、まずは後者三人分(コナンのはココア)買うと、その三人が待つ廊下へと足を向けた。

 

「「「ふぁぁ〜……」」」

 

「お疲れ様。はい、コーヒー。あ、コナンくんはココアね」

 

「あ、ありがとうございます、瑠璃さん」

 

「いえいえ!それじゃあ、私は一度離れますね!」

 

瑠璃はそう言って笑顔を向けながら去って行く。

 

「瑠璃さんの笑顔って、なんでか分からないけど、元気を貰えるんだよね〜。なんでなんだろうね?コナンくん」

 

「それは瑠璃さんの生来の明るさからくるんじゃないかな?僕も分かんないけど、なんとなくそんな気がする……」

 

そんな蘭とコナンの会話は、去って行く瑠璃には聞こえていなかった。

 

そうして目暮警部と松田の分、そして自分の分を買うと、それを二人に持って行った。

 

「お疲れ様です、警部。コーヒーをお持ちしました……って、まだ終わってないのか」

 

「よぉ、お疲れさん。あとコーヒー有難な。目暮のオッサンのはあの聴取が終わってからにしてやれ」

 

「分かってますよ……それにしても、確かあの『西本 健』って人。ずーっと何かに怯えるかのように震えてますけど、大丈夫ですか?支離滅裂なこと言ってません?」

 

「大丈夫だ。震えてるだけだし、だから何も言わねえだけで、支離滅裂なことは言ってねえよ」

 

「聞いた限りだと、あの人、昔は羽振りが良くって、酒に博打に女に大枚を叩いてたらしいですよ?」

 

「ああ、それは俺も聞いたな。だが、二年前、この島の前村長が死んで以来、何かに怯えるように引きこもったらしいな」

 

「一体、あの人は何したんでしょうね?怯えるほどって事は、殺される覚えがあるって事なんですかね?」

 

「だろうな……そういえば、お前、あの楽譜、覚えてるよな?」

 

そこで松田が瑠璃に例の楽譜の件を聞けば、当然とばかりに瑠璃が胸を張って答える。

 

「モチのロンですよ!あの楽譜、『月光』の譜面が書かれてましたけど、途中から変わってるんですよね〜」

 

「ほー?というか、お前、『月光』聞いたことあんのか。意外だな」

 

「失敬な!私の双子の姉の梨華がピアニストで、昔から頼んで引いてもらってたんですよ!あ、ちなみに一番好きな部分は第2楽章です!」

 

「そうかそうか。だけど俺はお前の好みは今聞いてねぇ。それで?」

 

「とりあえず、今アメリカにまた行っちゃった姉にちょっと見せてみましたけど……返信、来てないんですよね〜。多分、公演中なのかな〜?」

 

「そうか……そういえば、毛利のオッサンの所に届いた以来の紙はなんて書かれてたんだ?」

 

「えっとですね……『次の満月の夜。月影島で、再び影が消え始める。調査されたし 麻生 圭二』と。麻生って事は、射影機とか作っちゃう家系なんですかね?」

 

「んな訳ねえだろ。それはゲームの中の話だ」

 

「あれ?あのホラーゲームやったんですか?」

 

「警察学校時代に、彰の部屋でな。なんでも?ゲームやアニメ大好きな妹が?送って来たとかなんとか?」

 

「あー、そういえば送りましたね〜、それ」

 

「お前のおかげ様で萩が一人で寝れないとかほざきやがったけどな」

 

「えー?私のせいですか?」

 

「こらそこの二人!無駄話をするんじゃないぞ!」

 

そこで遂に目暮警部に怒られてしまい、頭を下げると、今度は松田から軽く拳骨を落とされた瑠璃。

 

そしてそれから30分後。遂に耐えきれなくなった現村長の娘である『黒岩 令子』が声を張り上げ文句を言いだした。

 

「もういい加減にしてよ!私に『川島』さんを殺す動機なんてある訳ないでしょ?……もう!」

 

「……瑠璃、今何分だ?」

 

「約十分です」

 

「あの人の肺活量すごいな」

 

「それ褒めてますか?皮肉ってませんか?」

 

「さあ?どっちだろうな?」

 

そんな会話をしていながらも会話を聞いていた。その時、放送が流れ始める。それはピアノを使った演奏で、とても軽快な音楽でもあった。

 

「!?」

 

「……おい、瑠璃。これは月光の第何楽章だ?」

 

「……月光の……第2楽章。さっきも言った……私の好きな楽章です」

 

「くっそ!」

 

そこで松田がすぐさま放送室がある三階へと走り、その後を追うように瑠璃も走り出せば、目暮警部から声が掛けられる。しかしそれで止まるわけにはいかない。そのまま走り続け、放送室へとたどり着けば、そこには怯え、腰が抜けた様子の西本と、放送室の中を鋭い目で見るコナンがいた。

 

それに続くように松田と瑠璃が中を見れば、そこには放送室の椅子に座り、背中から包丁を突き刺されて死んだ、現村長の『黒岩 辰次』がいた。

 

「チッ!」

 

「そんな……嘘……」

 

そこで漸く関係者一同がやって来て、亡くなった黒岩の娘、令子は部屋の外から父親の惨状を目にし、呆然とした様子を浮かべ、思わず手を伸ばす。しかし、それを目暮警部が止めた。

 

「すぐに検視官と鑑識を呼べ!」

 

「警部。検視官は川島氏の解剖のため、夕方ごろに東京へ……」

 

「何!?くっそ、こんな時に……」

 

そんな目暮警部達の会話に、成美が声を掛ける。曰く、自身が検視をするとの申し出だった。

 

「……しかし、これで容疑者が数人に絞られたな」

 

「じゃあ、犯人はまだ……」

 

そんな会話を聞いている横で、松田は瑠璃に声を掛ける。

 

「……大丈夫か?」

 

「はい……今回はあの音楽が流れて来た時点で、覚悟は決まってましたから……それにしても、いいんですか?容疑者のあの人に検視をさせて」

 

「だが、俺らじゃ検視なんて出来やしない。帰ってくるのを待つにも時間が掛かる。……なら、仕方ねえだろ」

 

「……」

 

瑠璃はそれに頷いた。そして、松田とほぼ同時に、容疑者がいる方へと振り向いた。

 

「さて、瑠璃。俺たちの仕事は?」

 

「事件の解決。でもその前に、これ以上の被害者を出さないこと。早期解決が目標です」

 

「なら、やることは分かってんな?」

 

「はい……松田さん。頑張りましょっか」

 

それに松田は不敵な笑いで返した。

 

ーーー月影島での事件は、まだ終わらない。



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第4話〜ピアノソナタ「月光」殺人事件・後編〜

「被害者は死に至ってから数分しか経っていないと思われます」

 

検死をしていた成美からのその言葉を聞きながら犯行現場を見渡している松田と、その隣で成美を観察している瑠璃。成美を観察する理由は、疑惑が晴れていないこの現状で、彼女が何かしないように見張る為である。

 

(まあ、何かするとも思えないけどね……時間とかズラされでもしたらこっちとしてはたまんないけど)

 

「ふむ、確かにこのテープも頭には5分30秒ほどの空白がある……」

 

と、そこで鑑識の一人が被害者が座っていた椅子を退けると、そこに血の楽譜を見つけ、それを目暮に報告すると、そちらに松田と瑠璃も移動する。

 

「これも、被害者のダイイングメッセージか……」

 

「いや、違うと思いますよ?」

 

瑠璃のその一言に松田以外がそちらを向いたので、瑠璃が続けようとすると、その下の方から続きの言葉が紡がれる。

 

「これだけのモノを自分の血で書く時間と体力があるなら助けを呼んでるよ……」

 

そう言いながらメモを取るその姿は、瑠璃からしたら異様であり、目を見開き見ていると、小五郎がコナンの頭を殴った。

 

「うわっ、痛そう……」

 

と、そんなことを言ってる暇もなくなった。

 

なぜなら、殴られた反動で体が傾き、支えることもできずに証拠である血の譜面の上に転けてしまったからだ。

 

『うわぁぁあ!?』

 

「っち!大事な証拠品に……」

 

その場の全員の絶叫と松田の舌打ち混じりの言葉を流しながら小五郎はコナンを持ち上げる。しかし、血の譜面はどこも掠れた様子はなく、それにホッとする一同。

 

「とにかく、お前は邪魔だ。外に出てろ」

 

小五郎の言葉にコナンは不満そうな顔をするが、それに瑠璃は苦笑し、コナンの手を掴む。

 

「探偵ごっこも良いけど、お仕事の邪魔しちゃダメだよ?……取り敢えず、外に出よっか」

 

「……はーい」

 

コナンは不満そうな顔を隠さず、しかし手をしっかり繋ぐ。それを瑠璃は確認すると、松田に視線を一瞬向ける。それに松田は頷くと、松田も立ち上がる。

 

「警部、俺も一緒に連れて行くことにします」

 

「おお、頼んだよ。松田くん、瑠璃くん」

 

その言葉を聞いたあと、コナンを連れて共に部屋を出たあと、松田と瑠璃は一度顔を見合わせた。

 

「さて、外に出ましたし……」

 

「連絡は来てんのか?」

 

「さあ?それを今から確認しないと……」

 

それにコナンが首を傾げたその時、携帯が鳴り出した。

 

「あ、ちょうど来たかも……もしもし?」

 

瑠璃がそれに出れば、相手は少し溜息を吐いた。

 

『……こっちは公演終えて疲れて寝てんのに、メールを送って来た馬鹿は貴方で合ってる?』

 

「ちょ、馬鹿って酷くない!?」

 

『酷くないわよ。大体、あの譜面は何よ。見た限り音楽になりもしないじゃない。私を馬鹿にしてるなら帰った時にお灸を据えるわよ?』

 

「やめてください『梨華』様。私、貴方の双子の妹。拷問とかマジ勘弁して……」

 

その瑠璃から出た『拷問』という言葉にコナンが一瞬反応を示すが、反対に松田はいつも通りかとタバコを吸い始めるが、それは瑠璃からの無言の視線で制される。

 

「と、とにかく、プロのピアニストである梨華からの意見を聞きたくって……」

 

『ふーん?……取り敢えず、詳しく話してみなさい。どこまで力になれるか分からないけど、協力はしてあげるから』

 

その言葉を受け、話せる範囲で事件の概要を話し、使われた音楽が『月光』であり、現在は第2楽章まで流れたことを話すと、梨華から重い溜息を吐かれた。

 

『……なるほど。そういう事情ね』

 

「そうなんだ……どう?意見とかもらえないかな?」

 

瑠璃のその言葉のあと、少しの間が空き、少しして布ズレの音と少しの元音、その後にキィッと扉が開く音が聞こえ、梨華がピアノの部屋へと移動したことを理解した。

 

『……取り敢えず、事件はあと一回、起こると考えるべきね』

 

「あと一回?……え、それって、まさか……」

 

瑠璃の言葉にコナンが引き継ぐように答える。

 

「月光は第3楽章まである……つまり、そこまであると考えるのが妥当ってことか……」

 

『?瑠璃、彰の他に誰かいるの?』

 

梨華の不思議そうな声に瑠璃は彰は隣にいない事、今は彰の同期であり友人の松田と、子供が一人いることを話すと、また呆れたような反応が返ってくる。

 

『はぁ……なんだ貴方、子供を関わらせてるのよ』

 

「ごもっとも……。けど、その子が結構鋭いからさ〜……」

 

『……修斗並みに?』

 

「えっ?……それはどうだろう?」

 

瑠璃はそこで悩み始めてしまい、それに松田が呆れたような溜息をつくと、無言でその携帯を奪い、勝手に会話を始める。

 

「あっ、ちょっ!?」

 

「仲の良い姉妹の話もまだ聞いていたいところだが、話が進まないんでね。勝手に変わらせてもらったぜ。問題ないよな?」

 

それに少しの間を空けて『問題ない』と返答が返り、梨華は続ける。

 

『取り敢えず、多分、そっちの事件はあと一回起こると考えても良いと思うわ。まあ、その時に月光が使われるかは謎だけど……』

 

「それで?あの譜面は?」

 

『そこまではまだ分からないわね……』

 

電話の向こうからその言葉とともにピアノの音が聞こえ出した為、試しに弾いているのだと理解する。

 

『……けど不思議な音ね、これ。音楽になってないんだもの』

 

「そうだな。音楽に……なって……」

 

そこで松田が不自然にも言葉を止めたのを見て、瑠璃は首を傾げる。

 

「?松田さん?」

 

「……言葉」

 

「……え?」

 

「……あの譜面は……犯人からの言葉だ」

 

その松田の言葉にコナンと瑠璃が驚きの表情を浮かべ、電話相手の梨華は何かを理解したように『なるほど』と呟くと、一音ずつゆっくりと弾きだす。

 

『この譜面は犯人から被害者、もしくは容疑者への言葉で、それを伝える為の暗号だったわけね。なら、多分アルファベットね。しかも、鍵盤の左から右へA〜Zという感じで読めばいいのだから……』

 

「『分かっているな 次は お前の番だ』」

 

コナンの言葉に梨華は感心したような声を出した。

 

『あら?子供の方が瑠璃よりも素早く理解してるじゃない。瑠璃も負けてられないわね?』

 

「ちょっと!?聞こえてるからね!?」

 

『近くにいるのを知ってて言ってるのよ。あと、もう私に用事はないわね?悪いけどもう切るわよ?Bye.』

 

梨華はそう言葉にするとブチっと容赦無く切った。

 

***

 

「……さて」

 

アメリカ最大の都市、ニューヨークにてマンションを一部屋借りている女性はピアノを優しく撫でると「Thanks.」と言い、グランドピアノが置かれた一室から出て行く。その際、近くに置かれた写真立てを手に取り、一撫でする。

 

「……今日も頑張ってくるわね。『和樹』」

 

そう一言呟くと着替えを行い、部屋から出る。すると、その前にある一台の車を見つけると、一つ溜息をつく。それは、黒いシボレーだった。

 

「……今日も来たの?『赤井』」

 

「ああ」

 

「飽きないものね。私は何度も貴方を振ってる筈だけど?」

 

「ふっ。此方に振り向いてくれるまで続けるつもりだ」

 

「……それなら過去の女性とより戻しなさいよ」

 

梨華の何気ない一言に赤井は一人の女性を思い浮かべ、目を潰るのだった。

 

***

 

電話の後、直ぐに下へと降り、容疑者が全員いることを確認する。そして、松田と瑠璃は一人の男、西本を見る。

 

「……多分、次殺されるとしたらあの人、ですよね?」

 

「だろうな。本人もそれに気づいてるんだろうな。怯えてやがるからな」

 

「なら、私が護衛しましょうか?」

 

「出来んのか?」

 

松田の意地の悪い顔に、瑠璃もニヤリと悪どい笑みを浮かべる。

 

「やってやりますよ。背後からの襲撃の時は、容赦無く蹴り入れてやります」

 

「おお、怖いね。過剰防衛にだけはすんなよ」

 

「善処しまーす」

 

瑠璃の言葉に呆れたような顔を浮かべるコナンと、クックッと笑う松田。そこに漸く目暮と小五郎がやって来て、話をしだす。

 

「えー殺害した後、ベートーベンのピアノソナタの『月光』という曲がかかっていた点や、その他の手口からみて、第1の事件の被害者の『川島 英夫』さん、第二の事件の被害者の黒岩さんを殺害したのは同一犯だと思われる。そして、かかっていたテープの空白から黒岩さんが殺されたのは、発見される数分前の6時30分程度。つまりその時間、役場内にいた貴方たちの中にいるという事だ」

 

その言葉に、全員が驚きと不安そうな顔を浮かべる。

 

「毛利くん達を除けば、第一発見者の西本健さん。先ほど検死をしてくださった浅井成実さん。殺されたの黒岩村長の秘書、『平田 和明』さん。殺された黒岩村長の娘、黒岩令子さんと婚約者の『村沢 周一』さん。そして、村長選に立候補した『清水 正人』さん」

 

「ちょっと待ってよ!?どうして私まで容疑者なの!?私は6時20分頃からずーっと取り調べ受けてたのよ!?」

 

目暮の説明に令子がヒステリックに叫べば、それに小五郎もタジタジながらも同意見であると言葉にした。

 

「まあ、検視した彼女の時間が誤魔化されてなければねー?」

 

しかし、瑠璃のその言葉に令子は瑠璃を睨みつけながらまた叫ぶ。

 

「なら一番怪しいのは、そこの先生じゃないの!?どちらにしろ、私は犯人じゃないことになるわ!!」

 

その言葉に瑠璃は苦笑する。

 

「まあ、そうだけどね?共謀してってこともあるから……まあ可能性低すぎだけど」

 

瑠璃の最後の言葉はしかし彼女には届かず、さらにヒステリックに叫び続けた。これには瑠璃も言葉を間違えたと理解し、直ぐに頭を下げれば、令子はそれで少しだけだが怒りを鎮めた。

 

「まあ、だから……まだ浅井先生は安心しないでくださいね?容疑者なのを自覚した上で、今後行動してください」

 

瑠璃は笑顔を浮かべて浅井を見れば、浅井は顔を引き締めて頷く。

 

「なら、容疑者は令子さんを退けて五人となるわけか……」

 

そこに平田が近づき、目暮に話しかける。

 

「あのぉ、私も6時過ぎからずっとこのフロアにいたのですが……」

 

「どなたか証人は?」

 

その言葉に平田が他の人の方へと向けば、清水は6時半頃にトイレに行っていて見ていないと言った。

 

「ところで西本さん」

 

そこで目暮が西本へと話しかければ、分かりやすく怖がり過ぎな反応を示した。そんな西本に、目暮が詰め寄る。

 

「貴方が黒岩さんの第一発見者ですな。あんな所で何をやっていたんですか?」

 

それに西本は黒岩村長に呼び出されたと答えるが、しかし小五郎は不審そうな目で見ながら逆に西本が黒岩市長を呼び出したのではないかという。勿論、否定を返すが、そこで令子が清水が犯人だと指をさして言う。

 

「村長選に立候補した川島とパパがいなくなれば村長の椅子はこの男、清水に転がり込むって寸法よ!」

 

そこで令子と清水の論争が始まるのを見て、瑠璃はため息を一つ吐くと、あの譜面の言葉を口から紡ぐことにした。

 

「『分かっているな 次は お前の番だ』」

 

その言葉に全員が瑠璃へと視線を向ければ、にっこりと笑う。

 

「あの譜面ですよ。今のは川島さんの所に書かれていたものですね。あ、コナンくんに教えてもらいましたよ?譜面の方は」

 

「そ、そうじゃなくてだな!?あの暗号が解けたのか!?」

 

その目暮の言葉に瑠璃は頷くと、説明を松田に任せた。それに気づいた松田はため息一つ吐くと、話し出す。

 

「ああ。アレは、ピアノの鍵盤の左端からアルファベットを当てはめて、メッセージに相当する音を譜面に書き記しただけだ」

 

「それを踏まえて川島さんが殺された現場にあった譜面を読むと、『WAKATTERUNA TSUGIHA OMAENOBANDA』……ね?」

 

「すごいコナンくん!」

 

「ううん、僕は先にヒントを貰ってたから……瑠璃さんのお姉さんから」

 

そこでコナンが瑠璃を見上げれば、目暮が瑠璃に視線を向ける。

 

「ほー?それはいつ電話したのかね?」

 

「あ、えっと……先にあの譜面だけ写真とメッセージ付きで送って、放送室を出た後に連絡が……あ!でも、それだけしか言ってませんからね!?確かに概要ちょこっとだけ話しましたけど、全ては話してませんからね!?ちゃんとボカしましたから!」

 

瑠璃の言葉に目暮はもうため息だけ吐いた。

 

「……で?それを当てはめるとしたら、あの放送室の譜面はどうなるんだ?」

 

それに関しては松田が答える。

 

「アレはこうなるんだ。『業火の怨念 此処に腹せり』……業火と言われりゃ、一つ繋がりのある事件がある」

 

「ご、業火の怨念と言えば……」

 

「十二年前、焼身自殺をしたあのピアニスト……」

 

その一言に、西本は狂ったように笑いだす。

 

「は、はは……奴だ……麻生圭二は生きてたんだぁ!」

 

「生きとりゃせんよ」

 

西本の言葉にそう否定を入れたのは、島にたった一人だけいる駐在所の警察官、『長島 雄一』だった。

 

「焼け跡から見つかった骨の歯型も一致したし、間違いないでしょう。ただ、何もかも焼けちまって、残ったのは耐火金庫に残っていた楽譜だけじゃったのぉ」

 

その一言に全員からの驚きの視線が集まる。

 

代表して小五郎が楽譜の在処を聞けば、公民館の倉庫にあると言う。しかし、そこの鍵は派出所にあると言えば、急いで取って来いと目暮からの激励が飛ぶ。

 

長島が急いで向かえば、それにコナンも続く。勿論、蘭が呼び止めるが、それでは止まらない。

 

「……大丈夫かなー?」

 

「大丈夫だろ。犯人の狙いは寧ろ、この中の誰かなんだ。今は放っても大丈夫だろ。変質者が出ない限りは」

 

「ですね……ん?」

 

瑠璃がそこで浅井の顔色が悪いことに気づき、近づく。

 

「成実さん、大丈夫ですか?」

 

瑠璃が声をかければ少しだけビクリと揺らし、笑顔を向ける。

 

「はい、大丈夫です……ありがとう」

 

それに瑠璃はホッと息を吐き離れた。

 

「……で、西本さんはと……って、みなさんなんで帰ろうとしてるんです!?」

 

瑠璃がビックリして声をかければ、小五郎が続ける。

 

「あのなぁ?あの譜面には『恨み此処に腹せり』って書いてあったんだろ?なら、もう事件は起きねえよ」

 

瑠璃は松田を見れば、松田は呆れたように肩をすくめてため息をついていた。その声に全員が帰ろうと歩き始めたため、そこで瑠璃が西本の腕を掴む。

 

「西本さん!」

 

「ひっ!?」

 

西本はそれについにパニックになり、腕を振りほどいて逃げ出した。

 

「あっ!西本さん!!待って!」

 

瑠璃が急いで西本を追いかけ、もう一度その腕を掴んで声を掛ける。

 

「西本さん!落ち着いて!私です。刑事の北星です!」

 

「ひいっ!殺される……次は俺が殺されるっ!」

 

「……ええい、落ち着け!」

 

そこでついにキレた瑠璃が顔を強引に振り向かせ、思いっきり叩いた。

 

「っ!?」

 

「……落ち着きました?私が誰か、分かりますか?」

 

そこで落ち着いて声をかければ、西本は頷く。

 

「良かったです。パニックが起こっていたみたいで、すみませんが叩かせてもらいました。痛い思いさせちゃってすみませんでした」

 

そこで頭を下げると、西本は何も言わずに立ち上がる。

 

「…………」

 

「とりあえず、一人にならないようにしないと……貴方のその反応から、殺される覚えはあるんですよね?なら、私が護衛でつきますから」

 

「……ああ」

 

そこで西本は自身の家へと帰ろうと足を向け、瑠璃もそれについて歩く。そうして家の前まで着くと、キチンと忠告をする。

 

「いいですか?誰か来ても開けないこと。私や松田さんみたいな刑事さんの時だけ開けてください。それと、一人にならないようにお願いします。私も近くにいますから……これ、私の携帯番号です。何かあったらこれに連絡お願いします」

 

そう言って、瑠璃は自身の名刺の裏に携帯番号を書き、渡すと、扉が閉まるまで見た。そして、近くの電柱に背を預け、息を吐く。

 

「はぁ……」

 

そんな瑠璃の頬に、冷たいものが当たり、驚きの声を上げた。

 

「ひゃっ!?」

 

「なーにこれぐらいで疲れてんだ。ほら、奢りだ」

 

「ま、松田さん!?……あ、コーヒー。ありがとうございます」

 

「おう。ありがたく受け取っとけ」

 

その一言におずおずとだがそれを受け取ると、少しだけ嬉しそうに笑う。そしてそれを飲みながら西本の部屋を見ながら呟くように言う。

 

「……犯人はどうしてこんなことするんだろう……」

 

「……あ?」

 

松田が瑠璃に顔を向ければ、瑠璃は少しだけ困った顔を浮かべた。

 

「いえ、あの西本って人があれだけ怖がるって言うことは、あの人にもそれだけの理由があると言うことですよね?けど、聞いた限りだと、麻生さんは死に、彼を狙う人はいないとも思える。その中で、いま殺人を起こしてる犯人は、何が目的で、何を思って殺人をしてるんでしょうね?」

 

瑠璃のその言葉は、少しだけ、羨ましいと言う感情を持って言った言葉だ。

 

瑠璃自身、人である。勿論、人に対していくらでもそう思い、それを頭の中でしたことはある。けれどそれを実行に起こそうとしたことは一度としてない。しかし、たった一人だけ。瑠璃でさえ許せない相手というものはいるのだ。けれど、それをしては人として、表に出て歩けないことも知っている。だからこそ、何が理由でそんな枷が外れたのか。何が理由で殺そうと考えたのか……瑠璃としては気になるのだ。

 

「……同情でもしたか?犯人に」

 

「いえ、それはありません。……けど、少し、ほんの少しだけ……羨ましいとか、思っちゃいました」

 

「……」

 

「そんな風に思って、そうして行動できる所。私にはまだちゃんと『大切』だと思える枷があるから行動に起こすつもりはありませんけど、もし犯人が、それを無くしちゃった人なら……まあ、どちらにしろ捕まえないといけないですがね」

 

瑠璃がそこで缶コーヒーを飲み干すと、近くのゴミ箱に投げた。しかし、それは惜しくも入らなかった。

 

「あ!」

 

「おお、惜しかったな〜」

 

「くっ!」

 

少し悔しそうな顔をしながら缶コーヒーを取った時、松田の携帯に電話が入る。それは、目暮からの電話だった。

 

「松田です」

 

「松田くん。近くに瑠璃くんはいるかね?」

 

「ああ、瑠璃の奴なら缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れて、外してますよ」

 

その報告に目暮から呆れたような笑いが漏れたが、しかし気を引き締めて報告がされる。

 

「公民館で傷害事件が起きた。すぐに来てくれ」

 

「了解」

 

松田はそこで切り、瑠璃を呼ぶ。そして先ほどの連絡をそのまま伝えると、それに瑠璃は頷き、西本を呼びに行き、共に公民館まで行くこととなった。

 

***

 

傷害事件の被害者は村沢だった。彼は誰かに殴られ、現在はピアノの部屋で成実の手当てを受けている。その村沢を襲撃した者は、しかし部屋が暗かったのもあって、コナンにも分からなかった。その報告がされているすぐ隣の部屋の倉庫では、駐在所では見つからなかった麻生圭二の楽譜が長島の手で探されていた。

 

「まだ見つからんのですか?麻生氏の楽譜は」

 

「何しろ十二年前のことだからどこに置いたか……」

 

それを聞き、目暮はため息をつくと、松田と瑠璃がいる被害者の部屋へと移動した。それと同時にコナン達も移動すれば、やはり村沢はまだ目覚めず、その側で令子は心配そうに村沢を見つめていた。

 

「所で黒岩令子さん。村沢さんはここでこんな時間に何をしていたんです?」

 

「知らないわよ!そんなこと……」

 

そこでコナンが何かに気づき、拾い上げる。瑠璃もそれを目に入れた時、それが梨華も持っているものであると気付いた。

 

(あれって……ピアノのチューニングハンマー?)

 

それはすぐに令子へと奪われていたが、彼女からそれは村沢が大切にしていたものだと伝えられた。

 

「……多分、あの人、梨華と同じだ」

 

「……ピアニストってことか?」

 

瑠璃のつぶやくような言葉に松田が反応し聞かれれば、それに瑠璃は頷きを返す。そこで目暮が一度容疑者全員を役場に集まるように他の警官に言えば、村沢を担架に乗せ、歩き出す。

 

瑠璃と松田もその後に続こうとしたが、蘭がそこでコナンに気付き、声を掛ける。それで一度と歩きを止め、互いに見合うと、瑠璃はそのまま西本を連れて役所へ、松田はコナンの方へと向かって行った。

 

「おい坊主、なにしてんだ?」

 

松田が声を掛ければ、コナンは村沢を襲った怪しい人物が、ピアノの下を漁っていたと言う。と、そこでピアノの板の一部が外れ、その隠し扉の中を蘭が面白がって手を入れる。しかし松田はそれを見ずに、むしろその下に落ちていた白い粉を見る。

 

それを指で救い、少しだけ舐める。勿論、危ない行動だと分かっていたの行動だ。そしてそれで、それが麻薬であると理解した。

 

「……おいおい。誰だ?こんな所で麻薬なんざ隠してる馬鹿な野郎は……」

 

松田はそれを理解した途端、眉を寄せて呟いた。

 

***

 

目暮が容疑者全員が集まったことを知り、もう一度、村沢の傷害事件と共に二件の事件の話し合いが行われた。今現在、アリバイが証明されているのは令子のみ。川島の時間から考えて成実も外すべきかと目暮が悩んでいたが、しかし同一犯に見せかけた別人の可能性もあると瑠璃から言われ、その可能性は確かに捨てきれず、令子のみ外されることとなった。

 

「……」

 

「?松田さん?眉寄せてどうしたんですか?」

 

瑠璃が眉を寄せて考え込んでいる松田に問いかければ、松田は眉を寄せたまま答える。

 

「なーんか引っかかるんだ、この事件。あの血の譜面を見てから、ずっと何か……」

 

「あの譜面ですか?ふむ……」

 

瑠璃がそこで記憶を遡ろうとした時、鑑識の人から写真が焼きあがったとの報告が入り、その写真を松田と何故かコナンも見て、となる赤い光に気づく。

 

「……おい、瑠璃。ちょっとこっち来い」

 

「?なんですか?」

 

呼ばれた瑠璃は何事かと少し早歩きで近寄れば、二枚の写真を見せられる。

 

「これとこれの違い、さすがに分かるよな?」

 

「馬鹿にしてます?リバースボタンがついてるかついてないかの違いじゃないですか」

 

「え?リバースボタン……」

 

「……おい。それは本当か?」

 

コナンと松田の声に瑠璃は首を傾げながら頷く。

 

「?ええ。そこのボタンならリバースボタンですよ。あそこが現場になった後、ちゃんと見ましたし。一瞬さえあれば私は容易に覚えれますから。しかも忘れませんし……」

 

「んなこと知ってる。……ああ、そう言うことか。つまり、そういう……」

 

「??」

 

「あとは、村沢さんの事件と、犯人だけど……」

 

三人がそんな話をしている時、平田が飲み物を買いたいと目暮に話をし出した。その時、コナンは平田が左手を汚しているのを目ざとく見つけた。そして、平田の後を追っていく。松田もその後を追っていったが、瑠璃からしたらハテナばかりの行動で、一人首を傾げていたのだった。

 

***

 

それから暫くした後、コナンと松田がイキナリ走って戻ってきた。それに驚いた瑠璃だが、キチンと目にはコナンが抱える分厚い紙を見ていた。そして、そこまで見ればそれが麻生が残した楽譜である事を理解できる。

 

「あ、見つかったんだ……って、そうじゃない!?まさか、分かったの!?」

 

瑠璃は二人を追って走りだそうか迷ったが……あとは二人に任す事にした。

 

(きっと、私に出る出番はもうない。あとは、あのキレ者二人に任せるべきだ……)

 

そしてまた少しすると、松田だけが戻ってきた。

 

「あれ?松田さん。コナンくんは?」

 

「ああ。あの餓鬼は毛利のオッサンに任せた。……目暮警部」

 

松田がそこまで瑠璃と会話し、目暮に声をかけたその時、放送が流れ出した。

 

『分かりました、警部殿』

 

「へ?」

 

『この島で起きた事件の殆どがね』

 

「え、お父さん……放送室に?」

 

「あ?放送室にはあの餓鬼がまだいるんだぞ?何考えてんだあのオッサンは」

 

「毛利さんがいる事を許したとか……?」

 

そんな会話は勿論、毛利ーーーを演じてるコナンには届かない。一方通行の会話は続く。

 

『まず、ピアノの部屋で村沢さんを殴り倒した人物……それは平田さん。貴方です』

 

それに松田以外の全員が反応し、平田へと顔を向ける。コナンの推理では、平田の左手の傷は村沢を襲った際、逃げる時に突き破った窓の破片によるもの。その前の日の不審な人物、つまり、目暮達が来る前にピアノの部屋へと訪れていたらしい。そして、平田があの部屋でしていたのは、亡くなった川島との麻薬の取引であった。

 

「あの部屋にそんなものあったんですね……」

 

「ああ。ピアノのちょうど真下に落ちてやがった」

 

「へ〜……舐めてませんよね?」

 

「…………」

 

松田から返答がないのを見て、瑠璃は理解しジト目で見る。

 

「今後、安易に舐めないでくださいね?」

 

「んなもん言われなくっても分かってる」

 

そんな会話の間も説明は続く。平田は外国から買い付けた麻薬をピアノの隠し扉を利用して代金と品物の受け渡しをしていた。それに川島は『彼ら』と口にしながらようやく合点がいったような反応をする。彼がいう『彼ら』という言葉に、西本は反応する。この『彼ら』というものに示されるのは、西本と殺された三人、そして麻生も入っている。

 

『平田さんが「呪いのピアノ」と言って村人を遠ざけていたのも、取引に邪魔が入らないようにするためです。村沢さんを殴って逃げたのは、残っていた麻薬を回収している所を見られたからでしょう』

 

そこまで解説された時、平田が膝をついた。

 

「ということは、麻薬の取引で揉めて、それで川島氏をーーー」

 

「ち、違う!」

 

平田の否定とともに、コナンが演じてる毛利からも『無関係』と断言される。

 

「ええ?」

 

『彼が犯人ならピアノの部屋を殺人現場にしませんよ。なにしろ、麻薬が残っている部屋ですからね』

 

そして次に、村沢の話へと変わる。村沢もまた犯人ではないと断言された。なぜ彼ではないのか。それは、第2の事件に鍵があった。

 

『黒岩さんが殺されたのは。遺体発見の数分前ということ』

 

「なら、西本さんか?」

 

そこで今度は西本へと視線が向けられるが、西本は必死で首を横に振る。

 

『いいえ、警部。思い出していただきたい。あの時、他の暗号の上にコナンが倒れたのに暗号は消えなかった。それも、完全記憶能力者である瑠璃さんの断言の元です』

 

それに瑠璃はもう一度力強く頷くと、話が続けられる。

 

『常温だと、人間の血液は乾くまでに15分から30分掛かる。だが、あの血の暗号は乾ききっていた。彼は数分前に殺されたはずなのに……』

 

つまり、それは犯人のトリックによって操作された偽りの死亡推定時刻。

 

「しかし、テープの頭には5分30秒の頭の空白があったはずだ!」

 

『リバースですよ。曲の入っていないテープの裏面から再生し、リバースによって30分以上伸ばしたんです』

 

そこで写真を見るように促され、目暮達が写真を見ると、黒岩さんの写真が二枚。片方は黒岩の首元で光る赤いランプが目に入るが、もう片方にはその赤いランプはなかった。それは犯人が警察の目を盗んでボタンを解除した証拠であった。

 

「しかし、あの時死体に近づけたのは……」

 

『そうです。警察以外で警察に近づけたのも、死亡推定時刻を偽れたのも……あの時、検死をした成実先生、貴方しかいないんですよ』

 

それにその場の全員が驚きの表情で成実を見る。

 

「……あれ?案外、私の言葉って当たってた?」

 

「野生の感かよ凄いな」

 

「それ褒めてないですよね?馬鹿にしてますよね?」

 

「してないしてない」

 

瑠璃と松田の会話は常の通りだが、二人は油断なく成実を見ている。そんな二人を気にせず、蘭が嘘だと詰め寄るが、コナンの説明は続く。

 

『第一の事件で溺死させた川島さんをピアノの部屋に運んだのは、検死官を本土へ帰すため。検死の死亡解剖は此処では出来ませんからね。 そして、テープの頭に空白を作り、曲を流したのは犯行時刻を錯覚させる第2の事件のための伏線。こうして、黒岩さんの死亡推定時刻を偽り、自分のアリバイを作った。本来、此処で第三の事件を起こすつもりだったのでしょうが、それは瑠璃刑事が常に西本さんへと張り付き、さらに松田刑事がいて出来なかったのでしょう』

 

「しかし、毛利くん。君は先ほど、犯人は男性だと……」

 

『殺人の動機は十二年前に遡る』

 

その言葉に瑠璃は気になったのか、放送に耳を傾ける。

 

『ピアニスト、麻生圭二と家族が殺された事件』

 

それに目暮は驚いたように繰り返したが、真相解明はそのまま続けられる。

 

『川島さん、黒岩さん、西本さん、そして前村長の『亀山 勇』さんにね』

 

そこで西本の名が呼ばれ、全員が西本に顔を向ければ、西本の顔色は真っ青となっていた。

 

『麻生さんの海外公演を利用して、麻薬を買い付け捌いていたんです。ところが、麻生さんがもう協力しないと言い出した。秘密が外に漏れるのを恐れた四人は、彼を家族共々家に閉じ込め火を放った』

 

そこでついに西本が膝から崩れ落ち、奇声を放つ。

 

『この事は、全て焼け跡から見つかった暗号の楽譜に書いてあります。麻生さんが息子に向けて書いた告発文にね』

 

「息子……」

 

『彼には、東京の病院に入院していた息子がいたんですよ。「せいじ」という名の』

 

そこで誰もがようやく理解をする。いや、そこまで思い至ったのだ。

 

この「せいじ」を漢字にすれば、「成実」となることを。

 

『「浅井」という名も恐らく、彼の引き取り主の苗字でしょう』

 

「……全ては、父親の敵討ち……」

 

瑠璃がそう呟くと、そこで松田がハッとし、周りを見る。

 

「おい目暮のオッサン!犯人がいねーぞ!」

 

「なにぃ!?」

 

そこで全員で探し始めると、すぐに見つかったーーー麻生家が燃えた時と同じ、炎で燃える公民館。そこが彼が中にいるのだと教えてくれた。

 

「そんな!?これじゃ、中に入らない!」

 

「ちっ!俺達が入れるほどの穴も見つからねえ!」

 

「でも、コナンくんがさっき中に!」

 

「そんな、コナンくん!?」

 

蘭がそこで炎の中へと入ろうとするのを瑠璃と松田が必死で止めたその時、二階の窓が勢いよく割れ、コナンが転がってきた。

 

「コナンくん!?」

 

「くそっ!」

 

「おい餓鬼!」

 

コナンがまた入ろうとした時、松田が止めた。それを必死で止め、自身が行くといい、しかしそれを瑠璃が必死に止めていると、ピアノの音が聞こえてきた。

 

「……これ……」

 

「ああ、暗号だ。……あの犯人が、この炎の中で弾いてるんだ」

 

その後、公民館は焼けてしまった。

 

村沢に関しては、ピアニスト、麻生圭二に憧れ、あのピアノを調律していたらしい。そう、平田に殴られた日も……。

 

西本に関しては、本人が自供したため逮捕された。

 

「……」

 

「……おい、瑠璃」

 

「……え?」

 

松田が瑠璃を呼び、そこで漸く瑠璃が反応を返したが、それに松田はタバコを吸いながら瑠璃を見据える。

 

「……犯人の気持ち、理解出来たか?」

 

その言葉に一瞬キョトンとした瑠璃だが、すぐに苦笑する。

 

「……あの時の言葉、覚えてたんですか?」

 

「まあな。なかなかに興味深かったもんでね……で?」

 

松田の追求に、瑠璃は頬杖をつき、海を見据えながら答える。

 

「……よく分かりましたよ。きっと、私も、私以外のあの五人が殺されたら……私も、きっと敵討ちに動いちゃいますから。勿論、他の五人がそれを望んでいなくとも、ね」

 

「……そうか。まあ、彰の野郎はそう簡単に殺されねえだろ。むしろ相手が心配になる」

 

「あ、それは分かります。犯人を半殺しにしそうで逆に心配になります」

 

それに松田はくつくつと笑う。

 

「……それにしても、あの暗号」

 

「……ああ。犯人が最後に残したアレか」

 

「……『ありがとう 小さな探偵さん』かぁ……」

 

「……あの餓鬼、確かに鋭かった上に、最後の最後に……」

 

「……あの子、何者なんでしょうね?」

 

「さぁな」

 

瑠璃と松田は最後に互いの顔を見て、微笑み合ったのだった。



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第5話〜6月の花嫁殺人事件〜

まあ、季節外れではありますが、順番的にこちらにしました……。本当は映画の方と迷いましたがね


季節は6月へと移り行き、紫陽花が綺麗に咲く季節となりだした時期、瑠璃が朝早くから庭に出て、庭師の人に頼みごとをしていた。

 

「あの〜。すみません!」

 

「はい?……おや、瑠璃お嬢様ではありませんか」

 

庭師のお爺さんは瑠璃の姿を見ると、少しだけ顔を緩めて近寄ってくる。

 

「おはようございます。こんな朝早くに起きられるとは珍しい……」

 

「もう!いつもギリギリまで寝てるわけじゃないもん!」

 

「はいはい。言い訳は結構ですよ」

 

庭師のお爺さん、『雨音 勝太郎』は瑠璃の言葉に楽しそうに笑えば「それで?」と瑠璃の要件を聞く態度へと戻した。

 

「儂に何の御用でしょう?いつもならそれこそお休みの日とかぐらいにしか見に来んでしょうに……」

 

「ああ、実はね?ちょっと譲ってほしい花があるの。あ!ちゃんとここの管理をしてる『あの人』にはちゃんと話してるから安心して?」

 

瑠璃の言葉に勝太郎が少しホッとした様子を見せると、瑠璃に顔を向ける。

 

「それで?どの花にいたしましょう?」

 

それに瑠璃は笑顔で答えた。

 

「『アルストロメリア』をお願いしたいな。だって、今日は上司の娘さんの結婚式だからね!」

 

***

 

数時間後。彰と瑠璃は黒い服と少し洒落た服を着て目暮について行く。他にも呼ばれていた人がいたのだが、時間にかかりきりだったり、呼ばれていってしまったため、他数人の刑事で捜査一課の警視である『松本 清長』の後に続いて控え室へと歩く。そして、松本が扉を開けた時、誰かの足音と共に聞き覚えのある一人の少女の声が聞こえて来た。

 

「い、いきなり何なんですか貴方は!!」

 

(ん?この声……)

 

それに瑠璃と彰が互いに顔を見合わせた時、

 

「蘭!やっつけちゃってよこんなゴリラ!」

 

と、そんな暴言が聞こえ、二人して背筋が凍る思いをした。

 

(ちょっ!?管理官になんて言葉を!?)

 

(あの顔なのに勇気あるな。暴言吐いた子……)

 

目暮がそんなこと気にせずに入って行き、彰と瑠璃も思っていたことを表情に出さないように努めて無表情知らぬふりを決め込みながら入れば、蘭が驚いた表情を浮かべている。

 

「あれ?蘭くんじゃないか!」

 

「め、目暮警部、どうしてここに?」

 

「上司のお嬢さんの結婚式に出席せん部下が何処におる」

 

「まあ、来ない奴らは大抵、時間に奔走してますしね」

 

「あ、彰警部……」

 

「うん、すごく違和感あるから普通に呼んでくれ頼むから……」

 

蘭のその呼び方に彰は顔を歪め、その後ろで瑠璃が声を上げて笑わないように必死で抑えていれば、それが彰にバレて軽く小突かれた。

 

「それにしても、上司……?」

 

蘭が目暮の言葉に疑問を浮かべていると、その後ろにいた花嫁姿の女性、『松本 小百合』は苦笑いで、管理官が警視庁の刑事で、彼女の父であると伝えられた。それに呆然とする蘭と、同じ学生服を着ているカチューシャの少女『鈴木 園子』は呆然とした様子で松本を見れば、松本の方はそれを気にせず後ろを振り向く。

 

「おい、お前ら下がっていいぞ」

 

その一言に瑠璃は待ったをかけた。

 

「あの、それならコレを先に渡しても大丈夫でしょうか?」

 

それは朝、勝太郎に頼んだアルストロメリアの花束だった。

 

「まあ!綺麗……ありがとう!お嬢さん」

 

「いいえ!貴方のお父様にはいつもお世話になってますから!それに、折角の結婚式です。その花言葉通り、幸せになってほしいんです!」

 

瑠璃のその言葉に、女性陣三人が首を傾げていると、下にいたコナンが説明をしだす。

 

「アルストロメリアは6月、つまり今の時期に咲く花で、花言葉には『未来への憧れ』『幸福な日々』『持続』っていうのがあるんだ!」

 

「へ〜。コナンくん、物知りね!」

 

蘭が褒めれば、コナンは嬉しそうに笑顔を浮かべる。それを見た後、瑠璃は松本に頭を下げ、出て行く。

 

「いやしかし……あの暴言にはビックリしたな……」

 

彰が掘り返すようにまたそう言えば、瑠璃がそれに不意を突かれたのか肩が揺れる。

 

「ちょ、お、思い出させないで……耐えるの、厳しいのに……」

 

「……おいおい。上司を笑うなよー?」

 

彰の言葉に瑠璃は唇をキュッと結んだまま、コクコクと頷く。しかし、その体は密かに揺れていた。

 

***

 

彰達がそんなことをしている時、修斗もまた正装の姿で、しかし別件で来ていた。

 

(なーんで俺がこの結婚式に顔見せだけとは言え参加しないといけないんだ……あの糞親父!)

 

修斗は新郎の方の客として来ていた。しかし、それも形だけであり、顔さえ見せればあとは会社へと戻っていいことになっている。

 

(はぁ……まあ、俺があの会社を継げば今後、何の問題もなくなる……我慢だ。今はあの糞親父の駒となってでも言うことを聞いておくんだ。じゃないと、兄貴達にもっと負担が……)

 

そこで修斗が漸く関係者控え室にやって来て、そこから扉の中を除けば……。

 

「……ヒュ〜。やるねぇ……」

 

修斗がそう囃し立てるその視線の先では、花嫁が花婿とキスをしている所だった。

 

「!?だ、誰!?」

 

しかし、そんなこと関係なく、修斗が扉に背を預けていれば、蘭と園子がその声に反応して振り向く。が、そこで蘭と園子とコナンは相手が誰なのかを理解した。

 

「「しゅ、修斗さん!?」」

 

「ほ、北星家の修斗様!?」

 

蘭とコナン、そして園子の反応は予想通りだったのか、大した反応は示さなかった。

 

「……って、園子。『北星家』って?」

 

蘭がその名前にピンとこなかったのか園子に質問をすれば、それに園子は信じられないと言った顔をする。

 

「ちょっと蘭!?『北星家』って言うのはね……?」

 

「ブライダルから不動産まで。結構幅広く色々やってる会社だ。まあ、家の歴史は結構古くからあって、家訓と社訓が『努力するものには成長の兆しがあるが、我々はそれよりもう一歩先に行ける努力をする』ってあって、それを字の通りに動いた糞親父が此処まで幅広く手を出し、その分、成功もしているからウチは結構有名な一家だな」

 

「へ〜……って、修斗さんはそのお家の人なんですか!?」

 

蘭はその説明で理解をしたが、それと共に衝撃の事実を知った様に反応する。

 

「ちなみに、この結婚式も準備とか話し合いとか、諸々ウチだな」

 

「ええええええっ!?」

 

蘭がそれに叫び、コナンは呆れた様に笑い、逆に園子は修斗に目を輝かせて寄ってきた。

 

「修斗様!お会いできて光栄です!!」

 

「……俺も鈴木財閥の方とお会い出来るとは思いませんでした。貴方のようなお綺麗な方とお会い出来て光栄だ。……とても将来が楽しみになりますね。どんな素敵な女性になるのか……俺はもう28なので、貴方を口説くと正直犯罪になりかねませんね……残念です。少しぐらい、貴方のような方とお付き合いしてみたかったのですが……」

 

修斗は本当に申し訳なさそうな顔をしたあと、最後には少し照れたように顔を赤らめれば、園子は嬉しそうに叫びだす。

 

「ほら蘭!こういう男性がモテるのよ!」

 

「あ、あはは……」

 

蘭が困ったように笑う。それを修斗は冷静な目で見ていると、隣にコナンがやってきたことに気付いた。

 

「なんだ?何か文句があったか?」

 

「いーや?さっきの言葉、本当にお前の本心なのかと思ってよ……」

 

コナンの言葉に、修斗は蘭達を見たまま少し悲しそうに眉尻を下げ、呟く。

 

「……一歩進めば崖に落ちるような場所じゃなかったなら、どんなに良かったか……」

 

その言葉にコナンは修斗の顔を見上げれば、修斗はいつも通りの澄まし顔をしており、そのまま新郎に歩いて行く。

 

「こんにちは、初めまして。『高杉 俊彦』さん。北星家の当主の代表で来ました、修斗です。今後、貴方方が幸福な日々であらんことを願っています」

 

そう言って右手を差し出せば、相手もそれに習い右手を出す。と、その時、修斗が軽く引っ張り、新郎に一言周りに知られない程度の声の小ささで呟く。その呟きを聞いた高杉は途端に瞳孔を開き、信じられないと言った目で修斗を見る。しかし、修斗はニッコリと営業スマイルを浮かべ、今度は小百合とも握手をする。そしてまた同じように何かを呟けば、小百合もまた信じられないと言った目で修斗を見たあと、しかし小さく首を縦に振る。それを修斗はジッと見たあと、同じように営業スマイルを張り付け、頭を下げて出て行った。が、コナンの横で一度立ち止まると、コナンに向けて一言、

 

「お前は本当に厄介ごとのところに行くな……」

 

その言葉にコナンは意図を聞こうと修斗に顔を向けるが、修斗は振り向くことなく出て行ってしまった。

 

それとほぼ同時にスタッフがやって来て、時間を知らせると、高杉が返事を返す。小百合はその間に彼からレモンティーを取ると、幸せそうにそれを抱き締める。彼女にとってのレモンティーは、初恋の相手からの贈り物。だからこそ幸せそうな笑みを浮かべながら、彼女は高杉に先に行っていても良いと言うと、高杉は少し驚いたような顔をする。

 

「心配しないで。すぐに行くから」

 

「あ、いや……あ、ああ……」

 

その後、蘭達も新婦と共に部屋を出た。が、部屋を出てすぐ、コナンは微かに聞こえた、缶の落ちる音を聞き、そのすぐ後に誰かの倒れる音を今度は蘭と園子も入れた三人が聞いた。

 

「なんだ!?今の音!?」

 

「先生の部屋からよ……」

 

すぐに控え室の部屋の扉を叩くが、反応が返ってこず、扉が開く様子もない。様子がおかしいことにすぐに気がつき、扉を開けてみれば、レモンティーが溢れており、その隣には血を吐き出して白いウェディングドレスも少しだが赤色が沁みたその姿で倒れている小百合がいた。

 

***

 

小百合は直ぐに救急車に運ばれ、刑事関係者もいたために捜査は早くに行われた。

 

「……」

 

「……瑠璃。怒るのは分かるが冷静になれよ」

 

「……分かってるよ」

 

そんな会話をし終えた後、鑑識の人から、レモンティーに混入されていたのが『苛性ソーダ』という毒物であることが告げられた。

 

「じゃあ、彼女はそれを飲んで……」

 

と、そこでコナンがレモンティーが溢れた跡に何か白い物が浮いているのを見つけた。それは白い部分だけではあったがカプセルであることが分かった。それに目暮は驚いたように声を上げると、鑑識の人に近づき、ピンセットで挟まれた白い物体を見つめる。

 

「ふむ、そうか……犯人はこのカプセルの中に苛性ソーダを入れ、レモンティーに放り込んだ。そうすれば毒が溶け出すまでに時間が掛かり、犯行時刻が特定出来なくなる。つまり、花嫁の部屋に出入りした君達六人なら、誰であろうと毒を入れることができたことに……」

 

「いや、七人だ」

 

と、そこで扉の外から声が掛かり、全員がそちらに目を向ければ彰と瑠璃が目を見開く。なぜなら修斗が呆れたように髪をガシガシと掻きながら入って来たからだ。

 

「し、修斗!?」

 

「お前、どうして……」

 

「あの糞親父から代わりに挨拶に行ってこいって言われたんだよ……だから、挨拶に来たんだが……ああ、やっぱりこうなったか……」

 

最後の言葉に関しては誰にも拾われる事はなく、溜息を一つ吐いて容疑者の中へと混ざった。

 

「と、兎も角、君たち七人の中に犯人がいるということになる」

 

「そ、そんな!僕も容疑者なんですか?」

 

高杉は困ったような表情で言うが、目暮はそれに容赦なく肯定する。

 

「お湯なら数分で溶けてしまうカプセルもありますからな……。おおし、カプセルを鑑識に回せ」

 

そこでコナンが目暮に声をかけ、松本は数に入らないのかと問えば、目暮は困ったような声を出しながらあり得ないと反応を示す。

 

「……おいおい、警視が自分の娘を……」

 

「いや、可能性としては0じゃないんだ。なら、自分の上司だからって数に入れないのはおかしいんじゃないか?」

 

修斗が少し呆れたように目暮を見ながら言えば、瑠璃がその修斗に軽く蹴りを入れる。

 

「ッ!何しやがる瑠璃!?」

 

「うっさい!!こっちだって言われなくったって分かってんのよ!」

 

「おい、お前ら……」

 

そこで始まる兄妹喧嘩に、全員が呆然と見ていると、彰がそれに耐えきれなくなり、2人に拳骨を落とす。

 

「いい加減にしろ!!」

 

「「っ〜〜〜〜〜!!」」

 

「瑠璃!お前は刑事だろ!本分を忘れるな!!修斗!お前は容疑者だろ!俺や瑠璃がいるからって安心しきってないでちゃんと緊張感を持て!!」

 

「「は、はい……」」

 

そんな三人の様子に、蘭は少しだけ安心したのか、クスリとだが笑った。それを見ていたコナンが安心したように笑顔を浮かべる。と、そこで蘭が思い出したかのようにビデオのことを話せば、目暮がそのビデオカメラに近づく。そのビデオカメラは、蘭達が椅子に置きっ放しのまま出て行ったままだったようで、それはつまり、可能性としては犯行の時の様子が映っている可能性を示唆していた。

 

そうして見始めたビデオ鑑賞。修斗は壁に寄りかかり見ていたが、それには殆ど全員が缶を触っていたことを示しており、そして誰でも毒を入れることが出来たことも示唆されていた。

 

「あ、でも、修斗さんは一度も触ってませんよね?」

 

蘭がそう言えば、全員が修斗に視線を向ける。しかし、修斗はそれに首を横に振る。

 

「残念だが、俺にも可能だ。確かに缶には触ってないが、高杉さんとその新婦さんに近寄りはしたからな」

 

そうして時間が黙々と過ぎる。彰は目暮の後ろで同じようにビデオを見ていたが、瑠璃は一回見ればもう問題がないため、早々に離れて修斗の横に立って会話を始めた。

 

「……修斗さ。この事件の犯人、もう分かってるんじゃない?」

 

「……ああ。まあな」

 

「ならさ、それを言っちゃえば?すぐに解放されるよ?」

 

それに修斗は首を横に振る。

 

「そんな面倒なこと、したくないね。……それに、そういうのは別の奴の仕事だ」

 

それに瑠璃は首を傾げるが、そんな時、近くでコナンと高杉が会話をしていた。その内容は、高杉の初恋の相手が、自分があげたレモンティーをいつも嬉しそうに飲む相手を、小百合がレモンティーを飲むときに何故か思い出すという話だった。

 

「……」

 

その話を聞き、修斗はコナンと、その後ろにいた女性の顔を見た。コナンについては元から見る予定だったのだが、女性の感情の機敏にも気づいてしまったのだ。

 

「……はぁ」

 

「?どったの?修斗」

 

「いーや。なんでもねーよ」

 

そんな時、鑑識の結果が届けられ、その内容は、まずカプセルを被害者が飲んでいたレモンティーに入れたと仮定すると、解けて中身が出るまでに15、6分掛かると伝えられた。それを逆算し、考えると、一時半となる。しかしその時間は園子からの証言で松本が出て行かれた時間と言われ、それと同時に花婿である高杉と、園子達の一つ上の先輩である眼鏡の男、『梅宮 敦司』はそれで容疑が晴れたという。何せ、彼ら2人が小百合とあったのはもっとあとであり、修斗より以前ということになる。

 

「なら、修斗も犯人じゃないことになるね!」

 

瑠璃が嬉しそうに報告すれば、修斗は何故かそれに溜息をつく。

 

そんな時、別の鑑識の人が気になることがあると言い出した。それは毒が入っていた缶の事で、その缶には触ったはずの警視の指紋がないと伝えられた。

 

それに彰と瑠璃は驚きの表情を浮かべるが、修斗は全くの無反応。むしろ今更かとでも言いたげな胡乱げな目を向けていた。

 

「馬鹿もん!何を言っとるか!儂はこの通り、問題の缶を握っとるわ!」

 

そこで瑠璃がついに耐えきれなくなり、修斗に詰め寄り、睨みつけながら大声で言う。

 

「修斗!いい加減に吐け!どうせ全部わかってんでしょうが!!」

 

それにコナンと彰以外の全員が目を見開き、驚いた様子を浮かべた。それを目にして、修斗は遂に頭を抱えた。

 

「〜〜っ!お前、俺に吐かせるためにワザと……」

 

「ふんっ!私の勝ちだね!」

 

瑠璃が修斗に勝利のVサインを向ければ、修斗はもう呆れ果て、なんの反応も示さない。

 

「修斗くん。それは本当ですかな?」

 

目暮がそう問いかければ、修斗は溜息を吐きながら頷く。

 

「……ええ。けど、正直、俺の立ち位置は未だに容疑者ですから、発言の信憑性は低いのではないかと……」

 

「えー?僕、お兄さんの推理、聞きたいなー?」

 

修斗があからさまに逃げようとした時、コナンがその逃げ道を塞いだ。それに修斗も気付き、恨めしそうにコナンを見れば、コナンはそれをどこ吹く風で子供らしい笑顔を向ける。

 

「出来れば、聞かせて欲しいのですがね?貴方の推理を。それが捜査の役に立つかもしれません」

 

「……分かりましたよ……とりあえず、話しますから。先にある物を探していただきたい」

 

「ある物?」

 

「乾燥剤入りの容器です」

 

それを言葉にしたちょうどその時、警官が廊下のゴミ箱から乾燥剤入りの容器を持ってきた。

 

「これは苛性ソーダを入れていた容器……そう考えていいんですね?修斗さん」

 

「ええ……じゃあ、取り敢えず話しますか。まず、聞いておきますが、犯人は15分前に被害者の方が飲むレモンティーに入れたと言う話でしたが……それは、あくまでもカプセルを『入れていた』場合に限ります」

 

「なっ!?つまり君は、カプセルと中身は別々だと、そう言いたいのかね?」

 

それに修斗は頷く。

 

「ええ。だって、事実として知っているのは、あのカプセルが、レモンティーの中身に浮いていた事だけ。その前のことなんて、ただの予想でしかないわけです」

 

「た、確かに……なら、犯人は……」

 

「ええ、犯人は毒と溶けかけのカプセルを別々に入れたんですよ。ーーー毒を入れた時間を、被害者が倒れた15分以前にする為に……ね?だから俺は容疑者から外れたわけではないんですよ」

 

そこで止めようとするが、全員からの視線が外れないと知ると、また一つ溜息をつく。

 

「待ってください。貴方が言ってるのはただの推理。証拠なんて何処にも……」

 

「いや?証拠なら既に全員が見てるじゃないか」

 

その一言で、全員があのビデオの事だと理解したのを見て、修斗はリモコンを取り、ビデオを再生する。そして、とある部分、被害者の小百合が缶から化粧を崩さない為にも用意されたストローを取り、そこから敦司に付けられたリボンを取っている所で修斗はビデオを一時停止にする。

 

「全員、この時の缶の向きを覚えて欲しい」

 

その言葉に習い、瑠璃を除く全員がその缶の向きを見た。そして、ある程度間を空けてからスタートし、園子が「嘘ー!?」と言い、そこでカメラを置いたらしく、向きが変わり、園子も去っていく姿が見えた時、また止めた。そこで瑠璃がようやく気付いた。

 

「あ!缶の向きが違う!!」

 

「何!?」

 

そこで全員が缶の向きを思い出せば、確かに向きが変わっていた。

 

「正直、俺としては最初からいたわけじゃないんでただの予想でしかなかったんですが、鑑識さんの言葉でよく分かりました。これ、今見えているレモンティーは園子さんの分だ」

 

それに今度は園子に全員の視線が向けられ、園子は辺りを見渡してから自分に指をさして確認を取る。

 

「わ、私の……?」

 

「鈴木さん。それから毛利さんにコナンくん。三人のうちのだれでもいい。三人が出て行った時、鈴木さんは缶をどうしていた?」

 

それに蘭が考え込み出したが、それより早く、コナンが答える。

 

「園子姉ちゃんなら、あの急いでテーブルの上に置いてたよ。……そう、丁度、あのテーブルの上にね!」

 

それに満足そうに修斗が頷く。そして蘭も気付いた。今現在、流されているビデオに映っているレモンティーが園子のものであると。

 

「一本に見えていたのは二本の缶が重なっていたからだ。まあ、全員が全員、被害者が持つ缶にしか注目してなかったから置いてあることに気づかなかったんだろう」

 

それに全員が否定出来ない気持ちを持つが、修斗はそんなこと関係なしに続ける。

 

「そしてそこから考えれば、被害者の人は偶然にも手前に置かれた方を手に取った。そしてそれは鈴木さんの分だった。現に、その缶には触ったはずの全員の指紋は付けられていなかった。まあ、鈴木さんの分はついてるだろうが」

 

その修斗の言葉に鑑識の人が肯定をすれば、目暮と松本が驚いた表情を浮かべる。

 

「そ、それじゃあ……」

 

「娘は間違えて缶を取ってから倒れるまでの間に毒と溶けかけのカプセルを別々に入れたってことか……」

 

「そう。ビデオから考えて、側にいたのはそこの坊主と高杉さんだけ。後は鈴木さんと毛利さんだが、この2人は除外してもいいだろう。2人に触る暇なんてなかっただろうしな」

 

その言葉に2人は頷く。曰く、2人がカメラの電池を買ってきた時、丁度高杉が触っており、直ぐにそれは小百合が手に持ったと話された。

 

「それから坊主も除外だ。背的な問題で無理だ」

 

「となると、残りは……」

 

そこで全員が高杉へと視線を向けられる。しかし、それに眉を顰める修斗。

 

「それから最後に1人。被害者本人だ」

 

「ま、まさか自殺……」

 

「まあ、あんまり変わんないだろうな。……だが、被害者が自殺をする為に毒を入れたなら、倒れる直前に入れるだろう。そうなってくると、ないとおかしいものがある」

 

そこで目暮が乾燥剤入りの容器を思い浮かべた。

 

「密閉できる容器と乾燥剤か……」

 

「ああ。苛性ソーダは放置すると数分で液状化する危険な薬品だ……まあ、弟からの受け売りだが」

 

そこで思い浮かべたのは、白衣を着た三男。雪男の姿。

 

「そんな危険な薬品だ。この部屋にずっといた被害者が安全に所持しておくには乾燥剤の容器が必要となってくる。しかし、その容器があったのは廊下のゴミ箱の中だ」

 

「つまり、被害者以外の誰かが持ち込んだという証拠になるな……」

 

「そして、それが出来たのはただ1人……あんただよ高杉さん」

 

そこで修斗が冷たい目で高杉を見るのと同時に、全員が高杉の方へと視線を向ける。その高杉は少し焦った様子を見せるが、松本がそこで高杉の胸倉を掴み詰め寄れば、そこで高杉は笑い、話し始める。

 

二十年前、松本警視が追っていた犯人の車が激突した時、高杉の母親がそれに巻き込まれた。巻き込まれて直ぐの時はまだ生きていた母親。すぐにパトカーに乗せて病院へと運べば助かった命。しかし松本は「邪魔だ。どいてろ!」と怒鳴りつけ、去っていく。そして母親はその15分後に路上で息を引き取った。

 

「ーーーあの日以来、忘れたことはなかったぜ!テメーのその冷酷なツラだけはよ!」

 

そう言って憎いと語る目で、松本に指をさしながら言えば、刑事側からは驚きの顔で本当のことなのかを聞かれた。それに松本は肯定をし、そして女性のことについては車の陰で見えなかったという。

 

「まあ、状況を考えると、見えないのも仕方ないな……」

 

修斗のその言葉に、高杉は修斗を睨むが、しかし修斗は言葉を続ける。

 

「けど、子供の様子を見たらすぐ分かったことでもあるだろ」

 

そんな風に冷めた目を松本にも向ければ、松本は項垂れるしかなかった。

 

「事故に関しては後で知り、急いで彼の家に行ったが、既に引っ越した後だった……」

 

「ふんっ。俺には母親しか身寄りがなかったんでね。子供がいなかった高杉家に養子として引き取られたんだ」

 

そうして七年前、高杉は被害者の友人の一人、『竹中 一美』が小百合を連れて着た時、その小百合が松本の娘だと分かった途端、彼が忘れかけていた復讐の炎が再度燃え始めたと語る。

 

「だったらどうして!どうして儂を殺さなかったんだ!」

 

「……復讐する相手を苦しませる一番の手は、その相手の大切な存在を手にかけること」

 

修斗は壁に背を預け、目を瞑った天を仰ぐような体制で言葉にすれば、それに高杉は同意する。

 

「ああ、そうだ。テメーが死んだら味わえないだろうが。大切な人を喪った……あの悲しい想いはよ……」

 

その言葉で瑠璃も目を伏せる。この時、瑠璃と修斗が思い浮かべたのは、瑠璃にとっては友人、修斗にとっては親友、そして梨華にとっては恋人だった相手、『宮村 和樹』という青年だった。

 

「……しかし彼奴も馬鹿な女だ。俺が復讐の為に近づいたとも知らずに……まあ、どうせ高杉家の財産に目が眩んで」

 

そこまで喋った時、一美が高杉の頬を叩いた。

 

「何も知らないのは俊彦、あんたの方よ!」

 

「一美……」

 

そこで一美が語ったのは、俊彦にとっては驚愕の話であり、修斗にとっては予想済みの話だった。

 

それは小百合が全てを知っていたことを。20年前の事故のこと、そして、高杉の素性のことも。

 

「いや嘘だ!俺の正体を知ってて俺と結婚するわけが……」

 

そこで遂に一美は涙をこらえながら話す。

 

「小百合のレモンティーを見てもまだ分かんないの!?あんたはね、小百合が20年間想い続けた初恋の人なのよ!!」

 

そこで修斗とコナン以外の全員が驚愕の表情を浮かべた。

 

「小百合が似てる似てるっていうから調べたら分かったのよ。小百合、あんたのプロポーズを受けてからもずっと悩んでた。どうしたらあんたが許してくれるかなってね……。それなのにあんたは……あんたって人は!」

 

そこでようやくコナンは思い当たる。小百合が実は、高杉が毒を入れた所見ていたのではないかと。

 

「まさか、毒が入っているのを知ってて……」

 

そこで高杉は膝から崩れた。それを見ていた修斗は腕を組んだまま一つ息を吐く。そんな時、警官から病院からの連絡で、小百合が手術の結果、一命を取り留めたと連絡を受けた。それに全員が喜び、高杉も泣いて喜んだ。そこに修斗が近づき、隣に立つと話し出す。

 

「だからあの時に言っただろ……『後悔するぞ』って」

 

「……お前は、何処から気付いてたんだ?」

 

それに高杉が素直な疑問を口にすると、修斗は肩を竦めながら答える。

 

「殆ど最初からさ。あんたがあの花嫁さんを見る目……その時に浮かぶ感情の中に憎悪と期待を見つけたんでね。これはもう何か起こした後だなとは思ったんだ。あとは状況判断さ。誰も怪我をしていないなら毒を使ったんだろうと考えた。そして毒を使うなら飲み物だ。だからレモンティーに毒を入れたんだろうとそこで考えた。まあ、正直、彼女が持っていた方か、テーブルに置いていた方かは知らなかったがな」

 

修斗がそこまで言って離れようとした時、高杉がもう一つ訪ねてきた。

 

「あんた、小百合にも何か言ってたよな?……何を、言ったんだ?」

 

「……『その男のために死ぬ気か?』って言ったんだ。あの人はあんたが殺そうとしていることに気づいていると直感した。それに、その目の中には結構複雑な感情が渦巻いていたしな。俺でさえ全部は読み取れなかった。……そして、それに小百合さんは頷いた。それが彼女が気付いていたことの証明だ。俺がこれを止めなかったのも、彼女の意思を尊重してのことだ」

 

そこで修斗は去っていく。その背後に、また静かになく復讐に燃えた悲しい花婿を置いて。



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時計仕掛けの摩天楼編
第6話〜時計仕掛けの摩天楼・1〜


今回から初映画編という事で、章管理をすることにしましたが……こんな日常嫌すぎます!

さずか死神くんとか事件ホイホイとか言われまくるコナンくん!私だったら嫌だけど、うちのキャラには容赦なく絡んでいってもらうからね!覚悟してね!


某日、北星の屋敷にてとある手紙が送られて来た。それは『森谷 帝二』という者から手紙が送られ、それを修斗が開き、6兄妹全員が集まったこの日、それを開いて中身を読み始めた。

 

「『突然のお手紙を差し上げます。ご無礼をお許し下さい。来る4月29日、火曜日。午後三時半から、拙宅で開かれるアフタヌーンティーのガーデンパーティの御招待致したく、此処にご案内申し上げる次第です』……って書いてあるな」

 

「あら?中々に優雅な時間にガーデンパーティーを始めるのね」

 

長机の左端に座っている修斗の言葉にその目の前に座っていた斜め右に座っていた黒髪の長髪を伸ばしたままにしているオレンジのワンピースを着ている女性『梨華』が紅茶を飲みながら言えば、修斗の右隣に座っていた黒髪ショートヘアの身長が150cm前半しかない茶色のネック付き長袖Tシャツを着て濃い緑の短パンを履いた少女『雪菜』が嬉しそうに修斗に詰め寄る。

 

「パーティー!?私、行きたい!修斗お兄ちゃん!私行きたい!行かせて!!」

 

「まあ、行きたいんならいいけど……」

 

修斗のその反応に、雪菜の目の前に座っている、同じく黒髪の短髪で白のYシャツを着て、雪菜と同じ顔だが実は少年な『雪男』がそれに首を傾げる。

 

「修斗兄さん?何か問題があるの?」

 

「いや、特にはないけど……この森谷って人、東都大学で建築学科の教授をしてる偉い人だぞ?無礼な事をしないならいいけど……それに、これに関しては俺が行くように言われてるしな」

 

その最後の言葉に、雪菜以外の全員があからさまに顔を顰める。

 

「……あの糞親父からか」

 

修斗の目の前にいる雪男と同じ白のTシャツを着た彰が言えば、修斗は溜息を吐きながら頷く。

 

「つまり、これはキチンと好印象を与えて相手との縁を繋げという、会社命のあの糞親父からの裏の伝言だ。だからまあ……な?」

 

その言葉に全員が理解し雪菜の顔を見ながら首を横に振る。

 

「雪菜、お前はダメだ。絶対にダメだ」

 

「えー!?なんでなんで!?」

 

雪菜が頬を膨らませて問えば、雪男が溜息を吐きながら宥めに入る。

 

「はぁ……雪菜。これは、修斗兄さんの仕事の一環なんだ。修斗兄さんのそばから絶対に離れず、大人しく隣に入れて、勝手な事をしないと信じられる相手なら良いけど、雪菜にはそんな信用ないからね?」

 

「えー!?ちゃんと出来るもん!!」

 

雪菜は遂に頬を膨らませて拗ねてしまい、それに雪男は苦笑する。その一連を見た後、梨華は彰と瑠璃を交互に見る。

 

「貴方達二人は仕事?」

 

「まあね〜。休みではないよ」

 

「そもそも、たとえ俺たちに休みが与えられても、事件が起きたら休日返上だがな」

 

彰はコーヒーを飲みながら答えると、梨華は少し考えた後、頬杖をついて修斗を見る。

 

「ねえ?そのガーデンパーティーの庭にはピアノとかあったりするかしら?」

 

「なんだ?一曲弾きたいのか?」

 

「まあね。折角のパーティーだもの。盛り上がる為にも必要とは思わない?まあ、なかったとしてもそれはそれで良いのだけど……」

 

「というか、梨華は駄目なのか?」

 

修斗がジッと梨華の目を見つめれば、梨華は少し不敵に笑って答える。

 

「まあギリギリではあるわね。五月のゴールデンウィーク前にはアメリカに戻らないといけないし……けど、飛行機のチケットはその日の夜だから問題ないわ。まあ途中で抜けても良いというなら、だけどね?」

 

その梨華の問いに修斗は少し考えると、頷いた。

 

「まあ、そこのフォローは任せろ。それにそこまでお堅い人ではないと思うぞ」

 

「そう。ならパーティーの時の服装を考えておかないとね!」

 

梨華が少しだけ楽しそうにテンションを上げれば、それを修斗は微笑ましそうに見つめていた。

 

***

 

ガーデンパーティー当日、招待状を門番の人に渡した後、森谷邸の庭を歩き始めた。修斗はグレーのスーツを着て、梨華は白と薄黄色のフォーマルなワンピースを着ていた。

 

「へ〜?これがかの有名な森谷教授の御宅なのね……とても綺麗な庭ね」

 

「まあ、その森谷さんが自身で手掛けたものらしいからな。しかもこの建物、イギリスの十七世紀、スチュワート朝時代の建物らしいぞ」

 

「そうなの。じゃあ、この庭がシンメトリーなのも?」

 

「まあな。調べたところ、森谷教授は学生時代にイギリスに留学していて、そこで英国建築に心酔したらしい。特に、古典建築シンメトリーへのこだわりが強いらしいぞ」

 

「まあ、確かに。日本は左右非対称の方が美しいと言われるけど、外に出ると一変して左右対象シンメトリーの方が美しいと言われるものね」

 

「ああ、お前、今アメリカと日本を往復してるしな」

 

「そのうち、他のところでも仕事したいものだわ」

 

「してるだろ。しかもフランスとイタリアで」

 

修斗がジト目で梨華を見れば、梨華は少し自慢気な笑顔を浮かべる。

 

「当たり前よ。私は自身の願い、そして和樹の願いの為、努力をしてきたもの。あの父親のためなんかじゃなくね。そう思うとすごく努力出来たわ」

 

「しかも才能もあるときた。そんなお前なら他の国にも行けるか」

 

「まあ、今の所はそこまで興味はないけれどね。でも、日本を入れて4ヶ国は確かに目指していたわね……」

 

そこまで話をした時、森谷本人がやって来た。

 

「おお、来ていただき感謝いたします。私、森谷帝二と申します」

 

森谷が頭を下げれば、修斗と梨華も頭を下げた。

 

「初めまして。北星家の当主代理で来ました。北星修斗です。こっちは妹の梨華です」

 

「初めまして。妹の梨華です」

 

その名前に森谷は少し驚いたように目を開く。

 

「おお、かの有名なピアニストの梨華さんですか!いやはや、お会いできて光栄です」

 

そう言って右手を差し出せば、梨華も嬉しそうに右手を差し出す。

 

「こちらこそ、あの有名な建築家であらせられる森谷さんとお会いできて光栄です。お屋敷もとても素敵で、今日、ここに来れた日は私にとって幸いな日です」

 

それに森谷は嬉しそうに顔を綻ばせ、二人を裏庭まで案内する。その時、梨華の半歩前にいた修斗が肘を曲げ、脇を軽く開け、そのスペースを開けたまま梨華の方に寄せた。その意図に一瞬考えた梨華だが、クスリと笑ってそのスペースにすっとさりげなく入れ、修斗の手と肘の中間よりやや手よりの位置に手を軽く添えた。

 

「ふふっ、女性のエスコート方法を覚えるなんて、修斗もやるようになったわね」

 

「うっせ。叩き込まれたんだよ」

 

「あら?いつもよりはカッコよくなるじゃない。其処だけは感謝したら?正直、私もこれだけはあの父親を褒めてもいいぐらいよ」

 

「……まあ、こういう時に確かに役立つしな」

 

そんな会話をしながら森谷の後を追い、中庭までやってくると、そこでまた軽く話し、離れた。

 

「さて、とりあえずこれで少し縁は出来たが……」

 

「もう少し強固にしたいの?」

 

「いや、この程度でいいらしい。何かあっても切り捨てられる程度で」

 

「……そう」

 

修斗が努めて冷静に言えば、梨華は悲し気に目を伏せる。

 

「……まあ、今回に関しては俺も賛成だな」

 

「?あら、どうして?」

 

梨華が修斗にそう聞けば、修斗は少し訝し気に森谷が去って行った方を見る。

 

「……あの人、何か起こしそうなんだよな」

 

「……それは貴方の勘?」

 

「まあな。正直、何も起こらないで欲しいな……」

 

そう言いながら隅の方へと移動した。すると少しして音楽家の男が近寄って来た。

 

「すみません。一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

「……何でしょう?」

 

修斗が人好きのする笑顔を浮かべれば、男は梨華の方に視線を向けた。

 

「彼女はもしや、ピアニストの北星梨華さんではありませんか?」

 

「……ええ。確かに私はピアニストの梨華ですが。貴方は?」

 

梨華が笑顔を浮かべてそう問えば、男は申し訳なさそうな笑顔を浮かべて右手を差し出す。

 

「失礼。私、音楽家の竜志と申します。海外でも輝かしく活躍されている貴方にお会いできて、とても光栄です」

 

その挨拶に梨華もにこりと笑い、手をとる。

 

「ええ、私もお会いできて光栄です。同じ音楽家として、共に頑張りましょう」

 

「はい!あ、実は私、貴方のファンでして……」

 

「あら、そうなんですか?それはとても嬉しいです」

 

そんな会話を横で聞きながら周りを見ている時、また森谷が戻って来た。そしてその後から来た人物を見て、修斗は頭を抱えそうになった。

 

(またかよっ!)

 

そう、森谷が連れて来たのはあの毛利一家である。

 

修斗は気づかれな様に小さく溜息を吐けば、蘭と森谷が話し、そこで森谷が料理もすることが発覚した。勿論、独身だから自身でやらなければいけないのだろうが、森谷の場合、それに加えて自身でやらなければ気が済まない性格らしい。

 

それを修斗は頭の中に入れると、そこでいつの間にか音楽家の男が梨華から離れ、森谷と話していた。そして森谷は、男から『美しいものでなければ』という言葉に対し、『美しくなければ建築とは認めない』と言ってのけた。

 

「今の建築の多くは、美意識が抜けています!もっと自分の作品に責任を持たなければいけないのです!」

 

そう熱く語る森谷に梨華は目を見開き、そして数回同意する様に頷く。その隣で修斗は少し目を細めて森谷を観察していた。そんな時、森谷が小五郎にクイズを一つ出題することとなった。内容は、三人の男が経営する会社のキーワードを推理するものらしい。

 

「名探偵の毛利小五郎さんならすぐにお分かりになると思うのですが……」

 

その言葉を言った時、修斗は理解した。してしまった。森谷の狂気に。

 

(ああ……マジで死神だわ……事件ホイホイめ。なんでこんな厄介ごとに巻き込まれないといけないんだ……いや、今回ばかりは彼奴じゃなくて糞親父を恨むべきか……)

 

そう、森谷の顔には挑戦的な笑顔と共に、少しの憎悪が見えたのだ。

 

そこで天を仰いだ修斗。その周りでは小五郎の名前が囁かれていた。それと先ほどの言葉に気を良くしたらしい小五郎がスーツをキチッと伸ばし格好を付け、その下にいたコナンは呆れた笑顔で小五郎を見上げていた。

 

そうして全員に配られ始めた紙。その間の説明ではパスワードは三人に共通する言葉で平仮名5文字。そして紙には、

 

 

 

小山田 力(おやまだ ちから)。A型。昭和31年10月生まれ。趣味・温泉めぐり』

 

空飛 佐助(そらとび さすけ)。B型。昭和32年6月生まれ。趣味・ハンググライダー』

 

此堀 二(ここほり ふたつ)。O型。昭和33年1月生まれ。趣味・散歩』

 

 

 

と書かれていた。

 

それを見ながら梨華は真剣に考えるが、修斗はそれを一瞬サラッと見ただけで呆れた様な笑みを浮かべ、その後は紙を見ず、周りの人間の様子を観察し始めていた。特に森谷を注意深く見ていれば、森谷は今時珍しくパイプ煙草を使っていた。

 

(珍しい。けどサマになるところがまた凄いな……)

 

そうして観察していれば袖を軽く引かれ、なんだと横にいる梨華を見れば、目がヒントの催促をしていた。

 

「……簡単な考え方と面倒な考え方。どっちだ?」

 

「簡単な方でお願い」

 

「なら、上の名前と趣味を合わせて何が思い浮かぶ?」

 

「?」

 

そのヒントに首を傾げつつ、もう一度名前と趣味を合わせて考えれば、梨華はあることに気づき、頬をひきつらせる。

 

「え、まさか……これダジャレじゃ……」

 

「ははっ。そのまさかだ」

 

修斗が呆れた様に笑えば、梨華もまた呆れたのか息を一つ吐きだした。

 

「……真剣に考えた意味って……」

 

「まあ面倒な解き方もあるけどな……」

 

「……その面倒な解き方って?」

 

「それはな……」

 

と修斗が梨華の質問に応えようとした時、子供の声で「『ももたろう』だー!」と聞こえてきた。

 

「おお、ちょうどその面倒な解き方を説明してくれるみたいだぞ」

 

「……え。あの子供が?」

 

梨華がまさかという目で修斗を見れば、修斗は一つ頷いた。

 

そうして問題を解いたコナンの説明によると、答えは三人の干支で、上から申年、酉年、戌年。その字から猿、鳥、犬となり、そしてこの三匹は全員、桃太郎の家来であることから答えは『ももたろう』であるという。それに補足するように修斗は溜息を吐きながら話し出す。

 

「ちなみにもっと簡単に考えるなら、小山田は山の字があり、そして趣味が温泉めぐりから思い浮かぶのが猿。空飛には空があり、趣味がハンググライダーから空を飛ぶと考えて、上記から考えて思い浮かぶのは鳥。此堀はもうちょっと崩して『此処掘れ』で、趣味が散歩。そして二つして動物だからそこから考えて犬。こんな風に考えればもっと早くに答えが出る」

 

「修斗さん!」

 

コナンが少し驚いたように目を見開けば、修斗は面倒そうに一つ溜息をつく。

 

「……元々幸薄な家庭で生まれたのに、お前に会ってから俺の幸せは溜息と共に出ていくように感じる……」

 

「は、ははっ……」

 

コナンは修斗の言葉に頬をひきつらせて笑う。そんな二人のところに森谷は感心した様子で近付いてくる。

 

「正解だよ坊や。そして修斗くん。いや、大したものだ」

 

そう言って拍手をすると、周りも拍手を始める。コナンはそれに照れたように笑うが、逆に修斗は居心地悪そうな顔をする。

 

「……修斗は目立つのが本当に嫌いね」

 

「うっせ。俺は影とかから支える方が性に合ってんだよ」

 

梨華が意地悪い笑みを浮かべ、修斗はそんな梨華にジト目を返す。そんな正解者の二人にはご褒美にと特別に森谷のギャラリーを案内されることとなった。が、それに修斗は梨華の付き添いの許可を貰い、コナンの方は森谷から保護者ということで蘭が指名され、四人でギャラリーの方へと移動していく。その道中、コナンは修斗に話しかける。

 

「修斗兄ちゃんが来てるなんて知らなかったなー。僕、ビックリしちゃった!」

 

「そーかよ」

 

「ねえ、なんで此処に来たの?」

 

「あの人からの招待と、親父から縁を繋いでこいとのお達しでな」

 

「?お父さんっていうと、今の当主さん?」

 

「ああ。俺にとっては糞親父だ」

 

(糞親父って、おいおい……)

 

修斗の言葉にまたコナンは呆れたような笑顔を浮かべるが、修斗としては心の底から思っていることである。そこでちょうどギャラリーに付き、四人で写真を眺め歩く。

 

その建築物は全て美しいと思えるほどに洗練されており、梨華と修斗は密かに見惚れた。

 

「……確かに。とても美しい建築物ばかりね」

 

「ああ。……まあ多分、そのうち無くなるだろうが」

 

「?」

 

修斗の呟きに梨華は首を傾げていると、コナンが声をあげた。

 

「ねえ、蘭姉ちゃん!これ、この前の……」

 

その声が気になり、梨華と修斗もその建築物を見れば、門まで着いた何処かの立派なお屋敷だった。

 

「あらそうよ。黒川さんのお宅だわ」

 

「黒川さん?」

 

「ああ。そういえばこの前、テレビで流れてたな。殺されたって……」

 

修斗の言葉に蘭は頷きを返す。そこで森谷が説明をしだす。

 

「この家は私が独立してから間もない時の作品です。この先のものは全て三十代の作品です」

 

そこで梨華は修斗の耳に口を寄せ、質問をする。

 

「森谷さんって今何歳?」

 

その質問に修斗は少し呆れた様子を見せ、同じように耳に口を寄せ、囁くように答える。

 

「47歳だ。こういうのは失礼だから、気をつけろよ」

 

その注意に梨華はムッとした表情で修斗を見ていると、森谷と蘭の間で気になる話がされていた。

 

「ところで、蘭さんは工藤くんと親しいのですか?」

 

「え?ええ、まあ……。彼とは幼馴染で、高校も一緒なんです。ただ、此処んところしばらく会ってなくて……」

 

その言葉に梨華と森谷は意外そうな表情を浮かべ、修斗は視線を下に向け、コナンを見る。その視線に気づいたコナンは何だと言いたげな顔をする。

 

「あ、でも今度の日曜日が新一……いえ、彼の誕生日で、一緒に映画を見る約束をしてるんです」

 

その言葉に森谷は笑顔を浮かべる。

 

「ほぉ、それは楽しみですな。ではもうプレゼントも買ってあるんですか?」

 

それに困った表情をする蘭。

 

「いえ、それは土曜日に。彼、私と同じで赤い色が好きなんです。それに5月は二人とも赤がラッキーカラーで。だから赤いポロシャツプレゼントしようかなって!」

 

最後の辺りでは既に頬を赤らめて嬉しそうに説明する蘭に、梨華は微笑ましいものでも見たように優しげな目と表情で蘭を見ている。が、その隣で修斗はジッと森谷を観察していた。

 

「ははっ。それは素敵なプレゼントですな。工藤くんもきっと喜ぶことでしょう」

 

「はい!」

 

そこでコナンが慌てた表情をしたのを修斗は見逃さず、そこから考えていなかったのだと分かると、呆れたように溜息を小さく吐き出す。

 

「あら?これ、米花シティビルじゃないですか?」

 

そう言って蘭が見たのは、青空のもと、下から上へと見上げるように取られた一つのビル。そのビルを指差しながらそこで映画を一緒に見るのだと説明する蘭。その上、日時まで話し、それに少しだけ食いついた様子の森谷。そして米花シティビルは森谷の自信作であることを伝え、若いカップルがバースデーを迎えるには此処以上のところはないと自信満々に言ってのけた。それに困った表情を浮かべるコナンをチラッと見た後、森谷の表情と目を見て、修斗は深い溜息を吐き出したのだった。

 

***

 

そうしてガーデンパーティーが終わり、帰り出した時、修斗がコナンに近づき、呼び止める。

 

「おい坊主。ちょっとこっち来い」

 

「?蘭姉ちゃん、ごめん!修斗兄ちゃんに呼ばれたからちょっと行ってくるね!」

 

そうして蘭から離れたのを見た後、修斗は梨華に顔を向け、顎を使って離れるように言えば、梨華はそれを了承し、少し離れた場所に移動した。

 

「何だ?修斗さん」

 

「おい、口調は周りと状況と場所を考えて変えるんだな」

 

修斗がコナンの口調を指摘すれば、コナンは慌てたような周りを見て、まだ人がいることを理解して子供らしいものに戻した。

 

「そ、それで?僕に何の用?修斗兄ちゃん」

 

「これ、渡しとく。何かあったら連絡して来い」

 

そう言って修斗が渡したのは電話番号とメールアドレスが書かれた小さな紙。それにコナンは目を見開き、修斗を見る。

 

「いいの?教えちゃって……」

 

「ああ。まあ、出れないときは容赦なく出ないし、メールも遅れて返すから問題ないな」

 

(いやそれ問題じゃねえか?)

 

コナンがハハッと乾いた笑いを漏らせば、修斗は少しコナンを見た後、その頭に手を乗せ、撫で始める。

 

「わわっ!?なに!?」

 

「……ま、頑張れよ。平成のシャーロックホームズさん」

 

そう言って立ち上がり、修斗は梨華の元へと歩き出す。コナンがこの言葉の意味に気づくのは、もう少し先のお話。




*今回出てきた竜志さんはモブに名前をつけただけなので重要人物ではありません


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第6話〜時計仕掛けの摩天楼・2〜

コナン世界はサザエさん方式なので、どれだけ経とうと歳はとりません。そして此処でも同じようにしてます。

つまり、うちの主人公はいつまで経ってもお婆ちゃんとかになりません!羨ましいなコンチクショウ!


あのパーティーの後、修斗は梨華を東都の国際空港まで送り、その後に会社へと戻って父親への報告を終えるとそのまま帰宅。その後に夕食も取らぬまま眠りへと深く落ちてしまった。

 

それか時間が経ち、現在は5月3日の土曜日。修斗が執務室で書類仕事を捌いているとき、置かれていたテレビから倉庫に置かれていた爆薬が盗まれ、警察が100人を超える警察官を動員しての捜索を行っているが、未だに犯人の情報が出掴めていないことが報道されていた。それを聞いて一度書類をその場に置くと、頬杖をついてテレビを見た。

 

「こりゃ、彰達は今日も帰ってこれねえな……。いや本当に、なんで米花町ってこんなに事件が多発してるんだよ……」

 

そして溜息を一つ吐いたとき、以前、森谷邸で見た黒川邸が燃えている映像が流れ出し、それに目を細めた修斗。

 

「おっと。始まったのか……けど、予想より少し早かったな。まあ屋敷に白昼堂々、侵入したら通報されて終わりか……」

 

そこでテレビを切り、書類を捌き始めた。

 

***

 

雪菜はこの日、一人で散歩をしていた。北星家では唯一、彼女だけ仕事をしていない。それが『甘やかし』で放置されているわけではなく、しかし過保護であるのは確かである。

 

彼女はとある『病気』を持っている。そしてそれは、人としてはあってしかるべきもの、つまりは精神的なものである。それを他の兄妹は知っており、彼女自身、自覚はないが聞いて入るため首を傾げながらも頷いておいた。自身の病気が治るまでは、こんな風に散歩をしたりしてリラックスしたり、運動したりしている。

 

緑地公園の前を通ったとき、その中にいた3人の子供がラジコン機を操作しているのが見えた。

 

それを雪菜は暫く楽しそうにして見ていたが、ふと、そういえば自身はあの機械を使って遊んだことはないなと気付き、帰ったら兄にでも頼んでみようかと考えた。そんな時だった。視界の端に猛スピードで入り口までやってくるスケボーに乗った眼鏡の少年を見たのは。

 

「えっ……」

 

それに雪菜は目を見開き、驚きで後ろへと後退すると、そのまま中へと入っていってしまう。その時に強風が吹き、目にゴミが入らないようにと顔の前に腕を持って行き、目を瞑る。そして風が止んだとき、あの子供はと探せば、先程からラジコンを動かしている子供三人組のところへと近づいていっていた。

 

そして少し話したところで眼鏡の少年はスケボーを投げ出し、三人の中にいた一人の男の子と奪い合いを始めた。

 

「け、喧嘩?それとも、仲良しの証?」

 

雪菜は判断がつかずにオロオロしながら入り口の付近からすでに中へと入って様子を見ていれば、眼鏡の子供は大声で「爆弾が仕掛けられてるんだ!」と言い出す。それに雪菜は目を見開き、眼鏡の子供とは違うそばかすの男の子とちょっとぽっちゃりめの男の子は慌てだし、コントローラーから手を離してしまった。それに慌てた眼鏡の子供。しかし一歩遅く、そのままコントローラーは地面へと落ち、全ては変わらずともアンテナが折れてしまった。勿論、アンテナが壊れてしまえば操作などできない。操作が出来なくなったラジコン機はそのまま子供達へと向かっていく。ぽっちゃりめの男の子は眼鏡の少年に『コナン』と呼び、更にはなんとかしろと無茶な要求をする。コナンと呼ばれた少年もまたなんとかしようとすれば、今度は操作部分が折れて壊れてしまう。

 

そこでラジコン機は空中へと上昇。そこから方向転換し、また子供達へと向かっていく様は、雪菜からしたらまるで映画のワンシーンの様で、呆然とその光景を見ていればコナンが履いている靴を少し弄り、靴が虹色に光ると、そのまま操作機を軽くその場に投げ、蹴ろうとする。そこまですれば狙いも分かり、無茶だと思って止めようとするが一足遅かった。が、悪い結果とはならず、むしろ驚く結果となる。操作機がそのまま勢い良くラジコン機へと向かっていくのだ。それは子供が到底出せないキック力で、目を疑いその場に立ちっぱなしになってしまうが、今度は操作機が当たったラジコン機が空中で爆発し、その近くにいた子供三人が吹っ飛ばされてしまう。それに威力も大分あり、砂埃が雪菜の方にも飛んできて、再度腕で目に砂が入らぬ様に塞ぐ様にした。そして目を開ければ、其処には黒い煙が立ち上り、そしてその場でプカプカと雲の様になっているのが見えた。その周りには野次馬が集まり、中には顔を青ざめている人までいた。

 

「……映画を撮ってるとか、ないよね?」

 

すかさず左右の草むらを確認するが、そんなものがある様子はない。じゃあこれは何事かと首を傾げたとき、コナンがポケットから携帯を取り出し、会話をしだす。が、直ぐにコナンの方が何か焦った様な表情をし、首元の蝶ネクタイを引っ張り出した。その様子に首を傾げて見ていると少しして向かいの建設中のビルの方へと顔を向け、そのまま会話をした後、先ほどまで大人びた表情をしていたのに今度は子供らしい表情をして会話をする様子が見れた。そしてまた少しすると、今度は何か焦った様子のまま放り出されたスケボーに近づき、そのままそのスケボーに乗って猛スピードで走り去っていく。そのスピードは誰が見ても道路交通法違反で検挙されてもおかしくない速さだった。

 

「……なんだったの?アレ……」

 

雪菜にはもう、そんな感想しか言えなかった。

 

***

 

コナンはスケボーを使って米花駅まで走る。そんな間に携帯を使ってとある番号へと掛けた。その番号の相手は3コール目で取り、いつも通りの声で『もしもし、修斗ですが』と言ってきた。

 

「おい修斗!テメー、こうなるって知ってやがったな!?」

 

『おいおい、何事だ?なんで急に俺はお前に責められてるんだ?』

 

「責める理由ぐらいオメーの心に聞きやがれ!絶対に分かるだろ!」

 

『……ああ。なんだ?ついに始まって、で巻き込まれたのはお前だったのか。なんだ、予想が外れたな』

 

「……はぁ?」

 

コナンが呑気そうな相手の声に思わずそう言えば、相手は苦笑した様で、少しだけ申し訳なさそうな声で言い始めた。

 

『いやなに。お前が相手してるだろう犯人さんは、『探偵』を恨んでて、それで今時有名な毛利さんかコナンの方に挑むと思ったんだがな?見た目が子供なコナンに挑むとは考えづらくて、だから毛利さんの方かと思ったが……お前の様子だと、挑まれたのは何方でもなく『工藤』の方だったのか』

 

「おい、お前なに言ってんだ?なに一人で理解してんだ!詳しく話せ!」

 

コナンが相手ーーー修斗に対して怒鳴れば、修斗は呆れた様に言う。

 

『悪いが俺は探偵じゃないんでね。話すつもりはない。あと、善人でもないんでな。まあ頑張って考えろ。けど、少しは悪いとこれでも思っててな?一つだけヒントをくれてやる』

 

「なんだよ……」

 

『どっちが良い?お前が今挑んでる問題か、犯人の正体か』

 

その言葉に再度、修斗の『異常性』を感じたコナン。コナンからしたら、修斗は得体の知れない相手だが、しかし今は味方だ。これ以上の心強い相手はいない。

 

「今挑んでる問題を言うから、そっちのヒントをくれ!」

 

『ん?犯人じゃなくて良いのか?』

 

「犯人のヤローは俺が絶対に暴いてやる!オメーの力を借りずにな!」

 

その言葉に少しの間を空けて、相手がくつくつと笑い出した。

 

『分かった、良いだろ。で?問題は?』

 

「一時丁度に爆弾が爆発する。場所は米花駅広場。今俺は其処まで向かってる途中だ!そして犯人からのヒントは『木の下』だ!それも埋められてるわけじゃねー。早くしねーと誰かが持ってっちまう!」

 

その言葉に修斗は溜息を吐く。

 

『見た目が怪しいものなんて誰も拾わねー。つまり、見た目は其処まで怪しくないものだ。そして、誰かがつい拾ってしまうものでもある。犯人としては持っていってもらいたいだろうしな』

 

「……」

 

『そして木の下に埋められてるわけじゃないとも言ったならーーー果たしてそれは本当に木の『姿』のままなのかな?』

 

「……は?」

 

『ヒントはそれだけだ。しかも特別サービスで大ヒントまでやってやったんだ。あとはダジャレでも考えながら頑張って探せよ?名探偵』

 

そこでブチっと切られ、コナンは舌打ちをした。そして米花駅広場まで来た時、そのまま木の下を探し出す。が、しかし爆弾が入っている様な物は見つからない。そんな時、カップルらしき二人組が座ってるベンチの下にペットが入る様なピンク色のケージを見つけた。

 

「……いや、まさかアレに入ってるわけ」

 

そこでフッとコナンは修斗の言葉を思い出す。

 

 

 

ーつい拾ってしまうものでもある。

 

ー果たして本当に木の『姿』のままなのかな?

 

ーあとはダジャレでも考えながら頑張って探せよ?名探偵。

 

 

 

「……まさか!?」

 

そこでコナンはベンチ下のペットケージを掴み、自身に寄せる。と、其処へお婆さんがやって来た。

 

「あら?坊や、これは……捨てられちゃった動物を見つけたの?偉いわね〜」

 

「あ、えっと……」

 

そこでコナンが困り顔をしていると、お婆さんがそのままペットケージを開けてしまう。それにコナンは慌てたが、出て来たのは白猫。それにお婆さんが優しい笑顔で頬擦りをし、そのままコナンに『この子は私が世話をするから心配しなくて良いよ?坊や』と言い、ケージをごと持って行ってしまう。

 

それにコナンは慌てて追うが、お婆さんは既にタクシーを捕まえて乗ろうとしている。それに声をかけて車道に飛び出すが、そこにバイクがやって来て、ぶつかりそうな時にバイクが早めのブレーキを踏んでいたお陰で助かったが、コナンは驚き尻餅をつく。その時にスケボーも思わず投げ捨ててしまい、ガードの側面にぶつかってしまった。

 

「危ねえだろうが!信号が見えねえのか!」

 

バイクの男はそうコナンに怒鳴り、コナンも謝ればそのまま走り去っていく。そこでスケボーの確認をするコナンだがどこも壊れてないことが確認できると、バイクの後ろにいたトラックが走り去ったあとにもう一度タクシーを見る。しかしお婆さんは既にタクシーに乗り込んでおり、走り去っていく。既にその時点では一時になる五分前。時間はあまりかけられない事態だった。それに悪態をつきながらスケボーを使って猛スピードでタクシーの後を追っていくと、途中でタクシーが渋滞に引っかかる。もちろんそれに喜ぶコナンだが、それと同時にスケボーが止まり始めた。原因は何かと考えれば、自ずと答えが出る。

 

「そうか!さっき放り投げちまった時、どっか壊れちまったのか!」

 

そこで止まってしまったスケボーを拾い、歩道へと移動してから周りを見渡す。すると丁度よく自動販売機で飲み物を買っている自身の見た目よりは年上な小学生らしき少年の近くに、その少年のらしき自転車が置いてあった。

 

その自転車に走り寄り、籠にスケボーを入れながら少年に声をかける。

 

「坊や!ちょっと自転車借りるよ!」

 

「あっ!おおい!」

 

少年は自転車を漕いでいく見たこともない子供の世話見ながら一言呟く。

 

「あれ、『坊や』?俺の方が年下か?」

 

そんな声など耳に入れずにタクシーを追えば、すでにタクシーは動き始めていた。そして爆発まで三分前。

 

「そういえばこの道路、左は大きくカーブしてたな」

 

そこでコナンは慌てて自転車を左へと曲げ、細い路地を進む。そうして更に左へと曲がり、その先にある公園前にある『止まれ』と書かれた出っ張りを使って大きくジャンプをすると、タイミングよくタクシーの前に出れた。そしてまるで当たり屋の様に子供らしく『わーっ!』と声を上げ、運転手が慌てて出てくるのを見て直ぐに運転席のドアから中へと入り、お婆さんに声をかける。

 

「お婆さん!このケース貸して!」

 

「おや、さっきの坊や……って、ええ?」

 

お婆さんは何事かと慌てるがコナンはそんなこと気にしていられない。そのままケージの中を見れば、残り時間はあと25秒となっていた。そしてそのまま車を降りれば運転手が心配そうに声をかけるが、それを適当に返しながら周りを見る。しかし、今の周りで爆発させれば、確実に被害が大きくなり、最悪、コナンの他にも死者が出る。

 

そこで焦りながら考えている時、あと16秒の所で時計が止まった。それに気付き、自転車に素早く乗ってスケボーが乗っていた籠に今度はケージを置けば、そのまま高速道路の先にある空き地へと向かい出した。スケボーの存在はこの時、既にコナンの頭の中から抜けていた。

 

そして走り出して直ぐに時間が再度動き出す。それに慌てるが行き先を変えることはせず、そのまま空き地へとジャンプしながら飛び込み、そこでコナンは自転車から飛び降り、受け身を取る。そして自転車は坂をそのままのスピードで降り、そこでタイムアップ。時間切れ。爆弾が爆発してしまった。高速道路ではそれに驚き運転ミスをする人もいたが、それは仕方がない。誰でもそうなる。

 

そしてコナンは、爆風に巻き込まれて飛ばされ、近くに生えていた木に強く頭をぶつけ、そのまま気絶してしまったのだった。

 

この一連の事件はニュースで報道され、コナンの負傷も伝えられる。それを園子と買い物中の蘭は気付かなかったが、修斗は気付いた。そうして溜息をつく。

 

「……犯人捕まえなきゃなんだろ?どうする?名探偵」

 

修斗はそこで外を見る。その目は本人は無自覚だが、とても心配そうな目をしていた。



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第6話〜時計仕掛けの摩天楼・3〜

彰が目暮と新しくやってきた『白鳥 任三郎』と共に総合警察病院のとある病室の前で、その主であるコナンが起きるのを待っていた。彰としてはコナンとは数回しか会ってはいないが、それでも一般市民。気が気ではない想いである。本当は瑠璃も行くと言っていたのだが、彼女は別件である連続放火事件の方で、黒川邸の方へ松田と共に調査をしている。

 

「……コナンくん、大丈夫でしょうか」

 

「なーに、大丈夫だろう。あの子は強い。……そう信じるんだ」

 

目暮の言葉に彰は頷き、また静かに待ち始めた。そして少しして、コナンの同級生で少年探偵団の仲間であるそばかすの少年『円谷 光彦』が部屋から出てきて、何事かと首を傾げていると、その少しあと、今度は医者と看護婦を連れて戻ってきた。それで三人はコナンの意識が戻ったのだと理解し、医師が部屋から出たのを見計らって部屋へと乗り込む。

 

「早速だがコナンくん、事件のことを話してくれないかね?」

 

三人の代表で目暮がそう問えば、コナンは眼鏡をかけたあと、力強く頷いた。

 

それからコナンの話を聞き、コナンが他の人を巻き込まないために自転車を走らせた事を知り、正直、彰は感心と共に無茶な事をするなと叱りたい気持ちになった。しかしコナンがいなければ被害はもっと大きくなっていたのも事実。それを考えれば、彰からは何も言えなかった。

 

「あ、警部さん。犯人からの連絡は新一兄ちゃんの携帯電話から掛かってくるんだ。病院では携帯電話は使えないんじゃ……」

 

その質問に彰は首を横に振る。

 

「いや、問題ない。此処は向こうの病棟とは独立していて、治療用の電子機器は置かれていない。だから、携帯電話は使っても問題ない」

 

「阿笠博士から事情を聞いていたので、こっちに引っ越したんだよ」

 

「よかった……」

 

それに彰は顔をしかめる。

 

「良くはない。お前がああしないと被害はもっと大きかった。それは事実だ。けど、もう無茶だけはするな。しかも子供のお前だ。……頼むから、もう心配だけはさせないでくれ」

 

彰のその心配と怒りが混ざった顔に、コナンは申し訳なさそうに顔を伏せ、そこで自転車のことを思い出したのかコナンはその弁償を小五郎に頼む。しかし小五郎からもコナンの無茶を怒られ、『死ぬとこだった』とも言われれば謝る他なかった。

 

「まあ自転車の件は俺が弁償しておこう。どこの誰かも調べはついてるしな」

 

「え、本当?凄いね!」

 

「……まあ、大変だったがな。探し出すの」

 

その『探し出す』苦労を思い出したのか、彰は深い溜息を吐く。

 

「それにしても新一はどうしたんだ?その男は新一に電話してきたんだろ」

 

それに阿笠が新一は別の用があり、それでコナンに頼んだのだと誤魔化せば、小五郎は手をグーの形にし、ただじゃおかないと言った。その言葉にコナンが苦笑いをしているのを彰は気付かなかった。

 

そこでコナンが爆弾の種類を聞けば、公園でのラジコンも、ケージの中のも、同じプラスチック爆弾だと伝えられた。プラスチック爆弾は爆発時、青みを帯びたオレンジ色の閃光を発するという特徴がある。それに使われた爆薬は、東洋火薬倉庫から盗まれた火薬だろうと伝えられる。それから、ラジコンの爆弾は雷管につけて衝撃爆弾に、ケージの爆弾はタイマーを接続して時限爆弾にしてあったとも伝えられるが、一つの疑問が残る。

 

「タイマーの方は一度、 13時の16秒前に止まったが、それには可能性が二つ出てくる。一つはタイマーが故障した時。もう一つは犯人がなにかの理由で遠隔操作で止めた場合の二つある。そして、犯人が高校生探偵で有名な工藤新一に電話してきたところから考えると……」

 

「恐らく、工藤くんの評判を知って挑戦してきたか、あるいは個人的に恨みのある人物だ」

 

彰と目暮の言葉に、白鳥が工藤が関わって解決した事件の容疑者を既に調べていたらしく、話し出す。

 

「高校生探偵工藤新一くんが関わった事件の犯人は現在、全員服役してるんです」

 

「となると、犯人の家族や恋人が……」

 

「兎に角、警察では彼らに書いてもらった似顔絵を元に捜査しているところだ」

 

その言葉に、彰は苦笑いを浮かべる。

 

確かに、子供達の描いた絵はとても役に立つ。が、やはり子供らしい少し拙い絵ではあった。また、その犯人の姿がまるで自身を隠すような見た目だった為、彰はこれは変装の可能性もあるなと思っており、そう簡単には見つからないなとも確信した。

 

「警部さん、今まで新一くんが扱った中で一番世間に注目を浴びた事件はなんだったのかのぉ?」

 

その言葉に目暮が顎に手を当て考える。そして出てきたのは、西多摩市で起こった『岡本市長』の事件らしい。その事件は西多摩市に住む25歳のOLが市長の息子が運転する車に跳ねられて死亡した。最初は助手席に市長を乗せて起きたただの交通事故だと思われたらしいが、工藤新一はそれに疑問を抱き、そしてその事件の犯人は息子ではなく、市長本人だった。息子の方は煙草を吸う人間で、その息子が運転したまま車に備え付けられているシガーライターに手を伸ばせば、其処には左手の指紋がつく。が、ついていたのは右手の指紋。つまり此処から考えて、助手席に乗っていたのは息子がの方で、運転していたのは市長本人だったと考えられた。その後、市長も罪を自白した。この身代わりの提案は息子からのもので、息子は父親の地位を思ったがためのものらしい。この事件後、岡本市長は失脚し、その彼が進めていた西多摩市の新しい街作りの計画も一からの見直しとなったと話された。

 

「警部、まさか岡本市長の息子が、その時のことを恨んで……」

 

「うむ、そういえば彼は確か、電子工学科の学生だったな……」

 

それを聞き、白鳥は早速調べに部屋から出て行った。

 

「なあ、三人とも。犯人について他に何か思い出した事はないか?些細なことでもいいんだ」

 

彰が少年探偵団の光彦、ぽっちゃいめの少年『小嶋 元太』、紅一点の少女『吉田 歩美』が考え出す。三人が考え出して少し立つと、歩美が一言、ポツリと漏らす。

 

「におい……」

 

「え……?」

 

「甘い匂いがした。光彦くんがラジコン飛行機渡された時に」

 

歩美のその言葉に光彦と元太は互いに顔を見合わせながらそうだったかと首を傾げる。小五郎は歩美に「化粧品か何かか?」と問えば、分からないながらも香水とは違う気がすると答えられる。

 

「甘い匂いか……単純に考えて甘いと言われたらお菓子とかだが……まさか犯人が、そんなこと起こす前にお菓子作りなんて……するわけないか」

 

彰はそう自分の考えにあり得ないと結論付けた。

 

目暮は少年探偵団三人にお礼を言い、また思い出したら伝えるようにいえば、元気よく返事をしてくれる。少年探偵団三人組はそこで帰ることを決めると、歩美がコナンの手を握り、何かあったら連絡してほしいこと、力になることを伝えた。それを見ていた元太と光彦はジト目でコナンを見据え、小五郎はニヤニヤとコナンを見る。それにコナンは笑って対応するが、内診としては複雑な思いを持っていた。コナンは今は小学生姿だが中身は高校生。小学生から恋を抱かれても本気にはならないし、何よりコナンのその想いは蘭に向けられてるため、歩美の恋は叶わないのだ。

 

そうしてようやく三人が帰り、目暮は工藤は一体何をしているのかと少し心配そうに言う。しかし、阿笠以外の誰も、目の前で寝ているコナンがその工藤新一だとは知らない。

 

そんな時、工藤新一の携帯電話が鳴り出し、コナンが出ようとした。それを小五郎が一度止め、犯人だった場合は自分が変わると言う。それにコナンは頷き、電話を取る。

 

「もしもし」

 

そう対応すれば、相手は変声機を使っているのか少し違和感を持つ声で返ってきた。

 

『よく爆弾に気付いたな、褒めてやる。だが、子供の時間はもう終わりだ。工藤を出せ!』

 

そこで小五郎が携帯を受け取り、スピーカーボタンを押すと、その携帯をベッドシーツに置いた。

 

「そうだな。これからは大人の時間だ」

 

小五郎が受け答えれば、相手は訝しげに答える。

 

『誰だお前は?工藤はどうした』

 

「工藤はいない。俺が相手になってやる!俺は名探偵、毛利小五郎だ」

 

相手はそれを聞き、面白そうに笑った。

 

『いいだろう。一度しか言わないからよく聞け。東都環状線に五つの爆弾を仕掛けた』

 

全員がその数に驚くが、なおも続く。

 

『その爆弾は午後4時を過ぎてから時速60キロ未満で走行した場合、爆発する。また、日没までに取り除かなかった場合も爆発する仕掛けになっている。一つだけヒントをやろう。……爆弾を仕掛けたのは東都環状線の××の×だ。×の所には漢字が一字ずつ入る。それじゃあ、頑張ってな。毛利名探偵』

 

それを伝えた後、相手は電話を切る。小五郎はそれを『ただの脅し』だというが、目暮は『本気だ』と言う。

 

「そして恐らく、午後4時で起爆装置がスタンバイの状態になって、その後で速度が60キロを下回ると爆発する仕掛けになっているんだ」

 

それに小五郎は目を見開くが、目暮が本庁に連絡を始めたのを見て、彰も気を引き締め直したのだった。

 

その後、目暮から今の所、爆発した電車はないことを聞き、ホッと安堵の息を吐き出した彰。そんな時、小五郎が分かったと声をあげる。彰と目暮、阿笠は小五郎に目を向ければ、犯人が言った『××の×』は座席の下か網棚の上のことだと言う。其処に爆弾が置いてあると言うが、目暮は車体の下ということもあると言う。それに小五郎の声がしぼんで言ったのを見て、彰はため息を小さくつくと、自身でも考え始める。

 

(一体、どこにあるんだ?×の部分には漢字が一字ずつと言っていた。つまり、毛利さんが言ったような場所にも、目暮警部が言ったような場所にもある可能性はある。くっそ!環状線を走る電車が多過ぎる!)

 

と、そんな時、阿笠が歩美達の様子が気になったのか、米花町に戻るために緑台駅から環状線に乗っているんじゃないかと言った。それに彰とコナンは反応を示す。

 

(……まさか、あの子達。巻き込まれてるんじゃ……)

 

彰はサッと顔を青ざめる。こう言う時に修斗の力を借りれば、勿論直ぐに場所の特定は出来るだろう。そんな信頼も信用も出来る。それだけの力を見てきたのだから。だが、彰は警察官だ。力があるとは言え一般市民に力を直ぐに借りるわけにはいかない。それがたとえ家族だろうとだ。

 

(もし俺と同じ立場で此処にいたのが瑠璃だったなら、直ぐに頼ってるんだろうが……)

 

と、そこで考えが逸れている事に気付いた彰は、首を思いっきり振って考えを吹き飛ばす。コナンの方が直ぐに歩美に連絡を取り、今の場所を聞き出し、そしてまた爆弾関係かと心配そうな声に安心させる為に絶対に見つけて見せるといえば、逆に歩美達もやる気を出し、車内にあるかもしれない爆弾を見つけようと言い出して探偵団バッチを切ってしまう。そこで丁度、目暮も連絡を終え、本庁こ中に合同対策本部が出来たこと、目暮は東都司令室に今から行くことを伝え、小五郎と彰についてくるかと問えば、二人ともついて行くことを伝えた。

 

***

 

書類を大分捌き終えた時、テレビから東都環状線の走る電車が30分以上もノンストップで走り続けているとの報道を聞き、修斗は飲んでいたコーヒーをソーサーに置いた。

 

「……本当によくやるよな、あの人も」

 

修斗が呆れたように息を吐き出し、自身の携帯に視線を移す。

 

「……兄貴や瑠璃からの連絡がないと言うことは、俺は一般市民だから極力手伝わせないようにという気遣いからだろうな。……まあ、ありがたいけども」

 

修斗はそこでまたテレビを見る。

 

「……あの時、もしパーティーに行かなかったら、俺はあの人が犯人だなんて思わなかったかもしれない……わけ、ないか」

 

修斗は自身に問いかけた疑問だったが、しかしそれは自身によって否定された。

 

「今壊されかけてる物と、壊された物を考えたら、自ずと出てきてしまう。そこから調べていけばやっぱり特定してしまってただろうな……ああ、嫌だな。こんな頭」

 

そこで修斗が右手で前髪をクシャッと握り、息をふっと吐き出すと、

 

修斗は自身の力をよく理解している。理解しているからこそ、それを自身の大切なものの時にしか使わないと決めている。これで彰がもし今の修斗の位置に指名されていたなら、もしかしたら警察の方へと走っていたかもしれないが、そんなタラレバの事は今の修斗には関係ない。

 

「……どうせこのノンストップ事件も爆弾関係なんだろう。爆発の条件は速度と時刻が妥当だろう。見た限り、時速60キロ以上で走ってるから、多分60キロ未満で走れば爆発だろうな。そして、いまこの状況から考えて、爆発は日没かその前後だろう。それ以上時間を与えれば解かれてしまう可能性が伸ばした時間だけ上がってしまう。あの人としては他は兎も角、アレだけは確実に壊したい代物だろうし……。問題は場所だ。あの人が壊したいのは、あの人の『作品』だ。なら、仕掛けるなら電車内じゃない。流石にあの人もそこまでは出来ない。けど、あの人が手掛けた作品の中にある橋の上ならあの人も仕掛けやすい。そして走ってる速度を知る為に仕掛けるべきは線路だ。それも、まず電車の鉄車輪で潰されないところと考えたら……線路の間か」

 

そこまで修斗は辿り着き、息を吐き出す。

 

「……さて、この事実に、あのシャーロックホームズはいつ辿り着くかな……もう俺には頼ってこないだろうしな」

 

そうしてコーヒーをまた一口飲むと、残り数枚の書類を捌き始めた。

 

***

 

その頃、コナンは病院内の待合室にて同じ内容のテレビを見ていた。

 

(警察が事件のことを隠し通せるのも30分が限界だな……)

 

そう考えていると、そこにドラム缶テレビを持って急いでいる姿の阿笠がきた。そのテレビは看護婦さんと話し合い、貸してもらったものであり、それを使って病室で見ることにした二人。そこでコナンは爆発する条件について考える。

 

(時速60キロ未満で走ると爆発するというのは理解出来る。けど、どうして日が暮れた後に爆発するように設定したんだ?……電車のライトにでも関係するんだろうか)

 

その後、病室へと戻り、そのこの事態をテレビ越しで見ながら考え続けるのだった。

 

***

 

彰が目暮と小五郎とともに東都鉄道総合司令室へと赴き、現在、爆弾の捜索がどこまで進んでるかを聞けば、車内からは不審物は発見されなかったと運行部長の『坂口』から報告がされた。

 

「現在走行中の21編成、全車窓が隈なく探しましたが、荷物は全て持ち主がいました。……そちらの方は?」

 

それには彰が悔しそうな表情を浮かべたまま答える。

 

「衛星から撮影されたビデオでも車体の下から爆弾らしきものは見つかりませんでした」

 

「そうですか……」

 

「となると、爆弾は一体どこに……」

 

そんな時、司令長の『楠』が焦った様子でやってきた。

 

「大変です部長!乗客達が騒ぎ出しています!」

 

その言葉に全員がまずいといった顔をする。

 

「……流石にこれ以上、乗客達を電車内に拘束するのは不可能そうですね……」

 

努めて冷静そうな表情を保っている彰だが、彼は内心で焦っていた。その後、楠がもう少し頑張ってくれ、持ち堪えてくれと伝えるが、状況は改善しない。

 

「毛利くん!爆弾を見つけ出す方法はないのか!」

 

(考えろ……何か方法はないのか……!)

 

彰も必死で頭を捻る。そこでふと、コナンと同じ所に至った。

 

(そういえば、なんで犯人は日没なんて設定をしたんだ?ほかの時間でもいいはずだ……解決されたくなかったから?)

 

そこまで考えていた時、目暮の携帯が鳴り出し、思考を止めてそちらを見る。その携帯に目暮が出れば、その口から工藤新一の名前が出てきた。その名前に彰と小五郎は敏感に反応を示す。

 

『阿笠博士から話は聞きました。爆弾が仕掛けられてる場所は、環状線の座席の下でも網棚の上でも、車体の下でもありません。……線路の間です』

 

「線路の間……!」

 

『爆弾は、ほんの何秒間か陽の光が当たらないと、爆発する仕掛けになっているんです。環状線が爆弾の上を通過する時、全車両が通過するまで何秒間か光が遮られます。一車両の長さが20mとして、十両で200m。時速60キロだと秒速約16.7m。つまり、200m走るのに12秒ほど掛かります。そのギリギリ爆発しない時間が時速60キロで走った時の時間なんです。ですから直ぐに、他の線に移してください。環状線の線路から離れさえすれば、止めても危険はありません』

 

工藤新一のその断言した言葉に、目暮は肯定の返事を返した後に通話を切り、坂口にそうするように伝える。そして坂口もそれに頷き、全員に指示を出す。

 

「3分後に11号車を芝浜駅貨物線へ引き入れだ!準備にかかれ!」

 

その指示を受け、すぐさま11号車にその指示を伝え、他の芝浜駅の所へも伝えていく。そして、11号車が芝浜駅を通過した時、線路のポイントを切り替えた。

 

そして、11号車から減速するとの言葉が伝えられ、数字も伝えられる。そして、60キロを下回った時、異常がないかを確認すれば、異常はないと返答が返ってきた。そしてそのまま次の貨物駅で止まるように指示を出した。そこから他の20編成の方も、ポイントを切り替えていき、最後の1編成である10号車も異常がないと伝えられ、司令室の全員が喜びに震えた。

 

その後、爆弾に関してはプロの松田も入れた警察官、警察犬を総動員し、午後4時以降、ビルや塀で日陰になっていない場所。探すときは太陽の位置を常に確認し、自分の陰で爆弾を覆わないように注意を受け、捜索が開始された。そうして全員が探し始めた時、次々と見つけられて行き、松田もその一つの解除を手伝った。

 

「いや〜……今日、大変な1日過ぎません?」

 

その後、松田と合流した瑠璃が息を長く吐き出しながらそういえば、松田も煙草を咥え、笑みを浮かべて瑠璃を見る。

 

「おいおい、確かに今日は日頃よりも動き回った方だが、警察っていうのはそんなもんだ。このぐらいでへばってちゃいけないぜ?」

 

それに瑠璃は「はーい」とだけ言うと、腕を伸ばし始めた。

 

「ん〜っ!でも、本当によく歩いた気がしますよ……東洋火薬での盗難事件に加えて黒川邸の放火事件、からのプラスチック爆弾連続事件のこれですよ?ある意味運動ですねこれ」

 

そう言いながら歩き、自身の愛車である黄色のRX-7のドアを開けた。そして瑠璃が運転席にのり、松田は助手席に乗り込んだ。

 

「はぁ……でもまだこれ、犯人特定してないから終わらないんですよね……早く特定しないと」

 

「……無理はすんじゃねえぞ」

 

松田のその言葉に、瑠璃は少し目を見開くと、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

***

 

コナンの病室では、無事に全ての爆弾が回収されたことが報告されており、その場の全員が嬉しそうな反応を示す。そしてそれは、すべて工藤新一の推理通りだったらしい。しかも回収しきれたのは日没まであと15分前。ギリギリだった。

 

「……だが、喜ぶにはまだ早い。まだ犯人は捕まってないんだ」

 

「しかも、仕掛けられていた爆弾は、盗まれた火薬の量から考えて、僅か4分の1しかないそうだ」

 

つまり、残り4分の3はまだ犯人の手元にあるのだ。そこから考えてもまだ事件は続くと考えるべきである。

 

その時、タイミングよく白鳥が戻ってきて、報告が始まった。

 

「例の岡本市長の浩平ですが、今朝早くから伊豆の方へと出かけていることが分かりました」

 

「じゃあ、彼には無理か……」

 

「はい……あの、爆弾事件の方は」

 

「解決した」

 

「工藤くんのおかげでな。……問題は残りの爆弾とホシの正体だ」

 

それに関しては彰もずっと考え続けていることでもある。しかし、いくら考えても思い当たる人物がおらず、溜息をつく結果となっている。

 

「今分かっていることと言えば、犯人は環状線沿いの5箇所の近くの住宅には住んでいないと言うことぐらいっすかね……」

 

それに彰と目暮が首を傾げれば、小五郎は力説し始める。

 

「だってそうでしょう!住んでいたとしたら、電車ごと吹っ飛んでくるかもしれないんですよ?自分の家の側にわざわざ……」

 

そこで何かに気付いたかの様子の小五郎。その内容は、ケージの中に入れていた爆弾を止めたのも、同じ理由だったからではないかと言ったのだ。

 

(確かに、一理ある)

 

彰がそれに納得すると同時に目暮も感心した様子を小五郎に向けた。そうしてマンションに直行してみたが、空振りであった。しかもマンションだけではなく、付近の家も調べたが、どこも白。犯人ではなかった。そんなことをして入れば時間は既に夜となっており、彰はもうこの時点で帰れないだろうと予測し、修斗にその旨をメールで報告し終えていた。

 

そんな時、コナンが環状線の爆弾がどんな所に仕掛けられていたのかを質問してきたため、目暮が答える。

 

「どう言うところって、普通の住宅街だよ。ああ、そうだ。一つだけ、橋の上だったな隅田運河の」

 

「ああ……松田と瑠璃が見つけて処理したやつですね……ん?」

 

そこで彰はふっと違和感を覚えた。

 

(そういえば、なんで一つだけ橋の上なんだ?ほかは住宅街付近だったのに……。適当につけられたと言われたらそれでおしまいだが、そうじゃない気がする……何か理由が……)

 

そこまで考えた時、ちょうどタイミングよくその橋がテレビに映されていた。それで阿笠に此処じゃないかと問われ、彰はそれに返事をする。

 

「ああ、はい。暗くてよくは見えないですが、確かにその橋ですよ」

 

彰が答えると、コナンが身を起こし、声を出す。

 

「ねえ、この橋。森谷さんが建築したんじゃない?」

 

「そう、だったかな?」

 

「その通りです」

 

小五郎が記憶をほり出そうとした時、そう肯定したのは白鳥警部だった。全員が白鳥に顔を向ければ、どこかドヤ顔で説明を始めた。

 

「そのとおり、森谷帝二の設計です。その橋は1983年に完成したもので、鉄橋ではなく、英国風の石造りの橋にしたことが当時、かなりの話題になり、この橋の設計により森谷帝二は日本建築業界の新人賞をとったんです」

 

「随分とまあ詳しいんだな……」

 

目暮が感心したようにそう言えば、白鳥は建築に興味があるからだと答える。それを疑わしそうに見る小五郎。

 

そんな時、爆破事件から今度は連続放火事件の話となり、コナンが音量を上げて聞こうとしたが、それは小五郎がテレビの電源を消したことで見れなくなってしまった。それに良い子の返事を返したコナンだが、ふと、燃やされた黒川邸も森谷が設計したものだったと思い出す。

 

「ねえ、連続放火事件で被害にあった家って、誰が設計したんだろうね?」

 

そのコナンの言葉は大人からしたら純粋な質問で、全員がコナンの方に視線を向けた。その全員に向けてコナンは調べてみたら面白いことが分かるかもしれないと言うと、白鳥が少し不満気な様子を見せる。そんな白鳥に不敵な笑みを見せたコナンを見たからか、白鳥は言うことを聞いて調べて見た。そうして分かった事実は、連続放火事件で燃やされてしまった被害宅である黒川邸、水嶋邸、安田邸、阿久津邸。この四軒の放火された屋敷はすべて森谷が三十代前半の頃に設計したものだった。

 

「こりゃ、偶然とは思えませんな……」

 

そこでコナンが、環状線の爆弾騒ぎの本当の狙いが実はあの橋ではないかと言えば、小五郎は怪訝そうな顔をするが、彰も入れた三人の刑事はその線はあり得ると考えた。

 

「あり得るな……ホシは連続放火事件のホシと同一で、森谷帝二の設計したものを狙って……」

 

そこで小五郎が何かを閃き、自信満々に言葉にする。

 

「分かりましたよ警部!犯人は森谷帝二に恨みを持つ者の犯行か、その才能を妬んでいる者の仕業です!新一への挑戦は、カモフラージュだったんです!」

 

「確かに、その可能性はありますね」

 

彰が何処か感心した様子で言った。そして白鳥もまた、小五郎の言葉に同意を示した。なにより、一連の事件は全て手製の発火装置を使っていたことから、その可能性も高いと言う。

 

「今思えば、爆弾犯と共通するものがあります!」

 

それに彰がその線で考え始めた後ろで、コナンは今までの作品全てが、森谷帝二が三十代の頃の作品であることに疑問を持っていた。しかし、その疑問解決にもってこいの機会が設けられた。目暮の提案で今から森谷帝二の邸宅へと行くこととなったのだ。その案内役に小五郎を指名するが、小五郎は思い出せないのか頭を捻る。そこへコナンが自分が覚えているからと案内役を買って出れば、小五郎はまだ治ってないと心配そうに声を掛ける。しかしコナンはもう治ったと豪語し、そのまま大人全員を置いてさっさと出て行ってしまった。

 

「……子供は元気だなぁ」

 

そんな彰の感想など、誰も聞く耳持たない。取り敢えず、白鳥の車で森谷邸まで行くこととなった。その道中、丁度爆弾が一度止まったところを通ると、そこにはガス灯が灯っていた。

 

(……そういえば、森谷帝二はイギリスに留学していたと修斗が言ってたが、まさかあのガス灯も?)

 

そう考えた彰は、流石にそこまではないかと肩を竦め、森谷邸に着くまでの間、外の景色を眺め続けたのだった。




連続放火事件で燃えた邸宅の名前変換が微妙でした。いや、漢字が分からなくて……(目逸らし)


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第6話〜時計仕掛けの摩天楼・4〜

森谷邸に着いた後、森谷の案内で客間まで通された一同。そこで森谷に事情を説明すれば、そこでパイプを吸い出した。その姿はとてもサマになっている。

 

「なるほど、確かに偶然にしては出来すぎてますな……」

 

「そのような事をする人物に心当たりはありませんか?」

 

目暮の問いに森谷が考えている間にコナンはとある家族写真に目をつける。それに森谷が気づき、コナンに声をかけた。

 

「それは私が10歳の時の写真だよ、コナンくん」

 

「えっ?」

 

「一緒に写っているのは父と母でね」

 

「森谷教授のお父さんって随分立派な人なんだね!」

 

コナンが感心したように言えば、白鳥が少し熱の入った説明を始める。

 

「世界的に有名な建築家だったんだよ?主にイギリスで活躍されていてね。僕は好きだったなぁ……あの人の建築は」

 

そこで白鳥が思い出したように神妙な顔つきで森谷を見る。

 

「亡くなられたのは確か……」

 

「今から15年前、別荘が火事になって……母も一緒でした。この屋敷はその時に遺産として引き継いだものです」

 

「その頃からでしたよね?森谷さん。貴方の設計が急に脚光を浴びるようになったのは……」

 

その発言に立って様子を見ていた彰が首を傾げて白鳥を見る。

 

(こいつ、森谷さんがその別荘を燃やした犯人だって疑ってるのか……?)

 

「え?えぇ、まあ……」

 

その時、コナンが何かの匂いに気付き、考えているなど誰も気付かず、話が続けられる。

 

「森谷さん、そんな事よりも犯人についての心当たりを……」

 

その言葉に考え出した森谷。勿論、その様子を観察していた彰だが、そこでドアの開く音が微かに聞こえ、そちらを見れば丁度誰か出て行ったのか、閉まってしまった。他の大人四人はここにいる事からコナンが出て行ったのだと知ると、問題ないなと考えた。

 

(子供には話が長すぎたか……飽きて他を見に行ったか、もしくはトイレか。そんな所だろうな)

 

彰のそれは当たらずとも遠からずで、コナンは確かに他の所ーー森谷邸のギャラリーへと来ていた。しかしそれは、『飽きたから』ではなく、『推理の核心』を得るためで、森谷の三十代の時の作品を見ていた。

 

(黒川邸、水嶋邸、安田邸に阿久津邸、そして橋か……)

 

そしてコナンは最後の橋を見てあることに気づき、他の4邸を見て、間違いではないことに気づく。それと同時に、あのパーティーの時の森谷の言葉が思い出された。

 

 

 

ー若い頃はまだまだ未熟でね……。あまり見ないでくれたまえ

 

 

 

それで確信を得られたのだが、それをコナンは疑った。しかし、自身が嗅ぎ取った匂い。それがコナンの推理が当たっているのだと訴えてきた。

 

と、そこでコナンは黒いシーツで被された何かが置かれていた。それはパーティーの時にはなかったもので、コナンは気になってめくってみれば、作品名には『我が幻のニュータウン・西多摩市』と書かれていた。それを見て思い出されたのは、コナンが工藤の時に解決した西多摩市の事件。その時に市長が失脚し、彼が計画していたニュータウン計画が見直しとなったはなしだった。そして、それがここにあるということはーーー。

 

「そうか!この計画を立てていたのが森谷教授だったんだ!」

 

それを理解すればコナンの行動は早かった。すぐに黒いシーツを引っ張って取り、イスを近くまで移動させ、其処に乗る。そしてガラスケースの中を見れば、完全なシンメトリーのニュータウン模型が置かれていた。それを見ていた時、コナンはとある部分を見た。それは、形からして街灯だった。それも、あの爆弾が一時的に止まったところに置かれていたガス灯と同じような形のもの。

 

コナンはこれで『なぜあの時、一時的に止まったのか』の謎が解けた。そしてそれと同時に犯人を確信した。しかし、証拠がないと犯人と言われても言い逃れされて終わりである。

 

「こうなったは、出たとこ勝負でやるしかねえな……」

 

***

 

アレから話を聞いて見たが、心当たりはないと言われ、彰は溜息をつく。これでは捜査は難航するばかり。爆弾事件は今後も続く可能性が出てしまったも同じだったのだから。

 

「お役に立てなくてすみません」

 

森谷はそういうが、彰からみたらその表情から悪いと思う気持ちが一欠片も感じ取れなかったのだ。

 

(この人、本当に悪いと思ってんのか……?)

 

彰が訝しげに森谷を見るが、目暮と白鳥が立ち上がり、一度出直す雰囲気が流れ始め、彰もそれに乗るためにソファの近くまで歩き、立ち止まる。と、そこで目暮が辺りをキョロキョロと見渡した。

 

「ん?コナンくんはどうした?」

 

「ああ、コナンくんならーーー」

 

彰が答えようとした時、目暮の携帯に連絡が入る。目暮が森谷に断りを入れてそれをとれば、相手は工藤からだった。

 

その名前に彰、白鳥、そして森谷が反応する。

 

目暮は工藤からの指示でギャラリーに見にいきたいと言えば、森谷はそれを許可する。しかし、その前に書斎に寄りたいとの申し出がされ、それに目暮は快く許可を出す。

 

そして森谷が書斎に入り、ほんの少しした後、出てきた。そして森谷の後について二階にあるギャラリーに向う。そしてギャラリーを森谷が開けた時、ある一点を見つめて驚愕した様子の森谷の様子に、彰は目を細めて疑い出す。

 

(この人、ずっと自身の建築物を壊された被害者だと思ってたが……この表情)

 

そしてその一点を見ようとしたが、それは急ぎ足でそこに近寄っていく森谷のせいで視界が遮られてしまい、見えなかった。それに思わず小さく舌打ちをし、何が置かれているのかを見るために場所を移動。そして丁度森谷が立っている場所から右に離れた場所に立ち、彼の目の前にあるガラスケースを見れば、白い何かの建築物のモデルが置かれていた。

 

(?アレにアレだけの驚愕をし、そして今は何か憎しみに近い表情を浮かべている……どういうことだ?)

 

彰が考え始めようとした時、目暮の携帯が鳴り出した。その電話の相手は勿論工藤であり、その彼の指示なのか、携帯の覚醒ボタンを押し、全員に聞こえるようになった。

 

『実は、今回の爆弾犯と放火犯の犯人が分かったんです』

 

それに彰は驚きの表情を浮かべ、目暮が一体誰なのかと詰め寄るように電話に向けていう。しかしそこで小五郎が待ったをかけた。それに彰が訝しげに小五郎を見れば、小五郎も犯人が分かったと言い出し、思わず呆れた視線を向けてしまった彰。何度も言うように、彼は小五郎を馬鹿にしているわけではない。しかし、彼から見て、小五郎が考えている推理をアテにできるような表情と雰囲気はないと思ったのだ。小五郎は優秀なのだろうが、しかし今はやめとけと言いたくなるぐらいには。

 

そしてその予想は的中。小五郎はまさかの白鳥が犯人だと指を指して言う。それに目暮と白鳥は驚き、携帯越しで聞いていたコナンも驚きで反応し、彰は肩をガクッと落とした。

 

小五郎の推理はこうだ。白鳥は森谷の父親を尊敬しており、彼の死に疑問を持ち、直後から脚光を浴び出した森谷を疑い出した。彼が別荘に火を放ち、殺したのではないか、そう思ったのだろうと。そしてそう決めつけた白鳥が森谷が設計した建物に次々と放火した。父親を尊敬する気持ちが、息子への復讐にすり替わったのだと。

 

「しかもあんたは、爆弾犯の時の電話には、いつもいなかったな!!」

 

小五郎の言葉に白鳥は焦る。それは仕方ないことだろう。彼からしたら無実であるのに犯人だと疑われているのだから。これを警部が信じてしまえば、白鳥はそのままこの連続放火爆弾事件の極悪犯として捕まってしまうのだ。

 

小五郎は新一も同意見だろうと自信を持って問いかけるが、しかし無情にも新一からの答えはNOの返事であった。それを聞いて、小五郎は盛大にその場に倒れ、思わずそれに笑いそうになる彰。しかしギリギリにもそれは笑いとして出されることはなかった。

 

そんな事は気にせず、新一の説明は続く。

 

『この一連の事件は、森谷教授に恨みを持つものの犯行じゃありません。犯人は最近放火された4軒の家、そして、あの橋を設計した森谷教授ーーー貴方だ!』

 

その言葉に、森谷以外の全員が驚き、森谷を見る。

 

「ま、まさか……じゃああんた……自分の作品を……」

 

彰が独り言のように呟くその横で、小五郎が新一を責め立てる。

 

「馬鹿野郎!!どこに自分の自分の作品を破壊する建築家がいる!!」

 

しかしその言葉に耳を貸さずに話は続けられる。

 

『幼い頃から建築家として、父親の才能を受け継いだ森谷教授は、三十代始めという異例の若さで建築界にデビューした』

 

「もしもーし?」

 

小五郎は自分の言葉を無視されたことにそんな返しをしたが、やはり無視され続けられる。

 

『そして、環状線の橋の設計で日本建築業界の新人賞を取った。その後も数々の新しい建築を生み出し続けた森谷教授は、ある時ふいに……いや、前からそう思っていたのか、若い頃の作品の一部を抹殺したくなった。それは、ティーパーティーの教授の言葉からも伺い知ることができます』

 

「……いや、ちょっと待て。俺はそれを修斗から聞いてるが、なんでお前が知ってる?」

 

彰が疑問を唱えるが、やはりそれも無視される。

 

『つまり、あの言葉を実行したんです』

 

「いや、そうかもしれないが、だから……ああ、もういいや」

 

もう一度疑問を聞こうとしたが、彰は額に手を当て、息を一つ吐き出し、聞くのを諦めた。此処まで小五郎も無視されたのだ。こちらの疑問はこの話が終わらない限り、もしくは終わっても、答えられる事はないのだろうと考えたのだ。

 

『さて皆さん、パネル写真を見てください』

 

その言葉通りにパネルの写真を見て、新一の指示通り、黒川邸、水嶋邸、安田邸、阿久津邸、そして橋をよく見て見れば、彰は違和感を持つ。

 

「……微妙な違いだが、シンメトリーになってない?」

 

その言葉に白鳥も反応する。

 

「あっ!?彰警部の言う通り、完全なシンメトリーになってない!!」

 

その写真を見て、建築初心者、あるいは建築に携わったことがない一般人、興味すらない人間が見たならその違いなど分からないほど微妙な違いがその写真には映されていた。

 

『そうです。微妙に左右対象とはなっていません。恐らく、建築主の注文か、建築基準法などの関係で妥協せざるおえなかったのでしょう。それは、完全主義者の森谷教授には我慢ならないことでした』

 

その『完全主義者』と言う言葉に彰は分かりやすく嫌悪を顔に表す。彼の親もまた、『完璧主義』を掲げている尊敬出来ない父親を思い出したからだ。

 

『時を同じくして、それまで順風満帆だった建築家の人生に、初めて影が射しました。長い時間を掛けて完成した西多摩市の新しい街作りの計画が、市長の逮捕によって突然中止となってしまったんです』

 

それを聞き、白鳥はガラスケースに素早く近寄り、中を見る。

 

「そうか!これも森谷教授の設計だったんですね!!」

 

「なるほど。そしてその計画を潰した高校生探偵、工藤新一に恨みを持ち、そして彼に挑戦し、その名を汚すことで目的の一つを達成し、それと同時にもう一つの目的である黒川邸を含む4軒の放火、そして環状線の爆破をカムフラージュしようとしたってことか」

 

その彰の言葉に、新一は同意を示した。

 

『そしてあの時、キャリーケースの中のタイマーを止めたのは、児童公園にあったガス灯の為です。あれは、ニュータウン西多摩市のシンボルとなるはずだったもの』

 

その言葉に森谷が反応したことを刑事三人と小五郎は気付かなかった。

 

『教授は壊したくなかったんですよ。こよなく愛するロンドンのそれに似せた、あのガス灯を』

そこで漸く四人が森谷に振り返る。そこで新一が違うかと問えば、森谷は不敵に笑いだす。

 

「ふふふっ。面白い推理だ、工藤くん。だが残念ながら君の推理には証拠がない」

 

『ーーー証拠ならありますよ。模型ケースの裏に』

 

その言葉を聞き、彰が裏側へと近づけば、黒いシーツの上に髪の毛とサングラスが置かれていた。

 

「これはっ!?爆弾犯の変装道具!?」

 

「馬鹿なっ!?それは書斎の金庫にーーー」

 

「そっかぁ!爆弾犯の変装道具、本当は金庫の中に隠してあるんだね!」

 

そこで子供らしい口調と声と共にコナンが現れ、無邪気に追求していく。そしてコナンがサングラスを手に取り、ハンカチでそのレンズを拭いた。すると、黒い部分がなくなり、普通のメガネとなった。

 

「これ、僕のメガネだよ。水性ペンで黒く塗ったんだ」

 

それに森谷は『しまった!?』と言いたげな顔をするが、もう遅い。

 

「髭とカツラは書斎にあった兜の飾り毛を切って、テープでくっつけたんだ。これみーんな新一兄ちゃんのアイデアだよ!」

 

コナンが笑顔でそう言えば、森谷が悔しそうに歯噛みする。

 

「森谷教授、署までご同行を」

 

白鳥がそう言って森谷に近づけば、森谷は一歩下がり、隠し持っていた物を見せつける。それは一見して見ればそれは大きめのライターだが、次の森谷の言葉で、全員がそれが何かを認識することとなる。

 

「動くな!!動くとこの屋敷に仕掛けておいた爆弾を爆発させる!!」

 

その言葉に四人に緊張が走る。が、それをコナンが破り捨てる。

 

「爆発しないよ?」

 

『えっ!?』

 

「だってその起爆装置……電池がないもん!」

 

そう言ってコナンがポケットから取り出してみせたのはアルカリ乾電池。森谷はそれを見て慌てて確認するが、中身は確かに何も入っていなかった。

 

「いつのまに!?なぜコレが起爆装置だと分かった!!」

 

「だってオジサン、ライター使ってないじゃない?」

 

「た、確かに……パイプに火を付けるのもマッチでしてたな……」

 

彰が要らぬ緊張かと理解し、肩から力を抜く。

 

「歩美ちゃんが言ってた甘い匂いって、パイプの匂いの事だったんだ!」

 

そこまで言われれば全員動けることを理解する。目暮の言葉で白鳥が動き、森谷に手錠を掛ける。

 

「よーし!これで事件も一挙に解決!めでたしめでたし!」

 

「めでたし、じゃありませんよ毛利さん!酷いじゃないですか、人を犯人呼ばわりして!!」

 

「いやー、申し訳ない!猿も木から落ちるってやつっすな!」

 

(おっちゃんの場合、猿じゃなくて推理がザルなんだよ……)

 

「……眠ってないときはいつも木から落ちてんだろ」

 

小五郎の言葉に彰が溜息を吐きながら言えば、小五郎から怒りの表情を向けられる。しかしそれをどこ吹く風で受け流すことにした彰。

 

そう、全員が事件はこれで解決という雰囲気になっている時、森谷がまた不敵に笑う。

 

「ふっふっふ。これで全てが解決したと思ったら大間違いだ。私が抹殺したかった建物はもう一つある」

 

そこでコナンがそれが何かを気づき、とある写真ーーー米花シティビルを見る。

 

「バブルの崩壊で建築予算がなくなるという馬鹿馬鹿しい理由のためにね……。私の最大にして最低の作品だ!……君達に私の美学など分かるまい」

 

森谷がそう言って時間を見れば、10時になるまであと1分となっていた。

 

「さて、10時になるまであと1分……」

 

そこでコナンが蘭を心配し、映画館の方へと電話をかけ、蘭へと変わって貰えば、まだ何も起こっていないのか何時もの蘭の声が返ってきた。それに焦ってコナンが忠告するがそこでタイムアップ。映画館にあったゴミ箱の中の爆弾と共に複数仕掛けられていた爆弾が爆発し、建物が崩壊した。それと共に電話が切れた。

 

「蘭姉ちゃん!?大丈夫!?蘭姉ちゃん!!」

 

「貸せっ!」

 

そこでコナンの手から携帯が取られ、小五郎が必死で呼び掛けるが応答されることはなく、怒りから森谷に詰め寄った。

 

「テメェっ!蘭を一体どうする気だ!!」

 

その言葉に、森谷は笑いながら話す。

 

「ははっ。まだ彼処のロビーの出入り口と非常口を塞いだだけだ。……お楽しみはこれからだよ」

 

「なにっ?」

 

そこで森谷がギャラリーの入り口の方に顔を向けて声を出す。

 

「おい工藤!どうせ何処かで聞いているんだろ?早く行かないと大事なガールフレンドがバラバラになってしまうぞ?」

 

そこで小五郎がキレてしまい、その小五郎を抑えるために白鳥と目暮が間に入る。彰は彰で森谷の様子を見て、修斗の言葉を思い出す。そう、彼はよく言っていたのだ。例えば事件に出くわした時、或いは彼が本を読んでいた時、それが復讐がテーマだったならその言葉を必ず言っていたのだ。

 

「……復讐する相手を苦しませる一番の手は、その相手の大切な存在を手にかけること」

 

その言葉にコナンが反応を示し、悔しそうに歯嚙みをする。しかしそれに誰も気付かない。そんな時、森谷が思わずと言った様子で視線を動かし、コナンがそれに気づいて飛び掛る。それを森谷が振り解くが、その時にコナンは彼の懐からとある紙をスリ取った。そこに描かれていたのは爆弾の設計図だった。

 

それに気付くと、コナンは行動に移る。

 

「新一兄ちゃんに渡してくる!」

 

そう言ってギャラリーから走って出て行こうとすれば、それを目暮に止められる。

 

「ま、待ちなさい!いま爆弾処理班を出動させるから!」

 

その時、森谷邸が揺れた。その原因は勿論、米花シティビルの爆弾である。

 

(爆弾処理班なんて、待ってられっかよ!)

 

コナンが走って出て行こうとすれば、そこでまた森谷に止められる。何だと顔を向ければ、森谷が怖い顔のまま言葉にする。

 

「工藤に会ったらこう言っておけ。『お前のために三分間つくってやった。じっくり味わえ』ってな」

 

その言葉の意味をコナンは理解せずに走って行ってしまい、目暮と小五郎、彰は白鳥に森谷を任せてコナンの後を追って行った。

 

そう、だからこそ気付かなかった。

 

ーーー森谷が不敵な笑みを浮かべていたことに。




次回、時計仕掛けの摩天楼編、最終話!どうなるかはお楽しみに!

それでは!さようなら〜!


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第6話〜時計仕掛けの摩天楼・5〜

彰達が米花シティビルへと辿り着けば、其処には既に多くの野次馬がおり、ビルの近くでは重症患者を救急車に急いで乗せ、軽症者はその場で治療する姿が見えた。

 

周りの野次馬を見渡しながら小五郎の娘である蘭と、先に来たはずのコナンを探す。しかし、二人の姿は何処にも見つからなかった。

 

「らーん!どこだ!らーん!!蘭……くっそ!」

 

「待て!」

 

彰が声を掛け、小五郎の隣で燃えているビルを見上げる。既に消防車は消化活動を開始しているが、その火が収まる気配は一向にない。そんなビルを見ていると、隣の小五郎は目暮の胸ぐらを掴んだ。

 

「警部!救助隊はなにをしているのですか!?」

 

「落ち着け!毛利くん!落ち着くんだ!」

 

「そうだ、落ち着いてくれ!頼むから!!」

 

彰も目暮とともに小五郎を落ち着かようとするその姿の後ろでは、白鳥が森谷をパトカーに乗せて現場まで来ていた。その森谷はというと、パトカーから降りて燃えるビルを見上げると、嬉しそうに笑う。

 

***

 

その頃のコナンはといえば、既に崩壊寸前のビルの中へと入っており、蘭の元へと急いでいた。そして走れる道を見つけて走り、道を塞ぐように落ちている瓦礫とかした柱さえ飛び越えるようにして進み、階段を登る。その途中でまたも柱が崩れ、それが運悪くコナンが通った時だったのだが、怪我もなく通り抜けた。そして映画館の非常口前まで来ると其処で変声機を使って工藤の声を出し、映画館の電話へとコールを掛ける。そしてそれは4コールほどして取られた。取った主は蘭だった。

 

『もしもし?』

 

「蘭か?」

 

『新一?』

 

「良かった。そっちの電話は切れてねぇようだな!」

 

『何してたのよ?いつも肝心な時にいないんだから……いつも……いつも……』

 

その声が涙声だったのを聞き、コナンは目を伏せる。

 

『分かってるの?私がどんな目に遭ってるのか……』

 

そこでもう一度前に顔を向ける。

 

「ああ、知ってるさ。瓦礫に塞がれた非常口のすぐ前まで来てるからな」

 

その声に、映画館の中にいる蘭は非常口の方に顔を向ける。そう、蘭が会いたくて仕方なかった『彼』は、今非常口前にいるのだ。子供の姿になってしまっているが、それを蘭は知らない。

 

「此処までくるのに、瓦礫の隙間を抜けて来られたけど……爆発のショックで、ドアが変形したらしい。どうしても開けることができねえんだ」

 

コナンは此処まで来るまで全力だったのもあり、そして其処までの命の危機もあってか、息を切らしながらも電話越しの蘭にそう伝える。そして、特に一番大事な話を伝えだした。

 

「ところでよ、アタッシュケースとかトランクとか、変なものないか?」

 

その言葉に蘭は左右を見て探すと、近くの椅子の後ろに置かれた紙袋を見つける。そこで電話を切らずに置き、目に浮かんだ涙を拭いながらそれに近づき、中を見る。その中にはデジタル画面でタイマーが刻まれた鉄の塊だった。其処には約42分と映されている。

 

それを蘭は電話口の近くまで運び、それを一度置くと電話口を取る。

 

『何なのこれ?すごく重くて大きいよ?デジタルの時計みたいなの付いてる』

 

「気を付けろ!其奴は爆弾だ!」

 

その言葉を蘭はつい大きめな声で復唱してしまい、中の人を怖がらせてしまった。しかしそんな中の状況などコナンは気付かない。

 

(くそっ、教授め……やっぱり一番デカイ奴を此処に……)

 

其処で蘭に時間を聞けば、蘭は『42分7秒』と答えられた。

 

(爆発まであと42分か……爆発は00:03分か)

 

そのまで考えてフッと教授の言葉が浮かぶ。

 

 

 

ーお前の為に3分間つくってやった。ジックリ味わえー

 

その言葉の意味が一体何なのか、コナンは分からなかった。

 

***

 

修斗はこの騒ぎを邸にてテレビ越しに見ていた。それも他の兄妹である雪男と共に。雪男の双子の妹、雪菜はそんな雪男の膝を枕にすやすやと寝ている。

 

「……これ、修斗兄さんは森谷教授がやったって言ってたよね?」

 

「ああ……。雪男からして、森谷教授の心理はどう思う?」

 

その言葉に雪男は目を瞑って考え出す。

 

「そうだね……やっぱり森谷さんはどうしてもビルを壊したかったのもそうだけど、それと共に工藤新一も抹殺したかった。だから餌としてその彼女である蘭さんという人が来る事を知っていたこの日に爆弾を仕掛けた……ってとこかな?まあ、僕はその森谷さんを直に見たわけではないし、修斗兄さんから聞いた話から推測した考えだけどね。そこまでの相当な憎悪が見えるようだよ」

 

雪男が息を一つ吐き出し寝ている雪菜の頭を撫でれば、修斗はそれに頷く。

 

「まあ、そんな所だろうな……実際、アレを抹殺する『だけ』なら、なにもこんな日を狙わなくともいつでも出来たわけだしな。それも、火薬を盗み出し、爆弾を作ったその日でも良かったわけなんだから」

 

修斗が紅茶を飲みながら言えば雪男は頷く。

 

「……ところで、こんな事が起きたんだからやっぱり兄さん達は?」

 

「まあ、帰って来れないだろうな。確実に」

 

その言葉に、雪男はテレビの向こうにいる兄か姉、もしくは両方に向けて可哀想なものを見る目を向けた。そんな目を向けられているとは知らない彰はと言えば、救助隊の隊員から報告を受けていた。

 

「どうだ?」

 

「ダメです。どの階段も瓦礫で埋まっていて、人が閉じ込められている5階のロビーにはもう少し時間が掛かるかと……」

 

その言葉に彰は表面上は冷静さを保っているが、内心は焦るばかり。

 

「 (くっそ!このままだと死者が出てしまう!けど、俺は救助隊じゃない。今出来ることは祈るばかり……)

 

そう思えば自然と森谷に視線が向いた。

 

(それもこれも、この人が……!)

 

その視線に気づいた森谷は彰を馬鹿にする様に笑ってみせた。

 

***

 

(あと18分……もう時間がねえ)

 

コナンが腕時計で爆発までの時間を見ると、もう余裕はなかった。そこで彼は覚悟を決める。その覚悟を持って蘭に動いてもらう為に声を掛けた。

 

「おい蘭!お前、ハサミとか持ってないか?」

 

新一での声でそう聞けば、蘭からはソーイングセットのハサミならあると言われた。

 

『でも、そんなの使ってどうするのよ?』

 

「……オメーが解体するんだよ。爆弾をな」

 

その言葉に蘭は驚きを露わにした。しかし誰でもそうだろう。一般人であるにも関わらず、爆弾を解体するなんて体験をするなんて人生でそうない体験だ。むしろ爆弾解体処理班といった警察関係者でない限り、一度も体験することなんてないだろう。それをこの蘭は今から、しかも一歩間違えれば死んでしまうこの状況で、しろと言われているのだ。

 

「いいか?俺のいう通りに……」

 

コナンが紙を取り出しながら指示を出そうとするが、蘭がそれを止める。それは無理だという言葉を返すのかと思えばそうではない。彼女は新一を信じている。だからこそ、爆弾を解体する事を決めたのだ。

 

『待って。電話をしながらじゃ上手く切れないよ。今そっち行く』

 

それに今度はコナンが待ったを掛け、一度紙を詳しく見ると、振動を感知して爆発する様な仕掛けはない事を確認すると、そっと持ってくる様に指示し、それに是を返す蘭。そして電話を切り、爆弾を非常口の扉前まで持って行き、声を掛ける。

 

「聞こえる?新一!」

 

「ああ、よく聞こえるぜ!」

 

「袋、破るよ?」

 

「気を付けろよ」

 

その言葉を聞いたあと、袋を破れば時間は16分20秒となっていた。蘭はそれを見て少しの恐怖を感じたのか小さく息を吐き出す。しかし新一が声をかければ、蘭は平気だと返した。そう、今の彼女は一人ではないのだ。隣にはいないが、扉の一枚越しに、彼女の背中に、最も頼りになる彼ーーー工藤新一がいるのだから。

 

彼女はソーイングセットからハサミを取り出し、準備が終わった事を知らせる。それを聞き、コナンは爆弾解体を始めた。

 

「よし。先ずは外側のカバーを外そう。上に持ち上げれば外れる。そっとだぞ?」

 

蘭はそれに頷き、カバーを外す。そして何も起きない事を知り、彼女に微かな笑みが浮かんだ。

 

「外したよ、新一」

 

「よし、良いぞ。これから中の配線を切っていくからな。……順番を一つでも間違えたらお陀仏だぞ」

 

その新一からの緊張を持った声に蘭は目を見開き、そして責任の重大さにもう一度気付き、気合いを入れる。

 

「最初は、下の方にある黄色いコードだ」

 

蘭はその指示を受け、切ろうとする。しかし、直ぐには切れなかった。一歩間違えれば死ぬ境界線だ。切ることを確認すると、新一からのOKが出る。それを聞き、今度は迷いなく切れば、それがどうやら別の場所の爆発スイッチになっていた様で、エスカレーター付近が爆発。さらに救助隊の突入が困難になった。

 

それを外で見ていた彰は悔しそうに見ているそばで、小五郎が目暮に詰め寄る。

 

「警部!まさか蘭は……」

 

「落ち着け毛利くん!あそこは蘭くんがいるところとは違う場所だ!」

 

それを聞いても小五郎は安心出来ない。当たり前だ。次はもしかしたら彼の娘がいるところが爆発してしまうかもしれないのだから。

 

そんな毛利の様子を楽しげに笑い見る森谷。

 

「安心しろ。あんたの娘が吹っ飛ぶまであと15分もある」

 

その言葉に、ついに小五郎はキレた。

 

「貴様ァ!言え!どうやったらその爆弾は止まるんだ!」

 

その鬼の形相な小五郎に、森谷は余裕淡々と返す。

 

「アレは特殊な爆弾でな。例え彼が解体出来ても、最後の一本が運命を分ける。……最後の一本がな」

 

その言葉に小五郎は目を見張る。それはつまり、最後の一本に問題があるということで……。

 

「あんた、本当に血も涙もないのか!!」

 

彰も此処で遂にキレ、今度は彰が彼の胸ぐらを掴む。一発ぐらいぶん殴りたいのか拳を力強く握っているが、最後の理性の一本が彼のそんな行動を止めていた。

 

「ふんっ。慈悲は与えてやっているだろ。工藤新一の最期の誕生日を3分だけ味あわせてやるんだからな」

 

「……はっ?」

 

彰にはこの森谷の言っていることが分からなかった。この上から目線が常の男の言葉の意味を、彼は正確に受け取ることが出来なかったのだ。

 

「……あんた、何言ってるんだ?」

 

「工藤の誕生日なのだろう?5月4日は。彼奴のガールフレンドが言っていたぞ?そんな奴が死ぬその瞬間に誕生日が来ては可哀想だからな。私からの慈悲だよ」

 

「……あんた、一片、慈悲の言葉を学び直してこい……クソ犯罪者が!」

 

「彰くん!君も落ち着きたまえ!!」

 

彰が危なく殴り掛かろうとすれば、それを目暮が森谷と引き離し、拘束することによって止めた。

 

「離してください警部!」

 

「いいや、離す訳にはいかん!此処は我慢だ彰くん!!」

 

目暮の言葉は彰の中に残ったほんの少しの理性に届いた様で、殴り掛かろうとしたその拳を解き、力が入っていた体からも余分な力が抜けたことを理解し、目暮は彼の拘束を解いた。

 

***

 

一方その頃、随分と爆弾の解体が進み、丁度緑のコードを切ったところで蘭は詰めていた息を吐き出した。

 

「……切ったよ」

 

それを聞き、指示をしていたコナンもまた、息を吐き出した。あと少しで終わり、生還することが出来るからだ。

 

「よし、なんとか間に合いそうだ。あとは残りの黒いコードを切ればタイマーは止まる」

 

それを聞き、蘭は黒いコードを戸惑いなく切った。こうして爆弾テロは解決した。

 

 

 

 

 

ーーーそうなる筈だった。

 

コードを切って少し経つが、タイマーが止まる様子はない。それに疑問を持つ蘭は新一に問い掛ける。

 

「新一?黒いコード切ったけど、止まんないよ?タイマー。……それにコードはまだ二本残ってるよ?赤いのと青いの」

 

それにコナンは目を見開き、扉の向こうへと目を向ける。

 

「なんだって!?」

 

コナンがこんな反応になるのも仕方がない。彼が持つ爆弾の設計図にはそんなもの、何処にも描かれていないのだから。

 

***

 

その頃、救助隊からの連絡を受けていた目暮は、爆発までの時間を確認し、焦りだす。そんな目暮の隣にいた小五郎はフラフラと燃え盛り、壊れていくビルの方へと歩きだす。その見た目からは魂が抜かれている様で、既に正気ではない。急いで白鳥と彰が止めに入る。

 

「毛利さん!!」

 

「待て!危ないから下がれ毛利さん!!」

 

「蘭!蘭、今行くぞ……!」

 

「毛利さん!何処に行くんです毛利さん!!」

 

「離せ!離してくれ!!蘭を……蘭を助けるんだ!」

 

「馬鹿野郎!!今俺達に出来ることはない!!悔しいだろうがあんたまで危ない目に合わせる訳にはいかないんだ!!堪えろ!!レスキュー隊の奴らが助けてくれると信じろ!!!」

 

「蘭!!ラァァァァン!!!!!」

 

小五郎のその悲痛な叫びが辺りに木霊する。それを後ろから見ていた森谷は滑稽そうに見ているだけ。

 

「哀れな父親の娘への愛か。建築にも愛は必要だよ。……人生にもな」

 

***

 

コナンは設計図を見ているが、やはり残り二本のコードなど何処にも書き記されていない。

 

(まさか教授、俺をはめる為にワザと設計図に二本のコードを書かなかったんじゃ……!)

 

もう此処までくればその答えに辿り着く。此処まですべて、教授の思惑通りだったのだと。

 

「どうする?二本とも切っちゃう?」

 

蘭のその心配そのものをしていない、新一を信じ切った声にコナンはすぐに反応する。

 

「馬鹿野郎!!片方はブービートラップだ!切った瞬間に吹っ飛んじまうぞ!!」

 

「そ、そんな……」

 

そう、蘭は信じ切っていたのだ。タイマーは止まらずとも、このまで新一の指示通りにしてきた。もう爆発はしないだろうと。そう思おうとしていたのだ。しかし、現実はそこまで甘くない。彼女もコナンも困り果てる。そんな間にも時間は無情にも過ぎて行く。

 

(くそっ!どっちだ?……赤か、青か。一体どっちを切れば!!)

 

そこでビルの近くに建てられていた時計塔の鐘が鳴り響く。それは日付が変わった合図だ。それを聞き、時計塔を見上げながら余裕そうに笑う森谷。しかしそんな彼の姿を中にいるコナンは知らない。想像もしていない。そんな余裕は彼の中からもう既に無くなっていた。

 

「0時。あと3分か……。くそ!どっちだ!どっちなんだ!!」

 

コナンは既に自分の声が蘭に聞かれている可能性さえ頭になかった。この時、蘭もそんな事を気にしている余裕がないから良かったものの、普段の彼女なら気になった事だろう。そんな余裕がないままながら、蘭は「新一」と彼の名を呼ぶ。それにコナンはすぐに変声機を使って応答すると、こんな時にも関わらず、蘭は場違いな言葉を投げかける。

 

「ハッピーバースデー、新一」

 

それにコナンはまた反応するが、蘭はそれに気付かず、続ける。想い残しがない様に。

 

「だって、もう……もう、言えないかもしれないから」

 

(蘭……)

 

そこでまたビルが揺れる。しかし、そんな事を扉を隔てたまま会話していた二人は気にしない。コナンはこの時、覚悟を決めた。

 

「……切れよ」

 

ーーー死ぬ覚悟を。

 

「好きな色を、切れよ」

 

新一の声のまま蘭にそう伝えれば、蘭は戸惑いの声のまま聞き返す。

 

「で、でも、もし外れてたら……」

 

「ふっ、構いやしねぇよ……。どうせ時間がきたらお陀仏だ。だったら、オメーの好きな色を」

 

「で、でも……」

 

ここまで会話をしている間に、残り2分を切っていた。

 

「心配すんな。オメーが切り終わるまで、ずーっとここにいてやっからよ」

 

その言葉に、蘭は安心した様に笑う。心細かった思いも、全て彼の言葉のおかげで拭い去った。しかし、そんな二人を邪魔する様に崩壊が進み、蘭とコナンの頭上も崩れ、二人とも扉から離れなければいけなくなった。その時、コナンの携帯も壊れてしまった。つまり、これで本当に連絡手段が閉ざされてしまったのだ。あとは蘭の意思次第、選択次第となった。

 

蘭は爆弾を床に置き、新一に赤と青、どちらの色が好きかと問いかけた時の事を思い出す。そう、それはあのガーデンパーティーが行われる日よりももっと前、彼女が工藤新一宛に来ていた森谷邸のガーデンパーティーの招待を代わりに行ってくれないかと、本人から頼まれたその時に聞いた質問。その時、彼は少し戸惑いながらも赤と答えた。それは蘭が好きな色で、その色を彼も好いている知りとても嬉しくなり、上機嫌となった事を覚えている。そう、こんなことになるとも考えていなかった時の話だ。そしてそのまま次に思い出すのは、蘭と新一、二人のラッキーカラーが赤色だと毛利家でコナンと小五郎に嬉しそうに話した時の記憶。そう、二人のラッキーカラーは赤色。彼と蘭が好きな色。そんな彼のためにと買った誕生日プレゼントのポロシャツも赤色で、そんな彼とのデートの為にお洒落に決めてきた上の服も赤色ーーー。

 

そこで蘭は切る色を決め、覚悟を決めた。

 

そんなこと知る由もないコナンの方は、蘭へと新一の声で呼び掛けるが返事はない。そこで彼女が離れてしまい聞こえない事を悟ると悔しそうに表情を歪める。そこでまた携帯電話で彼女との連絡を試みようとしたが、しかしその携帯電話は無念にも彼が避けた時に落とし、降ってきた瓦礫に潰されてしまっていた。と、そこで漸く救助隊が到着。一番前にいたレスキューの人が後方へとコナンの事を知らせれば、安心させる様に声を掛けてくる。

 

「もう安心だぞ、坊や。さあ、行こう」

 

そこで彼を抱き上げたレスキュー隊員の男性。しかし、コナンは其処で待ったをかけ、中にまだ人が閉じ込められている事を説明する。それに男性は驚き、一度コナンを下ろすと直ぐに助けるために扉へと体をぶつける。しかし、開く様子はない。なぜなら扉は爆発の影響で変形してしまっているのだ。そこで直ぐに鑿岩機の用意を伝えれば、男性は少しの不満を零す。

 

「今日は結婚記念日だってのに、これはゆっくり味わえそうにないな……」

 

その言葉でコナンは気付く。森谷の言葉の意味はコナンに自身の誕生日を三分間味わえという意味だと。そしてそれと同時にガーデンパーティーの時の事を思い出す。そう、彼女は犯人である森谷に話してしまっていたのだ。今日この日のことを。そして、彼と彼女のラッキーカラーの事をーーー。

 

そこまでいけば、コナンは気付いた。『赤』は罠であり、森谷は彼女が赤を切ることを予想していた事を。

 

そこでまた崩落が始まり、男性はコナンを抱えて脱出をしようとした。しかしコナンはその腕の中で暴れ、強引に脱出すると扉の前まで急ぎ、叫ぶ。

 

「蘭!赤は罠だ!赤を切っちゃいけねぇ!」

 

しかし彼女は返事をしない。彼は気付かない。彼女が扉の前に行けない事を。向こうの扉は既に瓦礫で塞がれてしまっている事を。だから彼女は返事も出来なければ近づくこともできない事を。

 

「蘭、どうした!返事をしろ!!」

 

そんな声を掛けられている蘭は爆弾を目の前にし、時間を見つめる。既に時間は残り30秒となっていた。それを確認し、鋏を近付ける。

 

コナンはレスキューの男性に抱えられながらも何度も彼女の名を叫ぶ。そうして彼女を残してしまう事になりながらも、叫び続ける。高校生の時ならまだ抵抗出来ただろうが、今の彼は小学生。子供がいくら抵抗しようと、大人の力と体格には勝てない。その叫びは無情にも崩壊していく瓦礫に消されてしまう。

 

外では小五郎と彰達が絶望し始めた、森谷が嬉しそうに笑う。もう直ぐ爆発し、彼の憎き相手である工藤が蘭を置いて逃げるわけがない。彼女共々死ににいくと確信しているのだから仕方ない。まさか誰も、その彼が小学生の姿になっているなど、予想していないのだ。

 

時間は残り10秒を切る。そこで蘭は最期の言葉を頭の中で、新一に向ける。

 

(ーーーさようなら、新一)

 

そして彼女はコードを切る。そう、誰もがこの時、予想した。蘭とコナン、森谷は間違ったコードを切って爆発してしまうと。刑事と小五郎は時間がきて爆発すると。

 

ーーーしかし、誰もがしたその予想は、全員ハズレとなった。

 

爆発する様子が全くない。誰もが信じられない様子だったが、これは現実だ。生き残れたのだ。

 

爆発まで残り2秒を残し、蘭は青のコードを切って生還出来たのだ。これに森谷はあり得ないという表情を浮かべる。彼は彼女が自身のラッキーカラーを切ると、そう信じ切っていたのだから。

 

(ば、馬鹿な……!)

 

その後、映画館の中にいた全員が救助された。中には恋人が閉じ込められていた人もいたようで、その二人が互いに安心したのか抱き合うその様子を、報道関係者が映し出す。そんな場面の裏で、小五郎が蘭の生還に心から喜び、泣きだす。それに目暮と彰も嬉し、蘭はそんな父を呆れたような目で見ていた。

 

「いやぁ!本当に蘭くんが無事で良かったなぁ!毛利くん!!」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「いや、俺らは何もしてない。頑張ったのは彼女だ」

 

そんな時、報道陣が小五郎を見つけ、彼にインタビューの為に雪崩れ込んできた。そのインタビューを受ける小五郎から離れ、蘭は急いで新一を探し出す。しかし、彼は何処にもいない。と、そこで蘭はコナンを見つけ、駆け寄る。

 

「コナンくん!心配して来てくれたんだ!」

 

「うん、まあね」

 

そこで蘭がコナンの頭に巻かれた包帯に気付き聞けば、コナンは子供らしく『転んだ』と言い訳する。そしてそれを信じた蘭は気をつけるように注意する。そして蘭はコナンに問い掛ける。

 

「ねえコナンくん!新一見なかった?」

 

それにコナンは辺りを見渡すそぶりを見せながら「さっきまでいたのに」と言い訳をすれば、蘭は困った様子を見せた。

 

「もうっ。折角プレゼント買ってきたのに」

 

そこでコナンは一番の疑問をぶつけた。

 

「そういえば、新一兄ちゃんが不思議がってたよ?『蘭なら絶対に赤いコードを選ぶと思ってたのに、なんで青いコードを切ったんだろ?』って」

 

それに蘭は困ったように笑いながら答える。

 

「だって、切りたくなかったんだもん。ーーー赤い糸は、新一と、繋がってるかもしれないでしょ?」

 

その言葉にコナンは思わずといった声を小さく出した。

 

***

 

「ーーーで?オメーはどこまで予想してたんだ?今回のこの事件」

 

あの爆弾テロから時間が経ち、修斗の休み時間に合わせて二人が公園で待ち合わせをし、顔を合わせ、修斗がコナンにコーヒーを奢れば、そう聞かれる。それに修斗は同じくコーヒーの缶を開け、一口飲むと答えた。

 

「どこまで、ねぇ?……日付までは予想してなかったが、あの4軒の屋敷と橋、ビルを壊そうとしてた事、森谷さんが犯人だって事、最後のビルに特殊な爆弾を使うこと。そしてお前、もしくは彼女が爆弾解体の時に赤いコードを切ったら爆発するだろう仕掛けをする事までは予想してた」

 

「お前、マジでその勘の良さはなんなんだよ……」

 

コナンが修斗の顔を見ながら少し引き気味に言えば、修斗は心外そうな顔を向ける。

 

「おい、心外だぞ。俺だってまさかお前の誕生日前日で、しかもあの人がお前に恨みを持ってるなんて途中まで知らなかったんだよ。……いや、知った当初から調べてたらそこまで断定してただろうけど」

 

「お前マジでその頭の良さ、どうなってんだ……」

 

コナンがジト目で修斗を見れば、修斗は顔を逸らす。

 

「というか、あの人が犯人だなんて、どうやって気づいたんだ?」

 

「言っただろ?あの人が『探偵』に恨みを持っていると思ってたって。アレは、俺があの人が小五郎さんに向けた見下す様な視線を向けてたのに気付いて、そう思ったんだ。当初はただ小五郎さんへの挑戦をするのかと思ったけど、蘭さんがあの話をした時に、工藤の話にも食いついたからそう解釈してたんだが……」

 

「その段階からかよ。早いな」

 

コナンがそう言えば、修斗は顔を歪める。

 

「……まあ、いらん能力だけどな」

 

「それって小さい頃からの力なのか?」

 

「まあ、そうと言えばそうだな。けど、小さい頃はここまでズバリと当てられてたわけじゃないぞ?確率としては50:50だな」

 

「それが今じゃ100%かよ」

 

「まあな。あとは俺がそれをどう解釈するかによりけり、だな」

 

そう言ってコーヒーを飲み干す。そろそろ彼の休憩時間が終わりかけていたのだ。

 

「さて、他に質問はないか?」

 

「ああ、なら最後に一つ」

 

そこでコナンは修斗に鋭い視線を向け、修斗はそれに真摯に向かう。彼の中では何を聞かれるか、もう既に予想している事だからだ。

 

「お前、そこまで分かっていながら、なんで止めなかったんだ?」

 

「……」

 

「そこまで分かってたなら、幾らでも止めることが出来ただろ!?」

 

そのコナンの言葉に、修斗は溜息を吐く。

 

「……あのガーデンパーティーの翌日、実はあの人の屋敷に行ってたんだよ、俺は」

 

「……へ?」

 

コナンがその言葉に目を見開く。しかしそれを知らぬふりをして修斗は続ける。

 

「そこで俺があの人の計画を気付いていたこと、復讐するにしても人命を失わせるようなことをしないでほしい事を伝えた。止めろとまで言わなかったのは……悪いが復讐に対して俺も理解があるんでね、止めるに止めれなかったのさ」

 

その言葉にコナンの目が鋭くなる。しかし修斗は続ける。

 

「けど、だからと言って関係ない人の命まで奪っていい理由にはならない。そこだけはやめてくれと言った。けど、あの人は惚けやがった。『何のことだからサッパリだ』ってな」

 

「……」

 

「あの人が行動に移す前の話だ。証拠なんてない。変装だってどんな姿するかなんて分からん。だから詐欺師のように騙すことも出来なかった。あるのは俺のこの言葉だけ。警察に言った所で最悪、妄想が激しいとか判断されて精神科送り。屋敷内歩き回って何か証拠を探そうとしたって、あの人の監視の中じゃ証拠がある所は探させてもらえない。兄貴に言えば手伝ってもらえたかもしれないが、あの人に無実の罪を着せられたと言われて裁判起こされたら俺の負けだ。なにせ、事件が起こってないからな」

 

「……だから、オメーじゃ止められなかった」

 

「ああ。……世の中、そんなもんだよ?工藤新一くん?」

 

修斗が諦めた様な笑顔を浮かべてコナンを見れば、コナンは鋭い視線のまま修斗を見る。

 

「……例えそうだろうと、俺は絶対に諦めない。……絶対にだ!!」

 

「……お前なら、そう言うと思ってたよ」

 

修斗はそこで背を向け、空のコーヒーを後ろにある少し離れたゴミ箱へと投げ入れる。それは円を描き、見事ストレートで入った。

 

「だから……今後も俺みたいに諦めを覚えず、頑張って足掻いてくれ。……期待してるよ」

 

修斗は最後にコナンの頭を一度撫でると、後ろ手に振りながら去っていく。そんな修斗の後ろ姿にコナンは声を掛ける。

 

「ああ。オメーが例え、事件前にそんな風に諦めちまっても、俺は絶対に諦めない!絶対にだ!」

 

その宣誓の言葉に、修斗は嬉しそうに小さく笑みを浮かべたのだった。




本編中の修斗くんの行動を簡単に書けば、こんな感じですね。



ガーデンパーティー当日、森谷さんの狂気見ちゃった☆

翌日、説得へ!しかし証拠がなくて諦めた!ごめんコナン!!

そこから数日、忘れるために仕事に打ち込むが忘れられなかった……

事件当日、書類仕事中に気分転換にテレビつけたら事件始まってた。「あれ、予想より早いぞ?」

昼を過ぎた頃、コナンから連絡が!まさかの小五郎さんじゃなくてお前か工藤!そこで断定、からの考えの修正。個人的恨みかよ!

ヒントを渡したあと、心配になってテレビつけてたら少しして爆発事件の内容が……。「彼奴、無事だよな?頼むから俺の分まで解決してくれっ!」

その後に今度はノンストップ事件。「ついに事件の本番か……」

ノンストップ事件解決!その後、書類捌きも終えて夕食後、広間でテレビを見てたら爆弾事件のニュース。ビル爆破の危機!(ただし3分の猶予があるなど予想外)

事件解決。そして少ししてコナンからの電話。そして最後へ。



彼は確かに『異常』と言われる程のハイスペックな能力を持ってますが、出来ないことだってあります。調べたりしなければ予想や考えが外れることだってあります。彼の中で残った人間らしい一面です。

それでは!さようなら〜!


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日常編
第7話〜ホームズ・フリーク殺人事件・前編〜


主人公六人の情報で一つ忘れていたことがあったのでご報告をさせていただきます。

私は今回、この六人にモデルとなるキャラをつける事はしません。ですので身長はどんな服装かだけを出して、あとは皆様の好きな容姿を思い浮かべて頂けたら幸いなのですが、この六人、長男と次男、長女と次女、三男と三女の組み合わせで顔が違います。全員似たり寄ったりの顔の造形ではありません。理由は進むにつれて分かるとは思いますが、結構複雑な家庭であるとはご理解頂けますようお願い申し上げます。

それでは!どうぞ!


とある休日の日、瑠璃がいつの間にか勝手に応募していたツアーに当たり、それの付き添いとして修斗、雪男の三人で参加することとなった。そう、其処までは修斗もまだ許容出来た上、瑠璃が折角だから気分転換にと呼んでくれたのだ。この日に休みを取れるように調整もした。お陰で父親にも文句を言われず、修斗としても万々歳。そんな上機嫌だったのが今や急降下していた。なぜなら、このツアーに毛利一家が参加していたからだ。

 

(いや、少し考えたら可能性はあっただろ……あの坊主は生粋のシャーロキアンだ。応募しないわけがない……ああ、また死神が事件を呼び込んでくるのか……)

 

一番後ろの窓側に座っていた修斗が片手で額を抑えるようにして項垂れるその横で、雪男はそんな兄の様子に首を傾げていた。傍目から見れば、170cmの兄を不可思議そうに見る150cm前半の小中学生に見える少女。しかし顔だけ女顔でも性別上は男性で、胸もない。そもそも彼には双子の妹がいるのだ。彼女に似ても仕方ない事だろう。

 

周りはそんな彼らを気にすることなく、話が続けられている。

 

「おお、『緋色の研究』ですか!それは、ホームズが初登場する記念すべき第1作ですからな!」

 

「自分は『赤毛連盟』が好きなんですが……」

 

「ハイハイハーイ!僕『四つの署名』!!」

 

まずちょび髭の生えた男性『藤沢 俊明』がオカッパの女性『清水 奈々子』に聞けば、彼女は『緋色の研究』が好きと答え、その隣にいた白いシャツを着た男性『川津 郁夫』は『赤毛連盟』が好きだと身を乗り出して言う。そしてコナンが元気よく手を挙げて答えるのを、修斗は聞いていた。

 

「?修斗、今のって全部シャーロックホームズシリーズの話なの?」

 

「お前、これホームズのツアーだからな?話題がホームズなのは当たり前だからな?と言うか、パラパラとでも読んでこなかったのか?」

 

「まあ覚えるけどさ?『覚える』のと『理解する』のは違うからね?覚えた内容言ったって、その中身の感情とかを言えるわけじゃないからね?文章そのまま言えるだけだからね?」

 

「分かってる分かってる。つまり読んでないんだな?」

 

「私は本読むより身体動かしたい!」

 

「ああ、そういえば姉さん、インドア派じゃなくてアウトドア派だもんね」

 

瑠璃が何故か胸を張ってそう言えば、雪男は少し呆れたような表情でそう返す。そんな三人に声を掛けるコナン。

 

「ねえねえ!三人はホームズのどの話が好き?」

 

「へっ?」

 

瑠璃がキョトン顔でコナンを見る。気付けば先程まで話していた他三人も瑠璃達を見ていた。しかし先程までの和気藹々とした雰囲気はなく、どこか見定める様な雰囲気だった。

 

「あ〜っと……ごめんなさい。このツアーには私が応募したんだけど、目的が気分転換のつもりだったし、当たるとも思ってなかったから読んでなくて……あ!でも、修斗と雪男なら読んでるんじゃないかな?」

 

瑠璃のその言葉に、瑠璃の隣に座っている二人組を見る。それに修斗は頬杖を着きながら溜息を吐き出し、雪男は苦笑いを浮かべてる。

 

「僕、どちらかと言えば江戸川乱歩が好きだから……」

 

「俺もどちらかと言えば江戸川乱歩だが、あえて言うなら『踊る人形』だな」

 

「ほー?そこの彼は一応は読まれているようですな」

 

そこでここまで修斗と何度か対話をし、彼の推理を聞いてきたコナンはなんとなく、修斗の好むものが分かった気がした。そしてそれを確かめるために口を開く。

 

「もしかして修斗兄ちゃんって、パズルとかクイズとか暗号とか、そういうのを解いたりするのが好きなの?」

 

「?……ああ、そう言えば確かに。暇潰しにすることっていえば読書とか以外だとそういうのが多いな……」

 

「そう言えばそうだね。もうそれが日常生活にも組み込まれてて不思議に思ってなかったよ」

 

「あー、確かに……違和感なかったわ」

 

そんな三人の様子を見ているコナンの横で、小五郎は蘭に愚痴を言う。

 

「俺はこいつらと三日間も一緒に過ごさないといけないのかよ?」

 

それを蘭の反対の席に座っていたそばかすが特徴的なポニーテールの女性『岩井 仁美』が笑顔で「この方達だけではない」と言う。曰く、もう一台の車で別のツアー客をペンションに連れて行っているらしい。それにつまらなそうな表情を浮かべる小五郎に、コナンは嬉しそうな表情で「楽しいからいいじゃない」と言う。しかし小五郎に拳骨を一つ落とされてしまっていたが、それを外の景色を見ていた修斗が気付くことはなかった。

 

***

 

連れてこられた場所は峠の様な場所に建てられたペンション。名前は『マイクロフト』というらしい。

 

「『マイクロフト』って何?」

 

「主人公ホームズの兄で、立ち位置的には下級役人だがその実、政策を調整したりする重要なポストに就いてる人物。ホームズからは『活動的であれば私よりも優秀な探偵になれたであろう』とまで言わせるほど頭脳が優れた人であり、政府そのものとまで言われた人だ」

 

「へ〜」

 

修斗からのその説明に瑠璃はそう返事を返した。ちゃんと理解できたかと言われたら本人は自信がないと答えた事だろう。

 

そんな説明がされている間に、ペンションのオーナーでありツアーの主催者『金谷 裕之』がホームズのコスプレ衣装を身に纏いやって来た。

 

「やぁ皆様!このペンション『マイクロフト』にようこそおいでくださいました!私がこのツアーを企画したここのオーナーの金谷でございます。今日、お集まりの皆様は私が厳選したいずれ劣らぬシャーロキアンの方々……」

 

「ふんっ。本当に厳選したのかね?ホームズの『ホ』の字も知らないど素人が混ざってる様だが?」

 

「まあ!本当にそんな方が?」

 

藤沢のキツイその言葉に少しだけポッチャリめの女性『戸田 マリア』が信じられないと言った風に言えば、それを川津が小五郎に視線を向けて誰のことかを示すと、小五郎は耐え切れなくなったのか帰ろうとする。それを金谷が止まる姿を見て、瑠璃は首を傾げる。

 

「このツアーに応募したのは小五郎さんじゃないのかな?」

 

「ちげーよ。あの坊主だ」

 

「へ?コナンくんが?……今時の小学一年生って、難しい漢字も読めるんだね」

 

(まあ中身と外見が合致してないしな)

 

瑠璃の感想に修斗が内心でそう思っていれば、雪男が瑠璃に疑問を投げかけてくる。

 

「ねえ、瑠璃姉さん。瑠璃姉さんはホームズの本を読んでなかったのに、どうして当選出来たの?」

 

「どうせ兄貴にでも手伝ってもらったんだろ……兄貴はホームズシリーズ好きだしな」

 

そんな噂をしているからか、警視庁にて彰がクシャミをしていたことなどこの三人は知らない。

 

「修斗のが正解。だから本当は私じゃなくて此処には彰が付き添いでくるはずだったんだけど、少し前に別件で手を離せなくなっちゃったから急遽私が」

 

「よく許してもらえたね」

 

「ほら、この前の爆弾テロ事件。あれで全ての休日パーになっちゃったから目暮警部が休日をくれたの」

 

「まあ、お前にしては頑張ってたしな……」

 

修斗のその素直な褒め言葉に瑠璃はドヤ顔を浮かべる。

 

「おうその顔やめーや」

 

それに修斗が軽くチョップを入れれば、瑠璃は頭を抑える。

 

「いたーい!」

 

「力全く入れてねーだろ!嘘言うな!」

 

そんな兄と姉の戯れあいに雪男は楽しそうに笑うだけ。止めようとしない。そんな三人を他所に既に金谷から小五郎が誰なのかという説明をしようとした時、そこに割って入り説明をしたのは眼鏡の青年。隣には彼女らしき女性が立っていた。眼鏡の男性『戸叶 研人』がひと通り説明をし、小五郎がドヤ顔を浮かべた時、こんどは反対に見下す様な態度で説明する。

 

「確かに優れた頭脳をお持ちの様だが、シャーロックと肩を並べるなんてとんでもない!」

 

それに同意を示す彼女の『大木 綾子』。

 

「そうそう。実際に勝負すれば貴方はホームズの足元にも及ばないわよ」

 

その言葉に小五郎は怒りを露わにするが、それをコナンは意地の悪い笑顔を浮かべて見たあと、間に入る。

 

「まあまあ、相手はホームズなんだから仕方ないよ!」

 

しかしその言葉は火に油。小五郎の怒りに触れ、怒られてしまった。

 

「うるせぇ!紙の上の人間に負けてたまるか!」

 

しかしその言葉で今度はその場の全てのシャーロキアンを怒らせてしまった。そんな様子を見ていた修斗は頭を抱えた。

 

(おいおい……更に油注いで火どころか炎にしてどうすんだよ……この場に消化するための水なんてねーんだぞ)

 

そんな修斗の心配を知らぬ小五郎はコナンに拳骨を一つ落とし、八つ当たりしていた。しかし確かにコナンがツアーに応募したため、原因ではあるのだ。そして蘭が心配そうにコナンの名を呼べば、それに反応するシャーロキアン四人組。その中にカップルはいなかった。しかしそれを気にしないでコナンをチヤホヤしまくり、コナンもその名前を自慢し、それを絶賛するシャーロキアン。しかし修斗は知っている。その名が偽名であり、その名付け親はコナン自身であることを。

 

そんなコナンを見ている時、蘭が小五郎と話していて、コナンが新一と似ていると話していた。その新一の特徴を話している時、割って入る者が一人。聞き覚えのない声に修斗が首を傾げてそちらを見れば、つばが付いた帽子を深めに被り、目元を隠す様にして現れた顔黒の青年。その青年を見て瑠璃は「あっ」と声を出す。それもそのはず、彼女は彼を一度見ているのだ。それも、爆弾テロ事件が起きる前、とある外交官の屋敷で起こった殺人事件で。そこで現れた工藤新一と推理対決をしたその青年を。

 

「音痴やがサッカーの腕は超高校級、そして先日の俺との勝負を勝ち逃げしよった、工藤新一のことやろ?」

 

「あっ!『服部』くん!」

 

その名前にコナンは反応した。そして蘭がいる方へと顔を向ければ、確かにそこには西の探偵『服部 平次』が立っていた。

 

「貴方もホームズファンだったの?」

 

「ちゃうちゃう。このツアーに応募したんは工藤に会えるかもしれんと思うたからや。それに俺はコナン・ドイルよりエラリー・クイーンの方が……」

 

そこでまたシャーロキアン五人からの責める様な視線に平次は急いで訂正する。

 

「けど一番はドイルかな」

 

その言葉にシャーロキアン五人は嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

「……あれ、僕達は江戸川乱歩が好きって言った時、あんな反応だったっけ?」

 

「お前は小学生に見えるからまだ許されてたんだろ。けど俺は結構キツイ視線と反応もらってたからな?まあ無視したけど」

 

その修斗からの『小学生』という言葉に、雪男はガックリと肩を落とす。

 

「……僕、もう25なのに……」

 

「諦めろ。それが定めだ」

 

「DNAの関係かな?なら諦める他ないのかな……」

 

雪男がそこで遂に明後日の方へと視線を向けた。それに同情したのか頭を優しく撫でる修斗。

 

「元気出せって。牛乳飲めばなんとかなる」

 

「それデマだから。それだけじゃダメだから……というか、知ってて言ってるよね?」

 

「当たり前だろ」

 

「少しぐらい慰めて」

 

そこでオーナーが空気を変えるために手を2、3度叩き、もう夜遅いからと休みを取り、明日の朝9時に朝食、13時に昼食、20時に夕食、その後に毎年恒例となっているらしい超難問推理クイズを行うと予定を話しだす。

 

「そしてそして、そのクイズで見事満点を取られた方には、なんとシャーロック・ホームズがこの世に生を受けたコナン・ドイルの出世作『緋色の研究』初版本を進呈しましょう!」

 

それに嬉しそうな反応を示すシャーロキアン達。しかし話はまだ終わっていない。

 

「しかし、その前にどれほど皆さんがホームズに心酔なさっているかという証を見せてもらいます」

 

「証?」

 

金谷の言葉に綾子が疑問を返せば、金谷の指示の下、岩井が紙の束を配っていく。

 

「今、メイドが皆様にお配りしているのは、ホームズカルトテスト1000問」

 

「1000問!?」

 

「それを提出する期限は明日の夕食まで。それで990点以上を取られた方のみ、夕食後の難問クイズに参加してもらいます。念の為に、携帯電話とホームズ関係の書物をお持ちの方は今すぐメイドにお渡しください」

 

その指示に従い、瑠璃達も入れようとするが、困ったのはもう一つの仕事用の携帯電話。

 

「どうする?」

 

「隠し持っていても無駄ですぞ。ペンションの至る所に設置してある防犯カメラとこの盗聴器が貴方を見張っていますからね。不正が分かれば問答無用で出て行ってもらいます」

 

「あの、これ仕事用なんだけど、ダメかな?」

 

「駄目です」

 

「諦めろ。目暮警部や病院関係者には此処に来ること言ってるんだろ?なら要請があってもすぐに来られないことは理解してるはずだ」

 

「……はーい」

 

修斗の言葉に若干納得はしないものの携帯を袋に入れた。その間に小五郎が自分も受けないとダメかと質問すると、小五郎達は特別で、講演でもしてくれたなら良いらしい。

 

「ねえ!僕も990点以上取ればクイズに参加して良いの?」

 

コナンのその子供らしい無邪気な質問に、オーナーは戸惑いながらも是を示した。それに笑みを浮かべるコナン。そんなコナンを一目見た後、修斗が全員の様子をサッと見て、とある人を見た時、溜息を吐いた。

 

***

 

それから時間が過ぎていく。瑠璃は本をそもそも読んでいないため諦めようとしたが、修斗が全部解いた答案を見せた。それに瑠璃と雪男が驚き、追い出されると言おうとしたが、修斗からはアレはハリボテだと説明された。勿論、こういうものを見抜く目は修斗の方が鋭い。だからこそ二人はそれを信じ、修斗の答案を丸写しした。

 

「いや〜、私これで追い出されずにすむよ!」

 

「それは僕もだよ。江戸川乱歩の方が僕は自信あるんだけどな〜……」

 

「このツアー行く前に読んでなかったか?復習として」

 

「読んだけど、あまり自信はないかな……」

 

「そういう修斗はどうなの?私が言えることでもないけどさ」

 

「時折読み返して読んでたりしてたしな。どこぞのシャーロキアンみたいに一字一句読めるとまでは言わないけど、大丈夫だと確信はしてる」

 

「へ〜」

 

「それに……」

 

「?」

 

そこで言葉を切った修斗に首を傾げる瑠璃と雪男。しかしそんなことを気にせずに窓の外を見ながら二人に聞こえない声量で呟く。

 

「もう、意味をなさないだろうしな」

 

そして三人は一度眠り、朝食の時間に起きて食堂へと来てみれば、オーナー以外の全員が揃っていた。そのオーナーを待つが幾ら待てども来る気配がない。遂に全員が我慢出来なくなり、朝食を食べ、昼食も食べ、そして夕食まで時間が経ってしまった。しかしその間にオーナーは一度として姿を表さなかった。

 

「ふぃ〜、食った食った」

 

「それにしても全然姿を見せないなオーナー」

 

藤沢が心配そうに言えば、遂に我慢出来なくなった綾子が岩井に声を掛ける。

 

「早くオーナーを呼んで、テストの採点を始めて頂戴よ!」

 

それに岩井が困った顔で答える。

 

「でも、私は旦那様がおいでになるまで、お客様をもてなすよう言われてますので」

 

そんな様子を見ていた平次が残念そうな顔をしていた。元々、彼の目的は工藤新一を探すこと。その彼がいないならもう用はないのだ。そんな平次の様子を修斗はチラリと見てからコナンを見る。実は彼が探す工藤はもう既にいるのだが、子供の姿であると誰も想像さえしないだろう。ならば彼が残念がるのも仕方ないというものだ。

 

そこから更に時間が経ち、遂に深夜0時を過ぎてしまった。そこで藤沢が堪え切れなくなり、勢いよく立ち上がる。

 

「くそっ!もう我慢ならん!部屋で休ませてもらう!」

 

「お客様!」

 

「やっぱりあの噂は本当だったのね」

 

「噂?」

 

戸田の言葉に瑠璃が不思議そうに問い返せば、戸田は答える。

 

「クイズの商品に初版本なんて真っ赤な嘘。毎回難癖吐けて全問正解者を出さずに、結局はあの本を自慢するだけのツアー」

 

「……う、うわぁ」

 

それに瑠璃が引く様子を見せるが戸田には関係ない。彼女もそこで立ち上がり部屋に戻って行く。それを機に他のツアー客も部屋へと戻って行く。そこで小五郎も戻って行き、瑠璃と雪男も立ち上がり、部屋へと戻ろうとする。それに修斗も続いて立ち上がり、部屋に戻って行く。最後にとある人物に視線を向けたのには誰も気付くことはなかった。こうして部屋に残されたのはコナン、蘭、平次、研人に綾子、そして岩井だけとなった。そこから少しして服部にも限界がくる。彼は欠伸をし、眼に浮かぶ涙を拭いた。綾子も研人に部屋に戻ろうと言えば、研人は彼女に待ったをかける。

 

「こういうのは先に動いた方の負けーーー」

 

そこで彼は外に視線を向けた。するとその外では不自然に勝手に動く車が見えた。その車は彼らツアー客が乗って来た車だ。そして運転席にはホームズのコスプレをしたオーナーが乗っていた。

 

「ほら、やっと始まるのさ。推理クイズがね」

 

「さすが研人」

 

カップルの二人がいちゃつきながらそう言うが、しかし様子がおかしい事に気付く。車が止まる様子がないのだ。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「そっちは崖……」

 

その言葉に平次とコナンが反応し、すぐに行動に出る。

 

平次が窓を開け、そこから二人は外へと飛び出てスリッパのまま車を追う。その車は少しの段差を超えるとスピードを上げた。

 

「あかん、スピードを上げよった!」

 

しかしそれでも追いつかないスピードではない。二人はすぐに運転席まで辿り着き並走する。

 

「おいオッサン、何しとんのや。はよ止めな落ちてまうで!」

 

平次がこちらに気付いて貰うために窓を叩くが反応がない。コナンはその小さな体を使って車にのサイドミラーに飛びつき、中を見る。そこで車の画面に毛布が掛けられている事を知る。それと共にエンジン音とも違うシューッという何かの音にも気付いた。しかしそこでタイムアップ。車は止まらずに崖下へダイブ。運良くコナンは直前で手を離していた為、それに巻き込まれることはなかったが、車は爆発。確実にオーナーは死んだことだろう。その騒ぎに全員が気付き、外へと飛び出てことの詳細を平次から聞けば、藤沢が目を見開く。

 

「何、オーナーが死んだ!?」

 

「ああ、そうや。たった今、俺の目の前で車ごと落ちよった」

 

「そんな!?どうして旦那様が……!」

 

それに小五郎は欠伸をしながら答える。

 

「自殺だよ、自殺。きっとホームズの初版本を持っていかれるのが惜しくなったんだろ……」

 

そんな小五郎の適当な推理に研人が意見する。

 

「いや、これはひょっとしたら他殺かもしれませんよ」

 

「えっ!?」

 

「オーナーを予め眠らせたか殺したかして車のシートに座らせ、ギアをドライブに入れれば車は自動的に発進する」

 

そして研人は車のガレージを指差しながら推理を続ける。

 

「犯人がその作業をしたのはおそらくあのガレージの中」

 

「じゃあ、もしかしたら私達の中に犯人が……」

 

「ま、そういう事になりますね」

 

それに平次は疑問をぶつける。

 

「せやけど、あの車、途中でスピード上げよったで」

 

「えっ!?」

 

「それに、車の中でしてた風の出るような妙な音、アレはエンジン音とは違うてたで」

 

それに川津が反応する。

 

「ああ、それならきっとクーラーの音だよ。スイッチが入ったままになっていて、エンジンを掛けた時に勝手に動いたんだよ」

 

「なら研人さんの言った事は間違いではないと思うぞ」

 

そこでイキナリ修斗の声が入って来て、全員が彼に視線を向ける。昨日から彼は特別目立つような事はなかった。だから全員、そこまで期待してはいなかった。そう、コナンと瑠璃達以外は。

 

「なら、あんたはどうやって生きてへん人間がスピードを上げたんか、説明出来るんか?」

 

平次が無理だろと言いたげな表情を浮かべて修斗を見れば、修斗は溜息をつく。

 

「あくまでまだ推測の域だが、これが一番確率として高いだろ。そして、これがもし当たれば、この場の誰でも出来る事になる」

 

それに全員が驚愕の顔を浮かべるが、それに構わず修斗は続ける。

 

「流石にいつ金谷さんを犯人が殺したかまでは定かじゃないが、予想としては俺達と別れた最初の夜の頃だろうな。そこでオーナーを車まで移動し、彼をそこに乗せてブレーキを踏ませた状態で足に重りを乗せて固定させる。そこから半日経てば死後硬直をし、重りを退けてもそのまま。エンジンを掛けてギアをドライブに入れてもブレーキを踏んだままになり止まったままとなる。そして犯人は俺達が夕食で集まる前にガレージを開け、硬直が解けてブレーキを踏んでいる足が緩み車が動き出すのをリビングで待って入れば良いだけだ」

 

「そっか!あとはリビングで待ってようが部屋で寝ようが、オーナーが自殺しちゃうもんね!」

 

瑠璃のその言葉に修斗は頷く。この時点で、全員が修斗をあり得ないものを見たような目で見ている事など、修斗は理解していた。

 

「せ、せやけど、死後硬直は死んだから40時間経たないと解けんで!」

 

「けど、外気温が高ければ?」

 

「……ま、まさか、あのクーラー」

 

「ああ。死体の周りの温度が35度くらいになったら硬直の進行と柔らかくなるスピードは徐々に上がり、24時間から30時間で硬直は解け始める。そして、オーナーが姿を消したのが昨日……いやもう深夜回ってるし一昨日か。一昨日の夜、俺達と別れてすぐと仮定すれば、さっき車が動き出してもおかしくはないだろ?」

 

「で、でもそれならクーラーが……」

 

「それがもしクーラーじゃないとしたら?」

 

「じゃああんたはなんやと考えたんや!」

 

平次のその最もな疑問に修斗は冷静なまま答える。

 

「クーラーじゃなくて、ヒーターだ。……全員、地面を見ろ」

 

そこで全員が地面を見たのを確認して修斗が続ける。

 

「もしクーラーだった場合、フロントタイヤの隙間から水滴が落ちてるはず。けど、周りを確認して見たがそんなもの見つからない……水滴があったなら俺はここで謝る。どうだ?」

 

その修斗の言葉に全員が真剣に地面を観察するが、水滴などどこにも落ちていない。

 

「な、ない……」

 

「スピードが上がったのはブレーキペダルからズレたんだろ。そこの段差でな」

 

そう言って指を指したのは、確かに丁度スピードが上がった段差のあたりだった。

 

「なら、あのシーツは中のパネルを見られたくなかったから……」

 

「まあ、お前が何を見たから知らんが、そうだろうな。まあ……ここまであくまで俺の予想だ。証拠なんて、水滴がない事以外もう絶対に見つからない」

 

その推理に全員が呆然とする。そう、彼のこの推理が一番理に適っているのだ。

 

「そうだな。車が爆発して死体は回収不可能。警察に連絡して、待つしかありませんな……」

 

小五郎の言葉に一番最初に意識を戻した川津が携帯を取り上げられたことを言うと、岩井がオーナーの部屋にあると言う。

 

「なら、取り敢えず見張りとして一緒について行ってもいい?何もしないとは思うけど一応」

 

「見張り?ふんっ、君は警察気取りかい?」

 

研人が瑠璃を見ながらそう言えば、瑠璃はムッと眉間に皺を寄せ、胸ポケットから警察手帳を取り出し、それを見せる。

 

「そうですけど?本物の警察ですが何か?」

 

「なっ!?」

 

「まあでも、応援は確かに必要ではありますけどね?私一人じゃ現場保存も難しいですし……」

 

「取り敢えず、瑠璃姉さんは仁美さんについて行ってあげて」

 

雪男が拗ねた瑠璃にそう声をかけ、瑠璃はそれに同意を示し、仁美についていく。そんなやり取りの間、コナンはもう一度タイヤ痕の周りを探る。それは平次も同様だった。しかしその行動理由はそれぞれ違う。コナンは最終確認のため、平次は探偵でもない修斗の言葉が信じられず、自分のやり方で探るため。そんな二人は探している時に頭をぶつけてしまい、蘭が平次に何をしているのかと聞けば、クーラーだった場合の可能性を考えて探していだと言う。

 

「やのにまたこのガキが……!」

 

そこで平次は違和感を持つ。そう、外交官殺人事件の時でもコナンと頭をぶつけ合ってしまっていたのだ。それも今と同じように、証拠を探していた時だ。

 

「暗くてよく見えないね」

 

コナンがそんな平次にそう声を掛け、平次はそれに戸惑いながらそう返答すれば、後ろで灯りが灯される。その正体を確かめるために後ろを振り返れば、綾子がライターを灯してくれていた。

 

「これでどう?お若い探偵さんたち」

 

「あ、どうも……」

 

「おおきに」

 

二人は綾子にお礼を言い、タイヤ痕の周りを少し探った後、少しして瑠璃達が戻ってきた。しかしそれは、最悪の連絡だった。

 

「た、大変!!携帯が壊されてる!!」

 

「なんだと!?」

 

それに全員が反応し、急いでオーナーの部屋へと行けば、確かに袋の中が出され、粉々に壊されていた。

 

「ほ、本当に壊されてる……」

 

「誰がこんな事を……」

 

そこで岩井があることに気付く。

 

「初版本もなくなってます!!」

 

それに全員が金庫の中身を見れば、確かに初版本がなくなっていた。

 

「くそぅっ!我慢ならん!!もう一台の車で脱出して、」

 

「無駄や」

 

藤沢がそう焦りを浮かばせながら言えば、それを先に確認していたらしい平次が伝える。

 

「ガレージに残されてた車は燃料タンクに穴を開けられて、ガソリンが流れ出とったわ。オマケにバッテリーも上がっとるし、もう動かへんで!あの車!」

 

それに蘭は不安そうな顔をするが、その隣にいた研人は楽しそうに笑う。

 

「ふふふっ、やはりオーナーは誰かに殺されたようですね、探偵さん」

 

研人が小五郎を見ながらそう言えば、小五郎は分が悪くなり、顔を逸らす。

 

「となると、あの車のトリックは修斗さんが言ったのが近いんやろうな」

 

そう言いながら道が開けられた真ん中を通り、全員の視線を自身に向けながら言葉を続ける平次。

 

「せやけど、俺らをここに閉じ込めたっちゅうことはや。犯人はまだ続けるつもりやで!この殺人劇をな!」

 

その言葉で全員が息を飲む。そう、今自分の隣にいる人が犯人かもしれないのだ。気が気ではない想いだろう。

 

「とにかく、犯人はこの中にいるんだ。ちゃんと調べればすぐに割り出せる」

 

「なら、今の所怪しいのは貴方じゃないか?修斗さん」

 

研人のその言葉に全員が修斗を見る。勿論、瑠璃と雪男、コナンはあり得ないと分かっているが、他はそう信じきれないだろう。特に知り合ったばかりの面々の方が多いのだ。信用もなければ信頼もない関係だ。

 

「貴方、あの車のトリックをすぐに言い当てたじゃないか。あれは、本当は自分がしたからじゃないか?」

 

研人のその責めるような言葉に、修斗は壁に背を預け、腕を組んでいるその状態のまま、ため息を吐く。

 

「……確かに、一番俺が怪しいんだろうな。それは認める。けど、それは安易な考えだ。そして俺にはアリバイがある」

 

「というと?」

 

「俺はそこの瑠璃と雪男と共にずっと行動していた。つまり、二人が俺の証言者だ。そこにもしオーナーが加わっていて、俺の知り合いでも仲がいいわけでもない相手と一緒に離れでもしたら、二人は不審がる……だろ?」

 

修斗の言葉に二人は頷く。

 

「私達、兄妹だからよく分かるよ。もし修斗が今日会ったばかりのあのオーナーさんと一緒にいようものなら、流石におかしいと思うもん」

 

「右に同じく」

 

それで修斗のアリバイは取り敢えず成立した。勿論、この兄妹が共謀していないことが前提の話だと念を押されている。と、そこで川津が防犯カメラを見ようと提案するが、岩井からアレはハリボテだと説明される。曰く、この時期だけに付けられる物らしい。そこで綾子が平次に近付き、水滴の件を確認する。しかしそれはやはりなかったと伝えられた。そこで綾子は何かの確信を得たらしい。急にその場で大声を出して笑い出した。

 

「あ、綾子……?」

 

研人が綾子のその様子を心配してどうしたのかと声を掛ければ、綾子は自信満々な笑みで答える。

 

「私、分かっちゃったんですもの、この事件の犯人。……それを決定づける証拠もね」

 

そこで修斗以外の全員が目を見張る。

 

『な、なんだって!?』

 

「……」

 

「十分間猶予をあげる。私の口から名前を言われたくなかったらその前に名乗り出るのね」

 

そう言ってタバコを吸いながら歩き出す。その途中、修斗のところで一度立ち止まり、何かを耳に紡ぐとまた歩き出す。

 

「お、おい綾子。どこに行くんだ?」

 

「トイレよ」

 

「馬鹿!今一人になったら犯人に……」

 

「あら?貴方が守ってくれるんでしょう?」

 

綾子はそのまま不敵な笑顔で出て行き、彼氏である研人がその背を追って行く。

 

「名探偵も形無しですな」

 

藤沢のその言葉に小五郎は不機嫌になる。

 

「どうせハッタリだ」

 

その小五郎の言葉をコナンが否定する。

 

「いや、あの人、僕達が知らない何かをきっと掴んでるんだ!」

 

「ああ、そうやろな」

 

そこでまたコナンと平次の意見が被る。と、そこで蘭が零す。

 

「そういえば綾子さん、昼間ちょっと変だったわよ?」

 

それに反応する探偵二人。それに構わず蘭は続ける。

 

「今日の昼食の後、部屋に戻る途中で綾子さんを見つけたんだけど、彼女、私を見て紙のような何かを慌てて後ろに隠したのよ。でも多分あれって、昨夜配られたホームズのテストだと思うんだけど……」

 

「「テスト?」」

 

それに周りも反応する。

 

「まさか……」

 

「カンニング」

 

「たくっ、なんちゅう女だ……」

 

そんな全員の反応を修斗は聞き流し、外を見やる。

 

(……多分、彼女はもう)

 

修斗はもっぱらこの事件を解決するつもりはない。彼の中にはコナン達のような好奇心はないのだ。事件を解いた時のスッキリするような感覚も、彼の中では浮かばない。だからこそ、彼女の言葉には従えなかった。

 

(……『貴方も犯人、分かってるんでしょ?』か……ああ、当たりだよ。本当にすごい女性だよ)

 

そんな中、扉を開けて研人が戻って来た。そんな研人に詰め寄る三人。

 

「オイ、誰なんだね犯人は!」

 

「こっそり聞いたんでしょ!?」

 

「教えてくださいよ!!」

 

そんな三人の気迫に押された様子の研人だが、しっかり伝える。

 

「それは、いくら研人でも教えられないってトイレに閉じこもっちゃって」

 

「くそっ。焦らしよってあの女……」

 

そんな様子を見ていた服部は岩井に質問をする。

 

「なあ、メイドはん。確かお昼を食べなかったんは、綾子さんの他にもおったよな?」

 

「ええ。戸叶研人さんと清水奈々子さんの二人よ」

 

それを聞いて平次は思考する。今回の事件の事を。

 

(カンニングと疑われる行動をしてたっちゅうことは、綾子さんは最初から知ってたわけか。あの防犯カメラがハリボテやっちゅうことを)

 

そこでコナンが研人に声を掛ける。

 

「ねえお兄ちゃん。お昼に綾子さん、お兄ちゃんの部屋に来なかった?」

 

「いや?昼は部屋でテストの答案の残りをやってたけど、誰も来なかったよ?」

 

「ふーん……」

 

その答えに二人の思考は合致する。綾子は誰かの部屋で見たのだと。それも事件に関係する重大な何かを。そこで蘭から綾子を心配する言葉が投げ掛けられ、藤沢が自分の腕時計を確認する。

 

「そ、そういえば……」

 

「アレから、もう20分以上経ってる」

 

そこで小五郎がとある可能性を頭に浮かべた。それも、最悪な方の可能性を。その可能性はあり得ないと、その思考を消したいがためにトイレへと小五郎、川津、藤沢、そして探偵二人に瑠璃が確認へ向かう。

 

「綾子さん!綾子さん!!」

 

そしてその可能性は、消された。

 

「なによ騒々しい」

 

彼女は怪我一つなくトイレから出て来たのだ。それに小五郎は内心で安堵し、綾子を心配したと伝えた。

 

「そ、それで、そろそろ犯人は誰か教えて欲しいんだが……」

 

「ああ、アレね。アレ、私の間違いだったみたい。……ごめんなさいね」

 

綾子はそう謝り、その場から離れていく。小五郎は「やっぱりハッタリだったか」というが、平次とコナンは彼女へ違和感を持つ。

 

(なんでいきなり態度を翻したんや)

 

(くっそ、こっちは分からねえことだらけだってのに!)

 

それからコナンと平次を除いた人がオーナーの部屋へと戻り、その場で全員待機となった。瑠璃は綾子について行ったが、雪男は修斗の隣に待機していた。なぜなら修斗の顔色が現在、とても悪く、彼がいつ倒れてもいいように雪男がいるのだ。

 

「……修斗兄さん、休んだほうがいいんじゃない?」

 

「……いや、いい」

 

「兄さん、実はずっと頭を休まずに回転させてるでしょ。証拠に眉間にしわ寄ってる」

 

「……」

 

その言葉に修斗は息を吐き出し、観念したように小声で懺悔する。

 

「……雪男」

 

「?なに?」

 

「……ごめん」

 

「……え?」

 

その謝る理由に雪男は心当たりがない。彼が首を傾げた時、扉が開く。其方に目をやれば平次とコナンが入って来た。

 

「あれ、綾子さんと瑠璃さんは?」

 

コナンがそう問えば、それに小五郎が答える。

 

「あの女なら散歩に出て行ったよ。瑠璃さんはその護衛だ」

 

「止めたんだけど、もう殺人は起こらないわよって」

 

「それでも瑠璃姉さんが頑なに譲らなくって、だから瑠璃姉さんが護衛なんだよ」

 

「まあ、容疑者は全員この部屋の中だし……」

 

「ジッとしてればなにも起きんよ」

 

その藤沢の言葉がフラグだったかのように爆発音が響く。それを聞くと、修斗が飛び出た。

 

「修斗兄さん!?」

 

その後を追う雪男だが、彼の足が早すぎて追いつけなかった。そんな彼を追い越し、小五郎達もガレージ前まで行くと、燃え盛るガレージがそこには見えた。そしてその近くでは爆風で飛ばされたらしい、尻餅をついた瑠璃を修斗が介抱していた。

 

「おい瑠璃、大丈夫か?気をしっかり持て!!」

 

そんな二人に近寄り、雪男は瑠璃の状態を確認する。

 

「……見た限りは軽い火傷だけだね。……運が良かったよ。一歩間違えたらあの爆発に巻き込まれて……」

 

「……ぁ、わ、私、わたし!」

 

そこで瑠璃はハッと思い出し、修斗に縋るように服を掴む。

 

「修斗!綾子さんが……綾子さんが車の中に!!」

 

「……やっぱり」

 

修斗はそれを聞き、予想が当たってしまったことに泣きたくなった。どれだけ頭が良かろうと、どれだけ頭が回ろうと、こういう時ばかり彼の選択肢に最善の答えは提示されない。なら最初から彼が推理して謎を解けばいいと返されるだろうが、すでに選択した後の後悔では遅い。

 

「まさか綾子さん、あの中に!?」

 

「あ、綾子……綾子ォ!」

 

「馬鹿野郎!今入ったら焼け死ぬだけだ!……誰か!消火器だ!」

 

その言葉に岩井が反応し、蘭と共に消火器を取りに行く。そして藤沢はそんな燃え盛る炎を早く消火するように頼む。一見すればその言葉は綾子を心配してのものだろうが、その次に続く言葉でそうじゃないことが判明する。

 

「頼む!あの中にはあの本が……!」

 

その藤沢の言葉に反応する探偵二人と予想が的中したのか悔しそうに顔を歪める修斗。

 

その後、消火された後に綾子を探せば藤沢が見つけた。車の中で、焼けた姿のまま。

 

「綾子……綾子ォォオ!」

 

その叫びを聞き、雪男は目をつぶり彼女に黙祷を捧げる。そして目を開き、小五郎達に近付く。

 

「皆さん、そこを退いてください。後は僕の仕事です」

 

「あ?テメーみたいなガキに何ができるってんだ!」

 

小五郎がそう怒鳴りつける。彼からみたら確かに雪男は小中学生にしか見えないのだ。しかし、彼の実年齢は25歳。して彼は瑠璃と同じように胸ポケットから免許を取り出す。しかしそれは警察の証ではなく、『医師免許』。

 

「……なっ!?お前、まさか……」

 

「はい。専門は精神科だけど、総合的に出来るようにしてる。検死だって学んでる……だから、ここは僕の出番だ」

 

「……ああ、分かった。頼む」

 

そこまで言われては小五郎も引き下がる。そして雪男はもう一度黙祷し、焼死体を調べ始め、そしてやはりそれが綾子さんだと断定した。

 

「あの焼死体の服装、そして体型からして綾子さんで間違いないと思われます」

 

雪男が手につけていた白手袋を外しながら言えば、蘭が悲しそうに目を伏せる。

 

「さっきまで元気だったのに……」

 

「そうね……。そういえば彼女、犯人が分かったとか」

 

そう戸田が言えば、岩井が反応する。

 

「じゃあ、犯人が口封じの為に彼女を……」

 

「でも、容疑者となる私達は全員オーナーの部屋にいたと思うんですけど」

 

「じゃあ誰が……」

 

そこで川津が、実は車に乗っていたのは事態ではなく人形だったのではと言い、これをオーナーがしたのではと言い出した。勿論、それはないと修斗も理解しているが、どうやらずっと頭を回転させていた所為か、さっきからしていた軽い頭痛が強さを増してくる。しかし彼は今はまだそれを出すべきではないと、耐える。そんな間に探偵二人が車に乗っていたのが人形ではなく、オーナー本人だったと言った。

 

「だったら!誰がこんなことしたって言うんだ!!」

 

研人がそう涙と憎悪を目に浮かばせながら叫ぶ。そしてそれを探偵二人にぶつけ始めた。そして小五郎がこの中に犯人はいないとハッキリしたと言い、屋敷の中で夜が明けるのを待つ事となった。そしてそれに続こうと修斗も歩き出した時、雪男がそんな修斗を止めた。

 

「兄さん、ストップ」

 

「……?」

 

修斗は平気そうな顔で雪男を見れば、雪男は顔を険しくさせて修斗を見ていた。

 

「……なんだよ」

 

「僕からのストップだ。……この意味、分かるよね?」

 

「……ドクター・ストップってか。洒落になってねえな」

 

「洒落じゃないからね。……いつもの兄さんなら、僕も気付かなかっただろうけど、そろそろそこまで頭が回らなくなってきたんでしょ?返答が雑だ」

 

「…………」

 

「いつもの兄さんなら空気を読んで真面目な顔をしてるだろ。けど、今の兄さんは安心させる為なんだろうけど笑ってる。浮かべる表情の選択を間違ったね」

 

そこで遂に修斗は諦めた。そう、彼はもう、限界だった。

 

「……悪い、こんな時に……もう、頭が回らん」

 

そこまで言って、彼は壁に背をもたらせて座り込む。それに気づいた瑠璃と平次、コナンが近づいて来る。

 

「修斗!?」

 

「修斗兄ちゃん!?どうしたの!!」

 

「おいあんた!どないしたん!!」

 

そんな声がどんどんと遠ざかっていくのを感じながら、修斗は意識を飛ばした。

 

「……寝てる?」

 

「いや、意識が飛んだんだよ。……頭が回りすぎる人も考えものだね」

 

雪男のその言葉にコナンと平次が首を傾げれば、雪男は修斗をジト目で見ながら話し出す。

 

「いつもなら兄さんもずっと考えず、所々でセーブして休息を取ってるんだ。けど、今回はずっと頭を回しっぱなしにしてたみたい。……いや、この程度だけだったんなら倒れなかったんだろうけど、僕達に怪我や被害が出ないよう、どう行動するかまで考えてたみたいだよ。だよね?瑠璃姉さん」

 

それに瑠璃は頷く。

 

「う、うん……私があの爆発の被害に遭わなかったのも、そのお陰。修斗が言ってたんだよ。『綾子さんにライターを使わないように言え。そして探し物を始めたならガレージから離れとけ』って」

 

その言葉にコナンは驚かないが、平次は驚きで目を見開き、修斗を見る。そう、彼はここまで予想がついていたのだと理解したのだ。

 

「……ここまで、こいつは理解しとったんやな……」

 

「だろうね。じゃないと、姉さんにそう言う意味がわからない」

 

その雪男の冷静な声に、平次が怒鳴りつける。

 

「ならなんでもっと最善な行動が出来んなや!俺らにもっと注意することもできた筈や!いや、ここまで分かってるんやったら犯人さえ分かってたんやろな!!ならあの場でズバッと言ってしまえばよかったんや!!」

 

平次のその言葉は勿論正論だ。雪男にも瑠璃にも反論出来ない。しかし、コナンは違う。彼から先日、聞いていたのだ。

 

「たぶん、証拠がなかったんだ」

 

「……は?」

 

「修斗兄ちゃん、相手の目と顔を見たら犯人が分かる、みたいな事をこの前言ってたんだ。けど、それだけだと証拠にはならない。そして今回も何も言わなかったなら、修斗兄ちゃんは証拠を見つけきれなかったんじゃないかな?」

 

「……あの時の話で多分、証拠が『何か』は分かったと思う。けど、それはあくまで兄さんの予想であり、出せと言われても断定してない曖昧なものを言うわけにもいかない。……兄さんが何も言わなかった今回の理由は、多分これだよ」

 

それを聞き平次は悔しそうな顔をした後、修斗を見る。

 

「……よう分かった。なら、気ぃ失ったこの兄ちゃんの分まで、俺がその証拠を断定したる!」

 

そう決め、修斗を平次が担ぐと、リビングへと移動する。

 

「それにしても、どうして爆発したんだろ……」

 

「まさか、時限式の発火装置が中に……?」

 

「いや、そんなもんなかったで」

 

「じゃあ、どうやって犯人は火を……」

 

そこまで考えた時、ふっと二人は思いつき、同時に瑠璃を見る。そんな二人の反応にビクッと震えた瑠璃。

 

「なあ、姉ちゃん」

 

「な、何かな?二人とも」

 

「どうして修斗兄ちゃんは綾子さんに『ライター』を使うなって言ったのか、聞いてない?」

 

コナンの質問に瑠璃はすぐに答える。

 

「ああ、それ私も気になって聞いたんだよね。そしたら、ガレージに残された車はガソリンが漏れ出してるだろ?って額に手を当てて言ってたよ。それで記憶遡ったら、確かに平次くんが言ってたんだよね。『燃料タンクに穴開けられてガソリンが漏れ出してる』って」

 

その言葉にコナンはジト目で平次を見る。その平次は視線を逸らした。

 

「けど、それが……」

 

そこでようやく理解した。自動発火装置の仕掛けを。

 

「……この兄ちゃん、マジで凄いな。ここまで頭回って、その上あんたら二人の身の安全まで考えとったら、そら頭も疲れるわな」

 

その平次の言葉に雪男と瑠璃は苦笑い。そしてそのままリビングへと入り、瑠璃が用意したベッドのシーツと枕で簡易布団を作る頃には外で雨が降り出していた。

 

「酷い雨……これじゃ外に出られないね」

 

その言葉に戸田も同意する。小五郎はそんな外を見ながら徹夜で眠く、その上腹も減ったといえば、岩井が簡単なものを用意してくれると言ってくれた。それに手伝うと言う蘭と瑠璃、川津、研人。

 

「でも、本当に犯人がオーナーなら、なんで死んだフリまでして綾子さんを殺したりしたのかしら」

 

その言葉に藤沢が机を叩き、怖い顔で話す。

 

「オーナーは楽しんでるんだこの殺人を……。見てみろ!このカードを!」

 

そう言って彼が見せたのは一枚の白いカード。内容は『あの本が欲しければ明朝5時にガレージに来い。車の後部座席の下に置いておく』と書かれていた。

 

「確か、ガレージから火が出たのは4時半過ぎだったな……」

 

「後部座席言うたら、綾子さんの死体があったとこやんな……」

 

そんな二人を見て、コナンは藤沢に一番の疑問を投げかける。

 

「ねえ、このカード、どこでもらったの?」

 

「昨夜、食事から帰ったらドアの間に挟んであったんだよ」

 

それを聞き、小五郎は顔色を明るくする。

 

「そうか!分かったぞ!」

 

その顔を見て平次は顔を険しくして止める。

 

「おいオッサン。何度も言うてるけどな、オーナーは確かに死んだんやで!」

 

「ふんっ。ガキが見たことを信用出来るか」

 

「なんやと!?」

 

そんな言い合いの間にコナンは考える。そう、綾子の死体の位置から考えて、綾子もまた本が目当てでガレージに行った事になる。

 

「大体、あんたみたいな探偵がいるから、迷宮入りの事件がぎょうさんあるんや「失礼ね!」」

 

平次がそう小五郎を責め立てていた時、冷たい飲み物を持ってきた四人が帰ってきた。その先頭にいた蘭が平次を怒る。

 

「お父さんならいつもちゃんと事件を解いてるわよ!いつも推理する時眠ったようなポーズを取るから『眠りの小五郎』って恐れられてるんだから!……ね?お父さん!」

 

そんなやりとりの間、雪男は修斗の様子をみていた。まだ修斗は頭を休めるための睡眠を取っている。

 

「……どう?一回でも起きた?」

 

「ううん、全く」

 

そんな会話をしている時、急にペンションの電気が落ちた。

 

「え、停電?」

 

「まさか雷で?」

 

「違います!ヒューズが飛んだだけです!」

 

瑠璃と蘭の言葉に岩井がそう答える。そしてそんな岩井に小五郎がブレイカーを早く上がるように指示を出す。そして藤沢が持っていたライターに火をつけた時、二人はその藤沢の背後にアイスピックを持つ人を見た。そしてその人物がアイスピックを投げた時、二人が藤沢を倒す。その時、藤沢の腕にアイスピックが刺さり、痛みで藤沢が叫んだ。その少し後、ガラスが割れる音が聞こえ、瑠璃がそちらを気にした時、電気が点灯された。そこから瑠璃が推測したのは、犯人がそこから逃げ出したという推理ではなく、誰かが窓を割ったという考えだ。

 

(一体誰なの?……この中に犯人がいるのは間違いない。なら、一体誰なの!?)

 

瑠璃がそう考えていたため気付かなかった。探偵二人が確信を得たようにニヤリと不敵な笑みを浮かべている事に気付かなかった。




一番の長文となった気がする今日のこの話……私も修斗くんと同じで頭が疲れた。

実は今回、修斗くんの行動と考え、言動を考えるのに苦労しました。彼は最初から犯人が分かってる前提でいつも進めてるのですが、彼が予想しておらず、かつ断定もしてない証拠が何かを考え、それを頭に入れた上で彼はこの時、どう動くのかを頭の中で何度も考えたのですがどれも当てはまらず、一番しっくりきたのが今回書いた話となりました。まあ、修斗くんも苦労しましたが、瑠璃さんにも苦労しました。けど、一番は修斗くんです。

そして最終的に頭を休まずフル回転させ続けた代償にぶっ倒れて頂きました。まあ、本当に頭の回転が速く、頭も良い方がずっとフルで休まず回転させ続けたらどうなるか、私の予想でのこれですから、実際はどうなるかは分かりません。けど、コナンくんたち見てると不思議と平気そうに見えるのは何故でしょうね?

それでは!さようなら〜!


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第7話〜ホームズ・フリーク殺人事件・後編〜

雪男が藤沢の手当を始めている時、また話し合いが行われていた。それは勿論、犯人として実は生きていたオーナーが前提の話し合いだ。

 

「死んだと見せかけたオーナーはここのペンションの何処かに潜み、ガレージで綾子さんを焼き殺し、そしてアイスピックで藤沢さんを襲い、急いで窓を割って外へ逃げたんだ」

 

「くそっ!なぜオーナーは儂の命を……」

 

「……手当は終わり。けど、帰れたら掛り切りの病院に診てもらった方が早いね。もしかしたらその頃には傷ふさがってるかもしれないけど」

 

「ああ、ありがとう坊や」

 

「……僕もう25歳。さっきも医師免許見せたんだから大人だって分かるでしょ」

 

「ああ、すまんな。どうにもその……君の見た目が……」

 

「……自覚はしてるから傷口に塩塗らないで」

 

雪男が肩を落とす。そこでふっと瑠璃が藤沢に話を聞き出した。

 

「オーナーに襲われるような恨みとかないんですか?」

 

「ないな……こっちはオーナーが出す本にも協力してやったというのに」

 

その言葉に今度は小五郎が反応する。

 

「オーナーの?」

 

「オーナーが去年自費出版したホームズの本だよ。題名は確か『アイリーン・アドラーの嘲笑』」

 

「……え〜っと、誰か、『アイリーン・アドラー』が誰かを説明してほしいな?」

 

瑠璃が困ったように笑えば、雪男がそれに溜息を吐く。

 

「シャーロック・ホームズシリーズに出てくる架空の人物で、アメリカ生まれのオペラ歌手。女山師、ただ一人名探偵を出し抜いた女性と評される人だよ」

 

「へ〜」

 

瑠璃が雪男の説明を聞くとそんな風に返した。理解はしていない彼女だが、記憶には一生残るのだ。忘れる事はない。

 

「蘭、瑠璃刑事、窓から投げたオーナーを追うぞ」

 

小五郎が娘の蘭と瑠璃にそう声をかければ、蘭はそれに返事を返し、瑠璃も渋々といった様子で頷く。別に言うことを聞きたくない訳ではないのだが、彼女の中で一番信用度が高いのは修斗だ。彼がオーナーは死んでいると言っているのだ。なら死んだ証拠を探すべきだと考えたのだ。しかしそんな三人に待ったをかけたのは平次だ。

 

「無駄や、やめとき。なんぼ外を探したかて犯人は見つからへんで」

 

「なんだと!?」

 

小五郎が文句を言おうとしたが、平次は椅子を指差しながら無駄だと言った理由を話し出す。

 

「狭いところに不自然に入っとるやろ?」

 

その指差した椅子は確かに、誰かが適当に入れたような印象を受ける入れ方をされており、それ以外の椅子はきっちりと入れられているのが余計にそう思わせる。

 

「犯人が窓を破った後、慌ててここに押し込んだ証拠や」

 

「あ、本当だ!ガラスの破片が刺さってる!」

 

そう言ってコナンが子供らしい口調で言いながら見たのは椅子の脚。それも背凭れ側の方のだ。

 

「つまり、犯人はこれを持って窓を割った。まあ平次くんが言った通りの事をしたことになるね」

 

瑠璃が顎に手を当てながらそう言えば、平次が頷く。

 

「しかしそれは犯人が椅子を使ったのが分かっただけで……」

 

「小五郎さん、犯人は窓を割って逃げなきゃいけない立場だったのに、悠長にも椅子を戻すような心理的余裕はないと思いますよ?」

 

瑠璃がそう言えば小五郎はぐうの音も出ない。これが平次が言ったならまだ文句も出ようが、相手は刑事であり大人である瑠璃だ。何も言えない。

 

「それに、多分犯人は椅子を素手で持った筈や。指紋を消そうにも時間がなくてそのままの筈や。せやから犯人は椅子を使うたことを分からせんように机に戻した。そして電気がついた後、皆んなの目を盗んで指紋を拭き取るためにな」

 

「で、電気が点いた時?」

 

「ちょ、ちょっと。その時部屋にいたのは私達……」

 

「そうや。これで分かったやろ?オーナーが犯人やないってことが。そして、犯人がこの中におるっちゅうことがな!!」

 

それに全員がまた緊張感を持つ。犯人がいる以上、気を抜くことはできないのだ。

 

「メイドさん、確かあなた『ヒューズが飛んだ』とか言ってましたな」

 

「あ、はい!コーヒーメーカーのコンセントを入れようとしたらバシッと……」

 

それを確認するために倒れている修斗以外の全員でキッチンまで行けば、確かにコンセントの周りが黒く焦げていた。

 

「コンセントに細い針金を巻いてたんや。誰かがこれを差し込んだら勝手にショートするようにな」

 

「けど、そんな針金を犯人はどこで……」

 

瑠璃がそこまで言葉にして記憶を掘り返した。そう、あったのだ。針金はすぐ近くに。

 

「あっ!コーヒーの包みのタグ!」

 

直ぐに後ろを振り向けば、それを丁度コナンが触っていた。

 

「そうそうこれ!コナンくん、見つけたの?偉いね〜!」

 

そう言って瑠璃がコナンの頭を撫でれば、コナンは嬉しそうに笑う。しかし内心としては子供扱いされたことに複雑な気持ちを抱いていた。なぜなら彼は本当は高校生なのだ。素直に褒められて嬉しいものの、子供扱いは嬉しくないだろう。

 

「ふむ、確かに太さも長さも丁度いいな……」

 

「包みを開けたんは?」

 

「それは戸叶さんと川津さんの二人だよ」

 

瑠璃がそう答えれば、二人は焦りを顔に表す。と、そこで小五郎が自信満々な笑顔を浮かべて笑いだす。

 

「ふっふっふ、これでハッキリしましたな。犯人は川津さん、貴方だということがね!」

 

それに川津は焦り始める。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!あの時、キッチンに来たのは四人……」

 

「バーロー!その四人には第一の事件の時のアリバイが……」

 

「いや、アレ修斗の推理で誰でも出来るって分かりましたよね?」

 

瑠璃がジト目で言えば、小五郎はうっと気まずそうに視線を逸らす。

 

「まあでも、確かに川津さんにも出来ないことではないとはご理解下さいね?なにせあのパックから針金を取り外し、コンセントに巻けばいいだけの話です。そして誰かがこのコーヒーメーカーを刺すまで待てばいい。それだけなんですから。……まあだから、彼女を殺されて傷心中である貴方にも出来るってことですから、安心しないようにお願いします、戸叶さん」

 

その瑠璃の疑うような視線を向けられ、そんな言葉を投げかけられた戸叶が怒る。

 

「なっ!?僕がどうして彼女を殺さないといけないんだ!!」

 

「彼女、あの時犯人が分かったと言ってましたけど、それで口封じの為に殺した……とか、まあ理由はそれなりにありますからね」

 

「貴方、刑事だからってなんでも許されると思うなよ!!」

 

戸叶がそこで瑠璃の胸倉を掴もうとしたのを小五郎が阻止した。

 

「落ち着いて下さい戸叶さん!瑠璃刑事も、あまり煽らないように!」

 

「え、煽ったつもり全くない……」

 

「疑うのが刑事の仕事だろうけど、無闇矢鱈にそんな事を言わないほうがいいよ。口は災いの元って言うし」

 

小五郎からそんな注意を受け、瑠璃は呆然。しかし雪男からの反論の余地もない言葉に、瑠璃は居心地の悪さを感じた。

 

「……すみません。流石に口が過ぎました。言っていいことと悪いこともありましたね」

 

「ふんっ、全くだ!」

 

戸叶に頭を下げて謝罪をする瑠璃に、戸叶はそんな対応を返す。これで彼の怒りが収まったわけではないのだ。それを瑠璃も理解している。

 

「所で、藤沢さんが襲われて、それを守った時から平次さん、何か気になってることでもあるの?」

 

雪男が唐突に平次にそう聞けば、平次が目を見開いて雪男を見る。

 

「え?」

 

「だって、ずっと浮かない顔をして考えているみたいだから。僕の専門は精神科だよ?あまり舐めない方がいい」

 

そう言う雪男に平次は何か気になるのか眉間に皺を寄せたまま答える。

 

「ああ、そうや。あの時から何かがずっと気になって……」

 

「ああ、第一の事件や第二の事件の時とは違って、藤沢さんが襲われた第三の事件ではあからさまに証拠を残してる」

 

その平次の言葉に続くようにコナンがそう言い始め、雪男と平次がコナンを見る。

 

「もしかして、この事件は犯人にとって予定外……」

 

そこでハッと気付く表情をした。そう、既に全員がコナンに注目していたのだ。

 

「こ、コナンくん……」

 

「で、でも僕子供だから全然分かんないや……」

 

「き、気にしないで下さい!この子、探偵ごっこが好きなだけなんです!」

 

それに気付くと直ぐに取り繕ったように子供の演技をするコナン。そして蘭はそんなコナンに気付かずにコナンを連れて離れた。その一連の様子を見ていた雪男は首を傾げた。

 

(いまさっきのは確実にコナンくんの本当の顔だった。声だって真剣だったし、むしろさっきの方が演技の要素が強かった……どういうこと?)

 

そこまで考えて雪男はあることを思いついた。

 

(……そっか。子供っぽく見られたくないのか!そっかそっか)

 

そう、彼はそれが答えだと勝手に思い込んでしまった。そしてそれが間違いであることに気づかない。

 

(うん、なら今度から子供のように扱わないであげた方が良いかな?怒っちゃったらお菓子で釣らない方が良いかも?)

 

もうそんな風に考えているなど、瑠璃以外分からない。そして瑠璃は瑠璃でそんな雪男に苦笑いを浮かべているが何も言わない。彼女もまた、コナンは子供だと思っているのだから否定することはない。もしこの場に唯一正体を知っている修斗がいたら思わず溜息を零していた事だろうがそんな彼は倒れているのでいない。これでコナンの正体が疑われることはなかったーーーそんな訳ない。この中で唯一、平次だけは疑っているのだから。

 

(おかしい。このガキ、ごっつおかしい。此奴がやってるのは『探偵ごっこ』やない。立派な推理や。声や体は違ごうてるけどまるであの工藤のようや……)

 

そこであの外交官での工藤新一を思い出した平次。そう、彼があの事件に来た時、コナンは何処かに消えていた。そして新一が消えた時、今度はコナンが現れた。そこまできたら平次の中で疑いが強くなる。

 

(此奴まさか、ほんまのほんまは……)

 

そして全員がリビングへと移ると戸田が話し出す。

 

「でも変じゃありません?探偵さん。犯人が本当に川津さんなら、第二の事件の時、どうやってガレージに火をつけたって言うの?」

 

「そ、そうですよ!」

 

「いや、第二の事件のトリックならもう解けとる」

 

平次のその言葉に全員が平次を見た。

 

「本当にあのトリックが解けたの!?」

 

「ああ。しかも、一番に解いてたんはそこで気を失っとる兄さんや」

 

その言葉に全員が修斗に目を向ける。しかし彼が目を覚ます様子も気配も一切ない。相当疲れている様子だ。

 

「ならもしかして彼、犯人も……」

 

「分かってるんだろうね。けど、証拠までは断定しきれてなかったみたい」

 

そこで瑠璃がフォローを入れる。もし此処で彼女がフォローを入れなければ、一斉に何も言わずに犯人を野放しにしたも同然の彼はこの場の全員から責められていただろう。

 

「それにしても、死体を移動した人は誰なんだろうね?まさか死体に歩かせたわけでもあるまいし……」

 

「そんな超怪奇現象あってたまる、か……」

 

そこで二人はハッと思いつく。そう、彼らはそこで漸く思いついた。そして何より、綾子の行動を思い返し、漸く辿り着いた。この事件の真相に。

 

(もし彼女があの人の部屋で何かを見たのなら……)

 

(そうか……!)

 

「分かりました犯人の正体が!」

 

そこで考えに耽っていた二人は小五郎のそんな声に意識を戻す。そして小五郎が指を指して犯人扱いしたのは、占い師の戸田だった。しかも小五郎は彼女が催眠術を使ったのだと言いだし、これには平次も呆れ顔。

 

(阿保……)

 

(ああ、早く麻酔銃で眠らせてー……)

 

コナンもそう思うが動かない。そう、コナンは平次を気にしているのだ。推理中、平次に見られる可能性を。なぜなら今日、再開してからずっと彼に疑われているのだ。気にもなるだろう。

 

「ねえ、もう事件分かってるんだよね?なら犯人ももう分かってるんだよね?ね?」

 

そうコナンが子供らしく聞けば、平次はコナンの顔をジッと見た後、笑みを浮かべる。

 

「サッパリ分からんわ俺。阿保やからね」

 

そう知らないフリをし、コナンも此処までくれば彼の思惑など分かってしまう。

 

(くそ、此奴分かってんのに俺に推理させる気だな……?よし、それなら……)

 

そう言ってコナンはトイレに行くと言い、その後に平次もついて行く。しかし扉を開けて左右を確認するがコナンが見つからない。

 

「あれ?おらんな……」

 

左右を確認しながら扉を閉める。その開けていた扉側に隠れていたコナンがそんな平次の首目掛けて『時計型麻酔銃』を撃つ。

 

この麻酔銃、作ったのは工藤新一の家でよく変な発明をしている自称天才発明家、『阿笠博士』の発明である。しかし実際、彼はこの時計型麻酔銃の他に『蝶ネクタイ型変声機』、『ターボエンジン付きスケボー』なども発明していることから、自称ではなく本当の天才であり才能がある事が伺える。

 

そして眠らされた平次はそのまま扉を背に預けた状態になり、コナンは気付かれないように扉を少しだけ開けて平次の声を出し、推理を始めた。

 

「茶番は終わりやオッサン」

 

「なんだ?」

 

「俺もたった今分かってしもた、んでんがな」

 

「でんがな……?」

 

その口調に瑠璃が首を傾げる。彼はそんな口調をしていただろうかと疑問に思うが、残念ながら関西人ではない彼女では、どんな方言が使われているのかを知らないので確かめるすべはない。疑問に思ったまま取り敢えず彼の推理を聞くことにした。

 

「そう、このペンションで三つの事件を起こした張本人は、貴方だ!」

 

そう言ってコナンが平次の腕を動かし、指差したのは小五郎。

 

「え、俺!?」

 

「ちゃいまんがな!オッサンの後ろで冷や汗流してる、戸叶さん、貴方や!」

 

それに全員が戸叶に顔を向けると、確かに彼は冷や汗を流していた。そんな彼は戸惑ったように否定を返す。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!僕は、オーナーが動き出す何時間も前からこのリビングにいたじゃないか!」

 

「いや、それ誰でも出来るって証明されてましたよね?これ何度目ですか?」

 

瑠璃がジト目で戸叶を見ている間に小五郎が平次の頭を殴る。

 

「ちょっ、ちょっとお父さん!」

 

「舐めんなよ急に変な関西弁使いやがって!」

 

「……なんの騒ぎだ?」

 

そこで漸く修斗が起きたのか、ゆっくりと頭を抑えながらも起き上がる。

 

「あ!修斗!起きて大丈夫なの?」

 

「ああ、平気だ……まだ上手く頭が回らんがな……」

 

「頭の使いすぎによるものだろうね。これに懲りたら、もうずっと頭を回し続けるんじゃなくて、所々でセーブする事だよ」

 

「ああ、悪い……で、今何が起きてるんだ?」

 

修斗が状況を知るために雪男に聞けば、雪男に溜息を吐かれた。

 

「折角注意したのに……今、『眠りの小五郎』ならぬ『眠りの平次』が事件の詳細を話し始めてるよ」

 

「……そうか」

 

「そもそも、まだ寝ていた方がいい。あまりにも寝てる時間が短すぎ」

 

「仕方ないだろ、夢の中で黒い影に追われ続けたら起きるわ」

 

「……それにしては随分冷静に」

 

「そりゃ、夢だとは分かってたしな」

 

「……あっそう」

 

雪男がそこでまた溜息を吐く。そんな夢を見たら眠る気にもならない修斗は大人しく推理を聞くことにしたらしい。今は頭も働かない状態なのだからそうする他ないのだ。

 

「第一の事件、本当は戸叶さんは事件を見ている立場にいることで自分には無理だと思わせたかったんやろうけど、それはそこの今起きた兄さんに解かれて失敗してしもうたんや。そして第二の事件、貴方は彼女にこう言ったんやろ?『ガレージの車の後部座席の下にホームズの初版本を隠してある』ってね!」

 

その言葉に研人が反応するが、小五郎がそれがどうしたと言いたげな顔をする。

 

「忘れたんか?あの時、ガレージの車はガソリン漏れしてた上にバッテリーが上がってたんやで?」

 

そのイントネーションの違いに思わず眉を寄せた修斗に周りは気付かず、推理は続けられる。

 

「本を探そうと思っても室内ランプは点灯不能で後部座席の下は真っ暗や。オッサンならどうする?」

 

小五郎はそう聞かれ、真っ暗じゃしょうがないからとライターか何かでと言い、そこで気づく。彼女が本を探すためにライターを点けたことを。

 

「やっぱり修斗、そこまで辿り着いてたんだね」

 

「ああ……そうだったか……」

 

瑠璃がそう修斗に話しかければ、少し記憶が混乱しているのか髪をガシガシと掻きながら思い出そうとする修斗。どうやらライターの話をしていた時点でギリギリだったらしい。

 

「その火が、ガソリンが漏れた所に引火した」

 

「じゃあ、火を点けたのは彼女自身?」

 

小五郎のその言葉に岩井が信じられないように言う。しかし川津は納得していない様子で、彼女が第一の事件の大事な証人なんだろ?と言う。しかしそれをコナンは否定するように言う。

 

「証人は偶然にも他に四人もおったんや。彼女一人生かしておく必要はない」

 

「でも!綾子さんは戸叶さんの恋人なんでしょ?なのにどうして……」

 

「……見破られたからだろ」

 

修斗がそこで呟くように言う。その言葉に全員が顔を向け、雪男はジト目で彼を見れば、修斗は少し困ったように視線を逸らす。

 

「そろそろ平気だっての」

 

「もう一度ドクター・ストップ入れてあげようか?」

 

「やめてくれ。これくらいなら平気だ……。で、彼女が見破ったのは、第一の事件のトリック。これは俺も説明したな。そしてもう一つ、戸叶さんが犯人だと言う証拠もだ」

 

「そうや。皆んなも覚えとるやろ。綾子さんが突然、犯人がわかったと言い出した。それを聞いて焦った戸叶さんがトイレにいく彼女について行くフリをしてガレージの罠に嵌めたんや」

 

「そういえば、彼女と二人きりになれたのは戸叶さんだけ」

 

「だから彼女、トイレの後に態度を翻したのね!」

 

川津と戸田がそう言い出し、どんどん研人が犯人であると色濃くなってきた。

 

「でも、よく分かったわね、あんなガレージのトリックを」

 

「いや、あのガレージのトリックは、もともとある人物のために用意されていた罠。犯人にとって幸運だったのは、その人物と同じでライターを持っていたこと。そう、ガレージに張られていた罠は、本当は藤沢さんを殺すための罠やったんや!」

 

その言葉に藤沢の顔が青ざめる。それもそうだろう、一歩間違えればあのガレージの罠で自身が死んでいたのだから。

 

「藤沢さんの扉の間に挟まっていたあのカード、アレで藤沢さんをガレージに誘き寄せて殺すつもりだったんや!せやけど予定が狂って藤沢さんを殺すための罠を綾子さんに使うてしまった。咄嗟に思いついたコンセントの仕掛けで停電させ、アイスピックで藤沢さんを襲ったんや!」

 

「……そんな事が起こってたのか?」

 

「うん、あんたが寝てる間にね」

 

瑠璃のその肯定の言葉に修斗は何も言わなかった。彼は実は密かに覚悟していた部分があったのだ。研人に自分が犯人まで見破っているとバレていた場合、殺される覚悟を。それも気を失う前にだ。しかしどうやら彼はそこまでには至っていなかったらしい。今回は運が味方をしたようだ。

 

「そうか、だからあの事件だけあんなに証拠が残っていたのか……」

 

「あのコンセントの仕掛けはあの時、キッチンに行った戸叶さんなら十分に出来る。つまり、第一、第二、第三の事件共通して犯行にが可能だったのは戸叶さんだけしか……」

 

「だったら見せてみろよ、証拠をよ。そこまで言うならちゃーんと証拠があるんだろうな」

 

戸叶がそこで平次を見下すように見ながら言った。それは修斗が予想だけしか出来ず、断定しきれていないものだどう出るのかと修斗が見ているその扉の向こうでは、コナンがニヤッと笑う。

 

「あれ、知りまへんでした?綾子さんは見たんやで?昨日の昼間、貴方の部屋で、あるものを」

 

「彼奴が何を見ていようが何も話せない体に……」

 

「第1問、ホームズの利き腕は?」

 

平次の急なクイズに戸叶は戸惑う。しかしそのクイズは止まらない。

 

「第2問、ワトソン博士の妻の名前は?」

 

「なんだなんだイキナリ?」

 

「……イキナリ、ね」

 

そこで修斗がフッと笑う。その言葉に気付き戸叶が修斗を見やれば、修斗は可笑しそうに笑いながら言う。

 

「あんた、本当にこれが何か、分からないのか?」

 

「だから……」

 

「もう自分で答えを言ってるようなものだぞ?『自分が犯人です』って」

 

「……は?」

 

「瑠璃」

 

そこで瑠璃にバトンタッチをする事にしたらしい修斗が名を呼べば、瑠璃が続ける。

 

「これ、一昨日オーナーの金谷さんから渡された、ホームズカルトテストの問題です。私、記憶してますから。『完全記憶能力』持ちの私を舐めないでほしい」

 

その言葉に研人は更に冷や汗をかく。

 

「私はこの能力を持ってるから忘れることは出来ないけど、貴方はそうじゃなくともホームズファンだ。なら、やった筈ですよね?この問題を」

 

瑠璃がニヤリと笑って言えば、平次の声が聞こえてきた。

 

「では、第241問、暗号『踊る人形』を使って犯人に出した手紙の内容は?」

 

それに彼は焦った様子を見せながらも答える。

 

「ああ、その問題なら良く覚えているさ。答えは『come here at once』。すぐ来いだ」

 

「……バーカ」

 

修斗がボソリと呟いた。そう、この時点で瑠璃は更に意地の悪い笑顔を浮かべていた。

 

「戸叶さん、残念ながらそんな問題はありません」

 

「……えっ」

 

「『踊る人形』であった問題は、作品中に出て来た踊る人形を全て書き記せ、ですよ」

 

瑠璃が一歩戸叶に寄る。それに反応して戸叶は一歩下がった。

 

「そうや、アレは忘れようとしても忘れられない超難問。それを覚えてないというのはちょっとおかしいとちゃいまんが?」

 

「そ、それはっ!」

 

「あの日、綾子さんが貴方の部屋に行ったのはテストの答えをカンニングするため。だが、貴方は部屋にいなかった。恐らくオーナーの死後硬直の具合を調べるためにガレージに行ったんやろ」

 

「じゃあ、綾子さんが見たものって……」

 

蘭が気落ちした声でそう零すと、それに反応し答えるコナン。

 

「そうや、綾子さんが見たんは何にも書かれてない白紙の答案用紙」

 

それに戸叶は蒼かった顔が更に青くなる。もう見てもいられないほどだ。

 

「なぜ答案用紙に書かなかったのか。それは書いても無駄やから。つまり、貴方は知ってたんや!テストを採点するオーナーがもうこの世にはいないということをな!それがデタラメやと言うんなら貴方の答案用紙を見せてくれへんか?今すぐに!」

 

その言葉が決め手となり、戸叶は膝をついた。

 

「くっ、くそっ……」

 

「貴様っ!」

 

そんな戸叶の胸倉を掴んだのは怒りに震えている藤沢。彼は戸叶になぜ自分とオーナーの命を狙ったのかと問えば、それをコナンが平次の声で代わりに答える。

 

「『アイリーン・アドラーの嘲笑』。動機は恐らく、藤沢さんとオーナーが協力して出したって言うあの本や」

 

「な、なんだと!?」

 

「……なんだそれ」

 

その言葉に藤沢が反応するが、そんな話は意識を飛ばしていて聞いていなかった修斗には全く分からない話だ。それを見て瑠璃が答える。

 

「なんか、金谷さんが自費で出した本らしくて、それに藤沢さんも協力してたみたい」

 

「ふーん……」

 

修斗はそんな反応を返す。今深く考えようにもうまく回らない頭では良い答えは出ないし、頭痛が増すだけだと理解しているため、考えるのをやめていた。

 

「アイリーンって、話の中でホームズを出し抜いたって言う女優の?」

 

蘭が岩井にそう聞けば、岩井はそれに頷くが、金谷はそれは殆どホームズの推理ミスだと言っていたらしい。

 

「そうか、その本でホームズが馬鹿にされたと思った彼は……」

 

川津がそう言うが、しかし研人はその逆だと答えた。

 

「アイリーンはシャーロックが認めた唯一の女性。その彼女がシャーロックを嘲笑うなんて、僕には考えられない」

 

そこで藤沢は手を離したが、既に力が抜けていたらしい研人は四つん這い状態になり、涙を目に浮かべて感情を言葉にして爆発させた。

 

「許せなかったんだ……絶対に。絶対に!」

 

それを見た後、瑠璃は彼に近寄る。

 

「……後は麓に帰った後、署で聞きますから」

 

それを見た後、修斗は一息吐いて、背を伸ばすようにして腕を伸ばした後、立ち上がる。

 

「悪い、ちょっと顔を洗ってくる」

 

「うん、分かった。足元覚束ないようだったら病院に行くのを進めさせてもらうからね」

 

「そこまでじゃないから安心しろ」

 

そう言って扉に近寄った時、ちょうど平次が起きた様子で欠伸をしていた。そんな平次に蘭が褒めながら近寄る。

 

「すごいね服部くん!流石、西の名探偵だね!」

 

「はっ?」

 

それを遠目から見ていた修斗は、後ろにどうせいるだろうコナンの様子を想像してプッと吹き出す。そして平次は一瞬だけキョトン顔を浮かべると笑顔になる。

 

「当たり前やがな!これくらいの事件、俺にかかったら朝飯前でんがな!」

 

その口調で修斗は気付いた。そう、平次がさっきコナンがしていた推理の間、起きていた事に。

 

(あー……本当に頭回ってないな……)

 

そして蘭がコナンを探し始め、コナンが平次の背後にある扉から出てきた時、平次がコナンを呼び止める。そして、鋭い一言をぶつけた。

 

「おいーーーお前、工藤やろ」

 

「ぇっ……な、何言ってんだよ、僕は子供だよ?子供」

 

その苦し紛れの演技に、修斗は頭痛がしたのか頭を抑えた。

 

「……兄さん?頭痛いなら」

 

「いや平気だ。ちょっと見てられないものを見ただけだから」

 

「??」

 

その間、コナンは平次に責められ、蝶ネクタイの裏を見られ、しかも使っていたのを横目で見たことまで言われてはもう出し抜けない。どの辺りかと問えばどうやら小五郎から殴られたあたりらしい。

 

「言葉遣いは妙ちくりんやったけどな、あの口調と論理の組み立ては、工藤新一そのものや!」

 

「や、やだな!僕子供だよ?」

 

(おうそこまで俺の時に否定してなかっただろ)

 

修斗が息を吐き出そうとしたのをぐっと堪えた。正直、今ここで息を吐き出すと、それと共に大声で笑いだしそうなのを自身で理解していたのだ。

 

「ほう、さよけ」

 

そんな修斗の様子を知らず、平次はジト目でコナンを見た後、蘭がいる方へと歩きだし、声を掛けた。

 

「なあなあ!聞いてくれへんか!ごっつ面白い話があんねん!聞きたいやろー?あんなー!」

 

「ちょっと待ったー!」

 

そこでコナンが平次に近づいて行くのを見送った後、部屋から出る。そして暫く歩いて部屋から離れた辺りで、我慢の限界がきた。

 

「アッハハハハ!なんだよアレ!もうコントだろアハハハハ!!」

 

そんな笑い声は暫く続いたが、彼のそんな笑い声は聞いたものは、運良くいなかったのだった。

 

そして翌朝、バスに乗って麓まで帰る道の中、小さくなった理由を平次に聞かせ、そしてその後に眠らされた返しに些細な復讐を受けているのを後ろから見ていた修斗はまた笑いそうになり、腹筋を使って堪えたのだった。



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第8話〜イラストレーター殺人事件〜

今回、さらに北星家が複雑な家庭である事が明かされます。というか、題名詐欺だろと言われそうな事を言います。しかし、この題名である理由も語られますので大丈夫かと。

それでは!どうぞ!


瑠璃が書類仕事を終えて一息つくために休憩所まで行けば、そこには既に松田と彰の親友の一人、『伊達 航』がいた。

 

実は彼、一年前の2月7日、寝当直だった雪男の迎えに来ていた梨華が道の途中で彼ともう一人の後輩刑事『高木 渉』を見かけ、車から一度降りて声をかけた時、彼が手帳を落としてしまった。そしてそれを拾おうとしたのを梨華が後ろから腕を引き、事故は回避されている経歴がある。ただしこの時、代わりに梨華の愛車であったオレンジのRX-7は廃車となり、人の命と引き換えとなった愛車を見て、梨華が怒りに打ち震えていたのはその場の二人しか知らない事実である。そしてその後に居眠り運転した犯人に対して連続ビンタをかました後、背中からヒールで容赦ない蹴りを入れていたのもこの二人しか知らない事実である。その後に小さく「鞭があれば……」と言っていたのもやはり二人しか聞いてないことである。

 

「よっ!瑠璃、お疲れさん!」

 

「あ、伊達さん!お疲れ様です!いや〜、書類仕事って本当に大変ですね〜。弟の雪男が伊達眼鏡してる理由がよく分かる気がします」

 

「そういえば、お前さんの弟は医者だったな」

 

「一番体が弱い子ですけどね。その次が『勇気』かな〜」

 

「……おい、誰だそいつ。聞いたことねえぞ」

 

その名前に松田が訝しげに聞けば、瑠璃がハッとした顔をして、苦笑を浮かべる。

 

「あ〜……私達は確かに『六兄妹』って言ってますけど、本当はもっといるんですよ。ただ、屋敷に住んでないだけで」

 

「ん?なんでだ?」

 

伊達が不思議そうに首を傾げたら苦笑いのまま答える瑠璃。

 

「屋敷にいないのは本人が断ったからか、もしくはあの父親が拒否したか、ですね。私達は拒否する間も無く養子として引き取られましたけど、雪男と雪菜以降は選ぶ権利がありましたから。で、勇気の場合はあの子自身からの拒否でした。まあだから、未だにうちは『六兄妹』なんですけどね。しかも話も合いますし。兄妹仲も、他兄妹と比べて凄く良好ですしね」

 

瑠璃がそこで話を終わらせるためにニコッと笑って微糖の缶コーヒーを三本買った後、それを二人にも渡した。

 

「はいこれ、口止め料」

 

「……口止め料?」

 

「まあ形だけですけどね。この事、人に話さないで欲しくて。気分のいい話でもないですし」

 

そう言って笑う瑠璃の顔を二人は見つめ、松田が溜息を吐いたあと、頭をワシャワシャと強く撫で始めた。

 

「ちょっ!?せ、折角梳かした髪の毛が〜!!」

 

「どうせ机に戻りゃ櫛あんだろ。それよりもだ」

 

松田がそこで撫でるのをやめ、ポンポンと頭を優しく撫でられ、それに少しドキッとする瑠璃に気付かず、松田が言う。

 

「お前やその兄貴の彰が言うなって言うなら言わねえさ。というかそういう分別ぐらいつく。俺達をもっと信じろ。安心して背中任せられるぐらいにな」

 

その言葉を聞いた瑠璃が目を見開き、松田を少し見つめたあと、瑠璃がポツリという。

 

「これが……真性の女誑しかッ!」

 

「おう今そんな空気じゃなかっただろ。何言ってんだお前」

 

軽い頭痛がしたのか頭を抑える松田に伊達が肩をポンッと叩く。

 

「諦めろ、これが瑠璃の奴の性格だって知ってただろ」

 

それを聞き、一つ溜息を吐く松田を見てクスリと笑う瑠璃。そんな三人に目暮が近付く。

 

「おお!三人ともここにいたのかね!」

 

「ん?どうしたんだ目暮警部」

 

代表して松田が目暮に問えば、事件が発生したらしい。

 

「は〜……本当になんで米花町ってこんなに事件発生率が高いんですかね?」

 

「知るわけないだろ。オラ、現場に着いたんだから降りるぞ」

 

「はーい」

 

瑠璃の運転でやって来たのはとあるマンションの下。どうやら『自殺』案件らしい。

 

「はぁ……自殺案件はあまりしたくないんですがね」

 

「諦めろ。刑事になった以上、トラウマ有無なんて関係ないぜ?」

 

「知ってます。刑事成り立ての頃は一々トラウマが掘り返されてましたが、今はトラウマ掘り返されても問題なくなりましたから」

 

瑠璃はそう言って転落死した死体を見た。その目を見て松田は気付く。いつもの温かみのある目の色が全て消え失せていることに。それに松田が溜息を吐く。別に松田としてはそこまで追い込まれろと言ったつもりはないのだから。そんな松田を見て、瑠璃を見た伊達がその様子に気づき、瑠璃の背中を叩く。

 

「わっ!?」

 

「よしっ!いっちょやるか瑠璃!」

 

「ちょ、なんですか!?確かに今から仕事しようとしてましたけど!」

 

「まあそうだけどな?この案件すぐに片付けて今日は飲み明かすぞ!俺が奢ってやる!」

 

「え、マジですか!?松田さん!!今日は伊達さんが飲み代を奢ってくれるそうですよ!!」

 

「おうそうか。こりゃ萩原に彰の奴も呼ばねえとな」

 

「おい待て。その2人も呼んだら流石に……」

 

「男に二言は?」

 

「……だー!分かった!奢ってやる!!」

 

「まあ、折角ナタリーさんと幸せ結婚生活真っ只中の人に奢らせるのも悪いですし、折半にしましょう、松田さん」

 

「しょうがねえな。そうしてやるか」

 

奢りの話が出た時は意地の悪い笑みを浮かべていた瑠璃と松田だが、最後の最後にはいつもの笑顔を浮かべて伊達の肩を叩く。瑠璃はそのやり取りで肩を力を抜き、息を吐き出す。

 

「……よしっ!もう大丈夫です!さ、やりましょう!お酒のために!」

 

「そのためにやる気を出すのもいいが、早くしてくれんかね?」

 

瑠璃が一人やる気を出してそう言えば、目暮がジト目で三人を見ていた。それに気付いた瑠璃は咳払い一つし遺体に近付く。遺体は部屋着姿の若く綺麗な女性だった。それでも転落死ということで一瞬、脳裏に友人だった和樹の『地面に落ちた瞬間』の映像が再生されたが、それを首を左右に振ることで消そうとする。彼女にとっては意味ないことだが、しかし一時的に思い出さずにすむのだ。効果はある。

 

「それで被害者は?」

 

「ああ、『蝶野 いづみ』さん。25才。……『花岡』さん、貴方のデザイン事務所に所属するイラストレーターで間違いありませんな?」

 

「はい……まだ新人でしたがセンスのある良い子でしたが、さっきの電話で『私には才能がない。行き詰まったから死ぬ』と言って、次の瞬間にはベランダから……」

 

そう顎に髭が生えた男性『花岡 兼人』が悲しそうに目を伏せて言えば、今度は毛利一家に視線を移す目暮。

 

「そこを皆さんが目撃したというわけですな」

 

蘭がそれに肯定を返す。その間、松田が遺体をジッと見ているのを見て、瑠璃が近づく。

 

「……やっぱり、おかしいですよね?この遺体」

 

「なんだ、やっぱり気付いたか」

 

「ええまあ。だって、コンタクトレンズが右目からズレてますし」

 

そう、瑠璃と松田が気付いたのはズレたコンタクトレンズ。しかも遺体の側には落下した時にも着けていただろう眼鏡。レンズが壊れて放り出されているのがその証拠だ。

 

「普通、コンタクトレンズ着けた上で眼鏡掛ける人なんていませんよね?」

 

「相当なおっちょこちょいじゃない限りな。ならなんでこの人はつけてたのか……答えは簡単だ」

 

「誰かが『自殺』に見せかけるためにしたトリック。つまり、これは『他殺』」

 

「ああ、そして犯人はあの中にいるわけだ」

 

松田と瑠璃がそう言って視線を向けたのはイラスト会社だった。

 

「毛利一家が犯人かと言われたら、まあまず可能性低いですよね。知り合いではなかったみたいですし」

 

「ああ。寧ろ可能性を考えるならあそこのイラスト会社の連中だ。さーて、嘘吐きはどいつかね?絶対に暴いてやんぞ、瑠璃」

 

「はいっ!」

 

「ということで伊達、お前も協力しろよ」

 

松田がそう声を掛ければ、伊達は笑顔を浮かべて是を返した。

 

「さて、じゃあ……警部、自殺と断定するには早いんじゃないですか?」

 

「ん?というと?」

 

松田の言葉に目暮が反応する。その近くでは小五郎も訝しげながら松田を見ており、遺体の近くにいたコナンは値踏みをする様に松田を見ていた。月影島でも見たことがある彼の実力を、もう一度測るために。

 

「この遺体、そこに眼鏡が飛ばされてる事からまあ、俺達が駆けつける前には眼鏡を掛けてたことはわかる。けど、この遺体の女性の右目、コンタクトレンズがズレてるのが確認出来たんだ」

 

その言葉に小五郎と目暮が遺体の右目を注目すれば、確かにコンタクトレンズがズレていた。

 

「ふむ、それがなにか?」

 

「おかしいと思いません?コンタクトレンズを使用しているのに眼鏡を掛けるなんて、普通はしませんよ」

 

瑠璃の言葉に小五郎と目暮は納得する。しかしそこに花岡が待ったをかけた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。探偵さん、貴方も見ていたでしょう、蝶野くんが飛び降りるのを。あの時、ベランダには彼女以外誰もいなかったんですよ?」

 

その言葉に瑠璃が蘭に顔を向けると、蘭は頷いた。

 

「はい、確かに誰もいませんでした」

 

「とりあえず、奴さんの部屋にいくぞ」

 

伊達の言葉を聞き入れ、目暮と小五郎の後をついて行く三人。蝶野の部屋へとつき、目暮がドアノブに手を掛けてみればドアはそのままなんの抵抗もなく開いた。

 

「お?なんだ、鍵が閉まってないじゃないか」

 

「つまり、被害者が開けっ放しにしたか、誰かが外に出たか……」

 

そこで目暮の後を追って歩き出した時、瑠璃が何かを蹴飛ばした。

 

「ん?」

 

「どうした?瑠璃」

 

伊達が瑠璃の方へと振り返れば、彼女は真ん中辺りが見事に曲がった小さいものを手に取り、マジマジと見ていた。

 

「……釘?」

 

「何でこんな所に……」

 

そこで急に入ってきたコナンの声に一瞬だけコナンと視線が合った。そして少しの間を開けて驚きの声をあげた。

 

「こ、コナンくん!?なんでここに!?」

 

「あ、あはは……」

 

「このガキ!!」

 

そこで直ぐに小五郎がコナンの頭に拳骨を入れ、蘭にコナンを預けてそのまま部屋へと入って行く。瑠璃はそんなコナンに労わるような視線を向けた後、その後に続いて入っていった。

 

「彼女が飛び降りたのはここか……」

 

「スリッパに携帯電話に、割れた植木鉢か……」

 

松田が考え込むその横には、また蘭から離れたコナンがいた。そんなコナンを発見した瑠璃は苦笑しながらも見て見ぬ振りを決めた。

 

(まあコナンくんだしいっか……)

 

そんなことを考えているとは知らないコナンはあることに気づく。割れた植木鉢の破片が排水口の方へと続いていたのだ。その中を見るためにコナンが覗こうとすると蘭にサスペンダーを持たれてしまい見ることは叶わなかった。しかしそれに伊達が気付き、排水口の中を見てみた。

 

「……ん?なんだこれ」

 

「どうした?伊達」

 

「いや、これ見てみろよ」

 

松田と近くにいた目暮が伊達に近づけば、植木鉢の破片とそれに巻かれた釣り糸が伊達の手にあった。

 

「なんでこんなもんが……おい、ちょっと待て。まさか……」

 

「瑠璃!ちょっと来い!!あと伊達はそれ引っ張れるだけ引っ張れ!!」

 

瑠璃が松田の声を聞き、急いでベランダまでやって来てみれば排水口の近くでは何かを引っ張り出している伊達の姿と、その近くで立って何かを考えている様子の松田の姿があった。

 

「どうしました?松田さん」

 

「ああ。お前、確か玄関先で釘拾ってたよな。見せろ」

 

「はい、コレです」

 

そういって彼女が白手袋を嵌めたまま見せたのは真ん中辺りが見事に曲がったあの釘だった。

 

「よし、後は伊達の奴が全部取り出しゃ……」

 

「おい!引っ張り出してやったぞ!」

 

「おし、それ見せろ」

 

すると、終わりのあたりに見えたのは外蓋と中蓋、そしてコンタクトレンズの保存液。

 

「瑠璃、今直ぐ冷蔵庫の中を見ろ!伊達は被害者が飛び降りた時間に誰か来てないか調べろ!」

 

「「了解!」」

 

その指示に従い瑠璃は冷蔵庫の中をチェックし、伊達は誰か来ていないか、何か残ってないかを調べ始め、そして松田はベッド付近に落ちていたマニキュアを見つけた。

 

「……これは?」

 

それに蘭が気付き声をあげる。

 

「あ、それ!今日発売のマニキュアだったと思います。確か、変わった色が出るって人気で……」

 

「変わった色ね。このダークピンクがそんなに良いもんなのか」

 

松田はそう言いながらベッドのシーツを見てみれば、シーツに一部だけだがマニキュアが染み付いていた。

 

「ほー?ここにも染み付いてやがる」

 

「松田さん!やっぱりコンタクトレンズの保存液はなかったです!」

 

「そうか。ところで瑠璃、お前に一つ聞きたい」

 

「?なんですか?」

 

瑠璃が首を傾げれば、松田がマニキュアを見せた。

 

「……え、松田さんにそんなご趣味が」

 

「いま巫山戯てる場合じゃねえのは知ってんな?」

 

「アッハイ。因みに被害者の手先爪先にそんな色は塗られてませんでしたよ」

 

「この変わった色をつけてたのは……おじさんぐらいだよね?」

 

コナンが挑戦的な笑みを浮かべて花岡を見れば、花岡は焦りの顔を浮かべる。

 

「へ〜?それは本当ですか?」

 

「やっ、偶然同じ色の絵の具が付いてただけですよ。今朝までアトリエで仕事をしていましたから!」

 

「ふーん?……あ、松田さん。ちょっと」

 

瑠璃がそれに納得はしないものの返事をし、松田を部屋の隅の方へと呼ぶ。それに松田は反応し移動する。

 

「おう、なんだ?」

 

「これ、見て欲しいんですが」

 

そうして瑠璃が渡したのは『花岡兼人の世界』と題名がつけられた本。中身は彼の作品集だった。

 

「これがなんだ?」

 

「よーく見て欲しいんです。作者のサインの下」

 

それを言われ、一枚一枚確認すれば、確かに違いがあった。

 

「なんだ?この蝶のマークは。あるやつとないやつがあるな」

 

「それ、会社の人に聞いたら被害者である蝶野さんのサインだそうですよ?……自分の名前の『蝶』をモチーフにしたね」

 

「つまりそれが入ってるいくつかの作品は……」

 

「彼女が描いた作品、という事になりますね」

 

「おい、ここに来たやつが分かったぜ」

 

そう言って近づいて来たのは伊達。その手には何かの紙が持たれていた。

 

「それは?」

 

「荷物の預かり証だ。つまり、バイク便の人が来たって事になる」

 

「あとはそいつが来た時間だが……」

 

「コレばっかりは本人から聞かないとですね」

 

「それよりも、面白いもんが書かれてるぜ……ほら」

 

その言葉を聞き、その紙を見た二人。その紙の依頼主は『花岡』となっていた。

 

「……これ、警部に話してこい」

 

「先に話したさ。で、今はそのバイク便の奴が来てる。話聞くなら今だぜ」

 

それを聞き直ぐに玄関先へと行けば、どうやらきっかり6時半に来た時、ドアを開けようとすれば勢いよく開いたらしい話をしていた。それもちょっと開けただけなのに勝手に、である。

 

「彼女が開けたんじゃないか?」

 

「僕もそう思ったんですけど誰もいませんでした」

 

「なに?」

 

「そのあと、奥の方で壊れるような音がしました」

 

それを聞き、松田は自身の推理が当たっている事を理解した。そしてバイク便のお兄さんがいなくなった時、目暮に声を掛けた。

 

「警部、犯人が分かりました」

 

「なにっ!?本当かね松田くん!!」

 

「ええ、本当ですよ……犯人はあんただ、花岡さん」

 

松田がサングラス越しで視線を花岡に向ければ、分かりやすく焦った様子の花岡がいた。しかしそれを聞いて目暮と小五郎が訝しみだした。

 

「松田くん、彼は事件の時、離れたところにいたんだぞ?そんな彼が出来るわけ……」

 

「いや、これは誰でも出来る事だ。まあまず実践してやる。……伊達、頼みたいものがある」

 

「おう任せろ。なにが欲しいかは理解してるからな!」

 

伊達はそう答えると素早く外へと走っていく。そして瑠璃は冷蔵庫の方へと向かい、醤油差しを松田に渡す。

 

「あとはあのベッドの布団を丸めてベルトで締めときます。それから植木鉢の準備も」

 

「ああ、頼む」

 

その数分後、伊達が丈夫な釣り糸を買って帰って来た為、早速トリックの説明がされ始めた。

 

まず、ベランダの手すりから玄関の戸口までの距離を往復するぐらいの長さを測る。これは瑠璃と伊達が手伝いとしてやり、瑠璃が用意した被害者代わりの布団のベルトに輪の片方を通し、その先を手すりへ持って行き、ベランダに置かれていた植木鉢に掛ける。そしてその植木鉢が落ちないように糸を引きながら玄関まで行き、一度糸の先をインターホンへと引っ掛ける。そして布団をそのままベランダへと糸を使ってスライドさせ、外へとぶら下げる。

 

「事件時には被害者にはシーツを被せて隠れさせてはいただろうが……どうだ?覚えはないか?」

 

松田が蘭達に向けて聞けば、蘭は何か思い出したように頷く。

 

「はい、ありました!雨がふってたのにシーツが干されてておかしいなって、コナンくんも言ってて」

 

それにコナンが子供らしく笑顔を浮かべて頷けば、続きを説明しだす松田。

 

「あとはこのまま部屋へ出て、インターホンに掛けてあった糸を釘に掛け直し、ドアの外で糸が釘で止まるようにしておけばこのトリックは完成だ」

 

「なるほど、こうしておけば誰かがドアを開ければ糸が外れて被害者は勝手に落ちるという寸法か」

 

「ああ。勿論、ドアの開け役はあのバイク便だ。それもあんたが頼んだな」

 

「時間さえ指定してしまえば都合のいい時にドアを開けてくれますからね」

 

そんな松田と瑠璃の言葉に花岡は冷や汗をかきながらも頬を引きつらせたまま笑う。

 

「ふっ、面白い。だがこの方法じゃ、どっかに釣り糸が残るはずだ。だがそんなものどこにもないじゃないか」

 

「それも簡単だ。余った糸と、この醤油差しを使えばな」

 

そう言って見せながら松田は説明する。

 

余った釣り糸を植木鉢と被害者の間に結びつけ、その糸を排水口の外蓋、中蓋と通し、醤油差しを結びつける。

 

「あとはこの醤油差しから順に入れるだけだ。まあこの醤油差しはただの重しだ。つまり、使うならなんでもいいんだ」

 

「実は冷蔵庫の中を調べてみたのですが、中にはコンタクトレンズの保存液がありませんでした。つまり、事件の時に使われていた重さはそれです」

 

「じゃあ結果発表だ……伊達!」

 

その声が届き、伊達が扉をちょっと開けばいい、勢いよく扉が開き、そのまま糸はベランダへと向かい、布団が地面へと落ち、植木鉢もベランダに落ちた。そして糸の方はそのまま排水口内へと引っ張られていく。途中で割れた植木鉢の破片も共に引っ張りながら。

 

「ちなみに保存液は既に回収してるから支持しなくていい」

 

「見つけてくれた伊達さんに感謝ですね!」

 

「おー、綺麗な子から褒められて俺、嬉しいわー」

 

伊達が玄関から帰って来て、瑠璃の言葉を聞きそう返した。それに瑠璃はニコッと笑う。

 

「ありがとうございます伊達さん!ちなみに奥さんには内緒ですよ?あ、こちらは彰に内緒にしておきます。確実に伊達さんが揶揄われますから」

 

「そうしてくれ」

 

「ふんっ!馬鹿馬鹿しい!私は彼女が落ちる直前まで電話していたんだぞ!彼女から掛かってきた電話でな!ここのベランダにあった携帯電話でリダイアルしてみろ!事務所にーーー」

 

「繋がるだろうな。あんたは今のトリックを仕掛け終えたあと、あんた本人が事務所にその携帯電話でかけたはずだからな。そして、あんたの部下が聞いた声は、多分あんたのアトリエの留守電に入ってた被害者のメッセージの一部。あんたは此処から事務所に行く前にアトリエに寄り、メッセージの一部を持ち出した。そして事務所に着いたあんたはどこか一人になれる空間……そうだな、例えて言うならトイレとかな。そこで携帯を使い事務所に電話した。あんたの部下からあんたに代わったあとは、一芝居打って此処のベランダにその場の全員を注目させたんだろ?彼女が投身自殺でもしたかのように見せかけるために」

 

「凶器は、投身自殺に見せかけたかったならおそらく撲殺です」

 

「それが出来るものを探したら、机の下にあったぞ?灰皿が。調べりゃルミノール反応が出るだろうよ」

 

「そこまで言うならあるんだろうな?私が彼女を殺したという証拠が」

 

伊達がそう言うが、花岡はそれでも足掻く。そんな証拠などあるわけないと花岡は信じきっていた。

 

「あるわけないよな?なぜなら私は今日初めてここに来たんだから」

 

「そうだな……ならあんたに一つだけ頼みたいことがある」

 

「なんだ?」

 

「今あんたが履いてるその靴下、両方脱いでくれ」

 

「……はあ?」

 

その頼みに花岡は意味がわからないという顔をする。しかし彼がそんな顔をしたくなる気持ちもわからないでもない。誰も予想などつかないだろう。目の前のいい歳した大人からそんな、意味もない様な願いをされるなど。

 

「く、靴下を脱げばいいのか?」

 

「ああ、その後、足を隠さずに我々に見せて欲しいんだ。堂々とな」

 

松田がニヤリと笑いながら言う。それに疑問を抱きながらも靴下を脱げば、花岡はあることに気づいた。そう、彼の足の親指の爪に、ダークピンクの蝶が描かれていたのだ。

 

「わー!これなにー?」

 

そこにコナンが子供らしく無邪気に追求して来た。

 

「こ、これは……!」

 

「それは、死んだ蝶野さんのサインなんじゃ!!」

 

「ああ、予測通りだ」

 

「あのシーツのシミの位置ですね。けど彼女にはそれが塗られてなかった。しかもコナンくんの指摘では貴方は同じ色を着けてたらしいですね?」

 

「なら答えてもらおうか。あのマニキュアは今日新発売のものだ。あんたはその色のサインを、いつ、どこで、誰にされたんだ?」

 

伊達の追求に花岡は答えない。いや、答えれない。今、ここで彼は『犯罪者』とレッテルを貼られ、罪が曝け出されたのだから。しかも近くには信じられないと言う部下二人もいる。

 

「殺人の動機は……絵ですよね?貴方の画集、拝見させていただきました。その中に蝶野さんのサインが入っているものがありましたから間違いないでしょう」

 

それに目を見開く花岡。しかし言葉は続けられる。

 

「つまり、被害者があんたの絵のタッチを真似して描いた作品を、あんたの作品として出したって事になるわけだ。そしてその事で言い争いに……」

 

「ああ、あんたの言う通りだ!」

 

そこで花岡が立ち上がり、松田を見据える。彼が殺したのはついカッとなって、手が出てしまったらしい。

 

「……しかし、理由はそれだけじゃないかもしれない。私は怖かったんだ、彼女の若い才能が。最初は素直で可愛かったんだ。まるで花の周りに舞う蝶の様に。……しかし、次第に花を独占し、蜜を吸い過ぎて花を枯らし始めた。……だから、羽をもいでやったんです!もう、飛べないように……」

 

その言葉を聞き、瑠璃は目を伏せた。そんな若い才能の持ち主が、一人消えてしまったのだからーーー。



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第9話〜コナンVS怪盗キッド〜

本当はゴメラの事件と迷ったのですが、今回は怪盗キッド初登場の話にしました!

私、彼も好きなんですよ!特にコナンとのバトル、そして掛け合いが!

そして新たなオリキャラ初登場!どんな立ち位置かは決めてます!つまり、実は今回のオリキャラが一番今後、登場するのではないかと予想しております!でもタイトル詐欺にならぬように努力します!

それでは!どうぞ!


朝から新聞を開いて読んでいる修斗はとある記事を見て首を傾げる。

 

「怪盗1412号?」

 

「……なんだ、知らないのか?」

 

それに返事が返され、驚きの表情を浮かべて顔を上げる修斗。読み始めた当初は誰もいなかったのだから驚くなという方が無理だ。そしてそこにいた人物を見てホッと安堵の息を吐き出す。この手のことでは1番の情報の持ち主がいたからだ。

 

「『優』か……驚いたな。扉を勝手に開けたのか?」

 

「……一応はノックした」

 

そう言う彼女の姿は、小学生の姿で、しかしどこか大人びた雰囲気を持つ黒髪でポニーテールの少女は手に持っていたコーヒーをテーブルの上に置いたあと、腕を組み「で?」と修斗の言葉を促す。それに苦笑いを浮かべる修斗。

 

「いや、この新聞にその怪盗が載っていてな……」

 

「ああ、また宝石を盗み、持ち主に返したとでも書いてあったんだろう?」

 

「なんだ、やっぱりその手のことの情報は早いな」

 

「情報屋も兼任していたんだ。別の奴に取られてしまったその役職だが、私の趣味でもあるからな。情報は集めれば集めるだけ私が有利になるんだ。……しかし、その怪盗は一時期消えていたはずなんだがな」

 

「そうなのか?」

 

その情報に修斗は目を丸くすると、優は頷く。

 

「ああ。……まあ、折角私を匿ってくれてるんだ。もうちょっと情報をやろう」

 

「まあ、見つけれたの最近だけどな……」

 

「で、なんの情報がほしい?」

 

「今は別段何も……ああ、でも、なんで持ち主に返してるのかは気になるからそれを頼む」

 

それに優は頷く。

 

「あくまで噂だが、その怪盗は盗んだ宝石を必ず月に翳すらしい。その姿から、かの怪盗は目的の宝石があり、それは月の光によって何かが起こるものである、というのが私の見解だ。得られた情報からはその推測が出来た」

 

「ふーん……なんだ?月に翳せばその宝石から涙よろしく雫が垂れて、非常識な力でも得られるってか。お伽話もいい加減にしろ。最近、非常識な事があり過ぎだろ……」

 

「そうだな。私も驚いたよ。まさか自分もその非常識な体験をする羽目になるとはな」

 

「お前はその前に誘拐されてたからな……」

 

「……思い出させんでくれ」

 

優が強く自分の腕を掴んで悔しそうな表情を浮かべているのに気付き、修斗は謝罪をする。

 

「すまない……」

 

「……いや、いい。私を見つけてくれたあと、ちゃんと母様に誤魔化しをしてくれたからな。私を見つけ、誤魔化しもしてくれた恩を忘れない為に、私はこうしてお前の手となり足となり……」

 

「すまん、そこまで重く考えてくれてるところ悪いけど、そんな風には考えてなかったからな!?」

 

そこで修斗が耐えきれないとばかりに机に突っ伏す。それを見てクスクスと笑う優。

 

「ふふっ、冗談だ。まあ、忠義に関しては本当のことだ。お前から情報を得ろと言われたら、私は喜んでするつもりだ」

 

「……危険なことだけはしないでくれ」

 

「善処しよう」

 

優はそこまで言って部屋を去ろうとした。しかし、一度立ち止まり、修斗に声を掛ける。

 

「……もう一度だけ、聞いてもいいか?」

 

「……なんだよ」

 

「……手の汚れた私でも、本当にお前にとっての兄妹だと、大切な者だと……そうお前は断言出来るのか?」

 

その言葉に修斗は呆れたように息を吐き出す。

 

「ああ勿論だ」

 

修斗のその優しい笑顔を見て、優は安心したように笑い、扉を閉めて去って行った。

 

***

 

そしてそれから数日後、北星家にとある招待状が届いた。それは横浜港から出航するQエリザベス号の船上パーティで、それは鈴木財閥60周年記念のパーティーのもの。断るに断れない。だからこそ、修斗は少女を連れてこのパーティーにやって来た。修斗はダークグレーのスーツを着て、優少女は上がレースで下が黒いスカートのレーストップスシフォンワンピースという、結婚式の時のような少女のドレスを着て。

 

「あそこの爺さんとうちの父親って仲悪かったんじゃなかったか?」

 

「さあな。私は屋敷に住み始めたのも最近だからな。知らんよ。そこはお前の方が知ってるんじゃないか?」

 

「確か反りが合わないとか、あとは方針の違いでのぶつかり合いとか……そんな事は聞いたことあるが……」

 

「ふむ、お前はどちらの方針の方が良いんだ?」

 

「鈴木財閥だな。ウチは寧ろ根っから引っこ抜いてやり直した方が早いんじゃないか?」

 

「ならお前は財閥のそのお爺様と気が合いそうだな」

 

「流石に散財するような金の使い方には文句言いたいけどな」

 

「金持ちなのに貧乏性か」

 

「貧乏性のつもりはないんだが……」

 

修斗は溜息を吐きながらシャンパンを飲む。その隣の彼女はオレンジジュースを飲んでいた。そんなことをしている間にどうやら代表がステージにやって来て、話をし始めた。しかし、修斗のその視線は鋭く尖っていた。

 

「なんだ。あの叔父様がどうした」

 

「いや……アレ変装だな」

 

「ほう?距離があるのに分かるものなのか」

 

少女が少しだけ尊敬の眼差しを修斗に向ければ、それに困ったように笑う修斗。彼自身、推理でそうなったのではなく、自身の勘がそう言っただけなのだ。尊敬されても困るものだ。

 

「我が鈴木財閥も今年ではや60周年、これも一重に皆様のお力添えの賜物でございます。今夜はコソ泥の事など忘れて500余名が集まった優雅かつ盛大な船上パーティーをごゆるりとお楽しみ下さい」

 

それに少女が拍手をしようとしたが、そこで別の女性の声が遮った。その声の主はステージ上で演説していた少しぽっちゃり目の白髪の紳士の後ろから優雅に現れた。その女性は『鈴木 朋子』。あの花嫁の事件であった鈴木園子の母親である。

 

「その前に、今夜は特別な趣向を凝らしております」

 

朋子がそう言って掲げて見せたのは小さな箱。

 

「乗船する前に皆様にお渡ししたこの小さな箱、さあお開け下さい」

 

それに従い二人も箱を開けてみれば、黒い真珠の様な宝石があった。

 

「それは愚かな盗賊へ向けた私からの挑戦状。……そう、我が家のシンボルであり、怪盗キッドの今夜の獲物でもある『漆黒の星(ブラック・スター)』ですわ!」

 

それに少女は驚きで目を見開き、修斗は呆れ顔でその宝石を箱から取り出しポケットの中に突っ込んだ。扱いが雑過ぎる。しかし修斗は自分の持っているものが偽物であると分かったのだ。それもただの予測だが。

 

(どう考えても、本物持ってるのは鈴木財閥関係者だろ。信用ならない奴に本物持たせるバカは世の中いない。間違えたら持って帰られるかもしれないんだから。そしてそこから考えれば一番本物を持ってるの確率が高いのは朋子さんだろ。裏をかかれたらそれまでだが、普通持ち主が本物持っておくことほど安心するもんはないしな)

 

そこまで考えて少女にも言おうかと考えたが、やめておいた。折角の彼女が考えた余興だ。乗っかっておいた方が少女も楽しめるだろうと考えたのだ。

 

「勿論、本物は一つ。それを誰に渡したかも私一人。あとは全て精巧に作られた模造真珠というわけです。さあ皆様、それを胸にお着け下さい?そしてキッドに見せ付けてやるのです。『取れるものなら取ってみなさい』とね」

 

それを言われては修斗も着けないわけにはいかない。変な疑いもかけられたくないのだ。ポケットからもう一度取り出し、胸辺りに着け、少女も着けたかを確認し、前を見る。

 

「勿論、船が洋上している三時間の間にどれが本物か、彼に判別出来たらの話ですが?」

 

それに周りが笑いだすが、少女が呆れた様に溜息を吐く。

 

「全く。怪盗が宝石の判別も出来ないようなら、最初に盗みを働いた時点で捕まってるだろう」

 

「言ってやるな。あの人は盗めないという自信があるんだろ」

 

少女と修斗はそこで互いに顔を見合わせ苦笑い。二人からしたら、朋子は自身が人形であるとも気付かない哀れな踊り子人形にしか見えなくなったのだ。いや、もっと言うなら下手な踊りをしているのにそれに気付かず自身が一番だと思い込んでいる哀れな人、と例えるべきだろう。そして二人はそんな喜劇を楽しむという性格の悪さがあるのだ。こんなおもしろい舞台はないとばかりに傍観する事を決めた。

 

「さーって、誰が一番に気付くかな?」

 

そんな二人の事を知らないコナンは、園子の電話でまだ会長が自宅にいる事を知り、先程まで演説していた会長が偽物だと漸く理解した。そして周りの人へと聞けば偽物はトイレへと行ったと教えられた。そこからトイレへと急いで行き扉を開ければ、そこには変装マスクと服が隠されていた。

 

(なるほど、会長に変装して乗り込んできたってことか。……ふっ、感謝するぜ怪盗キッド。お前のその不敵な仮面を剥ぎ取るチャンスをくれたんだからな)

 

そしてトイレから戻ってきたコナンは直ぐに園子達にその事を知らせる。

 

「えーっ!?怪盗1412号がもうこの船に乗り込んでる!?パパに変装して!?」

 

「さっきトイレで見つけたんだ。園子姉ちゃんのお父さんの服と、変装に使った道具を。今刑事さん達が調べてるよ!」

 

それに驚きの表情を浮かべる朋子。そこから証拠が出てくれば無問題なのだが、生憎とそこから証拠はいつも出てこないのだ。と、そこでコナンがその場に蘭がいない事に気付く。

 

「あれ、蘭姉ちゃんは?」

 

「オメーが中々戻って来ねえから探しに行ったぜ。もしかしたら、怪盗1412号に捕まってるかもしれねえってな。」

 

「怪盗1412号じゃない」

 

そう言って小五郎の言葉に割り込んできたのは、緑のスーツを着た男。彼は『中森 銀三』。怪盗キッド専任の刑事だ。ちなみに彼の階級は警部である。

 

そんな彼は小五郎に詰め寄り、訂正する。

 

「奴の名前は『怪盗キッド』だ!ややこしいから間違えんで下さい!」

 

「は、はぁ……」

 

そう言って離れていく中森を見ながら朋子に誰かと説明を受け、秘宝を守るナイトの一人だとも言う。

 

「しかしですな、奥さん。今夜集まった500人を超える客は全員、問題の黒真珠を胸に着けてるんですよ?しかもたった一つの本物以外は全て精巧に作られた偽物。……どれが本物か教えていただかないと守りようが……」

 

「精巧に作られていると言っても所詮は模造品。よーく見定めれば多少は数が絞れますわ。中には私が着けてるような光沢が鈍くて冴えないものや、貴方が着けてるような、輝きすぎて安っぽい失敗作も混ざっていますので」

 

それでも食い下がる小五郎に朋子はヒントを一つ与える事にした。

 

「ブラック・スターは60年前、祖父を魅了したあのピーコックグリーンの光沢を持つ黒真珠に最も相応しい方にお預けしてあります」

 

それにコナンは反応する。しかし誰もそれには気付かない。

 

「偶然にもそれに値する人物は500人中たった一人」

 

「宝石が似合うとなると、やっぱり女性に……」

 

その小五郎の言葉に朋子は「貴方もお似合いですわ」と返した。そんなタイミングで小五郎の名が呼ばれ、誰かと振り返れば、小五郎にとっては一度事件であった時に出会った関係者であった。

 

「貴方は確か、旗本グループの……」

 

そんな言葉が聞こえたのか、修斗は壁に背を預けて溜息を吐く。

 

「あ〜……後で挨拶しよう」

 

「なんだ、また父親からの依頼か?」

 

少女の言葉に「それもあるけど……」と言いながら料理に目を向ける。

 

「これ、あの人が作ったものなんだ。とても美味しかったと伝えるべきだろ?」

 

「なるほどな」

 

「それに、年下の友人もいるみたいだしな」

 

「?」

 

その言葉に少女は首を傾げるが、それを知らぬふりしてキョロキョロと辺りを見て、目的の人物を見つけたのか少女に手を差し出した。

 

「行くぞ。目的の奴を見つけ」

 

「?ああ、分かった」

 

それに少女は首を傾げながら掌を掴み、歩き出す。そして修斗が近付いた小五郎達の輪の中には、少し黒く焼けた男がいた。彼は『三船 拓也』。彼ともまた事件の時に知り合ったのだ。

 

「ふんっ、残念だったな祥二さんよ。どうやら怪盗キッドの所為で鈴木会長は欠席。おべっかの為の料理が泣いてるぜ?」

 

それに祥二が軽く拳を当て笑うと、相手も楽しそうに笑う。どうやら所謂、悪友の関係のようだ。

 

「相変わらずの悪態ぶりだな」

 

「いえいえ」

 

そこに割り込む修斗。別に彼とは旧知の仲という訳でもないのだが、実は小五郎が三船と知り合った事件の時、彼もまた雪男と共に参加しており、その時に拓也の性格を見て信用できる奴だと確信を持ち、それ以後、偶然でも出会うと絡みに行っているのだ。

 

「よーっ、たーくやくん?そのいつも通りな悪態ぶりに、お兄さん安心したわー」

 

「……この気持ち悪い態度……修斗さんかよ!」

 

修斗が腕を掛けながら声を掛けると、その腕をぞんざいに退けられる。拓也はウザったそうな表情を浮かべているが、その態度が逆に修斗を安心させるのだ。

 

「……ってあれ?お前、黒真珠は?」

 

そこで修斗は彼が黒真珠を着けていない事に気づいた。それに拓也は呆れたように箱を軽く投げながら答える。

 

「こういう餓鬼っぽいゲームは嫌いでね」

 

「俺、彼とは知り合って間もないんですけど、そうなんですか?」

 

「そうだよ。彼は元よりこんな性格だ」

 

祥二の言葉に修斗はまたホッと安堵の溜息を吐く。こういうパーティーの場で、しかも育ちが裕福なら此処まで裏表ない性格の持ち主は珍しいのだ。そしてそれは逆に信頼や信用に値する人物でもある。

 

「でも着けてないと疑われますよ?」

 

そこで小五郎からそんな注意を受け、拓也は仕方なさそうにハンカチを使って真珠を掴み、襟に着けた。それにコナンは何かに気付いたかのように目を見開き、それに修斗も気付いたのかジッとコナンを見つめる。そんな修斗を見て、少女は彼のスーツの裾を引っ張る。

 

「……彼は?」

 

「ああ、彼は……」

 

「おい修斗さん。あんた、お守りするような人だったか?」

 

修斗が紹介しようとした時、拓也が割って入る。雪男と会った時は確かに見た目は小学生にも中学生にも見えていたが、最初からしっかりした雰囲気を感じ取っていた為に『お守り』をするという印象はなかったが、今回は中学生にも見えない、誰が見ても小学生の少女がそこにいたのだ。彼から見たらそれは『お守り』に見えたらしい。そこでコナンも気になったのか少女を見れば、少女は視線に気づき、コナンをジッと見つめる。

 

「ああ、この子は『咲』だ。ウチの親戚筋で、この子の親が……その、言いにくいんだが亡くなってな。ウチで預かる事になったんだ」

 

「……そうかよ」

 

そこで『咲』はニコッと微笑むとコナンに近付き右手を出す。

 

「『月泉 咲(つきいずみ さき)』だ。よろしく」

 

「よ、よろしくね!僕、江戸川コナン!」

 

コナンはそれに同じように笑顔で答えて握手をする。しかし、咲のその笑顔が作り笑いである事はすぐに分かった。

 

「そろそろお前と同じ学校に通わせるつもりだから、仲良くしてやってくれ」

 

「そんなに手続きが掛かったのか?」

 

「いや、そんなには掛からなかったさ。ただ、うちの中で揉めただけだ」

 

その言葉でコナンは理解した。転校するにしても時期がおかしいのはそれが理由か、と。しかし修斗側の家ではそんな揉め事、実は一切起こってない。時期がおかしいのは彼女とコナンを一度接触させて、咲の様子を見てからと決めていた修斗のせいだ。しかし理由付けでおかしく思われないのはコレが一番だと彼も理解している。北星家が複雑である事を利用したのだ。

 

「そういえば、蘭さんは?」

 

「あ、僕を探しに行っちゃったんだ……」

 

「となると、お前とのすれ違いか……一人になるのは危険だろ」

 

修斗が心配そうにキョロキョロしだすその横で、小五郎も同じような事を言い、園子から「きっと何処かで迷っているんですよ」と言われると、修斗は首を傾げた。

 

「彼女、方向音痴なのか?」

 

「どうせ方向音痴ですよ!」

 

その言葉を聞き、振り向けば確かに其処には蘭がいた。が、その時点で修斗は頭を抱えたくなった。彼はその鋭い勘で目の前にいる蘭が『変装』である事に気付いたのだ。

 

(なんで目の前に怪盗キッドがいるんだよーーー!)

 

しかしそれは顔におくびにも出さず、安心した表情を浮かべる。

 

「なんだ、迷ってなかったのか。まあ、怪我してないようで良かったよ」

 

「あ、修斗さん!心配かけてすみませんでした」

 

と、そんな時に目の前のステージに別の刑事が立ち、もうこの船の中に怪盗キッドがいると説明しだした。しかも、既にこの中に混ざっているかもしれないと不安を仰ぐような事を言い出した。

 

「……おいおい。これでパニックになったらどうするんだ」

 

「お兄ちゃん、私怖い……もしかして、お兄ちゃんは怪盗キッド?」

 

「俺は怪盗キッドじゃないぞー。ずっとお前の隣にいただろ?」

 

修斗は咲の言葉に柔和な笑みを浮かべて答えるが、内心では『そこで子供らしい演技すんな』と呟いており、それに気づいているらしい咲はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「本来は入念に調べ上げるところですが、今回はそんな無粋な真似は避けましょう。合言葉です!そばにいる方とペアを組んで、二人だけの合言葉を決めて下さい!」

 

それに小五郎は名案だと手を打つ。確かにそれを決めておけば、キッドは次から次へと変装できなくなる。その思い付きに修斗は感心した。

 

「へ〜。あの人、よく考えたな。けど、それはもっと早くに提案すべき事だったな……」

 

「確かに遅いな。まあ仕方ないだろう……どうする?合言葉は何にする?」

 

「むしろ何も決めないでおこう」

 

「分かった」

 

そう小声で会話した時、船上の電気が突如として消え、男性の笑い声が船の中に響きわたる。そして船の天井の隅から煙が湧きあがり、そこから白いタキシードとマントを着けたかの怪盗が現れた。それを見て修斗は一度蘭を見た後、今度は呆れたように怪盗キッドを見た。

 

「ふふっ、合言葉なんて無駄ですよ」

 

「なに?」

 

怪盗キッドの言葉に中森がそう呟くと、怪盗キッドは不敵に笑いながら続ける。

 

「既にブラック・スターは私の手の中に」

 

彼がその星を軽く投げ、その手に盗み出した事を見せつける。それにコナン達が釘付けになっていると、そこで朋子が「悪戯坊主にはお仕置きしなくちゃ」と言いながらトートバックから拳銃を取り出し、怪盗キッドに向けて撃つ。そんな彼女に全員の視線が向き、電気が点けばそこには怪盗キッドの死体が。その場が叫び声に塗れる中、中森が焦り声で朋子を責める。

 

「あんた、なんて事を……!」

 

「心配ご無用ですわ、刑事さん。だってまだ……生きてますもの」

 

その言葉が合図となり、怪盗キッドは確かに起き上がる。実はこの一連は全て施し物。偽怪盗キッドは撃たれたフリをし、彼女のガードマンがテーブルクラスで受け止めた為、痛みもない。拳銃もまたモデルガン。全てが全て余興だった。そしてその余興のために呼ばれた偽怪盗キッドの正体は天才マジシャン『真田 一三』だった。

 

「皆様!怪盗キッドの哀れな末路を演じてくれた彼に盛大な拍手を!」

 

その言葉を受け、修斗も咲も拍手を送るが、内心は二人して呆れていた。まさかこんな事の為に呼ばれたのかと、正直彼の優しさに涙さえ浮かびかけた。

 

「ふむ、なるほど。怪盗キッドはマジックの名手。まさに適役ってわけか」

 

「ふっ、確かに彼も私も人の目を欺く芸術家ですが、私は根っからのマジシャン。泥棒が本職の彼には負けませんよ」

 

一三はそう言いながら素早く正装に着替え、ステージへと向かう。そこでマジックを見せる為に。しかしコナンはそれを気にしていられない。彼はかの怪盗キッドと初めて会ったあの屋上での時、その彼から言われた言葉を思い出していた。

 

 

 

ー怪盗は鮮やかに獲物を盗み出す創造的な芸術家だが……、探偵はその跡を見て難癖つけるただの批評家に過ぎねえんだぜ?ー

 

 

 

その時、コナンは怪盗キッドの気配を感じ、辺りをキョロキョロと見渡しだす。その間にもマジックが始まる。最初はカードマジックからだったが、拓也がその時点で疑い、彼がカードを切り始める。

 

(どいつだ?どいつが怪盗キッドなんだ?くっそ!どいつもこいつも怪しく見えてきやがる!……せめて奥さんが言ってたあの言葉の意味が分かれば……)

 

この時点でコナンは修斗の事も疑っていた。だからこそ、彼は修斗に疑問をぶつけない。そして修斗もそれを理解しているからこそ、コナンには話しかけない。疑うなら疑問が解けるまで、疑い続ければいいと、そう思っているからだ。

 

そんな時、カードをシャッフルしていた園子の姉の婚約者『富沢 雄三』がトランプを落としてしまった。

 

「す、すみません!」

 

「大丈夫ですよ。カードを落としたぐらいじゃ私の月は落ちませんから」

 

その言葉はコナンに問いの答えへの引っ掛かりを与えた。そしてその答えへの道を探る為、小五郎から参加者リストを読み始めた。その時、ある事に気付きそれを返すと、今度は修斗達に近付いた。

 

「ねえ、修斗お兄さん」

 

「ん?なんだ?」

 

「僕さっき小五郎のおじさんに頼んで参加者のリストを見たんだけど、咲ちゃんの名前が載ってなくて、載ってたのが『瑠璃』さんの名前だったんだけど、どういうこと?」

 

それに修斗はそう言えばそうだったと思います。

 

「ああ、元はここに来るのは俺と咲じゃなくて、俺と瑠璃だったんだ。もっと言うなら瑠璃でもなくて梨華だったんだがな?彼奴は予定合わなくて。で、瑠璃も直前になって別件で呼ばれて、急遽咲になったんだ。それを主催者に説明してなくて、船に乗ってようやく説明したんだ。乗客名簿が変わってないのはそれが理由なのと、あの奥さんからの言葉が原因だな」

 

「なんて言われたの?」

 

「確か、『妹さんが刑事なら仕方ない。名前はそのままで空いた席には彼女を入れましょう』って」

 

「そっか!ありがとう!」

 

その時、カードマジックは終盤に差し掛かっており、一三が白鳩を手から出し、ダジャレで『ハートのA』を引くと予想した。そして園子が右のカードがいいと言い、それをそのまま蘭が引いた。勿論、誰もが最高と疑わない中だったが、しかし異常事態が発生した。

 

その引いたカードに怪盗キッドからのメッセージが書かれていたのだから。

 

「え?」

 

そのメッセージには『クレオパトラに魅了されたシーザーのごとく、私はもう貴方のそばに 怪盗キッド』とあった。その言葉は全員に知れ渡り、相方との合言葉の確認が始まる。修斗と咲はそもそも設定してなかったので確認は必要としなかった。むしろこれで確認してきたら怪盗キッドである。

 

そこから少し経てども場は収まらない。しかし今この船は洋上の上。しかも怪盗キッドの脱出としてよく使われるハンググライダーを使おうものなら、ヘリコプターが素早く察知し逃げられない。既に監獄と変わらない状態なのだ。そんな状態だからこそ、朋子は余裕を崩さない。そしてあと30分で東京港に入港する事になる。そんな時、蘭の黒真珠がなくなっていた。それが転がっていくのに気付き、拾うように声をかけた。それに気付いた男性客がそれを素手で拾おうとした時、真珠が爆発した。それに修斗達も気付き、辺りを見渡せば自分達の周りにも既にばら撒かれていた。

 

「……さて、こっからはお手並み拝見とするか」

 

「なら、何もしなくていいんだな?」

 

「ああ」

 

それに咲が頷きを返すと、今度は怖がる素ぶりを見せて修斗の足に懐く。

 

「お、お兄ちゃん……」

 

「安心しろ。その真珠は爆発しないから」

 

修斗はそれが爆発しないと理解しているし、咲もそれを理解している。しかし周りは違う。既に周りはパニックに陥っていた。そんな時、朋子が客の一人に当たり、尻餅をついてしまう。それを蘭が助け起こした。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ええ、ありがとう蘭ちゃん」

 

と、そこで園子がある事に気づいた。

 

「あれ、ママのも無くなってるわよ?黒真珠」

 

「え?」

 

それが聞こえ、コナンはニヤリと笑う。そして同時に朋子が叫ぶ。

 

「きゃー!キッドよ!キッドにブラック・スターを盗まれましたわ!」

 

「なにっ!?じゃあ奥さんが着けていたのが本物のブラック・スター……」

 

その間も客達が扉に押し寄せ、遂に刑事達では抑えきれなくなり、客のほとんどが扉から出てしまった。そしてその客の後を追い刑事達が出て行ったのを見て、コナンが蘭の手を引き出ようとする。勿論、それを蘭は止めるが、コナンが怪盗キッドの正体が分かったといえば、その後に着いて行き、辿り着いたのは機械室。そこでコナンがサッカーボールでリフティングを始めながら推理を話し出す。

 

「ねえ蘭姉ちゃん?宝石言葉って知ってる?」

 

「宝石言葉?」

 

「真珠の宝石言葉は『月』と『女性』。船に乗ってるお客さんの中で『月』の名前の女性は鈴木朋子さんだけ。つまり、本物はあの人本人が持ってたってわけさ!」

 

「へー。あ、でも、船で会ったあの咲ちゃん……だったかしら。あの子の苗字にも『月』が入ってるわよ?」

 

「僕、修斗にいちゃんから直に聞いたんだ。お客さんの名簿の中に、咲ちゃんの名前がないのはなんでって。そしたら、本当は修斗にいちゃんの妹の瑠璃さんが来るはずだったのが、直前になって別件の事件で出られなくなっちゃって、急遽咲ちゃんが来たんだって。その事を朋子さんに伝えたのは船に乗船した後。しかも朋子さんからは名前は変えずに、空いたところに咲ちゃんを入れるよう伝えられたから、彼女は今は『北星瑠璃』として乗ってることになる。つまり、彼女は条件に当てはまらないんだ」

 

「へー。でも、それでなんでキッドの正体が分かっちゃうの?」

 

「カードだよ。ほら、蘭姉ちゃんが引いたカードにキッドのメッセージが貼ってあったでしょ?」

 

「う、うん」

 

「アレは右手で出した鳩に客の目を引きつけてる隙に目当てのカードにすり替える初歩的なトリックなんだ。だからカードを彼に渡す前に、誰がどうカードを切っても引くカードは決まってるって訳なんだ」

 

「じゃあそのカードにメッセージが貼ってあったって事は、まさか怪盗キッドの正体はあの真田ってマジシャン!?」

 

それにコナンは否定を返す。違う理由は朋子さんに近付いていないから。しかもコナンがずっと見ていたのだ。他は兎も角、コナンの目は誤魔化せない。

 

「じゃあ誰なのよ?」

 

蘭は急かすように聞くと、コナンはもう一人カードをすり替えられた人がいると言う。そう、それはカードをワザと落とし、カードを拾うフリをしてメッセージを貼り付け、それを掌に忍ばせ、あたかもカードの束から引いたように見せかけれた人物。

 

「だよね?蘭姉ちゃん?……いや、怪盗キッドさんよ」

 

それに蘭はあり得ないという顔をする。誰でもそうだろう。自分が犯罪者だと言われているのだから。

 

「そう、お前が蘭とすり替わったのは蘭が俺を探してパーティー会場を出た時だ。見事だぜ、全く気付かなかったよ」

 

コナンはそう『彼』を褒める。それに否定を返さずに聞き続ける蘭。

 

『まんまと蘭とすり替わったお前は、例のメッセージで客を動揺させた上に黒真珠をばら撒いてパニックに陥れた。そして混乱に乗じて本物のブラックスターを奪い取ったんだ。奥さんの体を支えるフリをしてな」

 

コナンは鋭い視線を『彼』に向け続け、言葉を続ける。

 

「あんな花火を用意してたって事は知ってたんだろ?奥さんが模造真珠を沢山作らせてた事を」

 

そこで蘭は笑顔を浮かべて否定する。

 

「やーねー!冗談はやめてよコナンくん!私、どれが本物かなんて知らなかったよ?キッドなんて聞いてなかったし」

 

「ふっ、ヒントなしでもお前にはアレが本物だって分かってたはずだ。奥さんが手袋をして小箱から黒真珠を取り出した時点でな」

 

真珠の主成分には炭酸カルシウム、酸に侵されやすいのだ。そう、もしそのまま指で触ろうものならその油で酸化され、表面の光沢が失われてしまう。

 

「まあ、中には知ってた人もいたみたいだが?」

 

その言葉で思い出すのは拓也が胸ポケットからハンカチを取り出し、偽物の黒真珠を掴んだ時のこと。勿論、修斗自身もそれは知っていることだが、本人は偽物だと理解していた為に敢えて素手で触っていた。怪盗キッドもそれは分かっていると理解した上での行動だったのだ。

 

「そんなデリケートな宝石を、他人に預けるわけがないってことさ」

 

「でもそれだけじゃ……」

 

それでも『彼』は足掻くが、コナンは止まらない。

 

「確かにそれだけじゃ不十分だが、奥さんが着けていた冴えない真珠のことを重ね合わせれば、推測は確信になる。ーーーそう、有名博物館に展示してある昔の真珠が、いずれも色褪せてしまっているように、真珠の光沢寿命は精々数十年。60年前に購入されたブラック・スターが今もなお美しい姿であるわけがない。そんな色褪せた真珠を手袋をして大事そうに扱う奥さんの姿を見れば、一目瞭然ってわけだ」

 

確かに朋子はずっと手袋をし、ブラックスターを取り出したあの時でさえ、大事そうに扱っていた。雑に扱った修斗とは真反対の扱いだ。

 

「ふっ、情けない話だぜ。お前の存在に気を取られていてすっかり忘れてたよ」

 

「でも、米花博物館のブラック・スターはキラキラ輝いていたような……」

 

そう、彼らが予告日前日に見に行った時、確かにブラック・スターは輝いていたのだ。

 

「だから取らなかったんだろ?偽物だと知ってたから。そして二度目の予告状で奥さんを挑発し、本物を持ってくるように仕向けたんだ」

 

そこで思い出されたのは2枚目の予告状。其処には『4月19日 横浜港から出航するQエリザベス号船上にて本物の漆黒の星をいただきに参上する 怪盗キッド』と書かれていた。そう、『本物の』と強調したのだ。『偽物』だと見抜いているぞ、と伝えたのだ。

 

そこで蘭が自分をそんなに疑うなら警察の人を機械室に呼ぼうとするが、そこでコナンが既にキック力を上昇させた状態でサッカーボールを蹴り、そのコントロールは抜群なまま内線電話を壊した。その威力に目を見開く蘭。そんな『彼』に不敵な笑顔を浮かべて見据えるコナンは投げかける。

 

「ふんっ、ビルの屋上で消えた時と同じ手は使わせねえよ!あの時、お前が警察を呼んだのは俺への当てつけじゃない。ハンググライダーで今にも飛ぶかのように見せかけて、閃光弾で素早く警官に扮し、彼らの中に紛れ、姿を隠す為だ。……それに、この場に人を呼ぶなんて野暮な真似はナシだぜ。こっちはこの警戒の中、たった一人で乗り込んできた犯罪芸術家に敬意を評してサシの勝負を仕掛けてやったんだからよ」

 

コナンはバチバチと電光を走らせた靴を履き、サッカーボールを足で踏んだまま、警戒を解かない。動けばその強大な威力を持つサッカーボールが飛んでくることは明白だ。

 

「優れた芸術家は死んだ後に名を馳せる。ーーーお前を巨匠にしてやるよ、怪盗キッド。監獄という墓場に入れてな」

 

そんなコナンを見据え続けた『彼』は蘭の顔のまま不敵な笑みを浮かべ、両掌を上げて降参を示す。その掌の中には黒真珠があった。

 

「ふっ、参ったよ。降参だ。この真珠は諦める」

 

そう蘭の姿のまま男性の声が出る。そう、彼は本当に降参したのだ。もう騙すことは出来ないと。

 

「奥さんに伝えといてくれ、パーティーを出しなしにして悪かったって」

 

そう言ってハンカチで黒真珠を包み、投げ渡す。それをコナンは不敵な笑みを浮かべたまま受け取った。

 

「今更何を……」

 

「ああ、そうそう。この服を借りて救命ボートに眠らせてる女の子。早く行ってやらねえと風邪引いちまうぜ?」

 

そう言って彼は赤いドレスの胸元を開き、其処から女性物の下着を取り出し、ウインクを飛ばす。

 

「俺は完璧主義者なんでね」

 

それを聞き、しかもその下着も一部だが見せられて、コナンが思い浮かべたのは産まれたままの姿の蘭。その創造の時点で顔を赤くした。そんなコナンを見てニヤッと笑うと黒いサングラスを掛け、閃光弾を使い、逃げ出した。その後を追おうとするコナンだったが、後ろに放り投げられた衣装に気付き、怪盗キッドに恨み言を投げかけながらその衣装を持ち運び、救命ボートまで急ぐ。そして救命ボートに着けば既に刑事3人が救命ボートの中を見ていた。

 

「ああっ!ちょっと待って!!」

 

コナンは頬を赤らめながら待ったをかけるがしかし動きは止まらない。そのまま蘭は姫抱っこで出された。しかも、ちゃんとドレス姿のまま。それにコナンは驚き、自身が持っているドレスを見る。そして蘭の胸辺りにつけられていたメッセージには『先日、お預けいただいたこの真紅のドレス。とてもよくお似合いですよ。 ある時はクリーニング屋の怪盗キッド』とあった。そう、つまり彼女に元から変装するつもりだったらしいキッドが、同じドレスを用意しただけ、なのだった。

 

「やろー……」

 

コナンが慌てた意味はなかった。勿論、彼女が風邪を引くこともない。

 

その後、怪盗キッドのハンググライダーは発見されたが、怪盗キッド本人は見つからなかったのだった。



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第10話〜誘拐現場特定事件〜

はい、今回は前回出てきたオリキャラが主なお話です。もう題名に+αって付けるべきかもしれない……

それでは!どうぞ!


あの怪盗キッドが黒真珠を盗んでから日にちが経ち、現在は月曜日の早朝。時刻が5時ちょうどとなるその瞬間、少女の目はいつも覚める。いや、彼女ーーー咲はいつも其処まで眠れない。むしろ今回は彼女を匿っている修斗にお礼を言いたいほどだと彼女は思っている。

 

(眠る前、私が寝るまで手を握ってくれていた兄さん……一番、私が頼りに出来、唯一私の『正体』を知っている……兄さん)

 

そんな兄は起きた時にはいつもいなくなっている。彼女が熟睡して少し経つと自身の部屋に戻っているのだから当たり前だ。咲も理解している。けれど、今はそんな兄の温もりが恋しくなるほどの夢を見てしまった彼女。

 

(……逃れることなんて出来やしないのに……私は、この手で……)

 

今の彼女の目に見える手はーーー赤かった。

 

***

 

修斗の計らいで帝丹小学校の一学年に転校することになった咲。そしてそこの担任である小林先生の紹介で教室に入る。

 

「それでは皆さん。今日から皆んなの仲間になる月泉さんです」

 

「月泉咲です。よろしく」

 

咲は黒いロングジャケットを羽織り、黒く長い髪をポニーテールにし、黒ハイネックと黒一色の姿をした出で立ちで頭を下げた。これが大人なら不審者と間違えられてもおかしくないだろう。

 

その挨拶の後、彼女はコナンの隣の席に座り、コナンに軽く会釈をした。それにコナンも会釈を返すが、その時点で彼女は窓の外を眺めていた。それにコナンは乾いた笑顔を浮かべる。

 

(ハハッ、愛想がねーやつ)

 

そして1時間目、2時間目と滞りなく授業を終え中休みに入る。すると途端に彼女の席に男女問わずに子供がわらわらと集まって来た。

 

「ねえ、どこから来たの?」

 

「どこに住んでるの?」

 

「前の学校ってどんな感じなんだ?」

 

その殆ど同時に声に出された質問に咲は笑顔で答えていく。しかしそれら全て『事前に』用意していたものだ。

 

「前は西多摩市の小学校に通ってた。だから以前住んでたのは西多摩市。前の学校ではとてもいっぱい友達が作れてたんだ。だから、仲良くしてほしいな」

 

彼女はニコッと笑えば、子供達は嬉しそうにキャッキャと騒ぐ。しかし隣にいたコナンには、それら全てが嘘くさく聞こえた。

 

(子供なんだからあんな流暢に答えれるはずがない。しかも動揺一つしない。……慣れてるのか?それとも……)

 

そこまで考えて、彼はあり得ないと考えてしまった。

 

(ははっ、ねーな。修斗のヤローの家が複雑なのはこちとら知ってんだ。こいつの家も複雑なんだろうな)

 

そこで別の子供が後ろから髪の毛に触ろうとした。そして、それに触れた瞬間、彼女は背筋がゾワリと粟立つ。

 

「っ!?」

 

直ぐに後ろを振り向けば、後ろにいた少女が驚いたような表情を浮かべていた。

 

「あ、えっと……」

 

「……どうしたの?」

 

「あ、髪の毛、弄ろうと……私、髪の毛結んだりするの、好きだから……」

 

「……そっか」

 

そこで彼女はホッと一息吐き出すと、謝罪する。

 

「……ごめん。私、あまり人に髪とか肌とか、触られるのがダメなの」

 

「あ、ご、ごめんね!!」

 

「ううん、でも、触る時には言ってくれると助かるな」

 

「う、うん!」

 

そんな咲の様子は明らかに違った。先程までの余裕のありそうな作り笑いは消え去り、困ったような笑顔を浮かべていた。それを見逃すコナンではないが、それもやはり彼女の親戚筋である北星家の複雑さが原因なのかもしれないという結論に至ってしまった。それだけ北星家が複雑であるのが、今回は隠れ蓑として役立ってくれたのだった。

 

そしてまた時間が経ち、給食の時間となった。もちろん、その時間になったなら近くの席の人と班を作るのだが、彼女の周りにはコナンの他に元太、歩美、光彦がいた。そう、この時間は食べながら彼らの自己紹介を聞く時間となった。そしてその話の中には、彼らが結成した『少年探偵団』という小学生らしい集まりの話もあった。

 

「少年探偵団?って、あのホームズの話にも出てくる?」

 

「え、咲ちゃんホームズ知ってるの!?」

 

そこでコナンの目が輝く。シャーロキアンが見つかったと喜んだのだ。勿論、彼女は苦笑いながらコクリと頷く。コナンほどではないが彼女もホームズシリーズは好きなのだ。

 

「そうなの!それで私達、実はいくつか事件も解決してるのよ!」

 

「そうなの?すごいね!でも、危ないよ?」

 

「全然平気だぜ!むしろ俺らがとっちめてやってるんだぜ!」

 

「へ〜」

 

咲はそれを楽しそうに聞くフリをして、内心で悩む。このままこの子供達が死体や事件に首を突っ込み続け、それがいつかは日常となり、本当に危険になった時でさえ慢心して後悔してしまうとかがくるのではないかと考えたのだ。

 

(なら自分がその危険から守ればいい。……大丈夫、今更自分の死なんて怖くない)

 

その時、一瞬だけだったが、あの場所で唯一自分の心の拠り所となってくれた金髪褐色の青年を思い出したが、それを頭から追い出した。自分の居場所はもうあの場所ではない。抜け出した時、泣いて彼に謝ってしまった事だけが心残りだとは思っている咲。

 

(あの時、私は泣きながら謝って、その後に携帯を破壊し、拳銃と共に海に投げ入れてしまったが……もしや、アレは彼を困らせてしまったのではないだろうか……)

 

そう考えていた所為か、返答が止まっていたらしい。彼女の名前を呼ばれ、ハッと意識を戻し、笑顔で謝った。それに笑顔で許してくれる彼らの笑顔は、彼女に癒しをもたらしてくれた。彼女の溢れたコップの水が少しだけ減ったのを、彼女はまだ、自覚しない。

 

***

 

漸く全ての授業が終わり、帰ろうとしたが、其処にコナンを退けた少年探偵団一行がやって来た。光彦だけ手にレシーバーを持っていたが。

 

「?どうしたの?それ」

 

「これの話はコナンくんも仲間に入れてから話します!さあ、行きましょう!」

 

それを合図に彼らは走り去っていく。それに溜め息を一つ吐くと、咲はゆっくりと歩いてその集団に近づく。どうやらちょうど、レシーバーの調整をしているらしい。

 

「おい、ちょっと見ろよ!これ『ワイダバイダレバーシ』だってよ!」

 

「違いますよ元太くん!『ワイドバンドレシーバー』って言うんですよ!」

 

「同じようなもんじゃねえかよ。で、なんだっけ?」

 

「強力なラジオみたいなものですよ。これでタクシー無線とか、コードレス電話の会話とか、偶然聞こえたりするんですよ!」

 

それを聞いて彼女は溜め息をまた吐かざるおえない。それは殆ど盗聴と変わらない犯罪の一種である。もうこの歳でそんな犯罪を覚えたかと悲しむべきか呆れるべきか、彼女には判断しずらかった。何より、彼女の『特技』がそれに近いものなのだ。彼女としては余計な『雑音』が増えたと疲れしか覚えない。

 

その間にレシーバーから音が漏れだす。確かにタクシーの無線や間違い電話が流れ出したが、そのノイズが彼女には余計に酷く聞こえ、耳を塞ぎたくなった。

 

「わぁ!スゲーなー!」

 

「でも、人の家を盗み聞きするなんて悪い事なんじゃない?『盗聴』って言うのよ?そういうの」

 

「聞くだけなら誰にも迷惑はかかりませんよ!」

 

そう自信を持っていう光彦だが、咲としては一つ言ってやりたい。

 

「聞く内容によっては人の迷惑になるし、本当に罪になるから注意してね?」

 

やんわりと注意すると、それに光彦は固まった。誰しも『罪になる』と言われたら怖いものだ。そしてそんな事を注意しない大人組の一人であるコナンは、この日は実は蘭が空手の大会でやる気が入っており、その応援に行かなければ彼女からの後ろ回し蹴りが飛んでくることを理解し、急いでいるのだ。だからこそ、此処で冷や汗をかいているのだが四人はそれに気付かない。

 

「よーっし!歌手の『奈室 奈美恵』の電話聞こうぜ!」

 

「えっ!奈室奈美恵ってこの近所に住んでるんですか?」

 

元太の言葉に光彦が反応し、嬉しそうな声を上げるが、しかし元太は近所にいるかなど知らない。だから分からないという反応を示せば、光彦は残念そうにする。

 

「じゃあ無理ですよ。このレシーバーは半径1km圏内に偶然入った電波しか受信出来ないんですよ」

 

「なーんだ、つまんねーの」

 

本当につまんなそうにする元太に咲は苦笑い。どれだけその歌手の声を聞きたかったのだと声を大にして言いたかったが、いま自分は子供だと考えることで自制した。

 

「だから、聞く相手を選べないんです。いいですか?こうやってダイヤルを回しながらーーー」

 

そう説明しながらダイヤルを回せば、少しして電波を受信した。

 

「ほうら、入った!」

 

そう言って喜んだ瞬間、今度はそれが青褪めるような内容が聞こえてきた。

 

『お前の娘は預かった』

 

『なんだって!?』

 

「!?」

 

それにその場の全員が目を見開く。当たり前だ、ただの電話かと思いきやまさかの脅迫電話が聞こえてきたのだから驚くなと言う方がまず無理だ。驚かせたくなかったら最初に注意をしてほしい。『いまから誘拐の連絡をしますよ』と。

 

「今なんて?」

 

「シッ!」

 

コナンが静かにするように指示し、その場が静寂に包まれる。其処で咲は集中するために目を瞑り、視覚情報をシャットダウンする。こうする事で、彼女の『力』が従前に発揮されるのだ。

 

(余分な『雑音』も聞こえるけど、今は気にしてられない!)

 

『お前の娘を誘拐したって言ってるんだよ。サツに知らせたら娘を殺す!』

 

「脅迫電話だー!!」

 

それに歩美が叫ぶが、その声は集中していた咲にはスピーカーで叫んだような声に聞こえ、思わず耳を塞ぐ。しかしこの時点で彼女は取れるだけの情報を『耳』から得ていた。あの電話で確かに奥の方から子供が小さく怖がっているような声と風の音が聞こえたのだ。つまり、相手は外にいるらしいことが分かった。

 

(さて、伝えても良いが……修斗から『目立ち過ぎるな』と忠告を受けてるしな……)

 

そう、伝える事は簡単だ。彼女の特技を伝えれば良いだけなのだから。しかし、それで目立てば目立つだけ、彼女の存在は露見する。彼女の『力』はそう世の中にあるものではない。奴らにバレたら芋蔓式だろう。それで自分だけが命の危機になるならそれは寧ろ願ったりかなったりなのだが、周りを巻き込むわけにはいかない。

 

「どうしよう、コナンくん……」

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

「本当に誘拐事件だったらどうすんだよ!」

 

「もし本当に誘拐事件が起こってたとしても!今の情報だけじゃ、そのワイドバンドレシーバーが受信出来る、半径1km圏内のどこかで誘拐が起こってるとしか分かんないだろ!」

 

(……ふむ。ニュースになりそうな時にはなんとか説得して伏せてもらうか)

 

そこで咲は覚悟を決めた。これで伏せてもらえなかったら周りの命運は周りの運に任せることにしたのだ。

 

「誘拐自体は本当みたいだったよ。女の子の声がかすかに聞こえたから」

 

「えっ」

 

少年探偵団の四人がほぼ同時に咲に視線を向ける。それに咲は耳を指差しながら説明する。

 

「私、聴覚がすごく良いの。しかもそれは集中すれば集中するだけ鋭くなる。さっきの受信の時も視覚情報をシャットアウトして耳にだけ集中させて聞いてた。だから、まず間違いない」

 

「……証拠は?」

 

「中休みの時の質問。殆ど同時に質問してたのを聞き分けたでしょ?それが証拠」

 

「取り敢えず、待ちましょう。また電話が入るかもしれません」

 

その光彦の言葉にコナンは困った表情を浮かべる。彼としては早く試合会場に行きたいのだから。しかし、直ぐには行かれない事情も出来てしまった。ーーー咲の存在だ。

 

(こいつ、本当に小学生なのか?修斗の家が複雑だから此処まで大人びたのか、それとも……)

 

「よーし!久々に少年探偵団、捜査開始だ!」

 

その元太の言葉に光彦と歩美は元気に『オー!』と言うが、咲は目をパチクリさせる。

 

「……えっと、なら私はいない方がいい?」

 

「ううん!咲ちゃんも手伝って欲しいの!そして、少年探偵団の仲間に入ろうよ!」

 

その歩美からの誘いに更に目をパチクリさせる咲。そうして少し逡巡したのち、困った笑顔を浮かべながらコクリと小さく頷く。その横で何か考えていたらしいコナンが頭を抱え、そろりそろりとその輪の中から出て行こうとした時、タイミング悪く歩美が待ったをかけた。それでコナンは出て行けなくなってしまった。そんなコナンの様子に歩美と共に首を傾げる咲だが、タイミング良く電波をまた傍受した。

 

『どうやらサツには知らせなかったようだな』

 

『パパー!』

 

其処で少女の父親を呼ぶ悲鳴に近い声が聞こえ、その場の全員がまた顔を蒼褪めさせる。そう、咲の言った事は本当だったのだから。

 

『順子をどうするつもりだ!要求も私に出来る事だったらなんでもする!だから、順子は!』

 

その父親の確かに娘を心配する声に、咲は胸が痛んだ。自分も『優』だった時、母が自分が誘拐された時、相当心配していたと修斗から聞いていたからだ。修斗達が探しながらも生存を殆ど諦めていた時でさえ、母親は諦めなかったのだと、聞いていたからだ。そんな父親の叫びを聞き、咲は誘拐犯に怒りしか湧かなかった。いや、まだこういう連絡があるだけマシなのだ。なにも連絡無く、突然として会えなくなるよりは遥かにマシなのだ。

 

『じゃあコードレス電話を持ったままベランダに出てもらおうか』

 

その時に確かにガララッと扉を開く音が聞こえ、次に誘拐犯の指示はその辺りに立っておくようにという指示と、もう一つ。衛星アンテナが邪魔だから退けるようにという指示だった。それに黙って指示を聞いたらしく、取り外す音が聞こえてきた。

 

「なにさせてるんだ?」

 

「犯人が何処かでこの人を見ているんだ」

 

「ベランダに出させたのは恐らく犯人からよく見えるようにさせるため」

 

そこで犯人の高笑いが聞こえ、サツに知らせるなと再三の忠告をした後自分からよく見えてる、少しでもおかしな事をしようものならその場で娘を殺すとドスの効いた声が聞こえてきた。そう、脅迫犯は本気なのだ。

 

「こ、殺すだってよ!」

 

「ど、どうしましょう!警察に知らせた方が……」

 

その光彦の言葉にコナンがまた静かにするように指示する。そう、まだ傍受は終わっていない。

 

『わ、分かった!なんでも言うことを聞く。何が望みなんだ?お金か?お金が欲しいのか?』

 

その時、コナンと咲の耳に電車の音が聞こえてきた。それで二人して目をパチクリさせる。その間にも話は進む。

 

『ハハッ!まあそう慌てるな。暫くそのままで待ってな』

 

そこで電話が切れてしまった。それに慌てるその場の五人。もう既に周りには誰もいない。だからこそ、咲にはよく聞こえ方しまっていたのだが、音だけで場所特定をするはまずこの周辺の地図が必要だ。しかしそんなもの、彼女にはない。一度見てしまえば彼女がしていた『罪』の為に伸ばされた記憶力で覚える事は可能だが、必要ないと思っていた為に見ていなかったのだ。

 

「ど、どうしましょう?」

 

「や、やっぱり警察?」

 

「信じてくれるか……?」

 

確かに、子供5人が言ったところで悪戯と一蹴されてしまう可能性はある。勿論、瑠璃と彰が刑事なのは知っている為、咲から進言すれば二人は信じてくれるだろう。しかし、二人だけでは無理なのだ。

 

「どこかの『順子』ちゃんが誘拐されたとしか分からない今じゃ、無理だな」

 

「電話も切れちゃってるし……」

 

そこで4人が顔を俯かせた時、コナンから自分達でやろうとの言葉が出てきた。それに咲は目を見開く。修斗からは彼の力は聞いていたが、それを信じ切れるかと言われても、実力を見た事ない彼女では無理だった。そう、だからーーー。

 

「警察に行って余計な時間を食ってる暇はない!」

 

ーーーこれは彼の『力』を測るチャンスなのだ。

 

「ようし!皆んなで犯人を見つけるぞ!」

 

『オー!』

 

その子供3人の声を聞きながら、咲はコナンをジッと見つめていた。

 

「ああっ!なんの手掛かりもないのにどうやって探せばいいんですか?」

 

「いえ、手がかりはもう掴めてる。あとは地図でもあれば……」

 

咲がそう呟いた時、コナンが自分のランドセルから算数ノートを取り出した。それに咲は首を傾げ、元太はこんな時に何故それをと責める。それは全員一致の気持ちで代弁だったが、しかしそのノートはコナンによれば阿笠博士の発明品であるらしい。その名を『ノート型電子マップ』。

 

「阿笠博士?」

 

「ああっ!コナン君の親戚で、発明家のオジさんね!」

 

それに咲は感心するような返事を返しながら電子マップを見た。

 

「今俺達がいる学校はここ。そのレシーバーが受信出来るのは半径1km」

 

それを打ち込むと範囲が赤い円となってその画面に出てきた。

 

「この範囲以内に被害者の家があるんだ。そして微かに聞こえてきた雑音……」

 

「アレは電車の音だった」

 

「ああ。恐らく被害者は線路沿いに住んでる」

 

2人のこの会話に子供3人は意味がわからないと首を傾げ、肩を竦めるが、2人は気付かない。

 

「この辺りで走ってる鉄道はただ一つ。米花線だ!」

 

そこまで答えが出ればあとはそこまで行くだけ。全力で走って米花線まで辿り着けば、全員ヘトヘト状態。咲もどうやら子供体力になっている事に今、ようやく気付き、愕然となる。

 

(そんな……これじゃあ私、守ると決めたものすら守れないんじゃ……!)

 

「せ、線路まで来たぜ……。これからどうすんだよ?」

 

「レシーバーの受信範囲内を走ってる線路はこれだけ。つまり、この600m走ってる線路沿いに被害者はいる」

 

「あとは、衛星アンテナが取り外されていた事から南向きにベランダがある部屋が被害者の部屋。そのアンテナがなく、コードレス携帯を握った人を探せばいいけど……」

 

「ようし!南か西にベランダがある家が……」

 

「被害者の家って事ですね!」

 

そう言ってやる気を出す元太と光彦。しかし、その衛星アンテナは周りにそこら中あった。しかも元太達がいる現在地よりも更に先にもある。これでは絞り込めない。

 

「そ、そんな……」

 

そこで咲は集中する事にした。彼女が拾える『音』は人の聴覚の限界、約4mまでは聞こえるのだ。勿論、全てが全て聞こえるわけではない。離れれば離れるだけ、拾えるものは少なく、小さくなる。声も小さければ更に聞こえない。ただ彼女の聴覚が一般よりも鋭いだけなのだ。勿論、周りが雑音だらけであれば更に少なくなってしまう。

 

そしてこの時にはなんの音も聞こえなかった。そう、犯人の声も、被害者の声もだ。

 

(ああ、もうっ!)

 

そんな時、またレシーバーが受信した。それも誘拐犯のだ。

 

『サツには連絡しなかったようだな』

 

『じ、順子は無事なのか?』

 

『フハハハッ!それはお前の心掛け次第だな』

 

その言葉に咲か唇をギリッと噛み締める。今ここで怒鳴ってはいけないと理解しているからだ。

 

『あんたさっき『なんでもする』って言ったよな?それじゃあまず、裸になってもらおうか』

 

『えっ』

 

『裸だ!服を脱ぐんだよ!』

 

それに光彦が顔を赤らめる。しかし想像してみよう。女性にそれを言うならまだ紳士達が沸くだろう。しかし電話の相手も、それを受け取って命令されている方も男性だ。男性の裸を見て誰が喜ぶのは一部だけだろう。

 

「分かった!近くに風呂屋があってそこに行かせる気なんだ」

 

「そんな」

 

そんな会話の間にも布ズレの音を拾っている咲は顔を掌で覆う。そう、聞こえる音からの情報は人の想像を掻き立てる。咲も例外ではない。想像したくないのに想像してしまうのは、彼女が変態だからではない。布ズレの音だけではどの服を脱いだかなど分からないのだから。

 

(いや、せめて下は死守したはず!そうよ、受けてる方は父親なんだから!そんな一歩間違えば警察に御用されるような姿はしないはず!そう、だから砦は脱いでない!!)

 

咲か漸くその結論に当たった時にはだいぶ話が進んでいたようで、今は裸の男が大声で手を振るように指示したらしい。相手は脅迫犯の言葉からセーラー服の女性にそれをしていたらしい。そして最後に冷たく暫くそうしてろと指示を出し、脅迫犯は電話を切った。

 

「ワイドバンドレシーバーから聞こえて来た女子高生の声はかなりの人数だった。……咲、人数は分かるか?」

 

「ごめん……その、別の想像してて、あの……ごめん、思い出させないで黒歴史だから」

 

コナンが咲にした質問は、しかし彼女の想像をもう一度思い出させてしまい、そんな想像をした事が更に彼女の心にダメージを与え、すでにノックアウト寸前。黒歴史入りする記憶となった。勿論、嘗てそう言う仕事も任されたことはあるが、アレはそこに発展する前に終えていたのだから見たことすらない。残念ながら彼女の恥じらいはぬぐい去ることなく健在だ。

 

「ご、ごめん……お、おそらく、マンションの前の道はどこかの女子高の通学路……。600m範囲内にある女子高は清純女子学園と米花女子高校か」

 

「きっと誘拐犯はいつも女子高生に馬鹿にされてる奴だな。そう、女子高の先生だ」

 

「学校の先生がそんなことするわけないでしょう!」

 

(特殊な趣味がない限りはね)

 

「高校は分かったが、制服までは分からないな……」

 

コナンの呟きを歩美は拾い、清純女子の制服を思い出す。

 

「清純女子の制服はブレザー、米花女子はセーラー服よ」

 

「え、なんで!?」

 

「だって私、高校生になったらセーラー服着るのが夢だったんだけど、最近はブレザーにルーズソックスも良いかなって思っててどっちにしようか悩んでるの!……コナンくんはどっちが良いと思う?」

 

その歩美の問いにコナンは両方似合うんじゃないかと愛想笑いを浮かべて答え、そしてすぐに米花女子高校を打ち込み、捜査する範囲が更に300m程に絞れた。そしてコナンが走り出し、それを咲達も追う。そして範囲内に入れば、あとは周りをキョロキョロしながら裸で手を振ってる男性かもしくはセーラー服の女子高生を探すだけだ。

 

「でも、両方いないな……」

 

咲がそう呟いた時、また電波を傍受した。そして今度の指示は手を振るのではなく歌を歌えとの指示だった。それも近所中に聞こえるような大声で、らしい。そして犯人の合図で被害者は『鳩ぽっぽ』を歌い出す。咲はそれを聞きながら耳をすますがそんな歌は聞こえない。その時、トランシーバーから何かガツンガツンと大きな叩くような音が聞こえた。それを聞き、咲がそれはなんなのかを理解した。

 

「……パイルドライバーの音」

 

「!そうか、この音はパイルドライバーの音!」

 

「パイルドライバー?」

 

「工事現場でガツンガツンと大きな釘を打つ機械ですね!」

 

「しかしこの近くで工事現場を探すには……」

 

そこで元太が見つめていた先にトラックを見つけた。そう、それについて行けば工事現場に辿り着ける。そしてその後を追って辿り着いた工事現場で、更に半径150mに絞り込むことが出来た。

 

「ん〜、聞こえないな……咲はどうだ?」

 

「だめ。すぐそこの工事の音が邪魔で音が拾えない」

 

「うーん、半径が絞れてもまだまだ150mありますからね……」

 

「何か決定的なことがないと……」

 

と、またタイミング良く傍受した。そう、それは犯人の笑いから始まった。

 

『はははっ。みっともないよな親って奴は。子供のためにはなんでもするんだよなっ!!』

 

そこで犯人の声から憎悪が滲み出ていることに咲は気付く。そう、彼は被害者を憎んでいるのだ。しかも、同じ親として何でもするという気持ちがわかるとまで犯人は言い出した。

 

『俺も同じ親だったからな』

 

(親『だった』……つまり、犯人の子供は、もう……)

 

『1年前、屋上からの幼女転落事故、あんたが管理人をしていたマンションから落ちたんだから覚えているだろ?あの時、死んだのは俺の娘だっ!!』

 

『ぁっ、富所さん?貴方、富所さん?』

 

『そうだ。あんたに娘を殺された富所だ』

 

『そんな!アレは事故で……!』

 

そこで犯人が激昂する。被害者が嘗て管理していたマンションは普段は屋上の鍵が閉まっていたのにも関わらず、しかし転落した時には鍵が開いていたらしい。

 

『あの鍵は誰かのイタズラか、何かの拍子で壊れて閉まったんだ!!』

 

『一週間も前にな!!なのにお前はどうして放っておいた!!』

 

『彼処に上がる人はいないと……』

 

『それで『つい』か?ふざけるなっ!!あんたにも俺と同じ悲しみを味あわせてやる!!全く同じ悲しみをな!!』

 

『順子……順子をどうするつもりだ!!』

 

「や、やばいよ!」

 

「早くなんとかしなきゃ!」

 

そう、もうそろそろ危ないのだ。これでは順子の命もそうだが、何よりこの怒りよう。次に指示するとしたら『自殺』だろうと咲は考えついた。

 

と、そんな時、踏切の音が聞こえてきた。それも大きな音で。

 

「ああもううるさいな!踏切の音!!聞こえないじゃない!!」

 

そこでコナンはあることに気付くと光彦からレシーバーを借り、走り出す。そして踏切前に辿り着けば、丁度の棒が下に降り、電車が近付いてくる。それを見てレシーバーを耳に当て、電車が通る時間をコナンは時計を見ながら確認。そして棒が上がるその時まで時間を確認し、8秒を数えた時、レシーバーの方から電車の音が聞こえ出した。それで既に近くにいた咲は気付く。電車が通るタイミングで方向と場所を特定したのだ、と。

 

(こいつ、本当に小学生か……?まさか、私と同じ……)

 

そんなこと考えている間にコナンだけ走って行き、それに気付き、すぐにその後を追って走り出す。

 

「どうしてこっちだって分かんだよ!」

 

「電車の音だ!今通った電車の音が、8.2秒後にレシーバーから聞こえてきた!この米花線は時速約100kmで走る!1秒間では約27.8m進むんだ!レシーバーに電車の音が聞こえたのは踏切を過ぎて8.2秒後。つまり、被害者の位置は27.8m×8.2秒の場所だ!そしてそれは……ここだ!」

 

そう言って辿り着いたのはマンション住宅街。そこで全員がキョロキョロと見渡し出す。そう、衛星アンテナがなく、ベランダが西か南向きの建物を探せばいい。そしてそのマンションは、丁度目の前にあった。そしてそこには確かに、裸の男がコードレス携帯を持ってベランダに立っていた。

 

「あの人が被害者……!」

 

「あとは誘拐犯の居場所だけ……」

 

そこで咲は考える。相手に『同じ気持ち』を味あわせるため、同じ『悲しみ』を味あわせるなら、どうすべきか。そう、あの時聞こえたのは子供の声だけじゃない。風の音も聞こえたのだ。ならばこのベランダが見えるほどの高さで、風が聞こえるほど外な場所で、犯人の子供は屋上で死亡した。なら答えは一つだ。

 

「……マンションかビルの屋上。でもここはそれが多過ぎる!」

 

「くっそ!」

 

2人が焦り始めた時、またレシーバーから声が聞こえ出す。それは初めて、被害者からの声だった。

 

『なんでも言うことを聞く!だから娘の命、命だけは助けてくれ!』

 

『なんでもか?』

 

『ああっ!』

 

(まずいっ!!)

 

そう、彼女の予想はここで大当たりすることとなる。

 

『ようし、その言葉を待っていた。台所に行って包丁を持ってこい』

 

『包丁っ、分かった……持ってきた』

 

『よし、これが最後の要求だ。……その包丁で自分の喉を突き刺せ。そうすればお前の娘を離してやる』

 

『そ、そんなこと、出来るわけない!』

 

『ほー?自分の娘がどうなってもいいんだな?』

 

早く見つけなければと思えば思うほど、視野は狭くなる。あたりにはタイヤを作る工場の旗もヒラヒラとはためいているが、そんな所にはいないと知っているため除外する。そんなことをしている間に被害者は自殺を決意し、それを犯人に『分かった』と返した。

 

『だがその前に、最期に順子と話をさせてくれ!』

 

『いいだろう』

 

そこで順子が泣き叫びながら父親を呼び、父親もまた心配そうに声を掛ける。

 

『大丈夫か?もうすこしの辛抱だからな!』

 

『パパッ!早く帰りたい!!変な匂いがするの!順子が嫌いなゴムの匂い!』

 

その言葉でコナンと咲は気付く。そう、タイヤ工場のある方角はわかった。そして旗がはためいているが、その方向は風下。そしてその先にあるマンションは一棟だけ。

 

「あのマンションの屋上だ!」

 

「っ!?なんで……」

 

「犯人は『全く同じ悲しみを味あわせてやる』と言った。つまり、犯人の娘が死んだ死因と同じものを味合わせようとしている!そう考えるなもう屋上しかない!これ以上論争している場合じゃない!」

 

「っ!光彦と歩美は警察に連絡してくれ!」

 

そのコナンの指示を受け、歩美と光彦が離れ、咲はコナンの後を追う。その後を元太も追っていく。マンションに着いたがエレベーターなど待ってる余裕はない。そのまま階段を駆け上がる。その間、何度も被害者が抵抗する声と犯人の脅迫する声が聞こえてきだが、今は無視した。そして屋上の扉を勢いよく開いた時、犯人が振り返る。ダークグリーンのパーカーを羽織った男だ。

 

「だ、誰だお前はっ!」

 

「江戸川コナン、探偵だ!」

 

そこでコナンはキック力増強シューズを使い、そして手に持っていたレシーバーをサッカーボール代わりにして蹴る。その威力は豪速球で、そのまま犯人の頬に直撃。コナンが順子の縄を解いている間に咲が携帯を手に取る。

 

『順子っ!許してくれ!!』

 

「順子ちゃんのお父さん!もう安心していい!犯人はもう取り押さえた!だから自殺はしなくていい!!」

 

「パパッ!順子は大丈夫!助けてもらったから!」

 

『順子!!本当に助かったんだね!……良かった。本当によかった!』

 

そこで漸く元太も合流。犯人が倒れている理由を『驚いて倒れた』と誤魔化した。

 

そしてそこから少し時間が経ち、警察が到着。光彦のレシーバーは壊れ、それに悲しむ光彦に謝るコナン。そのすぐ近くでは瑠璃と彰が話を受けてやって来ていた。危ないことをした咲を叱るために。

 

「咲っ!お前、何危ないことしてるんだ!!」

 

「そうだよ!今回はうまく言ったからって次もうまくいくわけじゃないんだからね!!」

 

「……すみません」

 

その謝罪を聞き、彰と瑠璃はそこで怒りを収めた。

 

「……咲、触れてもいいか?」

 

「っ……大丈夫。服越しだから、まだ……」

 

「……ああ、もう、本当によかった!」

 

瑠璃がそこで咲を優しく抱きしめる。それに目をパチクリさせる咲。そして彰が咲の頭を撫でる。

 

「全く。怪我はするなは無理だろうけど、今後、無茶はするなよ?」

 

「……善処する」

 

「おーい、約束してくれー」

 

3人はそこで一度互いに目を合わし、苦笑しあったのだった。



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14番目の標的編
第11話〜14番目の標的・1〜


蘭はパジャマ姿のまま、どこかの遺跡のような所の階段を何の違和感も持たずに登っていく。そして登った先には、蘭の母である凄腕弁護士『妃 英理』がいた。

 

「お母さんっ!」

 

思わずそう声を掛ければ、英理は笑顔で振り向く。そんな2人の間を風が吹き抜けること数分。漸く蘭が喜びで駆け足で近づいた瞬間。

 

「来ちゃダメ!蘭!」

 

その英理の必死な声に蘭も急停止をする。素足が大理石の床を滑る。それと同時に後ろからは拳銃の音が響く。それに思わず振り向く蘭だが、自身に痛みはない。それに気付き急いで前を向けば、英理が辺りに血を撒き散らしながら倒れていく。

 

そこで蘭は飛び起きた。そう、今までの全て、夢だったのだ。

 

それは理解出来てもやはり心配だったのか、彼女は直ぐに母親に電話をかけた。

 

『え?私が拳銃で撃たれる夢?……それでこんなに朝早くから電話してきたの?』

 

「だって心配じゃない。弁護士って人から恨まれたりすることもあるんでしょ?」

 

『考えすぎよ、蘭。貴女色んな事件を見てきたりしてるから、そういう夢見ちゃうのよ!』

 

それを聞き、母が無事で良かったと安心した声色で言う蘭。

 

「そうそう!夢に出てきたお母さん、今より少し若かったよ!」

 

それを聞き、牛乳を入れ終えたにも関わらず、口が閉まらない。しかし、直ぐに意識を戻した。

 

『あらっ!失礼ね!私は今でも若いつもりよ!』

 

その言葉に蘭は笑い、巫山戯ながらも謝れば、それに乗ってくれる英理。そして2人とも楽しげに笑った。

 

「じゃあ、今夜7時ね!お父さんもコナンくんも楽しみにしてるから!」

 

蘭はそれを伝えて電話を切った。英理も電話を終えた後、ソファに移動し考える。彼女が見た夢のことを。

 

(あの子、覚えているのかしら……?)

 

そう思いながら向けた視線の先は、自身の太もも。其処には一線だけ引かれた傷跡があった。

 

***

 

それから時間が経ち、咲がコナン達と共に米花駅やって来てみれば、其処には占いゲームがあった。歩美がそれに興味を持ち、咲とコナン達は近くのベンチに座ってそれが終わるのをアイスを食べながら待つ事になった。

 

「あっ!元太くん、それも食べるんですか?」

 

「良いじゃねえかよ!何本食ったって!今度はブラックチョコバー。大人の味だ!」

 

「えっ、本当ですか?」

 

((なわけないだろ))

 

この時、お互いまだ小さくなった事を知らない同士であるにも関わらず、考えが一致したのはこの時の2人はまだ知らない。

 

(しっかしおっせーなー……)

 

「その阿笠博士って人、まだ来ないの?」

 

「ああ、まだみたいだ……」

 

「そうか」

 

咲は其処でソーダアイスを食べるのを再開した。まだなら焦っても仕方ない。と、そこで歩美が声をあげた。それを何事だと気になり見てみれば、彼女がしていた占いで『貴方と彼は相性はピッタリ!』と中々に高評価が出ていた。

 

「私とコナンくん、相性ピッタリ!」

 

その言葉に男衆が騒つく。1人コナンだけはあり得ないという顔を浮かべたあと、つまらなそうな顔に変わる。彼はそういうオカルトじみたものはそもそも信じないタチであり、その上彼女がしていたのが機械ならもっと胡散臭くなる。しかし、まだまだ純粋な子供3人組はそれを信じた。

 

「ま、マジかよっ!」

 

「と、というより元太くん!トランプ占いなんて、所詮嘘っぱちですよ!」

 

その言葉に歩美がムッとした顔で光彦を見るが、彼のソーダアイスが溶けて落ちた時、クスクスと笑いながら画面に視線を戻せば、今度はコナンの占いを始めた。

 

「ふふっ、中々に愛されてるな」

 

「うっせ」

 

そして出された結果は『意中の人と急接近!』だった。

 

「わーっ!きっとこれ、私とコナンくんの事よ!」

 

「えーっ!」

 

元太がそこで近寄った時、画面が変わって文字は『Aの予感』と変わった。

 

それに光彦、コナン、咲は反応する。

 

(おいおい、何年前のゲームだ?それ)

 

(中々に古そうなゲームだな、アレ)

 

「ねえ、『A』ってなに?」

 

「Aというのはつまり、Bの前の文字で……」

 

「エビフライのことだよ!」

 

「なーんだ、キスの事じゃないんだ」

 

それに今度は4人が反応する。

 

(おっと。彼女、中々に鋭いぞ。まだ純粋で救われた)

 

そんな時、白い羽織を着た白髪のおじいさんがやって来た。その間、4人は腕組みをして後ろを向いて待っていたが、咲に関しては初対面なのだからと怒ることはなく、後ろを向かずに空を見上げていた。その右手には使い切りカメラを持ち、空を一枚撮影した。

 

(……空はあんなに高いんだな……)

 

「すまんすまん!寝坊して……」

 

『たくっ!遅いよ博士!』

 

「すまん……」

 

4人の怒ったような声に博士は謝る他なく、その様子を見ていた咲は可笑しそうに小さく笑っていた。そうしてその場を立ち去り、やって来たのは『東都航空記念博物館』。文字通り、色々な航空機が展示されている。5人が中に入れば、色々な航空機が所狭しと展示されていた。

 

「「「わぁ!すごい!」」」

 

そして5人は博士と共に色々な展示場所を巡っていく。中には体験ブースもあり、航空機の中に入ることもできた。そしてヘリコプターの模擬体験が出来るブースに来ると、子供達3人がワクワクし始めたが、しかし操縦が出来るのは小学校5年生以上の年齢であることが条件だった。つまり、今の3人には操縦出来ないのだ。

 

「えーっ!つまんない!」

 

(これはちょっと楽しみにしてたのに……)

 

(悪いな。俺は5年生になった時、名一杯やってんだ)

 

4人が其処で不満そうな顔をしていると、そこで阿笠が頭を捻り、一つの問題を出そうと言ってきた。

 

「おい、やめさせねーと長〜い話されるぞ」

 

「僕に任せてください」

 

3人が話し合いをし、そして阿笠がギリシャ神話の話をし始めた時、光彦が急にクイズを出してきた。それに阿笠は目が点になったが光彦は止まらない。これは阿笠の『長い話』を止めるための策なのだから。

 

「なんじゃ、いきなり」

 

「元旦とエイプリルフールとこどもの日に産まれた三人が集まって会を作りました。さて、なんていう会でしょうか?ヒントは、ペガサスのように空を飛ぶ動物です!」

 

それにコナンと咲がクスリと笑う。それに光彦が反応した。

 

「あれ、コナンくんと月泉さん、分かったんですか?」

 

「勿論!」

 

「同じく。あと、咲でいい。言いにくいだろうしな」

 

咲がそう訂正したあと、説明しだす。

 

「その三人の誕生日を足せばいい」

 

「誕生日?」

 

「1月1日、4月1日、5月5日……10月7日?」

 

「そう、10月7日。『トナカイ』だよ。107会。クリスマスの時、ソリを引いて空を飛ぶだろ?」

 

それに博士を入れた三人が尊敬の目を向け、光彦が正解という言葉をだす。

 

「流石、コナンくんですね!そして咲さんも!」

 

その光彦からの純粋な褒め言葉に、咲は少しだけ困ったような笑顔を浮かべる。これで頭を撫でようものなら、あの金髪褐色の後釜を思い出して泣きそうになったことだろう。あの組織で彼女の事を褒めてくれたのは3人だったのが、2人抜けて彼だけになったのだから。

 

(……私はあそこから逃げたんだ。思い出す資格など、ない)

 

と、そんな時。近くでカメラのシャッター音が聞こえ、気になって咲が振り向けば、カメラマンの男がヘリコプターを撮っていた。そしてその男に元太も気付き、全員の隙を掻い潜り、前に出て指を指す。

 

「あれ、『宍戸 永明』じゃないか?」

 

名前を呼ばれたのに気付き、宍戸がこちらに振り向いた。とてもサングラスがよく似合う男だった。そしてその男はカメラのレンズを咲達に向けた。その瞬間、咲は阿笠の後ろに隠れた。そして3枚ほど撮ったあと、永明は手を上げて去っていく。

 

『カッコイイ〜!』

 

そんな宍戸に向けてそういう子供3人。逆に咲はホッと安堵の息を吐き出す。

 

(良かった。とりあえずこれで、私は写ってないはず。用心のし過ぎかもしれないが、しないよりかはマシだ)

 

そんな事を彼女が考えてるなど知らないコナンは、しかし先の行動を怪しみ、ジッと彼女を観察していた。それに気付いた咲が苦笑いを浮かべる。

 

「……写真、撮られるのは苦手なんだ。撮るのは好きなんだけど」

 

「……そっか」

 

それから間もなくして解散した。咲も修斗に連絡を入れ、迎えに来てもらい、家へと戻っていく。

 

「すまない、ありがとう……仕事で忙しかっただろうに」

 

「いや、構わないさ。あの人は俺に『依頼』や『指示』は出来ても、今は一々文句を言ってくることはないからな」

 

「それだけ優秀であり、あの父親にそこは信頼されているということだな」

 

「そこを信頼されても嬉しかないけどな……」

 

その会話の間、咲は空を見上げていた。ボーッとし始めた時、修斗が「そういえば」と言って、不思議な事を問いかけてきた。

 

「なあ、あの坊主といて事件とか起こらなかったか?」

 

「?いや、全く起こらなかったが?」

 

「そうか……あの坊主が行くとこ全てで事件が起こるほどの死神力かと思ったんだがな……」

 

「なんだその不名誉な力は」

 

咲が呆れたように笑えば修斗もフッと笑う。

 

「ああ、そういえば」

 

「ん?」

 

「博物館で宍戸というカメラマンに会ったよ」

 

「……写真は?」

 

その問いを聞いた時、明らかに警戒と緊張を含んだ声色をしており、それを安心させるために、咲は笑う。例え彼に見破られると分かっていても。

 

「直ぐに隠れたから安心しろ」

 

「……そうか。なら良かった」

 

修斗は安堵とともに困ったように笑う。彼女の笑顔が、本物に近い『作り笑い』だったから。

 

「……楽しかったか?」

 

「ああ。楽しかったよ……とても」

 

その修斗からの問いには、とても自然に咲は笑うことが出来た。

 

***

 

時間が7時となり、約束の食事会の時間となったが、蘭達の方が少し遅れてしまった。なぜなら父親の小五郎の方が麻雀をしており、約束のギリギリで漸く帰ってきたのだ。そして蘭は店で座って待っていた英理に謝罪する。それに英理は問題ないと答えた。

 

「どうせ誰かさんが遅くまで麻雀でもしてたんでしょ?」

 

その鋭い勘にコナンは一目置いているが、今は同時に注意もしている。何か下手な事を言おうものなら、色々とバレてしまうかもしれないからだ。そんな事を考えてるとも知らない英理がコナンに挨拶をし、コナンも慌てて挨拶をする。その時、丁度店の扉が開いた。入ってきたのは派手な姿の女性2名を連れたプロゴルファーの男『辻 弘樹』だった。辻はそこで小五郎に気付き挨拶をし、小五郎のことを連れの女性に紹介する。そして女性が色めき立てば小五郎が身なりをキチッと整え、そして後ろにいる家族を紹介し始めた。

 

「妻の英理と娘の蘭です。それと居候のコナン」

 

(居候って、他に言い方ねえのかよ、おい)

 

「辻です。毛利さんとはプロアマゴルフでご一緒しまして」

 

そこで小五郎が再来週の木曜から全米オープンだったのではないかと聞けば、声に覇気を入れた。

 

「ええっ!一年間、この為だけに練習してきたようなもんで、今年こそ、今年こそトップ10に残って見せますよ!」

 

「期待してます!」

 

「と言っても、時には息抜きも必要でしてね。明日も彼女達を乗せて飛んでこようかと思ってるんですよ」

 

その言葉にコナンが何のことかと疑問に思った時、小五郎から辻は自分のヘリコプターを持っており、操縦もしているのだと教えられた。そして次の日曜日にも飛ぶつもりだと言い、全員を招待すると言えば、蘭と英理、コナンは大喜び。しかし小五郎が高所恐怖症のため、断りを入れてしまった。それを聞き、コナンはつまらなそうな顔をした。

 

そして場所は移ってレストラン内。先に着けば小五郎達の所に男がワインを運んで来た。その運んで来た男は『沢木 公平』。小五郎と英理がまだ若い時の知り合いであり、プロのソムリエでもある。その証拠に胸に葡萄のバッチが付けられている。その蘭の説明の間に彼はワインのコルクを抜き、そのコルクの匂いを嗅ぎ、専用の皿に置いた。

 

「あの首から下げてるお皿はなに?」

 

そうコナンが無邪気に聞けば、蘭は嫌な顔一つせず答える。

 

「あれは『タストヴァン』って言ってね、ワインを試し飲みするためのものよ」

 

蘭のその知識の多さに小五郎が褒めれば、蘭はその知識全て、彼女がファンとなっているエッセイストの『仁科 稔』の本で読んだものから来ていた。

 

「例えば、赤ワインは室温、白ワインとロゼは冷やして飲むのが良いとか」

 

「確かに、そう仰る方が多いようですが、ワインの温度はその人の好みで決めて良いものなんです」

 

その公平の言葉を聞きながらワインの香りを楽しみ、一口飲む小五郎。そしてその美味しさに彼は公平を手放しで褒めた。

 

「軽い赤ワインは冷やして飲んでも美味しいですよ。大切なのは、冷やせばワインの渋みが抑えられるという事です」

 

それにコナンと蘭は聞き入っていた。知らなかった知識、興味のあったジャンルの話は聞いてて面白いものなのだろう。

 

「しかし、蘭もそういうのに興味を持つ年頃になったんだ」

 

「それだけ私達も確実に歳をとってるってことよ」

 

「ふんっ、違えね」

 

その会話をし、2人は楽しげに笑い始めた。その雰囲気はとても良いもので、蘭とコナンが嬉しそうに笑顔になった。

 

「なんか2人、良い感じになってきたね」

 

そんな内緒話をコナンに聞かせたその数分後、フランス料理を堪能していたコナンだが、その口周りはとても汚れていた。それに気付いた蘭が布を持ち、拭こうと近づくが、コナンはその蘭の口に気がいってしまった。そう、あのお昼の時に見た『Aの予感』の画面が頭を過ぎった。そしてそれを思い出せば、コナンは顔を赤くする。しかし、彼が期待するような事は起きない。蘭が拭く前に小五郎が拭いてしまったのだ。しかも結構強めに、そして適当に拭いてしまったせいで口周りに汚れはなくなったが逆に赤くなってしまった。そんな小五郎に不満顔を向けるコナンだが、その真意を小五郎が読み取ることは一切なかった。

 

そこからまた少し経ち、料理を堪能し終えた後、英理が小五郎に思い出話を持ちかけた。それは此処に前に来た時、彼がプレゼントを渡したこと。そしてそれは、彼女が好んだ『ZIGOBA』のチョコをプレゼントし、帰りに米花公園のベンチに並んで座って食べた事も話す。その雰囲気の良さに蘭とコナンの機嫌も上がって来た時、小五郎がある人を見つけた。それは店の真向かいにある銀座の高級クラブのママ『岡野 十和子』さん。その十和子さんがタクシーの前で迎えたのはニュース・キャスターをしている『ピーター・フォード』。そんな2人の様子に嫉妬する小五郎だが、今現在、この場にいるのは娘とコナンだけではない。

 

「誰なの?十和子さんって」

 

「銀座のクラブのママだよ。いや〜、彼女にはしょっちゅう世話に……」

 

そこで英理が静かに立ち上がる。それに反応したのは蘭とコナン、そして小五郎。しかしもう遅い。彼女の先程まで上にあった機嫌はドン底に落ちていた。

 

「お先に失礼するわ」

 

「まだ良いじゃない!ウチに寄ってコーヒーでも……」

 

その蘭の誘いにも彼女は固く拒否する。仕事を理由に英理はレストランから出て行ってしまった。それを見て蘭は小五郎に怒りを向ける。しかし小五郎は反省せず、そのやり取りの間に消えた十和子を探し窓にへばりつく。その様子にコナンと蘭は頭を抱えるしかなかった。

 

そしてその一週間後の早朝。目暮がジョギングをしていた時、彼に対してボーガンが撃たれ、それは腹に刺さった。彼はそのまま緑台警察病院に運ばれ治療される。そしてその知らせを受けた小五郎が丁度いた子供達もタクシーに乗せて警察病院にやって来た。扉をノックすれば中から白鳥の声。そして扉に入ろうとした時、元太が『目暮 十三』を数字の13と読んでしまい、それは『じゅうぞう』だと訂正した。

 

そのまま中に入れば、ベッドで横になる目暮にその隣に立つ白鳥と彰がいた。

 

「あれ、咲?お前なんでここに……」

 

「丁度、彼らと一緒にハイキングに行こうとしていたところでね」

 

咲がそうコナン達を紹介すれば、それに納得したように頷いた彰。

 

「やあ毛利くん、わざわざ来てくれたのか。それに皆んなも」

 

「はい。咲ちゃんが言った通り、皆んなでハイキングに行こうとしてたところだったんです」

 

「警部殿、傷の具合は?」

 

そこで小五郎が聞けば、白鳥が急所は外れていたこと、命に別状はないこと、数日の入院は必要な事を伝えた。そこで歩美が今も目暮が帽子を被っていることに気づき、純粋な質問をぶつけた。

 

「ねえ警部さん!どうしていつも帽子を被ったまんまなの?」

 

「んっ?ま、まあ良いじゃないか」

 

その誤魔化した様子に子供達は『薄い』だの『大きなコブがある』だのの好き勝手に言う。そんな事を尻目に白鳥が凶器の説明を始める。

 

「使用されたのはボウガンだと思われます。目暮警部だと知って狙ったのか、たまたま通りかかった警部に面白半分で撃っただけなのか、その両面から捜査を開始しています」

 

「なあなあ、警部のおっちゃん!拳銃持ってたんだろ?」

 

「それで逃げられちゃったの?」

 

その質問に彰は苦笑いで答える。

 

「普段、刑事だろうと日常生活で拳銃は携帯しないよ」

 

「それに、たとえ持っていたとしてもそっちの腕は毛利君や彰君と違ってイマイチだからな」

 

その言葉に蘭は驚いた。

 

「え、お父さん、拳銃上手かったんですか?」

 

「警視庁内でも1、2を争う腕前だったんだ」

 

(へ〜?誰でも取り柄はあるもんだな)

 

その言葉にコナンはジト目で小五郎を見上げるが、小五郎は気付かない。

 

「所で、ボウガンを撃ったと思われる場所から妙な物が発見されました……これなんですが」

 

そう言って透明なビニールに入れられて見せられたのは西洋の探検を模した段ボール。

 

(あれ、これどっかで見たことあるぞ?どこだっけ……)

 

そんなコナン達とは別の場所では、英理が事務所に辿り着き、執務室へと入る。そして椅子に座り、仕事を始めようとした時、秘書が今日の予定を記した紙と、郵便受けに入れられていたと言う彼女が好きな『ZIGOBA』のチョコレートを持って来た。

 

「あら、ZIGOBA」

 

「先生が好きなスイスのチョコですよね」

 

(そうか、あの人……)

 

そこで英理はそのチョコを届けたのが小五郎だと考えた。そう、だから彼女はーーー。

 

「でも、差出人の名前がありませんね」

 

「大丈夫よ、犯人は分かってるから」

 

ーーー警戒せずに食べたのだ。

 

英理は食べてすぐに気付き、ティッシュを大量に掴み、口に当て吐き出し始める。それと共に秘書に水を頼むが上手く口から言葉として出せず、水という単語だけ口から出し、首を抑えるようにして、執務室にて倒れてしまったのだった。



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第11話〜14番目の標的・2〜

英理が倒れたと連絡を受け、警察病院から急いで東都大学病院へと移動したコナン達。英理の治療をした医者に安否の確認をすれば、すぐに胃の洗浄をしたからと命に別状はないと伝えられ安堵する。

 

「やはり毒物でしたか」

 

白鳥が聞けば肯定される。それも農薬系統のものらしい。と、そので手術室からストラッチャーに横たわった英理が出て来て、蘭が心配そうな声ながら駆け寄った。その後を小五郎も追い、近くには寄らないが蘭の後ろから心配そうに見ていた。

 

「お母さん!……お母さん」

 

「蘭……」

 

「英理」

 

「貴方、来てくれたの?」

 

「大丈夫?叔母さん」

 

「コナンくんも……ありがとう、大丈夫よ」

 

英理の声に覇気はなく、顔も辛そうなままだが、しかし笑顔は浮かんでいる。安心させるための笑顔ではあるが、それでもそれは少しの安心をもたらしてくれるものだ。

 

「問題はないとは思いますが、今日は大事をとって一日入院した方がいいでしょう」

 

医者のその言葉に反論するものはいない。小五郎は医者に英理を頼むと、そのまま英理は病室へと運ばれていった。

 

「それにしても警部に続いて英理まで……これは偶然なのか?」

 

「所で、チョコレートを食べた途端、倒れたのか?」

 

彰が他の刑事にそう尋ねれば、それに調べてくれた刑事が頷く。

 

「ええ、事務所の郵便受けに入ってたそうです」

 

そう伝えられながら出されたのは『ZIGOBA』のリボンと包み紙、そして一本の白い花。

 

「『ZIGOBA』だ!それに、紙製の花……」

 

「じゃあ、同じ犯人……」

 

ここでふと、彰もコナンと同じく何かを思い出しかけた。そう、これを何処かで見かけたことがあるのだ。

 

(どこだ?……俺はこれを、どこで見た?)

 

そしてそこで一度解散となるが、彰はまだ捜査があるため帰ることも休憩も取れない。だからこそ、彼は携帯で写真を撮り、それを瑠璃宛にメールで送った。彼女がもしそれを見たことがあるなら、確実に答えてくれるからだ。

 

「頼む、見ててくれよ……瑠璃」

 

その瑠璃はといえば、そのメールにすぐに気付き、添付されていた写真を見て、眉を顰める。

 

「これ……」

 

「あん?瑠璃、どうした」

 

松田が瑠璃の様子に気付き近づけば、彼女は素早くメールを打ち、彰に返信していた。そしてそこで漸く松田の質問に答える。

 

「今、彰達が警部の事件と小五郎さんの奥様である英理さんの事件を追ってるの、知ってますよね?」

 

「ああ……なるほど。その資料の中で、彰にとって見覚えのあるものがあったからお前の記憶に頼ったのか」

 

「そういうことです。……それに、今回見せてもらった写真は、誰でも見たことありますよ」

 

それに首を傾げる松田に証拠品の西洋の紙短剣と白い造花の写真を見せれば、彼も眉を顰めた。

 

「……おいそれ」

 

「ね?誰でも見たことあるでしょう?だって誰でも一度は遊んだことがあるものですからね」

 

***

 

その頃、コナンは阿笠邸に戻っていた。理由は彼が持つスケボーの調整だ。そこで事件のことを話し、ヒントとなる何かを探すコナン。彼は些細な会話の中からでもヒントを見つけ、そして事件の真相に辿り着く。今回はそれと共に事件の整理もしているのだ。

 

「でも、どうしてアレだけ慎重な人が毒入りチョコレートなんか……」

 

「ああ、この前の食事の時にオッチャン、蘭の母さんの怒らせちゃって、そのお詫びだと勘違いしたらしいんだ」

 

「なるほど……ほれ、修理終わったぞ」

 

そんなタイミングで、阿笠邸の中で何かが割れる音が響く。それは地下にいても同じことで、コナンと博士が急いで一階の玄関まで行けば、玄関扉のガラス部分が石を投げ入れられて粉々になっていた。

 

「誰じゃ!!こんな悪戯したのは!!」

 

これには流石に怒りを覚えた博士が犯人を突き止めようと扉を開く。その時、コナンはその身長の低さのおかげで犯人が見えたーーーバイクに乗り、ヘルメットを被って顔を隠し、右手でクロスボウを構えるその姿が。

 

「博士、開けちゃダメだ!」

 

「えっ?」

 

その注意をするのは遅かった。すでに扉を開いてしまい、思わず手を離した博士は背中を向け、犯人はそんな博士に容赦なくボーガンを撃ち込む。そのボーガンは真っ直ぐ博士のお尻に撃ち込まれ、博士は痛みとその衝撃で倒れてしまった。

 

「博士!」

 

コナンが心配そうに声をかければ、犯人はバイクに手をかけ逃げようとする。その後で博士も気付き、コナンに追うように言う。

 

「で、でも……」

 

「追え、新一!追うんだ!!」

 

その言葉に背中を押され、コナンは外に走り出る。そしてスケボーに乗り、そのまま猛スピードでバイクの後を追い始める。バイクとスケボーの鬼ごっこの始まりである。

 

まずバイクは角を曲がり、その後を追ってコナンも曲がれば、すぐに居場所が分からなくなってしまう。何故なら其処は左右で道が別れてしまっているからだ。

 

(どっちだ?どっちへ行った?……左なら歩美や元太達の家の方か)

 

其処まで考えてコナンは探偵団バッチを使い元太達に連絡を入れる。それは勿論、咲にも届く。彼女はこういう昼間の時間、公園でボーッと空を眺めたり、近くに湖でもあればそれを眺めたりしている。そしてこの時も彼女は米花駅広場でそんなことをしており、そしてそれが今回は素早く動ける結果となった。

 

「黒のオフロードバイク?……こっちにはまだ来てないな」

 

そしてその連絡の向こうでは、光彦と元太が目的のバイクを見つけていた。すぐにそれを元太が報告し、コナンはやはり左だったかと笑う。そして今度は歩美がそのバイクを見つけ、コナンに報告。コナンはそれを聞き、先回りとばかりに商店街を猛スピードを出すスケボーを使って通る。それを見たお客さん達は慌てて避けるが、今のコナンにはそれは目に入っていない。そして抜けた先でそのバイクを見つけた時、バイクは信号止めをくらっていた。しかし乗っていた人は辺りを見渡し、その場でカーブ。そして人道へと移動し、エンジンを入れた状態のまま歩道橋の階段を登りだす。そしてそのまま反対の人道へと道を変えるが、コナンはその後を追う。流石にこの時までスケボーには乗らない。

 

(逃がさねえ!絶対に逃がさねえぞ!!)

 

その時、階段をその勢いのまま降りていたバイクが階段を登っていたお婆さんの隣を過ぎた。そのお婆さんはどうやらその時の風の所為でバランスが崩れ、階段を踏み外し、転落しかけていた。それに気付いたコナンはスケボーを放り投げ、お婆さんの背中を抑え、落ちないように助けた。

 

「大丈夫?お婆さん」

 

「どうもありがとう」

 

そこでコナンがバイクを探すが、やはりもう消えていた。そこで咲がコナンに気付いた様で、歩道橋に近づいて来た。

 

「コナン!」

 

「咲!バイクの奴は?」

 

「真っ直ぐ走って行ったが、そのあとは……すまない。車と電車の音でかき消された」

 

「そうか……仕方ねえ。一度、戻ることにする」

 

「待て。……何があったのか、説明してくれないか?役に立てることがあるなら、役に立ちたい」

 

その言葉にコナンは眉を顰める。彼からしたら咲は大人びた雰囲気を持つが何も知らない子供。危険な目に遭わせたくないのが心境だ。そして咲からしても同じ見解だ。コナンは少し頭のいい子供でしかない。これ以上、危ない目に遭わせたくないという想いがあるのだ。

 

「……取り敢えず、博士の所に行こう」

 

「……分かった」

 

咲は其処でコナンの背に抱きつく様にしてスケボーに乗せてもらう。本当はそれも嫌がったのだが、今回は覚悟を決めたらしい。そして阿笠邸へと着いた時、コナンはその門の前であるものを見つけた。それは8の字に見えなくもない紙。そこでコナンはそれをどこで見たのかを確信する。その間、咲は博士の容態を知り、直ぐに病院に電話していたのだった。

 

そしてその病院に博士は運ばれ、ネタばらしをしようとしたコナンだが、その謎は既に解明されていた。曰く、目暮の下の名前が『十三』だから『スペードのK』、英理は上の名前が『(Queen)』だから『スペードのQ』、そして博士は『士』の文字が『十と一』を組み合わせたものだから『スペードのJ』だとせつめいされた。

 

「え、トランプだって分かってたの?いつから?」

 

「連絡が来たのはお前達と別れた後、少し経った時だな。まあ、答えを言ってくれたのは瑠璃だが」

 

(なるほど。瑠璃さんは完全記憶能力持ってるから、聞けば直ぐに思い出してくれるのか……)

 

「でもなんでトランプ?それもスペードなのかしら」

 

蘭のその最もな疑問に白鳥が答える。

 

「スペードには『死』の意味があるんです。同じ様にハートには『愛』、ダイヤには『お金』、クラブには『幸福』の意味があります」

 

「まあそれも俗説だ。正直色々ありすぎるが……まあ、今回は白鳥警部が言った方の意味合いが強いだろう」

 

「じゃあ、犯人はトランプになぞらえて名前に数字が入ってる13〜1までの人物を襲おうとしているのか」

 

「それも……小五郎のおじさんに関係のある人をね」

 

それに小五郎が反応し、コナンを見やる。それは彰も推測していたことではあったので驚くことはなかった。一見して見ても分かる。今の所、全て小五郎の関係者ばかりが狙われているのだから。

 

「しかし、一体誰が……」

 

「唯一の手掛かりであるバイクのナンバーは、盗難車でした」

 

その時、部屋の扉が開かれ、いつもの姿の警部が入って来た。それに彰は目を丸くし、警部を見る。

 

「け、警部?どうして此処に……」

 

「いや、英理さんに続いて阿笠博士まで狙われたと聞いてな」

 

「しかし、傷口はまだ治ってないんですよ?」

 

「ちゃーんと縫ってあるから大丈夫だ」

 

目暮がそう笑って何も問題なさそうに言うから、彰はそれこそ呆れた様に溜息を吐きながらも何も言えないのだった。しかし、目暮はそこで直ぐに切り替え、真剣な眼差しで小五郎を見据える。

 

「それで、話は聞いたよ。犯人は恐らく、『村上 丈』だ」

 

「村上丈……!」

 

その名前には彰も聞き覚えがある。一週間前、彼は刑務所から仮出所しているのだから。しかし詳細までは知らない。それは白鳥も同じだった様で、彼が質問すれば、カード賭博のディーラーで、10年前に殺人事件を起こし、そして仮出所したと話された。

 

「カード賭博のディーラーって?」

 

「トランプの札を配る人の事だ」

 

咲がそう答えれば、理解した様で蘭はそれに一つ頷く。それを見た後、目暮が話を続けるために写真を取り出した。それは、村上がちょうどディーラーの仕事をのため、左手でトランプを配っている写真だった。

 

「これが件の村上丈だ」

 

それをコナンも移動して目線を上げて見る。今回に関しては咲は見ない。守る為なら動く彼女でも、大人の刑事がいるのだから問題ないと判断した。それに、無闇矢鱈に突っ込んでいけば、彰にも迷惑が掛かると理解しているのだ。

 

「村上か……確かにあいつなら、俺に恨みを抱いてもおかしくない」

 

その小五郎の言葉にコナンが不思議そうに首を傾げて聞けば、小五郎が村上を逮捕したからだと返される。

 

「そんなっ!刑事が犯人を逮捕するのはあたりまえじゃない!」

 

「そりゃ、そうなんだが……」

 

そこで白鳥がその時の事を思い出した様で口に出す。

 

「その話なら私も聞いたことがあります。確か村上は所轄署に連行された後で……」

 

「白鳥くん!その話はもういい」

 

そこで目暮が白鳥に怒りを表し、話を止める。それに白鳥は瞠目する。それは彰も同じだった。目暮のそんな様子を、彼は初めて見たのだから。

 

(……一体、事件の時、何があったんだ?捕まえた刑事が犯人に逆恨みされる事自体は珍しくもない話だが、これはそういう事じゃなさそうな雰囲気だな)

 

「しかし、村上丈はなぜこの俺を真っ先に狙わないんだ?俺に恨みがあるなら直接……」

 

「『復讐する相手を苦しませる1番の手は、その相手の大切な存在を手にかけること』」

 

その彰の言葉に全員が彰に視線を向ける。それに慌てる事なく、彰は続ける。

 

「これは俺の弟の受け売りです。彼奴は、一番効果的な方法は本人を直接手にかけることではなく、その周りから手をかけ、精神的に追い込むことが一番の復讐だと言ってました。だから多分、村上もその言葉通りの行動をしているのではないかと」

 

「……そうだな。毛利くん、君を苦しめる為だろう。縄でジワジワと首を絞める様にな」

 

それに小五郎は顔を顰める。そしてその顔を見て彰は修斗の言いたい事をようやく理解した。なるほど、その表情を復讐者が見れば苦しんでいると理解し、高笑いしたくなるだろう。

 

「ねえ!オジさんの知り合いに『10』の付いた人はいないの?」

 

それに小五郎がコナンの方へと顔を向ける。そう、これはどう考えても連続殺人。つまり、次は名前に『10』が付く人が狙われるのだ。

 

「次に襲われるのは、その人かもしれないよ?」

 

それを言われ小五郎は考える。

 

「『10』か……『10』……っ!十和子さん!」

 

そこで夜の時間を狙い、銀座のクラブへと向かう。咲に関しては後で彰が家に送る為に一緒について来てもらっている。そしてクラブへと入れば、クラブのママである十和子が現れた。どうやら扉が開く音を聞き、出迎えに来たらしい。

 

「あらっ!毛利先生!」

 

「十和子さん!無事だったんですね!」

 

その小五郎の様子に十和子は困惑。その様子に彰は安堵した後、白鳥と蘭、コナン、咲と共に車に戻る。そして家まで送ってもらっている途中で、蘭から病院で白鳥が言いかけたことは何かと聞かれ、白鳥は調べれば分かることだがと前置きをしてから話しだす。

 

「これは先輩の刑事から聞いたんです。……10年前、所轄署の刑事だった毛利さんは本庁の目暮警部と……その頃はまだ警部補だったかな。兎に角、2人で殺人犯の村上を逮捕したんです。所轄署に連行して調書を取っている途中で村上が『トイレに行きたい』と言い出した。毛利さんと警部は係りの警官に村上をトイレに連れて行くよう命じて、取調室の前で一服したんだ。……そこへ蘭くんのお母さんが君を連れて毛利さんの着替えを持ってやって来た。その時、事件は起こった。村上はトイレの中で警官の一瞬の隙をついて拳銃を奪ったんだ」

 

「……思い出した」

 

そこで蘭がそう小さく呟き、その呟きを拾った4人は蘭の方へと視線を向ける。其処には嫌な汗を掻いている蘭がいた。

 

「私、その時……」

 

其処で蘭が思い出した。

 

ーーー放り出された着替えと弁当、そして父の腕で移動させられ、その後に父親が拳銃を村上に向ける姿。そしてその先には母である英理を人質にしている村上の姿。

 

『っ!?』

 

『車を用意しろ!この女と、地獄の果てまでランデブーだ!!』

 

『っ!!お母さん!』

 

蘭が母に走り寄ろうとする。

 

『蘭!来ちゃダメ!!』

 

しかし英理がそう叫び、歩みを止めさせる。その先に目暮が蘭を抱えて離れる。その時、拳銃の発砲音が響く。

 

その音を聞き、目暮と蘭が振り向き見たのは血を床に撒き散らしながら倒れる母。その倒れた母を見る村上。そしてその村上に対して発砲する父。

 

その球は村上の肩に当たり、村上もその場に倒れたーーー。

 

小五郎もその当時の事をクラブ内で煙草を吸いながら思い出していた。そんな時、目暮から声が掛かり、意識を現代に戻した。

 

「どうしたのかね?毛利くん」

 

「なんでもありませんよ!警部殿!」

 

そしてその話を聞いたコナンは驚きの表情を浮かべる。

 

「それじゃあ、オジさんがオバさんを撃ったの?」

 

「私、今の今まで忘れてた……」

 

「蘭さんにとっては、思い出したくない出来事だったんですよ」

 

しかし、其処で疑問が残る。そう、なぜ小五郎は英理を撃ったのか、だ。その疑問に白鳥は自身の考えを述べる。

 

「よほど自分の腕に自信があったんでしょうね。人質を避けて犯人を撃ち抜く自信が。だが、球は逸れて君のお母さんに」

 

其処でまた太ももにその弾が通る瞬間が頭の中で再生されたのだが、それに気付かず話を続ける白鳥。

 

「当時、警察署内部でも人質に構わず撃ったことが随分問題になったようでね。確かそのすぐ後だよ。お父さんが刑事を辞めたのは」

 

その会話の間、彰はそれを自分に置き換えて考えていた。彼もまた、銃の腕にはそれなりに自信がある。しかし、そんな場面で人質に当たらないという自信など、自分に持てるだろうかと考えた。しかし、答えは『持てない』だった。

 

(当たらないようにしたければまず犯人の眉間を撃ち抜かないといけない。しかし、それは刑事としてはアウトだ。だからと言ってそれ以外を狙えば、何かの拍子で英理さんみたいになり兼ねない……)

 

そこで彰は考えを変えることにした。小五郎が『ワザと』英理に当たるよう撃った場合だ。これならまだ考えにも納得が行くが、その狙いはなんなのか。

 

(……太もも……足に撃ったのは、犯人にとっての足手まといにさせる為?)

 

しかし、果たしてそう簡単にうまくいくものなのかと考えた。これもまた、何かの拍子で……そう、例えば撃った時、自分を覆い隠すように動かされて仕舞えばかすり傷どころではなくなる。

 

(……駄目だ。まず俺じゃそんな自信は持てん。……まだ格闘技や木刀使った方が自信持てるぞ)

 

そして咲はといえば、やはり同じ結論に至っていた。しかも彰とは違い、まず間違いないという自信さえある。

 

(『裏』だったらそんな『肉盾』を出されようと、何のためらいもなく撃つだろう。しかしこれは『表』の話。そして撃ったのは銃の扱いに自信がある者だ。そしてそんな場面で1番の最善策は……やはりその方法しかないだろう)

 

そして毛利一家を送り届けた後、今度は咲を送り届けることとなった。そして屋敷へとたどり着いた時、白鳥がポツリと屋敷を見ながら漏らす。

 

「……とても大きな館ですね」

 

「ああ。確か修斗の話だと、東京ドーム五個分、あるかないかってぐらいの大きさらしい……何でそんな金の使い方したのかは俺も知らん」

 

その会話の間に咲は車から降り、頭を下げると門の中へと入って行った。それを見届け、クラブに戻っていく刑事2人を視界の端に入れ、館へとまた一歩足を進めた。そしてそのまま書斎へと移動する。彼女を匿ってくれる彼はそこにいるだろうという予想での行動だったが、それは大当たりした。書斎に一つしかない窓の近くに椅子を置き、月明かりに照らされながら本を読んでいた。題名は『孤島の鬼』とあった。

 

「……ん?帰って来たのか」

 

そこで修斗が咲に気付き、本を閉じると立ち上がる。そして彼女に近付き、頭に触れる寸前で彼女に伺いを立てるような視線を向け、彼女はそれに頷くと頭を撫で始めた。

 

「おかえり」

 

「……た、ただいま」

 

まだ彼女はその言葉に慣れていないようで、修斗は少し困ったような、それでも嬉しそうな、何とも複雑な表情を浮かべた。

 

「夕食はちゃんと用意されてる。食べるか?」

 

「……ありがとう。頂こう」

 

その返事を聞き、修斗は移動していく。そして咲も書斎の扉を閉める時、フッと考える。

 

(果たして今の私が、かの父親のように大切な者を傷付けると分かった上で、撃てるだろうか)

 

そこで考えたのはまずあの金髪褐色の青年。しかしそもそも彼が人質に取られるとしたら、それは彼なりの作戦だからと考えて終わってしまうだろう。修斗で考えても彼一人で対処できると考えた時、次に思い浮かんだのはもう何年も会ってない、写真と修斗を通して送られてくるビデオレターだけでしか顔が見れない母だった。

 

(……果たして私は、あの人や小さな頃、仲が良かった姉の『霞』が人質に取られた時、同じ事が出来るだろうか……)

 

その答えはこの日、結局出ることはなかった。



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第11話〜14番目の標的・3〜

あの夜から時間が過ぎ、現在は早朝。コナンはいつも寝起きしている小五郎の部屋で何時ものように起きれば、小五郎はベッドで寝る姿はなかった。そこから結局、彼はアレから帰らなかったのだと理解した。そして着替えをし、歯を磨き、室内でリフティングしながら考える。今回の事件の容疑者である村上のことを。

 

(それにしても、村上は丈はなぜ自分の犯行だと分かるような手掛かりを残したんだ?おっちゃんと警察に挑戦してるつもりなのか?だが、村上は服役中にどうやっておっちゃんの知り合いを調べ上げたんだ?奴は蘭の母さんの好きなチョコの銘柄まで知っていたーーー)

 

そこまで考えた彼は近くの書類を入れる棚を見上げた。其処には小五郎の知り合いである辻のサイン入り写真が置かれていた。

 

(辻弘樹……辻……っ!)

 

そこでコナンは理解する。次に狙われる人物が小五郎達が護衛している十和子ではなく、プロゴルファーの辻であることを。それを蘭に話し、蘭経由で目暮に説明してもらった。

 

『辻弘樹?あのプロゴルファーの?』

 

「はい、コナンくんが気付いたんですけど、辻の字にも『10』が入ってるんです!」

 

すると携帯の向こうでどうやら白鳥が辻の字を書いたようで、確かに入っていると声を出したのが聞こえ、それを聞いた彰は直ぐに小五郎を呼びに行った。

 

「今、辻さんの家に連絡したら30分前に家ヘリポートへ向かったそうです!」

 

『分かった!』

 

そして連絡を切った目暮はすぐに所轄へと連絡しすぐに張り込みの交代を寄越すように白鳥に指示したのだった。その間のコナン達はといえば、蘭から自分達も行こうと言われ、一瞬キョトン顔となるコナンだったが、直ぐに力強く頷いた。そして直ぐにタクシーを捕まえヘリポートへと直行する。其処には既に目暮達が到着していた。

 

「おとうさーん!」

 

その声に気付いた小五郎は顔に怒りの表情を浮かばせる。

 

「こらっ!お前達、何しに来た!!」

 

「『何しに来た』はないでしょ?私たちだって事件の当時者よ?お父さんの娘なんだから!」

 

その言葉に小五郎は反論出来なくなった。その間に辻は目暮から事情説明を受けていたため、現在、自分が狙われている可能性があることも理解した。その上で大丈夫だと自信を持って言う。

 

「そんなに心配なら、毛利さんと警部さんが一緒に乗られたらどうです?」

 

それに高所恐怖症の小五郎は拒否する。高い所は彼には怖いのだ。

 

「ところで、今日のフライトはどちらへ?」

 

彰がそう問えば、途中、色々と回るが最終目的地は東都空港まで行くと答えられる。

 

「フライトプランはいつ提出に?」

 

「えっと、確か一昨日、空港事務所に」

 

それを聞き、白鳥は村上が東都空港で待ち伏せしている可能性があると言いう。それを聞き、目暮は彰と白鳥に東都空港へと向かうように指示する。そして警部は毛利に同乗するように言うと、蘭に帰るように言う。

 

「え、でもっ!……分かりました」

 

「警部殿、私も白鳥警部と車で……」

 

「行くのに3人もいらねーよ。覚悟決めて乗るんだな」

 

「自分だけ逃げるつもりか!」

 

目暮が小五郎の肩を掴みヘリコプターへと連れて行くのを、白鳥はキョトン顔で、彰はニヤニヤと笑いながら見送った。その間に辻もヘリコプターに乗り込み、其処で目薬を使う。

 

「け、警部っ!私まだ死にたくは……」

 

「ええいっ!死ぬ時は一緒だ!」

 

その目暮の言葉に小五郎は悲鳴をあげる。そんな小五郎の姿を目暮はジト目で見やる。そこから辻が操作し、飛んで行く。それを見送り、白鳥と彰が蘭に声をかけて去って行く。それを聞き、蘭もコナンを連れて帰ろうとすればそのコナンがいない。

 

「あら?どこ?……まさかっ!」

 

そこで彼女はやっと思い付く。コナンがヘリコプターに隠れて乗ったこと。しかし飛んで行ったヘリコプターを止めることは、彼女には無理な話である。

 

ヘリコプター内部では小五郎が羊の数を数えてやり過ごそうとしていた。

 

「羊が一匹!羊が二匹!」

 

「それって落ちないおまじない?」

 

そこで二人にとってはとても聞き覚えのある声が聞こえ、直ぐに前座席を見ればそこから顔を覗かせているコナンがいた。

 

「コナンくん!」

 

「お前いつの間に!」

 

「僕、一度でいいから操縦席の隣に座ってみたかったんだ〜!」

 

コナンが嬉しそうな声で言えば、辻も嬉しそうな表情をする。

 

「ようこそっ!我がコックピットへ!君が住む米花町の上も飛ぶ予定だよ?」

 

「わーいっ!やったやったーっ!」

 

その様子に目暮は仕方ないと諦める。今更戻るわけにはいかないのだ。

 

「その代わり!騒いだら放り出すぞ!」

 

それを聞き、辻は悪い顔でヘリを傾けながら降下する。それに恐怖で騒ぐ目暮の小五郎。それを聞くと直ぐに傾きを直せば、小五郎はネクタイを緩めて大袈裟に呼吸する。それを見て辻はコナンに親指を立て、コナンはそれに笑顔を返す。それから暫くして、コナンはヘリコプターの中をキョロキョロと見渡す。特別変な仕掛けはどこにも付けられていない。

 

「なに見てんだ?折角ヘリコプターに乗ったんだ。外を見てみろよ」

 

辻はコナンにそう言い、前を見る。すると其処で目に違和感を覚え、慌てて擦る。それに気付いたコナンが聞けば、辻は別にと答えた。

 

「ねえ?さっき目薬差してたよね?あれいつも差してるの?」

 

「ああ、車を運転したり、ヘリコプターを操縦する時にはね」

 

「ふーん」

 

「もうすぐ米花町だぞ?」

 

それを聞き、コナンは嬉しそうな表情で下を見る。

 

「毛利くん、君の家も見えるぞ?」

 

「見たくありません!」

 

その間、分かりやすく辻の様子が明らかに変わった。先程までの余裕な様子は何処にもなく、少し目の当たりに皺が寄り始めた。そして雲が晴れ、太陽の光が漏れ出た時、辻はそれを手で遮るような動作をする。それにコナンが引っ掛かりを覚えた時にはもう遅い。さらに雲が晴れ、太陽を見た辻は目を閉じ、操作不能になった。勿論、その様子は直ぐに目暮が気付く。

 

「どうしましたっ!?」

 

「眩しくて目が開けてられない!!」

 

「なんだって!?」

 

(まさか、あの目薬っ!)

 

そして操作不能となれば、このヘリコプターの行く道は東都でも米花でもなくなる。ーーーそう、地獄への片道切符だ。

 

ヘリコプターはそのまま左に流れながら落ちて行く。それをコナンが辻に伝えれば、辻は目を瞑りながらもなんとか操作をする。何年も使っていたからだろう、何処に操作機があるのか分かるようだ。

 

「毛利くん!君は操縦できんのかっ!!」

 

「出来るわけないでしょ!!」

 

コナンはこのまま飛び続けるのは不可能だと判断し、自分のベルトを外し、席を立ち上がる。そして進む先を見据えれば、帝丹小学校が見えた。

 

(帝丹小学校?……よしっ!)

 

そこでコナンは直ぐに操縦席に移動し、辻が持っていたヘリのハンドルを掴む。それに前が見えない辻は反応する。誰が持ってるか分からず、しかも彼からしたら『無謀にも操縦しようとする』人がそれを掴んだと思ったのだからこの反応は普通だ。

 

しかし今から操縦する子供はーーー普通ではない。

 

「今から校庭に着陸するから、おじさんはペダルとコレクティブ操作を!」

 

「馬鹿っ!や、やめろ!!俺達を殺す気か!!」

 

「大丈夫!餓鬼の頃、何度も模擬操縦してっから!」

 

「い、今だって餓鬼じゃねえか……」

 

小五郎のその最もなツッコミにコナンは返事をせずに辻に話し掛ける。

 

「おじさん、このままじゃ墜落するだけだ!協力して!!」

 

それに辻は少し間逡巡し、しかし覚悟を決めて了承する。それに小五郎はあり得ないと言いたげな声で「マジ?」と呟く。それを気にせずコナンは指示を出す。

 

「コード300フィート、速度40ノット……いいよ!」

 

それを聞き、辻は座席近くにあるコレクティブ・レバーを下に下ろす。そうすればヘリコプターは下へと降りて行く。

 

「コード200フィート、速度30ノット……右ペダル10度踏んで!」

 

その指示に今度は右のラダー・ペダルを踏めば、そのまま右へと方向を変える。すると、まっすぐ校庭へとヘリコプターは向く。その距離500フィート。mで言えば152.4m。そして校庭へと真っ直ぐ向いた事を辻に伝え、コナンは次に探偵団バッチを使う。

 

「おい咲!聞こえるか!」

 

『……コナン?』

 

「今からヘリコプターを緊急着陸させる!皆んなを避難させろ!」

 

『ヘリコプター?……!分かった!任せろ!!』

 

その指示を受けた咲、そしてその周りに集まっていた元太達は首を傾げて咲が一度見ていた方を見れば、ヘリコプターが自分達に向かってきていることに気付いた。それを見て慌てて逃げ出す3人と、周りの子供に呼びかけ続ける咲。しかしそれよりも元太の「ヘリコプターが落ちる!」という叫び声の方が子供をより早く逃すことができ、これには咲も元太に感心した。

 

(落ちるかよ!)

 

コナン自体は落とさない自信があるようで、そのまま荒ぶるヘリコプターを操縦する。

 

「左へ回転する!右ペダルを強く!」

 

なんとか安全に着陸しようとしたコナンだが、しかしそこでヘリコプターは前方が下に向いてしまった。

 

「しまった!ダウンウォッシュに入った!」

 

その言葉とほぼ同時に地面とぶつかり、ヘリコプターの片足が壊れ、ヘリは右に横たわったまま地面を滑る。そしてそのヘリコプターはそのまま運動場の真ん中で土煙を巻き上げながら止まった。

 

「すげー……本当に落ちたぞ?」

 

「元太のあの声のお陰で全員、怪我なく避難させることが出来た……お手柄だ」

 

咲が笑顔で元太を褒めれば、元太は照れながら「流石は俺だな!」と胸を張る。それにクスリと笑う咲を他所に歩美はコナンを心配する。落ちたヘリコプターには彼女が好意を抱いてるコナンがいるのだから当たり前だ。

 

少ししてヘリコプターの後方から扉が飛び、小五郎がヨレヨレと出てくる。そしてその後に目暮も続き、コナンも扉を開け、そのコナンを目暮が抱き下ろす。そしてその次に出てきた辻を下ろしているとき、コナンがヘリコプターの燃料が漏れていることに気付いた。

 

「燃料が漏れてる!!」

 

その声は先にも届く。そう、つまりこのあと待ち受けるものを理解し、彼女は直ぐに耳を塞いだ。耳の良い彼女には明らかにダメージが来る音が待っているのだから。

 

そしてコナン達もまた直ぐにその場を走り去れば、少ししてヘリコプターが爆発。コナンはその爆風で飛ばされ、学校の窓ガラスや玄関扉のガラスもまた割れる。

 

「ば、爆発しちゃった……」

 

「ヘリコプターって高いんだろ?」

 

「ローターだけでも一千万ぐらいするんじゃないですか?」

 

「うな重、何倍分だ?」

 

その質問に光彦の肩の力が抜け、呆れた表情を浮かべる。そして咲はと言えば、耳を塞いでいても全部は防げなかったようで、頭をクラクラさせていた。

 

その話を聞いていた博士が全員無事で良かったと言えば、元太はコナンはズルいと言う。

 

「自分だけ本物のヘリコプター操縦しちゃってよ」

 

「元太、そう言う問題じゃない。一歩間違えれば全員お陀仏。あの場に死体が四つ出来てたぞ」

 

咲が冷たい声でそう言えば、流石に肝が冷えたようで、ごめんと小さく言う。

 

「その事なんだが、やはり辻さんが差した目薬は、ビタミン剤から散瞳剤にすり替えられていた」

 

「散瞳剤?」

 

「仮性近視の治療に使われとる、瞳孔を開かせる薬のことじゃな?」

 

「なるほど……それで太陽の光に目が眩んだんだな」

 

博士の説明で小五郎が理解をすれば、目暮はただの散瞳剤ではなく、虹彩炎という目の病気を治すための薬だと説明した。

 

その説明に蘭は違いがわからなかったようで目暮にどう違うのかと質問にすれば、それに目暮が答える。。

 

「仮性近視に使われるものは目に差してから5分ほどで切れ出し、瞳孔が元に戻るのも早い。しかし虹彩炎の方は効き出すのに時間が掛かり、元に戻るのも時間がかかるな」

 

「時間が掛かるって?」

 

「個人差があるが、10日から二週間、瞳孔が開いたままらしい」

 

それに小五郎は目を開いて驚く。そう、つまり彼は木曜から始まる全米オープンには参加出来ないことを意味するのだ。それを理解し、小五郎は罪悪感からか顔を曇らせる。コナンも顔をしかめていたが、そこで一つ疑問が浮かぶ。

 

「ねえ、いつ目薬はすり替えられたの?」

 

「その事なんだが……辻さんは今朝、車庫から車を出したあと、目薬を差したそうだ。その直後にガラスが割れる音が聞こえ、目薬をセンターコンソールに置いたまま一旦家の中に戻ったんだ。どうやら石を投げ込まれて窓ガラスが割れたらしい」

 

「石?阿笠博士の時と同じだっ!」

 

「ところが辻さんは子供のイタズラだろうと思い、お手伝いさんに後を任せて戻り、出掛けたんだ」

 

「となると、石を投げ込んだのは犯人になるな。その辻さんという奴を離れさせるために。そして離れた隙に目薬を変えたんだろうな」

 

その咲の考えに目暮もコナンも頷く。そこで白鳥と彰が入って来た。そして白鳥の報告は犯人が村上で間違いない、という事だった。彼が見つけて持って来たのは『スペードの10』。

 

「毛利くん!次に狙われるのは9だ!君の知り合いで9の付くものはいないのか!」

 

「それが、思いつかないんです。8ならいるんですが……」

 

「8?」

 

「ソムリエの沢木さんです。彼は名前を『公平』さんと言いまして、『公』の上の部分は『八』なんです」

 

それを聞き、目暮が沢木に会いに行こうという。咲はその間、『犯人』の視点で考えていた。彼女に舞い込む情報は少ないが、予想ぐらいは出来る。

 

(邸に帰って調べたら村上という奴が出所し、この事件が起こったのは一週間だ。その短時間で調べれる程の情報網と知識と観察眼があるなら、捕まるようなミスはしないはず。……いや、もっと言うなら何故そいつはあの弁護士の好みを知っていた?……それを話した場所に偶然いて聞いていたからか?なら捕まえた本人であるこの探偵が気付かないわけがない。なら盗聴か?……いや、ありえない。そんなものを仕掛ける奴がいたら店の奴が怪しむ。そんなことすれば復讐などする前にまた檻の中だ。……となると、村上という奴には無理なのではないか?)

 

そこまで考えて頭を抱える。やはり情報の少なさが決定打を出せないのだ。

 

(さて、どうする江戸川?君のお手並み、拝見させてもらおう)

 

そんな咲の考えは誰にも知られることなく、少年探偵団たちとはそこで別れ、コナン達は沢木の自宅にやって来た。そして事情を説明すれば、沢木は理解してくれた。

 

「つまりその村上という奴は、毛利さんへの復讐の為に毛利さんの知り合いを次々と襲ってるんですか?」

 

「はい」

 

「それにしては毛利さん、随分落ち着いてらっしゃいますね」

 

それに小五郎は自分は『5』だから襲われるにはまた当分、間があると答えた。その話の間、コナンは椅子から立ち上がり、ワインが保存されている棚へと歩き出す。

 

「へ〜?ワインだ」

 

「それはワインクーラーと言ってね、ワインを適正温度で保管するものだよ!」

 

「へ〜!いっぱい入ってるんだね!」

 

そこで小五郎が、沢木の実家が山梨で果樹園をしていること、そこのワイン村には数百本のワインを保管していることを話す。

 

「そうでしたよね?」

 

「ええ、まあ。……将来、自分の店を開く時のために」

 

「私、ワインには目がない方で、ちょっと拝見してもいいですか?」

 

白鳥が珍しく目を輝かせて聞けば、沢木は快く許可してから、白鳥はワクワクしながらワインの方へと近づいていく。それと入れ替わりでコナンが戻れば、そこでフローリングが傷付いていることに気付いた。その傷は沢木によれば最近、ワインを落としてしまったらしく、それで出来た傷とのこと。コナンは現在、スリッパを履いていない。つまり一番、怪我をしやすいのだ。そんな会話をしている時、白鳥がワインの種類を口にし、沢木を褒める。しかもそれらは全て高級ワインらしい。

 

「そういえばなんて言いましたっけ?沢木さんのお宝のシャトー……」

 

「シャトー・ペトリュスもあるんですか!?」

 

コナンと彰はその名のワインを知っている。それは『アガサ・クリスティ』の『ナイル死す』という作品中で『エルキュール・ポアロ』が飲んだワインである。

 

「あったんですが、この前飲んでしまいました」

 

「あれ?でもアレは飲み頃になるまで数年掛かるって……」

 

「つい我慢出来なくなりましてね」

 

そのワイントークについて行けない目暮は沢木にそのトークは次に回してくれと頼み、今日の予定を聞けば、都内で十数軒のレストランを経営している実業家『旭 勝義』と会うと話した。それを聞き、小五郎は旭とは仕事を受けた時に会ったことがあると話す。

 

「確か、今度東京湾に出来る海洋娯楽施設『アクア・クリスタル』をオープンするとか……」

 

「はい、そこのレストランを一見任せてくれてもいいとおっしゃってくれて、その件で3時に約束が」

 

そこで彰が気付く。

 

「……目暮警部、まさか」

 

「『9』だ!『旭』の字に『九』が入ってる!」

 

その白鳥の言葉で次に狙われるのは旭だという目暮に小五郎は彼からペットの猫探しを受けただけで知り合いというほどではないと言う。しかし目暮は村上はそう思ってない可能性があると言った。

 

「取り敢えず、沢木さんのガードも兼ねて旭さんと会ってみよう。……よろしいですか?沢木さん」

 

それに沢木は急な展開について行けないようで少し驚きながらも了承した。そして目暮がずっと黙っていた蘭にコナンと共に帰るように言おうとしたが、それを蘭は遮って行くと言う。

 

「いい加減にしろ蘭!これは遊びじゃないんだぞ!!」

 

「そうよ!お父さんのために何人もの人が襲われてるのよ?家でなんか待ってられないわ!」

 

その言葉に小五郎は反論出来ず、口籠る。そしてそんな蘭を見ていた目暮は困ったように眉を下げ腕を組み、彰は小さく溜息を吐き、頭を抑えた。

 

そして全員でアクア・クリスタルまでやってくれば、テレビ越しで見るものとはまた違う綺麗で派手な建物が建っていた。

 

「派手な建物ですな〜」

 

その時、乱暴な運転をする赤い車が全員の目の前に現れ、それに驚いて一度全員下がれば、その間隙間にこれまた乱暴に入り込むその車。その車から長い茶色の髪を軽く振って出て来た女性、モデルの『小山内 奈々』は停めた車の後ろを見て、線から出ているのに気づき、掛けていたサングラスを外す。

 

「ちょっとズレたか。でも、まあまあだね」

 

そんな奈々に小五郎が怒鳴れば、奈々は何が悪いのかと言いたげな態度で「何が?」と返す。それに小五郎は更に文句を言おうとしたがそこで別の車の音が聞こえ、其方に顔を向ければ車が3台やって来る。そして降りて来たのは宍戸、仁科、ピーターだった。

 

「よぉ!奈々ちゃん!君もか」

 

「あら?宍戸先生も旭さんに呼ばれたの?」

 

「失礼ですがお嬢さん、貴方方は?」

 

目暮がそう問いかければ、奈々はあり得ないとばかりに目を見開く。

 

「えっ!?オジさん、私のこと知らないの?」

 

「目暮警部、彼女は小山内奈々さん。今とても人気なモデルです」

 

「そして彼方の3人は向かって左からエッセイストの仁科稔さん、カメラマンの宍戸永明さん、そして……」

 

「ピーター・フォードです。其方の3人は警察の方ですか?それから貴方は確か有名な探偵さん……」

 

「えっ、あの有名な眠りの名探偵さん?」

 

それに小五郎が咳払いを一つして肯定を示せば奈々は大喜び。その小五郎と腕を組み、宍戸に撮るように頼み、宍戸はその写真を喜んで撮ってくれた。そんな二人を見て蘭とコナンはジト目。小五郎の先程までの怒りは全て吹き飛んでいた。そのやり取りの後、白鳥が他全員の自己紹介をすれば、仁科が蘭を見て嬉しそうな笑顔を浮かべる。彼女、仁科とは彼のサイン会で会っているのだ。

 

「おや、貴方は『これからも美味しい本を書いてください』とおっしゃった……」

 

「わぁ!覚えていてくれたんですか!!」

 

「ふっ、ワインも女性も美しいものは人の心に残るものなんです」

 

その言葉に彰は確かにと同意した。確かに蘭は美しい女性だ。それは見た目だけの話ではなく、その心も。

 

(彼女は本当に優しい子だからな……あまり、事件とかの場所にいて欲しくないものだ)

 

目暮がそこで全員、旭に呼ばれているのかと聞けば、全員3時に呼ばれたと言う。そして刑事がいる事で察した宍戸が代表して事件でもあったのかと聞けば、目暮がそれに肯定する。

 

「ええ、実はですな……」

 

そこで奈々が3時になってしまうからと急かし、目暮が腕時計を確認すれば確かにそろそろ時刻は3時になろうとしていた。

 

「本当ですな。取り敢えず、レストランに行きましょう」

 

そこでコナンはとあることに気付く。そう、ここに集まった四人全員の『共通点』を。

 

しかしそれは伝えられることなく、アクア・クリスタルに行くためにモノレールに乗る事となり、全員で乗り込む。しかしモノレールには運転手はおらず、スイッチを押すだけで済むことにコナンが気付き、全員乗り込んだ時を見計らってスタートボタンを押した。すると、モノレールの扉が閉まり、アクア・クリスタルに向けて動き出す。そのモノレールは海上の上を通って行く。その光景はとても綺麗なもので、此処に雪菜や咲がいたら写真を撮り、瑠璃は感動して窓にへばりつき、梨華は修斗と共にそんな瑠璃を見てクスリと笑い、雪男はそんな姉を見て呆れながらも小さく笑い、景色を楽しむのだろうと考えた。

 

(これは瑠璃だけでも呼んどくべきだったか……まあ今はあいつ、松田と殆ど行動してるし……帰ったら怒られる覚悟はしておくか)

 

そんな彰から離れた場所では、小五郎が顔を俯かせている仁科と話していた。

 

「いや〜、仁科さんも宙を浮くものは苦手ですか?」

 

「いえ、私は水が駄目なんです。カナヅチで……」

 

そんな小五郎を、蘭は後ろからジッと見ていた。彼女はずっと小五郎を観察している。その理由は昨夜、電話を掛けてきた幼馴染の新一に『小五郎が英理を撃った』事を説明した時に言われた一言が原因だった。

 

 

 

ーオジさんがオバさんを撃ったのは『事実』でも、それがイコール『真実』とは限らねえんじゃねえか?ー

 

 

 

そんな蘭の視線に小五郎は気付き、振り向く。すると蘭がその視線から顔を背け、小五郎はバツが悪そうに元の位置に顔を戻す。

 

そんな雰囲気の中でもモノレールは目的地のアクア・クリスタルに辿り着く。そしてそのままエレベーターに乗り、海の中にある部屋へと降りて行く。そしてエレベーターから降り、魚がガラス越しから見れる通路を通れば、辿り着いたのは海中レストランだった。

 

全員がそれに少し驚き、奈々は大喜び。しかもそのレストラン内には赤のフェラーリF40が置かれており、さらに奈々ははしゃぐ。その様子がなんとも瑠璃に似ており、彰は微笑ましいものを見るような目を向けていた。

 

「旭さんが見当たりませんが……」

 

「変ですな。客を招待しておいて……」

 

「まさかもう村上に……」

 

その白鳥の言葉が聞こえた宍戸はその言葉の意味を問い返せば、目暮が話の説明をしようとする。そこで彰、白鳥、小五郎が館内の様子を見に走り出す。それと共にコナンも走り、小五郎と白鳥、彰とコナンの組み合わせで館内を探り始めた。

 

「……なんでコナンくん、君も来てるんだ?」

 

「えへへっ、一人じゃ大変かなって思って!」

 

「……まあ、一人であのレストランに帰らせるのも、村上がいる可能性を考えると心配だし……仕方ない。けど、絶対に離れないでくれよ?」

 

「はーい!」

 

そのコナンの良い子の返事を聞き、彰は扉を開く。その開いた先は執務室のような部屋で、中には誰もいなかった。そうして次々部屋を確認し、最後に行ったのはワインセラー室。しかしその部屋だけ鍵が掛かっていた。

 

「なんでこの部屋だけ……」

 

彰とコナンがそれに少しの疑問を持つが、取り敢えず戻る事にした。その時にはどうやら説明が終わっており、数字の6は宍戸が自分のことかもしれないと言う。そう、『宍戸』の『宍』には『六』が入っているのだ。それに声をあげた目暮警部たち3人。そこで帰ってきたコナンが他の3人にもあると言う。『奈々』は『7』、『仁科』は『2』、『フォード』は英語で『4(four)』。

 

「確かに。あとは『3』と『1』がいれば全員揃う」

 

「『3』ならいるぞ?君の目の前にな」

 

その言葉に小五郎は驚く。そう、白鳥の名前は『白鳥 任三郎』。これで残りは『1』だけとなる。

 

「しかし、さすがに『1』はいませんね」

 

「新一」

 

その蘭の言葉に刑事3人組が目を向ければ、『1』は新一のことではないかと蘭が言う。

 

「く、工藤くん、ここに来るのかね?」

 

「いいえ。でも、フッとそんな気がしたんです」

 

しかし本当は、もう既に数字の名前を持つものは全員揃っていた。コナンの元の姿は新一だ。しかし、その事を知るのは今この場では本人のみだ。

 

(確かに。俺が小さくなってなきゃ、当然この事件に興味を持って一緒について来た筈だ。……てなると、『1』はやっぱり俺のことか)

 

「皆さん、一応お聞きしますが、村上丈との関係は?」

 

その目暮の質問に奈々とフォードはないと答えたが、仁科はあると言う。曰く、エッセイストになる前は犯罪ルポライターをしていたらしい。その時に村上の事件を取り上げたことがあるとのこと。そして宍戸も以前、『殺人者の肖像』という写真集の仕事を手掛けたことがあり、その時に会ったらしい。しかしその時にトラブルはなかったと言う。と、その時に奈々は何か考えるような仕草をしそれに気付いた目暮が何かと聞けば、その人が8日前に出社したかと聞いてきた。それに目暮が肯定すれば、なら関係ないと言う。そしてそこで全員が真面目な雰囲気を出している事に気づき、この話を止めようと切り上げた。そしてそのまま立ち上がり、仁科に指差し声をあげる。

 

「あんただろ?『パリのレストラン』とかいうダッサイ本出したの。あれに乗ってたオススメの店、超不味かったよ!あんた本当に味分かってんの?」

 

其処で仁科も反論するために立ち上がる。

 

「失敬な!分かっているに決まってるじゃないですか!」

 

「だったら証拠見せてよ」

 

「証拠?」

 

其処で彼女が、旭へのお土産のために買って来たらしいワインを、味だけでなんのワインか当ててみせろという。

 

「ブラインド・テイスティングですか。良いでしょう」

 

その時、奈々が悪い顔をしていたことに彰は気付き、溜め息をついた。

 

(なーんでこういう時だけ俺は修斗並みに鋭いんかねー……絶対あの人、なんかやらかすぞ)

 

そしてその予想は大当たり。仁科がワインを一口飲み、感想を伝える。

 

「この優雅な菫の香り、ビロウ染と舌触りと喉越し……かのフランス皇帝、ナポレオンが愛したワイン、シャンベルタン……」

 

其処まで仁科が言った時、奈々が大声で可笑しそうに笑い出す。それに仁科はキョトン顔。奈々は「引っかかった!」と笑いながら言う。

 

「私がそんな何倍もするワイン、お土産に買うわけないじゃない」

 

「じゃ、これは……」

 

そこで奈々は持っていたワイングラスを沢木の前に置く。沢木はその落ち着いた顔で奈々を見やれば、奈々は「ソムリエならインチキエッセイストに答えを教えてあげて」と言う。沢木はそれを聞き、ワインを優雅に掲げ、まずその色を見る。そして香りを嗅ぎ、一口飲む。そして答えをいう。

 

「ボジョレーのムーラン・ナ・ヴァンですね」

 

「大正解!」

 

その答えに仁科はあり得ないという顔をするが、そんな仁科に優しい笑顔を向けながら説明をする。

 

「ボジョレーは質のいいのを長期熟成させると、ブルゴーニュの高級物のような味と香りが出るんです」

 

奈々は仁科に見下し、蔑む視線を向ける。

 

「これで分かったろ?早いとこ、グルメエッセイストの看板は下ろした方がいいよ?」

 

その奈々の言葉に悔しそうに歯噛みしながらも何も言えなくなった仁科は俯く。

 

「ナンだかボクもワイン飲みたくなっちゃっタナ」

 

「じゃあ皆んなで飲もう!」

 

「じゃあ俺はビールを。厨房はどこだ?」

 

宍戸のそれにコナンがあったと指差せば「小僧、案内しろ」と言い、コナンはそれに笑顔を浮かべながら内心で「誰が小僧だ」と悪態を吐く。そして厨房に着き、宍戸が冷蔵庫を開ければビールの他にジュースもあった。

 

「おお、あるある。喜べ小僧!ジュースもあるぞ!」

 

その声に声を震わしながらもなんとか子供のフリをやり遂げ、しかし内心でまた小僧はやめろと言う。しかし宍戸の様子では小僧呼ばわりを止めることはないだろう。

 

そして飲み物を抱えて持って来た時、仁科は離れた席に座り、機嫌も底辺に落ちていた。それをコナンは一見し、通り過ぎる。触らぬ神に祟りなしである。そして持って来たジュースを蘭に渡したが、そこでコナンは誤って残り二本のジュースを床に落としてしまう。そのジュースは机の下に転がっていき、慌ててそれを拾いに潜れば、そこで小五郎がジュースを謝りながら掴む。

 

「すまんな」

 

「え?おじさんビールじゃないの?」

 

「あったりまえだ。いつ村上が襲ってこないとも限らないんだぞ?」

 

そうしてジュースは小五郎に取られ、目暮が飲むことになり、コナンは新しいジュースを取りに行く。それを小五郎はあまりチョロチョロしないように注意するが、奪い取らなければ彼はこんなに早くチョロチョロする事もなかっただろう。

 

そして厨房へ行けば、沢木がスパイスを舐めていたようで、それを棚に戻したところでコナンに気付いた。

 

「ミネラルウォーターなら冷蔵庫の下の引き出しだよ!」

 

「ああ、ありがとう。珍しい調味料なんでちょっと味見してたんだが……コナンくんのジュースは上かな?」

 

それにコナンは頷く。そして沢木もミネラルウォーターを持って席に戻り、コップに一杯入れて飲む。そこで遂に奈々が今いない旭へ遅いと言い出した。その時、急にワインを飲んでいたフォードが急に苦しみだし、その場が緊迫する。

 

「な、なによ!どうしたのよ!」

 

奈々が心配そうに声を上げれば、突如として笑い出すフォード。そう、これは彼の冗談だった。それに白鳥が注意をする。そこで目暮が全員、なんの用があって呼ばれたのかを確認した。

 

「秘書の人から呼び出されたんですよ。旭さんが俺のファンで、一度会って話がしてみたいって言ってましたよ。多分、この施設の宣伝でもして欲しいって事じゃないか?」

 

それはどうやら誘い文句まで全員同じだったらしい。奈々だけはそれに付け加えてプレゼントとしてマニキュアも贈られたと言う。それもフランス製のもので高級な物だ。そこで奈々はそのマニキュアを使ってワインのコルクに絵を描き出した。それを見た宍戸は狸かと笑いながら問えば、奈々は意地悪と返し、猫だと言う。

 

そんな時、フォードが足元に落ちていた紙を拾い、それが沢木宛だったらしくそのまま彼に渡した。その内容は『沢木公平様 遅れるかもしれないのでワインセラーのM-18番の棚からお好きなワインを取って来て、皆さんに出しておいてください。鍵はレジカウンターにある袋の中に入ってます。よろしく。 旭勝義』とあった。

 

(ん?さっきジュース拾った時、あんな紙あったっけ?)

 

そこで奈々がワインセラーを見たいと言い出し、それにフォードと宍戸も乗る。それで全員一緒にワインセラーへと向かえば、沢山のワインが貯蔵されていた。それに感嘆の声を上げる小五郎と目暮、彰。蘭がその部屋が涼しいと感じてそのままそう言えば、沢木はコレでも暖かすぎるぐらいだと言う。

 

「温度は10度から14度ぐらいがワインを貯蔵するのに理想的な温度なんですが、ここは17度と高すぎますね」

 

そこで白鳥が希少ワインであるロマネコンティ、ラターシュ、ルパン、コートロティなどの名を上げて行く。その間に沢木が目的の棚の場所へと行き、コナンもその後を追う。そして辿りついた時、足元にブービートラップがあるのに気付き声を上げる。それにすぐに気付いた沢木が驚いて後ろに重心を移動したおかげで彼に当たることはなかったが、そのままその先にあるワイン樽に刺さる。

 

コナンがすぐに目暮達を呼べば、目暮達は走ってやって来た。そして刺さったものを確認してみれば、それは目暮の脇腹に刺さったものと同じ矢。そしてボウガンはその直線の向かい側のワイン棚に隠されるようにして置かれており、其処には『スペードの8』も置かれていた。そこでさらに村上の疑いが白鳥達のなかで強くなる。勿論、それは彰も同じだ。

 

「だとしたら、なぜ村上は『9』を飛び越えて『8』の沢木さんを……」

 

「……まさかっ!!」

 

そこで一度全員で建物から避難しようとしたが、扉は全て閉まっていた。

 

「あれ?入り口はここじゃなかったかね?」

 

「いえ、そこであってますよ警部」

 

目暮の問いに彰がそう答え、その間に奈々が着てきたコートを取りに席に戻る。その時、奈々はあるモノを見て叫び声をあげる。それに全員が気付き其方をみれば、レストラン内の水槽内に旭が『スペードの9』を胸に付け、魚や海藻と共にユラユラと漂っていたのだった。




ヘリの部分だけちょっと体験してみたいと思った私は、絶叫系が好きなんだなと思った今日この頃でした。


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第11話〜14番目の標的・4〜

彰達は現在、レストラン内から外には出ておらず、全員で同じテーブルに座って待機していた。此処から出ようとしていないのではない、『出れない』のだ。旭の遺体発見後、扉が電子ロックされていて開かないことに白鳥が気づき、目暮が外に応援を呼ぼうとしたが圏外。レストランに設置されていた電話は切られ、非常口からの脱出を試みたが、そこはセメントで固められていたと小五郎が証言し、既にレストラン内は犯人からしたら袋の鼠。簡単に獲物を狩れる状態となっていた。

 

勿論、この出れない状態というのは精神的に追い詰められる。それが一番に爆発したのは仁科だった。

 

「あんたの所為だ!!あんたの所為で関係ない私達まで!!」

 

その仁科の批判に続くように奈々も声をあげる。

 

「そうよ!!どうしてくれんのよ!!」

 

その批判に小五郎は反論出来ずに顔を俯かせる。確かに始まりは己であり、今も己が原因である事は確かなのだと、小五郎は思っているからだ。

 

「村上が順番を変えてなかったってことは……次に狙われるのは奈々ちゃん?君だってことだ」

 

そんな宍戸に奈々は怒りで顔をしかめて少しだけ声にもそれを滲ませて返す。

 

「やめてよ!なんでその名前も知らない男に狙われなきゃいけないの!?」

 

「でも気になることあるんでしょ?」

 

コナンのその声に奈々が顔を向け意外そうな顔をするが、それは彰も気になっていたことだ。関係ないことかもしれないが今は聞いて損することはない。

 

「だってさっき、『その人、8日前に出所したんだよね?』って……」

 

「だ、だから関係ないって……」

 

明らかに焦るその奈々の姿に彰は目を細める。

 

「いや、今それを関係ないと断じるのはあんたじゃない。俺たち警察だ。……だから、話してくれないか?」

 

彰のその言葉に奈々はもう逃げることは出来ないと観念したのか、顔を少し俯かせながら答える。

 

「……三ヶ月前、車を運転してる時に携帯を使って話してて、その時、目の前が赤だって気付いてブレーキを踏んだの。けど、それが遅かったみたいでカーブしながら真ん中で車が止まっちゃって。丁度その時にバイクが来たの。そのバイクと接触はしなかったけど事故ってて、バイクから倒れた人もフラフラしてて……怖くなってその場を逃げたんです」

 

「バイクの型は?オフロードじゃなかった?」

 

そのコナンの問いに奈々は普通のバイクだったと答える。その話に小五郎は今回の事件とは無関係だと断じた。それよりも脱出する事を優先させようと言う。それは確かに一番の優先事項であり、先輩にあたる目暮がそうしようと言うのならば、彰は反論する事はない。コナン以外の男衆全員で館内全てを回っての出口探しが始まった。そう、つまりレストラン内でテーブルに残ったのは蘭とコナン、奈々だけである。そしてそれは、犯人にとって絶好の機会だ。

 

「みんな遅いわね……出口見つかんないのかしら?」

 

「大丈夫です。きっと直ぐに見つけて戻って来ます」

 

蘭のその皆んなを信頼した言葉を背中にコナンは出口を探しに行こうと、手に持っていた缶ジュースを床に置き走り出したその瞬間、目の前に人の足が。目の前に立ち、コナンの行動を阻止したのはおなじみ蘭ちゃん。彼女は仁王立ちしてコナンを見ていた。

 

「ここにいなさいって言われたでしょ!全く、好奇心旺盛なんだから!」

 

「あっ!だってぇ!」

 

その瞬間、館内全ての電気が落ちる。それに気付き、彰は直ぐにこれが只の停電ではないと直感し、レストランへと走り出す。

 

レストラン内ではこの停電はと少しだけ混乱しており、それは奈々も同じである。だから奈々は気付かない。

 

ーーー彼女の指に塗られたマニキュアが光っている事に。

 

「なにっ!?どうしたの?なんで電気が……」

 

(夜光塗料ーー!)

 

奈々はそんなパニックの中、自分の顔の真横を『何か』が通った事に直ぐに気付く。何か通ったのかは暗くて分からない。そう、だからこそ、それをどう頭の中で想像したかは分からなくはない。そしてその後に響くガラスが割れた音が、更に奈々を追い詰める。

 

「アァーーー!助けてーーー!」

 

奈々は恐怖でパニックに陥り、その場から逃げ出す。その奈々に蘭は動かないように叫び、コナンがこの停電の狙いがなんなのかを理解するがもう遅い。その場に奈々の悲鳴が木霊したのだから。

 

「なに?何がおきたの?」

 

「奈々さん?」

 

コナンが床にいる奈々に声を掛けたその時、缶が蹴られた音が聞こえた。どうやら犯人が走って逃げた時、其処に缶がある事に気付かず、倒したようだ。

 

「奈々さん!!無事か!?」

 

そこに彰が到着すると同時に電気が回復する。どうやら誰かがブレーカーを上げてくれたらしい。そしてその場に照らされて現れたのは、背中から短剣を深く刺されて亡くなった奈々の遺体。

 

「なっ!?」

 

「奈々さん!!」

 

「キャーーーー!!」

 

その蘭の叫びを聞きつけ、全員が走って戻って来た。戻って来て直ぐに目に入る奈々の遺体に全員目を見開き、仁科は顔を俯かせる。白鳥が奈々に思わず奈々に声をかけた時、そこに目暮が割り入り、直ぐに小五郎と共に奈々と、その奈々の生死の判別をしている彰に近付く。

 

「彰くん」

 

「……ダメです。もう死んでます」

 

そこで気づく。ーーー『スペードの7』と『ジョーカー』に。

 

「村上です。村上がいるんです!この建物の中にっ!」

 

そこで小五郎がもう一度調べに走り、白鳥が一人では危険だからと後をついて行く。その間、宍戸は自分のカメラで奈々の遺体の写真を撮っており、それを目暮が止めに入った。しかしそれは『現場写真』を撮っておく必要があると言い、それに反論出来なかった目暮が、出れた後、写真の提出をするように言う。その間、彰は今の奈々の遺体をジッと見ていた。それは、彼の中の違和感の所為だ。

 

(おかしい。あのディーラーの写真の時、村上はトランプを左手で配っていたから奴は『左利き』だ。しかし、この遺体……短剣が刺さっているのは彼女の右肩。ここに左利きの奴が刺すなら、まず彼女を右手で掴むところから始まる。そうじゃなくとも、左利きの奴が背中に刺すとして、一番刺しやすいのは左肩の方だ。なのになぜーーー)

 

「それにしても、村上の奴は真っ暗な中、一体どうやって……」

 

(そうだ。その問題も……)

 

「夜光塗料だよ。奈々さんの手の爪が光ってたんだ!」

 

「なにっ!?」

 

その話を聞いた目暮と彰が二人して奈々の爪を見る。そう、彼女に贈られたマニキュアには夜光塗料が入れられていたのだ。

 

「普通、夜光塗料なんてマニキュアに入れていても、真っ暗闇にしない限り入ってるなんて気付きませんからね……」

 

そこで後ろの方で足音が聞こえ、振り向くがその場に誰もいない。しかし次に向かい側から足音が聞こえ、誰が移動したのだと視線を移せば、コナンが奈々の爪を見ていた。それに彰は気付き、コナンに近付く。

 

「おい、子供があまり見ていいものじゃないぞ」

 

「あ!警部さん!奈々さんの左手の爪が一つだけ変だよ?」

 

「……これ、付け爪だったのか。そして何かの拍子に取れたと考えるなら、取れたのは抵抗した瞬間か、もしくは何かに触ったか……」

 

そうしてキョロキョロと周りを見て、目暮の隣に落ちているのに気づいた。

 

「警部、すみませんがその隣に落ちているものを拾っていただけませんか?」

 

「ん?隣?」

 

目暮がそうして自身の隣を探し、右側に落ちている物に気付き、ハンカチで拾う。

 

「これは?」

 

「付け爪ですよ。本人の爪とはまた別のもので、そこに柄とかを描いて接着剤で付けて楽しむものです。うちの妹の梨華が楽しんでやってましたよ」

 

「ほー?しかし事件とは関係なさそうだな」

 

それに彰は眉をしかめる。果たしてそれは本当に関係ないものなのだろうかと考えたからだ。その時、コナンまた何かに気付き、素手で遺体の服を捲るのを見て、彰は慌て出す。

 

「おい!遺体に素手で触るんじゃない!!」

 

「あっ、ごめんなさい……でもこれ見て!」

 

そうして見えたのは、奈々の身体に着いた左手で掴まれた跡。跡が残るほどに強く掴まれたようだが、これに更に眉を潜める。

 

「……おかしい」

 

「ん?どうしたのかね?彰くん」

 

「……警部。一つ変なこと尋ねてもいいですか?」

 

「とりあえず言ってみてくれ」

 

「村上は両利きだったとか……ないですか?」

 

「儂が知ってる限り、そんな事はなかったが……」

 

それを聞き、頭を悩ませる彰。そう、つまりそこから導き出される答えは、そもそもの前提条件である『村上が犯人』という説がひっくり返ることになるのだ。

 

(……いや待て。それはまだ早計すぎる。この奈々さん……いや、館内で起こってる事件は村上の事件を模倣してるだけの可能性も……)

 

彰がそこで頭を悩ましているとき、小五郎達が戻って来た。

 

「警部、ダメでした。村上はどこにも……」

 

「もうここから逃げ出してるんじゃないでしょうか……」

 

「ソンなハズはない!出口がナイんだから!」

 

「きっとまだ何処かに潜んでんだよ!」

 

その言葉を彰は疑い始めていた。果たして本当に、そもそも最初から、村上はいたのだろうか、と。

 

(俺達は村上の『幻影』を追ってるだけの可能性もある。そもそも犯人が、村上という隠れ蓑を使っているだけの可能性だってある……どうする。どうすれば……)

 

そこで彰はコナンを見る。そう、彼は犯人の姿を見ているのだ。顔こそ分からないが、利き腕は知っているはず。

 

「……コナンくん、ちょっと」

 

彰に名前を呼ばれ、コナンは彰に近付いた。そこで彰はコナンに小声ながら疑問をぶつける。

 

「阿笠博士を襲った犯人の利き腕はどっちか、分かるか?」

 

その質問にコナンは目を見開く。そう、彼は今、コナンと同じ考えに辿り着こうとしているのだ。それにコナンはニヤリと笑い、答える。

 

「……右利きだったよ」

 

それに頭を抱える彰。これでそもそもの前提条件がひっくり返ったのだ。

 

「……これは警部に言わないと」

 

「あ、待って彰さん!」

 

目暮に伝えようとした彰にコナンは少し焦ったように待ったをかける。それに彰は顔を顰めた。事件解決はさっさとしなければならない。それにコナンは理由を小声で告げる。

 

「ここで犯人は別だと言っちゃうと、本当の犯人が焦ってこの建物ごと爆破させる可能性があるんだ。だから、慎重に行動して欲しいんだ」

 

それに彰は反論出来ない。確かに、爆弾がある可能性だってある。ここで爆破されようものなら、全員一緒にお陀仏だ。水が入ってくるのだから溺死で死ぬかもしれない。最悪それで死なずに全員息を吸える程度の天井との隙間を確保できていたとしても、時間が経つにつれて体温は落ちていく。そして最終的には死あるのみ。

 

そこまで考えて、彰はコナンの言葉に従う事にした。確かに此処で犯人に勝手な方法を起こされるのも困る。ならば次に狙われる可能性のある宍戸を守っておく方がいいだろう。が、そこでまた彰は疑問を浮かばせる。

 

(待てよ?そもそもなんで海中レストランなんだ?ただ殺すだけならこんな場所を選ばずとも、それこそ上の会場でもいいんだ。こんな水だらけの場所じゃ、最悪犯人も共倒れ……)

 

そこまで考えてハッと気付いた。そう、此処には水が苦手な仁科がいるのだ。

 

(……まさか)

 

そこで頭を軽く横に振り、考えを消す。そうと決めるには早計だと思ったのだ。

 

そして、目暮に考えを伝えさせるのを遅らせたコナンはと言えば、犯人を突き止めるための証拠探しを始める事にした。そう、奈々の事件の時、犯人はコナンが置いた缶を蹴飛ばしたのだ。直ぐにその缶を見にコナンが動く。缶の方は中身が溢れていた。

 

(俺が床に置いたとき、半分ほど残っていたのは間違いない。そのジュース缶を蹴ったとしたら……中身が飛び散って染みがついてるはずだ!犯人のズボンに!!)

 

そしてコナンが四人のズボンの裾を確認し始めれば、直ぐに見つかった。しかしその人はコナンにとっては信じられない人だった。

 

(この人がっ!?でもどうして……)

 

そこで小五郎が沢木に声を掛けた。それは、巻き込んでしまったことを謝るものだった。

 

「申し訳ない沢木さん。俺のせいで旭さんが殺されて、店も任せるどころの話じゃなくなって……」

 

「いえ、どうせ断るつもりでしたから」

 

それに小五郎は驚いた表情を浮かべる。小五郎は沢木のソムリエとしての誇りも、実力も知っている。なのに何故なのだと思ったのだ。それに沢木も気付き、苦笑しながらも答える。

 

「自分の店も今勤めてる店も辞めて、田舎に帰る事にしたんです。私、一人息子ですから、両親の面倒を見ないといけないんですよ」

 

そこで目暮は下手に動かない方がいいと告げる。確かに一人行動をしようとすれば、また奈々のような事が起こる可能性もあるのだ。

 

「特に宍戸さん」

 

「分かってますよ。次に狙われるのは俺ってんでしょ?精々、殺されないように気をつけますよ」

 

その宍戸の余裕な声色と態度に、彰は小さく溜息をつく。彼からしたらもっと危機感を持ってもらいたいのだ。

 

「警部サン!ボクはゼッタイに死にません!!ゼッタイに生きて帰ってミセマス!」

 

そこでコナンは一つの可能性を思いつく。その可能性が当たるかどうかを試す為、まずコナンが用意するのはミネラルウォーターだった。そしてそれを人数分用意した時、次に目を向けたのは調味料棚。

 

全員分のミネラルウォーターを入れ終わった後、それをレストランの方へと持っていけば、小五郎が何をしてるんだと聞いてきた。それにもともと用意していた答えを伝える。

 

「皆んな喉乾いただろうと思って!」

 

「馬鹿野郎!勝手に動き回るんじゃねえ!村上はどこにも隠れてるか分かんねえんだぞ!」

 

「でも僕の名前に数字は入ってないから!」

 

「たくっ」

 

「まあまあ毛利さん。今後は俺が付いて行くんで、今回は勘弁してあげてください。それに実際、彼に数字は入ってませんし」

 

彰のそのフォローの言葉に小五郎は仕方なさそうに頷く。刑事である彰が一緒なら、安心して任せる事ができるのだ。

 

そこでコナンは小五郎にもミネラルウォーターを渡し、彰にも手渡す。沢木にも手渡した時、宍戸から声がかかり、全員にミネラルウォーターが回り、飲み始めた。

 

「ふぅ!日本の水はホントに美味しいデス!」

 

「あぁっ!美味え!!」

 

そこでコナンはニヤリと笑う。そう、彼の中の『可能性』が『確信』に変わった瞬間だ。

 

(でも証拠がない)

 

そこでコナンはある物を思い出す。

 

(アレはどこだ?)

 

そこで奈々の周りを探し、少し離れた場所も探すが見当たらない。そしてそれを理解すれば、さらに彼は笑顔を浮かべる。これで犯人特定の必要条件は揃ったのだ。

 

その瞬間、館内が爆発音と揺れを起こし、電気が消える。勿論、揺れて仕舞えば全員バランスを崩す。

 

「なんだ今のは!?」

 

「どこかで爆発があったようです!」

 

「白鳥くん!宍戸さんだ!宍戸さんを守れ!」

 

その目暮の指示を受け、白鳥は直ぐに宍戸を暗闇の中、声をあげながら探しだす。

 

「宍戸さん!どこです宍戸さん!!」

 

その時、宍戸はライターを点けて場所を教えれば、白鳥は直ぐにその蓋を閉じる。

 

「死にたいんですか!」

 

彰はコナンを探し始める。先ほど、小五郎と約束したのだ。自分がコナンを見ておくと。

 

(くそ!どこだ、コナンくん!!)

 

「コナンくん!どこだっ!」

 

「彰さん!!僕はここだよ!!」

 

その声が聞こえたのは右の方へと向かえば、奈々の遺体の近くに移動してくれたようで、ようやく位置を掴めた。

 

「良かった……無事か?怖くないか?」

 

「ううん!僕は大丈夫だよ!」

 

その間、仁科は恐怖から顔を強張らせ、後ろに下がった時、車に背中が当たり、其処に手を添えながらも自身を安心させる為の言葉を紡ぐ。

 

「はははっ。私は2番だから狙われるのはずっと先だ!」

 

フォードは仁科とは違い、周りを警戒する。彼もまた狙われるのは先だが、それでも油断しないだけ仁科とは違う。

 

沢木はその場に尻餅をついていたが、其処に目が慣れたらしい小五郎が声を掛ける。

 

「沢木さん、怪我は?」

 

「い、いえ。私はまた狙われるんでしょうか?」

 

「そ、それは……」

 

その時、少しだけレストラン内が明るくなる。それは非常灯だった。

 

「おっ?ありがたい!非常灯だ!」

 

そう目暮が有難がっていた時、犯人が手元のボタンを押す。その瞬間、水槽内に仕掛けられていた爆弾が全て爆発。その爆風に煽られそうになりながらも彰がコナンに覆いかぶさる。コナンへの被害を最小限、上手くいけば全て回避させるために。しかしそう上手くもいかない。水槽から爆破されたのだ。水槽ガラスも割れたのだからその水はレストランに勢いよく流れ込んでくる。

 

「た、助けてくれ!私は泳げない……」

 

仁科は車に捕まっていたが、そのまま彼は水に飲み込まれる。それは全員同じで、コナンを抱えていた彰もコナンを抱えたまま水に飲み込まれる。

 

「わわっ!」

 

「くっ!」

 

そしてフォードも、宍戸も、沢木も飲み込まれた。同じく飲み込まれていた小五郎は、泳げずジタバタしている仁科を見つけ、彼を回収し、水面へと移動させる。

 

「大丈夫ですか!さあ、捕まって!」

 

その小五郎の指示で壁に手を捕まらせる仁科。そこからそんなに離れていないところでコナンと彰は浮上し、息を吸う。

 

「はぁっ!」

 

「はぁ!……コナンくん、大丈夫か?水を飲んでたりは?」

 

「大丈夫!」

 

そこに宍戸も浮上してきた。

 

「小僧、よく生きてたな!」

 

その言葉にコナンは不機嫌そうに顔を逸らし、彰は苦笑い。

 

「あんた、こんな中でもそのままとか、ある意味尊敬するわ」

 

それに宍戸が大笑いした時、フォードと沢木、目暮と白鳥が浮上した。しかし、コナンはそこで気づく。蘭だけがいない事に。

 

(蘭?どこだ?蘭!……まさかっ!)

 

そこでコナンの元にペットボトルが近づく。しかしこのままでは彰は離してくれないだろう。しかし彰はタイミングよく離れてくれた。沢木の方へと行ってくれたのだ。

 

「沢木さん!平気ですか?」

 

「え、ええ……」

 

「フォードさんは?」

 

「ボクも心配ありまセン!」

 

その間にコナンはペットボトルをつかみ、その中に入っていた水を全て出し、そして今度は親指で抑えて水の中に潜る。それに小五郎が気付く。

 

「こらコナン!どこに行く!」

 

コナンはと言えば、水の中で蘭を探し辺りを見渡す。そして彼女を見つけたが、その場所は車のすぐ側。どうやら流された時、車の下に足を挟んでしまい、動けなくなったようだ。其処でなんとか引き抜こうとしていたが遂に息が続かなくなったようで意識が飛びかけた瞬間、コナンがペットボトルを彼女の口に当てて息をさせる。そのお陰で彼女は呼吸が出来るようなった。お陰で意識も戻り、其処で見えたのは新一の姿。

 

『蘭、もう大丈夫だ。落ち着いて』

 

(し、新一……)

 

蘭が目を瞬く。しかしその姿は消え、コナンの姿が現れた。

 

(コナンくん!)

 

蘭は声を出していないはずだが、コナンはどうやら言いたいことを理解したらしい。一つ頷くと、彼は小さな体ながら車を持ち上げようとする。しかしやはり無理だであった。

 

(無理か……そうだ!伸縮サスペンダー……)

 

彼は上着を脱ぎ、自分が付けている博士の発明品を使うために移動しようとしたが、それは出来なかった。

 

何故なら彼もまた蘭と同じ様に、車のタイヤの隙間に足が引っかかったのだ。

 

(しまった!?足が引っかかった!)

 

彼は其処で焦り、なんとか足を引き抜こうとするが抜けず、遂に息が続かなくなり、全ての息を吐き出してしまい、今度はコナンの意識が飛びかける。直ぐにコナンは口を塞ぐ様に手で覆うがその行動は遅く、意識を飛ばした。その時、そのコナンの腕を蘭が引き、彼の顔を両手で掴むと、そのまま唇を合わせる。そのまま彼に自身の酸素を分け与えたとき、コナンの意識が戻る。そこで蘭が自分に何をしているのかを理解した瞬間、蘭が顔を離し、儚く笑うとそのまま意識が飛んでしまった。このままでは彼女は溺死してしまう。

 

コナンはそれだけはさせまいと足を引き抜くためにもう片足で車を壁にし、強く足を引っ張る。そうすれば何とか足を引き抜くことができ、直ぐに行動を始める。

 

まずサスペンダーの片方の先端を車の先端に引っ掛け、それを伸ばして上へと泳ぎ、柱に回して今度はサスペンダーの反対に手を伸ばす。しかしそれがうまく掴めずに苦戦したとき、別の手がその片方を掴み、コナンに渡す。どうやら彰が気付き、泳いで助けに来たらしい。コナンはそれを有り難く受け取り、シートベルトをつける様な要領で付け、ボタンを押す。すると車体が持ち上がり、蘭の体が浮かび上がる。其処で彰がコナンを抱え、蘭は泳いで助けに来た小五郎が抱え、直ぐに浮上する。

 

「はぁあ!……毛利さん!蘭さん!」

 

「ぷはぁ!蘭!!おい蘭!!しっかりしろ!!!」

 

そこで蘭が水を吐き出し、意識を取り戻す。

 

「お、お父さん……?」

 

「コナンに、感謝するんだな」

 

その小五郎の言葉に小さく蘭は頷き、グッタリした様子のままコナンに顔を向ける。

 

「ありがとう、コナンくん……」

 

「えっ、あっ……いや……」

 

そこでコナンが顔を真っ赤に染め、水の中に顔を隠す。

 

その間、彰は少し悔しそうに顔を歪める。彼は蘭がいないことに直ぐに気づけず、コナンに全てさせてしまったことへの負い目を感じているのだ。しかし、その反省は後回しだと意識を切り替えることにした様で、表情が真剣なものに変わる。

 

そのとき、目暮が脇腹を抑え、呻きだす。どうやら彼の傷が開いてしまった様子だ。その様子を白鳥が心配そうに見つめたとき、沢木が何かに気づいた様に声を上げた。

 

「アレを見てください!」

 

彼がそう言って指差したのは海上の一部に浮かぶ5枚のトランプ。『スペードの6〜2』だった。

 

「つまり、ここで一気に片付けるつもりだったんだな」

 

「くそっ!巫山戯んな!!」

 

「デモ!このままだといずれそうなりマス!!出口がナイのデスから!!」

 

「出口ならあるよ!!」

 

コナンがそこで声を上げ、小五郎と彰が驚いた表情を向ける。

 

「なにっ!?」

 

「ほらっ!爆破された窓ガラス!!」

 

「なるほど、彼処から逆に海に出れば!!」

 

そこで仁科が声を震わせながら反対する。

 

「む、無理です!!私はもう……」

 

「弱音を吐くんじゃねえ!!俺が連れてってやるよ!!」

 

その宍戸の男前発言に、彰はこんな危機的状況のさなか、確実に瑠璃が狂喜乱舞していたなと思い浮かび、苦笑を滲ませた。瑠璃の思考は少しだけ乙女であり、好みのタイプが宍戸の様な余裕ある大人なのだ。

 

「じゃあコナンくんは俺が……」

 

「僕一人で大丈夫だよ!」

 

「お前は俺が連れてってやる……もうひと頑張りできるな?」

 

小五郎が既にグッタリしている蘭にそう声を掛ければ、蘭は弱々しく頷く。警部は白鳥が支える事が決まり、沢木が先導することになり、全員でその後を追っていく。

 

「行くぞ!!息を大きく吸い込め!!」

 

小五郎のその言葉に従い、蘭は息を吸い込み、小五郎に支えられる形で潜って行く。

 

「しっかり握って!!話すんじゃねえぞ!!」

 

「は、はい!!」

 

宍戸の言葉に仁科が声を震わせながら答え、潜り、フォードも後を追って潜る。その宍戸を見て、やはりあの人は瑠璃が惚れるタイプだと再度思うと、コナンに声をかける。

 

「本当に一人で行けるか?」

 

「うん!」

 

「……わかった。なら、ちゃんとついてくるんだぞ!」

 

それにコナンは頷き、それを見た彰は先に潜っていく。コナンはその間に浮かんでいたカードを集めてズボンの尻ポケットに入れると潜って行く。そして全員の後を追い、穴を抜け、海上へと出て行く。

 

地上では沢木が先に上がり、次に脱出した目暮と白鳥のうち、傷が開いた目暮を引き上げ連れて行く。そして白鳥は今度は小五郎と蘭を引き上げようとしたが、小五郎から蘭を頼まれ、蘭を横抱きにして助ける。外は既に日が落ち始め、空が紫色に染まり始めていた。

 

「……助かったんですね、私達」

 

「ええ、もう大丈夫ですよ」

 

白鳥は蘭を近くのベンチに座らせた時、脱出してきたはずの宍戸が仁科の名を呼ぶ声が聞こえ、全員がそちらに振り向く。どうやら仁科は水を大量に飲み込んでしまった様で、息をしていなかった。其処に沢木が人工呼吸のために近づく。彼はライフセーバーの資格を持っているらしい。それにコナンが小五郎の声を使って待ったをかけた。

 

「待ってください!人工呼吸は彰刑事、貴方がやりなさい!」

 

全員がそれに驚きの表情で小五郎を見る。彰もジッと見ていたが、彼は何も言ってないという。しかしコナンは急かす。

 

「早くしろ彰!!」

 

「……わかった」

 

彰は少しだけ訝しげにするが、文句は言わずに人工呼吸を始めた。

 

小五郎は自分の声での指示に首を傾げるが、突如として首にチクリとする痛みと強い眠気が襲い、彼はベンチに座り、眠る。そう、それは『眠りの小五郎』と言われる所以の一つである体制だ。

 

「毛利くん?」

 

「警部殿、今度の一連の事件、犯人は村上丈ではありません!」

 

「なんだって!?」

 

「なぜなら、阿笠博士を撃った犯人も、奈々さんを殺した犯人も、右利きだったからです!」

 

「右利き!?」

 

白鳥が驚いたその時、彰が人工呼吸をしていた仁科が息を吹き返した。

 

「大丈夫か?……もう助かったから安心してくれ」

 

その仁科に沢木は静かな、なんの感情も映していない視線を向ける。それでもコナンの推理は止まらない。

 

「犯人は恐らく、仮出所した村上と何処かで会い、10年前、私に肩を撃たれた事や、彼が元トランプ賭博のディーラーで『ジョーカー』の仇名があったことを聞き、利用しようと考えたんです」

 

「利用……?」

 

「はい。犯人は、自分が殺したいと思っている相手と自分自身の名前に数字が入っていることに気付きました。そこで、この名前の数字とトランプを組み合わせ、自分の犯行を村上の犯行に置き換えられると考えたのです」

 

そう、それはつまり、目暮、英理、博士を狙ったのは小五郎への復讐だと思わせる為のカモフラージュだったと、目暮は気付いた。

 

「そうです」

 

「なら、犯人が本当に殺したかった相手は……」

 

「旭さんと奈々さんの二人です。それに辻さん。彼の場合、目薬をすり替えるという死ぬ確率の高いやり方を選んだ点から考えて、まず間違いないでしょう」

 

そこで目暮が犯人は誰かと急かせば、コナンはこの場にいると答える。それに彰以外の全員が驚く。彼もそこまでは分かったのだ。しかし、それ以後が分からない。

 

「そういやあんた、奈々ちゃんに恥をかかされたっけ」

 

宍戸がそう言って仁科に疑いの目を向ければ、仁科は慌てて否定を返す。それにコナンも同意する。寧ろ仁科は『殺される側』だと。

 

「犯人は海中レストランを爆破させる事で、泳げない貴方を溺れ死させようとしたんです……ところで彰刑事」

 

そこで急に自分に話を振られ、キョトン顔になる彰だったが、仁科に人工呼吸する際、まず何をやったかと問われ、それに首を傾げた。しかしその瞬間、とある考えが頭を瞬時に駆け、瞠目しながらも答える。

 

「……頭を後ろに反らせ、首を持ち上げ、軌道を確保する事から始めた」

 

「では、軌道を確保せず、人工呼吸をするフリをして鼻と口を塞げば、どうなりますか?」

 

「……それは」

 

「死ぬに決まってるでしょ!?そんな事をしたら……」

 

そこで白鳥は彰と同じことに気づく。そこまで言われたら、もう誰を犯人だと言ってるかなど、分かりやすいのだ。

 

「そうです!旭さんと奈々さんを殺害し、辻さんと仁科さんを殺そうとした犯人、それは沢木公平さん!貴方だ!」

 

その場の全員が驚きの顔で沢木をみる。それは沢木も同じであり、反論を返す。

 

「も、毛利さん!!私だってボウガンで狙われたじゃないですか!!」

 

「アレはあんたが前以て仕掛けておいたものです。昨夜、このアクア・クリスタルで旭さんを殺害した後でね!!」

 

フォードと宍戸はそこでテーブルの下に落ちていた置き手紙も、電話してきた秘書も、全部公平なのだと気付いた。そしてそれは、奈々に贈られた夜光塗料入りのマニキュアもだ。

 

「動機は?動機はなんなんだ!?」

 

「恐らく、味覚障害に関係が……」

 

それにフォードはよく分からない様子で宍戸に顔を向ける。

 

「味覚……ショウガイ??」

 

「食べ物や飲み物の味がわからなくなるアレだろ?」

 

「はい。彼はその味覚障害にかかっているんです」

 

その言葉に皆んな驚きでまた沢木に視線を向ける。しかし今度は沢木は驚かず、顔をうつむかせていた。反論も否定もしない。つまりそれはーーー肯定。

 

「味覚障害は、精神的ストレスや頭部外傷が原因となる事があるそうです」

 

「……なるほど。奈々さんの車と接触しかけたバイクの人間は、あんただったわけか」

 

「ちょちょちょちょっと待ってくれ!!君は味覚障害と言うが、彼は奈々さんの持ってきたワインの銘柄を当てたじゃないか!!」

 

「それは経験の差だと思いますよ、警部……そうだろう?毛利さん」

 

それにコナンは肯定を返す。

 

「ええ。彰刑事の言う通り、彼はワインの色と香りだけで当ててしまったんです」

 

「そんな事が……」

 

「沢木さんは残された視覚と嗅覚だけを頼りにその後もソムリエを続けていました。だがそれは、完璧なソムリエでありたいという沢木さんの『美学』に反する事だった。だから沢木さんはソムリエの仕事を捨て、田舎に帰る事にした。その前に、奈々さんを含む、自分を味覚障害に陥れた者たちへの復讐をしてね!!」

 

その復讐へと行動を移したのは、相当の悔しさからだろう。それも、彼がレストランを開くときの為にずっと大事に取っておいた宝物のワインを割ってしまうぐらいには。そうコナンが説明すれば、目暮も納得する。

 

「それじゃあ、あの床についていた傷は……しかし、どうして君はそんな事まで分かったんだ?」

 

それは彰も気になる事で真剣に聞いていれば、それは沢木が調味料の味見をしていたからだと言う。

 

「調味料……」

 

「彼が味見していたのはチリパウダー」

 

「唐辛子の粉……なるほど。ソムリエの様に舌を使う人が、味見する物ではないな」

 

「ええ、そのような刺激物は味見しないでしょう。彼が味覚障害にかかっていることは、私がコナンに持って来させた、ミネラルウォーターで確かめる事ができました」

 

「ミネラルウォーター?」

 

それに沢木は疑問を抱いた様子。なぜならただの水だと思っていたものだ。疑問も抱くだろう。しかし、それがコナンには決定だとなった。

 

「コナンが貴方に渡したグラスにだけ、塩が入っていたんです」

 

それに沢木はフッと笑う。

 

「それを私は、気付かずに飲んでしまったのか。確かに私は味覚障害にかかっています。でも、だからと言って、私が奈々さんを殺した証拠にはならないでしょう?」

 

それにコナンはもう一つの決定打を出すことにした。

 

「証拠ならあります。貴方の上着、左右どちらかのポケットに」

 

それを言われ、彼は上着のポケットを探り出す。そして沢木は右のポケットに何か入っていることに気づき、取り出してしまう。そう、それが犯人を示す証拠であるとも知らずに。

 

取り出されたのは奈々が猫の悪戯描きをしたコルク。

 

「奈々さんが殺される直前まで手にしていたコルク、何故貴方のポケットにあったんです?」

 

沢木はそれを強く握り締める。そこからは強い怒りが感じ取れた。

 

「それは、貴方に後ろから刺された奈々さんが、振り返りしがみついたその時、コルクがポケットに入り込んだのです」

 

「なるほど。あの床に落ちていた付け爪はその時に……」

 

「ええ、剥がれたのでしょう。ソムリエの貴方が、ワインのコルクで証明されるなんて、皮肉なもんですな!更にもう一つ!恐らく、貴方のポケットの中に、まだ眠っているはずだ!」

 

そう言って投げ渡されたのはあの5枚のトランプのカード。それを見つめる沢木の目は、すでに冷めていた。

 

「その柄と同じ、使い残した『スペードのA』が……工藤新一のカードがね!!」

 

その言葉に、沢木はもう言い逃れはできないと理解していたからこそ、素直にウラ技の胸ポケットからカードを取り出す。そう、それは『スペードA』だ。

 

それを沢木は静かに蘭に投げ、そのカードは蘭の腕に当たるとベンチに落ちてしまった。それに気付いた蘭も、焦点の合わない視線を向け、それが新一のカードだと気付いた。

 

「毛利さん、全て貴方がおっしゃった通りだ。私は三ヶ月前、帰る途中に彼女の車と接触しそうになって転倒した。それから暫くして、突然味が分からなくなった。医者からストレスが原因の可能性もあると言われた。絶望した私はもはやソムリエである事を諦め、事故の原因を作った小山内奈々、ストレスの原因となっている旭、辻、仁科への復讐を決意した」

 

「……奈々さんはまだ分かる。接触事故を起こしかけたんだから……けど、他3人はなんでだ?何が理由でストレスを抱えた?」

 

彰が至極冷静に問いかければ、沢木は怒りを声に滲ませながら答える。

 

「旭は、ワインブームに目を付け、莫大な財力にモノを言わせ、海外の希少ワインを買い漁っていた。その癖管理は不十分」

 

それに彰は眉を顰める。彰の父親はそんな物には興味はないため、例えそんなブームが来ようが全く顔を向けることはない。それが会社を大きくするために必要な事ならば違うが、その時にはキチンとどう管理し、どう扱えば良いかを研究し、勉強してから扱うのだ。それを考えれば、まだ父親はマシだったのだろうと思ってしまった。

 

「仁科!お前はグルメを気取って知ったか振りの本を書き、ワインについての間違った知識を読者に植え付けた!!」

 

その怒りを向けられた仁科は目を丸くする。彼からしたら『そんなこと』で命を狙われたのかと思っても仕方ない。

 

「そして辻弘樹!奴は私はソムリエの誇りを穢した!!……四ヶ月前、私は奴が自宅で開いたパーティーに出席した。そこで奴はソムリエのバッチだといって豚のバッチを付け、タストヴァンだと言ってお玉を私に掛けた。それに周りは大笑いだ!!」

 

「そんなことで辻さんを殺そうとしたのか……」

 

目暮があり得ないと目を見開き沢木をみる。それに沢木が遂に激昂し、叫ぶ。

 

「そんな事だと!?貴様らにあの時の私の気持ちは分かるまい!!私が天職として目指したソムリエの品格、名誉、プライド!!その全てをあの男は、汚い足で踏み躙ったんだ!!」

 

「……村上丈を殺したのかね?」

 

その問いに沢木はニヤリと笑う。

 

「ああ。村上とは彼奴が仮出所した時に偶然、毛利探偵事務所の前であった」

 

それは小五郎が昼から麻雀に行ってた時間だ。

 

「私は上手い事村上を利用出来ないかと思い、毛利さんの知り合いだと言って誘った。村上は、事件当時こそ毛利さんを恨んだが、今はただあの時の事を謝りたくて会いに来たと言った。その時だよ、トランプの数字を使って自分の犯罪をカモフラージュしようと思いついたのは。酔い潰れた村上を殺すのは簡単だった」

 

「それじゃあ、毛利さんや目暮警部にはなんの恨みもなかったのか!!」

 

その白鳥の問いに、沢木はその通りだと笑う。そしてそれはつまり、宍戸もフォードも関係なかったという事だ。この二人を読んだのは、足りない『4』と『6』を揃えるため。

 

「『5』と『3』の毛利さんと白鳥さんは、私が旭さんに呼ばれた事を話せば、当然付いてくると思っていた。……本当は『1』の工藤新一も来る事を期待していたんだが……それは残念ながら叶わなかった」

 

実は揃っているが、やはり誰も気づかない。誰も想像だにしない。かの高校生探偵が、小学生になっているなど、思いつくわけもない。

 

「関係ない人まで死ぬとは、考えなかったのかね!!」

 

「海中レストランを爆破したのは、ただ仁科を殺すためだ。他の連中は死のうが生きようがどうでも良かった」

 

その心理はわからなくもないものだ。自身とは何の接点もない者に、何かを思えと言われてもせめて同情だけだろう。しかしそれは被害者側であった場合。犯罪でそれを肯定してはいけない。

 

「あとは此処が崩れ落ちて、村上の行方は掴めずで迷宮入りになるはずだった」

 

(『此処が崩れ落ちて』?……!まさか!!)

 

「沢木さん、もう逃げ場所はない。観念するんですな」

 

「「白鳥刑事!!沢木さんを取りおさえるんだ!!」」

 

その二人の言葉に白鳥と目暮が驚きで目を見開いた瞬間、沢木は手に持っていたスイッチを押した。その瞬間、アクア・クリスタルの脚となる柱が爆破し、地面が揺れ、水飛沫が上がる。コナンも其れによろけてベンチから落ち、寝ていた小五郎も地面に崩れ落ち、その衝撃で目を覚ます。

 

「な、なんだ!?」

 

沢木はそこでナイフを取り出し、蘭へと走り出す。それにコナンが気付き走るが、子供の足では届かない。沢木の方が一歩早く辿り着き、蘭の腕を掴み、連れていく。

 

「しまった!?」

 

そこでその場は一時止まる。何故なら彼を捕まえ、その首にナイフを向けているのだ。

 

一人この状況についていけてない小五郎は目を見張る。

 

「はっ?なんで沢木さんが蘭を?」

 

「何を言っとるんだ!!君が奴の犯行を暴いたんじゃないか!!」

 

「は?私が?」

 

そんな様子に沢木は笑い、全員に動かないように指示する。勿論、動けば蘭の命はない。いつもなら大人しくしない蘭も、しかし先程で疲れ切ってしまっている為に得意の空手も出来ない。その間にも爆破は進む。海中レストランは沈み、モノレールの所も瓦礫となり、そのまま海へと落ちてしまう。そして仁科達がいる所も崩れだし、急いで小五郎達がいる方へと避難する。その先ほどまでいた場所は、そのまま海に飲み込まれてしまった。

 

「くそっ!さっきの爆発で建物全体のバランスが崩れてる!!」

 

その時、沢木と蘭がいないことに気づき、小五郎が辺りを探す。それよりもコナンが早く見つけた。既に沢木達は建物内へと向かう階段を登っていた。

 

「どこにいくつもりだ!!」

 

「きっと建物内にあるヘリポートへ向かうつもりなんだ!!ここからの脱出用に、秘書の名前を使って呼んであったんだよ!!」

 

「そうはさせるか!!」

 

小五郎がそこで跡を追うために走り出す。それに待てと声を掛ける目暮だが、それで止まるはずはない。自分の大事な娘が命の危機に陥っているのだから。そしてそれはコナンとなった新一も同じだ。目暮の声を無視し、走って後を追う。仕方なく残った仁科達に避難するように声を掛ける目暮。

 

「私は泳げないんだ!!」

 

「心配すんな!板切れでも探してしっかり岸まで連れてってやるよ!!」

 

それを聞き、目暮は彰と白鳥に声をかけ、後を追い始める。

 

誇りを穢されたソムリエとの鬼ごっこの始まりの合図は、既に落とされたのだった。



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第11話〜14番目の標的・5〜

コナン達が沢木を追って屋内へと入るが、既にその姿は見当たらない。それに焦る小五郎は一度立ち止まり辺りを見渡す。

 

「どっちだぁ!!」

 

「階段の上だよ!!」

 

走りながら答えるコナンの言葉で小五郎はエレベーターが目的だと気付き、その後を追って行く。しかし一足遅く、沢木は蘭を連れてエレベーターに乗り、扉は閉じられる。建物が小さく揺れ、瓦礫も所々落ちてくる中、コナンは閉じた事に気付くともう一つのエレベーターへと走り、小五郎は閉じられた方のエレベーターを確認する。その後に来た刑事組は小五郎に声を掛けてからもう一つの方のエレベーターへと走る。

 

コナンは4人を急かす声を掛け、全員が乗り終えると扉を閉じる。向かうは最上階。ヘリポートへ到着している沢木の所だ。

 

「警部、脇腹の怪我は?」

 

「こんなもん、蘭くんが傷付くことに比べたらどうってことないさ」

 

「分かりました」

 

その問いかけを聞き、白鳥と彰が銃の準備をしだす。それを小五郎は静かに見つめ、警部に問い掛ける。

 

「警部殿。白鳥刑事と彰刑事、銃の腕前は?」

 

「白鳥くんは儂と同じでからきし駄目だ。彰くんは上手い方だが、本人は苦手としている」

 

そんな声を聞き流しながら淡々と準備して行く。正直、彰としてはやはり銃より剣道や武道の方が自信があり、銃はレベルで言えば上の下。剣道と武道が上の上。銃の腕前は警察学校時代、絡んでた友人で一番上手かった相手に教えてもらったからこそ此処まで出来るようになっただけなのだ。

 

(降谷の奴、今どこにいやがる……くっそ、こういう銃を扱うのはお前とか松田とかが適任なのにっ!)

 

その間にも建物は崩れて行く。建物に付けられていた太いロープが繋がれた部分も取れ、ヘリポートに到着し、今まさに降り立とうとしていたヘリもそれに気づき、直ぐに避けたために死亡は回避された。

 

「い、一体、どうなってるんだ?」

 

ヘリの操縦者が混乱するのも無理はない。彼はただ、巻き込まれたも同然であり、今まさに犯人が強制的に共謀犯にしようとしている相手でもあるのだ。

 

操縦者はそこで建物から出て来た人間2人に気付く。しかしそれは助けを求める様子の人間ではなく、1人がもう1人の女性に首を回し、ほとんど引きずるようにして歩いているのだ。それも男の方はナイフさえ持っている。これはどういうことかと操縦者は目を見開く。しかし男はそんなもの待っていられない。ナイフを下に向けながら着陸する様に怒鳴りつける。

 

「な、なんだあの男?どうしてナイフなんか……」

 

その間にも建物は崩れて行く。今度はまた6本ほどのロープを止めていた部分が壊れ、そのロープは勢いよく振りかぶり、窓を叩き割る。その場に窓ガラスがばら撒かれるが、それが全て収まったタイミングでエレベーターが到着し、小五郎達が外に出る。

 

「くっそ!なんでこのエレベーターは屋上に行かねえんだ!!」

 

そんな小五郎の叫びは誰も答えることは出来ない。全員焦っているのだから仕方ない。そのまま動きを止めたエスカレーターを駆け上り、屋上へと辿り着いた。

 

「ラーーーーーン!!!」

 

その小五郎の叫びで沢木は気付き、蘭にナイフを向けながら振り向く。

 

「来るなぁ!!来るとこの子の命はないぞ!!」

 

「やめろ!!沢木さん!!」

 

「蘭さんを離せ!!離さないと撃つぞぉ!!」

 

白鳥が少し腕を震わせながらも両手で銃を構え、彰も銃を静かに向ける。その様子を見て悪い笑顔を浮かべて蘭を前に出す沢木。

 

「面白い!!撃てるものなら撃ってみろ!!!」

 

その様子に彰は舌打ちしたくなった。このままでは沢木は蘭と逃げてしまうか、もしくは全員共倒れだ。どちらにしろ、蘭は抵抗出来ずに溺れ死ぬ事になるかもしれない。いや、そうじゃなくとも沢木に殺されてしまうかもしれない。

 

(どうする?白鳥に撃たせるのはまず駄目だ。照準がまず合ってない。かといって俺が撃てば蘭さんが……くっそ!!何か良い手はないのか!!)

 

彰が眉間にしわを寄せ、頭をフル回転させるが良い案は出てこない。そこでふっと、あの小五郎の話が浮かんだが、それを彰は自分には無理だと判断した。

 

(出来ないこともない。けどそれはうまく当たればの話。俺はそんな綺麗に狙えるほどの自信は全くない。なら小五郎さんに渡す?いや、今彼は一般人。そんなことさせられない)

 

そこで目暮が脇腹を抑えながら2人に撃つのを止めるよう止めるが、そこで呻き声を上げ、座り込む。

 

「あっ!?警部、大丈夫ですか!?」

 

「ヘリコプターで逃げても無駄だぞ!!蘭くんを離すんだ!!」

 

それに沢木は煩い!と黙るように言う。そして、トンデモナイことを言う。

 

「この子を連れて辻を殺しに行く!」

 

「辻さんを!?彼は全米オープンに出られないんだ!!それで良いじゃないか!!」

 

「駄目だ。奴を殺して俺も死ぬ。この女も道連れだ!ハハハハハッ!アハハハハッ!」

 

そんな沢木のイカれた様子に小五郎は顔を青ざめる。彼にとっては見知った相手だ。こんな沢木の様子など、彼は見たこともなければ見たくもなかった。

 

(新一、助けて……新一)

 

蘭は沢木に捕まった状態のまま、新一のカードを胸の前で握る。この時、コナンも内心で焦っていた。このまま行けば、蘭は殺されてしまうのだ。早く助けなければと焦るそんな時、建物が大きく揺れた。そこで全員がバランスを少し崩し、子供であるコナンは転がってしまう。

 

(やばいぞっ!?このままだと蘭を助けるどころか皆んなお陀仏だ!!)

 

その時、沢木はニヤリと笑う。

 

「……拳銃を寄越せ」

 

「なっ!?」

 

「なにっ!?」

 

「刺すぞ!!」

 

そう言いながら蘭を捕まえる腕を強め、ナイフも向ける。それに苦しそうにもがく蘭を見て、小五郎は覚悟を決める。そこで小五郎はまず白鳥に小声で交渉を始めた。

 

「おい白鳥、俺に拳銃を寄越せ」

 

「へっ?」

 

「寄越せって言ってるんだ」

 

小五郎は自信がある笑顔を浮かべているが、それが白鳥には怒りしか覚えない。

 

「冗談じゃない!貴方なんかに渡せませんよ!!」

 

そんな様子に沢木が急かす。そこで蘭の首にナイフの先だけ当て、その首から血が一滴流れてしまう。そんな様子に白鳥は慌て、拳銃を渡すことを決意。暴発しないようにセーフティーを掛け、投げ渡す。しかしそれは沢木の所まで届かず、それに舌打ちをする。その拳銃を取ろうと歩き出した時、白鳥と彰、小五郎が構えるのに気付く。そこでニヤリと笑い、安全策を取ることにした。

 

「坊主、お前がもってこい」

 

その指示に全員が目を見開く。しかし沢木から蘭が死んでも良いのかと叫ばれる。それでも目暮は決断できないでいた。

 

「駄目だ!!子供にそんな危ない真似は……」

 

しかしコナンは静かに拳銃の所まで歩き出し、それに目暮が焦って止めようとするが遅い。コナンが後一歩で拳銃前にたどり着くと言う時、また建物が揺れ、コナンがバランスを取らずに地面に手をき、落ちないようにした。すでに地面は斜めに傾き出していた。

 

「さあ!早くもってこい!!」

 

「だ、ダメッ!!コナンくん、渡しちゃ……渡しちゃ、ダメッ」

 

その声が聞こえ、コナンは悔しそうに歯噛みしながらも拳銃を右手で手に取る。それに沢木が優越感を顔に浮かべ、コナンに良い子だと褒めながらも持ってくるように言う。その時、コナンにはこの状況が、過去の小五郎と同じ状況と被って見えた。

 

「さあ早く!!」

 

沢木が笑顔でナイフを持つ手を差し出した時、コナンの頭の中で点と線が繋がった。

 

「早く持ってこいって言ってんだ!!」

 

(そうか……そうだったのか……。だから、おっちゃん)

 

沢木は急かし、他がコナンを止める声は、今この時、コナンには聞こえない。彼は理解した。そして決意する。小五郎と同じ『選択』を。

 

コナンは小さなその両手で拳銃を構え、向ける。その時、蘭にはその姿が新一に見えた。それに蘭は安心したように小さく笑う。それは同時に新一が自身に拳銃を向けたも同じではあるが、彼女は心の底から新一を信じている。。

 

(し、新一……)

 

ーーー自分を助けてくれると。

 

しかしそこで撃鉄を引いたのを見て彼女は目を見開く。蘭もまた、過去の映像と被ったのだ。そしてその弾が発射され、蘭は過去の英理と同じように、太ももを弾が擦り、血を少し巻き上げた。その瞬間、蘭も、周りも理解する。あの小五郎の行動の意味を。

 

「くっそぉ!!」

 

蘭が立てない状態となってしまい、沢木は焦ってヘリを見上げる。蘭に立つように指示するが、もう彼女に立つような力は残されていない。そこで沢木は蘭を連れて行くことを諦め、蘭を解放する。その瞬間、小五郎はニヤリと笑い、沢木へと向かって走る。それに沢木も気づき、ナイフを刺そうとしたがそれを小五郎は避け、そのまま彼の腕を掴み、一本背負いを決めた。その間にも蘭はどんどんと海へと真っ逆さまに落ちようとしていたが、それはコナンが走り寄り止めようとする。最初こそなかなか止まらなかったが、暫くして漸く止まってくれた。それに安堵のため息を吐くコナンと小五郎。

 

(危なかったな、蘭……)

 

「そ、そうか!だからあの時、毛利さんは撃ったんだ。犯人を逮捕する為じゃなく、人質を助ける為に!」

 

「ああ、足を撃たれた人質は、逃走する犯人にとって、只の足手纏いにしかならんからな」

 

それはすべて、英理を助ける為にやったこと。それを蘭は漸く理解した。

 

(お母さんを助けるために……これが真実だったのね)

 

蘭は安心したように笑いながら、父に横抱きにされた状態で彼の首に腕を回し、抱き締める。その間にコナンはヘリを安全に降ろす様に指示し、彰は沢木に近づき、その腕を左手を掴む。

 

「沢木公平。殺人容疑および障害拉致の現行犯で、逮捕する!!」

 

そして彼に手錠を掛けた時、また建物が大きく揺れた。そのまま建物がどんどんと左に傾き、沢木は倒れてしまった為に更に勢いよく海へと向かう。それは彰もまた同じで、沢木が遂に落ちるといった瞬間、彼の腕を彰は右手で掴み、左腕は近くにあった柱に捕まり、耐えた。

 

「くっ!!」

 

「離せ!!死なせろ!!」

 

そこでもう一本の腕が足された。それは小五郎の腕だった。

 

「……死なせやしねえ。テメェに、自分の犯した罪の重さを分からせてやる!!」

 

「そうだ。お前には必ず、罪を償ってもらう!!」

 

そのまま沢木は救出され、ヘリに共に乗せられる。そしてヘリが離れたタイミングで、アクア・クリスタルは全壊。跡形もなく崩れ去った。それを海で木片に掴まって見ていた宍戸達は警視庁のボートで救出された。そしてそれをヘリから見ていた彰は口元をヒクつかせる。一歩遅ければ全員それに巻き込まれていたのだと思うとゾッとするものだ。

 

「いやー、危機一髪だったな」

 

「オジさん、ヘリコプター恐怖症、治ったみたいだね!!」

 

そのコナンの一言に一瞬、小五郎はキョトンとなるが、どうやらすぐに気づいてしまった様で顔を青ざめさせ、叫ぶ。

 

「ウワァァ!降ろしてくれーーー!」

 

そしてヘリから降り立った時、彰は瑠璃に抱きつかれたら

 

「おわっ!?」

 

「ウワァァ!彰!!無事!?大丈夫!?本当に生身!?幽霊じゃない!?」

 

「心配してくれんのは有難いが、人を幽霊に仕立て上げんな」

 

心配してくれた瑠璃に感謝しつつ、彼女の頭に軽くチョップを入れる。それに瑠璃が頭を抑えた時、彼女の後ろからもう1人、見覚えのある黒一色の服を着た男が、上着の両ポケットに手を入れたまま近づいてきた。

 

「……なんだ。兄貴、無事そうじゃないか」

 

「お前は寧ろ心配しろ」

 

「怪我の一つでもこさえてきたらしてやる」

 

「はぁ、本当に生意気に育ってくれやがって……」

 

「それはどうも」

 

そこで修斗はコナンの存在に気付き視線を向ければ、コナンが拳銃を白鳥に渡しているのを目撃した。

 

「……兄貴、今なら言い訳、聞いてやる」

 

「は?何が?」

 

「あの坊主がなんで拳銃持って、しかも笑顔で渡してんだ?」

 

「ああ……それは……」

 

彰が悔しそうに顔を歪ませ、それで全てを察した修斗が顔を手で押さえて溜息をつく。

 

「気が付いたら飛び出しちゃって、僕ビックリしちゃった!」

 

「たくっ、たまたま蘭さんの脚を掠めたから良かったものの、一つ間違ったら大変な事になってたんだよ?」

 

それにコナンは反省の言葉を返すが、彼の中に失敗するという心配は一欠片もなかった。

 

(本当は、ハワイの別荘に行った時、あっちの射撃場で親父に教わってよく撃ってたなんて……言えねえよな)

 

しかし、蘭には痛い思いをさせてしまったと反省はしているコナン。そこで漸く修斗に気づき、笑顔を浮かべて近付いてくる。

 

「修斗にいちゃん!」

 

「あ〜……兄貴、目暮刑事に付いてかなくていいのか?」

 

「そうだな……ちゃんと休養する様にだけ言ってくるか」

 

「あ!なら私も!!いつも頑張ってくれてる警部に一言激励を!!」

 

そう言って離れていく2人を見送り、コナンに顔を向けた。

 

「で?俺に何の用だ?言っとくが今回に限っては俺はなんも知らなかったから、何処からとか言われてもなんも答えれないからな」

 

「ああ、それは理解してるさ。そっちじゃなくて……咲の方だ」

 

それに修斗は明らかに警戒の色を強めた。

 

「……前にも言ったろ?咲は親戚筋の子供で、ご両親は……」

 

「それ、本当に本当のことか?」

 

「……それを本当かどうか、調べるのはお前だろ?名探偵」

 

修斗は隠す気なくそう言えば、コナンはそれで今の状態では修斗はそれ以上の事を言うつもりないのだと悟り、また学校で会った時、咲に聞くことを決めた。その間の小五郎と蘭は、2人で会話をしていた。

 

「ねえ、新一でも撃ったと思う?」

 

「さあな。俺ぐらいの腕があれば撃ったかもな」

 

「私もそう思う……ね?新一」

 

そう言って彼女が声を掛けたのは『スペードのA』。それが何かと小五郎は目を丸くしながら問いかけた。

 

「新一のカード、『スペードのA』よ。私ずっと握りしめてたんだ。……もしかしたら、新一が守ってくれたのかもね」

 

それを聞いていたコナンは嬉しそうに笑う。

 

(バーロー。Aに助けられたのは、俺の方……)

 

そこでクシャミをしたコナンに修斗はギョッとし、コナンの姿を見て、それから崩壊したアクア・クリスタルがあった所を見た。その時、彼が上着を着ていないのが気になり、何故だと首を傾げたが、博士の道具の一つである伸縮サスペンダーの事をこの時はまだ知らなかった修斗では真実には辿り着けなかった。しかし大体理解はした様で、コナンの方に手を置いた。それにコナンは首を傾げて見上げると、ニヤッと笑う修斗がそこにいた。

 

「まあ何があったかは全く知らんし、予想しか出来んが……いい事あって良かったな」

 

その揶揄いの言葉にコナンは顔を赤くし、軽く修斗の足を蹴ったのだった。

 

後日、コナンと蘭は退院した英理の家に赴き、あの村上の事件のことを聞いた。するとどうやら彼女は小五郎の意図を理解していたらしい。

 

「これでも一応、夫婦ですからね。ま、夫が妻の命を守るのは当然のことだけど」

 

「じゃあなんでお母さん出てっちゃったの?」

 

てっきり理解しておらず、それで揉めたと思った蘭がそう問えば、一気に不機嫌な顔になる英理。

 

「……あの人、あの日の夜、私の料理を不味いと言って食べなかったのよ」

 

「はっ?」

 

「足が痛いのに、感謝を込めて無理して作ったのに……それをあの男、『バーロー!こんなモン作るくらいならさっさと寝てろ!!』って……。これが別居の真相。ああっ!思い出すだけでも頭にくるわ!!あの鈍感親父」

 

その真相に蘭は呆れてしまった。これでは当分、仲直りは無理だとコナンも蘭も悟ったのだ。

 

「そう言えばお母さんの料理って……」

 

そう、実は英理の料理はとても不味いのだ。それを思い出したコナン。遂には肩をガックリと落としたのだった。



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日常編
第12話〜探偵団大追跡事件〜


学校のガラスが全て修復された頃、登校が再開され、咲も瑠璃に送ってもらう形で学校に登校していた。その間の瑠璃との会話といえばいつも内容は「彰が待ってくれない」「なぜ事件が多発してるの」などと言った文句ばかりだ。その声量がほとんど怒鳴るような声量だった為、咲はずっと耳を手で軽く塞いで聞いていた。

 

「事件が多発しているのは……流石に分からないが、『彰が待たない』じゃなくて『瑠璃が起きるのが遅い』じゃないか?」

 

「そうだけど!!そうだけどさぁ!!」

 

「ハンドルに額を付けるな。前を見て安全運転でお願いしたい」

 

「少しぐらい待ってくれてもいいと思うんだよ!!そうじゃなくても起こしてくれても良いんじゃないかな!?兄妹だからそこらへん気にせず出来るでしょ!?」

 

「お前は子供か。立派な大人が言う言葉じゃないな」

 

「う〜……」

 

最後の言葉で遂には呻き声しか出せなくなった瑠璃を見て漸く咲は耳から手を離した時、瑠璃が小さく呟いた。

 

「……修斗と梨華は、気にするのかな?」

 

「……?」

 

その呟きが自然と聞こえてしまった咲は首を傾げた。それに瑠璃は困ったような笑顔を浮かべる。

 

「……うちは本当に色々あるから。だから、修斗と梨華の関係が『今』に収まってくれたことは嬉しいんだよね。正直、ギクシャクするかとか、私も彰も心配してたし」

 

「……何があったんだ?」

 

その咲の質問に、口に人差し指を当て、ウインクを向ける。

 

「ごめんね、これは内緒なんだ〜。もう昔の事とはいえ、そう人にバラして良い『秘密』でもないからね」

 

「……」

 

それに咲はジッと瑠璃の目を見据えたあと、溜息を一つこぼした。

 

「なら最初から話題として出さないでくれないか?この距離だと、どんな小声でも普通の会話の声量で聞こえてくるんだ」

 

「あ、そっか。咲は耳が良いんだったね。その特技、行方知れずの優を思い出すなぁ」

 

その瑠璃にとっては何気ない一言が、優本人である咲にとっては思いがけないもので、体が固まってしまう。しかしそれに気付かない瑠璃は咲に向けて話を続ける。

 

「もうみんな殆ど覚えてないみたいなんだけどね?優とは本当に数回、会ったことがあっただけだったんだけど、人見知りで大人しい子だったんだよ?あ、優っていうのは私達の妹の1人で、六女なの。今は18歳で、最近、漸く修斗が見つけたらしいんだ〜。でも実際、あの子、どこにいるんだろ?優のお母さんが小さな優を連れてドイツ旅行に行った時から行方知れずだったのに……」

 

「あ、学校……もう直ぐ着くから、此処で降ろして」

 

そこで咲が震える声を抑えながらそう伝えれば、瑠璃もその指示を聞き、車を止める。あと数メートルほどの距離に帝丹小学校の門がある。咲がそこで静かに降りれば、瑠璃が窓を開けて声をかける。

 

「帰りは修斗が来るはずだから、連絡は修斗にお願いね?あ、何か話したい事とかあったら私でも大歓迎だからね!」

 

瑠璃は咲に手を振ると、窓を閉めて去っていく。それを見送った咲の顔色は、明らかに悪かった。

 

(大丈夫。もう私はあそこに戻ることはない。もう誰も私を攫うことはないはずなんだ。大丈夫……大丈夫……)

 

震える体を抑える咲。しかし過去へと飛ぶ意識は止められない。彼女が覚えているのは、人混みで母と分かれてしまい、迷子になったこと。その後に大男に腕を掴まれ、路地裏の奥まで連れて行かれ、地面に放り捨てられ、馬乗りになられ、ナイフを向けられ、そこから、それからーーー。

 

「咲ちゃーん!」

 

そこでハッと意識を戻して振り向けば、歩美が笑顔でこちらに手を振りながら走って近づいて来ていた。その後ろには他の探偵団の子供達もいる。

 

「咲ちゃん、おはよう!!」

 

「おはようございます、咲さん!」

 

「よーっ!咲!」

 

「おはよう、咲ちゃん」

 

4人のその声に咲は咄嗟に挨拶が返せずに固まってしまった。その様子にコナンは観察するような視線を向け、歩美は心配そうに近づいて来る。

 

「……咲ちゃん?」

 

「…………あ、えっ……あ…お、おはよう」

 

漸く意識を現実へと戻すことができた咲が作り笑いを歩美に向ければ、歩美はそれに気付かずに挨拶を返してくれる。それに咲は心の底からホッとした。一度過去へと意識を飛ばしてしまったら、もう自分では止められないのだ。今回は歩美の声のおかげで戻ってこれたが、これが1人の時だと最終的にパニックに陥って涙が止まらなくなり、過呼吸も起こす。この症状はすべてそれを見つけてくれた修斗の言であり、本人である咲には記憶がない。今回はそれに陥ることなく済んだようだ。

 

「咲ちゃん、大丈夫?顔色、悪いけど……」

 

「大丈夫。ちょっと、寝付きが悪かっただけだ」

 

それに歩美は余計に心配そうな顔を向けるが、それに咲は笑顔しか返せなかった。そんな朝の登校時間から時が過ぎ、全ての授業を終えて咲が帰ろうとした時、コナンに呼び止められる。どうやら彼には気になることがあるらしい。それが何かはまだ知らない咲がコナンの下校の帰り道に隣を歩く。学校から離れて少しして、コナンが口を開いた。

 

「なあ、咲」

 

「なんだ?」

 

「……お前、本当に子供か?」

 

その言葉に咲はキョトン顔を浮かべる。その表情は半分演技だが、半分は本当に不意の質問だったのだ。咲は確かに耳は良いが、それだけの子供の筈。そう『見える』ようにしていた筈なのだ。

 

「……イキナリなんだ、藪から棒に」

 

「いや、だってお前……なんか違和感が……」

 

それに咲は眉を顰める。子供のうちからその聡い勘は結構なのだが、しかしそれは咲の正体を暴こうとするのには使わせたくない。でなければ、コナンが危ないと頭の中で回答を出し、早めにその芽を摘む事にした。

 

「私は子供だよ。確かに大人びているかもしれないが、君と同じで知識欲があるだけさ。これは自覚もある。おかげで中々に色々な知識を得れたよ。知識を得るというのは楽しいものだ。特に、シャーロック・ホームズの話は」

 

その名前を出した途端、コナンの目がキランと光り、それに気づいた咲はニヤリと笑う。これは彼女の作戦通り。彼の好きな物に意識を反らせ、有耶無耶にさせたのだ。暫くすれば何を質問したかも忘れるだろうと咲は考えた。そして思惑通りに彼は毛利探偵事務所に着くまでの間、シャーロック・ホームズの話で盛り上がり、そこで自然と別れる事に咲は成功したのだった。しかし次の休日に、また別の事件に遭う事になるとは、この時、咲は思いもしなかった。

 

***

 

休みへと入り、探偵団全員で遊ぼうと商店街を歩いていた時、宝石強盗と遭遇した。しかもその強盗はすでに余罪50件もある強盗。それを探偵団は目撃し、コナンの指示で犯人を捕まえるための網を探す間、彼は犯人をスケボーで追っていく。そして網を見つけ、とある行き止まりの木々に姿を隠れさせ、コナンに準備が出来たこと、どこの行き止まりかを伝えた。

 

「ーーーという場所にある行き止まりだ。分かるか?」

 

『ああ、問題ねぇ。ならその近くまで来追い詰めたらまた連絡する!』

 

その言葉を受け、それを他3人にも伝えれば全員がジッと待つことを決めた。そして少ししてコナンから探偵団バッチに連絡が入った。

 

『歩美ちゃん!光彦、元太、咲!行くぞ!!』

 

「了解よ!コナンくん!」

 

「任せて下さい!」

 

「いつでも来いってんだ!」

 

「こちらは静かに待っておくから、きちんと追い詰めてくれ」

 

『ああ、任せろ!』

 

そこで漸く咲達のいる行き止まりに犯人を追い詰める事に成功したコナンは、近くに転がっていた缶をキック力を上げた状態で犯人の腹へと蹴飛ばした。そして犯人が倒れたのは、ちょうど咲達がセッティングした網が敷かれた所で、それを見ると全員でタイミングを合わせて木の枝から降り、その勢いで紐を引っ張り犯人を捉える。

 

「降ろしてくれーー!」

 

「「少年探偵団!」」

 

「大勝利ーー!」

 

その後、咲達は目暮から表彰の為に呼ばれたが、咲だけはそれを辞退した。それに目暮は文句を言わずに受け入れてくれ、そのまま少年探偵団の他4人は記者達にその様子を撮られていた。

 

「どんな事件でも引き受けまーす!」

 

「追っかけまーす!」

 

「解決しまーす!」

 

(おいおい……大法螺吹き広げすぎだぜ」

 

『少年探偵団に、おまかせー!』

 

その写真は新聞の一面に大きく乗せられ、その新聞を読んだ時、修斗はあからさまにホッとした様子を見せた。そしてその北星家とは違う場所では、その新聞を見てニヤリと悪どい笑みを浮かべる男がいたのを、この時はまだ誰も知らなかった。

 

そして少年探偵団と言えば、表彰帰りに小五郎の奢りでレストランに来ていた。子供3人は遠慮なく食べ、口元を汚していたが、この場で小五郎家に住んでいるわけではない咲だけは、流石に遠慮し、パフェとオレンジジュースだけ頼んでいた。

 

『ごちそーさまでした!!』

 

「たくっ、めいいっぱい食いやがって。遠慮というものを知らんのかオメー等は」

 

小五郎がレストランに来て歩美達に食べさせているのは、そもそもは目暮の言葉が原因だ。目暮からお手柄の探偵団達にご馳走でもしてやってくれ、と言葉を貰わなければ、まず小五郎は奢ることはなかっただろう。

 

「ちぇ、今月の小遣いこれでパーだ」

 

レストランで代金を払い、そのまま全員で帰る途中、蘭がまた探偵団を褒め始める。

 

「でも凄いわね!余罪50件の強盗を捕まえるなんて!」

 

「宝石店のお客さんで怪しい人がいるってコナンくんが見つけたの!」

 

それはただの偶然ではあったが、しかし手柄は手柄である。その結果に変わりはないのでコナンは少しだけ笑みを浮かべていた。

 

「これで依頼者がドンドン増えるな!」

 

「はい!事務所も開けたりして!」

 

その時、咲の耳にだけ車のエンジン音が聞こえて来た。そこで立ち止まり振り向いた咲に気付き、コナンが咲に声をかける。

 

「咲、どうした?」

 

「いや、後ろから車のエンジン音が……」

 

その瞬間、距離が離れかけていた赤い車がスピードを上げてコナン達に向かって来た。そこでコナンが全員に車が来たことを注意した時にはもう遅い。避けそこねた歩美が轢かれ、赤い車はそのまま去っていく。

 

「歩美ちゃん!!」

 

「車のナンバーは新宿33、なの33-96……」

 

「轢き逃げだわ!」

 

小五郎は蘭にこの場にいるように指示し、指示した本人は警察と救急車に連絡をしてくると言う。そしてコナンは車を追うためにスケボーに乗った。が、其処に光彦と元太も乗る。

 

「えっ?」

 

「何も言うな!コナン!!」

 

「警察だけに任せられませんよ!!」

 

その言葉にコナンは了承し、シッカリ捕まっておくように言うと追跡を始める。その様子を見ていた咲は思う。

 

「……この場合、私を連れて行った方が良かったんじゃないか?」

 

しかしあの2人が乗ったのを見た時点で定員オーバーだと察した咲が自ら引いたので、本人からはそれ以上、何も言えなかった。その呟きを聞き取ることなく追い続けるコナン達だが、車が角を曲がり、一時的に視界からいなくなった。

 

「左に曲がりましたよ!」

 

「スピード上げねーと見失うぞ!!」

 

「分かってるって!」

 

その会話をしながら更にスケボーの出力を上げて追跡する。そして角を曲がった時、コナンは赤い車が止まっていることに気付き、それに疑問を持つ。しかし光彦と元太は違う。これに疑問を持つことなくチャンスと捉えたのだ。

 

「車が止まってます!」

 

「撒かれたのかと思ったぜ!」

 

そこで車がエンジン音を響かせ、また走り出す。そしてまた角を曲がり、少ししてコナン達もまた角を曲がった時、車がまた止まっていることに気づいたコナンは更に疑問を持つ。逆に光彦達は車のエンジンの調子が悪いと捉えたが、そんな訳がない。

 

(カーブの度に停車。まるで俺達が追い付くのを待ってるようだ)

 

そしてまた距離が縮んだ時、車は走り出す。

 

「また走り出したぞ!おいコナン!もっとスピード上げねーと逃げられちまうぞ!」

 

そして車の後を追い続けたとき、とある道で車を見失ってしまった。

 

「おい、車が見えねーな」

 

「今度こそ撒かれたんじゃ……」

 

「探すんだ!!」

 

3人が走って車を探し出した時、道の左側に建てられていた『石倉工業』という工業に元太は目を向けた。

 

「お、おい!此処に隠れたんじゃねえのか?」

 

それを聞き、光彦が工業の中に入ってあたりを見るが、車が入れるようなスペースはないことが分かった。

 

「それに、休みみたいです。この工場……」

 

そこで裏へと回ってみようとコナンが指示し、それに従って裏へと3人が回る。しかし裏へと回るための道は舗装されておらず、泥となっていた。

 

「うわ、ヒデー道!舗装なしかよ!!」

 

元太はそう文句を言いながらもキチンと後を追う。すると車の通った跡を見つけ、その道の先へと出れば、左へと曲がった跡が見つかる。コナンはその後の方へと視線を向けたが其方は階段。まず車が通ることは出来ないと判断し、車線の方へと向ける。しかし車の姿はない。

 

「いねーな……」

 

「彼処にタバコ屋さんがあります!聞いて見ましょう!」

 

そこで唯一開いていたタバコ屋さんに向かい、そこの店番をしていたおばあさんに話しかけた。

 

「おばあさん、今赤い車が通らなかった?」

 

「さぁて、2、3台の車は通ったかのぉ」

 

「スポーツカーですけど……」

 

「車のことはさっぱり……」

 

そこで店の電話が掛かり、お婆さんはそれに手を取り話し出す。

 

「はいはい。……おお、大家さんかい」

 

話し出したことでもう話を聞かないと悟ったコナン達。すでにこの道に来て3分は経った。その時間ならすでに逃げ切ってもおかしくない。それにコナンは悔しそうに顔を歪める。その時、道の先に赤い車を発見し、それに元太と光彦は少し興奮気味に口に出す。

 

「ああ!道の先にあの赤い車がありますよ!!」

 

そこでまたコナンのスケボーに乗り、追跡を再開させる。

 

「逃したかと思ったが、ツイてるぜ!」

 

しかしコナンはそうは思わない。思える訳がない。

 

(いや、今までとは違う!さっきまで彼処に車はいなかった。……バックで戻った?何のために?)

 

考え事をしながらも後を追い続ける。

 

「今度こそ捕まえてやる!」

 

「逃しませんよ!!」

 

そしてしばらく鬼ごっこを続けた時、ようやく後少しで車に追いつける距離となった時、赤い車が急ブレーキを掛けた。それに驚くがスケボーに急停止のスイッチはない。そのままトランクにぶつかってしまった。コナンは頭を痛まだ抑えるが、しかしたどり着いた場所に声を上げた。この車が止まった場所、それは米花交番だったのだから驚くなという方が無理だ。

 

「こ、ここは……」

 

「交番……」

 

そこで車から運転手が扉を開き、降り立ち、警官に両手を差し出す。

 

「お巡りさん、俺を逮捕してください。轢き逃げをして来ました」

 

その自供に警官と3人は驚く。

 

「じ、自首……」

 

その事を3人は米花中央病院の廊下で話をしていた。

 

「その人は、歩美ちゃんを跳ねて一旦は逃げようとしたんだけど、罪の意識から自首しようって考え直したんだそうです」

 

元太は拍子抜けだと言う。もっと少年探偵団のパワーを発揮したかったのにとも言うが、歩美の顔が晴れることはない。その間、コナンはずっと考え続けていたのだが、そこで蘭に声をかけられ、意識を現実に戻す。

 

「う、ううん!別に……それで、歩美ちゃんの怪我の方は?」

 

「幸い、擦り傷だけで済んだ。入院しなくても大丈夫だそうだ」

 

それに光彦達が安心し、励ましの言葉を投げかけるが、歩美は良くないと言う。

 

「折角コナンくんから貰った探偵団のバッチ、無くしちゃったんだもん」

 

「跳ねられた時に落としたんですね」

 

「警察の人に聞いたけど、無かったって」

 

それを聞き、また博士に作って貰うとコナンが言えば、歩美の顔色がようやく晴れ、嬉しそうな表情を浮かべる。それに咲がようやく安心し、ホッと息を吐き出す。

 

「ありがとう!だからコナンくんって好き!」

 

そのナチュラルな告白の言葉に光彦と元太が嫉妬の視線をコナンに向ける。

 

「汚ねーぞコナン」

 

「物で気を引くなんて、卑怯者」

 

その言葉にコナンは苦笑い。別に彼は引きたくて引いた訳ではないのだ。そんな時、小五郎がコナン達の元に歩いて来た。

 

「おい、お前達!直ぐに俺と共に4丁目の工場へ行くんだ!警部殿が待っている!」

 

その言葉の意味をこの時、まだよく知らなかったコナン達は首を傾げていた。

 

「4丁目の工場って、車を追ってた時に通った道の所ですよね?」

 

「そこがどうしたの?おじさん」

 

「そこの工場で人が死んでいたんだ。殺人らしい」

 

その言葉にその場の全員が目を見開いた。コナン達は直ぐにその工場へと小五郎に続いて赴けば、現場の前で待っているように言われる。そして小五郎だけが入れば、その場には目暮と彰がいた。

 

「警部殿」

 

「おお、来てくれたか!早速だが、こう言う状況でな……」

 

その目暮の視線の先には、背中からナイフで刺された遺体が倒れていた。

 

「被害者はこの工場の社長『石倉 久志』さん、50歳だ」

 

「こりゃ、物取りですな」

 

小五郎がそう断言したのは、金庫が開き、物が出されていたからだ。

 

「俺達も一応、強盗殺人の線で捜査を進めてます」

 

「今日は工場は休みなんだが、石倉さんは1人で製品のチェックに来ていたらしい」

 

その間にコナンは現場に入っており、遺体のチェックを始めていた。

 

(口と手首に粘着テープの痕……ってことは縛られていた。だが何故それを剥がして行ったんだ?)

 

そこまで考えた時、コナンは後ろから小五郎に口の端を両手で引っ張られ、現場をチョロチョロするなと叱られる。それに謝りながら裏口から外へと出れば、あのタバコ屋の前に出た。

 

(裏口はタバコ屋のお婆さんの斜め前か……)

 

その間に事件の詳細の説明が高木から話される。

 

「え〜、詳細は解剖待ちですが、死亡推定時刻は1時間前といったですね」

 

それに光彦が反応する。

 

「1時間前ならちょうど此処を通った頃です!」

 

「間違いねえ!」

 

「やっぱりか!その時、不審な人物は見なかったかね?」

 

それに元太は考えようとするが、しかしその時には轢き逃げ犯を3人は追いかけるのに夢中だったのだ。しかしそこで元太が写真立ての一つに視線を向け、その轢き逃げ犯を見つけた。その轢き逃げ犯がいたのは、どうや会社の人が全員集まって撮られた集合写真のようで、その真ん中から左後ろにて顔を少しバツの悪そうな顔で背けている男性。その男性は確かに歩みを轢き逃げした男だった。

 

「なんだって!?本当かね?」

 

「間違いないよ!」

 

元太はその轢き逃げ犯が犯人ではないかと疑う。しかし光彦はただの偶然だというが、彰は全く納得しない。子供の戯言だと思っているわけではなく、彼の中で違和感が大きくなっているのだ。

 

(轢き逃げとこの殺人……本当にただの偶然か?……それとも……)

 

しかし小五郎は光彦の言葉に当たり前だという。轢き逃げして逃げている時に強盗殺人などしないと断言する。しかしとりあえずはと米花警察署に連行された轢き逃げ犯『宍戸 健一』にアリバイを聞くことにした。

 

「その時なら、子供達に追いかけられて、工場の裏を過ぎたカーブで車がエンストしたんです。だから、工場の裏口になんか止めてません。ましてや殺人なんて……偶然ですよ」

 

それをマジックミラー越しに聞いていた6人。

 

「あの人は元従業員で、先月、素行不良で解雇されたんだ」

 

「まさか警部殿!」

 

その目暮の言葉にやはり健一が犯人だと元太は言う。確かに怪しいのは怪しいが、しかし今の状態では証拠などない。それに、まず犯行は不可能なのも事実なのだ。そう、彼は子供達に追いかけられたと言うアリバイがある。しかも工場の表には探偵団の3人がいた。

 

「でも警部殿、子供達が見失ってる間に裏から入ったのかもしれませんよ」

 

「だがな、裏口の所にあるタバコ屋のお婆さんが証言しているんだ。車はどこにも止まっていなかった、と。何しろ、工場の裏口のすぐ近くだからな。信用できる証言だ」

 

それに小五郎は唸り、やはり偶然だと片付けた。それにスッキリとしないのはコナンと彰。

 

(いや、そんな訳ないはずだ……)

 

(この二つの事件の裏には何かある!俺達が気付いてない、とんでもない何かが……)

 

そこでコナンは一時的にその場を離れ、元太と光彦を連れて工場を探る。

 

「おいコナン、まだ何かあるのかよ……」

 

「歩美ちゃんの家へお見舞いに行きましょうよ……」

 

その2人の言葉にコナンは先に行くように言えば、光彦はその提案を断った。

 

「いいえ!少年探偵団のチームとしては常に行動を共にしないと!」

 

「……俺はその前にジュースが飲みたいぜ。喉が渇いちまった……」

 

「ジュースならそこにありますよ。ほら!タバコ屋さんのところに!」

 

2人はジュースを買いに駆けていくが、コナンは考え事をしながら歩く。そしてタバコ屋の前を通った時、またお婆さんが電話で会話をしていた。その会話を聞いた途端、コナンにはとある仮説が浮かび、それを確かめるために、電話をちょうど終えたお婆さんに話しかける。

 

「ねえねえお婆さん!工場で事件があった頃、間違い電話なかった?」

 

それにお婆さんは首を傾げて考えるが、確かにその時、二回も間違い電話があったとの証言を得ることができ、コナンは確信する。

 

(思った通りだ……。確か脇道のところに……)

 

そこでコナンはお婆さんにお礼を言って1人で裏へと回る道に戻り、工場の壁を確かめる。その時に光彦と元太もコナンの様子がおかしいことに気づき、近づいて来た。

 

「どうしたコナン?」

 

そこでコナンは元太に肩車を頼み、それに2人はキョトンとなるが、しかしその頼み通り元太はコナンを肩車し、コナンはそこに付けられた窓から中を覗く。

 

「何かあるんですか?」

 

(やっぱり!思った通りだ!)

 

コナンがその中に見つけたのは、車庫に入れられた赤い車だった。その時、光に反射して光る物に気付き、コナンはニヤリと笑う。

 

(そうか、あんな所に!)

 

そこまで推理すればあとは謎解きショーの開幕だ。まずコナンは小五郎の声を使って健一を連れてくるように目暮に伝え、次に小五郎に目暮の声を使って工場に至急来るように伝える。そして小五郎が現場へと入って来て目暮を探しキョロキョロ辺りを見渡し出した。

 

「警部殿、どこです?」

 

「「お待ちしてました〜!」」

 

そこで光彦と元太が笑顔を浮かべて小五郎を出迎え、それに小五郎は怒鳴る。こんな所で何やってるのか、と。しかし2人は笑顔のままだ。

 

「目暮警部殿ならすぐ来ますよ!」

 

「それまでこちらでお待ちください!」

 

その2人のあからさまな演技に小五郎は気付かず、テーブルに用意された飲み物を手に取り、飲もうとした。その瞬間、隠れていたコナンが小五郎の首元に向けて麻酔針を撃つ。その眠気に小五郎は耐えきることは出来ない。

 

「せめて……一口飲んでから、来て欲しかった」

 

そのままガックリと眠った。そんな小五郎に元太と光彦はコナンから伝え聞いた通りだと感心する。

 

「へ〜、コナンの言った通りだぜ」

 

「事件現場に来た途端、眠りの小五郎になりましたね」

 

「空き缶に水入れといてもバレないはずだよな!」

 

そして2人はコナンに次の指示を仰ぐ。そこでコナンは小五郎の声を使うことにした。

 

「コナンから話は聞いている。あとは引き受けた」

 

それに2人は引き下がりたくないというふうに声を出すが、2人の出番もあるから心配するなと言えば、2人は喜び、良い子の返事で引き下がった。そこから少しして目暮が健一を連れてやって来た。

 

「毛利くん、来たぞ。それでどういうことかね?」

 

「それは、宍戸さんがよく知ってますよ」

 

それに宍戸は何故俺がと言う。

 

「貴方は今日、1人の少女を車で轢き逃げした。そして、其処にいる子供達に追われるまま車を走らせ、ここに差し掛かった。貴方がよく知る……いや、恨みを持つ石倉さんのいるこの工場に!」

 

「だから、何のことです?」

 

「ほー?やはり言わせますか。私に。……石倉さんを殺したのは宍戸さん!貴方だ!!」

 

その言葉に全員が驚く。これには彰も少なからず驚いた。こんな短時間で、この探偵はどうやって証拠を集めたのか、それに考えが行き出そうとしたがすぐにその思考を堰き止め、現実へと戻す。

 

「おいおい、何を言い出すんだ!彼の、少なくとも殺人については白ということになったじゃないか!」

 

「そう。『逃走中に実行は不可能』ということで疑いも晴れました」

 

そう、それが原因で彰も頭の中に違和感を燻らせたままになっているのだ。それをこの探偵はどう解いたのか、彰は注目しだした。

 

「そうとも!証人だってそこにいるじゃないですか!」

 

健一はそう子供2人を見ながら言う。しかしコナンはそれを最初から仕組んだのだという。

 

「少年探偵団を証人にすることこそが計画だとすれば……」

 

それにまた全員が驚きの表情を浮かべる。

 

「な、なんだって!?どういうことだ!!」

 

「警部、小五郎さんが言いたいのはつまり、歩美ちゃんを轢き逃げしたのが、この殺人のカモフラージュをする為……そう言いたいんですよね?」

 

その彰の言葉にコナンは肯定を返す。その言葉に健一は密かに額に焦りの汗を浮かばせる。しかしそのことに誰も気付かない。

 

「ま、まさか!そんな事が出来るのか!」

 

「コナンの話では、カーブの所で不自然なくらい度々、徐行してくれたので見失うことはなかったと」

 

その証言で、確かにそれはカモフラージュの為だと考えなければおかしいものだと彰は理解した。一度ならばいざ知らず、何度もとなるとおかしいと思っても仕方ない。

 

「なるほど。確かにそれは、自分を追わせる為だと考えれば……」

 

「ええ、説明がつきます」

 

「車は本当に調子悪かったんだ!」

 

「そうだぞ、彰くんと毛利くん。彰くんは知ってるだろう?押収した車は確かに、プラグがかぶっていてエンジンは不調だった」

 

「警部、その程度のものなら素人でも細工できますよ」

 

その彰の回答に健一は挑戦的な笑顔を浮かべる。

 

「良いだろう。もしそうだとしても、俺にはアリバイがあるんだ。完璧なアリバイがな」

 

それは確かに、彰には崩せない。彰には知らない話もあるのだから。しかしコナンは違う。轢き逃げの話も、殺人の話も、全ての情報が手に入っているコナンには、この事件の全容を理解出来た。

 

「そう、子供達が見失った3分間を除いてね」

 

それに健一は笑う。3分では何も出来ないと更に主張するが、コナンは十分だと答えた。それも、ここに入り込むにはとも言う。

 

「ふん!馬鹿馬鹿しい!裏口に車を止めれば、タバコ屋の婆さんが目撃するはずだ!」

 

「ほー?よくご存知ですな?」

 

「俺はここで働いていた。知ってて当然だろ」

 

「なら知ってるでしょうな?あの店の電話番号を」

 

それに健一はウッと呻いた。そして何を言っているのか分からないと惚けた。

 

「裏口には車を止めなかった。歩いて貴方は此処に入ったんだ」

 

それに健一は更にウッと詰まらせた。

 

「じゃあ、車はどうしたんだ?どうやって!」

 

そこでコナンは小五郎の声で自身を呼び、コナンは後ろから姿を表す。それに光彦と元太はどこに言っていたのだと声を掛けた。それに対して「そんなことより」と言い、肩車した倉庫に目暮達を案内するように指示を出す。

 

「あの倉庫に?」

 

その指示に従い、倉庫へと案内する。その倉庫のシャッターを彰が上げれば倉庫の中にはあの轢き逃げした車が止められていた。

 

「こ、この車は!?」

 

「轢き逃げの車と同じだ!」

 

「ナンバーもピッタリです!」

 

その車を外に出し、警官達が観察する中、目暮が健一に顔を向ける。

 

「宍戸さん、なぜ轢き逃げした車と同じ車が此処に存在するんです!」

 

それに健一は抵抗するように知らんと答えれば、代わりにコナンが答えた。

 

「多分、盗難車を改造したんでしょう。板金塗装の工場で働いていた宍戸さん。貴方なら簡単だったはずです。まず貴方は工場の事務所に、麻酔か何かで眠らせた石倉さんをガムテープで縛り上げ残しておき、改造した車に乗って轢き逃げを実行したんです。子供達が追って来られるように時折止まったり、進んだらしながら、貴方は巧みに子供達を工場前まで誘導すると、倉庫に車を隠した。続いて、タバコ屋のお婆さんに携帯から電話をかけ、お婆さんが通りに背を向けている隙に通過し、裏口から事務所に入った。すぐに石倉さんを殺害して粘着テープを回収し、強盗殺人に見せかけた。……おそらく金庫は先に荒らして置いたんでしょう。事務所から抜ける時は再びタバコ屋のお婆さんに電話した。そして隠してあるもう一台の車のところに急ぎ、車を出してカーブで子供達を待った。勿論、その車はプラグに細工をし、エンジンを調子悪くして置いた、ナンバーも本物の自分のクルマだ」

 

その説明に元太と光彦は感心した様子を示す。しかし健一はそれに激昂した。

 

「ふざけるな!!俺が轢き逃げしたのは押収された車だ!!そうじゃないという証拠がどこにある!!」

 

そこでコナンは高木に指示を出す。

 

「高木刑事、押収した車には泥水が跳ねた痕はあったかね?」

 

「ど、泥水?」

 

「いえ、洗車したようにピカピカでした」

 

それで彰は理解し、ニヤリと笑う。

 

「なるほど。工場の横には水溜りがあったな」

 

「そうです。そこを車が通過すれば、泥が跳ねて車体に付着する筈だ」

 

そこで目暮がすぐに車の近くに待機させた警官に跳ねた痕があるかを聞けば、確かにボディの下の方に泥水が跳ねた痕があった。

 

「知るかよそんなこと!俺の車の泥は走ってるうちに落ちたんだ!」

 

「いや、普通走ってるうちに洗車された後のように綺麗になるわけがないだろ」

 

「俺のはなったんだよ!!」

 

その健一の滅茶苦茶な言葉に彰は呆れてものも言えなくなってしまった。走っただけで泥水が取れるなら洗車機など、全てのガソリンスタンドに設置しなくともよくなるだろと思ってしまったのだ。

 

「探偵さんよ、アレが轢き逃げした車だってんなら、それを証明してみろよ!」

 

健一はそれは無理だろという心持ちで言えば、コナンはその勝負になることにし、また小五郎の声で自分の名を呼び、後ろからまた現れ、光彦に声をかける。

 

「おい光彦!バッチで歩美ちゃんを呼ぶんだ!」

 

「えっ?バッチで?でも、歩美ちゃんはバッチを失くしたんですよ?」

 

「いいから呼んでみろよ」

 

その言葉に背中を押され、バッチで歩美を呼び出す。勿論、持ち主がいないのだ。どこかに失くなってしまったバッチが反応することはないだろと光彦は思うが、しかし予想と反することとなる。

 

「もしもし歩美ちゃん?聞こえますか?聞こえたら返事してください」

 

その光彦の声は、外の車からも聞こえ、近くの警官がその声の場所へと行けば、車からバッチを見つけた。

 

「警部殿!車からバッチが!!」

 

「なにっ!?」

 

それはこの世で今の所、五つしかない探偵団バッチ。何処にでも売られてるものではない。

 

「それは!?」

 

「ああ!歩美のバッチだ!!」

 

「轢き逃げされた時にポケットから落ちて引っかかったんですよ!!」

 

それに健一はついに何も言えなくなった。そんな健一にコナンはトドメを刺しに行く。

 

「俺達を自分のアリバイに利用するつもりが、自分の罪を立証してしまったようだね」

 

そこで健一は膝をつく。この事態に、彼は認められないままに事件は終幕を迎えた。

 

その後、歩美のバッチは公園でコナンからの手渡しで戻ってきた。歩美はそれにいたく感激し、コナンの頬にキスを一つあげた。それにコナンは頬を赤くし、咲はニヤニヤと笑い、光彦と元太は嫉妬の視線をコナンに向ける。そしてコナンが投げた時、元太と光彦も追い、歩美がキスしたところにキスさせろとまで言いだした。それには流石に咲も苦笑いを浮かべていたのだった。




ちなみに次回もまた少年探偵団の話です……やっぱり多くなるな〜……

それでは!さようなら〜!


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第13話〜帝丹小七不思議事件〜

それは、授業中での会話が始まりだった。

 

「この学校が呪われてる?」

 

「ああ。マジだぜマジ」

 

「もう学校中で噂になってますよ」

 

「どうせよくある『学校の七不思議』ってやつだろ?『勝手に鳴るピアノ』とか『一段増える階段』とか」

 

それに光彦はそんな子供騙しではないと断言する。その根拠は一週間前の早朝、ある生徒が美術室に入ったとき、美術室にある大きな絵が大好きな子で、毎朝眺めに行っていたらしい。そんなとき、彼女は見てしまったのだ。学校にある8体の石膏が彼女の方を睨む異様な光景を。

 

「どうです!ミステリアスでしょう?」

 

光彦が顔色を青くしてそう語れば、コナンはそれを偶然と片付ける。しかしそれはその子だけではなく、この学校、最近、生徒の数が減ったのだ。それは風邪が流行っていると聞いていたコナンはそう伝える。それが現実的な問題であり事実ではある筈なのだが、光彦はそれはもしや石膏像の呪いにかかったのではと言う。しかしそれに元太はそんなの怖くない、自分の聞いた話の方が怖いと語る。それは保健室にある人体モデル、それが4日前の夜、学校の廊下をものすごいスピードで走っていたらしい。コナンも意外と聞いてた咲もそんな訳ないだろと呆れた顔を浮かべるが、そこで元太が歩美にも話しかける。

 

「おい歩美!オメーの話も聞かせてやれよ!」

 

「え、歩美ちゃんもなんか見たの?」

 

「う、うん……」

 

コナンの質問に、歩美らしくない元気のない返事を元気のない顔で返す。それに咲は首を傾げたが元太はそれに気づかず、少年探偵団が早く調べないと大変なことになるとコナンに身を乗り出して言ったところで彼の頭に衝撃が走る。元太はその痛みにすぐに気づき上を向けば、其処には担任の『小林 澄子』が指示棒を持ってとても怖い顔で立っていた。

 

「大人しく先生の授業が受けられないのなら、今すぐ帰りなさい」

 

そのまま小林は前へと歩いて行き、福本という生徒に次を読むように言う。怒られた元太は不機嫌そうな顔を隠しもせずに小林に文句を言う。

 

「なんだよ、鬼ババア。あーあ、前の戸谷先生の方が良かったなぁ。優しくてよ」

 

「仕方ないですよ。戸谷先生は結婚して退職しちゃったんですから」

 

「やってらんねーぜ」

 

そんな元太に咲は苦笑い。彼女は既に担任が小林の時に来たのでその戸谷先生は知らないが、小学生のうちからアレだけ怖い先生にあったなら、中学に行っても慣れて問題なく過ごせるだろうとさえこの時は思っていた。その間のコナンは歩美の様子が気になり、そちらに視線を向けていた。そしてその元気のなさが気になり、掃除時間の時に理由を聞いてみれば、彼女は変な人を見たらしい。

 

「変な人を見た?」

 

「うん、3日前の夜、この教室で」

 

「なんで夜に学校なんか来たんだよ」

 

「だって、心配だったんだもん。お魚さん」

 

彼女が言う『魚』は教室にて飼われている魚のこと。彼女が学校に来たのはその日、餌を与え忘れてしまったことが原因だった。

 

「私、お魚さんが元気か気になって来てみたの。そしたら、誰かいたのよ、この教室に!真っ白なマスクを付けてウロウロしてる不気味な人が!」

 

その人の顔を見たのかと聞けば、声も籠っておりよく分からなかったらしい。しかし怒っていたようではあったと言う。

 

「どうして先生に相談しないんだよ!」

 

「言ったよ!近所に住んでる教頭先生に!……調べてくれるって約束したもん」

 

「で、教頭はなんて?」

 

「それが……」

 

そこで彼女は一度口籠もり、涙を目に浮かべて事実を伝える。

 

「来ないのよ!昨日も今日も学校に!!小林先生にも他の先生にも聞いたけど知らないって言うし、 ……教頭先生の家に行って呼び鈴を鳴らしても誰も出ないし……」

 

それこそ風邪で寝てるんじゃないかと元太は言うが、それなら学校に連絡を入れるだろうと光彦が言う。

 

(確か教頭は、奥さんを亡くして一人暮らしだったな)

 

「きっと……きっと私のせいだよ!私があんなこと頼んだから……教頭先生、あの変な人に殺されちゃったのよ!」

 

そこで小林先生がやって来る。既に歩美たちの声は丸聞こえ状態だったのだ。その為、静かにちゃんと掃除するように注意したあと、今日渡した授業参観の通知、休んだクラスメイトのうちに必ず持っていくように強く言う。それに返事が返って来たのを聞きながら教室を出た小林は青い顔で扉の前で何か考え事をする。そこに同じ先生仲間である『大畑 裕之』がその様子に気づき、話しかける。

 

「この学校に転任になった早々、一年坊主が相手で大変でしょうけど、もっと気楽に……」

 

「いえ、そんなんじゃありませんので」

 

小林はそう素っ気なく返してその場を去っていく。そこで大畑も廊下を歩いて行こうとしたが、そこをコナンが呼び止める。彼に聞きたいことがあるからだ。

 

「教頭先生ってどうしたか知りませんか?」

 

「えっ?」

 

その質問に大畑は目を丸くし、驚き、言葉を濁す。

 

「そ、それは……さ、さあね?二日間、無断欠勤されてるみたいだけど、そのうち出て来られると思うよ?」

 

そう伝えたあと、走り去ってしまった。その後ろ姿を見て、少年探偵団5人全員が疑問に思う。

 

「……アレは何か隠してますね」

 

「くそっ。どいつもこいつも感じ悪い先公ばかりだぜ」

 

そこでイラつきの発散として壁を蹴った時、なだめる声がかけられる。

 

「これこれ、むやみに校舎を蹴るでない」

 

そう声をかけたのは黒髪に黒髭のお爺さん、この学校の校長『植松 竜司郎』だった。彼は優しく校舎の壁を撫でながら、子供達にも優しく語りかける。

 

「この校舎もはや30歳。その間、ずっと苦労を分かち合ってきた、謂わば儂の分身じゃ。もっと労ってくれんかの?」

 

そこで去っていく校長にコナンは同じ質問をすることにした。

 

「あの、校長先生は知ってますか?教頭先生のこと」

 

そこで校長は足を止め、振り向く。

 

「ふっ、隠し事はいつか暴露る。確実に運がなかった……天命じゃよ」

 

その言葉の意味を子供達は理解することができず、そのまま見送ることとなった。しかし子供達もそのまま引き下がることは出来ない。その日の夜、少年探偵団全員で夜の学校にやって来たのだ。

 

「おうし!分かってるなオメー等!」

 

「おう!僕達、探偵団はこの学校で起こった数々の謎を解き明かすために!」

 

「これより、この校舎に突入しちゃいます!」

 

それを聞いていた咲は溜め息を吐きながら携帯の電源を落とす。先にメールを修斗に送っており、その返信が今先ほど返ってきたのだ。『今から学校の七不思議を解決をしてくる』と送ったその内容の返信は、一言『分かった』だけ。彼も心配はしているだろうし、もしこれが咲を入れて子供4人ならまず間違いなく止めたことだろう。しかしコナンがいると言うなら話は別だ。修斗は彼を信頼し、信用している。だから引き止めることをしなかった。そしてそれを咲も理解している。なぜ人間不信気味のあの修斗がそれ程までに信用しているのかを理解することはまだ出来ていないが、しかしその一端に触れる事は既に出来ているのだ。

 

咲がそんなことを考えている間にコナンは帰る前に開けておいた窓を開き、1人で中に入り、窓の鍵を閉める。しかし開けた時の音でまず咲が気付き、鍵を閉めた頃に他3人が気付き、コナンの元へとやって来る。しかし入ろうにももう窓は閉められ、入らない状態になってしまった。

 

「あけてよ!コナンくん!」

 

「開けろよ!こら、こら!」

 

「開けてください!!」

 

「あぶねーから早く帰りな」

 

「いやそれならお前も……」

 

その時点でコナンは辺りを一度キョロキョロと見渡し、3人の少年探偵団は近くにあった大きな岩を3人で抱え上げ、窓を破ろうとしていた。それを見て慌てて声を出す咲。

 

「いやいやいや!?そんなもの使おうとするな!!もう諦めて帰ろう!!」

 

「諦めて帰れるわけねーだろ!!絶対に解決してやるんだ!!」

 

そんな3人の姿にコナンも気づき、ギョッとする。しかしこのままでは窓を割ってでも入ろうとするだろう事は想像に難くない。コナンは4人を入れることを決め、学校のガラスは延命出来たのだった。

 

そして今は5人揃って夜の校舎を歩いている。

 

「夜の校舎って不気味だよな〜」

 

「ほんと!ドキドキしちゃうね!」

 

「皆んなには内緒ですね。こんなの先生にバレたら……」

 

「いや、もうバレてると思うぞ」

 

先の言葉に3人が振り向くと、咲は苦笑いしながら脱いだ靴を掲げてみせる。

 

「靴の泥、落とさないと足跡がな……」

 

それで子供達3人もようやく気付き、靴を洗い始める。その間、コナンと咲は話をしていた。

 

「なあ咲。お前、暑くねーの?」

 

「ん?なんでだ?」

 

「いや、お前だけだろ?クラスの中、先生を退けてたった1人、黒い長袖のカーディガン着てんのは」

 

それに咲は苦笑いを浮かべる。

 

「まあ、暑いといえば暑いんだが、これは薄いものだから風通しもいいんだ。案外、快適だよ」

 

「ふーん、紫外線とか気にするタチなのか?」

 

「いや、あまり。ただ、一年の中で殆どを長袖で過ごしているから、日焼けすること事態が少ないんだ」

 

「……なあ、なんでそんなに長袖着てるんだ?」

 

その問いに、咲は答えれない。いや、答えたくないのだ。

 

答えてしまえば最後、自分が本当は大人である事も話さなければならない。そこをなんとか逃れたとしても、最大の理由を話してしまえば、周りは必ず自分から離れていってしまう。そう彼女は思っているのだから。

 

「……すまないが、その質問には黙秘をさせてもらう」

 

「……そうかよ」

 

其処で漸く洗い終わったようで、光彦と元太が近づいてきた。それにコナンと咲は気付き、歩き出す。そこで歩美も気付き、走って光彦達の後を追う。その時、彼女は水を出しっぱなしのまま走り去ってしまったのだが、その水は程なくして蛇口を閉められ、止められた。

 

探偵団が最初に赴いたのは美術室。そこで元太が灯りをつけようとしたがそれをコナンと咲が止める。

 

「灯りをつけるな!」

 

「そうだ。灯りをつけたら俺たちがいる事がバレちまう……たく、懐中電灯ぐらい持ってこいよ」

 

そう言ってコナンと咲は持って来た懐中電灯を点け、光彦もそれに習い、持ってきていた懐中電灯を点ける。

 

その時に一番に光に浮かんだのは石膏像だった。

 

「あ!あったよ!石膏像!」

 

コナンはその石膏像に近付き、観察する。すると像と机の接点に印が付けられていた。それを見て、コナンは光彦の話がただの噂ではないことを理解した。其処で視線を少し上にあげた時、像の額にセロハンテープが貼られていることに気付き、それを手に取る。その間、咲は人の足音を耳に拾うために1人だけ目を瞑って立っており、3人は美術室の中をキョロキョロ見渡し、何もないと決め次に行こうと決める。其処で光彦が保健室と提案を出したことで、5人は保健室にやって来た。

 

「例の動く人体モデル、人体モデルと……」

 

其処でキョロキョロと探すが人体モデルは見つからない。

 

「変ですね。見当たりませんよ」

 

「まさか噂どうり走って廊下を……」

 

光彦と元太は其処で歩美と少し離れて探し、歩美はシーツが掛けられた『何か』を見つけ、それを引っ張る。すると其処から人体モデルが現れた。

 

「ウワァーーー!」

 

歩美はそれに驚き、泣き叫びながら保健室から出て言ってしまう。それにコナン達も気付き、歩美の後を追って行く。歩美が無我夢中で走った時、階段のすぐ横を曲がったところで何かとぶつかり、倒れた。その表紙にその箱からいくつか物が落ちたが、それはどうやら人形劇用の人形のようだった。

 

「歩美、大丈夫か?」

 

其処で追いついた元太が声をかけ、歩美もそれに頷く。

 

「でも、ハンカチ何処かに落としちゃった……」

 

「ん?それなんだ?」

 

元太は其処で人形に気付き指を指す。歩美の近くに落ちていた人形はどうやら鳥のようで、歩美はそれを抱き抱える。

 

「お人形さんよ!」

 

「うわぁ!いっぱいあるぜ!」

 

元太は大きなダンボール箱の中を覗き込み、光彦はそれがどこかのクラスが人形劇に使ったものだろうと言う。

 

(しかし変だな……)

 

コナンはそれに疑問を持ち、階段裏にある鍵が開きっぱなしの倉庫に視線を向ける。

 

(なんでこんなものが外に出てるんだ?)

 

その間に子供3人は箱の中を漁る。そこで歩美が『吉田』と名札がつけられた三蔵法師の人形を手に取る。

 

「ねえ見て見て!この三蔵法師、私と同じ名前がついてる!」

 

「僕のは沙悟浄に!」

 

「ちぇ、俺のは猪八戒かよ」

 

その猪八戒は元太が持った時に首が捥げ、そのまま床に落ち、コロコロと転がる。それに元太は怖がる。

 

「首が取れてる!」

 

「首だけじゃありません!この人形だけ何故かボロボロですよ!」

 

「お、おい!まさか誰かが俺を……」

 

それに歩美と光彦は同じ名字の誰かだろうと言うが、コナンはそれを否定する。その断定した証拠は、彼が持つ孫悟空の人形。其処には『江戸川』と名付けられていた。

 

「見ろよ。『江戸川』なんてそうザラにある名前じゃないぜ」

 

「そうだな。それに、私の名前が付いた黒猫の人形もあるわけだし……」

 

そう咲が良い、持っているのは確かに『月泉』と名が付けられた黒猫の人形。最遊記とはまた別の劇で使ったものだろうと咲は予測した。

 

「じ、じゃあこの名前……」

 

「まさか、最近生徒の数が減ってるのと関係があるっていうんじゃ……」

 

「だぁぁ!それじゃあ次に消されるのは俺かよ!?」

 

元太がそう怖がるが、光彦はそんなことないという。自分達は噂に振り回されてるだけだと。

 

「現に石膏像はちゃんと美術室にあったし、人体モデルだって保健室の中に……」

 

そう光彦が保健室の方に指をさした時、確かに人体モデルはあった。しかしそれは保健室の中ではない。ーーー保健室前廊下の窓から、光彦を見ていたのだ。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

その叫び声にさっきから耳をやられ続けた咲は眉間にしわを寄せる。まだ我慢ができる叫び声の大きさだったから良かったものの、これ以上の大声を出されては、彼女にとってはたまったものではない。しかしそれでダメージを受けないコナン達は直ぐに光彦に近寄る。そこで光彦から人体モデルのことを聞き、直ぐに窓から保健室前を見る。しかしそこには既に人体モデルなどなかった。

 

「なんだよ、どこにもいねーじゃねーかよ!」

 

「でも今本当に!!」

 

そこで漸く黒猫を抱えたままの咲がやって来る。ずっと聞こえていた声で内容は既に把握済み。さてどう行動するかと考えた時、コナンの方が先に動いた。

 

コナンは直ぐに廊下を走り保健室へと向かう。その後を元太達も追って行く。咲も追おうとしたが、その前に黒猫の人形を人形箱に乱雑に放り投げた。そしてそのまま後を追い、一番最後に辿り着いた頃には元太と歩美が怖くて見間違えたのだろうと話していたが、それは違うとコナンが否定する。

 

「この人体モデルの足元を見て見ろよ。歩美ちゃんがさっき落としたハンカチが挟まってる」

 

「なるほど。つまり、私達が保健室から出た後、その人体モデルが動いたということだな」

 

「じゃあ、その人形が勝手に……」

 

「バーロー。誰かが動かしたに決まってんだろ?」

 

コナンはそう言いながら歩美にハンカチを渡す。光彦はコナンに誰が何故そんなことをしたのかと聞けば、元太は自分達を脅かす為にと言う。

 

「ただ脅かす為なら、態々元の場所に戻したりしねーさ」

 

そこで保健室から出て行き、歩き出す。その間、5人は話をする。

 

「でも良かった!お化けのせいじゃないんだな!!」

 

「ふっ、お化けなんかよりよっぽど気味悪いぜ。こんな時間に学校でコソコソ奇妙なことをやってる人物の方が……」

 

そこで咲はバッと先ほどの保健室の方に顔を向け、走り出す。

 

「咲!?おい、どうした!!」

 

「今、私達を見る視線をさっきの保健室前から感じたんだ!!」

 

「え!?」

 

そこで保健室前に辿り着くが、そこには誰もいなかった。

 

「なんだよ、誰もいねえじゃねえかよ」

 

「いるわけありませんよ!だって僕が人体モデルを見たのは保健室の向かいの窓からですよ!犯人が僕の叫び声を聞いて、人体モデルを咄嗟に保健室に戻し、その後、ここの窓から覗いていたのなら、保健室に駆けつけた僕達と何処かですれ違ってるはずですよ!」

 

その光彦の説明は最もであり、それは咲の見間違いだと片付けられ掛けたが、それをコナンが見間違いではないと証明した。

 

「いや、誰がここにいたのは確かだ。……ほら、その窓」

 

コナンがそう言って指差したのは、先ほど咲が視線を感じた場所と同じ位置、そして大人程の高さの位置にある白く曇った部分があった。

 

「誰かが頬を窓ガラスにくっ付けて覗いてた証拠だよ!」

 

そこで子供だけでは危険だと、コナンは警備員の人を呼ぼうと提案。そこで電話を探せば、光彦が職員室にあると言う。そこで子供達はそのまま職員室の扉を開けたが、コナンは疑問に思う。

 

(どうして職員室の扉が開いてるんだ?)

 

咲がそのことに疑問を抱かないのは、彼女が18年間、一度も学校に通ったことがないからだ。組織に誘拐されてから一度も。彼女が持つその知識はすべて、その後に世話をしてくれた『先生』、その先生の死後は金髪褐色の男とその相棒だった髭の男が教えてくれたのだ。だから、世の中の常識である『夜の職員室は鍵が掛かっている』ということに彼女が疑問を抱くことはない。

 

コナンが職員室から警備員に電話を掛けた。しかし中々相手が電話を取らない。光彦はそれに何かあったのかと心配するが、コナンはそれにまた酒飲んで寝てると言う。

 

「昔っからいい加減なんだよなぁ、あの警備員のおっさん」

 

(『昔っから』……?)

 

「昔っからって?」

 

それにコナンは慌て、蘭がそう言ったのだと言い訳する。咲はその答えを素直に受け取ることが出来ない。そう、このコナンの言葉で、彼女の中で疑惑が大きくなる。

 

(……まさか、こいつ!)

 

(ははっ、まさか俺がここの小学校の卒業生だなんて、言えねーよな)

 

そこでコナンは悩む。まだ事件も起きていないのに警察を呼ぶわけにもいかない。そこで次に連絡したのは毛利探偵事務所。その電話はすぐに出られたが、取ったのは酔っ払った小五郎だった。

 

『はいぃ、探偵事務所ぉ……』

 

「あ!おじさん?」

 

『お?コナンか!今どこだ?蘭が心配してたぞ?』

 

「帝丹小学校だよ!ちょっと今から来てくれない?」

 

『学校に来いだとぉ?バーロー!俺はもう小学校は卒業しちまったよ!』

 

「だからー!今すぐ来て欲しいんだよ!蘭ねえちゃんと一緒に!」

 

『おーう!了解しました!』

 

小五郎はそこで切る。コナンは次に咲に顔を向ける。

 

「なあ、修斗にいちゃんってこの時間、仕事してるのか?」

 

「え?……いや、急な仕事がない限り、この時間は家で寛いでるはずだが……」

 

それを聞き、今度は修斗に電話をかける。その電話は2コール目で取られた。

 

『もしもし、修斗ですが』

 

「あ!修斗にいちゃん!」

 

『……坊主?お前、咲と一緒に夜の学校で七不思議の解明をしてるんじゃないのか?」

 

「そうだったんだけど、学校内に不審者がいて……」

 

『は?不審者?……取り敢えず、軽く状況説明だけ頼めないか?』

 

それを聞き、コナンはここまであった事をかいつまんで話す。しかしそれでも修斗は理解出来たようで、深い溜息を吐き出した。

 

『はぁ〜……まあだいたい理解出来た。けど俺は行かんぞ』

 

「え、なんでだよ!?」

 

『お前らを帰りに乗せるぐらいならしてやるけどな……まあその人、危ない人ではないだろうから安心したらいいと思うぞ。それじゃあな』

 

そこで修斗も電話を切り、コナンは悪態を吐きながら電話を置く。しかし小五郎達が来るまでにもう少し探ろうと決め、校舎内を走り出す。そして階段を登り始めた時、歩美が「ウキウキするね!」とはしゃぎ出す。

 

「ウキウキですか?」

 

「だってほら!なんだか夢の中にいるみたい!」

 

歩美がそう言いながら煙を蹴り上げる。しかしそれは異常な光景であり、コナンはすぐにその煙の正体を探るために駆け上る。しかしそこで次に階段の手すりから赤い何かが触れ、それに触れた元太は青ざめる。

 

「ち、血だ……!」

 

その一言が聞こえた咲はバッと元太に振り向く。一瞬、彼女の中で彼がもしや自身に触れたのではと疑ったのだが、それなら咲はすぐに気配を察知して気づくし、何よりいつも彼女に纏わり付くように見える『赤黒い液体』はただの『幻覚』であり、それは彼女自身も自覚しているもの。他の誰かに見えるものではない。なら何故、彼が見えているのかと疑問に思った時、その正体をコナンが説明する。

 

「血じゃねえよ。ただの赤い絵の具だ」

 

「……絵の具?」

 

曰く、誰が手すりの隙間を通して絵の具を垂らし、それを張り付いた紙を伝って絵の具が手すりに流れるようにしているのだと。

 

「じゃあ、この煙は?」

 

「……ドライアイスか?」

 

「ああ。理科の実験用のドライアイスを水に入れてたんだよ。階段の上で見つけたぜ」

 

「てことは、犯人は僕達を脅かして返すために?」

 

「よーし!上に行って捕まえてやろうぜ!」

 

それにコナンは無駄だと言う。どうせ逃げられてしまうと。しかし犯人がその気ならとニヤリと笑うのを見て咲は察し、耳を塞ぐ。それを見てコナンは頷き、大声を出す。

 

「わーっ!お化けだお化け!!怖いよーー!!!……ほら、お前らもやれよ。咲もだぞ」

 

それに少し戸惑う子供達だが、光彦はすぐに理解する。逃げた『フリ』をするのだと。それに乗っかり子供達は叫ぶ。そんな子供達の様子を階段の隙間から覗き見る人影が1人。それに気付かずコナン達はトイレに逃げ込む。そして少しして、元太がもういいんじゃないかという言葉を皮切りに外に出る。そこでコナンは一度時計を確認する。小五郎から連絡が全くないのだ。

 

(それにしてもおっちゃん遅いな……おっちゃん、何してんだ?)

 

その時、咲と子供3人は目の前の光景に目を見開く。その様子に気付いたコナンがどうしたと本当に不思議そうに問い掛ければ、3人がそれに声を震わせながら答える。

 

「い、いるんです、人が!」

 

「私達の教室に!」

 

「1人や2人じゃねえぞ!」

 

その言葉にコナンも目を見開く。コナンの目から見ても少なくとも10人はいる。真っ暗の中で何をしてるのかと目を凝らしてみれば、歩美がまた人物が一番前に立っていた。コナンと咲はその人物が何か棒状のものを持っていることに気づき、理解した。そこまで理解すればコナンはニヤリと笑い、廊下の壁に隠れるように屈む。そしてユックリと歩き出すと、その背中に元太からどこに行くのかと不思議そうな声で聞かれ、キザな笑顔のまま答える。

 

「決まってんだろ?犯人を捕まえに行くんだよ」

 

その言葉に3人は目を見開き、咲はジッとコナンを見つめる。この時、咲の中ではある程度、彼が『自分と同じ』状態にあるのではないかという推測が生まれていた。しかしそれは確証ではないため、コナンを観察しているのだ。そんな時にコナンが走りだし、4人もそのあとを追うように走り出す。そして昇降口前を通る。その間、3人から心配そうな声がコナンに掛けられたが、それにコナンは静かにするように人差し指を立てる。そして自分達のクラスにたどり着くとコナンは一つ咳払いをし、扉を二回ノック。それに3人は驚くが、それに気付かないままコナンは扉を開け、灯りを点ける。すると中にはあ美術室にあった石膏像、保健室にあった人体モデルが窓や後ろの棚に並べられ、あの階段下にあった人形がそれぞれの名前の席にそれぞれの名前が付いたものが置かれていた。

 

「わ〜っ!何これ?さっきのお人形さん?」

 

「他にもいっぱい並んでるな」

 

「後ろには石膏像が!」

 

「人体モデルまであるぜ……なんだ紙が貼って書いてあるぜ。父兄?

 

そこで歩美が「なんだか参観日みたい」と言い、コナンはそれに笑顔のまま答える。

 

「そう。犯人は人形を生徒に、石膏像と人体モデルを父兄に見立てて夜な夜な練習してたんだよ。来週行われる参観日の練習を、声が外に漏れないようにマスクを着けてね。……そうでしょ?教壇の中に隠れている、一年B組担任の小林先生」

 

そのコナンの声に隠れていた小林は目を見開き、3人は声をあげて驚く。しかしすぐに歩美が確認するために教壇へと走り、教壇の中で体育座りのようにして座っている小林を見つけて安心したような笑顔を浮かべる。

 

「あっ!本当だ!小林先生!!」

 

そこで小林は観念したような笑みを浮かべ、教壇から出てくる。

 

「じゃあ、位置が変わる石膏像や、走る人体モデルの噂は?」

 

「先生が毎晩此処に運んでたからだよ。走る人体モデルは、急いで運んでたのを見間違えたんだよ」

 

その説明で元太はジト目になり、その目を小林に向ける。

 

「でもよ、そんな練習する前に優しくしてくれよな」

 

「そうですよ!それよりも前にその子供嫌いな性格を直した方が……」

 

「違います。その逆です」

 

小林はそこで過去を思い出すような、懐かしむような、しかし少し悲しそうな表情を浮かべて語りだす。過去の失敗を。

 

「先生ね、好きで好きで堪らないのよ。貴方達生徒のことが。……可愛くって可愛くって、前の学校じゃ怒る気にもならなかった。でも、初めての参観日、先生、あがっちゃって大失敗。その時、ある男の子が私を茶化したら隣の男の子と大喧嘩になって、2人とも大怪我を……。だから、学校ではもうあんな事、二度とすまいと心を鬼にして自分にも生徒にも厳しくしてきたの。……でも、授業参観日が近付くとその事が頭に蘇って、いてもたってもいられなくなって……。夜にこっそり練習してたってわけ」

 

小林はそこで、元太はその時に喧嘩を仕掛けた子供に似ていたから心配で仕方なかったらしい。それに元太は苦笑い。あの元太に見立てた人形がボロボロだったのはそれが理由らしい。

 

「お陰で生徒は怖がるし、鬼ババアなんて呼ばれるし……向いてないのかな、私が先生なんて」

 

それに歩美はそんな事ないという。それに咲も頷く。彼女達は小林の良い所を知っているのだ。

 

「小林先生だけだよ?皆んなが帰った後、お花にお水あげたり、お魚さんの水取り替えてくれるの」

 

「ああ、それは私も見たな。だから、安心して良い。貴方は誰より、先生という職に向いている」

 

その2人の褒め言葉に小林は照れる。歩美はそこで光彦と元太にも声を掛ければ、光彦も他の先生はそんなことしていないと言う。元太も「鬼ババアにしては珍しい」と褒め言葉に思えない褒め言葉を言い、しかし光彦からの肘打ちを腹に食らう。

 

「要するに、いくら自分を偽っても、子供の目は誤魔化せないって事だよ。どうせ暴露てんなら、いっそ地に戻した方がいいんじゃねえな?まあ先生の場合、上がり症をなんとかする方が先だろうけど」

 

そのコナンの言葉に小林は理解してると言う。確かにまずはそこから直さなければならない。

 

「でも酷いよ先生!煙や絵の具で脅かすんだもん!」

 

『絵の具』の言葉であの階段のことを思い出し、咲は苦虫を噛むような顔をする。勘違いだったとはいえ、彼女からしたら背筋がゾッとするような思いを、あの時は本当に抱いたのだ。

 

「先生でしょ?窓越しから僕達を除いてたのは」

 

光彦のその断定するような言い方に小林は笑顔で違うと否定する。曰く、彼女は彼らを見たのは今夜が初めてらしい。何故なら、光彦の声に驚き、人体モデルを戻した後、しばらくそのまま保健室の中に隠れていたらしい。それにコナンは目を見開く。全部が全部、小林が仕組んだものだと思い込んでいたのだ。

 

「じゃあ、職員室の鍵を開けたのは?」

 

「職員室?なんのこと?」

 

(やっぱり……!)

 

コナンはそこで走り出す。そんなコナンに小林は声を掛けるが気にしていられない。コナンが目指すのは職員室。そしてその中から光が漏れていた。

 

「そこか!」

 

コナンが声を上げた時、中にいた人物は懐中電灯を掴む腕を顔の前にだし、隠そうとするが灯りで隠せていない。そう、そこにいたのは教頭先生であった。

 

「ど、どうされたんですか?その頭」

 

小林が驚くのも無理はない。普段の教頭の髪は頭にも髪は生えていたはずなのだが、今は後ろにしか髪がないのだ。

 

「こ、小林先生!!」

 

そんな教頭の姿に皆んな笑いを堪え切れず、大声で笑いだしてしまった。咲もこの時、クスクスと可笑しそうに笑っていたのだ。そう、彼ら5人を脅かして帰そうとしていた犯人は教頭先生だった。此処へ来た理由は5日前、職員室で風に吹かれてどこかに飛んで失くなってしまったカツラを探すため。その衝撃的シーンを作り出してしまったのは窓を開けた大畑先生だったらしい。

 

かくして、全員で夜を徹してのカツラ探しが始まったのだが、全く見つからない。

 

「どこにもねーぞ?」

 

「もう諦めたら?」

 

「駄目だ駄目だ!アレがないと学校に出られん!」

 

この時の全員が知らない事実として、実は校長先生がそのカツラを預かってたりするのだが、それに気づくのはまだ先の話。




今回の話に出て来た『先生』ですが、これはエレーナ先生とはまた別のオリキャラです。咲の中で一番、彼女の心の中にその存在を残していった人物でもあります。

……はてさて、この先生は咲に何を残していってくれたんでしょうね。それを語るのはまた先になります。

それでは!


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第14話〜黒の組織10億円強奪事件〜

はい、いきなり季節が夏から冬になりました……私が書くコナンの世界、どうなってんの?季節がすぎるの早すぎない?まあ私のせいなんですが。


この日、毛利一家は銀行にやって来ていた。そこでコナンは1人、雑誌を座って読み、待っていた。しかしそこで目の前に座って働いている眼鏡の女性が腕時計をチラチラと見ている様子に気付き、コナンはそれに疑問を抱く。そんな時、小五郎と蘭が戻って来た。

 

「お待たせ!コナンくん!」

 

「どうだったの?探偵料の振込は」

 

「ああ!たっぷり入ってたぞ!たっぷり過ぎて通帳がいっぱいになっちまったがな」

 

それにコナンは大喜び。お昼は何処かで食べようと提案すれば、小五郎は昼から一杯酒を呑めると言い、それを蘭が諌める。小五郎はそこで新しい通帳を買わなければと話を逸らし、窓口を探す。そしてそこであの眼鏡の女性を小五郎は発見し、その女性に話しかける。

 

「お嬢さん!」

 

「は、はいっ?」

 

「この通帳を新しいのと変えていただけませんでしょうか?」

 

そんな小五郎に対して彼女は事務的に対応する。

 

「申し訳ありませんお客様。彼方で整理券をお取りになって席でお待ちください」

 

そう眼鏡の女性が示したのは整理券を発行してくれる機械。小五郎はその対応に苦笑し、順番は守らなければいけませんよねと言えば、やはり女性は事務的に頷く。それを見て小五郎は直ぐに整理券を取りに行った。そこでまた眼鏡の女性は腕時計を確認する。そんなお姉さんにコナンは話しかける。

 

「ねえ、おねーさん!」

 

「あら?コナンくん!」

 

「どうかしたの?さっきから何度も時計を見てるけど……」

 

それに女性は困ったように笑って誤魔化す。

 

「今ちょっと忙しくてね!早くお昼にならないかなって思ってたの」

 

女性はそう誤魔化すと席を外す札を置き、去っていく。

 

「知ってる人?コナンくん」

 

「うん!『広田 雅美』さんって言って、ちょっと前に新しく入った人なんだ!いつもはもっと優しい人なんだけど……」

 

そこで小五郎の悲しみの叫びが聞こえ、何事かと蘭とコナンの2人が顔を向ければ、雅美がいなくなった事を残念がっているようで、手を振るわせ、肩を落とし、嘆いている。それにコナンも蘭も呆れかえるほかなかった。コナンは時間が掛かりそうだと理解すると蘭に先に出ていることを伝え、持って来ていたスケボーを持って外へと出た。そして歩いている時、ゴトゴトっという音に気付き、その後の発生源の方へと顔を向ければ、そこには店舗の駐車場があった。コナンは何の音と気になった瞬間、今度はガシャンと何かの割れる音が響き、慌てて駐車場に入る。そして車の陰からその音の発生源に視線を向ければ、ちょうど輸送車強盗が行われていた。

 

(犯人は2人。1人はショットガン、もう1人は拳銃で武装……他の警備員は?)

 

コナンがそこで視線を左に流せば、2人の人間が積み重ねられていた。しかしコナンの距離からでは死んでいるのかどうかの判断は付かずにいた。

 

「コナンくん?」

 

そこで蘭が声をかけてしまい、犯人がその声に反応する。蘭はそれに気付かずに声をかけ続ける。

 

「何してるの?こんな所で」

 

「ほら、帰るぞ」

 

コナンはそれに対して困った時、車の発信音が聞こえてそちらに向けば、警備員がコナン達に助けの声をかける。強盗の方はと言えば、金を詰め込んだ車にコナン達に向かって走ってきていた。その際、ギリギリで小五郎と蘭は避け、強盗の車との接触はなかったが、しかしそのまま強盗車は走り去ってしまう。

 

「な、なんだ今の車は!?」

 

「現金輸送車強盗だよ!!」

 

コナンのその答えに小五郎は驚くがそんなことしてる場合ではない。コナンは直ぐに蘭に警察と病院に連絡するように言い、コナン自身はスケボーを使って追い始める。小五郎はそこで蘭に銀行にもこの事を伝えるように言い、その間に怪我人は自分が見る事を決め、直ぐに2人は行動を始める。

 

一方のコナンはと言えば、スケボーで車の後を追いかけ続けるが、しかし強盗車はスピードの基準を無視して走行しているためになかなか追いつけないでいた。

 

(くそ、なんでスピードだ!レース並みだぜ!ついていくのが精一杯だ!!)

 

そこで車が左へと曲がった。しかしその先にはちょうど踏切が降り始めており、コナンはニヤリと笑う。

 

(しめた!踏切だ!!ようしっ!)

 

これで勝負は決まる、とコナンは思ったが、しかし車がスピードを落とす様子はない。つまり、車はそのまま踏切を破ろうとしているのだ。それにコナンは驚くがしかし現実は変わらない。車はそのまま踏切を破り、逃げていく。

 

(くそっ!逃すもんか!)

 

コナンは意地でも逃がさないとスケボーのスピードを上げ、追跡する。そしてコナンが踏切を飛んだ時、電車がほぼ同タイミングでやってきた。そして着地とともに電車は過ぎていく。しかしコナンは着地しようとしたが失敗に終わり、車を見失ってしまった。

 

「くそっ、逃げられたか……」

 

そんなコナンを心配し、人がワラワラと集まってくる。そんな人達に大丈夫だと伝えた後、コナンが銀行に戻ってきた時には既に警察も駆けつけており、小五郎達に被害総額が伝えられたが、その総額に小五郎は顔色を青くする。

 

「え〜〜〜!?被害総額10億円!?」

 

「ああ。本店から各支店に配るために運ばれたものをアッサリとやられたそうだ」

 

その被害総額を聞いてもそうピンとはこないらしい小五郎はもう一度、同じような事をつぶやく。目暮はその間に先ほど教えてもらった犯人の車のナンバーは間違いないかを聞き直せば、コナンからも間違いないと断言される。

 

「犯人は拳銃とショットガンと装備した二人組か……まあ、ガードマンの怪我が軽かったのが幸いだな」

 

目暮の視線の先には彰が証言を取っているのが見えた。

 

「輸送車が止まったんで荷台で現金を下ろす準備をしてたんですよ。そしたら突然、窓ガラスが割れる音が聞こえてそちらを向けば、銃を構えた男が。直ぐに運転席に連絡をしたんですが返事がないんで、てっきり殺されてしまったと思い、仕方なく扉を開けたんですよ……」

 

その証言にコナンは疑問を持つ。

 

(変だな。あの時、確か俺は銃声と窓が割れる音が聞こえて直ぐに駐車場の入り口に近寄り、中を覗き込んだはずだ。その時、既に現金は運び出し始めていた。運転席を呼んでる暇なんてなかった筈だ)

 

「刑事さんだって分かるでしょ?どうしようもなかったんだって!」

 

「ねえおじさん!」

 

そこでコナンが子供らしく話しかければ彰も警備員もコナンに顔を向ける。それを見てコナンは子供らしく無邪気を装いながら鋭く切り込む。

 

「おじさんは本当に運がいいね!」

 

「え、何がだい?」

 

「だってさ!現金輸送車の窓って中が見えないようにスモークガラスになってるでしょ?」

 

「ああ、そうだな……ん?確かに。よく当たらなかったな、あんた」

 

「しかも球が跳ね返らないように小銭の袋に当たるなんて、よっぽど運がいいか……」

 

「前もって袋の位置と隠れている場所を決めていたか、だな」

 

コナンと彰の2人が少し長い髪を持つ警備員に鋭い視線を向ければ、警備員は目を見開き驚く。

 

「な、何を馬鹿な事を……」

 

「まあ安心しろ。まだ確定じゃない。単純にあんたの運が良かった可能性だってあるんだ」

 

そう彰は言うが、しかし頭の中にはコナンの言葉が残っていた。そう、確かにその可能性もある。そう考えた時、「広田くん!」と誰かの名前が呼ばれ、コナンと彰がそちらに顔を向ければ雅美が支店長に怒られているところだった。

 

「この大変な時に一体どこに行ってたんだね!」

 

「すみません。交代でお昼を食べに出てて……」

 

「まったく、近頃の若い娘達は……一体今何時だと思ってるんだ!君の時計は故障中かね?」

 

彰とコナンは頭の中にさらにもう一つの可能性が増えた。

 

(……可能性が、もう一つ)

 

(この人が、共犯者の可能性……)

 

そこで高木が戻って来た。そこでどうやら報告があったようで、逃走者と思われる車が発見されたらしい。その発見された場所は堤無津川の河川敷、TR線の鉄橋脇らしい。

 

「よしっ!直ぐに行こう!」

 

目暮は小五郎も付いてくるように言い、小五郎はそれに了承を返す。そして蘭にコナンを連れて先に帰るように言い、蘭もそれに頷く。

 

「彰くん!君も手伝ってくれ!」

 

「分かりました!……すまん、この人たちの証言取り、任せた!」

 

彰はそこで手近にいた別の刑事に自分のしていた仕事を任せ、目暮達に付いていく。そして蘭がコナンを連れて帰ろうと辺りを見れば、コナンはいつの間にか姿をくらませていた。

 

「コナンくん……また消えちゃった」

 

蘭が困ったようにそう言った頃、彰達は堤無津川に辿り着いた。

 

「トメさん!どんな感じですか?」

 

「ああっ!目暮警部!!まだザッと見ただけだが、指紋の方は綺麗に拭き取られとりますな」

 

「他の遺留品は?」

 

「ああ、デカイところでは車の荷台に空のジュラルミンケースが5つ。これも指紋は0。それと……」

 

そこでトメさんは別の鑑識の人間に先ほど見つけたモノを持ってくるように言う。

 

「運転席のシートの上に捨ててあったモノだよ」

 

そう言って見せられた2つの袋には黒い覆面と手袋が入れられていた。

 

「まあそいつにも指紋は期待出来んだろうがね」

 

そこてトメさんはコナンに気付き、にこやかに声をかけた。そこで目暮達もようやく気付き、小五郎がコナンを大声で叱った。

 

「コラー!!蘭と先に帰れって言っただろ!!」

 

「そ、それより、覆面の内側に何か着いてるよ?」

 

その言葉を聞き直ぐに覆面の内側を見れば、ピンク色の口紅が付着していた。それに彰は首をかしげるが、コナンはそれが『誰の』口紅か分かった。

 

(だがどうして……?……よしっ!)

 

コナンはそこで証拠品の覆面を奪い取り、袋の中を嗅いでみる。そこでコナンは確信したその時、小五郎の拳骨が下った。それに痛いと叫ぶが小五郎は容赦なくコナンの上着の襟を掴み、遺留品を取り戻す。

 

「大事な遺留品に何しやがる!!いい加減にしろ!!」

 

そこでこの事件は単なる強盗事件として捜査が開始されることとなった。彰はそれに釈然としなかったものの、しかしまだ考えていることが確定した訳ではないため反論も出来ず、そのまま捜査することとなった。しかしコナンだけは理解している。これが単なる『強盗事件』ではない事を。そのコナンの予感が的中するのに、そう時間はかからなかった。

 

それを理解したのは、この強盗犯が殺された話が毛利探偵事務所にもたらされたとき。

 

「えっ?この間の強盗犯、殺されちゃったの?」

 

「ああ。『貝塚 士郎』って元レーサーで、昨夜、自宅で射殺されていた」

 

(元レーサー。どうりで早い訳だ)

 

あの車のスピードの理由をコナンはここで理解する。しかし次の疑問が浮かび、それを質問する。

 

「ねえ!どうしてその人が犯人だって分かったの?」

 

「その貝塚って奴の部屋から、襲われた銀行の見取り図や現金輸送車の来る時間、逃走経路なんかを書いたメモが見つかったんだ。しかも……奴が撃たれたのと同じ拳銃で昨夜もう一人殺されてる」

 

それに二人は驚きの声をあげた。しかしその次に出される名前にさらに二人は驚くことになる。

 

「ガードマンの『岸井』だ」

 

「え?じゃあ、岸井さんも強盗犯の……」

 

「共犯で間違いないだろうな。ギャンブル好きで大分、借金があったらしい。恐らく、脅されたフリをして輸送車の荷台を中から開ける役目だったんだろう」

 

現金輸送車の扉は外からは開けられないようになっている。そう、つまり中にいた岸井にしか開けることは出来ないのだ。

 

「じゃあもしかして、二人はもう一人の犯人に殺されたってこと?」

 

その蘭の言葉に多分そうだろうと小五郎は言う。盗んだ金を独り占めにしたくて他二人を殺したのだろうというのが小五郎と警察の見解となり、その線で捜査を始めていた。

 

「ま、捕まるのも時間の問題だな」

 

その小五郎の言葉に蘭とコナンは疑問を持つ。何故そう思うのかと問えば、貝塚の部屋からピンク色の口紅が発見されたらしい。それが遺留品の覆面に付着していたものと一致たことが伝えられ、そこでコナンがそれが雅美の口紅とも一致したのだろうと言えば、それに小五郎は同僚から同じものだと証言が取れたと伝えられる。

 

「昼飯と称し銀行を抜け出し、裏口に回って貝塚達の犯行に加わったに違いない」

 

それに蘭は信じられないという反応をする。銀行員がなんでと問いかければ、それはまだ分からないと答えられる。なぜなら彼女は既に銀行を辞めてしまった後なのだから。それも今朝、辞表が出されたらしい。それにコナンは驚いた表情で小五郎を見る。

 

「そもそも、あの銀行に勤めだしたのは半年前だってよ」

 

「どういうこと?」

 

「犯行の下見のための潜入。そう考えた方が自然ってことだね?」

 

それに小五郎は肯定を返す。その考えは大筋その通りなのだろう。しかしそれでもコナンは納得がいかない。コナンの中に残る疑問。それは、雅美が本当に口紅を落としたのかどうか。そんなミスを本当に雅美が犯したのかどうか。銀行の下見に半年も費やすような犯人がだ。

 

(それに、あの覆面についたあの口紅の位置、やけに下過ぎて顎に当たる部分だった。そして何より、彼女が被ったものなら必ず着くはずの化粧品の匂いが全くなかった。……ひょっとして、別の人間が全ての罪を彼女に被せるために仕組んだのだとしたらっ!)

 

そこまで考えれば、その彼女が最終的にどうなるかなど分かってしまう。コナンはそこで直ぐに行動を始めた。その第一段階としてまず小五郎の声で目暮に連絡し、雅美の住所を聞いた。そしてマンションにたどり着き、503号室にやって来た。そして植木鉢に隠してあった鍵に気付き、それを使って扉を開ける。そして持っていたスケボーは玄関前に置き、家の中の捜索を始めた。

 

(俺の推理が正しければ雅美さんの命が危ない。何か、何か手がかりはないか……)

 

その時、机で隠されたコンセントを発見し、そのコンセントを取る。そこから出てきたのはコインロッカーの鍵だった。

 

(おそらく、奪い取った現金の隠し場所……)

 

そこでコナンは人の気配に気付き振り向こうとしたその瞬間、首に手刀を入れられ、その力の強さも相まって意識が朦朧とする。その手刀をいれた人物である雅美はコインロッカーの鍵を手に取り、出て行こうとする。そんな彼女に意識が朦朧としながらも行くなと言う。

 

「行っちゃダメだ……広田雅美さん」

 

その名前を呼ばれ、コナンの方へと顔を向けた彼女は、もうメガネをつけていなかった。

 

「行ったら、殺される……」

 

コナンの言葉に雅美は静かに優しく微笑む。

 

「ありがとうーーーごめんね、コナンくん」

 

そこで雅美は出て行き、コナンが止める為になんとか移動するが既に彼女はいなくなっていた。そこでコナンはその場でジャンプし、塀を掴み、外の様子を見れば雅美が車に乗ろうとしていた。そこでコナンは直ぐに発信機とサスペンダーを使って彼女の車のトランクに上手く発信機を取り付け、スケボーで後を追い始める。

 

(彼女が誰かに利用されているのは間違いない。でも、黒幕は誰なんだ?)

 

それでもコナンは彼女を止める為に、もう1つの知恵を借りる事を決めた。

 

そう、修斗に連絡を入れたのだ。

 

『もしもし、なんだ坊主』

 

「頼む!力を貸してくれ!!」

 

『……結構マジな件のようだな。……仕方ない。詳しく聞かせろ』

 

コナンから事の詳細を聞き、修斗は頭をフル回転させる。しかし、彼の中でも犯人は全く出てこない。

 

(ーーーん?)

 

そこで修斗はとある結論に至ってしまった。そう、もしかしたらという考えであり、それがもし当たっていたとしたら……。

 

(……まずい!!)

 

『おい坊主!!その件から手を引け!』

 

「は?おい修斗、何言って……」

 

『俺だって詳しくは知らない。けど前に聞いたお前の事情と今回のこの黒幕を一切掴ませないほどの証拠と情報の無さ……ここまで言えば分かるだろッ!』

 

それでコナンの頭に1つの結論が辿り着く。それに余計に笑みを浮かべた。

 

「……なら願ったり叶ったりだ!」

 

『ふざけんな!!テメー、自分の命をなんで大切にしない!?自分の身を一番に考えろ!!』

 

「ここであの黒の組織の奴らを逃したら次にいつ会えるか分からねえんだぞ!?そうじゃなくともそんな危険な奴らは一刻も早く捕まえるべきだ!!」」

 

『ここで命失って一生探せなくなるよりかはマシだろ!!良いから引け!!』

 

「なら雅美さんを見捨てろって言いたいのか!!」

 

『ッ……ああ、そうだよ』

 

そこで電話口の男が苦しそうな声を出しながらもそう答える。修斗もその結論だけは言いたくもなければ下したくもなかった。けれど、彼がいくら考えても今回ばかりは『最善』が出てこない。

 

「……分かった。なら俺一人でやる!」

 

『あっ!おい!!!』

 

そこで電話をブチ切り、コナンは後を追うことに集中する。そして修斗の方はと言えばそれに舌打ちを1つ落とし、彰に電話を掛ける。

 

「兄貴、今平気か?」

 

『ああ、問題ないが、どうした?』

 

「頼みたいことがある。どこか取引するのに良さそうな場所……例えば廃工場が立ち並ぶ場所とか、其処に向かって欲しいんだ。パトカーで」

 

『……理由は?流石に俺一人で許可は出来ない』

 

「兄貴が追ってる銀行強盗犯、広田雅美。その人が確実に殺される」

 

『……は?それどこ情報……』

 

「いいから!!良いのか、悪いのか、どっちだ!?」

 

此処まで見たことないほどの修斗の必死さに彰は直ぐに決断を下す。

 

『……分かった。今回は俺が責任を取る。お前の意見に従う』

 

それを期に彼は電話を切り、修斗は椅子に背を預け、深い溜息を吐き、左腕で目を覆い隠した。

 

(……ああ。俺、本当に酷い人間だ。人一人の命を見捨てろなんて……)

 

彼はこの時、人生の中で一番の自己嫌悪に陥っていた。彼の中で一番に守るべきは『見知らぬ誰か』より『見知った人間』なのだ。だから、一番守るべき人間を考えれば、彼の中でその答えが出ることは自然といえた。けれど、それは彼の中で最も自己嫌悪を産む結論なのだ。

 

(……俺に今出来ることはこれだけ。これ以上、手出しをしたらまず間違いなく他の兄妹が危険だ。だから……すまん、雅美さんとやら。俺は……あんたを見殺しにする)

 

それから時間が経ち、雅美はとある廃れた工場にやって来た。そこで彼女はポーチから拳銃を取り出し、それを抱えたまま廃工場内に入る。

 

「どこにいるの?出て来なさい!」

 

「ご苦労だったな」

 

雅美はその声が後ろから聞こえたのに気付き、後ろへと振り返る。そこには黒い服に身を包んだお方が二人いた。一人はサングラスが特徴的な男、もう一人は銀髪ととても目立つ髪色の長髪の男。二人はニヤリと悪い笑みを浮かべて雅美を見据えている。

 

「ご苦労だったな、広田雅美。いやーーー『宮野 明美』」

 

「……1ついいかしら?あの二人を何故殺したの?」

 

その質問に二人は面白そうに笑い、銀髪の男が答える。

 

「それが我々のやり方なんでね。さあ、金を渡してもらおうか」

 

「此処にはないわ。ある所に預けてあるの」

 

それにサングラスの男は激昂。しかし明美は態度を変えない。

 

「それより妹よ。妹を連れて来なさい。約束したはずよ。この仕事が終わったら私と妹を組織から抜けさせてくれるって」

 

それに銀髪の男は鼻で笑い、明美に近付く。

 

「ふっ、それは出来ねぇ相談だ。奴は組織の中でも有数の頭脳だからな。妹はお前と違って組織に必要な人間なんだよ」

 

「じゃあ貴方達、最初からッ!?」

 

そんな明美の様子に二人は面白そうに笑い、銀髪の男が左手で拳銃を明美に向ける。

 

「さあ最後のチャンスだ。金の在り処を言え」

 

それに明美は対抗し、隠し持っていた拳銃を向ける。

 

「甘いはね。私を殺せば永遠に分からなくなるわよ」

 

「甘いのはお前の方だ。コインロッカーの鍵を持っている事くらい分かっているんだ。それに……言っただろ?最後のチャンスだと」

 

そこで拳銃を一発発砲。その音はコナンにも聞こえる。その後、更にもう一発響き渡らせ、明美を撃った男二人はそのまま焦る事なく去っていく。彼ら二人は彼女からコインロッカーの鍵を奪い取ったのだから当たり前だ。そして2人が去った頃にコナンは到着した。そして其処に倒れていたのはやはり雅美だった。コナンが明美に近付き、声をかける。

 

「雅美さん!!」

 

「コナン、くん……どうして此処が……」

 

「発信機を、雅美さんの車に付けといたんだ。雅美さんが事件の黒幕に会いにいくに違いないと思ってね。くっそ、あの時ちゃんと話しておけば!」

 

「き、君は一体……」

 

「江戸川……いや。工藤新一、探偵さ」

 

それに明美は驚きで目を見開き、そして安心したように笑う。

 

「そう、噂は聞いてるわ。……私が雇った二人が殺され、結局私も組織の手に掛かって」

 

「組織……」

 

「謎に包まれた大きな組織よ。末端の私に分かるのは組織のカラーがブラックってことだけ」

 

「ブラック?」

 

「そう。組織の奴らが着てるの。烏のような黒づくめの姿をね」

 

そこでコナンは自身を小さくしたウォッカとジンを思い浮かべる。その時、遠くから警察のサイレン音が聞こえ始めた。これは修斗の言を聞き入れやって来た彰だ。運転は瑠璃であり、その車の中には彰、松田、伊達が乗っている。しかし彼女とコナンはそれを気にしていられない。明美はコナンの服を掴み、伝えるべきことを伝えだす。

 

「最後に、私の言うこと……聞いてくれる?」

 

そこで彼女が取り出したのは緑の26と刻まれたタグが付いたコインロッカーの鍵だ。

 

「こっちが本物……奴らが持って行ったのは偽物よ……危険を承知でコレを……」

 

そこで明美は咳き込んでしまう。もう彼女には限界が近づいて来ていた。

 

「お願い……奴らが気付く前に……もう利用されるのはゴメンだから……」

 

そこで彰達が飛び込んでくる。しかし明美の意識はそこで落ち始めた。

 

「頼んだわよ……小さな探偵さん……」

 

そこで彰達は中の様子に気付き、救急車などを呼ぶように瑠璃と伊達に指示する。その後、目暮達も駆けつけ、現場を捜索し始める。しかし残されていた拳銃には彼女の指紋しかなく、逃げ切らないと悟ったの自殺と判断されてしまった。強奪された10億円も無事に回収され、事件は終わりを迎えた。

 

ーーーしかし、コナンの中では終わっていない。

 

コナンはさらに黒の組織に向けて怒りを募らせる。必ず黒の組織の二人を捕まえてみせると覚悟を決めたのだった。




ごめんなさい。明美さんは救えなかったです。

いえ、方法がなかったわけではないんですが、それらをするには彰さんがそれが公安案件だと悟らせることになってしまいます。それでも別に構わないのですが、そこに至るまでの過程がどうやっても考えつきませんでした(これが修斗さんならもっと違った)。


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第15話〜黒の組織から来た女 大学教授殺人事件・前編〜

今回は哀ちゃん登場!私、哀ちゃんも大好きなので書けて嬉しいです!

*この話はアニメでも結構長かったので、大学教授殺人事件からは後編とさせていただきます。


この日の帝丹小1年B組では、とある噂でみんな持ちきりだった。

 

「ねえ!今日、ここクラスに転校生が来るんだって!」

 

「本当かよ?」

 

「ふーん、転校生なんて咲さん以来ですね!」

 

「どんな子かな?」

 

「かわい子だったらいいな〜!」

 

「いえいえ。男でも女でも、まずは性格が一番ですよ!」

 

「ねえコナンくん!咲ちゃん!」

 

そこで歩美に二人の名を呼ばれ、二人は顔を上げる。歩美は二人に転校生はどんな子かという質問をしてきた。それにコナンはガリ勉タイプのムッツリ君かもという予想に咲は苦笑い。子供で既にムッツリというのは如何なものかと思ったが、それを口にはしない。歩美は次に先に顔を向け、咲は予想出来ないが女の子なら嬉しいとだけ返しておいた。

 

「歩美、職員室でその子見なかったのか?」

 

元太のその質問に歩美は顔は見てないが名前なら聞いたらしい。苗字は『灰原』らしい。

 

(灰原、か……変わった名前だな)

 

「変わった名前だな。でも、コナンよりマシだな」

 

その元太の言葉にコナンは少し拗ねた顔を向ける。そこで扉に手をかける音が聞こえ、そちらに顔を向ける。そして扉が開いた先にいたのはーーー。

 

(……え)

 

咲はその時点で目を見開いた。どうにも見知った顔がそこにいるからだ。まだ組織にいて『先生』がいた頃、本当に何度かだけだが顔は見たことがある。あの頃はまだ直接的にあの薬の開発に携わっていたわけではないが、既にその頃からその天才的な能力は開花しており、先生を経由して顔合わせをしたことがある程度だったが、それでも咲は覚えていた。あの『SHERRY(シェリー)』の顔を。

 

(……どうして彼女が?……それとも他人の空似?)

 

咲のその様子にコナンは気付き、話しかける。

 

「おい、どうした?咲。知り合いか?」

 

「……え、あっ、えっと……似てるだけかも……」

 

(彼女の名前は『灰原』ではない。けど、もし私と同じく体が小さくなってしまったのなら……)

 

そこで咲は灰原と目があった。その瞬間、灰原の目が丸くなり、しかしそれはすぐに平常に戻ってしまった。しかしそれを見逃す咲ではない。つまり、彼女は他人の空似ではなく、本人なのだ。

 

(……だが、なぜシェリーが?)

 

「はーい!皆んな!席について!」

 

彼女はそこでもっと彼女本人だという証拠を掴みたくて、耳を澄ました。彼女の特技は『聴力が鋭い』ことだが、それを使ってもう1つ彼女には出来ることがある。

 

「はい!今日から皆んなと勉強することになった『灰原 哀』さんです!皆んな、仲良くしてあげてね!」

 

それに元気な返事を返す子供組。そこで灰原の席を決めようとした時、元太が隣が空いてると言い、そこに向かって歩き出す哀。その足音を咲は聞いている。そして覚えてる限りで『シェリー』の足音を思い出す。そう、彼女は人がたてる『足音』でも人を判別することが出来るのだ。そしてその結果、彼女の中で間違いなく、子供の頃に会った頃と同じ足音だと判断を下した。

 

(なんで……)

 

しかし元太が開けた席を通り過ぎ、彼女は江戸川の隣に座った。それは奇しくも彼女の前の席だ。

 

「よろしく」

 

「あ、ああ……」

 

(なんでなんだ……シェリー)

 

そこで授業が始まった。授業の間、咲はその内容を聞いてはいたが、やはり頭の中では哀の事を考えていた。

 

(彼女が私を見つけて驚いた表情をしたという事は、取り敢えず組織に体が小さくなった事はバレていないということ。けれど、なぜ彼女が……姉が亡くなったからというのが一番しっくりくる理由だな)

 

咲は姉の明美とは今は抜けてしまった黒髪ロン毛のスナイパー経由で会ったことがある。以降、彼女は積極的に話しかけてきてくれたのだが、それでも彼女の中で心の拠り所になる事はなかった。なぜなら明美を見て、その後ろに『先生』を思い出してしまうからだ。だから、彼女からは明美に進んで会いに行く事はなかった。しかし、この前の新聞で彼女が死んだ事を知った時、珍しく大泣きしてしまったのを彼女は覚えている。

 

学校の授業が終わり、咲は帰ろうとしていた。しかしそこで歩美が一緒に帰ろうと誘い、そして哀にも一緒に帰ろうと誘っていた。しかし哀は歩美を一見したあと、そのまま歩いて行ってしまう。

 

「ほっとけよ、あんなツンツン女」

 

「でも……」

 

それでも仲良くしたいからか光彦が話しかける。家は何処なのかと聞くが無言。歩美が送っていてあげると言えば、彼女は立ち止まる。

 

「米花町2丁目22番地。そこが今、私が住んでいる場所」

 

その場所にコナンは反応する。何故ならその住所はコナンの家の近所なのだ。しかしその近くに新しくできたアパートやマンションはない。そして『灰原』と名前の表札もなかったとコナンは記憶している。そんなコナンの様子に哀は笑顔を向け、コナンは目をパチクリさせる。そんな一時停止してしまったコナンに元太は哀が好きなのかと囃し立ててくるが、コナンは絶対に違うと断言する。そんな哀の様子を咲はジッと観察していた。

 

そして昇降口に辿り着く頃、少年探偵団の事を話せば、哀は反応する。

 

「少年探偵団?貴方達が?」

 

「ええ。皆んなから依頼される難事件を解明する為に日夜、奮闘してるんです!」

 

「灰原さんも一緒にしようよ!」

 

灰原は靴を地面に下ろし、コナンと咲を見る。

 

「江戸川くんと……」

 

「……月泉咲だ」

 

「月泉さんも入ってるの?」

 

それに元太はコナンの頭に手を置き、彼を揺らしながら子分のようなものだと言う。

 

「依頼の受付は、元太くんの下駄箱よ!」

 

歩美が笑顔でそう教える。そこに依頼書を投函する事になっており、元太は先生には内緒だと言った。しかし残念ながらそれは暴露ている。

 

「毎日毎日スゲーんだぜ?謎を抱えた奴らの手紙がドサーッと……」

 

そう言って下駄箱を開ける元太。しかし其処には彼の靴しか置かれていない。

 

「あれ、入ってない……はははっ!いつもはもっと入ってるんだけどよ、今日はたまたま!」

 

(ははっ、いつも入ってねーじゃねえか)

 

そこでコナンは早く帰って公園でサッカーでもやろうと彼らを誘う。それに歩美達は直ぐに出る準備をする。元太もまた急いで靴を履こうとしたが、そこで右の靴の中に違和感を覚え、中を見てみればその中に依頼書が入っていた。

 

「あったー!依頼書だ!!」

 

「え?」

 

「本当!?」

 

その紙を広げて読めば、依頼人は放課後、1年A組で少年探偵団を待っているらしい。それを聞き、直ぐに移動の準備を始める四人。歩美だけはそこで一度立ち止まり、振り向く。

 

「ほらっ!灰原さんと咲ちゃんも早く早く!」

 

それに二人は頷き、後について行く。そこで咲は小声で灰原と会話をしてみることにした。

 

「……お前、シェリーだろ?」

 

「あら、なら貴方はやっぱり?」

 

「ああ、お前の考えてる通りのコードネームだ。しかし……もう私には関係ないんだ」

 

「……貴方、その罪から本当に逃れられると思ってるの?」

 

「……いや」

 

そこで初めて咲は憂いの目をし、顔を俯かせた。それを哀はジッと見て、一言だけ言葉を投げかける。

 

「……貴方の『先生』のこと、私は悪いと思ってるの」

 

「いや、あれはお前のせいではない。アレは全部……」

 

「……行きましょう。怪しまれても困るもの」

 

「……そうだな」

 

そして約束のクラスに辿り着き依頼内容を聞けば、どうやら消えたお兄さんを探して欲しいらしい。それを元太は誘拐かと疑うが、光彦は前にも似たような事件があったと思い出す。それは猫探しの話で、元太はそのお兄さんがまさか猫じゃないかと聞く。しかし猫ではなく10歳上のお兄さんらしい。そのお兄さんは一週間前の夕方、少し友達の家に行ってくると言って出て行ったきり帰ってこないらしい。

 

「警察の人も探してるけど、全然見つからなくて……君達ならなんとかしてくれるって思ったから……」

 

それが真剣なものだと理解し、脅迫電話などは掛かってこなかったのかと光彦は問い掛ける。しかしそんなものは来てないと言う。

 

「ただの家出じゃねえのか?」

 

「兄ちゃんが家出なんてするわけないよ!!だって、だって……だって、お兄ちゃんと僕、仲が良いんだよ?」

 

その返答に少年探偵団4人はポカーンとなる。

 

「しかし、お兄さんにも都合っていうものがあるのかもしれませんしね……」

 

それを聞いて依頼人の少年は反論出来ずに口籠る。そんな少年の様子を見て、コナンは取り敢えず家に行ってみようと提案する。

 

「え?」

 

「話はそれからだ」

 

「……ありがとう」

 

そこまで様子を見ていて少年探偵団の男3人が出て行き、歩美は哀の手を握ると声をかけてから引っ張って行く。その後に続いて咲も後をついて行く。そんな彼女の様子を見て、哀は歩美に聞くことにした。

 

「ねえ。どうして彼女の手は取らなかったの?」

 

「え?」

 

それに歩美は少しキョトン顔になるが、眉を下げて答える。

 

「……咲ちゃん、人に触れられるのが苦手みたいなの。黙って握っちゃうと払われちゃうの」

 

「そう……」

 

それに哀は特に驚いた様子はない。彼女に会った時はまだ問題なく触れていたのが、暫く経って彼女と会った時、彼女に触れれば彼女にその手を払われてしまったことがあるのだ。その後、彼女からは謝罪をもらい、理由も聞いている。だからこそ、哀はそこまで驚きはしない。

 

少年の家に辿り着けば、家の前にパトカーが一台止まっていた。その家が少年の家と説明された時、小学生3人は本物のパトカーを目にしてはしゃぐ。

 

「スゲー!」

 

「これ、パトカーのスタンダードですよ!でもやっぱりパトカー用にしっかり改造してありますね!」

 

「そうなのか?無線装置ってどれだ?」

 

「助手席にあるやつですよ!」

 

「アレでうな重の出前頼めるかなー!」

 

そんな子供達のはしゃぎ様にコナンと咲は呆れ顔。その時、家の玄関から扉が開く音が聞こえた。そしてそこから男の人の声と「署に連絡を」という言葉が聞こえたことから警察の人が出て来た様だ。開けたのはこの家の人だろう。

 

「ご苦労様でした」

 

その女性の声から開けたのは母親の方だと察した咲。そして警察が出て来た所で元太と光彦が敬礼し、子供達が家に入る。

 

「あら『俊也』。お友達?」

 

それに俊也は頷き、子供3人が母親に挨拶する。それを受けて母親は子供達を中に入れてくれた。

 

「俊也、何か出そうか?」

 

「あ、構わないでください。すぐお暇しますので」

 

コナンのその言葉に母親の顔色は晴れないまま、キッチンにいると言葉を残し去って行く。

 

「ああ、ごめん。母さん、今お兄ちゃんのことで頭がいっぱいなんだ」

 

その様子を咲はジッと見ている。自分の時も母親はこんな感じだったのだろうか、と考えていたのだ。

 

俊也の案内でお兄さんの部屋に入り、捜査を始めることにした。その部屋の中はとても綺麗に整頓されており、この中で手掛かりを探す為に4人はランドセルを下ろし、捜査開始。咲も捜査を始めるが、チラチラと哀の様子を伺う。それに気付いた哀は手を軽く振り、気にしなくてもいいと返す。その考えを正しく読み取ることが出来た咲は1つ頷き、手掛かり探しに集中し始めた。その時、光彦達が声を上げ、何を見つけたのかと見れば靴を発見していた。それも超プレミアム価格のエアシューズだ。

 

(オメー等、なんか勘違いしてねえか?)

 

コナンは取り敢えず、あまり引っ掻き回すなよと注意すれば、でもこれでライド物に詳しいと分かったと光彦が言う。そうなのかと俊也に確認して見たが、それは分からないと答えられ、その靴は俊也も貰っていると言えば大人しく靴を直し始めた。そんな2人の様子に哀はクスリと笑う。その哀に気付き俊也と咲が顔を向ければ、彼女は肩を竦めて視線を戻す。その視線の先にいたのはコナンだ。それから暫く探し続けたが何も見つからない。

 

「おいコナン、こんな所探し続けても何もわかんねーよ。なあ、やっぱり家出なんじゃねーか?」

 

「いや、それはないな」

 

そう言って勉強机の引き出しから出したのは財布。それを俊也に確認すればお兄さんの物らしい。

 

「なるほど。家出するのに財布を持たずに出るのはおかしいな」

 

「じ、じゃあお兄ちゃんは……」

 

「事故か、あるいは何かの事件に巻き込まれているか……」

 

歩美はその間も手掛かりを探し続け、ベッドの下にキャンバスを見つけた。それを取り出し、歩美は1つの絵を持つ。

 

「あはは!何これ!変な絵!」

 

しかしコナンと咲、哀は気づく。それがピカソの絵であることを。

 

「誰よこの変な絵描いたの!」

 

「……ピカソ」

 

哀の呟きを拾った歩美は哀に顔を向けた。その時に光彦が元太と歩美の間から顔を出し、感嘆の声をあげる。

 

「うわぁ!本当にピカソの『泣く女』の模写ですよ!」

 

「ゴッホ、モネ、ゴーギャン、ユトリロ」

 

「どれもこれもソックリです!」

 

「それ、みんなお兄ちゃんが描いたんだ。お兄ちゃん、高校の美術部で人の真似して描くの上手かったから」

 

それで元太が誘拐されて絵を描かされてるんじゃと可能性を声に出す。それに咲は否定出来ない。それほどまでの模写の上手さなのだ。プロの鑑定人でも呼ばない限り、見分けがつかない程に。しかしその可能性はコナンに否定される。

 

「確かにデッサンはしっかりしてるが、色遣いやタッチはまだまだ甘い。贋作の域には入ってないさ。それに、金目当ての誘拐もないな」

 

「そうだな。それをするなら高校生の男より……私たちみたいな小さな子供の方が攫いやすい。抱え上げれば抵抗なんて出来ないんだからな」

 

その感情を込めた言葉にコナンは疑問に思うが頷く。しかし咲が小さく体を震わせていたことには気付かないまま話を続ける。

 

「それより気になるのはこの絵だ」

 

「あれ?この人どっかで……」

 

その絵に描かれていたのは日本人なら誰もが一度は見たことある髭を生やし、スーツを着た七三分けの男『夏目漱石』だ。

 

「うん、お兄ちゃん、漱石の大ファンなんだ。その絵気に入ってて、街の展覧会に出したくらい」

 

それに感心の声をあげる歩美。

 

「でも、写真の真似だから、展覧会に来た人はみんな文句ばっかり吐けてたよ。褒めてたのは変な女の人ぐらい」

 

「変な女?」

 

それに俊也は広いふちの帽子を被った、上から下まで真っ黒な女の人だと答え、それにコナンは反応する。

 

「おい、いつだ!いつ会ったんだ、その女と!?」

 

「と、10日くらい前だよ?」

 

「女の他に、黒服の男はいなかったか?」

 

ここまでくればコナンが必死になる理由を察し、漸くコナンも同じく小さくなった者だと理解した咲。横目で哀を見れば、哀は小さくクスリと笑い、頷く。

 

「いたよ、2人」

 

(まさか……)

 

そんなコナンの様子を心配する歩美。しかしコナンは気付かない。今、コナンの頭の中にはあの黒ずくめの二人組が頭の中に浮かんでいるのだ。

 

「おいっ!この近くでお兄さんが行きそうな場所に案内してくれっ!」

 

「え?」

 

「財布も通学用の定期も机の中。自転車も玄関にあった。お兄さんはこの近くに呼び出されて連れ去られた可能性が高い!」

 

そこで漸く光彦は理解する。そう、この近くを調べれば、何か分かるかもしれないのだ。そこでコナンは俊也の腕を引き、駆け出す。その後を歩美達も追いかけ、咲と哀だけはその後ろ姿をジッと見つめ、歩いて追い始める。俊也の案内でまず来たのはカフェ『サンバ』。一週間前の夕方に黒ずくめの女かお兄さんが来たかを聞けば、来てないんじゃないかとコップを拭きながら答えられる。その人はずっとお店にもいたらしく、証拠としては申し分ない。次に案内されたのはゲームセンター。しかしその中にもおらず、次はデパート。案内所の女性に聞いてみたがやはり知らないと首を振られる。そして黒猫がいた路地裏、公園に行くもやはり情報はない。そして画材店にも訪れたがやはり情報はなかった。そう、一週間前の夕方、お兄さんを見かけた人は誰もいなかった。しかしこれはとっくに警察もやっていることである。ーーーそう、コナンは焦っていたのだ。

 

(手がかりはないのか?なにか、もっと別の……なにか)

 

そこで歩美がコンビニに寄りたいという。流石に走り回って皆んな喉が渇いたのだ。そして冷房が効いたコンビニに入れば、コナンの後ろの方からタバコを買う人が1人。銘柄は『セブンマインド』。それに気付きコナンがその男に顔を向けた。その男は千円札を使ってタバコを一つ買い終え、そのまま出て行く。少し暗めの服を着た男だった。

 

「どうしたの?コナンくん」

 

「千円札でタバコ一個。妙だな……」

 

「小銭がなかったんじゃねえの?」

 

その元太の最もな答えに千円持ってるなら店の前の自販機で買えると言う。そう、態々レジに並んで買う必要はないのだ。

 

「きっと欲しいタバコが売り切れだったんですよ」

 

その光彦の言葉にしかし納得せず、コナンはレジの女性に先ほど男性が使った千円札を見せて欲しいと頼む。それに目をパチクリさせる女性にコナンは必死な形相でもう一度頼むと強引にレジの中の札を取る。そしてその札を一枚取り電気に透かしてみる。しかしその札に透かしはなかった。

 

「やっぱり、今の男……」

 

「もうっ!なんなのこの子!」

 

レジの女性は怒っていたが、それにコナンは気付かない。コナンの様子がおかしい事に気付き、光彦が代表で聞けばそれに返答をせず、女性に謝る事はせず、しかし警察に連絡するように言う。

 

「それ偽札だよ」

 

それにレジの女性は驚き、コナンを止めようとしたがもう出た後。歩美達も慌てて追いかける。コナンはその間に先ほどの男を見つけ、尾行を開始する。この男についていけば、もしかしたら彼が求めた黒ずくめの2人がいるかもしれないのだ。

 

コナンに歩美達は大きな声で名前を呼ぶ。しかしコナンはそれに返答せずに尾行に集中している。しかしそんなの関係なしに大きめの声でコナンに問いかけ続ける。

 

「なんだよ?さっきコンビニで言ってた偽札って」

 

そこでコナンは静かにするように人差し指を立て、男の様子を伺う。

 

「あの男、千円札を使ってタバコを買ってただろ?店の前に自販機があるのに態々レジに並んで。つまり、あの男は機械に通さない千円札を使いたかったんだよ。人間の目なら欺きやすい、偽札をな」

 

「で、でもそれ、お兄ちゃんがいなくなったのと全然関係ないじゃない」

 

その俊也の言葉にコナンは関係大有りだと言う。そう、お兄さんが買いた絵の中には、ある人物の肖像画もあった。そう、夏目漱石だ。

 

「そういえば、千円札は夏目漱石!」

 

「じ、じゃあ、お兄ちゃんは……」

 

「もしかしたら、画力に目を付けられ、何処かで監禁され、偽札造りを手伝わされてるかもしれないな」

 

そこでコナンは口をそのまま滑らせてしまう。そう、自分の体を小さくしたあの黒ずくめの、と。

 

「体を小さく……?」

 

それでコナンはハッと我に返り、コナンは嘘だと歩美達に言う。歩美達を揶揄っただけだと。しかし頭の中では歩美達の心配をするばかり。

 

(弱ったな。こんな危険な事件にこいつらを関わらせられねーし、このままだとあの男を見失っちまうし……)

 

そこでコナンは発信機を男に貼り付けるために走り出し、コナンは男に声をかける。

 

「お兄さーん!落し物だよ!……この千円札、お兄さんのでしょ?」

 

男はそれに焦り顔を浮かべ、コナンから千円札を奪い取る。そこで歩美達が合流し、男は走り去る。コナンはそこで男がお金を落としたからそれを渡すために追いかけていたのだと言う。それに元太達は簡単に騙されてくれた。

 

「でもどうすんだ?お兄さん探し」

 

「もう日も暮れちゃったし……」

 

「また改めて探すしかないですね」

 

そこでコナンが光彦達に俊也の家からランドセルを取りに戻るように言い、コナンは寄るところがあると言って手を振って去っていく。それをジッと見ていた咲と哀。子供達が俊也の家に戻ろうとするが、その2人だけはその場に立ち止まったまま。

 

「咲ちゃん、灰原さん!置いて行っちゃうよ?」

 

コナンはと言えば千円札に貼り付けていた発信機で男の後を追う。そして辿り着いたのは米花駅の売店。そこで止まったままという事はつまり、発信機付きの千円札を使ってその売店で缶コーヒーを買ってしまったのだ。

 

「無愛想だし、千円札に変なシール付いてたし、変な男だったよ」

 

「その男の人、どっちに行ったか分からない?」

 

コナンが売店のおばさんに聞けば、おばさんは売店のすぐ近くの公衆電話を使っていたと言う。それにコナンは驚きで声を漏らす。

 

「電話機の上に小銭積み上げて、それが全部なくなるまで暫く電話してたよ。10分くらいだったね……」

 

「ねえ、もしかしてコーヒーのお釣り、100円玉と10円玉にしてくれって言われなかった?」

 

しかし売店でちょうど100円を切らしてしまっていたようで、500円玉を混ぜて890円渡したらしい。

 

(あの男がコンビニでもらったお釣りは770円。500円玉1枚と100円玉2枚と50円玉1枚に10円玉2枚。売店のお釣り890円を合わせると、電話で使えたのは、100円玉5枚と10円玉11枚、610円)

 

男が元々小銭をいくらか持っていた可能性も入れると、それ以上はあったのだろう。

 

(約10分で610円以上……長距離電話?)

 

そこでコナンは電車に乗ってどこか遠くに行ってしまった可能性を考えた。しかし、公衆電話から携帯電話に掛けても距離は縮む。まだそちらの可能性もあるとコナンが考えたとき、清掃のおじいさんが黒い帽子の男の知り合いかとこえをかけてきた。それにコナンは少しぎこちなく頷けば、清掃員の男はコナンにその男に渡すように言って50円玉を手渡した。

 

「50円玉?」

 

「あの男、慌ててたから券売機から出たお釣りの50円玉を取り損ねたんじゃ」

 

コナンはどこの券売機かと聞けば、東都線の券売機だと答えられる。さらにどのボタンを押したか分かるかと問えば、流石に分からなかったらしいが500円玉を一つ入れてお釣りがジャラジャラ出て来たのは見えたらしい。しかしその時は男の足元にあったゴミが気になって其処までは見ていなかったらしい。其処まで聞いてコナンは男を追いかけると言ってその場を離れる。そこでコナンはジャラジャラという表現から小銭3枚以上だと考え、500円玉を入れ、50円玉を含むお釣り3枚以上出てくる駅はと見て、ふっと笑う。

 

(500円−320円で答えは100円玉1枚に50円玉1枚、10円玉3枚の計5枚。お釣り180円が出てくる大渡間駅!)

 

そのまま大渡間駅に辿り着いたが、しかしそこから情報が全く取れない。黒い帽子の男を覚えている人がいなかったのだ。

 

(これからどうする?奴らの目的は偽札造り……取り敢えず、不動産屋でも当たってみるのが筋か)

 

そこでコナンは根岸不動産を訪れ、倉庫か何かないかと聞けば、不動産で働いてる男が訝しげにデータの本を開きながらコナンを見る。

 

「倉庫?」

 

「うん。人目につかない、町外れの何をやっても怪しまれない倉庫を誰かに貸してない?」

 

それに男は最近、倉庫は誰も貸してないと言う。もしかしたら何年も前の可能性もあるとコナンが言えば、男は本を閉じ、コナンの頭に手を置き、叱る。

 

「たくっ、仕事の邪魔だ。早く友達連れて帰んな」

 

「友達……?」

 

そこで男が店の入り口を指差す。コナンもそれに習って後ろを振り向けば、其処には別れた筈の俊也と探偵団一行がいた。小学生3人は窓に顔を貼り付けてコナンをジト目で見ている。

 

「お、オメー等……」

 

そこで全員店の中に入ってきた。

 

「いつもいつも同じ手に乗るかよ!」

 

「抜け駆けは君の得意技ですからね!」

 

「な、どうしてここが?」

 

そこで光彦が哀と咲に言われてコナンの後を付けてきたのだと言う。

 

「コナンくんは私達を追っ払って1人で追跡する筈だからって!」

 

コナンはそれで哀と咲に感心したような声を心の中で呟く。その間に俊也は不動産の男に小説家の人は住んでないかと聞けば、コナンはなんだそれはと俊也に問いかける。それに俊也は兄がいなくなった後、一度だけ家に電話してきていたらしい。

 

「なにっ!?」

 

「そう言うことは早く言えっての!!」

 

「電話とったのはうちのお婆ちゃんなんだけど、耳が遠いし、お兄ちゃん早口で何言ってるか分かんなくって……ちゃんと聞き取れたのは『漱石みたいな人達と一緒にいる』って言葉だけだったって」

 

「漱石みたいな……人達といる?」

 

コナンはそこで漱石のあの絵を思い浮かべ、漱石という単語を頭の中で繰り返す。

 

「その事、警察の人達に言ったんですか?」

 

「言ったよ!でも、いくら探してもそんな人いないから……お婆ちゃんの聞き間違いか悪戯電話だったんじゃないかって」

 

「でもお兄さんって漱石って人のファンなんでしょ?」

 

「だったら心配いらねえんじゃねえの?」

 

「でも、お兄ちゃんの声震えてて、途中で電話切られちゃったってお婆ちゃんが……」

 

それでコナンは犯人の目を盗んで電話を掛けたが、しかし見つかって切られてしまったのだと理解した。

 

「そういえば、漱石似の男ならこの近くに住んでるぞ」

 

そこで男がそう言えば子供達が反応する。その男は本屋で働いており、あだ名は『千円札』。少年探偵団はその人だと喜び場所を聞き出す。更に連れて言ってくれと頼むが男は断る。しかもやめた方がいいとまで言う。それに疑問を持つ子供達。そして本屋に行き話を聞けば、怒鳴られてしまった。

 

「ふざけるな!!誰が千円札だ!!大人をからかうな!!!」

 

そこで追い出されてしまった。そして大人しくしていた哀と咲は男の悲しみの声を聞いてしまう。

 

「誰が千円札だ。俺はそんな安っぽくねえぞ……なんで漱石は一万円札じゃねえんだ……」

 

(悲しみの理由はそこでいいのか?)

 

咲の感想は口に出されることはなく、追い出された少年探偵団と集合する。光彦と元太は怪しいと言うが、コナンは無関係だと言う。本の倉庫も調べたが偽札を刷る印刷機もなかったと言う。そこで不動産の男から駅前の新聞社が新しい印刷機を入れていたと語る。それにコナンは反応する。

 

「新聞社?」

 

「ほら、交番の横にあるビルの三階にある新聞社だよ。あそこも、2年前にうちが扱った物件さ」

 

「その人達ってどんな人達だった?」

 

そこで男は少しキョトン顔になるが、いつも黒いふちの広い帽子を被った女社長がやってる小さな新聞社らしい。それにコナンと俊也は反応するが、男は刷ってるのは偽札ではなくこの街の情報誌だと言う。しかも幾ら何でも交番の横では刷らないだろうとも言う。それに咲は反応し、考える。

 

(犯罪をするには、まず相手の盲点を突く所が一番大切だ。ならむしろ可能性が高いのはそこじゃないか?)

 

そんな咲に気付いたのは哀のみ。不動産の男はもう夜になっているから探偵ごっこはやめて早く帰れと言って去って行く。

 

「ねえ、その新聞社ってもしかして……」

 

「でも、漱石とはなんの関係も……」

 

「『石に口漱ぎ 流れに 枕す』……漱石がその名の由来にした有名な古事だ。意味は『偏屈』。普通、水の中で口を漱ぎ、石を枕にするだろ?それを逆にするってことは相当な変わり者ってわけさ」

 

「なるほど。普通、偽札を作るなら人目を避けて街外れにしたくなるが、敢えて人目のある駅前の、しかも交番横にその拠点を置いたわけか」

 

「ああ。一見、偏屈な変わり者の行為に見えるが、警察の盲点を着くにはこれ以上の位置どりはない。俊也くんのおにいさんは、きっとこの事を伝えたかったんだ」

 

「じゃあお兄ちゃんは……」

 

それにコナンはニヤリと笑う。コナンの推理通りであれば、お兄さんは新聞社の中にいると言う。その事を交番の警官に言うが、警官は大笑い。子供達の面白い嘘だと信じていないのだ。歩美達がいくら必死で訴えても態度は変わらない。そこでコナンは別の手段を取ることにした。そこでまず歩美達にそこから絶対に動くなと言い、離れた位置にある公衆電話から警視庁の目暮に新一の声で連絡をする。

 

「それと、突入する時は気をつけてください。犯人は人質を取る可能性がありますので」

 

コナンはそこで電話を切る。

 

(黒ずくめの女か……)

 

そこでコナンはあの時、殺されてしまった黒ずくめの仲間だった女、雅美を思い出す。そして子供達はといえばコナンを置いて先に新聞社に突入していた。

 

「ダメよ元太くん!コナンくんが動くなって言ってたでしょ!?」

 

「うるせえな!なんか証拠見つけなきゃあの警官が信じてくれねーんだよ!」

 

そこで元太と光彦の2人は走り、扉の前で聞き耳を立てる。しかし音がせずに扉をそのまま開けてしまった。

 

「アレ?だーれもいねーな」

 

「偽札なんて何処にもありませんね」

 

そんな2人を見て咲は溜息を吐く。哀は元太達の後ろに置いてあった道具を手に取ったていた。

 

「多種類の画溶液……試したのね」

 

「試し?……ああ、あの」

 

その時、咲の耳には誰かが叩かれる音と倒れる音が入ってきた。その音が聞こえた隣の部屋の話を聞くために集中しだした。

 

『勘弁してくれよ、姉御!』

 

『言ったはずだろ。アレは透かしの入ってない試作品。使うなって』

 

『あ、あまりにも出来が良かったから……』

 

そのあんまりな理由に溜息を吐きかけたが、それをぐっとこらえて耳を澄まし続ける。

 

『今に嫌になる程使わせてあげるよ。……こんな出来損ないの夏目漱石なんかより、数段上の福沢諭吉をね。それより、ちゃんと買ってきたんだろうね?指定した画溶液』

 

そこで哀が咲の様子に気付き、邪魔にならないように音を立てないように気をつけながら辺りを見渡す。

 

『ああ、買ってきた。いろいろ試してみたけど、透かしにはこれが一番!』

 

『……ん?おいおい!隣の部屋に誰かいるぞ!』

 

そこで咲は気付かれたことに気付き、声をかける。

 

「おい!気付かれたぞ!!」

 

その咲の言葉に少年探偵団3人は驚きの声をあげる。

 

「げ、元太くん!戻ろうよ!」

 

そんな時、光彦が偽札の透かしを見つけてしまった。しかしそれには両目が入っていない。

 

「おかしいですね、これ、両目が入っていませんよ?」

 

そこで咲は遂に舌打ち。彼女はもう逃げれないことを理解したのだ。気配の位置だけで。

 

「達磨と一緒さ」

 

そこで隣の部屋の扉が開き、銃を構えた女とあのコンビニにいた男が現れた。

 

「願いが叶ったら両目を入れるのさ。そこの偽札が上手にできたらね」

 

「な、なんだよ、お前達……」

 

そこで女は兄弟の感動の対面をさせる為に俊也の兄の姿を見せた。しかし彼は縄でグルグル巻きにされてしまっていた。

 

「俊也!!」

 

「あっ!お兄ちゃん!」

 

「馬鹿!近寄るな!!」

 

そこで咲が俊也を止めるが彼は止まらない。そして兄の元まで走り、そのまま右腕を骨折した男に捕まえられてしまった。

 

「おい、やめろよ!お前ら!」

 

そこで歩美がコナンに連絡をしようとしたがそこであのコンビニの男が歩美を捕まえる。歩美をなんとか解放させようと元太と光彦が抵抗し、歩美が暴れる。しかし女が静かにしろと言い、拳銃で脅しをかける。

 

「子供達に手を出すな!!出ないと俺はもう貴方達に手は……」

 

「安心しな。あんたの弟は一番最後まで取っといてやるよ。……そこのカチューシャの女の子をこっちに連れてきな」

 

そこで歩美を女の元に持っていく男。俊也の兄は何をする気だと叫ぶが、チンタラしている兄の作業を早めてやるのだと言い、1人ずつ死んでいけばやる気になるんじゃないかとも言う。

 

(……尖ったものを持っておけば良かったな)

 

咲は密かに周りを観察するが、何処にもペンや尖った鉛筆というものが見当たらない。これは相当なピンチだと理解した。

 

「コナンくん助けて!」

 

歩美のその叫びに、女は可笑しそうに笑う。

 

「コナン?ああ、廊下のところをウロついていた子供ならもう死んでるよ」

 

その言葉に探偵団の全員が驚きの表情を浮かべる。あのコナンが、死んだのだと聞いたのだから当たり前だ。しかし光彦だけは信じない。出入り口が一つしかないのにいつ殺すことが出来たのかと聞けば、監視カメラで全て丸見えだったとも言う。それは勿論、部屋の外の階段もだ。

 

「まあ、そこの子供が私達が気付いたことに気付かれたのは予想外だったが」

 

「……」

 

「でも知らなかっただろ?坊や達を逃さないように非常階段から犬山をここの入り口に周りこませた所で眼鏡の坊やがノコノコやって来ちまったから殺っちまったのさ」

 

それを聞き、遂に恐怖で涙を浮かべた歩美に拳銃を向ける。そんな歩美を慰める言葉をかけるが、しかしすぐにコナンの元へ連れて行ってあげると言ってのけた。

 

「バイバイ、お嬢ちゃん」

 

そこで女の手に勢いよく何かが当たる。女は慌ててその当てた犯人が入り口前に顔を向ければ、扉はユックリと開いた。そこから姿を現したのはーーーコナン。

 

「達磨と一緒だと?笑わせんな。福沢諭吉の左目がないのは彼を掘っていた彫り師が怪我をしちまっただけのこと」

 

「なに?」

 

「ほら、そこの腕を釣った白髭の男。そのおっさんだろ?本当の彫り師。完成間際に彫り師が怪我しちまったから、慌てて俊也くんのお兄さんを代役に立てたんだ。展覧会で彼の画力に目をつけ、彼を上手く呼び出し、ここに監禁してね。プリンターの横にある画溶液や机の上にある磁性鉄粉が入った容器。こんな物まで用意してあるってことは、今度は機械も通す気だな?偽札識別器をクリアし、見た目にも判りづらい偽札を、銀行、ゲーセン、パチンコ屋などの両替機で大漁に現金に換え、暴露る頃にはどこか遠くにトンズラしてるって寸法だ。……そうだろ?黒い帽子のお姉さん?」

 

「誰……誰だよ、あんた!!」

 

女の声にコナンは応え、姿を表す。

 

「江戸川コナン……探偵さ」

 

そのコナンの姿に哀と咲以外が安心したような笑顔を浮かべる。しかし、女は信じられない様子だ。

 

「馬鹿な!?お前はさっき犬山が……!!」

 

「へ〜。この太ったオッさん、犬山って言うんだ」

 

そう言って彼が引き倒した男は何の抵抗もなく倒れた。よく見れば彼はグッスリと眠っている。

 

「悪いけど、麻酔銃で眠ってもらったよ」

 

「ま、麻酔銃?」

 

女が戸惑うのも無理はない。子供の姿のコナンが銃を持ったとも思えない。その前に、そもそもそんな銃をどこで調達し、一体今はどこにあるのか、その物が見えないのだから。

 

「ああ、そうそう。さっきお姉さんにぶつけたのは犬山さんの拳銃だよ。蹴って命中させたんだ」

 

その拳銃は咲が回収した。しかしもうすでに使い物にならない様子で、咲は内心で舌打ちした。そして哀と視線を合わせ、小さく頷く。此処からは彼女に任せることにした。彼女の考えを全て理解しているわけではない咲だが、彼女のしたいようにさせる事にしたのだ。

 

「蹴った?」

 

「ああ。この、キック力増強シューズでな!!」

 

コナンは喋りながらセットしてい缶を二つとも蹴り飛ばす。そのコントロールはとても素晴らしいもので、二つとも男2人の顔に見事命中した。女はそれを見て拳銃を拾おうとしたが、それを先に取った者がいたーーー哀だ。

 

哀はそのまま拳銃を女に向けて両手で構え、戸惑いなく撃つ。その弾は黒い帽子の女の真横を通り、窓を割る。さすがにそんな目に会えば女は腰を抜かしてへたりこむ。勿論、それを見ていた少年探偵団も同じ。へたり込みはしないが信じられないものを見たような目で哀を見ている。

 

「は、灰原、さん?」

 

コナンは口元を引きつらせながら哀の名を呼ぶ。しかし彼女は全く動揺しない顔のままだ。

 

「すっげー……すっげーぜ灰原!」

 

「凄すぎます!」

 

「本物の銃なんて初めて見た!」

 

(むしろ見慣れちゃいけないものなんだが……)

 

咲は耳を塞いでいた手を離し、静かに哀を見据える。何はともあれ事件は解決。少年探偵団は喜び、その時か下にいた警官達も駆けつけ、中の様子に驚いた表情をしている。そんな警官に元太は笑顔で敬礼する。

 

「お疲れ様です!事件は解決しました!」

 

「これが証拠の偽札です!」

 

光彦がそう言って見せた偽札の紙に警官達は信じられないといった目を向ける。そして攫われていた俊也の兄も紹介し、そこまで言われれば警官達もあの話が『本当』の事だったのだと信じるほかなかった。

 

『少年探偵団に任せればこの通り!事件は即解決!』

 

「な!コナン!」

 

元太がそこでコナンに振り、コナンもぎこちなく頷く。

 

この20分後、犯人は全員捕まり、俊也の兄は解放された。そしてコナンは黒帽子の女に『バックにある組織』の事を洗いざらい吐くんだと言うが、女は全く身に覚えがないらしい。コナンが『ジン』や『ウォッカ』と言ったコードネームがついてるんだろと問うが女は随分前にお酒とは縁を切ったと言う。それに戸惑うコナン。

 

「おいおい、何を言っとるのかねコナンくん?この連中は偽札造りの常習犯『銀ギツネ』多少整形しとるが、この女ボスの顔は忘れんよ」

 

そこで更に拳銃所持に発砲と罪が重なり、当分は刑務所行きだと言えば、女は撃ったのは私じゃないと言う。それは確かに真実で、撃ったのは哀だ。それに目暮は目を見開き、哀になんて危ない真似をしたんだと怒鳴る。その哀の近くにいた咲はモロにそれが耳に響き、耳を抑えて踞る。哀はと言えば涙を目に浮かべて言い訳を始める。

 

「だ、だって……だって!うわぁーん!」

 

その哀の姿に目暮は自分が悪かったと謝り、コナンは疑問に思ってた事を解消させた。そして咲はと言えばそこに来ていた彰に肩を叩かれ、顔を上げて会話をしていた。

 

「咲、大丈夫か?」

 

「あ、ああ……大丈夫」

 

「そうか。それで、すまんが咲。今日、屋敷には俺達、帰れそうになくてな。雪男は寝当直で帰ってこれないし、修斗は会社でまだ仕事があって帰れそうにないと言ってたし、梨華は雪菜を連れて温泉旅行に行ってて屋敷には俺達、誰もいないんだ。……だから、何処か友達の家に泊まってきてもいいぞ?家に帰っても1人で寂しいだろうしな」

 

それを咲は聞き、哀に目を向け、頷く。

 

「……なら、なんとか相談してみる」

 

「無理だと言われたら連絡してくれ。送るぐらいならできるからな」

 

それに咲は頷き、立ち上がる。そして咲はコナンと哀と共に帰り道を歩いていた。哀は未だに泣いている。それをコナンは慰めていた。

 

「おい、もう泣くなよ。君ん家、この近くだろ?」

 

それに哀は答えない。咲も話しかける様子はない。それにコナンは嫌そうな顔をする。それも仕方ない事だろう。黒の組織の女かと思えば勘違いで、今隣には泣いてる女の子。彼にとっては何故お守りをしないといけないのかと思っているのだ。咲に任せれば良いかとも考えたが、咲から話しかける様子は全くないため期待は出来ない。そして道の途中でコナンは止まり、哀にあとは1人で帰れるかどうかを聞き、コナンはその場を去ろうとする。そこで哀は泣き真似をやめ、コナンに向かって一言。

 

「『APTX(アポトキシン)4869』」

 

「ん?」

 

「これ、なんだか分かる?……貴方が飲まされた薬の名称よ」

 

それにコナンは子供の演技をすることにした。この時、コナンは子供の嘘だと思ったからだ。

 

「な、何言ってんだよ。俺はそんな変な薬なんて……」

 

「あら。薬品名は間違ってないはずよ。……組織に命じられて、私が作った薬だもの」

 

「そ、組織?作った?……はは、まさか、子供の君に何が……」

 

「貴方と一緒よ。私も飲んだのよ。……細胞の自己破壊プログラムの偶発的な作用で神経組織を除いた骨格、筋肉、内臓、体毛。それら全ての細胞が幼児期の頃まで後退化する……神秘的な毒薬をね」

 

「灰原、お前まさか……」

 

「灰原じゃないわ」

 

コナンは目を見開き聞いている。この時、コナンの中で咲の存在はもうすでに忘れ去られていた。別段、彼女が聞いても問題はない話ではある。そもそも彼女は哀と同じ組織にいたのだから。

 

「シェリー……これが私のコードネームよ。……どう?驚いた?……工藤新一くん?」

 

コナンはすでにそれが本当だという事を確信してしまった。何故なら、彼女はコナンの正体に気付いているのだから。

 

「じゃあ、お前はあの黒の組織の仲間!?」

 

「驚いてる暇なんてないわよ?ノロマな探偵さん」

 

コナンは鋭く哀を睨む。そんなコナンの様子を楽しみながら哀は語る。

 

「言ったでしょ?今私が住んでるのは米花町2丁目22番地」

 

その場所をコナンは察してしまった。そう、其処にはあの阿笠博士の家があるのだ。そして哀は其処に追い打ちをかける。

 

「そう、貴方の本当の家の隣。……どこだか分かるわよね?」

 

そこでコナンは急いで博士の家に電話をかける。しかし連絡が取れない。

 

「おい、博士!おい!出ろよ!!」

 

「無駄よ。何度掛けても話し中。受話器が外れたまま。彼は取ることが出来ないのよ。なぜなら……もうこの世にいないんだもの」

 

「て、テメー!!博士に何をしたんだ!!」

 

「ふふ、博士がいなくなったら、やっぱり困る?その小さな電話も、キック力増強シューズも、みーんな博士が作ってくれたものなんでしょ?博士の協力があるから、その体で少年探偵をやっていられる。……つまり、今の工藤新一にとってのライフラインは、阿笠博士ってわけよね」

 

それにコナンは既に新一の顔のまま怒りを哀にぶつけ続ける。

 

「だから殺したっていうのか!!」

 

「さあ?どうかしら?……気になるなら、博士の家に行ってみれば?」

 

コナンはそこで走り出す。それを哀は笑顔で見送る。そしてコナンの姿が見えなくなり、遠ざかった頃を見計らって、咲は哀に言う。

 

「……悪い楽しみ方を覚えてるな、お前。どこでそんな楽しみ方覚えた?」

 

「あら。私は最初からこんな感じよ?それにしても工藤くん、貴方のこと完璧に忘れ去ってたわね」

 

「まあ冷静さを欠いてたしな。まあ、途中から気配を消させてもらったのもあるが」

 

「消さなくても良かったのよ?」

 

「それだとお前が楽しめないだろ?」

 

そこで2人してクスクス笑い、ゆっくり阿笠邸に向かう。

 

「ああ、そうだシェリー」

 

「今は灰原よ」

 

「そうだったな。灰原、悪いが泊まらせてくれないか交渉を手伝ってくれないか?北星家の屋敷に今回、あの兄妹がいなくてな」

 

「いいわよ。……貴方への罪滅ぼしにも協力させてもらうわ」

 

「……だから、『先生』の件はお前が罪の意識を持たなくてもいいんだ。……アレは、私が悪いんだから」

 

そんな会話をしているうちに阿笠邸にたどり着く。そして阿笠邸の扉を哀が開いた。

 

「ただいま」

 

「お邪魔します」

 

コナンはその2人ぶんの声に驚き、玄関を見る。するとそこには哀と咲がいた。そこで先程まで実は咲がずっといたことを思い出し、更にコナンは焦る。しかし隣の博士は和かな笑顔を向けていた。

 

「おかえり、哀くん。それから……咲くん?どうして君が?」

 

「すみません。今日1日だけでいいのでここに泊まらせてもらう事って出来ませんか?ダメなら屋敷に帰るから」

 

「彼女の家、今日は兄妹が誰一人いないそうなのよ」

 

「そうか。勿論良いぞ。それで、どうじゃった?学校は」

 

「結構楽しめたわ」

 

そこでコナンは嵌められたと思い、焦って損した思いさえ抱く。

 

「まあまあ、儂の番地を知らなかった新一も迂闊じゃった訳じゃし」

 

「知る訳ねえだろ!?隣の博士ん家に物送ったことなんてねえんだから!!年賀状も手渡しだったし……そんなことより、なんなんだよ!あの灰原って子」

 

「アレ?彼女に聞いておらんのか?……彼女は……」

 

しかしそこで咲の存在を思い出し口を閉じる博士。それに気付き、咲は仕方なさそうに溜息を吐き、席を立つ。

 

「……仕方ない。一度外に出てこよう。着替えとかもお願いしないといけないしな」

 

咲はそこで携帯を持って外に出る。そこで漸く博士は話を始めた。

 

「彼女は黒の組織の男の仲間で、君と同じ薬を飲んで小さくなったって……」

 

「え?」

 

「変じゃな〜。自分で言うから君には黙っててくれと言っておったのに」

 

それにコナンは焦る。しかしその理由に博士は気付かない。

 

「ああ!『灰原哀』という名前なら、女探偵の名前をもじって儂と彼女の二人で考えたんじゃ!灰原の灰は『コーデリア・グレイ』のグレイ、哀は『V.Iウォーショースキー』の『I』。儂は哀愁の『哀』より愛情の『愛』の方が可愛いと勧めたんじゃが……」

 

コナンはそこで大声を出して止める。

 

「なんで黒ずくめの女が博士の家に!」

 

「……拾ってくれたのよ。……雨の中、貴方の家の前で、私が倒れていたのをその博士がね」

 

「……俺の家の前だと?」

 

「貴方知ってた?組織は貴方の家に二度ほど調査員を派遣してたのよ。あの薬を飲んだ人間の中て、貴方の死亡だけが確認されてなかったからね。当然、その調査に薬の提案者である私も同行したわ。でも、家の中は埃だらけで誰も住んでる形跡はなく、一度目はそれでお開きになった。……二度目の調査はその一ヶ月後。相変わらず埃だらけでどこにも変わった様子はなく、私も、貴方は死亡したものだと思い始めた。その時よ。洋服ダンスの奇妙な変化に気付いて鳥肌が立ったのは。失くなっていたのよ。一ヶ月前にはあった筈の、貴方の子供の頃の服がごっそり」

 

その事実にコナンは顔を蒼褪めさせ、唾を一つ飲み込む。

 

「動物実験の段階で一匹だけ死なずに幼児化したマウスがいたから、この仮説は容易に立てられたわ。『工藤新一は、APTX4869を投与され、幼児化した可能性がある』ってね」

 

コナンは体を震わせた。組織に、自身が小さくなった事を知られていると思ったからだ。しかしそれは哀に否定される。

 

「感謝して。貴方のデータは死亡確認に書き換えてあげたから」

 

それにコナンは顔を上げる。その顔を見ないまま、哀は話し続ける。

 

「非常に興味深い素材だから生かしてあげたのよ。組織に報告したら、私の手元に来る前に殺される可能性があるからね」

 

そのデータを書き換えたのが組織を裏切った哀だと暴露た場合、また疑われる可能性は残っているとも哀は付け加えた。それにコナンは信じられないと言った目で哀を見る。

 

「う、裏切っただと?」

 

「そうよ。試作段階のあの薬を勝手に人間に投与したことも、組織に嫌気がさした理由の一つだけど、もっとも大きな原因は、私の姉」

 

「姉?」

 

「……殺されたのよ。組織の仲間の手に掛かってね。何度問い質しても組織はその理由を教えてくれなかった。そして、その正式な回答を得られるまで、私は薬の研究を中断するという対抗手段を取った。当然、組織に刃向かった私は、研究所のある個室に拘束され、処分を上が決定するまで待たされる羽目になった。どうせ殺されるならとその時に飲んだのが隠し持っていたAPTX4869。幸運にも、死のうと思って飲んだ薬は、私の体を幼児化させ、手枷から私を解放し、小さなダストシュートから脱出させてくれたのよ。……まあ、私とは逆に、死のうと思って飲んだのに、不幸にも小さくなった子もいるようだったけど」

 

最後の哀の言葉にコナンはさらに目を見開く。しかしそれを気にせず哀は続ける。

 

「どこにも行く宛のなかった私の唯一の頼りは……工藤新一。貴方だけ。私と同じ状況に陥った貴方なら、きっと私の事を理解してくれると思ったから」

 

コナンはその話を聞き、しかし彼の中での怒りは収まらない。その感情のままに彼女に叫ぶ。

 

「ふざけるな!!人間を殺す薬を作ってたやつを、どう理解しろってんだ!!」

 

そこで博士が止めに入る。そしてその声が聞こえたようで、流石に咲も入ってきた。

 

「おい、何事だ?」

 

「さ、咲くん!いや、これは……」

 

しかし今のコナンには咲の声さえ、聞こえない。そのまま叫び続ける。

 

「分かってんのか、テメー!!お前が作った毒薬の所為で、一体何人の人間が!!」

 

そこで咲は今、何の内容で彼が怒りに我を忘れているのかを理解した。だからこそ、止めることはしない。それは実際に事実であり、哀側の事情は咲も詳しく知るところではなかったのだ。だから、これはそれを知るチャンスでもあった。しかし、彼女から出た言葉はとても意外なものだった。

 

「仕方ないじゃない。毒なんて作ってるつもり……なかったもの」

 

そこでコナンが哀に更に怒鳴りかけたが、それを博士が上手くなだめた。しかも組織から抜け出したのは薬の考案者である研究者本人。解毒剤をすぐに作れると思いそう言ったが、その期待は破られる。

 

「薬のデータは全て研究所内。あんな膨大なデータ、一々覚えてないわよ」

 

それにコナンは悔しがり、研究所の場所を教えろと叫ぶが、既に3日前の夕刊にその研究所が炎上したと書かれており、何にも残っちゃいないという。それに二人は驚くが、哀と咲は当然というふうに顔色を変えない。

 

「私の口から研究所の場所が暴露るのを恐れて、組織が先に手を打ったのよ。この分じゃ、私が関わった他の施設も潰されてるわね」

 

「じゃあお前、もしかして……」

 

「ええ。組織は私を血眼になって探してるでしょうね……私がこんな体になっているとも知らずに」

 

そこで哀はコナンの方へと顔を向ける。

 

「でも、そのまま組織が暗殺のために使い続けたら、いずれ私達のように幼児化する人間が出ないとも限らない。そうなると、私や……」

 

そこで哀は咲に視線を向ける。その視線を追ってコナン達も見ればそこには咲がいた。そこで慌て出す二人だが咲はそれを知らぬふりして哀に頷きを返した。それを見て哀は言葉を続けた。

 

「私や、彼女の幼児期の顔を知っている組織が、私を見つけ出すのは必須」

 

それで二人は驚きの顔を咲に向けるが、咲はそれから顔を背けてしまった。

 

「どうする?厄介者の私を此処から追い出す?高校生探偵の工藤新一くん?」

 

それにコナンは彼女と、そして咲を見据える。その目に対して哀は背けることはないが、咲は背け続けた。咲は今、コナンの目を見るのが、怖いのだ。

 

「どうする?毒薬を作り、殺人に加担し、組織に追われてる。貴方にとっては極めて危険な憎むべき相手。貴方の身近に置いておく理由は、どこにもないわね」

 

そこでコナンは呆れたような顔で返す。

 

「バーロー。お前のことが暴露たら組織に俺のことが暴露るのも時間の問題。阿笠博士には悪いが、嫌でも此処で小学生してもらうぜ。下手に外を出歩かれる方が迷惑だ」

 

「あーら、優しいのね」

 

「それよりもだ」

 

そこで次にコナンが視線を向けたのは、咲。

 

「オメーも小さくなった組織の人間ってのは、本当か?」

 

「……ああ。組織にいた頃はコードネーム『KATS(カッツ)』。ドイツ語で猫と呼ばれていた」

 

「カッツ?」

 

「知らないか?『Zeller Sckwarze Katz(ツェラー・シュヴァルツ・カッツ)』というドイツ酒。私のコードネームはそこからだな」

 

「彼女は4歳の時に組織の構成員だった処分対象の男に殺されかけ、その男をジンが撃ち殺し、そのまま組織に連れ帰られた経歴の持ち主よ」

 

それに溜息をつき、付け足しを行う。

 

「……『組織の為に働き続ける』か『組織に役立つための人体実験者(モルモット)』になるかの選択肢しかなかったがな。それに、あの大男のこと。『先生』に聞いて見たら、あの男、組織の構成員を何十人と殺していたんだろ?殺しを楽しみにした特殊な嗜好持ち。しかも馬鹿なことにミスを何度も犯す始末。いらない駒は捨てられて当然だな」

 

「……まさか、お前も研究員じゃ……」

 

「いや、違う。……私は組織では『殺し屋』をしていた」

 

それにコナンは目を見開く。そのコナンの目を見て、咲は語り続ける。

 

「4歳から組織に誘拐され、『先生』から勉学を教わり、組織の為に役立てるかを見る為にジンからまず人を殺す所から教えられた。……あそこで殺さなかったら今頃、私は人体実験者だ」

 

「テメー!」

 

そこでまたコナンは激昂。しかしこればかりはどうしようもない。彼女も生きる為だったのだ。それはコナンも理解しているが、しかしそれでもどうしようもない怒りがふつふつと湧き上がり続ける。

 

「お前、それを悪いと、本気で思ってんのか?」

 

「……ああ」

 

それは本当の彼女の気持ち。彼女の『罪』。

 

「小さな頃は、私は生きる為に、殺すことに躊躇を持たない為に……罪の意識なら目を逸らし、蓋をしていた。だが……限界がきたんだ。だから、私は自ら薬を飲んで死ぬつもりだったんだ。……死んだ後でもいい。せめて、母の元に帰りたかったんだ。……罪で汚れた私ではなく、死んで全てなくなった綺麗な私のまま、会いたかったんだ」

 

しかし、彼女のその願いは叶わず、薬を飲み、体が縮み、その後に修斗に発見され、戻ってきた。それが彼女の現状なのだ。

 

「……本当に、死ななかったのが残念だ」

 

その一言を聞いた途端、コナンはその胸ぐらを掴んだ。

 

「ふざけんな!!罪も償わないまま死なせるか!!」

 

「こ、これ、新一!」

 

「……」

 

「絶対に組織を壊滅させて、オメーにも罪を償わせてやる!!絶対にだ!!!」

 

その言葉に、咲は苦笑い。確かにそれで彼女の罪はいつか現実的な方ではなくなるかもしれない。しかし、彼女の中では一生残るのだ。コナンはそれと向き合えという。それが……もう彼女には限界なのだ。

 

(……けれど、自分では死ねない。せめてあの姉との約束だけでも……)

 

「それより、君の親の身の安全の方が……」

 

「そうだ。それ、お前のこと、修斗は知ってて家に置いてんのか?」

 

その質問に、咲はまた苦笑で返す。

 

「ああ。そもそも、小さくなった私を拾ったのは修斗だ。……組織に先に遺体を見つけさせない為に、最後の仕事の後に携帯を拳銃で壊し、車や人通りが多い通りの近くの路地裏に移動し、そこで薬を飲んだ。そして死んだと思った私だが、子供の姿に困惑している間に修斗が私に気付いた、というわけだ。だから彼は知ってる……何より、彼は私の兄だ」

 

それにコナンは目を見開く。コナンはまだ修斗の家族構成を全て聞いたことはない。複雑な家庭であることは知っていてもだ。

 

「……今はそんなことは後回しだ。それより、シェリーの両親は……」

 

「心配ないわ。私の家も組織の一員。私が生まれてすぐ、事故で死んだらしいから。……貴方は『先生』から聞いてるでしょ?」

 

「なあ、その先生って……」

 

コナンが咲はそこで顔を背ける。

 

「……すまないが、まだ、言う勇気はない……」

 

「思い出させない方がいいわよ。……過呼吸を起こすから」

 

その哀の言葉にコナンは咲を一見し、仕方なさそうに頷いた。

 

「……ともかく、シェリーの家族は」

 

「滅多に会えない姉と、私の二人だけだったわ。組織の命令で、アメリカに留学していた私とは違って、姉は普通に日本で生活してたから。監視付きだったけどね。……そう、姉は私を組織から抜けさせる為に、組織の仕事に手を染めるまでは、普通の学校に通い、普通の友達を作って、普通に旅行して……」

 

そこで哀は一つ思い出した。そう、その姉が殺される数年前に、哀の姉が旅行の写真を入れたフロッピーを2、3枚送ってきたらしい。それを研究所で一通り見て、それをすぐに送り返したらしい。しかし、その後に薬のデータを入れたフロッピーが紛失したという。

 

「随分探したけど見つからなくって……」

 

「なるほど。お姉さんに送り返したフロッピーの中に、あの薬のデータが混ざっている可能性があるって訳か」

 

「それじゃあ、君のお姉さんが住んでいた場所を探せば……」

 

「無駄ね。姉の住んでいたマンションは、姉の死と同時に組織が引き払ったから、何もかも処分されてるはずよ」

 

しかし、フロッピーを入れたのは、一緒に旅行に行った大学の先生と言っていたらしい。もしかしたら、その先生が持っているかもしれないという考えにたどり着いた。

 

「その先生って誰か知らないか?」

 

「……南洋大学教授の『広田 正巳』」

 

その名前にコナンは反応した。そう、あの亡くなった彼女と同じ名前の人間なのだ。

 

「でも、どこに住んでるかまでは……」

 

「んなこと、大学に問い合わせればすぐに分かるけど……」

 

そこで博士はすぐに大学に電話をかけてみた。そして相手の男に旅行のフロッピーのことを尋ねれば誰だと問われ、哀の姉である『宮野明美』の名前を出せば、対応が柔らかくなった。

 

『ああ、明美くんの知り合いか。教え子と行ったあの旅行の写真のフロッピーなら、ちゃんと返してもらったよ。妙なフロッピーも混ざってあったようだが』

 

「妙なフロッピー?」

 

それで3人は確信する。それで間違いないと。

 

「そのフロッピー、これから取りに伺ってもよろしいでしょうか?」

 

『ああ、構わんよ。この後、2、3人客が来る予定だが、その後でよければ』

 

そして三時間後にそのお宅を訪ねると約束し、コナンは毛利家に博士の家に泊まると連絡した。その子供のフリをするコナンを見て咲は苦笑い。哀はそれとは反対にクスリと笑う。

 

「あら、子供のフリが上手いのね」

 

「ああ。嘘泣きするオメー程じゃねえけどな」

 

その後、博士の車であるビートルに乗る。そこでコナンは哀に気を許すなよと博士に注意を促す。彼がそういう理由は、本当の名前も、年齢も、組織が何を目的に動いているのかも教えないからだという。

 

「もしかしたら、あいつが言ったことは俺達をはめる為の嘘だったという可能性もある」

 

「そんな子には見えんがのぉ……」

 

その会話はずっと咲に聞こえており、彼女は両耳を塞いだ。彼女は組織にいた時、それなりに彼女とは交流を持っていたのだ。本心全てを暴露するほどの関係ではなかったが、居心地は良かったのだ。だからこそ、聞いていられなかった。

 

そして広田家にたどり着き、家に声を掛ける。家の中に入れば奥さん現れ、上がるように言われる。それに従い家の中にあげてもらった。

 

「客人は帰られたんですか?」

 

「ええ!主人の教え子が何人か入れ違いに来てたみたいですけど……」

 

そこで正巳がいるらしい部屋を奥さんがノックし呼びかける。しかし扉から出て来る様子はない。

 

「変ね、中で何かしてるのかしら?鍵なんか掛けて……」

 

コナンはそこで視線を上に上げる。天井は付近に窓がいくつかあるのを見つけるとそこに向けて思いっきりジャンプし、そこを開けようとしたが開けることが出来なかった。しかし中を見てみれば、血を流して倒れている人を発見する。

 

すぐに床に着地し、奥さんに部屋の合鍵はないかと聞くと、奥さんは戸惑いながらもそんなものないと答える。そこでこの部屋の扉をぶち破ることを決め、博士に手伝うよう伝える。それに博士は戸惑いを浮かべたがコナンから急かされ、ぶち破り作業を手伝い始めた。奥さんがそんな二人を焦った顔で止めに入るがもう遅い。扉を強引にぶち破った先には、教授である正巳が本棚の下敷きとなっている光景が目に入って来たのだった。




取り敢えず、先生のことはまだ語りませんが、そのことで少々、哀ちゃんは咲に対して申し訳ないという思いを持っています。しかし、実際、彼が死んだのはなにも哀ちゃんの所為ではないと作者の私からも言っておきます。

そして、咲のコードネーム。実はカッツではなくその前のシュヴァルツにしようかとも悩んだのですが(シュヴァルツ=黒)、咲の特徴の耳の良さを考えたらカッツかなと思い、こちらにしました。このシュヴァルツ・カッツ、そのまま直訳すれば『黒猫』。このワインのことを詳しく書くと少々長くなるので短く話せば、19世紀、ドイツのとある村で作られた白ワインの樽に黒猫が座り、それが一番美味しかったことからこの名前の白ワインがつけられたそうです。

それから大男はジンに撃ち殺されたと書きましたが、射殺された時に吹き出す血、果たして誰にかかったんでしょうね?


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第15話〜黒の組織から来た女 大学教授殺人事件・後編〜

今日のコナンの話、皆さんは見れましたかね?私としては満足でした!

ネタバレはしませんが、一部私が体験したい場面もあったとだけ感想を述べさせてください!!


遺体発見後、すぐに警察へと連絡し、その警察が来たあと、刑事に殺人事件なのかと聞けば、これは『事故』だと答えられた。

 

「事故、ですか?」

 

「ええ。まだハッキリとは言えませんが、事故死の可能性が高いですね」

 

静岡県警の横溝刑事はそう言ったところで、遺体の近くに倒れていた置物を検死をしていた医師が手に取り、声をかけてきた。

 

「横溝刑事、死因はどうやらこの置物によるものかと……おそらく、転倒したとき」

 

「やはりそうですか」

 

「転倒したと?」

 

その博士の質問に横溝は説明をしてくれた。曰く、正巳は本棚の上に乗っていた何かを取ろうとして棚に足をかけ、バランスを崩して本棚ごと倒れこみ、その本棚から落ちた置物に後頭部を強打し、死に至ったと言う。

 

「その証拠に、この部屋のドアにもドアの上に並んだ窓にも、しっかりと鍵が掛かっていました。そして!たった一つしかないこの部屋の鍵は、床に落ちていたノートの下に」

 

横溝が床に落ちていたノートを捲れば、確かにそこには鍵が落ちていた。

 

「それじゃあ、本人が鍵をかけ、その後、事故で亡くなったとしか考えれんと言うことですな」

 

「ええ、これはどう考えても……」

 

「誰かに殺されたかもしれないよ」

 

横溝の言葉の途中をコナンがそう遮り、横溝は驚いた顔でコナンを見る。しかしコナンはそれを気にせずに、床にひっくり返った状態で床にある電話とその上に開いた状態で落ちてしまったらしい本のところに近づく。

 

「君は確か、毛利さんの所の……」

 

そこで博士が慌ててコナンに近づき、親戚の子だと説明する。そんな博士を他所にコナンは電話を指差す。

 

「ほら見てよ、この電話。床に落ちてるでしょ?」

 

博士はそれに疑問を持つが、しかし電話が落ちているのはそれを置いていた台も倒れているからだという。しかしそれに咲は疑問をぶつける。

 

「ならば、なぜその電話の受話器が外れていない?」

 

博士と横溝が咲へと視線を向ければ、彼女は腕組みをしてその場に立ち、鋭い視線で博士達を見ていた。

 

「その電話、ひっくり返してカモフラージュをしているようだがまだまだ甘い。落ちたように見せかけたいなら受話器も外すべきだったんだ。つまり、誰か別の人間が、作為的にこの部屋を散らかしたと考えるべきじゃないか?」

 

「じ、じゃあ、まさか殺人!?」

 

それに横溝が待ったをかける。そう、そうなるとこの事件は『密室殺人』という事になるのだ。部屋の鍵は全て閉められ、その鍵は室内にあった状態。結論的にはそうなるだろう。

 

「じゃあ誰が主人を……?誰が主人を殺したんです!?」

 

奥さんが錯乱し、それを横溝が宥め始める。その間にコナンは咲に近付き、小声で話しかけた。

 

「……お前、さっきのアレは組織での殺し屋としての目線からか?」

 

「……そうなるな。……ふっ、皮肉にも、そういう知識ばかり得てしまったからな。様々な殺し方、暗殺の技術……そんな私からの言だ。ありがたくもらっておけ……これはまず計画的な殺人ではない。突発的な殺人だ」

 

その言葉にコナンは耳を傾ける。彼女のそれは確かに長年続けてきた知識。信じることはできるものだ。何より、今は潰そうとしているあの組織でその専門をしてきたのだから聞いておいて損はない。

 

「突発的な殺人だと思ったのは、明らかに証拠が残りすぎている。特にあの電話。あれは明らかに雑だ。しかしそれでも、密室にさせることが出来るほどの頭は回ったのには賞賛に値するな」

 

「……オメーがその技術で人を殺すとして、どうやって事故に見せかける?」

 

「……撲殺後、その遺体の近くにあの置物を置く。それも後頭部の方角に。そしてその後、すぐに本棚を倒し、あの受話器も倒す。受話器はもちろん外しておいてな。それらの作業を全て手袋をつけて指紋をつけないようにし、外に出る。これはあくまで私の考えた方法であり、密室じゃないことが前提になってしまうものだ。……正直、私は殺しをしたとしても密室にしたことはないんでな。組織の他の連中のなかでそんな事をする奴もいるかもしれないが……私には分からんことだ」

 

その間に奥さんからお客さんは博士を入れてお客が3、4人来ていたと言う。博士はそこで知り合いのフロッピーを取りに来たのだと言い、パソコンの方へと視線を向ければ、そこには哀が既に作業を始めていた。

 

「……なくなってるわよ?フロッピーディスク。全てごっそり」

 

「え?」

 

「この分じゃ、コンピューター内のデータも消されているかも」

 

「なんですか?あの少女……」

 

そこで博士は哀もまた親戚の子供だと言い訳をし、哀を止める。

 

「兎に角、儂は事件と無関係。子供連れで人を殺しに来る馬鹿はおらんじゃろう」

 

(組織だったらその盲点を突いて、組織の研究所にいる人体実験者の中から子供を連れ出し、殺すこともするだろうな。そういう心理を突いて。……まあ、そこまでの準備に時間が掛かるから、本当にするかと聞かれたら……ないな)

 

その間に哀とコナンは横溝から部屋の物には触ってはいけないと注意を受けていた。そして別の部屋で博士と大人しく待ってるように言う。そして咲にも顔を向けた。

 

「そこのお嬢ちゃんもだよ?……君もお爺ちゃんの親戚の子だろう?」

 

咲はそこで違うと答えようとした。勿論、子供じゃないと言う意味ではなく、単純に博士の親戚設定ではなく、北星家の親戚筋の設定だからだ。しかししかしそこで博士が肯定してしまい、なにも言えなくなってしまった。

 

「あ、あの、お爺ちゃんって……まだ52歳なんじゃが……」

 

事件現場から出た所で、コナンは哀に小声で問いかける。

 

「おい、まさか奴らがフロッピーを……」

 

「考えられるわね。あの薬をデータのフロッピーを紛失した記録と、それと同じ時期に私が姉に郵便物を送り返した記録が組織に残ってるから」

 

「なるほど。組織を抜けたお前が、データを受け取りに此処に来るのを、奴らは予測出来たかもしれなーってわけか」

 

「組織は取り敢えずデータを回収しようと此処に忍び込んだが、広田教授に見つかって撲殺した……悪くないわね」

 

「いや、最後のは頂けない」

 

そこで咲が否定し、二人が咲に顔を向ける。

 

「あの教授に見つかったとして、そこで彼を殺したならあんな雑な証拠は残さない。組織はそこまで馬鹿じゃないんだ。それを入ったばかりの新人構成員がしたならまだ考えようもあるが、それなら逆に出来過ぎな密室すぎる。むしろ証拠がアレだけしか残してないなら、その新人はこの先、コードネームをもらうか、もしくはミスが暴露てジンの銃の餌になるかもな」

 

「兎に角、まずは今夜此処に来た人の話を聞いてから……全てはそれからだ」

 

そしてその3人を待っている間に横溝は奥さんから話を聞いていたのだが、奥さんは事件当時、町内会の会合に出ていたと言う。

 

「近所の奥様と8時から11時まで3時間」

 

「じゃあ、奥さんは今夜、ご主人に会いに来た客人を見ていないんですね?」

 

「いえ、最初に来られた方とはお会いしました。ちょうど私達が出かける時で、主人が教え子だと言ってました。名前は確か、『細矢』さんと」

 

そこで横溝は部下にその細矢という人物を連れて来るように言う。その後、他の客の名前を聞くが、出かける前に電話を貰った博士以外は分からないらしい。正巳からの2、3人教え子が来ると言っていただけのようだ。

 

「うーむ、そうなると広田氏の教え子を一人残らず調べるしか……」

 

「あれ〜?なんか光ってるよ?この電話」

 

そこでいつの間にか入っていたコナンの声が聞こえ、横溝はそちらに振り向く。どうやら電話に留守電が入ったいたらしい。それに横溝も頷き、留守電を聞き始める。留守電の数は13件。まず最初に留守電を入れた人物は『白倉』という声から考えて男性。その内容の中に『約束は今晩』という単語があったため、横溝がその人物のことを奥さんに聞く。すると白倉という人物は若い男らしい。しかしコナンはそれに疑問を抱く。

 

(変だな。このテープ、所々、音が飛んでる)

 

次に入れたのは『盛岡』というこちらも声からして男性。この男もまた、『今夜何時にそちらに行けばいいんですか?』と尋ねており、また奥さんに聞いてみれば、正巳の最初の生徒だと言う。その盛岡という人物はよくこの広田家に遊びに来るらしい。そんな時、後ろから若い男が入って来た。しかし横溝はそれ気付かないまま、白倉と盛岡の住所を奥さんに聞く。そこで男が割って入ってきた。

 

「あの、『白倉』は僕ですけど……どうしたんです?この騒ぎ。何かあったんですか?」

 

入って来た男『白倉 陽』が聞けば、横溝は答える。

 

「殺されたんですよ、広田教授が何者かにね」

 

それに白倉が驚いた瞬間、次のメッセージに移行する。次のメッセージはまた白倉だった。その内容は翌日は都合が悪いらしく、今からそっちに行く、という連絡だった。しかしメッセージを入れていた盛岡は2件しかなかったにも関わらず、白倉は10件もメッセージを入れていた。この数は流石に違和感を持ったらしい横溝が白倉にそのことを尋ねた。しかしそれに白倉は何度連絡しても来ないからしょうがないから直接来たと言う。それに横溝は納得はしていない様子だが一度放置し、最後の一件を聞く。

 

『どうも、黒地生命です。当社の新しい保険の説明にお伺いしたんですが、お時間はいただけないでしょうか?あ、また、改めてお電話します』

 

「保険屋さんか」

 

横溝は何の疑問も持たずにそう言葉にする。しかしコナンは違う。彼は気付いたのだ。

 

(機械で多少声色は変わっているが、この口調、この声は……!!)

 

「ウォッカ」

 

哀の一言を聞き、コナンは素早く振り向く。その哀の隣には咲もいた。しかしその彼女は小さく震えていた。彼女の中で、ジンとウォッカは恐怖の対象なのだ。名前を自分の口から出すだけなら構わない。他人の口から名前が出るのも、その姿を思い浮かべるのも問題ない。しかしその声を聞き、その姿を見るなら話は別なのだ。

 

「お、おい、じゃあやっぱりこの事件……」

 

「いや、奴らの仕業の可能性は低くなった。もし奴らがフロッピーを取りに来たのなら、自分の声が入ったメッセージを現場に残すようなヘマはしねーよ」

 

「そうね。彼らなら、こんな密室を作り上げる前に、テープを回収してるはずだもの。留守番電話のメッセージは、もし広田教授が在宅していた場合、彼の警戒を柔らげ、目的を遂行しやすくする手段の一つ」

 

そこで哀は可笑しそうに笑う。

 

「今頃彼ら、焦ってるでしょうね。回収出来なくなったから」

 

その言葉を聞き、咲もその姿を思い浮かべてこちらも可笑しくなった様で、ふふっと笑う。

 

「じゃが、そうだとしたら奴らは……!」

 

「ああ、博士のワーゲン、他所に停めて正解だったぜ。奴らはもう既に、この近くに来てるかもしれねぇからな」

 

それからまた少し時間が経ち、この家に来た筈の獣医『盛岡 道夫』と証券会社課長『細矢 和宏』がやって来た。そこで二人に事情説明をすれば、二人は驚きで目を見開く。

 

「はあ!?先生が殺された!!?そんな馬鹿な!!」

 

「さっきまで元気でおいでだったのに……」

 

そこで横溝は細矢に奥さんと入れ違いでここに来たコ事を聞けば、それに細矢は頷く。

 

「は、はい。今度、娘が南洋大学を受けることになりまして、その推薦状を先生に書いてもらおうと伺ったんですが、先生は大分お酒を召されていた様で、今日のところは帰ったんです」

 

そこで横溝が奥さんにお酒の有無を聞けば、夕方から飲んでいたと頷かれる。それに少し考え込み、次に盛岡に話を聞く。

 

「留守番電話のメッセージでは、貴方も広田教授と会う約束をされていた様ですが?」

 

「ああ。チェスだよ。俺と広田先生はチェス仲間で、今夜もやろうって先生に誘われたんだよ」

 

そこで盛岡が床に散らばったチェスの駒を指差し、いつもこの事件があった書斎でやっていたと言う。しかし始める時間を決めていなかったらしく、それで2度電話したらしい。しかし留守番電話になっており、誘っておいてどういうつもりだと様子を見に来たと本人は言う。

 

「来たんですか!?今夜、ここに!」

 

「ああ。俺が来たのは9:30頃。玄関の鍵は開いてんのに呼び鈴鳴らしても出ねーから、約束忘れて寝てんじゃないかと、うちの中に入ったんだ。でも書斎に来てノックしても返事はねえ。鍵も掛かってたから仕方なく帰ったってわけよ」

 

「なるほど。その1時間半後に阿笠さんが来て、部屋の異変に気付き、ドアを破って死体を発見したと言うわけですね」

 

「ああ、そうじゃ」

 

そのタイミングで横溝はとある質問をぶつける事にしたらしく、白倉に顔を向ける。

 

「ところで、我々が到着したすぐ後に来られた白倉さん。貴方、今夜此処に来た要件。また聞いていませんでしたね」

 

「あ、はい。実は僕、モデルをやってて、今度雑誌の企画で『モデルの意外な素顔』というのをやる事になったんです。それで、大学生の時に僕が女装して、広田先生と写真を撮ったのを思い出して、その写真のデータが入ったフロッピーを先生に貸してもらおうと思ったんです」

 

「写真のデータをフロッピーに……」

 

「ええ。主人は気に入った写真の全てパソコンに入れていましたから。写真だけじゃありません。大学の入試問題、生徒の成績表、盛岡さんとのチェスの勝敗と結果まで入れてましたわ」

 

それを聞き、横溝はそのフロッピーを犯人は殺害後にごっそり持ち去ったと考えた。そしてそれが犯行動機だとも。そこまで考えて横溝は細矢に横目を向ける。

 

「細矢さんは娘さんが今度、南洋大学を受けますよね?」

 

「ええ」

 

「入試問題のフロッピーが手に入れば、入学は確実になりますね」

 

その横溝の言葉に細矢は慌てて否定する。彼はそんな事、考えてもいなかったと言う。

 

「第一、私達の他にも誰か来たかもしれないでしょ?それに、先生は大学のコンピューターも使ってらっしゃったんですよ?先生本人が全部大学に持っていったかもしれないじゃないですか」

 

それは確かにあり得る可能性だと盛岡は言う。正巳はフロッピーに何も書かないから可能性があると言う。

 

「それにこの部屋、密室だったんでしょ?」

 

「しかも、この部屋の鍵は部屋に落ちてたノートの下にあったと言うじゃありませんか」

 

それだけ考えればやはり事故だと思う。コナンもその考えに至るのは否定出来ない。なぜならこの部屋へと入るための扉や窓は全て閉じられ、隙があるとすれば入口のドアの下。しかしそこは鍵がやっと通るぐらいの隙間しかない。勿論、輪ゴムかテグスを使えば正巳撲殺後、鍵を奪って部屋の扉の鍵をかけ、ドアの下の隙間から鍵を部屋の中央に運ぶことも出来るだろう。しかしそう都合よくノートの下に滑り込ませることは出来ない。

 

(気になるのは、部屋中に本が散乱してるのに、なぜかドアから電話の一直線上には問題のノートしか落ちていないことと、少々ワカメになっている留守番電話のカセットテープ。でもこんなもの使ったってノートの下には……)

 

そんなコナンの後ろ姿を哀はジッと見つめている。彼女の中では、姉と会話した時のことが思い出されていた。

 

『江戸川コナン?』

 

『ほら、この前、話したメガネの男の子よ。ほら!貴方も何か用があって米花町の誰かの家に行ってたって行ってたでしょ?』

 

『ああ、工藤新一』

 

『そうそう!あの近所の探偵事務所の子よ!なーんか変わってるのよね。子供のくせに落ち着いてるって言うか、大人っぽいっていうか……』

 

『それよりお姉ちゃん、大丈夫?なんか、やばい事になってるって聞いたけど……』

 

『心配しないで、上手くいってるから。心配なのは『志保』、貴方の方よ。?いい加減、薬なんか作ってないで、恋人の一人でも作りなさいよ。お姉ちゃんは大丈夫だから』

 

しかしその後、彼女は10億円強盗犯として新聞に取り上げられ、その後に自殺し死亡したと報道された。その事を思い出し、彼女の眉間に皺が少し寄る。その様子に咲は気付き首を傾げる。しかし、あの事件にはコナンも関わっていた事を思い出し、そこで咲は彼女が姉を助けることが出来なかったコナンに対して恨みを持っているのではないかと考えた。しかし、それを咲はなだめることもしなければ慰めることもしない。そんな事しても、彼女の中の傷は癒えない事を知っているからだ。

 

(……すまんコナン。しかし、お前と彼女は一度ぶつかりあうべきだ)

 

咲がそう考えているとも哀の中の感情にも気づいていないコナンはひたすら考える。そこに遂に我慢の限界が来たらしい哀は怒りに身を任せたままコナンに近づく。それを後ろから見ていた咲は、何かあれば止めようとだけ考えて見守る体制に入った。

 

「無理よ」

 

「え?」

 

「部屋の外で鍵をかけ、部屋の中央の、しかも中にあるノートの下に鍵を運ぶなんて、物理的に不可能よ。たとえ、その留守番電話のテープを使ったとしてもね。色々不可解な点は多いけど、死んだ広田教授が泥酔していたなら、本棚と一緒に倒れて、後頭部を強打した事件でも考えられなくはない。それにこれ以上ここにいるのは危険だし、無理よ」

 

彼女は白のナイトを手に持ち、コナンの目の高さに合わせて片膝をつき、鋭く見据える。

 

「諦めなさい、工藤くん。この事件はもう……」

 

彼女は持っていた白のナイトを電話の上に置き、背を向ける。

 

「ーーーチェックメイトよ」

 

歩き出した哀を咲は見たあと、コナンを見る。彼女は今のところ、哀と知り合った時間の方が長いために彼女寄りだが、中立に立っている。別にここで彼ら組織に見つかろうが、それで自分の命が失くなろうが、構わないのだから。だから、コナンがここでそれを了承して帰ると言えば、それについて行くだけ。しかしコナンがそんな簡単に諦める人間ではないことも知っている。そう、今も彼は彼女が置いたナイトを手に、何かを考えているのだから。

 

(チェックメイト……っ!)

 

「さあ、早く裏口から……」

 

「待てよ」

 

哀はその声を聞き、振り返る。コナンは立ち上がり、キザに笑いながら哀へと語りかける。

 

「お前は知りたくねーのか?この事件の真相を」

 

「だから言ってるでしょ?これはどう見ても……」

 

「事故じゃねえ、殺人だ。広田教授を殺したあと、トリックを使ってこの部屋を密室にし、事故死に見せかけたんだ。今からお前に見せてやるよ……真実ってやつを」

 

哀は目を見開き、コナンを見つめる。今、彼女の目にはコナンの向こうに彼の本当の姿、工藤新一の姿がダブって見えてるのだ。

 

「『この世に解けない謎なんて、塵一つもねーって事をな!』」

 

そんな彼らの横で、3人は事故死だと決めつけ、それに横溝は彼の中で気になる点があり、素直に頷けず、捜査は停滞していた。しかし、その彼の気になる点などどうでもいいと盛岡は言う。部屋は密室であり、唯一の鍵はノートの下では誰も犯行は無理であり、犯人がいたとしてもどうやって鍵を閉めたのか。それが無理だと考え、彼は事故だと言っている。その事を横溝もずっと考え続けている。そんな時、細矢が翌朝に用事があるから帰ると言いだし、白倉、盛岡も帰ると言いだす。横溝がその3人を待つように声をかけたとき、「ちょっと待つのじゃ!」と声が掛かる。そちらに全員が振り向けば、なぜか言った本人である博士が驚いた顔をしている。

 

「ああ、いや今のは……」

 

その博士の後ろに隠れるように立っているコナン。そのコナンに向けて博士はなぜ自分の声を急にと問い掛けるが、それに返答は返されずに「分かったんじゃよ」と続けられ、慌てて博士は口パクをしだす。

 

「密室を作り出したトリックが。そしてそれを実行した犯人が誰なのかがの」

 

「な、なんだって?」

 

博士の言葉に全員が驚きの顔を向ける。哀と咲はコナンの方を観察していた。

 

「おい新一……」

 

「いいから、俺の声に合わせて」

 

二人のその会話は誰にも聞こえることはなかった。しかしだからこそ、盛岡は博士を責める。

 

「たく、さっきから言ってるだろ?これはどう見たって……」

 

「甘い甘い。これだから素人さんは困るんだ」

 

「素人ってあんた……」

 

(むしろ博士の演技は下手すぎる……いや、急だからか)

 

咲がそんな事を考えてるとも知らずに、言葉は続けられる。

 

「確かに部屋は密室。どう見ても事故にしか見えんが、留守番電話のカセットテープとチェスの駒を使えば、物の見事に密室を完成させることができるのじゃ」

 

その言葉に皆んな頭の中でハテナを浮かべる。それは博士も同じだ。そんなものでどうやって密室を作るというのか。誰が考えてもそれだけでは無理だと思うものだ。しかし、博士の向こうのコナンは出来る方法を理解し、解答を投げ掛け続ける。犯人を追い詰めるために。

 

「本当かね、新一」

 

博士が背後のコナンにそう小声で質問を投げかければ、コナンにチラチラこちらを見るなと怒られてしまった。そんな様子に哀は可笑しそうに小さな笑みを浮かべる。

 

「論より証拠。やって見せてもらおうじゃない?貴方が頭の中で描いた空想のトリックを、今、ここで」

 

(シェリー……)

 

「ああ、望むところじゃ。今からコナンくんに手伝ってもらって再現しよう」

 

博士は一瞬だけ焦りの表情を浮かべるが、しかしすぐに哀を見据えながらそう口パクする。しかしそれでも心配はあるようで、コナンの方に小声で問いかける。

 

「ほ、本当に大丈夫か?」

 

「ああ、俺を信じろ。100%成功する」

 

そこでまずコナンは警官の一人に声をかけた。

 

「ねえお巡りさん!携帯電話とか持ってない?」

 

しかしそのコナンに咲が近付いてきた。

 

「……ほら」

 

「……え、咲?」

 

「お前の望みの携帯だ。これを使えばいい」

 

「……良いのか?」

 

「ああ。私はお前のことを彼女よりは実際に見て知っているからな。……信じてるのさ」

 

咲はチラッと哀を見たあと、コナンに微笑みながらそう伝える。それに一瞬だがキョトン顔を見せたコナンだが、すぐにニヤリと笑って頷き、今度はまた笑顔で警官に手袋を貸して欲しいと頼む。そのとき、カセットテープを買ってきたという警官がやって来た。それに横溝は意味がわからないという顔をする。どうやら先にコナンが手回しをしたらしい。

 

「この部屋の留守番電話のと同じものがありました」

 

「なんで……私はこんなもの頼んでないが?」

 

「あれ?でもさっきこの子が……」

 

そう言って警官はコナンを指差す。そのコナンはといえば笑顔で横溝に近付き、手を伸ばす。

 

「まあまあ!良いから良いから、テープ頂戴?刑事さん」

 

横溝はまだよくわかってない顔をしていたが、しかしそのままカセットテープを渡してくれる。それを受け取り、すぐにトリックの説明を始めた。

 

「まずカセットテープの中身を適当な長さまで外に出して……」

 

「あ、こらっ!」

 

そこで警官に怒られる。せっかく買ってきたものがすぐにダメになってしまったのだから当たり前だが、構わず続ける。

 

「カセットを電話にセットする。勿論、テープははみ出させたままね。次にはみ出したテープを真っ直ぐ伸ばしながら、ドアの外に出て、鍵に付いてるリングにテープを通す。そして、その鍵を外のドアに残したまま、余ったテープを持って、部屋の中のノートが落ちてた位置まで戻る。あとは、高さの同じポーンの駒を3つ、三角形に置き、余ったテープの先端を電話に一番近い駒にかけて、その上にノートを乗せて……」

 

「ふん、とんだ茶番だわ」

 

そこで哀は鼻で笑う。コナンの推理を聞き、哀は無理だと考えたのだ。

 

「テープの引っ張られる力で駒を倒すつもりでしょうけど、所詮、机上の空論。駒の台座はシッカリしてるから、倒れる前に鍵は駒に引っかかったまま、ノートの外に出て……」

 

しかしコナンはそこで白のポーンを逆さ持って見せつける。

 

「逆さだよ。このあと駒を逆さにするんだ」

 

そのコナンの言葉に哀は驚きの表情を浮かべる。咲はそのコナンの言葉で理解した。

 

「なるほど。駒の頭は丸いが、そのノートのように裏の厚紙がシッカリしていれば……」

 

「ああ。乗せられるはず」

 

そうしてノートを手で支えながらポーンの駒を一つずつ反対にしていく。

 

「灰原、此処からは私達は大人しく見ていよう。きっと、面白いものが見られるぞ」

 

咲がニヤリと笑って哀を見る。そしてコナンに視線を向ければ、コナンはそれに頷き、部屋の外に出て扉を閉める。

 

「まずは部屋の外で鍵をかけ、鍵を床に置き、電話を掛ける」

 

すると書斎の電話が鳴りだし、暫くして留守電へと変わり、テープが巻かれだした。

 

「その力で鍵はドアの下の隙間を通り、部屋の中央に仕掛けたノートの下に入り、やがて駒にぶつかり、駒はバランスを崩して……」

 

そのまま駒は全て弾き出され、鍵はノートの下敷きとなってしまった。それに哀や被疑者3人が驚愕する。

 

「なるほど、留守番電話を流し続ければ、テープは巻き取られ、証拠もなくなるという訳か」

 

そこでコナンが入ってきて、うまく言ったかと聞いてくる。それに咲は口角を上げたまま頷き、博士も褒める。

 

「おお!バッチリじゃ新一!!」

 

しかしそこでミスをする。彼の本来の名前を言ってしまったのだ。勿論、それを聞いていた横溝は疑問全てを詰めて一言「え?」と出した。それに博士は慌て出し、すぐに自分が思った通りだと訂正した。

 

「ちなみに、駒を立てる位置をノートの隅にすれば、駒はノートの下に入り込みにくくなるが、まあ入ったとしても不自然には見えんじゃろ」

 

「となると、このトリックを使えたのは、留守番電話に10件もメッセージを入れている……白倉陽さん、貴方ということになりますね」

 

陽はそれに焦り顔を見せる。そんな彼に正巳の奥さんは怒った顔で詰め寄った。

 

「じゃあ、あんたが主人を!!」

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「テープが所々捻れていたのは、トリックを使った証拠!……間違いありませんね?」

 

それに陽は待ったをかける。先にトリックの方を褒めながら、しかしそれをやったのがなぜ白倉なのかと聞かれる。

 

「僕は留守番電話に多めにメッセージを入れただけじゃないですか!第一、僕が犯人なら、態々現場に戻って来たり……」

 

「戻ってきたのは『ある物』を回収するためじゃろ?」

 

その博士の言葉に陽は不思議そうな顔で博士を見る。しかしその顔はすぐに青ざめる事となる。

 

「そう、貴方の指紋がベタベタ着いた留守番電話のテープをな。……先にテープを見せてもらったとき、一目で分かったよ。誰かの指紋が多数、付着しているのが。そしてこれが準備なしの衝動的な犯行じゃという事もな」

 

それは確かに咲も見た。あれを見て、更にこれが衝動的なものだと彼女の中でも確信させるものとなったのだから、忘れるわけがない。

 

「貴方は恐らく今夜、広田教授に会い、なにかで口論になり、思わず撲殺してしまったんじゃ。運良く今のトリックを思いつき、事故死に見せかけて密室にすることは出来たが、所詮は準備なしの殺人。手袋無しじゃどうしてもテープに指紋が残ってしまう。そこで貴方は死体の第1発見者になり、現場は密室だったことを奥さんに確認させたのち、隙を見てテープをすりかえるつもりじゃったが……先に儂等に発見され、警察が来てしまい、仕方なくメッセージ通りにここへ来たという訳じゃ。わざわざ自分のメッセージに自分の名前を名乗ったのは、テープを回収することが出来なかった場合でも、トリックを見破られにくくするため。自分のメッセージがたくさん入って入れば、否が応でも自分の指紋の着いたテープが注目されてしまうからの。なんなら白倉さんの周辺を調べてみればいい。何処かに教授のフロッピーがあるはずじゃ。ごっそり持って行ったフロッピーの中身を、この短時間で全て確認するのは無理じゃろうからの」

 

そこで横溝がまず陽の部屋から調べていいかと聞けば、もう逃げられないと陽は理解し、自白しだす。

 

「……この家の前に止めた僕の車のダッシュボード……フロッピーは全部そこにあるよ。あの写真のデータが入ったフロッピーもな」

 

「『あの写真』?」

 

「さっきも言ったでしょ?雑誌の企画で『モデルの意外な素顔』ってヤツをやることになったって。それて広田先生に、僕が大学祭で女装した写真を送ってくれと頼んだんだ。。ところが、先生から送られて来たのは『君の素顔はこれに勝るものなし』というメッセージと共に入っていた……僕の昔の顔」

 

「昔の顔?」

 

横溝の疑問の言葉に、彼は整形したのだと言う。それも、モデルになった時に、その上、名前までも変えたという。

 

「丁度いいと思ったんだ。化粧とかカツラで顔がハッキリしないし、女装の写真なら笑えるし。当然、昔の顔を編集部に渡せる訳もなく、何とか女装の写真を貸してもらおうと先生に掛け合ったけど、先生は、僕が女装した写真をふざけた写真と言い、あげく直接編集部に送ってやるとまで言って……その言葉に切れて、我に返ったら、目の前に広田先生が倒れていたんです。……あとはその人の言った通り、何もかも、ズバリ的中ですよ」

 

その言葉に、咲は目を伏せる。コナンと会い、咲はずっと殺人や誘拐などといったものを見続けてきた。その度に彼女の中で、何度も何度も浮かんでは叫びそうになる怒りの言葉を……彼女の嘆きを、ずっと抑え込んできた。そして今回もまた、彼女の中でそれは浮かび、必死にそれを押さえ込む。

 

(こんなに簡単に人の命を殺して……それから逃れようとして……。お前はいいじゃないか。傷付くのは『それだけ』なんだから。私が失いかけたものは私の『命』だったと言うのに……抵抗しても死の道しかなく、飼い猫のように躾をされ、従わないとまた命を失うかもしれないという恐怖もなく、最後には、私の一番の心の支えだった先生を……私は……っ!)

 

そこで彼女は一度深呼吸をし、何とか精神を落ち着けにかかる。もちろん、それだけで絶対に彼女の中では落ち着きはしない。しかしそれを吐き出すことだけは、防ぐことが出来るのだ。

 

陽は手錠を掛けられ、警察署へと連行されて行く。その背中に、博士は声をかける。

 

「白倉さん。余計なことかもしれんが、きっと広田教授は自分を偽らず、もっと自分に自信を持てと、そう伝えたくて昔の写真を送ったんじゃと思いますよ」

 

「……その言葉、広田先生から直接聞きたかった。……残念です」

 

そこで広田は去っていく。その背を見送ったあと、横溝は博士に笑顔で近付いてきた。

 

「いや〜見事な推理!事件が解決したのはあなたのお陰ですよ!阿笠さん!」

 

「あ、あはは!いや〜、それより、儂が取りに来たフロッピーを直ぐに返して欲しいんじゃが……」

 

しかしそれは証拠物だから警察署で一度調べてからだと断られる。それなら仕方ないと諦め、一度この家から引き上げることを決めたコナン。それを聞き、博士は横溝に変える事を伝える。その後を咲も付いていくが、哀だけついてこない。そんな哀にコナンは声をかける。

 

「ほら、オメーも早く……」

 

「……どうして?」

 

哀はコナンに静かにそう問いかける。その頬には一滴の雫が零れ落ちた。

 

「……どうしてお姉ちゃんを、助けてくれなかったの?」

 

彼女の目からはポロポロと涙がこぼれ落ちている。それにコナンは目を見開き、驚きながらも彼女の言う『お姉ちゃん』が誰なのか、分からなかった。

 

「お姉ちゃん……?」

 

「まだ分からないの?『ヒロタマサミ』は広田教授から取って付けた、お姉ちゃんの偽名よ!」

 

そこでコナンは漸く理解する。そう、その名前はあの10億円強盗犯の『広田雅美』は……哀の姉『宮野明美』なのだ。

 

コナンはあの時の事件の事を思い出す。彼女を死なせてしまった、助けれなかったあの事件を。

 

「あの人が、君の姉さんだって……?」

 

「そうよ!」

 

その二人の会話は声が大きくなり、遂には横溝にも聞こえるほどの大きさとなったようで、横溝がコナン達の方に顔を振り向かせた。それに気付いた博士と咲が止めようと声をかけるが、哀は止まらない。

 

「あの時……貴方ほどの推理力があれば、お姉ちゃんのことなんて直ぐに見抜けたはずじゃない!!なのに……なのに……どうしてよ!?」

 

哀はそこでコナンの服を掴み、泣き出してしまう。咲はそれを悔しそうな表情で見続けた。その事件に咲事態は関わっていない。明美の死も新聞で初めて知ったぐらいだ。けれど、その布石があったのは知っていた。コナンが修斗に電話を掛け、それに修斗が行くのをやめろと止めた時、彼女は丁度、部屋の前を通っていたのだ。その時は修斗の声しか聞こえず、行くとマズイところに行く誰かを必死に止めてるのだろうぐらいにしか思っていなかった。その電話が、今もあの事件と関係しているのかは咲には分からない。しかしもし関係していたのだとしたら……咲は、ほとんど見捨てたも同然となる。

 

知らなかったという言い訳は咲の場合、通じるだろう。そしてそれは咲も分かっている。しかしそれでも、彼女の中の悲しみもまた、癒えることは一生ないのだ。

 

その広田家の事件から一週間後、警察からフロッピーが届き、コナン達は早速それを博士のパソコンで立ち上げることにした。

 

「しかしよくチェックが通ったのぉ」

 

「組織のフロッピーは、パスワードを入力しなきゃただの文書ファイル。怪しまれるなんてないわ」

 

「どうだ、出そうか?」

 

「ええ。それに、入ってるデータは薬だけじゃないわ。私がこの研究チームに配属される前に、薬に関わった実名と住所が、コードネームと一緒に入ってるはずよ……この研究に出資した人物の名前もね」

 

それを聞き、コナンはニヤリと笑う。そう、上手くいけば組織を丸裸に出来るほどの大きな違い可能性の塊が、今、目の前にあるのだ。彼がそれを聞き、嬉しがらないわけがない。しかし反対に咲は不安に駆られる。彼女も大人に戻りたくないわけじゃない。戻ったあと、警察に出頭すればいい。相手にされないなら彼女は一人、毒でも飲んで死ぬつもりがあるのだ。

 

(まあそうなれば『自殺』……姉と小さな頃に交わした『自分を殺さない』という約束は守れないが……いや、そんなことは後で考えればいい。問題は……本当に組織はそれほど重大なフロッピーに、何も仕掛けていないなんてことが、果たしてあるのか?)

 

その咲の予想はーーー見事に大当たりする。

 

フロッピーのデータを開いた瞬間、パソコンのデータが全て消え出したのだ。

 

「な、なんじゃこれは!?」

 

「それはっ!?」

 

「コンピューターウイルス『闇の男爵(ナイトバロン)』」

 

「「なにっ!?」」

 

「組織のコンピューター以外で立ち上げると、ウイルスが発生するようにフロッピー自体にプログラムされていたのよ。迂闊だったわ」

 

「じゃあ、データは全部!?」

 

「ええ、何もかも、消滅したわ。コンピューターのプログラムもね」

 

それを聞き、博士は悲鳴に近い驚きの声をあげる。コナンはデータがなくなったことに悔しがる。そんなコナンに、哀は静かに言葉を投げかける。

 

「……貴方とは、長い付き合いになりそうね。江戸川くん」

 

二人の視線は交わり合う。そんな二人を見て、密かに咲は深い溜息を吐いたのだった。




書いてて思ったのですが、この頃の哀ちゃんとコナンくんはこんなにギクシャクしてたんですね。この回を見たのも久しぶりでしたのでうっすら記憶に残ってる程度でしたから、書くときにアニメを見てるんですよね、私。

今の二人の信頼しあった相棒関係しか知らない方には、こんな時代もあったのだと知ってもらって、もっとコナンを楽しんで見てほしいですね!


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第16話〜競技場無差別脅迫事件・前編〜

ちょっと更新が遅くなってしまいすみませんでした。

実はリアルの事情で更新出来なくて……今、現在住んでるところから引っ越しのための荷物出しと、就活中でしたので。まあ、つまりは疲れ切ってたんですよね……働き出したらどうするつもりなんだ、私。疲れるなんて毎日やで……。


今日、咲はいつも通りの悪夢から目覚め、なんの約束もない休日であるなら彼女は図書館に行ったり、外でボーッとしているのだが、今日は少年探偵団達に誘われ、サッカーの試合を観に行くことになった。勿論、最初は断ろうと思ったのだ。映像に映る可能性があると考えたのも一つだが、一番の理由は残念ながら彼女にサッカーに対しての興味が全くないからだ。遊びでのサッカーは誘われれば子供らしくを心がけ、その誘いに乗りはするのだが、さすがに興味ないものを観に行くのは彼女にとっては億劫でしかない。が、最初に断ろうとした時に、子供達からのあの悲しそうな顔を見れば、断れなくなってしまったのだ。

 

彼女がそれを思い出しながらも着替え終えた。そんな時、彼女の頭に茶色の帽子が深々と被せられた。

 

「……おい、修斗。なんだこれは?」

 

「やっぱり足音聞こえてたか。……帽子だ帽子。どーせサングラスかなんか掛けて、観客席から立ち上がらずにいるつもりだったんだろ?カメラに入ったら暴露る可能性があるから」

 

「そのつもりだったが、だからこれはなんなんだ?」

 

「サングラスとかしなくても良いように、な。こういう帽子被っときゃ、お前の場合はすぐ分かんないと思うぞ。黒髪黒目なんだ。日本人なら大抵その髪と目の色だし、あとは髪型変えりゃ、すぐには分からないと思うぞ?……ということで、だ。髪型変えるからこっち来い」

 

修斗はそう言って、咲の部屋にあるドレッサーの椅子の後ろに待機する。そんな兄を見たあと、咲は頭の帽子を取り外した。被せられていたのは茶色の中折れ帽子だった。

 

「……お前が変えるのか?」

 

「使用人の人でも良いならそうするが?」

 

「それは断る。そうじゃなくて、瑠璃や雪菜は……」

 

「瑠璃も雪菜もまだ寝てる。俺も朝5時には起きるし、兄貴と雪男は6時起床。梨華はそもそもまだ帰ってきてない。なら俺がするしかないだろ」

 

「……出来るのか?」

 

「妹達に頼まれてた頃が一時期あったから、任せろ」

 

それを聞き、咲は一つ溜息を吐いたあと、化粧台の前に座った。覚悟は溜息と共に決めてきた。

 

「……ストレートにだけはしないでくれ。『仕事』のことを、思い出す」

 

「そりゃ、ほとんど黒一色じゃあな……別の色にすりゃ良いのに」

 

「……なら選んでくれないか?」

 

「……はっ?」

 

そこで修斗はキョトン顔で咲を見る。彼にとって、咲のその言葉は予想外だったのだ。そんな修斗を見て、咲はクスクスと笑う。これは彼女にとっては一つの仕返しだ。コナンの正体を教えなかったことへの細やかなる仕返し。

 

「いや、ちょっと待て。お前、見た目小学生でも中身の歳、考えて言ってるか?」

 

「ああ言ってるとも。だが瑠璃が言ってたぞ?『私達は『兄妹』なのだから気にしなくても良いだろ』と」

 

その言葉に修斗は頭を抱えて逡巡し、息を一つ吐き出し、咲に最終確認を取ってきた。それに頷くと、修斗はトボトボとタンスを引き出し、服の選定を始めた。

 

「えっと……って、なんだこの服の数。色も様々あるし……」

 

「ああ、それらは瑠璃と梨華が買ってきたんだ。ただ、正直に言えば少々困っている」

 

「……またあいつらかよ。雪菜にもしてたぞ、そんな事。……まあ良い。ほら、コレとかどうだ?」

 

そう言って修斗が投げ渡したのは緑のタートルネックに明るい茶色のショートパンツ。

 

「まあ寒いだろうし、上に子供用のコートかなんか着とけば問題はないと思うぞ」

 

それを聞き、咲はあの黒いロングジャケットを着ようとした。それに修斗は呆れ顔。

 

「結局、黒を選ぶんじゃないか……」

 

「全てが黒一色じゃないなら大丈夫……のはずだ」

 

「はずってお前……とりあえず、その姿ならやっぱりストレートの方がいいな」

 

「……」

 

それにコクリと頷き、修斗が一度出て行ったのを見て、着替え直し始めた。そしてストレートにし、近くの姿見に自身を映す。勿論、思い出してしまうかを確認するためのものだったのだが、どうやら思い出すことはなかったようだ。

 

(やはり、黒一色だとあの組織にいるような気分になるようだな……少しずつ、別の色の服も着ていくか)

 

自己分析をしたあと、部屋を出る。その扉の前には修斗がおり、咲の姿を見て、満足そうに頷いた。

 

「似合ってるぞ?あとはさっき渡した帽子被って行けばいい」

 

そんな修斗を見て、咲はジッと見たあと、小さく笑みを浮かべる。

 

「……ありがとう、修斗」

 

それに同じく微笑みを修斗は返し、一緒にリビングへと向かって行った。

 

それからさらに時間が経ち、少年探偵団達との集合し、そのまま国立競技場には行かず、さきに商店街の所で獅子舞が披露されていた。それを他の見物客に混じって見ることとなった。咲にとって、覚えている限りは初めての獅子舞演舞だ。

 

「ねえねえ!獅子舞の獅子って、目暮警部さんに似てない?」

 

「ええ?」

 

歩美のその言葉を聞き、哀の隣にいたコナンは獅子舞をもう一度見る。言われてしまっては獅子舞が目暮の高木を怒る姿に見えてしまい、プッと吹き出してしまった。

 

「本当!そっくりだ!」

 

「でしょでしょ!!」

 

「元太くんにも似てますね!」

 

「なにー!?」

 

「ほらほら!そっくり!」

 

その光彦の言葉に元太が怒り、光彦を捕まえる。その二人にコナンはそろそろ行こうと声を掛ける。咲が時間を見れば、確かにそろそろ行かなければ始まってしまう時間だと理解した。コナンの声に元太は分かってると返し、光彦を捕まえた状態のまま、国立競技場へと向かって歩き出した。今日は天皇杯の試合。それも今日の試合はビッグ大阪対東京スピリッツなのだ。このチーム同士はよくぶつかり合うことが多いが、その試合はいつも白熱する。その分、ファンも興奮し、このチーム同士の対決時の客席はほぼ満席となる。そして試合が始まって少し経ち、東京スピリッツがゴールを決めると、哀と咲を除いた4人は歓声の声を上げ、その声がさらに咲にとってはダメージとなる。すでに彼女は耳を塞いで客席に座っていた。

 

「……あなた、大丈夫?」

 

「これが大丈夫に見えるか?」

 

「全く見えないわね。こうなる事ぐらい、分かってたでしょう」

 

「分かってはいたさ。だが……彼ら3人の悲しそうな顔を見たら、断るに断れなくなってな」

 

「……そう」

 

その返答に哀はそれだけを返し、持っていた雑誌に目を向けた。

 

「ねえねえ!今決めた人、誰誰!」

 

「スピリッツのヒデですよ!直樹のセンタリングにヒデがヘッドで合わせたんですよ!」

 

光彦が説明しながら見ている画面には、そのゴールを決めたヒデが相棒の直樹に肩を組まれ、仲間からも喜ばれている姿が映っていた。

 

「さすがヒデだぜ!」

 

「ええ!彼は怪我さえしてなきゃ日本代表入り確実って言われてましたからね!」

 

「日本代表って言えば、ワールドカップは惜しかったよな」

 

「一勝も出来なかったら、悔しいですよ」

 

「でも、なんで大人まであんなに大騒ぎしてたんだろな?」

 

その元太の言葉に歩美も同じ反応を返す。歩美のお父さんは日本が大会に出られたなんて、夢みたいとまで言ったらしい。その大会の大きさに光彦はよく分かっていないらしい。その大きさを理解しているのは、4人のうち、たった1人。

 

「バーロー。ワールドカップは世界中の国が威信をかけて闘う、スポーツ界最大のイベント。日本中が騒ぐのはあったりまえだよ。……ま、日本が一勝も出来なかったのは悔しいけど、世界の壁はそれだけ厚いって事さ」

 

(……そう言えば、あのヒゲの彼も、過去に予選試合を見ていて負けたとき、何気に悔しがっていたな……)

 

咲が思い出したのは、ロン毛スナイパーとはまた別のスナイパー。よく褐色の彼と組んでいた彼だが、そういうイベントを見ていて日本が負けたとき、何度か悔しがっている姿を咲は見たことがある。勿論、咲が見ていたと気づけば、慌てて取り繕っていた。そんな彼とは4年ほど前、彼がNOCだと言われ、少し咲が動いて以降、会ったことはない。勿論、彼は生きたままなのだが、もう彼は組織に戻ることは出来ない。当たり前ではあった。

 

咲がそんな考え事をしている間のコナンはと言えば、光彦達から責められていた。そのワールドカップで負けた後、この場の誰より悔しがっていたのはコナンだ。いつものコナンはとてもクールでかつ大人っぽいのだが、その時だけは、その試合を見ていた博士のところのテーブルの上でジタバタして悔しがっていたのだ。

 

「しゃ、しゃーねーだろ。日本のワールドカップ出場は、ガキの頃からの俺の夢だったんだから」

 

「何言ってんだオメー、ガキの頃からって」

 

「コナンくん、今でも子供じゃん……」

 

「コナンくん、一体何時頃からサッカー見てるんです?」

 

その3人からの純粋な質問にコナンは焦る。そもそも言えるわけがない理由なのだから焦って当然だ。そんなコナンの様子に哀はフッと笑う。それに気付いたコナンが後ろを向けば、サングラスをかけて雑誌を読む哀と、歓声を遮るために耳を塞いでいる咲がベンチに座っていた。

 

「何がおかしいんだよ、灰原」

 

「名探偵さんも、サッカーが絡むとただの少年になっちゃうのね」

 

「ほっとけ。大体オメー等は試合見ねーのかよ?」

 

それに哀は笑みを消した。

 

「私は付き合いで来ただけ。奴らは、私達の小さい頃を知ってるのよ。万一、テレビカメラで私達の顔が撮られて放送でもされたら、私はたちまち奴らに捕まり、咲は裏切り者として消されるわ。そうなったら貴方だってやばいのよ?だから、私はあんまり来たくはなかったんだけど……」

 

そこで哀のサングラスが取られ、それに哀が驚いて顔を上げ、慌てる。しかしそれを気にせずにコナンが被っていた帽子を代わりに哀に被せた。それに目をパチクリさせている哀にコナンは笑顔を返す。

 

「どうだ?それなら撮られても平気だろ?咲のは修斗からの配慮だろ?」

 

「ああ、まあ……ただ私は興味が……」

 

「いいから、ほらっ!」

 

そう言ってコナンに哀と咲は腕を引かれた。それに待ったを掛けようとしたが、コナンから今は組織の事を忘れて試合を勧められる。

 

「サッカーの試合は生で見るのが一番なんだからよ!」

 

そう言った彼の顔はとても子供らしかった。そんな彼の楽しんでる顔を見て、咲は溜息を一つ吐いて試合を見ることにした。そして哀はと言えば、そんなコナンの様子を見つめていた。

 

(工藤くん、貴方は夢にも思ってないでしょうね。貴方は既に、我々組織が半世紀前から進めていた秘密プロジェクトに、深く関わってしまっているなんて……)

 

そんな哀の考えを、咲は知らない。咲が知っているのは、先生の処分の決定が下される前に、その本人から聞いた組織が、先生が研究していること、そして幹部とボスのメールアドレスだけだ。勿論、幹部の中には名前だけ知ってる者もいる。研究の方は、その全てを咲が理解できてるかと言えばそうではない。彼女にとっては意味不明な部分もあり、記憶が変わってしまっているところもあり、その通りだと鵜呑みには出来ない。たとえそれを伝えたとして、伝えた相手は確実に危険に晒される。それは、咲には耐えられない。

 

(……哀の方が理解できているのだろう。それを伝えないと言うことは……なら、私からも伝えるのはやめておこう)

 

そう決めて見ている時、コナンから呆れ顔を向けられ、哀と同じようにコナンを見る。

 

「普通、こんな面白い試合を見れば、ああなるぜ?」

 

そう言って彼が指差した方へと見れば、光彦達が興奮し、大声で応援する姿。

 

「オメー等、人の持つドキドキとか、ワクワクとか、そう言う感情はねえのか?」

 

「さあ?どっかその辺探せば出てくるんじゃない?」

 

「転校して来た時もそうだ。ガキに混じって勉強なんて、恥ずかしくて仕方ねえのに、オメー等は平然と授業を……」

 

「当たり前でしょ?」

 

哀はそう言うと、笑みを浮かべてコナンに答える。

 

「貴方がいたもの」

 

「え?」

 

「あのクラスに貴方がいたから、冷静でいられたのよ。……私と同じ状況に陥った、貴方がいたから」

 

「……そうかよ」

 

コナンは目をパチクリさせた後、そう答えた。そして次に咲に目を向ければ、咲は肩を竦める。

 

「同じような答えだ。幸い、あのクラスにお前がいたからまだ冷静でいられた。ただ、あの時はお前が私と同じ状況だとは知らなかったが……あの船の時にお前に会っていて良かったよ。まだ冷静でいられたからな」

 

「そんなもんか?」

 

「見た目は同じ小学生。小学生とはいえ、知り合いと会えたんだ。動揺よりもホッとするさ」

 

それを聞き、今度は試合を見ることに集中し始めたコナン。しかし気になったことがあったのか、またコナンは問い掛けてくる。

 

「あ、あのさ……一つ聞いていいか?」

 

「なーに?」

 

「オメー等、本当は何歳だ?」

 

「84歳」

 

「えっ……」

 

哀の答えにコナンは驚く。しかし直ぐに哀が嘘だと言う。

 

「本当はーーー」

 

そこで哀の頭に被せられたコナンの青い帽子が風で飛ばされ、ラバーコートに落ちてしまう。それと同時に、其処に転がっていたサッカーボールからプシュッと音が聞こえ、ボールが弾む。それに違和感を持つコナンだが、そのボールは少し弾んだあと、すぐに萎んでしまった。

 

「どうしたんだ?コナン」

 

「急にボールが弾んだ?」

 

コナンはその理由を知るために観客席の手摺の下から体を潜らせ、ラバーコートへと降り立つ。勿論、それに気付いた係りの人が声を掛けるが、コナンにはそんなの関係ない。萎んだボールを手に取り、観察し始める。萎んだ原因はどうやらボールに穴が空いたらしい。しかし、穴の数は二つ。その穴を見てある予測を頭に浮かべた時、係りの人からまた注意を受ける。

 

「駄目じゃないか、勝手にグランドに降りちゃ……」

 

「だって!帽子落としちゃったんだもん!!」

 

「帽子?」

 

それを聞き、係りの人は帽子を探し始める。その間にコナンは地面の観察を始める。

 

(だとしたらあるはずだ……アレが、ラバーコートの何処かに)

 

そこでコナンは漸く見つけた。ラバーコートに付けたれたとある跡を。その跡に向けて持っていたナイフを何度も振り下ろし、削り始める。途中で帽子を見つけてくれた係りの人が咎める声をあげるが関係ない。何度目か振り下ろした時、ナイフの先が何かに当たった。そしてそれを手で掴んだ時、係りの人に抱え上げられて、捕まってしまった。

 

「こらっ!なんてことするんだ坊主!」

 

しかし既にコナンには聞こえていない。コナンは見つけたものを見てやはりだと理解する。しかし、その弾の種類を理解し、驚愕した。

 

(これは、7.62mm弾……フルメタルジャケット!)

 

その頃、彰と瑠璃はと言えば、日売テレビから連絡が入り、競技場の外にやって来ていた。

 

「拳銃ですよ拳銃!競技場の中で発砲したんですよ、警部さん!」

 

「で、撃たれた被害者は何処だね?」

 

「いえ、あの撃たれたのは人じゃなくて、サッカーボールです」

 

「サッカーボール……?」

 

その一言に彰と瑠璃は顔を見合わせる。ディレクターの『金子』曰く、電話の男の言う通り、観客席の方最前列にいた青い帽子の子供の下に転がっていたボールをモニターで見ていたという。すると急にボールが弾み、空気が抜けたという。

 

「アレは拳銃で撃ったに違いありません!」

 

それに目暮は呆れた様子。彼はそれだけならエアガンを使った悪戯の可能性もあるという。それを彰も瑠璃も否定出来ない。そもそも警察は、人に被害が出るか、もしくは予告がない限り動く事は出来ない。それが本当に拳銃ならば可能だが、今の段階では判断がつかない。彰が少々悩んでいる時、声がかかる。

 

「多分、トカレフだと思うよ」

 

「ん?」

 

その声の方へと顔を向ければ、子供が6人。少年探偵団達がいた。

 

「こ、コナンくん!」

 

『少年探偵団、参上!!』

 

コナンの後ろにいた光彦、元太、歩美がそう名乗れば、コナンは呆れたように見遣る。彰と瑠璃は、競技場の時点で咲がいる事は理解していたが、まさか関わってくるとは思わなかった為、驚愕していた。

 

「き、君達も来ったのかね……」

 

「この子でしょ?おじさんがモニターで見てた青い帽子の子供って」

 

それに金子は肯定を返す。そこから考えて、コナン達が見ていたのは明白だ。目暮が見ていたかを問えば、やはりコナンが頷く。

 

「ボールが弾んで空気が抜けた。それで直ぐにグランドに降りて見つけたんだ……ラバーコートにめり込んでた、この弾をね」

 

そう言って見せてきた弾を見て、瑠璃は目を見開く。

 

「な、7.62mm弾……!?」

 

「ロシア製か……」

 

「それが装填できるロシアの拳銃といえば……」

 

「中国を経由して日本に多く密輸されてくる、トカレフと見てまず間違いない。殺傷能力が極めて高い、強力な拳銃だ」

 

そこまで言ってコナンは思考に耽る。

 

「銃声が聞こえなかったから、きっと犯人は銃口を加工してサイレンサーを……」

 

「しかし、なんでそんな事を知ってるんだね?君は」

 

目暮のその疑問はその場の誰もが持つ満場一致の疑問で、彰と瑠璃も首を傾げて不思議そうにコナンを見ていた。それを聞かれたコナンは慌てて全て小五郎から聞いたのだと言った。それを聞き、目暮は呆れ顔。今この場にいない小五郎に対して、何をコナンに教えているのだと責めた。

 

「とにかく中止だ中止!今直ぐ試合を中止して客や選手達を避難させろ!」

 

それを聞き、全員が行動しようとした時、金子からダメだと止められる。どうやら電話の男から客を避難させたり中止したりするような妙な素振りをすれば、銃を競技場内で乱射すると言われたという。それに彰も瑠璃も顔を顰める。これで避難誘導などはまず出来なくなったのだ。

 

「それで、犯人の要求は?」

 

「『ハーフタイムまでに5000万円を用意してバックに詰めておけ。置き場所はまたあとで連絡する』と」

 

「それは、貴方達に要求したのかね?」

 

「ええ。我々日売テレビに」

 

「となると、犯人は日売テレビに恨みを持つ人物か、あるいはテロリストか……その男の声に聞き覚えは?」

 

「それが、聞き取りづらい篭ったような声でして……」

 

篭ったような声となると、受話器に布を当てていたが、マスクをしていたかの二択だろうと目暮は考え、5000万円は用意したのかと聞けば、いま競技場に向かっているところだと答えられる。

 

「ようし!私服警官を総動員して、競技場内に散らばらせろ!今度犯人が電話を掛けてきたときが勝負だ!その瞬間、競技場内で電話を使用している奴を全て取り押さえるんだ!」

 

その指示を聞き、高木を入れた警官達が走り出す。そしてコナン達には帰るように言い、コナンもそれに頷いた。そんな時、金子が少し目を見開いて声をかけてきた。

 

「あれ、そこの子は女の子かい?」

 

それに歩美は少し怒りながらも答える。

 

「失礼ね!見て分からないの?」

 

確かに哀はスカートを履いており、誰がどう見ても女の子だと分かる。しかし金子は首を傾げた。

 

「変だな……確か電話の男は、6人の子供の左から二番目の青い帽子を被った『坊主』って言ってたんだが……」

 

それにコナン、哀、咲、彰は目を見開く。それを聞けば、大体の居場所、そして人数が絞れる。コナンは直ぐに目暮に声をかけた。

 

「待って警部さん!!」

 

「ん?」

 

「下手に犯人を取り押さえたら、マズイよ!」

 

それに目暮はよく分かっていない様子だった。当たり前だ。先ほどの金子の言葉を聞いていないのだから。

 

「サッカーボールはこの子達の真下にありました。つまり、犯人はこの子達の側で撃った事になりますよね?」

 

「ああ。拳銃の射程距離はたかが知れているし、外したりすれば洒落にもならんからな」

 

「側にいたなら、なぜこの子が『男の子』と間違えたんでしょう?」

 

「彰刑事の言う通りだよ!この服見れば、女の子だって誰でも分かるのに!」

 

それに目暮は半目になって答える。

 

「それはきっと、スカートが壁に隠れて見えなかったから……」

 

「つまり、壁に隠れて見えない位置……そこからだと、逆に拳銃の射程距離外。……彼らの真向かいのバックスタンド側になります」

 

「そう。つまり、僕らを見ながら発砲を予告した人間と、実際に拳銃を撃ったのは別人。……犯人は少なくとも、2人以上いるってことだよね?」

 

それに目暮が驚愕する。そして直ぐに無線で目暮から指示があるまで絶対に取り押さえるなと伝えるように、近くの警官に指示する。その間、コナンは考えていた。

 

(でもどうするんだ?この少ない手掛かりだけで、どうやって犯人を見つけるんだ?……この国立競技場にひしめく56,000人の中から……どうやって!?)

 

そんなとき、目暮が指示を出し始めた。

 

「観客席に散った各員に告ぐ。脅迫犯は2人以上だ!そのうち1人は、トカレフを所持していたものと思われる。不審人物を見かけても手を出すな!儂が指示するまでそのまま監視を続けるんだ!仲間を助けるために、犯人が何をするか分からんからな!いいか?くれぐれも刑事だと気付かれるなよ!最新の注意を払って犯人検挙に全力を尽くせ!!犯人が次に動くのは、要求した金の置き場所を指定する時!そのとき、この国立競技場内で電話を使っているありとあらゆる人物を全てマークするんだ!」

 

そこてコナンが付け加えた。

 

「あと双眼鏡もだよ」

 

それに目暮が驚いて顔を向ける。その意味を理解しかねているようだ。それに気付き、コナンは説明する。

 

「さっき言ったでしょ?犯人は電話した時、僕らの向かい側のバックスタンドで、僕らのことを見てたんだ。そんな遠くから、子供が6人いる事や、その中の1人が青い帽子を被っている事、その子の下にボールが落ちてることなんて、肉眼じゃ判別出来ないよ。多分、犯人は携帯電話の他にも双眼鏡か、もしくは……」

 

「オペラグラス!」

 

「望遠鏡」

 

「携帯のビデオカメラ!」

 

「距離は掴みにくく視野も狭いが単眼鏡」

 

「望遠付きのカメラなんて、怪しいわね」

 

「そ、そうだね……犯人の1人は遠くを見渡せる何かを使っている可能性が高い!各員はそれを踏まえてーーー」

 

そこで金子の携帯に電話が掛かる。それに全員に緊張が走る。目暮は直ぐに各員に電話を使っているものをチェックし、報告するように伝えたあと、金子にもなるべく犯人との会話を長引かせるように伝えた。それに金子は頷き、恐る恐る電話を取る。咲はコナンから視線を受け、一つ頷いて集中し始めた。

 

「も、もしもし……ディレクターの金子ですが……」

 

『……』

 

「もしもし?もしもし?」

 

『なぜ直ぐに電話に出ない?』

 

「えっ」

 

『まさかサツにチクったんじゃねえだろうな?』

 

それに慌てて金子はそんな訳ないと言う。それに犯人は納得しないものの、指示を出す事にしたらしい。

 

『まあいい。金は用意できたか?』

 

「あ、ああ……」

 

『金を置く場所は18番ゲートの出口。置く時間は前半のロスタイムに入った時、間違えんなよ?』

 

それだけを伝えると犯人は勝手に切ってしまった。その内容を全てコナンに伝えれば、コナンは何かを考え始めた。そしてそれは、咲も同じである。

 

(もし私が犯人だとして……こんな馬鹿なミスを犯すか?脅迫をするんだ。しかも2人。なら片方は携帯を使えば怪しまれてもおかしくないことぐらい、普通は理解するんじゃないか?……脅迫をし、哀を男と間違えるほどの真向かいで、望遠鏡などを使っても怪しまれない人物……私なら……)

 

そこまで考えて、咲はある推測が頭の中に浮かんだ。しかしそれをコナンに伝えることはしない。なぜなら彼女の中に浮かんだのは、良いが、それは特定するほどまで絞られているわけではないからだ。

 

(アレだった数多くあるんだ。伝えるなら、絞った後だ)

 

その後、あの脅迫電話時に携帯を使っていた人物は8人だと言う知らせとその場所を聞き、また機械室なども見に言ったかと聞けば、トイレにも張り込ませたものの、誰もいなかったと知らせを受けた。競技場から出た客も1人もいない。

 

「開いていたテレビカメラからも逐一客を監視していましたが、使っていたのはその8人だけのようです」

 

それを受け、目暮はその中に犯人グループの1人がいると考えたらしい。それに彰も瑠璃も否定はしない。しかし、彰は何かが腑に落ちないらしく、ずっと考え込んでいた。その間、目暮は金を取りに来ても普通には来ないだろうと、部下からの質問にそう答え、犯人グループを一網打尽にするのだと意気込んだ。そしてパトカーに乗せていた無線に目を向ければ、そこに無線は無くなっていた。

 

「あれ?儂の無線は?」

 

「……これのこと?」

 

コナンがそう言って目暮に見せたのは確かに無線で、目暮はお礼を言って無線を受け取る。しかし咲と哀は確かに見た。その無線に何かが仕掛けられていたのを。

 

「ねえ。あの無線に何を仕掛けたの?」

 

「ああ、盗聴器だよ。一応、警察の動きを把握しておきてーからな」

 

そこでコナンは元太達を探す。しかし何処にもおらず、居場所を聞いてきた。哀はそれにチケットの半券を見せれば再入場出来ると教えれば、喜んで走っていったと伝えた。それにコナンは口元を引攣らせる。

 

「よ、喜んでって……まさかあいつら……」

 

そのまさかであり、現在の元太達は、探偵バッチを使い、3人で犯人探しを始めていた。

 

『こちら元太。こちら元太。怪しい奴は見つかったかよ?どうぞ』

 

「こちら光彦。不審人物はいません。どうぞ……歩美ちゃん!そっちはどうですか?」

 

「ううん……こっちは別に……」

 

そこで全員のバッチに連絡が入る。それに歩美は意気揚々と出た。

 

「はい。こちら歩美……」

 

『こちら歩美……じゃねえ!!何やってんだオメー等!?相手は拳銃持ってんだぞ!!!撃たれたら死んじまうんだぞ!!!犯人は俺や警察に任せて、オメー等子供はいますぐ……』

 

そこでコナンの近くにいた咲は耳を塞ぎながらも溜息を一つ零す。この後、コナンが三人からどう責められるのか、検討がついてしまったのだ。

 

『オメーだって子供じゃねえか!』

 

『私達も、犯人捕まえるの手伝いたいよ!』

 

『僕達、探偵団仲間じゃないんですか?』

 

それに渋々ながらにコナンは了承。その代わりとして、怪しい人物を見つけても1人で動かないようにと言う。見つけた際にはコナンにも連絡するように言って、それに返事が返されてからバッチの無線を切る。

 

「たくっ……」

 

「あら?案外頼りになるかもよ?相手も、子供は無警戒だろうし」

 

「確かにな。子供じゃ大人からしたら相手にもならないし、ごっこ遊びで一蹴されるだろうからな」

 

「そりゃそうだけど……」

 

そこでロスタイムの時間になる。それに三人は自然と緊張する。

 

その18番ゲートには、2人の男女の刑事が張り込んでいた。

 

「こちら『佐藤』。現金のバック、異常ありません」

 

「こちら『田宮』。バッグに近づくのは1人も……」

 

その時、足音が聞こえ、2人は警戒レベルを上げた。その鞄に近付いたのは、コートに白いマフラーグレーの帽子を被り、黒いサングラスにマスクをつけた男だった。

 

「警部、例のゲートに、白いマスクをつけた黒いサングラスの男が……」

 

「男が今、バックを取りました」

 

『周りに人は?』

 

「いません。1人です」

 

それを聞き、目暮が確保の指示を出す。その瞬間、田宮刑事と佐藤刑事が動く。まず田宮刑事という男性刑事が男に向かって突進。しかしその衝撃は軽かったようで、男は倒れることなくそのまま田宮刑事を振りほどく。そこに佐藤刑事が容赦なく腹部に膝蹴りをかまし、そのまま片腕で男の左腕をつかみ、右腕で後頭部をつかみ、そのまま地面に叩きつける。拘束された男もその勢いで倒れてしまった。佐藤刑事はそのまま男に関節技を決めていた。その間に目暮の指示で拳銃を探すように言われた田宮刑事が拳銃の確認を始める。しかし、何処にもなかった。

 

「言え!どこだ!拳銃はどこにある!!」

 

『触るな!!!』

 

その瞬間、放り出されていた携帯電話から別の男の声が聞こえてきた。それに全員の意識が向く。

 

『相棒にそれ以上触るな。観客を撃ち殺すぞ!!……さっさと離れろ!!』

 

それを聞き、素早く全員が男から離れる。倒れていた男はユックリと起き上がる。電話の男は警察がいた事に勘付いていたらしい。

 

『話が違うじゃないかよ、えぇ?日売テレビの金子さんよぉ!』

 

「そ、それは……」

 

『舐めた真似しやがって……見せしめに1人死んでもらうとするかっ?』

 

それに目暮が慌て出す。しかし犯人は止まらない。

 

『さぁて、どいつを殺してやろうか……ターゲットは選り取り見取りだぜ』

 

男はそこで優越感を抱いたらしく、おかしそうに笑い出す。それに彰と瑠璃は悔しそうに歯噛みする。しかしここでまた動こうものなら、観客が射殺されてしまう。民間の命が第一なのだ。今はまだ、動けない。そしてそれを聞いていたコナンもまた、焦り始める。

 

(やばいぞ、これじゃ……っ!)

 

その頭の中には、犯人の余裕そうな笑い声が、響いていた。




特徴で理解してくれている方もいらっしゃるでしょうが、彼のあの事件を4年前の事としました。今後の原作でいつ起こった事なのか、分かる可能性もありますが、現時点ではまだ分からないので、この小説ではこうさせて頂きました。ですので、他の方に迷惑をおかけしないようにお願いします。

もう一度いいます。これは、この小説だけの時間設定です。本当の時間はどこなのかは、原作をみんなで楽しみに待ちましょう!……説明してくださるかは分かりませんが。


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第16話〜競技場無差別脅迫事件・後編〜

片方の犯人を捕まえようとした警部達だったが、しかしその犯人は拳銃を持っておらず、最悪なことに別の犯人とも通話状態だったようで、競技場に警察がいることが暴露てしまった。お陰で犯人は見せしめとして1人殺すと言い出し、目暮も彰もやめろと叫ぶ。しかし相手は愉快そうに笑うだけ。

 

「そ、それだけはやめてくれ!そちらの要求はなんでも飲む。だからっ!!」

 

「わ、我々ももう手を引く……犠牲者だけは出したくない」

 

その言葉に電話の相手は優越感を得たのだろう。少々機嫌が直ったことをその相手の声色と言葉が伝えてくる。

 

『よし、良いだろう。埋め合わせのチャンスをやろう』

 

「埋め合わせ?」

 

『そうだ。サツにタレ込んだ日売テレビさんに、追加料金を払ってもらうんだよ……10億円だ。試合終了までに10億円をバッグに詰めて、同じ18番ゲートに積んでおけ。時間までに用意出来なければ、観客を1人撃ち殺す!』

 

その金額にその場の全員が目を見開く。金子も無茶だと言えば、相手の起源は急降下。

 

『なんだ?俺の分が払えねえってか?』

 

目暮はそこで無線を使い、マークしていた8人のなかで携帯を使っている者はいるかと問うが、しかしそれらしい人物は1人もいないと返ってくる。

 

(バカなっ!一体奴は何処から掛けてると言うんだ!!)

 

そんな様子を何処からか見ていたらしい犯人が高笑いする。

 

『はははっ!無駄無駄。あんた達サツがいくら目を凝らしても、俺の姿は見えねえよ』

 

「なにっ!?」

 

『そうそう。観客席をウロついてるデカ連中は今すぐ引き上げてもらおうか……分かってるだろうが、こっちには56,000人の人質がいるんだ。逆らえばどうなるか……』

 

それがただの脅しでないことは初めの発砲から分かってしまったことだ。目暮はそれを聞き、全員を撤退させると言う。それに対して、犯人は誤魔化すなよ、すべてお見通しだと注意喚起してきた。しかし紛れているのは私服警官達。そうそう判断できる者ではないと、そう思っていた。だが、その考えは甘い。

 

『正面スタンド最上段、通路の左サイド寄りで煙草を吸ってる男。正面スタンドの下から二列目、新聞で顔を隠している女。その斜め前、最前列の手摺にもたれかかっている男2人……皆んなデカだろ?』

 

その言葉は確かに当たりだ。指摘された全員、私服警官達だ。これにはまた目を見張るしかなかった。一体、犯人は何処で、どうやって、彼らが刑事だと理解したのか、目暮達には理解出来なかった。

 

『もっと言ってやろうか!正面スタンド右側、ゴール脇にいる太った男!』

 

そこで盗聴器からずっと聞いていたコナンがバッチで光彦達に連絡を取った。

 

「おい元太!光彦!歩美!オメー等今、バックスタンドにいるって言ってたよな!?近くに双眼鏡かなんかのぞいてる奴、いねーか?」

 

『いますよ、いっぱい。なにしろ、ハーフタイムになって引き上げる選手達の顔を、見てるみたいです』

 

「馬鹿野郎!奴が見てるのはグラウンドじゃなくて、観客席だ!しかも奴は今、電話を使ってるんだ!そんな特殊な奴は、この56,000人の中で、たった1人しかいないはず!!」

 

そこで歩美がそんな特殊な人を発見した。どうやらその人物は、双眼鏡を除き、観客席を見ているらしい。

 

「そいつ何処にいるんだ?歩美」

 

『バックスタンドの真ん中、階段のとこよ!でも、電話じゃなくて音楽聴いてるみたい』

 

「音楽?」

 

その言葉にコナンは疑問を浮かべるが、歩美はその男がイヤホンをつけていること、その途中に変な物がくっ付いていることを伝えれば直ぐにそれが何かを理解する。その変な物は、イヤホンマイクであること。それをくっ付けている事を。それを使えば早々暴露ることはない。携帯を耳に当てて会話するよりも刑事に見つかりにくく、監視からすり抜けることは可能だ。

 

「歩美!絶対に其奴から目を離すな!其奴が犯人だ!!」

 

その言葉に子供達3人は驚きの声をあげる。そしてコナン、咲、哀はその人物がいる方へと走り出した。そんな3人とは逆に、その犯人を監視していた歩美。そこに光彦と元太が合流した。

 

「歩美!……犯人はどいつだ?」

 

元太の質問に歩美は一番上の席の方、ずっと双眼鏡であたりを見渡している人物を指差した。その人物は帽子とコートを羽織っている。

 

「帽子といい、コートといい、怪しいですね」

 

「ああ。いかにも犯人ヅラだ」

 

そこで元太と光彦は互いに顔を向け、目を合わせて一つ頷く。そして声をあげながら犯人へと駆け寄った。犯人はそこで2人の声に気付き、その声がする方へと視線を向けた。そして2人が自分へと向かっていることを理解すると一瞬驚くが、2人はそのまま犯人へと飛びかかる。そして犯人を捕まえたところでコナン達がやって来る。

 

「2人とも離れてろ!今其奴を眠らせて……」

 

コナンが麻酔銃を使おうと構えた時、その場の全員がその顔を見てキョトン顔を浮かべる。なぜなら、その人物はとても見覚えがある人物だったのだから。

 

「「た、高木刑事……」」

 

それに気付けば直ぐに高木は解放され、現在は観客席から移動し、出入り口付近の廊下にて会話がされていた。

 

「たくっ、紛らわしい格好をするなよな!」

 

「そうですよ!」

 

「仕方ないだろ、無線機が壊れていたんだから」

 

高木がコート姿から元のスーツ姿へと着替えながら答えたその言葉に、全員が驚く。どうやら彼の無線機だけ調子が悪かったらしい。しかし携帯を使えば犯人と紛らわしい為、イヤホンマイクを付けて目暮と連絡をとっていたと彼は言う。

 

「それで?ねえ、犯人の相棒は!?」

 

「金を持って競技場を堂々と出たらしいよ。尾行したら観客を撃ち殺すって、犯人の仲間から脅されていたからね」

 

「競技場を出たのは、その人だけ?」

 

その言葉に高木は肯定を返す。犯人以外、誰も出ていないのだと言う。つまり、犯人の仲間は未だ競技場にいることになる。それを聞き、捕まえるチャンスはまだあると子供3人は喜ぶ。

 

「でも、随分欲張りな犯人ですね。10億円を上乗せしろなんて……」

 

「いや、犯人はその金が欲しいんじゃない」

 

「ええ。咲の言う通り、多分、今度はお金が目当てじゃないわ。10億円なんて、45分で用意できるお金じゃないもの」

 

「北星家だって匙を投げるレベルだな。そんな金、直ぐには用意できん」

 

「じゃあどうして?」

 

その言葉にコナンは冷静に答える。

 

「最初から、誰か撃ち殺すつもりなんだ……試合終了のホイッスルと共にな」

 

それに子供3人は驚きの声をあげる。しかしそう考えるのが一番理屈が通るのだ。誰だって、10億円という大金を、短時間で用意など無理な事は考えれば分かるのだから。

 

子供達はその後、高木と共に競技場の外へと出た。そこには目暮達もいた。どうやら犯人の片割れを追ったらしいが撒かれたらしい。しかし派手に追えば観客の命が危ないのは明白であり、犯人からも脅されていた事だ。追っていた刑事の1人がナンバーを控えたらしいが、それは盗難車だったと報告が上がる。もう1人の犯人を見つけようにも、刑事達は犯人の要望を飲み、全員が競技場から撤退させられている。これでは探せない。そこで方法を考えている目暮にコナンが方法を一つ伝えた。

 

「ビデオを見てみれば?」

 

「ん?」

 

「その電話があった時も、空いてるテレビカメラで観客席を撮ってたんでしょ?だったら映ってるかもしれないよ?電話しながら双眼鏡であたりを見渡してる、おかしな人が」

 

「なるほど」

 

「金子さん、そのビデオは直ぐ見れますか?」

 

彰がそう問えば、金子は大丈夫だと答えた。しかしその映像の中にはそんな不審人物はどこにも見当たらなかった。

 

「警部、正面スタンドにもバックスタンドにも、そんな人物は見当たりません」

 

「そんな馬鹿な!!競技場に来ているマスコミはチェックしたのか!?望遠レンズ付きの写真機なら、かなり遠くまで見渡せるはずだぞ!!」

 

その目暮の問いに、カメラマン席に張り込んでいた刑事がそんな人物はいなかったと証言する。

 

「それに、カメラのファインダーを覗きながら電話をすれば、いくらなんでも周りの人が不審がりますよ」

 

それは確かに、と納得する彰。しかしコナンは納得しない。

 

(冗談じゃねえ!じゃあ犯人はどうやって電話を掛け、どうやって辺りを見渡したって言うんだ!誰にも気付かれずに……一体どうやって?)

 

その時、金子から約1億は用意出来たと伝えられた。やはり短時間で10億はとてもじゃないが無理だったようだ。

 

「もうこの際、修斗にでも手伝ってもらう?お金集め」

 

「ウチも無理だ。あと約9億だって、この短時間で用意するのは難しいぞ」

 

「だよね……」

 

彰の冷静なその言葉に、瑠璃は眉を寄せる。彼女は冷静な表情をしながら怒っているのだ。そして二人の会話を聞いていた目暮は残りは新聞紙か何かで誤魔化そうと言う。そこで高木が目暮に先程のコナンとの会話を思い出し、先程の内容を伝えた。

 

「だから、犯人が欲しいのは最初の5000万円だけで……」

 

「おいおい、まさか……犯人は最初から、試合終了と共に誰かを撃ち殺すつもりだったんじゃ!?」

 

「そ、そんな!?……どうして?」

 

目暮は金子に最近、日売テレビが恨みを買った事があるのではないかと詰め寄るが、金子はないと答える。

 

「ねえおじさん!犯人から掛かってきた声って、皆んな同じ人だった?」

 

そのコナンからの質問に、金子は声は篭っていたが三回とも同じ男だったと思うと答える。それを聞き、電話を掛けてきた人物とボールを撃った人物は別人なのだから、お金を取りにきた人物がボールを撃った人物かと確認をする。それに金子も頷く。しかしその人物は拳銃を持っていなかった。それは何故なのか、考えれば自ずと答えは出てくる。

 

「まさか……仲間に拳銃を渡した!?」

 

それに気付けば後は探すのみ。ボールが撃たれた前半10分過ぎから、最初の金を取りにきたロスタイムまでの35分間のビデオをすべてチェックし直せと指示が入る。接触した人物が犯人だと。そして映像を見始めて数分。あのマスクの男が観客席の通路を通っているのを発見した。しかし、その映像は直ぐにカメラが動き、男が外されてしまった。他にも映っている可能性はあるものの、しかしその可能性自体は実は低い。それにコナンも、彰も、理解している。その上、拳銃を渡したと言う確証もない。捨てた可能性が排除されていないのだから。

 

(でも、俺達が犯人を見つける手立ては……)

 

(……もうこれしかない!)

 

コナンとの彰の考えは一致する。しかし時間は無情な過ぎていく。すでにロスタイムが迫ってきていた。それに焦り始める刑事の面々。焦れば焦るだけ、視界は狭く、見逃す物も多くなる。しかしそれを理解していても、どうしようもないことでもあるのだ。

 

(くそっ!もう時間がねぇ!)

 

コナンも焦り始める。あのマスクの男は何処かと視線を何度も移動させ、画面の中から男を探す。

 

(どこだ!どこだっ!!どこにいるんだ!?)

 

試合はそろそろロスタイム。コートの中の審判も、ホイッスルを口に咥え、腕時計を確認している。それでも犯人は見つからない。手掛かりさえも掴めない。

 

(頼むっ!)

 

コナンは願うーーーその場の誰もが望む願いを。

 

(頼む、時間よっ……止まってくれっ!)

 

「焦っちゃダメ」

 

そんなコナンに冷静な言葉が投げ掛けられる。その言葉を投げかけた人物ーーー哀に視線を向ければ、哀はジッと画面を見据えたまま、言葉を続ける。

 

「時の流れに、人は逆らえないもの。それを無理やり捻じ曲げようとすれば……人は罰を受ける」

 

その言葉の意味を、コナンはこの時、理解出来なかった。その意味を問いかけるが、哀は答えない。更にその隣にいる咲も見たが、コナンに視線を向けることはなかった。コナンは哀に視線を向けたまま立ち尽くしている。そんな時、子供3人が声をあげた。

 

「ああっ!?」

 

「これでもう3回目ですよ?」

 

そんな3人の様子にコナンは呆れた様子を見せた。

 

「こんな時に試合見てはしゃいでんじゃねえよ」

 

しかしそれに歩美は違うと否定する。光彦達はちゃんと犯人を探していたのだ。しかし元太はその男が直ぐに画面から消えると言う。それにコナンは信用ない顔を全面に出しながら元太が指差す画面を見る。

 

「ほら、映ったかと思えば……」

 

その言葉の直ぐあとに、カメラが直ぐに動き、消えてしまった。

 

「これは……13カメだろ?」

 

「ついてねーな……」

 

しかしコナンも、彰もそうは思わない。なぜなら、先程も男が映ったかと思えば移動してしまったのだから。

 

(そうか……そうか、そうだったんだ!)

 

その時、ロスタイムに入ってしまった。そこで警部は仕方ないと1億円をカモフラージュの鞄と共に置いて監視をすると言う。その他は試合終了と共に観客席に突入すると指示を受け、瑠璃は彰の腕を引っ張り、移動した。それを見送った子供達3人と哀と咲。

 

「……あれ?コナンくんは?」

 

子供3人がコナンを探す間、咲と哀は画面に視線を戻す。そのコナンはと言えば、犯人の後ろへと移動していた。

 

「……やっと分かったよ、おじさん」

 

その声に、目付きの悪いカメラマンの男は立ったまま目だけコナンへと向ける。そのコナンはと言えば、自信満々な笑みを浮かべて、カメラマンの男を見据える。

 

「おじさんでしょ?日売テレビを脅迫してた犯人」

 

コナンが対峙している男……それは、先程も問題視されていた、13カメラを担当しているニット帽を被った男だった。

 

「おじさんなら、テレビカメラで辺りを見回しても不自然じゃないし、携帯電話につなげたイヤホンマイクをインカムの下に付けて喋っていても、怪しまれない。それに、日売テレビを脅しているのが、同じテレビ局のカメラマンだなんて、誰も思わないしね」

 

それにカメラマンの男は悪い笑みを浮かべ、試合の様子をカメラ越しで見ながら答える。

 

「……よく分かったな、小僧」

 

「おじさんが撮った映像のビデオを見たんだよ。犯人の仲間が4回映ってたけど、4回とも直ぐにフレームアウトした。それで分かったんだ。……偶然撮れなかったんじゃなく、仲間を庇ってワザと撮らないようにしてるって。それに、犯人が電話で指摘した刑事達の位置は、全て正面スタンド。その姿を捉えられるなら、バックスタンド側に一台しかない、そのテレビカメラのみ。……つまり、すべての条件を兼ね備えているのは、おじさんしかいないって訳さ」

 

そこで二人の雰囲気が変わる。一触即発な、お互いに警戒心剥き出しな状態へと。

 

「……どうする?」

 

コナンのその挑発的な笑みと言葉を犯人に向け、犯人は視線だけを後ろに向ける。

 

「自首する?おじさん」

 

コナンは後ろ手に麻酔銃を準備する。犯人は胸ポケットに右手を入れた。

 

「ああ、仕方ないな……そうするよ」

 

そこで男はニヤリと笑い、ゆっくりと振り向く。その男の首に標準を合わせ、コナンは麻酔銃を撃つ。しかしその針は男が取り出した拳銃に阻まれ、弾かれてしまった。

 

(しまった!)

 

「……と言いたいところだが、そうは行かねえんだ」

 

これで男の形成逆転。コナンに打つ手はなく、男は拳銃をコナンに向けている。

 

「こっちにも色々と事情ってもんがあるんでね」

 

「ベレッタ?……トカレフじゃないね」

 

「ああ。相棒のチャカなら、競技場のどっかのゴミ箱の中だ。ベレッタもトカレフも、みんな一年前の銀行強盗の為に用意したもんだ」

 

そこで男が語る『事情』。それは一年前、三年間有りっ丈の金をつぎ込み、練りに練った計画は完璧だと自信を持った。その作戦実行の当日、銀行でタレントの一日支店長というイベントが行われ、それを見に来た客がごった返していなければという。それを犯人は下らないとバッサリと言い捨てた。

 

「その金をアテにしてた俺の女は落ち込んで酒浸りになり、挙げ句の果てには自殺。あの日、日売テレビが企画した馬鹿なイベントのせいでな!!」

 

「なるほど?その恨みを晴らす為に、日売テレビのカメラマンになったってわけか……でもどうするの?今ここで僕を撃つと、誰かに気付かれちゃうんじゃない?」

 

コナンのその言葉に、男は鼻で笑う。誰も気付きはしないと。

 

「見てみろ。観客の視線は試合に釘付けだ。この歓声でサイレンサー付きの拳銃の音なんて、微塵も聞こえやしねえ。現に、お前がグラウンドに降りたことさえ、誰も気付いちゃいねえじゃねえか。お前を撃つのは試合終了の瞬間。歓声は悲鳴に変わり、パニックになる。その騒ぎに乗じて俺は逃走し、テレビにタレこむんだ。『俺は日売テレビが金を出し渋った所為で、ガキを一人殺っちまった犯人だ』ってな!」

 

そんな会話の時、コートからボールが勢いよく飛んできた。それは二人の間の丁度真ん中辺りでバウンドし、そのまま壁へとぶつかり跳ね返る。そのボールへと犯人の意識は移動した。

 

「なに?」

 

そこでコナンはニヤリと笑い、その場でジャンプ。犯人と対峙する前に準備していたキック力増強シューズを使い、そのまま体をバク転する要領で狙い定めたボールを蹴る。それはものの見事に犯人の顔へと吸い込まれ、犯人の左頬にぶち当たり、犯人はその勢いのまま試合コート内に飛ばされ、気絶する。その瞬間、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。サッカーの結果は2対1でビック大阪の勝ちとなり、一番の活躍をしたラモスが仲間の選手達から喜びのハグや褒め言葉を投げかけられていた。そんなラモスにコナンは声をかける。

 

「ラモスー!ナイスクリア!」

 

そんなコナンの褒め言葉にラモスは目をパチクリさせてコナンを見つめていた。

 

その後、犯人は試合終了と共に突入してきた刑事達に逮捕され、その30分後、犯人の家にいた仲間も捕まえられ、天皇杯は何事もなかったかのごとく、フィナーレを迎えた。しかし、事件に巻き込まれ、自らも巻き込まれに行ったコナン達はまともに試合を見れなかったことに肩をガックリと落としていた。

 

「ちぇ〜、もっとちゃんと試合を見たかったなぁ」

 

「知らないうちに犯人、捕まっちゃうし」

 

「少年探偵団、良いとこなしですね」

 

「んなことねえよ。事件解決はオメー等のお陰でもあるって、警部さん言ってたぞ?」

 

そのコナンからの伝言に子供3人は大喜び。

 

「それにしても、あんな手掛かりだけで目的の人物を探し当てるなんて、流石ね、工藤くん。ますます興味深い魅力的な素材だわ」

 

その哀の言葉に隣にいた咲は苦笑い。コナンはジト目で哀を見据える。

 

「ふっ、84歳のババアに言われたかねえよ」

 

それに哀は和やかに笑う。

 

「あら?私本当は、貴方と同い歳の18歳よ?」

 

「え?」

 

「なーんてね」

 

それにコナンは困り顔。どれが嘘でどれが本当か、ヒントがないに等しい為に判断が出来なかったようで、次に視線を咲に向けた。その中には審議を問うものもあり、咲は笑みを浮かべただけで黙秘を貫くことにした。彼女にとっては、折角、哀が楽しんでいるのにそれを奪うつもりは全くないのだから、黙秘は当たり前だ。コナンもそれを理解し、溜息を一つ吐き出したのだった。



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第17話〜青の古城探索事件・前編〜

世紀末の魔術師編ですが、もう少し先に書きます。

歩美ちゃんのSOSの話の後に書く予定です。


とある休日に、少年探偵団は博士の車に乗り、東都山渓キャンプ場にやって来た。目的はやはり、キャンプである。

 

キャンプ場に辿り着けば、一番に車から降りたのは元太だ。その後に光彦、歩美、コナン、哀、咲と降りる。流石に子供6人全員が後ろになれるわけはなかった為、咲が助手席に座っていた。博士も車から降りれば、その景色の良さに感嘆の声をあげる。

 

「おー!良い景色じゃのう」

 

その反対に、青いボーダーにニット帽を被ったコナンは不満そうな表情を浮かべている。

 

「……なんでこんな寒い日にキャンプなんだ?」

 

「良いわね、子供は元気で」

 

そんなコナンと哀の感想を他所に、咲は既にボーッと周りの景色を見つめていた。子供達はその間に川に寄り、魚を見つけてはしゃいでいた。その様子に準備のことを忘れていると悟ると、博士にテントを出すように言う。博士もそれに頷きテントを探す。

 

「テント、テント、テント……ああっ!!」

 

「どうしたんだよ?博士。まさかテント忘れたなんて間抜けな事はねえよな?」

 

コナンが意地の悪い笑顔でそう問いかければ、博士は焦り、笑って誤魔化した。それを見れば一目瞭然。テントを本当に忘れた事を理解したコナンは思わずカクッと肩を落とす。それを子供3人と咲にも伝えられ、車に乗り、戻ることとなってしまった。勿論それに子供達の不満は爆発する。

 

「だっせえな〜、もう。キャンプに来て肝心のテントを忘れちまうなんてよお」

 

「折角のバケーションが台無しですね〜」

 

「道にも迷ってるみたいだし……」

 

それに博士は居た堪れなくなり声をあげる。

 

「ええい!君らが横からゴチャゴチャ言うからじゃ!」

 

「どうやら今夜はこの車の中で野宿になりそうだな」

 

それに歩美は嫌だと全面的に出した声をあげる。光彦もそれは嫌なようで、希望的観測ながらも宿泊施設がきっとあると言う。それに歩美も賛同した。

 

「そうそう!湖の見えるお城とか!」

 

「んな無茶な……」

 

「あら?無茶でもないみたいよ?」

 

哀の言葉にどう言うことだと顔を向ければ、哀がクイッと首を前に動かし、前を見るように指示する。それに従い前を見れば、確かにそこには白い壁に青い屋根の城が前方に建っていた。その城の門前に車を止めれば、全員が車から降り、その城を見上げた。

 

「わ〜!すっご〜い!!」

 

「まるで西洋のお城ですね!」

 

「じゃが、なんで森の中にこんな建物が……」

 

「きっと、何処かの金持ちが外国の城を買って、バラして運んだのをこっちで組み立てたんだよ」

 

それを聞き、元太が城の中へと入ろうと門に足を掛け、登っていく。それを博士は止めるが元太は止まらない。そこで遂に中に入ってしまい、そして一人で屋敷探検に行こうとしたその時、その服の裾を掴まれた。その掴んだ見た目は庭師の男は険しい顔で元太に怒鳴る。

 

「コラッ!!どこの小僧だ!!勝手に入りやがって!!!」

 

元太は逃げようともがくが力強く掴まれて逃げられない。博士がすぐに怪しい者ではないと声を掛ければ、男は博士に気付き、顔を向ける。

 

「なんだお前ら?」

 

「ちょうどこの近くを通り掛かったらこの立派な城が見えましてな。良かったら中を見学させてもらおうと……」

 

しかし男は訝しげな顔のまま。どうやら納得していないらしく、帰れと言う。そこに男の更に後ろから声がかかる。スーツを着こなした顎が割れた男だ。

 

「誰ですか?その方々は」

 

「だ、旦那様……」

 

「今日ここを訪れる客はいないと思ってたんだが……」

 

「あのアホヅラのジジイが中に入れろって……」

 

その言葉に流石の温厚な博士も怒りを露わにする。

 

「アホヅラってあんた!儂はちゃんとした科学者じゃぞ!!」

 

その『科学者』という言葉に反応した旦那様。

 

「科学者?」

 

「如何にも!儂は阿笠博士という少しは名の通った発明家じゃよ!」

 

それを聞き、ニヤリと笑って顎に手を当てる旦那様はいう。

 

「ならばその頭脳、我々凡人よりも数段キレるわけですな?」

 

それを理解すれば旦那様は中に入れる許可を与えた。さらに一晩滞在する許可まで与えてくれるという、コナン達からしたら嬉しい提案までしてくれ、それに博士は有難がる。しかし庭師の男は反論する。

 

「しかし旦那様!大奥様に断りもなく、そんな我儘……」

 

「私の友人とでも言っておきなさい。お母様のあの状態ならそれで十分だよ」

 

そこで旦那様である『間宮 満』は去って行き、庭師の男は不満そうな態度を出す。そんな男に元太は声をかけ、いい加減降ろしてくれた頼む。男はそれを聞き入れ、博士達も中に入れてくれた。その後、男の案内で庭の探索を始めた一行。その庭には黒と白の馬の首が特大サイズで置かれていた。これだけ聞けばとても怖いものなのだが、それは本物ではなく造形であり、形からして駒。その白いナイトの駒は石畳側に背を向けていた。そこでコナン、哀、咲はそれがなんなのかを一目で理解した。子供組はなぜ首だけなのかと不思議がり、それが何かを哀は教えることにした。

 

「それは『ナイト』。チェスの駒の一つよ」

 

「チェスの駒?」

 

「駒だけじゃねえよ。下の芝生を見てみな」

 

コナンの言葉で子供組が下を見ればチェック模様となっている。

 

「芝生を刈り込んでチェスボードにしてるんだよ」

 

それを聞き、博士がチェス好きの人がいるのかと庭師の男『田畑 勝男』に聞けば、知らないと答えられた。彼は前当主『貞昭』の言いつけ通りに毎日手入れをし、この状態を保っているだけだと言う。

 

「なんでも、15年前に亡くなられた大旦那様の遺言を、貞昭様が受け継がれたそうだ」

 

「前の旦那って、それじゃああの人は……」

 

「ああ、奥さんの二番目の亭主の『満』様さ。貞昭様は6年前に病死されたから……その奥様も、4年前の大火事で亡くなられてしまったがね……」

 

「大火事?」

 

その疑問に勝男は城から離れた少し黒くなっている塔を指差す。その黒いのは焼け焦げた跡らしく、その塔に奥様の寝室があったと言う。それも、大奥様の誕生日を祝う為に戻ったその直後のことだったと言う。真夜中に到着し、夜が明ける前に火の手が上がったのだと話される。

 

「奥様だけじゃねえ。奥様が連れてこられたご友人達や、長い間、大奥様に仕えていた使用人や執事達十数人も、炎に飲まれてしまったんだよ。難を逃れたのは俺の様に雇われて日が浅かった使用人と、風邪を引かれて別館に寝ておられた大奥様、奥様より一足早くここにおいでになっていた満様と……」

 

そこで勝男は左のほうに視線を向けた。その先にいたのは糸目の男で、チェスの駒を見て何やら考え込んでいた。その男は『間宮 貴人』、奥様と貞昭のたった一人の子息だ。火事が起こる2、3日前にフラッと戻って来たのだという。

 

「幼少の頃から海外に留学されていた様で、お会いするのはあの時が初めてだったな。満様と最初にお会いしたのも、あの時。奥様は外国で再婚されてから、満様とずっと向こうで暮らしておられたからね。……でもなぜか、貴人様もあの火事以来、この城に留まり続けておられる。何かに取り憑かれてしまわれたかの様にね」

 

それを聞き、二人ともこの城に入るときに苦労したのではないかと問えば、再婚した時の写真をこの城に大量に送っていたから満の方は問題なく、貴人の方は亡くなった大旦那様と顔が瓜二つだと、扉を開けたその先に掛けられた大きな肖像画を指差し、説明された。その顔は確かに貴人ととても瓜二つ。10人見て10人全員が肉親だと答えてしまうほどによく似ていた。博士は次に両脇にもある肖像画を見て、誰なのかと問う。それに勝男は貞昭とその奥様だと答える。

 

「婿養子に来た貞昭様は歴史学者でもあった大旦那様をとても尊敬されていて、それをやっかんだ奥様が、貞昭様によく漏らされていたそうだ」

 

「お父様はただの理屈っぽいインテリに過ぎないわ」

 

そこで第三者の声が掛かり、其方に顔を向ければ、長い白髪の髪に車椅子に乗った老婆がいた。年齢から考えて、彼女が大奥様だと咲は理解する。そしてそれは当たりだった様で、勝男は慌てて大奥様と呼ぶ。

 

「その事はあの人の耳にもちゃーんと入っておったわ。あの人は怒るどころか、喜んでおった様だがな」

 

そう話す大奥様『間宮 マス代』に勝男は嫌なことを思い出させてしまったと頭を下げるが、それにマス代は心配しなくてもいいと言う。曰く、大旦那様がいない生活にも慣れた、と。

 

「紙幣の図柄とパスポートの大きさが変わったのと同じじゃよ。最初は慣れなんだが、時が経てば違和感は薄らいでしまう……時とは、恐ろしいものよの。喜びも悲しみも一緒くたに消し去ってしまうのじゃ」

 

その言葉に咲は体を硬ばらせる。過去の自分も、最初こそ抵抗があった仕事も、気持ちに見て見ぬ振りをし、蓋を閉め、時間が経った頃には慣れてしまい、それが日常となり、違和感さえもなかったのだ。そこから脱したキッカケは彼女にとっては最悪なものだが、見て見ぬ振りをしていたものに目を向ける事となり、今の現状となったのだから、彼女はよくなくとも家族の方は嬉しい限りだろう。

 

「大奥様……」

 

「ところで、その者たちは?」

 

それに勝男は慌てて博士を満の友人の科学者だと紹介すれば、マス代は驚いた様子を浮かべ、笑う。

 

「おお!それは楽しみじゃ。是非明かしてもらいたいものじゃのう。あの人がこの城に込めた『謎』を」

 

それにコナンは敏感に反応する。博士も『謎』の部分に反応し、勝男に目を向ける。勝男は大旦那様が死ぬ前に言い残したものだと言う。曰く、『この城の謎を解き明かした者に、私の一番の宝をやる』と。

 

「そういえば、娘はまだかえ?」

 

「え?」

 

「今日戻ってくるはずじゃろ?私の誕生日を祝う為に」

 

マス代はそう言って乗っていた車椅子を動かしていく。勝男はそんなマス代を止めようとするが、マス代は来たら自身の部屋へとだけ言い残し、楽しみだと言いながら去っていく。

 

「……火事の後、ずっとあの調子だ」

 

「相当、ショックじゃったのだろう」

 

「ねえおじさん。庭にあるチェスの駒を見渡せる部屋ってある?」

 

コナンからのその問いに勝男はキョトン顔を浮かべるが、キチンとその要望通りの部屋へと案内してくれた。そして窓から庭を見れば、駒が綺麗に並んで見えた。駒の配置としては白い駒が点々とバラバラに並べられたように見え、黒い駒は左矢印に見えた。歩美はその光景にはしゃぎ、その隣にいたコナンはその図を手帳に書き留めていた。歩美達の後ろには元太が自分も見ようとするが、それは歩美達を押すような行動となっており、歩美から押さないでと注意を受けた。光彦はその部屋の隣部屋の窓を開け、そちらからも見えるといえば、元太は走ってそちらへと移動する。それを見て咲はため息をついて後をついて行く。

 

「あら?貴方も見たかったの?」

 

哀のそんな揶揄いに咲はムッと顔を歪める。

 

「違う。流石にあの子供二人だけでは危険だろう。私ならある程度、自衛も攻撃する方法も心得ているから、ある意味護衛だよ」

 

「そう。やり過ぎて過剰防衛にならないようにね」

 

「……攻撃してくる相手次第だな」

 

咲のその言葉に哀は溜息を吐く。そもそもそんな人間はこの場には今はいないのだから当たり前だ。警戒心がこの場の誰よりある哀と咲だが、違いがあるとすれば心得があるかないかだけだ。

 

咲が元太の後について行き出て行った後、コナンは窓から離れ、書き留めた図を見て考え始める。

 

(ふむ……駒の並び方に意味があるのか、それとも……)

 

「良かったわね」

 

その哀の声にコナンは手帳から顔を上げた。しかしすぐに哀の方が手帳に顔を近づけて来た。それにコナンは少しだけ驚きの顔を浮かべる。

 

「貴方の大好きな暗号でしょ?」

 

コナンは顔が近い哀の顔を見つめており、哀はコナンが何も言わない為に違うのかと問う。それにそうだと思うとコナンは少々言葉を詰まらせながら言ったとき、

 

「3人とも!!何やってるのよ!?落ちちゃうよ!?」

 

歩美のそんな悲鳴に近い声を聞き、コナンがすぐに窓に顔を戻し、隣部屋を見れば、元太が窓から落ちそうになっており、それを咲と光彦が戻そうと必死になっていた。すぐにコナンは隣部屋へと駆け込んだ時には元太もなんとか生還出来ており、3人して安堵の息を吐く。

 

「何してんだオメー等!!」

 

「お、落ちちゃうとこだったぜ……」

 

しかし元太はそのまま部屋の床に落ちてしまい、光彦もそれを「あ、落ちた」とだけ言って見ていた。コナンはそれに安堵した様子を浮かべたが、咲は元太をキッと睨む。

 

「……体を前に出しすぎるなと、私は注意したよな?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

コナンはその時、壁に手をつけていたのだが、其処で違和感を持つ。そして窓の方を見てまた違和感を強くした。

 

(窓が壁際にある……さっきの部屋も窓は壁際にあったよな……)

 

そう、確かに咲とコナンがいる部屋は右の壁に寄っており、今は哀だけがいる部屋も左壁に窓が寄っていた。そうなると一つの疑問が生まれる。

 

(じゃあなんなんだ?間にあるこの空間は?)

 

勿論、普通ならそんなものはないで終わる話ではあるのだが、空間はあるのかないのか、コナンは確かめる為に壁をコンコンと軽く叩きながら歩く。すると、とある壁で叩いた時の音が変わった。軽くコンコンとなっていたものが、何か広い空間に響くような低い音に。コナンは其処で上を見上げる。其処には壁時計が掛けられていた。コナンはそれを見てニヤリと笑い、椅子と本を用意し、踏み台として利用する。そしてそのまま壁時計のカバーを開いた。

 

(だいたい昔からこういうのって……)

 

そう思いながら針を回し始める。

 

(針を何処かに合わせると……)

 

そして時間が12:03頃に合わせた時、壁が勢いよく回り、コナンはその勢いに負け壁の向こう側へと投げ出され、踏み台にしていた椅子や本は倒れた。ずっとその音を気にしていた咲、流石に倒れた音に気付いた光彦と元太がそちらを見れば、椅子と本が倒れ、落ちているだけでコナンは其処にはいなかった。

 

「……コナン?」

 

咲はすぐにそちらに寄る。壁を叩く音が聞こえた為、確認しようかとも咲は思ったが、今は元太達がいる以上、そんなことすれば好奇心に負けた元太達が確認しようとするだろうと理解し、素早くあたりをキョロキョロとだけすると、出口の方へと移動し、同じようにあたりをキョロキョロとだけ見た。

 

「あれ、コナンくんは?さっきまでいましたよね?」

 

「あ、ああ……」

 

「……廊下の方にも出た様子はなさそうだ。流石に短時間で姿をくらますのは無理だからな」

 

其処で咲は丁度椅子がある辺りの壁に手を当て、はぁ、と溜息を吐く。そしてその瞬間、確信した。

 

(こういう時だけ耳が良くて良かったと思うよ……この向こう、部屋があるな)

 

本当に微かな、奥の方へと響く音。それに咲は顔を下に俯かせて呆れたそぶりを見せるようにしながらジッと壁の向こうを睨みつけた。

 

その頃のコナンはといえば、壁の向こうの部屋で座り込み、呆れた様子を浮かべていた。

 

「なるほど?ただの城じゃねえってわけか」

 

空間の中は光の届かないほどに真っ暗であり、前後どちらに道があるかは分からないほどだ。コナンはそんな状態でも面白そうに笑う。

 

「面白くなってきやがったぜ……」

 

そこでコナンは腕時計を少し弄り、ライト機能を付ける。そしてそのまま前に歩けばすぐに階段を見つける。そしてそこを降りていくが、それは結構な深さがあった。降りても降りても会談が続く状態。その深さにコナンは少々呆れた頃、その足に何かがぶつかった。それにコナンも気付き、そちらにライトを向ければ、そこには白髪の骸骨が転がされていた。

 

「こ、これは!?」

 

コナンはそれに驚きつつも何故こんなものがあるのかを知る為に骸骨を調べるために片膝を付け骸骨にライトを向ける……その後ろに、レンガ状の石を持った誰かが頭に向けて振りかぶっていることも知らないまま。

 

***

 

咲、元太、光彦はコナンがいなくなったことを歩美と哀に伝える。歩美と元太と光彦が話している間、哀と咲は部屋の状況を見ながら小声で会話をする。

 

「……倒れた椅子と散らばった本」

 

「蓋が開いたままの時計……しかも壊れたものだ」

 

「……」

 

哀はそこで状況を理解し、椅子を起き上がらせ、時計の前に持ってく。咲はその間に本を拾い上げ、置かれた椅子に本を置く。それを見てから哀は本を踏み台にし、時計の針に触れ、時計を少しだけ回した。しかしその時、「コラッ!」という叱る声が耳に入り、その指の動きを止め、哀と咲は扉の方へと顔を向けた。そこには貴人がいた。

 

「ダメじゃないか悪さしちゃ……」

 

貴人が近づいてきた為、哀はすぐに降りた。咲は腕を組みながらジッと貴人を観察している。そこで博士が合流した。

 

「子供達がどうかしましたかな?」

 

「あ、いえ……ちょっと悪戯を……」

 

「悪戯?」

 

そこで歩美が声をあげる。

 

「違うもん!!コナンくんがいなくなっちゃったから探してたのよ!!」

 

「いなくなった?」

 

そこで勝男がトイレにでも行ったのだろうと言う。すぐ下の階にあるため博士達3人は確認のために移動して行った。その後に元太達も文句を言いながら続く。しかし哀と咲は腑に落ちず、部屋の方へと視線を向け、少しして移動する。

 

「……咲、何か音は聞いてない?」

 

「……聞いてたよ。彼奴が時計を弄る音、その後、『ギイ』やら『バタン』やらという音……アレはあの壁が動いた音だろうな」

 

「あら、じゃああの向こうには?」

 

「ああ……空間があったよ。確認は先にしておいた」

 

「よく彼らに暴露なかったわね」

 

「そりゃあ、コナンの行動に呆れたような様子をしながら壁に手を着いたからな。勘のいい大人なら違和感を持つだろうが、子供じゃそこまで違和感は持たんだろう」

 

「確かに……じゃあ、工藤くんは」

 

「ああ、考えの通りだろう」

 

そこで漸くトイレに辿り着いたがコナンは見つからない。子供達はコナンが何処かに隠れて脅かそうとしているのではと会話がされていた。そこでこの屋敷の執事がやってきて夕食が出来たと連絡がきた。

 

「一応、君達の分も用意させたけど……食べるかい?」

 

それに元太と光彦は喜んだ。しかし反対に歩美は心配そうに眉を下げる。

 

「でも、コナンくんを探さないと……」

 

それに貴人は大丈夫だと言う。曰く、お腹が空けば我慢出来なくてすぐに出てくる、と。そして夕食はとても豪華絢爛なもので、子供達は喜んで食べ、その様子を満と貴人は楽しそうに見ていた。

 

「はは、良いな、こういうのも」

 

「ええ。お母様が死んでから、めっきり来客も減りましたからね」

 

「しかし何故ですか?お二人共、あの火事以来、ここに留まってると聞きましたが……」

 

「ははっ、僕は元から向こうの大学を出たらこの城に住もうと思ってたんですよ」

 

「私は最初、一人娘を亡くされたお母様を気遣って留まっていたんだが……日が経つにつれ、妻が生まれ育ったこの城が気に入ってしまいまして……」

 

「ふん!気に入ったのは城じゃのうて城に隠された『財宝』の方じゃないか?」

 

満の言葉の後、マス代がそう言葉にして会話に入ってきた。満はそこでははっと笑い、肯定する。大旦那様の遺言が気にならないと言えば嘘になる、と。そんな満を見てマス代は不機嫌さを隠しもしない。

 

「ふんっ!お前のような欲深きものに娘がたぶらかされたとは……夕食は部屋でとる。娘が着いたら連れて参れ。ちと灸を据えねばならん!」

 

マス代はそう言いながら車椅子で部屋から出て行ってしまった。

 

「お祖母様は相変わらず、お母様が生きていると……」

 

「記憶が鈍るのも無理はない。足を痛められてから10年間、ずっとこの城に籠られたままなのだから」

 

そこで違和感を持つ咲。しかしその違和感に辿り着く前に満が博士に謎の方はどうなったのかと問い掛けた為に咲はその考えを一度他所にやることにした。謎の方は勝男から聞いたのだが、博士は何処からどう探っていけば良いのか分からないと伝えた。それに哀は伝える。

 

「庭に並べられたチェスの駒」

 

「え?」

 

「あのチェスボードを庭に作ったのは、宝を隠した本人だって言えば、あのチェスの駒に謎を解くヒントが隠されていると見て、まず間違いないでしょうね」

 

そんな哀の様子に満と貴人は感心した様子を浮かべる。

 

「も、もしかして、君はあの駒の意味がわかったのかい!?」

 

貴人がそう問うと、哀は紅茶を一口飲み、答える。

 

「分かるわけないでしょ?貴方達が4年を費やしても解けなかったのに。……もし解けるとしたら、この城の何処かに消え失せた、好奇心旺盛なミステリーグルメさんぐらい……かな?」

 

その『ミステリーグルメ』という言葉に二人は困惑の様子を浮かべる。そんな時、メイドさんが袋を持って現れ、それを歩美に渡す。それに歩美はお礼を言ったところで光彦が袋の意味を問う。歩美はそこで自身のパンを一つ取った。

 

「私のパン、一つコナンくんに持って行ってあげるのよ!きっと、お腹すかせてるだろうから!」

 

そこで満がコナンはどうしたのかと聞いてきた。博士はそれに素直に答える。

 

「それが、さっきから姿が見えないんじゃ。食事を済ませたら探しに行こうと思っておるんじゃが……」

 

それに貴人は城は結構入り組んでいるため、何処かに迷ってしまっているのだと言う。

 

「あの塔に迷い込んでいなければ良いが……」

 

「あの塔?」

 

「ほら、この城の左手に見えたでしょう?4年前、我妻が焼け死んだあの緑に囲まれた焼け焦げた塔の事だよ。……そう、あれは丁度2年前、ここで雇っていた新米の使用人が、一夜のうちに姿を消してしまってね。聞けば、彼はよくあの塔には何かあると言って仲の良かった使用人に漏らしていたらしく、すぐにあの塔を探したんだが、誰かが侵入した形跡はあるものの彼の姿はなく、あとは警察を呼んでこの森一帯を大捜索することになったんだ」

 

その後はどうなったのかと博士が問えば、その10日後、森の中で漸く見つかったと言う……餓死状態で。

 

それに子供3人組は悲鳴をあげ、それは何故なのかと博士が問うが、満はさあと首を傾げるだけ。警察は誤って森に入って迷ったただの事故死として処理していたらしいが、使用人の間ではしばらく奇怪な噂話が流れたと言う。それは、塔で焼け死んだ夫人たちの怨念が彼に乗り移ったというものだ。

 

「それ以来、あの塔の入り口は封鎖したんだ」

 

「じゃ、じゃあ、早く見つけないとコナンくんがお腹を空かせて……」

 

そこで元太と光彦はそのすがたをそうぞうしたようで、自分たちのパンを袋に入れてくれた。貴人はそこで夜が更ける前に探そうと提案し、全員で大捜索。外にも出て声を張り上げ名を呼ぶもコナンは出てこない。そこで貴人とも合流し、庭にも城にもいないという情報が分かった。ならば塔にいるのではと博士が言うが、満が扉まで行って見たが扉は鍵が掛かったままだったと言う。残りは森の中だが現在、雨が降り続いており、だんだんと雨足も強くなってきており、この状態で、しかも夜に森に入るのは危険と判断され、創作は明日の朝、警察を呼んでからする事となった。満が子供達に部屋に戻ろうと声をかければ、歩美は少しだけ走り、塔に向けて叫ぶ。

 

「コナンくーーん!」

 

「大丈夫」

 

そんな歩美の隣に哀がやってきてそう声を掛ける。歩美は哀へと顔を向けた。

 

「江戸川くんは、貴方が心配するような柔な男じゃないわ。彼なら自分の脱出ルートぐらい、自分で見つけだせる。……ビービー泣いてる暇があったら、パンが雨に濡れないようにしっかり袋を抱えてなさい」

 

「う、うん……」

 

そこで元太達が声をかけてきたため、哀は戻るよと声を掛ける。そんな哀に歩美は問いかける。

 

「ねえ!なんでそんなに、コナンくんのこと分かっちゃうの?」

 

「さあ?どうしてかしら?」

 

そんな哀の態度を見て歩美はパンの袋の入り口を少し強めに握り、問いかける。

 

「もしかして……好きなの?コナンくんのこと」

 

その質問は哀にとっては予想外だったようで目を見開いて歩美を見据える。しかし少ししてちょっとだけ意地悪い笑顔を浮かべて歩美に問いかける。

 

「……だったらどうする?」

 

「え、こ、困るよ……」

 

それに満足したのかすぐに顔を前に向けた。

 

「安心して。私、彼をそう言う対象で見てないから」

 

「本当!?良かった!!」

 

歩美はその答えに心の底から嬉しそうに笑い、屋敷へと走って入っていく。そのまま歩美は元太達と共に屋敷に入り、咲と博士は哀の後ろから現れた。

 

「まったく、最近の子供は……じゃが、哀くんの言う通り、新一なら大丈夫。便りがないのは無事な証拠とも言うし……」

 

「何寝ぼけたことを言ってるのよ」

 

3人が屋敷に入って直ぐに言った博士のその言葉に、哀がそんな反応をする。それに博士は意味が分かってない様子を浮かべるが、哀が言葉を続ける。

 

「彼が何時間もなんの連絡もなしに姿を消して、私達に無意味な心配をさせると思う?……彼の身に何かあったのよ。この城の誰かに監禁されて、脱出出来ないだけか、あるいは既に……殺されているか」

 

それに博士が慌てて止めるが、哀は腰に手を当てる。

 

「兎に角、城の人に気付かれないように直ぐに警察を呼んで、虱潰しに捜索することね。そう、探すのは森の中じゃなく、この城の中……もう目星は付いてるわ」

 

哀はそこまで語ると、博士にしっかりするように言う。今のこの状況で、頼りになるのは大人である博士だけなのだ。それに博士は煮え切らない返事をして哀の後を追う。

 

(そう、今は大人である博士だけが頼り。……けれど、心配事はもう一つ)

 

哀はそこでチラリと隣を歩く咲を見る。ここまで一度も彼女は喋っていない。しかも現在、彼女の表情は無表情だ。けれど哀は察していた。今の彼女が少々まずいことに。

 

(……このまま工藤くんが本当に殺されていたとしたら……殺した犯人は、この子に殺されるわね。『咲』ではなく、『カッツ』の顔で)

 

そんな3人の後ろ姿を柱越しから見ているものがいるなど、3人は気付かなかった。

 

哀と咲、博士はそこで別れ、博士は一人、警察に電話を掛けようと廊下を歩く。そして電話を見つけ、掛けようとしたその時、『パサっ』と何かが落ちる音が聞こえ、そちらに目を向けた。そして一度受話器を置き、それに近づけばそれは血の付いた白いニット帽だった。

 

「こ、これは!?新一の帽子!」

 

そこでパカっと壁が開き、空間が見える。

 

「なんじゃ?この扉は」

 

博士がそちらに寄り、その扉の中へと入ってしまう。

 

「なんじゃ?ここは……」

 

その瞬間、博士の後ろに身を潜めていた人間が持っていた棒を博士の頭に打撃を食らわせる。そこで博士の眼鏡は飛び、地面と直撃し、レンズに皹が入る。しかしそれを拾うことはできず、博士は地面へと倒れてしまった。

 

そんな時、咲と哀が博士を追ってきた。

 

「博士?どうせ呼ぶなら私達と面識のある横溝刑事か目暮警部を……」

 

そう言葉にしながら電話のあるところへとたどり着くが、そこに博士はいなかった。直ぐに電話のあたりをキョロキョロと見るが博士は何処にもいない。

 

博士がいる扉の向こうは……犯人によって、静かに閉じられてしまったのだった。




チェスの部分の暗号って、文字で表すの中々に大変と言うか……これを表すにはチェスのルールとか詳しく知らないと絶対に書けないのではないかと思うのですが、これは私だけですかね?

それでは!


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第17話〜青の古城探索事件・後編〜

博士を探した哀と咲だが、博士は何処にも見つからず、哀が電話をかけることにした。咲はその隣で待機している。

 

「もしもし、警察の方ですか?工藤新一の代理の者ですが、警視庁捜査一課の目暮警部に繋いでいただけますか?」

 

「おや?お友達に電話かい?……お嬢ちゃん」

 

哀と咲は声を掛けられた背後へと振り向けば、笑顔を浮かべた満がいた。そこで目暮へと変わった様子で、電話の向こうで目暮の声が聞こえてきた。彼はなんどか『もしもし』と声を掛けてくれているが、哀達にそんな余裕はない。

 

「ええ、そんなところよ」

 

哀はそう言って電話を切る。そこで咲と哀はチラッとアイコンタクトを取ったその時、歩美達が哀達も歩いてきた方向からやってきて声を掛けてきた。

 

「あ!灰原さん!咲ちゃん!」

 

「ここに居たんですか〜」

 

「たく〜、どこに居たんだよ〜!俺達のベッドの用意出来たってよ!」

 

そこで歩美が博士がいないことに気付き、問いかけてくる。光彦も一緒ではなかったのかと声をかければ、哀は誤魔化すことにした。

 

「さあ?この城の宝でも、探してるんじゃないかしら」

 

そう言ってチラッと後ろにいる満に目を向けた後、歩美達と共に部屋へと戻っていく。そんな哀と咲の後ろ姿を静かに見送る満。

 

子供達3人が寝静まった頃、哀と咲は目を開き、起き上がる。そして博士のベッドへと目を向けるがそこには寝てる本人の姿はない。

 

(博士のベットは空のまま。やっぱり何かあったのね)

 

哀は博士を探すために部屋から出ようと扉を静かに開ける。咲もそれに続く為にベットから出るが、少し考えて荷物を漁り、何かを取り出すとそれをロングパーカーの右ポケットに忍ばせた。哀はその間、開けた先で聞こえた『お祖母様』という声とその向こうのやり取りを、廊下に誰もいなくなるまで見ることにした。

 

「どうしたんです?こんな時間に……」

 

「娘がなかなか来んから迎えに来たんじゃ……」

 

「お母様のことは我々に任せて、部屋でお休みになってください」

 

貴人がそう言ってマス代を部屋へと連れていくために車椅子を押して去っていく。それを見送り、哀と咲は行動を始めた。隠密の行動のため、足音を立てないように慎重に行動し、角の時には姿を隠すようにする。

 

(とにかく、調べて見る必要がありそうね……)

 

その時、何かの物音が哀達の後ろから聞こえた。勿論、それは哀にも聞こえ、そちらへと少しの間視線を向けた後、その場を歩いて立ち去る。しかし直ぐに走ってその物音がした一つ向こうの角を見れば、そこには少年探偵団の3人がいた。

 

「やっばり……」

 

『あ、あははは……』

 

「はぁ、何やってるんだ……お前達」

 

咲が呆れた様子で問えば、歩美がコナンが心配だと言い、元太は博士も戻って来ないからと言い、光彦が捜索の手伝いをすると言う。それに咲は眉をしかめる。しかし少年探偵団の3人は二人より5人の方がお得だと言う。そんな3人の様子を見て、哀は息を一つ吐き出す。

 

「……まあ、いいけど」

 

「おい哀」

 

咲の哀を責める声に哀は耳を貸さずに続ける。

 

「……殺されたって知らないわよ」

 

そのまま歩いて去っていく哀の後を咲も追い、元太達はその意味がどう言う意味なのかを問いながら後を追っていく。そのまた後ろに、人間がいたことを知らぬまま。

 

***

 

最初にやって来たのは元太達が来た場所。哀はそのまま扉を閉めた後、元太に椅子を壁時計の下に持って来てほしいと頼み、哀は本棚から本を取り出して椅子の上に置き、足場として利用する。そのまま壁時計の針を回し始め、2時あたりになった時、扉が回転した。それを止めるために元太が椅子を支えるようにした後、哀が壁に手を突き、閉まるのを止めた。歩美と咲がその先を見れば、暗闇の空間が見えた。

 

「うわぁ、何これ……」

 

「隠し通路ですね」

 

「手動で時計の針を回転させると、扉が開く仕掛けになってたようね」

 

「……さて、行くか」

 

そう言って哀と咲が腕時計を弄り、ライトを付ける。それに歩み達3人が反応した。

 

「ねえ、灰原さん。それって……」

 

「ええ、阿笠博士に貰った腕時計型ライトよ」

 

「へえ!君も貰ったんですね!」

 

「君もって?」

 

哀がそう問えば、3人は腕時計を弄り、ライトを点ける。それに頼もしいと哀が返し、行くと伝えて歩き出す。その先は長い階段が続き、どこまで深くなるのかと全員が思ったその時、哀は地面にとある痕跡を見つけ、それをライトで照らしたまま座る。咲もそれを見て頭の中でとある答えが浮かんだ。そして哀が手に唾をつけ、床のそれを取った時、確信した。

 

「なんですか?それ」

 

「……血だわ」

 

それに歩美と光彦が驚きの声を小声ながらもあげる。

 

「この色と乾きぐらいからすると、あまり時間が経っていないわね……」

 

「すごい!灰原さん、コナン君みたい!」

 

「何呑気なこと言ってんのよ。その彼の血かもしれないのよ、これ」

 

歩美は持って来ていたらしいパンの袋の入り口をギュッと握った。その時、光彦があたりをライトで照らしていた時、ある文字を階段に見つけた。それを哀に伝え、哀と咲がそちらへと移動する。その文字が彫られていたのは一段下の階段だったが、そこには『アイツハ私ニナリスマシテ城ノ宝ヲ横耳』と書かれていた。しかし、この文章からして最後は『耳』ではなく『取』だと推測できる。それを歩美はこの文字を彫ったのはコナン君かと言うが、それを哀が否定する。

 

「いいえ。文章からしてそれはないわ。堀口もかなり古いし……」

 

「一体、誰が書いたんでしょう」

 

「さあ?誰だか知らないけど、『横取』の『取』の字から見ると、その人物は続きを書くことが出来なくなったんでしょうね」

 

「……書けなくなった?」

 

「ま、まさか……」

 

「そう。此処で息絶えたのかもしれないってこと」

 

それに光彦と歩美が驚愕するが、そんなこと関係なしに哀は続ける。

 

「その死体を江戸川君が見つけ、気を取られている隙に背後から誰かに殴られたか、刺されたとしたら、血の説明もつくわね」

 

「いや、刺された線は薄いな」

 

哀のその一言にずっとあたりをライト機能で見ていた咲が言う。それに哀が視線だけで先を促せば、彼女は答える。

 

「もしコナンが刺されたとしたら、その血はもっと辺りに付着する。それを拭ったとしても、細かいところまで拭う時間があるわけではない。しかし血の跡がそれだけなら、殴った線の方が有効だ。それなら血はそう飛ばないし、殴った本人も少量の血だけ浴びる。大量の血は頭から流れてずっとその場に溜まり、広がり続けるだけ。拭う事を考えるならこちらの方が手間はそう掛からない。掛かった血だって、服が黒ければ時間が経てば黒くなるんだ。そう暴露ることもない……まあ、警察に捜索されたら終わりだがな」

 

その説明に歩美と光彦はよく分かっていない顔をするが、哀はその考えを否定せず、それが有力候補として残した。こう言うことにおいては、その手のプロの意見は強いものなのだ。

 

そんな時、元太が何かを発見する。そちらへと移動すれば、元太が見つけたのは眼鏡、それも皹が入っている。それを見て光彦は気付いた。ーーーそれが、博士のものである事を。

 

「いっ!?なんで博士の眼鏡がこんな所に落ちたんだ!?」

 

「眼鏡の淵に血が付いてる……」

 

「博士に何かあったんでしょうか……」

 

光彦が口に手を当てて考えてる哀に問えば、哀は少しだけ壁を触る。それに咲や光彦、歩美が何だと近寄った時、哀がその壁を押した。それだけでいとも容易く壁は反転し、咲、哀、光彦、歩美は屋敷の廊下へと脱出出来た。その時の衝撃に歩美と光彦が痛がっている間に哀と咲は立ち上がり廊下の先を確認した。すぐそこの角の先にあったのはあの電話の場所だ。

 

(ここは、さっき博士を見失った場所……)

 

その間、光彦が壁を押して開けようとしているが、壁の扉は開かない。元太はまだその壁の向こうにいるのだが、これでは出ることも助けることもできない。それを理解し、哀が最初に入った入り口に戻り、元太と合流することが決まる。しかし、その入り口となった扉は開かない。なんだドアノブを回しても開かないことから鍵が閉められていることが分かる。

 

「なんで?さっきは開いてたのに……」

 

「誰かが、私達の後をつけていたのよ。鍵をかけたのは、私達が通路を引き返した後、外に出るのを防ぐため。私達は偶然、さっきの扉から出られたけどね」

 

「そ、それじゃあ、元太君は……」

 

「つけていた誰かさんの手によって落ちたと見て、まず間違いないでしょうね」

 

それに光彦と歩美が動揺を表す。しかしあの通路の別入り口を見つけようと哀が言う。それに咲は賛成した。あくまでも犯人は森に迷い、餓死したと思わせたいだろうと考えるなら、今はまだ生きているだろうと考えたのだ。そして次に来たのは貴人のアトリエ。部屋の隅々まで探し、歩美も移動しようとした時、近くの新聞がなだれ落ちてしまった。それは歩美よりも下の高さまでしか積み上げられていなかったために被害はそうなかったが、その新聞の量に歩美が驚く。その新聞の使い道は絵を包んだら、拭いたりするのに使うのだと光彦が説明し、それに歩美は納得する。そんな二人をよそに哀はその新聞を手に取り、日付を確認した。

 

「それにしては随分古い新聞ね……っ!これは!」

 

その新聞にあったのは、あの塔の火事のこと。そんな時、入り口付近にいた光彦は、カチャッと微かな音を聞き、その正体が何かと廊下の先へとライトを向ければ、そこには眼鏡が落ちていた。そちらに近寄れば、罅の入っていない眼鏡だった。先に博士の眼鏡を見つけていたことから、それが必然的にコナンの物であると悟ったその時、塔の向こうの扉が開く音がした。それに光彦は唾を一つ、呑み込んだ。

 

哀はその新聞の内容を読んでいた。

 

(火事で死んだのは15人、骨が灰になるほどの業火で、遺体の判別は身につけていた遺品から推定されたが、うち一人だけは未だ行方不明……この家事を利用して、誰かと誰かがすり替わったってわけね)

 

「ねえ!光彦君がいないよ!!」

 

その歩美の言葉に哀と咲が振り向き、部屋から廊下を見渡す。しかしそこには誰もいない。歩美はそこで塔の方へと顔を向けた。その塔の入り口の扉は、何故か開いていた。

 

「もしかして、あの塔の中に入って行っちゃったんじゃ……」

 

「妙ね。あそこは火事のあった塔の入り口……封鎖されてるはずなのに……」

 

その扉の前までやって来て、歩美は扉の向こうへと声をかける。

 

「光彦く」

 

「待って」

 

哀の待ったに歩美は疑問を持つ。しかし哀が罠かもしれないと言い、哀が中に入って様子を見てくると言う。そしてその間、歩美はその辺の草むらに隠れているように言う。そして今度は咲に顔を向ければ、咲は頷いた。

 

「……歩美のことは任せろ。私は彼女と残っておく」

 

「お願いするわ」

 

そしてそのまま入っていこうとする哀に歩美が恐怖からか声を掛ける。しかし哀は300数を数えても哀が塔の中にから出て来なければ直ぐに逃げろと言う。

 

「森の斜道を下って逃げれば、運良く助かるかもしれないわ」

 

「は、灰原さん!」

 

「しっかりしなさい。そのパン、江戸川君に届けるんでしょ?」

 

それを言われ、歩美は一つ頷いた。それを見た後、哀は扉の向こうへと行ってしまった。そこで直ぐに草むらへと移動し、歩美はパンを抱き込むようにして座り込み、数を数え始めた。咲はといえば辺りを警戒し続けながらも哀の帰りを待っていた。そうしてしばらく待つも哀は戻ってこない。歩美の数が155になっても戻ってこず、遂に300になっても戻ってこなかった。そこで歩美は草むらから体を出し、扉へと近づく。そしてその先に向かって300数え終えたと声を震わせ、涙を目に浮かべながらも報告するが、返事は返ってこない。そこで歩美が扉に手をかけた時、咲が制止する。

 

「待て。彼奴が帰ってこなかったら逃げろと言われただろ」

 

「けど、灰原さんが心配だし……コナン君たちも……」

 

歩美がもう既に泣きそうになりながらもそう咲に言う。咲はその姿をジッと見て……溜息を吐く。

 

「……分かった。でもせめて私から離れるな。絶対にだ……出来るな?」

 

「……うん」

 

その返事を聞き届けると、今度は咲が何の躊躇もなく扉を開く。

 

「……灰原さーん?灰原さん、どこー?」

 

歩美が声を掛けるが哀からの返事は返ってこない。そこで一度入り口へと視線を向け、先程の哀の言葉を頭の中でリピートさせる。

 

(そんな……そんなのダメだよ。逃げちゃダメ)

 

そこで歩美がパンの袋に目を向ける。その入り口をまたギュッと強く握った。

 

(このパン、コナン君に届けるんだから)

 

「……怖くなんか、ないもん」

 

その一言に咲はフッと笑い、時計のライトを点け、哀の捜索を開始する。塔の階段を上がり、扉を閉める。しかしその瞬間、歩美は鍵を無意識に閉めてしまったようで、その音にびっくりしたように後ろへと振り向き、それを確認して安堵した。

 

「ここは……トイレ?」

 

「の、ようだな……」

 

その時、トイレの扉のノブが回される。それに歩美が嬉しそうに扉を開けようとした瞬間、ドンッと扉に衝撃が走り、そこでそれが哀ではないと理解した。それに歩美は恐怖し、咲は歩美の前に出て身構える。トイレの鍵は鉄ではなく木。時間も経っていていた折れても仕方ないと判断すると、咲はとロングパーカーの右ポケットに手を入れる。そして何度も何度も叩かれ、遂に扉が開かれた。黒い人影はトイレの中にいるはずの子供を探すが姿が見えず、入り口の左右を見ても子供の姿がないことを理解すると、トイレの上にある燭台を上から下に向けた。すると扉が開き、犯人がその隠し通路を確認する。その姿を、犯人の死角である反対の壁にいた哀と歩美、咲が確認した時、哀はポケットの中に入れていたものを取り出し、それを今度はトイレの入り口側に放り投げる。それは微かな音を立て、犯人はそれに敏感に反応する。そして隠し通路の扉を閉めると出て行ってしまった。

 

それを確認し、ようやく歩美は安堵すると行ったことを哀に小声で報告する。

 

「……行っちゃったみたい」

 

「貴方達、何聞いてたの?逃げなさいって行ったはずよ!私が偶然、この隠し扉の中にいたから助かったけど、そうじゃなきゃ、今頃貴方達、殺されてるわよ?」

 

「私がそうやすやすと殺されると?」

 

「貴方はそうでも、彼女は違うでしょ!」

 

「問題ないな。彼女には傷一つ付かない」

 

「どうしてそう言い切れるのかしら?」

 

「私が守るからだ」

 

咲が満面の笑顔でそう言い切る。それに哀は心配事が当たってしまったことを確信した。彼女は歩美を何が何でも守る気だったのだと理解したのだ。

 

ーーーそれが例え、自分の命を犠牲にしてでも。

 

「……」

 

「?なんだ?何故私をジッと見てる?」

 

「……貴方は後で説教よ」

 

「……私、何かしたか?いや、お前の指示には背いたが……」

 

その意味がわからないと言った顔に哀は遂に溜息を吐く。次に哀は歩美に視線を向ければ、歩美は涙目ながらに言う。

 

「だ、だって……皆んなが危ない目に遭ってるかもしれないのに、私だけ逃げるなんて、出来ないよ!」

 

「たくっ、呆れた子ね……ほら涙拭いて。皆んなを探しに行くわよ」

 

それに歩美は頷き、哀の後を追って行く。その先にあったのは下へと続く梯子で、そらを使って降りている時に光彦の行方を聞いたが、知らないと言う。もし塔の中に光彦が入っていたなら、先程の人物に捕まったことになる。

 

「そんな……」

 

その梯子を降り切った後、その場を光で照らすがコナン達は見つからない。そんな時、哀から探偵団バッチはどうしたのかと問い掛けられ、歩美は電池が切れたため、博士に預けたのだと言う。それに哀は納得し、歩き出す。それに続くようにしてライトを照らして捜索していた時、歩美がライトを右に負けた時に座り込む人影を見つけた。

 

「見て!誰かいるよ!」

 

そう歩美が喜びの声を上げ、その人影に近づく。しかし近づけばそれが何かを理解し、歩美は声を上げて叫んでしまった。

 

「が、骸骨!?」

 

その瞬間、その骸骨は歩美の方に倒れ込み、歩美はそれにさえ恐怖から叫んでしまった。直ぐにその骸骨に哀と咲が近づき、調べ始める。

 

「これは……」

 

「白骨化して大分年月が経ってるわ……それに、埃の具合からすると、ここに置かれてまだ間もないみたい……どうやら階段にあった例の文字を刻んだのは、この人のようね」

 

そこまで哀は考えれば、これがここにある理由を理解するのは容易かった。

 

「きっと、江戸川君に発見されたから、此処に移動させたのよ」

 

しかし、まだ最大の謎は残っていた。この骸骨が『誰』なのか。これを運んだのが『誰』なのか。

 

哀はそれを知るためにもライトを向けた調べ続けた時、足の骨を見て違和感を持つ。

 

(他の骨に比べて足の骨だけはかなり細くなってる。それに、歯がだいぶすり減ってる……この髪の長さは女?……っ!まさか、この人になりすましてる犯人って……)

 

哀はそこまで理解した時、咲の耳には聞き覚えのない足音が入ってきた。その音の方へと体を移動させ、哀達を庇うようにして体を出し、身構えた。それに哀と歩美が気付いた時、3人に声がかけられた。

 

「どうしたんだい?お嬢ちゃん達。声がするから様子を見にきたんじゃが……おや?もう一人のお友達はどこかえ?」

 

「……はっ、そう言うことか」

 

咲がその瞬間、理解し、小声で犯人を嘲笑う。これはカッツにとっては好都合な出会い。しかしチラッと後ろに視線を向けた時、歩美が咲より体を前に出し、姿を現した老婆ーーーマス代に声を助けを求めた。

 

「それが大変なの!歩美の友達、皆んな悪い人に捕まって……」

 

その瞬間、歩美の左手と咲の右手を掴み、哀が走り出す。

 

「は、灰原さん!?」

 

その姿をマス代は静かに見送る。それも不気味な程に静かに。

 

「ちょ、ちょっと!お婆ちゃんも連れて行かないとさっきの人に襲われちゃう!」

 

歩美の言葉に哀は叫ぶ。

 

「何言ってんの!?あの人がさっき貴方を襲った犯人なのよ!?」

 

「え!!?」

 

「あの遺体の骨は長い間歩いていない人間の骨!髪の長さ、性別、年齢を含めても、アレは大奥様の遺体で間違いないわ!!」

 

「じゃあ、さっきの人は……!」

 

「大奥様を殺してすり替わっていたのよ!!顔をそっくりに整形し、多少の事は記憶が混乱したフリをしていたんだわ!実行したのは例の大火事の日!流石に実の娘を欺き通せないと踏んで、焼き殺したのよ!!この地下通路の存在を知っていれば、誰にも気付かれずに放火する事も!コッソリ抜け出して顔を整形して戻ってくることも可能ってわけよ!」

 

そこで漸く走った先に梯子を見つけ、急いで登る。そして床扉を開いた先にはあの玄関入り口のホール。直ぐに登り、歩美はその場に座り込み息を整え、咲は哀を引き上げにかかる。

 

「犯人の目的は恐らく、この屋敷の財宝ーーーきゃっ!」

 

「哀!!」

 

引っ張っていた咲も一瞬力に負け態勢が崩れる。そして哀の足を引っ張った犯人であるマス代は狂気の笑顔を浮かべてその先を続けて話し出した。

 

「そうさ、財宝目当てでこの屋敷に来たことが婆さんに暴露てクビにされそうになったからすり替わったのさ。声は元々、似ていたからね」

 

そのまま歩美とともに哀を引き上げ、直ぐに二人の前に体を滑り込ませ、ポケットの中のものを手に取った。まだそれを外には出していないが、マス代に向けている視線は、猫が獲物を狙うような鋭さを持っていた。

 

(咲……?)

 

「安心おし……あの婆さんのように何時迄も暗い地下に放っては置かないよ。気絶させて2、3日経ったら、友達と一緒に森の中に並べてあげるからさ……頬が痩けて飛びっきりのスマートさんになったらね!」

 

マス代がそう言って棒を張り上げたその時、豪速球で何かがマス代が持つ棒に当たり、その衝撃で手を抑え、鉄棒を取り落としてしまった。咲が何が飛んで来たのかと確認すれば、それはバケツだった。

 

「やめなよ」

 

そんな声が二階から掛けられ、4人が二階の方へと顔を向ければ、バタバタと光を纏わせた靴を履き、二階の手すりに座っているコナンがいた。

 

「子供に無理なダイエット悪趣味だぜ」

 

そんなコナンの後ろから、光彦、元太も現れる。

 

「そうですよ。その3人なら今のままで十分です」

 

「そうだそうだ!腹一杯食った方が健康的だぞ!」

 

「皆んな!」

 

「貴様ら、どうして……」

 

マス代が訳が分かっていない様子を理解すると、コナンが説明する。

 

「光彦のお陰さ。俺の眼鏡の追跡機能を使って博士が持ってた探偵団バッチの発信電波を頼りに俺達を発見してくれたんだ」

 

それに悔しがるマス代。そんな彼女の後ろから博士は現れ、マス代に声をかける。

 

「おおっと、逃げても無駄じゃよ。行方不明で元ハウスキーパーの『西川 睦美』さん」

 

それにマス代に成り代わっていた睦美が驚きで振り向く。なぜ正体が暴露たのか、理解できていないのだから仕方がないだろう。それに関して、博士は語り始める。彼は知り合いの整形外科医にある質問をしたらしい。その内容は、『態々、老婆に整形した奇妙な客の話を聞いたことはないか』と。そう聞けば直ぐに教えてくれたとも言う。

 

「ふんっ。お前らもあの屍を見たと言うことか」

 

「遺体を見なくても、あんたが偽物だって分かってたぜ?」

 

そのコナンの答えに睦美は驚きで顔を向ける。

 

「10年間この城に篭りっぱなしで旅行もしなかったはずの大奥様が、6年前にサイズが変わったパスポートに不便さを感じる訳ねーからな。でもまさか、その顔を保つ為に外国に何度も足を運んでいたとは思わなかったけどな」

 

そこで睦美は走りだし、ランプがつけられた柱に近付き、ランプをつかんだ。

 

「よく見破ったと褒めてやりたいが、この地下通路を熟知している私を捕まえることは出来まい」

 

そう言ってランプを左に傾けた時、睦美の背後に隠し扉が現れる。そんな睦美にコナンは挑発的な笑顔で問いかける。

 

「あれれ〜?逃げちゃうの?俺はあんたが知りたがってた取って置きの通路を知ってるんだけど?」

 

そこまで言えば、それが何かを理解出来る。睦美もそれに食いつきを見せれば、コナンはニヤリと笑い、説明を始める。

 

「チェスの駒は通称アルファベットのA〜Hと数字の1〜8で表記される。ナイトの向きから庭のチェスボードは石畳の方から見るのが正しい。その方向から見て、白い駒だけを数字の順に読んでいくと、E・G・G・H・E・A・D……『EGG HEAD』。つまり『理屈をこねるインテリ』って意味だ。そう、この暗号を考えた大旦那様のことだよ」

 

それに睦美は感嘆の声をあげ、直ぐに大旦那様の肖像画に近付く。しかしコナンの説明はまだ終わらない。残った説明は黒の駒の意味だけ。

 

「あとは黒い駒の示す通りに左に回せば……秘密の通路の入り口がポッカリ開くって訳だ」

 

それに嬉しがり、睦美は嬉しそうに梯子を上っていく。彼女の念願が叶ったのだからおかしくはない反応だろう。

 

(この城に仕えて20年!探し求めた財宝が遂に!……渡すものか!誰にも……!)

 

梯子を登り切った時、背後の方で光が微かに見えているところが見えた。それに更に喜ぶ睦美。

 

(おお!あの光輝く扉の向こうに、私の宝が……!)

 

その重厚な扉を開け放ち、その先に見えた光景はーーー朝日が輝き、湖がその光で輝きを放つのが見えるほどの高さから見えた絶景だった。

 

「こ、これは……?どこだい!私の宝は!!どこにあるんだい!?」

 

「扉に書いてあるだろ?」

 

そのコナンの声に睦美は扉に掘られた文字を見る。そこには『最初に此処に到達した者に、この城と景色を与えよう』とあった。それに睦美は空笑い。彼女はこの瞬間、絶望したのだ。

 

「馬鹿な……こんな物のために私は何人も殺してきたと言うのか……こんな物の為に、醜い老婆に顔を変えてまで……こんな物の為に……」

 

そんな彼女の姿をコナンは静かに見つめる。と、そこに咲も登ってきて、睦美の姿を目に留めた。そして彼女は静かに睦美の方へと歩く。そんな咲の様子にコナンが嫌な予感を持ち、彼女を止めようとした瞬間、彼女は睦美の横腹に勢いを付けた蹴りを入れる。絶望していた彼女はそのまま抵抗なく横に倒れ、更にカッツは仰向けに倒れさせ、睦美の首に右足を乗せた。

 

「おい!」

 

コナンの制止の声は、カッツには届かない。そのままポケットからキャンプ用にと用意していたフォールディングナイフを取り出し、刃の部分を取り出した。そしてそれを睦美に向けて振り下ろす。

 

「やめろーーー咲!!」

 

しかしコナンの声がそこで漸く届いた様子で、咲の腕がピタリと、睦美の右目に突き刺さる直前で腕を止めた。

 

「………………」

 

「今直ぐそのナイフをその上からポケットの中に直せ」

 

「…………私は」

 

「お前はもう組織の幹部『カッツ』じゃないだろ!!戻りたくないんだろ!?」

 

「……」

 

そこで咲は慎重にナイフを目から離し、首からも足を退け座り込む。咲は、己の心を落ち着かせる為に息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 

「…………済まない。助かった」

 

「……目の前で犯罪が犯されそうになって、みすみす見逃す訳ねえだろ」

 

この1時間後、警察が到着し、犯人は連行されたーーー魂が抜け落ちた、本当の老婆になってしまったような、哀れな姿で。

 

さらに城の宝に付いては満を残念がらせる結果となったが、犯人逮捕を聞き、貴人の方はホッとした様子を見せていた。どうやら貴人の方は大火事の事件を不審に思い、城に留まって密かに探っていたようだった。また、隠し通路の方は元々城にあったもののようで、歴史学者だった大旦那様が移築する時に正確に復元した物のようだった。

 

「面白かったなこの城!」

 

「まさにスリルとサスペンス!!」

 

「そうそう!」

 

「おいおい。儂とコナン君は殴り倒されたんじゃぞ?」

 

そんな話をしている時、城の方から声が掛けられる。そちらに目を向ければ勝男が走って近づいてきており、貴人が朝ご飯を用意してくれると言ってくれたと伝えにきてくれていた。

 

「食っていきなよ!眼鏡の坊主は昨夜から何も食ってないんだろ?」

 

「遠慮しとくよ。車にキャンプ用の食料も積んであるし……それに」

 

そこでコナンは柔らかい笑みを浮かべて歩美に顔を向け、そのパンを貰い受けた。

 

「俺にはこのパンの方がご馳走みてーだしな」

 

その言葉に皆んなが笑顔を浮かべる。そんな中、哀は城に体を向けた。

 

「じゃあ私、呼ばれてこようかしら」

 

「あ!俺も!!」

 

「お前ら……」

 

話し合いはそこで好意を受けることが決まり、朝ご飯を貰い受けることとなった。屋敷へと皆んなが戻る中、咲は1人、顔を俯かせて考えていた。

 

(……私はあの時、怒りに身を任せてあの睦美とか言う女を殺そうとした……。やはり私は……此処にいてはいけないんじゃないか?)

 

「咲」

 

そこで声をかけられ、咲はハッと顔を上げる。そこには哀がおり、彼女はジッと咲を見据えていた。

 

「……哀」

 

「……早く行きましょう。ご飯、全部小島君に取られちゃうわよ」

 

「……なぁ。私はーーー」

 

「貴方のその思いは、私も同じよ」

 

そこで咲は目を見開く。しかし哀は気にせず、もう一度問いかける。

 

「それで?食べるの、食べないの。どっち?」

 

そんな哀の様子をジッと見た後、咲は苦笑しながら頷き、屋敷の方へと歩いて行ったのだった。



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第18話〜SOS!歩美からのメッセージ〜

本当は映画館の上映の事件を書こうかと思ったのですが、上手く書けなかったのでこの話を書くことにしました。なので、次回から世紀末の魔術師編です!

あ、そういえば皆さん。少し時間が過ぎてしまったのですが、エイプリールフールは楽しめましたか?私は結局、嘘をつくことなく普通に過ごす事となりました。ここ毎年、これが普通になってます……上手い嘘が思いつかないんですよね〜。

ま、そんなことは気にせず、どうぞ!


ある日の日曜日、阿笠邸にて少年探偵団が遊びに来て、コナン、光彦、元太はババ抜きをしていた。そんな場から離れたところでは、哀と咲が雑誌を読んでくつろいでいる。

 

ババ抜きをしている3人の声をBGMに、哀は咲に話し掛けた。

 

「……ねえ、咲」

 

「ん?なんだ?」

 

「この前の学校の創立記念日の時、貴方、映画館で映画を見るのは初めてだってはしゃいでたわよね?それ、貴方を保護してくた人と見に行ったことはないってことなの?」

 

その哀の疑問に咲は苦笑を浮かべる。

 

「いや、そんな事はない。ただ、映画を見るだけならあの屋敷で事足りてるだけなんだ。昔の映画なら尚更な」

 

「なら、ゴメラを見たがってたのはなんでかしら?」

 

その哀の質問に目をパチクリとさせた咲。この質問は彼女にとっては思いがけないものであり、どうして聞いてきたのかを理解出来ていない。しかし、答えないのも失礼だと頭の中で結論を出し、答える。

 

「……子供達が見たがっていたからだよ。私は特に、これといって見たいものはなかったしな」

 

「……そう」

 

それに対して哀の返答はそれだけだった。その哀の反応にまた首を傾げた時、後ろの方でババ抜き組の方で変化があった。声からして、どうやらコナンが一番に抜けたらしい。それに光彦と元太が文句を言っている。そして光彦と元太の一騎打ちをしている様子を見ることにした咲。

 

元太は二枚、光彦は一枚。ババさえ抜かなければ終わる様で、光彦は元太の顔を見ながらカードを選ぶ。ババは元太から見て左にあり、光彦がババの方に指を向ければ嬉しそうな表情を浮かべ、残ったハートの2の方に指を向ければ嫌そうな顔をする。これではどちらがババか分かりきってしまう。

 

(まあ、子供のうちからポーカーフェイスを覚えろというのが難しいか……)

 

コナンの近くにやってきた時、コナンが光彦とともに元太の表情を楽しんでいる様子から一変して、顔を先に向けてきた。

 

「咲、どうしたんだ?」

 

「いや、なにやら楽しそうだったから見にきたんだが……これは、また……お前も趣味が悪いというか、大人気ないというか」

 

「うっせ」

 

そんな2人の会話の間に光彦はハートの2を引いており、元太が負けていた。その元太は自分ばかりなぜ負けるのかと叫んだ。それに咲は肩を竦めて答える。

 

「それは元太、100%お前が悪いぞ。顔がとても分かりやすい。ババ以外を取ろうとすれば顔が歪むんだからな」

 

「ダメですよ咲さん、ばらしちゃ〜」

 

「そうだったのか!よーしもう一回だ!今度はずっとこの顔でやるぞ!」

 

そう言って下手な笑顔を浮かばせる元太。それに光彦は残念そうな様子を見せ、哀もババ抜きに誘う。しかしそれを本を読む方がいいと言って断る哀。それに咲はいつも通りかとなにも反応をせず、視線を歩美の方に向ける。歩美は元太の隣に座っていたのだが、どこかずっとグッタリしている様子で、咲はそちらに近付いた。

 

「歩美、大丈夫か?」

 

「うん……」

 

「本当に?」

 

それに歩美はゆっくりと頷くが、咲からしたらどこが大丈夫なのかと少々問い詰めたくなった。そんな時、光彦とコナンが昨日、杯戸町でおこった強盗殺人事件の話を始めてしまった。

 

「『ル・エスカルゴ』っていうフランス料理店の女性オーナーが殺害された事件だろ?」

 

「なんだその店。変な名前だな」

 

「別に変じゃないさ。エスカルゴっていうのは、フランス料理に使う食用のカタツムリの事だからな」

 

「え!?カタツムリって食えんのか!?もしかしてカタツムリ丼とか……」

 

そう言いながら自分が言った言葉を頭の中で想像し、嫌そうな顔で「うげっ」と言う元太に咲は苦笑し、コナンは呆れ顔。

 

「それで?何か詳しい話、聞いてますか?」

 

「ああ。夕べ、毛利のおっちゃんが目暮警部と話しているのを聞いたんだけど、被害者は昼近くまで眠ってて、鍵をこじ開けて入って来た強盗と鉢合わせした様なんだ」

 

「それじゃあ、強盗も留守だと思って忍び込んだって事?」

 

そこで話が気になって近付いて来た哀がそうコナンに聞けば、それに肯定を返すコナン。そして、被害者が手足を縛られた上、ナイフで刺されていることも伝える。この時点で普通は子供に伝えるべき話ではないと思うべきなのだが、そんな違和感を持つ子供はここには誰もいない。

 

「おそらく、犯人は金のありかを聞きだし、金を全て奪って、出て行く直前に被害者を殺害したんだ」

 

「殺害した理由は、顔を見られたからってとこかしら?」

 

「多分な」

 

それに咲は反対しない。彼女はよく犯人視点から事件を推理する事が多いのだが、もし同じ様な状況になれば咲自身もそうするだろうと考えたのだ。

 

しかし咲がそんな事を考えてるとは全く知らない元太は、コナンと哀の推理に怖がった様子を見せる。それで殺されるのかと思い、彼はおっかないとも言った。確かに、とても物騒な話だ。

 

「そんな凶悪犯じゃ、少年探偵団の出番はなさそうですね」

 

「当たり前じゃ!!」

 

そこで博士が怒った顔で光彦達の所までやって来た。どうやら彼もずっと聞いていたらしいが、遂に我慢の限界が来たらしい。コナン達に向けて説教が始まった。

 

「大体、子供が殺人事件の話をするもんじゃない!!もっと子供らしい夢のある話を……」

 

しかしそこで歩美のとても弱々しい声が掛かる。

 

「ねえ博士。のど飴ない?」

 

「ん?喉が痛いのか?」

 

「そうみたいだ。大体、さっきから歩美の声もおかしい。少々枯れている様な……」

 

「君のその耳の良さは健在なのはいいが、それは気付いた時に言ってくれんかのう」

 

博士からのお叱りの言葉に、咲は眉を下げる。確かに、気付いた時に言っておけばよかったと反省しているのだ。問い詰めようと考える前に言っておくべきだった、と。

 

「どれ、口を開けてごらん?」

 

その言葉通り、歩美は博士の言う通りに口をあーん、と言って開ける。そして喉の方を観察する博士。

 

「ふむ、扁桃腺が大分腫れとるな……熱もある様じゃ」

 

「風邪かしら」

 

「風邪ならうな重食えばケロッと治るぜ」

 

「それは元太、お前だけだ」

 

「そうですよ。元太君とは違いますよ」

 

咲と光彦のジト目を受け、居心地悪そうな顔をする元太。コナンはそんな事を気にせず、歩美に今日は帰るように言う。勿論、コナン達も帰る事を伝え、光彦もそれに賛成し、家でゆっくり休むように伝える。それに歩美は頷き、歩美は博士が車で送ることに決まった。咲もそれが決まると、北星家へと電話を始めた。今日は仕事が休みの雪男が迎えに来ることになっていたため、彼は快くそれを承諾し、その日はそこで解散となった。

 

翌日の月曜日。朝の元気な挨拶の後、小林先生から歩美のお母さんから歩美が風邪を引き、今日はお休みする事になったと伝えられる。それに子供達は心配そうな様子で隣の子供と話し始める。それは少年探偵団5人も同じで、とても心配していた。

 

「やっぱり……」

 

「歩美のやつ、うな重食わなかったのか?」

 

「昨日は大分具合が悪そうだったからな……」

 

「あら、心配?」

 

コナンの言葉に哀が揶揄い混じりの言葉を投げかける。それにコナンは当たり前だと言えば、哀は結構優しいのね、と言う。その言葉にコナンはジト目を向ける。そしてそんな2人の後ろに座っていた咲は少々自分を責めていた。勿論、全てが全て悪いのではないと理解はしているのだが、早めに博士に伝えておけばよかったと、其処だけはずっと反省し、自分を責めていた。

 

(……今後は気をつけよう)

 

そうして時間は過ぎてゆき、次が音楽のため、鍵盤ハーモニカの準備をもって移動しようとした時、元太と光彦がやって来た。やって来た理由というのは、今日の授業が終わった後、歩美の見舞いに行こうという話をしに来たらしい。それに賛成の声をあげる光彦。しかしそれに反対気味の哀。それに何故なのかという視線をコナン達が向ければ、哀が答える。

 

「女の子って、具合が悪い姿を人には見られたくないものなのよ。特に、好きな男の子にはね」

 

それに呆れ顔のコナンを見て、哀はクスリと笑う。

 

「なーんてね。小学生には関係ないか」

 

そう言って鍵盤ハーモニカと音楽の教科書を持って移動し始める哀に光彦と元太はジト目を向ける。

 

「なんなんですか?一体」

 

「自分も小学生の癖してよ」

 

(はは……実は18歳だとは、言えないからな)

 

咲がそう考えた時、バタンッという音と何かの曲が流れるのが耳に入り、全員がその音の出所であるコナンを見る。哀も後に気づいた様で再度此方に近付いてきた。そして全員がコナンの持つ探偵団バッチを見れば、やはりそこから音が流れていた。

 

「これは……鍵盤ハーモニカ?」

 

「!きっとそれです!歩美ちゃんが鍵盤ハーモニカを引いてるんです!」

 

「歩美ちゃんか?」

 

コナンのその問いに、歩美は答えない。喉が腫れている為、当たり前ではある。しかし、そこで声ではなく、別の音が返ってきた。

 

『今日は5日、午前10時30分だ!』

 

それにコナンは目を見開く。歩美の考えが分からないからだ。分からないながらも時計で時間を確認すれば、時刻は午前10時35分。時間が5分間違っている。ただ、時間が間違っているだけなら早く進んでしまったのだろうと納得もするが、今日の日付は5日ではない。それに首を傾げる咲と違和感を持つコナン。そうしてまた同じ言葉が繰り返された時、元太が嬉しそうな声をあげる。

 

「ヤイバー時計だ!」

 

「そうです!仮面ヤイバー時計ですよ!前に、阿笠博士に皆んなで買ってもらったんです!」

 

「頭のボタンを押すと、日にちと時間をいうんだぜ!」

 

「だけど、なんだ歩美ちゃん、自分で答えないんでしょうね」

 

「……彼女、声が出ないんじゃないかしら」

 

その哀の言葉に納得する光彦と元太。コナンと咲も同様で、コナンはそこで歩美に「もしかして声が出ないのか?」と問いかける。勿論、それに答えることが出来ない歩美だが、すぐにコナンから『YESなら1回、NOなら2回バッチを叩いてくれ』と言われ、少し間を空けてから1回叩かれる。それで5人全員、やはり声が出ないのかと理解する。

 

「やっぱり声が出ないのか」

 

「きっと、退屈なんで僕達の声が聴きたくなったんですよ!」

 

「よーし!励ましてやろうぜ!」

 

「ちょっと待った!」

 

そこでコナンから静止の声が掛けられ、話すのを止める2人。コナンはどうやら引っかかることがある様子。その引っかかっている部分をコナンは説明し始める。

 

「返事の代わりに時計を使ったのは分かるけど、さっきの時計、5分遅れてた。第一、今日は5日じゃないぞ?」

 

「そ、それは……」

 

「歩美ちゃん、何か俺たちに伝えたいことがあるんじゃないかな……」

 

そこで咲は考える。時刻が5分遅れている理由、日付が違う理由を。そんな時、咲の耳に音が拾われる。しかしそれは物を探る様な音ではなく、何かの扉が開く様な音。

 

(親が入ってきたのか?)

 

「歩美ちゃん、何か困ったことでも起きたのか?」

 

しかし返答が返ってこない。それに首を傾げる咲。光彦は歩美に先程の指示をそのまま伝える。すると今度は二回叩かれる。

 

「NOです!やっぱり退屈して連絡してきただけですよ!」

 

「……コナン。それを貸してくれないか」

 

「え?」

 

コナンは咲の方へと顔を向ければ、少々眉間に皺が寄った咲がそこにいた。一瞬の逡巡後、咲にバッチを渡せば、咲は礼を言ってコナンと同じ質問をすることにした。

 

「歩美。もう一度質問をさせてもらう。本当に退屈して連絡してきただけか?」

 

それに今度は1回、叩かれる。その返しに更に眉間に皺が寄る咲。しかし、次の授業がそろそろ始まってしまう時間であり、ここでそれ追求は出来ないと、教室を見れば分かることだった。

 

「……そうか」

 

咲はそこでコナンにバッチを渡し、思考に耽る。元太が返されたバッチにまた連絡すると言ったその時、チャイムが鳴った。

 

「やっべ!次は音楽室だっけ?」

 

「急がないと、小林先生、怒ると怖いですからね!」

 

「ダッシュだ!」

 

そこでコナンもバッチのスイッチを切り、音楽室へと向かう。その道中で、コナンは咲に先程の事を質問することにした。

 

「なあ咲。さっきのあの質問の意図はなんなんだ?」

 

それに咲は間を空けて答える。

 

「……少々説明がしにくいんだが……あのバッチを叩く音、最初の質問の時と2回目の質問の時、聞こえてきた音の強さが違ったんだ。そうだな……例えで言えば、人が肩を軽く叩く様な感じが1回目で、2回目が肩を強く叩く様な音といえば分かるか?」

 

「ああ、まあ……」

 

「いや、それがどうとは言わないがな。もしかしたら、無意識的に強く叩いただけなのかもしれないし、ペンを強く掴んでいるせいで強く叩いてしまったという可能性もあるんだが……それを確認するために3回目のあの質問をしたんだ。結果は2回目と同じ様な強さだったわけだが」

 

「そうか……他に何か気づいたこととかあるか?」

 

「そうだな……そういえば、お前が2回目の質問をする少し前に、扉が開く音が聞こえたな」

 

「扉が開く音か……なら、歩美の親が帰ったのかも知れないな」

 

「……いや、なら尚更おかしい」

 

その咲の言葉にコナンがその言葉の先を促す様に目を向ければ、彼女は続ける。

 

「大抵は子供が体調不良で倒れているんだ。なら、親は声をかけるものじゃないか?それに、あの歩美の親だ。ちゃんと挨拶をするんじゃないか?」

 

それに対してコナンは反対をしなかった。確かにと思ったからだ。しかし、すでに音楽室の前まで来ていたために、2人は席に座ることにした。コナンは哀の隣に座り、咲はそんな2人の後ろに座った。そして授業の初めに挨拶を終え、小林先生の話が始まった。

 

「さてと、皆んな知ってると思うけど、来月、校内で音楽会があります。B組では、鍵盤ハーモニカの合奏をやろうと思うんだけど、今日はまず、演奏する曲を決めようと思います。皆んな、何かいい曲はないかしら?」

 

その言葉で子供達が全員手を挙げる。しかしそんな中、咲は早々に耳を塞ぎたくなった。勿論、塞ぐという行為は失礼な為に我慢しているが、これで鍵盤ハーモニカを引くことになれば、頭痛が今日一日は続くかもしれないと予想し始める咲。彼女にとって、音楽の授業は天敵のようだ。そしてその咲の前の2人はといえば、先程の歩美のことで会話をしていた。

 

「歩美ちゃんのことが気になるのね」

 

「え?」

 

「私もなの。最初に引いてきたあのメロディ……どっかで聞いたことがあるのよね。何か心当たりない?」

 

「あはは……音楽はちょっと」

 

「咲は?」

 

「すまんが、聞き覚えはないな」

 

「そう……あれ確か、ミ・ミ・レ・ド・レ……」

 

そこでコナンは思考に耽る。

 

(どうして日付と時間が間違ってたんだ?それに、咲が聞いたという、扉が開くような音と、音の違い。……5日、午前10時30分……)

 

そこで小林がピアノの蓋を開いたのを見て、更にげっそりとなる咲。隠れて溜息を吐く。

 

(頼むから、この時間は早く過ぎ去ってくれ……)

 

「それじゃあ、曲も決まったので、まず一回、皆んなで歌ってみましょう!」

 

『はーい!』

 

そこで流れ出すイントロを聞き、これは覚悟を決めなければと咲は腹を括った。そして暫くすると子供達が歌いだす。

 

『でーんでんむーしむし、かーたつむりー』

 

その歌詞を聴いた時、徐々に哀の目が見開いていく。なぜなら、それは『かたつむり(ミミレドレ)』と音を響かせていたからだ。

 

「『かたつむり』よ!彼女、『かたつむり』って伝えたかったんだわ!!」

 

それで全てを理解したコナンと咲。2人は直ぐに立ち上がり、小林に伝える。

 

「先生、警察に連絡して!!歩美ちゃんの命が危ないんだ!!」

 

そこでコナンと咲が走って出ていく。そんな2人の名前を呼ぶ小林だが、2人は止まらない。そして、走って向かうコナンは頭の中で悔しがる。

 

(くそっ!なんでもっと早く気がつかなかったんだ!!あのメロディーから『かたつむり』、つまり、『ル・エスカルゴ』。日にちと時間から『ご・とう・はん』つまり、強盗犯と俺に伝えようとしたんだ!!きっとあの時だ!咲が聞いた扉が開く音の時だ!!……無事でいてくれ、歩美ちゃん!!)

 

そうして走っていく2人。しかしすぐに辿り着けるわけもなく、歩美の家に向かう道中、横断歩道の信号に捕まってしまった。そこで息を整える2人。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……お前、なんで着いてきたんだ!」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……その問いは、今更か?……もっと早く気付くべきだったと、後悔しているのはある。しかし、何より私は、彼らが危ない目に遭っているというなら……助けたいんだ。それが今、私にできることだから」

 

「咲……」

 

しかしそんな会話をしていても時間は過ぎていく。焦るコナンに、咲は息を整えながら、一つの提案をする。

 

「……お前、昨日、強盗犯が女性オーナーを殺害したのは金を取った上で出ていく直前に殺したと言っていたよな?」

 

「ああ、それが……!そうか!」

 

そこでコナンはすぐに行動に出る。イヤリング型携帯電話を使って歩美の家に電話を掛け、変声機を弄って博士の声を出す。そして、歩美の家の留守電になった時、行動を始めた。

 

「やあ、儂じゃ。今、すぐ近くまで来とるんじゃが……ほれ、この前借りた500万円、返そうと思って、銀行から下ろしてきたところなんじゃ。例の発明の特許料が入ったんでな。どうせ近くのスーパーに買い物にでも言っとるんじゃろう。今からすぐ行くから」

 

そこでコナンは電話を切り、イヤホンを外す。そしてそのまま歩美の家であるマンションまで向かい、自動扉を超え、素早く歩美の家の番号を押し、博士の声を使って開けて欲しいことを頼む。相手はどうやら疑うことなく扉を開けてくれたようで、それに2人してニヤリと笑って扉をくぐる。そのままエレベーターに乗った時、コナンは咲に問いかけた。

 

「……お前、絶対に手を出すなよ」

 

「?何故だ?」

 

「ああ、もう忘れたのかよ。あの古城での出来事を」

 

コナンのその言葉で咲は理解すると、フッと笑みを浮かべる。

 

「覚えているさ。……安心しろ。あの時ほど、怒りに我を忘れてはいない。相手が歩美やお前を殺し掛けなければ、な」

 

その言葉は、まるで母親が子供を見るような優しい笑顔を浮かべて告げられた言葉で、コナンはそれに対して顔を顰める。

 

「……やっぱり絶対に手を出すな。そんな顔で易々とそんなこと言える奴に、安心出来る要素はねえよ」

 

「ふむ、そうか?まあ、暴走するつもりは本当にないから安心しろ」

 

そこで目的の階に辿り着き、コナンはサッカーボールを手に目的の部屋のチャイムを鳴らす。しかしやはり出てくる様子はなく、別の鍵を見つけた為、それを使って部屋に入った。すると、部屋の中には白いヘルメットを被り、サングラスを掛けた男が、土足で上がっていた。

 

「だ、誰だお前ら!!ジジイはどうした!?」

 

「最初から僕とこの子だけだよ?おじさんって強盗だよね?おじさん、知ってるかな?サッカーボールって、当たると結構痛いんだよね!」

 

そう言いながらサッカーボールを地面に置き、キック力増強シューズを弄る。そうして一段階あげれば準備は完了。

 

「特にこの……キック力増強シューズで……蹴った球はな!!」

 

そうしてコナンは容赦なくサッカーボールを強盗犯の顔に向けて蹴り上げ、強盗犯はそのまま勢いよく後ろに飛び、目を開けたまま意識を飛ばす。それとともにヘルメットとサングラスも飛んでいってしまった。しかしコナンと咲はそんなこと気にせず、歩美の方へと駆け寄り、彼女の口に貼られていたガムテープをコナンが剥がす。

 

「待ってろ。今解いてやる」

 

そんなコナンの対応に嬉しそうにしている歩美に、咲も柔らかな笑みを浮かべた。が、しかし彼女の耳に強盗犯の呻き声が聞こえ、後ろを振り向けば、立ち上がる強盗犯が目に入った。それを知れば彼女はまず、近くのソファの方へと身を隠した。そんな彼女とは別に、歩美とコナンも強盗犯の様子に気付き、コナンがすぐに強盗犯の方へと向きなおる。

 

「このガキ、良くもやってくれたな。タダじゃ済まさねえ!!」

 

強盗犯が警棒を片手に持ち、近寄る。そしてソファの近くに来た時、咲は素早く現れた。それに一瞬驚いた強盗犯だったが、咲はそんな様子を気にせずに、強盗犯の左向う脛を容赦なく、勢いの良い蹴りを入れた。

 

「いっ!?」

 

思わずといった形で左脚をあげ、痛がる様子を見せる強盗犯を見て、咲は声をあげる。

 

「今だ!やれ!!」

 

その言葉の意味をコナンも歩美も理解出来ていなかったが、しかしその後ろにいた優秀な科学者は理解出来たようで、

 

「小嶋くん、円谷くん、今よ!」

 

その声を合図に、今度は2人分の声が上がる。

 

「「たぁぁぁ!!」」

 

そうして強盗犯の背後から突進が食らわされ、強盗犯はそのまま顔から床に激突。それで気絶するはずもない強盗犯が再度、起き上がろうとするが、そこに咲が近づき、歩美を縛っていた縄を使って、今度は強盗犯の腕を縛る。

 

「歩美、ガムテープはないか?」

 

「が、ガムテープ?」

 

「ああ。こいつの足を縛って拘束する。光彦と元太はそのまま乗っててくれ。あ、哀は何か別の重しになるようなもの持って来てくれないか?歩美に確認を取りながらでいいから」

 

その咲の言葉にそれぞれ頷き、歩美からガムテープの場所を聞いて、足を拘束した咲。最後にコナンが麻酔針を撃ち、強盗犯を逮捕することが出来た。

 

その数日後、歩美の風邪が治り、博士を引き連れて皆んなで公園にやって来ていた。

 

「風邪が治ってよかったな、歩美くん」

 

「うん。声も元に戻ったんだ」

 

「それにしてもあの犯人、例の強盗殺人犯とは別人だったのは驚きましたね」

 

「殺人犯の方は横浜で捕まったんだよな!」

 

「目暮警部の話じゃ、歩美ちゃん家に入った犯人は、別に歩美ちゃんに危害を加える気はなかったらしい」

 

「ん?そうなのか?」

 

咲のその問いにコナンは頷く。曰く、顔を見られたといっても、子供だから証言能力はないと思っていたのだと。

 

「でも、結局はコナン君たちを襲おうとしていたんですから、捕まえて正解でしたよ!」

 

「バカモン!!!」

 

そこで博士の怒りの声が響く。それに咲は一瞬、耳がキーンとなったが、博士は気付かない。

 

「何が『捕まえて正解でしたよ』じゃ!?たまたま今回は上手くいっただけじゃろ!次からはきちんと警察を待って行動するんじゃ」

 

その言葉を聞き、元太は座っていたベンチから降り、敬礼する。

 

「はい!今度からはそうします!」

 

そんな行動に毒気を抜かれたのか博士は少々狼狽えながらも、分かればいいと言って許した。すると元太は先ほどまでの態度から一転して元気になり、光彦と歩美を誘ってブランコに乗りに向かっていった。

 

「あーあ、本当に分かってんのか」

 

そんなコナンにも博士は眉間に皺を寄せ、叱りの言葉を投げかける。

 

「新一、咲君、君達もじゃぞ」

 

「わーってるよ。なるべく彼奴らを巻き込まないように……」

 

「違うわい。頭脳は兎も角、体は小学生なんじゃからな。だいたい新一、お前は……」

 

そこで歩美が博士を呼び、そちらに顔を向ければ、歩美が笑顔で手を振っていた。

 

「博士ー!ありがとね!!博士の電話がなかったら、犯人に逃げられちゃったかもね!!」

 

その言葉の意味をうまく理解出来ていない博士は、しかし一応は頷きを返した。そんな博士の様子をコナンはニヤリと笑って見遣る。それに気づいた博士は一つ咳払いをした。

 

「儂の声を使うのは良いが、お爺さんの役はないじゃろ」

 

「わりぃわりぃ」

 

「しかしまあ、ああいう孫たちがいるのも可愛くて良いじゃろうな」

 

そう言って博士が穏やかな目で見つめるのは、ブランコで遊ぶ子供3人組。3人は楽しそうな声を上げていた。

 

「どーれ!お爺ちゃんが押してやろうかの〜!」

 

そうしてウキウキしながら子供達3人の方へと向かっていく博士の後ろ姿を見て、哀は一言、呟く。

 

「すっかり、なりきってる」

 

「孫より先に嫁さん見つけろよな……」

 

「ふっ、博士の奥さんは果たしていつ見つかるんだろうな」

 

そんな言葉を言いながらも、楽しそうな様子の子供3人と博士を見て、普通の日常とはこういうものなのだと、咲は改めて幸せを甘受するのだった。



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世紀末の魔術師編
第19話〜世紀末の魔術師・1〜


夏休みに入り、現在、少年探偵団達はプールに入り終え、その帰りの際、校門前でとある話題に盛り上がっていた。

 

「え!?怪盗キッドを見た!?」

 

「それ本当かよ!?」

 

元太と光彦が驚きの声を上げれば、その話を振った歩美は笑顔で肯定する。

 

「うん!とってもカッコ良かった!」

 

「まさに!平成のアルセーヌ・ルパンですよね!!」

 

その通称が気に食わなかったのか、コナンは鼻を鳴らす。それに気付いた哀と咲はコナンの方へと振り向き、愉快そうな顔で哀が尋ねる。

 

「で?平成のホームズさんはどうするき?」

 

「バーロー!いつか捕まえてやるに……決まってんだろ!!」

 

そう言ってコナンは、足元にあった自分のサッカーボールを勢いよく蹴っ飛ばした。

 

***

 

8月19日、某時。警視庁にて、怪盗キッド特別捜査会議が行われていた。この会議では怪盗キッドの情報を共有する目的もあり、かのルパンの情報は全て出されていた。

 

「怪盗1412号、通称、怪盗キッドの犯行は、現在までで134件です」

 

「うち15件が海外で、アメリカ、フランス、ドイツなど、12ヶ国に渡ります」

 

「盗まれた宝石類は、述べ152点。被害総額は387億2500万円です」

 

そこまでの情報を聞き終えた、捜査二課の『茶木 神太郎』警視はある重大な情報を述べる事にした。

 

「その怪盗キッドから昨日、新たな犯行予告状が届いた」

 

その報告に、会議室内は驚きの声で溢れかえる。しかしそれを気にせず、茶木は続ける。

 

「『黄昏の獅子から暁の乙女へ。秒針のない時計が12番目の文字を刻む時、光る天の楼閣から『メモリーズ・エッグ』をいただきに参上する。 世紀末の魔術師 怪盗キッド』。予告の中のメモリーズ・エッグとは、先月、鈴木財閥の蔵から発見されたロマノフ王朝の秘宝、『インペリアル・イースター・エッグ』のことだ」

 

そこで茶木から別の刑事にバトンが移り、その刑事はインペリアル・イースター・エッグの説明がされる。

 

「インペリアル・イースター・エッグとは、ロシアの皇帝が皇后への復活祭の贈り物として、宝石細工師『ファベルジェ』に作らせた卵の事で、1885年から1916年までの間に50個作られています」

 

この説明の間にも、その説明されていたイースター・エッグの映像が流れていた。その細工は映像で見てもとても素晴らしいと思えるもので、もしこれが本物であるならば、その素晴らしさを更に感じることが出来ただろうと思えるものであった。

 

「従って、今回発見されたエッグは51個目となります」

 

「鈴木財閥では、51個目のエッグを8月23日から大阪城公園内にオープンする鈴木近代美術館で展示する事になった。そこで暗号の内容だが……中森君」

 

此処で今まで終始無言で会議の内容を聞いていた、怪盗キッド専門の刑事である中森が重い腰を上げる。そうしてモニター前に歩いて行き、説明を始める。

 

「まず『黄昏の獅子から暁の乙女へ』。これは、獅子座の最後の日の8月22日の夕方から、乙女座の最初の日の夜明けまでという意味で、犯行の日にちを示すものだ。次に、『秒針のない時計が12番目の文字を刻む時』。これは、犯行の時刻を示すものと思われるが、まだ解読出来ていない。最後の『光る天の楼閣から』。これは天守閣……即ち、大阪城のことで、キッドが現れる場所を示す。つまり!この予告状は、8月22日の夕方から23日の夜明けまでの間に、大阪城の天守閣から『インペリアル・イースター・エッグ』を盗みに現れる、という意味だ!!」

 

そこまでの中森の説明に他の刑事達が納得した様子を見せ、拍手喝采が巻き起こる。その後、茶木が大阪府警との合同捜査となることが説明され、鈴木財閥たっての希望から、名探偵である小五郎にも橋梁を願ったと説明し、茶木がそこまで退屈そうに会議の内容を聞いていた小五郎を指差す。それに小五郎も気付いたが、その瞬間、会議室にいた刑事達から一斉にその鋭い視線を向けられ、小五郎は少々焦りながらも刑事達に挨拶を交わす。

 

「今回の我々の目的は、あくまでもエッグの死守。例え、奴を取り逃がしたとしても、エッグだけは……」

 

そこで中森が茶木からマイクを奪い取り、刑事達に向けて宣言する。

 

「なんて甘っちょろいことは言ってられん!!エッグは二の次だ!!いいか者共!!我々、警察の誇りと威信にかけて、あの気障なコソ泥を冷たい監獄の中に絶対に……絶対にぶち込んでやるんだ!!!」

 

その中森の言葉に座っていた刑事達が一斉に立ち上がり、雄叫びを上げる。そんな中、1人置いてけぼりの小五郎は引いた笑みを浮かべるのだった。

 

その後、毛利一家は予告ば当日に大阪駅にやって来て、園子と合流後、リムジンに乗り込み、鈴木近代美術館へと向かっていた。

 

その一方、コナンを除いた少年探偵団一行はと言えば、阿笠邸に集まり、文句を垂れていた。文句の内容はもちろん、コナンのことだ。

 

「ずるいんだぜ、博士。コナンの奴、1人で大阪に行きやがってよ!」

 

「私、もう一度キッドに会いたかったのに……」

 

「抜け駆けは彼の得意技ですからね」

 

そんな文句を垂れてる元太、光彦、歩美の3人を、スイカを用意してくれた博士は笑顔で諌める。

 

「まあまあ、そう言うでない。スイカでも食べて怒りを鎮めたらどうじゃ」

 

「わぁ!いただきまーす!」

 

歩美が代表で言い、3人がスイカを口には組もうとしたその瞬間、「ちょっと待った」と博士がストップを掛ける。勿論、子供達がキョトン顔で博士を見つめれば、博士はニヤリと笑って条件を言う。

 

「食べるのはクイズを解いてからじゃ」

 

それに雑誌を読んでいた哀と、携帯を弄っていた咲が顔を上げ、博士を見やる。そんな2人とは反対に子供達は不満の声をあげる。

 

「えー、そりゃねえだろ、博士……」

 

「何を言っとる。子供のうちから楽に物を手に入れる癖をつけてどうする」

 

それには流石に同意せざる終えないと咲は思い、うんうんと頷いていた。それに味方を得たと博士は喜び、楽しそうにクイズを出してきた。

 

「ワシには多くの孫がいる。何才か?」

 

「うぇ!?博士に孫がいんのか!?」

 

元太のこの発言に博士は思わずズッコケ、咲は苦笑い。

 

「元太、これはあくまでクイズだ。現実には博士には孫はいない。親戚筋に哀がいるくらいじゃないか?」

 

咲はそう言って哀を見やれば、哀も軽く頷きを返した。それを聞き、子供達3人は考え始める。その間、哀と咲はアイコンタクトを交わした。内容は、どちらが答えるかと言うもの。結局、視線での会話で哀となった。

 

「……やっぱり、コナンくんがいないと無理よね」

 

「じゃあ、このスイカはどうなんだよ」

 

「0歳よ」

 

哀のその答えに子供達が驚きの表情を浮かべて哀を見る。注目されている哀はと言えば、雑誌に目を通していた。興味はないらしい。

 

「まだ卵なのよ。『ワシ』は鳥の『鷲』。『多くの孫』は『多孫()』。『卵』はまだ0歳よ」

 

「大正解じゃ!流石は哀くん!解けると思ったったぞ。咲くんも、解けとったんじゃろ?」

 

哀の説明に博士は褒め、咲の事も理解していた。勿論、咲はそれにくすりと笑っただけ。子供達はと言えば、哀と咲の頭の良さに感心していた。

 

「うわぁ……」

 

「灰原さんと咲さんって……」

 

「すごーい」

 

そこで元太は少々、悪い笑みで光彦に、哀と咲は少年探偵団の仲間かどうかを一応確認し、光彦はそれで納得した様子を見せ、3人は嬉しそうにスイカを食べ始めた。仲間である哀が答え、咲も解けていたことから、その連帯の褒美として考えたのだ。そんな三人の様子に哀はフッと笑みを浮かべ、大阪の方へと想いを馳せる。

 

(さて、あっちの卵はどうなるか。お手並み拝見させて貰うわよ、工藤くん)

 

その頃のコナンはと言えば、鈴木近代美術館に辿り付いていた。そこには既に警官が配備されており、厳重に配備されていた。その上空では、警察のヘリさえ稼働している。中にはネズミでさえ入ることは叶わないだろうとさえ思えるほどだった。

 

「すごい警戒ね」

 

「まさに蟻の入る出る隙間ねえって感じだ」

 

「当たり前よ!相手はあの怪盗キッド様!何たって彼は……」

 

「神出鬼没で変幻自在の怪盗紳士」

 

そこで別の声が割って入り、そちらへと顔を向ければ、バイクに乗り、ヘルメットを被ったままの知人が2人、そこにはいた。

 

「堅い警備もごっつい金庫もその奇術紛いの早業でぶち破り、オマケに顔どころか声から性格まで完璧に模写してしまう変装の名人ときとる。はっ、ホンマに……」

 

そう言ってヘルメットを取った知人の2人である平次と、その幼馴染の『遠山 和葉』が顔を向ける。

 

「メンドくさい奴を敵に回してもうたの……工藤?」

 

平次のその呼び名に反応する蘭。

 

「もう!何で服部くん、いつもコナンくんのことを『工藤』って呼ぶの?」

 

それに笑って誤魔化すことにした平次。

 

「ははっ、すまんすまん。いや、こいつの目の付け所が工藤によう似とるんでな。つい、そない呼んでしまうんや」

 

「ほーんま、アホみたい。今日も朝早うから工藤が来る、工藤が来る言うて……一片、病院で診てもらった方がええんちゃうの?」

 

そこで平次達とは今回が初対面の園子が蘭に話しかけ、良い男だと褒めれば、蘭が駄目だと止める。曰く、平次には幼馴染の和葉がいるからだと言う。

 

「あんな風に喧嘩してるけど、本当はすっごく仲が良いんだよ?」

 

「見りゃ分かるわよ。新一くんと蘭にそっくりだもの」

 

その園子の言葉に蘭は頬を赤らめる。そうして平次と和葉の喧嘩を見つめる。

 

「ああ、私にも幼馴染の男の子がいたらな……」

 

「……おいおい、何の騒ぎだ?」

 

そこへもう1人乱入して来る。その声に今度は全員が反応すれば、コナンが目を見開く。

 

「なっ!?」

 

「修斗様!お会い出来て光栄です〜!」

 

そこには、車から丁度降りて来たらしい修斗が左前の扉の横にいた。そんな修斗に嬉しそうに近寄る園子。

 

「今日は私の我儘を聞いて下さってありがとうございます!」

 

「いえ、構いませんよ。むしろ呼んでいただけて光栄です。……正直、うちは貴方のお爺様から、良くは思われていませんから、少々、諦めていたのですが……」

 

「そんな事ないですよ〜!私は修斗様とお会い出来て嬉しいですもん!」

 

「それはとても光栄な事です……あ、出来れば、様は付けなくてああですよ?堅苦しいのはあまり好いていなくて」

 

「わかりました、修斗さん!」

 

園子が快く呼び名を変えてくれた事に嬉しかったのか、修斗が園子の頭を撫でる。それに少々頬を赤らめる園子だが、それに気づいた修斗が手を退ける。

 

「すみません、つい……迷惑でしたか?」

 

「い、いえ!全然!」

 

「それは良かった……うちは妹もいるので、癖ですかね?元気な様子を見ると、つい撫でてしまうんです」

 

これは実際、本当の事である。今もまだ、瑠璃にも、梨華にも、雪菜にも、元気そうな様子を見ると修斗は頭を撫でるくせがあるのだ。しかし、そんな癖がついた理由は他にもある。しかし、それを修斗からは言うつもりなど、全くもってなかった。

 

「そ、それじゃあ!揃った事だし、行きましょう!!」

 

そうして全員がエレベーターに乗り込み、目的の階に辿り着く。そのまま会長室へと向かい、中に入れば、会長である史郎がいた。

 

「おお!これは毛利さん!それから北星さんも、遠い所からよく御出でになりました」

 

「いや〜、どうも」

 

「こちらこそ、今回は呼んでいただき、ありがとうございます。今回は社長代理という立場ではありますが、お招き頂けて感謝しております」

 

修斗が小五郎に続いて史郎と握手をすれば、史郎は続いて蘭とコナンにも挨拶をする。その後、その後ろにいた平次と和葉の事を尋ね、園子はそれに素直に答える。もちろん、平次が『西の高校生探偵』である事もキチンと伝える。それを聞き、史郎は頼りにしていると告げれば、平次も気を良くした。

 

「おう!任せといて、おっちゃん」

 

「お前な!鈴木財閥の会長に向かっておっちゃんとは!」

 

「まあまあ毛利さん。それより、紹介しましょう。こちら、ロシア大使館の一等書記官、『セルゲイ・オフチンニコフ』さんです」

 

その紹介の最中に立ち上がったのは、グレーの髪を上に立ちのぼらせ、青系のスーツをキッチリと着こなした、少々厳つい強面の男性だった。彼はとても流暢に、日本語で「よろしく」と言う。史郎は次にその隣にいた少々白くなり始めた灰色に近い髪と髭を携え、茶色のスーツを着た男性の紹介を始めた。

 

「お隣が、早くも商談にいらした美術商の『乾 将一』さん」

 

彼が軽く会釈だけすると、次にその隣にいた、青色の服を着た女性の紹介に移る。

 

「彼女はロマノフ王朝研究家、『浦思 青蘭(ほし せいらん)』さん」

 

「你好」

 

最後に、その隣にいた少々ガラの悪そうな男性の紹介に移る。

 

「そしてこちらが、エッグの取材撮影を申し込んで来られた、フリーの映像作家、『寒川 竜(さがわ りゅう)』さん」

 

「よろしく」

 

彼は挨拶をしながらカメラを小五郎に向けて記録し始める。それを気にせず、小五郎は将一に話しかける。

 

「しかし商談って、どのぐらいの値を……」

 

「8億だよ」

 

その値を聞き、小五郎は仰天する。しかし小五郎だけではなく、平次もまた、声には出さなかったが、静かに驚きの顔を浮かべていた。

 

「譲ってくれるなら、もっと出してもいい」

 

「会長さん!インペリアル・イースター・エッグは元々、ロシアの物です。こんな得体の知れないブローカーに売るくらいなら、是非、我がロシアの美術館に寄贈してください!」

 

「得体の知れないだと!?」

 

セルゲイと将一が揉め始め、コナン達の後ろで静かに聞いていた修斗はげっそり顔。タダでさえ、今の彼は早くもこの話を聞かなかったこととして帰りたい思いを抱えているのに、さらに彼にとって気分が重くなる思いだった。

 

(そもそも商談に来たからってこの鈴木財閥があるとは限らないし、渡すなら美術館に寄贈するだろうし、どちらにしろ、鈴木財閥の意思が一番反映されないといけないはずなのに、何で皆んなして意思を反映せずに主張してんだよ……)

 

「いいね〜、いいよ〜。こりゃ、エッグ撮るより人間撮る方が面白いかもしれないな」

 

寒川がそう言って立ち上がり、隣にいた青蘭にニヤニヤとした嫌な顔で話し掛ける。

 

「あんた、他人事のような顔してるけど、ロマノフ王朝の研究家なら、エッグは喉から手が出るほど欲しいんじゃないのかい?」

 

それに青蘭は悔しそうな表情で顔を寒川から背ける。

 

「はい。でも私には、8億なんてお金はとても……」

 

「フッ、だよな〜。俺だって掻き集めても2億がやっとだ」

 

(おいおい、キッドだけじゃなく皆んな狙ってんじゃねーか、エッグ)

 

そこで史郎がエッグの話は後日改めてする事を約束し、全員が引き上げに掛かる。そのタイミングで、桐箱を抱えた史郎の秘書、『西野 真人』が会長室に入って来た。当然、西野は部屋から出て行こうとしているセルゲイ達に気付き、桐箱を抱えたまま頭を下げる。その際、最後に出て行こうとした寒川が西野を見て驚き、恐る恐るその横を通って出ていくのをコナンと修斗は目撃した。修斗が軽い溜息を吐いた時、西野が史郎に話し掛ける。

 

「会長、エッグをお持ちしました」

 

「おお、ご苦労さん。テーブルに置いてくれたまえ」

 

「はい」

 

その指示に西野は嫌な顔せずに聞き入れ、史郎はコナン達に座るように言う。蘭はエッグを見せてくれることに嬉しそうな表情をし、園子は見た目は大したものじゃないと言う。曰く、彼女が子供の頃、知らないでオモチャにしていたらしい。それを密かに聞いていた修斗は冷や汗をかいた。

 

(おいおい。知らなかったとはいえ、美術品になんて事してんだこのお嬢様は……)

 

全員が座ったのを見届け、史郎が桐箱を縛っていた青い紐を解き、箱を持ち上げる。その中には、緑のエッグが入っていた。それに園子以外の全員がエッグを見つめる。修斗から見ても、細工はとても素晴らしく、美術品としての価値も高いことが窺い知れた。

 

「西野くん、皆さんに冷たいものを」

 

「はい」

 

「なーんか、思ってたよりパッとせーへんな」

 

「うーん、ダチョウの卵みたいやね」

 

「これ開くんでしょ?」

 

そのコナンの言葉に史郎が感心したように褒め、エッグを開ける。中には金で出来たニコライ一家の模型が入っていた。それで平次達の見る目が変わった。

 

「へー、なかなかのもんやな」

 

「このエッグには面白い仕掛けがあってね」

 

史郎はそう言って持っていた小さな鍵をエッグの側面な差し込む。そしてそれを回せば、中の模型が上がり、家族が囲む中、その中心にいた男が持っていた本を捲る動作をした。

 

「へー!おもろいやん、これ」

 

「ファベルジェの資料にこのエッグの中身のデザイン画が残っていてね、これによって本物のエッグと認められたんだよ」

 

「『メモリーズ・エッグ』っていうのは、ロシア語を英語にした題名なんですか?」

 

「ああ、そうだよ。ロシア語で『Воспоминания(ボスポミナーミエ)』。日本語に訳すと『思い出』だそうだ」

 

「ねえ、なんで本を捲ってるのが『思い出なの?」

 

「バーカ、皇帝が子供達を集めて本を読み聞かせるのが『思い出』なんだよ」

 

「いや、それは違うと思いますよ」

 

小五郎の言葉に修斗が否定する。思わず半眼で見る小五郎に修斗は苦笑い。

 

「『皇帝が本を読み聞かせる』じゃなくて、『皇帝がアルバムを捲る』から『思い出』なんだと思いますよ?」

 

「は?あんた、どうしてこれをアルバムだと思ったんだ」

 

その小五郎の疑問は最もで、コナンも同じような顔をしていることに気付き、答えることにした。

 

「読み聞かせをするだけなら、母親は側にいなくてもいいでしょう?そりゃ、赤ん坊を抱いてるからというのもあるかもですが、赤ちゃんの時じゃ、言葉を聞いても分かりません。アルバムもまた赤ん坊じゃ分からないですが、しかし家族で会話するには不自然ではないでしょうし、『思い出』と言われても不自然ではない。……まあ、一番は『思い出』と書いてあって、最初に思い浮かんだのが『アルバム』ってだけだったんですが……」

 

「え、修斗さん、ロシア語読めるんですか!?」

 

蘭の驚きに修斗は苦笑いながらも頷く。

 

「ええまあ。大抵の言語は読めますし、話せますよ」

 

その答えに園子が黄色い声をあげて「流石、修斗さん!」と褒める。それに嬉しそうな表情を浮かべる修斗だが、内心はとても複雑な思いを抱いていた。そもそも、読める理由は父親から読めるようにしておけと言われたからなので、当たり前ではあるが。

 

「……あ、エッグの裏で光ってるのは宝石ですか?」

 

蘭のその質問に史郎はただのガラスだと答える。それにコナンは勿論、修斗も疑問に思う。

 

「皇帝から皇后への贈り物なのに?なんか引っかからない?」

 

「ん〜……ただ、51個目を作る頃にはロシアも財政難に陥っていたようだがね」

 

「引っ掛かる言うたらキッドの予告状……」

 

その平次の言葉に修斗がそちらを見る。この場では修斗ただ1人が、キッドの予告状の中身を知らないのだ。

 

「『光る天の楼閣』……なんで、大阪城が光るんや?」

 

「アホ。大阪城を建てた太閤さんは、大阪の礎築いて発展させはった大阪の光みたいなもんや」

 

「その通り」

 

其処で別の声が割って入り、それに全員が入口の方へと顔を向ければ、茶木と中森が歩いて近付いてきた。

 

「キッドが現れるのは大阪城の天守閣。それは、間違いない」

 

その一言を聞き、修斗が隠れて溜息を吐いたことに気付いたのは、コナンだけだった。

 

「だが……」

 

「『秒針のない時計が12番目の文字を刻む時』……この意味がどうしても分からんのだ」

 

「それって、『あいうえお』の12番目の文字とちゃうん」

 

それに全員が驚き、園子と蘭が指折りで12番目の文字を考える。しかし、修斗が即座に答える。

 

「『あいうえお』の12番目は『し』だな。もしこれが正解なら4時になる訳だが……」

 

「いや。キッドの暗号にしては単純過ぎる」

 

「いろは歌で考えても『を』だから時間にはならないな……」

 

そこで小五郎がフッと笑う。

 

「分かりましたよ、警視。『あいうえお』ではなく、アルファベットで数えるんです!」

 

「アルファベット?」

 

「アルファベットだと、12番目は『L』だな」

 

「そう!つまり……3時か」

 

その小五郎の推理を聞き、史郎が小五郎を褒める。褒められた小五郎はといえば調子に乗って高笑い。修斗も一応は納得した。この中で一番、暗号も事態を知らない修斗では、キッドの暗号を全て解くことなど不可能なのだ。

 

「間違いない!3時ならまだ夜明け前で、暁の乙女へとも合致する!」

 

其処で新たに出た暗号に修斗が訝しげにするが、誰もそのことに気付かない。

 

「待ってろよ怪盗キッド!今度こそお縄にしてやる!!」

 

その後、その場で解散となり、修斗は用は済んだとばかりに東京へ戻ろうとするが、それをコナンが引き止め、殆ど強引に修斗を連れて、『難破布袋神社』にやって来た。

 

「おいこら。強引に連れてくんじゃねえよ!」

 

「だって、保護者がいた方がいいでしょ?」

 

「なら蘭さん達で良いじゃねえか!!もしくは其処の大阪の探偵!!」

 

「まあええやん!折角、大阪まで来たんや。観光と思って一緒に来てもええんとちゃうか?」

 

その平次の言葉に修斗は溜息を吐く。確かに、このまま帰っても仕事はない。あるとしても急ぎではない書類仕事だけ。ならばとばかりに修斗も観光に付き合うことに決めた。そしてその神社でまずはお参りをし、女性陣はおみくじを引いた。

 

「あ!私、大吉!」

 

「どれどれ?」

 

「待ち人、恋人と再会します」

 

「それって、新一くんのことじゃない?」

 

それに蘭が頬を赤らめる。和葉もまた嬉しそうな表情を浮かべ、今度、自分にも合わせてと言う。それを聞いていた男性陣。コナンは呆れたような表情で蘭達の会話を聞いていた。

 

(はは、ここにいるって)

 

「さてっと、問題は午前3時までどうやって時間を潰すかやな……まあとりあえず、なんか美味いもんでも食べ……」

 

其処で平次と修斗が振り返れば、コナンが1人で考え込む姿があった。それに気づけば平次の行動は早かった。

 

「和葉、お前その2人、案内したれや」

 

「平次は?」

 

「俺は、このちっこいのと兄さんを案内するから」

 

「どうして?一緒に行こうよ!」

 

蘭の最もな疑問に平次はコナンと同じ高さに座り込み、肩を掴む。

 

「男は男同士がええんやて。なあ?こ、ここ、こ、コナンくん?」

 

平次のコナンへの呼び方に修斗は呆れ顔。まだ慣れてなかったのかと思っているのだ。それはコナンも同じだったようで、ジト目で早く慣れろよと小声で言えば、平次は意地の悪い顔でバラしても良いんだぞと脅す。それにコナンが引きつった笑顔のまま『努力して下さい』と言えば、平次は機嫌よく頷く。

 

「せやせや、人にモノ頼む時はな、笑顔を忘れたらあきませんで」

 

それにコナンが不機嫌そうな顔をするのを、修斗がニヤニヤ顔で見やる。2人のやりとりは修斗にとって楽しいものだったらしい。そうして3人が神社から出ていくのを女性陣は見送る。

 

「なんか、妙に仲が良いのよね。あの3人……」

 

「良いじゃない!女は女同士!浪花のイケてる男を見つけて、ご飯を奢らせちゃおうよ!」

 

「ほんなら、ひっかけ橋にでも行ってみる?」

 

そんな会話など聞こえていない3人は、怪盗キッドの暗号の話をしていた。

 

「お前、『12番目の文字』が引っかかってんねんやろ?」

 

「ああ……Lがロシア語のアルファベットでっていうなら分かるんだが……」

 

「ロシア語のアルファベットなら『К(カー)』。英語で言う『K』だな」

 

「せやったら、時計の形にはならへんな」

 

「それに、予告状の最後の『世紀末の魔術師』ってのも気になる」

 

「ホンマ、気障なやっちゃで」

 

「今まで奴はそんな風に名乗ったことはない。それに、何よりも今まで宝石しか狙わなかったキッドが、なぜエッグを狙うんだ?……なあ、修斗さん。なんか分かんねえか?」

 

コナンが其処で修斗を見上げれば、修斗は呆れたように溜息を吐く。

 

「……そもそも、俺はそのキッドの暗号の全文を知らないんだが?」

 

「あ、そうだった!」

 

其処でコナンが慌ててキッドの暗号を教えれば、修斗が納得したような顔をする。

 

「ああ、なるほど……これは今夜、警察が慌てふためくな」

 

「今夜?」

 

その修斗の言葉にコナンは引っ掛かりを覚えるが、それを教えることはない修斗。彼としては、自身や家族に害がなければ、手を出すことは無いのだ。

 

「それで、あのキッドの名乗りの理由とか、分からねえか?」

 

「まあ、推測は出来てるが、今の分だと言うにはまだ早いな……」

 

「その推測でいいから!」

 

そのコナンの問いに修斗はめんどくさそうにしながらも答える。

 

「何時ものように宝石を盗むんじゃなくて、それを誰かに返す為……とかじゃないかと考えてる」

 

「なんでそう思うんや」

 

平次のその問いに、修斗は自身の考えを伝えることにした。

 

「キッドは怪盗稼業はしてるものの、根っからのマジシャンだろ?マジシャンは客にマジックを見せて喜ばせることを生業とするもんだ。誰かが悲しむような事をキッドはしてないんじゃないか?現に、宝石だって最終的には返してるんだろ?」

 

「ああ、そうだけど……」

 

「ということは、相当なお人好しの可能性がある。怪盗稼業をしているのにそのまま盗んで自分の懐に入れずに返してるのがその証拠。なら、エッグを誰かに返す為っていうのが俺の中の推測だ」

 

「なるほどな」

 

それに平次とコナンが納得する。それに更に続ける修斗。

 

「となると、キッドが今回名乗ってる『世紀末の魔術師』がヒントだろうな。つまり、返す相手はその関係者だと、俺は睨んでる」

 

「関係者な……本当にあるんか?その世紀末の魔術師の関係者が……てか、誰やその『世紀末の魔術師』って」

 

「それは俺も知らん」

 

そこで3人が黙り込んでしまった。その空気を変えるためか、平次が話を振ってきた。

 

「そういえば、さっき引いたおみくじ、どないやってん?」

 

「んなもん、まだ見てねーよ……修斗さんは?」

 

「俺はそもそも引いてねえよ。引くとしても年初めとかぐらいだ」

 

「なんでや?キッドとの対決を占う大事なおみくじやろ?」

 

「こいつなら兎も角、俺はキッドと対決するつもりねーからな」

 

その修斗の言葉に平次は不満そうな顔を浮かべる。しかし修斗は意見を変えるつもりがないようで、それを察するとしょうがないとばかりにコナンを見る。

 

「それで?早う結果を見よーや」

 

「たくっ……」

 

コナンが悪態をつきながらも上着のポケットからおみくじを取り出し、結果を見る。そこには『小吉』の文字が書かれていた。

 

「へ〜、小吉か。へ、中途半端なもん引きやったのぉ。これやったらキッドとの勝負、勝てるんか負けるんか、分からんやんか」

 

「待ち人は来ます、か……あ?」

 

コナンが其処で気になったのは旅行の部分。其処には、『秘密が明るみにでます。やめましょう』と書かれていた。

 

(おいおい、まさか……)

 

そこで彼は蘭を思い浮かべたが、まさかと信じようとしない。しかし、そんな彼に追い打ちをかける平次。

 

「ここのおみくじ、よう当たるからな」

 

「え、嘘!?」

 

「ホンマ」

 

平次がニヤニヤ顔でそう伝えれば、コナンは嫌そうな顔を浮かべ、そんなコナンの表情を黙って見つつ内心で楽しむ修斗だった。



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第19話〜世紀末の魔術師・2〜

今日から上映された『から紅の恋歌』を見て来ました!!

見た感想を言えば、最高です!!私の中でお気に入り映画入りしました!!歌も最高です!!

見て損はしないと思います!!是非、皆さんも見に行ってください!!

それから、昨夜の純黒の悪夢、私は映画館で見ていなかったので今回が初見だったのですが……アレですね。咲さんが発狂する映画ですね。いや、寧ろ私が発狂しました。何ですかあの映画。映画館で見なかったことを後悔しましたよ。安室さんカッコいい!赤井さんも素敵!だけど一番はコナンくんとキュラソーです!!テレビでの放映だからこそ、合間合間がなかったので、かの御仁の姿は映らなかったのが残念ですが、其処は仕方ないですね。テレビでの放映ですから。これは小説で書くときはDVD見ながらになるかもですね……やだ、永久発狂?

兎に角、書ける時が楽しみです!


あれから時間は過ぎて行き、日も暮れ、夜となり、コナン、平次、修斗の3人は鈴木近代美術館へと戻って来た。しかしそこに、見知らぬ茶髪の女性と付き人らしきお爺さんがいた。その2人は秘書である西野と話している様子だった。其処で修斗は必然的に、会長である史郎に用があるのだろうと悟った。

 

「私、『香坂 夏美』と申します。此方は執事の『沢辺』です。このパンフレットにある『インペリアル・イースター・エッグ』の事で、是非とも会長さんと会って、お話ししたいのですが……」

 

彼女がそう言って持っていたパンフレットに一度視線を向けた後、真っ直ぐな瞳のまま西野を見れば、西野は史郎は出ていていないことを説明する。

 

「私で良ければ、要件を聞きますが……」

 

「このエッグの写真が違うんです……曽祖父が残した絵と」

 

その言葉にコナンと修斗が女性に視線を向ける。其処で修斗は、女性の瞳の色に気付いた。日本人特有の黒ではなく、灰色の瞳。

 

(名前は日本人で瞳は黒じゃない……何処かの国の血が流れてるのか、将又、何処ぞの童顔と同じ、生まれつきか……)

 

そう考えて思い浮かべたのは、彰が警察学校に入学していた頃顔を合わせた回数は少ないが、それでもとても個性豊かな面々で、その内の1人、金髪褐色青目の青年だった。と、其処でまたふと、思い返して見ればもう1人灰色の目の持ち主がいたことを思い出す。

 

(そう言えば、あの人も灰色だったな……青蘭さん)

 

平次が其処でなんとなしに腕時計で時刻を見れば、何かに気付き、笑みを浮かべる。

 

「お、これはオモロイな。夜中の3時がLやったら、今は『へ』やで」

 

そう言ってコナンと修斗に時刻を見せる。それにチラッとだけ視線を寄越した修斗とは違い、コナンはガッツリとそれを見る。

 

「『へ』?」

 

「今、19:13分や。19:20になったら完璧な『へ』やで」

 

その瞬間、コナンの頭の中で閃光が走る。そう、ずっとコナンの中で燻っていたあの一行目の暗号が、頭の中に浮かんだ。

 

(『黄昏の獅子から暁の乙女へ』の『へ』は、頭から数えて12番目!)

 

そんなコナンの様子に修斗はホッと息を吐く。彼は全文を聞いた時点でこれが解けていたため、いつ気付くのかと期待していたらギリギリになった事に少々の呆れと安堵の思いを抱いたのだ。

 

「服部!キッドの予告した時間は午前3時じゃなく、午後7時20分だ!!」

 

「なんやて!?」

 

其処でコナンが駆け出し、入り口に立てかけられていたスケボーに近付く。平次は驚きながらも声をかけた。

 

「おい、どこ行くねん工藤!!」

 

「大阪城だ!!お前はエッグを見張ってろ!!」

 

その瞬間、平次の顔に一粒の雫が落ちる。どうやら雨が降って来たらしい。

 

「雨か……確か天気予報は晴れ……はっ!」

 

其処で今度は平次が気付いた。全員のある一点の勘違いに。

 

「ああ!待てや工藤!!『天の楼閣』は天守閣やない!!通天閣や!!!」

 

「!通天閣!?」

 

「通天閣の天辺はな!『光の天気予報』なんや!!」

 

「なに!?」

 

***

 

通天閣が光るその天辺に向けて、一羽の白い鳩が向かって行く。

 

その白い鳩が、通天閣のアンテナに、命綱も無しに器用に立つ、白いマントの男の指先に乗れば、男はその白鳩の足に付けていた盗聴器を取り除き、ニヤリと笑い、高らかに叫ぶ。

 

「Ladies and gentlemen!」

 

その声が聞こえるものは、誰もいない。しかし、青年のマントは風に吹かれ、はためく。その姿は実に、サマになっていた。青年は光り輝く大阪の街並みをその目に移しながら、帽子のツバを持つ。

 

「さあ、ショーの始まりだぜ!」

 

まず彼はその手に持つ小さなスイッチボタンを大阪城の方面に向けて押す。すると、その大阪城から音を立てながら上空に登る煙が発生し、次にドーンと言う音とともに、誰もが見慣れた花火が上がる。それに、勿論大阪城に待機していた茶木を入れた刑事達も気付き、少々、慌てる。そしてそれはコナン達も同じで、目を見開く。しかし、それに目を奪われている暇はない。

 

「服部!通天閣はどっちだ!?」

 

「あっちや!」

 

そう言って指差したのは花火とは真逆の方向。そこに勿論、花火は全く上がっていない。

 

「あっちは花火は上がっとらんな……」

 

「大阪城で花火を打ち上げたのは、通天閣から目を反らせる為だ。……でも何故なんだ?何故奴は通天閣に……」

 

「くそっ!今から通天閣に行っても、間に合わへんな……」

 

「此処でキッドを待ち伏せるんだ!」

 

コナンはそう言った後、西野に駆け寄り、問いただす。

 

「西野さん!エッグは今どこに?」

 

「それが、中森警部が何処か別の場所に持って行ったらしいんだ」

 

それに驚く平次。

 

「な、なんやて!?」

 

すると今度は周りの電気が落ちてしまい、辺りは暗闇となった。

 

「はっ!?」

 

「停電!?」

 

「いや……多分、変電所で何かトラブルがあったんだろうな」

 

「トラブルって……」

 

「例えば……爆発とかだな」

 

その瞬間、コナンはキッドの狙いを理解した。そして理解すれば行動は早い。すぐにスケボーに乗った。前のスケボーであれば、太陽がある時刻にしか走れなかったが、その後に博士が改良し、現在は太陽光で充電しておけば、太陽のない時刻でも30分だけは走れるようになっている。そうしてスケボーのエンジンを入れ、煙を吹かし、車の速度を出しながらその場から去って行く。平次の制止は無視した。

 

一方のキッドといえば、双眼鏡を使って自家発電に切り替えられる建物を見ていた。最初は病院が切り替えられ、次にホテルと切り替えられて行き、そうしてその二つの建物以外を探して入れば、目的の建物を見つける。ホテルでも病院でもない建物が、自家発電に切り替えられ、電気が点けられていたのだ。それを見つけた瞬間、彼は微笑みを浮かべる。

 

「……BINGO」

 

彼は双眼鏡を懐に隠すと、体を宙に飛び出させる。そして風を感じた瞬間、ハンググライダーを開き、その建物を目指した。

 

その頃のコナンはといえば、辺り一面停電の所為で起こった渋滞中の道路を走っていた。しかも彼が走っているのは人道よりの道路ではなく、上方と下方の間だ。其処には車もバイクもないため、何の邪魔者もなく走れている。

 

(奴はエッグを別の場所に移動した情報を手に入れてたんだ。その場所を特定する為に町中を停電にし、自家発電に切り替えさせた。そして、病院やホテル以外で灯りが点くであろうその場所を……)

 

コナンが其処で空に視線を向ければ、空に白く光る物体が移動していた。それが目に入った瞬間、それが何かを理解した。

 

「キッド!……くそっ!!」

 

コナンは其処で直ぐに右は曲がり、車と車の間を通って人道に出て、路地裏を通って行く。そうして道なりに進んだとき、行き止まりに差し掛かってしまった。

 

「やべっ!行き止まりだ!!」

 

そんなコナンの後ろからバイクに乗った平次が現れる。

 

「乗れ!工藤!!」

 

その声が耳に入り、コナンは後ろを振り向く。そして迷いなく彼の後ろに飛び乗り、ヘルメットを付けた後、バイクが走り出した。その道中にて、コナンは説明した。その説明を聞き、平次も納得する。

 

「なるほどな。光が点くのを見渡すのに通天閣は絶好の位置取りや。奴は予告状を出す前からこうなる事を読んどっただちゃうわけやな!」

 

「そして修斗さんはそれに予告状を一部、聞いた時点で気付いたんだ!だからあの人、あんな事を……」

 

コナンの頭の中に浮かんだのは、昼間の会話。修斗は全文を聞かずとも『光る天の楼閣』の時点で溜息を吐いていた。そして神社の後には言ったのだ。『これは今夜、警察が慌てふためくな』、と。

 

「しかもその場所は、外部からそれと気付かれない為に、」

 

「警備は手薄!」

 

其処で平次は別の裏路地を右に曲がり、別の道路に出る。その空には悠々と移動するキッドの姿が見えた。

 

「こら、はよ行かな!!盗られてしまうど!!」

 

しかしやはり、空という何の弊害も障害もない所を移動していたキッドの方が一足早かった。彼は『RR』と光っていた建物な降り立つと、素早く移動を開始した。その後に到着したコナンは直ぐにバイクから飛び降り、ヘルメットを平次に投げ渡す。

 

「服部!お前は此処で待機してろ!!」

 

「なに!?おい!!工藤!!!」

 

彼がコナンを声で止めようとするが、コナンは止まらず、建物内に入っていった。そしてそのまま階段を駆け上り、最上階の部屋の扉を開ける。その目の前には、既にエッグを抱えたキッドが窓から逃げようとしていた。

 

「キッド!!」

 

その扉の開閉音でコナンに気付いたキッドは懐からトランプ銃を取り出し、コナンの足元に向けて撃つ。そしてスペードのAが床に刺さったその瞬間、煙幕が発生し、キッドの姿を隠す。しかしコナンはその煙から抜け出せば、キッドは窓に足を掛け、外に逃げてしまった。

 

「しまった!」

 

そのままキッドはハンググライダーを開き、飛んで逃げる。しかしコナンも負けていない。直ぐに窓の近くに置かれていたロープを掴み、その先に付けられたナスカンを鉄柱に付け、そのロープを下におろし、それを伝って地上に降り立った。そしてバイクに近付いてきたコナンを見てヘルメットを投げ渡し、それを受け取ったコナンはヘルメットを付けてバイクに飛び乗った。そしてそのままバイクは走り出し、キッドの追跡を再開した。

 

「ハンググライダーが飛ぶには、軽い向かい風が理想的だ!!」

 

「風上に向かって飛んでるっちゅう訳やな!」

 

コナンのアドバイスを元に、風上が吹く方面へと走る。そうして追跡しながら走っている時、キッドが高度を下げた。

 

「高度を下げ始めたぞ!」

 

「この先は大阪湾や!キッドの奴、絶対に降りよるで!」

 

平次が前方から目を背けたその時、彼はその横からトラックが来ていることに気付かなかった。直ぐに顔を前に向け、トラックの存在に気付いた時には時既に遅し。トラックとの衝突は免れたものの、バイクはそのまま滑るように転倒し、平次は受け身を取ることのないまま地面と衝突し、コナンは持っていたスケボーに飛び乗り、地面に転がる事を回避した。彼はそのまま一度平次の方へと戻る。

 

「服部!大丈夫か!?」

 

その平次はヘルメットを取りながら怒鳴りつける。

 

「なにしてんねん!はよ行かんかい!!」

 

「えっ!?」

 

「逃したら捌くぞコラァ!」

 

「……服部」

 

そんな平次の姿にコナンは心を決め、平次は頷きで返した。其処にトラックの運転手とその現場を見ていたらしい車の運転手が降りて来て、平次に近づく。

 

「大丈夫かい、ニイちゃん」

 

そんな大人2人にコナンは平次と救急車を頼み、そのままスケボーに乗り、平次に待ってろと声を掛け、キッドの跡を追う。

 

そうして追い続けて暫くした時、空を飛んでいたキッドは自分に向けられた赤い照準に気付き、その照準を向けている人物に目を向ける。その照準が右目に辿り着いたその瞬間、弾丸が一発、放たれる。

 

その一発はキッドの右目に付けられていたモノクルに当たる。そのモノクルに当たった弾の薬莢はそのまま地面に落ちて行き、コナンが通り過ぎた道路に音を響かせた。コナンも銃声に気付き、音の元凶に顔を向ければ、暗闇でよくは見えなかったが、コートと帽子を被っている事は分かった。そして、銃を持っていることも。

 

「アレは……」

 

その銃の先が空にある事から、空を悠々と飛んでいるだろうキッドへと顔を向けた。しかしそのキッドはと言えば、落ちて行っているのが分かった。それを理解すれば、今度はそのキッドに銃を向けていた人物の元へと行けば、其処に人の影は既になく、あるのは桐箱の外側が壊れたエッグと、その隣に白鳩が倒れながらも飛ぼうと羽をばたつかせる姿だけだった。コナンは迷わず鳩を両手で抱き上げ、羽の怪我の状態を見た。

 

「この傷……」

 

その傷を少し見た後、鳩を上着の中に隠し、次にエッグに視線を向けた。中身は兎も角、外側の損傷は何処にもなかった。

 

「エッグは無事だ……っ!」

 

そのエッグの隣に落ちているものに気付いた瞬間、コナンは息を飲んだ。なぜなら、其処にはレンズが割れたモノクルがあったのだ。そんな物をつけている人物は、コナンの中でただ1人しかいない。

 

(これは、キッドのモノクル!?)

 

「まさか、撃たれて海に!?……それとさっきの男……一体……」

 

その後、コナンの連絡を受けた警察の懸命な捜査で海上が捜索されたが、キッドの生死は確認することは出来ず、その翌日、エッグに傷がないかを調べるために展示を取りやめ、鈴木家の船で東京に持ち帰る事となった。その船の中にて、夏美との会話がされる事となり、エッグはその会話のために出され、全員の目のあるテーブルに置かれた。そこで夏美の話がされる事となった。

 

「私の曽祖父は『貴市』といいまして、ファベルジェの工房で細工職人として働いていました。現地でロシア人の女性と結婚して、革命の翌年に2人で日本は帰り、曽祖母は女の赤ちゃんを産みました。所が、間も無く曽祖母が死亡……9年後、曽祖父も45歳という若さで亡くなったと聞いています」

 

「その赤ちゃんというのが……」

 

「私の祖母です。祖父と両親は、私が5歳の時に交通事故で亡くなりまして、私は祖母に育てられたんです」

 

その話を壁に背を預けた状態で聞いていた修斗は、頭の中に入れる。夏美がそこで一度止まると、『沢辺 蔵之介』が口を開く。

 

「その大奥様も先月亡くなられてしまいました」

 

それに一瞬目を伏せた修斗だが、安い同情は相手に対して失礼だと思い、直ぐにそれを自身の中から追い出した。

 

「私はパリで菓子職人として働いていたんですが、帰国して、祖母の遺品を整理していましたら、曽祖父が描いたと思われる古い図面が出てきたんです」

 

彼女がそう言って鞄から取り出し、テーブルに広げたのは、エッグの絵。しかしそれは完全ではなく、丁度真ん中あたりが破れてしまっていた。

 

「『MEMORIES』……なるほど。確かにそれはエッグの様だな。図面の細工まで同じだ」

 

「しかし、これには宝石が付いていない……」

 

「元々は宝石が付いていたのに、取れちゃったんじゃないでしょうか?」

 

その小五郎の言葉に史郎が腕を組んで考え込む。そこにコナンがテーブルに近づき、図面を覗き込む。修斗はその様子を観察していた。彼の中では、大体の推測がそこで出来上がっていたのだ。エッグの装飾の違い、図面の違和感の推測が。

 

「ねえ、もしかして、エッグは二つあったんじゃない?」

 

それは修斗の推測と同じで、コナンの言葉を聞いた夏美が目をパチクリさせるのも気にせず、コナンは続ける。

 

「ほら、一つの卵にしちゃ、輪郭が微妙に合わないじゃない。本当はもっと大きな紙に2個描いてあったのが、真ん中の絵がゴッソリ失くなってるんだよ」

 

そのコナンの言葉に小五郎が納得した様子を見せる。コナンはその様子に目も向けず、エッグを観察する。

 

(しかし、何で『MEMORIES』なんだ?……お?)

 

コナンがエッグを観察中、その下側に小さな鏡を見つけた。それを指で弄れば、簡単に外れてしまい、ヤバイと思った頃にはガラスは床に落ちてしまった。

 

「取れちゃった!」

 

「何やっとるんだお前!」

 

「か、鏡が付いてたけど取れちゃった」

 

その言葉に小五郎の顔が青ざめ、蘭も焦り顔。勿論、修斗も同じで青ざめていた。

 

(あの馬鹿……っ!)

 

「コナンくん!」

 

「ああ、大丈夫。あの鏡、簡単に外れる様になってんの。どうやら、後からはめ込んだ様なのよね」

 

それを聞き、修斗はホッと胸をなで下ろす。しかしそこでふと、疑問に思う。なんの理由もなく鏡がある訳がないのだ。その意味を考えた時、彼の頭の中で答えは簡単に出てきた。

 

(あのガラス、もしかして……)

 

そして説明を耳だけで聞きながらガラスの方も観察してコナンも、光の反射で掌に映る物に気付いた。

 

(なんだ?何か映ってるぞ?……っ!これは、もしかして……)

 

それを考えれば行動は早かった。

 

「西野さん!灯りを消して!」

 

「あ、ああ……」

 

「コラッ!勝手なことを……!」

 

「まあまあ、小五郎さん。ここは様子を見ましょう。なにも、考えなしにしてる訳ではないでしょうし……な?」

 

小五郎が怒鳴り付けようとしたところで修斗が割って入り、コナンに挑戦的な目を向けながら言えば、それにコナンも受けて立つ様な笑みを浮かべて一つ頷き、腕時計の光を点け、それをガラスに向ける。するとそれは反射し、壁に一つの建物を映し出した。それに全員が目を見張る。これは流石に修斗が推測していたこととは違うもので、少々目を見張ると同時に彼の中で混乱が渦巻く。

 

そう、壁に映し出された建物はーーー城だ。

 

(どういうことだ?俺の推測が間違ってたって事か?……アレもエッグの仕掛けの一つで、もしかしたら、アルバムの中身を見る為の仕掛けの一つだと思ったんだが……俺の考えすぎか?)

 

今まで、彼の推測が間違うことはほとんどなかった。勿論、小学生といった年齢の時は間違うこともしばしばだったが、歳をとるにつれ、外れる事の方が少なくなっていたのだ。そんな外れが、考え過ぎが、今日起こったのだ。

 

(……考え過ぎ、だったのか?)

 

修斗が釈然としない思いのまま城を見つめる。

 

「ど、どうして絵が……」

 

「魔鏡だよ」

 

「魔鏡?」

 

「聞いたことがあるわ。鏡を神体化する、日本と中国にあったって言う……」

 

「そう、鏡に特殊な細工がしてあってな、日本では隠れキリシタンが壁に映し出された十字架を密かに祈っていたと言われている」

 

全員が驚いている中、少し様子が違う夏美と沢辺。

 

「沢辺さん、このお城……」

 

「はい。横須賀のお城に間違いありません」

 

それに驚きの顔をする蘭。

 

「え、横須賀のお城って、あのCM撮影によく使われる……?」

 

「はい。元々、曽祖父が建てたもので、祖母がずっと管理してたんです」

 

コナンがそこで時計のライトを消し、絵を映し出すのをやめた。それを見て、西野も電気を点けた。

 

「じゃあ、アレも香坂家のお城だったんだ……」

 

「夏美さん、二つのエッグは、貴方のひいおじいさんが作ったものじゃないでしょうか?」

 

その小五郎の言葉に全員の目が少し開かれる。しかしそこまで修斗は推測してはいた為、彼は驚く様子はない。しかし、話を聞きながらも顔を下に向け、考え込んでいた。

 

「貴方のひいおじいさんは、ロシア革命の後で夫人と共に自分が作った2個のエッグを日本に持ち帰ったんです。恐らく、この2個目のエッグに付いていた宝石のいくつかを売って、横須賀に城を建て、このエッグを城の何処かに隠したんです。そして、城に隠したというメッセージを魔鏡の形で別のエッグに残したんですよ」

 

「あの実は、図面と一緒にこの古い鍵があったんですが、これも何か……」

 

そう言って彼女が鞄から取り出したのは、確かにとても古さを感じる鍵。

 

「それこそ!2個目のエッグが隠してある所の鍵に違いありません!」

 

「宝石が付いた幻のエッグ……」

 

「もし、それが見つかったら10億、いや、15億以上の値打ちがあるぞ」

 

将一のその言葉にセルゲイは言い返せない。そしてその値段を聞き、コナンはキッドが狙った理由はそれかと考え、修斗を見る。修斗はずっと顔をうつむかせていた。

 

(もしそれが正解だとすると、修斗さんの推測は間違った事になる。……いや)

 

そんなコナンの様子など気付かず、夏美が小五郎に東京に戻ったら一緒に城に同行してほしいことを言い、小五郎もそれを了承する。それを聞き、エッグを狙っていた全員が同行すると言い出し、夏美はそれに嫌な顔一つせず受け入れる。コナンはそんな全員の様子に驚く。

 

(なんだ?皆んな、目の色が変わったぞ?……二つ目のエッグも狙うつもりなのか?)

 

その後、東京に行くまでの間、全員が自身の部屋へと戻っていった。蘭とコナンもまた、自分達の客室に戻り、コナンが連れて帰ってきた鳩の治療をし、羽に包帯を巻いた。

 

「ふう、出血は止まったし、傷口さえ塞がればまた飛べるようになるわ」

 

「本当?良かった!」

 

「服部君も幸い、軽い捻挫で済んだけど、キッドは死んじゃったのかな……?」

 

蘭が顔色を曇らせ、キッドの安否を心配する。コナンもまた、キッドの安否を考え出した。

 

(奴があんなことで死ぬわけがない。もしかしたら、既にこの船に……)

 

その時、客室扉が2回ノックされた。それに蘭が返事をし、扉を開ければ、その前にはカメラを構えた寒川がいた。寒川はどうやら上機嫌のようだ。

 

「ん〜!いいね、その表情!いただき!」

 

寒川はそう言って一つウインクをすると、歩いて行ってしまう。そんな寒川を背中に、コナンはジト目を向けた。

 

(なんだよ、あいつ)

 

「はーい!蘭!」

 

その声に気付き、後ろを向けば、園子と夏美、西野がいた。

 

「遊びに来たよ!」

 

「夏美さんと西野さんも!さあ、どうぞ!」

 

蘭の許可を聞き、客室の中に入っていく3人。しかしその瞬間、鳩が驚いたのか羽ばたき、西野もそれに気づいて何故か鼻と口を手で覆った。

 

「僕、やっぱり遠慮します!」

 

西野が慌てて出て行き、そんな様子に4人が頭に疑問を浮かばせるが、園子が何かに気づいた様に目を輝かせる。

 

「そっか!美女ばかりだから照れてんだ!可愛い〜!」

 

そこで園子は何故かコナンの手を取り、また部屋を出て行こうとする。その目的は、もう1人の美女であるチャイニーズドレスを着た青蘭を連れてくるためだ。青蘭を呼びに行き、青蘭からも了承を得て、今現在、彼女が用意をしたいからと言う事で、コナンと園子は部屋の外で待っていた。コナンはそこで部屋の中にある写真立てに気付く。どんな写真かは見ることは叶わないが、裏に書かれた文字に気付いた。園子もそれに気付き、笑顔を浮かべる。

 

「もしかして、彼氏の写真?」

 

その問いに青蘭が驚いた様に目を開くが、それに笑顔を浮かべて肯定しながら写真を伏せた。

 

「いいな〜。皆んな旦那がいて。こんな事ならぜったいキッドをゲットしておくんだった」

 

その言葉にコナンは呆れ顔。

 

(オメーがゲット出来んなら警察は苦労しねーよ)

 

そのまま青蘭を連れて蘭とコナンの部屋に戻り、茶会が始まった。そこで夏美の話を聞き、蘭と園子が尊敬したような目を向けた。

 

「へ〜!夏美さん、20歳の時からパリにいるんですか?」

 

「そうなの。だから時々、変な日本語使っちゃって。あ、変な日本語って言えば、子供の時から妙に耳に残って離れない言葉があるのよね」

 

「へー?なんですか?」

 

「バルシェ 肉買ったべか」

 

「「え?」」

 

その夏美の言葉に蘭も園子もよく分かってない顔をする。そんな言葉、聞いたことがないのだ。夏美はその言葉の意味を『バルシェが肉を買った』と言う意味だと解釈していると言い、しかし『バルシェ』という人物に心当たりはないと言う。その時、コナンが夏美の目の色に気付き、それを質問すれば、夏美は笑顔で「灰色なの」と言う。その色は遺伝のようで、母親と祖母も同じだったと言う。その血は多分、曽祖母から受け継いだのだと言った。そこで蘭が青蘭の瞳も灰色じゃないかと言えば、夏美とコナンが驚き、青蘭は微笑みを浮かべる。園子が中国の人も灰色なのかと言った。そこで話は終わり、別の話題として蘭が名前のことを振った。

 

「あの、青蘭さんって『青い蘭』って書くんですよね?私の名前も『蘭』なんです」

 

「『青蘭』は日本語読みで、本当は『青蘭(チンラン)』と言います」

 

「チンラン?」

 

「『青』が『チン』、『蘭』が『ラン』、『浦思』が『プース』で『浦思 青蘭(プース・チンラン)』です」

 

「『蘭』は中国読みでも『ラン』なんですね!」

 

「そうです。『毛利』は『マオリ』」

 

「じゃあ私の名前は『毛利 ラン(マオリ・ラン)』か。ふふ、なんか可愛くていいな」

 

蘭の嬉しそうな様子に、園子も自分はと聞いた。

 

「『鈴木園子』さんは『リンムー・ユーアンツ』です」

 

その読み方に園子が微妙な表情をする。そこに夏美が青蘭は自分と同じ歳ぐらいだと思うと言えば、青蘭は一つ頷き、27歳だと答える。それに夏美が喜び、何月生まれかと問えば、青蘭は5月5日と答え、それに更に喜ぶ夏美。彼女は5月3日らしい。そこにコナンが2人は自分と一日違いだと言うと、蘭が目を見開く。何故なら、『5月4日』は新一の誕生日だからだ。

 

(こんな偶然って……もしかして……もしかして、やっぱりコナン君は……)

 

そこてまコナンと新一の顔を彼女は頭の中に浮かばせ、首を小さく振る。

 

(馬鹿ね……そんなこと、ある訳ないじゃない。いつもあいつのことばっかり考えてるから……本当、私って馬鹿……)

 

そんな蘭の様子に気づかないまま茶会は進み、時刻は夕方。コナンが夏美と青蘭と共に船のデッキへと出れば、小五郎が史郎と寒川、修斗と共にビールを飲んでいた。そして夏美達を見つければ、史郎と小五郎、修斗が立ち上がる。

 

「おお!夏美さんと青蘭さん!貴方方も一緒にどうです?」

 

小五郎と史郎が紳士的に椅子を引き、それを見て修斗が自分の席にもう一度座り直した。青蘭が席に座った後、脚を組み、その時に見えた生足に小五郎が喜びの顔を全面的に出した。

 

「いや〜!色っぽいですな〜!」

 

(はは、しょうがねーなこのオヤジ……)

 

小五郎が青蘭にビールを入れた時、寒川のペンダントに青蘭が気付き、眉を寄せる。

 

「寒川さん、そのペンダント……」

 

「ほー?流石、ロマノフ王朝研究家。よく気付いたね……見るかい?」

 

そう言って寒川がペンダントを差し出す。しかしコナンがそれに疑問を抱く。

 

(あれ?あの人、あんな物付けてたっけ)

 

「……言っとくが、あの人、このテーブルに来た時から付けてるからな」

 

そんなコナンの隣に座っていた修斗が、コナンの思考を読みそう言えば、コナンは少々冷や汗を流しながらも礼を言った。

 

急に心を読まれれば、誰でも焦るものである。

 

青蘭が空に掲げて首に下げられていた指輪を見る。そこには文字が彫られていた。

 

「『Maria』……まさかこれは、ニコライ二世の三女、マリアの指輪?」

 

「あんたがそう言うんなら、そうなんだろ?」

 

寒川は椅子から立ち上がり、青蘭からペンダントを受け取ると、それを首に掛けた。

 

「それをどこで!?」

 

そんな青蘭の質問に答えず、寒川は去って行く。小五郎が本物なのか疑問視し、青蘭も本物かどうかは詳しく鑑定しないと分からないと言う。

 

「おい、西野君。ボールペン、落ちそうだぞ」

 

「あ、どうも」

 

西野はそこで左手に飲み物を乗せたお盆を持ち、右手で右の尻ポケットに入れていたボールペンを挿し直す。そんな会話を聞いていたらしい将一、セルゲイ、沢辺に見向きもせず、寒川は去って行く。そして夜となった時、西野が小五郎の部屋を叩く音に気付いた修斗。彼は蘭とコナンの部屋とは反対の部屋におり、誰が叩いているのかと開いた頃には小五郎も出て来ていたようで、彼がもう晩御飯なのかと聞くが、西野の焦った様子に嫌な予感がした修斗。そしてその予感は、的中する。

 

「寒川さんが、寒川さんが死んでるんです!」

 

その言葉に、修斗、小五郎、そしてちょうど出て来たコナンと蘭の目が開かれる。すぐに寒川の部屋を見れば、そこにはーーー部屋が荒らされた状態の中、顔から血を流して仰向けに倒れる寒川がいた。

 

「寒川さん……」

 

部屋が酷く荒らされ、枕からは羽毛まで飛び出していた。時刻はPM8:03で止まっている。小五郎が部屋の惨状を見る中、コナンもコッソリと入っていたようで、寒川の遺体を見てあることに気付いた。

 

「右目が撃たれてる……っ!」

 

そこで思い出すのは、キッドのモノクル。キッドも右目を撃たれたのだ。

 

そこで小五郎に捕まり、部屋の外に向けて投げられる。そんなコナンを心配する蘭を気にせず、一つ舌打ち。小五郎が寒川の遺体を触り、頬の硬直が始まったばかりであることを確認する。

 

「死後30分程しか経ってねーな」

 

そこで寒川の首元を見て、指輪のペンダントが失くなっていることに気付く。勿論、これが殺人事件であることは明白であり、客を全員一箇所に集めるように指示を出し、警察を呼ぶようにとも伝え、史郎もそれに頷き、警察に連絡を取る。取ったのは目暮であり、高木と彰、数人の鑑識とともにエレベーターを降りれば、警視庁の廊下で荷物を持った白鳥と出会う。

 

「ああ、目暮警部」

 

「あれ、白鳥?」

 

「白鳥くん。休暇で軽井沢じゃなかったのかね」

 

「別荘にいても退屈なので……事件ですか?」

 

白鳥が真剣な顔で尋ねれば、それに目暮は丁度良いと、白鳥も同行するように言い、警察ヘリに乗って船へと向かったのだった。



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第19話〜世紀末の魔術師・3〜

警察ヘリに乗って鈴木財閥の船へと降り立った目暮達は、迎えてくれた小五郎と史郎を視界の中に収まると頭を下げて近づく。

 

「警部殿!お待ちしておりました!」

 

「たくっ!どうして君の行くところに事件が起こるんだ」

 

「いや〜、神の思し召しというか……」

 

目暮と小五郎の会話を聞いていた彰は呆れ顔。彼もまた、小五郎の行く先々で起こる事件発生率には既に諦めの境地に達し始めているのだ。そしてそんな彰の前にいた白鳥も、小五郎に話しかける。

 

「毛利さん自身が神なんじゃないですか?……死神という名の」

 

その言葉に彰は吹き出しそうになり、小五郎は嫌そうな顔を浮かべる。そして2人はそのまま目暮の後を追って行く。

 

「白鳥警部、キツー」

 

「……ん?なんだ?その絆創膏」

 

「え?あっ!昨日、ちょっと犯人とやりあっちゃって……」

 

彰達が去った後、高木と小五郎がそんな会話をしていたなど、誰も知らないまま、現場検証が始まった。

 

「被害者は寒川竜さん、32歳、フリーの映像作家か……」

 

「警部殿!これは強盗殺人で、犯人が奪ったのは指輪です!」

 

「は?指輪?」

 

彰が不思議そうな顔で問えば、小五郎は頷く。

 

「ああ!ニコライ二世の三女、マリアの指輪で、寒川さんはペンダントにして、首から下げてました!」

 

「いや、けどそれなら……」

 

「指輪を取るだけなら、首から外すせばいいだけでしょ?」

 

そこで第三者の声に全員がその声がした方へと顔を向ければ、そこにはコナンがいた。彰はいつの間に入ってきたのかと目を見開き驚くが、コナンはそんなこと関係なしに続ける。

 

「でも、部屋を荒らした上、枕まで切り裂いてるのはおかしいよ」

 

「こいつ!またチョロチョロと!」

 

小五郎がズカズカとコナンに近づき、部屋から出そうとした時、鑑識の一人が目暮に近付き、一本のボールペンを見せてきた。

 

「ボールペンですね」

 

「ああ、そのようだな……ん?」

 

目暮がボールペンを観察していた時、側面に『M・NISHINO』と名前が書かれていた。その名前を目暮が読み上げた時、コナンが直ぐに西野を思い出し、それを目暮達に伝えた。それで直ぐに西野の元へと移動し、話を聞く事となった。

 

「このボールペンは西野さん、貴方の物に間違いありませんね?」

 

目暮がボールペンを見せれば、彼は間違いないという。しかし何故寒川の部屋にあるのかは本人もわからないような反応を見せる。そんな西野に小五郎が挑発的な笑みを浮かべて確認する。

 

「遺体を発見したのは、貴方でしたな」

 

「そうです。食事の支度が出来たので、呼びに行ったんです」

 

「その時、中に入りましたか?」

 

それに首を横に振って否定する西野。その返しに彰の眉間に皺が寄る。

 

「入ってないのに、どうしてあんたのボールペンが寒川さんの部屋に落ちてたんだ?」

 

「分かりません」

 

「では、7時半頃、何をしていましたか?」

 

「えっと、7時10分頃、部屋でシャワーを浴びて、その後、一休みしていました」

 

これでは西野のアリバイはないも同然であり、それを察知した園子がまさかと心配し、それを史郎に零せば、それはないだろうと史郎が言う。彼は西野が犯人ではないと信じているのだ。そしてコナンはといえば、先ほどの話を聞き、ソファの上で胡座を掻き、考え込んでいた。

 

(もし西野さんが犯人なら、キッドを撃ったのも西野さんの可能性が高くなる)

 

そんなコナンをジッと観察する蘭に、コナンは気付かない。修斗以外の誰も、そんな蘭の様子に気付くことはなく、気付いた本人の修斗は、隠れて溜息を吐いた。

 

そんな中、一人その場から外れていた高木が戻って来た。

 

「目暮警部!被害者の部屋を調べた所、ビデオテープが全部無くなっていました」

 

「なに!?」

 

「そうか!それで部屋を荒らしたんだな!」

 

そこでコナンが唐突にソファから飛び降り、室内から出て行く。それと同時に蘭も椅子から立ち上がり、小五郎がコナンの名を呼び、修斗が蘭の様子を見てまた面倒くさそうに溜息を吐いた。

 

「こらコナン!勝手に動くんじゃ……」

 

「ああ、良いの!私が……」

 

そのまま蘭が出て行き、コナンを探す。暫くして公衆電話の部屋の近くまで来た時、彼女の肩を唐突に掴まれ、彼女は思わずその手を振り払い、構える。しかし直ぐに掴んだのが白鳥だと理解すると、構えるのをやめた。

 

「蘭さん。銃を持ってる犯人がウロついてるかもしれません。皆さんの元へ戻って下さい」

 

「あ、でもコナンくんが……」

 

蘭の心配そうな顔に気付いている様子の白鳥は、しかしそのまま帰らせる為に、コナンは白鳥が探すと伝え、それでも探したそうな蘭に「任せて下さい」ともう一度言えば、蘭はそのまま戻って行く。そんなやり取りを知らないコナンは、公衆電話を使って博士に電話を掛けていた。

 

「あ、博士?俺だけど、大至急調べて欲しいことがあるんだ」

 

コナンはそこで博士に『右目を撃つスナイパー』の事を調べて欲しいと頼めば、彼は10分後にまた連絡すると言い、切ってしまう。コナンもそこで公衆電話の子機を置き、腕時計で時間を確認する。

 

(10分か……)

 

その瞬間、コナンは誰かの視線を強く感じ、急いでその正体を確認しようと公衆電話の部屋から出たが、その場には誰もいなかった。

 

(気の所為か?)

 

その10分後、博士にもう一度電話を掛ければ、宣言通りに調べがついていたようで、右目を狙うスナイパーの事を教えてくれた。

 

『ICPOの犯罪情報にアクセスした所、年齢不詳、性別不明の強盗が浮かんだ!その名は……『スコーピオン』!』

 

「『スコーピオン』?」

 

その頃、西野の部屋では警察が探りを入れており、高木がそこでベッドの下を覗き込んだ時、、寒川の指輪のペンダントを発見した。

 

「警部!ありました!西野さんのベッドの下に!」

 

それに一番驚いたのは西野であり、彼の糸目の目が見開かれる。

 

「そんな馬鹿な!?」

 

「……決定的な証拠が出た様ですな」

 

しかし西野は目暮の首襟を掴み、彼をゆすり始める。「私ではない」と容疑を否認するが、しかし何故彼の部屋に指輪があったのか。これを説明できない限り、西野が犯人の線は黒く、太く、濃いままだ。しかし西野には覚えはない。説明など、誰も出来ない。そんな中、誰にも気づかれないまま西野の部屋に入って来たコナンは考える。

 

(犯人は十中八九、スコーピオンだ。だとしたら、西野さんがスコーピオンということに……)

 

その時、コナンは枕に違和感を感じ、枕を触る。触れば羽毛の筈なのだから柔らかいものなのだが、しかし羽毛と比べて硬い感触を掌が伝えてきた。

 

(そば殻の枕……)

 

そこで途中からコナンの存在に気付いたらしい小五郎がコナンの名前を叫びながら頭を殴ろうとしたが、それを頭を下げて回避したコナン。小五郎はその勢いのままベッドに顔から突っ込み、しかしそんな小五郎の心配一つしないコナンは、決定的な事を問いかける。

 

「ねえ!西野さんって羽毛アレルギーなんじゃない?」

 

その問いに西野は不思議そうにしながらも肯定すれば、彰が目を見開く。

 

「え、それ本当ですか?本当の本当に?」

 

「ええ、本当です」

 

「なら、西野さんは犯人じゃないよ!」

 

「なに?」

 

小五郎が目を見開いて驚いたのとほぼ同時に、白鳥の視線が鋭くなる。その視線に直ぐに気付いたコナンが白鳥の方に顔を向けるが、白鳥はフッと笑う。

 

「良いから続けて」

 

「あ、うん……」

 

コナンは納得はしないものの、そのまま続ける事を優先することにしたらしく、先ほどの言葉の続きを話し始めた。

 

「だってほら!寒川さんの部屋、羽毛だらけだったじゃない?犯人は羽毛枕まで切り裂いてたし、羽毛アレルギーの人があんなことする筈ないよ!」

 

「アレルギーは最悪、その本人を死に至らしめるほどに酷いですからね」

 

その後、確認のために関係者が集まっていた部屋に戻り、史郎に確認する。アレルギーの事は史郎が保証し、さらに彼は少しでも羽毛があるとクシャミが止まらなくなると言った。

 

「だから、西野さんの枕は羽毛じゃないんだね」

 

「そっか!西野さんが蘭の部屋から逃げる様に出て行ったのは、鳩がいたからなんだ!」

 

「となると、犯人は一体……」

 

目暮が考え込み始めた時、コナンが目暮に問いかける。

 

「警部さん、スコーピオンって知ってる?」

 

「『スコーピオン』?」

 

「色んな国でロマノフ王朝の財宝を専門に盗み、いつも相手の右目を撃つ国際指名手配犯」

 

そこで別の声がそう説明し、全員がその説明をした人ーーー修斗に目を向ける。修斗は椅子に座たままで、彰が目を細めて修斗に問い掛ける

 

「おい。どうしてお前がそんな事、知ってるんだ?」

 

「危険人物の特定はしとくべきだろ。無差別なら兎も角、特定の物を欲する犯人なら、その特定の物を俺が持ってなきゃ良いだけなんだから、危険回避に繋がるだろ?だから、前にちょっと調べたんだ」

 

「変な所に人事を尽くすな」

 

「変なとこじゃないだろ。お陰で殺人者とか強盗とか、入った事ないじゃないか。あの父親も力を貸してくれてる事だぞ?あの人が最も嫌う奴らだしな」

 

その言葉に彰は溜息を吐く。確かに、彼らの父親はどうしようもない酷い人間だが、犯罪関係には一切手を出すことも手を貸すこともしない人物なのだ。問題なのは、それが『正義感』からではないことだけ。自らに関係しない限り、予防をするだけで終わるのだ。

 

「そういえば指名手配されておったな……ええ!?なら今回の犯人も……」

 

「その『スコーピオン』だと思うよ。多分、キッドを撃ったのも」

 

そのコナンの言葉に目暮、小五郎、高木が驚きの様子を示す中、白鳥は一人静かに立ち、コナンの様子を見ているだけ。彰はこの話が出た時点で大体察していた為、警戒心を引き上げるだけとなった。そして、それは他の人達も同じである。関係者一同、驚愕の顔でコナンの話に耳を傾けていた。

 

「キッドのモノクルに皹が入ってたでしょ?スコーピオンはキッドを撃って、キッドが手に入れたエッグを横取りしようとしたんだ」

 

そこに小五郎がなぜコナンが『スコーピオン』を知っているのかと聞けば、コナンは良い言い訳を思いつかずに焦る。それに修斗が呆れた溜息を吐くが助け舟を出す様子はない。コナンはそんな修斗を軽く睨んだ時、思わぬ所から助け舟が出される。

 

「阿笠博士から聞いた」

 

その言葉にコナンが驚愕の顔で背後にいた白鳥に顔を向ければ、白鳥が何処か謎めいた笑みを浮かべてコナンを見下ろしていた。

 

「……そうですよね?コナンくん?」

 

コナンはそんな白鳥の言葉に乗っかる様にして肯定し、博士と電話していた時の視線が白鳥のものだと理解した。それとほぼ同時にあのおみくじの結果が思い出され、白鳥のことなのかと考える。

 

だからこそ気付かない。そんなコナンをずっと観察し続けるーーー蘭の視線に。

 

「しかし、スコーピオンが犯人だったとして、どうして寒川さんから奪った指輪を西野さんの部屋に隠したんだ?」

 

「それがさっぱり……」

 

目暮に聞かれた小五郎が考え込み、彰は絶対に分かっているだろうと確信を持って修斗を見れば、修斗はほぼ同時に視線を真逆に逸らした。これは彼なりの絶対に言わない宣言である。コナンもまた、白鳥の視線を感じ、迂闊に動けない状態となっていた。そこでコナンは誘導することに決め、答えを西野から聞くことにした。

 

「ねえ!西野さんと寒川さんって知り合いなんじゃない?」

 

「え?」

 

「昨日、美術館で寒川さん、西野さんを見て吃驚してたよ?」

 

「本当かい?」

 

西野は寒川の反応に気付いていなかった様で、コナンに逆に問い返す。それに一つ頷き、話を続ける。

 

「西野さんって、ずっと海外を旅して回ってたんでしょ?きっとその時、何処かで会ってるんだよ!」

 

それを言われ、西野は過去を思い返し、思い出したのか、叫ぶ。

 

「あーーー!!」

 

「知ってるんですか?寒川さんを」

 

「はい。3年前にアジアを旅行していた時のことです。あの男、内戦で家を焼かれた女の子をビデオに撮っていました。注意しても止めないので思わず殴ってしまったんです」

 

「じゃあ寒川さん、西野さんのこと恨んでるね!きっと!」

 

そのコナンの言葉を聞き、小五郎は分かったという。それに嬉しそうにコナンが頷くが、小五郎は西野がスコーピオンだと言い、修斗があからさまな溜息を吐き、コナンも肩を落とす。

 

「毛利くん、それは羽毛の件で違うと分かったじゃないか……」

 

目暮の言葉に小五郎は少々恥ずかそうに視線を逸らす。そこでコナンが修斗に視線を向ければ、眉間に皺を寄せられ、視線を逸らされる。

 

(頼む!言ってくれ!)

 

そんなコナンの願いなど、修斗には関係ない。しかし、ずっと見続けられれば居心地が悪いことこの上ない。流石に溜息を突いて頬杖を突いて言う。

 

「……兄貴、仕方ねえから乗ってやる」

 

「お、やる気出したか?」

 

「どっかの誰かが言えと言うんでな」

 

ジトっとコナンを見れば、コナンも半眼で見返す。それにまた溜息を吐けば、話し始めた。

 

「今の話を聞く限り、指輪はあんたの部屋にあったんだろ?」

 

「え、ええ……」

 

「寒川は3年前の件であんたに恨みを持ってた。そこで指輪を使って冤罪を作ることにし、恨みを晴らそうとしたんだろ……つまり、あんたは寒川がスコーピオンに殺されてなかったら、寒川の『大事な』指輪を奪った指輪泥棒にされかけたってことだ」

 

その言葉で小五郎は漸く、事件の顛末を理解した。

 

「分かりましたよ!この事件は『2つのエッグ』ならぬ、『2つの事件』が重なっていたんです!!」

 

「2つの事件?」

 

(そうそう……)

 

コナンが影でニヤリと笑っている事に小五郎は気付かないまま、話は続けられる。

 

「1つ目の事件は、寒川さんが西野さんを嵌めようとしたものです。彼は、西野さんに指輪泥棒の罪を着せるため、ワザと皆んなの前で指輪を見せ、西野さんがシャワーを浴びている間に部屋に侵入し、自分の指輪をベッドの下に隠したんです。そして、ボールペンを奪った。西野さんに、指輪泥棒の罪を着せる為に」

 

(まあ、その『指輪を見せる』行為が仇となって命を盗られた訳だが……)

 

「ところが、その前に第2の事件が起こったんです。寒川さんは、スコーピオンに射殺された。目的は恐らく、スコーピオンの正体を示す『何か』を撮影してしまったテープと指輪。しかし、首からかけてあった筈の指輪が見つからないので、スコーピオンは部屋中を荒らして探したんです」

 

小五郎のその推理に、コナンは名推理だと褒め称え、小五郎はドヤ顔を浮かべる。そんな小五郎の様子に、コナンは呆れ顔。

 

「と言うことは、スコーピオンはまだこの船の何処かに潜んでいるということか」

 

「その事なんですが、救命艇が一艘、無くなっていました」

 

「なに!?」

 

その言葉に彰、小五郎、コナンが驚愕し、修斗はチラリと、ある人物を見た。その人物はその視線に気づく事はなく、修斗は内心でホッと息を吐く。暴露たら翌日の彼は死体となって発見されただろう。

 

「それじゃあ、スコーピオンはその救命艇で……」

 

「緊急手配はしましたが、発見は難しいと思います」

 

「取り逃がしたか……」

 

「……いや、それは多分、ないんじゃないですか?」

 

彰のその言葉に目暮が視線で続きを促す。

 

「修斗、1つ質問だが……スコーピオンは必ず獲物は逃してないんだな?」

 

その彰の質問に、修斗は頷く。

 

「ああ。狙った獲物は絶対に取り逃がさない。どころか、盗む為に人を殺す事を厭わない程だ」

 

「指輪は寒川が殺された時点で見つかっていない。紛失したからといって、諦めるような人物に思えないんです」

 

「ふむ、確かに……」

 

目暮がその言葉に一理あると考えた。

 

「それに、例え逃げたとしてもですよ?もう1つのエッグを狙って、香坂家を狙う可能性は残ってますよ」

 

その言葉に夏美が目を見開く。彼女はそんな事を考えていなかったようだが、そこに白鳥が続けて言う。

 

「いや、もう既に向かっているかも……目暮警部。明日、東京に着き次第、私も夏美さん達と城に向かいたいと思います」

 

「分かった。そうしてくれ」

 

そこで修斗が彰に視線を向ければ、彼は横に首を振る。どうやら彼は付いて来ないらしい。それは小五郎も同じなようで、今度ばかりはコナンを連れて行くつもりはないと言う。しかしそこに白鳥が割って入る。

 

「いえ、コナン君も連れて行きましょう」

 

白鳥の言葉にコナンと小五郎が驚愕の顔を浮かべるが、白鳥は青スーツのズボンの両ポケットに手を入れた状態で続ける。

 

「彼のユニークな発想が、役に立つかもしれませんから」

 

その言葉に小五郎はコナンに指を指し示す。なにも分かってないわけではないが、彼の中で子供であるコナンを連れて行くのは、絶対に許可したくない事柄なのだ。しかし刑事である白鳥がそれを許可している状況に、複雑な心境を抱いている状態だ。そんな小五郎を知ってか知らずか、コナンにしか分からないようにニヤリと悪どい笑みを浮かべ、コナンは知らずに警戒心を引き上げ、そのやり取りを見ていた修斗は静かに息を吐き出した。そうして時間は過ぎ、翌日の朝となった。この時、自身が生還していることに、相当の安堵を修斗が零したのは言うまでもない。

 

東京湾に船が到着した頃、少年探偵団の3人が不満を零していた。

 

「頭にくるよな〜!コナンの奴!」

 

「本当!大阪に行ったっきり、全然連絡して来ないんだもん!」

 

「少年探偵団の一員という自覚がないんですよ、彼には」

 

そんな3人の声に気付いた咲は、近くにいた哀に言おうとしたが、彼女が口を開いてしまった。

 

「博士?まだ見つからないの?免許証」

 

「確か、この辺に置いたんじゃがのう……」

 

「早くしないと、江戸川君、先に着いちゃうわよ」

 

「あ、おい!」

 

哀が博士の手伝いに行ってしまい、咲は一人、取り残される。そこで溜息を1つ吐き出し、後ろを振り返る。そこには姿を隠して聞いていた3人がいた。

 

「……話を聞いていたんだろ?いいか、絶対に着いてくるなよ?今すぐ帰れ」

 

そこで咲も手伝いに行ってしまった。哀がいれば問題ないだろうとは考えているが、一応の手伝いに行ったのだ。だからこそ気付かなかった。少年探偵団の3人が、ニヤリと笑っていたことに。

 

免許証発見後、咲は子供3人の姿が見えない事に安堵し、後部座席に座った。その時、彼女は微かな息遣いに気付いたが、勘違いだろうと片付けた。そんな彼女の隣にあった布は、博士がもともと何かを乗せていたのだろうと片付け、そのまま車は発進される。

 

「いや〜!哀君は探し物を見つけるのが上手いの〜!」

 

その時、布がモゾモゾと動き出した事に哀と咲は気付き、咲は頭を抱え、哀は疲れたような様子を見せながら博士に伝える。

 

「どうやら、もう1つトラブルが見つかったみたい」

 

「へ?」

 

其処で博士が後部座席に視線をやった時、子供達3人が勢いよく布から飛び出し、博士は驚きで車の運転が乱暴になり、車が左右に揺れた。

 

コナン達はといえば、白鳥の車、タクシー、修斗一人乗った車の順で進行し、将一を除いた全員で香坂家の城に向かっていた。タクシーの中にいた毛利一行とセルゲイは、寒川が持っていた指輪が本物だったのかどうか、話し合っていた。

 

セルゲイの話しでは、マリアは四人姉妹の中でも一番優しい人物で、大きな灰色の瞳をしていたらしい。その言葉にコナンが反応する。

 

(灰色の瞳?夏美さんや青蘭さんと同じだ)

 

「ロシア革命の後で皇帝一家が全員銃殺されたのはご存知と思いますが、マリアと皇太子の遺体だけは確認されてないんです」

 

「そうなんですか……」

 

そのまま目的の横須賀に着き、城に向かう。その城は一番高い山に建設されており、それも見事な西洋城が建設されており、その入り口の前の庭でその城を見上げていた蘭は感動を露わにする。

 

「わあ!本当に素敵なお城!」

 

「ドイツのノイシュヴァンシュタイン城に似ていますね。シンデレラ城のモデルになったと言われる」

 

「ああ、道理で何かに似てると思ったら、あの城か……」

 

(あれ?そう言えば、どうしてドイツ風の城なんだ?)

 

そんなコナンの疑問に答えるものはいない。勿論、コナンもそれに期待していたわけではないため考え続ける。

 

(夏美さんの曾お祖母さんはロシア人だからか?)

 

そこで博士の車も到着し、全員がその車に注目した。コナンもまた振り返った時、少年探偵団3人の存在に気付き、顔が引き攣る。そんなコナンに構わず、少年探偵団達はコナンの名を呼ぶ。そんな中、蘭が当然と言える質問を博士にする。

 

「博士!どうして此処へ?」

 

「いや〜、コナン君から電話を貰ってな。ドライブがてら来てみたんじゃよ」

 

「うちの咲も、すみません」

 

「いやいや!気にしておらんよ」

 

修斗が深々と博士に頭を下げ、博士が気にしていないことを告げる。そして咲はと言えば、不満そうな顔を修斗に向ける。彼女は子供扱いに不満を持っているわけではないのだが、それでも修斗が頭を下げる事には不満を持っている。迷惑を掛けたとしても、それは咲が原因であり、修斗には何の原因もないはずだと、彼女は考えているからだ。勿論、それを理解している修斗は咲に近付き、耳元に顔を寄せて伝える。

 

「俺には保護者としての責任がある。お前が何か迷惑を掛けたとしたら、それは俺にも責任はくるんだ。『なぜ他人に迷惑をかけるような教育をしてしまったのか』ってな」

 

「……以後、気を付けよう」

 

「いや、俺に迷惑を掛けるなと言いたいんじゃない。寧ろ掛けろ。掛けまくれ。……せめて今だけは、小学生を楽しんでくれ」

 

修斗はそこで慈愛の目を向けて咲の頭を撫でる。頭に手を触れさせた瞬間、咲の体が強張り、一瞬、はたき落とそうとしたが、それはもう片方の手で制された。

 

「……やっぱり、許可なく触られるのは駄目か」

 

「……すまない。直そうとはしてるんだがな、これでも」

 

「いや、無理せずゆっくりでいいさ」

 

そんな会話の間、コナンが博士から眼鏡を受け取っていた事に、修斗は気付かなかった。

 

子供達3人は宝がこの城にあることを理解し、元太はうな重何倍食えるかとまで考えていた。そこに小五郎が中には絶対に入るなと注意すれば、聞き分けよくはーいっと返事が返され、コナンがその素直な様子に逆に怪しむ視線を向けた。

 

「あ、咲。お前は俺と一緒に行動だ」

 

「ん?良いのか?」

 

「折角だからな……良いですか?小五郎さん」

 

修斗がそこで小五郎に確認を取れば、嫌そうな顔をしながら、しかし渋々と頷く小五郎が見れた。まだ保護者である修斗がいるだけ、マシだと考えたのだろう。

 

「乾さん、遅いですね」

 

「ええ、何か寄るところがあるとか言ってましたけど……」

 

其処に漸く赤い車が到着し、そこから乾がリュックサックを持って降りて来た。

 

「やぁ、悪い悪い!準備に手間取ってな……」

 

「なんです?その荷物。探検にでも行くつもりですか?」

 

「んー、なに。備えあれば憂いなしってヤツですよ」

 

そんな将一を警戒しながら、哀はコナンに近づき、忠告してくる。

 

「注意しておくことね。……スコーピオンは、意外と身近にいるかもしれないわよ」

 

「ああ、分かってる」

 

そんなコナンを、ずっと観察し続けていた蘭は、悲しそうな表情を浮かべた。それに誰も気付かないまま、沢辺が開けてくれた扉を開き、城の中へと入って行く。最後に沢辺が入り、扉を閉めようとしたところで小五郎がハッと気付き、沢辺に扉を閉めるように言う。それに沢辺が首を傾げたのを見て、小五郎が子供達が入り込まないようにと言い、沢辺もそれを言われて素直に従い、扉は固く、閉められた。



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第19話〜世紀末の魔術師・4〜

出来れば、今日のうちに世紀末の魔術師編を終わらせたいですね……この話、好きですけど。

2話連続投稿出来るように、頑張ります!


沢辺の案内でまず入った部屋は、騎士甲冑ばかりが置かれた部屋『騎士の間』だった。しかし調べても特にはなにもなく、階段を登って二階に上がり、絵画ばかりが飾られた上品な部屋『貴婦人の間』にやって来た。

 

「大奥様はよくここで一日中過ごしておられました。この部屋が一番気が休まるとおっしゃられて……」

 

「確かに静かに過ごせる部屋だな」

 

「そうだな。今はこれだけ人がいるが、いなかったら雑音1つしないだろうしな」

 

修斗と咲が同意を示す姿を見ていたコナンは乾いた笑いを漏らす。その時、将一が隠れてニヤリと笑っていたことに、誰も気付かなかった。

 

「此処は『皇帝の間』でございます」

 

その紹介の元、やって来たのは『貴婦人の間』の右側にある石像ばかりの部屋。その部屋の中央の壁には、かのナポレオンの様に馬に乗った人間の石像もあったが、ナポレオンを模していなくともその出来栄えの良さは、伝わってきた。なぜなら、1つ1つに丁寧に掘られており、誰も気にしない様な馬の鬣の毛の形まで、キチンと掘られているのだから。

 

「なあ、ちょっとトイレ行きたいんだが……」

 

そこで将一が沢辺にそう尋ね、沢辺も丁寧にトイレの場所を教える。それに礼を言った後、将一は出て行った。それを見ていた修斗は、呆れた様な溜息を吐いていた。

 

「……人って、とても欲深い生き物だけど、あそこまで忠実に欲に従える人間はどうやって育ってきたんだろうな?」

 

「?なんの話だ?」

 

「そのうち分かる話さ」

 

修斗が咲の質問に明確には答えずそう流せば、咲は分かりやすく訝しげな顔で修斗を見上げた。そこから暫くして、咲の耳にガシャンと、何かが閉まる様な音が入ってきた。

 

「……?今、何か音が……」

 

「はあ?音だぁ?……んな音、聞こえなかったが……」

 

咲の言葉を拾った小五郎がそう行った瞬間、将一の叫び声が聞こえ、全員が慌てて『貴婦人の間』に戻れば、そこには短剣などがぶら下がったその下に、右手首が捕まったままの状態で体を伏せようとしたらしい将一の姿があった。顔中は冷や汗だらけで、息遣いも荒い。相当焦った様子だ。

 

「80年前、貴市様が作られた防犯装置です。この城にはまだいくつか仕掛けがありますから、ご注意下さい」

 

沢辺が説明しながら将一の手首を捕まえていた手錠を鍵で解放してやる。その間に白鳥が将一の持ち物を探り、鋸やドリルといった類の道具を手に取った。

 

「つまり、抜け駆けは禁止ってことですよ……乾さん」

 

白鳥がそこで将一に投げ渡したのは、赤い懐中電灯のみ。それに喜びの顔を出すが、白鳥からそれだけあれば十分だと言われ、不貞腐れてしまった。そんな将一の前を通るコナン。しかしすぐに止まり、カラクリで出された短剣達を見上げる。

 

(本当にカラクリが好きなんだな、貴市さん。となると……)

 

そこでコナンが沢辺にこの城に地下はないかと聞くが、ないと答えられた。

 

「なら、一階に曾お祖父さんの部屋は?」

 

「?それなら執務室がございます」

 

そこで全員がまた一階に移動し、貴市の執務室までやって来た。先頭で入った沢辺が部屋の灯りを点け、沢辺の許可が下り、中に入る。沢辺の説明では、執務室内には貴市の写真と当時の日常的な情景を撮影されたモノが展示してあるとのこと。それは確かに説明通りのものしかなかったが、修斗は部屋の写真を見歩いていた。そんな時、部屋の中を見ていたコナンが、夏美の曾お祖母さんの写真がないことに気づき、夏美に尋ねる。

 

「ねえ夏美さん。曾お祖母さんの写真は?」

 

「それがね、一枚もないの。だから私、曽祖母の顔を知らないんだ」

 

夏美がそう明るく言えば、コナンは納得した様子を見せる。しかしそれは見せかけだけであり、頭の中では違和感を考えていた。

 

(妙だな。貴市さんの写真は沢山残ってるのに……)

 

そんな時、将一がある写真を見て、驚きの声をあげる。

 

「おい!この男、『ラスプーチン』じゃないか!?」

 

その名前に驚き、修斗も将一の元まで近付けば、将一の近くにいたらしいセルゲイもその写真を見ていた。

 

「ええ、彼で間違いありません。『Г.Распутин(ゲー・ラスプーチン)』と書いてありますからね」

 

(Г.Распутин……?)

 

「ねえお父さん。『ラスプーチン』って?」

 

蘭のその質問の言葉に、咲と青蘭が振り向けば小五郎が困った様子を見せていた。

 

「いや〜、俺も世紀の大悪党だったということくらいしか……」

 

そんな二人に、将一が説明する。

 

「奴はな、『怪僧・ラスプーチン』と呼ばれ、皇帝一家に取り入って、ロマノフ王朝を滅亡の原因を作った男だ。一時、権勢を欲しいままにしたが、最後は皇帝の親戚筋に当たるユスポフ公爵に殺害されたんだ。川から発見された遺体は、頭蓋骨が陥没し、片方の目が、潰れていたそうだぜ」

 

その言葉に蘭は怯えた表情を浮かべているが、咲はそれを無表情で聞いていた。それは将一の目に入り、意外そうな目で見られた。

 

「お嬢ちゃん、怖くないのかい?……ほら、あのお姉さんみたいによ」

 

その問いに、不思議な想いを抱いた咲。

 

「?何がだ?」

 

「だから、無残な姿を想像してみろよ。……怖いだろ?」

 

「昔の、しかもロマノフ王朝といえば1613年から1917年まで続いた王朝だ。普通に戦争だってある時代だ。今更、それを聞いてもな……あまり怖がる要素がないな。時代背景的には普通なことだ」

 

その答えに、将一は少々悔しそうな顔で咲を見る。どうやら怖がって欲しかったらしい。そしてそれを聞いていたコナンは、片方の目の話で反応を示した。今回の事件も、同じように片方の目が撃たれているのだから、反応するのは当たり前だ。

 

「乾さん、今はラスプーチンの事よりもう1つのエッグです」

 

白鳥がそう言う隣では、小五郎が煙草を吸い始めてしまった。

 

「そうは言ってもな、こんな広い家の中からどうやって探しゃいいんだ……」

 

その時、小五郎の持っている煙草の煙が、大きくユラユラと揺れていることに気付いたコナン、修斗、咲。風のない室内である筈のこの執務室では、ただ上に立ち昇るだけのはずなのに、それが大きく揺れているとなれば、何処からか風が入ってきていることになる。それも、小五郎の近くから。

 

それを理解した瞬間、コナンは小五郎の煙草を持つ手に飛び掛る。

 

「オジさん、ちょっと貸して!」

 

「お、おい!」

 

小五郎が注意するが、コナンは既に小五郎から煙草を奪っていた。煙草で火傷した様子は何処にもない。

 

「こらコナン!」

 

「下から風が来てる。この下に秘密の地下室があるんだよ!」

 

その言葉に周りが驚きで騒めく。コナンが煙草を床から離したタイミングで蘭が灰皿を持って来て、コナンがその灰皿に煙草を押しつけ、火を消した。

 

「とすると、カラクリ好きの貴市さんの事だから、きっと、何処かにスイッチがあるはず……」

 

そんなコナンの様子を見ていた修斗と咲は、同時に頭を抱えた。コナンの行動と言動と態度は、既に子供の範疇から超えていた。

 

「……これは、暴露ても仕方ないぞ。彼奴、隠す気あるのか?」

 

「それはお前も言えねーぞ。さっきのラスプーチンの話の時のお前の態度と返しの言葉は既に子供が言う言葉じゃねーよ」

 

その話の間にコナンが既に地下への入り口を開くためのスイッチを見つけていた。しかし、ただボタンを押せば開くものではなく、ロシア語のアルファベットが設置されていた。どうやらパスワードが必要らしい。そこでロシア人のセルゲイにスイッチを押してもらうことになった。

 

「思い出!Воспоминанияに違いない!」

 

その言葉を受け、セルゲイがその通りに入れてみるが、扉が開く様子はない。

 

「なら『貴市 香坂』だ!」

 

「КИИЧИ КОСАКА……」

 

「……何も起きねーぞ」

 

そこでセルゲイがなつみに何か伝え聞いてる事はないかと問い掛ける。しかし夏美は思いつくものがないらしく、首を横に振る。その時、コナンがポツリと呟く。あの時、部屋で夏美から聞いた言葉を。き

 

「バルシェ、肉買ったべか……」

 

「え?」

 

「夏美さんが聞いたあの言葉、ロシア語かもしれないよ?」

 

「夏美さん、バルシェ……なんですか?」

 

「バルシェ、肉買ったべか」

 

そこでセルゲイが考え込む。しかし、修斗は理解したらしい。

 

「切るところが違うんだよ。『バルシェ、肉買ったべか』じゃなくて、『バルシェ肉、買った、べか』……ロシア語でちゃんと言えば……」

 

「『ВАЛШЕБНИК КOНЦА ВЕКА(ヴァルシェーブニク カンツァ ヴェカ)

 

修斗の言葉を引き継ぐ様にして青蘭がそう言えば、コナンが驚きで青蘭の方に勢いよく振り向き、セルゲイが反応した。

 

「そうだ!ВАЛШЕБНИК КOНЦА ВЕКАだ!」

 

「それってどう言う意味?」

 

「英語だとThe Last Wizard of the Century。日本語では……」

 

「世紀末の魔術師」

 

青蘭があったその言葉は、あのキッドの予告状にも書かれていた言葉。それを小五郎は『偶然』と片付けたが、コナンは納得しない。

 

「兎に角、押してみましょう」

 

セルゲイはそこでロシア語で押せば、何かの作動音が響き渡り、咲が思わず耳を塞ぐ。その音が止むと共に、セルゲイとコナンがいた床が動き出す。その床はゆっくりと壁側に隠れて行き、下から埃が舞い上がり、それが晴れると共に、地下への入り口が、開かれた。

 

「こ、こんなものが……!?」

 

「まあ、ない方がおかしいよな」

 

「でかしたぞ、坊主!」

 

将一がコナンを褒めれば、気障な笑みを浮かべた。そのまま白鳥を先頭に下へと降りていく面々。灯りは白鳥の懐中電灯、小五郎のライター、コナンと咲の時計型懐中電灯で床を照らしている。しかしそれでも地下へ行けばどんどんと暗くなり、セルゲイと将一も懐中電灯を点けた。

 

「それにしても夏美さん」

 

「はい?」

 

「どうしてパスワードが『世紀末の魔術師』だったのでしょう」

 

「多分、曽祖父がそう呼ばれていたんだと思います。曽祖父は、1900年のパリ万博に、16歳でカラクリ人形を出展し、そのままロシアに渡ったと聞いてます」

 

それに小五郎も修斗も納得した。1900年は、19世紀最後の年であるため、確かに『世紀末』だ。

 

会話が途切れながらも歩いていると、レンガブロックの様な道から、洞窟の様な広い空間に出た。しかし道はまだまだ続く様子を見せ、今どのくらい深い位置にいるのか、把握するのが難しくなってきた。そんな時、何か石が崩れる様な音がコナンと咲の耳に入り、その音が響いた方へと顔を向ける。

 

「どうしたの?」

 

「今、微かに物音が……」

 

「石の崩れる様な、蹴られたような、そんな音だった」

 

「なに!?スコーピオンか!?」

 

コナンがそこで見てくるといい、その後にすぐさま咲もついていく。蘭がコナンの後について行こうとしたが、そこは白鳥に止められ、白鳥が付いていくと言った。他の人達のことを小五郎に任せ、コナンに付いていく。そして白鳥が見えなくなった時、将一が人影が一人離れていくことに気づき、その後を追っていく。その事に気づいた修斗は、止まる事なく見送った。今ここで声を出せば、彼だけでなくもう一人、殺される事になる。最悪、今ここで全員まとめて心中する可能性を考えれば、彼の中で自ずと出た答えは『見捨てる』事だった。

 

(……すまんが、俺も死にたくないんでな)

 

その後、コナンと咲、白鳥が戻ってきたが、どうしてか少年探偵団まで引き連れて帰ってきた。そんな子供達を見て、小五郎はげっそり顔、修斗は深々と溜息を吐いた。しかし少年探偵団はそんなこと気にせず、静かに歩いていた一行に、歌を高らかに歌いながら歩く少年探偵団3人が加えられ、賑やかな道中に様変わりした。

 

「どういうつもりなんだ、こいつら……」

 

「まあいいじゃないですか、毛利さん。大勢の方が楽しくて」

 

夏美の言葉に小五郎は納得しない。しかしその道の先にあたった行き止まりに、その会話は止まってしまった。

 

「行き止まり……」

 

「通路を何処か間違えたのかしら?」

 

夏美の言葉に白鳥が通路は一本道だったと答える。そこで白鳥が灯りを壁に当てて何かないかと下がり始めた時、顔が二つある鷲の絵が照らされた。その鷲の頭の上にあるのは一つの王冠、その王冠の背後には太陽まである。

 

「双頭の鷲……皇帝の紋章ね」

 

「ああ……王冠の後ろにあるのは太陽か……」

 

「……ああ、なるほど」

 

そこで修斗が理解したらしい声が響き、コナンが修斗を見やれば、面倒くさそうにしながらも白鳥に近づく修斗。

 

「白鳥さん、双頭の鷲の王冠に、その懐中電灯の光を当ててくれ。あ、光は細くしてな」

 

「は、はい……」

 

その指示に従い、王冠に細くしたライトを当てれば、王冠がキラリと光る。その瞬間、洞窟が揺れ始め、白鳥の一歩前にいたコナンの場所が下の下り始める。白鳥が他の子供達に下がるように指示している間にも下がり、徐々に入り口が開かれ始めた。

 

「入り口?なるほど、この王冠には光度計が仕組まれてるってわけか……」

 

その時、修斗とは白鳥が立っている場所も揺れ始め、慌てて二人がさがれば、その床が左右に分かれ、コナンのいる下へと続く階段が現れる。その壮大なる仕組みに全員が驚愕した。こんな仕組み、普段ならまず目にしないのだから当たり前だ。

 

そのまま階段を降り、入り口へと入っていけば、またとても広い空間に出た。しかし今度は洞窟のような場所ではなく、まるで教会の様な神聖さを感じる場所。教会との違いを言えば、そこにステンドガラスはなく、目の前に何か四角い箱の様なものがある事。四角い部屋ではなく丸い空間である事、椅子がなく、空間の真ん中に何かを置く様な大人の腰ぐらいの高さの円柱の台がある事だけだ。

 

「まるで卵の中みたい……」

 

「ああ、確かに、言われれば……」

 

その歩美の言葉は一番的を得ており、その表現に修斗が小さく同意を示す言葉を呟いた。その間に小五郎が近くに置かれていた少々溶けている蝋燭に火を点け、その反対側にも置いてある、同じ様な蝋燭に火を点け、空間内を照らした。灯りを照らせば、箱が棺である事がよく分かり、白鳥がその棺に近づく。

 

「棺の様ですね……」

 

「作りは西洋風だが、桐で作られている。それにしてもデカイ錠だな……」

 

その言葉にコナンがハッと思い出し、夏美に鍵の事を伝える。夏美もすぐに気付き、鍵を鞄から取り出し、棺に近付く。そのまま鍵を錠に差し込み、回せば、簡単に解錠出来た。

 

「この鍵だったのね……」

 

(てことは、この棺の中に……)

 

小五郎が夏美に開けて良いか確認をとれば、夏美も頷く。小五郎がそれを受け、腕に力を入れて棺を持ち上げ、開く。その中には誰かの遺骨が丁寧に横にされていた。その両手が腹部の部分に乗せられているのが大切にされていた証拠となる。また、その体の上には赤色のエッグが乗せられていた。

 

「夏美さん、この遺骨は曾お祖父さんの?」

 

「いいえ。多分、曽祖母のものだと思います。横須賀に曽祖父の墓だけあって、ずっと不思議に思っていたんです。もしかすると、ロシア人だった為に、先祖代々の墓には葬らなかったのかもしれません」

 

其処にセルゲイと青蘭が夏美に近付き、セルゲイが申し訳なさそうな顔で夏美に声をかける。

 

「夏美さん、こんな時にとは思いますが、エッグを見せていただけないでしょうか?」

 

その言葉を受け、夏美がエッグを棺から取り出し、セルゲイに明け渡す。それを受け取ったセルゲイはと言えば、エッグを観察し始めた。

 

「……底には小さな穴が開いてますね。……え?」

 

セルゲイがエッグを開けてみれば、その中には何もなかった。

 

「空っぽ……」

 

「そんな馬鹿な!?」

 

「どういう事かしら?」

 

小五郎、セルゲイ、青蘭が驚いた様子を見せた時、言葉を聞いていた歩美が思い出した様に言う。

 

「それ、マトリョーシカなの?」

 

その歩美の言葉にセルゲイと青蘭が驚き、振り向く。

 

「え?」

 

「マトリョーシカ?」

 

「あたしん家に、そのお人形あるよ?お父さんのお友達が、ロシアからお土産に買って来てくれたの!」

 

「なんだ?そのマトリョーシカって……」

 

その小五郎の言葉に修斗は溜息を一つ零し、説明する。

 

「マトリョーシカは、人形の中に小さな人形が次々入ってるロシアの民芸品の人形ですよ。ルーツは夏美さんの曾お祖父さんが出展した1900年のパリ万博で銅メダルを受賞したのが機会だと言われてるな。まあ、他にもルーツはあるらしいがな」

 

「確かにマトリョーシカかもしれません。見てください」

 

セルゲイの言葉を受け、青蘭、夏美、小五郎がエッグの中を見れば、中に溝が作られていた。どうやらその溝はエッグを動かない様に固定する為のものと説明される。それを聞き、小五郎が鈴木家から見つかったエッグがあれば確かめられると悔しそうに零せば、白鳥がニヤリと笑う。

 

「エッグならありますよ」

 

その言葉に驚き、4人が白鳥を見れば、彼の肩から掛けている鞄の中から緑のエッグが取り出された。

 

「こんな事もあろうかと、鈴木会長から借りて来たんです」

 

(どんな時だよ……)

 

修斗が苦笑を浮かべて白鳥を見て入れば、小五郎が彼に近づき、怖い顔を向ける。

 

「お前、黙って借りて来たんじゃねーだろうな?」

 

「や、やだな、そんな筈ないじゃないですか」

 

そこでセルゲイが試してみる事になり、白鳥からエッグを受け取り、赤いエッグの中に入れた。するとカチッと音がなり、嵌め込まれた事が伝わった。

 

「つまり貴市さんは、2個のエッグを別々に作ったのではなく、2個で1個のエッグを作ったんですね……」

 

その言葉で解決したエッグ問題。しかし、コナンは不満顔を浮かべる。勿論、修斗も納得しない。そんなコナンの顔に気付いた哀がコナンを見る。

 

「……不満そうね」

 

「ああ。あのエッグにはまだ何か、もっと仕掛けがある様な気がしてならねー。それこそ、『世紀末の魔術師』の名に相応しい仕掛けが……」

 

そこで小五郎が赤いエッグに付けられた装飾を見て、見事なダイヤだと褒めた。しかし夏美はダイヤではなくただのガラスじゃないかと言う。それにコナンが反応し、思い返す。あの緑のエッグにもガラスが取り付けられていたのだ。そこで今までの仕掛けの数々と、この空間の中心にただただ佇む台を見る。そこでエッグのガラスが、レンズの役割をするものだと理解したコナンは、すぐに行動に出る。まずセルゲイの元に行き、エッグを貸して欲しいと頼む。そのコナンの行動に小五郎が怒りを露わにしたが、それを白鳥が止めに入り、何か手伝う事はないかと尋ねてきた。それにライトの用意を頼み、白鳥と共に台の元までやって来た。

 

「ライトの光を細くして、台の中に」

 

「分かった」

 

「セルゲイさん!青蘭さん!蝋燭の火を消して!」

 

そのコナンの指示通り、白鳥はライトの光を細くし、青蘭が息でフッと火を消し、セルゲイが指で挟んで鎮火する。あたりは白鳥が設置した細い光のみしかなくなり、全員がそこに集まりだした。

 

「一体、何をやろうってんだ」

 

「まあ見てて」

 

コナンがそこでエッグを灯りの上に置いた。するとエッグの外側に光が走り、エッグ自身が赤く光りだし、中が避けてきた。それに全員が驚きで目を見開くが、まだ仕掛けは終わらない。緑のエッグの中にあった皇帝一家の模型がせり上がる。前は螺子を巻かなければそれがせり上がる事はなかったが、今は螺子を巻いていない状態だ。セルゲイがそこに驚いていたが、白鳥が冷静に、エッグの周りに光度計が組み込まれている事を説明した。その間にせり上がれる所まで来た模型は、皇帝が本を捲ったのを合図に下から光りが登り、ガラスと本を乱反射し、赤いエッグの天井のガラスからその光が漏れだした。それはやはり乱反射し、全員がそれに驚き、天井を見やった。そこにあったのはーーー。

 

「ーーーニコライ皇帝一家の写真です!」

 

「そうか。エッグの中の人形が見ていたのは、ただの本じゃなく……」

 

「アルバム……」

 

「だから『メモリーズエッグ』って訳か……あんたの言った通りだな、修斗さん」

 

「ああ……」

 

コナンの言葉に、それだけしか返答しない修斗。彼は、それしか返答が出来なかった。

 

彼も、予想はしていた。頭で考えていた。しかし、現実で実現したその光景は、彼の予想を遥かに上回り、感動するものだった。

 

「ニコライ皇帝一家が殺害されず、これを見ていたら、これほど素晴らしいプレゼントはなかったでしょう」

 

「まさに、世紀末の魔術師だったんですな、貴方の曾お祖父さんは」

 

「それを聞いて、曽祖父も喜んでいる事だと思います」

 

「ねえ夏美さん」

 

小五郎と夏美が会話しているとき、コナンが名前を呼んで割って入る。2人がコナンに視線を移したのを見て、コナンがある一枚の写真を指差し、示した。

 

「あの写真、夏美さんの曾お祖父さんじゃない?」

 

「え?」

 

その言葉を受け、その指先の向こうへと目を向ければ、椅子に一組の男女が座っていた。

 

「あの2人で椅子に腰掛けて座ってる写真」

 

「本当だわ。じゃあ、一緒に写っているのは、曽祖母ね!」

 

その彼女は曾お祖父さんと共に微笑んで写っていた。

 

「これが、曾お祖母様。やっとお顔が見られた……」

 

「この写真だけ、日本で撮られたんですね。後から貴市さまが加えられたのでしょう」

 

(あれ、この人……)

 

コナンがそこで別の写真に写っていた、写真に目を向けた。其処には、曾お祖母様そっくりな顔の女性が、他の3人の女性と共に写っている写真だった。

 

(似てる……夏美さんと……)

 

そこでアルバムは消えて行き、光もまた、エッグの下へと消えていった。それを見届けたセルゲイがエッグを抱え、夏美を見る。

 

「このエッグは貴市さんの……いえ、日本の偉大な遺産のようだ。ロシアはこの所有権を中のエッグ共々、放棄します。貴方が持ってこそ、価値があるようです」

 

セルゲイからエッグを受け取り、夏美は礼を言う。しかし中のエッグは今現在、史郎に所有権がある。そう夏美が言えば、小五郎が自分から話しておくと言う。

 

「きっと分かってくれますよ」

 

「俺からも話しておこう。……大丈夫、あの人は理解のある人だ。だから、心配しなくていい」

 

修斗が夏美の頭を優しく撫でれば、夏美も安心したように頷く。そんなやり取りの間、コナンは将一がいないことに気付き、将一の姿を探す。

 

「ラスプーチンの写真……」

 

そんなコナンに、哀がそう声をかける。コナンも声を掛けられ、哀の方を見れば、哀がコナンの方に振り返った。

 

「……出てこなかったわね。皇帝一家と親しかったのに」

 

「ああ。確か貴市さんの部屋にも……っ!?」

 

その瞬間、思い出す。貴市の部屋にあったラスプーチンの写真に書かれた『Г』の文字を。

 

(あの『Г』の文字って、まさか!?)

 

「……おい、コナン!」

 

そこで咲がコナンの服の裾を引っ張り、彼が咲を見れば、咲は小五郎を指差していた。その指先へと視線を向けたとき、コナンの目が更に見開かれるーーー小五郎の体を沿うようにして、赤い照準が、ユックリと、上がっていっているのだから。

 

「何はともあれ、これでめでたしめでたしだ」

 

「あれは!?」

 

「それでは……ん?」

 

小五郎が赤い照準に気付いたのとほぼ同時に、コナンは自身が回収したまま持っていた白鳥の懐中電灯を小五郎になげつけた。それに小五郎が驚き、後ろへ下がったのとほぼ同時に発砲音が鳴り響き渡る。小五郎は自分が狙われた事に気付かなかったのか、はたまた懐中電灯を投げつけられた事の方が衝撃が大きかったのか、コナンに何をするのかと怒鳴りつける。蘭がその間に投げつけられた懐中電灯を拾おうとした。それに気付いたコナンは叫ぶ。

 

「拾うな!らーん!!」

 

「え?」

 

コナンが蘭の方へと走る。既に彼女にも、赤い照準が狙っていたからだ。

 

「らーーーん!!」

 

その叫びをあげて呼ぶ彼の姿は、蘭には、新一に見えた。

 

(新一!?)

 

コナンが蘭の体に体当たりするようにして彼女を押し倒し、銃の狙撃から回避させる。

 

「皆んな伏せろ!!」

 

コナンの注意は、パニックになった全員に届かない。皆んな走って逃げ回る。夏美も走って逃げようとしたが、細い溝に足を躓かせてしまい、転けてしまった。その表紙に彼女が抱えていたエッグは離され、飛んでしまう。エッグは一度床と接触する音を響かせ、普通なら二度目が響き渡りそのままその場所に転がっていくものだが、2回目の落ちる音を一瞬だけ響かせたのと同時に、誰かに持ち去られてしまった。

 

「あっ!!エッグが!!!」

 

その誰かはそのまま逃げ去ってしまう。

 

「くそっ、逃がすかよ!!」

 

「ダメ!」

 

逃げ去った誰かの後を追うようにして走ってっていってしまうコナンに、蘭は駄目だと声をあげ、手を伸ばして止める。しかしその手は彼の腕を掴むことはできず、後を合わせる結果となった。

 

「毛利さん!後は頼みます!!」

 

白鳥もまたコナンの後を追って行く。それを見送る結果となった蘭は、呆然とコナンをーーー新一を想う。

 

(新一……)



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第19話〜世紀末の魔術師・5〜

部屋から出ていった人物を追って行くコナン。その人物はコナンに気付いているようで、走っている道中で隠し持っていた手榴弾を持ち、その安全装置を口で取り外し、道中の石壁に置き、走り去る。そんな物が置かれていることなどつゆ知らないコナンは道なりを走っているちょうどその時、手榴弾が爆発し、目の前の石壁が崩れた。その際、顔を塞ぐようにして腕を前に出しながらそこを走り抜けた。怪我は一つも出来ていない。しかし走り抜けてすぐ、彼の足が何かに引っかかり、大きくよろけ、尻から地面とぶつかる。それに痛がる様子を見せながらも、何に躓いたのかを確認した。時計型の懐中電灯の灯りが照らす先にあった物体はーーー右目が撃たれた将一の遺体。

 

「っ!乾さん……くそっ」

 

いつもならすぐ様確認する所だが、今はそんな場合ではないと割り切り、彼は将一の遺体を後にする。そして走り抜け、螺旋階段を上っている時、あの地下への入り口が閉まる音が耳に入る。走りを止めずに入り口へとやって来たが、ちょうどその瞬間、完全に閉まりきってしまった。

 

「しまった!」

 

閉められてしまったことを確認したコナンだが、悔しがってる暇は作らない。すぐ様、地下通路に探りを入れ始めた。

 

「きっと、中から開けるスイッチがあるはずだ……っ!」

 

その時、彼の灯りに照らされて露わにされた石壁の中の一つに、他と違う形の壁があった。それに気付き、其処を手で押せば、閉められていた床扉が音を立てて開き始めた。

 

***

 

暗闇の中、ある人影はどこから手に入れたのか灯油を城中にばら撒き始めた。その灯油の中身は丁度、騎士の間で空となり、それを投げ捨て、マッチを使って火を灯し、ニッコリと微笑みながら火を投下する。マッチの火はそのまま灯油と接触し、火は城中へと走り始めた。それを見届ければあとは逃げるだけとばかりに人影は走り出した。ーーーしかし、そう簡単には逃げられない。

 

「ちょっと待ったぁ!」

 

その人物の耳に入って来たのは、かの有名な探偵であり、犯人が敬愛する人物を侮辱した張本人、毛利小五郎の声。

 

「テメーだけ逃げようったってそうは問屋が卸さねーぜ!」

 

犯人は直ぐ様身を隠し、持っていた拳銃を手に持つ。そうして声の主を射殺するために、足跡を極力消しながら走れば、今度は刑事の白鳥の声が響き渡る。

 

「あんたの正体は分かっている。中国人の振りをしているが、実はロシア人。そう……怪僧ラスプーチンの末裔、青蘭さん」

 

犯人ーーー青蘭は自身を当てられ、その身をユックリと露わにした。彼女はただただ、微笑むだけだった。

 

***

 

小五郎達がコナン達の跡を追ったとき、道中が瓦礫しており、行けなくなっていた。その事に文句を言う小五郎。

 

「なんなんだこりゃ。道が塞がれてる……」

 

「この瓦礫からして、どうやら爆破されたみたいだな……まあ、幸い血がないことから、コナンとか白鳥さんとかが押しつぶされてはいない様だ」

 

修斗のその冷静な言葉に、蘭は安堵する。しかし子供達は逆に絶望した。

 

「ええ!?それじゃあ俺たち、出られないのか!?」

 

「……いや待て。お前達、何処から来たんだ?」

 

咲が哀達に視線を向ければ、哀がその言葉ですぐに理解する。もう一つ、この場から逃げることが出来る道がある事を。

 

「皆んな、私について来て」

 

哀の言葉に子供達は驚き、小五郎も訝しげな反応を向ける。

 

「なにっ!?」

 

しかし、そんな反応に少々苛立ったらしい哀が語彙を強めた。

 

「いいからっ!付いて来なさいって言ってんのよ!!」

 

「は、はい……」

 

その強気な態度と物合わせぬ態度に、小五郎は何も言えずに従う姿勢を見せた。

 

***

 

火が燃え盛る騎士の間を、ユックリと声の人物を探して歩く青蘭。その手に拳銃を持ち、警戒する様に見渡していると、その背後を走る気配を察知し、背後に向けて1発、2発と撃ち込むが、それらが当たった様子はない。

 

「ふんっ!最初は気付かなかったよ」

 

「その声は寒川!?」

 

青蘭は驚愕の表情を浮かべる。当たり前だ。なぜなら彼は、青蘭があの船で東京に帰るその夜に、右目を射抜いたのだから。その死体も確認済みの上で、何故か寒川の声が響く事に、驚かない者など誰もいない。

 

「浦思青蘭の中国名、『プース・チンラン』を並び替えると、ラスプーチンになるなんて事はな……」

 

「お、お前は……お前は私が殺したはず!?」

 

青蘭のその背後で、また何かの動く気配を感じ、其方に2発また撃ち込むが、どうやら騎士の甲冑が倒れただけの様だった。しかし、それを倒した人物がいる事を理解し、すぐ様その甲冑の裏に拳銃を向けるが誰もおらず、青蘭が覗き込んだ反対の通路を誰かが走る音が耳に入り、其方に一発撃ち込む。しかしやはり当たっていない様で、射殺する為にまた探し歩けば、またもや白鳥の声が響き渡った。

 

「ロマノフ王朝の財宝は、本来、皇帝一家と繋がりの深いラスプーチンの物になるはずだった。そう考えたあんたは、先祖に成り替わり、財宝の全てを手に入れようと考えた」

 

そこで一度声が止み、今度はまた、ありえない人物の声が響き渡った。

 

「必要に右目を狙うのも、惨殺された先祖の無念を晴らす為だろ?」

 

「い、乾……」

 

かの人物は、洞窟内で既に射殺した。彼女はそれを目の前で見た為に理解していた。知っていた。しかし、何故かその声が響き渡っている。その理解の範疇を超えた出来事に、青蘭が目を見開き驚愕していれば、背後にまた足音が聞こえた。しかしそれは走り去る音ではなく、ゆっくりと、歩く音。その足音が止まると同時に後ろに拳銃を向ければ、其処には両手をポケットに入れ、気障に笑い立つコナンのみ。それが信じられずに当たりの気配を探すが、見つからない。

 

「僕1人だよ」

 

コナンのみその言葉に、ありえないと反応する青蘭。今の今までコナンの声は聞こえなかった。信じろと言うのが難しい。しかし、そんな青蘭にコナンが蝶ネクタイを見せつけ、種明かしをする。

 

「これ。蝶ネクタイ型変声機って言ってね、色々な人の声が出せるんだ」

 

「っ!お、お前一体ッ!?」

 

その青蘭の言葉に、フッと笑みを浮かべるコナン。

 

「江戸川コナン……探偵さ」

 

その言葉に、青蘭は警戒を示す。普段であれば彼女も信じずにいただろう。ただの子供のごっこ遊びも片付けただろう。しかし、現状は『普通』ではない。現に、目の前の子供は変声機を使い、青蘭を翻弄し、青蘭の正体を当ててみせたのだ。

 

「寒川さんを殺害したのは、あんたの正体が暴露そうになったからだ。寒川さんは、人の部屋を訪問しては、ビデオカメラで撮っていたからね。とっさのことで裏返すのを忘れた写真……それは、恋人なんかじゃなく、『グリゴリー・ラスプーチン』の写真だった。『グリゴリー』の英語の頭文字は『G』だか、ロシア語では『Г』。だから、貴市さんの部屋にあった『ゲー・ラスプーチン』の写真のサインを見ても直ぐには繋がらなかった」

 

そこで思い出されたのは、船の青蘭の部屋であの時に見た写真立て。写真自体は見ることが叶わなかったが、その裏に英語でラスプーチンの名前が書かれていた。その次に思い出されたのが貴市の部屋。そこには勿論、ロシア語でサインが書かれていた。

 

「寒川さんに写真をビデオに撮られたと思ったあんたは、彼を殺害しに行った。……そうだろ?青蘭さん?ーーーいや、スコーピオン!」

 

そのコナンの言葉に、青蘭は悪い笑顔を浮かべる。

 

「ふっ。よく分かったね、坊や」

 

「乾さんを殺したのは、その銃に、サイレンサーを付けているところでも見られたってとこかな?」

 

その言葉に、青蘭はさらに笑みを深める。まるでコナンを、嘲笑うかのように。

 

「おやおや、まるで見ていたようじゃないかい」

 

「……でも、オッチャンを狙ったのは、ラスプーチンの悪口を言ったからだ」

 

ラスプーチンの悪口……それは、彼を『世紀の大悪党』と言ったこと。それは、先祖であるラスプーチンを侮辱する言葉。青蘭には許すことなど出来ない言葉だった。

 

「……そして、蘭の命までも狙った」

 

「お喋りはそのぐらいにしな。可哀想だけど、あんたにも死んでもらうよ」

 

青蘭は無情にもその拳銃をコナンに向ける。しかしコナンの余裕は崩れない。

 

「その銃、ワルサーPPK/Sだね。マガジンに込められる弾の数は、8発。乾さんとオッチャン、蘭に1発ずつ。今ここで5発撃ったから、弾はもう残ってないよ」

 

そのコナンの知識に青蘭が感心した様子を見せたが、しかし直ぐに妖艶な笑みを浮かべた。

 

「ふっ。いい事を教えてあげる。予め、銃に装填した状態で8発入りマガジンをセットすれば、9発になるのよ。……つまり、この銃にはもう一発弾が残ってるってこと」

 

その説明の間にも城は崩れてゆき、コナンと青蘭の間にも焼けた天井が落ち始める。周りも燃え盛り、一見すれば逃げる道さえない。逃げ道など無いも同然で、コナンはただなんの抵抗もなく殺される他ない状況。そんな中であるはずなのに、コナンに怖がるそぶりはない。

 

「……じゃあ撃てよ」

 

コナンのその挑発するような言葉に、意外そうな顔をする青蘭。ここまで謎を解き明かし、大人顔負けの頭脳で青蘭を追い詰め、銃の知識を披露しようと、青蘭にとってはなんの力もないただの子供。そんな言葉が、青蘭を挑発する言葉を投げかける。彼女からしたら、馬鹿な行動だ。

 

「本当に弾が残ってんならな」

 

「……」

 

その挑発に、青蘭はコナンを嘲笑い、コナンに照準を向ける。その銃の赤い照準は、炎の中でも焦ることなくユックリと、体に沿うように登る。その赤い照準は、彼女の祖先と同じ、右目に辿り着く。その瞬間、フッと笑った。

 

「……馬鹿な坊や」

 

青蘭はそのまま抵抗さえなく、引き金を引く。そのまま真っ直ぐ弾はコナンの右目に吸い込まれ、当たったと思われたその瞬間ーーー眼鏡のレンズに、阻まれた。

 

「どうしてっ!?」

 

その青蘭の問いに答える事なく、コナンはキック力増強シューズを回す。それが青白く光ったのとほぼ同時に青蘭が拳銃の弾を装填する。コナンが近くにあった甲冑の兜を蹴ろうとした時、青蘭はその拳銃を向けた。どう考えても、青蘭の方が早くコナンに傷を付けることが出来る。コナンもそれは覚悟の上。しかし、その予想は裏切られ、青蘭が拳銃を構えたその瞬間、何かが当たり、手から弾かれる。

 

「あっ!?」

 

そんな予想外な事が起ころうと、コナンは止まらない。そのまま兜を蹴り飛ばし、見事狙い通りに青蘭の腹部に撃ち込まれ、強い衝撃を受けた青蘭はそのまま後ろに飛ばされ、背中から床と激突し、そのまま意識が飛んでしまった。そんな青蘭に、コナンは近づき、眼鏡を外す。

 

「生憎だったな、スコーピオン。この眼鏡は博士に頼んで、特別製の硬質ガラスに変えてあったんだ」

 

「ーーーコナンくん!」

 

そこに丁度良いタイミングでやって来た白鳥。彼はコナンに駆け寄って来た。

 

「大丈夫かい?」

 

「あ、う、うんまあ……」

 

コナンは直ぐに眼鏡をかけ直した。が、直ぐに青蘭の銃を弾き飛ばした何かーーートランプに視線を向けた。そのトランプは生憎と燃えてしまっていた。

 

「……」

 

「さあ、ここから脱出するんだ」

 

白鳥が青蘭を横抱きにし、歩き始める。しかし、考え事をしていたコナンはそれに気付かない。

 

「ーーーコナンくん!!」

 

白鳥がもう一度コナンの名を呼び、そこで漸く白鳥が脱出するために歩いていた事を知ったその瞬間、白鳥とコナンの間に燃えた木材が降り注ぐ。そうしてコナンと白鳥は分かれてしまい、騎士の間は炎に飲み込まれてしまった。

 

小五郎達は、哀達が入って来た入り口から、博士が用意してくれた梯子を使って登り、脱出した。そこはどうやら塔の様で、全員が其処に立つには少々狭かった。入り口として使われた大穴がなければ余裕があっただろう。最後にセルゲイが梯子を使って脱出して来た時には、小五郎は脱出出来たことに安堵し、床に座り込んでいた。

 

「た、助かった……」

 

しかし、外を見ていた光彦が叫ぶ。

 

「た、大変です!!お城が燃えています!!!」

 

『え!?』

 

全員が直ぐにその塔から走り出て、城を見上げる。そこは既に炎に飲み込まれており、誰も入る事ができない状態となっていた。

 

「おいおい……マジかよ」

 

「っ、コナンくん……」

 

修斗が痛ましそうに見上げ、歩美が心配そうにコナンの名を呟く。ーーー彼はまだ、あの中にいるのだ。

 

(……新一)

 

「……」

 

蘭と哀が、心配そうに城を見上げる。咲もまた、痛ましそうに見上げていた。彼はもう、助からないとさえ考えていた。子供達もまた、必死に彼の名を呼ぶ。

 

「「コナンくーん!!」」

 

「コナーン!!」

 

「なんだよ……うるせえな」

 

そこであり得ない、しかしとても聞き覚えのある声が辺りに響き渡り、その声の主がいる右側を見れば、コナンは博士の車に背を凭れさせ、立っていた。その手にはエッグまである。

 

「コナンくん!!」

 

彼はよく見れば所々黒く汚れている。どうやら服は少々焦げ、顔は灰で汚れたようだ。

 

「このエッグ、白鳥刑事がスコーピオンから取り返してくれたよ」

 

コナンの報告に、小五郎の眼が見開かれる。

 

「白鳥が!?で、スコーピオンはどうした?」

 

「逮捕して車で連行していったよ。スコーピオンの青蘭さんを」

 

その名前に、小五郎とセルゲイが驚く。

 

「なにっ!?」

 

「青蘭さんがスコーピオン!?」

 

そんな2人の事など気にせず、コナンはエッグを夏美に手渡す。

 

「はい。これを渡してくれって」

 

「あ、ありがとう」

 

夏美が嬉しそうに感謝をしますのとは逆に、小五郎は青蘭がスコーピオンだったという事実に気分が下がったようだ。

 

「あの美しい青蘭さんがスコーピオンだったなんて……」

 

「悲しむとこはそこでいいのか、あんた」

 

そんな修斗のことなど気にせず、小五郎は意識を切り替えて夏美に近づき、申し訳なさそうに声を掛ける。

 

「夏美さん……申し訳ありませんな。こんなことになってしまって」

 

「いえ。お城は燃えましたけど、私には、曽祖父が作った大事なエッグが残ってます。それに地下は、無事だと思いますし……」

 

夏美は確かに、大事そうな目でエッグを見る。その言葉は、確かに夏美の本心だ。その夏美の言葉に、沢辺は微笑みを浮かべる。

 

「はい。落ち着きましたら曽祖母様のご遺骨を、貴市様と一緒のお墓に、埋葬致しましょう」

 

それを聞き、今度は別の事に小五郎の思考は移るーーーいまだ行方知らずのキッドの事だ。

 

「とうとう現れなかったか、キッドの奴……」

 

その言葉に、修斗が一瞬ピクリと反応し、小五郎を見る。彼がそんな修斗に気付いた様子はなかったが、目敏いコナンは気付いた。

 

「やっぱり、死んじゃったのかな……」

 

「いや、奴は生きてるよ」

 

そのコナンの言葉に、歩美はコナンに顔を向ける。その彼の顔は、確信したような笑みを浮かべていた。そんなコナンを、ジッと見つめる蘭にーーー彼は気付かないままだった。

 

それから直ぐには消防車は城に到着し、消化活動がされ始め、その間に一行は自宅へと戻る事となった。普通なら聴取をする所なのだが、時間も時間であり、聴取は後日となったのだ。

 

そして時間は少し達、外で雨が降り始めた。毛利探偵事務所の電気はつけられたまま、開かれた窓の近くに、蘭は鳩をその腕に抱きしめ、撫でていた。彼女はずっと待っていた。考えて考えてーーー出た考えの答え合わせをするために。

 

そこで事務所の扉が開き、コナンが入って来た。

 

「オジさん、もう寝ちゃったよ?疲れてたみたいだね」

 

コナンのその子供らしい態度と言葉に、いつもなら蘭は笑顔を向ける所だが、今の彼女にその余裕はない。沈んだままの彼女は小さく反応を示すだけ。

 

「うん……仕方ないよ。大変だったもん」

 

そのまま彼女は鳩を籠に戻してやり、窓の外の雨を見つめる。その彼女の様子に流石におかしいと思ったらしい。コナンは彼女の名前を呼ぶ。

 

「蘭姉ちゃん……?」

 

「……ありがとう、お城で助けてくれて。あの時のコナンくん、カッコ良かったよ……まるで新一みたいで」

 

彼女は笑顔でコナンの方へと向き直る。しかしコナンから見て彼女の笑顔は、どこか痛々しかった。その痛々しさは、彼女の目に涙が浮かんだ事でより助長された。

 

「……」

 

「……まるで、新一みたいで……」

 

遂に彼女の目から涙が零れだす。その涙は止まる様子を見せない。

 

(……蘭?)

 

雨は降る勢いを、増した。

 

「でも、別人なんでしょ?……そうなんだよね?」

 

彼女は否定して欲しくて、尋ねる。しかしコナンは直ぐに否定は出来なかった。彼女から、目が離せなかった。

 

「……コナンくん?」

 

彼女は問い掛ける。コナンもまた、彼女の複雑な心境を感じ取ることが出来、誤魔化しなど出来ないことを、理解した。ーーー遂に限界が、訪れたのだ。

 

それを理解すれば、コナンからフッと、笑みが零れた。

 

(……限界だな)

 

「……あ、あのさ……蘭」

 

彼女の目が、見開かれる。コナンはその反応に気付きながらも、止まらない。その目に掛けた偽りの仮面を、外した。

 

「実は、俺……本当は……」

 

しかし見上げた瞬間、気付いた。彼女はーーーコナンを見ていなかった。

 

その視線は既にコナンを超えた先、事務所の入り口の方へと、向けられていた。

 

「……新一」

 

その呟きを聞き取ったコナンが直ぐに入り口の方へと顔を向ければ、そこには確かに、雨でびしょ濡れとなった姿の工藤新一が立っていた。

 

その姿を信じられないと言った目で見る蘭。

 

「……本当に新一なの?」

 

「なんだよその言い草は。オメーが事件に巻き込まれたって言うから様子を見に来てやったってのによ」

 

新一は蘭の問いに呆れた様子を見せる。しかしコナンは驚愕で目を見開かせたまま、新一を見る。何故なら彼は知っているからだ。己が本物の『工藤新一』であることを。しかしそれを知らない蘭は直ぐに新一に駆け寄り、怒鳴りつける。

 

「バカッ!どうしてたのよ!?連絡もしないでっ!!」

 

「わりーわりー、事件ばっかでさ。今夜もまた直ぐに、出掛けなきゃなんねーんだ」

 

彼はそう蘭に伝えるが、蘭は彼の肩が濡れていることに気づいた。

 

「待ってて!今は拭く物持ってくるからっ!!」

 

彼女は直ぐに自宅の方へと階段を駆け上がっていく。それを見送った新一はフッと安心したように笑い、事務所から出ていった。そのまま雨の中を歩いて去ろうとした。しかし、その背中に声を掛ける1人の子供。

 

「ーーーまてよ、怪盗キッド」

 

そのコナンの呼びかけに、新一に変装していたキッドは応じ、その場で歩みを止めた。

 

「まんまと騙されたぜ。まさかあの白鳥刑事に化けて船に乗ってくるなんてな」

 

そこで彼はピィーッと口笛を吹く。それが合図だったようで、事務所で療養していた白鳩が、キッドの肩へと捕まった。

 

「お前、知ってたんだろ?船の中で何か起こることを」

 

コナンの問いに、キッドは道路を鳩を出しながらユックリと歩きつつ、答える。

 

「確信はなかったけどな。一応、船の無線電話は盗聴させてもらってたぜ」

 

「もう一つ。お前がエッグを盗もうとしたのは、本来の持ち主である夏美さんに返す為だった。お前は、あのエッグを作ったのが香坂貴市さんで、『世紀末の魔術師』と呼ばれていた事を知っていた。だから、あの予告状に使ったんだ」

 

「ほう?他に何か気付いたことは?」

 

彼は掌を握ってパーにすると鳩を出し、その鳩達は彼の体に高まっていく。既に彼の肩は白で覆われ始めていた。そんな状態の怪盗キッドの言葉に、コナンは気障な笑みを浮かべる。

 

「……夏美さん曾お祖母さんが、ニコライ皇帝の三女『マリア』だったってことか?」

 

その言葉に、鳩を出していたキッドの動きが止まる。彼は無言でコナンに視線を向けてきた。

 

「マリアの遺体は見つかっていない。それは、銃殺される前、貴市さんに助けられ日本へ逃れたから。2人の間には愛が芽生え、赤ちゃんが産まれた。……しかし、その直後に彼女は亡くなった。貴市さんは、ロシアの革命軍からマリアの遺体を守る為に、彼女が持ってきた宝石を売って城を建てた。だが、ロシア風の城ではなく、ドイツ風の城にしたのは、彼女の母親のアレクサンドラ皇后がドイツ人だったから。……こうして、マリアの遺体はエッグと共に秘密の地下室に埋葬された。そしてもう一個のエッグには城の手掛かりを残した。……子孫が見つけてくれる事を願ってな」

 

そこまでコナンは説明し、フッと肩の力を抜いた。

 

「……まあ、こう考えたら全ての謎が解ける」

 

キッドはそんなコナンに微笑みを向けた。

 

「君に一つ助言させてもらうぜ。ーーー世の中には謎のままにしといた方がいい事もあるってな」

 

キッドはそうコナンに助言し、鳩を二羽出した。それにコナンもフッと笑った。

 

「確かに、この謎は謎のままにしといた方が良いのかもしれねーな」

 

その間にもキッドの手以外からも鳩が集まり、彼の体中に鳩が捕まる。既に彼は白一色に染まっていた。

 

「じゃあこの謎は解けるかな?名探偵」

 

キッドはコナンに挑戦的な目を向けて、問いかける。

 

「何故俺が『工藤新一』の姿で現れ、厄介な敵な君を助けたのか?」

 

「ーーー新一!」

 

そこで蘭が駆け下りてくる声が聞こえ、彼女が降り切ったその瞬間、キッドは指を鳴らし、その場から、鳩が去ると共にーーー姿を消した。

 

白鳩は雨の中を飛び去っていく。毛利探偵事務所の前の道路には、白鳩の羽が大量に舞い落ちてくる。その中の一つを、コナンは掴んだ。

 

(バーロー。んなもん、謎でもなんでもねーよ。お前が俺を助けたのは、此奴を手当てしたお礼……だろ?)

 

そのコナンの答えに正解を出すものはーーーいなかった。

 

蘭は辺りを探したが、新一の姿は何処にもなかった。そこで彼女は、新一と最後に会っていたコナンに何故止めなかったのかと聞いた。コナンはその問いに、新一がまた来ると答えてしまった。その返しに少々ムッとした表情を浮かべた蘭はコナンから顔を離し、何かを心に決めた。

 

「いいわ。今度会った時には……」

 

彼女はそこで、彼を拭くために用意したタオルを上に投げた。それはヒラヒラと舞い降りてきたが、蘭の目の前まで来た時、彼女は右手でまずタオルに手刀を入れ、次に落ちて来た手拭いに上から瓦割りの要領で手刀を入れる。それを見た新一本人は、体を震わせた。

 

「……こうしてやるんだから」

 

そこで蘭のその言葉を聞き、コナンは諦めたような顔を浮かべて、一つの決意を決めた。

 

(ハハッ、当分元には戻らねーな……)

 

彼が元に戻るのは、当分先になった瞬間だった。



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日常編
第20話〜上野発北斗星3号・前編〜


某日、コナン、蘭、小五郎は、とある事件にて知り合った人物から、寝台特急『北斗星』のチケットをもらい、北海道へと向かっていた。上野から乗ったその特急だが、現在は夕方に差し掛かっていた。そんな中、列車内でその人物からチケットとともに送られてきた手紙を蘭が音読してくれるのを、コナン達は黙って聞いていた。

 

「『拝啓、毛利小五郎様、そして蘭さん、コナンくん、お元気ですか?お約束していた北斗星のチケット、なんとか取ることが出来ました。皆さんが御出でになるのを、武さん共々、とても楽しみにしております。では、積もる話はこちらに着いてからにして、まずは豪華列車の旅を満喫してください。 旗本夏江』……だってさ!」

 

「夏江さんって確か、豪華客船の事件の時の……」

 

それは、コナン達が旗本島に観光に行った時のこと。アクシデントが起こり、急遽、旗本グループの豪華客船に乗せてもらった際に起こった事件だ。豪華客船内で2人の人物が殺されてしまったが犯人は既に捕まり、旗本島で結婚式を挙げた夏江と武はその後、旗本家を出て、北海道の牧場で生活をしている。

 

「懐かしいな〜」

 

凄惨な事件ではあったが、蘭達はそこで出会った2人と仲良くなったのだ。2人とはその後、会えなかったことを考えると懐かしくもなるだろう。

 

「ま!自慢するわけじゃないが、この北斗星のロイヤルルームで旅が出来るのは、一重に、この眠りの小五郎が事件を解決したお陰って訳よ!」

 

「はいはい。感謝してまーす」

 

「うん!分かればよろしい!」

 

その小五郎の満足げな顔を見て、コナンは半眼で呆れ顔。なぜならこの言葉、列車に乗って7度目だからだ。

 

「ねえ、それより私、お腹空いちゃった」

 

蘭の言葉に小五郎は腕時計で時刻を確認した。この特急では、夕食も予約制なのだが、その予約までも夏江がしてくれていた。それを有り難く思いながら食堂車へと向かうために扉を横にスライドさせ、廊下に出るのもほぼ同タイミングで、丁度そこを通っていたらしい男とぶつかってしまった。その男は少しふらついた後、すぐに振り向き、怒鳴ってくる。

 

「馬鹿野郎!何処に目ん玉つけてるんだ!」

 

その男はハンチング帽を被り、サングラスを掛け、どうやらマスクも付けていたようで、怪しさ満点の姿だったが、現在はマスクのみ怒鳴るために外されている。が、男は小五郎を見て驚愕した様子を見せる。

 

「お、オメーは……」

 

「は?」

 

「なになに?どうしたの?」

 

蘭が小五郎に何があったのか聞くが、小五郎にも分からない。そんな時、男がゴホゴホと咳き込み、マスクを付けて退散していった。男が三3つほど先の部屋に入っていくのを見届けた後、小五郎がご飯のことを持ちだし、そこですぐに夕食をとりに歩き出した。その食堂車へと辿り着いた時、蘭がとある席の女性を見て声をあげる。

 

「あっ。ねえ、お父さん、コナンくん。あそこにいるの、瑠璃刑事じゃない?」

 

「ああ?」

 

小五郎とコナンが蘭の指差す、入って5つ程先の右側のテーブルに、瑠璃がオレンジの変形Vネックワンピースを着て、長い黒髪をポニーテールにして座っていた。どうやら今から夕食らしく、食事が出てくるまでの間、外の景色を堪能しているらしい。頬づえを着いて外を見ている。しかしコナンはそんな瑠璃の姿を見て違和感を持つ。

 

(あれ?なんか、雰囲気が違う?)

 

コナンがそんな疑問を浮かべている間に、蘭と小五郎が瑠璃の方へと近づいた。

 

「瑠璃刑事、こんにちは!」

 

「……?」

 

名前を呼ばれた筈の彼女は、しかし不思議そうな顔で蘭を見つめていた。

 

「こんばんは、瑠璃刑事。なにか、事件でもあったんすか?」

 

小五郎が瑠璃にそう聞いた時、彼女は目を見開いて、その後にクスリと笑った。

 

「あら、ごめんなさい。私、『瑠璃』じゃないわよ?」

 

「「……え?」」

 

彼女の言葉を、瞬時には理解出来なかった2人。そしてその言葉を聞いたコナンは、妙に納得してしまった。

 

「お姉さん……もしかして、瑠璃刑事のお姉さん?」

 

コナンのその子供らしい態度に、女性は面白そうにクスクスと笑いながら頷いた。

 

「ええ、そうよ坊や。私は『北星 梨華』。あの子の双子の姉よ」

 

「「ええええええ!?」」

 

その言葉に、小五郎と蘭が驚愕の声をあげる。この声の意味は、そっくりの造形の事もあるが、その『名前』についても2人はよく知っていた。

 

「り、梨華さんって、あの梨華さんですか!?世界的ピアニストの梨華さんですか!?」

 

「あら、そこまで言われてるの?まあ、アメリカの方でよく演奏はしているけれど……それに、私、貴女と以前会ってるわよ?」

 

「ええっ!?」

 

蘭が驚きの声をあげ、コナンも流石にその言葉に吃驚している。どこで会ってるのかと考えた時、蘭が答えた。

 

「あの、もしかして森谷邸でのあのガーデンパーティーでお会いしたのって……」

 

「ええ。あの時は瑠璃じゃなくて私だったわ」

 

「す、すみません!私てっきり瑠璃刑事だとばかり……」

 

「ふふ、良いわよ謝らなくて。小さな時から言われ慣れてるもの。ちょっと髪型と服装変えただけで、修斗以外、見分け付かなかったしね」

 

彼女がクスクスと笑いながら言えば、蘭はホッと息を吐く。怒らせてない事が分かって安心したのだ。そんな蘭を梨華は見つめ、少し意味深に笑い、口にする。

 

「まあ、貴女と会ったのは、あの時が初めてではないけれど、ね」

 

「……え?」

 

その言葉に、蘭は目を少しだけ見開き、首を傾げる。彼女の記憶の中に、森谷邸以外で梨華と会った記憶はない。可能性としてホームズフリークの事件の時かと考えたが、しかしあの時は警察手帳も出して身分を証明していたので本物で間違いないと理解する。蘭が首を傾げていた時、コナンはじっと梨華を見つめていた。コナンもそれは記憶しているのだ。ただし、彼女と会ったのは『工藤新一』としてだが。

 

「まあ、思い出さなくて良いわよ。無理に思い出す必要性はないしね」

 

「で、でも……」

 

「それで?貴女達はご飯を食べに来たんでしょ?席に座らなくても良いの?」

 

梨華がそこで夕食の事を持ち出せば、小五郎のお腹が鳴った。その音を鳴らした小五郎は蘭に早く座るよう急かし、蘭も梨華に申し訳なさそうに頭を一度下げた後、何かを思いついたように笑顔で提案する。

 

「そうだわ!梨華さん、夕食をご一緒しても良いですか?私、梨華さんの話、聞いてみたいです!」

 

その言葉を聞いた梨華は一瞬だけ目を見開いた後、笑顔で頷き、席を立った。その後、小五郎達の夕食が運ばれ、フランス料理を食べ終えた後、飲み物を飲みながら余韻に浸っていた。

 

「いや〜、食った食った!」

 

「美味しかったね」

 

「うん!」

 

「そうね。とても美味しかったわ」

 

「飯は美味いし、部屋はゴージャス。言うことなしだな」

 

小五郎が満足そうにそう感想を言ったその時、

 

「なんなんだ、あの小さな部屋は!」

 

そんな怒鳴り声が小五郎の背後の席から聞こえた。そちらに目をやれば、席に座っている男が立っている眼鏡の男性に怒りをぶつけていた。

 

「ロイヤルルームを確保しろと言っただろ!」

 

「す、すみません。ですがオーナー。一週間前に北斗星に乗りたいと言われましても、人気列車でして……。個室が人数分取れただけでも幸運だったかと」

 

必死でそう説明する眼鏡の男性『加越 利則』に対して、不満さを隠しもしないちょび髭の男『出雲 啓太郎』は鼻を鳴らす。

 

「ふん。この儂が、お前と同じクラスの部屋だとはな。妻なんぞ、こんな部屋で旅行しているのを見られたくないと言って、部屋に篭ってしまったぞ」

 

「ですから、飛行機になさればと……」

 

「うるさい!儂はこの列車で、明日のオークションに行きたかったんだよ!」

 

そこまでずっと黙ってやり取りを見ていた小五郎が啓太郎に声を掛ける。

 

「あの〜」

 

「ん?」

 

「私と、どっかで会ってませんか?」

 

その言葉に、利則が何かに気付いたように言う。

 

「きっと、テレビか新聞でしょう。うちの宝石店がこの間、強盗に入られて、オーナーは取材を受けていましたから」

 

それで納得する小五郎。実は目の前にいる啓太郎は、1人で強盗犯を追い払った事でニュースに取り上げられていたのだ。しかしその話を知らないコナンと梨華。

 

「ねえ、そんな事件、あったっけ?」

 

「ほら。コナン君達がキャンプに行ってた日の夕方よ」

 

「ふん、私が防犯ベルを鳴らしたら、逃げ出していきおっただけの話」

 

「あら、日本ではそんな事があったのね。私、一昨日帰って来たばかりだから知らなかったわ」

 

それに驚く蘭。しかし逆にコナンは疑問を抱く。

 

「ならどうしてこの列車のチケットが取れたの?」

 

それに梨華は楽しそうに笑って語る。

 

「ふふ、実はね、修斗に頼んだの。北海道の観光に行きたかったのもあって、チケットを取って置いてって。そしたら、この列車のチケットを取ってくれたのよ。『一応は有名人だから、人とあまり会わないだろう寝台特急の方がいいだろ?』ってね。それもとっても疲れた顔で、もうその顔がとても面白くて面白くて」

 

その梨華の言葉を聞き、コナンは納得するとともに修斗に対して同情心を抱く。

 

(はは、絶対にあの人、げっそり顔で言ってたんだろうな。そしてこの人、結構なサディストだなおい)

 

そこで話は少し戻り、利則が啓太郎に、街の人はその勇敢さに驚いていたと伝えた。その時、別の席から不満そうな声が挙げられる。

 

「ふん、あれしきの事で。じゃがいい宣伝にはなったじゃろう?」

 

その不満を言ってのけたのは、古糸市市長『石鎚 晃重』。晃重は啓太郎を見ながら嫌味を言う。

 

「今度の市長選の宣伝にのぉ。全く、上手くやったもんじゃい」

 

啓太郎は驚きからなぜ晃重がここにいるのかと問う。彼もここで会うとは思っていなかったのだ。晃重の方はといえば、休暇を取り、北海道の方へと行こうとしていたらしい。どうやら偶然、タイミングが重なってしまっただけのようだ。

 

「で、上手くやったとは?」

 

小五郎のその疑問は他3人の疑問でもあり、耳を澄ませて3人も聞いている。

 

「ただの噂ですよ。あの強盗騒ぎは、オーナーが今度の市長選の投票の為の人気取りの為のヤラセじゃないかって言う、根も葉もないデマですよ」

 

「じゃが、火の無いところに煙は立たないと言うしの」

 

「おいおい。でもあの時、防犯カメラに映っていたのは、確か、前科のあるプロの強盗犯。幾ら何でもヤラセってことは……」

 

「じゃから怪しいんじゃ」

 

小五郎の言葉を晃重が割って入る。曰く、そんな強盗犯が下調べもせずに入って来て、ますます防犯ベルを鳴らされて、何も取らずに逃げるとは思えない、と。それは確かに怪しいと梨華も思うほどだ。

 

「しかし、それだけでオーナーを疑うのは……」

 

「それだけじゃない。犯人が、奇妙な言葉を言い残して言ったのを、店員達が聞いておったそうじゃないか」

 

「奇妙な言葉?」

 

そこで首を傾げる梨華。小五郎がその代弁をし、聞けば、晃重は神妙な顔をして言う。

 

「強盗の男は、逃げる前に苦々しくこう口走ったそうじゃ。『話が違う』とな」

 

それが事実かどうか、小五郎が利則に聞けば、彼は肯定する。どうやら彼も犯人がその言葉を呟いていたのを聞いたらしい。コナンはその話を聞いていて、ふとデジャブを感じた。前にも同じ事件があった筈だと、コナンは蘭に聞く。

 

「ねえ。前にもこんな事件、あったよね?」

 

しかしそれに蘭は首を傾げるだけ。肯定しなかった。

 

「大体なんなんだ、あんたは」

 

そこで遂に啓太郎が苛立ちから小五郎にそう問えば、小五郎は目をパチクリさせる。

 

「あれ?私をご存知ない。……実は私、何を隠そう」

 

「毛利小五郎!」

 

そこで彼の名前が呼ばれ、せっかく彼がカッコ良く決めようとした所を邪魔した人物を振り返り、ジト目で見やれば、相手は嬉しそうに笑顔で小五郎を見ていた。

 

「ですよね!!」

 

「はい……」

 

小五郎がそう返せば、相手の男性『青葉 徹』は更に嬉しそうな反応を示した。

 

「わぁ!感激だ!こんな所で名探偵の毛利小五郎さんに会えるなんて!それに、お隣にいるのは世界的ピアニストの北星梨華さんですよね!?」

 

そこで何故か梨華にも振られ、話を聞いていただけの梨華は突如として呼ばれた自分の名前にビクリと一瞬体を震わせ、笑顔を浮かべて頷いた。それでさらにテンションが上がったらしい彼は、2人にあとで一緒に写真を撮って欲しいと頼んできた。それに困ったような反応を示す小五郎と、了承を出す梨華。先程の三人は小五郎の名前に反応を示した。

 

「毛利……」

 

「小五郎……」

 

「ほう?」

 

しかしそこで反応を示したのは彼らだけではなかった。

 

「ほーんと、偶然って怖いわね」

 

入り口の方から女性の声が聞こえ、そちらに全員が顔を向ければ、緑と白が主なファッションで、黒いサングラスを掛けた女性が其処に立って小五郎達を見ていた。そこにボーイがやって来た。彼女は夕食の予約をしていたらしく、名前を『明智 文代』と言うらしい。ボーイが席へと案内しようとすれば、彼女は断りを入れて夕食をキャンセルさせてもらうと言って去って行ってしまった。その去り際、「楽しい旅になりそうね」と言い残していったのだった。

 

その後、梨華は小五郎達と共にロイヤルルームの方へと戻る事にした。そこでもコナンが小五郎に前にも同じ事件があった筈だと何度も言い、小五郎は知らないと返していた。途中で梨華は部屋に戻ってしまったが、そのやり取りは彼らの部屋に着くまで続けられていた。小五郎は最近、似たようなサスペンスドラマでも見たのではないかと言うが、コナンは納得しない。

 

(いや、最近じゃない。もっと昔、俺が餓鬼の頃に確か……)

 

そのまま夜は更けていく。蘭とコナンは外の景色を楽しんでおり、小五郎が眠ってしまっても、外を見続けていた。

 

「ねえ見て見て!青函トンネルに入ったわよ!」

 

その蘭の声で小五郎は目を開けてしまった。

 

「おいおい、お前らまだ起きてんのか?……オイ、もう4時だぞ。いい加減に寝たらどうだ」

 

その小五郎の言葉は最もなものだが、コナンの耳には入っていない。彼はずっと考え続けていた。

 

(くそっ、思い出せねー。俺はどこかで遭遇した筈なんだ。アレと同じ事件……どこかで……)

 

その時、彼の頭の中でフッと浮かんだのは、文字と彼の父親『工藤 優作』の声だった。

 

 

 

 

 

ー銃声と悲鳴がトンネル内の轟音をかき消した……

 

 

 

 

 

(……ぇ?なんだ、今の?)

 

『キャーーー!』

 

その瞬間、女性の叫び声が上がり、コナン達が反応する。

 

「何!?今の悲鳴!?」

 

コナンがすぐさま扉をスライドさせ、廊下を見る。その廊下の先には梨華も顔を出していた。どうやら彼女も叫び声が聞こえたようで、心配で顔を出したようだ。

 

「その前に、妙な音がしなかったか?」

 

「きっと銃声だよ」

 

小五郎の耳に入った音はコナンには聞こえなかったようで、彼は推測で、しかし確信を持って言えば、小五郎はコナンに目を向ける。

 

「きっと誰かが拳銃で射殺したんだ!」

 

「バーロー。んなこと行って見なきゃ分かんねえだろ」

 

その言葉は確かにその通りで、コナンは確かにと肯定しながら、なぜ自分が確信を持ってそう言えたのか疑問に思った。その時、またもや文字と優作の声が頭に浮かんだ。

 

 

 

 

 

ーその男は、飢えた獣のごとく闇の通路を駆け抜け……

 

 

 

 

 

(は、まただ!くそっ!何なんださっきから!?)

 

コナンが考え込みそうになったその瞬間、小五郎達の目の前をコートを着た誰かが走り抜けて行った。

 

「お、おいあんた!」

 

「毛利さん、今の人は!?」

 

「い、いや、私にもさっぱり……」

 

梨華が小五郎達の元に近付いて聞けば、小五郎も分からないと返す。その時、車両の扉が開かれ、その向こうから車掌らしき男が、先ほど駆け抜けて行った男を指差し、叫ぶ。

 

「人殺しだ!!」

 

「え!?」

 

「その男は拳銃で人をっ!!」

 

その言葉に梨華は眉を顰め、小五郎は男の方に直ぐに顔を向けた。

 

「何だと!?」

 

男に顔を向けた時には、既に彼は別の部屋の扉を開けており、そこで拳銃を3発ほど中に撃ち込んでいた。それに驚愕していれば、今度は小五郎達に拳銃を向けてきて、2発ほど撃ち込んでくる。小五郎とコナンが両腕で顔を隠したが当たることはなく、その腕を解いた時には、既に男の影は何処にもなく、撃ち込まれていた部屋の扉が閉まられる。それにコナンが驚いた。またデジャブを感じたのだ。

 

 

 

 

 

ーだが、男の姿はもうそこにはなく……

 

 

 

 

 

「野郎、逃がすか!」

 

小五郎とコナンが走ってその部屋の扉を開けば、その向こうの部屋は、窓が割られ、男の姿は何処にもなかった。

 

「くそっ、遅かったか……」

 

「……風と、列車音がけたたましいメロディーを奏でていた」

 

コナンのその呟きを小五郎は拾うことはなく、直ぐに車掌に列車を止めて警察を呼ぶように指示する。その声は、コナンからどんどん遠くなっていった。

 

(そうか……小説だ!これ、あの小説の筋書きとソックリだ!昔、父さんが書いた、あの幻の小説と!)

 

その後、列車は止められ、北海道警察がやって来た。

 

「え〜、被害者が携帯していた免許証及び名刺によりますと、殺害されたのは東京都古糸市在住の出雲啓太郎氏、56歳。大手の宝石店のオーナーみたいですね」

 

「銃殺か」

 

「ええ。目撃者の話ですと、犯人は被害者の背後から突然発砲したようですけど……」

 

「ああ、見りゃ分かるよ。で、その後、犯人は?」

 

刑事の1人が目撃者の夫婦らしき2人に問いかければ、彼らは進行方向とは逆側の車両を指差した。

 

「あ、慌てて向こうに逃げて行きましたよ 」

 

「直ぐに車掌さん達が後を追ったんですけど……」

 

「しかし、車掌達は敢え無く振り切られ、犯人は私の部屋の前を通り過ぎ、自分の部屋の窓ガラスを拳銃の弾で割り、そこから外へ逃げたって訳ですよ」

 

其処までの説明を最後に小五郎がすると、刑事の1人が何なんだと小五郎に問いかける。それに小五郎が目をパチクリさせる。

 

「あれ?私をご存知ない」

 

しかし、もう1人の、少しだけ髭が生えた刑事は誰なのか、理解したらしい。

 

「ああ。あんた、何処かで見た顔だと思ったが、『眠りの小五郎』……名探偵の毛利小五郎か」

 

その言葉に、少しだけ肌が他の人より黒い刑事が驚き、小五郎は自信満々な顔。小五郎からしたら嬉しい噂だと思っているのだが、何時もとは訳が違う。

 

「行く先々で不幸な事件を巻き起こすっていう、あの呪われた……」

 

その噂に小五郎は呆れ顔。流石にここまで酷い噂は彼だって聞いたことがない。そして、その噂しか知らない刑事達はといえば、少々懐疑的な目で小五郎を見る。

 

「それで?犯人が逃げるのを見たのは、あんた1人か?」

 

「いや、4人ですよ。私と、私の隣にいるピアニストの梨華さん、この私の娘の蘭と、後もう1人……」

 

そこで蘭と小五郎、梨華がコナンの姿を探すが、その姿は何処にもない。

 

「あれ!?あの餓鬼いねーぞ!?」

 

「え!?さっきまでいたのに!」

 

「何処にいったのかしら?さっきまでここにいたから、迷子になるなんて事はないはずなのだけど……」

 

「たく、何処行きやがった!」

 

「コナンくーん!」

 

そのコナンはといえば、列車内に備え付けられていた公衆電話から、ある人物に電話をかけていた。

 

(そっくり同じだ。強盗犯の不可解な言動、そして、その後に起こる列車での射殺事件。何もかもが、あの話とシンクロしてる。俺が餓鬼の頃、読ませてもらった、未だ発表されていない父さんのあの話の筋書きと!)

 

彼が現在電話している相手、それは彼自身の父親である優作だ。彼の父親、そして母親は彼が子供になっていることを知っているため、変声機を使う事はない。しかし、それ以前の問題が発生していた。未だ、優作と連絡がつかないのだ。

 

(くそっ。俺が餓鬼の頃の事だから話はうろ覚え。父さんに聞けば何か分かると思ったのに、こんな時に何処いってやがんだ!)

 

そんなことを考えていれば、見覚えのある緑色のスカートが目に入った。それは、あの食堂車で見たサングラスの女性だった。彼女はコナンが入っている公衆電話の扉のノブに手を掛け、見下ろしていた。その女性を見て、コナンは少しだけ驚きの声をあげた。その瞬間、蘭がやって来る。

 

「あー!コナンくん、こんな所にいた!ダメじゃないウロチョロしちゃ!!」

 

女性が扉を開けば、そこからコナンが出てきて蘭に捕まる。蘭は扉を開けてくれた女性に、邪魔をしてしまったことに対しての謝罪をし、刑事が読んでいることを伝えてコナンの手を引っ張って行く。その後、コナンもあっ待ったの現場検証が始まったが、どうも刑事達が小五郎に懐疑的な様子で、話が一向に進まない。

 

「だからー!言ってるでしょ!?犯人はこうやって走ってきて、自分の部屋のドアを開けて、拳銃を発砲し、窓ガラスを割ったのち、私に向けて2発撃った隙に、窓から列車の外に逃げたって」

 

彼はそこまでを実践し、拳銃の時も手でその形を作って動きを見せ、説明している。しかし刑事達は納得しない。

 

「だがあんた、窓から犯人が逃げるの目撃したわけじゃないんだろ?」

 

それは確かにそうであり、逃げる様子など、誰も見ていない。

 

「それに犯人が拳銃を部屋に放り出して逃げるか?普通」

 

部屋の中にいた鑑識の男性が撮っていたのは、犯人が放り投げたと思われる拳銃。それを刑事は手に取りながら言葉をぶつける。

 

「車内で撃ったのは6発。弾はまだ残ってる様だし……ひょっとしたら、発砲されてあんたが腰を抜かしてる隙に、どこか別の部屋に逃げ込んだのかもしれんな」

 

その言葉に流石に反対意見をする小五郎。

 

「んな馬鹿な!犯人は私がこの部屋に駆けつける直前に、ドアを閉めたんですよ」

 

「そう見えただけなんじゃないのか?」

 

どうも信用されていない小五郎の言葉の数々。刑事は刑事で自分の考えを述べた。

 

「通路は暗く電気は落とされていた様だし、発砲されあんたは興奮していたみたいだし……」

 

「おいおい、刑事さん」

 

「悪いけれど、ドアが閉められたのは本当よ?」

 

そこで梨華が割って入る。彼女は探偵ごっこをするつもりはないが、流石にここまで来ると彼女も腹が立ったらしい。小五郎の意見だけ無視されるならまだ彼女も気にせずいられただろうが、その意見の中には自分の目も入っている。無下にされては腹も立つだろう。

 

「確かに私達は窓から犯人が逃げたのは見ていない。だから逃げたと確信持っては言えないけれど、毛利さん達が部屋に入る直前にドアが閉められたのは本当のこと。悪いけど、私、拳銃で撃たれたぐらいで興奮することなんて、もうないから。アメリカじゃ正直、拳銃自体は人1人が一丁持ってても不思議じゃないからね。アメリカじゃ護身用だもの」

 

梨華の言葉は、彼女自身の体験もある。そもそも、彼女は一度、アメリカで拳銃を向けられたことがある。撃たれたこともある。結果は誤射して彼女から外れた。相手は残念ながら彼女のストーカーだったが、正直、そんな体験をすれば心も強くなる。しかもアメリカで拳銃での死亡事件は多い。動揺はあまりしないと彼女は言えた。

 

「あと、彰……私の兄弟から聞いた話だと、この人、元刑事らしいから、拳銃ぐらいじゃ腰抜けないんじゃない?」

 

梨華のその言葉を聞き、刑事の方が小五郎を見れば、小五郎も頷いた。

 

「……そうかい」

 

そこまでの会話を聞いたコナンは、両方の意見を肯定していた。梨華と同じように、扉の事も本当で、刑事の言う事も分かると考えているのだ。

 

(……それに)

 

コナンがそこで視線をやったのは、扉の鍵。

 

(ドアを閉めた時、なんで犯人は鍵を閉めなかったんだ?鍵を掛けた方が確実に時間を稼げたのに……。それに、もっとも大きな謎は、この事件がなぜ、あの小説と同じ筋書きなのかということだ)

 

刑事はそこで、誰かの部屋に逃げ込んでいる可能性を考えて、部屋を1つずつ調べていくことを決めた。そこでまずはその部屋の隣である『B個室7』の扉をノックするが、なんの反応もなし。

 

「あれ?いないのかな?」

 

そこでもう一度ノックすれば、勢いよく扉が開き、不機嫌そうな女性が出てきた。

 

「煩いわね!今何時だと思ってるのよ!!」

 

「すんません、北海道警の『西村』です。この列車内でちょっとした事件がありましてね?」

 

「事件?」

 

そこで出てきた女性『出雲 梓』は不審そうな目を向ける。警察手帳は見せられても、今までの騒ぎをどうやら知らないらしい。そんな彼女を見て、騒ぎに気付かなかったのかと小五郎が聞けば、ぐっすり寝ていて知らないと言う。そこで刑事達の声が聞こえていたらしい加越が眠たげな声を出しながら梓の隣の部屋から顔を出す。そこで小五郎が事件のことを言う。

 

「拳銃で射殺されたんですよ。この列車のロビーで、宝石店オーナーの出雲啓太郎さんがね」

 

その言葉に2人は驚愕する。信じられないと言った様子で梓が小五郎に掴み掛かり、どうしてと問いかける。そんな彼女に部屋を見せてもらうと断り、入っていく西村刑事。そこでベッドの下の大きな荷物に気づき、彼女に開けてもいいかと問えば、問題ないと返ってくる。

 

「それより、誰が主人を!?」

 

「それを今、調べてるところなんですよ……ん?」

 

そこで出されたのは、ショットガン。それに西村が驚いた様子を見せるが、梓は、それが趣味のクレー射撃用のものだと言う。どうやら北海道でやろうと思って持ってきたものらしい。使われたかどうか判断するために少し嗅いだ西村だが、どうやら硝煙の匂いはしなかったらしく、誰もいないと判断して、その隣の加越の部屋に入る。加越の部屋は二階、梓達の部屋の上にあり、部屋の中をサッと見るが人影はない。そこで部屋の中にあった細長くも大きな荷物に目を止めた。

 

「なんですか?その荷物は」

 

「ああ、釣り道具ですよ。オーナーは奥さんと違って、ルアーフィッシングが趣味で、いつも私が道具を……」

 

それに納得し、その真向かいの部屋の扉をノックする。そこで加越からその部屋はオーナーの部屋だと説明が入った。そこで扉を開けて中を見るが、不審者はいなかった。その次に階段を挟んだ隣の部屋をノックするが、反応はない。それに苛立った様子の西村が強く扉を叩き、警察だと叫んだ時、扉がようやく開かれる。そこには、ヘッドフォンをつけている青葉がいた。

 

「なんすか?」

 

彼がヘッドフォンを取りながら聞けば、西村が警察手帳を出す。部屋の中を見せて欲しいと彼が頼めば、青葉は許可を出した。部屋の中を見れば、すぐに目につくのがベッドの上の物体。西村がそれは何かと聞けば、竹刀だと返ってきた。青葉曰く、壊れ掛けていたから直したらしい。どうやら翌日に札幌で剣道の試合があるらしい。そこで遂に捜査員を総動員して全ての部屋を調べろと指示を出す。その時、怒鳴り声が上げられた。

 

「なんじゃ!騒々しい……すっかり酔いが覚めてしまったわい」

 

その声の主は石鎚で、彼の顔は少々赤い。言葉通り、酒を飲んでいたようだ。そこで西村が部屋がどこかと聞き、彼から二階だと回答を得られれば、石鎚に断りを入れて部屋の中を見る。その時、部屋の隅に立てかけられている荷物を発見し、中を見たが、それがただのゴルフバックだと分かった。そこで石鎚がいい加減にしないと警察を呼ぶと言うが、西村は自分が警察だと言った。西村はそこで部屋から出て行き、目撃者2人は怪しい人物はいたかと問いかけてくる。それに対して苛立ったように、「早く見つかれば警察はいらない」と返せば、男性の方から怪しい女性がロビーカーにずっといたと証言される。

 

「女?」

 

「ええ。ずっとロビーにいて、殺された人をチラチラ見てたみたい」

 

「それは私のことかしら?」

 

そこで明智がやって来て、目撃者にそう質問してきた。目撃者2人は急なことに驚きつつ、振り返って肯定した。その言葉に西村が眉を顰めたのを見て、明智は言う。

 

「あの時、ロビーを離れたのは、トイレに立ったから。あの男性を見ていたのは、葉巻の匂いが気になっただけのこと」

 

「失礼ですが、あんたの部屋は?」

 

「ここですわ」

 

そう言って彼女は自身の部屋を開き、刑事を招く。刑事は部屋の中を除けば、荷物一つない部屋に疑問を抱く。

 

「荷物はそのショルダーバック一つですか?」

 

「ええ。ちょっと乗馬をしに北海道に行くだけですから」

 

その言葉を聞いていたコナンは疑問に思う。

 

(乗馬……?)

 

そこで女性に問いかける。

 

「あ!僕、それ見たことあるよ?お馬さんに乗る時、ヘルメット被ったり、ナントカっていう変わったズボンを履くんだよね!」

 

「キュロットのこと?ちゃんと履くわよ?」

 

「へ〜!ちゃんとやってんだ!すご〜い!」

 

「それくらい当たり前よ、坊や!」

 

「じゃあ、ボロの始末とかも自分でするの?」

 

「ええ。古くなったら自分で買い換えるわよ。手袋や長靴もね」

 

そこで車窓から、他の乗客が騒ぎ始めていることが伝えられ、そろそろ駅の方に向かわせたいと伝えられる。しかし刑事達は部屋を全て調べるまで動かすなと言う。確かに、窓から捨てられてはたまったものではないだろう。

 

「それならさっさとトンネル内を探した方がいいんじゃ……」

 

「ふん、そんな事、もうやらせてるよ」

 

そこで別の警官がやってきた。どうやらトンネル内に何かを見つけたらしい。

 

「トンネル内で、男の遺体が……」

 

その報告は、小五郎達を驚愕させた。そしてその見つかった遺体の説明が始まる。

 

「どうやら、頭を強く打ったみたいですね」

 

「窓から出る時、落ち方が悪かったんだろう……馬鹿な奴だ。あんたらが見たのはこの男か?」

 

そこで目撃者に聞けば、多分そうだと返される。そこで男のちょび髭が少々浮いていることに気づき、西村がそれを手に取り、引っ張った。それはとても簡単に剥がれる。どうやらつけ髭だった様だ。そこでサングラスと帽子を取り覗いた時、西村の目が開かれる。

 

「こ、こいつは!?『浅間 安治』!」

 

「おいおい、浅間安治っていや、この前の……」

 

「ああ、東京の宝石店を襲って何も取らずに逃げたプロの強盗犯だ。昔は3人組で動いていた様だが、仲間の1人が薬物中毒で死んでから音沙汰なし。久し振りに仕事してドジリやがったと思ったら、まさかこんな所で会えるとはな」

 

「待って下さい!列車内で殺されたのは確かこの前、浅間に強盗に入られた宝石店のオーナーですよ!」

 

「なに!?」

 

そこで全てが繋がった。小五郎が何か臭うというが刑事達は取り敢えずは容疑者確保として扱い、車掌に言って、通常運転に戻すよう伝えろと部下に言い、その後、列車は動き出した。そして朝日が昇った時刻、明智は何処かに電話を掛けたが、相手に繋がらず、彼女は溜息をつく。そんなとき、彼女の部屋がノックされ、彼女は扉を開いた。その時、声が下の方から掛けられる。

 

「ねえねえ!」

 

「あら、坊や!お姉さんに御用?」

 

「うん!ちょっと感心しちゃってさ!」

 

コナンはそこまで無邪気な子供を演じ、続いて気障な笑みを浮かべる。

 

「上手く化けたもんだなって思ってね」

 

その言葉に明智は驚く。しかしそんなこと気にせず、コナンは続ける。

 

「乗馬するなんて話は真っ赤な嘘。本当は何か別の目的があってこの列車に乗り込んだんだろ?」

 

その言葉に女性は焦る。

 

「な、なに言ってるの?坊や。お姉さんは、本当にお馬さんに乗るために……」

 

「バーロー。俺がさっき言った『ボロ』ってのは馬糞の事だよ」

 

その言葉に女性は固まる。そう、カマを掛けられたのだ。

 

「んなことも知らねー奴が、乗馬なんてやってるわけねーよな?」

 

コナンはそこで得意げに首を少し傾けて見上げる。

 

「ーーーさあ、正体をバラしなよ」

 

そこで女性は観念した様子でコナンを見る。

 

「もうネタは上がったんだぜ?……オバさん?」

 

その一言に、彼女はクイッと軽く口角を上げた。




私、動物の専門学校に行っていたので漸く知ったのですが、初めてみた当初は『ボロ』がなんなのかよく分かっておらず、そのまま素直に信じましたよ。今、再度アニメを見てコナンくんから『ボロ』の言葉を出された瞬間、すぐに馬糞の事だと分かりましたが……乗馬してたらすぐに分かる話なんですね、これ。


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第20話〜上野発北斗星3号・後編〜

太陽がゆっくりと顔を出し始め、空が青に染まり始めた時刻。コナンと明智は対峙、現在、明智に対して正体を表す様に言うコナンの言葉に、彼女は口角を上げて微笑む。そこに悔しげな表情はない。

 

「ふっ。なーんだ、やっぱり暴露ちゃってたのか」

 

明智はそう言いながらサングラスを外す。その下からは、コナンがよく知る、自身の母親『工藤 有希子』が現れた。

 

「流石、新ちゃんね」

 

その褒め言葉に、彼は呆れた様に笑う。

 

「ハッ、赤の他人なら兎も角、口紅と髪型変えたぐらいじゃ、息子の目は誤魔化せねーよ」

 

「あら、結構大変だったのよ?この髪型にセットし直すの」

 

そんな彼女の苦労話など二の次にして、彼は変装して乗り込んできた理由を問いただす。それに彼女は、自分は日本で有名人だから変装ぐらいすると言う。それに肩を落とすコナン。

 

「何年前の話だよ……」

 

「うるさいわね!」

 

彼女は少し恥ずかしそうにしながらコナンにそう言った後、顔を反らしながら続ける。

 

「この列車に乗ったのは、ロスで日本の新聞の、ある記事を読んだからよ。宝石店で強盗犯が奇妙な言葉を残して、何も取らずに逃走するっていう、妙な記事をね」

 

それに真剣な顔を向けるコナン。どうやら、彼の考え通りらしい。

 

「じゃあ、やっぱり……」

 

「ええ。優作も言ってたわ。プロの強盗犯のお粗末な犯行、そして、犯人が現場で口走った、『話が違う』という謎の言葉も、みーんな10年前に自分が書いた推理小説の冒頭にそっくりだって。まあ、小説で襲われたのは、宝石店じゃなくて、大きな古美術店だったけど」

 

「それで?どうしたんだよ?その後」

 

「勿論、その宝石店に電話したわよ。『そこのオーナー、長いトンネルに入る長距離列車に乗る予定はありませんか?』って。そうすると、古美術店のオーナーが列車内で射殺される筋書きだったから。そしたら、6日後に北斗星に乗るって言うじゃない」

 

「なんで止めなかったんだよ!?」

 

その息子の怒りは正当で、それに対し有希子は、まさかトイレに立っている間に殺人事件が起きるなんて思っていなかったと答える。確かに、そんな自分が立っている間にタイミングよく起こるなど、誰が想像出来ようか。

 

「だったらせめて俺に相談しろよ!!」

 

「だって、新ちゃんいつも蘭ちゃんと一緒だったし……」

 

確かに、そこで列車内では『明智』を名乗っている彼女が、面識もないはずなコナンに声を掛ければ、一緒にいた蘭に不審がられてしまうだろう。どころか、自分も一緒にとなりかねない。そこまで理解すればさすがにコナンも声をかけろとは言えなくなった。

 

「にしても、何かやりようがあんだろ……」

 

コナンがやりようのない怒りを全てぶつけない様にそう言えば、有希子は悲しそうな顔でコナンに心境を暴露する。

 

「じゃあなーに?あの人が殺されたのって、やっぱり私のせい!?」

 

ここまで言われれば誰でも同じ心境にもなるだろう。それも、事件が起こると知っていた上、自分が見ていれば防げただろう事件が、トイレに立って目を離した瞬間、起こったのだ。自分を責めるなと言うのが難しい。それを理解しているコナンも、そこまでは言ってないと母親に言う。

 

「……で?その大迷惑な小説を書いた当の本人は、何処にいるんだよ?」

 

コナンがそう聞けば、一つ前の北斗星で、もう札幌に行ってる筈だという。曰く、宝石店に電話した時、一日三本出ている北斗星の誰に乗るかまで教えてくれなかったらしく、彼と別れて乗ったらしい。

 

「優作が北斗星1号、私がこの北斗星3号、残りの北斗星5号は、朝トンネルを抜けるから、まずないだろうって」

 

「なるほど?夜だど都合の良いトリックって訳か……それで?どんなトリックなんだよ」

 

コナンが有希子に種明かしを求めれば、有希子は目をパチクリ。

 

「え?」

 

「父さんに聞いてきたんだろ?」

 

「そ、それが……」

 

寝台特急が別の列車と連結し、走り出す。しかしそれよりも、コナンは別のことに驚きが隠せない。

 

「なに!?トリックを忘れちまっただと!!?」

 

「何しろ、書いたのは10年前だし、盗られた小説は、まだ前半しか書いてないものだったからって……」

 

「『盗られた』って?」

 

コナンは知らなかった事実が有希子の口から出され、説明を求める。有希子の話では、その原稿を預かった編集部の人が、銀行強盗に巻き込まれてしまい、鞄ごと強盗犯に盗られてしまったのだと言う。

 

「お、おい、もしかしてその強盗って……」

 

「ええ、そうよ。強盗は3人組で、そのボスの名前は『浅間安治』。さっきトンネル内で遺体で見つかった男よ」

 

しかしそこで疑問が生じる。なぜその小説を奪った強盗犯のリーダーが、小説通りに殺されなければならなかったのか、ということ。それを有希子に聞き、有希子も何故なのかと考えようとした時、蘭がコナンを呼んだ。それに直ぐに反応した有希子がまずサングラスをかけ直し、コナンが慌てて振り返り、蘭を見る。

 

「ら、らら蘭姉ちゃん……」

 

「なにやってるのよ、こんな所で?」

 

「あ、あのこのオバさんとね……!?」

 

そこで彼女は素早く彼の斜め後ろにかがみ、背中を強く抓る。もちろん、背中での出来事のために蘭からは見えない。

 

「オネーさんとお話ししてたのよねー?」

 

有希子が圧力を掛けてそう言えば、コナンも痛みに耐えながら引きつった笑顔で頷く。それに蘭は取り敢えず納得し、ロビー・カーに行こうと誘う。それにコナンが何故なのかと行った表情で見返せば、小五郎が推理ショーを始めるのだと言う。蘭が去って行ったのを見計らい、有希子はコナンを揶揄う。

 

「あら、先越されちゃったわね」

 

しかしコナンは半眼で呆れ顔。

 

「だと良いんだけどよぉ……」

 

そのまま有希子と共にロビー・カーに行けば、西村が小五郎に文句を言っていた。

 

「推理ショーってね、あんた、犯人はトンネル内で遺体で発見された、あの浅間安治じゃないってのか?」

 

その刑事の言葉は梨華の内心の代弁でもある。事件は全て解決したのだと、彼女は安心していたのだ。そして当の小五郎はと言えば、犯人は浅間安治であると言う。それに西野はさらに疑問を持つ。

 

「じゃあなにを推理するって言うんだ、あんた」

 

「動機ですよ」

 

「動機?」

 

「ああ。それを解く鍵は、浅間が出雲さんの宝石店を襲った時に口走ったという、『話が違う』という一言。このままでは、訳のわからん事件だが、それが、浅間さんと出雲さんの狂言強盗だったとしたら、全て辻褄が合う」

 

「なに!?」

 

小五郎の言葉に、話を聞いていたほとんど全員が驚く。しかしそれを気にせず、小五郎は説明を始める。

 

「まず出雲さんがワザと宝石を取らせ、その宝石を再び自分の元に戻してもらう代わりに、宝石に掛けてあった多額の保険金を、山分けするという美味しい話を浅間に持ちかけていたんでしょうな」

 

「しかし、強盗に入られた時、出雲さんは防犯ベルを鳴らして、追っ払ったそうじゃないですか!」

 

「……もしかして、最初から宝石なんて取らせる気なんてなかったんじゃないかしら?」

 

西村の隣の刑事の疑問に、梨華がそう言えば、それに小五郎が肯定する。

 

「ええ、そうです。アレは、強盗犯を見事捕まえる事によって、次の市長選での自分の人気を上げようという罠だったんです。だが、不運にも浅間に逃げられ、仕返しを恐れていた出雲さんの元に、浅間からの電話が入った。『俺が指定する北斗星に乗れ。そこで再び、警察抜きで取引しようじゃないか』ってね。こうして呼び出された出雲さんは、浅間に撃たれ、列車の窓から逃げようとした浅間は、落ちて死んでしまったというわけですよ」

 

「そういえば、オーナーが北斗星に乗ると言い出したのは、あの強盗事件の後でしたよね?奥さん」

 

小五郎の推理を聞いた後、加越が梓に思い出したようにそう聞けば、梓もそれに同意する。どうやら元は飛行機の予定だったらしいが、それを急に変更したらしい。

 

「でも、出雲さんは何処で浅間なんかと知り合ったんだ?」

 

西村の相棒が疑問を言う。この推理は、まず2人が『知り合い』であることが前提のため、その疑問が浮かんだのだろう。その刑事に徹が言う。

 

「きっとアレじゃないっすか?ほら、前に新聞沙汰になりましたよね?出雲さんが、薬物の密売をしてるって!」

 

その言葉を聞けば梓も黙ってはいられない。

 

「そんな疑い、もうとっくに晴れてるわよ!」

 

「だが、探偵さんによれば、腹黒い事をしておったのは確かなようじゃ」

 

晃重の言葉が梓の背中から掛けられ、其方に顔を向ける梓の顔は、恐ろしい。それに気付かないのか、はたまた気づいていてなお素知らぬふりをしているのか、晃重は止まらない。

 

「そんな男が次の市長にならないだけでも良しとするか」

 

その最後の言葉を聞き、梓の怒りが爆発する。

 

「目の前に私がいながらよくそんな言葉を言えるわね!?」

 

「まあまあ、奥さん!」

 

怒っている梓を止める加越。そんな2人をチラッと見た後、コナンは考え込む。

 

(確かに、ただの事件ならオッチャンの推理通りだ。しかし、この事件は明らかに父さんの小説の筋書き通り……)

 

そこでコナンは刑事に話し掛けることにした。

 

「ねえ、刑事さん!その強盗犯って、昔は3人組だったんだよね?」

 

「ああ」

 

「全員、名前わかってたの?」

 

「いや。ボスの浅間と死んだ女の名前は割り出したんだけど、残りの1人はまだなんだ。でも、この前、宝石店を襲ったのは浅間1人だったし、きっともう1人の仲間は悪い事をするのをやめちゃったんだよ」

 

「ふーん」

 

「……例えそうでも、一応犯罪はしていたのだから、野放しにするわけにはいかないんじゃない?」

 

そこで梨華が刑事に話しかけ、刑事はそれに頷き、絶対に捕まえると言ってみせた。そんな2人のやり取りを見ないまま、コナンは他の4人に視線を向ける。

 

(ってことは、この4人の中に強盗犯の残りの1人、つまり、父さんのあの小説を読んだ奴がいるって訳だ)

 

そこでコナンはまず、全員の部屋割りを考えた。運良く、被疑者達の部屋は集まっていた。晃重が集団の中で一番左の二階部屋、浅間がその右隣の一階、梓がその隣部屋で、加越がその上の二階、啓太郎がその反対部屋で、最後の徹がその隣の一階。誰にも気付かれずに部屋から部屋へ移動する方法があればと、コナンはそこまで考えて一つ案が浮かぶ。それは、道具を使うこと。全員の持ち物は、梓がクレー射撃用のショットガン、加越は啓太郎のツアーフィッシング用の釣り道具、徹は剣道の防具と竹刀、晃重はゴルフ道具一式。

 

(そうか!浅間の遺体を窓から捨てたのは、出雲さんを殺害しに行く前だったとしたら……あの道具を使えば、俺達を錯覚する事が出来るんじゃ!)

 

そこまで考えたとき、刑事が西村の名を呼ぶ。其方の話に耳を傾けて聞けば、どうやら現場からの連絡で、浅間が列車からトンネル内に落ちた時間が分かったのだと報告される。

 

「列車のスピードと遺体の位置を計算した所、大体、午前4時10分頃。目撃者の証言による、犯人が部屋に逃げ込んだ時間とほぼ一致しました」

 

その報告に、コナンの眉間に皺が寄る。

 

(馬鹿な!?じゃあやっぱり、犯人はあんな短時間で遺体を窓から落とし、部屋から姿を消したってのか!?不可能だ!!人間にそんな芸当ができる訳ねえ!!一体、どんなトリックを使ったんだ……父さん!)

 

コナンが考えていた時、2つの情報が刑事からもたらされる。

 

「そういえば、割れたガラスの破片、まだ見つからないそうです」

 

「ぇ」

 

「ちゃんと探せと言っとけ!」

 

「それと、遺体のズボンのベルトの穴に変なものが付いていたらしいんですよ」

 

「……変なもの?」

 

「ええ。クシャクシャになったビニールテープの切れ端が」

 

そこでコナンの頭に一つの推測が導き出される。

 

(待てよ?もしもあの形状の物体が、彼処に……)

 

そこで彼は走り出す。その背中を見つめる母親に気付かないまま、彼はその場所に向けて走り出す。

 

(彼処にあったとしたら!)

 

彼はそこで、一つの部屋の前にやって来た。そこの入り口にある引っ掛ける部分を見て、コナンは目的のものを見つけた。

 

(あった!あったぞ!!犯人はこれを利用したんだ!恐らく、犯人はあの人。あの人が出雲さんを殺害し、浅間を犯人に仕立て上げたんだ!この北斗星の構造と、青函トンネルを巧みに使って!)

 

そこで扉が開かれる音が聞こえる。

 

「ちょっと新ちゃん!どうしたのよ急に!」

 

どうやら急に出て行ったコナンを見て、慌てて有希子が追って来たらしい。そんな有希子に彼は気障な笑みを向ける。

 

「読めちまったんだよ。何もかも」

 

「えっ?」

 

「父さんが小説に書いた、下らねートリックがな」

 

 

 

 

 

ー黒縁の眼鏡の青年は、勝ち誇ったかの様に一笑した……

 

 

 

 

 

「ーーーえっ」

 

コナンはそこで又もや頭に浮かんだ小説の一文に目を見開き、部屋の中に目を向ける。そんな事など知らない有希子は、優秀な頭脳を持つ息子に感心する。

 

「へ〜!凄いじゃない!これであの高慢ちきな優作の鼻っ柱、へし折れちゃうわね!」

 

「あ、ああ……」

 

コナンは有希子の言葉に釈然としないものの返した。しかし直ぐに有希子に質問する。

 

「な、なあ?あの小説に、眼鏡を掛けた若い男なんて出てたっけ?」

 

それに有希子は苦笑気味に言う。

 

「うーん、いたいた。探偵気取りの嫌な男。確か調子に乗りすぎて……」

 

その後の言葉は、コナンの耳に入ることはない。彼はその後の言葉を聞かずとも、頭に浮かんだのだから。

 

 

 

 

 

ーその推理力故に、自らが命を落とす羽目になるとも知らずに……

 

 

 

 

 

(おいおい……それって、まさか……)

 

コナンの額に、一筋の汗が流れた。そんなコナンの様子に気づき、有希子がコナンにどうしたのかと聞いてきた。それにコナンは、先ほどの一節のこと、可能性の話をすれば、彼女はコナンを安心させようとしてくれた。

 

「馬鹿ね。考え過ぎよ、新ちゃん。いくら優作の小説通り事件が起こってるからって、新ちゃんが殺される訳ないじゃない。だって、あの小説で殺されたのは、証拠がないから犯人に鎌かけて、逆に殺られちゃう馬鹿な男。新ちゃんと全然違うじゃない!」

 

有希子がそう否定するが、コナンはそれに少々呆れた様に返す。

 

「別に殺されるなんて思っちゃいねーけど、状況は結構似てるんだ」

 

「え?」

 

「……証拠がねーんだよ。あの部屋から消えたトリックと、それを実行出来た犯人は分かってるんだけど、その人物を犯人だと断定する証拠はまだ出ていない」

 

「それじゃあ、捕まえられないじゃない!」

 

確かに、この状況は小説と似ており、有希子の言葉通り、このままでは犯人に逃げられてしまう状況だ。

 

「多分証拠は、まだその人物の荷物に残ってると思うんだけど、浅間安治が犯人だとされてる今の状況じゃ、荷物の中を見せろなんて、言えねーしな」

 

コナンの手詰まりな状況を有希子は察し、微笑む。

 

「それなら、一つ方法があるじゃない!」

 

「え?」

 

「このまま小説の筋書き通りに事を運ぶのよ」

 

その後、コナンは変装した有希子と共にロビーカーに戻ると、有希子が全員の前で言ってのけた。

 

「刑事さん、実はね?私、浅間の部屋の前で、妙な物を見たの」

 

「なに?本当かい?あんた」

 

「ええ。アレは確か、事件が起こる少し前……そう!青函トンネルに入る直前だったかしら?その浅間っていう人の部屋の前で、何か奇妙な長ーい……」

 

「長い……なんなんだ?」

 

そこで彼女は思い出す様に考え込む仕草をし、申し訳なさそうな顔をする。

 

「忘れちゃいましたわ!」

 

そんな彼女に刑事は呆れ顔。

 

「あんたね……」

 

「でもご心配なく。きっとそのうち思い出せると思いますわ!……ね?誰かさん?」

 

彼女は鎌をかける様にして犯人に視線だけ向けてそう言うが、その人物が反応した様子はない。その後、そのまま札幌駅に到着し、彼女とコナンはその駅で作戦をもう一度、話し合う。

 

「いい?新ちゃん。私、適当にウロついてるから、見失わないでね?」

 

「ああ。奴が近付いたら麻酔銃で眠らせてやるよ」

 

「なんかワクワクしちゃうわね!」

 

彼女がワクワクした様子を見せれば、コナンは呆れ顔。

 

「あんたな〜……」

 

「コナンくーん?」

 

そこで蘭に呼ばれたコナンは後ろを振り向く。それとほぼ同時に、有希子はサングラスをかけ直す。

 

「……じゃあね。頼りにしてるわよ?」

 

彼女はそう言って、赤紅を付けた唇で彼の頬にキスを送る。それに迷惑そうな表情のコナン。彼女が離れるのを見届けながら付けられただろうキスマークを赤い長袖で拭い、近付いてきた蘭に顔を向ける。

 

「もう!なにしてるの?コナンくん!ほら、行くよ!夏江さん達、迎えにきてると思うから!」

 

そこで彼はズボンのポケットを探る振りをし、子供らしい声を出す。

 

「あれれ〜?僕、列車の中に忘れものしちゃったみたいだ!」

 

「え?」

 

「車掌さんに言って探してもらうから、先に改札出ててよ!」

 

そこで彼は走り出す。蘭の制止を振り切って。そして暫くして立ち止まり、彼の母親を探す。

 

(えっと、母さん、母さんは……あっ!いたいた)

 

彼の母親はまだ無傷で、コナンとは別のホームにいた。その事に対して少々悪態を頭の中で吐く。

 

(たくっ、なんで別のホームにいるんだよ。ウロウロしすぎだっつの!)

 

そこで彼女がいるホームへと向かおうとしたその瞬間、コナンの目が見開かれる。なぜなら、彼の母親のその背後にーーー犯人が立っていたのだから。

 

(ま、まずいっ!!)

 

「母さん!後ろ!!」

 

コナンが必死に彼女に声を掛けるが、その言葉は丁度、コナンの目の前を電車が通った事によって遮られ、打ち消された。

 

「くそっ!!」

 

彼はそこで急いで走り、向かう。そんなコナンの様子に気付かないかない有希子。

 

「もう、新ちゃん、なんでまだあんな所にいるのよ。ちゃんと守ってくれるんじゃなかったの?」

 

有希子の事情など知らない犯人はニヤリと笑う。状況はすべて、犯人にとって好都合なのだから。

 

『まもなく、7番線に新千歳空港行き電車が参ります……』

 

有希子がコナンの姿を探すその背後に、ユックリと、足音を立てずに這い寄る。

 

 

 

 

 

ー罪人は、音も無く若き探偵の背後に忍び寄り、血塗られた両手で、その無防備な背を軽く突き……

 

 

 

 

 

犯人は、両手を前に出し、彼女の無防備な背に向ける。小説通り、あの探偵と同じ末路に、合わせるために。

 

 

 

 

 

ープラットホームを血に染めた……

 

 

 

 

そして、彼女は抵抗なくホームから落ちるーーー筈だった。

 

犯人が押し出そうとした瞬間、その手を隣の人に掴まれる。それに犯人は驚き、彼女は後ろに視線を向ける。その隣の人物は、口を開いた。

 

「……少々歯切れは悪いが、この辺りで筆を止めましょう。これ以上続けるのは、余りにも無意味だ」

 

有希子の目に映したその人物は……優作だった。

 

「あなた……どうして?」

 

「さっき此処に到着した西村刑事に事情を聞き、全てを確認して此処に駆けつけたんだよ。列車内で宝石店オーナーを殺害し、強盗犯の浅間をその犯人に見せかけて殺害したのは……」

 

優作は視線を鋭くし、犯人の名を告げる。

 

「ーーー加越さん、貴方しかいないとね?」

 

加越の目は見開かれたまま、優作に視線が向けられている。そんなやりとりを聞いていた電車に乗り込む客は、しかし事情は知らないために、3人を不思議そうに見ながら乗り込んでいく。

 

加越はシラを切る事にした。

 

「な、何を馬鹿な。犯人は、その浅間っていう男ですよ。オーナーを撃ち殺す所も、窓から逃げ出す所も目撃されてますし……」

 

「目撃された浅間の姿は、貴方の変装でしょう。元々彼は、逃亡中の強盗犯。顔を隠している人物になりすます事ほど、容易な事はありませんからね」

 

「じゃあ、列車の外に逃げたのはどう説明するんです?私はずっと列車の中にいましたよ」

 

「アレは貴方がそう見せかけただけのこと。その、貴方の後ろにおいてある釣り道具を使ってね」

 

優作がそこで視線を向けたのは、加越の後ろの柱に立てかけられて置かれている釣り道具。彼は犯人を追い詰めるために、トリックの解説を始めた。

 

「予め浅間を部屋で撲殺した貴方は、遺体のズボンの後ろのベルトの穴に釣り糸を通し、ガラスを割った窓から外にぶら下げ、その意図の両端を貴方の部屋まで引っ張って行き、片方を何処かに結わえつけ、もう片方をリールに固定すれば、準備は完了。後は、ロビーカーでオーナーを射殺した後、浅間の部屋に行き、窓に向かって発砲。そして毛利探偵達に威嚇射撃をし、彼等が怯んだ隙に階段の隙間に身を隠し、リールに付けていない方の釣り糸を切って素早く巻き取れば、浅間の遺体は列車の外にズレ落ち、犯人が部屋に逃げ込んだ時間と、遺体がトンネル内に落ちた時間が一致し、まんまと浅間を犯人に仕立て上げる事が出来るという訳ですよ」

 

「し、しかし、毛利探偵と梨華さんは部屋に駆けつける直前に部屋のドアが閉まるのを見たんですよ?」

 

「おっと失礼、言い忘れてました」

 

加越の言葉に優作が態とらしくそう言い退け、ドアが閉まるトリックの解説を加えた。

 

「ドアの所に鍵状の金具が付いていたでしょう?ドアの内側に別の釣り糸を付けたビニールテープを貼り、その意図を金具に引っ掛けて切る方の糸に結んでおけば、糸を切った時、遺体の重みでドアに付けられていた糸が引かれ、流石にテープは剥がれるが、その反動でドアが勝手に閉まるという仕掛け。その証拠に、遺体を釣っていたベルトの穴に、ビニールテープが付いていたそうです」

 

「で、でも、そのトリックなら私じゃなくても……」

 

「あれれ〜?」

 

そこで子供の声が聞こえ、後ろに振り向けば、コナンが加越の荷物を勝手に開けて彼のカバンの中身を出していた。その中身とはーーーコート。

 

「オジさんのカバンの中に、あの悪い人の服が入ってるよ?あー!サングラスと帽子もある!どうしてだろ?」

 

「ぼ、坊や!!」

 

加越がコナンを叱りつけるように名前を呼ぶが、もう遅い。

 

「申し訳ないが加越さん。このトリックの最大の欠点は、変装に使った物を処分出来ないこと。荷物を調べられたら、言い逃れが出来ないことなんですよ」

 

作者のその言葉が、加越にとっては決定打となった。作者だからこそ、そのトリックも、トリックの欠点も、全て理解出来ているのだから。

 

「……小説通り事を運ぼうなんて、虫が良すぎるか。私の好きな作家の未発表作品だから、上手くいくと思ったんだが……」

 

加越は気付かない。その作者が、今、目の前にいることに。

 

「これはあくまで、私の想像ですが、動機は昔、薬物で死んだ強盗仲間の女性の復讐の為……ですか?ターゲットは、その薬物を裏で捌いていた出雲オーナーと、恐らくその女性に薬の味を覚えさせた強盗団のボスである浅間安治。そして、昔偶然にも手に入れた小説が、余りにも自分の境遇と似ていることに気付き、その小説通りに殺人を実行する事を決意した」

 

「……貴方、一体?」

 

加越の目が見開かれる。強盗団の裏で起こったことまでなら見透されるのも分かるのだろうが、なぜ未発表作の筈の内容を知っているのか、それを加越は言葉に乗せて問えば、優作は優しげな顔を浮かべる。

 

「申し遅れました。工藤優作……あの三文小説の作者ですよ」

 

その言葉で、更に加越の目が見開かれる。今、目の前に彼の好きな作家がいるのだから、この反応は当たり前だ。

 

「あ、あ……そんな!?」

 

「もしも」

 

優作は一度そこで途切れさせ、加越に近付く。

 

「もしも貴方が、私の小説に少しでも感銘を受けられたのなら、自首する事をオススメしたい。あの小説の犯人は、ラストで全ての罪を悔いて、警察に出頭する予定でしたから」

 

「……はい」

 

優作のその言葉に、彼は頷く。彼は最後に項垂れてしまったが、しかしそのまま、警察へと罪を告白したのだった。

 

その後、コナンは新千歳空港にやって来た。今日、彼の両親はその空港から日本を飛び出るのだ。

 

「あら新ちゃん!見送りに来てくれたの?」

 

「いーや?一言父さんに言いに来たんだよ」

 

その言葉に優作がコナンの目を見つめれば、コナンは得意げに言う。

 

「父さんが考えたトリック、みーんな解いちまったってな」

 

「ん?」

 

「そうそう!実の息子に解かれちゃうなんて、世界屈指の推理小説家の看板を下ろせば〜?」

 

有希子が面白がって優作にそう言えば、優作は少々申し訳なさそうな微笑を浮かべる。

 

「あー、すまんすまん!アレはフェイクだよ!読者を騙す罠だ」

 

「え?」

 

「原稿は途中までだったから、彼が勘違いして使ったんだろう。確か、変装道具も全てなくなるトリックにした筈だからな」

 

その言葉に、コナンはジト目。彼からしたら後付けの言葉で、出任せ言ってるのではと疑っているのだ。

 

「でも運命よね!私の大ピンチに間一髪で駆け付けてくれるんだもの〜!」

 

「間一髪?」

 

有希子の言葉に優作は不思議そうな表情を浮かべる。

 

「いや、俺は2分ぐらい前からずっとお前の側にいたが?」

 

「えぇ?じゃあなーに?私が突き飛ばされる寸前まで、黙って見てたって訳?」

 

「おお。あの人が犯人だという確証が欲しかったし、それに何たってトリックの舞台は青函トンネル……黙って静観(・・)してたと言う訳さ!」

 

優作は何が面白かったのか大笑い。しかし2人の間には、極寒の風が吹き荒ぶ。

 

「……寒いわね」

 

「……ああ。北海道だからな」

 

この2人の反応に気付かないまま、優作は高笑いを続けたのだった。



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第21話〜本庁の刑事恋物語・前編〜

この恋物語シリーズの話は、出来るだけやっていく所存です。もしかしたら途中、やらない可能性もありますが、まあ少年探偵団が主だった筈なので、やるとは思います。

*アニメでは白鳥警部は『警部補』と一度呼ばれますが、此処では最初から『警部』呼びでいかせて頂きます。


これは、あの青い古城の事件が終わった後の話。コナン達は警視庁にやって来た。普通なら、そうそう来ることはないこの建物に、少年探偵団と博士はやって来た。

 

「は〜!これが警視庁か〜!デケーな〜!」

 

「ここでいっぱい事件の捜査してるんでしょ!」

 

「なんて言ったって、日本警察の親玉みたいな所ですからね!」

 

「なんかワクワクしちゃうね!」

 

元太、歩美、光彦のはしゃいでいるその姿に、博士は苦笑いを浮かべて注意する。

 

「これこれ、儂達はこの前の青い古城の事件の参考人として呼ばれたんじゃぞ?」

 

「俺達はピクニックに来たんじゃねーの」

 

「なによー!コナン君だって、未解決の事件の話、聞けるかもってはしゃいでたじゃない!」

 

「そうそう!一番楽しそうにしてたのコナン君ですよ!」

 

コナンが博士に続いて言った言葉に、歩美と光彦が反論する。コナンも同じ穴の狢だと言えば、コナンは視線を逸らして誤魔化した。

 

「……私、帰るわ」

 

そこで今度は哀が帰ろうと背を向ける。その哀の隣にいたコナンが止める間も無く、哀はどんどんと離れていく。

 

「あとは、貴方達が適当に答えておいて」

 

「お、おい哀くん……!」

 

博士が哀の名を呼んだそのタイミングで、警視庁から見覚えのある刑事が出て来た。高木刑事だ。

 

「阿笠さんですね!お待ちしてました、捜査一課の高木です。さあ、どうぞ!皆んなも中へ」

 

高木刑事が出て来てしまい、博士もそれに笑顔で了承してしまっては、未だ警視庁の近くから離れれていない哀が断れる訳もなく、哀は仕方なさそうな様子を見せて付いていく……が、そこで後ろを振り向いた。まだ1人、立ち止まった子供がいたからだ。

 

「……咲、行くわよ」

 

哀が咲を見れば、左右に視線を向けて何かに警戒した様子を見せる咲。しかし声を掛けられた事によって咲の意識が哀に向く。

 

「……今から中に?」

 

「ええ……貴方、どうしたの?なにを警戒してるの?」

 

哀が咲にそう聞けば、彼女は悲しげな微笑を浮かべて、答える。

 

「……いや、なんでもない。ただ、一応は知り合いの働く隣だから、警戒していただけさ」

 

その言葉に哀が首を傾げたのを気にせぬまま、咲は中に入って行く。そのまま哀と共に全員に追い付き、中を歩く。警視庁に入るに当たって一般人の証明の札を胸につけて。

 

「いや〜、態々すみません」

 

「……思ったより綺麗な所ね」

 

「確かに。私も初めて入ったから、こんなに綺麗な所だとは思わなかった」

 

「変ですね……もっと薄汚れてて、タバコの吸い殻がいっぱい落ちてるイメージでした」

 

光彦の感想の通り、警視庁の廊下にはゴミ一つ落ちていなかった。汚れさえもない。全て清潔な状態だ。その光彦の感想に、元太は外面だけだと言う。歩美もまた、それは廊下だけで、刑事達がいる部屋はきっと汚れているのだと期待する様子で言った。そして、期待を持って捜査一課の扉を潜れば、中には人が数人しかおらず、汚れさえもない部屋を目にする事となった。それに驚く3人。

 

「あ、あんまり、人がいませんね……」

 

「皆んな、出払っちゃってるからね。そんなに意外かい?」

 

「だってよ!刑事の部屋ってタバコの煙でいっぱいでよ〜!」

 

「中に入ったら、怖い顔したおじさん達が、こっちを睨むって思ってたもの!」

 

その子供達のイメージは全て刑事ドラマからきたもの。それを話を聞いて理解した高木がドラマの見過ぎだと言う。高木が自身に指差して自分も刑事なのだからと言えば、子供達3人がヒソヒソ話を始める。

 

「なんか迫力ないよね?」

 

「アレで犯人捕まえられるんですかね?」

 

「女にモテねーぞきっと」

 

その言葉全て、近くにいた高木には聞こえており、彼は乾いた笑いを漏らす。最後のは特に、彼にとっては余計なお世話だっただろう。

 

「所で、目暮警部は?儂達はあの人に呼ばれてきたんじゃが……」

 

博士が部屋の中を見渡すが、其処に肝心の目暮の姿はない。だからこその疑問を高木にぶつければ、彼からは銀行強盗の捜査本部に行っていると返される。

 

「銀行強盗って……3日前、杯戸町の銀行から2億円が強奪された、あの?」

 

「ええ。あの時、警部の奥さんの『みどり』さんも銀行に行っていて、犯人に突き飛ばされて怪我をしたそうで、だから警部、気合入っちゃってるんですよ」

 

「それで、高木刑事が代わりに僕達の事情聴取をするって訳ね?」

 

コナンの言葉に高木は肯定する。早速始めようと別室に移動しようとしたする。彼は其処で腕時計に視線を向けた。彼が言うには、5時には別の人と約束があるのだと言う。そこで歩美が声をあげる。歩美が気付いたのは、高木が着ているシャツの右袖のボタン。既に取れかけの状態で、それを伝えればそこで高木もようやく気づいた様子で袖のボタンを見る。そこで今度は哀が目敏く襟首の汚れに気付き、光彦がシャツがシワだらけであることに気付き、声を上げる。

 

「もしかして、刑事さん……彼女、いないの?」

 

その歩美からの鋭い言葉に、高木は固まる。図星だったからだ。

 

「なんなら、儂の従兄弟のお孫さんを紹介しようか?」

 

その博士の優しさに、咲は目頭を抑えるような仕草をする。彼女からしたら、その優しさは泣けるものだったらしい。高木もその優しさを有難く受け取るだろうと勝手に予想した彼女だが、予想とは反して彼は首を横に振る。

 

「よ、よしてくださいよ!僕にだっていますよ、好きな人ぐらい!」

 

「あら高木くん」

 

そこで彼は内心、ドキッとする。直ぐに扉の方へと顔を向ければ、そこには佐藤がいた。

 

「なんなの?この子達。迷子なら、生活安全部でしょ?」

 

彼女が高木に近付いてそう言う。彼女からすれば、まさか子供が事件の聴取のために着ているなど、考えすらしないことなのだろう。高木がそれを違うと否定し、説明しようとした所で、元太が不審そうな目を佐藤に向けた。

 

「なんだよ、この姉ちゃん?」

 

「あ、彼女はね?」

 

「なに赤くなってんの?」

 

「そうか、分かりました!高木刑事の恋人ですね!」

 

そこで高木が慌てだすが、子供達は止まらない。

 

「いいのかなー?こんな所に自分の女連れ込んでも〜?」

 

そこでようやく佐藤が割り込む。

 

「違うわよ。私は『佐藤 美和子』。女は女でも、捜査一課強行犯三係の女刑事よ!」

 

その佐藤の紹介に3人が感心した様子を見せる。どうやら、女性の刑事が珍しいらしい。

 

「……瑠璃の他にいたんだな、女刑事」

 

「あら、瑠璃さんを知ってるの?」

 

咲の言葉に佐藤が反応する。どうやら、彼女は瑠璃とも面識がある様子だが、彼女から咲の存在は聞いていないようだ。

 

「ああ。私は瑠璃とその兄妹達の家で住まわせてもらってる親戚筋の子供だ」

 

「あら、そうだったの!……で、なんなの?この子達」

 

そこで佐藤が漸く何故子供達がいるのかを高木に説明を求め、高木が古城の事件の証人だと説明する。それに佐藤が驚く。

 

「え!?じゃあ、その時活躍したっていう子供達なの?」

 

「ええ。あの被疑者が全面自供したので、一応、事件の裏付けを取るために来てもらったんですよ」

 

「……あ!思い出した!」

 

そこで歩美が声をあげる。どうやら歩美は佐藤に見覚えがあったらしく、ずっと考え込んでいたらしい。そして、思い出したのだ。何処で見たのかを。

 

「お姉さん、競技場の事件の時にいた刑事さんでしょ!」

 

「……ああ、あの犯人を捕まえた」

 

「あの超かっこいいお姉さんだ〜!」

 

歩美が尊敬の眼差しを佐藤に向け、佐藤もその言葉で漸く子供達を思い出す。

 

「そっか〜!あの時、ちょろちょろしていたおチビちゃん達ね!」

 

その佐藤の呼び方に、不満顔の光彦、元太、歩美。

 

「ちょろちょろなんてしてませんよ。ちゃんと捜査に協力してたんですから!」

 

「邪魔なんかしてないもん!」

 

「そうだそうだ!俺達探偵団は正義の為にやってんだぞ!悪いか?」

 

その子供達に博士が注意するが、佐藤は気にした様子を見せず、しかし笑顔を浮かべる。

 

「そうね。競技場の事件も、青い古城の事件も、貴方達のお陰かもしれないわね」

 

そこまで佐藤は肯定するが、今度は元太に近付き、言う。

 

「でもね、坊や。これだけは覚えておいて?……『正義』って言葉はね、矢鱈と振りかざすものじゃないの。自分の心の中に、大切に秘めておくものなのよ?」

 

その佐藤の言葉に咲は苦虫を噛み潰したような表情を、博士の後ろでしていた。もし、彼女が普通に生きて、普通の生活をしていたならば、こんな表情も、今すぐにでもここから消え去りたいと思うような感情も、抱く事はなかっただろう。そんな彼女の様子に気付いたのは哀のみ。その話をした佐藤は、子供達3人に理解したかを確認し、それに子供達3人が頷いたのを確認していた。

 

「……ちょっと臭かったかな?」

 

佐藤がそこで高木に視線を向け、高木は曖昧な返事を返すのみ。

 

「でも、どうしたんですか佐藤さん。貴方も、目暮警部と共に2億円強奪事件の捜査本部に応援に行ってるはずじゃないですか?」

 

「その事件絡みよ。襲われた銀行の支店長から、思い出したことがあるので話をしに来たいって言う電話を昨夜貰って、此処で会うことになってるのよ。夫婦揃って2時にね」

 

其処でコナンは頭の中で引っかかりを覚え、その部分の質問をする事にした。

 

「なんで夫婦で来るの?」

 

それに佐藤は、事件があった時、支店長の奥さんも銀行に来ており、犯人に銃を突きつけられたのだと言った。

 

「その時の事を、何か思い出したんじゃないかしら?」

 

「……でも、おかしいな?その奥さんから僕も昨夜、似たような電話をもらいましたよ。犯人の事で話したいことがあるから、5時に1人でそっちに行くって」

 

「……ん?『1人』で?夫婦揃ってじゃなく?」

 

咲の質問に高木は肯定した。その咲と高木の疑問は、佐藤の言葉で解消される事となる。

 

「ああ、その事なら支店長が電話で言ってたわ。万が一、妻が犯人に狙われると怖いから、明るいうちに2人で行くってね」

 

「ああ、なんだ。そうだったんですか」

 

しかし、咲は納得してもコナンと哀の目が細まる。どうやら2人は納得していないらしい。

 

「それより、交通課の『由美』、何か言ってなかった?」

 

「え?」

 

「私、昨日の夜、飲み屋で潰れて彼女に管巻いてたらしいんだけど、覚えてなくて……」

 

その言葉を聞いた高木は、少々焦ったような様子を見せながらも何も聞いていないと否定する。しかし、その頭の中では思い返されていた。博士達を迎えに行く前、由美から伝えられた言葉を。

 

『ねえ!聞いて聞いて高木くん!美和子を酔わせて聞いたんだけど、彼奴、やっぱりいるみたいよ?捜査一課に好きな人!ひょっとしてひょっとするかもよ〜?』

 

その言葉は、高木には期待を抱かせるには十分な言葉で思い返していた彼の言葉は自然と赤くなる。彼が、佐藤を見つめていたその時、扉が開かれた。

 

「佐藤刑事!東都銀行の支店長をお連れしました!」

 

「あ、ご苦労様!此方にどうぞ」

 

佐藤が支店長を招き入れれば、支店長『増尾 桂造』が入って来て、腕時計で時刻を確認し、ホッとした様子を見せていた。

 

「いや〜、間に合ったようだ……」

 

しかし、入って来たのは桂造のみ。それに疑問を抱かない者などいるわけもなく、高木が問い掛ける。

 

「あれ?奥さんもご一緒じゃ……」

 

「あ、ちょっと銀行の方に用がありまして、妻とは此処で落ち合う事になっていたのですが……まだ、来てませんか?」

 

桂造が奥さんを捜すそぶりを見せ、高木は頷く。

 

「変だな……まだ寝てるのかな?」

 

桂造が其処でまた時刻を見る。そこで一度、連絡を取るために高木に電話を借りる許可を取り、机に置いてあった固定電話から番号を打ち込み、電話を掛ける。その際、また時計を見た。

 

「3回目」

 

「え?何が?」

 

「あの人が時計を見た回数だよ」

 

その電話のコール音は3回鳴った後取られた。

 

『はい、増尾ですけど』

 

そこで咲の耳には奥さんの声が聞こえた。桂造が妻と会話し、妻が警察にいるのかと逆に桂造に問い掛ける言葉も聞こえた。そこで桂造が一度変わると伝え、高木と電話を変わる。

 

「もしもし、お電話代わりました」

 

『ああ、昨夜の刑事さん?高木さん、でしたっけ?』

 

「はい。まだ、ご自宅にいらっしゃるようですが、どうかされたんですか?」

 

『え?どうかって、お約束は5時でしょう?』

 

そこで咲の眉が寄せられる。それにコナンが気づいたが、話は終わらない。

 

「あの〜、今日、ご主人と2人で2時に此処に来るようにしたと、ご主人は言っておられますが……」

 

『そんなこと聞いてないわ』

 

「え?聞いてない?」

 

その言葉が出された瞬間、桂造が焦ったように高木から受話器を奪い取った。その奪い取られた力が強く、高木がふらついてしまい、スピーカーのボタンを押してしまった。それに高木も気付き、あっと声を出した。

 

「何言ってるんだよ!?」

 

桂造が慌てて奥さんにそう言ったその瞬間、

 

『キャーーーーーー!』

 

その叫び声が電話から漏れた。周囲がその声に驚く中、1人スピーカーになっていた事には気付いていなかった咲が思わずといった様子で耳を塞ぐ。しかし目眩は起こさなかった。まだ耐えられる音量らしい。高木が慌てて桂造から受話器を取り、奥さんを呼ぶ。しかし、相手から返事はない。何度も呼びかけるが、やはり反応はない。そこで佐藤が機捜を用意しておくように言い、彼女は車を回しに行った。しかし機捜が分からない元太が光彦に聞けば、それに光彦は『機動捜査隊』の事だという。そこでコナンに同意を貰うためにコナンの名を呼ぶが、そこにコナンの姿はもうなかった。

 

「……え、何事?何があったの?」

 

そんな時、出て行った佐藤達とはすれ違いで瑠璃が入って来る。彼女は先程の叫び声を聞いていなかったらしい。そしてその後ろには伊達がいた。

 

「……って、あれ?咲じゃん。どうしたの?確か、古城の事件のことで高木さんと話すことになってたはずだよね?」

 

そこで彼女が咲に気付き、声を掛けてきた。どうやら彼女は目暮から高木に変わった事を知っていたらしい。それに咲はジト目。

 

「お前こそ何してるんだ?さっきの叫び声、聞こえていなかったのか?」

 

「?叫び声?うーん、さっきまでお昼食べに行ってて、今帰って来たばかりだから……それで、叫び声ってことは事件?」

 

瑠璃が真剣な顔で先に聞けば、咲がそれに頷く。そこで瑠璃が伊達に視線を向ける。伊達はそれに頷いたのを見て、彼女は直ぐに向かおうとした。その行動を理解した咲は、瑠璃に待ったをかけた。

 

「待ってくれ。一つ伝えたいことがある」

 

「?何、どうしたの?」

 

「実は、電話がスピーカーに切り替わった後、女の叫び声が聞こえたんだが、殆ど同時に何か、大きな物が倒れる様な音が聞こえて……」

 

「大きな物?……うん、分かった!ありがとう!!佐藤さん達に伝えておくよ!」

 

そう言って、彼女は伊達と共に出て行った。その後、瑠璃の運転で事件現場に向かう途中に、伊達が疑問を投げかける。

 

「おい瑠璃。あの嬢ちゃんが聞いたっていう音のこと、本気で信じてんのか?勘違いとか、そう聞こえたって可能性もあるだろ?」

 

伊達は咲の『能力』を知らないからこそ、その発言をした。勿論、瑠璃もそれは承知の上であり、聞かれるだろうと思っていたことだ。そこで咲の能力を説明することにした。

 

「咲は、一般の人よりも聴力が鋭いんです。人の足音を聞いただけで、人を区別出来るぐらいには」

 

「へ〜?そりゃ凄い。まるで猫だな」

 

「そうですね。……実は、私の兄妹にも、同じ力を持ってた子がいて……」

 

「お、そうなのかい?そりゃ偶然だな!」

 

伊達のその言葉に、瑠璃は釈然としない思いを抱く。

 

「……そう、ですよね……偶然ですよね。……きっと」

 

「そういや、そのお前さんの兄妹は?」

 

「……昔、小さな頃にドイツ旅行に行って誘拐されて……以後会ってません」

 

その言葉に伊達の目が見開き、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「すまねえ。聞いちゃいけないことだったな」

 

「いえ、謝らないで下さい。今は修斗が見つけてくれて、今の成長した姿を見れたわけじゃないですが、手紙でのやり取りは出来てるので」

 

その言葉で少々心が軽くなったらしい伊達が、瑠璃の頭を撫でる。それは、この話をして若干声が沈み気味の瑠璃を慰めるためのもの。彼女もそれを理解しているため、嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

事件現場へと辿り着き、部屋の中に入れば、佐藤と高木が視線を向けて、少し目を見開いた。どうやら来ると思っていなかったらしい。

 

「る、瑠璃さん!それに伊達刑事も!どうしてここに!?」

 

「いや〜、高木が慌てて出て行くのを見て、何事かと思ってね?残ってた子供達に事情を聞いたら、事件が発生したって聞いたから、慌てて来たの」

 

「そういうこった。つまり俺らは加勢だ。おら、機捜が来るまでに出来ることはちゃちゃっと済ますぞ!」

 

その伊達の言葉に佐藤達は返事をし、佐藤が周辺住民の聞き込み、瑠璃がまだ少々パニックになっている桂造を落ち着かせて詳しい話を聞き、高木と伊達が現場保存と現場の捜索を始めた。

 

「この遺体、エアロバイクの近くで倒れてやがる。見て分かる通りに背中に深々と刺さったナイフでの刺殺だが……」

 

「電話の時、後ろから刺されて即死だったんでしょう。奥さんを殺したのは、恐らく、強盗犯の1人かと」

 

「ああ、そういや、電話の最中に襲われたって聞いたが……叫び声をあげたんだろ?仏さんは」

 

「はい。それは僕も、佐藤刑事も聞きましたから、まず間違いありません」

 

そこで検死官達がやって来た。機動捜査隊や鑑識の方々が現場の証拠などを集めている間に、佐藤が奥さんの説明を始める。

 

「殺されたのは『増尾 加代』さん、42歳。凶器は背部に突き立てられたナイフ」

 

「もがいた様子もないし、これは即死だろうね……南無」

 

「犯行時刻は恐らく、被害者が悲鳴をあげた時ね」

 

「佐藤、周辺の近隣の人達から、怪しげな人物などを見かけた奴は?」

 

「いえ、それがいませんでした」

 

伊達の質問に、佐藤がそう答える。それを聞いた伊達が考え込むように顎に手を当てた。

 

「ふむ、高木がスピーカーにしてしまった時、絶叫が響いたんだよな?」

 

「はい。僕が誤って押してしまって……」

 

「その時ですよ。妻の絶叫が聞こえたのは」

 

そこで桂造言う。それを瑠璃が記憶の中に収めつつ手帳に書きこむ。瑠璃の場合、記憶で事足りることなのだが、刑事なりたての頃、手帳に書かずに犯人を暴いた時、犯人が言い逃れようとし、それを瑠璃が矛盾を指摘したことがあるのだが、そんなこと言ったかと言い逃れられかけたことがあったのだ。その時は兄の彰が心配だからとついて来てくれていたため、彼が書いてた手帳で何とか場は解決したものの、そのあと、コッテリと彰から絞られたのだ。以後、彼女は自分の記憶だけに頼らず、手帳にも書き込むよう心掛けている。

 

「つまり、通話中に何者かに背後から襲われたことになるって訳ですね」

 

「そうだな。だが、ただ電話してただけじゃなく……」

 

「きっとこの人、エアロビバイクを漕ぎながら電話してたんだよ」

 

そこで伊達の言葉をコナンが遮り、彼は遺体の近くにあるエアロビバイクを指差した。遺体の位置はエアロビバイクのすぐ横。刺されて死に、そのままずれ落ちたのだと考えつく。

 

「それに、ほら見てよ。この人、汗かいてるし、シャツも湿ってるよ」

 

「え?……あ、本当」

 

コナンの言葉に瑠璃が目を見開き、シャツを見てみれば、確かに脇や首元辺りが湿っていた。

 

「人間は死んだら新陳代謝機能が停止するから、室温は上がっても汗はかかないし、かいていた汗は引かずに長時間残ったまま。つまりこの人、殺害される直前まで、汗をかく何かをやってたってことだよね?それに、さっき見たら下駄箱の中にはジョギング用のシューズなんか無かったし、この家の中でこんなに汗を掛けるものと言ったら、このエアロビバイクぐらいだよ」

 

そこで得意げに語っていたコナンに高木が近付き、目線を合わせる。

 

「こら、ダメじゃないか、現場に入って来ちゃ……」

 

「へ〜!なかなかやるじゃない!」

 

注意する高木とは逆に佐藤は手放しで褒める。彼女はコナンと視線を合わせた。

 

「坊や、まだ名前聞いてなかったわね」

 

佐藤のその認めた様子に、コナンは嬉しそうに笑って名前を告げる。

 

「江戸川コナン、探偵さ」

 

「た、探偵?」

 

佐藤がコナンの言葉に驚いた様子を見せる。見た目小学一年生が『探偵』を名乗ったのだ。驚かないわけがない。そこでフォローを入れる高木。

 

「ほら、毛利さんが預かってる少年ですよ」

 

それに佐藤が納得する。コナンの偏った妙な知識に関しても、そこから得たのだろうと考えた。しかし、小五郎と一度事件現場で会ったことがある伊達はといえば、訝しげに見ていた。

 

「……どうしました?伊達さん」

 

「いや、俺の目から見た毛利探偵は、どうにも子供にそんな知識を披露するように見えなかったんだが……」

 

「ああ。むしろ、子供が事件に関わってくるのは否定的ですね。直ぐに帰らせようとしてるところを何度か見たことあります」

 

「ああ。だからこそ、子供にそんな知識を披露するのに違和感がある」

 

「なら、コナンくんの知識とか?ほら、あの子、知識欲高そうですし」

 

その瑠璃の言葉に、やはり釈然とした様子はないものの、一応は納得した素振りを見せる伊達。今の集まった情報だけでは、そこに結論が行くしかなかったのだろう。例え、彼の中の勘が否定していたとしてもだ。

 

「ねえ坊や?大きくなったら刑事になりなさい。ウチに配属されたら、私達が優しく面倒見てあげるから」

 

佐藤のその言葉をコナンに言った後、高木に声を掛ける。高木はといえば、佐藤に声をかけられたのが嬉しかったのか顔を赤くする。

 

「さて、それじゃあ部屋の中を隈なく探しましょう。一応、金目当ての可能性もあるから」

 

「いや、これはただの物取りの犯行じゃない」

 

そこでこの場の誰とも違う声が聞こえ、部屋の入り口へと全員が視線を向ければ、そこには白鳥が立っていた。

 

「犯人のターゲットは、最初からこの奥さんに絞られていたと、僕ならこう見るがね」

 

「し、白鳥警部……」

 

「お?ってことは……」

 

「ええ。従ってここの事件の指揮は僕と伊達警部で取ることになります」

 

「伊達さんも警部ですからそうなりますよね〜」

 

瑠璃の言葉に白鳥が頷く。その反対に、佐藤の目は細まり、白鳥を見る。

 

「あーら良いわね〜、キャリア組は。出世が早くて……良かったら、私もあなたのお嫁さん候補の中に入れといてくれる?」

 

「ええ、喜んで」

 

その2人のやりとりに高木は焦り顔。それを後ろから見ていた伊達はと豪快に笑い、肩を組む。

 

「お〜、これはモタモタしてらんね〜な?高木〜!」

 

しかし伊達の言葉が聞こえていなかった高木は、由美から聞いた佐藤の好きな人が、白鳥かと考える。しかし、現在職務中ということで被りを振ってその考えを追い出す。そして逆に伊達はと言えば、その佐藤の好きな相手というのが、白鳥ではなく松田であることを理解していた。

 

(これは、三角関係ならぬ四角関係か?いや〜、面白くなりそうだな!)

 

此処に瑠璃を入れないのは、残念ながら瑠璃が松田達をそんな対象で見ていないからだ。つまり、一巡することはないが全て一方通行状態なのだ。

 

「で、物取りじゃないという根拠は?」

 

「君達が電話で聞いたという被害者の悲鳴だよ」

 

白鳥の意見を聞くと、普通、物取りは電話中の相手を態々襲わないのだという。また、姿を見られて叫び声をあげられたとしたなら、尚更逃げるだろうと。

 

「それに被害者は今日、警視庁に何か、証言をしに来るはずだったんだろ?」

 

その質問を投げかけられた高木は肯定する。

 

「ええ。例の銀行強盗の件で思い出したことがあるから、ご主人と2人で来られることになっていました。でも、約束の時間に来られないので、ご主人が心配されて、此処に電話したんです」

 

そこで本当かを確認するために、後ろにいた桂造に確認の視線を送れば、上手く考えを読み取ってくれた桂造は頷いて肯定する。それで白鳥は確信したような笑みを浮かべて続ける。

 

「その電話で被害者は、電話の相手が警察だと、匂わすことを話していなかったかい?」

 

「言ってましたよ。僕が電話を変わった時、『昨夜の刑事さん?』って」

 

「じゃあ間違いない。犯人は被害者に、それ以上警察と話させたくなかったから、電話中に殺害したんだ」

 

「ちょっと、それって……」

 

「ああ。恐らく犯人は、例の二人組の強盗犯。被害者はあの事件で銃を突きつけられて、強盗犯の1人にかなり接近している。犯人はその時、顔を見られたと思って口封じの為に被害者を殺害したという訳さ」

 

白鳥はそのあと、被害者が人質に取られた時、激しく抵抗して犯人が付けていた目出し帽を掴んでいたりもしたのだという。確かに、そんな事されれば、見られたと思う可能性もあると考えた瑠璃。高木もまた、その暴れっぷりから、偶々来店していた目暮警部の奥さん、緑に変えたぐらいだと言う。

 

「もっとも、目暮警部の奥さんは自ら進んで人質になったようですけど」

 

その言葉に白鳥が驚いた様子を浮かべる。そこで桂造が思い出した様子で白鳥を見ていう。

 

「そう言えば、妻が昨夜、外国人がどうとか言っていました!」

 

それで白鳥は納得し、奥さんがその強盗犯の特徴を刑事達に伝えたかったのだと言う。そこで白鳥が高木に特捜本部に、強盗犯の1人が外国人だと特定したことを伝えるように言い、高木も伝える為に走り出す。そこでコナンが顎に手を当てて考え込むようにしながら待ったを掛ける。

 

「でも変じゃない?ほら、エアロビバイクの後ろって2mぐらいしかないよ?」

 

「確かに。後ろにはドアなんてない。エアロビバイクに乗っている最中になんで後ろから狙われたんだ?普通、誰か入って来たなら気付くだろ」

 

そこで白鳥が開かれた様子でコナンの襟首を掴み、持ち上げる。小学生の体になってしまったコナンでは抵抗など出来るはずもなく、なすがままに空中にぶら下げられた。佐藤は白鳥がコナンを知ってる事を知り、結構有名であることを理解した。その2人とコナンを見て、何故か2人の間で赤ちゃんが生まれ、その赤ちゃんを愛おしそうに育てる2人の姿を想像した高木は、そこでその考えを消す為に自分の頭を何度も叩く。その様子を見た伊達はニヤニヤと笑っていた。

 

「それに、それなら咲の発言と矛盾してますよ」

 

そこで瑠璃が言った『咲』と言う名前に反応した全員。咲が誰かも、その能力も知らない高木達は首を傾げたが、コナンと伊達は真剣に聞く様子を見せる。

 

「瑠璃刑事、咲はなんて?」

 

「あの悲鳴が聞こえた時、大きな物が倒れる音も聞こえたって……」

 

「瑠璃さん、咲って誰?」

 

「ああ、佐藤さんは知らないっけ。ウチで預かってる親戚筋の子供」

 

「あっ!あの古城の事件の聴取の中に、そんな名前の子供がいたような……」

 

「おいおい。瑠璃さん、子供の言うことなんて信じるのかい?それに、悲鳴は大声量だ聞こえたんだろ?なら、そんな音が聞こえるなんて事、まずあり得ないだろ」

 

白鳥の言葉は最もだ。普通、誰も思いもしないだろう。その子供が、足音だけで人を区別出来るなんて芸当が出来ることを。しかし、これまでそれと似た様な聴力の良さを見てきたコナンと、瑠璃が嘘で言ってないと信じている伊達は、それを全面的に信じた。

 

「でも、あの子が音に関して嘘なんて吐く事はありません!」

 

「だが、この現場を見てごらんよ。倒れてるものなんて一つもない」

 

その白鳥の言葉に、瑠璃は苦虫を噛み潰した様な顔でなお睨む。彼女は咲の力を知っているからこそ信じているのだが、そんな力を知らない白鳥に信じろと言うのが難しい。

 

「そ、それに!伊達さんとコナンくんの疑問だって解決してません!」

 

そこでコナンが追撃する様に佐藤達にも言う。

 

「そうだよ!刑事さん達だっておかしいと思うでしょ?」

 

「でもね?背中を刺されているからと言って、背後から襲ってきたとは限らないわよ?被害者が犯人を見て、逃げようとして、背中を刺されたって場合もあるし……」

 

「だったら遺体は、エアロビバイクからもっと離れた場所に倒れてるはずだよ?」

 

そこでコナンと、コナンにそう説明していた佐藤が遺体へと目を向ければ、その遺体の近くにある電話と足を見る。

 

「遺体の近くには電話もあるし、別の所で倒れたのなら、足の所にも汗が残ってるはずだし、それに犯人が遺体をエアロビバイクの側に移動させる理由なんてないでしょ?」

 

その言葉は確かに納得出来るもので、佐藤も納得する。それを見て、伊達が桂造に聞く。

 

「増尾さん、奥さんはえつもエアロビバイクを漕いでたのか?」

 

「ええ。毎日、昼の2時にこれを漕ぐのが妻の日課になっていました」

 

「失礼ですが、お二人が朝起きられる時間は?」

 

そこで白鳥が質問すれば、桂造はそれに、自分は銀行があるから朝に出ると言い、加代の方はここ最近、深夜まで彼女の友人達と飲み歩いていた為、昼近くまで寝ていると思うと答えた。それを聞き、白鳥はフッと笑う。

 

「ならば答えはたわいもない。僕の推理が正しければ、犯人が潜んでいたのは恐らく……このカーテン付きの棚の中っ!?」

 

そこで彼が向かったのは、エアロビバイクの後ろにあったカーテン。そこでカーテンを開いた。彼の予想としてはそこは棚の筈だったが、そこは棚ではなく本棚だったらしい。冊数はあまり入っていない。

 

「……これじゃあ、隠れれる場所はありませんね」

 

「いや、これは好都合。あまり本は入っていませんね。人が隠れるには持ってこいだ」

 

「え、忍者?忍者の末裔かなんか?」

 

瑠璃が何故か目を輝かせる。彼女から見て、本棚の隙間は狭いが、白鳥は隠れるには十分だと判断したらしい。

 

「それにしても中身が少ないわね。その棚だけ、周りのカーテンと違って濃いベージュだし」

 

「その棚は、部屋の模様替えでそこに置いたばかりなんです。近々、他のカーテンもその色に変えるつもりでした」

 

「でも、瑠璃さんの言うとおり。そんな所に人なんて隠れられる?」

 

その佐藤の疑問に、白鳥は本棚の棚を押し上げる。それは簡単に押し上げられた。

 

「この棚を外せば、楽に大人1人入れますよ」

 

「なーんだ、忍者じゃないのか」

 

「お前は外国人観光客か」

 

瑠璃のふてくされた様子を見て、伊達が軽くチョップを頭に入れる。そんな2人のやり取りを知らぬふりして白鳥が自身の推理を話す。

 

「つまり犯人の行動はこうです。予め、この家の住人の行動パターンを調べていた犯人は、ご主人が外出した後、奥さんが起きる前にここに侵入し、この本棚の中に隠れて殺害の機会を待っていたんです。エアロビバイクに跨り、無防備に背中を見せるその時をね。だが、いざとなると中々思い切れない。そんな時、幸か不幸か警察から電話が入り、焦った犯人は、本棚から飛び出して計画を実行したと言うわけです」

 

その推理の為には侵入口が必要なのだが、その侵入口となる場所は、現場の近くの通路にある、ガラスの一部が丸くくり抜かれた窓。その推理を聞き、佐藤が納得した。彼女は桂造から昨夜、加代から怪しい人物を見たと言われたと伝えられていた。勿論、部屋のレイアウトに関しても、加代の習慣を知っていればおかしくないという。それにムウッと頬を膨らませる瑠璃。白鳥の推理の中には、彼女が咲から聞いた意見など、まるで反映されていないのだ。伊達とコナンといえば、白鳥の推理の大きな穴に気付いていた。そして、だからこそ2人は、犯人が誰かを理解していた。しかし、全時点で警視庁から加代を殺す方法が分からない限り、その夫である桂造が犯人だと言えない状況。だからこそ、伊達とコナンは、必死にその方法を考えるのだった。




別に白鳥警部は嫌いじゃありませんが、多分、能力とかそんなこと知らない人が、見たことも聞いたこともない子供の能力を聞かされたとしても、こんな反応しかしないだろうと思って反映させていただきました。そして、良い子の皆さんは事件現場の時に忍者みたいな行動を言われたとしても、目を輝かせないようにしましょう。とても不謹慎ですので。


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第21話〜本庁の刑事恋物語・後編〜

コナン、伊達が加代殺害方法を考えている時、白鳥と共にやって来たらしい刑事2人が、部屋に入って来た。

 

「白鳥警部。被害者の寝室等を調べましたが、財布や宝石類が剥き出しにおいてあり、物取りの線は薄くなったかと……」

 

「うわぁ、指示が早〜い」

 

2人の刑事の言葉に、瑠璃が感心したように白鳥を見ながら言う。それに大したことはしていないと言うように、肩を竦めてみせた白鳥の中では、強盗犯の殺人の線を濃くなった。

 

「やはりそうか。よしっ、君達は、この2、3日、この家のことを聞いたり、探ったりしていた不審人物がこの周辺にいなかったかどうか聞き込みを開始しろ」

 

「「はい!」」

 

その指示通り、2人の刑事は聞き込みへと向かっていった。それを見届けたあと、伊達は白鳥に話しかける。

 

「おい、白鳥。お前さんのその推理……」

 

「お、おかしくないですか?」

 

しかし、その時、伊達の言葉を遮るようにして高木が白鳥に反論する。そこで伊達に顔を向けていた白鳥、そして伊達が高木を見た。

 

「犯人は、警察に電話をしていたから殺害したんですよね?なら、どうして本棚の棚を戻す必要があるんですか?グズグズしていたら、あの悲鳴を聞いて、我々警察が来るのは分かりきっているのに……」

 

「あ、確かにそれは変だね……」

 

「そ、それはだね……」

 

「それに、横の本棚はキッチリ詰まってて、人は隠れられないし……」

 

最後の佐藤の言葉に白鳥が詰まったその時、別の刑事が報告にやって来た。被害者の部屋に妙なアルバムがあったと言う。刑事がそのアルバムを開けば、どうやら旅行時の写真が多かった。しかし、その写真の所々に、妙な丸が付けられていた。

 

「?この丸って一体……」

 

瑠璃がその写真を見て首を傾げていた時、桂造が慌てて刑事に近づき、そのアルバムを奪い取った。

 

「あ、ああ!しゃ、写真が汚れるから止めろって言ったんですけど……」

 

それを見て、ニヤリと笑うコナンと、視線を鋭くする伊達。2人は桂造がどうして加代を殺したのか、その動機が分かったのだ。しかし、未だ崩さないアリバイに2人して頭を悩ませていれば、桂造がポケットにハンカチを入れた途端、「痛っ」と小さく呟き、人差し指を口に含む仕草をした。

 

「白鳥くん、特捜部への連絡は待ったほうがいいわ。この事件は、不可解な事が多過ぎるもの」

 

「じゃあ、逆に君達に質問するよ?犯人は何処の誰で、どういう方法で殺害したのか!犯人がここに侵入して、被害者を殺害したのは明白な事実だ。この状況から見て、どこかに隠れて待ち伏せして殺害したとしか考えられないだろ。まさか、ナイフが勝手に飛んで来た訳じゃあるまいし?」

 

その言葉を聞いたその瞬間、2人の頭の中で一筋の光が駈け去った。

 

「……おい瑠璃」

 

「?なんです?」

 

「お前さんの親戚の子、本当に凄い才能の持ち主かもしれないぞ」

 

伊達のその褒め言葉に、瑠璃は嬉しい気持ちを持つと共に首を傾げた。何故いきなり褒められたのか、分からなかったからだ。しかし、少し頭の中でこれまでの情報を整理した時、瑠璃の中でも一つの考えが浮かんだ。

 

「……待って下さい。これが正しいなら、ちょっと確かめないと!」

 

そこで瑠璃と伊達が確認するために動こうとした時、コナンが本棚の棚に足を掛けて登っていた。

 

「ちょっ!?こ、コナンくん!!?」

 

瑠璃が慌てて駆け寄るがコナンは止まらずに登る。佐藤、高木も来たが、その時には登りきった後。コナンは本棚の一番上を見たが、何もなかった。

 

(あれ、ないぞ?変だな、本棚やカーテンには僅かに血痕が付着してるのに、何でアレがないんだ!……ん?)

 

そこでコナンが見つけたのは、ちょうど目の前に付着していた血痕。しかし、それは途中で途切れてしまっていた。それを見た瞬間、コナンは理解した。

 

(……なるほど、そういう事か)

 

「おいおい、坊主、あぶねーぞ?」

 

そこで伊達がコナンの脇に手を入れ、本棚から下ろした。コナンが桂造に視線を向けてニヤリと笑ってみせれば、桂造は少々コナンに向ける視線に困惑が混ざった。

 

「……で?坊主、お前さんは何を見つけたんだ?」

 

そんなコナンに伊達が聞いてきた。それに目を丸くして思わずと言ったように勢いよく振り返るコナン。伊達はといえば、それに気にした様子もなく、ニヤリと笑う。

 

「お前さん、もう全部解けちまったんだろ?なんなら俺が聞いてやるが?」

 

その伊達の言葉に、コナンは目を丸くしていたが、すぐにニヤリと笑って頷き、コナンが見つけたものを全て伝えた。それを聞いた伊達はといえば、さらに確信を得る事ができ、笑みが深まる。

 

「よし、なら事件を解決しようじゃねえか」

 

伊達の言葉にコナンも頷き、それを見た伊達は、近くの警官に紙を一枚、コナンに渡すように頼むと、瑠璃と共に白鳥達に近付いた。

 

「おい、特捜に連絡するのは待つんだ」

 

その伊達の言葉に、白鳥がすぐさま噛み付く。

 

「伊達刑事!これは、どう考えても強盗の仲間の1人が起こした殺人です!!ならば特捜に連絡するべき案件だ!!」

 

「だーかーら、これは強盗犯が殺したんじゃねえよ。まあ、その仲間であることは間違いないがな」

 

伊達がチラリと桂造に視線を向けて言えば、その視線に気付いた桂造は、その視線から逃れるように顔を背けた。

 

「伊達刑事……そこまで言うなら、貴方の推理を話していただけますよね?」

 

白鳥が伊達に対して、苛立ちを隠さずに言えば、伊達は少々肩を竦めて答える。

 

「ああ、良いぜ。だが、その手伝いとして今回は、あの坊主に協力してもらうがな」

 

そう言って伊達が背後に指を向ける。その指の先には、床に座り込み、紙を使って何かを折っているコナンがいた。

 

「こ、コナンくん!?」

 

「あら、何をしてるの?」

 

高木が驚き、佐藤が近づいて聞けば、コナンは子供らしい笑顔を浮かべる。

 

「折り紙だよ!」

 

「お、折り紙?……伊達刑事、貴方、あんな子供に本当に手伝いをさせるんですか?僕には到底無理だと思いますがね」

 

白鳥が怪訝そうに伊達を見る。誰から見てもコナンの姿は子供で、折り紙をするその姿、笑顔は正に子供そのもの。手伝いなど到底無理だと言うのも仕方ない。しかし伊達は首を横に振る。

 

「いや、無理じゃないぜ?まあ聞け、白鳥。お前の推理だと、強盗犯は本棚の中に隠れてたんだろ?その後、そこから現れて、被害者を刺した。合ってるよな?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「じゃあまず質問を、坊主からしてもらうか」

 

そこで伊達がコナンに振り、コナンはそれに頷き、白鳥達の前に出てくる。

 

「あのね!誰かを刺す時には、両手で持って上から振り下ろして刺すか、腰あたりに構えてまっすぐに刺すかだよね?」

 

「ええ、そうね」

 

コナンの言葉に佐藤が頷いたのを見て、コナンは続ける。

 

「この人って、エアロビバイクを漕ぎながら電話をしてた時に後ろから襲われたんだよね?」

 

「ええ。被害者は汗を掻いているし、倒れている位置や、受話器が落ちている位置もそうだし、それに被害者は裸足。汗も足跡も、体がずれたような汗の跡も周りには全くないから、刺されてそのままここに倒れたのは、間違い無いでしょうね」

 

「だったらおかしくなーい?遺体に刺さっているナイフ、遺体に向かって横向きに刺さってるよ?」

 

そのコナンの指摘に佐藤、白鳥、高木が驚く。彼らはナイフの向きなど、全く見ていなかったのだ。

 

「背後から襲われたのなら、ナイフは縦向きになるはずです。しかし、見ての通り、ナイフは横向き」

 

「これが横から襲われたなら話は別だが、その場合、犯人は姿をさらした状態で被害者を襲ったことになる。姿を見て、ナイフさえ持ってるんだから、襲われるなんて誰だって考えることは可能だ。被害者も逃げるはずだぞ」

 

その伊達の指摘に、白鳥は余裕な笑みを浮かべる。

 

「そんな答えは簡単ですよ。恐らく犯人は、まず被害者を後ろから襲って、床に押し倒し、被害者の首と腰の辺りに自分の両膝を乗せ、押さえつけながら殺害したんだ」

 

「さっすが警部さん!あったま良いね!」

 

コナンが白鳥を褒めれば、これは自信満々な笑みを浮かべて賞賛を受け入れる。しかしコナンはすぐに目を細め、口元の口角を上げて、下から見上げるようにして白鳥の目を見つめる。

 

「でもその推理、間違ってると思うよ?」

 

「えっ?」

 

白鳥はコナンの言葉に思わず声を出してしまった。そんな白鳥の様子を見て、伊達の背後に隠れて吹き出す瑠璃。それに伊達も気づき、軽くチョップを入れる。

 

「だって、床に押さえつけられたら、普通、逃れようとしてジタバタするはずでしょ?でも、さっき佐藤刑事も言ってたじゃない?そんな汗の跡は床に残ってないって!それに、外れたままで床に落ちてる受話器も変だと思うけど?」

 

「そうね。あの悲鳴の後、高木君が呼び掛けていたから、犯人には確実に聞こえていた筈よ。電話の相手が我々警察だと知っていたなら、どうして受話器のスイッチを切らなかったのかしら」

 

「そうだ。受話器が繋がったままなら、下手をすりゃ、手掛かりとなる音を俺達警察に拾われる。しかもあの時、犯人にとっては運の悪い事に、耳の良い瑠璃の親戚の嬢ちゃんもいた。どれだけ耳が良いか、証明されれば犯人にとっては都合が悪いだろうしな」

 

「そ、そんな事、犯人が慌てて逃げたからに決まってるさ!」

 

「高木、この部屋、来た時から開いてたのか?」

 

そこで伊達が高木に問えば、高木は首を横に振る。

 

「いえ。この家に最初に入った時、リビングのドアは閉じられていました」

 

その言葉に白鳥の目が見開かれる。その逆に、伊達はその言葉にニヤリと笑う。

 

「白鳥、犯人が慌ててたとして、そんな状態なら扉なんて閉めずに開けっ放しにして放ったらかしにするもんじゃねーか?」

 

「それに、犯人が出入りしたと思われるガラスが切られたあの窓も、ちゃんと鍵が掛けてあったし」

 

「おお、だいぶ余裕のある犯人だな?そんな余裕があるんなら、受話器ぐらい切るんじゃねーか?」

 

「ほーら!刑事さんも段々、チグハグな感じがして来たでしょ?」

 

そこでコナンと伊達が、2人の後ろにいる桂造を見てニヤリと笑えば、それに気付いた桂造が、恐怖からか一歩後ずさる。

 

「まるで最初から此処には、被害者以外誰もいなかったような……妙な感じがね」

 

コナンの言葉に、佐藤が同意を示す。もっと詳しく部屋を調べてみる必要があると言えば、白鳥は被害者しかいないこの部屋で、勝手にナイフが飛んで来て、被害者の背中に刺さったのかと聞いてくる。勿論、そんなトリックがあったとしたら、佐藤達が見逃すはずがない。白鳥がそう言っている間にコナンはエアロビバイクの後ろ側に行き、目的の部分を見つけると其処に座り込み、演技に入る。

 

「あれれ〜?なんだ?この糸」

 

「糸?」

 

白鳥がコナンの言葉を聞き、すぐにコナンの側へと行き、コナンと同じように座り込む。

 

「何のことだね?」

 

「ほら、見てよ!」

 

コナンがそう言って指で示したのは、エアロビバイクの回転部分。そこには確かに、何重にも巻かれた糸が残されていた。

 

「中でタコ糸みたいなのが絡まってるよ?」

 

「あ、ああ、確かにあるが?」

 

「エアロビバイクのその部分に、タコ糸なんざ普通はねーよ。つまり、誰かが意図的にそこに巻いたか、あるいは……」

 

「いやいや、荷造り用の紐かなんかが絡まっただけでしょう」

 

白鳥がそう言えば、今度はコナンが行動する。その糸の先を手に取る。その先には、小さな輪が付いていた。それを佐藤に見せれば、佐藤も荷造り用の糸にしてはおかしいと同意する。その言葉を聞いた途端、桂造が割り込む。

 

「そ、そう言えば思い出しましたよ!半年ぐらい前に、友人の子供達が泊まりに来たんです。その時、エアロビバイクの周りで遊んでいたみたいですので、ひょっとしたら子供達のイタズラかも……」

 

「それにしたって……」

 

「ふ、考えるだけ無駄さ」

 

その言葉に瑠璃が疑問を口に出そうとした途端、伊達がその口を両手でふさいだ。それに驚き、瑠璃が視線だけで伊達に不審そうな目を向ければ、伊達は視線を別の方向に向けて指し示す。瑠璃もそれに気付き、同じ先へと目を向ければ、其処には考え込んでいる様子の高木がいた。

 

(……あ、もしかして?)

 

そこで伊達の意図を汲み取った瑠璃。伊達は、高木に答えを出させたいのだ。つまり、彼はこれ以上のヒントを彼からは出すつもりもなく、答えを言うつもりもないのだ。それに気付き、両手が離された後も高木を見ていれば、彼は顔を一瞬だけ本棚に向けた途端、何かに気付いた様子を浮かべる。

 

「ちょっと待って下さい!」

 

そこで伊達が嬉しそうに笑ったのを、瑠璃は見ていた。それを見て、瑠璃も笑みを浮かべる。

 

「もしかして……もしかしてですよ?後ろの本棚の一番上に、ガムテープか何かでナイフを固定し、そのタコ糸を、カーテンレールの端に引っ掛けておけば、被害者がエアロビバイクを漕ぐだけで糸が巻き取られ、本棚が倒れ、自動的にナイフは被害者の背中に刺さるんじゃないでしょうか!?」

 

その高木の推理に佐藤、白鳥、そして桂造が驚愕する。

 

「た、確かに面白い案だな。そんなに上手く刺さるのかい?引っ張るのは本棚の端だろ」

 

「いいえ、刺さる可能性の方が高いわ。あの本棚の横には、本が詰まった別の本棚があるから、倒れる方向はズレないし、標的である被害者は、当然エアロビバイクの上。オマケに本棚は、被害者の死角から倒れてくる」

 

「でも急にペダルが重くなれば、幾ら何でも被害者だって変に思うはずだろ?」

 

「あれ、白鳥警部、知らないんですか?エアロビバイクって、漕げば漕ぐほど徐々に負荷が掛かる設定になってるんですよ。被害者の方がいつもそうしていたなら、違和感も持たないと思いますよ?」

 

「しかしね、佐藤くんや高木くんが遺体を発見した時、本棚は倒れていなかったんだろ?」

 

白鳥が佐藤達に顔を向けて聞けば、2人とも肯定する。それに少々、気を持ち直した白鳥が続ける。

 

「第一、そんな仕掛けを施すぐらいなら、この部屋で待ち伏せて殺害した方が、確実だよ?」

 

「……1人だけいますよ」

 

その高木の言葉に、全員が高木の方に顔を向けた。高木は、とても神妙そうな顔をしている。

 

「本棚を元通りに戻すことが出来、このトリックを必要としている人物が」

 

その言葉を聞いていたコナンは、部屋の隅でキザに笑って高木を見ていた。

 

「それは、誰よりもこの部屋のレイアウトと被害者の習慣を把握し、誰よりも先にこの部屋に入った被害者の夫……増尾桂造さん!貴方しかいません!!」

 

高木がそこで桂造を指差せば、彼は驚愕と焦りを見せる。

 

「な、なにを!?」

 

「そっか。だから警察から電話したのね?毎日、昼の2時に奥さんがエアロビバイクを漕ぐのを知っていれば、ナイフが刺さる時間も大体の予想がつく。私達の目の前にいる時、しかも電話中に殺害されたとなれば、これ以上のアリバイはないわ。電話の途中で高木くんに変わったのは、本当に電話の相手が自分の妻かどうか確認させるため」

 

「それに貴方は、ここへ来た時、我々に2階を探すように言っている」

 

「なるほど。私達が2階に行っている隙に、倒れている本棚を元に戻したって訳ね」

 

佐藤、高木の言葉に、桂造が更に焦り始めた。すでに2人から犯人扱いされているのだから、焦るのも仕方ない。

 

「ちょ、ちょっと冗談はやめて下さいよ!あの時、もっと大勢で来られていたら、刑事さんの誰かが私より先にこの部屋に踏み込んでいるはずですよ?それに、本棚にナイフを固定していたなら、ナイフは本棚の方に残っているはずではありまさんか」

 

「きっとこうしたんでしょ?オジさん」

 

そこでコナンの声が聞こえ、全員が問題の本棚の方へと顔を向ける。そこには、本棚の一番高い所まで登ったコナンが、一番上に本を詰めた状態で、棚とその間にナイフの形をした紙を差し込み終えているのが見えた。

 

「ほら!一番上の棚にだけ、キッチリ本を詰めて、ナイフをその隙間に差し込めば、テープで貼り付けなくても済むんじゃない?上の方が重ければ倒れやすいしね!」

 

そのコナンの言葉を聞いていた桂造が悔しそうにする表情に変わったのを見たのは、コナンだけ。

 

「そうか!それなら、ナイフが被害者に刺さった後、本はずり落ちて、ナイフは背中に刺さったまま、床に落ちる!」

 

「後は本棚を起こして、散らばった本を戻せば、仕掛けは分からなくなるって訳ね!」

 

「で、でもね、坊や?そんなナイフが本棚から出ていれば、幾ら何でも妻が気付くはずだよ?」

 

「それならね〜……」

 

桂造の言葉を受けて、コナンが問題の棚の下から別の本を2冊ほど取り出し、それを紙のナイフが刺さった丁度上の棚に置く。それを見た桂造の顔がさらに強張った。

 

「なっ!?」

 

「なるほど!!それならナイフは目立たないし、背中にナイフが横向きに刺さっている理由も分かる!」

 

「やるわね!坊や!」

 

「それに、この方法なら、現場に本棚が倒れて散らばっているのも、先に踏み込まれて刑事に見られても、犯人と被害者が争った跡ととられやすく、この仕掛けは気付かれ難いって訳だ!」

 

高木の説明に、コナンは笑顔で何度も頷く。伊達も、高木の成長っぷりに嬉しそうな笑みを浮かべて見ていた。

 

「どうなんですか?増尾さん」

 

白鳥が、右隣にいた増尾に顔を向けて問いかければ、彼は俯いていた。しかし、雰囲気から焦りはあるものの、諦めた様子はない。

 

「……い、糸は……タコ糸はどうするんです?このままじゃ、糸はカーテンレールに引っかかったままで、先に刑事さん達に見られたらバレバレですよ!?第一、それを私が仕掛けたという証拠が何処にあるんです?」

 

その瞬間、増尾の右手を誰かが握った。増尾がその人物を見れば、そこにはいつの間にか本棚から降りていたらしいコナンがいた。彼は増尾の手の平を見ながら問い掛けてくる。

 

「どうしたのオジさん?この指、何かで刺したような傷が付いてるよ?」

 

その問いかけに、桂造は慌てて手を隠すがもう遅い。コナンは笑顔で追い詰めてくる。

 

「あ、そっか!そういえばさっきポケットにハンカチを仕舞った時、痛がってたよね?」

 

コナンの言葉を聞き、白鳥の目が鋭くなる。佐藤もまた、ポケットに何かを入れているのだと理解し、高木が出すように要求する。しかし出す様子はない。

 

「ポケットの中身は恐らく、画鋲か何かが取り付けられたテープ。被害者の血痕付きのね」

 

白鳥の予想を聞き、佐藤がなぜ分かるのかと問いかける。それに白鳥は本棚を見ながら説明する。

 

「本棚に僅かに飛び散ってる途切れた血痕を見れば、何かが貼られていたのは一目瞭然だよ。画鋲の針の向きを調節して、本棚の上に貼り付け、タコ糸の輪を引っ掛けておけば、本棚が倒れた時に外れ易くなり、外れた糸はエアロビバイクの回転の惰性で巻き取られてしまうわけさ」

 

「あ、でも、そんな血や画鋲が刑事に発見されたら、どう言い訳を?」

 

「ふん、どうせ……」

 

高木からの質問に白鳥は応える為、本棚に近付き、その棚の上の奥に手を伸ばし、目的の白板を取る。

 

「画鋲はこれをエアロビバイクの後ろに本棚に引っ掛ける為に奥さんが取り付けたもので、血はそれを取り付ける時、奥さんが誤って指を刺したとでも言うつもりだったんだよ」

 

白鳥が説明中に見せた白板には紐が付けられており、板には『今月の目標 −2kg』と書かれていた。その説明を聞いていた桂造は、隣でニヤリと笑う小さな悪魔に、恐怖の表情と焦りの目を向け、最後には観念した様子で俯いてしまった。

 

「さ、論より証拠。本当に上手くいくかどうか、実験してみましょうか。貴方のポケットの中にあるそれを、本棚に取り付けて」

 

白鳥が微笑を浮かべて言えば、強張った顔をしていた桂造の顔が、緩む。

 

「……上手くいきますよ、試さなくてもね」

 

「……それは、自白ととってよろしいですか?」

 

瑠璃がそう問い掛ければ、桂造は頷き、説明を始めた。

 

「昨夜、何百回も試して、画鋲の角度を完璧にしましたからね。全く、本棚を起こす時、念の為、剥がしたんだが、それが仇になるとは……」

 

桂造はポケットから画鋲付きのテープを取り出し、諦めの笑みを浮かべる。そんな桂造に高木は問う。何故、奥さんを殺したのかと。それに桂造は保険金だと答えた。奥さんには多額の保険金をかけていたのだと言う。

 

「だから、銀行強盗の仕業に見せかけて妻を……」

 

「おいおい、嘘はいけねーぜ?」

 

そこで伊達が頭を掻きながら割り込む。桂造が伊達を見上げれば、伊達は真剣な顔で桂造を見ていた。

 

「あんたが嫁さんを殺したのは、あんたがダチと手を組み、自分の銀行を襲わせたのがバレて、それを警察に言われそうになったから、だろ?」

 

それに白鳥、高木が驚いた様子を浮かべる中、佐藤は笑みを浮かべて頷いていた。

 

「そうね、伊達刑事の言う通り。恐らく、主犯はこの人。あの銀行の支店長なんだから、そりゃ上手く行くわよね」

 

「だが、襲撃した際、偶々来店していたあんたの嫁さんを誤って人質に取ってしまったのが運の尽き。声や雰囲気で嫁さんに強盗犯の正体が、あんたの友人だと気付かれてしまった」

 

「それを警察に暴露されそうになったから、口を封じたのよ」

 

そこまで言われれば理解することができる部分があった。それは、強盗犯が人質を替えた理由。それは、奥さんの抵抗が酷かったのではなく、ボスである桂造の妻だったため。そこまで暴露てしまった事を理解した瞬間、桂造は膝から崩れ落ちた。

 

「しかし、どうしてそんなことまで……」

 

「被害者の持ってた写真の丸を見たからだ。嫁さんはきっと、あの写真を俺達に見せるつもりだったんだろうぜ?『強盗犯はこの人たちだ』ってな」

 

「それにそのアルバム、さっきからあの子が広げて見せてるしね!」

 

そこで伊達と瑠璃が後ろを振り向けば、確かにコナンがあのアルバムを佐藤達に見えるよう、広げて見せていた。コナンの顔には笑顔が浮かべられている。

 

その2時間後、桂造の仲間の強盗犯2人は、自宅のマンションでのんびりと金を数えている所を逮捕され、二つの事件は一気に解決する事となった。桂造の供述によると、贅沢三昧で金遣いの荒い妻の為に、銀行強盗を計画したと言う。

 

「折角計画したのに、その相手を殺す羽目になるなんて、なんとも皮肉な話ですよね〜」

 

「そうだな。まあそれ以前に、殺しも強盗もするもんじゃないって話だがな」

 

夕方の警視庁で、事のあらましを瑠璃から聞いていた松田が煙草を咥えたまま言う。その隣では、伊達もまた同じように煙草を咥えていた。ここは休憩所。瑠璃と伊達は既に白鳥達と松本に報告をした後のため、佐藤達と別れたのだ。

 

「そういや、その佐藤達は?」

 

「ああ、白鳥さんなら、佐藤さんをフランス料理に誘ったもののそのまま撃沈して帰りましたよ」

 

「高木の野郎も、佐藤とラーメン屋に行く筈だった所を目暮警部に取られて、現在は子供達の事情聴取中だ。まあ、直後は撃沈してやがったから、拳骨入れてやったがな」

 

その伊達の笑顔を見て、松田は腹を抱えて笑った。そんな松田を見て、前から疑問を持っていた瑠璃が問いかける。

 

「松田さんって、佐藤さんのこと好きなんですか?」

 

そう問い掛けた瞬間、休憩所の空気が固まった。松田もまた笑う事をやめ、瑠璃を見る。

 

「……なあ、その質問の意図はなんだ?」

 

「え、前から気になってたんで。だってお二人さん、良い雰囲気だったじゃないですか」

 

その瑠璃の言葉を聞いた途端、松田はそれはもう、深い深い溜息を吐いた。

 

「……それは別に、佐藤の事をそう言う目では見てねーよ。そりゃ、良い腕持ってる刑事だとは思ってるがな」

 

「え、そうなんですか?お似合いなのにな〜」

 

瑠璃が言ったその言葉に、さらに深い溜息を吐いた松田だった。




そういえば言ってませんでしたが、私は松田さんを佐藤さんとくっつけるつもりはありません。許せない方はすみませんが、私は高木さんと佐藤さんの2人がくっついて欲しいので、あまりオススメいたしません。


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第22話〜本庁の刑事恋物語2・前編〜

まさかの2連続で恋物語になるとは思いませんでしたよ。
いえ、本当は園子の夏のお話にしようと思ってたんですが、絡ませる事が不可能と判断したのでこうなりました。


橙色の光が、廃ビルの窓から差し込み、2人の影を伸ばす。その光景はどこか神秘を醸し出しているが、重要な話し合いをしている2人には関係のない事。

 

「ーーー間違いないわ。彼女は貴方の正体に、薄々勘付いてる。これ以上、彼女を欺き通すのは、無意味よ。傷付けるだけだわ」

 

2人のうちの1人ーーー哀が、相手であるコナンに言う。コナンはその哀の言葉に驚愕する。その額には、一筋の汗が流れた。

 

「ど、どうしてそんな事、お前が俺に?」

 

「あら?悪の心を見抜く貴方の正義の目にも、女心は分からないのね」

 

哀が不敵な笑みを浮かべてコナンを見つめる。そのコナンは、哀が何を言いたいのか、理解しかねているのが目に見えてわかる。

 

「女心?」

 

コナンの呟きに、哀は真正面からコナンの瞳と自身の目を絡ませ、真実を告げる。

 

「ーーー貴方を愛してしまったのよ。最初に出会った時から」

 

彼女はフッと笑みを深める。その言葉を受けたコナンの目が、さらに見開かれた。

 

「気付いてなかったのね?」

 

コナンは、その口を閉じる事は、出来なかった。

 

 

 

 

 

「ーーー仮面ヤイバーさん?」

 

 

 

 

 

「カット!カット!」

 

光彦の声がそう響き渡った瞬間、コナンは表情筋を動かす力を抜いた。既に彼の目は半目。横目で後ろにいる光彦達を観やった。

 

「ダメですよコナンくん!もっと驚いてくれなくちゃ!」

 

現在、夕方のこの時間、廃ビルにて行われていたのは、哀とコナンの密会ではなく、演技の練習だ。近々、コナン達の学校で学芸会が行われるため、現在、その練習の真っ只中なのだ。監督は光彦だ。

 

「このシーンは、悪の組織を裏切った女スパイから、仮面ヤイバーが愛の告白を受ける衝撃的な場面なんですから!」

 

光彦がコナン達に詰め寄るその後ろで、密かに隠れて笑いを堪える声がコナンの耳には入っていた。勿論、笑っているのは咲だ。

 

「たくっ、これって学芸会の出しもんなんだろ?だったらもっと普通の劇にしようぜ?桃太郎とか一寸法師とかよ」

 

「おいおい、そんな、普通の劇だと、面白く、ないじゃ、ないか」

 

既に腹を抱えて笑いを堪えている咲が涙を拭いながらも体を震わせて言えば、コナンは明から様な不満顔を浮かべる。

 

「それに、あんなリアリティのない御伽噺なんて、出来ませんよ」

 

(仮面ヤイバーも似たようなもんだろうが)

 

「俺なんてジャガイモ魔人で我慢してんだぞ!文句言うなよな!」

 

「そうですよ!折角、気分を盛り上げるために、この廃ビルに潜り込んだんですから!」

 

「だったら刑事ものにしようぜ!」

 

コナンが丁度その言葉を言った時、咲の耳に、足音が聞こえてきた。それは最初こそ覚えのない足音だったのだが、直ぐにもう1人分、今度は聞き覚えのある足音が耳に入った。

 

(確かこの足音、佐藤とかいう刑事の……)

 

「ほら、良くあんだろ?廃ビルに逃げ込んだ犯人と、ドンパチやる話!」

 

その瞬間、タイミング良く佐藤の声が響く。

 

「待てーーー!」

 

その聞き覚えのある声が響き渡り、子供達全員が後ろの扉へと目を向ければ、足音が徐々に近付いてきた。そして数分遅れて扉が開き、手錠が両手に掛けられた髭の男が入って来た。その男は焦ったような様子で、子供達が思わずその男が走れるように道を開けたその瞬間、銃を構える音とともに、佐藤の声が響く。

 

「止まれ!!両手を上げて、その場から動くな!!」

 

男が佐藤の方へと恐る恐る視線を、顔を動かした時、佐藤に気付いた歩美が佐藤の名を呼ぶ。それに男がまず反応し、名を呼ばれた佐藤が、なぜ歩美達がこの場にいるのか分からず困惑顔を浮かべた。その瞬間、男が好機と見て、動く。

 

「歩美!!」

 

コナンが叫ぶがもう遅い。歩美は男に拘束され、抱え上げられる。

 

「このっ!!」

 

「うわぁっ!」

 

「「歩美/歩美ちゃん!!」」

 

元太達が歩美の名を呼び、咲の目が瞬間的に獲物を見据える猫の目となり、反対に佐藤は悔しそうに唇を噛む。

 

「来るな……来るなよ!」

 

男はそこで一度、後ろを確認し、直ぐに後ろの階段へと、歩美を抱えて走り出す。それを見て、コナン、咲、佐藤が走り出す。男との追いかけっこが始まり、何段もの階段を駆け上る。その最中、歩美は何度も離すように泣き叫び、懇願するが男は中々離さない。しかし、駆け上り始めて暫くすると、男は駆け登るのをやめ、丁寧に歩美を踊り場で降ろした。それに逆に驚くのは歩美だ。まさか、本当に離してくれるなどと考えも予想もしなかったのだ。

 

「ごめんお嬢ちゃん、怖い思いさせちゃって」

 

男は歩美の拘束を解いたあと、最後にもう一度謝罪をし、そのまま歩美を置いてけぼりにまた駆け登っていく。それを歩美は涙を目に浮かべた状態で見送った。それから少ししてコナン達がその階に到達する。

 

「歩美!!」

 

「歩美、無事か!!?」

 

コナンと咲が歩美に駆け寄る。その後に続いて拳銃を持ったままの佐藤が男の行方を聞けば、歩美から屋上に行ったと告げられる。そこでそのままコナン達は駆け上る。本来なら此処で止まる咲も、止まらず登る。制裁をするつもりはないが、しかしどうせ全員上がるだろうと予想したがための行動だ。

 

そのまま屋上に到達。佐藤が拳銃を構えるようにして壁に身を隠し、屋上を観察すれば、男が鉄の梯子を使って反対の建物へと移動していく姿を捉えた。それに驚く佐藤。こんな行動をされるなどと予想を付けるのが難しい。男は一度息を整えた様子があったが、佐藤の存在に気づくと直ぐに渡ってしまい、鉄の梯子を地上へと落としてしまった。これでは直ぐに反対の建物へと移るのは不可能。佐藤達は、男が扉へと消えていくその背を見送る事となってしまった。が、佐藤は諦めない。左右に視線を移し、何かないかと伺えば、近くに少し上だけ外れた管。その佐藤の様子に気付き、其方を見た咲は、佐藤が何をしようとしているのか、予想が付いてしまった。

 

「おい、素人がそれをするのは……」

 

しかし、咲の言葉で止まる佐藤ではない。佐藤は覚悟を決め、管へと駆けていく。そして途中で軽く跳躍。その間に拳銃を口に咥え、両手で管を掴む。これが子供ならそこまで大した事はなかっただろうが、大人の体重を支え切る事は不可能で、雨樋の留め具が一つ壊れてしまった。しかし、それだけでは届かない。次に佐藤は片手で掴んだ状態になり、もう片手で拳銃を掴み直し、留め具を二つ、撃ち壊す。お陰でそのまま佐藤が重りとなり、隣の建物の扉へと降り立つ。それを見ていた子供達全員絶句。元太が素直に賞賛するのみ。

 

「佐藤さん!」

 

そこで高木が登場し、歩美が振り返る間に佐藤が鍵を撃ち壊した。そして中へと侵入しようとする佐藤に、高木が声を掛けた。

 

「佐藤さん!!」

 

「高木くん!貴方は下から回って!」

 

「あ、はいっ!」

 

そこで素直に高木が下から回ろうとしたその時、コナンが待ったを掛けた。

 

「ねえ!何があったの!?」

 

高木が説明に困り、取り敢えず後を追いながら説明することを決め、全員が高木の後を追おうとする中、哀が振り返る。

 

「咲!貴方も行くわよ!!」

 

「……いや、私が先に行く」

 

「え?」

 

哀が咲の言っている意味を理解出来ずに問い返したその時、咲は行動に出る。まず、佐藤と同じように雨樋に捕まったが、やはり小学一年生の体重ではあまり曲がらない。

 

「ちょっと!?咲!!」

 

そこで哀が叫んでしまい、コナンが戻ってきた。

 

「何やってんだ咲!!」

 

「何って、此処から行こうとしてるんだが?」

 

「危ねーだろうが!!今直ぐ戻ってこい!!落ちたらどうすんだ!!!」

 

コナンがそう叫ぶが、咲はそれに耳を貸すことなく、両手で掴んだその状態で、壁を思い切り蹴った。そうすれば流石に傾き、支える部分が徐々に、ユックリと、佐藤の時とは比べ物にならないほど遅いが傾きだした。しかし、それは扉方面とは反対に右斜めに倒れて行く。今、咲が右側にいるためだ。そのまま傾いて行くが、やはり限界はあるもので、斜め45度辺りになった時に止まってしまった。が、其処で今度はその小さな体を使って逆上がりを始める。勿論、一回では終わらず、何度も、何度も回転し、勢いがついた辺りで両手を離し、ジャンプする。そしてその小さな両手を伸ばし、反対側の手摺をギリギリで掴んだ。

 

(ふぅ……やっぱり、大人の時のように上手くはいかないな)

 

そのまま咲は体を上げ、佐藤と同じ扉から入っていってしまった。

 

それを見届けていたコナンと哀は、既に顔色が青褪めていた。

 

「……おい、彼奴、組織の時、何やってたんだ?」

 

「……さあ、私も詳しくは……けれど、良く壁を蹴って登ったり、ビルからビルへと飛び移ったり……今思えば、これってパルクールよね」

 

「彼奴、そんなもん習得してたのかよ!?」

 

そこで後ろからコナン達を呼ぶ声が聞こえ、渋々ながらもコナン達はその場を後にし、高木達を追う。そして追いつき、事情を聞けば、連行中の犯人に逃げられたのだと説明される。それに驚きの声を上げる5人の子供達に高木の眉が下がる。

 

「そうなんだよ!本庁に連行する途中で、バイクとトラックの接触事故があって、気を取られてる内に、僕の隣にいた被疑者がいなくなっていたんだよ!大人しい男で、まさか逃げるとは思わなかったから……」

 

「ドジっ!」

 

「逃げられたら、始末書だけじゃ済まないんじゃないですか?」

 

歩美、光彦の言葉が高木を追い詰め、彼は嘆きの声を上げる。

 

その頃、咲はといえば、ビルの中を悠々と歩いていた。彼女の耳に音さえ入れば、大体の位置が掴めるのだから焦る必要はないのだ。

 

(気になることもあるし、衝動に任せてあんな行動したが……これは帰ったら説教物だな)

 

咲が先の未来を思い、重い溜息を吐いたその瞬間、何かが勢い良く壊れる音が聞こえてきた。

 

(これは……こっちか)

 

そうして左を曲がった時、トイレの扉が目に入った。

 

(まあ、あの逃走した奴の性別が男なんだから……)

 

そう考えてなんの躊躇もなく男子トイレに入れば、何故か男と共に手錠に掛けられ、しかも男の腕がトイレの水道管の後ろを通ってしまっているがために逃げられなくなってしまっている佐藤がいた。

 

「……佐藤刑事?これは?」

 

「あ、えっと……咲ちゃん、だったわよ?貴方、どうして此処に?」

 

「貴方の後を追って此処に来たんだ」

 

「ちょっと!?それ、危ないじゃない!!怪我はしてない?」

 

「怪我はしてないが、現状、一番心配するべきは貴方の今後じゃないか?その状態のままだと、このビルから出る事も出来ないぞ」

 

その言葉に佐藤が言葉を詰まらせ、天を仰いだその時、男が何かを呟く。勿論、それは咲の耳に入った。

 

「……貴方は、無実の罪で捕まってるのか?」

 

「……え、咲、ちゃん?」

 

佐藤が咲の言葉に目を見開いたその時、男が叫ぶ。

 

「私は無実なんです!殺しなんかやってないんですよ!!刑事さん!!」

 

「……え?」

 

「……殺し?」

 

咲が眉を顰める。咲は事情を知らない為、仕方のないことではある。そんな時、今度は高木の声が聞こえてきた。

 

「……高木刑事が来たな」

 

「え、本当に?」

 

「ああ。多分、すぐ近く……今、哀とコナンがなぜ美術館のはずなのに絵がないのかという話をしているな」

 

「こ、コナン君達も来たの!?……貴方、本当に耳が良いのね」

 

佐藤が感心したところで、彼女はすぐに切り替えて、高木を呼ぶ。彼女がもう一度呼べば、少しして高木が入ってきた。彼が恐る恐るな様子で入って来て、佐藤はトイレの扉から上半身を出し、左手で高木を呼ぶ。高木からは男子トイレなのに何をしているのかと叱られたが、彼女は気にしない。

 

「それで、あの被疑者は?」

 

「その被疑者なら、佐藤刑事と繋がれてるぞ」

 

そこで咲がトイレから出て来て話せば、高木の目が見開く。まさか子供がいると思っていなかった様子で、咲はこの瞬間、コナンが説明していなかったことを悟った。

 

「って、本当ですか!?」

 

そこで高木は本題と咲の言葉を思い出し、佐藤に聞けば、佐藤は苦笑いで頷く。

 

「実はちょっと、ドジっちゃって」

 

そう言って彼女は被疑者と繋がれた手錠を示すように上下に動かす。

 

「何してるんですか!手錠は被疑者の両腕に掛けるのが常識でしょ……」

 

「もう逃さないようにって、思わず自分の手に掛けちゃったのよ」

 

「鍵は?」

 

「失くしちゃったみたい」

 

「おいおい……」

 

咲も其処まで聞いていなかった為に、頭を抱える。まさか、失くしてるなどと思わなかったのだ。

 

「一課の皆んなに知られたら恥ずかしいから、こっそり合鍵取ってきてくれる?」

 

「こっそりなんて無理ですよ。被疑者に逃げられて大騒ぎになってるんですから……」

 

「なんなら、私が瑠璃か彰に連絡してやろうか?」

 

其処で咲が黒の薄いロングカーディガンのポケットから携帯電話を出せば、佐藤が首を横に振る。

 

「それに、元はと言えば、高木くんが被疑者から目を離したから逃げられたのよ」

 

そこで彼女が意地の悪い笑みで高木を見れば、彼の額に冷や汗が流れる。

 

「は、はい、そうでした……」

 

「じゃ、よろしくね!高木くん!」

 

佐藤は其処で高木の背中を押し、高木は仕方なさそうな顔をする。

 

「私じゃない」

 

そのタイミングで、被疑者の男がもう一度、誤解だと言う。それに耳を傾ける3人。

 

「犯人は私じゃない!何故だか分からないけど、朝起きたら『村西』さんが死んでたんだ!」

 

「……さっきからこの調子なのよ」

 

佐藤が呆れたような笑みを浮かべる。その反対に咲は、ジッと男を見ていた。

 

「本当です!信じて下さい!!」

 

「あのですね、『東田』さん。亡くなっていたのは、貴方と同じマンションに住み、職場の上司でもある『村西 真美』さんで、現場は彼女の部屋のバスルーム。彼女の絞殺遺体が発見された時、貴方は、彼女のベッドで酔っ払って寝ていたじゃないですか!入り口の扉の鍵も、チェーンロックまで掛かっていて、部屋は密室。オマケに、その扉の鍵やチェーンロック、彼女の首に巻きついていたビデオコードにも貴方の指紋が残っていました。その上、貴方は仕事上でよく彼女とぶつかっていて、その日も飲み屋で『あの女にガツンと言ってやる!』と友人に息巻いて帰ったそうじゃないですか。貴方が酔って彼女の部屋へ行き、口論になって殺してしまったとしか思えないでしょ」

 

「鍵を掛けたのは、彼女を逃さないようにする為。そして殺害後、酔い潰れてそのまま彼女のベッドに寝ちゃったって訳よね」

 

其処まで聞いていた咲は、犯人視点から考えようとするが、どうにも『酔っ払った犯人視点』というのが想像出来ず、首を傾げるのみ。正常な状態であれば、まだ出来たことだろう。

 

「でも私には、全く覚えがないんです」

 

「だから、それは貴方が泥酔していたからで……」

 

「確かに私は、私の仕事に事あるごとに難癖を付ける彼女を、恨んでいました。でも、殺したい程憎んではいなかった!!」

 

その東田の言葉は、咲から見て、本心のように感じた。裏にいた為、ある程度の嘘や偽りは判断することが出来るようになっている。

 

「じゃあなんで、逃げたりしたのよ」

 

「……警察に追われたから、とか?」

 

咲が予想を言えば、東田は首を横に振り、答える。

 

「……行かなきゃいけない所があるんです」

 

「何処よ、それ」

 

佐藤は少々、迷惑そうに眉を顰めれば、逆に彼は懇願するように言う。

 

「シカゴにいる娘から……離婚した妻に引き取られた娘から、結婚式の招待状が届いたんですよ!17年間、ずっと恨まれていると思っていた娘から……これには私が行かなくてどうするんですか!!」

 

東田が涙を目に浮かべて、その心を訴える。その訴えを聞いた佐藤、高木は互いの顔を見合う。そんな2人に、東田は本当の事だと訴える。その際、部屋に行けばその手紙も、同封された航空券もある筈だと言う。それを言われて戸惑う高木。

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

「そのオジさん、悪い人じゃないよ!!」

 

そこで別の所から訴える声が聞こえ、その人物へと目を移す。その訴えをするのは、歩美。

 

「だって、そのオジさん、歩美を離してくれたし、その時、『ゴメンよ』って言ってくれたもん!本当に悪い人なら、そんなことしないもん!!」

 

その歩美の訴えに、高木は困ったような表情を浮かべる。逆にそれを聞いていた佐藤は、東田に問い掛ける。

 

「ねえ。その便、明日のいつ?」

 

「成田に、12時30分ですけど……」

 

「さ、佐藤さん……」

 

佐藤の様子に気付いた高木が名を呼んだその瞬間、佐藤が真剣な様子で彼に、言うことをよく聞くように言う。それは至極単純、明日の昼、つまり、その航空の便に間に合うように、真犯人を挙げるように言ったのだ。勿論、それに驚かないわけもなく、高木は困惑する。

 

「ぼ、僕がですか?」

 

「ええ、そうよ。それまで私はこの人を、見張っててあげるから。どうせこれじゃ、動けないしね」

 

「じ、じゃあ、鍵を取って来ますから、この人を一旦、本庁に連れて行ってそれから2人で……」

 

「それだと、この人の乗る航空の便に間に合わないんじゃないか?」

 

そこで咲が高木を見上げて口を挟む。高木が咲を見れば、彼女の目が細まる。

 

「それとも、すでに時刻は夜である現在から、明日の昼までの短時間で、真犯人を挙げる自信でもあるのか?」

 

「それに、鍵を取りに帰っている所を上司にでも見られたら、コッテリ絞られて、始末書書かされてるうちに、フライト時間が過ぎてしまうのがオチよ。いい?私達は現在、被疑者追跡中。そう見せかけて、貴方が単独で真犯人を見つける……これしかないわ。検察庁へ送検される前なら、容疑が晴れた被疑者を、警察だけの判断で、直ぐに送致前釈放出来るしね」

 

佐藤のこの説得を聞いても、高木は納得せず、動こうとしない。そこで、佐藤が新たなタイムリミットを告げる。

 

「タイムリミットは、この美術館が開館する、明日の午前10時頃。このトイレに客が入って来たら、どの道、警察に通報されてしまうから」

 

そこで佐藤は東田に顔を向け、それまでは、東田を信じると告げた。その言葉に、東田は涙を浮かべて礼を言う。

 

「で、でも、僕1人じゃ……」

 

「あら、1人じゃないでしょ?」

 

佐藤が高木に言う。その意味を理解出来なかった高木が不思議そうにすれば、佐藤が下に顔を向ける。

 

「彼らは、やる気満々みたいよ」

 

「え?」

 

そこで高木も背後の腰より下辺りに視線を向ければ、そこには確かに、やる気に満ち溢れた眼をしている子供達6人がいた。その後、もう一度、佐藤から状況の整理がされ、コナン達は裏の非常階段から降りていた。その途中、佐藤からの応援の言葉を貰っていた高木がダラシない顔をして元太に急かされたり、その後に落ち込んだり、佐藤の後を追って無茶な事をした咲を哀が叱ったりする光景があったが、そのまま進もうとした。しかし、その途中でヘルメットと工事の服を着た男性が登ってきた。

 

「こらっ!お前達、何してるんだ!?」

 

急に現れ、怒られた事に全員に緊張が走る。代表として大人の高木が交渉に入るために前に出た。

 

「ここの下に書いてあったろ!『立ち入り禁止』って!」

 

「ああ、緊急事態だったので……」

 

「そうですよ!皆んなで犯人を追ってたんです!」

 

光彦の言葉を聞いた男は、怪訝そうな眼を隠しもしない。

 

「なにが犯人だ。刑事じゃあるめーしよ」

 

「ああ、僕はこう見えて警視庁の……」

 

高木がそこで警察手帳を出そうとしたが、その瞬間、別れる前に佐藤から言われた一言が頭の中で蘇る。

 

『勿論、逃走中の被疑者であるこの人と、刑事の私がここにいる事を悟られたらアウト。娘さんの結婚式に間に合う為にも、貴方が単独で密かに捜査するのよ』

 

それを思い出せば、高木には警察手帳を出せなくなり、刑事『ごっこ』をしていると認めてしまう事となった。勿論、『ごっこ』ではないのだが、それを目の前の男は知らない。そのまま男に小言を言われつつ、下まで連行され、外へと追い出された。そして捜査開始となる筈の所が、しかし、とある居酒屋の目の前の裏路地に隠れる羽目となっていた。なぜなれ、パトカーがサイレンを鳴らしながら過ぎて行くのが見えたからだ。そうして出るに出れなくなり、ついに5台目のパトカーが過ぎ、元太がなぜパトカーが通っているのかと聞き、帽子を新たに買って被っている高木が自分達と被疑者を探しているからだと説明した、その瞬間、高木の肩が叩かれる。

 

「たーかーぎー!」

 

「うわっ!?」

 

高木が思わずと言った声を上げ、コナン達が素早く後ろを見れば、其処には松田、伊達、瑠璃が立っていた。

 

「だ、伊達さん!!それに、松田刑事、瑠璃刑事も!?なんで此処に……」

 

それに瑠璃は苦笑いで言う。

 

「いや〜、この事件、松田さんが詳細を見た時からおかしいって言ってて、それで被疑者逃亡からの高木さん達からの連絡がないわで、てんやわんや。私達は一塁の望みを掛けて、被疑者が行ったというあの居酒屋を張り込んでたら、高木さん達が見えたので……」

 

「来たって訳だ」

 

瑠璃と松田の説明に、早くも暴露たと顔を青褪めさせる高木に、伊達が背中を叩く。

 

「安心しろ、高木!目暮警部達には連絡しねーよ!」

 

「え、どうして?」

 

コナンが純粋な疑問をぶつければ、それに松田が煙草を咥え、説明する。

 

「なに、此処に高木がいるのに佐藤の奴がいねーって事は、別の所に張り込みか、動けないかって所だろ?被疑者はそんな武闘派には写真見ただけじゃ見えねーし、なら彼奴がドジって動けなくなったって所か。張り込みはお前が餓鬼連れてる時点で排除だ」

 

その言葉に高木に冷や汗が流れる。何処まで見透かされているのか、分からないからだ。

 

「それに、被疑者の野郎がいないなら、再捜査のチャンスだ。って事で、まずは目の前の居酒屋で事情聴取でも取ろうかって考えた時……そこの眼鏡の餓鬼が見えたんだ」

 

そこで指名されたコナンが眼を見開き、自身に指を指す。

 

「ぼ、僕?」

 

「ああ。お前、あの毛利探偵の所の餓鬼だろ?しかも、あの探偵よりも数段、頭のキレる餓鬼だ。そんな餓鬼が、なんの理由もなしに隠れるような様子で裏路地から居酒屋を見てる訳ないと思ってな、裏から回ったって訳だ」

 

そこで瑠璃が咲に目線を移せば、咲は居心地の悪そうに視線を逸らす。

 

「それにしても……咲、あんた、こんな時間まで……修斗に連絡は?」

 

「……」

 

「あ、してないんだね。……仕方ない、やっておいてあげようではないか!この瑠璃様が!」

 

「変に威張ってんじゃねーよ」

 

瑠璃が胸を前に出し、ドヤ顔を浮かべれば、その直後に松田からの容赦無いチョップが入る。彼女はそこで蹲り、頭を抑えるが、全員見て見ぬ振りをすることに決めた。

 

「取り敢えずだ。お前さんも俺達と同じ目的だろ?なら、此処にお前さん達はいなかったって報告しておいてやるよ」

 

「代わりに、ちゃんと事情聴取して情報を搾り取ってこい」

 

伊達と松田は高木にそう告げると、松田が瑠璃を立たせ、3人は歩いて去って行った。

 

「……伊達さん」

 

「……兎に角、まずはあの店で。東田さんが事件の直前に立ち寄ったという、あの居酒屋からだね」

 

コナン達は、パトカーが来ないことを確認して、居酒屋『やまさん』に入り、事情聴取を始めた。

 

「ーーーええ、べろんべろんに酔っ払って、『今日こそはあの女にガツンと言ってやる』って。でもまさか、あの東田さんがあんな事するなんてね……」

 

「ねえ、その人、1人で帰ったの?」

 

コナンの問いに、女将は、一緒に来たらしい『北川』という人物に連れられて、2人で帰ったらしい。

 

「ほら、あの人」

 

そう女将が視線で示した人物は、テーブル席に1人で座り、新聞を読んでいた。頭を坊ちゃん刈りにしており、ちょび髭を生やし、煙草を吸っている。

 

「東田さんと同じ会社に勤めてるのよ」

 

「じゃあ、彼ですね。遺体の第1発見者の北川さんというのは……」

 

「第1発見者?」

 

その言葉にコナンが思わずと言った様子で問いかければ、高木が頷く。

 

「事件の翌日、東田さんと村西さんが出社しないので、管理人さんに部屋の鍵を開けてもらって、そこで遺体を発見したそうだよ」

 

そこで北川が席から立ち上がり、勘定を机の上に置いた事を女将に告げ、出て行こうとする。そこで高木が北川の名を呼ぶが止まらず、追い掛けるようにして外に出て、もう一度名を呼び、警察の者だと伝えれば、彼は全て話したと告げる。

 

「上司が友人に殺されて、酷くショックを受けているんです。暫く、そっとしておいてくださいよ」

 

そう言われてしまえば、高木も強くは言えず、困り顔。

 

「そうだよな〜。あの人は既に、警察で事情聴取されてるし、此処の居酒屋の女将さんだって、何度も……」

 

高木がそこで戻れば、子供達が女将に事情を聞いていた。

 

「そうよ!村西さんは東京スピリッツのファンで、東田さんはアンチスピリッツ!」

 

『へ〜!』

 

そこで高木が割って入り、女将に頭を下げる。その時、子供達から親に連絡した後の申し出を受け、高木は心の底から泣きたくなった。このままでは、明日の朝までに真犯人を探しだせる訳ないと、思ったのだ。そこでコナンが博士に連絡を入れ、全員が博士の家に泊まっていることにして欲しいと頼み、博士はそれを了承する。

 

『明日は待ちに待った日曜日!親御さん達には皆んなで明日のイベントに行くからと伝えておくよ!』

 

「イベント?なんだよ、それ」

 

『ワシの発明が遂に町のためになる日が来たんじゃよ!名付けて『トロピカルレインボー』!破裂したら七色に光るんじゃ!用が済んだら君らも見に来てくれよ!』

 

「あ、ああ……」

 

そこでコナンは電話を切る。高木が博士の反応を伺えば、コナンは頷いた。

 

「なんか明日、杯戸町で花火のイベントがあるって燃えてたよ」

 

「花火そんなイベント、あったかな?」

 

高木は記憶を探ってみるが、幾ら探しても覚えがない。そんな高木に、コナンは次に事件のあった村西さんの部屋を指定し、高木に連れられ、事件現場へと向かった。

 

「また刑事さんかい?昼間来てた刑事さん達が帰ったばかりだっていうのに」

 

「ああ、いえ、調べ残した事がありまして……」

 

そこで管理人が子供達の事を聞いてきた為、光彦、歩美が誤魔化しにかかる。

 

「生活科見学ですよ!」

 

「刑事さん達の仕事を調べて、学校で発表するの!」

 

そんな子供の様子に管理人も笑顔を浮かべた。そこで高木が扉を開け、後で鍵を管理人室に持って行くと話している間に子供達は部屋に入り、捜査を始めた。勿論、指紋を付けないために、白手袋をはめて。その際、最後に入ってきた高木にベタベタと触るなと怒られたが、高木が帽子を買ったところでその手袋を買った事を説明し、問題は解決された。

 

一方の松田達はと言えば……。

 

「……いや〜、妄想逞しい事で」

 

「まあ、佐藤とお前さんは、中々大事に扱われてるからな〜」

 

「彼奴ら、なんでそんなに女に困ってんだろうな?」

 

3人共、車の無線から聞こえてきた目暮の連絡に呆れた様子を浮かべた。その連絡の内容が、『佐藤と高木が被疑者に襲われた』と流れてきて、数分もしないうちに近くにいた別の警官、刑事達が一斉にやる気を出して捜索し始めたのだから、呆れるのも仕方ない。

 

「あのやる気を普段からも出して欲しいところですよね〜」

 

「そうだな。そうすりゃ、事件解決なんてすぐ出来んだろうに」

 

「まあ、佐藤のヤローと瑠璃が関係すれば、出すだろうよ、やる気」

 

松田が遂に車の背もたれに沈んでしまい、瑠璃と伊達は苦笑いを浮かべていた。

 

そんな事が起こっているとは艶も知らないコナン達は、高木に帰ろうと急かされている。彼は、鑑識の人達も入った為、塵一つ残ってないから、証拠品も何も見つからないと言う。しかし、コナンはそれを聞いていない。

 

「おかしいのは次の4点。一つ目は、布団、シーツ、枕と、その横のカーテンの色。台所用品や食器や他の内装も、ぜんぶべーじゅに統一してあるのに、なぜかベッドとカーテンの色はグレーになってる」

 

「そ、そんな、偶々だよ」

 

高木はコナンにそう言うが、光彦がそれに、ベージュ色のそれらはクローゼットの奥にしまってある事を告げる。その隣にいた歩美も、女将さんから聞いた情報の一つ、村西はベージュの色が大好きだった事を告げた。それを告げられれば、高木にも違和感が芽生える。

 

「あと、スピリッツとサボテンが好きだって言ってたぞ!」

 

「それから、東田さんはAV機器に詳しくて、風呂嫌い!」

 

「酔って寝たら中々起きなくて、よく会社に遅刻してたんだって!」

 

「そ、そんなこと、事情聴取の時には言ってなかった筈……」

 

高木がそこで自身の手帳を巡り、探すが、どこにも書かれていない。

 

「警察の人に事情聴取をされる時には、事件とは無関係な事を話すと怒られるんじゃないかっていう心理が働いて、構えて答えてしまう事だってある。ああ見えて、あの女将さん、萎縮してたんだと思うよ?」

 

「い、委縮?」

 

「二つ目は、何故か剥がされているベッド脇のカレンダー」

 

コナンが其処で手に持ったカレンダーをベッド脇の壁に近付く。その壁の一部のみ、真っ白になっていた。そこにカレンダーを翳せば、丁度ピッタリ一致した。因みに、カレンダーはクローゼットに戻されており、そこには東京スピリッツが写されていた。

 

「きっと、今チームが調子を落としているから、剥がしちゃったんだよ」

 

「ん?そうなのか?」

 

サッカーに興味がない咲が首を傾げるが、それに答える者はいない。

 

「でもほら見てよ!」

 

コナンはそこでカレンダーを高木に見せながら、一番下の12月まで捲る。その12月には、ギッシリと予定が書かれている。それを説明すれば、高木もまた一つ、違和感を覚えた。

 

「3つ目は、微妙にズラした痕がある家具類」

 

「それは鑑識さんも言ってたよ。模様替えしたんだろうって」

 

「でも、タンスを動かす時、こんな大切な物を落として、下に挟んじゃったのに気付かないなんて、変じゃない?」

 

コナンがそう言って見せるのは少し形が変形しているマッチ箱。それの何が大切なのか、高木には分からない。マッチを手に取れば、コナンに開けるように言われ、指示通りにマッチを開けてみる。その中には、マッチ数本と白い紙が入っており、その紙を開いてみれば、そこには村西の婚姻届が入っていた。それで結婚するつもりがあった事を理解するが、その相手の名前が書かれておらず、しかし印鑑は押されていた。

 

「4つ目はサボテン。事件の日は朝から横殴りの雨が降っていたのに、サボテン好きの彼女が、ベランダに出したままにするかしら」

 

哀がベランダを見ながら説明すれば、高木もベランダに体を出し、観察する。

 

「つまり、彼女以外の『誰か』が、何かの目的で色々な物を移動させたって事だよね?」

 

コナンが高木に気障な笑みを向けて言えば、高木は目を2、3度瞬きする。その時、子供達の声がベランダから響いた。

 

「あ!これですね!事件の日の夕方、女将さんが彼女にプレゼントした『キンシャチサボテン』!」

 

「だが、棘が折れてる。可哀想……」

 

「だから、それがなんなんだよ!」

 

高木が遂に叫ぶ。彼には、理解出来ていなかった。

 

「被疑者の東田さんは、遺体発見時にこの部屋のベッドで、自分の家にいるみたいにデーンと寝ていたんだよ?凶器のビデオコードだけじゃなく、入り口のドアの鍵や、チェーンロックからも、東田さんの、指紋……が……」

 

その瞬間、高木の頭に電撃が走る。彼は、理解してしまった。思い付いてしまった。

 

「ま、まさか……まさか、この部屋!?」

 

「じゃあ、行ってみる?」

 

コナンがそこで高木に声を掛ける。高木は目を見張ったまま、コナンを見た。彼の目は、信じられないと言った眼を、している。

 

「あの人の部屋も、このマンションなんでしょ?」

 

「……うん、行ってみよう」

 

高木は理解し、だからこそ行動に出る。

 

ーーー真相を、知る為に。




咲さん、実はパルクールしてました。因みに、独学です。まあ、子供になってしまった為、思うような動きは出来てないようですがね。


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第22話〜本庁の刑事恋物語2・後編〜

東田の部屋を捜索していれば、時間は過ぎて行き、空は既に黒から青へと変わり始め、見事な朝焼けを見せてくれていた。そんな時刻に、管理人は欠伸をしながらやって来た。結局、高木が鍵を返しに来なかった為、様子を見に来たのだ。そうして来てみれば、子供達5人が東田の部屋の前で座り込んでいた。歩美、光彦、元太は熟睡し、哀は欠伸、咲も壁に背をもたらさせ、眼を瞑ってはいたが、管理人の声が聞こえれば眼を開けて視線だけ管理人に向けた。

 

「おいおい、こんな所で寝てたら風邪引くぞ」

 

管理人が子供達の事を思って言ってくれたそのタイミングで東田の部屋の扉が開き、高木が出て来た。

 

「ああ、管理人さん」

 

「ああ、驚いたね。徹夜で捜査してたのかい?」

 

「ええ。ですが、お陰様で謎は解けました。……何もかも」

 

高木が不敵な笑みを浮かべ、管理人に礼を言うその後ろには、考え込むコナンがいた。

 

(あとは犯人を、どう追い詰めるかだ)

 

そして現在、犯人と思われる人物の近所にて、姿を隠す高木達。隠して行動しなければ、ちょうど現在も目の前を通っていくパトカーに捕まり、始末書を書かされ、被疑者はそのまま送検されてしまう。そんな緊張感を抱く高木の後ろには、欠伸をしてしまった歩美、光彦、元太、そして哀、コナン、咲がいる。欠伸をした3人に、眠いのなら家に帰ってもいいと提案すれば、子供達は帰らないと主張する。そんな子供達に困り顔の高木に、光彦は自分達にも協力させて欲しいと頼み、元太は高木1人カッコつけて犯人逮捕するつもりかとジト目を向ける。それが高木の仕事だとも言うが、子供達は納得しない。そんな時、哀が持っていた腕時計で時間を確認する。

 

「……時間、もうそんなに残ってないわよ」

 

それを言われて焦る高木に、コナンが漬け込む。

 

「さあ、早く乗り込もうぜ!……真犯人の家に!」

 

そこでパトカーが通らないうちに、とある住宅に入り、チャイムを鳴らし、住人ーーー北川に出て来てもらった。出て来た北川は高木の顔を見て、怪訝そうに眉を顰める。

 

「なーんだ、昨夜の刑事さんか」

 

「ああ、昨夜はどうも……」

 

「言ったろ?もう警察に話す事はないって」

 

「ああ、はい。ですが、遺体発見当時の事をもう少し詳しく伺おうと思いまして」

 

そこで欠伸をしていた北川の顔に苛つきが見えた。

 

「だからー!東田と村西さんが中々、出社しないし、電話にも出ないから、部屋に様子見に行って、様子見に行っても返事がないから、管理人に頼んで、まず村西さんの部屋の鍵を開けてもらったんだよ。そしたら、チェーンロックが掛かっていて、何故か彼女のベッドに東田が寝ていたから、玄関口から大声で東田を起こし、チェーンロックを外させて、管理人と部屋に入り、バスルームで亡くなっていた村西さんを見つけたって訳だ。以上、話は終わり」

 

其処で北川が玄関扉を閉じようとし、急いで高木が其処に手を入れ、力を込めてこじ開ける。それで高木が帰りそうにない事を察した北川は、言うことは全て言ったと宣言し、高木に帰れと言う。それに高木はもう少し話を聞かせて欲しいと頼めば、北川の眉が更に寄る。

 

「なんだー?あんた、まさか私を疑ってるんじゃないだろうな?」

 

「あ、いや……そう言う訳じゃ……」

 

「疑ってんだよ!」

 

そこで元太が割り込み、言ってしまう。更に焦り顔の高木だが、元太も光彦も歩美も気付かない。

 

「オメーなんだろ?犯人は!」

 

「誤魔化しても無駄です!」

 

「悪い事しても、すぐに暴露ちゃうんだから!」

 

「あ、こ、こら!」

 

高木がそこで3人に、物事には順序があると注意したその時、遂に怒りが頂点に達したのか、北川が怒鳴る。

 

「なんなんだ!この餓鬼どもは!!」

 

そんな北川に怯まず、子供達は名乗る。

 

「「少年探偵団!」」

 

「俺達に解けない謎はないんだぜ!」

 

「あ、あの、これは……」

 

高木が弁解しようとオロオロしていれば、そんな子供達を見て、子供達の遊びだろうと考えたらしい北川の肩の力多少、抜けた。

 

「たくっ……なんだか知らないけど勘弁してくれよ。あの状況からして、私が犯人な訳ないんだから」

 

「んじゃあ、なんでベッドとカーテンの色を変えたの?」

 

そこで問い掛けるコナン。そのいきなりの問いに、北川もすぐには答えることができず、コナンを見れば、気障な笑みを湛えた眼鏡の子供が見えた。

 

「えっ?」

 

「オジさんでしょ?村西さんの部屋のベッドとカーテンを、ベージュからグレーに変えたの」

 

そのコナンの言葉でまた沸点になり、高木の胸倉を掴んだ。

 

「おいっ!いい加減にしろよ!!早くこの妙な餓鬼どもを連れて帰らねーと……」

 

「どうするんだ?」

 

そこで咲が割って入り、北川を煽りにかかる。北川はそんな咲に、睨みを効かせる。

 

「餓鬼はすっこんでろ!!この刑事を名誉毀損で訴えんだよ!!」

 

「貴方が訴えた所で、貴方は捕まるだけだ」

 

「なんだと!?」

 

北川が咲に向けて叫んだ所で、高木が告げる。

 

「さっき、この近くのデパートに行って、裏付けを取りました」

 

その高木の言葉に驚く北川に、高木は続けて言う。

 

「貴方がそこで、グレーの布団カバーやシーツやカーテンを購入したという、店員の証言をね」

 

それに北川が少々声に覇気がないまま、家のカーテンや布団などが古くなった為に買ったのだと言う。気に入らなくて捨てたとも言うが、高木は追求の手を止めない。

 

「村西さんの部屋のカレンダーを外し、サボテンをベランダに出したのも、貴方ですね?」

 

「……」

 

「まあ、無理もありません。アンチスピリッツの東田さんの部屋に、スピリッツのカレンダーや買ってもいないサボテンがあったら、いくら東田さんが酔っていたとしても、気付かれてしまうかもしれませんからね」

 

その高木の言葉に、北川の顔色は悪くなっていく。反対に、高木の声に覇気が混じり出した。

 

「そう、貴方は村西さんの部屋から、目に付く余計な物を取り除き、カーテンやベッドの色、そして家具の位置まで東田さんの部屋と同じにし、村西さんを絞殺したあと、居酒屋で泥酔させた東田さんを、彼女の部屋に連れて行き、彼に錯覚させたんです。自分の部屋に帰宅したとね」

 

その高木の言葉に、北川は反論出来なかった。口さえ挟めないほど、恐怖しているのだ。

 

「あとは玄関口で酔った東田さんにまず、チェーンロックを掛けさせ、ドアを開けて、それを確認したあと、鍵を掛けさせればいい。彼はそのままベッドで酔い潰れ、翌日、村西さんの遺体と共に密室となった彼女の部屋で発見される、と言う訳ですよ」

 

それに北川は恐怖し、体を少し震わせたものの、しかし持ち直してとある事を質問する。

 

「び、ビデオコードは?村西さんの首に巻き付いていたビデオコードはどうなんだ?アレには東田の指紋が残っていた筈だ!」

 

「おい灰原!どうだった!」

 

そこでコナンが呼びかけ、そんなコナンに疑問を抱いた北川だが、そんな彼の後ろから、また別の声が聞こえる。

 

「思った通り、この家、ビデオコードが一本足りないわ」

 

そこで漸く家の中に入っていた哀に気付いた北川が悔しがり、そんな北川を見て、哀はクスリと笑う。

 

「AV機器に詳しい東田さんにビデオの配線を頼み、そのコードを凶器に使ったんでしょ?しかも貴方は、事件があった日、会社を休んでいる。その日の昼間、非常階段から村西さんの部屋へ行き、彼女から渡されていた合鍵を使って中へ入り、室内を偽装して会社から帰宅した彼女を待ち伏せ、絞殺したという証拠です!!」

 

そんな高木の言葉に、北川は悪い笑みを浮かべる。

 

「ふんっ!何が証拠だ、馬鹿馬鹿しい!じゃあ出してみろよ!!私がやったというちゃんとした証拠を!!」

 

しかし、高木は答えれない。そんな高木を見て、彼は余裕を持ち直す。

 

「ある訳ないよなー!あの日、私は会社を休んで、彼女にも会ってはいないんだから!!」

 

「……なあ、その親指の怪我、どうしたんだ?」

 

そこで咲が北川に斬りこめば、彼は驚愕し、手を震わせる。そこでコナンが追撃する。

 

「ねえねえ、その親指、絆創膏してるってことは、なんか怪我したんでしょ?」

 

「っ!怪我してるからってなんだってんだ!!此奴等連れて、さっさと帰ってくれ!!」

 

其処で家に入ろうとする北川の腕を高木が取り、文句を言う北川を無視して絆創膏を取れば、いくつかの刺し傷が残っていた。

 

「やっぱり!!どうしたんです?この刺し傷?」

 

「そ、それは……」

 

北川は素早く振り払い、誤魔化そうとする様子を見せる。そんな北川に、トドメを刺しに行く高木。

 

「警察でその刺し傷と折れたサボテンの棘を調べれば、すぐに分かりますよ?あの日、村西さんが持って帰ったサボテンを、犯行後、貴方が慌ててベランダに出したってことがね。……さあ、答えてもらいましょうか?事件の日の夕方、村西さんが居酒屋の女将さんに貰ったサボテンの棘に、彼女に会ってもいないと仰る貴方がの血が、何故、付着しているかという事を!!」

 

その高木の追求に、北川は肩を落とし、負けを認めた。それを聞き、北川の両手に手錠を掛けた後、高木が佐藤に電話を掛けるが、それが取られることはない。

 

「あれ?佐藤さん、どうしちゃったんだろ?」

 

「もう10時過ぎだぜ?」

 

「きっと、美術館の人に発見されちゃったんですよ!!」

 

「ああ、とにかく急ごう」

 

そこで北川を連れ、美術館へと行こうとした一行の側に、サイレンを鳴らしながら猛スピードを出していた車が止まった。そこから目暮が降りてきて、高木を叱りつけた。

 

「高木ー!何をしとるんだお前は!!」

 

「なっ!?目暮警部!!真犯人を捕まえました!!」

 

「そんなことより……っえ!?真犯人!?」

 

目暮が高木の言葉に驚く。そんな目暮に、高木は北川が村西にしつこく結婚を迫られて殺害した事も、その罪を仕事上のライバルだった東田に着せようとしたことも、その全てを自供した事を伝えた。そこまで説明し、すぐに杯戸署の警察に、東田の送致前釈放の手続きを取るように連絡して欲しいと頼む。それに戸惑いながらも目暮が了承し、連絡を入れ始める。そんな目暮とともに来ていた白鳥が、高木に詰め寄る。

 

「それで、佐藤さんは?」

 

「ああ。彼女は今、東田さんと一緒に、杯戸美術館に……」

 

それを聞いた白鳥は、笑った。

 

「はは、冗談はよしてくれ。だってあそこは今頃……」

 

そこで聞いたのは、美術館が爆発すること。どうやら杯戸美術館は爆弾を使っての取り壊しを決行することになっていたらしい。それを聞いた高木達はすぐに行動し、美術館に向かう。目暮は目暮で、そのスタッフをしていた警備員に連絡を入れ、爆発を中断して欲しい旨を伝えたが、途中でその会話が途切れてしまう。そして、遂に爆破12秒前。瑠璃達も合流し、急ぐが間に合いそうもない。そんな時、コナンが車から身を乗り出し、車の上に乗り上げ、キック力を上げ、持っていたヘルメットを蹴り飛ばす。狙いは、カウントダウンをしていた博士の頭。それは見事命中し、『1』とカウントした博士の頭に当たり、彼は気絶する。それに安堵する警察官一同。その後、手錠を斬られ、自由の身となった佐藤が、高木の元に駆け寄り、感動の再会……となるはずが、その高木の胸倉を掴み、懇願する。

 

「トイレトイレトイレ!トイレどこよトイレ!!昨日からずっと我慢してんの!?ここのトイレ水流れないし!!高木くんちっとも来ないし!!早く教えなさいよ!!!」

 

「か、角のゲーセンにあるんじゃないかと……」

 

高木が苦しそうにそう言えば、そんな高木を離し、素早くゲーセンへと向かっていく佐藤。その際、泣いていた佐藤を見た警官達が、高木に詰め寄る。

 

「高木さん、佐藤さん、泣いてましたね」

 

「高木〜!美和ちゃんに何をしたー!」

 

「い、いや、何をって……やだな〜……」

 

そこで、全警官からの怒りの制裁を受ける羽目となった高木とは他所に、コナン達は事の詳細を目暮達に話していた。

 

「ふーん、婚姻届がマッチ箱にね〜」

 

「マッチ棒の下に隠してあったぞ!」

 

「あの2人は、合鍵を持ち合う仲」

 

「きっと村西さんは、北川さんが部屋に来て、煙草を吸う時に、そのマッチを使わせて、脅かすつもりだったんですよ!」

 

「だよね?コナンくん?」

 

最後に歩美がコナンに問えば、コナンは笑みを浮かべる。

 

「それにしても、あの高木くんが……」

 

「いや〜、高木の奴も成長したって事だな!!」

 

白鳥の言葉に、同じく聞いていた伊達が嬉しそうにそう言う。目暮も、高木が一夜にして時間をひっくり返したことを称賛する声をだす。それに、咲が言う。

 

「仕方ないだろう。事件発見当時は、ベッドに寝ていた東田という、もっとも怪しく、それらしい答えを持っていた奴がいたんだ」

 

「そうだな。諸々の事情で、はなから東田さんが犯人じゃないと決めつけて捜査していた俺達とは、訳が違う……」

 

そこで『子供らしくない』ことに気付いたコナンが、慌ててその言葉は高木が言っていたと誤魔化せば、更に高木への評価が知らぬ所で上がってしまった。

 

その後、東田は問題なく飛行機に間に合った。しかし、佐藤達は反対に、目暮達に絞られることとなった。絞られた理由は、連絡を取らなかったことではなく、そんな事情をなぜ話さなかったのか、信用ならないのか、という事。そのことを楽しそうに話す佐藤に、高木は神妙な顔で、疑問をぶつける。

 

「あの、聞いてもいいですか?……佐藤さんは、目暮警部のこと……す、好きなんですか?」

 

「ーーーあらやだ、どうして分かったの?実はそうなのよ」

 

そんな佐藤の曇りない笑顔に、高木が肩を落とした。何せ、まだ告げていないものの、これで彼は振られたも同然なのだから。

 

「そ、そうですか……」

 

「だって、お父さんみたいでしょ?」

 

しかし、佐藤のその言葉で、高木の気持ちは持ち直る。

 

「……え?お父さん!?」

 

「うん、お父さん。私の父も刑事でね、私が小学校の頃、殉職しちゃったから、どうしても重ねちゃうのよね。あの恰幅の良い目暮警部と」

 

「……へぇ」

 

高木はその言葉を聞き、少しの安堵と、佐藤の少し嬉しそうな顔を見て同じように嬉しい気持ちを笑みを乗せて佐藤を見ていれば、佐藤は笑みを浮かべていた高木に気付き、顔を近づける。

 

「何よ、ファザコンとでも言いたそうな顔ね」

 

「ああ、いえ。じゃあ、僕もお父さんに、じゃなかった!警部に怒られてきまーす!」

 

高木が嬉しそうに走って目暮の元へと向かうその姿を、佐藤は怪訝そうに見つめていた。

 

その後、杯戸美術館の爆破は滞りなく行われ、それは大評判だった。が、その反対に、学芸会の施し物は、仮面ヤイバーから刑事モノに変更された。役柄は、元太が遺体役、歩美が犯人、哀、咲が被疑者、そしてコナンと光彦が刑事。

 

「お父様ー!」

 

「酷い事件だったわ」

 

「そうだな。とても、悲しい事件だった」

 

「こ、これは!親子の悲しいすれ違いが招いた、悲劇です!」

 

「お父様ー!」

 

こうして、学芸会は、幕を下ろしたのだった。



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第23話〜空飛ぶ密室 工藤新一最初の事件・前編〜

アニメだとこれ、1時間スペシャルなので、途中で一度、切らせてもらってます。それから今回、オリ主が三人出てきます。

1人は咲さん。もう2人が誰かは、読んでみてからということで。

*少し事件解決に足りない部分があったので付け足し、矛盾が生じるところは消しました。。


東京国際空港。この日、毛利一家と子供達は、沖縄に旅行に行くために、この空港にやって来た。本来なら行くにしても毛利一家だけの所、少年探偵団の4人がいるのは、この旅行を提案してくれた博士のお陰だ。

 

「わぁ!見ろよ!アレだぜ!俺達が乗る飛行機!」

 

「わぁ!大きい!」

 

「凄い!747!全長70.7メートルのジャンボジェット機ですよ!!」

 

「へぇ……そんなに大きいのか、あの飛行機」

 

4人が話しながら外の飛行機を見ている。そんな子供達の後ろでは、小五郎と蘭が子供達を見ていた。

 

「たくっ、この名探偵、毛利小五郎が、餓鬼のお守りしながら沖縄旅行とはな〜」

 

「よく言うわよ。昨夜、『待っててね!浜辺の天使ちゃん!』とか言ってたくせに」

 

「餓鬼連れなんて聞いてねー」

 

「もう!この旅行は、阿笠博士がインターネットで沖縄旅行を当てたから行けるのよ?一緒に連れて行ってもらえるだけありがたいと思ってよね?」

 

「へいへい。で、その幸運な博士様の姿がまだ見えねーが?」

 

「そういえば……」

 

「博士なら来ないよ」

 

そこで小五郎達と離れていたコナンが、欠伸をしながら戻って来た。そのコナン曰く、博士は風邪を引いてしまい、来られなくなったのだと言う。しかし説明したコナンは大したことはなさそうだと言う。そんなコナンに近付く歩美。

 

「灰原さんは?」

 

「博士の看病するならパスっだってよ」

 

「……そうか。哀は来ないのか」

 

「じゃあお土産、いっぱい買って行ってあげよう!咲ちゃん!」

 

咲が少々、寂しそうに言えば、歩美が元気にそう誘う。それに咲も笑みを浮かべて頷いた。その後、コナン達は飛行機に乗り込み、離陸する。

 

「わぁ!お家がどんどん小さくなってく!コナンくんも見て見て!」

 

窓側の歩美が右隣のコナンに話し掛ければ、彼は既に眠っていた。歩美がそのことに気付いた時、蘭が口元に指を立てる。

 

「シーッ、昨夜、遅くまで本読んでたみたいだから」

 

そこで彼女はコナンの眼鏡を取ってあげた。その眠った顔を見て、彼女はクスリと笑う。そんな蘭に気付いた、一個前の席に座る小五郎が振り返り、怪訝さを隠しもせずに問いかける。

 

「なにニヤニヤしてんだ?」

 

「ちょっと去年、飛行機に乗った時のことを思い出しちゃって。あの時、新一も離陸直後に眠っちゃったなって」

 

それを後ろの窓側の席に1人で座っていた咲は、これは揶揄いのネタになると思い、耳を立てて聞いていた。

 

「ああ、俺が町内会の旅行に行ってる隙に、探偵坊主とロスに駆け落ちしに行ったあの……」

 

「何度も言ったでしょ!新一の両親の家に遊びに行っただけだって!」

 

「高校生なりたての餓鬼が、2人で海外旅行するか?普通」

 

「だって、私の所にも新一の両親からチケット送られてきたもん」

 

それを聞いた小五郎の顔が神妙な顔つきになる。

 

「まさかオメー、あの時、彼奴に変な事されてねーだろうな?」

 

「なによ、変なことって」

 

蘭の問い返しに、小五郎が応えようとするが、流石に言えず、誤魔化すために、席から体を乗り出し、聞いていた隣の光彦達を叱る。そんな父に内心で悪態を吐いた後、彼女も眠くなってしまい、目を瞑った。

 

***

 

飛行機の窓の外は既に暗闇。飛行機内の電気も消え、あるのは上に付けられた小さな照明のみ。そんな中、蘭は毛布に体を包み、眠っていた。そんな中、飛行機内に声と咳き込む音が聞こえた。

 

「ケホッ、ケホッ」

 

「あの、すみません」

 

「あ?俺か?」

 

「煙草、やめてくれませんか?そこは禁煙席ですよ?他の方の迷惑にもなりますし、現に、あなたの1つ前の子供は咳き込んでいます。するんなら後ろの喫煙席でお願いします」

 

「僕、子供じゃ……ケホッ、」

 

男の子が咳き込めば、煙草を吸っていた男は何故か笑みを浮かべている。

 

「悪かったな、次からは気ー付けるよ」

 

男ー『大鷹 和洋』はそこで大きく煙を吸い込み、注意してくれた男性ー『鵜飼 恒夫』に吹きかける。それに彼は咳き込み、それを見た和洋は楽しそうに笑う。そんな笑い声で目を覚ましたらしい、隣にいた女性ー『天野 つぐみ』はタバコに気付き、和洋の手を抑える。

 

「ちょっと、やめなさいよ和洋」

 

「なんだよ〜?これから大金持ちになる恋人になんだよ?その態度」

 

和洋と呼ばれた男性の態度に、困ったような顔を浮かべる天野。

 

「和洋……」

 

「もっと喜べよ!向こうの新聞社が、このネガを高値で買ってくれるって言ってんだぞ?」

 

「そのネガが本物だったらでしょ?」

 

そこで別の第三者が割り込み、割り込んだ相手、天野の隣の窓側の席にいた女性ー『立川 千鶴』に2人して顔を向ける。

 

「来日したアメリカの有力上院議員のスキャンダルだかなんだか知らないけどね?もし人違いだったら赤っ恥よ?」

 

その千鶴の言葉に、彼は悪い顔を浮かべる。

 

「馬鹿言ってんじゃねーよ。こちとら予め、写真のコピーを2枚ほど向こうにFAXして、確認させてんだよ」

 

「どうでも良いけど、この旅行はバカンスよ?あんたのネガはついでなんだからね?」

 

「わーってるよ。俺達の華麗なサーフ・テクを拝ませてやるさ!な?『鷺沼』?」

 

そこで彼が1つ後ろの席に座っている仲間の男ー『鷺沼 昇』を見れば、彼は静かに眠っていた。

 

「何だよこいつ、もう寝ちまってるぜ」

 

そこで彼も寝ることにしたようで、常備されているアイマスクを取り出し、毛布も掛けて眠った。

 

「ケホッ、ケホッ……」

 

「大丈夫?雪男」

 

「うん、大丈夫だから……安心して、雪菜」

 

そこで顔がとてもソックリな少女と少年ー北星雪菜と北星雪男は、互いに笑みを浮かべた。その2人の隣で、照明を点けて本を読んでいた外国人の男性ー『エドワード・クロウ』が、後ろにいる和洋に視線を向けた。

 

それから時間が経過し、天野がスチュワーデスを呼ぶボタンを押せば、スチュワーデスがやって来る。その女性に天野が酔い止めの薬を頼む。しかし、少しずつ悪化していき、既に顔色が青褪めていた。それを心配する千鶴は、自身があげた薬はちゃんと飲んだのかと問う。それに天野は頷くが、効いている様子はない。その背後で未だ寝ている鷺沼にも与え、効いていることが確認出来る。それを聞いていた雪男が顔を出す。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「あ、平気、です……」

 

「でも顔色が……ふむ」

 

そこで雪男が千鶴を見れば、何かを察したらしい千鶴が席を代わろうと天野に提案する。そこにちょうどやって来たスチュワーデス。手には酔い止めの薬と水がある。スチュワーデスは一度だけ鷺沼がいる席を見たが、そこで千鶴が声を掛け、スチュワーデスからそれを受け取り、天野に渡したのを見て、雪男は安堵をする。その間、雪菜は気持ちよさそうに寝ており、雪男はそれを見て、クスリと笑う。そこで雪男も目を瞑り、寝ようとした時、女性の叫び声が耳に入った。

 

「っ!!」

 

「……ん〜……雪男?いま、なんか……」

 

雪男が後ろを勢いよく振り向き、寝ていた雪菜はといえば、呑気にも目をこすりながら目を覚ました。その瞬間、飛行機内の電気が点灯し、スチュワーデスの連絡が入る。

 

『お客様にご連絡申し上げます。只今、当機内にて急病の方がおられます。お客様の中に、お医者様や看護婦の方がいらっしゃいましたら、お近くの客室乗務員にーーー』

 

それを聞いた雪男は、近くのスチュワーデスを見て、手を挙げる。

 

「あの、僕はまだ研修医の身ですが、それでも問題なければ……」

 

「!それでも、お願いします」

 

そこで雪男が立ち上がり、エドワードに頭を下げて席から立ち上がる。そこで現場に向かう前に、雪菜に顔を向けた。

 

「ごめん、ちょっと行って来るよ」

 

「うん!行ってらっしゃい!」

 

雪菜が笑顔を向けて言えば、それに悲しそうな顔を向ける雪男。そのままスチュワーデスの女性と共に現場へと行けば、何故かそこで高校生の少年が既に遺体を観察していた。

 

「……あの、彼も医者ですか?」

 

雪男の問いに、案内してくれた女性が首を横に振り、否定する。それに眉を顰めたその時、声が掛かる。

 

「ん?……ダメじゃないか〜、子供がこんな所にいたら!」

 

その声に、雪男の眉間のシワが更に寄り、注意してきた相手である目暮を見る。

 

「……僕は研修医ではあるけれど、立派な大人で、医者です。医学の知識は一通り勉強してます。ですから、此方に立ち会わせてもらっても、構いませんよね?」

 

その少々苛立ちを声色に乗せた雪男の発言に、目暮は乾いた笑いを浮かべながらも頷いた。それを見た雪男は苛立ちを納め、遺体を再度見る。

 

「それで、遺体には彼以外、誰も触れてないでしょうな?」

 

「あ、僕もまだ触れてません。というか、僕よりも前に奇妙な青年がさっきからいて……」

 

「奇妙な青年?」

 

そこで目暮が直ぐに現場であるトイレの中に入れば、黒いセーターを着ている青年と、近くにはスチュワーデスがいた。

 

「一体、誰がこんなことを……」

 

「それはまだ分かりません。しかし、ご心配なく。犯人はまだ、太平洋上空に浮かぶ、この巨大な鉄の塊の中だ」

 

その青年の言葉に、今度は目暮が苛立ちを募らせ、睨むようにして青年を見据える。雪男はその間、目暮の後ろに立っていた。

 

「逃しはしませんよ」

 

「おい!!なんなんだね、君は!!」

 

そこで青年はゆっくりと振り返り、自信満々に名を名乗る。

 

「『工藤 新一』……探偵ですよ」

 

その名前に反応するのは、目暮。

 

「く、『工藤』って、まさか優作くん所の……」

 

「お久しぶりです、目暮警部」

 

「おお!息子の新一くんか〜!若い頃の彼にソックリだ!最後に会ったのは、君が小学校6年生の頃だったな!」

 

目暮は再会を喜び、そんな目暮の対応に、新一は嫌な顔せず笑顔を浮かべる。

 

「いや〜、それにしても大きくなって……」

 

そこで目暮は現在の状況を思い出し、新一の腕を強く引いた。

 

「んなことは関係ない!!確か君は、高校生になったばかりだろ!!勝手に現場を荒らしよって!!」

 

新一を現場からだし、そう説教をする。その後、直ぐにスチュワーデスの1人に誰かからカメラを借りて着て欲しいと頼む。しかしスチュワーデスは、新一が既に撮ったことを話し、目暮と雪男が目を見開いて、後ろにいる新一を見る。

 

「60枚程、お客さんからカメラを借りて……」

 

「それに……その少年に言われて、彼の行動をずっと見張ってましたが……」

 

「何かを隠したり、ふき取ったりする怪しい素振りは全くありませんでしたよ」

 

それを言われて、目暮は一瞬言葉を失う。その横で、更に雪男の眉間に皺が寄る。

 

「けど、下手に触ると硬直した筋肉が解かれて、死亡推定時刻が分からなくなるんだけど……」

 

「死斑の状態や顎が硬直し始めていた事などを踏まえると、死後、1、2時間経過してます」

 

「1、2時間……」

 

そこて雪男は考え、ハッと思い出す。そう、それが正しいとなれば、雪男の立場は『容疑者』に早変わりする事になるのだ。

 

(いや、僕だけじゃない。雪菜だってそうだ)

 

雪男がそんなことを考えている間に、目暮と新一の話は進む。

 

「気になることは3点。1つ目は、遺体が寄りかかっていた壁に数滴、飛び散っていた血痕が、そこに密着していた衣服には付着していなかった点。2つ目は、致命傷となった傷口の右下に、何かで引っかいたような跡が残っていること。3つ目は、遺体のそばの左ポケットの内側が、ぐっしょり濡れていた点。遺体の手は全く濡れていませんでしたし、例え濡れた手を突っ込んでも、ああは濡れません」

 

「となると!誰かが何かの目的で濡らしたという事に……」

 

そこで又もや目暮が言葉を切る。話を真面目に聞いていた目暮だが、その助言してくれている人間は高校生なのを思い出し、警察の仕事だと新一を現場から追い出した。

 

「すみませんが、儂の隣の席で寝ている男をここに呼んで来てください!彼も、刑事です!」

 

そこでスチュワーデスの1人にそう頼み、目暮は雪男を見る。雪男はそこで自分の役割を思い出し、軽く頭を振った後、遺体に近づき、検死を始める。

 

「頸髄のあたりに傷がある事から、恐らく死因は頸髄損傷による窒息死ですね。この細さから考えて、凶器は先の細いアイスピックの様な物だと思います。死亡推定時刻は、この硬直から考えて、あの青年の言った通りです」

 

「ふむ。そうか……」

 

「あの青年、他にどこか触っていたりしましたか?」

 

雪男がスチュワーデスの1人にそう問いかけると、スチュワーデスがゴミ箱の中を見ていたことを告げる。それを聞き、雪男が白手袋でゴミ箱を開けば、中には小さな薬品瓶と青い布があった。

 

「これは……。多分、被害者は殺される前、薬品を嗅がされて、昏睡状態に陥っていた可能性があります……流石に、なんの薬品かを調べるには、相応の道具が必要ですので、今、これを調べることは不可能です。まあ多分、クロロホルムだとは思いますが……」」

 

「ふむ、そうだな」

 

そこで高木がやって来た。それを見て、目暮が遅いと叱りつける。そして、現状を説明し、薬品のビンと布を取り出す。

 

「この布を瓶の中に入れ、犯行の直前に使って、被害者を眠らせた可能性があるな」

 

「ええ」

 

「すみませんが、証拠品をお借りしたいので、ビニール袋か何かを……」

 

目暮がそう頼んだ時、スチュワーデスの2人が互いに顔を見合わせる。それを不思議に思い、目暮がどうしたのかと尋ねれば、1人が答えてくれる。

 

「いえ、あまりにもあの少年が言ってた通りなので、ちょっと吃驚しちゃって」

 

「あの少年?」

 

高木が不思議そうな様子を見せれば、目暮は半目で外を指差す。

 

「ほら、入り口のところにいただろ、黒いセーターの」

 

そこで雪男も連れて現場を出れば、高木が新一を見て、目暮に問う。

 

「何者なんですか?」

 

「儂の友人の息子だよ。事件に詰まった時、相談に乗ってくれていた推理小説家のな。子供の頃、よく父親について来て、現場でチョロチョロしていたが、まさか、これほど現場を分析する力を身につけていたとはな」

 

「へ〜!それは頼もしいじゃないですか!」

 

高木が素直に褒めれば、目暮に怒鳴られる。

 

「バッカモーン!所詮、素人は素人!!推理小説を読み齧って、名探偵気取りになってる高校生に過ぎんわ!!」

 

そこで現場のトイレを閉じる目暮。そこで目撃者を探すと言えば、それを聞いていた新一が気障な笑みを浮かべる。

 

「容疑者は6人ですよ」

 

「え?」

 

「その時間、トイレに行ったのは、被害者を除けば6人だけです。僕の席は客席の最後尾。ずっと見てましたけど、後ろの喫煙スペースには誰も来ませんでしたので、間違いないと思います」

 

「ずっと見てたって、あんた、一晩中起きてたの?」

 

蘭がそこで驚いた様に聞けば、それに新一はなかなか寝付けなかったと言い訳をする。しかしそれに蘭は更に不思議そうに聞く。

 

「え!?どうして?飛行機に乗るなり、すぐに寝入っちゃったじゃない!」

 

「あ、あれ?そうだったっけ?」

 

そこで誤魔化す新一。それに蘭が呆れた様子で、早く寝て夜中に起きる新一に、赤ん坊と変わらないと評価すれば、新一は笑って誤魔化す。しかし、頭の中では少し違う。

 

(馬鹿野郎、隣であんなに寝息立てられて平気でいられる程、俺はまだ人間が出来てねーんだよ)

 

「じゃあ早速、その6人というのを教えてくれないかね」

 

目暮がそこで新一にそう聞けば、素直に頷き、1人目である雪男を見る。

 

「まずは、そのお医者さんで、2人目はそのお医者さんと同じ顔の少女……ですよね?」

 

新一が雪男にそう聞いてくる。それに驚いた様子の目暮と高木を他所に、雪男は苦笑いを浮かべて頷く。

 

「そうだね。僕と、僕の双子の妹の雪菜も、前のトイレを使うために立ったよ。あと1人も、大体予想はつくけれど、他の3人は分からないよ」

 

「そうですか」

 

そこで新一が驚く2人に視線を向けたその瞬間、目暮が雪男の肩を強く掴む。

 

「あ、貴方がトイレに立ったというのは、本当かね!?」

 

「ほ、本当ですよ!でも、だからと言って、僕は容疑者であり、確かに今、遺体を触ったりしたけれど、貴方方警察の前で、何かを隠したりする様な様子、見ましたか?」

 

雪男のその言葉は、容疑を晴らすためのものではなく、『現場を荒らしていない』ことを証明するための言葉。それを理解した目暮は、肩から手を離し、頷く。

 

「た、確かに……分かりました。そこは信じましょう。しかし、まだ貴方は容疑者ですので、疑われる可能性がある行動は控えて下さい」

 

「分かってます」

 

その返事を受けたあと、今度は新一の案内で前の座席ー雪男達が座っていた周辺までやって来て、新一は指を指していく。まず最初に千鶴、そして隣にいた天野、通路を挟んだ隣の鵜飼、そして前の席のエドワードと、不思議そうな顔で新一を見ている雪菜。

 

「貴方は?えっと……」

 

「あ、そう言えば名前を言ってませんでしたね。僕は雪男です。僕の席は、外国人の方の隣で、ちょうど真ん中の席ですよ」

 

「6人共、席が近いですね」

 

「ああ」

 

「ちょっと、なんなのよ?」

 

「何があったんですか?」

 

目暮達が話していれば、自体を理解できてない天野達が聞いてくる。そこで目暮が事件があった事を説明し、現場まで来れば、その遺体を見た天野と千鶴の目が見開かれ、顔が青褪める。

 

「和洋……和洋!」

 

天野が和洋に思わず近付こうとした所を高木が止める。彼女が伸ばしたその右手が和洋を掴むことは、なかった。

 

「そんな……そんな……」

 

そこで遂に天野が泣き崩れてしまい、それを千鶴が慰め、どうして和洋がこんな事になったのか、聞いてくる。その理由はまだ判明していないため、これからだと目暮が言えば、そこに鵜飼がネガが原因ではないかと告げる。

 

「ネガ?」

 

「あの男、見せびらかしていたんです。新聞社に売り込むと金になるネガって……」

 

「ああ、そう言えばこの人、そんなこと言ってましたね」

 

そこでネガはどうなったのかと千鶴が聞けば、高木がそれに答える。どうやら和洋が持っていたというネガは、失くなっているらしい。それに信じられない様子の天野。

 

「となると、犯人はネガの事を知っていた人物という事になりますな」

 

「そんなの、業界の人なら誰でも知ってるわよ!彼はマメに、いろんな新聞社に売り込んでたから!」

 

「なあ刑事さん、大鷹は後頭部を一突きにされたんだろ?だったら、犯人はプロだ。その2人はただのカメラマン。疑うのは筋違いだぜ」

 

そこでここまで2人の付き添いで来たらしい鷺沼がそう言えば、それに反論する新一。

 

「いや。ちょっとした医学知識と麻酔薬、そして凶器があれば、誰でも犯行が可能ですよ。例え女性でもね」

 

その新一に、鷺沼は不審そうな目を向けるが、そこで次に雪男に目線を向ける。

 

「なら、一番はそこの医者だろ。一番、ここで医学知識があるんだからな」

 

その鷺沼の言葉に、雪男は反論しない。しかし、その隣にいた雪菜が怒ったように反論する。

 

「雪男はそんな事、しないもん!!」

 

「ちょっと、雪菜……」

 

「あ?なんだ?この嬢ちゃんは」

 

「雪男は私と、お姉ちゃんの所へ行く為に来たんだもん!人を殺しに来たんじゃ……ムグッ」

 

そこで遂に雪男がその口を抑え、喋らせないようにする。それに一瞬藻搔いた雪菜だが、直ぐに藻搔くのをやめ、怒った様な視線を雪男に向ける。

 

「ちょっと、一回落ち着こっか、雪菜。一回手を離してあげるから……はい、深呼吸」

 

そこで雪男の言う通り、雪菜は深呼吸をする。それで落ち着いたのを見て、目暮は6人全員に、トイレに立った時の状況を聞く。それにまず答えたのは、天野。彼女は、気分が悪くてトイレに行ったと言う。その後、戻って来た時には和洋はいたと証言する。その後は、薬を持って来てもらう為、スチュワーデスを呼んだと言い、それをスチュワーデスの1人に聞けば、肯定される。その時の和洋は眠っていたと証言される。

 

「それなら私も、通路の向こうから見たよ。なんか薬を頼んでいたみたいだったよ。私がトイレに入ったのは、そのちょっと後、入ってる時間は、5分ぐらいだったかな」

 

「通路の向こうって、あんたの席は被害者と同じ通路に面しているはずじゃ……」

 

「席でジッとしてると落ち着かなくて、ウロウロしていたんですよ」

 

「雪菜は多分、この人の後だと思います……まあ、確信は持てませんけど。僕は雪菜が席に戻って来た後に行きました。その時にはいなかったと思います」

 

「薬を彼女に持って行った時には、もう席を立たれていました。持って行くまで、1分もかからなかったと思います」

 

「あ、なら雪菜が行った時にはもういなかったのかも……」

 

雪男がそんな風に言った後、今度は千鶴がトイレに行った時の証言をする。彼女がトイレに行ったのは、天野が薬をもらった後だと言う。20分ぐらい経った後だと言う。どうやら、和洋がなかなか戻ってこない為、様子を見に行ったのだと言う。

 

「でもその時、彼はまだ生きてたわよ?」

 

「え?」

 

「だって、このトイレのドアを大丈夫?ってノックしたら、ノックで返してきたもの」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

高木が尋ね、目暮がなぜ和洋だと分かったのかと聞けば、他の3つのトイレに誰もいない事を、ドアを開けて確かめたからだと答える。

 

「じゃあ、残るは彼だけか……」

 

そこで目暮がエドワードを見れば、既に新一が近付き、英語で問い掛けていた。

 

When did you go to the toilet?(貴方はいつ、トイレに入りましたか?)

 

「I don't remember when I did,unfortunately.」

 

その答えを聞いた新一が、咳き込みながら目暮へと訳を伝える。

 

「いつ入ったか覚えてないそうです」

 

それに困った様子の目暮。しかし、覚えてないのも仕方ないかと理解する。その間も咳き込む新一に、蘭が心配そうな様子で寄ってくる。

 

「ちょっと、どうしたのよ?」

 

「あの外人、コロンがキツイんだよ」

 

そこで遂に鷺沼がいつまで聞いているのかとニヤニヤとした笑みで聞いてくる。凶器が持ってる人間が犯人だろうと言い、彼は6人の手荷物などを調べた方が早いのではないかと提案する。

 

「ま、トイレに立たずにずっと寝てた俺には、関係ねー事だがな」

 

その言葉を鷺沼が言った途端、鵜飼が反論する。

 

「嘘だ!貴方も席を立ったじゃないですか!」

 

「何?」

 

「だって貴方の席、被害者の真後ろでしょ!」

 

「どういうことです!?」

 

そこで目暮が鵜飼に問い掛ければ、鵜飼がトイレに入る前、被害者がまだ寝ていたその時、鷺沼は確かに席を空けていたと証言する。それに鷺沼がデタラメを言うなと言う。勿論、トイレに立ったのは4人だと新一の証言も証拠として叫び、新一に確認を取れば、新一は曖昧ながらも後退する。

 

「ちょっと、ハッキリしなさいよ!」

 

蘭が小声でそう言えば、新一は記憶を振り返り、焦る。

 

(そう言えば一瞬、気を取られてたような……)

 

そこで目暮が鷺沼を加えた7人に、手荷物のチェックと身体検査をトイレの中で受けるように伝え、検査が終了するが、その7人の手荷物からも体からも、凶器は出てこなかったことが伝えられる。勿論、飛行機内の疑わしいところも捜索したが、どこにもない事が伝えられる。

 

「おい。トイレに立ったのは本当にあの人達だけだったのか?」

 

目暮の問いかけに、新一は答えない。彼の目は見開いたままだ。

 

「ちょ、ちょっと新一?……新一?」

 

蘭が新一の名を呼べば、彼は驚愕の顔から、楽しそうな笑顔へと変わる。

 

「ふん、おもしれーじゃねえか」

 

「え?」

 

「凶器が機内から見つからねーって事は、まだ犯人が隠し持ってるって事だ。恐らくそれが犯人の切り札。見つけてやるよ、その切り札ってやつを。この巨大な鉄の鳥が、翼を休める前にな!」

 

彼は宣言する。飛行機が目的地に着くまで、まだ時間は、たっぷりとあるのだからー。




うちの主人公、まさかの容疑者側。これを書く上で、折角だからと容疑者側にしてみました。ハイ。

因みに、以前、雪男君が蘭さんをみた時、何の反応もなかったのは、彼もまた、この事件を忘れてしまっているからです。正確に言えば、遺体とその死因とその時の凶器は覚えているのですが、その時にいた人に関して言えば、雪菜ととある人物以外、覚えてません。とある人物に関しては、雪男にとっての印象が強かっただけなので仕方ないですね。


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第23話〜空飛ぶ密室 工藤新一最初の事件・後編〜

新一はこの事件を解決するため、まず最初に凶器探しを始めることにした。その為、目暮にとある提案をする。

 

「なに!?調べ直せだと?あの容疑者7人の身体検査と手荷物のチェックを……もう一度やり直せっていうのかね?新一くん」

 

その目暮の言葉に、新一は頷く。現状、凶器は機内のどこにもみつかっていない状態を考えると、犯人が隠し持っている可能性があるということを伝えれば、目暮も理解はするが、困り顔。しかし容疑者全員にそれを頼むことはしてくれた。勿論、警察からの要求に、容疑者達は反抗せず、自身の鞄を差し出した。其処で一番最初に見られる事になったのは千鶴の荷物。中身はパスポート、財布、ハンカチ、化粧道具、ティッシュ、搭乗券、サングラス、カメラ、手帳、ボールペンなど。これらを見て、高木は凶器と言える様な物はないと判断するが、其処に新一が待ったをかける。

 

「そのボールペン、中身は調べたんですか?」

 

「ああ、勿論調べたよ」

 

「では次、天野さん」

 

「は、はい」

 

そして彼女が見せた鞄の中は、パスポート、財布、ハンカチ、カメラ、ニット帽、搭乗券、化粧道具、ソーイングセット、酔い止め薬。

 

「刃物と言えるのはソーイングセットの小さな鋏と針ぐらいですが、こんなものであんな殺し方はまず無理ですね」

 

高木の判断に目暮は否定せず、次に鵜飼を呼ぶ。彼の手荷物の中はパスポート、搭乗券、財布、ハンカチ、髭剃りタオル、シェイビングクリームのみ。それらを見て、直ぐに問題ないと判断した目暮が次に雪男を指名する。そこで彼は頷き、リュックを差し出す。その中身は、パスポート、財布、ハンカチ、ティッシュ、手帳、ボールペン、文庫本1冊、医学書1冊、眼鏡ケース、搭乗券、携帯電話、腕時計、風邪薬、解熱剤、公演チケット。

 

「……あれ?このチケット……あのピアニストの梨華さんの公演チケット!?」

 

高木がチケットを見て動揺したように叫べば、それに雪男は苦笑いで頷く。

 

「その人は僕達の姉なんですよ。……まあ其れはともかく、僕の荷物に問題点はないですか?」

 

「ボールペンの方はどうですか?」

 

「同じく調べたよ」

 

「眼鏡ケースの中身は?」

 

「眼鏡が入ったままだったよ」

 

「あ、僕のは所謂、伊達眼鏡ってヤツだから、僕自身は目は悪くないよ」

 

「では次、雪菜さん」

 

「はーい!」

 

雪菜が笑顔でピンクの猫リュックを差し出す。それに少し動揺する高木だが、すぐに顔を引き締めてバッグを受け取り、中身を見る。その中には、パスポート、財布、ハンカチ、ティッシュ、搭乗券、カメラ、携帯電話、ゲーム機、公演チケット。

 

「特に不自然なものはないな……ええっと、次はエドワードさん」

 

そこでエドワードを見れば、既に新一が話しかけていた。

 

We'll check your belongings,just in case.(念の為、貴方の所持物をチェックします。)

 

「Well,it appears you have to.」

 

「いいそうです」

 

それを聞き、高木が近付く。それ見てエドワードが鞄を渡し、背中を向けた高木の後に着いていく。そんな彼を見送る新一だが、前を通り過ぎていくとき、とある事に気付いた。それは、エドワードのコロンの匂いが、手のふきんからはしないこと。

 

(変だな……首の周りはコロンの匂いがかなりキツかったのに……手にはつけてないのかな?)

 

そんな間にもエドワードの鞄は開かれ、中身が見られる。その中身は、パスポート、財布、ハンカチ、搭乗券、タオル、新聞、文庫本2冊眼鏡ケース、ソーイングセット、アメリカナショナルバンクの小切手帳のみ。そこで目暮がその小切手帳の事を聞こうとしたが、しかし日本語は通じない事を思い出し、英語で聞こうとしたが出来ず、困り顔を浮かべる。そこで新一が代わりに英語で聞くことにする。

 

Mr. Edward, I'd like to ask you a few questions.(エドワードさん、貴方に2、3質問します。) About the check book in your brief case.(貴方の持つ小切手についてです。)

 

「Yes,my child.I was to buy some art objects.At the auction in Japan,but nothing caught my eyes.」

 

「日本で競売されていた美術品を買うつもりだったけど、気に入ったものがなくてやめたそうです」

 

その新一の訳を聞き、目暮は納得する。そこで最後の鷺沼の鞄を見るため、指定しようとしたとき、鷺沼が自身の鞄を床に置く。それを受け取り、鞄の中身を見れば、中にはパスポート、財布、ハンカチ、カメラ、ネガ、腕時計、煙草、ライター、搭乗券、酔い止め薬が入っていた。その中に入っていた酔い止め薬は三種類ほどあり、それを目暮は手に持ち、鷺沼に質問する。

 

「薬がかなり多いようですな?」

 

「乗り物には弱くってね。千鶴やつぐみからも貰ってたんだ。な?」

 

「ええ」

 

鷺沼からの言葉に、千鶴が同意を示す。その反応を見た後、新一は彼が持っていたネガに興味を示す。

 

「このネガ、ちょっと見てもいいですか?」

 

「あ、ああ……」

 

新一が高木から許可を貰い、ネガを見る。それに気付いた鷺沼の目が見開かれ、止めようとするがもう遅い。

 

「……この写真の人、アメリカの上院議員のディクソンさんですね?」

 

「あ、本当だ!女性と一緒に写ってる」

 

「あれ?確か、被害者の人が持ってたネガも同じじゃなかったかな?」

 

「ええ。それ、大鷹くんが撮った写真と同じよ!」

 

それを聞き、目暮が一気に鷺沼を疑う。鷺沼がそれを持っているということは、犯人なのではと目暮からの疑いの目に気付いた鷺沼が、それは正真正銘、自身のネガだと主張する。彼は、大鷹と共にホテルで張り込み、撮ったのだと言う。本人は、大鷹のよりは出来が悪いものの、ロスに行って一緒に売り込むつもりだったのだと、弱気な態度で主張する。

 

「第一、疑うんなら凶器が出てきてからにして欲しいね!」

 

鷺沼がそこで怒りを露わにすれば、それに気付いた高木が疑いの目から一転して、宥めにかかる。鷺沼からの苦情は、身体検査を終えてから幾らでも聞くとも言う。その間、エドワードの隣にいた雪男はまた咳き込み、それを心配する雪菜。

 

「大丈夫?」

 

「う、うん……うーん、時間が経って、慣れたと思ったんだけど……ケホッ、ケホッ」

 

その一言を耳にした新一が、雪男に近付き、エドワードから軽く離す。その気遣いに、雪男は笑みを浮かべて新一を見上げる。

 

「ありがとう、僕を気遣ってくれて」

 

「いえ。貴方が咳き込んでいた理由は、彼のコロンだったようですね」

 

「うん、まあね。ちょっと、コロンがキツくて……隣の席の時は途中から慣れた……というより、少し鼻をやられたんだけどね」

 

その雪男が困り顔を浮かべる。勿論、その時点で隣の席に雪菜と席を後退すれば良いだろうと言われればそれまでなのだが、雪男は酔っている訳でもないのにと考え、席替えの考えを無意識になくしていた。それを見た後、新一はその場から離れ、考える。今、彼は大鷹の席までやって来ていた。

 

(搭乗券の座席番号からすると、その後ろが鷺沼さんで、その前がエドワードさん。右隣が天野さんで、その前に雪男さん。天野さんの隣に立川さん、前に雪菜さん。そして、通路を挟んで左隣が鵜飼さんだったな)

 

そこで彼は視線を動かし、鷺沼の隣の席である物を見つける。それを手に取り、見れば、それはネガの切り端だった。

 

(どうしてこんなものが鷺沼さんの隣の席に?)

 

そこで蘭が新一に近付き、身体検査が終わった事を報告してくれる。勿論、凶器はなかったとも伝えられる。

 

「ほら見ろ!凶器なんて出てこねーじゃねえか!!」

 

「2度も裸にしたりして!!」

 

「もう勘弁して下さい!!」

 

「うん、もう僕も勘弁して欲しいな……精神的に疲れたよ」

 

鷺沼達が苦情を言う隣で、雪男も疲れたように溜息を吐く。そんな彼らの苦情を聞いた高木は、目暮に判断を仰ぐ。その間、目暮は考えていた。凶器の在り処を。

 

「ふむ……探せる場所は全て探したし……」

 

「いや、まだ残ってますよ」

 

そこで新一がそう言い、目暮が後ろを振り返れば、彼はその探せる場所を言う。

 

「殺された大鷹さんの手荷物の中ですよ」

 

それは確かに考えがいかなかったらしく、目暮が天野に許可を取り、大鷹の手荷物をチェックしにかかる。しかし、上の荷物入れの中には大鷹の荷物だけでなく、他の荷物も入っており、高木がどれが大鷹のかと聞けば、天野が右手を伸ばして大鷹の荷物である黒いバッグの奥の鞄を取ろうとする。しかしその時、彼女の目が少し開かれ、手を引っ込める。そんな天野を見て、どうかしたのかと高木が聞けば、天野は大鷹が少し前に妙な事を言っていたのを思い出したと言う。

 

「妙な、こと?」

 

「一週間程前に、スタジオに置き忘れた彼のバックが、刃物でズタズタにされてたんです。だから、これは旅行の為に新しく買ったバックなんです」

 

そう言って、彼女は左手を伸ばして白いバックを取り出し、目暮に渡す。それを聞いた目暮は、それがネガを狙った誰かがやったのではないかと推測する。それを後ろで見ていた新一の目が、少し細まった事に、気付かないまま、荷物検査は続行される。

 

「パスポート、カメラ、フィルム、サングラスに煙草三箱、財布、タオル、雑誌が2冊に搭乗券と、腕時計……」

 

「凶器になりそうなものはないようだが……」

 

そこで目暮が新一にジト目を向ければ、新一も信じられない様子が表情に出ていた。その間、高木がパスポートの中身を確認した時、その名前の見て、高木は天野達に問い掛ける。

 

「大鷹さんって、三年前に日売新聞の報道写真大賞を取った、あの?」

 

「ええ、そうよ。その大鷹和洋よ」

 

「やっぱりそうか……」

 

「なんだね?高木くん」

 

「ああ、ほら、火事で逃げ遅れた母親が、救助に来た梯子車の消防車に娘を差し出している、あの写真ですよ」

 

「ああ……」

 

目暮はその時の事を思い出したが、鵜飼はそんな事はどうでもいいと一蹴し、自分達の容疑は晴れたのか晴れてないのかをハッキリさせて欲しいと千鶴が言う。勿論、時間的に現場に行ったのは7人だけだと新一が証言した事を伝えれば、全員が一斉に新一を見る。

 

「ふん!どうせ探偵気取りのその坊やが、寝惚けて2、3人見逃したんだろ。立派に御本を読んでてお勉強なさっているみたいだが、これは本物の殺人だ。小説とは訳が違う。子供は大人しく、席に戻って寝んねしてな」

 

鷺沼のその言葉に、新一は何も返さないが、その隣にいた蘭がムッとした顔をし、新一に言い返すように言う。しかし、それを新一は聞いていない。

 

(なんなんだ?この事件。凶器が出て来なければ、皆んなの証言も一本筋が通らねー……)

 

そんな新一の葛藤など知らない鵜飼達。鵜飼が鷺沼に白状したらどうかと詰め寄る。勿論、何のことか分からない鷺沼が聞き返せば、鵜飼は鷺沼が犯人なのだろうと言う。勿論、鷺沼がそれを否定しようとするが、鵜飼は止まらない。

 

「この中で、明らかに嘘を吐いてるのは、貴方だけなんですよ!」

 

鵜飼はそこで天野を指差しながら、彼女が薬を頼み、大鷹が寝ている時、鷺沼はいなかったと叫ぶ。それに鷺沼は出鱈目を言うなと怒るが、鵜飼は出鱈目ではないと言う。鵜飼はそこで彼と一緒に見たという茶髪のスチュワーデスさんを指差す。それを聞いた新一の目が見開かれる。そこで目暮が裏付けを取る為にそのスチュワーデスに審議を聞けば、それに肯定が返される。その見たと言うタイミングは、鵜飼が機内を歩き回っていた際、彼を呼び止めた時、彼から禁煙席で煙草を吸っている大鷹を注意してくれと頼まれたと証言する。そこで彼女に鷺沼がいたかどうかを聞けば、彼女はいなかったと言う。その言葉を聞いた鷺沼が、彼女に詰め寄る。

 

「おいこらっ!あんたまで何言ってんだ!!」

 

そこで今度は目暮が天野に薬を持っていったスチュワーデスに声を掛け、鷺沼が寝てた筈だと言うが、彼女は覚えていないと言う。そこで新一が薬を持って行ったスチュワーデスに話しかける。

 

「あの、もしかして薬を持って行った時……」

 

そこで耳打ちをすれば、女性はその言葉に驚き、しかし直ぐに笑顔を浮かべて肯定する。が、勘違いだったとも言う。しかしそれを聞いた新一は確信する。

 

(やっぱりそうか!間違いない。犯人はあの人だ!そうすれば犯人以外の皆んなの証言も、座席にあったネガの切れ端も、トイレの不可解な血痕も、何故か濡れていた被害者のポケットも、全て辻褄が合う)

 

しかしそこで別の疑問が浮かぶ。何故犯人は、凶器を捨てなかったのか、と。が、そこで考えが変わる。『捨てなかった』のではなく、『捨てられなかった』のだと。捨てられないということは、捨てて仕舞えば持ち主が分かってしまうものだと考えることが出来る。

 

(待てよ!そう言えば、あの人あの時……)

 

「ほらっ!新一、目暮警部が呼んでるわよ?」

 

そこで新一の腕を蘭が引き、新一の意識が現実に戻される。なぜ呼ばれたのかわからない新一が不思議そうな顔を浮かべれば、蘭から呼ばれた理由が話される。曰く、機内を回って他に前のトイレに行った人物がいないか、見て回って欲しいのだと言う。そこで新一は蘭に問いかける。

 

「そんな事より蘭、お前、高校生になったんだよな?」

 

「当たり前でしょ!」

 

「ならさ、ちょっと聞くけどさ……」

 

そこで新一が蘭に耳打ちをする。その新一の言葉を聞いていくうちに、蘭の顔は赤くなり、最後まで聞いた時点で彼女の顔は真っ赤になっていた。

 

「な、なな、なっ!」

 

「ほら、早く教えろよ!聞いてるこっちも恥ずかしいんだからよっ!」

 

そう小声で言う新一は、確かに言葉通り顔が赤くなっており、蘭は仕方なさそうに小声で伝える。

 

「ええ、そうよ。大抵のやつはみんなそうなってるわよ」

 

「なるほど、そういうことか……」

 

そこで何かを分かったらしい新一を見て、蘭が動揺した様に何に納得したのかと聞けば、新一は気障な笑みを浮かべて容疑者達を見る。

 

「やっと分かったんだよ……被害者の息の根を止めた、犯人の切り札がな」

 

その間にもどんどんと鷺沼への疑心が深まっていき、目暮も鷺沼が一番怪しいと言い、鷺沼がどんどんと追い込まれていく。そこで新一が反論する。

 

「それは違いますよ、目暮警部」

 

全員が新一へと顔を向ければ、彼は気障な笑みを浮かべ、鷺沼は犯人ではないと言う。その新一の言葉に目暮が目を見開いて驚くが、新一は言葉を止めない。新一は、鷺沼は現場には行ってないため、犯行の可能性は0だと告げる。その新一の言葉に目暮が戸惑い、鷺沼は思わぬ所からの援軍に有難がる。

 

「ほー?これは有り難い。なんてったって俺は、事件とは無関係なんだからな」

 

しかし、その鷺沼の言葉を新一は否定する。

 

「いえ、関係なくはありませんよ。鷺沼さん、貴方はまんまと利用されたんだ」

 

その言葉に、鷺沼の顔が青褪め、他の容疑者達に顔を向ける。

 

「その6人の中で、唯一、偽りの証言をしている犯人にね」

 

新一の言葉を受け、高木が今度は千鶴の言葉が嘘なのではと疑う。それに千鶴が反論しようとするが、それは新一が代わりに否定する。

 

「その時、本当に中に人がいたんですよ。被害者と一緒に……エドワードさん、貴方がね!」

 

そこで新一がエドワードの名を呼び、全員が一番後ろにいたエドワードを振り返る。名指しをされたエドワードといえば、動揺を露わにしていた。

 

「お、おい、本当かね?」

 

目暮が信じられないと言ったように聞けば、新一は例のネガを探すために、大鷹のポケットに手を突っ込んだ際、自身の手に着いていたコロンがポケットに付着したことに気づき、だからこそ慌てて手を洗い、ハンカチを水で浸し、その匂いを拭い取ったのだという。また、その証拠として手首にコロンは付いてないと言えば、そこで雪菜が無遠慮にエドワードの手を嗅ぐ。それに気付いた雪男が慌てるが嗅いだ後ではもう遅い。

 

「あ!本当だ!変な匂いがしないよ!!」

 

「ゆ、雪菜!そんな事したら迷惑だよ!!あと、それは失礼だからね!?」

 

「?何怒ってるの?雪男」

 

雪男の注意に、雪菜は理解出来ずに首を傾げる。

 

「そ、そんなことはなんの証拠にもならんよ!第一、彼に聞くには英語でないと……」

 

「いや、彼は日本語を話せます」

 

その新一の確信したような様子を見て、エドワードは観念した様子で、話し出す。

 

「そう、そのboyの言う通りだよ」

 

エドワードが日本語を話せば、全員が驚いた様子を見せる。

 

「……すごい。外人さんが日本語を覚えるのは難しいって、よく言われるのに、すごく流暢に話せてる!」

 

唯一、雪男のみ、ズレた点で目を輝かせ、感心する様子を見せていた。そんな雪男にエドワードは苦笑いを浮かべる。

 

「当然ですよ。彼はあのネガを、あのナショナルバンクの小切手で買い取ろうとしていたんですから」

 

「買い取る?」

 

「そうだよ。scandalの当事者であるDickson上院議員に頼まれてね」

 

その言葉を聞いた鷺沼が、エドワードの胸倉を掴む。

 

「じゃああんたか!!大鷹を殺ったのは!!」

 

「いや、犯人は彼じゃない。何故なら、彼がトイレに行った時、大鷹さんはもう既に亡くなっていたんですから」

 

その新一の言葉に、全員が驚愕する。

 

「ですよね?エドワードさん」

 

新一がエドワードを見てそう聞けば、エドワードは一瞬だけ間を空け、同意する。彼が言うには、和洋がトイレに行った時、これは取引のチャンスだと思い、トイレに行ったのだと言う。しかし、ノックしても返事はなく、鍵を開けて中に入れば、亡くなっていたと言う。その時、ネガは手に入れていないとも言う。

 

「じゃあ、私のノックに応えたのは……」

 

「私だ」

 

そこで鷺沼が騙されるなと目暮に言う。新一と口裏を合わせているだけだとも言うが、それにとんでもないと否定する新一。彼は壁には血痕が飛び散っていたにも関わらず、背中には血が付着していないことを言う。それを言われれば、雪男も理解する。

 

「なるほど。それはつまり、時間が経って、別の誰かが遺体を移動させた事の証拠っていう事だね。常温だと人の血は15分から30分……いや、付着してる量から考えてー」

 

「雪男、思考が変な方向に飛んでるから帰ってきてよ〜!」

 

そこで雪菜が雪男の肩を思いっきり揺らしたため、雪男の意識が戻ってくる。それを見て、新一が説明を続ける。

 

「遺体を発見したのに誰にも話さず、遺体を動かす理由は、例のネガを探していたとしか考えられません。しかもネガが見つからず、ズボンのポケットの中まで探して……そんな事をするのは、被害者の前に座っていて、被害者の様子がわからなかった、エドワードさんだけです!」

 

「し、しかし、それなら雪男さんたちも……」

 

目暮がそこでそう問えば、新一は首を横に振る。

 

「彼らは本当に偶然にも、彼の隣に座っただけでしょう。その証拠に、雪男さんは一度、後ろの座席に顔を出したと言っている。見ようと思えば様子を伺えたんです。それも彼は医者で、日本人。エドワードさんとは違い、同じ日本人である彼なら、医者である事を話せばそこまで警戒される事もない。まあ、ネガの話を持ち出せば、さすがに怪しまれて記憶されていたでしょうが」

 

そこで雪菜に視線が集まるが、雪菜は首を傾げる。

 

「?」

 

「あーっと、雪菜……さっきから名前が出てるDickson上院議員って、分かる?」

 

そこで雪男が雪菜に少々呆れ混じりに聞けば、彼女は首を傾げる。

 

「有名人なのは理解したよ?」

 

「あ、うん。もうそれでいいよ」

 

「まあ、彼女はあの通り、全く興味さえないようですし、問題はないと思いますよ。それに、彼女の場合だと、ポケットを洗う理由はない」

 

「じゃあ誰なんだね!犯人は!!」

 

「エドワードさんと、その時、外でノックした立川さんは除外する。となると、残るは鵜飼さんと天野さん、雪男さんと雪菜さんの4人」

 

そこで名前が出された雪男は緊張した様子で新一を見据え、雪菜は首を傾げる。天野、鵜飼もまた、雪男と同じように緊張した様子で新一の言葉を聞いている。そこで新一はといえば、席にいなかった鷺沼の事を証言した鵜飼の証言。鵜飼はその証言が出て、間違い無いと断言する。そんな鵜飼に鷺沼は呆れた様子で寝ていたと証言する。容疑が晴れた彼は心の余裕を得た為、もう怒る様子はなかった。

 

「その通り、鷺沼さんは自分の席で寝ていましたよ」

 

その新一の言葉にも大きく頷く鷺沼だが、次の言葉で彼の目が見開かれる。

 

「犯人にニット帽を被せられ、アイマスクをされてね!」

 

「な、なんだと……?」

 

「もしかしてその格好って……」

 

「そうです。それは大鷹さんが寝た時の格好。犯人は大鷹さんを殺害後、自分の席に戻らず、鷺沼さんの隣に座り、彼に大鷹さんの格好をさせ、スチュワーデスを呼んだ。あたかもまだ大鷹さんが生きてるかの様に見せかける為に!」

 

「そ、それって……」

 

「……まさか……」

 

鷺沼、千鶴、雪男が信じられないと言った様子でゆっくりと後ろを見る。

 

「そう、大鷹さんを殺害し、鷺沼さんを利用した犯人はー天野つぐみさん!貴方です!!」

 

「おい冗談だろ!?」

 

「つ、つぐみ!」

 

2人が天野を見るが、彼女は答えない。

 

「ーちょ、ちょっと待ってよ!!」

 

そこで雪男が混乱した様子ながらも、新一に反論する。

 

「だって、彼女は大鷹さん……いや、そうじゃなくとも、立川さんの隣に座ってたんだよ!?僕はその姿を見てる!そもそも、彼女がいなかったら立川さんが気付くはず……」

 

そこで雪男が千鶴を見れば、千鶴は顔を俯かせる。

 

「……その時、私も寝てて、アイマスクを着けてたのよ」

 

「そ、そんな……」

 

雪男が更に目を見開き、天野を見る。そこで新一が説明を始める。

 

「まあ、スチュワーデスが見間違えるのも仕方ない。機内は暗かったし、毛布から出ていたのは鼻から上だけ。つぐみさんは、スチュワーデスが薬を取りに行っている間に本当の自分の席に戻り、大袈裟な嘔吐で立川さんを起こした。しかも有難いことにもう1人、証言者として医者の雪男さんまで釣れた。そして、自分の横に大鷹さんがいない事を確認させて、大鷹さんがトイレに立った時間を、立川さんとスチュワーデスさん、そして雪男さんに確認させ、錯覚させたんです」

 

「じ、じゃあ私が見た座席は……」

 

「たまたま空いていた、鷺沼さんの座席の後ろです」

 

「だが、鷺沼さんの隣の席が空いていないと、このトリックは使えんぞ」

 

「チケットを余分にとって、キャンセルすれば、余分な席は出来ますし、鷺沼さんがつぐみさんに貰った酔い止め薬が睡眠薬なら、ちょっとやそっとじゃ起きませんよ。ニットの帽子は、彼女の荷物の中に入っていましたし、大鷹さんは寝る時、アイマスクを着ける癖を知っていれば、なんの問題もありません」

 

「……あ、待って!その時、スチュワーデスさんに立川さんがいない事を聞かれでもしたら……」

 

「自分の毛布を荷物で膨らませでもすれば、カモフラージュ出来ますよ。例のネガは、ソーイングセットの鋏で切り刻んで、トイレに流したんでしょう。ネガ絡みに見せかけて、自分達に疑いの目を向けさせないために」

 

そう説明されれば、どんどん天野の容疑が濃くなっていく。雪男も、残った疑問が凶器のみの為、庇うことはしない。

 

「その時、つぐみさんに着いたネガの切れ端は、彼女が座った鷺沼さんの横の席に落ちていますよ」

 

新一がそう説明すれば、目暮が高木に調べるよう指示を出す。

 

「つまり、彼女の犯行はこうです。立川さんが寝入るのを待ち、大鷹さんに話があると言い先にトイレに行かせ、麻酔薬を染み込ませた瓶詰めのハンカチと凶器を持って彼の待つトイレに向かう。そして彼がドアを開けた所でハンカチを押し当て気を失わせ、頸髄を凶器で刺す。後はネガを切り刻んでトイレに流し、外から鍵を掛けてさっきのトリックを実行すれば、彼女がトイレから戻った時、大鷹さんはまだ生きていたことになり、アリバイが成立する」

 

「し、しかし、トイレに行った誰かに現場から出てくるのをもし見られでもしたら……」

 

その目暮の最もな疑問に、新一は犯行の時、鍵を掛けなかったのだろうと言う。そうすれば、誰かが開けようとしても、中は狭くて、ドアを抑えれば開けられず、中に人がいる事を理解すれば別のトイレを使うだろうと説明する。そこで遂に千鶴が我慢の限界に達し、叫ぶ。

 

「ちょっと待ちなさいよ!そこまで言うんならあるんでしょうね!!つぐみがやったっていう証拠が!!」

 

「凶器も証拠も、ちゃんとありますよ。彼女はまだ、それを身につけているはずです」

 

新一がそこで天野を見れば、彼女は顔を俯かせていた。そんな新一の言葉に、鷺沼が嘲笑する。

 

「はあっ!?何言ってんだ!?つぐみは2度も身体検査を受けてんだぜ!?」

 

「それは調べられても怪しまれず、搭乗口の金属探知機も掻い潜れる……女性特有の代物」

 

「じょ、女性特有の……」

 

「バーカ、そんな都合の良いもの、あるわけないだろ?」

 

「……え、気付いてないんですか?」

 

そこで雪男が別の意味で鷺沼を驚いた様な表情でみる。彼はもう、気付いてしまった。そんなもの、彼の知識の中では一つしかない。

 

「ま、まさか、つぐみ……貴女」

 

「それはつぐみさん……貴女が胸に着けている下着の、右胸のワイヤーですよ!」

 

その言葉を聞いた鷺沼が、少々の焦りと呆れた笑顔を新一に向ける。

 

「は、女がそんなもので人を殺害出来るかよ!」

 

「ううん。ワイヤーの先を尖らせて後頭部に刺し、全体重を掛けて、頸椎の骨と骨の間に5、6cm食い込ませれば、先端が到達して、犯行は女性にも可能になるよ」

 

「大鷹さんの首筋には、何か引っかいたような跡があった。アレは尖らせていない方の先端がずれた跡。つぐみさんはその凶器を捨てずに身に付けていたのは、現場からワイヤーが発見されれば、片方だけワイヤーの入っていない下着を身に付けている女性が犯人だと、暴露てしまうからですよ」

 

そこで静かに天野を見つめる目暮と新一を見て、鷺沼が天野の疑いを晴らす為、もう一度彼女が身体検査を受ければ良いのだろうと提案すれば、それは天野に駄目だと言われる。それも、今度調べられれば分かってしまうとも言う。その言葉は、彼女が犯行を認めたも同然の言葉。

 

「つ、つぐみ……」

 

「そう、私が和洋を……三年前、彼が日売テレビの報道大賞を撮ったあの写真の所為でね」

 

「何言ってんのよ!?あの写真が切っ掛けで貴女たち付き合ったんでしょう!?」

 

「そうよ。あの写真があったから、彼に興味を持ったのよ。兄の命を奪った火事の怖さ、悲惨さ、辛さを写真で……こんなに表現できる人がいるんだって……」

 

「だったら!何故?」

 

千鶴が天野の肩を掴み、理由を問い詰める。その問いに、彼女は怖い顔で告げる。

 

「あの火事の日、彼の撮った写真が、アレだけじゃなかったのよ……彼の部屋からいっぱい出てきたのよ!兄が住んでいたマンションから煙が上がる瞬間や、その前の平凡なマンションから全景を撮った写真が何十枚もね!!」

 

「ま、まさか、大鷹くん……」

 

「……うそ、でしょ?」

 

そこまで言われれば理解出来てしまう。そう、被害者である大鷹が、自身で火を点けただろうことが。

 

「い、いや、でも、偶然の可能性も……」

 

「彼に聞いたら得意げに言ったわ。『良い瞬間ってのは、待ってても来ねーんだよ。自分で作りだすんだよ』ってね」

 

そこで遂に彼女は泣き出してしまう。

 

「……でも、悔しいな。凶器の隠し場所、結構自信あったのに……」

 

「貴方が伸ばした手ですよ」

 

それは大鷹の手荷物を検査しようとした時の話。確かに彼女は一度、右手を伸ばしたがそれをすぐに引っ込め、少し話したのち、今度は左手を伸ばした。それが新一が確信した瞬間だと言う。

 

「違ったワイヤーの先がズレて剥き出しになり、それが肌に触れて、思わず躊躇したんじゃないかって……」

 

「……た、たったそれだけの事で……」

 

その天野の驚いた様な表情を見て、新一は得意げな顔で言う。

 

「見逃しやすい細かな点こそ、何よりも重要なんです。あの時の貴方の何気ない仕草が、僕の目には、異様な行動として焼き付いただけの事ですよ」

 

その言葉に、彼女は観念したように微笑を浮かべ、背を向ける。その説明を受けた高木が、手のことに気付いていたかを目暮に小声で聞けば、彼も気付かなかったと言う。そこで高木は天野の元へと向かう。

 

「所で警部、どうしてロスへ?」

 

そこで新一が目暮にそう問えば、彼は国際手配の日本人をロス市警に引き取りに行くのだと言う。蘭はそこで、新一から聞かれた事を思い出し、理解する。そう、あの時、彼女は確かに、新一から聞かれたのだ。あの時ー。

 

「『オメーのブラジャーを見せてくれ。ワイヤーってのが入ってるだろ』?普通、女の子に聞くぅ?」

 

現在、沖縄に向けて飛行機が旅立った時間。蘭の寝言は大声で周囲に聞かれていた。勿論、隣にいたコナン、その後ろにいた咲も、子供達も、小五郎も聞いている。

 

(おいおい、まさか蘭、あの時の事件の事を……)

 

「おい蘭!!それはどう言うこった!!やっぱり彼奴に妙な事されたのか!?」

 

小五郎がそこで蘭の肩を揺らし、問い詰める。勿論、それで飛行機内の客全員は気付き、何事かと席を立ち、視線を向けてくる。

 

「何の夢を見てるんでしょうね?」

 

「俺なんてうな重食い過ぎた夢だったぜ?」

 

(ははは、これは確実に哀に報告しよう。暫く、このネタで揶揄えるな)

 

「お客様!?当機は間も無く着陸態勢に入りますので、お願いですから席に……!」

 

「馬鹿野郎!娘の一大事にジッとしてられっか!!」

 

そこでようやく彼女は欠伸をしながら目を覚まし、事態はさらに悪化したのだった。」




因みに、雪男くんの中で印象に残ったのは、エドワードさんです。この時点で、彼は日本語を流暢に話せる外人とあったのはエドワードさんが初めてですし、コロンでの被害も実は一番被っていたため、案外、記憶に残りました。


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第24話〜黒の組織との再会・灰原&咲編〜

本当はあの月と星と太陽の話を書こうと思ったのですが、一気に飛ばしてこちらにしました。因みに、題名に咲さんの名前も入ってますが、内容はアニメ通りにするつもりです。


雪がしんしんと降る冬の日の帰り道。少年探偵団一行はそんな寒さにも負けず、元気な様子を見せていた。

 

「早く帰ってサッカーやろうぜ!」

 

「あ!そうしましょうそうしましょう!」

 

「俺キャプテンな!」

 

「え〜?またですか?」

 

そこで元太が昨日のサッカーの話をし始め、それにコナンが乗る。その子供達が通る裏路地に、黒猫が一匹、哀を見つめる。

 

 

 

 

 

「戯言は、終わりだ」

 

 

 

 

 

コナン達が通る路肩に一台の黒い車が停まっている。そんな事気にせず、子供達はサッカー選手であるヒデを褒める。そんな話に対して、ずっと聞き役に徹している哀と咲。

 

 

 

 

 

「さあ、夢から醒めてーー再会を祝おうじゃないか。お前の好きな薔薇の様に」

 

 

 

 

 

車の中から哀を見つめる視線。それに哀は気付かない。男はニヤリと嬉しそうな笑みを浮かべ、タバコを咥えたまま車から寒い外へと出る。

 

 

 

 

 

「ーー真っ赤な血の色で……なあ?シェリー」

 

 

 

 

 

吹雪が勢いよく吹く。そこで哀が後ろを振り向き、漸く男ーージンに気付き、目を見開きーー飛び起きる。

 

哀は荒い息を整える様に何度も呼吸を繰り返し、隣でイビキをかきながら眠りに着く博士を確認する。そこでその全てが夢だと悟り、安堵の笑みを零し、前髪を搔き上げる。

 

(ふっ……ヤな夢)

 

その日の朝、哀はオレンジのランドセルを机に置いた時、光彦が声を掛けてきた。光彦の方へと哀が顔を向ければ、彼はMOを渡してきた。このMOは以前、博士から哀が預かったもので、それを光彦に渡した博士制作のゲームが入ったものだ。それを体験した光彦からは期待以上だったと感想を聞き、MOを受け取り、伝えることを約束する。そんな時、雪が降り始め、それを咲は見上げる。

 

(……雪か。雪が降るほどに寒いという事か)

 

咲が雪を見て嬉しそうに微笑み、元太達もまた、窓に近付く。哀もまた雪を見る。その瞬間、頭に浮かんだのはあの夢。ジンが嬉しそうな笑みを浮かべ、哀を見たあの夢。それを思い出せば、哀の顔色は自然と青褪めていく。そんな時、腕が引かれ、そちらへと顔を向ければ、歩美が哀の腕を引いていた。その後ろには咲が首を傾げて哀を見ている。

 

「ほらっ!灰原さんも雪、見よう!」

 

「私に触らないでっ」

 

「え?」

 

「灰原さん?」

 

「どうかしたのか?」

 

「……哀?」

 

咲が心配そうに哀を見つめ、コナンは訝しげに哀の方へと振り返る。そんな2人を気にせず、哀は呟く。

 

「もう、ウンザリだわ、こんな所。今すぐ消えてしまいたいくらい。……まあ、直ぐにそうなるでしょうけど」

 

そんな哀の呟きは勿論、耳の良い咲と、近くにいた歩美には全て聞こえており、咲は目を見開き、歩美は哀に詰め寄る。

 

「えーっ!?灰原さん、転校しちゃうの?」

 

勿論、その歩美の言葉に黙っていないのが少年探偵団。今度は光彦が詰め寄る。

 

「もしかして、誰かに虐められてるんですか!?」

 

「そんな奴、俺がやっつけてやるからよ!!」

 

「だからっ!どっか行っちゃうなんて言わないでッ!!」

 

歩美が涙を目に浮かべてそう頼み込む。そんな歩美の態度を見て、数度、瞬きをし、フッと笑う。

 

「冗談よ。心配しないで」

 

「え?」

 

「ちょっと風邪気味だから、イライラしてただけ。移したくないしね」

 

「……ちょっと待て。お前もか?」

 

そこで咲が哀の肩を掴む。そこで咲を見れば、何とも申し訳なさそうな顔をしている。

 

「あら、ということは、貴方も?」

 

「ああ、まあ。少し前から、な……」

 

「なら、私の風邪の原因は貴方?」

 

「……その、すまなかった。移すつもりは……」

 

「なんだ、風邪かよ」

 

「人間、病気になると弱気になるといいますしね」

 

「さあさあ!風邪引きさんは保健室保健室!」

 

歩美がそこで哀と咲の背中を押し、保健室へと連れていく。その背中を、鋭い視線で見るコナン。彼は全く、納得していなかった。そして保健室に辿り着き、保健室の先生に預けられた哀と咲は、熱をはかり、問題はないと判断され、教室へと戻る事となった。歩美は既に教室に戻っており、現在は2人で歩いている。

 

「……で?あの発言の意図はなんだ?」

 

そこで咲が唐突に話を振る。彼女はあそこで哀の話に乗ったが、何も納得した訳ではなかった。そんな咲に、哀は視線を向ける。

 

「……あの発言って?」

 

「惚けるな。先程の『消えてなくなりたい』という発言は、どうして出た?学校に来る前、何があった」

 

「……」

 

そこで哀が黙り込む。それを見て、咲の眉が顰められる。

 

「……お前、まさかーー」

 

そこで教室の前まで辿り着いてしまった咲。そこで彼女は溜息をつき、教室のドアを開き、哀と共に入っていく。その後、歩美達に一度心配されたものの、問題ないと告げ、その日の学校は終了。その帰り道、子供達は雪合戦をしながら帰る中、コナン達三人は、そんな子供達の後ろで、静かに帰り道を歩いていた。その帰り道、コナンは右隣の哀をちらりと見れば、彼女は顔をうつむかせていた。その姿を見て少し考えたのち、彼は手に持っていたサッカーボールを唐突に上に蹴り上げる。それに驚いた哀が顔を上げたのを見て、コナンは落ちてきたボールをリフティングしながら口にする。

 

「『ここは自分のいるべき場所じゃない』」

 

「……え」

 

「『あの子達を巻き添えにしない為にも、早くここから消えなければ』……なーんてくだらない事、考えてんだろ?」

 

「……」

 

「大丈夫。薬で体が縮んだなんて夢物語、普通、誰も信じねーし、思いつきもしねーよ」

 

「まあ、奴らが使い続けて、縮んだ所を見なければ、な」

 

「だからこそ、暴露ないようにこのまま子供を演じ続けなきゃいけねーんだ。……その時が来るまでな」

 

そう言うコナンに、哀は黙ったままコナンを見つめる。彼はサッカーボールを手に持ったまま心配するなと続ける。彼は、ヤバくなったら自分が何とかすると言い、歩いていく。その背中を哀は少しの間、静かに見つめ、歩いていく。その帰り道の途中の横断歩道にて、歩美達と別れるコナン、哀、咲。咲は今回、一度だけ博士宅に預けられる事となっているのだ。その為、哀とコナンに続いて歩いていく。着替えは先に修斗が持って行っている。そんな哀達を見下ろす、一羽の鴉。その鴉に気付かないまま、彼らは帰り道を歩く。コナンがボールをリフティングしながら歩く横で、哀がコナンに視線を向ける。

 

(……工藤くん、貴方、何も分かってないのね。貴方1人で何とかなる相手じゃないのよ。隙を見せたら最後、組織は私達を逃さないわ。そう、もしかしたら、あの夢のように……今もこの町のどこかで……)

 

哀達の歩く道に、着々と集まる鴉達。その光景は、まるで何かを示唆するようで、気付いていた咲の心に、不安が募る。

 

(……まさか、だよな?)

 

咲がそんな不安を振り払うように、首を横に振ったその時、鴉達が一斉に飛ぶ。その瞬間、哀が息を飲む音が聞こえ、何事かと前を見た時、咲も息を飲んだ。

 

今、彼女達の目に映ったのはーー1台の黒い、ポルシェ。

 

「……なんだ?あの黒いポルシェがどうかしたのか?」

 

「……」

 

「……おいおい、冗談、だよな?」

 

咲と哀が震える中、コナンはその重大性に気付かないまま、近づく。

 

「ポルシェ356A。50年前のクラシックカーだ。持ち主は出かけてる見てーだな」

 

そこでコナンは、本屋テレビでしか見たことがないと述べながら、車に近寄る。

 

「いるんだな、こんな古い車に乗ってる奴」

 

「……ジン」

 

その呟きは、小さすぎて、コナンも聞き逃しそうになる程の小ささだった。コナンがそこで聞き返せば、哀は答える。

 

「……ジンの愛車が、この車なのよ」

 

そこでコナンの目が見開き、敵を見る目に変わる。そこでコナンは直ぐに電話を掛け始める。哀が声を掛けたが既に遅く、相手である博士にコナンは今から言うものを持って4丁目の交差点に来るように言う。その際、博士がどうやら何事かと理由を聞いてきたようで、コナンは理由は後だと叫び、急ぐように急かしたのち、電話を切る。その後、少ししたのち、クラクションが鳴り、そちらへと顔を向ければ博士がビートルに乗ってやって来た。そこから彼は降りる。そこでコナンが素早く近付く。

 

「例の物、持って来たか!?」

 

「あ?ああ、針金のハンガーとペンチじゃ。何に使うんじゃ?こんなもの」

 

その博士の問いに答えないまま、コナンはハンガーをペンチで少しだけ曲げ、今度は戻って来る。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「おいコナン!お前、何する気だ!?」

 

その哀と咲の問いに答えないまま、コナンは車の窓とドアの間にハンガーの曲げた側を差し込む。

 

「昔の車はこうやって……」

 

そうして抜き出し、扉のノブを持てば、簡単に開く。そしてそのまま乗り込みはじめ、哀がもう一度、咲と同じ問いをすれば、彼は車の中に発信機と盗聴器を仕掛けると言う。

 

「でも、彼の車だってまだ決まったわけじゃ……」

 

哀が同じく車に乗り込み、コナンに告げたその時、哀の腕を震える手が取った。そこで哀が振り向けば、体を震わせ、顔を俯かせる咲がいた。その反応を見て、車の外へと顔を向けた瞬間、哀の目が開かれ、顔から血の気が引く。その2人の反応に気付いたコナンが、手を止める。

 

「どうした?」

 

「……通りの、向こう」

 

「通りの向こう?」

 

そこでコナンが哀の指定した先を見たその時、目を一瞬見開き、またもや宿敵を見る目となる。なぜなら、その視線の先には、黒い衣服を着たサングラスの男とタバコを吸った銀髪の男ーージンとウォッカがいた。

 

(ジン、ウォッカ!!)

 

彼らは通りの向こうからゆっくりと、道路を横断して近づいて来る。そんな事をすれば、車の交通の邪魔となる。車の運転手たちは轢き殺さないよう急停止する。そんな中、トラックの運転手が急停止し、怒鳴りつけた。

 

「馬鹿野郎!!」

 

その瞬間、ジンの人を殺すような視線を向けられ、それに恐怖心を抱かせられた運転手は、恐る恐る車に引っ込んだ。そのまま彼らは車に辿り着く。その時、ジンが気付いたーー車の周りの雪が、荒れている事に。

 

「車の周り、雪がやけに荒れてるな」

 

「通行人が見てたんじゃないですかい?兄貴の車、珍しいから」

 

「ふん、ドイツのアマガエルも、偉くなったもんだ」

 

彼らはそこで乗り込む。その車の後ろには、身を隠すコナン、哀、咲。

 

(大当たり……まさか、こんな所で会えるとはな。嬉しいぜ、ジン!)

 

彼らはコナンたちに気付かないまま、去っていく。

 

「今度こそ、逃しはしないぜ」

 

そこで追跡眼鏡の機能を使うコナン、そんなコナンに視線を向ける哀、そして、未だに恐怖から解放さず、へたり込んだまま体を震わせる咲。

 

(……ジン、彼奴が……彼奴らが、なんでっ!!!?)

 

そんな咲に気付き、哀がその背中を摩る。そのまま博士の車に乗り込み、後を追っていく。

 

「このまま真っ直ぐ。近付き過ぎないように追ってくれ」

 

「無駄よ。彼等の居場所を突き止めた所で、どうする事も出来ないわよ、こういう体じゃ。貴方、分かってるの?今、自分がどんなに危険な行動をしているか」

 

「うるせぇ!!黙ってろ!!」

 

コナンが後部座席に座っていた哀を怒鳴りつける。その時、盗聴器の向こうから、電話の音が聞こえてくる。

 

『よお、どうだ?そっちの様子は。……なに?まだ来ない?ふっ、心配するな。ターゲットは18時丁度に杯戸シティホテルに顔を出す。テメーの別れの会にならとも知らずにな』

 

(ターゲット、別れの会?)

 

『兎に角、奴の手が後ろに回る前に、口を塞げとの命令だ。なんなら、例の薬を使っても構わねーぜ』

 

(例の薬……)

 

『抜かるなよ?ピスコ』

 

(ピスコ?)

 

「!そのコードネームなら、耳にした事があるわ。会ったことは、ないけど……咲、貴方は?」

 

「……いや、私も会ったことはない。そのコードネームも、聞き覚えがあるぐらいだ」

 

(ピスコ……杯戸シティホテルか)

 

その時、何か物音を拾い、ウォッカの不思議そうな声でなにをしているのかとジンに問い掛ける声を拾う。そこで次に何かと問い掛けるウォッカに、またフッと笑うジン。

 

『発信機と盗聴器だ』

 

「やばい、暴露た!!」

 

「な、なんじゃと!?」

 

そこでブチっと潰される音を機に、何も拾わなくなってしまう。発信機もまた壊され、居場所が掴めなくなってしまった。そのお陰で、少し震えが治る咲。それを横目で確認した哀は、コナンに問い掛ける。

 

「どうする気?状況はかなり悪いわよ。発信機も盗聴器も、彼等に潰されて追跡不可能。しかも、それを彼等の車に取り付けるために貴方が使ったチューインガムは、彼等の手の中。もしアレが調べられたら……」

 

「大丈夫だよ。歯型は消したし、唾液から分かるのは精々、血液型ぐらいだ。車内の指紋も全て拭き取ったしな」

 

それを聞いた哀が、直ぐに横道に入り、車から離れるように言う。このままジン達の車が通った道を辿るのは危険だと言う。それに賛成するように小さく頷く咲。それを聞いたコナンは、笑みを浮かべる。

 

「ああ、追跡はやめるさ。ただし、逃げる気はねーよ」

 

「!?お前、まさか!?」

 

「ああ……杯戸シティホテル、そこで奴らは、ピスコって奴に誰かを暗殺させる気だ。兎に角、その殺人を阻止する為にも、そのホテルに行って……」

 

「あら、正義感が強いのね。私はごめんだわ。正義なんて抽象的な事に興味なんてないし、そんな危ない所に態々出向いて、どうにか出来るとも思えないし」

 

「……私も、行くのは……」

 

「ああ、ハナからそのつもりだ。子供の頃の顔を知られてるお前らを、現場に連れて行くのは危険だからな。ま、お前は博士と一緒に車の中で待ってろよ。最悪でも例の薬は取ってきてやるからよ」

 

「例の薬?」

 

「お前……まさか、その薬がAPTX4869だと言いたいのか?」

 

その咲の言葉に哀が驚き、コナンが肯定する。薬を匂わされれば、哀も行かないわけにも行かなくなり、結局は彼女も行く事になる。咲はそれを聞き、仕方ないとばかりに護衛を買って出る。そして、ホテルに辿り着き、会場入り口に待機する。そこでコナンから、気をつける様に注意された。それはあの発信機を仕掛けた件もあり、その仕掛け人が此処に来るだろう事はジン達にも分かるだろうと言う。そこで哀達が関わっている事が勘付かれ危険も話そうとするが、哀が大丈夫だと言う。その根拠は、コナンが証拠を消していたこともあるからだった。それを考え、悪戯か、組織と敵対する者が仕掛けた者だろうと考えるだろうと哀は言う。

 

「それより、本当にこの会場でいいの?」

 

「ああ。ジンは別れの会って言ってたからな。ピスコって奴も、そいつが狙うターゲットも、此処に来ているはず……」

 

「……もう少しヒントがあればよかったんだが、その誰かが分からないな」

 

「お喋りは此処までだ。乗り込むぜ」

 

そうしてコナンが『映画監督、酒巻 昭氏を偲ぶ会』の扉を開ければ、其処彼処で談笑する声が響く。それに耳を塞ぎかける咲。しかし、ここで塞げば不自然に見えるかもしれないと考え、我慢する事に決めた。それでも、あたりを警戒するように見るのはやめない。コナンも同じ様に周りを見るが、偲ぶ会とだけあって、周りの人間は黒い服を着ており、怪しい人物だらけとなっていた。そこでコナンが歩きだし、気付いた哀と咲がその後を追おうとしたその時、哀が急に立ち止まる。それで顔をぶつけた咲が鼻を抑えるが、哀は気付かない。彼女は目を見開き、顔を青褪めさせ、ゆっくりと後ろを振り向く。今の彼女には、ジンが、拳銃を向けて来る姿が、見えている。

 

「哀……哀?」

 

咲が首を傾げた時、哀の後ろから手が伸び、彼女の肩を優しく掴む。それに過剰に反応し、哀が勢いよく振り向けば、そこには会場のスタッフらしい女性が優しい笑みを浮かべていた。

 

「どうしたの?お嬢ちゃん達。パパやママと離れたの?」

 

「あ、あ……」

 

「うん!今三人で探してるとこっ!」

 

哀が答えれず、後ろに下がったのを見て、コナンがフォローに回る。その間、咲が心配そうに哀を見ていた。

 

「行こっ!はなちゃん、まやちゃん」

 

そうして2人の手を握り、その場を一度離れると、立ち止まり、コナンは哀に半目を向ける。

 

「おい、どうしたんだよ?オメーらしくねーな。一緒に行くって言ったのは咲とお前だろ?」

 

「哀、本当にどうした?」

 

2人の言葉に、彼女は小さく、まるで諦めた様な笑みを浮かべて、答える。

 

「……見たのよ、嫌な夢」

 

「夢?」

 

「下校途中でジンに見つかって、路地裏に追い込まれて……真っ先に撃たれたのは貴方。その次が咲。そして、ピストルの乾いた音と共に次々と……そう、皆んな、私に関わったばっかりに……っ!」

 

「……」

 

「哀……」

 

「……私、あのまま組織に処刑されてた方が、楽だったのかもしれないわね」

 

そこで彼は哀に追跡眼鏡を掛けた。そして、自信満々に言う。

 

「知ってっか?其奴を掛けてっと、正体が絶対に暴露ねーんだ。クラーク・ケントも吃驚の優れモンなんだぜ?」

 

「……あら、なら眼鏡を取った貴方は、スーパーマン?」

 

「空は飛べねーけどな」

 

「なら、空を飛べる某怪盗がそうか?」

 

「いや、彼奴もちげーよ」

 

「まあ、気休め程度にはなるわね……ありがとう」

 

「お前、可愛くねーなー、マジで」

 

「ん?哀は可愛いだろ?」

 

「あら、どっかの誰かさんと違って褒めてくれてありがとう、咲」

 

その言葉を聞いたコナンは、乾いた笑いを零す。

 

「おっと、そういや、お前も隠しとかねーといけねーが……」

 

「ふむ……丁度良かった。私は、このロングパーカーのフードでも被っておこう」

 

そこで彼女は黒のロングパーカーのフードを深く被った。それを見て、行動を再開するコナン。しかし、やはり怪しい人物を絞り込めない状況のままに、変わりはなかった。

 

「流石、巨匠を偲ぶ会だな」

 

「そうそうたる顔ぶれね」

 

「確かに。直本賞受賞の女流作家、『南条 実果』。プロ野球の球団オーナーの『三瓶 康夫』。敏腕音楽プロデューサーの『樽見 直哉』……他に誰かいるか?」

 

「ああ。アメリカの人気女優に、有名大学教授……おっと、経済界の大物まで来てる」

 

「それで?分かったの?ピスコが狙ってるターゲット」

 

「ああ。ジンが電話で言ってた、18時前後にここに来て、尚且つ、明日にも警察に捕まりそうな人物は……」

 

そこでコナンが入り口へと視線を向けたため、其方に同じく顔を向ければ、レポーター達に囲まれた人物がいた。

 

「今あそこでレポーター達に囲まれてる、あの男しかいない」

 

「なるほど、今、収賄疑惑で新聞紙上を賑わせてる、あの『呑口 重彦』って政治家ね」

 

「捕まる前に口を封じるってことは、あの政治家も組織の一員なのか?」

 

「さて、どうだったか……情報屋もやってはいたが、その期間は本当に短かったからな。正直、半年もしてなかったぞ」

 

「おいおい、短ーな」

 

「それよりも腕の立つ奴がいたということさ。その後は殺し屋業務しかしてない。まあ、だからこそ、私は分からないな。哀はどうだ?」

 

「さあ、どうかしら?捕まれば分かるんじゃないの?」

 

その時、扉が開かれ、目暮警部達が姿を表す。その中に彰の姿はなかった為、取り敢えずは咲に安堵を齎した。しかし、逆に哀の目が見開かれる。

 

「え、目暮警部?」

 

「さっき声を変えて電話で呼んだんだ。あの政治家の命を狙ってる奴が、この会場にいるってな」

 

それは、その政治家の命を守るためのものでもあり、反対に炙り出す為のものでもあった。この状況では、犯行は不可能だとコナンは言う。勿論、強引にしようとすれば、コナンが見逃さない。そんな行動をする人物には、容赦無く撃ち込めるよう、コナンは時計型麻酔銃を構えた。そんな時、アナウンサー『麦倉 直道』が、監督かひた隠しにしていたと言う秘蔵フィルムをスライドで紹介すると言う。それはつまり、会場内の電灯が消されると言うことで、コナンが慌てるがもう遅い。会場内の電気は消され、スライドだけが灯りの代わりとなっていた。

 

「ちょっと、あの政治家、いなくなってるわよ」

 

「なに!?」

 

「おいおい、あの政治家は、自身の命が狙われてないとでも思ってるのか?」

 

そこですぐにコナン達は政治家を探し、走り回る。警察もまた同じように探しまわるが、姿を見つけることは出来ないでいた。そして、話が次の映画の話はと映ろうとしたその時、誰かがカメラのフラッシュ機能を使い、写真を撮った。それを麦倉がフラッシュを焚いたら映らないと言い、周りの笑いを取った。そんな時、コナンと咲の耳に音が入る。しかし、それが何かを特定まではいかなかった。しかしその音の向かう先が上であることを理解した途端、ガラスの割れる音が響き渡る。会場の人間全てが動揺し、騒めく中、目暮が電気をつけるような言う。そんな中、コナンは会場内を走っている際、頭に何かが落ちて来た。それが布状のものである事にはすぐに気付き、よく観察してみれば、それがハンカチである事が理解できた。

 

「ハンカチ?」

 

その時、会場の電気が点きーー会場の真ん中で、シャンデリアに潰された状態で絶命した呑口の姿が、全員の目に映ったのだった。




新事実:咲さんは情報屋もしていたが、その期間は半年も満たなかった。

別に、その技術がなかったわけではないのですが、あの方の方が優れていたのと、自ら引いたのもあって半年もされなかっただけです。


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第24話〜黒の組織との再会・コナン編〜

全員の視線が、シャンデリアの下敷きとなった呑口を見て、茫然自失の者や、事態を飲み込めずにいる者で溢れていた。そんな中、シャンデリアの近くにいた大学教授『俵 芳治』は、そのシャンデリアを見つめ、茫然自失となっていた。

 

「しゃ、シャンデリアが……」

 

そんな中、司会を務めていた麦倉が人の輪を掻き分けてやってくる。

 

「どうしましたか?」

 

麦倉がそう聞き、人の波を掻き分けて出てきたその時、シャンデリアと、その下から出ている人の手と血溜まりにようやく気づき、驚きで一歩下がってしまう。

 

「こ、これは!?」

 

また、俵と同じく、シャンデリアの近くにいたアメリカの女優『クリス・ヴィンヤード』も事態を飲み込めず、翻訳者に困惑した様子で問い掛ける。

 

What's happening?(一体、何が起こったの?)

 

I don't know…….(いや、私にも何が何だか……)

 

また、他の著名人達も、事態を飲み込めず、困惑していた。

 

「な、何があったのかね?」

 

「さあ……」

 

「一体、なんですの!?」

 

「おい、誰か説明してくれないか?」

 

白髪で高齢にあたる自動車メーカーの会長『桝山 憲三』、三瓶、南条、樽見の声が届いたのか、扉の前に陣取っていた刑事の指揮を取っていた目暮が、騒めく客達に静かにするように言い、刑事だと紹介をする。それに対し、三瓶は刑事にしてはやけに来るのが早いと皮肉を言えば、それに目暮が通報があったのだと説明する。それは勿論、コナンが声を変えて伝えた通報で、今夜、このパーティーで殺人が起こるという旨の通報だった。その説明をすれば、周りは更に騒めき始めた。そんな中でも刑事達は冷静にシャンデリアを退ける。そうなれば遺体は容赦も情けもなく客達の前にその悲惨な様子を見せることとなり、騒めきが一気に悲鳴へと変わる。それでも誰もパニックとなり、出ていく様子がないのは、一重に刑事という存在があったからだろう。

 

「どうだね?高木くん」

 

「駄目ですね。もう息はありません」

 

「そうか……直ぐに、署に連絡してくれ」

 

「はい」

 

そんな中でも、コナン、哀、咲は冷静で、周りの人物達を観察していた。

 

(犯人は奴だ。俺の体を小さくしやがった、黒ずくめの男達の仲間……コードネーム、ピスコ。奴はまだこの会場内にいる)

 

その間も、刑事達は聞き込みを始めていた。目暮が担当したのは、呑口の近くにいたクリス、俵。その2人に、まず不審な人物はいなかったかを聞くが、俵はそれどころではなかったと言う。彼は一歩間違えれば巻き込まれ、呑口と共に死んでいた可能性もあったと言い、その際、シャンデリアのガラスが掠め、背広の肩付近に擦り傷を負っていた。そして、もう1人であるクラスには、英語が出来る刑事を通して話を聞けば、不審な人物は見ていないと返される。それに考え込もうとした目暮に、背後から事故だと言われ、振り返れば、其処に樽見がいた。彼は、シャンデリアの鎖が古くなって切れてしまい、偶然にも下にいた呑口が死んだのだと冷たく言えば、それに桝山が疑問を呈する。

 

「じゃが、殺人を示唆する通報があったんじゃろ?それはどうするんだね。我々を散策する前に、まずは通報者の事を詳しく教えて欲しいもんじゃ」

 

桝山はその通報者が犯人かもしれないと言えば、目暮はそれに、声を機械で変えていた為に、男女の区別もつかなかったと言えば、それに麦倉は悪戯だと言う。呑口が収賄の件で世間的に反感を買っていた事を言えば、それに三瓶も賛成する。その悪戯に、偶然にも事故が重なってしまっただけの事だと言う。彼は天罰だとも言ってのけ、死者が出たにも関わらず、空気も読まずに炒飯を食べてみせた。勿論、それに樽見が皮肉を言えば、三瓶は樽見に黙るよう言い、また一口食べる。その瞬間、口から何かを吐き出し、シェフを呼ぶように叫んだ。それに気付いたコナンが、目暮達の目を避ける為に、テーブル下から手を伸ばし、それをハンカチで包み、手に入れた。その後、直ぐに2人と合流し、ハンカチの中身を見てみれば、それはシャンデリアの鎖の破片だった。それが何故、炒飯の中にあったのかと疑問を感じるが、話が進んでおり、南条がもし、呑口の死の原因が殺人であれば、シャンデリアの鎖に手を加え、会場が暗くなったその瞬間、シャンデリアの下に連れて行き、仕掛けを作動するしかないと言う。しかし、そんな仕掛けはシャンデリアにも、鎖にもそれらしいものはないと言う。だからこそ、殺人は不可能だと言い、さっさと解放するように威圧的に言うが、目暮は納得しない。その話を聞いていたコナンもまた、その方法が何なのかと考え込もうとしたその時、哀に手を掴まれる。それに驚くが、哀はその手を引き、歩き出した。その隣には、手は引かれてはいないものの、咲もいた。

 

「お、おい!?どこ行くんだよ!」

 

「逃げるに決まってるだろ」

 

「はあ?」

 

「このまま此処に留まって、無意味に時間を浪費するのは危険だわ。それに、もし目暮警部達に見つかったら、私達が此処にいる理由を、どう説明する気?」

 

「手掛かりは、さっきお前が拾ったあの鎖の破片のみ。いくらお前でも、アレだけじゃ、犯人を割り出すことなんて、不可能だろ」

 

そこでコナンは哀の手を払い、ニヤリと笑う。

 

「『二つ』ならどうだ?」

 

「……なんだと?」

 

「落ちてきたんだよ。シャンデリアが落下した後、灯りが点く前に……このハンカチが」

 

そう言って彼が見せたのは、紫色のハンカチ。

 

「それがなんだって言うのよ。犯人の名前が書いてあるわけでもあるまいし」

 

「……ああ、なるほど。持ち主を探すのか」

 

「……咲、どういうこと?」

 

「コナンが持っているそのハンカチには、このパーティーの名前が書いてある。つまり、此処で配られたものだと予想がつくが、他の客達の持つハンカチはそれぞれ色が違う」

 

「そう。色が違うのは、酒巻監督の代表作、『七色のハンカチ』から来てるんだろう。つまり、受付の人にこのハンカチを渡した人物を聞けば、ある程度、絞り込めるって訳だ」

 

「でも、それは本当に、あの殺人に関係してる物かどうかなんて……」

 

「ああ。まだ何に使ったかも、犯人のものかさえも分からねーが、事件に関係してる可能性は、0じゃない。……だろ?」

 

それに目を見開き、哀は一つ溜息を吐くと、コナンに付き合う事を決めた。咲はコナンが二つ目を出した時点で付き合う事を決めた為、何も言わずにコナンについて行く。その際、扉の前に刑事達がいた為、コナンがフードを被り、トイレに行っても良いかと問い掛ければ、刑事の1人が扉を開ける。その瞬間、外の報道陣達のカメラのフラッシュを浴びせられ、質問責めの嵐が会場内に響き渡る。そのフラッシュの眩しさで、哀、咲が腕で顔を隠す様な仕草をする。しかし、そこでコナンがその腕を取り、走り出した瞬間、咲のフードが取れてしまった。しかし、それを気にせず、報道陣の合間を縫って飛び出し、目的の受付嬢達にハンカチの事を問い掛ける。その際、持ってない人に渡す事も伝えれば、受付嬢は教えてくれると言い、その名前を見せて貰えば、そこには先程の7人の名前が書かれていた。それにニヤリと笑ったその瞬間、報道陣の1人が叫ぶ。

 

「おい、出てくるぞ!!」

 

そこで目を扉に向けたその瞬間、大勢の客達が出てきた。

 

「くっそ、一旦、博士の車に戻るぞ!灰原、咲!」

 

そこでコナンが振り向けば、其処に、咲と哀の姿はどこにもなかった。

 

「くっそ!おい灰原!咲!返事しろ!」

 

其処から少し離れた所にいた哀が、コナンに手を伸ばす。しかし、哀は誰かにその小さな体を抱きき抱えられ、ハンカチを当てられ、眠りにつく。その瞬間、咲がその姿を見つけ、思わず叫ぶ。

 

「っ!哀!?」

 

其処で咲も存在を気付かれ、まずいと目を見開き、一度逃げようと後ろを向くが既に遅く、その体もまた抱き抱えられ、暴れる咲を物ともせずに口にハンカチが当てられる。

 

(っ!まずい、クロロホルム、を……)

 

そこで遂に薬が効き、同じく眠りについた咲は、連れ去られてしまった。

 

***

 

ーー優。

 

彼女の名が、呼ばれる。優が薄く目を開ければ、其処には、全体像が白い人物がいた。目の当たりのみ、青い人物が。

 

ーー優、起きろ。

 

「……だれ、だ?」

 

「おいおい、寝ぼけてるのか?」

 

そこで漸く、目の前が鮮明となり、優の目が見開く。そこには、嘗て、自身が依存した人物が、いたのだから。

 

「……な、なんで……」

 

「なんでって、俺が研究所から帰ってきたら、何故かソファで猫のように丸まったお前が寝てたから、起こしたんだけど?」

 

「……夢?」

 

「やっぱり寝ぼけてるだろ。デコピンするぞー?」

 

「……痛いからやめてくれ」

 

「デコピンぐらいい良いだろ〜?まあ、仕方ない。約束は守るって言ったしな〜」

 

そこで男は離れて行く。行き先は台所。それを見て、優は頭を抑える。

 

(今までのは、長い夢だったのか?……いや、それにしては、現実味が……)

 

その瞬間、優の意識が遠ざかり始めた。それに気付けば、優は、逆に慌て始める。

 

「っ!ま、待ってくれ!夢でも……夢でも良い!私は、お前に……あの人に、言いたいことがっ!」

 

しかし、既にその男の姿はなく、聞き覚えのある声が自身の名を呼ぶ声が聞こえ始め、もう一度、名を呼ばれた時、目を覚ました。

 

「……コナン?」

 

『咲!?咲か!?灰原はどこにいる!?』

 

「哀?哀は……」

 

そこで彼女が寝ていた横に目を向ければ、そこに彼女は眠っていた。

 

「……哀なら、寝てるようだ。拐われた際、クロロホルムを嗅がされていたから、その影響だろう」

 

『なら起こせよ!!』

 

「わ、分かった……哀。おい、哀」

 

『灰原!灰原!!返事しろ、灰原!!!』

 

コナンの大声がどうやら彼女の夢の中にも響き渡っていたようで、彼女の目が勢いよく開かれる。その際、その大声で咲の耳がやられていたが、そんな事などコナンは気にしていられない。

 

「工藤、くん?……どこ?」

 

『ホテルの前の博士の車の中だ!眼鏡に仕込んであるマイクとスピーカーを通して、交信してるんだ!』

 

「私達、どうしたの?」

 

『そりゃこっちの台詞だ!!会場前の廊下で何があったんだ!!』

 

「会場前……?ああ、あの時、私、人の波に飲まれて、貴方と咲と逸れて……そうしたら、誰かが後ろから……っ!」

 

そこでようやく事態が飲み込めた哀が、部屋の中を見る。コナンは哀がそんな事してるなどとは知らないものの、咲が先程、クロロホルムの名前を言った為、眠らされたことを把握していた。

 

「……誰かに攫われ、酒蔵にいるみたいだな」

 

「ええ、そうね」

 

『おい、誰かって……まさかっ!?』

 

「ええ。恐らく、警察の監視下にあったあの会場で、殺人をやってのけた組織の一員……ピスコ」

 

『なんだと!?まさか……いるんじゃねーだろうな?そいつが側に』

 

「いや、部屋の中には私達2人以外、誰もいない」

 

「部屋には、しっかりと鍵が掛けられてるけどね」

 

哀がそう言いながら鍵を確認する。そうしてもう一度部屋の中を見る。構造は確かに酒蔵だが、その部屋の中には暖炉も作られており、中には荷物用のダンボール箱とゴミ袋一袋、ダンボール箱の中に入っている新品らしい清掃員の服が一枚、ゴミ袋の中に入ってるボロボロのツナギが複数枚。哀はこれらを見て、もともと用意していたダンボール箱に2人を入れ、清掃員の服を着て、ここに連れてきたのだろうと言う。ゴミ袋の件に関して言えば、ホテル側が本当に勘違いし、このツナギを捨てるように指示したのだろうと言う。

 

「どうやら、あの会場で議員を殺しそびれた場合、トイレで殺害して、此処に運ぶつもりだったんじゃないかしら?」

 

『まあいい。取り敢えず、その酒蔵からの脱出方法を早く見つけて、何か手を打たねーと!』

 

そこで2人はアイコンタクトを取り、頷き合い、哀がマイクを通して話始める。

 

「いい?工藤くん。よーく聞いてね。私達の体を幼児化した、APTX4869の『アポト』は、『アポトーシス』……つまり、プログラム細胞死のこと。そう、細胞は自らを殺す機能を持っていて、それを抑制するシグナルによって製造してるってわけ」

 

『おい、灰原?』

 

「ただ、この薬は、アポトシースを誘導するだけじゃなく、テロメアザ活性も持っていて、細胞の増殖能力を高め……」

 

『やめろ灰原!!ンなこと、お前らがそこから脱出したら、幾らでも聞いてやっから!!』

 

「いいから!!黙って聞きなさいよ!!……もう2度と、もう2度と貴方と言葉を交わすことなんて、ないんだから」

 

その言葉にコナンが一瞬、息を飲む声が、咲に聞こえた。

 

『なにっ?』

 

「分からないの?彼らは、私達のこの幼児化した姿にも関わらず、私達を此処に監禁したのよ?……例え、此処から脱出出来たとしても、2日も経たないうちに、彼等は私達を見つけるわ。そうなれば、彼等は私達を匿っていた博士や、北星家の人は勿論、私達に関わった人達も、秘密保持のために、1人残らず抹消するでしょうね」

 

そこで哀が悲しそうな表情を浮かべ、例え逃げだせたとしても、死んだとしても、コナン達に会えない状況に陥ってしまったのだと言う。そこで哀はパソコンを見つけ、パソコンに近付いた。

 

「だから、私が生きている間に、私が知ってる薬の情報を、貴方に教えるわ」

 

そう言って、パソコンの電源をつければ、博士がパソコン上に出てくる。

 

《ジャジャーン!博士の大冒険・2!》

 

その声はどうやらコナンにも聞こえたようで、彼の戸惑ったような声が聞こえてきた。彼はそれは何かと問いかけてきたため、哀は学校で、光彦から返してもらった博士のゲームだと説明する。どうやら、組織の人間は、そのMOを調べていたらしい。その画面を消し、携帯がパソコンとケーブルで繋がっているのを確認し、調べてみれば、そこにはパソコン上にSHERRYの顔写真が写っていた。更にそこから履歴を探れば、KATZの顔写真まで出てきた。その顔写真には、黒く長いストレートの髪で、黒いハイネックを着ている無愛想な女性が写っている。

 

『おい、お前ら、縛られてねーのか?』

 

「だから急いでるんじゃないの。彼等が長時間、私達を縛りもしないで放って置くわけがないでしょ?特に咲は、殺しの方法を得ている。彼女も縛られてないけど、放っておける存在ではないでしょう?」

 

『いや、奴は当分、戻って来れねーよ』

 

その一言に、2人して驚き、目を見開く。コナン曰く、2人がいなくなった後、急いで目暮に連絡し、紫色のハンカチをもらった7人を、杯戸シティホテルから一歩も出さないように言ったという。それも、工藤新一の声を使ったという。

 

『お前らが拘束されてないことと、携帯に繋ぎっぱなしのパソコンの状態からすると、恐らくお前らを監禁した奴は、何かの目的でちょっとだけホテルから出ようとした所を、出口で刑事に止められ、事情聴取を受けてるんだ。しかも、奴は今、外部との連絡が取れないでいる可能性が高い。お前らがいなくなってから、既に1時間近く経っているのに、奴はおろか、奴の仲間も其処に来てねーなんて、考えられねーからな。……いるんだよ、俺が考えた通り、あの7人の中に、暗殺を成し遂げてお前らを其処に監禁した、ピスコって奴がな』

 

そのコナンの説明を聞き、哀達は自身が監禁されている場所が、杯戸シティホテルの中なのかと聞けば、彼からは多分そうだと肯定される。コナンはそこで、仲間がこの監禁場所に来る前に、犯人を上げ、警察に突き出す事が出来れば、2人の身の安全は保障されたままとなると言う。

 

『警部があの7人を留められるのは、せいぜい後1時間。とりあえず、俺はホテルの従業員に、あんまり使用されていない酒蔵の場所を聞いて、直ぐに助けに行ってやるよ。女の子達が閉じ込められてるって言えば……』

 

「馬鹿ね、言ったでしょ?私達に関わった人がどうなってしまうのか。……知らないわよ?私達の逃亡を手助けした、その従業員が後でどうなるか」

 

『じゃあ自力でなんとかそこから脱出する方法を見つけろよ!!俺はその間に、あの7人の中からピスコを割り出すから!』

 

「……咲、何か思いつく?」

 

「まあ、暖炉があるから、此処から登っていけば、出れないこともないが……子供の姿じゃな」

 

「咲の声は聞こえた?無理そうよ」

 

『ロープかなんか、ないのかよ!』

 

「さあ、酒蔵にロープなんてあるかしら……」

 

「一通り見て回ってもいいが、ないと思うぞ」

 

『……酒蔵ってことは、いろんな酒が置いてあるのか?』

 

「ええ。古くなって使われなくなった部屋に、世界中のお酒を詰め込んで、酒蔵にしたって感じね」

 

『そこに白乾児ってあるか?』

 

「白乾児?」

 

「なんで中国のキツイ酒なんて聞くんだ?」

 

『いいから、探して見てくれ』

 

「さあ、あるかしら?」

 

「仕方ない。二手に分かれよう私は右を行くから、哀は左を見てくれ」

 

「分かったわ」

 

そうして分かれて探し始めるが、咲が探しているところに、白乾児は見つからず、咲は溜息を吐いた。

 

(これは、哀の方にあるかもしれないな。……ああ、もう。さっきから体が重い……熱が上がったな、これは)

 

その時、哀から白乾児があったと声を掛けられ、何故か飲むように指示される。咲がそこで首を傾げれば、コナンから飲むように言われたと言われ、仕方なさそうに白乾児を飲んだ。しかし、飲んだ後、2人して逆に体調が悪くなり、顔色の悪さが全面的に出される状態となっていた。

 

「おいおい、これでどうやって私達を脱出させるんだ?奴らに病院にでも連れて行くように仕向けるつもりか?」

 

「あら、そんな優しい人間がピスコなら、私達は閉じ込められなかったんじゃない?」

 

「広大な砂漠から小さな金を見つけるような確率だが、信じるか?」

 

「あら、素敵な確率ね。遠慮するわ。……ねえ、『エルキュール・ポアロ』の綴りって、分かる?」

 

「いや、私は知らん」

 

咲がそう答えれば、今度はコナンに同じ問いを投げかける。そこでコナンからちゃんと飲んだのか問われ、飲んだことを言えば、彼はその綴りを答えてくれる。

 

『HERCULE POIROTだけど、こんなこと聞いてどうすんだよ?』

 

「組織のコンピューターから、あの薬のデータを、博士のMOに落とそうと思ったんだけど、パスワードに引っかかって……ダメだわ、ポアロでも開かない」

 

『パスワードがポアロってどう言うことだ?』

 

「試作段階のあの薬を、組織がたまにこう言っていたのよ。シリアルナンバーの4869を文字って『シャーロック』……『出来損ないの名探偵』ってね。だから思いついた名探偵の名前を手当たり次第に入れてるんだけど、そんなに簡単にはいかないようね」

 

2人の具合はさらに悪くなっており、頭痛まで始まっていた。哀は説明している間もその痛みに耐えるように、頭を軽く振っていたのだが、コナンはそんなこと知らずに、彼が思いついた名前を告げる。

 

『シェリング・フォード。綴りはSHERRING FORD』

 

「そんな探偵いた?」

 

『いいから、入れてみろ』

 

そこで言われた通り、綴りを入れ、エンターキーを押せば、パスワードは解除され、APTX4869の情報が開示される。それに驚いたのは、哀と咲。彼女達は目を見開き、驚愕していた。

 

「開いた……どうして」

 

『シェリング・フォードってのは、コナン・ドイルが、自分の小説の探偵を『シャーロック』と名付ける前に仮に付けた名前。つまり、『試作段階の名探偵』』

 

「へ〜、組織にしては、洒落てるじゃない?」

 

『それより、そろそろ時間がやばい。……お前ら、体はなんともないのか?』

 

「なんともないわけあるか。あんなキツイ酒飲まされたんだぞ……ああ、頭がいたい」

 

「兎に角、薬の情報を落として、この酒蔵に隠しておくから、後で取りに来るのね……組織が、私達を運び去った、後でね……」

 

『お、おい!!』

 

そこで遂に2人の意識は朦朧となり始め、体も言うことを聞かなくなり始める。コナンが焦りの声で、暖炉の中にでも隠れるように言う声も、すでに曖昧となり始めた。その瞬間、全身に激しい痛みが走る。既に2人は立っていられなくなり、地面にその体が倒れてしまう。その痛みから、胸を抑えるように腕が持っていかれたその瞬間、激痛が走り、叫び声を、あげた。




すごい中途半端ですが、出来るだけ早めに上がれるように頑張ります。

途中に出てきた人物は、(咲の中では)忘れなれない人物です。


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第24話〜黒の組織との再会・解決編〜

哀、咲がその痛みから、叫び声を上げる。その痛みは激痛で、心臓が痛むと勘違いしてしまうほどの痛みは、しかし全身からくるもの。そして、痛みが徐々に引いていき、残るは体のダルさと頭痛のみとなった時、咲と哀は自身の体を見て、目を見開く。しかし、時間が惜しいとばかりに、哀は出されていた方のツナギを、咲はゴミ袋の方のツナギを取り出し、それらを着て、暖炉の中へと身を隠す。

 

「はは、まるで忍者だな」

 

「しっ、静かに」

 

2人が両手足を暖炉の壁に突っ張らせ、体を隠し、軽口を叩いてすぐ、扉が勢いよく開く音が聞こえてきた。それで黒ずくめの男達が入って来たことに気付き、2人の間で緊張が走る。

 

酒蔵に、二人ぶんの足音が聞こえて来た。それは咲からしてみれば、誰かを証明するものとなる。

 

(ジン、ウォッカ……)

 

ウォッカの足音は少し小さくなり、それでウォッカが近付いていないことを理解したが、しかし逆にジンの足音が大きくなってきたことを考えれば、二人の間で緊張と恐怖が徐々に大きくなっていくのは当たり前で、体が震えそうになるのを、唇を噛み締め、必死で耐える。

 

「いませんぜ、ピスコのヤツ。30分後に落ち合う段取りなのに、音沙汰ねーし、発信機を頼りに来てみれば、パソコンはあるものの、奴の姿はどこにもねえ。一体、何処に消えちまったんだか」

 

そこで酒が振られる音が耳に入る。ジンの足音が先程、暖炉近くまで来たことから考え、酒を振ったのがウォッカだと考えた咲は、恐怖から思考を晒すために、ジンとウォッカの存在を、必死で思考から逸らそうとする。しかし、それは許されない。

 

「大体、なんなんですかい?この酒蔵」

 

「恐らくピスコが、念のために確保しておいた部屋だ。会場での殺しが失敗した場合、どっかで殺った後、ここへ運び込むつもりだったんだろうよ」

 

「兎に角、早くずらかった方が良さそうですぜ、兄貴」

 

そこでジンがフッと笑って了承すれば、去っていく足音と共に、扉が閉まられる音が聞こえた。そこで漸く安堵の吐息を吐く二人。それと共に、再度戻って来たダルさに、二人とも辟易する。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「はぁ、これじゃあ、上手く、動けないな……はぁ、はぁ」

 

『おい、奴ら、行っちまったか?』

 

「ええ……」

 

『それで……お前ら、服は?』

 

「エッチ。ちゃんと着てるわよ。酒蔵にあったツナギをね」

 

「今回は、ゴミ袋を渡してくれた人に、感謝しないと……でないと、私は色々、危なかったな……」

 

「勿論、薬のデータをコピーしたMOも、持ってるわよ。でも驚いたわ。あの白乾児ってお酒、細胞増殖速度を速める、エンハンサーの要素でも、含まれてるのかしら」

 

「そんなもの、帰ってから考えてくれ」

 

『そうだな。まだ安心すんなよ。その効果は一時的だ。子供の姿に戻っちまう前に、煙突の先から脱出するんだ』

 

「分かったわ」

 

そこで煙突を登り始める二人。その際、哀は『井戸から這い上がるコーデリア』だと例え、気が遠くなりそうだと言った際、咲もそれに頷いた様子を見せた。哀よりも数段、運動などの能力が高い咲でも、その体調の悪さも相まって、普通に辛い状況にあった。

 

(それにしても、一時的か……この姿で、姉さんに会うことは、不可能だな)

 

そんな事を考えている間に、大人に戻った哀が、コナンにピスコが誰なのか、分かったのかと問い掛ければ、それにコナンは情報が足りず、まだ割出せてないことを伝えてくる。その後、暫くコナン側が何かを話す声が聞こえたが、それを気にする事は出来なかった。そして、煙突を出口を塞ぐ板を、上にいた咲が押しのけ、雪が積もる外へと、這い上がる。

 

「はぁ、はぁ……で、出れた……っ!そうだ、早く引き上げないと!」

 

そこで咲の元の姿である優は、170cm前後ほどの身長を屈ませ、暖炉の中へと手を伸ばす。その際、腰の辺りまで伸びた長いストレートの髪が、哀の元の姿である『宮野 志保』の手に当たる。

 

「さあ、手を出せ。引き上げるから」

 

「……ありがとう」

 

そうして優に引き上げられ、二人して裸足で雪の上に降り立ち、体が倒れる。

 

「はぁ、はぁ、煙突から、出たわよ」

 

「はぁ、頼むから、早く、来てくれ……この服、ボロボロで、寒いんだが……」

 

『良くやった。哀くん、咲くん。そこが何処だか分かるか?』

 

そこで二人して周りを観察し、何処かの屋上だと理解する。それを報告し、博士にコナンはいないのかと問い掛ければ、博士は目暮と先程まで話していたが、慌ててホテルに入っていったと説明される。

 

「慌てて?」

 

『まあ安心せい。ピスコの正体は分かった。直ぐに迎えに行くから、大人しくそこで待ってろと、君達に伝言を残しておったから』

 

志保も優も、その言葉に二人して苦笑し、壁に手を付ける。

 

「……大丈夫。動きたくても、身体がだるくて、動けないから」

 

その瞬間、咲の耳に足音が入り、その足音が誰かを認識したその瞬間、志保が立ち上がり、息を整えるその後ろに体を出し、無理やりその体を傾けさせた。

 

「っ、ちょっと、優っ」

 

その瞬間、志保が息を飲む。何故なら、その場に銃声が響き渡り、咲の肩を、弾丸が貫いたのを、目撃したからだ。

 

「っっ!!!」

 

「優!?」

 

その場に、優の血が散る。その血が雪に染み込み、赤い点が小さく、出来上がる。優はそんなことも気にせず、肩を抑え、志保と共に振り向く。優の体は、震えていた。それは勿論、寒さだけが原因ではない。

 

「……ジン、ウォッカ」

 

「会いたかったぜ?シェリー、カッツ」

 

そこで彼はニヤリと笑う。

 

「ほら、綺麗じゃねえか。闇に舞い散る白い雪、それを染める緋色に鮮血。まあ、染めてるのは残念な事に、ボロボロの黒猫の血だが、まあいい。この後、お前もその緋色で、この雪を染めるんだからな……我々を欺く為のその眼鏡とツナギは死装束にしては無様だが、ここは裏切り者共の死に場所には上等だ……そうだろ?シェリー、カッツ」

 

「はぁ、はぁ……良く分かったわね。私達が、この煙突から出てくるって」

 

それにジンはフッと笑い、二本髪を出す。一本は赤味がかった茶色い髪、もう一本は長い黒髪。

 

「髪の毛だ。……見つけたんだよ、暖炉の側で、お前らの髪をな。ピスコにとっ捕まったのか、奴がいない間にあの酒蔵に忍び込んだのか知らねーが、聞こえてたぜ。暖炉の中から、お前らの震えるような吐息がな」

 

「はぁ、はぁ……お前は、いつから、私と同じ特技を、身につけたんだ」

 

それにジンは鼻で笑って返すと、拳銃を向けてくる。

 

「直ぐにあの暖炉の中で殺っても良かったんだが、せめて死に花ぐらい咲かせてやろうと思ってな」

 

「あら、お礼を言わなきゃいけないわね。こんな寒い中、待っててくれたんだもの」

 

「ふん。その唇が動く間に聞いておこうか。お前が組織のあのガス室から消え失せた絡繰をな」

 

そこで二人して黙っていれば、拳銃の照準が、志保に向けられる。そこで優が引き金を引かれるその瞬間に、志保を雪の方へと倒す。そうなれば、彼女の長い黒髪の撃ち抜いた。志保と優は、雪へと倒れこむ。

 

「ちっ……まずはそこの、ボロボロになった猫から殺す必要があるみてーだな」

 

そこで今度は照準が優に向けられた。其処で優の前に出たのは、志保。

 

「っ!?シェリー、お前、なんで!?」

 

「ふん、裏切り者同士の守り合いか。泣ける話じゃねーか……お望み通り、お前から情報を抜き取ってから、カッツは殺してやるよ」

 

其処でジンは3発撃ち、其々、腹部、右肩を撃ち抜かれ、左頬を掠め、志保はその場に倒れた。

 

「っシェリー!!」

 

「……兄貴、この女、吐きませんぜ」

 

「……仕方ない。送ってやるか。先に行かせた、姉の元へ。……カッツ諸共な」

 

そこで優が志保の前に出る。既に立ち上がる力もなく、それは体だけを前に出したような様子で、盾になることも出来ない。そんな姿に、ジンは笑って撃とうとした。その瞬間、ジンの右腕に何かが刺さる感触を感じ、そちらを見れば、そこには針が刺さっていた。それに疑問を持った次の瞬間には、彼は膝をついてしまった。それを心配するウォッカと、状況を判断出来なかった優と志保。しかし、野太い声の男の声で、煙突に入るように指示を出される。そこでそれが誰の助けかを理解し、優が力を振り絞って志保の体を煙突まで引き、落とす。そして優も入ろうと身を乗り出した瞬間、背中をウォッカの銃弾が掠め、その痛みで更に身を前に乗り出し、そのまま下へと落ちてしまう。その下には、体を蹲らせる志保がおり、落ちたその衝撃は、そのまま志保に伝わる。

 

「うっ!?」

 

「っ、す、すま……ぐっ!?」

 

優が謝ろうとしたその瞬間、ほぼ同時に二人に激痛が訪れた。その痛みを少し堪え、暖炉から体をだけを匍匐前進のようにして出したが、その際、また激痛が訪れ、その体はその場に横たえられる。その痛みの間にも徐々にその体は小さくなっていき、小学一年生の『灰原哀』と『月泉咲』に戻ってしまう。咲にとって、いつもと違うのは、ポニーテールにしていたその髪が、大きくなった時、その髪ゴムが切れてしまい、現在は大人の時と同じくストレートになっている事だ。

 

そうして二人して赤く染まったツナギを纏ったまま、その小さな体で横たわったままでいれば、少ししてそこにやって来る人物が一人。

 

「おお、素晴らしい!優ちゃんはそもそも知らないだろうが、君は赤ん坊だったから知らないだろうね。しかし、科学者だった君のご両親と、優ちゃんの世話役を任されていた『テネシー』とは親しくてね。開発中の薬の事はよーく聞かされていたんだ。まあ、その当時のテネシーは若かったがね」

 

「……誰?」

 

「……なんで、テネシーを……あの人の、事を……」

 

「でも、まさか、ここまで君が進めていたとは、事故死したご両親や、優ちゃんが処刑したテネシーもさぞお喜びだろう」

 

「……誰なの?貴方……」

 

「だが、これは命令なんだ。悪く思わんでくれよ?……志保ちゃん、優ちゃん」

 

 

 

 

 

「ーーそこまでだ!桝山さん?」

 

 

 

 

 

そこで聞き覚えのある声に、咲がホッとした息を吐く。彼女は安堵の溜息を零した。しかしそれは、助かっただけの意味ではなく、彼女が過去に依存した相手の事を語られ、不愉快な気持ちも抱いていたからだ。

 

「だ、誰だ!?」

 

「上手く呑口議員の頭上に、シャンデリアを落として事故死に見せかけたつもりだろうが、そうは行かねーよ。アレはあんたが落としたんだろ?ーーサイレンサー付きの拳銃を使ってな」

 

その声の説明を聞きながらも、桝山は酒蔵内に響く声の主をゆっくりと、足音を立てないように気をつけながら探す。

 

「目印は、予めシャンデリアの鎖に着けておいた蛍光塗料。スライド塗料で会場内が暗くなれば、その光が浮かび上がるって寸法だ。もちろん、そのまま発砲すれば、銃口から火花が出て、周りの人に気付かれちまうが、ハンカチをサイレンサーの先に被せれば、発砲と同時にハンカチが吹っ飛び、火花を隠してくれるって訳だ」

 

その際、使われたのは勿論、酒巻監督を偲ぶ会で配られたハンカチ。それを使った理由として、後々回収すれば、足が付きにくいと考えたのだろうと予測を話す声に、彼は聞かないまま、火を点けたタバコを吸い、拳銃を構えている。また、説明する声がハンカチを持っていた客が殆ど帰ってしまっており、容疑者が7人になったことを説明されている時、彼は何かに気付いたように後ろを振り向いた。

 

「シャンデリアの真下にいて、鎖を狙えない俵さんとクリスさんは白。証拠の鎖を口から吐き出した三瓶さんと、司会で客に注目されていた麦倉さんも違う。事件直前に抱き合っていた樽見さんと南条さんは論外。つまり、あの会場でこの犯行を成し得ることが出来たのは……桝山さん、貴方だけなんだよ!」

 

「そこかっ!」

 

そこで桝山がそう叫び、拳銃で3発撃ち抜いたのは『スピリタス』の木箱。しかし、其処から出て来たのは、鮮血ではなく、無色透明の液体のみ。全て出た後も鮮血が出ないことに驚き、其処へと近づき、スピリタスの木箱を取り出し、その箱を開ければ、先程の射撃で壊れたらしいスピリタスの瓶ばかり。

 

「ちなみに、呑口議員がシャンデリアの下に来たのは、その真下の床にも、蛍光塗料を塗っていたから。逮捕寸前の彼に、挽回のチャンスをやるから、灯りが落ちたら光る場所で指令を待て、とでも脅しをかけたんだ。そうだろう?ピスコさん?」

 

そこで彼は、木箱の横に付けられた物に気付いた。

 

「ん?スピーカー!誰だ!!何者なんだ、お前は!?」

 

そこで見慣れた靴を履いた足が、哀達の前に出て、彼女達を遮る。

 

「ーー江戸川コナン、探偵さ」

 

その名乗りに、目を見開いて驚くピスコ。

 

「た、探偵!?まさか、取り調べ中に警察に指示を出していたのは、お、お前なのか!?」

 

ピスコが信じられないと言うようにそう問いかけてきた。それに、コナンは気障に笑ってみせた。

 

「どうせあんたも、上の二人も警察に捕まっちまう。その前に教えてくれないか?どうしてあんたが取り調べ中に、あの紫のハンカチを持っていたのか。だから警部はあんたを解放せざるおえなくなった。一体、あのハンカチは……」

 

そこで彼は拳銃をコナンに向けてくる。

 

「ふんっ!世の中には知らなくっていい事もあるんだよ。それに状況をよく見ろ!警察なんか、呼べやしない」

 

「ふっ、あんたこそよく見るんだな……自分の足元」

 

コナンの言葉を聞き、ピスコが足元を見れば、そこにはスピリタスの液体が足元にまで広がっていた。

 

「スピリタス。アルコール度数96%の強烈な酒だ。分かるよな?そんな酒が気化してる側で、タバコなんて吸ってるとどうなるか」

 

そこでピスコのタバコが火花を散らし始め、それに驚き、口を離してしまった。そうなって仕舞えば、タバコは自然落下し、スピリタスの液体へと落ちてしまい、激しい炎を燃え上がらせた。それに驚いたピスコだが、直ぐに哀達の方へと目を向ける。しかし、既にそこにはコナン達の姿はなかった。

 

「おい!小僧達、何処だ!!出てこい!!」

 

「……咲、まだ動けるか?」

 

「……大丈夫だ。無理矢理にでも、動いてやる」

 

ピスコが叫ぶ中、コナンと小声でそう会話する咲は、コナンの問いにそう返し、コナンは哀を背中に抱えたまま、咲と共に扉から静かに出て行った。

 

その後、車の中で、コナンは博士からの言葉に驚愕した。

 

「なにっ!?ジンがピスコを射殺した!?」

 

「ああ。哀くんが暖炉の側に置き忘れとった眼鏡から会話を聞いとったんじゃが、射殺後、また煙突から逃げて行ったようじゃ」

 

そこでコナンは考え込む。彼があの時、ジンに撃ったのは麻酔銃の針。それにも関わらず、ジンは眠っていなかった。コナンは、ジンが眠って仕舞えば、警察からは逃げることは出来ないと考えていたのだが、その計算は狂ってしまった。

 

(それに……)

 

そこで彼は座席の後ろで倒れるように寝ている哀と、扉側に体を預けるようにしている咲を見る。

 

(灰原達の行動が奴らに読まれ過ぎているのも気にかかる。灰原達が会場に来る事も確信していたみてーだしな。髪の毛見ただけで分かるか?普通)

 

そこまで考えて、彼では答えが出ない事を理解し、問い掛ける。

 

「なあ、灰原、咲。お前らひょっとして、組織にいた頃ーー」

 

「それで?暴露ちゃったの?私達の体が、薬で小さくなっちゃったこと」

 

コナンの問いかけは、哀からの言葉で黙殺されてしまう。彼女がそう問いかければ、それに博士からは否定の声が返される。博士から安心するように言われたが、それに安心する事など、二人には出来なかった。

 

「で?お前ら、これからどうするつもりなんだよ?」

 

「そうね……私達がこの町に潜んでると知られた以上、もう貴方達の側にはいられないわね。それに、ツナギに入れておいたあのMOも、燃えてしまっただろうし……」

 

「ああ、そういえば、入れっぱなしになっていたな」

 

「ええ。だから、私がここに留まる意味もない。安心して、明日にでも出て行ってあげるから。咲はどうする?ついてくる?」

 

哀からの問い掛けに、咲は少し考え込み、首を横に振った。

 

「いや、私は良い。……それに、多分、大丈夫だ」

 

それに不思議そうな顔をする博士と、同じように納得した様子を見せるコナン。しかしその翌日、コナンは新一の声を使い、警部に新一が関わったことは内密にして欲しいと頼み込む。それに肯定してくれた目暮だが、彼は困惑していた。しかし、それは無理もないことではあった。被害者の呑口の家族は一斉に蒸発し、被疑者である桝山の家は全焼と、理由の分からない事件と失踪が同時に起こったのだから。それに対し、コナンは新一の声で、まだ何も言えないと言い、分かったら連絡する事を伝え、通話を切った。その会話を近くで聞いていた哀と咲は、松葉杖をついた状態で、しかし当然という顔をしていた。

 

「そう、疑わしきは全て消去する。これが彼等のやり方よ。分かったでしょ?私達は、正体を誰にも気付かれちゃいけないって事が」

 

それに同意するように頷く咲。コナンもまた、顔を険しくさせて哀達を見据える。

 

「ああ、よーく分かったよ。……奴らを絶対、ぶっ潰さないといけねーって事がなっ!!」

 

コナンのその決意に、哀も、咲も、何も言わなかった。




因みに、テネシーはオリジナルキャラですが、有名なお酒なので、もしかしたら、原作及び映画で出るかもしれません。その時には、名前を変えると思いますが……面倒臭がるかもしれません。私、基本は面倒臭がりなので。

あと、優さん、及び咲さんの基本情報をここに置いときますね。ただし、優さんの苗字はまだ出ていませんので、載せません。



月泉 咲
身長:詳しくは設定してませんが、光彦とは僅差で小さい。

薬で小さくなった姿。因みに、口調は『カッコイイ』と思う口調なので、誰かの口調が移ったなどの事はない。




身長:170cm前後

殺し屋をやっており、半年間だけ、情報屋もやっていた。しかしとある人の方が能力的に高かった為、後ろに下がった。テネシーなる幹部とは小さな頃に出会い、お世話と共に、勉強諸々を教えてもらっていた。銃の扱いは別。


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第25話〜呪いの仮面は冷たく笑う〜

とある日の深夜。屋敷にて眠りに就こうとしていた彰と邪魔をするように、携帯に連絡が入った。眠いからと無視する事も可能な筈だが、残念ながら相手は上司の目暮の為、それを諦めて通話を取り、要件を聞く。

 

「殺人事件、ですか?」

 

『ああ。それで、瑠璃くんも起こして現場に来て欲しい。場所はーーー』

 

目暮の話を聞き終え、通話を切ると、早速、瑠璃の部屋へと突撃し、彼女を眠りの淵から目覚めさせ、瑠璃の車を借りて現場へと向かい始めた。

 

「ふぁぁ……もう、誰?こんな時間に事件なんて起こす馬鹿は……」

 

「知るか。そもそも、殺人に時間も何も関係ないだろ。寧ろ、この時間は願ったりかなったらじゃないか?人気も少なくなる時間だからな」

 

「傍迷惑です〜……ああ……お布団が恋しい……」

 

「……現場に着いたら起こしてやるから、暫く寝てていいぞ」

 

彰からの言葉に、瑠璃は一つ礼を伝え、眠りについた。その後、1時間と少し経ち、現場へとやって来てみれば、既に鑑識や他の刑事が到着しており、二人して頭を下げて、現場の中へと入っていく。その現場には、目暮の他に、伊達と松田がいた。

 

「よ、遅かったな」

 

「まあ、寝てたしな」

 

「だろうな。瑠璃の奴、半分寝てないか?」

 

松田が彰の後ろにいる瑠璃を見て言う。そこで後ろを振り返れば、確かに立ったままウトウト状態の瑠璃がいた。

 

「……伊達、申し訳ないんだが、瑠璃を手洗い場まで連れて行ってくれないか?それか、二人一緒に使用人の人に案内してもらってくれ。顔、洗わせる必要があるみたいだから」

 

「おう、分かった」

 

そこで使用人の一人である『下笠 穂奈美』に案内してもらいつつ、伊達は彼女が変な事をしないよう見張りと、瑠璃が途中で寝ないための監視役として付いて行ってもらうこととなった。松田と彰は、目暮とともに話を聞くこととなった。

 

「呪いの仮面〜?どうしてこれが届いた時に、直ぐに警察に届け出なかったのかね」

 

「それが、被害者の『蘇芳 紅子』さんが『この手の嫌がらせは良くあること』だと言って……」

 

それに納得はしないものの、話も進まないため、一度それは置いておくことにした3人。次に現場の密室だったらしい部屋へと視線を向けた。

 

「ーーで?これが呪いの仮面か?」

 

そこにあるのは、奇妙な仮面達。白い顔に怪しげな笑顔を浮かべており、それが何十枚とあるため、不気味さが倍増されている。

 

「はい。我々は呻き声の後に、ガシャーンという大きな音を聞いています。恐らく、犯人が仮面をばら撒いた音だと思われます」

 

「このドアには、内側から鍵が掛かっていたというが……」

 

「はい。そこで、ドアの上のガラスを割り、コナンを中に入れて、蘇芳さんの死を確認しました」

 

そこでコナンがドアの鍵は間違いなく掛かっていた事を伝える。それも、二つともと言えば、彰が首を傾げた。

 

「?二つとも?鍵が二つもあったのか?」

 

「はい。蘇芳さんはいつもドアに二つの鍵を掛けていました」

 

そこで小五郎が一つ目のドアの鍵のこと、そして二つ目の南京錠の説明をする。そこで目暮がなぜ被害者は二つも鍵を掛けていたのかと問えば、被害者の秘書である『稲葉 和代』からの話で、霊媒師に仮面を封じてもらった際、いくつかの仕来りを守るように言われたのだという。そのうちの一つが、寝室の鍵は二つ付けること、だったのだと言う。それに嘘臭いという顔をする目暮達。

 

「霊媒師ね〜。となると、被害者自身が鍵を開けて、犯人を寝室に入れたという事か」

 

「……その可能性は、ないようだぜ」

 

そこで遺体の近くに移動していた松田が言う。其方へと全員が顔を向ければ、彼は難しい顔をしていた。

 

「遺体には、何処にも対抗したような跡はない。起きて迎え入れたんなら、抵抗しても良いはずだ。なのに、それがない」

 

「ええ。蘇芳さんは最近、不眠症で、睡眠薬を使用していたそうです」

 

「つまり、被害者はいつも通りに鍵を二つ掛け、寝る前に睡眠薬を飲み、寝たとするなら、起きて誰かを招き入れるのは不可能です。睡眠薬の耐性が付いたと考えるにも、飲み始めたのが最近だと言うなら、付くのは早すぎます」

 

「なら、犯人はどうやって侵入したんだ?……ん?」

 

そこで目暮の視線が向けられたのは、部屋の横にも付けられた扉。その上には隙間が出来ている。その扉の向こうは、小五郎曰く、もう一つの寝室らしい。しかし、そのドアは何年も前に封鎖されたのだという。確かに、ドアには釘が打ち付けられており、開けられた様子も、そこが取り替えられたような新しさもなかった。

 

「ドアの上の欄間ですけど、あの格子が外れるなんてことは……」

 

高木が鑑識のトメさんにそう聞けば、調べたがそんな仕掛けは無かったという。格子の隙間は5、6cmのため、腕一本通らないことが分かる。そこで今度は目暮が、ベッド側の窓は外れるのかと問えば、窓ははめ殺しの為、何処にも異常は無いという。そこまで言われて、頭を悩ませる彰と松田。これだけ密室な状況で、犯人はどうやって被害者を殺したのか。そこまで考えたとき、松田と彰の頭の中で、一つの疑問が浮かぶ。それは、此処まで密室にして起きながら、犯人は何故、自殺に見せかけなかったのか、ということ。ここまで密室にしたのだから、自殺に偽装すれば、簡単に犯罪は成立したはずなのだ。

 

(……いや、もしかしたら、したくても出来なかったとしたら……)

 

「蘇芳さん、本当に自分で睡眠薬を飲んだのかな?」

 

彰がそう考えている横で、コナンがそう考えを投げかける。それに訝しげに目を向けた小五郎。しかし彼はすぐに何かを思いついた様子で、自信満々な様子を見せる。

 

「分かりましたよ警部!」

 

「なに、本当か!?」

 

「犯人は、夜中に蘇芳さんと会い、睡眠薬入りの飲み物でも飲ませて眠らせた。そして、蘇芳さんをベッドへと運び、殺害した」

 

「……おい、待て。それならその犯人は、部屋を出たはずだよな?ならどうやって、部屋の鍵を二つとも掛けたんだ?」

 

松田が目を細めて問いかければ、答えに詰まる小五郎。少しして、彼はまだ分からないと言い、呆れたような溜息を一つ吐く松田と、肩を落とした彰。しかし、そんなことしても捜査は進展などしない事は理解している為、直ぐに気持ちを切り替え、話し合う。

 

「……彰、お前、この事件どう思う?」

 

「犯人はまず、出入りが不可能。入るだけならともかく、出る為には鍵を開けなければならず、閉めるのはまず不可能。……なあ、捜査の点を変更しないか?」

 

その彰の提案に、松田はその意味を直ぐに理解し、受け入れた。変更したのは、『どうやって犯人が鍵を二つ掛けたのか』ではなく、『どうやって仮面を部屋に撒き散らしたのか』ということ。

 

「犯人が入った事が前提なら、犯人が撒き散らしたと考えるのが自然だが、他に巻き散らせる方法がないわけじゃない」

 

「ああ。『あそこ』からなら、方法はある。しかし、それだと、どうやって撒き散らしたかも考えるべきだが……」

 

二人がそう考えている途中で、トメが凶器となったナイフを見せてきた為、思考をまた其方に切り替えた。その凶器というのは、仮面達が置かれていた『仮面の間』に、同じく置かれていたナイフだと、小五郎が証言する。そのナイフは、柄の部分が黄金色で、装飾もされた豪華なものだ。その価値は、ナイフ全体に血がべっとりと付着していなければ、高かっただろうと推測出来た。

 

「ベッドのヘッドボードに突き刺さってたんですが、ちょっと妙なんですよ……」

 

「妙って?」

 

「この通り、柄の部分までべっとりと血が着いてるんです」

 

「……確かに。人がもし、それを持って犯行に及んだなら、柄には付着してない部分が出来るはずなのに……」

 

「血といえば、室内に散乱していた仮面にも、返り血を浴びたと思われる物が、何枚かありました」

 

そうトメが説明したとき、彼の部下の一人が、パックに入れた、口の周りに大量に血が付着した仮面を持ってきて、それを渡してきた。それを受け取り、トメはそれがベッドの上に落ちていた事、返り血を大量に浴びた事を説明した。それを聞いた小五郎は、それが犯行時に、犯人が被っていた仮面ではないかと推理した。それを聞いた目暮は、犯人の何らかの痕跡が残っているかもしれないと考え、他に返り血を浴びた仮面がないかと問えば、それに肯定が返ってきた。それと共に、トメからはそれも不思議なのだと仮面を見ながら言う。

 

「他のは皆、口の周囲にのみ、血が付着しているんですよ」

 

そこで小五郎は、問題の仮面である『ショブルーの仮面』は、所有者の生き血を啜るという逸話がある事を話した。それに目暮が呆れたような目を向けた。

 

「犯人が現場に仮面をばら撒いたのは、そういう怪談めいた話で捜査を撹乱するためではないでしょうか?」

 

「ま、そんな所だろうな」

 

「……なあ、毛利探偵」

 

そこで松田が小五郎を呼ぶ。それに訝しげな様子を見せる小五郎だが、顔を向ける。

 

「なんでしょう?松田刑事」

 

「その『ショブルーの仮面』は、全部で何枚だ?」

 

その松田の質問に、一瞬目を丸くした小五郎だが、直ぐに意識を戻し、200枚だと答える。それを聞いた松田は礼を言い、考え込む。

 

「……松田。もしかして、これ」

 

「……ああ。考えは同じだろうぜ。けど、それをしたっていう証拠は、今の所、このばら撒かれた仮面と、凶器のナイフのみ。犯人に至っては皆目見当も付いてない状況だ。……もう少し、様子見だな」

 

そんな会話をした時、外の捜査をしていた小林が戻ってきた。その彼からは、降り積もった雪の中で、誰かが外にいたような痕跡はなかったと報告された。それにより、犯人は屋敷内にいた人物達に絞り込まれた。そこで、小五郎達を退けた人物で、屋敷にいた人物が挙げられる。

 

「屋敷にいた人物は、写真家の『片桐 正紀』さん、プロ野球選手の『松平 守』さん、人気占い師『長良 ハルカ』さん、ロックシンガーの『藍川 冬矢』さん、被害者の秘書の稲葉和代さん、メイドの『下笠 美奈穂』さんと穂奈美さん。以上、七名です」

 

「容疑者はもう少し、絞ることができます」

 

そこで小五郎からのその言葉に、目暮達が目を見開く。目暮がどういう事かと問い返せば、小五郎曰く、三階の蘇芳の部屋に行くには、西側の階段を登らなければいけないのだという。そして事件当時、仮面の間の東西の扉は鍵をかけられていた事を、小五郎達は確認しているという。それは、屋敷の西と東の行き来が出来ないことを証明することとなる。そこまで言われれば、自然と西側にいる人間が犯人ということとなる。

 

「部屋割りはどうなっとるのかね」

 

「まず、一階東側に藍川さん、穂奈美さん。西側に稲葉さん、美奈穂さん。二階東側は我々3人、西側に片桐さん、松平さん、そしてハルカさんです」

 

「となると、容疑者は5人になるわけか……」

 

そこで被疑者が集まる食堂に来てみれば、瑠璃と伊達が既にそこにおり、聞き込みをしていた。そこで彰が声を掛ければ、2人が振り向く。

 

「あ、目暮警部!お疲れ様です!」

 

「目暮警部、そっちはどうなりました?」

 

「順調のようでそうでもない。今、壁にぶつかっておってな……所で、聞き込みの方はどうなっとる?」

 

「事件が起こった時間での全員の行動を聞いてました」

 

「なら瑠璃くん、説明してくれ」

 

そこで目暮から指名された瑠璃は一つ頷き、手帳を閉じ、説明する。

 

「まず、穂奈美さんから。彼女は、蘭さんが呼びに来るまでの間、部屋で寝ていたそうです。それもグッスリと。その後は説明せずともお分かりになるでしょうが、鍵を持って二階に上がったようです。因みに、鍵はこの食堂の隣にある厨房の壁に掛けられてたそうです」

 

「ほう?つまり、誰でも持ち出し可能だった訳ですな」

 

「ですが、あの時は確かに鍵がありました」

 

穂奈美が恐怖から美奈穂と身を寄せたまま目暮にそう言えば、確認のために、後ろにいた蘭に目を向ければ、彼女から間違いないと太鼓判が押される。そこで今度はスペアキーの事を問えば、古い鍵のため、スペアを作ることは出来ないと美奈穂の方から説明される。

 

「鍵を開けて、仮面の間に入った我々は、ショブルーの仮面が紛失しているの発見しました」

 

「その時だよね?三階から大きな音と呻き声が聞こえたのって」

 

コナンのその説明に、小五郎は肯定する。その後、内線電話で美奈穂を起こしているところに、藍川がやって来た事を言う。そこで瑠璃に目が向けられ、彼女は説明する。

 

「彼もまた、一階の自室で寝ていたそうです」

 

「あの子らが、穂奈美を起こしに来たのは気付いていたが、別に大した事じゃないと思ってたんだ」

 

「え、それ聞いてませんよ!?」

 

「こんな情報、必要ないと思ったからな。それで、なんか騒がしくなってきたんで、気になって二階に様子を見に行ったんだ」

 

「……そうですか。それで、美奈穂さんは、穂奈美さんからの内線で起こされ、鍵を持って二階へ。片桐さん、松平さん、長良さんは部屋で寝ていたそうですが、騒ぎに気付き、様子を見に部屋から出たそうです。片桐さんは、美奈穂さんが二階にたどり着いたちょうどその時を見たそうです。稲葉さんは昨夜、ワインを飲みすぎた為にぐっすり眠りこみ、騒ぎに気づかなかったとの事です」

 

「そういえば、片桐さん。あんた以前に蘇芳さんと面識は?」

 

「いえ、昨日が初対面ですよ。それが、なにか?」

 

「蘇芳さんが私に、20年前の貴方の奥さんが亡くなった事故の調査を依頼したんですよ」

 

それに驚いた片桐。なぜなのかと不思議がる。それに心当たりはないかと小五郎は問うが、目を逸らしてないと言う。それに疑問を抱くコナン、彰、伊達、松田。それが何故なのかと考えたその時、コナンが気付き、藍川に問いかける。

 

「ねえ、藍川さんのお母さんが事故を起こしちゃったのも、20年前だったよね?」

 

「え、ああ、そうだが……っ!?まさか……片桐さん!?」

 

「貴方の奥さんが亡くなった事故というのは……」

 

小五郎がそう問いかければ、片桐は観念した様子で話し出す。

 

「……黙っていても、何れ分かる事ですね。そうです、私の妻は、藍川さんのお母さんが起こした事故の、被害者です」

 

「そ、そんな!?」

 

藍川が驚いたようにそう叫ぶ。それに、小五郎が知らなかったのかと問えば、知らなかったという。彼はその当時、まだ6歳だったそうだ。

 

「となると、藍川さんの現在の年齢は25〜27歳?」

 

「事件と関係ない点で頭を悩ませんなよ?瑠璃」

 

瑠璃が首をかしげるその横で、呆れたような笑みを浮かべる伊達。

 

「その事で、今回の事件と何か関係があるんですか?」

 

片桐がそう疑問を投げかけ、瑠璃が答えようとすれば、ずっとタロットカードを捲って見続けていた長良が答えた。

 

「警察は、私達の中に犯人がいると、考えているのではないですか?」

 

それに長良以外の全員が驚愕し、本当かと松平が問いかけてくる。そんな全員を宥める目暮だが、更に冷静に長良が追撃してくる。

 

「私の記憶では、雪は12時過ぎには止みました。……積もった雪に、犯人の痕跡がなかったのでは?」

 

「……隠しても仕方がないみたいだからハッキリ言うが、痕跡なんて、外にはなかった」

 

松田がハッキリとそう言えば、長良以外の全員が更に驚愕する。そこで小五郎が、仮面の間に鍵が掛かっていた事から考え、西側の人物に限られることを告げる。

 

「つまり片桐さん、ハルカさん、稲葉さん、松平さん、美奈穂さん」

 

その時、コナンの中で引っかかりが浮かぶ。それは、ある人物の証言。それが、彼の中では『変な事』として記憶された。

 

(どうして、あんなこと……)

 

「しかし、1人に絞ることは出来んな……」

 

「……方法はあると思いますよ」

 

目暮が困った様子を見せれば、長良がそう告げる。それに稲葉が嘲笑う様に占いで見つけるのかと問えば、それに怒る様子さえ見せず、魔術師のカードを見せながら説明する。

 

「現場の状況から、犯人はかなりの返り血を浴びたと考えられます。顔は仮面を被って防いだとしても、髪や体に着いた血は、簡単に拭うことは出来ません」

 

「そうか!犯人は、返り血を拭う時間があった人物!!」

 

そこで全員の視線が稲葉に向けられる。それに稲葉は動揺するが、現状、拭う時間があった人物というのは、稲葉しかいない。それを小五郎から指摘された途端、怒りだす。

 

「冗談じゃないわ!!どうして私が先生を!?」

 

その彼女の怒りの矛先は、彼女が疑われる様な発言をし、彼女が叫んだその瞬間でも、冷静にカードを捲っている長良に向けられる。彼女は長良に近付き、その肩を強く掴み、強く揺する。

 

「ちょっとあんた!!いい加減な事を言わないでよ!!!」

 

「ちょっ、ちょっと落ち着いて下さい!!」

 

「このインチキ占い師!!」

 

彼女がそう怒鳴ったその瞬間、掴んでいた真珠のネックレスが外れ、地面へと落ちていく。それを目にした途端、コナン、松田、彰の中で殺害方法が形となって浮かぶ。そしてそれを理解したコナンはと言えば、犯人が用意した罠に引っかかった事に気付き、笑みを浮かべる。その罠となったまやかしは、全て彼の中から消えたのだから。

 

(ーー仮面の呪いは、解けた!!)

 

コナンは高木と伊達が出て行って少ししてから行動に出る。松田達は、方法は分かっても犯人は分かっていない状態で、コナンよりも早くに動くことは出来ない。その為、コナンの行動に気付いていたとしても、それを見逃す事にした。

 

「刑事の俺らより、子供の方が推理力があるっていうのも、悔しいよな〜」

 

「守る側だからな、俺達は」

 

そこから少しして、コナンは戻ってきて、小五郎を連れて出ていく。その後、呼び出された松田達は、現場の隣の寝室へとやって来る。其処には、狐の面を被り、紐で括られた状態で横にされている布団と、椅子に腰掛けて眠っている小五郎がいた。

 

「ここが、隣の寝室ですか……」

 

「おお、凄い!ちょっと覗いただけだったけど、隣の現場とソックリな部屋だ……」

 

「そう、犯行現場と同じ構造のこの部屋こそ、密室の謎を解き、犯人の正体を暴くのに相応しいでしょう?」

 

それに驚愕した様子の松平が、犯人は稲葉じゃないのかと問えば、そんな彼の隣にいた稲葉から違うと否定される。

 

「密室の謎も解けたんですか!?」

 

「はい、全て解けました。密室の謎は、松田刑事達も解けていたのでは?」

 

そこで今度は松田と彰に目暮達からの視線が向けられる。それに気付き、松田は無反応で返し、彰は苦笑して頷いた。

 

「まあ、そうですね。けれど、俺達はまだ、犯人に辿り着いてませんから、説明をしていただきたいですね、小五郎さん」

 

「そうだな。一体、犯人は誰なんだ!!」

 

「蘇芳紅子さんを密室で殺害した犯人、呪いの仮面の使者は、貴方だ!

 

 

 

 

 

ーー藍川冬矢さん!!」

 

その意外な人物に、全員が驚愕する。何故なら、この館の構造を考えれば、彼には不可能だとされていたのだから。勿論、それは藍川自身も知っており、東側にいた自身には、蘇芳は殺せない事を主張する。それは小五郎の声を出して推理しているコナンも理解している事だ。

 

「それを証明するために、態々、犯行直前に我々の部屋に内線電話を掛けた」

 

「しかし、寝室へ行けないのであれば、犯行は不可能じゃないのかね?」

 

「私は、遺体を発見した時から不審に思っていたのです。犯人が態々、現場を密室にしておきながら、自殺に見せかける偽装を全くしなかった事が」

 

「……俺達の考えだと、あれは『しなかった』んじゃなく、『出来なかった』になるんだが……考えはあってるか?」

 

彰のその言葉に、目暮達が驚愕で目を見開き、目を向けて来る。そして、その問いにコナンが肯定すれば、更に目は見開かれ、その視線が小五郎に向けられた。

 

「お、おいおい、どういう事だね!?『出来なかった』というのは!!」

 

「藍川さんは、部屋に入る事なく、蘇芳さんを殺害したのですよ」

 

「な、なんですって!?」

 

「寝室に入らずに……」

 

「ふん、そんな事、出来るはずが……」

 

藍川がフッと笑って言えば、それにコナンは自信満々に出来ると主張する。それも、呪いの仮面と呼ばれる『ショブルーの仮面』の力を借りれば、と言ってのける。それを聞いた松平が、小五郎が呪いというものを本気で信じているのかと問いかけて来る。勿論、それは否定された。彼は、ショブルーの仮面こそ、密室にする鍵なのだと言い、その方法をここで再現すると言う。それに松田が片眉を上げた時、コナンは高木の名を呼ぶ。その名を呼ばれた高木はと言えば、現場となった蘇芳の部屋から返事を返した。その後、彼は欄間の隙間から凶器のナイフを通した。その柄の尻の輪にはゴム紐が通されている。

 

「次に仮面です。全ての仮面の両の目にゴム紐を通して、数珠繋ぎにしてあります」

 

その説明の通り、ゴム紐が両目に通された、一番返り血が酷い仮面が隙間から落とされた。その口には、ナイフを通したゴム紐が通されている。それが一つ一つ、隙間を通って落とされていく。

 

「藍川さんは、我々が寝静まった頃、厨房に掛かっていた鍵を使って仮面の間に入り、ショブルーの仮面とナイフを盗み出し、再びドアに鍵を掛け、鍵は厨房に戻した。そして、この部屋へ仮面とナイフを運び、ゴム紐の仕掛けを施した後、欄間を通して蘇芳さんの寝室へと落としたんです」

 

「あの欄間の隙間は5〜6cm。あの薄い仮面なら、楽に通り抜けれるな」

 

「しかし、こんな事で、密室の謎が解けるんですか?」

 

片桐のその最もな問いに、コナンは小五郎の声で見ているように告げる。それから数分、静まり返ったその部屋には、仮面が落とされていく音しかしなかった。そうして仮面の山がドアの前に積み上がり、最後の一枚が高木の宣言の下、落とされる。

 

「全ての仮面を寝室内に入れ終えたら、ゴム紐を手繰り寄せます」

 

「伊達〜!どうせそっちにいるんだろ?高木の代わりに引っ張ってやれ!!」

 

「バーカ、高木の手伝いとして俺はこっちにいるんだから、俺が1人で引っ張る訳ねーだろ!」

 

彰の揶揄いに、伊達が可笑しそうに笑いながら言ってのける。その間も少しずつ、ゴム紐が手繰り寄せられていき、仮面が一つ一つが重なっていく。

 

「さて、皆さん。仮面の厚さは約15mmですから、200枚全て重ねれば3mになります。そして、ベッドに寝た被害者の首の位置は、欄間から凡そ3m半」

 

「それがどういう……」

 

目暮がその意味を図りかね、そう尋ねたその時、仮面が蛇のようなうねりを見せ、空中に持ち上げられ、まるで橋の様な形を空中で作り、その先のナイフを、被害者の役にさせた布団の塊へと真っ直ぐに向ける。そのナイフが向けた位置は、丁度、被害者の首辺り。

 

「ナイフの先端から被害者の首まではほんの10cm。後は、物差しか何かで仮面を押し出してやれば……」

 

そこで説明通りに高木が押し出したらしく、ナイフは被害者の首へと、真っ直ぐに、刺さった。それに全員は驚愕の表情を向けたまま、固まっている。

 

「こうして藍川さんは、寝室に一歩も入る事なく、蘇芳さんを殺害したのです。ーー屋敷の東側にいた人間にしか来ることが出来ない、この部屋を使ってね」

 

そこで松平が、仮面の一枚のみ、派手に返り血を浴びていた理由を理解する。それは、その仮面が、仮面集団の先頭になっていたからなのだと。長良も、口の周りに血が付着した仮面が数枚あった理由を理解する。それは、返り血が口から飛び込んだからなのだと。

 

「最後の仕上げに、仮面の目とナイフの輪に通したゴム紐を切断する」

 

その説明通り切った高木が、叫び声をあげたのとほぼ同時に、引っ張る力はなくなり、仮面は空中でバラバラとなり、雨の様に落下する。そしてその全てが落下し終えたのを理解し、全員が顔を防ぐ様にして出していた腕を引っ込め、目を開ける。その目に見えた光景は、蘇芳の遺体を発見した状況と、とても酷似していた。

 

「ーーこれで、密室殺人の完成です」

 

「出鱈目だ!!俺がそのトリックを使ったって証拠が何処にある!?」

 

藍川のその叫びに、コナンは往生際が悪いと言った。そして、それと共に、藍川自身が既に、自身が犯人だと自白してしまっているとも言う。それに藍川の目は見開かれる。

 

「なに!?どう言うことだ!!?」

 

「さっきのアリバイ調べの時、蘭を見ながらこう言いましたよね?『あの子らが穂奈美を起こしに来たのには気付いていた』って」

 

「ああ、言ってましたね。記憶も記録もしてますよ」

 

瑠璃がそう肯定し、藍川自身も再度、肯定する。それにコナンが、蘭と誰のことかと問う。それに藍川が、コナンの名を叫んだ。そこでコナンはジャンプして椅子に捕まった状態で小五郎の背後から現れる。

 

「あれ?変なの!僕、あの時、一言も喋らなかったのに、どうして僕が一緒だって分かったの?」

 

「……へ〜?坊主、お前、一言も声を出さなかったのか。それなのに、あんたはこの坊主が一緒だってことに気付いたとは……その方法を、是非とも聞きたいもんだな?」

 

コナンの言葉を聞いた松田が、ニヤリと笑って藍川を追い詰めに掛かる。それに藍川は一瞬だけ怯み、彼はドアを開けて少し外を見たのだと言う。それにコナンが本当なのかと問い返し、藍川が肯定する。それを聞いたその瞬間、コナンがニヤリと笑った。彼は、決定打を得たのだから。

 

「だったら余計に変だよ。だって僕ーー蘭姉ちゃんとは一緒に行ってないもん。戸締りを確認したりしてたからね」

 

それに驚愕した藍川。彼は、自白も同然な事を、肯定してしまったのだ。

 

「本当かね?」

 

目暮が蘭にそう確認すれば、蘭は肯定する。彼女はキチンと、穂奈美の部屋へと行ったのは自分1人だと、肯定したのだ。

 

「確かに私は、あの時、蘭とコナンに穂奈美さんを呼んでくる様に言った。貴方はそれを三階で聞いたから、2人揃って穂奈美さんの部屋に行ったと思い込んでしまった。……違いますか?」

 

「……たった、それだけの事で」

 

彼が悔しそうにそう口に出した。それは、肯定したも同然で、それを聞いた稲葉が叫ぶ。

 

「冬矢!先生からあれだけ恩を受けておきながらーー」

 

「黙れ!!!あの女から恩を受けた??冗談じゃない!!あの女は、自分の起こした轢き逃げの罪を母さんに擦りつけ、自殺に見せかけて殺したんだ!!!」

 

それを聞いた片桐が、本当なのかと問いかけてくる。それに冬矢は、本当だと肯定した。彼がその真実に気付いたのは、2ヶ月前だと言う。

 

「母さんの遺品を整理してたら、日記の表紙の裏から、手紙が出てきて、其処に事の真相が全て書いてあったんだ!」

 

「嘘よ!!そんなの、出鱈目に決まってるわ!!」

 

「嘘じゃない!!母さんにはアリバイがあったんだ!!……事故が起きたのは、10月31日の夜だった」

 

それを聞き、美奈穂と穂奈美は反応する。

 

「10月31日……」

 

「冬矢様の誕生日……」

 

「そうさ!あの晩、母さんはずっと俺と一緒だった!!」

 

「そ、それじゃあ、私の妻を轢き逃げしたのは……」

 

「そう……しかもあの女は、片桐さんが被害者の夫だと気付いてもいなかったんだ!」

 

そこでコナンは、晩餐ときに片桐がその話をした事を言い、蘇芳がもしやと考え、小五郎に調査を依頼したのだと確認を取る。それを稲葉は認めない。彼女は、蘇芳が15年もチャリティーを続けてきた立派な方だと言う。それに藍川は反論する。

 

「笑わせるな!!あの女はチャリティーの収益を着服して、私腹を肥やしていたんだ!!」

 

「嘘です!!先生はそんな事ーー」

 

「あんただってそのお零れを頂戴してたんだ!!」

 

藍川が稲葉に指を指して叫べば、稲葉は何も言えなくなり、顔を背ける。それは、肯定と見なされる行為だ。

 

「片桐さんが、蘇芳の穢れたチャリティーに参加することを、何としても阻止したかったんだ……あの、女は……蘇芳紅子は、慈善家の仮面を被った悪魔だ。……そんな女を、恩人として何年も慕ってきたのかと思うと、俺は……俺は……!」

 

そこで彼は膝から崩れ落ち、涙を流す。その姿に、目暮は目元を帽子で隠し、松田は動かず、彰は顔を背け、瑠璃は目を伏せた。暫くの間、彼らは藍川に、涙を流す時間を与える事にしたのだった。



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瞳の中の暗殺者編
第26話〜瞳の中の暗殺者・1〜


先に言っておきます。

この小説内では、少々、杯戸中央病院の設定を捏造しております。

どんな診療科があるのかは描かれていなかったはずなので、一応です。


とある休日。その日は朝から雨が降っており、本来、遊びに行くには全く適さない天気ではあるのだが、それでも咲は気にせず、支度をし終え、屋敷内の廊下を1人、歩いていた。歩美達との遊びの約束を守る為に。そんな時、目の前から1人の少女が歩いて来る。雪菜だ。

 

「あれ?咲?どこ行くの?」

 

「友人と遊びの約束をしているから、外に」

 

「え、こんな雨の中なのに?凄いね!」

 

「まあ、雨の中で遊ぶわけじゃないから凄くはない。多分、博士の家だろう」

 

「博士っていうと、確か、色々変な発明をしてる人……だったっけ?」

 

「ああ」

 

咲の言葉を聞き、雪菜は頭の中で、白髪のモジャモジャ頭で緑の液体を入れたフラスコをユラユラ揺らす人物を想像し、ニコリと笑う。

 

「そっか!今度、どんな発明したか、教えて!気になる!」

 

「ああ、分かった。……そういうお前も、これから何処かに出るのか?」

 

咲がそう聞き返したのは、雪菜の服装が外用だった為だ。大抵、彼女が部屋に残る時、部屋着を着て、部屋に篭って眠っていたり、ゲームをしたりで時間を潰している。それが今は、白い袖のないパーカーの上着を着て、下に水色の半袖Tシャツを着ている。何処かへと出かける服装だ。

 

「うん、そうなんだ〜。雪男に今日は定期的な診察日だから来てって言われてね?だから、今から行くの〜」

 

「それは、大変だな。この雨の中、杯戸町まで行かないといけないとは」

 

雪男が研修医として勤めているのは、杯戸中央病院。そこで様々な診療科を見て回り、体験し、研修の時代を終えた時には、彼は精神科に行きたいと言っていた。だからこそ、彼は休憩時間の合間に精神科に顔を出しては教えを請うていると言っていた。それらはすべて、彼の妹である彼女の為に。

 

「あ!ねえ!途中まで一緒に行こうよ!」

 

「……いや、いい。お前、どうせ興味を惹かれる所があれば、フラフラとそこに近寄って、時間を浪費するじゃないか」

 

「え〜?猫さんを見つけたり、綺麗な花が咲いてるな〜って思ってるだけだよ?」

 

その言葉を聞いた咲は、分かりやすく溜息を吐き、それを見た雪菜は首を傾げた。その後、雪菜とは結局、途中まで一緒に歩き、途中で別れ、阿笠邸へと向かった。そこで暫く、子供達と共にババ抜きで遊ぶ。それを暫く続けた時、歩美が哀に声を掛けた。

 

「ねえ、灰原さん!」

 

「なーに?吉田さん」

 

「コナン君のこと、今はどう思ってるの?」

 

その問いに、哀は少し考えるような素振りを見せ、フッと笑って言う。

 

「……彼はーーー」

 

その答えを聞いた3人は、目をパチクリとさせ、咲は苦笑い。しかし、直ぐに3人は何か思いついたような顔を浮かべ、立ち上がった。

 

「灰原さん!博士!今日はありがとうございました!」

 

「俺達、ちょっと用が出来たから、コナンの家に行ってくるな!」

 

「咲ちゃん、行こっ!」

 

そこで咲の腕を歩美が引っ張る。咲はそれをされても振り払う様子はない。前までは触れられれば即座に払う事が多かったが、最近は、服の上からならば、少々、体に緊張が走るくらいで振り払う事はなくなった。そんな成長を目にした際、修斗がホッとした様子を見せたのだが、そんな事は今は関係なく、雨の中、傘を差して毛利探偵事務所を目指す4人。

 

「ねえ、コナン君いるかな?」°

 

「さあ、どうでしょう!」

 

「いてくんなきゃ困るぜ!」

 

「いや、もしかしたら、家族で旅行の可能性もあるぞ?」

 

「ええ!それは困るよ!」

 

そんな会話をしながら歩いていれば、咲の耳に、後ろから聞こえる足音が耳に入る。それは、コナンの足音だった。

 

「これなら、コナン君も絶対に分かりませんよ!」

 

「あいつの参ったって顔、早く見てーなー!」

 

「コナン君の参った顔か〜!」

 

そこで3人が思い浮かべたのは、地面に両手足を付け、3人に頭を下げながら、降参だと告げるコナンの姿。そんなコナンの目の前では、3人がわき腹に両手を当て、胸を出してドヤ顔を浮かべている。そんな3人の笑顔を隣で見ていた咲は苦笑い。既に、そんな考えはコナンに暴露ているのだから、彼女としては3人の計画が潰れた事に、苦笑いしか浮かべれなかった。

 

「なーに笑ってんだよ、オメー等」

 

そこで3人が振り向けば、緑の傘を差してジト目を向けるコナンがいた。そんな彼を見つけた瞬間、歩美に笑顔が生まれ、黄色い傘を差して駆け寄っていく。その後に続き、光彦、元太も近付く。

 

「コナン君!」

 

「丁度良かった!今から君の家に行こうとしてたんです!」

 

「4人で考えた、とーっておきのクイズがあるんだぜ!」

 

「クイズ?」

 

「いい?灰原さんに、コナン君って、どんな人だと思う?って聞いたら、月を見ながら、『夏じゃない』って答えたの!」

 

「灰原さんは、1・コナン君を褒めた。2・コナン君を貶した。さあ!何方でしょう!」

 

「夏じゃない……月……」

 

そこまでコナンが考えた時、彼は笑みを浮かべて答える。

 

「分かった。答えは2だ!」

 

その答えを聞けば、子供達3人は驚いた様子を浮かべ、光彦が代表としてなぜなのかと聞く。てっきり、3人とも、1番を選ぶと思っていたのに、その予測が外れたのだから仕方がない。それに対し、コナンはその理由を話す。

 

「夏の月は、6月・7月・8月だ。んで、『6月・7月・8月(ロク・ナ・ヤツ)じゃない』」

 

それを聞けば、歩美が凄いと彼を褒め、元太は面白くないと言う。望んだ言葉が出てこなかったのだから、当然といえば当然である。

 

「それより、なに笑ってたか教えろよ」

 

コナンがジト目でまた問い返せば、それに光彦は参ったと言ってくれるかと言う。それに意味がわからないといった表情を浮かべた時、青信号だった横断歩道の信号が点滅する。それに気付いた元太が渡ろうと走り出そうとする。そんな元太の行動に叱る声が掛かった。

 

「こらっ、渡っちゃいかん」

 

その声で足を止め、全員が元太の後ろを見れば、スーツ姿の男性が立っていた。その男は続けて注意する。

 

「青の点滅は黄色と同じなんだよ。次の青信号になるまで待ちなさい」

 

その男性の注意を受けた子供達は、はーいと受け入れる返事を返す。それを聞いた男性が離れていくのを咲は見送りつつ、光彦達の会話を耳に入れた。

 

「怒られちゃいましたね」

 

「しょうがないよ。あのオジさんの言う通りだから」

 

そこで男性が公衆電話の扉を開けて入ったのを見て、視界を外す。興味がなくなったからだ。しかしそれとは逆にコナンが公衆電話の中に入った男性を見て、その男性がメモ帳を横にしたのを見て、歩美達に声を掛ける。

 

「今度は俺からの問題だ。あのオジさんの職業は、なんだと思う?」

 

そのクイズを聞いた4人が男性を見た。彼はメモ帳を縦に開いて、電話で誰かと話しながら何かを書いていた。その行動を見た時、咲は彼の職業を理解した。

 

(ああ、なるほど)

 

「んー、学校の先生かな?」

 

「営業マン……にしちゃ、鞄がありませんね」

 

「鰻屋じゃねえか?」

 

「それは元太の願望だろう?……答えは刑事、だろ?」

 

咲がそう答えれば、コナンは正解だと言う。それに驚いた3人に、咲が説明する。

 

「彼は電話をしながら、手帳を縦に開いて何かを横書きで書いている。あれは、刑事が何かをメモする時にする行動だ」

 

「へ〜!流石、咲さんですね!」

 

「コナン君も凄いね!」

 

「いや、私の場合、家に2人も刑事がいるから、自然と知っただけだ。あと、瑠璃からの豆知識を聞いただけだ」

 

咲がそう答えている間にも、電話をしている刑事『奈良沢 治』は会話を続けている。そんな時、待ち望んでいた横断歩道の信号が青に変わり、5人は渡り始める。その渡り合えた先で、コナンが刑事の方へと顔を向けたのに気付き、咲が足を止めてコナンを見る。

 

「どうした?」

 

「いや、あの刑事さんが気になってな」

 

「……自ら事件に首を突っ込むなよ?」

 

その忠告を受け、コナンが咲に向けて乾いた笑いを向けたその瞬間、咲とコナンの視界に入っていた、コートを着た黒い傘を差した男性が公衆電話の扉前に立ち、奈良沢が公衆電話から出てきたその時、3発の銃声が雨の中、静かに響く。それに驚いたのは咲とコナン。元太達はその音に気付きはしたものの、その音が何かは特定出来なかった。しかし、そんなもの2人には関係ない。2人の視界の向こうでは、撃たれたらしい奈良沢が倒れ、撃った犯人が走って立ち去っていく姿が目に映っていた。

 

「オジさんが撃たれた!!」

 

「ええ!?」

 

「犯人はあいつだ!!野郎、逃すか!!」

 

「!馬鹿、コナン!止まれ!!!」

 

「コナン君!!危ない!!」

 

咲と歩美が叫んだ時点で、車がクラクションを鳴らした為、コナンは直ぐに反応が出来て、後退る。お陰で命は失わずに済んだものの、横断歩道の向こう側の景色は、トラックが通ってしまった為に見えなくなってしまった。それを見て、コナンは直ぐに救急車を呼ぶように指示し、歩道橋へと走っていく。勿論、犯人を追う為だが、向こう側へと辿り着いた頃には、既に犯人の姿は何処にもなかった。それに悔しがるコナンに、咲は近付いた。

 

「コナン!!犯人は!?」

 

「逃げられちまった……そうだ!あのオジさんは!?」

 

「……多分、もう無理だろう。あの距離にいたんだ。どれだけ下手な奴でも、外すなんて事はほぼ不可能だ」

 

咲のその言葉を聞くも、コナンはそれを無視して、走っていく。その後をすぐに追えば、通行人の男性2人が、奈良沢の近くにおり、コナンが男に声を掛けていた。

 

「しっかりして!!オジさん!!誰に撃たれたの!?」

 

そのコナンの問いに、奈良沢は激痛から唸り声をあげながらも体を動かし、右手で心臓の辺りを掴み、生き絶える。その意味を考えようとした時、子供達が歩道を渡って走ってやってきた。そして、刑事の遺体に恐怖の顔を浮かべ、立ち竦んだ。その後、コナン達の連絡の元、やってきた救急車と警察に、彼が死んだことを伝え、コナン達は警視庁へとやって来た。その刑事の事件は既にニュースになっており、コナン達が連れてこられた米花署の前には、報道陣が集まっていた。しかし、それを気にせず、目暮が問いかけてくる。その室内には、高木、佐藤、彰、伊達、松田、瑠璃がいた。

 

「何度もすまないが、我々にも説明してくれるかな?犯人の特徴を」

 

その問いに、光彦がまず、若い男だと答え、元太は若いお姉さんだと答え、歩美は中年のおじさんだと答える。その見事にバラバラな答えを聞き、高木が、その人物が差していた傘を問いかければ、光彦が黒い傘だと答え、元太は緑だと答え、歩美は青だったと思うと答える。またもやバラバラな答えに、瑠璃の頭もこんがらがり始めた。

 

「松田さん、どうしよう。このままだと、記憶を遡った時にどれが本当の事か、分からなくなりそう」

 

「手帳にメモしてろ」

 

そんな松田と瑠璃の会話を無視して、佐藤がコナンにどうかと問いかければ、コナンは、レインコートと傘は灰色ぽかったと言うが、その性別までは分からないと答え、その人物が傘を右手で持っていた事を告げる。

 

「ということは、銃は左で撃ったのね」

 

「咲は?お前も見てないか?」

 

彰からの問いに、咲は見ていないと答える。

 

「犯人は左利きか……」

 

「ところで、警部殿。奈良沢警部補が左胸を掴んで亡くなったということについては……」

 

小五郎のその言葉に、目暮は、奈良沢が左の胸ポケットに入っていた警察手帳を示したものと解釈した事を伝え、メモに書かれた内容を徹底的に調べていることが伝えられた。そんな時、扉が開かれ、中に1人の刑事が入ってくる。その彼は、紙の束を抱え、目暮の横にやって来て、報告を始めた。

 

「目暮警部、現場に落ちていた薬莢から、使用された拳銃は……」

 

「9mm口径のオートマチック。それもサイレンサー付きの拳銃だな」

 

そこで咲が口を挟み、そう言葉にする。それに驚いたのはその場の全員で、その情報を持って来た刑事『 千葉 和伸』が一番、驚いた表情をしていた。

 

「な、なんで……」

 

「違ったか?私は、その薬莢を見ているから、種類は合ってると思ったんだが……」

 

「い、いや、合ってるけど……」

 

「咲、お前、なんで……」

 

彰と瑠璃が酷く動揺した様子を見せるが、咲は、小説の中で拳銃が出て、興味が出て調べたと伝えた。実際の理由は違う。組織時代に、一応はと、彼女の世話役兼先生だったテネシーから教わった情報だ。それを伝える事は出来ないため、そう誤魔化せば、瑠璃は納得した。彰は疑いつつも、答えないだろうと考えたようで、それ以上の追求を止める。

 

「9mm口径か……」

 

「女にも扱える、ありふれた銃ですね……」

 

「でも、皆んなが巻き添えにならなくて良かったわ!コナン君も」

 

蘭のその言葉に、コナンは子供らしく頷くものの、内心では苛立ちを隠せない。

 

(くそっ、信号が赤にさえならなければ、逃がしゃしなかったのに……)

 

その後、その場で解散となったが、その翌日の朝、新聞によって、新たな刑事の犠牲者が出る事を知るのは、コナン達は、まだ知らない。



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第26話〜瞳の中の暗殺者・2〜

ようやく続きが出来た!!!!!

実は、続き事態は書いていましたが、まずそのデータが吹っ飛び、やる気がなくなり、今度こそと書けば、今度は携帯に不具合が出てしまい、修理に。そきて戻ってきて、いざ復元となった時、やり方が間違っていたみたいで復元されず、データがまた吹っ飛び、またやる気がなくなりました。そしてここ最近、仕事の合間を縫ってちょこちょこ書いていたのですが、最後の方は映画を見ながらではないので、台詞も違っていたりするとは思いますが、ご了承下さい。


2人目の刑事『芝 陽一郎』が殺されたという報告は、今朝の新聞の一面に載せられ、世間に知れ渡った。その事で、警視庁ないはピリピリとした雰囲気が部屋を覆っている。そんな中、目暮と白鳥が窓際で話をしていた時、電話が鳴り響く。目暮がそれを取れば、相手は小五郎だった。

 

「おお、毛利君か」

 

『警部殿、夕べの事件の事で詳しく伺いたいんですが……』

 

「……すまん、今忙しいんだ。後にしてくれ」

 

そこで目暮は電話を切り、白鳥に目を向ける。

 

「……いいかね、白鳥くん。例の件は私と君、彰くんと伊達くんの4人だけの秘密だ。決して他言せんように」

 

「……はい」

 

そのまた翌日の夕方ごろ、彰、松田、伊達、瑠璃、そして完治した萩原が、米花サンプラザホテルにやって来る。そこに訪れた理由は、白鳥の妹である『白鳥 沙羅』と、その相手である『晴月 光太郎』の結婚を祝う為のパーティーに出席する為である。その手荷物はセンターに預けた際、彰はふと、視界の端に、忘れられたらしいビニール傘を見つける。

 

「……あれ、いつからあるんだろうな?」

 

彰のその言葉は、瑠璃と松田にも聞こえ、同じく、センター横の傘掛けを見た。

 

「さあ?雨の日に誰かが忘れたんじゃない?」

 

瑠璃のその言葉に、しかし、松田も、彰も、納得することはなかった。そんな2人の様子に気付いた萩原は、二人の肩に腕を回した。

 

「うわっ!?」

 

「っおい、萩原!」

 

「早く会場に入ろうぜ!ほらほら!」

 

「分かった!分かったから、肩から腕をどけてくれ!歩き難い!!」

 

そんな雰囲気のまま会場内へと入れば、既に人が大勢入っていた。5人が辺りを見渡せば、とても分かりやすく、警察関係者がいた。

 

「……あいつら、せめて隠す努力ぐらいしないか?いや、分からなくもないけど」

 

彰は溜息を吐きながら言う。警察関係者一同、空気がピリピリとしており、目付きも鋭く尖っているのだから、見分け易くもなる。

 

「まあでも、そんな中の唯一の癒しが、佐藤刑事だよね〜」

 

瑠璃がそう言って目を向けた先には、佐藤が他の刑事達と笑顔で話をしている姿があった。そんな佐藤をじっと見つめる松田と彰。伊達はといえば、高木がその側にいない為、探している。その後、彰は佐藤から視線を外せば、その外した先に『小田切 敏朗』警視長を見つけ、視線を松田達に向けた。

 

「おい、小田切警視長がそこにいらっしゃる。挨拶するぞ」

 

その名前を出されれば、全員が一斉に彰が見ていた方に目を向け、頷き、挨拶に向かう。その移動中にコナン達が入って来たことには気づかない。入って来たことに気付いたのは、小五郎が小田切に挨拶に来た時。それに一瞬、驚いた表情を浮かべる瑠璃だが、招待されたのだろうことは直ぐに気付く。そこで5人は場所を移動することにした。

 

「それにしても、俺ってなんか、場違いだよな〜」

 

離れたところで、萩原がそう言葉にする。彼は捜査一課の人間ではなく、爆発物処理班の人間。そうそう捜査一課と顔を合わせることはないため、彼としては、大勢の知らない人達の中に投げ込まれたような気持ちを抱く。しかし、そんな萩原に松田は呆れた様子を浮かべる。

 

「おいおい、ンなもん、今更だろ。ここで帰ろうなんて考えんじゃねーぞ?俺が逃さねーからな」

 

「おいおい、流してくれてもいーじゃねーか」

 

松田の言葉に、萩原は笑ってそう返す。その時、会場内の電気が消え、司会席にだけ、ライトが当たる。そこで司会の人間から、新郎新婦が入場することが伝えられ、その姿が見えた時、一斉に拍手がされる。勿論、それは彰達も例外なく、拍手で2人を祝福する。その後、時間が経ち、夕方から夜の時間へと変わる。その間、瑠璃達は食事を楽しんだり、刑事達と話をしたりして時間を潰していたのだが、それから少しして、パーティー会場に緊張が走る声が響く。

 

「敏也、なぜお前がここに」

 

その声が聞こえ、5人が会場入り口へと顔を向ければ、そこには小田切と、その視線の前にとても派手な髪色をし、煙草を吸う男、小田切の息子の『小田切 敏也』がいた。

 

「ここはお前のような奴が来る所じゃない。このパーティーにも招待されていないはずだ!」

 

「うっせーな!!仕事で偶々、このホテルに来ただけだよ!!」

 

そんな2人の険悪な空気の中、宥めるために割って入る、白鳥。

 

「まあまあ、良いじゃないですか、警視長。……敏也くん、ゆっくりして」

 

「出て行け。野良犬が餌を漁るような真似をやめてな」

 

しかし、彼の努力虚しく、小田切の対応は変わらないまま、息子に対して言葉をそう投げかける。その言葉に敏也は反抗するが、そこを佐藤が止めに入る。それに彼は不服そうにしながらも、吸っていた煙草を灰皿に付けて火を消し、ギターを持って、乱暴な足取りで会場から出て行った。そんな敏也を、扉の近くから1人の女性が見送り、佐藤に目を向けた後、歩いて出て行った。

 

「あーらら。親子喧嘩だ」

 

「いや、あれは親子喧嘩の域を超えてるぞ」

 

瑠璃が思わず言ったその言葉に、後ろからそう声が掛かる。それに驚き、全員が後ろを振り向けば、スーツを着た修斗とオレンジのパーティードレスを着た梨華がいた。この光景を見て、瑠璃がプチパニックを起こす。

 

「え、修斗!?なんであんたがここに!!?いや、それ以上に、なんで梨華がいんの!!!?」

 

彼女がここまで戸惑い、驚いているのは、梨華が前日まで、アメリカにいたと理解していたからだ。しかし、その梨華が連絡なしに此処に帰ってきた事は一度もなく、今回が初めてなことで、流石に驚いたのだ。そんな瑠璃の様子を見て、梨華はご機嫌な様子で笑う。

 

「ふふっ、驚いたかしら?実は、昨日には帰ってきてたのだけど、今回は驚かせようと思って、修斗に瑠璃や彰、それから晒しそうな雪菜に連絡入れないでって、伝えていたのよ」

 

「俺たちにも招待状も来てたし、ちょうど良いかと思ってな。……ちなみに、雪菜は向こうで雪男と咲と行動中だ」

 

そう言って指差したのは、食事が置かれたテーブル付近。その近くで、美味しそうに食べている雪菜を微笑ましそうに見ている雪男と呆れた様子で見ている咲がいた。そこで雪男が偶然にも修斗達を見つけ、その近くに松田達を見つけると、会釈をした。

 

「お前の弟、本当に礼儀正しいよな」

 

「彼奴だけだ。うちで本当にどんな相手にも礼儀正しく出来るやつなんて」

 

伊達がそう彰に言えば、彰は苦笑いで返す。その言葉に不満そうな顔をする三人。

 

「ちょっと待て。俺だって礼儀正しくしてるだろ」

 

「私だってそうよ。ちゃんと相手を選んで礼儀正しくしてるじゃない」

 

「私がいつ礼儀正しくしてないっていうのかな?彰」

 

「まず長男の俺に対してのその対応の酷さだよ。『兄貴』はまだしも、なんで呼び捨てなんだよ妹二人。修斗も、表面上だけの話じゃないか。というか、特に酷いの梨華だろ。なんで相手選ぶんだよ。目上の相手にはちゃんと礼儀を正せ。相手を選ぶな」

 

彰の返答に、三人は解せないと言いたげな顔をする。そんな四人の会話を側で聞いていた松田はクックッと喉で笑った。

 

「本当、お前ら仲良いよな」

 

「ええ、そうね。修斗以外とは仲良いわよ」

 

「そうだね!弟の修斗以外とはね!」

 

「おいコラ、誰が『弟』だ。俺はお前らの『兄』だろうが。勝手に歳を下にしてんじゃねえよ!!」

 

その三人の会話に更に笑う松田を見て、修斗は溜息一つ溢すと、そこで一旦その会話を切り、今度はジト目で彰を見た。それに気付いた彰が首を傾げると、修斗がそのまま聞いてくる。

 

「で、なんでこのパーティーに刑事連中がいるんだよ。それも厳つい奴等ばかり。刑事の妹だからって、刑事ばかりなのはおかしいんじゃねえの?」

 

「あ、やっぱり気付いてたか」

 

「当たり前だろ。あれだけ視線だけで『警戒してます』『犯人は絶対に捕まえる』って意気込みが分かるほど張り詰めれるのは、死んだ刑事と同じ刑事職だけだろ」

 

「まあ、刑事だけじゃなくて、心療科医師の『風戸 京介』先生もいるけどね」

 

そこで修斗の後ろから声が掛かり、後ろを振り向けば、雪菜と咲と共に戻ってきた雪男がいた。それに修斗も苦笑しながら頷く。いつもの雪男なら、修斗がその事に気付いていることを理解しているからこそ、訂正などを入れたりはしないのだが、今回は、招待された精神科医が

雪男の尊敬する人物の一人であるため、訂正するように促してきた。

 

「で?こんだけ刑事がいる理由はなんだ?刑事の誰か、狙われてるんだろ?」

 

その修斗の言葉に、一瞬、その場に緊張感が走る。……しかし、雪菜はその空気の意味を理解出来ず、首を傾げている。

 

「……どうしてそう思う?」

 

「どうしてって……まず、刑事全員の緊張感、警戒心もそう思う一つでもあるが……兄貴と、そこの伊達さん二人と、目暮警部に白鳥警部。

この四人だけ空気が一番違う。兄貴達だけだぞ?全員を守ろうとする気概の中、まるで監視……いや、違うな。何も起こさせないための守備の為の視線を、たった一人の人物に向けてるのは」

 

「……」

 

「警戒心の中の異色の意思を持った四人……俺がいると分かった時点で、気付いてないことを願ってたみたいだが、残念ながら気付いてたよ。というか、俺だってその願いを叶えてやりたかったが、やっぱ無理だな。無意識に観察しちまうし、分かっちまう」

 

「……だから、なんだ?俺と伊達が抱えているものを、教えろっていうのか?」

 

「まあ、好奇心がないといえば、な。……けど、どうせダメだろ?」

 

「なんでそう思う?教えるかもしれーーー」

 

「『Need not to know(知る必要のないこと)』」

 

そこで修斗から出てきた声に、4人が驚く。萩原はまだ知らないが、今、その口から出てきた声色は、まさに『白鳥警部』の声そのものだったのだから。

 

「……これ、さっき俺が兄貴達に近づく前に、白鳥警部が毛利さん達に放った言葉。……白鳥警部がこんな言葉を放つって事は、兄貴達も事情を話す気はないって分かるわ」

 

「……その場に、いたのか?お前が?」

 

「いんや?いるわけないだろ?厄介事に自ら突っ込んでいく人達のそばに。だから、俺は聞いてない。……俺は、な」

 

そこでチラリ、と咲を見る修斗。その視線の先を見れば、理解した彰。聴覚の鋭い咲が、聞こえてきた言葉を修斗にそのまま伝えてしまったのだ、と。

 

「だから、俺は兄貴に何も聞くつもりはない。話してくれないのを分かって聞く訳ねえだろ」

 

「……じゃあ、これだけ、俺から聞いていいか?」

 

彰が真剣な表情でそう聞けば、修斗は苦笑しながら頷く。

 

「どうぞ?答えれる気になるものなら、答えるさ」

 

「なら、これだけ聞きたい。お前なら知ってるだろ?『犯人』はこの会場に、いるか?」

 

「……さあね。答えるつもりはねえよ」

 

その返しに、瑠璃が修斗の胸倉を掴む。

 

「ちょっと!!こっちは刑事2人が死亡してんのよ!?あんた、本当に人の死をなんだと思ってーーー」

 

「「「「瑠璃/瑠璃姉さん!!」」」」

 

そこで彰、梨華、雪男、咲の4人の怒鳴るような声にハッと怒りで染まった頭を通常に戻した先に見えた修斗の顔は、苦しそうな、顔だった。

 

「っ!ごめっ」

 

「ーーー俺だって、なんも思わない訳じゃねえんだよ」

 

その言葉にさらに顔を蒼褪めさせる瑠璃。彼女だって分かっていた。この場で一番、誰が苦労し、誰の心労が一番酷いのか。

 

ーーー今回のような事件で、彼が、一番『異常』な力を持った彼が、その選択を誤れば、まず彼は死に、最悪、彼が大切に思う自分達も、死んでしまうのだから。

 

「……ご、ごめ…な、さい」

 

「……いや、いい。瑠璃の考えは、本来なら正しいんだ。だから、謝らなくていい」

 

顔が蒼褪めたまま俯かせた瑠璃の頭に、修斗は優しく手を乗せる。なにも、瑠璃の言葉は間違っていない。ーーーそう、『なにも』間違っていないのだ。

 

(他人の命より、自分の命、そして、自身の大切な者達の方が大切だ。だから……瑠璃はなにも間違ってない。所詮、他人の事は、俺にとってはどうでもいいんだ。……そう、どうでも、いいんだ)

 

そこまで考えたとき、小さな揺れと共に、電灯が全て消えてしまった。それに驚いた瑠璃はプチパニックを起こす。

 

「な、ななな何事!?停電!?外でいきなり嵐でも起こった!?それとも雷でも落ちたの!!?」

 

「なんで気象限定なんだよ……」

 

いきなり通常運転に戻った瑠璃の言葉に、彰は溜息を吐いてツッコミを入れつつ軽く頭を叩く。それに大袈裟に頭を抑える素振りを見せながら、彰に非難の目を向ける瑠璃。その態度を見て、瑠璃が通常に戻ったことを確信し、彰は辺りを見渡す。

 

「さて、佐藤の奴を探さないと……この中だと、彼奴が狙われてるしな」

 

「え、なんで佐藤刑事?」

 

「……」

 

瑠璃の疑問に彰が沈黙で返せば、瑠璃は不満そうな顔ながらも聞く事を諦めた。それは近くで聞いていた松田、萩原も同様である。彰が沈黙するということは、彼からの絶対に答えないという意思の表れだからだ。

 

「……でも、佐藤刑事を探すなら、此処にはいないと思うよ?」

 

「……なに?」

 

瑠璃がその情報を与えれば、眉を顰める彰と伊達。2人からの視線に一瞬、たじろぐものの、瑠璃はその根拠を伝える。

 

「さっき、目暮警部と話したあと、外に出ていくの見たから」

 

その言葉に2人が目を見開いたちょうどその瞬間、非常用の電気が点灯する。そこで直ぐに彰と伊達が会場から飛び出せば、その後ろから慌てて瑠璃達も付いてくる。その後ろには更にコナン達も付いてきた。そしてもうすぐトイレがある通路へと辿り着く直前、女性の悲鳴が上がった。

 

「この声……蘭!?」

 

「え、蘭さん!?……た、確かに、同じ声とは思いますけど……」

 

「話してないで走れ!!」

 

小五郎の言葉に驚き、瑠璃が少し失速し、それに目敏く気づいた彰が瑠璃に怒鳴った所で女子トイレへと辿り着けば、蘭と佐藤が倒れていた。

 

「蘭……おい蘭!!しっかりしろ!!」

 

「落ち着いて下さい、小五郎さん。蘭さんは気絶しているだけです」

 

「うん。それよりも、佐藤刑事の方が危ないよ」

 

「瑠璃、救急車!!」

 

「もう呼んでます!!!」

 

「どいて!!救急車が来るまでの間に、これ以上、血を流すのはまずい!!止血します!!!」

 

「雪男!!そこのサービスセンターからタオルと棒を取ってきた!!これを使え!!」

 

修斗の言葉に雪男は視線だけで礼を伝え、銃でおった傷は、心臓に近い部分をタオルで縛り、更にそこに棒を差し込み、捻る。それを繰り返し、止血し始めた。しかし、その間も頭をフル回転させ続ける雪男。

 

(この傷、銃で出来る傷だ……この位置からだと、多分、内臓までいってる。貫通している様子もない……ああ、もう!!出来れば貫通してくれていれば!!こういう傷は、モルヒネとか使うべきだけど、アレはまず、僕みたいな立場の人が使うのは絶対に駄目なものだ。いや、普通の医者だって早々使うと決断出来るものでもーーー)

 

「?雪男、どうしたの?」

 

雪男の近くにいた雪菜が不思議そうに首を傾げて雪男に問えば、雪男は首を横に振る。

 

「銃が貫通してる様子がなくて、これ以上、僕に出来ることがあるかを考えてるだけだよ」

 

「でも、血が流れちゃってるよ?このままだと、この人死んじゃうんじゃない?」

 

「ーーーねえ、お姉さん」

 

雪男が雪菜と会話をしていたその時、突如、声が掛けられる。それに雪菜が不思議そうに右を見れば、もう1人、気を失った女性のそばにいた少年が、険しい顔で雪菜を見ている。

 

「?どうしたの?」

 

「お姉さんは……怖くないの?」

 

コナンのその疑問は、北星家以外の全員が、密かに抱いていた疑問。けれど、それ以上に佐藤たちの容体が危ない為に、聞けなかった疑問。それをコナンが問えばーーー彼女は、首を傾げた。

 

「?『怖い』って、なに?」

 

「……え?」

 

「『楽しい』や『嬉しい』とか、皆んなから教えてもらったから、出来るよ?けど、『怖い』って、どういう感情なの?どうすればいいの?ーーーこれは、その『怖い』って感情が出るものなの?」

 

北星 雪菜。25歳。北星家のある意味での問題児。

 

なぜならーーー彼女には、『感情』がないのだから。



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第26話〜瞳の中の暗殺者・3〜

瞳の中の暗殺者がこんなにも書きにくいとは思いませんでした。全然、流れが上手くいかない……しかも今度はパソコンが落下して壊れましたし……いや、自業自得ですが。

もしかしたら、6、7話まで引き延ばされるかもしれませんが、ご容赦下さい。

それでは!どうぞ!


佐藤と蘭が、風戸が務める米花病院に運ばれ、彰達もまた、そのまま後をついて来た。そこで佐藤はそのまま緊急手術が始まった。その手術室前の廊下には、先ほどトイレに集まった全員がいる。勿論、身体検査などは既に行われ済みの状態だ。

 

「担当医師の話だと、佐藤刑事に撃たれた銃弾は、心臓近くで止まっていたそうです。ですから、助かるのは五分五分。助かったとしても、暫くの間は生死を彷徨う事になると思います」

 

「そうか……ありがとう、雪男君」

 

「いえ。僕は止血をしただけですから。……もしかしたら、出血量が多くて輸血が必要になるかもしれません。今のうちに、佐藤刑事と同じ血液型の人を探したほうがいいかと」

 

「分かった」

 

そこまで話した雪男が次に見るのは、手術室前の長椅子に座った修斗と咲、その膝を枕に横になって気持ちよさそうに眠っている雪菜だった。

 

「……雪菜、寝ちゃった?」

 

「ああ。パーティーではしゃいだんだろ。今はスヤスヤと寝てる」

 

「咲ちゃんも、疲れてたら寝ていいからね?」

 

「気遣いはありがたいが、私は平気だ」

 

「……雪菜さんはその、本当に、感情が……」

 

三人の会話を聞いていたらしい高木刑事が言いにくそうに問えば、修斗は頷いた。

 

「はい。全くって程でもない……筈」

 

「雪菜は僕達の表情とかを見て、その場その場で『真似』をしてる部分があるから……」

 

「……これでも長い間、教えてきたんだけどな。『感情』を教えるのは難しい」

 

「でも、最近は『喜』の部分は生まれつつあるみたいだよ。前、僕の勤めてる病院に来てもらった時、最近の出来事とか聞いてたら、笑顔を浮かべてたから。まあ、本人無自覚で、それを指摘しても首を捻ってたけど」

 

「そうか。まあ、それでも感情が少しでも生まれつつあるなら……って、そんな事はこっちの事情だから関係ないとして、事件の方の進行状況はどうなってるんですか?」

 

修斗のその疑問はコナン達も気になっていた事で、高木に問えば、高木は答える。

 

「パーティー会場にいた子供以外のお客さん全員に身体検査などをして、硝煙反応を探してます」

 

「そんな事はどうでもいいです。犯人の目星は?」

 

「テメー!!どうでもいいたぁどういう了見だ!!こっちは真剣なんだぞ!!!」

 

修斗のその一蹴する言葉に、小五郎が噛み付く。小五郎からすれば、この事件に娘の蘭が関わってしまったのだから、なんとしても犯人を捕まえると意気込んでいるのだ。それを理解した上で、修斗は真剣な目で伝える。

 

「硝煙反応なんて出るわけないですよ。そんなもの残してパーティー会場に戻ってたら、後々こうやって調べられるときに自ら『犯人』だと名乗るようなものです。それなら自ら自白するなり、逃げる事をやめて自殺するなりするでしょう。死ぬ気も捕まる気もない人間なら、確実な手を考えます。拳銃を使う上で一番の問題は硝煙反応。拳銃もろとも残して行っているので指紋もですが、こちらはどうせ手袋なりして指紋はない。音の方はサイレンサーで解決されてます」

 

「じゃあ、修斗兄ちゃんはどうやって硝煙反応の問題を解決するの?」

 

そこでコナンが真剣な顔で問えば、今度はコナンの顔を見ながら答える。

 

「パーティー会場に入る前、皆んな一様に荷物は預けるだろ?そこで、大抵の人間は見かけてる筈だぞ?忘れ物の傘を」

 

「君、まさか、それで硝煙反応を消したとでもいうのかね?」

 

目暮がジト目で問えば、それに頷く修斗。

 

「ええ。傘を開き、それを片手で持ち、その傘に手が入るぐらいの穴を空けておけば、そこからもう片方の手を通し、拳銃で撃つ。暗闇の中で撃てないだろうと思うでしょうが、それは現場にあった懐中電灯で問題は解決されます。トイレの下の物置棚の扉、アレが開いていたということは、そこに付けっ放しで置かれた懐中電灯があり、蘭さんがそれを見つけ、現場を照らしてしまった。そんな所でしょう。付けっ放しだと思ったのは、暗い中で明かりを点けていないと、真っ暗闇じゃ誰も見つけることが叶わないからです」

 

「まっ、待ってくれ!どうしてそこで蘭さんだと断定出来るんだね!?佐藤くんの可能性も……」

 

「低いです。佐藤刑事は優秀な人です。現場にいたのが刑事2人なら、場合によっては迷ったでしょうが、その場にいたのは刑事と一般人。佐藤刑事なら、何が起こったのかを確認するため、蘭さんにはその場を動かないように言い含め、自身が行こうとするでしょう。真っ暗闇の中、前を見ることに集中すれば、下を見ることはない筈です。特に、トイレにそんな非常灯代わりになるものがあるとは誰も思ってない状態。そうなれば、自身の目を頼りに暗闇の中を進もうと考える。そうして懐中電灯は蘭さんによって見つけられ、佐藤刑事の姿は光に照らされ露わになる。そうなれば犯人としては狙いなど定めやすい。あとは先ほどの説明通りにすれば、そこでばら撒かれる硝煙は傘で防がれ、自身の体には1つもつかない。手の方は先ほども言った通り、手袋をしていれば、後は廃棄して終わり。証拠は1つも残らなくなる。ホテル側だって、ゴミはそのまま残しておけませんから、中身まで探らない。廃棄しなくとも、なんらかの言い訳を使えば証拠として扱われない。最悪、トイレにでも流してしまえばいい。……まあ、どうやら2つ、証拠を残してしまったようですが」

 

「?修斗兄ちゃん、それってどういうーーー」

 

そこで病院通路の自動ドアが開き、バタバタと走る音が聞こえてきた。その音の方へと全員が振り向けば、慌てた様子の園子がやって来た。

 

「?園子姉ちゃん、どうしーーー」

 

「おじさま!大変!!蘭が……!意識は戻ったけど、様子がおかしいんです!!!」

 

「なにっ!?」

 

「兎に角、来てください!!」

 

園子の言葉に殆どの人間が驚きを露わにする中、眠っていた雪菜は目を擦りながら首を傾げ、修斗は溜息を吐きながら座っていた椅子から雪菜の頭を起こし、立ち上がった。その隣には、咲が観察するように修斗を見上げている。それに気づき、修斗は少し困ったような顔をすると、頭を優しく撫でた。

 

そのまま全員が隣の病棟まで足を運び、蘭がいる病室へと焦ったように入れば、どこかボーッとした様子の蘭と、その背中を支えている妃がいた。

 

「蘭ッ!!……姉、ちゃん?」

 

「お、おい!どうしたんだ!!蘭!!」

 

「この子、私達の事ばかりか……自分の名前すら思い出せないの」

 

その妃の言葉に信じられないという様子を露わにしたコナンだが、一塁の望みをかけて、声を発する。

 

「蘭……姉、ちゃん?」

 

しかし、その望みはーーー叶わない。

 

「……坊や、誰?」

 

その言葉を聞いた瞬間、コナンは絶望し、声を発する事が出来なかった。

 

「う、嘘だろッ!?俺は毛利小五郎!!お前の父親だ!!!」

 

「すみません……」

 

「そんな……」

 

「ーーーやっぱりな」

 

そこで修斗の声が耳に入ってきた。どうやら修斗、咲、雪菜だけ歩いて来たようで、遅い到着ながらも全員を見渡しただけで現状を把握したらしく、修斗は咲と雪菜を自身から離しながらそう言葉を発した。それに反応したのは、小五郎だ。

 

「……なんだと?テメーッ!!やっぱりなって、どういう事だッ!!!」

 

「おじさま、落ち着いて!!!」

 

「オッチャン!!」

 

小五郎は修斗の胸倉を掴み、壁に勢いよく叩き付ける。その勢いが強すぎたのか、彼は一瞬、息を吐き出せず、苦しそうな顔をした。しかし答える責任はあると考えたのか、そのままで続ける。

 

「貴方みたいな元刑事や、そこの弁護士さん、医師、現職刑事と違って、彼女はただ武道の心得があるだけの女性。武道の心得があったって、目の前で今まで話していた人が拳銃で撃たれて瀕死状態で倒れ、その血を見る。その上、懐中電灯を取ったのは彼女だ。彼女ならこう考えるでしょう。『懐中電灯を見つけ、佐藤刑事を照らしてしまった、私のせい』と。自身のせいで、自身の目の前で、佐藤刑事が死にかける……そんな記憶から目を背けたくなるのは当たり前です。強烈なストレスがかかるのだって当たり前です。だから、彼女は記憶をなくした。……まあ、今はそれが幸いだと思いますが」

 

その言葉にさらに胸倉を掴む手が強くなり、気道がさらに強く押さえられ、苦しくなってくる。

 

「これの何処が幸いだと!?テメェに人の心はあるのか!!?俺達がどんな思いでここにいると思ってーーー」

 

「小五郎さん、落ち着いてください!!」

 

「これが落ち着いていられるかってんだ!!こいつを一発ぶん殴ってやる!!」

 

「だから落ち着いて!!!」

 

そこで漸く彰が小五郎を羽交い締めにして修斗から離した。そのお陰で修斗は気道を確保でき、少し咳き込んだだけで済んだ。

 

「……状況を考えて下さい。彼女は佐藤刑事の側にいた。そして、ライトを持っていたのも彼女ーーなら、記憶を失う前の彼女が、運良く犯人の顔を見ていないと、言えますか?」

 

その言葉で全員の顔が驚愕に染まる。そこまで考えが回らなかったのは、蘭の記憶が無くなったことへの衝撃が大きかった所為だろう。

 

「現に、彼女が持っていたはずのライトは、彼女の手から離れた場所に落ちていました。彼女の座っていた位置的に考えて、彼女が本来立っていた場所のそのまた後ろには、一つの銃痕。これらから見て、明らかに犯人は彼女も狙ったことが分かる。……つまり、犯人を見たであろう彼女が記憶を失ったと知れば、もしかしたら、彼女が狙われることはなくなるかも知れない」

 

その言葉に、一瞬ホッとする小五郎だが、そんな小五郎の安心を打ち崩すように、修斗は付け加える。

 

「……ですが、最後のは希望的観測。一生戻らないと思ってくれるなら僥倖ですが、ふとした瞬間に戻ると考えられれば、戻られる前に殺そうと考えて、行動してくるでしょう」

 

その言葉に顔を蒼褪めさせる小五郎と妃、泣きそうになる園子、そして、何かを決意するような目のコナン。そこでまた扉が開き、足音が聞こえてくる。その足音の一つに聞き覚えがあった咲が、声をあげる。

 

「白鳥警部?何処に行ってたんだ?」

 

そこで全員が扉へと目を向ければ、確かに白鳥警部が扉から入ってきていた。その後ろには、白衣姿の風戸もいる。

 

「風戸先生を呼んできてたんだよ。蘭さんの様子がおかしいと聞いてね」

 

「そうですか。それなら、お願いします」

 

「分かりました」

 

そのまま病室で診察が始まった。まず、彼女が本当に覚えてないかの確認がされ、その様子を見る。その後、常識的な質問を投げかけ、それに淀みなく答える。次にシャープペンシルを渡された時も、彼女は普通に押して、芯を出していた。

 

「……これで診察は終了です。お疲れ様でした。緊張してお疲れになったでしょう?今日はそのままお休みください。毛利さん達はこちらへ」

 

「分かりました」

 

「私と梨華は、雪菜と咲と病室の近くで待ってます。守りは必要でしょう?」

 

「それに、瑠璃以外は、蘭さんとはそんなに深く関わってないですから……さすがに、部は弁えさせて貰います」

 

「ああ、分かった」

 

そこで瑠璃たち4人と別れ、第4会議室へとやって来れば、風戸に椅子3脚に座るように促される。その椅子には小五郎達に座ってもらい、説明がされた。

 

「まず、診断から言いますと、逆行性健忘症でしょう」

 

「逆行健忘……?」

 

「突然の疾病や外傷によって、損傷が起こる前の記憶が思い出せなくなるっていうものですね」

 

壁に寄りかかって聞いていた修斗が代わりに説明すれば、それに風戸が頷く。

 

「はい。ただ、お嬢さんの場合、目の前で佐藤刑事が撃たれたのを見て、強い精神的ショックを受けたのだと考えられます」

 

「それで、娘の記憶は戻るんですか……?」

 

今この場にいる修斗以外の全員が気になっていた事を小五郎が聞けば、風戸は少し思案するような顔をする。

 

「今の段階ではなんとも言えません。ただ、日常生活に必要な知識の点では、障害はみられませんでした」

 

「それじゃあ、普通の生活は出来るんですね?」

 

「そうです。ですが、取り敢えず何日か入院して、様子を見てみましょう」

 

そう説明され、それを承諾する事にした小五郎達。その後、風戸が会議室から出ていくのを見届けると、それとほぼ同時に、席を外していた高木と千葉が戻ってきた。そこで、佐藤の手術が終わった事、心臓近くで止まっていた銃弾は取り出された事、しかしそれでも助かるのは微妙である事が伝えられる。それに心配、焦り、緊張、後悔の感情が入り混じった表情を浮かべる目暮と白鳥。後悔からか顔を俯かせる彰。悔しそうな顔の伊達。しかし、そんな事は小五郎には今、関係ない。小五郎はついに、叫ぶ。

 

「警部殿!!こんな事になっても、まだ話してくれないんすか!?」

 

その言葉に、目暮は黙ったまま小五郎を見返す。

 

「白鳥、彰警部、伊達警部!!お前達は知っているんだろ!?」

 

「……犯人は、我々の手で必ず逮捕します」

 

その言葉に、小五郎は悔しそうに机を殴る。

 

「ねえ、懐中電灯の方からは指紋は取れたの?」

 

コナンが千葉にそう聞けば、千葉はそれに肯定する。しかし、そこから取れたのは蘭の指紋のみだった事が告げられる。それに驚きはないコナン。これは彼にとっては、修斗の言葉が本当に正しい事なのか、自身でも確認しなければ納得しない為の、確認行為なのだから。

 

「ーーー全て、話そう」

 

そこで目暮が口を開き、そう言葉を紡ぐ。その言葉に驚いたのは、毛利一家。彼らは、諦めていたのだ。目暮達から、警察から、なんの真実も、この事件の裏にあるだろう『何か』も、伝えられる事なく、遠ざけられる事になるだろう、と。

 

「し、しかし、目暮警部!!それは……」

 

「なに、クビになったら毛利君の様に探偵事務所でも開けばいいさ」

 

「じゃあ、俺と伊達もクビになったら、目暮警部の探偵事務所で働くか」

 

「おう!それいいな!!」

 

「いや、兄貴の場合、親父にこき使われる未来しか見えないんだが……」

 

そこで壁に背を預けていた修斗が呆れ顔でそう言えば、彰はいかにも嫌そうな顔をする。彰だって、父親にこき使われるのは嫌なのだ。

 

「高木君、松田君は佐藤君に、千葉君は瑠璃君と共に蘭君に付いてくれ。何かあったら直ぐに報告するんだ」

 

「「「はい」」」

 

高木達はそこで返事を返して付いていく。松田の後ろには、萩原もついて行く。

 

「それから、修斗さん。すみませんが……」

 

「察してます。そのついでではありますが、俺も今日は疲れたので、梨華と雪菜、咲、雪男を連れて帰らせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「ええ、構いませんよ。長い時間、捕まえてしまってすみません」

 

「いえ、俺は別に平気ですよ。ここに来る前に親父には説明してましたから」

 

そうして宣言通り、修斗は会議室から雪男と共に出て行った。それを見送った後、彰達4人は小五郎達の正面に座り、話を始める。

 

「去年の夏、東都大学付属病院第一外科の医師『仁野 保』氏の遺体が、自宅のマンションから発見された」

 

目暮が説明し、その名前が出されたとほぼ同時に、白鳥が胸ポケットから仁野の写真が目の前に出される。紅のスーツを着て、眼鏡を掛けた自信満々な笑顔を男だ。

 

「捜査を担当したのは私の先輩で、私と同じ警視庁捜査一課の『友成』警部だった。彼の下に射殺された奈良沢刑事と芝刑事、そして佐藤君が着いたんだ」

 

「仁野さんはかなりの酒を飲んだ上、自分の手術用のメスで、右の頸動脈を切っていました。死因は失血死です」

 

「第一発見者は、隣町に住んでいてルポライターをしている、妹の『環』さん」

 

彰、目暮の説明の後、白鳥が出した写真に写っていた環という女性は、薄い赤色のジャケットを着て、少しこちらを睨む様な目で見ている焦げ茶色の髪をした女性だった。

 

その写真を見て、コナンは思い出す。その女性が会場に来ていた事を。

 

「オジさん、この人!」

 

「おっ、ホテルのパーティーで!……思い出したぞ!彼女、前に俺を訪ねて来たんだ!」

 

「え!?事務所に来たの!!?」

 

その言葉はその場に衝撃を与えた。コナンも驚きで声をあげ、彰と伊達もまた、驚愕の顔を浮かべるが、その目はまるで狩人の様に鋭く、何も取り逃がさないとばかりの緊張感を、その身に纏わせた。

 

「それで、彼女は君になにを!?」

 

目暮がそう真剣に問い返せば、小五郎は恥ずかしそうに顔を掻く。

 

「あ、それが……その時は強かに酔っていまして、彼女が何を話していたのか、ぜんっぜん覚えていないんです」

 

その言葉を聞き、妃もコナンも呆れ顔。彰でさえ、頭を抱えた。

 

「僕、この仁野って人の事件を覚えてるよ。亡くなる何日か前に、手術ミスを、患者さんの家族に訴えられてたよね?」

 

「ああ、そうだ。坊主、よく覚えてたな」

 

伊達がそう褒めれば、コナンは笑顔を浮かべる反面、内心では坊主ではないと文句を垂れる。しかし、子供になってしまった以上、避けては通れないのである。

 

「部屋のワープロにも、手術ミスを謝罪する遺書が残っていました。その為、友成警部は自殺の可能性が高いと判断しました」

 

「所が、妹の環さんが、自殺を否定したんです」

 

白鳥のその説明に、コナンは驚く。どう見ても自殺にしか思えない現状で、妹が否定したのだから。

 

「その嬢さんが言うには、兄の仁野は元々、患者の事なんて全く考えない最低の医者で、手術ミスを詫びて自殺することなんて、あり得ないんだとよ」

 

「しかも一週間ほど前に、ある倉庫の前で、保さんが紫色の髪をした若い男と口論しているのを見たらしい」

 

その『紫色の髪』という言葉に、コナンが反応する。何故なら、その髪色の持ち主を、今日、見ているのだから。

 

「友成警部は、念の為、佐藤、奈良沢、芝刑事を連れて、倉庫へ向かった。その日は特に暑い日で、気温は35℃を超えていたそうだーーー」

 

夏の暑さの中で捜査が始まり、まず、倉庫の鍵がかけられている事を奈良沢が確認し、友成がそれで張り込みを決行。芝を自身たちとは少し離れた場所に張り込ませ、他三人は木箱で姿が隠しやすい場所に姿を隠した。例え4人が隠れた場所が建物のお陰で出来た日陰であろうと、暑さは変わらない。友成が暑さから額に流れた汗をハンカチで拭ったその瞬間、胸に痛みが走る。

 

『グゥッ!!』

 

その呻き声を聞き、佐藤と奈良沢が後ろを振り返れば、友成が胸を押さえて蹲る瞬間を目撃してしまった。

 

『どうしたんです!?警部!!』

 

『心臓病の発作だ!!直ぐに救急車を!!』

 

奈良沢の指示で佐藤が救急車へと連絡をいれようとする。しかし、それに気付いた友成が、その腕を掴み、呼ぶなと言う。それに佐藤が困惑の声を上げれば、友成は、自身たちは張り込みちゅうなのだと言う。確かに、ここで救急車を呼んでしまえば、張り込み対象に気付かれてしまう。しかし、呼ばなければ、友成がどうなるかなど分かりきったことでもある。佐藤のその考えを理解しているからか、友成は胸を押さえながらも立ち上がり、タクシーを自身で捕まえて病院に行くため、張り込みを続けるように指示を出し、その場からフラフラと去って行く。

 

「だが、心配した佐藤君が暫くしてから見に行くと、友成警部は道路で胸を押さえて倒れていた。佐藤君は直ぐに友成警部を東都大学付属病院に運んだ。……しかし、友成警部は手術中に、息を引き取った」

 

「その後は、友成警部の急死もあって、仁野保氏の死は自殺と断定され、捜査はそのまま打ち切りとなりました」

 

「妹の環さんには、男のことは調べたが、事件とは無関係だったと、芝刑事が伝えました」

 

「そんな事があったんすか……」

 

「ところで、友成警部には『真』という一人息子がいるんだが……」

 

そこで白鳥警部が取り出した写真に写っていたのは、顔立ちが親の友成とよく似た青年だった。その青年を見たコナンはあっと声を上げ、パーティー会場にいた事、しかし、直ぐにいなくなってしまった事を伝えた。そこで、この真という青年が何と関係してくるのかを小五郎が問えば、目暮は暗い表情で伝える。

 

「ああ。通夜の席の事だ。彼は、奈良沢刑事達に、何故、救急車を呼ばなかったのかと、そうすれば、友成警部は助かったのではないかと、責めた」

 

「それに奈良沢刑事が話そうとしたが、それを遮るように、『父を殺したのは貴方達だ。僕は、貴方達を許さない』と激怒しました」

 

そこで一度、コナンがそろそろ喉の渇きを覚えたのではないかと心配した彰が目暮に飲み物でも買わないかと助言し、自動販売機がある所まで移動し、コナンにオレンジジュースを一つ、手渡した。

 

「その後、奈良沢、芝両刑事は所轄署に異動となった。所が最近になって、佐藤君が勤務時間外になって、何かを捜査しているのを、白鳥君と伊達君が気付いた」

 

「彼女は、奈良沢警部に頼まれて、芝刑事と三人で、一年前の事件を調べ直していました。ただ、佐藤さんは敏也君と仁野氏の関係は知らされていなかったようです」

 

そこでまた会議室に戻るために、エレベーターホールまで戻りはじめた。勿論、その道中でも話は終わらない。

 

「奈良沢刑事が射殺されたのは、それから間も無くの事だった」

 

「続けて芝刑事も射殺され、俺たちは一年前の事件に関係して狙われたんじゃないかと確信したんだ」

 

「例の警察手帳から、犯人が警察関係者だと推理し、刑事の息子である友成真を高木刑事、警視長の息子である敏也君を、私が調べることにしたんです」

 

そこでエレベーターが到着し、そのまま最上階まで移動する。

 

「私は犯人が、次は佐藤君を狙う可能性が高いと思い、彰君をガードにつけると言ったんだが……断られてしまった」

 

「じゃあ、警部殿が彼女に声を掛けたのも……」

 

「……そうだ」

 

そこで目暮が悔しそうに拳を握っているのを見たコナンは、その気持ちを汲み取り、真剣にこの事件と向き合う覚悟を決めた。そして小五郎はといえば、目暮に、この事件の犯人は敏也だと言った。その理由は、一年前の事件を奈良沢、芝、佐藤刑事が再捜査を始めた為、先手を打ったのだと自信満々に言う。しかし、目暮はそれに納得しない。勿論、消炎を付着させない方法を聞いてしまっている以上、そこで犯人ではないとも断言出来ないでいる。

 

「それよりも、友成真だ。彼は現在、行方が掴めん」

 

「それに、奈良沢、芝刑事が撃たれた日に、近くで目撃されていました。しかも、今日パーティー会場にいたとなると……」

 

「犯人が左利きっていうのは分かってるんだけどな〜」

 

コナンのその言葉に、白鳥は思い出す。真もまた、左利きである事を。それを聞き、目暮は白鳥に、真を指名手配するよう伝言を言付け、白鳥は直ぐに本庁へと戻っていく。それを見送った後、コナンは目暮に疑問を口にする。

 

「ねえ警部さん。仁野って人の頸動脈は、どう切られてたの?」

 

「どうって、右側を上から下へ真っ直ぐだよ」

 

「じゃあ、その事件が他殺だったら、その犯人は左利きかもしれないね」

 

「……確かに」

 

そのコナンの言葉に、彰、伊達は納得する。それに目暮と小五郎が訝しげな目を向ければ、彰が答える。

 

「考えみて下さい。もし他殺だった場合、この切り方なら、後ろから仁野氏を左腕で首を拘束し、首を切れば、返り血は浴びません。それ以外の方法での他殺で右の頸動脈を上から下に切ろうとすれば、返り血は浴びますし、綺麗に切れません」

 

「なるほど……いや、だが、友成真は仁野氏とは繋がりがない。もし、仁野氏が他殺だったならば、別に左利きの犯人がいるはずだ」

 

「おいおい、目暮警部。忘れちゃいませんか?あの敏也って小僧も左利きだ。パーティー会場で警部も見てたはずでしょう?左手でマッチに火を点けてるのを」

 

「もう一人いるわ。父親の小田切警視長。彼も左利きよ」

 

そしてもう一人、コナン、彰、伊達の頭に浮かんだ顔は、修斗だ。彼もまた、本来は左利きである。しかし、昔から父親から両利きの訓練をする様に言い含められていた為、彼自体は、右でも不自由なく使える。但し、無意識では左で使うことが多い事も、彰は知っている。

 

(まさか……いや、彼奴には仁野氏との繋がりは無いはずだ……だが)

 

「ーーーまだ一人、いるぞ」

 

そこで伊達が声をあげる。そこで全員の視線が伊達に向けられる。彰も、伊達が何を言おうとしているのかを察し、何も言えずにいた。彼が犯人では無いと信じたいが、繋がりがないという証拠もない。そして、彼もまたーーー警察関係者の家族である。

 

「北星修斗ーーー彼奴も、左利きだ」

 

***

 

その頃の修斗は、真っ暗な自室のベッドで、横になった状態で天井を仰いでいた。彼はずっと考えているーーー自身の、これからの行動を。

 

(今頃、伊達さんか兄貴辺りが、俺も左利きだって言って、容疑者入りされてるかもな……まあ、それはいい。俺が慎重に行動すればいいんだし……それに、俺が捕まる可能性は低い)

 

彼は確かに、仁野氏と一応は繋がっている。しかし、個人としての繋がりではなく、その病院のスポンサーとして入って欲しいためか、父親が呼ばれた際、付いて行ったことがあるのだ。その際、仁野に捕まり、父親をスポンサーとして自身につけてくれるよう、断れば、どうなっても知らないと、頼みという名の半ば脅しを掛けられたが、修斗はそれを断ったことがある。以後、ストーカーをされるわ、嫌がらせのように家の車のタイヤの空気が抜かれていたりなどという事があり、面倒になった修斗が、集めた証拠を手に脅しを掛けて以来、面と向かって会った事は一度もない。

 

(まあ、そんな事はどうでもいい……問題は、ここからだ。ーーー俺も、狙われることになるしな)

 

そう、彼は分かっている。自身が『犯人』が誰かを理解してしまったように、その『犯人』からも、勘付かれていることに。

 

(あの人は、彼女と共に俺も狙うだろうし……今更、演技しても、疑惑が晴れるなんて事はないだろう。一度できた疑惑の種を、摘み取ることなんて難しい)

 

彼が考える限りで自身が狙われるとすれば、それは朝、出勤のためにここから出る時か、会社に着いた時、そこから出る時、帰ってきた時、後は、修斗が雪菜や他の兄妹に誘われ、外に遊びに出るときぐらいだ。

 

(この家の外は、夜に監視カメラが作動する。中に入れば一日中、監視カメラが作動している。俺たちの家が金持ちだからこそ、監視カメラがあるだろうと、警戒してるだろうし……そこを考えると、やはり、俺がこの屋敷の敷地外から出た時ぐらいでないと、俺を殺そうとは出来ないだろう……さて、どうするかな)

 

修斗は考える。彼にとってみれば、犯人の銃の腕は、プロよりも劣ると理解している。そこまで高くはない、と。だからこそ、運転中は赤信号で止まらない限りは撃たれないだろうし、そもそも、そんな所で撃てば目撃者多数で即捕まるのは相手も分かっているため、実行される事はない。ならば、朝から家に来て、出勤する前に撃つかと考えれば、それも難しい。先程の通り、監視カメラを搭載されてると考えるだろうし、下調べして朝と昼は機能していないと理解しても、車は全て車庫にある。車庫は家の『中』として監視カメラが搭載され、機能もされているため、入った時点で警報が鳴り響き、家に雇われたガードマンが捕まえる事になる。会社での待ち伏せも難しい。彼処にも監視カメラが搭載されているのだから。変装は確実に相手は出来ない。マスクまでは用意出来ても、声までは変えられないと考える。佐藤刑事の時と同じ方法は論外。どうやって消炎反応を消したのか、それがバレてしまう可能性が高まるのだから。

 

(まあ、とっくに警察は知ってるが……俺が教えたし。……さて、俺が狙われるとしたら、後は俺が何処かに遊びに行く時ぐらいだろうな……スケジュールは把握出来るだろうし。……となると、警戒すべきは……)

 

そこまで考えて、手帳を再度確認する。そこには、数日後、梨華とトロピカルランドへと遊びに行く予定が入っていたーーー。




因みに、本文で仁野氏の時にはガードマンに捕まってないと表現させて頂いておりますが、北星家関係者以外であれば警報が鳴り響く様に設定されたのは、この仁野氏のストーカー事件後の事です。ガードマン事態はいましたが、父親と修斗から、被害が人以外の場合は捕まえなくてもいい、と言われていた為、飛んで来ませんでした。

このストーカー事件時、修斗が面倒臭がらずに即刻対処していれば、タイヤ代が量む事はなかったんですがね〜。


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第26話〜瞳の中の暗殺者・4〜

お・ま・た・せ・い・た・し・ま・し・た・!!!

パソコンをようやく買い替え、DVDを新しく買い直し(前までのはパソコン落下と共にお亡くなりになりました)、ようやく!ようやっと!!続きが書けます!!!

…が、瞳の中の暗殺者の続き、思ったより難航しております。まあ、コナンくんと蘭さんがほぼほぼ主人公な映画ですから、仕方ないのですが。

ですので、拙くてもお許しください。私なりに頑張ってはいますので。

それでは!どうぞ!


ホテルでの事件があったその翌日、蘭はMRI検査に掛けられた。勿論、記憶喪失の原因が、急激なストレス以外の可能性を考慮しての検査である。その結果は少し時間が掛かるようで、また風戸から声がかかるのを待つ事となった。

 

その蘭がいる病院に、改めて咲は阿笠博士の保護監督のもとやって来た。勿論、灰原や少年探偵団三人組も一緒にである。ちなみに、この中でちゃんとお見舞いの花を持ってきたのは灰原のみである。

 

そうして改めて蘭と顔を合わせ、記憶がないことを改めて受け入れ、歩が全員の代表として自己紹介を始めた。

 

「私、吉田歩美!小島元太くんに、円谷光彦くん、月泉咲さん、そして灰原哀さん。皆んなコナンくんの友達で、蘭お姉さんを心配してやって来たのよ!」

 

そう膝に花束を乗せたままの蘭に伝えれば、蘭は申し訳なさそうな、でもどこか嬉しそうな笑みでお礼を伝える。

 

「ありがとう。……でも、ごめんね?誰の事も覚えてないの」

 

「そんなぁ!?信じられません!」

 

「あんなに遊んでくれたじゃねえか!」

 

光彦と元太は必死にそう言葉をかける。彼らも、蘭が暇であればショッピングに一緒に連れて行ってくれたり、博士がいない時には変わりの保護者として、公園で一緒に遊んでくれたのを覚えているからこその言葉であるが、やはりその記憶は、今の蘭には全くない。

 

「ワシの事も覚えとらんか?」

 

今度は博士が明るくそう問いかけ、阿笠博士と名を告げる。しかし、蘭の表情は乏しくない。そこでさらに、蘭と密接に関わって来た人物の名を挙げることにした。

 

「ほれ、君の幼馴染で同級生の工藤新一くんの隣に住んでる、天才科学者じゃよ!」

 

「……自分で『天才』と言うことは、つまりは『自称』なんだが…」

 

「シッ」

 

咲の茶々入れに、灰原が静かにするように注意する。そうして蘭の様子を見れば、彼女は大きく目を見開いて反応した。

 

「くどう…しんいち……?」

 

それに希望を持ったのは、本人であるコナンである。彼は、『新一』のことを覚えてるのかと希望を持ちながら問いかければ、蘭はそれに首を横に振って否定する。それを聞き、あからさまに気落ちするコナン。少しの期待が無くなった瞬間である。

 

その時、咲の耳には足音が聞こえた。が、すぐにその足音の持ち主を特定し、彼女は警戒せずに現れるのを待つことにした。

 

……しかし、その持ち主は、自分たちから離れた位置にある木の辺りで、足を止めてしまった。勿論、それに一瞬、首を傾げそうにはなったが、自分たちがいるから気を使ったのだろうと自身の中で納得した。ただし、足音が聞こえず、けれど気配に敏感な『彼女』は違う。すぐに後ろを振り向いた。そんな灰原の様子に疑問を抱くのは勿論コナンである。

 

「どうした?灰原」

 

「…今、誰かがジッと見つめていたような……」

 

「ぇっ!?」

 

そうしてすぐにコナンが確認するが、そんな人影は何処にもない。灰原はそれを気のせいと片付けようとしたが、コナンはそうはいかない。気になったことに対して、彼はとことん追求する。そして、その答えをすぐに提示してくれる咲に、小声で話を振る。

 

「咲……お前、何か音を聞いてないか?」

 

「ん?…あぁ、さっきのか。アレはあの先生だよ。ほら、風戸先生。……多分、彼女の様子を見に来たんじゃないか?けど、私達がいたから気を使ったんだろう」

 

その言葉に、コナンは一応の納得を見せたものの、警戒は解かなかった。

 

その後、子供達と少しの間、話をして、蘭は病室へと戻り、ベッドに横になる。そして、英理がそんな彼女に布団をかけたその時、コナンは扉の前の気配に気付き、振り向いた。しかし、その気配はすぐに扉前からなくなり、その後を追って部屋を慌てて出たが、その姿はもう何処にもなかった。そんなコナンの後を追って小五郎も部屋から出てきた。そんな小五郎に、やはり修斗の推理が当たっていることを伝えれば、すぐに警視庁の目暮へと連絡を入れた。

 

目暮、高木、千葉は電話をしてすぐ、病院へとやってきた。此処からの護衛は高木と千葉が交代である。そして蘭の場所と現在の様子を伝え、目暮達を案内しようとした時、看護婦から風戸が呼んでいると英理は伝えられ、小五郎とコナンと共に風戸の診察室へと入り、MRI検査で撮られた脳の断面図を見せながら説明が始まる。

 

「MRI検査の結果、脳に異常は見当たりませんでした。……やはり、お嬢さんの記憶喪失は、自分を精神的ダメージから救うためのものですね……」

 

「ということは、娘をあのホテルへ連れて行って、事件を再現してみたら、記憶が戻るんじゃ……」

 

小五郎が備え付けのソファへ座り、そう話せば、その隣のソファに座った英理から睨みと怒鳴りが入る。

 

「何を言ってるんですか!!思い出したくない記憶を、無理に思い出させる必要はないわ」

 

その言葉で、2人の言論が始まる。

 

「じゃあなにか!?このまま蘭の記憶が戻らなくてもいいってのか!!?」

 

「あの子を苦しめる様なやり方に反対なの!!」

 

そんなヒートアップした2人を穏やかに仲裁する風戸。勿論、精神科である彼からは、無理に思い出させる様なことをすれば、脳に異常をきたす可能性があることを告げられ、小五郎はどうすれば良いのかと考える。

 

そんな時、プルルッと、電話のコールが室内に鳴り響く。それは、この部屋に置かれた固定電話のコール音。それに気付き、風戸は小五郎達に断りを入れて、電話を取る。その後、2、3言会話をし、誰かに電話をすると相手に伝え、電話を切り、左手で番号を入力し、電話をかけ始めた。それを見ながら、コナンは考える。

 

(もし、修斗さんの言う通り、蘭が犯人の顔を見ているとしたら、一刻も早く記憶を戻して犯人を捕まえなければ危険だ。…だが、先生の言う様に、無理に思い出させるのは禁物……)

 

そこまで考えて、彼は決意する。

 

 

 

 

ーーー自身が、彼女を守る……とーーー

 

 

 

 

 

そこで風戸が電話を切った。どうやら、目的の相手は電話に応答しなかった様子。そこまで理解し、英理は風戸に、ごく自然に記憶を思い出せる方法はないかと問いかければ、風戸は少し考えて、一般的な方法として、リラックスした状態の際、フッと思い出す事が多いことを告げる。そこまで聞き、英理もまた、ある事を決めた。

 

「分かりました……蘭が退院したら、私も事務所に住むわ」

 

「なにぃ!?」

 

「その方が蘭の世話も出来るし、あの子もリラックス出来ると思うの」

 

「冗談じゃねぇ!!俺の方がストレス溜まっちまうよ!!」

 

そんな小五郎の言葉に、英理は鋭く切れ込みを入れる。

 

「貴方がどうなろうと関係ないわ。全ては蘭のため。……いいわね?」

 

その英理の気迫に小五郎は拒否しきれず押し黙り、その後の結果が分かりきってしまったコナンは、小五郎以上に顔を青ざめさせた。

 

 

 

 

 

「ーーー修斗。1件目と2件目の事件の時、お前、何処にいた?」

 

その日の夜の北星家。いつも通りの父母がいないディナーをし、食べ終わった後のそれぞれの時間。修斗は本を読むために書斎へと入ったその直後、彰も書斎へと入り、修斗が訝しげな面を見せたと同時に、彰が問い掛けるーーー彼への、アリバイ確認だ。

 

「……1件目も、2件目も、3件目と同じ犯人だって断定されたんじゃないのか?」

 

「いや、模倣犯の可能性も、まだ捨てきれていない」

 

「……それ、兄貴が俺にアリバイ聞くために考えついた戯言じゃないよな?」

 

「……お前から見て、俺が嘘を吐いた…と?」

 

「……いや、ねえな」

 

彰の言葉に修斗は納得し、腕を組みながら答える。

 

「1件目の時は俺は仕事中だ。なんなら監視カメラでも確認すればいい。親父には事件性の有無の確認とでも言っとけば、面倒でも反対しないだろ……いや、切り捨てる可能性も無きにしも非ず、だな」

 

そこで思考が別方向へと行きかけたが、彰の顔を見て、元の道へと思考を修整させる。

 

「2件目に関しては、既に部屋にいたな……これに関しちゃ、アリバイはない。だが、監視カメラ上には、俺が出ていく様な怪しげな姿はないと断言できる……夢遊病でも患ってない限り」

 

そこでまたもや思考が別方向へと行きかけた。そして彰はそんな修斗の思考を止めない。彼は彼で、修斗が一応、1件目と3件目に犯行不可能と判断でき、少しだけ安心したのだ。……勿論、何かの間違いで修斗が犯罪を犯した際、たとえ捜査権がなくなったとしても、最終的には自身が取り押さえたいと思っている。

 

「……それで、やっぱり俺が『左利き』だからこそ、被疑者入りしたってとこか?」

 

修斗が元の路線へと思考を戻し問いかければ、彰はそれに頷き返す。しかし、まだ『2件目』はまだ疑いは晴れていない為、完全な解放ではない。そう伝えた方がいいかと彰は話そうとし、やめる。修斗なら言わなくとも理解してると断言出来たからだ。

 

「……だが、良かった」

 

「……」

 

修斗は考えるーー今、ここで犯人を密告すれば、この事件はたやすく収まる。しかし、修斗の立ち位置上、それは効果が薄くなる。せめて、彼自身が『被疑者入り』してなければ無問題だった案件だ。

 

(……まあどちらにしろ面倒だし、それは兄貴の仕事であって、俺がしないといけない仕事じゃない)

 

修斗はそう己の中で決めると、助言はせず、その日はそこで解散となった。

 

 

 

 

 

2日後、蘭の退院が決まり、高木が護衛として毛利家と一緒に行く事にした。そして病院から離れる際、風戸からもう一度、無理に思い出さない様に注意され、少しでも記憶が戻れば連絡して欲しいと英理と小五郎に話し、彼は看護婦を連れて病院内へと入っていく。それを見送り、雨の中を車で走り、家ーーー喫茶ポアロの上ーーーの前へとたどり着く。

 

雨が降っている為、英理が先に車から降り、傘を翳して入る様に促した途端、蘭が怯えた様な表情を浮かべ、車の中で自身の体を抱き込み、震えだす。

 

「……どうしたの?蘭」

 

そんな蘭の様子を不審に思い、英理が問い掛けるも、蘭は怯えて言葉を発さない。そんな蘭の様子を見て、小五郎は辺りを確認し、原因と思わしきものーー水溜りを発見し、佐藤の時にも水がかなり溜まっていた為、それが原因だろうと推測を話し、車を運転していた高木にもう少し前に出す様に頼んだ。この時、小五郎の頭の中に、修斗が説明した傘の件は、すっかり頭から出て行ってしまっていた。そうして家の中の構造、用品を説明する。その説明を聞くも、蘭は懐かしさはない様で、物珍しげに部屋を観察するばかり。それは自身の部屋と示された所でも同じだが、一つだけーー自分ともう1人、男が共に写った写真に反応を示した。彼女はその写真を興味深げに見つめていれば、小五郎は嫌そうに話す。

 

「そいつは工藤新一といってな、オメーの事を誑かそうとしているトンデモねー野郎だ!」

 

そう言って写真立てを伏せた。勿論、その説明に本人であるコナンが不満を抱かない訳もなく、内心で小五郎へと不満をぶつける。

 

そして次に興味を示したのは、空手の道着である。それを見て、コナンはここぞとばかりに声をあげる。

 

「蘭姉ちゃん、空手をやってたんだよー!」

 

「私が…空手を……?」

 

「高校の都大会で優勝したのよ!……覚えてない?」

 

英理が期待を込めてそう問い掛けるが、蘭は首を横に振った。その反応に小五郎と英理が気落ちすれば、それをすぐに察知し、他人行儀ながらもそのうち全部思い出すと、希望を灯す。その言葉にのり、小五郎が退院祝いと称して何か美味しいものを食べようと提案すれば、英理が久し振りに手料理を作ると張り切りだした。それに顔を青ざめさせ、凍り付くのは、勿論男2人であり、料理下手の自覚がない英理は、2人の反応に不思議そうな表情を浮かべる。

 

「あら、どうしたの?2人とも」

 

「お、おま、おまえの、りりりょ…!?」

 

「あ、だ、だったら僕の分はい、いらないよ!お、おなか空いてないから…」

 

「あら、遠慮しなくていいのよ?コナンくん。叔母さんが腕によりを掛けて、ほっぺが落ちそうな美味しいビーフシチューを食べさせてあげるから!」

 

(ゲッ、それ最悪……)

 

そんな2人の会話の隙に、部屋からユックリと出て行こうとする小五郎。しかし、2人はすぐに気付き、英理が声を掛ける。

 

「あら?どこ行くの貴方?」

 

「あ、ああああいや、こ、こんや近所の奴らと、麻雀の約束をしていたのをすっかり忘れてよ…」

 

「娘がこんな時に、麻雀なんてやってる場合じゃないでしょ!?……それとも、なーに?私の料理が食べられないっていうの?」

 

そんな三人の様子に、遂に蘭はくすくすと笑いだし、それを見て、部屋の空気は明るくなり、コナンもそれに希望を見出した。

 

(よかった。蘭のやつ、思ったより明るいぞ!これなら思ったより早く記憶が戻るかもしれないぞ!」

 

しかし、その日の夜、彼は見てしまった。ーーー淡い月明かりで照らされた彼女の部屋で、窓辺に座って顔を俯かせる、彼女の姿を。

 

(…蘭……)

 

そんな姿を目の当たりにしてーーーコナンはそっと、扉を閉じた。

 

 

 

 

 

その次の日の朝から、高木に聞いたらしい少年探偵団三名が蘭のボディガードを買って出た。勿論、高木から、蘭が犯人に狙われている可能性も聞いている。そこで高木の顔を見れば、高木は済まなそうに頭を掻いていた。

 

「私達、少年探偵団で蘭お姉さんを守ることに決めました!」

 

「名付けて!」

 

『蘭姉ちゃんを守り隊!!』

 

三人がカッコよくポーズを決めて宣言すれば、コナンは肩から力が抜け、呆れ顔。さはんなコナンをよそに、彼らは自身の装備を見せ始めた。

 

「俺は唐辛子入りの水鉄砲を持ってきた!!」

 

「僕はブーメランです!」

 

「私は手錠よ!!」

 

そんな三人の武器を目にし、コナンは注意するために声を上げる。

 

「おいお前ら、そんな子供のおもちゃでーーー」

 

しかし、そんなコナンの言葉を、何よりも彼が大事にしている存在が遮る。

 

「ありがとう、皆んな。とっても心強いわ」

 

蘭からの本心からの言葉に、子供達三人組は嬉しそうな表情を浮かべ、さらにやる気を出した。そして、蘭からのお礼ということで、冷たい飲み物を貰うことになり、蘭と子供達は先に事務所へと上がって行く。

 

そんな子供たちに呆れと疲れを乗せた顔で見送ったコナンに、咲は同情の視線を向け、灰原はどこか皮肉めいた笑みを浮かべる。

 

「まだ彼女、何も思い出さないの?」

 

「ああ……」

 

「このまま、記憶が戻らない方が、工藤くんにとって都合がいいんじゃない?」

 

その言葉に、コナンは目を丸くする。そんなコナンの様子を見ながら、灰原は続ける。

 

「もう正体がバレるのを心配する必要もなくなるわけだし」

 

灰原がどこか悪どい笑みを浮かべてそう言えば、咲は溜息を吐き、コナンは灰原の肩を勢いよく掴む。

 

「なんだと!?テメー!!」

 

「私だってっ……私だって…出来れば記憶を失くしたいわよ」

 

その灰原の言葉に、コナンも、そして今度は咲も、目を見開く。その言葉はどこか、本心のように感じられたからだ。

 

「お姉ちゃんが殺されたことや、組織の一員になって毒薬を作ってたことも……。みんな忘れて、ただの小学生の『灰原哀』になれたら、どんなにいいか……」

 

灰原はずっと、コナン達から目を逸らしたまま、静かに語り続ける。それが、彼女の本心なのかと、咲は気付かなかった自分を情けなく思い始めていた。

 

「そして、あなたとずぅっと……」

 

哀愁を漂わせて語る灰原。そんな灰原の言葉に、コナンは緊張を顔に出して、灰原の言葉の先を待つ。

 

「ずっと、このまま……」

 

(灰原、お前……)

 

そしてコナンの頬が少し赤みを帯びたとき、灰原の憂いた顔に、ニヤリと意地悪い笑みが浮かび、咲はその瞬間に、これは彼女の掌の上だったことを悟った。

 

「なーんてね。少しは元気でた?」

 

そんな灰原の言葉に、どっと体から力が抜けたコナンの肩から、服が少しずり落ちた。

 

その時、ピチチチッと鳥の鳴き声が聞こえ、三人が思わず空に顔を仰げば、素早く飛んで行く小さな黒い鳥が飛んでいた。その正体は、直ぐに『燕』であることを知り、コナンは顔を灰原の方に戻した。しかしその時、咲の顔を見てギョッとする。

 

なぜならーーー彼女が涙を、流していたからだ。

 

「さ、咲?オメー、どうした?」

 

「……?何がだ?」

 

「……気づいてねーのか?というか、『燕』に何か、嫌な思い出とか、悲しい思い出でもあるのか?」

 

「……いや、特にないと思うが…」

 

コナンが渡したハンカチを恐る恐る受け取り、涙を拭いながらも彼女は首を傾げる。その瞬間、灰原が何か驚いたような表情を浮かべ、咲に顔を向ける。

 

「……ねえ、咲。貴方に聞いておきたいことがあるのだけど」

 

「ん?今か?……で、なんだ?」

 

「貴方…『燕』さんを、覚えてる?」

 

灰原がそう心配そうに問いかければーーー彼女は、不思議そうに首を傾げる。

 

「…哀。……『燕』とは誰だ?」

 

「………」

 

その言葉を聞き、哀は泣きそうに顔を歪め、そんな哀を見て、咲はさらに不思議そうにし、コナンは新たな組織の一員の名を聞き、体と顔を強張らせた。ーーーしかし、そんな空気は壊される。

 

「はーい!おチビちゃん!」

 

その声に、咲は普段通りに誰かを知りつつも後ろを振り向き、コナンもコナンでその声を聞いて力が抜けたからか、少し呆れ顔で振り向いた。哀もまた、危なく涙を零しそうになり、それを少しハンカチで拭うと、振り向いた。

 

「……あら?どっちかがあんたのガールフレンド?それとも、ガキンチョの取り合い中?」

 

(はは、またウルセーのが来た……)

 

そのまま声の主である園子も連れて事務所へと入れば、先に入っていた子供達三人がカキ氷を食べているのが見えた。そのまま哀、咲にもそれぞれ、メロン、イチゴ味のシロップがかけられ、2人ともそれぞれのカキ氷を味わい始める。そんななかで始まる園子が持ってきたアルバム閲覧会。蘭はゆっくりとアルバムを捲っていく。そして、都大会の試合のシーンらしく、相手に勇ましいキックを向ける蘭。優勝トロフィーを持ち、園子と共に写真に収まっている蘭。それらを見ても、彼女の中での記憶は埋まったまま、出てこない。そして次のページを捲れば、一番上にあるのは、蘭、園子、そして昨日の写真にも写っていた『工藤新一』三人が集まった記念写真だった。

 

「この人……」

 

「ああ、工藤くんね!アンタの旦那!」

 

(旦那じゃねーって!)

 

コナンが内心で園子へと不満をぶつける。勿論、園子は気付かない。

 

その時、蘭がフッと笑みを浮かべる。それを見逃さない哀と咲。2人は目を見張った。

 

「……お前、まさか…」

 

「…見覚え、あるみたいね」

 

その言葉に、園子とコナンが驚き、本当なのかと蘭に問いかけるが、蘭は首を横に振るが、すぐに「でも……」と続いた。その続きを促せば、彼女は、どこか懐かしそうな笑みを浮かべていた。

 

「どこか、懐かしい気持ちがするの。どうしてたが分からないけど……」

 

それにコナンはまた目を見張る。そんなコナンを他所に、無邪気な子供達は、『工藤新一』に会えば思い出すのではないかと言い始め、元太は連れて来いという。勿論、連れてくるどころか、本人は小さくなってその場にいる。しかし、哀と咲以外、その場の誰も、その事は知らない。

 

「そう言えば、高校生探偵で、難事件をいくつも解決してるんでしたね!」

 

「たくっ、アイツ……蘭が大変だって時に、一体どこほっつき歩いてるんだか……」

 

そんな園子の言葉を右から左に流しながら、コナンは険しい表情で窓の外を眺めていた。

 

そしてその夜、千葉が交替で見張りをしていたが、そんな千葉は事務所しか見ていなかった為に、車の後ろで同じく事務所を見上げていた『友成真』がいることも、千葉を見つけて、顔を隠しながら去っていくその姿も、見ていなかった。

 

そんな事務所の中では、蘭が自室で、自身と仲が良さそうに写っている『工藤新一』をジッと見ている。それでも、時は進み、コナンが蘭に入浴が次であることを告げれば、それに蘭は礼を返すが、それと同時にコナンに問い掛ける。

 

「ねえ、コナンくん?『工藤新一』ってどんな人?」

 

それにコナンは一瞬、驚き、目をパチクリとさせ、少しして、頬を赤く染め、首に掛けていたタオルを握った。

 

「どんな人って……た、多分、蘭姉ちゃんのことを一番に考えていて、でも、そういう気持ちを素直に言えない人だと思うよ?」

 

コナンの言葉に、蘭はさらに笑みを浮かべる。

 

「……会ってみたいなぁ、その人に」

 

そんな蘭を見つめるコナン。けれどすぐに、その後ろから英理が現れ、蘭を銀座に誘った。どうやら、小五郎と共に居すぎて、ストレスが溜まっており、その発散としてパーっと買い物をしようと誘ったようだ。勿論、その場にいたコナンも誘った。それにコナンは頷いた。

 

そして迎えた翌日の午前10時頃、米花駅。コナンたち3人は、駅のホームで電車を待っていた。そんな3人の後ろでは、高木が周りを警戒している。そんな高木の後ろで別の電車が到着し、何人もの乗客が降りてきた。その中の1人である女性が、後ろの客に押されたのか小さく声を上げ、高木の目の前で倒れ掛けた。勿論、それに気付かないわけもなく、高木はその女性を反射的に支えた。

 

「おっと…大丈夫ですか?……っ!?」

 

しかしその瞬間、高木の頭の中で、事件時、大量の血を流して倒れていた佐藤の姿がフラッシュバックし、彼はその時の情けない自分に怒りを露わにした。

 

そんな怒りがーーー彼の視界を、思考を、狭めてしまった。

 

蘭たちの目的とする電車がプラットホームにやって来た、その瞬間。

 

コナン、そして英理の目の前でーーー蘭が、ホームから勢いよく落下した。

 

電車はブレーキを掛けていたが、蘭が落ちて倒れた場所では、到底止まれるわけもなく、このままでは彼女はーーー。

 

「蘭ッ!!!」

 

直ぐにコナンがホームへと降り立ち、彼女の体を起こし、その勢いのままホーム下の空間に、彼女ごと体を滑り込ませた。

 

「ラーーーーーン!!!」

 

英理のそんな悲鳴は、電車のブレーキ音で掻き消されてしまう。勿論、英理が知らないことであるとは言え、コナンと蘭はホーム下の空間にいる為、ギリギリではあったが、引かれることなく無事である。

 

 

 

 

 

ーーーこうして、その日の最高の休日は、最悪の出来事と共に、最悪の休日となって、病院行きと共に終わりを告げた。




そういえば、私、今日(投稿時間的に昨日)、コナンの映画を見てきました!!

予告の時は、安室さんが敵かもしれないと言われ、これは咲さんも敵になるフラグか!?とちょっと内心でビクビクしてました。勿論、咲さんは私の心の中にいてもらって、純粋に楽しんできました。

まあ、感想としてはアレですね。



安室さん好きには堪らない映画ですね!!!



何ですかアレ!!?カッコイイし、普通に笑顔は可愛いし(童顔だからかな?)、見てる最中、内心で私は荒ぶってましたよ!!!何だ口元がニヤニヤしたか!!!

これはDVDが待ち切れませんな!!!

それでは!さようなら〜!


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第26話〜瞳の中の暗殺者・5〜

間に合わなかったーーー!!!(本日のゼロの執行人のこと)

さて、お久しぶりです!!!この挨拶何度目でしょう!!!

紺青の拳を見た勢いのまま書こうと思ったら睡眠不足が祟ってバス酔いし、しばらく呻いていたルミナスです!!因みにDVDが見つからなかったことも要因の一つですが、書けなかったのはもう一つ…中々展開が、思いつきませんでした!!!orz

取り敢えず、今のうちに続きを書きたい所ですが、飼い猫にも餌をあげたいので、もしかしたらまた暫く上げれない事になるかもしれません。もう本当にすみません!!

それでは、どうぞ!!


米花中央病院に一台のタクシーが止まる。そこから降りてきたのは、毛利小五郎。彼は少し小走りで、しかし焦った様子で中へと入っていく。

 

当然だ。なぜなら、彼の一人娘が電車に轢かれかけたのだから。

 

「蘭!」

 

小五郎が声を掛けて入れば、それを静かにと英理が少し注意し、ちょうど鎮静剤を打ったところだと説明する。小五郎が蘭の容体を問いかけると、擦り傷程度で特に問題はないことが説明される。しかし、今回のことでストレスが掛かり、記憶を思い出すことを恐れる可能性が出たことを、担当医である風戸から口に出す。それを聞けば、次に小五郎が目を向ける相手は分かりやすい。目暮や彰と共に来て顔を俯かせている高木だ。

 

「っ高木!!お前、どこに目をつけていたんだ!!」

 

「っすいません!!!」

 

「しかし、これでハッキリしたな…蘭くんは、佐藤くんが撃たれた時、犯人の顔を見ているということがな…」

 

「…あの小僧の言った通り、か」

 

「?小僧とは?」

 

小五郎がそう言えば、風戸が首を傾げて問いかける。それに彰が軽く自身の弟で、前に説明があった時には壁に寄りかかっていたと説明すれば、少し考え込んだ様子を見せた後、思い出した様子で「ああ、彼ですか」と少し嬉しそうに顔を彰に向けた。その彰は、目暮に高木と共に何が何でも蘭を守り抜くようにと命を受けていた。今回の件で、警備を増やすことを決めたらしい。

 

その声を耳に通しながら、コナンは守るだけではなく、こちらから攻めなければと理解した。そうして真っ先に向かったのは事件があった米花サンプラザホテル。

 

(あの時、ホテルに残っていた人達は全員消炎反応が出なかった。ただ、それは修斗さんが説明したことで、残さない方法がある事が出来たけど、その証拠となる傘が…)

 

そこでフッと思い出す二点。コナンが来た時には傘が止めてあったのに、事件があった時には傘立てに適当に放られていた事。そして蘭が雨が降りしきる中で退院した際、何かに怯えた表情をした事を。

 

(…一度、傘を見てみるか)

 

そこでコナンが行ったのは荷物を預けたりするセンター。そこにいるお姉さんに自身の傘だと偽って何処にあるかと聞けば、穴が空いていたため捨てたと言う。それにコナンが残念そうな反応を示せば、お姉さんは喜んだ様子で嘘といい、そのビニール傘を出してくれた。これに少し呆れながらもお礼を言ってそのお姉さんの死角になる傘立てがある通路に入り傘を開けば、穴が空いていることを確認した。

 

(しかし、これでパーティーに来ていた全員が容疑者…つまり、説明した修斗さんも…もしあの人が犯人なら、手強いな…)

 

そして傘を一度処分するために持ち帰り、次いで向かったのはカフェ『Kotone』のすぐ隣にある地下ライブ会場。その会場に入れば、敏也が他のバンドメンバーと共に演奏している所だった。そこで後ろに気配を感じ、コナンが後ろを振り向けば、そこには壁に寄りかかって見ている環がいた。その視線を追えば、その先にいたのは敏也。

 

(そうかっ!!環さんがパーティー会場にいたのは、敏也さんを尾行していたからなんだ…)

 

そこで唐突にギターを弾いていた敏也がピックスクラッチをし、仲間が驚いて演奏を中断して敏也を見る。その本人である敏也は、ギターの弦が切れたにも関わらずそれを気にするそぶりもせず、マイクを掴んで叫ぶ。

 

「テメェ!!なんで毎日毎日俺を尾け回すんだよ!!!」

 

その視線の先を観客全員向けてストーカーだなんだと騒いでいれば、環は意味深な笑顔を浮かべる。

 

「…気になる?」

 

「何っ!?」

 

環は敏也に指を指し、宣言する。

 

「アンタが射殺した刑事二人の代わりに、私がアンタの殺人の証拠を見つけてやる!!!」

 

「っ!!」

 

環は宣言し終わると歩き出し、出る直前で再度意味深な笑顔を浮かべてから会場を後にする。その後をコナンも追い、その背中に声をかける。

 

「囮になるつもり?」

 

環がその声に後ろを向けば、そこにいたのは小さな子供。

 

「お姉さん、仁野保さんの妹の、環さんだよね?」

 

「ぇ…」

 

「一年前、お兄さんの口論していた相手が小田切敏也さんで、父親が警視長の為、事情聴取もされなかったことを突き止めたんでしょ」

 

「…坊や、誰?」

 

環のその当たり前に出る疑問に、コナンは振り返って答える。

 

「ーー江戸川コナン、探偵さ」

 

「探、貞?」

 

「もし、環さんがお兄さんの事を本当は好きだったとしたら、お兄さんを自殺として処理した警察3人を、恨んだかもしれないね…?」

 

そのコナンの言葉に眉がピクピクと動く。そしてあからさまに不機嫌な声で大っ嫌いだと宣言し、事件を調べる理由はただ真実が知りたい為だと言う。それにコナンは提案する。

 

「それなら、一か八か、敵の本拠地に乗り込んでみようよ」

 

 

 

 

 

小田切家に到着し、家政婦の案内で小田切がいる庭まで来れば、彼は刀を持って畳表の前に立っていた。それでコナンは理解する。

 

(居合の試し斬りだ…)

 

小田切は腰に佩た刀を抜き、振りかぶると、右に袈裟斬りすれば、見事に斬り裂かれ、次いで左袈裟斬り、そのまま逆袈裟斬り。それは素人のコナンから見ても凄いの一言が思い浮かぶ程の腕前だった。

 

小田切は刀を静かに納刀すると、環に目を向け名を告げて、彼女に渡す物があると告げると、洋風の客間にそのまま案内し、お互いに腰を据えると、小田切がその物を差し出した。

 

「一ヶ月前、息子の敏也の部屋で見つけました」

 

環がそれを確認する。それは、保のイニシャルが入ったライターだった。

 

「…兄のですか?」

 

「そうです。その名前は一年前、心臓発作で急死した智成警部が担当した最後の事件という事で、覚えていました。敏也を問い詰めると、仁野保さんが薬を横流ししているのを知って、金と共に脅し取った、と白状したんです」

 

しかしその事どころか、敏也のことさえ、当時の事件資料には書かれておらず、小田切は奈良沢にもう一度事件を調べなおすように命じたと言えば、環が驚きを示す。

 

「えっ!?再捜査を命じたのは、小田切さん自身だったんですか!?」

 

「奈良沢刑事が射殺された今は、目暮警部が引き継いでいます」

 

「もし再捜査が奈良沢刑事自身の意思だったとしたら、息子さんに捜査の手が及ぶのを防ごうとしたのかもしれないね」

 

コナンが気障な笑顔を浮かべて口にすれば、小田切はコナンに目を向ける。それにコナンは笑顔を浮かべたまま真っ直ぐにぶつければ、小田切はフッと笑った。

 

「確かに私にも、三人を殺害しようとする動機があるわけか…」

 

「ねえ、真実を明らかにするつもりがあるなら、捜査資料を見せてよ」

 

コナンがそう言った瞬間、小田切の顔が厳しくなる。

 

「それは出来ん!!」

 

「ぇ…」

 

「真実を明らかにするのは、我々警察の仕事だ!」

 

その言葉を聞き、コナンの顔も険しくなった。

 

 

 

 

 

米花薬師野病院の談話室では、蘭が園子と夕陽を浴びながら会話をしていた。

 

「でも本当に怪我がなくて良かった!」

 

「ありがとう。先生ももう退院して良いって」

 

それを警護している千葉と瑠璃が聞いている中で、蘭がふと疑問に思った事を園子に問う。

 

「ねえ、園子さん」

 

「やーだぁ!園子で良いって!」

 

「コナンくんって、どういう子なの?」

 

「え?」

 

「私のこと、命懸けで助けてくれたりして…」

 

そこで園子は少し考え、自身の印象を話す。

 

「そうねぇ、子供の割には機転が効くというか、勘がいいというか…不思議な子。まっ!私に言わせれば、ただの生意気なガキンチョだけどね」

 

「そう…っ!」

 

そこで蘭が何かに気付いたように徐に立ち上がり、ジッと視線を固定し見つめ続ける。それに驚いた園子も振り返れば、そこには丁度テレビでトロピカルランドに新たに野生と太古の島が加わった事が紹介されていた。そのテレビを見つめて、蘭が言う。

 

「私、あそこ知ってる…」

 

「トロピカルランド?…はっ、そうだよ!!あんた新一くんと二人で行ったんだよ!!」

 

(…そういえば明日、修斗と梨華がトロピカルランドに行くって言ってたっけ)

 

瑠璃がそう思考にふけている間に園子は小五郎に連絡し、事の詳細を話し、英理と共にやって来ると、風戸に説明すれば、風戸は蘭の記憶はかなり戻りかけていると言う。

 

「先生、実際にトロピカルランドに行けば、記憶が戻るんじゃないですか?」

 

「うーん、確かにその可能性はあります」

 

「私、明日行ってみます」

 

「待って、私は反対。また犯人に命が狙われるかもしれないし、事件のことを思い出せば、貴方苦しむ事になるのよ?」

 

それに蘭は弱った笑みを浮かべて、本心を晒す。

 

「正直言って、私も事件のことを思い出すのは怖いんです。…でも、このままじゃいけないと思うの…私の方から一歩踏み出さないと…」

 

「蘭…」

 

それに風戸は笑顔を浮かべて勇気があると褒め、その気持ちがあれば行っても大丈夫だと太鼓判を押す。

 

「それならせめて明後日にしない?明日はどうしても抜けられない用事がーー」

 

「心配するな!俺が命を賭けても、蘭を守る!!」

 

その言葉に英理は安心したような笑みを浮かべ、反対するのをやめた。それで予定が決まった事を理解した園子が自身もついていくと宣言すれば、蘭は安心した様子を浮かべた。

 

「ありがとう…でも、コナンくんには内緒にして?」

 

その言葉に全員が疑問の声を上げれば、コナンに言えば必ず付いて来ること、そうなれば危険な目に合わせてしまうからと言えば、全員が理解を示し、コナンには内緒にすることが決められた。

 

 

 

 

 

夕陽は落ち、夜となった時間。コナンは環と共にタクシーに乗り込んでいた。環がコナンを送ってくれているのだ。そのタクシーの中で、環はコナンに笑顔を向けて得意げに、上機嫌に言う。

 

「コナンくん、捜査資料が見たいなら私、コピー持ってるわよ?」

 

「本当!?」

 

「これでもルポライターですからね!アパートにあるから、明日見せてあげる!」

 

それにコナンが嬉しそうに頷いた。

 

 

 

 

 

翌日、コナンが元気に挨拶をして外に出るのを見送り、高木が乗る車に三人が乗り込むその様子を、その後ろに止められた黄色のビートルの中から博士と灰原、そして子供達三人が見ていた。

 

「やった!蘭お姉さんが出掛けるわ!!」

 

「朝から張り込んでた甲斐がありましたね!!」

 

「…江戸川くんは、知らされてないのかしら」

 

「偶にはいいさ、あいついつも抜け駆けしてっから」

 

「でも、咲ちゃんは…」

 

「咲は用事があるって言ってたから…仕方ないわ」

 

そこで博士が再度、危ない事はしないようにと注意し、二台の車は同時に出発。その僅差で隠れて見ていた真がタクシーを呼び止め乗り込み、前の車を追うように指示。こうして三台の車がトロピカルランドへと向かっていった。

 

 

 

 

 

都内のとあるカフェにて、コナンは環から約束の捜査資料のコピーを見せてもらっていた。

 

「どう?何かわかった、探偵さん?」

 

環が少しからかう様子でコナンに問い掛ければ、コナンは冷静に疑問を落とす。

 

「この芝刑事が握ってる手帳…」

 

「手帳がどうかしたの?」

 

「胸ポケットから出したんだとしたら、手帳の向きは文字が上になるんじゃなくて、下になるんじゃない?」

 

その指摘を受けて環が試しにしてみれば、指摘通りに文字は上下反対になる。それでコナンは、手帳を抜いたのは芝ではなく、犯人の可能性を指摘。それに環が本当に驚いた様子を浮かべ、右手で箱を取り出して煙草を加えると、左手でライターの火を付ける。それにコナンは疑問に思う。

 

「あれ、環さんって右利きじゃなかったの?」

 

その時に浮かんだのは、昨日のライブ会場。指を敏也に指した際に出した腕は右だった。しかしライターの火を付けたのは左。それに環は元は左だったのを右に直したのだと戸惑いながら答える。

 

「だから考え事しながら吸うときや咄嗟の時につい左手を使っちゃうの」

 

(咄嗟の時…そういえば、確かあの時……待てよ、じゃあアレは…!!)

 

そこで思い浮かんだのは奈良沢の事件時の時のあのーー右手で左胸を抑えたーー行動。

 

(まさかっ!?『アレ』はそういう意味だったんじゃっ!!)

 

そこでコナンは確認のために聞く。

 

「ねえ!!お兄さんが勤めてたの、東都大学付属病院だったよね?」

 

「そうだけど…ごめんコナンくん、私ちょっと行くとかあるんだ…」

 

そこで環はカフェを去る準備を始める。捜査資料を鞄に戻し、代金を払う。そうしてタクシーを一台捕まえるとそれに乗り込み、コナンに別れを告げると、トロピカルランドに向けて去っていった。

 

 

 

 

 

丁度その頃、トロピカルランドに到着した蘭たち。蘭はその場所を見て既視感を覚える。

 

「私、ここ覚えてる…」

 

「確か、新一と二人で来た時、ジェットコースター殺人事件を解決したんだったな…」

 

「じゃあ私達も乗ってみようよ!もっと何かを思い出すかもしれない!!」

 

そこでその現場であるミステリージェットコースターに向けて、怪奇と幻想の島へと移動する。そしてジェットコースターの一列目に蘭は園子と共に乗り込んだ。

 

 

 

ー分かるか?コナン・ドイルはきっとこう言いたかったんだ…ー

 

 

 

そこでそんな声が聞こえ、隣に思わず顔を向ければ、其処にはあの写真で見た少年がいた。しかしそれは一瞬で消え去り、園子が戸惑った様子で蘭を見つめてきた。蘭は何でもないと言い、そこでジェットコースターは走り始める。

 

その様子を子供達は外で見ていた。

 

「あっ!蘭お姉さん達だ!」

 

「ちぇ、俺も乗りてーなー」

 

「何を言ってるんですか!!この間に僕達は怪しい奴がいないか見回りしないと!」

 

「行きましょう!!」

 

そこで子供達は三手に別れて走り出す。その様子を見送り、フッと博士は思い出す。

 

「はて、確か毛利くんは高い所が苦手だったが…」

 

その博士の言葉は的中。小五郎は顔を青ざめさせるがもう遅い。ジェットコースターは無情にも高い所から猛スピードで滑り落ち、登り、曲がりを繰り返す。そして降り立った頃には小五郎は心臓を抑えて死の淵から帰ってきたような様子を見せた。その様子に蘭が思わず心配で声をかけるが荒い息を吐き出すだけで返ってこない。園子はそれを見てコーラを買ってくると告げて、すぐ近くの、丁度リスの着ぐるみが風船を配っている横を通り、自販機でコーラを買う。そして戻れば、蘭は城に目を向けて気付かない。そこで園子は買ったばかりの缶コーラを頬に付けた。

 

 

 

ーほらっ!喉渇いたろー

 

 

 

蘭が慌てて顔を向ければ、そこには少年が缶コーラをこちらに渡してくれていた。それにまた目を見開けば、その幻影はまた消え去り、園子がコーラを渡してくれていた。それに蘭は礼を言って受け取り、コーラを静かに見つめる。

 

(…あなたが『工藤新一』?…でも、貴方が誰なのか、まだ思い出せない…)

 

蘭はコーラを飲まず、そのまま鞄のポケットに入れた。

 

高木がそこで小五郎にトイレに立つ事を伝え、去っていく。それを見たリスが、一人の男の子に風船を渡した後、それを全て離してしまった。そのままゆっくり蘭達に近付きーーー。

 

「そこの着ぐるみさん?」

 

あと一歩で蘭の横に立ちそうなところで声が掛かり、足を止めたリスがゆっくりと振り向けば、其処にはーーー額を抑えた修斗と、とても綺麗な笑顔を浮かべる梨華がいた。

 

「その女の子に何か御用なの?仕事を放ったらかしにして」

 

 

 

「ーーー蘭さん!!危ない!!!」

 

そこでリスは慌てて梨華達がいない方へと走り出す。しかし着ぐるみの所為でそんなに速く走れていない。けれど子供達は容赦しない。

 

まず光彦がブーメランを投げるが、それは着ぐるみの真横を通ってしまう。それに光彦が驚いた時、ブーメランは他のお客さんの手元に当たってしまい、お客さんは鞄を落としてしまった。それにリスが引っかかり、大きく転倒。そこで起き上がろうとした所を元太が唐辛子入りの水鉄砲を撃つ。それは運良く口に入り、リスは口を押さえて咳き込み悶える。そこに抜き足差し足で歩美が両足にオモチャの手錠を付ける。動かなくなったところで小五郎がその頭を取れば、そこから現れたのはーーー指名手配された、友成の息子・真がいた。

 

そこで高木が戻ってきた。それと共にポケットに入れていた物を取り出してみれば、それはナイフのケースだった。勿論、中身は入ったまま。

 

「お、俺はっ…!」

 

「友成真!!殺人未遂の現行犯で、逮捕する!!」

 

子供達は犯人を捕まえたことに喜び、高木は小五郎と共に本庁へ向かうことになった。その前に小五郎は蘭に向かう。

 

「もう狙われる心配はないし、俺がいねー方が、新一のことを思い出しやすいだろ?」

 

「お、おとぅ……」

 

蘭が頑張って『お父さん』と言おうとしたがその一言が出ず、小五郎はそれに気を悪くする事なくすべて思い出した時にそう言って欲しいと伝えて、背を向けた。その際、少年探偵団三人に大手柄だと褒めて去っていった。子供達はその喜びのまま博士に夜までいていいかを聞き、許可が出たため、パレードまで見る運びとなった。

 

(…これで、本当に終わったのかしら)

 

その哀の心配をその胸に残しながらーーー。



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第26話〜瞳の中の暗殺者・6〜

本日!ようやく!!

瞳の中の暗殺者、最終話!!!

疲れた状態で最後まで書ききってしまったので、もしかしたら文章おかしくね?なところもあるかもですが、そこは優しく教えていただけたらな…とおもいます。

それでは、どうぞ!


トロピカルランドでは、指名手配されていた真が捕まった直後、園子が驚いた様子で黒のジャケットとアンクルパンツ、白のシャツを着て片手で黒のリュックを持つ修斗を見ていた。

 

「修斗さん!?どうしてここに!?」

 

「妹の梨華に頼まれて…今、噴水の仕掛けを見てきた所です。皆さんは?」

 

「私たちは蘭がここに来たいと言って…そうだ蘭!事件が解決したから『悪魔の実験室』に行かない?」

 

園子のその誘いに蘭は頷く。そして修斗達も行かないかと誘えば、何故か笑いを堪えている、白の半袖ブラウスとオレンジのフレアスカートを着て薄ピンクの小さなショルダーバックを肩に掛けた梨華が了承し、早速と決めたが…。

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

「〜!?」

 

その修斗の一言に園子達は足を止め、聞き慣れない言葉遣いに思わず梨華が更に吹き出した。それをジト目で見た後、修斗が笑顔で連れがまだいることを伝えた。

 

「修斗さんのですか?」

 

「ええ。実は後二人いまして…そろそろジェットコースターから戻ってくると思うんですが…」

 

「〜〜!!」

 

「そうなんですか!!でしたら待ちましょう!!…で、あの梨華さん…ですよね?大丈夫ですか??なんか、肩震わせて笑われてますけど…」

 

「ああ、気にしないでください。俺たちの問題なんです」

 

その修斗の言葉遣いが続き、そろそろ声を抑えるのが限界になりかけた時、二人の人影が走ってやって来た。その二人を視認した梨華が口角の上がったままの状態で手を振る。

 

「雪菜、咲!こっちよ!」

 

「「「えっ、咲/ちゃん/さん!!?」」」

 

梨華が呼び掛けたその名前に少年探偵団が反応する。哀も少し目を見開いて見やれば、いつも通りの黒のカーディガンと白に近い水色のワンピースを着た咲もまた目を見開いて子供達を見ていた。

 

「お、お前達、なんで…朝の用事はここに来る事だったのか?」

 

「あれは…」

 

「そーなんですよ!!奇遇ですねー!!」

 

元太が説明しようとしたところを光彦が遮り、歩美も笑顔でこくこくと頷く。それに納得はしないものの、とりあえず追求をやめる事にした咲は、黄色のノースリーブと青色の短パンジーンズに水色のキャスケットを被っている雪菜を見上げる。

 

「で、他に行きたいところあるんだろう?雪菜」

 

「うん!!ねえお兄ちゃん!!次、次に行こうよ!!」

 

雪菜がそこで咲の手を離し、修斗の手を掴んで引っ張るが、修斗はそれに困った笑顔を浮かべて、園子達と一緒に回る事になったと伝えれば、雪菜は園子達にそこでようやく気づいたらしく、目を見開くとパッと嬉しそうな笑顔を浮かべて近くと、園子と蘭の手を掴み、引っ張る。

 

「園子さん達も一緒に行くの?なら早く行こう行こう!!」

 

「あっ!」

 

「ちょっ、ちょっと!?引っ張らないで下さい!!転けちゃうからーー!!!」

 

「あっ、狡いですよー!僕らも行きましょう!!」

 

「まってーー!歩美達も行くーー!!」

 

三人に続いて今度は少年探偵団の三人が。続いてその後をゆっくりついていく咲と哀、博士。その後ろ姿を苦笑してみていた修斗と梨華を最後にし、一行はアトラクションへと向かっていった。

 

 

 

 

 

時間は過ぎ去り、夜。コナンはとある事を確認するために、東都大学付属病院へとやって来て、現在、その事を看護婦の二人に聞いていた。

 

「えっ!?坊や、あの有名な名探偵、毛利小五郎さんの助手なの!??」

 

「うんっ!」

 

「ねえ!坊やに協力したら、毛利さんのサイン貰えるかしら!?」

 

看護婦の一人が頼めば、もう一人も欲しいという。それにコナンは快く承諾したが、内心では小五郎のサインで良ければいくらでもと苦笑気味。しかし看護婦は気付かないまま話しだす。

 

「仁野先生でしょ?こう言っちゃなんだけど、やな先生だったわ」

 

「ホント。お金に汚くて腕は全然!手術ミスで何度も問題になったよねー!」

 

「ほら覚えてる?心臓病で運び込まれた患者さん。あの手術で一緒に執刀した先生の腕を切っちゃって!」

 

「そうそう!それが原因であの患者さん、助からなかったのよね!」

 

その話にコナンは驚愕し、詳しく話して欲しいと頼めば、口が軽いらしい看護婦2人はそのまま話してくれた。その姿を、病院内にいた小田切に見られている事に気付かないまま時は過ぎ、コナンは早速この話を小五郎にしようと病院内に入り、公衆電話を使って探偵事務所に電話を掛けた。しかしコール音が続いた後に出たのは留守電だった。次に連絡したのは英理の事務所。そこで秘書の女性が電話に出てくれ、コナンが英理はいるかと問えば、公判をさっき終えたその足でトロピカルランドに向かっていると伝えてくれた。

 

「トロピカルランド?」

 

「なんでも蘭さんが行ってるらしくて…」

 

その一言を聞き、コナンはまずい状況である事を直ぐに理解し、すぐ様スケボーに乗り、トロピカルランドへと向かった。

 

 

 

夜遅い中、様々なアトラクションを回る一行。その間、ずっと監視をされている事に気付くものはいない。しかし、何処からされているのかは気付かなくとも、監視されているだろう事を予測している者が1人だけ。修斗だ。

 

(さて、早く来てくれよ…平成のシャーロック…)

 

「ちょっと、修斗」

 

修斗が上の空で楽しんでいる事に気づいたらしい梨華が服を引っ張った。今はウォータースライダーで遊んでいる所だった。それに修斗は気付き、梨華に安心させるように笑みを浮かべて頭を軽く撫でる。それに梨華は少し赤面しながらも、心配そうに見据えていた。

 

 

 

 

 

警視庁の取調室では、捕まった真が口に浴びた唐辛子の所為で喋れない事を理解した刑事達によって水を飲ませてもらっていた。それを飲み干したタイミングで、目暮が問い掛ける。

 

「どうだね、喋れるようになったかね」

 

「…男の声で、電話があったんです」

 

真の話を纏めれば、父親が死んだ真相を教えると電話があり、それで米花町の交差点に行ってみれば男は現れず、代わりとばかりにすぐ近くで奈良沢刑事が撃たれ、家へ戻れば再び男の声で、今度はみどり台のメゾンパークマンションへ来い伝えられた。しかしやはり男は現れず、そのマンションの地下駐車場で、射殺された芝刑事が発見された。

 

「あんたはそこでおかしいと気付いたのか?」

 

「はい…犯人に嵌められたことを…その夜はビジネスホテルに泊まりました。次の日、家の留守電に掛けてみると、佐藤刑事と名乗る女の声で米花サンプラザホテルへ来るよう指示が入っていたんです」

 

「佐藤刑事から?」

 

瑠璃が訝しげに見ながら問えば、真は深く頷いた。その電話で、佐藤から来なければ殺人容疑で逮捕すると言われ、行ってみれば警察ばかりの会場で、逃げるように立ち去ったらしい。

 

「しかしそこでは佐藤刑事が撃たれてしまった…と」

 

「どうしてすぐ警察に…」

 

「目暮警部。それは無理な相談だと思うぜ?」

 

目暮が問おうとした瞬間、伊達が割り込んだ。何故だと目暮が視線で問えば、伊達も真剣な目で考えをいう。

 

「考えてみて下さいよ。この男は刑事の父親が死に、その理由の一端には俺達刑事の甘い考えがあった。幸い、佐藤が心配で見に行ったから発見は早まったが、それでも死んじまった。そりゃ、信用も信頼も失うさ」

 

その伊達の言葉に真は否定せず目暮を睨み付け、目暮も何も言い返せない。それを気にせず、真は小五郎に助けてもらおうとしたと言う。それで周辺をうろついていたと言う。それに驚くのは全員だった。

 

「ちょっと待て!?ってなると、あんたはあの嬢ちゃんに近付いた訳じゃないのか!?」

 

「はい、毛利さんに声をかけようと…そう言えば、あの女性にも勘違いされてましたが…」

 

「ちょっと待てー!ナイフ持ってただろ!!」

 

「護身用です…犯人に、命を狙われるかもしれないし…」

 

そこでその場の全員が気付く。事件はまだ、終わっていないのだと…。

 

 

 

 

 

コナンがトロピカルに到着し、すぐに周りを見てみれば、マンモスを乗せた車や仮面ヤイバーが戦っている車。ペンギンの人形のようなモノが踊り…そう、パレードの真っ最中。お客さんが其処彼処で集まっており、たった1人の人物を見つける事など不可能な状態となっていた。そこでコナンは上から探そうと、『氷と霧のラビリンス』という建物に入っていく。そこでアナウンス係らしきおじさんに展望台が空いてるかどうかを聞けば、みんなパレードを見ているから問題ないと言われ、コナンはお礼を言ってすぐに向かっていく。そして望遠鏡を使って探すが見つからない。代わりに見つかったのは少年探偵団三人だった。それを見て近くにいるはずと考えた直後、次に見つけたのはFN M1910を持った犯人の姿。その視線の先を辿ってみれば…。

 

(蘭っ!!!)

 

そこでコナンは直ぐに探偵団バッチで歩美達に連絡を取った。それに気付いた歩美がバッチを取り出し、自慢するような声音で話し始めた。

 

「コナン〜、今どこにいると思う?」

 

「驚いちゃいけませんよ〜?トロピカルランド…」

 

「おい、オメェ等落ち着いてよく聞け?今犯人が拳銃で蘭を狙ってる」

 

「「「えーッ!?」」」

 

そこで三人は驚きからバッチを取り落としてしまった。その為、コナンの指示は聞けずに終わった。

 

その蘭はと言えば、後ろの方…人が前にしかいない場所でパレードを見ていた。修斗も共に。そこに子供達が現れ叫ぶ。

 

「蘭お姉さん逃げて!!!」

 

「拳銃で狙われてるぞ!!!」

 

その瞬間、博士が気付いたらしくて、運良く蘭を押し退け、蘭に被害はなかった。しかし博士は肩を負傷。それに修斗は舌打ちし、リュックをその場に落とすと蘭の元へ行き、その腕を取った。

 

「こっちだ!!」

 

「えっ!?」

 

「修斗!?」

 

駆け出す2人に思わず走り出した梨華。その様子を見てしまったコナンは直ぐに合流するため、隣にある氷の上を滑るコースターへと乗り…込まずにそのコースの上をスケボーで滑り出した。蘭達がいたのは夢とおとぎの島。その場所が見えた為、コースの欄干に乗り、スピードを出して飛び出した。

 

それは運が良かったのか、将又計算通りなのか、今度は隣の普通のジェットコースターのコースに乗り、走り出す。そして直ぐに下りると蘭の元へと走り出した。

 

 

 

 

 

修斗に引っ張られながら走る蘭。その間も声はかけ続けた。

 

「は、離してください!!」

 

「……」

 

「このままだと、貴方も!!」

 

「っ俺がそんな優しいわけねえだろ!!!」

 

「ッ!」

 

修斗はそこで足を止めた。丁度そこは柱が立て続けに並ぶ建物の通路。後ろからは撃たれず、撃つ場所といえば横か前だ。

 

「…じゃあ、なんでですか?」

 

「……それは」

 

そこで蘭のもう一方の腕が取られた。驚いて振り向けば、コナン。

 

「こ、コナンくん!?」

 

「修斗!!」

 

「梨華、お前まで…」

 

「もう大丈夫だよ、蘭姉ちゃん。2人とも、人混みに紛れて外に出よう」

 

その瞬間、かすかな発砲音。その音はパレードの音が響くその場所では気付かれないが、しかし気付く結果となってしまった。

 

ーーー修斗の右肩を撃たれ、座りこんでしまったために。

 

「ッ!!」

 

「ッ!!修斗兄ちゃん!!」

 

「そんなっ!?」

 

コナンと蘭が叫び、梨華は咄嗟の判断で修斗の姿が見えないよう、撃たれたらしき右方面に盾として立った。

 

「っ馬鹿!撃たれるかもしれないだろ!?」

 

「撃たれた奴が何言ってんのよ!!?」

 

修斗が右肩を押さえて立ち上がりながら梨華と話していれば、その様子に気付いたらしい風船を持った少女とその母親がやってきた。

 

「どうしました?…え、肩から、血がッ」

 

「お兄ちゃん、大丈夫??」

 

そこで修斗は考えが纏まり、叫ぶ。

 

「俺は大丈夫だから、行けっ!!!」

 

「ッ無事でいろよ!!」

 

コナンはその言葉で直ぐに蘭の腕を取って走り出す。修斗はその間、何故か撃たれなかった。しかしそれは修斗の読み通り。

 

(やっぱり、確信してる方に行ったか…あの時、俺の説明はあの人の耳に入っていなかった。けど、少なくとも俺が警戒しているのに気付き、調べただろう…あの事件から休日の時には話を聞きに行っていた雪男からも、俺の事を聞けばあいつは普通に話す。なんだったら兄貴が名前だして気になったあの人が説明を促したかもしれない…どちらにしろ、俺が気付いているという可能性に辿り着く。でも俺が何も言わないから確信じゃない。…疑いの芽も潰しにかかるだろうとは思ったが…)

 

そこで修斗は負傷していない肩に重みを感じたと共に、濡れた感触を感じた。誰が泣いてるかなど一目瞭然だ。

 

「…梨華、お前…」

 

「黙って……大丈夫…ちゃんと止血、するから…」

 

「…すまん」

 

修斗は梨華に謝った後、頑張ってハンカチで傷口を抑えてくれている女の子に礼を言いながら、救急車を呼んでくれている女性を見据えて礼を言う。その間に梨華が持っていたらしい小型のハサミでスカートを少し裂き、首に近い所で肩を縛った。その後、親子の好意に甘え、スタッフの所まで一緒に来てもらい説明。そして治療室でキチンとした応急処置を受ける事となった。

 

 

 

 

 

『夢とおとぎの島』から『野生と太古の島』へと移動してきた2人は、アトラクションの一つであるボート施設へと向かい、コナンが叫ぶ。

 

「助けてー!変な人がー!!」

 

その声に直ぐに反応した縄を片付けていたらしい男性スタッフが顔を上げた。

 

「ボートに飛び乗れっ!」

 

「えっ!?」

 

コナンのその指示に蘭は驚くものの、結局そのまま飛び乗り、スタッフの止める声も聞かずに発進。運転しているのは蘭ではなく、コナン。その運転捌きは素人目から見てもプロ並みだ。

 

「コナンくん、一体どこで操縦を…」

 

「ハワイで親父に教わったんだ」

 

「えっ!?」

 

蘭の驚きなど一旦無視し、左右に分かれた水路を左へと向かう。少しして蘭が後ろを振り向いた。

 

「ねえ、もう大丈夫なんじゃない?」

 

「いや…」

 

コナンがそこで右のコースを見た。その両方のコースが合流する水路。そこで、右のコースから追っていたらしい犯人のボートと出くわした。暗闇の中であるため姿は分からない。しかしボートが寄ってきた。少し前を先行しているコナンは直ぐに右へと旋回すれば、片手で撃とうとしている犯人はスピードを上げて横へと並ぶ。その間に距離はあるものの、左目に着けている暗視照準器のようなもので狙いを定め、発砲。

 

1発、2発、3発、4発とボートに当たるだけで終わり、5発目でようやく当たったが、それは鞄のポケット。それもコーラが入っていたようで、泡が噴き出した。

 

「コーラがっ!」

 

それにコナンは目を細めて思案するもそのままボートレースは続行。岩のトンネルを潜り、コナンは時間を確認する。

 

(21時20前…)

 

すぐに時計を戻し、運転に集中し始めれば、リロードしたらしい犯人が後ろから3発。1発だけボートに当たったが問題視されずレース続行。運転し続けた先で、蘭が恐怖の表情を浮かべせた。何故ならその先には…。

 

「コナンくん!!滝ー!!!」

 

「掴まれ!!!」

 

コナンのその声でギリギリボート自体を掴んだ蘭は、叫び声をあげた。滝から落ちたのだから仕方ない。コナンはそれを気にせずに進み、停泊場へと辿り着く。そこで2人はボートから降りるが、後ろからのボートの音に気付いたコナンが急ぐことを決め、2人はまた走り出した。目指すはその先にある岩山のアトラクション。その長い長い階段を駆け上がるようにして逃げるが、ついに緊張感なども合わさったのか、息を切らして足を止めてしまった蘭。頂上までは後少しのところだ。

 

「もう少しだから、頑張って!!!」

 

「う、うん…」

 

息を少し整えた蘭が背中を岩壁から離した瞬間、微かな発砲音と共に凭れていた岩壁に弾丸が当たる。それで直ぐそこまで犯人が来ていることに気付いたコナンが怯える蘭に声を掛ける。

 

「取り敢えず、登り切って岩陰に隠れるんだ!!急いで!!!」

 

2人は言葉通り急いて駆け上がり、岩陰に隠れた。そこに更に駆け上がる音が聞こえてきた。間違いなく犯人だ。暫くすると、足音が止まった。それでコナンは犯人もまた岩陰に隠れていることを察し、敢えて姿を現した。ーーー犯人の目を、集中させる為に。

 

「こ、コナンくん…!?」

 

「…ここ、夜はクローズで誰もいないんだ。姿を見せても大丈夫だよ」

 

その言葉に、犯人はすぐには信用せず、姿を現さない。それにコナンが煽り続ける。

 

「随分用心深いんだな。…それもそうか。きっと気付いていた修斗さんを撃ったんだもんな?疑惑の芽を摘むために。…でももう隠れたって無駄さ。奈良沢刑事のメッセージの、本当の意味が分かったからね。彼が死に際に左胸を掴んだのは、警察手帳を示していたんじゃない。心を指したんだ!…心療科の文字の一つの、心をね。そうだろ?ーー風戸京介先生」

 

その名前に蘭は信じられないと言った目でコナンを見据え、岩陰に隠れていた人物ーー風戸は姿を現した。どこぞの戦場にでも行くかの様な、そんな装備と服装で。

 

風戸はコナンを鋭い目で見据えながら問いかける。なぜ気付いたのか、と。それにコナンは答える。まずおかしいと感じたのは、電話のことを思い出した時だ、と。右利きの人間は左手でボタンを押さない。左手で押したということは、つまり彼本来の利き手は左だということ。

 

「なるほど、そいつは迂闊だった」

 

「7年前、アンタは東都大学付属病院で、若手No.1の外科医として活躍していた。ところがある時、アンタと仁野さんの共同で執刀した手術で、仁野さんは誤ってあんたの左手首をメスで切ってしまった。その事故によって、黄金の左腕と言われたアンタの腕は落ちてしまう」

 

プライドの高い風戸は、そこでメスを置き、外科医をやめ、心療科の医師へと転向。以後、プライドのためか、将又別の理由か、彼は左腕を封じ、右を利き腕というように見せかけ、過ごしてきた。コナンはそう説明し、風戸も肯定。電話のボタンの事だけで気付かれるとは思わなかったとも言った。

 

「心療科医師として米花薬師野病院に移ったアンタに、1年前、仁野さんとの間に何かがあった」

 

「再会したんだ、偶然にな。誘われるまま奴のマンションで飲んだ。酔った私は6年間ずっと心の隅で感じていた疑問を奴にぶつけた。『あの事故はワザとだったんじゃないか』と。そしたら奴は笑って言った。『お人好しなんだよ』と。その一言で気づいた。やはりあの事故はワザとだったと」

 

そこで彼に殺意が芽生え、ちょうど手術ミスで訴えられていた事を知っていた彼は、それが自殺の動機となる事を利用し、殺害。

 

「案の定、操作は自殺という事で終結したよ」

 

「だがアンタは、その事件が再捜査される事を知ったはずだ」

 

「米花署に異動になった奈良沢刑事からね」

 

曰く、友成警部が亡くなったことで精神的ショックを受け、風戸のカウンセリングを受けに来たらしい。その治療を通じて真が警察を恨んでいる事を知り彼を利用する事を決めた。そう、再捜査されて仕舞えば、彼は捕まってしまう可能性がある。その前にその刑事三人を殺害。真には罪を全て着せるために現場へと呼び出した。1、2回目の時は自身の声で、3回目の時は女性患者を診察した際、録音しそれを編集し、佐藤刑事の名前を語って呼び出した。それら全てを風戸は肯定した。そこでコナンは蘭にだけ見えるように手を動かし、下を指差す。その間、話を続けて風戸の注意を引くことにした。

 

「奈良沢刑事が、胸の手帳を掴んで亡くなっていた事は、白鳥警部から聞いたんだな?」

 

「私は彼の主治医だからね」

 

「それでアンタは刑事の息子である友成真さんを連想させる為、倒れている芝刑事の手に、わざわざ警察手帳を持たせた」

 

「見事だよコナンくん。…だが私が犯人という証拠はないよ?」

 

ここまで暴露し、話していた風戸。しかし確かに今までの話をコナンが言ったところで、証拠がない。風戸が捕まることはないだろう。そして何よりその自信の出所は、佐藤刑事の時に消炎反応が出なかった事。それを言えば、コナンはニヤリと笑う。

 

「そのトリック、聴きたいなら説明してあげるよ?」

 

「何っ!?」

 

「アンタが警察に捕まった後でな」

 

そこで風戸はようやく気付いた。ーー蘭がコナンの後ろに姿を現したことを。しかし気付くのが遅かった。何故なら何処かへと飛び降り、コナンもまた、そこへと飛び降り姿を消してしまったのだから。

 

直ぐに風戸がその場所へと走って行けば、そこにあったのはま穴。滑り台の入口だった。風戸はそれに舌打ちし、移動した。

 

 

 

 

 

滑り台から降りて、蘭は直ぐそこの出口から出ようとした。しかしコナンがそれを止め、立入禁止看板へと向かう。曰く、既にそこには風戸が待ち伏せているからだと。蘭はその言葉を素直に聞き、立入禁止の向こうへと走っていく。そしてまた左右の道を左へと曲がり、その先の出口から出てみれば、火山の噴火する『冒険と開拓の島』の本島へとやって来ていた。

 

「…ここは」

 

「『冒険と開拓の島』の本島だよ。あの小島から海の下を潜って来たんだ」

 

「そうなの…」

 

「行こう!」

 

そこで2人は走り出すが、マグマの色に似せた水路の近くにある岩。丁度そこを通ろうとした所で撃たれ、被害はなかったもののその岩陰へと直ぐに身を隠した。

 

ーーそこ以外に身を隠せる場所がない、絶体絶命の状況である。

 

「まだ話の途中だったな!」

 

「くそっ…!ボートで追ってきたのか!!」

 

「困るんだよ。君にあのトリックを解かれちゃ。私も佐藤刑事を撃った容疑者の1人になってしまうからね」

 

「蘭の目撃証言があっても、トボけられるってか?…だけど生憎と、それを解いたのは俺じゃない…修斗さんだ」

 

「ほー?じゃあ彼の推理が合っているかどうか、聞こうか?彼がこの場にいない以上、聞けるのは君からだからね」

 

「いいとも」

 

そうして話しだす。停電にした後、手術用の手袋をはめ、傘立てに予め用意しておいた傘を持って女子トイレへ。傘の先端には前以て穴を開けておき、そこから拳銃を突き出し、発砲。そうすれば傘が火薬の粉と煙から風戸は守られる、と。そう説明すれば、悪どい笑みをさらに深めて肯定した。

 

「正解だよコナンくん…いや、この場合は修斗君の推理通りと言うところかな?しかしこれで君達には死んでもらうしかないようだ」

 

そこでコナンは顔をしかめて考えを巡らせ、蘭はそんな彼を心配そうに見つめる。そんな2人に拳銃の弾倉を出しながら近く風戸。

 

「安心したまえ。君達に死んでもらった後には彼にも後を追ってもらうさ。彼は元々、私を強く警戒していたからね。遅かれ早かれ殺すつもりはあったが、やはりあの時、彼を撃っていて正解だったようだ」

 

コナンは風戸を見ながらも蘭を守るために、その短い腕を必死に伸ばして右肩を掴み、自身に抱き寄せる。その間も、風戸はゆっくりと、まるでホラーゲームのように恐怖を与えながら、一歩一歩、歩み寄る。その際にリロードするのも忘れない。

 

そんな時、コナンは溶岩の水路から流れてくる、5人乗りの丸いボートを見つけた。

 

「ーーねえ、どうして?」

 

コナンがその船を見つけて思案していれば、蘭がそう問いかけてくる。

 

「どうして君は、こんなにも私の事を守ってくれるの?…ねえ、どうして?」

 

その問いにコナンは目を丸くし、気障に笑うとその腕を掴み、走りだす。

 

 

 

「ーーオメェの事が、好きだからだよ」

 

「ーーこの地球上の、誰よりも」

 

 

 

風戸がコナンの行動に気付きすぐさま発砲。しかしコナンには当たらずその先の岩盤に当たるだけ。足は止められず、コナンは蘭の腕を引いたまま溶岩色の水路へと飛び込んだ。丁度降りた場所にはボートがあったが安心出来ない。直ぐにコナンは少し安心している蘭に指示する。

 

「息を目一杯吸って!」

 

「ぇっ」

 

「早く!!」

 

蘭が息を吸ったと共に追い付いた風戸が上から発砲。しかし同時に行動していたコナンが蘭を押し倒し共に水路へと逃げたため当たらなかった。そのまま4発撃ち込むが、2発はボート下に隠れていたため当たらず、もう2発はボート自体に当たっただけ。そのまま岩のトンネルを通っていってしまい、風戸の射線上から逃れ切った。

安全だと理解すれば、2人はすぐ様潜るのをやめ、新しい空気を吸い込んだ。

 

「ありがとう」

 

蘭からの礼に少し息が荒いままのコナンが振り向けば、少し照れた様子の蘭がいた。

 

「オマセさん!」

 

コナンはそれに苦笑いしか浮かべる事ができない。コナンとしては、本心からの言葉だったからこそなのだが、子供の姿では仕方ない。

 

そのまま流れ流れ、辿り着いたのは『科学と宇宙の島』。ーーそこでコナンは目的地である噴水へと、辿り着いた。時計を確認すれば、21時まで残り46秒ほど。その時計のガラス越しに、走って追いかけてくる風戸の姿を認めたコナンは蘭の腕を引っ張り壁に姿を隠し、先程までいた場所には弾丸が撃ち込まれた。

 

「ここで終わりにしようじゃないか、コナン君。それにもう君達には、逃げ場がない」

 

それでもコナンは蘭の手を引き走れば、射撃される。それは見事、コナンの左肩を擦り、コナンは噴水広場の丁度、中央で転けてしまった。蘭の手も離してしまい、蘭は驚きと心配で足を止め、コナンを支える。

 

「コナン君!?」

 

「だ、大丈夫…腕を掠めただけだから」

 

風戸は腰に手を当てながら、何かを数えるように光が刻々と消えていく観覧車を背に、悪どい笑みを浮かべる。

 

「言ったろう?もう逃げ場はないって」

 

「…い、今ここで蘭を殺すと、友成真さんの無実が証明されてしまうんじゃないのか?」

 

「そうなんだよ〜。友成は逮捕前に消すつもりだったが、仕方がない」

 

風戸は途中で足を止めた。コナン達と風戸の距離はあと少し。距離で言えば約2m。射程圏内だ。

 

「さて、やはり此処はレディーファーストかな?」

 

そこで蘭に銃を向けた。

 

「ーー10、9、8」

 

途端にコナンが数えだす。それに風戸は訝しげな顔を浮かべ、蘭はあの新一と呼ばれた少年が、時計を見ながら数える姿が思い浮かんだ。

 

「ふん、何かのおまじないか?」

 

風戸は余裕の笑みを称えて問うが、コナンは数え続ける限り。

 

「ーー3、2、1」

 

そこで風戸の背にあった観覧車の光が全て消えた。それと同時に周りの流れている噴水から水が噴き上がる、風戸が驚いて後ろを振り向いたと同時に、その場にも水が噴き上がる。水の壁の出来上がりかと思えば、丁度風戸の手に水が当たり、一箇所だけ凹んだ形になってしまった。

 

ーーそれを見て、蘭は思い出す。

 

 

 

『ーーダメ!蘭さん!!』

 

そんな女性の声と共に拳銃が発砲。目の前の女性が撃たれた。

 

『佐藤刑事!!』

 

更に女性は二発撃たれた。

 

次に浮かんだのは懐中電灯の光で当てられた犯人ー風戸京介ーの顔。

 

 

 

ーーーそして徐々に思い出す。トロピカルランドの新一との思い出。この噴水での思い出。あの会場での事。その全てをーーー

 

 

 

風戸が思わずといった様子で噴水から腕を引き、コナンは蘭のポケットからあの撃たれたコーラの缶を取り出した。驚いた蘭は思わず振り向いた。

 

「僕から離れて!!」

 

風戸は噴水の周りを歩きだす。前方の壁は薄くて向こうが見えるのだが、二つ目の壁が厚いのか、中の様子が見えず、撃とうにもどこにいるか分からないからだ。

 

「噴水が止まれば終わりだぁ!!諦めるんだなぁ!!!」

 

コナンはその声のする位置に目を向ける。それと共に徐々に噴水の勢いは止まっていき、風戸は笑みを深めて壁が落ちるのを待った。しかしその瞬間、視界に動くものが入ってしまい、それを見てみれば上に投げられたらしい缶。

 

「子供だましか!」

 

そこで缶に向けてまず1発。そして其処から下に向けて2発目を撃ち込む。それは惜しくもコナンの足の真横に当たるだけで掠ることはなかった。しかしそのお陰でコナンは風戸の位置を理解し、キック力を一段階、シューズの仕掛けで上げる。

 

水の壁が徐々に落ちていき、風戸の悪い笑みと蘭の息を呑む声。それら全てがコナンの感覚に入る。そして視覚に次に入ったのはーーコナンが狙いを持って投げた缶。

 

「シネェ!!」

 

風戸が拳銃を構えるがもう遅い。コナンは狙い通りに缶を蹴った。それは子供のキック力では出せないーー大人が出したと言われても疑われないようなスピードで蹴り飛ばされ、風戸の顔に命中。そのままの勢いで風戸が後ろに倒れた。

 

コナンが安心したように肩の力を抜き、安堵の溜息を吐いた。そして倒れた風戸に近付き、1番の脅威である拳銃を遠くへと蹴り飛ばした。幸いにも暴発はしていない。其処で誰かが近づく音が聞こえ、右を見てみれば、笑顔を浮かべる蘭の姿が。

 

「ーーコナン君」

 

(蘭…もしかして……)

 

そこで微かな音がすぐ側から聞こえ、振り向いた瞬間、顔を殴られてしまったコナン。かけていた眼鏡は飛ばされてしまうが取りに行けれないーー風戸に床へと押し倒され、捕まってしまった為に。

 

「クソォ、貴様から片付けてやr…」

 

そこで振り下ろしたナイフが『キンッ』と金属音を鳴らし、折れてしまった。風戸が驚愕の目で見据えた先にいたのはーー蹴りを入れた姿の蘭が。

 

折れたナイフとそんな姿の蘭。頭の良い風戸は冷や汗を流した。もう答えは出たも同然だーー蘭が折ったのだ。

 

「う、ウソォ…」

 

蘭は腰を低くし、右手を後ろに引いた状態で構え、油断しない目で風戸を見据えた。

 

「何もかも思い出したわ。貴方が佐藤刑事を撃った事も、私が空手の都大会で優勝した事もね!!」

 

「空手…優勝!?」

 

そこで蘭は力を入れる為に声を出しながら風戸に近付き、右と左の連続突きを腹部に撃ち込み、左脚で風戸の顎を蹴り上げ、後ろへと倒れかけている風戸の首辺り目掛けてジャンプ蹴り。そのまま風戸は吹っ飛び、目を開けたまま昏倒。蘭は息を吐き出し力を抜く。コナンはその一部始終を見て一言。

 

「す、スゲェ…」

 

そこで漸く駆けつけたパトカー数台が噴水広場へとやってくる。刑事たちと共に来た小五郎と英理、少年探偵団達が心配そうな顔で降りると、一直線に蘭の元へと駆け寄った。

 

「「蘭!!」」

 

小五郎、英理、園子が蘭の周りにやってくれば、蘭は思い出した事を示すように、小五郎と英理を『いつもの呼び方』で呼ぶ。それで理解した2人は嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

「じ、じゃあ、私は…??」

 

「もちろん!!鈴木園子。私の…一生の友達よ!!」

 

その言葉に園子は今まで堪えていた涙を流し、蘭を抱き締め、蘭もまた抱き締め返す。

 

吹っ飛ばされた風戸の元には、彰、瑠璃、高木が近付いた。瑠璃が怒った様子で風戸を起き上がらせ、腕を後ろに回し、手錠を嵌める。

 

「修斗を…私達の兄妹を撃ったアンタを、正直タコ殴りにしたい思いはあるけど、私は刑事だから…アンタを法で裁いてもらう」

 

「喜べ。尋問は俺と松田がしてやる……月夜ばかりと思うなよ」

 

「おい、それどう考えても俺はやり過ぎないように呼ばれるストッパー扱いだろお前」

 

三人の元に近づく松田がそう声をかければ、瑠璃は鼻を鳴らして怒りを隠そうともせず、逆に彰は怒りを抑える為に敢えて息をゆっくりと吐き出した。

 

小五郎が風戸を見据えながら、小田切本人が自ら再捜査し、小五郎達に伝えた結果が今だと伝えられた。それにコナンは笑みを浮かべたが、それに少年探偵団三人が不満そうな顔をする。

 

「狡いぞーコナン!勝手に捕まえやがって!」

 

「何を言っとるんじゃ。コナン君は君たちを巻き添えにしたくなくて…」

 

「それが水臭いんですよ!!」

 

「私達、同じ少年探偵団なのに!!」

 

それにコナンが少し困ったように頭を掻きながら笑って謝る。そこで顔を向けた歩美がコナンの頬から血が流れていることに気付いた。

 

「あれ、コナン君、血が出てるよ」

 

「えっ」

 

そこでコナンが手で拭おうとすれば、哀がハンカチを差し出した。

 

「良かったわね…取り敢えずは」

 

「あ、ああ…」

 

そこに更に咲が近付く。

 

「そうだな…取り敢えず、名誉の負傷が出来たしな」

 

「オメェなぁ…」

 

咲がニヤニヤ顔で言えば、コナンはジト目で咲を見る。そこでハッと思い出し、問いかける。

 

「そうだ、修斗さんは!?修斗さんはどうなった!!?」

 

「ああ、安心しろ。弾は運良く貫通してたらしい。取り敢えず病院で診てもらってはいるが、そう時間もかからないうちに家に戻れるだろう」

 

「そうか…え、でも止血が…」

 

「梨華がいただろう?アメリカに大体いるから万が一もあると考えて、知り合いに教えてもらったらしい。といっても簡易版で、ちゃんとした応急処置はここの治療室で、本格的なものは病院でしてもらう事になった。『こんな事で役に立って欲しくなかった』と泣いた後の顔で言っていたから、アレは完全治癒したら多分泣きながら叩くな」

 

「そうか…」

 

「お手柄だったわね、名探偵」

 

そこで後ろから声を掛けられ、振り向けば環がいた。

 

「え、環さん!?なんでここに!??」

 

「今日ここでライブをやった敏也を見張りに来たのよ。ま、無駄だったけどね」

 

「それにしても…」

 

英理がそこで溜息をつき、目を細めて隣にいる小五郎を見やる。

 

「何が『俺が命をかけても蘭を守る』よ。命をかけて守ってくれたのはコナン君と阿笠博士、それから修斗さんじゃない」

 

「あ、いやぁ…」

 

図星を突かれた小五郎は視線を逸らし、しかし直ぐに話題を晒しにかかる。

 

「と、とにかく!無事で良かった!!ハッハッハッ!!!」

 

そんな時、無線である知らせを聞いていた白鳥が驚きで一度聞き返し、その内容を高らかに叫ぶ。

 

「皆んな!!佐藤さんの意識が戻ったぞ!!!もう心配はないそうだ!!!」

 

それにその場の全員が安堵し、警官達は帽子を投げて大喜び。高木と瑠璃は泣いて喜び、そんな2人の肩を軽く叩き、盛大に笑って嬉しさを表す伊達。松田と彰はフッと笑って肩を撫で下ろし安堵した。

 

「これで全て解決ですね」

 

目暮が小田切に声を掛ければ、小田切は厳しい目を向ける。

 

「馬鹿を言っちゃいかん!まだ、敏也の恐喝事件が残っている。被害者は既に死亡しているが、事実関係を質してこってり絞ってくれ」

 

その小田切直々の言葉に、目暮は敬礼し了解する。それを視界の隅にお納めて歩き出すーーコナンの元へと。

 

「先に真実を明らかにしたのは、どうやら君の方だったな。君は一体…」

 

小田切のその問いに、気障に笑ってこう言葉にする。

 

「Need not to know……僕はただの小学生だよ!」

 

コナンは子供らしい笑顔を浮かべてそう締めくくれば、小田切はそれ以上問い詰める事なく、最大の敬意を持って、コナンに敬礼し、去って行った、

 

 

 

 

 

その夜、コナンは風呂から上がり、既に寝巻きへと着替えて待っていたらしい蘭の元へと来れば、蘭は笑みを浮かべて礼を告げる。

 

「ありがとう、コナン君。あの時、私の記憶を取り戻そうとして、あんなこと言ったんでしょう?」

 

「えっ?」

 

コナンは何のことか咄嗟に思い浮かばずに逆に問い返す。

 

「ホテルで聞いてたんだよね、お父さんがお母さんに言ったプロポーズの言葉!『お前のことが好きなんだよ、この地球上の誰よりも!』って。それでワザと同じ言葉を…」

 

それにコナンは逆に驚愕し本当に小五郎が言っていたのかを聞けば、蘭が違うのかと問い掛ける。それにコナンはまずいと思いそうだと肯定して仕舞えば、もうどうにもならない。

 

「だと思った!だって、私とコナン君じゃ、年が違いすぎるものね!でも嬉しかった!おやすみ!!」

 

蘭が笑顔で就寝の挨拶を交わして部屋へと戻っていく。それを心ここに在らずの状態でおやすみの言葉を言って見送ったコナン。少ししてまあいっかと思考を放ったが、直ぐに立ち止まり思考再開。

 

「待てよ?ってことは…俺はあのオッチャンと同じ発想だってことか??」

 

それにコナンはガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

 

ーー後にこの話を聞いた修斗が爆笑したのは言うまでもないことである。




約14300文字って…多分最大文字数ですよこれ…めっちゃ思考した…疲れた。

元は遊園地の追いかけっこの途中。あの岩の滑り台辺りで止めようかと思ったんですが、結局中途半端に感じて最後まで書ききってしまった…でもランネーチャン書けて、私、大満足です!!!

そして一番実はどうしようか迷ったのは修斗君負傷あたり。貫通した時の対処法を探して一度書く→そういえば服装決めてないのに長いタオルとかあったら不自然じゃん→一番最初の所に服装追加→あれ、これ応急処置出来なくね?→結果:裁縫セット的なものを持っていたことにし、ハサミで裂いてもらいました。
あの親子に関しては完全に映画に出ていたキャラです。本来、女の子が実は持っていた風船に弾丸が当たり割れるのですが、その役割は修斗君の負傷という事にしました。あそこまで慎重な犯人さんが、犯人自身を強く警戒し、雪男君から修斗君の実績を聴き、頭の回転の良さに気付けば、やってしまうかなと考えた結果です。後悔してません!

因みに映画通りに書いているからこそですが、これで例えば間違ってコナン君死亡蘭さん死亡したら、確実に修斗君詰みです。死んでました。少なくとも医者である以上、毒薬じゃなくともその代わりになるものは幾らでもあるので、ヤろうと思えばヤれたでしょうから。仁野さんと同じやり方でも良かったわけですし。

さて、次回話なんですが、実はまだ考えてません。どうしようかな…取り敢えず話を決めて、あとは時間とやる気があれば書きます。

それでは!


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閑話休題
閑話〜オリキャラ設定・改変場面〜


今回は、ちょっとオリキャラなどを出来る限り纏めてみました。ただ、私が纏めるのが下手な人間ではありますので、分かりにくかったら指摘お願いします。

また、一つ実は設定ミスしているところがあり、気付くまでに時間もかかってしまった為、取り敢えずしばらくはそのままにし、何処かでミスを正す事にします。ちなみにミスは、彰さんと瑠璃さんが共に同じ刑事部署に所属している事。例外もあるそうですが、少なくとも同じ部署は問題なので、時を見て移動します(どちらをとは言いません)。


北星 彰(29) 警視庁捜査一課所属(警部)

身長:171.1cm

 

鋭い観察力と洞察力、推理力を持っている長男。

運動能力に優れており、そこに関しては『天才』と呼ばれている(*1)。勘は鋭いが、修斗程ではないと自負している。拳銃の腕前も高いが、本人は苦手としている(*2)。大のお祭り好き。

 

同期には松田、萩原、伊達の他にあと2人いる。

 

 

 

北星 修斗(28) 会社員(次期社長)

身長:170.8cm

 

正直、周りから「お前出てきたら警察いらない」と言われるほどの勘の良さと頭の回転が速い北星家次男。

色々と芸達者。変声機なしに声色を変えられたり、真贋の見極めが出来たりする(*3)。つまりはオールラウンダーな人間。本心を悟らせない程の演技力もある為、そうそう本心が暴露る事はない(*4)。心理戦を挑んだ時点で負ける(*5)。読心術と読唇術も出来る。ただし面倒臭がり屋。

 

基本的にはオールラウンダーの為、突出すべき点があまりない。心理戦では勝てるが、運動能力では彰や咲に負け、記憶力では瑠璃に負け、音楽では梨華に負け、医学では雪男に負ける。また、父親からの教育の賜物で、合理的な考えばかりで感情で動くのが苦手。その部分は、雪菜の自由奔放さを見習いたいと思うほど、動きたくとも瞬間的に合理的な考えで動き、発言する。決して感情を軽視している訳ではない。ちなみに現実主義者。

 

一目惚れした相手がいるらしいが…(*6)。

 

 

 

北星 梨華(27) ピアニスト

身長:162.3cm

 

プロのピアニストで、アメリカと日本を拠点に様々な国で活躍する長女(*7)。瑠璃とは双子の関係(姉)。

瑠璃と顔が瓜二つのため、声を多少変えれば修斗以外見分けが付かなかった(*8)。学生時代、付き合っていた青年がいたが、今は死別している。

 

小さな頃から音楽に対して積極的に学び、今でも色々吸収し、楽しみながら学び続けている。

よく弾くのは『月光』。その次に『アメイジング・グレイス』。そして、メンデルスゾーンの『春の歌』。

 

修斗とは瑠璃曰く「兄妹間でも特殊な気持ちを互いに持っている」らしい。蘭とは一度、別の所で出会っているそうだが…。

 

 

 

北星 瑠璃(27) 警視庁捜査一課(警部補)

身長:162.2cm

 

『完全記憶能力』の持ち主。その力を使って彰の手伝いを良くしている次女(*7)。梨華とは双子の関係(妹)。反面、記憶が消える事はないため、悪夢を見るとしたら大抵は過去に見た死体。

 

因みに、アニメ漫画オタクなので、千葉刑事とは話がよく会う。まだ学生時代、警察学校に入学していた彰に、カメラで霊を撃退する某ホラゲーを送った事がある。

 

 

 

北星 雪男(25) 精神科医

身長:150.3cm

 

元々から医療系の勉強が好きだったが、雪菜の心の欠陥を治す為に医療の道を進むことを決めた三男(*7)。雪菜とは双子の関係(兄)。身長が小さいのと女顔がコンプレックス(*9)。

 

いつかは海外で働き、その技術を盗み、吸収し、それら全てを使って働きたいと思っている。今現在はその野望のためにまず日本の医学を学び中。

 

 

 

北星 雪菜(25) 自宅警備員

身長:150.1cm

 

先天性な感情の欠落を持つ三女(*7)。雪男とは双子の関係(妹)。雪男とは違い、身長が小さい事は気にしてない。というより、気にする理由が分かってない。出かける際、よくカメラをぶら下げて歩いている。

 

感情を持っていない為、問題も多々あったが、今現在は兄妹たちの表情を見て、状況に合わせて『表情』を考えて、出す。基本的に素直。相手を疑う『疑心』がない為、出来れば誰か一人付けて歩いて欲しいとは兄妹の総意である(*10)。

 

 

 

月泉 咲(7) 小学生

本名:優(苗字不明。18)

身長:112cm

 

最後の仕事の後、アポトキシン4869を自殺する為に飲み、体が縮んでしまった少女(*11)。北星家の六女に当たる(*7)。聴覚が鋭く、足音だけで人物を特定でき、遠くに逃げても聞こえる。人混みの中でも聴き分けようと思えばできるが、集中する必要がある事、パレードなどの大きな音が出る場所での特定に時間がかかる。反面、それが弱点ともなり得る(*12)。

 

元々は4歳の頃、母親とドイツ旅行に行った際に組織の下っ端の男に誘拐され、路地裏で殺されかけた。そこで男をジンが撃ち殺し、能力に気付いたらしいジンが組織へと連れ帰った。その際の選択肢として『組織の為に働き続ける』か、『組織に役立つ為の人体実験者(モルモット)』かの選択を迫られ、前者を選んだ。コードネーム:テネシーと呼ばれる人物を『先生』と呼び、慕っていた。常に自身に『赤黒い液体』が付着している幻覚が見える。哀とは組織時代に会ったことがある。少しの間、情報屋のような事もしていたが本職は殺し屋。その実力は小さくなった今でも度々表れている。特技は組織時代に培ったパルクール。

 

燕を見た際、涙を流したが、本人はその理由を忘れているようで…。

 

 

*1.『神童』とも呼ばれてるが、その呼称を嫌がっている。

*2.現在の腕前:上の下。警察学校時代の腕前:中の下。

*3.ホームズフリーク殺人事件の監視カメラを一目見て偽物と見極めた。

*4.ただし兄弟間だと心の壁がない為、状況が異常でない限り本心で話している。

*5.心理学(99)

*6.特徴:白(?)と青のオッドアイ。会った状況:路地裏で横腹から血を流して座り込んでいた。

*7.父親が同じの養子。そのため他の兄妹とは顔は似ていない。

*8.父親や和樹には試していない。

*9.よく女小学生と間違えられる。

*10.例:キッドが自身を『魔法使い』だと言い、マジックを『魔法』だといえば、それをあっさり信じて尊敬の眼差しを向けるほど。

*11.本人は運が悪かったと思っている。

*12.大きな音を出されると、人の倍の大きさで聞こえる為、映画館など行けば間違いなく倒れる(博士に専用のヘッドフォンを作ってもらっている)

 

他の兄妹が出た場合、また新たに作るか、もしくはここに足します。

 

 

 

 

 

〜改変点〜

 

・原作死亡組が生存している

→萩原 研二:マンション爆弾の件で、彰が嫌な予感を感じ、絶対に防護服を着るように言った(*13)。そのため生存している。現在は治療が一応終わったものの定期的な通院をしている。

 

→松田 陣平:観覧車爆弾の件で、丁度、熱を出した雪男の付き添いでやって来ていた病院で爆弾を発見してしまった修斗が彰に報告。それを更に彰が松田に報告した。そのため生存している。現在も爆弾犯は捕まっていないため捜査中。

 

→伊達 航:とある捜査直後、雪男を迎えに行く途中の梨華と再会。その際、手帳を落としてしまい、それを拾おうとした瞬間、車に気付いた梨華が手を引き生存(*14)。車を運転していた男の尊厳は生きてるかどうか不明。

 

→スコッチ:まだきちんと名言されていないが、生存はさせてます。

 

→西本健:月光事件の関係者。瑠璃と松田の張り込みの結果、運良く生存。現在は覚醒剤の件で逮捕されている。

 

 

*13.どんな言い方をしたのかはまだ明言されてない

*14.ただし梨華の車が犠牲になった。

 

 

事件内容の改変点(本来は大体コナンがしてる)

・美術館オーナー殺人事件

○『天罰』の構図とペンの行方→その記憶力を持ってして瑠璃が見つけている。

 

・天下一夜祭殺人事件

○推理ショー→修斗が解決した。

 

・ピアノソナタ「月光」殺人事件

○血の譜面→瑠璃が梨華に画像添付しメール。梨華から音楽になってないと言われて松田が気付く(ただし真っ先に口にしたのはコナン)。

○死亡者生存→西本 健が生存している(上記参照)。

○隠し麻薬とリバースボタン→隠し麻薬は松田が発見。リバースボタンは瑠璃が名称を口にし二人が気付くきっかけを作った。

 

・6月の花嫁殺人事件

○推理ショー→修斗が解決した。

 

・時計仕掛けの摩天楼

○猫のキャリー→修斗からヒントが伝えられ、映画より少し早く発見されることとなった。

○環状線の爆弾→橋の上の爆弾を松田が処理した(本来は生存してない人物)。

 

・ホームズフリーク殺人事件

○第一殺人のトリック→修斗が解いた。

 

・イラストレーター殺人事件

○推理ショー→松田が解決した。助手として伊達と瑠璃も活躍。

 

・誘拐現場特定事件

○パイルドライバーと誘拐場所→咲が特定した。

 

・14番目の標的

○紙製の花→彰が写真で送り、瑠璃が特定した。

○白鳥が犯人に手錠をつけるところ→彰に変更。

 

・帝丹小七不思議事件

○人形→一つ追加。

○窓からの視線→咲が見つけた。

 

・黒の組織から来た女

○灰原 哀→組織の頃に咲と会ったことがある。本人はテネシーが死んだ理由の一端は自分にもあると思っている。

 

・青の古城探索事件

○犯人の最後→事件解決直後、咲に殺されかけた。コナンが止めたので生存したまま。現在は逮捕されている。

 

・SOS!歩美からのメッセージ

○犯人捕獲→ソファに身を隠していた咲が左向う脛を蹴り、痛がっているところに光彦と元太が突進。ガムテープで手足を縛り、コナンが麻酔針で眠らせ捕獲。

 

・世紀末の魔術師

○指輪泥棒未遂→修斗が説明した。

○バルシェ、肉買ったべか→修斗が切るところが違うと説明した。以後の本来の言い方を答えた人物は映画と同じ。

○双頭の鷲と王冠のトリック→修斗が解いた。

○マトリョーシカの説明→修斗がした。

 

・本庁の刑事恋物語

○高木へのヒント→伊達がコナンを助手とし説明した。その後の推理は変わらない。

 

・本庁の刑事恋物語2

○親指の怪我→咲が指摘している。以後は変わってない。

 

・空飛ぶ密室 工藤新一最初の事件

○検屍→雪男が担当。

○容疑者→雪男と雪菜が追加された。

 

・黒の組織との再会

○哀誘拐→咲も共に捕まり、共に体も一定時間戻った。

 

・瞳の中の暗殺者

○第1の事件の拳銃の種類→咲が答えた。

○第3の事件トリック解明と蘭の記憶→修斗が答えている。

○少年探偵団のお見舞い→咲がある人物の足音に気付き、それをコナンに伝えた。

○リアル鬼ごっこ→最初のみ蘭を連れて逃げた修斗だが、その後に肩を負傷。その後の展開はほぼ同じ。




取り敢えず、書き終えました!どうでしょうか、私なりに頑張りましたよー!!

実は次の話も投稿は出来なくとも保存しておこうと思ったのですが、時間が今日もないので、いつ頃になるやら…あ、次回はあのコナン君が命がけとなった事件です!

それでは!


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日常編
第27話〜命懸けの復活 洞窟の探偵団〜


今回の話、いつも通りにアニメを見ながら書いてたのですが、



カ ッ ツ さ ん 再 来 で す ! !



いや、それ以上にヤベェです…咲ちゃん発狂確定したかもです…と、取り敢えず、なんとかコナンくんに頑張ってもらいましたが、犯人さん達…アンタら、トンデモナイ人物、敵に回してるよ??早く気付いて???

それでは!どうぞ!!


とある夜の探偵事務所。そこでは、近々、帝丹高校で行われる学園祭で発表される演劇の練習を、小五郎を巻き込んで行われている。

 

「『一度ならず二度までも、私をお助けになる貴方は一体誰なのです?ああ、黒衣を纏った名も無き騎士殿。どうか、私の願いを叶えていただけるのなら…どうか、その漆黒の仮面をお取りになって、姿を私に…!』」

 

姫役に抜擢されている蘭が迫真の演技で台詞を、黒衣の騎士役を務めてくれている小五郎に言えば、目の部分だけ切り取った紙袋を顔に被せた小五郎が、台本を持ちながら、ふざけた調子で返す。

 

「『おお、それが姫のお望みとあらば、醜き傷を負いしこの貌、月明かりの下に曝しましょう!』」

 

そこで台詞を区切り、紙袋を脱いで曝したその表情は、その調子と同じくおふざけの表情だった。

それに蘭は少し顔を顰める。なにせ、蘭は真面目にやっているのだから。

 

「もう、お父さん!真面目にやってよね!!学園祭まで時間がないのよ!?」

 

そんな二人の姿を、頬杖をついて台本を捲っていた手を止め、ジト目でそのやり取りを見たコナンは、退屈そうに欠伸を一つ溢し、再度捲り始める。真面目には読んでないのが態度から窺える。

 

「ば、バーロォ!こんな歯の浮くような台詞、真顔でやってられっかよ!大体、誰なんだ、こんなラブラブな脚本書いたのは!?」

 

「園子よ、園子!『黒衣の騎士』は新一をイメージしたんだってさ!」

 

(ハハッ、あの女ぁ…)

 

「おいっ、ちょっと待てい!!『騎士と姫は熱い口づけを交わす』なんて書いてあんじゃねえか!!!」

 

その言葉に驚いたコナンは瞬時に台本を捲り、該当場所を探す。

 

「やだなぁ、振りだけよ。心配しないで」

 

そんな蘭にコナンは子供の姿を生かして近づき、無邪気を装って問いかける。

 

「ねぇ、蘭姉ちゃん。誰がやるの?その騎士役」

 

「あら、気になるの?コナン君」

 

蘭はにこやかに腰をかがめて、コナンの視点に合わせて問いかける。それにコナンは冷や汗を流し、表情を取り繕う余裕もないまま、下手くそな笑顔で「ちょっと気になる」と返す。

 

「へッ、どうせしょうもねぇ男子生徒だろうけどよ」

 

その小五郎の言葉に、蘭は笑みを浮かべて立ち、小五郎に目を向ける。

 

「あら、二人ともよーっく知ってる人よ」

 

その言葉に目を見開いて少し驚く二人に、蘭は答えを言う。

 

「ほら、前に事件があった校医の『新出』先生。うちの男子みんな照れちゃって、内科検診できてた新出先生にお願いしたの」

 

その名前で二人は思い出す。眼鏡をかけた優しい風貌と表情を浮かべた青年。その青年との出会いは、小五郎が酒の飲みすぎで病院に行き、そこで夕食を新出家でとると約束し、お邪魔した際に顔を合わせることとなった。その時に、彼の父親が亡くなる事件もあったが、そんなことまで思い出す余裕は二人には無かった。彼が騎士役という衝撃がデカ過ぎたのだ。

 

「「えーっ!!!?」」

 

「学生時代に何度も主役張ってたらしくて、とっても上手いのよ!台詞回しとか、女性の扱い方とか!」

 

その言葉に小五郎が焦り、肩をつかんで揺らす。もちろんコナンも焦って両手をバタバタと振る。

 

「お、おい!それはいかんぞ!いかんぞ!!」

 

「だ、ダメ、ダメ!!やめなよ蘭姉ちゃん!!!」

 

そんな二人の反応に、楽しそうに笑う蘭。

 

「なーんてね!先生には練習を見てもらってるだけよ。騎士役は園子が男装して頑張るって言ってたよ!」

 

その言葉に心底安心したらしい二人は肩をなで下ろし、コナンに至っては安堵の溜息を溢しながら苦笑い。

 

(ハハッ、アホらし)

 

そこで蘭が時間を確認すれば、どうやらお風呂に入る予定時刻が過ぎていたらしい。彼女は朝練があるからと少し速足でその部屋から出ようとし、その後ろ姿に小五郎が声をかける。

 

「風呂なら壊れてっぞー」

 

「えー、僕も入りたかったのに…」

 

「だったら二人で銭湯にでも行って来いよ」

 

「でも、確か今日は定休日よ」

 

「だったら博士ん家のお風呂、使わせてもらう?僕、これから週末のキャンプの打ち合わせに行くとこだし」

 

蘭の困っている様子にコナンが子供らしく提案すれば、蘭もそれを承諾。そこで二人は着替えを取りに行くために事務所を出ようとする。そんな二人を、小五郎は懐から煙草を取り出しつつジト目で見やり、煙草を咥えながら声をかける。

 

「たくっ、迷惑にならないように二人で一緒に入って、さっさと帰ってくるんだぞ」

 

その言葉にコナンは顔を赤らめる。何せ彼の思い人と共に入れと言われたのだから仕方ない。しかし、それ以上に意外なのは、その言葉に、出ようとノブを回そうとしていた腕を止めた蘭である。

 

彼女は肩を震わせ、赤らめた顔で振り向き、叫ぶ。

 

「じ、冗談じゃないわよ!?なんで私がコナン君とお風呂に入らなきゃいけないのよ!!?」

 

その叫びに小五郎とコナンが驚きで体が少し後ろに仰け反った。そんな二人を見てハッと我に返ったらしい蘭が取り繕ったように笑みを浮かべて誤魔化す。

 

「…だから、やっぱりそういうことは教育上よくないわよ…ねえ、コナン君??」

 

蘭は笑顔を浮かべているが、それは同意以外許さないような迫力ある笑顔で、コナンは少し冷や汗を流しながらも同意した。

 

 

 

 

 

阿笠邸に辿り着き、蘭が鼻歌を歌いながら入浴している間、コナンは博士と秘密の話し合いを始める。

 

「なーんか変なんだよなぁ、蘭の奴…最近」

 

「え?どういうことじゃ?」

 

「時々、感じるんだよ。蘭が俺を見る目や態度が、小学一年生の子供に対してじゃなくて、まるで…」

 

その言葉に焦るのはコナンではなく、博士だった。

 

「おいおい、新一…!」

 

そんな博士にお気楽な笑みを見せるコナン。彼はそのことを気のせいだと判断したが、そこに横やりを入れたのは、哀だった。彼女は、バレてるのではないかと冷静に告げると、朝までやることがあるから邪魔しないよう言い、地下室へと移動してしまう。

 

そんな彼女をジト目で見送るコナンだが、博士はその意見にさらに焦る。

 

「お、おい。哀君の言う通りだとしたら…」

 

「バーロォ、だったらなんで俺に言わねえんだよ。蘭に限ってんなことは…」

 

「なに?私がどうかしたの?」

 

その声にコナンは驚き、反射で後ろを振り向けば、お風呂から上がったらしい蘭がいた。

博士が否定すれば、蘭はさほど気にせず、辺りを見渡して哀を探す。博士はそれに地下室にいると答えれば、挨拶してくるといって地下室に向かい始めてしまう。それを慌ててコナンが止めるが間に合わず、研究室の扉が開けられてしまった。

 

「こんばんは!あーいーちゃ…」

 

蘭が朗らかに挨拶するが、薄暗い中、静かにパソコンのキーボードを叩いている哀の様子に言葉が尻萎みしてしまう。

 

「こ、これ!挨拶ぐらいせんか!」

 

「いいわよ博士、邪魔しちゃ悪いし…」

 

博士の叱りの言葉に、少し悲しそうな様子を見せながらも蘭は言い、またねと言って扉を閉める。そこで漸く、一瞬だけ視線を扉に向け、またパソコンに向かい合う。

 

(…もしかして私、逃げてる?)

 

一瞬、そう思考し、手が止まったが、すぐに何かを決意したような目で作業を再開した。

 

(…冗談じゃないわ)

 

 

 

 

 

翌日、博士の車でキャンプ地に向かう少年探偵団。車の中でワクワクしている探偵団三人は歌を歌い、右端に座る、黒い長袖ジージャンと白の半袖シャツ、ベージュのショートパンツ姿の咲は、博士特注のヘッドホンで、耳に入る音量を調整し、快適そうに外の景色を眺めている。

このヘッドホンは、所謂、『補聴器』である。ただし、彼女の場合、聴覚が鋭すぎるのが日常生活を送るのにデメリットになっているため、音量は最小。しかしそのぐらいが彼女には丁度よかった。これは最近、漸く博士に相談し、作られたもの。耳当ての外側のみ緑で、あとは黒とツートンカラーでシンプルだが、咲にとってはとても日常生活で役立ってくれている代物である。

 

そんな彼らを後目に、コナンは運転中の博士に小声で声をかける。

 

「なあ博士。この前の蘭の件だけどよ…」

 

「ん?」

 

「もしもの時のために、なんか良いメカ作ってくれよ」

 

「ふむ、メカと言ってもの…」

 

「例えば、動いてしゃべる俺そっくりのロボットとかさ」

 

そのアイデアに博士は笑って、作れたら今頃金持ちだと返す。それにコナンも肯定し、到底無理だと判断する。そこで右隣から視線を感じた。コナンはその隣にいる咲ーーではなく、哀を見る。コナンと咲の間に座っていた哀は、ジッと静かにコナンを見つめる。しかしすぐに、咲越しに外の景色を見だした。窓が少し開いているようで、二人の髪が風で靡いていた。

 

 

 

 

 

キャンプ場へと辿り着き、テントを博士が設置する。それに元太が、前回、忘れたことを遠回しにからかい、それに博士も声をあげて笑った。その後、役割が分担される。博士と哀がかまど係、他が薪集め係となった。それに子供たちは元気に返事し、コナンは顰め面、咲はそんなコナンに苦笑を向ける。

 

キャンプ場から少し離れた場所で薪拾いを開始。しかし、人数が人数のため、すぐに拾い終わってしまい、コナンが早く戻ろうと言い、元太と歩美が子供らしく元気に了承。しかし、少し離れた所で拾っていた光彦が声を上げる。

 

「ちょーっと皆さん、来てください!面白いもの発見しましたよ!」

 

その声にコナンたちは興味を抱き、光彦と、その側で拾っていた咲が近づけば、大きく入り口が開いている鍾乳洞と、その入り口を封鎖するように絞めている縄と、立ち入り禁止と書いている立て看板。もうこの時点で嫌な予感しかない咲が顔をしかめる。

 

「ただの鍾乳洞じゃねえか」

 

「『入るなキケン!』と書いてあるよ」

 

「注目するのはこれですよ!」

 

光彦がそこで指さしたのは、入り口近くにある石。コナンと咲が見てみてみると、そこには、『龍の道に 歩を進めよ さすれば至福の光 汝を照らさん』と書いてあり、その上から大きくひらがなで『と』も書かれている。

 

「『至福の光』?」

 

「要するに、幸せいっぱいの光のことだ…嘘くさいがな」

 

咲が元太に説明しつつそう本音を漏らすが、しかし子供たちは、それはお宝かもしれないと俄然やる気を見せる。それにコナンは呆れた様にハハッと笑い、再度、石碑に顔を向ける。

 

「問題は、ここに彫り込んであるひらがなの『と』だな」

 

それに子供たちはそれぞれ思いつくものを口にする。特上うな重、トパーズ、トンネル…しかしどれも宝になりえず、ましてやヒントにもなりえそうにない。咲も考えるが、将棋の駒ぐらいしか思いつかない。

 

「徳川の埋蔵金…」

 

咲が考え込んでいる間に、コナンがふっと思い浮かんだことを言えば、子供たちは目を輝かせてすぐ様、鍾乳洞へ。咲とコナンも少し遅れて気づく。すでに探検気分で時計のライトを点けて中を歩く三人に声をかけるも、ちょっとだけと言って聞かない。それに二人は溜息を吐き、子供達とともに探検することになった。

 

「でっけぇ洞穴だなぁ」

 

「鍾乳洞ですよ」

 

「中はこんなに広いんだね!」

 

子供たちが前を歩き、コナン達は後ろを歩く。ただ探検で終わると、ヘッドホンをつけたままの咲は思っていたが、コナンが足元を見て立ち止まったために首をかしげて止まる。

 

「どうした?」

 

「いや、煙草の吸殻がここに…」

 

そう言いながらコナンがそれを拾い上げる。フィルター部分を触れば、まだ湿っていた。

 

(俺達の他に誰かいんのか…?)

 

 

 

 

その頃、博士が子供たちの帰りを待っているが、なかなか戻らない子供たちに心配が募る。

 

「遅いのぉ…一体、どこまで行っとるんじゃ」

 

「森の中でも探検してるんじゃないの?好奇心旺盛な探偵さんが引率者だし、咲も、小島君たちが楽しそうにしてたら止められずに、一緒に探検してるかもね」

 

そんな博士の心配をよそに、哀はカレーの材料となるジャガイモの皮を器用にもナイフで剥きながら答え、それよりもと手伝いを要求した。

 

 

 

 

 

そう考えて辺りを見渡す。しかし、誰かが隠れている様子はない。疑問が解消されないまま子供達の後を追い、さらに奥へと歩く。そこで光彦が奥が照らされているのを発見。それで先程の煙草の持ち主ではないかと推測を立てるコナン。

 

「もしかしたら、誰かが先にお宝見つけたんじゃない?」

 

「おいマジかよ!」

 

そこで元太がぐちぐちと文句を言いながら光の方へと歩き出す。コナンが止めるような声で呼ぶが無視。そして光の下へと辿り着き、見えた光景は、二人の男が懐中電灯を持ったまま何か大きな『モノ』を持ち運んでいるらしい姿。その『モノ』はと言えばーーー額を撃ち抜かれて絶命しているらしい、男性。

 

「ひっ…うわぁぁぁっ!!?」

 

それを見た元太は驚愕して尻餅をつき、そこから恐怖が体を支配し、叫びながらコナン達の下へと走った。

 

そんな尋常でない姿にコナン達にも緊張が走る。

 

「どうした?元太」

 

コナンが冷静に問いかければ、元太は怯えたままの声で答える。

 

「し、死体…」

 

その声は小さく、普段であれば聞き取れたであろう咲も、ヘッドホンをしているために分からない。全員が困惑する中、足音が響き渡った。先程、元太が向かい、そして怯えて帰ってきた場所だ。少しして男が一人現れ、薄暗い中でも子供たちを認識したらしく、懐に手を入れた。それを見れば何が出てくるかなど、咲とコナンは理解してしまった。

 

((拳銃…!!))

 

「伏せろ!!」

 

咲が叫び、三人の背中を勢いよく押す。しかし、ここで咲は判断を誤った。

ーーーコナンが咲も守るように後ろから押し、発砲音が響くと同時にコナンの表情が痛みを堪える表情となったのだ。

これで、『コナンが撃たれた』と認識してしまった咲。

 

 

 

ーーーその脳裏に浮かんだのは、目の前で綺麗な白い長髪を、真っ赤な水溜りに浸からせて横倒れている白衣の男性ーーー

 

 

 

「咲、だめだっ」

 

そこで腕をつかまれ引っ張られ、岩陰にてコナンに拘束された。抗議しようと口を開けば口を押さえつけられる。子供達にはバレていないが、あからさまに咲は殺気立っている。獲物を狙う猫の(瞳孔が開いている)目だ。あの青い城の時よりも、まずい状態である。コナンが拘束していなければ、きっと子供の身ながらに、殺戮ショーが行われただろう。コナンが怪我をしていると無意識に覚えているからこそ、理性が飛んでいるような状態ながらも無理矢理に拘束を解くような行動をしない。それだけが、安心の要素である。

 

「おい、どうした!?」

 

岩の向こうでは、男声が聞こえてきた。その問いに、先程、撃ってきた男が子供に見られた事を説明してしまう。

 

「おいおい、親はいねぇだろうな」

 

「いや、餓鬼が5人だけだ」

 

彼等はその中に殺し屋(黒猫ワイン)がいるなど知る由もない。

 

「くっそ、ついねぇなぁ。銀行強盗やりゃ、仲間の一人が面見られるし」

 

「そいつをバラして此処に捨隠しゃ、足は付かねえと思ったら、今度は餓鬼かよッ!!」

 

そこで彼等は探偵団を探し始める。コナンは荒い息を出しながらも気配を出来るだけ殺す。

 

「おい、餓鬼を見つけたらどうする気だ?」

 

「決まってんだろ?」

 

仲間の男の一人が問い掛ければ、リーダーらしき男が話し出すと共に鳴る『ガチャッ』という音。あからさまに拳銃を構えた音だ。

 

「ーーこの暗い穴蔵ン中で、永遠にオネンネしてもらうんだよ。これで餓鬼どもの脳天に風穴開けてな」

 

それに子供達は小さな悲鳴を零し、(カッツ)は逆に殺気が鳴りを潜めた。しかし猫の目はそのままーー殺しの準備が整ってしまった。

 

「取り敢えず、お前は入り口を張れ。俺らはもう少し此処を探す」

 

「おう」

 

そこで足音が聞こえ、緑の上着を着た、先程、撃ってきた男が走り去っていく。それを見送り少しすると、コナンはバッチの電源を付け、それを横目に見ながらヘッドホンを外す咲。

 

「灰原!!おい、灰原!??灰原、応答しろ!!!灰原!!!」

 

しかし反応は返されない。当然だ。その場から少し離れたところで、切った野菜が繋がったままで放置している博士を、少しからかいながら料理している。咲なら聞こえたが、残念ながら彼女はこちら側だ。

 

「どうしたんでしょうか?」

 

「スイッチ入れてないのかな?」

 

「よし、俺、アイツらに何も見てねぇって言ってくる!」

 

「馬鹿がっ!!」

 

そこで元太の頭に咲の拳骨が降った。それに頭を抑えて見上げれば、恐ろしく無表情な咲がいた。

 

「さ、咲ちゃん…?」

 

「そんな事、言いにいってみろ。獲物が自ら死にに来た、と喜んで撃つぞっ!!」

 

「きっとコナン君が良い方法を考えてくれるよっ!ねっ!!コナンくん…」

 

歩美がそこで振り向けば、息を荒くし、腹部を押さえて座り込んでいるコナンが目に入った。

 

「う、うわっ、コナンッ!?」

 

「コナンくんっ!?」

 

子供達3人が目を見開いてコナンの様子を見る。どう考えても只事じゃなく、腹部を抑えていることから、そこを怪我したのが伺える。

 

「こ、コナンくん…」

 

「どうしたんですか、その血…」

 

「光彦、現実逃避するな。…撃たれたんだよ、拳銃で」

 

咲が冷静に言えば、子供達が小さな悲鳴をあげる。それを知らぬふりをして咲はコナンに近付いた。

 

「…そんな怪我の奴に言うことでもないが…なんで庇った?」

 

「ハァ…ハァ…」

 

そこでコナンが痛みをこらえたような顔をしながらもなんとか目を開き、辛そうな様子で咲を見上げる。そんな様子に、咲は一層、辛そうな様子を浮かべた。

 

「お前、知ってるはずだろ?…なんで私まで庇ったっ!!??」

 

その咲の言葉に、コナンはフッと笑う。

 

「ハァ…バーロォ…例えお前が誰であろうと関係ねぇ…うっ…助けたいから、助けたんだ…」

 

「ッ!?」

 

その言葉に、咲が目を見開く。自身の『業』など関係なく、助けるなど…そんなこと言われたのは、『四度目』だ。

 

(…『四度目』?)

 

ふっと、それがおかしいことに咲は気付く。

 

(先生、修斗、そしてコナン…あと一人は…?)

 

そこで意識が飛んでいる咲に気づかず、歩美は涙目でコナンに近付き、早く逃げようと、怖い人達が来るから逃げようと言うが、コナンが待ったをかける。

 

「ハァ…ハァ、遅かれ早かれ、外で待ってる博士と灰原が、この鍾乳洞に来る…何も知らないで奥まで入り、奴らに見つかったら、殺される可能性が高い…」

 

「どころか、確実に殺されるだろうな…」

 

コナンの最後の希望的観測を、絶望的観測に変えていく咲。しかしこれは紛れも無い事実でもある。入り口近くまでなら、まだもしかしたら何かしら相手が口達者に話し、引き返させるかもしれない。しかし、奥に入れば入るだけ、殺される確率は上がっていくのだ。

 

「取り敢えず、この鍾乳洞は危険だと、外にいる博士たちに知らせないと…」

 

「でも、どうすんだよぉ…メモなんて残しても、奴らに見つかって破られちまうぜ?」

 

「やっぱり、奥に逃げながら、探偵団バッチで、諦めずに二人に呼びかけたほうが…」

 

「呼び掛けは良いが、奥に逃げるのは得策じゃないな。奥に行けばいくほど、電波は届かなくなっていく」

 

「じゃあ、どうするの…?」

 

歩美が心配そうに咲を見上げる。咲も考えるが、妙案は浮かばない。ゆっくり首を横に振ると、子供達は絶望の表情を浮かべる。しかし、コナンは胸ポケットの中を探る。

 

「…この、犯人追跡用の、発信機を使うんだよ…裏はシールになってて、10枚ほどめくれるようになってる…」

 

そういって取り出したのは、指先に乗せれるほど小さな黄色いシールのような物。実際、めくれるとコナンも言った通り、シールに近い物なのだろう。

 

「え、でもそれでどうやって…」

 

「説明してる時間は、ねえ!…早く、俺の言う通りに、これを…」

 

声はドンドン苦しさを増していき、それを見て子供達も行動する事を決意する。それを見て、コナンが咲に視線を向ければ、咲は一つ深く深呼吸し…普段の冷静な目へと、戻した。

 

 

 

 

 

その後暫くして、先程、コナン達がいた場所に、強盗グループが捜索に来た。辺りをライトで照らして探すが、子供達は見つからない。

 

「チッ、餓鬼どもめ!どこに行きやがった!!」

 

そこで誰かの走る音がその場に響き、入り口方面の道を見れば、入り口を張らせた仲間の一人が戻ってきた。

 

「おい、いたか?」

 

「いや、入り口から外には出てねぇみてーだぜ」

 

「妙だな…この辺りは粗方探したし…」

 

そこでグレーの上着を着た男が奥へと入っていく道へと視線を向ける。もうそこしかないと言えば、入り口から戻ってきた男がそれなら探すことはないと言う。曰く、その奥は入り組んでおり、遭難者がゴロゴロと出ているらしく、子供達は遭難して死亡するだろう、と。それに赤い服のリーダーらしきヒゲの男は追うと言う。それに驚くのは話していた二人だ。それを無視し、落ちていた眼鏡を拾いながら喋る。

 

「万が一、ということもある。餓鬼どもが奥に行ったのは、確かなようだしな…」

 

「で、でもよぉ…その眼鏡、前に遭難した奴のものかもしれねぇじゃねぇか」

 

「…」

 

ヒゲの男はその直ぐそばの岩を灯りで照らしだし、ニヤリと笑う。

 

「バーカ、コレを見ろ」

 

「ち、血じゃねぇか!?」

 

「ああ、しかもまだ乾いてねぇ」

 

「成る程。餓鬼どもに追いつくのは造作もねぇって事か…」

 

「フッ、そういう事だ」

 

 

 

 

 

既に外は夕焼け空。薄暗くはなっていないが、夕日も落ちだし、鴉も鳴いている。そんな現在時刻は午後5時少し過ぎたところである。

 

「…ねぇ。幾ら何でも、遅過ぎると思わない?」

 

「ムッ?そうじゃのぉ…」

 

哀に話しかけられ、カレーをかき混ぜる手を止める博士。

 

「…ちょっと私、森の方を見てくるわ」

 

そう言うと、直ぐに森へと歩き出す哀に、博士は慌てて火を止めて、その後を追い出した。

 

 

 

 

 

子供達は、時計のライトを頼りに歩いていた。ただし、コナンは既に歩けるほどの体力も無く、元太におぶられている。その顔には汗が流れていた。

 

「大丈夫ですか?コナンくん…」

 

光彦がコナンに問いかければ、コナンは気障に笑って、大きな絆創膏を貼ったから、一応は大丈夫だと言う。しかし、そんな言葉で安心出来るほど、咲も子供達も、能天気ではない。しっかりコナンの様子も見ながら、歩いている。

 

「ッ…それより元太、もっと早く歩けねえのかよ…奴らに追い付かれちまうぞ」

 

「で、でもよぉ、揺れると痛ェんじゃねぇか?」

 

その言葉に歩美の目に涙が止まり、足を止めてしまった。それで全員の足も止まり、歩美の方に顔を向ける。

 

「…歩美?」

 

「…私の所為だ。私が、ちょっとくらい平気とか言って、この鍾乳洞に入らなきゃ…コナンくん、こんな間に合わなくて済んだのに…」

 

「いえ!歩美ちゃんだけの所為じゃないですよ!元はと言えば、僕がこんな所を見つけなければ…!」

 

「バーカ!悪いのは俺に決まってんだろ!!俺が調子に乗って、あの悪い奴らがエライことをしてるのを見ちゃったからよ…!」

 

その子供達の言葉に、コナンがフッと笑う。

 

「…バーロォ、オメェらがこの鍾乳洞に入ったお陰で、迷宮入りしそうだった、殺人事件が、解決しそうなんだぜ…?」

 

「そうだな…だが、それぞれの後悔も、事件の解決も、まずは奴らから逃げきる事が出来なければ、話にならない…」

 

「そのあとは、バーベキューだ…もっとポジティブに行こうぜ…」

 

「一番重症のやつが、言うことじゃないな」

 

咲が鋭い目付きでコナンを見れば、コナンはフッと気障に笑うだけ。自身は全然平気だと言いたげである。

そんな二人を見て、三人は少し元気が出たようで、再び歩き出す。しかし、歩いたその先は、二又になっていた。

 

「道が二つになってますよ!?」

 

「ど、どうしよう…」

 

光彦と歩美が悩み、元太がそこでジャンケンをしようと言う。しかしそれに待ったをかけたのはーー咲だ。

 

「…元太、その腕時計、貸してくれないか?」

 

「え?」

 

「コナンをおぶっていては使えない。だからこそ…ちょっとした誘導に使う」

 

そう言いながら、元太から受け取った時計のライトを付けた。

 

 

 

 

 

外はさらに日が落ち、夕闇色に染まる空。そんな中でも、哀と博士は懸命に子供達を探す。

 

「おーい!みんな、どこじゃ!?おーい、返事しろ!!」

 

そうして叫びながら探し続け、ついに鍾乳洞入り口へと、辿り着いた。

 

「…見て、博士」

 

哀が座り込み見つめる地面には、5人分の薪が置かれていた。それを博士も見て、鍾乳洞の中に入ったのではと思考が辿り着く。

 

 

 

 

 

強盗グループもまた、あの二又に辿り着いてしまった。もうその場に子供達はいないものの、どんどんと距離が縮まっているのが分かってしまう。

 

「…おい!なんだ、アレは!?」

 

グレーの男が、右の通路の地面にから漏れる光を見つけ、そこに足早に近付き、拾い上げる。それは、時計型ライトだった。それを後を追った緑の男も目に止めた。ヒゲの男はその通路には入らず、眉を寄せている。

 

「…へっ、ライト付きの腕時計…洒落たモン持ってんじゃねえかよ」

 

「じゃあ間違いねぇ!餓鬼どもはこっちの道をーー」

 

「待て」

 

二人がその声に顔を上げれば、ヒゲの男がそれは罠だと言い切ってしまう。なぜだと言いたげな二人に、幾ら子供でも、光っているものを落として気付かないわけがない、しかもご丁寧にベルトまで付いていることもと説明する。総合的に見て、逆の道へと行ったのだと言えば、二人の男は子供にナメられたと怒りに燃える。

 

「益々拝んで見たくなったよ…その4人の餓鬼どもの面を!」

 

「ああ!恐怖に引きつり、命乞いをする顔をな…!」

 

 

 

 

 

歩くにつれて、ドンドンとコナンの息が荒くなっていくのを、咲は後で理解していた。しかし、脱出しない限り、助けることも出来ない。最悪な展開を頭から追い出すために、軽く頭を振った。

 

「でも、大丈夫なんでしょうか?腕時計型ライトを、わざわざこっちの道に置いてきてしまって…」

 

「ああ、それなら大丈夫だ。相当頭が回って、相手の裏の裏を掻くぐらいの奴なら引っかからない程のものだ。奴らも思いもしないだろう…態々、『私達の行った道』を教えているようなものだとはな」

 

「だからこそ、引っかかる…銀行強盗をするぐらいの奴らだ…頭の回るやつが、1人くらい…」

 

「例えトランシーバーを持っていたとしても、この鍾乳洞の中だ…通信なんて出来ない。1人行動に出れば命取り。それぐらい、奴らも頭が回るだろう」

 

そこで咲が足を止め、右へと顔を向けた。それに全員が顔を向ければ、其処には水路があった。その瞬間、魚がジャンプし、一瞬、その姿を見せた。

 

「あ!お魚さん!」

 

「…なぁ、その魚、目玉付いてるか?」

 

コナンの問い掛けに、水辺の近くで魚を観察していた歩美と光彦が確認すれば、目が付いていることがわかった。それと共に、光彦は鮎ではないかと言う。それに元太は食うのかと問い掛け、コナンがバーロォと止める。

 

「俺たちは、ただ逃げ回ってるだけじゃねぇよ…」

 

「目玉が退化していない魚が此処にいると言うことは、何処かの川からここに来たというのが分かる」

 

「つまり、その道を遡っていけば…」

 

それで子供達も理解する。この先に、出口があるということだ、と。

 

 

 

 

 

鍾乳洞に入った博士と哀は、少しして眼鏡を見つけた。

 

「この眼鏡…工藤くんのよね?」

 

「ああ…じゃあやっぱり、この中で迷っとるんじゃ」

 

博士が心配そうに辺りを見渡す。そんな博士を他所に、哀は考える。なぜ、此処に眼鏡があるのか、と。

そこで彼女はその追跡眼鏡を掛け、電源を入れれば、辺りに沢山反応がある。それを見て、奥まで探しに行こうとした博士を止める。

 

「待って!何か落ちてるわ。この側に、沢山」

 

「えぇ?」

 

そこで博士が懐中電灯を辺りに向けて照らせば、岩に貼り付けられているシールのようなものを見つけた。

 

「こ、これは!?ボタン型発信機!!?」

 

「触らないで!何かの形になってるみたい」

 

「何かの形…?」

 

そこで哀が眼鏡の受信範囲を縮小し、それにーー気づいた。

 

(ーーー『110』!?)

 

 

 

 

 

子供達とは反対の道へと誘導されてしまった強盗グループは、壁につき合わせてしまい、これ以上進めないことを理解し、更に怒りに火が付いた。

 

「クッソ!!餓鬼だ!!餓鬼に一遍、食わされたんだよ!!!」

 

「ヘッヘッヘッ!」

 

そこでヒゲの男が笑い、グレーの男が振り向けば、血走った目を見開き、叫ぶ。

 

「すぐに引き返して後を追うんだ!!!ブチ殺してやる!!!!!」

 

 

 

 

 

「えぇ、ウソォ…」

 

歩美と光彦、咲がライトを上に当てている。その先には確かに流水が流れていた。しかし、その入り口は細く、とてもではないが、子供1人でも通れない。しかし、鮎は間違いなくその流水から流れてきていることは、鮎がまた一匹、その場でジャンプした姿を見せたことで、理解してしまった。

 

「じゃあ私達、死ぬまで此処から出られないの…?」

 

「そんなぁ…」

 

元太が絶望の声を上げるが、それに希望を与えるのは、やはり彼である。

 

「ーーいや、諦めるのは速えぞ」

 

その言葉にコナンへと全員が視線を向ければ、コナンが上を向いてライトを当てていた。そこでその先へと視線を動かせば、そこには木の根が生えていた。

 

「…そうか、アレがあるということは」

 

「ああ、地表が近いという証拠だ!どこかに出口があるかも知れねぇぞ…!」

 

そこでライトを持つ三人が辺りを照らし、元太も辺りを見渡すが、何処にもそれらしきものが見つからない。

 

そんな時、歩美がたまたま後ろを照らした瞬間、そこには不自然な卵があった。

 

「卵だ!!デッケェ卵があるぞ!!」

 

「えぇ!?」

 

光彦が驚いて照らしてみれば、それはただの石で出来た卵型の石が、岩の上に乗ってるだけである事を理解し、そう説明する。それに元太は一気にテンションがだだ下がってしまった。その間に、歩美と咲がその先を照らしてみれば、更に穴が5つあった。それを見て、子供達はどれかが出口に繋がっていると推測。咲もそれが間違いだと断じる証拠もないため、何も言わない。しかし、頭の中では何かが引っ掛かっている。

 

(この卵…なんで此処に?何も意味なくある訳もないはず…)

 

そこで光彦が石の下に灯を照らした途端、文字を発見した。そこには『闇に惑いし者 龍の道に歩を進めよ さすれば至福の光 汝を照らさん』とある。

 

「…似たようなものは、入り口にもあったな…」

 

そこで歩美が途端に悲鳴を上げた。それはイキナリだった為になんの準備もなかった咲がダメージを喰らい、しかも至近距離だった為に、倒れかけてしまった。しかしそれを光彦が腕を伸ばして支えてくれようとしたが、その瞬間、岩蓋にぶら下がっていたらしい無数のコウモリたちが、一斉に子供達へと向かっていく。頭がクラクラする中でも殆ど反射でヘッドホンを耳にかけた咲は、歩美の声よりも低くなった音ともに、コウモリから身を守るように腕を前に出して顔を覆った。子供達は叫び声をあげる。

 

ーーそしてその声が、強盗グループに届いているなど、誰も思いもしていない。

 

「動くな!!じっとしてろ!!」

 

コナンがそう叫び、全員が指示通りに体の動きを止めれば、コナンは自身の探偵団バッチを投げた。それにコウモリたちは反応し、バッチの方へと飛んでいく。

 

「洞窟のコウモリは、昆虫を食ってんだ。だからッ、小さな物や音に敏感に反応するんだよッ」

 

その説明に、光彦は変なものを見つけないでと歩美に言い、歩美は涙を拭いながら言い訳しようとするが、その行動はお手柄だとコナンが褒めた。それに全員がコナンに目を向ければ、コナンは気障に笑っていた。

 

「洞窟のコウモリは、出入り口から300メートル以内の所にしか生息しないんだ…つまり、俺たちが目指す出口が、もう目と鼻の先にあるって事だッ!」

 

それに子供達に笑顔が浮かぶ。しかし、コナンはその『出入り口』がどれなのか、まだ判断が出来ていない。

 

(俺の推理が正しければ、『龍の道』がそれに通じてるはずなんだが…)

 

しかし、彼の視界はどんどんと霞み始める。その上、焦りを増させたのは、ヘッドホンを外した咲だった。彼女は気付いてしまったーー複数が走って近づく音に。

 

「ッ!複数人の足音が微かに聞こえてきた…まずいぞ!!」

 

その言葉に子供達が小さく悲鳴をあげる。しかし、コナンはそれでも考える。

 

(…気になるキーワードは、入り口の足に大きく掘られた『と』の文字と、龍の道、そして岩の上に置かれた卵型の石…『と』、『龍の道』、『卵』…ッ!)

 

「ど、どうすんだよぉ!?どの道に入ればいいんだ!!?」

 

「順に入っても、追いつかれちゃうかも…!!」

 

「も、もう終わりですっ!!」

 

子供達が絶望の声を上げる中、咲が覚悟を決めた目を、音のする方に向ける。いや、寧ろ彼女にとっては好都合。コナンに怪我を負わせた事に、彼女は殺意を覚えている。しかし、そんな子供達に冷静になるように、コナンが言葉をかける。

 

「で、出口は、1つだけ…だから、冷静になれ…オメェら」

 

「だが、コナン…」

 

「その出口がどれなのか、わかりませんよぉ!!」

 

「きッ、刻まれた文字の、『闇に惑いし者』とは、道に迷った者…シッ、『至福の光』とは、出口の光の事…つまり、入り口の石や、その岩には、この鍾乳洞からの脱出方法が書いてあったんだ…で、出口の『龍の道』とは、その道の…」

 

コナンが力を振り絞って指差し、子供達が希望を持ってその先を見た瞬間、コナンの力が抜け落ち、腕が垂れ下がってしまった。そこで歩美がライトを向ければ、背中から血が出ている事が確認できる程となっていた。応急処置が絆創膏だけなのだから、血を止める事など不可能だった。そして最悪な事に、子供達の耳にも複数の足音が聞こえ出し、絶望が辺りを満たしーーー遂に犯人が、光を照らした。



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第27話~命懸けの復活 負傷した名探偵~

咲さん発狂PART2

ほんとう、ごめんね、咲さん…でも二次では私、好きな自キャラをイジメたい人間なの…でもごめんね?

それでは、どうぞ!


強盗グループが子供たちの悲鳴を聞き、あくどい笑みを浮かべる。走って悲鳴が響いたらしき場所へと辿り着き、灯りで照らせばーーその場には誰も、いない。あるのは五つの道のみだ。

 

「くそっ!どの道に行きやがった!?」

 

「焦るな!餓鬼の一人は怪我人だ。足は速くねー」

 

そこでリーダーの髭の男が、灰色の上着を着た男と片っ端から見ていくと言い、緑の男にその場で見張るように言う。そして二人の男がいなくなるのを、一番奥の穴から見ていた子供達も見送った。

 

「どーしてこんなところに入っちゃったんですか!?」

 

「しゃーねーだろ!?一番奥にある道だと思ったら、ただの穴だったんだからよ!!」

 

そう、子供たちはコナンが意識を失った後、とにかく逃げなければと、離れるために無意識に一番奥の道に姿を隠すつもりでいけば、そもそもそこは穴で、奥に逃げれるような道はない。そこで仕方なく身を潜めていたのだ。

 

「喧嘩してる余裕はないぞ。とにかく、コナンが言っていた『龍の道』を早く見つけないと、まずい」

 

「そうだよ!!じゃないと、殺されちゃうよ!?」

 

歩美の言葉に、咲はむしろそのほうがありがたいと思う。

 

(あちらが襲ってくるんだ…こちらがたとえ誤って殺しても、正当防衛になる可能性も少なからずある)

 

ただし、心情的なものでならないだろうことも理解している彼女は、今が冷静だからこそ、そんな事態は避けたいと願っている。

 

「…コナン君抜きでですか?」

 

「ま、マジで…?」

 

「マジだもん」

 

歩美の覚悟を決めた顔に、咲も推理は苦手ながらに考える。もちろん、犯人の出す座った動作の音、息遣い、拳銃の音も聞き逃すつもりはない。先程からチラチラと頭を過ぎる、テレビの砂嵐の様なものは、出来るだけ気にしないようにする。

 

「…なあ咲、あいつ、離れたか?」

 

と、突然の元太からの問いに、首を振る。

 

「おかしいですね、彼が生理現象を催せば、ここから抜け出す絶好のチャンスなんですけど…」

 

「そんなの待ってらんないよ!!あの人の仲間が、いつ戻ってくるかもしれないし、それに、早くこの鍾乳洞を抜け出して、コナン君を病院に連れて行かないと…」

 

「そうだな」

 

咲はそれに心底同意するように深く頷く。彼女も一刻も早く連れていきたい。恐怖で小さく震えている。それは、ジンたちと相対した時とは違う、生理的な嫌悪、恐怖。先程からよぎる砂嵐にも感じる、気持ち悪くなるような…そんな己を支配しそうな身に覚えのない恐怖。そこから脱するためにも、コナンに生きてもらうためにも、ここから逃げ切らなければいけない。

 

「そうですよね…兎に角、コナン君が言っていた出口に通じる『龍の道』を探しましょう!」

 

光彦の言葉に三人が頷くと、彼は手帳に簡易的な現在の場所の地図を描く。卵から数えて右三つの入り口と左一つの先に続く道。そして、彼らがいる穴と、犯人。

 

「ます、分かれ道が五つ。あの見張りがいるのが、卵の石の前。そして、僕たちがいるのが、ここの奥の穴。ここは道ではなくただの穴ですから、残りの四つの道の中に『龍の道』があるはずなんですけど…」

 

「うーん…」

 

「龍の道…龍…ドラゴン…」

 

歩美の言葉に、光彦は反応した。ドラゴンの頭文字は『D』。アルファベットで数えれば四番目の文字。入り口から四つ目の道が『龍の道』だと自信をもって言うが、四つ目の道は彼らがいる場所だった。それにがっかりする二人。

 

「そういえば、コナンが俺の頭の後ろでぶつぶつ言ってたぞ」

 

それに反応する二人。それは咲にも聞こえていた。

 

「ああ、キーワードは『と』の字と『龍』と『卵』と…」

 

「どーして早くそれを言わないんですか!?」

 

光彦が二人に怒鳴るが、それは今までの小声ではなく、大声。当然、なんの準備もしてなかった咲は頭の中がジューサーにかけられたようにぐちゃぐちゃになり、犯人の見張りの男が反応する。元太が光彦に注意するような声をかけるがもう遅い。なにせ、気のせいでは誤魔化しのきかない声量だったのだ。犯人も馬鹿じゃない。子供たちの方へと近づく足音が聞こえだした。

 

「や、やば…こっち来る!」

 

そのことを確認すると、もっと姿を隠そうと奥へと身を寄せるが限界だ。フラつきながらも覚悟を決めた咲が子供たちを背中に隠し、攻撃態勢を取ろうとしたとき、別の犯人2人が戻ってきて緑の男に声を掛けたため、姿が見られることはなかった。

 

「おいっ!ちゃんと見張ってろと言っただろうが!!」

 

「あっ…見つかったんすか?餓鬼ども」

 

「いや、最初の道は行きどまりだったぜ」

 

「なーに、心配するな。残りは四つだ。捕まえられるさ」

 

そこで再度しっかり見張っているように言い含めて、卵から二つ目の場所へと入っていく。それを見送り、緑の男は見張りへと戻る。

 

それに安堵の溜息を溢す四人は、再度、考え出す。

 

「兎に角、キーワードは『と』と『龍』と『卵』」

 

「さっぱりわかんねーな」

 

「『龍』が蛇なら、卵は大好物なんだけどな…」

 

「蛇?」

 

光彦が歩美に問い返せば、田舎の祖母が巳年生まれで蛇に詳しくなったと。それに光彦は何かを思いついた顔をする。

 

「そーか!きっとそれですよ!」

 

「ん?」

 

「『と』と『龍』と『卵』は、十二支を暗示するキーワードだったんですよ!『龍』は辰年、『卵』は巳年…」

 

「『と』は?」

 

咲の問いに、酉か寅だろうという光彦。『卵』を蛇として、辰、兎、虎、光彦たちがいる所が牛で、一つだけの方がネズミ。つまり『龍の道』は卵のすぐ横の道と考えた。

 

「だがそこは、奴らが出てきたところだぞ。しかも、行き止まりのな」

 

「それに、卵だったら酉年の方が関係あると思うけど…」

 

「そうすると、『と』の文字の意味と重なってしまいます…!もしかしたら、あの『卵』は兎年の事かもしれません!兎の『卯』って、『卵』の字と似てますし」

 

「でも、卵を産むのは鳥さんよ」

 

歩美のその意見にまた振り出しに戻る四人。しかし、ふっと咲が口にする。

 

「…将棋」

 

「「「…え?」」」

 

「もしかして、将棋の事じゃないか?」

 

その言葉に、光彦の目が輝いた。

 

「それですよ!『歩兵』の裏は『と』、『飛車』の裏は『龍王』、そして『卵』は『玉子(たまのこ)』だとしたら『玉将』のこと!」

 

「『玉将』って?」

 

「将棋を指すとき、格下の人が使う『王将』のことです」

 

「つまり、あの卵を『玉将』とすると、五つの道は卵に近い順に、『金将』『銀将』『桂馬』『香車』となる」

 

「その『桂馬』の正面の道が、『飛車』の道ということに…」

 

そこまで言えば歩美も元太も理解する。『龍の道』とは、今いる場所の斜め前にある道のことだと。しかし、その道を行くにしても、見張りがいる。つまり、犯人の前を横切らねばならない。

 

「困りましたね、僕たちの武器とになるとしたら、時計型ライトと探偵団バッチぐらい…」

 

「バッチ?」

 

歩美がそこで思い出す。ここに隠れる直前のことを。

 

「--ねぇ!上手くいくかどうか分からないけど…」

 

そこで作戦を思いついた歩美は三人に伝える。それに三人も乗ることにした。

 

「…合図は私が出す。そのタイミングで、全員出る…いいな?」

 

咲の言葉に子供たちは頷く。それにふっと笑みを浮かべると、見張りをよく見る。ちょうど見張りが別の方に視線を向けていた。

 

「---いくぞ!」

 

「「「いっせーのっ!!」」」

 

子供達のその声が響いた瞬間、見張りが振り向くが、子供たちの行動の方が早かった。

 

「くらえっ!」

 

元太が『あるモノ』を投げつける。しかしそれは男に届くことはなく、それを理解していた男は鼻で笑った。

 

「八ッ!馬鹿な餓鬼どもだ。そんな石ころで俺がやっつけられるとーーー」

 

しかしその瞬間、何かの鳴き声が近づきだした。男がそれに気づき、おそるおそる振り向けば、蝙蝠の大群。蝙蝠たちが男を襲い、男は悲鳴を上げる。それを見て子供たちは走り出す。その時、ちょうど引き返してきたらしい男たちが戻ってきた。何事かと緑の男に問えば、蝙蝠に襲われながらも懸命に子供たちが逃げたことを伝える。

 

子供達は後ろも振り向かずに一心不乱に道を進み続ける。迷えば終わり。間違っていても終わりなのだ。信じて進むしかない現状で、恐怖を抱きながらも走りを止めない。

 

そしてようやく、その先に出口が見えた。

 

「出口ですよ!」

 

それに喜びを表す子供たち。しかし、咲が足音に気づき、集中するよう言おうとした瞬間、発砲音と共に元太こけた。それに思わず子供たちと咲が足を止める。

 

「元太君!!?」

 

「よーっし、捕まえたぞ!」

 

髭の男がそこで見た目的にもふくよかな体系の元太をそのままに、逃げることなどできない怪我人のコナンを首に腕を巻いて拘束する。

 

「よーっし、三人とも!!外へ出ずにこっちへ来るんだ!!」

 

それに三人が互いに顔を見合わせる。それに髭の男が拳銃をコナンの頭に突きつけて脅し、それに二人は怖がり、咲は感情がない表情で歩き出した瞬間、その場所を三人の後ろからの光によって明るく照らされた。

 

唐突な光に髭の男は目を腕で隠し、咲と子供二人も驚けば、その場に後ろからの声が響きわたる。

 

「警察だ!!お前たちは完全に包囲されている!!!銃を捨てて、投降しろ!!!繰り返す!!お前たちは完全に包囲されている!!!」

 

目暮のその言葉に、髭の男は舌打ちする。後ろを振り向けば、仲間の二人が警察に捕らわれていた。緑の男を佐藤が。グレーの男を高木と彰で捕獲している。子供達も、目暮の元にいる。しかし、逃げれないわけではない。彼には人質となりえる存在が腕の中にいる。

 

「馬鹿め!!コレが見ねえか!!!この餓鬼がバラされたくなかったら、道を開けろ!!!」

 

その瞬間、ふっと腕の中のコナンが喋りだす。

 

「はぁ、はぁ…バーロォ、オメェの将棋はとっくにもう詰んでんだ…」

 

「アアッ!!?ナニィッ!??」

 

「じたばたしてんじゃ…ねぇよ」

 

そこで腕時計のふたを開き、麻酔針を男の額に撃ちこんだ。そうすれば男は眠りに落ち、横に倒れる。コナンもまた、腕の力から逃れたものの、そのまま地面に倒れこんだまま、立ち上がらない。

 

歩美は哀に抱き着いて泣き、元太と光彦は博士に頑張ったと激励を送られている。警察が出口にいたのは、この二人がコナン達が出口へと向かっていると考え、現地の人に場所を聞き、ちょうど辿り着いたところだったとのこと。警察も二人が呼んだらしい。現地の人によれば、あの石碑は大昔からあったらしく、誰が記したのか定かではないとのこと。

 

しかし、そんな会話は、咲には聞こえていない。咲は『拳銃』で『撃たれた』コナンが『血まみれで』『地面に倒れ伏した』のを見た。目にしてしまった。たとえそれが、犯人の腕から滑り落ちた様にでも関係ない。コナンの『状態』、『拳銃』、『地面に倒れ伏す』。この三つを見てしまった。それも、蓋が開きかけていたその状況の、まま。

 

そうして記憶の蓋が開きーーー叫ぶ。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!?」

 

それにその場の全員が咲を見れば、彼女は泣き叫び、髪をぐしゃぐしゃにかきむしり、叫ぶ。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!撃ってしまって、殺してごめんなさい、先生、『燕』!!!!いやだぁ!!撃たせないで!!!撃たせようとしないで!!!ーーーそんな風に、笑わないでェ!!!!!!」

 

「---咲!!?」

 

哀がすぐに咲に近づき、咲を抱きしめる。意識が混濁し、視線も合わさらない。錯乱状態だ。

 

「お願い笑わないで…!!」

 

「咲っ」

 

「憎んでよ、恨んでよ…」

 

「咲ッ!」

 

「--私の事なんか、考えないで…」

 

そこで声がどんどんと小さくなっていく。そして聞こえなくなる瞬間、哀の肩に顔を伏し、気絶した。

 

最後の言葉は、哀しか聞こえなかった。

 

「--逃げて欲しかったのに…」

 

 

 

 

 

米花総合病院。救急車に乗せられたコナンはそこに運び込まれ、手術することとなった。それに驚いたのは小五郎だ。もともと病院に来たのは怪我だと思っていたからだ。しかし、予想もしなかった単語のため、驚くのも仕方ない。それに博士が説明しようとしたが、うまく言葉にできずにどもるばかり。それを見て哀が口を開く。

 

「拳銃で撃たれたのよ」

 

「えっ!?」

 

「銃創の部位は左側腹。弾は貫通してるけど出血が多く、腎損傷の可能性もあるって。危険な状態らしいわ」

 

それを聞き、自身が思うよりもマズい状態にあると理解した小五郎は顔を引き締めた。

 

「…咲は?」

 

そこで次に口を開いたのは修斗だ。彼は憔悴した様子の咲を背負ったまま、博士に聞く。その目は怒る様子もなく、凪いでいる。

 

「…咲は過去の『トラウマ』を今回のことで引き出されてしまったみたい。けど、あの様子だと、またその記憶は覚えてないかも。下手したら、今回のことも朧気にしか残らない可能性もあるわ」

 

「…わかった。あとは弟に見てもらうことにする」

 

そこに蘭の声が響く。

 

「コナン君!!」

 

手術台の移動音を響かせて、医者と看護婦と共にその場に現れた彼女は、コナンに声を掛け続ける。

 

「もうちょっとの辛抱だから!!コナン君!!!」

 

そんな蘭を静かに見つめる哀。彼女はまだ、蘭を警戒している。

 

「--先生、大変です!!!」

 

そこで別の看護婦がやってきた。その女性は、以前の手術でコナンと同じ血液型の保存液を使ってしまっていて、在庫がほとんどないことが伝えられた。

 

「なんだって!?今から血液センターに発注しても間に合わんぞ!!?」

 

それをきき、蘭が声を上げる。

 

「あの…私の血でよかったら…。私もこの子と同じ血液型ですから!!」

 

それに小五郎は驚き、博士は顔を青ざめさせ、哀と修斗は表情は変わらないものの、確信した。

 

蘭が、コナンの正体に気づいていることにーーー。

 

「お、お前、どうして…」

 

「でも一応、調べてください」

 

そこで看護婦は蘭を連れてその場を離れていく。それを霞む視界の中で見送るコナン。

 

(蘭、やっぱり…やっぱり、お前…)

 

手術が始まってしまえば、誰も口を開けない。祈るしか、ないのだから。

 

 

 

 

修斗が咲を連れて帰り、帰ってきていた雪男に見てほしいと頼み、雪男も咲の姿を見て目を見開くと、頷いた。そこで場所を移動し、修斗の部屋。

 

「…」

 

「…どうだ?」

 

まだ意識を失ったままの彼女の瞼の裏を見たりしなが診察していき、とりあえず問題ないことは伝えた。

 

「けど、兄さんの話を聞く限りだと、その『トラウマ』をまだ受け止めれる状態ではないから、何を見て錯乱したのか、忘れる可能性は極めて高いだろうね…今日のことも、あまり覚えてないかもしれない。特に、きっかけとなっただろうところは」

 

「…そうか」

 

そこで扉が勢いよく開き、二人が驚いて扉の方へと顔を向ければ、髪で表情は隠れているものの、彰が立っていた。どうやら調書は他に回ったらしい。

 

「おかえり、彰兄さん」

 

雪男の声に反応せず、彰は無言で壁に背を預けていた修斗に近づいた。

 

「おい兄貴。親しき中にも礼儀ありだろ。ノックぐらいーーーッ!?」

 

修斗が彰に注意しようとするが、彰は無言で修斗の胸倉を掴み、壁にたたきつけた。それは何の容赦もない力で、息を一瞬詰めてしまった修斗。いつもなら謝罪が来るところだが、それもないほどのーーー怒り。

 

「お前、なにを隠してやがる!!!??」

 

「ゲホッ…はっ、なんの…」

 

「ちょっと、兄さんたち!?」

 

雪男が止めに入るが、彼の貧弱な力では彰の力を緩めることが出来ない。そもそも彼は武道に長けた人間だ。インドアの彼では無理だった。

 

「テメェがなんか隠してんのはそもそもから知ってたが、いい加減に話してもらおうじゃねぇか。アァッ?何を隠してやがる。吐きやがれ!!!」

 

「グッ…」

 

首が更に締まるが、答えることなど、彼には出来ない。例えば、話してもしものことが起こればーーー修斗は其方の方が耐えれない。彼は苦しいながらに、無言を貫くしかできない。嘘を兄妹に吐きたくないからだ。

 

そんな修斗を見て吐くつもりがないと理解し、一度またきつく締めるが、深く深呼吸をして、ゆっくりと力を抜き、放した。咳き込む修斗の背中を擦る雪男は、悲しそうな顔を浮かべていたのを、修斗は見てしまい、血が滲むほど、唇を強く噛んだ。

 

 

 

 

 

翌日、日の出が現れだしたとき、コナンは目を覚ます。鳥の囀りが外から聞こえる。自身が生きていることを実感できた。

 

(どうやらまだ生きてるみてぇだな。しぶといねぇ、俺も…)

 

そこで起き上がれば左腹が痛んだが、傷が開くことはなかった。そこで足の辺りに重みを感じ、そちらに顔を向ければ、顔を突っ伏して寝ている蘭がいた。

 

「--蘭に感謝しろよ」

 

そこで声が聞こえて扉へと顔を向ければ、寝起き顔の小五郎が欠伸をしながら病室へと入ってきた。

 

「自分の血を400CCもオメェにやった上に、夜通しで看病してたんだからな、たくっ…」

 

小五郎はその後も、偶然、蘭が同じ血液型だったからよかったものの、特殊な血だっ

たらアウトだったことを言い、コナンに早く元気になるように、ならないと承知しないといえば、コナンは子供らしく頷くとともに、蘭が自身の正体を確信していることを理解した。

 

 

 

 

 

十日後。コナンは順調に回復し、今日の診察でも、主要臓器の損傷もなく、2,3日後には退院できるだろうと蘭は医者から聞き、嬉しそうな笑顔を浮かべる。ただし、術語で抵抗力が落ちていたために、上気道感染、つまりは風邪を引いていた。そんな風引きコナンはといえば、見舞いに来ていた子供たちに渡されたゲーム機を車いすに乗った状態でしていた。その間も、ケホケホと咳き込んでいる。それを心配そうに見つめる蘭。しかし反対にコナンは、ゲームに集中していた。

 

「なあ、そのゲームいけてるだろ?」

 

「今が、学校で大流行なのよ?」

 

「あっ!そこです!そこ、左に…」

 

そこで園子にゲーム機を取られてしまう。それに不満の声を上げる子供達だったが、園子は怪我人であるコナンを病室へと連れていく。子供たちは時間が時間のため、帰ることとなった。

 

「退院が2,3日後って事は、学園祭の真っ最中…」

 

「3日後だったら私達の劇の当日よ?どうすんのこの子の迎え」

 

そう。その日は朝から手が外せないほどに忙しい日。蘭では迎えに行けないことは本人も理解しており、小五郎に頼んだことを話す蘭。その間、黙々とゲームをしているコナン。

 

「そういえば、彼奴に連絡した?」

 

「彼奴って?」

 

「んもう、新一君よ!蘭が劇のヒロインをするって言ったら、すっ飛んでくるかもよ?」

 

その名前が出た瞬間、コナンはゲーム機を取り落としてしまうほど動揺した。反対に笑顔で対応する蘭。

 

「来ないよ。それに…いいんだ、私」

 

「えっ?」

 

「コナン君が元気になって見に来てくれれば!」

 

それに頬を赤く染めながらコナンは蘭を見上げる。

 

「…来てくれるよね?」

 

「っうん!」

 

「---あらなぁに?ラブラブ~って感じじゃない」

 

そこで園子が眉を引く附きながら割って入り、新一からコナンに乗り換えたのかとからかい、蘭が否定した時、コナンは園子が手首に包帯を巻いているのを見つけた。

 

「ねえ、どうしたの?園子姉ちゃん。その手首」

 

それに園子は悲しそうな顔で説明し始める。劇の練習中にへ捻り、騎士役が降板したこと、新出先生が代役を務めることになったこと。

 

「まあ、あとは蘭が大勢のお客さんにのまれなきゃ、バッチリね」

 

「もう、平気よ!あの体育館の空調壊れてて、上演中サウナ状態で、去年のお客さんの入り悪かったみたいだから」

 

その話を聞いていたコナンは表情がどんどんと不機嫌になってい。園子が騎士役だったために嫉妬しなかった彼だが、男性教師、しかも『新出先生』となれば話は別だ。

 

(あの優男、最初からそのつもりだったんじゃ…)

 

「あら、今年は大丈夫よ?演劇部が体育館の中で模擬店出して、冷たい飲み物を売るってさー」

 

「えー、うそーっ」

 

そんな会話をしながら去っていく三人。その姿を見ている人物がーーー壁際に、一人。

 

 

 

 

 

病室へと戻ってくれば、関西弁で喧嘩する男女の声が聞こえてきた。

 

「あんた何考えてんの!?ユリ買うてきて!」

 

「うるさいやっちゃな!花やったらなんでもええやないか」

 

もちろん、それに気づかないわけもなく、コナンの病室からする声に不審に思う園子と蘭。反対に、コナンは声と方言で特定した。

 

(あの声、まさか…)

 

三人が病室へと入れば、平次と和葉がいた。二人はやはり、なにか言い争いをしている。

 

「アホッ!ユリはな、匂いがキツぅて嫌がられるんやで!?見舞いに買うてくる花ちゃうやん!!」

 

「そやったら初めからそう言うとけ、ボケェ!!」

 

「---服部君と和葉ちゃん!どうしたの?」

 

蘭からのその問いに、二人は喧嘩をやめ、コナンが大けがをしたと聞き、学校帰りに飛行機に乗ってきたと言う。

 

「それで、どうなん?具合…」

 

「うん、順調に回復してて、2,3日後には退院出来るって」

 

それに和葉は安堵する。それを見て、平次が彼女に別の花を買ってくるように言うと、和葉は文句を言いながらも蘭たちを連れて花を買いに行った。それを見送るとコナンが『わざわざ』買いなおさないといけない花を選んでなんの用かと聞けば、博士から電話があり、コナンの相談に乗ってほしいと言われたという。

 

「相談?」

 

「なんや知らんけど工藤、お前…あの姉ちゃんに正体バレかかけてるそうやないか!」

 

笑顔で楽しそうに言う平次に、諦めた様な様子のコナンは訂正する。『バレかけてる』ではなく『バレてる』のだと。それにコナンから話たのかと驚く平次だが、コナンはしていないという。実際、彼は何もしていない。

 

「せやったら、お前とじーさんの思い過ごしかもしれへんど?バレるバレると怖がってるから、そない思うんや」

 

「いや、思い当たる節は今までにいっぱいあるんだ。俺が分身でもしねー限り、誤魔化すのは無理って感じだぜ?」

 

だがそんなコナンでも分からないことがあった。それは、『なぜ自分に言わないのか』ということ。確信を持っているなら、余計になぜ言わないのかを。それに平次は溜息を吐く。

 

「相変わらず、人の心は読めても、自分のことになるとサッパリやな」

 

その平次の言葉の意味が理解で来ていないコナンはキョトン顔。それを無視して答える平次。

 

「あの姉ちゃんがホンマに気いついてるんやったら、言わへん理由は一個だけーーー待ってるんや。お前の口から直接話を聞かせてもらうのをな」

 

その発想は浮かばなかったらしいコナン。そんなコナンに、腹を括って全部話した方がいいかもしれないと言う。

 

「…バーロォ、人の苦労しょい込んで、自分の事のように心配して泣いちまう様なお人好しに、ンなこと言えるわけねぇだろ…。かと言って、あんな張り詰めた様な蘭を、このまま欺き通す自信はな…本当は早く全て話して楽にしてやりてえんだ」

 

コナンは最後に平次に問う。平次なら『どっち』なのかと。どちらが『正解』なのか、と。

 

帰りの飛行機の中、平次は考えていた。その時、和葉に声を掛けられる。蘭の演劇を見に行かないか、と。その時、コナンとの会話が思い返しーー行けれないと答えた。抜けれない大事な用がある、と。

 

 

 

 

 

その日の夜の病院。誰も歩くことなく静かなこの時間に、廊下には一つの灯りが辺りを照らす。看護婦が巡回しているのだ。その看護婦が去っていくのを見届ける、影。その影は壁に身を隠し、息を殺して看護婦が去るのを待つ。少しして、看護婦が去るのを確認し、ニヤリと笑うと、薬品室へと入りーー『KCN(シアン化カリウム)』を手に取ると更に笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

同時刻。コナンの病室では、平次と話した内容を、彼は未だに答えが出せないでいる。

 

博士に初めてこの幼児化を話したとき、話さないように言われた。誰にも、蘭にも言うなと。昼に平次と話した内容がよぎる。しかし話してしまえば、蘭は処か、親しい間柄の全員が消されると、だから、誰にも言ってはダメなのだと、あのピスコと対峙した事件時に哀に言われている。しかし、蘭はコナンから話すのを待っていると、平次は言った。

 

『--1人にしないで』

 

それは以前、豪華クルーザーのチケットをゲットした時に起きた事件の日に言われた言葉。

 

(---やっぱ、言うっきゃねーか)

 

コナンがそう決めた瞬間、近くで『ガチャン』という音が聞こえ、何かと横を見れば、哀がいつもの無表情でーーー拳銃をコナンに向けていた。




咲さんを病室シーンに出そうかとも思ったのですが、やめときました。きっと、二人の会話に彼女は入れない気がするのです。でも多分、あとから彼女は聞く気がするのでモーマンタイです!

ちなみに、咲さんのトラウマスイッチは、『目の前で拳銃で撃たれて倒れる』ことが条件なので、目の前で撃たれた姿目にしなきゃ、すぐ発狂とはならなかったです。夢として出て、発狂はするでしょうが。ちなみに、最大のトリガーは『親しい人』なので、赤の他人が撃たれても反応しません。よほどのお人好しか、もしくは彼女が『自分の所為』と責めるような状況でない限り。

ではでは!


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第27話〜命懸けの復活 第三の選択〜

そう言えば、前話で咲さんのトラウマスイッチの話をしましたが、もしかしたら、あの米花シティホテルの件でおかしいと感じる方もいるかもしれませんので、その話は…あとがきで少し説明します。

それでは!どうぞ!!


静かな夜の病室。銃で撃たれて入院しているコナンの部屋では、その静寂が崩されかけていた。

 

元黒の組織の研究者をしていた女ー哀によって、銃口を向けられているために。

 

「は、灰原…!」

 

コナンの驚愕の表情に、彼女はフッと笑う。

 

「悪いわね。どうやら私の中には、まだ冷たい黒い血が流れていたみたいだわ」

 

「何ッ!?」

 

「あら、分からないの?…私と優の正体が、バレたのよ」

 

彼女は『誰に』とは言わなかった。しかし、伝わってしまうーー『黒の組織(奴ら)』だ。奴らに、バレてしまったのだ。

キッカケは、奴らと遭遇した、杯戸シティホテルでの一件。予想外だった。ピスコの他にもう1人ーー仲間がいた事に。

 

「その仲間の証言で、私達が薬で幼児化した可能性があると組織は疑い始め、今朝、彼等に私達の居場所が突き止められたって訳」

 

しかし彼女は生きていた。それは、取引を持ちかけられたからだという。組織に戻れば、裏切りは不問に付すと言ったらしい。理由は、彼女が逃げて滞っている薬ー『APTX4869』。その研究を、一刻も早く進めたい。それだけのために。

 

「優も、組織に戻って、一生働き続ければ殺さないと言われ、承諾したわ」

 

それを聞き、コナンはフッと笑う。

 

「それで、組織の存在を知っている俺を、殺しに来たってわけか」

 

「ええ。それが、私達を受け入れる為の、彼等が出した条件。優がやると言っていたけど、折角だから、私が送ってあげようと思ってね。ああ、貴方の両親も、大阪の少年探偵も、明日には消されるそうよーーごめんなさいね?優は家族と子供達が、私は博士が、人質に取られてるの。今の私達には、彼等を助けるだけで精一杯。でも感謝してよ?貴方が両親や友達の死に顔を見ないようにーー真っ先に逝かせてあげるんだから」

 

そして哀はその小さな指で重いトリガーを引きーー『バキュン』と共に、コナンの眼の前で、赤い薔薇達が咲きほこった。

 

「へっ…?」

 

コナンはこの唐突な事態を飲み込めずにいる。自分は撃たれたはず。しかし、何処にも風穴は空かず、そもそも撃った筈のその銃口からは薔薇が咲くだけ。銃弾など出る隙もない。つまりこれはイタズラグッズの拳銃。

 

「ーーだったら、どうする?」

 

哀が楽しそうに問いかければ、コナンは心底意味が分からないと言った表情をする。それに目を背けて、オモチャの拳銃から薔薇の花束を彼女は抜く。

 

「あの会場に、奴らの仲間がいたとしたら。そして、私達の居所が突き止められ、博士達が人質に取られたとしたらーー私は、今言った行動を取るわよ」

 

そう言いながら、薔薇を近くの花瓶に刺す。

 

「…まあ、そうなったら彼等は、私達や、私達に関わった全てを抹殺する方が高いけど」

 

「おい、お前一体、何を言いに…」

 

「貴方に釘を刺しに来たのよ」

 

その哀の言葉に、コナンは理解出来ていない。なぜ、彼女が彼に釘を刺さなければいけないのか、を。

 

「感情に流されて、貴方が彼女に組織の事を漏らせばーー彼女は間違いなく、組織が消去する標的の1人にされる、てね」

 

哀が言う『彼女』など、1人しかいない。蘭だ。哀は十中八九、彼女がコナンの正体に勘付いている事、今回ばかりは誤魔化しきれないと考えたコナンが、薬や組織の事を全て打ち明けて、楽になろうとしている事、その2つを言われたコナンの目が見開かれる。事実だった。

 

「…何を驚いてるの?こんな事、見舞いに来て貴方の顔を見れば、一目瞭然よ。私が分かるんだから、彼女も気づいているでしょうね。『そろそろ、話してくれるかしら?』…なんて、思ってるかもしれないわよ?」

 

「おいおい…」

 

「貴方の選択肢は3つ」

 

哀はそこで指を3本立てた。

 

「1つ目は、このまま彼女に何も話さず、冷酷に接し続ける。2つ目は、組織に正体がバレる訳がないとタカを括って、彼女に真相を話す」

 

話すたびに1本、2本と再度立てていく。

 

「3つ目は…」

 

そして最後の指が、立ったーー。

 

 

 

 

 

帝丹高校文化祭当日。ライブ等で盛り上がっている学園内で、一際行列が並んでいる体育館では、蘭達のクラスの演し物である演劇『シャッフル・ロマンス』が開催されようとしていた。

 

裏にて既に準備を始めている蘭だったか、園子に呼ばれて客席を段幕の隙間から覗き見れば、全ての席に人が座っていた。それを見て緊張が込み上がる蘭。

 

「ちょっと、嘘でしょ!?なんでこんなにお客さんいるの!?次ウチの劇なのに…」

 

「それだけ前評判が高いのよ!!なんたって、あのロミジュリを凌ぐ超ラブロマンスって銘打っちゃったもんね!!」

 

2人が頬を赤く染めながらそう話していれば、後ろから声が掛けられる。そこで後ろを振り向いてみれば、和葉がいた。

 

「やっぱり来てもーてん!平次は迷惑かけるから行くなー言うとったけど…」

 

「じゃあ服部くん、来てないんだ…」

 

「なーんだ、密かに狙ってたのに…」

 

それに和葉の表情が硬くなる。それを見て慌てて蘭が冗談だと言う。

 

「園子は別の色黒の男の人に夢中なんだから!」

 

それに園子の顔が赤くなる。その彼と会ったのもまた事件に関係した時だが、今は関係ない。園子は揶揄い混じりで声を掛けてくる蘭に澄まし顔。

 

「悪かったわね…色黒好きで」

 

「ほんで、工藤くんはどこにおんの?…呼んでんねんやろ?」

 

和葉のその問いに、蘭は呼んでないという。そんな彼女に、園子が昔の友人や近所の知り合いを呼んでいるのに、なぜ彼を呼ばないのかと言う。そんな彼女達に割って入るのは、舞台裏まで入れてもらったらしい、マスクを付けたコナンだった。

 

「そっか、呼んだの、僕だけじゃなかったんだね、蘭姉ちゃん」

 

そのコナンの登場に、蘭が喜ぶ。そんなコナンの頭をわしゃわしゃと掻き回すのは、迎えに行っていた小五郎だった。

 

「まだ風邪が治ってねぇから、今日はウチで寝てろって言ったのに約束したから絶対行くって聞かなくてよ」

 

「どう?風邪、大丈夫?」

 

「平気だよ」

 

「無理しなくていいのよ?」

 

そんな蘭の心配そうな顔を、冷静な眼差しで返すコナン。そんな蘭を、後ろから騎士の代役である『新出 智明』が声を掛ける。どうやら最後のセリフのキッカケを話し合いたいらしい。そんな彼を初めて見た和葉。

 

「おっとこ前やなぁ!ひょっとして、蘭ちゃんの相手役?」

 

「そう!あの二人、お似合いって感じでしょ?」

 

そんな二人を目を細めて静かに見つめた後、席で見ていると言って去っていくコナン。そんなコナンの声を聞き振り向いた蘭を振り向くことなく歩いて進む。そして小五郎も最後に上がるなよと揶揄い混じりの声で言い、和葉も頑張ってと蘭を笑顔で応援し、その後を追って行く。そんなコナンを寂しそうに見つめる蘭。しかし開演15分前となり、ドレスアップしなければならなくなった蘭は、悲しげに俯いた。

 

そうして暫くして、演劇が始まった。幕が開かれるとともに真っ先に姿を現したのは、城の中で祈るように手を組み目を瞑る、美しく着飾った蘭。桜と白が主な色のドレス。しかしそれは、とても蘭に似合っていた。

 

「『ああ!全知全能の神ゼウスよ!どうして貴方は、私にこんな仕打ちをなさるのです!?それとも望みもしないこの婚姻に、身を委ねよと申されるのですか!?』」

 

そこで顔を手で覆う彼女に、小五郎はご機嫌な様子。

 

「よっ!待ってました、大統領!!」

 

その大きな声にその周りの全員が振り向き、その全員にご機嫌な様子で、彼女が自身の娘だと自慢すれば、その場の全員が微笑ましい思いで笑いだす。和葉はそれに照れた様子を見せるが、コナンは何の反応もなく、静かに劇を見続けた。

 

場面は蘭が馬車に乗って移動する所。そこを、何処かの国の兵士が武器を持って現れた。そこで園子が出番だと新出を呼ぶ為に後ろを見れば、そこには予想外の人物がいたーー。

 

「『お、おのれ!何奴!?これをブリッヂ公国、ハート姫の馬車と知っての狼藉か!!』」

 

三人いる兵士役の男子生徒の一人が焦った様子を見せながら問えば、相手役の男子生徒三人が悪どい笑みを浮かべている。

 

「『元より承知の上よ!!』」

 

「『姫を亡き者にし、婚姻を壊せとのご命令だ!!』」

 

「『我ら帝国にとっちゃ、公国と王国には、今まで通りにいがみ合ってもらった方が、都合がいいって訳よ!』」

 

そんな三人を見て、正義感が強い和葉が握り拳を作って見ている。そしてその帝国の兵士の一人が問い掛けてきた公国側の兵士を斬りつけ倒し、馬車の扉を開けて無理やり外に引っ張り出して、蘭が悲鳴を上げたところで、ついに和葉の我慢が効かなくなった。演劇ということも忘れて勢いよく立ち上がり、叫ぶ。

 

「蘭ちゃん!!空手や空手ェ!!そんな連中、いてもうたってぇ!!!」

 

客席側が和葉の様子に驚いたその瞬間、パッと一箇所がライトアップし、そこに黒い鴉の羽が1枚、2枚と降り始める。それに兵士と姫が驚き体が動きを止めた。1人の兵士が何かに気付いたように見上げた、その瞬間、上から漆黒の騎士が現れ、その兵士を斬り捨てた。

 

「『こ、黒衣の騎士ッ!!』」

 

その登場に和葉がヒートアップし、コナンは腕を組んで退屈そうに見つめている。

帝国の兵士達は慌てて逃げ出した。

 

「『1度ならず2度迄も、私をお助けになる貴方は、一体誰なのです!?』」

 

それに答えを返さない騎士。

 

「『ああ、黒衣を纏った名も無き騎士殿!!私の願いを叶えて頂けるのなら、どうかその漆黒の仮面をお取りになって、素顔を私に!!』」

 

その騎士はゆっくりと振り返りーー蘭の両腕を、つかんだ。

勿論、今のシーンで覚えてる限りそんな動きはない。蘭は驚き、何も出来ないままに、そのまま騎士に抱き締められた。それに蘭は頬を少し赤らめて、照れた様子を見せた。

 

一緒に練習していた小五郎も覚えている。この場面にこんなシーンは存在しない。驚きで口をあんぐりとあけ、和葉は蘭を褒め称え、コナンは目を細めてそのシーンを見つめていた。

 

勿論、こんなシーンではないので、蘭は焦りながらも耳元で先生を呼び、台本と違うと言う。しかし騎士は何も答えない。

 

「あ、あの野郎!!嫁入り前の娘になんて事を!!?」

 

小五郎が怒りを露わにし、騎士を睨み付け、立ち上がって乗り込もうとした。しかし、それを和葉が素早く腕を強く捕まえて、邪魔したらいけない事、今は良いシーンだから余計にダメな事を注意する。そんな2人を冷たい目で見ていたコナンの隣に、青い帽子を深々と被った男性が、腕を組んで座った。それに驚いたのはコナンだ。その髪型は、どう見ても『彼』だった。『彼』は不敵な笑みを浮かべて壇上を見つめている。

 

「…園子ー!こっからどうすれば良いの?」

 

蘭が小声で幕袖にいる園子に問えば、彼女はスケッチブックを掲げて見せた。そこには『そのまま続けて』の文字。

 

「『そのまま続けて』って、大丈夫?」

 

蘭の問いかけに、園子はどこか嬉しそうな笑みを浮かべて、力強く頷く。周りの他のクラスメイトの女子も、どこかニヤニヤしていた。

 

「…『貴方はもしや、スペード!!昔、我が父に眉間を斬られ、庭から追い出された貴方が、トランプ王国の王子だったとは!!』」

 

蘭はとにかく進めようと、本来は騎士が仮面を取った後で言うはずだったであろう台詞を続けた。

 

「『幼き日のあの約束を、まだお忘れでなければ、どうか…どうか私の唇に、その証を!』」

 

「うわぁ!?バカァ!!なんて事言うんだお前は蘭!!」

 

そこで互いに唇を寄せーー。

 

 

 

「キャーーーーーー!!!」

 

 

 

その瞬間に体育館に木霊する悲鳴に2人は動きを止め、小五郎と和葉は後ろを振り返り、コナンと男も視線を後ろへと向ける。

 

名も無き騎士は壇上で素早く蘭を後ろへと隠し、盾となるように立つ。

 

悲鳴が木霊した場所には、空の紙コップが落ちーー眼鏡の男が、倒れていた。

 

 

 

 

 

演劇は中止となり、警察が到着し、現場保存が完成。目暮と共に、彰と瑠璃、松田、伊達達もやって来た。

 

「亡くなったのは『蒲田 耕平』さん、27歳。米花総合病院勤務の医師だったようです」

 

瑠璃が目暮達に説明し、目暮が、彼と共に来ていたらしい同じ病院勤務の三人ー警備員の『三谷 陽太』看護師の『野田 夢美』事務員の『鴻上 舞衣』に間違い無いかと問いかければ、茶髪の女性ー夢美が肯定する。

 

「劇を見ている最中に、倒れられたとのことですが…」

 

「なんか、急に苦しみだしたと思ったら、すぐ、崩れるように倒れてしまいました…」

 

「…いま、高木…ああ、あの刑事のそばに落ちてる紙コップの中の飲み物を、仏さんが飲んでから倒れたんじゃないのか?」

 

伊達が夢美に問いかけるが、夢美は曖昧な返事を返す。彼女は劇に見入っていて、見ていなかったらしい。

 

「へぇ、それはさぞや素敵な話だったんだろうな…ラブロマンスってあるが」

 

「松田、気持ちは分かる。俺達じゃ見れない話だ」

 

「え、面白いじゃん、恋愛系ドラマ。ラブロマンスも最高だよ?女心がキュンキュンするよ?」

 

「「キュンキュン…」」

 

瑠璃の言葉に、彰と松田の顔が引き攣る。

 

「お前、その言葉…その歳で恥ずかしいだろ」

 

「うっさいですよ松田さん!!私だって女ですからね!?」

 

「…ゴホン、高木、中身は?」

 

伊達が話を戻すように咳払いをし、高木に中身を聞けば、やり取りを見て苦笑いをしていた高木がハッとし、殆ど残ってないと答える。それを聞き、目暮が夢美に何時頃に蒲田が倒れたのかを聞けば、夢美が腕時計を見る。

 

「えっと、劇が始まったのが2時過ぎたから…」

 

「ーー午後2時40分頃だと思いますけど…」

 

そこで代わりに時刻を答える声に、その方向へと顔を向ければ、どう考えても主役らしい姿をしている蘭がいた。

 

「ら、蘭くん!?」

 

「わぁ!蘭ちゃん…素敵!!」

 

「あ、ありがとうございます、瑠璃刑事…丁度、悲鳴が聞こえたのは、劇の中盤の見せ場のシーンでしたので…ねえ、先生!そうでしたよね?」

 

蘭が後ろにいた騎士に問いかけるが、彼は答えない。そんな彼の様子を不思議に思う蘭。

 

「そうか!この学園祭、蘭さんの高校だったんですね!!」

 

「という事は、まさかあの男も…!?」

 

そこで目暮が右へと目を向けた時、上着を着ながら此方へと歩いてくる小五郎がいた。彼は目暮に目を向けられて、キョトン顔。

 

「誰か、お探しですか?警部殿」

 

「お前だよ、お前」

 

目暮が何処か呆れたような顔をして小五郎を見る。事件現場に小五郎がいるのが多過ぎるのだ。

 

(疫病神め。とうとう娘の学校にも不幸な事件を呼び込んだか…)

 

(警部、考えが顔に出てます…)

 

(うわぁ…警部、面白い顔してるぅ)

 

目暮の考えが表情からダダ漏れで、彰と瑠璃が其々そう思い、伊達も松田も、呆れたように溜息をつくだけ。

 

「で?当然、遺体には誰も近付けてはおらんだろうな?」

 

目暮が小五郎に問い掛ければ、彼は誇らしげな顔をする。

 

「勿論です、警部殿!現場保存は捜査の基本中の基本です!!この検屍官さんが触るまでは、誰も、近付いておりません!!」

 

そう言って、小五郎は眼鏡をかけた男の検屍官を指す。彼は高木の隣でずっと遺体を観察していた。

 

「死因は、分かりましたか?」

 

「え、毒殺以外にあるの?」

 

瑠璃が驚いたように彰と松田、伊達に小声で問いかける。見た限り、刺し傷もない、絞殺痕もない、かといって打撃痕もない。その他でここまで綺麗な遺体を作り出す方法があるのか、瑠璃の知識には毒殺以外にはなかった。

 

「…殺しだと断定された訳じゃねぇからな?」

 

「あっ、そっか。そう言えばそうだった」

 

松田が溜息を吐きながら言えば、それに納得した瑠璃。彼女は無意識に殺人だと決めつけてしまっていた。

 

「まあ、これは間違いなくーー」

 

「はい、恐らくこれはーー」

 

「青酸カリや」

 

松田が其処で言葉を続け、検屍官も答えようとした時、そこで大阪独特の方言が聞こえ、驚いて顔を遺体のすぐそばに顔をむけた。其処にはいつの間にか、青いキャップを被った男がいた。

 

「多分、この兄ちゃん、青酸カリ飲んで死んだんやろな」

 

「え、え?どなたです??」

 

「それ俺たちが聞きてぇよ」

 

瑠璃の頭にハテナが3つ浮かび、松田も頭が痛むのか、手で押さえて重い溜息を吐く。伊達と彰は苦笑いで、目暮に叱られている小五郎を見ていた。

 

「うーん、でもこの声、どっかで聞いたような…」

 

瑠璃が其処で記憶を遡っている間に、話が進む。彼は、見たら死に方が分かると言った。何故なら、死んだら人は血の気が引くが、唇の色も爪の色も、紫色に変色しないどころかピンク色になっていると話す。

 

「こら、青酸カリで死んだ証拠やで」

 

「ああ、青酸カリは他の毒と違い、飲んだら細胞中の電子伝達系がやられて、血液の酸素が使われないまま、逆に血色が良くなる…物知りじゃねえか、坊主」

 

松田がニヤリと笑いながら男に近付き、男も褒められた為か何処か誇らしげな顔を口元に浮かべた。しかし、松田はそんな彼にーー拳骨を入れた。

 

「っ〜!!痛いやないか!?何すんねん!?」

 

「バカが!!部外者が何当然のように現場に入ってやがる!!」

 

「いや、松田刑事、もしかしたらこの男、詳しくここまで話せるんだ、蒲田さんの近くにいた可能性がーー」

 

「あーっ!!」

 

そこで瑠璃が大きな声を上げた。それにその場の全員が驚き、瑠璃を見れば、彼女はどこか嬉しそうに声をあげる。

 

「思い出した!!その声、服部くんだよね!?」

 

それにギクリと身体が固まったのはーー白い肌をした帽子の男。

 

「は、はぁ??は、服部くん??ちゃうちゃう!!俺はーー」

 

「大阪から遊びに来て、蘭ちゃんたちの劇を見に来たの?いやぁ、それにしても久しぶりだよね!!ホームズの時の事件以来だよ!!…でもなんで肌が白いの??」

 

「せやから、俺は…!!」

 

「あれ?あの時はシャイな子に見えなかったけど、意外と恥ずかしがり屋だった??」

 

「話し聞けやボケェ!!」

 

遂に瑠璃にそう怒鳴ってしまう男。瑠璃は何故、自分が怒られたのか分からずキョトン顔。彰と松田、そして伊達は、2人のやりとりに笑いを堪えるので必死だった。

 

「ひぃ、ヒィ…はぁ、苦しいぃ…!」

 

「ははっ!アンタ、諦めた方がいいぞ?そいつが言ったんだ、間違いはないだろうさ」

 

「は、はぁ?何言っとんのや?アンタら…」

 

「はははっ!!そいつは、瑠璃は、絶対に忘れないーー『完全記憶能力』の持ち主だぜ?」

 

松田がニヤリと気障に笑って伝えれば、男はそれを思い出す。そう、ホームズの事件の時にも彼女は自身で言っていたではないか。『完全記憶能力』ー見たこと聞いたこと、それら全てを忘れることはないと。

 

しかし、ここで認めるわけにはいかない男。そう、彼にはやらなければいけない役割がーー。

 

「何してんの?平次?」

 

そこで帽子が取られて視界が広がった。その広がった先に現れたのはーー幼馴染の和葉だった。

 

(か、和葉…!?お前、来るなっちゅうたのに!!)

 

「顔にパウダーつけて、髪型変えて…ここで歌舞伎でもやんの?」

 

そう言いながら和葉が白い頬をなぞれば、その下から日に焼けたような黒い肌が現れた。

 

「ち、ち、ちゃうわい!!俺は平次やのうて、工藤新一や!!」

 

しかしその瞬間、彼に詰め寄り、目暮と小五郎が怒鳴る。

 

「お前どんな冗談だっつってんだよ!!!」

 

そこで彼は遂に諦めたのか、セットしたらしい髪をくしゃくしゃにして戻し、白い肌も拭いて、顔の辺りだけ色黒に戻った彼は、苦しい言い訳を始める。

 

「じ、冗談や冗談!!いやぁ、工藤の姿をして皆を驚かせようと思ったんやけど、アカンな!やっぱりバレてしもうたかぁ!!」

 

そんな彼に小五郎も目暮も呆れたような目を向ける。

 

「たくっ、なんなんだお前はぁ…」

 

「馬鹿をやるのは毛利1人で十分だっつぅの…」

 

その目暮の本音に小五郎が目暮に顔を向ければ、目暮は冗談だと言う。

 

(くそぅ…工藤のフリして、客席のちっちゃい工藤と一緒におるんを、あの姉ちゃんに見せて疑いを晴らしちゃろっちゅう巧妙な俺の計画が、和葉とあの刑事の姉ちゃんの所為で、さっぱりわやや…)

 

そこで目暮が咳払いし、平次に話しかける。

 

「ゴホン!…と、兎に角だ!!服部くん、君は一体、どこに座っていたんだ?まさか、本当に蒲田さんの隣にいたのかい?」

 

「ちゃうちゃう!俺の席は蒲田さんとは、通路で分けられた横のブロックの最前列や!」

 

「ん?横のブロックの最前列…」

 

そこは小五郎達が座っていた列だが、小五郎には記憶がない。

 

「そうや!おっちゃんの3つ奥に座ったっとったんやで?」

 

平次がニヤニヤと笑って小五郎を見るが、しかしやはり記憶になかった。目暮にも確認を取られるが、劇に夢中になっていて誰が近くに座っていたか覚えてないと素直に言えば、目暮が呆れたような眼差しを向ける。

 

「…誰か、証明できるような奴は近くにいなかったか?」

 

松田が話が進まないと思い、問いかければ、彼はコナンへと顔を向ける。

 

「くどっ…こっ、コナンくんの隣に、ちゃーんと座っとったで?」

 

平次がそう最初にどもりながらも話し、蘭も確認をとれば、コナンも頷く。

 

そんな平次を、彰が訝しげに見ているのに、彼は気付かなかった。

 

「それで、無くなった飲み物は、蒲田さんが自分で買って来たのかね?」

 

目暮がそこで漸く、夢美達に問い掛ければ、夢美が否定し、黄色のパーカーを着た舞衣が、演劇部がしていた模擬店で、4人分の飲み物を買ったという。その後、彼女は水色の半袖の服を着た三谷に飲み物を渡し、彼女トイレに行ったと三谷に確認し、彼も頷いた。

 

「じゃあ、三谷さん。貴方が飲み物を亡くなった蒲田さんに渡したんですか?」

 

「い、いえ…みんなに配ってくれって渡されて…」

 

 

 

ーー劇が始まる前。

 

『ちょっとトイレに行ってくるから、これ配ってて』

 

舞衣が買った飲み物を三谷に渡し、彼女はトイレに行くという。そんな彼女に夢美が腕時計で時刻を確認し、急いだ方が良いと伝え、舞衣もまた時刻を確認し、急いでトイレへ。その間に三谷が飲み物を確認する。

 

『ええっと、舞衣がアイスコーヒーで…』

 

『私、オレンジ』

 

夢美の言葉に三谷がオレンジを渡すと共にアイスコーヒーも渡す。

 

『耕平はアイスコーヒーだったよね?』

 

『あ、ああ…』

 

そう言って、耕平が受け取ったーー。

 

 

 

「ーーーだから、蒲田に直接、手渡したのは彼女ですよ…」

 

そう言って夢美へと視線を向ければ、夢美が機嫌を損ねた様子を三谷に向ける。

 

「何よそれ!?蒲田くんのアイスコーヒーを選んだのは、三谷くんでしょ!?」

 

そう言って争いそうな2人に、焦ったように高木が声を掛ける。

 

「あ、あのっ!失礼ですが、蒲田さんと、貴方方三人のご関係をお聞かせください…」

 

「私達、この高校の卒業生で、4人とも演劇部だったんです。偶然、今の職場も一緒で、学園祭の劇を4人で見に来るのが、毎年恒例になってました」

 

舞衣がそう答え、三谷が蒲田がこんな事になると思わなかったと呟き、夢美が、彼の学説が認められるかもしれないと喜んでいたと、悲しそうに言う。

 

「しかし、舞衣さん。なんで貴方1人で4人分の飲み物を買って来たんです?1人で4つも持つのは大変でしょうに…」

 

その小五郎の問いに、彼女は、売店が混んでいたため、三谷達には先に座って席を取ってもらっていたと言う。その際、途中で蒲田が来て手伝ってくれると言い、それを彼女は了承したのだが…。

 

「蒲田くん、急に青い顔をして、席に戻っちゃったんです…」

 

「青い顔?」

 

「何か、あったのか?」

 

小五郎が首を傾げ、松田が問い掛ければ、予想もしない所から答えが返される。

 

「きっと、売り子の中に私がいたからじゃないでしょうか?」

 

「あらっ、『彩子』ちゃん!?」

 

夢美が驚いたように振り返れば、其処には眼鏡を掛けた女子生徒『蜷川 彩子』がいた。

 

「貴方もこの学校の生徒だったの?」

 

「そっかぁ!どっかで見た顔だと思ったら!」

 

夢美と舞衣の驚いた様子に、目暮が知り合いかと聞けば、彼女達の職場である病院に勤めている、院長の娘だと言う。それを聞き、小五郎が4人分のカップに飲み物を入れたのが彩子かと聞けば、それを彼女は肯定する。それはつまり、彼女もまた、青酸カリを入れる事が出来た人物という事である。

 

それで容疑者が出揃ったと平次が言うと、舞衣が慌てた様に問いかける。

 

「ちょ、ちょっと!?私は蒲田くんと同じ、アイスコーヒーだったのよ!?私が彼の方に毒を入れたのなら、誤って自分が飲まない様に、直接、彼に渡すわよ!!」

 

それは確かに正論。しかし、方法がないわけではない。

 

「…両方入れて、飲まなかったとか?」

 

瑠璃のその呟きを拾った舞衣が反論する。

 

「全部飲んだわよ!」

 

「自分のはトイレに捨てちゃったんじゃないですか?」

 

「いや小五郎さん。彼女は飲み物を置いてトイレに行ったんですよ?流石に飲み物も一緒に持って行ったら、他の3人も疑うんじゃないですか?」

 

小五郎の言葉に彰が自身の考えを伝え、他の2人を見る。それに夢美も三谷も頷くのを見て、それが事実だと受け止めた。次に三谷を見れば、彼は配っただけで、毒を入れるタイミングはなかったと言い、夢美もまた同じ状況であったと声を上げる。しかし目暮が、蓋を開けて中身の確認ぐらいした筈だと言えば、蓋に中身の内容が書いてあって、開けなくても分かったと言う。しかも、アイスコーヒーにはミルクとガムシロップも乗っていたことも伝えられる。ならばと小五郎は元々、毒入りのガムシロップかミルクを持っておき、それをすり替えればどうだと言う。しかしそうなれば、飲んですぐに死ぬ事になると夢美が反論。なぜなら、青酸カリは『即効性』の毒だ。間違っても『遅効性』ではない。

 

となると、その推理の矛盾は1つ。

 

「…そうなると、蒲田さんは殆ど飲んでますから、ガムシロップとかには入ってなかったんじゃないですか?」

 

瑠璃の追い討ちの様な言葉に、小五郎はうっと呻く。

しかし、ここまでくると、殺人のトリックが分からない。それでも、分かることは1つだけ。

 

「ーー犯人は、あんたら4人の中に、おるっちゅうことやな!」

 

その平次の言葉に、4人は一気に警戒心を上げた。

 

それらのやり取りを、珍しく静観していたコナンもまたーー見つめていた。




『わや』…意味:滅茶苦茶になる、滅茶苦茶になった等の意味を持つ方言。

因みに、関西特有かと思えば、北海道の方などでも使われているみたいなので、結構広く使われてるみたいですね、この方言。

そして、平次君はアニメよりもちょっと早く正体がバレるという…本来は帽子を外して自身を『工藤新一』と偽って蘭さんに近付き、そこで和葉さんにバレるのですが、まあ和葉さんにバレなくとも、あの場の全員にバレてそうですね!だって普通に大阪弁で話してましたし!



…さて、咲さんのトラウマスイッチですが、前回の説明の通り、そこは間違いはありません。しかし、実は似た様な場面が一度だけ、前にありました。そう、米花シティホテルの、あのジンとの対峙ですね。

屋上まで逃げて、優(咲)が一度庇った後、今度は志保(哀)が庇い、それをジンは容赦なく撃ちました。あの場面でも蘇ってもおかしくないと思うでしょうが、ちょっとした違いがあります。

1つ目。この時、記憶の蓋は完全に閉まっていたこと。この蓋がほんの少し開いたのは、瞳の中の暗殺者編です。哀さんが、『燕』さんの事を問い掛けた時です。

勿論、これだけでも、スイッチが押されて仕舞えば発狂するのですが、明確な違いは2つ目。

2つ目。哀さんが気を失わなかった事。ジンは志保さんに『生還方法』を聞くためにも、急所を外していました。勿論、彼女は風邪をひいていて、しかもお酒を飲んだ後でもあるのでダル重状態。しかしそれでも緊張感からか、意識は保っていました。
煙突から落ちた後でも、ギリギリ彼女は意識を保ち続けていました。車の中でも、彼女は横になって寝ていただけ。それは咲も理解していたため、蓋が開かれる事はありませんでした。なんでしたら、出血量的にも致死量ではないと、無意識に判断しています。砂嵐の様なものも、頭の中に浮かんでいません。

もし、あの場面で彼女が意識を失ってしまっていたらーー砂嵐どころか一直線でトラウマスイッチがONとなっていました。

実にヤバイ線引きです。発狂してたら彼女はジンに無情にも撃たれて死亡。今の所まで生きてなかったでしょう。いやぁ、危ない危ない!


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第27話〜命懸けの復活 黒衣の騎士〜

平次が4人の中に犯人がいると宣言し、1人は戸惑い、1人は怒りの形相を露わにし、1人は警戒したような表情をし、最後の1人は表情が硬くなる。誰もかれもが怪しい中、高木が目暮を呼ぶ。どうやら、蒲田のポケットから、未使用のミルクとガムシロップがあったとのこと。これで余計にガムシロップ等に毒が入っていなかったことが証明された。しかし、それが今回、偶々、入れる前に死んでしまったのか、元々ブラック派だったのか、これでは分からない。平次が夢美達に問い掛ければ、いつもは両方入れている筈とのこと。

 

「じゃあ、どうして両方とも残ってたんだ…」

 

「…中身が」

 

小五郎の疑問は誰もが抱くもの。いつも入れているのにこの時だけとは、中々、考え難い。が、その理由は彩子が話し出す。

 

「カップの中身が…アイスコーヒーじゃなく、コーラだったから…」

 

どうやら彩子は、そうすれば、蒲田が取り替えに彩子の元へ来てくれると考え、ワザとそうしたとの事。理由としては、彩子と蒲田は元婚約者同士だった様だが、彼女がそれを解消。その理由を聞きに来てくれるかもしれないと、そう考えたらしい。

 

「うわぁ、一見しただけじゃ中々分からないことを…」

 

「まあ、俺もそんな事されても分からないだろうな…」

 

「松田さんもです?」

 

「けど、炭酸だからなぁ…あの独特の音が聞こえたら、中身が違うと知るだろうし…」

 

「いやお前ら、もっと重大な言葉が出されただろ。ボケに走るのもいい加減にしろ」

 

「やだなぁ、彰。松田さんはノッてくれただけだよ?私の現実逃避に」

 

その瑠璃の言葉に彰は容赦ない力で頭にチョップを入れる。瑠璃がそれで暫く痛みで蹲っている間に、彰はこちらを冷たい目で見ていた彩子に話を進める様に促した。

 

彼女の話では、元々、彼女が高校を卒業した後、蒲田と結婚する予定だったらしい。しかし、彼女は突如、不安になり、先週、婚約解消の電話を入れたらしい。しかし、その後から蒲田は彩子が病院に行っても会ってくれなかったと言う。

 

「なーんだ、だから私のもコーラだったのね。もうちょっとで、このミルクとガムシロップ、入れちゃうところだったわ」

 

舞衣がそう言って、ポケットから開けられていないミルクとガムシロップを出した。そんな彼女に彩子は謝罪する。そこで話が一段落したと理解し、目暮が4人の飲み物とガムシロップとミルクを鑑識に回す様に指示する。それで高木と、痛みから回復した瑠璃が回収に回り出したところで、小五郎が目暮の耳に顔を寄せ、小声で話し出す。

 

「警部殿、こうなるとあの線も出てきましたなぁ」

 

「あの線?」

 

「自殺ですよ。10歳も歳下の娘に振られてショックを受け、自殺を目論んでいた矢先にここで彼女と鉢合わせ。腹いせに彼女の前で自殺を決行したんですよ」

 

たしかに、その線が正解だった場合、蒲田の目論見通りに彩子は被疑者入りしている。後は犯人として彼女が捕まれば、万々歳。と、そんな思考を持っていた可能性もある。

 

「そういえば蒲田君、車のダッシュボードをゴソゴソしてなかった?」

 

そこで舞衣が三谷に話しかけ、免許証を探していると言っていたと三谷が証言。何か気付いたことがあるのかと目暮が聞けば、彼ら3人は蒲田の車でここまで来たらしいが、その彼の様子がおかしかったと言う。そこで目暮が高木にその車に案内してもらい、ダッシュボードの中を見てくるよう指示。三谷の案内で、夢美、舞衣と共に高木と千葉が雨の中を走って行く。その姿を、静かに窓から見つめる黒衣の騎士と、その騎士を見つめるコナン。

 

騎士が窓から視線を逸らした瞬間、コナンに声を掛ける平次。

 

「なぁ、工藤。お前も気ぃついてんのやろ?毒仕込んだ犯人が、多分あの人やっちゃう事を」

 

そこでコナンの肩に手を置く平次。しかしコナンは、その手に冷めた視線を向けて、その目を平次に向けた。

 

「開けっ放しになっとった蒲田さんの蓋、間違えられたアイスコーヒーとコーラ、ほんで、あの人のおかしな言動。トリックもバッチリ読めたで。後は証拠があれば完璧…」

 

そこまで聞き、コナンはサッと手を肩から退かし、その場を去って行った。それに待ったの声を掛ける平次。そんな2人を見つめるのは、蘭と和葉である。

 

「相変わらず、仲ええねぇ、平次とあの子」

 

「うん」

 

和葉の言葉に、蘭はどこか嬉しそうに、笑みを浮かべて同意する。

 

 

 

 

 

体育館の袖側では、園子が雨降る天気を見つめて、憂鬱そうにしていた。無理もない。張り切っていた劇は最後までされず、事件も発生。落ち込むなと言うのが無理である。

 

「はぁ、サイッテー。へんな事件は起こるし、劇は中止になっちゃうし、おまけに雨まで降ってきて…お祭りムードが台無しよ」

 

そこで、園子はずっと後ろに立っていた人物に話を振った。

 

「ねえーーー先生?」

 

園子に話を振られた人物ーー新出は、優しげな笑みで彼女を励ます。

 

「仕方ありませんね、こんな事件が起こってしまったんでは…また今度という事で、今回は諦めましょう」

 

 

 

 

 

事件現場では、目暮が鑑識から報告を受けていた。その報告を聞き終わると同時に、高木達が戻ってきた。彼は肩も髪もびしょ濡れのまま、ダッシュボードから見つかった小さな瓶を入れた袋を見せる。

 

「恐らく、青酸カリではないかと…」

 

「ご苦労。こっちにもさっき鑑識から連絡があったよ。4人の飲み物に、毒物が混入された形跡はないとな」

 

「そ、それじゃぁ…」

 

そう、こうなれば、残る線は一つのみ。唯一混入されてそうな飲み物から発見されなかったのだ。となれば、後一つ。

 

「うむ、これより我々は、本件を自殺と断定してーー」

 

その瞬間、体育館に声が響き渡った。

 

「待ってください、目暮警部」

 

その、この事件内では聞き覚えのない声に、全員が驚き、その声の方向ーー外へと通じる扉の前にいた、黒衣の騎士へと顔を向けた。

 

「これは自殺じゃありません。極めて単純かつ初歩的なーー殺人です」

 

その声は、蘭にとってはとても聞きなれた、しかし、目の前で聞くにはあまりにも久しぶりなーー声。

 

 

 

 

黒衣の騎士は歩き出す。

 

 

 

(駄目…)

 

 

 

一歩一歩、血塗られた惨劇の場へと、ゆっくり、しかし確かな足取りで、迷いなく。

 

 

 

(やめなさい…)

 

 

 

ーーまるでそれが、日常であるかのように、歩いていく。

 

 

 

(今のあなたは、表舞台に立つ事を…)

 

 

 

そんな彼を止める『彼女』の思考をーー理解しながら。

 

 

 

(光を浴びる事をーー許されない人)

 

 

 

『彼女』の物言いたげな視線を、浴びながら。

 

 

 

(それが分からないの!?)

 

 

 

「ーーそう、蒲田さんは毒殺されたんです。暗闇に浮かび上がった、舞台の前で、日頃から持っている、自らのたわいもない思考を利用されて」

 

イキナリ語り出した黒衣の騎士に、目暮も、小五郎も、彰も瑠璃も伊達も松田も、驚きを露わにする。

 

「しかも、犯人はその証拠を、今もなお所持しているはず」

 

彼は周りの、驚いた表情を浮かべる人々を見渡す。

 

「僕の導き出した、この白刃を踏むかのような、大胆な犯行がー」

 

そこで彼はーー気障に笑う。

 

「ーー真実だとしたらね」

 

そんな騎士に戸惑いながらも、目暮は問いかける。その騎士が、誰なのかを。

 

「き、君は、一体…」

 

「ーーーお久しぶりです、目暮警部」

 

そこで騎士は兜に手を掛けーーーその素顔を、露わにした。

 

 

 

 

 

「ーーー工藤新一です」

 

 

 

(…馬鹿)

 

 

 

 

 

それにその場の全員が驚きで目を丸くするーーただ1人、『コナン』を除いて。

 

幼馴染の蘭でさえ混乱している。なぜなら彼女は、今現在、自身の後ろで鋭い目で『新一』を見つめる『コナン』が本人だと、『工藤新一』だと、そう気付いていたはずなのに、根底から変えさせられたのだから。

 

それは、平次も同じだ。『コナン』を見て、『新一』を見て、混乱する。何がどうなっているのか、戸惑いの中にいる彼には理解できないでいる。その隣の和葉は、本当に『新一』が男である事を理解し、ホッと内心で安堵した。

 

「よっ!待ってました名探偵!!」

 

学生の1人がそう声を出す。それをキッカケに、周りの学生達は『新一』を囃し立てる。そんなクラスメイト、他の学年その他諸々を見渡し、口元に人差し指を持っていく。

 

「シッ…静かに。祭りの続きは、この血塗られた舞台に幕を下ろした後で」

 

そんな彼の言葉に、周りの全員が一気に口元を押さえて静かになった。そんな彼を、舞台の袖から見ていた園子は呆れ顔。

 

「かぁ〜、相変わらず語るねぇ、あの男は」

 

静かになったのを見て、新一は手を下ろす。そこで蘭が少し近づいて来たのに気付き、顔を向ける。

 

「新一…?本当に、『新一』なの…?」

 

「あぁん?はっ、バーロォ…寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ」

 

『新一』はそこで頬を赤らめながら蘭に近付き顔を近づけて、その耳元に顔をさらに寄せて、小声で話す。

 

「ーー後で大事な話があっから、逃げんじゃねえぞ?」

 

それに蘭が驚いた後、『新一』は次に平次に顔を向ける。

 

「ああ、それから服部」

 

「お、おお…」

 

「お前、10円玉持ってねえか?」

 

「はあ?そりゃ、一つや二つやったら持っとるけど、そんなもん何に使う…」

 

そこで平次は何かに気づきーーびしょ濡れ姿の『犯人』に目を向ける。

 

「ハハーン?そういうことか」

 

その平次の対面にいる『新一』は自信満々な顔で同じように『犯人』へと視線を向けると、再度、貸して欲しいと頼む。それに諸々を含めた上で一言に纏めた『高い』を言えば、彼は苦笑いですぐに返すと言う。そんな彼らを見つめる警部達。

 

「…あの、新一くんが帰ってきたのはいいんだけど、今私、すごく混乱してる」

 

「ああ、分かるぞ。俺も混乱してる」

 

「だよね?ーー目の前でイチャイチャのラブラブを見せられて、彼氏いない歴イコール年齢のオバさんは、もうどんな反応すればいいのか…」

 

「そういう混乱じゃねえよ!!?」

 

瑠璃の見当はずれの混乱に、彰は盛大にツッコミを入れる。いままで散々生死不明で、偶に事件現場にいた目暮に電話をかけて、そこから推理を説明することはあっても、こんな事はなかった。彰達が出会ったことが無かっただけで、行方不明になる前はよくあったが、これは唐突過ぎた。

 

「く、工藤くん…久し振りに帰って来たところ悪いんだが、亡くなった蒲田さんのカップからも、他の3人のカップからも、毒物は検出されてはおらんのだよ」

 

そう、それも、蒲田の中身はほぼカラの状態。これで何処に毒があったのかは、分からない。

 

「こりゃどう見ても…」

 

それに『新一』は自信満々な笑みを浮かべて説明しだす。

 

「確かに一見、蒲田さんが自分で毒を飲んだ自殺のように見えますが、『ある物』を使えば、この殺人は可能になるんですよ」

 

「『ある物』?」

 

「そう、トリックの初歩の初歩ーー氷を利用すればね」

 

それに目暮と小五郎が驚く。勿論、瑠璃も驚いた。そんな事、思い付いていなかったのだから。

 

「…松田さん達、可能性には気付いてました?」

 

瑠璃がそこで松田達を伺いみれば、頷く彰、松田、そして伊達。だが、彼らも『証拠』で躓いた。だからこそ、その『証拠』を、『新一』はどうやって示すのか、彼らは興味を持った。

 

「利用された毒は、冷水に溶けにくい青酸カリ。氷に穴を開け、その中心部に青酸カリを仕込み、細かい氷で栓をして、再び凍らせたものを蒲田さんのカップに入れれば、毒が溶け出すまでの間に、蒲田さんは中身を殆ど飲み干せるという訳ですよ」

 

「しかしそれでも、彼のカップには溶け出した毒が残る筈じゃ…」

 

「…そういえば、蒲田さんのカップの蓋、開いてたよな?」

 

松田がそう零せば、それに『新一』は頷く。

 

「ええ。では松田刑事、何故だかお答え頂けますか?」

 

『新一』は得意げに松田に問い掛ける。そんな彼を見て、松田もフッと笑った。

 

「ああ、そんなもの、たった一つ…氷を食べるため」

 

その答えに目暮は目を見開く。

 

「た、食べた?」

 

「あ、そうか!?ほら、警部も残った氷をガリガリ食べるじゃないですか!」

 

その高木からの指摘に、目暮も漸くその様子を思い浮かべて、理解した。そしてその癖を理解していれば、確実に彼を毒殺出来る。しかも、その方法であれば、カップに毒は残らない。

 

そこまで聞いていた小五郎は、何処か疲れたような、もしくは呆れたような、そんな様子で『新一』に犯人は誰だと問い掛ける。それに『新一』は、カップを手渡しただけの三谷と夢美は無理だと言って除外する。彩子は氷を入れる事はできると言う。しかし彼女は、蒲田の頼んだアイスコーヒーをワザとコーラに変えたと証言した。返品の可能性のあるものに、毒など入れる訳がない。しかも、もう1人、同じ『アイスコーヒー』を頼んだ人物がいるのに、確実に蒲田を毒殺するなど不可能。何故なら、当たる可能性は半々。そんな博打は恐ろし過ぎてできる訳がない。そこまで言えば、もう犯人は残り1人にしか出来ない。

 

「そ、それじゃあ…」

 

「ええ。蒲田さんを毒殺したのは、飲み物を買い、皆さんの席に運んだーー鴻上舞衣さん、貴方しか考えられません」

 

その言葉に、関係者全員が舞衣に目を向ければ、舞衣は目を見開いて固まっていた。そんな彼女の名を、信じられないと言った様子の三谷が呼ぶ。しかし、反応は返ってこなかった。

 

「飲み物を買った貴方は、模擬店のテーブルで、ミルクとガムシロップを入れるフリをして、毒入りの氷を入れる事ができます」

 

「ちょっと待ってよ!?」

 

『新一』の説明に待ったをかける夢美。彼女は、ミルクもガムシロップも入れてない事を指摘する。それに三谷も同意し、蒲田のも同様だという。しかしそれは、毒入り氷を入れた後に、中身がコーラだと気付いたからだと、『新一』は言う。ミルクもガムシロップも入れてしまっては、蒲田が食べないかもしれないからと。

 

「…うん、不味そう」

 

どうやら想像してしまったらしい瑠璃が、不味いものでも食べたような、そんな顔で同意する。それを見て『新一』は苦笑い。彼女には何も言わず、トリックの説明を続ける。

 

「飲み物を皆さんの席へ、劇が始まる直前に持って行ったのは、返品させないようにするため。中身が違うことに気付いても、館内が暗くなってしまえば、取り替えに行くのは面倒になってしまいますからね」

 

「…ん?でもちょっと待って、新一君。ならその毒入りの氷は、どうやって持ち歩いて、どこに隠してたの?」

 

瑠璃の問いに、『新一』は高木が外に出ている間に、トイレの前のゴミ箱で見つけたと言って、ポケットから、ピンク色のビニール製のがま口財布を取り出した。

 

「…え、って事は、新一君、まさか…」

 

「瑠璃刑事、入ってませんから。トイレの前のゴミ箱で見つけたって言ったんですから、入ってる訳ないじゃないですか!?」

 

瑠璃が言いかけた事を『新一』は察知し、先回りして再度告げる。それにホッとする彼女に、どうもペースを崩されていつものような感じで推理が出来ない『新一』。彼は知っている。彼女の『力』は有り難いと共に、彼女の性格でいつも調子を崩されてしまう事を。

 

その間に目暮は鑑識に渡すように高木に指示し、高木は『新一』から財布を受け取った。

 

「コホンッ…この財布の中に、毒入りの氷を小さなドライアイスと一緒に入れておけば、長時間、氷を溶かさずに持ち運べます。つまり鴻上さん。貴方は毒の氷を入れた飲み物を、他の飲み物と一緒に三谷さんに渡したあとトイレに行き、ドライアイスをトイレに流し、財布をゴミ箱に捨てたんです」

 

ここまで説明し、舞衣に説明した内容に間違いがあるかどうかを、自信満々なその笑顔のまま問えば、彼女は否定しなかった。しかし、肯定もしなかった。彼女は問う。自身もまた、蒲田と同じアイスコーヒーを頼んだのだと。三谷がどちらのアイスコーヒーを選ぶかわからないのに、毒なんて入れられない、と。

 

「それとも、私が50%の確率に賭けたっていうなら、彩子ちゃんだって…」

 

その言葉に『新一』は、ふっと笑う。

 

「いや、100%ですよ…そうですよね?瑠璃刑事」

 

「…へ?」

 

『新一』に急に振られた瑠璃は、素っ頓狂な声をあげる。なぜ自身が名指しされたのか、彼女は理解出来ていない。そんな彼女に苦笑しながら話す。

 

「瑠璃刑事、貴方は初めの方に言いましたよね?…それが、正解ですよ」

 

「初めの…?」

 

そこで瑠璃は記憶を探る。探って探って、あっと声を出す。

 

「もしかして、両方に入れたっていう…あれ、正解だったの!?」

 

「すげぇ…やっぱりお前、野性の勘もってるだろ」

 

「だから私、野生動物じゃないですってばー!!」

 

「ば、馬鹿な!?彼女は自分の飲み物を、全て飲み干しているんだぞ!?」

 

瑠璃と松田が言い合いを傍目に、目暮は『新一』にそう指摘すれば、氷が溶ける前に急いで飲んでしまえば済むことだと言う。それに目暮が、それならそのコップから毒物の反応が出るはずだと言う。しかし、実際は彼女のコップからそんなものは一切出ていない。

 

「それを避けるために、無理に氷を出そうとすれば、周りの客に不審がられて…」

 

「彼女も蒲田さんのように、氷を食べるフリをして、毒入りの氷を口に含んだとしたら?」

 

それに驚く目暮。それを尻目に彼は続ける。

 

「そう、彼女はその後、氷を掌に出して、コッソリとある場所に隠したんです」

 

そこで彼は少し付けられていたポケットを探り、先程、平次から借りた10円玉を取り出し、指の上に乗せる。

 

「それは恐らく…」

 

そこで彼は指で10円玉を弾いた。

 

それは見事な曲線を描き、目暮達の頭上よりも上で描きーー平次が掴んでいた、舞衣の服のフードの中に、見事に入った。

 

「おお!ナイスシュート!」

 

「言ってる場合か!!毒入り氷を食べるのは危険だが、真ん中に入れてたんだろ?これで、あの10円玉の錆が取れてたらーー」

 

「取れとるで〜」

 

彰が瑠璃に注意した瞬間、平次がそこから10円玉を取り出す。伊達が確認に行けば、確かに一切、錆が付いていない、まるで新品の様な10円玉がそこにあった。

 

「確かに…こりゃ、青酸カリに触れて、酸化還元反応起こった証拠だな。…しっかし、坊主。お前さん、よく分かったな?フードの中に毒入りの氷を隠したなんて…」

 

伊達の言葉に『新一』が答えようとする。しかし、それを遮る声が1つーー舞衣だ。

 

「雨が降ったから…。外は雨が降ってるのに、さっき刑事さんを蒲田くんの車に案内する時に、フードを被らなかったのを見て、不審に思ったんでしょう?」

 

それに新一は頷く。もし被ってしまえば、溶け出した青酸カリを頭に被ってしまうのを避けたのだろう。そう、彼は思ったのだと言う。それを聞いて瑠璃は記憶を探り、確かに彼女は雨の中、フードを被っていなかったと、窓から見えた光景を思い出して、納得した。

 

「そ、それじゃあやっぱり、舞衣が蒲田を…」

 

「ええ、そう…私が彼を毒殺したのよーー医者の風上にも置けない、あの男をね」

 

「風上にも置けないって、一体どう言うこと…?」

 

夢美のその問いかけに、舞衣は語る。蒲田が今度の学会で発表しようとしていた学説。だが、その学説を覆してしまうような例外的な患者がいたという。しかし、その患者は病状が悪化し、亡くなったと語る。まるで『例外は存在しない』かのように。

 

「…じゃ、まさか、蒲田くん…」

 

夢美は信じられないと言った様子で、弱々しい声で言う。否定して欲しい気持ちは、真実によって打ち砕かれる。

 

「ええ。彼はその患者さんに間違った薬を投与し、病気の進行を早めて殺してしまったの…自分の下らない学説を守るためにね」

 

彼女の言葉に、その場がシーンと静まった。彼女はその怒りを一度なんとか沈め、それをどこで知ったのか、話しだす。

 

「…その話を彼から聞いたのは、先週、彩子ちゃんから婚約を解消されて、自棄酒を飲んでいた彼に付き合ってあげてた時。彼、後悔するどころか、苦々しげにこう吐き捨てたわ。『人間の命さえも自由にできるこの俺が、十代の小娘1人に振り回されるとは、全く馬鹿げた世の中だ』って」

 

「「はぁ??」」

 

夢美が信じられないと言った声を上げる前に、彰と瑠璃のドスの聞いた声が体育館に響いた。彼等は身近にいるのだ。家族にいるのだ。患者のことを真摯に思い、怪我をすれば同じように痛い思いを持っているかのように、一見無表情だが、悲しく顔を歪ませる、頭の良く、兄妹の中で一番優しい、弟。

 

「え、嘘でしょ?なんでそんな奴が医者になってるの?」

 

「これはもう、医師連盟に抗議を…」

 

「しなくていいしなくていい」

 

「もう奴さんは亡くなってんだから、意味ねぇぞ?とにかく落ち着け??家族に医者がいるからって気持ち傾けてたら刑事やってらんねえぞ?」

 

彰と瑠璃の怒りを納めに掛かる伊達と松田。そんな二人の刑事を見て、舞衣は少しくすりと笑う。まるで、自身は間違った行為はしていなかったと、そう思いたいように。

 

「…そこの刑事さん2人は分かってくれるかしら?彼のような医者が人の命を扱うことの方が、馬鹿げてるってこと」

 

その舞衣の言葉に、しかし2人は互いに顔を見合わせた後、舞衣に顔を向けて横に首を振る。

 

「確かに、蒲田さんの様な人が医者なのは、馬鹿げてますし、信用ならない医者であると言えます。…けど、それと殺しを許すかどうかは別です」

 

「えっ?」

 

「そもそも、事務員だとしても、人の命を救う病院勤めの貴方が、どうしてその方法しか考えつかなかったのか…俺達は、それが一番、悲しいですよ」

 

その2人の言葉と表情に、舞衣は少し悲しそうな表情を浮かべる。

 

「…ダッシュボードに入っていた青酸カリ。アレは、アンタがやったのかい?」

 

伊達がそんな舞衣に問い掛ければ、彼女は肯定する。免許証を隠して、不穏な行動を取らせたのもそうだと言う。そこで舞衣は『新一』に顔を向けた。

 

「ラッキーだったわね、探偵くん。雨が降ってくれて。アレがなければ、私が犯人だと言う証拠は得られなかったんじゃない?」

 

舞衣の言葉に、『新一』は否定する。フードの件が無かったとしても、舞衣の衣服のチェックは警察に願い出ていたと言う。未使用のミルクとガムシロップを所持している時点で、犯人は舞衣だと睨んでいた、と。

 

それに驚くのは舞衣だ。それの何がおかしいのか、彼女には分からない。

 

「貴方、トイレから帰ってきた時、『劇はもう始まっていた』と言ってたましたよね?劇が始まり、暗くなった館内で、カップの蓋を開けても、アイスコーヒーのコーラの違いなんて見分けられません。だから確信したんです。貴方は事前に蓋を開けて、中身が違っているのを知っていたんだとね」

 

それに舞衣は完全に諦め、『新一』の事を、OGとして誇りにさせて貰うと伝えて、高木と共に警視庁へと向かっていく。他の関係者3人もまた、調書のために、伊達達と共に移動していった。それを見送ってから、和葉は平次をからかい始める。

 

「なんか今日の平次、手品師の助手みたいやったね?」

 

「しゃーないやろー?ここは東京やねんから、工藤に花持たせたらな」

 

目暮はそこで『新一』を振り返り、嬉しそうに褒め称えだす。

 

「いやー!相変わらず頼もしいね、君は!」

 

「いえいえ!」

 

小五郎がそこでまだ自身の域には達していないと言うが、それを目暮は無視して、被疑者の事情聴取に久し振りに立ち会わないかと言えば、彼は遠慮する。彼にはまだ、野暮用が残っていると言い、蘭へと視線を流す。その蘭は、まだ信じきれないと言う様に、目をパチクリとさせていた。それと共に、『新一』は小声で目暮に『お願い』をする。今回の件で、新一が推理した事は内密にしてほしい、と。

 

「それは構わんが、最近謙虚だな、君は。いくぞー、毛利くん」

 

そうして沈んだ声のまま、目暮は小五郎を呼んで、事件の聴取へと向かう。そんな彼らを見送り、平次は『新一』へと話し掛けた。

 

「なあ工藤。なんで事情聴取に立ち会いへんねや?」

 

それに『新一』は、どこか苦しそうな様子を隠しながら、答える。

 

「ふっ、悪りぃな。トリックなんて、所詮、人間が考えだしたパズル。頭を捻れば、いつかは論理的な答えを…導き出せるとっ!!」

 

その瞬間、息を詰めた『新一』に、どうしたのかと問い掛ける平次。しかし、それを無視して続ける『新一』。

 

「…情けねぇが、人が人を殺した理由だけは、どんなに説明されても、分からねえんだ…理解は出来ても、納得できねえんだ……ま、まったく………」

 

その瞬間、胸を押さえたまま、『新一』は前に倒れだし、漸く様子がおかしい事に気付いた蘭が、ハッとする。しかし彼は、咄嗟に右手を床につけて倒れるのを阻止。しかし、苦しみは収まらない。荒い息が落ち着かない。全身から吹き出す汗が、止まらない。

 

(…ヤベェ、もう来やがった!!折角、元の体に戻ったっていうのに…!!上手くいきそうだったのに!!)

 

そう、それはあの日の哀との会話での事。3つ目の選択肢。それはーー解毒剤の試作品を試す事だった。

 

どうやら彼女、あの白乾児の成分を参考にして調合し、APTX4869の解毒剤を作っていたらしい。勿論、まだ誰も試していない、本当に、正真正銘の試作品。失敗していれば、死ぬ恐れのあるもの。それを彼女は、試すかどうかをコナンにーー新一に、問いかけた。結果としてそれは上手くいった。彼は今回、この様にして戻ってきたのだから。

 

「…新一?新一、どうしたの?新一…大丈夫?苦しいの?」

 

(蘭…ダメだ…こんな所でコナンに戻ったら、蘭に俺の正体が…)

 

しかし、そんな精神論で体の激痛、苦痛が治るわけもない。なんとか移動しようにも、もう既に、彼の体は彼の意思で動けるほど、正常ではなかった。彼はそのまま、ゆっくりとーー倒れた。

 

「工藤ッ!!」

 

「新一…新一!…新一ぃぃぃい!!」

 

 

 

 

 

暫くして、『彼』は薄っすらと目を開く。意識が戻り、微かに見える景色と薬の匂い。それで保健室であると理解し、自身が運ばれたことも分かった。段々と目の前の景色も鮮明になってきた。彼の前には青褪めた様子の蘭。心配そうな平次と和葉がいた。

 

(…まぁ当たり前か。目の前で人間が縮んだん…)

 

しかしそこで『彼』が手を目の前に出せばーーその掌は、小学生のような小さなものではなかった。

 

「…あれ?」

 

新一がそれに驚いているのを気にせず、3人は彼が目覚めた事に安堵の様子を浮かべている。

 

 

 

 

 

そうーーー彼は、『戻らなかった』のだ。




今回、途中途中であんなにシリアス壊すつもりはなかったんです…瑠璃さんが、瑠璃さんがいけないんです!!なんとかシリアスで続けようとしてるのに、何故か瑠璃さんがそれを壊しにかかるから!!メチャクチャフリーダムに動こうとして、それ以外の行動を頭の中に浮かばせないから!!!(床ダン)

因みに、新一が出てる間、鉤括弧を付けているのは、蘭さんはきっとその間はまだ現実を受け止めれていないだろうと思った為です。蘭さんの心情で付けてる感じですね。

兄妹のあの2人が怒ったのは、雪男くんが凄く真面目にしているからこそ、彼の夢である医者の品位を落とすような言動をする蒲田さんが許せなかっただけであって、決して殺陣を許しているわけではありません。復讐だろうとそこを彼らが許す訳ではありません。

まあ、『精神』が壊れるような復讐なら、命が取られるわけではないから、そこまでされる様な相手が悪いよね、な感じです。勿論、両方の意見を聞いた上でですが。話せないほど精神が壊れている場合は、彼らもそうは思いませんよ?勿論。キチンと意見は聞きます。

それでは!


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第27話〜命懸けの復活 帰ってきた新一…〜

学園祭から一夜明け、翌朝。博士の隣にある工藤家のチャイムが、久方振りに音を鳴らした。鳴らした人物は勿論、蘭。学園祭時、新一と再会を果たした彼女は、コナンと共に工藤家にやってきて、彼と共に登校するために来たのだ。久し振りの『日常』を取り戻すように…。

 

彼女は何度も鳴らし続ける。少しして、チャイムの向こうから返答が返ってきた。それはやはり、彼のもの。しかし、その声が信じられないのか、何度もチャイムを鳴らし、それに何度も、眠たげな声で返答をする新一。それでも彼女は信じられないのか、耳を当てて声を確認しだした。遂に返答がなくなったと思えば、玄関が開く音と共に近づく足音。それに気付き鳴らすのをやめた瞬間、門越しに制服の上着とネクタイを着けていない新一が、食パンを持って現れた。

 

「だぁ、うっせえなぁ!!一回鳴らしゃ分かるっつの!!」

 

彼はそのまま離れて家の中へと戻り始める。それを見て、蘭は門を開けて、慌てて彼の背中に声を掛ける。

 

「ねえ新一!ちゃんと分かってる?今日の学校の予定!」

 

彼女は門を閉めようとしたが、慌てているために半開きになってしまい、それを一緒に中に入ったコナンが代わりに閉めた。その目線の先にあるのは、蘭と会話する新一だ。

 

「んなもん去年と一緒で、どーせ皆んなで学園祭の片付けすんだろ?」

 

そして彼は玄関扉を開けて、蘭に振り返り、準備するから玄関で待ってるように言って、家の中へと戻ってしまった。扉が閉まり、彼女は目をパチクリ。しかし、幸せそうな笑みを浮かべ、扉を少し開ける。隙間から覗いてみれば、彼が欠伸をしながら家の奥へと向かう後ろ姿が観れた。

 

(いるいる、新一だ…夢じゃない!本当に、帰ってきたんだ…!)

 

扉を閉めて、その事実を漸く、1日かけて漸く実感した彼女は、嬉しそうな満面の笑みをコナンに向けた。

 

「良かったね!コナンくん!!」

 

しかし、そこにはコナンはいなかった。

 

 

 

 

 

新一は洗面台で姿を整えていた。鏡越しの姿には、本当に嬉しそうに、ニヤニヤしながらネクタイを結んでいた。

 

「…やっぱりいいよなぁ!本当の体は…」

 

「ーー調子に乗ってんじゃないわよ」

 

後ろからの唐突な声に、新一は驚きを表すも、その声が誰のものかを理解し、表情を硬くして振り返る。

 

「は、灰原…」

 

やはりそこにはコナンの姿をしたーー哀がいた。

 

「貴方、何様のつもり?貴方の正体があの子にバレなかったのは、私が調合したあの解毒剤と、博士が作ってくれた『マスク型変声機』で、私が変装したお陰でしょ?舞台の上で、コッソリあの子にだけ会う約束だったのに、あんなに大勢の前で堂々と姿を表すなんて…」

 

しかも哀はまだ知る由もないことだが、忘れる事が一生できない瑠璃もいた。誰かが忘れても、彼女だけは確実に生き証人となる。情報規制は目暮のおかげでなされるだろうが、それがなければ、彼女はもしかしたら誰かに言ってしまっている可能性もある。

 

それを知ってる新一は、苦笑いしか浮かばせる事ができない。それでも一応、言い訳をする。

 

「いや、悪かったよ…事件の真相が分かったら、抑えが効かなくなっちまったんだ。それにまさか、あの解毒剤で完璧に元の姿に戻るとは思わなかったし…」

 

それに冷ややかな目を向ける哀。それでやっぱり不味かったのではと思い、正直にそう問いかけた新一に、哀はあきれた様子で返す。

 

「あの大阪のお友達に感謝するのね。貴方が倒れたあと、彼、私に事情を聞いて、事件のことは漏らさないようにって、皆んなに呼び掛けてたから」

 

しかし、それでどこまで口止めが効くかは分からない。学生の中にも噂好きの女子というのはいるのだ。内緒よと言いながら、どんどんその話が広がっていくことなど、よくある事である。

 

「…事が落ち着くまで、この格好であの子の家に居候してあげるし、咲にも、ちゃんと説明しておくから」

 

その彼女の言葉に、ふと新一は疑問に思う。それをそのまま、彼女に問いかけたーーなぜ、ここまでしてくれるのか、と。それに背を向けていた哀は目を見開き、固まる。それに気付かないまま、彼は続ける。

 

「解毒剤が出来たんなら、お前だって直ぐにでも元の身体に戻りたいんじゃないのか?咲の奴だって…」

 

それに1つ息を吐き出し、新一を見ながら哀は答える。

 

「…馬鹿ね。貴方の正体がバレたら、私や咲にも火の粉が飛んでくるかもしれないから、協力してあげてるんじゃない。それに、貴方が飲んだのは『試作品』。私が使うかどうかは、今後の貴方の体調をじっくり観察してから決めさせてもらうつもりよ」

 

そう言って彼女はまた背を向けた瞬間、新一から名を呼ばれ、少し頬を赤らめながら振り向けば、新一は苦笑いで一言。

 

「『コナン』の声で女言葉使うのやめてくんねーか?…気持ち悪くってよ」

 

「あら、私は結構気に入ってるけど?」

 

そう言って哀が背を向けて歩きだし、新一は整えた髪をグシャグシャと掻きむしった。

 

 

 

 

 

通学途中の間も、蘭は仕切りに新一に話しかけ、現在の話題はあの学園祭の話になった。

 

「それにしてもビックリしちゃったよ!!黒衣の騎士の中身が、新一に変わってるんだもん!ロクに台詞なんか覚えてないのに、よく代役なんかやる気になったわね!」

 

「え?」

 

「あのまま台本無視して劇続けてたら、滅茶苦茶になってたわよ?」

 

新一はその言葉に素で驚き、園子に対して少し文句を言いたくなった。なぜなら、あの時、園子から言われたのだ。『黒衣の騎士』はイキナリ姫を抱きしめて、キスをするのだと。それまでの間は一切喋っては駄目だと。

 

その時のことを思い出してムスッとした表情を浮かべる新一に気付かず、どうだったかと問い掛ける蘭。それに劇のことかと問い掛けると、蘭の役である『ハート姫』の感想を聞きたいらしい。

 

「べ、別に、だからどうっていう訳じゃないけどさ…」

 

蘭が少し照れくさそうに言うと、新一も慌てて思ったままを言うことにした。

 

「あ、ああ、あのドレス姿、良かったよ」

 

「え?」

 

そこでついに恥ずかしくなったのか、ニヤッと新一は笑った。

 

「『馬子にも衣装』って感じで、イケてたぜ?」

 

それに褒めてるつもりかとジト目の蘭に、笑うだけの新一。そして路地を通過しようとしたところで、歩美が『コナン』に声を掛けた。そちらに目を向ければ、歩美の他に元太、光彦、そして珍しく目を見開いてこちらを呆然と見る咲がいた。

 

「あっ!コナンくん!!」

 

「おはようございます!!退院おめでとうございます!!」

 

その瞬間、新一が元太達に声を掛ける。

 

「おう!オメー等、元気にしてたか?」

 

そこで新一の姿をようやく捉えた元太達。しかし、彼らは目を見開き、ジッと新一を観察していた。それに気付き、疑問に思ったところで、元太が『コナン』に問い掛ける。

 

「おい、誰だよあのニーチャン」

 

「博士ん家の隣に住んでる高校生だよ」

 

「お前達も見ただろ?『工藤家』。あそこが、あそこがこの人の家らしいぞ」

 

先程まで呆然と新一を見ていた咲が、咄嗟にフォローに回った。それに『コナン』と新一が目を向ければ、咲からは『あとで詳しく聞かせてもらうからな』と分かりやすく視線で責められた。

 

「ああ…あの幽霊屋敷の」

 

「そういえば、灰原さん、風邪でお休みするって!」

 

なのになんでお前はそんな姿でいるのかと、うるさい視線を『コナン』に向けてくる咲に、それをスルーする『コナン』。そんな子供達の輪を感慨深げに見つめたあと、咲に目を向けた新一。彼女の元気そうな姿にホッとすると共に、あの病院で哀から語られた事が思い返されたーー。

 

 

 

 

 

解毒剤の試作品を試すことを決意し、それを哀に伝えたあと、彼女はそのまま部屋を出るために背を向けた。しかし、フッと足を止めたと思えば、コナンにまた顔を向けて、話しだす。

 

「そうそう、咲のことだけど…子供達からは何か話しを聞いてる?」

 

「咲の…?いや、何も…まさか何かあったのか!?」

 

コナンが慌てて問い返すと、勤めて冷静な姿の哀が口を開いた。

 

「何も…と、言いたいところだけど、咲は、あのキャンプの事を『何も』覚えてないのよ」

 

「はっ…何も?」

 

「そう、なにも」

 

曰く、彼女の記憶はキャンプの日の事が丸々消えており、その翌日に学校に来た時、彼女は子供達に謝っていたのだ。『唐突に熱を出して休んでしまったみたいで、すまない』と。

 

「私はその朝から、彼女の兄弟の、修斗さんだったかしら…あの人から博士に連絡があって、それで一応理解してたから良いけど、子供達は何のことだからサッパリ状態。私がフォローに回って、キャンプの日の出来事を覚えてないことは説明しておいたから、せめて言うとしても、キャンプの思い出くらいにしておいてよ?」

 

「お、おお…」

 

哀の言葉に、コナンは頷くだけ頷いた。どうして記憶が失くなっているのか、彼は知らないのだから仕方ない。それを理解し、哀は溜息をつく。

 

「…貴方の所為ってわけじゃないけど、貴方が撃たれて、気絶して、その後に地面に倒れた事が彼女の『トラウマ』を刺激したのよ。精神的な余裕は、まだ咲にもなかった。だから、精神が壊れる前に、彼女は無意識に記憶を封じ込めた…彼女にも一度あったことでしょ?」

 

哀のその『彼女』が誰を指すかなど、1発で彼は理解したーー蘭だ。

 

しかし、その『トラウマ』を抱えている事など、彼が分かるわけもない。彼に非はないのだ。

 

「…なあ、その『トラウマ』になるような記憶って…」

 

「……私が話して良い事かは分からないけれど、それを避けてもらうためにも、言っておくわ」

 

そこで漸く哀はコナンと視線を再度、合わせた。

 

「…彼女の『トラウマ』は、彼女が依存していた2人の人物ーーテネシーと、その部下だった燕さんを、その手で射殺したことよ」

 

 

 

 

 

今現在、目の前で子供達と話している彼女には、何の陰りもない。なぜならそれは、『忘れているから』。

 

(一番の依存先だったテネシーって幹部を射殺、その後の依存先だった燕って人物を最後に射殺して、組織から逃亡…どう考えても、その最後の仕事で精神が壊れちまったってとこなんだろうけど…なんでその2人は殺されたんだ?)

 

新一には理解出来なかった。組織の事を考えると、理由があっての事だろうとは考えるが、その理由が、彼には分からない。理解出来ない。

 

そこまで考えていた時、蘭から声を掛けられて、漸く意識を考え事から外へと戻した。

 

「ほら!私達も早く行かないと!!遅刻しちゃうわよ!?」

 

そうして先に歩き出す彼女に、声を掛ける新一。

 

「ああ、待ってよ蘭姉ちゃん!」

 

「フグゥ…!」

 

その声掛けは何処か幼さのある声で、咲は思わず吹き出すのを堪えようとしたが、少し出てしまった。声を掛けられた蘭はといえば、意味がわからないと言いたげな表情で、新一もやってしまった事にすぐに気付き、冗談だと濁し、吹き出した咲を目敏く睨み、一言二言彼女と会話して高校へと向かった。

 

 

 

 

 

クラスへと入れば、クラスメイトの男子達が新一達に夫婦で登校かと茶化しを入れ、新一は照れながらも否定する。それにニヤニヤした表情で上辺だけ納得し、唐突に話を変えた。内容は、新しく入った英語担当の教員のこと。

 

「そういや、今度きた英語の先生、イケてるぜぇ?ナイスバディの外人さ!!」

 

そう言って胸のあたりをジェスチャーで表す男子生徒達に、新一はちょっと嬉しそうにする。まだまだ男子高校生。そう言う下世話な話は大好きなお年頃である。それを面白くないと感じたのか、蘭は新一の耳に口を寄せた。

 

「ちょっと、私、まだあの話聞いてないんだけど…」

 

「話…?」

 

「ほら!なんか大事な話があるって言ってたでしょ?」

 

「ああ、その話なら…」

 

そこで新一が蘭の耳元に口元を寄せて、蘭にしか聞こえないぐらいの声で話すと、蘭は目を見開いた。が、そこで周りを見てみれば、他のクラスメイトが2人の話を盗み聞こうと体を寄せており、それを新一が追い払った。しかしそれを他所に、蘭は考える。今言われた言葉を。

 

(今夜8時、米花センタービル、展望レストラン…?)

 

その後、授業も滞りなく進み、2人は一度帰宅。そして改めて蘭は似合うようなドレスを着て、新一と共にビルへと入り、展望レストランへと辿り着く。そして2人は、ガラス前の席に座り、食事を堪能し始めたーーそれを嫌そうに見つめる、黒のカジュアルな服を着た修斗の視線には気づかないまま。

 

「…なんであいつがいるんだよ」

 

「ちょっと、修斗?どうしたのよ、頭なんか抑えて…頭痛?」

 

修斗が新一の存在に気付き、この先の展開が読めてしまって痛む頭を抑えれば、向かいで一緒に食事を堪能していた、ライトオレンジのカジュアルエレガンスなドレスを着た梨華が少し心配そうに修斗を覗き込んでくる。それに大丈夫だと笑って頭を撫でながら、頭から新一達のことを一時追い出す事に決めた修斗。そんなことには気付かず、蘭がレストランの値段が高そうだと心配すれば、新一は父親・優作のゴールドカードを懐から取り出して見せつけた。それを見て、道楽息子と揶揄う蘭。それに、息子ほったらかして外国に行っている親の方が道楽だと拗ねたように言い、その姿を見てふふっと彼女は笑った。

 

「本当にコナンくんとそっくりね!」

 

それに彼はギクリと体が固まった。そんな彼に気付かず、コナンの両親が外国に行っていること、そのコナンが新一だと思っていたと暴露する。それに、少し気まずい思いを抱く新一。それに気付かないまま、蘭は続ける。

 

「新一、きっと大変な事件に巻き込まれて、姿を隠さないといけなくなって、博士に作ってもらった薬かなんかでちっさくなってるんだって…ふふっ、馬鹿みたいでしょ!」

 

女の勘とは恐ろしい。なぜなら、あながち間違ってないのだから。博士の作った薬ではないが、大変な事件に巻き込まれて小さくなり、姿を隠して生きてきていたのだから。

 

「でも不思議よね?こうやって新一が帰ってきたあとであの子を見ると、全然別人に見えるんだもん」

 

「バーロォ、当たり前じゃないか…」

 

実際に別人なのだが、彼女は知らない。新一も彼女の鋭さに、乾いた笑いしか出ない。

 

「それで?」

 

そこで蘭から声を掛けられ、蘭の方へと視線を戻せば、そこには満面の、嬉しそうな笑顔を浮かべた、いつもよりもっと綺麗なーー蘭がいる。

 

「なんなの?話って!」

 

そんな蘭を見て、照れてしまう新一。頑張って新一はその『話し』をしようとするが、出てこない。目線をそらし、ずっと頑張って話そうとしていたら、食事が運ばれてきてしまった。そこで食べる事を先に優先してしまい、話がまた遅れてしまう。兎に角、会話を続けようと彼は自身の好きなホームズの話をし、蘭も楽しげに聞き入り、なんとなく気になって見てしまっていた修斗は、唇の動きから理解し、ここでその会話してどうするんだと、新一の意図を完全に読み取った上で心の中で叱咤した。

 

「ーーで?」

 

「えっ」

 

蘭がまた笑顔を浮かべて問いかけ、新一がまた固まれば、彼女は顔を新一に近づけて再度、問い掛ける。

 

「話ってなんなのよ?」

 

そこでまた言おうとするが、言葉がやはり出てこなかった。それに蘭は溜息をつく。

 

「はぁ…もう、言いにくいのは分かるけど、男なら男らしくハッキリと言いなさいよ」

 

それに彼はドキリとし、修斗は余計に頭を抱えた。

 

「ーー休学中のノート見せてくれって!」

 

それに新一は予想外の言葉が蘭の口から出た事で目が点になり、修斗は逆に新一が不憫に思えて、彼にしては珍しく他人の為に涙が出そうになった。そんな修斗を不思議そうに見る梨華。

 

「ちょっと、本当にどうしたのよ。なんで急に目頭を押さえてるのよ」

 

「いや……今後ちょっと、優しくしてやろうと思って…」

 

「はぁ?」

 

梨華が訝しげな様子を見せている間に、蘭がきっとそんな事だろうと思って、コピーを取って持ってきたと言い、新一もそれに乗ってしまい、尚更彼を可哀想に思ってしまった修斗であった。しかし、直ぐに新一がそうではないと言い、それに蘭が驚き、それを気にせず、彼が蘭を食事に誘った理由を言おうとしたところでーーレストラン内に、女性の悲鳴が、響き渡った。

 

「なに?今の悲鳴…」

 

「き、きっと、誰かがゴキブリでも見つけたんだろ…」

 

(それだったらこのレストランは終わってるんだが!?)

 

新一がいる時点でこの展開をなんとなく予感していた修斗が、新一の言葉に内心でツッコミを入れる。勿論、悲鳴の理由はそんなものではなく、エレベーターの中で人が死んでいると、レストランにやって来た1人の男が口に出す。それでもなんとか言おうとするが、拳銃で会社の社長が頭を撃ち抜かれたと話し、頑張って続けようとするその姿勢に、本当に珍しくも内心でさめざめと泣くのは修斗である。

 

「…無理しちゃって」

 

「ぇ…」

 

「事件の事が気になってしょうがない癖に」

 

蘭のその言葉は図星で、それでも新一が言い訳をしようとする。それに蘭が背中を押す為に、待っていると言った。

 

「私は誰かさんと違って、逃げも隠れもしないから…さっさと行って来なさいよ、探偵さん?」

 

「…」

 

「ほら、私の気が変わらないうちに、行った行った!」

 

「ら、蘭…」

 

その蘭の思いやりに、新一は有難く思い、直ぐに戻ると行って走り出す。それを微笑ましそうに、それでもどこか寂しそうに、見送る蘭。それを見ていた修斗は溜息ひとつ。

 

「…罪な男だなぁ」

 

「さっきからなんなのよあんた、気持ち悪い…」

 

「お前なぁ…俺だって他人に同情することもあるんだが??」

 

「はいはい…はぁ、でもこれじゃあ、直ぐには帰れないわね…まあ、彼がいたから、すぐ解決するでしょうけど」

 

口元をナプキンで拭いながら梨華が言い、修斗は少し目を見開いた。

 

「なんだ、覚えてたのか」

 

「悲鳴が聞こえた瞬間に、後ろ向いたらいたんだもの。少しびっくりしたわ」

 

「アメリカの時に会ったんだったか?…よくよく、ウチとアイツも縁があるなぁ」

 

そう言いながら溜息をつく修斗。新一と会っても事件に巻き込まれるばかりで、彼にとっては嘆きたくなるような相手だからこそ、疲れたような溜息しか、吐き出さなかった。

 

 

 

 

 

事件現場に目暮と共にやって来た彰と瑠璃は、射殺死体のあるエレベーターに到着した。そこには、エレベーターの後ろ側に背中を預けて座らようにして頭を撃ち抜かれた、ネクタイを少し緩めている遺体だった。

 

「はい、また悪夢ファイルに追加されました」

 

「おい、現実逃避するな、瑠璃」

 

遺体に対して合掌した後、現実逃避をし始めた瑠璃に、松田が叱咤を入れる。勿論、彼女は直ぐに現実へと意識を戻したが、彼女はこの東都の事件の多さに、そろそろ怒りが湧きそうな状態である。

 

「被害者は『辰巳 泰治』58歳。ゲーム会社の社長だそうです」

 

「発見したのはあの3人」

 

高木の近くにいた伊達が目暮に言って顔を向けた先には、2人の女性と1人の男性。

 

「3人とも、この被害者のゲーム会社の社員で、このエレベーターで、会社へ忘れ物を取りに行く為に乗ろうとしたら、遺体を発見したとのことだ」

 

「忘れ物?」

 

目暮がそれに疑問を持てば、先に聞いていた高木が、ここのレストランで行われていた、会社創立20周年記念パーティーで渡す予定の、花束を取りに行こうとしたと話す。また、その会社がここの24〜36階に入っており、遺体が入っているエレベーターは、会社専用のエレベーターだったらしい。そう説明する高木。

 

「辰巳さんは体調が悪くて、会社に寄ってから帰ると言っていたそうです」

 

「ふむ、服も乱れとるし、どうやら犯人は金目当ての…」

 

そこで目暮の言葉が止まり、首を傾げる瑠璃。すると、目暮が前に似たような事件がここであったのではないかと言い始める。彼がまだ新米刑事の頃で、妙な若い男が割り込んできたと言い始めたあたりで、若い刑事組の高木、瑠璃が苦笑いをし、伊達と松田、そして発見者に話を聞き終えて、近くに戻って来ていた彰が肩を竦めた。20年前と言えば彼らはまだ小学生だ。

 

そんな時、瑠璃がふっとエレベーターに視線を戻せば、そこには見慣れぬ姿の、ちょっとオシャレをした青年が1人。

 

「ーー申し訳ありませんが、金目当ての犯行の線はないと思いますよ」

 

「そうそうそう、こんな風に…!?」

 

そこで漸く高木と目暮も気付き、エレベーターの中へと視線を向ければーー新一が、被害者の遺体を見ていた。

 

「犯人が金目当てで拳銃を所持していたのなら、ターゲットを人気のない場所に誘導する筈です。殺害後に、金目の物を探すつもりだったのなら、いつ誰が動かすかも分からないエレベーターの中は、最悪の場所」

 

「た、たしかに…」

 

「それに、金目当てでも、シャツの裾の釦まで外しませんよ」

 

そこで彼は振り向きーー目暮達には漸く、それが誰かに気付けた。

 

「そう思いませんかーー目暮警部?」

 

「く、工藤くん!?」

 

そこで彼はまた、自身の名を伏せるように言い、またなのかと目暮が呆れたように言う。それを彰がまた訝しげに見つめていた。

 

「で、工藤くんはなんでここに?」

 

「蘭と2人で食事してたんですよ」

 

「あれ、小五郎さんは??」

 

「そうだぞ。それに、高校生がこんなところで食事とは…」

 

瑠璃が疑問を浮かべ、目暮が呆れたように言えば、新一は頬を照れ臭そうに掻いた。

 

「いえ、ここにしたのはちょっと訳ありで…」

 

「訳あり??」

 

瑠璃が首を傾げ、伊達と松田がそれ以上突っ込むなと肩を掴んだ時、規制線の向こうから、茶髪の女性と男性が3人が走って入ってきた。

 

「パパ…パパ!!?」

 

茶髪の女性が遺体に近付こうとしたのを、咄嗟に高木と彰が抑えた。それでも遺体を彼女は見てしまい、何故、父親がと、彼女はそう叫んだ。そこで、男性のうちの1人が、ここで別れた時には元気な姿だったのにと口にし、そこで彼らが最後に社長の姿を見た人々だと理解した目暮が確認のために問い掛ける。それに彼らは最後に見送ったのは自身達で、その直後に娘である茶髪の女性が現れ、2人の男性の後ろにいた、背の高い顎が少し割れた男性が、祝辞の打ち合わせを2人で、このエレベーター前でやったと言う。その後、パーティー会場に行ったと話す。

 

「その間、誰がエレベーターに乗った人は?」

 

「いえ、誰も…」

 

彰の問いかけに、その男がそう返す。時間は分かるかと目暮が問い返し、男が記憶を遡り出したところで、女性が涙を浮かべながら振り返る。

 

「20時半よ!パーティーのクラッカーが鳴ってたし、時計の針がそうだったから間違いないわ!」

 

その言葉に新一が少し反応する。彼女の両腕には、どこにも時計はなかった。

 

「ちょっと待て。あんた、腕時計なんて巻いてないじゃないか…どこで見た?」

 

「『大場』さんの腕時計が見えたのよ!彼が私のピアスを触った時にね!」

 

「え、『触った』?」

 

瑠璃がそこで『大場』らしき男である、顎が割れた男を見た。

 

「彼にか?」

 

伊達が改めて聞けば、女性はうなずいた。

 

「ええ、そうよ。ここで彼にプレゼントをもらったのよ。『君が着けているピアスと同じ、ピンクパールのネックレスだよ』って!」

 

そこで彼女が改めて泣き出してしまうが、彰達の中では疑問が湧き上がった。

 

「…伊達さん」

 

「なんだ?」

 

「ナタリーさんがいる貴方に聞きたいんですが…一見しただけでピアスの種類、分かります?」

 

「お前や修斗じゃないんだから、そう分かるわけねぇよ」

 

「じゃあ、なんであの男が分かったのか…」

 

そこで他の男2人が他の社員に知らせてくると行って現場を出て行き、大場が女性を連れて行こうとしたところで、新一が高木に何かを耳打ちするのが彰達の視界に収まった。それは大場にも見えたようで、彼が振り返り、何かと聞けば、本当に文字盤が見えたのかと高木が問い掛ける。それに女性がちゃんと見えたと叫ぶ。彼の説明では、彼の時計は蛍光塗料が付いており、薄暗い中でも見えるとのこと。瑠璃達が来た時にも薄暗い廊下の中、彼らに見えたのはそれが理由だと言う。薄暗くしていた理由も、社長命令であり、何かの催し物をしようとしていたらしいと大場は話す。それでも変だと新一が言い、また高木に耳打ちをはじめ、気になった目暮と彰達が耳を寄せて聞く。そこで大場が何が変なのかと言うと、時計を付けた腕でピアスを触っても、文字盤は見えないと、新一が実戦してみせる。左手を彼女の右耳のあたりに持って行っても、確かに見えない。しかし大場は笑って言うーー左腕を左耳に持っていけば、見えるだろうと。

 

「え、わざわざ左耳に持っていったんです?」

 

「何か文句があるのかな?」

 

「あ、いえ…ちょっと違和感を持っただけなんで、今は気にしなくていいですよ」

 

瑠璃の言葉に大場が首を向けてそう言い、瑠璃もそう返す。そもそも、その茶髪の女性の耳のピアスが見えているのは左耳だけ。だから左で触ったのだと言う。そこで違和感の正体に気付いた瑠璃が問いかけた。

 

「右は?」

 

「は?」

 

「右手はどうしたんですか?」

 

「それは僕も気になりますね。右手はどうされたんですか?」

 

「おいおい、確かに右手の方が触りやすいが、もしかしたら何か持ってて、塞がってたって事もあるだろ?」

 

瑠璃と新一の言葉に、2人を宥めるような言葉を言いながら、ニヤリと笑って同じく追求する松田。伊達も彰も止めに入らない。追求をやめては逃げられるだけである。

 

 

 

 

 

蘭が残されたレストランでは、彼女は外の夜景を見ながら、新一の『話し』がなんなのかを、改めて考えていた。そこでふっと1つの可能性が浮かんだ。それはーー。

 

(もしかして、太ったって言おうとしたとか!?)

 

そう思った時に、彼女の想像の中の新一が、呆れたように彼女に向けて太ったのではないかと言った。そしてそれはあり得そうだと蘭は思ってしまった。

 

(確かに最近、ウエストやば気味だし…)

 

けれど、わざわざ食事に誘ってそれはないだろうと考えた。わざわざ誘った挙句にそれを言うなら、とんだ最低男である。

 

そこまで考えた時、彼女の所にウェイトレスがやって来た。そのウェイトレスはデザートを差し出そうとしたが、それに蘭は待って欲しいと頼んだ。新一がーー連れが戻ってくるまで待って欲しい、と。

 

「さっきの悲鳴聞いて飛んでいっちゃって…あ、でも彼、探偵で、直ぐに解決して来ると思いますから」

 

その言葉にウェイトレスは少し固まるも、ふふっと笑って了承した。それに蘭がなぜ笑っているのか、どうかしたのかと聞けば、ウェイトレスは答える。

 

「あ、ごめんなさい。前、ソムリエに聞いた『伝説のカップル』が貴方達に余りにも似てたから」

 

どうやら、蘭達が座っていた窓際のその先は、そのカップルがちょうど座っていたらしく、20年前のその彼氏も探偵で、事件を解いて戻って来た時、大声で告白したと言う。だからこそ蘭に、覚悟しておくようにと揶揄い混じりの笑顔で伝え、最後に応援の言葉を残して去っていった。

 

それにまさかと何度も考え、もしかしてと考えたが、そんな訳ないかと一蹴してしまった。

 

それを見聞きしていた修斗と梨華は呆れ顔。

 

「…おいおい、彼女、気付いてないぞ?」

 

「他人の事は敏感で、自分の事には鈍感みたいな。まあ、そこが可愛い所だけど…所でさっきの話って、本当なの?」

 

梨華が真剣な表情で修斗に問い掛ければ、修斗は目を細めた。

 

「いやまあ、噂では聞いたが…それが本当だったとして…お前、俺にされたいのか?兄の、俺に?それともーー自殺してしまった、彼氏の和樹に?」

 

 

 

 

 

大場は新一達を責め立てる。自分が右手に拳銃を持っていたとでも言いたいのか、と。しかし、誰も拳銃を持っていたとは一言も言っていない。勿論、遺体を見た以上、そう言う風に考えてしまうのは仕方ない。

 

新一もまた、自身はそんな事を一言も言ってないと弁明し、少し子供らしく首を傾げて、持っていたのかと問い掛けた。それに大場が一体この青年は何なのだと、怒りを目暮達にもぶつけた。それに新一が、自身は新米警官だと偽り、同意するように目暮を促した。これには目暮達も空笑い。そこで女性が大場には犯行は無理だと言う。それは、3人で見送った後、大場が彼女とずっといたからだと言う。

 

「どこにも寄りませんでしたか?」

 

「彼に貰ったネックレスをつけに、トイレに寄ったぐらいよ。序でに口紅も付け直したから、2、3分かしら。壁越しに話してたから、いたも同然だわ」

 

それに瑠璃が頭でツッコミをいれた。口に出さなかったのは、余計な一言は嵐を招くと学んだ為である。

 

(いや、犯行時間によってはトイレで拳銃捨てたとかあり得るんだけど!?てか、いたも同然って何!?喋ってただけで彼の動きを見てないのに何の証拠にもなってないんですが!?)

 

「瑠璃。顔、顔に出てるぞー」

 

そこで伊達がコソッとそう耳打ちし、ハッと瑠璃が我にかえり、女性と大場を見れば、まるで安心したように互いに笑みを浮かべて見つめ合っている。それがなぜか眩しく見えて、腕で目を隠した瑠璃。

 

「…いや、お前何してんの??」

 

「ミナイデクダサイ松田さん。今、彼氏いない暦年齢な私には、眩しい光景が目の前にあるんです」

 

「刑事だから目を背けんな。真実を見ろ」

 

「事件の真実はちゃんと見ますデス」

 

その時、大場達の後ろから1人の警官が現れた。報告によれば、サイレンサー付きの拳銃と空薬莢が、このビルのゴミ集積場で見つかったとのこと。ダストシュートから犯人が投げ込んだのではないか、と警官が言った。そこで彰が発見者達に、このフロアにダストシュートがあるかを聞けばーートイレの側にあると、答えた。

 

「成る程。会話しながらでも捨てられるって訳か…」

 

「おいおい、どうやら君達は、俺を犯人にしたいらしいが、なら俺がどうやって降りていった社長を殺害したか、説明してくれよ。僕は彼女とずっと一緒にいたんだ。それに、僕が撃ったなら、袖口から硝煙反応がーー」

 

「あ、消せる説明は出来るんで、そこだけ説明していいならしますよ?」

 

大場の言葉を遮って瑠璃が言えば、それに驚いたように目を見開く大場。それに首を傾げる瑠璃。

 

「え、ダメですか?」

 

「いや、いいんじゃね?殺害方法はともかく、消せる方法があるのは本当だしな」

 

「ど、どうやってかね!?」

 

目暮がそこで瑠璃と松田に詰め寄った。それに驚いた瑠璃が、慌てて説明を始める。

 

「め、目暮警部も最近経験したじゃないですか!!傘で自身を覆って硝煙反応を自身に付着させない方法!!それを応用したんだと思うんです!!例えば、サイレンサーの付いた銃口のあたりを袋で覆うとか!!」

 

「ッ!?」

 

それに大場が少し驚いた様子を浮かべるが、新一以外、気付かなかった。それでも兎に角、硝煙反応の有無は確認しようと、目暮が警官に指示し、警官が大場を連れていった。その背中に着いて行きそうな女性に新一が声をかけた。ちょっとした確認である。その内容はーー。

 

「貴女、もしかしてキスしませんでした?エレベーターの前で、大場さんと」

 

「ま、まさか見てたの!?」

 

新一の小声での問い掛けに、彼女は少し照れた様子で新一に同じく小声で問い返す。それに新一は、女性が口紅を塗り直すのは、食事かキスをした後だと、母親が言っていたと話す。それで、どうやっていたかと新一が問えば、彼女は新一の左腕を取り、自身の頭に回して、耳の辺りを塞ぐような形にした。それを見ていた高木と瑠璃が頬を赤らめ、見入っていた。その間も新一の問いは終わらず、エレベーターに背を向けていなかったか、いつも隠れてこんな事をしていたのかと問えば、女性も少し頬を赤らめて、全てに肯定した。そこで高木が止めに入ろうとしたが、新一がそこでお礼を言って彼女を解放した。そこで彼女も正気に戻ったのか少しむすっとした表情で離れ出したが、そこで新一が最後に1つ質問したいと止めた。彼女もそこで振り返る。

 

「そのピアスも、もしかして大場さんの贈り物ですか?」

 

その問いに、女性は不敵に笑って否と返す。

 

「残念でした。このピアスは、今日、ここに来る前にに衝動買いしたピアス。プレゼントじゃないわ」

 

その答えを聞き、女性に礼を言ったと共にーー新一の中で、疑惑が確信に変わった。

 

(やっぱりそうだ。間違いない。社長を射殺したのはあの人ーー大場さんで、間違いない!!)




最近、シリアスモードに疲れてしまったのか、北星兄妹の長男と次男と長女と次女が漫才しだしてもう手に負えなくなり出す気がします…もうマトモなのは雪男くん、君だけだ!!頼むからこの兄妹をまとめてから!!まあ無理な気もしますが。


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第27話〜命懸けの復活 約束の場所〜

米花センタービルの展望レストラン。そこでは蘭が1人、事件解決へと向かった新一を、下の夜景を見ながら頬杖をついて待っていた。勿論、考えるのは彼女が呼び出された『話』のことだ。

 

(なんだろ?新一の話したいことって)

 

話したい内容を彼女が考えている時、フッと頭に浮かんだのは、先程、スタッフの女性から聞いた内容と、その際に言われた『プロポーズ』という言葉。勿論、意味はきちんとわかっている。分かっているからこそ、彼女はないと首を振った。

 

(第一、私達、まだ高校生じゃない…)

 

彼女は頬を少し赤らめるもそう考え、退屈からか、少し体を伸ばし、また頬杖をついて景色を見続けた。

 

 

 

 

 

事件現場では、新一が事件のことを考えている。彼の中では既に、犯人が誰かの特定が済んでいた。

 

(社長を射殺したのは、大場さんで間違いない。残る疑問は1つだけ)

 

そこで彼が思い出すのは、社長のシャツの袖のボタンが外れていた事。これはどう考えても社長自身の行動だが、何故そんな事をしていたのか。

 

そこで、天の助けならぬ関係者の助けか、第一発見者の女性があっと声を出し、会話しだす。

 

「ねえ、もしかしてアレじゃない?大場部長、パーティーで着ぐるみの中に入ってたでしょ?」

 

「あ、そっか!服を着替えるチャンスがあるって事ね!」

 

その言葉に、目暮が真実かと問えば、肯定する女性。今夜の会社のパーティーは、実はその会社の新しいマスコットキャラのお披露目会でもあったらしく、そのキャラはずっと壇上にいたという。そこでその中身が大場である事が話されたのか、驚いたという女性2人。

 

「なるほどな…同じ服を2着持っておけば良いっていうことか…」

 

「ああ、そういう方法もありましたね!」

 

松田と瑠璃が納得するが、それに無理だと答えたのは発見者の男性。彼はどうやら着ぐるみを着る前に、その男性ともう1人の社員に自身の背広とズボンを手渡していたという。それでも女性2人は怪しいと言う。それに男性は大場もウケを取ろうと頑張っていたと言うが、そのフォローに納得がいっていない様子の2人は、ウィンクがそうなのかと言う。どうも、最初はウケていたらしいが、何度もウィンクをしていたらしい。そこで新一が着ぐるみを見たいと言えば、その着ぐるみがあるステージ袖まで最初に着ぐるみの話を始めたショート髪の女性が案内してくれた。そこには淡いピンク色の肌と、唇が緑で緑の長靴を履いたカエルの着ぐるみが座り込んでいた。。

 

「し、シュールな着ぐるみですね…」

 

「可愛いでしょ」

 

「う〜ん、可愛くない」

 

「感想そこじゃねえよ」

 

「色合いが不可だね」

 

「だからそこじゃねえよ」

 

頑張って高木が濁した言葉を瑠璃が一刀両断で言ってしまい、最終的には松田が拳骨を入れて黙らせ、彼女は頭を抑えて座り込んだ。その間も新一と彰、伊達は着ぐるみを観察する。

 

「あの、このパーティーを仕切っていたのは?」

 

「大場部長よ」

 

そこで新一はカエルの口に左腕を突っ込み、中にある仕掛けを手動で動かせば、カエルの右目がウィンクする。それに彰、伊達、松田、そして新一がニヤリと笑う。そんな4人を、頭をさすりながら見ていた瑠璃は首を傾げながら見ていた。

 

「で、何か分かったかね?」

 

「ええ、大体は」

 

そこで袖から出ながら、新一が暑いと言う。しかし現在の季節的に言えばまだ寒い時期。暑いわけもなく、しかも人数的な密閉からか逆に暑い空間を冷やすために、クーラーを効かせている。その事を目暮が伝えれば、汗を流している新一が驚愕を表す。それに首を傾げて、下から顔を覗き込む瑠璃。

 

「新一くん、もしかして熱があるとか?」

 

「え、そんなまさか…っ!?」

 

その瞬間、心臓に鋭い痛みが走り、思わず彼は胸を押さえた。

 

「し、新一くん!!?」

 

瑠璃が驚いたように叫んで彼を支えれば、その声に瞬間的に振り向いた彰が近付く。

 

「おい、大丈夫か!??救急ー」

 

「ーーだ、大丈夫、です!!へ、いき、ですから!!!」

 

新一はそう言って彰達を、その腕を伸ばして自身から離す。しかし頭の中では焦りが募る。

 

(おい…マジかよ…冗談じゃねえぞ!!こんな時に…こんな…こんな、大事な時に!!クソッタレ!!!)

 

「おい、大丈夫かね?」

 

目暮までも声を聞いて振り返り、心配そうに声を掛けるが、彼は今、それに返答できる程の余裕がなくなってしまっていた。そこに別の警官が目暮に、大場から硝煙反応が出なかった事を伝える。

 

「そうか、分かった」

 

「目暮警部。金目当ての外部犯の可能性も、まだ残ってますが…」

 

「そうだな…可能性がある以上、このビルに出入りした不審人物を洗うぞ」

 

その目暮達の言葉に新一が待ったをかける。ずっと荒い息を吐く彼を、瑠璃は心配そうに見つめる。汗もひどい。彼女はその汗を、自身のハンカチで拭った。

 

「あ、ありがとう、ございます、瑠璃刑事…警部、その必要はありません。犯人は我々の手の中…さあ、上がりましょうか。真実を解き明かす、ステージの上へーー」

 

 

 

 

 

少しして、高木と目暮、彰が大場と、彼の側にずっとついていた社長の娘を連れたって、事件現場のエレベーターへと移動した。その間、ずっと彼は硝煙反応がなかった事を理由にもう解放しろと言うが、それを彰が瑠璃の『硝煙反応のつかない方法』の説明を借りて、もう一度その説明をすると、黙ってしまった。しかし、それに女性が代わりに『大場は犯人ではない』と言う。エレベーターまで辿り着いても言ってのけた。彼女はずっと大場と一緒にいたこと、彼が着ぐるみに着替える時には一緒ではなかったが、部屋は密室で他の社員もいたこと。その2点を伝える。

 

「それともなに!?私が嘘を!!?」

 

女性がそこで目暮にそう怒りながら近づけば、目暮が後ろに仰け反る。そんな2人のやりとりに、少し顔色の悪い新一が待ったをかける。勿論、女性が嘘を言ってないことも肯定した上で、だ。

 

「貴方はずっと大場さんと共に行動していたと思いますーー貴方のそばで犯行が行われた瞬間もね」

 

それに女性が、大場と共謀して自分の父親を殺したとでも言いたいのかと叫べぶ。それに瑠璃が首を横に振った。

 

「だ、大丈夫ですよ!!貴方が言うことは本当だとこちらも信じていますし、貴方が殺す事が出来るなんて、そんな事はきっと彼も思ってないですよ!!っね!?」

 

瑠璃がそこで新一に返答を促せば、彼も頷く。

 

「ええ。瑠璃刑事の言う通り、僕が言いたいのは、犯行は貴方の側で行われたけど、貴方はそれに気づかなかったという事です。そのとき貴方は目を閉じ、エレベーターを背にして、大場さんと口付けを交わしていたんですから」

 

それに目暮が驚き、高木は動揺する。しかも少し照れている。どう見てもウブな反応に、佐藤との関係が進んでいない事を理解してしまった彰達が天井を仰いだ。

 

「そう…」

 

そこで新一が女性に近づき、体を寄せ、左腕を首に回してどのように口付けていたのかを説明するが、それに慌てるのは目暮だ。その行動は、どう見ても彼女に口付けしかけているようにしか見えないのだ。それでも彼は説明しながら、空いていた右手で後ろのエレベーターのスイッチを押した。そうすれば、扉は開き、それを見て彼は指で拳銃の形を作り、射殺した事を伝える。勿論それが、大場がやったということも。それに女性が目を見開き、信じたくないという様子で大場に顔を向ける。その大場はといえば、どこも動じた様子がない。なにせ、硝煙反応のあの話はまだ『可能性』の範疇。焦るようなことではないのだから。

 

「しかし、いくら耳を塞ぎ、サイレンサー付きの拳銃で撃ったといっても、人が撃たれて倒れれば、少しくらい音が…」

 

「ええ。彼女には微かな音くらい、聞こえていたと思いますよ」

 

「警部、だからこそーーこの男は、発砲の瞬間をパーティーの直前にしたんだろうよ」

 

「よく頭が回る奴さんだ。クラッカーの音と共に塞いでいた手を解けば、微かな音を気にしないだろうって計算を立ててたんだからな」

 

「勿論、手を離すのはエレベーターの扉が閉まったのを確認したあと、ですがね」

 

新一の言葉を引き継ぐように、松田と伊達が大場を見据えながら喋り、最後は新一がそう締めた。しかし、大場はその推理を鼻で笑った。大場は言う。社長は体調を崩したために帰宅したのだと。下に降りるためにエレベーターに乗った社長を、どうやって撃ったのかと。上がるのを待てば時間がかかる。どころか、社長が降りる可能性の方が高い。それなのにどうやって、と。

 

「まさか僕に、射殺されるために残っていたなんて、言うんじゃないだろうね?」

 

大場が余裕な笑みを浮かべて言うが、新一も不敵な笑みを崩さない。彼にはもう、この事件の真相が見えているのだから。

 

「ーーその通り。社長は下に降りずに、エレベーターの中で待っていたのですよ。あの『着ぐるみ』を着た貴方が、ここに来るのをね」

 

そうして自身の後ろへと視線を向ければ、其処にはあの、会社の新たなマスコットキャラがいた。新一の推理は、社長がエレベーターの中に残っていたのは、彼との『ドッキリ』をするためと言う。体調不良は嘘で、本当は、大場の『着ぐるみの中身を交代して、社員を驚かせよう』というその提案に乗り、待っていたのだと。

 

「じゃあ、まさか遺体の衣服が乱れていたのは…」

 

「ええ。社長は着替える準備をしていたのですよ」

 

「なるほど、エレベーターが待機中なら、到着音の『チンッ』という音もしないということか…」

 

「しかも今日は会社のパーティーの日。パーティーが終わるまで誰も乗らないだろうことを計算に入れた上で、大場さんはーー」

 

そこでまた大場は鼻で笑った。しかし顔色はどこか悪い。余裕がなくなってきている。

 

「…硝煙反応は?そこの女性の刑事さんが、確かに硝煙反応の出ない方法を説明してくれた。だがそれを示す証拠なんて、出てないじゃないか」

 

新一はそれを聞くと、自身の手に白い手袋を着け始めた。

 

「ーー貴方、ウインクしていたそうじゃないですか」

 

「…何?」

 

「社員の方が言ってましたよ。貴方が入った着ぐるみは、ウインクばかりしていたと。それでピンときたんです」

 

そうして彼はカエルの着ぐるみに近付き、先ほどウインクをした左目ーーではなく、動かなかった右目に手を掛けた。

 

「ーーウインクはウケ狙いなんかじゃなく、貴方が『何か』を着ぐるみの目の中に隠した為に、仕掛けが動かなかったんじゃないか、てね」

 

そうして右目の蓋を取り、そこから『何か』ーービニール袋と、その中に入っている黒い手袋と4つの輪ゴムを取り出した。

 

新一の推理はこうだ。黒い手袋を予め右手に装着し、その上からビニールを拳銃ごと覆い、外れないように輪ゴムで止める。そうすれば大場に硝煙反応は出ず、薬莢も地面に落ちずに回収が出来る。勿論そんな事を女性の前でしていれば不審に思われるが、現場は照明が消えていた。暗闇の中では黒い手袋は闇に紛れて見えない。そうして彼女にネックレスを贈れば、彼女がネックレスをつけるためにトイレまで案内してくれて、彼は彼女と話し、且つ離れることなく、拳銃をダストシュートに捨てられる、と。

 

「大場さんが彼女の耳を塞いだり、ピアスに触ったとき、左手は素手だった筈。つまり、べったり付着してるはずなんですよーーこのビニール袋に、貴方の指紋がねッ!!?」

 

その瞬間、心臓がまたも剣山にでも刺されたような痛みを新一に訴えた。流石の彼も、その痛みに耐えれずに、心の臓の辺りを掴んだ。それに気付いた瑠璃が心配そうに新一を見つめる。

 

「ふっ、ビニール袋に僕の指紋だって?そりゃついてるよーー僕だって、そのビニール袋に触ったんだからね。着ぐるみを着るのを手伝ってくれた、部下達と一緒にね!」

 

「うわ、言い逃れ始めた。しかもドヤ顔」

 

「あの顔、なんか殴りたいな…」

 

「やめとけ。警察が警察に取っ捕まえられるぞ」

 

彰があからさまな嫌悪の顔を浮かべ、松田がイラっとしたのか腕を組んでいたその手に力を込め、それに気付いた伊達が腕を掴んで宥めた。そんな会話を聞く余裕など最早ない新一は、大場の言葉に内心で驚いた。そんな説明はここまでの間に全く出てこなかった。

 

「大場さん。そういう大事な事は言ってくださいませんか?」

 

「おや、言ってませんでしたか?」

 

「ここまでの会話とここまで来る道中で一切出てません。断言します」

 

瑠璃が目を細めて大場を見れば、大場は余裕綽々な様子で肩をすくめながら言い、それが瑠璃の癇に障ったのか、あからさまに顔を顰めて断言する。大場はその強気な言葉に少し狼狽えたが、関係はないと少し首を横に振る。そして後ろにいた発見者の男性に、同意を促せば、彼もまた肯定する。どうやら大事な部品と思われて、そのままなされたらしい。

 

「いやどう考えてもこれ大事な部品じゃないように見えますが…失礼ですが、眼科に行かれた方がいいのでは?」

 

「瑠璃、煽るな、罵倒するな。毒を吐くな!!」

 

瑠璃が喋った直後に彰が頭に拳骨を入れる。彼女はそれでまたも蹲ってしまい、瑠璃の代わりにと彰が大場に頭を下げて謝罪する。瑠璃も痛みから頭を抑えながらも、なんとか謝罪した。それを見て、怒鳴ろうとした大場は取り敢えず怒りを収めた。

 

「まあとにかく…僕ならこう推理するね。僕に恨みを持った誰かが、僕と彼女がトイレに行る隙に、下の階で社長を殺害し、僕に罪を着せるために、着ぐるみの中にそれを隠した、」

 

着ぐるみは、自身が入るまで着替えの部屋にずっと置いてあったと、大場は言う。キスの最中に射殺すると言うナンセンスな話よりも、現実味があると。

 

「お、おい、工藤くん…」

 

「さあ新米警官くん、どうする?随分と元気が無くなったようだけど、もうネタ切れかな?もっとも、僕は君の馬鹿げた100の問いに、100の答えを返せす自信があるがね」

 

その大場の自信満々な顔に、瑠璃が内心で悔しがる。彼女もまた、彼が犯人だろうと当たりはつけている。しかし、証拠がないこの状況では、彼女は何も言えない。

 

(…もう!こう言う時に修斗がいたら!!!)

 

彼女の願いはもちろん届く事はない。そもそも彼は一般人。新一のような探偵でもなければ、警察でもない。事件現場に立ち会えば彼女も無理矢理にでも協力させる方法はあるが、彼は今、この場にいないのだ。

 

(早く、解決しないと…新一くんを、病院に行かせないといけないのに!)

 

瑠璃も新一の症状がおかしいのはよく分かっている。だからこそ、病院に行かせたいのだ。しかし、それを彼は断るだろう。それでもと、彼女は考えた。なんとしても、病院に行って貰うべきだ、と。

 

その間も、彼は大場に問いを返さない。それに本当にネタ切れかと大場が鼻で笑った瞬間ーー場が一転する一言を、彼は発する。

 

「ーーピンクパール」

 

「ッ!?」

 

「大場さん。貴方、ここで彼女にネックレスを贈ったとき、こう言ったそうですね。『君のピアスと同じ、ピンクパールのネックレスだよ』と」

 

「…あっ!!」

 

「なるほどな…」

 

それは彰達も疑問に思ったこと。そう、大場は確かに当てたのだーーこんな薄暗い廊下の中で、彼女のピアスを。

 

「…どうして分かったんですか?彼女のピアスが、ピンクパールだと」

 

その新一の問いに、大場はまた鼻で笑って、見ればすぐにわかると言って女性を見てーー驚愕した。

 

ーー分かるわけがないのだ。薄暗い廊下の中で、蛍光塗料すら塗ってないピアスの色や種類など、全て黒い石に見えてしまうのだから。

 

そこで新一も立っているのが辛いのか、エレベーターに少し体を預け、荒い息を吐きながらも、懸命に推理を続ける。

 

「…そのピアスは、彼女が貴方と落ち合う前に、衝動買いして買ったものだそうです。つまり、貴方はそのピアスを、ここで初めて目にした訳だ。闇に限りなく近いこの空間では、ピンクパールはただの黒ずんだ玉ーーここでそれをピンクだと判別する術はないんですよ」

 

大場の顔が青ざめていく。実際に黒ずんだ玉にしか見えないのを見て仕舞えば、彼は言い訳が効かない。出来るわけがない。

 

「そう…あの時ここで、貴方が彼女と口付けを交わした時にー」

 

そうして新一は体重を預けるのをやめ、後ろのエレベーターのスイッチを押しーー光が徐々に、彼を照らした。

 

「ーーこの、光の扉を開ける以外にはね!!」

 

その説明に、彼女は信じられない様子で、大場を見る。

 

「…大場さん。貴方、まさか…」

 

そこで先程までは黒い石をしていたピアスは、光が当たりーーピンクの色を、取り戻した。

 

ーーしかし、それも一瞬。エレベーターが閉じると共に光は無くなり、黒い石へと逆戻りした。

 

「さあ、答えてもらいましょうか、大場さん。貴方が何故、その時に、扉を開けたのかを」

 

それに彼はーーフッと、笑った。

 

「…なぜ開けたのかだと?そんな答えは簡単さ」

 

そんな大場の態度に、少し安心したような様子を見せた女性。しかし、彼の表情はーー憎悪に染まっていた。

 

「ーー父に誓ったからだよ。必ず復讐を遂げるとね!!!」

 

それに女性はショックを受け、新一は真実を究明できた事への安心からか、フッと笑みを浮かべた。

 

ーー廊下の照明が、点灯する。

 

「…父の復讐」

 

「…ええ。僕の父も、結構大きなゲーム会社をやってたんです…20年前、あの社長に、合併の話を持ちかけられるまでは」

 

彼が言うには、この米花センタービルに、彼らの城ーーゲーム会社を作ろうと誘われたらしい。しかしそれは合併ではなく実際は吸収で、大場の父の構築したノウハウは全て奪われ、その会社の社員達は次々とリストラされたらしい。

 

「そして、名ばかりの副社長だった父は、失意の末…自殺」

 

「でもパパはあんなに貴方に目を掛けてーー」

 

「ああ。僕の父に対して負い目があったらしく、社長は僕をドンドン昇進させてくれたよーー社長を殺害し、君を手に入れ、会社を乗っ取ろうと目論んでいたーーこの僕をね」

 

「そ、そんな…」

 

その言葉に、ショックどころか絶望の顔色を出す女性。その目には涙が浮かび、その声も微かな声で、音場にも聞こえたのかどうか怪しいぐらいだ。

 

「全てはゲーム…復讐の為に悪魔の力を借りた主人公が、魔王を退治する物語さ…ふっ、しかし、エンディングまで父と一緒とはね」

 

その大場の言葉に、瑠璃は首をかしげる。

 

「父と一緒って…」

 

高木の疑問に、大場は返す。その『エンディング』を。

 

「父は他殺と見せかけて自殺したんです…20年前、此処で、社長に殺されたと見せかけて」

 

しかし、それは見破られたというーー今夜の彼と同様に、頭の切れる若い男に、真相を明かされて。

 

「…悪魔の力を借りたしっぺ返しが来たってわけですよ」

 

「そ、そうか!!思い出したぞ!!!」

 

突如として声をあげた目暮に、彰達が目を向ければ、その若い男は、当時の刑事達に口を挟んで事件を解決したその男はーー工藤優作だ、と。

 

「あ、あの、推理小説家の!?」

 

「へぇ、古い友人だとは一度聞いたことありますけど、そこまで切れ者とはな」

 

高木の驚きに、松田もサングラス越しに少し目を見開いて驚きを露わにした。小説家だからと誰しも頭がいいわけではないのだが、優作ほどのキレ者もまた、珍しい部類だ。

 

「…つまり、あの人が親から継いだこの復讐劇を、親子二代に渡って暴かれた訳ですか…」

 

彰は、警官に連れられて去っていく大場を見据える。その目に乗る色はーー憐れみと羨望。

 

(…なんというか、そこまで父親の為に復讐できるなんてな。俺には…いや、俺達兄妹には無理だし、きっと、大多数の母親達だって無理だろう…大数は金と名誉の為の結婚で、少数はむしろ親父に恨みを持ってる奴もいるだろうし…)

 

そこで思い浮かんだのはーー雪男と雪菜の母親だ。

 

(あの人は、殆ど親に売られた形で親父の愛人枠に収まったらしいし、本人には拒否権すら与えられなかったらしいし…まあ、体が弱い人だから、それどころではないかもしれないが)

 

そこで新一がいるエレベーターへと視線を向けーーしかしその場に彼の姿は、なかった。

 

 

 

 

 

男子トイレの中、新一は、鏡に震える手を付け、なんとか息を整えようとするが、全く上手くいかない。どころか、心の臓の痛みは、増すばかり。

 

(ーー頼む!もう一度、治ってくれ!!彼奴が…彼奴が、待ってるんだ!!!)

 

その彼の願いはーー届かない。

 

『コナン』に戻る訳にはいかないと、歯を食いしばって鏡を見ればーー時刻を見ている『コナン』の姿をした哀が、後ろに立っていた。

 

「は、灰原っ、お前ッ…どう、して…」

 

そこで遂に立つ力もなくなってしまったのかーー倒れてしまった。

 

(…24分オーバー。これくらいは許容範囲ね)

 

そこで彼女はもう自身の役目は終わりと認識しーー笑みを浮かべて、眼鏡を取った。

 

(ーーこれは貸しにしておくわよ。江戸川くん)

 

 

 

 

 

「ねえ聞いた?事件解決したらしいわよ」

 

展望レストランでは、蘭がその事を、ウェイトレスから話を聞いていた。その言葉に蘭は振り向き、ウェイトレスを見る。

 

「ようやく会えるわね、貴方の彼に!」

 

「そんな、彼なんかじゃーー」

 

その会話を聞いていた梨華はニヤニヤと笑い、修斗はーー可哀想なものを見るような目で、蘭を見ていた。

 

(事件は解決。で、此処に来る前に咲から聞いた話を総合的に考えて…タイムオーバー)

 

その考えと共に、小さな足音が近付きーーコナンが姿を、表した。

 

(…やっぱりな)

 

そこで修斗はもう見ていられないのか、立ち上がった。

 

「…帰るぞ、梨華」

 

「え、でも新一くんが…」

 

「ーー戻ってこねえよ」

 

その言葉に梨華が目を見張り、その隙に彼女の腕を引っつかんで、レストランを後にした。

 

そんな2人に気づかない程に慌てていたのか、荒い息を吐き出すコナンに、蘭は目を見開いて見つめる。

 

「こ、コナンくん…」

 

そこでコナンは手を伸ばしーークレジットカードをテーブルの上に乗せた。

 

「…はいっ。これ、クレジットカード。新一にいちゃんが渡しといてくれって。小五郎のおじさんに頼まれて様子を見に来たら、新一にいちゃんと会ったんだ」

 

「え、お父さん来てるの?」

 

「う、うん…下の駐車場に」

 

「ーーそれで、新一は?」

 

蘭が笑顔で問いかけてきたその言葉に、コナンの笑顔が固くなる。しかし、女優の息子は、その演技の才能を生かし、子供らしい態度でーー傷付けると分かっている言葉を、並べる。

 

「あ、うん…なんか新一にいちゃんの携帯に電話が掛かってきて、この前まで、関わってきた事件が大変な事になったって、慌てて出て行ったよ」

 

その言葉を聞いていくうちに、蘭の顔がどんどんと悲しみに暮れていく。

 

「……そう」

 

その蘭の表情に、なんとか元気を出させようと、コナンらしく振舞う。

 

「…新一にいちゃんも馬鹿だよね!蘭姉ちゃんを放っぽって行っちゃうなんて!」

 

しかしーー蘭は涙を堪えた表情で、顔を俯かせる。

 

「……また、置いてけぼりか」

 

その言葉に、罪悪感に駆られたのかーーコナンは、新一としての本心を、願いを、口にする。

 

「…あの……新一にいちゃん、言ってたよ」

 

「ーーーいやだ!!やめて!!!聞きたくない!!!!」

 

しかし、蘭は首を振って耳を塞ぐ。

 

「…もう聞きたくないよ……言い訳なんて」

 

彼女の堪えていた涙は、遂に目の淵に溜まっていた。まだ流れてはいないが、それが余計にコナンには辛い。しかし、コナンは言うしかないーー例えそれが、苦しい事でも。辛い事でも。

 

コナンは顔を俯かせ、子供らしい演技はそのままに、しかし真剣にーー蘭に届くように、伝える。

 

「ーー新一にいちゃん、言ってたよ……いつか…いつか、必ず、絶対にーー死んでも戻って来るから…だから……だからーーーそれまで、蘭に、待ってて欲しいんだーーーって」

 

蘭はコナンの言葉の途中で、コナンと目を合わせる…その顔は、とても真剣な顔で…コナンに心配をかけたくなくて、彼女は淵に溜まった涙を指で拭った。

 

「…くすっ…馬鹿ね、コナンくんがそんな顔する事ないのよ。悪いのはーー事件と聞けば地の果てまで飛んでっちゃう、あの大馬鹿事件推理の助なんだから!」

 

その言葉に、新一本人でもあるコナンは、微妙な笑みで固まった。

 

(す、推理の助…)

 

そこで蘭がコナンにデザートを食べるかと聞き、それにコナンが頷くと、どうやら空気を読んでくれたらしいウェイトレスがメニューを持ってきて、蘭がそれを受け取り、注文する。そこには笑顔が戻っており、それにコナンは一先ず安心した。

 

自身で曇らしてしまった表情を、笑顔に戻せてーー彼の好きな表情に戻せて、安心したのだ。

 

 

 

 

 

その後、デザートを5皿も頼んだ蘭は、そのうち4皿を食べ尽くし、5皿目を食べながらも愚痴を零していた。

 

「全く!なーにが『待ってて欲しいんだ』よ!!私はあんたのお母さんじゃないっての!!」

 

(はは、これで5品目…)

 

「でもなんだったんだろ?新一の『大事な話』って?ーーねえ、コナンくんは気にならない?」

 

それにコナンは固まった。そもそも本人なのだから、気になるはずもない。特に気にならないと返せば、今いない『新一』に対して文句を垂らす。

 

「ま、言わずにいなくなっちゃうんだから、碌な話じゃないんでしょうけど!!」

 

それにはコナンも流石に乾いた笑顔を浮かべる。

 

「たくっ、なんでこんな高い店にしなきゃいけないのよ!大した話もないくせにカッコつけちゃって、バッカみたい!」

 

その言葉を聞きながら、コナンは苦笑を浮かべる。

 

(…言えるわけねえよ。父さんお母さんの、想い出のこの場所で、願を担いだなんてな…)

 

 

 

 

 

あのカップルの話が新一の両親であったことを、果たして蘭が知る日が来るかどうかは分からない。

 

そしてーー小五郎が駐車場で待っていることを思い出すのが何時間すぎるかもーー分からないのであった。




この話を最後まで見た後の、倉木麻衣さんの『Secret of my heart』を聞くと、ちょっと涙が浮かびました。しかもアニメの最中のあの曲。調べたら『愛はいつも』という曲らしいですが、私はアレが一番心にも記憶にも残った曲で、もう自然と涙が出てしまいました…この曲の効果すごい。そしてあのベル姐さんの映像が頭に流れた…まだ早いよベル姐さん!

ちなみにちょっとした小話ですが、命懸けシリーズの黒衣の騎士の最後。『戻らなかった』ですが、実はアレに二重の意味を重ねてました。

1つは新一はコナンに『戻らなかった』。そしてもう1つは、新一には『戻らなかった』。この2つの意味を私の中で重ねてたのですが…ちょっと無理矢理ですかね?私としては違和感ないなと思って書いたのですが…。

今回の修斗くんの最後の台詞もちょっと隠してます。『新一の姿では』戻って来ねえよ…って。やっぱり無理矢理ですかね?やっぱり違和感ないと思って書いたのですが…。

それでは!


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第28話~容疑者・毛利小五郎・前編~

   お ひ さ し ぶ り で す !!

私が小説のデータが消えたり、某ネズミーアプリで遊んだり、マイクラで遊んだり、仕事が大忙しの間に原作のコナンではなんだかとんでもないことになっているようで…RAMさんの正体も判明したようですが、果たしてそこまで行くのに何年かかるのだろうか…。

ちなみに、今年の映画も、見に行きます。

それでは、久しぶりの小説ですが、どうぞ!


新一からコナンへと戻った翌日。

 

小学校の授業も全て終え、またいつもの日常へと戻ったその帰り道。探偵団達と共に下校する道すがら、コナンは一度立ち止まり、隣を歩いていた哀へと笑顔で手を出す。その近くを歩いていた咲もなんだと気になり歩みを止めた。

 

「…なに?」

 

「アポトキシン4869の解毒剤だよ。まだあんだろ?ちょーだい?」

 

その言葉を聞き、哀は眉を顰め、咲は苦笑いを浮かべた。

 

「いーやーよ。事件に遭遇すると見境なしに大立ち回りをやらかす推理フェチさんには、とてもじゃないけどあげられないわ」

 

そう言って歩き始める哀と咲に苦笑いを浮かべるコナン。

 

「わーっるかったよ。次からはなるべく自重すっからよっ!」

 

「それ、次も自重出来ないの人間が言う事だって知ってるか?」

 

「うっせ」

 

咲の呆れを乗せた言葉に拗ねた様にコナンが返す。そうして2人が哀を見つめれば、哀は口を開く。

 

「…言ったはずよ、アレはあくまで試作品。あんな不完全な薬を投与する訳にはいかないわ」

 

「確かに。次は、本当に死ぬ可能性もあるしな」

 

「やっぱ白乾児の成分だけじゃ完成品は無理って訳か…」

 

「ええ。せめて薬のデータがないとね…まっ、正体がバレなかっただけでも良かったと思って、我慢するのね」

 

「ああ、クソッ!こんな事ならさっさと蘭に言うこといっときゃよかったぜっ!!」

 

そうして悔しがって歩いていくコナンを静かに見つめる哀。そんな哀の姿に咲が首を傾げて見つめればクラクションが鳴らされる。

 

1度だけなら兎も角、2度3度、それがだんだんと近づいてきた為に哀と咲、それからコナンが振り向けば、とても見覚えのあるビートルが徐行し路肩へと止まる。

 

それを見て子供達は笑顔を浮かべる。

 

「「「あっ!博士!!」」」

 

そうーーこの日は、コナンを除いた全員で杯戸町の室内プールで泳ぐ日なのである。

 

「コナンくん、本当に行かないんですか?」

 

「波があってイケてるぞ!!」

 

「悪いな、まだ風邪気味なんだ…というか、俺よりも本当に大丈夫なのかって心配なのは咲だけどな」

 

コナンが心配そうに咲を見る。

 

ーー実は、咲はその耳の良さの関係上、耳がとても敏感で、水に入ることが出来ないのだ。

 

「水にさえ入らなければ、問題ないさ」

 

そうして最後にコナンへと「また今度!」と挨拶をして、車は去っていった。

 

ーーその車の中。

 

「…フッ」

 

哀が笑みを浮かべて外を眺め始めるその姿を見た子供達3人と咲は、珍しいものを見た様に目を見張る。

 

「ご機嫌ですね、灰原さん」

 

光彦の言葉に、まるで自分のことの様に笑顔を浮かべる歩美。

 

「きっと、何か良いことがあったのよ!」

 

「今日の給食、カレーだったからな!」

 

「元太くんとは違いますよ」

 

「ェッ」

 

光彦の言葉に、密かにカレーで喜んでいた咲はショックを受け、光彦も喜んでいたという言葉を聞き逃した。

 

 

 

慣れた帰り道を1人歩き、事務所へと帰りついたコナンは不景気な顔で事務所を見上げ、溜め息を吐く。

 

(…またここから出直しって訳ね。あぁ~、もう夏だっていうのに、俺には当分、春は来そうにねーな…)

 

事務所の階段を上がるコナンの背中には哀愁が漂っていた。

 

 

 

***

 

 

 

数日後。

 

軽井沢へとやってきた小五郎一家は。小五郎はというと…。

 

「ピーチに!メロンに!!さくらんぼ!!!やっぱ夏はフルーツ、食べごろっすなぁ…」

 

スケベな目をプールに夢中な女性たちに向けつつ、MDカセットで音楽を聴いていた瞬間ーーその耳に、爆音が襲い掛かる!!!

 

勿論そんなことになれば、耳のいい咲だろうとそうじゃなかろうと関係ない。小五郎はその耳に突如として攻撃をしてきた愛娘である蘭に気づくが、そんなこと関係ないとばかりに更に音量を上げ、遂にはその爆音が周囲に聞こえるほどになり、小五郎はイヤホンを外すのも忘れてその場で暴れ転げる。

 

蘭の近くにいたコナンもまた爆音の被害にあい、両耳を塞いで蘭の小五郎への仕返しが終わるのを待つ。

 

それが終わり、小五郎が改めて娘の名前を呼べば、冷たい態度をみせたまま。イヤホンを外し1度、気持ちを切り替えるために首を振り、怒りのままに蘭に対して怒鳴る。

 

「なんってことを!!?」

 

そんな父親に対して不機嫌な顔のまま、先ほどまで父親が付けていたイヤホンをかざして詰め寄る。

 

「なーにが『軽井沢のホテルに、避暑がてら泊りにいかねーか?』よ!自分だけ海パンなんか持ってきちゃって」

 

長年連れ添えば小五郎の思考など分かりやすく、2人とも、小五郎の目的がホテルのプールであることを理解した。

 

そのまま離れ始める2人。蘭は音楽プレイヤーごと離れようとすれば、小五郎が声をかける。

 

「おい…それ、まだ途中…」

 

しかし、それに拒否の反応を返す蘭。元々の持ち主である蘭が小五郎に貸すことを拒否すれば、誰も強くは言えない。

 

そもそも、今この場に小五郎の味方は1人もいないが。

 

「このMD買ってくれたの、お母さんだし?」

 

その一言に顔色を悪くし固まる小五郎。しかし、小五郎を放って歩き始める2人に置いていかれるわけにもいかず、慌てて追いかけ、服を着てプールから離れる。その際、娘に言い訳は欠かさない。

 

「仕方ないだろ?毎日毎日、事件だらけでストレス溜まってんだから!」

 

その言葉だけなら同情が集まるが、2人は騙されない。なんだったらコナン自身は、その分寝かせてるのだからと苦笑い。

 

蘭からの説教を受けながらホテルの中を歩く。

 

「お母さんに悪いと思わないの?」

 

売り言葉に買い言葉。蘭の言葉に意地なのか、引き攣った顔のまま小五郎は返す。

 

「フンっ!アイツだって分かりゃしねーぞ?今頃、わっかーい男に熱を上げてっかもよ?」

 

そこで蘭が唐突に足を止め、その娘にぶつかる形で足を止めた小五郎。訝し気に蘭を見れば、顔を青くして服屋を見ている。その視線の先を見れば、今度は小五郎も驚愕した。

 

ーー母親であり、別居中ながら妻である英理が、知らない男とショッピングをしている姿が、そこにはあった。

 

それはもう楽しそうに男と話し、男も優し気な目を英理に向けている。

 

英理が男の首にネクタイを合わせて確認した辺りで現実へと意識が戻った蘭が驚愕から叫ぶ。

 

「お母さん!!?」

 

その声に気づき、英理と男性が外へと視線を向ければ、そこにいるのは大事な娘と別居中の夫。

 

「!!うっそ…どーしたの?貴方達」

 

 

 

***

 

 

 

場所を替え、5人が移動したのはホテル内にあるカフェテリア。そのテーブル席に座り、注文品であるオレンジジュースを飲みながら、ジト目で小五郎と蘭が英理を見つめ、英理は事の成り行きを説明するが、2人とも、懐疑心から納得しない。

 

「だから言ってるでしょ?弁護士仲間と軽井沢に遊びにきただけだって!」

 

「フンっ、じゃあさっき買ってたネクタイは?」

 

小五郎が嫉妬を隠しもせずに煙草を吸いながら問いかければ、英理は動揺する。

 

「あれは知り合いに頼まれて、選ぶのを彼に手伝ってもらっていたのよ!…そうよね?」

 

そこで何とか理解してもらおうと、同席していた男性『佐久(さく) 法史(のりふみ)』に声を掛ければ、佐久は笑みを浮かべた。

 

「あれ、そうだったんですか?…てっきり、僕へのプレゼントだと思いましたけど?」

 

その返しに頬を赤らめる英理に、いたずらが成功した子供の様な笑顔を浮かべる佐久。それが嬉しくない小五郎は嫌味で返す。

 

「フンっ!ガキじゃあるめぇし、1人で選べねぇのかよ」

 

勿論、それにカチンときた英理も、その喧嘩を買う。

 

「あら、悪かったわね」

 

それに頭を抱える蘭と、苦笑いのコナン。

 

そんな重い空気の席に声が掛かる。

 

「なるほど」

 

その声に気づき全員がその声の主に顔を向ければ、向けられた女性『碓氷(うすい) 律子(りつこ)』は笑顔を浮かべる。

 

「№1の女王様も、旦那が絡むと唯の庶民に戻っちゃうんですね」

 

笑顔で含みのある言葉を英理に投げかける。その意味を理解できない蘭とコナンは首を傾げる。

 

「女王様だって」

 

コナンが蘭に確認をとるが、彼女自身も知る話ではない。そんな2人を見て、碓氷が説明してくれる。

 

ーー如何なる者も寄せ付けない、法廷での凛とした態度

 

ーー裁判長をも圧倒する弁論術

 

「付いたあだ名が『法曹界の女王(クイーン)』」

 

「ちょっと、やめてくれない?そう言ってるのは貴方達だけでしょ?」

 

「ーーいやいや、検察の方も漏らしていたよ。『妃さんを相手に回すと、まるで自分たちが女王に歯向かう逆賊のような錯覚に陥る』とね!」

 

そこで割り込んだ少しふくよかな男性『塩沢(しおざわ) 憲造(けんぞう)』がノリ良く返しながら、英理の凄さを語る。

 

勿論、その話を理解できない年齢ではない蘭は関心の声を上げ、英理は照れた様子を見せる。そしてコナンは英理との過去を思い出し、その恐ろしさも理解しているがために納得した。

 

「でも今話題の女弁護士№1は、話題のあの事件を2審で逆転し、最高裁まで持ち込んだ君のほうじゃないのかい?」

 

「あんなの、勝って当たり前ですよ!」

 

そんなやり取りをする碓氷と塩沢の後ろを通って会話に参加する男性『三笠(みかさ) 裕司(ゆうじ)』は、引き攣った笑顔を浮かべている。

 

「すみませんね、勝って当たり前の事件の1審を、私が担当したばかりに敗訴にしてしまって…」

 

それに気まずい様子で同じく引き攣った笑みを浮かべる碓氷。

 

「あ、いえ、そんな意味じゃ…」

 

その空気を払拭するために、英理の肩をつかむ。

 

「あんな事件に勝ったぐらいじゃ、まだまだ女王様の足元にも及ばないって意味ですよ」

 

「もう、やめてったら」

 

碓氷の言葉に拗ねたような反応を返す英理。

 

「しかし、別居中とはいえ羨ましいですな。無敗の女弁護士に、迷宮なしの名探偵のカップルとは!」

 

その言葉に天狗になる小五郎。

 

「いやぁ、傲慢稚気で高飛車な女王陛下を妻に持つ、唯のしがない男っすよ!」

 

その余計な一言が気に障らない訳もなく、目元を吊り上げる英理。

 

「…そうね。だったら私は、人の粗を探すことに長けている、姑息で不潔で女に見境のない名探偵さんを、人生の伴侶に選んでしまった馬鹿な女ってところかしら?」

 

先ほどまでの和やかな空気は一変し、嫌味を言いあう2人を中心に、氷河が生まれていく。

 

そんな空気を変える男、佐久。

 

「たくっ、無理しちゃって。毛利さんが解決した事件の記事、ひとつ残らずスクラップしてるじゃないですか」

 

その言葉が予想外だったらしく、目を見張った小五郎と、焦りを見せる英理。

 

「ちょ、ちょっと!!」

 

そこに便乗する娘、蘭。

 

「じゃあお父さんと一緒だ!お父さんも、お母さんが担当した裁判の記事、夜中にこっそり見てるのよ!」

 

娘の言葉に英理は頬を赤らめて驚き、娘の言葉にあからさまな動揺を示す小五郎。

 

その態度が嘘ではないことを明確に示しており、2人は視線を互いから逸らした。

 

「まぁ折角、軽井沢に来たことだし、今夜は一時休戦して、皆で仲良く飲みましょう!」

 

塩沢からの誘いに、既に顔が真っ赤な2人。

 

「…英理が嫌じゃなきゃ、俺は構わんが」

 

「わ、私は、別に…嫌だなんて…」

 

そんな2人の様子に頬を赤らめて期待を示す蘭。そこですぐにバーへと移動するために全員がカフェテリアを出る。

 

そのバーは同じ階にあり、少し歩けば見える場所。そこに移動する途中、エレベーターが止まり、降りてきた人物を見て毛利一家とコナンが驚き、3人グループの1人ーー修斗は視界に入った瞬間に天を仰いだ。

 

「し、修斗さん!?なんでここに!!?」

 

「それはこちらも聞きたいことなんだよなぁ」

 

修斗のそんな反応が珍しいらしく、一緒に来たらしい見覚えのない、クリーム色の髪色を持つ約160㎝の女性と、雪男と同じくらいかほんの少し背が高いだろう男の子が修斗と毛利一家を見比べている。

 

「毛利さん、お知合いですか?」

 

塩沢が代表して尋ねれば、苦虫を嚙みつぶしたような表情をする小五郎。

 

「けっ、知り合いですけど、生意気な小僧でね!…んで?オメェは何でここにいんだよ」

 

「兄妹で旅行ですよ。東京は暑いからと涼しさを求めてここに…ああ、紹介が遅れました。俺は北星修斗といいます」

 

その名字で気づいたらしい全員だが、修斗はそれににこりと作り笑いを浮かべて隣の女性の紹介を始める。

 

「彼女が義妹の『柚木(ゆずき) (かすみ)』」

 

紹介された霞はふんわりと笑って頭を下げる。

 

「そして彼が義弟の『川下(かわした) 勇気(ゆうき)』」

 

勇気は眠たげな目のまま気だるげに頭を下げた。

 

性格がバラバラな兄妹、顔も名字もバラバラ。この時点で不穏な気配を察知した全員、名字に対して突っ込むのをやめた。何せこの後、楽しく飲み会をするのだから。

 

「ーーなるほど、皆さん、今からそこのバーにいくんですね」

 

そう考えた途端、修斗が笑みを浮かべて全員の行く先を当ててきた。それに驚いた弁護士組をじっと見つめる修斗にコナンが声を掛ける。

 

「ねぇ、修斗兄ちゃん?」

 

「ん、なんだ?」

 

「なんで行く場所が分かったの?」

 

その子供らしい姿をからかいたい衝動に蓋をし、笑顔を浮かべる。

 

「いや、この先ってもうバーしかないだろう?エレベーターに乗る可能性もあるけれど、それにしては皆さん、エレベーター側にはいない。ならこの道をまっすぐ進んだ先にあるバーに用がある…ですよね?」

 

修斗は首を傾げて問いかけてくる。その笑みを見た弁護士組は肝が冷える思いがした。その、なにもかもを見通しているかの様なその目から、目を逸らして逃げるしかなかった。悪いことはしていないはずなのに、なぜ…そう戸惑う全員。

 

「…皆さん?どうしました?」

 

修斗が苦笑いで問いかければ、塩沢が一番に再起動し、小五郎達をバーに連れて行こうとする。それを見て修斗が2人を連れて離れようとした瞬間、碓氷が声を掛けてきた。

 

「あ、あの!」

 

「…はい、なんでしょう?」

 

重い溜め息をグッと堪え、笑みを浮かべて対応すれば、碓氷がその腕に腕を絡ませる。

 

「あの、修斗さんでしたっけ?一緒に飲みません?」

 

その誘いを聞き、霞と勇気に目だけで確認をすれば、2人は頷く。

 

「では、ご一緒してもいいですか?」

 

「いいですよ!楽しく飲みましょう!!」

 

そうして歩き出す一行の後ろをついて歩く3人。そこで修斗が霞と勇気に口を開く。

 

「2人とも、酒に弱いんだから呑みすぎるなよ?」

 

「心配しなくても呑まないよ。仕事と趣味に影響が出る」

 

「お前、趣味をここでもするのかよ…」

 

「なに、悪い?」

 

勇気が不機嫌顔で修斗を見れば、やりすぎるなよとだけ注意する。続いて霞を見れば、同じく呑みすぎないように気を付けると約束してくれた。

 

「でも、修斗君。どうしてそんなことを言うの?」

 

「いやー…酒に弱いのに酒が大好きな奴がいてな…」

 

 

 

***

 

 

 

ーー東都・警視庁。

 

「ーーくしゅんっ」

 

事件の資料のまとめを作っていた瑠璃が唐突にくしゃみをし、その近くにいた松田が近づいた。

 

「おい、風邪か?」

 

「ちーがーいーまーすー。至って健康体です。…どうせ、修斗あたりが話題にでも出してるんだとおもいます」

 

「たまに思うんだが、アイツ、シスコンなのか?」

 

「シスコンというか、ファミコンですファミコン。両親を除いたファミリーコンプレックス」

 

「それ、除いちゃいけねーとこ除いてねーか?」

 

近くで聞いていたらしい伊達もやってきて苦笑いで会話に入れば、それがうちなのだと言うしか、瑠璃には選択肢がなかった。

 

 

 

***

 

 

 

飲み会が始まって数時間後、霞は苦笑しながらウーロン茶を飲み、勇気はゴミでも見るような目を向け、修斗は頭を抱え、機嫌が最底辺にまで落ちてしまっている英理を見る。その英理と勇気の視線の先、そこにはーー。

 

「うははははーーー!!!ぼ~くちんも、りつこしぇんしぇいのかぁいいこえでべんごしてほしいなぁ~!」

 

「うふふふ、ちょっと毛利さん!」

 

「んははぁ~ん!」

 

そんな父の醜態に耐え切れなくなった蘭が小五郎の名前を呼ぶが、小五郎は碓氷にデロデロでメロメロ状態。

 

「…なるほど。あれが悪酔いしてベロベロに酔った人間の醜態なんだね。よーっく分かった。これは嫌だ。もともと僕、お酒なんて呑まないけど、今後も呑まないといけないような場じゃないと呑まないことにするよ」

 

「…そうしてくれ。一応、擁護させてもらうなら、アレでお持ち帰りとかそういう関係とか、本当に大切な人でないとしない人だから、そこは安心してくれ」

 

「修斗兄さんの見解に間違いはないだろうし…ま、そこは信じるよ」

 

そこで英理が席を立ち、バーを出ていく。更にその後を追って出ていく蘭。そんな2人を見送り、頬を引きつらせてジト目でコナンは小五郎を見る。

 

(この酔っ払い…)

 

「…呑む時が来たら、飲酒の量を注意しろよ。相当強い奴じゃないとこうなるからな」

 

修斗が遠い目をしながら話す忠告に、コナンは察した。

 

「ああ、気を付けるぜ…」

 

そんな修斗の近くに寄ってきた霞。修斗が顔を向ければ、声を潜めて言う。

 

「…おひらきになったら、勇気を部屋に戻した後、一緒に外に来て。聞きたいことがあるの」

 

「…分かった」

 

その話はもちろんーーコナンにも聞こえていた。

 

 

 

バーを出た英理の名前を呼んで引き留める蘭。その娘の声に漸く足を止めた英理。しかし、振り向く様子はない。

 

「ちょっと待ってよ!!お父さんが酔っぱらったら、あーなっちゃうことぐらいお母さんも知ってるでしょ?それに…今日はお母さんだって、男の人と…仲良くネクタイなんか…」

 

そこで思い出すのはお昼の衝撃的な出来事。父親である小五郎が女性にだらしないことはいつものこと。しかし、いつも小五郎一筋のはずの英理が楽しそうに佐久と買い物をーーネクタイを買っている姿。

 

大好きな母親のそんな姿を見れば、その心は推察できる。

 

「…そうね」

 

英理は蘭の言葉に同意を示しながら、先ほど買った、ラッピング済みのネクタイを悲しそうに見つめる。

 

「…こんなもの、買うんじゃなかったわ。自分の甘さ加減に腹が立って、頭がどうにかなっちゃいそう」

 

その英理の言葉を聞き、蘭は驚く。

 

「えぇ!?じゃあまさか、そのネクタイ…」

 

「えぇ、そうよ。明日は私たちの結婚記念日。…蘭もかわいそうだし、そろそろ許してあげようかと思って、あの人に贈ろうかと思ったけど…やめにして正解だったわ!」

 

そんな母を見ていられなかった蘭は、母に駆け寄り、ネクタイを取り上げた。

 

「じゃあ、貸して!!」

 

「あっ、ちょっと!?」

 

ネクタイを奪ったその足でUターン。そして母親を振り返り、叱咤する。

 

「私がお父さんに届けてあげるからッ!!」

 

「ちょっ…ちょっっっと待ちなさい!!!」

 

英理のその必死な叫びに足を止めて、恐る恐る振り返る蘭。そこには、少し顔を赤らめた英理がいた。

 

「…やっぱり、私が直接、渡そうかな…」

 

「……も~う!」

 

 

 

***

 

 

 

バーへと戻ってみれば、そこにいたのはコナンただ一人。コナンの話によれば、全員が飲み会をおひらきとして部屋へと戻ったという。小五郎も、酔っぱらったから部屋で寝ると伝言を残して帰ったらしい。それを聞いた蘭が英理を誘い、応援する姿勢を見せる。そんな2人にコナンは首を傾げるも、一緒に部屋へと戻る。しかし、そこはもぬけの殻。もしかしてと思い、碓氷の部屋を訪れ、チャイムを鳴らす。

 

「はい!…あれ、妃さん」

 

「夜遅くにごめんなさいね。もしかして、うちの人、来てない?」

 

「え…いらしてませんけど…」

 

「そう…」

 

「どうかされたんですか?」

 

碓氷の問いに、蘭が代わりに答える。

 

「父がいないんです。私達の部屋にも、他の3人の部屋にも…」

 

「修斗兄ちゃんたちの部屋が分からなくて、まだわからないけど…」

 

コナンが補足を入れる。そこでずっと考え込んでいた英理が推測を話す。

 

「もしかしたら、外に出て、ぶらついてるのかもしれないわね。あの人、風に当たるの好きだから。…あぁ、ごめんなさい。外を探してみるわ」

 

そこでコナンは思い出す。あの時の2人の話を。

 

「修斗兄ちゃんと霞お姉さんも、もしかしたら外にいるかもしれないよ?」

 

「えぇ?」

 

蘭と英理がコナンを見る。そこでバーでしていた2人の会話をすれば納得し、碓氷に再度、お礼と謝罪を返して、その場を去った。

 

 

 

外を歩きながら小五郎を探す。しかし、その姿は見当たらず、ホテル内へと戻ろうとしたときーー。

 

「ーーなんで、教えてくれないの!!!?」

 

悲しみが、3人にも伝わってしまうほどの悲しみの叫びがあたりに木霊する。それに歩みを1度止めて、すぐに声がしたほうを見てみれば、夏の植物が咲く場所へと出た。そこには、探していた2人ーー修斗と霞がいた。

 

「2人とも、いたね…」

 

「うん…だけど…」

 

「…少し、様子を見ましょう」

 

英理の言葉を聞き、話が終わるのを待つ。話は聞かない方向で行きたかったが、残念ながら聞こえてきた。

 

「だから、『優』は確かに見つけたけど、居場所までは知らないんだって…」

 

(『優』…?あれ、まさかこの話って、咲のことか…?)

 

コナンがそう察したとしても、話は終わらない。

 

「嘘だよ!!!修斗くんが、ようやく見つけた妹を、そんな簡単に見逃すはずも、見失うはずもない!!!…どうして?なんで隠すの!?」

 

「…信じたくない気持ちはわかるが、」

 

「わかりっこない!!!…私、わたしは…」

 

その声が徐々に涙声になり、泣き始めている。しかしーー修斗の表情は、コナン達に背中を見せているがために、分からない。

 

(そうか、『優』は一度も、家族には元の姿をみせてないしーー)

 

「わたしは、ただ、生きてる姿を、なにがあっても、じぶんをだいじにするっていう約束を…っ」

 

 

 

「ーー守ってくれてるんだって、しりたいだけなのにっ!!」

 

(ーー見せれないんだ)

 

 

 

それを理解したコナンは、少し苦し気に顔を顰めるが、首を軽く振って、あえて飛び出して大声で呼ぶ。

 

「修斗にいちゃーーーん!!霞おねぇさーーーん!!」

 

そんなコナンの行動に英理と蘭はコナンを窘め、修斗と霞は驚きからコナン達へと顔を向ける。

 

「…とにかく、ほら」

 

修斗が1度、霞へと振り向き、ハンカチで目元を優しく拭う。

 

「…あり、がとう」

 

「ああ…優のことは、俺が責任もって探すし、手紙が置かれてたらまた届けるから…そう、『立花』さんに伝えてくれないか?」

 

「……」

 

「不平や不満、それから俺への懐疑はあるとは思うが…頼む」

 

「………うん」

 

それを聞き、優しく霞の頭を撫でてやり、修斗は再度振り返る。

 

「ーーさて、申し訳ありません、お見苦しい姿をお見せしてしまって…」

 

「いえ…こちらこそ、お話を中断させてしまいごめんなさい。少し、聞きたいことがあるのだけど、うちの主人を知らないかしら?」

 

「?毛利さん?…いえ、知らないですが」

 

「…少し、待っててください。勇気にも聞いてみます」

 

修斗が携帯で直接電話して勇気に聞いてみるが、答えはNO。

 

『ーー僕が、あの酒臭い酔っ払いを、趣味に集中したいのに、入れると思う???』

 

「すまんかった、集中しててくれ」

 

電話を切っていないことを報告する。それに少し途方に暮れた様子を見せるが、再度、弁護士仲間に確認をとることになり、それに修斗と霞はついていく。

 

「ーーえ、毛利さんが、まだ戻ってこないって…それは、本当ですか?」

 

三笠の問いに、英理は頷く。ホテルの外、屋上、階段、他にも色々な所も探してみたがどこにも見当たらないという。

 

「…もう、夜中の2時ですね」

 

「勇気くんなら今が朝だって主張しそう」

 

「アイツ後で絶対に寝かす…」

 

修斗の決意にハハッと笑うだけに留めるコナン。そんなやり取りを他所に、塩沢から有力な話が出てきたーー曰く、碓氷が同じ階に部屋があるからと、一緒に部屋に戻ったらしい。

 

「……」

 

その言葉に反応する英理を他所に、霞は修斗を見て首を傾げるーー自分が知っている修斗は、どうしてここまで付き合ってくれているのだろう、と。

 

 

 

全員で移動し、碓氷の部屋までやってきた。しかし、その扉には、1度訪れた時にはなかったはずの札がノブにかかっていた。

 

「あれ?さっきはこんな札、かかってなかったけど…」

 

「さっき?」

 

コナンの言葉に塩沢が反応する。そこで、碓氷から小五郎はいないと伝えられたことを話す。

 

それにまさか、と塩沢は、自分が一瞬考えた邪な考えを否定するーーあの2人が、まさか、と。

 

その考えは、英理がかけた電話によってーー肯定されてしまうが。

 

「…電話の音、この中からするな」

 

修斗が眉を顰めて言う。英理からも間違いなく小五郎の電話音だと肯定され、蘭は信じたくない思いから、嘘だという。しかし英理は冷静に指示を出す。まず三笠にフロントからマスターキーを借りるように頼む。暫くして、ボーイを伴って三笠が戻り、ボーイに開けてもらった。

 

スタッフにお礼を言い、扉を開けようとすればーーチェーンが掛かっていて開かない。

 

「あら?チェーンロックしてある…っっっ!!?」

 

その先の光景に、英理は息を呑む。

 

 

 

ーー碓氷が、目を見開いたまま、倒れているのだから。

 

 

 

英理が思わず扉から離れれば、もちろん疑問に思わない訳もなく、佐久が問いかける。

 

「…どうしたんです?」

 

そして改めて、彼が部屋を覗けば、見えるのは英理が見たのと同じ光景。

 

「お、おいっ!?あれ、碓氷さんじゃないか!!?」

 

それに慌ててコナンが覗き込んで状況を理解。すぐにボーイにチェーンカッターを頼む。奇跡的にも中が見えていなかったらしいボーイは驚きながらも走って取りに行ってくれた。しかし、そんなもの、待っていられるわけもなく、佐久が扉にタックルし、扉を押し開け、その反動でチェーンも壊れた。佐久が慌てて中に入り、他の全員が恐る恐る見る。霞も見ようとするも、それは修斗に止められた。

 

「し、修斗君!?」

 

「お前は見なくていい…こんなもん、見ちゃいけない」

 

2人のやり取りなど気にしていられないコナン達は中へ入り、佐久が動揺から肩をゆする。しかし、彼女は反応を返さない。英理が佐久を止め、その首に掌を当てた。

 

「…霞、警察と救急に連絡を」

 

「いえーー呼ぶなら、警察だけでいいわ」

 

その言葉の意味の理解を拒否したかったが、英理から、決定的な一言が返ってくる。

 

「もうーー脈はないみたい」

 

「そ、そんな…」

 

「一体、どうして…」

 

その瞬間、ベッドからうなり声が聞こえ、その中から、目的の人物ーー小五郎が現れた。

 

「ァァァァア、ウッセェなぁ、さっきから……なんだ…」

 

その登場に部屋の中の状況を理解できない霞、そしてーー修斗以外は、信じられないような目で小五郎を見つめていた。

 

 

 

 

ーーチェーンによってカギを掛けられた部屋、

 

ーー床には碓氷の遺体

 

ーー密室の中には、唯一人

 

 

 

小五郎が寝ぼけた様子で布団から出ようとすれば、コナンが待ったをかける。彼が足を下ろそうとしたその足場にはーー凶器の可能性が高い、電話コードが落ちていたからだ。

 

碓氷の首には細い跡、これが凶器を示す証拠だった。

 

そのコナンの言葉に驚きで下ろそうとしていて足を上げ、部屋の状況をコナンの説明によってゆっくりとだが理解していく。しかし、彼からしてみれば、1つの疑問が残る。

 

「お、おい…なんで律子先生が…え、おい?殺害って、誰が??」

 

周りの人間を見て観察する小五郎の姿に、激昂を露わにする塩沢と三笠。

 

「貴方しかいないじゃないですか!」

 

「ど、どうして彼女を…!!」

 

「はぁッ!?」

 

訳が分かっていない小五郎を見かね、蘭が助け舟を出してもらおうと英理を頼るがーーそれは無常にも切られる。

 

「…刑法第199条、人を殺害したものは無期懲役または3年以上の有期刑、もしくはーー死刑」

 

「ェッ!?」

 

「お母さん!!」

 

その英理の厳しい姿に、流石のコナンも引いていた。

 

 

 

***

 

 

 

霞が呼んだ警察が到着すれば、現れたのは山村刑事。その姿を見た修斗は天を仰いだ。

 

「ふむ、ではこういうことですね?貴方のご主人が行方不明で、この部屋が怪しいと踏んで、ドアの前で電話を掛けた。すると案の定、ご主人の携帯の音が部屋の中から聞こえ、マスターキーでカギを開けて中へ入ろうとしたら、チェーンロックが掛かっていて、ドアの隙間からこの女性ーー碓氷さんが横たわっていたのが見えた」

 

遺体となってしまった碓氷を英理と共に見送った山村刑事は、説明を続ける。

 

「そしてドアを破って中へと入ったら、女性は既に息絶えていて、その時、ご主人がこのベッドで眠っておられたと…」

 

その説明に間違いは一つもなく、英理が肯定すれば、山村刑事はその主人が犯人だと断定してしまう。言い方もかなり軽いものであり、蘭が悲壮な声を上げる。

 

「そんな!…ちょっと、お父さんも黙ってないでなんか言ってよ!!」

 

そこで山村刑事はようやく気付いたーーそこにいたのが、毛利小五郎だということを。

 

ラッキーだという、この不幸が起こったはずの現場に不釣り合いな言葉に、霞が眉を顰めるが、修斗以外気づかない。

 

「いやぁ、名探偵である貴方がいれば百人力!!聞かせてくださいよ、この事件に対する、貴方の見解を!!」

 

山村刑事からの期待の眼差しには、答えたくとも答えれない。

 

「ーーそうね。犯行当時のことをじ~っくり話してあげればぁ?…ここのベッドで高イビキをかいていた名探偵さん?」

 

その衝撃の言葉に山村刑事は信じられないとばかりに小五郎を見る。

 

「え?ご主人??毛利さんが???…え、それじゃあ、貴方が犯人!?」

 

その事実に驚愕を表す。眠りの小五郎の推理ショーを見たかったらしいが、これではどうしようもない。小五郎自身も記憶にないことで犯人にされそうになっているこの状況に苛立ち、山村刑事に「知るかッ!!!」と叫ぶ。

 

兎に角、小五郎の立ち位置上、重要参考人ということで署まで同行することを警官が提案し、山村刑事が小五郎に判断を委ねた。そんな山村刑事に内心で修斗は呆れる。

 

(おいおい、重要参考人に意見求めんなよ…)

 

そこで漸く、修斗が呼んだ勇気がやって来るが、現場は既に解決ムードである。

 

「…ねえ、このムード何?なんで僕、大事な趣味を止められてまで呼ばれたの?」

 

「どうどう…」

 

「あーあ、推理ショーみたかったなぁ」

 

その空気を感じ取った塩沢と三笠は部屋から出ようとする。

 

「じゃあ、起訴前弁護は英理さんだね」

 

その聞きなれない単語に蘭が母に尋ねる。それに答えようとした塩沢だが、それより前に修斗が口を開く。

 

「…『起訴前弁護』というのは、不法な取り調べを受けないように、弁護人が付く制度だ」

 

しかし、英理はそれをパスするという。それに驚く塩沢と蘭、霞。

 

「さぁいしょから黒だと分かってる人間の弁護なんてごめんだわぁ」

 

(~~~~~っ!!)

 

英理の皮肉のきいた言葉に修斗は吹き出しそうになるが、その精神力によって抑え込む。勿論、表情は無表情のままだ。

 

「私の無敗の経歴に傷をつけたくないし」

 

その皮肉に鼻を鳴らして返す小五郎。

 

「ふんっ!こっちもハナから願い下げだよ。…下手に警察に顔出しやがったら承知しねぇぞ」

 

2人は互いに高笑いをする。そんな2人に蘭が焦りと悲しみから名前を呼ぶが聞いてくれない。

 

「ーーじゃあ、弁護人は僕が引き受けよう」

 

その2人の様子を見かねたのか、佐久が弁護人を引き受けるという。

 

「毛利さんが彼女を殺すとは信じられないしね」

 

その頼りになる言葉に蘭は安堵の吐息をこぼす。

 

そして、小五郎と共に去っていく佐久に頭を下げる蘭。しかし直ぐに英理に文句を言おうとしたが顔を背けられ、塩沢と三笠、そして修斗たちに部屋を外してほしいと頼む。刑事と話があるからと言えばそれに同意を示し、毛利一家と警官を除いた全員が出ていくのを見送る。そんな母に戸惑いを浮かべるが、英理が山村刑事に手袋を貸して欲しいと頼む姿にその戸惑いは強まる。

 

「…ちょ、ちょっとお母さん、なにをっ」

 

「ーー腑に落ちないのは次の三点」

 

手袋をつけながら話し出すのは、英理、そしてコナンも抱く疑問点。

 

「1つ目は、凶器に使われた電話コード。…酔って衝動的に殺したのなら、コードを引きちぎって使うはず」

 

ーーしかし、電話がずれている様子はなく、コードの両端も無理やり抜いた痕は見つからない。

 

「2つ目は、あの人の携帯電話。…態々、音が外に漏れるようにドア口に置かれていたのは、作為的なものをかんじるわ」

 

ーー事実、蘭もその音は聞いている。

 

「3つ目は、あの人の両手。…最後に私達が彼女に会ってから遺体を発見するまで、およそ40分。コードで殺害したのなら、両手にコードの痕が残ってるんじゃなくって?」

 

ーーしかし、違うと小五郎が手を振っていたとき、そんな痕は見当たらなかった。

 

「皮の手袋でもしていたのなら別だけど、そんなもの、この部屋にはなかったし…」

 

英理の鋭い観察眼に山村刑事が確かにと肯定する。

 

そんな推理を披露する母に、ここに残った理由を漸く理解した蘭。彼女自身も最初は怒りを覚えたが、小五郎が人を殺せる人間ではないことをよく知っているのもーー蘭の何倍も共に付き添ってきた、英理のほうがよく分かっていた。

 

「だったら、お父さんがお母さんに警察に顔を出すなって言ったのも、お母さんにここに残って無実を証明してくれってことだったんじゃ…!」

 

蘭が嬉しそうに、ベッド近くに置かれた電話周りを調べる英理に聞けば、小五郎は本当に英理の顔を見たくないだけではないかと言う。

 

その時、英理は気づくーー机の上に置かれたメモ用紙がちぎられていることに。

 

ちぎられた用紙の行方は、ゴミ箱を漁っていたコナンが見つけた。

 

メモ用紙はクシャクシャにされていたが、そこには確かに『ハヤシ 2』と書かれている。その筆跡も、碓氷の字であると英理が証言し、確実性が出てくる。

 

本来、これだけでは意味を読み取れないが、英理はそこで思い出す。今度、碓氷と組むことになっていた、『林弁護士』の可能性があると。

 

「『例の裁判』のことで連絡を取りたがっていたから…」

 

「『例の裁判』?」

 

山村刑事が首を傾げて問えば、英理は答える。

 

「今、話題になっている工場の汚水問題の裁判ですよ」

 

英理の説明によると、最初は英理のもとに依頼が来たらしいが、英理も塩沢も乗り気ではなかったらしい。佐久は刑事専門、とりあえずと碓氷と三笠が付くことになったが、1審で敗訴、2審でなんとか盛り返したらしいが、確実に勝つために、三笠の代わりに紹介してほしいと英理は碓氷に頼まれていたのだ。それで林弁護士を紹介したらしい。

 

「まだ林さんのことは彼女に伝えていなかったけど…でも、変ね。このホテルに泊まることを、林さんには伝えていなかったはずだけど…」

 

英理の独り言のような疑問に、聞いていたらしいボーイが「塩沢様から聞いたとおっしゃっていた」と言う。それに驚いた英理だが、その電話を碓氷の部屋に繋いだのは、説明をしてくれたボーイだという。

 

「あ、貴方なんですか、勝手にッ!」

 

「ち、ちょっと気になることがあったので、刑事さんにお伝えしようかと…」

 

「気になること?」

 

その気になることというのは、林弁護士からの電話が2度あったということ。1度目はキチンと繋がったらしいが、問題の2度目はというと繋がらず、事件現場まで様子を見に来たらしい。

 

「…2回ばかり」

 

「に、2回も!?」

 

「えぇ。…最初は呼び鈴を鳴らしても返事はなくて、きっとお休みになっていると伝えたのですが、林様に『風呂に入っているだけかもしれないから、もう一度見てきてくれ』と、頼まれまして…。そしたら、『起こさないでください』という札と一緒に、紙が貼ってあったんです」

 

その紙の内容にボーイは首を傾げたという。内容は『すみません お金はちゃんと払いますとお伝えください』という、歪な文字だったという。

 

「それ、林さんに伝えたんですか?」

 

英理の問いにボーイは伝えたと言うが、明日の2時の待ち合わせを4時に変えてほしい、と言おうとしただけであったらしく、林弁護士もひどく困惑していたという。

 

「…どういうことかしら。ゴミ箱に捨てられたメモは、彼女が林さんと2時に待ち合わせしていたってことだろうけど」

 

しかし、ドアに貼られていたメモの内容は、電話とは全くかけ離れた内容。

 

(もし、電話が通じなくなった段階で碓氷さんが殺害されていたとすると、ボーイが2度目に来た時にドアにかけてあった札とメモは、犯人がやったことになる)

 

しかし、これではまさに小五郎の冤罪を証明する間抜けな行動。それを何故、犯人はしなければならなったのか…。

 

コナンは、事件解決のために、考え続ける。

 

 

 

***

 

 

 

事件部屋から出てしばらくして、霞と部屋を別れ、勇気と部屋へと戻る修斗。その部屋の惨状に、うげぇと思わずこぼした。

 

「お前さ…ここ、ホテルなんだが?」

 

「知ってるよ」

 

「なら、なっっっっっんで、パソコン持ってきてんだよ!!!」

 

『仕事』と『趣味』の2つが出た時点で察してはいたが、しかし叫ばずにはいられなかった修斗は叫ぶ。

 

「別にいいでしょ?…やったのだって、あくまでこのホテルの監視カメラの『ハッキング』だけに止めたし」

 

「それ『止めた』っていうんじゃねーよあからさまな犯罪だろうが」

 

「まさに最初にあの子供ーー『江戸川コナン』の戸籍調査のために、僕にハッキングを教わりながらやった人が何言ってんの?」

 

勇気がジト目で問えば、拗ねたような反応をする修斗。そんな彼の様子に溜め息を吐くと、視線を合わせてーー問いかける。

 

 

 

「…兄さんさーーこの事件で、なに企んでんの?」

 

 

 

「ーー犯人の人柄調査、かな」

 

 

 

ーー彼は、完璧な笑顔で、そう告げた。




実は最後の勇気君と修斗さんのやり取り、ほんの少しだけセリフを買えただけの没案があります。

いや、この没案書いたらもうアウトですから、一瞬書いて、蹴落としました。気になる方いらっしゃいましたらおっしゃってください。返信蘭にでも書きますので(明日続きが出来上がればそちらに)←最難関


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第28話~容疑者・毛利小五郎・後編~

映画を見てまいりました!

赤井さん、流石の腕前!

世良さんの活躍も多くて嬉しい!!

羽柴さんはその頭脳を生かせてましたし、由美さんとの恋愛模様にスタンディングオベーション!!!

そして、何よりメアリーさんの鋭さと女性なのにあのカッコよさ、強さ…もうあのシーンだけを繰り返し見たい!!!!

赤井ファミリーは全員イケメン、知ってた!!!!

勿論、コナン君もカッコよかったですよ!!



ちなみに来年の映画は3,4回は既に見る予定を立ててます!!!映画館では叫ばないけど、小説で叫びまくりますよーーーーーーーー!!!!!


ボーイが現場を後にした後、山村刑事と英理、コナンの3人は、ボーイが見たというメモの意味を考える。

 

「『すみません お金はちゃんと払いますとお伝えください』って、変ですね。まさか、弁護士同士でお金のやり取りでも…?」

 

「殺害された碓氷さんと林さんは、面識ないのは確かよ。第一、彼女にまだ林さんのことは伝えてなかったのに、お金の流れなんてあるわけないわ」

 

その英理の冷たいとも言われるような態度に、山村刑事は頬を引き攣らせる。

 

「で、裁判の協力をすることになっていた林さんは、一刻も早く碓氷さんと連絡を取りたがっていた」

 

そこで塩沢から居場所を聞いた林弁護士は、連絡を掛けてきた。それは、捨てられていたメモからも読み取れることで、その電話の時に翌日の2時に会うことが決まっていた。けれど、それではメモとボーイが見たというメモの内容は全くもって一致せず、不明。コナンがそう呟けば、そこで漸くコナンに気づいたらしい山村刑事。コナンと会うのは、実はこれで2回目なのだ。

 

「君は確か、前の事件の時に由紀子さんと一緒にいた…」

 

(ゲッ!?)

 

それは、コナンが再度、コナンと新一の関係性を疑った際、ちょうど優作に対してご立腹だった由紀子が帰国、そこでコナンとは親戚だと語り、何とか蘭を納得させた。その後、なぜか由紀子の胸の中で目覚めたが割愛。由紀子に連れられてやってきたのが群馬県。そこでいつものごとく事件に遭遇しーー群馬県警の山村刑事と初対面した。その事件解決の際、小五郎がいなかった為に山村刑事を眠らせて事件解決に導いた。

 

そのことをコナンも思い出した。

 

(こ、こいつ…どっかで見たと思ったら、群馬県警のへっぽこ刑事!!)

 

なんとかそこでごまかそうと焦るコナンは、子供らしく振舞った。

 

「あ、あれ~?どうしたの、刑事さん?軽井沢って長野県でしょ?」

 

「あぁ、でもここは群馬との県境。管轄はうちなんだよ」

 

「あら、由紀子とこの子に会われたんですの?」

 

「えぇ、あとでご主人も来られたみたいですけど…」

 

引っ搔き回されて大変だったという山村刑事。しかも口を滑らせて息子だと、コナンを指さして言おうとするものだから、ムのところで「むす~~っとしたおじいさんが犯人だった」と話をすり替え、そのコナンの反応に動揺する山村刑事。そこで警官が現場へと入ってくる。山村刑事に近づき、耳打ちすれば、彼は動揺する。

 

「ちょっ、それ本当ですか!?」

 

それに警官が頷くのを見て、山村刑事は肩を落として悲しみに暮れる。そのまま英理に近づき、告げた。

 

「奥さん…残念ですが、犯人はやはりご主人のようです…」

 

それに全員が驚きを露わにする。どうやら凶器の電話コードに小五郎の指紋が出てきたらしい。事件当時、小五郎はベロベロに酔っており、しかも碓氷に言い寄っていたという目撃証言も出てきた。

 

「もう十中八九、ご主人に間違いない!!!」

 

山村刑事の説明に英理は反論する。彼女も話した通り、小五郎の掌に電話コードの痕はなかった。

 

しかし、山村刑事は名探偵とは、裏を返せば『殺しのプロ』だという。その知識を使い、痕を残さないような工夫したのだと自信満々に話す。

 

「でっでも、酔って言い寄ったぐらいで…」

 

「本当の動機は、事件でしょう。毎日のように凄惨な遺体を見続けていた彼はーー遂、自分でもやってみたくなっちゃったんですよ!」

 

怖いと大袈裟に震える山村刑事に蘭も英理も信じていない。勿論、コナンも2人と同意見。なんなら山村刑事には任せられないとすら思っている。コナンから山村刑事への信用度が分かる。

 

そこでコナンが山村刑事を導くことにした。

 

「ねぇ刑事さん!僕、ドアのところで変なもの見つけたよ!」

 

コナンがその『変なもの』を示すが、そこにはすでに何もなく、英理によって警察によって渡されていた。それは、英理曰く、糸だったという。

 

「い、糸?」

 

「落ちていましたよ?結び目の付いた3㎝ぐらいの細い糸が、そばに落ちていたひしゃげて飛んだチェーンロックの鎖と一緒にね」

 

「じゃあ、その鎖の欠片、よく見てみた?」

 

コナンの問いに、英理はその欠片に、奇妙な痕がついていた、と。つまり既に英理には密室トリックが解けているのだ。そんな彼女すらも頭を悩ませているのは、犯人を示す証拠がないこと。

 

電話コードを使った理由も、小五郎の携帯をドア口に置いた理由も、ドアのノブに札を掛けた意図も、犯人の目星すら、2人にはついていた。しかし肝心の証拠が見当たらない。

 

「ーーねぇ」

 

英理は蘭に声を掛ける。先日、英理が蘭へのプレゼントとして買ったMDを貸してほしい、と。

 

「音楽聞いてないと考えが纏まらなくって」

 

その2人のやり取りを見た後、コナンは最後の謎ーー札に貼っていたおかしなメモ用紙。

 

「…あらっ?」

 

英理の声にコナンは顔を上げる。どうやら、音楽が流れないらしい。しかしプールではなにも問題なく、小五郎が使っていた。そこで蘭が気づく。

 

「ちょっと!?それ、録音ボタンよ!?」

 

「あらっ!…ごめんなさいね、うちのMD、仕事の録音用に使っているから間違えちゃって…」

 

英理のその謝罪に不服そうながらも受け入れる蘭。そんなやり取りにコナンは引っ掛かりを覚えた。

 

(『間違えた』?…ま、待てよ?確か、あの机の上に、確か…)

 

コナンが椅子に立ち、そこにあったメニュー表を読みーー理解する。

 

(…なるほどな。だから『あの人』、あんなメモを…)

 

資料を見ることに夢中になっていたコナンは、背後に蘭がいることに気づかず、簡単に抱き上げられてしまった。

 

「こらっ!ダメでしょ、土足で椅子に上っちゃっ!!」

 

「でも僕、お腹すいちゃって…」

 

「もうっ、大人ぶってると思ったら、まるで子供なんだから…」

 

「だって~、ペコペコなんだもん」

 

「しょうがないわね。あとでルームサービス頼んであげるから」

 

蘭のその一言によって、英理も真実に気づき、イヤホンを外した。

 

 

 

***

 

 

 

佐久がホテルへと戻ってくればロビーには英理、塩沢、三笠たち弁護士仲間と共に、蘭、そして修斗たち3人も集まっていた。

 

「あ、佐久君。どうだった?警察でのあの人の様子は」

 

「それが、毛利さんかなり酔っていて、なぜ彼女の部屋にいたのかすら覚えていないそうで…」

 

「吞みすぎ注意の典型的で悪い見本」

 

「勇気」

 

修斗が窘めるが、顔を背けてあくびを1つ。

 

「警察も、あの毛利探偵が殺人の容疑者だなんて信じられないらしく、戸惑っていたようなんですが…」

 

それに英理は肩を落とす。そこに塩沢が声を掛ける。

 

「しかし、妃さんには悪いが、犯人は毛利さんしかいないよ。碓氷さんの遺体があった部屋は、チェーンロックが掛かって密室。その部屋で毛利さんが寝ていたんだから…」

 

「殺害方法も問題だと思います」

 

三笠も話に参戦する。

 

「酔った勢いで突き飛ばし、打ち所が悪く死んでしまったのなら傷害致死ですが、彼女の死因は電話コードによる絞殺…立派な、犯罪ですから」

 

「まあ、衝動からの行動なら殴るだろうからな…」

 

「状況だけなら、立派な犯罪者だね」

 

三笠のあとに修斗と勇気が続けば、霞の顔色が曇る。

 

「そうね。殺人罪、及び強姦罪なら最低でも懲役10年。重ければ無期懲役が、もしかしたら死刑だって考えられる」

 

「ワーソウナンダー」

 

「ち、ちょっとお母さん!?」

 

勇気が棒読みで反応するが、彼の中では死刑になるほどの事件ではないので心配は一切していない。逆に娘は母の言葉に驚愕する。

 

「さっき言ってたじゃない!?犯人は別にいるって!!」

 

「ああ、あれ?やっぱり思い違いだったみたい」

 

「わぉ、冷たい。流石、『法曹界の女王』様」

 

家に帰ってから英理の事務所のパソコンデータを覗くことを決めた勇気に諦めの溜め息を吐く修斗。

 

「ああ、それより妃さん。なんですか?」

 

佐久が聞いたのは、ホテルへと戻る途中、英理から頼みたいことがある、という連絡がきた。その頼みを聞く佐久に、英理はどうにも分からない問題があるからと、佐久にいう。

 

「佐久君って、刑事事件専門でしょ?だから、ああいうことに詳しいんじゃないかってね」

 

「はぁ…」

 

戸惑う佐久に近づき腕を組んで、英理は強引に連れていく。そんな母に叫ぶ。

 

「ーーお母さんっ!!」

 

しかし、英理が歩みを止めることなく去っていく。

 

ーーそんな姿を、修斗はジッと見つめていた。

 

 

 

***

 

 

 

エレベーターが到着し、佐久と共に下りた英理は世間話のように、碓氷がする筈だった裁判を話題に出す。

 

「それにしても、どうするのかしら、あの裁判」

 

「えっ?」

 

「ほらっ、彼女が担当してた例の公害問題…」

 

「なんなら、僕が代役を引き受けましょうか?」

 

しかし、佐久としても専門外であり、できて双方和解ぐらいだと苦笑い。そんなタイミングで英理の携帯に電話が掛かる。そこで先に碓氷の部屋に向かうように頼めば、佐久は快く受け入れ、歩いていく。

 

「えぇっと、彼女の部屋は…ん?」

 

佐久はある部屋の前に置かれているハヤシライスを見て、足を止めた。

 

そのまま彼は通り過ぎることなくーーそれが置かれた部屋のベルを鳴らす。

 

それに反応して扉が開けられ、入ろうとした佐久の歩みが再度止まるーーコナンの存在に気付いたからだ。

 

「あ!おじさんだ!!」

 

「あれ?坊や、1人かい?」

 

それにコナンは頷き、刑事たちは帰ったことを伝える。

 

「おじさんこそ、どうしたの?」

 

「ああ、妃さんが話があるって言うんでね」

 

「ーーそれってきっと、このドアの近くに落ちてた3㎝ぐらいの糸と鎖の欠片のことだよっ!」

 

「えっ?」

 

コナンは続ける。あの糸があれば、ドアの外からでも密室を作ることが出来るかも、と。それにありえないと一蹴する。

 

「俺はチェーンロックがしっかり掛かっていたから、ぶち破って、中に入ったんでぜ?そんな短い糸でどうやって…」

 

それに眼鏡を光らせるコナン。

 

「ーー最初から鎖が切られていたとしたら?」

 

「ぇっ」

 

「その切れた鎖の両端が、糸で結ばれていたとしたら?そして、その結び目と、あらかじめ外しておいた鎖の欠片を床に置く場所を、ドアを開けたとき、死角になる位置にしておいたとしたら…どう?」

 

コナンの鋭い視線に、少し怖気づいた佐久。

 

「そうーー」

 

そこで佐久の後ろで足音が止まり、コナンの質問に、答える英理。

 

「そのあと、ドアを体当たりで強引に破れば、糸は切れ、鎖が2つに分かれてそばにいた私達には、まるでチェーンロックが内側からしっかり掛けられていたかのように映るーーそうじゃなくて?佐久君」

 

英理からの厳しい視線に、ほんの少し驚きの表情を見せる佐久。

 

「チェーンに細工をしたのね、佐久君?」

 

「な、なに言ってるんですか。もし部屋の中で寝ていた毛利さんにチェーンロックを外されでもしたら、鎖を繋いでいた糸は切られる前にバラバラに…」

 

「だから電話コードを凶器に使って電話を鳴らなくし、主人の携帯電話をベッドから離してドア口に置き、ドアの外側のノブに『起こさないでください』の札を掛けて、呼び鈴を押させなくしたのでしょ?」

 

小五郎が起きるだろう要因をすべて排除すれば寝続けてくれる。携帯をドア口に置けば、携帯へと連絡した際、音が外へと聞こえやすくなる。そうして小五郎の存在を示すことでマスターキーで開ける口実を作ることもできた。

 

「あの時、私が電話を掛けなければ、貴方がそうするつもりだったんでしょ?」

 

その英理の説明に笑みを浮かべて推理を褒める。しかし彼からしてみれば、小五郎の弁護に英理が立とうとしているように見えたらしく、弁護に立たないほうがいいと助言を与えてくる。

 

「僕がやったという証拠はないし、貴方の不敗神話に傷をつけたくありませんしね」

 

「馬鹿ね、私が無敗なのはフロックが続いてるだけのこと。そろそろ負けて楽になりたいぐらいだわ…でも、残念ながら神話は続きそうよ」

 

彼女は自信をもって言うーーそもそも彼が、自白をしている、と。部屋に入ったばかりに、自らが犯人だと。

 

それに佐久は驚く。当然、どうして入っただけでそうなるのか、彼には理解できていない。そんな佐久を見ながら英理は問う。

 

よく、碓氷の部屋がここだと分かったわね、と。

 

「そ、そりゃ分かりますよ。だって、部屋の前にハヤシライスが…っ!!?」

 

そこまで言って漸く理解し、言葉を止めた。しかし、それは一足遅い。

 

「ーーハヤシライスが、どうかしたの?」

 

「そ、それは…っ」

 

「そう。おそらく碓氷さんを殺害後、まだ貴方がチェーンロックのトリックを仕掛けている最中に、呼び鈴がなったのよ」

 

佐久が扉の覗き穴から除けば、そこにはボーイが立っており、机の上のメモ用紙には『ハヤシ 2』と書かれていた。

 

「だから貴方は怒って捨てたんでしょ?『こんな時にハヤシライスなんか頼むなんてっ』と」

 

その後、再びボーイがやって来て呼び鈴を鳴らされないように『代金は後で払う』と書いて下げてほしいという意味を込めたメモを札に貼り、ドアノブにかけた。それ以外の理由では、彼から『ハヤシライス』という単語は出てこない。そう、英理は確信を持って伝える。しかし、佐久は偶然見かけたのだと言うーー彼女の部屋の前で、ハヤシライスを持って困っているボーイを。

 

「だから、この部屋が彼女の部屋だと…」

 

佐久の証言に、英理は謝罪し、『ハヤシ 2』の本当の意味を伝える。

 

「あの『ハヤシ』ってメモ。本当は林さんと2時に待ち合わせって意味だったの」

 

「ぇっ」

 

「それを、メモと一緒に机の上に載っていたルームサービスのメニューページを見て、貴方が勝手に、『ハヤシライス』と勘違いしたってわけ」

 

英理からの言葉に、佐久は悔しそうに歯を食いしばる。しかし、彼もすぐに認める訳にはいかない。なんとか言い逃れようとする。

 

「あ、あれ?『ハヤシライス』なんて言いました?僕はルームナンバーを見て、この部屋に…」

 

しかし、それは只々墓穴を掘っていくだけ。英理は佐久が気づいていないことを承知で、自分がいる扉のチェーンを見せればーーどこも切れている様子は、ない。

 

その意味を理解した佐久に、ホテルの人に頼んで急遽、借りた部屋なのだと話す英理。本当の碓氷の部屋は、3人がいる部屋の2つ先。

 

「つまりーー貴方がこの部屋に足を踏み入れる理由は、皆無。貴方が犯人である以外わね」

 

その瞬間、佐久は自身の敗北を悟り、がっくりと肩を落とす。その顔には、汗が噴き出している。

 

そんな佐久に、罠を仕掛けるような真似をしたことを英理が謝る。相手が佐久だったからこそ、一筋縄ではいかない相手だったからこそ、こうする他になかった、と。

 

「…初めて分かった気がしますよ。貴方を敵に回した、検察の方の気持ちが」

 

しかし、佐久は続けて問う。

 

「どうやって検察を納得させるつもりだったんですか?この部屋に入ったのを見たのは貴方だけ…毛利さんの身内である貴方の証言は、」

 

「あらっ、見たのは私だけじゃなくってよ」

 

その言葉に、コナンのことかと聞くが、コナン自身から自分だけでもないと否定される。

 

「ーーそうよね、刑事さん?」

 

そう言って振り向く英理に驚く佐久だが、3人の視線の先にある客室の扉が開き、山村刑事が笑顔で現れる。

 

「はーい、見させてもらいました!」

 

そう、彼はずっと、2人のやりとりを、覗き穴から見ていたのだ。それどころか、山村刑事が呼べば、他の客室も同時に開き、警官が7人出てきて反応する。そのうちの1人はビデオカメラでずっと撮影して録画していた。

 

まさに用意周到。佐久はまさに袋の鼠。逃げの一手すっら打たせてもらえない状況。

 

これを見て諦めの境地に至った佐久。彼の知恵をもってしてもどうしようもない。四面楚歌なこの状況に持っていくアイデアは全て、コナンが出したものだった。

 

「…それで?動機はもしかして、彼女が担当していた例の裁判かしら?」

 

「えぇ。あの公害の被害を受けていた村が、僕の田舎でね。どうしても勝たせてやりたくて…」

 

彼本来の計画としては、碓氷をドア口で薬で眠らせた後、部屋を密室にして自殺に見せかけようとしたらしい。しかし、部屋では小五郎が寝ていて、自殺しようとする人間が部屋に男を連れ込んで、仲良くハヤシライスなんか頼むわけがない。そこで絞殺に切り替え、小五郎に罪をかぶってもらったという。

 

「裁判に勝つために、村の人間が弁護士を殺害したとなると、裁判官の心証が悪くなりますから…」

 

その裁判後、和解に持ち込んでから彼は自首するつもりだったという。

 

「でも、自首しても貴方が犯人だという証拠がないと…」

 

「あぁ、それは、」

 

「ーー鎖についてた、ちょっと歪なペンチの痕でしょ?」

 

コナンが佐久の代わりに話す。その痕にあうペンチはこの世にたった1つだけ。

 

「それを持って行って、警察に証明するつもりだったんだよね?」

 

コナンの推理は見事に当たり、佐久は少々戸惑い表す。

 

「…でも碓氷さんだって、仕事で弁護を引き受けたわけだし、何も殺すことは…」

 

「…彼女が、仕事や生活のために弁護に立ったなら、あんなことはしませんでしたが、名声を得て、貴方に勝つためだけに村の人たちを苦しめていると知り、どうしても許せなかったんです」

 

「私に勝つために?」

 

英理の問いに肯定を返す。あのバーでの飲み会のあと、小五郎を部屋に連れて帰ったのも、その為だろうとも話す。

 

「そんな、まさか…」

 

「ーー依頼人を信じて弁護をするのが我々の仕事ですが、貴方は、信じすぎだ。人には、目に見えない裏表があるんです。…かくいう僕も、貴方のことを本気で狙っていた男の1人でね」

 

「あら、ありがとう。でも、そんなんじゃ、貴方の弁護は引き受けなくってよ」

 

英理の言葉に、佐久は笑みを浮かべて謝るのだった。

 

 

 

***

 

 

 

事件が解決したことを、勇気に頼んでカメラをハッキングして見ていた修斗も理解し、ベッドに足を組んで座った。

 

「事件解決。これにて本当のお開きだけど、まさか自分の人生棒に振ってでも誰かのために動くなんて…正直、僕には分からない話だね」

 

勇気がハッキングの痕跡を消しながら呟く。

 

誰かのことを幸せにしたいという、愛。大切にしたい、愛。知識としては知っていても、心から理解できている訳でもない彼は首を傾げた。

 

「その点、こういうデータは変わらないし間違わない。間違ったとしたらそれは使い手の問題。感情で動けばミスもするし身動きも取れなくなる…今のところ、僕には理解できないよ。計算不能の『愛』という感情は」

 

そこで痕跡をすべて消し終えた勇気が修斗に振り向けば、彼は携帯を見ていた。

 

「どこかに電話するなら部屋から出てよね」

 

「しねーし、したとしても後でだよ。こんな時間にしたら、ただでさえ忙しいだろう『あの人』の睡眠時間を奪うことになるだろ」

 

「確かに、睡眠食事は大切だね。睡眠を取らなかったら精神的に異常をきたすという実験結果が出てるし、食べなかったら3週間から1ヶ月で、飲まなかったら3日で死亡するって言われてるぐらいだから」

 

そう言いつつ、水を飲む勇気に、修斗は問いかける。

 

「そういえば、カメラの録画映像は?」

 

「MDに別途保存したし、何なら兄さんのプライベート用のパソコンにも送信したよ。感謝して新しい高性能パソコン買ってね」

 

「部品だけでいいか?自作できるだろ、お前」

 

「パソコンそのものも追加でお願い。仕事用のパソコン増やしたい」

 

「プログラミングがんばれよプログラマー」

 

「買ってくれたらね」

 

そこでフッと疑問に思う。

 

今の時代、勇気に敵うほどのハッカーは少ないだろう。なんなら、やろうとさえ思えば警察のパソコンにだってハッキング出来るはず。

 

ーー問題なのは、それをいつ、どこで身に着けたか。

 

「…今更ながらお前、そのハッキング能力どこで身に着けた?」

 

「唐突だし今更だね…独学だよ。まあ途中、凄腕のハッカーと出会ったけどね」

 

「出会おうと思って出会えるものか?」

 

「偶然の出会いだからね。とある企業のデータを盗み見てた時に、唐突に表れてかっさらっていちゃった」

 

その時は彼も呆然としたが、すぐにやり返そうとした。しかしその時には、勇気でも追えないほどのスピードで痕跡が消され、諦めた。

 

その後にも、何度も何度も逃げられ、ようやく手に入れたのは名前だけ。

 

「いや、名前手にいれるってすごいことなんだぞ?」

 

「逆に言えば本当にそれだけだし、それだって当たり前だけどハンドルネームだよ」

 

「で?手に入れた名前って言うのは?」

 

修斗がにやにやと笑いながら問うが、答えを聞いた瞬間ーー彼は、固まった。

 

 

 

「ーーハンドルネームは『OLD NO.7』だよ」

 

 

 

それに、その名前の意味に気付いた修斗は顔をこわばらせて呆然とする。そんな彼を差し置いて、勇気は続ける。

 

「いや~、今思い出しても惚れ惚れする手際だったよ…でも、そういえば、4年前から姿を見かけないから、もしかしたら引退したのかもしれないね」

 

もっと見たかったな、と呟く勇気に、気づかれないように修斗は視線を逸らした。

 

 

 

***

 

 

 

ーー翌日の朝。

 

山村刑事からことの詳細を説明され、呆れ顔の小五郎。山村刑事から出てくる単語は全て英理を称賛するものだが、本人の活躍する話は出てこなかった。

 

「いやーっ、貴方にも見せたかったなぁ!貴方の奥さんの名推理。さっすが『眠りの小五郎』のワイフ!『法曹界の女王』!!痺れちゃいましたよ、ホンッと!!!」

 

「その時、アンタ何してたんですか」

 

「彼女の指示に従って囮用のハヤシライスを置き、向かいの部屋でちゃんと待機してましたよぉ!!」

 

小五郎からの問いに、まるでやってやったと自慢するかの如く自信満々な山村刑事。しかも2人が廊下に差し掛かったところで英理の携帯を鳴らし、佐久が部屋へと入った瞬間、頭の中でファンファーレが鳴ったという。

 

「はぁ~、刑事やっててよかったぁって!!!」

 

そこで山村刑事に英理の居場所を聞けば、真後ろにあるパラソルのテーブル席に座って新聞を読んでいた。

 

それを見て山村刑事を置いて、英理の元へと向かう。そんな小五郎の姿を、ホテルから出てきたコナンと蘭、そして先に座って朝ご飯を食べていた修斗たちが見ていた。

 

コナンは朝ご飯欲しさに蘭と駆け寄ろうとするが、その蘭に首根っこを掴まれて急ブレーキ。修斗と霞も、なんだと見つめる。勇気はそうそうに興味が無くなったのか、黙々と朝ご飯を食べ続けている。

 

コナンが蘭を見上げるが、彼女の視線は別のところを向いており、そちらへと視線を向ければ、小五郎が座っている英理のそばに立った。

 

それに笑顔を浮かべる蘭。

 

(あの雰囲気はもしかして…!)

 

修斗もまた、カメラを向けて撮影している。もし、別居から同居に戻ったら、その時に毛利一家に渡してからかう為に。

 

「ーー悪かったな、英理。…信じてたよ。お前なら、俺の無実を晴らしてくれるって」

 

その言葉を聞いても英理は振り向かない。それでも小五郎は構わず続ける。

 

「そ、そういえば、蘭の料理にも飽きてきてな…お前の、一風変わった味が懐かしいっつうか…」

 

「修斗くん。小五郎さんのあれって、褒めてるんだよね?」

 

「照れて素直になれてないんだよ。女心は複雑って言うが、男も素直になれない馬鹿な生き物なのさ…」

 

霞と修斗は、席が離れているとはいえ小声で話しつつ、注目する。

 

ーーーそう、きっと、この後に出てくる台詞は…。

 

「その……そろそろ、戻ってきてくれねぇか?…限界なんだよ」

 

霞の頭でファンファーレが鳴り響き、スタンティングオベーションをする。頬を赤らめつつも、見逃せないと視線を固定しているそんな義妹にーー。

 

「あぁ、ほら。今日は俺たちの結婚記念日だし、丁度いいかなぁ、なんて…」

 

ーーこの後に待っているだろう展開を理解していた修斗は、何も言えず、ただ楽しみながら録画していた。

 

「…おいっ!聞いてんのか!?」

 

遂に、我慢が出来なくなった小五郎が英理の肩を掴めば、不思議そうな顔で小五郎を見る英理。

 

そこで、ようやく小五郎は気づいたーー耳にイヤホンがされていることを。

 

「……なーに?」

 

英理が不機嫌そうにイヤホンを外して問えば、小五郎は何も言わず、動揺していた。

 

そこでコナンと共に嬉しそうに駆け寄って来て蘭が何を話していたのかと聞いてくれば、もう小五郎は素直になれない。彼にも意地とプライドがあるのだ。

 

「い、いやぁな、弁護士の女王様の割には、最愛の夫の無実を晴らすのにちんたらしてたなぁって…」

 

その言葉に、話を見聞きしていた霞と修斗が頭を抱え、そんな2人を勇気は理解できないと言いたげな目で見ていた。

 

「あら、『最愛』じゃなくて『最悪』の間違いじゃなくって?」

 

「なに~~~!?」

 

その意地と意地のぶつかり合いに、もう見てられないと霞が顔を背けて、さめざめと泣く。

 

「まぁ、これに懲りてお酒は控えるのね…セクハラ髭親父さん?」

 

それに腹が立たない訳もなく、小五郎が言い返そうとするも、それは蘭に止められてしまう。

 

そんな2人を見ながら、英理は蘭にMDディスクを借りると言い、その場を華麗に去っていく。

 

そんな姿に、素直になれない小五郎は、2度と現れるなと捨て台詞を吐いた。

 

ーーそこまでのやり取りを聞いていた修斗たち。

 

「…帰るか」

 

「うん…なんか、どっと疲れた…」

 

そうして、のそのそと帰るために立ち上がった。

 

 

 

***

 

 

 

軽井沢から戻った英理は、MDディスクの中にある音を、コーヒーを飲みながら聞いていた。

 

『その……そろそろ、戻ってきてくれねぇか?…限界なんだよ』

 

『あぁ、ほら。今日は俺たちの結婚記念日だし、丁度いいかなぁ、なんて…』

 

そこで止まり、再度リピートーーあの日の小五郎の言葉を録音していた英理は、嬉しそうにそれを聞き続けている。

 

(まだまだ、こんなんじゃ許してあげないんだから!)

 

 

 

***

 

 

 

軽井沢から戻り、ホテル内の様子と詳細、良悪の点を書き記し、フォルダーへとまとめ、次に修斗が取り掛かるのはーー引き抜き候補リスト。

 

(…まっ、きっと断るだろうし…このフォルダーはさしずめ『断られリスト』だろうけどな)

 

そう思いつつも、修斗はその中に佐久の名前を入れる。

 

ーー修斗から見た佐久は、文句なしに信用できる人間だった。

 

佐久が望むのであれば、迷宮入りにするのだって手を貸しただろう。

 

(ま、それを望む人ではないってわかってたし、だから信用信頼できるんだが…)

 

コーヒーを飲みながら頭の中でも整理をつけた所で、電話が鳴った。

 

「…ようやくか」

 

そこで修斗は気を引き締める。1つでもミスがあれば、この電話の相手は承諾してくれない。

 

相手が承諾してくれればーーあとは、相手と佐久次第なのだから。

 

 

 

「もしもし…お久しぶりで会話に話を咲かせたいところですが、貴方も忙しいですし、話をしましょう。俺から見て、信用信頼できる弁護士と会ったんです。過激で、所謂、正義感から殺人事件を起こしてしまいましたが、良い人ではあるんです。1度、会いにいってみませんか?

 

 

 

 

ーー『降谷』さん?」




Q.『例のあの人』と繋がっていたのに、なぜ明美さんの時に連絡しなかった?

A.明美さんを助けるには時間が足りなかったし、咲のこともあって『あの人』も短時間で監視を振り払い助けにいくのは無理だし最悪、疑惑が深まるだけだと即座に理解し却下した。



彰に頼っても、更に1つ分中継しないとならず、その分の時間=救える可能性が更に減る。

なのであの時、本当に手がありませんでした。


没案の内容は、修斗君も言っていますが、このルートの修斗さんは佐久さんの意思をこれでも尊重してくれていますし、『あの人』に紹介はしていますが、この後に『追っていることとは関係ないから、強引な勧誘はやめてほしい』とも言っています。

しかし、没ルートの修斗君は、佐久さんの意思とは反して、彼をどうしても引き抜きたいが為に、迷宮入りにさせようと考え、行動します。

後者を考えたとき、自分のオリキャラは本当にそれをするかと疑問に思い、結果それはしないししたらマズイと判断し、蹴落としました。


※追記
霞さんと勇気さんの簡単な設定を載せてなかったので載せました。
なお、判明してない情報は身長以外、載せてません。



*柚木 霞(ゆずき かすみ)

年齢:??
身長:158.2cm
職業:??


クリーム色の長髪をウェーブにしている女性。地毛ではなく染めている。
優(現在は咲)の義姉。仲が良かったらしく、優と「自分を殺さない。自分を大事に守ること」といった約束をしているらしく、優が誘拐され、修斗に発見されて以来、修斗に優宛の手紙を渡している。

優とは再会できておらず、とても心配している。



*川下 勇気

年齢:??
身長:151.1cm
職業:プログラマー兼ハッカー


優秀なハッカー。しかし体は弱い方で、よく体調を崩す。
修斗と霞曰く『深夜からが朝の時間』。

旅行だろうとその場所に持っていくほどのパソコン好き。プログラミングもお手の物。監視カメラは彼のハッキング技術の前では意味をなさない。修斗曰く『本気を出せば警察のパソコンもハッキング出来る』。


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第29話~本庁の刑事恋物語3・前編~

本庁の刑事恋物語編、はっじまっるよー!

…と、書きながらもコナン君のパラパラダンスに笑ってしまいました…いや、あの時代にはきっと流行ってたんでしょうけれど、コナン君が真顔で踊ってるの、なぜか面白(ゲフンゲフン)

ちなみに、基本は作者のやる気と休みがあればこのように間を空けたとしても書こうと思えるのですが、小説データが飛ぶと、次の映画が始まるか緋色組もしくは某トリプルフェイスさんの映画が金ローで流れない限り書けなくなってしまいますので、もしまた長期で書かなくなってしまいましたら、データが飛んでしまったんだな、と察していただければ幸いです。

それでは、どうぞ!


この日の警視庁は、とても大忙しであったーーこの連日、放火が相次ぎ起こり、昨夜はついに5件目。そんな5件目が起こった翌日。少年探偵団は歩美の付き添い、及び放火犯のことを聞こうと警視庁にやって来ていた。

 

そう、歩美は昨夜、路地から出てきた放火犯らしき男を見たのだ。

 

「…なるほど。で、その男の目はどんなだった?」

 

「んーッとね、狐さんみたいに、こーんなに!吊ってたよ!!」

 

歩美はそう言って自分の目じりを伸ばして表現する。そんな子供らしい一面に、話を聞いていた瑠璃はほんの少し、心が穏やかになった。

 

「いや~、子供ってかわいいですね、松田さん、伊達さん」

 

「確かに、かわいいなぁ」

 

「そうだな。生意気なガキも多いが、まあ今回は納得してやる」

 

「でしょ?それで伊達さん、お子さん元気?」

 

「おっとそこで流れ弾は俺か。おお、元気に幼稚園に行ってるぜ。今朝も俺に抱き着いてくれてなぁ…」

 

「あ、しまった話長そうな気配」

 

「責任もって聞いてやれよ」

 

松田は瑠璃を見捨てて佐藤が描いた似顔絵を見る。しかし、それはかなり独特な絵で、彼は頭を抱えてしまった。

 

「全然違うよ!」

 

「あら、そう?」

 

「オメェ、絵が下手だな」

 

「それじゃあ子供の落書きですよ」

 

子供から『子供の落書き』発言を受けた佐藤はショックから目を点にして固まった。

 

「他にいないの?上手い人」

 

「似顔絵担当がいるはずだろう?」

 

哀と咲からの一言に、恥ずかしさから顔を赤くして、似顔絵担当の友川は風邪で休んでいていないことを話す。

 

(瑠璃の奴は写生は上手いが似顔絵とはちげぇし、俺も分解は好きだが絵はなぁ…)

 

頭を抱えながらも状況を打破しようと考えていると、佐藤の後ろから高木がやってきた。そして彼女に一言かけてから、彼女が持っているスケッチブックを手に取り、所謂『子供の落書き』を見て楽し気に笑う。

 

「ハハッ、しかしですねぇ、佐藤さん」

 

「なぁに?」

 

「いくらなんでも、この絵を捜査官に配布する訳には…」

 

そう言って、ちょうど話が聞こえたらしい白鳥にも絵を見せてみれば、彼も愉快そうに笑みを浮かべる。

 

「確かに、シュールで興味深い画風だとは思いますが…」

 

「あら、なぁに?」

 

そこで佐藤が目を細めて2人を見やる。

 

「代わりに描いてくださるの?お2人さん?」

 

佐藤からの仕返しに2人は固まり、それぞれ自信はないこと告げ、白鳥は白鳥でそこから去っていく。

 

「…そういえば、彰はどうしたんだ?あいつは絵、上手いはずだが?」

 

咲がそこで気になったことを聞く。こんなに事件のことを聞いていても姿を現さないとなると、答えはわかるが聞いてみれば、案の定。

 

「アイツならそれこそ放火犯の捜査に出てってるぜ…あいつに捕まえられるとして、その際に暴れなきゃいいがな…」

 

松田はそういうと遠くを見るように視線を逸らす。思い出すのは警察学校時代の彰対伊達の逮捕術訓練。

 

(あの時、だーれも彰に勝てなかったからな…いや伊達と零はいい線いけてたけども)

 

その点、射撃はいまいちだったが今は関係ないと思考を振り払う。

 

「…ぁ、それにほら!この子が見た男が本当に放火犯だとは、まだ決まってないし…」

 

その言葉に松田以外の全員がジト目で見やり、松田はため息を吐いた。

 

「なんですか?歩美ちゃんが嘘を言っているとでもいうんですか??」

 

「子供がだからってバカにすんなよな!」

 

「ハハハ、でもね、実際にその男が火をつけた所を見たわけじゃないんだろ?」

 

「ーー間違いないよ」

 

高木の言葉に対し、断言するような口調のコナン。そんなコナンに対して松田はニヤリと笑う。

 

「ほー?坊主、えらく強気で断言するじゃねぇか…何が決め手だ?」

 

その笑みを浮かべた表情を離れた所から見ていた伊達と瑠璃がコナンに対して合掌する。

 

「あのコナンって坊主、災難だな。まさかあの松田に目を付けられるとは…」

 

「いや、前から目をつけてましたから今更ですよ、南無」

 

「テメェら後で覚えとけ」

 

そんな3人のやり取りを、瑠璃たちの近くで見聞きしていた白鳥と、聞こえていたコナンが苦笑い。それでも話を促す松田を見て、断言する理由を話す。

 

「歩美ちゃんが話してくれたんだ…この暑いのに、長いコートを着込み、皮の手袋をはめて、ズボンにこぼした灯油の臭いをプンプンさせながら、出火場所近くの裏路地からニヤついた顔で現れた男を、放火犯じゃないって説明するほうが難しいと思うけど?」

 

最後の辺りでは松田ではなく高木に目を向けて話せば、高木も納得する他ない。

 

コナンも再度、歩美に問えば間違いないと頷いて答えてくれる。そんな歩美に対して、またほっこりと温かな気持ちを抱く瑠璃。

 

そこで佐藤がその裏路地に行き、現場検証をしようと言えば、子供たちが嬉しそうな声を上げる。その声に、ヘッドフォンをつけているのに思わず耳を塞いでしまった咲とそれを見てクスリと笑う哀。

 

「あら、彼らの声はそんなに大きかったかしら?咲」

 

「うるさいな…耳のそばで聞こえてきた高い声に対して思わず耳を塞ぐのは癖なんだから仕方がないだろう?」

 

咲の拗ねたような反応に益々楽しくなったらしい哀は笑みを浮かべたままだ。

 

そんな子供たちの反応をスルーして高木が佐藤と共に捜査することを伝えれば、聞き耳を立てていた白鳥が近付き、自分の車で移動することを提案。そんな2人をにやにやしながら見据える松田達。

 

「いいけど私、ちょっと寄り道するわよ。ちょうど通り道だし」

 

「「え?」」

 

佐藤の『寄り道』という単語に反応した高木に対して、佐藤はこの日は特別な日なのだと話す。

 

「と、特別な日って…」

 

「佐藤さんの、誕生日(birthday)とか?」

 

「違うわよ…その逆」

 

その哀愁漂う笑みと言葉に首を傾げる2人。そのまま伊達たちもついていくこととなったが、車を見て何かを思い出したのか一瞬遠い目をした伊達とじっと見つめる松田に首を傾げる瑠璃。

 

「あれ、お2人って佐藤さんの車を見るのは初めてでしたっけ?」

 

「んなわけねぇだろ」

 

「まあ、色々あったんだよ」

 

「?」

 

苦虫を噛みつぶしたかのような態度の松田と苦笑いの伊達に首を傾げながらも、自身のRXー7(FD3S後期型)に松田、伊達、そして人数により乗れなかった咲が乗り込む。

 

「それにしても、佐藤さんの寄り道先ってどこですかね?」

 

「誕生日とは逆っつってたからな…」

 

「……まさか」

 

そこで何かに気付いたらしい松田がポツリとこぼす。それにちらっと横に視線を向ける3人。

 

「松田、何か知ってんのか?」

 

「…いや」

 

(…松田さん?)

 

少しして、とある交差点で、前を走っていた佐藤の車が徐行し始め、それに伴ってスピードを落として駐車。全員が路上に添えられた1本の手向けの花に合掌をしている佐藤を待つ。

 

(…『先生』は、あのあと、私以外に見送ってくれた人がいたのだろうか)

 

咲が1人、佐藤のそんな姿を見てそう思う。勿論、『先生』ーーテネシーの最期を見たのも、迎えさせたのも…迎えさせてしまったのも、自分だけだと、咲はそう思っている。

 

(…もし…もし、奴らから身を隠さなくてもよくなったとして、その時に私が生きていたら……)

 

未来を思って考えるが、そんな未来が来ることはないのだと、咲は軽く頭を振って思考を飛ばす。

 

ーーそんな咲を哀はジッと見て、そのまま佐藤へと視線を戻した。

 

「……そうか、思い出した」

 

そこで白鳥が声を上げる。どうやらこの日は、佐藤の父『佐藤 正義』警視正の命日(殉職した日)である、と。

 

「…え?」

 

「そうなんですか!?」

 

瑠璃と高木が驚いたように声を上げる。声を上げはしなかったが、伊達も目を見開き黙祷する。松田はどうも察していたようで、線香の代わりの様に煙草に火をつける。

 

「…ちょうど18年前の今日、強盗殺人犯を追跡中、この交差点で」

 

「この交差点…」

 

「そうーーこの交差点で、トラックに撥ねられてね。運悪く、その日は豪雨で救急車の到着が遅れ…救急車に同乗していた、佐藤さんら家族が見守る中で、息を引き取られたと、目暮警部から聞いたよ」

 

その事件の名は…。

 

「ーー『愁思郎』」

 

コナンが呟いた言葉に白鳥が思い出したように反応を示す。それを見向きもせずにコナンは続ける。

 

「トラックに撥ねられた刑事が、逃走する犯人に向かって、繰り返し呟いていたその謎めいた名前から『愁思郎事件』と名付けられ、当時では、異例とも思われる大捜査網が敷かれたが、事件の核心を掴んでいたと思われるその刑事が、亡くなってしまったため、捜査が滞ってしまったまま、3年前に時効が成立…」

 

その異様なまでの当時の事件の状況説明に対してほぼ全員が驚愕の表情と視線をコナンに向けいると、コナンは焦ったように笑みを浮かべて言う。

 

「…って、小五郎のおじさんが言ってたよ!」

 

「へー、あのオッサンが、ねぇ?」

 

コナンの返答にニヤリとまるで悪役のような笑いを浮かべ、一切隠そうともしない疑惑の視線を向ける松田と、笑みは浮かべていないものの、疑いの目を向ける瑠璃と伊達。しかし高木がテレビでその事件を見て知ったと話たために1度、その視線から逃れれたコナン。

 

「ーーあとで覚悟しとけよ?坊主」

 

しかし、松田の追求からは逃れられないことをその一言が聞こえたことにより理解したコナンは背中に冷や汗をかく。

 

(ハハッ、こっえぇ…)

 

コナンがそんな風に思う中、高木の話は進む。

 

「綿密に練られた計画犯罪で、手がかりは、襲われた銀行の防犯カメラに映った数秒足らずの映像のみ…殉職した刑事がどういう経路で被疑者を特定したのかすら謎のまま迷宮入りした難事件」

 

しかし、高木は知らなかった。その刑事が佐藤の父親であることを。

 

それは瑠璃も同様で、、テレビを見てそのことを知っていたが、佐藤の身内とは思っていなかったのだ。

 

(同名の別人だと思ってたけど、家族だったなんて…)

 

瑠璃は目を伏せる。その目に悲しみの色が乗っているのに気が付いた松田が、頭に手を乗せてわしゃわしゃと乱雑に撫でる。

 

「ちょっ!?ま、松田さん、髪いたいいたい!!」

 

「おぉ、そうか…気持ちが切り替わったようで何よりだ」

 

そう言って頭から手をのける松田を恨めしそうに見やる瑠璃。そんな2人の声を聴きながらも、佐藤は気にせず「仕方ない」という。

 

「事件の名称や主犯の名前は記憶に残っても、その事件で殉職した警察官の名前なんて、警察関係者や…瑠璃みたいな人でないと、覚えてないもの」

 

そこで佐藤は振り返り、瑠璃を見る。その、哀愁漂う瞳を。

 

「…すみません、佐藤さん。私、同名の別人だと思って…ご家族の方だと思ってなくて…すみません」

 

瑠璃も悲しそうな、それでいて申し訳なさそうな顔で頭を下げれば、気にしないでと佐藤は言う。

 

「それに、私たちは記憶に残るために働いている訳じゃないからね。…だから、本当に気にしないで、瑠璃」

 

そう言って佐藤が瑠璃と目を合わせながら言えば、コクンッとしおらしく肯く瑠璃。

 

(…私は、絶対に『忘れない』。だから、例え誰かが忘れても、私がその人を覚えていよう。…私がこの目で見える範囲で、その人の生き方を…その人の、大切な人を)

 

瑠璃はそう決意する。彼女は絶対に、彼女が死ぬその時まで、彼女の『力』があり続けるまで、覚えーー共に、生きていこう、と。

 

そんな瑠璃の決意にいち早く気づいた松田は、瑠璃をジッと見るも何も言わない。

 

そこで元太がふと気づいたように言う。トラックの運転手が犯人の顔を見ているのではないか、と。しかしそれは咲が否定する。

 

「元太。さっき白鳥警部が説明したように、当時は豪雨。なら犯人は雨ガッパを着ていた可能性が高い。雨という視界の悪さに加えて合羽なんて着られていたら、犯人の体型どころか、性別すら分かるわけがない。しかも強盗だろ?なら、顔や身元特定できそうな姿や体型は隠すぐらいしているだろ…そうだろ?」

 

咲が佐藤になんの間違いもないと自信をもって尋ねる姿は異様で、それでも佐藤は苦笑で済ませて答えてくれる。

 

「え、えぇ、そうよ。防犯カメラに写っていたのは、帽子にサングラス、マスクにコート…」

 

「でも、犯人の名前は分かってたんでしょ?『愁思郎』って」

 

佐藤が説明している所で、光彦がそう尋ねる。そう、普通は調べる。そして勿論、警察は調べていた。

 

「その呼び名を持つ人で、犯行が可能だった人は、1人もいなかったのよ」

 

「ま、迷宮入りするのも無理はありませんね。手がかりが防犯カメラの映像と、雨ガッパ姿の『愁思郎』の3つだけじゃ…」

 

「ーー4つよ」

 

佐藤は、白鳥の言葉を訂正する。それに刑事組とコナンが反応する。

 

「4つ目の手がかりは、父の警察手帳にカタカナで書き記された奇妙な3文字。『カンオ』」

 

「『カンオ』?」

 

「それは初耳ですね」

 

「警察側が、外に漏らさないようにしてたみたい」

 

佐藤が言うには、前後の記録から事件に深くかかわりがある言葉として警察側も認識していたらしく、佐藤とその母が当時の担当刑事から「父から『カンオ』について何か聞いてないか?』と何度も聞かれたという。それに対し、佐藤自身も1度も聞いたことがなく、意味も理解できなかったという。

 

「子供のころ、その3文字と睨めっこしながらよく思ったわよ。この謎を解いて、『愁思郎』を捕まえてくれる人が現れたら、なんでも願いを聞いちゃうのになぁ、って」

 

その言葉に、高木と白鳥が分かりやすく反応し、松田、伊達、瑠璃は面白そうに二ヤけている。

 

「な、なんでも…」

 

「願いを…?」

 

そこで2人が思い描くのは、佐藤のウェディング姿。そしてそれを容易く読み取れた瑠璃が代わりに尋ねる。

 

「ほうほう、姉さん。その言葉は今でも有効で?」

 

「有効だけど、いったい何なの?そのしゃべり方」

 

佐藤が苦笑しながら肯定し、これは全力で高木のサポートをせねばと燃える伊達。しかし、その願いの権利を狙うのは、なにも大人だけではない。

 

「分かったら、うな重千杯食わしてくれるか!?」

 

「えぇ!勿論!!」

 

「私、トロピカルランドのお城に住みたーい!」

 

「っそれなら僕は、国際宇宙ステーションの搭乗券を!」

 

「おい、うな重以外、無理難題になってないか??」

 

咲が呆れたその時、その後ろから参戦する人物が2名。

 

「…だったら、私はブランド物のバックがいいかな」

 

「ぼっ僕、今度のワールドカップのチケットでもいい?」

 

「お前たちもか…!!」

 

咲が肩をがっくりと落とす。佐藤もさすがに笑顔が引き攣る。なにせコナンと哀の願いがかなり現実的なのだ。

 

「あっ!咲ちゃんは!?」

 

そこで歩美が、咲が1つも願いを言っていないことに気付く。それに佐藤も便乗して咲に聞く。

 

「貴方は、何か叶えたいことは、ないかしら?」

 

 

 

ーーお前の願いはなんだ?…俺が出来るだけ、叶えてやるから

 

 

 

…なぜかその瞬間、白くて綺麗な、青の目を持つその人を思い出しーー哀の方へと移動する。

 

「?咲ちゃん…?」

 

「咲…?」

 

佐藤と瑠璃が心配そうに見つめる中、咲は答える。

 

「ーー約束」

 

「…?」

 

「……私自身の、願いはない、から。だから、一番、活躍した人のお願いを…出来るだけでいい。それだけでいいから…絶対に、叶えれる範囲で、叶えてあげてーー約束を、破らないでっ」

 

そう、咲は震えながら答える。

 

ーー彼女は、もう、願いは持てない。彼女が持てる願いは、叶えたいことは、2つだけ。

 

(でもーーどちらも、この人じゃ叶えられない)

 

 

 

彼女の願いは、最愛の姉と家族との再会ーーそして、自身の、死だ。

 

 

 

***

 

 

 

あの後、咲の調子を哀が落ち着かせていると、歩美が道路を渡る、花束を持った人の集まりを見て指を指した。その4人とも佐藤の知り合いであったため、彼女は近づき声を掛け、そこで全員に向けて自己紹介が始まった。

 

その4人ーー佐藤の父と高校時代、野球部で出会った人物たちだ。

 

「父とバッテリーを組んでいた『猿渡(さるわたり) 秀朗(ひでろう)』さん!」

 

そう佐藤が紹介を始めた人物…眼鏡をかけて頭がほんの少しだけ寂しい、長身の男性はにこやかに「初めまして」と挨拶をしてくれる。それに高木が少し呆然としながらも頷けば次に移る。

 

「彼が強肩瞬足でならした『鹿野(かの) 修二(しゅうじ)』さん!」

 

そう紹介された、他の人物よりも身長が低く、鼻が長い白髪の男性は「どうも」と、先ほどの猿渡とは真逆に笑みもなく少し冷たい印象を与えてしまう挨拶を返す。

 

「チームの頼れる主峰『猪俣(いのまた) 満雄(みつお)』さん!」

 

佐藤が後ろから肩を掴み、嬉しそうに紹介するのは、赤い服を着た茶髪の、猿渡と鹿野の真ん中ぐらいの身長の少しふくよかな男性。彼は紹介されて嬉しそうに高笑いを上げる。

 

「そして、美人マネージャーの『神鳥(かんどり) 蝶子(ちょうこ)』さん!」

 

「よしてよ!もう50のおばあちゃんよ!」

 

佐藤の紹介に嬉しそうにしながらもそう返す、暗いピンク色のカーディガンを着た、猪俣と同じぐらいの女性。

 

そこで佐藤が皆でどうしたのかと尋ねれば、久しぶりに皆で呑み会をしようとしていたと猿渡が答える。その呑み会の前に、どうやら野球部でキャプテンをしていたらしい正義に、全員で挨拶に来たという。猪俣も、誘わなければ正義がすぐにむくれると笑っていた。

 

そんな折にーー白鳥の携帯に連絡が入る。

 

「はい、白鳥」

 

4人がいつもの居酒屋で呑むのだと佐藤に嬉しそうに話している後ろ。そこで名前を伝えれば、連絡をしたのは目暮だったらしく、白鳥の顔がほんの少し硬くなる。すると、どうやら居場所を聞かれているらしく、彼は答える。

 

「今、我々がいるのは、杯戸町4丁目の…」

 

その瞬間、白鳥の口調が驚きで強くなる。

 

「ーーえっ!?放火犯らしき、不審人物を目撃!!?」

 

その一言に全員の表情が険しくなる。

 

『そうだ!場所は、品川6丁目。パトロール中の警察官の職務質問中にその男は逃走。現在、追跡中だ』

 

そこで男の特徴が伝えられていく。長髪、帽子、グレーのコートーー歩美の証言と一致している。

 

『今、君らのいる場所に近い!子供たちは佐藤くんと瑠璃くんに任せて、君は高木君たちを連れて現場に応援に向かってくれ!!』

 

そこで電話が切られる。その電話中、白鳥が高木たちに指令内容を告げていたため、電話を切って高木たちと現場へ急行しようとする。しかし、そこで問題発生。すでに松田達が乗り込んだ白鳥の車で、その白鳥が高木を急かすと、手帳、拳銃と確認していた高木は顔を青ざめさせて言う。

 

「…手錠、手錠を一課の机の上に」

 

「おいおい」

 

「高木ぃ!!お前、警察舐めてんのか!!!?」

 

白鳥が呆れると共に伊達の怒声が飛ぶ。それはかなりの激怒具合で、松田は思わず耳を塞いだ。

 

「取りに戻ってる暇なんて…」

 

その不測の出来事に佐藤が心配そうに声を掛ければ、高木は大丈夫だという。その根拠を聞き、さらに伊達は怒り狂った。

 

「平気ですよ!いざとなったら、白鳥さんたちのがありますし…それに、雑誌の占い見たら、今日、僕めちゃめちゃラッキーらしいっすから!手錠がなくても、放火犯くらい…」

 

「お前はもう一度、警学からやり直してこい!!!!!」

 

しかし、そのやり取りなど、今の佐藤には聞こえない。

 

高木の言葉と状況により、過去がフラッシュバックしたのだ。

 

 

 

『貴方、気を付けてくださいよ?』

 

『心配するな!占いによると、今日の俺はツキまくっているそうだ!』

 

 

 

『…あれ?お父さん、手錠忘れてるよ?』

 

 

『ーーえッ!?主人が、主人が車にっ、それでっ今どこに!?』

 

 

 

『…おかしいよ。どうしてだよ…お父さんっ、正義の味方なのにさっ、正義のために頑張ってんのにさっ、どうしてっ…』

 

 

 

『ーー馬鹿野郎、正義って言葉は…正義って言葉は……』

 

 

 

「ーー佐藤さん、佐藤さんっ!」

 

「っぇ」

 

高木の声掛けに漸く反応した佐藤。それに大丈夫かと声を掛けた高木が佐藤の様子に安堵し、急いで白鳥の車に乗り込む。

 

「…なんかあったのか?」

 

松田が高木に問うが、もう大丈夫と安心したように返すだけ。しかし、シートベルトを着ける彼に佐藤が声を掛けーー彼女は、錆びついてしまっている手錠を、彼に渡した。

 

「…随分、錆ついていますね、この手錠」

 

「…手錠がないなら、持っていきなさい」

 

その佐藤のどこか暗い笑顔に高木は戸惑いつつも受け取る。

 

「…父の形見なのよ。東田さんの事件で手錠、壊しちゃったから、暫く私、これを使ってたってわけ。お守り代わりに丁度いいわ」

 

その最後の一言に顔を引き攣らせる高木。

 

「お、お守りって、お父さん、殉職されたんじゃ…」

 

「いいからいいから!」

 

そういって離れる佐藤を引き留めようとする高木ーーしかし、それを止める声と視線。

 

「高木君ッ!」

 

高木がそこで白鳥へとまず視線をやり、ものすごい圧が掛かる視線へとバックミラー越しに見れば、伊達の厳しい視線と合う。そのお隣の松田は呆れたような態度を見せつつニヤニヤするだけで助けてくれそうにない。

 

そうして漸く発進し、サイレンを鳴らしながら現場へと急行していく。

 

 

 

ーーそんなやりとりに疑問を持つ3人。

 

「…どういうこと?たかが放火犯相手に、拳銃を携帯しているなんて」

 

「…それに、彼らは強行犯。本来、放火なら火捜の筈だが?」

 

「…佐藤刑事、瑠璃刑事。係が違うんじゃ」

 

哀と咲が疑問を零し、コナンが尋ねれば、彼女は新たな情報を教えてくれた。

 

「刺殺体が発見されたのよ…放火4件目の近くで。確証はないけど、恐らく放火を目撃したか、止めに入った為に刺されたんじゃないかって訳で…」

 

「それで私達も動いてるの」

 

「だから君たちっ!私たちの傍から離れないでよっ!」

 

その話に恐怖を感じたのか、少年探偵団3人はしおらしく肯いた。

 

 

 

***

 

 

品川駅へと到着した白鳥が目暮へと連絡するーー逃走中の不審人物を確保したからだ。

 

「ああ、警部。たった今、品川駅構内で、逃走中の不審人物を確保しました」

 

しかし、男自身は放火犯とは全くの別で、空き巣だと語っていることも伝える。

 

そんな一幕に貢献できたらしい高木が、もっとも貢献した伊達を置いてベンチへと座り込む。

 

「おい伊達」

 

「ん?」

 

「お前的にアレはいいのかよ」

 

松田がそう言って高木を顎で示せば、二ッと笑う伊達。

 

「いいんだよっ!例え、空き巣だったとしても、本人は確かに犯人逮捕に動いたからな。それに、今はかなり暑い…気持ちは分かるだろ?」

 

そう言ってニヤッと笑う伊達にまあなと言って返す松田。その時、駅名の看板を見て何かに気付いたような表情をする高木に、首を傾げて見上げてた瞬間ーー2人に衝撃が走る。

 

「おい、アレのカタカナの意味って…」

 

「ああ、そうだろうぜ。そして…高木も、あの意味に気付いた」

 

伊達は、大きな成長に感動したように、嬉しそうに高木を見据える。

 

そんな高木は、佐藤が話していた『カンオ』の意味を理解し、佐藤に連絡をしようとしたが、それを白鳥に止められ、別の場所へ移動していく。

 

「…ま、今回はあいつに譲ってやるか」

 

「そうだな…だが、1人行動は危ないだろうがッ」

 

 

 

***

 

 

 

佐藤たちは、少年探偵団たちを連れて、歩美が見たという不審人物が現れた路地裏へと来ていた。その路地裏の近くには、仮面ヤイバーのガシャポンがあった。

 

「そうそう、これこれ!仮面ヤイバーのガシャポンやってたら、そこから変なおじさんが出てきたの…」

 

そう言って路地裏を指さし説明する歩美と記録する佐藤、そして記憶に残す瑠璃。そして、そんな刑事2人の近くで仕事ぶりを見つめる哀と光彦。元太はガシャポンの仮面ヤイバーに喜び、咲はヘッドフォンを外して周囲を警戒し、コナンは路地裏を見据えている。

 

そんな折、佐藤の携帯に連絡が入る。

 

「はい、佐藤です…あら、高木くん」

 

連絡してきたのは高木で、不審人物の方がどうなったかをまず聞けば、ことの顛末を簡単に話してくれた。しかし、彼の本題はここから。

 

「ーーえっ!?18年前の犯人が分かった!!?」

 

その言葉にコナン、哀、咲、そして子供達も反応する。なんだったら、今の咲には普通に会話が聞こえている。

 

『ええ、僕の推理通りなら、恐らくは…驚かないでくださいよ?いたんですよ、今日、僕たちが会った人の中にっ!』

 

(会った人…?)

 

咲が思い返すのは、あの、佐藤の父の友人だという人物たち。

 

その時、ふと視線を感じてみてみれば、コナンが手帳を出していた。それで意図を察した咲が、会話を出来る限り簡潔に書き記していく。

 

『その人物がーー』

 

と、そこで、電話越しで聞き取りずらいものの、聞き覚えのある複数の足音に、その人物たちーー白鳥、松田、伊達の名前を書いたところで、高木がほんの少し悲鳴を上げ、白鳥達の名前を呼び、すぐに連絡が途切れた。

 

 

 

品川駅周辺の電話ボックスにて連絡を取っていた高木は、佐藤への連絡を切るとすぐに外に出た。

 

「な、なんですか、白鳥さん!!それに、伊達さん達まで!!」

 

「…高木くん、君の行動はなにか、おかしい」

 

その怖くて重い声色で募る白鳥に、高木はごまかすように笑い、また走って行ってしまう。

 

「おいコラっ、単独行動はッ」

 

伊達の静止も聞かず、走って行ってしまう高木に頭を抱えるも後をついて走って行く伊達。それを見送る白鳥と松田。

 

「ッ」

 

しかし、視線を感じて松田が振り向けばーーしかし、そこには誰もいない。

 

 

 

高木はといえば、伊達と共に走って移動し、その最中に佐藤と連絡を取っていた。

 

「…ええ、はい、そうです。全て、分かりました。『愁思郎』の本当の意味も、『カンオ』の謎も…なぜ、佐藤さんのお父さんが、犯人を、特定できたのかも、ばっちり、わかりました」

 

そこで遂に高木が息切れを起こし、足を止め、少し、悲しそうな表情を浮かべる。伊達はと言えば、周りを警戒していた。

 

「…といっても、もう時効になってますけどね」

 

『ーーそれで!?誰なの!?誰なのよ、犯人は!!?』

 

佐藤が電話の向こうから余裕なく聞いてくる。

 

「そう、その犯人とはーーー」

 

 

 

「…そんな」

 

高木からすべてを聞き、佐藤は呆然とする。まさか、あのひとだったなんて、と。

 

「…だが、その話の場合、問題がある」

 

「ああ。時効と、それから証拠だ」

 

咲が会話を簡潔に記した手帳を見ながらコナンは考える。それは高木も分かっていた話の様だが、証拠の方はどうしても分からないとのこと。

 

『すみません、佐藤さん…お力になれず…』

 

「ぁ…ううん、ありがとう、高木くん。十分、力を貸してもらったわ。あとは放火犯の方に集中して頂戴」

 

佐藤からの言葉に了解と彼は返し、また白鳥達と合流次第、調査に戻ることを伝えて連絡を切る。

 

「…佐藤さん」

 

「…瑠璃、どうしたの?」

 

瑠璃から名前を呼ばれて務めて明るく笑顔で返すが、瑠璃は難しい顔をしたままだ。

 

「これから、どうするんですか?」

 

「これからって、『愁思郎事件』はもう3年前に時効なんだから、放火犯の方に…」

 

「ーーねぇ、佐藤刑事」

 

2人の会話は、コナンからの声によって遮られる。

 

「えっと、コナン君、なにかしら?」

 

「あの4人、いつもの居酒屋で呑むって言ってたけど、それってどこなの?」

 

コナンの問いに、佐藤は戸惑いながらも答える。

 

「どこって…居酒屋の名前は『長廻』、場所は品川駅前の…」

 

そうして答えるも、ハッと口を噤む。

 

「と、とにかく、私は瑠璃と品川駅に行くから、皆は電車でおうちに帰って?また明日、本庁に…」

 

それにブーイングを上げる子供達。しかし、そこに哀が助けに入るーー子供たち側の。

 

「あら?放火犯はまだ捕まってないんでしょ?なら、放火犯を唯一、目撃している吉田さんを、連れて行かない手はないと思うけど?」

 

「あのねぇ!」

 

瑠璃がそこで窘めようとしたとき、瑠璃のスーツの裾が軽く引っ張られる。そちらへと思わず瑠璃が顔を向ければ、必死な顔の歩美がいた。

 

「おねえさん、私、がんばる!!」

 

「俺もっ!!」

 

「僕も、協力します!!!」

 

「なんなら私がいれば、燃やそうとする準備からマッチを擦る音、それらすべてをこの耳で『聞いて』、場所を特定することもできるが…どうする?」

 

子供たちや咲の言葉に、遂に2人は顔を見合わせ、諦めた。

 

「咲、分かってるとは思うけど…」

 

「説教は全てが終わった翌日にでも聞くから…」

 

そうして全員が佐藤と瑠璃、それぞれの車に乗り込む。そして、サイレンを鳴らしながら急いで品川駅へと向かう佐藤たち。

 

 

 

ーーそんな運転をしている中、佐藤は、信じたくないと、心の中で叫ぶ。

 

(嘘…うそでしょ?あの人が、お父さんを殺害したなんてーーうそよね…お父さん)

 

佐藤は、深く、心の底から、そう願うーーどうか、嘘、もしくは勘違いであれ…と。




まさかの公式のシナリオ変更…まことにもうしわけない…。

警察組を生かすと決めた以上、こうなるのは時間の問題かなとは思っていましたが、まさかの高木さん、被害に遭わずじまい。

だって、あの伊達さんが、1人行動を許すわけないなって思いまして…すっっっっっごく悩みに悩み、なんだったらいっそ伊達さんは瑠璃さん側に回ってもらおうかとも思いましたが、人数が少数奇数人数なら兎も角、6人偶数ならあえて半分にはしないかな、と思いまして。

放火犯を目撃した少女と、次のどこで放火を始めるか(現時点で)分からない放火犯。なら被害を止めるためにとあえて人数をそちらに削く気がしました(現にアニメでも、佐藤刑事1人で子供たちを守ることになっていた)。

また、高木さんが襲われないことでのデメリットも同時に起こってはいますが…そこもなんとか頑張って終結させます。終わり自体は同じですから、後は私が頑張るだけです。



ちなみに、佐藤さんのRXー7に松田さんが反応して、伊達さんが反応しなかったのは、これは私が先日の映画視聴の帰りに買った警察学校編ーーそう、某トリプルフェイスさん主人公の漫画を買って読んだ結果、こうなりました!!ちなみにゼロティーも順調に4冊全てそろっております。

青山先生及び新井先生、まことにありがとうございます!!!!!



ちなみに、緋色の黙示録を軽くですが読みました…推定とはいえ、スコッチさんの享年があの年なら、警察組の誕生日にもよりますが、このまま4年前ということでいきます。公式様とずれてしまうことが一番の恐怖です…あれ、変えた方がいいのか??

と、とりあえず、本日はここまでです!!
ここまで読んでいただき、まことにありがとうございました!!!


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第29話~本庁の刑事恋物語3・後編~

後編、書き上げました!!!

そういえば、ちょっと前から咲さんが普通に触れられることを気にしてないような様子ですが、これはあくまで本人が『そうしなければいけない・そうしないといけない状況』だと理解して飲み込んでるだけなので、触られても大丈夫になった訳ではないことを、ここで申し上げておきます。気になっている方がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんでした。

描写不足となっておりますが、咲さんが気にしている様子が書かれてなければ、そういうことだとご理解いただけると幸いです。



さて、前回、かなり大幅にシナリオ改変をしてしまったので頑張って2人の描写と、恋愛フラグを立たせようと頑張ったのですが…喜んでもらえるか心配になってきました。

*作者は恋愛経験はほぼなく、ギャルゲーも乙女ゲーもほぼ経験なしの人間です。


品川駅に到着し、そこからほんの少し走らせ、目的の居酒屋『長廻』に到着した佐藤たち。瑠璃も、自身の車を佐藤の後ろに着けたが、そこから佐藤が降りてくる様子がないことに首を傾げる。

 

「佐藤さん、どうしたんだろう?降りてこないなぁ…」

 

「…様子を見に行くか」

 

瑠璃と咲が行動を決めて車から降りたとき、道路側の右前のドアが開き、佐藤が降りてきた。それを見て瑠璃が佐藤に声を掛ける。

 

「佐藤さん、子供たちは私が見てますね」

 

「お願いね、瑠璃」

 

そこで1度、子供たちに降りてもらい、瑠璃の車へと移動するのを見届けた後、佐藤すぐに戻ると告げて、居酒屋へと入っていく。

 

瑠璃もそれを確認後、さてと後ろを振り向けば、哀がシートポケットから道路情報の本を取り出していた。

 

「あ、ちょっと!?何してるの君!?」

 

「待ってる間暇だから、今までに放火された場所をチェックしようと思ってね…だから教えてくれないかしら?瑠璃刑事?」

 

それに頬を引き攣らせる瑠璃。

 

「い、いや、おぼえてないなー」

 

「動揺が隠しきれてないし、嘘が分かりやすいほどの棒読み。何よりお前は『記憶』を忘れられないだろ?」

 

なんとか諦めてもらおうと咄嗟に吐いた嘘は、残念ながら咲によって一刀両断。それにガックシと肩を落とす瑠璃と、かわいそうなものを見るような目を向ける子供達。

 

「お前、わかりやすいなー」

 

「僕だってもっとマシな嘘が吐けますよ」

 

「刑事さん、それで大丈夫なの?」

 

「やめて、ガラスのハートは傷つきやすいのよ…」

 

「嘘つくな嘘を」

 

咲からのジト目に耐え切れなくなり、顔を覆ってしくしくと悲しみを表現した後、溜め息を吐いて意識を切り替える。

 

「はぁ…しょうがない。5件とも駅の傍で起こったの。池袋、浅草橋、田端、下北沢…それで、最後が歩美ちゃんが見たっていう四谷だよ」

 

「3件目が田端で、4件目が下北沢…線で繋いでもただの台形。別に規則性はないみたいね」

 

「共通点があるとしたら『駅の傍』ぐらいなもんだから、私達も頭を抱えてるの」

 

そこで助手席に座っていた元太、そしてその膝の上にハンカチを座布団代わりに敷いて座っている咲も覗く。

 

「こっちから見ると、お玉に見えるぞ」

 

「ああ、確かにそういわれれば…」

 

「『お玉』と言うより『柄杓』ですね」

 

「ああ、あの神社の…」

 

瑠璃も覗きながら納得したとき、歩美が何かに気付いたように声を上げる。

 

「もしかしてこれって、北斗七星の途中の形なんじゃない!?」

 

それに苦笑いを浮かべる咲。

 

「それは違うよ。その場合だったら、柄杓の柄が左側につくはずだけど、これは右側だから違うね」

 

そこで元太がコナンにも知恵を出すように言うが返答がない。咲が後ろ座席を覗き込めば、歩美の隣には誰もいなかった。

 

「アイツ、いなくなってるが?」

 

「え、うそっ!?」

 

瑠璃も慌てて歩美の隣を見れば、確かにそこには誰もいない。

 

「またですか…」

 

「え、またって…?」

 

嫌な予感を感じた瑠璃が聞けば、また1人で独断専行しているのだと答えられ、頭を抱えた。

 

「きっとコナンくん、お店の中に入っちゃったんだよ」

 

「抜け駆けは彼の十八番ですから」

 

「……仕方ない」

 

少しして、瑠璃が頭を上げて車から降りると、子供たちにいう。

 

「ちょっっっとコナン君を連れ戻しに行くから、皆は車から降りちゃだめだよ!?いいね!!?」

 

その瑠璃の必死の気迫に負けた子供たちがいい子のお返事を返すと、瑠璃はドアを閉めて居酒屋へと入っていく。

 

 

 

***

 

 

 

瑠璃が乗り込む少し前。

 

佐藤が居酒屋に入り、4人はまだいるのかと聞けば、既に帰ったことを伝えられた。

 

「え、もう帰った?…4人、一緒に?」

 

「ああ。40分ぐれぇ前にな…なんでも、このあたりに例の放火犯がうろついてるってんで、気味悪がって帰っちまったよ」

 

「ーーねぇ、その4人が飲みながら何を話してたか、分かる?」

 

そこで聞き覚えのある子ども特有の高い声に、思わず佐藤が後ろを振り向けば、そこにはーーコナンがいた。

 

「こ、コナンくん!?え、瑠璃はどうしたの?」

 

「えへへ…それで、おじさん、分かる?」

 

佐藤からの問いにコナンが子供らしく笑って流し、あえて話題を元に戻せば、店主が気にせず答えてくれる。

 

「おお、めでてぇことが重なったって、盛り上がってたよ」

 

店主の話によると、猪俣はこの日が自身の会社の15周年、しかも創業から赤字しらずで羽振りが良いらしい。鹿野は明日が50回目の誕生日。3年間イタリアで修業したらしく、そのおかげか店が繁盛しているとのこと。

 

神鳥は前の日、娘が良いところに嫁入りしたといってニコニコと笑い、猿渡は息子夫婦に2人目の男の子が今朝、産まれたらしいが…。

 

「…今日は、親父さんの命日だからって、複雑な顔をしてたよ…」

 

その言葉に、その父親の殺人犯が誰かを知っている佐藤が悲しそうな表情を浮かべる。

 

「しかし、あの事件の犯人もひでぇ奴だよなぁ。2億5千万奪った上に、止めに入った警備員をコートの裏に隠し持ってた猟銃で殴り殺し…おまけに刑事まで殺しちまうんだからよ…」

 

「え、こ、殺したって…事故で死んだんじゃなかったの!?」

 

コナンが驚きの声を上げる。ずっとトラックに轢かれて死んだのだと思っていたが、違っていたのだ。

 

「ーー目撃者がいたの」

 

「ぇ」

 

「トラックの前で、突き飛ばされたみたいだ、て…」

 

その言葉に佐藤を見るコナンーーそんなタイミングで、居酒屋の扉が開かれる。

 

「いらっしゃーーっ」

 

いつもの来店を喜ぶ声を掛けようとしたが、思わず言葉が止まる店主。それに首を傾げて2人が扉を見て、顔を引き攣らせる。

 

何せそこにはーー般若を背負った瑠璃がいたからだ。

 

「ーーコナンくん!!!!!!」

 

「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁい!!!!」

 

 

 

***

 

 

 

瑠璃が乗り込んですぐ、元太が零す。

 

「それにしても、アイツ遅いよな。中で何か食ってんじゃねぇのか?鳥カツとか串カツとかよ!」

 

「元太、お前…」

 

瑠璃がいなくなったのをいいことに、操縦席に移動してハンカチも回収した咲が呆れ顔を浮かべ、元太がうなぎやお肉のことしか頭にないと笑う光彦。それに野菜も食べないと早死にすると冷静にツッコミをいれる哀。その言葉を聞いた瞬間、歩美が思い出す。

 

「あっ!そういえば、私が見た悪い人、『あと1つで野菜が終わる』って言ってたよ?」

 

「野菜?」

 

「うん。野菜とかぜんざいとかって…」

 

「それって…」

 

(前夜祭…)

 

歩美の言葉に咲と哀は正解を導き出す。しかし、それはつまり、犯人の意図を理解したことになる。

 

(『あと1つで前夜祭が終わる』?)

 

「…おい、哀。これはまさか…」

 

「…至った考えは同じみたいね。そのまさかだと思うわよ」

 

そこで2人は目線を合わしてアイコンタクトをかわした。

 

(私が車に残る)

 

(なら、私が江戸川くんたちに伝えてくるから、子供たちをお願いするわ)

 

早速とばかりに哀が右後ろのドアを開ければ、その音に気付いた光彦が哀の名前を呼ぶ。

 

「灰原さん…?」

 

「ドア閉めるわよ」

 

「あ、ハイ…」

 

その有無を言わさない態度に光彦は何も返せず、ただ見送るしかない。

 

そうして哀が1人で居酒屋に向かえば、それにずるいと声を上げる元太。そんな彼に、哀が戻るまでジッとしてるように言うと、彼女は居酒屋へと入っていく。

 

それを羨まし気に見送る元太と光彦。

 

「はぁ~、なんで俺たちだけ留守番なんだよ」

 

そうして落ち込む2人の声を聴いていた歩美の顔に影が掛かる。それに驚いて車のリアガラスに顔を向けーー驚く。

 

今、車の横をーー彼女が見た放火犯が通ったのだ。

 

そんな彼女の恐怖からの声に気付き、咲と元太、そして光彦が歩美を見る。

 

「…どうしたんですか?」

 

「ーーあ、あの人、あの人よ!私が見た悪い人!!」

 

「…なっ!?」

 

「「え、えーーーっ!?」」

 

それに驚き、車の中で叫んでしまった子供たちだった。

 

 

 

***

 

 

 

ひとしきり瑠璃に叱られたコナンだったが、瑠璃が車に連れ戻そうとすると、それを佐藤が止めた。

 

「佐藤さん、なんで止めるんですか!?」

 

「え、だってほら、コナンくんってかなり鋭いじゃない?だから、コナンくんならいいかなって…」

 

「ま、まあそうですけど…」

 

そこで繋いでいた手の力が弱まったすきをついて、コナンが離れた。

 

「ちょ、コナンくん!?」

 

「えへへ、ごめんなさい。でも聞きたいことがあって…」

 

「聞きたいこと?」

 

コナンの言葉に佐藤が首を傾げれば、コナンが問いかける。店長の話が妙に詳しかったのはなぜなのか、と。

 

「高木刑事の話からして、あの人が無関係なのはわかるけど、なんであんなに詳しいのかなって思っちゃって…」

 

猟銃で殴られた話などコナンは知らなかったと言い、いったいどんな話を聞かせたのかと頭が痛くなる瑠璃。

 

「ああ、事件当時は防犯カメラに映った映像も流したのよ。残酷すぎるから、すぐにカットされたけど」

 

「わー嫌なこと思い出しちゃった…」

 

『忘れる』ことが出来ない瑠璃がその話を聞き、当時の映像が瞬間的に頭の中で鮮明に再生されてしまう。そのせいでグロッキーになった瑠璃の背中を摩る佐藤。

 

「ご、ごめんなさい。思い出させるつもりはなかったのよ?」

 

「いえいえ気にしないでください…そういえば、その犯人ってかなり変わった殴り方してましたよね」

 

「…変わった殴り方?」

 

瑠璃の言葉に佐藤とコナンが首を傾げる。そこで再現するため、動きを頭の中で再生を始める瑠璃。

 

「こう、猟銃をかなり横にしてからの~フルスイング!」

 

ブンっと腕だけを振った瞬間、佐藤があることを思い出した。

 

「そういえば、お父さんの話だと『あの人』…」

 

そこで慌ててどこかへと電話をかけ始める佐藤を見た後、瑠璃が悩み始める。

 

「とりあえず、佐藤さんのお父さんの方は何とかなりそうだけど、問題は放火犯。次、どこを狙うのかさえ分かれば…」

 

「ーー品川よ」

 

そこで扉が開く音と共に場所名を出す声。そこでコナンと瑠璃が入り口を見れば、そこには哀がいた。

 

「…灰原?」

 

「ちょ、君までなんで…」

 

瑠璃からの問いかけにはスルーを決め込み、続きを話し出す。

 

「放火犯が次に姿を現すのは、品川」

 

「え、なんでそんなことが…?」

 

「…見て」

 

瑠璃からの問いかけに今度は先ほどの地図を見せて解説を始めてくれた。

 

曰く、放火の1件目の池袋、2件目の浅草橋をそのままにし、3件目の田端と4件目の下北沢を線で繋ぎ、5件目の四谷と品川を結べばーー答えが見えた。

 

「「…『火』!?」」

 

「…そう。放火犯はこの東京を大地に、巨大な『火』の文字を、その書き順通りに刻んでいたのよ」

 

「なるほど、だから…って、まずい!!」

 

そこで瑠璃も電話を掛ける。相手はそうーー松田だ。

 

『…はい、松田だが』

 

「あ、松田さん!?今どこにいます!?」

 

『あ?瑠璃?今は品川駅から離れて…』

 

「っ!」

 

その返答にまずいことになったと理解する瑠璃。まだ周辺ではあるが…少なくとも位置的には、瑠璃たちとそんなに離れていないーーつまり、駅とは逆方向。

 

そこで佐藤も電話が終わったらしく、瑠璃に視線で出ることを促す。それを理解し、車へと向かいながら哀の説明を松田達にもしていく。

 

そんな瑠璃とは逆に、佐藤が心を冷静に保ちながら瑠璃の車を、本人から許可を得たうえで開ける。

 

「さあ皆…あら?っえ、うそ…いないわよ、あの子たち!?」

 

それに驚くコナン達3人。

 

そんなタイミングでーー松田たちも乗る白鳥の車が居酒屋で止まってしまった。そこからいの一番に高木と松田が降りてくる。

 

「佐藤さん!!」

 

「瑠璃!!!」

 

「あ、高木くん、それから松田君も。あの子たち見なかった!?」

 

「え?いえ、見てませんが…」

 

そこで高木が振り返り、車から降りた白鳥と伊達を見れば、2人も見ていないという。

 

「一緒じゃなかったんですか?」

 

白鳥からの問いに、事情を話し始める佐藤。その横で瑠璃も事態の説明を松田と伊達にしていれば、ちょうどそこにコナンがもっている探偵団バッチに連絡が入る。

 

『ーーコナンくん、コナンくん!聞こえますか!?』

 

「あ、歩美…コラァッ!!お前らどこで何やってんだ!!!」

 

コナンがバッチ越しに怒鳴ればーーコナン達から離れた子供たちが驚愕からバッチを思ず手放してしまい、人一倍耳が良い咲は耳を抑える。

 

バッチは重力に従ってその場に落ちてしまったが、歩美がそれを拾い、大きな声を出さないでほしいと告げる。

 

「大きい声出さないでっ!犯人に聞こえちゃうでしょ!?」

 

『え?犯人?』

 

そこで歩美から光彦がバッチを奪い取り、代わりに話し始める。

 

「歩美ちゃんが見た男が、偶然、居酒屋の前を通りかかったから、後をつけたんですよ!」

 

『なにっ!?』

 

「いま僕たちがいるのは、品川6丁目の、倉庫街!」

 

そこで元太が、男が新聞紙に何かをかけていると実況する。その声が聞こえたコナンがまだ放火してないことに驚きの声を上げた。伊達はそれを聞き、無線で通信指令室に状況を伝える。それらすべてを、咲はその耳で聞いていた。

 

『おい、オメェら。今、白鳥警部の車でそこに行ってやっから、ジッとしてろよ』

 

そこでコナンとの無線が切れた。子供達もまた、犯人の行動を確認するためにも、ジッと待っていた方がいいとその場で決めた。

 

 

 

子供達との連絡を終えたコナンだが、そのコナンの言葉に首を傾げる白鳥と高木、そして佐藤。

 

「え?」

 

「だったら、佐藤さんの車でも…」

 

「ーーいや、佐藤刑事の行先はそこじゃないよ」

 

「えっ?」

 

コナンは言うーー18年前の決着をつけに行かなければ、と。

 

「決着…?」

 

「多分まだ…ケリはついてないはずだから」

 

コナンが佐藤にそう伝え、なぜそう考えてのかを話した。そうすれば彼女は目を見開き、頷きーー高木の腕を握った。その佐藤の突然の行動に驚く高木と、あからさまに不機嫌になる白鳥。そしてそんな展開に現在の状況もあって楽しむ余裕のない3人がその場にいた。

 

「さ、佐藤さんっ!!?」

 

「高木くん、ついてきて!!白鳥くんは、コナンくんたちと放火現場に急行して!!」

 

「わっ…分かりました」

 

白鳥の不服は、彼自身も今の現状を冷静に考えた末に飲み込めた。そして松田達に目線で示せば、すぐに彼らは瑠璃の車に乗り込み、コナンたちは白鳥の車へと乗り込み、出動していく。

 

高木と佐藤はそれを見送ることなく佐藤の車に乗り込みーー佐藤の、目的の場所へと走らせる。

 

 

 

放火現場では、ついに犯人の犯行準備ができたらしく、マッチを擦り火をつけた音が咲の耳に聞こえ、子供たちの視界にもそのほの温かい光が見えてしまった。

 

「ふふふっ…さぁ、いい子だ。大きくなりなぁ」

 

(まるで子供に語り掛けるみたいな口調だ…なるほど、あの男にとっては大切な子供か)

 

咲はそうして理解するが、それで犯行を止めようとは微塵も思わないのでコナン達が少しでも早く来ることを願っていた。そして、それは子供達も同じだ。

 

「おい、まじかよ…」

 

「本当につけちゃいましたよ…」

 

「ーーはっ!!?」

 

しかし、彼らが望むコナンの来訪よりも、男の方が子供たちに近づいてきた。勿論、犯行現場から離れなければ犯人だって危ないのだから仕方がないのだが。

 

男はその場を後にする。子供たちの横を通って行ったが、通り過ぎた。

 

それから数分後。どんどんと火は広がり、子供たちにも焦りと恐怖が心に広がっていく。

 

「ねぇ、大丈夫?どんどん火が大きくなってるよ?」

 

「だ、大丈夫ですよ。コナンくんが消防車を呼んでるはずですから…」

 

「そ、それより、良いのかよ?犯人の後をつけなくてもっ!」

 

元太の焦りの声に、歩美も焦りながらダメだという。コナンの言うことを聞いているのだ。

 

その瞬間、咲の耳に微かに入った音はーー先ほど歩いて去っていった、男の足音。

 

「っ!おい、皆聞けっ」

 

咲がそこで光彦の肩を掴み、小声ながらも叫ぶ。そんな必死な顔の咲に驚きの表情を浮かべる3人。しかし、そんなことを気にしていられない。今も彼女の耳には聞こえてくるのだーーまっすぐ、ここに向かっている男の足音が。

 

「いいか、今すぐここを離れるぞ!」

 

「え、でもコナン君がっ」

 

「そんなことを言ってる場合じゃないんだ!!アイツがここに向かってる!!」

 

「アイツって…ま、まさかっ」

 

そこで察した全員だが、もう、子供たちが逃げても逃げきれない距離に入ったことを理解してしまった咲が、それでも叫ぶ。

 

「理解したならわかるなーーお前たち、走れ!!」

 

咲の声を合図に、子供たちは急いで走る。咲も勿論、走り始めるが、それと共に男が走り出すのも音として耳に入っている。

 

そこで咲は冷静に状況を考える。

 

ーー周りは倉庫同士で道幅が狭い。

 

ーー木片もたくさん立てかけられている。

 

そしてもう1つ。とっておきは…。

 

(…囮になるか)

 

そこで咲が子供たちに気付かれないように足を止め、男と相対した。

 

「おやぁ?お嬢ちゃん…おじさんと鬼ごっこはしないのかい?」

 

「ああ…お前はここで、捕まるからな」

 

彼女の目はーー人の目だった。

 

 

 

佐藤から車の中で説明を受けた高木が佐藤と共に辿りついたのはーーイタリアンレストラン『AZZURRO』。

 

佐藤がその店の看板を悲し気に見上げる。そんな佐藤を高木は見つめ…ほんの少し震えているその手を掴みーー彼女に託されたお守りを渡す。

 

「っ…高木くん」

 

「…佐藤さん。僕は、中にはついていけませんが…でも、大丈夫です」

 

きっとーー大丈夫だと、高木はそう告げる。

 

なんの根拠もないその言葉は、しかし今の佐藤の心境からは優しく、温かくて…。

 

父親の、正義の友人を疑いたくはない…しかし、彼が残した手帳が、高木が教えてくれた解き方が、正しいと告げてくる。

 

どうしようもない不安と悲しみ。しかし、それを高木は優しく、温かな言葉をかけて、彼女ならーー佐藤なら出来ると、大丈夫だと信じてくれている。

 

「…ありがとう、高木くん」

 

高木から返してもらったお守りーー正義の手錠を握る。それをポケットに入れると、笑顔をほんの少し、浮かべた。

 

「ーー行ってきます」

 

 

 

佐藤が扉を開いて中へと入れば、綺麗なベルの音が来訪者を告げた。

 

それに気づいた鹿野の顔が、ほんの少し、こわばったように感じたのは、きっと佐藤の気のせいではない。

 

「…あれー?美和子ちゃん。仕事終わったのかい?」

 

「えぇ、まぁね」

 

「でも、見ての通り閉店なんだ」

 

「いいじゃない。一杯ぐらいごちそうさせてよ。明日は、待ちに待った鹿野さんの50回目の誕生日なんでしょ?」

 

佐藤が笑顔で言えば、鹿野は訝し気にする。

 

「いいけど、50にもなると別に誕生日なんて…」

 

「あらーー待ち焦がれていたはずよ?」

 

鹿野が後ろでワインと2人分のグラスを用意している中、彼女は無慈悲に告げるーー本当の来訪理由を。

 

「ーー今夜0時を過ぎれば、18年前の『愁思郎事件』の時効が、めでたく成立するんだもの」

 

「えっ」

 

鹿野は驚きながらも、佐藤が座ったテーブルに、ワインクーラーとグラスをそれぞれの前に置く。

 

「ーーさぁ、2人で祝いの盃を交わしましょうか…『カンオ』さん?」

 

佐藤から告げられるその呼び名に、鹿野は青ざめた。それでもすぐに冷静を取り戻し、佐藤と自分のグラスに白ワインを注ぐ。それに礼を述べた彼女はそのグラスを手に持ち、語りだす。

 

「『カンオ』…父の警察手帳に書き残された謎の3文字。ローマ字で書くと『KA・N・O』。『O』を『N』の母音として読むと『KA・NO』」

 

佐藤は猿渡たちに電話で聞いたのはこれのこと彼ら曰、『カンオ』というのは、野球部時代に正義が鹿野につけたあだ名だろう、と。

 

「ーーもっとも、彼らは私に訊かれるまで、『カンノ』とか『カオ』とか、おかしな呼び方をするなぁって、ずっと勘違いしてたみたいだけど」

 

鹿野はそこまで聞き、自分のワインを全て飲み干し、グラスをテーブルに置く。

 

「…父が貴方を被疑者と特定したのは、猟銃で警備員を殴殺した、例の防犯カメラの映像を見たから」

 

彼女も父親からよく聞かされていたらしい。鹿野のバッティングフォームは変わっていたが、チーム1の高打者だった、と。

 

それに笑いを溢す鹿野。なにせ『変わったバッティングフォーム』というだけで今、強盗殺人犯にされようとしているのだから。

 

「第一、あの事件の時効は3年前に…」

 

「ーーいいえ、まだよ」

 

鹿野の言葉を、佐藤は強く否定し、訂正する。残りあと8分17秒。

 

「…あなたも知ってるはずよ?被疑者が海外に出た場合ーーその期間は時効成立の日数にカウントされないってことを」

 

それもこの直前、佐藤は法務省に問い合わせており、既に調査済みだった。

 

「時効が成立する日を忘れたくないから、ちょうど50回目の誕生日がその日になるように、日にちを合わせてイタリアから帰国したってこともね!」

 

鹿野はその言葉にもはや表情を取り繕えずーーちらりと、カウンター内においた時計を見やる。

 

0時まで、残り8分24秒。

 

時が刻む秒針が、鹿野にはもっと長く感じられるが、彼はそれで黙秘を続ける。

 

ーー0時まで、残り4分55秒。

 

彼は喉を鳴らし、更にとワインに手を伸ばす。しかし、それは寸前で佐藤がワインクーラーごと奪い取った為に飲めず、肩を落とす。

 

「だ~め、話してくれるまでお預けよ!」

 

「えっ!?」

 

その佐藤からの宣言に、鹿野は絶望する。彼にとっては長い、長い時間をワインなしで過ごせと宣言されたようなものだ。

 

「父が言ってたのよ。自白寸前の被疑者は、必ず喉を鳴らし、お茶に手を伸ばす」

 

まさに今ーー鹿野がした行動と一文字一句間違いがない。

 

「そこでお茶を与えてしまうと、それと一緒に言葉を飲み込んでしまうってねっ!」

 

そこで佐藤は、強い決意を乗せた鋭い眼差しで鹿野を見据える。

 

「飲み込ませないわよ、この事件だけは!!例えーー貴方の喉が渇きって、干からびてもね!!!」

 

 

 

男と咲が対峙し、咲が逃げる様子がないことを理解した男は、しかし彼女がただの子供だと侮りニヤリと笑う。

 

「そうかそうか…なら安心して先にお逝き。大丈夫、さっきの子供達もちゃ~んと君の後に並べてあげるさ…これから始まるカーニバルのーー供え物としてなぁ!!」

 

そう言って、男はべろりと、胸元から取り出したナイフを舐める。それに対して、咲は内心辟易している。

 

(別に殺されてもいいとは思っているが、この男にだけは絶対に嫌だな。血で濡れてるなら…いや、血もだいぶ嫌だな)

 

どうみても咲からは余裕が感じられる。だが、当然といえば当然だーーあの組織で、人を何人も殺してきたのだから。

 

そこで男が手を伸ばそうとしたところで、咲はふっと笑みを浮かべる。

 

ーー待っていた存在達の来訪を告げる音が、耳に入ったからだ。

 

 

 

「ねぇ!」

 

 

男が振り下ろそうとしていたナイフを止め、後ろを見る。そこには、今目の前にいる咲と変わらない年頃の少女が1人、笑みを浮かべて男を見ていた。

 

「ーーおしりの幽霊って、なんだと思う?」

 

その唐突なクイズに男の動きが止まった途端、何かが飛んでくるような音が聞こえた。それに驚き、さらに硬直した瞬間ーー男の顔にポロバケツが直撃。

 

「…バ、ケ、ツ」

 

男はそう遺言を残しーー気絶した。

 

「ピンポーン」

 

哀が棒読みで正解を知らせるが男の耳には届かない。

 

そんなバケツをシュートしたコナンは苦笑い。

 

(ハッ、まったくっだらねーもん蹴っちまったぜ…)

 

そんなコナンの隣に移動した咲はコナンにパチパチと拍手をする。

 

「ナイスシュート」

 

「オメェ、褒めるならもっと感情乗せろよな」

 

コナンからのジト目も受け流し、子供たちと共に、現場にやってきた白鳥達を迎えた。

 

「皆さん!!こっちですよ!!」

 

光彦たちが手を大きく振って居場所を伝え、白鳥達が走って近づいてくる。

 

「おいおい…犯人の野郎、完全に伸びてんじゃねぇか」

 

「とにかく、証拠品を探しましょう」

 

白鳥はそう言うと、男のコートの中を漁り始め、見つけた。

 

「ーー灯油の入った缶にマッチ…」

 

「今度は本物の星だ」

 

「…で、あの木の倉庫はいいのか?」

 

咲がそう言って視線で示すのはーー広く燃え広がっている倉庫。

 

「あの倉庫は来週、取り壊す予定で中はカラ。心配しなくても、消防士さんたちにお願いして消火作業をしてもらってるよ!」

 

勿論、その倉庫にはーー誰もいない。

 

 

 

レストランでは長い、長い沈黙が続いていた。

 

鹿野はあれからもだんまりで、ちらりとまた目だけで時刻を確認する。

 

ーー0時まで、のこり5秒。

 

それが4,3,2,1…0を刻んだ瞬間、時計からカチッと音が鳴る。それに安堵からの溜め息と笑みを浮かべた鹿野はーー目の前の佐藤の強い目には気づかなかった。

 

彼女はそこで静かに立ち上がり、鹿野の前にワインクーラーを置いた。

 

「ーーおめでとう…私の負けよ」

 

佐藤はそのまま店から出ていこうとする。そんな彼女の背中を見た鹿野は、ポツリと溢した。

 

「ーー殺すつもりは、なかったんだ」

 

その言葉を聞いた佐藤は足を止め、振り向いた。

 

「…え?それって、お父さんのこと?」

 

佐藤はそこで鹿野に近づき、腰に手を当て鹿野に詰め寄れば、鹿野は違うと叫ぶ。殺すつもりがなかった相手とはーー警備員のことだと。振り払おうとしたら、当たり所が悪かったのだ、と。

 

「じゃあ、お父さんは!?…交差点で貴方が、突き飛ばしたんでしょ!!?」

 

その言葉に、鹿野は顔を伏せ、重く答える。

 

「…違うんだ。突き飛ばされたのはーー俺の方なんだよ」

 

「ーーえっ!?」

 

18年前の出来事の真実。それはーー鹿野の恐怖によって起こった悲劇だった。

 

彼が、正義によって犯行を何もかも見抜かれた18年前。警察に連行されていたその途中、彼はその先の未来に恐怖を抱きーートラックの前に、鹿野は飛び出してしまった。

 

そこで正義が、鹿野を突き飛ばしーー彼は代わりに、トラックに轢かれてしまった。

 

「ーーあいつは、俺に立ち直るチャンスをくれたんだっ!」

 

「でも、強盗したお金で立ち直ったって…」

 

「いやっ!あの金には手を付けていない!!」

 

鹿野は叫ぶ。その強盗したお金はーー彼の家の仏壇に、隠していると、ハッキリと口にした。

 

「時効があけたら、返すつもりだったんだよ…っ」

 

鹿野は本当にそう思っていたのだと、そう叫ぶ。その言葉にニヤリと笑みを浮かべる佐藤はーー胸ポケットから小型の無線を取り出し、指示を出す。

 

「ーー高木くん!!今の訊いた!!?」

 

『ーーはいっ!!千葉と一緒に、バッチリと!!!』

 

「すぐに令状を取って全て押収して!!ナンバーが一致すれば、これ以上の証拠はないわ!!その金に、今の会話を録音したテープをつけて検察に送り、今日中に起訴に漕ぎ付けるのよ!!ーー分かった!!?」

 

『ーーはいっ!!』

 

高木の返事に、急ぐように佐藤は言う。なにせ、時効までーーあと1日しかないのだから。

 

佐藤たちの展開に追いつけていない鹿野が呆然と佐藤を見て呟く。

 

「あと1日!?」

 

間違ってないかと言いたげな鹿野の言葉に、佐藤は安堵から笑顔を浮かべて告げるーー真実を。

 

「気づいてなかったのね!ほら、貴方がイタリアから帰国した日ーー台風が来てたでしょ?」

 

その言葉に、佐藤が伝えたいことを一足早く理解してしまった鹿野がまた青ざめた。

 

そう、彼は、佐藤が張ったトラップにーーまんまと引っかかったのだ。

 

「午後9時に到着予定だったあの便が、成田に着いたのは遅れに遅れて午前0時4分。つまり、時効が成立する日は、貴方の計算から1日ずれちゃったっていうわけ…ご愁傷様!」

 

佐藤の言葉に震えーーついに観念した鹿野の体から、力が抜けた。

 

「…嫌な予感はしてたんだ。ここに来た時の美和子ちゃんの顔が、あの日のアイツそっくりだったから」

 

「貴方が自白しなかったら、家をひっくり返してでも、例のお金を見つけて、捕まえるつもりだったわよ!ーーでも、父は違うわ」

 

佐藤はあの日の、父親と最後に会話した、あの日の救急車での出来事を話し出す。正義は、犯人である鹿野を最後まで信じぬき、何人の名前を告げなかったのだと。

 

正義が、逃走する鹿野に言った言葉のーー本当の、意味を。

 

「父は、交差点で逃げる貴方にこう言ったのよーー『自首しろ』って。途切れ途切れに呟いたその言葉を、周りにいた人が『愁思郎』と聞き間違えたってわけ」

 

「…そうか。あいつは、最後まで…こんな、俺のことをっ…」

 

鹿野はそう言って、泣き崩れーーそんな彼の腕に、佐藤は、形見の手錠をかけたのだった。

 

 

 

それから数日後。佐藤は高木にお礼として願いを聞いた。

 

最初は彼もお礼はいいと照れて拒否をするが、佐藤が約束だからと更に迫る。そんな佐藤に、高木は顔を赤く染めながら言ったのが『2人で遊びに行きたい』という願い。

 

その約束を果たす日が今日。高木はデートだと浮かれ、青い半袖のジャケットを着て佐藤を待っていた。

 

佐藤の来訪を期待し、ちらちらと時計で時刻を確認する。なにせ佐藤が言ったのだ。

 

『なら次の土曜日の午後6時、武道館の入り口前で待ってて!』っと。

 

約束の時間となり、高木があたりをキョロキョロとせわしなく見れば、佐藤の声が聞こえてきた。

 

「ごめーーんっ!待ったっ!?」

 

佐藤は、紫のノースリーブセーターを着て、高木に笑顔で駆け寄る。そんな佐藤の姿に頬を染める恋する男、高木渉。

 

「あ、いえっ!ぼ、僕も今来たところで…」

 

「…ごめんね?例の放火犯が自供を始めたもんだから、聞き入っちゃって…」

 

それに視線を逸らす高木。せっかくのデートなのに、仕事の話を持ち出され、ほんの少し、気が滅入ったのだ。

 

「よ、よしましょうよ、仕事の話は…」

 

「そうね!」

 

同意した佐藤が高木に駆け寄りーー腕を組み、肩に頬をつける。

 

「ーー今日はデートデート!」

 

「あ、はいぃ!」

 

高木は鼻を伸ばして喜ぶがーーすぐにポッキリと折れる。

 

佐藤が視線を鋭くしてみたのは、黄色のポロシャツを着て青い帽子を被る長髪の人。その人を黙示しーー髪で隠した無線にスイッチを入れた。

 

「ーーこちら佐藤!マルヒの妹、視界に捉えました!!」

 

「えっ!?」

 

『よーっうし、そのまま監視を続けろ…刑事だと気づかれるなよ?』

 

「はっ!」

 

「ーーあ、あの、佐藤さん…これってまさか…」

 

当たってほしくない予想が浮かび、それを否定してほしくて尋ねた高木。

 

そのな彼の淡い希望はーー無情にも露と消える。高木が好きだった、佐藤の笑顔と共に。

 

「ーーさ、行くわよ!高木くん!!」

 

佐藤は高木の腕を引っ張り、ターゲットを見失わないようにと駆け出した。そんな佐藤に、高木は彼女の名を叫ぶのだった。

 

「ーー佐藤さ~~~んっ!」

 

 

 

彼の恋は、果たしていつ、彼女に届くのか。

 

それはまだきっと、もっと先のこと…。

 

 

 

***

 

署内にて、瑠璃は自分の机に座り、とある紙を見つめていた。

 

(…まだ、ここにいたいけど…きっと、それも限界だよね)

 

瑠璃はそう思い、溜め息を溢す。それでも、彼女は少しでも先延ばしにしたくて…『転属願』と書かれた紙を、机の引き出しへと戻したのだった…。




はい、設定を投稿した際にお話しした転属する人物は、瑠璃さんです。

ある意味、特殊な力を持っているのでいてもいいのでは?とちらちらと考えたのですが、遅かれ早かれ彼女は移動してしまう気がしたので、描写を無理やりながらも入れさせていただきました。

折角の高木さんと佐藤さんのイチャイチャを堪能されていた方には、本当に申し訳ないことをしました。けれど、こうでもしないと描写がきっと入らない気がするので…。
(レトロルームの事件も予定に入っているのですが、書くかどうかあいまいなものよりも、確実に書くここで入れました)



そういえば、実際に流れたアニメでは、松田さんの姿は一切流れてないのですが、果たして青山先生はどのタイミングで彼と佐藤さんの関係を思い浮かび、書いたのか…。この時点で彼の存在を思いついていたのなら、多少でも浮かび上がってもおかしくないのにそれがないので、きっともっと後なのでしょうね…。


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第30話~龍神山転落事件~

ここ最近、私用で色々あって投稿できなかった作者です。

瑠璃さんの件も早く進めたいのですが、もうちょっと長引きます。この日常章で移動はしますがね。

本当は彰君でもよかったんですが、なぜ前回の様になったのかという理由は一応ありますので、移動回も兼ねた話を書き終えた際には説明はします(そこまで気になってはいないかもしれませんが、一応)。

今回は少年探偵団主役…うちの仔は咲(優)さん主役会です。頑張っていきますよー!

それでは、どうぞ!

*猫の視力の件で間違いがありましたので修正しました。


 学校も、多くの会社も休みとなるような休日、哀を除いた少年探偵団たちは、西多摩郡にある『龍神山』へとピクニックのために博士の車に乗ってやってきた。しかし、頂上までの道のりとして通っていた『九十九折峠』は長く、くねくねとした道に子供たちも疲れてしまい、1度を取ることとなった。

 

 咲も車から降り、山腹から歩美と共にガードレール下の景色を覗き込んだ。

 

「わぁ……!すご~い! こんな高いところまで来ちゃったんだ!」

 

「確かに……だが、これでも山腹辺りだな」

 

「そうじゃぞ~?これでもまだまだじゃからな!」

 

 博士は笑顔を浮かべながら歩美と咲に向けてそう伝えれば、それに弱音の声を出す元太。

 

「うぇ、マジかよ……」

 

「どうした?」

 

 4人が元太へと顔を向けてみれば、顔色を悪くして座り込んでいた。

 

「……元太、車に酔ったのか?」

 

 咲の問いに元太は頷く。山腹とはいえ、ここまでのくねくねとした道に目を回したらしい。そしてこの先にもくねくね道は残っている。思わず咲は苦笑いを浮かべ、コナンは呆れ顔。

 

「んだよ……だらしねぇな」

 

「ハハハハッ、何しろここは『九十九折峠』といって、大小99回の急カーブが続いておるからの」

 

 その博士の説明におもわずえずく元太。顔色は更に悪くなった。そんな元太を心配そうに歩美は見ていたが、そこでふと光彦がいないことに気付き、顔を背けて居場所を訊く。それに元太は車の中で本を読んでいると答えてくれた。しかしそれに歩美は目を丸くし、車の中にいる彼へと声を上げて呼びかける。

 

「光彦くん!外の方が気持ちいいわよ!!」

 

 そんな歩美からの誘いに、本から顔を上げない光彦はそのまま返答する。

 

「僕は結構です!今いいところですから!!」

 

 それに歩美は頬を膨らませるも、すぐに空気を外に出して博士に問いかける。

 

「そういえば博士。灰原さん、また来なかったね」

 

「えっ……あぁ。哀くんは何か用事があるとか言っておったな……」

 

 博士の慌てたような返答に呆れ顔で見るコナンと咲。歩美と元太もその返答に疑問を感じたが、元太がそこで理解した。

 

「博士、俺知ってるぜ!こうだろう?……『私、キャンプなんて興味ないから』ぜんぜんのつーん」

 

 元太は哀の真似をして目を細めた後、そっぽを向いた。

 

 そんな彼の物まねに歩美はそっくりだと笑い、コナンは当たりだと頬を引き攣らせて笑う。と、そこで同じく拍手をしていた咲は、音も少ないからとヘッドフォンを外していたからこそ、一足早く気付いた──自分たちの後ろの山上から、急速に近づく車の音に。

 

 咲が後ろの音に気付いて振り向く姿を見てコナンも振り向けば、その音はコナン達にの耳にも入り始める。

 

 全員が咲と同じように目線を上後ろに向けた瞬間──ガードレールを勢いよく突き破って、彼らの少し離れた位置に落ちてひっくり返った白の車。

 

 それにさすがに驚いて体調不良の元太は立ち上がり、車にいた光彦も驚きから出てきた。そんな中、コナンは博士に警察と救急車を呼ぶように指示し、走って車に近づく。咲も同じタイミングで走り出し、少し遅れて子供たち3人も近づいた。

 

 車に駆け寄ったその瞬間──咲は視線を感じた。

 

 その視線の先となる車が落ちてきた場所に、人が立っているのが見えた。

 

(……男?)

 

 目を細めて観察する。しかし、体格から男であると理解できる以外の情報は得られなかった。

 

(……視力もよければな……)

 

 咲はそう、ないものねだりを心の中でするのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 暫くして、警察と救急車が到着し、車の中で頭から血を流していた男は運ばれ、コナン達は事情聴取をその場で受けていた。

 

「──すると、そこの展望スペースで休憩中、車が転落するのを目撃、駆け付けたというわけですね?」

 

「ええ」

 

「そして、そこのお嬢ちゃんは、その落ちてきたところに、人が立っていたのを目撃した、と……」

 

「体格からしたら男だと思うが……」

 

 そんな彼らの説明を耳にしながらコナンが車をみれば、ふと疑問を持つ。その視線にあるのは、車体のトランク側のへこみ部分。まるで何かが当たったかのようなへこみ方をしている。

 

(あのへこみ……だとすると……)

 

「……もう一度お聞きしますが、他に不審な車や人物は見かけなかったんですね?」

 

 警察からの問いに、博士も咲も見かけていないと答える。

 

「……お嬢ちゃん、その男の姿、思い出せないかい?」

 

「……いや、流石に距離が空いていて……」

 

「そうかい……なら、仕方ないね」

 

 そこでコナンは気障な笑みを浮かべた後、子供らしく警察に声を掛ければ、警察官の1人が険しい顔のまま目を向けてくれた。

 

「なんだい? 坊や」

 

「上のおじさんたちの仕事、ちょっと見てきてもいい?」

 

 コナンの問いに、もう1人の若い警官が子供の見るものではないと拒否をするが、それに上も終わるころだからと許可を出す、コナンに声を掛けられたベテランそうな警官。

 

「しかし……」

 

「でも坊や、おじさんたちの仕事の邪魔をしないように、見学するんだぞ?」

 

「は──い!」

 

 そこで走っていくコナン。

 

 ──そんな2人を見送る光彦に、元太が声を掛ける。

 

「……おい、光彦。俺たちもいかなくていいのか?」

 

「えっ?」

 

「コナンの奴、また1人で抜け駆けしちまうぞ?」

 

 その問いかけにニヤリと笑う光彦。

 

「あぁ、構いません。やらせときましょう……こっちには、もっといいものがあるんですから!」

 

 光彦の言葉に首を傾げる元太と歩美。そして、ヘッドフォンを外しているからこそ、自然とそれが耳に入ってしまう咲は苦い顔をする。

 

(……嫌な予感がする)

 

 

 

 コナンは1人、車が落下してきた場所へとやってきた。そこは鑑識の人間がせわしなく仕事をしており、今は道路の中央付近に残っていたタイヤ痕の距離を測量していた。どうやら跡はちょうど測量している場所から始まったらしい。その結果は16.33m。コナンはその結果を近くで耳にしつつ、思案する。

 

「──あったぞ!」

 

 その瞬間、測量場所のほんの後ろで、何かが見つかったらしい。コナンがそちらへと顔を向ければ、塗料の破片が見つかったという。色はダークブルー……落ちた車とは違う色だった。

 

 それを聞き、コナンはこの事件の真相を理解し、博士たちの元へと戻っていった。

 

 

 ***

 

 

 事情聴取を終え、咲が再度ヘッドフォンをつけたのを確認し、車は発進した。その車の中での話題は、やはり先ほどの1件だった。

 

「しかし、折角のピクニックだというのに、とんだ事故に巻き込まれてしまったの……」

 

「──事故じゃねぇよ」

 

 博士の言葉に、助手席に座っていたコナンが訂正する。それに後ろに座っていた咲も内心で同意すれば、博士も目を丸くする。

 

「……事故じゃないって」

 

「博士、あそこでほかの車を見なかったかって聞かれただろ?」

 

「あぁ……」

 

「あの車は、他の車に後ろから追突されて転落したんだよ」

 

「なんじゃと!?……はっ!!となると、咲くんが見たという男が……」

 

 博士の言葉に、咲も頷く。コナンと違い、上の状況は見ていない咲でも、車体のへこみ方、そして男が現れないことで理解できたのだ。

 

「だろうな。あの車の後部に、追突された跡がしっかり残ってたし、追突したときに剥がれ落ちたもう1台の塗料片も発見されてる……しかも、恐らく追突した車は、故意に車をぶつけてる」

 

 それに驚きの声を上げる博士。それでは殺人事件ではないかとコナンに問えば、肯定が返される。咲が見たという男も現れないのが更にその線を濃厚にさせる。

 

「……警察に協力しなくてよいのか?」

 

「大丈夫さ。あれだけ証拠が残ってるんだ」

 

「しかし、塗料の破片と追突の跡だけでは……」

 

 博士の心配に、コナンは言う──日本の警察は、基本的に優秀なのだ、と。

 

 その言葉に咲も内心で頷く。その際に思い出したのは、金髪の彼。

 

(『先生』からも、彼は優秀な人物だと言われていたな……まあ、その代わりなのか、サイバー攻撃に弱いのが玉に瑕だな……)

 

 咲は知っている。そして件の彼も、あの時の2人も『先生』との話合いもあって知っている──それぞれの組織から、『先生』が情報を痕跡も残さず抜いていたことを。

 

(あの時の青ざめた顔を見た『先生』がその後に申し訳ないことをしたと私に話していたが、それがあの人の仕事だったからな……)

 

 そう思いつつ、車の窓から空を見る咲。

 

(──まあ、私のせいで死んでしまったのだが、な……)

 

 咲が遠い過去に思いをはせている間、コナンは塗料片さえ見つかれば車種が特定でき、地道な聞き込みで犯人も割り出せるのだ、と。

 

 そんな2人の後ろ、つまり咲も座っている後部座席では、光彦がずっと考え事をしている。そんな光彦に、元太はたまらず声を掛けた。

 

「光彦、『いいもの』ってなんだよ?」

 

「シィーッ!静かに。コナンくんに聞こえちゃいますよ!」

 

 元太からの問いに小声でそう返し、元太も慌てて自分の両手で口を塞ぐ。それを見て光彦が前座席のコナンの様子を見れば、どうやら聞こえていなかったらしく、顔は前を向いたままだ。

 

 それに安堵し、光彦は小声のまま、ポケットから折りたたまれた紙を元太に見せる。

 

「?なんだ、これ?」

 

「──暗号ですよ」

 

「暗号!?」

 

 歩美が思わず声を上げれば、2人が静かにするように人差し指を口元で立てる。どうやらそれも前の2人には聞こえなかったらしい──そう、前には。

 

「……お前たち」

 

 そこで元太の横から黄昏ていた咲が復活し、ジト目で声を掛けた瞬間、元太が慌ててその口元を抑えた。

 

「んんっ!?」

 

 咲がそれに驚き、一瞬、幼いころのトラウマ映像がよぎったが、元太であることは理解していたので発狂は免れた。しかし、彼女の中では別問題が発生していたが。

 

(どけてほしい……頼むからっ!!)

 

 咲の目には、今──元太のその抑えた手に、赤黒いドロリとしたものが付着しているように、映っていた。

 

 そんな咲の懇願したような目を彼は気づかなかったが、幸いにもすぐに手は離れてくれた。

 

「咲、コナンにはチクんなよ!?」

 

「分かった……分かったから、すまんがこのハンカチで手を拭いてくれ……」

 

「?おう、わかった!」

 

 元太の言葉に憔悴したような咲は了承を返しつつ、元太にそう頼めば、彼は意味は理解していないながらも頷いてくれて、咲が差し出したハンカチで軽く手を拭いてくれた。

 

「……で、暗号の話は?」

 

 そんな憔悴状態ながらも光彦に小声で尋ねれば、光彦が紙を開き、説明する。

 

「これ、さっきの事故現場の車の傍で拾ったんです」

 

(証拠品を持ってくるんじゃない!!)

 

 咲は思わず脳内でツッコミを入れる。なんなら今も組織にいる金髪の彼だって、その相棒の男だって同じ立場ならツッコミを脳内で入れてくれることを確信するほどだ。

 

(いや『スコッチ』なら普通に口に出していうかもしれないな……)

 

 そんな咲の考えは元太も思ったようで、警察に渡さなくてよかったのかと問えば、どうやら光彦はただの転落事故だと思っているらしい。

 

(……これは、伝えた方がいいのか?)

 

 咲はそう考えるが、アレが『事故』ではなく『事件』であるといえば更に面倒なことになりそうな気がした咲は子供たちに何も言わないことに決めた。

 

 のちに、咲はこの時に伝えておけばよかったと後悔するが、今の咲には知らないことであり、子供たちに伝えるのをやめた咲はそのまま暗号を聞き続ける。

 

 子供たちは暗号=宝の隠し場所だと思い、真剣に見始める。

 

 その暗号は8段ほど書かれている。まず1番上の段、そこに描かれているのは□の中に『100-1』と書かれ、その真横には黒く塗られた直角三角形、その傾斜の下から上に伸びた矢印だ。

 

「ほら、1番上の四角形の中に『100-1』と書いてあるでしょ?──はい、元太くん。100-1は?」

 

 光彦からのいきなりな計算問題に元太は慌てて答える。

 

「えぇっ!? きゅ、きゅ……99」

 

「はい、正解!」

 

 光彦の言葉に元太は安堵の吐息をだし、答えが怪しかったことに咲は苦笑いを浮かべた。

 

「じゃあ元太くん、『99』で思いつくことはありませんか?」

 

 その問いに元太は考える。考えて考えて出た答え、それは救急(99)車。元太は自信をもってそう答えたが、残念ながらそれは違うと光彦に言われてしまう。

 

「いっ!?」

 

「全く、どうしてここで救急車が出てくるんですか」

 

「……じゃあ救急(99)絆創膏……」

 

「──わかった!!」

 

 そこで歩美が声を上げ、話していた男2人が歩美を見れば、彼女は笑顔を浮かべて答える。

 

「『九十九折峠』でしょ!さっき博士が99も急カーブが続くって言ってたじゃない!!」

 

 歩美の言葉に正解だと笑顔で返す光彦と、すでに疲れた様子の元太、そして苦笑いの咲。

 

「正解です!ですからこれは、『九十九折峠』のどこかの場所を示しているはずなんです!」

 

 そういって4人が見る紙には、先ほどの続きも書かれている。

 

 ╋04 23 38

 

 ┣04 23 38

 

 ┫39 23 38

 

 29 28 10 ② 10 14 46

 

 ┣04 23 38

 

    ↓

 

    G

 

 この文章を見て、咲はなんとなく理解した……なにせ『先生』の傍によくいたのだ。よく見ていた……記憶に残るほどに。そんな咲だんまりを決め込んでいる横で、元太は光彦に問う。場所は分かったのか、と。それにどうやらこの暗号をどこかで見たらしい光彦は首を捻って考える。歩美がどこで見たのかと聞き、思い出そうとする光彦。しかし、そこに割って入る声が1つ。

 

「──おいお前ら」

 

 その声に反応し、全員が前を見れば、コナンがジト目で4人を見ていた。

 

「……さっきから何こそこそやってんだよ」

 

 コナンからの疑惑の声に何もないと分かりやすい笑顔を浮かべて返す子供たち。しかし、元太が口を滑らせて『暗号』の一言を言った瞬間、コナンの目が輝いた。それを見て咲は頭を抱える。

 

「暗号!?」

 

(私が黙っている意味が分からなくなってくるな……)

 

 咲が頭を抱えている横で、光彦がさっき読んでいた小説内に出てくる暗号のことだとごまかすが、その言葉は徐々に尻しぼみしていき、コナンはそのごまかしに騙された。

 

(なんだ、子供向けか……)

 

 コナンが興味を失ったことに安堵した元太と歩美の中心で、光彦は思い出した──そう、彼が見覚えのある暗号とは、車の中で読んでいた小説の中にあったのだ。

 

 車はそのまま『九十九折峠』を抜け貸しだしされているペンションに到着した全員。それぞれが荷物を置き、お昼の準備の時間となる。釣り班が博士、コナン。薪割り班が子供たちと咲だ。

 

「それじゃあ、俺と博士は魚釣ってくるから、ちゃんと薪割っとけよ?」

 

「「「はーっい!」」」

 

「……善処する」

 

 コナンの声に子供たちはいい子のお返事を返し、咲は頭を抱えている。そんな咲の姿に一抹の不安を抱えつつも、コナンは博士を連れて行ってしまった。それを笑顔のまま見送る子供たちは、そんなコナン達の姿が見えなくなった瞬間、近くのテーブルに走り寄り、笑顔で暗号のことを聞く。

 

「光彦!本当に分かったのかよ!?」

 

 元太が座りながら聞けば、光彦も自信満々に肯定する。ちょうど読んでいた本に出ていたのだと。そうして本を見えやすいように件のページを開いて机へと置けば、子供たちは覗き込む。咲もそこで元太の横に座りページを見て、思い違いでなかったことに安堵した。

 

「?なんだこれ?

 

「──キーボード、だろ?パソコンの」

 

 元太の疑問に、咲が答えれば、光彦がそうだと言い、説明を始める。

 

 キーボードの左上から番号を振る。そしてその数字と対応したキーのひらがなを使って暗号を解くのだ。

 

「例えば、『14』なら『た』。『27』なら『と』という感じにね!」

 

 そこでやってみようという流れになり、元太が暗号読み係となった結果、2段目の文章は『右折』となる。しかし、その横にある╋が何かとなったとき、子供たちは頭を悩ませた。その様子を見て仕方ないと咲は肩をすくめて割入る。

 

「それは道路の形を示してるんだよ。(これ)は十字路、(これ)はT字路といった感じだな」

 

 それに笑顔を浮かべてすごいと褒めてくる子供たちに苦笑いな咲。そんな4人はそのまま暗号を解いた結果、できた文章。それは、『九十九折峠を過ぎて十字路を右折。T字路を右折。T字路を左折。橋を2つ渡る。T字路を右折。ゴール』となる。歩美が読み上げ光彦が地図を見て場所を特定した結果、今いるペンションからそこまで離れていない場所だということが分かった。それを理解した途端、元太が行こうと言い出し、流石に眉を顰める咲。

 

「待て、3人とも。行くならコナンと博士を待とう……何があるか分からないんだ」

 

「でも、お宝が待ってるかもしれないわよ?」

 

「コナンくんが悔しがりますよ!」

 

「それでも危ない──」

 

 咲が止めようとするが、元太が反抗する。

 

「なんだよ!なら咲はここで待ってろよ!俺たちで行ってくるからよ!!」

 

 そんな元太に続いて大丈夫だとそれぞれ声を掛けて外に出ていく子供たちに、頭を掻きむしりたくなる衝動を抑えて咲も急いで後を追っていく。

 

 ──それから時間がたち、コナンと博士が返ってきたころには、子供たちの姿かたちはどこにもなかった。

 

 博士が呼びかけるが返事はない。コナンは釣り道具を壁に置き、振り向いた瞬間──テーブルの椅子に置かれたあの暗号と、光彦が呼んでいた謎解き本が置かれていた。

 

 それを見つめていれば、博士から誰もいないことを告げられ、コナンは手に取った暗号をもう一度見つめた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 いつもの補聴器を外した咲と子供たちは歩いて、目的へと歩いて向かっていた。そして2つ目の橋を渡っていた途中、遂に元太が弱音を吐いた。

 

「……おい光彦……まだ着かねぇのか?」

 

 そこで足を止めた歩美と光彦。先頭を歩いていた咲も足が止まったことを音で察知し、歩みを止めた。

 

「もう少しですから頑張ってください、元太くん。今渡っているのが2つ目の橋ですから、次のT字路を右折したらすぐです!」

 

「まだそんなにあるのかよ……」

 

 そんな元太の弱音に、歩美が激励を贈る。

 

「がんばれ!元太くん!!お宝が見つかればうな重よ!!!」

 

 その激励の仕方に咲が苦笑いを浮かべるが、元太はそれに上手く釣られてくれたようで、元気を出した。

 

「──ようっし!!お宝見つけたら、うな重腹いっぱい食うぞ!!行くぞ光彦!!!うな重100万倍だ!!!」

 

「その意気です、元太くん!!」

 

 そんな子供たちの先頭を歩く咲は、心の内でコナンが早く来ることを祈るばかりだ。

 

 なぜなら、彼女は理解しているからだ──これから行く場所に待つものを。

 

(……この先のことをいっても、きっとこいつらは止まらない。だからせめて、早く来てくれよ……コナン)

 

 それからさらに歩き──ついに、コナンが来ることなく目的地へとたどり着いてしまった4人。その見た目はどう見ても誰かの私有地で、咲はやはりかと眉を潜めて辺りを見渡し、カーディガンのポケットに入るような石を隠れて拾っていく。そんな咲に気付かない3人。元太も歩美も不安そうな表情を浮かべている。

 

「なぁ、光彦……本当にここでいいのか?」

 

「なんか、お宝って感じじゃないよね?」

 

 そんな2人の声に不機嫌になる光彦。彼は強気に反論する。

 

「何言ってんです!?暗号の通りに来たんですから間違いありませんよ!!」

 

 光彦は更に、私有地に見えるような場所に案外、お宝はあるのだと言えば、元太たちはやる気を出して中へと入っていく。それを見て咲も急いで後を追う為に、持ち主へと心の中で謝罪して中へと入っていく。

 

(まあ、その持ち主も同じ穴の狢なんだが……)

 

 倉庫らしき中へと入れば、なかなかに広い敷地だった。一体どこにお宝があるのだと元太が問えば、光彦が倉庫をそれぞれ見渡して、あることに気付いた──1番奥にある三角の屋根の倉庫にのみ、鍵がかけられていることに。鍵をかけて大事にされている様子を見て、そこに宝があるのだと子供たちは走って向かい、咲も後ろを見た後、子供たちを追っていく。

 

 子供たちが倉庫のカギを無断で開けて中を見れば──中には何台もの外車がずらりと並んでいた。

 

「……でもよ、光彦。お宝なんてどこにもねぇじゃねぇか」

 

「うーん、おかしいですね……」

 

 元太の言葉に光彦が首を捻っていると、歩美が声を上げる──この車はおかしい、と。

 

「ほら──ナンバープレートがついてないじゃない!」

 

 その言葉に光彦も元太も驚く。咲はそれを聞き、溜め息を吐いた。

 

「そんなことだろうと思ってた……いいか、3人とも──これは全て、盗難車だ」

 

「盗難車……そうか!この車たちを外国に売り飛ばそうと……つまり、僕たちは……」

 

「あぁ、言っても止まらないだろうと思って言わなかったんだが──私たちは、自動車密輸団のアジトに辿りついたんだ……だよな?」

 

 そこで咲が警戒しながら振り向けば、そこには猟銃を持ったサングラスの男が立っていた。

 

 その後、流石に煽るのは危険だと判断し、子供達も恐怖から男の脅しの通りに移動し、現在、後ろに扉がある状態で、男の前に4人は立たされている。

 

「……お前らは事故現場にいたガキどもだな」

 

(……こいつか、私が見たのは)

 

 咲が鋭い目を向けたまま男を見据える。そんな視線に気付いたのか、男が咲に目を向ける。

 

「おいガキ。昼のオヤジともう1人のガキはどうした?」

 

「……誰のことだ?」

 

 咲が答えない姿勢を見せれば、男が舌打ちし──猟銃で発砲する。

 

 本来、そうなれば人は恐怖から、例え自分を狙ってなくとも、顔を下げ、身を縮める。しかし、子供たち3人がそのように怖がっていても、咲は構えた時点で狙っていないことに気付き、堂々と立っていた。事実、狙撃されたのは──咲の頭から少し上だった。

 

「……ほう?ほかのガキどもと違って度胸があるようだな?」

 

「……威嚇発砲だと分かるものに、怖がる理由がどこにある」

 

 咲はそう答えるが、その目は猫の目だった。スイッチが入ってしまってい、猟銃によるダメージは、舌を噛んで気絶を避けた。しかし目の前の男は気づかない。

 

「もう一度聞くぞ──昼のオヤジともう1人のガキはどうした?」

 

「──さて、なんのことだか」

 

 咲は肩をすくめて嘲笑する。そんな咲の姿に怯えから声を震わせる元太と歩美。

 

「お、おい、咲……」

 

「咲ちゃん……」

 

 そんな2人にダメだというのは──咲ではなく、光彦だった。

 

「ダメです、2人とも。僕らが勝手にしでかしたことに、コナンくんたちを巻き込むわけにはいきません!」

 

 光彦の言葉に、震えながらも覚悟を決めた子供達。そんな子供たちをちらっと見たあと、男を鋭い視線で見据える。そんな子供たちに男は再度舌打ちし、猟銃をしっかり合わせた。

 

(……これは流石に、まずいな)

 

 咲はその照準がしっかりと子供たちに向けられていることを理解し、考える。

 

(私であれば、まだ避けることは可能だ。発砲タイミングは理解してる……しかし、子供には無理だ)

 

 なら自分に向くようにすればいいと考えた咲が口を開こうとしたとき、通知音があたりに響く。その音に男は3度目の舌打ちをし、胸ポケットから携帯を取り出しその場で出る。

 

 男が出た相手の声は、ダメージを負った耳でも丸聞こえで、会話を全て記憶していく。男も余裕らしく、子供達にも聞こえる声量で話をしていく。

 

「……ああ、俺だ。悪いな、今回は5台だけだ……『佐田』の奴がビビりやがって、1台乗って逃げやがってな」

 

 そこで相手は言う。『佐田』を逃がしてしまったのか、と。その問いに、男はニヤリと笑う。

 

「ああ、それなら大丈夫だ。峠で後ろから突いたら、真っ逆さまに落ちやがったぜ!」

 

 その瞬間、咲は内心で舌打ちする。男が生かして帰す気は微塵もないことを再確認する形となってしまった。

 

 子供たちはアレが事故だと思っていたがために驚きの声を上げる。そして視線を咲の横に向けたとき、そこに1台の車があった。

 

「んなヘマはしねぇよ!!サツが辿り着く前に廃車にする──潰してしまえば証拠はなし」

 

(今すぐ『スコッチ』を呼び出したい……もしくは『バーボン』でも……)

 

 あからさまに警察を舐めてる態度に咲は思わず2人を呼び出したくなった。この男に2人の恐ろしさを知らしめたい、と。しかしそれは自分の正体がバレ、シェリーの居場所バレの危険性をはらんでいるため脳内で却下を出す。咲にとっての『先生』との『約束』で、知っている限りの『正体』を話さないことも誓っているので、どういう理由であれ彼女が2人を呼べないのもあった。それに、呼ばずとも──本当に恐ろしい『探偵』がやって来る。

 

 聴きなれた車のマフラー音が耳に入り、ニヤリと笑みを浮かべる咲。そんな咲の雰囲気に気付いた子供たちが首を傾げる。その少し後、徐々に子供たちの耳にも音が聞こえ始める。それは当然、男にも聞こえ、男が唯一の開け放たれた入り口を見たとき──黄色のビートルが飛び跳ねた。

 

 そのままビートルは見事なテクニックで子供たちと男の前に立ちふさがる。男が誰だと問えば、博士が険しい顔で運転席から降り立った。

 

「おぬしこそ何じゃ!?子供相手に銃なんぞ振り回しよって!!」

 

 その姿を見た子供たちは安心感から喜色の声を上げる。

 

「「「博士──ー!!!」」」

 

 それに男は嬉しそうに笑い、博士に猟銃を向ける。探す手間が省けたと撃とうとしたが、それに待ったをかけるコナン。その声につられて男がコナンを見れば、徐々にパトカーのサイレン音が近付いてくる。男が焦ったような声を上げるが、コナンは追い打ちの様にここに来ることも伝える。

 

「──おじさんを逮捕するためにね」

 

 気障に笑ってコナンが言えば、男が逃げる時間も与えず、男を取り囲む3台のパトカー。そこから警察が降りてきて男を連れて行こうとしたが、男はへらへら笑って逃げ切ろうとする。

 

「おいおい刑事さんたち。こんなに大勢でなんの騒ぎだ?」

 

「話の前に、その銃を渡してもらおうか?」

 

 その言葉に、男は掲げて示し、近づいてきた警官に渡した。

 

「これはそこのガキどもが勝手に人の土地に入りやがってんで、ちょっと懲らしめてたんだよ」

 

「ホー?懲らしめるため『だけ』に、発砲までするとは……いつのまにそんな常識が出来たんだ?」

 

 教えてほしいくらいだと咲が男に嘲笑を向けて言えば、男はサングラス越しに目を吊り上げて咲を睨む。咲の横ではこれ以上煽るなと視線で語るコナンがいたが、咲は無視した。

 

「事実だろ。実際、威嚇射撃だったとはいえ、ここに射撃痕もあるしな」

 

 咲が示した位置は、先ほど撃たれた場所。そこには確かに弾丸が貫通したらしく穴が開いている。それを見た刑事が、それも後で聞くと宣言した後、本題へと入った。

 

「……ところで、その車は貴方のですか?」

 

「ああ、そうだよ。それがなにか?」

 

 男がほんの少し動揺を見せる傍ら、コナンは先ほどのことを耳の傍に顔を持っていき、小声で説明する。それにコナンは理解したらしく、礼を告げたあと、煽らないようにと咲に小言を告げる。それに善処はすると話す咲。

 

「いやぁ、なに。『九十九折峠』で車の転落事故がありましてね……どうやら貴方と同じ車に追突されて落ちたらしいんですよ。しかも……この子も男を見たと話を聞いてね」

 

 刑事はそう言って咲の頭を撫でようとするが、それはスルッと躱した咲。それに刑事が首を傾げるも、今は関係ないと男を見据える。

 

「見たところ、その車もどこかにぶつけたようですし……」

 

「なんだと……?俺を疑ってんのか!?同じ車なんか何百台もあるだろ!!」

 

「──その中の何台があの時間、この辺りにいたとおもいます?」

 

 刑事の強気の声に男はひるむ。流石に男だって知るわけもないことに言い返せるわけもない。

 

「その時間、貴方はどこに?」

 

「……すまねぇ、アレは事故だったんだ。あんまり景色がいいもんでつい、よそ見をしちまってよ……気が付いたら、ガツンと……」

 

 刑事からの追求に、男はそう謝る。あくまで事故だと男は言い張り始めた。しかし、そんな男を逃す気は微塵もない子供達。代表の様に光彦が嘘だと声を上げる。

 

「うるせぇ!!ガキは黙ってろ!!!」

 

「黙りません!!おじさんさっき、電話であの車を突き落としたって、言ってたじゃありませんか!!!」

 

 光彦の声に元太、歩美も同意する。咲も声は上げないが、鋭利な視線が男を貫いていた。

 

 そんな子供たちの声に男は固い笑顔を浮かべて、子供の言うことを信用するのかと刑事に問う。実際、この男を見たのも咲1人。この目撃証言の有効性は低い。

 

「第一、あんな急カーブでわざと突き落とすなんてこと、出来る訳が、」

 

「──いいや。あんたはそれを見事にやってのけたんじゃよ」

 

 その第三者の声に刑事と男がすぐ横に顔を向ければ、博士が男を見据えて話していた。

 

「ジジイ!出鱈目言うんじゃねぇ!!証拠があるのか証拠が!!!」

 

 男が苛立ち紛れに博士に募れば、博士──の後ろで蝶ネクタイ型変声機で声を変えたコナンが説明する。

 

「証拠はあるとも。あの車が落ちたカーブの手前に、追突されたときに付いたと思われる、あの車のタイヤの跡が2つあったんじゃよ」

 

 つまり、男が2度も追突したことを語っていた。しかし、それがどうしたと男は強気の姿勢を崩さない。よそ見をして2度ぶつかってしまっただけだと反省の色がない。そんな男の態度に怒りが募っている咲だが、変に手を出してコナンの足を引っ張るべきではないと自重した。

 

 コナンはコナンで、博士越しに男の主張も可能性としてないとは言い切れないと肯定する。しかし、事前に連絡していた車のタイヤ痕の間隔は分かるかと刑事に問えば、刑事は驚くことなく答える。

 

「えぇ。16.33mです」

 

「それであんた、あの道を何キロぐらいのスピードで走っとったんじゃ?」

 

「チっ……大体、30キロぐらいってところだよ」

 

 男の答えを聞いた咲はたまらずフッと笑う。しかし、彼女は何も言わず傍観者に徹している。コナンも理解してか、話を止めることなく進める。

 

「まあそんなもんじゃろうのう……さて、時速30キロということはじゃ、秒速約8.3mになる……つまり、16.33mの間隔のタイヤの跡をつけるのに、約2秒かかるわけじゃ」

 

 つまり、この2秒もの間、男はブレーキを踏むでもなく、避けるでもなく、連続で突いたことになるのだ。

 

「──これを故意と言わずになんというんじゃ!?」

 

 博士の言葉に男は言い逃れが出来ず、刑事からも顔を背けた。その刑事はと言えば、目を細めて笑みを浮かべ、男を見据える。

 

「さて、申し開きがあるなら、ゆっくりと署の方で聞きましょうか」

 

「……くっそ!!」

 

 男が反論できずに悪態だけを吐く。それを見て光彦は刑事に声を掛けた。

 

「あの、刑事さん?」

 

 光彦の声に刑事が反応を示せば、光彦は奥の建物の中にナンバープレートのない高級車のことを話す。それにお手柄だと刑事が褒めれば、子供たち3人は笑顔を浮かべ、この後の展開を察した咲はおもむろに耳を軽く塞ぐ。音は多少入るようにしたのは、今回の件の反省の心からくるものだ。

 

「だがいいかね!!?2度とこんな危ない真似するんじゃないぞ!!」

 

「「「わ、わかりました……」」」

 

 3人の言葉と咲の態度に、コナンと博士は笑みを浮かべた。

 

 

 

 ペンションへと帰ってくれば、さぼっていた薪割りを開始する4人。元太が主に薪を割る係となっているが、上手く割れずに苦戦している。

 

「くそ、上手く割れねぇじゃねぇか!」

 

 元太が薪を割ろうと必死に斧が刺さった状態のまま叩くがやはり割れない。光彦が追加の薪を近くに持ってきたところで、コナンが薪が足りないと急かす。そんなコナンに少しは手伝ってほしいと光彦が救援要請を出すが、コナンは強く拒否を示す。

 

「だいたい、オメェらが薪割りさぼってフラフラ出歩いてっから、こういう目に合うんじゃねぇか!!」

 

「はーいはーい、分かりましたぁ」

 

 コナンの嫌味に散々説教をされた4人は肩を落として反省ポーズを見せるが、光彦の返事の返し方にコナンは怒鳴る。

 

「『はい』はい1回!!」

 

「……はいっ!!」

 

 光彦の返事にコナンは疑心も目を向ける。言葉だけだろうと彼も理解しているのだ。

 

「これに懲りて、危ないことを控えればいいじゃがな」

 

 そんな博士の言葉は聞こえていないようで、光彦は肩を落として元太の横に座り込む。どこか悔しそうな光彦に3人が目を向けた。

 

「でも、がっかりですね……」

 

「何が?」

 

「だってコナンくん、あの暗号あっという間に解いちゃったんですよ?」

 

「光彦くんだってすごいじゃない!暗号だけじゃなくて、密輸団のことも当てちゃうんだから!」

 

「いえ、密輸団のことを最初に当てたのは咲さんですよ」

 

「いや、お前もちゃんと分かってただろ。なんで知ってたんだ?」

 

 咲が純粋に疑問に思って問いかければ、たまたま本に載っていたのだという光彦。それに元太が興味を示し、光彦が元太にお勧めだという『お子様ランチ殺人事件』という本のタイトルを笑って告げれば、歩美は笑い、元太はお子様ランチよりうな重がいいとずれた感想を言い、咲も苦笑いを浮かべるばかりだった。

 

 そんな4人の態度に、本当に反省してるのか怪しむコナンだった。




さて、皆さん、今週の金スマ見ましたか!?声優様大集合のなかに

あの!安室さんの!!バーボンの!!!降谷さんの!!!!トリプルフェイスを演じてくださっている声優様がでていらっしゃったんです!!!!!

神貝と言わずしてなんというんですというぐらいの豪華声優陣に私は天に感謝をささげ、古谷さんの声に胸が高鳴り、ゼロの執行人のあのシーンで、以前に射止められていた心臓が再度射止められましたありがとうアニメ映画スタッフ様、ありがとう青山先生!!!!!
(お察しかもですが作者は降谷さんのガチファンです。貶められても怒る性格はしてませんが悲しくて泣きます)



さて、話は唐突に変わりますが、作中にノック情報を抜き取ったというような描写がありますが、きちんと原作通りにトリプルフェイスさんは仕事しています。矛盾してるように感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、きちんと理由はあります。多分、察してくださってる方が多いかもしれませんが、もし違いましたらそれは私の文章力の問題になりますのでどうぞお声掛けください。

それから、この章がかなり話数が多くなるので、今回は映画に入る前にもう一度設定を載せさせていただこうかなと予定しております…映画まで頑張りますよー(ガクブル)

それでは、今回も読んでいただき、ありがとうございました!!!


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第31話~きのこと熊と探偵団・前編~

少年探偵団第二弾!

ちなみに話は全然関係ないのですが、先日、安室さんが夢の中に出てきてそれはもう至福の時を始終味わいました。なにせずっと隣にいてくださったので。

しかし、舞台は米花町……はい、皆さんお察しですね。事件が起こりましたよはい。しかも、なぜか立場的に私は咲さんになっていたというのに、犯人らしき人の足音が聞こえず、足跡だけが紅の修学旅行と同じように表れるという状況、大変夢の中で混乱しました。なんならあの安室さんなら絶対にないだろう失敗ーー犯人に殴られる瞬間まで目撃しました夢の犯人許すまじ(しいて言えば見ている私が黒星)。

……まあ、そんなことはいいんです。衝撃的なことが夢で起こっただけです。夢でも現実でもショックなことを安室さんに言われたとて、影響はないんですハイ……泣いてませんよ?泣いてませんから!

それでは、どうぞ!


 とある日の午前5時。修斗はいつも通りベッドから起き上がり、シャワーを浴びる。その後、カッターシャツを着て、そのまま部屋から移動をする。

 

 本当は、修斗は余った時間に読書をしたいのだが、せめて今は、長年行方不明だった義妹と交流をはかりたくてやめている。そうして部屋の扉を3回ノックしようとするが、その瞬間に頭を抱えることとなった。

 

『り、梨華!?待て、私はそんな派手な色は……!』

 

『なにいってるの!大丈夫、私が友人と一緒に見て回って選んだ服よ?絶対に似合うわ!!あとできれば梨華『お姉ちゃん』と呼んでくれるとなお嬉しいのだけど、ダメかしら?』

 

『私が今日、友人たちと行くのは山だし、そんなキャラクターが描かれた服を着ていけるか!!』

 

『もー!せっかく仲良くしてくれてる女優の友人が、小学生の女の子向けにと選んでくれたのに……』

 

『パーカーにしてくれたのは嬉しいが、もっとシンプルなのにしてくれ頼むから!!!!!』

 

 ドア越しに聞こえてきた声に修斗は溜め息を溢すと、ドアを律儀にノックしてから、勢いよく開けて怒鳴り込む。

 

「朝からうるさいぞ梨華!!!!!」

 

「今ならあんたの方が騒音だし、ここは女の園よ出ていきなさい!!!!!」

 

 そんな、咲の耳にダメージを与える北星家の朝だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 朝の出来事のせいでヘロヘロな、黄色のパーカーと黒のスキニーパンツを着た咲を除いて健やかな朝を過ごした探偵団たちとコナン、哀、博士の一行はとある山に来ていた。全くもって元気のない咲の様子を心配そうに見つめる子供達と博士に、心配ないと答える傍ら、仕事に向かう前にと連れてきた修斗から話を聞いて愉しげに笑うコナンに恨めし気な視線を向ける咲。

 

「ハハッ、朝からにぎやかだな、お前のところは……」

 

「うるさい。お前も同じように、梨華からの悪意0のファッションショーを強制的に受けてみればいいんだ……」

 

 ぶつぶつと恨み言を呟く咲から距離をほんの少しとるコナンと、愉快そうに眼を細めてみている哀。それからほんの少し経ち、山の入口前で、この体験ツアーの職員から説明を聞いていた。

 

「──では、いいですか皆さん?『松茸狩り』と言っても、取り放題じゃない。大人3本、子供2本まで。取って帰ったら、旅館で料理してあげますから!」

 

「「「はーいっ!」」」

 

 子供たちの元気な返事に、説明をしていたおじいさんもにっこりと嬉しそうに笑う。と、そこで思い出したように付け加える。

 

「あっ!それと金網を2つ超えると、狩猟区になっていますから、絶対に入らないように!」

 

「狩猟区……?」

 

 博士の疑問に、固い笑みを浮かべながら男性が小さな声で伝える。それは、つけたままでは不便になると逆に補聴器ヘッドフォンをつけていなかった咲の耳にも届いた。

 

「──クマがでるんですよ」

 

「く、熊ですか!?」

 

 流石にその一言に全員の目が丸くなる。勿論、それは咲とて例外ではない。

 

 そんな子供達と博士を見て、キノコ狩りの範囲には熊は1頭もいないはずだと言い、安心してもいいと話す。それに子供たちは安堵の息を吐きだし、コナンは頬を引き攣らせる。

 

(おいおい、なんてところで松茸取らせんだ……)

 

 ある程度の説明を受けて入山した一行。しかし暫くしても松茸が取れないでいた。

 

「たっくよー!あの旅館のオッサン、いっぱい生えてるようなこと言ってよー!全然ねぇーじゃねぇか、くそぉ!」

 

 元太がイライラしたように溢す愚痴に博士がなだめ、元太の後ろの方で探していた歩美が眉を寄せて元太を見る。

 

「もぅ!元太くんでしょ?松茸狩りに行こうって言ったの」

 

 そう、歩美は最初から林檎狩りをしたいと言っていたのだが、秋の王様である『松茸』の方が値段が高いことを理由に元太はこちらを選んだのだ。それに、既に北星家の食事に毒されていた咲は一瞬呆けたあと、そのことを思い出したがために顔を青ざめた。

 

(いかん、あの家が金持ちだったのを忘れていた……)

 

 咲が頭を抱える横で、哀が林檎のとある伝説を語って聞かせる。

 

「──林檎はアダムとイヴがその実を口にして、神の園『エデン』から追放されたという禁断の果実……善悪の知識の実なのよ」

 

 その説明に感心したように振り返って見つめる光彦。その視線に気づかないまま、哀は松茸よりも林檎の方が神秘的だという哀と、それに話を合わせて林檎を沢山食べたほうがいいと元太に笑顔で言う歩美。

 

「ああ、旧約聖書の話か……」

 

「えぇ。まぁ、その実が林檎だっていうのは俗説だけどね」

 

 哀の涼し気な眼差しに、光彦の心臓が大きく跳ねる。頬は徐々に赤みを帯びていき、視線を哀から外せない。たったまま哀を見つめる彼に、近くにいたコナンが気づき、光彦に声を掛ける。

 

「どうした?光彦。変な顔して……」

 

 その声で漸く現実に戻れた光彦がまず変な顔はしてないと否定をしてから、哀を見ていたのだと話す。

 

「?……彼女って、灰原のことか?」

 

「えぇ。灰原さんって口調はキツいけど、本当は博学多才で大人っぽいというか……なんか、ミステリアスだと思いませんか!?」

 

 光彦はそう言って輝いた眼差しで哀を見つめる。そんな光彦に呆れたような目線を向けるコナン。

 

「あっでも、だからって、どうってわけじゃ……」

 

 そんな風に言い訳を始めようとする光彦の両肩を、力強くつかむコナン。

 

「なぁ、光彦……悪いこと言わねぇから、アイツだけはやめとけ」

 

 深刻な表情と声で告げるコナンに、光彦が首を傾げる。

 

「えっ?」

 

 そこでコナンは顔を上げて──苦笑いで語った。

 

「──とっても、オメェの手には負えねぇからよ」

 

「えっ」

 

 コナンの言葉に流石の光彦も反応できずに困惑する。その会話が聞こえなかったのか、不思議そうに眼を丸くして瞬きする哀だが、それら全て聞こえていた咲もまた、苦笑いをするだけに止めた。

 

 そんな出来事から数分後。場所を移動しているさなか、歩美が全員に呼びかけてくる。木の根元に生えているキノコが松茸の仲間ではないかと見せたが、それはお世辞にも松茸とは似ても似つかない傘の開き具合だった。

 

「ああ、それ『テングタケ』っていう毒キノコだよ」

 

「えーっ!?」

 

 歩美が心底悲しそうな表情を浮かべ、フッとコナンが穏やかな笑みを浮かべた瞬間、元太の限界が来た。

 

「あーっ!もうやってらんねぇよ、もうっ!!」

 

 そこで遂に座り込む。どうも体力も尽きたようだった。

 

「ヒントもねぇのに松茸なんか見つかりっこねぇじゃん!!」

 

「──ヒントならあるぜ」

 

 駄々をこね始める元太に、コナンが笑みを浮かべて言う。それに顔を上げてコナンを見る元太と歩美。そんな2人を見てから、コナンは周りの木々を見上げて説明を始める。

 

「周りをよーっく見てみなよ。松葉が黄緑色になってるやつがあるだろ?」

 

 それを聞き、全員がコナンの視線の先を見てみれば、確かに中には葉の色が違うものがある。

 

「松茸は、赤松の根にくっついて栄養分を取るから、少し弱って黄緑色になった赤松の根元が怪しいんだ。尚且つ、松茸が成長するには、日当たりも水はけも風通しもいい場所じゃなきゃいけない」

 

 それを踏まえて現場を捜索しだすコナンの後を追うと──松茸(犯人)を見つけた。

 

 コナンのその声に子供たちは興奮を隠すことなく小走りで駆け寄れば、確かにその木の根元には松茸が生えていた。それも立派に育った松茸だと、代表して取った博士が評価をしてくれた。松茸は調理後しか見たことがない咲も目を輝かせてその逸品を見つめる。

 

「うまそ~」

 

「まずは一つ目ゲットね!」

 

 そこですぐ近くに松葉の黄緑色のものがあると光彦が喜色の声を上げて言えば、元太と咲を除いた全員がそちらへと駆け寄った。咲も当然駆け寄ろうとしたのだが、途中で足を止めることとなってしまった──その後ろから聞こえる音が原因で。

 

 咲の後ろ──元太も探そうと松葉の色を確認すれば、フェンスの向こうに松茸が4、5本生えているのが見えた。それに喜びフェンスへと駆け寄り、フェンスを掴んでそれ越しに松茸を見つめた。その微かな音に反応した咲が元太の行動に対して溜め息を吐いて止めようとした瞬間、元太がフェンスを上り始めてしまった。

 

「バっ……元太、今すぐにそこから降りろっ!」

 

 咲が声を抑えめに、しかし荒げながら止めれば、元太は肩を震わせながらも、不満げな顔を隠しもせずにフェンスの頂上から咲を見下ろしていた。

 

「なんだよっ、いいじゃねぇか!!松茸をほんのちょっと取りに行くぐらいよっ!!」

 

「それでも危ないだろ!!」

 

 咲がそういうも、元太は反抗して一つ目のフェンスの向こうへと侵入を果たしてしまう。そのまま松茸を取り始めてしまった姿を見て、咲は同じくフェンスを上って迎えに行くことを決めた。流石に今の身長では、フェンスを飛び越えることは難しい。元に戻ってもフェンスの方が高いのだが、今はそんなことは気にしていられない。ならと元太が遠くに行きそうになっている姿を見て足元の土を後ろにかけると、フェンスを駆け上る。フェンスの頂上まで登りきると、髪ゴムを外し、両足をそろえて──フェンスから飛び降りた。

 

 地面と接着する前に膝をほんの少し折り曲げ、足裏が付いたところで今度はしっかりと折り曲げる。それとほぼ同時に左手のひらを地面に付き、もう片手の前腕を地面と平行にしてつけそのまま肩から回転を始める。肩から背中、腰、おしり、脚と順に回転し、衝撃を和らげる。それは身に着けたからこそ無意識に行えた咲は、怪我をすることなく立ち上がり、服の汚れをはたいて落とし、元太がいた方向に顔を向ける。

 

「……もういないって、食に対しては行動が早いなアイツ」

 

 しかし、音さえ聞こえれば見つけることなど彼女には造作ない。現に元太の足音は耳に入っている。

 

 そのまま元太の後を追っていく──痕跡に気付いてくれることを願いながら。

 

 

 

 元太と咲を除いた探偵団一行は、松茸狩りに夢中になっていた。

 

「私も犯人の松茸さん、みーっけ!」

 

「ほれっ!ワシもじゃよ!1」

 

 コナンのヒントから順調に松茸が見つかり始め、哀の表情も楽し気になっていく。

 

「こうしてみると、松茸狩りも宝探しみたいで結構楽しめるわね!」

 

「ですよね!!!」

 

 哀の傍で松茸を取っていた光彦にもその言葉が聞こえてきて、嬉しそうに笑顔を浮かべて同意する。

 

 コナンも楽しそうに松茸を取り、周りを見渡したところで、ふと気づく──元太と咲がいないのだ。

 

「おい。ところで元太と咲はどうした?」

 

「そういえば、さっきから姿が見えないわね」

 

 コナンの言葉に不審そうに周りを見る哀。咲がいないこともあってまさか、と嫌な想像が浮かぶが、それを口に出すことはしない。その可能性の証拠もないのだから。

 

「きっとどこかでおトイレしてて、咲ちゃんが気づいて待ってるのよ!」

 

「元太くん、ミネラルウォーターをがぶがぶ飲んでましたからね!」

 

 その言葉に、博士は納得した。元太だけなら迷子の可能性も出てくるが、耳のいい咲がいるなら、博士たちの声が聞こえる範囲に入れば彼女たちは合流できる。そう確信しようとしたが、それを哀が否定する。

 

「彼がおトイレして咲が待ってるというなら、あの子は声を掛けるわ。でも、それがなかったと言うことは……」

 

「──なにか、あったのかもしれねぇな」

 

 コナンの言葉に子供たちの顔が青ざめる。そこで博士が先ほどの場所に戻ることを提案し、全員がフェンス付近に戻ってくれば、コナンがフェンスと足元の地面に気付いて理解する。

 

「……元太と咲の奴、このフェンスの向こうに行っちまったみてーだな」

 

 その言葉に歩美と光彦が叫ぶ。

 

「えーっ!!?」

 

「本当ですか!!?」

 

「ああ、間違いない。ついてる土は真新しいし、間隔も狭い──子供が上った証拠だよ」

 

「なるほど。となると、この土の跡を残したのは咲ね」

 

 哀の言葉にコナンも同意する。2人は彼女の正体を知っているからこそ、ワザと(・・・)つけた痕跡の意味を理解していた。

 

(あの組織で殺し屋をしてたって言ってたぐらいだ。こんな分かりやすい痕跡を残す理由なんて、1つしかない)

 

 本来、状況が状況なら悪手だが、現在の状況を考えると彼女がこうするのも頷けた。それとともに、状況が最悪なものではないことも教えているのだ、彼女は。

 

「それに、俺が言った葉っぱが黄緑の赤松の木が、金網の向こうに沢山、生えてるしな……」

 

 そこで博士は思い出す──元太と咲の探偵団バッチは現在、修理中。追跡眼鏡は利用できない。それに仕方ないとコナンが1人で2人を見つけてくると言えば、光彦と歩美から批判が上がる。

 

「ま~た1人でカッコつけて、単独行動ですね!?」

 

「私達も一緒に探すよ!心配だもん!!」

 

 それにコナンが焦りを表す。

 

「で、でもな?金網の向こうは──」

 

「だったら、こういうのはどうかしら?」

 

 コナンの言葉を遮り、哀が提案するのは二手で行動するというもの。

 

「──私は、円谷くんとペアを組むわ」

 

 哀のその何気ない言葉に光彦の顔が赤くなる。しかしそれに気付かない哀はコナンと歩美がペアとなるように言えば、歩美があからさまに喜ぶ。

 

「その間、小島君と咲が戻ってくるかもしれないから、博士はここで待機……どう?1人で探し回るよりは、効果的でしょ?」

 

「そ、そりゃそうじゃが……」

 

 しかし、1つの不安が残る。それをコナンも感じたようで、警告のつもりで話す。

 

「でも気をつけろよ、灰原。金網を2つ超えると狩猟区……山菜を取ってた人間が、動物と間違えられてハンターに射殺された事例は、日本でも珍しくねーんだぞ」

 

 そんなコナンの言葉に、挑発的に笑って返す哀。

 

「あら、ありがとう。心配してくれているのね」

 

 そんな2人のやり取りを不思議そうに見る光彦。彼の後ろに立っていた博士が1時間後、現在の場所に集合と決める。勿論、見つからなかった場合のことも考えて、その時は旅館の人にも探すのを手伝ってもらうということになった。

 

 博士の合図と共にコナンと歩美がまず行動をはじめ、それを見ていた光彦に声を掛けてから、哀・光彦ペアも行動を開始する。コナンと歩美が府たちの名前を呼びながら探し、コナンは咲が残しているだろう痕跡(折れてる枝木や毟られた葉など)も探しながら走り回る。所々に見えるそれの跡を追うが、たまにそれを見失うこともあり、焦りが募る。

 

 それとは逆に、哀・光彦ペアは、歩きながら探していたが、光彦から声が掛かる。

 

「あの……1つ、聞いてもいいですか?」

 

 その唐突な問いに哀は歩みを止めて振り返る。その反応を見て、光彦は聞く──灰原・コナン・咲の関係を。

 

 なにかあるのか、という彼の問いかけに、ほんの少しの警戒を載せて問いを返す。

 

「……何かって?」

 

「だって、ほら。3人でよく人目を忍んで、怪し気でアダルトな会話をしてるじゃないですか……3人が共に分かり合ってるというじゃ、3人だけの世界というか……咲さんがいないさっきみたいな時も、互いに理解してるみたいに……」

 

 その言葉に、安堵から息を吐きだすと、光彦の目を見ながら答える。

 

「……気にしないで──そんな、ロマンチックなものじゃないから」

 

 その言葉に納得できない光彦が更に聞こうとするが、今はそれどころではないと哀が歩き出す。光彦がなんとか聞こうと声を掛けた瞬間──すぐ近くのフェンスの向こうから葉音がした。それに驚いてほんの少し悲鳴を上げた光彦。その音は哀にも聞こえ、光彦のもとに戻りフェンスを見る。

 

「何、今の音?」

 

「2つ目の、金網の向こうからですね……」

 

 哀が改めてフェンスを見てみれば、下の方で穴が空いているのを見つけた。そこから元太と咲が向こうに行った可能性を哀は考えるが、その周辺には咲が示すだろう痕跡はない。しかし、もし元太が咲ともはぐれてしまっていた場合、今探している林で迷えば、1つ目なのか2つ目なのか分からなくなった可能性があると示す。音の正体も気になったのか、哀が穴を潜って抜ければ、光彦が後を追って潜る。そうして2人が潜って途端、またも近くの茂みが揺れた。それに光彦は元太と咲だと思い声を掛ける。

 

「元太くんと咲さんですね、もう~心配させないでくださいよ!」

 

 しかし、哀は訝し気に見る──咲がいた場合、声が聞こえた時点で姿を現すはずなのだ。

 

(……いるとしたら、小島くんだけの可能性が高い──)

 

 そんな風に考えていると、茂みから出てきた存在──小熊に笑みを浮かべる。

 

「く、熊っ!!?」

 

 隣で光彦が驚きと恐怖から後ずさるが、哀は大丈夫だと逆に近づいた。

 

「……まだ子供よ。生まれてまだ1年経ってないみたい」

 

 可愛いと素直に溢す哀と、警戒心をもったままの光彦。勿論、小熊がいると言うことは親熊がいるはずだと軽く注意する哀に、光彦が分かりやすく動揺を露わにした瞬間──銃声が一発鳴り響く。

 

「銃声!?」

 

「……まさか、この子の親がハンターにっ!!?」

 

 その瞬間、小熊が銃声の方向へと走り出す。慌てて哀と光彦が追っていこうとした瞬間──またも銃声が響き、哀たちの傍にある赤松に銃弾がめり込んだ。

 

 そこで漸く、哀たちの前にハンターが姿を現した。光彦が自分たちをクマと間違えているのではと声を掛けながら近づいていく。哀もその後を追おうとしたとき、見つけてしまった──腹から血を流す、男の遺体を。

 

(こ、これは……!)

 

 哀は一瞬動揺するも、それをすぐに収めて遺体を観察する。

 

(この傷……銃創……っ!?)

 

 その瞬間、彼女の頭の中で嫌な想像が駆け巡る。そしてそれは、目の前にいたハンターが証明しているのだ──目の前のハンターが、男を猟銃で射殺したのだと。

 

 そんなことに気付かない光彦が声を上げて、大きく腕を振りながら撃たないでくれと頼み込む。しかし、目の前のハンターは銃を向け──哀がそこで光彦の腕を引いて走り出す。それとほぼ同時に。銃声が響いた。そんなことは気にしていられない哀は腕を引いて走りながら状況を説明する。

 

「分からないの!?あのハンターが狙ってるのは、私達よ!!殺人現場を見られたと思って、口を封じるつもりなんだわ!!!」

 

「え~~~っ!!?」

 

 そんな2人を他所に──ハンターの息は荒れていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 時間は進み、元太はコナンからの説教を受けていた。近くには頭を抱えている咲と、怒った顔を浮かべる歩美もいる。

 

「──いい加減にしろよ、元太!!!俺たちがどれだけ心配したと思ってんだ!!!!」

 

「わ、悪かったよ……皆の分の松茸も取ってたら、つい奥の方まで……」

 

 元太は言い訳を返しながら、どこからか持ってきていたザルから落ちた松茸を拾っていく。それにさらに溜め息を吐き出す咲。

 

「私が何度声を掛けても無視するし、その松茸の量は全員分といっても取りすぎだろこの馬鹿っ」

 

「もーっ!!」

 

 しかし、そこで今度はコナンの厳しい視線が咲に向く。

 

「咲も、なんで俺たちに声を掛けなかったんだ!!!」

 

「掛けるよりも追う方が早かったし、声を掛けても既にお前たちの姿は見えなかった。足音も離れてた以上、元太を引き戻す方が早いと判断した……まさか、松茸取りに集中していて私の声が届いてないなんて、思わないだろ……」

 

 それと共に申し訳なさからせめてと痕跡を残したのだが、それとこれとは別だった。コナンからの更なる叱責が飛ぶか、というところで、博士がコナンを宥めにかかる。それで一応は怒りを抑えたコナンが哀たちに連絡したのかと問えば、博士からはバッチに呼びかけても応答がないという。つまり、二次遭難だ。

 

「たくっ、今度はアイツらかよ……」

 

「いや、本当に申し訳ない……」

 

 咲たちとは違ってバッチを持っている光彦。そこでコナンが追跡メガネを使えば、それが示すのは狩猟区の先だった。そこで今度は全員で狩猟区の中へと入る──哀たちも潜った穴で博士がはまったのはご愛嬌である。元太と歩美が力を合わせてフェンスの穴を何とか広げて漸く博士も漸く抜けることが出来、その反応で倒れた博士。そんな博士の足元に別の見慣れぬ茶色の長靴が現れた。

 

 博士が顔を上げてみれば、糸目で左に猟銃を抱えた男性『八坂(やさか) (きよし)』が心配そうな表情を浮かべていた。

 

「どうされたんですか?子供連れで、こんな場所に……」

 

 その問いかけに、博士は急いで立ち上がり、服の汚れをはたき落としながら子供が2人迷い込んだのだと説明する。歩美が八坂に女の子と男の子を見なかったかと問いかけるが、彼は見ていないという。その間、コナンと咲があたりを探していると、コナンは通信機が指示した場所に、探偵団バッチが落ちているのを発見した。その時点で、何かあったのだと察したコナンは焦りを見せ始める。それと共に咲がコナンに声を掛ける。近づいてくる子供たちを気にせずに先に近づいたコナン。咲がいたのは、コナンよりも少し歩いたところにある赤松の近くに立っていた。

 

「どうした?咲……っ!?」

 

 そこでコナンも咲が言いたいことを気付いた──その赤松の根元に、血痕を見つけたのだ。しかしそこに遺体は見当たらない。

 

 すると今度は元太が声を上げる。どうやら彼が立っていた場所になんらかの大きな生き物の足跡がついていたのだ。それを聞いた八坂が確認すれば、すぐに彼は理解した。

 

「これは熊だな……」

 

「じゃあ、2人とも、熊さんに食べられちゃったの!?」

 

「それはないと思うよ」

 

 歩美の心配に、八坂は否定する。基本的に熊は人を怖がり、餌だと思わないのだと。しかしその例外を話し出す人間が1名──『雑賀(さいか) 又三郎(またさぶろう)』という背中に猟銃を背負った年老いた男だ。

 

「人間に恨み辛みを重ねておるアヤツなら、童2人など、冬眠前の良い馳走じゃ──あの隻眼のツキノワグマ『十兵衛(じゅうべえ)』ならばな」

 

 その話に歩美の眼もとに涙がたまる。そんな歩美を宥めたい咲だったが、しかし襲われてないといえば可能性は0ではないために言えず、少なくとも血はないと言いたくとも、既に血痕を見たばかりで言えないのだ。

 

 そんな集団にさらに男がやって来る。熊がいることを嬉しそうに笑い、敵を取ってやると述べる右肩に猟銃を引っさげる、2人と比べて若そうな男『根来(ねごろ) 友也(ともや)』。それについに涙腺が崩壊し泣きじゃくり始める歩美は、博士に駆け寄った。そんな歩美を安心させようと博士は抱きしめてやり、根来に怒鳴る。

 

「なにが敵じゃっ!!!まだその熊に襲われたと決まった訳じゃあるまいし!!!」

 

 そんな不穏な空気を払拭するためにも、八坂が子供探しを手伝おうと雑賀に提案すれば、雑賀も同意する。実際、彼らの方が山に詳しく、とても有難い提案だった。

 

「悪かったな、お嬢ちゃん」

 

 根来からの謝る気のない謝罪に全員が根来を睨む。しかし、コナンがそこでふっと気づき、咲に言う。

 

「咲、お前、ヘッドフォンつけるか?名前を呼ぶために叫ぶから、まずいんじゃ……」

 

 コナンの言葉に子供たちと博士はハッと咲を見る。逆に何のことか分からない八坂たちは不思議そうに子供たちを見ていた。

 

「大丈夫だ。我慢ぐらいできる……それに、あの2人の『音』や、それこそ聞き覚えのない『音』、野生動物で熊らしき『音』が聞こえてくれば、一番に気付けるのは私だけだ……頑張るさ」

 

 そんな咲の言葉に、コナンは難しい顔をして少し考えて、咲に頼んだ──無理はしないように、と。

 

 

 

 子供たちが大声で叫び、そんな一行よりも離れて歩き音を聞く咲。最初、八坂が危ないからと咲を止めたが、彼女は大丈夫だといって、現在、強引に一行の前を歩いている──そんな咲たちから離れた少し高い丘から、双眼鏡で光彦が見ていた。

 

「あっ!コナンくんたちです!!」

 

 光彦がそこで哀に双眼鏡を渡し、哀がそれで一行を確認する。先頭を歩く咲から順に見て──哀はあの、2人を襲った犯人がいることに気付いた。

 

 その隣で、光彦が声をあげ──それが、咲の耳に届き、足を止めた。

 

「?咲、どうした?」

 

 コナンが聞けば、咲は難しい表情を浮かべる。

 

「いま、微かに光彦の声が聞こえた」

 

「なにっ!?」

 

 咲の言葉に歩美たちが駆け寄り、八坂たちは目を見張る。

 

「はぁ?本当かよ……」

 

「我々には聞こえませんでしたが……」

 

「……」

 

 3人の疑惑の目など気にせず、咲に居場所を訊くが、微かすぎて居場所の特定ができないと伝える咲──実は、これは嘘だ。

 

 確かに、光彦の声が微かながらに聞こえたとき、声の響き方から自分たちよりも高台にいることを理解したのだ。しかし、その後に哀から同じく微かながらに言われたのだ。まだ、自分たちの場所を伝えないでほしい、と。

 

(……何を考えているんだ、あいつ)

 

 咲はため息を吐き出すのを堪えてさらに歩き始める。彼女たちが歩いている道には、所々にポテトチップスが落ちていた。それは、哀たちが示した手掛かり。咲がしたようなことを、ポテトチップスを使って痕跡を残しているのだ。

 

『自分たちは、ここを通ったのだ』と。

 

 そこで元太がコナンの追跡メガネで哀のバッチを探したらいいのではと言うが、博士曰く、哀のバッチは博士の家の机に置いているのだという。ちょうど修理中だった元太と咲のバッチの通信機能を、前日の夕べに試していたのだという。

 

 コナンはそこで、博士を呼ぶ。博士が近付けば、その近くには咲も立っていた。咲とコナンが先ほどまで、話していたのだ。

 

「……おい、博士。さっき俺が光彦のバッチを見つけた場所、口で伝えらえれるよな?」

 

「ああ、金網が破れていた傍じゃからな」

 

「じゃあ、それを旅館の人に言って、警察と一緒に、あの辺りを調べてもらってくれ」

 

 その言葉に驚く博士。彼の中には嫌な想像が一瞬で広がった。そんな博士に、コナンは考えを述べていく。

 

「通った形跡はしっかり残してるのに、追えども追えども追いつかない……妙だと思わないか?」

 

 それに博士は熊から逃げているだけではと言うが、咲が言葉をはさむ。

 

「残念ながら違うんだ、博士」

 

「ん?」

 

「さっき、私が微かすぎて場所が分からないと言っただろう?……あの時、本当は大体の場所は察しがついたんだ」

 

「なんじゃと!?咲くん、なぜそれを言わないんじゃ?」

 

 博士が眉を潜めて聞けば、咲も眉を寄せて伝える──まだ、伝えないでほしいといわれたのだ、と。

 

「それから、光彦のバッチを見つけた場所に、血が落ちていたんだ。そばの木には真新しい弾の痕が残っていたし、ひょっとしたら、あの2人が逃げているのは熊からではなく──」

 

 そこで咲の耳に入ったのは、軽く、跳ねるような足音。

 

(……この足音の間隔、軽さ……うさぎ?)

 

 咲が目線を茂みに向ける。それに反応して子供たちが茂みへと見れば、茂みが揺れた。それに喜色の色を浮かべる歩美と元太の後ろで──猟銃を構える3人。

 

「!まて、そこにいるのは──うさぎだ!!!」

 

 咲が叫ぶももう遅い。根来と八坂の猟銃が火を噴く。

 

 雑賀は、咲の声が聞こえたのか、それとも自分で気づくことが出来たのか、撃たなかった。

 

 2人の弾はウサギに当たらず、博士が根来に待ったをかけるが、根来が2発目を放つと、ウサギは逃げていった。

 

「うさぎさん……」

 

「あんたら、気は確かかッ!!?もしも、今のが子供だったら──」

 

「──ふん、ガキと獲物を見分ける目ぐらいもってるいるさ」

 

 根来は博士にも子供達に謝罪もなくそう話す。そして彼は自信満々に言う。

 

「まぁ、例の『十兵衛』って大熊が出ても心配すんな。今の早業で俺が仕留めて──」

 

「ふんっ!あんなひょろ玉、奴には掠りもせんよっ!!」

 

「なにっ!?」

 

 根来の言葉にそう口をはさむ雑賀。それにイラついたような表情を浮かべる根来を気にすることなく、雑賀は厳しい表情のまま告げる──命が惜しければ、十兵衛に手をだすな、と。

 

「──奴は、人間の臭いを嗅ぎ分け、音もなく忍び寄る。弾をくろうても倒れん、2mを超えるバケモンじゃ!!……ワシにしか狩れん」

 

 20年前、十兵衛の片目をつぶしたのは雑賀だという。そのまま雑賀は咲にも目を向けて告げる。

 

「お主も、命惜しくば先行せず、近くにおることじゃ!!──その耳が本物であろうと、奴の音を聞き分けることなど、不可能じゃ!!」

 

 その言葉に、咲は目を見張る。先ほど、ウサギだと叫ぶのが遅れたというのに、雑賀は気づいたのだ。初対面にも関わらず、理解したのだ。

 

(……こいつは、ジンと同じだ──感覚が鋭いからこそ、気づいたのか)

 

 そう、あのドイツでジンと初対面したとき──足音を殺していたジンの足音が聞こえて、気づいてしまったがために、助けを求めてしまったあの時の様に……。

 

 そんな咲とは離れた所では、根来が雑賀のことを八坂に聞いていた。八坂曰く、雑賀はこの辺りで有名な猟師だという。もとは東北の方でマタギの(しかり)をしていたそうだが、この山で十兵衛に出会って以来、この山に腰を落ち着かせているそうだ。そのことをコナンも説明し、熊が出ても安心だと元太が言う。コナンはそこで博士に連絡するよう催促した。

 

 そんな一連のやり取りを双眼鏡越しに見ていた光彦は顔を青ざめさせる。その隣では、哀が思った通りだという──犯人は、誤射と称して自分たちを殺すつもりだと。

 

「でも、大声を上げて堂々と道の真ん中で待っていれば……!」

 

「向こうには、小さな吉田さんと咲がいるのよ?咲はないでしょうけど、吉田さんを人質に皆殺しにする気かもしれないでしょ?──あの人はもう、1人殺害してるんだから」

 

 哀の冷静な言葉に、光彦は追い詰められていく。しかし、それでも哀は言葉をやめない。彼女の推理では、恨んでいたハンターと山に入り、射殺したのだろうという。

 

「でも、猟をするには申請をしなきゃいけないんでしょう!?どのみち、遺体が見つかれば、一緒に入ったハンターが疑われるんじゃ……」

 

 光彦の言葉に、哀は、申請は長くとっておき、その間のどこかで猟に入ればいいだけのことなのだと話す。

 

「──いつ、何人で入るかまで、ことわらなくてもいいのよ」

 

 そう、もし推理が正しければ、申請を被害者にさせて、自身に偽のアリバイを作れば遺体が見つかったとしても、別のハンターに誤射されたとおもわれることとなるのだと、哀が話す。

 

「じゃあ、その現場を僕たちが見てしまったということは……」

 

「──えぇ、彼の計画は丸つぶれ。私たちを殺害したくて、うずうずしてるでしょうね」

 

 哀の言葉に、ならとポテトチップスで道を示さずに森を2人で抜けるべきだと光彦は言うが、それも却下される。なにせ2人はこの森に初めて入ったのだ。勝手に行動すれば、かえって危険になるのだ。つまり、無事に山から出るには、博士と合流する他、手立てはない。

 

「でも大丈夫。あの遺体の傍で探偵団バッチを落としたのなら、江戸川君と咲が何かを察知してくれるはず──そう、2人ならきっと」

 

 そんな哀の期待をするような表情を見つめる光彦。哀はその表情の意味に気付かないまま、歩きながら、咲だけでなくコナンにも伝える方法を考えようと話す。

 

「それに、私たちだけじゃなく──なぜか私たちについてくる小熊を、危険な目に遭わせないためにもね」

 

 そういって哀と光彦が振り返れば、ずっと後をついてきている小熊がそこにいた。

 

 

 

 道中、大きな松の木の、大人2人分ほどの位置に、熊の大きな爪痕が残っているものを発見した。どうやら、外の皮を爪で剥ぎ、内側の甘い皮を食べた跡だと根来が説明する。

 

「爪痕の間隔が広くて位置も高い……かなりの大物ですね」

 

 八坂も続いて説明し、茶色のベストのポケットからカメラを取り出し、爪痕を撮影する。その際、コナンは見逃さなかった──ポケットから、赤い棒状のものが見えたのだ。

 

 そんな八坂の隣に立ち、その跡をつけたのは十兵衛だと、雑賀はいう。雑賀は爪痕のさらに下──子供ぐらいの背丈にある爪痕を摩りながら語る。

 

「奴が冬に生んだばかりの小熊と仲良く齧っとるわい」

 

「う、産んだって、十兵衛は雄の熊じゃなかったんですか!?」

 

「なんじゃ、知らんのかい?山の神は古来より嫉妬深い女の神だといわれておるんじゃ……両方無事に済ますには、山の神の嫉妬を避けねばならぬ──だから、男名を付けたんじゃよ。あの隻眼も、柳生十兵衛になぞらえてな」

 

 その言葉を聞いて、根来が不敵な笑みを浮かべる。

 

「ツキノワグマの雌で2mを超えてんのか?……こいつは是が非でもその面を拝んでみたくなったぜ!!──どんな手を使ってもな」

 

 根来の言葉に、雑賀は根来に睨みを利かし、八坂は何か言いたげに根来を見つめる。そんな八坂に気付いた根来が何か顔についているかと問えば、八坂の友人と同じことを言うから見ていたのだと話す。それにコナンは割り込む。

 

「ねぇ!もしかしてその友達、今日もこの山に一緒に来てる?」

 

「えっ?」

 

「だって、さっきおじさんがポケットからカメラを取り出したとき、見えたよ?散弾が──あれって弾が9つに分かれて飛ぶ『九粒弾』でしょ?」

 

 しかし、先ほど八坂が根来と共に撃った時、弾は広く飛ばずにまっすぐ、一弾だけ飛んだ。つまり八坂が使うのは『一粒弾』だ。

 

「弾を二種類もって猟をする人はいないって聞いたけど……」

 

「あ、あぁ、友人が呼びの弾を忘れて山に入っちゃってね、山の中で会ったら渡そうと思って持ってきたんだよ!」

 

 博士がその話を聞き、その友人の安否を心配する。なにせ八坂がここにいるのだ──その友人は1人の可能性が高い。

 

 しかし、八坂は大丈夫だと話す。その友人は何度もこの山に入っているそうで、別々に猟をすることはいつもなのだと話す。その話の途中──咲の耳に、重い、それは重い足音が聞こえ、背筋に冷や汗が流れた。

 

(まずい……この足音は、まずいっ!!!)

 

 その隣では、足音は聞こえていないはずの歩美が後ろを振り返る。しかし2人の態度にコナン以外の全員が気づかず歩いていく。

 

「ん?……なんかいるのか?」

 

 その声に漸く現実に戻った咲が首を振って恐怖を振り払い──珍しくも自ら歩美とコナンの腕を取った。

 

「!?」

 

「さ、咲ちゃん?」

 

「…………」

 

 彼女はそのまま無言で2人の腕を引っ張って、集団の後をついていく──少しして、怒りに我を忘れた熊が、その場に現れたのだった。




ちなみに、小熊だろうと本来、近づくのはとても危険です。哀ちゃんも言っていたように。親熊が近くにいますから。

熊が怖くない・可愛いからと餌付けしようと考え・行動されてしまった方。どうぞ今から言う題名の事件を調べてみてください。私も知ったとき、内容に恐怖を抱きました。ちなみにこのキノコ狩りをかいている間、私の頭の中でちらついた事件でもあります。

知っている方は知ってますでしょう有名な熊被害の話です。ちなみに事件名は『三毛別羆事件』。読み方は『さんけべつひぐまじけん』です。

これは、コナン君のアニメに出た話ではありませんーーリアルで、過去日本で起こった実話です。

今後、安易に熊と接していきたいと考える方。以前、山から住宅街に降りてきた熊の察処分の件で、ひどいと思われた方。どうぞ、一度読んで今一度考えてみてください……山に住んでいる熊は、動物園にいるような熊とは違います。動物園にいる子だって、一歩接し方を間違えれば、飼育員の方がどうなるか、読めば察しがつく話です。

勿論、読む読まないは皆様次第ですが……。



ちなみに、咲がフェンスから飛び降りた際にしたのは『PKローリング』というパルクールの技の一つで、初級の技らしいです。無傷がおかしいと思った方、作者も思いました。咲さんは人外に片足突っ込んでると思ってください。動画や調べることでしかパルクール知識のない作者には、これが普通なのかの判別がついておりませんが、出来るだけ間違えないように努力していく所存です。


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第31話~きのこと熊と探偵団・後編~

 光彦・哀のペアは更に移動し、その間にもポテトチップスを置いて居場所を示していった。しかし、それもついに残り1枚となり、光彦は溜息を溢しつつ、それを地面に置いた。そのことを哀にも口で報告をしたのだが、彼女からの返事はなかった。それを疑問に思い、光彦が後ろにいるはずの彼女を振り返れば、哀は木に寄りかかり、そのまま座り込んでしまった。

 

 その様子を心配そうに見つめる小熊。それらを見て光彦は目を丸くし、急いで彼女のもとに向かった。

 

「は、灰原さん!?どうしたんですか!!?」

 

 光彦の問いかけに、哀は左足首付近に手を持っていきながら気丈にも答える。

 

「最初に逃げたときに、ちょっと足首捻っちゃって……」

 

 どうやら逃げ切るためにも我慢して歩いていたつけがここで来てしまったらしく、ほんの少しでも触った瞬間、足から激痛が走り、彼女は苦し気に顔を顰める。

 

 光彦はそんな彼女の様子を確認しつつ、診せてほしいと断りを入れて、彼女の靴と靴下を脱がす。それにさえ痛みを感じたらしい彼女がうめき声をあげ、光彦は謝罪をのべつつすぐに怪我の痕を見てみれば、顔がこわばった。

 

「ちょっと!?紫色に腫れてるじゃないですか!!?」

 

 光彦の声につられたのか、小熊も心配そうに哀の足首を見つめ、まるで子犬の様にくぅくぅと鳴く。その横で、光彦が応急手当をするからと自身のリュックを肩からおろせば、哀はそれを不思議に思った。

 

「応急手当って、包帯なんかもってるの?」

 

 しかしそれに光彦は否定を返しつつ、とあるものをリュックから取り出した。

 

「いいえ!でも、この『タオル』と『はさみ』があれば、大丈夫です!」

 

 彼は自分が持っていた『タオル』を『はさみ』で互い違いに切れ目を入れていく。それを全ておえれば、それは『タオル』から『包帯』へと早変わりする。光彦の笑顔での説明に、哀も安心からか、少し笑みを浮かべた。その後、光彦がその包帯を足首に2度巻き、足の裏から甲に通し、再度、足首へと巻く。それをきつめに何度も繰り返し、最後にきちんと結んだ。

 

「──これで、完成です!」

 

 その手際の良さと知識に哀は感心したように声を上げる。

 

「へぇ、すごいじゃない!」

 

 それに純粋に嬉しくなった光彦は頬を赤く染めて、答える。

 

「実は前にキャンプで僕が捻挫したときに、コナンくんが……」

 

 しかし、彼の言葉は徐々に尻しぼみしていく。

 

「……コナンくんが、僕に、こうやってくれたんです」

 

 光彦の嫉妬の対象はコナンだ。そのコナンが、どうしようもない悪人であったなら、彼はこんなに嫉妬にかられることも、彼自身を羨ましく思うこともなかったことだろう。

 

「……彼、なんでも知ってて、すごいですよねっ。おまけに、行動力も抜群ですし……僕なんか、足元にも及びませんよ」

 

 光彦は自分でそう卑下しながら、徐々に顔を伏せていく。状況が状況だけに、不安とストレスから気持ちが落ち込んでいるのもあるのだろう。しかし、日ごろからコナンの頭1つどころか10以上も抜けた頭の良さと運動神経を見ていれば、それが積もるのもまた仕方はない。

 

 光彦が己のふがいなさに気持ちが沈み、顔を伏せていると、隣で話を聞いていてくれた哀がフッと笑った。

 

「……バカね」

 

「えっ?」

 

 唐突なその言葉に、光彦が彼女の顔を見れば、彼女は優しい眼差しと笑みを浮かべて光彦に伝える。

 

「──大切なのは、その知識を『誰に』聞いたかじゃなくて、『どこ』でそれを『活用』するか……今のあなたは私にとって、最高のレスキュー隊よ……ありがとう、助かったわ」

 

 哀からの心からのお礼と気持ちに、光彦の頬に、再度赤みが戻ってきた。

 

「あっ……いえっ!そう言っていただけると、恐縮です!」

 

 光彦の元気が戻ってきたことに、また笑みを浮かべる哀。照れたように笑っていた光彦だが、しかしこのままでは危険だと、その笑みを隠せないながらも移動をし、森の中でまた腰をつけて考えようと、自身のリュックを持ち、彼女に自分の肩を貸して立ち上がる。

 

「──コナンくんたちに、知らせる方法を!!」

 

「──えぇ、そうね」

 

 そのまま、彼女たちは歩き出す。勿論、哀の負担にならないよう、ゆっくりと。哀はその空いた片手に自身の靴と靴下を持ちながら、横にいる、目を綺麗に輝かせて喜ぶ光彦を見つめた。

 

 

 

 哀たちの捜索から時間が過ぎるが、一向に彼女たちは見つからない──そんな折、博士の携帯に連絡が入った。

 

 彼はその相手である旅館の男性の話を聞いている。その内容は勿論、咲にも聞こえていたのだが、内容を聞いて咲は頭痛がする思いを抱いた。

 

「──なんですと!?それは、本当ですか!!?」

 

 博士の声にコナンは振り向き、固唾を呑む。どうやら、先刻頼んだ件の報告で、博士が伝えた場所の近くに、枝や落ち葉で隠されていたらしい男性の遺体が見つかったいう。それも──腹部に銃弾を受けての即死。

 

(間違いなく、この場の3人の誰かじゃないかっ!!!)

 

 咲が頭を抱え始める横で、更に小熊の射殺体も見つかったという。しかし、男とは違い、ご丁寧にも埋められていたという。

 

「小熊!?」

 

『ああ。こっちはご丁寧に石が乗っかっていたそうだがね……兎に角、この山は危険だ!!子供探しはワシ等に任せて、アンタらはすぐに下山──』

 

「──おい、なんかあったのか?」

 

 そこで、深刻そうな雰囲気に気付いたのか、根来が声を掛けてきた。博士が言いよどんでいると、咲が携帯を奪って切り、コナンがその横で子供らしく笑みを浮かべて話す。

 

「小熊だよ!探してる2人かと思ったら、小熊2頭だったってさ!」

 

 旅館の人にも探してもらっていると言い、後ろに立ったままの博士もにっこりを笑顔を作って何度も頷けば、根来は納得したように笑みを浮かべる。

 

「なんだ、驚かしやがって……」

 

「さあ、跡を追いましょう!」

 

「日が暮れたら、始末が悪いぞ」

 

 雑賀の言葉に、八坂と根来も後ろを振り返って後を追う。それを見て、博士はコナンに聞こえるように腰をかがめて、小声で訊く。

 

「おい、なんで本当のことを言わんのじゃ?もしかしたら、あのハンターたちの中に犯人が……」

 

「博士、『もし』じゃない──確定だ」

 

 博士の問いに、コナンではなく咲が答える。博士がちらりと見てみれば、彼女は鋭い眼差しをハンター3人に向け、腕を組んでいた。そんな咲の隣にいたコナンも、それに同意する。

 

「咲の言う通りだ──いるんだよ、間違いなく。あの3人の中に、殺人犯がな!」

 

「なんじゃと!?」

 

 博士は小声ながらも驚きの声を出し、3人を見つめる。しかし、彼らは警戒するように周りを見てくれていた。

 

「おそらく、その殺人現場を灰原たちに目撃されて、口封じする気なんだ!!」

 

「じゃが、なんでワシ等と一緒に探しておる?」

 

「そんなのは簡単なことだ。あの2人の逃げ道を塞ぎ、我慢できずに出てくるのを待ってるのさ──『熊と間違えて撃ってしまった』とでもいえば、よくある誤射騒動に収まるのを理解してな」

 

 咲が犯人の立場となって現状の理由を話せ、博士が2人に問いかける──犯人の目星はついているのか、と。しかし、2人はそれに首を振る。

 

「いいや、全然」

 

「ああ、手がかりが少なすぎる……咲、アイツらからは何か言われたか?」

 

「いや、まったく言われていない……私の聴覚の範囲外か、もしくはそれどころではないか……どちらにしろ、私に『声』で伝えるのも危険なんだ」

 

「なぜじゃ?」

 

 博士のもっともな疑問に咲は説明する。

 

「さっき、言っただろう?『伝えるな』と言われたとき、私たちよりも高いところにいる、と。つまり、呼びかけて私に微かにでも聞こえるほどの声なら、間違いなく大声を出しているはずだ。そうなると、一歩間違えば彼らにも聞こえてしまう恐れも出てくる──山彦として、な」

 

 山彦は本来、山や谷の斜面に声があたり、それが反響するからこそおこるもの。そして、今彼女たちがいる場所も、林となってはいるが、近くに山がある。あとは条件さえ整えば──山彦として返ってくるのだ。

 

「聞こえてしまえば意味がないし、それで犯人が分かったとして──人質が取られて皆殺し、なんてことも起こるだろうな」

 

 勿論、この場にはコナンと咲がいて、他のハンターもいる。けれど、警察でもない人間が、殺人犯とはいえ命を奪ってしまったということが起これば……その証拠となるものが少ない以上、言葉で説明しても正当防衛が成立する可能性は低い。

 

「特に、犯人であろうと死亡すれば、逮捕や勾留も大いにあり得ると、聞いたことがある」

 

 それは、『青の古城』での件をコナンから聞き、咲の身体能力と知識、実力を重くみた修斗が教えたこと──つまり、彼からのアドバイス(忠告)

 

「そして、それは哀も分かっていること……だから、教えられないでいるんだろう」

 

「だろうな……でも心配すんな。目撃者のあの2人が、犯人を教えてくれるはずだよ──俺たちだけに分かる、何らかの方法で!」

 

 その時、少し離れた場所を探していた歩美から声が上がる。

 

「ねぇ!見てみて!!キノコがいっぱい、落ちてるよ!!」

 

 その声につられて元太がまず駆け寄り、その後をコナンと咲が追い、博士もゆっくりと近づく。そのキノコたちを見てみれば、占地(しめじ)が4本、初茸(はつたけ)が1本。更に少し曲がっている木の枝に、上から順にテングタケ、松茸、椎茸が刺さっていた。博士がキノコの説明をしていると、根来から声がかけられる。

 

「おい、なんか意味あんのか?そのキノコに」

 

 そこで全員が振り向けば、ハンター3人が全員、離れた所からコナン達の様子を窺っていた。それと共に、コナン達が来るもっと前から──茂みに隠れて哀たちも様子を窺っていた。

 

 その時、咲の耳に小熊らしき可愛らしい、しかし嫌がるような声が聞こえてくる。それに咲が顔を向けようとしたとき、哀から咲にだけ聞こえるように──小声で、話す。

 

『咲、顔を動かさないでっ』

 

 それを聞いた咲がぴたりと動きを止める。その間にも、哀たちと共にいる小熊が暴れ、それを哀が動かないでと頼み込む。それを聞き届けたらしい小熊は不満そうにしながらも、動くのをやめた。咲の反応は遠目からではよくは見えない。しかし、聞こえていると知っている哀は、そのまま話しかけてくる。

 

『それは、彼の大好物の暗号よ。貴方には先に答えをいうから、必要はないと思うけど、犯人になんとかばれないように誘導して!』

 

 それに頷くこともできない咲は、まるで周りを警戒するように周りを見ている傍ら、哀からの話を聞く。

 

(……なるほど、『あの人』が、ね)

 

 咲はちらりとハンターたちの方に視線を向け──哀たちに見えるように、右足で1回、つま先で地面を叩いた。

 

 それを了承だと理解した哀は笑みを浮かべた。その横で、光彦が不安そうに問いかける。

 

「けれど、気づいてくれるでしょうか?」

 

 そんな光彦に対して、哀は自信ありげに笑みを浮かべる。

 

「大丈夫よ!アレは彼の大好物……私たちが頭を捻って考えた暗号なんだもの」

 

 そんな反応と会話を他所に、コナンが枝木を手に取り、観察する。

 

 それぞれの傘からテングタケは左よりに刺さり、松茸は右斜めに刺され、椎茸は右寄りに刺されている。それをじっと見ているコナンに、咲は誘導は必要ないと判断し──先ほど、移動する前に遭遇しそうになった熊の足音に注意することにした。

 

 そして、一心の期待を背負われたコナンは──呆れたような表情を浮かべた。

 

「ふん……くっだらね~」

 

 その一言に、哀たちも、そして警戒に意識を向けていた咲ですら、焦りの表情をコナンに向けた。

 

「心配しなくてもよさそーだぜ?あいつら、キノコ狩りに夢中みてぇだし」

 

 それを聞いた八坂が先を急ごうと言い、ハンターたちはコナンたちに背を向けた。咲がジッとコナンを見る傍ら、博士がその枝木のキノコを手に取った。

 

「変じゃのう……なにかあると思ったんじゃが」

 

 そんな博士にコナンが声を掛ける。

 

「おい博士──下がってろ」

 

 博士がそれに驚いた瞬間──コナンが博士の前に立ち、時計の蓋を開けた。

 

 博士がそれに驚き体をずらせば、コナンの目の前に見えるのは──ハンター3人組。

 

「分かったんだよ──光彦と灰原を狙っている、犯人の正体がな」

 

 それに驚きの表情を浮かべる博士と、安堵したように息を吐く咲。

 

(覚悟しやがれ……今、この麻酔銃でっ)

 

 コナンが狙いを定めたその時──元太がその照準器の前に顔を出した。

 

 それに驚いたコナンが思わずと後ずさりをするも、元太はそれを気にせず、何をしているのかと聞いてくる。コナンが咲をちらりと文句ありげにみれば──咲は微かに、焦りの表情を浮かべていた。

 

(……咲?)

 

 首を傾げそうになるも、元太が気にせずぐいぐいと聞いてくるため聞けず、遂にコナンも焦りから口を滑らせる。

 

「邪魔だ、どいてろ!!そこにいる犯人に当たんねぇだろ!!!」

 

 しかし、そこに歩美も割って入ってくる。

 

「犯人って?」

 

 それにコナンは説明する。

 

「いるんだよっ!あの3人の中に、殺人犯がっ!!」

 

 それに驚き、元太と歩美が大声を上げ、とある『音』に戦々恐々となっていた咲は、集中していたのもあり、いつもの倍の音量で入ってきたそれに思わずとヘッドフォンを耳に着けた。つまり──聞こえていた『音』が聞こえなくなってしまった。

 

 そんな咲の様子を気にしないまま、コナンが子供たちに静かにするように促し、子供たちも自分の口を手で押さえ、改めて小声で訊く。その近くにいる咲も、ダメージが抜けきっていないながらもヘッドフォンを外した。

 

「でも、なんでそんなことが分かんだっ?」

 

「灰原たちがポテチを落として、自分たちの通り道を知らせていながら、俺たちと合流せずに逃げ回っている理由は、他に考えられねぇよ」

 

 そのハンターの遺体も、警察が小熊の遺体と共に見つけていることも話す──そこで、コナンは疑問に思う。

 

 なぜ──小熊の遺体がそこにあるのか、と。

 

 

 

 コナンたちの様子を見ていた哀たちも期待の眼差しで彼を見ていた。

 

「!コナンくん、何かを構えてますよ?」

 

「時計型麻酔銃……どうやら、私たちが残したあのキノコの暗号、解けたみたいね」

 

 コナンがそれを撃ちさえすれば、哀たちは小熊を抱えて博士たちの元へと走る……そう哀が話す声は勿論、咲にも聞こえており、今、こちらに向かってきている『音』の原因が理解できた──出来てしまった。

 

 このままでは、どれだけ移動しようとその『音』から逃げきれはしないこと、また、そもそもその『音』の原因が、すぐ近くに来ていることに気付き、咲が声を上げようとしたのを遮るように、コナンが咲の前に出て、麻酔銃の照準器の蓋を閉めて声を上げた。

 

「なぁ、もうくだらない鬼ごっこはやめにしようぜ──殺人犯さん」

 

 コナンのその一言に、八坂と根来は動揺を露わにし、雑賀も目元を細める。

 

「さ、殺人犯!?」

 

「なにっ!?」

 

「……」

 

 その間に、咲は博士の服を引っ張る。

 

「?どうしたんじゃ?咲くん」

 

「博士、横に移動しよう。ここにいては危ない!!」

 

 指を右側──哀たちがいる側に移動しようと提案し、咲の様子を見て、博士もなにかがあるのだと理解し、元太と歩美も連れて移動した。咲自身は、コナンに何かあってはいけないと、コナンの傍に居座っている。

 

「……咲、いいのか?」

 

 コナンも理解している。彼女の焦り、そして小熊の死体──それが指し示す答えはただ1つ。

 

「……『音』がここに来るタイミングが分かるのは、実質私と『あの人』だけだろ」

 

 咲はそう言って──1人を見据える。

 

 その目を見たコナンは頷き、話を続けることにする。

 

「分かっちまったんだよ──キノコの暗号で、犯人がな」

 

 それにハンターたちに動揺が走り、互いに互いを見つめた。

 

「キノコは全部で8つ……これは俺たち8人のこと。ばらばらに落ちている占地4つは子供4人、大きい初茸は博士……そして、枝に刺さっているテングタケ、松茸、椎茸の3つは、背中に猟銃を背負っているハンター3人って訳だ」

 

「そうか、分かったぞ!!枝に刺さっているキノコの中で、テングダケだけが毒キノコ。となると、犯人は猟銃を右肩に背負っている……」

 

 そこで八坂、雑賀、博士の視線が根来に向いた。それに対して、否定したのは本人ではなく、コナンだった。

 

「違うよっ!テングダケが毒キノコだってことは、山に詳しい人間ならだれでも知ってるさ」

 

「そうだな。もしそんな暗号にしてしまったら、犯人に先に見つけられてしまったとき、証拠を隠滅するだろう」

 

 博士の言葉に咲も否定する。それではどれが犯人を示すものかと問えば、コナンは松茸を『犯人捜査』に見立てて教えたことを話す。それは確かにコナンたちにしか分からない会話……犯人に知られることなく、伝えられる方法だった。

 

 そう、この場合、松茸が『犯人』を示していたのだ。

 

「つまり、その暗号が指し示す犯人は、あんたってことさ──雑賀又三郎さん!!」

 

 それに八坂も根来も驚く。そして、とうの雑賀はと言えば、額に汗をかき、どこか焦っている様子を浮かべている。そして、それは咲も同じだった。

 

「コナンっ」

 

 彼女は焦った様子のまま、コナンの服の裾を引く。それに彼はちらりと見て、頷く──彼も理解している。しかし、話はまだ終わっていないのだ。

 

「遺体はもう警察が見つけてるよ。まだ確証はないけど、殺害されたのはおそらく細目のおじさん、アンタの友人だと思うよ」

 

 それに八坂は顔を青ざめさせる──彼の知らぬ間に、彼の友人が亡くなったというのだから。

 

「その殺人現場に、灰原と光彦が偶然、足を踏み入れ、遺体を発見。雑賀さんは2人に向けて発砲した。そして、灰原たちは思ったんだ──このままじゃ、口封じのために殺されるってね」

 

 それを聞き、雑賀は目を見開き──そして焦ったように背負っていた猟銃を構え、コナンたちの方角へと向けた。

 

 それを見たコナンは咲を見る。彼女はその意図を理解し──首を横に振った。

 

 そこでコナンが咲と共に博士たちがいる方向へと移動する。しかし、雑賀の照準はコナン達には向けられない。それに疑問を持ちつつも、博士は小声でコナンに話しかける。

 

「これっ!!相手は猟銃を持っておるんじゃぞ!!早く麻酔銃でっ!!!」

 

 そこで咲と歩美が先ほどまでいた場所の先にある茂みへと視線を向け、それをコナンは横目で見た後、博士に言う。

 

「いやっ、あの人が灰原たちを撃ったのは──殺すためじゃない。あの人が発砲した本当の理由はっ」

 

 そこで──歩美が叫んだ。

 

「──出てきちゃダメっ!!!」

 

 その叫びと共に全員が歩美と咲、そして雑賀の視線の先にある──2mはあるだろう獣の姿を見てしまった。

 

 獣は大きな咆哮を上げ、雑賀たちへと近づく。その姿に八坂は腰が抜け、根来も慌てて猟銃に手をやった。雑賀は猟銃を構えたまま発砲しない。

 

 博士たちは焦り、その隙間から見ていた哀と光彦はその巨体の獣に別の恐怖を抱く。

 

「っちょ、ちょっと!?」

 

「なんですか、アレっ!?」

 

 その声は博士たちにも聞こえただろうが、それと共に獣の咆哮が邪魔をして聞こえなかった。

 

 雑賀は獣を目の前から見据えて──名前を呼ぶ。

 

「じゅ、十兵衛……っ!!」

 

 十兵衛はそのままゆっくりと雑賀へと近づき、雑賀は十兵衛の襲撃距離に入らないように下がる。しかし、その後ろにいた根来は少しだけ下がり猟銃を向けるも、それは瞬時に十兵衛に弾き飛ばされてしまい──猟銃は元太と咲の前に飛ばされた。

 

 咲は十兵衛から視線を逸らさないままそれを拾い上げようとして──元太に膝から抱えあげられてしまう。

 

「っおい、元太、おろせっ!!!」

 

「お、俺だけ逃げるなんて、出来る訳ねぇだろ!!!」

 

 元太は、咲の太ももと腰に手を入れた状態で走り出す。それに彼女は目を丸くする。

 

 彼自身も怖いのだと、震えるその手が咲に直接、語っている。ここで彼女を放って逃げても、咲は元太を責める理由がなく、周りだってきっと責めないだろう──それでも元太は、見捨てれないと言ったのだ。

 

 呆然と元太を見上げていると──その場に轟く銃声によって現実に戻され耳が傷んだ。

 

 元太はそれに思わず足を止めて振り返る。当然、そうなれば咲にもその向こうが見えた──雑賀が空へと発砲したのだ。

 

 その威嚇発砲により十兵衛の意識も雑賀へと変わる。その雑賀はといえば、元太に逃げるな、と叫ぶ。

 

「背を見せて逃げると、熊は本能的に獲物だと思ってしまうっ!!目線を逸らさず、ゆっくりと、後ずさりするんじゃっ!!!」

 

 その助言に、元太は咲を抱えたまま、助言通りにゆっくりと後ずさる。

 

「十兵衛っ!!!ワシが分からぬかっ!!!?」

 

 十兵衛は雑賀の言葉に反応を示すかのように威嚇しつつも攻撃に向かわない。それに雑賀は続ける。

 

「さぁ、怒りを鎮めて森の奥へと帰るのじゃっ!!!冬ごもりの支度が残っておろうっ!!!!さぁ、早く行かぬと、良いねぐらを仲間を取られてしまうぞ!!!!!」

 

 十兵衛にこの場を去るように雑賀が語り掛けるも、十兵衛はどこにも行かずに咆哮を上げる。それにコナンは麻酔銃を構えつつ、近くにいる哀に叫ぶ。

 

「灰原っ!!小熊だっ!!!小熊を放せっ!!!傍にいる小熊は多分、十兵衛の仔だっ!!!抱えてんなら放してやれっ!!!」

 

 コナンの言う通り、哀は今も小熊を放さず抱えており、その小熊はと言えば、先刻からずっと何かを呼ぶように鳴き、徐々に暴れだす。

 

「灰原っ!!!!!」

 

 コナンの叫びとほぼ同時に小熊は哀から離れ──十兵衛へと駆け寄った、

 

 十兵衛はその足音が聞こえ、後ろを振り向いた。そしてその小熊を視界に入れれば、彼女は愛おしそうに小熊を舐め始め、小熊もまた母の愛を受け取りその体を舐める。

 

 十兵衛たちの様子を見て、元太は咲を下ろし、咲は哀たちを茂みから出るように促す。離れた所では、八坂が根来に力を貸してもらって立ち上がり、雑賀は重い息を吐き出す。そんな雑賀の近くに、照準器を閉じて、コナンが近付いた。

 

「──そう。雑賀さんが発砲したのは、灰原たちと……十兵衛を助けるためだよ」

 

 そこでどうやら十分に再会を祝し終えたらしい十兵衛が、小熊を連れ立ってその場を離れていく。

 

「おそらく殺されたハンターは、十兵衛を撃ち殺そうとしてたんだ。そして、それを阻止するために……雑賀さんは、そのハンターを撃った」

 

 その一言に、咲は眉を顰める。くだらない理由だとは思わない。しかし、人を殺すほどの理由になってしまうのが、彼女には理解できないのだ。

 

(自分の命が掛かっているわけでもないのに……なぜ……)

 

 その間にも、コナンの説明は終わらない。哀たちがその現場にやってきてしまい、近くにいた十兵衛が彼女たちに気付く前に、銃で威嚇し、その場を離れるように仕向けたのだと推理を話す。

 

「光彦のバッチが落ちていたすぐ傍の木にあった銃痕は、おそらくその時のもの」

 

「だけど、なにも撃たなくても……」

 

 哀が不満そうに雑賀を見れば、コナンが哀に目を向ける。

 

「さっきので分かったと思うが、熊は想像以上に俊敏なんだ。2人がまだ声が聞き取れる範囲にいなくて、銃の腕に自信があるのなら、口で伝えるより早いだろ?」

 

 コナンの説明を受けながら、咲は自分が拾い上げようとしたものを見て、眉を顰める──やはりと言うべきか、猟銃は先端からへし曲げられて使い物にならない状態だった。

 

(あの時、拾い上げなくて正解だったな……)

 

 そんな咲の様子に疑問を抱いたらしい元太が同じく近づき、顔を青ざめさせる。しかしこれ幸いと、咲は元太に話しかけた。

 

「元太」

 

「ヒっ!!な、なんだよ……」

 

 元太が驚きでつい悲鳴を上げ、それでも咲だと気づき彼女の顔を見れば──珍しく嬉しそうに笑みを浮かべたその表情に、目を見開いた。

 

「──さっきは、助けてくれてありがとう」

 

「──お、おうっ!!俺たち、仲間なんだから当然のことをしたまでだぜっ!!」

 

 そんな咲たちの後ろでコナンが推理は当たっていたかを雑賀に確認すれば、雑賀は口を開かず、根来が口を開いた。

 

「おいおい、待てよ……俺たちは猟をしに山に入ってんだぜ?なのになんで熊を撃とうとして殺されなきゃいけねぇんだよ!?」

 

 しかも相手は雑賀が散々凶暴だと語って聞かせた2m級の大熊だ。しかも隻眼にしたのも雑賀本人。なのになぜだと不満そうな根来と八坂に、遂に雑賀が観念したように口を開いた。

 

「……ああ、そうじゃ。十兵衛の左目は、ワシが潰したも同然じゃ──奴の左目と引き換えに、ワシは今もこうして生きながらえておるんじゃから」

 

「……命と、引き換え」

 

 コナンたちの元へと元太と共に戻った咲が思わず口に出す。その言葉と共に思い浮かぶのは──白く、優しい青い目の、『先生』と慕っていた男。

 

 彼は咲を──優と、そして志保のことも。宮野夫妻との『約束』を果たすため、そして明美を入れた3人を、組織から解放するために、彼は動き──失敗した。

 

 その代償が──彼の命となり、優が奪ったのだ。例えそれが、その彼から場所を伝えられ、直前まで知らなかったとしても、咲が今の今まで無事に……組織を裏切るまで無事に生きてこられたのは、彼が細工をしたおかげ──彼の命と『引き換え』なのだ。

 

 しかし、それと共にふっと感じた別の喪失感に、彼女は何かの恐怖と焦燥にいつも取りつかれ、その恐怖に負けて、その理由を探れないでいる。

 

 そんな咲の様子に哀が気づくも、彼女はなにも言わず、過去を語りだす雑賀に意識を集中する。

 

「──あれは20年前。春熊猟のために、まだ雪の深いこの山に入ったときじゃった……ワシは不覚にも足を滑らせ、数十m転げ落ちて、両足の骨を折ってしまったんじゃ」

 

 声も出ず、身動きも取れない──そんな時に現れたのが、十兵衛だったという。雑賀は食われるしかないと思い、目を閉じたとき、彼の顔に生暖かいものがあたったのだ。

 

「おそるおそる目を開けると……舐めておったんじゃ、ワシの傷口を、何度も何度も」

 

 そのまま十兵衛は舐め終わると、雑賀の隣で寝入ってしまったという。

 

「起きたら食おうとしていたのか、黒い毛皮を纏っていたワシを仲間だと思ったのかは、定かではないが……しかし、ワシには本当に、心地よい時間じゃった──両足の痛みを忘れてしまうぐらいにな」

 

 その瞬間──その場に一発の銃声が轟く。

 

 雑賀が慌てて起き上がれば十兵衛の左目から血が流れ、彼女は慌ててその場を去ってしまったらしい。銃声の主は、十兵衛の足跡を追ってきたらしく、雑賀が十兵衛に食われると思って撃ったのだと話した。

 

「──つまり、十兵衛がワシを見つけてくれたおかげで、ワシは凍死する前に助けだされたというわけじゃよ」

 

 それから、雑賀が十兵衛を人の目が届かぬ山奥へと追い返す毎日が始まった。彼は毎日のように山へと入り、十兵衛を見つけては威嚇発砲を繰り返し、山奥へと追い立てる。

 

「じゃあ、あんたが言っておった十兵衛の話は……」

 

「そうじゃ。十兵衛のことを怖がらせ、近づけさせぬため……最近じゃ、逆効果になっておったようじゃがの」

 

 博士の問いかけに答え、雑賀が根来へと視線を向ければ、根来は笑いだす。

 

「ハッハッハッ!ハンターが動物愛護ってか?……撃たれたハンターに同情するぜ。敵である熊を狩にきて、味方であるはずのハンターに狩られちまったんだからな!」

 

「ふんっ!熊は天からの授かりものじゃ。わしらマタギは、もとより熊は敵じゃと思うとらんっ!!──それに、運悪く見つかって、狩られるならそれまでの運命……仕方なしと目を瞑るが、十兵衛に銃口を向けたあの男は、常軌を逸しておった!!!」

 

 その雑賀の言葉に根来は理解が出来ず、八坂も困惑する。そんな2人に答えを言うのは、雑賀ではなく──コナンだった。

 

「──囮だよっ!!……多分、そのハンター、小熊を囮に使ったんだと思うよ」

 

 それに2人が驚愕するも、雑賀は否定せず肯定した。

 

「坊主の言う通りじゃ。あの男は、十兵衛のもう一匹の子供を射殺して、十兵衛を誘き出したんじゃよっ──その亡骸を、木に吊るしてなっ!!!」

 

 その狂気的な方法に、少年探偵団たちは顔を青ざめさせ、大人たちは信じられないと顔を背ける。

 

「……ワシは、我が眼を疑ったよ。必死に小熊を木から下ろそうとしている母熊に、銃口を向けるその男の方が──獣に見えたんじゃからな」

 

 この1時間後、コナンたちは山を下り、警察と合流後、雑賀は連行されていった──十兵衛がいるその山に、寂しげな視線を送りながら。

 

 

 

 ***

 

 

 

 山からの帰り道、なぜ雑賀の本当の理由が分かったのかと博士がコナンに問い掛ければ、小熊の墓のことがあったことを中心に話し出す。それにより博士も納得するように感嘆の声を上げる。

 

「なるほど、小熊の墓か……それで分かったんじゃな」

 

「ああ。最初は、雑賀さんが十兵衛を横取りされそうになったから撃った、なんて思ったけど、そんな人間が墓石を建ててまで小熊を葬るわけないし、十兵衛が小熊を産んだことまで知ってんなら、狩れるチャンスはいくらでもあったはずだしな」

 

「けどよ、それならそうと早く言えばいいじゃねぇかよ……」

 

 コナンの説明に元太が不満そうな表情で言えば、雑賀はそのまま御用となり、十兵衛が殺されかねないとコナンは言う。それに咲も頷いた。

 

「実際、あの場に雑賀さんがいなかったら、まず私と元太は確実に十兵衛に殺されていただろうな」

 

「ひぇっ!?」

 

 咲の恐ろしい未来予想図に、元太は顔を青ざめさせる。事実、雑賀がいなければ、良くてあの場の2人のどちらかが十兵衛を狩り、悪くて全員死亡による十兵衛察処分ルートが待っていただろう。

 

「しかし、よく分かったのぉ。哀くんたちが小熊と一緒におることが」

 

「そうだ、それは私も聞きたかったんだ。私は鳴き声と哀たちのやり取りで理解できたが、お前はよく分かったな」

 

 その問いに、コナンは呆れたように返す。

 

「ポテチの上に小熊のフンと足跡が数か所のってたからな……後ろを気にしてた歩美ちゃんと咲の反応で、親熊がその跡で小熊を追ってるってこともなっ!!」

 

 そう言ってコナンが歩美と咲を振り返れば、歩美は頬を赤らめ、咲は溜息を吐く。

 

「仕方ないだろ……さすがに親熊は怖い」

 

 事実、襲われでもしたら咲は逃げきれずに死が待っていたことだろう。

 

 コナン曰く、熊が仔を産むのは通常では2頭で、発見された小熊と、哀たちが連れていた小熊が後ろにいた十兵衛の仔であれば、全てつじつまが合うのだと、悲し気に話す。

 

「……きっと雑賀さんは、殺されて怒った十兵衛が、もう一頭の小熊と一緒にいる灰原たちに、手を出す前に止めたかったんだよ」

 

「つまり、あの老人は私たち人間より、あの熊の方が心配だったって訳ね」

 

 哀の言葉にコナンは動揺するも肯定する。それを返された哀に、光彦は苦笑気味に彼女を励まし始める。

 

「仕方ありませんよ。あのおじいさんにとって十兵衛は、20年来の友人みたいな──」

 

「あら、そうかしら?」

 

 しかし、当の哀が言葉を遮り、光彦が動揺するのすら無視して、彼女は言う。

 

 動物愛護も、行き過ぎれば迷惑だ、と。

 

 それに、同じく追われていると思っていた側の光彦がなにも返せないでいると、歩美がよかったのだと嬉しそうに語りだす。

 

「熊さんの親子、助かって!!」

 

 そんな歩美の純粋な反応に、哀は視線を向ける。その視線に歩美は気づかないまま、冬ごもりのねぐらが見つかることを願い、子供たちは山を見つめる。

 

 そんな子供たちの様子に、哀と咲が優し気に微笑み、子供たちを見つめる。

 

 そんな咲と哀の様子に、博士と話すためにと運転席の座席につかまっていたコナンが愉快そうに笑みを浮かべ、それに気が付いた哀がコナンに顔を向け、顔を赤らめて反発する。

 

「なっ!?なによ、その顔っ!!」

 

「べっつに~?」

 

 そのまま、素直になれない彼女の様子を見つめたまま、車は帰り道を走るのだった。




さて、次回はレトロルーム(予定)です!

ちなみにレトロルームを取りやめた場合、目暮警部の話を書きますので、よろしければお待ちください!!

近頃、雨と職場の忙しさで頭痛がしておりますが、それに負けぬよう、頑張る所存ですっ!!



さて、かの『先生』の話を強引にいれた理由は、哀ちゃんが初登場した際に『自分のせい』と語っていた理由をそろそろ出さなければ、と思ったからです。

『先生』と宮野夫婦の間で交わされた『約束』の話を誰がしたのかは……まあ、おいおいです。決めてない訳じゃないのですが、今じゃなくても、予定している咲(優)さん過去編ではなしますので、それまで頑張ろうとおもいます!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!!!


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第32話~レトロルームの謎事件~

今までさんざん、松田さんと瑠璃さんの関係をそれっぽい気配だけさせて放置みたいにさせてきたのですが、実は未だにそういう関係にさせるか、このままで終わらせるかを決めておりません……。作者が決めないといけないというのに迷ったままと言う……。

もしそういう関係に進ませることに決まったら、タグの方は一つ追加させていただきますのでご容赦ください。書く前にはなかった設定なんです……。

ちなみに、前にも話したかもしれませんが(話してなかったらすみません)、私は高木さんと佐藤さんのカップリング派です!別に松田さんと佐藤さんのカップリングを否定してるわけではないですが、好みの問題として受け入れていただきたいです!!ちなみに松田さんと佐藤さんのカップリング話でも私は拒否りませんよ大いに語りましょう!!

それでは、どうぞ!



*作者の恋愛経験はほぼありませんので、ファッションセンスは目を瞑っていただけると嬉しいです……。


 某日、松田、伊達、萩原、彰、そして瑠璃がお昼休みを利用して喫茶『ポアロ』へとやって来た。各々が食べたいものを食べ終わったところで、瑠璃が松田の名前を呼び、懐から取り出したチケットを渡した。それを他3人が好奇心から横から覗き込み、目を丸くする。

 

「『ドルフィンランド』……って、水族館みたいなところだよな?」

 

「え、瑠璃、それを松田に渡したってことは……デートの誘いか?俺、そんな関係になったって話聞いてないんだが???」

 

「え……ああ、違う違う!!」

 

 萩原が目を丸くしたまま呟き、彰が声を震わせながら確認すれば、瑠璃は一瞬何を言われたのかできなかったようで顔を呆けさせ、すぐにおかしそうに笑いながら否定を入れた。

 

「勇気がこの前、珍しく屋敷に来た時に渡してきたものだよ。どうも職場の人から行かないからって押し付けられたらしくってね……」

 

 瑠璃は苦笑いしながら先日、屋敷での会話を話していく。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あ、瑠璃姉さん、良いところに」

 

 仕事が休みであったその日の朝。屋敷の廊下を歩いている際、後ろから声を掛けられ思わずと後ろを振り返れば、どこか眠そうな表情を浮かべる勇気がいた。それに思わず呆ける瑠璃。なにせ彼が自主的に、何の誘いも招待状もなく訪れるのは珍しいのだ。

 

「びっくりした……久しぶりだね!今日はどうしたの?」

 

「瑠璃姉さんのその朝からの元気が羨ましいぐらいだよ……修斗兄さんからの呼び出しが入ったんだよ。自室のパソコンの調子がおかしいから見てほしいって。ちょうどいいかなって思ってこれ持って来たんだけど……」

 

 そう話しながらポケットから取り出したのは件のチケット。それに目を輝かせたのを見逃さなかった勇気がチケットを手渡した。

 

「え……これ、修斗に渡すよていだったものじゃ……」

 

「別にいいよ、誰に渡したって同じだし。僕は興味ないし、兄さんに渡せば誰かしらに譲るでしょ?姉さんが行きたいなた、相手作っていったらいいよ」

 

「……ちょっと待って。『相手』?」

 

 その言葉に思わず口元を引き攣らせて問えば、勇気は首を傾げて口を開く。

 

「だってこれ──ペアチケットだよ?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 そこまで話して瑠璃は悲しそうに顔を両手で覆って俯き、話を聞かされていた伊達以外の男3人衆も精神的にダメージを負った。

 

「さ、流石は同じ血が入った弟……なんの悪気もなく傷を負わせてくるな」

 

「やめろ……少なくとも俺はそんな悪気なくぶち込まないぞ」

 

「嘘を吐くんじゃないぞ彰。小中高と、女性からいくつもチョコもらったくせして『友チョコ』とか言ってただろうが……」

 

 伊達がコーヒーを飲みつつ伝えてきた話に彰は首を傾げ、それに頭を抱える他の面々。事実、ここにいる面々は美男美女、人が寄ってくる理由はあるのだ。

 

「そ、それで?瑠璃ちゃんが陣平ちゃんにそのチケットを渡した理由って、なに?」

 

 萩原が頬を引き攣らせたまま瑠璃に問えば、瑠璃も咳ばらいをして理由を話す──それが再度、男性陣に頭を抱えさせることになるとは思わずに。

 

「──だって、松田さんって佐藤さんのこと好きですよね?」

 

 それを聞いて、松田は勢いよく頭をテーブルにぶつけた。

 

「ま、松田さんっ!!?」

 

「瑠璃、お前……」

 

「松田、ご愁傷様だな……」

 

「陣平ちゃん、しっかり……!」

 

 他のメンバーから励ましをもらい、松田は顔を上げて訂正する。

 

「アイツのことは同僚としてはいいがそういう風には見てねぇよ!!」

 

「えっ!?そ、それはすみません……!!」

 

 瑠璃が慌てて頭を下げ、その謝罪を受け入れるも、今度は瑠璃が頭を抱える。

 

「うーん、となると、このチケットは誰に渡そうかな……」

 

「そういや、その佐藤には聞いたのか?」

 

 伊達が聞けば、瑠璃は頷く。もうすでに話をしていたのだ。

 

「けれど、相手もいないからって言われまして……」

 

「それで佐藤のやつを誘って行けって言ったのか……」

 

 松田が瑠璃の行動理由を理解すると、そのチケットを奪った。

 

「あっ!?」

 

「──このチケット、もらってやってもいい」

 

 松田のその一言に瑠璃が彼の顔を見れば、彼はニヤリとあくどい笑みを浮かべていた。

 

(あ、いやな予感……)

 

 瑠璃がその予感を抱くとともに、彼は言う。

 

「ただし条件があってな?その条件は──ー」

 

 

 

 ***

 

 

 

 それから数日後、瑠璃は東都モノレールの駅内にて松田を待っていた。それも、白のハイネックのニットにチェック柄の長いフレアスカートを着て、茶色のポーチを肩から掛けていた。時刻は10時40分。約束の時刻は10時50分。この日は11時のモノレールに乗るために、少し中途半端な時刻設定となっている。その約束の時刻より早く着いた瑠璃はキョロキョロと周りを確認していた。

 

(……松田さん、どこだろう?)

 

 瑠璃が松田のことを待っているのは、彼からの条件で松田から誘いを受けたからだ。

 

(って、自分が渡したチケットでなんで行くことになってるんだろう??いやまあ、受け取ってもらった時点でどう使うかは松田さんに決定権があるけどもっ!!)

 

 なぜこうなってるのかと頭を抱えてうなっていると、声を掛けられる。それが聞こえて顔を上げてみれば、茶色のジャケットを着て黒のニットと下に白のシャツ、カーゴデニムのパンツの松田がいた。

 

「……」

 

「……おい、瑠璃?」

 

「松田さん、とてもカッコ良いと思うのですが……アイデンティティになってたサングラスはどちらに、アイタタタタッ!!」

 

 瑠璃がふざけて聞けば、その瞬間にアイアンクローを容赦なく決めてくる松田。

 

「テメェはいつも一言多いよな、アァ?」

 

「口調がヤンキーのそれですよ!?」

 

 そこで漸く手を離され、痛みから頭を摩る瑠璃と溜め息を溢す松田。

 

「はぁ、第一声がそれってお前、女としてどうなんだそれ……」

 

「しょっぱなからアイアンクロー決めるのもどうかと思うんですよ私……」

 

「お前と修斗には容赦しなくていいって彰から許可が出てるからな」

 

 松田からの言葉にガックシと肩を落とす瑠璃だが、すぐに腕時計を確認して「あっ!」と声を出し、彼の腕をつかんだ。

 

「っ!?おい、瑠璃!!急に掴むなっ!!」

 

「だって、11時のモノレールのが来ちゃいますから、急がないとっ!!……あ、切符は既に買ってますから大丈夫ですよ!!」

 

 そう言ってウインクして笑みを浮かべる瑠璃に、やれやれと言いたげに溜め息を溢す松田。そうしてドルフィン駅前に着くころには11時30分。2人は元より予定していたお昼ご飯を食べるために、先に近くのカフェに入る。

 

「松田さんは何食べますか?」

 

「お前が先に決めていいぜ」

 

「ん~、じゃあ私はフレンチトーストとカフェオレで!」

 

「んじゃ、俺はカレー……しっかし、甘いものと甘いものってお前……」

 

「コーヒーはミルクと砂糖を入れないと飲めないんですよ……松田さんはカレーなんですね。ハンバーグかと思いました」

 

「なんでンなこと思ったんだよ」

 

 松田が訝し気に訊けば、瑠璃が楽し気に笑みを浮かべる。

 

「彰から聞いてますもん!警学時代、『降谷』さんのおかず奪ってたって!」

 

「彰の野郎、余計なことを……ッ!」

 

「ちなみに、警学時代の面白おかしい話は他の4人にも広まってますよ?例えば……当時、私と雪男と雪菜が遭遇したあのコンビニの事件の全貌とか!!」

 

 瑠璃たちがコンビニに行ったのは、飲み物とおやつ目的(瑠璃が保護者として同行した)だったが、目撃したのは多数の人が取り押さえられている姿。当時の瑠璃はそれに目を丸くして呆然とした。

 

「いやぁ、あの時は彰もサングラス掛けて、いつもならしないような服装してましたから一瞬信じられなくて、警察呼びましたからね~」

 

「電話で呼んでくれたのはありがたかったが、お前が俺たちの服装を言い始めたのは焦ったからな!?」

 

「混乱してましたからね……彰が瞬時にサングラス取ってくれてよかったですね!」

 

 事実、当時は松田達側が犯人側の人間だと思い、警察に連絡してしまったのは瑠璃だった。しかし目の前で彰がサングラスを取って近づいたために、警察側に間違えたことを謝罪してから伝えなおしている。しかもコンビニの件は先に連絡が入っていたという落ちがあったりしたのは、既に瑠璃の中では笑い話だ。

 

 それに松田は重い溜め息を吐いた後、すぐににやりと笑った。

 

「ああ、そういやお前の警学時代の話も彰から多少だが聞いてるぜ?」

 

「エッ」

 

「勉強面では記憶してそつなく熟してたが、逮捕術の授業の際に上手くいかなくて泣きながら彰に教えてほしいって頼み込んだらしいなぁ?特に拳銃の技能で外しまくって──」

 

「彰のバカ、なんで言っちゃうのー!!?」

 

 そこで今度は瑠璃が頭を抱え込み、今度は松田が楽し気にニヤニヤと笑っている。

 

 注文品が届くまでの間、2人は話をし続け、ときには外を眺めたりと時間を潰し、食べ物が届いたときにもたまに会話をし、互いが食べ終わるとカフェから出てすぐにドルフィンランドへと向かった。時刻は13時頃。

 

 松田と瑠璃がイルカショーを楽しみ、瑠璃が土産物店を物色し始め、松田はその様子を見つめている。

 

「……あの、松田さん?」

 

「なんだ?」

 

「私の買い物、遅くなるでしょうから先に外に出て待っていてくださっていいんですよ?……煙草、かなり我慢してますよね?」

 

 松田は生粋のヘビースモーカー。それは瑠璃も知っていることで、しかしこの日はまだ吸っている姿を見ていない。我慢しているのではと瑠璃が申し訳なさそうに見れば、彼はその頭に手を載せ、乱雑に撫で始める。

 

「ま、松田さん!?髪がボサボサになるからっ!!」

 

「多少平気だろ……あと、一丁前に気遣ってんじゃねぇよ。外に出たら喫煙所探すからな」

 

「あ、そこは吸わないとは言わないんですね、って、更にボサボサになるんで乱暴に頭を撫でないでくださいー!!」

 

 そんなやり取りをしつつ買い物を終え、煙草を吸っている松田と次はどこに行こうかと話していると、2人の携帯に連絡が入る。

 

「──松田ですが」

 

『おお、松田くん。休みのところすまないとは思うが、殺人事件が発生した──それも、君たちの近くで、だ』

 

「……はぁ?」

 

 松田が思わず首を傾げ、横にいる瑠璃に視線を向ければ、瑠璃も訝し気な表情で松田を見ていた。その間にも電話の向こうにいる人物──目暮と彰が現場を伝え、現場保存と事情聴取を先にしていてほしいと伝えると連絡を切った。

 

 2人は互いに視線を合わせ頷くと、現場である隣の建物──『ドルフィンホテル』へと向かっていった。すると、ホテルに入ってすぐに、既に見慣れてしまう回数で顔合わせしてきた蘭が立っていた。

 

「え、蘭さんっ!?」

 

「瑠璃刑事!それに、松田刑事も……」

 

「毛利の嬢さんがいるってことは……」

 

 そこで松田が歩き始めてしまい、瑠璃と蘭が慌てて後を追う。

 

 現場である『レトロルーム』への階にエレベーターが到着すると、蘭の案内で部屋へと向かう。その部屋の前では、見慣れた2人と見慣れぬ女性3人が立っていた。それを見て、松田は迷わず見慣れた1人──コナンへと向かっていく。

 

「よぉ、坊主──久しぶりだなぁ?」

 

 ニヤリと笑い、鋭い視線を向けてくる松田に、コナンは思わず頬を引き攣らせることとなった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 目暮警部たちも合流し、規制線が張られた現場では、遂に事情聴取が始まろうとしていた。

 

「──で、第一発見者は貴女方3人と……いつもながら偶然、居合わせた毛利くん、君かね?」

 

 目暮が呆れたような目を小五郎に向ければ、小五郎も苦笑気味に肯定し、その後ろにいた蘭も、どこか恥ずかしそうに頬を染めて下を向いていた。

 

「小五郎さん、1度、お祓いに行った方がいいのでは?紹介しましょうか??」

 

「その際には坊主も連れて行った方がいいぜ。こいつの方がなんか持ってそうだぞ?そういうの」

 

 瑠璃と松田の言葉に、コナンがハハッと呆れたように笑う。そのやり取りを見た後、目暮は女性3人に顔を戻した。

 

「貴女方3人にも、事情聴取をせねばなりません。暫く、お待ちいただけますか?」

 

「あーっ!それなら私がボディガードをっ」

 

「毛利さん、その必要はないんでいいです」

 

 小五郎の提案に彰がバッサリ切り捨てると千葉刑事を呼ぶ。やって来た千葉刑事に女性3人を任せると、彰は小五郎と目暮警部と共に現場へと入った。

 

「どうだ、高木くん、伊達くん」

 

「あ、警部……被害者は『藤村 直美』さん。27歳。海外で子供服のデザイナーをしていたそうです」

 

 高木がそこまで説明すると、後ろにいた鑑識のトメさんから声がかけられた。

 

「目暮警部、被害者のスカートのポケットにこんなものが……」

 

 そう言ってトメさんから見せられたのは『痴漢撃退用催涙スプレー』。それに目暮と小五郎が驚き、瑠璃は理解を示すように頷くが、ふっとあることに気付き首を傾げた。

 

「ん?どうしたんだね、瑠璃くん……彰くんたちまで妙な顔してどうしたんだ?」

 

 目暮が彰たちを見やれば、瑠璃が言葉にする。

 

「いえ、包丁で一突きですよね?──なら、なんで『それ』がポケットに入ったままなんですか?」

 

 瑠璃の言葉にハッと2人は顔を見合わせる。ポケットに入ったままということは、少なくとも本人はそれを使ってない可能性──つまり、知人の犯行の線が浮上したのだ。

 

「しかし、ここはなんでこんなに古めかしいんだ?」

 

「この部屋は『レトロルーム』っていって、老舗旅館を模して造られてるんだってよ」

 

 彰が現場の部屋を見ながらそう溢せば、松田が隣に立って説明する。それを聞いた伊達が納得したようにコイン式のテレビを見る。

 

「どうやら、100円いれりゃぁ1時間みれるタイプのようだぞ」

 

「いや本当によく見つけてこれましたねホテルの人……」

 

 伊達の説明を隣で聞き、感心したように瑠璃が呟く。その話が聞こえた目暮警部が思い出したように小五郎に話しかける。

 

「そういえば、君たちがこの部屋に入ってすぐ、テレビが消えたんだったな……」

 

「えぇ、午後2時頃に」

 

 それを聞き、伊達がテレビの上の説明書きを見れば、100円玉は1度に1枚のみしか使用できないと書いてあった。

 

「つまり、テレビをつけたのは1時ごろですね……」

 

 伊達の声に高木がメモを残しつつ言う。その高木に目暮が死亡推定時刻を訊けば、正午から午後1時頃だと返ってくる。テレビの時刻と合致する。それを聞き、小五郎が顎に手を付けた。

 

「テレビをつけたころ、知人の誰かに襲われたわけか……」

 

 そんな小五郎の足元から子ども特有の高い声が上がる。

 

「ねぇ!このお菓子珍しいね~!!」

 

 その声に全員がそちらに視線を向ければ、そこにはコナンが四つん這いになって畳に散乱しているおやつを見ていた。それを見て小五郎は顔を顰めた。

 

「まったお前はっ!!!」

 

 しかしその隣にいる目暮は懐かしそうに笑みを浮かべた。

 

「わっははー!ラムネ菓子に紐付き飴……うまいかくんソースせんべい!いや懐かしいもんばかりだっ!!」

 

「へ~、確かにラムネ菓子以外見たことないですね……」

 

 瑠璃は感心したようにそれらを見つめる。それに彰がジト目で後ろから見つめる。

 

「瑠璃、この前、ダイエットがどうとか言ってなかったか??」

 

 それに肩を分かりやすく跳ねさせた瑠璃は、駄菓子から視線をずらした。

 

「が、がんばってまーす……」

 

「お前、今日フレンチトースト食べてたじゃねぇか」

 

「松田さん。相手が私じゃなかったら殴られてますよ、それ」

 

 瑠璃からの非難の視線に顔を背けてどこ吹く風といった様子の松田。それに楽しそうに笑みを浮かべる伊達が、瑠璃の肩を叩いた。

 

「よしっ、瑠璃。今度、一緒に走るか!」

 

 その提案に目を輝かせる瑠璃だが、後ろの彰と松田は頬を引き攣らせる。

 

「伊達は結構その辺、厳しい奴だが……」

 

「……あいつ、後日死ぬんじゃね?今のうちに手を合わせておくか」

 

「むしろお前と知り合いのジム紹介してやれよ……」

 

「あそこはボクシングジムだから無理だな……瑠璃の奴が人殴れるとは思えねぇし」

 

 その間にもこの話はまた後で決めようということになり、松田と彰は合掌した。そんな2人に首を傾げる伊達と瑠璃、そして聞いてたコナンは苦笑いを浮かべる。

 

「そういえば、なんでこの部屋にンな駄菓子があんだよ……」

 

「これは、お茶菓子としてこの部屋に用意されていたものだそうです」

 

「犯人と被害者が争っていた時に散らばったんでしょうな」

 

 それに同期3人が眉を顰める。

 

「……散らばったにしては、妙だな」

 

「ああ。なんでこの菓子類に──」

 

「──あれ?」

 

 彰と松田が話していたところを、コナンが声を上げて全員の視線を集めた。

 

「これ、アイスが混ざってるよ?……溶けちゃってるけど」

 

「アイス?」

 

「きっと、アイスを食べながらテレビを見ようとしたところを、襲われたんでしょう」

 

 コナンの言葉に目暮が不思議そうな表情を浮かべる。その隣にいた小五郎はそんな目暮に己の推理を話すと、目暮が冷蔵庫の確認をしてほしいと声を上げた。それを聞き、トメさんが冷蔵庫を開けば、中にはいくつかの懐かしいアイスがあった。それを手に取り、トメさんは目暮たちに持ってきた。

 

「目暮警部、何本かあります……これも懐かしいですね」

 

「いや本当、ホテルの人、かなり苦労して手に入れたんでしょうね……」

 

 瑠璃がこのホテルの関係者に対して尊敬の念を抱く。そんな瑠璃をよそに、目暮が小五郎の推理した通りだろうと同意する。その傍ら、彰たちは何か引っかかるものを抱くが、それが何なのか見当がつかずもどかしい気持ちを抱いていた。

 

「なんだ?この違和感……とくにあの落ちてたアイスだ」

 

「ああ。あれだけこの部屋と違って最近の……今現在も販売されてるものだ。そうだな?瑠璃」

 

「現在どころか、つい最近販売が始まったものですよ、アレ。先日、お昼休みにコンビニ寄ったときに見たんで確実です」

 

 そこで松田が瑠璃に話しかければ、瑠璃はそう話す。そんな時、近くにいたコナンが視界の端に動いたのに気づき、伊達がそちらを見てみれば、テレビと、近くの花瓶が置かれた戸棚を見ていた。

 

「坊主、どうした?」

 

 伊達が話しかければ、コナンは伊達を見ながらテレビのつまみと戸棚に残っている水滴を指さした。

 

「ここんとこ、少し濡れてるよっ!」

 

「おっ本当だな──ーっ!!」

 

 そこで彰たち4人の頭に光が走った。もし、頭の中で浮かんだ内容が正解であれば──少なくともあの3人でも、犯行が可能になる。それを理解し、伊達は振り返って目暮警部を呼ぶ。

 

「目暮警部!!」

 

 伊達の声に、目暮警部が訝し気な表情で近くにやって来た。

 

「どうしたんだね?伊達くん」

 

「これ、見てもらっていいですか?」

 

 伊達がそうして指さしたのはコナンが示した戸棚とテレビのチャンネルのつまみ。

 

「ん?この戸棚、濡れておるな……」

 

「えぇ、そうなんです。しかも、このテレビのつまみも濡れてるんですよ」

 

「それが、どうかしたんすか?」

 

 小五郎が真剣な顔で伊達に訊けば、小五郎に視線を合わせて説明する。

 

「もし、今から説明するやり方だった場合──あの発見者たちも、一気に容疑者入りすることになる」

 

「なっ!?」

 

「なんだとっ!?」

 

「……」

 

 小五郎と目暮警部は驚きで声を上げ、コナンは真剣な表情で伊達を見ている。コナンも、つまみと戸棚の水滴をを見て理解していたのだ。

 

「まず、ここに落ちている『紐付き飴』のこの紐を、テレビの投入口の金具に引っ掛けます」

 

 伊達は説明しながら件の紐を引っ掛け、次に溶けてしまっているアイスバーの袋を持つ。

 

「次に、このアイスバーをこのつまみと戸棚に橋の様に乗せ、その下に紐をこのアイスバーで押さえます。本来、溶けてなければこの押さえる手も必要ないんですが、今はこれで行きます──瑠璃」

 

「はい、どうぞ!」

 

 伊達が名前を呼んで振り返れば、察していたらしい瑠璃がポーチから財布を取り出し、100円玉を渡した。

 

「いやぁ、まさか事件現場でお財布持っててよかったと思う日が来るとは、予想外です……」

 

「本当にな」

 

 私服姿の瑠璃が遠い目で呟けば、それに同意する松田。そんな2人をよそに、伊達が瑠璃から渡された100円玉を投入口に置けば、それは紐が中への侵入を拒んでいた。それを見て小五郎たちが驚愕する。

 

「なっ!?」

 

「ま、まさか、アイスバーが溶けると……」

 

「えぇ──こうなりますっ!」

 

 伊達が抑えを解いた瞬間、アイスの袋は重力に従って畳に落ち、紐付き飴も重力に従って落ちれば、紐という抑えが無くなり100円玉が投入され、テレビが点いた。

 

「なるほど……」

 

「テレビの前に駄菓子が散らばっていたのは、トリックを隠すためだったんですね……」

 

「そのようだな」

 

「この、チャンネルのつまみと戸棚の上が濡れているのが、このトリックが使われた証拠……」

 

「そして、これさえ使えば、本来の殺害時刻とずれを起こせる……つまり、知人であれば、例え第一発見者であるあの女性3人だろうと──犯行が可能」

 

 松田の言葉に目暮たちの目が見開かれる。確かに、これは彼女たちが来るもっと前から仕掛けてしまえば、殺害されたと思われていた時刻にたとえアリバイ──3人が集まっていて犯行不可能──があろうと、それが崩された今、アリバイではなくなってしまった。

 

 その時、警官の1人が目暮警部たちに声を掛けてきた。その警官は現在、ホテルにいた全員のアリバイ調査と話を聞いていたうちの1人。呼ばれて松田と瑠璃、高木を残して通路へと出てみれば、クリーニングを請け負っていたという女性が立っていた。そこで話を聞けば、気になることを話してくれた。

 

「──では、1時少し前にクリーニングしたブラウスを届けに来たんですね?」

 

「はい……あ、ですが、ドアに『起こさないでください』と札が掛かっていましたので、部屋には、入りませんでした」

 

「──ねぇ?その時、ドアに鍵は掛かってた?」

 

 そこで、小五郎の後ろに上手く隠れていたらしいコナンが女性に問いかければ、目暮警部が困ったようにコナンを見下ろし、小五郎はこぶしを握って怒鳴った。

 

「またまたお前はぁ!!!」

 

「っまぁまぁ……で、どうでした?」

 

 目暮警部が改めて問いかければ、女性はドアノブには触っていないために分からないと答える。その時、現場から高木が手に何かを持って出てきた。

 

「目暮警部、北星警部、伊達さん!!テーブルの下から被害者の携帯電話が発見されました!!」

 

「おーっ!」

 

 それを聞き、小五郎はあることを思い出した。

 

「あ、そうだ。発信履歴を調べてみてくれないか?」

 

 高木がそれを聞き確認してみれば、午後1時8分に、第一発見者の3人の1人である『山本(やまもと) 公仁子(くにこ)』から連絡が入っていた。

 

「午後1時8分……ふむ」

 

「その電話を山本さんが受けた直後、我々と出会ったんです」

 

「でもそれ、小五郎さんは聞いてないんですよね?」

 

 彰が聞けば、小五郎は神妙に頷く。つまり、被害者が生きていたのか、死んでいたのかは判別が出来ない。そこで山本本人に確認すれば、茶髪の女性──山本からは本人からの声だったという。

 

「──確かに、直美の声で『早く来なさいよっ!』って……時間は、1時8分です」

 

 山本はそう言って、携帯の履歴を見せてくれる。事実、そこには同じ時刻が羅列していた。

 

「そうですな……その時、貴女はどちらに?」

 

「モノレールの、一番町駅です」

 

「私たちは、1時からずっと一緒でした」

 

 山本の後に続いて話したのは眼鏡をかけた女性である『大林(おおばやし) 佳央理(かおり)』。その彼女と山本の間に座って顔を俯かせているのがピンクの服を着た女性『金田(かねだ) 佳奈美(かなみ)』だ。

 

 そんな金田を大林は見つめながら一言付けたす。

 

「──佳奈美は、10分遅れましたけど」

 

 それを聞いた目暮たちが佳奈美に視線を向けた。それに佳奈美がおびえながら問いかける。

 

「あ、あの……なにか?」

 

「いえ。貴方はなぜ、集合時刻に遅れたのですか?」

 

「い、家の事をしていたんです。洗濯物を干したり、お皿を洗ったり……」

 

 それに一応、納得を示した目暮警部が頷けば、山本が先ほどの話を続ける。

 

「私たちは、1時20分のモノレールに乗りました……このホテルに到着したのが、1時50分ごろ。直美の部屋に着いたのは、2時ちょうどでした」

 

 それを聞き、目暮が本当かと隣に座って話を聞いていた小五郎に問いかければ、間違いないと返ってくる。そこで目暮が改めて3人に顔を向ける。

 

「それでは皆さん、申し訳ありませんが、正午から1時までは何をしていたのか、聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 それに3人が驚いた様子を見せる。

 

「し、正午からですか……?」

 

「ええ。先ほど、『ある方法』を使えば、皆さんのおっしゃった時刻より前に犯行を行い、そして皆さん及び我々警察に、犯行時刻を誤認させることが出来ると証明されたのです」

 

 それに3人が目を互いに見合わせ、まず山本と大林が話し始めた。

 

「わ、私は、駅に向かう為に移動を……その前までは家で準備をしていました」

 

「私も、同じです」

 

「私は、家族とご飯を食べていました……」

 

 金田の言葉に後ほど確認すると話しをすると、目暮警部は残りの2人に視線を向ける。

 

「貴女方2人は、どうですかな?」

 

 目暮警部からの問いかけに、2人は顔を俯かせて首を横に振る。誰もそれを証明できないのだ。それに理解したことを伝えると、3人に現場に戻って遺体発見時の状況を説明してほしいと伝えれば、少しして全員が立ち上がった。

 

 それを見ていた伊達、彰、コナンは『ある人』に目を付けていた。しかし、全員その人が犯人であるという決定的な証拠がなかった。そのことに頭を悩ませていた時、コナンの近くを通った『その人』から、何かのビニール音がこすれるような音が聞こえ──コナンは気障な笑みを浮かべた。

 

 

 

 現場の状況説明が終わり、全員が頭を悩まし始めた頃──唐突に小五郎がフラフラと体を大きく揺らし始めた。

 

「はっ?」

 

「おいっ大丈夫か毛利探偵!?」

 

 唐突なそれに、松田は目を見開いて固まり、伊達が壁に座り込んだ小五郎に駆け寄った。

 

「お父さん?」

 

 蘭が驚いたように呼びかければ、小五郎──のフリをして襖に隠れてしゃべりだすコナン。

 

「大丈夫だ、蘭。伊達警部もご安心ください──今、全ての謎が解けたのですよ」

 

「……はぁ!?」

 

 その言葉に伊達が思わずと声を張り上げ、小五郎の言葉に彰たちも驚いた。

 

「そ、それは本当かね!?毛利くん!!」

 

「ええ、間違いなく。そして犯人は間違いなく、今ここにいる3人の女性の中にいるんです!」

 

 それに驚きの声を上げるのは、勿論、女性3人組。

 

「えぇっ!?」

 

「そんなっ!?」

 

「私たちの中に、犯人が!?」

 

 山本、金田、大林の声を聴くと、小五郎は話を始める。

 

 催涙スプレーの話から始まり、今もテーブルに置かれているルームキー、これが強盗が犯人であった場合、遺体発見を贈らせるためにもカギをかけていくはずだと話す。

 

「そして、犯行時刻……こちらは、伊達警部が証明してくださったのを逆算し、恐らくは12時20分頃だったのでしょう。テレビのトリックも、女性の皆さんのためにも、もう1度実践して見せてみましょう──コナンっ!!」

 

 そこで襖の後ろに隠れていたコナンが出てくる。しかも周到に両手に白手袋を付けて。

 

 それに同期組は目を見開き──疑惑の視線をぶつける。

 

(こいつ……なんであそこに?)

 

 特に強い視線を松田がぶつけていれば、コナンが冷や汗をかきながらも、伊達が暴いたトリックを説明し、伊達を振り返る。

 

「──これで間違いなかったよね?伊達警部?」

 

「──ああ、間違いないぞ、坊主」

 

 2人が意味ありげに笑みを浮かべて互いに向ける。しかし直ぐにコナンが蘭に100円玉を要求すると、それを松田が止めて、コナンに自身のを渡した──ニヤリと笑いながら。

 

「坊主──貸し1つだからな?」

 

「は、ハハハッ……」

 

 コナンは背中に感じる冷や汗をごまかし、投入口にセット。その後に先ほどと同様、抑えを解けば、紐付き飴とアイスバーの袋が重力に従って落ち、コインは投入されてテレビが点く──先ほどと同じだった。

 

「いま、コナンくんが見せてくれたこのトリック。これに使用されたアイスバーは最近、発売されたものですので、この部屋に最初から用意されていたものではありません」

 

「直美が買ってきたのかもしれないでしょ!?」

 

 瑠璃がアイスバーを手袋越しに持ち上げて見せれば、山本がどこか焦ったように叫ぶ。しかし、コナンは続ける──この部屋の鍵を閉めなかったのも、このトリックのためなのだと。

 

「ドアにカギをかけたら、友人とここに戻っても部屋に入れず、テレビが消える瞬間を見せられませんからね……」

 

「ドアノブにかかっていた札も、犯人がかけたもの……この時点で、家の方で問題がなければ、金田さん。貴方には犯行が不可能だと立証されます」

 

 彰が金田に笑みを浮かべて伝えれば、彼女は安堵したように吐息を溢す。

 

「ほんの1時間半とはいえ、遺体のある部屋を鍵もかけずに出ていかなければならない……誰かが部屋に入ったら、計画は水の泡ですからね」

 

 そこで山本は声を上げる──自身は1時8分に、藤村から連絡を受けていると。

 

 その言葉に大林も同意する。もし1時前に亡くなっていたのなら、電話など掛けられない。そう反論する大林に、コナンは気障に笑う。

 

「──犯人がかけたんですよ。被害者の携帯を使ってね」

 

 それに大林は必死に募る。

 

「でも、公仁子は直美と話したって──っ!!」

 

 そこで漸く、彰たちとコナン以外の全員が気づいた──その山本が、偽証したのだと。

 

 全員が山本へと顔を向ければ、彼女は顔を青ざめさせていた。山本の近くにいた金田は、信じられない思いを抱きつつ、彼女からゆっくりと離れる。そんな全員の反応を感じつつ、コナンは答える──唯一無二の、真実を。

 

「そう、話せるはずもない……つまり犯人は──山本公仁子さん!貴方だっ!!」

 

 小五郎に遂に名指しされた彼女は小さく体を震わせ、歯を食いしばっている。

 

「く、公仁子……っ!」

 

「嘘っ!?」

 

「──犯行を終えた貴女は、藤村さんの携帯を持ち、モノレールで一番町駅へと引き返し、佳央理さんと合流した。そして1時頃、ポケットに忍ばせた藤村さんの携帯から自分の携帯へ電話を掛け、あたかも話しているようなフリをした」

 

 そして彼女は、遺体発見のどさくさに紛れ、藤本の携帯を机の下へと置いた。小五郎がそう言えば、彼女は固い声で言う──証拠はあるのか、と。

 

 それにコナンは自信に満ち溢れた顔で、小五郎の声であると答える。

 

「証拠なら──貴方が持っているでしょう?」

 

 ポケットのビニール袋のことを指摘すれば、彼女はあからさまにそれが入っているだろうポケットを抑えた。その気配を感じたのか、コナンは続ける。

 

「藤本さんの携帯を、それに入れて持ち出したんでしょう?」

 

「──ポケットの中を、検めさせていただきます」

 

 そこで瑠璃が近付き、彼女のポケットの中を探れば──確かにビニール袋が出てきた。

 

「──毛利さん、ありましたよ」

 

「では、瑠璃刑事。それを、光に透かして見てください」

 

 それを聞き、彼女が光を透かしてビニール袋を見てみれば、いくつも指紋が残っており、中には縦に重なった場所もある。その指紋の位置を見て、瑠璃は目を細めた。

 

「……山本さん、あなたの携帯の番号、見せていただいてもよろしいですか?」

 

 瑠璃からの問いかけに、彼女は渋る様子を見せる。しかし、彼女が断るよりも前に、コナンが声を出す。

 

「瑠璃刑事、彼女の番号なら、私が記憶していますよ。なにせ、彼女の番号は特徴的でしたから……『020ー5825ー2805』です」

 

「──なるほど?確かにそれは面白いな」

 

 松田が瑠璃の横でビニール袋を覗き込み、フッと笑う。なにせ、彼女の番号は、携帯の文字列の真ん中の縦列のキーしか使わないことになる。

 

「この指紋、縦に重複して重なったところがある──つまり、これは、ビニール越しにあんたが番号を押した跡……違うか?」

 

 松田が山本を見やれば、山本は自分が持つビニール袋なのだから、自分の指紋が付着しているのは当たり前だという。それを聞き、松田が顔を上げれば、話を聞いていたらしい千葉が既に被害者の携帯を持ってきていた。それを袋に縦にいれてみれば──付着した指紋と、位置が同じだった。

 

 それを目にした山本は何も言えなくなり──観念したように、話し始める。

 

「──直美が、許せなかったのよ」

 

 山本の言葉に、金田も、大林もなぜだと声を上げる。そんな2人を見据えて、彼女は話す──恨みの理由を。

 

「……大学を卒業するとき、成績優秀者は、海外のブランドに推薦されることになってたわ。その栄誉を得た直美は、子供服のデザイナーとして成功した──けど、その推薦は、私が受けるはずだったのよっ!!」

 

 しかし、藤村はその当時の教授に取り入り、奪取したのだ。

 

 その話を山本は先日のクラスの二次会で、酔った教授が口を滑らせたことにより知ってしまった。

 

 そう話す山本に、彼女自身も独立して自身のオフィスを持つはずだったのではと大林が悲しそうに叫ぶ。しかし、山本はそれは嘘なのだと、声を枯らせて言う──彼女は、リストラされたのだと。

 

「──たった1度の、小さなミスを理由にねっ!!」

 

「リストラ……っ」

 

 ──それは、修斗と、そして北星家の現当主である彰たちの父親が一番避けたいもの。彰と瑠璃は、そう認識している。それを、彼女は受けてしまったというのだ。

 

「──悔しかったっ!どうしてこんな目に合わなきゃいけないのかって……私がこんなに惨めな思いをしてるのは、みんな直美のせいなのよっ!!──直美が私から幸せを奪ったのよっ!!!」

 

 だから、彼女は殺したのだと──膝が崩れ落ち、涙を流しながら告げるのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 気分転換と称して、蘭たちから誘いを受けた瑠璃と松田は2度目のドルフィンランドのイルカショーを見ていた。それもナイトショーであった為、昼とは違い、イルカたちの姿が人工の光で照らされる。周りが暗いのも助けて、昼は逆光もあってしっかり見れなかった部分も見れるようになっていた。

 

 それを横で楽しむ瑠璃を見た後、その彼女の向こうにいるコナンの姿を見て、先ほど、ここに来る前に彼と対峙したことを思い出した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 警察が撤収を始め、蘭が眠ったままの自身の父親に寄り添っていた。そんな場所からコナンを連れ出した松田は、ホテルの外にてコナンと対峙した。

 

「さて、坊主……いい加減、テメェの正体を言えよ」

 

「ま、松田刑事?何を言ってるの?ぼく、唯の小学生──」

 

「ヘェ?タダ(・・)の小学生が、『愁思郎』の事件を知っていて、時効の期限を知り、あまつさえ小学生には出せないような剛速球でポリバケツを蹴り飛ばせるのか……初めて知ったぜ」

 

 まるで悪役の様な笑みを浮かべる松田に、冷や汗が止まらないコナン。そんなコナンに近づき目の前に立つと──コナンに問いかける。

 

「さて、前回はうまく逃げられたが今回は逃しゃしねぇぞ──テメェは一体、何モンだ?」

 

 松田からのその問いかけに、コナンは目を丸くし──気障に笑って松田を見上げる。

 

 

 

「……江戸川コナン──探偵さ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 松田は、この返しに納得したわけではない──しかし、それ以上を答えてくれるような気がしなかったのだ。

 

(……まあ、今回はこれで勘弁してやるよ──名探偵?)

 

 フッと楽し気に笑う松田に、瑠璃は首を傾げつつも、視線をイルカショーに戻したところで──ちょうど小五郎が、4匹のイルカからボールをぶつけられて取り損ねている姿を見たのだった。



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第33話~封印された目暮の秘密・前編~

 ──真っ暗闇の中、瑠璃は1人、立っている。

 

 瑠璃は理解していた──この空間が、夢で構成されたものだということを。

 

(……またか(・・・)

 

 瑠璃の、光のない視線の先には──幾重もの死体の山。

 

 刺殺体、撲殺死体、毒殺死体、絞殺死体──そして、焼死体。

 

 瑠璃の近くでは、見覚えのある公民館が燃え盛り、『月光』が奏でられている。あの日、瑠璃は結局、その燃え盛る公民館の中には入らなかった。しかし今回は、瑠璃はその中に入っていく──きっと、その中にいるのだと、理解したから。

 

(……あぁ、やっぱりいた)

 

 あの公民館の2階にあった、ピアノが置かれた部屋。そこには、当時の姿でピアノを奏で続ける犯人──麻生成実がいた。

 

「……あらあら、コナンくんだけじゃなくて、刑事さんも来てしまわれたんですね」

 

「……ねぇ、せめてここだけなら、逃げよう?」

 

 瑠璃は彼の腕を掴んで立たせようとするが、それを彼は払いのけ、奏で続ける。

 

「いいえ、私はどこにも行きません。だって、私はここで死んだんですから──どこにもいけませんよ」

 

「でもっ」

 

「いけません──だって、貴女は私がどこにもいかないと記憶してる(見てる)でしょう?」

 

 成実は笑みを浮かべて告げる。それに瑠璃は苦し気に表情を歪めた。

 

「私はここで命を終えるんです。貴方がそう記憶してる(見てる)からそうなるんです──だってここは、貴方の記憶の世界なんですから」

 

 ──だから、貴方が記憶した(見た)とおりにしか進まない。

 

 成実がそう言った瞬間、彼の皮膚は焼きただれ、水疱がいくつも膨らみ、眼の中に煤が入って黒く染まっていく。その姿は、あの時の遺体そのもので、彼がピアノを弾くのをやめて立ち上がろうと力を入れた瞬間、彼の骨が悲鳴を上げた。それに耳を塞ぎたくともそれはできない。だって、耳を塞いだって──忘れるなと聞かされるのだから。

 

 彼女は見ていられないと目を瞑ったその瞬間、周りの熱さと骨の悲鳴が消え──代わりに、目の前で高所からヒト(・・)が落ちた音が耳に響いた。

 

 目を瞑ったとしても、それだけは理解できた。なぜなら、これは瑠璃の悪夢。彼女が今まで見てきて遺体の数々が写されていくのだから、人が落ちたとしても物が落ちること基本的にない。そして、落ちてくるのはいつも決まっている──瑠璃が初めて、目の前(・・・)記憶した(見た)遺体。

 

 それは、梨華の彼氏だった男──『宮村(みやむら) 和樹(かずき)』だった。

 

 四肢のすべては折れ曲がり、首もあらぬ方向へと曲がっている。頭からは血液どころか別の液体さえ漏れ出てきている。

 

 瑠璃はそれを目にし、夢の中でうずくまる。

 

(いやだ、もう見たくない……みたくないよ……っ)

 

 暗い世界の中、彼女が呟いた最後の言葉は、命あるものにはいつも──届くことはない。

 

 

 

 ***

 

 

 

 杯戸百貨店にてショッピングを楽しむ蘭と園子だが、この日の目当ては自分用ではなく、園子の彼氏である世界最強の男──『京極(きょうごく) (まこと)』に贈る服を探していた。

 

「ねぇねぇっ!これなんかどう?」

 

 園子がそう言って蘭に見せるのはオレンジのハイネックが付いたセーターで、緑のボーダーが入っていた。その真ん中には同じく緑色の動物が描かれており、それに難色を示す蘭。

 

「んー、京極さんにプレゼントするんでしょ?ちょっと、かわいすぎない?」

 

「え~、そっかなぁ?」

 

「彼なら……こういったシンプルなセーターの方がいいと思うけど?」

 

 蘭が園子に代わって選んだのは、紅碧色の無地のハイネックセーター。しかし、今度は園子が難色を示す。

 

「だめよっ!?手編みじゃなきゃっ!!」

 

 その言葉に蘭は目を丸くし、後ろにいた園子を振り返る。

 

「手編みじゃなきゃって?」

 

 蘭からのこの疑問に、口を滑らせてしまった園子は頬を赤らめて口を押さえ、その反応を見て理解した蘭は目を細めてどういうことなのかと問い詰める。そんな蘭の反応に、彼女は手編みの方が暖かいからだと言うが、誰がどう見てもごまかしの言葉だ。

 

 蘭が園子に詰め寄れば、園子は観念したように苦笑気味に話す──以前、手紙を書いたときに、好きな人のためにセーターを編んでいる、と。

 

「……でも、あんなに根気がいるものだとは思わなくってさっ」

 

「なーるほど?それで、市販の手編みのセーターを、さも自分が編んだかのような顔して渡そうって魂胆ね?」

 

「仕方ないでしょ?引っ込みがつかなくなっちゃったんだからっ!」

 

 園子のその話に、蘭は溜息を溢しつつ笑みを浮かべる。

 

「まぁいいわっ!好きな人に好きって言ったその勇気に免じて、彼には黙っててあげるからっ!」

 

「──あら、私まだ、誠さんに好きって言ってないけど?」

 

 園子の言葉に逆に驚いたのは蘭だ。彼女はてっきり告白したのだと思い込んでいたのだ。

 

「でも、手紙に書いたんでしょ?『好きな人のために編んでる』って……もしかして京極さん、園子に別の彼氏がいるって勘違いしちゃうかもよ?」

 

 その蘭からのもっともな疑問に、園子は楽し気に、そして嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「くっふふっ!それそれ!!そこがポイントよっ!そう思って、真さん、ちょっぴりハラハラするでしょ?」

 

 園子の作戦としては、その後に小包を贈り、園子からの小包を見て恐る恐る開くと、その中身はセーター。

 

「じゃじゃーんっ!実は貴方のセーターだったのよっ!?なーんていう、ラブラブ大作戦よっ!!」

 

 その園子の明るい未来予想図を聞き、蘭が京極の心境を考え、重い溜め息を吐き出した。しかし、彼女のためとほんの少しの意地悪を込めて、言葉を返すことにした蘭。

 

「そんなこと言っちゃって、愛想つかされても知らないわよ?」

 

 蘭の言葉に、途端にむくれて不満そうにする園子。

 

「だってさ……真さん、無口だし、こうでもしなきゃ、どう思ってるのか分かんないんだもんっ!」

 

 しかし、彼女はすぐに照れたように頬に手を添える。

 

「私のこと、心配してるのは分かってるんだけど……かといって、ダイレクトに訊くのは度胸がいるし……」

 

「──あら、女は度胸って言うでしょう?」

 

 そこへ、2人に唐突に声が掛かり、驚いて蘭は左、園子が右を向けば──そこにいたのは綺麗な長い黒髪をポニーテールにして、茶色のコートを羽織った女性。その人に見覚えがある蘭が目を見開いた。

 

「……梨華さん!?」

 

 蘭の大きな声に慌てて指を唇に当てて、静かにと示せば、彼女は慌て口を手で覆い、改めて声を掛けてくる。

 

「お久しぶりです、梨華さん!!今日はどうされたんですか?」

 

「今日はただのショッピングなの!近々、友人とも行くんだけど、それとは別にね……さて」

 

 梨華はそこで優し気な笑みを浮かべたまま、園子に向き合えば、園子もまた目を見開いたまま顔を向けている。

 

「初めまして、貴女の話は修斗から聞いてるわ……私は北星梨華、よそしくね?」

 

「北星……しゅ、修斗さんの御兄妹の方ですか!?わ、私、鈴木園子って言います!!」

 

「えぇ、よろしくね!」

 

 梨華がその名の通りに華が舞うような笑みを浮かべれば、園子の頬に赤みを帯びる。それを楽しそうに見つめた後、梨華は蘭に改めて目を向けた。

 

「それにしても、よく私ってわかったわね……何度か見ないと、私と瑠璃を間違えるのに」

 

 そう言って首を傾げて聞けば、蘭は笑顔を浮かべる。

 

「だって、瑠璃刑事だったらお仕事かなと思いまして……それに──梨華さんと瑠璃さんって、笑顔がほんの少し違うから、今日は梨華さんだって……そう思ったんです」

 

 蘭のその言葉に目を見開いて驚く梨華だったが、しかし直ぐにフッと笑みを浮かべ、寂しそうな表情を浮かべた。

 

「そう……貴方も、『彼』と同じことを言ってくれるのね」

 

「?彼って?」

 

 蘭のその質問は園子も抱いたもののようで、2人が首を傾げて梨華を見つめていれば、彼女は手を横にして気にしなくていいと示す。

 

「それで、園子さんは言わない方針で行くのかしら?」

 

「あ、そ、そうですねっ!やっぱり、恥ずかしいですし……」

 

「そうね……それに、女性はその方がきれいになれるって、友人も言ってたし」

 

 梨華が思い浮かべた言葉は、本来はもう少し違った言い方をするのだが、別に訊かれないだろうと思って彼女はそれを使わないことにした。

 

「もー、梨華さんまで……」

 

「それじゃあ、蘭──貴方は分かるの?新一くんが蘭のこと、どう思ってるか」

 

 梨華と共同戦線を張った園子が、蘭からの言葉に逆に問い返せば、蘭は頬を赤らめる。しかし、彼女は新一から自分がどう思われているのかという問いに答えれずいる。その反応を見て、梨華は楽し気に笑みを浮かべ、園子は蘭の顔に自身の顔を近づけ、目を細める。

 

「ほーら、ほらほらほらっ!気になるでしょ?聞きたいでしょ??どーなのよっ!?」

 

 園子からの追撃に蘭は焦る。勿論、彼女だって気になるのだ。しかし、それを幼馴染だからと言い、気にならないと言えばウソになるとも彼女は呟き、考え込み始める。頬を赤らめて考える蘭の姿を微笑ましく梨華は見つめる。対して、園子は彼女の声をその場で代弁し始めた。

 

「でも、でもでもでもでもっ!……聞きたいよ~な、聞きたくないよ~な、今はそんな感じなの、うふっ!なーんて、寝ぼけたこと考えてるんじゃないでしょうね!?」

 

「あら、園子さん、蘭さんの真似上手ね!」

 

「か、考えてないわよっ!!それに、梨華さんもそこは褒めなくていいですからっ!!」

 

「──あのさ~」

 

 そこで梨華の後ろから声が掛かり、3人がそちらへと顔を向ければ、血液全てが顔に集まっているのではないかと思うほどに真っ赤なコナンがいた。梨華はその姿を見て嬉しそうに膝を折って目線を合わせた。

 

「あら、コナンくんも来てたのねっ!お久しぶりね、コナンくん!!」

 

「う、うん!お久しぶりだね……ところで、ボク、駐車場で待ってるおじさんのところに行っててもいいかな?」

 

 それを聞き、蘭がデパートの裏にあるパスタ屋に入って待っていてほしい事を伝えれば、コナンはその顔のままその場を去っていく。

 

「……そういえば、園子さんの靴は厚底ブーツなのね」

 

「えぇ!今の流行のもので、おしゃれですから!!」

 

 

 

 コナンはその後、小五郎と合流し、パスタ屋へと向かうことにした。勿論、その道中は女性陣への小五郎の不満だ。

 

「たっく!女ってのはどーしてああも買い物と電話がなげーんだっ!」

 

 小五郎は珍しくコートにオレンジのニット帽をかぶり、緑のマフラーをしている。そんな小五郎の横を歩くコナンは、小五郎のその言葉に内心で同意した。

 

 2人が横断歩道を渡りきったところで、公衆電話から出てきた女性に小五郎が気づき、そのブーツとスカートの間に出ていた肌を見つめて表情をデレデレと崩した。

 

(ひょ~っ!綺麗なあんよのおねぇちゃん!!しかもこの寒空に超ミニ……粋だね!)

 

 その姿にはさすがに蘭一筋のコナンも頬を赤らめたが、公衆電話の中に落ちたままのボールペンを見つけ、そのことを小五郎に伝えれば、小五郎が意気揚々と金髪の女性に声を掛け──その肩を掴んだ。

 

 その女性は、小五郎の手を掴んだんだ瞬間──後ろにいた小五郎へとタックルをかまし、そのまま流れるように足払いを掛け、女性はそのまま小五郎を抑え込んだ。

 

「確保──!!」

 

 その声と共に、近くのごみ袋が舞い上がり──目暮警部が飛び出してくる。

 

 小五郎が驚いている間にも、近くの路地から高木と伊達が現れ、近くに止められていた車からは見覚えのない刑事達と共に彰、松田、瑠璃も下りてくる。

 

 そのまま刑事たちが小五郎を抑えこむ傍ら、目暮の近くで止まって状況を観察する伊達。その反対にいた彰、松田は、視界に入ったコナンの姿を見て動きを止め、松田は無意識にも近い動きで瑠璃の首根っこを掴み動きを静止させる。

 

「ぐえっ」

 

「おっと、すまねぇな……どうも、人違いっぽいからいかなくていいぞ」

 

「え、人違い???」

 

 瑠璃が目を白黒させて刑事たちの姿を見つめれば、なぜかその中心から小五郎の声が響いてきて、彼女は顔を青ざめさせるのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 目的地であるパスタ屋で、刑事たちから解放された小五郎が目暮たちから、先ほどの謝罪と事情を説明されていた。

 

「へぇ~?連続婦女殴打事件の、囮捜査ねぇ?」

 

「そうなんだよ!だから、佐藤刑事にあんな格好をしてもらってだな?」

 

 しかし、一般に公表されている情報には、犯人の身長は150㎝前後とあったことを覚えていた小五郎はそれを指摘する。小五郎の身長とはかなりの差があるのだが、なぜか小五郎が間違われて捕まったのだから納得いかないのも仕方ない。

 

「アタシみりゃ犯人じゃないってすぐにわかるでしょうに……」

 

「ああ、いえ……佐藤さんに迫る毛利さんの態度が、その……」

 

「じ、尋常じゃないというか……」

 

「少々、身の危険を……」

 

 小五郎の嫌味に、高木と目暮が苦笑しながら返し、佐藤も恥ずかしそうに危険を感じたのだと言う。小五郎もそれには後ろめたいものがあったらしく、それ以上は何も言わずに吸っていた煙草の火を消した。その隣に座っていたコナンは、そんな小五郎の心境を理解し呆れたように笑う。

 

「しかし、弱ったな……」

 

「ええ。襲われた3人の女性も、事件当時、派手な格好をしていたというぐらいしか共通点がありませんし……」

 

「犯行現場もバラバラだし……」

 

 そこで頭を悩ませていた目暮が写真をもう一度見せてほしいと頼めば、かなり派手な化粧をした肌が小麦色の女性たち。

 

 第一被害者は『水谷(みずたに) 涼子(りょうこ)』という、紫のセーターの上に白いファーコートを着て貴金属の指輪を嵌めた女性。彼女は2週間前に車で信号待ちをしていたところを後ろから追突され、怒って車から降りたところを金属バットで殴られたという。

 

 2人目の被害者は『遠藤(えんどう) 仁美(ひとみ)』という、肌色のニット帽を被り、同じく貴金属のブレスレットを付け、美空色のセーターワンピの上から誰かのコートを掛けられている、今にも泣きそうな表情の女性。10日前の深夜、車で走行中のところを公園のトイレに寄り、用を済ませて出てきた所を殴られたと証言。

 

 3人目は石黒(いしぐろ) 路子(みちこ)』。緑色のセーターの上から桔梗色のファーが付いたジージャンと、同じ色のハートのネックレスを着けた女性は、携帯の充電が切れ車から降りて電話ボックスで友人と電話を終えて出た所を殴られたという。それも他2人よりもかなり被害がひどく、2人が頭を負傷したのみなのが、彼女は頭どころか左目の付近まで殴られたような打撲痕があった。

 

「その電話ボックスって、まさか……」

 

「ああ。ついさっき、君を取り押さえたあそこだよ」

 

 幸いなことに、3人は命に別状はなかったが、派手な格好と言う共通点がないのだと目暮は話す。3人とも、誰かに恨まれるような覚えはないと話している。目暮は偶然とはいえ顔を合わせた小五郎に何かひらめかないかと聞くが、彼は全員ハーフでジャングル育ちな人間だと真面目な顔で口にし、全員の目が点になった。

 

 小五郎はただの日本人な訳がないと言うが、その写真を横から奪い取った園子が『ガングロ』で可愛いと感想を溢す。

 

「真ん中の子なんて『ゴングロ』ねっ!」

 

「ちょ、園子さん!?そこ話し合いしてるのよ!?」

 

 園子を追って店に入ってきたのは梨華だった。彼女は蘭に誘われて一緒に食べることを了承した身だったが、まさか真剣に話し合っている場所に戸惑いもなく入るとは思わず、行動が少し遅れてしまっていた。

 

 そんな彼女を見て、佐藤が目を見張る。なにせ彼女からしてみれば、先ほど、彰たちいつものメンツと捜査に向かったはずの彼女が服を変えて来店したように見えたのだから仕方ない。

 

「る、瑠璃??捜査に向かったんじゃ……それに、服まで変わって」

 

「えっ……あの子、説明してないのかしら」

 

 梨華が頭を抱えて瑠璃に文句を溢すと、切り替えるように笑みを浮かべて自身の紹介をすれば、佐藤は目を見開いて慌てて謝罪する。

 

「す、すみませんっ!まさか、双子のお姉さんだったなんて……どうりで似ているわけだわ」

 

「仕方ない事なので気にしないでください。一卵性双生児って見た目が同じみたいなので、家でも修斗と……認めたくないですが父以外、なかなか見分けられないみたいなので」

 

 梨華の言葉に親への不満が紛れていたために眉を顰めた佐藤だったが、家庭問題に頼まれてもいないのに突っ込むのは違うと自制することにより、言葉を飲み込んだ。

 

「で、小五郎さんが分かっていないようなので説明すると、彼女たちのような方を『山姥ギャル』って言って、今の若い女性たちに流行っているみたいですよ?」

 

 梨華たちの家ではなぜか嫌がられているメイクだが、梨華も派手にしたい人種ではないので見ているに限るとは思っている。

 

「や、やまんば?」

 

「うっそー!?おじさん、もしかして知らないの!?」

 

 園子の言葉に強がるような態度を見せるが、園子は訝し気に小五郎を見つめる。そんな園子を見て、梨華を見て、蘭の姿が見えないことを気にしたコナンが蘭の居場所を訊けば、トイレに行くから先にパスタ屋に向かっていてほしいと頼まれたことを園子が話す。

 

「しかし、無差別にそんな子を狙っているとなると、手の付けようが……」

 

 高木が腕を組んで頭を悩ませれば、その反対に座っていた佐藤も同意する。

 

「そうね……こんな事件、いままでにあんまりなかったし」

 

「──いや、確か前にもあったな」

 

 そこで小五郎が思い出したように顎に手を当て語るのは──目暮のトラウマの事件。

 

「連続して女子高生が車でひき逃げされる、いやぁな事件だ……あれは、俺が刑事になる随分前──」

 

「っとにかく、我々は捜査に戻ろう」

 

 目暮が小五郎の言葉を切るように椅子から立ち上がり、佐藤がもう一度囮をすることを話すが、目暮がその作戦を拒否した。それに驚く佐藤を置いて、目暮は被害者3人に本当に共通点がないかを洗いなおすと宣言して店を出ていった。その後を追うように立ち上がる佐藤たちだが、そんな2人を見ずに、目暮は小五郎に謝罪する。それに小五郎が呆然としながらも返事を返したところで、店の中で着信音が響き渡った。

 

 それは園子の携帯だったようで、彼女がポケットから携帯を取り出し通話ボタンを押せば、相手は蘭だった。その蘭からの言葉に、園子が困惑したような表情を浮かべた。

 

「えっ!?出口が分かんなくなった!?……で、今どこにいんのよ。……え!?地下の駐車場!?」

 

 その一言には梨華も頭を抱えた。なぜトイレから出ただけなのに地下駐車場にでてしまったのだと頭の中で混乱する。その間にも蘭が説明をし、園子が蘭の方向音痴を心配するが、コナンが園子が身に着けている見新しいネックレス、ブレスレット、指輪を見て頭の中に光が走る。

 

「──ねぇ、園子姉ちゃん!!その指輪とネックレスとブレスレット、さっきの写真のお姉さんたちと、同じじゃない!?」

 

 その言葉は、まだ店内にいた刑事組にも聞こえ、そのやり取りを真剣に聞いている。対して、コナンに指摘された園子は戸惑った様子を浮かべ、梨華はじっとその装飾品を観察し、眼を丸くした。

 

「確かに、まったく同じね……そういえば、さっきデパートで受け取ってたわね。私も受け取ったけど……」

 

「あ、はい……ミレニアムセールっていって、出口でレシート見せたら、1万円ごとに好きなグッズを選べるようになってたから!」

 

 園子の声を聴き、目暮が園子へと近づき、許可も取らずに腕を取り、高木は慌てて懐に戻していた被害者3名の写真を確認する。

 

「おい、どうだ!?」

 

「つ、つけてます!!1つずつですけど、3人とも、園子さんと同じアクセサリーを……っ!」

 

 それを聞き、梨華が携帯を取り出し、瑠璃へと電話を掛ける。

 

「……瑠璃、今どうせ彰と一緒に捜査中でしょ?……え、他にもいる?そんなことはどうでもいいからよく聞いて。今、貴方達が捜査してるだろう案件で進展があったの、被害者の共通点、それは──」

 

「──同じデパートの客」

 

 その瞬間、耳から離していた園子の携帯電話から蘭の叫び声が響き渡る。それを聞き、全員の顔が青ざめた。

 

 小五郎が急ぎ園子の携帯を奪い取り、蘭の安否を確認すると、彼女から震え声で伝えられた言葉に更に焦りが募る。

 

「なにっ!?駐車場に血まみれの女が倒れてる!?」

 

 それにその場の全員が息を呑み、梨華の通話先の向こうでも、息を呑む音が聞こえた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その後、刑事たちと、蘭を心配した小五郎たちも駐車場へと集まり、捜査が開始された。

 

「──被害者は『藍沢(あいざわ) 多恵(たえ)』さん、20歳。このデパートの元店員で、1年前に退職。現在は無職だそうです」

 

 全員の視線が注がれた先には、被害者3人と同じ、小麦色の肌の女性で、服装はラベンダー色のもこもこしたニット帽で、チェック柄の上着の下にはショッキングピンクのセーター、濃色のミニスカ、勝色のニーハイソックス、ローヒールのパンプスを履いていた。

 

「4件目で遂に殺しか……」

 

「つまり、今回の殺人は、同一犯……」

 

「……おい、瑠璃?」

 

 松田が瑠璃の様子がおかしいことに気付き声を掛ければ、彼女は首を横に振って何かを振り払い、松田に大丈夫だと告げる。それに対してジッと松田は見つめるが、彼は頭に軽く手を載せた。

 

「瑠璃、調子が悪いなら……」

 

 彰が心配そうに声を掛ければ、瑠璃は顔を引き締める。

 

「大丈夫、問題ないから気にしないで」

 

「……分かった」

 

「それにしても、犯人はまたなんで自分のテリトリーだろう場所で犯行に至ったんだ?」

 

 近くにやって来た伊達が頭を掻きながら溢せば、彰と松田は考えだすが答えは出てこない。しかしその横にいる瑠璃は、被害者をじっと見て、首を傾げた。

 

「ん?瑠璃、どうした?」

 

 彰が瑠璃の様子にすぐに気づき問いかければ、瑠璃は唸りだす。

 

「ん~、あの被害者の姿を見て違和感があるんだけど、何がおかしいのかが分かんない……」

 

「「「なんだって!?」」」

 

 瑠璃の言葉に男3人が目を見開いて驚き、彰が瑠璃の肩をゆする。

 

「おい、何とか思い出せ!!何が変なんだ!?」

 

「ちょ、頭が、脳がぐちゃぐちゃになるから揺らさないで~!!」

 

 そこで、現場に響き渡る男性の声に後ろを振り返れば、警官に止められた涙を目に浮かべる男性がいた。

 

「多恵、多恵っ!!多恵ェ!!!」

 

 その姿を目に捉えた瑠璃。今朝、悪夢を見たからだろう──その姿が、事件とは全くの無関係だというのに。梨華は蘭たちの近くにいるというのに、思い返してしまった。

 

 

 

 ──12年前。

 

 病院の前に行きかう警察と、カメラで撮影する野次馬たち。その近くには、屋上から飛び降りた和樹に泣き叫びながら近づこうとする梨華と、それを後ろから羽交い絞めして止める修斗。2人はちょうど、屋上にいたのだ──彼の自殺を、止めるために。

 

 瑠璃は2人とは違う場所で、刑事たちに励まされながらも事情聴取を受けていた。しかし、それらすべてがまるでガラス窓の向こうの出来事のように感じていられていた。現実だとは思いたくなかったのだ──彼女の目の前に落ちてきた(・・・・・)のが、自分たちの友人、だなんて。

 

 

 

 そんな瑠璃など誰も気にすることなく、件の泣き叫ぶ男性を見つめる刑事たち。

 

「彼は?」

 

「この女性の彼氏で、デパート内で待ち合わせをしていたそうです」

 

白川(しらかわ) 紀之(のりゆき)』はこのデパートのオーナーの息子で、彼がコックとして働いているレストランで藍沢を紹介しようとしていたらしい。その彼の後ろから女性もやって来た。名前は『紺野(こんの) 由理(ゆり)』といい、紀之と同じレストランでウェイトレスとして働いており、紀之とは大学での同級生でもあり、紀之の相談役でもあったという。その相談内容とは、どうやら藍沢との交際を父親が反対していたらしい。

 

「それより蘭。遺体を見つける前、不審な人物は見かけなかったのか?」

 

「そんな人、いなかったよ?すれ違ったのは警備員さんぐらいで……」

 

 それを聞いていた彰たちが近付いた。

 

「ちょっと失礼……蘭さん、警備員の人とすれ違ったのか?」

 

「は、はい……この駐車場の入り口のところで、40歳ぐらいのおじさんだったけど」

 

「──あぁ、それ私ですよ」

 

 蘭の後ろから現れたのは、茶色の制服らしきものを着た男性『定金(さだかね) 芳雄(よしお)』。彼はトイレに行くために持ち場を離れた際、蘭とすれ違ったという。また、その時間を狙って犯人が殺害したのだろうとも言う。しかし、更に後ろから眼鏡を光らせながら現れたのは、紀之の父『白川 春義(はるよし)』。春義は定金が半年前までライバル百貨店で警備員をしていて、今尚、そこと繋がってこの百貨店の評判を落とそうとしているのでは、と怪しんでいるらしい。それは事実無根だと言いたそうに困った表情を浮かべている定金。しかしそれは気にせず、紀之に新しい女性を見つけることを願って去ってこうとする春義。

 

「今度は傷のついていない、ちゃんとしたお嬢さんをな」

 

「──あら、傷のついてないって、どういうことかしら?」

 

 そこで梨華が声を掛ける。春義がそちらへと視線を向けてみれば、そこには冷たい視線を向けている無表情の梨華。そんな彼女に、春義の代わりに答える紺野。

 

「あの、きっと1年前、ここで彼女が起こした自動車事故のことだと思います」

 

「自動車事故?」

 

 紺野の言葉に、耳を傾けていたコナンの表情が厳しいものに変わる。

 

「えぇ、彼女、ここで小さな男の子を轢いてしまって……」

 

「なるほど、それで貴女は彼女を首にしたわけね」

 

 理由は納得した梨華だが、春義の言い方に納得がいかず、しかし怒りは鎮めることにし息を吐き出した。

 

 また、紺野の言葉を聞いた佐藤が、友人である交通課の由美から聞いたことを話し出す。曰く、この駐車場で、母親を待っていた少年が車の陰から飛び出してしまい撥ねられたのだという。勿論、駐車場だからこそスピードはそこまで出ていなかったらしいが、当たり所が悪く少年は亡くなってしまったらしい。

 

「少年の名前は確か『桜井(さくらい) (あきら)』っていったかな」

 

「「彰??」」

 

「俺じゃねぇよ」

 

 梨華と瑠璃が同時に彰へと顔を向け、彰がジト目で見返し、松田と伊達は苦笑い。そんな彼らを他所に、小五郎が紀之へと春義の身長を聞けば、150ちょっとだと返ってくる。

 

「因みに、貴方は?」

 

「173だよ」

 

「私は、144」

 

「私は167です」

 

 紀之が紺野、定金よりも高いらしく、紺野は紀之より頭一つ分ほど小さい。それを聞き、オーナーが怪しいと小五郎は目暮に話し、それに目暮が同意する。目暮は、春義であれば藍沢がここに来ることを予想できたはずだという。

 

「ちょっとお聞きしますが、貴方のお父さんは、待ち合わせのレストランに来られたんですか?」

 

「いや、時間が過ぎても来ないから、彼女に様子を見に、駐車場に行ってもらったんだ」

 

 そこでハッと気づいたように顔をこわばらせる。

 

「まさかアンタたち、父さんを疑ってるんですか!?」

 

「あ、いや、前に襲われた女性たちが犯人の身長が150㎝前後だと証言していたので念のためにっ」

 

 それに紀之は目を丸くする。藍沢が今話題になっている連続殴打犯にやられたのだと理解し、紀之が叫ぶ。

 

「──アンタたち、何やってんだっ!?身長まで分かっててどうして捕まえられなかったんだよっ!!!」

 

 紀之が涙をこぼしながら目暮たちを募る──それは、目暮に過去のトラウマを思い起こさせることとなるとも知らずに。

 

「あんたたちが犯人を捕まえとけば、多恵だってこんな事にはならなかったんだっ!!多恵が死んだのは、アンタたちのせいだっ!!──アンタたち警察なんで、役立たずだっ!!!」

 

 

 

『役立たずだっ!』

 

『役立たずっ!!」

 

 

「………ぶ?」

 

 

『──アンタたち警察は、役立たずだっ!!』

 

『なーに驚いてんのよ?私が囮になってやるって言ってんのよ』

 

 

 

「…いぶっ」

 

 

『やっぱ、映画みてーにはいかねぇなっ……』

 

 

「──目暮警部っ!!!」

 

 

 彼はそこで膝が崩れ落ち、頭を押さえ始め、彼を心配して呼びかけ続けていた瑠璃が目を丸くして驚き、声を上げる。

 

「目暮警部っ!?どうされたんですかっ!!?」

 

「目暮警部っ!?」

 

「警部っ!!?」

 

「どうされたんですかっ!!?」

 

「おい、目暮警部っ!!」

 

 周りが急に崩れ落ちた彼を心配し呼びかけるも、彼からは何でもないと返され、彼は立ち上がる。それを紀之の傍に立ち様子を見ていた紺野が紀之に代わり謝罪の言葉を口にする。

 

「すみません、警部さん。紀之くん、ちょっと気が動転してるみたいで……」

 

 それに、目暮はこわばった表情のまま気にしなくて構わないと返す。

 

「──彼の言う通りですから」

 

「……あの、少し向こうの方で、頭を冷やして来ても?」

 

 それに目暮が了承を返すと、紺野は紀之を連れて離れていく。それを見て定金も仕事に戻ると話、その場を去っていった。それらを見送ったコナンが、タイミングを計っていたのか高木に声を掛ける。

 

「ねぇ、その3人のお姉さんたち、3人とも犯人は150㎝ぐらいだって言ってたの?」

 

「いや、そう言っていたのは1人目と3人目の人だよ」

 

 高木は写真を見せて話し、そんな高木の後ろをついて歩いていた佐藤が詳しく説明しだす。

 

「2人目の遠藤さんは、突然、後ろから殴られて、通りがかりの人に発見されるまで気を失っていたから、犯人を見てないって。でも犯人が、150㎝前後と言うのは間違いないわ」

 

 佐藤がそれを自信を持って言えるのは、その後日に事情聴取をした際、自分と同じぐらいだったと話していたのだという。

 

「その2人の身長ってどのくらいなの?」

 

「──1人目が151㎝、3人目が153smだよ」

 

 瑠璃が高木たちの後ろから声を掛け、それに驚いた高木と佐藤が瞬時に後ろを振り向く。

 

「な、なんでそんなに驚かれてるの??」

 

 瑠璃が目を丸くして逆に問いかけたとき、固い声がかけられる──目暮からだ。

 

「──おい、子供に余計なことをしゃべるな」

 

「す、すみません……」

 

 瑠璃たちが申し訳なさそうにしている一方、梨華は蘭たちの傍に立ち、被害者をじっと見ていた。それに疑問を持ち、小五郎と彰、松田、伊達が近付く。

 

「おい、蘭。本当に怪しい人物を見かけなかったんだな?」

 

「見かけなかったよ?出口を探して暫くうろうろしてたけど……それより、梨華さん」

 

「なにかしら?蘭さん」

 

「なにか、なにかおかしくないですか?」

 

 蘭と梨華の視線を追って小五郎たちが被害者に目を向ける。どうやら女性のどこかがおかしいのだと蘭が言い、園子も違和感を感じるのだと言う。2人が話す違和感に、小五郎が訝し気な表情で遺体に近づくが、彼には何も感じられなかった。

 

「そういや、瑠璃の奴も被害者に違和感があるっつってたな……」

 

 松田が思い出したように瑠璃を見るも、瑠璃は先ほど膝をついた警部を心配してか、現場の様子を確認しつつ、目暮の様子を見ていた。

 

「──おかしいって言えば、2番目に襲われた人の格好も変じゃない?」

 

 コナンが指摘する違和感は、夜中にトイレから出てきたところを襲われたというのに、彼女は男物のコートを羽織っているのはなぜなのかと言う。事実、彼女に連れはいなかったと証言され、発見者からも同じようなことを伝えられている。そして、そのコートは高木のコートだという。なんでも、コートすら来ていない姿のままで、だいぶ寒そうに見えたから、と。

 

「……おいちょっと待て高木。だったらなんでそのガイシャはそんな寒そうな姿で外に出たんだよ。この時期だぞ?夜だぞ??」

 

 伊達も感じたらしい違和感に、高木たちも漸く理解したらしい。被害者からは上着を取られたという話は受けていない。しかも事件からずっと錯乱状態が続いているらしく、事情聴取は出来ていないのだと話だし、松田も頭を抱えだす。そんな話を聞いていた小五郎が、最近の若い人物たちは薄着をするのが粋なのだと自信満々に言うが、それを梨華が否定する。

 

「毛利さん、それは流石にないですよ。スカートなら兎も角、この寒い冬の中、ノースリーブのワンピースのみなんて無茶ですよ。私の友人だって同じことを言うはずです」

 

「……もしかして、もともと暖かいところにいて、お手洗いがすんだらすぐに戻るつもりだった?」

 

 いつの間にか瑠璃も目暮の後ろで話を聞いていたらしく、そう考えた。

 

「なるほど、コナンくんが言いたいことは理解できた──この被害者は車の中に何事もなければ戻るつもりだった……だろう?」

 

 彰が気障に笑えば、コナンも同じように笑みを浮かべて頷いた。そしてもしそれが正解だった場合、3人には共通点として『車』を使っていたことが上がる。そして、この現場は駐車場──すべて車がらみなのだ。

 

「よーっし!高木くん、伊達くん。直ちに2件目の被害者に確認を取ってくれ!!」

 

「「はいっ!!」」

 

 高木と伊達の『ワタルブラザーズ』は現場から去っていき、この殴打犯がオーナーの可能性が低くなってくる。しかし、可能性として残っている以上、目暮は警戒を解かずにオーナーを見据えていた。そんな時、後ろから高笑いが聞こえて目暮と、となりで話していた小五郎が振り返れば、松本管理官が現れた。

 

「毎度毎度すまんな、名探偵」

 

「ま、松本警視殿っ!?」

 

 小五郎が緊張した様子で挨拶をすれば、松本が顎で返事を返しつつ前を通り過ぎる。しかし、目暮の前で止まり、固い声で声を掛けてきた。

 

「おい、目暮。表でマスコミが無差別殺人の始まりじゃないかと騒ぎだしている。ここは早々に切り上げて、また明日、出直せ」

 

 その言葉が聞こえていた瑠璃の顔に眉が寄ったが、これ以上は確かに厳しいことは彼女も理解しており、しかも上司からの命令であれば彼女は反論できない。そんな瑠璃とは違い、目暮がなにか言おうとしたが言えず、佐藤からも出直すことを提案される。彰たちも何も言わないが、本音としては捜査を続けたい派閥の人間だ。とくに松田は隙を見て続ける気満々だ。それにも苦笑いを向ける佐藤は、目暮に視線を戻し、ガングロで車にも乗って囮捜査をすると宣言すれば──目暮が固い声で、どこか苦しげな声を上げる。

 

「──言ったはずだっ!!もう囮は使わんっ!!!」

 

 その覇気すら感じるほどの激昂に松本以外の全員が驚き、松本は目を細めて目暮を見ている。

 

「……目暮警部?」

 

 瑠璃が心配そうに声を掛けるが、目暮からは何も返されない。それどころか松本にもう少し捜査を続けさせてほしいと頼み込んでいた。

 

「──それに私には、犯人がこの近辺にいるような気がして……」

 

 目暮の言葉を聞いた松本は、重い口を開く。

 

「……まぁ構わんが……目暮よ。まさかお前──まだあの山を引きずってるんじゃないだろうな?」

 

 その松本の問いに、目暮は何も返すことなく俯いてしまう。

 

「そのシャッポの中に封印したあの山を……」

 

 ──目暮が思い出したのは、彼がまだ若かりし頃に起こった事件。女学生が、全身をぼろぼろにして倒れ込み、自身が彼女を抱き上げた、あの時の事件。

 

「──いえ、そんなことは……」

 

「──そうか……つまらんことを訊いたな」

 

 松本は気づきながらも、それを言うことはなかった。そんなやり取りを彰たちは見つつ、梨華に近づいた。

 

「おい、梨華」

 

「……なに?今、この雰囲気で何を聞きたいわけ?」

 

 梨華が訝し気に彰に訊き返す。捜査はもうしないのではと言いたげなその表情に、松田が詰め寄る。

 

「瑠璃もなにか気になっていたようだが、アンタの方がそれに気づいてるんじゃないかって思ってな……何に気付いたんだ?」

 

 詰め寄ってくる松田にジト目で見返す梨華だが、溜め息を吐き出した。

 

「分かった、分かったから離れて頂戴──面倒な奴思い出すから、煙草の臭いを嗅ぎたくないのよ寄らないで」

 

 梨華の力強い拒否に彰が噴き出し、松田がそれに何か言いたげな目を向けたが、後で絡むことを決めて梨華から離れる。

 

「で、私が気になるのは、被害者のファッションよ」

 

「は?被害者のファッション??」

 

 梨華からの言葉に、何を言っているんだと言いたげに眉を寄せる松田。それに梨華は溜息を吐き出し、説明をし──彰たちは目を見開くことになるのだった。



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第33話~封印された目暮の秘密・後編~

この事件って一種のホラーですよね。私、こんな体験したら動けなくなってお陀仏になる自信しかない(動けても足が遅いからやられる)。

結論:米花町民は事件に遭いすぎて咄嗟の行動が身についてしまった説

私はこの説を推したい所存。

それでは、どうぞ!


 佐藤が松本と話をし、彰たちが梨華から話を聞いている間、目暮は1人、被害者に背を向けて考え込んでいる。そんな目暮の尋常じゃない様子に、小五郎たちが心配そうな目を向けているが、彼はそれすら気づかないほどだ。

 

 そんな折、園子が小声で小五郎を呼ぶ。どうやら時間がかかることを理解し、1度持っている荷物を車に置き、トイレに行くために車のカギを貸して欲しいとのこと。それに小五郎は閉店時刻が迫っているため、急いだほうがいいと忠告した。園子もそれに礼を返し、蘭からも荷物を預かると、彼女は小五郎の車へと向かった。

 

 鼻歌を歌いながら鍵を指で回して車へと向かえば、目的の車の助手席側は停まっていたトラックが寄ってしまっていて開けないことを、園子は理解した。そこで彼女は反対側の運転席側から鍵を回し、扉を開けて荷物を入れ込んだ──それを見ていた憎悪の視線に気づかずに。

 

 それからほんの少したち、高木が1人で戻って来た。どうやら被害者から確認は取れたらしい。目暮が話を促せば、目暮たちの予想が当たっていたと返される。

 

「やはり、あの女性は車から降りて公園のトイレに行ったそうです」

 

「ふむ、そうか」

 

 そこで目暮は再度、考え込む。車と言う共通点はあるのに、なぜ今の流行に乗ってファッションを楽しむ女性を狙うのか。

 

(それとも、他に何かあるのか?──見落としている4人の被害者の共通点が)

 

「伊達はどうしたんだ?」

 

 彰が疑問を問いかければ、高木は伊達は女性を宥めてから戻ると言われたと話す。それを聞き、松田が携帯をスーツのポケットから取り出し、伊達に連絡を取り始める。それを見た佐藤が視線を厳しくした。

 

「ちょっと、松田くんっ!捜査中にどこにっ……」

 

「その捜査のためさ……伊達が戻ってきていないなら好都合だ」

 

 その時、コール音が鳴りやみ、伊達の声が返ってきた。

 

『はい、伊達』

 

「伊達か、お前今どこにいる?2人目のガイシャは近くにいるか?」

 

『いや、彼女を落ち着かせたから今から戻るってとこだが……まさか、また事件か!?』

 

 伊達からのこわばった言葉に松田は否定を返し、彼の本題に入った。

 

「2人目に話をするのが難しそうなら、そのまま1人目に向かってくれねーか?──訊いてほしいことがあんだよ」

 

『──分かった』

 

 伊達が同意したのを受け、松田が要件を話し出す。その傍らで、代わりに彰が事情を話し出した。

 

 

 

 駐車場から出た園子は、トイレの前にて悲観に暮れていた。なにせ彼女の目の前には清掃中の看板が置かれている。それはその階にだけ置かれていたのなら、彼女が悲観に暮れる理由はない。しかし、その清掃が他の階でも行われていたらしく、ここまで彼女が見てきた階は全て使えなくなっていたのだ。

 

「ンなもん、閉店後にやりなさいよ、たくっ!!この先のトイレは8階なのよ!?」

 

 園子は苛立ちを覚えながらも渋々と言った様子で向かっていく。

 

「なんか私、トイレ運ないって感じ……」

 

 その瞬間、館内に放送が流れ始めた。それは閉店を知らせる放送で、園子は焦りを募らせ始める。

 

 

 

「──それは本当なのかね!?梨華くん!!」

 

 彰から話を聞いた目暮が梨華に詰め寄れば、先ほど松田にも詰め寄られた彼女は、どこかうんざりと言ったような表情ながらも頷いた。

 

「本当ですよ。最近の若い子たちの間で流行してるファッションだって、友人ともちょうど先日、話題に上がりましたから」

 

 梨華がそこで、担架に乗せられ、ブルーシートに覆われて運び出されていく被害者に視線を向けて話をする。

 

「今どきの若い子たちは、あれだけ肌を黒くして、メイクも服も派手にして、ミニスカにニーハイの靴下を履くと──それに合わせて厚底ブーツを履くんです」

 

 梨華の言葉を聞き、蘭も漸くしこりが取れたのか、表情が明るくなる。

 

 そのタイミングで、警官同士が背中からぶつかり、遺体の足からローヒールが落ちた。

 

「だから──あんなローヒールは、あの服装でなら絶対に履かないはずです」

 

 そこで梨華が同意を求めるように蘭と瑠璃へと顔を向ければ、彼女たちは何度も頷いて返してくれた。

 

「──伊達から、少なくとも1人目は履いていたのが確定したと返ってきたぜ」

 

 松田も携帯の通話を切りながら話に入ってくる。また、遺体を運んでいた警官からも靴がぶかぶかであると報告が入る。

 

 

 

 園子が漸く8階のトイレで用を足し終えて出てくると、タイミングを計ったかのように売り場の電気が消されてしまう。それに慌てた園子が声を上げて自分の存在をアピールする──その背後に、複数のへこみが作られた金属バットを持つ、不気味な人間に気付かないまま。

 

 

 

 梨華の話を受け、それが本当であった場合、犯人がわざわざ靴を変えた理由が謎として浮かび上がってくる。

 

「なんで犯人はわざわざ靴を履き替えさせたりしたんだろう?」

 

「──きっと、気づかれたくなかったんだよ!」

 

 そこで一際高い声が高木の疑問に入ってくる。その声を上げた人物であるコナンを探そうとすれば、彼は高木たちの目の前に立っていた。

 

「……なるほど?坊主の言いたいことは分かったぜ」

 

 そこで松田も理解したらしくニヤリと笑う。その後では、彰が瑠璃と何か話し合いをしていた。

 

「犯人の行動理由である厚底ブーツ、それを履いた人物ばかりを狙っていると気づかれたくなかった……そうだな?」

 

 松田の言葉に、コナンも気障に笑って頷けば、3人の用紙を思い出した高木がそれを口に出し、厚底ブーツを履いていたのではと言った梨華の言葉が信ぴょう性を増してくる。

 

「厚底ブーツって言えば、藍沢さんが1年前に起こした交通事故の原因の1つに、運転中、彼女が厚底ブーツを着用していたためのブレーキングの遅れも上がっていたって、由美が言ってたわ」

 

「それは、本当か!?」

 

「はい。事故で亡くなった少年の母親と別れた父親が、強硬にそのことを主張していたけど、結局、認められなかったと……」

 

 その言葉に。梨華は不愉快そうに表情を顰めた。なにせそれが本当であった場合、彼女自身が、起こしてしまった事故に微塵も反省がないことを意味するのだから。

 

(……本当、嫌な思い出を掘り返してくれるわね、この事件)

 

 梨華の脳裏に過るのは、和樹が自殺する要因の引き金となったもの。それは──トラックの運転手による居眠り運転の話を、本人の親から聞いたときの場面だ。

 

(……どうして、なんで──平気でまた繰り返すのよ)

 

 梨華が強く手の平を握ろうとすると、その手を覆って止める人間がいた──蘭だ。

 

「……梨華さん、大丈夫ですか?」

 

 蘭の心配そうな表情を真っ向から見た梨華は、頭を冷静にするために息を深く吐き出した。

 

「……大丈夫よ……心配かけちゃってごめんなさい。それから──ありがとう」

 

 フッと笑みをこぼして彼女にお礼を返せば、気にしないでほしいと返される。梨華が今度また買い物に行こうと提案すれば、彼女はそれに乗ってくれた。

 

 そんな2人のやり取りを他所に、コナンと刑事組は話し合う。

 

「別れた父親?」

 

「えぇ。父親の酒乱が原因で、離婚したとか」

 

 その父親の名前を佐藤が思い出そうと顎に手をやったとき、コナンが声を上げる。

 

「──『定金』って名前じゃない?」

 

 それに佐藤が同意する。それを聞き、高木と、話し合いを終えて聞いていた瑠璃が目を丸くする。

 

「ちょっと待って……それが本当なら、あの人……っ!?」

 

「ああ、よっぽどの偶然でなきゃ、あの警備員の名前と同じ理由は……」

 

「おいっ、じゃあまさか、犯人はっ!?」

 

「──あの警備員だ!」

 

 それを聞き、目暮は高木に1年前の裏を取るように指示を出し、数人の警官たちには定金を探すように指示を出す。そこまで見届けると、佐藤がコナンと視線を合わせた。

 

「でも、よく分かったわね!」

 

「そんなの簡単だよっ!」

 

 笑顔を浮かべてコナンが説明をし始める。

 

 まず、犯人が狙う人物は厚底ブーツを履いていることが第1条件。しかし、第2の条件である車に乗っていてはそれが見えるはずもない。また、第3の条件であるデパートの客だったことを踏まえて考えれば、いつも駐車場で車の乗り降りをしているところを見れる警備員が一番怪しい。

 

 コナンがそう説明をすれば、小五郎が疑問を呈する。犯人の身長は約150㎝。被害者はそう証言をしていた。

 

「あの警備員は167㎝だって言ってたじゃねぇか」

 

「──被害者側の身長が高くなっていたんですよ」

 

 その疑問に答えたのは、コナンではなく、彰だった。

 

「被害者側の女性たちは全員、厚底ブーツを履いていましたから、彼女たちの身長は150㎝でも、そこに高さ10㎝以上の厚底ブーツを履いていれば、犯人と同じ慎重になります」

 

 彰の説明に小五郎は理解し、佐藤も頷いた。

 

「確かに、あの子たちの身長を測ったのは、本庁に来てもらったとき……警察の事情聴取だから、派手な厚底ブーツは避けたって訳ね」

 

「しかし、藍沢さんに復讐したいなら、こんなところで待ち伏せせずに、直接、彼女の家にいきゃぁ」

 

「──忘れたのか、毛利」

 

 小五郎の言葉を遮るように、松本が割って入る。被害者は20歳で、1年前に事故を起こしたときはまだ未成年。であれば、住所は公表されない。

 

「──だから、息子が轢かれたこの駐車場で、待ち伏せをしたんだろう……いつか彼女が再び、このデパートにやって来るのを見越してな」

 

 しかし、藍沢は現在まで現れず、定金は業を煮やして同じ特徴を持った女性たちを腹いせのために襲っていった。そう、松本が説明した途端、目暮が近くの車を力強く叩いた。

 

 それに驚いた全員が目暮へと視線を向ければ、彼は険しい表情を浮かべており、それを見た梨華は理解した。

 

(……なるほど。あれは、昔似たようなことを経験した人の顔ね)

 

 そのタイミングで、高木と伊達が戻って来た。高木から裏取りが出来たと報告が上がる。予想通り、定金は1年前に事故死した少年の、実の父親だったのだ。

 

 それを聞いた目暮が定金の居場所を訊けば、定金の車はあるが本人がいないことを伝えられる。それを聞いた梨華は考える。彼女の中で、何かが引っかかったままなのだ。

 

(犯人は『厚底ブーツ』を履いて『車』を運転する『女性』を狙って襲っている……その女性を見た気がするけど、いったい……っ!?)

 

 そこで、梨華は思い出した──園子もまた、厚底ブーツを履いていたことを。

 

(でも、待って、彼女は車を運転できる年齢でもないし、運転免許だってもってない。車だってもってないから、狙われる理由は……っ)

 

 梨華は青い顔でそう思い込もうとするが、嫌な予感が拭えない。そんなひどい表情を浮かべている片割れに気付き、瑠璃が近付いた。

 

「……梨華?どうしたの?」

 

「ねぇ、瑠璃……園子さんは、どこにいるのかしら?」

 

「え、園子ちゃん?」

 

 瑠璃が首を傾げるも周りを見るが、園子の姿はどこにも見えない。同じように辺りを見ていた蘭に近づけば、コナンがどうしたのかと蘭に問いかけており、辺りを見回しながら、彼女は告げる。

 

「──園子が戻ってこないのよ……車に荷物を置いて、トイレに行くって言ってたんだけど……」

 

 それを聞き、コナンと瑠璃の顔が青ざめた。

 

(園子ちゃんが、車に荷物を……!?)

 

(おい!?確か園子が履いてた靴ってっ!!?)

 

 

 

 園子が暗闇の店内を、わずかな蛍光灯を頼りに階段を上がっていれば、呼び出し音がその場に響き渡る。園子が歩みを止めずに携帯の通話を繋げれば、相手は蘭からだった。

 

「もしもし?……あ、蘭?……え、今?まだデパートの中よ」

 

 園子が電話の向こうにいる蘭に、先ほど起こったトイレの不運を話そうとした瞬間、足音が1つ、響いた。

 

 それを耳にした園子の身体が思わず止まり、思わず振り向くが──そこには誰もいない。

 

 下の階を覗き見てみるも、やはり誰もいない。そのことに恐怖から思わず笑ってしまった園子の声を聴き、電話の向こうの蘭がどうしたのかと聞いてくる。それに園子が変な気配がしたのだと返して上へと向かう階段へと体を再度向ければ──目の前に、気配もなく立つ人影が1つ。

 

 それに園子が言葉を失い体を恐怖から1歩下がった瞬間──目の前の人物は、持っていた金属バットを、迷いなく振り上げた。

 

 そこで園子が悲鳴を上げ──それは蘭の携帯から漏れ聞こえるほどの声量だった。

 

 全員が蘭へと視線が向いた瞬間、さらにそこから金属が金属に当たるような音が聞こえてくる。そこで2度目の園子の悲鳴が上がり、以後、彼女の声は聞こえなくなってしまった。蘭はそれでも必死に親友へと呼びかける。

 

「ちょっと、園子!?園子っ!!!」

 

「──間違えてるんだ」

 

 コナンが焦った表情で続ける──鍵を持って荷物を載せていた彼女を、犯人が『厚底ブーツを履いた運転手』と、勘違いしているのだと。

 

 それを聞いた小五郎が蘭に園子からどこにいると聞いたかを聞けば、デパートの中にいると聞いたと話す蘭。そこで電話が切れてしまったのかとコナンが焦った表情のまま聞くと、繋がっているが遠くで機械の音が聞こえるだけだと言う。

 

 蘭はコナンに携帯を渡し、コナンがそれを耳に当てて聞いてみれば『好きなフレームを選んでねっ!』という声が聞こえてくる。それがプリクラの音だと気付いたコナンが、このデパートにプリクラはあるかと訊けば、蘭は頷き、少し考えこんで思い出す。

 

「確か、10階のレストラン街の階段のところに2つ……」

 

 それを傍で聞いていた目暮が思い出す。例え閉店したとしても、レストランは遅くまでやっていることを。

 

「きっと園子くんはそこのエレベーターで下へ降りるつもりでっ!」

 

 そこまで聞いた松本が高木と伊達に急ぎデパートの電気をつけるよう言い、佐藤、目暮、瑠璃、松田が上から、彰含む他の警官たちは下から回って園子を保護し、被疑者確保するよう指示を出す。それを聞いた目暮たちが走って向かう姿を見て、小五郎は感心した様子を見せる。

 

「いや~、気合入ってますな、目暮警部殿!」

 

「──似とるんだよ」

 

 感心した様子を見せていた小五郎は、松本のその一言に思わず彼を見る。そんな小五郎の顔を見ず、松本は続けた──目暮の、この事件にこだわりを見せる理由を。

 

「──今回のヤマが、奴が最初に手掛けたヤマとな……」

 

 そこで蘭とコナンの姿が見えないと辺りを見回してい言う松本の言葉で、漸く2人が現場から姿を消したことに気付いた小五郎だった。

 

 

 

 園子が息を切らせながらも諦めずに走って逃げるその後ろから、定金は金属バットを引き摺りながら、ゆっくりと歩いている。園子が振り向きそれを確認しながらも走り続けていれば、彼女は足首を捻ってしまい、勢いよく倒れ込む。

 

 園子はそこから体を立て直し、しかし恐怖から座り込んでしまったまま、近づいてくる音を聞き、体が震え、その声が聞こえたらしい犯人は──狂気の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 レストラン街近くの階段で、コナンが時計のライトを使って照らしてみれば、すぐに携帯を見つけて拾い上げた蘭。そのキーホルダーなどを確認してそれが園子のものであると断言する。

 

「園子のもので間違いありませんっ!!」

 

「レストラン街の客は、2人をみてないから、園子ちゃんはデパート内に逃げ込んだみたいね」

 

 それを聞いた目暮が、高木に電気の催促をしたころ──園子は後ずさりしながら犯人から距離を取るも、壁に背中が当たってしまい、下がれなくなってしまっていた。そんな園子に近づき、金属バットを持ち、笑みを浮かべる定金。

 

「──お前らは、悪魔だ。それも、かわいい少女のフリをして罪を犯す、小悪魔だっ!」

 

 

 

「──悪魔に生きる価値なし!!!」

 

 

 

 外で雷がデパートに落ちた瞬間、デパート中の電気が落ちてしまう。これで明かりの綱が消えたとき──園子の悲鳴がデパートに響き渡り、階段を使って急いで降りていた蘭が思わず下の階に声を掛ける。

 

「園子っ!?園子、どこっ!?」

 

 その瞬間、ガラスが割れる音が聞こえてきた。それに蘭の頭に嫌な想像がよぎり、焦った様子で声を掛ける。

 

「園子っ!!?」

 

 そんな蘭に静かにするように耳元で言うコナン。先ほど、ガラスが割れた瞬間に何かが床に沢山落ちたらしく、それをコナンが言う。それを聞いた刑事組が2人の近くに集まった。

 

「砂、米っ……いや、もっと大きなっ」

 

「……水槽の底に敷く、小石の音じゃないでしょうか?」

 

 佐藤の言葉に蘭が4階にペットショップがあることを伝え、急いで向かう佐藤たちだったが、途中で1つ分足音が足りないことに気付いた瑠璃が後ろを振り向けば──目暮がそこにいなかった。

 

「──おい、瑠璃。どうした?」

 

 松田が足を止めた瑠璃に気付き、近づいてくる。2人がいるのはちょうど踊り場。そこには各階の店舗が書かれている。

 

「松田さん、目暮警部の姿が見えないんですっ!」

 

「は?……っち!あのオッサン、一体、こんな時にどこ行きやがったんだっ!!」

 

 松田がそこでハッと何かに気付いたように階のフロア説明欄を見つめた。

 

(……もしかして、警部は……)

 

 そこで松田がなんの合図もなく駆け上がり始め、瑠璃も慌ててその後を追っていく。

 

 

 

 園子は、金属バットを咄嗟に避けることが出来たものの、やはり腰が抜けてしまって立てず、そのまま後ろに下がっていく。そんな姿を見た定金はゆらゆらと体を揺らし、まるで子供をなだめるように優しく話しかけてくる。

 

「ごめんよぉ、本当は懲らしめるだけだったんだ……でも、見ちゃったよねぇ?──私の顔……!」

 

 雷が落ち、またもその場を照らして定金の顔を映し出す。やはり彼の顔は狂気に染まり、恐怖のバットを構え──振り上げた。

 

 

 

「わたしのかお、見ちゃったよねぇー!!!」

 

 

 

 園子は恐怖で目を瞑り──しかし、自身を襲うはずの衝撃が来ないことに疑問を持ち眼を開く。

 

 そこには──見慣れた茶色が見えた。

 

 

 

「──目暮警部!!!」

 

 

 

 瑠璃たちが駆け上がり、おもちゃ屋に走って入ってみれば、園子の生存と共に見えたのは──バットで頭を殴られた目暮の姿。

 

「け、けいぶさんっ……」

 

 園子は恐怖と安堵から涙がこみ上げ、瞼に留まる。そんな園子には目もくれず、自身の頭から流れる血液すら拭わず、目暮はその険しい表情のまま、相手に厳しい視線を向ける。

 

 それを向けられた定金は──まるで恐ろしいものを見たような目を向ける。

 

 

 

「──どうだ?気持ちいいかぁ……おいっ!!」

 

 

 

 目暮はバットを力強く握りながら、定金に問いかける。その声は震えており、何かの強い感情を溢しているようにも感じた。

 

 瑠璃と松田が隙をついて園子を定金から保護し、距離を取る。目暮はそれに気づきながらも定金から視線を逸らさない。

 

「人を傷つけて、気持ちいいかと訊いてるんだっ!!」

 

 定金はなんとかバットを取り返そうと力を込めて動かそうとするも、目暮の力の方が強いのか1つも動かせない。目暮は力を緩めず、園子を視線だけで示した。

 

「アンタ、運転マナーの悪い若者に、正義の鉄槌を下してるつもりだろうが……生憎この子は、車に荷物を載せていた唯の高校生だっ!!」

 

 その言葉に、定金は目を丸くし、信じられないのか瞳が揺れる。

 

 

 

「アンタの声は、正義のためでも、亡くなった息子さんのためでもない──唯の、逆恨みですからなっ!!」

 

 

「独りよがりで、人の命をもてあそんだ──何の意味もない、唯の憂さ晴らしだっ!!」

 

 

「──それが分からんのかっ!!!」

 

 

 

 目暮がそこでバットを勢いよく奪い取り、地面へと叩きつける。

 

 その悲痛な想いを乗せた怒声は、怒りの対象ではない園子と瑠璃すら、勘違いをして目を瞑ってしまうほどの気迫だった。それを見ていた松田も、サングラスの下で目を丸くしていた。

 

 定金は漸く、己がやったことの罪を理解したのか膝をつき、両手もついた。

 

「……あ、あの女にっ、謝ってほしかっただけだったんだっ!──ちゃんとした靴を履いて、天国にいる息子に……謝ってほしかったんだっ!!」

 

 最初はそれだけだったと、定金は泣きながら想いを吐き出し──彼は、崩れ落ちてしまった。

 

 そんな定金を見て──瑠璃は園子を松田に任せて、近づいた。

 

「おいっ!!」

 

「──大丈夫ですよ、松田さん」

 

 松田の声を聴き、彼女は笑みを浮かべる。それは──彼女らしからぬ、儚い笑みだった。

 

「──定金さん」

 

 瑠璃の声を聴き、定金はその涙で濡れた顔を上げれば──泣きそうな表情の女性が、座り込んで見下ろしていた。

 

「……定金さん。貴方の気持ち──分かりますよ」

 

 瑠璃の言葉に、定金は目を丸くする。厳しい言葉が来ることも覚悟していた彼には、思ってもいない言葉だった。

 

 そこで電気は復旧し、蘭たちがやって来た。蘭と園子がお互いに喜び合い、抱きしめあっている横を佐藤が通り過ぎ、目暮に声を掛けた。

 

「警部っ!!それに松田くんたちも、よくここが分かりましたね」

 

「いや、俺らは警部がいないことに気付いて後を追ってきた形だからな……」

 

「ワシを、ここに導いてくれたんだよ……この碁石がな」

 

 目暮がそう言って、割れたガラスケースから拾い上げたのは、黒い碁石。そこで目暮が振り向いたことによって頭から血を流していることにようやく気付いたのか、佐藤が心配から声を掛ければ、笑みを浮かべる目暮。

 

「なぁに、心配するな。昔の傷口が開いただけだ──過去に置いてきた、古傷がな」

 

 瑠璃が手錠を取り出そうとポケットを探りだした瞬間、定金が声を掛ける。

 

「あ、あのっ!!」

 

 そこで、瑠璃が動きを止め、定金を見据える──その目は暗く、澱んでいた。

 

「……」

 

「あの、刑事さんっ」

 

「──12年前、私と2番目の兄の友人で、姉の恋人が、トラックに轢かれました」

 

 その言葉を聞いた全員が、固まった──彼女の声が、どこまでも平坦だったからだ。

 

 

 

「その時、彼は運よくすぐに救急車を呼ばれ、一命はとりとめましたが……彼の将来の夢であったヴァイオリニストの夢は、腕の神経麻痺のせいで絶たれました」

 

 

「彼と姉は約束をしてました──必ず、2人で一緒に、大きなステージで演奏をしよう、と」

 

 

「それが叶わないと知り、姉は泣き崩れましたが、それでも彼のためにと私たちは見舞いに行ったり、望みをかけて、マッサージやリハビリの手伝いも行いました」

 

 

「しかし、彼はその生活に絶望したのでしょう──ある日、彼は、見舞いに行った兄と姉の静止を振り切り、病院から飛び降りました」

 

 

 

「──私は、彼が地面とぶつかったその瞬間を目の前(・・・)で見ました」

 

 

「私は、見たもの、聞いたものを一生(・・)忘れることが出来ません。だから、今でもあの時の光景を思い出せます」

 

 

「何十回、何百回、何千回だって──あの光景が目の前で繰り返される」

 

 

 

 そこで瑠璃は、作り物めいた笑みを定金に向けた。

 

「事故の原因は、運転手の居眠り運転で──今だって……私も姉も兄も、その運転手を許せないし、居眠り運転をする人に憎悪だって向けています」

 

 それが1番強いのが梨華だと、そう口に出すことを彼女はしない。

 

「けれど……私は、貴方とは違います──私は、捕まえる側の人間で、居眠り運転の人物を殺すつもりもありません。たとえ加害者だったとしても、その人のことを大事に思う存在が、いるはずですから」

 

 瑠璃は、悲しそうに笑みを浮かべた。

 

「──だからどうか、罪を償って……その時に、また話をしましょう」

 

 瑠璃が定金にそういえば、定金は、何度も頷いた。

 

 

 

 事件の翌日、緑台警察病院に見舞いに来た小五郎たちは、同じく見舞いに来ていたらしい松本に声を掛けられ、一緒に病室へと向かう傍ら、警部の帽子の秘密を聞いていた。

 

「──えぇっ!?昔の事件で負った古傷を……」

 

「あぁ。目暮はその古傷を隠すために、あのシャッポを被っておるんだよ」

 

 それに、小五郎は首を傾げる。職務中の傷は勲章のようなもののはずなのに、なぜ隠すのかと疑問を向ければ、松本は当時の事件を語りだす。

 

「20年以上前になるか……そう、あれはまだ、目暮が刑事になりたての頃だった」

 

 20年前、女子高生が連続で轢き逃げされる事件が発生した。当時の被疑者の動機は女子高生にカツアゲされたことによる恨み。手口としては、標的が1人になったところを狙って車で撥ねるといった悪質なもの。

 

「当時、不良の間で流行っていた『ロンタイ』という、スカートの丈を長くした女子高生を……手当たり次第にな」

 

 最初は当て逃げ程度だったのが次第にエスカレートし、被害者が死亡する事例が発生してしまった。

 

「そこでワシら警察は、付近の女子高生にそのスカートで出歩かないように警告し、パッタリと事件は止んだんだが……その時、ある女子高生が囮役を買って出ると言ってきたんだ──『死んだ友人の敵を取る』と言ってな」

 

 警察側は少女を止めたが、その少女は警察に反感を持っており、そんな女子高生を止めるすべもなかった警察側は仕方なく、目暮をその少女の護衛として付けるも──被疑者は目暮もろとも、少女を轢き殺そうとしたのだ。

 

「幸い目暮が、車のナンバーを覚えていて被疑者は確保できたが……その代償は大きかった」

 

 目暮の方は頭の傷だけで済んだが、当の女子高生は頭と身体を強く打ち、松本たちが到着したころには、少女はぐったりしていたという。

 

「じゃあ警部殿が、あの帽子を脱がないのは……」

 

「あぁ、そうだ──あの大きな傷痕を見れば、誰だってその訳を訊くだろう。そしてその度に、事件のことを思い出してしまう……だから目暮は、あのシャッポで傷を封印したんだよ。辛い思い出が詰まった古傷を」

 

 その話を聞いていた蘭と園子の目に涙が浮かぶ。蘭はその涙を、見舞の献花を持っていない片方の手で拭った。

 

「だから警部……あんなに囮捜査、嫌がってたんだッ!」

 

「死んじゃったその女の子の二の舞にならないようにってッ」

 

 園子の涙声の言葉に、松本が歩みを止めて振り返り──衝撃の真実を伝えてきた。

 

「おいおい、彼女は頭や身体に大けがを負ったが、死んじゃおらんぞ?」

 

「「「「えっ!?」」」」

 

「なにせ彼女は目暮の──」

 

 そこで松本たちの進行方向から声が掛かる。そこには──美しい黒髪の女性がいた。

 

「あら、松本警視っ!──警視も、お見舞いに来てくださったんですねっ!!ちょうど今、白鳥さんと高木さん、それから松田さんと瑠璃さんが帰られたところなんですよ?」

 

 黒髪の女性──『目暮 みどり』は、花瓶を胸に抱えて微笑みを浮かべていた。

 

「おおっ!奴らも来ておったか!!」

 

「えぇっ!皆さん、仕事の合間を縫って!!」

 

 そこでコナンは子供の姿だからこそ気付いた──彼女の額に、古い傷跡があるのを。

 

(ま、まさかっ……)

 

 そこでみどりを呼ぶ声が響く。どうやらそれは目暮の様で、林檎の皮をむいてほしいと、そう甘える言葉を聞いたみどりは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「もうっ!いくつになっても甘えん坊でっ!!」

 

「こりゃ、早く仕事に復帰するよう、喝を入れてやらにゃぁ!!」

 

 松本とみどりは互いに顔を見合わせて笑い、そのやり取りを呆然と見る4人。小五郎がそこでフッと思い出す──目暮の妻であるみどりは、その昔、つっぱっていたことを。

 

 それを聞き、全員が思うのは──目暮が帽子を取らないのは、奥さんとの馴れ初めを冷やかされたくないだけなのではないか、と。

 

 

 

 ***

 

 

 

 警察病院の外では、ベンチに座って飲み物を飲んでいる瑠璃と松田がいた。松田はブラックコーヒーを飲み、瑠璃はミルクコーヒーを飲んでいる。

 

(……気まずいんですがっ!?)

 

 瑠璃が緊張から体を固くしている横で、松田が口を開いた。

 

「……おい」

 

「ひゃいっ!?」

 

 しかし、瑠璃の口はその緊張でよく回らず、変な返答が返ってきたことに思わず松田が噴き出した。

 

「わ、笑わなくてもよくないですか!?こちとら空気がいつもと違うからものすごく緊張しているのにっ!!!」

 

「くッ、いや、こんなん笑うなって方が無理だろッ!」

 

 一頻り笑うと、松田は目じりの涙をぬぐい、改めて声を掛けた。

 

「さて……お前に訊きたいことがあんだよ」

 

「え~っと、聞きたいこととは??」

 

「──お前、刑事部から去るんだろ?」

 

 松田のその言葉に、瑠璃は目を丸くした。確かに、彼女は刑事部から去るつもりで、今朝、それを上に届けたのだが、なぜそのことを知っているのか。

 

「あの、私、松田さんに話しましたっけ??」

 

「いいや?だが、噂は流れてたぞ」

 

「噂はやっ!?」

 

 今朝の出来事の筈が既に広まっているのだと話され、その広まるスピードに若干の恐怖を抱く瑠璃は、両手で体を覆った。

 

「なんで震えてんだ、お前は」

 

「いや、プライベートとか皆さんに実はバレてるのではといった恐怖がですね……?」

 

「お前のオタク趣味はすでにばれてんぞ」

 

「それは別にいいんですっ!!」

 

 瑠璃の叫びに耳を抑えつつ、口を開いた。

 

「で?お前、どこに行くんだ?交通部か??」

 

「だからなんでわかるんですか怖いっ!?」

 

「──あんな話きちゃぁ、想像がつく」

 

 そこで松田が真面目な表情になり、その落差に思わず呆けた瑠璃だったが、漸く言いたいことを飲み込めた所で、溜め息を吐いた。

 

「……松田さん」

 

「なんだ?」

 

「彰は、警察になった理由を知ってますか?」

 

 ──それは、警学時代に、彰から聞いたこと。

 

「──行方不明の義妹を探すためっつってたぞ。公安に入りたがってたが……」

 

 松田がそれに首を振り、意味を理解した瑠璃も苦笑いを浮かべた。

 

「えぇ、お察しの通り……彰は演技や感情を隠すのが得意ではないし、拳銃もそこまでなので、公安には向いてないと思います。逆に私も、この能力(完全記憶能力)は役立つかもしてませんが、それ以外が出来ません」

 

「だろうな。お前ら──修斗以外は、揃いも揃って素直だからな」

 

 松田がフッと笑みを浮かべて言えば、ハハッと嬉しくなさそうに笑う瑠璃。

 

「あの家で素直に育ったのは修斗のおかげだと思いますよ。その分、あの父親の被害を一番こうむっているも修斗ですが」

 

 それを聞き、松田も警学時代に彰から語られた家の闇を思い出し、辟易とする。

 

「いま思えば虐待じゃないかなとも思うんですが、どうですかね?」

 

彰から聞いた話(子供を道具として扱う親)が虐待に入らないなら、法をもっと厳しくした方がいいと思うぞ」

 

「デスヨネー」

 

 瑠璃は肩を落とすも、もう彼らは親に守られる子供ではないため、今更なにも言えない。

 

「えっと、話を戻すとですね、公安に入るには私たちは実力が足りないのと演技力がアレなので、難しい。それでまぁ、刑事部に彰が入り、私も無理を利かせてもらって入っていたんですが──修斗から、優が見つかったと話があったんですよ」

 

 その言葉に、松田も彰から話を聞いていたので驚く理由はない。どちらかと言えば──修斗以外はその姿を見ていないことが、彼には1番の疑問だ。

 

「それでまぁ、姿は見ていないものの、一応は私たちの目的はかなったということで、私は彰に捜索を託し──交通部に移動することを志願したんです」

 

 彼女が思い返すのは──和樹に起こった事故。

 

「私たちのような思いを抱く人が増えてほしくない……だから、私は向こうで頑張るんです」

 

 瑠璃が笑みを浮かべて松田を見つめた。

 

「だから、松田さん──彰のこと、よろしくお願いしますね」

 

 瑠璃からの頼みを聞き、気障に笑う松田。

 

「アイツが守られる立場かよ──逆に前線に出て相手を投げ飛ばしたり気絶させたりと、一騎当千すんのがあいつだろ?」

 

 松田の言葉に眼を丸くし、その姿が容易に思い浮かんだのか、爆笑し始めた瑠璃だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 事件から数日後、とあるレストランにて梨華は約束していた女優と、先日立ち会うこととなった事件のことを話していた。その話を聞いていたサングラスをかけて変装していた女性は、どこか楽し気に話を聞いていた。

 

「──ってことが、先日起こったのよ?しかも、結局、オーナーの方は自身の発言になんの罪悪感とかもなさそうだったし……」

 

「あら、悪はいつか裁かれるもの……犯人は、自分を正義の神(mitra)と思って行動し、逆に天界から落ちた偽物。王が怒るのも分かるわ」

 

 発言が厳しいことは同意すると、最後に付け足した金髪の長い髪のその女性は、コーヒーに口を付ける。

 

「それにしても、貴女がよく使う言葉があのショッピングのときにフッと思い浮かんだのだけど、彼女の作戦は上手くいくのかしら?」

 

「どうかしら?けれど、その彼女を見る男性は目を離せなくなるでしょうね」

 

「あら、どうして?」

 

 梨華は疑問を投げかけつつ、なんとなく彼女が言う言葉を理解していた。そして女性も、唇に人差し指を持っていくと──妖艶な微笑みを浮かべて答える。

 

 

「──A secret makes a woman woman(女は秘密を着飾って美しくなる)……そのシンデレラは、王子に秘密を打ち明けるころには、もっと美しくなるわ」

 

 その言葉に、やはりと言いたげに笑みを浮かべる梨華は、思い出したように話しだす。

 

「そういえば、貴女に頼まれて修斗に訊いてみたけど、よく分からないことを言われたのよね」

 

「あら、オーディンはなんて言ってたの?」

 

「オーディンって……また言いえて妙な」

 

 梨華は苦笑いを浮かべ、修斗からの伝言を伝えた。

 

「『家に来るのは構わないが、酒を持たず、素面でこい』……ですって。意味が分からなくて修斗に訊いたけど、貴女に言えば理解するから関係ないって言われたのだけれど……どういうことかわかる?

 

 

 

 

 

 ──『クリス』さん」

 

 

 

 梨華の言葉に──クリス・ヴィンヤードは笑みを浮かべるだけだった。




宮村 和樹(みやむら かずき)

享年:15歳(推定)

将来の夢はヴァイオリニストだったが、事故をきっかけに神経麻痺を患い、絶望して命を投げ出した少年。

その自殺を止めようとした修斗・梨華、そして見舞いに来て病院に入る前だった瑠璃に多大なトラウマを残してこの世を去った。



さて、まず彰さんを公安に入れなかった理由は、彼には演技が出来ません。

感情を隠すことは人並みに出来るのですが、強感情をいだけばそれが表に出てしまう性格なので、割と公安には向いてない性格をしています。ということで、もともと、優さんの件以外で刑事になりたい理由があった瑠璃さんが移動、と言うことになりました。

まあ、彰さん移動の場合、組対でもよかった気がするんですが、出番が少ない彼がさらに減る気がしたので却下させていただきました。



因みに、クリス姐さんが梨華と仲良くしているのは……彼らの家の立場がヒントとだけ言わせていただきます。彼らは結構、色々しているのでね。



因みに、今後の予定は以下の通りです。

1・そして人魚はいなくなった
2・バトルゲームの罠
3殺意の陶芸教室(予定)
4謎めいた乗客

ここまで終えたら、映画編に入ります。

作者、頑張りますっ!!


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第34話~集められた名探偵!・前編~

前回、予定している話を載せさせていただいたのですが、とある方のプロフィールを確認したときに設定が生えましたので、申し訳ありませんが1話だけ、挿ませていただきます!

因みに、本当の題名は『工藤新一VS怪盗キッド』なのですが、今回、『工藤新一』は出てこないので題名を変更させていただいております。ご了承ください。

また、この話は2時間スペシャルものですので、こちらでは前編後編に分けさせていただきます。気になる方は、良ければレンタルでご確認くださいっ!工藤くんとの対決は、ちょっとおちゃめな失敗をしてしまうキッドがみれますよ!

それでは、どうぞ!

*タイトル改定させていただいております。


 会社が休日、副社長業もお休みと、珍しくも休日となった修斗。本来なら家族と話すか読書をする日なのに、この日は知人の車に乗せられ、仕事でもないのに灰色のスーツを着て、とある館へと向かうこととなってしまった。そのことに、修斗は頭を押さえていた。

 

「なんで俺まで……お前ひとりでいいじゃねぇか『探』」

 

「なんでって、貴方も素晴らしい『英知』の持ち主でしょう?であれば、貴方のこともお誘いしなければならないというもの……探偵でないと言うだけで除け者にするわけにはいきません」

 

「除け者にしてくれててよかったのに!!」

 

 修斗が嘆きの声を上げれば、誘い主である茶髪で、イギリス・日本でも有名な高校生探偵『白馬(はくば) (さぐる)』はにっこりと笑みを浮かべたまま受け流す。

 

 2人の初対面は7年ほど前。修斗がイギリスへと留学し、そこで学んでいた頃、事件に遭遇。本来の面倒くさがりの彼なら解決するまで傍観しているのだが、この日は急ぎの用事もあったため捜査に強引に入り込み、即解決へと導いた。その姿を当時、プリマリースクールの年齢であった白馬も見ていたが、イギリスではその後、すれ違いが続き会うことはなかった。修斗も卒業し、日本に戻ってしまったからだ。

 

 そんな2人が再会したのはその日本でのこと。別の事件でまたも修斗は巻き込まれ、自身の不運は一体どこからと呪っていた時、白馬が探偵として捜査に加わった。修斗には記憶はなかったが、白馬は初めて見たときから忘れたことはなかったらしい。彼に挨拶されるとともに助手として捜査に参加させられ、解決へと導いた。それから2人は度々遭遇し、白馬がイギリスから日本へと来ることがあれば、彼からの誘いに乗って食事をすることも多い。そして事件に遭遇することも多数。その内の1つとなってしまったのが本日、白馬から誘いを受けた話なのだ。

 

「というか、本当になんで助手としてまた俺を連れてんの?今日も『ワトソン』連れてきてんのに……」

 

 修斗の視線の先には、白馬の隣に置かれたケージ。現在、彼は鷲の『ワトソン』と修斗を連れて、招待主が待っているだろう『黄昏の館』へと、ばあやの運転で向かっていた。

 

「ふふっ、いいではないですか。楽しみましょう、この──黄昏の館のパーティーを、ね」

 

 そうして彼が見せたのは──黒い紙に毛筆で書かれた白馬の名前だった。

 

 

 

『黄昏の館』へと辿り着き、そばかすが特徴的なメイド──『石原(いしはら) 亜紀(あき)』に館の中に入る許可を受けたあと、修斗は白馬と別れて館の中を散策していた。しかし館内は所々、血飛沫のシミが付いており、既に彼は辟易していた。

 

(なっんだよこの館、絶対にアイツ許さねぇからな……!)

 

 修斗が頭の中で白馬に対して文句をつらつら並べていると、複数の声が徐々に聞こえてきた。

 

(ああ、館を一周したわけか……ってことは、ここは玄関ホールっ!?)

 

 その瞬間、聞きなれてしまった声に似せたらしいものが聞こえてきた。どうやら、毛利一家も招待を受けたらしい。

 

(あの死神が来てるってことじゃねぇか!!)

 

 更に頭が痛くなり、彼は頭を押さえる。その目の前を、見知らぬ白いスーツを着たふくよかな体系の髭を生やした男性が通っていった。その男性もまた、有名な探偵の1人である美食家探偵『大上(おおがみ) 祝善(しゅくぜん)』だった。探偵が4人の時点で修斗は察した──ここに招待されるのは全員、探偵であることを。

 

「……帰りてぇ」

 

 全ての事実に1人気付いてしまった修斗が遠い目をして小さく呟くも、それは残念ながら誘ってきた白馬が乗り気である以上、叶わない。ならばと諦めの境地に達した修斗は敢えて一歩を踏み出した──ちょうど、大上がメイドに怒鳴っている場所に。

 

「なにっ!?コックが急病で来られなくなった!?話が違うじゃないか!!ワシは晩餐を楽しみに態々、来たんだぞ!?」

 

「も、申し訳ありません……食材は買って来てあるんですけど……」

 

 そこで苛立ちを顔に浮かばせたまま、大上は自分が作ると言った。

 

「──美食と殺人は、ワシの脳細胞を高揚させられる唯一の宝なのだからなっ!!」

 

「──言い方には気を付けた方がいいですよ」

 

 その声に、今度は小五郎一家が反応し、顔を見て目を丸くした──なにせそこには、修斗が立っていたのだから。

 

「なっ!?」

 

「し、修斗さん!?」

 

(おいおい、マジかよ……)

 

 その3人の様子に、傍に立っていたスーツを着た男性──『茂木(もぎ) 遥史(はるふみ)』と、年をめした女性──『千間(せんま) 降代(ふるよ)』は小五郎たちに目を向けた。

 

「なんだ?あの小僧は知り合いの探偵か?」

 

「私は見覚えがないねぇ……けど、上等なスーツを着ているのだから、上流階級の人物ね」

 

「あの人は北星修斗さんって言って、北星グループの人で、探偵じゃないよ」

 

 コナンの言葉に瞠目し、2人は修斗を見つめる。

 

「貴方の言い方だと、推理で人の罪をその人に明らかにし、罪を認めさせるて罪を減らすはずの探偵が──犯罪を待ち望み、意気揚々と相手のやましい部分を突いて楽しむ、快楽人間に聞こえてしまいますよ」

 

 修斗の言葉に、大上は目を吊り上げるも何も言わず、鼻を鳴らして去っていく。修斗はそれを見送るも、内心では黙祷していた。その後、改めて小五郎一行へと視線を戻せば、石原もそこで客人たちを思い出し、彼らへと慌てて近付き頭を下げた。

 

「大変、お待たせいたしました」

 

 そんな石原に視線を合わせて千間は問いかける。

 

「それより、どういうつもりだい?探偵を4人も呼んだりして……しかも、一般の人まで呼んで……」

 

「あ、いえ、お招きした探偵は全部で6名様です」

 

「俺はそのうちの1人に、助手として連れてこられました」

 

 メイドの言葉に続いて修斗が悲壮感を漂わせながら現状を話せば、コナンは苦笑いを浮かべた。

 

(ハハッ、この人、本当に振り回されてんな……)

 

 そんなコナンの反対に立っていた茂木が後2人もいることに訝し気に訊けば、それに石原は肯定を返す。

 

「はい。女の方と少年が……」

 

「少年って、まさかっ」

 

「蘭さん、残念ながら少年は工藤新一ではないですよ。コナン、服部でもないからな……そいつが俺をここまで連れてきたので」

 

 蘭とコナンがすべてを口に出す前に修斗が話す。それに石原も頷いた。

 

「はい。ご主人様にいただいたお客様のリストに、そのお二方も入っていたのですが……工藤様は連絡が取れず、服部様は中間テストが近いからと、お母様からお断りの電話をいただきまして、そのお二方がキャンセルになったので、毛利様のご家族を2人お呼びするのに、ご主人様からOKが出たんです」

 

「……ちょっと待て?じゃあなんで俺の許可まで出たんだ??」

 

 修斗がもっともな疑問を投げかければ、石原と目が合った。

 

「北星様は、事前にご連絡をいただいておりまして、ご本人様からも、探偵にも負けないほどの英知の持ち主であるとおっしゃられておりましたから、それでご主人様が特別に、と……」

 

(探、余計なことをっ!!)

 

 修斗が頭を抱えた姿に、コナン、茂木が可哀そうなものを見る目を向け、千間は肩を叩いて宥め始めた。

 

「まぁまぁ、ここはこの老婆と一緒に楽しみましょう?北星さん?」

 

「探偵はおなかいっぱいですよ、安楽椅子探偵……いや」

 

 そこで小声で何かを呟く。それはコナン達には聞こえなかったが、千間には聞こえたらしく、わずかながらに目を見開いた。

 

「……」

 

「……で?その探偵好きのイカれた野郎は、どこなんだ?」

 

「屋敷内を一周してみましたが、先ほどはそれらしい人物は見なかったですね」

 

「実は、私もまだ会ったことがありませんので……」

 

 その時点で修斗はこの展開に身に覚えがあった。

 

(あ、これ、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』と展開が似てきたぞ??)

 

 リストをもらったはずのメイドが主人を知らないということに小五郎が疑問をぶつければ、リストはメイド採用時に受け取ったらしい。しかし、その面接がそもそも奇妙だったという。

 

「──割りのいい仕事でしたので応募者が殺到したのですが、いざ面接の部屋にはいってみると、部屋の中にはパソコンと、晩餐会の説明書と、招待客のリストが机の上にあるだけで……誰もいなかったんです」

 

 そこで石原はパソコンの指示通りに爪を噛みつつ書類に目を通していけば、唐突にモニターに『貴方を採用します』という文字が出たという。

 

「じゃあ、どうして採用されたのか、分からないんですか?」

 

 蘭が不安そうな表情で問いかければ、それに石原が肯定する。主人との細かいやり取りも、すべて電子メールでやっていたという──つまり、雇い主とは一切、顔を合わせていないという。それを聞いた千間は楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「へぇ?面白いじゃないの。私はやっとぞくぞくしてきたよ」

 

 それを聞き、茂木もフッと笑った。

 

「俺はその扉の妙な柄を見たときから、痺れてたぜ?」

 

 茂木の言葉を聞き、蘭が好奇心から先ほど入って来た扉へと向かってみれば──飛沫のような模様が残されていた。

 

「確かに……変な模様。何の模様なのかしら?」

 

 蘭が扉に近づく姿を楽しそうに笑みを浮かべて見つめる茂木と、そんな茂木に不満そうな目を向ける修斗。

 

「気を付けな、Baby。多分そいつは──古い血の痕だよ」

 

 それを聞いた蘭の顔が青ざめる。それでも否定してほしくて冗談ではないかと茂木に問いかけるが、それを否定したのは──若い、女性の声。

 

 白衣を着た女性は本物だと断言したうえで、持ってきたらしいスプレーを、階段の手すりに吹きかけ、手袋をつけたまま影を作れば──青紫色に光る痕。

 

「……扉に対し、ほぼ45度の入射角で付着した飛沫血痕。扉だけじゃないわ、壁には流下血痕、床には滴下血痕……一応、拭き取ったようだけど、この館内のいたるところに血が染み込んだ痕があるわよ」

 

「俺が敢えて言わなかったことを、なんで次々と、しかも淡々と言うんだ……」

 

 女性の説明に修斗はまたも現実逃避を始めた。本来、感情よりも合理的に動くのが修斗なのだが、今回は逃避したくて必死である。

 

(なにより──彼女に聞かせたい話でもないんだが、な)

 

「あら、なら貴方も気づいているんでしょう?──この血痕の主は、1人や2人じゃないってことを」

 

「──流石ですね!」

 

 そこで上から声が掛かり──白馬が階下を見下ろしていた。

 

「ルミノール……血痕に吹き付けると、血液中の活性酸素により酸化され、青紫色の蛍光が放出される。いいものをお持ちだ!元検視官──『槍田(そうだ) 郁美(いくみ)』さん?」

 

 白馬が階段を下りながらする説明と誉め言葉に、槍田はフッと笑みを浮かべる。

 

「……あら、お褒めに預かって光栄だわ──坊や?」

 

 白馬は槍田の挑戦的な笑みに対し、笑みを浮かべたまま挨拶を返す。

 

「──白馬探といいます。よろしく」

 

 その名前を聞いた小五郎は目を見開いた。

 

「白馬!?ってことは、白馬警視総監の……」

 

「えぇ、確かに白馬警視総監は、僕の父ですよ、毛利さん?」

 

 気障な笑みを浮かべる白馬に、修斗は溜息を吐いた。

 

「なぁ、俺いらなくね?探偵じゃないから帰っていいか??」

 

 修斗の悪あがきに白馬はにっこりと笑みを浮かべた。

 

「修斗さん。僕たちが乗って来た車は帰りましたから、残念ながら帰れませんよ」

 

「くっそ、お前の誘いに乗るんじゃなかったっ!!」

 

 嫌な予感はしたと修斗が嘆けば、見ていたコナンはにっこりと笑う。

 

「まぁまぁ!一緒に謎解きを楽しもうよっ!!」

 

 コナンのそのからかい交じりの言葉に、修斗は恨みがましい目を向けた。

 

「はぁ……で?お前、今まで一体どこに?」

 

「館内を見てきたんですよ、貴方と同じでね」

 

 そこで白馬が指笛を吹けば、奥からワトソンが飛んでくる。それに蘭が驚きを露わにした。鷹を目の前で見るのは、動物園など以外では初めてなのだ。

 

「た、鷹っ!?」

 

 ワトソンは、定位置である白馬の左腕に着けたグローブに留まった。

 

「あぁ、驚かせてすみません。この『ワトソン』は、イギリスで僕と行動を共にしていたせいか、血の臭いに敏感になってしまったようで……」

 

「わ、ワトソン……?」

 

 鷹のネーミングに対し、微妙な表情を浮かべる蘭。その反応を見た修斗も内心で何度も頷いた。なぜそんな名前なのか、と。

 

「でも、わざわざ帰国した甲斐がありましたよ!長年、隠蔽され続け、噂でしか耳にしなかったあの惨劇の現場に──40年の時を経て降り立つことが出来たのだから。僕の知的興奮を呼び覚ますには、十分すぎますよっ!!」

 

 気障な笑みを浮かべてコナン達へと振り返る白馬。その言葉を聞いた修斗は思わず満面の笑みを浮かべた。

 

「探くん。俺そんな話聞いてないんだが??」

 

 修斗の言葉に、同じく笑みを返す白馬。

 

「だって、お話ししてしまったら、貴方は来ないでしょう?」

 

 その行動を予測された言葉に、修斗は肩を分かりやすく落としたのだった。

 

 

 

 夕食の時刻までは自由と言うことで、全員がビリヤードルームへとやって来た。白馬は茂木はビリヤード、小五郎と千間がチェス、コナン、蘭、修斗、槍田がポーカーをしていた。そのポーカーでは、蘭がその豪運を発揮し、ストレートを揃えていた。蘭は勝てたことに喜び、コナンが相変わらずの豪運に呆れの表情を浮かべていた。

 

(相変わらずつえーな、この女……)

 

 そんなコナンの横に座っていた槍田がそこで声を掛ける。どうやら蘭の手札にあるスペードのJが別のカードと重なっていたらしい。それに蘭は気づいていなかったようで、槍田に謝罪をする。しかしそれは最初からついていたようで、蘭が慌ててはがそうとするが、それに修斗が待ったをかける。蘭がはがす手を止めて修斗を見れば、彼は真剣な顔で手を差し出していた。

 

「蘭さん……申し訳ないが、それを貸してもらっていいか?」

 

「え、あっはい……」

 

 蘭が不思議そうな表情でJのカードを渡す。修斗はそれを受け取った。

 

「ありがとう。もう1つ頼みたいんだが──目を瞑って、耳を塞いでてもらっていいか?」

 

「えっ!?」

 

 予想外な頼みに蘭の目が丸くなり、声を上げた。その声を聞いた全員の視線が4人へと向いたが、気にせずに修斗が再度、蘭へと頼み込む。

 

「頼む。いいと言うまで、目を瞑って、声を聞かないようにしていてほしい──合図があるまで」

 

 修斗の2度目の言葉に、蘭は戸惑いながらも目を閉じた。修斗の言葉と行動を見ていたコナンと白馬は、深刻な表情で修斗を見つめる。

 

「……修斗さん」

 

「まさか……」

 

「あぁ。子供がここで遊んでたなんて考えられないし、ご飯をここで食べるようなマナー違反者は40年前にもいなかったはず。そして、ここは惨劇の館だ──ということは、これが糊付けされている理由は、ただ一つ」

 

 修斗がJの札をはがしてみれば──そこに現れたのは、誰かの血液がべっとりと付着した、クラブの4。

 

「……やっぱりか」

 

「おやおや、こんなところにも血が飛んでたんだねぇ」

 

 そこで茂木がメイドの言葉を思い出した。この屋敷のものは事件当時のままで、ほとんど動かしていないらしい──つまり、この部屋でも、惨劇が起こったという証だ。

 

「……これは俺が片付けておく──夕食の時間だからな」

 

 修斗がそう言って素早くトランプを片付け始めたのと同時の、ビリヤードルームの扉が開き、石原が入って来た。そのころには蘭もコナンの合図の元、目と耳を開放していた。

 

「お待たせいたしました。晩餐の支度が整いましたので、食堂へどうぞ──ご主人様がお待ちです」

 

 その言葉に、毛利一家と修斗以外は笑みを浮かべた。

 

「やっと大将のおでましか」

 

「楽しみだね」

 

 

 

 晩餐の用意をしていた大上も合流し、石原の案内の元、食堂へと辿り着く。石原がその扉を開き、中へと促せば、一歩目から既に目の前に紫色の三角の被り物をした、人らしき存在。その存在を1番に目にした茂木は呆れたように笑みを浮かべた。

 

「おいおい、なんなんだい、そのふざけた格好は!テレビの見すぎじゃねぇのか?」

 

 茂木の言葉に対し、答えになってない言葉がかけられる。

 

「崇高なる6人の探偵諸君!我が黄昏の館に、ようこそ参られたっ!……さ、まずは座り給え!自らの席へ!!」

 

 声音から男であること以外を読み取れず、茂木は舌打ちし、それぞれの席へと向かっていく。修斗も、白馬の後ろについて歩きつつ、考える。

 

(これ、変声機使って録音されたものを流してんのか。しかもタイミングから考えてタイマーも使ってる……手が込んでんな)

 

 小さく息を吐き出し、視線をある2人へと向け──再度、内心で黙祷した。

 

 最後に部屋へと入った大上は、自分が説明した通りの順で料理を出すように石原に指示を出し、自身の席である修斗の隣へと座った。それぞれ、フードの存在に近い人間から順番に、左側は白馬、修斗、大上、千間、槍田。右側は茂木、小五郎、蘭、コナンだ。

 

 それを見届けたようなタイミングで、声が掛かる。

 

「さて、君たちをここに招いたのは、私がこの館のある場所に眠らせた財宝を、探し当ててほしいからだ!私が長年かけて手に入れてきた、巨万の富を──命をかけてねっ!!」

 

 その言葉に、じっとりとした視線を白馬に向ける修斗。その内心が透けて見える視線に、白馬も苦笑い。

 

 ──その瞬間、館の外から音が響き、それに驚いた大上は立ち上がった。

 

「なんだね、今の音はっ!?」

 

 大上の言葉に、まるでその場で話しているようなタイミングで、フードの存在は返答を返す。

 

「案ずることはない、君たちの足を絶ったまでだ」

 

「なにっ!?」

 

「私はいつも君たちに追われる立場……たまには追い詰める側に立ちたいと思いましてな!」

 

 声の主は、橋も当然壊したと宣言する──まさに袋の鼠。

 

「勿論、ここには電話などないし、携帯電話も圏外。外の人間に助けを求めるのは不可能……そう、つまりこれは、その財宝を探し当てた方だけに、財宝の半分を与え、ここからの脱出方法を教えるというゲームですよ──気に入っていただけましたかな?」

 

 逃げ場がないことを聞いた辺りで小五郎と蘭は不安そうな表情を浮かべ、コナンはマントの存在を注視している。同じく聞いていた修斗は、話の途中で別の人物へと視線を向けたが、すぐに視線を戻し、つまらなそうに頬杖を突く。

 

 フードの人物の言葉を最後まで聞いた茂木はと言えば、フッと笑って立ち上がる。

 

「……虫が好かねぇんだよ。テメェみてぇに面隠して逃げ隠れする野郎はよ」

 

 そこで茂木がフードを鷲掴み、取り上げた。その下の素顔を見るつもりだった彼は、しかしその下から現れたものに驚く。その下にあったものは──スピーカーを付けた黒いマネキンの首だった。

 

「さぁ!腹が減っては戦は出来ぬ。存分に賞味してくれ!!」

 

「マネキンの首にスピーカー……くそっ!」

 

 茂木が悪態を吐きつつ席へと戻れば、小五郎はそれを視線で追う。

 

「誰が……一体、誰がこんなことをっ!!?」

 

「──あら、毛利さんともあろう方が、知らずに来たんですの?」

 

 小五郎の言葉を拾った槍田は、楽し気に頬杖をついて笑みを浮かべている。

 

「ちゃんと招待状に書いてあったじゃない──『神が見捨てし仔の幻影』って」

 

 槍田の言葉を聞くもピンと来てない表情を浮かべる小五郎に、隣に座っていた茂木も説明に加わる。

 

「『幻影』ってのは、『ファントム』……神出鬼没で、実態がねぇってことだ」

 

 小五郎の向かいに座っていた千間も口を開く。

 

「人偏を添える『仔』という字は、獣の『仔』のこと」

 

 事実、『仔犬』や『仔馬』といった動物に『仔』は使われる。その引継ぎを大上がする。

 

「『神が見捨てし獣』というのは、新約聖書の祝福を受けられなかった『山羊』のこと──つまりこれは『仔山羊』のこと」

 

 最後に──白馬が気障な笑みを湛える。

 

「英語で山羊は『goat(ゴート)』ですが、仔山羊のことはこう呼ぶんですよ──『KID』」

 

「な、なにっ!?」

 

「こう言えばもっと分かりやすいでしょうか──『Kid(キッド) the() phantom(ファントム) thief(シーフ)』」

 

 それが意味するのは。

 

「──狙った獲物は逃がさない。その華麗な手口はまるでマジック」

 

「──星の数ほどの顔と声で警察を翻弄する天才的犯罪者」

 

「──我々探偵が生唾呑んで待ち焦がれる、メインディッシュ」

 

「──監獄にぶち込みてぇ、気障な悪党だ」

 

「そして──僕の思考を狂わせた、唯一の存在」

 

 闇夜に翻るその白き衣を目にした人々は、熱を上げて叫ぶ──その名前は。

 

 

 

「──怪盗キッド」

 

 

 

 探偵たちの嬉しそう笑みを見やり、修斗は内心で重い溜め息を吐きだす。

 

(やれやれ……本人はこの中で一体、何をやりたいんだか)

 

 そのご本人に視線で表情を見たいところだが、少なくとも白馬とコナンには、彼が変装を見破れることを知られている──つまり、このタイミングで見てしまえば、教えてしまうことになる。

 

(現に探から名の通りに、視線で探られてんだよなぁ……)

 

 隣からの視線にあえて顔を向ければ、白馬からは笑みが返って来た。

 

「……楽しそうだな、おい」

 

「えぇ、とても」

 

「ヨウゴザンシタ」

 

「現に今──彼はその気配を一瞬、みせましたから」

 

 そのことに、コナンも気づいており──再会を喜ぶように笑みを浮かべていた。

 

(正直な奴だ。自分の名前が出た途端、一瞬その気配をみせやがった。お前のあの──凛とした冷涼な気配を)

 

 それは間違いなく──キッドが館内にいるという証拠。

 

 コナンは修斗に視線を向けてみれば、彼もその視線に気づき──顔を背けた。

 

(やっぱり、協力する気はないってことか……まあいい。何を企んでるか知らねぇが、欺き通せるかな──ここに集結した、7人の探偵を!)

 

 小五郎は、キッドが探偵を集めたのかと目を丸くして言えば、大上は髭を触りつつ肯定する。どうやら彼は、探偵たちと知恵比べをしたいらしい。それも、彼が今まで盗んできた財宝と、探偵たちの命を懸けて。それに内心で否定するのは修斗。

 

 彼は、面白半分で情報を集めていた咲と、好奇心から調べ上げてきた勇気から通常の会話の中で言われたのだ──怪盗キッドは、盗んだ宝石を持ち主に返しているのだと。

 

(探の奴も知ってるはずなのに……あぁ、でも例外の可能性も考えてるのか)

 

 そんな風に考えている間、小五郎たちに槍田から、屋敷中にある監視カメラの存在を伝えられたところで、扉が2度、ノックされる。

 

 全員の視線がそちらへと向けられたところで扉が開き、石原がオードブルをもってやって来た。

 

「やっと来たわね……彼が言う、最後の晩餐が」

 

 石原はワゴンカートを押し、席が一番近いはずの槍田を通り過ぎる。千間の後ろを通る途中で、その彼女から声を掛けられた。

 

「ねぇ、メイドさん?……もしかして、料理をテーブルに置く順番を、ご主人様から言いつけられてやしなかったかい?」

 

 千間の固い声に、石原は頷く。

 

「はい。白馬様のお席から、時計回りに、と……」

 

 それを聞いた千間は、自身の疑問を口に出す。

 

「やぁね。ゲームは始まったばかりなのに『最後の晩餐』というのが、私にはちょっと腑に落ちなくってね」

 

「ハハハッ!毒なんか入っちゃいませんよ!!料理はワシが作ったんだから!」

 

 大上が千間の言葉に不安を隠せないながらも呆れた様子で言う。しかし、白馬が口を開いた。

 

「しかし、口に運ぶフォークやナイフやスプーン、そしてワイングラスやティーカップも、あらかじめ食卓に置かれていましたし……僕たちは、この札に従って席に着きました」

 

 そう言って彼は、自身の名前が書かれた札を指で軽く倒した。

 

「──まぁ、彼が殺人を犯すとは思いませんが……僕たちの力量を試すための笑えないジョークを仕掛けている可能性はあります」

 

 その言葉を口にした修斗は呆れた目線を向ける。

 

「おいおい……キッドをずっと追い続けてるお前が、キッドを信じなくていいのかよ」

 

「可能性の話ですよ……自分のハンカチでグラスやフォークなどを拭いてから食べた方が、賢明でしょう」

 

 白馬の言葉に、茂木も同意する。

 

「違いねぇ。奴のペースでことが進むのも気に食わねぇし……何なら、じゃんけんをして、席替えするか?」

 

「しかし、それで運悪く毒に当たったら……」

 

 小五郎が青ざめた顔で止めに入るも、茂木は鼻で笑う。

 

「……そんときはそれだけの人生だったと、棺桶の中で泣くんだな」

 

 蘭やコナンと言った子供がいるにもかかわらずの茂木の言葉に、蘭は眉根を寄せた。

 

 その後、席替えは決行され、改めて席は左側が蘭、コナン、槍田、修斗、茂木。右側が大上、小五郎、千間、白馬となった。食事は至って問題なく進み、誰かが苦しむと言った様子もなく、食事は終わりに進む。

 

「いやー、美味かった!!さすが、美食家探偵!!料理の腕も素晴らしいっす!!」

 

 小五郎の賛美に、テーブルナプキンで口元を拭き終えた大上は笑みを浮かべる。

 

「いや、自らの舌を満足させるために、随分と修業しましたからな!」

 

 槍田も口元をテーブルナプキンで拭き、思い過ごしだったと笑みを浮かべる。それに茂木はまだ分からないと、どこか楽し気に話しかけ、間に座っていた修斗はそんな探偵たちに頭を抱えた。

 

 そんなタイミングで、人形から声が再度、流れ始める。

 

「どうかね、諸君。私が用意した、最後の晩餐の味は」

 

(ツッコミ入れたいけど我慢だおれっ!!料理作ったのは大上さんだとか言ったって空気壊すし、意味がないぞ俺っ!!)

 

「そーら!おいでなすった」

 

 今までのどこか緩んだ空気は、そこでまたも引き締まる。人形の方はそれに口を止めることもなく話が進む。

 

「ではそろそろお話ししよう──私がなぜ、大枚を叩いて手に入れたこの館を、ゲームの舞台にしたのかを!」

 

 そこでまず声は食器類の数々を確認するように指示する。それを聞いた修斗は、自分の目の前に置かれた食器を確認してみれば──大きな嘴を持った、不気味な鳥のマークがついていた。

 

「こりゃ……鴉じゃねぇか?」

 

(鴉……いや、まさかな。流石にねぇよ、考えすぎ考えすぎ)

 

 一瞬、修斗の頭に過ったものを、彼は自身の中で否定する。否定しなければ──彼はこの先、その渦に巻き込まれることが、決まってしまう。

 

(……いや、『降谷さん』と繋がってる時点で無理か)

 

 内心で遠い目をする修斗に気付いた人は誰もおらず、千間がそのマークに驚きの様子を見せた所で、人形は言う──このマークの持ち主を。

 

「それは半世紀前に謎の死を遂げた大富豪──『烏丸(からすま) 連耶(れんや)』の紋章だよ!!」

 

 その名前に、憶えのない蘭以外がそれぞれ反応を示す。

 

「食器だけではない。この館の扉、床、手すり、リビングやチェスの駒からトランプに至るまで、全て彼が特注したもの。つまりこの館は、烏丸が建てた別荘……あ、いや、別荘だった──40年前この館で、血も凍るような惨劇が起こった、あの嵐の日までは、ね」

 

 大上は爪を噛み、他の全員も話に聞き入る。探偵たちも、この館に足を踏み入れた時点で気づいていた──館中にある血飛沫の痕の数々を。

 

「そう……それはこの館がまだ美しかった、40年前のある晩のことだった」

 

 40年前、この館に、当時の政財界の著名人たちを招き、とある集会が開かれた。それは、99歳で他界した烏丸連耶を偲ぶ会と銘打ち、彼が生前コレクションしていた美術品を競売するためのオークション。その品数は300を超え、オークションは3日間かけて行われるはずだった。しかし、その2日目の嵐の夜──この館に、ずぶ濡れの2人の男が訪ねてきた。

 

 2人の男は、寒さに震えつつも、この嵐で道に迷ったため、嵐が止むまで屋敷にいさせてほしい、と。

 

 オークションの主催者は、最初は彼らを入れることを渋っていたのだが、男の1人が小さな包みを宿代の代わりだと言って渡した。それは煙草のようなもので、主催者は男たちに言われるままに吸ってみると、彼は徐々に陽気になり、男たちを館内に招き入れてしまった。

 

「──その様子を見た他の客たちも、彼らに勧められ、館内に煙が充満していった」

 

 この時点で事件の結末が見えた修斗は頭の中で現実逃避をしようとする。なにせ、その正体は──大麻(マリファナ)だ。

 

「暫くの間、客たちは陽気なバカ騒ぎを続けていたが、そのうち様子が変わってきた」

 

 

 

 ──ある男は、悪魔でも見たかのように悲鳴を上げ、自身が競り落とした美術品を抱えて走り出した。

 

 

 ──ある女は、何者かに許しを請うように涙が枯れるまで泣き続けた。

 

 

 ──ある男は、嬉しそうに自らの腕を手にしたペンで何度も刺した。

 

 

 

「──やがて、客同士で美術品を奪い合うようになり、オークションの品だった名刀や宝剣で殺し合いが始まり、オークション会場は地獄へと化した」

 

 その悪夢の一夜が明けた頃には、8名の死者と十数名の昏睡状態の客たちを残し、2人の男は、残されていた美術品と共に消えたのだ。

 

 ここまで聞けばかなり大きな、歴史的事件にもなりえるほどのものだが、世間には一切漏れ出ていない。それはなぜだと小五郎が問えば、その中に、政界に顔が利く何者かがいたのだろうと、大上が言う。

 

「なるほどね。誰が誰を殺めたのか分からないような、そんな状況だとしたら……」

 

「下手に事件を解明されるより、丸ごと握りつぶした方が得策と判断したんでしょう」

 

 勿論、それも消えた男たちの計算の内だったのだろう。現に今も事件は解明されず、男たちも逮捕に至っていないのだから。石原が食堂に入って来て、話に聞き入る全員のカップにそれぞれ、紅茶を入れていく。

 

「さて、もうお分かりかな?私がなぜこの館を舞台に選んだのかが。それは、君たち探偵諸君に演じてほしいからだ──再び、あの40年前の惨劇を。財宝を巡って奪い合い、殺しあう……あの醜態を!!」

 

「……悪趣味が過ぎるだろ」

 

「ふん、下らんな」

 

 人形の言葉に修斗は頬杖を突き、溜め息を吐く。大上もつまらなそうに溢した。

 

「まぁ、やみくもにこの館内を探させるのも酷だろうから、ここで1つ、ヒントを与えよう!」

 

 そのヒントに、コナンは視線だけを人形に向ける。

 

「──『2人の旅人が天を仰いだ夜。悪魔が城に降臨し、王は宝を抱えて逃げ惑い、王妃は聖杯に涙を溜めて許しを乞い、兵士は剣を自らの血で染めて果てた』」

 

 それは、まるで先ほどの惨劇の語りと同じもの。それがヒントだと人形は告げる。そのヒントに、大上は爪を噛んだ。

 

「まさにこれから、この館で始まる命がけの知恵比べに相応しい、名文句だとは思わないかね?」

 

 それを聞いた槍田が不機嫌な様子で否定する。

 

「馬鹿ねっ!殺し合いっていうのは、相手もそうだけど──こっちもその気にならなきゃ」

 

 その言葉を読んでいたのだろう──人形は告げた。

 

「無論、このゲームから降りることは不可能だ!!なぜなら、君たちは私が唱えた魔術に──もうすでに、掛かってしまっているのだから!!」

 

 そこで紅茶を飲もうとしていた探偵たちの手が止まる。修斗、コナン、蘭はそもそもカップを持ってはいなかったが、不穏な空気は察知した。修斗は白馬へと視線を向け──安堵の吐息を吐き出した。

 

「さぁ──君たちの中の誰かが悲鳴をあげたら、知恵比べの始まりだ!!いいかね?財宝を見つけた者は、中央棟4階の部屋にあるパソコンに、財宝のありかを入力するのだっ!!約束通り、財宝の半分と、ここからの脱出方法を……お教えしよう」

 

 そこで──修斗の横にいた茂木が唐突に悲鳴を上げた。あまりの声の大きさに、蘭が大丈夫かと声を掛ける。隣にいた修斗はと言えば、呆れ顔だった。

 

「……ブラックジョークはやめてもらっていいですか?茂木さん」

 

 修斗がその表情のまま告げれば、彼は首を手で押さえたまま、ウインクを1つする。

 

「なーんてな!」

 

「全く、悪いおじさんね」

 

 槍田は悪いついでに降りると宣言。茂木の演技に騙されて拗ねていた蘭は目を丸くして茂木を見る。

 

「宝探しには興味ないんでねっ!」

 

「でも、ここからどうやって!!」

 

 蘭の声に、茂木は山の中を駆けずり回ればなんとかなるはずだと、安心させたいのか笑みを浮かべて言う。しかし、修斗は理解していた──本物の悲鳴が、上がることを。

 

 

 

「──うっ、ぐおっ」

 

 

 

 椅子が倒れ、大上が首を抑えて苦しみだす。その苦しそうな表情に、修斗は内心で苦虫を噛む。

 

(……目を逸らすな──これが、見捨てた俺への罰なんだ)

 

 白馬やコナンなら信じてくれただろう修斗の言葉。小五郎や蘭だって信じてくれたはずだ──しかし、修斗が彼らに話すことが出来なかったがために、事件は起こった。

 

 修斗が事件を防ぐには、どうして気付いたのかを説明しなければならないが、まずそこが最難関なのだ──なにせ、彼には見ればわかることが『当たり前』なのだから。

 

 自身にとっての『当たり前』を説明することは──出来ない。

 

 そのまま、大上が苦しみぬき──苦しい表情のままに後ろから倒れこんだ。

 

「……探」

 

「!……分かりました」

 

 修斗が懺悔するように両手を組み、顔を伏せた状態で名前を呼べば、それで全てを察したのだろう。白馬は悔しそうな表情で大上へと向かう。

 

「おいおい、オッサンよ。2度目はウケねーぜ?」

 

 茂木の言葉はからかい交じりに言葉を投げかけるが、脈を測っていた白馬が懐中時計をポケットから取り出したことにより、空気は一変する。

 

「……22時34分51秒──心肺停止確認。この状況下では蘇生は不可能でしょう」

 

 その言葉を聞き、小五郎と茂木が信じられないと言った表情を浮かべる。白馬の前に槍田がやって来て、大上の検視を始めた。

 

「唇が紫色に変化するチアノーゼが見られないわ……それにこの、青酸ガス特有のアーモンド臭」

 

「じゃあ、さっきオッサンが飲んでた紅茶に、青酸カリが……」

 

「──いんや、酸化還元反応がない」

 

 茂木の言葉を、先に10円玉を紅茶に着けて確認した千間が否定する。原因が紅茶でもないとなると、現時点では原因の特定ができない。

 

 ──そこでまたも、人形から声が発せられる。

 

「──さぁ!賽は投げられました!!自らの死をもってこの命がけの知恵比べを、華々しくスタートしてくれた大上探偵のためにも、財宝探しに精を出してくれたまえっ!!」

 

 そこで耐え切れなくなった茂木が人形の胸倉を掴むが、その首が反動から外れ──中からは修斗の予想通り、カセットテープとタイマーが出てきた。

 

「──命のあるうちにね!」

 

 人形の声は、その一言から先は紡がれなかった。探偵たちはそのテープとも繋がったタイマーを見て、全てを察した──今までのは全て、録音であったことを。

 

「メイドさん!!食事をここに運ぶ時間も、決められていたんですか?」

 

「あ、はいっ……オードブル、スープ、メイン、デザートと細かく……」

 

 これにより、2つ分かったことがあると、コナンが声を上げ、探偵たちの視線を集めた。そのコナンの後ろには、蘭と修斗が立っている。

 

「犯人は最初から、大上さんを狙ってたってことと、もしかしたら犯人は──僕たちの中にいるかもしれないってことが」

 

 ──惨劇の夜の幕が上がった。




自身の『当たり前』が、他人にとっては『当たり前』ではなかった場合、果たして皆さんはそれを詳しく、相手に納得させれる説明が出来ますでしょうか?

因みに私は出来ません。語彙力がないというのもありますが、なによりどこから説明すればいいのかわからず、説明したところからまず相手にとって不思議となる可能性があります。分かりやすいのは、海外の人と会話するような感じでしょうかね。修斗君の感じとしてはそれと似ています。

彼の場合、言語の違いと言うより理解速度や洞察力の違い、心理の追求etc……彼の見える世界を共有するのはなかなか難しいといった話です。

私の近くにこういった感じの人がいるのかと言えば、いるにはいます。私が頭が乏しいのもあり、その人に説明を求めても、私側が理解できずに困ってしまいます(ちなみに相手には呆れられる)。

要は、人に分かってもらえるように説明するのは難しいですね、と言った感じです!

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!!


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第34話~集められた名探偵!・後編~

最近、就職先がかなり忙しく、天気も悪くて体調を崩しがちですが、本日は元気に後編を書きますよ!!

実は今回、拳銃が出てくるのですが、種類を書こうと思い、お世話になっているサイト(教えていただいたサイトで、拳銃の種類が乗っています)で確認しました。しかし、それらしいことが乗っておらず、一応、作者が見比べながら推測で書かせていただいております……すみません。

気になる方はよろしければ、動画で戸確認くださいっ!

それでは!どうぞ!!

*タイトル改定させていただいております


 大上の死によって幕を上げた惨劇の夜。それにより、容疑者となってしまったコナンを除く5人の探偵たちは、小五郎を除いて動揺する様子はない。

 

「この中に犯人がいるだと!?」

 

 小五郎の言葉に、コナンは子供らしい声音で事実を突きつけていく。

 

「だって、そのテープの声も、この中の誰かが前もって仕掛けておいて、食事をしながらみんなと一緒に聞いてるふりしてたかもしれないでしょ?」

 

 テープは録音されたものが流れていたいうことは、コナンの言う通り、事前に誰かが声を仕込み、流していたことになる。本人はその間、声を流し続ける必要はないのだから、客の1人として一緒に食べていればいい。

 

 コナンの説明に小五郎が納得する。その横で白馬が膝を折り、大上の遺体を観察しつつ、説明を引き継ぐ。

 

「そして、この大上さんと同じ食卓に着いていた僕たちに気付かれずに、犯人は彼に青酸カリを飲ませ──毒殺したんです」

 

「あぁ。俺たち5人の探偵の、目の前でな」

 

 茂木がニヒルな笑みを浮かべて言う。犯人の大胆な犯行に、怒りを隠しきれていない。

 

「しかも、そのテープの声の内容からすると、その人が死ぬ時間も、犯人には分かっていたようだね」

 

「問題は、彼が倒れる直前まで口にしていたこの紅茶から──青酸化合物の反応が、なかったこと」

 

 千間の言葉に続き、槍田がこの事件の問題点を告げる。紅茶の検査は簡易的でも千間が10円玉を使って検査し、異常は出ていなかった。となれば、青酸カリは一体、どこから摂取されたのか。それが最大の謎として、立ちはだかっている。

 

 彼女は手袋を着けてカップを持ち上げ、観察し始める。

 

「じゃあ、毒は紅茶の中じゃなくて、ティーカップの飲み口にっ」

 

「それはないわね。彼、2、3度この紅茶を運んでたから」

 

「でもっ!皆さんが言ってる犯人って、怪盗キッドのことなんでしょう?彼って、人殺しなんてしないって聞きましたけど……」

 

「──だそうだが?探」

 

 小五郎の問いに槍田が答えると、蘭が自身の中の疑問を口に出す。それを聞いた修斗が、キッドの事をコナン同様、強い想いをもって追いかける探偵──白馬に促せば、彼はゆっくりと、立ち上がる。

 

「──えぇ。僕が知る限りじゃあ、初めてのケースです」

 

(……とか言いながら、あいつ、犯人はキッドじゃないって気づいてるな)

 

 彼の心境を読んだ修斗が、冷静な表情ながらも熱い想いで事件解決に動く探偵を見つめた。

 

 出会いはロンドン。修斗は認識していなかったその出会いに、彼は幾度も感謝してきた。

 

(本当……あいつは頼りになるやつだよ)

 

 そこで茂木の提案で、本当に彼らの車が爆破されたのか、確認に行くこととなった。槍田もそれを聞き、カップをソーサーに置きなおす。爆発を逃れた車か、そもそも車の爆発自体がハッタリの可能性に賭けて外へと出てみる。

 

 そこには──メラメラと燃え盛る車の数々。

 

 その姿を見た小五郎が慌てて飛び出し、情けなくも階段で足を滑らせ、転げ落ちる。その後ろからは茂木もやって来た。槍田たちはそんな2人よりも高い位置から、その火葬を見つめている。

 

「おれの、レンタカーっ!」

 

「私のフェラーリも、ミディアムね」

 

「俺のアルファも、大上のおっさんのポルシェもパーだ……」

 

 槍田の後ろから、白馬と修斗もゆっくりと下りてくる。

 

「うわぁ……俺が言うのもなんだが、高級車の数々が焦げていく」

 

「ですね。貴方のアウディで来なくてよかったですね」

 

「あら、あのベンツは貴方のではないのね?……ということは、君の?」

 

 槍田が白馬を見て聞けば、白馬は否定する。彼らをここまで送ってくれた白馬家の車は、ばあやと共に引き返したのだから。

 

 千間の車は、この館に来る前に止まってしまってそもそもここにはない。彼女も、小五郎たちの車に乗せてもらってきた口だ。となれば、持ち主不明の車となる。

 

「誰のだい?あのベンツ」

 

 千間が後ろに立って冷静に火葬を見つめる石原に問いかければ、彼女はこの館の主人のものだろうと言う。彼女が朝早くに館に来た時には既に停められていたらしい。

 

「だったら、やっぱりこの館には私たちの他に誰かいるんじゃっ!」

 

「──この分じゃ、私の車も向こうで燃えちゃってるかな……」

 

 石原が爪を噛みながら悲観に暮れれば、コナンが反応する。どうやら、彼女の車は別に、裏門の方に停められているらしい。

 

「ああ、業務員用の駐車場な……」

 

 それを聞いた全員が反応し、コナンが裏門への近道を石原へと訊く。彼のその子供らしからぬ気迫に石原が引き気味に答える。

 

「な、中庭を抜けて……」

 

(この人、有能だな……事件解決したら雇いてぇ)

 

 修斗が石原のことを評価している間、探偵たちが目の前を走り去っていく。

 

 小五郎と茂木が先導して中庭を抜けるが、彼らは館内の作りを把握できておらず、周りを見渡す。そんな彼らの後ろを追いかける形となった先着組の1人である白馬が声を上げて誘導する。声を聞き、その案内で目的地の扉を開けば──生きた黄色の車。

 

「おう!無事じゃねぇかっ!!」

 

「……なんか怪しくない?この車」

 

「怪しさ満点だな」

 

「どうせ奴が爆弾を仕掛け忘れたんすよ!」

 

 槍田と修斗が疑惑を向けるが、小五郎は呑気にもそう返す。そんな小五郎の横を抜けて、千間が車の運転席を開く。

 

「じゃあ本当に橋が落とされているか、見てこようかね」

 

 そこで茂木、白馬、小五郎がついていく行くと言うが、千間から断られる。

 

「これこれ、船員が多いと船が沈むよ」

 

「確かに。『phantom(ファントム) thief(シーフ)』ならぬ『phantom ship』になりかねませんね」

 

「じゃあ、どの探偵さんが行くかコインで決めれば?ぼく小銭ちょうど5枚持ってるか!」

 

 コナンがそう提案し、ポケットから財布を取り出し、それを車のボンネットに落とせば、大きな音が鳴る。

 

(もうお亡くなりになること前提の行動かよ……否定しねぇけど)

 

 修斗が溜息1つ吐き、展開を見やる。千間はコナンの気の利かせ方に礼を述べ、自分から1番遠い10円玉を握る。その後に白馬が5円玉、小五郎が500円玉、茂木が100円玉、最後に槍田が50円玉を掴む。

 

「そんじゃ、コインの表が出たやつが──」

 

「──車で橋を見てくるってことで」

 

 全員がほぼ同時にコインを飛ばし、手の甲に乗った瞬間にもう片手で覆う──修斗はそれをじっと見つめていた。

 

 コインの結果、千間、小五郎、茂木が橋の確認に向かうことに決まる。居残り組がそれを見送った直後、コナンは──道中に停まった軽車を発見した。車の天井には、白いテープらしきものでバツが作られている。

 

(あれって……まさかっ)

 

 そんなコナンを見た後、白馬に視線を移せば──彼は気障な笑みを浮かべていた。

 

 そこまで見た修斗は、何も言わずに屋敷へと戻っていく。

 

 

 

 確認組はと言えば、その橋の惨状に辟易としていた。

 

「うっひゃ~!」

 

「ひでぇな、こりゃ」

 

「橋が完全に落とされちまってる」

 

 そこで茂木が、車に乗ったままの千間にヘッドライトの調整を頼めば、彼女は返事を返す。

 

「──犯人、動くかな」

 

「──あぁ。ここで終わるようなタマじゃねぇよ」

 

 その瞬間──彼らの後ろから爆発音が轟いた。

 

 2人が驚いて振り返れば、燃え盛る車はゆっくりと走り寄ってくる。2人が慌てて体を端に寄れば、千間がそこから出てくることもなく──車は無情にも崖下に落ちて行った。

 

 小五郎が千間の名前を呼び続けるその横で──茂木は笑みを浮かべた。

 

 

 

 屋敷に戻って来た小五郎たちが千間の死を告げれば、槍田の顔が青ざめる。車のライトを弄ると爆発する仕掛けとなっていたことを話せば、蘭も信じられないと嘆く。

 

「待っていてもやられるだけだ……本当に、我々の他に館に誰かいるか、探してみよう!」

 

 槍田が女3人でチームを組み、館内を探すことを述べる。そこで今気づいたかのように茂木が白馬と修斗の居場所を訊いてくる。それに槍田は『ワトソン』にでも給餌しているのだろうと言って去っていく。

 

 ──『ワトソン』は現在、館の屋根上に留まっていた。

 

 

 

 コナンもチームに加えて小五郎たちがやって来たのはピアノ部屋。部屋の中央にグランドピアノが置かれている。

 

「ほー?洒落たもんが置いてあんじゃねぇか」

 

 茂木が感心したように述べる。年代物のそのピアノは、埃をかぶらず、そこに鎮座していた。

 

 そんなピアノを確認していた小五郎が、ふちに引っかき傷を見つける。それを茂木は鷹の爪痕だろうと推測する。ピアノの鍵盤を弾いてみれば、綺麗な音をその場に響かせた。

 

 茂木の横で彼の行動を見ていたコナンが視線をずらしたとき、鍵盤に挟まれた古い紙きれを見つけた。

 

「……あれれ?ピアノの鍵盤の間に何か挟まれてるよ?」

 

 コナンの声を聞き、茂木が件の紙切れを掴み、広げてみる。そんな彼の後ろからそれを覗き込む小五郎。その紙切れの内容は、あの録音内容と同じ──宝の場所を示した暗号が書かれていた。

 

『2人の旅人が 天を仰いだ夜 悪魔が城に降臨し 王は宝を抱えて逃げ惑い 王妃は聖杯に涙を溜めて許しを乞い 兵士は剣を自らの血で染めて果てた』

 

「しかし、なんで藁半紙にガリ版刷りなんだ……」

 

「多分、まだコピー機がなかった時代に、誰かがこの文章を大量に刷って、何かの目的で大勢の人間に渡したんだろう──つまり、奴が言ってた、40年前にこの館で起きた惨劇って話も、それになぞらえて作った、宝の隠し場所の暗号ってやつも……みんな、眉唾物だってこった」

 

 その時、コナンの耳に水音が入る。

 

 音はピアノの下であることを理解したコナンが、ピアノ下に目を向けてみれば──槍田が持っていた、ルミノール液入りのスプレーが置かれていた。

 

「あれれ~?このピアノ、濡れてるね!」

 

 コナンの声を聞き、茂木がピアノの下を覗き込み、同じものを発見する。槍田もこの部屋に来たことを理解した途端、茂木が小五郎に部屋の明かりを消すように指示する。小五郎は不満そうな表情を隠さず、渋々と明かりを消せば──蛍光色で光る、ピアノの側面。

 

「──やっぱり、何かあったんだ!40年前に、何かが……っ!!」

 

 そこには、血で書かれた文章が、こう記されていた。

 

 

 

『私は烏丸に……暗号解読の……切り札をやっとつかんだというのに……』

 

 

 

 トイレを終えた蘭が個室トイレから出てくれば、そこには槍田しかおらず、メイドの石原の姿が見えない。蘭が石原の居場所を訊いてみれば、先に廊下に出て待っているのだと槍田から返される。蘭に本当に石原がいるか見てきてほしいと頼み、それを聞いた蘭が廊下へと出て確認してみれば──廊下に座り込み意識がない石原の姿。

 

 蘭の身体が思わず硬直した瞬間──槍田が蘭に薬品を嗅がせ、眠らせた。

 

 女性2人をトイレに運び込み、そのままトイレから出た所で──彼女は後ろから声を掛けられる。

 

「──ふふっ、やはり、貴方でしたか」

 

 白馬は気障に笑って話す──曰く、犯人自身が、爆弾を仕掛けた車に乗るはずがない。つまり、館に残ったメンバーである、槍田、白馬、修斗……そして、蘭とメイド。

 

 そこで白馬は、懐から取り出した拳銃──ウェブリー・リボルバーMK6を槍田に向ける。

 

「あら坊や。物騒なもの持ってるじゃない?」

 

「僕の部屋のベッドの枕の下に置いてあったんです……どうせ後で僕を犯人に仕立て上げるつもりだったんでしょうけど?」

 

 槍田が両手を上げながら、視線だけ白馬へと向けて口を開く。

 

「あら、奇遇ね──私も、同じことを考えていたわ。君と全く同じ推理をね」

 

 彼女の左手の中には──FNポケットM1906。

 

 

 

「探~?どこだ~?」

 

 修斗が屋敷の中を1人、白馬を探して歩いていた。館を手分けして探していたのだが、いつまでたっても集合場所に彼が戻ってこない。それに業を煮やした彼が、白馬が向かった方向を改めて進んでいる。

 

「……あいつ、一体どこにっ」

 

 曲がり角を曲がった瞬間──銃声と同時に倒れる、己の探し人が見えた。

 

「っ探!!」

 

 修斗が慌てて近寄った瞬間──彼の目の前には、拳銃を向ける槍田がいた。

 

 

 

 ピアノ部屋を調べ終え、小五郎が部屋の電気をつけた途端──屋敷内に銃声が響いた。

 

 その場の全員が一瞬、体を硬直させるも、すぐに飛び出すように部屋を出ていく茂木と小五郎──しかし、その瞬間に2度目の銃声が屋敷に響く。

 

「2発目!?」

 

「中央の塔の方だっ!!」

 

 茂木を先頭に全速力で音の現場へと辿り着けば──道の途中で倒れる修斗。その先には、白馬が倒れていた。

 

 小五郎が修斗を、茂木が白馬を確認するが、2人とも見事に心臓を撃ち抜かれ、その血を床に垂れ流しているだけ。ピクリとも動かない。

 

「ダメだ、心臓を撃ち抜かれてやがる」

 

「くっそ、こっちもだっ!!」

 

 そこで小五郎の頭に過ったのは──上へと昇る階段。

 

「誰かッ、階段を……っ!」

 

 彼はそこで来た道を引き返す──ニヤリと笑う茂木に、気づかぬまま。

 

 小五郎は螺旋階段を駆け上がる。その先にある一つの扉を開けば──パソコンが1台、鎮座していた。

 

(パソコンっ!?……そういや、宝の在処が分かったら、ここへ来いってやつか)

 

 そこで視線をずらせば──地面に目を見開いて横たわる槍田を見つけた。

 

「そ、槍田さんっ!!?」

 

「──見ろよ」

 

 呆然としていた小五郎の後ろから声が掛かり、彼が振り向いてみれば、茂木がドアのノブを弄っていた。彼が内側のノブを回すと──針が出てくる仕掛けが施されているのを確認できた。どうやら彼女は、宝の在処をパソコンに入力し、部屋を出ようとしたところを、その毒針によって死へと導かれたらしい。

 

「しかし、犯人は一体──」

 

 ──そこで、部屋にリロード音が響く。小五郎が思わず呆けた瞬間、彼の胸にコルトガバメントが突きつけられた。

 

「──とぼけんな」

 

「えぇっ!?」

 

「このネェちゃんが、自分で仕掛けた罠にかかるわけねぇし……アンタの娘とメイドは、トイレでおねんねしてたんだぜ?」

 

 2人が聞いた銃声が、フェイクであった場合──殺しが出来るのは、小五郎か茂木の2人のみ。

 

 茂木は、自分がやってないことを自分で理解している。

 

「俺じゃねぇってことは──」

 

 茂木は迷いなく撃鉄を引き──小五郎の心臓に、鉛玉を撃ち込んだ。

 

「──アンタしかいねぇだろ」

 

 茂木は、壁に背を預ける小五郎の姿を見ながら煙草を咥え、紫煙をくゆらせる。

 

「フッ……疑わしきは罰せよ──悪く思うなよ、眠りの小五郎さんよ」

 

 その言葉を最後に、小五郎は壁からずり落ちる。最後に残った茂木は煙草に火を点け──苦しみ始めた。

 

 持っていた煙草は、手の力が体の痛み、苦しみで持つこともままならずに地面へと落ちる。徐々に呼吸もできなくなり──それは、まるで大上が亡くなった、あの姿と同じよう。

 

 茂木は苦しみから首を抑え、パソコン前の椅子に手を置こうとする。しかし、掴む力すら失い、手は椅子から滑り落ち──息絶えた。

 

 

 

 ──その一部始終を鑑賞していた存在は、頭を押さえて項垂れる。

 

 その人物は、この館の謎を、どうしても解きたかった。しかし、自分ではそれを解くことが出来ず、優れた英知を持つ探偵たちを呼び出し、解いてもらおうとした。けれど、まるでかの烏丸連耶が、彼ら探偵たちに乗り移ったかのように、互いに疑心暗鬼になり、敵となり──惨劇の再演が始まった。

 

 謎が2度も闇へと葬られ、肩を落としたその人物の目の前で──モニター画面が真っ黒へと変わる。

 

 驚いた存在がそのモニター画面へと視線を向ける。

 

(き、消えたッ!?監視カメラの映像が──)

 

 そこで電子音が耳に入り、自身の後ろに置かれたパソコンへと振り向けば──文字が徐々に入力されていた。

 

(パソコンに入力ッ!?一体、誰がッ)

 

 そして、最後に入力された文字を見て──目を見開いた。

 

 

 

『宝の暗号は解けた。直接口で伝えたい。食堂に参られたし。

 

 ──我は7人目の探偵』

 

 

 

 謎の人物は驚きで立ち上がり、部屋の隠し通路を走って行く。二階の天井蓋をずらし、見事に床へと降り立てば、後は目的地である食堂へと走って行く。

 

(馬鹿なっ!?招いた探偵は皆死に絶えたはずっ!!7人目なんぞいるはずがないッ!!!)

 

 食堂へと辿り着くころには、体力が底を尽きかけ、息が荒い。

 

(助手としてきたあの男も死んだっ……じゃあ誰だっ!?一体、何者がッ)

 

 その人物が、警戒からほんの少し扉を開く。その音を聞き、7人目の探偵──コナンは気障な笑みを浮かべて語りだす。

 

「……通常、車に爆弾を仕掛けた人物が、自殺以外の目的でその車に乗るのは考えにくいが──例外はある」

 

 雇用主が目を見開き、食堂内から通路の角へと視線を移動すれば──小さな探偵が、姿を現した。

 

「その爆発で、自分が爆死したかのようにカムフラージュするケースだ」

 

 コナンはその笑みを浮かべたまま──黒幕を見据える。

 

 

 

「そうだよな?──千間探偵?」

 

 

 

 黒幕──爆死したと思われた探偵、千間がうろたえる。なにせそこに現れた探偵を名乗る存在があまりに小さく、子供だったのだから。

 

「そぅ……貴方は爆発の直前に、車から抜け出した。茂みに隠れ、車が落ちるのを確認し、こっそりこの館に戻って来た貴方は、館内の至る所に取り付けた隠しカメラで、俺たちをどこかの部屋で監視していたんだ」

 

 コナンの推理に、千間はコナンとまっすぐ対峙し否定する。

 

「馬鹿ね。私は間一髪のところで爆弾に気付き、爆発から逃れて、たった今この館に辿り着いたんだよ?」

 

 そもそも、コナンが話す推理の問題点は、コナンが提案したコイントス。半分の確率で裏が出るコイントスでは、コナンの推理では無理がある。千間は遠回しにそう告げれば、投げる前から彼女が車に乗ることは決まっていたとコナンは言う。なにせ彼女は──投げる前からコインを表の状態で左手の甲に乗せていたのだから。

 

「そのコインの上から別のコインを持った右手を乗せて隠し、弾いたコインをキャッチしたフリをして地面に落とし、最初に甲に乗せたコインを見せれば──何回やっても表だ」

 

 勿論、この10円玉は既に千間が回収済みだろう。そして、2枚目の10円玉も、大上の紅茶を調べる際に、彼女が出していたのをコナンは見ている。

 

「アンタならこのぐらい出来るよな?──『神が見捨てし仔の幻影』さん?」

 

「ほう……大上さんを殺した晩餐会の主催者が、私だと言うのかい?だったら教えておくれよ──私がこの食堂で、どうやって大上さんだけに青酸カリを飲ませ、そしてどうしてその時間さえも予測することが出来たかを」

 

 千間が食堂を開き、コナンに問いかける。それを耳にしつつ、コナンは『あるもの』へとまっすぐに足を向けた。

 

「彼の紅茶には毒は入ってなかったし、私の席と彼の席の間には毛利さんがいた。それにあの席はじゃんけんをして適当に決めた席じゃなかったかい?」

 

 その言葉に、コナンは鼻で笑い──紅茶のカップをハンカチ越しに掴んだ。

 

「席順なんて関係ないよ──貴方は前もって、全員のティーカップに青酸カリを塗っていたんだからな」

 

 青酸カリが塗られていたのはカップの取っ手──その繫ぎ目の上。そこは、大上がティーカップを持つ際、右手の親指の先が触れる位置であり、彼が考え事の際、噛んでしまう爪の付近でもある。

 

「彼が爪を噛んだのは、貴方が声を変えて録音したテープが、宝の隠し場所の暗号を発表した直後。メイドに指示して、紅茶を出す時間をその少し前にしておけば、暗号を聞いて考え込み、爪を噛む大上さんだけを、時間通りに毒殺できるって訳さ」

 

 ──しかし、この推理の問題点は1つ。

 

「でもあの時、みんな用心のために1度、食器を拭いてから使ったはず」

 

 白馬の提案から始まったこととは言え、事実、全員が食器を拭いたはず。そしてそれは、大上も変わらない──ある1つの線さえ、見て見ぬふりをすれば。

 

「──彼が、この晩餐会を企画した貴方の相棒だったとしたら、自分が狙われるわけがないと高を括って、それを怠ったのも無理はない」

 

 コナンの言葉に、千間は目を見開き、固まる。もう言葉すら出てこないらしい。その千間に気付きながらもコナンは続ける。

 

「メイドさんが、朝早くに館に来た時、既にベンツが停まっていたと聞いたときから、疑ってたよ。こんな山奥の館にベンツを放置するには、ベンツに乗ってくる人間と、別の車でその人を迎えに来る──共犯者が必要だからね」

 

 彼女がこの館に小五郎たちと来る前、彼女の愛車のフィアットが止まってしまったと話して小五郎の車に乗せてもらったのだが、そもそもそこから彼女の計画の内だった。

 

 彼女がわざわざ待ち伏せし、小五郎の車に乗ったのは、煙草嫌いであることを印象付けし、食堂で死ぬのを大上さんのみにしたかったため。

 

「──指先に青酸カリが着いた状態で煙草を掴み、口に咥えれば……あの世行きだ」

 

 石原が採用された理由も、爪を噛む癖があることを面接部屋の隠しカメラで知り、同じやり方でいつでも彼女を殺せると考えたため。

 

 千間は、共犯者の大上を殺害し、自分の死を偽装して隠れ、招いた探偵たちを心理的に追い詰め──暗号を解読させ、隠された宝を見つけたら、皆殺しにする予定だったのだ。

 

「40年前。あの大富豪──烏丸連耶がやったようになっ!」

 

 コナンが小五郎たちとあのピアノ部屋で見た血文字。そこには名前も綴られていた──『千間(せんま) 恭介(きょうすけ)』と。

 

「アレは多分……」

 

「──私の父の名前だよ」

 

 考古学者であった千間の父、恭介は40年前、この黄昏の館に呼ばれた──100歳を超える大富豪が、母親から受け継いだ館に財宝が隠されている手掛かりを見つけ、自身の命尽きる前にその宝を探してほしいという依頼が来た。それはとても割りのいい仕事で、毎日のように手紙と共に大金が送られ、残された千間家族も喜んでいたのだと言う。しかし半年後、手紙もお金もパッタリ途絶え、行き先を家族に伝えずに向かった恭介は行方不明となってしまった。

 

「──その真相が分かったのは、父から最後に送られてきた手紙を、明かりに照らしたときだったよ……手紙に針で穴をあけた、父の字を見つけたのはね」

 

 その内容には、宝の隠し場所を示した暗号のこと、恭介以外にも学者が大勢呼ばれていたこと──そして、死期が迫り、業を煮やした烏丸が見せしめに学者たちを館内で殺害し始めたことが書かれていたという。

 

「……たとえ宝を見つけても、自分は命がない、とね」

 

 千間は目を伏せ、悲し気に告げる。そんな彼女に、コナンは警察に話さなかったのかと言うが、彼女が針の字に気付いたのは20年後のこと。事件が起こっていたとしても時効が迎えられてしまっている。その上、狂人の烏丸は既に亡くなり、館も人手に渡っていたため、千間は手出しもできなかった。

 

「──その話を、2年前につい大上さんにしてしまったのが、ことの始まりだよ」

 

 大上は千間から話を聞き、すぐに館を見つけ出し、目の色を変えて宝探しを始めたが、しかし暗号は解けず、宝も見つからなかったという。この館の購入のために多額の借金までした大上は引っ込みがつかなくなってしまったらしい。そうして狂った大上はある日、千間に言ったのだ──名探偵を集め、暗号を解かせよう、と。

 

『探偵たちを釣る餌は、怪盗キッド。奴を招待主にして、命がけのゲームを仕掛けるんだよ……ワシとアンタが途中で殺された様に見せかけてなっ!……そうだっ!実際にメイドでも殺害しようか!!本当に命がかかっているとなると、本気にならざるおえんからなっ!!なーに、罪は全てキッドが被ってくれるよ!!』

 

「じゃあ、あのメイドさんを選んだのって……」

 

「大上さんだよ。自分の癖から、メイドの殺害方法を思いついたと喜んでいたけど……まさか同じ手口で自分が殺害されるとは思ってなかったろうね」

 

 大上があの時、爪を噛んだのは、彼の予定になかったことを録音していたため──実際は、食事の後、石原を殺害する予定だったらしい。

 

「でも、どうして大上さんを?」

 

「……宝の在処が分かったら、彼は私も含め、全員を殺害すると気付いたからだよ──みんなの部屋に仕込んだ拳銃による同士討ちに見せかけて」

 

「予定になかったはずの修斗さんを、先んじてとはいえ受け入れたのは……」

 

「きっと、彼の家からお金を出させたかったんだろうね……彼の命を奪った上で」

 

 まるで烏丸に取りつかれたような大上の凶行を止めるには、こうするしかなかったのだと千間は言う。

 

「──そして、そのことに、彼は初めから気付いていたよ」

 

 千間の言葉に、コナンは足を止める。千間の言葉を待たずとも理解できてしまった──彼女が言う『彼』が、誰のことなのかを。

 

 

 

 ──玄関前のあの時、千間は修斗から言われたのだ。

 

『探偵はおなかいっぱいですよ、安楽椅子探偵……いや──幻の仔山羊さん?』

 

 

 

(……まぁ、彼は死んでしまったがね)

 

 結局、どうして修斗が千間のことに気付けたのか、彼女は訊けなかったし──これから先も、訊くことなど永遠に出来ないのだろうと、千間は目を瞑る。そのことだけは、頭の片隅に追いやることにしたのだ。

 

「……探偵たちに暗号解読を続行させるには、ああするしかなかったけど……結果は40年前と同じ……暗号は解けず、惨劇を繰り返しただけだったね」

 

 

 

「──いや、貴方のお父さんは暗号を解いていたみたいだぜ?」

 

 

 

 その言葉を聞いた千間は、訝し気にコナンを見やる。そのコナンはと言えば、その小さな体で暖炉へと昇り──そこに掛けられた時計を目で示す。

 

「変だと思わないか?こんな大きな館なのに、時計はこの食堂にしかないんだぜ?──そう、暗号の頭の『2人の旅人が天を仰いだ夜』とは、時計の長針と短針が揃って真上を指す午前0時」

 

 その文に従い、コナンが時計の針を回す。

 

「そして続きの暗号を解くカギは、貴方のお父さんが血文字で書き残した『切り札』……『切り札』とは英語でトランプのこと。暗号の中の『王』と『王妃』と『兵士』は、トランプの『K(キング)』と『Q(クイーン)』と『J(ジャック)』のこと。そして、宝は『ダイヤ』、聖杯は『ハート』、剣は『スペード』を意味しているんだ」

 

 つまり、宝と王で『ダイヤのK』、聖杯と王妃で『ハートのQ』、剣と兵士で『スペードのJ』のことを示している。

 

「──この館にあるトランプの、それらの絵札の顔の向きに従って、0時の状態から時計の針を、左に13、左に12、右に11と動かすと……っ!」

 

 その瞬間──コナンが動かしていた壁時計が外れ、勢いよくタイルへと落ちた。

 

 コナンが暖炉から降りて時計を確認してみれば──時計の塗装が一部剥げ、金が現れた。

 

 その上、コナンが持つその時計は、子供体型で子供の血からだからとはいえ、かなりの重さがある。

 

「──そうかっ!この時計、中身は純金なんだっ!!」

 

「やれやれ……たったそれだけの物のために、父が命を落としたとは」

 

 現実とはこんなものかと、千間はどこか心ここにあらずといった様子で溢す。

 

「さぁ約束だぜ、千間さんっ!この館からの脱出方法を教えてくれっ!!」

 

「──そんなもの最初からありゃしないよ。私はここで果てるつもりだったんだから……大上さんは食事の後でこっそり教えるという私の言葉を信じていたようだがね」

 

 

 

「──ふんっ!!だろうと思ったぜっ!!!……千間の婆さんよ」

 

 

 

 そこで、聞こえるはずのない声が後ろから聞こえ、千間が驚きで勢いよく振り向けば──死んだはずの一同が勢ぞろいしていた。

 

「どうしてくれるんだ、俺の一張羅っ!!」

 

「俺のなんてオーダーメイドだったんだがな……」

 

「だから言ったんですよ。こんな子供だまし、無意味だって」

 

「あら、文句なら──あの坊やに言ってくれる?」

 

 小五郎と修斗が自分のスーツの汚れに対して悲観し、白馬は口の端に着いた赤色の汚れをハンカチで拭う。そして、その白馬の言葉に、扉に背を預けていた槍田が顎で示した首謀者は──コナン。

 

「子供相手なら、きっと脱出方法を教えてくれるって言いだしたのーーあの子なんだから」

 

 槍田の言葉に、千間がコナンに顔を向ければ、彼は子供らしく笑顔を浮かべてなんとか逃れようとする。

 

「まさかっ、私からそれを聞きだすために死んだふりをっ!」

 

「あぁ。暗号を解いたやつも、殺そうとしていたからな」

 

「俺たちが生きてるうちゃあ、問い詰めても履いてくれないと思ってな」

 

「モニターで見たら、ケチャップでも血に見えるしね」

 

「でもまぁ、蘭さん達を眠らせたのは正解でしたね!──この悪趣味な芝居は、若い女性のハートにはむごすぎる」

 

「探くん、俺も眠らせ組に入れてくれてよかったんだよ??」

 

 修斗が白馬に笑みを浮かべて言えば、白馬もにっこり笑って返す。

 

「貴方、いつから『か弱い女性』になったんですか?」

 

「お前なんで俺にだけ当たりキツイの??」

 

 白馬と修斗の会話にコナンは思わず呆れ顔。そんな会話を気にせず、千間が犯人だと気付いたのはいつなのかと千間が問えば、茂木が答える。

 

「その坊主が、俺たちにコインを選ばせた時からさ」

 

 コイントスの際、千間は態々、遠くの10円玉を取った──そう、彼女は他のメンバーに10円玉を取らせたくなかったのだ。

 

「青酸カリが着いた指で10円玉を触られたら、酸化還元反応が起こり──トリックがバレちまうからな」

 

 茂木は持っていた煙草を灰皿で消しながら説明する。

 

「だから私たち、犯人を貴方に絞り、すぐに結束出来たってわけ」

 

「大上さんの右手の親指の爪を見た時点で、トリックは読めてましたしね」

 

 槍田と白馬の言葉を聞き、全てを計画したコナンに疑惑の目を向ける千間。

 

(こやつッ……)

 

「さて、本題はここからどうやって脱出するか……」

 

 そこで修斗が白馬を見る。

 

「──探、あいつは?」

 

「──問題なさそうです」

 

 2人の言葉に疑問を呈する前に──上空から響くプロペラ音。

 

「おぉ、アイツ、無事に届けれたんだな」

 

「アイツ?届けた??」

 

 全員の訝し気な視線を受け、修斗が説明を白馬に託せば、彼は肩をすくめて交代を受け入れる。

 

「警察のヘリですよ。ワトソンが、アンクレットに取り付けた手紙を、崖下に待機させていたばあやに届けてくれたんでしょう……よかったぁ!!他の車と見分けがつくようにバツ印を付けておいて!!」

 

「それならそうと言ってよっ!!」

 

「あんな猿芝居させやがって!!」

 

「鷹は鳩と違って帰巣本能が乏しいんですっ!!」

 

「ちょ、お2人とも落ち着いて……てか俺の話を聞いて──」

 

 白馬が槍田と茂木に責められ、修斗が宥めている傍らで、コナンは険しい表情を崩さない。

 

(いや、ヘリの音だけじゃない!何かが崩れるような音が混ざってる──まさかっ!!)

 

「いい加減、俺の話を聞けー!!!」

 

 

 

 ***

 

 

 その数十分後、全員無事にヘリに乗り込み、ヘリは館から飛び立った。

 

(はぁ……疲れた)

 

 修斗はヘリの助手席に座り、頬杖をついて外を眺める。この後の展開も彼は既に理解しているが、必要なことは白馬に既に伝え終えているため必要ない。

 

(まぁ、今日か、後日になるだろう事情聴取後にでも──探に聞きたいことはできたんだがな)

 

 ヘリの1番後ろの席では、蘭が残念そうな声を出す。

 

「結局、来なかったのね怪盗キッド」

 

「あら?来てほしかったの?」

 

「あ、いえっ!」

 

 槍田のからかい交じりの言葉に慌てて否定を返す蘭に、どこか楽し気な槍田。そんな2人の前に座っている茂木は、隣にいる千間に声を掛ける。

 

「でも婆さんよ……俺たちを心理的に追い詰めるのは、大上の旦那の計画だったんだろ?──なんで奴を殺害した後、死んだフリなんかしたんだよ」

 

 茂木の問いかけに──千間はどこか疲れたような、生気の感じられない声音で答える。

 

「──どうしても解いてほしかったんだよ。父が私に残した、あの暗号を……私が生きているうちに」

 

 彼女が生きているうちに、彼ら名探偵が集結するときなど、もうないと考えたらしい。

 

「どうやら、烏丸連耶に取り憑かれていたのは──私の方だったのかもしれないね」

 

 千間はそう言うと、ヘリの扉を開き──飛び降りた。

 

 全員が驚きで行動が遅くなり、茂木が声を掛けるころには既に腕を伸ばしても届かないほど、彼女は離れていた。

 

 そんな茂木を押しのけ──小五郎が飛び降りた。

 

「──しまった!?」

 

 蘭が小五郎の名を叫び青ざめる。その小五郎は千間を掴む。

 

 

 

 ──瞬間、その純白の羽が、その場に現れた。

 

 

 

 千間はその気障な紳士──怪盗キッドの腕の中で、目を瞑ったままだ。

 

「──おい婆さん?死に急ぐには歳食いすぎてんじゃねぇか?」

 

 キッドは気障な笑みを浮かべて声を掛ければ、彼の首に腕を回した状態の千間は目を開き、呆れた様子で言葉を返す。

 

「馬鹿言ってんじゃないよ、貴方を助けてあげたのさ」

 

「えっ?」

 

「貴方の名を語って晩餐会を開いたお詫びにね。こうでもしなきゃ貴方──逃げられなかったよ?」

 

 千間が視線で示す先には──ヘリから麻酔銃を構えてキッドを狙うコナンと、その後ろでキッドに鋭い視線を向けている白馬。

 

「あらぁ、バレてたのね?」

 

「──煙草だよ」

 

 彼女が小五郎に扮したキッドに車に乗せてもらった際、小五郎は重度のヘビースモーカーであることをその観察力から推理した千間。しかし、そのキッドはといえば、小五郎に扮しているにも関わらず一度も煙草を吸わなかったのだ。

 

「──何者だい?あの子たち」

 

 千間の問いかけに、キッドは楽し気に笑みを浮かべて答える。

 

 

 

「──もっとも出会いたくない……恋人、ってところかな」

 

 

 

 その答えに対して、千間は納得したように、別のことを口にする。

 

「でも残念だったね。あんた、烏丸の財宝を狙って来たんだろ?」

 

 それにキッドは笑みを浮かべたまま──腕を離す。

 

「ああ、そのつもりだったが止めとくぜ!」

 

 支えとなっていたキッドの腕が無くなり、思わず空中で水泳する千間だが──その体が地面に叩きつけられることはなく、ヘリと繋がっている紐で揺らされる。

 

「──あんなもの、泥棒の風呂敷には包みきれねぇからな!」

 

 キッドはそこでハンググライダーで去っていく。

 

 そこで修斗を除いた全員が屋敷の変化に気付く──屋敷全体の壁が崩れ、中から金が現れたのだ。

 

 コナンが代表して解いたあの時計が、この仕掛けを作動させるスイッチの役割を果たしていたらしい。

 

「流石、烏丸の館。千億はくだらないわね」

 

(──なるほど。『黄昏』とは空が黄金色に輝く夕暮れ時のこと……まさに『黄金の館』ってわけか)

 

 その間、外壁が崩壊し、『黄昏の館』から『黄金の館』へと変貌していく館を見ながら、修斗は思う。

 

(そういえば──結局、あの館の元の所有者は誰だったんだ?)

 

 

 

 その後、小五郎は白馬のばあやが回収し、共に警視庁へと向かうことになったらしい。一足先に到着したコナン達はと言えば──松田にヘッドロックを掛けられている修斗を見ていた。

 

「ちょ、なんっ!?」

 

「おう、北星の坊ちゃん──よくも仕事増やしてくれたなぁ??」

 

「ストップおれなんもしてないっ!!」

 

「こちとら夜勤のところに事件発生からのこれだぞ?今から事件の後処理だぞ??──睡眠時間なしの徹夜業務だ」

 

「ギブギブギブギブ!!!」

 

 修斗がタップを始めれば、一応は怒りを鎮めた松田。彼は知っているのだ──今回の事件も、修斗が止めなかったことを。

 

「……さて、アンタたちも徹夜明けだろ。今日はゆっくり自宅で休んで、また後日、事情聴取ってことでいいですか?」

 

 松田が修斗を開放しつつ提案すれば、全員がそれを承諾。毛利一家は小五郎と合流後に帰宅となるため、ばあやを待つ修斗と白馬。そして小五郎を運んできたばあやの車で、今度は修斗と白馬を乗せて、家までの道を走り出す。

 

 その道中──修斗は白馬に向けて口を開いた。

 

 

 

「──お前、怪盗キッドの正体、知ってるんだな」

 

 

 

 疑問形すらつかないその言葉に、白馬は目を細めて修斗を見やる。

 

「……なんのお話でしょうか?ぼくが、キッドを?……珍しく推理が外れましたね」

 

「外れてねえだろ。お前が日本にやって来た時、目的は怪盗キッドだった……目的が達成されるまで絶対に現場から離れないはずのお前が、日本からイギリスに戻ったって聞いたとき、キッドが捕まったのかと思ったもんだが──奴は普通に新聞に載せられていた」

 

 修斗はそれに久しぶりに目を丸くした。なにせそれが意味するのは──白馬が、見逃したということなのだから。

 

「目的も達成してないはずなのに帰国したっていうことは、お前なりのケジメが一応、着いたっていうことだろ。怪盗キッドは捕まってないのに──となれば、お前は怪盗キッドの正体を知ったが、お前の中でそれが正規の方法ではなかったから誰にも言わないんだろ?……DNAでも採取して照合したか?」

 

「……」

 

「DNAが採取できる環境ってのは限られる。最初に現場で拾ったとしても、照合するための毛髪を簡単に採取できたってことは──お前が通っていた高校で、そのクラスメート」

 

 修斗のその話に、白馬は肩を落とした。

 

「……例えば、僕がそれに肯定を返したとして──どうするんですか?」

 

 白馬は理解していた。普通の人であればこの時点で警察に連絡するだろう──しかし彼は『普通』じゃない。

 

 

 

「──別に。通報しねぇよ」

 

 

 

 修斗にとっては唯の『答え合わせ』なのだ。

 

 事件を解決したり、それを防ぐような正義感など、彼にはない。事件を解いたときの爽快感も、特にはない。しかし──答案を書いて、それを採点されない状況は、かなりストレスなのだ。

 

「──だから、キッドには伝えても問題ないぞ。俺にバレたことも……俺が、キッドのすることに基本は邪魔しないことを」

 

 修斗のその言葉に──白馬は何も、返さない。




それにしても、千間さんてかなりお歳をめした女性なんですが、運動能力高くないですか?

コナン世界は、老人でも若者並みに運動能力と骨や筋力の強さがないと生きていけない町なんですか??……こわっ。


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第35話~そして人魚はいなくなった・事件編~

 お休みの人間が多い休日、梨華は揺れる船のベンチに座って深い溜め息を吐いた。その隣には雪男が座っており、苦笑いを浮かべて、デッキにてはしゃぐ大きな子供()片割れ(雪菜)を見ていた。

 

「わぁ!彰おにいちゃん、カモメカモメ!!」

 

「お~!曇り空でも案外、分かるもんだな!!」

 

「……雪菜はまだいいけど、なにあの大きな子供……知らない振りしたい」

 

「無理だと思うよ」

 

 4人が乗る船が向かう先は、福井県の若狭湾に浮かぶ小さな島『美國島』。祭りに行くのが好きな彰に誘われた雪菜がすぐに頷いてしまい、そのお目付け役として雪男が、その雪男(外見は未成年の少女)の保護者役として、渋々ながらに梨華が参加表明を示した。他の兄妹は仕事の関係で参加できず、咲も、事情を知る修斗がいないならと参加を拒否した。

 

 梨華は当然、旅行が本格的に決定する前に彰に聞いた。

 

『というかちょっとそこの警察。瑠璃と同じように忙しいはずなのに、よくこの旅行の計画が出来たわね』

 

 警察が忙しいことを理解しているからこその言葉。特に米花町は事件が多発する区域だということを、巻き込まれるうちに理解した梨華。私用で休んでいいのかと胡乱気な表情で問いかければ、にこやかな笑顔でこう言った。

 

『今までの溜まりにたまった有休を消化できるからなっ!!』

 

 そう返された時点で梨華はなにも言えなくなり、ピアノ練習を我慢して旅行についていくことを決めた。

 

(帰ったら猛特訓ね……)

 

「そういえば、これから行く『美國島』は人魚が住む島って言われてるらしいよ」

 

 梨華が先の予定を立て終えた所で、雪男がふっと話題を出してきた。その話が聞こえたのか、彰と雪菜も戻ってくる。

 

「人魚って……そんなまさか」

 

「人魚って、いつも泡になっちゃうお魚と人の動物だよね!」

 

「すごく語弊ある言い方止めようか雪菜……」

 

「そういえば、確かに1度、ニュースになってたな……すごく長生きしてるお婆さんがいるって」

 

 彰の声に頷く雪男。そのニュースを見たことがなかった梨華は首を傾げる。

 

「そんなに長生きなの?」

 

「あぁ。確か、3年前だったか……不老不死のお婆さんだってブームになったんだ」

 

「なにそれ、胡散臭いわね」

 

 梨華の胡乱気な目を向けられた彰も頷き、肯定する。確かに当時、彼がテレビ越しに見た老人はかなり年を取っていたように見えたが、人魚の存在など御伽噺、いるわけがない。現実主義な兄妹ばかりで、雪菜以外は夢を見ない。

 

 

 

 ***

 

 

 

『美國島』に到着し、旅館に荷物を置いて、それぞれ祭りの時間まで自由行動にしようとしたが、兄妹揃って現在、土産物店に来ていた。

 

「おい……帰りでいいじゃねぇか」

 

「何言ってんよ、帰りだと時間なくてゆっくり決めれないじゃない。だったら先に決めておいて、帰りにすぐに買うの。別にこの島以外に行くわけじゃないんだからいいでしょ?」

 

 梨華の言葉に一理あると考えた彰は、警視庁の仲間に向けて選び始めた。

 

「人魚のお守りに、ストラップ……」

 

「兄さん、儒艮饅頭っていうのがあるよ」

 

「お、本当だな」

 

「──彰警部?」

 

 そこで横から聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、左にある入口へと顔を向けてみれば、目を丸くさせて驚く蘭とコナン、小五郎がいた。その隣には、平次と和葉。途端に嫌な予感を感じ始めた彰は、引き攣った笑みを浮かべた。

 

「……ぐ、偶然ですね?」

 

「なんでアンタがここにいるんスか」

 

「俺の提案で祭りを見に……」

 

 その隣では、雪男がコナン達に近づき、声を掛けた。

 

「蘭さん、コナンくん、久しぶりだね」

 

「雪男さん!お久しぶりです!雪男さんたちもお祭りに?」

 

「そうなんだ。彰兄さんがお祭り好きで、僕たちも誘いに乗ってここまで……平次くんも、お久しぶりだね」

 

「おうっ!ちっこい兄ちゃんも、久しぶりやな!!」

 

「──平次?」

 

 そこで彰が平次の名前を復唱し、彼を見つめる。その目はどこか輝いていた。

 

「?俺がそうやけど、アンタ、帝丹高校の文化祭で会った……」

 

「あ、此方は僕の兄で、北星彰って言うんだ……もしかして平次くん、なにか運動部に所属してる?」

 

「あぁ、剣道部に入っとるけど、それがどないしたんや?」

 

 その答えを聞き、雪男は納得したように頷き、彰が平次に詰め寄った。

 

「あの時は事件捜査に集中してて気づかなかったけど、改方学園の服部平次か!?まさか本物に会えるとは……なんであの時に気づかなかったんだ俺ェ!!」

 

 興奮して荒ぶる彰に引き気味な平次は、引き立った表情を雪男に向けた。

 

「な、なぁ、ちっこい兄ちゃん……この人、どないしたんや??」

 

「あぁ、兄さんって剣道とか柔道とか……武道の試合を見るのが好きで、平次くんの試合を見たから、興奮したんじゃないかな?」

 

(あぁ、おっちゃんみたいな感じか…ハハッ)

 

 コナンが呆れたように彰を見上げるが、彰はそれに気付かず、引き気味の平次に試合の感想を述べ続けていた。そんな2人のやり取りに、更に爆弾を落とす雪男。

 

「まぁ、兄さんは見るのが好きなだけだし、本人も剣道や居合いとかの武道を一通り習ってたし、仕方ないんじゃないかな?」

 

 それを聞いた平次が今度は固まり、彰を凝視する。反対に彰はといえば、口を閉じたかと思えば、ジリジリと平次から離れた。

 

「平次くん??」

 

「平次、どないしたん?」

 

 和葉が首を傾げた所で、平次は目を輝かせながら彰に近づいた。

 

「アンタ、まさか『鬼神のアキラ』か!?」

 

(ゲッ!?)

 

 その名前を聞いた途端、彰の腰が引いた。コナン達の近くにいた雪男は感心したような声を出す。

 

「へ〜、今でも兄さんの2つ名って広まってるんだね……」

 

「彰警部の、2つ名?」

 

 不思議そうに首を傾げるコナンに、思い出したように蘭が声を上げる。

 

「あっ!噂で聞いたことがあります!!確か、剣道で無敗の強さを誇った人がいるって……それが彰警部だったんですね!!」

 

 蘭の言葉に、苦笑を浮かべながら雪男が頷く。

 

「まあね……兄さんが中学の頃からの2つ名なんだけど、確かに一切負けなかったよ……団体戦は兎も角、個人戦では。助っ人として他の運動部でも、対人戦では負けなしだったし。その時の強さがまるで鬼神の様だからってことで、付いたあだ名が『鬼神のアキラ』」

 

「雪男、説明するんじゃない!!!」

 

「文化祭の時におうた時は、事件に集中してて気付かんかったけど、アンタに会えるとは思わんかったわ!!」

 

 平次が和やかに近づき、それに比例して彰が下がっていくという姿に、雪男は徐々に笑いが込み上げ、店の中で迷惑にならぬよう、口を手で覆って笑いを抑えようとする。しかし、そのくぐもった声はコナンに聴かれており、彼は呆れたような笑みを浮かべていた。

 

(ハハッ……この人、彰警部を助ける気ゼロだな)

 

 その賑やかな場に、別のエリアで土産物を見ていた梨華と雪菜が戻ってきた。彰と雪男しかいないと思っていた場に、見覚えのある人物と見覚えのない人物が2人おり、梨華は珍しく素っ頓狂な顔を浮かべていた。

 

「……毛利さん?」

 

「え……うぉ!?梨華さん……で、合ってますかね?」

 

 小五郎が申し訳なさそうな表情で窺えば、梨華が苦笑を浮かべて頷く。

 

「えぇ、合ってますよ……それにしても、皆さんはどうして此方に?」

 

「私たちはそこの大阪の坊主の付き添いで……」

 

 その梨華と小五郎の横を通って、雪菜が蘭と和葉に笑顔で近付いた。

 

「わぁ!!蘭ちゃんだぁ!!」

 

「雪菜さん、お久しぶりですね!和葉ちゃん、此方、北星雪菜さん。雪菜さん、此方は和葉ちゃんといいます!」

 

「よろしゅうな!」

 

「よろしくね!!」

 

 それぞれがそれぞれで挨拶を終えると、改めて毛利一家と平次たちが来た理由を聞くことになった。

 

「──平次くんのところに来た依頼?」

 

「そうや。依頼内容は守秘義務があるけぇ言えんけど、その依頼主と連絡が取れんから、取り敢えず来てみたっちゅうわけや」

 

「依頼主が行方不明、か……」

 

「ちょっと彰、あんた動けないの?」

 

 梨華が眉根を寄せて彰を見上げれば、彰は溜息を吐いた。

 

「動けたら話は早いんだがな……県警には話したのか?」

 

「いいや、まだや。取り敢えずは探してみようか思うてな」

 

「……何事もないといいんだがな」

 

「やめてよ兄さん、それ盛大なフラグだから」

 

 雪男の言葉を聞いた彰は咄嗟に顔を背けてしまい、その雪男は頭を抱えた。

 

「それで、このお土産屋さんに来たのは、もしかしてそれ関連?」

 

「せや。ここ、依頼した人が売り子してた店らしいんや」

 

 そこで蘭がコナンに声をかけ、人魚のストラップを楽しそうに見せる。その横にある儒艮饅頭を見て、和葉が平次に声を掛けた。

 

「なぁ、なんなん?『ジュゴン』って」

 

「あぁ、人魚のモデルになったっちゅう海に住む哺乳類や」

 

 日本の南方でも生息していたジュゴンだが、長命の薬になるとされ食べられていた。その話に雪男は呆れ顔。

 

「一体どこの誰がそんな嘘を流したんだろうね……まあ、不老不死とか死者蘇生だとかは人類の夢だけど、可能性がほんの少しでもあるのは──若返りの薬だけだよ」

 

 その言葉を聞いたコナンと平次の表情が恐ろしいものに変貌し、雪男に詰め寄る。

 

「おいアンタ!?それホンマか!!?」

 

「ちょ、近いし怖いよ顔!?」

 

「おい、話ずれてんぞ探偵。依頼主のことを聞きに来たんじゃないのか?」

 

 彰が雪男を平次から離せば、平次はハッとさせてカラ笑い。コナンも子供らしい笑顔を作るが、内心ではタイミングを見計らって話を聞く気でいる。

 

「ハハハッ、すまんかったな、ちっこい兄ちゃん」

 

「あ、うん……気にしないで」

 

「平次、若返りたいん?」

 

 和葉の疑惑の目に否定を返して話を終わらせにかかる平次。そんなやり取りを呆れたように横目で見ていた小五郎は、すぐに店のスタッフに祭りの内容を聞き始める。

 

「──『儒艮の矢』?」

 

「はい。不老長寿のお守りで、年に1度の『儒艮祭り』で3本だけ授けてもらえるんですよ」

 

 依頼主である『門脇(かどわき) 沙織(さおり)』も、1年前に授かったらしいのだが、その矢を失くしてしまい、怯えて過ごしていたのだと言う。

 

「──『人魚に祟られる』ってっ!」

 

「まさかぁ!人魚なんて……」

 

「──人魚はいるわよ」

 

 そこで店の入り口からそんな声が掛かり、全員が後ろを振り向けば、おかっぱの女性がいた。エプロンを付けていることから、ここの店員であることが伺える。

 

「あら、『奈緒子(なおこ)』さん!」

 

「人魚の肉を食べて不死の身体を授かった『(みこと)』様がいるんだもの。そして、命様が念を込めた髪の毛を結わいつけられた『儒艮の矢』を持つものは、不老長寿の夢が叶うのよ……その矢を失くしちゃったんだから、祟りを恐れて島から逃げるのも、無理ないわね」

 

 おかっぱの女性──『黒江(くろえ) 奈緒子』の狂信的な様子に、雪男は胡乱気な表情を浮かべ、去っていく彼女を見つめる。

 

「……兄さん」

 

「……なんだ?」

 

「兄さんもまさか「信じてねえからな!?」ならいいよ」

 

 小五郎が話しを聞いていた女性に黒江のこと聞けば、彼女は沙織の幼馴染なのだという。

 

「命様っていうのは?」

 

「このお祭りの主役であり、島の象徴でもある『島袋(しまぶくろ)』の大婆様ですよ」

 

「ほんで?その婆さんのホンマの歳はなんぼなんや?」

 

 平次が聞けば、女性は上を見上げながら、100歳や200歳と言う人もいるのだと伝える。そんな女性の態度に、雪男が首を傾げた。

 

「なんなら、お祭りの会場になる島の神社へ行ってみたらいかがです?」

 

「神社……」

 

「命様の曾孫で沙織ちゃんと幼馴染の『君恵(きみえ)』ちゃんもいるはずだし……」

 

 その言葉に、島の役所から言われてやって来た平次が疲れたように溜め息を吐きだす。

 

「なんか、たらい回しやな、俺ら……」

 

 お店から出ると、コナン達が彰たちと別れようとする。しかし、それを彰が止めた。

 

「俺も刑事ですから、流石に見逃せません……悪いが、離れてもいいか?」

 

「えぇ、いいわよ?私たちも、お祭りが始まるまで適当に回ってるわ」

 

「──僕もついていく」

 

 梨華がクスリと笑って背中を押したところで、雪男からも参加表明があがる。刑事の彰なら兎も角、医者の雪男の参加に対しては小五郎の眉間に皺が寄った。それを見た雪男が肩をすくめる。

 

「捜査が遊びでないことは理解してますが、僕も気になるんです……それに、行方不明の依頼者が見つかったとき、対処が出来る人物は傍にいた方がいいと思います」

 

 なにを、とは言わなかった。しかし、理解はできた小五郎が唸り始めたのを見て、雪男が彼に詰め寄る

 

「──いいですか?」

 

 

 

 彰と雪男も連れてやって来た『美國神社』。その境内で掃き掃除をしている女性に声を掛ければ、彼女が件の命様の曾孫『島袋 君恵』だった。

 

「──200歳だなんてとんでもないっ!うちの大御婆ちゃんは今年でちょうど、130歳。戸籍を調べればすぐ分かります」

 

 ちょっと長生きしてるからと島民が大騒ぎしていることに呆れた様子を見せる君恵。しかし、年齢を考えればちょっと所ではない。

 

「130歳ってちょっとじゃないよ?だいぶ長生きだからね??」

 

(立派なギネスもんだぜ……?)

 

「ほんで?その大御婆ちゃんは何処におんねん」

 

「平次くん、ここにはいないと思うよ。本当にそれだけのお歳なら、多分、1人で立てないだろうし……」

 

 雪男の言葉に君恵はムッとした様子を向ける。

 

「大御婆ちゃんは1人でも立てますよ。今は部屋で、祭りで授ける矢に念を込めている所です」

 

「じゃあ、本当にお婆様は人魚の肉を……」

 

 大の大人の小五郎が信じ切ったような言葉を言えば、君恵は一瞬呆け、笑いだす。

 

「アッハハハ!!この世に人魚なんているわけないじゃないですかっ!!──あんなの、嘘っぱちですよ!!」

 

「で、でも……儒艮の矢って」

 

「アレは元々、魔除けの呪いを意味する『呪禁(じゅごん)』だったの。島の人たちが人魚に引っ掛けて、海に住む『儒艮(ジュゴン)』に言い換えたらしいって、死んだ母が言ってました」

 

 君恵の母が亡くなっていることに蘭が悲愴な表情を浮べる。それに君恵が頷いた。5年前、父親と一緒に海で亡くなってしまったらしい。祖父と祖母も、君恵が生まれる前に海で亡くなったと話せば、和葉がやはりなにかあるのではと悲痛な表情を浮かべるが、それに君恵は笑顔を浮かべた

 

「なんにもないわよっ!この前も沙織と一緒に海で本土に行ったけど、何もなかったし!!」

 

 それに小五郎たちが驚愕する。探し人の名前が出てきたのだから当然だ。

 

「沙織さんとっ!?」

 

「いつやそれっ!!?」

 

「4日前ですけど……私が、歯医者に行くのに付き合ってくれて……」

 

 この島には歯医者がないのだと言う。それに改めて島であることを実感する雪男。

 

(遊び場すらなさそうだけど、雪菜、退屈してないかな……)

 

「その時の、沙織さんの様子は?」

 

「儒艮の矢を失くして凄く震えてました、『人魚に呪われる』って。そんなことないって私がいくら言っても聞かなくて……」

 

「──おバカさんね。それは君恵が命様のパワーを信じてないからでしょ?」

 

「『寿美(としみ)』?」

 

 そこで右からまたも女性の声が掛かり、そちらへと顔を向けてみれば、長い髪をストレートに伸ばした女性──『海老原(えびはら) 寿美』』。彼女も、奈緒子と同じく狂気的な表情を浮かべている。

 

「彼女はマジ本物。ホントに人魚の肉を食べちゃったのよ?──ていうか、3年前にマジで人魚の遺体、出てきたし」

 

 寿美のその言葉に、コナン達が驚きを露わにする。

 

「人魚の遺体やとッ!?」

 

「それってもしかして、3年前ぐらいにテレビでやってた……」

 

 蘭が思い出したように言えば、君恵はそれをテレビが大袈裟に報道しただけなのだと話す。しかし、寿美は君恵の言葉を鼻で笑った。

 

「何言ってるの、アンタも見たでしょ?──骨が異様な形に砕けていた、あのグロテスクなっ」

 

「──よせ寿美っ!」

 

 そこで寿美の後ろから現れた褐色の男性──『福山(ふくやま) 禄郎(ろくろう)』がその肩を掴み、言葉を止めた。

 

「……禄郎?」

 

「島以外のモンにそれ以上、話すことはない。アンタら、沙織を探してるんなら、さっさと沙織の家に行ったらどうだ?」

 

 小五郎たちの存在を歓迎してない態度を全面的に出す禄郎から、そうアドバイスされる。しかし、その家の父親は飲んだくれの様で、快く歓迎してくれたらの話だと、不機嫌な様子で言いながら去っていく。それに平次は呆れ顔。

 

「だ~れも心配してくれへんのやな」

 

「沙織はよく、お父さんと喧嘩して家出してたから……」

 

 その言葉に、雪男と彰の表情が一瞬、抜け落ちた。2人が同時に思ったのは──父親と喧嘩できるぐらいなら、まだいいじゃないかということ。

 

 しかし、すぐに思いなおす。人にはそれぞれ事情があるのだから、良し悪しの差などないのだと。

 

 思い直したところで小五郎が沙織家への案内を君恵に頼めば、彼女はお祭りの後であればと快く承諾してくれる。それを聞いた蘭が漸く笑顔を見せた。

 

「お祭りって、どんなことをするんですか?」

 

「予め、お客さんに番号札を買ってもらって、大御婆ちゃんが示した数字と合えば、儒艮の矢がもらえる……まあ、抽選会みたいなものなの」

 

 そこで君恵が蘭たちも参加してみないかと誘い、袖から漢数字が書かれた札を取り出した。それに驚きで目を丸くする2人。君恵が言うには、キャンセルした老夫婦がおり、そのため2枚余っているとのこと。それを互いに顔を見合わせて、笑顔を浮かべて札を受け取る2人に君恵も笑顔を浮かべた。

 

「ま、当たるも八卦当たらぬも八卦──もしかしたら、皆が言うように、永遠の若さと美貌が手に入っちゃうかもよ?」

 

 そうして受け取った数字には、蘭が『41』、和葉が『18』と書かれていた。

 

 それで捜査が今現在はこれ以上進まないと判断した探偵組は、祭りまで時間を潰すこととなり、その隙をついてコナンと平次が雪男に近づいた。

 

「雪男兄ちゃんっ!」

 

「……コナンくん?それに、平次くんまで。あ、兄さんは今」

 

「あ、彰警部じゃなくて、雪男さんに話を聞きたくて……」

 

「僕に?」

 

「──土産物店の時の話や」

 

 それに首を一瞬傾げるも、思い出したように手を叩いた。

 

「あぁ!『若返りの薬』の話?」

 

「それっ!!僕、どうしてもその話が気になって……教えてほしいんだっ!!」

 

 コナンの子供らしい言葉とは裏腹に、必死な様子を見せるコナンに雪男は首を傾げた。

 

「コナンくん……まだ子供なのに若返りたいの?」

 

「え、あ、いや、えっと……」

 

「あーいやっ、この坊主、以前テレビで見たみたいでな?それで気になってもーたらしくてっ」

 

 平次が必死に言葉にすれば、疑惑の目は緩まないままだが、とりあえず納得したような態度を見せた雪男。それに安堵の溜め息を吐きだす2人に、雪男は話し出す。

 

「『若返りの薬』って言っても天文学的な確率の話だよ。アポトーシス……えぇっと、コナンくんに分かりやすいように言えば、細胞が亡くなっていく現象なんだけど、それを誘導すると共にテロメラーゼ……細胞を死なないようにする酵素を活性化させて、細胞の増殖力を高めるんだ。そうすると、天文学的な確率ではあるけど、偶発的な作用によって人のDNAプログラムが逆行し、若返る……けど、どこまで若返るかは僕も想像できないし、高確率で人が死んでしまうだろうから──それを作れるような天才がいたとしても、服用はお勧めしないよ」

 

 雪男がそこでコナンの表情を見てみれば、彼の表情はこわばっていた。

 

(……まさかね)

 

 一瞬、過った可能性を、雪男はありえないと頭から消した──雪男が説明したような薬を服用して小さくなった、どこかの誰かの可能性を。

 

 けれど、雪男は敢えて口に出す。

 

「……もし、その天文学的な確率で、若返った人がいるのなら……それが複数いるのなら──共通点を探してみるといいよ。もしかしたら、何か共通項があるかもしれないからね」

 

 雪男のそのアドバイスのような言葉に、コナンは目を瞬いた。

 

 

 

 祭りの開催時刻となり、梨華と雪菜とも合流して神社の境内へとやって来たコナン達。太鼓の音が鳴り響く中、蘭と和葉は抽選会を心待ちにしていた。

 

「なんかワクワクしちゃうねっ!」

 

「そやねっ!」

 

「あら、蘭さん達も抽選会に?」

 

 蘭の隣にいた梨華が蘭と和葉が持つ札を見ながら聞いてみれば、彼女は笑顔で頷いた。

 

「はいっ!梨華さんと雪菜さんもですよね?」

 

 今度は蘭が2人の札に目を向ければ、梨華も笑みを浮かべて頷く。

 

「そうなの。こういうのって当たったことはないんだけど、年に1回のことなら参加してみたくなっちゃうのよね!」

 

「楽しみだね、蘭ちゃんっ!!和葉ちゃんっ!!」

 

 雪菜の表情をその隣で見ていた雪男も、彰と顔を見合わせて祭りを楽しむことにした。

 

 太鼓の音が鳴りやむとほぼ同時に目の前の障子が開き──白髪の長い髪を結わえた、小さな丸い背中が見えた。

 

 その目の前にある杖を両手でつかむその老人こそが、『命様』こと『島袋 弥琴(みこと)』だと周りは声を上げ、拝み始める。

 

「アレが、命様……」

 

「ちいせぇな……」

 

(唯の厚化粧な婆さんやんけ……)

 

 弥琴は掴んだ杖を持って障子の外へと歩き、目の前の松明で杖の先にまかれた布に火を点けた。その杖をそのまま何の躊躇いもなく──近くの障子に火を点けた。

 

 そのことにコナン達が驚くも儀式は続き、障子3枚に火が灯された。そこには『3』、『107』──そして『18』。

 

「なるほど?障子に点いた火が当選番号っちゅうわけか」

 

 平次がやれやれと言った様子で状況を口にするそのすぐ後ろで、当選したことに喜びの声が上がった──寿美だ。

 

「うそ、マジっ!?やった!!!」

 

 蘭たちのところでも、蘭、梨華、雪菜はがっかりした様子を見せる。

 

「え~……」

 

「やっぱり当たらなかったわね……」

 

「ら、蘭ちゃんっ、梨華さんっ、雪菜さんっ……あ、アタシ……当たってしもうたっ!?」

 

「「ぇ……えぇ~っ!?」」

 

 蘭と梨華が驚くその横で、雪菜は笑みを浮かべて手を叩いた。

 

 命様が神社内へと戻り、少しして神社の禰宜(ねぎ)が消化を始めた。それによって立ち込める白い煙の中に、今度は君恵が現れた。

 

「では各々方、これより一刻のち、儒艮の矢を授けます──人魚の滝へ、いざ参られんっ!!」

 

 それから少し経ち、人魚の滝へとやって来た一同。その滝の前には、真剣な表情を浮かべて儀式を遂行する君恵。

 

「では、幸運を手に入れられたお三方……前へ!」

 

 君恵のアナウンスで和葉、奈緒美がロープを潜って前へと出る。しかし、もう一人の姿がない。君恵が再度、当選者を呼べば、小五郎たちの前に現れたのは、酔っぱらった男性──『門脇 弁蔵(べんぞう)』だ。どうやら彼が当選者らしい。それを見て平次は疑問に思う。なにせ彼女のはしゃぎっぷりから、寿美が当たったものだと思ったのだから。同じように見ていたコナンも同意する。寿美の姿はそもそもこの場のどこにも見えない。そのことが頭の中で引っかかっている探偵組だが、彼らの心配をよそに──彼女は最初から、この場にいた。

 

「御三方に、至福の光をっ!」

 

 君恵の言葉を受け、花火担当の島民が花火を打ち上げれば、それは空に大輪の花をいくつも咲かせた。それにコナン達も笑みを浮かべていたその後ろから、1人の男性客が声を上げる。

 

「おいっ、アレなんだっ!?」

 

 徐々に声が上がり、全員が声と指が指し示す方向──滝へと視線を向けてみれば、光に照らされ、何かに吊るされたような人影が浮かび上がった。

 

 その長き黒髪を靡かせ、しなやかな身体をゆらゆら揺らせながら……まるで、滝の中を舞い泳ぐ人魚のごとき──青くさえきった、変わり果てた姿で。

 

 

 

 ***

 

 

 

 コナンの時計の明かりを頼りに滝上へとやって来た一同。彼女の幼馴染でもある君恵、奈緒子、禄郎も共に付き添い、禄郎と平次の共同作業で、息絶えた寿美を引き上げる。それを見た雪男は岩場にゆっくりと下ろすように指示し、彰と共に手袋をはめて、彰は現場の捜索と雪菜から借りたカメラでの現場撮影、雪男は検視を始めた。

 

「と、寿美……まさか、自殺っ、それとも、誰かに?」

 

「いや、そうと決まった訳じゃない」

 

 禄郎がそこで手にしようと動いたところで、彰が手袋を差し出す。

 

「……」

 

「不満はあるだろうが、これ以上、指紋を付けてもらったらこちらが困るんだ」

 

「……分かったよ」

 

 彰の言葉を受け、手袋をはめてから再度、太い木の杭。

 

「寿美の首に巻き付いてるのは、危険防止のために川沿いに貼られていたロープだ」

 

 それに驚いた小五郎が改めて確認するため、彰へと視線を向ける。それで何を言いたいのか察した彰が手袋を差し出せば、彼はそれを着けてからロープを持ち上げる。

 

「……なるほど。つまり寿美さんは、暗闇でこの川に足を取られ、ロープに捕まったが流れが速く、杭が抜け、滝へ落ちる間に、首に巻き付いてしまった」

 

「可能性としてはあるかもね。索条痕を見たら事故か絞殺か分かりづらいし、顔面も真っ白となると、ロープに首が巻き付き、滝に落ちたときに椎骨動脈が圧迫されて頭部への血流が止まってしまったから。不自然なのは──首に搔きむしった痕がないこと」

 

 コナンの協力で首のあたりを照らして確認してみれば、掻きむしったような痕は何処にも見られない。

 

「確かに。意識があってそんな事故が起こったなら、普通は藻掻くはず……」

 

「それに、なんでこんな森の中におんねん」

 

「──人魚のお墓でも探してたんじゃない?」

 

 奈緒子の言葉に平次たちが反応する。その反応を見て、奈緒子は続ける。曰く、この森のどこかに、人魚の墓があるのだという。

 

「──3年前の祭りの夜、神社の蔵が焼けて出てきた人魚の骨が埋葬されているお墓が、ね」

 

 奈緒子の言葉に君恵も思い出したように声を上げる。どうやら寿美はその墓のことをいつも気にしていたらしい。それに平次は疑わしそうに眼を細める。

 

「ちょおまて。人魚人魚いうけど、それホンマに人魚やったんか?」

 

 それに君恵も困り顔。島民はそういうが、本土にいる警察は中年女性の話していたらしい。それを聞いた奈緒子が叫ぶ。

 

「よく言うわよっ!?それは腰から下の骨がちゃんとあったらの話でしょ!?」

 

「こ、腰から、下……?」

 

「──焼け落ちた蔵の太い柱が、遺体の腰のあたりに倒れていたんだが、柱をどけてみると、本来、足があるべきところに──その骨がなかったんだ」

 

 その為、人魚の遺体が出たとテレビで大騒ぎだったと呆れたようにいう禄郎に、奈緒子も笑みを浮かべる。

 

「我らが命様も、一気に有名人」

 

 それを聞いた雪男は考える。

 

(どれほどの火事だったのかによるけど、炎の温度が上がれば、人体のすべてがなくなるほどになることもあるけど、骨が残っているならそれはないはず……となると、その太い柱が倒れたときに、粉々に粉砕された、が妥当かな?)

 

 その雪男から離れ、コナンが君恵に警察の判断は女性だと言っていたのかと再度、確認で問えば、君恵は肯定を返す。当時のお祭りで、儒艮の矢に外れた観光客が、蔵に予備の矢が残ってるんじゃないかと忍び込み、蔵のろうそくを点けたのが出火原因じゃないかと言われたらしい。

 

「結局、1年経っても身元不明で、その骨はうちで埋葬したんだけど……その後、問題が」

 

「問題?」

 

「──墓荒らしだよ」

 

 君恵の言葉を聞いた小五郎が不思議そうすれば、禄郎が迷惑そうに告げる。その墓を掘り返し、骨を盗もうとする観光客が来たらしい。それに雪男の眉根が寄る。

 

「何それ……常識のない人たちだね」

 

「人魚の骨も、不老長寿の薬と言われてたみたい」

 

「だから、大御婆ちゃんが去年、人に頼んでコッソリお墓をこの森の中に移したんです」

 

 その頼んだ人物とは誰かと訊けば、君恵も知らないらしい。弥琴しか知らず、彼女が言うには『信用が置ける人』とのこと。

 

「……兎に角、今のところ、事故、自殺、殺人のどれも可能性としてはあります」

 

「とりあえず、これ以上は現場を荒らすことになりかねません」

 

「分かりました……寿美さんを下におろして、警察の応援が来てからだな」

 

 それを聞いた禄郎が、寿美の遺体を抱え上げ、嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「……他殺だとしたら、こんな時間にこんなところへノコノコやって来た寿美にも、問題があるがな」

 

「──あら、許嫁が亡くなったのに冷たいのね」

 

 禄郎と寿美は互いの親が将来を約束した許嫁だったらしいが、禄郎は親が勝手に決めたことだと迷惑そうに言い、関係ないとまで言った。あからさまな拒絶に、思わず彰も苦笑を浮かべる。

 

(そこまで嫌うって、一体何があったんだ、こいつら……?)

 

「その親父もお袋も、この世にはいないしな……」

 

 

 

 寿美の遺体を下ろせば、その父親が泣きながら娘を抱きしめる。君恵から紹介されたからこそ、その行動を彰が近くで見るだけで止めておいた。そんな一同の元へ、蘭たちが人の間を縫ってやって来た。

 

「お父さんっ!」

 

「彰、雪男っ!!」

 

「おぉ、福井県警に連絡ついたか?」

 

 蘭たちに任せていた県警への連絡は、しかし海が荒れていて船が出せるのに当分かかると返されたのだと言われた。それに小五郎が困った様子を見せたが、平次は逆に喜ぶ。警察がこれないほどということは、逆に犯人もこの島に捕らわれの身であることと同義。その言葉に小五郎の眉が寄った。

 

「犯人ってなぁっ!アレは雪男さんの検視でも殺人だと決まった訳じゃ……」

 

「──ほんなら、これ見てみ?」

 

 平次がそう言って見せてきたのは浮き輪。コナンが平次と共に見つけたらしく、滝壺と海を結ぶ川の途中に引っかかっていたらしい。それを彰が受け取り、彼は納得したようにうなずく。

 

「なるほど。寿美さんを気絶させて、首にあのロープを巻いたまま浮き輪に乗せて流したら……滝にぶら下がるって訳か」

 

「そうや。俺らが寿美さんを神社で見たのは、花火が上がる2時間前。滝の上まで往復するのは1時間もかからへん」

 

 平次はそこで、反対に向けていた帽子のつばを前に向け、下げる。

 

「ちゅうことはや、この犯行は男女を問わんと誰にでもできて──しかもその犯人は、まだこの島のどっかにおるっちゅうこっちゃ!」

 

 その平次の言葉に不安そうにする蘭。彼女がキョロキョロと周りを見る姿に、和葉は笑顔を浮かべる。

 

「心配せんときっ!犯人はすぐ捕まってまうから!!」

 

「えっ?」

 

「平次が帽子を被りなおしたらスイッチオン!エンジン全開やねん!!」

 

 和葉の言葉に、蘭が安心したように笑顔を浮かべて感嘆する。それを見た和葉が、少し頬を染めた。

 

「でも、惚れたらアカンよ?」

 

「えっ?」

 

 和葉からの唐突な言葉に、蘭が驚き、彼女に顔を向けた。その和葉はと言えば、恥ずかしそうに顔を少し俯かせる。

 

「だって、蘭ちゃん相手やと私、敵わへんもん……」

 

「あらっ」

 

 それを傍でずっと聞いていた梨華は楽し気に口元を上げ、雪菜は首を傾げる。蘭はと言えば、その和葉の可愛さから、彼女に勢いよく抱き着いた。

 

「和葉ちゃん、顔が赤くなってたけど、大丈夫なのかな?」

 

「大丈夫よ……雪菜もいつかは、分かるかもね」

 

 梨華が雪菜の頭を撫でてそう言えば、彼女は首を傾げるだけ。

 

 そんなやり取りを呆れ顔で見ていた平次とコナン、彰の近くに奈緒子が近付き、声を掛けてきた。

 

「……ねぇ、寿美が他殺だって言うなら──あの人から目を離さないほうがいいわよ」

 

 奈緒子の視線の先を追えば──弁蔵が酒を煽っている。

 

「吞んだくれの沙織の父親から」

 

 また、君恵も小五郎に声を掛ける。祭りの前に約束していた沙織家に行くかどうかの確認がしたいらしい。それに小五郎も眉根を寄せた。

 

「でも、父親があんな様子じゃなぁ……」

 

「刑事の立場での捜査にしても、流石に家に上がっての捜査は、彼が怪しいと言うだけでは無理です。令状がないと……」

 

 そこでコナンが君恵に弥琴に会いたいと言ったことでとりあえずは方針が決まり、彰が弁蔵の監視を引き受けた。そこで梨華たちはコナン達からはなれ、宿へと戻り、梨華たちと別れたコナン達は、弥琴に会うために島袋家へとやって来た。

 

 外は嵐がやって来たようで、玄関では戸の鳴き声が響き、風と共に雨も降り始めている。

 

 そんな中、コナン達は君恵の好意で炬燵に入って待っていた。

 

「しっかし、ボロイ家だな……」

 

「とても儒艮の矢で儲けとるとは思えへんな……」

 

 平次のその言葉に、和葉は目を丸くした。

 

「──何言うてんの?あのお札、1枚5円やで」

 

「えぇっ!?5円っ!?」

 

 昔からその値段なのだと、島の人が言っていたと和葉は話す。蘭もそれを知っているようで、大きな箱の中に番号札が108枚入っており、それを参加者は並んで1枚ずつ引き、その中から弥琴が3人の当選番号を選ぶという方式らしい。

 

「にしてもおせぇなあの婆さん……」

 

「一応、声を掛けるけど、今日はお祭りで疲れてて、会うのは無理かもって……」

 

 そこで廊下からコツッコツッという音がし始める。それに全員が廊下へと顔を向けたとき、障子がほんの少し開き、再度、扉が開かれ──弥琴が現れた。

 

 その現れ方がまるで妖怪の様に見えたらしく、全員が悲鳴を上げ、腰が引けた。それに驚く様子を見せず、小さな杖を皺くちゃな両手で掴み、皺くちゃな声で、ゆっくりと話しかける。

 

「──ワシに用とはうぬらのことか?」

 

 それは祭りとは違い、化粧をしてない素顔の様で、それに平次は口元を引き攣らせた。

 

(化粧落としたら妖怪やんけ……)

 

「あ、あのさ……矢が貰える当選番号って、どうやって決めるのかなって……」

 

「……」

 

「……あのぉ」

 

「──適当じゃ」

 

 それに今度は全員が固まる。それを気にせず、弥琴は競馬の当たり番号だったこともあると笑いだし、コナンは呆れたように笑みを浮かべる。

 

(おいおい……)

 

「ほんなら、年に3本なんてケチらんと、仰山うらはったらよろしいのに……」

 

「そりゃ無理じゃ……矢に結わえるワシの髪の毛にも限りがあるし……」

 

「──大御婆ちゃ~ん?お風呂の準備で来たわよ~?」

 

 そこで君恵の声が聞こえ、弥琴は体の向きを変えた。

 

「すまぬが大した用がないならワシは風呂に入って床に就く……」

 

 コナンがそれにまだ話があると止めるが、弥琴はそれには返事を返さず、部屋の中にいる蘭たちの方へと視線を向けた。

 

「それから、そこな娘……髪を結ったお前じゃ」

 

「わ、私?」

 

「──儒艮の矢は元より魔除けの矢。手放せばその身に魔が巣を作り、男は土に還って心無き餓鬼となり、女子は水に還って口きかぬ人魚となる……決して身から離すでないぞ!」

 

 それを言い残し、弥琴はまた杖を突きながらゆっくりとその場を離れて行った。

 

 

 

 ──翌日の夜。海老原家では寿美の通夜が行われることとなった。

 

 元々、2日は休みを取っていた彰も、これは帰れないと理解して朝の時点で目暮に事情を話したため、とりあえずは問題は1つ無くなった。もう一つは──通夜に参加することになるとは思わなかったために、喪服を全員、持っていなかったこと。

 

「……とりあえず、服の調達は何とかなったわね。雪男も、サイズが合ってよかったわね」

 

「言わないで……すごく複雑だから」

 

 そこで通夜の部屋へと入れば、既に小五郎たちがいた。

 

「あ、彰警部……」

 

「毛利さん、それに皆さんも……」

 

「彰警部、昨夜はお疲れさまでしたな……」

 

 小五郎がどこか申し訳なさそうに言う。その表情を見て、彰は察したように苦笑する。弁蔵はあの後、家に帰らずに居酒屋で客に絡んでいたのだ。

 

「えぇ、まぁ……他の観光客に絡んでいたのを見た時点で、気配を潜めて静かにしてたんで……」

 

 勿論、問題が起こるようなら割いるつもりはあったが、それはとりあえずなかったので何もしなかった。

 

 そこで小五郎が奈緒子の姿を探す。どうやら名簿には名前があったらしい。それを聞いた蘭がトイレに行っている可能性を考え、和葉と探してみると声を掛ける。それに梨華が待ったをかけた。

 

「待って。女子高生だけも危険でしょう?私も行くわ……あ、雪菜はここに」

 

「私もいくっ!おトイレ行きたいもん!!」

 

 雪菜が恥ずかし気もなく言い、兄妹が頭を抱える羽目になった。

 

 そうして障子扉を開いてすぐ、雷が落ち辺りをその雷光が照らし──蘭と梨華の表情が青ざめた。

 

「なんや蘭ちゃんに梨華さん、雷怖いん?」

 

「……違う──あそこに誰かいるっ!」

 

 蘭が指さした先を和葉と雪菜が見てみれば──雷光に再度照らされる、俯いた誰か。

 

 和葉が小さく悲鳴を上げて蘭に抱き着く中、雪菜がそれを見てなんの戸惑いもなくガラス戸へと近づこうとして、梨華が腕を掴んだ。

 

「?どうしたの?梨華お姉ちゃん」

 

「だ、ダメよっ、危ないものかもしれないでしょう!?」

 

 そのやり取りの後ろから、なかなか行こうとしない4人の様子を訝しんだ平次とコナンがやって来た。

 

「どないしたんや?」

 

「平次……あそこに誰かおるっ!」

 

「なんやてっ!?」

 

 3度目の雷光に照らされたその姿に、コナン達は驚愕する。

 

 

 

 

 

 網に体を捕らわれ俯くその人物は──奈緒子だった。



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第35話~そして人魚はいなくなった・推理編~

コナンくんの名言回であり、伏線回ですよっ!!

コナンくんの言葉、皆さん、覚えておいてくださいねっ!!絶対ですよっ!!!

それでは、どうぞっ!!


 寿美に続き、奈緒子が亡くなった。その事は通夜ということもあり瞬く間に広まり、恐怖と好奇からガラス戸に集まって来た島民たちの間を縫い、外へと下りたコナンたち探偵組と彰と雪男。今回の現場撮影は小五郎が率先してやり始めたため、彰は先に聞き込みを始めることにした。

 

「……雪男さん、死亡推定時刻は?」

 

「肌がまだ暖かく、硬直も始まってない。死斑は確認してみないと分からないけれど、死後1時間経ってないですね。死因は首を絞められての窒息死──寿美さんと明確に違うのは、現場の状況と奈緒子さんの眼球」

 

 奈緒子の遺体は、網に絡まれ、膝を突いた状態で亡くなっていた。これはどう見ても他殺であり、雪男が瞼を確認してみれば、眼球に溢血点が見られた。犯人は絞殺後、奈緒子を絡めとる網に掛けたことが分かる。

 

 その話を聞いた平次が懐中電灯を使い、砂浜に残された足跡を確認する。

 

「砂に残った足跡はサンダルと……長靴。奈緒子さんはサンダルを履いていたみたいやから、長靴は犯人のもんやな」

 

 確認後に彼女の足元を照らせば、すぐ近くにサンダルが投げ出されていたため、犯人のゲソ痕特定は早く済んだ。そこで同じく時計の点灯機能を使っていたコナンが、足跡の中、砂に残る『あるもの』の痕を見つけ、近づいた。

 

「それにしても、ひでーことを……」

 

「──ねぇ!これ見て」

 

 コナンの声を聞き、3人がコナンへと視線を向けてみれば、明かりに照らされた場所に『儒艮の矢』らしき矢の痕。鏃がサンダル痕の上にあることから、奈緒子が犯人ともみ合っているうちに踏んでしまったであろうことが伺えた。『儒艮の矢』がその場にないことから、犯人が持ち去ったことも推測できる。

 

 そこで小五郎の提案から長靴の痕の先を辿ることとなった平次だが──行きと帰りの痕はまっすぐ海に続いていた。

 

 それに眉根を顰めた平次は、懐中電灯の光に反射し、存在を主張する多数の小さな粒を見つけた。それを迷わず指で掴んで確認してみれば──それは魚の鱗。

 

「魚の鱗なら、奈緒子さんの服にも2、3枚付着してるね」

 

 雪男がコナンの協力で明かりを照らしてもらった際に見つけたその鱗を、持っていたピンセットで掴み、小さな袋に入れた。

 

「県警の方が来た時にでも渡そう」

 

「こらーっ!!」

 

 そこで野太い声が聞こえ、4人が声の方へと顔を向けてみれば、数人の警官を連れた刑事がいた。

 

「そこで何をやっとるか、お前らっ!!?」

 

「いや、何って──」

 

「──俺が頼んで、馴染みの探偵たちに現場保存の協力と、医者の弟に検視をしてもらってたんです」

 

 小五郎が説明をしようとしたとき、聞き込みを終えた彰が戻って来て小五郎たちの前に立った。

 

「なんだとっ!?」

 

「県警の方ですよね?──俺にも捜査協力させてください」

 

 彰がそう言って見せた警察手帳により、刑事は目を見開きつつも頷いた。

 

「そ、そうでしたか……分かりました。しかし、我々が来たからには捜査は我々がしますので、そちらの方々の協力はいりませんぞ。検視の報告を聞いてもよろしいですかな?」

 

 彰がそれに頷いたのを確認し、警官たちが現場で捜査を開始し、彰からはこれまでの経緯を、雪男からは検視結果を聞き始める。また、県警から必要ないと言われた探偵組は現場を離れ、娘達が待つガラス戸へと戻る。すると蘭と和葉が気になったようで状況を聞いてきたため、平次が話始めた。

 

「──えっ!?犯人の足跡が海に向かって消えてたッ!?」

 

「ああ。ご丁寧に魚の鱗付きでな」

 

「ッ魚の、鱗!?」

 

「まさか、犯人は人魚ッ!?」

 

「それはないでしょ……」

 

 肩を寄せ合って怖がる蘭と和葉の隣で、梨華が苦笑気味に否定する。

 

「あくまで人魚は御伽噺でしょう?それに、仮に本当にいたとしても、どうして人間の足跡なの?」

 

「た、たしかに……」

 

「でも、人になった可能性やってッ」

 

「そうやったとしても、人魚が長靴履くわけないやないか……」

 

 平次は、犯人は波打ち際を歩き、奈緒子を呼び出した網のところへと向かい、帰りはまた波打ち際を通って帰ったのだと推理する。それを聞いた和葉と蘭が安心したように息を吐き出したところで、雪男が小五郎たちのところまで戻って来た。

 

「雪男、彰は?」

 

「兄さんはこのまま捜査協力だって……小五郎さん、兄さんから伝言で、皆さんに奈緒子さんのことを聞いたときには誰も見てないって言ってたと……」

 

 それを聞いた小五郎が島民たちへと顔を向ければ、代表して君恵が頷く。

 

「刑事さんにもお話ししましたが、私が来た時には部屋にはいませんでした……」

 

 それを聞いた禄郎が、隣に立つ顔が赤い弁蔵へと不機嫌な顔を向けた。

 

「弁蔵さんも見てねぇってよ」

 

「あぁ、部屋に入ったら誰もいなかったぜ」

 

 弁蔵が記帳する前に書いたのは奈緒子だった。それを踏まえて考えれば、奈緒子がこの葬儀場に最初にやって来て、記帳後に現場へと向かったことになる。それを聞いた禄郎が大股で縁側のギリギリまで近づいてきた。

 

「おい、まさか寿美を殺害した奴と同一人物なのか?」

 

「いや、まだそこまでは分からんが……犯人が奈緒子さんの『儒艮の矢』を持ち去ったのは確かだ」

 

 それに驚く女子高生と君恵。依頼主である沙織も、『儒艮の矢』を失くしたことを考えれば、彼女は既に亡くなっている可能性があると、平次は告げる。それを聞いていた、君恵の後ろにいた女性が瞠目する。

 

「──あら、沙織ちゃんなら、昨日の祭りの日の朝、人魚の滝の当たりで見かけたわよ?」

 

 それに探偵組の目が見開かれる。それを見たのは女性だけではなく、その女性の隣に立っていた40代ぐらいの男性も、滝の奥にある森で遠くからだが同じく見かけたらしい。

 

「それ、ホンマに沙織さんやったんか?」

 

「間違いないよ。茶髪にメガネの娘は、あの子しかいないし」

 

「いつも青っぽい服着てるから」

 

 2人の言葉により、沙織の生存が高くなってきた。

 

 もし、沙織が生きていたとしたら、彼女が今も姿を現さないのは、彼女が『なにか』から逃げているため。平次はそう考える。その平次の言葉を聞いた小五郎が弁蔵に心当たりがないか聞くが、心配そうなそぶりもなく、彼女は弁蔵に何も話さないのだと笑顔で告げてくる。

 

「ふん──あいつも、死んだ娘さんみたいに、人魚になってなきゃいいがな」

 

 その言葉と笑顔で告げてくる言葉に、梨華も雪男も眉を顰めた。

 

「あら。ご自分の娘なのに、心配そうな素振りもないなんて──沙織さんが可哀そうだわ」

 

「……アァ?」

 

 梨華の蔑むような視線と言葉に、弁蔵はその赤い顔のまま、眉を顰めて拳を握り──振りかぶったところで、目の前でその拳を、彰に強く握り掴まれた。

 

「──暴力沙汰に走るなら、現行犯逮捕ですが……どうしますか?」

 

「彰……」

 

 梨華が思わず目を見張る。それは周りも同じだった。なにせ彼は先ほどまで──少し離れた現場にいたはずなのだから。

 

(えっ……この人、いつのまにここにっ!?)

 

 コナンが驚愕するその目の前で、弁蔵が腕を振りほどこうとするが、それは1ミリも動かない。

 

「梨華、気持ちは分からないでもないが煽るな。あと、懐に隠した鞭も出すなよ」

 

 これ以上の面倒事はごめんだと、そう視線だけで梨華に告げれば、彼女は溜息を吐いて了承した。

 

「分かったわよ……鞭でシバき倒したいけど、我慢するわよ」

 

 それが聞こえてしまった蘭の目は点になり、コナンは呆れ顔になった。

 

(ハハッ……おっかねぇ)

 

 彰は改めて弁蔵の顔を見る。そこで漸く彼が頷いたため、彰は拳を開放した。

 

「フンっ……」

 

「それで、ちょっと聞こえましたけど……もしかして、八百比丘尼の伝説に例えてますか?」

 

 彰の言葉に、ニヤリと笑う弁蔵と首を傾げる小五郎。

 

「八百比丘尼の伝説……?」

 

「知らねぇのか?伝説の八百比丘尼は、網にかかった人魚の肉を食べたんだぜ?」

 

 その言葉に、和葉は青ざめる──昨晩、弥琴に言われた言葉を思い出したからだ。

 

 隣の和葉の様子にいち早く気付いた蘭が心配そうに名前を呼んだところで、翌日の朝早くから沙織探しをすることが、小五郎の言葉で決定し、解散の空気が流れ始める。

 

 平次も屋敷の敷居を跨ぎ──和葉の横で、彼女に声を掛けた。

 

「和葉──俺の傍から離れんなよ」

 

 その後、警察による任意の持ち物検査で、奈緒子の『儒艮の矢』探しが始まったが、祭りで矢が当たった弁蔵と和葉しか持っていなかった。その検査を近くで見ていた平次は、隣で蜜柑の皮を剥くコナンに声を掛けた。

 

「おい工藤、何かわかったか?」

 

「いいや、全然。ただ言えるのは、寿美さん、奈緒子さん、行方不明の沙織さんの3人が、人魚の肉を食べたというあの命様の力を信じ、『儒艮の矢』に執着していたってことだけだ」

 

「あぁ……異様なくらいにな」

 

 平次がそこで頭を抱える。なにせ誰が何番の札を持っていたのか、分からないからだ。

 

 そのことを口に出したとき、コナンの横に座っていた君恵が笑顔で反応する。

 

「あら、分かるわよ?──ちゃんと名簿に名前を書いてもらってるから」

 

 その名簿を今から見に行くかと平次たちを誘い、すぐに2人は頷いた──そのやり取りを、目の前で見ていた弁蔵のことには気づかずに。

 

 

 

 ***

 

 

 

 彰を待つと言う兄妹たちを葬儀場に残し、へべろけ状態の小五郎を平次が担いで神社へと向かう。葬儀場を出る前に禄郎が君恵に声を掛けていたが、それはコナン達には聞こえなかった。

 

 神社に向かう道中、君恵たち幼馴染5人が大学まで同じであったと言う話を、蘭と和葉が聞いていた。

 

 5人とも映画好きが高じ、映画研究会に入り、『比丘尼物語』という映画も作ったことがあるらしく、更にコンクールで金賞を取るほどの人気が出たのだと言う。

 

 ハリウッドに繰り出すと言う話も出たらしいが、全員が島のことを忘れられず、戻って来たらしい。

 

「──まさか、寿美と奈緒子があんなことになるなんて……」

 

 

 

 ──そんな一行を追い越すように走る影に誰も気づかないまま、君恵の家に辿り着いた。

 

 

 

「──あら、変ね……確かにここに纏めて仕舞ったはずなんだけど」

 

 君恵が名簿を保管していたという箪笥の中を漁るが、前年度までの物は出てきたのに、今年の物が見当たらないと言う。

 

「あの婆さんが持って行ったんとちゃうか?」

 

「そんなはずはないわ」

 

「そこに置いてたの他に知ってる人は?」

 

「島の人なら、ほとんど知ってるわ」

 

 そこで念のためにと他の部屋を探すと言う君恵に、蘭が手伝うと声を掛けた。それに礼を述べて、君恵は蘭と和葉を連れて部屋を後にした。

 

 残された男性陣だが、小五郎はイビキをかいて寝てしまっており、コナンと平次が名簿の確認を始めた。

 

「おーおー、おるでおるでっ!元外務大臣に、官房長官に日銀総裁……ハハッ、皆長生きしたいんやな!」

 

 そんな折、コナンは名簿を捲る手を止めた──知っている名前が載っていたのだ。

 

(『宮野志保』?……確か、アイツ(灰原)の本名もそんな名前だったような……)

 

 コナンは哀の顔を思い浮かべ──失笑を溢した。

 

(ハッ、人違いだな。永遠の若さや美貌を欲しがるタマじゃねぇし……)

 

 

 

 ──そこで、蘭と和葉の悲鳴が響いた。

 

 

 

 2人が慌てて部屋を飛び出し、縁側へとやって来てみれば、2人が青い顔で外を見ていた。

 

 平次がどうしたのかと訊いてみれば、蘭が震え声で、外を指でさしながら答える。

 

「あ、あそこにっ、茶髪で眼鏡かけた女の人がっ!!」

 

「アタシらをジーっと見ててんっ!!」

 

 蘭が話す特徴の持ち主は、この島では1人しかいない──行方不明の沙織だ。

 

 そこで、すぐ傍のガラス戸が割られていることに、平次が気づいた。

 

「君恵さんは!?」

 

「立て直した蔵の方を探してみるって……」

 

「その蔵ってどこやっ!」

 

「確か、あの神社の方──」

 

 蘭がそう言って指示した方には──夜の暗闇とは反対の、真っ赤な空。

 

 

 

 その後、すぐに消防署に連絡を入れ、消火活動が始まったが、しかし蔵の炎は消えることなく燃え続け──3年前と同じく、1体の焼死体と共に、全焼した。

 

 

 

「──焼死体やてっ!?」

 

 消防士の禄郎から話を聞いた平次の目が丸くなる。禄郎の話では、遺体は黒焦げではあったが、眼鏡で青い服を着ていたことが辛うじて分かったらしい。

 

「──多分、行方不明だった沙織だろう」

 

 その言葉に、蘭と和葉の顔から血の気が引いた。

 

「じゃ、じゃあっ、私たちが夕べみたのっ!!?」

 

「ゆ、幽霊ッ!!?」

 

 そこで、特徴的な杖の音と共に、後ろの廊下から弥琴が現れた。どうやら、君恵を探しているようで、彼女の名前を、そのか細く嗄れ声で呼んでいる。

 

「どこじゃ、君恵っ!君恵ーっ!!」

 

 君恵の姿はいまだ誰も、見ていない。君恵を探す弥琴の姿に心が痛み、蘭と和葉が彼女の傍にいるために、弥琴の元へと駆けていく。その姿を見送る平次と、思考に入り、蘭の姿を見ないコナン。

 

「……おい服部。君恵さん、ついこの間、歯医者に行ったって」

 

「お、おうッ……ま、まさか、何考えてんのや、お前っ」

 

「恍けんなっ!今お前の頭にもよぎっただろ──俺と同じ、嫌な予感が」

 

 ──半日後、焼死体の歯形の鑑定が終わり、その連絡を聞いた小五郎から、君恵のものと一致したことが告げられる。

 

 そのことに平次の表情が歪み、蘭と和葉の目に涙が浮かび──禄郎は膝から崩れ落ちてしまった。

 

 彼は愛していたのだ──君恵のことを、心の底から、想っていたのだ。

 

 

 

 彼女が葬儀場から出るとき、禄郎が声を掛けたのは──彼女に、自身が伝えた想いの返事をもらう為だった。

 

『君恵……こんな時に悪いが、あの話、考えてくれたか?──俺は、真剣だぞ』

 

 禄郎の言葉に、彼女は哀しい表情を浮かべる。

 

『ダメよ……死んだ寿美に悪いし、それに私には、大御婆ちゃんがいるから、この島から離れられないの──ごめんなさい』

 

 

 

 彼女との会話がそれで最後となってしまったことを理解してしまい──禄郎は悲観の咆哮を上げた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「──そうか……君恵が死んだか」

 

 弥琴が住まう神社で、横になる彼女に君恵のことを平次たちが伝えれば、彼女はそう溢す。

 

「すまんな、婆さん……俺らがちょっと目ェ離した隙に……」

 

 平次の言葉には何も返さず、彼女は天井を見つめ、呟く。

 

「また若い命が消えてゆく──ワシはまだ、生き恥を晒しておるというのに……」

 

 そこでコナンが問いかける。弥琴が頼んで移したという人魚の墓──それは一体、誰に頼んだのか、と。

 

 しかし、弥琴が言うには、その人物もまた亡くなってしまっているらしい。

 

 その後、弥琴に再度、心からの謝罪を述べた平次たち。蘭は弥琴の元に残り、和葉と平次、コナンが燃え尽きた蔵へと向かえば、小五郎が彰と共に現場の捜索に混じっていた。

 

「お~い、おっちゃん!!彰さん!!何か見つかったか~?」

 

「い~や、何も出てきてないぞ~」

 

「しっかし、なんて事件だ。容疑者が絞れなければ、動機も検討がつかねぇ。おまけに、どうして君恵さんが沙織さんのような恰好をしていたのかも分からん」

 

「まあ、死んだのは君恵さんやのうて、沙織さんや思わせるためやろうが……」

 

 そうなると、犯人は行方不明の沙織か、もしくは第三者の犯行となる。そこで波がひどくなってきたのか、その場に打ち寄せる波の音が響き始めた。それに全員が反応したとき、和葉が思い出したように口を開く。

 

「あぁ、この裏、すぐ海になってるゆうて、夕べ……」

 

 和葉がそこで君恵とのことを思い出してしまい、涙ぐむ。

 

「まあ、犯人が誰やったとしてもこれだけは言えるで……そいつはこれ以上、野放しにしとかれへん、人の命をなんとも思わん──殺人鬼やっちゅうことやな」

 

 そこで神社から蘭が走って出てきた。小五郎がどうしたのかと声を掛ければ、掛かって来た電話の内容が変なのだという。

 

「変なこと……?」

 

「……『矢を譲っていただいて、ありがとうございます!100万円出した甲斐あって、息子の手術は成功しましたっ!』って!!」

 

 その言葉に全員が驚愕する。蘭が言うには、美國神社で働いているという男に、特別に売ってもらったと電話口で説明されたらしい。

 

「それって、お祭りの朝にキャンセルしたって言う、老夫婦のこととちゃう?」

 

「そうみたい……」

 

 平次がその男性の名を聞けば、名前は分からないが無精ひげを生やした、大柄で50歳ぐらいの男性だったらしい。

 

 その特徴の人物は、コナン達が会った中で1人のみ──弁蔵だ。

 

 祭りの前に矢が譲られたということは、その矢というのは、消失したといわれていた沙織の分であることが分かる。また、その弁蔵に運よく矢が当たり、その名簿は消失し、奈緒子の矢すら消えたことを考えれば──彼の疑惑が深まった。

 

 そこで平次がコナンに目を向けた。

 

「ほなっ!通夜やってた網元の家に行ってくるから……くどっ」

 

 そこで平次が慌てて言葉を濁し、空笑いを浮かべて弁蔵家を頼むと走って去っていった。

 

 

 

 網元の家にて弁蔵のことを聞けば、平次は目を見張る。

 

「なんやてっ!?──夕べ、俺らがここを出た後、すぐ弁蔵さんも席を立ったッ!!?」

 

「あぁ。血相変えて出て行ったよ」

 

 平次たちの推理通り、弁蔵は君恵との会話を聞いており、すぐに神社へと向かって名簿を盗んだことが証明された。そのことに気障な笑みを浮かべた。

 

「ほんなら、蔵に火ぃ点けたん、弁蔵さんとちがうん?」

 

 後ろからの声に同意したところで、思わず言葉を止めてしまう──知らぬ間に後ろに和葉がいたのだ。

 

「──なんでお前がここにおんねんっ!!」

 

 平次からのもの言いたげな目に、和葉は頬をほんのり赤く染めて、言い返す。

 

「よう言うわっ!!『傍から離れんな』言うてたの、平次やんっ!!」

 

 それは確かに本人が言ったことであり、記憶が甦った平次は何も言えなかった。そんな平次に胸を張って笑みを浮かべる和葉。

 

「それに、『儒艮の矢』を持っとるアタシは、魔除けの守り神やっ!──平次が危ない目におうても、アタシが守ったげるから心配せんときっ!!」

 

「そら、おうきに」

 

『儒艮の矢』の効力など全く信じていない平次が呆れ顔で返す。それに対しては何も返さず、和葉は愛おしそうな目で平次を見つめた。

 

(……ホンマやで、平次)

 

 君恵が亡くなってしまったため、儒艮祭りが失われてしまうことを悲しむ島民たちの背中を見送れば、外から県警の刑事から声を掛けられる平次。どうやら平次たちの足跡の説明を再度、説明してほしいらしく、それに肯定を返してガラス戸を開けて、置かれていたサンダルを履こうとしたところ、足がずれてしまったようで、サンダルが飛び跳ねてしまった。

 

 そのサンダルの裏面を目にしてみれば──最近、作られたらしい傷跡がついていることに気付いた。

 

 奈緒子が履いていたサンダルは福井県警に持ち帰られたらしく、それを聞いた平次は和葉に『儒艮の矢』を出してほしいと頼む。

 

 彼女が渡した矢でその傷跡を確認してみれば──形が一致した。

 

(砂の上で『儒艮の矢』を踏んだんはこのサンダルやで……ちゅうことは、やっぱり──)

 

 平次の推理が、証明された瞬間だった。

 

 

 

 奈緒子の捜査へと戻る彰と別れ、門脇宅へとやって来た小五郎たち。しかし、何度呼び鈴を鳴らしても、弁蔵が姿を現さない。

 

「くそっ……やっぱり留守かっ」

 

「──おい、アンタら何やってる」

 

 そこで後ろから声を掛けられ、振り向けば──禄郎が立っていた。

 

「あ~いや、弁蔵さんにちょっと用が……どこにいるか知りませんか?」

 

「夕べの通夜から姿を見てないが……」

 

 暗い声で伝えられたその言葉に、小五郎が頭を抱えた。

 

「弱ったな……せめて、行方不明の沙織さんの部屋を見せてくれたら……」

 

「──家の中に入りたいんなら、植木鉢の下を見ろ」

 

 禄郎の言葉を受けて小五郎が2つある植木鉢をそれぞれ確認してみれば、小五郎視点で右の方に確かに隠されていた。

 

 それを拝借して開けようとしたところで蘭が焦りだす。

 

「あ、でもいいの?勝手に入っちゃって……」

 

「ちょっとくらい構やしねぇよ」

 

 そこでコナンが禄郎に、行方不明になる前の沙織の様子を聞くと、禄郎がなにも疑問に思わずに答えてくれた。

 

「あぁ、海が荒れたってだけでビビってたよ──『人魚に復讐される』ってな」

 

『復讐』というワードに、コナンは目を丸くした。

 

 

 

 禄郎の案内の元、沙織の部屋が開かれ、最初に部屋の中を確認する。

 

 小五郎と同じく辺りを見渡していたコナンの目に入ったのは──ベッドの上に置かれたボストンバッグ。

 

「な~に?このカバン!!」

 

 コナンが子供らしい声を上げてカバンを両手で移動し、蘭が静止する声よりも早く、ジッパーを開けた。

 

 ボストンバッグの中には頭痛薬、歯ブラシといった日用品が入っていたが、禄郎曰、それは沙織の家出セットらしい。

 

「──まぁ、行先は大体、君恵の家だったから、着替えや予備のメガネは向こうにも置いてあったみたいだが」

 

 そうなれば、蔵で亡くなった君恵が来ていた服は、彼女が自身の意思で来ていた可能性が出てきたというコナンに、何の意味があると否定的な小五郎。そんな小五郎に、コナンは目を細めて告げる。

 

「──犯人を誘き出すため」

 

「あ?」

 

「──な~んてねっ!」

 

 小五郎がありえないと言いたげに笑うも、君恵自身が、犯人が沙織を狙っていると考えた場合──犯人を捕まえるための囮をしたのでは、と蘭が顔を俯かせて考えを述べる。

 

「な~に言ってんだっ!お前ら夕べ火事の時、沙織さんらしき人影を庭で見てるだろうが!」

 

 そこでコナンが禄郎に沙織の写真が部屋にないかと訊けば、禄郎からアルバムのことが告げられ、彼に手伝ってもらい、アルバムを取り出し、確認を始めた。

 

「──庭で見たのは、この人だったか?」

 

 小五郎が蘭に見せた女性は、ベリーショートの茶色い髪に、白いハイネックと青色のセーターを着たメガネの女性で、写真の彼女は笑顔でピースをしている。そんな女性を蘭が確認してみるも、暗がりであった為、分からないと言う。

 

「この辺の写真、もしかして『比丘尼物語』っていう映画を撮ったときの写真?」

 

 コナンの問いかけに禄郎が頷く。写真の中では、まるで本物の人魚の様に、海を背景に鱗を着けた人魚姿の寿美が写っていた。その隣の写真には、荒れた嵐の日を模したのか、大津波のシーンが撮られている。

 

「おおっ!こりゃ凄いなっ!!まるで本物の人魚が海の中を泳いでいるようだ……」

 

「本当!……この嵐のシーンなんかすごい迫力っ!!」

 

「まぁ、その映画は沙織の特撮と、君恵の特殊メイクで金賞を取ったようなもんだから……」

 

 しかしその1年後、本当に大嵐がやって来て、禄郎や君恵の両親──そして沙織の母親が行方知れずとなったという。

 

 アルバムを除く蘭の隣に座っていたコナンは──目の前に並べていた彼女の手荷物を見て、おかしな点に気付いた。

 

(預金通帳に、キャッシュカード、印鑑、免許証にパスポートまであるのに『あれ』がどこにもないっ!!)

 

 そこでコナンは改めてボストンバッグの中を漁りだし──彼の中で、信じたくない真相が浮かびあがった。

 

 

 

 第2の現場の捜査現場を縁側に座って見ていた平次──そこに、通知が鳴り響いた。

 

「ほい、服部──おお、くどっ」

 

 そこで和葉がいたことを思い出し、慌てて小五郎の名前に切り替えた平次。和葉も反応したが、聞こえていなかったのか平次の様子を見つめているだけだ。

 

「丁度良かったっ!いまそっちに電話しようおもうてたとこやっ!!」

 

 平次が網元の家のサンダルから、矢を踏んだ痕が見つかったことの報告を、イヤリング型携帯電話で受けるコナン。彼の表情は──悲し気に曇っている。

 

「これは、犯人が通夜の部屋から奈緒子さんが待ってる網ンとこに行って殺害し──また通夜の部屋に戻った証拠やでっ!!」

 

 それが出来たのは、弁蔵と禄郎の2人。しかし、君恵が亡くなったと聞いた禄郎の様子から、禄郎が君恵に危害を加えるとは考えづらい。

 

「となると、犯人は──」

 

『……服部。今から俺の推理を話す──聞いてくれ』

 

 コナンの神妙な声に、不意な出来事ながらに平次は頷く。

 

 そして彼の推理を聞き──激昂した。

 

「──阿呆っ!!そんなわけあるかいっ!!!俺は絶対に信じひんぞっ!!!」

 

『服部……不可能なものを除外していって、残ったものが、例えどんなに信じられなくても──それが真相なんだ』

 

「なんやとっ!?」

 

「──警部っ!!」

 

 そこで現場にやって来た警官から、山中で弁蔵を追跡しているらしい。捜査協力中の彰もまた、そこに加わっていることが伝えられる。それを聞いた刑事たちがその場所へと向かい始めたのを見て、平次も立ち上がった。

 

「とにかくっ!!弁蔵さん捕まえたらそっちにすぐ行くっ!!待っとけやっ!!!」

 

 平次はそこで通話を切り、走り出す。その突然の行為に驚くも、急ぎ靴を履いて後を追う和葉。

 

 

 

 門脇家の台所に座り込み通話していたコナンは、肩を落としたまま、悲嘆に暮れる。

 

「……俺だって、信じたくねぇよ。服部」

 

 

 

(嘘やっ……そんなの嘘やっ!)

 

 弁蔵捜索に加わった平次は、捜索中でありながらも頭の中には、先ほど聞いたコナンの推理が渦巻いていた。

 

(俺は信じひんぞっ!!工藤っ!!!)

 

 そこで、後ろを歩いていた和葉の足が止まる。彼女は線香の臭いがするというが、平次は不機嫌な表情で否定し──しかし、同じくその匂いに気付いた。

 

 その匂いの元は、平次たちの進行方向にあった──お墓である。

 

 平次がその墓に近づく後ろで、和葉は横に倒れていた『この先、崖 危険!!』の看板が目に入った。

 

(墓……例の人魚の墓か……っ!)

 

 その存在が、目の前の墓の存在こそが──コナンの推理通りであることを、漸く受け入れることが出来た平次。

 

 線香が静かに立ち上るそのお墓に優しく手を置き──彼の帽子が、表情を隠した。

 

「………」

 

 真実と受け入れたくない心境に折り合いをつけたとき──手を置いていた墓石が傾き、転がった。

 

 平次が転がる墓石につられて走り出したのを見て、和葉も駆け出しながら悲鳴のような声で止める。

 

「アカンッ!!そっちはッ──」

 

 平次がその崖に気付くころにはもう遅く、墓石は転がり崖下へ。平次も体を急停止させるも勢いは止まらず、そのまま崖下へと落ちそうになる。

 

体の重心の傾きを、後ろに腕を回してバランスを取ろうする平次。しかし重心が傾きすぎたため、落ちる直前だった平次の腕を和葉が掴み、勢いよく引っ張った。

 

 それにより平次は崖から陸へと戻ったが──今度は遠心力によって、和葉が崖へと飛ばされた。

 

 

 

 

 

「──和葉ァァァッ!!!」




名シーンまであと1話っ!!

そして、雪菜さんの霊圧が消えた、だとっ!?

……はい、嘘です。途中から、梨華さんと雪男さんの影も消えてましたが、彼らは君恵さんの通夜まで宿で待機しているだけです。ちなみに、雪男さんは裏で職場に事情を説明済みなので、問題はないとここで捕捉します。

私の説明不足のせいです……精進します。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!


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第35話~そして人魚はいなくなった・解決編~

本日、そして人魚はいなくなった編、最終話の投稿をさせていただきます!!

ちなみにどうやら、本日は高木刑事が初登場した日ということで『高木の日』らしいのですが、作者は悲しいことに知りませんでした(高木さん初登場時、作者は赤ん坊でした)。どうやら、アニメ初登場が七夕だったからこの日が高木さんの日になったそうですね……感慨深いです。ちなみに七夕自体は、天候の関係で1度も天の川を見たことがございません……ぐすっ。

さて、話はここまでにしましょうか……それでは、どうぞ!!


『人魚の墓石』が転がり落ち、それを追って落ちそうになった平次。そんな彼の腕を引き、代わりの様に崖へと落ちる和葉に、平次は手を伸ばし──辛くも彼女の腕を、掴むことが出来た。

 

 しかし、その手とは反対の平次の手が掴む命綱は、なんとも心もとない、細い枝木。岩から生えるその枝を、彼は左手で掴み、右手で和葉を掴んでいる。当然、重力は掛かっており、下へと向かうその力により、彼の腕は悲鳴を上げ続けた。それを歯を食いしばって耐え忍び──彼は、和葉だけを見据え続ける。

 

「へ、平次……」

 

「ま、待っとれよ和葉っ……今、引き上げたるさかいなっ!!」

 

 彼ら2人の下には川。運が良ければ助かるが、その可能性が低いほどの高さ──そこに2人が入るのは、時間の問題だった。

 

 平次が掴む枝が、ミシミシと悲鳴を上げているのが、和葉の目に入った。

 

(あ、あかんっ!枝が折れてしまうッ!!)

 

 それを見た彼女は決意を宿し──懐に持っていた『儒艮の矢』を取り出した。

 

(……ごめんな、平次)

 

 彼女は微笑みを浮かべ、『儒艮の矢』を握りしめる。

 

(あたしの分まで、長生きしてや……)

 

 それを掲げるその姿を見た、平次の目が見開かれる。

 

「か、和葉っ!」

 

 平次の顔をしっかり焼き付け──彼女は儚い微笑みを浮かべる。

 

 

 

「──バイバイ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 平次たちから離れた場所では、弁蔵を見つけた県警たち及び彰が、彼を取り押さえた所だった。

 

「門脇弁蔵、確保っ!!」

 

 刑事たちが弁蔵を捕まえたのを見て、彰はネクタイを緩める。

 

「とりあえず、これで詐欺の案件は問題ないですね」

 

「あとは、探偵さんのところに連れて行くだけですな」

 

 そこで彰は辺りを見渡す。

 

 彼はずっと気になっていたのだ──平次と和葉の姿が、途中から見失ったのだ。

 

(……嫌な予感がする)

 

 彼の眉間に皺が寄る。それに気づいた警部が近付いた。

 

「どうされましたかな?」

 

「いえ……すみませんが、容疑者の護送は任せてよろしいでしょうか?平次くんと和葉さんの姿が見当たらないので、ちょっと探してきます」

 

 それを聞いた警部の目が一瞬見開かれ、彼は数人の警官に、彰の手伝いをするよう指示を出し、網元の家に弁蔵を連れて向かい始めた。

 

 

 

 数分後、網元の家では、島民たちと梨華たちが、眠った姿の小五郎のもとに集まっていた。

 

「……本当に寝てるわね」

 

「ねえ雪男。寝てる人って話せるの?」

 

 右に座っていた梨華が興味津々な目を向けるその横で、真ん中に座っていた雪菜は雪男の裾を引く。その半身からの問いかけに、雪男は頭を捻った。

 

「寝言とかならわかるけど、会話が出来るほど流暢に話せるみたいだから……」

 

 知る限りの知識を総動員して答えを出そうとする雪男。しかし、前提条件が『レム睡眠状態で話すことが出来るか』である以上、答えに辿り着くことはない。

 

 雪男が『眠りの小五郎』の睡眠に対して気にかけていることなど知らないコナンは、眠らせた小五郎の背中に隠れ、主要人物が揃うのを足元を見つめて待っていた。そこで地元の警部の声が掛かる。警部に腕を捕まれ逃げれず、不貞腐れて反省の色が微塵もないその人物は、弁蔵だ。

 

 コナンが小五郎の陰からこっそりと伺えば──平次と彰の姿が見えない。

 

「おや?大阪弁の少年と彰警部はどうしました?」

 

「あぁ、山ではぐれたあと見てないが……あの若い警部が探すって言うんで、何人か部下をつけて捜索してるよ」

 

 その言葉にコナンは息を呑み、梨華たちは顔を見合わせた。

 

 

 

 和葉が平次に刺した『儒艮の矢』は、鏃に彼の血を滴らせたまま、役目を終えたかのように川へと落ちて行った。

 

 そして和葉は──目に涙を溜めて、手を離さない彼を見つめた。

 

(……平次っ)

 

 彼の手の甲からは、彼女が刺した矢によって血が流れ落ちるが、その手の力は緩まず──しっかり、力強く、握られたままだ。

 

(なんでやっ……なんで手ぇ離さへんの?──このままやったら、2人とも死んでしまうやないのっ!?)

 

 生暖かいその赤は──彼女の腕にも伝って落ちる。

 

(──手ェ、離してっ!!)

 

 声にならない彼女の言葉は、表情が雄弁に語ってくれる。その悲痛な表情の女神に、彼はかすれ声で呼びかける。

 

「和葉っ!!動くなよっ!!」

 

 命を懸けて彼女の腕を掴む平次は──彼女を見据え、叫ぶ。

 

「動いたらっ──殺すぞっ、ボケェ!!!」

 

 その言葉に、彼女は──しっかりと、彼の手を掴んだ。

 

 

 

 コナンは腕時計で時刻を確認する。平次が来るのを待ち続けるが、彼は姿を現さず、時間のみが過ぎてゆく。

 

(どうした、服部っ!?なぜ顔を出さないっ!!……一体、どこで何をッ!?)

 

 そこで遂に痺れを切らした警部が苛立ちを声に乗せて言う。

 

「おいおいっ!いつまで待たせる気だ!?」

 

 刑事たちも暇ではないと、嫌味を込めて言う。そこで彼らの後ろの障子戸が開き、蘭が姿を現した。

 

「蘭さん……?」

 

 梨華は蘭を見た後、その横の存在に気付き、目を丸くした──その小さな姿に見覚えがあったのだ。

 

「あの人、確か……」

 

「──命様?」

 

 蘭に連れられてやって来た弥琴は、杖を突いて部屋へと入る。そんな彼女の予期せぬ登場に、島民たちがざわめいた。

 

 その騒がしい声を気にせず弥琴は、小五郎の前に座っていた禄郎の横に腰を下ろした。それを見届けた蘭も、弥琴の後ろ──梨華の横に座った。

 

「では、役者が揃ったところでお話ししましょう──この島で起こった3つの殺人事件の、真相を」

 

 まずは寿美の事件。彼女が『人魚の滝』に吊られた第1の事件。奈緒子が網に絡められて絞殺された第2の事件。そして──君恵が蔵の中で焼殺された第3の事件。それらを順々に紹介し、コナンは奈緒子の事件のポイントを上げる。奈緒子の事件では、犯人は波打ち際を歩いて往復し、波で足跡を消し去ったように見えた──しかし、それは犯人が『犯行前』に付けた罠。本当は犯人も、通夜の席を抜けて、網の所へ行った。

 

「──騙されましたよ、あの魚の鱗に……足跡に沿って鱗を落とし、犯行後に奈緒子さんの服にも鱗を付けておけば、犯人が人魚の仕業に見せかけて、鱗を撒きながら海へ逃げたように見えますからね」

 

 その通夜の時、抜け出せたのは2人──禄郎と弁蔵のみ。

 

 それを聞いた島民が再度ざわめくが、それを気にせず、コナンは小五郎の声で弁蔵の名を呼び、問いかける。

 

「──祭りの日の朝、老夫婦に『儒艮の矢』を100万円で売ったのは、貴方ですよね?」

 

 その言葉に、不機嫌な顔を一変させ、口元を緩ませる弁蔵。

 

「──ああ。アレは娘の沙織が1年前に当てた矢だ」

 

 その言葉に目を鋭くさせる梨華。

 

「詐欺と窃盗……」

 

「落ち着いて姉さん。詐欺は兎も角、窃盗は家族間だと立件が難しいって彰兄さんと瑠璃姉さんが言ってたよ」

 

 雪男の言葉に表情を歪ませる梨華。そんな彼女に鼻を鳴らし、愉快そうに笑う弁蔵。

 

「──親の俺がどうしようが、勝手だろうが!」

 

 その弁蔵に、隣に座っていた刑事が詰め寄る。

 

「その100万円で味を占めたアンタは、今回の祭りで寿美さんが矢に当選したと勘付き、滝の上に呼び出し、当たり札を奪い、浮き輪に乗せて流し、首を吊らせたっ!!」

 

 また、もう1人の当選者である奈緒子を通夜の晩に砂浜に呼び出し、殺害後に矢を強奪。しかし神社の名簿を調べられてしまえば、寿美の札のことがバレてしまう。そう考えた弁蔵は、君恵の家に先回りし、名簿を奪った。その名簿を持った姿を君恵に見られ、彼女を蔵に押し込み、閉じ込め、焼殺した。

 

 そこまで語った刑事は、確保した際に弁蔵が所持していた名簿を掲げ、得意げに笑う。

 

「アンタが所持していた、この名簿が何よりの証拠!」

 

 その名簿を見て、弁蔵が肩を落とす。浮き輪からも指紋が出てきたことを弁蔵に語って聞かせた所で、静かに行方を見ていたコナンが割って入る。

 

「いいや、弁蔵さんは犯人じゃありませんよ」

 

「えっ?」

 

「弁蔵さんが犯人なら、蔵と共に、名簿も焼いてしまったでしょうし──第1、島の人なら、その置き場所まで知ってる名簿を、慌てて盗みに行ったりするでしょうか?」

 

 その最もな言葉に、警部がたじろぐ。

 

「それに、弁蔵さんが奈緒子さんを呼び出すのは難しい」

 

 祭りの時、奈緒子は寿美の近くにいた。その寿美の様子で彼女も矢に当たったことを奈緒子は気付いた──しかし、その『当たり札』を持って現れたのは、弁蔵だった。奈緒子が不信感を持つのも当たり前。近付こうとも思わないだろう。

 

「だったら、あの浮き輪の指紋は!?」

 

「おそらく、浮き輪と共に当たり札が川の途中に引っかかっていたのを拾ったときに、触ってしまったのでしょう」

 

 なんとも傍迷惑な行動に、刑事側は踊らされたのだ。その行動の主である弁蔵と言えば、やはり悪びれることなく、犯人にされたくないから名簿を盗んだのだと告げた。

 

「それじゃあ、犯人は福山禄郎っ!!アンタかっ!!?」

 

 刑事がいきり立った様子で言えば、禄郎は顔を顰める。

 

「何を、馬鹿なっ!?」

 

「寿美さんは、アンタの許嫁だろ?それをいいことに滝の上に呼び出して……」

 

「──いや、彼も犯人ではありません」

 

 コナンの言葉に、警部が目を丸くする。それを気にせず、コナンは禄郎が犯人でない理由を告げる。

 

「犯人が寿美さん殺害に浮き輪を使ったのは、寿美さんが岸に引っかからないで滝まで流れるようにして、事故死に見せかけるためです──雪男さん」

 

 そこで唐突に雪男が呼ばれ、彼は目を数回、瞬いた。

 

「……はい?」

 

「犯人がわざわざ浮き輪を使ったところから考えて──性別はどちらだと、貴方は考えますか?」

 

 その問いかけに、雪男は不思議そうに首を傾げた。

 

「まあ、禄郎さんみたいに腕力ある男性なら、体重の軽い寿美さん相手なら自分で投げ入れるだろうし……女性の可能性を真っ先に疑うかな?」

 

 それにコナンも同意を返す。

 

「ええ、そうです──わざわざ浮き輪を使って、証拠を残す必要は、ありません」

 

 しかし、そうなってしまえば、前提にある『通夜を抜け出せた人物』がいなくなる。一体だれが、と刑事が叫べば、その声にコナンも答える。

 

 寿美の時には事故死を装おうとしたのに対し、奈緒の時は他殺であることを隠そうとしていない。この2件の違いは一体、なんなのか。

 

 コナンは刑事に対し、その違いとは何かと問いかける。しかし、警部は思い付かずに言葉を濁し、逆になぜかと返してしまう。それに項垂れることなくコナンは答える。

 

 寿美の事件時、県警は海が荒れていたためにすぐには来れず、刑事は彰1人。本来なら県警も来たはずで、殺人事件ともなれば捜査の目が厳しくなり、身動きが取れなくなる。それを避けるために事故死を装おった。

 

「──つまり、寿美さんを殺害する前から、次の奈緒子さんの殺害は予定されていたのです」

 

 彰がいたのはホンの偶然で、しかも犯人側にとって都合の良いことに、彼ら探偵と彰は奈緒子の助言の元、弁蔵を疑っていた──犯人にその目が向くことは、1度もなかったのだ。

 

「しかし、奈緒子も矢が当選していたことは、アイツが名乗り出るまで誰も知らなかったはずだっ!!」

 

 その禄郎の言葉に、梨華と雪男の頭に、1つの可能性が過った──しかし、物理的に無理だと首を振る。

 

 そんな2人に目を向けず、コナンも禄郎の言葉に同意を返し──前提を覆しにかかる。

 

「犯人の目的は、矢を奪うことでもなければ、矢の当選者を狙っていたわけでもない。そう見せかけたのは──捜査を誤った方向へと導くための、偽装工作なのです」

 

 奈緒子を他殺と分かる方法で殺害したのは、全員の目を一時的に犯行現場に集中させ、その隙を突き、第3の犯行を行う為。その用意周到な計画的な犯行は、行き当たりばったりなものではない。そこまで緻密に計算し、慎重に行動を起こし──そして、祭りの前からその計画を立てられる人物。

 

 そこまで聞いた全員の目が、信じられないと──1人に向けられる。

 

「犯人は、寿美さんと奈緒子さんに、矢が当たるのをあらかじめ知っていた人物……そう、犯人は

 

 

 

 

 ──命様!!貴方です!!」

 

 その場が騒然とする中、弥琴の表情は変わらず、背を丸めた姿でまっすぐ小五郎を見据えている。そんな弥琴の姿を再度確認し、禄郎はありえないと一蹴する。

 

「ハッ!冗談はやめてくれ!!この130歳の老婆に、何が出来るっていうんだ!?」

 

「そうだよ、小五郎さんっ!!命様には申し訳ないけど、杖を使わないと長距離を歩けないぐらいのお婆さんが、どうやってっ!」

 

 雪男も思わず立って叫べば、コナンは動揺することなく答える。

 

「──実行犯がいたとしたら?」

 

「実行犯……?」

 

「それって、別に人を殺した人がいるっていうこと?」

 

 雪菜が首を傾げて聞き返せば、コナンは肯定を返し、話を続ける。

 

「奈緒子さんの事件で、禄郎さんも弁蔵さんも犯人でないなら、犯行可能なのはただ1人──君恵さんです」

 

 その耳を疑うような言葉に、弥琴と雪菜以外が息を呑む。その言葉を信じられず、体を震わせ、禄郎が声を荒げる。

 

「ば、馬鹿なっ!?君恵は3番目の被害者だぞっ!?」

 

「──蔵で亡くなったのが、君恵さんじゃないとしたら?」

 

 そこで雪男はフッと思い出す。この島に来た日、小五郎と平次が沙織のことで聞き込みをしたとき、彼女が言ったことを。

 

「……まさか、歯の治療をしたのは──沙織さん?」

 

「そうです。本土の歯医者に行く沙織さんに同行した君恵さんは、隙を見て沙織さんの荷物から保険証を盗みだし、代わりに自分の保険証を使うように勧めたんです」

 

 その保険証を使ったがために、沙織は『君恵』の名前を使って歯の治療を受けることとなった。事実、受診者の名前と保険証の名前が一致しなければ、診察は受けれない。そして彼女の治療は君恵がしたこととなり、沙織は島に戻ったのち、蔵で君恵に殺されたのだ。

 

「遺体を蔵ごと焼いて、その歯形から、死んだのは君恵さんだと錯覚させた」

 

 祭りの朝に目撃された沙織も蘭たちが庭で見た沙織も、君恵の変装であるこが話される。蔵の遺体に不信感を持たせ──死んでこの世にいない沙織を、犯人として仕立て上げるために。

 

「しかし、それはアンタの推測じゃ……」

 

「歯医者に連絡して確認を取りました。治療を受けた『君恵』さんは、茶髪で眼鏡をかけていたそうです」

 

 その言葉は、推理が正しいことを如実に表していた。また、そうなれば君恵は今も島のどこかに隠れていることになる。最悪、島から逃亡の可能性さえもあるのだ。それは県警の警部も至ったことで、警官たちに島中を探すように指示を出そうとしたところで、コナンが必要ないと止めた。

 

「君恵さんは──この部屋にいます」

 

 そのありえない言葉に、部屋中が戸惑いの声を上げる。全員が当たりを見回すが──見慣れた君恵の姿はどこにもない。

 

「……どこにもいないじゃないかっ!!」

 

 警部が当たりを見渡しつつ、苛立ち混じりに口に出す。それには何も返さず、コナンは小五郎の声で話を続ける。

 

「禄郎さんの話では、君恵さんの特殊メイクは金賞を取るほどの腕前だとか……」

 

「誰かに変装して、紛れ込んでるって?……映画みたいにうまくいくもんか!!」

 

「──うまくいくわよ」

 

 刑事の言葉に、コナンではなく梨華が答える。その声に刑事が彼女を見れば、彼女はまっすぐ刑事を見返した。

 

「特殊メイクって、要は顔を変えなければいけないから、メイクだけに収まらないこともあるわ──例えば、マスクを着けてその上からメイクをする、とか」

 

 梨華は知っている。その技術が上手な人がいることを──声さえも多種多様に変えられる人がいることを。

 

(私が尊敬するクリスさんも……1年前に亡くなってしまった『シャロン』さんも)

 

 梨華は2人の長年のファンだ。そんな梨華でも、彼女たちの変装を見破れない。上手い人は、全ての人を騙すことさえ、容易なのだ。

 

(……いや、アイツだけは無理ね。絶対に分かるもの)

 

 そこで脳裏に過ったのは、彼女がこの世で最も信頼し、信用する人物──修斗。

 

(アイツだけは、絶対に分かるわね……)

 

 この場にいればどれだけよかったかと、梨華は望まずにいられない。

 

「特殊メイクの技術は、高ければ高いほど、人の目をまずで本物の様に錯覚させることが出来るわ。もし、君恵さんがその高さまで達していたとしたら……」

 

「えぇ、我々も写真を見せていただいたときに驚きました。ただ、刑事さんの言う通り、誰かそっくりに変装するのも、また難しいことです。しかしその人物が──日頃、滅多に人前に顔を出さないとしたら?祭りの時の厚化粧しか知られてなかったとしたら……難易度は格段に下がるはずです」

 

 その言葉で指し示す人物など──この場には、1人しかいない。

 

「そ……そんな、まさかっ」

 

 全員の目が再度、弥琴へと向かう。警部の目も、年老いた姿の老婆へと向かうが、信じられないと言った様子だ。

 

「しかし、幾ら何でも背丈までは……」

 

「──思い出してください。3年前の火事で燃えた、蔵から発見された奇妙な遺体を」

 

 本来、足があるべき場所に骨が無く、島民たちから『人魚』の亡骸と言われた遺体。雪男は棒が倒れたために骨が粉々になったと推測していた。それは間違いではないが、惜しい。事実は──足を折り曲げ、紐で固定したまま焼け死に、その上から棒が倒れたのだ。

 

「アタシの推理が正しければ、それは君恵さんの──」

 

 

 

「──母さんよ」

 

 

 

 そこで聞きなれた、しかし本来は2度と聞こえるはずのなかった若い女性の声が答えた。その声は、蘭の目の前──弥琴から発せられたものだ。

 

『弥琴』は着物の足元を捲り、足を固定していたベルトを取り外した。

 

「『命様』の役を、御祖母ちゃんから引き継いで、島のために一生懸命、演じ続けた──」

 

 禄郎の隣に座っていた、背を丸めた老婆の姿は何処にもなく、彼女は、背をまっすぐに伸ばし──そこに、立っていた。

 

 

 

「──哀れな女の、なれの果てよっ!!」

 

 

 

「き、君恵っ」

 

 禄郎は『弥琴』を信じられないと言いたげに指を指し、顔を青ざめさせる。しかし、そんな彼には何も返さず、彼女は顔の耳から、まるで顔を捲り取るように、老婆の指で剥がしていく。偽物の皮膚から現れる若々しい女性の顔。その奇妙でなんとも恐ろしい光景に、その場は恐怖で満たされる。

 

 老婆の顔は全てはがされ──見慣れた君恵の顔が、現れた。

 

「──よく分かったわね、探偵さん」

 

 彼女は自身のメイク技術にかなり自信があったのだと、笑って告げる。そんな君恵に、コナンは動揺もないようで、そのまま返す。

 

「名簿が無くなっていることに気付いたとき、大阪の探偵の問いに迷わず即答した貴方の態度が気になりましてね」

 

 この時点で小五郎は泥酔のために寝ていたのだが、君恵は気付かず、納得がいったように頷き、老婆の手袋を外した。その傍では、目を輝かせる雪菜に。不謹慎だと窘める雪男の姿があったが、君恵は苦笑いを浮かべるほかなかった。

 

「で、でもっ!!私たちが命様に会ったとき、君恵さんの声がっ」

 

「あぁ、アレはカセットに声を吹き込んでおいて流しただけ……」

 

「でもっ何故だ君恵っ!?あの3人は仲のいい幼馴染だったじゃないかっ!?」

 

 禄郎が信じられないと立ち上がり、声を荒げる。そんな禄郎に顔を向け、まっすぐに目を合わせる。

 

「母さんの敵討ちに──幼馴染なんて関係ないわ」

 

 そこで警部は3年前の事故と思われていた件の真相に思い至った──蔵に火を点けたのは、被害者3人だったのだ。

 

 3人は祭りの日、『儒艮の矢』が外れた腹いせに、酔っぱらったまま放火したという君恵。弥琴に扮した君恵の母が蔵に入るのを見た3人は、本当に弥琴は不死の身体なのか試したのだ。その言葉に、梨華は目を吊り上げた。

 

「なにそれ……貴方が母親の後を継がずにいた場合、彼女たちは人殺しになるって、思い至らなかったの?」

 

 梨華の嫌悪をにじませる声に、君恵も嘲笑を乗せて話す。

 

「えぇ、思い至っていなかったみたい……2週間前、矢を失くしてパニクってた沙織に聞くまで、そんなこと夢にも思わなかったけどね……」

 

 しかし、君恵の母親は5年前に漁で亡くなったはずだと禄郎は言う。それに君恵は、一人二役より、普段から弥琴になっていた方がやりやすいと母親が言っていたと話す。その彼女の言葉に、胸を掴むかのような勢いで、彼は嘆き叫ぶ。

 

「だったらなぜ火事の後、言わなかったんだ!?──発見された遺体は、お袋だって!!」

 

 その言葉に、君恵は顔を俯かせた。

 

「──あの炎の中、母さんが携帯電話で、私に掛けてきたのよ……『君恵、後は頼んだよ。母さん、この島が好きだから、『命様』を殺さないで!』って!!」

 

 それだというのに、矢を失くしてパニックに陥った沙織は、君恵に言ったのだ──代わりの矢をくれないのなら、人魚の墓の場所を教えて、と。自分も、炎に包まれての平然と生きている不死の身体になりたい、と。

 

「──許せなかったのよ……寿美も奈緒子も」

 

 呼び出すのは簡単で、祭りで矢が当たったら、墓の場所を教えると言ったらしい。そうすれば目の色を変えてやって来たのだと言う。

 

「アレは母さんのっ──私と2人きりで頑張ってた、母さんのお墓なのにっ!!」

 

 

「──2人っきり、やないで」

 

 

 

 そこで障子戸が開き、右手の甲を真っ赤に染めた平次と、その彼に肩を貸している彰が現れた。全員が振り返り、その2人の姿に目を見開いた。

 

「ちょっ……平次くん、手の甲がっ!!」

 

 雪男が慌てて近付く。本当は彰も応急処置をしたかったのだが、どうしてもすぐに向かいたいという平次の言葉を聞き、警官たちにも手伝ってもらって2人を引っ張り上げてすぐ、担いでここまで来たのだ。

 

「雪男、悪いが手当を頼みたい。他の刑事たちに救急箱を頼んではいるんだが、お前が見た方が一番いいはずだ」

 

 彰からの言葉に頷く雪男。そんな彼に礼を言い、平次は続ける。

 

「この『命様』の絡繰りを知っとった奴は──ほかにもおったんとちゃうか?」

 

 その言葉に、君恵は目を丸くする。そんな君恵を見た後、平次の目は、近くにいた男性3人に向ける。彼らは、平次が聞き込みに来た際、去り際に言ったのだ──『君恵が死んだら、祭りは終わりだ』と。

 

 平次がそう追求すれば、男性3人は言い淀む。しかし、罪悪感もあったのだろう、すぐに君恵に詫びを入れた。

 

「すまん、君恵ちゃん……島の若い者以外は、ほとんど知っとったんじゃ!」

 

 それに信じられないと瞳を揺らす君恵。しかし、そんな君恵に対し、次々と頭を下げる大人たち。どうやら3年前のあの火事の時、焼け死んだのが君恵の母親であったことも知っていたらしい。祭りを終わりにしようと言いに行ったとき、弥琴に扮して出迎えた君恵を見て、何も言えなくなったらしい。

 

「この島は人魚の島じゃし、君恵ちゃんが『命様』を続けるのなら……」

 

「ワシ等も黙って手助けしよう、ということになったんじゃ……」

 

「島のためとはいえ……今まで、すまんかった!!」

 

 その言葉を合図に、次々に謝辞を述べながら頭を深く下げていく大人たちを見下ろし──君恵の目に、涙が浮かぶ。

 

「そんなっ……それなら、どうして……もっと、早くっ……」

 

「そう、もっと早うに目ェ覚ますべきやったんや──不老不死なんちゅう、悪い夢からな」

 

 平次は、顔を覆って泣き崩れる君恵に目を向ける。

 

「命っちゅうンは、限りがあるから大事なんや──限りがあるから、頑張れるんやで」

 

 そこで笑みを浮かべ──自身すぐ近くの障子戸に背を持たれて眠る和葉を優しく見つめる。

 

(──な、和葉……)

 

 

 

 

 

 翌朝、福井県警に連行される君恵を見送るために、島中の人たちが港に集まったが、再び海が荒れ、船はなかなか出航できなかった──3年間、たった1人で島を支えた巫女との別れを、拒むかのように。

 

 

 

 ***

 

 

 

 なんとか海の荒れが収まり、帰りの船に乗り込んだコナンたちと彰たち。流石に疲れきってしまった雪菜以外の兄弟たちは、ベンチに座り込んでいる。また、そんな彼らから離れた場所では、コナンと平次が話し合っていた。

 

 そもそも、この島に来たのは平次に舞い込んだ依頼だ。その依頼内容は沙織からのSOSだったが、妙なことに宛名は『工藤新一』だったのだ。その謎だけ解けずじまいで、コナンも唯の偶然ではと投げる始末。そんな3人に声を掛ける人が現れた。

 

「──あ、毛利さんたちと服部くん!!」

 

 3人が声のした通路側に顔を向けてみれば、そこには見覚えのあるカップルがいた。

 

「おやぁ?アンタたちは確か……」

 

「俺らが初めておうた、『辻村外交官殺人事件』の……」

 

「被害者の息子の『貴善(たかよし)』さんと、恋人の『幸子(ゆきこ)』さん?」

 

 3人が順に思い出したように言えば、黒髪で緑のジャケットを着た男性──『辻村(つじむら) 貴善』と青のカチューシャに薄桃色のコートを着た女性──『桂木(かつらぎ) 幸子』は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「お久しぶりです!」

 

「あ、もしかして沙織さんに頼まれて美國島に行かれたんですか?」

 

 幸子が見通したように言う言葉に、3人は目を丸くする。なぜ彼女が知っているのかと問えば、幸子は美國島出身だったらしい。また、沙織とはお隣さんの関係で、彼女から相談を受けていたらしい。

 

「工藤くんは来なかったんですね。1番頼りになるのは彼だって、教えたのに……」

 

 その言葉に、平次は苦笑いを浮かべた──どうやら、彼の所に来た奇妙な手紙の原因は、彼女にあったらしい。

 

 当時の事件で、コナンは風邪を引き、平次から風邪に効くからと白乾児を渡されて未成年飲酒をし、偶然の結果とはいえ──1度、工藤新一の姿に戻れたのだ。

 

 戻れた時間は短く、事件解決後にはすぐに姿がコナンに戻ってしまったが、新一が事件を解決したことにより、彼女の中では平次よりも新一の方が信用度があるようだ。

 

「それより、島で何かあったんですか?」

 

「私たち、今日、島に行ったんですけど、なんだか立て込んでたので、すぐに帰りのこの船に乗っちゃったんです」

 

 その言葉に、なぜ今日なのかと平次が訪ねる。祭り目当てが多い中、祭りの日からずらしてきた理由が、彼女たちにはあるはずだと、彼は気になったのだ。それに幸子は顔を輝かせる。

 

「私たちの目当ては祭りじゃなくて、あの島の海鮮料理なの!!」

 

「安くて美味くて景色もいいって、最近、評判なんですよ!!」

 

 貴善の言葉に、3人は安堵の笑みを浮かべた。美國島は、祭りが無くなってもなんとかなりそうだと分かったのだ。

 

 そこで貴善たちは離れていき、代わりの様に船を見て回っていた蘭と和葉、雪菜が戻って来た。

 

「ただいま、お父さん!!」

 

「おう、戻って来たか、蘭」

 

「うんっ!!……あ、ねぇ服部くん──傷見せて!!」

 

 蘭がそこで平次に詰め寄り、楽しそうに笑みを浮かべてせがむ。どうも雪菜に付き合っての船内探索の際、和葉から話を聞いたらしい。和葉がつけたラブラブな傷跡が見たいのだと目を輝かせて言う蘭に、隣にいた和葉は顔を赤く染めて、蘭の肩を引っ張る。

 

「ちょ、ちょっと蘭ちゃんっ!!」

 

「私も見てみたーい!!」

 

「雪菜さんもそう思いますよね~!!」

 

「──あぁ、アレか」

 

 蘭と雪菜が騒ぐ姿に呆れの目を向けて左手(・・)の甲を見せる。

 

「朝起きたらな、かさぶた取れてきれ~に治ってしもっとったわ」

 

 それに残念そうな声を漏らす蘭と、もっと深く刺しておけばよかったと甲を見ながら言う和葉、そして、雪男から話をたまに聞くために不思議がる雪菜。

 

「でも傷、治って安心したわ!──アレのせいで死ぬとこやったって言われんで済むし?」

 

 そこで嬉しそうに笑って走り去る和葉と、その後を追っていく蘭と雪菜。そんな3人を見送り──あの時のことが頭に過った平次。

 

(……アホ。余計、気合が入ったわい……この女、絶対に──絶対に、死なせたらアカンってな)

 

 包帯で巻かれた右手の甲をポケットに隠し続ける平次に、その小さな身長で見えていたコナンは楽し気に目を細めた。

 

(この──カッコつけ)

 

 そんな熱い片思いカップルを乗せた船は、ゆっくりと、港に向かって進み続けるのだった……。




そして人魚はいなくなった回、これにて終了ですっ!!

いや~……映像見ながらニヤニヤしました!!楽しい!!

君恵さんは情状酌量でなんとか刑が軽くなってほしいです。あと弁蔵さんは詐欺と窃盗で捕まってほしいです……県警の皆さんがなんとかしたと思っておきます。

さて、次回はバトルゲームの罠なのですが、リアル事情で早くとも再来週ぐらいまで投稿できないことを、先にお伝えさせていただきます。作者の都合で申し訳ございませんが、ご了承ください。我儘な作者で、申し訳ございません。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!


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第36話~バトルゲームの罠・前編~

この話を書く上で、実は私、交通指導課が由美さんが所属しているところだと勘違いしており、瑠璃さんが所属するつもりだったところとは違うなと思ってましたが、よくよく確認してみれば、執行課だったんですね……確認していてよかったです。

それでは、どうぞ!


 いつもなら忙しく取り締まりをする瑠璃。休日であろうと仕事が入るのが警察なのだが、瑠璃は現在、ゲームセンターにてとある人物と対戦ゲームをしていた。

 

「今日こそは負けないよ──『ジョディ』!!」

 

「ワタシだって負けまセーン──Come on!!」

 

 初めてであったのも、このゲームセンターで瑠璃がシューティングゲームをしていたのが切っ掛けだった。ゲームが終わったところで後ろから声を掛けられ、以後は顔を合わせれば互いにゲームで対戦する仲となった。瑠璃がモデルガンを構えるその隣で、対戦相手の金髪眼鏡美女は、シューティング用の銃を持たず、構えていた。

 

 最初のころは、彼女のその独特なゲームの遊び方に引け目を感じていた瑠璃だったが、すぐに闘争心に火が付き、今はそれが普通となってしまっているので何も言わず、準備が出来たかだけ目で確認してから対戦モードでゲームを始める。今回のはよくあるゾンビを撃つものではなく、怪物を撃つゲーム。出てくる怪物も緑の爪が大きなもので、戦隊もので見るような外見のキャラクターだった。

 

 瑠璃も警察官。警学時代の苦い思い出が頭をよぎる彼女の腕前は、最終的には真ん中の成績ではあったが、一般人相手であれば瑠璃は問題なく勝つことが出来る──一般人であれば。

 

 瑠璃は知っている──彼女の腕前を。

 

 スタートの合図と共に美女は銃を抜き取り構えると、両者ともに撃ち始めた。瑠璃が漏れなく撃つその横で、同じく美女が的を外すことなく、瑠璃を圧倒するスピードで怪物を打ち倒していく。その両者の──特に美女の腕前に周りが感嘆の声を上げる中、最後の敵が出てくる直前、銃を上に投げると共にくるりと時計回りに一回転し、落ちてきた銃を綺麗にキャッチすると共に最後の敵を撃ち倒した。

 

 その華麗な腕前に、観客たちが感嘆の声を上げる。ゲームの方では最後の敵を美女に取られてしまったが、瑠璃は彼女に対し、悔しいと言った感情はいつも不思議と湧き上がらない。

 

(すごいっ……『ジョディ』はやっぱり凄い!!!)

 

 結果として、やはり美女の方が圧倒的なスコアを叩き出しており、それを見た瑠璃が目を輝かせて美女を見つめる。

 

「あ~ん!!また負けたぁ……でもやっぱり、『ジョディ』は凄いっ!!」

 

「それほどでもアリマセーン!!アナタも、とてもgoodな腕前でした!!」

 

「──『ジョディ』先生!?」

 

 そこで美女に声が掛けられる。その聞き覚えてしまった声に、瑠璃も思わず顔を向けた。

 

「……oh!毛利サンと鈴木サン!!」

 

「ら、蘭ちゃん!?」

 

「瑠璃刑事までっ!?」

 

「どうしたんですか?こんなところで……」

 

 そこで『先生』と『刑事』という名詞に、周りの人々がざわつき始めた。

 

 特に白い目を向けられているのはジョディ先生で、蘭たちの制服から帝丹高校の先生ではないかと口々に噂をされ、ジョディは手を横に振り、人違いだと否定し、コナンも含めて5人は休憩ルームに移動し、話が始まった。

 

「──えぇっ!?放課後、毎日このゲーセンに通ってたぁ!?」

 

 園子が知っている『ジョディ先生』は、露出度の高い服を着て男子生徒を虜にする魔性の女性。真面目過ぎて面白味がなく、普段も無口で澄ました様子で、放課後にお茶に誘っても来てくれない。所謂『名家の箱入り娘』といった女性。ジョークの1つもないその姿に、いつも不満があったのだ──今日、『ジョディ・サンテミリオン』が、瑠璃とゲームをしている姿を見るまでは。

 

「YES!ニッポンのゲームはどれもトッテモbeautifulでexciting!!勿論、アメリカに入ってくるニッポンのゲームもダイニンキ!!いつもいつも並んでイテ、順番が回ってきまセーン……だからワタシ、英語教師になったんデス!!毎日、ホンバのゲームをenjoy出来るからネ!!」」

 

 そう楽しそうに笑顔で言うジョディに園子と蘭は互いに顔を見合わせ、コナンは呆れ顔。流石に瑠璃も苦笑いだ。

 

(げ、ゲーマーだったのか……)

 

「私も、休日とかにゲームしに来たりはするけど、そのたびにジョディと合うし声を掛けられるから疑問には思ってたけど……」

 

「じゃ、じゃあまさか……あの真面目な授業はっ」

 

「YES!モンダイおこしてクビになったらThe END……外国人のニッポンでの就職は、どれもとてもムズカシイデス!!」

 

 ジョディはこのゲームセンターで遊んでいることは秘密にしてほしいと、蘭と園子、瑠璃にも頼む。それに瑠璃が頷く横で、蘭と園子は笑顔を浮かべて先ほどのことで自身が思ったことを告げる。

 

「でも、とってもカッコよかったですよ!!」

 

「そうそうっ!!ビリー・ザ・キッドみたいで!!」

 

 園子の誉め言葉に、ジョディはもっと楽しいゲームをやってみないかと誘う。ゲームセンターの中では流行りの格闘ゲーム──『Great Fighter SPirit』。

 

 ジョディと瑠璃の案内の元、そのゲーム機の前にやって来たコナンたち。ゲームセンターに来たらプリクラを撮ることが多い女子高生組にとっては、聞き覚えも見覚えもなかった。

 

 不思議そうに画面を見つめる2人の元へジョディはヘッドギアを持ち、近づく。それを蘭に被せて席へと誘導し、彼女が座ったのを確認し、コインを投入する。画面には8人のキャラクターが現れ、ジョディが初心者の蘭のことを考えて、初心者用キャラクターの『パトラ』という女性キャラクター。

 

 キャラクターが選ばれると、移動できないよう体の前にロックが掛かる。それを不思議そうに見ていた蘭だが、それは手足まで動かせないように拘束されてしまったことにより、驚きに代わる。

 

 目を丸くして現状を見ていると、手首の部分が自動で伸ばされ、それに引っ張られるように腕も伸びる。手に握ったままになっているハンドルを軽く握れば、画面上に髭面のキャラクターと共に『START』の文字が点滅している。それを確認したジョディが蘭の右手に軽く手を添えた。

 

「右パンチを軽く入れたらSTART……OK?」

 

「お、OK……」

 

 少し戸惑い気味の蘭の後ろに瑠璃。そして横に園子も立つ。彼女も、ジョディが紹介したゲームと蘭の様子が気になるのだ。

 

「Ready……」

 

「──GO!」

 

 ジョディと重ねて瑠璃が合図を声に出せば、敵キャラクターが右ストレートを構え、それに思わず体が固まってしまった蘭は対処できず、そのままキャラクターからパンチを受け、その衝撃を現すように体が少し痺れ、席も後ろに少しだけ倒れる。

 

「痺れたっ」

 

「蘭っ!!」

 

「ソウ!コレは殴られたダメージがplayerに伝わる、virtual fighting game!!……女の子には、ムリだったデスか?」

 

 ジョディが心配そうに声を掛け、横で下から蘭の顔を見るコナンも心配そうな表情で彼女を見つめる。

 

「う~ん……ジョディ、今更だけど、ちょっと早かったんじゃない?」

 

「ソウですか?」

 

 瑠璃が、何度も荒い息を吐き出す蘭の様子を見て、自分たちは選択をミスしたのではと心配そうにする。そんな2人を置いて、蘭の横で画面を見ていた園子は気づいた──敵キャラクターが再度、右ストレートをくらわせようとしている姿を。

 

「ちょちょちょっと、蘭っ!!まえっ!!!」

 

 園子の声が聞こえたのか、蘭が息を深く吸い込むその姿は、下から見ていたコナンにしか見えず、コナンは──彼女が本気になったことに気付いた。

 

 蘭が目を瞑り、精神を集中させ──体を構え、鋭くキャラクターを見据える。

 

 その深く吸った息を吐き出すとともに、渾身の右ストレートを蘭が繰りだし、左足で蹴り上げ、連続でパンチを続け、最後に右パンチを繰り出せば、その時点で青い顔をしていた敵キャラクターはそのまま倒れ込み、画面には『You Win!』と出てくる。その蘭の気迫を初めて見た瑠璃は、後ろで目を点にしている。そんな彼女の目の前では、蘭は嬉しそうに笑顔を浮かべ、園子がジョディに空手の都大会で優勝するほどの実力者なのだと自慢していた。

 

「……蘭ちゃん、すごいねっ!」

 

 蘭のその戦績を初めて聞き、感心したように蘭を褒めていると、唐突に画面に別の男キャラクターが現れた。

 

「あれ?誰か入って来た……」

 

 唐突な出来事に、格闘ゲーム初心者な蘭と園子が戸惑っていれば、理由を理解したジョディと瑠璃が目を細める。

 

「乱入、だね」

 

「──他のplayerがアナタにchallengeしてきタァノ」

 

 瑠璃とジョディの言葉に、驚いたようにジョディが見ていた後ろへと2人が顔を向ければ、確かにそこには同じゲーム機に座る男がいた。

 

 その男を見て、ジョディは一瞬で理解した──相手が凄腕のプレイヤーであることを。

 

 蘭に気を付けるようにジョディが言えば、蘭は相手の挑発的な笑みを見て、それに乗る。しかし、開始の合図とともに蘭の右パンチが繰り出されるが、それは華麗にジャンプされて避けられ、相手はその落下中に態勢を立て直し、左膝蹴りをパトラの右頬に当てた。蘭は男に何度もパンチを撃つがそれは一度も当たらず、右足で腹部へと蹴りを入れた。その後、蘭は攻撃の隙も与えられず、パトラは青い顔をして倒れてしまい、負けてしまった。

 

「あ~、負けちゃった……」

 

「悔しい~!!」

 

 女子高生組が悔しがる後ろで、男はヘッドギアを取りつつ、話しかけてくる。

 

「サァテ、負けたならさっさとそこをどきな、お嬢ちゃん──そこのゴールド席は、俺様の指定席だからよっ!」

 

 金髪の男──『尾藤(びとう) 賢吾(けんご)』が嫌な笑みを浮かべて言う。それが癪に障ったらしい園子が蘭にもう一度、今座っている席でリベンジしようと言えば、その席の集金に来た黒髪の男性スタッフ──『出島(でじま) (ひとし)』が無理だと告げる。曰く、パンチやキックだけでなく、両手の握りについている4つのボタンで最強コンボを使えるような実力者。蘭の様に今日が初めてのプレイヤーでは相手にもならないらしい。

 

 それを聞いた蘭が感心したような声を出し、ヘッドギアを外したところで賢吾がやって来て均に近づく。そこで足を上げたのを視界に収めた瑠璃が慌てて彼の肩を掴んだ。

 

「──貴方、今、彼に何をしようとしました?」

 

「──アァ?」

 

 賢吾がそこで不機嫌そうな顔で瑠璃を振り返る。上げていた足はキチンと地面につけた。

 

「いま、私の目の前で、その足を彼に入れるなら──暴行罪の現行犯で捕まえますが……どうしますか?」

 

 瑠璃の言葉で彼女が警察関係者だと気づいたらしく、男は舌打ちを1つ打ち、顔を歪ませたのまま席に座った。

 

「チっ……せっかくの最高の席が台無しだぜ」

 

 そんな彼を園子は腕を組み、何度も腕を指で叩く。

 

「ムカつくッ!!なんなのよアイツ!!」

 

「──『米花のシーサー』と呼ばれて粋がってる、唯のチンピラだよ」

 

 唐突に話に入って来た男の声。思わず蘭と園子が後ろを振り返れば、少し老けた男性──『江守(えもり) 敏嗣(としつぐ)』が煙草を吸いつつゲームをしていた。

 

「最近、ますます態度がデカくなって、こっちはいい迷惑だよ……ああ、それと娘さん」

 

 そこで唐突に名指しされた蘭が目を丸くすれば、どうやら先ほどの蘭の戦いを見ていたらしい。蘭の振りが大きすぎるとダメ出しした。

 

「『格闘』と言ってもアレはゲーム……力は必要ない。」

 

 そこで敏嗣から賢吾を見るように促され、全員が賢吾を振り返る。すると、賢吾の動きはとても小刻みで、現実的に見れば戦っているようには全く見えない。しかしゲームとしてはそれが一番いいのだと言う。そこで男が蘭と賢吾のバトルを見ていたことに蘭が驚くと、その反応を見た敏嗣は、後ろにある大きなモニターを指で示した。普段はデモ画面らしく、乱入プレイが始まると、その両者の戦いが見られるようになってると話す。

 

「まぁ奴を倒せるとしたら、杯戸町で無敵を誇った──」

 

「──『杯戸のルータス』」

 

 敏嗣の後ろからそんな声を掛けられ、敏嗣が振り返ってみれば、若い男が立っており、その男──『志水(しみず) 高保(たかやす)』は自分ぐらいだと自慢の様に告げる。

 

 その高保の声が聞こえたらしく、賢吾は笑みを浮かべて声を掛けた。

 

「おうっ、待ってたぜ『兄貴』──ケリ付けようや」

 

「まあ待て。一本ぐらい吸わせろよ」

 

 そんな2人の姿を見た周りの人たちは、笑顔を浮かべて楽しみにしている様子が見える。このゲームセンターでは2人はとても有名人らしい。しかし、そんな2人の空気に耐えかねた蘭がゲームセンターを出たいと言う。しかし、ジョディは近くにあったレーシングゲームをやろうと笑顔で誘い、瑠璃は笑顔で賛成し、園子は呆れ、蘭は困ったように眉を下げた。

 

 しかし、ジョディと瑠璃が2人でレーシングを始めてしまえば、蘭たちもその2人のゲームを楽しそうに見始めた。ジョディが賢吾側に座り、そのジョディの隣に瑠璃が座る。そんな2人の楽しそうな表情に、コナンは溜息を吐いた。

 

(……ホンマモンのゲーマーだな)

 

 その時、蘭がふと視線を外した。大画面には先ほどの2人のバトルが始めたようで、蘭が園子に声を掛けたが、園子は興味がないらしくジョディたちのレースに視線を向けてしまった。しかし画面の様子に違和感があるらしい蘭は目を離せずにいる。

 

 画面の中では、『シーサー』が『ルータス』にラッシュを始め、蘭は感心したように画面を見つめる。次に『シーサー』は昇竜拳をかまし、『ルータス』は何もできずに倒れ込み、観客たちは思わず感嘆の声を上げた。その声が聞こえた園子も気になったようで、どちらが勝っているのかと蘭に尋ねる。このゲームはHPゲージはなく、キャラクターの顔の青さによって体力を推測する様だ。

 

「リードしてるのは、さっき私に勝った人の方」

 

「ふ~ん……」

 

 蘭の説明に、園子は分かりやすく眉を寄せ、画面を見始めたその瞬間、『シーサー』が見事な回し蹴りを『ルータス』に入れ、その腕前の高さに、先ほどまで興味の欠片もなかったコナンですら、口を閉めるのも忘れて画面を見入っていた。

 

『シーサー』が右パンチを『ルータス』の顔に決め、遂に『ルータス』が起き上がれなくなった。しかし結果が出ないことから、まだ『ルータス』のHPは残っているようで、周りが『シーサー』を使う賢吾の止めの一撃を待つが、しかしそれはいつまでたっても行われず、遂にタイムアップによって試合はDRAWとなった。

 

 周りが不満げな声を上げ、『シーサー』使いの賢吾を見つめるが、賢吾の様子がおかしいと気付き、周りがざわつき始める。

 

 その声に気付いた瑠璃がゲームから途中退席し。賢吾へと近づけば──彼の瞳孔は開き、口を開いたまま身動き一つしない姿が、そこにはあった。

 

「ッ!警察を……誰か、警察を呼んでくださいっ!!それから皆さん──警察が来るまでの間、誰もここから出ないでくださいっ!!!」

 

 瑠璃が警察手帳を示しつつ、応援を呼ぶために声を張り上げて頼む。その声を聞いた蘭がすぐに警察を呼び、瑠璃の隣で遺体を観察していたコナンも、警察が来るまでの間、監視することになった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 現場のゲームセンターへとやって来た目暮、高木と共にやって来た彰、松田、伊達。そこ瑠璃の姿を見つけてしまい、3人とも思わず目を丸くし、瑠璃も悪いことをしていないにも関わらず、視線を逸らしてしまった。

 

「刑事部から移動したのに、事件に巻き込まれたのかお前……」

 

「瑠璃、お祓いの効果があるって噂の神社を紹介してやろうか?この前、ナタリーと一緒に行ったところなんだ」

 

「伊達さんがここにきてる時点で効果がなさそうな気がするんですが、それは」

 

 瑠璃のもっともな言葉に何も言えない伊達。その横で、松田は瑠璃に近づき、同じく瑠璃から状況を聞こうとやって来た目暮と話を聞き始めた。

 

「──えぇっ!?ゲームの対戦中に死んだぁ!?」

 

「えぇ……と、言っても、私は一部始終を初めから見ていたわけじゃないので、蘭ちゃんから聞いたことをかいつまんで言えば、ですが……」

 

 瑠璃が、後ろにいた蘭に視線を向ければ、目暮たちの視線を向けられた蘭が頷いた。

 

「はい……その対戦、私たちもあのモニターで見てたんですけど、あともう少しで勝ちって時に、急に攻撃をやめて動かなくなっちゃって、見てみたら……」

 

「──そのキャラを操っていた男も動かなくなっていたということか……」

 

「亡くなったのは尾藤賢吾さん、27歳。現在、無職です。普段から素行が悪く、このゲームセンターでは、あまり評判が良くなかったようです」

 

 そんな目暮たちを見ていたジョディが蘭に話しかける。

 

「Ah~、彼、毛利サンと知り合い、デスか?」

 

 ジョディの問いに、蘭は笑みを浮かべて頷いた。

 

「えぇ、私の父の元上司で……」

 

 その見慣れない外国人に思わず目暮が視線を向ければ、蘭からは帝丹高校の英語教師だと説明された。

 

「因みに、私のゲーム友達!」

 

「お前、遂に外国人をもゲーム沼に沈めたのか……」

 

「違うからっ!!元からジョディがゲーム好きで、その繋がりで彼女から声を掛けられてから、友人になっただけだからッ!!」

 

 年齢的にはジョディの方が一つ年上だと言うことは言わない。女性の年齢を言うのはマナー違反である。

 

「ワタシの名前は、ジョディ・サンテミリオン!!ヨロシク、お願いしまーす!!」

 

 ジョディが英語教師で外国人だと知ると、目暮は笑顔を浮かべて、英語で挨拶を始めた。

 

「マイネーム、イズ、ジュウゾウ・メグレ!アイアム、ア、ジャパニーズポリスマン!!」

 

「Police?……『ポリスマン』違いまーす!『Policeman』!」

 

「ぽ、ポリスマン??」

 

「警部……?」

 

 話が進まなくなることを察知した瑠璃が目暮の名前を呼べば、目暮は咳ばらいを1つした。

 

「とにかくっ!問題はなぜゲーム中に死んだかということだ」

 

「瑠璃はゲーム中で見てないらしい……ゲーム中で」

 

 松田が2度言えば、松田の視線に耐えかねた瑠璃が視線を逸らした。それに目暮も呆れたような視線を向けたが、次いで高木に視線を向けた。

 

「周りにいたお客さんの話だと、このゲームセンターの中をうろついていた不審人物は、特にいなかったようです。ゲーム中に尾藤さんが何かを飲んだり食べたりした様子はなかったようですから、自殺の線はないと思いますけど」

 

 そこで目暮が尾藤の格好に追及を入れた。姿はまるでSF。それに瑠璃が説明する前に、スタッフの均が近付いた。

 

「バーチャル・リアリティ・ゲームですよ。相手から受けたダメージが、そのまま画面とシンクロして、プレイヤーに伝わるようになっているんです」

 

 ガードの上から攻撃したり、足を払ったりしても、その動きが微妙に伝わり、まるで本当に戦っているかのように感じるゲームなのだと説明され、目暮はそれが死因なのではと推察するが、それは満に1つもないと、均の後ろから高保が現れ、ガムを噛みながら説明する。

 

「ダメージって言ったって、軽くブルブル振動するだけだ」

 

 携帯の振動と同じだと説明するが、その態度の悪さが癇に障ったらしい目暮が誰なのかと詰め寄れば、賢吾が死ぬ直前まで戦っていたのだと説明される。このままでは殺人者に間違われかねないからと説明しに来たらしい。

 

「それに、言いたかないが、凹にされていたのは俺の方だ──俺の攻撃は2,3発しか入ってないよ」

 

 ガムを噛んでまで験を担いだらしいが、一方的な試合ではあった。

 

 それを聞いていた瑠璃は、いつの間にガムを噛んでいたのかと思っていたので納得する。目暮も蘭から一方的な試合だったと言われ、これで死因が余計に分からなくなったらしい。

 

「絞殺の跡もなくて、刺殺でもない……」

 

「なら残りの可能性はこの現状を考えても1つ」

 

「──毒じゃないの?」

 

 いつもの4人が集まって事件のことを話し合っているところで、コナンが可能性を上げた。コナンは、賢吾の席に立ち、賢吾の表情を見ながら説明する。

 

「ほら、この人、息が詰まったように死んだみたいだけど、首を絞められたような跡はないよ?」

 

 そこで高木に持ち上げられたコナンは、小五郎の様に放り投げられることがないことを理解しているからか、毒ではないかと説明を続けた。しかしコナンの言葉を聞いた目暮は、ゲーム中に突然死したのだと説明する。ゲーム中に飲み食いしていたわけでもなく、あらかじめ毒を飲まされていたのなら、顔色が優れなかったりして気付くはずだと。現に、蘭は気づかなかった。彼が死ぬ前も、元気に蘭を倒していたのだ。勿論、針や注射器で毒を注入されても、声を張り上げられてバレるはず。その説明を聞いたコナンは考え込むように腕を組んだ──しかし、ここはゲームセンターだ。

 

「あの、警部……」

 

「ん?なんだね?瑠璃くん」

 

 瑠璃が恐る恐ると声を掛ければ、目暮はコナンから瑠璃に目を向けた。目暮は気づかない様子だが、瑠璃ならわかることもある。なにせ、彼女の趣味はゲームや漫画、アニメ。ここは彼女の庭のようなものだ。

 

「今は事件もあったので、ゲーム機を止まってますが──本来のゲームセンターはもっと音は大きいですよ?」

 

 近くの人の声でさえ、音に遮られて聞こえにくくなってしまうゲームセンター。賢吾が声を張り上げても、周囲には聞こえなかった可能性がある。

 

「それにガイシャは拘束状態で自由に動けない」

 

「因みに、ゲームセンターでは画面が見やすいよう、多少、店内が薄暗くされてますから」

 

「なら、ホシは余計にヤりやすいな」

 

「しかも、他の客はほとんどが2人のバトルに釘付けだったと考えると──」

 

「──毒殺の可能性もありますよ!!」

 

 松田の言葉の後に瑠璃がゲームセンターの説明を入れ、伊達と彰が状況を更に推測すれば、それを聞いていた高木が毒の可能性が出てきたことを指摘する。それに納得した目暮は、遺体を司法解剖に回すように指示を出す。その指示を聞いていたコナンは気障に笑い──蘭たちの後ろでそれを見ていたジョディは、妖艶に笑った。

 

 容疑者の割り出しに関しては難航するかと思われたが、そこはコナンが被害者に近づいた人物を見ていたらしい。賢吾が死ぬまで、確かにその横でジョディと瑠璃がレーシングゲームをしていたのを見ていたのだ。

 

「ほおう?どっかの誰かはゲームに興じてたってのに、坊主、やるじゃねえか」

 

「事件が起こるなんて思わないんですから、休日ぐらい満喫したっていいじゃないですかー!!」

 

 松田がコナンの頭を感心したように撫でつつ瑠璃に小言を向ければ、瑠璃は嘆きの声を上げる。事実、本日の彼女は休日の筈だったのだ。

 

「それで?坊主、ガイシャに近づいたっていう人物は、誰なんだ?」

 

 伊達と目暮がコナンに視線を合わせる形で腰を折れば、コナンは均、高保、そしてコナン達含めた全員で7人。コナンが同意を促すようにジョディと瑠璃に声を掛ければ、2人は笑みを浮かべる。

 

「YES!デモ、見てたのはそのboyだけじゃ、アリマセーン!」

 

「後ろ──防犯カメラがありますよ?」

 

 それを聞いた目暮が、均にカメラの映像を見せてほしいと頼み、被疑者全員を連れて、バックヤードへと歩き出す──その際、何か金属が擦れるような音を、コナンは耳にした。

 

 そのコナンの近くでは──敏嗣が缶ジュースを飲んでいる姿があった。

 

 

 

 オフィスルームにて防犯カメラの映像が再生され始める。まず賢吾の近くにいた均の行動に着目されたが、彼は現場で集金作業をしており、後ろから賢吾に何かしら言われている様子が映っていた。

 

 続いては高保。彼は賢吾と何か話し込んでいるようで、目暮が話の内容を訊けば、対戦前に賢吾の戦法を探りに行ったのだと話す。しかし現場から数歩歩いた位置で屈んで何かを拾うような仕草が目に入り、それを指摘すれば、彼はライターを落としたから拾ったのだと言う。

 

 ゲーム開始後、その画面の前では、なぜか均がカメラを持ってその映像を撮っていた。彼曰く、すごい試合だったから撮ってしまったらしい。そこで高保が訝し気に均を見る。

 

「なぁ、アンタどこかで会ったことないか?」

 

「えっ!?いや、人違いでしょう……」

 

 それから『シーサー』のラッシュが始まり、蘭もそこで釣られるようにして画面の前に移動し始めた。

 

「つまり、そこで先生と瑠璃くんが被害者の近くにいたわけか……」

 

「瑠璃も警察の端くれだから疑いたくはないし、何だったら先生の方が被害者側に座っているから、状況的にみりゃあ先生が怪しいわけだが……」

 

「Oh!でもワタシ、ずっとずっとゲームに夢中デ、そんなこと少しも気付きませんデシタ!」

 

「……瑠璃くん?」

 

「視界の端に腕が見えてましたよ」

 

 目暮の言いたいことを察した瑠璃が言えば、蘭たちも同意する。彼女たちが被害者に近づいたとき、ちょうどゴールしてハイスコアを叩き出していたらしい。それを聞いた高保も、ジョディが白であることを保証する。よそ見して手を離してハイスコアが出せるほど、ジョディと瑠璃が遊んでいたレーシングゲームは軟ではないと言う。では誰がと悩み始めた所で──被害者の陰から、敏嗣が現れた。

 

 その人物を見た蘭と園子も思い出す。麻雀ゲームをしていた男で、賢吾の悪口を言っていた、と。

 

 それを聞いた目暮がすぐに高木と伊達に敏嗣を連れてくるように指示を出し、2人は走って店内へと戻っていく。それを見送ったコナンは画面へと顔を向け、思考する。

 

(遺体の様子からして、恐らく死因は毒殺で間違いない。となると、一番怪しいのは『あの人』。証拠も恐らく、あの中にあるはず。あとは、凶器の針か注射器……)

 

 ──しかし、店内にはそれらしいものがないことは確認済みだ。

 

(まさか、まだ犯人が持っているなんてことはあるわけないし……犯人は──犯人は凶器を、どこに隠したんだっ!)

 

 

 

 ──そんなコナンの姿を、ジョディが見ていたことを、コナンは気づかなかった。




現代だったら、尾藤さんも仕事につけてたと思うんですよ。プロゲーマーとか、もしくはyoutuberとか。まあ、前者は本当に実力がものを言う世界で、後者は面白い企画とか、話術や態度とかも必要なので、結局は難しかったかもしれませんが。


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第36話~バトルゲームの罠・後編~

 敏嗣を連れて戻って来た高木と伊達。それを目暮たちは向かい入れると共に、敏嗣に簡単な事情を説明し、被害者の横から現れた理由を聞けば、敏嗣はほんの少し、笑みを浮かべる。

 

「──100円玉を拾っていたんですよ。奥の自販機でコーヒーを買おうと思ったら、小銭を床にバラ撒いちまいましてね」

 

 更に敏嗣は、被害者の賢吾は嫌な男であったと同時に、ゲーマーとして一目置いていたのだと話す。しかし、右隣に立っていた高保が鼻で笑った。

 

「よく言うぜ、レースゲームでへまったところを奴に見られて、赤っ恥をかかされていたじゃないか」

 

 それを聞いた目暮が高保に本当か訊けば、賢吾は大声で死にたくなければ敏嗣の車に乗るなと言ってのけたらしい。それに瑠璃が顔を引き攣らせていると、反対に敏嗣は高保の方が大きな動機があると言い出す。

 

 敏嗣が言う高保の動機──それは、彼の妹と賢吾が交際していること。しかし、賢吾はヒモ男。高保の妹に集っていた様子だ。

 

「まぁ、兄貴は兄貴でゲーマーなんだから、文句を言えた義理じゃないけどな!」

 

 そこで敏嗣は左にいた均に目を向けた。

 

「それに、アンタもだろ?奴にいなくなってもらいたかったのはよ!!」

 

 敏嗣曰、均は半年前までは『米花のパトラ』と名の通ったゲーマーだったらしい。しかし、賢吾に言い訳のしようもないほど敗北し、その後は行方知れずだったのだと言う。

 

「──まさか髪型変えてゲーセンのバイトやってるなんて、思ってもみなかったがね!」

 

 それぞれが互いに疑う中、松田はジッとある人物を見つめていた。

 

「……松田さん、どうされました?」

 

 瑠璃が小さな声を掛ければ、彼は深い息を吐き出した。

 

「……目星はついてるんだが、凶器が見つかんねぇのがな」

 

「あぁ、なるほど……あ、ならトリックは分かったんですか?」

 

 瑠璃の問いに松田が頷いたところで、出入り口がノックされると共に警官が入って来た。どうやら、被害者の血液から毒物が検出したらしい。

 

「毒物はテトロドトキシン。侵入部位は右上腕内側で、動脈まで到達している模様です」

 

「テトロドトキシンって、ふぐ毒ですね……どこから入手したんですか犯人……」

 

「釣りしてふぐでも吊り上げたんだろ」

 

「そこまでやるって、犯人の殺意高いな」

 

「そもそも、どこの部位かは調べればわかるとは思うが、見て分かる犯人がすごいな……」

 

 いつもの刑事4人がそれぞれ言い合っている横で、ジョディが口を開いた。

 

「テトロドトキシン……通称『TTX』。致死量は0.5~1㎎、青酸カリの500分の1で死んでしまうcrazyな毒。ふぐに多く含まれていて、口から入れれば中毒症状の進行が遅く、助かる場合が多いけれど──直接、血液に注入されると短時間で神経が麻痺しThe END」

 

 いきなり滑らかに話し出すジョディに蘭、園子、そして瑠璃が目を丸くし見つめれば、彼女は友人の医者が言っていたのだと、またたどたどしい日本語で、笑顔を浮かべて話す。

 

 その明らかにおかしい様子に、彰、松田、伊達の目が鋭くなる。

 

「……瑠璃、アイツ何者だ?」

 

「いや、私も帝丹高校の教師をしてるってことぐらいしか……あ、あとゲーム好きのゲーマー仲間!」

 

「ンなことは知ってんだよ」

 

「な~んで『普通』の教師が毒物を詳しく知ってて、今の様にたどたどしいどころか滑らかに日本語話せんのに、わざとらしく下手な日本語話してんのかって聞いてるんだ、俺らは」

 

 伊達が瑠璃と目を合わせて訊けば、瑠璃も困惑している様子。彼女も今の今まで、日本語をあれだけ上手に話せることなど知らなかったのだ。そして、瑠璃の表情でそのことを理解した3人は、ジョディになにかしら裏があることを理解した。

 

「……兎に角、今は事件解決が先だ。松田、彰……気になるのは分かるが、脱線するんじゃねぇぞ」

 

 伊達が2人に注意を促せば、2人は渋々と言った様子で頷き、目暮の言葉の元、現場検証をすることになった。そこで移動し始めた際──松田達の耳に、何か金属音が擦れるような音が入った。

 

 それが何かを考えようとしたところで、瑠璃から少し離れた位置にいたコナンが、出て行こうとしていた均に声を掛けた。

 

「ねぇお兄さん!左足の靴紐、解けかけてるよっ!」

 

「っああ!!悪いね、坊や……」

 

「ううん──そのままで転んだら危ないもんね!!」

 

 そこでコナンと松田達はあるものを目にし──ニヤリと笑った。

 

(──これで、漸く見つかった)

 

(『あの人』だ……『あの人』が尾藤さんを毒殺したんだ!!──このゲームセンターという、異質な空間を利用してっ!!)

 

 しかし、全員の中で引っかかるのは犯人が、松田達の前で放った一言──そこで、蘭に声を掛けられたコナンは、思考の海から現実に戻って来た。蘭が早く行こうと声を掛け、コナンはオフィスルームから出ていく。松田達も、この場にいても意味がないと後を追うようにして出て行った。

 

 そこで瑠璃だけが振り返り──残り1人に、声を掛けた。

 

 

 

 

 

「早く行こう?──ジョディ」

 

 

 

 彼女は腕組をしていた姿を解き、笑顔を浮かべて頷き、瑠璃と共に現場へと向かい始めた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 現場に集まってすぐ、高木が店内捜索から戻って来たが、凶器となるようなものは何処にも見当たらなかったと目暮に報告する。監視カメラで見ても、瑠璃とコナンの指示と判断によって、容疑者は誰も外には出れずにいた──つまり、凶器はまだ店内にあるのだ。

 

「凶器はまだ、犯人が所持してる可能性が高いですね」

 

 高木が目暮の耳元で告げる。見つからない以上、その可能性が高くなるのは当然で、容疑者の全員に対し、別室で身体検査をすることを告げれば、高保が鼻で笑った。

 

「検査でもなんでも受けますがね、俺を調べるのは筋違い──」

 

「──キャラクターを交換していた可能性があるので、検査の参加をお願いしますね」

 

 高保の言いたいことを察した瑠璃が笑顔で告げれば、高保の顔が引き攣った。

 

「キャラクターの……交換?」

 

 目暮がよく分からないと言った様子でオウム返しをすれば、瑠璃は頷く。

 

「まあ、普通はあまりやらないんですが、こういうゲームだと、どちらのプレイヤーがどのキャラを使っているのかは、プレイヤー同士でしか分からないので」

 

 高保の言葉はそれにより無効とされてしまった。しかし、他3人はそれを聞き、自分たちはもっと無理だと話しだす。

 

 ──均が賢吾に近づいたのは、監視カメラにも映っていたように集金時のみ。試合中もカメラで画面を録画していた。

 

 ──敏嗣が近付いたのは試合中のみ。しかし、彼が出てきた側は右ではなく左。毒を注入した側とは反対だった。

 

 ──ジョディはレーシングゲーム中で、被害者の隣の席には座っていたが、その間は腕を伸ばしても届かないほど距離があると、園子が件のレーシングゲームの椅子に座りながら代弁した。

 

 それを聞き、目暮たちの目が高保に集中したところで──高木の後ろからゴトッと音がした。

 

 全員の目がその音の原因を見れば──椅子に座っていた園子が、ハンドルを枕に眠ってしまっていた。

 

「……そ、園子ちゃん??」

 

「どうしたの、園子?」

 

 瑠璃と蘭が彼女の名前を呼べば、彼女は目を開けることなく話し出す。

 

「ホント、力抜けちゃうわよ──もう目暮警部、ガッカリって感じ」

 

 思わぬ目暮への言葉に、松田が噴き出しそうなところを彰が口を押えて防いだ。そんな後ろのやり取りに気付かないまま、園子──の影にて声を出すコナンは続けた。

 

「犯人がニヤついているのに、それに気付かないんだもの」

 

「何っ!?」

 

「なんだ、お嬢ちゃん。探偵ごっこでもしようってのか?」

 

 伊達が険しい表情で言えば、コナンは答える。

 

「そうね。犯人が分かっちゃったもの──私が説明するわ」

 

 その言葉に目暮と被疑者たちが目を丸くする。ただの高校生が、急に眠った途端に真相に辿り着いたと言われれば、当然の反応とも言える。それでもコナンは話をやめない。

 

「毒の侵入部は右上腕内側で、本人の言う通り、被害者の左側にしか近づいていない江守さんは、犯行不可能。対戦が始まる前に被害者と接触した出島さんも、その後で被害者が清水さんと会話しているから対象外」

 

 また、ジョディもその間中、レーシングゲームに瑠璃と共に夢中で遊んでいたため対象外。それと共に被害者の反対側にいた蘭、園子、ジョディの右隣に座っていた瑠璃も不可能。つまり、犯行が可能となったのは──高保ただ1人。

 

 園子のその言葉に、高保は笑いだす。

 

「何言ってんだ、お嬢ちゃん。アンタも見ただろ?──対戦で俺が奴に凹にされているのを」

 

「それは、瑠璃刑事が言った通り──キャラクターを交換したのよ」

 

 そこで実験とばかりに蘭と高木の名前を呼び、2人に件の格闘ゲームをしてもらうことになった。その際、2人にそれぞれコナンが話しかけ、それが終わった後、互いの対戦が始まった。

 

 互いのキャラはそれぞれ女性キャラクターの『パトラ』と男性キャラクターの『シーサー』。するとまず『シーサー』が『パトラ』に右パンチを入れ、そこからラッシュが決まり、右足で『パトラ』の顎を蹴り上げた。その瞬間は観客全員が思わず目を瞑ってしまい、高木に対して酷いと言う声すら上がる始末。そんな周りの声を聞き、目暮も思わず高木に手加減をするように言うが、彼はずっとガチャガチャ操作するばかり。その合間に『シーサー』が『パトラ』を倒し、一方的な試合が終わった。

 

 コナンが全員の視線がそれている隙に園子を背もたれに預ければ、その横で目暮が苦言を漏らすと同時に高木がつけていたヘッドギアを外し──高木がネクタイで目隠しした状態だったことに気付いた。

 

「園子姉ちゃんに言われて、僕が高木刑事に伝えたんだよ──使うのは女キャラで、ネクタイで目隠しして、対戦中は力を抜いて何もしないでってね!」

 

 その言葉は、逆に言えば、あの『シーサー』を使っていたのが蘭だと言うことになる。彼女もまた、コナン経由で園子から頼まれたとおりにしたらしい。

 

「なるほど、瑠璃の言う通り、キャラクターを交換してたって訳か」

 

 松田がコナンを見ながら言えば、彼は頬を引き攣らせ、園子の後ろに隠れた。

 

「そう。あの時も、今みたいに先入観があった。尾藤さんは『米花のシーサー』、清水さんは『杯戸のルータス』。周りのお客は当然、その持ちキャラを使うと思っていたわ。おまけにこのゲーム、HPゲージがなくて、モニターではどっちがどっちのキャラを使っているのか分からない──お互いのキャラを入れ替えても、気づかれないってわけ」

 

 その推理では、賢吾は対戦する前から、毒殺されていたということ。もしくは意識が朦朧としていた可能性もあるが、どちらにしろ、ゲームで反撃できるような状態ではなかったことだろう。また、テトロドトキシンは全身に運動麻痺を引き起こす毒物──生きていても、座っているのすら困難な状態出ることが推察できる。

 

 目暮はその推理に、観戦客も様子がおかしいと気付くのではと言うが、それを高木が否定する。彼は、攻撃が当たるたびに手足がずらされるため、注意深く見ていないと、周りから見てみればゲームをしているように見えると言う。

 

 ゲームをしていた本人自らの言葉は信憑性を増し、ゲームの特徴である拘束状態であれば、体もずり落ちない為、更に都合がよくなる。

 

「つまり、清水さんがとった行動はこうよ。対戦直前に尾藤さんの所に行き、右脇の下に毒針を刺し、尾藤さんが藻掻いている隙に、彼がやっていたゲームを終わらせ、新しいキャラで再びゲームを始める──自分の持ちキャラ『ルータス』でね」

 

 その後、もう一台の対戦台に座り、賢吾の持ちキャラ『シーサー』でゲームに乱入すればいい。その後に動けない相手を『シーサー』で一方的に殴れば、周りからしてみれば、高保が賢吾に負けているように見せることが出来る。

 

「でも、なんで対戦のラストに止めを刺さなかったの?」

 

「それは多分──結果表示を見せたくなかったから」

 

 瑠璃が答えを言えば、コナンも同意した。

 

「えぇ、瑠璃刑事の言う通りよ。あのまま負かしていたら、誰かが尾藤さんに駆け寄った時、勝ったはずの彼の画面に『YOU LOSE』の文字が出ちゃうでしょ?引き分けにすれば画面に出るのは『DROW』。『DROW』ならすぐゲームオーバーで、尾藤さんが使っていたキャラが何なのか分からないまま」

 

 そこまで聞いていた高保が凶器はどうしたのかと訊く。コナンの言う通りであればどこかにあるはずだが、店内からはそれが見つからなかった。身体検査もいくらでもしていいと言う高保の言葉に、コナンは言う──出てくるはずがないと。

 

「凶器はもうあなたの手元から離れているんだもの。でも貴方、知ってた?──問題の『それ』は、貴方の傍を行ったり来たりしてるのよ!!」

 

「──なんだとっ!?」

 

 そこで松田達が動く。彼らは均の元に向かった。

 

「出島さん。悪いんだが、靴底を見せてほしいんだが」

 

「えっ……わ、分かりました」

 

 彼はそう言って左足を見せようとしたが、それを彰が右足を見せてほしいと再度頼み、その右靴の底から──何かが張り付いてるのが見えた。

 

「そう。清水さんは毒針を煙草の中に入れて、ガムにくっつけ、それをガム紙の上に乗せて──それを床に放置したのよ」

 

 対戦中にモニター前に集まった誰かしらがそれを踏み、持ち去ってくれるようにしたかったようだ。

 

「放置したタイミングは、監視カメラに映ってた、あのライターを拾ったっていう場面」

 

「煙草を平たく潰しとけば、踏んでも気付かれにくい」

 

「仮に気付かれても、煙草の吸いさしだと思って捨てるだろうしなぁ?」

 

「ただ、危険な毒がついてるか拭ったかは分からないんで、目暮警部、気を付けてくださいね」

 

 瑠璃、伊達、松田が話し、最後に彰が目暮に注意を促せば、彼は頷き、すぐに鑑識が持ってきたパックにそれを入れた。

 

「煙草にその細工をしたのは犯行前……多分、このゲームセンターのトイレの中でしょうね」

 

 凶器の煙草を紙で丸めて煙草の箱に入れておけば、いつ取り出そうと不自然にみられることはない。それを聞いた目暮が紙や煙草から高保の指紋が取れればと考えれば、高保が笑う。

 

「よく出来たお話だと褒めてやりたいが、残念ながらこいつは罠だぜ……お嬢ちゃん」

 

 高保が言うには、煙草もガムも、本人が取り出した銘柄や物とは違うと言う。彼は対戦中に験を担いでガムを噛むのだが、それは雑誌にも載るほどの有名な話。なんなら調べても構わないと掌を目暮に見せる。それを聞いたコナンが気障な笑みを浮かべた。

 

「──そう言うことだったのね!ずぅっと気になっていたのよ。凶器の隠滅にガムを使ったあなたが、どうして警察の前で、ガムを口にしたんだろうってね」

 

 コナンが言うには、彼が使ったと思われるガムも煙草も、ゲームセンターに置かれている灰皿に残った他人のもの。例え毒針が見つかっても、その言い訳のためにガムを噛んだのだと。

 

「──わざわざ自分に疑いの目を向けさせる犯人なんていないという心理を逆手にとって」

 

 被害者に刺す際にも、指ではなく、指と指の間に挟んで押し込みさえすれば、指紋も掌紋もつけずに犯行は可能となる。煙草であれば、箱の底を押し上げて指に挟めば、指先で取ることなく済む。

 

「でも──コインならどうかしら?」

 

 そこでコナンが均に、問題のゲーム機のコインボックスを開けてほしいと頼めば、彼はすぐにゲーム機に近づく。本来であれば100円玉は2枚で、その前のお金は既に均が回収しているためそれ以上はないはず。しかし、コナンは言う──3枚あるはずだと。

 

 均がそれを聞きボックスを開けてみれば──見事に3枚あった。

 

「あっ、本当だっ!!?」

 

「3枚のうち1枚は、最初にゲームを始めた尾藤さんのもの、もう1つはさっきゲームを終えた高木刑事のもの。そして残るもう1枚は、犯人がトリックのために再びゲームを始めたときに入れたコイン──そう、清水さんっ!!貴方の指紋がべったり着いた、100円玉なんですよ!!!」

 

 コインが集金されたのは高保がゲームセンター内に来る前。高保の指紋がついた100円玉が大量のコインから見つかろうと問題ないと考えた高保。コインに指紋を付けない方法は、手袋などで指を隠すしかないが、それを着けた状態で自然に投入できるかは怪しいところ。

 

 そこまで言われて──高保は諦めたように肩を落とした。

 

「……着いてるよ、俺の指紋。あの100円玉はしっかり握って入れたんだ──俺のラストゲームにするつもりだったんだからな」

 

「ラストゲーム?」

 

「ああ。これでゲームとも、あの男ともおさらばするつもりだったんですよ──失明寸前で入院する妹のためにね」

 

 彼の妹がなぜ失明寸前にまでなってしまったのか──それは、栄養失調によるビタミンA不足によるもの。

 

 現代の様に飢餓に苦しむことが稀な時代にも関わらず栄養失調になったのは、賢吾のギャンブルによって膨れ上がった借金返済をするために、妹は食事もほとんどせずに仕事をし続けたのだと言う。

 

「そんな目にあわされても、妹はあの男と別れたくないって言うし……」

 

「だが、そんな男とよくゲームなんかやれたものだな……」

 

 目暮の問いに、高保は目を伏せた。

 

「……あの男が言ったんですよ──『俺に1度でもあのゲームで勝ったら、妹と切れてやってもいい』って」

 

 賢吾に勝つためにゲームの腕を上げ、『杯戸のルータス』と呼ばれるほどにまで強くなった高保。しかし、それでも賢吾には勝てなかった。だから──殺害を選んでしまった。

 

「……でも、実を言うと後悔してるんですよ──あの男の操る無敵の『シーサー』を倒す機会を、自分で絶ってしまったんですから」

 

 彼は警察に連れられる前に──そう嘆いたのだった。

 

 

 

 

 ゲームセンターから出るころには外は真っ暗で、辺りは街頭や建物のネオンの光ばかり。そんな街を、瑠璃とジョディが保護者となって歩くコナンたち。松田たちは警視庁へと戻ってしまいいない中、女性陣の話題は先ほどのゲームセンターでのことばかり。

 

「Oh! すごいデス、園子!Good job!!」

 

「かっこよかったよ!!」

 

「まるで『Kate(ケイト) Martinelli(マーティネリ)』みたいデシタ!」

 

「ケイト……?」

 

(ああ、アメリカの女刑事物ね……)

 

 コナンがジョディの話した名前で何が言いたいのかを察している後ろで、察することのできなかった瑠璃も園子たちと同じように首を傾げていた。

 

「でも本当、新一顔負けの名推理だったよ!!」

 

「──シンイチ?」

 

 ジョディは一瞬考えると、すぐに思い出した──学園祭の時に、黒騎士から姿を現した青年のことだと。

 

「──He is so cool !(彼はとてもカッコいい!)

 

 ジョディの言葉を聞いた蘭は、まるで自分のことのように頬を赤くする。そのジョディに続き、瑠璃も笑みを浮かべる。

 

「いやいや、新一くんは凄いよ!なにせ『平成のシャーロック・ホームズ』って言われてるんだから、彼女なら謙遜してちゃだめだよ!」

 

「し、新一とはそんな関係じゃないですから!!」

 

 そこで分かれ道となり、瑠璃はそのまま蘭たちの保護者役としてジョディと別れた。そんな4人のうちの1人──コナンに向けて、ジョディは言う。

 

「──Bay Bay, cool gay.」

 

 その言葉が聞こえた4人が思わず振り向けば──ジョディは既に背中を向けて歩き出していた。

 

 

 

 ──とあるマンションにて、ジョディは滑らかな日本語で電話をしていた。

 

「……ええ、そう。ちょっと色々あってね……貴方の言う通り、こっちも退屈しそうにないわ──お目当ての標的の1人は爪にかかったわよ」

 

 彼女がいう『標的』は、容姿を変えて堂々と学校に来ていると、電話の向こうの誰かに話す。そんな彼女は、とても魅惑的な笑みを浮かべていた。

 

「ふふっ、笑っちゃうでしょ?」

 

 そこで、電話の向こうの人物は言う──標的の名前は、と。

 

 それに対し、彼女はテーブルの上に置かれた林檎を持ち上げ、見つめ──名付けた。

 

「そうね──『Rotten apple』……『腐った林檎』にでもしておきましょうか」

 

 そこで彼女は思い出したように口に出す。

 

「それから、貴方が気にしていた梨の子ととてもよく似た女性とも接触したわ──ええ、そう。名前は北星瑠璃……双子の妹。とても人懐っこい子だけど、警察の人間。何より彼女、ちょっと特別な力を持ってるの……『完全記憶能力』。見たものや聞いたものを忘れない記憶能力。『腐った林檎』が接触するのもリスクが高いから、彼女と接触するとしても、後でしょうね……まあ、しばらくは『友達』でいるわ」

 

 ジョディはそう言って、笑みを浮かべるのだった。




さて、予定は未定としていた殺意の陶芸教室ですが、やはり書くところがなさそうで、書いたとしても文字数が少なくなりそうなので、飛ばします。

つまり、次回……



謎めいた乗客編となります!!

色々、頑張りますので、お楽しみに!!

それでは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!


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第37話~謎めいた乗客・前編~

謎めいた乗客編、始まりましたっ!!

しかし、私は夏がとても苦手なうえ、実は少々体調が崩れ始めております。ちなみにコロナではございません。寝不足と仕事の忙しさとストレスと天気と、色々理由があるだけなのです。

さて、なぜかとても難産となってしまったこの話、特に難産だったジョディ先生の英語で捲し立てるシーン。訳はあくまで私が調べたうえでこんな感じと変えただけなので、少々違うとは思いますが、ご容赦ください。ちなみに英語の聞き取りは頑張ったのですが半分ぐらい間違えましたので、調べた結果です。英文が間違ってましたらすいません。

それでは、どうぞっ!!


 あるお休みの日、コナンたち少年探偵団はスキーをするために、保護者である博士と共に、スキー場へと向かうバスへと乗っていた。ただ1つの心配は、博士が風邪を引いてしまっていることだった。

 

 博士が何枚目かのティッシュを使ったところで、バスのアナウンスが掛かる。

 

『次は~、米花町3丁目。コダマ物産本社ビル前~』

 

 そこで乗客の誰かが降りのボタンを押したらしく、バスが止まり、何人もの乗客が降りていく。人の足が途絶えた所で扉が閉まり、バスはコナンたちを乗せたまま、発進した。

 

「よぉ、博士……そんなんでスキー行っても大丈夫なのかよ?」

 

 左の窓側座席に座っていたコナンが、右の通路側座席に座る博士を心配し、声を掛けるが、彼はその間もティッシュを使い続けており、コナンの隣に座っていた哀が呆れたように博士を見やる。

 

「ま、自業自得ね。風邪ひくからよしなさいって言ったのに、夜遅くまでスキーのハウツービデオでイメージトレーニングなんかしてたんだから」

 

「それは、博士が悪いな」

 

 哀たちの話を聞いていた、茶色のジャケットを着た咲も、何もフォローが浮かばず苦笑いに留めて博士を見つめる。対して、博士自身はと言えば、仕方がないと鼻を赤くさせったまま話す。

 

「ワシは子供たちの引率者。大人のワシが手本を見せてやらないかんじゃろ」

 

「でもっ!向こうについたら、大人しくロッジで寝てるんだよ?」

 

 博士の隣に座っていた歩美が、心配そうに眉を下げて博士を見上げてくる。その言葉に続き、博士の前座席に座っていた光彦が振り返り、博士に指を立てて注意する。

 

「風邪は、引き始めが肝心っていいますし!!」

 

「調子に乗って外に出るんじゃねーぞ?」

 

 同じ座席に座っていた光彦と同じように、元太も振り返って釘を刺す。そんな子供たちのしっかりとした様子に、博士は口をあんぐりと開けて呆然となり、コナンはどちらが子供なのかと呆れ顔。

 

 そこで次のバス停に到着する。『米花公園前』。どこには既に何人も並んでおり、先頭に立っていた男性から次々に乗ってくる。そのことに気付いた博士が子供たちに注意する横で、コナンが大きなため息を吐き出した。それに気付いた哀と咲。咲は一番後ろの席のためコナンに何も言えないが、哀は楽し気に声を掛ける。

 

「あら、退屈すぎて死にそうね……暫く彼女に会えなくて寂しいって顔、してるわよ?」

 

 哀の言葉にコナンがムッとした表情を向ける。しかし、続く哀の言葉に顔つきが変わる。

 

「それとも──組織(彼ら)に会えなくて、寂しいのかしら?」

 

「……バーロ、無関係の乗客や、子供たちが乗ってるこんな狭いバスの中で、奴らに会いたいわけがねぇ──」

 

 そこでコナンは、黒い服を着たメガネの60代ぐらいの男性に、思わず体を強張らせる。その反応で彼が何を思ったのか理解した哀がその考えを否定する。その否定は、予測ではなく断言され、思わずコナンが哀を見つめる。

 

「……分かるのよ──匂いで」

 

 それは、組織にいた者にのみ発する嫌な『匂い』らしく、そう説明していた哀の腕を取り、思わず匂いを真剣に嗅ぐコナンと、それを横目で引いた様子で見る哀。

 

「……別に変な匂いなんて、しねぇけどな」

 

「……ふざけないでくれる?」

 

「でもよ、そんな第6感で分かるなら、ピスコの時も……」

 

「──えぇ、薄々そうじゃないかと思ってたわよ」

 

 ではなぜ、あの時に哀が言わなかったのかと訊かれたが、彼女は自信を持てなかったという──もう1人、組織の者がいる気がして。

 

「そう、ピスコよりずっと強烈で、鳥肌が立つような魔性のオーラを纏った──」

 

 そこで、哀と咲は気づいた──組織の者特有の、その気配に。

 

 咲はその気配の持ち主に、恐怖を抱くようなことはない。勿論、バレたら殺されることに違いはないが、咲の恐怖の対象はあくまで『組織』ではなく『ジン』と『ウォッカ』。勿論、バレてしまえば、彼女の大切な存在達は幹並奪われてしまう。しかし、それでも今の彼女の現状で出来ることと言えば少ない。警戒からヘッドフォンを取り、ジャケットのフードを被る。そして同じく哀も、その赤い上着のフードを震える手で掴みながら、コナンに懇願する。

 

「く、工藤くん……席を変わって──私を、隠してっ」

 

 その哀の異様な姿に、コナンが目を細めた所で、歩美が新出の名を呼び、コナンが通路に顔を向けてみれば、確かに彼が笑顔を浮かべて近付いてきた。その後ろから、金髪の女性も見える。

 

「あれ、皆も来ていたのかい?」

 

「先日は、内科検診お疲れ様でした!!」

 

 その隙に席を交代したコナンが、内科検診の日に哀と咲が休んでいたことを思い出す。そこで元太が後ろの金髪女性に気付き、デートかとからかうが、その金髪の女性──ジョディは、彼が校医をしている帝丹高校の同僚だ。そこで彼女が挨拶をするとともに、彼女がコナンに声を掛ければ、コナンは二度目の再会に思わず固まる。コナンが博士のジョディのことを紹介しようとすれば、彼女自身がそこに割って入る。ジョディと新出はこの日、上野美術館にデートに向かうためにバスに乗ったらしい。しかし、新出はバス停で偶然会ったという。

 

「OH!Ladyにハジを掻かせちゃ、イケマセーン!」

 

「でも、高校で変な噂が立ったら、お互い困るでしょ?」

 

「──そういう話は、座ってしてほしいのですが、よろしいですか?」

 

 そこでジョディの後ろから、コナンと咲には聞き覚えのある声が掛かり、コナンが思わず顔を向ければ──そこには呆れた様子で立つ、黒いコートを着た修斗が立っていた。

 

 

 

「──修斗っ!?」

 

 

 

「……はっ??」

 

 

 

 咲が思わず後ろ座席から顔を見せれば、彼は珍しくポーカーフェイスを崩し、少しして頭を抱え始めてしまう。

 

「は、いや、コナンやクラスメイト、保護者に博士を連れてスキーに行くとは聞いてたが……これに乗るのかよ……」

 

「修斗さんは──」

 

「俺はそこの人たちと同じく、美術館で鑑賞だ」

 

 その言葉と共に恨めし気な視線を、年齢詐称をしているコナンにのみ向け、それに対してコナンは笑うしかなかった。

 

「修斗くん、良ければ一緒に座らんかね?」

 

 風邪気味でマスクをする博士から声を掛けられ、修斗が顔を博士に向ける。彼は咲の隣が空いていることを伝えれば、哀の様子を一瞬見てから、頷いた。

 

「そうですね……分かりました」

 

 修斗は1番後ろに行き、同列に座っていた60代の男性と、ガムを噛んでいる茶髪の女性に会釈してから、右端に座る咲の横に座ろうとした──しかし、そこで咲の様子がおかしいことに気付く。

 

 彼女は目を丸くして、なにか驚いた顔のまま、通路の方向を見ているのだ。

 

(……後ろか?)

 

 修斗と、それから哀のただならぬ様子から同じく通路を見ていたコナンが気づく──マスクをして隈がひどいニット帽の男が、歩いてきたのだ。

 

 その顔を見て、咲の顔を見て──修斗は咲に声を掛ける。

 

「咲、悪いが席を変わってほしいんだが……」

 

「ぇ……あ、ああ、問題ないが、どうして……」

 

 修斗の提案になぜかと聞き返せば、彼は笑みを浮かべる。

 

「ここだと、寝にくいだろ?」

 

「──分かった」

 

 咲はその言葉で席替えを了承した。勿論、納得はしていないが、それでも彼の思惑が何であろうと、それを撥ね退ける理由がないのだから、頷く以外に咲にはない。それに礼を述べて、修斗は席に座る。咲もその横に座れば、ニット帽の男はその咲の隣に、無言のまま座った。

 

 ──咲は、この男のことを知っている。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ──5年前。

 

 

 

「──優、俺が今から見せる写真の人物たちのことを、お前の出来る限りで守り、サポートしてほしい」

 

 優の目の前でそう話し、写真を並べていく白髪で青目の男性──優が『先生』と慕う人物である『テネシー』が真剣な表情で咲と相対し、左から順に、黒髪で髭を生やした男、金髪で黒い肌の男──そして、黒髪長髪の男の写真が並べられていく。

 

「写真の人物たちって……この3人?」

 

「ああ……この黒髪で長髪の男が、近々コードネームをもらうことになっている」

 

 そう言って、テネシーが右端に置いた人物の写真を掴む。

 

「というか、組織の者なのに、なんで写真があるんだ?」

 

「──普通に考えたら、なんであると思う?」

 

 テネシーからの問いかけに、優は少し考えて目を見開いた。

 

「……まさか、ノック!?先生、どこの諜報機関のパソコンをハッキングしてっ……というか、組織に話をしなくていいのか!!?──話さないままバレたら、殺されるんだぞ!?」

 

 優がパニックになったように叫ぶ。2人が相対している部屋は外に声が漏れないよう、防音加工などがされているため、大きな声で話したところで優以外には聞こえない。だからこそ、大声で話すこともできていた。

 

「分かっているさ……だが、それでも──この先、俺の願いを叶えるためには、必ず必要になる人材だ」

 

 テネシーの願いが何かは、この時の優には分からなかった。それでも、彼女にはテネシーの言葉に逆らうという選択肢は、恩人で、大切な人である以上──最初からない。

 

「……それで、この人物の説明は?」

 

「お、やってくれるか。もうすでに『アイツ』には話してるから、進めるな──彼は『諸星(もろぼし) (だい)』。本名は『赤井(あかい) 秀一(しゅういち)』。組織からは『RYE(ライ)』のコードネームを受け取る人物で、所属はFBI。凄腕のスナイパーで、『あの方』からは──『銀の弾丸(シルバーブレット)』となるかもしれないと、恐れられている男だ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 咲が最後に会ったときから髪はかなり短くなっているが、それでも顔は変わっておらず、歩き方も変わっていない。

 

(2年前から顔を見たことはなかったが……生きていて、良かった)

 

 そう内心で安堵するその横で、逆に修斗は内心で汗を流していた。

 

(うっそだろ、なんでこいつがここにいるんだよっ!?)

 

 修斗は、咲の隣に座る男のことを見たことがあった。直接話したことはないが、遠目から見たことがあった──今よりもっと若い、彼を。

 

(いや、話したことないし、名前すら知らないし、俺が話したのだってこの人の『妹』さんだけだし……大丈夫大丈夫、バレてない。だから変なことには巻き込まれない──たぶん)

 

 そこで希望的観測が出来ず、彼は心の中で打ちひしがれることとなってしまった。

 

(あぁ……この後、どうせ美術館どころじゃなくなるし、音楽でも聴くことにしよう……あ、メール先にしとこ……)

 

 そこで左ポケットから取り出した携帯を打ち、それを元のポケットの中に戻し、手をポケットに入れたまま、外を眺め始める。

 

 赤井は咳き込み、その鋭い視線を前方に向ける。その異様な気配にコナンが目を細めた所で、元太から声が上がる。コナンが元太が指さす先を見れば、既にスキーウェアを着てゴーグルすらつけている2人の男。スキー場までまだ距離があり、その男たちの姿はかなり異様で、せっかちな人物たちの様に見えた。しかも、男たちは既にバス内でスキー袋のジッパーを下げ始めたのだ。

 

 男たちの格好と行動に呆れた様子を見せるコナンだったが、ヘッドフォンを外していた咲は気づいてしまった──その袋の中でする、聞きなれてしまった金属音に。

 

「っ元太、光彦──静かにするんだっ!!」

 

 男たちの様に自分たちもと話す元太と光彦に声を掛ける。逃げろと、彼女は本当は言いたかったが──もう遅い。

 

 

 

「──動くなっ!!!」

 

 

 

 2人の男たちは、袋から取り出したトカレフを向けた。

 

「騒ぐと命はないぞっ!!」

 

 ピンクのニット帽を被る男が拳銃を向けてコナンたちを脅し、水色のニット帽の男は運転手を脅す。その手際の良さから、犯罪初心者ではないことが、咲には分かった。

 

 コナンたち以外にも乗っていた、犯人に近い前方に座っていた乗客たちが恐怖から声を震わせ、状況を飲み込めずに混乱していれば、それが現実であることを突きつけるかのように──乗客に銃を向けていた男が、天井に威嚇発砲をする。

 

 それに思わず咲は耳を塞ぎ、女性が金切り声を上げたが、それでも男は容赦なく脅す。

 

「聞こえねーのかっ!!?大人しくしてろ!!」

 

 そこで運転手を脅す男が、前扉を閉めるよう、運転手に言う。それに逆らうすべのない運転手が大人しく言うことを聞き──バスの中を密室にした。

 

「次に、このバスの行先を回送にするんだ!」

 

 運転手が回送にしたのを確認し、男がバスを発進させ、都内を適当に走るよう。指示を出せば、運転手は少し躊躇する。その思考すら見抜いた男が早くするように脅し、運転手は緊張した様子でバスを発進させた。

 

 

 

 ──そのバスを追うようにして、離れた所からスカイラインが走り始めたことには、男たちも気づかなかった。

 

 

 

 水色の男は、信号で止まったら運転手のバス会社に連絡するように指示を出す。そのすべてを聞いていた咲は、修斗の腕を不規則なリズムで叩く。彼女のそれがモールス信号であることを察した修斗は、その不規則なリズムに集中し、読み取り始める。

 

(バスを回送……停車後、バス会社に連絡?)

 

 そこで、ピンクの男が今度は口を開く。

 

「よ~し、良い子だ……それじゃあ、アンタらが持ってる携帯電話を、全てこっちに渡してもらおうか?──隠すと、一生電話を掛けられなくなっちまうぜ?」

 

 男はそう言って、携帯の回収を始める。そのタイミングでバスが信号に捕まり、運転手が無線を繋げる。

 

「こ、こちら、W707、小林……実は、いま──」

 

 そこで水色の男が無線を奪い、話し出す。

 

「──たった今、アンタんところのバスを占拠した!!要求はただ1つ、いま服役中の『矢島(やじま) 邦男(くにお)』の釈放だっ!!できなければ、1時間おきに乗客の命が、1人ずつ亡くなると警察に伝えろ!!……20分後、また連絡する」

 

 そこで無線を切り、バスは再度、走り出す。男が声を張り上げて叫んだその『矢島』という名前に、コナンと修斗、咲には聞き覚えがあった──先月、爆弾を作って宝石店を襲った強盗グループの1人で、元宝石ブローカーの男。この強盗事件の際、逮捕できたのは主犯の矢島のみで、警察はその3人の仲間たちを取り逃してしまっていた。その仲間と言うのが、いまバスを占拠する、目の前の男たちらしいが、あと1人がどこにも見当たらない。

 

(なるほど、どうやら宝石には素人の残った仲間が、奪った宝石を抱えて未だに捌けず、ボスの奪還を試みたか──もしくは、ボスしか知らない宝石の保管場所を、牢から出して聞き出そうってところだな)

 

「──おい、そこのお前っ!!早く出せっ!!」

 

 そこでピンクの男は赤井に怒鳴るが、彼は謝罪するとともに咳き込み、携帯を持っていないと話す。それに舌を打ち、その拳銃の先を修斗たちに向けた。その撃鉄を向けられてしまえば、小さな体で、しかも乗客たちもいる中で満足に動ける訳もない咲と、荒事が苦手な修斗が太刀打ちできるはずもない。咲は渋々と言った様子でジャケットのポケットから携帯を取り出し、修斗も()ポケットから携帯を取り出した。

 

 続いて赤井の隣に座っていた60代ぐらいの男性──『町田(まちだ) 安彦(やすひこ)』にトカレフを向けた。

 

「おい隣のオヤジ、なんだその耳につけてるものは!」

 

「ほ、補聴器です!!若い頃、耳を悪くして、それでっ」

 

 それを聞いた強盗犯は再度舌打ちするが、その町田の隣に座っていた女性のガムを噛む音にイラつき声を荒げる。

 

「おいそこっ!クチャクチャうるせーぞ!!」

 

「あったり前でしょ、ガム噛んでんだから」

 

 そんな気の強い茶髪の女性──富野(とみの) 美晴(みはる)』は、更に犯人を睨みるけて煽りだす始末。

 

「それに、こんなことしても、どうせアンタら捕まっちゃうんだから……早いとこ諦めて逃げた方が身のためなんじゃ──」

 

 そこでトカレフから火花が散るとともに銃声が当たりに響く。その行動を予測していたらしい咲はヘッドフォンで難を逃れたが、富野は違う──彼女の腕のスレスレに、鉛玉で穴が作られてしまっていた。

 

 それを目の前で見ることになってしまった富野は顔を青ざめさせて、先ほどの気の強さも逃げ出し、犯人に反抗せずに大人しくすると告げた。その態度に優越感を得たようで、男は嬉しそうに笑みを浮かべながら去っていく。

 

(……携帯の有無ぐらい訊けよっ!!)

 

 修斗が思わず内心でツッコミを入れるが、それが誰に届くわけもなく無へと消える。ピンクの男は乗客を見渡しながら歩けば、なぜか途中で躓いて転げてしまう──ジョディが組んでいた足を犯人が通る直前に組み換え、それに気付かなかった男が倒れてしまったらしい。

 

 となりでジョディのその行動を見ていた新出は焦る様子を見せたがもう遅い。その間抜けな姿を見せた男はぐつぐつと怒りを煮えたぎらせ、ゴーグル越しにジョディを睨む。しかし彼女は下を向いたままで、新出が思わず彼女の名前を呼べば、それに反応した彼女は乗客たちの様子を確認し、自分が何かしたと理解したようで英語で謝罪した。

 

Oh,sorry(ごめんなさい) ! Oh,my god(なんてこと) ! What have I done(とんだ粗相をしました) ? Are you alright(大丈夫ですか) ? I didn't mean that(そんなつもりはなかった). I always make a blunder and gets clumsy(私、いつも失敗ばかり). Are you──」

 

 そこまでジョディはトカレフの銃口を掴みながら男に捲し立てる。最初はその行動に思わず呆けてしまった男だったが、何を言ってるか理解できずイラつき、もういいと腕を振り払い、席に座るように怒鳴りつける。それを聞いたジョディは大人しく席に座ったが、後ろのコナンに楽し気に振り返る。

 

It's very very exciting(わくわくしちゃうわね) !」

 

 その呑気なジョディの様子に、コナンは思わず力が抜けてしまい、呆れてものも言えなくなる。

 

 その間も、バスは走り続け、男たちは前方に移動し、コナンたちを見ていない。それを確認したコナンが、ジャケットの右ポケットからイヤリング型携帯電話で目暮へと連絡し始めた所で、コナンの視界にスキーウェアが入り込む。それに目を丸くして顔を上げてみれば──ピンクの男が恐ろしい形相でコナンを見下ろしていた。

 

「──何してんだっ!!」

 

 男はコナンの首元を掴み上げ、下へ勢いよく叩きつける。その際、携帯機は手から滑り落ちてしまい、挙句に犯人に取り上げられてしまった。

 

(くっそ、電話取られちまった!!)

 

「コナンくん、大丈夫?」

 

「平気か、コナン」

 

 歩美と咲が慌てて近寄って、彼へと声を掛ける。その声にコナンは答えず、先ほどの出来事の違和感を考えていた。

 

(しかし、変だな……奴はまっすぐ俺の所へ来た。椅子の陰で見えなかった筈なのにっ!)

 

 そこでコナンは気づく──後ろの座席に、最後の1名がいることを。

 

(俺の行動が見える位置にいた──あの座席に)

 

 勿論、修斗と咲が仲間であると、コナンは考えない。お金に困るような生活をしていないことも理由だが、何より2人がそのリスクを負うような人物でないことを知っているからだ。

 

(でも、どうやって奴に伝えたんだ……不審な行動を取る俺の位置を、誰にも気づかれず、一体、どんな方法で……)

 

 その間もバスは走り続け──その後ろを赤いRX-7が走る。

 

 また少しして、無線連絡で矢島が釈放されることを聞き、水色の男は笑みを浮かべた。

 

「そうか、釈放する気になったか。それじゃ、釈放した矢島に1時間後、こっちに連絡するように伝えろ」

 

 矢島の口から、安全な場所に逃げられたことの報告が来れば、人質を3人解放すると伝え、下手な真似をするなと忠告し、無線を切った。そこで2人は黄色の蛍光色のスキー袋を縦に2つ並べて置く。その中身の正体を、コナンと咲は理解した──爆弾だ。

 

 コナンが席から降り、体を隠すように腹ばい状態で手を伸ばす。後ろでは富野が頬にガムを付けてしまったのかべたべたと触っていたが、コナンは気にせずに行動する──しかし、その手を伸ばした時点で、先ほどコナンを投げた男が再度、トカレフをコナンに向けていた。

 

「──またお前かッ!!」

 

 そのトカレフはコナンの米神に向けられ、殺意が目に見える。殺すつもりでコナンに立つよう指示する男と、矢無負えずにその指示に従うコナン。そんなコナンの姿に、流石の修斗も動こうとしたが──それよりも早く、咲と新出が動いた。

 

 咲と新出はコナンの前に躍り出て、体の全部を使って、コナンを犯人から隠すように囲った。

 

「や、やめてくださいっ!!ただの、子供の悪戯じゃないですかっ!!」

 

「ご、ごめんなさい!!私の、私の友達なのっ……う、撃たないでくださいっ!!」

 

「それに、貴方方の要求は通ったはず──ここで乗客に1人でも被害者が出ると、計画通りにいかないんじゃないですかっ!?」

 

 その言葉に逆に怒りを表す男──そのトカレフの前に、今度は修斗が掴む。

 

「おい。感情に任せて撃っていいのか?──俺たちどころか、アンタたちの命の保証もなくなるぞ」

 

 それに、と修斗は続ける。

 

「人質の効果って言うのは、人数がいればいるだけ、上がるはずだ」

 

 その冷静さが今の男には怒りの種にしかならなかったが、そこで慌ててやって来たもう1人の男にも同じく諭され、渋々と言った様子でトカレフを離す。それで問題ないと判断したのか、水色の男が代わりにコナンたちにすぐ席に戻るように促す。勿論、その男たちと修斗の言葉で、スキー袋の中身が爆弾であることが決定的となった。それと共に、コナンの行動を報告した人物がいることも決定的となった。

 

 本当は修斗に話を聞きたいコナンだが、修斗と咲はその仲間と同じ席にいて話が聞けない。そこでコナンは隣に座る哀にも知恵を貸してもらおうとしたが──哀自身は、フードを被ったまま、狩られる前の獲物の様に震えている。

 

「おいっ」

 

 コナンが思わず哀に声を掛けるが、それは哀には微塵も届かない──今の彼女は、彼女に向けられるプレッシャーに押しつぶされそうになっているのだから。

 

(なにっこのプレッシャー……あの時と同じ、威圧感。いる……あの人が、このバスの中にっ。やっぱり組織の人間!?私と咲を追って来たの!!?

 それとも、偶然?)

 

 哀と咲の正体が、組織を裏切った『シェリー』と『カッツ』だと知られた場合、組織は容赦なく探偵団や博士、北星家の人間──そして、コナンが消されることになる。

 

(お願い……お願いだからっ──見つからないでっ!!)

 

 そしてそれは、咲も同じ。

 

(……まずいことをしたな)

 

 コナンの命が危ないと理解した途端、彼女は考えなしに飛び出してしまったが──これで彼女はバレてしまった可能性が出てきた。そのことを理解し、フッと笑う。

 

(──潮時か)

 

 北星家を出ることを決め、その時こそ──そう考えた所で、咲の左手が包まれた。

 

 彼女が目を見開いて顔を上げれば──修斗と目があい、彼は首を横に振った。

 

(──出ていくことは許さないって、言いたいんだろうが……)

 

 そこで包まれていた手にを、指先を動かし、不規則なリズムで叩かれる。その信号を読み取った咲は、愁いを帯びたその目を丸くさせ──涙を瞼に溜めた。

 

(逃げるな、立ち向かえ。絶対に、守り切る……だから、もうどこにも行くな──一緒に、戦え!!)

 

 そう修斗は伝えた後──左のポケットに隠したままの手をその中で動かし始めた。

 

 ──隣に座る、赤井の視線を密かに受けながら。




さて、実は今回、オリキャラもいるんだからと多少、オリジナル展開も混ざっております。勿論、終わりは変わりませんのでご安心ください。

車の種類で誰が乗ってるか、良ければ調べてみてくださいねっ!!

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!


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第37話~謎めいた乗客・後編~

謎めいた乗客編の後編です!!

因みに、この後が映画編なのですが、映画編は書くのにお時間がかかりますので、不定期になってしまうことをご了承ください。せめて1ヶ月に1話は書きたいとは思ってます。

また、日常(事件)編がいつもより長かったので本当は設定を出そうかと思ったのですが、映画編にて更にオリキャラが出てくることが決まってしまったので、最短で映画後に出します。

それでは、どうぞ!!


 バスジャック犯の男たちが置いたスキー袋を確認しようとして、それがバレてしまったコナン。ピンクのニット帽を被った男に撃たれそうになったが、その間に新出と咲が割り込み、修斗も口をはさみ、水色のニット帽の仲間に宥められ、そのトカレフが火を噴くことなく終えた。しかし、現状が良くなったわけでもなく、コナンが哀に知恵を貸してもらおうとしたが、当の哀は組織の気配に怯え、顔を俯かせて震えていた。

 

「おい、灰原……?」

 

 コナンが哀に声を掛けるが、その声は哀自身の鼓動にかき消され、彼女の耳には入らない。息も荒く、目の瞳孔は開かれ、その瞳は焦点すら合わない。そんな彼女に顔を向けて見つめているコナン。

 

「──無茶はダメネ、Cool kid.」

 

 その声に反応して、哀の肩が跳ねる。コナンは声のかかった方向──前座席から笑顔を見せるジョディを見上げる。

 

「Good chanceスグにキマース」

 

 そこで、コナンの隣で顔を俯かせる赤い上着を着て、フードを深くかぶった哀に気付き、ジョディは声を掛ける。

 

「Oh!怖がらなくてもダイジョウブ!赤ずきんチャン、お名前は?」

 

「あ、この子は──」

 

 コナンの言葉は、哀が彼の左手と手を繋いだことで止まった。

 

 その手から伝わる震えと、緊張からか冷たいその手に思わず彼女の顔を見るが──赤いフードに遮られ、彼女の表情は見えなかった。

 

What are name?(名前、教えてよ。) Little red riding hood ?(赤ずきんちゃん?)

 

 ジョディが人好きのする笑顔を浮かべるが、その顔を見ないまま、彼女は口を閉ざし続ける。その尋常でない様子を見て、コナンは代わりに口を開いた。

 

「たまたま乗り合わせた、知らない子だよ!……すごく怖がってるから、そっとしておいてあげて?」

 

「Oh!ごめんなさい!」

 

 そこで水色の男から初めて怒声が飛んできた。どうやら堂々とよからぬことをしているのではと疑っているらしい。それに気付いた新出がジョディに、あまりバスジャック犯を刺激しないようにと注意する。それに笑顔で頷き、哀に目を向けて声を掛ける。

 

Let's talk about this later.(またね)

 

 ジョディの言葉に、呆然とした様子のコナン。それを視界に収めつつ、座って軽く後ろを振り返り、哀の様子を確認するジョディ。それとは別に、強く握りしめ、俯くその哀の尋常でない様子に、コナンの頬にも汗が1つ流れる。

 

(おい……まさか、まさかいるのかっ!?──このバスの中に、奴らの仲間がッ!!)

 

 しかし、現状としてそれを気にしていられる状況ではない。なにせここは走る密室。逃げ場は今のところ1つもない。バスの窓を開けての脱出となれば、バスジャック犯たちによる射殺か、上手く脱出できたとしても、大けがからの車に轢かれての死。また、犯人たちにはもう1人、仲間がいることは確定してる──それが、コナンの後ろの最後列にいることも。

 

(そいつを見つけて早く手立てを考えねぇと、黒ずくめどころじゃなくなっちまう!!)

 

 その候補は、同じく最後列に座っている右端の修斗、その隣に座る咲を除いて3人。

 

 黒いニット帽を被り、マスクを着けて咳き込む、咲の隣に座る長身の男──赤井秀一。その男の隣に座る、補聴器を付けたメガネのお年寄り──町田安彦。最後が、派手な服を着てガムを噛み続ける茶髪の女性──富野美晴。

 

(その中で1番疑わしいのは、直接、音で伝えることが可能な、さっきからゴホゴホ言ってる──あの男)

 

 しかし、それは同じく風邪を引いて咳き込む博士もおり、咳も近い2人のその音の違いなど、そこまでない。

 

(音と言えば、ガムを噛んでるあの女も出してるけど……)

 

 しかし、その噛む音よりも咳の方が遥かに大きく、犯人たちは運転席側にいて、咲でもない限りガムの噛む音を聞き取れるとも思えない。

 

(残るは、補聴器を付けているあのおじさん……)

 

 その補聴器がワイヤレスマイクであれば、こっそりと声で伝えることも可能だが、犯人側が耳に何もつけていない為、可能性として低く、声を出せば両脇の2人と咲が不審がる──しかし、そんな素振りは見当たらない。

 

(犯人が絶えず見てるのはバックミラーぐらいだし……)

 

「──おいジジイっ!!」

 

 そこで隣から犯人の声が聞こえ、そちらへと顔を向けてみれば、薬を飲もうとしている博士に拳銃を突きつけるピンクの男がいた。

 

「何してるんだ?こそこそ」

 

「あぁ、いや、咳止めの薬を……」

 

(いや、手元を見りゃ分かんだろっ!)

 

 修斗が脳内でツッコミを入れているなど知らないピンクの男は、舌打ちをして去っていく。それにより、また後ろにいる仲間が犯人たちに教えたことを理解したコナンは、再度後ろの乗客たちを観察する。

 

(くっそ、一体どうやって!!──どうやって教えてるって言うんだっ!!)

 

 ──そこで、バス内に着信音が鳴り響く。

 

 コナンが思わず前を見れば、仲間の1人に矢島から連絡が来たらしい。

 

「どうです?そっちの様子は」

 

『ああ、問題ない。サツは撒いたよ』

 

「じゃあ3日後、いつもの場所で落ち合いましょうや」

 

 そこで連絡を切り、水色の男はトカレフを運転手に向ける。

 

「よし、運転手。一号に乗って中央道に入れ!」

 

 そのバスのスピードにより──外で信号を待っていた女の子は、ピンクの風船から手を離してしまった。

 

「小仏トンネルに差し掛かったら、スピードを落とすんだ」

 

 その風船に気付いたコナンは、窓に張り付いてついてくる風船に思わず目を見開き、見つめ続け──風船は離れて行った。

 

「へへ、心配すんなよっ!約束通り、乗客はちゃんと解放してやるからよ!!」

 

 その風船を見つめたままのコナンの頭に──1つの光が走った。

 

 

 

 バスとRX-7は中央道に入り、料金所に入ろうと言うところで、ピンクの男が口を開いた。

 

「おいっ!そこのメガネの青二才と、その奥の風邪を引いた男──2人とも、前に来い」

 

 その名指しに、咲の目が見開かれ、思わず赤井を見上げてしまった。

 

「おら、どうした。早く来な!!」

 

「言う通りにした方が、身のためだぜ?」

 

 その忠告に、名指しされた2人は立ち上がる。その姿を、ほんの少し心配そうに見つめる咲。

 

(大丈夫……ライの実力は知ってるから、大丈夫だともわかる。なんとか出来るほどの実力があるから……でも、もし──もしもがあったらっ)

 

 人間である以上、もしもの展開がないわけではないと、咲は理解している。そして、その『もしも』がここで来てしまい、守れなかった場合──咲は、テネシーとの約束を守れない。

 

(いやだ──それだけは、いやだっ!!)

 

 しかし、彼女の手元にも、ポケットにも、武器になるようなものは1つもない。また、走行しているうちに、2人は男たちの要望通りに向かって歩いている。

 

 咲が頭の中で思考を走らせているその前では──コナンが不敵に笑っていた。

 

(……なるほど、そういうことか。読めたぜ!オメェらのもう1人の仲間も──このバスからの逃走手段もな!!)

 

 それを防ぐため、コナンは腕を下に伸ばし、取り出した探偵団のマークがついた手帳を──前の座席に座るジョディの足に投げた。

 

 そのジョディはと言えば、その足の感触に気付き、足元に目を向ける。そこにはコナンが投げた手帳があり、新出の進行を邪魔しないように組んでいた足を解き、手帳を確認する。──そんなジョディの行動を、新出と通りすがりに赤井が見つめる。その手帳の中に書かれていた文字に、ほんの少しだけ不思議そうにするジョディ。

 

『口紅、持ってる?』

 

 その手帳を滑らかな動きでポケットに入れ、それと共に口紅を取り出した。それを握ったまま、犯人たちの様子を、前に立つ男2人の間から確認し──足の間から素早く投げ、コナンはその口紅をキャッチした。

 

(あとは、この探偵団バッチであいつ等に……)

 

 

 

 暫くバスは走り続け、小仏トンネルに入っていく。その後を追うようにして赤いRXが入っていく。

 

 

 

 小仏トンネルに入ったところで、バスジャック犯たちはスキーウェアを脱ぎだし、それとゴーグル、帽子を赤井と新出に着るように指示を出す──それを、トンネル内の雑音の中、微かに聞こえたその言葉で、犯人たちが何をしようとしているのかを咲は理解した。

 

(アイツら──2人を身代わりに、仲間と逃げようとッ!!)

 

 咲が右手を握りしめ、怒り堪えている間にも2人は男たちの指示通りにスキーウェアを着用し、通路に座り込む。犯人たちはやはり身代わりになってもらい、時間を稼いでもらうと意気揚々と説明し始める。それに逆に溜め息を吐きだしたくなる修斗。

 

(なんであいつら余裕なんだ。いやまあ、気づいてないんだろうけど──このバスを狙った時点で、最初から詰みなんだよなぁ……)

 

 徐々に黄昏始める修斗を他所に、犯人は、自身と人質1人を下ろした後は、警察の目をバスに向けるために走らせるようにと、運転手に指示を出す。一緒に降ろすという人質は、運転手を指示に従わせるための人質らしい。そう話したあと、犯人は人質候補を探すように通路を歩き──1番後ろの座席に座っていた富野を指名した。

 

 富野は恐怖を表に出し、恐る恐ると言うように前に歩いていく。その姿と共に、女性がしている時計を目にしたコナン。富野は犯人の男に拘束され、その首にトカレフを突きつけられる。そんな事された彼女は息を呑み、それを視界の端に収めた運転手は指示に従うしかなくなった。

 

(いや違う。彼女は人質じゃない──奴らの仲間だっ!!)

 

 コナンの推理通り、仲間3人でバスを降りた後、スキー袋に入れた爆弾を爆発させ、乗客全員の口を封じる手立てらしい。彼らがバスを降りた後は、『犯人から解放された人質』の振りをし、警察に保護されたあとは、自分たちとは全く別の、口裏を合わせて生み出した出鱈目な犯人像を伝え、逃げ切ろうとしているのだ。

 

(おそらく警察は、犯人は2人組だと思っているだろうし、解放される前に犯人と乗客がもめていたとでも言えば──何かのアクシデントで爆弾が爆発し、犯人は木乗客と共に爆死したと思わせられる)

 

 その後、その爆破跡地にて発見される『スキーウェアを着た2人の男』が、新出と赤井であると錯覚させる。上手くいけば、すぐには実行犯だとバレない作戦。トンネル内でスキーウェアを着せたのも、外の目にバレないようにするためだが──この暗闇は、コナンにとっても好都合だった。

 

 仲間の富野がいなくなり、コナンは暗闇の中で堂々とバッチの無線機能を入れる。その音はバスの中に微かに伝わったが、反射する音のせいで犯人たちに聞こえなず──その近くにい博士と修斗、バッチの持ち主である子供達のみが気づけた。

 

 驚いた子供たちがコナンを見る中、コナンはバッチを耳に当てるようにジェスチャーを出す。それに従い、元太、光彦、歩美、博士、更に全員の動きを見て何をしているのかを理解した咲、更にそれに倣って修斗がバッチを耳に当てた。

 

『いいか?今から俺の言う通りにするんだ……大丈夫。車内は暗いし、奴らは計画の成功を確信して油断している。バスがトンネルから出た瞬間が──勝負だぜっ!!!』

 

 コナンの指示を全て聞き終え、全員が準備を終えた頃にはトンネルから出る少し前。そこで犯人は運転手にスピードを上げるように指示を出した。

 

「下手な真似するなよ?俺たちの言う通りにやってりゃ助かるんだ──」

 

「──よく言うよっ!!どーせ、殺しちゃうくせに!!」

 

 そこで子供特有の高い声がバス内に響き、男たちが驚きから振り向けば──度々不審な行動をしていた子供が、立ち上がって声を上げていた。

 

 その子供──コナンは更に続ける。

 

「だって皆に顔を見せたってことはそう言うことでしょ?何とかしないと皆殺されちゃうよ?この──爆弾で!!」

 

 トンネルから出た所で、赤い文字で横に大きく『STOP』と書かれたスキー袋をコナンと博士が掲げて見せる。

 

「この餓鬼っ!!黙らせてやる!!」

 

 犯人のうちの1人が激昂し、トカレフを向けるが、そんな事すれば全員仲良くお陀仏だ。勿論、それを理解している冷静な仲間が怒る男に声を掛ける。そこで漸く、スキー袋に書かれた文字に気付いた男たち。しかしそれは鏡文字となっており、男たちは眉を顰めた。

 

「なんだ、その赤い文字の落書きは……!」

 

「──早くッ!!!」

 

 コナンの大声に漸くバックミラーを確認した運転手。ちらちらと何度かに分けて確認し、その文字が止まれの指示だと理解し──運転手はブレーキを強く踏み込んんだ。

 

 その急停止で全員の身体が前に持っていかれ、身体が傾いた町田には歩美と咲が声を掛け、博士とコナンは掲げていた爆弾を落とさないように必死に抱え、修斗もそのサポートに入る。元太と光彦は、もう1つの爆弾を掴み、子供ながらに必死で爆弾を固定する。そのままバスは運転不能となり、スリップした──運よく、横転はしなかった。

 

 その唐突な停止に早めに気づき、佐藤も車を停止させ、バックしてバスから距離を取って様子を窺う。

 

 バスの中では、急停止からのスリップで、通路の真ん中で立っていたり座っていたりしていた人は全員倒れ伏していた。いち早く様子を確認し、咲とコナンが犯人たちの様子を見てみれば、冷静に行動していた男の方が痛みに耐えつつ起き上がろうとした。それに気付いたコナンが走って男に近づいた。

 

 ここまでのことをしてのけて、犯人たちの作戦を台無しにしたコナンに怒りを向けてトカレフを向ける。そんな男に気付き、後ろで倒れていたはずの赤井は体を立てて肘を曲げた所で、コナンが犯人の男の額に麻酔針を撃ち込んだ。

 

 博士が開発した、象すら暫く寝ると言う睡眠針を撃ち込まれれば、常人の男では抗う術もなくそのまま眠りのそこへと落ちていき──そのいきなりすぎる昏倒に、後で手刀を構えていた赤井は目を見開いた。

 

「新出先生っ!その女の人の両腕を捕まえて!!」

 

 コナンの唐突な指示に、新出が呆けるも、コナンから女性がつけている時計が爆弾の起爆装置だと聞き、驚いて後ろの女性に体を向けた。

 

「餓鬼っ!!舐めた真似をッ!!」

 

 短気な男が、持っていたトカレフをコナンに向けるが──それは横にいたジョディが、その綺麗な脚で見事な左膝蹴りをいれた。

 

 コナンがジョディの動きに呆けても、ジョディは止まらず、犯人の首筋に向けて、右肘でエルボードロップを入れた。

 

 その強烈なコンボを受けた男は倒れ込み、起き上がろうとする男にジョディは言う。

 

「Oh!ゴメンナサーイ!!急ブレーキでbalanceが──」

 

 そこで男は持っていたトカレフを向ける。怒りに我を忘れ、その怒りで震える指で引き金を引く──しかし、弾は出てこない。

 

「あれ、引き金が……」

 

 男は何度も引き金を引くが、いくらやっても止まる。そんな男が持つトカレフを、ジョディは恐れることなく本体を掴み──妖艶に笑って男に顔を寄せる。

 

「……馬鹿ね。トカレフは、ハンマーを軽く起こして中間て止めると安全装置(セーフティ)が掛かるのよ?──これくらい、銃を使う前に勉強して、おきなさい?」

 

 先ほどまでとは違う、流暢に話される日本語と、自身を横に倒した見事な動き、その一般人とは思えない様子に、ジャック犯の男が顔を青ざめさせる。

 

「なんなんだ……何者なんだ、アンタっ!!?」

 

 男の言葉に、ジョディは微笑みを浮かべて人差し指を立てる。

 

「Shhhh……It's a big secret.(秘密よ秘密。) I'm sorry, I can't tell you…….(残念だけど、教えられないわ……)|A secret makes a woman woman…….《女は秘密を着飾って美しくなるんだから……。》

 

 男が呆けてるうちにジョディは切り替え、笑顔を浮かべる。

 

「Oh!降参デスね!!」

 

 コナンがジョディの様子に顔を呆けさせ、修斗が頭を抱えていると、新出が拘束していた富野が腕時計を見て悲鳴を上げた。どうやら、先ほどの急ブレーキで時計に仕込まれた起爆装置が起動してしまったらしい。また、爆発までには1分もないらしく、その声を聞いた全員が慌てだし、運転手がすぐに出入り口の扉を開ければ、全員が走って降りようとする。

 

 咲も向かおうとしたが、ずっと沈黙したままの人物が気になって止まり、戻ろうとしたところを修斗に腕を掴まれた。

 

「しゅ、修斗ッ!!?」

 

「馬鹿ッ!!逃げるぞッ!!!」

 

「いや、まだそこに──っ!!」

 

 修斗がコナンたちと共にバスから降りれば、バスの出入り口の横に立って構えていた佐藤が声を掛けてくる。

 

「コナンくんッ!?どうしたの!!?」

 

「犯人が持ち込んだ爆弾が、あと20秒足らずで爆発するんだ!!」

 

 それを聞いたその場の全員が驚き、佐藤はまずトンネル側の車を止めに走り、千葉には反対車線、他の刑事たちには乗客たちを遠ざけるように指示を出す。そこで走りを止めないままの修斗に手を引かれたままだった咲は、コナンたちの後ろから声を上げる。

 

「修斗、止まってくれ!!──あの中には、まだ哀がっ!!!」

 

(何っ!?)

 

 咲の声が聞こえたコナンは立ち止まり──すぐにバスへと駆け戻って行った。

 

 

 

 バスに1人残った哀は、顔を俯かせたまま自嘲の笑みを浮かべる。

 

(そう……これが、最善策。この場は助かっても、事情聴取の時に否が応でも『あの人』と鉢合わせになる)

 

 このまま哀が消えた場合、哀と博士たちとの接点は消える。咲との接点は残ったままになるが、そこは彼女が上手くやるだろうと、哀は願い──フッと笑う。

 

(……分かっていたのにね。組織を抜けたときから、私の居場所なんて、どこにもないことは──分かってたのに)

 

 

 

(……バカだよね、私。バカだよね──お姉ちゃん)

 

 

 

 哀が死を覚悟し、最愛の姉を思い浮かべたその時──その横を、勢いよく風が通ったかと思えば、後ろからガラスが割れる音が響いた。

 

 それに驚き、顔を上げたのとほぼ同時に彼女の腕が取られ──コナンに抱きかかえられた状態で、後ろの割れたガラスから、飛び出し、2人が着地する寸前で、バスは爆発した。

 

 その爆発に飛ばされて、コナンが哀を守るように抱きしめたまま、熱い風と爆風に耐え凌ぎ、痛みを堪えて、コナンは身体を起こす。そんなコナンの後ろから、丁度いいタイミングで高木が車に乗ってやって来た。

 

「こ、コナンくんッ!!」

 

 そこで離れた所から見ていた少年探偵団、修斗とその彼に捕まって近づけなかった咲が走って近づいてきた。咲はすぐに哀に近づき、それを止めずにそのままにさせたコナンは、高木に声を掛けた。

 

「この子、怪我してんだ!!博士や皆と一緒に、病院に連れて行って!!」

 

「えっ?」

 

「コナンの言う通りにしてやって下さい──事情聴取は、俺とコナンだけでいいはずです」

 

 修斗とコナンの言葉に、うろたえながらも高木は了承し、彼の車に全員を乗せていく。その最初に乗せられた哀に──コナンは、声を掛けた。

 

「……逃げるなよ、灰原──自分の運命から、逃げるんじゃねぇぞ」

 

 そんなコナンの近くに立っていた高木は、その意味を理解することなく全員を乗せた車を発進させた。その車を見送るコナンから修斗は離れ、代わりにジョディがコナンに近づいた。

 

「Oh!Cool kid!ガラスを割って、女の子を助けだすなんて、まるでJames Bondデス!!」

 

 その誉め言葉に、コナンは笑みを浮かべて言葉を返す。

 

「007はジョディ先生の方だよ!──犯人の足を引っかけて、謝るふりしてトカレフの安全装置入れたんでしょ?」

 

 コナンはあの時の行動を言えば、それを指摘されたジョディが興奮した様子を見せた。

 

「Oh!Yes!!映画みたいに上手く出来マシタ!!」

 

 その反応に、コナンの身体は脱力し、空笑いを浮かべた。その反応に気付かないまま、ジョディは続ける。

 

「デモ、良く分かりましタネ?彼女が犯人タチの仲間だと」

 

「──風船だよ」

 

 ジョディの疑問に、コナンはそう答える。それはあの時、風船を見たことで辿り着けた答え。

 

「彼女は、風船ガムを膨らませて、バックミラーを見てた犯人たちに、不審な行動を取る乗客たちを教えてたんだ!!」

 

 彼女がガムを膨らませ、割れたガムを取る手の左右と、その指の数で座席の位置を知らせていたのだと、コナンは言う。

 

「じゃあドウシテ、彼女の時計が起爆装置だと、分かったんデスか?」

 

 ジョディの疑問に、彼女の時計が1時で止まったままの時計をしていたことに気付き、なんとなくそうではないかと思ったのだとコナンが話せば、ジョディは納得するとともに悔しがる。なぜなら、彼らは確かに捕まったが、そのボスは未だに逃走中。それに対してはコナンは力強く大丈夫だと断言した。

 

「策もなしに、牢屋に入れていた悪い人を、警察があんな簡単に逃がすわけ……」

 

 そこまで言って、ジョディのことを思い出し、子供らしい笑顔を浮かべてジョディを見上げた。そこで佐藤から事情聴取のために車に乗り込むよう、声が掛かる。コナンが車に乗ろうとするのを、ジョディは止めた。

 

「傷だらけデスけど、ダイジョウブですか?」

 

「うん!平気平気!!」

 

 コナンが笑顔を浮かべて返したところで──後ろから腕を掴まれた。その場所は見事に傷口で、コナンは思わず痛みから顔を顰めた。

 

「やっぱり、こんな大けがしてるじゃないか!!」

 

 そのコナンの腕を掴んで怪我の確認をした新出が、心配そうな様子を見せ、事情聴取は傷を治してからだと忠告した。

 

 ──そんなコナン達から離れた位置で、修斗は左ポケットに入れっぱなしだった携帯を耳に当てていた。

 

「え~、この度、アンタたちに協力してあのバスに乗った訳ですが、バスジャックに巻き込まれました~。まあ、ずっっと通話中にしてたから聞いて理解はしてるとは思うけど──ご感想は??」

 

『申し訳なかった!!!』

 

「俺の仕事用携帯がお釈迦になったんですよね~」

 

『本当に悪かった!!!』

 

 バスジャックが始まる前、修斗はメールをした後、数秒後に番号を入力してメール相手に連絡を入れていた。携帯を出せと言われた際、左に入れた携帯を出さず、右ポケットから仕事用の携帯を渡し、携帯はそれ以上はないように錯覚させ、ポケットの中でモールス信号で情報を渡していた。その相手は、メールの内容でことが起こることを察し、ずっと黙ってバスの中の出来事を聞いていたのだが、そのことを今、修斗に嫌味として言われている訳である。

 

「まあ、まさかこんなことが起こるなんて普通は予想できないし、俺だって、犯人たちを見て察しただけだから別にこれ以上の文句はないけど」

 

『毎度思うけど、よく分かるよな~』

 

「誉め言葉と思っておきますね……まあ、そんなわけで今から事情聴取でこれ以上は無理なんですけど、どうします?俺は『協力者』の立場なんで、指示には出来るだけ従いますよ

 

 

 

 

 

 ──『緑川』さん?」

 

 名前を呼ばれた相手──『緑川』は車の中で苦笑いを浮かべる。

 

「いや、流石にこれ以上は俺も難しいと思うから、これで終了で大丈夫だ」

 

『そうですか……あ、最後に1つだけ』

 

「ん?」

 

 そこで紡がれた修斗の言葉に、『緑川』は頬を引き攣らせた。

 

「……それ、本当か?」

 

『俺が見た限り、ですけどね。変装してる人がアンタたちの標的だとして、その近くにどう考えても一般人じゃない動きと知識と演技してたら……しかも、それが日本人じゃなくて外国人なら──FBIだって思ったって仕方ないですよね?』

 

「いや普通は分からないからな!?」

 

『ちなみに、外見を簡単に伝えるなら、黒髪で隈がひどい男と、金髪の女性でーす』

 

「伝えなくてもよかったけど大事な情報ありがとう!!」

 

『それじゃあ、流石にこれ以上は引き延ばせないんで……現場からは以上でーす。貴方方は早めに離れることをお勧めしまーす』

 

 最後にそう伝えられて、通話が切れた。繋がらなくなった携帯を切り、深々と溜息を吐き出すと、その茶髪の頭をまっすぐ運転席に向けた。

 

「聞こえてたかもしれないですが、作戦は中止ということでいいですか?『風見』さん」

 

「ああ、構わない。お前がいる以上はここにはいられない。」

 

 そこで高速道路を降りるために動き出す中、更に『緑川』はある人物に連絡を入れる。

 

(組織の仕事はないって言ってたから『警察庁』だとは思うが……出るか?)

 

 コール音が数回なったところで──その向こうから声が聞こえた。

 

『なんだ?『ヒロ』。今は修斗に協力してもらって、『魔女』を追ってたはずだろ?』

 

「あ~、そうだったが話が変わってな……あいつが乗ってたバスがジャックされて追跡は中止だ」

 

『……あいつ、そんなに不運なやつだったか?』

 

「まあ、それは戻ったら報告書を渡すけど……先に伝えておきたいことがあってさ」

 

『伝えておきたいこと?』

 

『緑川』はこの後の反応を察しつつ、電話相手に伝えることにした。

 

 

 

「──FBIが、日本にいるんだってさ」

 

 

 

 その言葉を聞いた相手が無言になり、その隙に『緑川』は耳を塞いで携帯から耳を遠ざけた。それから暫くして──車内に声が響いた。

 

 

 

『──僕の国でなにをしてるんだFBIぃぃぃぃぃい!!!!』

 

 

 

 ***

 

 

 

 高木の車に乗って移動する中、脚が血だらけな哀を、周りに座っていた子供たち、博士、咲が心配そうに声を掛ける。

 

「痛くないですか?灰原さん……」

 

「足からいっぱい血が出てるよ?」

 

「止血したいが、道具が……」

 

 光彦、歩美、咲がそれぞれを声を掛けるが、それに哀は自嘲の笑みを浮かべる。

 

「大丈夫よ──これ、私の血じゃないもの」

 

「えっ?」

 

 哀の脚に大量に付着した血──それは、コナンがあの場所から遠ざけるために着けたもの。コナンの血だ。

 

(……どうやら貸し、返されちゃったわね。工藤くん)

 

 その儚い笑みと脱出劇を見ていた咲は察し、コナンに向けて溜息を吐いた。

 

(……あのカッコつけめ……まあ、あの『魔女』は組織の中でも一線は超えない人だから、コナンの正体自体がバレない限りは大丈夫だろうから、心配しなくていいか)

 

 そう思いながら、歩美の隣に座っていた咲は車の外で流れる景色を流し見るのだった。




車種だけで乗っていたコナンキャラが分かった人はいたのでしょうか?予想されてたかたはいるかとは思うのですが、当たっていましたでしょうか??

因みに、咲さんがバスの中に残らせなかったのには2つ理由があります。

1つ目は、咲がバスに残ろうとしても、バスの座席的に修斗が見逃さないのと、例え逆でも彼が咲を見過ごして先に逃げる気が設定的に全く思い浮かばなかったこと。

2つ目は、上手く修斗を交わしてバスに残ったとしても、コナンくん1人に2人の救出は難しい気がしたことです。修斗を救助隊に混ぜてもよかったのですが、その場合は警察を振りほどいて向かわないといけないので時間的に間に合わない。コナンくんの場合は、多分その体の小ささを利用して警察の目を搔い潜って救助に向かったと思うんですよ。だから、爆発に間に合ったのでは?と。

そう言うことで、これは咲さんは残せないなと思い、咲さんは修斗さんに強引に救助されて哀ちゃんを不本意ながらバスに残して来てしまったという形となりました。



さて、いつになるかは分かりませんが導入自体は多少、決まっているので、頑張りたいなと思います!!

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!


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天国へのカウントダウン編
第38話〜天国へのカウンドダウン・1〜


大変お待たせしました!!

実はこの話、先月には投稿しようと思っていたのですが、思った以上にリアルが忙しく、時間が取れませんでした……。

そうしてようやく時間が取れたので、なんとか!!深夜ではありますが!!!完成させました!!!

黒の組織がメインとなる、今回の映画『天国へのカウントダウン』編……スタートです!!

※亮吾さんの一人称と話し方、職種紹介部分を少しだけ変えています。それ以外はさほど変えてはいません(順々に時間があるときに、修斗くんの一人称を今回のものに変えていきます)

※常盤さんへのブローチの指摘部分を少し変えています。推理には関係ない範囲です。


 少年探偵団たちを乗せた博士のビートルは、高速道路に乗って目的地のキャンプ場へと向かっていく。その先に見えた大きな富士山は、空と同じ色を子供たちに見せ、その目を輝かせる。

 

「うわぁ!富士山だ!!」

 

「綺麗ですね!!」

 

「やっぱ日本一の山だぜ!!」

 

 そこでふっと横を見た歩美は、真横を通り過ぎていく大きなタワービルが2つ繋がった建物を見つけた。そのビルがなにかと呟けば、博士もそのタワーを確認し、機嫌よく説明する。

 

「ああ!アレは西多摩市に新しく出来たツインタワービルじゃ。高さ319mと294mの、日本一ノッポな双子じゃよ!」

 

 それを聞いた子供たちは大喜びで、キャンプ帰りにでも寄って行こうと言い始める。それに少し苦笑を溢しながらも、回り道になるが寄ることを了承する博士。それで更に大はしゃぎを始める子供たちの横では、哀は外の景色を見つめ、咲とコナンはそのタワーを見つめていた。

 

(西多摩市か……前の市長の犯罪を俺が暴いたことで、森谷帝二が俺に挑戦してきたんだっけ)

 

 色々あって既にずいぶん昔のことのように感じるほどの、しかし大事件となってしまった挑戦状のことを、どこか懐かしく思うが、しかしそのコナンの目の前にいる子供たちのはしゃぎ声に、コナンは空笑いを浮かべる。そんなコナンの横で、咲は修斗の事を思い出していた。

 

(……修斗のやつ、日にち的には明日、あそこに用事があるって言っていた気がするが……まあ、いいか)

 

 咲は呑気にもそう考える。修斗の苦労に関しては、彼女は心から応援するしか出来ないためだ。

 

(明日会う事になったら、付き合ってもらう事にしよう)

 

 そう考えた直後、資料を纏めていた修斗が背筋を震わせたのは、言うまでもない事である。

 

 

 

 アートキャンプ場に辿り着き、ご飯の準備などを済ませて夕ご飯を全員で囲み、楽しく食事が進む。そこで1番に食べ終わった光彦が終わりの掛け声と共にお皿を置けば、右隣に座っていた元太がそれを見つめ、苦言を呈す。

 

「なんだよ、ご飯粒残ってるじゃねぇか!!米粒1つでも残すと罰が当たるって、母ちゃんが言ってたぞ!!」

 

「その通りじゃ!!」

 

 元太の言葉に続き、博士も諭すように声を掛ける。

 

「米は農家の人が88回、手間を掛けて作るんじゃからな!!」

 

「88回?」

 

「……『米』という漢字を分解すると、漢数字の88になるだろ?」

 

 咲が博士の右横から口を挟めば、元太は理解できていないようで首を傾げるが、その横の歩美と光彦は理解できたような頷く。

 

「それで88歳の祝いを『米寿』と呼ぶんじゃ!ついでに教えると、77歳を『喜寿』で、99歳を『白寿』じゃ!……『喜寿』はなぜ77歳か分かるかな?」

 

 博士は左横に座るコナンに目を向けて尋ねれば、当然のようにコナンは答えを返す。

 

「『喜寿』の喜って総書体が『()』に見えるから、だろ?」

 

「『白寿』は『百』から『一』を取ると『白』になるから」

 

「紹介はされてないが長寿祝いは他に、中国の唐時代の詩人である杜甫の詩の一節の『人生七十古来稀なり』から70歳の『古稀』。80歳の『傘寿』と90歳の『卒寿』は分解した時の漢数字からだな」

 

「へ〜!いつもの事ながら御3人はよく知ってますね……」

 

「オメェら、本当は歳誤魔化してんじゃねぇか?」

 

(ハハッ、当たってやがる……)

 

 冗談混じりだっただろう元太の言葉に、コナンは愛想笑いを浮かべ、哀は誤魔化すように水を、咲は残っていたご飯を飲み込んだ。そこで話を逸らすかのように、博士がいつものクイズが出される。

 

「44歳はなんというか、分かるかな!?」

 

 博士からのそのクイズ、頭脳は大人なコナンたち3人も目を丸くして博士を見た。答えが浮かばない彼ら3人。彼らが分からなければ子供たちが知る由もない。鸚鵡返しで光彦が呟くと、博士は手で右手を1本と左の3本を立ててヒントを告げる。

 

「ヒントは漢字1文字にカタカナ3文字じゃ!!10はつけんでいいぞ!!」

 

 そのヒントを聞いて悩む子供たちと違い、コナンは博士の言葉を聞いて考え、呆れ顔。

 

「……博士。分かったけどこれ、すっげぇくだらねぇぞ??」

 

「そうかの?……で、哀くんと咲くんは分かったかな?」

 

 博士からの問いに哀は首を横に振り、咲も少し考えて同じく首を振る。子供たちも分からないから答えを、と声を上げれば、博士は上機嫌に答えを告げる。

 

「44は88の半分じゃろ?『八十八』は『米』、『米』は英語でライス、その半分じゃから『半ライス』じゃ!!」

 

 その答えを聞いたコナンはやはりと肩を落とし、哀は額を抑え、咲も頭を抱える。子供たちも不満そうな顔を下に向けるが、博士はそれを気にせず上機嫌にご飯を3杯、自分のお椀によそうのだった。

 

 その夜、全員が寝静まる頃、人が身動きする気配を感じて咲が目を覚ませば、元太が起き上がっているところだった。それを見てトイレだと直ぐに判断し、寝る際に着けている耳栓を取らずに再度、寝に入る。しかし少しして動く気配を感じて目を開ければ──隣で寝ていた哀が寝袋から起き上がっているところだった。

 

「……哀?どうした?」

 

「咲……なんでもないわ。起こしてごめんなさい」

 

「いや、大丈夫だが……」

 

「本当に気にしないで……ちょっと、お手洗いに行くだけだから」

 

 そう言って去っていく哀を見つめる咲。後を追う事も考えたが、組織が近くにいるとも考えづらい。そう頭の中で結論を出すも、結局彼女は起き上がる事にした。

 

(……このまま寝ても、戻る際の気配で結局起きる事になるだろうし、起きて待っていた方がまだいいか……)

 

 そこで耳栓を取る代わりに、近くに置いていたヘッドフォンを着けて外に出る。夜という事もあって気温は下がり、鳥肌を立たせつつも外で帰りを待てば、また少しして元太が帰ってくる。

 

「うぉ、なんでオメェ、起きてんだ?」

 

「目が冴えてしまってな。このままだと寝れないから、哀を待っておこうかと……」

 

 咲の返答にそこまで深く考えずに納得した元太は、そのままテントに入っていく。その間、哀が何処かに電話しているとは露も知らず、彼女は寒空の中、哀を待ち続け、戻ってきた哀から多少小言を言われると、そのまま2人は寝袋に入り、今度こそ眠りへと落ちた。

 

 

 

 ──黒いロングジャケットと長髪を風に靡かせ、優はビルの屋上から屋上へと走っていく。目的地に近くなれば、パイプなどを使って降りてゆき、目的地の港倉庫に辿り着く。

 

<やめて!!殺さないでぇ!!>

 

              <死ね!!人殺し!!>

 

      <た、たのむ、見逃してくれぇ!!>

 

(………)

 

 耳の奥から聞こえる残響に、彼女は顔を伏せた。しかし、彼女はそれでも、その震える手を押さえて鉄の塊を握り、目の前の大きく開いた入り口へと歩き出す──彼女は今から、生き残るために、『裏切り者』を殺すのだ。

 

(……ごめんなさい。でも私は、死にたくとも、死ねない──約束は、守りたい)

 

「だから──ごめんなさい、名も知らない人。私は、私のために、貴方を……殺す」

 

 彼女がそうして拳銃を向けた先にいたのは、どこか見慣れた女性(・・・・・・・・・)

 

 ──濡羽色のその髪に、所々白髪が混じった髪を下に一つ結びで纏めた女性は、ゆっくりと振り向き──白髪青目の見慣れた男性へと、変わってしまった。

 

「っ!!?」

 

 その人物を見て彼女は目を見張り、銃口を下に向けた。優はそのまま近づきたくとも、近づけない。なぜなら白髪青目の見慣れた男性(テネシー先生)見覚えはあるのに思い出せない(顔が見えない)女性が、憎悪の目を向けている──女性の顔は見えないのになぜそう思ったのか、優には分からない──からだ。

 

「ぁっ……」

 

 身体を震わし、いつもまにやら銃も手から無くなった。足から力も抜けて赤い海にへたり込み、そんな彼女の前に2人は立つ。海の水位が上がる中、周りから彼女への無数の怨嗟の声が聞こえてくる。耳を塞ごうとも、耳が良い彼女には聞こえてしまう──否、塞いだところで、血で汚れる真っ赤な手をすり抜けて、声が耳に響いてくる。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんない、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

 

 彼女が謝罪の言葉を述べると共に、水位が下がり、怨嗟の声は聞こえなくなっていく。暫くすると声もなくなり、気配もなくなった。

 

 涙が浮かんだ目を開いてみれば、目の前には人の足はない。ゆっくりと、血だるまの顔を前に向けて──彼女の目の前に、心臓を撃ち抜かれた青白い男女が、彼女を見つめて口を開く。

 

 

 

 ──お前のせいだ、と。

 

 ***

 

 東都の高速道路を走る1台のポルシェ。その車内には、どこかと通話を取るウォッカと愛車を運転するジンがいる。通話を始めてから暫くしてウォッカは携帯を切り、笑みを浮かべてジンに報告を始める。

 

「分かりましたぜ、兄貴。西多摩市のツインタワービル──」

 

 ポルシェの隣を走るトラックの音が響く中、報告を聞いたジンの口角が上がる。

 

「──あそこは確か、天国に1番近いって」

 

「フッ、そいつは良い。あの世にもっとも近い──処刑台にしてやろうじゃねぇか」

 

 そのまま黒いポルシェは、夜の闇へと走り消えて行った──彼らの目的を、果たすために。

 

 ***

 

 キャンプからの帰り道、元太からの要望のもとに席替えをする事になり、元太が後座席、哀が前座席に移動した。これにより後ろの座席はかなり狭くなり、座れなくなった咲は元太の上に座る事となった。しかし元太はそれでも狭いようで、右隣の光彦にもう少し寄るように言えば、それが聞こえていたコナンが右隣の歩美に一声をかけて身体を密着させた。それに頬を赤くさせる歩美にコナンは気付かなかった。

 

 目的地のツインタワービルまで暫く道成を走る事となる。その時間に退屈さを感じた元太が光彦にゲームをしようと誘えば、それに乗った光彦は『30秒当てゲーム』を提案する。そのルールはとても単純で、心の中で30秒を数え、ストップウォッチを止める。それが30秒ピッタリであれば勝ちというゲーム。元太が博士と哀も誘うが、博士は運転中、哀は興味がないからと不参加を表明した。咲もこの手のゲームに興味はなく同じく不参加。そこで彼らは4人でゲームを始める事にした。

 

 最初はお手本として光彦が始める。彼は数を数え始め、30と言った瞬間にストップウォッチを止める。しかしタイムは約40秒。次にコナンが測ってみるが27秒。3人目の元太が止めてみれば、彼は59秒。

 

「壊れてんじゃねぇか?コレ」

 

「それは元太くんの方ですよ」

 

 笑顔の光彦からの言葉に、元太の上に乗っていた咲は頬を引き攣らせた。

 

 ツインタワーが目前に迫る頃、歩美がチャレンジを始めた。

 

「──…29…30!!」

 

 それと共に止められた時間は、30秒ジャスト。その事にコナンたちは笑顔を浮かべて褒め称え、歩美はどこか照れた様子で謙遜する。そこで元太が何か思い出したように立ち上がろうとする気配を感じ、咲は少し席を移動した。その事に笑顔でお礼を告げると、元太は昨夜から気になっていた事を問いかけた。

 

「そういえば灰原、昨日の夜中にどこ電話してたんだ?」

 

 その言葉に咲が訝しげな顔をする。彼女がそんな表情をしているとは知らず、哀は何処にも電話はしていないと否定。寝ぼけて見間違えたのではと誤魔化した。

 

 

 

 ツインタワービルに辿り着いた7人は、その真下からビルを見上げた。首を直角に曲げなければ見えないほどに高いビルに感嘆の声をあげる子供たち。

 

「雲の上まで伸びてるみたい……」

 

「ああ……」

 

 そんなコナンたちの目の前に、1台のタクシーが止まった。そのタクシーから降りる人の気配が気になり、咲が其方へと顔を向ければ、見知った人物の登場に目を丸くする。それは相手も同じのようで、タクシーから降りた2人の女性が後ろを振り向き──コナンを見つけた蘭が目を丸くした。

 

「コナンくんじゃない!!?」

 

「あれ、蘭ねえちゃん?どうしてここに!?」

 

 コナンたちが横断歩道を慌てて渡れば、最後に降りてきた小五郎が眉を顰めた。

 

「コラッ!!なんでお前たちがここにいる!!」

 

「キャンプの帰りにこのビルを見に寄ったんだよ!おじさんたちは?」

 

 コナンからの問いかけに、小五郎は咳払いを1つし、胸を張る。

 

「このツインタワービルのオーナーの『常盤(ときわ) 美緒(みお)』は俺の大学のゼミの後輩でな!!来週のオープンを前に特別に!招待してくれたんだ!!」

 

 その事はコナンも知らず、娘の蘭でさえ知らなかった事で、違和感を感じた蘭が問い詰めて、ようやくその事を白状したらしい。それを聞いたコナンはにっこり笑う。

 

「そっか〜!おじさんの行動を監視するために、蘭姉ちゃんたちが……」

 

「それに、常盤美緒さんって言ったら、常盤財閥の令嬢でまだ独身だからね!!両親が別居中な蘭は心配なわけよ……」

 

「そこだけ聞くとかなり重いよな、話として……」

 

 咲が思わずジト目で小五郎を見れば、小五郎はその視線に耐えきれずにそっぽを向き、咳払いを一つ溢す。そこに、まるでタイミングを図ったかのように小五郎に声が掛かった。声をかけた女性『沢口(さわぐち) ちなみ』は自身を社長秘書と紹介し、社長である美緒が接客中で来られないと理由を話し、小五郎たちをビルの説明をしつつショールームへと向かっていく。

 

「こちらのA棟は全館オフィス棟で、31階から上は全て常盤が占めております。ショールームは2階と3階にございます」

 

 そこまで聞いた歩美は、光彦に声を掛けた。

 

「ねぇ、常盤ってなんの会社なの?」

 

「中心はパソコンソフトですが、コンピューター関係の仕事ならなんでもやってるそうです!」

 

「じゃあテレビゲームもあるんだな!!楽しみだぜ!!!」

 

 案内されたショールームには様々な機械やゲームが展示されており、その数々には天才発明家の博士ですらも感嘆の声を上げる。そんなコナンたちに笑顔で声を掛けてきたのは、常盤グループの専務であり、プログラマーの『(はら) 佳明(よしあき)』。燕が着いたペンを胸ポケットから見せる彼の紹介を聞いているのかいないのか、子供たちは椅子型の機械に興味を示していた。

 

「……ゲーム機ですかね?」

 

「やってみるかい?」

 

 原曰く、子供たちが興味を示した機械は、10年後の顔を予想するというものらしい。博士ですらそれを称賛する声を漏らせば、子供たちもさらに興味を示し、歩美がやってみたいと声を上げる。博士と歩美が椅子に座ってみれば、上から鉄兜のようなものが降りてきて、博士と歩美の顔写真を撮る。その後、直ぐに真ん中にある操作機から写真が滑り出てきた。原はそれぞれの写真を2人に渡した。

 

 博士の顔は今と全く変わっていなかったが、歩美の写真は今の可愛らしい少女の顔から更に大人っぽく成長しており、その写真を見た光彦と元太は顔を紅く染めた。

 

「「かわいい〜!!」」

 

 元太は園子よりもイケてると言えば、それを聞いた園子は少し口を尖らせる。

 

「子供には大人の魅力が分かんないのよ」

 

 その言葉にコナンが呆れ顔を浮かべた。しかし光彦と元太はそれは気にせず、2人も自分たちの姿を見るために、機械に座り、撮影する。そうして出てきた2人の予想図の姿はイケメンというような風貌ではなかったために、2人からは不満の声が上がった。

 

「いるいる!こんな高校生!!」

 

「2人とも、素敵に写ってると思うわ!」

 

 園子は楽しそうに笑い、蘭が2人を褒めれば、光彦と元太は嬉しくなり、表情筋が緩みきった。それを見た園子も蘭を誘って写真を撮ってみれば、園子は素敵なマダム姿が出てきた。

 

「いるいる!こんなオバさん!!」

 

 先程の意趣返しとばかりに元太がからかえば、園子は不機嫌そうな表情を向ける。その反対に蘭はといえば、小五郎からは若い時の英理にそっくりと太鼓判を押され、博士からは新一には勿体無いと言われるほどの美人に成長するらしい。

 

「これが彼奴のいいようにされると思うと、頭にくるわね」

 

「何言ってるのよ!!」

 

 園子も蘭の写真を覗き見てそう言えば、蘭はその揶揄いに頬を紅くして反応する。

 

「いや〜、そんな……」

 

「なんでお前が照れてんだよ?」

 

 コナンが思わず口に出せば、隣にいた小五郎に聞かれてしまい、慌てて誤魔化そうとするが、蘭と同じくその頬は紅く火照ったまま。そんな2人の顔をそれぞれ見つめる光彦と歩美。そんな2人の表情を少し離れたところから見つめていた咲が首を傾げて見つめる。

 

「よーし、次は──コナンと灰原……」

 

 そこで2人は拒否をしますが、コナンは小五郎に首根っこを掴まれ、哀は元太と光彦に背中を押されて無理やり座らされてしまった。咲が止めようにも時すでに遅し。2人は拘束されてしまった。

 

「コナンくん、どんな顔になるんだろ?」

 

(まずいっ!!!)

 

 咲は原に近づき、ズボンの裾を引っ張った。

 

「ん?どうしたんだい?」

 

「今すぐ止めて!!!」

 

「えっ、でも……」

 

 咲の様子にただならぬものを感じた全員が咲へと視線を向けたところで、2人の写真が撮られてしまった──しかし、機械にはエラー表示が映し出された。

 

「え、エラー?おかしいな……」

 

 それにコナンと咲がホッと胸を撫で下ろすが、1人哀は憂いの表情を浮かべる。

 

「──10年後は、咲も含めて3人ともいないって事かもね」

 

 そこで沢口のほうに連絡が届いた。その内容を聞き、通話を切ると小五郎たちに近づいた。どうやら主催の美緒から75階のパーティー会場に案内するよう指示をされたらしい。早速案内しようとするが、隣にいた小五郎にぶつかりそうになってしまう。

 

「あっ、すみません……!」

 

「あ、いや……」

 

「出たね!彼女はイノシシ年で、猪突猛進なんですよ!!」

 

 原の冗談にその場の空気が和む。よくドジをする事がバレた沢口は、頬を染めたまま、改めてパーティー会場に向けて全員を案内し始める。

 

 エレベーターに全員が乗れば、高所恐怖症の小五郎は後ろに下がり、冷や汗をかいたまま目を瞑る。

 

「このエレベーター、75階まで直通なんですか?」

 

「はい。これはVIP専用のエレベーターですから、行きたい階に直通です。エレベーターの外から止める事ができるのは、66階のコンサートホールだけになります」

 

 そんなちなみの説明を聞かず、子供たちはその高さに感動を零した。

 

「すごい景色ですね!!」

 

「どんどん天国に近づいてるみたい!!」

 

 そんな子供たちの横で、同じく外を見ていた咲は向かいのビルに目を向け、じっと見つめ続けた。

 

「……咲?どうしたの?」

 

「いや……未だに抜けきらないものはあるな、と思っただけだ」

 

 それが『なに』を示しているかは、コナンと哀にしか伝わらなかった。

 

 

 

 目的の75階にたどり着けば、大勢の人間がパーティー会場の準備をしているところだった。ちなみに続きパーティー会場の真ん中を歩けば、コナンは目を見開き、咲は頭を抱え──目の前で赤い服を着た女性と年老いた老人、白いスーツを着た男性と紺色のスーツを着た眼鏡の男、そして膨よかな男性と話していたらしい修斗が目を見開いた。

 

「あ、毛利先輩!!」

 

「これは、暫く!」

 

「遠いところを、よくおいでくださいました!!」

 

「いやぁ、1人で来るはずだったんだが……」

 

 そこに蘭が早足で近付き、小五郎を押しのけた。

 

「娘の蘭です!!母がくれぐれも宜しくとのことでした!!」

 

 蘭は小五郎の代わりに1人1人紹介を始め、終わったところで、オーナーの美緒も頭を下げて名前を告げ、後ろに控えるメンバーの紹介を始めた。

 

「私の絵の師匠で、日本画家の『如月(きさらぎ) 峰水(ほうすい)』先生です」

 

 彼は富士山の絵を描くことで有名な人物で、小五郎も名前を聞いて目を丸くした。そんな小五郎に近づくのは、顔を赤くし昼間から酒臭い息を吐く膨よかな男性。

 

「俺もあんたのこと知ってるぞ?居眠り小五郎とか言う探偵だろ?」

 

「眠りの、小五郎です」

 

 その酒臭さに子供たちが顔を顰める。それに気付いているようで、修斗は向かい側からコナンと咲に向けて合掌した。

 

「西多摩市市会議員の『大木(おおき) 岩松(いわまつ)』先生です。このビルを建設する際には、色々と骨折りいただきました。そしてこちらの方々は、このビルの建築をして下さった、建築家の『風間(かざま) 英彦(ひでひこ)』さんと、その彼の元で勉強されている建築家見習いの『朝凪(あさなぎ) 亮吾(りょうご)』さんです」

 

「私たち、毛利さんとは少し縁があるんですよ……実は私、森谷帝二の弟子で、亮吾くんはあの人のファンなのです」

 

 風間のその告白に、その事件の中心にいた小五郎とコナンが驚愕を露わにした。そんな2人の顔を見ながら、風間は笑顔を浮かべる。

 

「でもご心配なく。私は森谷のように、このビルを爆破したりしませんから」

 

「ば、爆破って……」

 

 小五郎が風間の言葉に腰がひけたその横で、コナンは挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「ビルの高さが違って、左右対称じゃないからでしょ?」

 

「ほお?詳しいね、坊や」

 

「風間さん、大人気ないですよ」

 

 風間の後ろから、亮吾がそう苦言を呈すると、コナンと目を合わせるように腰をかがませた。

 

「ごめんな、坊や。ボクもたしかに森谷さんのファンではあるんだが、爆弾は本当に設置してないから安心してくれ──そこの、気に食わないヤツも確認済みだから、ね」

 

 亮吾がそこで修斗を睨みつければ、修斗は肩を竦める。

 

「オレは父の代わりに挨拶に来たんだよ……なんでそんなに、あの父に傾倒してるんだか」

 

 その言葉に亮吾はさらに目を吊り上げる。

 

「ッお前なんか絶対に認めない!……ボクの方が、ボクの方がっ!!」

 

「──亮吾くん」

 

 そこで風間に肩を軽く叩かれ、ハッと我に返った亮吾は、美緒に頭を下げて一度、パーティー準備をしている業者のもとに向かう──その背中を見つめる修斗の哀しげな瞳に気付いたのは、コナンと咲だけだった。

 

「おい咲、修斗さんの反応からして間違いないだろうけど、もしかして……」

 

「ああ。間違いなく兄妹の1人だろうな……ただ、流石に私も覚えてないから、確信は持てないが」

 

 その言葉を聞き、組織に入った年齢とその理由を思い出し、それ以上の追求を止めるコナン。その重い空気を払拭するように、子供たちは会場の窓へと走って向かう。そこから見えたのは、日本一の山である富士山。ツインタワービルから見れば、富士山も近くから見ているような錯覚に陥るほどで、他メンバーも感動したように目を輝かせる。

 

「ほぉ!こりゃ絶景っすなぁ!!」

 

「ここは、夜でも富士が見えるんですよ」

 

「……夜でも?」

 

 美緒の言葉の意味を探ろうとコナンが思考を巡らせようとしたところで、子供たちが富士山とは逆の右の窓へと向かって走る。その隣のB棟にはドームの様なものが見えた。そのB棟は美緒の説明では商業棟とのことで、下には店舗、上にはホテル、最上階には屋内プールで、ドームの様な屋根は開閉もできるらしい。

 

「なあ、美緒くん。週末、あのホテルに泊めてくれんか?」

 

「あ、でも、オープン前でして……」

 

「嫌だっていうことか?」

 

 大木が機嫌を損ねた様な様子を見て、美緒は67階のスイート部屋を用意することを約束した。それに気を良くしたらしい大木は、その美緒の耳元に顔を寄せて、小声で話す。

 

「──できれば、夕食も共にしたいものだ……」

 

 そこで、大木は美緒の変わった形のブローチに気付き、誰かからの贈り物かと訊けば、自身が求めたものだと話す。

 

「このブローチも、修斗さんが紹介して下さったんです」

 

「この小僧が……?」

 

「私の血縁に関係者がいるので、紹介しただけですよ」

 

 そこまで聞いていた峰水は、急に不機嫌そうな様子を見せて帰ると言い始める。それを聞いた美緒が慌てて峰水を追いかけていくのを、小五郎は見つめていた。

 

「……何やら、ご立腹のようですな」

 

「美緒さん、如月先生の絵を買い占めて、高く売ったんですよ。それでちょっとね……」

 

 不穏な空気の中、子供達の後ろで原がチョコレートの包み紙を開く音に反応した元太が声をあげる。その反応の良さに、原は楽しそうに子供たちにそのチョコレートを配り始めた。それを後ろから見た美緒は、苦笑を漏らす。

 

「……プログラマーとしては天才的なんですが、子供っぽくって……」

 

 美緒の言葉に、博士はだからこそ面白いゲームが作れるのだと笑顔を浮かべる。

 

「そうだ!!今、新しいゲームソフトを考えてるんだけど、よければ君たちの意見を聞かせてくれないか?」

 

 原からのお誘いを受け、彼に懐いた子供たちは喜んで了承する。彼の住むマンションは双宝町は、コナンたちが住む米花町からはバスですぐの場所。彼から日曜日にと誘われ、子供たちは彼と時間の話し合いを始める。そこで哀は1人その場所を離れ始める。

 

「どうしたの?哀ちゃん」

 

 蘭が哀に声をかけるが、彼女は素っ気なく返事を返して歩みを止めない。そんな哀に気付いた光彦は、寂しそうな表情を浮かべて蘭に近付き、少し悩んで声を掛けた。

 

「……蘭さん、実は、折りいってご相談がしたい事があるんですが……明日、会って頂けませんか?」

 

 光彦の用件に、蘭は不思議そうにしながらもそれを了承した。それに頭を下げて礼を言い、時間と場所はまた後でと言って去っていく。その後ろから今度は歩美が近付き、光彦と同じく2人で話したいのだと声をかけた。2人の深刻な表情に、蘭は目を丸くした。

 

 ──そんな3人の様子を知らない園子は、先程の10年後の姿に悩み、哀の髪を見て、ウェーブを試してみることを決めていて。

 

 そんな時、会場用のテーブルクロスと花瓶を持って、2人の男性が現れた。その2人はどこか興奮した様に、下に止められていたらしい車の話をしている。

 

「いやぁ、今時あんな車を見るなんてな!!……なんてったっけ?」

 

「──ポルシェ356Aだよ!!」

 

 そのナンバーを聞いたコナンと咲の目は瞳孔が開き、VIP専用のエレベーターに乗ってやってきた為に美緒から怒られる2人に、コナンのみが急いで近付いた。

 

「ねぇ!!その車、どこで見たの!?色は!!?」

 

「え?……ああ、このビルの前で見たんだよ。色は黒だよ」

 

 

 

 それは、間違いなく──ジンの車の特徴と同じであった。

 

 

 

 コナンは慌ててエレベーターに乗り、小五郎達の静止すら聞かずに降りていく。子供たちはコナンの様子に首を傾げ、咲は震えそうになる身体を掻き抱いた。

 

(ジンが……なぜ、あいつがっ)

 

「──大丈夫かい?」

 

 そんな咲の顔色を見て、原が心配そうに顔を覗き込む。それに驚き、咲は警戒した猫の様に、原に警戒心を向ける。

 

「……」

 

「えっと……チョコレート、食べるかい?」

 

「……チョコレート」

 

「うん、チョコレート。とても甘いんだよ?……僕の、大好きな人と尊敬する人も、よく食べていたんだ」

 

 原の悲哀の籠る笑顔を浮かべる。それで、原の言うその人物たちが亡くなっていることを悟った咲は──少し考えて、そのチョコレートを1つ、掴んだ。

 

(……そういえば先生も、チョコレートが好きだったな……)

 

 その甘い塊を、咲はゆっくりと舐め、溶かし始めた。

 

 

 

 コナンがエレベーターから下を覗き込んでみれば、確かに黒い車がビルの入り口に停車していた。

 

(アレだ!!)

 

 しかし、その車はエレベーターが漸く10階辺りにたどり着いたあたりで、無常にも発進してしまい、コナンが下に辿り着く頃には車の影すら見当たらない。思わずコナンは歯を噛み締めるが、フッと疑問に思う。なぜ、ジンたちがこのビルにいたのか、と。しかし、その答えは──この時のコナンには、分からなかった。




因みに、原さんに多少、オリジナル設定が付与されております。どの様な設定かは、良ければお楽しみ下さいということで。

また、新たに兄妹が出ましたが、この兄妹のプロフィールはこの章の最後にでも書きますので、少々お待ちください。

それでは!ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!


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第38話〜天国へのカウントダウン・2〜

大変お待たせしました!!

実はこの話、1月に少し書き、2月の後半で半分を書き、今日、全部書き終わりました!!

さて、色々お話しすることはあるのですが、取り敢えず今更ながらに今年の映画のことについて、お話ししてよろしいでしょうか?よろしくない方は飛ばして下さい。



今年の犯人さん、安室さんの首に爆弾を着けれるなんて……チンパンジーか何かですか!?(オイコラ)

あのゴr、安室さんに爆弾を付けれるなんて……なんて、恐ろしい人!!

まあ、PVを見た感じでは、風見さんを掬い上げようとして身動きを取れないところを……と、言う感じなのかもしれないですね。それでも、片腕で風見さんを掴んだままでいられて、何だったらティータイムの話の中では、腕一本で風見さんを投げ飛ばせる程の自信がある彼に爆弾を付けれるなんて、本当にすごいです。

高木さんと佐藤さんの結婚の話でもあるそうですが、この話の中でその映画を書くときには、さてさてどうなりますでしょうね……松田さんも、萩原さんも、この話の中では生きてるんですよねぇ……。

それでは、どうぞ!!


 ツインタワービルでの出来事から数日後、咲を含めた少年探偵団と博士、園子、毛利一家は、目暮からの呼び出しに答え、警視庁にやって来ていた。全員が集まり、高木と伊達、佐藤、彰を除いた捜査一課も集まり、会議室を貸し切り、話が始まる。

 

「君たちに来てもらったのは他でもない。実は、ツインタワービルのスイートルームで、刺殺体が発見された」

 

 目暮の開口一番の言葉と共に千葉がホワイトボードに貼り付けた写真の男は、間違いなく西多摩市の市議会議員、大木だった。

 

 先日、初対面した相手とはいえ、その相手がいきなり死んだと言われ、その場の全員が目を丸くした。目暮がコナンたちを呼んだのも、岩松が美緒に頼んだその場所に彼らがいたことを聞いたからだ。

 

「ちょっと待て。それじゃあ、なぜ修斗がこの場にいないんだ?」

 

 咲の言葉に、コナンの目が細まる。

 

「もしかしてそれって……彰警部がここにいない理由も、関係してるんじゃない?」

 

「大正解だ、坊主」

 

 松田が目暮と共に視線を千葉に向ければ、千葉はその手に持つ捜査資料を開き、説明を始める。

 

「大木氏の死亡推定時刻は、午後10時から午前0時の間です。凶器はナイフと思われますが、現場には残っていません。……ただ、大木氏の手には、2つに割られたお猪口が握られてました」

 

「お猪口?」

 

「コレです」

 

 小五郎の問いに反応し、白鳥が保存された黒の斜め線が入った白のお猪口を彼の目の前に晒した。

 

「このお猪口は割と高価な品でな、酒好きの大木氏が日本酒と共に持ち込んだ可能性が高く、犯人を示すダイイングメッセージではないかと、我々は考えている」

 

「つまり警察は、容疑者が、あの7人の中にいると考えているわけっスね」

 

 千葉は如月、美緒、風間、原、沢口、亮吾、そして修斗の写真を順々に貼り付けていく。

 

「犯罪捜査規範第14条。警察は、被疑者、被害者その他事件の関係者と親族その他特別な関係にあるため、その捜査に疑問を抱かれる恐れのある時は、上司の許可を経て、その捜査を回避しなければならない──修斗が被疑者候補として上がった以上、アイツはこの捜査から外れる許可を上からもらったってわけだ」

 

「言っておくが、修斗がいなかったとしても、もう1人その中に兄弟がいるから、結局は外れていたと思うぞ」

 

 松田の言葉の最後を訂正するために咲が口を出せば、松田は深い溜息を吐き出した。

 

「彰の兄妹共、巻き込まれすぎだろ」

 

 松田の一言に咲は困った様に眉を寄せる。別に兄妹全員、巻き込まれたくて巻き込まれているわけではないのだと。

 

「現場は、まだオープンされていないビルということもありましてね……」

 

 そこで小五郎は手を叩き、閃いた推理を語る。曰く、お猪口の『ちょこ』は『チョコレート』のこと。つまり、犯人はチョコレートが好きな原であると。しかしこの推理に猛反発するのは少年探偵団3人組。ただし、その反対理由が自分達にチョコレートを渡してくれた良い人だからというだけ。白の根拠にはならないが、警部からも白の理由を指摘される。

 

 警察はこの会議を開く前、7人共にアリバイ聴取をした所、原と修斗のみにアリバイがあったのだ。

 

「ああ、北星家は夜の間は監視カメラが作動してるから確認したんだな?」

 

「そういうことだ。お陰で修斗が屋敷から出てないことが確認出来たわけだ」

 

 それを聞き、咲は胸を撫で下ろした。修斗のアリバイがないままでは、心配過ぎて寝られない日が続いたことだろう。

 

「動機については、どうなんじゃ?」

 

「ただいま調査中ですが、大木氏は西多摩市の市議と言っても、実質的には市長より力を持っていたようです」

 

「今度のツインタワービル建設の際も、本来は高層建築が建てられない市の条例を、強引に改正させたそうです」

 

 目暮と白鳥の言葉を聞いた蘭は納得した様に話す。美緒が困った様子を見せながらも断りきれなかったのは、それが理由だったのかと。それと共にコナンが口を開く──美緒が付けていたブローチが、割れたお猪口に似ていると。

 

「ちょっと待て!?あの美緒くんに限ってっ」

 

「──いや、犯行のしやすさという点では、彼女が1番の容疑者だ」

 

 白鳥が次に口を開き、目暮の説明を引き継ぐ。

 

「なにしろ、大木さんが泊まったB棟67階の1階上、68階は彼女の住まいになっていますから」

 

 そこで今度は園子が声を上げる──お猪口が、日本画を描く時の小皿に似ている、と。

 

「私のパパ、趣味で日本画を描いてるけど、胡粉を乳棒で磨り潰す時に使う乳鉢みたい!」

 

 これにより、お猪口と如月の線も繋がった。しかし反対に、お猪口との線が繋がらない風間、亮吾、沢口の3名。そこでコナンは隣に座る白鳥に問いかける。

 

「白鳥さん。風間さんが森谷帝二の弟子って本当?」

 

「本当だよ。ただし彼は、芸術家タイプの森谷と違って技術家タイプで、拘りは殆ど無いみたいだね」

 

「沢口ちなみさんについては、父親が新聞記者で、彼女が大学4年の時に過労死している」

 

「過労死……」

 

 咲が思わず修斗の未来もそちらに傾きそうで憂いを浮かべた。それでも彼女の優秀な耳は、目暮から溢れる『沢口と大木の関連性はない』という言葉を聞き逃さなかった。

 

 そんな彼女の姿を反対側にいたからこそ気づいた哀は呆れ顔を浮かべた。さらにその彼女の横にいたコナンは、哀と咲の表情に気付かないまま、捜査資料から飛び出た現場写真をこっそりと確認する。

 

 大木の遺体はクローゼットに背を預けて座り込んだ状態で亡くなっており、腹部からの出血からそこを刺されたことが原因での失血死である事が窺えた。しかし、コナンが気になったのはその隣──大木の血痕が派手に飛んでいるのだが、その飛沫はクローゼットの下側にしか飛んでおらず、その形も、まるでYを横にして、上と横を90°測ったかの様に真四角の形をしている。

 

「──おかしいと思うだろ?」

 

 そこでハッとコナンが気づき後ろを仰ぎ見れば、松田がニヤッと笑ってコナンを見下ろしていた。

 

「松田刑事……全く。コナンくん、これは、子供が見るものじゃないよ」

 

 白鳥は呆れた様に名前を呼び、コナンから現場写真を取り上げてしまう。

 

(……それにしても、どうしてジンとウォッカはツインタワービルに……待てよ!?)

 

 そこでコナンは気づく。お猪口から連想できるもの──そのうちの1つに、酒もあることを。

 

「──おい灰原。まさか奴らがっ」

 

 松田が移動したことを確認し、コナンが小声で隣の哀に問い掛ければ、哀は首を振った。

 

「……確かに、彼らのコードネームはお酒よ。でも、こんなストレートなメッセージを残させる様なヘマ、彼らはしないわ」

 

 その言葉は一理あり、コナンも納得して引き下がる。そこで反対側からの声に気付き見てみれば、子供たち3人と咲が話し合いをしている様子が見られた。

 

 

 

 後日、光彦が隠れながら急ぎ米花駅の出入り口へと向かえば、先に待ち合わせ場所に着いていた歩美と元太、咲がそこにはいた。

 

「早いですね、お三人共!」

 

「ワクワクしちゃって!!」

 

「コナンを出し抜けると思ったら、嬉しくてよ!!」

 

 そこまで聞き、咲は苦笑を浮かべて口を開く。

 

「あ〜、それなんだがな……残念なお知らせが1つ──後ろ、見てみろ」

 

 咲からの言葉に、3人が顔を硬直させてゆっくりと振り向けば──コナンが呆れ顔で4人を見ていた。

 

「こ、コナンくん!?」

 

「ど、どうして分かったんです!!?」

 

「こうなるだろうとは思ったが……1%ぐらいは、もしかしたら出し抜けるんじゃないかと楽しみにしていたのに……」

 

「おい咲、まさかその為にコイツらに協力したのか?」

 

 コナンからのジトっとした目にも負けず笑顔で頷き返せば、もう彼は何も言えなかった。

 

「たくっ、どうせコイツら、今度の事件を自分らだけで捜査するって言えば、俺に反対されると思ったんだろ?」

 

 コナンの推理通り、彼らは確かにそう考えて、コナンを抜きに捜査しようとしたのだった。

 

 結局、彼らの行動力に免じて、コナンは捜査を承諾すると共に勝手に動くなと苦言を呈せば、子供たち3人は満面の笑顔でそれを了承する。しかし咲とコナンにはその場凌ぎの返事にしか聞こえなかったため、2人して思わず呆れ顔を浮かべた。

 

「で?今日は誰んとこ行くんだ?」

 

 コナンが問い掛ければ、反対側に座っていた歩美、咲、光彦が順に答える。

 

「風間さんと如月さん、朝凪さん。明日は原さんのところ!!風間さんの自宅は世田谷にあるんだけど、西多摩駅一つ手前のあさひ野に仕事部屋のマンションを持ってて、ビルのオープンまでそっちにいるみたい!!」

 

「彼と仕事仲間でもある朝凪さんも、夕方までは風間さんの仕事部屋にいるということだったから、今日まとめて話を聞くことになった」

 

「如月さんは独身で、3年前、あさひ野にアトリエを兼ねた家を建てたそうです」

 

 彼らの情報収集力にコナンが関心を示す。そんなコナンの様子を見て咲が自慢するようにニヤリと笑う。その隣で、歩美は光彦に顔を向けた。

 

「こうなるんだったら、灰原さんも来ればよかったのにね!」

 

 その意外な名前にコナンが驚き、聞き返す。それに光彦と歩美が頷き、彼女が部屋の掃除のためにパスしたことを伝えられ、コナンはそれに違和感を抱くも、何も言わない。

 

 彼らが乗る電車は、富士山をその身に移しつつ、目的地へと向かい続けた。

 

 

 

 警視庁にて、松田は1人、証拠品の1つである割れたお猪口と向き合っていた。

 

 彼がなぜそれらと向き合っているのか──それは、彼の中に違和感が残っているからだ。

 

(……やっぱコレ、どう考えたって不自然だろ)

 

 証拠品を色々点検し、ジッとお猪口の割れ目を検分する。破片は確かに幾つもあるが、彼の違和感は、お猪口の綺麗(・・)な割れ目にあった。

 

「ガイシャのダイイングメッセージって考えは納得できるが……死ぬ間際っつうのに、こんな綺麗に割る余裕、あるか普通」

 

 松田は鑑識に礼を返し、鑑識部から退室する。そのまま事件現場へと向かうため、廊下から駐車場へと向かう。その途中、声を掛けられた松田は振り返った。

 

「あれ?松田刑事、どちらに行かれるんですか?」

 

「ん?……なんだ、白鳥か」

 

 松田に声を掛けた白鳥は1人の様で、松田はその姿を確認すると、また歩き出してしまう。

 

「現場に行ってくる」

 

「お一人でですか!?ちょ、まっ!?」

 

 白鳥の静止を気にする事なく歩いて行ってしまう松田に、白鳥は慌てて彼の後を追い、現場へと向かうこととなった。

 

 

 

 15時25分頃、コナンたちはあさひ野駅に到着した。

 

 駅を出てすぐ、事前に場所を聞いていた光彦が住所のメモを確認し、富士山とツインタワービルの真反対に山に、如月の家があるのだと指を差した。しかしその山の距離を考えれば、駅近くに仕事場があるという風間の方が近く、先に風間と亮吾を優先することにした一行。

 

 風間が住むマンションに辿り着き、亮吾が扉を開けて迎え入れ、リビングへと足を踏み入れた。

 

 リビング自体、設計図や模型、パソコンなど色々と置かれており、コナンはそのパソコンに移るデータから、それがCADシステムであることを理解し、声音が自然と上がった。

 

「わぁ!コレってCADシステムでしょ?設計は全部コンピューターでやるんだよね?」

 

「ほぉ?よく知ってるじゃないか。今はもう、製図版を使う人はいないだろうね」

 

 風間とコナンの話についていけない子供たち3人。代表して光彦が『製図版」とは何かと聞けば、風間と亮吾から思わずという様に笑いが起こる。

 

「そうか!逆に君たちは知らないのか!!」

 

「昔はね、大きな板に同じぐらいの紙を貼り付けて、鉛筆と定規で建物の設計をしてたんだよ?」

 

 そう言って、亮吾は大きさがわかる様に指を使って大きく四角を作れば、感心した様な声を出す光彦と、よく分かっていない元太。そんな2人を見て、風間は子供たちに来訪の理由を尋ねれば、元太から指名された光彦が戸惑いつつもペンとメモを取り出した。

 

「実はですね、風間さん、朝凪さん。僕たち…………中々、良いお部屋じゃないですか!!」

 

 しかし緊張のせいか思った様に言葉が出てこず、光彦は本題から全く関係のない話を振ってしまい、コナンと元太は思わず体から力が抜け、咲は頭を抱えた。その反対に、歩美は風間達に真っ直ぐに目を向け、言い放つ。

 

「私たち、少年探偵団なんです!!」

 

「ん?」

 

「少年探偵団……??」

 

 大人2人が鳩が豆鉄砲を食ったような様子を見せる。それでも歩美は気にせず、本題に入った。

 

「大木さんが殺害された事件を調べてるんです!!」

 

「君たちが?」

 

 思わず訝しげにする亮吾に、風間は肩を軽く叩いた。

 

「まあまあ、亮吾くん。聞いてあげようじゃないか……さ、なんでも聞いてくれたまえ!小さな探偵くんたち?」

 

 風間は頬杖を突き、微笑を浮かべて歩美に目線を合わせた。亮吾も風間が言うならと、ため息を一つ吐いて付き合うことを決めた様に歩美を見る。

 

「それでは……亡くなった大木さんのことを、どう思っていましたか?」

 

 光彦が改めて問い掛ければ、風間は居住まいを正し、光彦と視線を合わせる。

 

「お、ズバリきたね!ん〜……下品なオッサンかな?でも、彼が市の条例を改正してくれたお陰で、仕事をもらえたんだから、その意味では感謝しているよ」

 

「そうですか……朝凪さんは?」

 

「ああ、ボクもか。う〜ん、下品というか、色んな意味を含めてダラシない人だとは思ったよ。ただまあ、お陰で仕事を近くで見れるチャンスも増えたから、プラマイゼロ……は難しいけど、良かったとは思うよ」

 

「設計の段階で、なにか大木さんと揉めたことはありませんか?」

 

「ん〜、大木さんとは何もなかったなぁ……」

 

 風間のその言い方に引っ掛かりを感じ、咲は眉を顰め、コナンがツッコむ。

 

「じゃあ他の人とは揉めたの?」

 

「そ、そういう意味じゃ……」

 

「──貴方は違うかもしれないが、朝凪さんは揉めていたよな?」

 

 咲が風間の横に許可をもらって座っている亮吾に目を向ければ、亮吾は一瞬、息を呑んだ。

 

「……」

 

「朝凪さん、あの時、パーティ会場で修斗さんに声を荒げてたけど、それはなんで?」

 

「……ああ、そうか──キミたち、アイツの知り合いだったね」

 

 コナンからの問いかけに、眼鏡越しに亮吾の目が細まった。

 

「……気に食わないからだよ、アイツの事が。でも別に、アイツだけじゃないよ──本家に住む奴らは、全員気に食わない」

 

「……それは、私のことも気に食わない、と?」

 

 咲がキュッと服の裾を握りながら問い掛ければ、亮吾は首を横に振る。

 

「キミのことは聞いているよ、修斗からね。流石にキミを嫌い判定したら、ボク相当大人気ないよ?」

 

「じゃあ、何故ですか?」

 

 光彦が再度問い掛ければ、亮吾は憮然とした様子を見せる。

 

「……キミたちに話すような事じゃないよ。少なくとも、大木さんの事件と関係ない、家の問題だからね」

 

「亮吾くん……すまない、この質問はここで終わりにして、別の質問に移ってもらって構わないかい?」

 

「あ、はい。えっと……」

 

 そこで歩美は風間と亮吾の間にあるサイドテーブルに置かれた、子供の写真に気付いた。場所は遊園地のようで、その子供は満面の笑みでカメラ越しの誰かに手を振っている。

 

「ああ、僕の一人息子だ。可愛いだろう?夜、亮吾くんも帰った後とか、どうしても声が聴きたくなってね。寝てるのを承知で電話することもあるんだ。親バカだろ?」

 

 そこで風間が初めて破顔し、コナンも咲も、思わず目を丸くした。その表情が、今まで見てきた彼の中でも一際違う──本物の感情に見えたからだ。

 

 

 

 事件現場に辿り着いた松田と白鳥。しかし、現場は既にあらかた捜索がなされており、白鳥からは重要な情報は内容に見受けられる。それを松田に伝えようと振り返れば、松田は既に血痕が拭われたクローゼットを見つめていた。

 

「松田刑事?どうされたんですか?」

 

「……アンタ、コレおかしいと思わねぇか?」

 

 松田は捜査資料として、現場写真を白鳥に見せる。横Y字の血痕の、真っ直ぐな線の部分を示して問い掛ければ、白鳥は顎に手を当てて考えると、首を傾げた。その反応に松田は深くため息を吐き出した。

 

「アンタ、それでも彰たちと同じ警部かよ……」

 

 その言葉は白鳥には馬鹿にするかのように聞こえ、眉間に皺を寄せて松田を見返す。

 

「これでも僕は、貴方の上司にあたるのですが?」

 

「ハイハイ……で、本当にわかんねぇのかよ」

 

 松田が問いかければ、白鳥はジッと血痕を見つめる。

 

「ふむ……やはり至って普通の飛び散り方に見えますが……」

 

 それを聞き、再び溜息を吐き出すと、指を2本立てて白鳥に分かりやすく説明する事に決めた。

 

「おかしな所は次の2点。1つ目、ガイシャの手に握られていたお猪口」

 

「アレは大木氏の持ち物であり、ダイイングメッセージでは?」

 

「じゃあアンタに聞くが、お猪口は手に持っていたとして、犯人に腹を斬られた状態でそのお猪口を割るとしたら、どうやって割るんだ?」

 

 その問いに白鳥は訝しげにしつつも、その手に自身のメモをお猪口の代わりとして持った。

 

「それは、こうやって床に叩き割るだろ?もしくは斬られる前に……」

 

 そこでハッと彼は気付く。松田もそれに気付いたようで、ニヤリと悪どい笑みを浮かべた。

 

「そう、ガイシャがそれをダイイングメッセージとして割ったと考えれば──あのお猪口の割れ目は、逆に綺麗すぎるんだよ」

 

 お猪口自体、破片がなかったわけではない。しかし、真っ二つに割れたその割れ目は、被害者が死にかけながらに残すダイイングメッセージにしては綺麗に割れており、それが逆に松田には違和感に感じるものだった。

 

「2つ目、このY字を横にしたかのような血痕……特に、この直角部分だ」

 

 この時点で、白鳥は松田の話に聞き入る様に、姿勢を正して松田が示す血痕を見つめていた。

 

「ガイシャの傷口からして、血飛沫はもっと派手に飛んだはず。だが実際の現場は見ての通り、直角90°に血の線が垂れている──まるでここに『何か』があって、その下まで飛沫が飛ばなかったかのように、な」

 

 その言葉に白鳥はハッと目を見開き、納得した様に数度頷くと、思考し始める。

 

「この血痕の見た限りの面積から言って、写真とかではないですね……あっ!!」

 

 彼はそこで、何かに気付いた様に広さを確認して──理解する。

 

「絵画ですよ!!この面積であれば、絵画の可能性があります!!」

 

「ああ……そして、この建物のオーナーである常盤の嬢さんは、日本画家の爺さんの絵を買い占めたって話だったな」

 

「ま、まさか……その絵画が、ここに!?」

 

 白鳥の顔面が青白いものへと変わる。日本画家の巨匠でもある峰水の絵が、血塗れの状態で誰かに盗まれた可能性が出てきたのだ。

 

「如月氏の日本画が血だらけということさえ、考えたくもない事なのに、まさか……」

 

「それだけじゃねえかもしれないぜ?」

 

 白鳥の蒼白の顔に向けて、松田は容赦の欠片もなく、告げた。

 

「血だらけの絵画なんて、盗んだ所で誰が買い取るかよ。それでも盗むっつうことは、それが残ってたら困る事があるって言ってる様なもの──つまり、如月の爺ィが犯人の可能性もあるんだぜ?」

 

 

 

 風間の仕事場から外に出て、次の目的地の如月邸に着く頃には、既に空は夕焼け空へと変わっていた。

 

 如月の許可をもらって庭から家へと上がり、彼の案内で仕事場へと入室したコナン達。しかしその如月本人は、カーテンの閉まった仕事部屋で、絵を描き始めてしまう。その空気に子供達もフローリングの床に正座で座って終わるのを待つが、黙々と描き続ける姿に終わる見通しが見えず、元太は光彦を肘で軽く突き、話を促す。突かれた彼は思わず再度確認して、元太が頷いたのを見て腹を括り、如月に声を掛けた。

 

「あの……僕たち、少年探偵団なんです」

 

 その一言に、筆の動きが止まった。

 

「それで、大木さんの事件を──」

 

「子供が警察の真似事なんかするんじゃない!!!」

 

 唐突な如月の雷に、子供達は身体を震わせ、後ろへと思わず仰け反った。咲も、耳にヘッドフォンが掛けられているためダメージは全くないにも関わらず、思わず耳を抑えるほどだった。

 

 そんな子供たちから視線を外さず、如月は向けていた背を翻し、改めて真正面から子供たちを見据えて話す。

 

「だがまあ、手ぶらでも帰りづらかろう。お土産に良い物をやろう」

 

 そこで彼は新しい筆を持ち、5人分の色紙にそれぞれの似顔絵を描くと、それを子供たちに渡した。如月邸を出る頃には、既に空は黒に染まってしまっていた。

 

「……絵を描いてもらったのは、嬉しいけど」

 

「事件のこと、聞けなかったな……」

 

「やっぱり、警察じゃなきゃダメなのかな……」

 

「そーいうこと……もう6時だ、帰るぞ……咲の体調が戻り次第、な」

 

 コナンはそうしてニヤニヤと、隣で蹲る咲を見下ろす。その咲はといえば、屈辱を受けたかの様に身体を震わせて、鋭くコナンを睨んでいた。

 

「あの咲さんにも、出来ないことってあるんですね……」

 

「意外だよなぁ……まさか、正座の所為で足が痺れて、歩けないなんてよ」

 

「うるさいぞ元太……ここまで歩けただけマシだ……意地で歩いたんだ。本当にちょっと待ってくれ頼むから……」

 

「咲ちゃん、大丈夫?」

 

「大丈夫……じゃない。なんでお前たちはそんなに平気なんだ……」

 

 彼らは途中で足を崩したりして休憩を取っていたが、それをして良いと知らなかった咲は、休む事ができないほどに足が痺れてしまい、窮地に陥っていたのだった。

 

 

 

 ツインタワービルに来た次いでにと、美緒や沢口に話を再度聴き、白鳥の車で警視庁へと戻る道中の松田。彼は黙ったまま腕を組んで考え込んでおり、白鳥はそんな彼を視界の端でチラリと見た後、話しかける。

 

「……松田刑事は、容疑者の皆さんの中で、誰が最有力候補だとお考えですか?」

 

「……アンタはどうなんだよ」

 

 逆に松田から問い返され、白鳥は少し考えて、答える。

 

「……犯行が1番に可能で、理由もあるのは常盤さんです。ただ、あの空白の場所に、常盤さんの言う通り(・・・・・・・・・)に如月氏の掛け軸があったのなら──1番はやはり、如月氏かと……」

 

 その答えに、松田の口角が上がる。

 

「ああ、オレも全くの同意見だ……ただ、あの爺ィが犯人だと断じる理由と証拠が、今の所それしかねぇ……」

 

「ええ、流石に証拠が不十分です。家宅捜索に入るにしても、令状がなければ……」

 

「その令状も、直ぐには取れねぇだろうがな」

 

 舌を打つ音が聞こえそうなほど、松田の眉間に皺がよる。なんなら舌を打つ音が白鳥の耳にはキチンと入っていた。かなり柄の悪い松田の態度に、白鳥は思わず苦笑を漏らす。

 

「松田刑事、顔が恐ろしい程に凶悪になってますよ」

 

「オレの顔は元からこれだ」

 

「はいはい……」

 

 彼ら2人が乗る車を、ツインタワーに照らされた富士山が、見送るように横切った。

 

 

 

 翌日、朝から待ち合わせ場所に向かうコナンに、博士から連絡が入る。内容は昨夜のこと、博士が自身のいびきに寄って起き上がれば、その隣で寝ていたはずの哀の姿が見えず、彼女の研究室である地下に向かってみれば、その中で彼女が何処かに電話を掛けていたらしい。

 

「ほれ、この前のキャンプの時、元太くんが言ってたろう。アレはやはり、電話を掛けてたんじゃないかのぉ?」

 

「けどよ、今のアイツには電話する相手なんかいないはずだろ?」

 

 彼女の家族は全員亡くなっており、同い年で組織の仲間でもある優も、今は身体が縮み、咲として暮らしている。キャンプの時も、彼女はテントの前で哀の帰りを待っていたのだから、電話の相手でないことは確実だ。

 

「ワシはあの子を信じとる。だが、黒ずくめの男たちへの恐怖が、彼女を組織に寝返らせた可能性が無いとも言えない……」

 

 その言葉は一理あると、コナンも考える。しかしそんな博士を安心させるために、コナンは続けた。

 

「大丈夫だ、博士。何も心配しなくていいから……じゃあな」

 

 そこで彼はイヤリング型携帯電話の通話を切り、昨日とは違う待ち合わせ場所に辿り着く。そこには既に灰原を含めて全員が揃っており、コナンが1番最後であることが分かる。

 

 子供たちから遅いと言われ、歩美からは今日は哀も参加する旨が伝えられる。

 

「良いでしょ?……私だって興味があるもの。原さんのゲームソフト」

 

「……確かに。ゲームはした事がないから、次いでに試させてくれたりしないだろうか」

 

 哀からの意外な言葉にコナンは目を見開き、咲の言葉に子供たちが悲鳴にも聞こえる叫び声を上げ、原の家に辿り着くまで、永遠と彼女にオススメのゲームを話し、彼女もそれを頭に叩き込んでいた。

 

(今度、修斗に強請ってみるか……いや、瑠璃の方がいいな。この手のことはアイツの方が頷きやすい)

 

 頭の中で瑠璃が満点の笑顔で了承を出し、ゲームソフトとゲーム機を差し出す姿さえ浮かび上がるほど、想像が容易かった。

 

 原が住むマンションに辿り着き、彼の住む407号室を見つけた。

 

「407号室……ここです!」

 

 光彦が代表してチャイムを鳴らすが、原が出てくる様子はない。そこでコナンが扉を見てみれば、微かに扉が開いていた。

 

 その異常事態に──咲の肌が粟立つ。

 

(なぜ……ドアが、開いたままなんだ?)

 

「不用心ですね……」

 

 光彦が扉を開けよう一歩前に出るのを、咲が止める。

 

「?咲さん?」

 

「……おい、どうした?咲」

 

 光彦とコナンが声をかけるが、彼女は口元に人差し指を立てて、静かにする様に返す。そして代表してそっと扉を開け、中を覗き込み──リビングに倒れ込む、男の姿が見えた。

 

 顔は反対を向いていて見えない。しかし、状況から見て彼は──。

 

「……警察と救急車」

 

「はい?」

 

「警察と救急車だ──原さんが、中で倒れているんだ!!」

 

「!!」

 

 その言葉に子供たちは顔を青ざめさせ、コナンは勢いよく扉を開き、中へと突入する。

 

 リビングに倒れ込む、オレンジの服を着た原。顔は左を向いており、その胸からは大量に出血されており、それが死因であることを如実に表していた。

 

(拳銃で胸を!?ほぼ即死だ!!……!?)

 

 そこでコナンは、彼が右手に握る銀のナイフに気づいた。テーブルにはチョコレートケーキが置かれており、そのナイフにもケーキが付着していることから、どうやらこれを食べようとしていた事が窺える。また、彼の視線の先には、彼が持っていたペンが折れた状態で飛ばされており、燕の目が彼を見つめている。どうやら撃たれた際にペンも折れてしまった様だ。

 

 そんな彼の止まった心臓の横には、2つに割れたお猪口。この事件が──大木殺害の犯人と、同じであると告げていた。




オリジナル展開を挟みつつ、ちょっと映画の内容を変えてみました。まあ、映画の内容としてはそこまで重要でないので、推理に響くことはありません……ただし、色々ばら撒いたモノは映画が終わって設定を書いた後に、オマケとして投稿しようと思います。

本当は、後書きにオマケとして載せようかと思ったのですが、思ったより内容量が多そうなので、私の中で変更されております。楽しみに待っていただけると嬉しいです。

それでは、ここまでお読みいただき、ありがとうございます!!


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第38話〜天国へのカウントダウン・3〜

毎度恒例になりますが……お久しぶりでございます!!

さあ、コナンくんの映画の時期となりましたね!!
因みに私はまだ見れておりませんが、皆さんはもう見られましたでしょうか?

何やら哀ちゃんに不穏な影が迫るご様子…私は不安で堪りません!!哀ちゃんは無事ですか!?いや無事ではありますでしょうが無事ですか!!?(混乱の境地)

不安で胸がドキドキしております!!

そんな中での今回のお話!!そしてほんのちょっとのオリキャラ登場!!別に事件に関係はしませんが、ちょっとチラ見せでございます!!(でも忘れてる方も多そう…投稿がかなり遅れた私が悪いですが)

そんな久しぶりな投稿ですが、良ければお楽しみに下さい!!


 原の遺体を見つけてから数十分後、警察がようやく到着し、現場確認が始まった。その場には当然、今回の捜査の一員だった目暮、白鳥、松田の他に新たに高木と伊達も加わった。

 

「……」

 

「おい松田。そんなに眉間に皺寄せてっと老けるぞ」

 

「うっせぇ」

 

 そんな松田達を他所に目暮が検視官に死亡時刻を聞いてみれば、今の所の死亡時刻は前日の午後から夕方ごろとのこと。机のチョコレートケーキから推測出来るのは、そのケーキを食べようとした際に犯人がやって来て、ケーキ用のナイフで対抗しようとした、ということ。

 

「そして、お猪口があると言う事は……」

 

「ああ。これは、間違いなく連続殺人だ」

 

 松田が他に何かヒントはないかと顔だけで部屋の中を確認する。しかし、コレといったヒントはなく、あるのは異様に多い2種類の鳥グッズばかり。

 

 1羽は尾が二股に分かれた黒い鳥。もう1羽は頭部が大きく、顔がほぼ円形で寸胴の体の鳥。

 

「黒い小さな鳥……この特徴的な尾羽の形からして、此奴は燕か?」

 

「梟の時計もあるぞ?」

 

「ですね……でも、鳥の種類はそれだけみたいですし、関係はなさそうですね」

 

 松田と伊達の会話に高木も入り、2種類の鳥グッズは被害者の趣味であることを理解しただけに終わる。違和感を感じる2人だが、今その謎を解き明かす事は出来ず、真実は原が死んだことで彼と共に失くなってしまった。

 

 そんな現場から離れた廊下で第一発見者としてコナン達が待っていれば、割れたお猪口を持って玄関へと向かおうとしていたトメが気付き、声を掛けてきた。

 

「よぉ、坊主」

 

「トメさん!もう済んだの?」

 

「ああ。所で、君たちが第一発見者なんだって?」

 

 それにコナンが頷き、問題のお猪口を問い掛ければ、トメがお猪口を見せてくる。そのお猪口を近くで見たコナンは違和感を感じた。

 

(……あれ?血の付いた破片がない)

 

 お猪口が置かれていたのは遺体となった原の直ぐ横。そんな所にあれば血が付着していてもおかしくない。だと言うのに、付着した破片が1つもないのだ。

 

「ねぇトメさん。お猪口の破片はそれで全部?」

 

「勿論さ!鑑識のトメに見落としは無いよ!!」

 

 トメはそう胸を張って言い、去って行く。それをコナンが見送れば、隣にいた哀はコナンに聞こえる程度の声で言う。

 

「……これで彼等じゃないって分かったでしょう?彼等はあんなもの、残さないわ」

 

「寧ろアレを残しているからこそ、より彼奴等ではない事の証明になったな」

 

 哀に続き咲が追撃をすれば、コナンも納得はしないもの、その場では何も言わずに終えた。

 

 それから時間が経ち、関係者でもある小五郎達に説明をする為に目暮と伊達が事務所へとやって来て、小五郎達と向かい合わせに座り、話し始める。

 

「解剖の結果、大凡の死亡時刻が分かった。昨日の夕方5時から6時の間だ」

 

「それから、原氏のパソコンからデータが全て消されていた」

 

 伊達のその一言にコナンが目を見開き、視線を下に向けて考え始める。第一の事件との違いであるパソコンのデータの消失──その意味する所を。

 

 そんなコナンに視線を向けて、17時から18時まで少年探偵団達と相対していた如月や、仕事場の人間が姿を確認している修斗は白、風間と亮吾も互いに仕事をしている姿を確認しているらしく、共犯でなければ白であると目暮が伝える。それを聞き、小五郎が美緒のアリバイを聞けば、秘書の沢口も含めてハッキリしたアリバイがないと伊達は言う。

 

「毛利君には悪いが、犯人は常盤美緒さん、そして沢口ちなみさんのどちらかだと思う。しかも、今後も犯行が続く可能性は十分に考えられる」

 

「そこで目暮警部が、土曜日のパーティーを延期するように伝えたんだがなぁ……」

 

 そこで伊達が頭痛がするかのように頭を抑えて顔を俯かせ、目暮も難しい顔で目を瞑った。その様子から、延期される事はなかったらしい。そればかりか、小五郎に預かり物があったらしく、目暮が懐から手紙を出して渡してきた。

 

 受け取った小五郎が開き、中を見てみれば、それはパーティの招待状だった──毛利一家だけでなく、園子や博士、子供達も含まれている。そう言う蘭に、コナンも驚きを露わにし、目暮は天井を見上げた。

 

「全く、何を考えているんだか……」

 

 

 

 事件現場となった原の部屋では、松田が部屋の中を探り、その後ろでは呆れた様子の白鳥が立っていた。

 

「……松田刑事。遺留品は全て回収されてますよ?」

 

「…………」

 

「……何がそんなに気になるんですか?」

 

 その問いに、振り返らないまま口を開く。

 

「……あのお猪口、妙だと思わねぇか?」

 

「どこがですか?」

 

「犯人があのお猪口を置くのは、犯人なりのメッセージだ、それは分かる。だから、ガイシャを殺した後に置いて帰ってる」

 

 そこに間違いはなく、白鳥も頷きをもって返す。

 

「それが何です?」

 

「だからこそ妙だろ。ガイシャの近くに置いあったんだから、アレに血が付着するのが普通だ──だが、今回のお猪口は何処にも付着してねぇ」

 

 その松田の言葉に白鳥もお猪口の保存状態を思い出し、首を捻った。

 

「……確かに、妙ですね。被害者を殺した後に置いたのであれば血液は固まっていない筈です。しかし、今回のお猪口には何処にも着いていない──血液の上にあったにも関わらず」

 

「そうなってくると今回の殺しに関しちゃ、1件目とは違う可能性が出てくる」

 

 部屋の中を探し続ける松田のその言葉に、白鳥は目を見張る。

 

「──まさか、別に犯人がいるという事ですか!?」

 

「その可能性が高い……んだがなぁ」

 

 そこで箪笥から何から探し終えた松田が、そのパーマが掛かった頭を掻き毟る。それを見て、白鳥は目を細めた。

 

「──その証拠となるものが、出なかったんですね?」

 

 その言葉に松田が黙ったままそっぽを向けば、深いため息を吐き出した白鳥。

 

「はぁぁ……松田刑事。せめてこの僕を相手にするのであれば、証拠を見つけてくれませんかね?佐藤さんの様に甘くはないんですよ?」

 

「少なくとも1件目はあのジジイだろ」

 

「ですが、原さん殺害のこの件では、峰水氏には明確なアリバイがあります」

 

 そのアリバイの壁を、松田は壊せないでいる。

 

 なにかトリックがあるのか、そのトリックは何か。それを考えるが一向に出てこない。それに思わず松田は舌を打ったのだった。

 

 ***

 

 その日の夜遅く。一棟のアパートの前に車が停まった──それは、ポルシェ356Aだった。

 

 車から降り立った車の主、ジンはそのままアパートの中へと入り、部屋へと入れば、中では一足先に物色しているウォッカがいた。

 

 扉を開けた事でウォッカも気付き、振り返る。

 

「兄貴」

 

「……この部屋か」

 

「管理人に写真を見せて、確認しやした」

 

「ふん、奴が組織の目を盗んで、こんなヤサを根城にしていたとはな」

 

 ウォッカが管理人から聞いたのは、この部屋の家賃は一年分前払いされていることと、留守電がそのままなこと。更に隣人からは時折、電話が掛かってきてメッセージを入れられているとのこと。しかし、その留守電を確かめてみたところ、妙な所があったらしい。

 

 その妙な所というのは──。

 

「──メッセージが録音されていなかった」

 

「え?えぇ。一体、誰がどういうつもりで……」

 

 そのウォッカの疑問に、個室に移動して棚に入っていた医学書を読んでいたジンが笑う。

 

「……所詮、女は女か」

 

 そこで読んでいた本を投げ捨て、ウォッカに車からパソコンを持ってくるように命じて、ジンは懐から1つのディスクを取り出した。

 

「──組織が開発した逆探知プログラム。コイツを使えば、20秒で逆探知出来る」

 

 その言葉に、ウォッカもニヤリと笑う。

 

 

 

 ──そんな事が起きていると知らない哀が密かに起き上がり、布団から抜け出して地下の研究室へと降りて行く。

 

 

 

 暫く座って電話を待っていれば、漸く待ち望んだ電話が掛かってきた。それは2コールした後、直ぐに留守電に切り替えられる。

 

 ──亡くなった筈の、明美の声だ。

 

 彼女の声に促され、逆探知されているとも知らない電話の主は話しだす。

 

『お姉ちゃん?──私』

 

 その声にウォッカは驚き、ジンは喜色の笑みを浮かべる。

 

『明後日、ツインタワービルのオープンパーティに行ってくるわ──』

 

 ──そこまで話して、電話が切れてしまった。

 

 逆探知不可の文字に、ウォッカが息を呑む。

 

 

 

 同時刻。唐突に切られた電話に、話していた哀も驚きに目を見開き、直ぐに後ろを振りけば──そこには、電話線を持ったコナンが、そこにいた。

 

「……工藤くん」

 

「やっぱり、お姉さんに電話してたんだな。お前のお姉さん──宮野明美さんが生前、密かに借りていた部屋の電話に」

 

 そこで博士も理解する。哀は姉の明美と話をしたかったのだ。

 

 それに哀は無言を貫き、顔を背ける。しかし、コナンは止まらないまま──地雷を踏む。

 

「──気持ちは分からなくもねぇけど、いくら何でも」

 

 

 

「──私の気持ちなんて、誰にも分かんないわ!!!」

 

 

 

 哀は悲痛な声を上げて走り出す。2人の間を掻き分けて駆け上がり、コナンはそんな哀の後を追おうとするが、それは博士が止めた。

 

「……今は、そっとしといてやろう」

 

 

 

 階段を駆け上がった先で、扉を閉めた哀は、そのまま力なく背を預けて──静かに、涙を流した。

 

 ***

 

 明美の部屋で逆探知が出来なくなり、ウォッカは悔しげにテーブルを叩く。

 

「クソ、あと数秒で逆探知出来たってのに……」

 

 そう興奮するウォッカの隣で、ジンは冷静に煙草に火を着けた。

 

 ──そこで再度鳴り響く電話。

 

 ウォッカは嬉しそうにジンに報告するが、相手は話す事なくメッセージを消してしまう。その行動に、2人の行動が察知されたのではと心配するが、ジンはそれを否定する。

 

「……メッセージを消したってことは、後でそれを聞かれたくないため。まさか俺たちが電話の側で聞き耳を立てていたとは、夢にも思っちゃいねぇよ──俺たちの近くに、耳の良い猫でもいない限り、な」

 

 その言葉にウォッカがまさか、と小さく呟くが、ジンはそれも否定する。

 

「それもありえねぇがな。もしあの猫が本当にいるなら、あの女が掛けてくることすら無かっただろうよ」

 

 彼女が掛けてきた事が、何よりの証拠。そしてメッセージを消した事により、今後彼女がこの部屋に電話を掛けることもしないだろうとジンは確信していた。

 

 ──しかし、情報は手に入った。彼は信仰もしていないだろう神に感謝する。

 

 彼女は確かに言ったのだ──ツインタワービルのオープンパーティに参加する、と。

 

「──やっと拝めそうだぜ、シェリー……蒼く凍りついた、お前の死に顔が」

 

 

 

 ──翌日の朝。

 

 遅刻することなく元気に登校しているコナンの後ろから、少し早足で哀が近付いてきた。

 

 彼女は少し俯いたまま、コナンに謝罪する。

 

「……昨夜はごめんなさい。私も危険は承知していたわ。いつかはやめなくちゃいけないって思ってた……それでも、1人になって寂しくなった日、怖くてたまらなくなった時に、ついつい受話器を取ってしまうの……僅か10秒足らずの姉の声を聞きたくてね」

 

 そんな彼女に、コナンは呆れた様子を見せる。

 

「……バーロォ。オメェは1人なんかじゃねぇよ」

 

 その言葉に思わずコナンを見遣り、哀も決心したのか、目を瞑る。どこか、寂しそうな気配を漂わせて。

 

「──私もそろそろ潮時だと思ってたし、やめるわ」

 

 コナンには、あの時のメッセージは消しておいたと伝えて、自分の席に、ランドセルを置いた。

 

「……でも、此の頃私は、誰なんだろうって思うの」

 

 

 

「──私は誰で、私の居場所は、何処にあるんだろうって……私には、席がないの」

 

 

 

「──えぇ!?灰原さん、席がないって!!?」

 

 コナンとは違う聞き慣れた第三者の声に思わず哀が顔を上げれば、其処には探偵団の3人と、少し後ろに咲がいた。

 

「何言ってんだよ灰原!」

 

「灰原さんの席は、ちゃんとそこにあるじゃないですか!!」

 

 そんな哀の前の席に歩美が笑顔で座った。

 

「私はここ!!」

 

 続いて、哀の右側の席に光彦が座る。

 

「僕は此処です!!」

 

 最後に、元太が哀の後ろに座った。

 

「此処は俺だ!!」

 

 そんな子供達の無邪気な様子に、戸惑う様に彼等を見渡して呆然とする哀。

 

「──な?1人じゃねぇって言ったろ?」

 

「──なんだ、私達のことを忘れていたのか?寂しい事を言ってくれるじゃないか、哀」

 

 因みに私は此処な、と言って、咲は元太の隣の席に座った。

 

 そんな2人に顔を向けて──少しして彼女は、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 ──その日の夜、ツインタワービルに複数の侵入者があったのだが、警備員は全員眠らされて、誰も気付くことが出来なかった。

 

 

 

 ほぼ同時刻、最後の書類確認をしていた修斗の所に、一本の電話が掛かる。

 

 その相手の名前を確認して、手を止めて電話を取る。

 

「はい、修斗です……ああはい、名前見て分かってましたけどね。で、御用件は?」

 

 そこで伝えられる相手からの要望に、修斗は目を細めた。

 

 ***

 

 ──翌日の夕方。小五郎が借りたレンタカーでツインタワーへと向かおうとする一行だが、園子がいまだに姿を表さないでいた。その事に少し苛立ち、花束を持って園子を待つ蘭に声を掛ける。

 

「おい、財閥のお嬢様はまだ来ねえのかよ!?」

 

「もう家は出たって!!」

 

 そんな車の後部座席では、元太、光彦、歩美が乗っており、いつもよりオシャレな服を着て、パーティを楽しみにしている様子を見せていた。

 

 鰻重を期待するいつもの元太に、呆れた様子を見せる光彦。そんな子供たちの様子に、アイボリー色のスウィートチュールを着た咲も嬉しそうに笑みを浮かべる。そんな彼女の横で、ずっと考え事をしていたコナンが小声で2人に話しかける。

 

「……なぁ。専務の原さん、実は黒尽くめの男達の仲間だった、なんてことはねぇかな?」

 

 その言葉に咲も振り返る。そんな彼女を見遣り、哀は視線をコナンに戻して彼が問いかける可能性に肯定を返した。

 

「その可能性はあるわね。彼らは以前から、政財界や医学会、科学会などで将来有望な若手を引き入れているわ」

 

「市議の茂木さんは?」

 

「少々、力不足だけど、若い頃ならね……何れにしても、1度組織に入った以上、抜け出そうとしたり、裏切ろうとした者には、容赦なく、死の制裁が待っているわ──私や咲を殺そうとしている様にね」

 

 そして、同じく組織を裏切ったテネシーもそうだった。それを思い出し、震える身体を抑える様に、右手で左腕を掴んだ。

 

「すると、もし犯人があの5人の中の誰かじゃとしたら……」

 

「ああ。そいつも組織に関係している可能性が高いって事だ」

 

「──ハーイ!お待ち遠さまぁ!!」

 

 そこで漸く園子の声が響き渡り、全員がそちらに視線を向ければ、その全員の目が見開かれた。

 

「そ、園子!?どうしたの、その髪!!」

 

 ──そう、園子の髪はいつものストレートヘアではなく、ウェーブが掛けられたもの。それはまるで──。

 

「イメチェンよイメチェン!!……彼女に習って、ウェーブを掛けたのよ!!」

 

 そう言って園子が笑顔で見た先には、哀。

 

 自信に満ち溢れた笑顔で見せつける園子を見るコナンだが、その姿はどう見ても──大人の姿の哀そっくりで。

 

 つい言葉を失ったコナンに詰め寄る園子だが、コナンは少し照れた様子を見せる。それに目敏く気付いた光彦はコナンを揶揄い、更に元太まで追撃をする始末。コナンは否定をするが、何処か力のない否定で……そんなコナンに恋する歩美は、面白く無さそうに窓から視線を逸らす。

 

「……私もウェーブ掛けようかなぁ」

 

 ──そんな彼女の呟きは、ヘッドフォンを外していた咲には聞こえていて、面白そうに笑って呟いた。

 

「……罪作りな男だなぁ、名探偵?」

 

「……うっせぇよ、バーロォ」

 

 その呟きはコナンも哀にも聞こえており、楽しげに笑う哀と咲に、コナンはほんの少しの悪態を吐くのだった。

 

 

 

 パーティが始まっている頃、常盤に断られてしまった目暮たちは、外の駐車場にて待機せざる羽目にになっていた。

 

 高木が中に入るべきだと熱くなっているが、断られている以上、待機するほかないと言う目暮。それでも尚、高木は伊達に視線を向けるが、伊達もコレばかりはと首を振るしかなかった。

 

「あの嬢さん、楽天的で結構な事だが……自分が狙われる可能性は微塵も思っちゃいねぇんだろうなぁ……頭空っぽかよ」

 

「松田刑事」

 

 松田の言葉に名前を呼んで苦言を呈する白鳥。視線も向けて諌めれば、松田は煙草を吸ったまま、反省の色を見せないでいる。

 

 それに眉を寄せるも、何を言っても仕方ないと諦めて、白鳥はツインタワーの高いビルを見上げ、何もない事を祈る事にした。

 

 

 

 ──パーティが行われているツインタワービル内では、様々な有名人から企業家が揃っていた。そんな中でも小五郎は気にせず、普段は食べることの出来ないキャビアやフォアグラを取り皿に乗せていく。それを隣で見ていた博士も取ろうとすれば、それに待ったを掛ける哀。彼女は博士の健康を考え、和食にする様に進言し、自身が取ってくると言って去っていく。

 

「……なんか、奥さんみたいな子っすね」

 

「お陰でいつも腹ペコじゃよ」

 

 

 

 コナンと哀を除いた子供達はと言えば、会場内に置かれたマスタングを見つめていた。

 

 子供達と同じく大人も見つめる中、純粋な子供である元太がどうやって会場内に持ち込んだのかと疑問を呟けば、光彦が此処で組み立てたのだろうと予測する。しかし、それは歩美が否定した。彼女の答えはと言えば、荷物用のエレベーターを使ったのだろうと話す。

 

 彼女の住むマンションにも荷物用のエレベーターがあるらしく、それはかなり大きくて、箪笥も簡単に運べるのだと言えば、元太は笑顔で「ゾウでもか?」と問いかける。それに多分運べると歩美は悩むが、ゾウを家で飼う人間は日本にはいない。呆れた様に光彦が告げれば、元太は隣にいる咲に目を向ける。

 

「咲の所にゾウはいねぇのか?」

 

「いるわけないだろ……そもそもいたとして、誰が世話をするんだ、誰が」

 

 呆れた様に元太に返せば、面白く無さそうな様子を見せた元太であった。

 

 

 

 蘭と園子の2人は、大きな窓から夕焼けに染まる富士山を眺めていた──そんな2人の横には、静かにそんな富士山を眺める如月。

 

 彼は少しして静かに去っていき、その事に気付かないまま、2人は外を眺め続ける。

 

「……綺麗ねぇ」

 

「『あぁ!こんな美しい景色を新一と見られたら、私もう、どうなったって!!』……でしょ?」

 

 園子の揶揄う視線と言葉に、蘭は頬を赤く染めて、視線を逸らした。

 

 

 

 反対側の窓では、風間と亮吾、修斗、コナンがいた。

 

 風間は他の来賓客に、反対のビルからも本当は富士山が見える様にしたかったと語っていた。それが何故叶わなかったかといえば、それは地盤の関係があるらしい。

 

(そうか……B棟からは富士山が見えないのか)

 

 ──そんなコナンの横で、紺色のスーツを着た修斗と、緑色のスーツを着た亮吾が会話をしているのに気付き、コナンはそちらにも聞き耳を立てた。

 

「──他の兄妹たちは?」

 

「オレ以外だと『姫子(ひめこ)』が来てる」

 

「え、姫子が?……なんで彼奴が??」

 

「オレが常盤さんにブローチを紹介した関係でちょっと、な」

 

「……ふーん?ところで、お父様は?」

 

「その辺にいるだろ。忙しいって言ってたから、もしかしたら帰ってるかもしれないがな」

 

「早く言え!!」

 

 そう言って早足で去って行く亮吾を、何処か哀しそうに見つめる修斗にコナンは近付いた。

 

「……なんだよ」

 

「俺も親父さん見てみてぇなー、なんて」

 

「……ハァァァ」

 

 珍しくあからさまな嫌悪を見せる彼に、コナンは冗談だった事にしようかと考えていれば、隣の修斗が1歩踏み出した。

 

「……こっちだ」

 

「この中で分かんのか?」

 

「あの人、アレで人気者だからな……人の多い所に行けばいんだろ」

 

 そう言って案内する修斗の後ろを付いて歩けば、少しして人が多く集まっている場所を発見する。会食中らしく笑顔で話すその顔は、確かに彰と修斗にそっくりだった。

 

 グレーの皺1つないスーツを着て、柔らかな笑顔で気さくに話すその姿は、何処にも警戒する要素はなく、嫌う理由も見当たらない。不自然さも感じないその笑顔に、アレが愛人を複数名抱えた父親だとは誰も思わないだろうと、思わず修斗ですら思った。

 

(いや……この場合、気付いていた場合でも、不利益を齎す相手でもないから黙ってるってところかもな……)

 

 そうして父親の近くにいた秘書の女性──左薬指に指輪がある──が何かを呟けば、父親は申し訳なさそうに眉根を寄せて謝罪をしている。そんな父親に激励でも送っているのか、笑顔で見送る来賓客たち。そうして離れる父親の後を、少し後ろで見ていたらしい見慣れないピンクのフレアラインワンピースを着て金髪を結んだ女性と亮吾が追って行った。

 

「……で、満足か?」

 

「ああ……オメェ、親父さんに似たんだな」

 

 コナンの言葉に自嘲の笑みを浮かべる。

 

「ああ、そうだな……嫌なとこまで似てるよ、本当」

 

 それにコナンが首を傾げた所で、壇上に美緒が立ち、会場内に彼女の声が響き渡る。ほんの少し修斗が会場の出口へと視線を向ければ、悔しそうな様子を見せる亮吾と妹──川下姫子の姿があった。

 

(……予想通り、か)

 

 そこで視線を壇上に戻せば、彼女曰くちょっとした余興をするらしい。

 

「私の亡き父、常盤金成の名にちなんで、そして、常盤グループ30周年にあやかって時間……それも、30秒を当てるゲームです!」

 

 それに思わず反応したのは子供達3人。それは光彦があの車の中で考えたゲームで、この偶然には咲も思わず目を見開いた。

 

 美緒の説明は続き、ピッタリ当てられた人物、もしくは1番近かった人物にはマスタングをプレゼントとの言葉に会場が湧いた。ただし、勝者が2人出た際はと言えば、ジャンケンに負けた方がヘルメット付きのマウンテンバイクで我慢して欲しいと美緒が頼めば、今度は笑い声が会場に響き渡る。

 

 それを聞いた元太と光彦はと言えば既に勝利の喝采を上げていた。何せ彼らには、ピッタリ30秒当てた歩美がいる──しかし、その歩美はといえば、不安そうな表情でコナンを探している。咲も協力してやりたい所だが、人が大勢いる中でヘッドフォンを取れば、忽ち彼女は音の情報量に呑まれて倒れる恐れがある為、今はそれが出来ないでいた。

 

(……緊迫感でもアレば別だが、アレはアレでもう懲り懲りだ)

 

 心の裡で歩美に謝罪する咲。そのゲームへの参加する条件は、時計を預けることのみ。暫くした後、その時計にピッタリの宝石を添えて返すと説明する美緒の話を聞き、咲を除く子供たちは籠を持ってやって来た沢口に時計を渡した。

 

「……あれ?咲ちゃん、参加しないの?」

 

 歩美が当然の疑問を咲に向ければ、咲は肩を竦めながら頷いた。

 

「ああ……私は私で楽しむから、お前達は参加して来るといい。成功する事を、此処から祈ってるから」

 

 それを見て沢口は3本分の旗を其々に渡して、時間だと思った時に上げるようにと説明する。

 

 その子供達の他、小五郎と博士、蘭、園子が参加を示していた。コナンと哀は不参加の意を示し、如月は時計を持っていないと説明する。そして、北星兄弟はといえば──。

 

「──お前らは参加したのか」

 

「当然。だってただの余興でしょ?こういうのは楽しむべきだと思うけど?」

 

「そうよ!!ワタクシだってわかる事を、どうして貴方は分かってないのかしら??」

 

 修斗に対して煽りを返す亮吾と姫子。2人としては、修斗を敵視しているのもあって負かしたい想いがあったものの、当の本人が不参加を示した事により、その不満を現在、ぶつけている訳である。

 

「そうは言っても別に宝石にも車にも……いやまあ、マスタングには興味はあるが、今の車で満足してるし、マウンテンバイクも特に興味ないしな」

 

「あら残念。最終的にその宝石が欲しかったのだけど……」

 

「姫子、それ目的だったの?」

 

「当たり前ですわ!!其々に選ばれる宝石の剪定基準がどういったものなのか、知りたいんですもの」

 

 しかし彼女がその情報を得れるとすれば、兄弟である修斗と亮吾しかいない──父親と、修斗の母親である秘書は既に会場を去ってしまっているのだから。

 

「そもそも、あの人が忙しいのは知ってるだろ」

 

「その何もかも分かってるって言いたげな態度がもの凄く腹が立つ」

 

 舌をその場で打ちそうな程の嫌悪を表す亮吾に、修斗は苦笑いを浮かべる他ない。そこで美緒が参加する子供達の旗が見やすいように前へと促す声が響き渡る。それがそろそろ余興が始まる事を知らせているのだと理解すれば、修斗は辺りを其れとなく見渡して──とある人物を見つけた。

 

 薄茶色のスーツを着た姿で、黒縁の眼鏡をかけた黒髪のその男性。その腕には時計が巻かれたまま──参加はしなかったらしい。

 

「さて、参加しない俺がこれ以上お前らと話してても邪魔する事になるだけだ……そこの柱で木みたいに静かに眺めてるからな」

 

「見なくていいんだけど?」

 

「亮吾、これ以上話してても参加はしないようですし、ワタクシたちも彼方に混ざりませんこと?」

 

 姫子の提案に亮吾は乗り、2人は修斗から離れて人混みの中に混ざっていく。それを見送った修斗は、宣言通りに壁の花となって、余興を眺める事にした。

 

 美緒の言葉通りにステージ前まで咲達が移動すれば、そこにはコナンと哀が隣り合って子供達を見ていた。その2人が旗を持っていない事に気づき、歩美は寂しそうに黄色の旗を見つめる。

 

「……歩美」

 

「……咲ちゃん?」

 

 そこで咲から名を呼ばれ、俯かせた顔を上げれば、頭を優しく撫でられる。

 

「……楽しんでこい。私は応援してるから」

 

 彼女はそう言って、優しげな笑みをその顔に称える。

 

 そのあまり見る事のない笑みに歩美は少し目を丸くし、嬉しそうに頷いた。

 

「──それでは、始めます。彼女のスタートの合図から数えだして、30秒でお渡しした旗をお上げください」

 

 その美緒の言葉にやる気満々の小五郎。これが成功すれば、念願の自家用車で、しかもマスタングが手に入るのだから力が入るのも当然だった。

 

「よ〜い……スタート!!」

 

 そうして彼女の手の中のストップウォッチ時間を進めていく。参加者の其々が其々の時間を刻む声が響く中──母親らしい女性があやしていた赤ん坊が、楽しそうに笑いながら小五郎の頭をその柔らかい手で叩いた。

 

 それにより秒数を忘れてしまった小五郎。その隣で博士が旗を上げ、周りも次々に旗を上げていくその姿に焦りを見せ、ならば誰かと共に旗を上げようと考えた瞬間──赤ん坊が鳴き声を上げ、それに驚いた小五郎が、その青い旗を上げた。

 

「──はい!」

 

「そこの青の方!おめでとうございます!!──ピタリ賞です!!」

 

 思い掛けない小五郎の勝利に、蘭は喜び、コナンと修斗は目を丸くした。

 

「マジかよ……」

 

「嘘だろオッサン……」

 

 そんな小五郎はといえば、美緒から何か一言をと頼まれて、嬉しそうにしながらレンタカー生活とオサラバだと言い、会場内に一笑いを巻き起こした。そんな会場内で、子供達は旗を上げていなかった。何せ歩美の中ではまだ25秒だったのだ。それを彼女が呟けば、元太はまだ12秒だったと言って、子供達を驚愕させた。

 

 そんな修斗でも予想外な結果に終わった余興から暫くして、沢口に呼ばれて如月、風間が壇上へと向かっていく。

 

「……あら?亮吾は向かわないのですか?」

 

「ボクはまだ見習いだからね、上がる資格はないさ」

 

 そこで会場が闇へと染まり、壇上に登った司会の男にのみスポットライトが照らされる。

 

「皆さん!此処で、本日のメインゲスト。我が国が誇る日本画の巨匠!!如月峰水先生の作品を、ご紹介したいと思います!!」

 

 そう言って、B棟側の窓でスライドショーが始まった。

 

 桜と富士山から始まり、菜の花と富士山、夕焼けに染まる富士山……彼が富士山のことをこよなく愛している事が分かる画像だった。

 

 そうして最後の同じ構図の時間帯が違うらしい2枚を流したところでスライドショーが終わり、このツインタワービルのオープン記念にと、如月が寄贈したと言う富士山の紹介が始まる。

 

「ご紹介します!!──『春節の富士』です!!」

 

 そうしてゆっくりと幕が開かれていき、会場内の誰もが期待する中──修斗の目が、翳りを帯びる。

 

 その壇上のライトが点灯され、照らされたその富士の絵──それは、全ての人に恐怖を与えた。

 

 

 

 白く染まるその富士の絵。それを別つかのようにして──美緒が、宙吊りにされていたのだから。




3件目の事件発生及び北星家現当主にして修斗達兄妹の父親、チラ見せ回。

因みに、修斗と父親は瓜2つの設定ですが、彰くんは特に決めておりません。敢えて決めるなら、目元は柔らかく母親似。修斗くんは吊り目気味、ですかね?
※あくまで作者の趣味に基づいての想像です。どうぞ、皆様の想像を正解として下さいませ。

次回投稿がまたいつになるか分かりませんが(頭の中に流れる映像や画像を文章化していますので、映像が流れないと止まってしまいます)、気長にお待ち下さい。

出来れば私自身が映画を見た後にでも書きたい…でも哀ちゃんへの心配で震える私の心よ……。


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