それがボコだから。 (Par)
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それがボコだから。
好きな物か、好きな人か、どちらでもあるかもしれないが、しかしそれはきっと意味のある出会いだったのだ。
俺がこの仕事を始めたのは、もう何年も前の事であった。うだつの上がらないフリーターの俺は、定職にも付かずアルバイトで日々をつないでいた。このままではいけない、とは思っていた。しかし、実際に行動する事もなく、将来の不安だ、どうせ今の政治じゃ報われない、とか捻くれていた俺は、別に死ぬわけではないのだからとウダウダ過ごしていた。
前までやっていた短期のバイトを終えた俺は、次のバイトを探していた。ある程度の金銭が手に入るのなら、特に希望は無く肉体労働でも事務仕事でもなんでもよかった。色々とネットで探していると、ふいに目に入る募集要項。
【アルバイト急募 アトラクションでのきぐるみアルバイト 特に体力に自身のある方 日給10,000】
主にデパートや遊園地でのきぐるみショーでの仕事で、急ぎ募集したようだった。ほかに魅力的なものはなく、不思議と興味が沸いたので、試しに面接を受けてみる事にした。その場で電話をかけ、興味があるのと伝えると、明日にでも着てくれと言われた。本当に急いでいるようだ。俺は翌日、指定された場所へと向かった。
「よく来てくれた、本当に助かったよ!!」
出迎えてくれたスタッフが、さあさあこちらへ、と俺を呼ぶ。はて、面接はいいのか、と聞くと、もし君に気があるならもう面接はいい、給料も色をつけるからとにかくやって欲しいと言われてしまう。もしかしたら、早まったかも知れない、と冷や汗を流す。
とにかく控え室に入れられた俺の目の前には、ボロボロでくたびれたクマのきぐるみが置かれていた。なんであろうなぁ、と思っているとスタッフの人がそのきぐるみを指差した。いや、まさかこれなのかとギョッとした。
「これね、これを着て舞台に出て欲しいんだ」
まさかであった。バイトを申し込んだ身である以上、着るのはかまわないが、しかしこのくたびれたクマの正体を知っておく必要がある。このクマ、くたびれた上に全身が怪我だらけのデザインだ。包帯を腕に巻き、顔には青あざがありそれがそのままデザインに取り入れられている。
「……これは?」
「ボコだよ、しらない? それなりに人気あるんだけどねぇ」
それが、俺とボコの出会いだった。
■■■
『ボコられグマのボコ』。包帯と絆創膏で体を覆う、キュートさが失われているように思える茶色のクマ、それがボコだ。ボコられるからボコらしい。深夜アニメか教育チャンネルのシュール番組のマスコットでならまだ受けそうだが、しかしこれは比較低年齢向けキャラクターと言う。
「よく来やがったなおめえら!! 今日もボッコボコにしてやるぜ!!」
ボコの専属声優さんがマイクを通して台詞を言う。録音ではないのは、ライブ感を出したいと言う運営の拘りらしい。土壇場でそれに合わせる事になった俺はたまったものじゃないが、しかしプロの声優さんは流石である。ピンチヒッターの俺の動きに逆に合わせてくれている。
「ボコだー!」
「ボコー!」
声援が飛ぶ。僅かに、数えるほどしかいない観客、デパートの屋上に作られた会場には、空席の方が目立つ。しかし俺を、ボコを見に来た子供達は声を大きく張り上げていた。
「今日もオイラの活躍を見に来てくれてありがとよ! 今日のオイラは一味違うからな!」
とにかく強気な発言をして、強気な態度をしろと指示を受けている。台詞は声優さん任せなので、俺はとにかくちょっと生意気で憎めない腕白小僧のような動きを演じた。シャドーボクシングをしてみたり、あえて観客を煽ったりと、怖いものなんて無いぞと訴える。
「おうおう、てめえ邪魔だコラ、道あけろ」
舞台袖から現れたのは、ほかのキャラクター。悪そうな顔をしたねこ3匹だった。
「なんだお前ら! オイラの邪魔しようってのか!?」
「道の真ん中で一人で暴れて何いってんだよ」
「かまわね、やっちまえ!!」
ねこ達は俺に向かってその柔らかそうな腕を振り上げ襲い掛かってきた。
「上等だ! 返り討ちにしてやらぁ!!」
俺は果敢にボロボロのボコの体を動かし、ねこ達に向かっていった。拳を振り上げ立ち向かう。
「ぐえっ!!」
しかし俺はそのままねこの拳をうけ、地面に倒れた。
「なんだこいつ、弱いぞ!!」
「このままたたんじまえ!!」
「ぐえっ! ぐっ!! ぎゃん!?」
そのまま俺はねこ達にボコボコにされる。まさにボコられグマ、本当に主人公なのか? しかしこれが指示通りの動きなので、俺はそのままボコられる。
「ボコー! がんばれボコー!!」
「ボコーガンバレー!」
しかし子供たちは変わらずボコを応援していた。
「ほら、お母さんもボコ応援して!!」
「……私も?」
「ほら一緒に応援しよう!!」
観客の家族連れの一組、姉妹らしい娘と凛とした母親が俺を見ていた。姉妹の片割れはとても熱心にボコを応援しており、俺が登場してからずっと「ボコ」と叫んでいた。もう一人は、元気はあるがどちらかと言うとその子に合わせている感じだった。そして母親は、しずかに見守るだけ、それを見かねたのか娘が俺を応援するように強請っている。
「ボコは応援しないとダメなの!!」
「お母さん、いっしょにやろう」
「……」
不意にその母親が俺を見た気がした。冷たく凍るような視線が、ひどく恐ろしく心臓を突き刺すようだった。しかし次にキラキラと輝く娘の視線に負けたのか、すこしその人は頬を染めながら。
「ボ、ボコー」
と言った。
「きたきた、キタ──ーっ!!」
俺はねこ達を押し退け立ち上がり、腕を振り上げた。
「お前らの声援がオイラのパワーになるぜ!! 行くぞてめえら、ボッコボコにしてやるぜ!!」
「オラッ!」
「ぎゃっ!!」
勇ましく立ち上がった俺だが、すぐに飛んできたねこの拳にまた沈んだ。
「なまいきな野郎だ!!」
「ケッ!! 口ほどにも無いやつだ!!」
「オラオラオラ!!」
「ぎゃ、ぐえーッ!!」
逆転一切なし。それがボコらしい。俺はひたすらにボコボコにされるために舞台にいた。
「……結局ボコボコにされるのね」
「それがボコだから!!」
「ボコー!!」
応援はやまないが、しかして俺は結局ボコボコにされ、気が済んだねこ達は、捨て台詞を言って舞台から去っていった。
「うっうぅ……今日もやられちまった。次は、がんばるぞ……っ!!」
食い気味に閉められた幕に隠され、こうして舞台は終了となる。
「ボコー!!」
それでも最後まであの少女の声はやまなかった。
「お疲れ様、助かったよ!」
舞台が終わると、担当の人が来た。給金の入った袋も手に持っている。
「正直急な事で中止も考えてたんだけど、無事に終わってよかったよ。これ、お給料ね」
「はあぁ、どうも」
色をつけておいたと言う給金を受け取る。正直疲れていた。ただ動くのではなく、ボコボコにされ続けると言うのは、中々つらい仕事だった。
「ところで、一つ相談なんだけどね」
「はい?」
「その、ボコをもう少し続けてくれないかな」
つらい仕事だと思ったとたん、なんと仕事を続けるよう頼まれてしまった。一先ず話を聞いてみる。
「実は前のボコ担当が、その……逃げてしまって」
「逃げた? ……辞めたじゃなくて、ですか?」
「結果的には辞めた事になるけど、もうこれ以上ボコボコにされるだけは嫌だって言って突然いなくなっちゃったんだ」
ショボンとしながら、あんまりにもあんまりな理由を告げられる。なんとも言えない空気がその場を支配した。この人は俺に仕事を頼むならば、その所は言わない方が良かったのではないだろうか。
「人気のほどは、今日の客席を見たらわかるだろうけど、それでもボコを待つ子がいるからさ、続けたいんだ」
「……なんでそこまでボコに?」
「好きなんだ、ボコが。ボコを見てると勇気をもらえるんだ」
「勇気?」
「ちょっとわかりにくいかもね。ボコってちょっと玄人向きだし」
玄人向きの子供向けのキャラクターとはこれ以下に? しかし恥ずかしそうにその人は言うが、ボコへの愛はこちらにも伝わる。
「まあ、かまいませんが、俺そんなうまくなかったですよ?」
「そんなこと無いよ!! 今まで色んな人がボコを演じたけど、君が一番いいボコられっぷりだったよ!!」
この人は仕事をさせる気があるのだろうか。ボコられっぷりを褒められて俺は喜べばいいのか? 不器用な人なのかもしれない。しかし、仕事の話は受けてもいいと思う。少なくともしばらくは無職に成らずにすむ。
「まあ俺でいいならお受けしますよ」
「本当かい!? 助かるなぁ!! これでボコショー続けられるよ!!」
俺の手をとりブンブン振り上げる。いたい。
だがなんであれ、俺のボコとしてのスタートがここで始まった。契約としては、ボコのショーが行われる夏休みのサマーシーズン、それの後は契約更新だ。
「よお、お前らよく来たな!! オイラボコだぜ!!」
「ボコだー!!」
次の日から俺はボコを続けた。舞台に立ち、強気に攻めるクマを演じる。
「いてえなお前ら!! ぶつかったぞ、あやまれ!!」
「んだぁてめえ」
「生意気だやっちまえ!」
ねこやねずみに喧嘩を売り。
「ぐえっ! おぶっ!!」
返り討ちにあい。
「がんばれボコー!!」
「うおおお!! 声援ありがとなお前ら! いくぜ、ここからが本番だぜ、ぎゃあ!?」
一度立ち上がり、また返り討ちにあう。
そんな日々が続く。いつまでも続く、つづくったらつづく。確かに前任者が逃げ出したくなるのもわかる気がする。何故なら見せ場らしい見せ場がないからだ。本当に続けるほど人気があるのか疑問を感じる。しかし、あのボコスタッフの人にその事を聞いたところ。
「見せ場はあるよ!! 勝てもしない喧嘩を売ってボコボコにされる、それがボコの見せ場だよ!!」
などとやたらいい笑顔で力説されてしまい、もう何もいえない。だがせめて自分のモチベーションを上げたい、このままでは俺も前任者のように逃亡してしまう。それはちょっといやだった。
「凹さん、提案あるんすけど」
「なに?」
凹さんとは、例のボコスタッフの人だ。凹でそのまま「ボコ」と読む。ボコのために生まれた様な人だ。
「ボコの登場シーンでBGMあるじゃないですか、妙に軽快な奴」
「ああ、あるねえ」
「あれ歌詞つけて声優さんに歌ってもらえませんか?」
俺の提案に、凹さんは驚いていた。そして俺の言った事を理解すると、考え出した。
「あのBGMに? 歌詞かぁ……フンフーフ、フンフーフ、フーッフフンフンフ……ふーん? いや、いける? ボコのテーマか」
「ちなみに歌詞考えてあります」
「あるの!?」
俺がA4ルーズリーフに書いた歌詞を渡すと、凹さんはそれを穴が開くほどに見つめて呼んだ。そして次第に歌詞を口ずさみだす。
「やってやる、やってやる……ボーコボコ、に」
「歌いながら入場すれば、結構ウケるんじゃないっすかね。ボコパレードもできますし」
我ながらボコパレードとは何かと思う。
「…………すごい!!」
凹さんは突然唸り立ち上がった。目は爛々と輝きビームでも撃つかと思うほどだ。
「ここまでボコの事を考えてくれた人は初めてだよ!!」
「いや、ボコってか俺のモチベーションのためで」
「理由なんて何でもいいんだ!! やろう、ボコのテーマ作ろう!!」
と、言う出来事があり、驚くべきはその後の凹さんの仕事の早さで、次の日には歌詞が完全に出来上がり、その次の日には声優さんによるテストをし、そしてまた次の日には完成と言う、スピード録音作業が行われた。曲自体は元から出来ていたのと、単にうちのステージで流すために作ったからこその早さだろう。
「よお、お前ら!! 今日はよく来てくれたな!!」
「ボコー!!」
「それと重大発表だ! 今回から、このオイラのテーマソングができたんだ! 歌詞カードも配ったから、よかったら一緒に歌ってくれよな!!」
「うわあー!!」
ボコのテーマソング発表を聞いて、観客の少女がやたらと喜んでいた。というか、この少女は、俺が始めてボコを演じた時にいた姉妹だ。あれから俺はずっとボコをしてるが、こ少女は殆ど来ている。生粋のボコマニアのようだ。もう一人の少女は、嬉しそうな少女を見て笑顔を浮かべる。ボコよりも喜ぶ妹見たさに来ているようだ。つき合わされている母親は、ひどく疲れているが。
舞台にボコのテーマ、『おいらボコだぜ!』が流れ始めると、俺は腕を振り上げリズムを刻む。それに合わせて少女が立ち上がり歌詞カードを見ながら音程をずらしながらも元気に歌っている。
「お母さんも歌おう!!」
「……私は、ちょっと」
「母さん、一緒にやろう?」
いつか見た光景と一緒だった。そして母親が俺を睨み、娘の眼差しに負けるのも同じだった。ご夫人、強く生きてください。
そして結局、ご夫人は娘と一緒に歌う事になった。顔を真っ赤にして歌うご夫人は、失礼ながら実にキュートだった。
なお、最後に「よかったらそこにCDもあるから買ってくれよな!!」と宣伝したところ、買って行ったのは、あの少女だけだった。
「よかったな、みほ」
「うんおねえちゃん!!」
そうか、あの一番熱心な子は妹さんだったのか。舞台袖からCDを手に嬉しそうな少女を見て、少し心が温まる。
「凹さん、このきぐるみって物持てます、ペンとか?」
「物? ちょっと厳しいなぁ、見てのとおり指無いから」
確かにボコの手には指がない。丸太のように丸くデフォルメされた腕だ。やろうと思えば握れるのだが、ボコの腕の中から人の腕の輪郭が現れてしまい、まるで人がボコ内部に捕らわれているようだ。軽くトラウマである。
「じゃあ予備の包帯でマジック巻きつけて下さい」
「いいけど、どうするの?」
「まあ、サービスを」
ボコの円錐状の腕に包帯を巻いてマジックペンを巻きつける。ボコはボコボコで包帯は最早体の一部なので、違和感はないだろう。キャップはすでに取っておいた。そのまま俺はまだボコ関連グッズ売り場にいる少女の下に向かおうとしたが、直前で声優さんが少し待てと言って、俺の首元に小さな機材を取り付けた。そして今度こそOKが出ると、はしゃぐ少女の下に向かった。彼女ははしゃいでいたので、後ろから来る俺には気がついていない、そっと後ろに立ちポフポフと空いた手で彼女の肩を叩いた。
「へ……? うひゃあ!」
「よお、おいらボコだぜ!!」
つけた機材から声が出る。なんとも器用な事に、俺の突然の行動に声優さんが合わせてくれた。
「ボコだー!!」
「いつも応援ありがとな!!」
「あ、あ、えっと、うん!!」
「おっ! CD買ってくれたんだな? うれしいじゃねえか!! サインしてやろうか?」
「いいの!?」
「もちろんだぜ!!」
少女が俺にCDの表紙を向ける。そこに俺はうまい具合に「ボコられグマのボコ」とサインっぽく書いて、ボコの似顔絵も描いておいた。
「わあ──ーいっ!!」
サイン入りCDを見て、少女はその場でバタバタグルグル走り回った。高まった感情の行き場が体を動かすことしかできていない。
「おじょうちゃん、いつも来てくれてありがとうね」
ついに凹さんも来て、少女に声をかけた。少女の母親と凹さんが挨拶をする。
「どうだい、ボコと写真撮ってくかい?」
「いいの! やった──ー!!」
凹さんはどこにあったのか、ポラロイドカメラを持ち、どうぞどうぞと少女達を俺のところに寄せた。それじゃあ撮るよと、凹さんが言おうとしたが、しかし待て。
「どうだいおじょうちゃん! 喧嘩でもしながら撮るか?」
「え、喧嘩を? けど、ボコ負けちゃうよ?」
当たり前だが、ボコはボコボコの状態だ。もっと言うなら舞台後なのでさらにボコボコ、という事になっている。さすがのボコマニアの少女も、死人に鞭打つような事はしたくなかったのか、少し悩んだ。当たり前のように自分が勝つ前提だ。しかし、それは要らぬ心配である。
「へんっ! もし怪我の心配なら自分のほうをしな! おいらは強いんだぜ!」
小さな少女に対してすこし乱暴な言い方だ。しかし、これでいいのだ。少女は俺の、ボコの意図を汲んだのか、笑顔が戻った。
「それじゃあかかってきな!」
「うん! えい!!」
「そんなパンチ簡単によけられ、ぐえっ!?」
少女のパンチはひょろひょろの拳だった。蚊も殺せないだろう。しかし俺は、ボコだ。ポフリとボコの鳩尾に当たった拳に苦しみながら、床にこける。
「おねえちゃん、たたみかけよう!!」
「わかったみほ!!」
「ぎゃあっ!!」
こうなるともう姉妹は容赦などなかった。姉も加わり俺をボコボコにする。妹は俺に馬乗りになり、頭をポコポコと叩く、姉の方はプロレス技のように俺の足を曲げていた。夫人のほうは、ボコボコのクマを更に滅多打ちにする娘たちの姿に若干引いていた。
しかし俺は反撃はしない、凹さんもどこか満足そうだ。これがボコの正しい姿なのだ。二人がヒートアップして熱が最高潮になったとき、そのタイミングで写真が撮られた。
「くっ! おめえら中々やるじゃねえか! けど次は負けねえからな!!」
捨て台詞をはいて俺は再び舞台袖に去って行った。それを見送る姉妹たち。
「ボコー! またね、ボコー!!」
「さよならボコー!」
「……すみませんでした」
「いいんです、これがボコですから」
夫人が凹さんに謝っているが、気にしない。そうだ。これがボコなのだ。
ちなみに、写真には俺を組み伏せボコボコにしながら満面の笑みを浮かべピースする二人の少女が写っていたそうだ。
■■■
そして、年月が流れる。当たり前だが、子供達は成長する。あの姉妹が来る頻度は落ちた。けれど、それは当然のことかもしれない。夫人がついて来る事は無くなり、次に姉も来なくなり、最後までボコを見に来ていた妹も、何時しか来なくなった。それでも高校生になろうと言う年頃ギリギリまで来ていたので、きっとボコへの愛はそのままなのだろう。
また、その姉妹と会わなくなった理由としてもうひとつ。俺と凹さん、声優さんの異動が決まったからだ。ボコは変わらず微妙な人気を持ち、アニメ化もされると、なんとテーマパークまで造られたのだ。その名は「ボコミュージアム」。ボコによる、ボコのための、ボコ好きに送るボコの聖地だ。ただし立地自体は悪く、目立たないところだが、俺達はそこへの転属が決まったのだ。全国でもっともボコを知る3人として(そもそも他の場所でボコのイベントをしてるのか謎だが)。
ボコミュージアムには、スペースボコンテンだのボコーテッドマンションとか色々と内角ギリギリ、アウトラインを越えるか超えないかと言う綱渡り的アトラクションが多かった。誰だ考えたのは、東京ネズミから文句が来たら、一発で負けそうだ。
まあしかし、なんだかんだで微妙な人気は続き、地方のB級スポットのような扱いを受けながらも、細々ボコボコと続けていたボコミュージアム。だがその人気も(元から高いとはいえないが)数年も経つと陰りを見せた。
「やばい」
凹さんが考える人のポーズでつぶやいた。俺はボコショーを終えて休憩を取っているときだった。
「なにがっすか?」
「ここの売り上げがやばいんだ」
「はあ、そんなポーズとるほどに」
「そう、思わず考える人になるほど」
そう言われても俺は特に驚かなかった。実際ボコのショーを見に来る観客も、ミュージアム開園時こそ席を何度か埋めたが、今ではあのデパートの時以上に減ってしまい、そもそも客がいない時すらある。すでに経費削減で従業員は徐々に減らされており、清掃員がいないので我々が自ら清掃とアトラクション管理のすべてをしている。すべては予想できた事だ。
「今月も目標売り上げにいかないなら、もうミュージアムはたためって本社から連絡も来たんだ」
「ボコ本社から」
「うん、ボコ本社から」
ボコだけで売り上げを維持してる会社と言うのも中々クレイジーな会社だと未だに思う。ちょっと上がっていた人気に調子をよくして、ノリと勢いでこのミュージアムを作ったという(噂では、ミュージアム建設を立案したのはノリと勢いで有名な学校の卒業生とか……)。
凹さんはすっかり落ち込んでいるが、しかし正直俺はどうしようもないと思った。ボコは好きだ。初めはアルバイトでの軽い気持ちだったが、今ではここが続くのなら一生をボコで暮らしても言いと思えるほどだ。しかし今からこのミュージアムを建て直せるほどの妙案は無い。しかし、ならば俺は最後までボコとして意地を通すぐらいだ。
「そう落ち込まんで下さい凹さん、ボコはどんな逆境にも立ち向かうじゃないですか」
「けど、結局負けちゃうし……」
「凹さん、それでもあきらめないからボコなんでしょう? だから凹さんは、ボコに憧れたんじゃないんですか?」
俺がそう言うと、凹さんはハッとして顔を上げた。
「どうなるかはわからないけど、最後まで俺達だけはボコを盛り上げましょう。ボコならやってやるぜと突き進みますよ」
「……そう、だね。そのとおりだよ!! どうかしてたよ!! こんなんじゃ、ボコに笑われちゃうね!! よーし、やってやるやってやるやーってやるぜっ!!」
凹さんは考える人のポーズから元気に立ち上がり、ボコのテーマを歌いだした。そしてそのまま何かしらの仕事を始めた。勢いに乗ると勢いのまま進む人なので、案外乗せやすい。そういえば、この人も例のノリと勢いの学校出身だったか。
その次の日のこと、珍しくミュージアムに来園者が来た。6人の少女達で、内5人はグループ、しかも戦車に乗っての来園だ。一桁のお客だが、しかし態々興味も無いのにこんな僻地へボコを見にはこまい、我々は総力を上げ彼女達を歓迎した。
節電で普段は動かさなくなったアトラクションを常時動かし、彼女達の目に付かぬ内に残るゴミを片付け、食堂も開店、グッズ売り場のポップも増やしておいた。そして俺は久々に客のいる前でボコになる。
「よお、お前ら! よくきやがったな!!」
寂れ古びた舞台で、スポットライトを浴びる。手が足りずチラシやスナックが床に残る観客席には、6人の少女達がいた。
「ボコだー!!」
5人の女子高生グループの一人が歓声を上げた。久方ぶりの歓声に俺もテンションが上がる。舞台袖から何時かの様にねことねずみの不良グループが現れ、歩く俺にぶつかる。
「おい、ぶつかったぞあやまれ!!」
「あぁん?」
「あんだてめえ」
「生意気だやっちまえ!」
様式美にのっとり喧嘩をうる。凄むねこ達だがボコは引かないのだ。
「上等だ返り討ちにしてやるぜ!!」
拳を振り上げ立ち向かう。役者は負ける事は承知だ、しかし負けるつもりでは駄目だ。ボコは常に“勝てる”と信じて立ち向かうのだから。
「うぐえっ!!」
それでもたこ殴りにされるのが、やはりボコなのだが。
「うう、みんなおいらに力をくれぇ!!」
ボコが声援をもとめると、あの歓声を上げた子が少し気恥ずかしそうにしながら声援を送る。
「ボコ、がんばれ……」
「もっとだ!」
「ボコがんばれっ」
「もっとだ!!」
ボコが大きな声援を求めると、5人とは別の席にいた少女が立ちあがった。
「がんばれボコー!! がんばれー!!」
ひときわ大きな声に、怖気づいていた少女も気持ちが高ぶったのか、ついに声を大きくはりあげた。
「ボコがんばれ────っ!!」
「っ!?」
その声は、とても懐かしいものだった。
『ボコだー!』
『ボコー! がんばれボコー!!』
『おねえちゃん、たたみかけよう!!』
『ボコー! またね、ボコー!!』
間違えるはずが無い、あの少女だ。少女は、あの時の少女はボコが好きなままだった。お互いに熊本を離れた地で、少女はボコが好きなままで、俺はボコのままで再会した。
「ボコいけー!」
「ボコさんがんばれー」
「ファイトーッ!」
ほかの四人(一人は寝てるのか起きてるのか、聞こえないが)も続けて応援をしてくれる。少女の友達だ。
そう、俺はボコだ。
おいらは、ボコだっ!!
「きたきたきたー!! ありがとよ、おめえら!! さあおいらの本気みせやる、うわあぁっ!」
「なんだこいつ」
「やっちまえ」
俺の振り上げた拳ははずれ、脚を引っ掛けられてまた転び再びたこ殴りにあう。
「なにこれ?」
「結局やられるのか」
パワーアップでも果たしたと思った事情を知らぬ少女が少し引いている。しかし、これでいい。
「それがボコだから!」
少女がその答えを言ってくれた。
ショーが終わると、彼女達はグッズ売り場に移動した。埃を被った箱をなるべく見えない位置に移動し、比較的新しい商品を前に出したが、それでも客が暫く来ていない雰囲気は隠せない。しかし俺を一番初めに応援してくれた少女が、あの懐かしき少女から最後の限定ボコを譲られ購入していった。少女は気恥ずかしいのか、そのまま急ぎ売店から出ようとしたが、ボフリとやわらかい物にぶつかり顔を埋めた。
「わふっ」
「よお、大丈夫か!」
「あ、ボコ!!」
俺は売店入り口でボコのまま待機していた。出てきた少女は俺の腹にぶつかったのだ。首から聞こえるボコの声は、何時かのように声優さんがそばで隠れて話している。
「今日は大きな声援ありがとよ、次もまた来てくれよな!!」
「う、うん! 絶対くる!!」
少女をボコの両腕で抱きしめ、握手をする。とても満足して彼女は去っていった。そして、俺はまだ店にいるあの子を見る。
「な、生ボコだ!」
「よおおまえら、今日はおまえらも応援ありがとな!!」
今したのと同じように、それぞれの少女達と握手をする。何人かは何ともいえない微妙な表情、偶に会う親戚の叔父さんにでもあった様な表情だった。そして最後にあの少女と握手を交わす。
「みぽりん、せっかくだから写真でも撮ってもらったら? あたし撮るよ」
「え、けど」
「お、写真か? かまわないぜ!!」
彼女の友人の一人が携帯で写真を撮るしぐさをしながら言うと、少女は少し遠慮がちだったが、俺が彼女を引き寄せ流れで写真撮影へ運ぶ。途中凹さんが現れ、せっかくだからと全員撮れる様にしてもらう。手にはポラロイドカメラではなく一眼デジカメがあった。今は撮影してすぐ印刷できるのだ。
「なんならおめえら、おいらと喧嘩しながら撮るか?」
「え゛!? 私達もですか?」
「喧嘩をしながら撮るって、どういうサービスだ……」
「い、一部にはうけるんじゃないかな」
「バイオレンスな記念撮影ですねぇ」
ボコに慣れない子達は、奇妙に思うだろう。しかし、このボコミュージアムでは(最近は客はいないが)わりと普通に行われるサービスだ。
「おっと、おまえら! おいらより自分の心配をしたらどうだ? おいらはかな~り強いんだぜ!!」
「ま、まったく説得力がありません!」
「園児にも勝つ姿が浮かばないぞ」
声援を受けてなおボコボコにされた光景を見てからでは、確かに説得力は無いだろう。だがあの少女は、もうヤル気になったようだ。先ほどの遠慮がちな態度はどこへ行ったのか、目を輝かせ、軽くシャドーをしている。その姿はかつての少女そのままだった。
「さあいくぜ!! ボッコボコにしてやるぜ!!」
それが合図となり、俺が拳を振りかぶると、ほかの子は「ひゃあ!」と声を上げるが、先刻承知の少女が拳が届く前に俺に一撃を加えた。
「んぎゃあ!」
もちろんそんな痛くはないが、それでも悲鳴を上げて床に転ぶ。
「みんな、たたみかけて!!」
「うわーい! 西住殿のテンションがマックスですぅ!!」
「バ、バイオレンスみぽりん」
「試合よりやる気出てないか……」
「けど、せっかくですからやりましょうか」
なんだかんだと言いながら、ほかの3人も加わり、俺はボコボコにされていく。ひえー、とか、うわー、とか声を上げうまくボコられる。そしてそのボコられ具合がいい塩梅になった時、シャッターが切られる。
「お、いいボコられだよ!!」
凹さんがうれしそうに言った。
「いいボコられってなに?」
「けど結構楽しかったですね」
楽しかったのなら何よりだ。ボコられたかいがあったと言うもの。しかしそんな事をボコは言わない、ボコはボコられるつもりなど、毛頭ないのだ。なので最後は──―。
「ちくしょう、おぼえてやがれっ!!」
捨て台詞。
「仮にも主人公の台詞とは思えん……」
「脱兎の如く逃げましたね」
「熊だけどね」
少女たちは呆れているが、ただ一人彼女だけは違う。
「またねボコー!」
手を振って、逃げていく俺を見送る。その姿がとても眩しくて、懐かしく、たまらなく嬉しかった。自分をボコボコにした相手に決してボコは振り返らない、しかし振り返らずとも彼女に向かい小さく手を振る、それぐらいは許されるだろう。
「ボコー!」
その声に応えるために。
■■■
少女達が帰り、控え室で休む。久々に充実した仕事をしたと思う。凹さんも満足そうだ。
「いいボコショーだったよ。これが最後でもいいぐらいに」
「縁起でもないこと言わんで下さいよ」
「うん、けどやっぱり現実厳しいからさ、そんな中でもボコが少しでも輝けただけで、ちょっと満足しちゃった」
「まあ、たしかに」
俺の手には、先ほど写した写真がある。そこに写るのは、もちろん俺とあの少女達。率先して俺(ボコ)をボコボコにする少女に、少し遠慮がちな少女、気だるげに腕を上げる少女、やけくそ気味な少女に、ちょっと楽しそうな少女。それぞれが、それぞれのやり方で俺をボコボコにする。最近は見れなかった光景だ。
「あーあ、あんなにボコ好きでいてくれる子達がいるのになぁ……」
「誰か金持ちがスポンサーにでもなってくれませんかね」
「あはは! そんな都合のいい事ないよ」
「そっすね」
あっはっはと、二人で笑う。まあそのときは、宝くじで一等当たったら何する程度の発言だったのだが、しかし後にまさかあんな事になるとは、夢にも思わなかったのだ。
「はっ? スポンサーがついた?」
「うん! しかもかなりすごい人が来てくれたんだ!!」
少女達が来て数週間経った時、凹さんが興奮してスポンサーがついた事を告げた。
「いや、え? どこの物好きっすか」
「君戦車道わかる?」
「そりゃ、一応」
最近じゃマイナー扱いだが、ちゃんと世界的なものだ。そして何よりもわが故郷熊本には、その戦車道にいくつかある流派でも最強の一角「西住流」があり俺の実家は、その西住流のお膝元である。もっとも、俺は戦車道にそこまで興味が無いので、流派の名前ぐらいしか知らないが。
「戦車道の流派ってかなり大きいのが幾つかあって、そこの島田流って所の家元さんが、スポンサーになってくれたんだ!! ミュージアムリニューアルも決定してるよ!!」
「……はっ!? リニューアル!?」
どんだけ大盤振る舞いなのか、さすがに声を上げて驚いた。
「ええ~理由はなんすか、金持ちの道楽じゃあるまいし」
「なんかね、家元の娘さんがボコ大好きで、ここを廃園にしたくないからお願いしたんだって」
「娘に激甘じゃないっすか。いいのかそれで」
「けどそのおかげでここも建て直しできるよ!! 島田流の家に足向けて寝られないね!!」
わーいわーい、と一人ハシャグ凹さん。人一倍ミュージアム廃園を気にしていたので、気持ちはわかる。喜びも誰よりも大きいだろう。もちろん、俺もまた表には出さないが喜んだ。この場所が残ることと、まだボコでいられることにだ。
後日、その噂の娘がリニューアル記念で寄贈品のクマの遊具と共に訪れた。驚いたのは、あの時ショーを見て最初に大きな声をあげた少女だった。人の縁とはわからぬものだ。あと、少女の部下(年上だが、なんと彼女は飛び級の大学生、戦車道の部下らしい)の一人がやたら声優さんの素の時の声に似てた。君いい声してるね、うち来ない?
こうして、どうにかこうにか我等がボコミュージアムは無事存続が決まり、島田流プロデュースによる大々的リニューアル後徐々に売り上げは回復、今後もなんとか続けれるようになった。従業員も増え、俺にも後輩ができた。彼らは、小道具や照明の仕事をしながら、演目によっては偶に二体目のボコになったりもする。そして、その時ひたすらにボコボコにされ、控え室で決まって俺に問いかけるのだ。
「先輩は、なんでこんな役ずっと出来るんです? ボコボコにされるだけのクマなのに」
思わず苦笑する。
さて、その答えはたくさんある。かつて凹さんが言ったような玄人向けのキャラクターと言う答えもあるが、しかしここはあの懐かしき少女にならい決まって答える。
「それが、ボコだから」
彼らはその意味をすぐは理解できない。冗談と受け取って、なんっすかそれは、と笑う。
何時か理解するかもしれないし、出来ないかもしれない。けれど、それでもいいのだ。ボコは敗者じゃない、勇気あるボコられグマなのだ。ボコボコにされるボコをみて、勇気をもらえる子が、好きになってくれる子が一人でもいるなら、理解されない事の方が多くても俺はボコになる。
そして、何時かまた来るであろう少女のために、俺はボコ続ける。ボコられてもボコられても、立ち上がる。
それが、ボコだから。
掲示板で投稿した時と、対して内容はかわりません。ボコの中の人は、きっとボコをすきなままです。そして凹さんもボコを好きなままです。きっとノリと勢いで二人とも、ボコが好きなままで、そして好きになるのでしょう。
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