三世の王の行く道 (世間の窓)
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1.出会い


どうも、世間の窓です。
久しぶりにマギを見たら書きたくなりまして、つい……。

別にもう一つ書いているので、筆が進みそうな方を投稿する形にします。
なので不定期な投稿とはなりますが、気長にお付き合いください。

それでは、第一話をどうぞ‼︎



 

 夢を見た。懐かしい夢だ。

 

 まるで王宮のような広い部屋の中、たくさんの財宝が積み重なり幾つもの山を作っている。

 宙にはガラス細工の時計が幾つも浮いており、その大きさは拳大のものから果ては両手を広げても足りない物まである。ガラスの時計達は不規則に宙を移動し、しかしそれぞれが意志を持っているかのように彼らは互いがぶつからないように避け合っている。

 時計達は天井から降り注ぐ光を反射し、まるで星々のように煌めく姿はとても幻想的で

 

 

『はぁい、そこのカッコイイお兄さん。私の部屋にようこそ〜』

 

 

 そんな煌めきの中に現れた彼女は、とても、とても────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん、んん…………夢、か」

 

 頬を(くすぐ)る風の感覚に目を覚ますと、昼の暖かな木漏れ日が視界いっぱいに入ってくる。

 それにしても懐かしい夢を見たものだ。確か……七年前、だっただろうか? 思い返せばあれが、僕の始まりであり、そして終わりだった。

 

 よいしょ、と背凭(せもた)れにしていた木から背中を離し立ち上がる。身につけていた紅のローブの埃を払い、近くに立てかけていた杖を手に取り歩き出す。

 ああ、今日もいい天気だ。雲ひとつない快晴、とまではいかないけれど非常に清々しい日だ。青空にぽつりと浮かぶ雲を眺め、何処を目指すでもなく歩く。

 

「さて、今日は何処を目指そうか……『グレモリー』」

 

『そうねぇ、とりあえず近くの村でも目指しましょう。きっと美味しいものが食べられるわ』

 

 僕の呟きに答えたのは一人の女性の声。蠱惑的で、聞く者全てを魅了するような艶やかな声だ。しかし、声は聞こえるが僕の周りには人影ひとつない。それもそのはず、彼女──グレモリーを一言で言い表すと『精霊』だ。

 

 この世界には『迷宮(ダンジョン)』と呼ばれる古代王朝の遺跡群が存在する。この『迷宮』は今から十四年ほど前に突如、なんの前触れもなく現れた謎の遺跡だ。

 

 曰く、そこには財宝が人知れず眠っている。

 曰く、そこに一度入ると攻略するまで出ることができない。

 曰く、その遺跡の最奧には『金属器』とそれを守る『精霊』がいる。

 

 と、以上のように『迷宮』には様々な噂が流れている。これまで幾つもの『迷宮』が現れ、野心を抱く者、力を求める者、夢を叶えんとする者……多くの者が挑み、そして散っていった。

『迷宮』とは『王の器』を持つ者を見定める試練の場所でもある。生半可な覚悟と実力で挑めば、先に待っているのは『死』のみ。しかし、そんな『迷宮』を攻略した者もいる。未だ数えるほどしかいないが、その試練を乗り越え王となった者たちを人はこう呼ぶ──『迷宮攻略者』と。

 そして『迷宮攻略者』はその『迷宮』の『精霊』を従える『王』となる。そして『王』となった者は『精霊』と契約し人知を超えた力をその身に宿す。

 

 

 そう、僕のように。

 

 

「ふふっ、君には味覚なんてないだろう? 食べても美味しいと感じるのは僕だけだよ?」

 

『気分よき・ぶ・ん♪ さ、行きましょう』

 

 可愛らしい口調と共に、僕の胸元に吊るした水晶のように透き通る時計が淡く光を放つ。

 もう一度言おう、彼女の名前は『グレモリー』。『第56迷宮』を守る『精霊』にして、僕の大切な相棒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グルル……ガルルル……ッ‼︎」

 

「う〜ん、これはどうしたものかな」

 

 森を出て、草原を歩きどれほど経っただろうか、太陽は真上を過ぎやや沈みかけていた。このまま今日も野宿かと、そう思っていた矢先────僕は身の丈が3メートルはあろうかというほど巨大な体躯の虎に出くわしてしまった。

 僕としては面倒ごとは避けたいのだが、どうやらあちらはお腹が空いているらしく、その赤い双眸は狩人のごとくギラギラと滾っている。

 

「見逃してくれないかな……とはいかないよね」

 

『当たり前じゃない。相手は獣、言葉なんて通じるわけないわ』

 

「だよね」

 

 さて、見逃してもらえないとなると、いよいよどうすればいいか考える必要がある。別にあの虎を()()()()()()()()()だが、こちらは別にお腹も何も減っていない。何の益もないのにただ命を奪うというのはどうかと思う。

 

『本当に甘い人ね。たかだか獣一匹、そこまで考える必要ないじゃない』

 

「なにぶん、これが性分なものでね……呆れたかい?」

 

『いいえ、そういう所を含めて私は好きよ』

 

 彼女との他愛ない会話にクスリと笑いが溢れる。

 

「グルルッ、ガァアアアア‼︎」

 

 とうとう我慢しきれなくなった虎は、その巨体には似つかわしくない俊敏な動きで瞬く間に僕との距離を詰める。そして僕の頭よりもふた回り大きな前足を振り上げた。さて、できれば手荒な真似はしたくなかったけれどしょうがないか。

 そして虎がその鋭い爪を振り下ろし、僕が構えをとったその直後

 

「はぁああっ!」

 

 そんな掛け声と共に、僕の背後から一つの影が飛び出る。チラリと見えた横顔は中性的で、水色の髪を頭の後ろで一つに束ねていた。彼女(彼?)は両手に持った剣で虎の一撃を防ぎ弾き飛ばすと、そのままガラ空きの腹部目掛けて回し蹴りをお見舞いする。後方まで吹き飛ばされた虎は数度地面を跳ねると、痛みに捥がきながら苦しげな声をあげる。

 彼女(彼?)は着地すると振り返り、こちらへ駆け寄ってきた。

 

「ご無事ですか?」

 

「ああ、うん。おかげさまで傷一つないよ、ありがとう」

 

「そうですか、怪我がないのなら何よりです」

 

 そう言って朗らかに笑う彼女(彼?)。すると何かに気づいたのか、右拳を左手で包み頭を下げだした。

 どうしたのだろうか、と彼女の行動に頭を傾げると

 

「旅の御人、大丈夫でしたか?」

 

 背後から凛とした女性の声が聞こえてきた。振り返ると、そこには白い衣装に身を包んだ女性が馬上からこちらを見下ろしていた。長い黒髪を二つの金の飾りと白い帯で垂髪にし、口元にあるホクロが特徴的な女性だ。

 彼女は馬から降りると、後ろの彼女(彼?)と同じ姿勢をとり自己紹介をする。

 

「私は『(れん) 白瑛(はくえい)』と申します。あなたが虎に襲われていたところを目撃したので、微弱ながら助力をさせていただきました」

 

「練……ということは、貴女は『煌帝国』の御息女か何かかな?」

 

 小さく頷く女性──練皇女。『煌帝国』とは、ここ数年の間に他国を侵略・傘下に加えることで急成長を遂げた国家だ。今もなお拡大を続けている煌帝国、その皇女がこのような草原にいるということは、政治的な交渉をしに行く途中かその帰りといったところだろう。

 

「とりあえず助けてくれたこと、感謝するよ。僕の名前は『シルフィード』、よろしくね皇女様」

 

「礼を申される様なことはしておりません。それに私たちの助力がなくとも、貴方ならば容易に対処できていたでしょう?」

 

「そんなことはないよ、困っていたのは本当だったんだから──それと」

 

 皇女様から後方へと視線を移す。そこには痛みから回復した虎が瞳を怒りで染め、低い唸り声をあげて僕たちを睨みつけていた。

 

「あの虎、まだ僕たちに用があるみたいだね」

 

「ガルル……グルルルルッ!」

 

「姫様、お下がりください」

 

 今にも襲いかかってきそうな迫力の虎。青舜さんは刀を構え直し、僕と皇女様を守る様に立つ。

 

「下がりなさい青舜(せいしゅん)。あとは私がやります」

 

 そんな青舜さんへ皇女様はそう言い、青舜さんは彼女の指示に従い刀をしまうと道を開ける。皇女様はどこからか白い羽扇を取り出し、僕たちの前に出ると

 

「──虎よ、去りなさい」

 

 凛と澄みハリのある声とともに、一陣の風が吹く。突風とも呼べるその風はまるで、目の前の彼女の覇気を伝えている様で。

 

『うわ、あの金属器ってもしかして……』

 

 なぜか面倒くさそうな声音のグレモリー。どうやら皇女様の持っている羽扇は金属器らしい。どうりでいいタイミングに突風が吹くわけだ。

 

「グルル……ガルル……」

 

 すると虎は皇女様の持つ、いや『金属器使い』の持つ常人とは一線を画する雰囲気を感じ取ったのか、小さく唸ると反転。そのまま草原の彼方まで走り去っていった。

 たった一言でこの場を収めてしまうとは、やはり人の上に立つ人物というのは風格から違うものなのか。

 

 これが僕、シルフィードと皇女様との初めての出会いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白瑛殿、勝手に離れてどこへ行っておられたのですか!」

 

 白瑛さん(彼女からそう呼んでくれと言われた)と共に彼女の軍に戻ると、そこにはテントのようなものがいくつか建てられていた。僕が白瑛さんの後に続いてこの中でも大きなテントの入り口を潜ると、頭巾を被り髭を蓄えた一人の男性が声をかけてきた。男性は苛立ちを隠しもせず、白瑛さんに軍を置いて出て行った理由を問い詰める。

 

「軍を率いる将が勝手にいなくなられては、万が一の時に混乱が生じますぞ。それは貴女も重々承知でしょう?」

 

「ええ、それはわかっています」

 

 確かに、軍を率いる者として勝手に出て行くのは褒められた行為ではないだろう。とはいえ、仮にも困ってくれたところを助けてくれた人が責められているのは、見ていて気持がいいものではない。

 

「そこまでにしてくれないかい? 彼女はただ、僕を助けてくれただけなんだよ」

 

「んん? 白瑛殿、この男は一体誰ですかな? 困りますぞ、部外者を勝手に軍へ引き連れてもらっては」

 

「彼は我々と同じく、黄牙一族の元を目指しているそうです。ですが道がわからないとのことで、案内をしようかと思いまして」

 

 そう、僕が白瑛さんの軍に来ているのはそれが理由だ。近くの村といっても、ここからその黄牙の村まではなかなか距離があるらしい。そんな時、白瑛さんが案内してくれると言ってくれたのだ。

 だがやはり、部外者が軍に来るというのは良くないらしい。男性からの疑惑の視線がチクチクと刺さる。これ以上僕がこの場にいては空気は悪化するだけだし、外に出ていようかな。

 

「お世話になるのは今日一日だけだから。その間は皇女様の邪魔はしないようにするさ」

 

 そう言い残し、僕はテントを出る。最後の最後まであの男性からは睨まれたままだったけど、おとなしくしていれば大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 





いかがだったでしょうか? 拙い文ですが、どうか目を瞑っていただきたいです

タグでも書いた通り、本作品には原作にはないジンを出しております。
金属器、能力等はまだ秘密ですので想像しながらお待ち下さい!

では、また次話で‼︎



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2.夜の出来事


第2話です‼︎



 

 テントから出ると、満月の優しい光が僕を出迎えてくれた。雲もない空には、まるで宝石を散りばめたかのように煌めく星々が空を彩っている。

 しかし、そんな見とれてしまうような景色とは対照的に、この駐屯場には殺伐とした空気が流れている。見れば兵士達は各々武器を構えており、その様はまるで戰前であるかのようだった。

 

「……どうしたんだろう。こんなにも綺麗な夜空だっていうのに、みんな怖い顔なんかして」

 

『さぁ、戰でもしようとしているんじゃない?』

 

「戰、ねぇ……」

 

 何気無く言うグレモリー。そんな彼女の言葉に僕は、少しの間天を仰ぎ、ポツリと漏らす。

 

「命よりも大切なものなんてないのに、なんで争うんだろうねぇ……」

 

 ただ、その言葉に返してくれる者は一人もいなかった。僕の漏らした言葉は、頬を撫でるように吹いた風と共に、宝石の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーすまないねぇ。勝手に訪ねたのにご馳走になっちゃって」

 

「いえいえ、余り物ですからお気になさらず」

 

 

 

 あの後、駐屯場の中を歩きまわっていたら、どこからか美味しそうな匂いが漂ってきた。そのなんとも言えない香りに誘われてたどり着いたのは、この軍の食事を作っているテントだった。どうやら食事の時間はとうに過ぎたらしく、中からは誰の声も聞こえてこない。

 ああ、そういえばお昼から何も食べていなかったなぁ……テントを眺めながらそう考えていると、きゅるるる〜、とお腹が空腹を訴えてきた。しかしここにあるのは軍の貴重な食料、部外者の僕が食べてしまっては白瑛さん達に迷惑がかかってしまう。でも、お腹が空いた。

 そんな葛藤を続けていると

 

『あのぉ、お腹が空いているのなら何か作りましょうか?』

 

 ちょうどテントに帰ってきた妙齢の女性が、僕にそう声をかけてくれた。

 

 

 とまぁ、そんなことがあって僕は今、食事をご馳走になっているわけだ。それにしても、この料理は美味しいなぁ。

 

「ふふふっ、本当に美味しそうに食べてくれますね。そんな顔をして食べてくれる人を見るのは久しぶりです」

 

 ……ふむ、これはおかしなことを言うものだね。

 

「美味しいものを美味しく食べるのは当然だろう? それとも君たちには、食事の時に美味しそうに食べちゃいけない決まりでもあるのかい?」

 

「いえ、そんなことはないです……ただ」

 

 女性は少し表情に陰を落として語り出す。

 こうした他国や部族を侵略する遠征では、いつどこで何が起きるかわからない。だから兵士の皆は常に気を引き締めており、それは食事の場であろうとも変わらないそうだ。「美味しい」と、口ではそう言ってくれるものの、純粋に食事を楽しむものは皆無だと。

 

「姫さまに至っては『将としてやらなければならないことがある』と、まともな食事をとられないことも度々……。私は皆様に、この食事の場を一時の安息の場として欲しいのです」

 

 力が無いからこそ、戦場以外の場で彼女たちを支えたい。祈るように胸に手を当て、今まで蓋をして抑え込んでていたであろう思いを吐露する。

 

「それに、呂斎(りょさい)様のことも気になります……」

 

「呂斎?」

 

 初めて聞く名の人物に、僕がそう聞き返すと

 

「呂斎様とは千人長を務めておられるお方です。確か姫様の監視役としての立場でもあるとか」

 

「もしかして、髭を生やしたおじさんのことかい? ほら、陰険そうな顔をしてる」

 

「あ、はい。その人が呂斎様です」

 

 ようやく顔と名前が一致した。呂斎という男は、テントで白瑛さんに説教をしていたあの男のことだ。

 

「それで、その呂斎って人がどうかしたのかい?」

 

「はい、実は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい人だったなぁ。見ず知らずの僕にお腹いっぱいご飯を食べさせてくれるなんて」

 

 食事を終え僕は今、食後の運動がてらに駐屯所内をふらふらと歩いている。久しぶりにお腹いっぱいのご飯を食べることができたからか、前に進む足取りは昼間よりも軽く感じる。

 そうして当てもなくブラブラしていると、グレモリーが話しかけてきた。

 

『あんな話を聞いたわけだけど……シルフィ、あなたはどうするつもりなの?』

 

「んー、別にこの軍の内情を知ったからって、僕はどうこうするつもりはないよ」

 

 彼女の話を聞いて、現在この軍が二つに割れようとしていることは理解できた。だが、だからと言って僕自信が何かをしようとは思わない。内輪での揉め事は当人達で解決すべきだしね。

 

「さて、それじゃあ行こうか」

 

『行くってどこに?』

 

「白瑛さんの所にさ。少し早いけど、お礼とお別れを言いに行こう」

 

 そうと決まれば、僕は白瑛さんのいる場所を目指し足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、駐屯所内の陣幕の中。そこには机に向かい、なにやら考え事をしている白瑛の姿があった。

 

「……ふぅ」

 

 疲れたように溜息を吐き、眉間の辺りを手でマッサージする白瑛。彼女は此度、将として一軍を率い、大陸の西方の国々を煌帝国の傘下にするよう命を受けた。だがやはりというべきか、そう簡単にことは上手くは運ばない。

 今回の黄牙の民族もそうだが、煌帝国の傘下に収めようとする動きを『侵略』と、そう捉え反対するのが殆どである。その中には武力抵抗をするものもあり、白瑛の悩みの種となっている。

 

 平和主義者である白瑛は、武力や争いによって支配することを嫌う。できることならば話し合いで解決をしたいと、そう考えているのだがやはり上手くはいかない。理想は理想、現実は現実と割り切れればそれが一番良いのだろうが、彼女の性格がそれを良しとしない。

 できるのであれば、一つの血も流さずことを収めたい。そのためならば身を粉にする覚悟はできているのだが、そこは彼女も人間だ。精神的疲労が蓄積し、ここしばらくは満足に食事も取れていない。将として皆の前では毅然とした態度をとってはいるものの、それもいつまで持つのか。

 

 白瑛がこの場にきて何度目かの溜息を吐いた時、陣幕の前にいる見張りの兵が声をかけてきた。

 

「姫様。姫様にお会いしたいというものが来ているのですが、いかがいたしましょう?」

 

(私に……? もしや昼間の)

 

 いやそれ以外には居ないだろう。黄牙の民族の者だとしても、わざわざ敵陣に乗り込んでくるとは思えない。

 

「大丈夫です、通しなさい」

 

「はっ!」

 

 通れ、と兵が言うと入り口の幕が開き、中に入ってきたのは

 

「やぁ白瑛さん」

 

 白と黒が入り混じった(まだら)の髪。その下にある顔立ちは整っており、部下の青舜ほどではないが中性的である。こちらを見るのは、まるで夜空のような澄んだ黒色の瞳。

 蝋燭(ろうそく)の火とはまた違った、業火を思わせるような紅のローブを身に纏い、その手には透明な水晶が埋め込まれた杖が握られている。

 

 パッと見、魔導師にも見えなくはないその青年の名はシルフィード。白瑛が黄牙の民族との交渉の帰り際に出会った青年だ。

 

「立ち話もなんでしょう。適当な場所に座っては?」

 

「ならお言葉に甘えようかな」

 

 そう言い、白瑛の対面に置かれた椅子に座るシルフィード。

 

「それで、どのような用件でここへ?」

 

「それはね、昼のお礼とお別れを言いに来たんだ」

 

 お別れ、その言葉に白瑛は少し目を丸くする。つまり彼は、今すぐにでもこの駐屯所を後にするということだ。

 

「貴方を黄牙の民の元まで案内すると、そういう約束でしたが」

 

「そうなんだけど、やっぱり自分の足で行ってみることにしたんだ。ほら、道に迷うのも旅の一興ってね」

 

 はははっ、と屈託なく笑うシルフィード。そんな彼の笑顔につられ、白瑛もまた笑顔を浮かべる。

 しばらく笑いあった後、不意にシルフィードは視線を鋭くさせ、白瑛の胸元へ向ける。そこには昼間に見たものと同一のものであろう、白い羽扇が仕舞われていた。

 

「……その羽扇は金属器だね?」

 

「……やはり気づいていましたか」

 

 シルフィードの言葉に、白瑛は特に驚くことなく落ち着いた様子で返す。そして羽扇を懐から抜き、シルフィードに見えるように構える。見ると羽扇の金の装飾部分にある赤い宝玉、そこにはジンを宿している証である八芒星が刻まれていた。

 

「迷宮攻略者……まさか一国の皇女様がなっているなんてね」

 

「……そうですね。私も、まさか自分が金属器使いになるとは思ってもみませんでした」

 

 迷宮攻略はそれこそ命懸けだ。屈強な者でも容易く命を落とすこともある。そんな迷宮を女性の身でありながら攻略した白瑛は、実力・精神力ともに常人のそれを上回っているのだろう。

 それに、ジンが主と認める『王の器』足り得る何か。それを彼女は秘めているのだ。

 

「白瑛さん、貴女はその力を手にして何かしたいことはあるのかい?」

 

「したいこと、ですか……」

 

 シルフィードの問いに、白瑛は一度言葉を区切る。そして一度眼を伏せ、次に開くときにあったのは、強い意志の込められた瞳。

 

「私は、誰も死なぬ世の中が創りたいのです」

 

「誰も死なない世界……」

 

 はい、と力強く答える。

 

「この世界は今、異変により戦と危険に溢れかえっています。それらを無くすためには、世界を誰かが治めなければならない……」

 

「つまり、白瑛さんが世界の王になりたいと?」

 

「……いいえ、私には世界を治められるほどの器量はありません。私が出来るのは、それを成すことができる人を支えることくらい」

 

 真剣な眼差しで語る白瑛。シルフィードもまた、彼女の話の一言一句を聞き漏らさぬよう耳を傾けている。

 

「我々煌帝国は、世界を統一するために動いております。他の国々はそれを『侵略戦争』と言ってはいますが、それは違うのです。私はただ、誰も死なぬ世を創るために、彼らにも協力してほしいだけなのです」

 

「……なるほど。それが白瑛さんの『器』か」

 

 どこ満足気に頷くシルフィード。すると彼は椅子から立ち上がり、近くに立てかけていた杖を手に取る。

 

「行かれるのですか?」

 

「うん、聞きたいことは聞けたからね」

 

 言いながら、シルフィードは出口へと向かう。そして出口の幕に手をかけると、白瑛に一度視線を向け

 

「色々お話聞かせてくれてありがとう。それじゃあ、またどこかで会おう」

 

 そう言葉を残し、幕内から姿を消した。

 

 

 

 そして、白瑛の元を離れたシルフィードは、再び駐屯所の中をフラフラと歩く。

 

「白瑛さんが選ばれた理由がわかったよ。やっぱり王の器たるもの、あれくらい強い想いがないとね」

 

 先ほどの彼女の話を思い返し、シルフィードは小さくそう漏らす。

 そして思い出すのは、あの日の光景。彼がこの世界で最も美しいと感じた、あの遺跡での光景。

 

「……ねぇ、グレモリー」

 

『なぁに?』

 

「君は、本当に僕でよかったのかい? 本来なら、白瑛さんみたいな人を主に選ぶんだろう?」

 

 そう問いかけるシルフィードの声は、少しばかり明るさに陰りが見えていた。

 そんなシルフィード(あるじ)に、グレモリーは一度大きく溜息を吐くと

 

『関係ないわよ、そんなもの。私がシルフィ、あなたを主と認めたんだから』

 

 それに、とグレモリーは続け

 

『私にあんなお願いしてくる人間なんて初めてだったもの。そんな面白い主、私が見逃すはずがないわ』

 

「そうかい……それならいいんだ」

 

『そうそう、そうやってグダグダしてるなんてシルフィらしくないわ! ほら、もっと笑って笑って!』

 

 グレモリーの励ましを受け、シルフィードは口元に笑みを浮かべる。

 

 迷宮を攻略してからこれまで、常に彼女と共にあった。きっとこれからも、それは変わらず続くのだろう。

 

 彼女と交わしたあの約束がある限り──

 

 

 

 

 

 





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