超人SPは異世界でも余裕で守り抜くようです! (ほにゃー)
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第一話 八人の超人高校生

友達に教えられてすごく面白かったので書く事にしました。


日本には、世界に名を轟かせる八人の高校生たちがいる。

 

一人目は、中東の紛争地帯で、弱き民のため刀を振るう現代に生きる侍

 

「くそッ!撃て撃て!撃ち殺せっ!」

 

「ダメです!速すぎて、あたりま、ぎゃあああ」

 

長い髪を靡かせた少女は風の様に戦場を駆け回り、兵士たちの戦列に斬り込むや、携えた日本刀を振るい、血の華を咲かせる。

 

混乱した兵士たちは少女目掛け銃を乱射するが、少女には掠りもせず、弾は仲間に当たる。

 

「……ば、ばかな……。全滅だと!?銃火器で武装した中隊が……、あんな刀一本しか持ってない小娘相手に……!?」

 

青ざめながら冷や汗を掻く指揮官に、少女は怒りに燃える双眼を向け、小さく叫ぶ。

 

「武器も持たぬ女子供を銃と暴力で嬲り者にする畜生ども、貴様らが如き外道を一条の剣は許しはせぬ」

 

「ヒ、ヒィィィ!」

 

「斬り捨て、御免!」

 

彼女の名は一条葵。

 

高校生にして世界最高の剣豪である。

 

 

 

 

二人目は、葵の居る戦場近くのキャンプで難民の治療にあたる医者

 

「いたいぃぃ!ああぁああ!しぬぅぅう!」

 

「痛っ!足、しっかり押さえて!」

 

「は、はい!」

 

「うふふ。撃たれてそれだけ暴れるなら大丈夫そうですわね。ですがこのままでは処置できません。麻酔で大人しくして貰いましょう」

 

「先生!このキャンプにはもうモルヒネはありませんが……!?」

 

「必要ありませんわ」

 

そう言うと、白い白衣を患者の返り血で鮮やかな紅い斑模様にしている少女は針を出し、それを診察台の上でのたうち回る患者の首筋に刺し、軽く指で弾いた。

 

瞬間、今まで痛みに暴れまわっていた患者が恍惚の表情を浮かべ、意識を失う。

 

「こ、これは……っ」

 

「針で脳内麻薬(エンドルフィン)の分泌量を操作しましたの。麻酔時間はキッカリ八時間。……銃弾の摘出と縫合は貴方たちでも処置できますね?」

 

「は、はいっ!」

 

「では軽症の患者には片っ端から針で麻酔を施していくので、後の処置はお任せします。重症患者はわたくしが処置しますわ。ああ、あと葵さんを迎えにいくついでに転がっている兵士の死体をいくつか持って帰ってきてくださいませ。輸血用の血と移植用の臓器が欲しいので」

 

「い、いいんですか先生。そういうのは倫理的に……その」

 

青ざめた顔で問いかけるNGOの職員だが、血塗れの少女は、血飛沫と悲鳴が木霊する地獄のような難民キャンプの中でも崩れない温和な笑顔で言葉を返す。

 

「いいに決まっているじゃないですか。倫理感よりわたくしのほうがずっと多くの命を救えますもの」

 

彼女の名は神崎桂音。

 

高校生にして世界最高の医者である。

 

 

 

 

三人目は、海を越えた自由の国、その象徴の前に浮遊する怪人

 

シルクハットとマントを纏い、ぎらつくアイマスクで顔を隠した怪人が、布で覆い隠された自由の女神像の上空を浮遊し、ステッキを振るう。

 

その動きに合わせ周りのヘリコプターが布を引き上げると、……そこにあるべき女神像がなくなっていた。

 

この事態に、ニューヨークに集まった観衆は騒然となる。

 

「お、おいおい嘘だろ!?」

 

「オーマイガ!自由の女神が、いなくなっちまった!」

 

『な、なんということでしょう!米軍と軍事衛星の警戒網をすり抜けて、プリンス暁、自由の女神を消し去ってしまいました!これには挑戦者オバラ大統領も茫然自失ッ!』

 

拡声器から響くナレーターの声に、怪人はマントを翻し、幼さの隠しきれない声音を無理に歪めた不敵な作り声で笑う。

 

「フーハハハ!我が魔術にはタネも仕掛けもありはしない!軍隊だろうが衛生だろうが我が魔術は止められぬ!なんならホワイトハウスも消してくれようか?」

 

彼の名はプリンス暁。

 

高校生にして世界最高のマジシャンである。

 

 

 

 

 

四人目は、薄暗い研究室ラボに引き籠る少女

 

『リンゴちゃんリンゴちゃん!」

 

「ん〜……なぁにクマウサ。今、生体金属の細胞分裂プログラムを最終調整しているところだから、集中させて欲しいんだけど……」

 

『そんなことしてる場合じゃないクマ!もう約束の日の二日前クマ?みんなを乗せる飛行機のチェックもあるからそろそろ地球に降りておかないと間に合わないクマ!』

 

「あ、そっか。ここだと昼も夜もないからうっかりしてた」

 

そう言うと少女は大きなゴーグルを外し窓の外を見る。

 

そこに広がるのは星の海と……大きな青い惑星、地球だ。

 

ここは衛生軌道上に少女が作った個人宇宙ステーションなのだ。

 

『しっかりして欲しいクマー。一つのことに夢中になりだすと周りが見えなくなるのはリンゴちゃんの悪い癖クマ。直した方がいいと思うクマ!』

 

「むー。いいじゃない。それが分かってるからマネジメントAIであるクマウサを作ったんだから。私がしっかりしたらクマウサはアンインストールだよ?」

 

『クマ!?そ、そそそれは困るクマ!リンゴちゃんはずっと今のままゆっくりしてていいクマ!」

 

「ふふ。冗談だよ。……じゃあクマウサ、日本の種子島に着港してくれる?」

 

『クマ!お安いご用クマ!』

 

AIの操縦で宇宙ステーションが大気圏突入形態に変形し、ゆっくりと動き始める。

 

「……司さん……元気かなぁ」

 

少女は恩人である少年の顔を思い浮べながら、一枚の手紙を取り出す。

 

かなり前に、自分宛に送られてきた手紙。

 

無意識にその手紙を胸に抱きしめる。

 

「修斗君……早く会いたいなぁ……」

 

彼女の名は大星林檎。

 

高校生にして世界最高の発明家である。

 

 

 

 

 

五人目は、ラスベガスの夜景を一望できるレストランで美女と会食する少年

 

「ケリー。全米が夢中になっている君の微笑みを独占できるなんて、ボクは幸せ者だよ」

 

「本当にそう思ってる?」

 

「もちろんさ。君の美しさに嘘なんてつけないよ。ハニー」

 

「……そう思うなら電話はやめてもらえないかしら」

 

ジロリと、今全米の男性を魅了している若手女優が不機嫌さを隠さずに少年を睨む。

 

それもそのはず、もうオードブルが運ばれてきているというのに、少年は幾つものスマートフォンを魔の前の机の上に並べられ、耳に付けたインカムで話しているのだから。

 

「オゥ、ソーリー。許しておくれよケリー。今ちょうど日本の市場が勝負所でさ。目を離すことが出来ないんだ、っと失礼。……あぁ、そうだ。東レゾは買いだ。心配すんな。荒巻頭取とまて。猿飛からだ。ああ切らなくていち。つないだまま少し待ってろ。……なんだ?あ?融資が決定した!?追加百億円?ハハッ!オーケーオーケー!何もかもこっちのヨミ通りでつまらねぇくらいだ!ん?ああわかってる。この礼はちゃんと例の企画で返す。予定もちゃんと組んでるから安心しろって。じゃあな。……よう聞こえたか?な?言った通りだろ?あたりまえだ。俺を誰だと思ってる。ああとりあえず二千までは吊り上げろ。そっからは……ああ、頼りにしてるぜ。せいぜい焦らしてやるこった」

 

そこで少年は長い会話を終わらし、インカムを外して彼女に白く輝く歯を見せて微笑む。

 

「ハニーいい知らせだ。たった今キリバスの別荘が転がり込んできたんだが、どうだろう。昨年の日の出を誰よりも早く迎えてみないかい?世界の先端を行くボク達二人には相応しいシチュエーションだと思うんだが……あれ?」

 

そこで少年は、先程まで目の前にいた女性がいなくなっていたことに気付いた。

 

「おーいウェイター。ここに女神がいたと思うんだが、どこに行ったか知らないか?」

 

「ケリー様なら『彼は私の笑顔より電話先のユキチフクザワに夢中な尻穴野郎なのよ』と、泣きながらお帰りになられましたよ」

 

「……そりゃひどい話だ。今日無理矢理予定を入れたのは彼女のほうなのに」

 

「失礼ながらケリー様はお試しになったのでは?」

 

「試す?」

 

「ええ。わがままを言うことで真田様が、自分をどれだけ愛してくれているかを」

 

「なるほど。それはそうかもしれないな。お互い仕事が忙しい者同士分かり合えると思ったんだが、そうもいかねぇか」

 

「ところで真田様。お食事は二人分お持ちしましょうか」

 

「……面白い冗談だ。大阪(ほんば)仕込みのツッコミ鉄拳が飛ぶ前に失せろ」

 

彼の名は真田勝人。

 

高校生にして世界最高の実業家である。

 

 

 

 

 

六人目は、車を降りた途端、銃を向けられた少年政治家

 

「愛と慈しみのある日本の為にィ!」

 

直後、乾いた音が大通りに響き、アスファルトに血と脳漿がぶちまけられる。

 

だが、ぶちまけたのは少年ではなく、少年に銃を向けた男のものだった。

 

襲撃者を撃退したのは、少年の傍らに立つ長身の男性。

 

所謂SPという彼は銃を懐にしまうと、淡々と周りの者に命令する。

 

「衆目がある。早急に片付けてくれ」

 

「は、はい!」

 

「迅速な対応ご苦労。張首席秘書官」

 

往来の通行人たちが悲鳴を上げる中、守られた少年は長身の男に労いの言葉をかけた。

 

「総理がすぐに私の後ろに避難し、射線を開けてくれたおかげです」

 

「優秀な教官殿の賜さ」

 

「ご謙遜を。この程度の襲撃者、総理一人で撃退できたはず。それに、あの方であれば銃を抜くまでもなく無力化できたはずです」

 

「ああ、だろうね。だが、今私の傍にいるのは彼ではなく君だ。私は彼と同様に君も信頼してる」

 

薄く笑うと、総理と呼ばれた少年は長身の男を引き連れて、車を止めたビルに入る。

 

「あの者は友愛党の者でしょうか?」

 

「だろうね。おそらく国防予算増額への抗議だろう。彼らの主張、平和憲法に基づく自衛隊の即時解体と真逆の方向に私は舵を切ったからね。これから二年前の就任時以上に、こういうことが多発するだろう」

 

「愚かしい話です。自分が悪意ある者に利用されている自覚はないのでしょうか」

 

「別に平和の為に武力を放棄しようという発想自体はそこまで的を外したものではないさ。それを我が国だけでなく、全世界全国家に対して主張するならね。だが彼らは日本にだけそれを要求している。それでは私としても彼らの熱意に応じようがない。……私たちは国民の生命に対して責任を負っている。有事の際に彼らを守る用意がありません、では話にならない」

 

「仰る通りです」

 

「……まぁ、私が彼らに言えることは、当たり前のような今日という日の平和の値段は、彼らが考えているよりもずっと高いということだけだ。ましてや彼らが望む恒久的な平和ならなおのこと。少なくとも、ベレッタ一丁と私の命一つで買えるような代物ではないよ」

 

そう言うと少年は一度、自分たちが入ってきた入り口を振り返り、“氷炎魔眼(ヘテロクロミア)”と称される左右で色の違うオッドアイの瞳を細めた。

 

そんな時、少年のプライベート用の携帯電話が鳴る。着信相手は彼の数少ない友人と呼べる者だった。

 

「もしもし。どうしたのかねシノブ」

 

少年の名は御子神司。

 

高校生にして総理大臣を務める天才である。

 

 

 

 

 

七人目は、東京スカイツリーの頭上に居る報道腕章をつけた少女

 

少女は人間離れした視力でスカイツリーの頭上から先ほどの襲撃現場を見下ろし、手にしたスマートフォンに語りかける。

 

「いやーなんか今また襲撃されてたから、大丈夫かなーって思って」

 

『風の音が強いな……。また勝手に登っているのかね』

 

「ここからだと東京全部が丸見えだからねぇ。スクープを探すには便利な訳さ、今みたいに」

 

『仕方のないやつだ。まぁ……優秀な秘書官のおかげで無傷だよ。君の企画に支障は出ないさ』

 

「にゃはは。そりゃーよかったよかった。うんそれが聞きたかったのさ。ところで、今日はしゅーくんは一緒じゃないの?」

 

『修斗は今日会う予定のとある国の大統領の護衛だ』

 

「あ、そうなの。でもいいの?総理専属特別護衛官を他所の国のトップの護衛をさせちゃって?」

 

『大統領直々からのご指名だ。仕方ないだろ。あの国とは常に友好的な関係でないとならない………もう会議場に着く。そろそろ切るぞ』

 

「ん。じゃあ明後日、成田空港に集合。忘れないでよね?」

 

『心得ている』

 

その一言を最後に司との通話を終え、少女は立ち上がるや否や、まるでプールに飛び込むような気安さで六三四メートル上空から飛び降りた。

 

だが、少女は首に巻いたストールをパラシュートのように広げ、それで風を掴み、空を飛び落下することは無かった。

 

「ニンニン♪集まるのは中学以来だよねー。楽しみ♪」

 

彼女の名は猿飛忍。

 

猿飛佐助を先祖に持つ忍者の末裔にして、世界最高のジャーナリストである。

 

 

 

 

 

某空港 ターミナル

 

到着したとある国の大統領専用機から一人の大統領が護衛二人を連れてターミナルに現れる。

 

彼等を出迎えたのはまだ少年と呼ぶに相応の容姿であるSPだった。

 

「ヘイ!イノウエ!久しぶりデース!」

 

「ええ、お久しぶりです、大統領閣下。お迎えにあがりました。日本語。大部お上手になられましたね。・・・・・・外に車を待機してあります。こちらへ」

 

大統領はその少年をまるで古くからの旧友のように接し、少年もそれに応える。

 

『いや、結構だ』

 

だが、お付のSPはそれを断る。

 

『素性の知れない、ましてや子供の様なSPに大統領(プレジデント)を任せられない。移動用の車は既に手配済みだ』

 

そう言い男は、ピンマイクで何かを呼びつける。

 

すると黒塗りの防弾性の車が現れる。

 

大統領(プレジデント)、こちらへ』

 

SPは大統領を自分が手配した車に乗せようとするが、それを修斗が止めた。

 

『何のまねだ、小僧』

 

『いえ、いくつか聞きたいことが。運転手も貴方が手配を?』

 

『そうだが。それが何だ?』

 

『運転手にはどのような人を?』

 

『無論、一流のプロだ。もういいだろ?会議に大統領(プレジデント)が遅れてしまう』

 

少年はSPの言葉も無視し、車のガラスを叩く。

 

運転手はそれに気づき、窓を開ける。

 

「何か?」

 

「・・・・・・プロの割には運転が下手だな。テロリストさん?」

 

「くっ・・・!ちっ!」

 

すると運転手はいきなり銃を取り出し、大統領にむけ引き金を引こうとする。

 

大統領(プレジデント)!?』

 

SPはすぐさま、大統領を守ろうと体を盾にし、もう一人のSPは懐の銃を抜こうとする。

 

そして、乾いた音が響き渡る。

 

テロリストが引き金を引くよりも早く、SPが銃を抜くより早く、少年は自身の銃を抜き、テロリストの頭を撃ち抜いていた。

 

頭を撃ち抜かれ、血と脳漿を車内にぶちまけたテロリストはハンドルに頭から倒れこみ、辺りにクラクションが鳴り響く。

 

周りにいた者たちは銃声と人の死に悲鳴を上げ、逃げまとう。

 

そんな中、少年は銃をホルスターにしまい、ピンマイクに話しかける。

 

「テロリストの襲撃に遭遇。第二波が来る前にマルタイを国会まで移動させる。車を正面エントランスに回してくれ」

 

『了解』

 

「人目につく。すぐに遺体と車を片付けてくれ」

 

「はい」

 

部下に指示を出し、近場に待機させていた車がやってくる。

 

『どうぞ。大統領。SPの方たちも』

 

『ああ、すまないな。これで、君にはもう三度も命を助けられたよ』

 

大統領はにっこりと笑い、車に乗る。

 

SPも少年の行動に唖然としながらも車に乗り込む。

 

大統領(プレジデント)・・・・・・あの男は一体・・・・・・』

 

『ああ、彼こそ、世界最高のSPだよ』

 

大統領はそれだけ言い、ただ笑った。

 

彼の名は井上修斗。

 

警視庁警備部警護課第零係の人間であり、政府からあらゆる特権を与えられ、様々な職務を遂行してきた、高校生にして世界最高のSPである。

 

以上、いずれも高校生レベルに止まらない才覚を持つ八人の少年少女。

 

人々はその卓越した能力への敬意と畏怖を込め、彼等を《超人高校生》と呼んだ。

 

 

だがある日、彼ら八人が乗り合わせた飛行機が、太平洋上で消息を絶った。

 

必死の捜索も虚しく、飛行機の残骸一つ見つからない。彼らは……海の水底深くへ消えてしまったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

否、そうではなかった。

 

この時既に、一つの物語が動き出していたのだ。

 

遠く、太平洋の水底よりも遠く離れた場所で・・・・・・・・・・・・




Q:SPって発砲しないんじゃないの?

A:主人公はSPであってもSPじゃないので

警視庁警備部警護課は第1~第4までは存在しますが、第零係は私が作った架空の係です。


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第二話 目覚める超人SP

修斗が目を覚ました時に最初に見たのは木の天井だった。

 

そして、自分のみに何が起きたのかを瞬時に理解した。

 

『超人高校生と言われる自分たちで特集記事を組みたい』

 

ジャーナリストである忍がそう言い出し、その取材の為に彼女を含む八人で林檎の開発したAIが操縦する飛行機で太平洋横断中、突然飛行機が巨大な雷雲に呑まれ、航行不能に陥った。

 

そんな中、修斗は咄嗟に司の手を取り、飛行機の後部にある脱出ポットに乗せようとした。

 

SPであり、総理専属特別護衛官である修斗は誰よりも司の命を守る為に行動した。

 

だが、竜巻の様な気流に呑まれ、機内に大きな衝撃が走り、その時修斗は強く頭を打ち付け、意識を失った。

 

「司は!?」

 

慌てて布団から起き上がろうとした修斗だが、身体を起こした瞬間激しい痛みが体を襲い、同時に頭にも頭痛に似た痛みが走る。

 

「くっ………!」

 

何とか痛みに耐え、布団から起き上がる。

 

「司は……無事なのか?皆は……?」

 

ふらふらとした足取りで入口に向かい、入口の前に着いた瞬間、扉が開く。

 

現れたのはセーラー服を着て首にストールを巻いた少女、猿飛忍だった。

 

忍の手には水の入った桶と布があった。

 

「しの」

 

修斗は忍が無事だったことに安堵の溜息を吐き、声を掛けようとするが、それより早く忍は修斗を抱きしめた。

 

水の入った桶が地面に落ち、その場を濡らす。

 

「お、おい……」

 

「しゅーくん………目が覚めてよかった……本当に……」

 

普段から元気だけが取り柄っと言わんばかりに笑い、明るく前向きな忍からは想像できないぐらいに弱々しくそう言った。

 

そのことに対して、修斗は面食らい困惑した。

 

「その……なんだ……心配掛けたな。悪い」

 

抱きしめられ痛いのを我慢しながら修斗はそう言い、忍の頭を撫でる。

 

「……ううん、もういいよ。ちゃんと起きてくれたからね」

 

そう言うと忍はいつもの調子に戻る。

 

「それで忍。皆は無事なのか?司は?」

 

「うん、皆大丈夫だよ。みっちゃんは最初に目覚めたし」

 

「そうか。悪いんだが、司を呼んで来てくれないか?」

 

「OK♪任して!……皆―!しゅーくんが目ぇ覚ました!」

 

忍は家を飛び出すと、そう叫びながら走る。

 

「………司だけでいいんだが」

 

そして、見慣れた七人が慌ててやってくるのが見えた。

 

「修斗!やっと目覚めたか!」

 

「修斗殿!目が覚めてなによりでござる!」

 

「もう目が覚めなかったらどうしようかと思いましたわ」

 

「本当によかったよぉ~!君が目覚めなかったら僕……僕……!」

 

勝人、葵、桂音、暁の順に駆け寄り修斗の目覚めを喜び、林檎に至っては涙目で修斗に抱き付いていた。

 

林檎に抱き付かれながらも痛みに耐える修斗は最後にやって来た司を見る。

 

「司……無事でよかった」

 

「修斗、君が目覚めてくれて本当に良かった」

 

司はそう言って笑うと、手を叩く。

 

「皆、修斗が目覚めて嬉しいのは分かるが修斗は病み上がりだ。あまり無理をさせない方がいい」

 

「わたくしも同じ意見ですわ。病み上がりに無理は禁物ですもの」

 

「と言う事だ。林檎君、修斗が目を覚まして嬉しいのは分かるが、放してあげてくれないか」

 

「………はう!?」

 

林檎はやっと今の自分の状況に気付いて、慌てて離れる。

 

「皆、少し大げさすぎるだろ。ちょっと目を覚まさなかった位で」

 

「何言ってんだよ?お前、二週間も目が覚めなかったんだぞ?」

 

「な!?二週間だって!?」

 

勝人の口から聞かされた日数に、修斗は驚くと同時に疑問も浮かんだ。

 

何故二週間もここにいるのか?

 

ここには総理大臣に加え、“超人高校生”が八人いるのにも関わらず、二週間も助けが来ないのはおかしい。

 

ましてや林檎と言う天才にして世界最高の発明家がいるのだ。

 

墜落した飛行機の残骸から救難信号を出す機械を作っていたっておかしくはない。

 

にも関わらず、未だに何処かもわからない場所に居る。

 

「……………司、教えてくれ」

 

修斗は司を真っ直ぐに見つめ、尋ねた。

 

「ここは何処だ?」

 

そして、司の口からにわかに信じがたい言葉が口にされた。

 

「ここは日本どころか、地球ですらない。ここは“フレアガルド”。私達が居た世界とは異なる世界、つまり異世界だ」

 




修斗の中での職業上の優先順位

司〉真人≧林檎=桂音〉忍〉暁=葵

修斗の個人的優先順位

司=真人=林檎=桂音=忍=暁=葵


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第三話 家族になる

「それでは、異世界からやってきた行き倒れの全快を祝して、乾杯!」

 

「「「かんぱーい!」」」

 

修斗が目覚めて二週間後。

 

つまり、彼らがフレアガルドに来て一ヶ月が経過した。

 

八人を保護したのはエルムと言う小さな山村の村人たちで、今日は八人の全快を祝して宴が開かれた。

 

最初、司は村人たちに獣の耳や尻尾があることに驚いたが、すぐに受け入れることが出来た。

 

エルム村の村長、ウルガの言葉を合図に、四十人ほどの村人と主賓である八人がそれに続く。

 

「しかし、おかしな服を着ているなと思っていたが、まさか別の世界から来た人間だったなんてなぁ!こりゃ驚きだ!」

 

ウルガは木製のジョッキに注がれた麦酒を飲み干すと口髭に麦酒の泡をつけながら、豪快に笑う。

 

「アンタたちもさぞ驚いただろうが、俺たちも驚きだよ。目が覚めたら狼の耳と尻尾の生えた人間に看病されてて、司の奴が「ここは地球とは違う異世界だ」なんて言ってやがるんだからなぁ。コイツの頭のネジだけは何があっても外れまいと思ってただけに肝を冷やしたぜ」

 

「にはは。そうだね、最初にリルルちゃん以外の村の人を見たときはシノブちゃんも頭が変になっちゃったのかと思ったもん」

 

勝人に追随しながら忍はプラムを口に運ぶ。

 

「確かに最初、アタシたちの尻尾や耳を見たときのアンタたちの反応は笑えたよ。司は鉄火面だったし、修斗は行き成り反撃して来たけど」

 

「その件についてはすまなかった。行き成り、あんなことを言われるもんだからつい反射的に………」

 

修斗は頭を下げて、ウィノナに謝る。

 

ウィノナはエルム村村長のウルガの娘で、墜落事故で意識を失っていた八人を看護してくれた人でもある。

 

修斗が目を覚ました後、それを知ったウィノナは修斗も驚かそうと行き成り「お前は私たちの夕食だ~!」と言って飛び掛かって来た。

 

それに対し、修斗は司たちを守るために飛び掛ってきたウィノナに反撃した。

 

結局司たちが説得し、ただの悪戯だと知って、その後は平謝りした。

 

「まぁいいって、いいって。そもそも悪いのはこっちで、シュウトは悪くないんだからさ」

 

「そうですよ!目を覚ましたばかりの怪我人に「お前は私たちの夕食だ~!」と言うなんて冗談が過ぎてます!」

 

そう言ってウィノナをしかったのはリルルだった。

 

リルルはウィノナと同じく八人を看病してくれた人で、エルナ村では耳も尻尾も生えていない人だった。

 

「いや、でも俺はウィノナさんんもそう言うお茶目大好きっすよ」

 

「あらあら、マサトだっけ?アンタなかなか女見る目あるねぇ~」

 

「もう……」

 

勝人に煽てられいい気になるウィノナにリルルはため息を吐く。

 

そして、隣に座る桂音に尋ねる。

 

「ところで、どうですか?もうこの村の生活には慣れましたか?」

 

「ええ。さすがに一月も経てば異世界に来たと言う現実を受け入れることが出来ましたわ。今思えば、怪我をしていて良かったかもしれません。身動きが取れていたら、パニックのあまりとんでもない行動に出る人もいたかもしれませんから」

 

桂音は目覚めた時から、一度として崩れることのない笑顔で、大人びた上品なうなずきを返しながら言う。

 

「まぁ、若干一名、まだ混乱している方もいらっしゃるようですけど」

 

そう言って桂音は、一人宴の輪に混ざらず、壁に向かって三角座りしている暁を見る。

 

「ありえないありえないありえないよ。こんなの夢だ。悪夢に決まってる」

 

暁を除いた七人は多少の戸惑いはあったものの、一ヶ月と言う時間(修斗は二週間)で、非現実を受け入れることが出来たが、技術や発想で非現実を作り出すマジシャンの暁にとってこの事態は受け止め切れていなかった。

 

「「「がおー!食べちゃうぞー!」」」

 

「ギィヤァァァァァァァァ!!猫耳ィィィィ!犬耳イヤァァァ!」

 

やんちゃな子供たちにとって今も新鮮な反応をする暁はいいおもちゃだった。

 

「アハハハハハッ!」

 

「おねーちゃん、おもしろーい!」

 

「なっ!違うよ!僕は男!おにーさん!」

 

おねーさんと呼ばれたことに、暁は声を上げる。

 

暁は子供のような顔立ちに加え、身長も低く筋肉の量も少ない身体のため、よく性別を間違えられる。

 

実際、初見で彼を見て性別を言い当てた人物は人間に対する観察眼に秀でた司と、人の動きからその人物の身体的特徴を知ることの出来る修斗の二人だけだ。

 

そして、それはこの村も例外なく、村人たちは驚いていた。

 

「アカツキさんって男の人だったんですか!?」

 

「あれ?でも、リルル。男供の下の世話はアタシがやってたけど、女の子はリルルに任せてたわよね?そのときに気づかなかったのかい?」

 

「胸の薄い方だとは思いましたが………体格的にあまり違和感がなかったもので、まったく気づきませんでした………」

 

「え?つまりそれはあまりに小さすぎて見えなかったと言う………」

 

「やめろぉぉぉぉぉ!泣くよぉぉぉぉ!?」

 

「「「がーおーーー!」」」

 

「ニャアアアアアアアア!!?」

 

「……暁さん、かわいそう……」

 

本当に泣き出した暁を見て、林檎は無意識に同情を零す。

 

「子供に喜ばれてるんだし、エンターテイナー冥利に尽きるんじゃね?」

 

「ふえ!?」

 

林檎が言った言葉に、勝人が軽口をたたくと、林檎はびくっと方を跳ねさせ、顔を真っ赤にして顔を伏せる。

 

もともとの本人の気質と、普段から人と関わる機会がない環境から、林檎は恥ずかしがり屋で人見知りなのだ。

 

「しかし、その驚き方、本当にビューマがいない世界から来たんだなぁ」

 

「私たちの世界では人類は猿から進化したと言うのが定説だからね」

 

「その『チキュウ』と言う場所は、ヒューマだけの世界なんですよね」

 

「ちょい待って」

 

そこで忍が待ったをかけた。

 

「ヒューマとかビューマってなに?」

 

「俺も気になるな。話の流れからしてこの国にいる人種だと思うが……」

 

「ああ、そう言えばこの話をしたとき、忍と修斗はまだ起きていなかったか。修斗の考えの通り、人種だ。ビューマはこの村の方々の様に獣の特徴を持つ人類で、ヒューマとは我々の様な人類のことを指すらしい」

 

「見た目以外にも少し違いがあってビューマは力持ちが多くて、ヒューマは数は少ないですが、ごく希に魔法という不思議な力が使える人がいるらしいんですよ」

 

「へー!ファンタジーっぽいとは思ってたけど、魔法まであるんだー」

 

「驚きですわね。ちなみにどんなことができるんですの?」

 

「えっと、精霊と会話し、火や風を操ったりするらしいんですけど……ごめんなさい。私もウィノナさんの旦那さんに聞いただけで、魔法も魔法が使える人も見たことはありません。何しろ数が少ないようで。でも、だからこそ魔法の素質がある人は、平民であっても貴族として召し上げられるらしいですよ」

 

「そういえばそんなことを言ってたね………」

 

「…まぁ、魔法についてはいずれちゃんと調べた方がいいだろう」

 

誰に言うわけでもなく司はそう呟く。

 

司はこの一ヶ月で大体の文明基準が地球史で言う大航海時代に相当すると理解できたが、魔法の知識がない為魔法に関しては理解ができなかった。

 

知っておかねば、元の世界に戻るための探索に支障が出るかもしれない。

 

そして何より―――――

 

(私たちの身に起きた非現実的な事象に、解答が得られる可能性もあるのだから)

 

何者かによる魔法での召喚。

 

ファンタジー小説の様な話だが、現在で最も一番可能性のある答えである。

 

「あ、それで思い出した」

 

するとウィノナが大きく手を打ち、とんでもないことを言い出した。

 

「実はさ、ツカサたちが異世界から来たって言った時、どこかで聞いた話だなーと思ったんだけど、思い出したよ。昔、結婚する前にアイツが話してたのさ。外の世界からやってきた八人の勇者の話を」

 

その言葉に、今まで耳を塞ぎ、目を閉じていた暁を含め全員が目を剥いた。

 

聞き流せる話題ではなかった。

 

だからこそ、彼らは一斉にウィノナに質問を投げかけようとした。

 

その気配を察して修斗は他の六人を制する。

 

修斗自身、その話を聞かせてほしかったが、司の意思を汲み取り制した。

 

司は修斗に目で礼を言うと、一同を代表してウィノナに頼む。

 

「すまない。その話、詳しく聞かせて頂きたい」

 

「ああ……悪いけど、アタシも詳しくは知らないんだ。アタシの夫はエルム村がある北部から南部までフレアガルド全土を渡り歩く行商人でさ、その仕事の道中、南部の方で「大昔、八人の勇者が外の世界から現れ、邪悪な”竜”に支配された大陸を救った」……って感じの話を聞いたらしいんだ。でも、アタシが知ってるのはそれだけなんだよ」

 

「その旦那さんはここにはおられないのか?」

 

「……三年前に戦争に巻き込まれて死んじまったよ」

 

「……すまない」

 

司は言葉を失い、謝罪を口にした。

 

「気にしなさんな。元の世界に戻る重要な手掛りかもしれないからね。必死になるのは当然さね。こっちこそすまないね。力に慣れなくて」

 

ウィノナの言葉を最後に、宴に気まずい空気が流れる。

 

「バカバカしい!」

 

その気まずい空気を一人の少年が打ち砕いた。

 

その少年の名を司たちは知ってる。

 

名前はエルク。

 

村長のウルガの孫で、ウィノナの息子だ。

 

「どうした、エルク?」

 

「どうした?じゃねぇよ!じっちゃんもおふくろもリルルも村のみんなも、全員どうかしてるんじゃねぇのか!?空飛ぶ鉄の鳥に乗って別の世界からきたなんて、そんな訳のわからない妄言真に受けてよ!しかも、今年は森の実りが少なくて、ただでさえ村の財政がやべぇって時に、宴なんて開きやがって!おかげで冬を前に村の金庫はスッカラカンだ!こんなのでどうやって冬を越すってんだ!うちの村に、こんな無駄飯喰らいどもを八人も養う余裕なんてねぇんだぞ!」

 

「いいじゃねぇか、めでたいことなんだから」

 

「金庫番のオレの身にもなれってんだよ!こんな連中、見捨てときゃよかったんだ!」

 

「エルク、いい加減にしな。エルムの山男がケツの小さいこと言うんじゃないよ」

 

「ぐ・・・・・・と、とにかく!怪我が治ったならさっさと出て行きやがれ!ここにはテメェらペテン師に食わせる飯はねぇんだよ!」

 

母であるウィノナに叱責され、たじろいだエルクは敵意をむき出しにしたまま、会場を後にした。

 

「にはは、出て行けといいながら自分が出て行っちゃったね」

 

出て行ったエルクの背中を見て、忍は苦笑する。

 

「すまねぇな。アイツは文字も数字もできて、弓の扱いもピカイチなんだが・・・・・・・・・どうもキモが小さくてなぁ」

 

「アレの言ったことは気にしなくていいよ。いきなり違う世界に放り込まれて、行くあてなんてないんだろ?帰りの目処がつくまで、この村で生活していけばいいさね」

 

「んだんだ」「ゆっくりすればいいべ」「みんなで頑張ればなんとかならーな」

 

「エルム村のご厚意に感謝する」

 

司は頭を下げ、厚意を受け取る。

 

「しかし、エルク君の言うことももっともだ。麦も育たない白く痩せた固い土。村には小さなジャガイモを主とした根野菜があるだけ。狩りで捕らえた肉も毛皮も領主に税として収め、手元にはスネ肉などのクズ肉しか残らないと聞く。とても余裕がある暮らしをしているとは思えない」

 

「それに、いきなり八人もの怪我人を受け入れて、一ヶ月も面倒を見てもらったんだ。なら、村としてはかなりの痛手のはずだ」

 

「ああ、そうだな。・・・・・・本当に皆さんには迷惑をかけた。私たちも動けるようになったからには、明日からでも村の仕事を手伝わせていただこう。住まわせてもらうからには、相応の働きをしなければ申し訳がないからね」

 

「いや、相応以上だな。俺は恩も仇も倍返ししないと気がすまねぇ主義なんで」

 

司の言葉尻を捕らえ、勝人はそう言い切る。

 

勝人の威勢の良さを気に入ったのか、ウルガは笑う。

 

「ハハハ!期待してるぜ!じゃ、新たな家族を歓迎して、もう一度乾杯!」

 

「「「かんぱーい!!」」」

 

二度目の乾杯が行われ、再び宴は騒がしくなる。

 

こうして八人の超人高校生たちは、エルム村の家族となった。



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第四話 超人たちへの指令

「さて、皆腹具合も落ち着いた頃だろう」

 

宴が終わった後、八人はあてがわれた家に戻り、暖炉に気をくべ、暖を取りながら塩で歯を磨く。

 

修身の準備を終えると、司は全員を集め話し合いを始めた。

 

「これから我々の身に起きた異なる世界に迷い込むと言う奇々怪々なトラブルに対し、どう対処するのか協議したい」

 

そう提案する司に六人は頷く。

 

「全員の肉体的・精神的疲労は回復もした。動くならいまだ」

 

「俺も同じだ。この世界の雰囲気も把握した。頃合いじゃね?」

 

「異論有りませんわ」

 

全員が頼もしくそう言う中、一人だけ毛皮の布団に丸まり、話に参加していない者がいた。

 

それは暁だった。

 

「暁ちんもいい加減話に参加しなよぉ~」

 

見かねた忍が布団を引っぺがす。

 

すると暁は立ち上がり、半泣きになって反論する。

 

「いやいやいや!むしろなんで君らはそんなに冷静なのさ!宴なんかやっちゃってなに馴染みまくってるのさ!?猫耳に犬耳にエルフっぽいのまでいるんだよ!?こんなの、ありえないじゃないか!?」

 

「でも、ありえちゃったから今あたしたちここに居る訳だし」

 

「つーか別にありえなくはねぇだろ。別の世界の存在を否定できた人間なんて今まで一人もいない訳だし」

 

「動揺する気持ちは分かるが落ち着きたまえ。ありえないと否定した所で目の前の現実は変わりはしない。それにアカツキも墜落現場は見ただろ。あの状態で我々が生きていることそのものがありえないのだ」

 

司の言葉に暁は何も言えなかった。

 

飛行機の墜落現場はそれは酷い物だった。

 

修斗も自身の目で見るまでは信じられなかったが、見た瞬間、その有り得ないと言う事を否定した。

 

飛行機の機首は赤土が剥き出しになってる谷の壁にめり込み、胴体は骨組みしか残っておらず主翼と尾翼は千切れてバラバラになっていた。

 

あの状態で人が生きていることは物理的にありえなかった。

 

だからこそ、ありえないを否定で来たのだ。

 

「今、我々がすべきことは耳を塞ぎ、目を瞑ることではない。この見知らぬ世界を是が非でも息抜き、元の世界に帰る為の方法を探すことだ。違うかね?」

 

司に正論を矢継ぎ早に言われ、暁の気勢が衰える。

 

そんな暁の方を忍は叩き言う。

 

「大丈夫だよー。暁ちん一人で迷い込んだならともかくここにはあたしたちも居るんだから。皆で力を合わせればなんとかなるって!」

 

「……わかったよ」

 

その言葉に元気を付けられ、暁はようやくこの事態を受け止めることが出来た。

 

「では、本題に移るが、今忍が言ったように、この事態に対処するには我々八人全員の力が必要だ。この世界に対する知識が殆どない状態で個人個人バラバラに動いていては効率も悪い。そこで諸君には私の指示に従ってチームとして動いてもらいたい。構わないだろうが?」

 

「拙者は考えることが苦手故、かまわんでござる」

 

「わたくしも異論はございませんわ」

 

「僕も構わないよ」

 

「あたしも全然OK」

 

「まぁ、妥当な人選だろーな」

 

「お前以外に適任はいない。俺も賛成だ」

 

林檎も頷いた所で、司が話を始める。

 

「ありがとう。では、基本の方針だが暫くはこの村に留まろうと考えている」

 

「ええ!?」

 

司の提案に異論の声を上げたのは暁だった。

 

「な、なんでさ!?すぐにでも帰る方法を探し回るべきじゃないの!?」

 

「プリンス。そりゃ俺は反対だ」

 

暁の意見に対して、勝人がすぐさま反論する。

 

「他の所の住人がウィノナさんたちみたいに親切とは限らねーし、何より俺たち自身がこの世界の事を知ら無さ過ぎる。あてもなし、知識も無し。生活基盤も無し。無い無い尽くしのスッポンポンで見知らぬ土地をあてもなく徘徊するのはリスクがデカすぎる」

 

「そうですわね。今分かっているのは、文明水準が地球史の大航海時代……中世に似ている、ということぐらいですもの」

 

「だがそれも、あくまで似ているってだけだ。事実、この国には竜もいれば魔法もある。似ているだけの情報じゃあてにはならない」

 

「だねぇ。ま、正直トイレの文化があったのは助かったよー」

 

「それな」

 

「わかりますわぁ」

 

「確かに有難かった」

 

「欲を言えば風呂も欲しかったでござるな~」

 

「まぁ、つまりはそう言う事だ。逸る気持ちはわかるが、当面はエルム村の住人の生活圏の中で探索を行う。分かってくれたかね、アカツキ?」

 

「う、うん。分かったよ」

 

「結構。では、この方針の元我々のやるべきごとを整理する」

 

司はそう言い、指を三本立てる。

 

「やるべきことは大きく分けて三つ。一つはこの世界の情報収集。ショーニン(勝人)も言ったが、我々はこの世界についてあまりに知ら無さ過ぎる。この国、フレアガルドの文化や歴史、政治、法律や使用通貨から日常品の価格相場、宗教、そして魔法。まずはエルムに拠点を置き、この国の様々な情報を収集することに努める。二つ目は元の世界に帰る方法を探すことだ」

 

「今の所の手掛りはウィノナさんが言ってた“八人の勇者”の話か」

 

「それなら一つ目の情報収集と並行して進められるだろう」

 

「うむ。この世界の事を理解できる様になれば、情報収集の比重をこちらに移していく。そして……三つめだが、これが一番大事な事だ。この村の財政を立て直すことだ」

 

三つめのやることに対し、全員が納得顔をして深々と頷いた。

 

「流石に迷惑を掛けるだけ掛けてさようならというわけにはいきませんものねぇ」

 

「拙者らが受けた恩は一宿一飯どころではない故、しっかりと恩返しをせねばならんでござるよ!」

 

「そう言う事だ。どれ一つとっても我々には重要な事。故に各々の適正に合わせ作業を分担する体制を取ろうと、私は考えている。ここまでで異論はあるかね?」

 

一同は質問に対し無言で異論がないことを示す。

 

「では、諸君ら個々人への当面の指令(オーダー)を伝える。まず葵君。君は私達の中で随一の戦闘能力を持っている。君なら狩人たちの狩りに参加しても邪魔にならないだろう。村の男衆の仕事を手伝って、村の財政を支えてもらいたい」

 

「心得た。幸い拙者の愛刀・鬼灯丸はぶじでござったからな。虎だろうがライオンだろうが狩って見せるでござる」

 

「ライオンはこの辺りにいないだろうが、村長曰く“森の主”と呼ばれる身の丈五メートルを超える熊は出るらしい」

 

「魔物かよ」

 

「ドラゴンもいる世界だ。居ても不思議じゃない。葵君にこんなことを言うのは釈迦に説法と言うものだろうが、十分気を付けてくれたまえ。次、林檎君」

 

次に名前を呼ばれ、林檎は小さな体をびくっと震わせ、身構える。

 

「君に頼みたいのは通信手段の確保だ。私たちは各々携帯通信端末を持っているが、この世界では使う事が出来ない。このままでは離れた所に居るメンバーとの情報交換に支障が出る。そこで、君には我々の持つ端末をこの世界でも使える様に改造してもらいたい。可能かね?」

 

その質問に林檎はおろおろと困った様に司と仲間たちを交互に見て、最後に修斗の方を見た。

 

ここにいる者たちは、全員が中学生時代の同級生だが、極度の人見知りである林檎がまともに話せるのは、中学時代の“ある事件”以来信頼を置いている司と、自分を気に掛けいつもさり気なくフォローし守ってくれていた修斗の二人だけである。

 

修斗は、林檎が声を出すのが恥ずかしいのだと知ると、「俺から伝えても構わないぞ」と言う。

 

すると林檎は安堵の表情になり、修斗に近寄り、耳打ちする。

 

「……え、と……できる、よ。ノートパソコン、無事だったし、材料も飛行機の残骸からとってくれば……なんとか」

 

「分かった………結論を言うと可能らしい」

 

「そうか。工具は持っているのかね?」

 

司の言葉に林檎は頷き、両手を叩く。

 

すると、部屋の壁に立て掛けてあった林檎の大きなリュックサックの中から、無数のマニピュレーターが蜘蛛の足の様に飛び出す。

 

「うわ!?びびび、びっくりした!」

 

「すげー。マニピュレーターの先端がいろんな工具になってんのか。こりゃ便利そうだ」

 

このリュック一つでペンチやドリルの基本的な工具の役割を果たし、更に溶接や旋盤、レーザー加工まだ、殆どすべての工業的作業を行う事が出来る。

 

「でも、充電はどうするの?」

 

「それも大丈夫だそうだ。あの飛行機の動力は林檎が作った“小型原子炉”だ。林檎が言うには、墜落現場には放射能汚染は無かったらしい。つまり、動力部は無事だ。電力はそれで当面は賄えるらしい」

 

「それは頼もしい。早速明日から取り掛かってくれたまえ」

 

「………う、ん…」

 

肯定する林檎だったが、返事に僅かな間があった。

 

それに修斗と司はすぐに気付いた。

 

「林檎、言いたいことがあるなら言った方がいいぞ」

 

「……!」

 

指摘され、林檎はまた肩が撥ねる。

 

林檎には司からの指令(オーダー)以外にやりたいことがあったのだが、それを言うと顰蹙を買ってしまうのではと思い、言い出せなかったのだ。

 

そんな林檎に修斗は優しく頭を撫でる。

 

「大丈夫だ。別に言ったって誰も怒ったりしねぇよ。むしろ、言ってくれた方が今後の為に役立つ」

 

「ああ、その通りだ。林檎君、何か思う事があるのなら遠慮なく発言してくれたまえ。その方が、指示を出す私も助かる」

 

二人に後押しされ、林檎は少しほっとした表情になり、また修斗に耳打ちする。

 

「………えと、ね?……あの墜落現場に行った時……機首がめり込んでた赤い谷の壁を見て……もしかしてと思って、これで、調べた……んだけど」

 

そう言って、林檎は自分が被っている帽子についてる作業用ゴーグルを指差す。

 

ゴーグルも林檎の発明品であり、ズーム機能を始めとし、機械内部のスキャニングや、物体や大気の構成元素比を割り出すアナライズなど、非常に多種多様な機能を備えている。

 

それを指差し、出た結果を修斗に言う。

 

「なるほどな。どうやら、墜落現場のあそこは、ボーキサイト鉱床があるそうだ」

 

思いがけない情報に修斗を始め、司も勝人も忍も驚きの声を漏らす。

 

「あのさ、名前は聞いた事あるんだけどボーキサイトってなんだっけ?」

 

理解ができていなかった暁が尋ねて来る。

 

「アルミニウムの原料だ。基本温暖多湿な環境で作られるモンだが、星の環境は一定じゃないからな。地層によっては寒い地方でも出土される」

 

勝人が暁にそう説明してる中、林檎は続ける。

 

「……わたし、は……そのボーキサイトを使って、アルミニウムを製造したい、の……手軽に使える金属がある程度ない、と……わたしは、あまり……役に立てないから……」

 

「精製設備の方は作れるのか?」

 

「……えと……設計図は、頭の中にあるから………三日もあれば…作れる…」

 

「分かった。司、俺はとしては林檎の意見に賛成だ。手軽に使える金属を常備しておけば何かと便利だからな」

 

「確かにアルミがあれば便利だろう。だが、必要電力を“小型原子炉”で賄えるとしても、電解製錬炉や出来たアルミを加工する設備を製作するには、飛行機のスクラップだけでは資材が足りないな」

 

「なら、俺のやるべきことは決まったな」

 

勝人は白い歯を口から覗かせ笑う。

 

「話が早くて助かる。来週、金庫番のエルク君が村の女衆が作り溜めた工芸品を街まで売りに行くらしい。その収入で冬の蓄えを購入するわけだが、そこでショーニンには、エルク君と共に街に出向き、全力で荒稼ぎをしてもらいたい。そして、稼いだ金で村の蓄えを購入し、余剰金で林檎君のリクエストした品を集めれるだけ集めて来てくれたまえ」

 

「荒稼ぎってとぉ……分かりやすい指示だがもーちょっと品の良い言い方できねーの?エルクを手伝ってほしい、とか」

 

「他人の手伝いをするような人間ではないだろう、お前は」

 

「……流石は幼馴染。よーくわかってらっしゃる」

 

勝人は嬉しそうに笑い、肩を揺らす。

 

「この世界に存在する物なら必ず全部揃えてやるよ。例え、その街に売ってなかったとしてもな。……一番の問題はあの美しいウィノナさんの遺伝子を一欠片も受け継いでる気がしない品の無い野郎が、俺の同行を赦してくれるかだが」

 

「それに関しては問題無い。私が直接村長に交渉して、同行させてもらえるようにした貰おう。任せてくれ」

 

「なら結構。そっちは任せたぜ」

 

「そして、アカツキと桂音君」

 

次に、司は暁と桂音の方に視線を移す。

 

「二人には、私と村に残ってリルル君たち村の女衆の手伝いだ。作業が分からない時は村人に聞く様に、また手隙の時は、林檎君の手伝いもしてくれ」

 

「お任せください」

 

「いい采配だね!安全そうなのが最高!」

 

「素直で結構……次にシノブ」

 

「はいはーい。シノブちゃんは何をすればいいのかにゃ~?」

 

「ショーニンと共に、街に行ってこの世界の情報を出来る限り集めてほしい」

 

「具体的には?」

 

「全部だ。歴史、政治、文化、魔法………浚えるものは何もかもだ。そして、同時並行でウィノナさんが言ってた“八人の勇者”について探れるようなら探ってくれ。ただし、無理はしなくていい」

 

「ニンニン♪おまかせて!いい加減動かないと足がなまっちゃうしね」

 

ジャーナリストにして忍者の子孫である忍にこれ以上ない相応しい指令であり、忍は満足げに了承した。

 

「最後に修斗。修斗もショーニンと共に街に行って欲しい。君にはシノブの護衛をしてもらいたい」

 

「なるほど。情報収集となれば危険が付きまとうしな。分かった。引き受けた」

 

「よろしく頼む。あと、これはショーニンとシノブ、修斗以外への追加指示だが、これを暇な時にでも覚えて置いて欲しい」

 

そう言って、司はスーツの棟ポケットから紙を出し、見せる。

 

そこにはびっしりとミミズの様な文字が、日本語とセットで書かれていた。

 

「これってもしかして、この世界の文字?」

 

「“アルト語”と言うらしい。それはリルル君の協力を得ながら療養中に作った、日常的に使われることの多い“アルト語”の一覧と文法の教科書だ。ショーニンとシノブ、修斗にはもう覚えてもらったが、君達も覚えられるだけ覚えて置いてくれたまえ。読み書きが出来た方が行動の幅が広がるからね」

 

「僕……勉強は苦手なんだよなぁ。けど、不思議だよね。文字は違うのに、なんで日本語が通じるんだろう?」

 

暁の質問に司は首を振る。

 

「さあね。天文学的な偶然で発音も意味も一致していたのか、はたまた何か超常的な力が介在しているのか………どのみち現段階では答えの出せない問いだ。それに、今更不思議やありえないの一つや二つ、増えた所で気にしても仕方あるまい」

 

「うむ、便利なのは良い事でござるよ」

 

「仮に知っても地球に帰る為に役立つとも思えないから、ぶっちゃけどうでもいい」

 

「……基本的にみんなってリアクションが薄いよね」

 

「にはは。まー考えても答えが出ることじゃないからねー」

 

「そういうことだ。さて………私からの指令は以上となるが、何か質問は?」

 

その問いに一同は沈黙を返す。

 

「皆、突然このような非現実極まる事態に巻き込まれ、自分達が地球に変えることが可能なのか内心不安だと思う、だが、不安がることは無い。思い出してほしい。無理・無謀・不可能・非現実的………そんなもの、我々は此処に来るまで数えきれないほど、越えてきたはずだ。それ故に、我々は“超人高校生”などと呼ばれている。今この場にはそんな人間が八人も揃っている。ならば、不可能なことなどあろうはずがない。むしろ余分過ぎるぐらいだと思わないか?」

 

「ふふ、確かにその通りですわ」

 

「ああ、むしろ俺達がこのささやかな世界を引っ掻き回しちまわないかが心配だぜ」

 

「下手すりゃ、この国奪い取ることも出来るかもな」

 

「だろう?だからまぁ、精々気楽に行こう。我々があまり本気を出し過ぎると、この世界を壊してしまうからね」

 

司の余裕をにじませた言い様に、七人は皆不敵に笑う。

 

「「「おうっ!」」」

 

声を大にして、地球への帰還を誓い合ったのだった。

 



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第五話 SPの活躍

ある日、司たちが日々の食卓に少し変化をもたらす為、大量にとれた鶏卵でマヨネーズを作っていた。

 

リリナや村の子供たち、そして子供の相手をしていた暁を交えてやっていた。

 

そんな中、修斗は葵と一緒に薪割をしていた。

 

何故、狩りの手伝いをしている葵が居るのかと言うと、彼女は狩猟隊から外されたのだ。

 

決して葵の戦闘力が劣っているわけではない。

 

むしろ強すぎたことが問題だった。

 

強すぎる為、葵はその場にいるだけで剣気や覇気をまき散らしてしまい、獲物の動物たちが怯えて姿を見せなくなってしまったのだ。

 

これではダメだと村長は判断し、葵は薪割を担当することになった。

 

修斗はと言うと、来週に勝人たちと共に街に行くまでの間、仕事が無かったのでこうして薪割を手伝っている。

 

「はぁ~……」

 

葵は溜息を吐き、黙々と薪を割って行く。

 

「葵、そんなに落ち込んでも仕方ないだろ」

 

「しかし、修斗殿!拙者は……拙者は……皆の手伝いをするどころか足を引っ張ってしまったでござる!拙者は………誰の役に立てないごく潰しでござる!うわ~~~~~~ん!」

 

とうとう泣き出してしまう葵。

 

そんな葵に修斗は困った様な表情を浮かべ、薪を割る手を止める。

 

「泣くなって。別に役に立ってない訳じゃないだろ。実際、お前は薪割をして皆の役に立ってる。それにほら、俺がこれだけの薪を割る間に、お前は俺の倍以上の薪を割ってる。そんなお前を誰が役立たずだって言うんだよ」

 

修斗はそう言って、笑う。

 

「もっと自信持てよ。お前は十分すぎるぐらいに役に立ってる」

 

「修斗殿………かたじけない。少しだけではあるが、自分に自信が持てそうでござる」

 

葵は涙を拭き、少しだけではあるが元気になり、薪割を再開する。

 

(近いうちに、司の奴にフォローを頼まないとな)

 

そんなことを考えながら、修斗も薪割を再開しようとする

 

「なんだいアンタたちッッ!!」

 

その時、尋常ではないウィノナの怒鳴り声が聞こえ、修斗は手を止める。

 

「今のはウィノナ殿の……!」

 

「葵、ここは任せた!」

 

斧を置き、修斗は怒鳴り声が聞こえた方向に走る。

 

すると、村の入口に簡素な作りの馬車と四人の剣を持った男がいた。

 

「ショーニン、何があった?」

 

すると、司も現れ、勝人に何があったのかを尋ねる。

 

「兵士の巡回だとさ」

 

「兵士……にしてはあまり歓迎されてない様だな」

 

修斗が呟くように言うと、勝人の隣に居た忍が答える。

 

「男の人らが狩りに出かけてる時にやってきては、お酒や食べ物をせびってくるんだって」

 

「それでウィノナさんは怒っているのか」

 

初めて兵士を目にする司は、その姿を注意深く観察する。

 

修斗はと言うと、腰のホルスターに収めた銃にひそかに手を伸ばし、相手の動きに注意しつつ、監視する。

 

(……四人の内三人は青銅で作られた兜に、胸当てのみ。後ろにいる一人は青銅の鎧にマントを付けてる……おそらくアレが隊長だろう)

 

「だから言ってるだろ!この村にはアンタらに飲ませる酒も、食わせる肉もありゃしないって!全部、領主さまに召し上げられてるんだ!どうしても酒が飲みたきゃ領主さまに言うんだね!」

 

「おいおい女。口には気を付けろよ。ここにおわすのはフレアガルドの《帝国騎士》シード様だぜ?お前らみたいな平民が気安い口を聞いて言いおかたじゃないんだ」

 

「それに、シード様は親切心で言ってやってるんだぜ?麓の村の民家が盗賊に襲われて、家にいた女やガキは殺された話は聞いてるんだろ?最近ここも物騒だから、男衆がいない間守ってやるって言ってるんだ。偉大なる領主フィンドルフ様の兵士である俺たちが此処にいれば、賊なんて来るわけないからな」

 

「でも、俺らを追い出したらどうなるかは知らねぇぜ?件の賊は剣どころか鎧まで着てるって話だからなぁ。女子供だけでどうにかなるといいなぁ?」

 

兵士たちは下卑た笑いをし言う。

 

「アンタら……まさか!」

 

その笑いと兵士の目に何かを感じ取り、ウィノナは表情を険しくする。

 

そこで、今までふんぞり返って話を聞いてるだけだった鎧を着た男がウィノナに近づいた。

 

「そう怖い顔するなって。俺は帝国の平和を守る騎士としてお前達を心配してやってるんだ。俺たちがお前を守る。その代り、少しもてなしして欲しいだけじゃねぇか。………それに、テメェも旦那に先立たれて溜まってるんだろ?なんなら、俺が直々に相手してやってもいいんだぜ?」

 

下種な事を言い、男はウィノナの胸に触れようとする。

 

だが、その手を司が掴んで止めた。

 

「ご婦人の乳房に遠慮なく手を伸ばすとは、確かに手癖の悪い賊がいるようだ」

 

司はウィノナを庇うように立ち、兵士の手を強く握る。

 

「なんだテメェ!」

 

兵士は司の手を振り払い、怒りを露にする。

 

「先月からこの村に住まわせてもらってる者だ。兵士諸君、折角のご厚意痛み入るがお引き取り願おう。この村は安全だ。そう、たとえ……兵士の恰好をした賊が四人ばかり現れてもね」

 

司は騒ぐ兵士たちを冷めた目で睥睨する。

 

「お引き取りを願おう。どうしても何か食わせろと言うなら、芋ぐらいならご馳走しよう」

 

「貴様……地を這う獣にも等しい平民の分際で、《青銅騎士》の爵位を持つこの俺を邪険にするか。どうやら立場が分かっていないようだな………」

 

男、シードはよく手入れされた剣を抜き、叫んだ。

 

「《帝国騎士》である俺への侮辱はフレアガルド帝国への侮辱!そして、偉大なる皇帝陛下への侮辱である!者ども!この愚かな平民を無礼討ちとせよ!」

 

「「「オオオオォォォォ!!!」」」

 

シードの号令に、他の三人の兵士たちも剣を抜き司に襲い掛かる。

 

「ツカサ、逃げな!」

 

ウィノナは血相を変え、司を逃がそうとする。

 

「大丈夫だ。問題は無い」

 

司は逃げもせず、かと言って迎え撃とうともしない。

 

兵士が剣を振り下ろしたその瞬間、修斗が間に入りその剣を素手で挟んで止めた。

 

所謂、真剣白羽取りである。

 

「なっ!?」

 

剣を止められ、兵士が驚く。

 

修斗は、その剣を挟み込んだまま捻り、兵士は剣を離してしまい、そのまま回転するかのように地面に倒れる。

 

倒れた所を、追い打ちを掛ける様に足で顎を蹴り、脳震盪を起こさせ、行動不能にさせる。

 

「うおおおおおお!!」

 

二人目が剣先を修斗に向けながら、突進して来るがそれを避け腕を脇で挟み込み、そのまま特殊警棒を抜き、腕の関節目掛け振り下ろす。

 

「あぎっ!?」

 

兵士は痛みに耐えかね、剣を離してしまう。

 

修斗は警棒を離すと、両手で腕を掴んで、そのまま一本背負いをする。

 

背中から地面に叩き付けられた兵士は、肺の中の空気を吐き出し、空気を求めて一瞬無防備になる。

 

その間に、襲い掛かって来た三人目の剣を躱し、警棒を拾うとそのまま脛、鳩尾、脇の順に叩き、最後に顎を目掛け、下から叩き上げる。

 

そして、咳をして苦しんでいた兵士の首を後ろから叩き、意識を奪う。

 

「き、貴様ああああああ!!」

 

シードは自棄になり、剣を振り回しながら修斗に斬り掛かる。

 

だが、修斗はその剣を躱し、そして、タイミングを合わせて警棒をシードの剣に叩き込んだ。

 

すると、剣は真ん中から先が折れてしまった。

 

「なっ!?」

 

「剣ってのはな、横からの衝撃に弱いんだ。覚えて置け」

 

そう言い、足を叩き、膝を付かせると、警棒を喉に突きつける。

 

「司の奴は一々遠回しに言うから分かりにくいだろ。だが、俺は違う。はっきり言わせてもらおう。命が惜しかったら、この村に手を出すな。次は本気で殺す」

 

シードは一瞬で理解した。

 

最下級の《青銅》とは言え、騎士爵位を持つ自分に兵士三人を一人で返り討ちにする修斗の実力は本物であることを。

 

もし修斗が最初から本気で行ってれば自分たちは死んでいたことを。

 

そして、修斗は自分を殺すことに躊躇いも恐れも無いことを。

 

「ひ、ひいいいいい!!?」

 

「た、隊長!?」

 

「ま、待って下さい………!」

 

意識を失った兵士を抱え、二人の兵士もシードの後に続いて慌てて馬車に乗り込む。

 

情けない姿で遠ざかる馬車の姿に、村中から歓声が上がる。

 

「すごい!お兄ちゃん、凄い!」

 

「かっこいい!」

 

「そんな細い体で、男四人を返り討つなんて見かけによらず、強いんだね!」

 

「これでも鍛えてるからな。それに、この程度脅威にすらならない」

 

警棒を仕舞い、修斗は言う。

 

何しろ修斗は警視庁警護課警備部の第零係と言う所の所属で、通常のSPよりも危険な要人護衛任務を任されたりしており、複数人から護衛対象を守ると言うことなど当たり前のようにこなしてきた。

 

更に、彼は総理専属特別護衛官と言う役職も持っており、旧体制の既得権益者の怨みを一身に集める司の身を常に守り抜いて来た。

 

司に差し向けられた殺し屋の数は両手の指どころか、足の指を加えたって足りない程だ。

 

修斗はその殺し屋たちを全員返り討ちにし、時にはその腕を見込んで第零係に引き込んだり、司の護衛役として採用したりしている。

 

事実、現在、司の護衛役をしている張首席秘書官も元々は司に向けられた刺客だった。

 

つまり日本に留まらず世界に置いて修斗以上に死線を潜り抜けた者はいないと言っても過言じゃない。

 

「流石は修斗だ。見事な手際だった」

 

「この程度、お前一人でもやれただろうが、俺はSPだからな。お前の身を守るのが俺の仕事だ」

 

「なら、私とついでに村も護ってくれるか、井上修斗特別護衛官?」

 

「はい、総理の仰せのままに」

 

「ツカサさん!何を考えているんですか!?」

 

歓声の中、リルルだけは眉を吊り上げ、怒っていた。

 

「剣を持った相手に立ち向かうなんて………!シュートさんが間に入らなかったらどうなっていたか……」

 

「しかし、あの程度の練度の相手なら私でも対処は出来る。修斗の様にスマートとはいかないが、あの程度なら相手にならないさ」

 

「それでも無茶過ぎます!」

 

「………心配させてしまってすまない。だが、私の恩人が辱めを受けようとしているのを放って置くことは出来なかったのだ。許してほしい」

 

「ツカサさん………」

 

そう言われてリルルは強く責められなかった。

 

「しかし、平然と非武装の相手に攻撃を仕掛けて来るとはな………貴族なら平民を殺しても罪にはならないのか?」

 

修斗が尋ねると、ウィノナが答えた。

 

「そうだよ。罪になんかならないねぇ」

 

「無礼討ちとか言ったか。そう言えば、日本にもあったな………不愉快な話だ」

 

「でも、いいのかよ?あんなチンピラでも領兵だぜ。こんなこと、あんな馬鹿共を野放しにしてる領主の耳に入ったら、面倒な事になるんじゃねぇか?」

 

勝人の懸念は司も考えていた。

だが………

 

「そのことなら心配しなくてもいい。先んじて手は打ってある」

 

司の行動は早かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司は暁を先程の兵士たちに差し向け、得意のマジックで様々なトリックを披露し、自分達には魔導師の味方が居るように見せ、抑止力にした。

 

予想は的中し、兵士たちは暁を魔導師だと思い込み、腰を抜かし、失禁しながら助けを請うた。

 

楔は打ち込まれ、村に訪れた騒動の種は司の機転と暁の手品で見事摘み取られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、その日から暫く、パンにも野菜にも、シチューにすら、司たちが作ったマヨネーズが使われ、超人高校生たちは精神的な胃もたれに苦しんだそうだ。



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第六話 最低最悪の領主

エルム村から山道を下りると、麓には広々とした麦畑と高い城壁に囲まれた巨大な城がある。

 

そここそが、この一帯の領主であるフィンドルフ侯爵の城だ。

 

外壁にまで白亜の塗装、城の屋根には純金による塗装が施されており、城主の品性が否応なしに伺える。

 

今日は、後期税を納める日なので石造りの城石の門は開かれ、周囲の村々から荷馬車が続々とやって来て作物や工芸品を納めている。

 

そんな中、修斗と忍の二人は脇道の木陰に隠れる様に積み荷の番をしていた。

 

エルクの、「余分な荷物を持ったまま城内に入る徴税を受けると、確実に余計に税を持っていかれるから、税額分以上は持ち込まないようにする」と言う提案を受け、町で売りに幾分かの積荷は下ろしていた。

 

そして、その荷物の番として忍と修斗の二人が残った。

 

エルクは城で積荷の受け渡しをしなくてはならないし、勝人も今後の為にも積荷の受け渡しなどを知っておく必要があり、同行しなくてはならなかったので、必然と修斗と忍の二人が残された。

 

「しっかし、あの城の趣味は酷いな。領主のフィンドルフとかって言う奴はきっといやらしい人間だな」

 

「だねー。それにきっとセクハラとか賄賂とか、叩けば叩く程色々裏が出てきそうだね。あたしのジャーナリストとしての勘がそう訴えて来るよ」

 

「忍の第六感ってのは馬鹿に出来ないからな。お前がそう言うなら、そうなんだろうな」

 

「もっと褒めてもいいんだよ!なんだったら、キスしてくれたっていいよー」

 

「調子に乗るな」

 

額にでこピンをかまして、修斗はそっぽを向く。

 

「ちぇー……お茶目なジョークなのに……」

 

忍はぶつくさと文句を言い、髪の毛の毛先を弄り出す。

 

そこにガラの悪そうな男が三人現れる。

 

「ようよう、兄ちゃん。随分とぺっぴんなねえちゃん連れてるじぇねぇか」

 

「ちょっと俺達にもそのねえちゃん貸してくれよ」

 

「いつ返すかは分かんねぇけどな」

 

下卑た笑みを浮かべ、男たちは忍をいやらしい目つきで見て来る。

 

「ついでだから、兄ちゃんの身ぐるみ全部頂こうか」

 

「あまり変な真似しない方が身の為だぜ」

 

ナイフを取り出し、男たちは修斗ににじり寄って来る。

 

それに対し、修斗は溜息を吐く。

 

「今時、絵に描いた様なチンピラがいるとは驚きだな」

 

「いやいや、ここあたしたちがいた世界じゃないからね」

 

呑気にそんな会話をする二人に、チンピラたちはイラッと来て怒りを露にする。

 

「何、余裕こいてんだテメー!?ぶっ殺されてぇのか!?」

 

そう言った瞬間、男の意識がナイフから外される。

 

そして、修斗は腕を振り上げナイフを弾き飛ばす。

 

「へっ?」

 

男は一体何が起きたのか分からず、唖然とする。

 

唖然としてる間に、修斗は男の喉目掛け拳を放つ。

 

喉を殴られ、男は悶絶しながら地面に転がる。

 

すぐさま、もう一人の男の腕を掴み、捩じ切るように捻って地面に膝を付かせる。

 

「アタタタタタタ!!?」

 

その間に、忍は最後の男相手に関節技を極めつつ、スタンガンを押し当て意識を奪っていた。

 

「忍、こっちの二人も頼む」

 

「OK♪」

 

修斗が倒した二人にもスタンガンを押し付け、意識を奪う。

 

倒したチンピラはそのまま地面に重ねる様に放置して、二人は勝人たちの帰りを待つ。

 

暫く雑談をしながら帰りを待っていると、二人が足早に帰って来た。

 

「やっほー。お帰り二人とも」

 

「よぉ、お疲れさん」

 

手を上げ、出迎えると、エルクは二人の隣に重ねる様に倒れているチンピラを見て驚く。

 

「なんだそいつら?」

 

「ナンパ?シノブちゃん可愛いから☆」

 

「違うだろ。ただの追剥だ。俺から身ぐるみ奪おうとして、さらに忍も連れ去ろうとしてた」

 

「お前ら二人を狙うとは運の悪い奴もいたもんだな」

 

「これ、あんたらが倒したのか?」

 

「当たり前だ」

 

「まぁ、あたしが倒したのは一人だけだけどね」

 

エルクは細い体の修斗と女である忍に積荷の番をさせるのを危ないと思っていた。

 

修斗に関してはあの時、狩りに出ていたから実力を知らなくても無理はないが、忍に関しては完全に女だからと侮っていた。

 

「言ったろ。コイツラなら、問題無いって。そこら辺の男じゃ忍には勝てないし、修斗がいる以上守りは安全だって」

 

「お安いご用ですとも。ニンニン」

 

「荷物の警備なんて久々にやったぜ」

 

地面に転がり痙攣してる三人の盗賊を見て、エルクは若干冷や汗を掻く。

 

「にしても、ちょっと待ってるだけで襲われるなんて、治安の悪い所だねぇ」

 

「……前の領主が病死するまではここまでじゃなかったんだがな。今の領主はとんでもねぇ大馬鹿野郎なんだよ」

 

「ああ、それは城のセンスから見ても分かる」

 

「アイツに代替わりしてから治安は悪くなったし、税も三倍近く高くなった」

 

「そりゃやってられねぇな」

 

「街頭の安全や俺達の生活なんざ、どうなろうと知った事じゃねえのさ。騎士も領主も、貴族って連中はどいつもこいつも平民の事なんざ、野犬程度にしか思っちゃいねぇ」

 

吐き捨てる様にエルクは言い、城を見上げる。

 

黄金の屋根が日の光で輝く姿は、まるで欲望を具現化した様な姿だった。

 

それを忌々しげに見つめ、エルクは続ける。

 

「でも……金を取られるだけならまだマシだった。だけど、あの野郎は“初夜権”なんて、とんでもない制度まで作りやがった」

 

「え?なーにそれ?」

 

「この領の女は結婚したら、夫より先に領主に抱かれて処女を捧げなきゃならねえんだ」

 

その言葉に修斗と忍、勝人も驚いた。

 

「はぁ!?なにそれ~!パワハラここに極まってるじゃん!信じらんない!」

 

「それが曲り通るのがこの国ってか………胸糞悪い」

 

「なるほど。だから、あの時リルルを隠したのか」

 

「そう言う事だよ。アイツはちょっとこの辺では見ないレベルで見た目が良い。あんな変態に目を付けられたら碌な事になんねーのはわかりきってるからな」

 

「あ、そうなんだ!やっぱりエルム村の皆は優しいね!」

 

嬉しそうに言う忍に、エルクは眉を顰める。

 

「他人事みたいに言ってんなよ。あんただって、その、結構綺麗だから、危ないんだぞ」

 

「あれ?あれあれ~♪もしかして、あたしのこと心配してくれてるの?」

 

「別にそんなんじゃねえよ!誰がテメェらみたいな得体のしれない連中心配するか!」

 

顔を赤くしてそっぽを向くエルク。

 

突然村に転がり込んできた八人に好意的な態度を見せてはいないエルクだが、根は優しいのが分かった。

 

彼もまたエルム村の人間で、ウィノナの息子であった。

 

「んふふ。ありがと、でも大丈夫。シノブちゃんは早々簡単には捕まらないし、危なくなってもしゅーくんが護ってくれるしね」

 

そう言って忍は嬉しそうに修斗の腕に抱き付く。

 

「あまりくっ付くな。歩きづらいし、いざって時に護りにくいだろ」

 

「いいじゃん♪いいじゃん♪」

 

「良くない」

 

そう言って修斗は忍を引きはがす。

 

忍はぶーぶーと文句を言っていたが、その時、勝人が口を開く。

 

「つーか、そもそも忍、お前処女じゃなってまて人間の肘はそっち側には曲がらないいいぃいい!!」

 

「え?何?何言ってるの?シノブちゃんなんのことだがわかんないにゃー☆」

 

「忍、程々にしておけよ」

 

「……労働力にならなくなるから腕は折るなよ。ここからドルムントまで馬車で半日かかるんだ。さっさと積荷を詰み直すぞ」

 



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第七話 別行動のSPとジャーナリスト

エルクからこの世界の事や村の事、フレアガルドの事を聞かせてもらいながら馬車に揺られて数時間後。

 

「……!」

 

突然勝人が立ち上がり、夕日が沈む方向を見つめる。

 

「どったのまーくん?」

 

「間違いねぇ、金の匂いがする」

 

その直後、丘を登り切った四人の視界に、城壁で囲まれた巨大な都市が飛び込んできた。

 

その都市こそ、四人が目指している商業都市“ドルムント”だ。

 

「どういう嗅覚してんだよ、アンタ………」

 

「勝人なら5km先に落ちたコインの音も聞きけそうだな」

 

「引くわー」

 

凄いと言うより呆れたと言わんばかりに視線を向ける三人に構わず、勝人は夕日に染まる石造りの大都市を見つめる。

 

「立派な都市だな。これ外周全部砦で囲ってるのか?」

 

「ああ。ドルムンドはフィンドルフ侯爵領最大の商業都市だからな。この領の殆どの物流はここに集まる。フィンドルフ領唯一の港もここにあるから、他の地方や新大陸の植民地とかからの商船もここに来る。そんな場所だから産業も人口も多い。フィンドルフ領の心臓と言ってもいい場所だ」

 

「人口はどれぐらい居るのん?」

 

「正確にはわかんねーけど、親父から聞いた話だと、住人は十万人ぐらいだったかな。それに余所の村や小さな町から来る奴等や、領外から来る船なんかもあるから、人数だけならもっと多いと思うぜ」

 

「いいねぇ。よし、稼ぎまくってウィノナさんにプレゼントを買って帰るとすっか!」

 

「…お前、おふくろのこと好きなの?」

 

「当たり前だ。あんなチャーミングで、それでいて根はしっかりした大人な女性、好きにならないわけがねえさ」

 

「まーくん、年上好きだもんね」

 

「自立した強くて美しい女性が好きなんだよ」

 

「理解できねぇ。特に根がしっかりしてるってあたりが。年甲斐も無くいつもはしゃぎ回って全然落ち着きがねぇし。つーかどのぐらい歳が離れてると思ってんだ。おふくろも流石にその気になれねぇよ」

 

「別にいいんだよ。美しいお姉さまのために金を使う。それが俺のモチベーションなんだからな」

 

「訳分かんねぇ」

 

エルクはそう言い、溜息を吐く。

 

明日食べる物にも困る時代。

 

男女の恋愛は、貴族の娯楽であり、平民にとっての恋愛とは、結婚と子作りを前提とした、村を存続させるための義務でしかなかった。

 

「まぁ、アンタがどういうつもりでおふくろに近づこうがそりゃアンタの勝手だがよ、でも、土産はあきらめることだな。そんなモン買う余裕ねえだろうからな」

 

「そこは俺が上手いこと交渉して稼いでやるさ」

 

「………そう言う以前の問題なんだよ」

 

「あん?」

 

意味深なエルクの言葉に勝人は首を傾げる。

 

「街に行きゃ、嫌でも分かるさ」

 

エルクはそう言い、四人を乗せた馬車は街の中へと入った。

 

税関を抜け、市内に入れたのは地平に太陽が隠れ始めた頃。

 

舗装されてない道路をしばらく直進すると、大きく拓けた空間に出る。

 

そこは、例えるなら渋谷のスクランブル交差点の様に、人が無秩序に歩き回っていた。

 

「わ~!流石十万人規模の大都市だね!人がいっぱいだよ!なんかずっとエルムにいたから実感なかったけど、この世界もやっぱり人はいっぱい居るんだねー!」

 

「ああ、それにお嬢様たちも美しい。ウィノナさんのような飾らない牧歌的なのも良いが、着飾った綺麗なお嬢様も最高だ!おねーさま!」

 

「……アンタには見境ってもんがねーのかよ」

 

人混みの綺麗な女性たちに手を振ってる勝人を見ながら、エルクは呆れながら溜息を吐く。

 

「それにしても、もう日が沈み始めてるって言うのに中々に賑わってるな。ここはいつもこんな感じなのか?」

 

「まぁな。ここはドルムンドの中心部の中央公園だからな。ドルムンドは大きく分けて“北東”“北西”“南東”“南西”の四つの区画に別れてるんだが、その何処に行くにも大体この中央公園を経由することになるから、ここはいつも人通りが多いんだよ」

 

「にゃるほどー」

 

「納得だな」

 

「ふーん………でも、そんな場所なのに市はねぇのか?」

 

そこで、さっきまで女性たちに手を振っていた勝人が、質問を挟んでくる。

 

「お前、聞いてたのかよ………確かに、ここも昔は市が出来てたんだが、今は南西ブロックの港区でやってるよ。………ほら、もうすぐ見えて来る」

 

エルクの言う通り、公園を抜け、港区に入ると、道の両脇に市らしきものが立ち並び、街の住人と思われる人々が買い物をしていた。

 

夕食の買い出しの時間帯だからなのか、その数はとても多い。

 

そして、人はもちろん、商品の数も種類も豊富だった。

 

キャベツやトマトなどの野菜類に、林檎の蜂蜜漬けやオレンジ、ワイン樽などの嗜好品、干し肉や、鱈の干物等々、様々なものが売られていた。

 

食品以外にも農具や工具、調理器具に貴族の古着と思われるデザインの洋服なども並んでいる。

 

「わ~っ!あの服なんか可愛い~!あ、あの髪飾りも!なんだが見てるだけで楽しくなっちゃうね~!しゅーくんもそう思うよね!」

 

「ああ、そうだな。流石は最大の商業都市だな」

 

忍はウインドウショッピング気分でテンションを上げ、修斗は肩を叩きながらはしゃぐ忍に相槌を打つ。

 

「確かに人は多い………だが、いまいち活気を感じない町だな」

 

そんな中、勝人だけは街の光景に違和感を覚えていた。

 

人の往来は多く、商品も多種多様揃えられ、非常に見応えがあるのだが、一様に活気がない。

 

店主たちは誰も呼び込みをせず、値切りを求める声も聞こえない。

 

そして、小さな路地の隙間から妬む様に市場を睨む小汚い恰好のホームレスと思しき者たちの姿が、その暗い印象をより強くする。

 

「全部、今から行く商会の所為だ」

 

勝人が首をひねっていると、エルクが呟くように言う。

 

「どういうことだ?」

 

「……ドルムンドで商売するには市長のハイゼラード伯爵の許可証がいるんだ。それをこの町で持っていて、なおかつ市を開ける金を持っているのは、これから行く“ノイツェランド商会”だけなんだ」

 

「え?なにそれ?町丸ごと独占ってこと?」

 

「数年前までは、俺の親父が居た“オリオン商会”って言う商会があって、二つの商会が競い合って活気もあったんだけど、オリオン商会は新大陸の投資に失敗したとかで、ノイツェランドに吸収合併されたんだ。それ以降、ドルムンドの物流はノイツェランドが完全に抑えてる形になってるってわけ」

 

「なるほど。活気が無いのは、競う相手がいないからか………つまりこれがさっき言ってた、そう言う問題じゃないって奴か」

 

「そういうこった。だから、値上げ交渉なんて意味がねぇ。なにしろ売れる所が一つしかねえんだからな」

 

「そりゃまた、眠たい商売してんのな」

 

「で、あれがその商会ってわけか」

 

「ああ、そうだ。あれが件のノイツェランド商会だ」

 

全員の視線の先には、神殿の様な建物があり、その入り口前にはでかでかと孔雀石で彫られた太った男の像が鎮座していた。

 

「なぁに、あのブサイクな像?」

 

「ここの店長のヤッコイって男の石像だ」

 

「こりゃまた性根が腐ってそうなツラしてるな」

 

「きゃー、悪趣味―」

 

そんなことを言いながら、修斗と忍は馬車を降りる。

 

「お、おい!何処行くんだ!」

 

「ごめんね、エル君。あたしはあたしでやることがあるのだよ!じゃあ、まーくん。こんな悪趣味な所入りたくないし、あたしは早速リサーチに行ってくるよ」

 

「そう言う訳だ。俺も忍に付いて行かないといけないから、ここからは別行動だ。勝人、お前の事だからあまり心配はしてないが、任せたぞ」

 

「おう、任しとけ。そっちも頼んだぞ」

 

「わかってる」

 

「ニンニン♪任された!何か調べたいことがあったら携帯に連絡してちょ。じゃあ、しゅーくん行くよ!」

 

忍は修斗の手を取ると、煙の様に人混みの中に消えて行く。

 

この世界では異質な服装の二人だったが、忍者の末裔である忍はもう何処にいるのか確認できなくなり、修斗も見事人混みの中に溶け込んでいた。

 

「忍には、俺たちが帰る方法やこの世界の情報を色々探って来てもらうつもりで、修斗は、危険な仕事をする忍の護衛として連れて来たんだ。こっちには俺一人いれば十分だ」

 

そう言う勝人に、エルクは不快そうに顔を顰める。

 

「アンタなんか居なくても大丈夫だよ。さっさと帰っちまえ」

 

「あらら、つれないお返事だこと」

 




次回は少し、オリジナルストーリとなります。

修斗と忍のちょっとしたイチャコラをお楽しみに


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第八話 次の護衛対象は実業家

祝 超人高校生アニメ化
これを期に更新を再開していく予定です


とある酒場。

 

そこでは、ガラの悪そうな連中が昼間から酒を煽り、騒いでいた。

 

そんな様子を酒場の隅の席に座り、修斗は静かに見ていた。

 

(ちょっと裏路地に入っただけでこのガラの悪さ。領主の仕事ぶりが伺えるな)

 

そう思い、注文したミルクを一口飲もうとするが既に中身が空っぽなことに気づく。

 

すると、新たなミルクがコップに注がれる。

 

顔を上げると忍が笑顔でそこに居た。

 

「可愛い看板娘からのサービスでーす♪」

 

「看板娘って、雇われて数時間程度だろ、サーシャさん」

 

そう言い、修斗は新たなミルクを飲む。

 

今の忍の格好は、いつも着ているセーラー服ではない。

 

この世界に合わせた格好をしている。

 

情報収集なら酒場が鉄則と言う忍は、まず最初に服を調達し、その後人手を欲し駆ってる酒場で雇ってもらえるように働きかけ、こうして酒場で働く村娘を演じている。

 

サーシャとは、雇ってもらう際に名乗った偽名だ。

 

「それで、情報収集はどうだ?」

 

「やっぱお酒の力は凄いよね。皆、あれやこれやベラベラ話してくれたよ。まぁ、忍ちゃんが可愛いってのもあるけどね♪」

 

舌をペロッと出し、可愛くぶる忍に修斗は息を吐く。

 

「まぁ、情報収集となると忍が適任だから全てはお前に一任するつもりではいる。だが、あまり深入りだけはするなよ。こう言った連中はな」

 

「おい、お前」

 

高圧的に話し掛けられ、修斗と忍はそちらを向く。

 

そこには胸元をだらしなく緩めた酒臭い男が居た。

 

「……こんな風に面倒な奴らが多いからな」

 

「なるほどねぇ」

 

顔を見て、一瞬で興味が消えうせた二人はまた会話に戻る。

 

「随分と失礼じゃねぇかよ、優男さんよ」

 

男は喧嘩腰になり、修斗に絡んでくる。

 

「カワイ子ちゃんと随分親しそうじゃねぇか。お前さんのコレか?」

 

小指を立ててにやにやと笑ってくる男に、修斗は心の中で溜息を吐く。

 

「似たような者だ。それで、何の用だ」

 

「大したことじゃねぇよ。テメーの女、暫く俺らに貸してほしいだけさ。安心しろ、用が済んだらすぐにでも返してやるよ。いつになるか分からねぇけどな」

 

どうやら男の狙いは最初から忍だったらしく、修斗に絡んだのはついでだったらしい。

 

「俺の女に手を出すってなら、それを守るのが俺の務めだ。今なら怪我しないで済む。さっさと失せろ」

 

「威勢がいいな、兄ちゃん。だがな、怪我をするのはどっちだろうな」

 

すると、男の後ろで酒を飲んでいた強面の男たちが立ち上がる。

 

(俺らっと言った辺りから仲間がいるとは思ってたが、たった四人とはな)

 

「それじゃ、死にな!優男!」

 

男が手にした酒瓶で修斗を殴ろうとする。

 

修斗は素早く男の手首を掴むと捻り上げ、酒瓶を奪い取る。

 

更に胸ぐらを掴み、そのまま引き寄せながら地面へと倒し、地面と接触する瞬間に後頭部目掛け、酒瓶を叩きつける。

 

「この野郎!」

 

今度は別の男が掴み掛かろうと、修斗に襲い掛かる。

 

修斗は体を屈ませ、鳩尾に強めの一撃を打ち込む。

 

その一撃に、男は口から吐瀉物を吐き出し、痛みに悶絶し蹲る。

 

「くそがっ!殺してやる!」

 

残った男はナイフを抜き、走ってくる。

 

修斗はタイミングを合わせ男の腕を叩き、ナイフの切っ先を下へと向ける。

 

そして、左腕を相手の腕の内側から差し込み、そのまま外側から二の腕を抑え、右手で相手の頸を抑え前かがみにさせると、腹部に膝蹴りを入れ、相手の力が弱まった瞬間、間髪入れず地面に押し倒し、右腕を捻じりナイフを奪う。

 

「まだやるか?」

 

ナイフを机に刺し、修斗は男に尋ねる。

 

「うっ……!くっ……!覚えてやがれ!」

 

男は一目散に酒場から逃げ出し、他の二人も慌てて立ち上がり逃げる、

 

後頭部を酒瓶で叩かれた男は気絶したままで、修斗をナイフで襲ってきた男が担いで行った。

 

「さて……ちょっと暴れすぎたな」

 

「いいんじゃない?ほら、周り見てよ」

 

忍に言われ修斗が周りを見渡すと、酒場は先程まで修斗とゴロツキ共の乱闘で騒いでいたのに、乱闘が終わると何事もなかったようにまた飲み始めていた。

 

「なるほど。喧嘩なんて、日常茶飯事ってことか」

 

「まぁ、ゴロツキの溜まり場みたいな酒場だしね。そ・れ・よ・り♪」

 

忍はにやっと笑い、修斗に顔を近付ける。

 

「あの言葉……もう一回言って欲しいな♪」

 

「……どの言葉だ?」

 

「あれだよ!あ・れ!俺のって奴!」

 

「……言わない」

 

「もぉう!いけずぅ!」

 

不満そうにそう言う忍に、修斗はどう機嫌を取ろうかと考えていると、修斗のスマホに着信が入る。

 

「勝人か、どうした?」

 

『修斗、頼みがある。お前に俺の護衛を頼みたい』

 

「俺は構わないが、忍の護衛はどうする?」

 

『司の奴には連絡済みだ。それと忍に頼みたいことがある』

 

一旦通話を止め、修斗は忍に向き直る。

 

「忍、勝人から連絡だ。調べてほしいことがあるそうだ」

 

「まーくんから?」

 

「ああ。それと、勝人の護衛もすることになった。悪いが、お前の護衛はここまでだ」

 

修斗から淡々と調べ物の件に付いて伝えられ忍は、少し悲しそうな顔をする。

 

すると、修斗は忍の頭に手を置いた。

 

「ちゃんとしっかりやれよ。なんせ、お前は俺の女だったんだ。頑張れよ」

 

「…………だったって過去形なのが不満だけど、そこまで言われたら頑張らないとね!」

 

忍は元気になって立ち上がると仕事に戻り、戻る途中振り返って笑顔で手を振る。

 

そんな忍に、修斗も手を振り返し酒場を後にした。

 



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