覇王はどう転んでも覇王なのだ! (つくねサンタ)
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カルネ村1

アインズ様すらいないオーバーロード作品に果たして価値はあるんでしょうか?


 まだ日の上がりきっていない午前のこと。カルネ村の近くの森に一匹の魔獣が姿を現した。白銀の毛を血で赤黒く染めた大魔獣。知る人ぞ知るトブ大森林の南の覇者。森の賢王である。

 しかし、森の賢王は縄張りから出て来ない魔獣だ。ここは森の賢王の縄張りの外であり、人間の生活圏のすぐそばだ。普通ならここに森の賢王がいることはあり得ない。

 しかし、今森の賢王には普通ではない事情があった。数日前、自らの縄張りに剣を持った巨人が現れたのだ。森の賢王は知らなかったが、その巨人は東の巨人と呼ばれる大森林三強の一匹で、森の賢王の縄張りを奪うためにやってきていた。

 もちろん森の賢王も必死に応戦した。実際剣を持った巨人の部下たちは尻尾の一振りで簡単に殺せたのだ。問題はリーダーである東の巨人である。東の巨人は何度腕を吹き飛ばされても、骨を折られても、すぐさま再生してしまった。トロールの再生能力は火か酸で阻害できるが、森の賢王にそういった攻撃手段は無い。最終的に大剣の攻撃をその身に受けて、ここまで逃げてきたのだ。

 森の賢王は身を大地に伏せ、傷が癒えるのをただじっと待つ。

 そんな彼の探知範囲に一匹の生き物が入ってきた。足音、呼吸音などから察するにゴブリンよりも弱い。その上自分にも気が付いていないようだ。その証拠にその足音の持ち主はほとんど警戒もせずに森の賢王の方へと近づいてきた。

 

「うー、どこいっちゃったんだ…ろ」

 

 藪をかきわけ、何かを探していた少女は森の賢王を見た途端絶句する。それはそうだろう。目の前にいるのは自分はおろか、王国最強の男でさえ勝てるか分からないほどの大魔獣なのだから。

 少女は腰が抜けてしまったのだろう。その場に座り込んでしまう。その少女の様子を見て森の賢王は何かする気をなくした。どう見ても自分に危害を加えられる存在ではない。お互いが無言で黙り込む。とても静かな時間が流れた。森の賢王を恐れた生き物たちが別の場所に移動していて、他の物音さえも一切しなかった。

 そしてしばらくすると少女の方も目の前の魔獣が自分を襲う気がないことに気が付いたのだろう。次第にその視線が森の賢王の様子をうかがうものに変わる。そして血で汚れた体を見て、なんとなくだが森の賢王がここにいる理由を察した。何かと戦って傷を負い、ここまで逃げてきたのだろう…と。少女はとりあえず村を襲うために来たわけではなさそうだとほっと息を吐く。目の前の大魔獣に傷を負わせられるようなのが近くにいるかもしれないのだが、さすがにただの村娘である少女はそこまで深くは考えられなかった。

 少女はゆっくりとその場を後にして村に戻る。森の賢王はそのことを気にも留めなかった。

 

 しばらくして森の賢王はまた何かが近づいて来る気配を感じた。足音から先ほどの娘がこちらに向かっていることに気づく。そして先ほど殺しておくべきだったかと少し後悔した。森の賢王は少女が増援を呼んできたと考えたのだ。しかし、聞こえてくる足音はいつまでたっても一人分だけ。他の人間はいないらしい。

 妙だと森の賢王が首をかしげるのとほぼ同時に先ほどの少女が姿を現す。その手には青い液体が入った瓶が握られていた。

 

「あ、あの、怪我してるんでしたら、これどうぞ」

 

 少女が瓶を差し出す。これには森の賢王も驚いた。少女の手に握られているのは昔人間が傷を癒すのに使っていた液体に酷似している。いや、怪我のことに触れていることを考えるに間違いなく傷を癒す液体、ポーションとやらだろう。

 

「って言っても分かりませんよね。ちょっと振りかけますね。おとなしくしていてください」

 

 そう言って少女がはた目から見ても怪我をしていると分かる箇所にポーションを振りかける。森の賢王は少女の言う通り動かなかった。少女からは悪意を感じなかったし、瓶の中の液体の匂いはやはり昔自分の前で使われた治癒の薬と似ていたからだ。

 青い液体が傷口―東の巨人にやられた場所だ―に降りかかり、痛みが消えて行く。

 

「よかった、治りましたね」

 

 森の賢王は傷口があった場所の匂いを嗅ぎ、舐め、本当に傷が癒えていることを確認する。そして少女に向き直った。もうすでに森の賢王はこの少女をただの人間とは考えていなかった。自分の傷を治してくれた、感謝すべき相手だととらえていた。

 

「かたじけのうござる。助かったでござるよ」

 

「…!しゃ、しゃべれたんですね…」

 

 魔獣がしゃべれることに今度は少女が驚く。それを見て森の賢王は少しばかり面白くなった。有体に言えば森の賢王は目の前のこの少女を少し気に行ったのだ。おもしろい人間だ…と。

 

「ええっと、もしかして森の賢王様でしょうか?」

 

「おおっ、確かにそう呼ばれたこともあるでござる」

 

「す、すごいです。本当にこんなにすごい大魔獣だなんて思ってもいませんでした」

 

 森の賢王の中で少女に対する好感度がまた少し上がる。目の前の少女には格上のものに気に入られる特技があるのだろうか?

 

「お主名は何と言うでござるか?」

 

「え?ええと、エンリです。エンリ・エモット」

 

「そうか、エンリ殿。この借りは必ず返すでござる。何かしてほしいことはござらぬか?」

 

「してほしいこと、ですか?」

 

 森の賢王はしばらくは元の縄張りには戻れない。それどころか新しい縄張りを作る必要があるかもしれないと考えていた。自分に剣を向けた巨人が自分の縄張りに侵入してきているのだから当然のことだ。

 そして、ここから離れ、別の縄張りを探しに行く前に出来ることならやってやろうと考えていた。

 森の賢王のその提案に焦ったのはエンリの方だった。ポーションをかけたのも傷が癒えればこの村に危害を加えずにどこか行ってくれるかもしれない、くらいの軽い考えしかなかったのだ。英知を感じる瞳をしているとは思ったが、まさかしゃべれるほどの高位魔獣だとは思ってなかった。そしてまさか恩返しをしてくれると提案されるとも思っていなかったのだ。

 

「え、ええっと…」

 

 だからどもってしまったのも無理はない。頭の中で色々な案が浮かぶも、すぐに消えて行く。たかがポーション一本―しかも友人が無償でくれた品だ―で大それたことは頼めない。大混乱の末にエンリが導き出したのは村のためにも家族のためにもならないような提案だった。

 

「なら私とお友達になりませんか?あ、あの、色々おしゃべりとかできると楽しいと思うんです」

 

「なんと!友達でござるか!?それがしには今まで友と呼べるものなどいなかったから新鮮でござるな!」

 

 どんな欲深い言葉が出るかと思ったらまさかの友達になろうという提案。友達という関係にかこつけて色々頼みごとをするつもりかもと思いもしたが、どうも目の前にいるこの少女は本気で言っているようだ。

 森の賢王はエンリにさらなる興味を得た。

 

「では姫と呼ぶでござる。そちらもそれがしを様づけで呼ぶ必要はないでござるよ?」

 

「ええと、では賢王さんでって、姫ぇ!?」

 

「ふむ、そういえばそれがしには名前がなかったでござる。姫に名前を付けてほしいでござる」

 

「いや、それよりも姫ってなんです!?さっきまでは名前呼びだったじゃないですか!」

 

 自分の付けたあだ名に思ったよりも面白い反応を返してくるエンリに森の賢王は自らも気づかぬうちに微笑んでいた。やはりこの少女は面白い。

 

「渾名でござるよ。女の子だから姫でござる。それよりも殿のほうがいいでござるか?」

 

「あ、いえ姫でお願いします」

 

「ふふ、では姫もそれがしに渾名を付けてほしいでござる」

 

「あ、渾名…渾名」

 

 エンリは悩む。そもそも何かに名前を付けた経験などないのだ。必死に考えるが、あまり良いと思うものが浮かんでこない。うーん、うーんと思考をめぐらすエンリの頭の中に突如として天啓が訪れたかのように、一つの名前が浮かび上がった。

 

「では、ハムスケというのはどうでしょう?」

 

「うむ!気に行ったでござるよ。それがしはたった今からハムスケと名乗るでござる!」

 

 ふぅ、とエンリが額の汗をぬぐう。ありがとう名前も知らぬ神様。なんか骨っぽかった気がするけどまあ幻覚だろう。彼女はそんなことを思いながら名前を得て喜ぶ魔獣を見る。ずいぶんと毛色の変わった友達ができたものだ。でも、それに喜びを感じている自分もいる。変な感覚だ。

 

「それではまずなにをするでござる?」

 

「あ、すいません。私洗濯の途中なんです」

 

「むむ、そうでござったか。ではそれがしも手伝うでござるよ」

 

「いや、ハムスケさんを村につれて行くわけには…」

 

 エンリとハムスケは新しい友達と一緒に歩く。その姿は将来のエンリを暗示しているように見えた。魔獣と共にある、将軍の姿を。

 

 

 

 エンリとハムスケが友となって数日が過ぎた。ハムスケが東の巨人に傷つけられた傷はもうすでに人間には到底まねできない圧倒的な回復力によって治っている。でもハムスケはカルネ村近くの森に通い続けた。それはもちろん元の縄張りには戻れないのも理由の一つではあったが、それ以上にやはり新しくできた人間の友達のことが大きかった。

 エンリは毎朝、ハムスケのところに行っていろんな話をした。それは他愛のない話ではあったけれども、だからこそ楽しかった。もちろんエンリはハムスケに聞いてみたいことがいくつもあった。その傷はどうして負ったのか、誰にやられたのか、その傷を付けた奴がこの村に危害を加えないのか。でも、ハムスケがその答えを口にしたくなかったようだったのでエンリは聞かなかった。

 

「む?」

 

「どうしました?」

 

 だが、今日のハムスケは様子がおかしい。いつもより鼻をひくひくさえ、においをかいでいるようだ。それに尻尾がゆらゆらと揺れ、後ろの気にたたきつけられている。

 

「これは…?気のせいかと思っていたでござるが、もしかして血の匂いでござるか?」

 

「え?」

 

「姫、緊急事態かも知れんでござる。血の匂いが姫の村から匂ってきてるでござる。それもかなり濃いでござる」

 

 エンリはさあっと顔が青ざめたのを感じた。血が失せるような感覚、ハムスケほどの大魔獣が言うのであれば村で血が流れているのは間違いない。早く村に向かわなくては。家族を守らなくては。エンリはそれしか考えられなかった。

 

「あ!姫!一人で行っては危険でござる!」

 

 気付けばエンリは走り出していた。自分の村に向かって。自分で走るよりもハムスケと交渉して運んでもらう方が早い。何より自分一人で行っても何もできない可能性の方が高い。しかし今のエンリはそこまで頭が回らなかった。

 ハムスケはその後ろを追いかける。血の匂いは最初かなり薄かったため、カルネ村から流れてきたものかは分からなかった。ハムスケは手負いの獣でも近づいてきたのかと警戒していたのだ。しかしだんだんと血の匂いが濃くなっていき、今ははっきりとカルネ村から流れてきていると分かる。

 それと同時にハムスケはこれが自分を傷つけた東の巨人によるものではないことも確信していた。村の方からは馬の嘶きと、金属がすれる音が聞こえる。おそらくだが人が人を殺しているのだろう。

 人ならば問題ない。自分より強い人間など見たことないし、そもそも足が遅い。逃げ切るだけなら絶対にできる自信があった。

 

「姫!それがしの背中に乗るでござる!」

 

 すぐさまエンリに追いついたハムスケがそう言うと、エンリもようやく自分が走るよりもハムスケに乗せてもらった方がはるかに速いことに気が付いたのだろう。少し苦戦しながらもハムスケの背中に乗る。

 

「しっかりつかまってるでござるよ!」

 

「お願いします!」

 

 エンリを乗せ、ハムスケは走り出した。エンリが落ちないような絶妙な速度で。

 

 

 村からそう離れてない草原を一人の幼女が走っていた。全速力で息を切らせて、それでも体に鞭を打って走る。その速度はお世辞にも速いとは言えない。現にフルプレートを着こんだ騎士が二人、幼女に追いついてしまった。

 

「おら!おとなしくしろ!」

 

「いやあ!やめて!お姉ちゃああん!!」

 

「うるさくするとここで首掻き切るぞ」

 

「おねええちゃああん!!」

 

 幼女は泣き叫び、助けを求める。父と母に助けを求めないのは彼らがどうなってしまったかを知っているからだ。だからこそ今一番自分を助けられる存在を求めて泣き叫ぶ。しかし、ただの村娘であるその姉が来ても何の意味もないだろう。騎士に殺されて終わりだ。

 

「ちっ、うるせえガキだぜ。もうこいつここで殺しちまっていいんじゃねえか?どっちにしろ村人はほとんど殺すんだろ」

 

「そうだな。手っ取り早くここで処理しちまうか。もうすでに村の方じゃ処理を始めてるだろうからな」

 

 片方の騎士が腰から剣を抜く。それは決して名剣や魔法の武器の類ではないけれど、幼女を殺すには十分すぎる武器だった。ギラリと太陽の光を反射させる凶器を見て、幼女が恐怖に顔をひきつらせる。

 そして騎士はほとんど何のためらいもなくそれを幼女に向かって振り下ろ……せなかった。それはそうだろう。その騎士は剣を振りあげた瞬間に平行に数メートル吹き飛んでいったのだから。

 

「…あ?」

 

 驚いたのはもう一人の騎士だ。今幼女を殺そうと剣を振りあげた仲間がふっ飛んでいったのだから。しかも体の至るところが変な方向に曲がっていて、完全に死んでいる。

 そして、その騎士が驚きから抜けきる前にその頭が何かによってたたき落とされた。それは鋭い爪を持つ前足だった。

 

「間にあったでござるな」

 

「ネム!!」

 

「お、おねぇ…」

 

 騎士達を殺したのはハムスケだった。さすがはトブの大森林に巨大な縄張りを持っていた森の賢王と言ったところか。まったく本気を出さず、エンリを背中に乗せた状態で騎士二人を瞬く間に殺してしまった。

 

「ネム、無事!?無事だよね!?よかった!本当に良かった!」

 

「お、お姉ちゃん。こ、こわかった、しんじゃうかとおもって、ねむ…」

 

 自分を強く抱きしめる姉の体温を感じ、ようやく危機が去ったことを理解したのだろう。ネムがエンリの胸で泣きじゃくる。ハムスケはうんうんとその光景を見て微笑んでいた。

 

「ネム、お父さんとお母さんは!?」

 

「う、うぅ」

 

「そ、っか。ごめんねネム。もう少し頑張れる?」

 

 エンリはネムを抱き上げるとハムスケに向き直る。ハムスケはエンリの目を見て少し驚いた。ハムスケの中のエンリと言う娘は優しく、平凡などこにでもいる村娘であった。もちろん平凡な村娘が大魔獣にポーションをかけたり、友達になろうなんて言うはずはないのだが、何かに秀でていたわけではないと思っていた。しかし、その像をハムスケはこの時少し修正した。エンリの目には何が何でもあらがってやると言う強い光が見えた。

 

「ハムスケさん。お願いがあります。村を助けてください!そのためなら何でも、私に払える対価なら命だって差し上げます!だから…」

 

「それ以上言葉はいらんでござる。姫、それがしにはあの村への義理などないでござる」

 

「そ、それは…」

 

 ハムスケの冷徹とも、当然とも言えるその言い分にエンリは何も言い返せない。しかし、そのエンリの様子を見てハムスケはほほ笑む。優しい娘だ、と。友人であることを前面に押し出して自分を利用してしまえばいいのに彼女はそうしない。

 

「それがしは姫の友人である。この村を助ける理由はそれだけで十分でござる」

 

「あ、ありがとうございます!ハムスケさん!」

 

「では行ってくるでござる!」

 

 ハムスケはエンリとネムを置いて全力で駆けだす。しかし、全ては遅すぎたのだが。

 

 




森の賢王の名前をハムスケ以外にするのはさすがに気が咎めたのでやめました。
ご都合展開って大事だよね!


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カルネ村2

 エンリが泣きじゃくるネムを連れてゆっくりと広場に向かった時にはもう決着がついていた。

 

「すまぬでござる姫。それがしが来た時にはすでにほとんど」

 

「…いえ、いいんです。ネムと私が生き残れただけでも奇跡なんです」

 

 村人で生きているのはもうエンリとネムを入れて十人ほどしかいなかった。その他の村人と、ここを攻めてきた騎士達は全て死んでいた。エンリはネムを抱いたままただ静かにそれを見つめる。何を言えばいいのか分からないのだろう。他の村人たちも同じだ。全員何を言えばいいのか分からず、ただ茫然と死体を眺めていた。

 

「こういう時って涙も出ないものなんですね」

 

 エンリ・エモットにとってカルネ村は生まれてからの今までの人生のすべてだ。彼女の人生はこの村に集約されていた。だからこそそれが全てなくなり、彼女は今までの人生そのものが失われてしまったかのような深い喪失感に包まれていた。

 

「…死体を片付けましょうか。ハムスケさん、申し訳ありませんが手伝ってもらっても?」

 

「かまわんでござる。それがしにできることがあれば何でも言ってほしいでござる」

 

「ありがとうございます」

 

 エンリはのろのろと立ち上がる。不安そうにこちらを見つめるネムを少しでも安心させるために微笑みかけ、そして前を向いた。

 

「騎士達の死体は後回しで、まずは村のみんなを一か所に集めましょうか」

 

 普段ならちゃんと墓に埋めるのだが、今は人手も時間もない。夜になる前にやらなければ明日になるまで死体を放置することになる。エンリは見たことないが、人間の死体を放置しておくとアンデッドになることもあると聞いたことがある。

 

 まずエンリは近場から荷馬車の荷台を持ってきて、ハムスケに馬の代わりをしてもらうことにした。そして村を回り、村人たちを荷台に乗せて行く。朝に比べてはるかに力が強くなっていたが、エンリは必死に動いていたためそれに気づかなかった。

 生き残った人達には夕飯の準備を頼んだ。腹がすいては戦は出来ぬと言うが、それ以上に空腹だと前向きな気持ちになることができない。無論エンリだっておなかをいっぱいにした程度でこの喪失感や悲しみから完全に脱却できるなんて甘い考えを持っているわけじゃない。それでも少しづつでも前に進まなくてはならない。エンリはそう考えていた。

 

「…お母さん、お父さん」

 

 それでもやっぱり両親の亡骸を前にするととても悲しかった。

 

 

 村人の死体を広場に全て集めて燃やし終えたころ。ハムスケの人よりはるかに鋭い五感がこの村に向かってくる騎馬隊の足音をとらえた。

 

「姫、どうするでござるか?」

 

「私がみんなを、みんなを守らないと…」

 

 エンリは真っ蒼な顔をしてそう呟く。つい先ほど騎士に村人を虐殺されたばかりなのだ。怖いに決まっている。でもエンリは逃げることはできない。それは今この村で唯一の戦闘員であるハムスケに指示を出せるのが自分だけであるためだ。

 エンリのそれは自分に言い聞かせるためのものであって誰かに聞かせたくてつぶやいたものではなかったが、もちろんハムスケには聞こえていた。

 

「任せるでござるよ姫。それがしは今まで負けたことなどほとんどござらん!」

 

「ええ、信頼してます」

 

 ハムスケの言葉にエンリの顔に少しだけだが笑顔が戻る。ハムスケはそれを見て満足そうにうなずく。やはりこの友人には笑顔がよく似合う。

 エンリとハムスケがそんなやりとりをしている間にも騎士団は村に近づいていた。ただ、その騎士団が近づくにつれてエンリは眉をひそめることとなる。どうも武装に統一感がない。騎士と言うよりは傭兵のようだ。エンリは傭兵団を見たことは無かったが、今目の前まで近づいてきた彼らが騎士でないことには勘付いていた。

 そして困惑しているのはその騎兵たちも同じである。家が燃やされてないためにどうにか間にあったかと安堵していたのに、村の中に入って見れば巨大な魔獣と一人の少女が村の広場に陣取っている。そして広場の周りには首が取れたりひしゃげていたりする騎士達の死体が転がっている。

 困惑している騎兵たちの中から、一人の男が前に出てきた。それを見たハムスケは目を見開く。

 

「(この男…強いでござるな)」

 

 ハムスケは獣の本能とも呼べるものが警鐘を鳴らしているのを感じる。今目の前にいるこの男は先ほど殺した騎士達とは比べ物にならないほどの実力を持っている。下手したら自分と同格だ…と。

 そしてそれを感じているのはその男、ガゼフ・ストロノーフも同じだった。

 

「私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士たちを討伐するために王のご命令を受け、村々を回っているものである。そちらはこの村の娘か?その魔獣はいったい何者だ?それに、一体どういう状況なんだ?」

 

 ガゼフは広場を見渡す。そこには恐怖の目線をこちらに向ける村人たち。しかしその数はあまりにも少ない。そして目の前の自分にも勝る実力を持つ魔獣。ガゼフにはいったい何が起きているのか分からなかった。

 

「はい、実は…」

 

「戦士長!」

 

 

 

 

「確かにいるな」

 

 村人たちを村で一番大きな建物――村長宅だ――に避難させ、ガゼフ達戦士団もそこにいったん入る。窓を少し開けて外を見ると謎の集団が村を囲んでいるのが見える。ガゼフは着ている服、天使を召喚する凄腕の魔法詠唱者などの条件からスレイン法国の特殊部隊、六色聖典のいずれかであることを看破した。しかし、それが分かったところで事態はなにも好転しない。

 

「エンリ殿、ハムスケ殿。これから作戦を伝える。よく聞いてくれ」

 

「は、はい!」

 

 エンリはすでにガゼフに大まかなことを説明してある。ガゼフもすぐにそれを信じてくれたのでガゼフの中でエンリは強力な魔獣に気に入られただけの普通の村娘と言う認識だったのだろう。ガゼフの話す作戦にエンリは組み込まれていなかった。

 ガゼフの話す作戦は非常に単純だ。村の外を包囲する集団の目的はほぼ間違いなくガゼフである。ゆえにガゼフが囮になることで注意を惹き、その隙にカルネ村の村人を反対側から逃がす。ただ、もし全ての敵がガゼフに食いつかず、カルネ村から脱出する村人たちの方に向かったらそれを撃退してほしい。単純だが村人たちの生き残る確率は高い効率的な作戦だろう。しかし…

 

「すいませんが拒否させていただきます」

 

 エンリには納得いかなかった。ゆえにエンリは真正面からガゼフの目を見て、その策に乗ることを拒否した。そのあまりに無礼な態度に戦士団が色めき立つ。

 ガゼフももちろん驚いていた。目の前の普通だと思っていた少女が自分の様な厳つい戦士に真っ向から意見してきたのだから当然だ。ただ同時になぜこの娘が伝説にも残る森の賢王に気に入られたのか分かった気がした。

 

「ほう、何が理由だ?」

 

「外にいる連中の狙いが戦士長殿の命なんだとしたらただやみくもに突っ込むのは愚の骨頂だと思います。向こうには戦士長殿を確実に仕留める秘策がある可能性が高いですし」

 

「なるほど…」

 

 エンリのその意見には皆感じるところがあったのだろう。周りの戦士たちも、ガゼフも黙り込む。沈黙が降りる中、ガゼフは目の前の少女に懸けてみる気になった。

 

「では、エンリ殿はどうするべきだと考える?」

 

 そのガゼフの質問に今度はエンリが驚く。まさかただの村娘に策を聞いて来るとは思っていなかったのだ。うつむいてしまったエンリにガゼフはなるべく怖がらせないように気をつけながら口を開く。

 

「私は君の意見を聞いてみたい。素っ頓狂な策でもいい。聞かせてくれないか」

 

「…はい」

 

 エンリは前を向き、自分の中にある全員が助かる可能性が最も高いと思われる策を話す。それを最後まで聞いたガゼフはにやりと笑う。それはとても獰猛な笑顔だった。

 

「いいな、それでいこう」

 

 

 日が沈みかけた草原にたたずむ異様の集団。彼らは全員が天使を召喚することができる凄腕の魔法詠唱者である。これほどの魔法詠唱者の集団をそろえるのは非常に難しいことだ。少なくとも魔法詠唱者の立場が低いリ・エスティーゼ王国では到底不可能な話である。

 そんな凄腕が集まったスレイン法国の特殊部隊、陽光聖典隊長のニグンはこちらに向かってくる戦士の集団を確認した。先頭にいる男は今回のターゲットであるガゼフ・ストロノーフに間違いない。

 

「獣が餌にかかったな。全員戦闘準備。ガゼフ・ストロノーフを抹殺する」

 

 ニグンのその合図とともに周りを固める魔法詠唱者達が天使を召喚する。それに合わせニグンも自らが召喚できる最高位の天使、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を召喚する。この天使は視認する自軍の防御能力を若干だが引き上げることができる。

 

「隊長!あれを見てください!」

 

「なんだ?」

 

 隊員が少し慌てるように指さす先には白銀の大魔獣がいた。なぜか背中には戦士ではなく少女を乗せている。村娘だろうか?なんにせよ計画にはなかった異分子であることに変わりはない。あれほどの大魔獣に邪魔をされればあれを使わざるをえなくなる可能性もある。ニグンは自らの懐にしまわれている至宝を服の上から撫でる。

 

「ガゼフが二人いると思って対処に当たれ。あれだけの大魔獣だ。決して油断するなよ」

 

「は!」

 

 隊員が離れて行くのとほぼ時を同じくしてガゼフの放った矢が隊員の一人にあたった。だがもちろん魔法による防御を張っているためダメージは無い。それを見たガゼフは弓を捨て、剣を抜いた。効かないのだからその判断は間違っていないだろう。

 

「敵に突進攻撃!そしてそのまま離脱する!」

 

「「「了解!!」」」

 

「なるほどな。おい、ガゼフ・ストロノーフを行かせるな」

 

 ニグンはすぐさまガゼフの狙いを読み取った。と言うよりもガゼフ達の行動は数ある予想の中の一つにすぎない平凡なものだったからだ。村の生き残りを守るためにこちらの気を引き、村人たちを逃がす。雑だが大筋はそう間違えていないだろう。事実ガゼフはこちらに向かって突撃してきている。

 だからこそまずはガゼフの(あし)を狙う。

 

「くっ」

 

 ガゼフは魔法によって驚いた馬から振り落とされた。しかし振り落とされたガゼフに手を差し出す者はいない。そのことを疑問に思うよりも先に戦士たちは包囲網を突破していった。

 

「かなわないと見て部下だけは逃したか?まあいい。我々の目的は貴様なのだからなガゼフ・ストロノーフ」

 

「ふっ、舐めるなよ」

 

 おかしい。ニグンは妙な不安感に襲われた。目の前にいる男からは不安や恐怖をそれほど感じない。無論ガゼフほどの戦士だからそれを表に出すことは無いだろうが、なんか変だ。そう、目の前の男から余裕を感じられるのだ。何か策があるのか?

 

「ハムスケさん!」

 

「任せるでござるよ!」

 

「ぐあっ!」

 

「がぼぁ」

 

「なに!?」

 

 右翼側の隊員の悲鳴が上がる。一人は先ほどの大魔獣の前足による一撃で体を押しつぶされ、返す爪でもう一人の頭がはじけ飛ぶ。殺された隊員の天使たちがいないところを見ると天使も一緒に殺したということか。

 いつの間にあの位置まで移動していたのか知らないが、大した隠密だ。

 

「一人と一匹でかかれば我々に対抗できるとでも?天使たちを仕掛けろ!」

 

 ニグンは自信にあふれた声で命令を出す。その声に従って炎の上位天使達が一斉にガゼフと白銀の大魔獣へと殺到する。

 

「いくぞっ!」

 

「ハムスケさん!」

 

「しっかりつかまってるでござるよ、姫!」

 

 戦闘が始まった。しかし疲れもせず、倒されても再召喚が可能な天使たちと比べて、ガゼフとハムスケの体には確実に疲労がたまる。ハムスケは尻尾による迎撃をメインとしたためそうでもないが、体全部を使い、武技まで発動させているためにその疲労は著しい。

 

「ふ、よく耐えたと言うべきだろう。ガゼフ・ストロノーフに集中して攻撃を叩き込め」

 

 魔獣の上にまたがる少女は先ほどから指示しか出していないことを考えるにあの魔獣を使役しているのだろう。ただし本人の戦闘能力は大したことないだろう。となると戦力は二つ。その二つしかない戦力のうち片方が潰れればもう一方が潰れるのは時間の問題だ。

 ニグンの現状把握は完璧だった。いや、この状態では完璧だった、と称するべきか。しかし一つ間違えがあった。それは戦闘のすえに両者が求める目的の差。

 

「ハムスケさん!」

 

「了解でござる!」

 

 ニグンはガゼフの殺害が目的だった。

 ガゼフは村人を助けるのが目的だった。

 エンリは全員を生存させるのが目的だった。

 

 ニグンは読み間違えていた。ガゼフを馬から落としたことで、ここが互いを殺し合う戦場に変わったと思いこんでしまった。でも違う。

 ガゼフとエンリにとってこの戦いは最初からこの時までずっと撤退戦だったのだ。

 

 ハムスケが本気で走りだす。そこにガゼフが飛び乗る。そしてニグンには目もくれずに全力で逃走を開始した。

 

「な、に?」

 

「これでも喰らうでござる《チャームスピーシーズ/全種族魅了》!」

 

「な、くそ!」

 

 ハムスケが陽光聖典のそばを通る瞬間に魔法を発動させる。ニグンは抵抗に成功したが、隊員は抵抗に失敗したものがちらほらいる。それらを魔法で元に戻し、馬で追ったとしてもあの大魔獣の足には追いつけまい。

 初めからこれが狙いだったのだ。今まで一切魔法を使わずにおいたのも、尻尾のみで天使を迎撃していたのも全てこの一瞬のため。もう最高位天使を召喚したところで間に合うまい。

 

「くそったれがあああ!!」

 

 ニグンの悔しさと怒りを混ぜられた咆哮が夜の空に響いて消えた。

 

 

 

 まだ全速力で大地を駆けるハムスケ。ただもうあの魔法詠唱者達の姿はどこにも見えなかった。作戦成功と言っていいだろう。

 

「エンリ殿、もう速度を落としても大丈夫だろう」

 

「そ、そうですか!ハムスケさん。少し速度を落としてもらえますか?」

 

「了解でござる」

 

 ハムスケは少し速度を落とした。エンリとガゼフが普通に会話できるくらいの速度だ。それでもまだ馬より速い。

 

「本当にありがとうエンリ殿。貴殿のおかげで私も助かった。あのまま普通に突撃していたら私は死んでいただろう」

 

「いえ、みんな助かってよかったです」

 

「(本当に大したものだ)」

 

 ガゼフは目の前で恐縮して縮こまる少女を見て心の底からそう思う。先ほどの陽光聖典との戦闘は少女の計画通りに全てが進んだ。ガゼフが馬から落とされ、天使で攻撃を仕掛けられ、そして最後の離脱まで。少女の計画とぶれたところなど一つもなかった。

 ―――馬に乗って突撃すれば落とされてから殺されます。かといって最初からハムスケさんに乗っていては村のみんなが逃げる時間を稼げません。ならば途中まで戦い、それから逃げるべきでしょう。―――

 

「エンリ殿、今回のお礼は必ずさせていただく」

 

「…なら村のみんなのこれからの生活の補助もお願いできますか?」

 

「当然だ。それとは別に必ずお礼を払わせてもらう」

 

「そうですか…」

 

 エンリの声には覇気がなかった。村を失い、他の生き残りのみんなを支えるために気丈にふるまってきたが、無事に生き残って気が抜けたのだろう。それに加えてこれからの指針が無く、どうすればいいのか分からないのだろう。

 

「エンリ殿はこれからどうするつもりだ?」

 

「エ・ランテルには知り合いがいるのでその人を頼ろうと思っています」

 

「エンリ殿は…いや、冒険者になってみないか?」

 

 ガゼフは国に仕えてみないかと提案をしようと思った。しかし村を救えなかった国の重鎮である自分がそんな提案を出来るわけがない。ゆえに冒険者を進めたのだ。なにせエンリにはハムスケがいる。とてつもなく優秀なテイマーとして活躍できるだろう。

 

「それは無理です。だってハムスケさんとはこれでお別れですから」

 

「そうなのか…」

 

「そんなことないでござる!」

 

 エンリの暗い返答を論破したのは今まで黙っていたハムスケだった。

 

「それがしは今までも先ほどの戦いもとても楽しかったでござる!今までやったことのない経験をして楽しかったでござる!だから姫に付いて行きたいでござる!」

 

「ハムスケ…さん」

 

「ふふ、まさしく種族を超えた友情だな」

 

 エンリは震えていた。その震えは先ほどまでの様なマイナスの感情から来るものではない。希望を見つけた人間の震えだ。

 

「私は、冒険者になろうと思います」

 

 この日、エンリは自らの人生というレールを自らの意思で切り替えた。

 

 

 

 

 

 

現在のエンリさん

 

エンリ・エモット LV8

職業レベル

ファーマーLV1

テイマーLV3

ライダーLV2

コマンダーLV2

 

備考

途中からハムスケが全力で走っても落ちなくなったのはライダーの職業(クラス)によるものです。

 

 




次回、エ・ランテル編
エンリさん冒険者になるの巻


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エ・ランテル1

 夜が明け、日が昇りきった昼のこと。辺境の街エ・ランテル近郊に異色の集団が現れた。一人は王国の鎧をまとった男、ガゼフ・ストロノーフ。一人はカルネ村出身の村娘、エンリ・エモット。そしてもう一匹はエンリが従えたトブの大森林出身の大魔獣、ハムスケ。彼らはカルネ村での戦闘の後走り続け、ようやくエ・ランテルにたどりついた。

 

「ようやく着きましたね」

 

「ああ、そうだな」

 

「さすがのそれがしももうくたくたでござるよ」

 

 一日走り続ける体力はさすが伝説の大魔獣であるが、さすがにもう限界だったのだろう。エ・ランテルの門近くでへたり込んでしまった。エンリはへたり込んだハムスケの横に座り込みあたりを見渡している。探しているのは唯一の肉親であるネムだ。ただ、その姿はどこにもない。

 

「馬では夜通し駆けることはできない。さすがにまだ到着していないだろう。それにエンリ殿は少し休んだ方が良い。顔色が悪いぞ」

 

「ですが…」

 

「君が倒れては妹も心配するだろう」

 

「そうでござるよ。夜通し走るそれがしに乗り続けたのでござるよ?かなり疲れているはずでござる」

 

 ガゼフとハムスケが言った言葉にウソは無い。馬に一日乗り続けるのはかなり体力を消耗する。その上今回乗っていたのは馬よりも姿勢を保つのが困難なハムスケだ。速度も常に馬の出せるものを凌駕していた。その前の戦闘、生まれ育った村の壊滅。エンリはすでに限界だった。気力だけで立っていると言っていい。

 

「私たちは都市長の元にお世話になるつもりだ。君たちカルネ村の生き残りも泊めてもらえるだろう。まずは休みなさい」

 

「はい、あの、ネムを」

 

「私に任せておけ」

 

 そう言うとエンリはついに気絶するように倒れてしまった。ガゼフがそれを支え、担ぐ。

 

「無論ハムスケ殿も泊まれるよう取り図るつもりだ。安心してくれ」

 

「それがしは一緒に戦ったガゼフ殿のことは信じてるでござるよ?ガゼフ殿は決して悪い男ではないでござる」

 

「ありがとう」

 

 ガゼフはそのいかつい顔に笑みを浮かべた。

 

 

「う、んぅ?ここ…は」

 

 さらに日をまたいだ次の日の朝。エンリはようやく目を覚ました。まだ意識が覚醒しきっていないのかぼんやりと辺りを見渡している。そして勢いよく上半身を起こした。

 

「ネム!」

 

「横にいるでござるよ」

 

 声の通り横を向くと自分の唯一の肉親であり、希望であるネムがすやすやと寝息を立てていた。そこにも怪我した様子は無い。エンリはほっと息を吐く。そこで疑問が湧きでた。いま、自分に声をかけたのは間違いなくハムスケだ。しかしなぜ室内でハムスケさんの声がするのか、と。

 そしてあたりを見渡すと、ベッドの横の広いスペースにハムスケがデンと座り込んでいた。顔はこちらを向いている。

 

「ええっと…」

 

 聞きたいことが色々あった。疑問が次から次へと湧いて来る中、エンリが口に出したのはあまりにも簡素な言葉だった。

 

「おはようございます?」

 

「おはようでござるよ」

 

 

 

「そうですか、みんな生きてましたか」

 

 落ち着いてきたエンリがまず聞いたのはそれだった。ハムスケによるとカルネ村の生存者たちも、ガゼフとその部下たちも死者はいないらしい。エンリの作戦はうまく行ったということだ。

 

「ガゼフ殿も都市長殿もエンリ殿をたくさんほめてたでござる。それがしも誇らしかったでござるよ!」

 

「いや、私には全然自信がなくて」

 

「そうなんでござるか?」

 

 うつむいたエンリをハムスケは不思議そうに見つめる。全然そうは見えなかった、と。

 

「姫がそれがしと一緒に時間を稼ぐ側に残ると聞いた時は相当な自信があると思っていたのでござるが」

 

「自分の計画を最後まで見届けないと不安だったんです。その場にいても何もできなかったけど、それでも私にはその計画がうまくいってるか見守る義務があると思ったんです」

 

「ふーむ。よく分からんでござるが姫は十分役に立っていたと思うでござるよ?」

 

「え?」

 

 今度はエンリが不思議そうにハムスケを見た。エンリとしては自分があの場にいてできたことなんて何もなかったと思っているのだ。実際天使を倒すにあたってなんにも貢献していなかった。

 

「姫の指示はとても的確だったでござる。その通りに動いたら思っていた以上にうまく行ったでござる。姫には部下を従える才能があるのではござらんか?」

 

「そう、ですかね?」

 

 そうならいいですねとエンリは小さく笑った。そして次に気になっていることを確認する。

 

「ネム達はいつエ・ランテルに?」

 

「昨日の夕方ごろでござる。ネム殿も疲れ果てていたでござるからそれがしが姫のとなりで寝かせるように頼んだのでござる。ネム殿は姫の顔を見て安心したのかすぐ寝てしまったでござるよ」

 

「なるほど」

 

 大体聞きたいことは聞けた。エンリはそう判断する。あとはガゼフにお礼をしに行くくらいか。

 

「ガゼフさんは?」

 

「ガゼフ殿は明日の朝にはここを発つと言っていたでござる」

 

「え?ずいぶんと早いですね」

 

「その前にお礼を姫にしたいと言っていたでござる。会いに行ってみるでござるか?」

 

「そうですね。とりあえずネムが起きたらそうしましょう」

 

 その後、エンリとハムスケはネムが起きるまでずっと話していた。ハムスケは生まれて初めてこのような大きい街に来て楽しそうにしていた。エンリもエ・ランテルに来るのは初めてなのでとても新鮮だ。特にこんな豪華な部屋には泊まったことはおろか入ったことすらなかったので、落ち着いてきた今は逆に緊張でくつろげなくなっていた。

 そしてそうこうしているうちに館のメイドが食事を運んできてくれたので、ネムを起こしていただく。

 

 ガゼフにあいさつに行けたのはお昼ごろになってからだった。

 

 

 ガゼフと都市長パナソレイにあいさつをしに行き、エンリは目を回すような金額の謝礼を貰ってしまった。パナソレイが言うには口止め料も含まれているらしい。エンリは絶対に誰にも話すまいと誓った。

 

 現在エンリはエ・ランテルにある冒険者組合に向かっている。ガゼフの提案に乗り、冒険者になる決意を固めたためだ。エンリははたから見れば完全に森の賢王を支配下に置いている凄腕のテイマーだ。なにせあの王国戦士長と互角の魔獣だ。冒険者ランクで言えばアダマンタイトにも匹敵する。

 エ・ランテルの最高位の冒険者はミスリルだ。アダマンタイト級の戦力はのどから手が出るほど欲しい。だからこそ都市長パナソレイはあらかじめ冒険者組合に人をやり、エンリのことを話しておいた。エンリを不快にさせないためだ。

 冒険者登録を終えたエンリは依頼票が張ってある壁の前で熱心に依頼を眺めていた。それを遠巻きに職員と冒険者たちが観察する。みんながみんなエンリのことが気になって仕方ないのだ。

 

「おい、なんだあの娘」

 

「おい、やめろ。外にいる大魔獣を従えてるやつだ」

 

「はあ!?あの大魔獣を従えてるとかアダマンタイトでも出来るか分からねえじゃねえか。それをあんな小娘が?」

 

「ああ、なにせ都市長にもコネがある期待の新人って話だからな」

 

「まじで?どんだけだよあいつ。と、いうかあいつもしかして外の魔獣より強いのか?」

 

「その可能性はあるな。テイマーってのは力づくでいうこと聞かせるもんだろ?」

 

「あいつどんだけやべえんだよ。絶対喧嘩とか売れねえな」

 

「そんなことしたら殺されるぞ」

 

 冒険者たちの噂話の中でエンリがとんでもない化け物にでっち上げられていた。しかしエンリはそれに気がつかない。ただ依頼票を眺めるだけだ。いや、ただ眺めるだけではない。エンリは今猛烈に焦っていた。

 

「(……字、読めない)」

 

 エンリは焦る。まさか冒険者になるのにこんな落とし穴があるとは。どうすればいい?どうすれば依頼を読まずに……!その時エンリに電流が走る。うまく切り抜ける方法を思いついたのだ。エンリは依頼票が張られている壁の前を離れ、受付のところまで歩いて行く。

 

「すいません。ちょっといいですか?」

 

「はい、何かご用でしょうか?」

 

「私さっき登録したばかりなんですが、私にお勧めの依頼って何かありませんか?そう言うのよく分からなくて」

 

 そう、必殺の人頼みである!この方法ならば依頼が読めなくてもどうにかなる上、どう言った依頼が自分に向いているのか分からないエンリにはうってつけだ。

 

「残念ですが現在エンリ様に向いていると思われる依頼は取り扱っておりません」

 

 そして玉砕した。そ、そうですかと意気消沈するエンリに受付嬢が慌てて続きを話す。

 

「エンリ様ならモンスター討伐が向いていると愚考します」

 

「モンスター討伐ですか?」

 

「はい。エ・ランテル近郊や村々につながる街道沿いに出没するモンスターを討伐して、討伐証明を取ってきていただければそれをお金に換金します」

 

 エンリは目からうろこが落ちる気分だった。エンリ自身自分たちにできるのはモンスターの討伐か護衛くらいだと思っていたのだ。そのうち討伐の方は依頼にもなっていなかったらしい。これはエンリにとってとてもいいことだった。なにせ依頼が読めなくても受けられる。

 

「討伐証明について書かれた冊子はあちらにあります。貸し出しは一日銅貨二枚です」

 

「……借ります」

 

 結局文字読めないとだめじゃないですか、とエンリは口元をひくつかせた。

 

 

 

 次にエンリが向かったのは友人の薬師がやっているポーション屋だ。

 

「ご友人のやってる店なんでござるか?」

 

「ええ、まあ場所は知らないんですが」

 

「行きつけるんでござるか?」

 

「受付の人に場所を聞いておいたんで大丈夫です」

 

 ハムスケの上にネムを乗せ、話しながら歩く。そんなエンリ達の周囲が驚愕の目線をハムスケに向け、次にハムスケと楽しげに話す少女に驚き、その胸にあるプレートの色を見てさらに驚く。

 そしてエンリはそのすべてに気が付いていなかった。

 

「ご友人の名前は何と言うのでござるか?」

 

「ンフィーレア・バレアレです。とても薬草とかに詳しいんですよ」

 

「ん?その者、男にござるか?」

 

「ええ、そうですけど」

 

 もしエンリがハムスケの表情を完全に読めたなら、その悪どいにまにま顔を見て悪い予感がひしひしと湧いてきただろう。しかしエンリはまだそこまでの極みには達していなかった。

 

「その方、姫のこれでござるか」

 

「…どれです?(前足?)」

 

 エンリは困惑気味にハムスケが上げた右前足を見る。どこか指を立てているのだろうか?

 

「嫌でござるな姫。いい人ってことでござるよ」

 

「いい人?」

 

 今度はハムスケが困惑する番だった。エンリは本当に心の底から何も分かっていないようだった。

 

「(ええー?姫、鈍感過ぎでござるよ)」

 

「あ、ここですね。すいませーん」

 

 しかしエンリはハムスケのその様子には全く気付かず、ようやくたどり着いたバレアレ家の中に入って行った。

 

「エ、エンリ!?どうしてここに!?」

 

「ンフィーレア、久し振り。実は色々あって。この家に下宿させてほしいの」

 

「それは僕の方から頼みたいくらいだけど…」

 

 エンリを出迎えたのは前髪で目元が隠れた少年。この街では知らぬものがいないほどの有名人。ンフィーレア・バレアレだ。ありとあらゆるマジックアイテムを使いこなすと言うすさまじいタレントを持っている。

 そしてエンリに絶賛べた惚れ中の少年である。しかし悲しいことにエンリには全く気付かれていない。

 

「え?」

 

「い、いや!何でもない。と、とにかく中へ。お茶でうわぁ!?」

 

「あ、私の友達のハムスケさんだよ。大丈夫」

 

「そうでござる。それに姫の友人はそれがしにとっても友人にござる。安心してほしいでござる」

 

「え?あ、そう…なんだ。分かった。いや、よく分かんないけど中で全部聞かせてくれる?」

 

 今までの人生で見たどのモンスターよりも強そうな大魔獣を素で友人と言ってのけるエンリを見て、ンフィーレアは逆に落ち着いてしまった。許容量を超えたと言ってもいい。

 

 

 

「そんなことが…」

 

 エンリからすべてを聞かされたンフィーレアは愕然とする。自分もある意味尊敬していたエンリの両親の死。カルネ村の崩壊。ハムスケがいなければエンリも生きてはいなかったという事実。どれもこれもンフィーレアが驚いて何も言えなくなるのには十分な内容だった。

 

「それで、エンリはこれからどうするの?」

 

「うん、私冒険者になったの。ハムスケさんが力を貸してくれるって言うから」

 

「え、あ、そうなのか。確かにハムスケさんが手伝ってくれるのなら安心だね」

 

 一抹の希望を込めて放ったンフィーレアの言葉はエンリにたたき落とされた。もちろん本人にはそんなつもりは一切ないのだろうが、エンリに恋愛感情を持っているンフィーレアにとっては叩き落とされたも同義だった。ンフィーレアは外からハムスケが痛々しいものを見る目――同情の視線とも言う――で見てくるのを感じた。

 

「だからンフィーレア。ポーションを売ってほしいの。どれが良いのか分からないし、あとできれば文字も教えてほしい。もちろんお金は払うわ」

 

「そんなのいらないよ。別に僕もおばあちゃんもそんなに儲けたくてこの店をやってるわけじゃないし。もちろん文字を教えるのも一向に構わない。夜にでも……(それって夜に二人っきりってこと!?)」

 

「そんなに甘えられないわ。いくらなんでも依存し過ぎよ」

 

 ンフィーレアが自分で言ったことに自分で悶えているのをエンリは不思議そうな目で見る。何で悶えているのか全く分からないのだ。そしてただでポーションをくれるというンフィーレアの言葉にもエンリは拒絶反応を示す。

 

「次からちゃんと払ってくれればいいよ。冒険者になった門出を祝う意味でも僕からポーションを送らせてよ」

 

「そういうことなら…」

 

 エンリがうなづいたのを見てンフィーレアは少しテンションが上がる。これは自分から彼女への贈り物の様なものだ。エンリはそう思っていないだろうが自分にとってはそうなのだ。

 

「じゃあポーションについて教えてあげる。ポーションにも色々種類があるからね」

 

「魔法で作るのとか薬草だけで作るのがあるんだよね?」

 

「それもそうだけど傷を治すだけがポーションじゃあないから」

 

「え、そうなの!?」

 

 ンフィーレアは楽しげに。エンリは真剣にポーションについて話し始めた。

 

 




読み直して気が付いたけどネムを全然出せてない…
ちゃんといるんですけどね。


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エ・ランテル2

 まだ朝早い時間。エンリの一日はまず朝ごはんを用意するところから始まる。バレアレ家に住みついてから一週間経って分かったことだが、ンフィーレアもその祖母のリィジーも生活習慣がめちゃくちゃだった。朝ごはんを食べないことが多い。なのでエンリが早く起きて叩き起し、朝ごはんを食べさせる。それがエンリの日課となっていた。

 

「お姉ちゃんおはよぅ」

 

「おはようネム。まだ寝ててもいいよ?」

 

「てつゅだぅ」

 

 毎日夜はネムと寝ているため、エンリが起きるとネムも起こしてしまうことが多い。一応慎重に起こさないようにベッドから抜け脱してはいるのだが。

 そして、ネムはあの事件が起きてからよく家事を手伝うようになった。それが半分嬉しくて半分悲しい。嬉しいのはもちろん頑張ってこちらを手伝ってくれることだ。家事だけではなく薬草などのすり潰しなどでンフィーレア達の手伝いもしている。悲しいのはあの元気だった妹がおとなしくなってしまったこと。

 ネムの助けを借りて四人と一匹分のご飯を作り、ネムに二人を起こしてくるようにお願いする。ネムが駆けて行ったのを見届けてから自分の相棒とも呼べる魔獣にご飯をあげに行く。

 ハムスケはその巨体から分かるようによく食べる。森にいたころはそんなに食べなくてもよかったらしいが、人間の食事はおいしくて食べすぎてしまうらしい。

 

「おはようございますハムスケさん。朝ごはんです」

 

「お!今日もおいしそうでござるな!いただくでござる!」

 

 がつがつと食べ始めたハムスケを置いて中に入る。その時にはもうンフィーレアもリィジーも朝ごはんの置かれたテーブルに集合している。

 

「ではいただこうかね」

 

「はい」

 

 エンリ達は祈りをささげてから朝ごはんを食べ始める。エンリは必死にご飯をかきこむネムの面倒を見ながら自分もしっかりとご飯を食べる。冒険者は体が資本だ。しっかりと食べておかないと仕事に差し支える。

 

「エンリちゃんは今日どうするのかね?」

 

「今日もエ・ランテル近郊でモンスター狩りですかね」

 

 エンリが冒険者登録をして今日で一週間になるが、エンリは毎日エ・ランテル近郊にモンスター狩りに行っていた。お金を手に入れるためでもあったが、ハムスケの散歩の意味合いもあった。そのおかげかすでに銀級冒険者にランクアップしている。稼ぎもだいぶいい。

 

「気を付けてよエンリ。弓矢とか使ってくるモンスターもいるんだから」

 

「大丈夫よ。防具も買ったし」

 

 この一週間のエンリが稼いだお金は全てエンリの防具を買うお金に使われた。エンリも死にたくは無いのでガゼフからもらったお金も合わせてだいぶいいのをそろえた。

 

「じゃあ私は準備して行くね。ネムをお願い」

 

「うん。任せて」

 

「お姉ちゃん怪我しないでね」

 

「大丈夫。ネムもいい子にしててね」

 

 エンリは朝ごはんで使った食器を洗ってから自分の部屋に戻る。そして毎日手入れを欠かしていない装備品を身につける。

 まずは武器だ。エンリは軽量化の魔化がかかった鋼の棍棒をメイン武器にしている。剣は刃の当て方などをちゃんと身につけないといけないからだ。エンリの武器は護身用にすぎないので、振り回すことしか考えていない。

 次に防具を身につけて行く。これはあまり重装備ではない。エンリはハムスケにすぐ飛び乗る能力が必要なのであまり重い装備は装備しないことにしているのだ。

 そして腰にポーション入れを巻き、そこにポーションを差していく。これはこの家に来た初日にンフィーレアがくれたもので、回復の他にも飲むと身体能力を強化することが出来るものや、相手の動きを阻害することが出来るポーションもある。しかしハムスケがとても優秀なので今まで一回も使われていない。

 そしてさらにマジックアイテムを装備する。防御系のマジックアイテムで、《シールド・オブ・プロテクションフロムアローズ/矢守りの盾》という一定以下の威力の矢によるダメージを無効化することができる。

 

「うん。忘れ物は無いかな」

 

 外で野宿をするわけではないので荷物は最低限だ。昼のお弁当と水筒、討伐証明を入れる袋位である。忘れ物が無いことを確認したエンリは外にいるハムスケを連れてエ・ランテルの外へ向かう。すでに何度も通ったため門番とは顔見知りだ。

 

「んー、やっぱり外は解放感が違うでござるな」

 

「そうですね」

 

 ハムスケはバレアレ家の馬小屋で寝泊まりしてもらっているが、馬もいるために少々手狭だ。なのでいっそう外に出るのがうれしいのだろう。

 

「それでは姫、それがしの背中に乗るでござる。獲物を探すでござるよ」

 

「はい。お願いします」

 

 エンリがハムスケの背中に乗って高速で移動しながら獲物を探す。それがエンリとハムスケの基本戦術だ。こうすることで短時間に普通よりもはるかに多い獲物を見つけ、狩ることができる。今まで狩ってきたモンスターは金級パーティーでも問題なく狩れるようなものばかりだが、狩りと狩りの間の速度は比べ物にならない。

 

「良い風ですね」

 

「そうでござるな」

 

 ハムスケはかなりの速度で走っているうえに、乗りにくいフォルムだがエンリはなぜか全く姿勢を崩したりしない。エンリ自身もかなり不思議に思っていたのだが理由は簡単だ。彼女がライダーの職業(クラス)を持っているからだ。

 

「むむ、さっそく獲物発見でござる!」

 

「行きましょう!」

 

 ハムスケの五感が獲物をとらえた。エンリの掛け声に合わせる形でハムスケの速度が上がる。見えてきたのはゴブリンとオーガの集団。ここ一週間に狩った獲物の中でもっとも遭遇率が高い。

 

「どーんでござるよ」

 

「ぐぎゃっ!」

 

 ハムスケがまだこちらに気が付いていなかった集団に突っ込む。ゴブリンが三匹引き殺された。仲間の死体と、自分たちとは格の違う魔獣を見てゴブリン達が一斉に逃げ出す。そのうち逃げ遅れたオーガとゴブリン二匹を尻尾で蹴散らす。

 

「ハムスケさん!回り込みましょう!」

 

「合点でござる!」

 

 ゴブリンとオーガはあまり足は速くない。ハムスケなららくらく追いつける。そしてゴブリンを優先的に蹴散らしていく。ゴブリンなら尻尾の一撃で殺せるからだ。オーガはゴブリンよりは少しタフだし、ゴブリンよりさらに動きが鈍い。

 後はもう作業みたいなものだ。十分もかからずに群れは全滅していた。エンリはハムスケに周囲の警戒を頼み、耳を切り取って行く。モンスターの討伐証明の位置は多岐にわたるが、亜人系はたいがい耳だ。

 

「姫、終わったでござるか?」

 

「はい。回収し終わりました」

 

「それではまた新しい獲物を求めて走るでござる!」

 

「ええ、そうしましょう」

 

 エンリがハムスケに飛び乗り、走りだす。この調子なら今日もかなりの額の報酬を期待できるだろう。

 

 

 

 問題が起きたのはそろそろいい時間になり、エ・ランテルへの帰路を急ぐ途中の時だった。始まりはハムスケの一言だ。

 

「?今、悲鳴が聞こえたでござるよ?」

 

「え?」

 

 この一週間でハムスケがこんなことを言ったのは初めてである。初めてであるがエンリは珍しいことではないと判断した。なにせここはエ・ランテル近くとは言っても外側だ。モンスターだって少ないがいないわけではない。下級の冒険者がやられて悲鳴を上げる可能性はあるだろう。

 

「一応行ってみましょう。助けられるものを助けずに放置するのは後味悪いですし」

 

「分かったでござる。こっちでござるよ」

 

 ハムスケは少しだけ速度を上げて近づいて行く。少し走った先でエンリの視界に入ったのは、男に嬲られる女性。男の後ろには洞窟の様なものがあった。女性はその中につれて行かれそうになったので抵抗したのか、それとも中から逃げ出そうとして捕まったのかは分からない。でもそれは蹂躙であり、エンリにとっては最も許せない部類の光景だった。

 

「姫、あの女子もう死んでるでござる」

 

「………」

 

「姫?」

 

「少しここで待っていてください。私が右手を上げたら攻撃を」

 

「あ!姫!」

 

 エンリはハムスケから降りるとそのまま身も隠さずに男達の元に向かう。エンリがまずしたことは胸元に冒険者のプレートを付けているかの確認だ。そして次に自分のプレートを隠す。それらを終えてから、エンリはその男達に話しかけた。

 

「あの、すいません」

 

「うおっ!?んだてめえ」

 

「おい、小娘。テメエここでなにしてんだ?」

 

 女を殴る手をいったん止め、そのガラの悪い男達がこちらに近づいて来る。かなりの悪臭を放っている。それに立っていた位置からすると見張りだったのかもしれない。

 

「あなたがたは盗賊かそれに順ずる職業の方ですか?」

 

「「ぷははははは!!」」

 

 エンリの質問に男達はいったん顔を見合わせた後大きく笑いだした。その中にはエンリへの嘲りが見える。

 

「それ以外どう見えんだ?嬢ちゃん」

 

「お前アホなのか?もうおうちには帰れねえぜ」

 

「そうですか。でもあなたがたも生きて明日の朝日を拝むことは出来ないと思いますよ?」

 

「ああん?へばぁっ」

 

 エンリは右手を上げてから左側にいた見張りの男に思いっきり棍棒をたたき付けた。この怒りを少しでも冷ますためのものだったが、エンリが考えもしなかった現象が起こった。――男の頭がぐしゃりと潰れたのだ。これにはさすがのエンリも驚き、思考が止まる。普通なら危険だが、もう一人の男も驚愕で動きを止めていたので大事には至らなかった。そして二人が驚愕から覚める前にハムスケがもう一人の男の首をたたき落とした。

 

「姫、強かったのでござるな。オーガよりも強いのではござらんか?」

 

「え、いやさすがにそれは……ないです…よね?」

 

 エンリはあの事件以降ずいぶんと筋肉が付いた自分を思い出し、冷や汗を流す。しかし頭を振ることでその悪夢のような妄想から抜け出した。

 

「それよりもハムスケさん。中にいる奴らも殲滅しましょう。時間との勝負ですよ」

 

「合点でござる。ではそれがしが前を行くので姫は後ろを付いて来てほしいでござるよ」

 

 二人は洞窟内に侵入する。中はハムスケでも通れるほど広く、戦闘に支障をきたすことは無かった。そして一時間後、エンリとハムスケは中にいた盗賊の掃除を終えた。

 

「終わりましたね。捕らえられてる女の人達がいるかもしれません。見て回りましょう」

 

「そうでござるな」

 

 エンリとハムスケは一番奥の部屋に入る。そこには薄着を着て、枷を付けられた女性が5人いた。彼女たちはエンリを見て安堵と困惑の混じり合ったような表情を浮かべ、部屋に入れないために顔だけ突っ込んできたハムスケを見て恐怖と驚愕が混じり合った表情を浮かべる。

 

「私は銀級冒険者のエンリです。助けに来ました。もう大丈夫ですよ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「で、でも盗賊団がいたはずじゃ」

 

 エンリの言葉に女性達は喜びと不安を隠し切れていない。そのためエンリは安心させるために笑みを浮かべてもう一度同じ言葉を言った。

 

「大丈夫です。この洞窟内にいた盗賊は全員掃除しました」

 

「そ、そうですか」

 

「あれ?」

 

 エンリは疑問に思う。なぜか彼女たちは安心せず、逆に恐怖している。しかもその恐怖の対象は自分のようだ。彼女たちの視線が血で汚れた棍棒と返り血が付いたエンリの顔に向かっているのだが、エンリはそれには気が付かなかった。

 

「こちらに来ていただけますか?鍵はここにあるので、枷を外しましょう」

 

 エンリは一人づつ枷を外していき、さらに盗賊からはぎ取った服を与える。感謝してくる女性達に軽く手を振ってもしよければ盗賊が貯め込んでいた物を持って行く手伝いをしてくれないかと頼む。報酬にいくらか分けると言うと女性たちは喜んで動き始めた。そして…

 

「荷車があってよかったですね。捕らわれてた人たちも乗れますし。ハムスケさん、引いてもらえますか?」

 

「まかせるでござる」

 

 盗賊達の洞窟に有った金目のものを大体乗せ、ハムスケが引く荷車が出発しようとした、その時だった。

 一人の男が正面から近づいて来ていた。ハムスケがその男を見た瞬間に警戒する。エンリもまたその男が今までに見てきた人間の中でもトップ3に入るほどの強敵だと分かった。

 

「おい、お前ここでなにしてる?」

 

「こちらのセリフです。私は銀級冒険者のエンリ。今、すぐそこの洞窟に住みついていた盗賊を殲滅し、その報告をしに行くところです」

 

「なるほど…」

 

 男からは思ったよりも敵意を感じない。ただこちらを面白そうに眺めているだけだ。なのでエンリは少しその男から目を離し、後ろにいる女性たちの方を向いた。

 

「知っている男ですか?」

 

「い、いえ。盗賊団の仲間ではないと思います。見たことないです」

 

「そうですか…」

 

「姫、こやつガゼフ殿クラスでござる」

 

「ええ、分かってます」

 

 ハムスケの警告にエンリもうなづく。この濃密な剣気とも呼べる圧はガゼフに似ている。しかしハムスケの出した単語に一番大きく反応を返したのは目の前の男だった。

 

「お前らストロノーフを知ってるのか?」

 

「共闘した仲でござる」

 

「共闘?」

 

「まあ仕事の関係で、です。それよりそろそろ名前をお聞きしたいんですけど?」

 

「そう警戒するな。俺の名前はブレイン。ブレイン・アングラウスだ。ストロノーフに勝つために日々剣を鍛えている」

 

 ブレインはそう言うとにやりと笑った。それは子供っぽいというか、ずいぶん自然な笑みだった。

 

「少し話さないか?」

 

「一緒にエ・ランテルに向かいながらでしたらかまいませんよ」

 

「ああ、それでいい」

 

 ブレインはエンリの隣に乗り込んできた。この距離だとハムスケが助けに入る前に殺される可能性があるが、エンリは気にしなかった。今の短い会話でブレインの性格がなんとなく読めたからだ。

 

「ブレインさんとお呼びしても?」

 

「ああ、それでいい」

 

「ではブレインさんはどうしてここに?」

 

 ハムスケが荷車を引っ張り、なかなかの速度で走りだした中でエンリとブレインは普通に会話をする。最初に聞いたのは一番の疑問である。

 

「あー、それはだな…」

 

 ブレインが言葉に詰まったのにはわけがある。そもそもブレインは先ほどエンリが殺戮した盗賊団に護衛として雇われていて、たまたま離れている間にエンリが来たのだ。なので今ここに来た理由を考えている真っ最中なのだ。

 

「俺は昔王都の御前試合でガゼフに負けてな。それが悔しくて毎日必死に剣を鍛えてたんだが、そこでここの盗賊団の噂を聞いて試し斬りにきたのよ。目標は人間であるガゼフだから技はやっぱり人間で試したくてな」

 

「なるほど。あの人にですか…険しい道ですね」

 

「でもブレイン殿もかなり強いでござるよ。ガゼフ殿とかなりいい勝負ができると思うでござる」

 

「まあこれだけ努力して差が広まってたらさすがに……なぁ?」

 

 二人と一匹はかなり話が弾んだ。ウマが合ったのだろう。エ・ランテルに付くまでずっと話続けていた。

 

「ブレインさん、どうです?冒険者になって私たちと組みませんか?同格のハムスケさんといつでも模擬戦ができますしお得ですよ」

 

「おお、そりゃお得だな。お前もだいぶ面白い奴だしな。いいぜ、組もうじゃねえか」

 

 エンリはブレインのそのストイックに強さだけを求める姿勢を気に入っていたし、ブレインもエンリのことを気に入っていた。それに同格といつでも模擬戦ができると言うのはとてもいい。人型じゃないのが少し惜しいがそれを置いてあまりある魅力があった。

 

「では、これからよろしくお願いします」

 

「まだ登録はしてないけどな」

 

 エンリとブレイン。それは近い将来、覇王と呼ばれる少女とその懐刀と呼ばれる男である。

 

 

 

現在のエンリさん

 

エンリ・エモット LV11

職業レベル

ファーマーLV1

テイマーLV3

ライダーLV3

コマンダーLV2

ジェネラルLV2

 

 

 

 

 




お気に入り登録してくれた人、評価連れてくれた人、ありがとうございます!

作中に出ていた《シールド・オブ・プロテクションフロムアローズ/矢守りの盾》はアインズ様が使った《ウォール・オブ・プロテクションフロムアローズ/矢守りの障壁》の劣化版だと思ってください。一定以下の威力の飛び道具を無効化するマジックアイテムです。
ちなみに最初の予定ではブレインさんはハムスケさんとの激闘の末ぶっ殺されるはずでした。何でこうなった(;・∀・)


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エ・ランテル3

ランキングに乗った!読んでくださった皆さん。ありがとうございます!

血染め→血塗れに直しました。


 エンリとブレインが連れだって冒険者組合に入ると周りが二人を凝視した。あの、超新星であるエンリ・エモットが男を連れてきた。そう言う驚きだ。

 

「すいませんちょっといいですか」

 

「はい。何かご用事ですか?」

 

「冒険者登録をお願いします。こちらの人の」

 

 そんな中エンリは視線を気にすることもなく――気付いていないとも言う――堂々と受付まで進んだ。そしてブレインの冒険者登録をお願いする。

 

「かしこまりました。お名前を教えていただけますか」

 

「ブレイン・アングラウスだ」

 

「え?」

 

 周りでどよめきが起こる。エンリ・エモットの連れについて少しでも情報を得ようと考えて耳を澄ましていた冒険者の声だ。しかし彼らが驚くのも無理はない。エンリから見ればここ最近出会った人物の中でブレインと同格は他にも一人と一匹いる。ゆえにそんなにすごい感じがしていないが、冒険者たちからすればブレインの名は非常に有名だ。

 

「あれがブレイン・アングラウス。あの王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフと互角の戦いをしたという凄腕剣士」

 

「実力は最低でもオリハルコンクラスだぜ?」

 

「ばっか。王国戦士長とサシでやりあえるんだぞ?アダマンタイトは確実だろうが」

 

「で、それとチーム組むつもりなのか?どこに行こうとしてんだあの嬢ちゃん」

 

「そりゃアダマンタイトに行こうとしてんだろ?」

 

 エンリは目の前で驚いた様子で固まる受付嬢を見てブレインがわりと本気で有名なことに気が付いた。

 

「ブレインさん有名なんですね」

 

「そりゃそうですよ!?この王国でも戦士なのに名前を知らない人がいたら潜りですよ!あの王国戦士長と互角の戦いを繰り広げたんですよ!?」

 

「はぁ…」

 

 受付嬢が興奮してエンリの方に身を乗り出してまで熱弁してくるが、エンリが今までにちゃんとした戦闘シーンを見たことがあるのはガゼフだけなのであまり実感は湧いていない。

 

「それより、他にも報告したいことがあるんですが?」

 

「あ、すいません。興奮してしまって」

 

「実は、今日の狩りの帰り道に盗賊の塒を見つけまして」

 

 エンリは盗賊団を壊滅させたこと。そこから女の人を五人救出したこと。そして盗賊が貯め込んでた金目の物をあらかた回収してきたことなどを簡単に説明した。

 

「それでですね、盗賊団のところにあったものを換金してほしいんです。そのうち二割を捕らわれてた人たちの補助金にしてください」

 

「いいんですか?」

 

「はい。せっかく助けたのに飢え死にでもされたらいやですから」

 

「そうですね。ではそういたしましょう。それで一つ聞きたいんですが、その顔の血は?」

 

「え?」

 

 エンリは指摘されて血が付いていたことに初めて気が付いた。苦笑いと共に血が付いた原因を話す。

 

「多分盗賊の頭を叩きつぶした時に付いた返り血ですね。あはは、困っちゃいますね」

 

「そ、そうですか」

 

「?」

 

 エンリはなぜか口ごもった受付嬢を不思議な目で見る。受付嬢は少し引き気味にエンリの顔と血で染まった棍棒に交互に視線を送る。

 

「血塗れ……か」

 

「血塗れのエンリ……」

 

「叩きつぶしたってなんだよ。……怖すぎんだろ」

 

「あいつも化け物か……」

 

 周りが先ほどとはまた別の理由でざわめいたが、エンリは気にしてなかった。ただ隣にいたブレインは面白そうに笑っている。

 

「あとこれ今日の狩りの成果です。清算をお願いします」

 

「あ、はい」

 

 大きめの布の袋をカウンターに置く。かなりの量だが一週間も続けてこのくらい狩ってるので受付の方も慣れたように中を確認する。

 

「すげえ量だな」

 

「ハムスケさんに乗って移動して、手当たりしだい狩ってるんです」

 

「なるほど、そりゃあかなりの速度で狩れるな」

 

「ええ」

 

 エンリとブレインが話しているうちに清算が終わり、報酬が渡される。今日もなかなかの量だ。それとブレインも銅のプレートを渡された。

 

「それでは」

 

「はい。またよろしくお願いします」

 

 エンリとブレインは連れだって外に出る。少し緊張したのかエンリが力いっぱい伸びをする。それを見つけたハムスケが寄ってくる。

 

「終わったでござるか?」

 

「はい。お待たせしました」

 

「それでこれからどうする?」

 

「そうですね…ブレインさんはどこに泊まる予定ですか?私は知り合いの家に泊ってるんですが」

 

「適当にどっか安い宿にでも泊まるかな」

 

 二人と一匹は歩きだす。とりあえず進むのはバレアレ家の方角だ。

 

「一回ブレインさんをみんなに紹介したいんですよね」

 

「姫、なかなか惨いことするでござるな」

 

「ん?何だ惨いって」

 

「……こっちでござる」

 

 エンリは新しくできた優秀パーティーメンバーを紹介する以上の考えは持っていないのだが、ハムスケやンフィーレアにとってはそれ以上の意味合いになりえる。ハムスケはブレインをエンリから離し、こそこそと状況を説明した。

 

「…ということなんでござる」

 

「なるほど。そりゃ惨いな。なんにも気づいてねえあたりがさらに惨たらしいぜ」

 

「ブレイン殿は姫にそう言う感情は抱いてないでござろう?」

 

「ああ、面白い奴だとは思うがそれだけだな」

 

 エンリは自分から離れてコソコソ話す二人を見て首をかしげる。それから仲がいいのはいいことだよねと笑みを浮かべた。

 

「明日あたりンフィーレアにも紹介しようかな…」

 

「おい明日いきなり紹介するとか言ってるぞ」

 

「開幕から叩きつぶす気でござるな。さすがは姫」

 

 鈍感な少女とその仲間たちの会話ははた目から見たらかなり喜劇的だった。しかしその雰囲気をぶち壊す叫びがあたりに広がった。

 

「アンデッドの大軍だーー!!冒険者は集合墓地の方に加勢に行ってくれーー!!住民は避難!!避難しろ!!」

 

 エ・ランテルで起きた悲劇。ズーラーノーンによって生み出されたアンデッドの大軍が、エ・ランテルに住む全ての生者に牙をむいた。そしてこれこそが覇王エンリとその仲間たちが――公的に――歴史上最も初めに活躍した事件である。

 

 

 二人と一匹が迫りくるアンデッドを蹴散らしながら突き進む。雑魚ばかりなのでほとんど一刀か、尻尾の一振りで蹴散らされている。ブレインが近寄って来たスケルトンを蹴散らし、エンリに笑いかける。その笑みは非常に獰猛な戦士のそれだった。

 

「いやー、本当にさすがですわリーダー。まさかチームを組んで5分でこんな事件が起きるとは。いや、まじぱねえっす」

 

「違いますよ!?私のせいじゃないですからね!?これ全然私関係ないですから!」

 

「うん。分かってるよ落ち着け」

 

 ブレインの適当な敬語によるエンリいじりを受けて慌てたエンリがぶんぶんと振り回した棍棒がスケルトンをいともたやすく砕いていく。エンリの筋力はもうすでに銀級冒険者にも劣るものではないのだ。それを見てブレインは口元をひくつかせる。

 

「さて、アンデッドの群れに突っ込んだのはいいけどよ」

 

 ブレインがぐるりとまわりを見渡す。どこもかしこもスケルトンだらけで強そうなアンデッドは一匹もいない。

 

「雑魚ばっかだな」

 

「さっき集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)と戦ったじゃないですか」

 

「アレもそんなに強くは無かったからなー。もっと、こうスリルのある戦いがしたいんだよ」

 

「はいはい」

 

 綺麗に流されたなー。どんまいでござる。と後ろから仲よさげな会話が聞こえてくる。しかしエンリは無視した。エ・ランテルの冒険組合長であるアインザックから直接依頼を受けているのだ。―――この事件の首謀者を叩いてほしい、と。無論普通の銀級に頼む依頼ではないが、エンリのチームにはアダマンタイト級の化け物が二体いる。それはエ・ランテルの最高位冒険者であるミスリル級とは比べ物にならない実力差である。

 

「真面目にやりましょう。それにこの件の首謀者がかなり強い可能性もありますよ」

 

「ま、確かにこれだけの数だからな」

 

「でもどこにいるんでござろうか?」

 

「アンデッドの進行方向から察するにこちらで間違ってはいないと思うんですが」

 

 今エンリ達はアンデッドの波に逆らう形で進んでいた。進路上にいるアンデッドは全て打ち砕き、もうかなりの数を仕留めている。

 

「もう少し進んでみようぜ」

 

「ですね」

 

 大胆に骨を砕きながら進撃を続けるエンリ達一行。その姿はまさしく進撃のエンリ。

 

「あ、人間の匂いがするでござる。しかも複数」

 

「お、ビンゴか」

 

 そしてついにハムスケの索敵範囲に今までとは違うものが入った。こんなアンデッドだらけのところに人間がいるはずもない。ブレインの言うとおりほぼ間違いなく首謀者だろう。

 

「あれでござる」

 

「うわー」

 

「見るからに怪しいな」

 

 ハムスケがさした先にはローブを着こんだ怪しげな集団。リーダーらしき男は禿げていて、黒い球の様な物を手に持っている。

 

「じゃあ突撃しましょうか。まずハムスケさんが《チャームスピーシーズ/全種族魅了》をぶちかましてから何でここにいるのかを聞き出す。首謀者だったらそのまま殺っちゃいましょう」

 

「さらっと怖いこと言うなリーダーは。というかハムスケは魔法も使えるのか?とんでもねえな」

 

「それほどでもないでござる。それでは行くでござる!」

 

 ハムスケが駆けだす。それと同時にエンリとブレインもハムスケの後を追った。

 

「《チャームスピーシーズ/全種族魅了》!」

 

 ハムスケの魔法が発動し、一人を除いて首謀者達の目の色が変わる。どうやら抵抗(レジスト)されなかったようだ。しかしリーダーの男は抵抗(レジスト)に成功していた。

 

「くそっ!冒険者か!いけい!骨の竜(スケリトル・ドラゴン)!」

 

「くらえでござる!」

 

 リーダーらしき男が手に持っていた玉を掲げると空から骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が降ってくる。しかしハムスケはそれよりも速く男に接近し、その首を叩き落とした。

 

「ナイスです!ハムスケさん!」

 

「当然でござる!」

 

「油断大敵だよー?」

 

 エンリがハムスケを褒めたのとほぼ同時に先ほどまでいなかった女がエンリのすぐそばまで接近していた。その顔にいたずらっ子のような笑みを浮かべたその女はそのままエンリの首に向かってスティレットを突っ込む。

 しかしそれは防がれた。エンリのそばにいたブレインによって。

 

「こいつは強いな。リーダー、こいつは俺がやる。そっちを片付けといてくれ」

 

「わ、分かりました。負けないでくださいよ。少なくとも死なないように」

 

「ああ、まかせろ」

 

 ブレインは注意を女から離さない。それは目の前の女が自分と同格、もしくはそれ以上だと直感しているからだ。そしてそれは相手の女も同じだった。

 

「ふーん。思ってたよりも強いのが出てきたなあ。あなた名前は?」

 

「ブレイン・アングラウスだ」

 

「なーるほど。あんたがあのブレイン・アングラウスか。私と互角にやりあえるレベルの剣士。こりゃ私も本気を出さないといけないかなー?」

 

 そこまで言ってから女は笑みを浮かべる。にちゃあと音が出そうな粘着的な笑みだ。

 

「で・も。このクレマンティーヌ様が負けるはずねーんだよ!」

 

「そうかい!」

 

 ブレインは余裕だ。目の前の女が自分はおろかガゼフよりも強いかもしれないことに気が付いていながらも余裕を崩さない。なぜならこちらには仲間がいるからだ。それまで耐え切れば確実にこちらの勝利となる。

 

 そしてエンリとハムスケはスケリトル・ドラゴンを相手に圧倒的な戦闘を繰り広げていた。ハムスケが終始圧倒している。それも当然だ。スケリトル・ドラゴンの難度は約48。それに比べてハムスケは100近い。魔法と言う攻撃手段を使わなくても十分すぎるほどに強いハムスケには魔法無効化の能力も意味をなさない。

 体当たりと尻尾の一撃で攻め、5分もしないうちにスケリトル・ドラゴンはハムスケに敗北した。

 

「ハムスケさん!ブレインさんに加勢を!」

 

「任せるでござる!」

 

 しかしブレインとクレマンティーヌの戦闘はまだ終わっていなかった。かなりの接戦だが、ブレインの方が圧倒的に押されていた。

 

「くらうでござる!」

 

「くっ」

 

 しかしそれもここまでだ。スケリトル・ドラゴンを倒すまでにブレインを殺せなかったクレマンティーヌにもう勝機は無い。

 

「ブレインさん!まだ行けますか!?」

 

「当然だ」

 

 そしてブレインとハムスケによる共同戦線が始まり、クレマンティーヌは押され始めた。そもそも中距離からガンガン質量のある攻撃を放てるハムスケはクレマンティーヌからするとかなりやりにくい相手だ。強さは武技を発動させた状態で互角。そして、ハムスケが下がり、ブレインが前に出る。それと同時にハムスケが魔法を発動させる。

 

「《ブラインドネス/盲目化》!」

 

「な、くそがっ!」

 

 元の国から与えられた装備を身にまとっていればこの魔法も防げただろう。しかし今のクレマンティーヌの装備はそれほどいいものではなく、ハムスケとのレベル差もほとんどなかった。ゆえに防げない。

 

「じゃあな」

 

 そしてそこにブレインの刀による一撃が決まった。クレマンティーヌの首が地に転がる。即死だ。

 

「ふー、強かったでござるな。強敵だったでござる」

 

「だな。こいつガゼフより強かったんじゃねえか?」

 

 ハムスケとブレインが体の力を抜く。激戦だったのだ、それも仕方ないことだろう。エンリは無事に勝てたことが嬉しく、笑みを浮かべて一人と一匹に近づいた。手にはポーションが握られている。さすがの彼らもあれほどの敵相手に傷が無いわけではなかったからだ。

 

「どうぞ二人とも。傷治してください」

 

「おお、助かる」

 

「かたじけのうござる」

 

 二人が容器の中の液体を飲み干すと、二人の傷が一瞬で癒える。さすがはバレアレ印のポーションと言ったところか。

 

「それじゃあ戻るか?」

 

「いえ、一応中を見ておきましょう。ブレインさん。ついて来てください。ハムスケさんはここで待機で」

 

「ちょっと待ってほしいでござる」

 

「どうしました?」

 

 エンリの疑問に答えずにハムスケがリーダーの男の死体に近づく。そしてその手にいまだ握られている玉を口にくわえて戻ってきた。

 

「これ、それがしがもらってもいいでござるか?」

 

「いいものなんですか?」

 

「人間を操るマジックアイテムのようでござる。しかし、それがしの様な獣を操る力は無いでござる」

 

「え?」

 

 人を操るマジックアイテムを何に使うつもりなのだろうか。エンリは少しハムスケが分からなくなった。

 

「これを使えばもう少し魔法が使えるようになるでござる」

 

「よく分かりましたね?」

 

 なるほど魔法の補助をしてくれるマジックアイテムだったのかとエンリは少し安心する。それと同時にいつそのことに気が付いたのか疑問に思う。

 

「あの骨の竜を呼び出した時にこれが光ったのを見たでござる。それでもしかしたら、と」

 

「へー、分かりました。一応組合長にも許可を取りますけど、良いと思いますよ」

 

「これでもっと姫の役に立てるでござる!」

 

 喜ぶハムスケの頭を撫で、エンリとブレインは今度こそ建物の中に入って行った。そして地下に潜った先にはエンリにとって驚愕する人物が立っていた。

 

「……ンフィーレア?」

 

 




ん?あれ?これどうやってンフィーレア助ければいいんだ?
お客様の中に《グレーター・ブレイク・アイテム/上位道具破壊》を使える方はいらっしゃいませんか?


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東の巨人1

 冒険者組合に置かれているソファーにて沈んだ様子でふさぎこんでいる少女が一人。つい先日、アンデッドの事件を解決したオリハルコン級冒険者、エンリ・エモットだ。しかし今の彼女の姿は輝かしい上級冒険者のものではない。

 

「おーい、リーダー?大丈夫か?」

 

「…大丈夫じゃないかもです」

 

 数日前に起きたあのアンデッドによる事件はズーラーノーンが起こしたものであることが判明し、今も街は復旧作業のために慌ただしい。ただエンリがショックを受けてるのはそれではない。自分の親友が今も自我を取り戻せていないことが原因だった。

 

「しかたねえよ。あれほどのマジックアイテムを壊すのももったいない上、そもそもこの街にいる魔法詠唱者の使える魔法じゃ破壊できないほどの物なんだろう?少なくとも魔法詠唱者でもない俺らにはどうしようもねえよ」

 

「本当にその通りなんですけどね。まさかンフィーレアが…」

 

「…悲しいのか?」

 

「それはそうですよ!私たちはとても仲のいい友達なのに!」

 

「そうか(友達…ね。ンフィーレア君が聞いたら別の意味で死にそうだな)」

 

 エンリはそのままソファーに座り直す。そしてこのままここで悩んでいても仕方がないと気持ちを切り替えた。

 

「仕事しますか?」

 

「おお、そうだった。ほいこれ」

 

 ブレインがエンリに手渡したのは一枚の依頼書だった。しかしそれを渡されてもエンリは読まない。それどころか少し不機嫌な顔をする。

 

「読めないって言いましたよね?私」

 

「努力くらいしろよ」

 

「うー」

 

 そもそもエンリは目の前にいる剣術バカが自分と違って文字を読めることが納得いかなかった。

 

「えっと、トブの森の調査依頼ですか?」

 

「そうだ。けっこう読めるじゃねえか」

 

「ぎりぎりですが」

 

 ブレインの持って来た依頼書はトブの大森林の調査を頼む依頼書だ。今まで受けたことのない長期の依頼になりそうだ。ネムはリイジーに預けるとして、ポーションの補充と野宿の道具、携帯食料などが必要だろう。エンリが色々思考を巡らせているのをブレインが苦笑いで眺める。

 

「本当に切り替え速いな」

 

 

 

 

「着いたでござるな」

 

「ええ、ずいぶん久しぶりな気がします。まだ二週間も経ってないのに」

 

「ほー、ここがカルネ村か」

 

 野宿で一晩過ごし、たどりついたのは翌日の昼ごろだった。カルネ村はエンリが逃げるように去って行った時とほとんど何も変わっていなかった。

 

「ひとまずこの村を拠点に探索してみましょう」

 

「おう」

 

「了解でござる。それで姫、さっそくで悪いのでござるが」

 

「はい?」

 

 ハムスケは村の一点をじっと見ている。その先にあるのは一軒の家。エンリには特に変わったところは無いように見えた。

 

「あの家の中、かなりの数の生き物がいるでござる。おそらくゴブリンだと思うでござるが」

 

「ゴブリンが?」

 

 エンリの顔が険しくなる。自分の故郷にモンスターが棲みついているかもしれないのだから当然だ。エンリはその家に近づき、勢いよく扉を開けた。

 

「ナ、ナンダ!?」

 

「テキシュウカ!?」

 

「ヒガシノキョジンカ!?」

 

「お、落ち着けお前ら」

 

 そこには団子のように身を寄せ合っているゴブリン達がいた。数も結構多い。十五匹はいるだろうか。エンリは眉をひそめる。ゴブリン達からはなぜか怯えの感情しか感じない。それに加えて全員怪我が多い。

 そして何よりゴブリンの一匹が発した言葉が気になった。――東の巨人か!?――とはどういうことだろうか。

 

「私はオリハルコン級冒険者のエンリ。貴方方に聞きたいことがあります。質問にちゃんと答えてくれるのなら命だけは助けましょう」

 

 ゴブリン達は互いの顔を見合わせ、混乱している。その中で一匹のゴブリンがこちらにやってきた。エンリはゴブリンに詳しいわけではないが、他の個体に比べて随分と若い気がする。

 

「お、おれはアーグだ。な、何でも話すから助けてほしい」

 

「そうですか。ではアーグ。最近トブの大森林の様子が変なのですが何か知りませんか?」

 

 エンリ達の受けた依頼は最近妙にトブの大森林からゴブリン達が多く外に出てくる理由の解明だ。エンリはここにいる彼らを見て、もしかしたらゴブリンよりも強い魔獣か何かに追われることになったのではないかと予想していた。

 

「さ、最近起きたことと言えば勢力図が大きく乱れたこと…か?」

 

「勢力図?」

 

「トブの大森林に勢力争いとかあんのか?」

 

「聞いたことが無いでござる」

 

 興味をひかれたのか後ろからブレインとハムスケ――ハムスケは大きいので顔だけだが――が入ってくる。彼らの、特にハムスケの姿を見てアーグと名乗るゴブリンが恐怖で数歩後退する。

 

「み、南に大魔獣が縄張りを持ってて誰も近づけなかったんだ。そこに東の巨人とそれが率いる群れが侵入して追い払った。それで今は西の魔蛇と戦うために兵隊を集めてるんだ」

 

「南の大魔獣?そんなのいるでござるか?」

 

「いや、どう考えてもお前だろ」

 

「なんと!?」

 

 エンリは仲よさげに話すブレインとハムスケを無視して今の話しについて考える。東の巨人と言うのはハムスケが怪我を負う原因となった大剣を持った巨人で間違いないだろう。その巨人がハムスケから縄張りを奪った。そのためハムスケはカルネ村の近くまで逃げてきた。そして自分は救われた。つまり東の巨人は間接的に自分を助けてくれたと言うことだ。

 でも、依頼を受けてる以上東の巨人についての情報はギルドに渡さなければならない。ハムスケと同格ならそう簡単に討伐もされないだろうし、それは別にいいだろう。

 

「とりあえずギルドに報告ですね。確かその巨人はすさまじい再生能力を持ってるんでしたっけ?」

 

「え?東の巨人ってあいつのことでござるか?なるほど、姫の言うとおりあいつはかなりの再生能力を持ってたでござる」

 

「あん?再生能力を持った巨人?」

 

 ブレインは口元に手をやり、何事か考えている。何か思い出したかのように顔を上げた。

 

「それトロールじゃねえか?」

 

「トロールって確か白金級のモンスターですよね?ハムスケさんと同格と言うには少し弱くないですか?」

 

「ならトロールの上位種かもな。トロールはすさまじい再生能力を持ってるから火か酸で再生を止める必要がある。どちらの手段も持ってない俺らじゃきつい相手だな」

 

 ブレインの言うとおり、全員が戦士であり魔法攻撃の手段を持たないエンリ達には厳しい相手だ。ハムスケの魔法も火と酸の攻撃魔法ではない。死の宝珠もそう言った系統の攻撃魔法が使えるようになるわけではない。

 

「……アーグ、その東の巨人は今どこにいるか分かりますか?それとどこに向かっているかも」

 

「俺達を追ってきてる可能性が高いと思う」

 

「なぜ?あなた達にそこまでの価値がありますか?」

 

「さっきも言ったけど東の巨人は兵隊を集めてるんだ。俺達も仲間に入れって言われた。でもあいつらの部下になっても俺達は使い捨ての兵隊だし、悪ければ非常食だ!だから断ったんだけど……」

 

 断ったが故に仲間は後ろにいる者達しか残らなかったというわけだ。エンリは大体理解した。つまりこのゴブリン達は自分たちと同じなのだ。平和に暮らしていたのに、自分たちよりも圧倒的強者に蹂躙されてしまったカルネ村のみんなと。

 

「私たちはここに何日かとどまります。その間はあなたたちを守りましょう。東の巨人が来る前に逃げなさい」

 

「え?い、いいのか?」

 

「逃げ切った後、また別の強者にやられてしまうかもしれません。ですがここからは助けてあげます」

 

「あ、ありがとう!ありがとう!」

 

 エンリはふぅと一息ついてから外に出る。

 

「すいません。勝手に決めて」

 

「いや、お前がリーダーだからな。それは別にかまわない」

 

「そうでござる。姫はそれがしの主人でござる。もっと命令してくれてもいいくらいでござる!」

 

「ありがとうございます」

 

 ブレインとハムスケの言葉に、エンリは胸が温かくなる。そうだ、今の自分は決して一人ではない。仲間がいる。とても心強い仲間が。

 

「で、どうするんだ?」

 

「東の巨人の大体の強さも測る必要があると思うんです。出来れば一当たりしましょう」

 

「次は負けないでござるよ!」

 

「ええ、今度は一人ではないんですからきっと大丈夫ですよ。それじゃ」

 

 エンリは途中で言葉を止めた。目の前にいたハムスケが毛を逆立てたからだ。今までにハムスケが毛を逆立てたのは三回。陽光聖典、ガゼフ、ブレインと出会った時の三回だけだ。つまり強敵を捕捉したと言うこと。

 

「来たでござる。あいつが」

 

「いきなりですか?空気読んでほしいものですね」

 

「そう言うな。すぐ事件が起きるのはリーダーの特技みたいなもんだろ」

 

「特技じゃないですよ!?」

 

 ブレインもふざけながら辺りを見渡す。エンリはその様子にとりあえず鞘を収めた。確かに自分はいきなり事件が発生することが非常に多い。ブレインには詳しく話していないが、この村が帝国兵の格好をした騎士達に襲われたのもいきなりだった。陽光聖典が現れたのもいきなりだった。先日のあのアンデッド騒ぎもいきなりだった。そして今回もそうだ。

 

「前もって情報収集するとか大切だと思うんですけどね。それができない」

 

「ま、いいじゃねえか。スリルがあって楽しいだろ」

 

「こっちの方角から来てるでござるな。部下も連れてるようでござる」

 

 ハムスケが指さす先はトブの大森林がある方角だ。やはりそこから来ているのか。

 

「アーグ!東の巨人が来たので私たちは戦ってきます。貴方達は逃げなさい」

 

「お、俺達も戦う!」

 

「…なら私と一緒に後ろで待機していなさい。ブレインさんとハムスケさんは東の巨人を優先的に攻撃してください。頃合いが来たら逃げます」

 

「別に倒してしまってもかまわないんでござろう?」

 

「まあ、その通りです。期待してます。では、行きましょう!」

 

 エンリ達は駆けだした。エンリが内心この村を守りたいと考えていたのはハムスケにもブレインにも分かっていた。だから戦場は村の外だ。

 そして村から少し行ったところでエンリ達は東の巨人との戦闘を開始した。

 

「獣!お前邪魔だ!」

 

「舐めるな!でござる!」

 

「はっ、こいつかなり強いな」

 

 東の巨人は名前をグと名乗り、こちらの話を聞かずに戦闘を開始した。後ろにいる部下は一切動かさず、一人でハムスケとブレイン相手に戦っている。一対一だとハムスケもブレインも分が悪いかもしれないが二対一なうえに、ところどころでエンリの適切な指示が飛ぶためエンリ側が優勢だった。

 

「顔を集中して攻撃してください!後ろにいる部下に指示が出せないように!」

 

「おらおらー!でござる」

 

「本当にタフだな!こいつは!」

 

 グが剣を大振りに振るう。ブレインとハムスケが回避のために一旦後ろに引いた。エンリ側が完全に優勢ではあるが、こちらの攻撃も有効打にはなっていない。まずい状況であることにブレインも気づいたのか大声でエンリに指示を求めた。

 

「ちっ、どうするリーダー!?引くか!?」

 

「……そうですね。いや、まってください!頭を完全に切り離すことって出来ませんか!?それでもだめなら撤退しましょう!」

 

「あ、頭でござるか?姫えぐいでござるな」

 

「さすが血塗れだぜ」

 

「え?」

 

 エンリはなぜかその場にいた全員が自分に恐怖の視線を送っていることに気が付いた。あのグもなぜか自分を怖がっているようだ。理由がまったく分からない。

 

「何が怖いって、何が怖がられてる原因なのか分かってないことなんだよな」

 

「的確な問題点さらしでござるな」

 

「お、お前らのボスはいったい何なんだ!何の感情の変化もなく、その、うがああ!」

 

 グは怖かった。今までグが生きてきた中で生き物を殺すことに何の感情も持たなかった奴はいなかった。全ての生き物は他の命を奪う時に必ず何かしらの感情の変化がある。それは喜びだったり、愉悦だったり、悲しみだったり、後悔だったりする。でも今後方で指示を出してる人間にはそれがまったくない。

 怖い。怖い。怖い。

 

「ハムスケさんはまず《ブラインドネス/盲目化》を!」

 

「合点!」

 

 エンリの指示に従い、ハムスケが魔法を発動させる。それはグの視界をふさぐことに成功した。そして――

 

「まあリーダーの命令なら仕方ねえ。おらよ!」

 

「尻尾攻撃でござる!」

 

 ――ブレインとハムスケの攻撃が首に叩き込まれる。ズバンッ!と大きな音を立ててグの首が地に転がる。そして少し間をおいてからグの体が地面に倒れた。

 

「勝った…か?」

 

「いや、再生してるでござる!」

 

「嘘でしょ?頭を吹き飛ばされても駄目だって言うの?」

 

 ハムスケの言うとおりグは少しづつ頭を再生していった。しばらくすると頭が治りあたりを見渡す。そしてエンリを視界に納めて動きを止めた。

 

「ひ」

 

「ひ?」

 

「ひぃィィぃ!!」

 

「ええ!?」

 

 グはエンリを見て全力で後ずさった。しかし恐怖のあまりうまく立てることができていない。腰が抜けているのだ。

 エンリはそれを見て困惑する。何で自分だけがこんなに恐れられているのか。ブレインとハムスケが苦笑い気味にグと自分を見てるのが非常に腹が立った。

 

「ええっとー」

 

「う、うわあああ」

 

「ごほん!東の巨人よ、聞きなさい」

 

「ひ、や、やめ」

 

 そんなに恐がらなくてもいいじゃないかとエンリは内心ふてくされた。でも一応言いたいことがあったのでグに語りかけることにした。出来るだけ威厳があるようなふりをして。

 

「今回、あなたは私たちに敗北しました。でもそれはあなたが弱かったからとか、指揮能力が皆無だったことが原因ではありません。貴方には仲間がいなかった。それがあなたの敗因です」

 

「……」

 

 エンリは目をつむって思い出す。カルネ村で起きた悲劇。生まれて初めて本当の殺し合いをした陽光聖典との戦闘。ハムスケとの冒険。ブレインとの出会い。二人と一匹で力を合わせて成し遂げたズーラーノーンの野望の阻止。

 

「私は内心この村を守ろうと思っていました。二人はそれを読み取って私のために戦ってくれた。それが私とあなたの差です。もう私たちはあなたを傷つけるつもりはありません。逃げなさい。追撃もしないと約束しましょう」

 

 エンリは目を開いてほほ笑む。それは非常に素朴なただの村娘だった時の笑みだった。

 

「あなたにも心から信頼できる仲間ができるといいですね」

 

「………」

 

 エンリの語りがやんでも周りは静かなままだった。グもブレインもハムスケも他の亜人達も口を開かない。

 しかしグは真剣な表情でエンリの方を見ていた。

 

「名前はなんて言う?」

 

「エンリです。エンリ・エモット」

 

「エンリ様!どうか俺をあなたの部下にしてくれないだろうか!」

 

 頼む!とグが頭を地面にたたきつけて懇願する。その姿はどう見ても土下座だ。そしてこれに焦ったのは当事者であるエンリだった。なんかまずいことになってると困惑し、助けを求めて振り返る。しかし、後ろにいるブレインもハムスケも何かに感じ入ってるかのようにうなづいていて、グの行動に困惑している様子は無かった。

 

「リーダー。今のはかっこよかったぜ」

 

「グの気持ちも理解できるでござる」

 

 まさかの裏切りである。信頼している仲間からのまさかの裏切り。エンリは一人で判断せざるを得なくなった。しかし救いの神は現れた。後ろにいたアーグ達である。

 

「エンリ様!俺らも部下にしてくれ!」

 

 裏切りである。助けてあげたゴブリン達が全員まさかの土下座。まさかの裏切りである。そしてそれに触発されたようにグの配下であるトロールやオーガ達も次々に頭を下げ始めた。

 

「あー。分かりました!全員頭を上げなさい!」

 

 こちらを見る亜人達の目を見てエンリは口を噤む。すごいキラキラしていたからだ。本気で自分を尊敬している視線であることが簡単に分かった。

 なのでエンリは覚悟を決めた。息を吸い込み、おなかに力を込める。

 

「グ、よ。私に忠誠を誓うと言うのなら、あなたも私の大切な仲間です。他のものもそう。全員私に忠誠をつくすことを許します」

 

「おお!感謝しますエンリ様!我が一生をエンリ様に捧げます!」

 

「ええ、期待していますよグ」

 

 感極まったとばかりにもう一度頭を下げたグを眺め、エンリは小さくつぶやいた。

 

「なんでこんなことに…」

 

 これが後の世に名を残す最強の傭兵団―――エモット亜人傭兵団誕生の瞬間である

 

 




エンリさん本当にアインズ様に似てるなあ(遠い目)
エンリ「首を飛ばしてみたらどうでしょう(真顔で提案)」
ブレハムグ「(何言ってんだこいつ。怖い)」


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東の巨人2

今回はつなぎの話。短いですすいません。



 色々あってトブの大森林の勢力の三分の二を掌握してしまったエンリ。今現在彼女はいきなり抱えることになった部下をどう扱うか必死に考えている最中だ。ハムスケに寄り添う様はまるでどこぞの王様――ライオンに寄りかかるやつ――のようだ。

 

 そしてエンリから少し離れた場所ではブレインを筆頭に会議が行われていた。議題はエンリを何と呼ぶかの会議だ。

 

「俺達はエンリ様の忠実なしもべ。ならば神と呼ぶしかないだろう」

 

「誰だお前」

 

 あまりにも急激すぎるグのキャラ変わりにさすがのブレインも付いていけない。実際はエンリの持つクラススキルの影響なのだが、まあエンリからの影響でこうなったことは間違ってないので割愛する。

 

「神とか呼んだらリーダー泣くぞ。それならまだ団長とかの方が良いだろ」

 

「団長?」

 

「俺たちもうすでに冒険者と言うより傭兵団に近いからな。そのトップだから団長」

 

「ダンチョウ…」

 

「ダンチョー」

 

「ダンチョウ!」

 

「うむ、ではエンリ団長と呼ばせていただくことにしよう」

 

 ブレインの案が通り、エンリの呼び方が決まる。エンリは団長でも良い顔をしないと思われるが、誰もそこまでは考えてなかった。オーガやトロールたちが嬉しそうに団長を連呼する。

 

「では次は傭兵団の名前を決めるべきだろう」

 

「あー、そうね。どうすっかね。トブの大森林傭兵団とか?」

 

「いや、神の軍団にすべきだろう」

 

「どんだけ神を推すんだよお前は」

 

「ダンチョーダンハドウダ?カッコイイゾ」

 

「ナラ、エンリダン、ノホウガ、イイ」

 

「カルネ村傭兵団とかか?んー、どれも悪くねえけど」

 

 なかなか決まらない。仕方ないのでハムスケにも助けを求めるべくブレインが後ろを振り返ると、エンリはすでにハムスケのおなかに寄りかかって寝ていた。

 

「あれ、寝てる」

 

「今寝入ったのでござる。少し静かにするでござるよ」

 

「ああ、悪い。それでハムスケ何かいい案は無いか?」

 

「ふむ。姫の名前を取ってエモット亜人傭兵団とかはどうでござるか?」

 

「おお!それいただき」

 

 こうして団長の知らぬうちに傭兵団の名前が完全に決定した。

 

 

 時間は少し廻って次の日の朝。旧エモット家の中にエンリとブレインがいた。

 

「これからどうする?」

 

「ひとまず街に帰還します。依頼は受けているので達成します。グを連れて行けば十分だと思います」

 

「連れて行くってどうやってだ?」

 

「ハムスケさんに馬車を曳いてもらってその荷台に乗せましょう」

 

 ブレインが刀の手入れをしている横でエンリが手際よく料理を作っていた。たださすがにここにいる全員分の食事を用意することはできない。自分とブレインとハムスケの分だけだ。

 

「私はこちらに住むつもりです」

 

「え、まじで?お前何かと理由付けて向こうに居座るかと思ったけど」

 

「それも考えたんですがやっぱり私には新しくできた仲間を見捨てられませんでした」

 

 エンリはそう言うが、その声色に後悔は見えなかった。

 

「朝ごはんを食べたら出発しましょう」

 

「了解」

 

 エンリとブレインは黙々と朝飯を食べる。その途中でエンリがつぶやいた。

 

「私もみんなに名前とか贈った方が良いんでしょうか?」

 

「気に行ったのか?団長呼び」

 

「そんなわけあると思いますか?」

 

 ふうとため息をつくエンリ。それをブレインはおかしそうに見る。

 

「じゃあ特別優秀な奴にだけ名前をくれてやればいいだろ」

 

「あ、いいですね。そうしましょう」

 

 エンリはブレインの案に名案だとうなづくと、さっさと朝食を食べ終えた。そして軽く食器を洗ってから外に出ると、そこにはエンリの新しい仲間達が全員そろっていた。

 

「さて、皆さん聞いてください」

 

 自分の言葉一つ一つを決して聞き逃さんとばかりに集中してこちらを見つめる彼らの視線に、今さらながらとんでもないことになっていると痛感するエンリ。でも後には引けない。みんなの尊敬する団長を演じなければ。

 

「これから私はいったん街に帰ります。供はハムスケさん、ブレインさん、グの三名です。帰ってくるのは四日ほど後になるでしょう。それまでに私に同行しない人達はトブの大森林で食料調達に勤しんでください。数人でチームを組んで誰ひとり死なないようにお願いします」

 

 とは言ってもエンリは彼らが自分らでチームを分けられるとは思っていない。なのでざっとチーム分けをしてやる。

 

「このチームごとに分かれて狩りをしていてください」

 

 村に残るものたちには指示を出した。次は自分と行く者達。特にグに言い聞かせなくてはいけない。

 

「グ、街では私の命令を聞いてくださいね」

 

「分かりました団長。貴方のためにこの命使わせていただきます」

 

「誰ですかあなた」

 

 エンリは今になってようやくグの変化に気が付いた。いくらなんでも変わり過ぎだと震撼する。原因が自分にあることはなんとなく察しが付くが、それでも驚きは隠せない。

 

「ええっと、とにかくそういうことで。ではグとブレインさんは荷台に乗ってください。ハムスケさん。申し訳ありませんがまた馬の代わりをお願いします」

 

「合点でござる!」

 

 村の残留組に見送られ、四人はエ・ランテルに向けて出発した。

 

 

 一日またいで次の日の昼。エンリ達は冒険者組合にいた。現在冒険者組合はエンリが新たに連れてきた使役モンスターのせいで大騒ぎである。

 

「エ、エンリさん。あ、あのトロールは!?」

 

「あ、受付の。こんにちわー」

 

「あ、はいこんにちわ。じゃなくて!」

 

 受付嬢が言っているのはグのことである。どう見ても普通のトロールじゃない。ミスリル級の冒険者でも全滅させそうな雰囲気を出している。

 

「あ、新しい仲間です。登録お願いします」

 

「……さすがは血塗れですね」

 

「はい?」

 

「いえ、なんかもういいです。いっぱいいっぱいなんで。それよりも組合長が呼んでるんで来てくれませんか?」

 

「分かりました」

 

 エンリが受付嬢に言われたとおりに中に入って行く。ブレインはそれを見て溜息をついた。

 

「まだ団長の気構えがなってねえな。一人で行くなよ。おい、ハムスケ、グ。お前らおとなしくここで待ってろ。俺はあいつのところに行ってくる」

 

「了解でござる」

 

「それが団長のためになるならば」

 

 グの騎士っぽい態度にやはりまだ違和感を感じながらブレインはエンリの後を追った。

 

「やあエンリ君。よく来てくれた。色々話を聞きたくてね。こちらは都市長のパナソレイ様だ」

 

「久し振りだねエンリ君」

 

「あ、こんにちわ。お久しぶりです都市長様。こちら、仲間のブレインです」

 

「ども」

 

 エンリは初めてこの街に来た次の日にパナソレイと話している。ガゼフの件を誰にも言わないようにと口止め料を貰ったのだから忘れるはずもない。普通に話していいですよ?と言った途端キリッとした顔で黙り込んだ変な人でもあるのでさらに忘れにくかった。

 

「ではまずトブの大森林でなにがあったかを聞いてもいいかね?」

 

「はい。まずカルネ村に到着した私たちは………」

 

 エンリの説明が終わり、場に静寂が降りる。不思議に思ったエンリが首をかしげるとようやく二人が再起動した。

 

「つ、つまりなんだ。亜人の部下が大量にできたと言うことか」

 

「ええそうです」

 

 軽く答えるエンリを信じられないような目で見た後、二人は顔を見合わせる。それを見たブレインが辛抱たまらんとばかりに笑いだした。

 

「うちはもうこの街の全冒険者でもどうしようもない戦力になってるから、あんたらがそんな顔になるのは理解できる。ただ、その前に一つ聞いておきたいことがあるんだが」

 

「なぜ都市長様がここにいたのか、ですね?」

 

「さすが団長だ」

 

 そう、エンリも不思議に思っていたのだ。なぜエ・ランテルに着いてすぐここに来たエンリより先にここにいたのか。何か問題が起きて相談していたようにしか思えなかった。

 

「エンリ君に隠し事はできないな。実は……」

 

 エンリは信じられないことを聞いたとばかりに目を引ん剥いた。その驚きはグの性格が変わった時や、亜人達が自分に忠誠を誓った時のものとは違うものだった。それは、信じたくないというタイプの驚き。

 

「ンフィーレアがいなくなった?」

 

 そしてエンリの人生で二回しかなかった大きな敗北の一つ。

 友人を守れなかった、助けられなかった。覇王になる少女の最後の敗北である。

 

 

 ンフィーレアがいなくなり、その行方が分からないと聞かされたエンリは茫然自失となった。あまりのショックに依頼の報告も適当になってしまうほどだった。

 そして、冒険者組合を飛び出し、バレアレ家に向かった。

 

「おお、エンリちゃん。お帰り」

 

「リイジーさん……」

 

「なんて顔だいそれは。まったく」

 

 リイジーはほとんど変わった様子は無かった。それが逆にエンリの胸をつまらせる。エンリはリイジーにかける言葉を失い、ただ立ちつくす。

 

「わ、私のせいで」

 

「違う!」

 

「り、リイジーさん?」

 

 エンリの言葉を途中でかき消したのはリイジーだった。リイジーはとても優しい、それでいて悲しそうな笑顔でエンリの頭を撫でた。

 

「誰が悪いのか、何でこうなったのか何度も考えた。だからこれだけは言える。エンリちゃんのせいだってことだけは無いとね。エンリちゃんはンフィーレアを取り返してくれた。ンフィーレアのために悲しんでくれている。エンリちゃんが悪いなんてことだけは絶対ない。だから決して自分を責めるんではないよ?」

 

 エンリは嬉しかった。リイジーが自分にそう言ってくれたことが。でも、エンリの心にはやはり後悔の感情が残っていた。今回も自分は何もできなかったという後悔の念が。

 その日はバレアレの家に泊まることにした。ブレインもグも仲間だと説明したら泊めてもらえたのだ。

 

「……」

 

「こんな夜更けにこんなところでなにたそがれてんだ?団長」

 

「ブレインさん…ですか」

 

 エンリは夜中に家をこっそり抜け出し、野生のくせに全く警戒心がないハムスケに寄り掛かって空を見つめていた。ハムスケは起きる様子は無い。

 

「何か悩みか?」

 

「いえ、私、いつも何もできてないな、と」

 

「あん?」

「私は戦う技術もないですし、グ達がしたがってくれたのもたまたまです。こんな私が団長なんて呼ばれる権利があるのか。友達一人救えなかった私が……」

 

「ふざけんな」

 

 エンリのまるで独り言の様なつぶやきをブレインは思っていた以上に強く叩きつぶした。

 

「お前、自分には何の力もない。何の能力もないお荷物だって考えてるだろ。はっきり言っておくがそんな奴には俺もハムスケもグも付いて行きやしねーよ」

 

「え?」

 

「お前には才能がある。兵を率いる才能だ。お前の指示は的確だし、お前に指示を受けると自分の思っている以上にうまく体を動かせる。なんというのかな。カリスマがあるんだ」

 

「カリスマ…」

 

 エンリはブレインが言っていることが信じられなかった。いや、薄々自分でも気が付いていたのだろう。それでも明確に変わるのが怖かった。あの生まれ故郷のカルネ村で、生活は大変だったけども温かい家族があった。そこで暮らしていたエンリ・エモットという村娘から完全に変わってしまうのが怖かったのだ。

 

「もう自分を偽るのはやめろよ。自分をただの村娘だって思うのはやめろ。俺はただの村娘に付いて行く気はさらさらねぇ。俺達は血塗れのエンリに付いて行く仲間だ。お前の、新しいお前にできた新しい仲間なんだ」

 

「……」

 

 エンリは黙った。目をつぶればすぐに思い出せる。優しい両親を、温かな日常を。でも、今のエンリが目をつぶるとすぐに思い出す顔はハムスケであり、ブレインであり、自分の新しい部下たちの顔だ。

 

「ふふ」

 

「な、なんだよ急に笑いやがって。俺だって自分で変なことをしてる自覚ぐらい」

 

「違いますよ。嬉しいんです。いつの間にか新しい家族ができていたことが。いや、内心気づいてはいたんです。ただ、両親と本当の意味でお別れしてしまうようで怖かった」

 

 エンリの顔には笑顔が浮かんでいた。それは今までに彼女が一度も浮かべたことのない種類の笑みだった。

 

「そうか、そうですよね。私は新しくできた家族達の長、団長ですもんね。ふふ、そっか、そうだよね」

 

 その笑みはかつてカルネ村の生き残りを助けるために自らの命を懸けたガゼフのそれに似ていた。つまり、弱者を守るために自らの命すら捧げる覚悟を持った人間の笑み。この時エンリは本当の意味で団長になったのかもしれない。覚悟を決めたと言ってもいい。それが妙に嬉しいような、心地いいような、変な気分だった。

 

「ブレインさん。ありがとうございました」

 

「おう」

 

「私、少し変われた気がします。友達をなくして悲しかったけど、それでふさぎこむのはやめようと思います。これまでに二回味わった敗北を、もう二度と繰り返さない」

 

 一回目は自らの故郷を滅ぼされたこと。二回目は友人を失ったこと。

 

「そのためなら私は覇王にだってなって見せる」

 

 エンリはこの日さらに一歩、覇王に近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

この時点でのカルネ村戦力

 

団長

エンリ・エモット LV14

職業レベル

ファーマーLV1

テイマーLV3

ライダーLV3

コマンダーLV3

ジェネラルLV3

カリスマ(ジーニアス)LV1

 

三強

ハムスケ LV33

ブレイン LV31

グ LV34

 

トロール×5  平均LV13

オーガ×8   平均LV7

ゴブリン×14 平均LV4

ホブゴブリン  LV2

バーゲストリーダーLV10

バーゲスト×7 平均LV7

ヴォルフ×8  平均LV5

 

冒険者のレベル(作者の中でのイメージ)

銅級      平均LV3

鉄級      平均LV5

銀級      平均LV7

金級      平均LV11

白金級     平均LV15

ミスリル    平均LV18

オリハルコン  平均LV23

アダマンタイト 平均LV28

ガガーラン   LV30

ガゼフ     LV32

クレマンティーヌLV34

 




エンリ「それはそうと血塗れのエンリってなんですか?」
ブレイン「ナンダロウネー」


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新カルネ村1

ひゃっはー!ここからは覇王の快進撃だぜー!黄金だろうが禿げ帝だろうがぶっ潰すぜー!
それはそれとして少し表記を変えました。



・カルネ村への引っ越し

 

 次の日、エンリは早速行動を開始した。まずは所持金の半分近くを使って部下たちの武器や、食料を買い集めた。そしてリイジーにぜひカルネ村に付いて来てほしいと頼み込んだ。リイジーは非常に優秀な薬師だし、第三位階までの魔法を使える。エンリにとっては垂涎ものの能力である。

 

「エンリちゃんがわしの力を欲しているんだったら行くしかないね」

 

「え、そんな簡単に決めていいんですか?」

 

「ンフィーレアがいなくなっちまった今、わしがこの街にいる理由はもうないよ。エンリちゃんがこの街を出ると言うのならなおさらね」

 

「では、お願いします。リイジーさんにはカルネ村でポーションを作ってほしいんです」

 

「まかせな。得意分野だからね」

 

 リイジーがエンリに強く頷き返す。エンリはこれで自分の考えていた計画の一つが進めやすくなったと喜んだ。

 

「お姉ちゃんどっかいっちゃうの?」

 

「ネム、お姉ちゃんはカルネ村を新しく再建したいの。ネムも付いて来てくれる?」

 

「うん!お姉ちゃん助ける!」

 

「ありがとう!」

 

 ネムを抱きしめてくるくると回るエンリ。エンリの喜びようにネムも嬉しくなったが、突然エンリが何かに気が付いたかのように苦い顔をして回るのをやめてしまった、そしてネムを地面に下ろして小さくつぶやく。それは非常に悔しげで、世を呪うような暗いつぶやきだった。

 

「……私、また筋肉付いてる」

 

「?」

 

 ネムは首をかしげてそんな姉を見つめていた。

 

 

 

・ブレイン師匠の武技講習

 

 エンリがリイジーとネムを連れてカルネ村に戻ってから、彼女は慌ただしく仕事をこなしていた。一番の問題は食糧問題だったが、そこも何とかクリアできそうだった。エンリが出発前にわりと適当に決めたチーム分けがうまくいっていたようで、エンリが帰って来た時にはかなりの獲物をしとめていたのだ。 

 

「武技を教えてほしい?」

 

「ああ、俺はもっと強くなりたい。そのためには戦士としての技術を上げるのが一番手っ取り早いと判断した」

 

「手っ取り早いってお前……普通はそれ相応の努力をしてだな」

 

 そんな風に忙しそうなエンリとは裏腹に暇な奴がいた。グだ。グの巨体は目立つし、動きも速くないので狩りには全く適していなかった。なのでグは暇をしていた。

 そこでグは考えた。自分の最大の価値はこの強さだ。でも自分は敗北した。ならもっと強くならなければならない、と。なのでブレインに頭を下げて教えを請うた。ブレインがこの村で最も戦士としての強さが上なのだから当然の判断だろう。

 

「ま、いいや。ちょっと見てやるよ。お前に才能があるかどうかな」

 

「よろしく頼む」

 

 ブレインはそう言ったが、実際はもうすでに気が付いていた。目の前にいるトロールはこの村の中でもっとも強いにもかかわらず、最も成長株であることを。それは、初めてグと戦った時にすでに感じていた。

 

「(こいつには間違いなく戦士としての才能がある。もし今の時点で俺よりも強いこいつが、俺と同等の技術を手に入れたとしたら、いったいどうなっちまうんだ?)」

 

「どうした?ブレイン」

 

「いや、本当に種族の差ってやつはずるいと思ってな」

 

 ブレインは笑う。ここで立ち止まっている自分と、ここから始めるグの圧倒的な差を感じ取って。

 難度100まで届けば英雄である人類とは違い、目の前のこいつはおそらくそれを優に超えて行くだろうと確信して。

 その逸材に剣を教える師匠であることに妙な嬉しさを感じて。

 非常に複雑な気持ちがブレインを包む。でも、不思議と嫌な気分ではなかった。

 

「おら、武器を構えろ。俺が武技を発動して見せるから真似してみろ」

 

「ああ。ん?才能を見るって話はどうした?」

 

 ブレインはグの疑問に答えずに刀を構え、武技を放つ。剣を使う戦士が使う基礎の武技、《斬撃》だ。

 

「これが一番初歩の武技だな。まずはこれを発動させることを目指しな」

 

「分かった。ふん!」

 

「あー、そうじゃねえよ。もっとこう剣が自分の体の一部みたいにだな」

 

「こうか?」

 

「そんな感じかな」

 

 グは剣を振り下ろす動作を何度も続ける。やはり筋がよく、ブレインの見立てではすぐに武技を覚えるだろう。

 

「なあ、グ」

 

「なん!だ!」

 

「突き抜けろよ。俺に教わるんだから世界最強まで突き抜けろ」

 

「その!つもり!だ!」

 

「あと休むのも重要だぞ?たまには筋肉を休ませないと」

 

「なお!る!ぞ!」

 

「え?あ、そうか再生能力。うわーここでも種族差かよ。いくらでも訓練できるとか本当にうらやましいな。俺も欲しいぜ再生能力」

 

 ブレインの言葉が途切れたあとも、カルネ村にはグの剣を振る音が響いていた。

 

 ブレインの元に大量の門下生が集まるのはグが武技《斬撃》を使えるようになった数日後のことだった。

 

 

 

 

・カルネ村の狩猟大会

 

 この日、エンリ達はトブの大森林にて大規模な狩猟採集を行っていた。チームごとに分かれて採集を行い、一番成果の多かったチームにはエンリ団長からのお褒めの言葉が貰える。

 

「よく承諾したな」

 

「私が褒めるだけで喜んでもらえるなら安上がりですし」

 

「違いねえや」

 

 エンリとブレイン、グ、ハムスケ、リイジー、ネムはチームに割り振られていない。ネムとハムスケはカルネ村にて待機。グはどこかにいってしまった。現在ここにいるのはエンリとブレイン、そしてリイジーの三人だけだ。

 するとそこにチームが一つ帰って来た。トロールが大きな猪を抱えている。

 

「わ、速いですね。ではそれはこちらで解体しておきます」

 

 現在エンリ達がいる場所はちょっとした広間の様になっており、解体ぐらいならできるスペースを取ることができた。

 

「ダンチョウ!コレ、ヤクソウ!」

 

「え?薬草採って来てくれたんですか?」

 

 オーガの手には草が握られていた。しかし、残念ながら薬草ではなく、ただの雑草だった。

 

「ごめんなさいこれは薬草じゃないですね」

 

「ソウカ……」

 

 オーガは肩を落として仲間達の元に戻って行った。

 

「まったくあいつらは駄目だな。薬草ってのはこういうのだ」

 

 ブレインは自慢げに草を掲げる。しかし彼のも雑草だった……

 

 しばらくしてまた別のチームが戻ってきた。巨大なかめを引きずっている。

 

「うわ、コレすごいですね。食べ応えがありそうです。甲羅も何かに使えるかもしれません」

 

 スケイルタートルの甲羅は非常に硬い。加工して冒険者の盾や鎧に使われているほどだ。

 

「ダンチョウ、コレ、ミテクレ」

 

 エンリのすぐそばまで寄って来たゴブリンが草を差し出す。それは毒草だった。

 

「だ、大丈夫ですか!?手、爛れてませんか!?」

 

「ン、ダイジョウブ」

 

「ならいいんですが…」

 

 毒草は毒薬作りに使えそうなのでひとまずリイジーが預かった。

 

「ふん、そこそこやるな。だが俺のこれには勝てまい」

 

 ブレインが持っていたのは非常にまずいことで有名な木の実だった。どこで取って来たんだろうか。

 

 しばらくしてまた別のチームが戻ってきた。とても大きなウサギを引きずっている。

 

「え、でか。こんな大きなウサギがいたんですね。皮とか売れそうです」

 

 ジャイアントラビットはとても大きく、獰猛なモンスターで、鋭い牙で敵の喉元を食いちぎることもある。馬にも追いつくその敏捷力がとても厄介なモンスターだ。

 

「コレ、トッテキタ」

 

「え」

 

 近くまで寄ってきたトロールがエンリに差し出したのは木だった。何でこんなものをとエンリが混乱していると、木から女の人が生えてきた。

 

「き、君この子達のご主人様?ちょっと助けてほしいんだけど」

 

「ええ!?なにこれ!?」

 

「お、ドライアードじゃねえか?」

 

「うん、僕はドライアードのピ二スン。君の部下のトロールに寄生植物から助けてもらったんだけど、お礼を言おうとしたら引っこ抜かれちゃって」

 

「それはご迷惑をおかけしました」

 

 エンリはぺこぺこと頭を下げる。それを見てピ二スンは気にしないでとほほ笑んだ。

 

「あ、そうだ。もし申し訳なく思ってるんだったら僕も君たちの村に住まわせてくれない?色々働くよ?」

 

「果樹園とか作れます?」

 

「僕一人じゃ無理だけど、他の仲間たちも連れてくればいくらでも。その代わり僕のこと守ってよ」

 

「それはもちろんお約束します」

 

 この日、エモット亜人傭兵団に新入りが入団した。兵糧(を作る)部隊の誕生である。

 

「団長、ただ今戻りました」

 

「あ、グお帰りなさい。ってそれなんです?」

 

「ヒュドラです。首全部ぶった切って心臓貫いたら死にました」

 

「おおう、すごいですね」

 

 コレ解体できるのか?とブレインが目で訪ねてくるが、まあどうにかしよう。リイジーに助けを求めてもいいし。

 

 ちなみに今回の最優秀チームはピ二スンをひっぱて来たチームに決まった。

 

 

 

・移民募集中!

 

 この前の狩猟大会で手に入れた素材を売りに行った帰り、エンリはカルネ村への移民を募集した。今日はその結果を知りにエ・ランテルまで来たのだ。

 

「20人か。結構集まったな」

 

「ええ、帝国の騎士にやられた村の人達が多く募集しています」

 

 エンリは募集要項に現在のカルネ村の様子もきちんと書いてある。人間を信じられない人達が集まりやすく、そう言った人はこの前の事件にかかわってる人が多かった。

 

「ま、犯罪をする人がいたら団長が縊り殺せばいいもんな」

 

「そのつもりです」

 

「……(そのつもりなのか)」

 

 ブレインがエンリから少し距離を置くように遠ざかったが、エンリは気がつかなかった。そのまま目の前にいる人達に語りかける。

 

「みなさんはじめまして、現村長のエンリ・エモットです。見ての通り」

 

 エンリは胸に掲げられているオリハルコンプレートを掲げて見せやすくする。それを見た移住希望者達がすこしざわめいた。

 

「オリハルコン冒険者ですので、道中はご心配なく。村にいるモンスター達も全て私が完全に支配しています。ご安心ください。それでは、行きましょう」

 

 そのままぞろぞろとエ・ランテルの外に歩きだす。そして外に出てすぐに彼らはまた驚くことになる。とんでもなく精強な大魔獣と亜人がいたのだ。

 

「こちらは森の賢王ハムスケとウォートロールのグです。王国戦士長とも互角にやりあえる強さなので道中に危険は一切ありません」

 

 エンリの言葉でさらに移住希望者達がざわめく。これほどまでの戦力を持っているとは思っていなかったのだ。

 

「今日と明日の二日かけてカルネ村に向かいます」

 

 こうしてカルネ村は新しい戦力、農夫を手に入れた。彼らはぺこぺこ頭を下げて挨拶してくる亜人達を見ていったい何を思ったのだろうか。

 

 

 

・エルヤー君が死ぬ(ネタバレ)

 

 ブレインは困っていた。目の前には剣を構えた男。ずいぶんと激昂している。そしてその後ろにはその男におびえるエルフの娘が三人。

 

「何でこうなった……」

 

 俺は団長じゃねーんだぞ、と頭をかき乱すブレイン。時は十分ほど前までさかのぼる。

 

 ブレインは森を歩いていた。まだまだ謎な部分の多いトブの大森林を調べるべく、ブレインやグ、ハムスケなどを中心にトブの大森林を探索していた。

 今日はブレインが探索リーダーの日だった。お供にバーゲストを数匹連れて、トブの大森林の口に向かっていた。そんなときにブレインはおかしな一行を目にした。人間の剣士一人とエルフの奴隷と思われる女性の三人で編成されたパーティーだ。

 

「おい、あんたらこんなところでなにしてる?」

 

「おや、あなたはブレイン・アングラウスでは?」

 

「あ?俺のこと知ってるのか?」

 

 男はなぜかブレインを見て目を細めた。そしてほんの僅かに戦闘態勢になる。ブレインはそれに対して何もしないし何も言わない。

 

「それはそうですよ。貴方は有名ですしね。私の名前はエルヤー。帝国のワーカーです」

「ほー、帝国の。こんなところまでご苦労なこった」

「そちらは?雑魚を引き連れてこんなところでなにをしているのです?」

「探索だよ。この森のな」

 

 こちらの仲間を雑魚と言い切るその姿勢、自分の力にかなりプライドがある人間のそれだ。ブレインは少し不機嫌になっている自分にちょっと笑う。まさか自分がこんなことで精神を揺らがせるとは、と。でもそれも悪くないとブレインは思っていた。

 

「そうですか」

 

「やめとけ、お前程度の奴が俺に勝てるわけないだろ」

 

 エルヤーは腰の刀にそっと手を触れた。それを見たブレインが警告する。それは相手のことを思っての提案だったが、エルヤーにとっては全く意味がないものだった。

 

「やってみなくては分からないでしょう?《能力向上》《能力超向上》しっ!」

 

「ほー」

 

 ブレインは純粋に感嘆の声を上げた。エルヤーが能力超向上を使えることに対する驚きだ。エルヤーのレベルでは使うことが出来ないような上位武技なのだ。もちろんブレインは使用できる。しかし、ブレインにはそうする必要性が感じられなかった。

 

「な!?」

 

「まあまあだな」

 

 ブレインは完全に後出しであるにもかかわらずエルヤーの刀を受け止めていた。武技も使わず、あっさりと。

 

「くそ野郎が!おい!強化をよこせ!速くしろウスノロが!」

 

「魔法詠唱者……か。団長が欲しがりそうだな」

 

「これで私の方が上だ!」

 

「はぁ…」

 

 ブレインが空を見上げつぶやく。どうしてこうなった、と。

 

 これが今までの流れだ。つまりエルヤーが勝手に突っかかってきて、刀防がれてオコになって、本気出したのが今の状況だ。

 

「しかたない。後ろのを土産として持って帰ればいいだろ」

 

「刀を構えろ!」

 

「はいはい。《能力向上》《能力超向上》」

 

 エルヤーがブレインを睨みつけ、ブレインはあきれたような表情をしていた。そして、ついにその細い堪忍袋の緒が切れ、エルヤーは本気の一撃をブレインに向けて放つ。

 エルヤーの本気の一撃は武技と魔法で強化した状態での武技《瞬閃》である。これは銀級以下の低位の冒険者では視認することすらできない最高の一撃。金級でようやく視認できるようになるが、受け止めるには最低でもミスリル級の実力がなくては不可能だ。そして、一撃目を防げても、続きざまに振られる二、三撃目を防ぐことは不可能に近い。エルヤーはただの天狗ではないのだ。しかし―――

 

「ふっ!」

 

 上には上がいる。ブレインはエルヤーの刀を一撃で圧し折っていた。

 

「は?」

 

「分かったか?これが実力差だ」

 

 エルヤーは天才だった。天才ゆえに気付くことができた。いや理解できてしまったと言うべきだろう。天才エルヤーは天才ゆえに分かってしまったのだ。今の自分と目の前の男の圧倒的な力の差を。

 

「ま、来世じゃ真面目に頑張るんだな」

 

「mあっ」

 

 ブレインはエルヤーの首を切り落とした。そして軽く血を落とすと、エルヤーの死体を茫然と眺めるエルフ達の方に向き直った。

 

「おい」

 

「「「!」」」

 

 ブレインに声を掛けられてエルフ達はびくりと震える。ブレインはそんなエルフ達を安心させるように笑みを浮かべた。

 

「安心しな、殺さねえよ。お前らはこれからどうする?行くあてもなく、やりたいこともないんだったらうちに来るか?」

 

 エルフ達は互いの顔を見合わせる。そしてその中でも盗賊職らしきエルフが一歩前に出てくる。

 

「い、いいんでしょうか」

 

「かまいやしねえよ。団長には俺から口添えしてやる。お前らどうせその男に暴行でも受けてたんだろ」

 

 ブレインはエルフ達の動きからなんとなく何をされていたのか分かっていた。だからこそ躊躇なく殺したのだ。ブレインの言葉にエルフ達が必死に頷く。

 

「うちにはゴブリン、オーガ、トロール、人間、ドライアード、森の賢王、ウォートロール、バーゲスト、ヴォルフと色々いるからな。今さらエルフが三人増えても何の問題もねえよ。ただいくつかルールがあるからな。それだけ守れば問題ない」

 

 ブレインはエルフに村に付いて説明する。エルフ達は驚いていたが、これからはその村の一員で、仲間であることを説明したら泣き始めた。やっと現実感が湧いてきたのだろう。ブレインに何度も感謝を言ってくる。

 

「うちの村に明確な掟は無いが、まあよその村と大して変わらんだろ。住人が変なだけだ。殺す盗む犯す放火するあたりをしなければ問題ない。ただ他と違うところはうちらの村の村長は団長って呼ぶことかね」

 

 エルフ達はまるで子供が自分の描いた絵を自慢するかのように楽しげに話すブレインを見て、これからの幸せな生活を幻視した。

 

 

 

 

おまけ

今までのエルヤーのエルフの扱いを聞いたエンリの反応

ブレイン「かくかくしかじかな扱いだったらしい」

エンリ 「そのエルヤーって男は殺しましょう」

ブレイン「いや、もう殺しちゃったんだが」

エンリ 「地獄に落としてやるべきです!」

ブレイン「いや、もう地獄に落としちゃったんだが」

エンリ 「その罪は死でしか償えません!」

ブレイン「その理屈だとエルヤー罪償えちゃってるんだが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後半ちょっとスランプ気味かもです


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新カルネ村2

ネムのセリフで所々平仮名が使われていますが仕様です。
それと新カルネ村編の各小話の表記方法を変えました。





・ネムの冒険

 

 ネム・エモット。カルネ村の村長兼団長であるエンリ・エモットの実の妹である。カルネ村に住む人間種の中で最も幼く、最も純粋な人物である。

 そんな彼女には最近悩みがあった。自分は姉と違って何も村の役に立てていないことだ。どうすれば姉の役に立てるだろうか毎日必死に考えていた。今現在このカルネ村には様々な生き物が暮らしている。ゴブリン、オーガ、トロール、人間、覇王、エルフ、ドライアード、魔狼(ヴォルフ)、バーゲスト、バーゲストリーダーなどだ。戦力としては申し分ない。ではネムはどうやって活躍すればいいんだろうか。

 

「ネムさん。どこ行くんすか?」

 

「俺らもお供するッす」

 

「ワンワン!」

 

「あ、みんなー」

 

 そんな風に悩む彼女の元に現れたのは魔狼(ヴォルフ)に乗ったゴブリンライダーたちだ。彼らはその機動力を生かして狩りをしたり、村の周辺警備をするのが仕事だ。村にいる彼らは休みも兼ねた村警護の日なのだろう。

 

「ネム、なんかすごいことしたい」

 

「俺もしたいっす」

 

「ドラゴンとか倒してみてーよな」

 

「わふぅ…」

 

「グさんとかハムスケさんなら難しくねーんだろうけど、俺らじゃ無理だろ」

 

 ゴブリン達がエンリの配下に入ってからもうすでに四カ月近くが経過している。言葉もだいぶ聞きとりやすい普通のもになっていた。

 

「そんなことないよ。みんなすごいよ」

 

「え!?ネムさんあんまほめないでほしいっす」

 

「照れるッす」

 

「わんわん!」

 

 ゴブリン達の表情もだいぶ分かるようになったネムにはゴブリン達が頬を染めたのが分かった。でも今したいのはお喋りではないことに気が付き、もう一度ゴブリン達に問いかける。

 

「ネムに出来ることないかな?」

 

「んー、団長はいそがしい方っすから家事とかしてあげるとすげー楽なのでは?」

 

「エルフの人達がやっちゃうの」

 

「あー、それは仕方ねぇっすよ。あの人達ブレイン師匠にべた惚れっすから」

 

「そうなの?」

 

 なんとなくそんな気はしてたがやっぱりそうだったのか。ネムは自分と一緒に住んでいるブレインのことをかいがいしく面倒見るエルフ達のことを思い出して納得した。

 

「でもそんなエルフ達にも団長は尊敬されてる。すげーっす!」

 

「ああ、団長まじかっけえよな。しびれる」

 

「うん。お姉ちゃんかっこいい」

 

 ゴブリン達の意見にはネムも全面的に同意する。特にンフィーレアがいなくなってからの姉は今までとは違うかっこよさを身に着けていた。それはただ強いだけの人間には出せない魅力だ。

 

「お姉ちゃんの役に立ちたい…」

 

「……そうっすね。村の中を視察してみますか?なんかいい考えが浮かぶかもっすよ」

 

「確かにそうかも。こいつの言う通り村の中を視察してみましょうや」

 

「しさつかー。うん。しさつする。行こう!」

 

 ネムが先頭に立って彼らは歩きだした。最初に向かう先は人間が暮らしている家が集中しているエリアだ。

 

「あら、ネムちゃんおはよう。コレドライアードさんに貰った林檎なんだけど食べきれなくてね。貰っておくれ」

 

「おうネムちゃん今日も元気だね」

 

「あ、ネムおはよう。いい天気だね」

 

 この村に住んでいる人間はネムを含めて23人。そのうち20人は畑を耕す農民である。ゴブリン達のうち、ライダーではないフォーマーゴブリン達と一緒に畑を耕している。

 

「おはよう!」

 

「はよっす」

 

「どもっす」

 

 林檎を手に入れたネムは腰に付けた袋に入れる。おやつとして後で食べるのだ。

 

「そーだ、ドライアードのところ行こう」

 

 ネムが続いて向かったのはピ二スンがリーダーを務める果樹園だ。ここではおもに林檎を栽培している。ネムが行くと十人ほどのドライアードが熱心に働いていた。

 

「ピ二スンおはよー」

 

「あ、ネムじゃん。おっはー。何してんの?」

 

「しさつー」

 

「それは御勤め御苦労さまです!あ、そうだコレ訓練場から飛んできたんだけど返して置いてくれない?」

 

 ピ二スンから渡されたのは粗削りな木刀だった。訓練のために使っているもので、大きさから見てゴブリン用の木刀のようだ。

 

「分かった持ってく。それでピ二スン。問題はありませんか?」

 

「ないかなー。あ、林檎以外の果樹園も普通に作れると思うって団長に言っといて」

 

「りょーかい!」

 

 びしっとポーズを決めたネムにピ二スンは笑顔で手を振ってから仕事に戻って行った。

 

「次はくんれんじょだね」

 

「師匠のとこっすか」

 

「うん。私もブギ使ってみたいなー」

 

「結構難しいっすよ武技って」

 

 えいやっ、と木刀を振るネムにゴブリンライダーが苦笑い気味に言う。それに対しネムは不思議そうに首をかしげた。

 

「そうなの?グとかポンポン新しいのつかってるけど」

 

「あの人は天才っすから。俺らは《斬撃》と《外皮強化》しか使えないっすよ」

 

「そっかー。難しいのかー。あれ?でもお姉ちゃんも使ってたよね?」

 

「団長は適当にやったらできたとか言ってたっすけど、普通じゃ無理っすから」

 

 ネムの中でのお姉ちゃんかっこいい度がまたさらに上昇した。もうネムの中でエンリは英雄になりつつある。そしてそれはそんなに間違っていない。

 

「ブレインさん、いる?」

 

「いるぞ。なんだ?」

 

「木刀届けに来た」

 

「おー、あんがと」

 

 訓練場とはカルネ村の外にある広い草原で行われてるブレインによる武技講習広場だ。エモット亜人傭兵団の戦闘要員はここで武技を習う。

 

「何してるの?」

 

「今バーゲストの補習してるんだ」

 

 ブレインの視線の先には一匹のバーゲストがいた。補習の対象はあのバーゲストなのだろう。

 

「ほしゅうってなにするの?」

 

「あいつだけまだ《外皮強化》の武技が使えないんだよ。鎖を使ったスキルを使うとあの鎖の鎧がなくなるからな。《外皮強化》は必須武技なんだが、手間取っててな」

 

「ふーん」

 

「ま、そんなに明確な差があるわけじゃないけどな。一番速く習得した奴と二日差ってところか」

 

 それだけ言うとブレインはバーゲストの方に寄って行って教示を始めた。しかし、ネム達が出て行こうとすると思いだしたように振り返ってネムの方を向いた。

 

「そう言えばリイジーの奴が探してたぞ。行ってみたほうがいいかもな」

 

「そうなの?じゃあ行ってくる」

 

 次の目的地はリイジー婆の住む家、通称薬屋。

 

「リイジー、来たよ」

 

「おお!よく来たねネム。実はわしの薬草採集の手伝いをしてほしいんだよ」

 

「いいよー」

 

 薬屋に行ったネムを出迎えたのはリイジーとその護衛達。おそらくリイジーが薬草採集に行くにあたってエンリから借り受けたのだろう。トロールが三体とオーガが六体。

 

「ネムさん。俺らはここで」

 

「また遊んで下せえ」

 

「じゃあさっそく行こうかね」

 

「うん。いこー」

 

 ゴブリンライダー達はカルネ村に残る。彼らにとってはエンリが定めたルールが絶対なのだから、村警護が仕事である日に森には入ろうとしない。

 ゴブリンライダーたちと別れたネムはここでも先頭を歩きだす。その後ろにリイジー。そしてそのさらに後ろに巨体の亜人達がぞろぞろと続く。非常にシュールな光景だ。

 

「よし、ここらで採集をする。周辺の警戒は頼んだよ」

 

「おう」

 

「まかせな」

 

 トロールやオーガが低い重圧感あふれる声でリイジーにこたえる。ネムはそれを見てからそっとその場を後にした。妙な気配を感じたからだ。最近のネムの感覚の鋭さはエンリも驚くほどのものがある。

 ネムは自身の勘に従って森を進んで行く。そして、リイジー達の元から百メートルほど離れた場所でそれに出くわした。十メートルを超える巨大な体躯、王冠の様なトサカ、八本の足。ネムは知らなかったが、それは一匹で町を壊滅させることもある難度80を超えるモンスター、ギガントバジリスクだ。

 一番やっかいなのは「石化の視線」というスキル。その瞳に見つめられた者は対策が無ければそのまま肉体が石になってしまう。

 

「けがしてる」

 

 しかし、ネムの言う通り目の前のギガントバジリスクは両目を潰されており、能力は発動しなかった。しかもそれだけではなく、体中ぼろぼろで死にかけと言ってもいいありさまだった。

 

「なおしたげるー」

 

 ネムは腰のポーション入れから治癒のポーションを全て取り出した。目の前にいるモンスターの傷を治してやるつもりなのだ。普通ならそんなことはしない。しかしネムにとってモンスターとは単なる敵ではなく、分かりあえる敵であった。それに自分の姉がハムスケと仲良くなった切っ掛けもポーションで相手の傷をいやしたのが始まりだったと聞いている。

 

「うごいちゃだめだよ」

 

 ネムは五本のポーションをギガントバジリスクの怪我してる部分に振りかけていく。そして、全てのポーションを使いきるころにはギガントバジリスクの状態はかなり良くなっていた。

 ギガントバジリスクが目を開こうとする。しかしネムはそれを抱き付くことで止めた。「石化の視線」を警戒したのではなく、いきなり目を開けることを危惧したのだ。

 

「いきなり開けちゃだめ!ゆっくり開けるの!痛いでしょ!」

 

「グルル」

 

 その場にネム以外――エンリも除く――の人間がいたら驚いただろう。漆黒聖典に所属しているテイマーがいたら腰を抜かしたかもしれない。ネムの命令に対してギガントバジリスクが軽く喉を鳴らして素直に従ったのだから。

 

「ゆっくりだよ?」

 

「グルル」

 

 ギガントバジリスクはゆっくりと目を開く。あらかじめ「石化の視線」の効果は切ってあったのか、ネムが石化することは無かった。

 

「はじめましてー。私はネムって言うんだよ」

 

「グルル」

 

「名前無いの?じゃあ私が付けてあげる!お姉ちゃんとハムスケもお互いにあだなをつけあったって言ってた!」

 

 ネムは楽しそうに考え込む。ギガントバジリスクはそんなネムのことをじっと見守っていた。

 

「じゃあね、キバクロ!キバクロのあだなはキバクロね!」

 

「グルル」

 

 キバクロと名付けられた彼の対応はどうでもいいとばかりの鳴き声だったが、ネムは喜んでいると勝手に解釈した。

 

「じゃあキバクロもこれからは村人だね!」

 

「グルゥ?」

 

「村人っての言うのはね、仲間なんだよ!だからキバクロも他の仲間を襲ったりしちゃだめだよ?」

 

「グルル」

 

 キバクロは全く分からんとばかりに喉を鳴らす。でもとてもうれしそうに笑うネムに毒気が抜けたのか、もう一度問いかけることはしなかった。

 

「じゃあリイジーのところに戻ろう!リイジーはね、キバクロに使ったポーションとか作ってくれた人なんだから襲っちゃだめだよ?」

 

「グルル」

 

 ネムに対するキバクロの返事は不満げな唸り声。しかしそれは襲ってはいけないことに対する物ではなく、誰かれ構わず襲うと思われていることに対する不満だった。

 

「じゃいこー」

 

 ネムはまた先頭を歩きだす。その後ろにキバクロが付いて行く。

 

 お姉ちゃんを助けたいと願うネムは、こうしてまた一つ姉の頭痛の種を増やすことに成功したのだった。

 

 

ネムの戦力(カルネ村に統合)

 

ネム・エモットLV2

レンジャー(ジーニアス)LV1

テイマー(ジーニアス)LV1

備考

カルネ村の隠れた天才(隠れきれているとは言っていない)

 

キバクロ  LV27

ギガントバジリスクのオス

備考

この小説でのギガントバジリスクの「石化の視線」はアクティブスキルということにしています。

パッシブだとせっかく捉えた獲物も食べられなくなるし、ちょっとあたりを見渡しただけで森が丸ごと石になってしまうので。

 

 

 

 

 

 

 

・カルネ村大宴会

 

 フレアドラゴンを倒した。その報がエンリの耳に届いたのはエンリが昼ご飯を食べていた時のことだった。エンリは口の中に含んでいたスープを盛大に噴き出した。

 

「え?というか、はい?え、まじですか?ドラゴンってあのドラゴン?」

 

「そっすよ?何を勘違いしたのか訓練場に襲撃かましてきたんでみんなで袋にしたんですが」

 

「そうなのかー、みんな強くて頼もしいなー」

 

「あざます!」

 

 褒めてないんだけどなー、とエンリは遠い目で目の前で恐縮してるゴブリンを眺める。本当に最近はとんでもないことばかり起きる。

 ネムが連れ帰ってきたギガントバジリスクのキバクロのこともそうだが、そのキバクロが対峙した直後に恐怖で動けなくなるほど強くなっているグ。意外と教えるのがうまくて亜人達をがんがん強化してるブレイン。いつのまにか村に住みついていて、掃除をしてくれているスライム達。

 そして今回のドラゴン討伐だ。

 

「で、今どんな状況ですか?」

 

「ドラゴンの肉を燻製肉にするか、宴会でぱーっと使ってしまうかで揉めに揉めてます」

 

「そこで!?もっとこう、いやもう倒しちゃってるんだしいいのか」

 

 エンリは額に頭をやり、悩む。そして決断した。

 

「宴会やりましょう。村を上げての大宴会です。皮や牙、骨などは装備品にしますのでちゃんと取っておいてくださいね」

 

「合点です!伝えてきます!ひゃっはー!宴だー!」

 

 ゴブリンは奇声を上げて魔狼(ヴォルフ)に乗り、飛び出していく。エンリはそれを見てから残りのスープを掻き込んだ。

 

「ま、いいことですよね。フレアドラゴンの皮を使えば炎に耐性のある装備品が作れるでしょうし」

 

 特にグには欲しかった装備だ。グの弱点は炎と酸だけなのだから。その手段を封じればアダマンタイト級冒険者にも一方的に勝利できるだろう。

 

「さて、宴会の準備をしましょうか」

 

 エンリは立ちあがって伸びをする。いそがしくなりそうだ。

 

 そして夕方。訓練場と呼ばれている草原にはでかでかとキャンプファイアーが作られ、巨大なドラゴンの頭が置かれている。そして村人全員の視線を集めるのが杯を掲げるエンリ。

 

「それでは、カルネ村の平穏と繁栄を祈って!乾杯!」

 

『うをおおお!!』

 

 村人が一斉に声を上げる。そこにはエンリへの信頼と喜びがあった。

 

「うめえ!」

 

「これうまいっす!」

 

「ドラゴン肉おいしい!」

 

「わんわん!」

 

 カルネ村の戦闘要員達は肉に群がる。大人の人間達はお酒を嬉しそうに飲み、子供たちはドライアード達の作った林檎で作られた林檎ジュースを飲む。

 カルネ村の林檎はエ・ランテルで売られているものに比べてはるかに糖度が高い。それがドライアード達によるものなのか、トブの大森林に生えていた林檎だからなのかは謎だが。

 

「おい団長、飲んでるか?」

 

「飲んでませんよ。部下にお酒禁止を言い渡した私が飲むわけにはいかないでしょう」

 

「そういうなよエンリちゃん!」

 

「まあ飲めって村長」

 

「せっかくの宴なんだから」

 

 トロールやオーガが酔って暴れ出したら大惨事になる。そのために亜人達とモンスターたちにはお酒禁止を言い渡していた。でもブレインだけではなく、他の男達もお酒を進めてくる。

 

「分かりましたよ!飲みます」

 

 エンリはブレインから渡されたお酒を一気にあおる。それを見て口笛や歓声が飛ぶ。

 

「おお、団長いい飲みっぷりじゃねえか」

 

「あ?」

 

「え?」

 

 時が、止まる。ブレインは冷や汗を流しながらエンリの顔色をうかがう。その顔色は赤く、目が据わっている。

 

「(や、やばい気がする)」

 

「てめえ誰に向かってタメ口聞いてんだぼけぇ!!」

 

「ぐべっ」

 

 ブレインの頭が地面にたたきつけられ、地面に置かれていた料理が散らばる。

 

「だ、団長?」

 

「あん?」

 

「な、何でもないです」

 

 恐る恐る声をかけたトロールはエンリに睨みつけられてすごすごと退散する。

 

「はっ、今一瞬意識飛んでた」

 

「ブレイン、注げ」

 

「ちょっと待て!団長!」

 

「敬語使えって言ってんだろうが!」

 

「ごるば!」

 

 エンリのアッパーがブレインに決まる。ブレインは数メートル吹き飛ばされた。

 

「ちっ、お前のせーでなぁ、私は団長って呼ばれることになったり、筋肉がついたりしてんだよ」

 

「後半俺関係ねーじゃん!?」

 

「ああ?」

 

「すいません!」

 

 エンリに胸元を締めあげられ、ブレインは今までに感じたことのない恐怖を体感する。

 

「つーかフレアドラゴンうめえな。よくやったぞブレイン」

 

「あ、あざっす」

 

 エンリはドラゴンの骨付き肉にがじがじと食いつく。

 

「……私たちもずいぶん大きな組織になったなー」

 

 エンリはあたりを見渡し、しみじみと呟いてから意識を失った。

 

「……今のが団長の本気」

 

「まじやべえ」

 

「ああ、まじかっけえ」

 

「団長超すげえな」

 

「エンリちゃんあんなアグレッシブだったんだねぇ」

 

「もうこいつに酒は飲ませねえ」

 

「それがしが姫を運ぶでござる」

 

 村人は宴に戻る。今のエンリの暴走を無かったことにして。宴は夜遅くまで続いた。

 

 




ちなみにネムのギガントバジリスクに大けがを負わせたのは西の魔蛇という設定です。


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間話1

今回のは読まなくてもいいかも。つなぎなのでとても短い。
後ろに次話時点でのカルネ村の戦力を表記しておきました。グがエンリの配下になってから一年が過ぎている設定です。
武王を追加しました。


 リ・エスティーゼ王国には現在三つのアダマンタイト級冒険者チームがある。一つはもっとも歴の長い「朱の雫」。二つ目は我らがエンリ率いるチーム「血塗れ」。そして三つ目は女性だけで構成された「蒼の薔薇」である。そのうち蒼の薔薇と朱の雫は王都に拠点を構えている。

 

「そういや、あの噂聞いたか?」

 

「何だ唐突に。頭まで筋肉で埋まってしまったのか?」

 

「張っ倒すぞ。そうじゃなくてあれだよ、王国三番目のアダマンタイト級冒険者の血塗れのことだよ」

 

「ああ…」

 

 蒼の薔薇の拠点である宿屋で一匹のオーガと仮面を付けた魔法詠唱者が話をしている。他のメンバーは所用で外しており、今は二人だけだ。

 

「リーダーは弱冠17歳の少女。出身は一応トブの大森林に最も近い開拓村であるカルネ村だとされている」

 

 イビルアイが何も見ずにスラスラと血塗れの偉業を上げて行く。

 曰く、森の賢王を従えている。

 曰く、戦士長と協力して陽光聖典の囲いを突破した。

 曰く、いつの間にかブレイン・アングラウスを配下に加えていた。

 曰く、アンデッド事変を二人と一匹で解決した。

 曰く、トブの大森林を事実上支配下に置くことに成功した。

 曰く、フレアドラゴンを討伐した。

 

「事実だと思うか?」

 

「アダマンタイトに昇格してることからエ・ランテルの冒険者組合がそれらを事実として認めていることは確かだな。眉唾ものだが」

 

 他にも妙な噂はいくらでもある。曰く、人間の頭を叩き潰すのが好きだとか、森の賢王に匹敵するトロールの首を斬り飛ばしたとか、とんでもなく鈍感だとか、村長であるとか。

 

「でも少なくとも戦士長級の魔獣を使役してるのは間違いないんだろ?」

 

「戦士長の言ってることが嘘でなければな」

 

 そうは言うものの、さすがにイビルアイもガゼフが嘘をついているとは考えていない。少なくともテイマーとしてはアダマンタイト級なのは間違いない。

 

「あの計画に手を貸してもらうのもありかもしれないってラキュースが言ってたぜ」

 

「ふざけるな。とんでもなく妖しい奴だ。そんな胡散臭い奴に協力を要請するくらいなら朱の雫に頼んだ方がまだましだ」

 

「ま、得体が知れないってのには同意だがな」

 

 ガガーランは宿屋の天井を見上げて、まだあったこともない新しいアダマンタイトに思いを巡らせる。

 

「そんなに気にしなくてもいいだろう。同じアダマンタイトなんだ。いつか会う機会くらいあるだろう」

 

「それもそうだ」

 

 

 場所は変わって王城、第三王女ラナーの自室。そこには非常に美しい少女がいた。「黄金」と呼ばれるその少女は非常に美しく、やさしい。……ふりをしている。なので彼女はいつも人を安心させるような微笑みを浮かべている。

 しかし、今日は違った。どこまでも無機質な人形の様な表情の抜け落ちた顔。指は机をトントンと一定のリズムで叩いている。ラナーは現在自身を取り繕うことすらしないほど真剣に考え込んでいる。考えているのはつい最近アダマンタイトに昇格した血塗れについてだ。

 

「…情報が得にくい。拠点を街ではなく村にして、しかもそこを自分の配下だけで完全に固めている」

 

 ラナーが呟いた通り、エンリの情報は非常に入手し辛かった。神懸かり的ともいえるラナーの頭脳を持ってしてもその深淵をのぞきこむことは難しい。無論ラナーの頭脳でほとんどの部分は分かっている。しかし、肝心の部分が分からない。

 

「武力、村の状況、そして今現在何をしているのか……」

 

 武力は最低でもドラゴンを討伐できるレベル。しかし上限が全く分からない。

 村には今何があって、何が足りないのか。それが分からなければ交渉することも難しい。

 そして今村では何が行われているのか。目的はおそらく平和と発展。しかし、今何をしているのかが分からない。

 

「……蒼の薔薇を挨拶に行かせて、いや血塗れの性格が分からないうちは下手に刺激するのも」

 

 血塗れの性格はおそらくおとなしい村娘だ。しかし、支配者としての片鱗も色々な個所に見え隠れしている。村娘が演技なのか、覇王が演技なのか。それともなりかけなのか。

 

「ドラゴンの卵はドラゴンの巣にしかない、か」

 

 ラナーはぼそりと呟くとその顔に微笑みを浮かべる。外で警護している自分のかわいいクライムを中に入れるためだ。

 

「クライム、入ってきてください」

 

 とりあえず蒼の薔薇をカルネ村に送ってみよう。今はまだ様子見でもかまわないだろうと考えて。

 

 一ヶ月後、蒼の薔薇からカルネ村の戦力を聞かされて遊んでる場合ではないと考えを改めることになるとも知らずに。

 

 

 

 スレイン法国の最奥。そこには十二の人影があった。彼らこそスレイン法国の最高執行機関である。

 そんな彼らが議題にあげるのは王国の新しいアダマンタイト級冒険者、エンリ・エモットだ。

 

「この短期間によくもこれだけの偉業を成し遂げられるものだ」

 

「こ奴に邪魔をされ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺には失敗したんだぞ?褒めたたえることではない」

 

「自分の命が助かるための選択だ。悪く言うわけにはいかん。こちらはあちらの村人を虐殺しているのだぞ?」

 

「陽光聖典の人員が数人削られたが、トブの大森林のゴブリンを彼女が削ってくれているおかげで少し余裕があるくらいだ」

 

「しかり、今までトブの大森林へ送っていた戦力を全て他のところに使えると言うのは非常にありがたい」

 

「それで、“占星千里”が情報収集に努めていたはずだろう。報告は上がっていないのか?」

 

「こちらにあります。どうぞ」

 

 一人の男が全員に資料を配る。それを見た者たちが次々に感嘆の声を上げる。

 

「これはまたすごい。“一人師団”よりも優秀なテイマーじゃないか」

 

「ドラゴンを一太刀で仕留めたトロールの上位種に、森の賢王、オリハルコン以上の力を持つトロールが二匹、オーガ一匹。その他モンスター多数」

 

「あの王国戦士長と互角で渡り合ったとされるブレイン・アングラウスの実力もいまだなお健在」

 

「そのブレイン・アングラウス主導でモンスターたちが武技を習得している模様……か」

 

「ギガントバジリスクを従えた幼女がいた?どういうことだ?」

 

「ドラゴンの肉で大宴会。腕相撲大会でエンリ・エモット優勝。楽しそうだな」

 

「エンリ・エモット本人の戦闘力は不明。しかし監視に気が付いている節があり、そのために力を隠している可能性あり、か」

 

 無論エンリは監視になんて気が付いていないし、そんなに強いわけではないのだが、スレイン法国の最高執行機関の彼らは信じてしまった。――そのくらいは出来てもおかしくないと思ってしまったのだ。ある意味信頼されてると言ってもいい。

 

「どう対応する?」

 

「今のところ問題は起こしていないどころか人類にプラスなことしかしていない」

 

「トブの大森林を完全に支配下におさめてくれればこちらも心配事が一つ消える」

 

「しかり、そうなってくれればエルフ達との戦争や竜王国への援助をもっと増やせるであろう」

 

「では今のところは放置と言うことでいいな?」

 

「接触はしておきたいが、向こうはこちらに良い感情は持っていないだろう」

 

「陽光聖典の件は間違いなく我らの仕業と分かっていよう。ンフィーレア・バレアレの件はばれてはいないだろうが知られれば完全に敵対してしまう」

 

「そうなるのは絶対に避けなければな」

 

「うむ。エンリ・エモットは今のところ放置。しばらくしてから接触を図る」

 

『異議なし』

 

 スレイン法国の最高執行機関が会議をしている部屋の外に一人の女がいた。ルービックキューブで遊ぶ彼女はどこか近寄りがたい気配を発していた。そんな彼女に近づいてきたのは漆黒聖典の隊長だ。

 

「どうも」

 

「ん」

 

 隊長は彼女の隣に並んで立つ。この会議室の中に用がある人間がいるので待っているのだ。

 

「今中で話されてるであろう人物についてですが」

 

「テイマーなんでしょ?なら興味は無いかな」

 

「どうやら力とカリスマでモンスターたちを従えているようです。“占星千里”が見ていたことに気づかれ、実力は分かりませんでしたが、もしかしたらあなたと同格である可能性もあります」

 

「へえ。ぷれいやーなのかしら?」

 

「さあ、それは分かりません。ですが残念でしたね」

 

 隊長の言葉に女性は首をかしげる。自分の望んだ自分よりも強いかもしれない存在が現れたのだ。喜ぶことはあっても残念がる理由は無い。

 

「だって彼女女性ですよ?負けても子供は産めません」

 

「……確かに」

 

 クク、と隊長が笑う。その女性――番外席次も少し楽しそうにルービックキューブを回していた。

 

 

 

 

 

次話開始時点でのカルネ村戦力

 

団長

エンリ・エモット LV20

職業レベル

ファーマー LV1

テイマー LV4

ライダー LV3

コマンダー LV4

ジェネラル LV4

カリスマ(ジーニアス) LV4

 

最強

グ LV58

種族レベル

トロール LV15

ウォートール LV15

トロールキング LV3

職業レベル

ファイター LV10

インペリアルナイト LV10

ソードマスター LV5

 

六強

ハムスケ LV42

種族レベル

ジャンガリアンハムスター(仮) LV33

職業レベル

ファイター LV7

レンジャー LV2

 

ガディ LV31

種族レベル

トロール LV15

ウォートロール LV5

職業レベル

ファイター LV5

ガーディアン LV6

 

ボング LV28

種族レベル

オーガ LV10

オーガロード LV5

職業レベル

モンク LV7

シングルブロウ LV2

キ・マスター LV4

 

ヴァイ LV26

種族レベル

トロール LV13

職業レベル

ファイター LV7

ソードマスター LV6

 

キバクロ LV27

種族レベル

ギガントバジリスク LV27

 

ブレイン LV32

 

亜人種(全体的に5LVほど上昇)

トロール×3  平均LV18

オーガ×7   平均LV12

ゴブリン×14  平均LV8

ホブゴブリン  LV3

バーゲストリーダーLV12

バーゲスト×7 平均LV9

ヴォルフ×8  平均LV7

ドライアード×9 平均LV8

スライム×23  平均LV2

 

人間種

リイジー LV20?

エルフ×3 平均LV17

ネム LV2

農民×20 LV1

 

冒険者のレベル(作者の中でのイメージ)

銅級      平均LV3

鉄級      平均LV5

銀級      平均LV7

金級      平均LV11

白金級     平均LV15

ミスリル    平均LV18

オリハルコン  平均LV23

アダマンタイト 平均LV28

ガガーラン   LV30

ガゼフ     LV32

クレマンティーヌLV34

武王      LV35

瞬殺されちゃったフレアドラゴン LV39

イビルアイ LV55

 

 

 




イビルアイ「そんな怪しい奴頼れるか」
エンリ  「仮面付けてるやつにだけは言われたくない!」

スレイン法国「エンリ・エモットは放置でいいな、うん。なんか怖いし」
隊長「あなたよりも強いかもしれませんよ?」
番外「にっこり」
エンリ「んなわけあるか」


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蒼の薔薇

お酒の一気飲みは大変危険なので真似しないようにしましょう。
覇王が降臨する可能性があります。


 雲ひとつない青空の下、さわやかな風が草原を撫でる。そんな中を走る馬車が一台。王国のアダマンタイト級冒険者、「蒼の薔薇」が乗っているその馬車はカルネ村に向かっていた。

 

「それじゃあみんな、おさらいしておくけど今回は血塗れに挨拶をして、カルネ村を探るのが目的。何があっても絶対に敵対しないこと」

 

「分かった鬼ボス」

 

「まかせて鬼リーダー」

 

 馬車の中には四人の人間がいた。リーダーのラキュース、忍者であるティアとティナ、そしてイビルアイだ。ガガーランはそとで御者をしている。

 

「それにしてもただの調査にアダマンタイト級冒険者である私たちが駆り出されるとはな」

 

「仕方ないでしょ。絶対に帰ってこれる私達じゃないとだめなのよ。相手は同格の冒険者よ?」

 

「私も鬼ボスに同意」

 

「敵対した時逃げ切れる実力者じゃないと殺される可能性があると言うわけだな」

 

 そう、血塗れについて分かっていることは少ない。成し遂げた偉業や街での態度については分かるが、拠点としている村でいったい何をしているのかが全く分からないのだ。エ・ランテル側としても血塗れを怒らせるようなことはしないようにしていて、それが血塗れの情報の少なさの原因の一つになっていた。

 

「おい!何か来るぞ!」

 

「「「「!!」」」」

 

 ガガーランの声に反応し、蒼の薔薇全員が馬車から出る。ガガーランの言う通り、カルネ村の方向からこちらに向かって何かが来ている。

 蒼の薔薇の面々はその場で馬車を止め、その近づいて来る影を凝視していた。そしてそれが何か分かった時、驚愕に目を見開く。

 

「え、何あれ」

 

「バーゲストリーダーに騎乗した幼女……かな」

 

「幼女かわいい」

 

「男の子だったらよかったのに」

 

「おい、こっちに手振ってるぞ」

 

 ガガーランの言う通り幼女は満面の笑みでこちらに手を振っている。少なくとも幼女がモンスターにいじめられてるわけではないらしい。幼女はそのままこちらに近づこうとして、バーゲストリーダーに止められていた。

 

「周りにもバーゲストがいるな。こちらを警戒している」

 

「見ただけで実力差に気づいた」

 

「戦士としての目を持ってる」

 

「何か色々信じられないけど。声をかけて見ましょうか」

 

 ラキュースは一歩前に歩み出る。他の仲間はそれを止めない。確かに周りのバーゲストたちは普通ではないが、それでも自分たちには遠く及ばないと確信しているのだ。

 

「私はアダマンタイト級冒険者蒼の薔薇リーダーのラキュース!この村にはエンリ・エモット殿を訪ねてきた!どうか会わせてほしい!」

 

「すごーい!冒険者だ!ドロシ、もっと近づいてよ」

 

「がう」

 

 幼女はこちらをキラキラとした目で見た後、下にいるバーゲストリーダーに前進を命じたが、バーゲストリーダーは首横に振る。ふてくされる彼女の元に新たなモンスターが近づいてきた。

 

「だめっすよネムさん」

 

「そっすよ。敵だったらどうするッすか」

 

 寄ってきたのは魔狼に騎乗したゴブリン達だった。ラキュースが知っているどのゴブリンよりも流暢に言葉を話している。

 

「そちらの冒険者様方、目的はなんすか?カルネ村の偵察っすか」

 

「別に偵察してもいいっすけど、誰かを殺したり怪我させたりしたら殺されますぜ」

 

「こちらに敵対の意思はありません。エンリさんが再興したカルネ村に興味もありますし、見せてくれると言うのならお願いしたいです」

 

 ラキュースのその答えを聞いて、ネムが嬉しそうに手を上げる。

 

「じゃあネムが案内する!」

 

「ネムさんがっすか?危険なんじゃ」

 

「大丈夫!キバクロも呼ぶ!」

 

「あー、それでも本気でやり合うときつい気はしますが、まあいいっす。向こうからは敵意を感じやせんし」

 

 ゴブリンライダー達はしばらく考えていたが、わりとあっさり許可を出した。

 

「それじゃあ俺らはキバクロさん呼んで来やす」

 

「うん!他のみんなはおしごとにもどってー」

 

 ネムがそう言うとバーゲストたちが散る。ゴブリンライダーもカルネ村に走って行き、その場にはネムだけが残る。

 

「はじめまして。ネム。エモットです!」

 

「ふふ、挨拶できて偉いね。私はラキュース。アダマンタイト級冒険者よ」

 

「ネム知ってる!アダマンタイトはすごい冒険者なんでしょ?」

 

「よく知ってるね。えらい」

 

「えへへー」

 

 他の蒼の薔薇の面々が自己紹介をしていく。彼女達は今の短い会話の中でネムから色々な情報を手に入れていた。まず彼女は名前からしてエンリ・エモットの妹だろう。服は農民としては普通の汚れていい服である。しかし腰には何本かポーションを差している。普通の村娘ではない。

 

「あ、キバクロ来た!」

 

「な!?」

 

「おいおい嘘だろ」

 

「これはまずい」

 

「予想外すぎ」

 

 ネムが指さした先にいた魔獣を見て今度こそ蒼の薔薇は呼吸が止まりそうになるほど驚いた。そこにいたのは間違いなくギガントバジリスクだ。彼女達でもイビルアイがいない状況ならかなりきつい相手である。

 

「この子は、エンリさんが使役してるの?」

 

「ううん。ネムの友達だよ?」

 

 蒼の薔薇は戦慄する。こんな何の力も持っていないと思われた幼女ですら、ここまで規格外の存在だったことに。ギガントバジリスクを友達だと言いきるその幼女の異常さに。

 

「血筋…かね」

 

「怖すぎる血筋だな」

 

 ガガーランとイビルアイがそうこぼしたのも無理はない。ギガントバジリスクとは一匹で町ひとつ滅ぼせる強力な魔獣だ。こんな幼女の友達でいるような存在ではない。

 

「じゃあいこー。みんなも乗っていいよ?」

 

 ネムの言葉に苦笑いしながら蒼の薔薇の面々はギガントバジリスクの背中に乗る。そしてギガントバジリスクは歩きだした。

 

 

 

 まず向かったのは訓練場。そこでは二匹のトロールが模擬戦をしていた。その試合のレベルの高さを感じて蒼の薔薇の面々は息をのむ。どちらからもアダマンタイト級と言ってもおかしくないほどの強さを感じる。

 

「あの二人はねー、盾を持ってる方がガディで、剣を二本持ってる方がヴァイだよ」

 

「ありゃ二人ともオリハルコン以上だぞ」

 

「ん?そいつらは?もしかして蒼の薔薇か?」

 

「そうだよ」

 

 蒼の薔薇の方に近づいてきたのは刀を腰にさした男、ブレイン・アングラウス。その風格はアダマンタイト級の戦士であるガガーランよりも格上に感じられた。

 

「ブレイン・アングラウスか。なるほど、強いな」

 

「そう言うお前はガガーランか」

 

 二人の戦士は好戦的な笑みを浮かべて睨みあう。それを遮ったのはネムだった。

 

「ブレイン、お姉ちゃんは?」

 

「団長なら森だ。北の方にあるリザードマン達と交渉しに行った。帰ってくるのは夕方だろうな」

 

「そっかー」

 

「グとハムスケもそれに付いて行ってるからカルネ村の戦力を図りたいなら団長が帰ってくるまで待つんだな」

 

 それだけ言うとブレインは亜人達の指導に戻って行った。

 

「見てく?」

 

「ええ、お願いしようかしら」

 

 蒼の薔薇は試合の邪魔にならない位置まで移動する。そこには他の亜人達や、エルフの姿もあった。

 

「ネムさんちーっす」

 

「ネムさんいい天気ですね」

 

「林檎食べるっすか?」

 

「剥きましょう」

 

「わんわん!」

 

「くぅーん」

 

 ゴブリン、オーガ、トロール、エルフ、魔狼。蒼の薔薇達には異なる種族が一緒に生きるその空間は非常に眩しく映った。彼らも吸血鬼の仲間がいるのだ。この光景を好意的にとらえるのも無理はないだろう。

 

「ありがとー!はい、お姉さんたちにもあげる!」

 

「ありがとう。…これ甘いわね」

 

「おお、ジューシーだな」

 

「甘い」

 

「お高い」

 

「ドライアード製の林檎ですので普通より甘いんですよ」

 

 林檎の皮を剥いたエルフがそう言うと、手に持っていた林檎の皮をそのまま地面に捨てる。

 

「おいおいいいのかよその場に捨てて」

 

「ええ、この村には掃除担当がいますので。彼らのご飯にもなるのでちゃんと地面に捨てます」

 

 エルフが言う通り、この村には掃除担当のモンスターがいる。それはスライムだ。現に今一匹のスライムがこちらに這い寄ってきている。訓練場は汗や血、肉などが飛び交うから餌に困らないのだ。

 

「おい、お前ら!遊んでんじゃねえ!」

 

 ブレインのその大きな声にビビった亜人達が一斉に散らばって行く。

 

「ったく」

 

「ブレイン様。タオルです」

 

「おう、ありがと」

 

 エルフがかいがいしくブレインの世話を焼く。お礼を言われて頭を撫でられたエルフは非常にうれしそうだ。頬が赤く染まっている。

 

「指導はいいのか?」

 

「一通り終わった。見りゃわかると思うがうちにはぶっちぎりで優秀なのが三人いる」

 

「大きな盾とハンマーを持ってるトロールと、剣を二本持ってるトロール、それにモンクのオーガか」

 

「ああ。まあ今団長の供周りに行ってる奴らはもっと強いんだがな。今村にいる連中だとここにいるのが最高戦力だな」

 

「六強のうち五人もいますしね」

 

「六強?」

 

 ブレインとガガーランが戦士の目線で話しあっている中にエルフが割り込んで行く。ブレインとガガーランは気付いていないが、それはエルフが二人の中を危惧したゆえの行動だった。

 

「森の賢王ハムスケとあの三人、俺と後ろにいるキバクロを合わせて六強って呼んでるやつらがいるのさ。最強は外に行ってるけどな」

 

「そんなに強いのか?」

 

「俺とあそこにいる三人が束になってかかっても全滅するな」

 

「おいおいまじかよ」

 

 ブレインもあそこにいる奴らも全員油断できないほどの相手。なのにそれが全員掛かりでも勝てないというのはいくらなんでもやばすぎる。

 

「ま、夜には分かるさ。そうだ、今日は初めて客が来た記念に宴にするのもいいな。おいてめえら!全員集合しろ!」

 

 ブレインが大声で集合をかけ、訓練してた亜人達が一斉に集まってくる。

 

「久し振りに宴すんぞ」

 

「まじっすか!?」

 

「うおー!俺肉取ってくる!」

 

「今すぐ狩りに行かなきゃ!」

 

「でも団長の許可ないっすよ?」

 

「大丈夫だろ、一応俺が副団長だし。それよりもあいつに酒を飲ませないよう気を付けろよ」

 

 ブレインの言葉にその場にいた蒼の薔薇とネム以外の面々が深く頷いてから散って行く。まさに阿吽の呼吸。宴はしたいが、団長の覇王モードに絡まれるのは勘弁してほしい。前の宴の後にも一回エンリが酒を飲んでしまったことがあったのだが、その時にはトロールが投げ飛ばされた。

 

「うたげ久し振りだねー」

 

「ああ、四か月ぶりだな」

 

「今までにも宴なんかやってたんですか?」

 

「この前、いきなり肉がここに降ってきてな」

 

「肉が?」

 

 蒼の薔薇が首をかしげる。肉が降ってくるなんて現象を彼女達は聞いたことがなかったので当然の反応と言える。

 

「フレアドラゴンのことだよ。あいつ何を勘違いしたのか戦力が全部ここにそろってる時に襲撃かけてきたからな。宴の肴になってもらった」

 

「ドラゴンを宴の肴ですか」

 

「お前らが来てくれたおかげで宴をする理由ができた。ありがたいぜ」

 

「私りんごジュース飲む!」

 

 ブレインとネムが楽しそうに笑いあってるのを見て、蒼の薔薇は本当にここが平和な場所であることを痛感する。

 

「じゃあ宴が始まるまでに村を案内してやれ。俺は村の連中にも話を通してくる」

 

 ブレインは人間種が暮らしているエリアに向かって歩いて行った。それを見送ってからネムと蒼の薔薇達も別の方向に向かって進み始めた。

 

 

「それでは新カルネ村に初めてのお客さんが来たことを祝しまして、乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 時間が巡って夕方。この前と同じ場所で宴で行われていた。エンリは音頭を取ってから蒼の薔薇のところに寄って行った。

 

「ようこそおこしくださいました。今日は楽しんで行ってください」

 

「いえいえ、そんなにかしこまらなくても結構ですよ」

 

「そ、そうですか?本当のアダマンタイト級冒険者様に無礼じゃないですか?」

 

「全然大丈夫ですよ。というか」

 

「というか?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

 エンリはラキュースの言葉に不思議そうに首をかしげるが、ラキュースはすぐに取り繕った。本当は「こっちの方が無礼かどうか心配なくらいです」と言うつもりだったのだが、さすがにラキュースにもアダマンタイトとしてのプライドがある。

 

「エンリさんは本当に優れた団長ですね。みんながあなたを心の底から慕っているのが分かります。あのグさんやハムスケさんにも忠誠を誓われてるんですからすごいですよね」

 

「そんなことないです。私は至って普通の村娘でしたから、みんなが忠誠を誓うエンリを演じるのに一苦労です」

 

「そうなんですか?かなり自然だったと思いますが」

 

 苦笑いをするエンリはどこからどう見ても村娘にしか見えない。しかしラキュースはそれを見て先ほど村に戻ってきた時のエンリを思い出す。イビルアイが勝てないと断言したトロールの上位種と森の賢王を従えて森から帰ってきたエンリはまるで凱旋している覇者のような圧を放っていた。

 

「ラキュースさんもどうぞ。これうちの村のドライアードが育てた林檎で作ったジュースです」

 

「これはどうもありがとうございます。これおいしいですね」

 

「甘いですよね。幸せです」

 

 エンリは本当に幸せそうに林檎ジュースを飲む。その様子はやっぱり村娘にしか見えず、ラキュースは混乱する。この同業者の本当の顔が見えない。

 ラキュースがエンリを見ながら林檎ジュースを飲んでいると、ガガーランとティアが近づいて来る。手にはお酒を持っている。

 

「おい団長ちゃん。ジュースじゃなくて酒飲めよ酒!」

 

「あ、こら!ガガーラン!」

 

 ガガーランが少々強引にエンリにお酒を進める。ラキュースはそれを止めようとしたが、エンリが手を上げたので言葉を止める。

 

「良いんです。いただきますね」

 

「おう!ぐびっと行け!」

 

「ん、一気」

 

 エンリはガガーランから受け取った杯を傾けて一気に飲む。そしてぷはぁと酒臭い息を吐く。

 

「おい筋肉、注げ」

 

「は?」

 

 覇王が再び降臨した。それを理解したカルネ村の住人が顔色を変えてエンリのそばから離れる。その様子に嫌な予感を感じながらもガガーランは豹変した目の前のエンリに話しかける。

 

「あ、あの団長ちゃん?」

 

「さっさと注げって言ってるのが聞こえねーのか?メスオーガ」

 

「いや、俺は人間だって」

 

「どこがだ!」

 

「ごばっ!」

 

 エンリのあまりの変化に戸惑っていたガガーランにエンリの鋭い突っ込みが入った。首に全力の手刀をぶち込まれたガガーランは一撃で意識が飛ぶ。

 ラキュース達は驚きすぎて言葉も出なくなっていた。

 

「酒乱?」

 

「ちょっとエロい」

 

 ティアとティナが言う通り、酔ったエンリはとんでもない酒乱である。頬が染まっている上、服の乱れとかも気にしないのでかなりの色気があった。

 

「おい貧乳仮面。注げ」

 

「貧乳仮面!?」

 

「そうだお前だよ。とっとと注げ。ったくなんだその仮面?かっこいいとでも思ってんのか?イビルアイって名前もそーだけどお前存在自体が痛いんだよな」

 

「ごはっ」

 

「イビルアイ!」

 

「イビルアイ死んだ」

 

「今のはひどい」

 

 酔ったエンリの容赦ない言葉にイビルアイは崩れ落ちる。精神攻撃を無効化できるはずのイビルアイがやられたのを見て残りの三人に冷や汗が流れる。

 

「おい、そこの二人」

 

「「なに?」」

 

「なんでいんの?」

 

「全否定!?」

 

「気付かれてすらいなかった!?」

 

 忍者は気配を消すスキルなんかも多く持っているが、今はもちろん使用していなかった。

 

「何かキャラも被ってるし、出来ることも同じだし、お前ら二人いる意味無いんじゃない?お、そうだ片方の首斬り落としてみよーぜ。すぐ区別付くだろ」

 

 エンリはケタケタと笑う。その様子にティアとティナ、そしてグの三人が肝を冷やす。

 

「どうした?グ」

 

「トラウマが…」

 

「あー、確かにあれは怖かったでござるな。懐かしいでござる」

 

 遠くで何か聞こえるがエンリは聞こえていないのか話を続ける。

 

「そっちの姉ちゃんは」

 

「わ、私!?」

 

 エンリはラキュースを上から下まで眺めてから手に持ってたお酒に自ら酒を注ぎ、一気に飲み干す。

 

「まあ、がんばれ」

 

「何で私だけ慰め!?」

 

「その鎧が早く着れなくなるといいな。うん」

 

「それは言わないで…」

 

 ラキュースが崩れ落ちる。その様子を不思議そうに眺めていたエンリはまだぎりぎりのところで踏みとどまっていたティアとティナの方を向く。

 

「そういやお前らどっちかがレズだって聞いたぞ。どっちだ?私がかわいがってやるよ」

 

「……今までありがとう」

 

「死なないでね」

 

 エンリはティアを引きずって家の方角に消えて行った。

 

「さすが団長だな」

 

「覇王降臨っすね」

 

「というか団長レズだったのか」

 

「だからあんなに鈍感なのか?男なんて眼中にねーってことか?」

 

「姫は男性だけで構成されてる組織に何度も襲われてるでござるからなー。そっちの道に行ってしまうのもおかしくないでござるよ。はっ、まさかそれがしも狙われて」

 

「……うん?」

 

「(ハムスケさんメスだったんだ)」

 

 一人残されたティナはカルネ村って本当に変な村であると実感していた。

 

 次の日、妙につやつやしてるエンリと気力を完全に消費しきったティアがエモット家から出て来た。

 ティアは何があったのかは決して言わなかったが、数週間後、血塗れの噂が一つ増えることとなった。

 

 曰く、血塗れは指先一つでアダマンタイト級冒険者に勝てる神の指を持っている。

 曰く、蒼の薔薇は血塗れ一人に敗北した。

 

 

 

 

 

 




ちなみにゴブリン達が蒼の薔薇をすぐに信頼したのはガガーラン――オーガに見えた――がいたから。亜人が仲間にいるならカルネ村にひどいことはしないだろうと考えたため。


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顔剥ぎ1

今回はオリジナル展開。



 ここは王都リ・エスティーゼ。王国で最も人口が多い都市だけあって様々なものが流れてくる。それを目的としてここを拠点とする冒険者も数多い。

 しかし、その日大通りを歩いていたそれらは王都でも初めて見られる顔だった。

 

「おい、何だあれ。トロールじゃねーか」

 

「ああ、アダマンタイト級冒険者血塗れが使役してるモンスターだとよ」

 

「さっき見た魔獣は?」

 

「トブの大森林の生きる伝説、森の賢王だそうだ」

 

「まじかやべえな」

 

「それよりも血塗れと目は合わせない方が良いぞ。あいつ一人でアダマンタイト級冒険者蒼の薔薇を壊滅させたって噂だ」

 

「嘘だろ!?それは化け物とかそういうレベルじゃないぞ!?」

 

 王都の住人達に遠巻きで見られていることを感じ、少し居心地が悪そうに身を震わせるガディ。それを見たブレインが彼に声をかける。

 

「殺すなよ」

 

「当たり前、俺はエンリ様の従魔。問題を起こせばエンリ様の評判、傷つく」

 

「ならいーけど」

 

「ブレイン様、ガディ様、屋台で適当に食べ物を買ってきました」

 

「あんがと」

 

「これは助かる」

 

 ブレインとガディの元に小走りで近寄ってきたのはエルフ達だ。彼女達が買ってきた物を食べながらブレインはあたりを見渡す。

 

「平和だな、ここは」

 

「団長がいないから」

 

「お前らにもそう思われてるのかあいつ。まあ間違えちゃいないけどな」

 

 ブレインはガディの言葉に思わず苦笑いになる。このトロールにもそう思われていると言うことはうちの村人はほぼ全員がそう思ってると見ていい。なぜならガディはカルネ村でもかなりのエンリ信者である。その忠誠心はグにも匹敵する。

 

「あいつらは大丈夫かね…」

 

 この王都には観光できたのだが、この人数だとかなり目立つし移動も大変だ。なのでエンリの提案で三つの班に分かれた。

ブレイン、ガディ、エルフ達の五人

エンリ、ハムスケ、リイジーの三人

ネム、キバクロ、グの三人

 この三つだ。エンリの班も王都を観光しているはずだが、ネムの班は宿屋に待機していたはずだ。それと言うのも、今日で王都は三日目なのだが、初日にネムが人混みに流されて以来人混みが苦手になってしまったのだ。

 

「何か問題が起こらなきゃいいけど」

 

「何でこう人の街に行くといつもいつも何か起こるんですかね」

 

 エンリがハムスケ達と王都を歩いていると、悲鳴が聞こえた。ブレインの儚い希望も粉々に打ち砕くような悲痛の叫びだ。

 

「リイジーさんは宿に戻っていてください。ちょっと様子を見てきます」

 

「気を付けるんだよ!」

 

「はい、それはもちろん。ハムスケさん!」

 

「合点でござる!」

 

 エンリは慣れた様子でハムスケにまたがると、走るように頼む。ハムスケは人混みの上を飛び越え、屋根を走り、悲鳴の上がった場所に急行した。

 

「なっ!?」

 

 そこにいたのは首があらぬ方向に曲がった衛兵らしき男の死体が二つ。腰が抜けて動けなくなっている女性が一人。そして蒼の薔薇リーダーのラキュースが腕から血を流して前方を睨みつけていた。

 

「ラキュースさん!」

 

「エンリさん、気を付けてください!そいつは強い!」

 

「ええ、分かります」

 

 ラキュースが見つめる先にいたのは醜悪な見た目をした化け物。その正体は――

 

「ハムスケさん、敵は吸血鬼です」

 

「これが吸血鬼でござるか」

 

 そう、吸血鬼。本来なら白金クラスのモンスターだ。ハムスケならば一撃で殺せてもおかしくない雑魚だ。しかし、エンリはその考えを完全に否定する。吸血鬼は日中では動きが鈍る。しかし目の前のこいつは昼間なのにアダマンタイト級冒険者であるラキュースに傷を負わせた。

 

「ぎあやあああ!うらめしゃあああ!そおかおがうらみゃああ!」

 

「え?」

 

「来るでござる!」

 

 エンリはヴァンパイアの声に意味のあるものを感じたが、それが何かを理解する前に戦闘は始まった。ヴァンパイアが地を蹴る。その速度はブレインよりも上だ。ハムスケは慌てて横に回避する。

 

「にがさあああああい《エレクトロ・スフィア/電撃球》!」

 

「跳んで!」

 

 横から飛んでくる雷の球を茫然と見つめていたハムスケだったが、エンリの言葉にとっさに跳び上がる。そしてそばにあった家の屋根に飛び乗った。

 

「姫!こいつ強いでござる!」

 

 ハムスケが声を荒げるのも無理はない。エンリの記憶が確かなら今の魔法は第三位階だ。カルネ村ではリイジーとエルフだけが使える位階の魔法。ハムスケはもっと上の位階の魔法を使えるが、補助系がほとんどで攻撃魔法は無い。

 

「ハムスケさん!接近戦です!」

 

「了解でござる!」

 

 エンリはそう言ってから自らのスキルを発動させる。これは自分のまたがっている騎獣の身体能力を上昇させることができるものだ。同時にハムスケも武技を発動させる。しかし相手はさらに格上だった。

 

「ならならなら!こっちもおおおおーーー!」

 

 そう言うと様々な強化魔法を自身にかけて行く。これでは差を埋めるどころかさらに上に行かれただけだ。だが、エンリとハムスケを助けるべく動いた者もいる。ラキュースだ。彼女はもうすでに自らの傷を治療し終えていた。

 

「援護します!」

 

「お願いします!」

 

 ラキュースからハムスケに対して補助魔法が飛んで行く。これでこちらの方が強化的には上。後はどちらの方が強いかはっきりさせるだけだ。しかしエンリはなんとなくだが目の前にいるヴァンパイアの強さが分かっていた。

 日光による能力値の低下と魔法強化の差、そしてエンリのスキルによる強化を含めてもこちらの方が少し下だ。エンリはそう直感した。そしてそれは間違っていない。実際このヴァンパイアはレベルで言えば50ほどはある。LV40のハムスケでは勝ち目は薄い。が、時間稼ぎぐらいなら出来るだろう。グかイビルアイが来るまで粘れば勝てる可能性は十二分にある。

 

「ハムスケさん。倒そうとは考えずに時間を稼ぎます。グかイビルアイさんが来るまで粘りましょう」

 

「合点でござる。《能力向上》」

 

 エンリの作戦にハムスケはうなずく。それが最も勝率が高いとハムスケも気が付いているのだ。そして、戦闘が始まった。

 

「ぎゃぎゃがyがy!!」

 

 ヴァンパイアは真っすぐ突っ込んでくる。それに対してハムスケは動かずに、さらに新しい武技を発動させた。それは《領域》と呼ばれるブレインのオリジナルの武技だ。ハムスケは尻尾の届く20m

あたりまでをこの領域で完全に知覚できる。そしてそこにさらにブレインから教わった武技《瞬閃》を発動させる。それこそがハムスケの奥の手、『尾鞭一閃』

 

「喰らうでござる!」

 

「ごぎゃああああ!!くそなまいきなああああああ!!」

 

 エンリは冷や汗をかく。ハムスケの尾鞭一閃はブレインの虎落笛を尻尾で再現した武技であり、グを除けばカルネ村に防げる存在はいない。それほどの一撃を受けてあのヴァンパイアはそれほど答えた様子がない。

 

「これは……思ってたよりやばいかも」

 

 激戦だった。ハムスケの武技、エンリのよる強化、的確な指示出し、ラキュースの魔法による支援。そのどれもがなければ負けていただろう。それほどまでの強敵だった。

 だが、勝てたわけではない。なぜか途中でヴァンパイアが逃げ出したからだ。追おうとしたのだが、どこからか現れたゾンビ達に邪魔をされて逃げられてしまった。

 増援が到着したのはハムスケの尻尾の一撃が最後のゾンビの頭を叩き潰した時だった。

 

「団長!ご無事ですか!?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。グはリイジーさんに聞いて?」

 

「はい。遅れてしまい申し訳ございません」

 

「かまいません。それにしても」

 

 強かった。とてつもなく強かった。エンリはその場にへたり込む。今までの敵の中で最も強かったと言っても過言ではない。それほどまでの相手だった。

 

「おいおい団長大丈夫か?」

 

「なんとか。あれはやばいですうちじゃグしか勝てないでしょうね」

 

「うげ、それは本気でやばいな」

 

 遅まきながら到着したブレインもヴァンパイアの強さを知って顔をしかめる。はっきり言って難度100にも届いていないブレインや他の部下が来ても意味は無かっただろう。

 

「難度150くらいですかね。多分ですけど」

 

「150か。そりゃあ確かに俺らじゃ無理だな。逆によく三人でしのいだな」

 

「ぎりぎりでしたね」

 

「本当に」

 

 ラキュースも寄ってくる。今までハムスケの治療に当たってもらっていたのだ。幸いハムスケも大した怪我は無かったが、もうしばらく戦っていたらラキュースの魔力が尽きて負けていただろう。

 

「とりあえず冒険者組合に報告に行くか」

 

「そうですね。そうしましょう」

 

 エンリ達はガガーランの提案に従って冒険者組合へ向かう。ゾンビの死体――と言っていいのか、とにかく倒したゾンビを回収している衛兵を横目に見ながら、エンリは胸の中に何かもやもやしたものがあるのを感じていた。

 

 

 

 難度150近いヴァンパイアが王都内にいる。その報を知らされた王都の冒険者組合はすぐさま冒険者たちを集め、作戦会議を開いた。

 

「――というわけでエンリさんと私、そしてハムスケさんの三人がかりでぎりぎりどうにか持ちこたえられました。日光による能力の低下、回復魔法、武技などの要素があってぎりぎりです」

 

「難度はどのくらいなんだ?」

 

「最低でも130。エンリさんの推測では150近い」

 

 会議室に集まった冒険者の内、ミスリルのプレートを下げた冒険者が手を上げて質問する。そしてそれに対するラキュースの答えを聞いて黙りこくる冒険者たち。彼らが内心で思っていることはラキュースにも手に取るように分かった。つまり、勝てるわけがない。

 

「150って、そんなの倒せるのか!?」

 

「いくらなんでも無理だろおい」

 

「嘘ついてんじゃないのか?自分の功績を大きくさせるために」

 

「ンなわけねえだろ。テメエみたいなせこい奴とアダマンタイトは違うんだよ」

 

 倒せるわけがないと絶望する者、必死に考えを巡らせる者、嘘であると笑い飛ばそうとする者。色々な発言が飛びかう。それを止めたのはエンリだった。エンリは手のひらを叩き合わせて大きな音を立てる。それだけで今まで大声で悲鳴にも似た発言を繰り返していた冒険者たちは黙った。

 

「そのくらいにしておきましょう。私の配下のグは難度180近い強さを持っているので討伐自体は問題ありません。問題はどうやってヴァンパイアを見つけ出すのか。それとどうやってグとの直接対決に持ち込むか、です」

 

 エンリのその堂々とした立ち振る舞い、勝てる根拠、そして明確な指針を示され、ようやく冒険者たちが理性的に作戦を検討し出す。

 

「探すしかないだろ」

 

「どうやってだ?向こうは魔法も使える。顔を変える魔法があるかもしれない」

 

「幻術か」

 

「何かヴァンパイアが引き寄せられそうな、餌にできそうなものは無いのか?」

 

「そんなものあるか?」

 

「ないな。聞いたこともない」

 

 色々な案が飛びだす中、エンリは一人の冒険者が言った内容について深く吟味していた。餌を使っておびき出す。それが今のところ最も行けそうな案だ。しかし、何を餌にすればヴァンパイアが釣れるのかが分からない。

 深く考え込んでいたエンリを現実に引っ張り上げたのはまた別の冒険者だ。オリハルコンのプレートを首から下げている。

 

「その吸血鬼はどんな容姿だったんだ?参考までに聞かせてほしい」

 

「顔ですか?そうです………顔?」

 

「いや、一応聞いておこうと思ってだな」

 

「顔、そうか顔だ」

 

「姫?」

 

 ハムスケが首をかしげてエンリの顔を覗き込む。しかしエンリはそれに気がつかないほど頭を回転させていた。思い出すのはあのヴァンパイアが使役していたゾンビ。衛兵に回収されたゾンビ達には共通点があった。

 

「顔です!それに性別…」

 

「顔でござるか?」

 

 エンリが顔を上げるとその会議室にいた全員がエンリの方を見ていた。それはこの状況を打開してくれるかもしれないと言う期待が込められていた。

 

「あのヴァンパイアが操っていたゾンビには二つの共通点があります。一つは顔が剥ぎ取られていたこと。もう一つは全員女性だったこと。あれが死体をもとに作られたとするならば、あれはあのヴァンパイアの被害者。つまりヴァンパイアが襲った人間であるはず」

 

「そう言えば今日あのヴァンパイアが襲っていたいたのも女性だったわね。でもそれがどうしたの?」

 

「餌ですよ。多分あのヴァンパイアは逃げたんじゃない」

 

 不思議そうに首をかしげるラキュース。そしてこちらを見る冒険者たち。それらをちらりと見てからエンリは続ける。

 

「ヴァンパイアの狙いは間違いなくその女性でしょう。ですが襲う途中でもっと綺麗な女性に邪魔をされます」

 

「……あ、私!?」

 

「ええ。そして顔剥ぎはターゲットをラキュースさんに変えたはずです」

 

「なぜラキュースに替えたんだ?ラキュースの方が強くて獲物としては不適格だろ」

 

 エンリの説に質問をしてきたのはイビルアイだ。エンリはイビルアイの疑問に少し考えてから再び口を開く。

 

「顔を剥いだ理由は色々考えられますが、女性の顔だけを剥いでいたと仮定すると容姿に何かコンプレックスがあるとかかもしれません。今にして思えばあのヴァンパイアは『その顔が恨めしい』と言っていた気がします」

「まあヴァンパイアは醜悪な見た目してるからな」

「だから綺麗な顔を剥いで集めている。無い話じゃねえな」

「それなら鬼ボスに標的を変えたのも納得」

「鬼リーダーは容姿はとてもいい」

 

 ガガーランとブレインが同意してくれる。イビルアイも納得したようで一歩下がる。周りの冒険者たちも異論はないようだ。

 

「話を戻しますが、ラキュースさんにターゲットを変えたヴァンパイアがそれをさらに変えなければいけない事態になります。私とハムスケさんの加勢です。しばらく戦ったヴァンパイアはこのままでは駄目だと言う結論に至ったはずです。撤退を決め、ゾンビ達に私たちの足止めをさせる。そして――」

 

 エンリは言葉を詰まらせる。しかし一回深く深呼吸をしてから続けた。

 

「おそらく最初のターゲットを狙いに行ったのでしょう」

 

「え?」

 

 ラキュースが目を見開いてエンリを見てくる。エンリに確証はないが、確信はしていた。この理由ならばあのヴァンパイアが途中で引いた理由も理解できる。しかしこの仮定が正しいとするとラキュースが助けた女性はもう生きていないだろう。

 

「多分ですけどね。でももしそうだとしたら……いけるはずです」

 

「なにがでござるか?」

 

「釣りですよ」

 

 エンリはくいっと竿を引き上げる仕草をすると、部屋にいる全員を見渡して宣言する。

 

「あの人間を舐め腐ったヴァンパイアは餌にかかり次第ぶっ殺します」

 

 エンリの体から発せられる圧に冒険者たちが息をのむ。エンリも静かにキレていたのだ。手加減するつもりはなかった。

 

「作戦を考えたので私の言う通り動いてください。大丈夫、きっと勝てる」

 

 エンリは微笑んだ。それは全てを支配し意のままに操る覇王の笑みだ。

 

 

 

 

 

顔剥ぎ LV51

種族レベル

ヴァンパイア LV15

職業レベル

ウィザード LV10

ネクロマンサー LV10

ファイター LV10

カースドナイト LV6

 




次回、顔剥ぎVSグ+イビルアイ

六腕「俺らの出番は?」
黄金「ないです」


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顔剥ぎ2

前回のあらすじ:クエスト『顔剥ぎ』が発生


 夜、人気のない道を一人の女が歩く。彼女はアダマンタイト級冒険者、ラキュースだ。今はおとり役としてヴァンパイアを釣ってる作戦の最中だ。周りには魔法で気配を隠した血塗れのメンバーと蒼の薔薇のメンバーが待機している。他の冒険者たちは他の場所の警護にあたっている。

 

「来るのかね」

 

「一度狙った獲物に再び食いついたことを考えれば可能性は高いですね」

 

 あのヴァンパイアはラキュースとの戦闘になる前に襲っていた女性をもう一度襲ったことが調査で判明している。つまり一度喰いついたラキュースにもう一度食いつく可能性は高い。

 

「あのときのラキュース殿は怖かったでござるな」

 

「ラキュースさんは優しい人ですからね。許せなかったんでしょう。無論私もむかっ腹ですが」

 

「団長をキレさせた奴はほぼ確実に死ぬからな。ヴァンパイア終わったな」

 

 ブレイン、エンリ、ハムスケが小声で会話している間も口を一切はさまない者がいた。グと蒼の薔薇のチームだ。グは自分と同格かもしれない敵との戦いに備えて集中力を高めている最中だし、蒼の薔薇の面々はラキュースが心配ではらはらしてる。特に心配してるのはイビルアイだった。

 

「ヴァンパイアの強さがエンリの言う通りなら間違いなく魔神級だな」

 

「そう心配すんなよ貧乳仮面。大丈夫だって」

 

「誰が貧乳仮面だ!」

 

「イビルアイさん声が少し大きいです。それにブレインさんもそんなこと言っちゃだめですよ」

 

「いや、これお前が……何でもない」

 

「……ヘルプに入ったつもりなんだろうが、お前のせいだからな」

 

「はい?」

 

 エンリはお酒が入った時のことは覚えていない。イビルアイを五秒で落としたことも蒼の薔薇を全滅させたことも覚えていないだろう。だから不思議そうにブレインとイビルアイの顔を見比べる。

 

「おい!あれ、そうじゃないか!?」

 

 ガガーランが叫ぶ。器用に小声でだ。エンリ達がガガーランの指さす先を見るとヴァンパイアがいた。ゆっくりと後ろからラキュースに忍び寄っている。

 

「うわー、バカだ。本当にかかりやがった」

 

「計画通りイビルアイさんがラキュースさんの元へ。グは後ろからヴァンパイアを挟撃。他の人達は側面からヴァンパイアが逃げないように」

 

『了解』

 

 イビルアイが転移系の魔法でラキュースの元に移動する。いきなり現れたイビルアイにヴァンパイアが驚く。しかし何かしようとしてももう遅い。側面はすでにそうそうたるメンツで囲まれ、後ろからはグだ。

 

「《疾風走破》」

 

 グが武技を発動させて一気にヴァンパイアに攻め込み、戦いが始まった。グの剣が火を帯びる。グの装備はフレアドラゴンの素材をもとに作られた魔法の武器防具である。剣は火属性ダメージを相手に与える効果があり、防具の方は火属性と氷属性のダメージにある程度の耐性を与えてくれる。

 昼間の戦いと違い、有利なのは圧倒的にこっちだ。周りからグとイビルアイに補助魔法が飛ぶ。

 

「《ペネトレートマジック/魔法抵抗難度強化》《クリスタル・ダガー/水晶の短剣》」

 

 イビルアイの防御突破を込めた純粋な物理系魔法がヴァンパイア――顔剥ぎの足を抉る。そしてその間にグは自らをさらに強化する。

 

「《能力向上》《能力超向上》」

 

 グにハムスケの様な必殺技は存在しない。一撃一撃が十分にすさまじいからだ。ハムスケがブレインタイプの戦士だとしたらグはガゼフタイプ。武技を組み合わせたりはせずに、単純な一撃を好む。

 

「《神技一閃》!」

 

 グの放った一撃が顔剥ぎに直撃して吹き飛ばす。そこにさらにイビルアイの拘束魔法《サンドフィールド・ワン/砂の領域・対個》が発動し、動きを封じる。

 動きが止まってしまえばこちらのものだ。グは自らの放てる最高の攻撃を繰り出す。その技は相手が動いていると全て当てるのが難しい武技、《四光連斬》。ブレインやハムスケのように《領域》が使えれば動いている相手にもあたるのだが、あいにくグに《領域》は使えなかった。しかし動いていないのなら話は別だ。

 

「《四光連斬》!」

 

 四つの剣の斬撃が顔剥ぎに吸い込まれていく。その一撃は顔剥ぎの体力を著しく削った。

 

「がああああああくあおおあがががが!!」

 

 拘束魔法から逃れた顔剥ぎが悔し紛れに防具の隙間に貫き手を放ってくるが、グの体に少し傷を付けるだけで終わった。そしてその程度の傷はトロールの再生能力によって即座に治る。

 

「このまま単純なミスに注意して倒しましょう!」

 

「了解!《流水加速》《神技一閃》ふん!」

 

 もうすでに顔剥ぎは風前のともしびだ。自分よりも強いのを二体同時に相手にしていながら、魔法による強化を一切させてもらえない連激の嵐。

 

「終わりだ!《クリスタル・ダガー/水晶の短剣》」

 

 顔剥ぎはそのまま大した抵抗もできぬまま、イビルアイの放った魔法で倒された。

 静寂が降り、みんながみんな顔剥ぎの死体を眺める。そんな中でグがエンリの元まで歩み寄り、平伏した。

 

「団長、計画通り終わらせました」

 

「……はい。完璧でしたよ」

 

「…おお!勝ったな!?」

 

「昼間の借りは返してやったでござる!」

 

「うおっしゃあああ!」

 

「やった」

 

「ぶい」

 

 みんながいっせいに勝鬨を上げる。エンリも素直に喜んでガッツポーズを決めた。しかし、少し気になっていることもあった。

 

「(顔剥ぎはどこから来たのかな?突然現れるような弱いモンスターじゃないと思うんだけど)」

 

 そんな疑問が頭をよぎったが、すぐに振り払う。何者かが解き放ったモンスターだという非常に怖い妄想を。

 

 

 

 時は少しさかのぼり、顔剥ぎが現れる30分ほど前。宿屋の屋上ではネムがエンリ達の勝利を願って祈っていた。誰も死なずに帰還しますように、と。そこに一人の男が現れる。顔が完全に隠された見るからに怪しい男だ。しかしネムはその男に対してマイナスの感情は抱かなかった。抱いたのは興味。

 

「おじさんここでなにしてるの?」

 

「…お前はなぜ祈る?ここでお前が祈っても何の意味もないだろう。結果は何も変わらない」

 

「そんことないよ。それに祈らずにお姉ちゃんがけがでもしたらきっとすごいこーかいするよ」

 

「姉がいるのか?あの討伐隊の中に」

 

「うん!お姉ちゃんはみんなの団長だよ!」

 

「ああ、あのジェネラルの娘か」

 

 妖しい男は何かに思いを巡らせるようなしぐさをした後、思い浮かぶ相手がいたのか何度かうなづく。

 

「だが結局お前がやってることはただの自己満足だ」

 

「それでもやるの」

 

「なぜだ?人間と言うのは全く度し難い。まあ、そんなところは嫌いではないが」

 

 男は小声でそうつぶやく。かなり小さい声であったが、ネムには聞こえていた。ネムはそんな男の素直じゃない態度に笑みを浮かべる。しかし、男が身を翻してどこかに行こうとすると慌てて止める。

 

「どこいくの?」

 

「別の場所へ。この街では調子に乗った六腕とか言う雑魚に面倒かけられたからな。もう去る」

 

「いっちゃやだー」

 

 男は足に抱き付くネムに困惑する。なぜここまで必死に自分を引きとめるのか分からないのだろう。しかしちょっと嬉しそうではあった。

 

「なぜ引き留める?私の様な得体の知れないものを」

 

「おじさん悪い人じゃないでしょー?おはなししよう」

 

「話、か。別に今あったばかりのお前と話すことなどない」

 

「そんなことないよ!ちょっと話しただけでも人はお友達になれるんだよ!」

 

 ネムのその言葉に男は少し身動ぎする。顔が隠れていて分かりにくいが驚いたようだ。

 

「……私が友達なのか?」

 

「うん」

 

「怪しいのにか?」

 

「うん」

 

「ぶっちゃけ私は人間じゃないぞ」

 

「うん」

 

「私は悪魔だ」

 

「ネムの友達は人間の方が少ないよ!」

 

 ネムが胸を張って言いきる。そんなネムをみて男は少しの間黙った。

 

「そ、うか。お前がそう言うのなら友になってやらんでもない。しかし勘違いするなよ?私がお前の友になりたいわけではなく、お前が言うから仕方なくだ」

 

 そわそわしながらそんなことを言う悪魔の男は嬉しそうだ。顔どころか全身が隠れているのに喜んでいると分かる。セリフも実にツンデレ的だ。

 

「うん!これでおじさんもネムの友達だね!そうだ、これあげる!」

 

 ネムが取り出したのはカルネ村産の林檎だ。王都に売っているどの林檎よりも甘いそれはネムのお気に入りだ。男はそれをためらいがちに受け取る。

 

「ふん!もらってやろう。しかし勘違いするなよ?欲しいわけではなくお前がくれると言うから仕方なくだ」

 

「分かってるよー」

 

「本当に分かってるんだろうな」

 

 ネムはブツブツ言いながらも受け取った林檎を丁寧にしまう男を見て嬉しそうに笑う。男はネムに笑われて少し拗ねたようだ。

 

「ふん、かわいいがき…じゃなかったかわいくないがきだ」

 

「お姉ちゃん大丈夫かなー」

 

 ネムが不安そうに上げた声に男は我に帰る。完全にネムのペースに飲まれていたことに気が付いたのだ。

 

「…大丈夫だろう。お前の姉が連れていたトロールキングはLV60近かった。顔剥ぎのレベルは51だから負けることは無い。他にも仲間がいるようだしな」

 

「うん!お姉ちゃん強いよ!みんなも強い!」

 

「…尊敬してるのか?」

 

「うん!ネムも将来お姉ちゃんみたいになりたい」

 

「それはやめとけ」

 

 即答だった。男は一瞬も考えずにネムの夢を即断した。男はネムがああいうタイプの女性になるのは嫌だった。あれはなんか怖くて嫌だと男は思った。

 

「お姉ちゃん優しいんだよ?お姉ちゃん村長さんなんだけど、色んな人を集めて村をにぎやかにしてるんだよ」

 

「ふむ、上に立つ才能があることはなんとなくわかるが。あれはカリスマ持ちだろう」

 

「うん、みんなもカリスマがあるってよく言ってるよ!この前もブレインが団長には絶対言えないけど俺は団長にずっと付いてく気だって言ってた」

 

「それ私に言っても大丈夫なのか?」

 

「あ」

 

 ブレインの知らぬところでブレインの決意がばらされていたのだが、当の本人はその場にはいなかった。

 

「おじさんが黙ってれば大丈夫だよ!あとね、それを聞いたハムスケさんもブレインさんと同じだーって言ってね、ブレインとハムスケずっと一緒にお姉ちゃん支えようって」

 

「ふむ友情だな」

 

「二人ともすごい仲良いんだよ。でもみんなには内緒って言ってた」

 

「ん?じゃあお前は何でそれを知ってるんだ?」

 

「外でみんな聞いてたんだよー。二人とも酔ってたから気付いてなかったけどー。あ、でもお姉ちゃんは寝てたから大丈夫!」

 

「そうか」

 

 少しそのブレインとハムスケという奴らがかわいそうになってきた男だったが、突然顔をはね上げた。見てる方向はエンリ達のいるところだ。

 

「どうしたの?」

 

「どうやらクエストを達成したようだな。顔剥ぎが討伐された」

 

「お姉ちゃん達勝ったの?やったー!」

 

 男は飛び上がって喜ぶネムにまぶしいものを見るかのような視線を送る。そしてネムが落ち着いてから別れの言葉を言う。

 

「ではな。少しだけ、本当に少しだけだが楽しくもなくもなかったぞ」

 

「それどっち?」

 

「ふん、そうだお前にはコレをやろう。と、と、ともだ……おほん!知人のよしみで特別いいのをくれてやる」

 

「そっかー。友達のあかしだね!ネム大事にする!」

 

 男はネムのその言葉を否定することなく、転移系の魔法でどこかに消えて行った。ネムの手の中には魔封じの水晶が握られていた。

 

 

 

 

 顔剥ぎを討伐したことを冒険者組合に報告した蒼の薔薇と血塗れは、血塗れが泊まっている宿屋にて祝勝パーティーを開いた。しかしお酒の類は一切なかったが。

 

「本当にお酒はよかったんですか?ブレインさんとか好きでしょ?」

 

「いいんだ。酒が置いてるとまるで因果律が操作されているかのごとくお前の元まで酒が届くからな」

 

「まじかよ」

 

「それはすごい」

 

「でももう一回酔ってほしいかも」

 

「ティア、落ち着きなさい」

 

 ブレインが疲れたような笑みを浮かべ、ガガーランも苦虫を噛み砕いたかのような顔になる。ティアだけは頬を赤らめていたが、他の人たちもみんな似たような顔をしていた。

 

「転んで口に含む、隣の奴の酒を間違えて飲む、ジュースだと思って飲む、そのどれもであの(・・)エンリが降臨してるんだぜ?」

 

「怖いな」

 

「怖いなんてもんじゃねえよ。ハムスケは毛がごわごわなことで怒られるし、グは忠誠心がぶっちゃけきもいとか言われる始末だ」

 

「鬼団長」

 

「鬼村長」

 

 エンリから少し離れたところでぼそぼそと会話をする彼らを不思議そうに眺めているエンリに話しかけたのはラキュースだった。

 

「そう言えばエンリさんはこの後はすぐ村に帰るんですか?」

 

「はい。ただ、帝国のジルクニフ様から招待状が来てたので、少ししたらそっちに行くつもりです」

 

「ふーん、そうなんですね」

 

 ラキュースはくいっと杯を傾け、ジュースを飲む。そしてさらに一拍置いてからエンリに詰め寄った。

 

「はい!?え、どういうことですか!?」

 

「そのままの意味ですよ?向こうの皇帝さんは中々勘が鋭いですね。いや、偶然かもしれませんが」

 

「…?」

 

 エンリは何が何やらよく分かっていないラキュースを少しかわいいと思いつつも自分の考えを打ち明ける。

 

「私は今見定めてる最中なんですよ。どの国が一番私たちが所属して利益になるのか」

 

 エンリの言葉はまるで上からの発言である。しかしラキュースにはそうは思えない。カルネ村の戦力は王国軍くらいたやすく殲滅できるものだった。

 

「私が考えている限りだと一番良いのは帝国なんですよね、交渉次第では――」

 

 エンリは口元をゆがませる。それはまるで酒を飲んだ時のエンリのような笑みで、ラキュースは背筋が凍るのを感じた。

 

「私たちは冒険者をやめることになるかもしれません」

 

 

 




11巻に名前だけ出ていたツンデレ悪魔メフィストフェレスを出しました。こんな性格だと面白いなという一種の妄想です。
もし原作でメフィストフェレスが出てきたらこいつはまた別の悪魔っってことにしておいてください。
ネムが第十位階魔法を(一度だけ)使えるようになりました。

追記
メフィストフェレスは11巻でアインズ様が語っていた「光にあこがれる悪魔」で、善の存在に対してツンデレなセリフを吐くNPCです。
おいしい依頼や高レベルな依頼をくれることからプレイヤーの中では黒い仔山羊に次ぐ人気キャラだそうで。


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帝国

遅れてすいません。ちょっと忙しくなってきたので不定期更新になると思います。
感想が80件に到達ました。皆さん本当にありがとうございます。感動で涙が止まりません。

前回の顔剥ぎ事件から一カ月たってます。




 帝国領、東の巨人であるグの支配下だったあたりの森を左に見ながら、一台の馬車が走る。馬車を曳いているのは大魔獣、森の賢王ハムスケ。彼女の曳く馬車はかなり大型のもので、屋根がない。それも当たり前だ。これはトロールなどの大型の亜人を運搬するためにリイジーが考案した品物なのだから。

 

「皇帝に呼ばれるなんて本当に緊張しますね。私今まで貴族の人ってラキュースさんしか会ったことないんですよね」

 

「俺は何度かあるが、それでも皇帝は緊張するな」

 

 現在エンリはカルネ村トップ3であるグ、ハムスケ、ブレインを連れて帝国の首都、帝都アーウィンタールに向かっているところである。目的は皇帝ジルクニフと話をすること。その結果次第では冒険者をやめるかもしれない。

 

「何でブレインさんは冒険者でなくなったとしても私に付いて来てくれるんですか?」

 

「あ?ああー、そりゃあ俺はお前のこと嫌いじゃないし。それに計画通りに進めば俺はガゼフとやれるんだろ?」

 

「ええ、計画通りに全て進めばブレインさんはガゼフさんと戦えます」

 

 エンリはすでに村人全員を集め、自分の考えた作戦を語っている。そして自分に従えないものは村を去るようにと言った。手切れ金も十分に渡すし、エ・ランテルまで護送もすると。

 そのエンリの問いかけに一番最初に答えたのは移民として村にやってきた男だった。何の技術も持ってない農民の男であり、カルネ村では農作業が仕事であった。そんな村の中でもトップレベルに弱い彼が一番に叫んだ。――そんな恥知らず俺が殺してやる……と。しかしエンリがその男の気迫にのまれる中、それに呑まれるものは一人もいなかった。全員が当たり前だとその男に返し、カルネ村からいなくなったものは一人もいなかった。

 

「あの時はちょっと泣いちゃいました」

 

「俺らはみんな団長を信頼してるってことだ」

 

「我らを率いてくださる団長に付いて行くのは当然のこと。それに団長の計画は勝率がすさまじく高い。帝国とうまく交渉できればほぼ確実に勝てる戦いだ」

 

 そう、エンリの計画は完全に勝ちが決まっている戦だ。不安要素もないこともないが、この前の顔剥ぎの時と同じくらいの勝率と言えば分かりやすいだろう。

 

「ま、今から不安に思っても仕方ないだろ」

 

「そうなんですけど……」

 

「結構上から目線で交渉するんだろう?」

 

「舐められていいことないんで」

 

 そう、こちらが下手に出ての交渉ならエンリもここまで嫌がりはしない。しかし、今回の交渉はそういうものではないのだ。こちらが帝国に手を貸してやる。そういう交渉なのだから。

 

「はぁ、不安だな。無礼打ちとかされたらどうしよう」

 

「こっちも無礼打ち返ししてやればいいのでは」

 

「あ、確かに」

 

「(納得しちゃうのか)」

 

 グの狂ってるとも言える意見にエンリは普通に納得する。そして何を怖がることがあると不敵な雰囲気を醸し出した。完全に交渉しに来た人間の態度じゃないが、本当の意味でエンリっぽくなってきたのでまあいいかとブレインは何か言うことは無かった。

 

「さすが団長」

 

「あたりまえだ。団長は最強だ」

 

 ある意味平常運転である。

 そしてハムスケ車は帝都へ到着した。皇帝からの招待状を門番に見せると、慌てて伝令を飛ばす。そして割とすぐに迎えの騎士が来る。その先頭を歩く騎士を見てエンリは少し驚く。結構強い。ブレインほどじゃないが、オリハルコン級かそれ以上。

 

「ようこそいらっしゃいました。私の名前はニンブル・アーク・デイル・アノック。皇帝陛下より四騎士の地位をいただいております。長いのでニンブルとお呼びください。」

 

「これはご丁寧にありがとうございますニンブルさん。私はエモット亜人傭兵団団長、エンリ・エモットです。一応アダマンタイト級冒険者です。後ろにいるのは私の配下です。右からグ、ハムスケ、ブレインです」

 

 三人が紹介された順に頭を下げる。それを見て、ニンブルは体が震えるのを自覚する。どれも決して自分では勝てないことが分かったからだ。ブレインは四騎士の四人がかりだったら勝てるかもしれないが、他の二匹は絶対に勝てる気がしない。

 

「震えてらっしゃいますよ」

 

「!?い、いえ何でもありません」

 

 そしてニンブルが一番怖かったのは目の前の少女の雰囲気である。こちらは帝国の重鎮であり、戦力差があってももう少し怖れを感じてもおかしくない。しかしこの少女からそんな気配は一切ない。容姿は普通の少女にしか見えない、浮かべている表情も普通だ。なのに雰囲気はまるで覇王のそれだ。

 

「そ、それでは城までご案内します。皇帝陛下も楽しみにされていましたので」

 

「そうですか、楽しみですね」

 

 エンリは笑顔を浮かべる。それはやはり普通の少女の笑顔だ。しかし村娘状態でも覇王の圧が抑え切れていない。

 そして、エンリはついに皇帝ジルクニフに謁見した。ブレイン、ハムスケ、グも一緒である。エンリは自然体だった。ブレインたちも特に緊張した様子は無く、後ろで待機をしている。

 

「ようこそいらした。私はすでにあなた方の名前も把握してるが、出来ればあなた方の口から聞きたい。構わないかね?」

 

「ええ、その程度でしたら。ではまず私から自己紹介をさせていただきます。私はエモット亜人傭兵団団長、エンリ・エモットです。後ろは右からトロールキングのグ、森の賢王のハムスケ、副団長のブレインです」

 

 三人は頭を下げる。しかしそれは先ほどニンブルへ向けた軽い会釈とは違い、深いものだ。

 

「私はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。長いのでジルクニフで結構。エモット殿とは一度会って話してみたいと思っていたのだよ」

 

「ええ、私もです」

 

 まずは互いの自己紹介から。エンリもジルクニフも互いに笑顔を浮かべている。まだお互い手札を全く切っていない状態であり、余裕を保っている。この余裕が保てなくなった方が負ける。これはそう言う戦いだ。

 

「このような堅苦しい場ではなく、もっと落ち着いた場で話したい。早速だが部屋を移ってもいいかな?」

 

「皇帝陛下がおっしゃるのであれば是非もありません」

 

 エンリがこの一カ月でどうにか身につけて来た礼儀作法を使いながらジルクニフに頭を下げる。そんなエンリにジルクニフは笑いかけた。それは普通の少女であれば惚れてしまいそうなさわやかな笑みだったが、鉄壁鈍感娘のエンリには全く効いていなかった。

 

「(さすがはアダマンタイト級冒険者と言ったところか。まったく動じないとは)」

 

「(礼儀作法って窮屈で本当に嫌だな)」

 

 帝国の賢帝ジルクニフとカルネ村一の鈍感娘エンリの最初の掛け合いは不発に終わった。

 

「では場所を変えようか」

 

 ジルクニフが先頭を歩き始め、護衛の四騎士、秘書官、そしてエンリ達が続く。着いたのはそこそこの大きさの会議室だった。ハムスケやグも問題なく入れる大きさである。

 

「それでは改めて、帝国へようこそエモット殿」

 

「ありがとうございますジルクニフ様」

 

 ジルクニフの言葉にエンリは深々と頭を下げる。しかし後ろに立っている三人は頭を下げるどころか身じろぎ一つしなかった。

 

「(謁見の間でなければ頭を下げることすらしないのか。トロールに至っては完全にこちらを見下しているな。しかし団長であるエモットは頭を下げた。さて、これはどう解釈するべきか)」

 

「実は今回はジルクニフ様に御相談があるのです」

 

「ほう、相談ですか?」

 

 ジルクニフは今回エンリが帝国にいる間にとにかく何か一つでも恩を売っておきたかったのだ。エンリの率いる傭兵団は強者揃いであることはフールーダの魔法で分かっていた。問題はその戦力が帝国と王国の国境近くにあること、そして言いわけ(・・・・)が簡単なことだ。

 エモット亜人傭兵団はその全容が全く明らかになっていない。フールーダの魔法でさえ強者が多くいることくらいしか分かっておらず、何がどの程度いるのかは分からない。なのでもしエンリの部下らしきものが暴れても言い逃れがたやすいのだ。

 

「実は今私はトブの大森林の支配に王手をかけている状態でして、手を出されたくないのです」

 

 ジルクニフの思考は一瞬止まった。そして再び再起動する。目の前の娘は今まで王国も帝国も成し遂げたことがないことを成し遂げる直前までいってると言ったのだ。

 

「それはあとどれほどで?」

 

「完全掌握まであと半年と言ったところでしょう」

 

 エンリのこの言葉に嘘は無かった。いや、エンリは今回嘘を一回も吐くつもりはなかった。吐かなくても十分ジルクニフを翻弄できる自信があったからだ。

 

「エモット殿はどう考えているんだ?今まで何も考えなかったわけでもあるまい」

 

「いくつか考えては来ています。それをジルクニフ様に選んでもらうか、さらに御助言をいただきたいと思っておりまして」

 

 エンリは自分の考えを素直に話す。自分達はトブの大森林で取れるものを輸出し、森では手に入らないものを輸入するのが目的である、と。

 ジルクニフはそこまで聞いて内心笑みを浮かべた。それはこちらからお願いしてもいいくらいだ。それにエンリの言うことが正しいなら今後トブの大森林から出てくるモンスターの脅威におびえなくていい。

 

「私たちには三つの道があると考えています。一つ目は帝国が私達と手を取り合う道。二つ目はこのままお互い手は貸さず、今回の件はすっぱりと忘れる道。そして最後に私達を裏切って叩きつぶされる道です」

 

 ジルクニフは背中を冷や汗が伝っていくのを感じた。目の前の少女は当然のように、何のためらいもなく帝国を敵に回すこともあり得ることを告げて来たのだから当然だ。ジルクニフの周りにいた者たちもあまりに大胆不敵な発言に驚いて言葉も出ない。

 

「ずいぶんと自信があるのだな」

 

「一応言っておきますが脅しとかではないですよ?ただ事実を言っただけです」

 

「(だから怖いんだよ!)」

 

 エンリが苦笑いで言うその言葉こそが怖いとジルクニフは心の中で叫ぶ。ジルクニフが目をやるとエンリの後ろにいたブレインもあきれた様な顔をしている。トロールは嬉しそうにうなづいていたが。獣はよく分からないので除外する。

 

「私としてはぜひとも一番目の道を選ばせてもらいたいところだ。しかしながら君たちの本当の実力を知りたい。普通のアダマンタイトとは違うと言うことを示してほしい」

 

「如何様に?」

 

「私の自慢の四騎士とやり合うと言うのはどうかね?」

 

 エンリはさっとジルクニフの後ろに立つ四騎士達を見る。そして少し落胆したような表情を浮かべた後、あっさりと言ってきた。

 

「ジルクニフ様、四対一なら受けましょう」

 

「……それはそちらが一かね」

 

「当然です。ガゼフよりも弱い戦士では私の後ろの誰にも勝てません」

 

 それは先ほどと同様ただ事実を言っているのだろう。ジルクニフはじっとエンリを見つめるがその瞳に虚言を吐いた者が浮かべる色は無い。

 

「ハムスケさん、お願いします」

 

「それがしでござるか?」

 

「ブレインさんだとさすがに四対一では勝てませんし、グだと強すぎです。ハムスケさんだとちょうどいいでしょう」

 

「確かにそうでござるな。任せるでござる。それがしが姫に勝利を捧げるでござる!」

 

「あ、そんなに意気込まなくてもいいですよ」

 

 エンリが気合が入りすぎたハムスケをどうどうとなだめる。

 

「それでは訓練場に移動しようか」

 

 ジルクニフの言う通り、訓練場に移動したエンリ達。訓練場には誰も居らず、完全に貸し切り状態だった。エンリがあたりを見渡す。カルネ村の訓練場とは違い、色々な道具が転がっている。カルネ村の訓練場は完全にただの草原なので当たり前なのだが、カルネ村の訓練場しか知らないエンリからすると珍しかった。

 

「では始めようか」

 

「はい。ハムスケさん、殺さないように。あと魔法も使用禁止で腕落としたりもなしで」

 

「了解でござる」

 

 四騎士達とハムスケが構える。四騎士達はハムスケと自分たちの力の差が分かっていた。全員でかかっても勝負にもならない可能性が高い。そしてそれは現実となった。

 

「遅いでござる《両腕剛撃》」

 

「ごはっ!」

 

「はあ!」

 

「《流水加速》!」

 

 ハムスケは尻尾と魔法を使わなくて三対一で互角だった。不動はハムスケの必殺技である「尾鞭一閃」で一撃でノックアウトして、そこからは尻尾縛りもありで互角だ。

 

「そこっ!」

 

「甘いでござる!《外皮強化》《外皮超強化》」

 

「くっ、硬え!」

 

 まともに攻撃が当たることも何度かあるが、ハムスケのただでさえ硬い毛皮をさらに武技で強化されているためかすり傷すら与えられていない。

 

「もういい!充分だ!」

 

 ジルクニフが戦闘終了の指示を出す。その掛け声に反応して三人と一匹が戦闘態勢を解く。ハムスケはまだまだ余裕だが、三人は息がかなり荒くなっている。

 

「エモット殿、よく分かった。彼一人でも十分すぎるほどの戦力になるだろう」

 

「ええ、しかし今回貸し出すつもりなのは彼ではありません。まあ、こちらの戦力もよくお分かりになりましたでしょう?交渉とまいりましょう」

 

「ああ、そうしよう」

 

 エンリと向き合って話すジルクニフは両肩に重圧が乗っているのを自覚した。ハムスケは明らかに手加減をしていた。魔法に加え、途中からは尻尾での攻撃もしていなかった。

 

「(四騎士を同時に相手にするのはあのガゼフであっても難しいのに、ハムスケ殿は完全に手加減をして圧倒していた。……とんでもない集団が現れたものだ。激動の時代になるな)」

 

 ジルクニフはこれから来るであろう時代に思いを馳せた。そして目の前にいるエンリを見てばれないように溜息を吐く。

 

「覇王エンリ、か」

 

「はい?どうしました?」

 

「いえ、なんでも」

 

 

 

 

エンリ・エモット LV23

ファーマー LV1

テイマー LV4

ライダー LV3

コマンダー LV4

ジェネラル LV4

カリスマ(ジーニアス) LV4

ハイ・エンペラー(ジーニアス) LV3

 

 




終わりが見えてきました。あと四話くらいで完結かな。まあ後日談で十話くらい書けそうですが
そして新しい小説を書くことを考えています。またオーバーロードです。
………また、エンリが主人公かもしれません


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