東方妖精生活録 (kokonoe)
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プロローグ

突然だが、俺の話をしよう。

 

俺は妖精だ。ここ、幻想郷の霧の良く出る湖で生まれた妖精である。金色の髪の毛に赤い瞳。そして黒いワンピースに黒い羽根。ソレが俺の今の容姿である。

 

俺は気が付けばそこにあった。まるで風が人知れず生まれるように、雲が唐突に青空に現れるように、そんな風に俺は生まれ出でたのだ。

 

だが、そう。もうお察しの通りかもしれないが、俺は前までは普通の人間だったのだ。だから、元人間今妖精、というのが俺を一言で表せる言葉である。

 

しかし、俺は前世の事をあんまり覚えていない。男子高校生で年齢イコール彼女いない歴で、名前も五文字で何の変哲もない容姿をしていて、普通にバイトしてアニメ見て友達と遊んで…そういう感じの一般人だった。それが気が付けば俺はなぜか妖精となっていた。何を言ってるかわからないと(ry

 

ソレが神様のいたずらなのかただの憑依だったのかはわからないが、ただ一つだけ言えることがあった。

 

俺は、この世界の事を知っている。って、先ほどもぽろっと言ってたっけかな。

 

ここは幻想郷。忘れ去られしモノ達の、最後にして唯一の楽園。東方projectの舞台となる、妖怪たちの蔓延る現実と切り離された、そんな場所なのである。

 

どうしてここが幻想郷かわかったかというと、湖の上でチルノと大妖精という、明らかに東方のキャラクターな二人が楽しそうに遊んでいたからである。その時俺はどうすればいいかわからずとりあえず二人から身を隠してしまったが、まあ俺のコミュ障っぷりの話は些事である。

 

何故そんな場所に生まれ出でたのかは全く分からない。まあ、なんにせよこうして生まれてしまったのだから仕方がないと割り切ったのは生まれてから3日経ったときの事だった。自分でも随分と簡単に割り切れたものだと思ったが、曖昧な記憶にいつまでもすがっているわけにもいかないという一種の生存戦略だと考えれば納得もいくというものだ。

 

そんな感じで俺は妖精として生きる事になった。妖精は総じて子供の姿をしている。それは俺も同じらしく、身長は130cm程しかない。

 

というか髪の毛も腰まであるし、着ている服もワンピースだったのでもしかして俺のマイサンがいつの間にか家出してしまったんじゃあないかと不安になったりもしたが、確認したところ俺は無事女であることが発覚した。俺は人知れず森の木陰でむせび泣いた。

 

女になってしまったものはなってしまったで仕方がないので、その辺も適当に割り切って…そう、割り切って。

 

妖精としての生活はそれはもう気ままなものだった。基本的に遊ぶだけ。自然のある場所ならどこでも生きていけるし、腹も減らないし特に学校やら仕事やらの束縛も無い。毎日湖の周りを散歩しながらほかの妖精たちが遊んでいるのを遠くから眺めるだけだ。まあ、身体は子供だが中身は男子高校生だ。子供っぽく遊べという方がおかしな話である。

 

そんな感じで木の上で寝たり湖の上を飛び回ったり散歩したり森の中を散歩したりして遊んでいたが、しかしそんな何もない日々が長く続くといい加減うんざりするというものである。空を飛ぶのは初めはかなり楽しかったが、しかし慣れてくると歩くのと飛ぶのとで違いがなくなってくる。

 

それに、雨風をしのげる場所も無ければ風呂も無い。ベッドも無いし飯も無い。元人間の俺がこんな日々耐えられるわけがなかった。

 

そういう訳で、俺は暇に任せて家を作ることにした。初めは雨風しのげればいいかなという軽い感じで始めたのだが、ついつい庭付き一戸建ての家を建ててしまった。俺の才能が怖すぎる。

 

作った家はまさしく妖精が住んでいそうなファンタジーな家というのをイメージして作ってみた。どうせ俺しか使うやつはいないから全て俺の身長に合わせて作っているから、下手したらちょっと大きな人形用の家に見えるかもしれない。

 

木は森に大量にあったし、木を切るのも生まれたころから使えた妖力を鋭く固めて切る事が出来た。繋げるのには大分苦労したが、それには俺の能力があったので問題はなかった。

 

そう、実は俺、程度の能力を発現したのだ。

 

俺に発現した能力。それは『性質を付与する程度の能力』というべきだろうか、便利そうだが戦闘では不便そうな能力だったのだ。

 

程度の能力持ちだなんて東方の世界では結構有利だとは思うが、残念ながら俺は異変に自分から顔を突っ込んでいく様なバカではない。俺はゆったりと風呂に入ってベッドに入って一日を過ごせれば満足なつまらない人間なのである。今は妖精だが。

 

家の骨組みは接着性を付与する事でがっちり固定。さらに持続性を追加させることで長持ちさせる事の出来る家を目指す。これがなかなかいい感じで、家のデザインも中々納得できる感じだった。俺の才能が怖い。

 

そういう訳で雨風しのげる家については問題は解決したが、まだ俺は納得できはしない。風呂、せめてベッドが無いと家とは言えまい。

 

そういう訳で次はベッドづくりである。ベッドの骨組みを生前のかすかな記憶のベッドの形を見様見真似で作ってみた。大分いい感じで作ることができたので、俺はその日のうちに布団と敷布団づくりにも取り掛かった。

 

しかし、布団ってどうして作ればいいのだろう。布の作り方なんて知らないぞ、俺は。

 

そういう訳で俺は厚い木の板を作って、ベッドにすっぽり入る感じで大きさを調整。次に柔軟性を増大させて、ふかふかに似た感じの感触にさせる事に成功した。さらに反発性も付与させてさらに快適に眠る事の出来る様に改良。布団も柔軟性と保温性を完備させる事で快適な眠りを実現させた。

 

そして風呂についてなのだが、これが一番難儀した。風呂の形を作ってあらかじめ作っていた風呂場に備えて、土を掘り返して能力を駆使して作った木のパイプを湖と、加熱性を付与した貯水箱につなげる。後はポンプの容量を使ってその温水を引き上げて風呂に流せば、風呂の完成…のはずだった。

 

風呂を作って貯水箱を作ってパイプを湖と繋げて…そう、ここまでは良かったのだ。しかしポンプを作るのにおもっくそ時間を持っていかれた。うまい事真空を作るのが結構難しくてだな…最終的には能力でごり押しして完成させた。風呂づくりだけで家や家具を作った総時間の5,6倍はかかったはずだ。

 

そんなわけで、苦節数か月、俺はやっと家を完成させる事に成功したのである。ビバ、ベッド。ビバお風呂。やはり文明の利器は生活を非常に豊かにしてくれる。

 

家、ベッド、風呂と問題を解決させた後は、次は食料の問題である。

 

湖からちょっと離れた場所に人里があったので、そこから種を盗ってきて畑を作りました。はい終了。畑の知識は皆無だが、まあ中々便利な能力もあるしどうとでもなるだろう。どうせ暇なのだからゆっくりやればいい。

 

そんなこんなで幻想郷で生まれて早くも半年が経ち、妖精ライフが中々様になってきた頃。

 

そこから、俺のこの幻想郷での物語は始まったのである。

 




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1話目

朝が来た。いつも通りの朝だ。

 

布団は最初の頃から改良に改良を重ね、さらに快適に寝られるようにまで完成している。枕なんか低反発枕の再現そのまんまである。顔を埋めると安心感が身体中を包み込んで心が安らぐ。

 

ふかふかの掛布団に、もふもふの敷布団。そして心地よい枕。それらすべてが生み出す快適な眠りは、さしもの俺も抗えない程の快楽に全身が雪の布団をかぶっているかのように震えて、心の底から真冬の湖に沈められたかのように冷えて永遠の眠りへと誘っている…。

 

…って。

 

 

さっむううううううう!

 

 

俺は思わず布団から勢いよく起き上がった。やばいやばい寒い寒い。身体が凍えて仕方がない。どうしよう、起きたばかりなのに瞼が重い。歯ががちがちいってる。よく見ると布団がカチカチに凍っている。なんだこれは。

 

今の季節は夏に少し足を踏み入れた程度のはず。まだ朝が肌寒い季節と言っても限度っていうものがあるだろう。

 

「…!…」

 

と、ここで俺はやっと俺の腰に誰かの腕が巻き付いているのに気が付いた。

 

「すう…すう…」

 

青い髪の毛。赤ちゃんの様なシミ一つない柔らかい肌。寝顔には曇り一つ無い。「あたい…さいきょー…」と寝言が口から漏れ出ている。

 

俺は、この少女の名前を知っている。

 

「…チルノ」

 

そう、東方projectのキャラクターの一人にして、⑨と名高いお馬鹿キャラ、氷精のチルノである。

 

ちょっと前に俺が家で紅茶を作ってとある人物に借りた本を読んでいたところ、突然家を訪問してきて、「あたいのてりとりーに勝手に家を建てたことを許してほしければ、この家に上げなさい!」と仰せになったので家に上げてあげて紅茶と作っておいたクッキーでもてなしてあげたら、なぜか家によく来るようになって今では1日に一回は家にチルノが突撃しに来る毎日である。

 

でも、勝手にベッドに入ってくるのは流石に予想外だぞ。かわいらしい寝顔に免じて今日のところは許してやるが、しかし仮にも女の子なんだから無防備にも程があるだろう。

 

「……」

 

ゆさゆさ。

 

「ううん…」

 

うん、まずはここから離れよう。

 

俺はチルノを起こすのを早々にあきらめた。仕方ないじゃない。寝てる女の子を起こすなんて上等テクニック、オタクで彼女いない歴=年齢の俺に出来ようはずもない。

 

俺にはただこうして、チルノが起きてくるまでチルノと自分の分の朝ご飯を作ってやるくらいしかできないんだ…!

 

「…おはよー…」

「…」

 

ご飯を炊いてお味噌汁を作って、チルノの為に半分をよそって能力を使って冷ましてーーーを完了すると同時にチルノがベッドから起きてきた。俺は手を上げて挨拶する。

 

そうそう、チルノや大妖精と交流するようになって気が付いたのだが。

 

俺、なんかしゃべれなくなってるっぽい。

 

前世は俺はただ女の子としゃべれないってだけでコミュ障ってわけじゃなかった(錯乱)。今世の俺のこの身体の性質なのか、それとも転生した時の反動なのか、はたまた俺の能力の副作用なのか…まあ、理由はてんで見当が付かない。ちなみに表情筋もほとんどニート状態である。いや、笑おうと思えば笑えるし、言葉だって単語だけだったら何とかひねり出せるので、完全に無表情無口ってわけでもないわけだが…しかし、俺の今世のコミュニケーション能力は息絶えたといっても過言ではない。

 

はあ…。まあ、チルノや大妖精の様に気にしないでくれるやつもいるからまだいい。気持ち的には異性が相手なんだから心休まる感じでもないわけだけどさ。

 

「んー」

「…!」

 

まだ寝ぼけていておもむろに抱き着いてきたチルノを引きはがして、テーブルへと誘導。椅子に座ったチルノの前にはあらかじめ置いておいた朝食がすでにチルノに食べられるのを待っていた。ふ、計算通り。

 

「いたらきましゅ…」

 

俺も席に座って、手を合わせていただきます。チルノもそれに合わせて眠気眼こすって手を合わせた。

 

もしゃもしゃとご飯を食べるチルノの姿にはほっこりする可愛らしさがある。朝の心の癒しにはちょうどいい感じだ。

 

「…ごちそうさま」

 

俺がまだ半分も食べ終わってない頃、チルノは手を合わせてそうつぶやいた。器の中身は確かに全部なくなっていた。食べるの早っ。

 

「…ねえ、なんであたいあんたのベッドで寝てたの…?」

「…?」

「うーん…昨日は夜中にこの家にせんにゅーした所までは覚えてるのに…」

「…!」

 

そんなことをしていたのかチルノよ。というか潜入って言葉をどこで覚えたのか。というかなんで俺の家に潜入しようとしたのか。まったくもって謎である。

 

「…まあ、いっか」

 

謎は謎のまま。チルノだから致し方なし。俺もさっさとご飯を食べて、朝の日課を終わらせなければ。

 

「ねえねえ、今日は何するの?」

 

俺は畑の方向を指さした。

 

「んー…畑しごと?」

「…!」

 

俺はうなずいた。そう、今日は畑いじりに午前中を費やすつもりである。何もない日々はこうして自分ですることを見つけないと本当に自分をダメにするからなあ。

 

午後?午後からはとある人物に会いにいくのさ。ふふ、予定の詰まった男ってのは暇が無くて困るぜ。

 

「ふーん…一緒に遊ばないの?」

「んー…」

 

俺がチルノの返答に困っていると、玄関がばんっと開いて見知った顔の少女が鼻息荒く入ってきた。

 

「ち、チルノちゃん!」

「あ、大ちゃんだ」

「…」

「あ、おはよう…って、そうじゃなくて!また一人だけでくーちゃんのお家に遊びに行って!ずるいよ!」

 

俺が手を上げると律儀に挨拶返してくれる大ちゃん、怒ってても可愛い。

 

緑色のサイドテールに緑色の瞳。背中から生えているのはチルノとは違い、蝶のそれを想像させる羽が生えている。

 

彼女は大妖精。名前は無いらしいから、皆からは大ちゃんと愛称で呼ばれている。

 

ちなみにくーちゃんとは俺の事である。黒いワンピースでくーちゃんらしい。子供とはかくも単純な思考を持っているのか。

 

「大ちゃん、今日くーちゃん遊べないって!一緒に弾幕ごっこしよ!」

「ええ!?折角くーちゃんのお家に来たんだから、もうちょっとくーちゃんと…」

「えへへ、じゃあねくーちゃん!」

「ちょ、チルノちゃ~ん!」

 

涙目の大妖精の腕を引っ張って飛び去って行くチルノの後姿を見送って、俺は食べ終わった食器を戻す為に立ち上がったのだった。

 

ちなみに、チルノは縞々、大妖精は真っ白純白だった。べ、別に俺が見たくて見たわけじゃないんだからね!不用意に飛んでいったチルノと大妖精が不用心すぎるのがーーーーーー

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あら、こんにちは」

「…!」

 

そして午後。俺はとある人物の家まで足を伸ばしていた。ドアをノックすると、程なくして一人の少女がドアを開けて俺を出迎えた。

 

俺と同じ金色の短髪に、白い肩掛けに青いスカート。サファイアを埋め込んだかのような瞳には、きっと俺とは全く違う世界が映っているのだろう。

 

七色の魔法使いであり人形遣い。人形を操る程度の能力を持った幻想郷のかわいい担当。

 

その名もアリス・マーガトロイド。俺は今日、あのアリスさんの家にお邪魔していた。

 

「よく来たわね。さあ、入って」

「…!」

「ふふ」

 

意気揚々とアリスさんの家に入り込む。一週間に一度の俺のお楽しみである。テンションも上がるというものだ。

 

「本はちゃんと持ってきた?」

「…ん!」

「偉いわ。最後まで読んだ?」

「…!」

 

アリスさんの言葉に肯定すると、アリスは顔に笑顔を咲かせて俺の頭を撫でてきた。元男子高校生として、女子高生くらいのアリスさんに頭を撫でられるというのは中々面映ゆい。でも照れると負けた気がするので何とか自分を保つのだ。

 

「それじゃ、今日も始めましょうか」

「ん」

 

そうして始まったのは、アリス先生による魔法の授業だ。

 

そう、あれは今から一か月程前の事。森の中で山菜やキノコを集めている途中、アリスさんと出会った。アリスさんは落とし物をしたらしく、紳士である俺としては当然一緒に落とし物を探す事はやぶさかではなかった。というか意気揚々と探すのを手伝ったまである。東方でかなり有名なあのアリスさんと知り合えるのなら落とし物の百個や千個いくらでも探すというものだ。

 

まあ、それと魔法について少しでもご教授いただければ幸いだなぁという打算も込みなのは仕方がないと思う。折角魔法のある世界に来たのだから、俺も使えるようになりたいと思うのは当然だろう。

 

「妖精が魔法?うーん、まあ使えないわけじゃないと思うけど…期待はしないようにね?」

 

と快く引き受けてくれたアリスさんマジ天使マジ。

 

そういう訳で始まった週一でのアリス先生による魔法授業。魔法って楽しいよね。学べば学ぶほど使える魔法が増えていくのだ。努力によって異能の力が徐々に使えるようになるこの感覚。たまんないね。

 

まあ、俺にはまったく才能が無いらしく、使える魔法も物凄く基礎中の基礎なんだけどね…。仕方ないね。俺妖精だもの。

 

「じゃあ、今日はここからここまで読んでなさい。分からないところがあったら私に聞いてね」

「…うん」

 

と、いう訳で、俺は何時もの様にアリスさんの膝の上に座って本を読む。たまにアリスさんが俺の髪の毛を手櫛で梳かしてくるのがくすぐったいけど気になるほどじゃない。

 

ん?なぜ膝の上に座る必要があるのか、だって?

 

ふふふ、この膝の上に座るという行為。確かにはた目から見れば意味はないのかもしれない。しかしアリスさん曰く、こうして身体を接着させることによって、アリスさんの魔力の流れを体感する事が出来るようになるらしいのだ。全く、アリスさんには俺たち凡人には見えていないものが見えているのだろうか。アリスさんの思慮深さには尊敬の念を抱かずにはいられない。

 

「~♪」

 

俺が本を読んでいる時間、アリスさんは上機嫌に鼻歌を歌いながら俺の髪の毛で遊ぶのが通例だ。時たまわからない所や疑問がわいた所が出て来たらアリスさんに聞いたりして、俺のまったりとした魔法の授業の時間は過ぎていく。

 

ああ~、このゆったりとした時間が堪らないんじゃァ~。

 

 




何も進まない

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2話目

遅れてすいません。




冬が訪れた。

 

森が真っ白な雪で厚化粧したように雪景色に滲んで、どんよりとした、しかしどこか柔らかな曇り空から今もなお雪がゆらゆらと降り続いている。空気が凍ってしまうんじゃないかというほど寒い風は、今は止んで穏やかな天気となっていた。

 

こんな日は家に篭って新作のコタツに入ってゆったりするのが俺の常なのだが、今日だけは外に出て…もとい連れ出されていた。

 

そして、雪を見てはしゃいでテンションマックスになって俺を天国から引きずり出した、俺の知り合いで妖精の女の子なんて1人しかいない。

 

「雪だああああああ!」

 

氷の翼を震わせて寒空を飛んで喜ぶ少女、チルノの後ろ姿を見ながら、俺は真っ白な息を吐き出した。

 

「ひゃっほー!ねえねえ、雪合戦やろう雪合戦!あたいがりーだー、大ちゃんがさんぼー、くーちゃんがひろいんね!」

「参謀って…」

 

はしゃぐチルノの後ろについて行っていたら、後ろから大ちゃんが微妙な顔しながら追いついて来た。

 

俺はヒロインか。ヒロイン。ヒロイン…?え、なにそれ役職なの?なんか俺だけ趣違くない?

 

「…」

「ごめんね、くーちゃん。チルノちゃんたら冬はいつもあんな感じだから」

「…!」

「気にしてない?それよりも寒くないか…って?えへへ、ありがとう。でも私平気だよ。くーちゃんのマフラーすっごくあったかいんだもん」

「…」

「えへへ…あ、ありがとね。私の為にこんなかわいいマフラーを…え?チルノちゃんの分も作った?うう…そ、そうだね…」

「こらーそこー!2人だけでこそこそしないのー!」

「…!」

 

大ちゃんとばかり喋っていたのが気になったのか、チルノが拗ねた。全く、まだまだ子供なんだから。俺は大ちゃんに目配せしてチルノの方へと向かっていった。

 

仕方ないなぁ、どれ。俺がチルノに冬の遊び方についてレクチャーしてやるかな。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

それから数時間。初めはチルノと大ちゃんと3人で遊んでいたが、いつの間にやらチルノと同じく冬の精達がわらわら遊びに入って来て、気が付いたら大人数での雪合戦へと昇華していた。

 

みんなが楽しそうに笑ってる。本当に、本当に楽しそうだ。子供の遊ぶ笑顔って見ててこっちまで幸せになれるから良いよね。決してロリショタコンという訳ではないけれど、どれだけ見ていても飽きない。

 

うん。良いよね。うん。

 

でもね。

 

俺も混ぜてくれたら、もっと嬉しくなれるのにな。

 

ヒト?がどんどん増えて行くに連れて次第に隅の方へと追いやられて行き、今や既にただの観客のようなものである。べ、別に寂しくなんかないんだからね…!

 

遊び疲れた妖精たちがちょくちょく俺の所まで来て俺の膝の上で寝たり俺が作って持って来ていたジュースを飲んだりして休んで行くから、妖精達にはもしかしたら俺=休憩所とでも見えているのかもしれない。

 

それが今回だけならまだ良いが、夏からこっち、みんなで遊ぶとなると絶対に俺はこの立ち位置だからなぁ。もう慣れてしまった気がする。

 

まあ、別に良いんだけどさ。寒くて動くのたるいと思ってたし?精神的にはもう良い歳した野郎なんだから全然一緒に遊びたいなんて思ってないし?ちっこい妖精達も可愛いし?初めから一緒にいてくれる子も結構いるし?

 

まあその子も俺の近くですやすや寝息立ててるんだけどね!可愛いけどやっぱりちょっと寂しいかな!うん!

 

「くーちゃーん…」

 

膝枕してた妖精がひょっこり立ち上がって雪合戦に戻るのを見送っていたら、入れ替わるように雪だらけになってふよふよと飛んで来た大ちゃん。様子を見ていたが三色別々の妖精達に『じぇっとすとりーむあたっく!』とかで集中砲火食らわせられていた。チルノは全部避けてカウンターに猛吹雪を当てていた。元気だね。

 

俺は大ちゃんにかかっていた雪をぱっぱっと払い落として、タオルで頭を拭いてあげる。

 

「くすぐったいよぉ」

 

と身を捩らせるが俺としては大ちゃんが体が冷えて体調を崩したら大事だからちゃんと拭う他ないのである。

 

「あ、ありがとう…ううっ」

 

ぶるっと身体を震わせる大ちゃん。これはいけない。女の子は体が冷えやすいって言うからな。俺は持って来ていた肩掛けポーチからでかい毛布を取り出した。

 

このポーチは能力により収納性を底上げした特別製だ。見た目以上に物を入れる事が出来るのである。

 

俺は肩からそれを羽織って、そして大ちゃんに広げて立ちふさがった。

 

「え、えええ?く、くーちゃん!それは流石に…」

「…!」

 

否、逃がすつもりは毛頭無い。暖をとるならこの方法が一番なのである。

 

風邪でも引いたら大事でしょ!ほら、早よ!

 

「で、でも心の準備っていうかなんていうか!」

「…」

「え?女の子同士だから気にすることはない?で、でもぉ…」

 

うーん、ここまで嫌がられるのか…?

 

遊ぶときもすぐに隅に追いやられた…っていうか後ろに行かされたし、まさか俺って嫌われてる…?

 

「…」

「え?そ、そんなあからさまに肩を落としてどうしたの?」

「…」

「ううん、別に嫌って訳じゃないよ!?た、ただ、その…」

「…(´・ω・`)」

「ううっ、そんな目で見ないでぇ…」

 

そうしてついに大ちゃんを我が毛布に取り入れる事に成功したのだった。え?無理やりじゃないかって?最終的に入ってくれたんだからそれで良いんだヨォ!

 

ほ、本当に嫌なら出てって貰っても…いいんやで?ぐすっ…。

 

「えへへ。あったかーい…それに良い匂いがするし…えへへ、えへへへぇ…」

「…?」

「え?あ、ううん!なんでもないよ!ただ、いますっごく幸せだなぁって言っただけだから!」

「…!」

 

こてんと俺に頭を凭れさせて猫みたいに押し付けて来た。なんだ、全然平気そうで安心したぞ。

 

「…ねえ、くーちゃん。今楽しい?」

 

暫くして、こちらの顔色を伺うようにそう尋ねて来た。俺は質問の意図を分かり兼ねて、しかし特に隠す事でもないので正直答える。

 

楽しいに決まってるだろう。友達と遊んで、一緒に居られるののは、とっても楽しい。それに前世の記憶と比べても、学校やら仕事やらで色々と忙しかったし、好きな事が満遍なくできる今の生活は結構気に入っているのだ。

 

「…!」

「えへへ、そっかぁ!ごめんね、いつもここで見てるだけだったから、もしかしたら退屈してるかもって思ってて…」

 

大ちゃんはふんわりした笑顔をほんわりと咲かせた。

 

「でも、チルノちゃんも、他の子も、くーちゃんが見てくれてるって事が凄く安心できるみたいなんだ」

「…?」

「んー?そんなのあるはずないよぉ!みんなくーちゃんの事だーい好きなんだよ?」

 

「勿論私も…その…」と顔を赤らめる大ちゃん。

 

そっか。みんな俺の事嫌いな訳じゃないのか。

 

っていうか、見てるのに安心するって、俺は保護者か何かかな?まあ、そんななら全然ここで見てるだけで良いかな。

 

「…」

「へっ?ありがとうって?え、えへへ、そ、そんな、私はただ…」

「あー!」

 

唐突に声が響いた。声の主は勿論チルノである。

 

「大ちゃんがくーちゃんを独り占めしてるー!ずるいずるいずるい!」

「え、ええ!?」

「私もそこ入る!」

「チルノちゃんが入ったら私たち凍えちゃうよ!?」

「入るもん!」

「…!」

 

チルノが猛スピードでこちらに突っ込んで来るのを目にして、俺はゆっくりと両腕を広げた。

 

「ちょっ、くーちゃーー」

「とりゃあああ!」

 

どふんっ、と押し倒され、雪煙が舞った。

 

寒かったです。

 

 

 



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3話目

幻想郷に行ってスローライフしたい人ー。


はーい(´・ω・`)ノ


年が明けてもまだまだ雪は降り続ける。幻想郷は今日も白化粧に身を包んで、寒空の下住民たちを見守っている。チルノも大ちゃんも絶えることの無い雪に大はしゃぎで遊んでいる。雪の精霊にとってはこの雪はまさしく最高の遊び場なのだろう。でも大ちゃん別に冬の精霊という訳でもないし、大丈夫なのかな。後日家に呼んで身体が温まるような料理でもふるまってあげよう。

 

そして俺はと言うと、アリスさんのお家で今日も今日とて魔法の練習である。俺が本を読んでる途中、寒くないようにと暖炉の前で膝に抱いて毛布で包んでくれるアリスさんはやっぱりとても優しいいい人だ。俺は何時かこの恩を返さないとなあと思いながらも、この抗い様も無い心地いい空間に身を沈めてしまうのである。ふっ、俺も罪深い男だぜ。今は女だけど。

 

「もふもふ…」

 

アリスさんは最近よく俺の髪の毛に顔を埋めてくる。どうしてそんなことをするのかは知らないが、アリスさんだし全然問題は無いな。むしろ何かこの行動にも意味があるんじゃないかと俺は睨んでいる。アリスさんは俺なんかじゃ理解できない境地にいるんだぜ。

 

「あーりすー!遊びに来たぜー!」

 

そんなほのぼの空間を過ごしていると、突然ドアがばんっと開いて何者かがアリスさんの家に侵入してきた。とんがり帽子に黒いワンピースを身に着けていて、勝気な瞳と八重歯の覗く口元、癖っ気のある金髪が腰まで伸びている。一目見て魔女かそこら辺の人物であるという事が良く分かる。

 

「ま、魔理沙!?」

「なんだアリス、暖炉の前陣取って何して…ん?誰だそいつ」

 

そう、彼女の名前は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ。

 

アリスさんは心底驚いたような顔で俺の髪の毛から顔を話した。俺は本から視線を外して魔理沙の方へと向ける。

 

「そいつ、妖精か?おいおい、なんでアリスが妖精と一緒に本なんか読んでんだよ」

「そっ、それよりも、今日は用事があるから家には来ないでって言っておいたじゃない!」

「あれ?そうだったっけ?ごめん、忘れてたぜ!」

 

あははと無邪気に笑う魔理沙に、アリスさんはため息一つ、あきらめたようにアリスさんに向き直った。

 

「それで、そいつは誰だぜ?」

「はあ…この子はただの妖精よ。魔法が使いたいらしくて、色々と教えているの」

 

すると魔理沙は怪訝な表情で俺をのぞき込んできた。

 

「はあ?こいつ妖精なんだろ?魔法なんて使えるのか?」

「一応、簡単な魔法なら使える様にはなったわ」

「…!」

「お、何だ?こいつ意外と元気だな!」

 

俺は挨拶も含めて魔理沙に手を上げた。魔理沙はにっと笑って俺の顔を手で包んだ。ちゅべたい。

 

「私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ。にしても妖精が魔法をねえ…なんか面白そうだな!」

 

魔理沙の顔がきらんと光った。アリスさんはそれを見て、また大きなため息をついた。

 

「ああ…こうなるから黙っていたのに…」

「アリス!お前こんな面白そうなやつずっと隠してたのか!私だって魔法使いだぜ、なあお前!私もお前の魔法の勉強、手伝ってやろうか?」

「だめよ!魔理沙の魔法はほとんど独学じゃない。この子にはちゃんとした魔法を教えてあげるの!」

「魔法使いに独学も何もあるもんかよ。それに、私はアリスに聞いたんじゃないぜ。こいつに聞いたんだ」

「くっ…」

 

にひひと意地悪そうに笑う魔理沙。アリスさんは俺を抱きしめて距離を取った。おいおい、魔理沙め、アリスさんを困らせるんじゃないぞ。

 

「…!」

「え?駄目か?そっか、駄目かぁ…」

「ふふん、当たり前よね」

 

俺が首を振ると、魔理沙が残念そうに、アリスさんが勝ち誇った表情を浮かべた。なんだ、意外とあっさりと引くなぁ。

 

「じゃあ普通に友達になろうぜ!」

「…!」

 

魔理沙と友達だって!?是非も無し!俺は立ち上がって魔理沙と握手した。これでもう友達だ!

 

「ああっ!?なんて事…!」

「へへへ。なんかお前かわいいな!あれ?なんかよく見たらマジでかわいいなお前…うん、これはまた」

「駄目よ、こっちに戻ってらっしゃい!」

「おいおい、私たちはもう友達だぜ?」

 

魔理沙に抱きしめられる。ふんわりとしたいい香りがする。

 

「そういえばお前、名前はあるのか?」

「…(´・ω・`)」

「え?無いって?じゃあ私が決めてやろうか?」

「…?」

「んー…じゃあお前黒いし、クロでいいか」

「…!」

「お、気に入ったか?へへ、じゃあお前は今からクロだな!」

 

するとアリスさんが魔理沙から俺をもぎ取った。

 

「ちょっと、なに勝手に名前決めてるの?そんな大事なことを安直に決めないで」

「…?」

「ええ、そうよ。魔法使いにとって名前は大事なんだから。そうね…いい機会だから、私が付けてあげましょうか」

「えー…クロでいいだろ?こいつも気に入ってるし」

「…!」

「えっ…そ、そんなにその名前が良いというの…?」

 

クロ。全然いいと思う。というかあの魔理沙に貰った名前っていうのがもうプレミア感出てて嬉しい。というか正直もう人間じゃないんだし、名前にそこまでこだわりはない。色も合ってるし、普段「くーちゃん」って呼ばれてるし、いいんじゃないかな。

 

「そ、そんな…」

「…?」

「いえ、いいのよ…あなたがソレが良いって言うなら…」

 

優しく俺の頭を撫でてくれるアリスさん。よし、今日から俺はクロだ。

 

「よぉし、クロ!名づけと私の友達になったって事で、これから宴会だぞ!」

「魔理沙、あなた…実は私の家で夕ご飯食べたいだけでしょ?」

「友達になった祝いってのは本当だぜ?」

 

そういう訳でその後、俺はアリスさんと魔理沙と一緒にご飯を食べた。

 

アリスさんは料理もできる。流石はアリスさんだぜ。意外なのは魔理沙も結構上手だという事だった。まあ伊達に一人暮らししてないってことかな。

 

俺?俺も勿論一緒に手伝ったぜ。アリスさんと魔理沙に上手だって褒められて有頂天になって少しはしゃいでしまったのは内緒だ。

 

いやぁ、実に平和な日々である。このままずっとこんな生活が続けばいいのになぁ…。

 



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4話目

少し目を話していたらお気に入り件数が300件以上に…おかしい、こんなはずじゃ…。

この小説は、俺が「こんな東方小説あったらなー」という妄想を書き殴りながら、誰かが描いてくれるのを待つためだけの小説です。至らぬ点も多いとは思いますが、なにとぞ…!なにとぞ…!


今、俺は妖精生一の危機に対面している…のかもしれない。

 

その日はいつも通りの日常だった。佳境に入ったとはいえまだ冬と春の境目、厚着をしないとまだまだ肌寒い今日この頃、俺はいつも通りに起きて山を散歩して山菜を取ってお昼ご飯を食べて本を呼んで…と当たり前の日常を送っていた。

 

始まりは、ノックの音だった。

 

俺はまたチルノと大妖精が遊びに来たのか、でもノックするなんて珍しいこともあるもんだなぁ、と何の疑いも無くドアを開けて、そして後悔する羽目になる。

 

「こんにちは、小さな家の小さな住人さん」

 

魔理沙と一緒の金色の髪の毛は、質感がまるで違う。魔理沙のはまさに少女のソレのような柔らかな感じだったが、こっちの髪は人形の髪の毛のような、美しくも儚い感じの質感だった。紫色の瞳に陶磁器のような真っ白な肌。背は高くプロのグラビアアイドルが裸足で逃げ出すほど完璧に整ったプロポーション。怪しげに歪める口元は扇子で上品に隠して、彼女はそういった。

 

「私は八雲紫。今日は少しお話があってここに来ました」

 

「もちろん、上げてくださいますわよね?」とにこやかにするゆかりんに対して俺はただうなずく事しかできなかったのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ふふ、机も椅子も、全部小さいわ。絵本に出てくる妖精のお家が飛び出してきたみたい。全部あなたが作ったのかしら?」

「…!」

「あら、そうなの?妖精なのにすごいわ。お風呂やクーラー、キッチンまであるなんて!この紅茶もおいしいわ。ありがとう」

「…!」

 

美人の女の人に褒められると照れてしまう。褒めても何も出ないっていうのに…。

 

俺は目の前で上機嫌に笑うスキマ妖怪に対して、更にクッキーをお茶請けとして差し出した。

 

「…?」

「ん?ふふ、普段の業務から抜け出して散歩していたら、見慣れない家が見えたから少し尋ねてみたのよ。可愛らしい家ね。本当よ」

「…!」

「…ふふ、まあ嘘よ。前半だけはね」

 

俺はゆかりんの嘘を看破して突きつけてやった。それを見た紫は上機嫌そうに目を細めて、俺の頭を撫でた。よ、よせやい。

 

「…?」

「あら、そう急がないで。この後色々と仕事が残っているの。少しくらいは休みたいのよ」

「…?」

「大丈夫よ。私の式神はできた子よ。少しくらいさぼっても問題は無いわ」

「…」

「な、なによその目は。べ、別にいいんですっ。私はご主人様だもの!」

 

駄目な大人が目の前にいた。これがゆかりんか。俺は八雲紫の人となりを少し知ることが出来て少しだけ満足した。

 

「それにしても、こんなかわいらしいお家で紅茶を飲んでると、なんだか子供に戻ったみたいな気分になるわ」

「…?」

「ふふ、そうかしら。お世辞が上手なのねっ、ふふふ!」

 

ゆかりんの上機嫌は有頂天に昇ったようで、俺を抱っこしてほおずりし始めた。ちょっとくすぐったいけど妙に安心するこの懐かしい感じ…そう、これはまるで、田舎のおばあちゃんの家に久しぶりに泊まりに行って、おばあちゃんに構ってもらえるような感じの安心感…!

 

「…あら、何か勝手に腕が動いて…」

「…!…!?」

「ご、ごめんなさい、わざとじゃないのよ」

 

首を絞められた。あかん、この人本当にあかん人や。

 

そうしてしばらくゆったりした時間をゆかりんと共に過ごした。そういえば最近、こうして膝に乗せられることが多いんだよな。アリスさんはもちろんの事、最近は魔理沙も良く俺の家に来ては俺を猫の様に膝に乗せたがるし…あれ、俺ってそんなに子供っぽい?いや、アリスさんは違うって知ってるけど…。

 

「ふう…じゃあそろそろお話をさせてもらおうかしら」

「…?」

 

俺はゆかりんの顔を見上げて首を傾げた。紫は俺を撫でながら、だけど表情から笑みを消して一つ尋ねた。

 

「あなたは、何者なのかしら」

「ーーー!」

 

水をかけられたかのような表情で、俺は思わず目を見開いてゆかりんを見た。

 

「あら、少し考えればわかる事よ。妖精とは自然の子よ。常に自然と共に寄り添い、清純で無垢な魂を持つ自然の具現。彼女たちが常に成長せずに子供の姿のままなのは、そう在る事が存在意義である故…だけど、貴女は一体何なのかしら?」

「…」

「あなたは妖精でありながら、森の木々を少しとはいえ切り崩して家を建てた。まるで自然を破壊して、文明をはぐくんできた人間の様に」

「…」

「ねえ、貴女って実は…」

 

抱きしめる腕が優しいままに、だけど鎖の様に固く締められて、まるで泣いてる子供をあやす母親のような優しい表情で顔を寄せて耳元で囁いた。

 

「元人間だったり」

「…!」

 

俺はあまりの事態に身を固まらせた。八雲紫は幻想郷の賢者。幻想郷を作り出し、そして何よりも愛して見守り続ける神にも届く力を持った大妖怪だ。

 

も、もしかして俺を消しに来たりとかか!?そ、そんな…折角アリスさんや魔理沙、チルノや大妖精と仲良くなったっていうのに、もう終わりっていうのか…?そんなの、そんなのいやだ…。

 

「…っ、何よその顔は…って、なんで泣いてるのかしら!?」

「…?」

「ちょっと、早とちりしないで。私がそんなに怖い妖怪に見えますか」

「…」

「…どうしてそこで顔をそむけるのかしら?」

 

「はぁー」と紫はため息をついて、俺の頭を撫でた。

 

「ちょっと確認しに来ただけよ。別にあなたの生活を脅かそうとは思ってはいないわ…」

「…!」

「まあ、今のところは、ですけれど」

「…!?」

「よ、よっぽどな事しなければ大丈夫よ!この幻想郷のバランスを大きく崩したり、消滅する危険のあるような事をしたりしないのであれば、私からは何も手出しはしないわ」

「…!」

 

何だ、じゃあ安心だ。俺は安堵に胸をなでおろして紫に頭を下げた。

 

「別にいいですわ。まあ小さな子供ですもの、仕方のない事よ」

 

いや、中身は大の大人です…ごめんなさいはい…。

 

「はあ…なんだか毒気が抜かれちゃった。っていうか眠たくなってきた…」

 

大きくあくびするゆかりん。そろそろお帰りの時間かな、と思って膝から降りようとしたら、がしっと掴まれて引き戻された。

 

「…?」

「ねえ、ベッドはどこ?上?じゃあちょっと本格的にさぼることにしたから、しばらく借りるわね」

「…!?」

「私抱き枕ないと安心して眠れないのよ~」

「…~!?」

 

この後たくさん添い寝した。

 

ついでに夕ご飯も食べて帰っていった。

 

嵐のような人とはまさにああいうのを言うのだろう。俺は一つ納得しながら、ゆかりんが食べた後の食器を片付けるのだった。

 



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5話目ー紅魔館

朝が来た。

 

冬も終わり、春の兆しがかすかに現れ始めた今日この頃。雪が降らなくなっても相変わらず幻想郷はゆったりした時の中を流れている。すでに俺の中では都会の喧騒など過去の遺物だ。

 

「…んん」

 

俺はベッドから起き上がって、そしてしばらくぼおっとする事数分。ようやくのそのそと起き上がって顔を洗う頃には太陽は完全に昇っていた。洗面所で顔を洗って服を着替えて、お手製のエプロンをその上から着て朝ご飯の準備だ。

 

「…?」

 

しかし、俺はとある違和感に首を傾げた。家の中は俺一人が住むのを想定しているため、かなり簡単な作りとなっている。玄関から入れば食事などを行うリビング、玄関と向かい合うようにドアがあって、そこから行くと洗面所とトイレと風呂、そして倉庫へとつながっている。リビングはキッチンやらとつながるように設置されており、隅の方にはロフトへとつながるはしごが降りている。

 

そのロフトは俺がいつも寝ている場所だ。ベッドと鏡、棚などがそろっている。さらにロフトは俺が夜空を見たいがために大きな窓がある。

 

まあありていに言うとリビングは吹き抜けになっている。ロフトがある分天井が高い訳だ。

 

だけど、なんだか今日は…。

 

「…?」

 

うーん、やっぱりちょっと暗い気がする。寝起きはちょっとぼおっとしていて気が付かなかったけど、顔を洗って目が覚めた今なら普通に気が付くレベルだ。

 

暗い?うーん、やっぱり暗いよな。いつもは窓からこぼれる朝日が部屋の中を明るくしてくれていたはずなのに。

 

「…ん?」

 

俺は窓のカーテンをおもむろに開けた。

 

「…!?」

 

その窓は森の方を向いているはずであり、開ければ森が見えるのが常のはず。

 

だというのに、今日は違った。

 

壁だった。

 

レンガの壁だ。真っ赤なレンガの壁が窓の数十センチに聳え立っていた。

 

「…!?」

 

俺は驚きに声にならない悲鳴を上げて、すぐに扉を開けて外に出て、そして愕然とした。

 

俺の家は湖のすぐ脇に建っている。当たり前の事だが昨日までは家の周りには森が広がっていた。森と湖に囲まれた家。この風景は俺のお気に入りに風景だったりする。

 

だというのに、だ。今、俺の目の前には、いつもの風景を塗りつぶすがごとく真っ赤な洋館が建っていたのだ。

 

い、今起こった事を話すぜ…!朝、起きたら家の真横に真っ赤な洋館が建っていた。何を言っているか分からねえとは思うが、俺も何が起こったのか分からない…!因幡の悪戯大好きロリうさ耳娘や這い寄るスキマの妖怪気まぐれBBAとは違う、もっと恐ろしいもののその片鱗を味わったぜ…!

 

「…」

 

ーーーーっていうか、これ紅魔館じゃね?

 

一気に冷めた頭で、俺は遅まきながらにそんな事に気が付いた訳だっ

 

紅魔館。吸血鬼、レミリア・スカーレットの住処であり、更に紅美鈴や十六夜咲夜、パチュリー・ノーレッジに小悪魔、そしてレミリアの妹であるフランドールがいる場所である。

 

ここが幻想郷だと分かって、なら湖の近くに紅魔館があるはずだと観光気分で探したことがあるのだが、見当たらなかったので首を傾げたことがある。やっぱり原作の幻想郷と俺がいるこの幻想郷は、違う場所なのかなぁと思っていたのだが…。

 

まさかこんな唐突にぽんと生えてくるなんて、不意打ちにもほどがあるだろう。びっくりだよ本当。

 

それにしても近所…っていうか壁と壁の隙間に子猫1匹入らない程の近所にまさかの引越しである。え?俺ここに住んでて良いの…?っていう気持ちがふつふつと湧き上がってくる。俺の小さな家の場違い感が半端じゃない。悲壮感すら漂って来ている。

 

「…(´・ω・`)」

 

俺はなんかショックを受けて、とりあえず家でご飯を食べることにした。難しいことは後で考えようそうしよう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

朝ご飯を食べてお皿を洗っていると、扉をノックする音が。規則正しく、されど聞きやすいように絶妙な力加減のノックである。俺は首を傾げた。チルノはそもそもノックせず入ってくるし、大妖精は声をかけてくれる。アリスさんは事前に来るときに言ってくれるし、魔理沙はチルノと同上。

 

俺はとりあえず急いで扉を開けた。

 

「…おはようございます」

 

そして、俺は仰天した。

 

銀髪の美しいメイドさんがそこにはいた。凛と伸びる背筋、品のある立ち居振る舞い。

 

俺は彼女の名前を知っている。一方的にだが。

 

瀟洒で完璧なメイド、十六夜咲夜その人である。まるでガラス細工のように整った表情は、氷のような目で俺を見下ろしていた。

 

「朝早くにごめんなさい。今からちょっとよろしいかしら?」

 

そんな言葉に断ることなど出来るはずがなく…。

 

咲夜さんは俺の姿を頭のてっぺんからつま先までまるで何かを見定めるように眺めて、一つ満足したかのように小さく頷いてこう切り出した。

 

「貴女、メイドに興味はあるかしら」

 

…はい?

 

 

咲夜さんの自己紹介を皮切りに色々と話を聞いた。

 

咲夜さんは紅魔館の主人、レミリア・スカーレットが行う、妖怪達を束ねて幻想郷にケンカを売る超カリチュマ作戦の為に戦力として妖精達を集めており、プラスどうせ戦力にするならメイドにしてしまえば一石二鳥じゃないというれみりゃ様の言葉もあって妖精たちに声をかけているようだ。

 

俺は首を傾げた。メイドって、俺元とはいえ男ですしおすし。それに俺的には争いやらに巻き込まれたくはないという気持ちが強い。

 

そういう訳で断ろうとしたのだが、それを遮るように顔をずいっと近づけてきた。

 

「ちなみに、紅魔館の近くに住んでいる以上争いに巻き込まれる確率は非常に高いと言えるでしょう。あなた1人であなたのこの小さなお家、守れるかしら?」

「…!」

 

それ、脅しっていうんですよ。氷のような微笑みを浮かべて俺の頭を撫でてくる咲夜さんを見て、絶対にこの人は怒らせないようにしようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 




感想欄を見て気が付きました。ランキングに乗ってたらしいですね。俺の黒歴史が大公開されて大後悔ってか。やかましいわ。

この小説はただのうp主の趣味で構成されております。ご感想、ご指摘は何時でもお待ちしておりますが、それをこの拙作に反映させるかどうかは私が納得できるかできないかで決めさせていただきたいと思います。

うだうだ申し訳ないです。これからもよろしくお願いします。

ちなみにクロの家は自分の家を参考に作ってます。特にロフトの部分


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6話目ー紅魔館

この小説はうp主が、だれかこういう小説を書いてくれないかなぁという願望をもとに書いている趣味ましましの誰得小説です。


春の兆しが見え始めたといっても、まだ朝は冬と同じくらい寒い。流石につららや水が氷ったりなんかはしないが、吐く息が雲みたいに白く染まって、空気に消えていくさまを見ると春の麗らかな日差しが待ち遠しく感じる今日この頃だ。

 

さて、俺は今日も今日とてメイド服に身を包み朝の業務の真っ最中である。洗濯物をしたり掃除をしたりで結構忙しい。

 

メイド長である咲夜さんに誘拐・・・もとい脅し・・・もといテイクアウトを食らった俺はその後、レミリアの前まで連れていかれて即採用が決定された。レミリアのあの意味深なカリスマ微笑がいまだに頭から離れないのはなぜだろうか。

 

その後はとんとん拍子だった。なぜかサイズのぴったりなメイド服を支給され、てきぱきと仕事を教え込まれて早数日。メイド業も様になってきた頃合いである。これ以上ここに慣れてしまったらなし崩し的に永久就職してしまいそうで非常に危機感を持っているが、まあ妖精生はとても長いと聞く。数か月くらいならここでこのまま働いてもまあ問題はなかろう。

 

さて、最近は紅魔館は妖精の就職に力を入れ始めているようで、俺と同じような格好をした妖精たちが増え始め、俺の仕事を代わりにやってくれるようになったので幾分か忙しさも薄まってきた・・・と喜んでいたのもつかの間、それを見越していたのだろうか、俺は咲夜さんから庭の手入れを任命されてしまうことになってしまった。仕事が減ったと思ったら増えていた。前世の記憶が思い返されてうっ頭が。

 

まあ手入れと言っても、先にここにいた庭師の手伝い程度らしい。今日初めて会うのだが、いったいどんな人なのだろうか。

 

いわれた通りの場所に行く。紅魔館本館の外、つまり庭の場所なのだが、その端のほうに小さな小屋のような場所がある。どうやらそこが集合場所のようだ。

 

「・・・?」

 

よく見てみると、小屋の壁に人が一人背を預けて立っていた。緑色のチャイナ服を着た、赤い髪の毛の美女である。あれ、もしかして庭師って美鈴さんのことだったり・・・?

 

と近づいてみるが、相手は無反応。俺が近づいて顔を覗き込んでみても一切反応しない。よく見てみると鼻から提灯が出ていた。寝息も聞こえる。どうやら立ったまま寝ているようだ。

 

「・・・」

「んー・・・咲夜さん、後5分だけれすからぁ・・・」

「・・・」

「・・・うぇ?」

 

起きた。目と目が合う。美鈴さんはそのまま少し固まって、照れたように顔を赤らめた。

 

「あれ、少し寝てましたか・・・えっと、あなたがクロさんでよろしいので?」

「・・・!」

「ふふ、朝から元気があってよろしい。私は紅美鈴。ここの門番兼庭師をやっています。今日はよろしくね」

「・・・!」

 

手を差し出されたので俺も手を握る。あったかくてまるで太陽の光のような手だった。パンがうまく焼けそうな感じだ。寒さも相まっていつまでも握っていたくなる手のひらだった。

 

「・・・ちっちゃい。かわいい」

「?」

「あ、いやなんでもないですよ!じゃ、早速仕事に取り掛かりましょうか!」

「・・・!」

「ん?なんです?」

 

俺はハンカチを差し出した。

 

「・・・そ、そういうのはもっと早く行ってほしかったです・・・」

 

美鈴は受け取ったハンカチでそっと口元をぬぐった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「そうそう、そのあたりはもう少し水をあげてやってくださいね」

「・・・!」

 

俺はジョウロで水をやりつつ、ふー、と一息汗をぬぐった。結構力作業があって妖精の身空では難しいところもあったが、すかさず美鈴さんがフォローしてくれるのでとてもやりやすい。

 

どうやら美鈴さんは人に何かを教えるのがとても上手なようだ。とても優しくてなんでも知ってるので、尊敬度はここ数時間でうなぎ上りである。

 

「・・・?」

「はい、今日のところはこれで終わりですね。明日は向こうの方にも手を付けますので、よろしくお願いしまね」

「・・・!」

 

ふー、一仕事終えた後の達成感と言ったら・・・俺は美鈴さんにうなずきながら、胸をどんとたたいた。美鈴さんと一緒なら何度でもお手伝いする所存である。

 

「ふふ、頼もしい限りです・・・さてと、それじゃ私はそろそろ門番の仕事に行かなければいけませんので」

「・・・?」

「え?ああ、朝ごはんですか?まあ私妖怪なので、1、2週間飲まず食わずでも全く問題ないですからねー」

 

なん・・・だと・・・!?俺は美鈴さんの言葉に衝撃を受けた。

 

朝ごはん。それは今日一日を大切に、そして大事に生きていく上での一番重要な要素の一つである。朝ごはんを食べなければ人はその日一日を数%ほどの力でしか生きることができず、また、成長にも多大な影響を与えることが・・・ましてや美鈴さんのような別嬪さんが朝ごはんを食べないとなると、美容にも影響を及ぼしてせっかくの綺麗な髪やつやつやな肌が衰えてしまう。それは何としても、そう、何としても阻止しなければいけない案件であり、俺はこの事について全力をもって対処させてもらわなければいけないのだ。これは義務ではない。一つの戦争、一つの戦いなのである。

 

・・・ということを美鈴さんに訴えると、美鈴さんは顔を真っ赤にして「え!?わ、わたしが綺麗とかそんな・・・」とか照れていた。

 

「でも、門番の仕事も大切ですし・・・」

「・・・!」

「え?そんな、いいんですか?」

「・・・?」

「ふふ・・・もちろんです。それじゃ一緒に食べましょう。先に門の方で待っているので、よろしくお願いしますね」

 

美鈴さんは俺の頭を撫でて、とてもうれしそうに笑顔を浮かべた。

 

ふっ、今日も一人の女性を救ってしまったぜ。俺は意気揚々と厨房へと向かい、せっかくだから俺自身が作ってやろうと腕をまくった。

 

美鈴さんと食べたご飯はとてもおいしかったです。

 

でもその後、様子を見に来た咲夜さんが少し不機嫌になってしまったのはなぜだったのだろう。もしかしてこうしてのんびり朝ごはんを食べる時間があったら仕事をしろよ、的な感じだったのだろうか。一応その後咲夜さんもどうですか的な感じで誘ってみると、なぜか機嫌が少し治ったのでまあめでたしめでたしである。

 

 




遅くなってしまって申し訳ございません。ちょっと忙しかったので書く気力が起きずにいました。これからは2,3週間に一回のペースで続けられそうです。




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7話目ー紅魔館

夏休み終わって学校が始まったので書き始めます。遅れて申し訳ないです。


いつも通りメイド服でメイド業に勤しむ毎日が続く。数週間は経っただろうか、仕事にも大分慣れ、美鈴さんや他のメイド妖精達とも友好的な関係を築けている。

 

初めはほぼ無理矢理な感じで連れてこられたけど、俺はあんま気にしてない。そもそもあってないような日常だったしね。たまには忙しい日常も良いものだ。

 

作ってた畑や家も魔法使いのパチュリーさんが移動してくれたし、魔法の勉強もパチュリーさんがしてくれるしで大分快適にメイドライフを送れている。

 

強いて言うならばそれから大ちゃんやチルノ、アリスさんと遊べずにいる事がちょっと寂しい。レミリアの令により何故か基本紅魔館から出してくれないのだ。本当になんでじゃろ?

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

咲夜さんに声をかけられた。なんでも人里に買い出しに行くから、それについて来てほしい、という事である。

 

俺は快諾して、咲夜さんにほいほいとついていくことにした。

 

 

 

森の道を二人して歩く。風が吹くたびに緑色のカーテンがゆらゆら揺れて、木漏れ日が柔らかく地面や若々しい草木に注がれる。枯れ葉の絨毯を歩くのは個人的にも好きなので、少しはしゃぎながら人里を目指した。

 

本当は飛んだ方が早いが、なんでもあまり怪しまれるような行動はしたくないらしい。現に俺も咲夜さんも着物に着替えて上からローブを羽織っている。髪の色と服装さえ隠してしまえば、咲夜さんも俺も普通の人間っぽく見えるのである。

 

まあ俺は羽があるから苦しかったが、そこは俺の能力で解決させてもらった。透過やら隠密やらの性質を付与して事なきを得ているという状態である。

 

髪の毛も色変えてるし、よっぽど親しい人間じゃないと俺だと気付きはしないだろう。

 

前を歩く咲夜さんのスカートの裾を掴んで、俺は首を傾げた。

 

「・・・?」

「今日は人里に用事があるの。それのついでに食事の材料の調達ね。後妖精メイドが増えてきたから、メイド服の材料とかも欲しいところかしら」

 

咲夜さんはそう言って、少し微笑んで俺の手を取った。手繋ぐんですね。完全に子ども扱いされてるけど、実際身体子どもだしそこまで気にはならない。

 

「・・・!」

「そうね。まあ今の時間帯はお嬢様も寝ていらっしゃるし、美鈴もいるから少しぐらいゆとりをもって行動しましょう。クロも休憩はあるべきでしょう?」

「・・・!」

 

おお、じゃあ今日は休憩がてら連れだしてくれたってことなのか。咲夜さん、こういう細かいところで優しいから俺は咲夜さんのこと大好きである。最初の怖いイメージは掠れてきつつある。

 

そういえば、と俺はふと咲夜さんに尋ねてみた。

 

「・・・?」

「・・・私?私はいいのよ。メイドたるもの、常に瀟洒たれ、よ。休憩なんて必要ないわ」

「・・・」

「何?その眼は」

 

俺はこの時、重大な事実に気が付いた。

 

咲夜さんって、いつ寝てるの?という事である。

 

俺の知ってる咲夜さんといえば、朝、朝食や掃除に精を出す咲夜さん、昼、洗濯や掃除に精を出す咲夜さん、夜、起きたレミリアのお世話に精を出す咲夜さん、そして朝・・・のエンドレスである。

 

あれ、咲夜さんって本当にいつ寝てるの?メイド妖精は大体夜の7時か8時には咲夜さんから無理やり寝かせられるから大丈夫としても、咲夜さんはいつ寝てるの?っていうかそもそも休憩時間とかちゃんととっているのだろうか・・・?

 

という事を咲夜さんに尋ねてみると咲夜さんは少し間をあけて、「あなたは気にしなくてもいいのよ」と頭を撫でてきた。そうは言われても気になるものは気になるんですけど・・・。

 

人里についた。

 

人里はザ・時代劇の町といった感じの風貌をしていた。漆喰壁に彩られた木造の建物が並び、使い古された建物や道具、通りを行き交う人々には、現代には無いどこか趣のある雰囲気が漂っている。

 

幻想郷の人里は、幻想郷の中で唯一人間を襲ってはいけない地域とされているらしい。最近では人里から出てこない人間が多く、更に比較的に人間に友好的な妖怪が人里を良く訪ねる事もあって、人が妖怪を畏れなくなってきているらしい。妖精にとってはあまり関係ないけれど、妖怪からしてみればそれはもう死活問題なのよねぇ、と言うのを以前ゆかりんがゴロゴロしながら教えてくれた。

 

「私は稗田の所で用事済ませてくるから、貴女は食材と布を買ってきて頂戴。おやつも買ってきて良いけど、程々に」

 

メモを渡しながらそういう咲夜さん。俺は手を振り上げて了承した。任せろ。

 

にしても稗田?幻想郷の色んな情報集めてるっていう稗田阿求の事だよな?咲夜さんが稗田阿求の所に、一体何の用事があるんだろ。原作でこういうのあったっけ?

 

「後、危ないところには近づかないように。出来るだけ人の多い場所を歩くのよ。それと怪しい人には付いていかないようにしなさい。もし何かあったら大声を…いえ、全力で逃げて、私の名前を呼びなさい。すぐに駆けつけるから」

 

咲夜さんが俺の頭を撫でて、ゆっくりと言い聞かせてくる。わ、分かったから。心は子どもじゃ無いんだから、そんな事言われなくても大丈夫だって。

 

「それじゃあ、1時間後にここで。来なかったらすぐに探しにいくから、遅れないようにしなさい」

 

はーい。

 

ちらっちらっと俺の様子を伺いながら歩いていく咲夜さんを見送って、俺は1人買い物に繰り出したのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

人参、ジャガイモ、トウモロコシ。お米に豆腐に牛乳にっと。これで全部かな。

 

俺は買ってきた食材を持ってきていた袋(収納性底上げした一品)に突っ込んで、一息ついた。

 

初めてきた場所だったことも手伝って、お店の場所を探したり気になるところ散策したり遊んだりしてたらついつい時間が掛かってしまった。

 

いやぁ、人間だった頃に見たことも無いようなものがたくさんあったから、ついつい。今まで紅茶ばっかだったけど、今度急須でも買って緑茶でも入れようかしら。

 

ちなみに紅茶は香霖堂というお店で買っていたりする。お野菜持っていくと結構喜ばれるのだ。

 

お菓子も買ったし、そろそろ戻ろうかな。そう思い爪先を後ろに向けた次の瞬間だった。

 

「…!」

 

俺は、重大な事実に気付いてしまった。咲夜さんの待ち合わせ場所からスタートし、気になるところにとにかく突撃したりお店物色したりお買い物してたりした俺は、重大な失敗を犯してしまっていたのだ。

 

まあ有り体に言うと迷子になっちゃったって事なんですけどね。

 

ここどこだろう。つうかこんなところ通ったっけ?記憶にない。うーむ、分からん。

 

このままだと咲夜さんの待ち合わせの時間に遅れてしまう。以前立って寝ていた美鈴が、いきなり頭にナイフを生やして儚く倒れていった光景が頭の中をフラッシュバックする。

 

咲夜さん怒ると怖いから、それだけはなんとしてでも避けなくては。

 

俺がどうしたものかと辺りをキョロキョロしていたその時だった。

 

俺の背後に、大きな影が迫ってきていた。

 

 

 



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