真っ黒な問題児も異世界から来るそうですよ? (ローダ)
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YES!ウサギが呼びました!
黒い問題児


問題児大好きなので書きました。
出来れば見てみてください。


彼は退屈していた。

超人的な力、能力を持っていると言えば聞こえはいいが、使う場所がなければストレスの要因となるだけだった。もっとも、そもそも彼は人ではないのだが(・・・・・・・・・・)

彼……多々良(たたら)清人(しんと)は力を持て余していた。

多くの欲求を一般社会で抑えられていた清人は、半ば諦めていた。もう自分は普通の人間と同じように生きていくのだ、と。

そんな彼の退屈な日常は、唐突に終わりを迎えた。

 

 

 

ある日、清人がいつも通り布団から起きて、気だるげに朝の支度を始めようとした時。

テーブルの上に1通の封筒が置いてあった。

 

(……?昨日はこんなもの無かったはずだが?)

 

「ということは、俺が寝てる間に誰かがこれを置いていった?」

 

寝ている間に知らない誰かが家に入って手紙を置いていった。そんな事実を知れば、普通は気味が悪くなるだろう。

彼は違った。

 

「なんだよ、面白そうじゃん♪(・・・・・・・・)

 

何の躊躇なく清人はそれを手に取り開けた。すると、

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

その才能を試すことを望むのならば、

己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、

我らの箱庭に来られたし』

 

こんな文面が書いてあった。

 

「家族?友人?財産?そんなもの知るか。世界なんてクソッタレだ」

 

そう呟いた途端、

 

清人は上空4000mの位置にいた。

清人だけではない。ヘッドホンを付けた金髪の少年。真っ赤なリボンを付けた少女。猫を抱いた少女。清人の他にも3人同じ目にあっている人がいた。

そして全員、口を揃えて同じことを叫んだ。

 

「「「「ど……何処だここ!?」」」」

 

いきなりのスカイダイビングに4人とも困惑する。が、重力は非情だった。

なす術なく落下する4人……いや、3人だった。清人は背中から黒い翼を出して(・・・・・・・・・・・)、ゆっくりと減速していく。

他の3人を助けに行こうとも思ったが、下に緩衝材のようなものがあるのを確認すると、清人は一言だけ呟いた。

 

「グッドラック!」

 

ふざけんなと言う前に、3人は湖に投げ出された。

ボチャン!と激しい音をたててはいるが、無傷ではあるようだ。

 

「信じられないわ!まさか問答無用で引き摺り込んだ挙句、空に放り出すなんて!」

 

「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ」

 

「此処……どこだろう?」

 

3人が湖から上がってくると、清人が悠々と翼を使って降りてきた。

清人に十六夜が話しかける。

 

「おいおい、ありゃどういう事だよ」

 

「そうよ、なんで私達を助けて……」

 

「その翼どういう事だちょっとカッコイイじゃねえか触らせろ!」

 

「ご自由にどうぞ」

 

「え?そっちなの?」

 

どうやら十六夜は清人の翼が気に入ったらしい。

それは耀も同じ様だった。

 

「その翼とても綺麗。あなた人間?」

 

「さあな、それより先に自己紹介と行こうぜ」

 

飛鳥は納得いってなさそうではあったが、渋々自己紹介を始めた。

 

「…私は久遠飛鳥よ。以後気をつけて。そちらの猫を抱きかかえている貴女は?」

 

「……春日部耀。以下同文」

 

「そう。よろしく春日部さん。そして、さっき私たちを見捨てた貴方は?」

 

「見捨てたとか人聞きの悪い言い方するんじゃねえよ。俺は多々良清人、仲良くしようぜ仲良く!」

 

「努力はするわ、清人君。最後に、野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」

 

「高圧的な自己紹介ありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろったダメ人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

 

「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

 

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

 

心からケラケラと笑う逆廻十六夜。

傲慢そうに顔を背ける久遠飛鳥。

我関せず無関心を装う春日部耀。

そして、そんな3人を笑顔で注視する多々良清人。

 

そんな彼らを物陰から見ていた黒ウサギは思う。

 

(うわぁ……なんか問題児ばっかりみたいですね……)

 

召喚しておいてアレだが……彼らが協力する姿は、客観的に想像できそうにない。黒ウサギは陰鬱そうにため息を吐くのだった。

 




という訳で一話でした。まあ一人増えたこと以外はほとんど原作と同じです。
次回はそう遠くないうちに出ますたぶん。
感想や評価を付けていただければ幸いです。はい。モチベに関わるので何卒…。


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箱庭の世界

えー正直に言いますと今回の回は原作とほとんどそのままです。
退屈かもしれませんが、ご了承ください。


「で、呼び出されたはいいけどなんで誰もいねえんだよ。この状況だと、招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねえのか?」

 

「そうね。なんの説明もないままでは動きようがないもの」

 

「……。この状況に対して落ち着きすぎているのもどうかと思うけど」

 

「春日部もな」

 

(全くです)

 

黒ウサギはこっそりツッコミを入れた。

もっとパニックになってくれれば飛び出しやすいのだが、場が落ち着きすぎているので出るタイミングを計れないでいた。

そのとき、ふと十六夜がため息交じりに呟いた。

 

「仕方がねえな。こうなったら、そこに隠れている奴にでも話を聞くか?」

 

物陰に隠れていた黒ウサギは心臓を捕まれたように飛び跳ねた。

 

「なんだ、あなたも気づいていたの?」

 

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?そっちの二人も気づいてたんだろ?」

 

「風上に立たれたら嫌でもわかる」

 

「野生の勘的な?」

 

「……へえ?面白いなお前ら」

 

軽薄そうに笑う十六夜の目は笑っていない。理不尽な召集を受けた四人は腹いせに殺気の籠もった冷ややかな視線を出てきた黒ウサギに向ける。

 

「や、やだなあ皆様。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ?ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聞いていただけたらうれしいでございますヨ?」

 

「断る」

 

「却下」

 

「お断りします」

 

「やだ」

 

「あっは、取りつくシマもないですね♪」

 

バンザーイ、と降参のポーズをとる黒ウサギ。

と、耀が不思議そうに黒ウサギの隣に立ち、黒いウサ耳を根っこから鷲掴み、

 

「えい」

 

「フギャ!」

 

力いっぱい引っ張った。

 

「ちょ、ちょっとお待ちを!触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」

 

「好奇心の為せる業」

 

「自由にも程があります!」

 

「へえ?このウサ耳って本物なのか?」

 

今度は十六夜が右から掴む。それに続いて飛鳥も左から。

 

「ちょ、ちょっと待―――」

 

最後の希望とばかりに清人に目を向ける黒ウサギ。

それに対して清人は、

 

「グッドラック!」

 

彼は平等だった。

 

 

 

 

 

「あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうために小一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデス」

 

「いいからさっさと進めろ」

 

半ば本気の涙を瞳に浮かばせながらも、黒ウサギは話を聞いてもらえる状況を作ることに成功した。

四人は黒ウサギの前の岸辺に思い思いに座り込み、彼女の話を聞くだけ聞こうという程度には耳を傾けている。

黒ウサギは気を取り直して咳払いをし、両手を広げて、

 

「それではいいですか、皆様。定例文で言いますよ?さあ、言います!ようこそ箱庭の世界へ!我々は皆様にギフトを与えられたものたちだが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせていただこうかと召還いたしました!」

 

「ギフトゲーム?」

 

「そうです!既に気づいていらっしゃるでしょうが、皆様は皆普通の人間ではございません!その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその恩恵を用いて競い合う為のゲーム。そしてこの箱庭の世界は強大な力を持つギフト保持者がオモシロオカシク生活できる為に造られたステージなのでございますよ!」

 

「……俺は普通の人間どころか人間ですらないがな」

 

清人の呟きには気付かず両手を広げて箱庭をアピールする黒ウサギ。

飛鳥は質問するために挙手した。

 

「まず初歩的な質問からしていい?貴女の言う我々とは貴女を含めた誰かなの?」

 

「YES!異世界から呼び出されたギフト保持者は箱庭で生活するにあたって、数多とあるコミュニティに必ず属していただきます♪」

 

「嫌だね」

 

「属していただきます!そして『ギフトゲーム』の勝者はゲームの主催者が提示した商品をゲットできると言うとってもシンプルな構造となっております」

 

今度は、耀が控えめに挙手した。

 

「……主催者って誰?」

 

「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が人を試すための試練と称して開催されるゲームもあれば、コミュニティの力を誇示するために独自開催するグループもございます。特徴として前者は自由参加が多いですが主催者が修羅神仏なだけあって凶悪かつ難解なものが多く、命の危険もあるでしょう。しかし、見返りは大きいです。後者は参加のためにチップを用意する必要があります。参加者が敗退すればそれらは全て主催者のコミュニティに寄贈されるシステムです」

 

「後者はかなり俗物ね」

 

清人も声を上げる。

 

「ゲーム自体はどうやって始めるんだ?」

 

「コミュニティ同士のゲームを除けば、それぞれの期日内に登録していただければOK!商店街でも商店が小規模のゲームを開催しているのでよかったら参加していってくださいな」

 

飛鳥は黒ウサギの発言に片眉をピクリと上げる。

 

「……つまりギフトゲームとはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかしら?」

 

お?と驚く黒ウサギ。

 

「ふふん?中々鋭いですね。しかしそれは八割正解二割間違いです。我々の世界でも強盗や窃盗は禁止ですし、ギフトを用いた犯罪などもってのほか!そんな不逞の輩は悉く処罰します……が、しかし!先ほどそちらの方がおっしゃった様に、ギフトゲームの本質は勝者が得をするもの!例えば店頭に置かれている商品も、店側が提示したゲームをクリアすればただで入手することも可能だと言うことですね」

 

「そう。中々野蛮ね」

 

「しかし主催者全て自己責任でゲームを開催しております。つまり奪われるのが嫌な腰抜けは初めからゲームに参加しなければいいだけの話でございます」

 

黒ウサギは一通りの説明を終えたと思ったのか、一枚の封書を取り出した。

 

「さて皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭の世界における全ての質問に答える義務がございます。が、それら全てを語るには少々お時間がかかるでしょう。ここから先は我らのコミュニティでお話させていただきたいのですが……よろしいです?」

 

「待てよ、俺がまだ質問してないだろ」

 

それまで黙っていた十六夜が威圧的な声を上げる。

ずっと刻まれていた軽薄な笑顔が無くなっていること、視線が鋭さを増したことに気がついた黒ウサギは、構えるように聞き返した。

 

「…どんな質問でしょうか?ルールですか?ゲームそのものですか?」

 

「そんなのはどうでもいい。俺が聞きたいのはたった一つ、手紙に書いてあったことだけだ」

 

十六夜は視線を黒ウサギから外し、他の三人を見回し、巨大な天幕によって覆われた都市に向けた。

彼は何もかもを見下すような視線で一言、

 

「この世界は……面白いか?」

 

他の三人も無言で返事を待つ。

彼らを呼んだ手紙にはこう書かれていた。

 

『家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い』と。

 

それに見合うだけの催し物があるのかどうかが四人にとって重要なことであった。

 

黒ウサギは一瞬目を瞬かせると、笑顔で言った。

 

「……YES。『ギフトゲーム』は人を超えたものたちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」

 




読んで頂いた方はありがとうございました。
次の話は頑張ってギフト鑑定まで進めます。
感想や評価を付けていただければ幸いです。


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ノーネームとフォレス・ガロ

前回からかなり開きましたが、やっと3話目です。
結局ギフト鑑定までは行きませんでした…。
流石に無理でしたね。
それではどうぞ。


黒ウサギに連れられて問題児たちが箱庭と呼ばれる巨大都市の前まで来た。

 

「ジン坊ちゃーん!新しい方を連れてきましたよー!」

 

階段で待っているローブを着た少年に黒ウサギが話しかけた

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらの御三方が?」

 

「はいなこちらの御四人様が……」

 

黒ウサギがクルリ、と三人を振り返り、

 

「………え、あれ?」

 

カチン、と固まった。

 

「もう一人いませんでしたっけ?ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から俺問題児!ってオーラを放っている殿方が」

 

「ああ、十六夜君のこと?彼ならちょっと世界の果てを見てくるぜ!と言って駆け出していったわ。あっちの方に」

 

飛鳥があっさりと指差すのは上空4000mから見えた断崖絶壁。

 

「な、なんで止めてくれなかったんですか!」

 

「止めてくれるなよと言われたもの」

 

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」

 

「黒ウサギには言うなよと言われたから」

 

「嘘です、絶対嘘です!実は面倒くさかっただけでしょう皆さん!」

 

「うん」

 

ガクリ、と黒ウサギが前のめりに倒れる。

 

「そこって、そんなに危険な所なのか?」

 

「ええとても!世界の果てにはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が」

 

「幻獣?」

 

「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に世界の果て付近には強力なギフトを持ったものがいます」

 

「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」

 

「ゲーム参加前にゲームオーバー?……斬新?」

 

「冗談を言っている場合じゃありません!」

 

ジンは必死に事の重大さを訴えるが、問題児たちは叱られても肩を竦めるだけである。

清人は呟く。

 

「別にあいつなら何とかなりそうだったけどな」

 

「そうだといいのですけど…」

 

黒ウサギはため息を吐きつつ立ち上がった。

 

「はあ……ジン坊ちゃん。申し訳ありませんが、皆様の御案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「わかった。黒ウサギはどうする?」

 

「問題児を捕まえに参ります。事のついでに……『箱庭の貴族』と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります」

 

悲しみから立ち直った黒ウサギは怒りのオーラを全身から噴出させ、つやのある黒い髪を淡い緋色に染めていく。

外門めがけて空中高く跳び上がった黒ウサギは外門の脇にあった彫像を次々と駆け上がり、柱に水平に張り付くと、

 

「一刻程で戻ります!皆さんはゆっくりと箱庭ライフをご堪能ございませ!」

 

黒ウサギは、淡い緋色の髪を戦慄かせ踏みしめた門柱に亀裂を入れる。全力で跳躍した黒ウサギは弾丸のように飛び去り、あっという間に四人の視界から消え去っていった。

巻き上がる風から髪の毛を庇う様に押さえていた飛鳥が呟く。

 

「……。箱庭の兎は随分早く跳べるのね。素直に感心するわ」

 

「ウサギたちは箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが……」

 

飛鳥は心配そうにしているジンに向き直った。

 

「黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、御言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」

 

「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン・ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします」

 

「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱き抱えているのが」

 

「春日部耀。その黒い人が」

 

「多々良清人だ。黒い人じゃなくて名前で呼んでくれよな」

 

「…善処する」

 

ジンが礼儀正しく自己紹介する。飛鳥、耀、清人もそれに倣う。

 

「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね。軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」

 

飛鳥がジンの手を引いて外門をくぐり、耀と清人は後をついていく。

二人は飛鳥が胸を躍らせるような笑顔を浮かべているのを見て、微笑ましく感じた。

 

 

 

 

 

箱庭二一〇五三八〇外門・内壁。

清人達は石造りの通路を通って箱庭の幕下に出る。

 

「お、お嬢!外から天幕の中に入ったはずなのに、お天道様が見えとるで!」

 

「……本当だ。外から見た時は見えなかったのに」

 

「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。あの巨大な天幕は太陽光を直接受けられない種族のためのものなんです」

 

「それはなんとも気になる話ね。この都市には吸血鬼でも住んでるのかしら?」

 

「え、居ますけど」

 

「…そう」

 

複雑そうな顔をする飛鳥。

 

「なんかオススメの店とかあるのか?」

 

「す、すいません。段取りは黒ウサギに任せていたもので……よかったらお好きな店を選んでください」

 

「そりゃ太っ腹だな」

 

一向は六本傷の旗を掲げるカフェテラスに座る。

それから注文をして、話題は耀のギフトの事になる。

 

「貴女もしかして、猫と会話できるの?」

 

コクリと頷き返す耀。

 

「もしかして猫以外にも意思疎通は可能ですか?」

 

「うん。生きているのなら誰とでも話はできる」

 

「へえ。なんかいいな。そのギフト。夢がある感じがする」

 

「そ、そうかな」

 

少し照れている耀を見てニヤニヤする清人。

 

「し、しかし全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。この箱庭において言語の壁というのはとても大きいですから」

 

「そう……春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ」

 

「久遠さんは」

 

「飛鳥でいいわ。よろしくね春日部さん、清人君」

 

「う、うん。飛鳥はどんな力を持っているの?」

 

「私?私の力は……まあ酷いものよ、だって」

 

「おんやあ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュのリーダー、ジンくんじゃないですか」

 

四人が喋っていると、急に品のない声が割り込んできた。

邪魔をされて顔を顰めた清人が訝しげに問う。

 

「あんた誰だよ」

 

「おっと失礼。私はコミュニティ六百六十六の獣の傘下である」

 

「烏合の衆の」

 

「コミュニティのリーダーをしているガルドガスパー…ってマテやゴラァ!!誰が烏合の衆だ小僧!」

 

ジンに横槍を入れられ、牙をむいたガルドの姿が変わっていく。

肉食獣のような牙とギョロリと剥かれた瞳が激しい怒りとともにジンに向けられる。

 

「何の用か知らないけれど、喧嘩をするなら他所でやってくれないかしら?」

 

「これは失礼しました。用というほどではないのですがこちらのジン君が喋りたがらない箱庭のことについて教えて差し上げようかと」

 

「ガルド!それ以上口にしたら」

 

「口を慎めや小僧ォ、過去の栄華に縋る亡霊風情が。自分のコミュニティがどういう状況におかれてんのか理解できてんのかい?」

 

「ハイ、ちょっとストップ」

 

険悪な二人を飛鳥が遮った。

 

「事情はよくわからないけど、貴方達二人の仲が悪いことは承知したわ。それを踏まえた上で質問したいのだけど…」

 

飛鳥が鋭く睨んだのは、ガルドガスパーではなく、

 

「ねえ、ジン君。ガルドさんが指摘している、私たちのコミュニティが置かれている状況……というものを説明していただける?」

 

ジン・ラッセルの方だった。

 

「そ、それは」

 

飛鳥に睨まれたジンは言葉に詰まった。

 

「貴方は自分のことをコミュニティのリーダーと名乗ったわ。なら黒ウサギと同様に、新たな同士として呼び出した私たちにコミュニティとはどういうものかを説明する義務があるはずよ。違うかしら?」

 

それを見ていたガルドは含みのある笑顔と上品ぶった声音で、

 

「貴方達の言うとおりだ。コミュニティの長として新たな同士に箱庭の世界のルールを教えるのは当然の義務。しかし、先ほども言ったように、彼はそれをしたがらないでしょう。

よろしければフォレス・ガロのリーダーであるこの私が、コミュニティの重要性と小僧……ではなく、ジン・ラッセル率いるノーネームのコミュニティを客観的に説明させていただきますが」

 

飛鳥は訝しげな顔で一度だけジンを見る。

ジンは俯いて黙り込んだままだ。

 

「そうね。お願いするわ」

 

それからガルドが得意げに喋ったコミュニティの現状は散々と言っていいものだった。

 

「考えてもみてくださいよ。名乗ることを禁じられたコミュニティに、いったいどんな活動ができます?

商売ですか?主催者ですか?

しかし名もなき組織など信用されません。

ではギフトゲームの参加者ですか?ええ、それならば可能でしょう。

では、ゲームに勝ち抜ける優秀なギフトを持つ人材が、名誉も誇りも失墜させたコミュニティに集まるでしょうか?そんなわけが無い。

そう、だからこそ彼はできもしない夢を掲げて過去の栄華の縋る恥知らずな亡霊でしかないのですよ」

 

「ふーん。なら黒ウサギは何なんだ?彼女はなんでそんなノーネームに?」

 

「さあ、そこまでは。ただ私は黒ウサギの彼女が不憫でなりません。箱庭の貴族と呼ばれる彼女が、毎日毎日糞ガキ共の為に身を粉にして走り回り、僅かな路銀で弱小コミュニティを遣り繰りしている」

 

「……そう、事情はわかったわ。それでガルドさんは、どうして私たちにそんな話を丁寧に話してくれるのかしら?」

 

飛鳥は含みのある声で問う。

その含みを察してガルドは笑いを浮かべていった。

 

「単刀直入に言います。もしよろしければ、黒ウサギ共々、私のコミュニティに入りませんか?」

 

「な、なにを言い出すんですガルドガスパー!?」

 

「黙れや、ジン・ラッセル」

 

怒りのあまりテーブルを叩いたジンを、ガルドは獰猛な瞳で睨み返す。

 

「そもそもテメェが名と旗印を新しく改めていれば最低限の人材は残っていたはずだろうが。それを貴様の我が儘で追い込んでおきながら、どの顔で異世界から人材を呼び出した」

 

「そ……それは」

 

「何も知らない相手なら騙しとおせるとでも思ったのか?その結果黒ウサギと同じ苦労を背負わせるってんなら……こっちも箱庭の住人として通さなきゃならねえ仁義があるぜ」

 

ジンが僅かに怯んだ。

その様子にガルドは鼻を鳴らすと、

 

「……で、どうですか。返事はすぐにとは言いません。コミュニティに属さずとも貴方達には箱庭で三十日の自由が約束されています。一度、自分達を呼び出したコミュニティと私達フォレス・ガロのコミュニティを視察し、十分に検討してから…」

 

「結構よ。だってジン君のコミュニティで私は間に合っているもの」

 

「「は?」」

 

断られたガルド、俯いていたジンは思わず声を上げてしまった。

飛鳥は何事もなかったように紅茶を飲み干すと、耀に笑顔で話しかける。

 

「春日部さんは今の話をどう思う?」

 

「別に、どっちでも。私はこの世界に友達を作りにきただけだもの」

 

「あら意外。じゃあ私が友達一号に立候補していいかしら?私達って正反対だけど、意外に仲良くやっていけそうな気がするの」

 

飛鳥は自分の髪を触りながら耀に問う。口にしておきながら恥ずかしかったのだろう。

 

「うん。飛鳥は今までの人たちと違う気がする」

 

「はーい。じゃあ俺も」

 

「う~ん。……そうだね。清人も違うと思う」

 

「OK。という訳で、よろしくな。2人とも」

 

ガルドとジンを放って話を進める。耐えきれずにガルドが口を開く。

 

「理由をお聞かせていただいても…」

 

「私、久遠飛鳥は…裕福だった家も、約束された将来も、おおよそ人が望みうる人生の全てを支払って、この箱庭に来たのよ。それを小さな小さな一地域を支配しているだけの組織の末端として迎え入れてやる、などと慇懃無礼に言われて魅力的に感じるとでも思ったのかしら」

 

「小物臭満載の奴のコミュニティになんか入る訳ないだろ?」

 

「……私は友達を作りに来ただけだから」

 

「ってことだ。誰もお前のコミュニティには入らない」

 

「お、お言葉ですが」

 

「黙りなさい」

 

言葉を続けようとしたガルドの口はガチン!と音を立てて閉じられた。

本人は混乱したように口を開閉させようともがいているが、まったく声が出ない。

 

「貴方からはまだまだ聞き出さなければいけないことがあるのだもの。貴方はそこに座って私たちの質問に答え続けなさい」

 

飛鳥の言葉に反応して、ガルドは椅子に罅を入れる勢いで座る。

 

「ガルドガスパー……?」

 

「へえ…」

 

ジンは呆然と、清人は面白そうにガルドを見た。

ガルドは完全にパニックに陥っていた。

どうやったのか、手足の自由が完全に奪われており、何も抵抗できない。

 

「お、お客さん!当店で揉め事は控えて」

 

ガルドの様子に驚いた猫耳の店員が急いで彼らに駆け寄る。

 

「ちょうどいいわ。猫耳の店員さんも第三者として話を聞いてくれないかしら。たぶん、面白い話が聞けると思うわ」

 

店員は首を傾げる。

 

「ねぇジン君。コミュニティの旗印を賭けるギフトゲームなんてそんなに頻繁に行われるものなのかしら?」

 

「い、いえ。そんなことはありません。旗印を賭ける事はコミュニティの存続を賭ける事ですからかなりのレアケースです」

 

「そうね。それを強制できるからこそ魔王は恐れられる。だったら、なぜあなたはそんな勝負を相手に強制できたのかしら?」

 

「ほ、方法は様々だ。一番簡単なのは、相手のコミュニティの女子供を攫って脅迫すること。コレに動じない相手は後回しにして、徐々に他のコミュニティを取り込んだ後、ゲームに乗らざるを得ない状況に圧迫していった」

 

ピクリと飛鳥の片眉が動き、コミュニティに無関心な耀でさえ不快そうに目を細める。清人は舌打ちをした。

 

「それで、その子供たちは何処に幽閉されているの?」

 

「もう殺した」

 

場の空気が凍りつく。

 

「始めてガキ共を連れてきた日、泣き声が頭に来て思わず殺した。それ以降は自重しようと思っていたが、父が恋しい母が愛しいと泣くのでやっぱりイライラして殺した。それ以降、連れてきたガキは全部まとめてその日のうちに始末することにした。けど身内のコミュニティの仲間を殺せば組織に亀裂が入る。始末したガキの遺体は証拠が残らないように腹心の部下が食」

 

「黙れ」

 

ガチン!と先ほど以上の勢いでガルドの口が閉じられた。

 

「素晴らしいわ。ここまで絵に描いたような外道とはそうそう出会えなくてよ。さすがは人外魔郷の箱庭の世界といったところかしら……ねえジン君?」

 

飛鳥に冷ややかな視線と凄みを増した声を向けられ、ジンは慌てて否定する。

 

「彼のような悪党は箱庭でもそうそういません」

 

「そう?それは残念。それよりジン君。箱庭も法を犯せば裁くようだけど、この件は裁けるのかしら?」

 

「難しいです。吸収したコミュニティから人質を取ったり、身内の仲間を殺すのはもちろん違法ですが……裁かれるまでに彼が箱庭の外に逃げ出してしまえば、それまでです」

 

「そう。なら仕方がないわ」

 

パチンと指を鳴らす。それが合図だったのか、ガルドを縛り付けていた力は霧散し、自由が戻ったガルドはテーブルを砕き、

 

「こ……この小娘ガァァァァァ!!」

 

雄叫びとともに虎の姿へ変わった。

 

「テメェ、どういうつもりか知らねえが……俺の上に誰が居るかわかってんだろうなぁ!?箱庭第六六六外門を守る魔王が俺の後見人だぞ!!俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るってことだ!その意味が」

 

「黙りなさい。私の話はまだ終わってないわ」

 

また勢いよく黙る。だが、ガルドは丸太のように太くなった腕を振り上げて飛鳥に襲い掛かった。

 

「まさに、穏やかじゃないですね…だな」

 

そう言いながら清人はガルドの腕を受け止め、更にねじ伏せた。

耀は驚いた。今清人がどうやったのか、まるで分からなかった。あんなに太い腕を振り下ろされているのに、全く衝撃を感じていなさそうだったのだ。

 

「ぐ……」

 

「貴方魔王がどうとか言ってたけど、こちらとしては願ったり叶ったりだわ。だってジン君の最終目標は打倒魔王だもの」

 

飛鳥の言葉にジンは大きく息を呑んだ。魔王の名が出たときは恐怖に負けそうになったが、目標を飛鳥に問われて我に返る。

 

「……はい。僕達の最終目標は、魔王を倒して僕らの誇りと仲間達を取り戻すこと。いまさらそんな脅しには屈しません」

 

「そういうこと。つまり貴方には破滅以外のどんな道も残されていないのよ」

 

「くそ……!」

 

ガルドは悔しそうに拳を引く

 

「だけどね。私は貴方のコミュニティが瓦解する程度の事では満足できないの。貴方のような外道はずたぼろになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ。そこで皆に提案なのだけれど」

 

飛鳥の言葉に頷いていたジンや店員達は、顔を見合わせて首を傾げる。

飛鳥はガルドに視線を向け、

 

「私たちと『ギフトゲーム』をしましょう。貴方のフォレス・ガロ存続とノーネームの誇りと魂を賭けて、ね」

 

宣戦布告した。




そんなに経たないうちに四話目は出ると思います。……出るはず。
ガルドのゲームは清人君が参加するので余裕です。
瞬殺です。
感想や評価を付けていただければ幸いです。


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サウザンドアイズ

1話でギフト鑑定までいくの流石に長すぎるので、2話に分割しました。
もう1話も投稿しておきました。
それではどうぞ。


「な、なんであの短時間に”フォレス・ガロ”のリーダーと接触してしかも喧嘩を売る状況になったのですか!?」

 

「「「「腹が立って後先考えずに喧嘩を売った。今は反省しています」」」」

 

「黙らっしゃい!!」

 

「別にいいじゃねえか。見境なく選んで喧嘩売ったわけじゃないんだから許してやれよ」

 

「い、十六夜さんは面白ければいいと思っているかもしれませんけど、このゲームで得られるものは自己満足だけなんですよ?この契約書類を見てください」

 

契約書類とは主催者権限を持たない者達が主催者となってゲームを開催するために必要なギフトである。

そこにはゲーム内容・ルール・チップ・賞品が書かれており主催者のコミュニティのリーダーが署名することで成立する。黒ウサギが指す賞品の内容を十六夜が読み上げる。

 

「参加者が勝利した場合、主催者は参加者の言及する罪を認め、箱庭の法の下で正しい裁きを受けた後、コミュニティを解散する……まあ、確かに自己満足だ。時間をかければ立証できるものを、わざわざ取り逃がすリスクを背負ってまで短縮させるんだからな」

 

ちなみに飛鳥達のチップは罪を黙認すること。それも、今回だけでなく今後一切について口を閉ざすことだった。

 

「時間さえかければ彼らの罪は暴かれます。だって肝心の子供たちは……その」

 

黒ウサギが言い淀む。彼女もフォレス・ガロの悪評は聞いていたが、そこまで酷い状態になっているとは思っていなかった。

 

「そう。人質は既にこの世にいないわ。その点を責め立てれば必ず証拠は出るでしょう。だけどそれには少々時間がかかるのも事実。あの外道を裁くのにそんな時間をかけたくないの。それにね、黒ウサギ。私は道徳云々よりも、あの外道が私の活動範囲で野放しにされることも許せないの。ここで逃がせば、いつかまた狙ってくるに決まってるもの」

 

「僕もガルドを逃がしたくないと思っている。彼のような悪人は野放しにしちゃいけない」

 

ジンまでもが言うと黒ウサギは観念したようだ。

 

「はぁ……。仕方がない人達です。まあいいです。腹立たしいのは黒ウサギも同じですし。フォレス・ガロ程度なら十六夜さんが一人いれば楽勝でしょう」

 

十六夜と飛鳥は怪訝な顔をして、

 

「何言ってんだよ。俺は参加しねえよ?」

 

「当たり前よ。貴方なんて参加させないわ」

 

フン、と鼻を鳴らす二人。

 

黒ウサギは慌てて二人に食ってかかった。

 

「だ、駄目ですよ!御二人はコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しないと」

 

「そういうことじゃねえよ黒ウサギ」

 

十六夜が真剣な顔で黒ウサギを制した。

 

「いいか?この喧嘩は、こいつらが売って、奴らが買った。なのに俺が手を出すのは無粋だって言ってるんだよ」

 

「あら、わかってるじゃない」

 

「……。ああもう、好きにしてください」

 

「大丈夫、俺がサクッと終わらしてやるよ」

 

大きなため息をつく黒ウサギを、胸を張った清人が励ます。それを見て黒ウサギは力なく項垂れた。

 

 

 

 

 

その後四人のギフトを鑑定してもらうために、サウザンドアイズというコミュニティを訪ねることにした。

道中で立体交差並行世界論というものについての話をしながら、一向はサウザンドアイズの店に到着した。

が、店の前では、看板を下げる割烹着の女性店員の姿があった。黒ウサギは慌ててストップを、

 

「まっ」

 

「待った無しです御客様。うちは時間外営業はやっていません」

 

ニベもなく断られた。

黒ウサギは悔しそうに店員を睨みつける。

飛鳥も意を同じくする。

 

「なんて商売っ気のない店なのかしら」

 

「ま、全くです!閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!」

 

「文句があるならどうぞ他所へ。あなた方は今後一切の出入りを禁じます。出禁です」

 

「出禁!?これだけで出禁とか御客様舐めすぎでございますよ!?」

 

キャーキャーと喚く黒ウサギに、店員は冷めたような目と侮蔑を込めた声で対応する。

 

「なるほど、箱庭の貴族であるウサギのお客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいでしょうか?」

 

「う……」

 

一転して言葉に詰まる黒ウサギ。十六夜は軽く名乗る。

 

「俺たちはノーネームってコミュニティなんだが」

 

「ほほう。ではどこのノーネーム様でしょう。よかったら旗印を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

実はサウザンドアイズの商店はノーネームの入店を断っている。

全員の視線が黒ウサギに集中する。

彼女は心の底から悔しそうな顔をして、小声で呟いた。

 

「その……あの…私たちに、旗はありま」

 

「いぃぃぃやほおぉぉぉぉ!久しぶりだ黒ウサギイィィィ!」

 

「きゃあーー……!」

 

黒ウサギが店内から爆走してきた着物風の服を着た真っ白い髪の少女に抱きつかれ、少女と共に街道の向こうにある浅い水路まで吹き飛び、ボチャン、と転がり落ちた。

それを、十六夜達は目を丸くし、店員は頭を抱えた。

 

「……おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか?なら俺も別バージョンで是非」

 

「ありません」

 

「なんなら有料でも」

 

「やりません」

 

「し、白夜叉様!?どうして貴女がこんな下層に!?」

 

「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろに!フフ、フホホフホホ!やっぱりウサギは触り心地が違うのう!」

 

「ちょ、ちょっと離れてください!」

 

黒ウサギは胸に顔を埋めている白夜叉を引き剥がすと、頭を掴んで店に向かって投げつける。

クルクルと縦回転した少女を、十六夜が足で受け止めた。

 

「てい」

 

「ゴバァ!お、おんし、飛んできた初対面の美少女を足で受け止めるとは何様だ!」

 

「十六夜様だぜ。以後よろしく和装ロリ」

 

ヤハハと笑いながら自己紹介する十六夜。

一連のやり取りを見てゲラゲラ笑っていた清人は、ようやく白夜叉に尋ねる。

 

「あんたはこの店の人か?」

 

「おお、そうだとも。このサウザンドアイズの幹部様で白夜叉さまだよ黒いの。仕事の依頼なら黒ウサギの発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」

 

「オーナー。それでは売り上げが伸びません。ボスが怒ります」

 

どこまでも冷静な声で女性店員が釘を刺す。

ちょうどその時、黒ウサギが濡れた服を絞りながら水路から上がってきた。

 

「うう……まさか私まで濡れる事になるなんて」

 

「因果応報」

 

「俺たちと同じ目にあったな!黒ウサギ!」

 

「いや、あなたは濡れてなかったじゃない…」

 

濡れても気にしていなかった白夜叉は、店先で黒ウサギ達を見回してにやりと笑った。

 

「ふふん。お前達が黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元に来たということは……」

 

不敵な笑顔を浮かべる白夜叉に視線が集まり、

 

「遂に黒ウサギが私のペットに」

 

「なりません!どういう起承転結があってそんなことになるんですか!」

 

ウサ耳を逆立てて黒ウサギが怒る。

 

「まぁ、冗談はさておき話があるのじゃろ。話があるなら店内で聞こう」

 

「よろしいのですか?彼らは旗も持たないノーネームのはず。規定では」

 

しかし、女性店員が眉を寄せながら水を差す。

 

「ノーネームだとわかっていながら名を尋ねる、性悪店員に対する侘びだ。身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ」

 

む、っと拗ねるような顔をする女性店員。彼女にしてみればルールを守っただけなのだから気を悪くするのは仕方がない事だろう。女性店員に睨まれながら五人は暖簾をくぐった。

 

「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」

 

五人が通されたのは白夜叉の私室。

個室と言うにはやや広い和室の上座に腰を下ろした白夜叉は、大きく背伸びをしてから五人に向き直った。

 

「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の外門、三三四五外門に本拠を構えるサウザンドアイズ幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

 

「はいはい、お世話になっております本当に」

 

投げ遣りな言葉で受け流す黒ウサギ。

その隣で耀が小首を傾げて問う。

 

「その外門、って何?」

 

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心に近く、同時に強力な力を持つ者達が住んでいるのです。箱庭の都市は上層から下層まで七つの支配層に分かれており、それに伴ってそれぞれを区切る門には数字が与えられています。ちなみに、白夜叉様がおっしゃった三三四五外門などの四桁の外門ともなれば、名のある修羅神仏が割拠する人外魔境と言っても過言ではありません」

 

「おんしも、恩人に対して言うな」

 

物言いに苦笑する白夜叉に慌てて頭を下げる黒ウサギ。

手を振って白夜叉が気にしていない旨を示すと、黒ウサギは紙に上空から見た箱庭の略図を描いた。

それは、

 

「……超巨大タマネギ?」

 

「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」

 

「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」

 

「確かにバームクーヘンだ」

 

うん、と頷きあう四人。

見も蓋もない感想にガクリと肩を落とす黒ウサギ。

対照的に、白夜叉はカカと哄笑を上げて二度三度と頷いた。

 

「ふふ、うまいこと例えるな。まあバームクーヘンに例えるなら、今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番皮の薄い部分にあたるな。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は世界の果てと向かい合う場所になる。あそこはコミュニティに属してはいないものの、強力なギフトを持ったもの達が住んでおるぞ。……その水樹の持ち主などな」

 

「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

 

「知り合いも何も、あれに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 

小さな胸を張り笑う白夜叉。

 

「へぇー。そんなもんを与えられるってことはオマエはあの蛇より強いのか?」

 

「ふふん、当然だ。私は東側の階層支配者だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者だからの」

 

最強の主催者……その言葉に、十六夜・飛鳥・耀・清人の四人は一斉に瞳を輝かせた。

 

「そう……ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

 

「無論、そうなるのう」

 

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

四人は剥き出しの闘争心を視線に込めて白夜叉を見る。

白夜叉はそれに気づいたように高らかと笑い声を上げた。

 

「抜け目ない童達だ。私にギフトゲームで挑むと?」

 

「え? ちょ、ちょっと御四人様!?」

 

慌てる黒ウサギを右手で制す白夜叉。

 

「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている」

 

「ノリがいいわね。そういうのは好きよ」

 

「喧嘩じゃどんな相手にも絶対負けない自信あるぜ!」

 

全員が嬉々として白夜叉を睨む

 

「そうそう、ゲームの前に確認しておく事がある」

 

「なんだ?」

 

白夜叉は着物の裾からサウザンドアイズの旗印……向かい合う双女神の紋が入ったカードを取り出し、表情を壮絶な笑みに変えて一言、

 

「おんしらが望むのは『挑戦』か……もしくは、『決闘』か?」

 

刹那、五人の視界は意味を無くし、脳裏を様々な情景が過ぎる。

黄金色の穂波が揺れる草原、白い地平線を覗く丘、森林の湖畔。

五人が投げ出されたのは、白い雪原と湖畔……そして、水平に太陽が廻る世界だった。

 

「……なっ……!?」

 

あまりの異常さに、清人達は息を呑んだ。

遠く薄明の空にある星は、世界を緩やかに廻る白い太陽のみ。

唖然と立ち竦む四人に、今一度、白夜叉は問いかける。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は白き夜の魔王……太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への『挑戦』か? それとも対等な『決闘』か?」

 

魔王・白夜叉。少女の笑みとは思えぬ凄みに、再度息を呑む四人。

 

「水平に廻る太陽と……そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽とこの土地はオマエを表現してるってことか」

 

十六夜は背中に心地いい冷や汗を感じ取りながら、白夜叉を睨んで笑う。

 

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ」

 

白夜叉が両手を広げると、地平線の彼方の雲海が瞬く間に裂け、薄明の太陽が晒される。

 

「これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤……!?」

 

「…なんつースケールのデカイ話だ」

 

「如何にも。して、おんしらの返答は?『挑戦』であるならば、手慰み程度に遊んでやる。……だがしかし『決闘』を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか」

 

「……っ」

 

白夜叉がいかなるギフトを持つのか定かではない。だが四人が勝ち目がないことだけは一目瞭然だった。

 

「降参だ、白夜叉」

 

「ふむ?それは決闘ではなく、試練を受けるという事かの?」

 

「ああ。これだけのゲーム盤を用意できるんだからな。あんたには資格がある。……いいぜ。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」

 

苦笑と共に吐き捨てるような物言いをした十六夜を、白夜叉は堪えきれず高らかと笑い飛ばした。

 

プライドの高い十六夜にしては最大限の譲歩なのだろうが、『試されてやる』とは随分可愛らしい意地の張り方があったものだと、白夜叉は腹を抱えて哄笑を上げた。

 

一頻り笑った白夜叉は笑いをかみ殺して他の二人にも問う。

 

「く、くく……して、他の童達も同じか?」

 

「……ええ。私も、試されてあげてもいいわ」

 

「右に同じ」

 

「まあ確かに勝ては(・・・)しないな」

 

苦虫を噛み潰したような表情で返事をする二人と思案顔の清人。

一連の流れをヒヤヒヤしながら見ていた黒ウサギは、ホッと胸をなでおろす。

 

「も、もう!お互いにもう少し相手を選んでください!黙らっしゃい!そもそも、階層支配者に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う階層支配者なんて、冗談にしても寒すぎます!それに白夜叉様が魔王だったのは、もう何千年も前の話じゃないですか!!」

 

「何?じゃあ元・魔王様ってことか?」

 

「はてさて、どうだったかな?」

 

ケラケラと悪戯っぽく笑う白夜叉に、ガクリと肩を落とす三人。

その時、彼方に見える山脈から甲高い叫び声が聞こえた。

獣とも、野鳥とも思えるその叫び声に逸早く反応したのは、耀だった。

 

「何、今の鳴き声。初めて聞いた」

 

「ふむ……あやつか。おんしら四人を試すには打って付けかもしれんの」

 

湖畔を挟んだ向こう岸にある山脈に、チョイチョイと手招きをする白夜叉。

すると体調五メートルはあろうかという巨大な獣が翼を広げて空を滑空し、風の如く四人の元に現れた。

 

「グリフォン……嘘、本物!?」

 

「フフン、如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。

力・知恵・勇気の全てを備えたギフトゲームを代表する獣だ」

 

白夜叉が手招きすると、グリフォンは彼女の元に降り立ち、深く頭を下げて礼を示した。

 

「肝心の試練だがの。おんしら四人とこのグリフォンで力・知恵・勇気のどれかを比べ合い、背に跨って湖畔を舞うことが出来ればクリア、という事にしようか」

 

すると虚空から主催者権限にのみ許された輝く羊皮紙が現れる。

白夜叉は白い指を奔らせて羊皮紙に記述する。

四人は羊皮紙を覗き込んだ。

 

『ギフトゲーム名:鷲獅子の手綱

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

          久遠 飛鳥

          春日部 耀

          多々良 清人

・クリア条件 グリフォンの背に跨り、湖畔を舞う。

 ・クリア方法 力・知恵・勇気のどれかでグリフォンに認められる。

 ・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

                              サウザンドアイズ印』

 

「私がやる」

 

読み終わるや否やピシ!と指先まで綺麗に挙手をしたのは耀だった。彼女の瞳はグリフォンを羨望の眼差しで見つめていた。




もう1話投稿してるので、そっちもご覧下さい。
感想や評価を付けていただければ幸いです。


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清人のギフト

いやーやっとギフト明かせますね。
万を辞して発表しますけど、期待はずれだったならすみません…。


耀がグリフォンに駆け寄るが、グリフォンは大きく翼を広げてその場を離れた。

耀を威嚇するように翼を広げ、巨大な瞳をぎらつかせるグリフォンを、追いかけるように耀は走り寄った。

数メートルほどの距離で足を止め、まじまじとグリフォンを観察する。

まずは慎重に話しかけた。

 

「え、えーと。初めまして、春日部耀です」

 

「!?」

 

ビクンッ!!とグリフォンの肢体が跳ねた。瞳から警戒心が薄れ、僅かに戸惑いの色が浮かぶ。

耀のギフトが幻獣にも有効である証だった。

 

「ほう……あの娘、グリフォンと言葉を交わすか」

 

白夜叉は感心したように扇を広げた。

耀は大きく息を吸い、一息に述べる。

 

「私を貴方の背に乗せ…誇りをかけて勝負しませんか?」

 

「……何!?」

 

グリフォンの瞳と声に闘志が宿った。

気高い彼らにとって、『誇りを賭けろ』とは、最も効果的な挑発だ。

耀は返事を待たず、続ける。

 

「貴方が飛んできたあの山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます。貴方は強靭な翼と四肢で空を駆け、湖畔までに私を振るい落とせば勝ち。私が背に乗っていられたら私の勝ち。……どうかな?」

 

耀は小首を傾げる。

確かに、その条件ならば力と勇気の双方を試すことができる。

 

「娘よ。お前は私に誇りを賭けろと持ちかけた。お前の述べるとおり、娘一人振るい落とせないならば、私の名誉は失墜するだろう。……だがな娘。誇りの対価に、お前は何を賭す?」

 

「命を賭けます」

 

即答だった。あまりに突飛な返答に黒ウサギと飛鳥から驚きが上がった。

 

「だ、駄目です!」

 

「か、春日部さん!?本気なの!?」

 

「貴方は誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生きていても、私は貴方の晩御飯になります。……それじゃ駄目かな?」

 

「ふむ……」

 

耀の提案にますます慌てる飛鳥と黒ウサギ。

それを十六夜と白夜叉が制する。

 

「双方、下がらんか。これはあの娘から切り出した試練だぞ」

 

「ああ、無粋な事はやめておけ」

 

「そんな問題ではございません!!同士にこんな分の悪いゲームをさせるわけには……」

 

「大丈夫だよ」

 

耀が振り向きながら飛鳥と黒ウサギに頷く。その瞳には何の気負いもなく、むしろ勝算ありと思わせるようなものだった。

 

「ファイトだよ!」

 

清人は耀を激励する。

 

「では乗るがいい、若き勇者よ。鷲獅子の疾走に耐えられるか、その身で試してみよ」

 

耀は頷き、手綱を握って背に乗りこむ。

鞍が無いためやや不安定だが、耀はしっかりと手綱を握り締めて獅子の胴体に跨る。

ふと、耀は手袋を片手だけ脱ぎ、鷲獅子の強靭で滑らかな肢体を擦りつつ、満足そうに囁く。

 

「始める前に一言だけ。……私、貴方の背中に跨るのが夢の一つだったんだ」

 

「…そうか」

 

グリフォンは苦笑してこそばゆいとばかりに翼を三度羽ばたかせる。

前傾姿勢を取るや否や、大地を踏み抜くようにして薄命の空に飛び出した。

 

「うわ!?」

 

「きゃあ!?」

 

衝撃で吹き付けられた雪を、両腕で顔を庇うことで防ぐ。

 

「いた!……けど、あれは?」

 

山脈へ遠ざかっていく姿を発見できたが、グリフォンの翼が大きく広がり固定されていることに驚いた。

 

「鷲獅子って、飛ぶのに翼は必要ないのか?」

 

同じことに耀は逸早く気が付き、強烈な圧力に苦しみながらも、感嘆の声を抑えられずに漏らした。

 

「凄い……!貴方は、空を踏みしめて走っている!!!」

 

鷲獅子の巨体を支えるのは翼ではなく、旋風を操るギフト。

彼らの翼は彼らの生態系が、通常の進化系統樹から逸脱した種であることの証だった。

 

「娘よ。もうすぐ山脈に差し掛かるが……本当に良いのか?この速度で山脈に向かえば」

 

「うん。氷点下の風が更に冷たくなって、体感温度はマイナス数十度ってところかな」

 

森林を越え、山脈を跨ぐ前に、グリフォンは少し速度を緩める。

低い気温の中を疾風の如く駆けるグリフォンの背に跨れば、衝撃と温度差の二つの壁が牙を剥き、人間に耐えられるものではない。

これはグリフォンの良心から出た最後通牒。

耀の真っ直ぐな姿勢に思うところあっての言葉だろう。

だが、その心配を耀は微かな笑顔と挑発で返した。

 

「だけど、大丈夫って言ったから。それよりいいの?貴方こそ本気で来ないと。本当に私が勝つよ?」

 

手袋越しに強く手綱を握り締める耀。

 

「よかろう。後悔するなよ娘!」

 

グリフォンも挑発に応じる。

今度は翼も用いて旋風を操る。

遥か彼方にあったはずの山頂が瞬く間に近づき、眼下では羽ばたく衝撃で割れる氷河が見える。

衝撃は人間の身体など一瞬で拉げさせてしまうほどだが、耀は歯を食いしばって耐えていた。

これだけの圧力、冷気。これらに耐えている耀の耐久力は少女を逸脱している。

 

(なるほど……相応の奇跡を身に宿しているという事か……!)

 

グリフォンは背中から聞こえる僅かな吐息に、驚嘆とも困惑ともいえる感情が湧き始め、苦笑を洩らす。

手心不要と悟るや否や、グリフォンは頭から急降下、さらに旋回を交えて耀を振るいかける。

鞍が無い獅子の背中は縋れるような無駄は無く、掴まるものは手綱だけになり、耀の下半身は空中に投げ出されるように泳ぐ。

 

「っ……!!」

 

流石にもう軽口は叩けない。

耀は必死に手綱を握り、グリフォンは必死に振り落とそうと旋回を繰り返す。

 

「「春日部さん!!」」

 

飛鳥と黒ウサギが耀を応援するため叫ぶ。

グリフォンは地平ギリギリまで急降下して大地と水平になるように振り回す。

それが最後の山場だったのだろう、山脈からの冷風も途絶え、残るは純粋な距離のみ。

勢いもそのままに、湖畔の中心まで疾走したグリフォン。

耀の勝利が決定し、飛鳥と黒ウサギが喜んだ瞬間……春日部耀の手から手綱が外れ、耀の小さな体は慣性のまま打ち上げられた。

 

「何!?」

 

「春日部さん!?」

 

安堵を漏らす暇も称賛をかける暇もなく、耀の身体が打ち上げられ、グリフォンと飛鳥は息を呑んだ。

助けに行こうとした黒ウサギの手を十六夜が掴む。

 

「春日部さ……」

 

「待て!まだ終わって……」

 

焦る黒ウサギと止めようとする十六夜。

すると耀の身体が突然動きを変えた。

決着がつき、慣性のまま打ち上げられたとき、耀の脳裏からは、完全に周囲の存在が消えていた。

脳裏にあるのは只一つ、先ほどまで空を疾走していた感動だけが残っている。

 

(四肢で……風を絡め、大気を踏みしめるように……!)

 

ふわっと、耀の身体が翻った。

慣性を殺すような緩慢な動きはやがて彼女の落下速度を衰えさせ、遂には湖畔に触れることなく飛翔したのだ。

 

「……なっ」

 

その場にいた全員が絶句した。

先ほどまでそんな素振りを見せなかった耀が、湖畔の上で風を纏って浮いているのだ。

ふわふわと泳ぐように不慣れな飛翔を見せる耀に、呆れたように笑う十六夜が近づいた。

 

「やっぱりな。お前のギフトって、他の生き物の特性を手に入れる類だったんだな」

 

軽薄な笑みに、むっとしたような声音で耀が返す。

 

「……違う。これは友達になった証。けど、いつから知ってたの?」

 

「ただの推測。お前黒ウサギと出会った時に『風上に立たれたら分かる』とか言ってたろ。そんな芸当は人間にはできない。だから春日部のギフトは他種とコミュニケーションをとるわけじゃなく、他種のギフトを何らかの形で手に入れたんじゃないか……と推察したんだが、それだけじゃなさそうだな。あの速度で耐えられる生物は地球上にいないだろうし?」

 

耀は興味津々な十六夜の視線をフイっと避ける。

そこにグリフォンが近寄った。

 

「見事。お前が得たギフトは、私に勝利した証として使って欲しい」

 

「うん。大事にする」

 

「いやはや大したものだ。このゲームはおんしの勝利だの。……ところで、おんしの持つギフトだが。それは先天性か?」

 

「違う。父さんに貰った木彫りのおかげで話せるようになった」

 

「木彫り?」

 

首を傾げる白夜叉に耀が説明する。

 

「ほほう……彫刻家の父か。よかったらその木彫りというのを見せてくれんか?」

 

頷いた耀は、ペンダントにしていた丸い木彫り細工を取り出し、白夜叉に差し出す。

白夜叉は渡された手の平大の木彫りを見つめて、急に顔を顰めた。十六夜、飛鳥、紫炎もその隣から木彫りを覗き込む。

 

「複雑な模様ね。何か意味があるの?」

 

「意味はあるけど知らない。昔教えてもらったけど忘れた」

 

「……これは」

 

木彫りは中心の空白を目指して幾何学線が延びるというもの。

白夜叉だけでなく、十六夜、黒ウサギも鑑定に参加する。

表と裏を何度も見直し、表面にある幾何学線を指でなぞる。

黒ウサギは首を傾げて耀に問う。

 

「材質は楠の神木……?神格は残っていないようですが……この中心を目指す幾何学線……そして中心に円状の空白……もしかしてお父様の知り合いには生物学者がおられるのでは?」

 

「うん。私の母さんがそうだった」

 

「ならこの図形はこうで……この円形が収束するのは……いや、これは……これは、凄い!本当に凄いぞ娘!!本当に人造ならばおんしの父は神代の大天才だ!まさか人の手で独自の系統樹を完成させ、しかもギフトとして確立させてしまうとは!これは正真正銘生命の目録と称して過言ない名品だ!」

 

「系統樹って、生物の発祥と進化の系譜とかを示すアレ?でも母さんが作った系統樹の図は、もっと樹の形をしていたと思うけど」

 

「うむ、それはおんしの父が表現したいモノのセンスが成す業よ。この木彫りをわざわざ円形にしたのは生命の流転、輪廻を表現したもの。再生と滅び、輪廻を繰り返す生命の系譜が進化を遂げて進む円の中心、すなわち世界の中心を目指して進む様を表現している。中心が空白なのは、流転する世界の中心だからか、世界の完成が未だに視えぬからか、それともこの作品そのものが未完成の作品だからか。……うぬぬ、凄い。凄いぞ。久しく想像力が刺激されとるぞ!実にアーティスティックだ!おんしさえよければ私が買い取りたいぐらいだの!」

 

「ダメ」

 

熱弁した白夜叉だったが、耀はあっさり断って木彫り細工を取り上げた。

白夜叉は、お気に入りの玩具を取り上げられた子供のようにしょんぼりした。

 

「で、これはどんな力を持ったギフトなんだ?」

 

十六夜に問われ、白夜叉は気を取り戻すが、首を捻った。

 

「それは分からん。今分かっとるのは異種族と会話できるのと、友になった種から特有のギフトを貰えるということぐらいだ。これ以上詳しく知りたいのなら店の鑑定士に頼むしかない。それも上層に住む者でなければ鑑定は不可能だろう」

 

「え?白夜叉様でも鑑定できないのですか今日は鑑定をお願いしたかったのですけど」

 

黒ウサギの要求にゲッ、と気まずそうな顔になる白夜叉。

 

「よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外どころか無関係もいいところなのだがの」

 

ゲームの報酬として依頼を無償で引き受けるつもりだったのだろう。

白夜叉は困ったように白髪を掻きあげ、着物の裾を引きずりながら四人の顔を両手で包んで見つめる。

 

「どれどれ……ふむふむ……うむ、四人ともに素養が高いのは分かる。しかしこれではなんとも言えんな。おんしらは自分のギフトをどの程度に把握している?」

 

「企業秘密」

 

「右に同じ」

 

「以下同文」

 

「内緒です」

 

「うおおおおい?いやまあ、仮にも対戦相手だったものにギフトを教えるのが怖いのは分かるが、それじゃ話が進まんだろうに」

 

「別に鑑定なんていらねえよ。人に値札張られるのは趣味じゃない」

 

ハッキリと拒絶するような声音の十六夜と、同意するように頷く飛鳥と耀、清人。

困ったように頭を掻く白夜叉は、突如妙案が浮かんだとばかりにニヤリと笑った。

 

「ふむ。何にせよ主催者として、星霊のはしくれとして、試練をクリアしたおんしらには恩恵を与えねばならん。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いとしては丁度良かろう」

 

白夜叉がパンパンと拍手を打つ。

すると十六夜・飛鳥・耀・清人の四人の眼前に光り輝くカードが現れた。

 

コバルトブルーのカードに逆廻十六夜・ギフトネーム“正体不明(コード・アンノウン)

 

ワインレッドのカードに久遠飛鳥・ギフトネーム“威光”

 

パールエメラルドのカードに春日部耀・ギフトネーム“生命の目録(ゲノムツリー)”“ノーフォーマー”

 

ランプブラックのカードに多々良清人・ギフトネーム“罪深き悪魔(シンフルデーモン)”“絶対不可侵(セイクリッドネス)”“聖なる癒し”

 

それぞれの名とギフトが記されたカードを受け取る。

黒ウサギは驚いたような、興奮したような顔で四人のカードを覗き込んだ。

 

「ギフトカード!」

 

「お中元?」

 

「お歳暮?」

 

「お年玉?」

 

「金か?金なのか!?」

 

「ち、違います!というかなんで皆さんそんなに息が会っているのです!?ていうか清人さんは……。…コホン。このギフトカードは顕現しているギフトを収納できる超高価なカードですよ。耀さんの生命の目録だって収納可能で、それも好きな時に顕現できるのですよ!」

 

「つまり素敵アイテムってことでオッケーか?」

 

「だからなんで適当に聞き流すんですか!あーもうそうです、超素敵アイテムなんです!」

 

「我らの双女神の紋のように、本来はコミュニティの名と旗印も記されるのだが、おんしらは”ノーネーム”だからの。少々味気ない絵になっているが、文句は黒ウサギに言ってくれ」

 

白夜叉は自分のカードを取り出し説明を進める。

 

「ふぅん……もしかして水樹って奴も収納できるのか?」

 

十六夜は何気なく黒ウサギの持つ水樹にカードを向ける。

すると水樹は光の粒子となってカードの中に呑み込まれた。

見ると十六夜のカードは溢れるほどの水を生み出す樹の絵が差し込まれ、ギフト欄の“正体不明”の下に“水樹”の名前が並んでいる。

 

「おお?これ面白いな。もしかしてこのまま水を出せるのか?」

 

「出せるとも。試すか?」

 

「だ、駄目です!水の無駄遣い反対!その水はコミュニティのために使ってください!」

 

チッ、とつまらなそうに舌打ちする十六夜。黒ウサギはまだ安心できないような顔でハラハラと十六夜を監視している。

白夜叉は両者の様子を高らかに笑いながら見つめていた。

 

「そのギフトカードは、正式名称をラプラスの紙片、即ち全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームとはおんしらの魂と繋がった恩恵の名称。鑑定はできずともそれを見れば大体のギフトの正体が分かるというもの」

 

「へえ?じゃあ俺のはレアケースなわけだ?」

 

十六夜の声に、ん?と白夜叉が彼のカードを覗き込む。

そこには確かに正体不明の文字が刻まれている。

ヤハハと笑う十六夜とは対照的に、白夜叉の表情の変化は劇的だった。

 

「……いや、そんな馬鹿な」

 

パシッと、表情を変えた白夜叉がカードを取り上げる。

真剣な眼差しでカードを見る白夜叉は、不可解とばかりに呟く。

 

「正体不明だと……?いいやありえん、全知たるラプラスの紙片がエラーを起こすはずなど」

 

「何にせよ、鑑定は出来なかったってことだろ。俺的にはこの方がありがたいさ」

 

パシッと十六夜がカードを取り上げる。

だが、白夜叉は納得できないように怪訝な瞳で十六夜を睨む。

それほどギフトネームが正体不明とはありえないことだった。

 

(そういえばこの童……蛇神を倒したと言っていたな。種の最高位である神格保持者を人間が打倒する事はありえぬ。強大な力を持っていることは間違いないわけか。……しかしラプラスの紙片ほどのギフトが正常に機能しないとはどういう……)

 

『ギフトが正常に動作しない』そこで白夜叉の脳裏に一つの可能性が浮上した。

 

(ギフトを無効化した……?いや、まさかな)

 

浮上した可能性を、白夜叉は苦笑と共に切り捨てた。

修羅神仏の集う箱庭で、無効化のギフトは珍しくない。

だが十六夜のように強大な奇跡を身に宿す者が、奇跡を打ち消す御技を宿しては大きく矛盾する。

それに比べれば、ラプラスの紙片に問題があるという結論の方がまだ納得できる。

そう考えていると清人が白夜叉に話しかけた。

 

「なあ。俺の種族が載ってるんだが、ギフトなのか?これ」

 

「なんじゃと」

 

今度は清人のカードを覗き込む白夜叉。

すると驚いた様に清人に言った。

 

「おんし。…人間ではないのか?」

 

「どもー。悪魔っ子です」

 

これには他の四人も目を見開いた。

 

「やっぱりあなた人間じゃなかった」

 

「いやーなんかやっぱさ。話しづらいじゃん?」

 

「…確かにそうね。別に責めたりはしないから安心して、清人君」

 

「そいつはありがたいな」

 

「へー…。悪魔ってことは魔界かどっかにいたのか?」

 

「いや、普通に暮らしてたよ。人間として。親父が戸籍とか適当に作ってくれたし。……もういないけど」

 

「それにおんし…。このギフト、絶対不可侵と聖なる癒し、か。どういう力なのだ?」

 

「フッフッフ。説明しよう!絶対不可侵とはその名の通り、自分以外の存在によって絶対に害されない(・・・・・・・・)という超強力な防御能力なのだ!そして聖なる癒し。これは1日に1回しか使えない代わり、どんな傷でも病気でも治してしまう。超強力な治癒能力なのだ。どうだ!すごいだろう!」

 

「うん、分かったから。凄いのは分かったからちょっと静かにして」

 

「…すいません」

 

「…いや、これは…これは凄いな。凄いとしか言いようがない。こんな強力なギフトを持った者など久しく見なかったぞ!」

 

「ほ、本当ですか白夜叉様!や、やったのですよ!そんなに強力な人がうちのコミュニティに入ってくれるなんて!」

 

「確かに。このギフトは凄いな。…だから絶対に負けない自信があったのか」

 

「いやー照れるなー」

 

みんなに凄いと褒められて顔が緩みまくる清人。

そうして六人と一匹は暖簾の下げられた店前に移動し、耀は一礼した。

 

「今日はありがとう。また遊ぼう」

 

「あら、駄目よ春日部さん。次に挑戦するときは対等の条件で挑むものだもの」

 

「ああ。吐いた唾を飲み込むなんて、格好付かねえからな。次は渾身の大舞台で挑むぜ」

 

「その時は本気でやり合うとしようか」

 

「ふふ、よかろう。楽しみにしておけ。………ところで」

 

白夜叉は微笑を浮かべるがスっと真剣な表情で俺達を見てくる。

 

「今さらだが、一つだけ聞かせてくれ。おんしらは自分達のコミュニティがどういう状況にあるか、よく理解しているか?」

 

「ああ、名前と旗の話か?それなら聞いたぜ」

 

「なら、魔王と戦わねばならんことも?」

 

「聞いてるわよ」

 

「………では、おんしらは全てを承知の上で黒ウサギのコミュニティに加入するのだな?」

 

横目で黒ウサギがを見てみると黒ウサギの目は俺達から視線をそらしていた。

 

「そうよ。打倒魔王なんてカッコいいじゃない」

 

「カッコいいで済む話ではないのだがの………全く、若さゆえなのか。無謀というか、勇敢というか。まあ、魔王がどういうものかはコミュニティに帰ればわかるだろ。それでも魔王と戦う事を望むというなら止めんが………そこの娘二人。おんしらは確実に死ぬぞ」

 

予言するように断言された耀と飛鳥は言い返そうとするが言葉が見つからないのか、それとも同じ元魔王の白夜叉の威圧感に黙ってしまう。

 

「これでも伊達に長生きしておらぬ。嵐に巻き込まれた虫が無様に弄ばれて死ぬ様は、いつ見ても悲しいものだ」

 

「ご忠告感謝するわ。でも、それを断言するのはまた今度本気のゲームをしに行った時にしてくれないかしら?」

 

「ふふ、望むところだ。私は三三四五外門に本拠を構えておる。いつでも遊びに来い。………ただし、黒ウサギをチップに賭けてもらうがの」

 

「嫌です!」

 

「望むところだ!」

 

「望まないでください!」

 

黒ウサギが即答で返してくる。白夜叉は拗ねたように唇を尖らせた。

 

「つれない事を言うなよぅ。私のコミュニティに所属すれば生涯を遊んで暮らせると保証するぞ?三食首輪付きの個室も用意するし」

 

「三食首輪付きってソレもう明らかにペット扱いですから!って、十六夜さんも清人さんも『その手があったか!?』という顔しないでください!?」

 

そうして三人は無愛想な女性店員に見送られながらサウザンドアイズ二一〇五三八〇外門支店を後にした。




どうでしたか?
基本的に清人君は無敵です。ただ、十六夜には負けるかも。ギフト消されちゃうから仕方ないですね。
ガルド戦はほんとにサクッと終わらせます。慈悲はない。
感想や評価を付けていただければ幸いです。


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魔王の爪痕

2週間ほど開きました。
特に理由はないですが、強いて言うならラノベ読むのに忙しかったです。すいません。
それではご覧下さい。


ギフト鑑定が済み、5人はノーネームの居住区画の門前に着いた。その門を見上げると、コミュニティの旗は掲げられていなかった。

 

「この中が我々のコミュニティでございます。しかし本拠の館は入口から更に歩かねばならないので御容赦ください。この浜辺はまだ戦いの名残がありますので………」

 

「戦いの名残?噂の魔王って素敵ネーミングな奴との戦いか?」

 

「は、はい」

 

「ちょうどいいわ。箱庭最悪の天災が残した傷跡、見せてもらおうかしら」

 

先程の一件により機嫌が悪い飛鳥。プライドが高い彼女からしてみれば見下された事実に気に食わなかったのだろう。

躊躇いながら門を開ける黒ウサギ。すると、門の向こうから乾いた風を感じた。砂塵が舞い、5人の視界を遮る。微かに見える景色は……廃墟同然の荒れた大地だった。

 

「っ、これは………!?」

 

街並みに刻まれた傷跡をみた飛鳥と耀が息を呑んでいるが分かる。十六夜はこの光景にスっと目を細めながら木造の廃墟に歩み寄り、囲いの残骸を手に取った。そのまま少し握り込むと残骸は音も立てて崩れていった。

 

「………おい、黒ウサギ。魔王のギフトゲームがあったのは…今から何百年前の話だ?」

 

「僅か三年前でございます」

 

「ハッ、そりゃ面白いな。いやマジで面白いぞ。この風化しきった町並みが三年前だと?」

 

十六夜の言う通りノーネームの街並みは何百年の時間が経過して滅んだように崩れ去っているのだ。とても三年前まで人が住んでいたとは思えない程の有様だ。

 

「………断言するぜ。どんな力がぶつかっても、こんな壊れ方はあり得ない。この木造の崩れ方なんて、膨大な時間をかけて自然崩壊したようにしか思えない」

 

十六夜はあり得ないと言いながらも目の前の廃墟に心地よい冷や汗を流している。

 

「これが魔王…か」

 

清人は呆気に取られながらポツリとこぼした。

二人に至っては言葉すら出ないようだった。

黒ウサギは廃屋から目を逸らしながら朽ちた街路を進みだす。

 

「………魔王とのゲームはそれほどの未知の戦いだったのでございます。彼らがこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持つ人間が現れると遊ぶ心でゲームを挑み、二度と逆らえないよう屈服させます。僅かに残った仲間達もみんな心を折られ………コミュニティから、箱庭から去って行きました」

 

黒ウサギは感情を殺した瞳で風化した街を進んでいく。飛鳥や耀も複雑な表情でその後に続いていく。清人は先程褒められた時とは打って変わって、感情の読めない表情をしていた。

だが、十六夜だけは瞳を輝かせ不敵に笑っていた。

 

「魔王……か。ハッ、いいぜいいぜいいなオイ。想像以上に面白そうじゃねえか………!」

 

そう呟きながら十六夜も黒ウサギ達の後について行った。

歩いていると、廃墟を抜け、徐々に外観が整った空き家が立ち並ぶ場所に出る。五人は水樹を設置するため貯水池を目指していると先客がいた。

 

「あ、みなさん!水路と貯水池の準備は調ってます!」

 

「ご苦労さまですジン坊っちゃん♪皆も掃除を手伝っていましたか?」

 

黒ウサギが子供達に近寄っていくとワイワイと騒ぎ出して黒ウサギの元に群がっていった。

 

「黒ウサのねーちゃんお帰り!」

 

「眠たいけどお掃除手伝ったよー」

 

「ねえねえ、新しい人達って誰!?」

 

「強いの!?カッコいい!?」

 

「YES!とても強くて可愛い人達ですよ!皆に紹介するから一列に並んでくださいね」

 

パチン、と黒ウサギが指を鳴らすと、さっきまで黒ウサギに群がっていた子供達は綺麗に一列で並びだした。人数は20人程で、中には猫耳や狐耳の少年少女もいた。

 

(マジでガキばっかだな。半分は人間以外のガキか?)

 

(じ、実際目の当たりにすると想像以上に多いわ。これで六分の一ですって?)

 

(…私子供嫌いなのに大丈夫かなぁ)

 

(子供は3人に任せるか…)

 

四人が各々の感想を心に呟く。

すると黒ウサギが四人を紹介し始めた。

 

「右から逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さん、多々良清人さんです。皆も知っている通り、コミュニティを支えるのは力のあるギフトプレイヤー達です。ギフトゲームに参加できない者達はギフトプレイヤーの私生活を支え、励まし、時に彼らの為に身を粉にして尽くさねばなりません」

 

「あら、別にそんなの必要ないわよ?もっとフランクにしてくれても」

 

「駄目です。それでは組織は成り立ちません」

 

飛鳥の申し出を、黒ウサギが今まで一番厳しい声音で却下された。

 

「コミュニティはプレイヤー達がギフトゲームに参加し、彼らのもたらす恩恵で初めて生活が成り立つのでございます。これは箱庭の世界で生きていく以上、避ける事が出来ない掟。子供のうちから甘やかせばこの子供達の将来の為になりません」

 

「………そう」

 

黒ウサギが有無を言わせない気迫で飛鳥を黙らせる。

三年間実質コミュニティを一人で支えてきたのだからその厳しさ知ってるのだろう。

 

「此処にいるのは子供達の年長組です。ゲームには出られないものの、見ての通り獣のギフトを持っている子もおりますから、何か用事を言いつける時はこの子達を使ってくださいな。みんなも、それでいいですね?」

 

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

 

20人程の子供達が一斉に大声で叫ぶ。

 

「ハハ、元気がいいじゃねえか」

 

「そ、そうね」

 

その大声に十六夜は笑い、飛鳥と耀は複雑そうな表情を浮かべていた。清人は笑顔ではあるが、内心はため息を付いていた。

超強力なギフトを持っている悪魔の弱点は、幼い子供だった。

 

「さて、自己紹介も終わりましたし!それでは水樹を植えましょう!黒ウサギが台座に根を張らせるので、十六夜さんのギフトカードから出してくれますか?」

 

「おう」

 

十六夜はポケットからギフトカードを取り出し、水樹の苗を発現した。黒ウサギはその水樹の苗を受け取る。

しかし、水路自体は残ってるみたいだが所々ひび割れが目立つ。

 

「大きい貯水池だね。ちょっとした湖ぐらいあるよ」

 

「はいな、元々は龍の瞳を水珠に加工したギフトが貯水池の台座に設置してあったのですが、それも魔王に取り上げられてしまいました」

 

「龍の瞳?何それカッコいい超欲しい。何処に行けば手に入る?」

 

「さて、何処でしょう。知っていても十六夜さんには教えません」

 

「じゃあ十六夜には黙っとくから俺に教えてよ」

 

「…ダメです。清人さんからも危険な気配がしますので」

 

十六夜が瞳を輝かせ、黒ウサギに問いかけるが黒ウサギは適当にはぐらかす。清人の追求にも応じない。するとこの話題が不味いと思ったのか、話を戻すためジンが貯水池の詳細を説明する。

 

「水路も時々は整備していたのですけど、あくまで最低限です。それにこの水樹じゃまだこの貯水池と水路を全て埋めるのは不可能でしょう。ですから居住区の水路は遮断して本拠の屋敷と別館に直通している水路だけを開けます。此方は皆で川の水を汲んできたきたときに時々使っていたので問題ありません」

 

「あら、数kmも向こうの川から水を運ぶ方法があるの?」

 

飛鳥がふっと思った疑問を忙しい黒ウサギに代わってジンと子供達が答えた。

 

「はい。みんなと一緒にバケツを両手に持って運びました」

 

「半分くらいはコケて無くなっちゃうんだけどねー」

 

「黒ウサのねーちゃんが箱庭の外で水を汲んでいいなら、貯水池をいっぱいにしてくれるのになあ」

 

「……そう。大変なのね」

 

飛鳥はちょっとがっかりした顔をしている。

もっと画期的で幻想的なものを期待していたんだろうがそんなものがあれば水樹であんなに喜ぶはずがない。

 

「それでは苗のひもを解きますので十六夜さんは屋敷への水門を開けてください。」

 

「あいよ」

 

十六夜が貯水池に下り、水門を開ける。

黒ウサギが苗のひもを解くと大波のような水が溢れかえり、激流になり貯水池を埋め尽くす。

水門の鍵を開けていた十六夜は驚いて叫ぶ。

 

「ちょ、少しマテやゴラァ!!流石に今日はこれ以上濡れたくないぞオイ!」

 

今日一日、散々ずぶぬれになった十六夜はあわてて跳躍する。

 

「………チッ」

 

「おい清人お前何舌打ちしてんだ」

 

「いや別に。残念だなって」

 

「てめえ、自分が濡れてないからっていい気になるなよ?」

 

「やっぱり自分以外の皆が不幸になってると楽しいな」

 

「さ、最低ですね!?」

 

「悪魔ですから」

 

そんなやり取りをしながら、清人は本拠の自分の部屋に向かった。

好きな部屋を使っていいと言ったので、清人は一番下の階の端っこの部屋に住むことにした。

この悪魔はどうやら、隅っこが落ち着くらしい。

風呂に入る時間になり、女性陣が先に入ることになった。

十六夜とジンと3人で見送ったあと、

 

「じゃあ清人、外に…」

 

「パス。眠い。めんどくさい。柄じゃない。以上」

 

「……そうかよ。じゃあ行くぞ御チビ」

 

「え?あ、ちょ……」

 

十六夜に引っ張られていくジンを一瞥すると、清人は自分の部屋へ向かった。

 

「お人好しめ」

 

そう一言呟きながら。

 

 




という訳でした。
特に進展は無く、ギフトもまだ使いません。ガルドとのギフトゲームで使うはずなので、暫しお待ちください。
感想や評価を付けていただければ幸いです。


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ハンティング

清人君がギフトゲームをサクッと終わらしたので短くなりました。
それではどうぞ


―――箱庭二一〇五三八〇外門。ペリベット通り・噴水広場。

 

 

 

ノーネームの屋敷で一日を過ごし、ノーネーム一行はフォレス・ガロのギフトゲームを挑むためにコミュニティの居住区に向かう途中、昨日のカフェテラスで声をかけられた。

 

「あー!昨日のお客さん!もしや今から決闘ですか!?」

 

昨日の猫耳店員が近寄ってきて6人に一礼した。

 

「ボスからもエールを頼まれました!ウチのコミュニティも連中の悪行にはアッタマきてたところです!この二一〇五三八〇外門の自由区画・居住区画・舞台区画の全てでアイツらやりたい放題でしたもの!二度と不義理な真似が出来ないようにしてやってください!」

 

ブンブンと両手を振り回しながら応援する。

 

「ええ、そのつもりよ」

 

「おお!心強い御返事だ!」

 

飛鳥の言葉に満面の笑みで返す猫耳店員……が、急に声を潜めて俺達に喋りかけてくる。

 

「実は皆さんにお話があります。フォレス・ガロの連中、領地の舞台区画ではなく、居住区画でゲームを行うらしいんですよ」

 

「居住区画で、ですか?」

 

それに答えたのは黒ウサギだった。その言葉を知らないのか飛鳥は不思議そうに小首を傾げる。

 

「黒ウサギ。舞台区画とはなにかしら?」

 

「ギフトゲームを行う為の専用区画でございますよ」

 

「しかも傘下に置いているコミュニティや同士は全員ほっぽり出していました」

 

「……それは確かにおかしいわね。」

 

「でしょ?何のゲームか知りませんがとにかく気を付けてください」

 

猫店員の声援を受けながら、フォレス・ガロの居住区画へ向かう。

 

「あっ、皆さん!見えてきました…けど」

 

黒ウサギは一瞬、目を疑った。他のメンバーも同様のようだ。

なぜなら居住区のはずなのに森のように木々が鬱蒼と生い茂っていた。

 

「……ジャングル?」

 

「確かフォレス・ガロの本拠は普通の居住区だったはず…それにこの木は」

 

ジンがそっと気に手を伸ばす。そこで清人はあるものを見つけた。

 

「これは契約書類だな」

 

勿論、今回のゲームの内容が書かれている契約書類だ。

そこには

 

『ギフトゲーム名“ハンティング”

 

・プレイヤー一覧 

久遠飛鳥

春日部耀

多々良清人

ジン・ラッセル

 

・クリア条件 

ホストの本拠内に潜むガルドガスパーの討伐。

 

・クリア方法 

ホスト側が指定した特定の武具でのみ討伐可能。指定武具以外では、契約によってガルドガスパーを傷つける事は不可能。

 

・敗北条件  

降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

・指定武具  ゲームテリトリーにて配置。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

 

“フォレス・ガロ”印』

 

 

「ガルドの身をクリア条件に…指定武具で打倒!?」

 

「こ、これはまずいです」

 

ジンと黒ウサギから悲鳴のような声が聞こえてくる。

飛鳥は心配そうに問う。

 

「このゲームはそんなに危険なの?」

 

「いえ、ゲーム自体は単純ですが問題はこのルールです。このルールだと飛鳥さんのギフトで彼を操ることも耀さんのギフトで傷付ける事も出来ないことになります」

 

「どういうことだ?」

 

「恩恵ではなく契約で身を守られているのです」

 

「すいません。僕の落ち度です。こんなことならその場でルールを決めておけば…」

 

ルールを決めるのが主催者である以上、白紙のゲームに承諾するのは自殺行為に等しい。しかし、ジンが自責の念を抱く隣では、余裕そうな清人の姿。

 

「うーん。武器さえ見つければいいんだろ?なにか難しいか?」

 

「…随分簡単に言うのね。こちらの攻撃が通らないっていうの聞いてた?」

 

「そっちこそ昨日何聞いてたんだ?俺はどんな攻撃も効かないんだぞ?これでも対等になっただけ。というか指定武具で討伐できるなら対等以上だ」

 

「な、なるほど。確かにそれならまだ安心できますね。恐らく身体能力も清人さんの方が上でしょうし」

 

「当然だ」

 

「…だとしても、まずは指定武具を探さないと始まらないじゃない」

 

「だな。飛鳥はどこを探すつもりなんだ?」

 

「え?どこって。…とりあえず森の中を」

 

「俺が思うに、指定武具は奴の近くにあるんじゃないか?」

 

「…確かに。自分の弱点を目の見える所に置いておきたいって気持ちは分かる」

 

「でも、それじゃ清人君以外が近づくのは危険よ。ほんとにそこにあるのか分からないのに危険を犯すのは…」

 

「え、俺1人で行けばいいんじゃねえの?」

 

「…好きにしてちょうだい」

 

「そうするよ」

 

そんなやりとりをする間に入口の門が閉まり、ゲームが開始された。

すると清人は黒い翼を広げ、空に飛び上がった。

 

「清人なら空から探せるから効率がいいね」

 

「あら、春日部さんも飛べるじゃない」

 

「…あんなに速くは無理」

 

空では清人が森の上空を縦横無尽に飛び回ってガルドを探している。

暫くすると、清人が降りてきた。

 

「ガルド発見したぞ。本拠にいた」

 

「森で待ち伏せをするような知能もないのね」

 

「さてと。じゃあ本拠の外で待っててもらうぞ?」

 

「了解」

 

「…そうね」

 

「わかりました。お気を付けて」

 

「その必要も無いけどな」

 

そう言うと、あっという間に清人は本拠に入っていった。

 

「大丈夫かな」

 

「あれだけ大口を叩いてたもの。きっとすぐに倒してくるわよ」

 

「そうだといいんですが…」

 

3人がそんな会話をしていると、不意に獣の叫び声が聞こえた。

 

「これ、ガルド?なんか声の雰囲気が違うような…」

 

「や、やっぱり様子見に行きましょう!」

 

「危険じゃないかしら?」

 

「でも……」

 

そうしていると、また獣の叫び声が聞こえた。が、今度は悲鳴のようなものだ。

その後なにか大きなものが倒れた音がして、窓から清人が戻ってきた。

 

「討伐してきたぞ」

 

「「「え?」」」

 

「え?じゃなくて。だから終わったって」

 

「ほんとにすぐに倒してきた…」

 

「ま、まあ当然よね!あんなに大口を叩いてたのだし」

 

「まあな。それで?これでこのゲームは終了か?」

 

「は、はい。お疲れ様でした」

 

「私何もしてない…」

 

「私もだわ…」

 

「よし、帰るか」

 

「…そうですね」

 

そうして4人は黒ウサギと十六夜の元へ戻る。

十六夜はつまらなさそうにしていたが、黒ウサギは怪我人が出なかったことに安堵の息を吐いていた。

そこで、清人は1人で呟いた。

 

「にしてもガルドって、あそこまで野生動物みたいな感じだったっけ?」

 

彼は本拠での戦いを思い出す。

 

 

 

 

 

本拠に入った彼は迷わず二階に向かった。

空から見た時に、二階の部屋でガルドを見つけたからだ。

部屋の扉を開けた瞬間、中から大きな叫び声で出迎えられた。

 

「GEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAーーー」

 

「うるせえ」

 

あまりのうるささについ殴ってしまったが、ガルドには傷一つない。

やはり契約によって守られているようだ。

ガルドも反撃とばかりに爪で清人を引き裂こうとするが、爪を立てようとすると、何故か弾かれてしまっていた。

 

「こりゃ収集つかねえなあ」

 

お互いの攻撃は恩恵と契約で全く通らない状態だ。

こうしていても埒が明かない。

幸い、ガルドの背中側に十字型の剣は見えている。

清人は素早い動きでその剣を手に取るが、そこでガルドが襲いかかってくる。

交差は一瞬。

大きすぎる悲鳴が段々小さくなっていく。

清人に一刀両断されたガルドは、大きな音をたてて倒れた。

長居は無用と、清人はすぐさま窓から出ていったのだった。

 

 

 

 

 

あの叫び声。この前会った時の打算に満ちた様子とは違う、獣の野生本能を感じる声だった。

ゲームまでの間に何があったのか。

少し考えたあと、どうせもう終わったことだと考えるのを辞めた清人だった。

 




次はレティシアが石になるところまで行けるかな?
清人君のギフトって文にすると地味で困ってます…。
感想や評価を付けていただければ幸いです。


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