雪ノ下雪乃は素直になりたい。 (コウT)
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雪ノ下雪乃は比企谷八幡が好き

 

 

 

 雪ノ下雪乃は比企谷八幡が好き。

 

 

 その気持ちを彼に伝えられればどんなに楽になれるのかといつも思っていた。彼と知り合ってからもうすぐ一年になる。最初は変な人だと思ってた。言ってる事が捻くれていてその考えが性格にも影響している。解決するために自分が傷つくことを躊躇わなくて、私は親友である由比ヶ浜さんと共に彼のやり方を否定したこともある。でも彼はそんなやり方をやめた。ある事がきっかけで彼は自分の本心を私達に教えてくれた。その事で奉仕部は元通り、いや、それ以上の関係になるきっかけになったのだ。

 そして私自身の問題に対しても彼等は協力してくれた。その結果母と姉に自分が考えていることを伝える事が出来た。姉は最後まで理解しようとしてくれなかったが構わない。

 

 

 そんな中、私の中で好きという感情が芽生えたのだ。その好きである気持ちを伝える相手はきっとそんな気持ちなんて知らない、私だって初めは彼の事を嫌ってたのかもしれないし。でも彼の事を知っていく内に私はどんどんと惹かれていった。

 

 

 誰にも取られたくない。由比ヶ浜さんにも、一色さんにも。

 私は他の誰よりも比企谷八幡の事が好きだと思ってると自信持って言いたい。

 

 

× × ×

 

 

「うす」

「やっはろー! ゆきのん」

「こんにちは、二人共。さっそく紅茶を淹れましょうか」

 

 今日もいつも通り奉仕部に顔を出す。早いものでもう3月になり、今日は終業式である。先日、卒業式が行われ、先輩であるめぐりんことめぐり先輩を送ったばっかなので何だか学校も広く感じる。

 

「それにしても今日も部活やるなんて思わなかったな」

「今日は春休みの連絡だから来てもらったのよ、まああなたの場合何も予定ないのだから活動には全て参加できると思うけど」

「ちょっとー? 俺の予定勝手に決めないでくれるー?」

 

 これでも受験生になるので予備校という予定がある。スカラシップを狙っていることを忘れたのかお前ら。

 

「私もそんなに予定ないから平気だよー! 予定と言っても優美子達と遊ぶぐらいだし」

「そう。なら全員大丈夫のようね」

 

 どうやら俺の予定無視のままこのまま進むようだ。これが多数決社会か、日本という国は本当に多数決大好きだよね。少数派の意見はねじ伏せられるから恐ろしい恐ろしい。

 そんな多数決の提案者、雪ノ下は紅茶を淹れたカップと俺専用の湯のみを手に持ってテーブルに持って来た。

 

 

「はい、どうぞ」

「わーい、いつもありがと!ゆきのん!」

「べ、別にお礼なんて……」

 

 

 うん、嬉しいんだよな。わかる。だが、動揺して俺の湯のみから紅茶をこぼすのはやめてくれ。

 

「あ!ごめんなさい、すぐに淹れ直すわ」

「ああ、悪い」

 

 悪いね、ほんと。なんだかんだ部室に来るたびに淹れてくれる雪ノ下には感謝してる。俺なんかにも淹れてくれるのだから。

 いやーただで飲む紅茶は美味いな、うん。

 

「次回から料金制にしようかしら」

「だから心読むのやめろ」

 

 そんでもっていきなり目の前に立つのもやめろ。ビビるわ。

 

「働かざる者食うべからずと言うでしょう。この場合飲むべからずだけど」

「おい待て。俺が学校に行ってるという時点ですでに働いてると行ってもいいぞ。授業中はクラスの空間や人間関係に耐え、放課後は生徒会とかいう人を理不尽な理由で労働させる機関で毎日労働もしてる」

「色々矛盾してるわね……あなたクラスにいても存在する認識されないから空間や人間関係に耐える必要性はないし、生徒会もあなたが彼女に甘いからつけ込まれるのよ」

 

確かに……一理あるな。てかいつのまにかいつも通り罵倒されてね? これ。

 

「ははは……まあ確かにみんなヒッキーのこと気づ……興味ないだろうし」

 

 苦笑いしながら話す由比ヶ浜さん? 最近お前も中々酷いこと言ってるからね?

 だが、どうやらゆっくりしてるのもここまでのようで部室のドアが開かれた。

 

「せーんぱい! さ、さ、今日も行きますよ」

「さも当然のように連れて行こうとするな。いつから俺は生徒会役員になった?」

「やだなー先輩は私のど……奴隷に決まってるじゃないですかー」

 

 言っちゃったよ。とうとう奴隷って言い切ったよ。さすがにこれには雪ノ下もこめかみに手を抑えてため息をつく。由比ヶ浜も苦笑いしながらこちらを見ている。

 

「一色さん? 最近あなた比企谷君に頼りすぎなのでは?」

「えーでも先輩だってー私と一緒にいたいらしいですしーそれに先輩いれば早く終わりますし」

 

 そう言うと一色は俺に向けてウィンクしてくる。いや知らん。まず一緒にいたいも何もお前が俺を拉致ってるからね?

 

「で、でも! そろそろヒッキーも受験勉強で忙しくなるし」

「でもー先輩がー私をー生徒会長にー」

「わざとらしく言うな。わかったわかった」

 

 もう諦めますよ……。どーせ今日もギリギリまでこき使われて、「じゃあ先輩! 家までよろしくです」と自宅までの送って帰宅したら今度は由比ヶ浜からの電話であいつが眠くなるまでトークタイムだ。ちなみに電話に出ないと次の日がとんでもなく面倒なことになるので出ないといけない。教室で変なこと言うのやめようね? ほんと。

 

「てなわけで悪いが」

「なら私達も行くわ。そちらの方が早く終わるし」

「あ、いいのか?」

「さすがに可哀想と思っただけよ。それに一色さんと二人きりにさせたらあなた何するかわからないし」

 

 左様ですか……。まあ一人でも多い方が早く終わるし、手伝ってくれるのは雪ノ下達だ。なんだかんだ事務能力は高いのでサクッとこなしてみせるだろう。

 

「んーまあたまにはいいかなー。んじゃ先輩方よろしく」

「邪魔するぞ」

 

 一色の言葉を遮るように入ってきたのは当然平塚先生だ。雪ノ下ももう諦めたのかノックをとは言わない。いや生徒に諦められるって中々だぞ、おい。

 

「取り込み中悪いがちょっと書類の仕分け作業を手伝って欲しいんだが大丈夫か?」

「その……私達今から生徒会の手伝いに」

 

 由比ヶ浜が申し訳なさそうに答える。しかし生徒会長の方はニコニコしながら口を開いた。

 

「あ、そーいうことなら大丈夫ですよ! 先輩一人いればいいんで!」

「そうか? ならすまないが雪ノ下、由比ヶ浜。お願いしてもいいか?」

 

 うん、知ってた。平塚先生来た時点で察したよ。早々に諦めたからね、もう。

 しかし何故なのか目の前の2人も落ち込んでいる様子だった。

 

「終わったらヒッキーと遊びに行こうと思ったのに……ずるいよ、いろはちゃんだけ.……」

 

 なんかブツブツ言ってるが聞き取れん。雪ノ下も何か様子だ。何で?

 

「じゃあせんぱい! 早く行きますよ!」

「へいへい、じゃあ悪いが今日もこれで抜けるわ」

「ええ……わかったわ」

 

 心なしか雪ノ下の声に覇気を感じない。いつもならこういう時、「あなたは備品なのだからさっさと仕事を終えて、こちらの仕事の為に働きなさい、いいわね?」と脅迫じみたことを言ってくるが何も言わない。

 何も言ってこないと逆に怖いんだが……。

 

「あ、そ・れ・と。先輩、今日も帰り遅くなるのでい・え・ま・で送ってくださいね」

 

 何故か知らんが一色はニコニコと笑いながら、雪ノ下達の方に向かって言い出した。いやそういうこというのやめようね? また変に揉めたらめんどいし。

 

「ほら早く行くぞ」

「はーい」

 

 とりあえずさっさと退散退散と。そのまま部室を後にして生徒会室へ向かう。出る際になんか雪ノ下と由比ヶ浜がぶつぶつ言ってたがまあ気にしないことにしよう。

 

 

× × ×

 

 

「むぅ……何かいろはちゃんに少しだけイラっときたかも」

「不思議と私も同じ気持ちだわ……。でも何故一色さん、私達に向けて言ったのかしら?」

 

 誤魔化すように言ってみる。本当は理由なんてわかってるのに。

 

「ゆきのん、わかってるくせに嘘つくのはよくないよ? いろはちゃんはあれだよ、えーと……挑戦してきたんだよ! 私達に」

「そうね。でもそれは由比ヶ浜さんだけなんじゃ」

「嘘つかないの! ゆきのんも素直にならないとダメだよ! 多分私達の気持ち気付いたらきっと距離置いちゃうだろうし……」

 

 知ってる。彼の事だからきっと告白する舞台に呼ぶこともできない。今の関係より先に行ってしまえばきっと彼は距離を取る。それだけは嫌だ、彼と離れるなんて絶対に避けたい。

 

「……青春してるんだな、君達は」

 

 寂しそうに平塚先生は呟く。そういえば比企谷君と一色さんのやり取りですっかり忘れてた。

 

「はぁ、書類持ってくるから待っててくれ」

 

 心なしか何やら落ち込んでる様子で教室を出て行った 。先生、ごめんなさいね。

 正直、書類の仕分けなんか放り投げて、早く生徒会室に行きたい。比企谷君と一色さんが二人きりの空間を作っていると考えると居ても立っても居られないがそれは隣にいる彼女も同じのようだった。由比ヶ浜さんは不安そうに携帯の画面を見つめている。恐らく彼に連絡しようとしてるのだろうが文面が思い浮かばないんだろう。

 由比ヶ浜さんに一色さん。二人共彼を好きな気持ちを隠そうとせず、少しでも彼に近付こうとしている。

 でも私はできない。素直になって、彼と色んなことをしたい。遊んだりもしたいしたくさん話したりもしたい。

 

 比企谷君、あなたが好き。好きなのにどうして......あなたは気付いてくれないの?

 

 

× × ×

 

 

 あれから仕分け作業を始めたが由比ヶ浜さんがミスをして、書類がめちゃくちゃになったりしたので思いの外時間がかかってしまった。

 私はいつものように鍵を返しに職員室に向かってる。結局今日も生徒会室に行くことは出来なかった。仕事が終わらなかったのだから仕方ない。

 職員室に行き、鍵を返すと由比ヶ浜さんの待っている昇降口を目指す。いつも先に帰ってていいと言ってるがいつも待っててくれてるので申し訳ない気持ちになる。私は急ぎ足で向かう。

 ふと昇降口に繋がる階段に誰かが立っているのが見える。

 

「雪ノ下さん」

 

 思わず顔を上げて、彼の顔を見る。どこかで見た顔だが忘れてしまった。

 

「雪ノ下さん、部活お疲れ様」

「……あなたは?」

「高杉っていうんだけど今、ちょっといいかな?」

 

 なんとなくわかってしまった。このような出来事は今まで何度も会ってきたからこういう時の勘はいつも以上に冴える。

 

「ごめんなさい、悪いけど友人を待たせてるから」

「あ、そのすぐ終わるから。少しだけでいいからさ? ね?」

 

私は小さくため息を吐く。仕方ない、さっさと終わらせよう。

 

「雪ノ下さん、俺と付き合って」

「ごめんなさい、無理です」

 

あまりにもバッサリ言うものなので目の前の彼も唖然としている。しかしはっきり言っとかないと彼も諦めがつかないだろう。

 

「私、今は部活で忙しいしそれにあなたのことをよく知らないし知る気もないから付き合えないから。それじゃ」

「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなんじゃ納得できないって」

「あなたが納得できなくてもしてもらわないと困るのよ。正直こういうの迷惑なのだけど」

 

私の言葉に彼は黙ってしまう。全く随分時間を無駄にしてしまった。私は駆け足で階段を降りてく。

 

「やっぱり比企谷のことが好きなのか?」

 

後ろから降りかかってきた言葉に思わず足が止まってしまった。振り返ると彼は悔しそうな表情しながら私を見下ろしていた。

 

「みんな言ってるよ、比企谷なんかがいるのに雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが奉仕部を辞めないのは比企谷のことが好きなんじゃないかって」

 

 反論しようと思ってもすぐに言葉が出てこない。彼の言ってることに動揺しているの?

 そんなはずがない。今までもくだらない噂は数多くあったが無視してきた。第一私達のことを知らない第三者に言われる筋合いはない。大きなお世話だし迷惑。

 私は彼の方を向いて口を開いた。

 

「そんな噂を信じてる時点でまず無理ね。私達のことを知りもしないで勝手なことを言わないで。それとどんなに頑張ってもあなたと付き合うなんてありえないから」

 

 言い終えると私は再び歩き出す。彼は驚いているようだったが食い下がることなくこちらを見つめていた。

 

「じゃあ何でそんなに必死に否定してるんだ? 焦ってるんだろ? 本当のことを言われて」

「勝手に言ってなさい」

 

 これ以上相手にするだけで無駄だ。早く由比ヶ浜さんの所に行かないと。

 私は再び駆け足で彼女の元へと向かった。彼は私の方を見つめていたがもう関わることはないのだ。というよりこちらから関わりたくない。

 男性で興味を持ち、私と関わりを持ち続けて欲しいと思うのは一人だけなのだから。

 

 

 




久々の投稿です。


のんびり投稿してくので
よろしくお願いします。

前の夢シリーズはpixivで完結したので
こちらも順次更新していきます。


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その動画に出会ってしまった。

ちょっと最後の方でキャラ崩壊となっている部分ありますので嫌いな方はスルーしてください。
ストーリー上の都合でキャラ崩壊しています。


今回も温かい目でお読み頂ければ幸いです、
よろしくお願いします。


 

 

「ただいま」

 

 おかえりなんて言葉が返って来るはずがないのにいつも言ってしまう。部屋に入り、電気をつけると朝と変わらない風景。これから夕飯を作って食べて、お風呂に入って明日の支度をして寝る。

 傍から見ればつまらない生活だけど学校終わった後はいつもこんな感じ。たまに姉さんが来て、騒がしくなるけどその程度。

 そもそも由比ヶ浜さんみたいに友達と電話したり、テレビとかも見ないのでやることがない。せいぜいパソコンを起動して、動画サイトをいじる程度だ。

 

「はあ……」

 

 私以外誰もいないからため息の音も余計に響く。原因はわかってる、比企谷君と私の事。

 比企谷八幡という人は色々と捻くれた考えで他人を安易に信用しようとはしない。それは私も同じで最初はお互い信用してなかった。けど今は違う。彼のことを信じる人が周りには沢山いて、彼もまたその人達のことを信じようとしている。彼の言ってた本物が今みたいな時間ならそれを壊すようなことは絶対にしたくない。

 でもそれを我慢できるほど私達は我慢強くないだろう。先にその均衡を破るのは私か由比ヶ浜さんか一色さんか。いやそれ以外にも彼のことを慕っている人はいるはずだ、なんかもう考えれば考えるほど頭が痛くなる。

 もうやめよう、やめよう。考えても仕方ない。ソファーに座ると、目の前のテーブルに置いてあるノートパソコンを開く。いつも通り動画を見て癒されよう。気分を切り替えないことには何もできない。

 開いたパソコンの画面でさっそく動画サイトを開く。ここも彼に教えてもらった有名な動画サイトで素人が作ったような動画からちゃんとしたクリエイターが手掛けたクオリティ高い動画と多種多様にあるが、いつも通り私は「子猫大全集」というタイトルの動画を開く。私にとって今はこうすることが一番気楽な時間だ。

 だって彼のことを考えている時間は頭が痛くなるし、それに不安で押しつぶされそうになるから。

 

 

× × ×

 

 

「お兄ちゃん! パソコンが開かない!」

「はあ? 間違えてケーブル抜いたんじゃないのか?」

「違うって! いいからきてよ!」

「わかったわかった……」

 

 

 小町に腕を引っ張られ、そのまま小町の部屋に入る。相変わらず整理整頓されてるな、この部屋。しかしどうにも机周りにぬいぐるみがたくさん置いてあるのは少しグッときたぞ、グッとね。

 まあそれは置いといてパソコン、パソコン……あ?

 

「ちゃんと起動してんじゃん。何が駄目なんだ?」

「いやだからYOU○UBEみたいのに開かないの!」

 

 ネットかよ。たまにいるよなーネット開かないことをパソコン開かないっていうやつ。流石に外では恥ずかしいから間違えないでね。

 

「てか再起動はしたのか?」

「再起動?」

 

 もういい、お前がパソコンに疎いのがわかった。慣れた手つきでさっさと再起動させると画面がパッと暗くなり、すぐにまた光り始めた。

 

「ほれ。これでもう1回開いてみ」

「……あ! 開いた! さすがお兄ちゃん!」

「いやほぼ何もしてないから。つかこれぐらい自分でできるようになれ」

「でも妹が困ってたら助けるでしょ? ね?」

 

 ウインクしながらそういうのやめろ。否定しにくいだろ、否定する気は元からないけど。

 

「そーいえば最近どうなのー?」

「どうなのって?」

「いや雪乃さんとか結衣さんとかいろはさんとかと何かあったかなーって」

「何もねえよ。毎回何かあると期待すんな」

 

 そんなに期待するほど何かあるならもっと有意義な人生になってるぞ、俺。

 

「いやさー小町も4月から奉仕部の一員だからもし何かあるなら今のうちに知っとこうと思いまして……」

 

 そう言ってえへへと笑う小町から少し一色と同じあざとさを感じる。

 まさか本当に……いや合格するとは思ってはいたが無事総武に合格するとはな。さすがは俺の妹だ。と、同時に俺は妹に近づく輩を成敗するべく警戒をいつも以上に強めないといけない。変な虫がついたら即取り払うからな、安心してくれ」

 

「いやさすがにそれはやめて。色々と嫌だ」

「え? 何が?」

 

 幻滅したような顔で俺を見る小町。何か言ったか? 俺。

 

「ところで奉仕部は春休み活動ないの?」

「あーなんかやるとかは言ってたけど詳しいことは聞いてないな。聞く前に一色に拉致られたから」

「最近お兄ちゃんいつもいろはさんの手伝いばっかだよねー。ひょっとして一番乗りはいろはさんか……」

 

 なんか最後の方だけ声が小さくなり、聞き取れなかった。どした?

 

「まあとにかく何か奉仕部で活動やるようなら言ってよ! 小町も行きたいし」

「ああ、俺の代わりに行ってきてくれ」

「お兄ちゃんも行くんだよ! もうすぐ受験勉強で部活も引退なんだからちゃんと参加しなよ!」

「はいはい……」

 

 引退ねぇ……させてくれるのかな? 

 

 

× × ×

 

 

 いつの間にか動画を見始めて二時間。夢中の余り、時間の経過を忘れてしまった。毎回のことなのだが一度夢中になると没頭してしまうのが私の悪い所。姉さんにも前に言われたことあったから早く直さないといけないとは思ってるのだけど……。

 さて早く夕食作らないと。私は動画サイトを閉じようとしたが、ふと動画一覧にある動画タイトルの文字が目に入り、思わず手の動きを止めてしまう。

 動画のタイトル「恋愛成就」ただそれだけのタイトル。こういった類の動画ははっきり言って信じないし、そもそも何の根拠もなしに恋愛成就について語られても信憑性がないと思ってたから見たことはない。

 

「……本当……なのかしら」

 

 いつもの私ならこんなのを見ようとはしない。でももし……もしこれで少しでもあの二人より先に進み、比企谷君に私の想いが届くのなら……。気付いたらその動画をクリックしていた。

 

『皆さん、こんばんは! さて……さっそくですがこの動画を見ているということは恋に悩んでいる!……ということでお間違いないですかね? 確かに恋というのは思うようにいかず、日頃悩んでいますよね。でも! ご安心ください、この動画はそういった悩める方々の為に私の経験から少しでも皆さんのお力になればと助言させて頂く動画です』

 

 思わずため息をついてしまいそうになるくらい馬鹿馬鹿しい出だしだ。同年代の人とかはこういうのを好きそうだけど最初に見て思ったのはこの胡散臭い感じだ。そもそもこの動画に出ている男性。彼は自分の経験からと言ったが、そもそもその過去の経験が動画の説明文等を見ても、どこにも載っていない。どうやらこんなもの見るだけ無駄だったようだ。私は動画を閉じようとする。

 

『まずこれ見ている人に言いたいのは、皆さん本当に相手に自分の事を理解してもらおうと努力してますかね?』

 

 再び手の動きが止まる。何故知らない人に言われた言葉で一瞬動揺しかけてしまったのか。私は別に……努力してないわけじゃ……。

 

『自分が努力しているつもりじゃ駄目なんですよ。確実に相手を伝えるためには、言葉だけでなく、行動もしないと駄目なんです!』

 

 駄目だ、早く消さないと。これ以上私を責めないでほしい。行動してないって……そんなの私が一番わかってるのだから。もう見るのはやめよう。

 

『でもご安心ください。今、それに気付けばまだ間に合います。これから行動することによってあなたは好きな人と結ばれる可能性が少しずつあがってきますから。これはその為の動画ですから』

 

 ……もう手遅れだった。私にはもう動画の中で語る男の言葉しか入ってこない。

 

 

× × ×

 

 

「はあ……」

「あ、おはよ、ヒッキー。どうしたの? ため息吐いて」

「どうもこうもお前。今日から何が始まるかわかってんのか?」

「何って学校じゃん? 寝ぼけてるの?」

 

 お前にそんな風に言われるとはな……。長期休みが終わってしまったことの恐ろしさを知らないからそんな風に言えるのだろう。きっと引きこもってた俺とは違い、毎日クラスメイトと遊んだりしていたお前はさぞ学校が始まるのを楽しみにしていたのかもしれない。

 まあ最も引きこもりって言えるほど引きこもりじゃなかったけどね、春休み。奉仕部の活動自体は平塚先生からの連絡がないので、のんびり過ごせると思ったが残念! 生徒会の陰謀により、またも無償労働させられてしまった……。そろそろ労基いくぞ、おい。まあ企業じゃないので相手してもらえないが。

 そんなこんなで春休みは一色と一緒に書類整理したり、入学式の準備したり、買い物に行ったり、映画見に行ったり……後半あいつに無理矢理連れられたようなもんだがな。

 さらに今、隣で話している由比ヶ浜も春休みしつこく誘ってきたので一日だけ遊びに付き合うことにしたが、まあこの子疲れを知らないのなんの。

 そんなこんなで春休みは二人に連れまわされたが、雪ノ下からは唯一連絡が来てない。いや来なくていいんだけどさ。ただ、あまりにも二人から連絡来過ぎるので少し気になってしまった。

 

「ほら。早くいくよ」

「わかったから手、引っ張んな」

 

 もうすでに周りの同級生らしき人が何人か見てるから! ここ通学路だから!

 

「どーせクラス替え見て、その後始業式だろ? ならのんびりでいいだろ」

「そうだけどクラスに誰がいるとか気になるじゃん」

「いや全然」

 

 ボッチなのを忘れてしまったのか。まあ俺は戸塚がいればいいけどね、何でも。

 とりあえず校門が見えてきたので、そのまま校内に入ろうとすると後ろから声が聞こえてきた。

 

 

「ひっきがっやくーん」

 

 

 はあ……新学期早々魔王討伐イベントは勘弁してほしいぜ。さすがにそれはきつい。

 

「ねえー何で無視するの?」

 

 振り返るな、振り返ってはいけない。振り返ったらゲームオーバーだ。

 

「ひ、ひひひひ、ヒッキー」

「おい、何振り返ってんだ。新学期早々雪ノ下さんに絡まれるのは面倒だ。早く行くぞ」

「ち、違うの!」

 

 は? 何が違うんだ? てかどうしてお前はそんな驚いた表情してるんだ。

 

「何が違うんだよ」

「え、え、えええーと」

 

 パニックになってるのか由比ヶ浜は口をあけながら、目を見開いている。

 仕方ない、早々に相手するか。そう思って振り返ると、

 

 

「あ、やっと振り返ってくれた。おはよ、比企谷君」

 

 すまない、まだ夢の中のようだ。もう一度目を擦る……変わらない。

 

「えーと……すいません、どちら様ですか?」

「えぇ!? しばらく見ない間に忘れちゃったの!? もう比企谷君はしょうがないなー」

 

 

 そう言って今まで見たことのないような笑みをこちらに向けて……。

 

 

 

 

雪ノ下雪乃は口を開いた。

 

 

「また今日からよろしくね! 比企谷君!」

 

 

 

 




はい、ようやく物語スタートです。
この物語はゆきのんが素直になっていくまでのお話で
今後のお話でこのようなキャラ崩壊シーンが何度かありますので
ご了承お願いします。

ちなみに何でキャラ崩壊したのかは次のお話で。

では


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こうして彼女は間違いに進む 

春休み、雪乃は動画の恋愛情報に夢中で、そこから何とか八幡に近づくために考えるが、彼女は新しい自分を作ろうと思いつき、必死に作ろうとする。





 3月末、私は春休みに入ってからあの動画、というより投稿者である男の言葉にすっかり取り込まれていた。他の動画も見て、私がどのように行動すればいいかを自分なりに研究した。と言っても、世間一般の女子高生の感覚から離れている私がどのような行動すれば比企谷君に振り向いてもらえるか。中々大きな壁と言える。その為にあの人の周りの女性達が比企谷君に接した時、彼がどのような反応をしていたか今一度思い出すことにした。

 ます由比ヶ浜さんだが彼女は彼に対するスキンシップが多く、いつも何かと言ってる彼も顔を赤らめながらどこか照れている様子。そして何よりも彼女は自分から彼に好きという気持ちをアピールしている。周りの人から見れば、こちらも恥ずかしくなるくらいアピールしてるが当の本人は全く気付かない。もはや呆れたとしか言いようがない……。

 次に一色さん。彼女は本当に要注意しなければならない。スキンシップだけなら由比ヶ浜さんより多いし、何より彼が妹好きということをうまく利用して、何かと二人きりの空間をうまく作っているし、理由をつけては一緒に買い物も行っている。もちろん由比ヶ浜さん同様、彼は文句を言いつつも必ず行ってくれる。何より彼女は私達に向けて、明らかに宣戦布告してきた。まるで自分が一番優位に立っていることを示したかのように。

 他にもあげるなら川崎さん、城廻先輩、姉さん。あとは……海老名さんとか三浦さんかしら。鶴見さんと平塚先生は気にしなくて大丈夫……大丈夫よね? 他にも何人か気になる人いるけど簡単に挙げるならこのくらいかしら。

 こうして考えると彼の周りは女の子が多すぎる、どう考えてもボッチとかいうレベルじゃない。いつの間にこんなたくさんの女の子と接するようになっていたのだろうか……。

 とりあえず私は動画サイトを開き、動画の投稿者ケヤキさんのプロフィールから動画一覧を開く。

 まず初めに私は自分の意識改革からと始めなければならないと思い、一つ目の動画をクリックする。

 タイトルは【本当にその人の事が好きなのか?】

『はい、どーもこんばんは! 今日も皆さんの恋愛事情に少しでもお力になればと思ってます! さてさっそくですが今日のテーマは本当にその人の事が好きなのか? です。

 まあこれに関してはそのまんまの意味と捉えてください。恋愛というのは正直な話、間違いもあります。その時はその人のこと好きだったけどしばらく経ったらなんかどうでもよくなってしまう……なんてことも皆さん身に覚えあるんじゃないでしょうか?』

 

 そんなことはない。私が彼の好意を抱くようになってからその気持ちを忘れたことなんかひと時もない。

 

『なので、もう一度よく考えてみてください! その人の事が本当に好きなのか? そして何よりその人と付き合ってから自分がその人とどのような人生を送るのか。毎日こまめに連絡も取るのはもちろん、デートにも行くようになりますし、長期休みには旅行とかにも行ったりする機会もあるでしょう。あとは二人でホテ……ご想像にお任せします』

 

 最後の言葉は何を言おうとしたのだろう? 今度調べてみよう。

 付き合うことができたら、毎日連絡を取ったり、デートに行ったりする。願ってもないことだ。

 

『と、まあ色々言いましたが何より大事なのは好きな人と一緒に過ごしていく覚悟があるかどうか! それがあるならあなたはその人に片思いしているということです! というわけで、今日は本当に基礎中の基礎の話なので具体的な行動面の話は次の動画で。それでは皆さんの恋が一日でも早く叶うことを祈って』

 

 一つ目の動画が終わった。本当にこの動画では大したことは得られなかった。ただ私が彼、比企谷八幡の事が好きということを再確認することができたので良しとしよう。

 私は次の動画を開いた。タイトルは【好きな人に向けるアプローチ】

 

『はい、どーもこんばんは! 今日も皆さんの恋愛事情に少しでもお力になればと思ってます! はい、今日のテーマはですね、好きな人に向けるアプローチです。

 正直すでにこれは行動を起こしている人もいると思います! しかし! 全員が行動に移せるわけではないと思います! その為に色々と簡単なものから応用のことまで一つ一つ教えていきたいと思ってます」

 

 ようやく行動について学ぶことができる。これで私も一歩前に進むことができる。

 

『まずですね、自分の持っている武器を確認してください! 武器というのは好きな人との関係や環境等でして、例えば友達や同僚の関係、環境なら同じクラス、職場等色々あると思うのでまずそこを考えてください』

 

 私と彼は……友達ではない。となると、知り合い? 同じ部活の部員? 考えてみれば私と彼ってどういう関係なのかしら。とりあえず部員ということで。

 

『で、武器を確認したらその武器を生かす方法を考えましょう。例えば同じクラスメイトだった場合ですが、好きな人と同じクラスってだけじゃ正直何も進みません! まずは友達という簡単な関係になるところから始めましょう。一番いい方法は自分の友人やその人の友人も巻き込んで友達関係になるのが一番です! 無理に自分だけで行動すると失敗しますからね』

 

 なるほど。確かにこういうことに疎い私は一人で行動するよりも誰かの協力を得たほうがいい。しかし私が頼れる友達ともいえる存在ですぐ思いつくのは由比ヶ浜さんだ。こんなこと相談できるはずがない。彼女から見れば、もう友人関係なんてとっくの昔に成し得てることなのだから。と、なると一人で動くしかないか……。

 

『けど! 友人にそういうこと相談できないっていう人いますよね? そしたらこれはもうポピュラーな方法ですがその人を観察しましょう! とにかく観察して、その人と近づくためのヒントを得ます! もちろんそのヒントを得たからとってすぐに行動に移すのではなく、ヒントをうまく利用して近づくことが大事です!』

 

 利用? どういうことなのだろう?

 

『例えばですね、好きな人が本が好きな場合、恐らくですが本を買いにいくので本屋に行く時があります。ここでその本屋に行ってすれちがうだけでもいいです! とにかくその人と目を合わすなり、簡単に挨拶するだけでもいいので行動してください! そうすることでその人の記憶の中に残りますから! それを続けていくと相手もあなたのことを少し意識するんです、どういう人なのかと。そこまで持ち込むことができるとその後、向こうから声をかけてくる可能性が高いのでこんな感じでヒントを利用していくことで。相手との距離が少しでも縮まるでしょう!』

 

 確かに彼はいつも本を読んでいる。恐らくその本は本屋で購入するのだからその辺は小町さんに聞いて、店の場所を突き止めて、うまく偶然を装えば……よし、今度やってみよう。ただ会ったからと言って、彼の事だからその場で軽く挨拶して帰ろうとするだろう。もちろん引き留めてどこかでお茶するくらいはできるかもしれんがそんなんじゃ駄目だ。

 もっと彼が私に意識するようにしないと……。

 私はページを戻して、再び動画一覧に戻して次の動画を開く。

 今度のタイトルは、【自分の意識変化】

 

『はい、どーもこんばんは! 今日も皆さんの恋愛事情に少しでもお力になればと思ってます! はい、今日のテーマはですね、自分の意識変化ですね!

 皆さんは好きな人が自分のことを好きになるのに、ありのままの自分を出した方がいい! と、思ってるかもしれませんが自分のことを偽ることがまずいことではないんです! 何故ならその人の為に私はここまで変わることができた! ってことを証明することですから悪いことではないのです!』

 

 なるほど、確かに普段の自分とは違う自分を出してみるのも悪くない。けど、私が偽るとしたらどんな感じにすればいいんだろう。

 

『例えばですが、好きな人にいつも強く当たっちゃったり、冷たくしている人は思い切って優しくなるのではなく、彼の周りにいる人に成りきってみるのはいかがですか?

 特に彼と親しい友達よりも先輩や後輩とかのほうが却って、好感度あがるかもしれません」

 

 彼の先輩。というより年上で思いつくのは、城廻先輩と姉さん、あと平塚先生ぐらいしかいない。年下なら後輩の一色さんが一番に思いつく。あとは小町さんもだけどあれは家族だし、鶴見さんはいくら彼でも手を出すようなことはない……はず。

 と、なると姉さんと一色さんだけど、姉さんと彼はなんだかんだで悪い仲ではないはずだ。姉さんは彼の事をどことなく気に入っている、もちろんそういう意味ではないけれど。

 ただ同時に多少の嫌悪感を彼は抱いているはずだ。姉さんが彼に密着しようとすると、彼はいつも嫌そうに離れる。姉さんみたいになるのは違うわね……。

 一方で一色さんはいつもあざとさを武器に、彼と接している。前までは嫌そうな顔をしている時はあったが、最近はもう全然嫌そうじゃない。

 そう考えると、私が真似るべきなのは一色さんだが、彼女のようにするってどうすればいいんだろうか。

 私は部屋に置いてある姿見の前に立つ。

 

「せ、せんぱーい……」

 

 とてつもない緊張感で誰もいないのに恥ずかしさを隠しきれない。よくもこんな恥ずかしいことを一色さんはやられものだ。ある意味尊敬する。というより、そもそも私が彼に対して先輩というのはおかしい。呼び方は比企谷君のままでいいとして……もう少し姉さんみたいに言ってみるとか。

 

「ひ、ひっきがやくーん……」

 

 これも恥ずかしいが、さっきに比べればましだ。よしもう少しリズム良く。

 

「ひっきがっやくーん」

 

 ……不思議とさっきより恥ずかしさがない。よし、この春休みを使って、毎日練習してみよう。言い方は姉さんで、接し方は一色さんみたいにあざとくする。言うならば、二人のいいところだけを合わせた新しい私をこの春休みで作り上げるのだ。

 

 

× × ×

 

 

 それから春休みは動画を見ながら、色々と勉強し、少しでも姉さんと一色さんに近づくために私は恥ずかしさを抑え、新しい自分を作り上げた。

 そして、今日は始業式前日。

 

「ひっきがっやくーん、おはよ! 今日は部活終わったら暇? 私と一緒にお茶しよーよ! ね?」

 

 姿見で毎日練習していたせいかもはや恥ずかしさもない。けど、それはあくまで鏡の前だからであり、実際に比企谷君がどういう反応するかわからない。もしこんな私を見て、嫌ってしまったらどうしよう……ううん。ケヤキさんも言っていた、両想いになるためには覚悟を持ってぶつからなきゃいけないと。

 私はパソコンを開いて、動画サイトを開く。いつも通りケヤキさんの動画一覧を開いて、初めの方にある動画を開く。タイトルは【好きかどうかの判断】

 

『はい、どーもこんばんは! 今日も皆さんの恋愛事情に少しでもお力になればと思ってます! はい、今日のテーマはですね、好きかどうかの判断です!

 皆さんが好きな人のことを本当に好きで、付き合いたいと思っているかわからなくなった時があると思います。でもこれは簡単なんです。

 その人が他の人と付き合っていると考えて、それをどうでもいいと思うならその程度ということで、もし嫌というのならあなたはもうその人のことが好きなんです』

 

 嫌だ。私は由比ヶ浜さん、一色さんが彼と付き合っていると考えるだけでもおぞましいくらい嫌だ。絶対に負けたくない、私が彼を好きな気持ちは嘘ではないのだから。

 

 

 × × ×

 

 

「また今日からよろしくね! 比企谷君!」

 

 空いた口がふさがらないとは小説の表現の一つと思っていたが、嘘ではなかった。

 今、目の前にいる女の子は間違いなく雪ノ下雪乃。雪ノ下雪乃なんだけど……けどいくらなんでもこれは夢だ。こんな言葉づかいで、こんな笑顔なわけがない!

 

「どしたの? 比企谷君。早く行こうよ」

 

 そう言うと、雪ノ下は俺の手を握って、昇降口の方へと引っ張る。

 

「ゆ、ゆきのん!?」

「お、おい。なんだよいきなり」

「何って一緒に教室行こうとしてるだけだけど? おかしい?」

 

 くそ! その首を小さく傾げるのやめろ! 可愛いじゃねえか!

 

「いやべ、別に……」

「なら早くいこ! ね!」

「ね! ってお前国際教養科だからクラス違うだろ」

「でも途中までは一緒がいいじゃん! ね?」

 

 だから、ね? って言われてもね……。

 後ろの由比ヶ浜はただただ茫然としながら、その様子を見つめていた。

 

 

 一体、雪ノ下雪乃に何があったのだろうか?

 




どーも。バレンタインですが先にあがったのでこちらを。もう片方はpixivの方にあげるかな。
 何でゆきのんがああいうことになってしまったかはこんな感じです!
 ちなみにまだまだ動画の影響で色々変わった部分があるので、それはまた次のお話で。では


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偽物の自分

 
 偽りの自分を演じ続ける雪乃に八幡も由比ヶ浜も困惑し始める。だが物事は決して正しい方向へと行かず、少しずつ間違って方へと進んで行っていた。




 

 

「ねえーなんで無視するのー?」

 午前の授業終わり、昼休み。ようやく授業終わって一息つけるはずなのだが、残念ながら一息はつけず、むしろその反対で少々苛々している。

 もちろん原因は目の前の机に座っている女の子である。

 

「なんでかなー、なんか私悪いことしたかなー」

 

 そう言って雪ノ下は自分の髪をくるくると指に巻いている。いやお前の髪ストレート過ぎて何か巻きにくそうだし、髪痛みますよ?

 雪ノ下の謎の変貌から1週間、あれから彼女は変わる様子がなく、むしろどんどんとエスカレートしてるように見える。

 またこういう休み時間には俺の元へ来て、話に来るもんだから、周りから注目も浴びる。雪ノ下の変貌ぶりは学校中を大騒ぎにさせ、毎日のように彼女を見にクラスに訪れる生徒が後を絶えない。何より驚きなのがそれに対して雪ノ下は嫌な顔一つせず、見に来た生徒に対して笑みを浮かべているのだ。最初にそれを見た時は手元のマッ缶を落として、こぼしていることに気付くのに三十秒くらいかかった。おかげで制服に着いた染みが取れない。

 こうして雪ノ下が休み時間の度にここに来るおかげでクラスの連中からはひそひそと陰口を言われている。

 

「あの雪ノ下さんが……一体なんで?」

「あの二人なんかあったの? 比企谷君と仲いいのは知ってたけど」

「くっ! 何故我にSSRが出ないのだ……もう10連!」

 

 そういやお前は初めから興味なさそうだったな。あとで理由を聞いてみよう。

 

「あ、ねーねー比企谷君。今度の休みにさー」

「あの……ちょっといいかな?」

 

 どこかで聞き覚えのある声がするので、声のする方に振り向くと葉山が立っていた。そーいえばこいつも同じクラスだっけ。

 

「比企谷、少しいいか?」

「この状況でどこかに行けると思うなら、お前の目は節穴か?」

 

 と、雪ノ下の方を見ると俺の腕を強く掴んでいる。こいつこんなに強かったのか。

 

「じ、じゃあ放課後に」

「ごめんね、隼人君。放課後は部活あるから時間ないの? また今度にしてもらえるかな?」

 

 と、雪ノ下は葉山に微笑んだ。それはもう今まで見たことないほどに。そして教室には数秒間の沈黙が訪れたが、すぐに破られ、驚愕の声で騒がしくなる。てか俺も何が起きたのかわからない。こいつが葉山の事を名前で呼ぶって……見ろ、三浦なんか口を開けて唖然としてるぞ。尚、葉山本人はすでに放心状態らしく何も聞こえていない様子だった。

 

「何でみんな驚いてるんだろうね?」

 

 そう言って、雪ノ下は首を傾げる。だから可愛いからやめろって!

 

 

× × ×

 

 

「本当にどうしたんだろうね、ゆきのん」

「いくら何でもあれはおかしすぎる。本当にあいつは雪ノ下なのか?」

「それはちゃんと確認したよ! 誕生日とか自分のクラスとか家族構成とか!」

「調べれば分かりやすそうなものばかりだな」

 

 放課後になり、いつも通り俺達は部室へと向かっている。

 本当に今の雪ノ下雪乃は本物ではなく偽物なんじゃないかと疑うレベルなのだ。1年近くの付き合いなので雪ノ下がどういう人間なのかを少なからず、知っているつもりである。だからこそ、今回の変貌にはいくら彼女と親しい間柄と言えど、驚きを隠せない。

 ただよくよく考えてみれば、別に悪いことではないような気はする。あの雪ノ下が周囲に優しくして、笑顔を気軽に向けられる女の子になったのだ。それは彼女自身の成長と捉えてもいいような気はする。

 だが問題は何故そのようになってしまったのかということだ。考えられるとしたらこの春休み期間に彼女が何かあったのかということだろう。

 そうこう考えるうちに部室の前まで来ていたので一度深呼吸をして部室の扉を開く。

 さて今日もこの穏やかな空間で本を読みながら適当に、

 

「比企谷君おつかれさまー! 今、紅茶入れるからちょっと待っててねー!」

 

 過ごせるはずがなかった……。

 

「ゆきのーん、私もいるよー? おーい」

 

 由比ヶ浜が扉から入ってきて手を挙げるも雪ノ下は紅茶を入れるのに集中して聞こえていない様子だった。いつもならお前が最初に挨拶されるもんな。

 ふと机の方に目をやると見慣れた顔の女の子が俺を見て、安堵の表情を浮かべている。一色いろはだ。

 

「先輩……ちょっとこっちへ」

 

 言われるがままに一色のそばに行くと、一色は声のトーンを小さくして口を開いた。

 

「あれどうゆうことですか? 雪ノ下先輩に何したんですか? 私、どういう顔で接していいかわからないですよ!」

「いや俺が何かした前提で話すなよ……知らねえよ。俺らも久々に会ったらあれだから驚いてる」

「そうなんですか? でもこんな雪ノ下先輩見たことないですよ、私」

「俺もだよ。つかここにいるやつ全員が見たことねえよ」

 

 一色は小さくため息を吐く。大丈夫、慣れてないのはお前だけじゃないから。

 

「楽しそうだね。何話してるのー?」

 

 ふといつの間にか紅茶を入れ終わった雪ノ下が後ろに立っていた。やばい! 何か殺気を感じる! 一色も怯えているのかひいと小さく声をこぼしている。

 

「い、いえ。なんでもないです……」

「そっか。じゃあ紅茶淹れたから席に座ってー」

 

 とりあえず一色とはまたあとで話そう。俺はいつもの定位置に座る。この奉仕部の定位置にも変化があり、雪ノ下の定位置にあった椅子がいつの間にか俺の左横に移動していた。

 

「はい、どうぞ」

 

 と、雪ノ下は俺の目の前に紅茶を置いて、隣の椅子に座ると嬉しそうに俺を眺めている。……飲みにくいんだけど。

 

「ゆ、ゆきのーん。やっぱりその位置おかしくない?」

「そ、そうですよ! やっぱり雪ノ下先輩はここが似合うというか……」

 

 と、一色は前の定位置を指差す。ここが似合うって何か言い方失礼だぞ、一色。すると雪ノ下は二人の方を向いてこほんと軽く咳払いして口を開く。

 

「別に私がどこにいようとかまわないでしょ? 私は比企谷君の近くにいたいの。悪い?」

 

 怖っ! 何その悪そうな笑顔! 雪ノ下さんでもそんな顔見たことないぞ! 

 さらに雪ノ下はぎゅっと俺の左腕を取り、ぎゅっと抱くように体を寄せる。

 へ? ゆ、雪ノ下さん? あ、あなた何を…..。

 

「まあ私がこうしたいからなんだけどね」

 

 そう言って楽しそうに微笑む雪ノ下。だが教室内の空気は一気に凍りつき、やがて由比ヶ浜、一色が俺の事を冷ややかな目で見る。

 

「ヒッキー? 何で嫌そうじゃないの?」

「いやこれは……」

「せんぱーい? どうして振り払わないんですか?」

「だからこいつの力が強くて……」

 

 言い訳をするも二人は聞いてくれない。すると由比ヶ浜と一色が立ち上がって、椅子を持ってこちらに向かってくる。やめろ! そんなもんで殴られたらさすがに致命傷になるぞ俺。だが二人共殴るわけではなく、俺の右横に並べるように椅子を置いて座った。そしてじーっと俺の方を見つめている。その顔怖いよ……どしたの君達?

 

「お、お前ら何で移動したんだ?」

 

 と、質問すると二人共ニコっと笑って、同時に口を開く。

 

「「私達もこうしたいから(です)」」

 

 そう言って、二人共右腕を取り、ぎゅっと体を近づけてくる。あ、あの…..本当にここは違う意味での奉仕部になってしまったのか? 

 

「べ、別にヒッキーのためにこうしているからとかじゃないからね! ゆきのんだけだと可哀想だから仕方なくやってるの! 仕方なくね!」

「そうですよ! 私も先輩がこうやって女の子と触れ合う機会なんてないと思ったから、仕方なくしてあげてるんです! 別に先輩を好きだからとかそういうわけじゃないですからね!」

 

 いやそんな顔を真っ赤にして言われてもねぇ……。

 しかし左隣の彼女はそんな二人を見てふふと笑っていた。

 

「私の真似事しかできないのね。ま、さすがにこれはできないと思うけど」

 

 と、雪ノ下が言い終えた瞬間、雪ノ下の顔が迫ってきて頬に何かが触れる感触がした。

 

「どう? できるかしら?」

 

 えーと……すいません雪ノ下さん。あなた今、何しました? 

 何か反対側の二人はさっきより顔を真っ赤にして、口を開けたままぽかーんとしてるし。

 そんな時、教室のドアが勢いよく開いた。

 

「失礼、ちょっと比企谷に仕事を……ほう。比企谷、随分と楽しそうだな」

「い、いや! 先生これは誤解です! 違うんです!」

 

 そんな俺の弁明は届かず、我が顧問は笑顔でこちらに迫ってくる。きっと俺は恐怖の表情を浮かべていただろう……。

 

 

 × × ×

 

 

 家に着いて、リビングに入ると、近くのソファーに腰を下ろした。

 今日は一日疲れたけどでもあの二人より確実に一歩進んだはず。最初は比企谷君を前にあんな外面を見せるのは恥ずかしかったけど、でも前よりかは確実に距離は縮んでいる。

彼がああいうふうに照れたりする顔を見れるのは嬉しい。前の私だったら絶対ああいうふうにできないのだから。

 でもこれで終わりじゃない。まだまだ偽物の私は未完成だ。完成するにはもっと彼に向いてもらえるような私がいい。一色さんみたいな人懐っこさや姉さんみたいな笑顔を私は何とか自分のものにしようと頑張った。最も練習してて気付いたのは、一色さんみたいにあざとすぎるのは却って駄目だと思うから少し控えめで、それでいて人懐っこさを少しは出す。それには笑顔は必須だけど姉さんみたいな外面の笑顔じゃ彼に見破られてしまう。

けど私自身も彼と由比ヶ浜さんや一色さんぐらいにしか笑顔になることなんてない。

だから私は笑顔を二つ作ることにした。彼に向けられる笑顔と他人に向けられる笑顔を。彼に向けられる笑顔は私が素で出てしまう笑顔だから偽りではない。けどそれ以外の人に対しては姉さんみたいな作り笑いでいい。ただ彼の前でやると姉さんみたいに嫌がられてしまうかもしれないから今日みたいに教室で振りまくのはやめよう。次からは少し微笑する程度で構わない。

 私は立ち上がって姿見の前に立つ。

 

「……比企谷君。今日の私はどうだった? 早くあなたの口から好きって言ってね。ずっと……ずっと待ってるから」

 

 誰に向けるわけでもないのに私は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 




 今回も読んでくださりありがとうございました。
 しばらくこんな感じの展開ですね。

 さてついに発表されましたね、12巻。
 これが最終巻かどうかはわかりませんが内容によっては俺ガイルの二次創作に変化が出てくると思います。

 その為今の11巻の段階で出来る内容を今のうちに終わらせたいということで一応このシリーズも発売日4月18日までには終わらせたいと思いますので少し更新速度を速めます。
 

 今後共おつきあい頂ければ幸いです。それでは。




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こうして彼等は一線に足を踏み入れる。

 

「はい、あーん」

「いやあの……」

「あーん」

「はあ……」

 

 諦めて、口を開けると弁当のおかずのからあげが口の中に入れられる。ああ……上手いなお前の料理は。

 

「どう? 美味しい?」

「ああ。うまいうまい。だから頼む……いい加減離れてくれないか? 雪ノ下」

 

 そう言って、隣にいる雪ノ下を見つめる。

 ここ最近は雪ノ下が毎日お昼の弁当を作ってくれているのでお昼の用意がなくて助かっている。本当にありがたいことなのだがこうしてあーんされるのはさすがに緊張を隠せない。っていうか、

 

「いろはちゃん……私、明日から教室でご飯食べようかな」

「結衣先輩、私も同じこと考えてました……」

 

 由比ヶ浜と一色がいるんだからこういう真似は本当にやめてほしい。てか色んな意味で俺の心臓に悪い。

 雪ノ下変貌騒動より1ヶ月。彼女は元に戻ることなく、むしろ日に日に雪ノ下の俺に対する接し方はエスカレートをしていった。朝はわざわざ家まで迎えに来てくれる。もちろん嫌がっても小町が無理矢理連れ出すのでもう諦めた。しかも道中手を繋いでくるのでそりゃあもう周囲の生徒から根も葉もない噂が日に日に広まっていくことで。当の本人は全然気にしてない様子だけど。学校でもこうして弁当を作ってきたり、休み時間に教室に来ることも未だに辞めることはなく、日に日に密着してくる頻度も増えているので耐性ない俺にとってはもう理性がどんどん削られていく。

ていくけどこうして1ヶ月経っても雪ノ下の変貌した理由はわからないままで本人に聞いても笑顔で誤魔化される。

 

「比企谷君? どしたのなんか険しい表情になってるけど」

「あ、ああ。悪い」

 

 いつの間にか考えることに没頭してたようだ。雪ノ下は覗き込むように俺の顔をじっと見ている。こうやって見つめるのも本当にやめてほしい。女の子に見つめられる経験がないんだ。やだ、可哀想、俺。なんか言葉にするともっと可哀想......。

 

「それより比企谷君。明日暇?」

「明日? いや明日は」

「暇だよねー?」

 

 わかったから。わかったからその笑顔やめてくれ。笑顔なのになんか黒いものが見えてるぞ。

 

「わかったよ……」

「ありがと! じゃあ明日さ、私の家にこれる?」

「へ?」

「え!?」

「は!?」

 

 俺の気の抜けた返事から由比ヶ浜と一色が驚いた反応をしている。

 でも別に家に行く程度のお誘いはこいつが変貌してからたびたび受けているから最初に比べればそこまで驚かない。たださすがにこの二人の前でそのことを言うのは初めてなので少し緊張が走る。

 

「ゆきのん……それはずるいんじゃないかな?」

「雪ノ下先輩……抜け駆けは許しませんよ?」

 

 怖い! みんな笑顔なのに黒いものが見えてる! なんか外明るいのにこの教室だけ薄暗くなってる気するんだけど何故だろう……。

 

「こういうのは早い者勝ちだと思うけど?」

「で、でも!」

「別に私が比企谷君を家に誘っても問題ないよね? 二人には関係ないんだし」

 

 もうこの空間から逃げたい! 女の子って怖い! もちろん雪ノ下に腕を組まれているので逃げられないが。

 

「てか雪ノ下先輩。ここ最近先輩にベタベタしてますけど少しは場所考えたらどうですか? ここは仮にも部室なんだし」

「私はここの部長だから。というよりあなたこそ何で部員でもないのにわざわざこっちに来てるの? 彼に会いたいから来ている以外の理由あるなら言ってくれる?」

「え、えーと……」

 

 そろそろ止めるべきか。由比ヶ浜は悔しそうな表情で一色は涙目でもういつ泣いてもおかしくなさそうだ。

 

「雪ノ下、そろそろ落ち着け……お前らもだ」

「ヒッキー……ごめん」

「先輩……すいません」

「……比企谷君が言うなら仕方ないか」

 

 ふー。とりあえず変な緊張は解けたようだ。で、

 

「それと雪ノ下。さすがに俺も場所を考えてからこういうの言ってくれないと困る」

「何で?」

「何でもだ。頼む」

「……わかった」

 

 不満そうだったがこいつらに変な刺激を与えるのはまずい。ひとまずこれで何とかさせないと……。

 それにしてもそんなに俺が雪ノ下の家に行くのまずいの? こんなふうに争うほどのことじゃないとは思うが……。

 

 

× × ×

 

 

 翌日。雪ノ下のマンションのエントランスで俺はため息を吐いていた。何せ雪ノ下の家に一人で行くのはこれが初めてだ。いくら長い付き合いといえど、緊張するもんは緊張するんだ、仕方ないね。とりあえず小町のコーディネートのおかげで身だしなみは大丈夫なはずなので恐る恐るベルを鳴らす。

 

『あ、きたきた。あがったら、そのまま部屋に入っていいから』

 

 自動ドアが開き、そのままエレベーターに乗って雪ノ下の住んでいる十五階で止まるとそのまま彼女の部屋へと向かう。以前来た時は由比ヶ浜いたからなぁ……しかも状況が状況だし。てか前の時は雪ノ下も普通だったけど、何せ今の雪ノ下は普通じゃない。いやおかしいという言い方もおかしいけど少なくとも俺達は異常だと思っている。

 つまり今回雪ノ下の家の訪問は変貌のきっかけが家にいけばあるかもしれないという期待も込めているのだ。

 とりあえず待ってても仕方ない。入ってみるか。

 

「……お邪魔しまーす」

「おかえりー! 早く上がって」

「おかえりってここ俺の家ではないんだけど……」

「細かいことは気にしなーい」

 

 うまくのせられている気がするがまあいいや。そのまま案内されるがままに廊下を進み、リビングへと通される。

 

「もうすぐお昼だけどなんか食べる?」

「あ、大丈夫……」

「ほんとに?」

 

 顔を近づけて聞いてくる雪ノ下。自分の家だからかいつもより距離が近い気がする。

 

「ほ、ほんとに大丈夫だから」

「そっか。まあお腹すいてないなら仕方ないよねー」

 

 何が起きるかわからないのでこんなこともあろうかと事前に某牛丼屋で昼飯は済ませてある。やっぱ牛丼食うなら松○だな。

 

「あ、今お茶用意するからそこで座ってて」

 

 と、見覚えあるソファを指差す。言われるがままにソファに腰をかけて、周囲を見渡す。特に変わった様子はないし、何かが増えた様子もなければおかしい点もない。まあ俺が来るのにそうそうボロは出さないだろう。

 

「何か探してるの?」

 

 その言葉に一瞬動揺して、振り返ると紅茶のカップを持った雪ノ下は笑みを浮かべながら立っていた。全く気配を感じなかったぞ、こいつ。もはやそういう領域にまで達してしまったのか……。

 

「いや別に」

「そっか。はいどうぞ」

「ああ、ありがとな」

「いえいえ」

 

 とりあえずこのカップにも念を払わなければ。毒薬が入って毒殺されたり、睡眠薬が入っていて眠らされた後に……ないな。さすがにそれはない。

 カップを口につけるといつも通り変わらない味。ちょっと緊張してるせいかいつもより飲むペースが速く、すぐに飲み干した。

 

「で?」

「ん?」

「何で俺を家に呼んだんだ? 何か理由あるんだろ」

「別に。私が比企谷君といたいからってだけじゃだめ?」

 

 小さく首を傾げてこちらに微笑む雪ノ下。その笑みには嘘は見えない。だからこそ何故彼女がここまで変わってしまったのか気になるのだ。

 

「なら……聞きたいことあるんだけど聞いていいか?」

「いいよ。でもここだとあれだから移動していい?」

「どこに?」

「私の部屋」

 

 そう言って俺の手を掴んだ雪ノ下に引っ張られ、そのままリビングから廊下へと移動し、そして部屋へと通された。雪ノ下の部屋は思ったよりもシンプルで本棚が並んでいるのと一人用のベットが見える。棚には制服がきちんとかけられており、床にはごみ一つない。

 

「とりあえずそこ」

 

 と、雪ノ下はベットを指差す。いや別に床でいいんだけど……。

 

「いいから! 早く座って」

 

 判断に迷ってるうちに無理矢理ベットに座らされ、隣に並ぶように座ってきた。

 

「それで? 比企谷君は私に何を聞きたいのかな?」

「……お前何があったんだ? ここ最近というより新学期始まってからのお前はおかしすぎる」

「おかしいってどこが?」

「全てだよ。話し方も接し方も今までのお前じゃないだろ。お前がそんなやつならとっくのとうに友達が沢山できているだろうし、お前の姉さんみたいに人気者になってるはずだからな」

 

 かつて雪ノ下陽乃がそうであったようにこいつも初めからこんなふうに周囲と接していれば、学校の人気者になれただろう。

 でもこいつにはあの人のような完璧な外面はできない。雪ノ下雪乃は何でもできると思ってはいけない。何故ならあの人とこいつは同じではないから。違う人間だから。

 

「……今の私は嫌い?」

「……嫌いっていうか違和感を感じる」

 

 そっかと答えると雪ノ下はこちらを向いて顔を少しずつ近づけてきて、顔が目の前に来たところで止まって、口を開き始める。

 

「別に変わったことに深い意味はないよ。ただこのままじっとしていられないと思ったから私は変わろうとしたの」

「じっとしていられないって……何にだ?」

「今の現状。私は負けたくないの。彼女達に」

 

 どうしてだろう。いつもならこんなに顔が近いとすぐに目を逸らして離れる。

 なのに今はそれができない。顔を赤らめながら、真剣にこちらを見て笑みを浮かべている雪ノ下から目を離せないし、体が動かない。

 そうしてるうちに雪ノ下が自分の指をそっと俺の顎に触れて来て、そこから撫でるように耳元まで移動させる。

 そうしている彼女は楽しそうでとても魅力的だった。見慣れた顔なはずなのに初めて会った人のように緊張する。

 

「私のことまだ気付いてくれないの?」

「な、何にだ」

「そ。私が自分の家に男の人を気軽にあげると思う?」

 

 

 駄目だ。もうそれ以上はやめてくれ。友達でもないただの知り合いの一人のはずの雪ノ下雪乃。その彼女の部屋でベットで並んで座って、彼女と見つめ合ってる。

 そして雪ノ下は俺の耳元に口を近づけ、そっと囁いた。

 

「……我慢しなくていいのよ」

 

 そこから数秒間俺の理性が飛んだ瞬間だった。隣にいた雪ノ下を勢いよくベットに押し倒す。荒い息をあげながら。もはや限界だった。俺は悪くない、誘ってきたのは間違いなくこいつなんだ。こうして押し倒してるのに未だに笑って俺を見つめてくるんだ。

 ……え? 何で笑ってんの? お前。何で嫌がらないんだよ。何でそんなに嬉しそうな表情をするんだよ。

 ようやく俺はそこで目の前の現実に気付き、ベットから離れる。俺は今、何をやろうとしていたんだ。雪ノ下の家に行き、彼女のことについて聞くだけだった。なのに何をやってるんだ……何が理性の化け物だ。

 

「……ごめんね」

 

 ただ一言彼女はこちらを見ようとせず、謝罪の言葉を呟いた。

 けど俺はそれに対して、どう言えばいいかわからず、ただ茫然としてるだけだったが一つだけわかることがある。

 早くここから逃げよう。ここは危険だ。

 

「……今日は帰るわ。じゃあな」

 

 そう言って部屋を出た俺は玄関に向かい、靴を履いてすぐに扉を勢いよく開けて、駆け出していた。すぐに俺は走って階段を下りて、そのままマンションから離れる。マンションが見えなくなったのを確認して止まる。苦しくてはあはあと呼吸する。

 もう一度冷静に考える。俺は彼女の家でやってことを。俺が彼女にしてしまったことを。俺は……

 

 取り返しのつかないことをしてしまった。

 

× × ×

 

 

 

 我ながらさすがにやりすぎだと思った。でも彼に私の事を意識させるためにはこうした

手段を取るしかなかったのだ。結果として彼は踏みとどまったけど。

 でもこれで私の事を他の二人よりかは意識してくれるはず。むしろここからの彼との接し方が重要だ。この件を意識してきっと彼は私と顔を合わせようとはしないだろう。だから私は彼の近くにはいるようにするが前みたいに密着するのもやめよう。彼を少しずつ焦らすように……もう前には戻れないのだから。私達は一線を越えようとしてしまったのだから。

 それにしてもやはりケヤキさんは凄い人だ。思い切って彼の動画の感想欄に質問したら、きちんと答えが返ってきてくれた。そしてそれからお互いアドレスを交換して、こちらの現状や相手の情報を渡したらこうしたアドバイスをくれたのだ。この案も彼のアドバイスの一つだ。

 これならいける。彼の言う通りに動けば私は比企谷君と結ばれるのだから……。

 

 

× × ×

 

 

『もしもしー? 比企谷君。珍しいね、私に電話なんて』

 

『……雪ノ下さん。今日って時間ありますか? 少しお話したいことがあるんです。雪ノ下のことで』 

 

『……わかった、いいよ。私もうすぐ講義終わるから、そしたら駅前のカフェに来て。そこでお姉さんとお話しましょ。あと私も雪ノ下だからそろそろ陽乃って呼んでくれないかな?』

 

『ありがとうございます、では』

 

 

 電話を切って、俺はため息を吐く。本当は頼りたくないが仕方ない。あいつの家族である雪ノ下さんなら何か知っているかもしれない。あいつがあんな風になってしまった理由を。そして俺が何であの時逃げることができなかった理由も。

 

 




 今回も読んで頂きありがとうございました。
 いやーこういうふうにゆきのん書くの難しい! 自分の語彙力の無さを改めて痛感します。もっとたくさん書かねば......。

 あ、コメントいつもありがとうございます! 皆さんの感想一つ一つ丁寧に読ませて頂き、誤字脱字もご指摘頂き感謝しております。
 それとpixivにはまだこちらはあげてません。こちらも諸事情でこういった感じの作品をあげれないので。

次回も温かい目でお読み頂ければと思います。
では


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原因

 

「ごめんごめん、待たせたね」

「いえ別に……」

 

 時刻はすでに夕方六時。雪ノ下さんとの待ち合わせ時間よりも早くついてしまったので先にカフェに入っていた。ちなみにこういうのは男の方が早く来て、「待った?」と聞かれたら、「いや別に」と答えるのがマナーらしいので今回はそのマナーに従うことにした。相手がこの人だしね。

 雪ノ下さんは買ってきたコーヒーを机に置いて、目の前の席に座ってこちらを見ると、ニヤっと笑って口を開いた。

 

「さてと……とりあえず久しぶりだね、比企谷君。最後に会ったのっていつだっけ?」

「確か三月の終わりらへんだと思うんで結構会ってなかったですね」

「そっか。まあ私も色々忙しいから顔出しにいけなくてさー」

 

 まあ来られても困るんだけどな。色々面倒になりそうだし。場をかき乱すことに関しては俺の知る限りではこの人の右に出る者はいない。

 

「ふーん……比企谷君はまだ私をそういうふうに思ってるんだ?」

「そうやって人の心を読む所が嫌われる理由ですよ」

 

 何を考えているかわからないしこちらの思考を平気な顔で読んでくる。

 やっぱりこの人は相変わらずだ。ちっとも変わってはいない。だがそんなことはどうでもいい。

 早速本題に入ることにしよう。

 

「それで電話で話した件なんですけど」

「うん。そろそろ連絡くるかなーって。でも不思議だな。こういうのって比企谷君なら簡単に見抜けると思ってたのに」

「そんなのただの買い被りですよ。それに今回は相手が雪ノ下だ。いくら一年近くの付き合いでもこればかりはさすがにわからないもんで」

 

 彼女と俺が出会ってもう一年が経つ。この一年で色々あった。ぼっちだった俺の人生に現れた雪ノ下との出会いで色んな人と関わりを持ち、そして知ることができたのだ。

 思えば雪ノ下が二年の年度末に依頼したあの一件、そして俺自身の依頼も俺達がこの一年間で互いを知ろうとしたからこそ言えた依頼であり、最終的には自分自身でその依頼を完遂することができた。

 だからこそ今回の一件は何故こうなったのかがわからない。彼女自身ももうこれ以上思い詰めなければならないことはないはずだし、少なくともそんな話を聞いてはいない。

 それにもしあったとしてもそれを真っ先に知っているのは俺や由比ヶ浜ではなく、彼女の姉であり、家族でもある雪ノ下さんのはずだ。

 

「でも比企谷君もわかってるでしょ? あの雪乃ちゃんが本当の雪乃ちゃんじゃないってこと」

「……わからないですね」

「お姉さんに嘘はよくないよ。それともあの雪乃ちゃんを否定できない理由でもあるのかな?」

 

 この状況を面白がっているのだろうか。質問が飛んでくるたびに心臓を針で刺される感覚だ。

 

「……ま、何でもいいや。比企谷君があの雪乃ちゃんを見て惚れ直して、押し倒してたら盛り上がる展開だったんだけど」

 

 もちろん冗談で言ってますよね? 決して見たわけじゃないですよね?

 冷たい汗が手元からにじみ出る。その様子を見て、少しつまらなくなったのか真顔に戻った雪ノ下さんはこちらを睨むように見る。

 

「春休みに何度も呼び出したんだよね。でもあの子から一回も連絡ないからお父さんから見に行って来いと言われて見に行ったんだけどあの子ずっと家に籠ってて何してるのかなと思ってたらパソコンをいじってたんだ。まあ私が来たことにすぐに気付いて閉じちゃったけどね」

 

 そう言って、雪ノ下さんは机の上にあるコーヒーを飲んで、カップを戻すと再び語り始める。

 

「その時はまだ普通だったんだ。だから私も特に問題ないと思ってたし、雪乃ちゃんも近いうちに顔出しにいくからと言うから大丈夫だと思ってたの。でも四月になってもう1回雪乃ちゃんの家に行ったらまるで別人だった。話し方や人を見る目がまるで違ったの。私は最初に見た時思ったんだよね……自分もこういうふうに接しているんだと」

 

 言い終えるとふうとため息を吐く。表情は先程の真顔からいつも通り表情に戻ってはいたが、その表情に感情はこもっていないようだった。

 この人は自分がそうしているからわかってしまったのだろう。自分が仮面を被って人と接しているからそれがどういうものなのかを見抜くことだって容易いはずだ。

 さてとりあえずは雪ノ下がこの人みたいな外面を作ったのはわかった。が、根本的な部分はわかっていない。なぜ外面を作らなければならなかったのかということを。それに疑問に思う部分がいくつもある。その中でも一番疑問に思うのは俺と話している時の雪ノ下の表情だ。

 あれは本当に外面なのだろうか。思い返してみれば他の奴らに向けた笑顔は恐らく外面の笑顔だろう。姉である雪ノ下さんを一番近くで見ていたから真似することもできなくはないはずだし。でも俺と話している時のあいつが本当に外面だとは思えない。口調や行動は確かにおかしいかもしれないがそれでも俺に見せたあの笑顔。

 あの笑顔が作ったものだとは思えない。

 

「……ま、今のところはこんなとこかな。さて私はそろそろ行こうかな」

 

 そう言って荷物を持って立ち上がり、こちらを見てにこっと笑う。

 

「任せたよ。比企谷君。それと……いい加減気付かないふりするのはやめたほうがいいよ。どうせ原因だってわかってるんでしょ。それじゃ」

 

 と、言い終えてそのまま店の出口のほうへと消えて行った。

 気付かないふりね。その言葉の意味を理解できないほど俺は鈍くはない。でもそんなの証拠もないのに決めつけるのはよくない。仮に今回の件がそれが理由であったとしてもどうして真っ向からあいつは言って来ないのだろう。どうして外面なんて嘘みたいなものを作ってしまうのだろう。虚言を吐かないお前がそうまでしてしなくちゃいけない理由が少なくとも俺の勝手な想像で決めつけるのはよくない。

 だって俺は雪ノ下と友達じゃないのだから。友達でもないやつを好きになるなんて……ありえないだろ?

 

 

× × ×

 

 

『今日言われたことを早速実行してみましたが彼は手を出してきませんでした。でもこれで彼は私の事を少しは意識するようになったと思います。強引な方法でしたがこれもケヤキさんのおかげです。ありがとうございました』

 

 送信ボタンを押して、携帯を机の上に置く。

 ケヤキさんからの返信はすぐに返ってきて、私は携帯を手に取って内容を確認する。

 

『いえいえ。雪乃さんの恋が進んでるようでよかったです。でも無理しないでくださいね』

 

 どんな人かもわからない相手なのに気遣ってくれるとは優しい人だ。もし比企谷君と結ばれたら、メール越しではなく自分の口でお礼を言いたい。

 今の私の気持ちを理解できるのはこの人だけ。この人だけなんだから。こうして助言をくださっているこの人の為にも私は頑張らないといけない。

 再びメール文を打って、送信ボタンを押す。

 

『ありがとうございます。これからも色々とアドバイスを頂けましたら幸いです。今後共よろしくお願いします』

 

 

 

 

 




お読み頂きありがとうございます。

段々文字数減ってる気がしますが今回はここでまとめたほうがキリいいかなと思いまして笑

コメントの方もいつもありがとうございます。
物語ですがそろそろ大きく動く展開かなと思ってますので
引き続き温かい目でお読み頂けましたら幸いです。

では


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新たな依頼は意外過ぎるものだった。

 

 月曜日の朝は憂鬱と言うが今日はいつも以上に憂鬱だ。原因はもちろんこの間の雪ノ下の家の訪問である。雪ノ下さんと別れた後も家でずっと考え込んでいたがこれといったことは思いつかず、むしろ考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうなくらい混乱する。

 そんな月曜日の朝だが家にいるとまた考え込んでしまうと思い、早めに教室に来ている。自分の机から周囲を見渡すが朝からそんな早く学校にいるやつなんてほとんどいない。まだ7時50分だしな。

 

「む、八幡か。いつもより随分早く来ておるな」

 

 と思った矢先に声が聞こえた。口調とその暑苦しさを感じさせるのはこのクラスで一人しかいない。材木座だ。

 

「たまには早く来たい時があるんだよ。つかお前は?」

「我はいつもこの時間だ。何せ早く来て席に座っておかないと隣の席の女子が友達と話してしまうのでな。そうなると我の席に座って話し込んでしまうから朝礼が始まるまで座れなくなってしまうからな」

 

 ああ……わかるぞその気持ち。女子って会話が始まるとその辺の空いてる席に座るからなー。女子とまともに話せないこいつにとってはなかなかの問題ということか。

 そういえば材木座で思い出した。聞いてみたいことがあったんだ。

 

「材木座。聞きたいことあるんだが」

「む。我に聞きたいことは何だ? 先週のイベントで頼まれた同人誌ならちゃんと持ってきてるぞ」

「ちげえよ。それも欲しいけど」

 

 同人誌即売会等は興味はあれど、一人で行くのは勇気がいる。そんな時はこういうイベントに慣れてるであろう材木座に頼んでおく。ちなみにR18ではないぞ。ただのイラスト集だから決して問題ないぞ。下着姿のイラストはセーフということで。

 

 

「お前さ、最近雪ノ下が休み時間の度に教室来るだろ? それで何か気付いたことはないか?」

「ふむ。気付いたことと言うと?」

 

 座っているせいか材木座がこちらを見ていると何だか見下ろされているようだ。それは嫌だと思考よりも先に体が動き、立ち上がって近くの窓の縁に寄り掛かる。

 

「いや何つうか……最近あいつ変わったというか」

「ああ。それは既にお主が気付いていると思ってたのだがな」

「気付いてる? 何にだ?」

 

 材木座はげふんげふんと咳払いすると顔を上げた。

 

「あの御仁の変貌にみんな騒いでおるが我には仮面を被っているように見えた。本当の顔を見せず、仮面で作られた顔で話しているというのは何だか奇妙でな。まあお主に会いに来てるということなら我には関係ないと思ったからな。あの御仁は確かに怖くて近寄りがたいところはあるもののお主には弱いからな」

 

 それでこいつは興味がなさそうな態度を取っていたのか。というよりあの外面を周りよりいち早く見抜いていたとは……。初めて材木座に驚いたかもしれん。つか御仁って何だよ。お前にとって雪ノ下は上司かよ。

 

「何にせよ、あの変貌については気付いているものだと思ってたがな」

「つい最近な。お前みたいに初めから気付いていたわけじゃねえ」

「我だって最初からではないぞ。ただ教室ではお主に話しかけようにもお主はイチャついておるから話しかけられず、我は一人なのだ。その為やることなく、お主達を観察してたら気付いたのだ……」

 

 悲しそうな声で答える材木座から悲壮感が漂っていた。すまねえ……そういえばお前もぼっちだったもんな。人間観察ぐらいしかする機会ないもんな。または寝たふり。

 

「まあ早いとこ片づけて我の相手をしてくれ」

「片づけたところでお前の相手をする義理はねえ」

「ハチえもーん! 相手してよー」

 

 朝から騒がしい……。そんな教室にぽつぽつとクラスメイトがやってきている。とりあえず昼までに考えとかないと。どーせまた弁当持ってきてるんだろうし。

 自分の席に座ると震えが走る。震えの元はポケットにある携帯で取り出すとメールを受信していた。見ると送信名は一色いろは。

 

『先輩、今日のお昼休みに生徒会室これますか? 相談にのってほしいことがあるんです』

 

 

× × ×

 

 

「ストーカー?」

「うーん……そこまではまだ行かないんですけどでもしつこいんですよ! ほんとに」

 

 昼休みに一色に呼ばれた俺は生徒会室で絶賛相談されていた。雪ノ下は由比ヶ浜に行けないと伝えておいてくれと頼んであるので多分大丈夫なはずだ。まあ向こうも顔は合わせづらいだろうしな……。

 

「とりあえず話をまとめるぞ。つい最近お前が振った男子が未だにお前に未練を持っていて、隙あればお前のことをデートに誘ったり、一緒に帰ろうとしたりとしつこいということでいいんだな?」

「まあ大体そんな感じですね。いやー本当女々しい男子って気持ち悪いですよね。フラれたならさっさと諦めればいいものの」

 

 お前フラれたのに葉山のこと諦めてたっけ? 何か見事なブーメランを投げているぞこいつ。それともあれか。男子だから気持ち悪いということか……こいつの言葉を聞いた全国の男子はきっとその日の夜は枕を濡らしていることだろう。いろはす、辛辣ぅ!

「で、お前は俺にどうしろっていうんだ?」

「はい! 先輩にお願いしたいことはしばらくの間でいいんです! 私の彼氏のフリをしてもらえませんか?」

 

 そうあっさりと言う一色いろはの問いにしばらく答えられず静寂な時間が訪れた。

 えーと……今何と言いました? 一色さん?

 

「先輩? 聞こえてますかー?」

「あ、ああ。てかすまん。お前なんて言った?」

「だからしばらく私の彼氏になってほしいと言ってるんです」

 

 ちょっと顔を赤くしながら話す一色はくすっと笑っている。

 生徒会室に二人きり。いるのは目の前で照れている後輩。その後輩に彼氏になってほしいと言われている俺。青春の1ページのような光景で何の音も聞こえない。

 ただ何か言わなきゃと思い口を開く。

 

「一色。何で俺なんだ? そういうのは普通葉山だろ」

「葉山先輩にこんなこと頼めませんよ……てかそろそろ気付いてくださいよ……」

 

 最後らへんが声が小さくて聞こえなかったがそろそろ葉山に頼れよ……。まあ先程ブーメラン投げたこいつに葉山を頼るという考えなんざ初めからないだろう。

 すると一色がこほんと咳払いして口を開いた。

 

「まあ今まで彼女いたことない先輩だからこんな可愛い後輩とどういうふうに付き合う素振りを見せればいいかわからないでしょう」

 

 頼んでいる割にはひどいこと言うね、君。俺だってなぁ彼女の一人や二人くらい……いやすいません。彼女どころか奉仕部入るまでは女の子と出かけることなんざ、小町ぐらいしかいませんでした。

 

「そんな先輩にいいサイトを教えてあげますよ! 何でもうちの高校の三年がやっているという恋愛サポートの動画なんですけど」

 

 と、一色は携帯を取り出して慣れた手つきで操作すると表示した画面を俺に見せてくる。画面には『ケヤキの恋愛講座!』とでかでかと書かれたページが表示されている。

 

「このケヤキさんという人の動画が最近流行ってるんですよ!」

「はあ……てかこいつうちの高校のやつなの?」

「はい、えーと……あ、これだ」

 

 と、動画を押すと動画が再生され始める。

 

「この動画で映っているケヤキさんなんですけど恰好を見てください! 本人も気付いてないと思うんですけどうちの高校のブレザーを着てるんですよ!」

 

 ああ、確かに。てかこういうネット動画で身バレするようなもの載せてるのまずいだろ。いくら仮面被って顔を隠してるとはいえ。コメント覧にも総武高校なんですか?とか書かれてるし。それともよっぽどの目立ちたがり屋か……こいつ戸部なんじゃねえの? 

 

「てか俺はこういうの信じねえし興味もない」

「えー……まあそれは置いといて。それで」

 

 一拍置いた一色は再び俺の顔を見て、明るい声で言った。

 

「先輩。私を助けるために私の彼氏になってくれますか?」

「……まあフリだけならな」

 

 相変わらず年下に弱い俺。でもこんな潤んだ目で上目使いされれば断れるわけがない。年下の女の子を何とかしたくなっちゃうのは昔からの性格だしな。

 

「ま、もし先輩が本当の彼氏になりたいなら考えてあげなくもないですけど」

「調子に乗るな」

 

 一色の頭をぽんと叩くと痛っと頭を押さえている。

 

「……本当の彼氏になっていいのに」

「何か言ったか?」

「いえいえ。では今日からよろしくお願いしますね」

 

 

 そう答える一色いろはの笑顔は今まで見てきた笑顔でも特に可愛いものだった。

 そういえば忘れていたけど雪ノ下の件、どうするか。この事はあいつらにも言っておいた方が変な誤解を招かないと思うだろうし。

 まあ言うなら今日の部活で言うとしますか。

 とりあえず飯を食いに俺は生徒会室を後にする。

 

 

 




今回もお読み頂きありがとうございました。

てか材木座の口調、本当に書くの難しい......。
御仁の意味調べたけど使い方間違ってそうで怖い......。


今後も温かい目でお読み頂ければ幸いです。

では


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雪ノ下雪乃は遅かった。

 

「もう終わりにしましょうか」

「そうだね」

「ああ」

 

 時刻はすでに午後6時。今日も依頼人は来ることなく奉仕部の部員はそれぞれ本を読んだり、携帯をいじったりと各自好きな事をしていた。ただ変わったことはある。それは雪ノ下が俺の隣の席ではなく、前の定位置に戻っていること。原因は考えなくてもわかることだがあからさまに離れられると変に違和感を感じてしまう。それは俺だけじゃなく由比ヶ浜もだった。最初に俺達が離れているのを見て、驚いていた。それに聞いた話では今日は教室に来なかったようだし、口調も何だか前に戻ってる気がする。

 

「じゃあ私は鍵戻すから。比企谷君と由比ヶ浜さんは先に帰ってて」

「うん。じゃあまたねゆきのん」

「ええ。また明日」

 

 鞄を持って、教室を出るとまだ外は夕暮れで少し明るかった。雪ノ下はすたすたと歩いてそのまま職員室の方へと消えていき、由比ヶ浜と俺はお互い黙ったまま昇降口へと向かって行く。

 

「ねえヒッキー」

「なんだ」

「……ゆきのん、普通に戻ってたよね?」

「まあ……戻ってたな」

 

 普通という表現がおかしく感じるがそれほどまでに変貌した方の雪ノ下は違った。外面の雪ノ下は雪ノ下さんのように誰にでも接することができる人辺りの良さと笑顔。それでいて人を誘惑する魅力的な言葉遣い。

 でもその雪ノ下雪乃は元に戻った。完璧主義者であり完全無欠。その優れた美しさには誰も目を引かれる。そして彼女には嘘や欺瞞はない。何故なら彼女が嘘や欺瞞と言ったものを嫌っているからであり、思っていることを正直に述べる女の子で少しコミニケーション不足なところがあるが彼女自身の信念を曲げない強い女の子、それが雪ノ下雪乃であり、俺が憧れた人その人だ。そんな彼女が嘘偽りな外面を辞めて、元に戻ったのならそれは喜ぶことであり、あの雪ノ下ともう会えないからと残念に思うことはしてはならない。

 

「あのさ……こないだゆきのんと休みの日に……会ったんだよね?」

 

 震えた声で聞いてくる由比ヶ浜の表情にいつも明るさはない。暗い表情で俺の顔色を伺う世に彼女は俺に問いを投げてくる。

 

「……ゆきのんと何かあったんだよね……それ……聞いちゃ駄目かな?」

 

 思わず立ち止まり由比ヶ浜の顔をじっと見る。ぐっと手に力を込め、まじまじとこちらを見つめる瞳。緊張感がこちらにも伝わってくるぐらい彼女は真剣だった。

 けどごめんな、由比ヶ浜。

 

「……悪い。それは言えない」

「……そっか」

 

 誰もいない廊下で呟かれたその一言は重く響く。別に信用してないから言えないとかではない。ただ怖かったから。どんなに優しい由比ヶ浜も俺が雪ノ下を押し倒したという事実を受け入れて、話を聞いてくれるか不安だったから。長く付き合ってきたからこそ俺は言いたくなかった。何故なら俺にとって、いや雪ノ下にとっても由比ヶ浜結衣の存在は重要でありそして大切な友人だと思っているからだ。

 

「ごめんね、変なこと聞いて」

「いや、帰ろうぜ」

「うん」

 

 再び歩き出した俺達の足取りは重く、昇降口まで一言も話すことはなかった。昇降口を出て、由比ヶ浜にじゃあと言って俺達は別れた。

 駐輪場へと行き我が愛車のところへ足を向かわせていると自転車の前に見覚えあるぴょんと毛を立てている女の子がいる。こんな可愛いやつ俺が知る限り全世界で一人しかいない。

 

「何してんだ」

「あ、お兄ちゃん! そろそろ終わる時間かなーって思って待ってたのですよ」

 

 

 おお……お兄ちゃんを待っててくれるとはできた妹だ。小町の頭に手をのせて、ぽんぽんと叩く。嬉しいのかにこっと笑顔になる。何この生き物。家に持って帰って飼いたい。持ち帰るんだけどねこれから。

 

「ん」

「ん?」

「ここにいるってことはどうせ乗るんだろ? 前の籠に入れるから鞄貸せ」

「さすがお兄ちゃん! ではでは」

 

 そう言って小町は荷台に乗り始める。まだ学校なんだけどここ。

 まあ今日は色々あったな。早く帰ってご飯食べて風呂入って、材木座から貰った同人誌を読むとしよう。

 そう思い俺はそのまま自転車を押し始めた。鞄の中に入っている携帯の振動にこの時は気付かず、一色からのメールに気付いたのは家に着いてからだった。

 

 

× × ×

 

 

「ただいま……」

 

 今日も意味がなく言ってしまった。返事なんて返ってくるわけないのに。でも近いうちに比企谷君と付き合うことになったらもしかしたら同棲とかすることになるかもしれない。そうすれば「おかえり」って言ってもらえる日が来るかもしれない。その為にもそろそろ次のステップに進まないと。

 ソファーに座って鞄にしまってある携帯を取り出してメールボックスを確認する。受信数1件。差出人はケヤキさん。

 

『お疲れ様。今日も色々大変だったね。でも彼が意識してるってことはあとちょっとだよ。もう少しで夢が叶うんだから頑張ろう』

 

 本当に優しい人……。どこの誰かもわからない相手にこんな優しく接してくれるなんて本当に感謝しかない。今回の件が終わったら一度会って話してみたい。こんなたくさん助言できるのだからきっと今までたくさん恋をしてきたんだろう。そのお話を聞いてみたい。きっと私には想像もつかないようなことばっかなのだろう。

 そしてもし比企谷君が駄目だった時には……。

 いや駄目だ。顔もわからない相手にそんな事を考えるなんて。この人はあくまで私が困ってるから助けてくれるだけの人なんだ。私が好きになった男性は比企谷君、ただ一人。それ以外の男の人なんか……興味はない。

 返信文を作成して送信ボタンを押す。他愛もないお礼の言葉だ。そんな事しか言えないのだから。数分してすぐに返信は返ってきた。

 

『きっと不安はあると思うけど頑張って。もし失敗した時は俺でいいならずっと慰めるからさ』

 

 本当どうしてここまで言ってくれるんだろう。携帯を閉じて小さくため息をする。

 明日。明日言おう。もうこれ以上は待てない。早すぎると思うかもしれないけどこれ以上は私を応援してくれるケヤキさんに申し訳ない。

 それに私は早く比企谷君に自分の思いを伝えたい。好きと言いたい。だから明日だ。

 明日……終わりにしよう。だから待っててね……比企谷君。

 

 

× × ×

 

 

 翌日。私はいつもより早く学校へと向かっていた。比企谷君に告白すると思うといてもたってもいられなくなって来てしまった。まだ彼は来てないのに。

 でもすぐに彼に会いたいから。会って自分の口で好きと言いたいから。今まで思ってたことを彼に伝えたいから。

 とりあえず教室に荷物を置いたら彼の教室を行って彼を待とう。放課後まで待っていたらおかしくなりそうだし。通用門を通り、昇降口へ行こうとすると視界の端に女の子が映った。それが知らない人なら無視できたけど知っている相手だった。一色さん。

 こんな朝早くから何故彼女が? 生徒会は今の時期特に仕事はないはずだ……。まだ時間はある、ちょっと様子を見に行くくらいなら大丈夫なはずだ。私は彼女に気付かれないように後を追った。

 後をつけていくと彼女が体育倉庫前で足を止めた。当然こんな朝早くから体育倉庫の周りには人はいないだろう。そう思っていたが体育倉庫前には人がいるが見える。それも二人。

 一人は見たことない相手だがもう一人の顔を見て私は思わず声をあげそうになった。そしてその直後だった。

 

 

「一色……お前の事が好きだ。俺と付き合ってほしい」

 

 

 ……何を言ってるのかわからなかった。

 




久々の投稿です。

今日は小町の誕生日ということでピクシブの方でも
小町SSを載せていますのでもしピクシブでも
俺ガイルSSをご覧の方は私の作品を見ましたら
少しでも見て頂けましたら幸いです。


では


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告白の真意

 

 小町と家に帰った後、疲れた俺は布団に飛び込んだ。一日中変に気を使ったから余計に疲れた。今はご飯できるまでに体を休めよう。

 そんな俺の休みを邪魔するかのごとく、携帯が振動してるのが聞こえる。渋々携帯を取ると着信が来ており、『一色いろは』と表示されている。そういやずっと前にアドレスと番号交換したんだっけ。そう思いながら通話ボタンを押して、携帯を耳に当てる。

 

『もしもし?」

『もう!何でメール見てくれないんですか!ずっと学校で待ってたんですよ?』

 

 え?メールなんて来てたか? 慌ててメールボックスを開くと受信数15件……。ギリメンヘラに入らないレベルだな、これ。30件超えたらメンヘラ入り確定。

 

『悪い。見るの忘れてた」

『えええっ! まあ何か用事あったならいいですけど。それより先輩にお願いしたいことありまして』

『お願い?』

 

 聞き返すと少し間が空き、そして一色の声が携帯から響く。

 

『明日、私に告白してください』

 

 ……へ? どうしたんだ、俺の携帯。とうとう知らない言葉を言うようになってしまったのか。それともあれか。Siriちゃんが勝手にしゃべったのか。

 

『せんぱーい? 聞こえてます?』

 

 うん、そうだ。そうに違いない。よしもう一度聞き直そう。

 

『一色。お願いごとってなんだ?』

『私に告白してください』

『はあああああ!?』

『うわっ!』

 

 思わず大声を叫んでしまった。どうやら向こうの一色も驚いたらしく、焦る声が聞こえてきた。どうやら幻聴じゃなかったらしい。

 

『えーと一色。お前は言う相手と言うことを間違ってるぞ。お前は明日、葉山に告白しますって言おうとしたんだよな?』

『それお願いごとじゃなくなってるじゃないですか……先輩にお願いしたんですよ』

 

 えぇ……マジで? 馬路で? 本当に俺が告白するの? つか何で告白するんだよ。

 

『まず告白しなきゃならない理由を教えてくれ』

『あ、言うの忘れてました。えっとですね。こないだ話した件覚えてますよね?』

『ああ。彼氏のフリしてくれってやつだろ』

『そうです。それなんですけどちょっとまずい情報を友達から聞いて、例の男子がまた私に告白するつもりでいるらしいんですよ』

 

 何と勇気ある男子なんだ。一度フラれた相手にもう一度向かうなんて。

 

『何で諦めないんですかね……フラれたら普通は諦めるはずなのに』

 

 またブーメラン投げてるがもう触れるのもめんどいしやめておこう。いつか気付く、いつか。

 

『で、明日の朝。彼が朝練あるんで朝練後に呼び出します。その呼び出した場所に彼が来たタイミングで先輩は私に告白してください。不本意ですけど何とか諦めさせるためにOKしてあげますので。言っときますけどあくまで仮ですからね!か・り!』

『はいはい……』

 

 だから何で頼む側が偉そうなんですかね……。

 まあそれは置いといて事情はわかった。要は彼の目の前で告白して彼氏できたところを見せ付けて、諦めさせようという魂胆か。

 けどそんなにうまくいくものだろうか? もし例の男子が逆上して、襲い掛かってくるならばいくら後輩でも運動部と文化部(奉仕部が文化部扱いかは知らないけど)じゃ勝てそうにもない。

 

『なあ最悪な場合のことも考えてるのか?』

『最悪の場合?』

 

 やっぱり考えてなかった。人生そんなに甘くはないんだぞ、いろはす。

 

『もし相手がキレてお前に襲い掛かったらどうすんだって話』

『ああ、なるほど。確かに怖いですよ。でも大丈夫です』

『何で?』

 

 そう聞き返すと明るくそれでいて楽しそうな声で返事は返ってきた。

 

『先輩が私を守ってくれるって信じてますから』

 

 

 × × ×

 

 

 こうして一色の要望に応えることになった翌日の朝。待ち合わせ場所の体育倉庫に早く着いた俺は一色を待っている。

 すでに指示は受けており、出会い頭から台本通りに動いてほしいということだ。昨日の夜のうちに台本は送られてきてすでにセリフも完璧に覚えてきた。というわけで何も考える必要がなくなったのであまり緊張はしていない。最もいざ本番となった時にセリフを噛んでしまう可能性があるのでそこが心配なんだけどな。

 と、こちらに向かってくる人影が見えてきた。ぼんやりとだが恐らく一色だろう。と、同時に一色から来る方向の反対側からも人が来るのが見える。タオルを肩にかけたユニフォーム姿の男子。恐らくあれが例の男子だろう……ってえ!? これまずくない? 当初は彼が来たタイミングで告白するんだよね? ねえ? と、一色が来た方に振り返るとはあはあと息を切らしながら、立っている一色がいた。

 

「遅れてごめんなさい……寝坊しちゃって」

「そんなのはいい。それよりもう来てるぞ」

「え!? じ、じゃあ先輩頼みますよ」

 

 そう言って一色は少し距離を取って、俺の顔をじっと見つめる。

 大丈夫。台本通りにやればいい。今は誰も見ていない。これからここに起きることは一色とそいつと俺だけしか知らないことなのだから。

 

「一色……お前の事が好きだ。俺と付き合ってほしい」

「はい。でもその前に私にも言いたいことあるんで言っていいですか?」

「え?」

 

 いきなり台本と違うところ言われて戸惑った声を出してしまった。そこって「はい。正直先輩の事、前から好きでした」じゃねえの? そのセリフもまずいと思うけどさ。

 一色はこほんと咳払いすると再び俺の方を見て、にこっと笑って口を開いた。

 

「私はずっと頼りっぱなしでした。正直最初は生徒会の仕事を手伝ってほしくて、先輩にあざとく接したりしてました。でも一緒に仕事していくうちに先輩と一緒にいる時間が楽しくて、そのうち先輩と一緒にいたいから仕事をお願いするようになりました」

「一色……」

 

 えへへと笑う一色は顔を逸らして再び口を開く。

 

「私は雪ノ下先輩や結衣先輩が先輩の事好きな事を知ってます。だから私は諦めようとしてたんです。私にはあそこに立ち入ることは許されないんだなって。

 でも私好きなんです……先輩の事」

 

 と、こちらの方を向いて、顔を赤くした一色はその言葉を言った。

 

「先輩。私は先輩の事が大好きです。私と付き合ってください。お願いします」

 

 そう言って頭を下げた。俺はただ茫然と見ているしかなかった。

 あまりに予想外過ぎることだからだ。これは台本ではなく、本心で言っていることくらい俺にでもわかる。ただこんな捻くれた俺を好きになってくれる人なんてずっといないと思ってたからだ。だからこそあまりに唐突の出来事に俺はただただ見てるしかできない。

 何か言わなきゃ。けど何て言えばいい。とりあえず今はこの返事を出すことが出来ない。だからとりあえずこの場を何とかしよう。きっと例の男子はまだ後ろで見ているのだから。

 と、思って俺は言おうとした。

 

「あの」

 

 バキ。

 

 俺が言いかけたまさにその時だった。一色の後ろ側の校舎の影で何かが折れたような音がした。その方向に目をやると誰かが木の枝を踏んで枝が折れていたのだ。

 ただそんなことはどうでもいい。問題はその木の枝を踏んだやつだった。だってそいつは絶対にこの場を見られたくなかった人だから。絶対に知られたくなかったから。けどそんな思いを裏切るかのように雪ノ下雪乃はそこに立っていたのだ。

 



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二度目の嘘

 

「雪ノ下、違うんだ。そのこれは……」

 

 比企谷君が焦った顔で私に弁解しようとしている。

 でも比企谷君。さっきあなたは一色さんの事が好きって言ってた。そして一色さんも比企谷君の事が好きって言ってた。

 つまり二人は両想い……。

 

「先輩。どうやらこの場じゃ返事は言えないと思うので返事が決まったら言いに来てください。待ってますから」

 

 一色さんはそう言うと比企谷君に向かって微笑んでその場から立ち去って行き、私と比企谷君だけが残された。

 こういう時どう言っていいかわからない。いつも通りに接すればいいんだろうか。でもあれ? いつも通りって言うけど私、比企谷君にどういう風に接していた? 笑ってた? 怒ってた? 

 私はどんなふうに話してた?

 

「雪ノ下。その……誤解なんだ。聞いてくれ」

「嫌よ。何も聞きたくない」

 

 ようやく口が開いた。けどこんなことしか言えない。

 

「これは一色の依頼で、俺はあいつに頼まれて」

「聞きたくないって言ってるでしょ!」

 

 こんな大声出したのいつ以来だろうか。姉と喧嘩した時でもこんな大声は出さない。

 それだけ聞きたくない。そんな言い訳なんか聞きたくない。さっき言ってたじゃない、一色さんの事が好きって。あれが嘘なわけがでしょ?

 それを誤魔化すつもりなの? 

 

「……お願いだから聞いてくれ。違うんだ」

「違う? 何が違うか言ってみなさいよ」

 

 我ながら呆れる言い方だ、聞けば絶対後悔するってわかってるはずなのに。

 

「俺が告白したことだ。一色が振った男に付きまとわれてるからそいつを諦めさせるために俺が嘘の告白をして、それで……」

 

 それ以上は言わなかった。なるほど、彼女からの告白は彼から見ても予想外の事だったのね。けど話してくれた事で一つ腹正しく思うことがある。

 彼は今、嘘の告白をしたと言った。嘘の告白を。

 私がそれを聞いて脳裏に浮かんだのは去年の秋。同じ嘘は彼はついた。

 もちろん今回は状況が違う。あの時は戸部君と海老名さんの依頼を解決しなければならないということからの告白だ。最も私はあんなやり方を今でも許してはいない。

 今回は今の話を聞く限り一色さんが振った人が彼女を付きまとっているということ。それなら別に告白なんかしなくても他にも方法はあっただろう。なのに何で告白なんかしたんだろう。彼に告白させなきゃいけない理由は……彼女が比企谷君に告白したかったから。別に一色さんは修学旅行の件を知らないのだから彼に嘘告白させることには何も思わないかもしれない。

 でも私は嫌だった。もうあんな真似はしてほしくない。あんな真似はしないとずっと信じてた。だから最初に告白を聞いた時は本当に彼女の事が好きだと思った。

 でも……嘘なの? 比企谷君……あなたは何で……そういうことをするの?

 

「その……黙っていたことは謝るよ」

 

 謝る? 謝ればいいと思ってるの? それに黙っていたことじゃない。私が怒っているのはあなたが嘘をついて告白したこと。確かに今回は一色さんに付きまとっている人を諦めさせるためなのだから自己犠牲というわけではないのかもしれない。

 でもそれは全てが上手くいけばの話でしょう? もしこれでその人が変な噂を流したらあなたは学校での居場所を失くしてしまうかもしれない。本当に一色さんと付き合うことになるかもしれない。それでもいいの? 

 

「……比企谷君」

「何だ」

「……あなたは……この解決方法でよかったと思ってるの?」

「え?」

 

 こんなことを聞いてもしょうがないか。

 私は黙って校舎の方へ振り返り、その場から立ち去ろうと歩き出す。

 

「ま、待ってくれ!雪ノ」

「来ないで!」

 

 彼の足がぴたりと止まる。彼は今どんな顔をしてるのだろう。

 でも彼の顔を見れない。だって私もこんな涙を流した顔を見せられないから。

 

 

× × ×

 

 

 雪ノ下の姿が見えなくなってどれくらい経ったかわからなくなった時に予鈴が鳴る音が聞こえる。はっと気づくが授業なんか行く気にならない。

 彼女が怒った原因は雪ノ下に怒鳴られ、足が止まった時に気付いた。

 俺は何てことをしてしまったんだろう。こんなふうに解決することに対して何で何の疑問も持たなかったのか? 前とは違って自己犠牲じゃないからか?

 そして一色が告白してきたこと。あまりの急な出来事に驚いたけどあれは嘘じゃない。彼女が本心で俺に伝えてくれたことだと思う。

 

「先輩。私は先輩の事が大好きです。私と付き合ってください。お願いします」

 

 好き? あいつが俺の事を……好き?

 そんなわけないだろ。あいつは俺の事をただ仕事ができるパシリとか買い物に付き合ってくれる荷物持ちとかとにかく都合よく使ってただけ……だよな。

 でもあいつは前に言ってくれた。自分は本物が欲しくなったと。これがあいつの出した本物の答えなのか? でも俺みたいなやつが……何で? 葉山の事が好きなはずだ。まだ諦めないって言ってたし……。

 答えがわからなくもやもやするし、苛々する。ひとまずこのまま授業出ても仕方ないのでサボることにしよう。けどその前にこのもやもやを解消してくれそうな人に聞いてみることにするか。俺は携帯を取り出して、電話帳からその人の名前を見つけて、着信ボタンを押す。すぐに電話口から声は聞こえた。

 

『ひゃっはろー! 比企谷君から電話なんて珍しいね? でもこの時間ってもう授業始まってる時間じゃ』

『雪ノ下さん』

 

 喋っている雪ノ下さんの声を遮って、俺ははっきりと彼女の名前を呟く。こんな重い声は今まで出したことあっただろうか。

 

『一つ聞きたいことあるんですけどいいですか?』

『いいよ。どうやら真面目な話なようだし』

『ありがとうございます。では単刀直入に聞きますが……俺なんかを好きになってくれる人がいると思いますか?』

 

 こんな質問をするなんてどれだけ自意識過剰なんだろう。

 返答は少し間があったがきちんと返ってきた。

 

『どういう事情かは聞かない。でも一つだけ言えるのは君は自分のことを下に見過ぎている。少なくとも私は知ってるよ。君の事を好きだと思ってる人を』

 

 その後に彼女はだからさと、つけ加えて、

 

『もうそろそろ気付かないふりするのやめなよ? 自分を言い訳しても結局は逃げられないんだからさ』

 

 それだけ言って電話は切れた。携帯を下ろして空を見上げる。

 雪ノ下さんが言ったことに対して何も思わない。だってそうだろ。

 全部本当のことなんだから。

 

 

 × × ×

 

 

 翌日。俺は普通に学校に来た。昨日はあれから学校サボって、適当にブラついてた。もちろん補導されないか警戒はしたがおまわりさんとすれ違っても、何も言われないしそれどころ眼中にされない。影薄いのかな、俺。

 由比ヶ浜や小町からは色々聞かれたがもちろん無視。言えるわけがないのだから。

 そして今日を迎え、何事もなかったかのようにいつも通り登校する。朝礼も終わり、授業の準備をしようとしたところでその人は俺の机の元に来て、腕を組みながら見ろして立っていた。

 

「さてと昨日休んだ言い訳を聞こうか?」

「い、いやその……風邪といいますか」

「そうか、風邪か。ではあれか。昨日目つきが悪いうちの制服を着た高校生が昼間から街をうろついていたという通報と何の関係もないのだな?」

「すいませんでしたぁ!」

 

 バレてないと思ったのは俺だけでどうやらきちんと報告済みでした。

 

「まあいい。その話はあとだ。それより雪ノ下から今日連絡あったか?」

「いえ来てないですけど」

 

 俺だって連絡取りたいがアドレスも電話番号も知らない。小町に聞こうにも絶対理由聞かれるから話せないし。

 

「今日来てなくてな。何の連絡もないし、こちらから連絡しても繋がらない。なので放課後様子を見に行ってくれないか?」

「……はい」

 

 俺が答えると先生はそのまま教室を出て行った。すぐに俺は立ち上がり、由比ヶ浜の机の元へと行く。

 

「ちょっといいか?」

「うん?どしたの?」

「雪ノ下休みらしいんだけど……何か聞いてないか?」

「ううん。何も」

 

 由比ヶ浜にも連絡してないか。こうなったら見に行くしかないか。もちろん俺一人じゃ入れてくれないだろう。なので、

 

「今日授業終わったらあいつの家に様子見に行かないか?」

「うん! でもゆきのん何で休んでるんだろう……」

 

 頼むから昨日の事と無関係であってほしい。

 そう願わずにはいられないがいずれにせよ俺は彼女に謝らなければいけない。

 そして……聞かなきゃいけないことがある。

 




お久しぶりです。
ここ数日旅行とかで海外行ってたのでほとんど更新してませんでした。

てなわけで久々の更新です。
少しアンチめいたことになってますが
一応物語上ではアンチのつもりで作ってるつもりはありません。
今後のストーリー上でもこんな感じのシーンが
出てくる可能性はありますがそれはあくまで物語上の演出だと
考えて頂ければと思います。


またいつもコメント、評価のほうありがとうございます。
今後共よろしくお願いします。



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そして彼女は彼を拒絶する

 

 足取りは重かったが何とか雪ノ下のマンションの前に着いた。エントランスに入り、雪ノ下を呼び出すも反応はない。寝ているのだろうか?

 

「反応ないね……」

「……寝てるだけじゃねえの?」

「私、電話してみるね」

 

 携帯を取り出して、雪ノ下にかけ始める。コール音がこちらにも聞こえてきて、繋がると声が消えてくる。

 

『あ、ゆきのん?結衣だけど……』

『……由比ヶ浜さん?』

『うん!今、マンションの前にいるんだけど開けてもらっていい?今日お休みだから心配で来ちゃって……』

 

 と、電話で話しながらベルを鳴らすと自動ドアが開き、そのままエレベーターに乗って雪ノ下の住んでる階に昇り、降りて表札の無い部屋の前で立ち止まる。

 

「ねえヒッキー」

「何だ」

「こういうことをここで聞いちゃ駄目だと思うけど……ゆきのんと何かあった?」

 

 その質問に答えが出ることはなく、ただ沈黙した時が流れる。この扉を開ければ雪ノ下がいる。なのに今、その質問をするということはこいつなりに不安に思ってることがあるのだろうか。

 

「……ごめん。気にしないで。行こっか」

 

 そう言って由比ヶ浜がインターホンを押す。しかししばらく経っても反応がない。雪ノ下が家にいることは確かなので出ないということは何かあったのかもしれない。

 ドアノブに手を伸ばすと簡単に開いた。鍵はかかってなかったようだ。

 

「……雪ノ下、いるか?」

「おじゃましまーす……ゆきのんー?」

 

 恐る恐る入って行く。室内は真っ暗で電気はつけてないようだった。靴を脱いで、廊下をを進み、リビングへと入ると部屋の端で毛布に包まっている何かを見つける。その近くの床には携帯も置かれている。

 

「……誰?」

 

 顔は見えないが声だけは聞こえてくる。とりあえず無事でよかった。

 

「俺だ、比企谷だ」

「比企谷君……?」

 

 包まっている毛布をどけられ、雪ノ下が顔を見せる。だがその顔を見て、さっき思ったことを撤回する。その様子は衰弱しきってる様子で髪もボサボサ。俺が今まで見たことのない雪ノ下雪乃だった。

 

「ゆきのん!? だいじょ」

「嫌!」

 

 由比ヶ浜が近づこうとすると雪ノ下は再び布団に包まった。その様子は怖いとか嫌いとかではない。明らかに目の前の男を拒絶している様子だった。

 

「由比ヶ浜さん……なんでその男がそこにいるの?」

「え?」

「どうして……どうしてその男を家に入れたの!」

 

 叫び声と共に雪ノ下が由比ヶ浜に掴みかかり、押し倒された。何が起こったのかわからず茫然とするがすぐに引き離そうとする。

 

「おい! 何してんだ!?」

「触らないで!」

 

 思いっきり睨まれ、動きを止めてしまう。その目は親の仇のような眼光で、恐ろしく怖いものだった。嫌なものを見るとかそういうものではない。存在そのものを恨んでいるような目でその目を逸らすことが出来ない。

 そんな目をした雪ノ下は口を開いて叫ぶ。

 

「私はあなたのことが好きだった! ずっとずっと……。由比ヶ浜さんや一色さんよりもあなたのことが大好きだった! あなたとは色々ぶつかったこともあった! でもあなたが自分を犠牲にするやり方を辞めて、周りと協力しようとしてくれた時は私は嬉しかった! そしてあなたは私をいつも助けてくれた!だから私は……」

 

 息を切らした雪ノ下は落ち着いて呼吸を整えると再び口を開く。

 

「私はあなたが好きで、あなたに振り向いてもらえるならどんな自分も演じようと思ってた。なのに……なのに何で……何で……」

 

 言いながら雪ノ下は立ち上がって、俺の服を掴むと涙を流し始めた。押し倒されていた由比ヶ浜は何が起こったのかわからないのかただただ俺達をじっと見ていた。

 

「……ごめん」

 

 

× × ×

 

 

 結局雪ノ下の精神状態が不安定ということで家を後にした。しかしそれだけでは終わらない。当然雪ノ下が言ったことの説明をしなきゃいけない。

 俺は由比ヶ浜に昨日の事を説明すると思いっきり頬を叩かれた。そして由比ヶ浜は無言でその場から立ち去って行った。

 ぽつぽつと雨が降り始め、すぐに豪雨となった。だが傘は持ってきていないし、それに今はどこかで雨宿りする気も起きない。今の俺には雨に打たれるのがちょうどいいのかもな。頭を冷やして反省しろってことでな。

 

 もうどうしたらいいかわからない……どうして俺はあんなことしたんだろうな。

 

「……濡れるよ」

 

 言葉と共に雨が遮られた。顔をあげると俺の頭上に傘があり、その傘を手に持っている人は俺に含んだ笑みを浮かべていた。

 

「とりあえず移動しようか、比企谷君」

「……話すことはないですよ」

「……私は君に言いたいことはたくさんあるし、聞きたいこともたくさんあるよ」

 

 知るかよ。どうせ雪ノ下のことで俺を責めたいんだろ? 

 だったらこの場で言えよ。いちいち回りくどいことすんなよ。

 

「……雪乃ちゃんはね。本当に君が好きなんだよ?君なしじゃ生きていけないくらい」

 

 勝手に話し続ける雪ノ下さんにかける言葉はない。今更説教かよ。

 

「だから君から相談を受けた時にようやく君は雪乃ちゃんの気持ちに気付いてくれたのかなって。でも理由はわからないときた。初めはただ鈍感かなって思ったけど。

 でも昨日の電話でようやく君が気付かないふりを辞めたと思ったと同時に雪乃ちゃんがついに思いを伝えたのかなって思った」

 

 もういい。やめてくれ。いちいち苛々するんだよ。

 

「でも雪乃ちゃんはあんな風になっちゃった。振られただけじゃあんなふうにはならないと思って、何とか理由を聞いたら君が裏切ったって言うから」

「うるさい!」

 

 あまりにも耳障りなので思いっきり叫んでしまった。すぐに雨の轟音にかき消されるがそれでもその声は彼女に届いたようだった。

 

「全部本当の事だから何も言い返せないのが悔しい?」

「あなたは俺をあざ笑いに来たんですか?」

「あざ笑う? まさか」

 

 雪ノ下さんはそのまま傘の中心を自分の頭上に移動させ、歩き出して、少し離れたところで振り返った。

 

「もう二度と雪乃ちゃんに関わらないで。それだけ」

 

 そう告げて再び歩き出した。

 何故だろう。雨なのに物凄くしょっぱかった。

 

 





お読み頂きありがとうございます。
ようやく物語が前半終えたというところです。
ここからようやく後半になります。


今後共温かい目で見て頂ければ幸いです。


では


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どんな上司も偉大な人間は偉大である。

 

 雨が上がる頃には周りが真っ暗になっており、時間もすでに午後9時を過ぎていた。家に帰ると小町が心配していたが無視して部屋に閉じこもり、濡れた服を着替えることもせず、そのまま眠りについた。

 次の日は学校に行かずに部屋に閉じこもってた。もう雪ノ下にも由比ヶ浜にも合わせる顔がないし、一色にもどう言えばいいかわからない。割り切ってあいつと付き合うなんてことは今の俺にはできない。そんなことをすればもう二度とあの二人に関わることはできないのだから。最もすでに一人は関わんなって言われてるんだけどな。

 その次の日も休んだ。小町は心配してくるが今の俺にはそれが苛々する。思いっきり怒鳴ると小町は泣きながら自室に戻り、それから俺の部屋に来ることはなかった。

 携帯を見ると平塚先生や戸塚、川崎、材木座と言ったやつらからメールが届いてるがどれもこれも似たような内容だった。そんな中一色と由比ヶ浜からも来ていた。

 

『先輩。今日も休みと聞きましたが大丈夫ですか?何だったら私が看病しに行くのでいつでも連絡くださいね!』

『やっはろー! 元気?……じゃないよね。こないだはいきなりぶってごめんね。その……色々とヒッキーと話したいから体調良くなったら学校来てね?』

 

 返信はしなかった。というよりできなかった。どう返せばいいかわからない。一色に会えば間違いなくあのことについて考えなきゃいけないし、由比ヶ浜は会いたくない。

 こうして週末を迎えた日曜日。結局部屋からはトイレとコンビニとご飯を取りに行くぐらいしか出ていない。小町とも顔を合わせていない。

 家は物音一つしない静かだった。日曜日だが多分小町も両親もどこかに出かけているのだろう。ちょうどいい。

 適当に着替えて、家を出た俺はとりあえず歩き出した。目的地があるわけじゃない。ただもう家にいても考えることがなくなったからだ。

 雪ノ下さんは言った。俺の事を好きだと思ってる人を知っていると。それが誰なのかはわからないはずがない。ただ俺の中で今までの事を振り返ると彼女達は俺の事を好きだったと思うと今でも信じられないからだ。

 由比ヶ浜は事故の一件で俺の事を知って、それからも俺は由比ヶ浜に助けられてきた。奉仕部は由比ヶ浜の明るさによって保ってきたと言っても過言ではない。そんな彼女が俺の事を好きだなんて考えたことはなかったけど彼女はいつだって俺の事を見てきた。由比ヶ浜は俺にいつでも声をかけてくれた。その彼女の優しさは彼女無二のものだと言える。

 一色いろはは生徒会選挙の件で知った。生徒会長になったから彼女に何かと甘えるようになり、このままではいけないと思っててもつい手伝ってしまう。でもこの後輩は俺を頼ってくる。俺と一緒にいて楽しいと言ってくれた。そして勇気をだして、俺に告白してくれた。

 そして雪ノ下雪乃は俺の人生を変えた。彼女と出会い、俺は彼女に理想を持ち、憧れた。でも雪ノ下は自分の弱さを打ち明けたことで自身の依頼も解決した。雪ノ下雪乃は自分で立ち上がれる女の子で信念を曲げない強い女の子だ。そんな彼女が俺の事を好きなんてありえないと思ってた。だって俺と彼女は友達ですらないのだから。お互いがお互いの事を少しずつ知ってはいる。けどそこに恋愛感情があるかどうかと言われれば俺はNOだと思ってた。友達でもないやつと付き合うことなんかできないし、好きになることもできないものだと思ってたからだ。

 気付くと公園にたどり着いていた。見覚えがあるようでないような公園。公園には誰もいないので止まっているブランコに行き、座って揺れる。

 ゆらゆらと揺れるブランコはまるで俺自身だ。目の前の事に夢中で大事なことを忘れる。告白の答えを出そうにも自分が今どうしていいかもわからない。雪ノ下のことを何とかしたいと思ってても自分が悪いと正直に認められない。もういっそのこと彼女達に二度と会わないほうがいいのだろうか……。

 

「ほう。家に引きこもっていると聞いたがこんなとこにいるとはな」

 

 声の聞こえた方に顔を上げるとそこには担任であり顧問でもある平塚先生、その人が立っていた。

 

「先生……」

「何だ、思った以上に元気そうじゃないか。妹君に聞いたら、部屋から出てこない本物の引きこもりになったと聞いてたからな」

 

 もうそれについては反論することも面倒くさい。何とでも言えばいい。

 

「さて行くか」

「行く?」

「君と私が会えばひとまずラーメンだろう。こんなとこにいても飯は食えん」

「……俺はいいです」

 

 控えめに答えると先生は俺の元へ来ると俺の胸元を掴んだ。

 

「いいからこい。教師命令だ」

 

 

 × × ×

 

 

 先生に無理矢理車に乗せられ、俺はラーメン屋に連れてかれた。昼時なので多少混んでいたがすぐにテーブル席が空き、向かい合って座ると平塚先生は俺を見て、笑みを浮かべた。

 

「ここのラーメンはな、本店が福岡にあるんだが関東では支店がここと東京しかないんだ」

「そうなんですか……」

「とりあえずは食べよう。嫌な事があるときは何も考えないことが大事だからな」

 

 相変わらずわかっているように言うな、この人は。さっきまで嫌がっていたのに今はもう反抗する気も起きない。まるで俺の事を全てわかっているかのようにこの人の俺を見つめる瞳に引き寄せられる。

 考えないことが大事だと平塚先生は言った。そんなことができるなら俺はこんなにも苦しんでいない。考えることを放棄するということは答えを出すことを諦めるということ。今を諦めるのと同じなんだから。

 

「さてと……本来ならば教師として何故学校来ないのか聞きたいところだが」

「えーとその何て言えばいいんですかね」

「無理に言わなくていい。雪ノ下もあれからずっと休んでる。ある程度の察しはついていたんだが先日由比ヶ浜が私に相談しに来てな……」

 

 なるほど。だからこんなにもわかったような口調なのか。てことは今から説教の一つでもしてくれるのだろうか。最もそれを真面目に聞こうとは思わないが。

 だが先生から出た言葉は予想とは違う言葉だった。

 

「だから今日はそういう話はなしだ。今日は君とラーメンを食べに来た。それだけだ」

「いいんですか?」

「君だって言いたくないだろうし、私の話なんて聞きたくもないだろう。そんな時に話したところで会話が成立するとは思えないからな。だから今日はその話はなしだ。最も比企谷が話したいならいくらでも聞くがな」

 

 フッと笑う平塚先生の表情は子供用に無邪気そうでそれなのに大人の雰囲気を漂わせる。きっと俺には想像もつかない人生を送ってきたからこんな表情が作れるのだろうか。こんな表情を作れるようになるまでどれだけ生きて、どれだけ苦しまなきゃいけないのだろう。

 

「ほら来たぞ」

 

 ラーメンがテーブルに置かれ、割りばしを手にして、両手を合わせる。

 

「では頂こう。いただきます」

「いただきます」

 

 いつだったか、こんなふうに先生とラーメンを食べたのは。あの頃とは環境もいろいろ変わり、俺も考え方や見方が変わった。それでもあの頃のほうがまだましかもしれない。だって人の気持ちを汲むことも少しはできただろうし、人が何を考えてるかも少しはわかっていたかもしれないから。

 ラーメンを啜る音が止み、先生はスープをれんげで軽く飲むと再び口を開いた。

 

「最近は家ではカップラーメンしか食べてないと聞いてな。カップ麺も悪くはないがやはりラーメンはこうして店で食べないとな」

「そうですね……」

 

 返事をして、しばらくして、今度は俺の口が開いた。

 

「先生……俺は……どうすればいいですか?」

「君はどうしたいんだ?」

 

その質問に俺は視線を先生の顔に移して、答える。

 

「俺は雪ノ下に謝りたいです。俺が守らなかったことと俺が気付かないふりをしていたこと。ずっと自分に言い訳して、あいつの好きな気持ちから逃げていたこと。それに一色にも告白の返事を伝えなきゃなりません。それから由比ヶ浜にも謝らないといけなくて……あと」

「ならそうすればいい」

「え?」

 

 俺が驚いてると平塚先生は近くの店員を呼んで、替え玉を頼み、話を続け始めた。

 

「君は自分が今、何をすればいいかわかってる。自分がこれからやらなきゃいけないことを理解してるんだから。わかってるのだから考える必要はない。わかってる答えに理屈を求めたところで自分が苦しむだけだからな」

「でも……それが正しい答えとは」

「そう、正しくないかもしれない。でも比企谷。お前はこの数日間、ずっと考えて正しい答えなんて見つかったか?」

 

 そう言われて何も返せなかった。

 だって答えなんてちゃんと考えるのを途中からやめていたから。でも答えを探すことを諦めてしまうのが怖かった。だから今は考えることをやめているだけで諦めてはいないとまた自分に嘘を吐いていた。

 でも違った。最初から自分がやらなきゃいけないことはわかってた。わかってたけどそれを行動に移すことを嫌がっていたのだから。自分が悪いと簡単に認めるのが嫌だったから。だから答えを探してたんだ。

 

「前にも言っただろ、計算できない答えが人の気持ちなんだ。君は悩み続けて答えを見つけられなかった、自分が動く理由が欲しかったはずだ。でもやらなきゃいけないことはわかってるんだ」

 

 言い終えると同時に替え玉が来て、丼に入れると先生は再び麺を啜り始めた。俺の丼の横にも替え玉は置かれた。

 

「まだ食べれるだろ?」

「はい……」

 

 本当においしい。ここ最近の食生活がずさんなせいでこんなにもラーメンが美味しく思えたのは久しぶりかもしれない。

 

「人間なんて理解不能な生き物なんだ。だから理由なんかなくても、時には自然と体が動く時があるんだ……すいませーん、替え玉一つ。あ、コナオトシで」

 

 もう十分だった。もうヒントだけじゃない。答えまで教えてくれた。ずっと塞ぎ込んでいたのは俺が目の前のことに逃げていたから、言い訳して何とか正面から向き合いたくなかったから。

 でもどうして俺は忘れてたんだろう。俺は何度もあいつらと正面から向き合ってきたじゃないか、何度もあいつらと言い合って、悩んで、それでも諦めないでやってきたじゃないか。なら今回も同じだ。

 雪ノ下雪乃が俺のことが好きで、一色いろはが俺の事が好きだと言ってくれるなら俺は動かなきゃならない。そしてもう一人、このことについてきちんと伝えなきゃいけないやつもいる。

 

「先生」

「ん?」

「ありがとう……ございます」

 

 そう言って俺は再び麺を啜るがさっきより何だか塩気を強くなったし、目の縁あたりにも熱いものを感じる。

 正面にいた平塚先生は箸を置くと、手を伸ばして俺の頭に置いて優しく撫でてくれた。

 やっぱこの人には適わない。

 




最後までお読みいただきありがとうございます。

何とか書くペースが進んできたのでなんとか最新刊発売までに完結はしそうです。
またコメントの方をいつもありがとうございます。
賛否両論の意見は作者の自分として考え直すところが多く、
次の話の参考にもさせて頂いております。
今後ともよろしくお願いします。

では


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彼女と彼は素直になりたい Ⅰ

 

「いやー美味かった。次は東京支店の方にも行ってみるか」

「そうですね」

 

 ラーメンを食べ終えた俺達は店を出て、駐車場にいる。無様なところを見せてしまったようで本当に恥ずかしい。しかし不思議と悪い気分じゃないのでまあいいかなと思ってる。

 

「さて……ここからもう一人増えるんだがいいか?」

「もう一人?」

「君がこれから動くなら力になってくれる奴だよ」

 

 そう言って車の方に先生は顔を向けたので俺も続いて向くと、先程乗った先生の愛車のスポーツカー。その車の前には見覚えがある顔が立っていたが正直いきなりこの人とエンカウントは心の準備ができていない。

 

「静ちゃん、おっそーい」

「すまんすまん。替え玉を4つも頼んでしまってな」

「そんなに美味しかったの?私も今度行こうかなー」

 

 そう言って微笑んでるのはもちろんこの人、雪ノ下陽乃だ。先日告げられた言葉が脳裏に浮かび、思わず目を逸らしてしまう。

 

「さて。私はコーヒーを買ってくるから二人はここで待っててくれ」

「え!? ちょ」

 

 静止する前に平塚先生は自販機の方へと行ってしまった。後をついていこうと思ったが今そんなことをすればこの人に今後会わせる顔がない。というより言うなら今しかない。

 

「あの……雪ノ下さん」

 

 俺の声に反応することなく、彼女はそっぽを向いていた。が、あんなことを言われたんだからこんなの予想範囲内だ。そのまま続けて俺は精一杯謝罪の言葉を述べる。

 

「本当にすいませんでした!」

 

 声と共に大きく頭を下げる。土下座にしとけばよかったかな? でもふざけてると思われるかもしれないしなー。いや大魔王相手なら土下座でもふざけてるレベルかもしれん。

 しかしそんな予想とは裏腹に俺の謝罪の様子を見た雪ノ下さんはようやく俺の方を見て、ニコっと笑った。

 

「……うん、もういいかな。よく言えました」

「え?」

 

 顔を上げると微笑んだ雪ノ下さんがいた。

 

「君があのままでいるなら本当に私は雪乃ちゃんに関わらせないようにするつもりだった。でもちゃんと自分のことを反省できてるならおっけーね」

 

 もしかして最初からこのつもりで……。相変わらず何を考えているか読めないけどそれでもこの人なりに俺の事を気遣ってくれたいたんだと思う。だからあんな厳しい言葉を送ってくれたんだろうし。

 

「でもそれを言う相手は私じゃないからね。ちゃんと本人にも言ってよ?」

「もちろんそのつもりです」

「ならよろしい」

 

 さすが雪ノ下陽乃。あなどれない人だ。

 

「で、比企谷君。さっそくで悪いんだけどこの人知ってる?」

 

 そう言って雪ノ下さんは自分の携帯を俺に見せてきた。その画面には動画サイトが開かれているが……これってどこかで見たような気がする。

 

「そのケヤキって人。総武高校の人なんだよね?」

「らしいですね……」

「私なりに色々調べたんだけどどうも雪乃ちゃん。その人の動画を見て、ああなったんだよね」

「へえ……え?」

 

 あの雪ノ下がこんな恋愛動画を? 絶対こういうの信じなさそうなのに?

 どう考えても想像がつかない……。

 

「よっぽど比企谷君の事が好きだったんだね!」

「……何も言えません」

 

 俺の為にこんなものまで見ていたと思うと申し訳なさを感じてくる。いやこういうことしなくても素のままでいいと思うよ? 

 

「で、ここからが問題なんだけど。昨日雪乃ちゃんが寝た時にこっそり携帯を見たんだよね」

 

 姉としてそれどうなんだろうと思うが置いとくとしよう。

 

「ここ最近そのケヤキって人と親密に連絡取ってたみたいでさー比企谷君のことを誘惑しようとしたのもその人のアドバイスっぽいんだよね」

 

 思わず冷や汗が流れる。誘惑ってつまり……あの事だよな。完全にバレてるよな。

 目の前の雪ノ下さんは面白がるようにニヤニヤしながら笑っている。

 

「まあその辺はまた後日詳しく聞くとしてー」

「絶対言わないんで」

 

 あんなこと言えるかボケ。

 

「何かさ……そのケヤキって人ちょっと怖いんだよね。ネット上でしか会ってないはずなのに雪乃ちゃんの名前を知ってたし。それにだんだん雪乃ちゃんが精神的に不安になってきているところを付け込んで、うまく近づこうとしていたし。まあ精神的に不安なのはわかるけど警戒心なくしちゃうのは雪乃ちゃんも甘いなー」

「……そのケヤキの正体を探ればいいんですか?」

「察しが良くて助かるよ。一応どういう人かは確認しておこうと思っててさ」

 

 確認だけで済ますつもりはないんだろうなと思うがここまでの話を聞くと俺も気になる。こいつのことは生徒会室で一色が紹介してたから若干覚えている程度と総武高校の人がやっているということだ。総武の人間、全員を洗うとなると結構難しい。もっと他に情報がないと……いや待て。

 

「このケヤキって人物……雪ノ下の事を知ってるんですよね?」

「恐らくね。メールでの会話だけで名前がわかるってことは」

 

 そうなると一番可能性が低い一年生はパス。まだ入学してそんな経っていないし、一年生に騒がれるようなことはしてはいないはずだから雪ノ下の名前を知る奴は少ないはず。

 となると二年生か三年生になる。ただ雪ノ下に近づこうとしていることから考えるとこいつは雪ノ下に何らかの好意をもっていることを考えれば、そのあたりから調べれば何かわかるかもしれない。

 なんて考えてると携帯が鳴る。俺のではない。雪ノ下さんの携帯だ。

 

「あ、隼人からだ。雪乃ちゃんの様子を見に行ってきてと頼まれたんだ。もしもしー?」

 

 こういう交友関係に詳しいのは恐らく由比ヶ浜とか一色に聞くしかないが……やっぱりきちんと謝るのが先だよな。雪ノ下の事もあるがそっちのこともあるし、問題は山積みだ。

 

『うん、それで?……わかった。とりあえず隼人は何人か集めて雪乃ちゃんを探して。なんかわかったら連絡して。それじゃあ』

 

 雪ノ下さんは携帯を下ろすと、ふうと息を吐いて言った。

 

「……雪乃ちゃんが家から消えたって」

 

 

 × × ×

 

 

 雪ノ下の失踪発覚からすでに2時間が経過している。俺と雪ノ下さんと平塚先生はバラバラに別れて探すも全く見つからない。

 先程連絡があり、葉山も由比ヶ浜や一色、他にも三浦や戸部、海老名さん等に協力をお願いして捜索しているが全く見つからないという。俺も人数が欲しいと考え、戸塚に材木座、それに小町と川崎達にもお願いして探してもらっている。

 あいつがいきそうなところ……全然想像がつかない。普段は休みの日も家にいるらしいので外には出ない。出るとしたら由比ヶ浜が遊びに誘ったりする時だ。しかしその辺はすでに由比ヶ浜が探したらしい。

 俺もとりあえず駅前辺りにいるんじゃないかと思い、駅付近まで来てみたが見つからない。どこに行ったんだよ……。

 

「なんだ。来てたんだ」

 

 ふと声が聞こえるので視線を変えると見覚えのあるポニーテール。大丈夫だ、もう名前は覚えてるから、川越さん。

 

「先にあんたが探してたんだ。じゃあ探しても意味ないか」

 

 川越じゃなかった、川崎はため息を吐き、携帯を取り出すといじり始めた。どこかに連絡をしているのだろうか。

 てか待て。こいつもこう見えて噂話とかは詳しかったような……もしかして知ってるかもしれない。

 

「ちょっと聞きたいことあるんだけどいいか?」

「あん?」

 

 いや質問しただけでそんな威嚇するような態度はやめて! 怖いから怖いから。

 

「最近雪ノ下に好意を持ってるつーか……雪ノ下の事を好きっていってるやつを知らないか?」

「……好意っつーか告白したやつなら知ってるよ」

「教えてくれ! それ誰なんだ?」

 

 思わず顔を近づけてしまった。川崎は少し顔が赤くなるもそっぽを向いて答える。

 

「3月ぐらいかな……前のクラスの女子が帰ろうとしていた時に昇降口近くの階段で告白現場を見たんだって。でもあっさりフラれたらしくてさ……男子の方は凄い悔しそうな顔をしていたらしいけど」

「そいつ名前わかるか?」

「えーと……確か高杉だっけ?」

 

 高杉か……たかすぎ……すぎ……スギ?

 確かあの動画の投稿者はケヤキだよな……。ケヤキとスギ……。

 無理矢理こじつけたような感じだが可能性としては0ではない。

 

「俺、ちょっと雪ノ下さんと合流するから引き続き探してくれ! 情報ありがとな! 愛してるぜ川崎!」

 

 そう言い捨てて走り出す。雪ノ下さんは確かこの近くで探していたと連絡があったからまだいるはずだ。急いで会わないと。

 ふと後ろから聞き覚えのある物凄い絶叫が聞こえた気がするが何かあったのだろうか。

 




お読みいただきありがとうございました。
ペース的にはこんなところですかね。

このペースで行くと最新刊発売前には終わる予定なので
次のシリーズはそこからですかね。
今後共少しでもお読み頂けたら幸いです。

では


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彼女と彼は素直になりたい Ⅱ

 

「高杉潤平。十七歳。総武高校3年生のバスケットボール部。好きなものは親子丼で嫌いなものは辛いもの。また昆虫が苦手。隼人と同レベルの爽やか系のイケメンなので昔から女の子にはモテて彼女いなかった時期が珍しいくらい。他にも」

「ストップ。もういいです」

 

 名字を教えてからまだ五分も経っていないんだけど。一体どこからその情報を入手したんだろう。

 

「めぐりとか隼人とか他にも一色ちゃんや静ちゃんに聞いたんだよ」

「だから思考読むのやめてください」

 

 今は一刻を争う時ですから。

 雪ノ下さんと合流してひとまずケヤキと思わしき人物である高杉の情報を教えた。最もこいつが犯人である保障はないけどひとまず候補があがっただけでもでかい。

 と、目の前からこちらに向かって走ってくる人物がいる。葉山だ。

 

「二人共一緒にいたのか! よかった!」

 

 はあはあと息を切らしながら話す葉山はかなり焦った様子だった。

 

「繁華街のほうで雪乃ちゃんの写真を見せて、彼女を見なかったか訊いてみたら、さっきカラオケに入ってくのを見かけたって」

 

 嫌な予感がする。それは雪ノ下さんも同じでお互い顔を見合わせた。

 

「隼人。場所はわかる?」

「ああ、案内するから来てくれ」

 

 葉山に連れられて俺達は走り出した。カラオケは走って5分くらいのところにあり、中に入ると最近流行りのBGMと共にざわめいた雰囲気が漂っている。

 

「店員には俺が説明するから比企谷と陽乃さんは二人で部屋を探してくれ」

「わかったわ。じゃあ私は一階を探すから比企谷君は二階を探して」

 

 首を縦に振って、奥にある階段を登った。日曜日なので利用客は多かったが一つ一つ部屋を覗く。ドアはガラス張りなのでおかげで中が見える。

 雪ノ下がこんなところに一人で来るはずがない。考えられるとしたら誰かに誘われてきたとしか考えられない。ただあいつを誘いそうな奴は全員あいつを探してくれている。ということは考えられるのは一人だけだった。

 そんなことを考えてるうちにふと奥の部屋だけ明かりが消えているのが見える。最悪な事態にならないことを願って、部屋に向かって思いっきりドアを開ける。

 

「……無事だったか」

「……比企谷君?」

 

 真っ暗な部屋の中一人雪ノ下はソファに座っていた。よかった、無事だった。呼吸を落ち着かせて口を開く。

 

「なんでこんなところにいるんだ?」

「ケヤキさんに誘われてね……まさか総武高校の人だとは思わなかったわ」

「動画見てる時に気付けよ。ブレザー着てただろ」

「それは……その」

 

 自分の見落とした部分を思い出したのか雪ノ下はそっぽを向いた。何かこないだの俺を拒絶していた時と違って、落ち着いている。

 部屋に入ってドアを閉めると雪ノ下の向かい側のソファに座った。

 

「あなたが歌いにくるなんて明日は地震かしら」

「そうだな……俺が本当に歌いに来たならな。てか高杉はどうした?」

「高杉?」

「あー違う。そのケヤキだ、ケヤキ」

 

 何でケヤキにしたんだよ。杉なんだからスギでよかっただろ。強そうじゃん、花粉症の人には。

 

「さっきお話したら先に帰ると言って帰ってしまったわ……何か余計なことを言ったかしら」

「さあな……」

「そう……それにしても良く私に顔を見せられたものね」

 

 そうだよな……。恐る恐る雪ノ下の顔を見ると向こうも俺の顔を見ていたようで思わず目が合ってしまったので顔を逸らす。だが雪ノ下は逸らさなかった。

 

「私はまだ怒ってるわ、あなたに」

「……ああ。だからきちんと言わせてほしい」

 

 自分がしてしまったこと。そして忘れてしまったことの反省はした。もちろん口では何とでも言えるからそれをどう思うかはこいつ次第だ。

 ただ今はただ頭を下げる。そして言葉を述べる。それが俺にしなきゃいけないことだから。

 

「本当にすまなかった」

 

 隣の部屋の歌声が聞こえてくる。頭を下げているから雪ノ下の顔は見えない。ただ何かを発するまで顔は上げられない。

 

 

「……私はあなたが嘘の告白したことについては本当に許せない。もうそういうことはしないと信じていたから。一色さんが修学旅行の件を知らないとはいえ、やってほしくなかった。だから私は今、あなたのことをどう信じていいかわからない」

 

 一言一言が正直重い言葉だった。一年近く一緒にいてこんなにも空気が重くなり、こんなにも辛い言葉を浴びせられるのは初めてだった。

 

「ここ数日間ずっと考えてたの。私は何であなたのことが好きなのかって。私にとってあなたはどういう存在なのかと。でも答えは見つからなかった。今までならこれまでのことを振り返れば納得できたのにあの告白がそれを壊してしまったの。

 だから私は今……あなたのことを好きと言える自信がないの」

「悪い」

 

 何も言えない。ただ話を聞くことしかできない。俺は何もかもを壊そうとしてしまったのだから言い訳も何もできない。

 その時、部屋のドアが急に開いた。

 

「あらら。二人で仲良くお話中かな?」

「姉さん……何でここに」

「何でここにってそんなの言わなきゃわからない?」

 

 二人は互いを睨むように見ている。何かさらに部屋の空気重くなったような……。

 

「さて雪乃ちゃんはもう話すことない?」

「……ええ」

「そう、じゃあ次は私から雪乃ちゃんに言いたいことあるんだけど」

 

 そう言って部屋のドアを閉めて俺の隣に座ってきた雪ノ下さんは腕を組んで、話し始めた。

 

「ネットで知り合った人に会おうって言われて何の警戒心もなかったの?」

「それは……その」

「それに何かその人の言う通りに動いてたじゃん。雪乃ちゃんは自分で考えて行動するってことをしなかったの?」

「それはあの人のアドバイスで」

「アドバイス? あんなのを信じるなんて雪乃ちゃんは馬鹿なの? 恋愛なんて思い通りに行かないから楽しいのに人に言われるがままに動いて、偽りの自分まで作っちゃうし。ああいう仮面を作らなきゃ比企谷君に素直になれないの?」

 

 次から次へと攻めてくる雪ノ下さんの言葉にいつの間にか雪ノ下は何も言えず、顔を下に向けていた。

 

「そもそもさ、私からしたら何もかもが都合良く考えすぎなんだよね。そりゃ雪乃ちゃんがそうまでしなきゃならないほど比企谷君のことを好きなのはわかるよ。でもそれは恋愛じゃないの。雪乃ちゃんは偽りの自分を好きになってもらおうと頑張ってただけなの。そんなの誰が好きになると思うの?」

「あの……その辺で」

「それにもしケヤキって人が雪乃ちゃんをわざと振られさせて、その弱みに付け込もうとしていたらどうするつもりだったの?こんなところに二人きりで襲われたら無事で済まなかったんだよ?」

 

 俺の言葉も無視して話を続けている。止めなくちゃいけないがいつもより強く言葉を言えない。自分の事じゃないのに俺まで悪い気分だ。

 すると雪ノ下さんはいきなり視線を俺の方へと移した。

 

「だから今回は二人に怒っているよ、私。まあこれからどうするかは私が関与することじゃないから任せるけど今の君達は……本物じゃない。それだけは言えるよ。私、隼人に伝えてくる」

 

 雪ノ下さんは立ち上がれると部屋のドアを開けて、出て行った。

 部屋には俺達二人が残されさっきまで重い空気が当てられていた。

 

「今の君達は……本物じゃない」

 

 確信を持って言われてしまった言葉だがそれは納得せざるを得ない。

 けどそれで黙っているわけにはいかない。だって彼女の言っていることは間違っているから、彼女の言ったことをそのままにしてはいけないから。

 

「雪ノ下」

 

 俺の声に反応してゆっくりと雪ノ下は顔を上げた。明るさはなく、辛そうな表情だった。

 

「お前が俺を信用できないのは俺の責任だ。だから……俺にチャンスをくれないか?」

「……チャンス?」

「これから先の俺を見て……もう一度俺を信じてほしい」

 

 俺の言葉に雪ノ下は黙っていた。当然だ、とんでもないことを言っているのだから。

 

「虫のいい話なのはわかってる。でも俺はお前とこのままの関係でいたくない。またお前と笑って過ごしたい。だから……頼む」

 

 自分で言ってて勝手な話だとはわかってはいる。でももし雪ノ下の中に俺を信じてみようという気持ちがまだ少しでも残っているならその気持ちに頼みたい。過去をなかったことになんか誰にもできない。でも未来の事は誰にもわからないんだからもしチャンスをくれるならそれに応えたい。

 

「……なら私もお願いがあるわ」

「何だ」

「姉さんの言った通り私はあなたに偽りの自分を見せてた。そうすれば素直になれると思って。でもそんな私を好きになってもらっても意味がなかったの。だから私もこれから素直になれるように……頑張るから見てほしいの」

 

 こほんと咳払いして、雪ノ下は話を続けた。

 

「私も都合のいいことを言っているとは思ってるわ。でも私も言われっぱなしは嫌だから」

「俺もだよ。俺もこれから先信用してもらえるように努力をする。だからその何だ……見ててほしい」

「あらやっぱりあなたってナルシストだったの?」

「ちげーよ。つかやっぱりって何だよ」

 

 今までそんなふうに思ってたのかよ。しかし何だかさっきよりかは空気が軽くなった気がした。それにしても人に信じてもらいたいと思ったのは生まれて初めてのことなので正直困惑している。

 でも彼女は言った。素直になりたいと。なら俺も彼女には素直でいるべきだと思う。過去は変えられない、それはまぎれもない事実だ。ただその過去を引きずったままこれから先、生きていくのは間違っている。

 雪ノ下雪乃が素直になりたいと言ってくれたように比企谷八幡も素直になるべきだと思う。そんな関係が出来るようになった時に俺達の関係は本物と呼べる関係になるのかもしれない。

 

 



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彼女と彼は素直になりたい Ⅲ

 

 あれから雪ノ下を家まで送った後、俺も家に帰った……といきたかったが帰る前に公園に寄った。昼間の公園ではなく家から少し離れたところにある公園だ。

 探してもらったお礼と同時に言わなきゃならないことがあるのでそれを伝えに呼び出したのだ。

 しばらくしてからそいつが公園の入口から入ってくるのが見えた。

 

「悪いな、こんな時間に」

「いえいえ。先輩も一日お疲れ様です」

「お前も探してくれたんだろ。お互いお疲れ様だ」

「何か先輩が優しい、怖い」

「お前は俺を何だと思ってるんだ」

 

 相変わらずなご様子で安心した。どうしてもこれから雪ノ下から信用を取り戻すためにはお前に言わなきゃならないことがあるからな。

 

「一色。こないだお前が言ってたことの返事をしたい」

「……はい」

 

 俺の前に立っている一色の表情は変わらなかった。そんな彼女に俺は精一杯声を出した。大声ではない、気持ちの面で。

 

「悪い……もう一度やり直させてくれないか?」

「……は?」

 

 一色の呆れた声が公園に響いた。そりゃそういう反応になるよな。ですのでご説明します。

 一色に今日雪ノ下と話した事と今回の事。そして修学旅行の一件等も含めて関係あることを全て話すと一色は呆れたようにため息を吐いた。

 

「どうしてそんな大事なことを黙っていたんですか……」

「悪い」

「知ったらそんなこと頼まなかったのにー!」

 

 いや本当にごめんなさい。マジで反省はしているので。

 

「でもこれは先輩だけじゃないですね。私も悪いです」

「は? 何でだよ」

「最初に嘘の告白をしろって言ったのは私ですし、それにそれを利用して告白したのも私ですから。だから私も反省しなきゃです……ごめんなさい」

 

 と、一色が頭を下げた。あまりに予想外なので驚いている。

 

「いや言わなかった俺が悪いし、気付かなかった俺が悪いんだ。だから」

「だって先輩は雪ノ下先輩のことを考えていた時に私が依頼したわけなんですから私も悪いです」

「それでも大事なことを気づかなかった俺が悪いんだ」

 

 反省だけで済むことじゃない。どうして自分があんなに嫌悪していたものを忘れていたのか今でも理解できない。いくら雪ノ下の事で悩んでいたいたとはいえそれを言い訳にはできない。

 

「でもそういう事ならわかりました。とりあえずあの告白は一度忘れてください」

「ああ……その」

「先輩はもう何も言わないでください。わかってますから」

 

 そう言って一色は俺に背を向けて公園を出口の方へと歩きだし、出口手前でこちらに振り返った。

 

「じゃあ先輩。また明日」

 

 と、別れの挨拶を言ってあっという間に走って消えてしまった。本当にあいつにも申し訳ないことをした。

 さてこれで終わりじゃない。次に謝らなきゃならない人がいる。奉仕部は俺と雪ノ下だけじゃない、何が起こったか全て説明しないと。

 

「先輩の馬鹿……告白し直したって意味ないじゃん……もう私の負けじゃん……」

 

 

× × ×

 

 

「よっ」

「どうしたの?こんな時間に」

 

 公園から由比ヶ浜のマンションまでは意外と距離があり、思った以上に移動に時間がかかってしまい、時刻は夜十時を回っていた。それでも寝間着姿の由比ヶ浜はマンシュン下で待っててくれて申し訳ない気持ちになった。

 

「その……言いたいことあって」

 

 由比ヶ浜は無言だ。じっと俺の方を見つめるその表情は冷たく、そして怖かった。明らかに俺がこれから謝ろうとしていることを見破られている。

 でも言わなきゃいけない。

 

「本当にすま」

「ちょっと待って」

 

 謝罪の言葉は遮られた。あまりに突然だったので少し頭を下げた状態で顔を上げる。

 

「隼人君から聞いたんだけど……ゆきのん、今日男の人に襲われそうになったって本当?」

「は?」

「え? 違うの?」

「確かに男とカラオケにいたが襲われてないぞ?」

 

 葉山の説明は間違ってないはずだ、多分。だとするとこいつは雪ノ下が高杉と一緒にカラオケにいた→襲われたと勘違いしていることになる。どこをどうしたらそんな勘違いをするのか聞きたいが下手に何か言えばそれこそ謝罪のタイミングを失う。

 

「じゃあヒッキー何で来たの?」

「いや俺はこないだの事を謝ろうと思って」

「え!? ゆきのんを守れなかったことについてを謝ろうとしてたんじゃないの!?」

 

 

 何か話がややこしくなってきたけど結果として俺のせいで高杉を頼ることになってしまったんだからそれに近い。

 とりあえず由比ヶ浜にはこれまでの事を改めて説明して、謝罪をした。由比ヶ浜は驚いていたがすぐに向こうも謝罪をしてくれたので一色同様申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 もちろんこれで終わりではない。俺がやってきたことは帳消しにはできないし、雪ノ下もこれまでの自分の行動を否定されたのだから複雑な気持ちだろう。だからこそこれからが重要だ。由比ヶ浜に別れの言葉を告げた後、俺はマンションを後にしてようやく家に帰れた。これでようやく落ち着け……

 

「お兄ちゃん……聞きたいことあるんだけど」

 

 ないです。きちんと謝罪をして、話が終わったのは午前2時。完全に日付は変わっていた。

 

 

× × ×

 

 

 

「そうだよね……ヒッキーはゆきのん大好きだもんね……でも……諦めたくないよ、私……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 日付変わって月曜日。いつも通り学校に登校すると葉山や三浦、それに戸塚や川崎にも質問攻めを食らったのでとりあえず雪ノ下との約束した事は伏せて、それ以外をきちんと説明した。葉山は俺の事を終始睨んでいたが俺は一度も顔を合せなかった。

 そして放課後を迎えていつも通り部室へ向かう。昨日の今日でさっそくどういう風に振る舞えばいいかわからない。そもそも改めて考えると雪ノ下って俺の事好きなんだよな。嘘とかじゃなくて。いや友達超えてそういう恋愛対象に見られていたことがびっくりで何も言えない。

 部室の扉の前に立ち、大きく深呼吸をする。よし、行けそうだ。

 

 

「うす」

「あ……こんにちは」

 

 雪ノ下はいつも通りいたが何か様子がおかしい。って当たり前か……。

 席について、本を取り出す。雪ノ下の方を見ると向こうも本を読んでいるようだがちらちらとこちらを見ている。

 

「……何だ?」

「あ!い、いやその……何でもないわ」

「そうか……」

 

 

 何だ、これ。すげえ違和感感じる。こんなにそわそわしている雪ノ下見たことないし、今まで積極的だった分、余計に変だ。

 まあそう簡単には素直になれないだろうし、そもそも素直になるって具体的にはどういう感じなんだ?

 そんな考えの最中、雪ノ下が口を開いた。

 

「ひ、比企谷君。その……昨日帰ってからクッキーを作ったんだけど……た、食べないかしら?」

「あ、ああ。じゃあ……もらっていいか?」

 

 

 なんでこんなに動揺してるんだよ。雪ノ下は木皿にクッキーを移して、俺の方へと差し出した。

 

「その……お口に合うかわからないけど……」

 

 そんな雪ノ下の言葉を聞きながら一口食べる。もちろんそれがまずいわけではなく、前に食べたクッキーのように俺は感想を口にする。

 

「うまいな」

「……ありがと」

 

 嬉しかったのか雪ノ下は優しく微笑んでいた。そして改めて気づいた事がある。

 雪ノ下雪乃ってこんなに可愛く笑うんだなと……。

 

「やっはろー! あ! それってゆきのんの手作り?いいなー! ずるいよ、ヒッキーだけ!」

「由比ヶ浜さんの分もあるから安心して」

「本当!? やったー! ありがとゆきのん」

「ちょ……由比ヶ浜さん、暑いからくっつくのは……」

 

 気付けば三人とも笑っていて、その声は教室中に響いていた。

 何だかいつもよりも騒がしいがそれでもこの教室でこんなにも心を落ち着かせて笑うことができたのは久しぶりな気がした。

 それから材木座が来ていつも通り原稿を見たり、一色が手伝いを頼みに来たりといつも通りの部活で時間はあっという間に過ぎて、部活は終了した。

 雪ノ下と由比ヶ浜と別れて、そのまま家に帰ろうとするとポケットにしまってある携帯から振動を感じる。取り出すと一通のメールが来ていた。

 

『雪ノ下です。由比ヶ浜さんからメールアドレスを教えてもらいました。あと最近流行りのLINEというSNSのアカウントも作ったのでもし比企谷君もやっていたら登録してください。ではまた明日』

 

 

 出会ってから一年以上経つのにようやく彼女の連絡先を知ることが出来た。少し嬉しいテンションを抑えきれないのかすぐにアドレスを登録して、LINEもインストールした。

 

 

『俺だ、登録頼む』

『……誰?』

『いや比企谷』

『誰?』

『おい……』

『冗談よ、連絡くれてありがとう。嬉しいわ』

 

 嬉しいと言われた。液晶越しの会話だがあの雪ノ下雪乃が連絡くれて嬉しいと言ってくれたのだ。

 その日は気分よく雪ノ下とそのまま連絡を続けて、ぐっすり寝れた。

 早く明日雪ノ下と会えないかな。気付けばそんな風に考えてしまっていた。

 

 

 

 

 



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それでもはっきりさせたいこと Ⅰ

 

「さてお兄ちゃん。何で呼び出されたかお分かりでしょうか?」

「いや……全く持って検討が」

「つかないとは言わせないよ」

 

 

 

まあ予想はつくようでつかないような……。

 あれから数週間、数か月と経ち、ついに夏休み目前となった七月の中旬。この日も夏期講習の申し込みを終えて、その後雪ノ下の家でご飯を食べて、雪ノ下と話して、先程家に帰宅してきたばかり。あ、ちなみに雪ノ下と付き合ってないです。

 つまり小町が言いたいのはそういうことなのだ。

 

「そもそもお兄ちゃんは一週間にどれくらいの間、雪乃さん家に行っているか知ってる?」

「まあ……ちょっとだけ」

「週3で行ってて、おまけに金曜日か土曜日に行くときは必ずと言っていいほど泊まってるよね?」

「それは勉強教わってたら日付変わるぎりぎりだったし」

「毎週ぎりぎりまで教わってるんだ?」

 

 

 くっ! この妹は相変わらず痛い所をついてくる。いや俺も帰ろうとはしたんだけどあいつが泊まって行けば明日も朝から勉強を教えられるって言うし……寝室が一緒なのはまずい気がするけど。

 

「いい加減はっきりさせなよ! お兄ちゃんが雪乃さんとラブラブしてるせいで結衣さんもいろはさんも困ってるんだよ!?」

「ラブラブって……あいつらの前では別にそんな風にはしてないし……それに何で由比ヶ浜が困ってるんだよ」

「まだわからないの……それにしてないつもりでもそういうのわかっちゃうの!」

 

 言い終えて小町は深くため息を吐いた。てかもう日付変わるから寝ようよ。明日も学校なんだけど。

 

「小町はお兄ちゃんの味方だけどさぁ……そろそろはっきりさせるべきなんじゃないかと思うんだよね」

「それはわかってるけどさ……一応俺達の願いが叶ってない以上まだ付き合うわけには行かないし」

「うーん……もう十分だと思うんだけどな」

 

 十分だと思えているのはあくまで第三者目線だからだろうな。

 というより約束が果たせているのかはわからないのだ。信用を取り戻すというのはあくまで俺があいつにお願いした事、そしてあいつは自分が素直になれるように頑張るから見てほしいというお願いをした。

 個人的には雪ノ下の方のお願いはすでに叶っていると思う。お互い会ったりすると緊張はするけどコミニケーションを取る機会は前より多くなったし、お互い素直に話せるようにはなったと思ってる。

 だがあくまで雪ノ下の願いだ。俺の願いが叶っているのかはあいつが決めることなのだから俺が決めるわけには行かない。それにあの時自分がしてしまったことで失ったものを取り戻すのは簡単じゃない。

 

「さて……お兄ちゃんに言いたいことも言ったし、もう寝ようかな」

 

 目を擦りながら小町は立ち上がって、ドアの方へと歩き出す。ドアノブを握って開けるとこちらに振り向いて小さく微笑んだ。

 

「おやすみ、お兄ちゃん」

「おやすみ」

 

 妹の姿が完全に消えたのを確認して、重い体を起こして立ち上がると俺もリビングを出て、自分の部屋へと戻って行く。

 小町が言っていた通り、このままじゃいけない。俺と雪ノ下の関係をきちんと明確にしなければ余計に悲しませる人がいるから。けど一つだけ引っかかる、というより不思議に思ってることがある。

 俺は雪ノ下雪乃の事が好きなのだろうか。何を今更と思うかもしれないが俺は過去に好きな人に振られ、それをバラされて苦い思いをしてきた。だから人を簡単に信じないし、ましてや人を好きになるなんて無理だと思っていた。

 そんな俺が彼女達と一緒に学校生活を共にしていくうちに人を信用できるようになってきたし、何よりかけがえのない何かを手に入れることができたと思っていた。でもそれを俺は壊してしまい、全てが台無しになってしまった。

 そこから立ち上がって今に至る。俺も彼女もお互い距離感を掴もうと必死だった。でも二人で過ごしていくうちにだんだんとそれが見えて来て、そのうち二人でいることが当たり前だったし、彼女と会わない日が嫌になっていた。

 これだけわかっているなら最初から疑問に思う必要もなかったけどそれでも面と向かって彼女の事を好きと言える自信が今の俺にあるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで三年生は夏の間は受験勉強ということで。依頼が来た場合は小町さん達に任せるということでいいかしら?」

「いいんじゃねえの?」

「私もさんせー!」

「皆さんのご期待に応えられるように頑張ります!」

 

 小町が敬礼のポーズを取って応える。奉仕部の教室は今日もにぎやかだ。

 

 

「じゃあ連絡事項はこれで終わり。私は用事あるので先に帰るから戸締りお願いしてもいいかしら?」

「はい! 任せてください」

「そう、じゃあお先に失礼するわ」

「お疲れーゆきのんー」

「お疲れさん」

 

 雪ノ下は足早に教室から出て行った。何でも今日は実家に帰り、家族で食事だそうだ。あの一件については家族には黙っているらしく、姉である雪ノ下さんも話してはいないが、

 

「それでも雪乃ちゃんは何かあれば実家に帰ってくること。無論みんなでご飯とか食べに行こうってなれば絶対帰ってくるんだよ?」

 

 と、脅さ……言われているらしく今日は急いで帰らないといけないらしい。

 まあ奉仕部も最近加入が決まった小町や川崎大志、その他数名いるので俺達三年が関わる機会ももうなくなっている。俺も荷物を鞄にしまい、立ち上がって教室から出ようとした。

 

「ヒッキーヒッキー」

「ん? 何だ?」

「今日って……この後暇?」

「まあ暇だけど……」

 

 答えると由比ヶ浜は俺の顔に近づき、小町達には聞こえない声のトーンで話す。

 

 

「これからその……私に付き合ってほしいんだけどいいかな?」

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

「二人でどこか出かけるのってお正月以来だね」

「そうだな」

 

 成り行きで行くことにはなったが元々今日は一人でご飯食べて帰る予定なのだから構わない。それに最近は雪ノ下ばかりでこいつと話す時間はなかったのだから。

 

「それで? どこに行きたいんだ?」

「うーん特に希望っていう希望はないんだけど一緒に行きたいところがあるからさ」

「…..まあどこでも構わないけどあんまり金がかかりそうなところは勘弁な」

「へーき、へーき!」

 

 そう笑うと由比ヶ浜は俺の手を左手をぎゅっと握ってきた。温かい感触が伝わり、思わず顔が赤くなる。

 

「お、おい!」

「今日くらいいーじゃん、いーじゃん! デートなんだから!」

 

 

 子供のように無邪気にはしゃぐ彼女を見て、諦めた。

 どーせ何もないんだから思いっきり付き合うとしよう。というよりこんなにも笑顔な彼女を見て、断ろうとする男がいれば多分それは本物の馬鹿としか言いようがないくらい見る目がない男だろうな。

 

 

 



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それでもはっきりさせたいこと Ⅱ

 

 

「少し足伸ばしても大丈夫?」

「大丈夫だけど……どこに行くんだ?」

「内緒」

 

 と、行先を教えない彼女は笑っていた。学校から出た後、電車に乗って東京方面へと向かい、途中で別の路線に乗り換えて数分。夏と冬に行われる大きいイベントの最寄り駅を通り過ぎたところで俺達は降りた。

 

「……台場?」

「うん! お台場だよ!」

 

 

 いやそんな自信満々に言われてもね……。千葉とは違って、まさに都会とも言うべき近代感がある。ゆりかもめとかまさにそうだろ? 千葉にもモノレールあるけどさ。

 

「で、どこ行くんだ?」

「えーとね、こっち!」

 

 手を引かれて連れて行かれた場所はお台場でも有名なテーマパークで室内にあるらしいドラマや映画をモチーフとしたアトラクションやお馴染みのゲームセンター。その他限定カフェ等があり、平日だと言うのに人もそこそこいる。というか……。

 

「なんか……カップルが多いような……」

「あれ? 言わなかったっけ? 今日カップルデーでチケット代が安くなってるんだよ」

 

 あ、そうなのね。だから俺を連れてきたと……。つまり今日はこいつの彼氏(仮)みたいなことになってるのか。

 

「んーじゃあね……まずはここ!」

 

 と、由比ヶ浜が指を指した先は室内コースターの一つ。何でも回転するタイプのコースターらしいが季節やイベントによって仕様が変わるらしく、毎回楽しむことができるそうだ。

 幸い人がいるとは言っても平日。列に並ぶもすぐに乗り場が見えてくる。

 

 

「そういえば前にランド行った時も思ったけど、ヒッキーってこういうの平気だよね」

「小町がこういうの好きだから遊びに行かされた時に二人で乗ることが多くてな。だからいつの間にか慣れてた」

「ふーん……ランドと言えば前にみんなで行った時、ゆきのんと二人で乗ったんだよね」

「あ、ああ」

 

 あれ? その話したっけ? 雪ノ下が話したのか?

 

 

「あ、ほら次だよ」

「おう」

 

 二列の座席なので先に乗ると由比ヶ浜が続いて乗ってくる。動き出すと音楽と共に辺り一面が光り出して進んでいく。スピードはゆっくりなのでここは周りの景色を楽しむといったところか。

 

「ねえヒッキー」

「ん?」

「…….なんでもなーい。へへ」

 

 彼女の笑った笑顔を見れたのは急にスピードが速くなる直前のほんの一瞬だったがそれでもいきなり笑った彼女の笑顔は何故か嬉しい。

 

「あー楽しかった」

「少し……回り過ぎじゃね?」

 

 

 気持ち悪くならない方がおかしいと思うこれ。後半ずっと回ってしかもスピードがどんどん速くなっていくのはまずいだろ。こういう系アトラクションは苦手だと俺のプロフィールがまた一つ更新されたな。

 

「大丈夫? 休む?」

「いや……大丈夫だ。で、次はどうすんだ?」

「うーんそうだな……じゃあ次はあっちかな」

 

 上の階に上がってて適当に進むと推理系のアトラクションを見つけ、そこに並ぶことにした。どうやら部屋がいくつかあるらしく、部屋ごとに問題を出され、正解できれば進み、間違ってればその場で失格というゲームだった。

 思った以上に並んでおり、なかなか進まない。ので由比ヶ浜に声をかけてみる。

 

「そーいえばお前夏休みってどうすんだ?」

「え!?……あーな、夏休みね」

「あ、うん。聞いちゃまずいかったか?」

「いや! 別に! 何かヒッキーがそういうこと聞いてくるの珍しいからびっくりしちゃって」

 

 まあそりゃあな。人の予定に興味ない人だし。ただあまりにも暇で、真っ先に思いついたのが夏休みだったからな。

 

「うーんとね、一応夏期講習に行く予定……ぐらいかな。今のところは」

「三浦達と遊びに行かないのか?」

「みんな勉強で忙しいって。姫菜も色々何かお盆近くの時期にイベントがあるらしくて忙しいんだって」

 

 間違いなく隣の駅にあるあそこのイベントですね、はい。もうそんな時期かー材木座にまた頼まないとな。

 

「だから今のところはないかな。ヒッキーは?」

「俺も夏期講習ぐらいかな」

 

 本当は雪ノ下とどっか行かないか話しているのだがそれは黙っておこう。何か色々聞かれそうだし。

 すると由比ヶ浜が何か思いついたかのか口を開いた。

 

「そしたらさ……みんなで旅行行かない?」

「みんな?」

「私とヒッキーとゆきのんで!」

「……えーと待て。色々問題あるだろ?」

「何が?」

 

 いや何がってあーた。

 

「まず女二人、男一人で旅行行くこと。それにこの夏の時期に旅行は親から簡単に許可貰えるわけないだろ? あとお金もそんなにないし……」

「ヒッキーいても平気だよ? むしろいてくれたほうが何か会った時頼りになるし。それにママからは思い出作りなさいって言われてるから大丈夫だし、お金は……何とかするし」

「うーん……つかそれって日帰り?」

「えー! 泊まりで行こうよ?」

「……部屋が二つ必要になるんだが」

「何で? 一つあればいいでしょ?」

 

 だから着替えとか寝る時とかどうすんだよ。まあこの子の場合平然と着替えそうだし、俺が隣にいても寝そうだけど。んでその様子を見てると雪ノ下から睨まれ、朝まで外に放り出されるところまで想像できる。

 まあ行きたいか行きたくないかで言えば……行きたいし、由比ヶ浜もさっきから上目使いでこっち見てるし……。

 

「駄目?」

「……雪ノ下と相談して決めてくれ」

 

 親父達に何て言おうかな…….。少なくとも小町は早めに気付かれるだろうから俺の口から先に言っといた方が変に疑われずに済むかもしれないし。

 

「あ、ヒッキー次だよ」

 

 

 いつの間にか順番が来ていたのでそのまま中に入る。それにしても旅行かぁ……はぁ……。

 

 

× × ×

 

 

 

「うーん楽しかった!」

「あ、ああ……疲れた」

 

 

 久々に遊んだせいか結構疲れた。てかあんなにアトラクション回ってもにこにこしているこいつは本当に何者……。

 

「さてと……ヒッキーまだ時間は平気?」

「ああ。てかお前こそ平気なのか?」

「ママから許可もらってるから遅くなっても大丈夫だよー」

 

 娘に優しいんだな、どの家も。息子には厳しいけどね。

 時刻は夜八時を回っており、ここから家に帰るには遅くとも九時には出ないといけない。

 

 

「じゃあヒッキー……最後に付き合ってほしいところあるんだけど?」

「いいぞ。どこいけばいい?」

「こっちこっち」

 

 再び由比ヶ浜につれてかれ、歩いていくと砂浜にたどりついた。ちょうど先程のテーマパークから目と鼻の先にある場所なのですぐに着いた。進んでいくとベンチを見つけたので並んで座った。座ったところで視界に入ってきたのは東京湾と光っている遊覧船と都心の夜景が一望できた。綺麗な景色だがあの光の先には未だに家に帰れない社畜がいると思うと何だか複雑な気持ちになる。

 

 

「今日はありがとね」

「へ?」

「いやさ……急に誘ったのに来てくれて」

「いや俺も暇だったし……カップルデーとやらが今日だったのが悪いんだし。まあ俺じゃなくてもよかったかもしれないけど」

「ううん。私は……ヒッキーと一緒がよかったよ。他の人とじゃなくて、ヒッキーと一緒に来たかったから誘ったんだよ?」

 

 お互いの視線は真っ直ぐ向いていて、互いを向き合うことはない。きっと表情を見たら色々思ってしまうことがあるだろうから。

 

「最近さ……ゆきのんといて楽しそうだよね」

「……ああ」

「この間もさ、二人で一緒にカフェいるところ見たし、小町ちゃんに聞いたらヒッキーがゆきのんの家に泊まりに行ってるって言ってたし」

「……ああ」

「……好きなの? ゆきのんのこと」

「……はっきりとは言えない。でも好きか嫌いかで言えば……好きかもしれない」

「そっか」

 

 諦めがついたような声でふうとため息を吐いた彼女は立ち上がると俺の前に立ち、えへへとさっきまで見せた笑顔を見せて、口を開いた。

 

「ヒッキー」

「何だ?」

「……聞いてほしいことがあるんだけどいいかな?」

「ああ」

 

 座って聞くのは失礼だ。立ち上がって由比ヶ浜の横に立ち、彼女の方を見る。彼女の表情はだんだんと無理に笑顔を作っていて、今にも泣き出しそうな表情で見てるこっちが辛い。でも目を逸らしてはいけない。これから彼女が言おうとしていることは想像がつく。

 だからそれをしっかりと聞かなきゃいけない。

「あのね……」

 

 息を飲んで、覚悟を決める。俺が言う訳じゃないのになんでこんなに緊張しているんだろうか。きっとそれは相手がこいつだから。由比ヶ浜結衣だから緊張を隠せないんだと思う。

 

 

「私はヒッキーのことが......ううん。比企谷八幡君の事が好きです。私と付き合ってくれますか?」

 

 

 

 そして緩やかな笑顔を見せた。その笑顔は信頼や友情、感謝、そしてずっとずっと思ってきた想いを秘めた笑顔でこんなにも可愛いんだと心から思う。

 由比ヶ浜結衣は可愛い女の子で明るい女の子だ。けどそんなの当たり前の事で今までちゃんと意識したことはなかったけどこんなにも可愛い女の子だったんだと。一緒に過ごしてきた部員はこんなに可愛い女の子だったんだと。

 そんな可愛い彼女を振る男なんて本当に馬鹿だと思うし、見る目がないっていうレベルじゃないと思う。女に興味がないか……他に好きな人がいるかのどっちかだ。

 だから俺は素直に思ったことを口にした。

 

 

「ありがとう。お前からそういうふうに思ってくれてたのはびっくりだし、なんつーか……嬉しい」

「ありがと。じゃあヒッキー聞かせて」

 

 言わなきゃ駄目なのか? 

 その言葉を言い出せない。この答えから逃げ出したい。でも彼女は、

 

「もうわかってる。わかってるから早く言って……ね?」

 

 覚悟を決めていたのだ。だから俺が逃げ出すわけには行かない。

 はっきりさせなきゃいけないからだ。

 

「……ごめん」

「……あーあ。失恋しちゃった。自分で告白なんて初めてだから緊張して言ったのにフラれちゃったなー」

 

 あははと笑っている彼女が無理してしゃべっているのも知ってる。知ってるけど俺が声をかければきっと余計に傷つけちゃうから。

 

 

「ちなみにさ……もう一度聞いていい?」

「……何だ」

「ゆきのんの事好き?」

 

 

 

 

「……好きだ」

 

 

 

 

 

 






報告のみですが俺ガイルの発売が延期ということで少し話が伸びることになりました。
今後共温かい目でお読み頂ければ幸いです。

では


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それでもはっきりさせたいこと Ⅲ

「そっか……なんか安心した」

「安心?」

「だってここでゆきのんのことをまだ好きじゃないとか言い出したら、さすがに鈍感とかっていう話じゃないだろうし」

 

 笑いながら話す彼女の表情は明るかった。でもいつも学校で見る彼女の表情とは違った。無理に笑っているのは誰が見ても明らかで目を逸らしそうになるけどこれは俺が犯した報いなんだ。

 何故なら俺はこんなにも可愛い女の子を振ってしまったのだから。可愛くて、人辺りが良くて、周りをしっかりと見て、それでいて優しい女の子を振ってしまったのだから目を逸らしてはいけない。

 由比ヶ浜結衣がどういう性格で、何が好きで、何が嫌いなのかも知っている。彼女と一緒に旅行にも行ったし、文化祭も話したり、俺と雪ノ下の間にはこいつの存在がなくてはならないのだ。そんな彼女は告白したんだ。俺に。比企谷八幡に。学校中の嫌われ者で他人よりも一人でいることに慣れていると強がってて、他人の為なら平気で自分を犠牲にする俺は彼女は怒ってくれて、泣いてくれて、そして……好きと言ってくれたんだ。

 何度でも言う、この事実を。由比ヶ浜結衣は比企谷八幡に告白し、比企谷八幡はそれを断ったと。

 

 

「さーてじゃあかえろっか」

「ああ」

 

 それから駅に向かって、電車に乗り、俺達はそれぞれの家へと帰って行った。電車に乗ってる間も一言も話さず、別れ際も「じゃあね」の一言だけ。最もこんな状況で何をどう言えばいいのかわからないし、今日起きた出来事を思い返しても未だに信じられない。

 由比ヶ浜結衣が俺の事を好きだった。その事実だけでも頭が混乱する。今までそういう雰囲気はあったものの、期待すれば、違う時のショックがでかいと思って期待はしなかった。それにここ最近は雪ノ下の事で頭がいっぱいで他の事に目をくれてやれるほど余裕はなかった。

 てか落ち着いて考えてみろ。4月に入ってからなんか俺、おかしくね?

 雪ノ下に由比ヶ浜、それに一色からも好きって言われてる。何これ? ハーレム系主人公目指してないし、築く予定もないよ?

 まあ信じられないだろうか事実だし、俺はその事を受け止めなきゃいけない。ドッキリとかではなく、本気で俺の事を好きになってくれた彼女達に申し訳ないからな。

 そう考えてると俺は一人の女の子のことを思い出す。その子との出会いはあの修学旅行で俺達の関係がすれ違っていた時、彼女はやってきた。それから何かと俺を引っ張り出して、仕事を押し付けたり、時にそれは奉仕部を巻き込むこともあった。

 でもあいつは言っていた。

 

「私はずっと頼りっぱなしでした。正直最初は生徒会の仕事を手伝ってほしくて、先輩にあざとく接したりしてました。でも一緒に仕事していくうちに先輩と一緒にいる時間が楽しくて、そのうち先輩と一緒にいたいから仕事をお願いするようになりました」

 

 

 俺はベットに転がって、小さくため息を吐く。そして携帯を取り出して、LINEを開くと履歴からその名前を見つけて、メッセージを送る。

 

 

 

『夜遅くに悪い。あのさ、夏休みに入ったら暇な日あるか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せんぱーい! こっちですよー!」

「ほーい……」

 

 朝っぱらからテンション高い後輩は目の前にあるビーチに向かって走って行った。天気はあいにくの晴れ。残念ながら海になって、クーラーの効いた涼しい場所に行こうという俺の期待は打ち砕かれてしまった。

 夏休み入って数日経ったある日。一色と共に海に来ている。もちろん俺が行きたいって言う訳がない、一色の希望である。

 

「先輩の高校最後の夏の思い出作りに協力してあげますよー! とりあえず夏と言ったら海じゃないですか? てなわけで海行きましょー!」

 

 

 と、強引に押し切られ、朝から電車に乗って今しがた着いたばかりだ。

 

「じゃあ先輩。先に着替えに行ってくるんで、適当に場所取りよろしくです」

「ああ。その辺探しとくわ」

「よろしくですー」

 

 海開きを開いているビーチということもあり、更衣室や海の家。また近くにホテルがあるのでマリンスポーツ等も行えるとのことだった。もちろんそれだけの設備が整っているのなら、当然利用客も多く、まだ朝九時だと言うのにすでに砂浜は人で溢れており、至る所にレジャーシートとビーチパラソルがある。

 それでもなんとか端の端まで行くと比較的空いているところは多く、レジャーシートを広げ、一色を待つこと数分。

 

「お待たせしましたー」

 

 着替え終わった彼女がやってきた。チョイスしてきた水色のビキニは白い肌に良く似合う。ちょっと控えめな感じがするがそれでも周囲の男性から注目を浴びているので俺まで見られてる気がして気まずい。

 

「どうですか? 先輩」

 

 当の本人はそんなこと気にしている様子もなく、くるっと一回転する。楽しそうな彼女はえへへと笑っていた。

 

「まあ……いいんじゃねえの」

「へへへ……先輩が好きそうなの選んだんですよ?」

「そうなのね……まあありがと」

「どういたしまして」

 

 本人が喜んでいるのでいいとしよう。一色が来たので俺も更衣室へ行き、水着に着替え戻るとさっそく泳ぎに海へと向かう。

 

「そういえば先輩って泳げるんですか?」

「そりゃあな。小学校の頃はプールの時間に潜水して、楽しそうに話しているクラスメイトにバレないように手水鉄砲で顔に水をかけたりしてた。あのスナイパー気分は最高だったな……」

「悲しい遊びをしてたんですね……」

 

 ちなみに潜水時間が長すぎて、人扱いされず、しばらくは周りの奴らから妖怪比企谷としていじめられていたのは内緒。

 緩やかな波に足をつけると冷たい感触がするがそれを堪えて、少しずつ海の中に入ってく。そーっと、そーっと。

 

「うわー気持ちいい。先輩、もっと沖まで行きましょう!」

「いやあんまり遠いとお前の身長じゃ足つかなくて、溺れるんじゃ」

「だったら先輩に捕まるんでいいですよー」

 

 そう言って、俺の手を引いて、どんどん沖の方へと進んでいく。そりゃあもうぐいぐいと。すぐに水深は深くなり、ビーチが遠のいていく。

 

「おいどこまで行くんだよ」

「どうせなら行けるところまで行きたいじゃないですか……つっ!」

 

 

 急に一色の動きが止まった。様子を見ると足の指を手で押さえており、痛がっている様子だった。

 

「足をつったか?」

「はい……」

「だから言わんこっちゃない……戻るぞ」

「いえ……ここからは先輩の番です」

 

 俺の番? と、言おうとした時、急に一色はおれの首に手を回して、しがみついてきた。当然体は密着しているので胸も当たっているし、何か足も腹のあたりの絡めて来てる。海の中じゃなければちょっと間抜けな感じになってるかもしれない。

 

「先輩の身体って絡みやすいですね。てか細くないですか?」

「これでも自転車通勤で少しは鍛えてるはずなんだかな」

「まあその辺はあとで聞くのでブイのところまでれっつごーです!」

 

 はいはい……。言われるがままに進んで行く。ブイの近くには人はおらず、ビーチにいるライフガードが望遠鏡越しにこちらを見ているのが遠目からでもわかる。なのでさっさとブイのところに行って、とっとと戻ろう。一心不乱に進むが一色がしがみついているので胸が当たる感触や顔が近くにあるのが見えるとつい意識してしまい、思わず足を止めそうになる。

 

「先輩、あと少しですよ」

「わかってる……はいついた」

 

 

 ブイに捕まってひとまず落ち着いた。途中で足がつりそうにはなったが案外行けたもんだ。ブイから見る海はビーチから見る海とはまた違って、海がどれだけ広いかを認識させてくれる。水平線の先は肉眼では確認できず、海の広さと深さ、そして何だか引き込まれそうになる怖さを感じる。

 

 

「さてそれじゃあようやくお話できますね」

「え?」

「ビーチでお話したらうるさいじゃないですか。だからわざわざここまで来たんですよ?」

「話す?」

「だって話すことがあるから、デートに誘ってくれたんですよね?」

 

 首を小さく傾げてこちらに聞いてくる一色は髪が塩水で濡れ、未だに俺にしがみついてるから肌の感触を感じられ、それでいて上目使いで聞いてきている。

 ここまでの演出も計算のうちか? と一瞬考えるもそんなはずないと思い込んでしっかりと一色の顔を見る。

 

 

「それじゃあ私から聞きたいことを聞いてもいいですか?」

「ああ」

 

 波に揺れながらもブイに捕まっているから溺れる心配はない。もしかしたらライフガードが勘違いしてくるかもしれないがその時はその時だ。今はこの静寂な場に連れて来てくれたので話すことに集中しよう。

 

「単刀直入に聞きますけど雪ノ下先輩の事、好きなんですか?」

「ああ」

 

 以前とは違って、きっぱり答えた。今更恥ずかしがることじゃないし、それに気付かせてくれた親友の為にもちゃんと答えるのが筋だと思ったからだ。

 

「はあーやっぱりかー。予想していたとは言え、なかなかストレートに言われると傷つくなぁ」

「ご、ごめん」

「そうやって謝られると余計に傷つくんでNGですよ、先輩」

 

 むっとした表情でこちらを睨んでくるので思わず動揺する。さすがに誤魔化すのはまずいと思ったから、ちゃんと言ったけどそれもまずかったの? こういう時なんといえばいいんだろうか……。

 

「で、結衣先輩はどうするんですか?」

「ああ。由比ヶ浜に関してだがこの前告白された」

 

 あっさりと答える。衝撃的な事実を。一色はへ?とわけのわからない顔をしているがすぐに我に返って、

 

「はあ!? どういうことですか!? 何があったか全部話してください! ぜ・ん・ぶ!」

「わかった、わかった…..」

 

 それから俺はお台場での出来事を一つ一つ丁寧に説明した。アトラクションに乗ったことや待ち時間に話したこと。それから砂浜で告白に至るまでどういうことを話したのかを。

気付けばあの日の出来事をほとんど話しており、聞いている一色もだんだん真面目な顔でそれでいて途中から目を逸らしながら聞いてくれていた。

 

「まあなんだ。あいつのおかげで雪ノ下が好きってことも認識できたし、本当に感謝してるんだ」

「……ふう。結衣先輩、本当に頑張ったんだなぁ」

 

 空を見上げながら、いないはずの由比ヶ浜に語るように一色は呟いていた。

 

「先輩」

「何だ?」

「好きですよ、私。先輩の事」

「……知ってる」

「ありがとうございます」

 

 

 

 波に揺られながらの会話はそれ以上することなく、俺達はライフガードの人がブイの所まで来る間、ひたすら空を眺めていた。

 

 



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それでもはっきりさせたいこと IV

「先輩、先輩」

「何だ?」

「お腹すきませんか?」

「まあ……少しは」

「実はですね……」

 

 一色が鞄から取り出したのはピンク色の布で包まれた二重になってる弁当箱だった。そういえばこいつ料理はどちらと言えば得意な方なんだよな……。

 

「急いで作ったんであんまり凄いものじゃないですけどね」

「いや別に……作ってくれただけでありがたいし」

「……っ!」

 

 一色は顔を赤くしながら視線を逸らした。いや自分で言っといてあれなんだけど、俺も恥ずかしい。てか女の子が弁当作ってくれたってだけで結構嬉しいんだよな。

 

「え、えーと……とりあえずどーぞ!」

「あ、ああ。いただきます……」

 

 恥ずかしながらも箸を受け取って、さっそく蓋を開ける。からあげに卵焼き。それに懐かしいウインナー。もう一つの箱は具材盛り沢山の焼きそばであり、海らしい。

 とりあえず卵焼きを口に運んでみる。

 

「ど、どうですか?」

「……甘いな。そしてこれめっちゃうま! なんだこれ!?」

「お、おいしいですか? 先輩、甘いのが好きだから、いつもより甘めに作ってみたんですけど」

「いやかなり美味しいわ、これ。ありがとな」

 

 思わず笑みがこぼれるくらい美味しかった。さっきまでの海の会話を忘れたかのように笑えるくらいなんだから。

 

「好きですよ、私。先輩の事」

 

 好き……か。そもそも好きっていうのはなんなのだろうか。相手の事を常に考えたり、自分以外の人と話してたりすると嫉妬したり、自分だけの物にしたいと考えることなのだろうか。

 昔、好きになった女子には振られて、その事はすぐにクラスに知れ渡っており、そして失望した。つまり人を好きになるということは誰かが傷つくことが前提の行為なのだ。それがどういう経緯で傷つくかは人それぞれだし、もしかしたら傷つかないで平和に終わるかもしれない。でももし平和に終わらせることができるなら、是非とも方法を教えてほしい。

 由比ヶ浜を振ったことで少なからず俺にも思うものはある。そして今日だって目の前の後輩の期待を壊しにきているのだから。

 

 

「なあ一色」

「何ですか?」

「……なんでもない」

 

 

 不思議そうにこちらを見る彼女は可愛かった。会ってからまだ一年も経っていないのにどうしてこの子は俺を好きになってしまったのだろう。初めは葉山の事が好きで、俺に協力を求めてきたただの恋する女の子の一人だった。けどそれは時間が進むごとに変わってしまい、こんな俺なんかを好きになってくれたのだ。

 だけど俺は好きなんだ。一色いろはではなくて、あいつが好きなんだ。好きという想いを自分なりに伝えようとして、失敗して、けど諦めずに頑張って……。

 

 

 そうだ、俺は雪ノ下雪乃に信じてもらいたいし、好きになってほしいんだ。

 

 

 

「さてと……先輩、先輩」

「ん?」

「私、飲み物買ってきますけど何かいります?」

「あー任せる。冷えたマッ缶あるならそれで」

「ないですよ、そんなの。適当に買ってきますね」

 

 呆れながらもそれでいて口元は笑っている彼女は海の家へと向かって行った。その様子を遠目から見ながら、思わず笑みがこぼれてしまう。

 思えばこんな未来もあったのかもしれない。俺が雪ノ下ではなく、一色を好きになって、両想いになって、こうして海に遊びに来ていたのかもしれない。先輩と後輩という関係ではなく、恋人として。

 

「いやあのそういうのまじ困るんで」

「違うんだって! 別に俺達ナンパとかじゃないし!? ただ声をかけただけなんだけどー!?」

 

 ふと我に帰ると一色の声が聞こえる。声のする方に向くと、缶ジュースを二本持った一色が三人組の男に絡まれている。男達は笑いながら話している様子で、一色の顔色を伺っている様子もない。つまり自分達だけが楽しんでいる様子なのだ。

 ってそんなふうに考えている場合じゃない。立ち上がって一色の元へ駆け寄っていく。

 

「遅い。どんだけ待たせんだ」

「あ……先輩」

「いいからいくぞ」

 

 さっさと離れようと一色をの手を握って、その場から離れようとするが、

 

「おいおいおいおい。先に話しかけたのこっちなんですけどぉ?」

「あーすいません。こいつ俺の連れなんで」

「いやいや。そういうのいいから」

 

 リーダー格と思われるがたいのいい男は立ちふさがるように目の前に立ち、その様子を他の二人はニヤニヤしながら見ている。

 

「とりあえず君、彼氏? まあ彼氏じゃなくてもいいけどさー邪魔だからどっか行ってくれない?」

「あーまあその辺は想像に任せますけど一応後輩なんで」

「いやだからさー」

 

 あーしつこいな。やっぱ夏の海ってこういうDQNが沸いてくるからめんどうだよな、本当。てかさっきから周りの人がじろじろ見てるんだから少しは察しろよ。

 すると後ろで隠れるように様子をみていた一色がぐいっと前に出て、男を睨んだ。

 

「あのーいい加減にしてもらえません?」

「は? いやいやだから」

「そうやって笑って否定すればなんでもなると思ってるんですか? てかナンパする前にちゃんと日本語使えるようになるのと少しは気を使えるようになったらどうですか?」

 

 いや~黒はすが相変わらずだね。もう言葉の節々から色々滲み出て来てるし。男はただ唖然とした様子で見てて、ようやく自分らが注目浴びていることにも気付いてらしい。

 

「え、えーとあのその」

「あ、謝ろうとしなくていいんで二度と私の視界に入らないでくださいね。彼氏との時間を邪魔されたんだからそれくらいはできますよね?」

「あ、ああ。てかやっぱりそいつ彼氏?」

「はい! 何か問題でも?」

 

 笑顔で答える一色に男達は逃げて行った。俺、いる意味あったかな?

 

「先輩。助けに来るのが遅いです。困ってる彼女を見たら、すぐ助けにくるのが彼氏の役目ですよ?」

「いやなんか考えてたら遅くなって……って彼氏?」

「そうですよ。ま、冗談ですけど」

 

 そう言って微笑む後輩は楽しそうだった。本当にこいつと付き合っていたらどんな幸せな日々になっていただろうか。

 そう考えたくなったけどきっとそれを考えれば今以上に辛くなる。そう思いながら笑う彼女を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 夕陽が海の中に沈んでいこうとしている午後六時。ビーチの客もほとんどおらず、俺達も帰ることにして、着替えを終えて、一色を待つ。

 

「お待たせしましたーじゃあ帰りましょうか」

「ああ」

 

 

 横に並びながら駅へと向かってゆっくりと歩いていく。暑い。夏だから当たり前だけど日中よりも暑く感じる。理由はもちろんわかってる。隣にいる一色が手を握っているからだ。

 

「何で握ってるんだ?」

「えーいいじゃないですか。こういうのもこれで最後なんですから」

 

 最後…..? 今、こいつ最後って言わなかったか? 最後? 最後って?

 

「どうしたんですか?」

「……最後ってなんだよ」

「そのまんまの意味ですよ」

 

 手を離して、彼女は一歩前に出て、くるっとこちらに振り返る。

 

「本音を言うとちょっとだけ期待してたんですよ? 先輩がもしかしたら私を選んでくれるんじゃないかなって。でもやっぱり先輩は先輩でした」

 

 

 ぎこちなさがにじみ出る笑みを浮かべるこの表情を俺は知っている。前にあいつが見せた笑顔だから。そしてこいつもあいつと同じだから。

 

 

「本当は地元に帰ってから聞こうかなと思いましたけどやっぱり終わらせるならここで終わらせたいです。だから先輩……聞いてくれますか?」

 

 知っている。一色がこれから何を言おうとしているのか。そしてそれに対する答えがどういう答えになるかも知っている。そう、全て決まっている。

 どうして恋愛っていうのは簡単な仕組みじゃないんだろうなと心から恨みたい。大切な友達と後輩の想いを答えられないのなら初めから誰かを好きになりたくなかった。そう何度も思った。由比ヶ浜を振ってしまったあの日からずっと、ずっと。でも俺自身が諦めきれないのだ。雪ノ下雪乃が好きな自分を捨てれないのだから。

 きっと俺は今にも泣き出しそうな無様な顔で一色を見ているのだろう。それを察したかのように彼女は微笑んでいる。今日一日彼女はずっと笑ってたんだ。

 

「そんな顔しないでくださいよ。これで会えなくなるわけじゃないんですし。こういうのはきちんとさせとかないと駄目なんですよ?」

 

 どうしてこの子はこんなに強いんだろう。俺はいますぐにでもここから逃げ出したい。由比ヶ浜の時だって逃げ出したかった。だけど足は動かない。

 

「葉山先輩の事が好きになったのがきっかけで先輩と知り合って、それからずっとですね。先輩といる時間が私の中でいつの間にか大切な時間になって、あの二人に負けたくない。先輩の傍で一緒に笑って過ごしたい。そう思えるようになって、好きになったんです」

「そうか……」

「それにしても私が一番最初に告白したんだけどなー。なんでだろう……私が......わた……私が……」

 

 

 顔を逸らしたかった。大粒の涙を目に溢れんばかりに流しているこいつに俺が何かすることはできないのだから。ただその様子を見ていることしかできないのだから。

 だから……もう気遣わせたくない。

 

「一色。もういい」

「え?」

「そんな前振りはいいんだ。思い出話なんか話したところで、お前の気が治まるならそれでいい。ただすっきり終わらせたいなら…….思ってる事、全部ぶつけろ。お前の気の済むまで、俺の事をいくらでも罵れ。殴ってもいいし、恨んだって構わない」

 

 それでお前の気が済むなら俺はいくらでも受け止める。それがこんな俺を好きになってくれた彼女達に少しでも未練が残さないようにできる、せめてもの方法だから。

そして一色は大きく叫んだ。

 

「何でもわかった顔して、どうしていつも肝心な事に気付かないんですか!? 誰かを助けるためなら自分が傷ついたって構わない。なんですか、それ!? 偽善ですか!?」

「……ごめん」

「先輩は私の初恋を奪った! 初めて……だったんですよ? 人を好きになるって毎日が楽しくて、嬉しくて…….たまに辛くて。でも先輩の事を考えたら、どんなに辛くても平気で……なのに……なのに」

「……ごめん」

 

 

 馬鹿の一つ覚えみたいに謝罪の言葉を呟くことしかできない。もしここで俺がこいつを抱きしめたら、こいつは考え直してくれるか? 答えは否だ。

 だって今、一色は俺に対する気持ちと戦ってるのだから。声に出して、押しつぶそうとしてるのだから。

 

「それにあれだけ勇気だして告白したのにやり直しって最低です! なんなんですか先輩は! 全部自分の都合だけで決めて……雪ノ下先輩の事が好きって分かったら、私達の事なんかどうでもいいんだ! 大っ嫌い!」

 

 声に出して、違うと言いたい。お前らの事をどうでもいいと思ったことなんかない。じゃなかったら、こんなにも痛いと思わない。どうでもいい他人だったらお前の気持ちなんか理解したいと思わない。

 大切だからこんなにも辛いんだぜ、一色。

 

 

「大っ嫌い! 大っ嫌い! 大っ嫌い! 大っ嫌い!……だい……きら……」

 

 

 大粒の涙は止まることなく、溢れてくる。一色の苦しそうな嗚咽も聞こえてくる。

 そして一色は一層大きな嗚咽を漏らしながら、

 

 

 

 

 

 

「……大好き!」

 

 

 

 

 

「……え?」

「大好きに決まってるじゃないですか! やっぱり私は先輩の事が好きなんです! どんなに悪く思っても、好きで好きで仕方ないんです! 先輩がいなきゃ、私は駄目なんです!」

 

 

 一色は一歩歩み寄って、俺との距離を縮めて、服の裾を掴んで、俺の顔をじっと見て……。

 

 

「私の事を……好きですか? 先輩」

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめん。俺、好きな奴いるんだ」

 

 

 夕陽は海に沈もうとしており、辺りは暗くなろうとしている。わずかな夕陽の光に照らされた俺達はどのように映っているだろうか。言葉を失った彼女と言葉を奪った少年はどんな風に見られてるのだろうか。

 何でだろうな……。どうして人は誰かを好きになるんだろうな。

 

 

 



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好きだから迷う Ⅰ

失恋というのは好きな相手に告白して振られること。もしくは好きだった相手が他に好きな人が出来て、自分の恋を諦める、そういうことだと思っていた。

 だからこそ俺はこの痛みに耐えなければならない。彼女達を振った罪は軽いものではなく、周囲に知られたらナイフを突き刺されてもおかしくはない話だ。それほどまでに俺が犯した罪は重い。

 そんな彼女達の想いを無駄にしない為にも、あいつに自分の想いを伝えなければならない。もちろん約束がある以上はどういう返事になるかは想像もつかないし、必ず想像通りの返事をもらえるとは限らない。

 しかしどんな勝負事にも百%の勝率なんてありえないはずだ。0.01%くらいは可能性が残されているとしたら、それに賭けてみるのもありだとは思う。

 凄いラノベ主人公みたいな事を言っている気がするが当然ながら不安はぬぐい切れていない。

 一色とのデートから数日が経って、夏休みも八月に突入し、日に日に暑さを増している。そんな暑い日だがわざわざ外に出て、何をしているかと言えば……。

 

「比企谷君? 話を聞いてる?」

「ん? ああ。聞いてる聞いてる。昼飯は麺系で頼む」

「お昼はもう作ってしまったし、全然話が違うのだけれど……」

 

 

 雪ノ下は小さくため息を吐いた。こいつには由比ヶ浜と一色とのデートについて一通り説明した。話を聞き終えると、特に驚いた様子を見せる様子もなく、ただ悲しそうな顔を浮かべて、「そう」と一言呟いた。

 それからはあの二人の話はしていない。こうして今日も雪ノ下のマンションにお邪魔しているが勉強をみてもらったり、テレビを見たりと有意義に過ごしている。もちろんこうして雪ノ下の家に行く事に関しては最初は抵抗があった。どうしてもあの時の事を思い浮かべてしまうからだ。

 それは雪ノ下も同じようで、誘っておいて、いざ家に着くとお互い顔が赤くなり、全然言葉を発する事はなかったが今ではこうして笑えて過ごせているのだから慣れって怖いものだ。

 

 

「仕方ないわね……もう一度説明するから聞いてくれる?」

「悪いな」

 

 こほんと咳払いして、彼女は話を切り出した。

 

 

「ケヤキさんって覚えているかしら?」

「ケヤキ?」

 

 えーと……あれだ! スギ君だ。正しくは高杉だけど。そういえばカラオケの一件以来全然話を聞かないな。

 

 

「その顔は覚えているようね。ケヤキさんとはあの日以来一切連絡を取らなくなってたのだけど向こうは一方的にメールを送ってきていて、返信しなきゃとは思ったけど今更どういう話をすればいいのかわからないし、それにもう誰かの言いなりになるのは……」

 

 いやそんな顔を赤くして、こっちを見んな。思わず顔を逸らしちゃうだろうが。

 

「……ま、まあそれは置いといて、だ。別に連絡取っていないなら気にする必要ないんじゃねえの?」

「そうなのだけど夏休み入る前からあまりに頻繁にメールが来るから……アドレスを変えようか悩んだけどそれはそれで向こうを刺激しちゃうかもしれないし」

「うーん……まあ同じ学校だしな」

「え?」

「いやなんでもない」

 

 

 ケヤキ=高杉ということをまだ知らないのなら、別に教える必要はない。それにこれは単純な予想なんだが高杉は雪ノ下の事が好きだ。一度告白してるくらいだし。

 こういうのって片思い男子によくある兆候なのだが周囲が見えなくなって、自分が行っている事を異常だとは思わない。一応幸せになれる結末と最悪の結末をある程度予想しといて、振られてもメンタルがやられないようにと予防線を貼っとくけど全然役に立たない。ソースは言うまでもない。

 

 

「こういう時はやはり同じ犯罪者気質のあなたに聞けば、何かわかると思って」

「その括りで頼られるのは凄い不本意だけどな。でも迷惑ならアドレス変えることや思い切って言うことも手段の一つだ。こういうのははっきり言えば、案外折れる場合が多いし」

「そう……ならちゃんと言おうかしら。一応お世話にはなったからその辺もきちんとお礼の言葉を入れて、伝えれば大丈夫だと思うけれど」

 

 すぐに文を思いついたのか、携帯を取り出すとメール画面を開いて操作し始める。携帯の扱いも由比ヶ浜にレクチャーしてもらったのか昔と比べて慣れていた。

 しばらくするとメールを送信したようで携帯を閉じると隣にいた俺の肩に頭を預けてくる。

 

 

「私って本当に最低ね」

「そうか?」

「散々サポートしてもらって、要件が済んだら迷惑扱いなんて」

「だとしても一方的に何通もメールを送ってるなら言うべきだろ」

「そうね……ねえ比企谷君」

「ん?」

「あれから私達……変われたかしら?」

 

 

 それは愚問というやつだろう。こうしてお互い好きな人同士で二人きりで過ごすこの時間が何ともないわけがない。

 それなのにどうしても何かが突っかかる。心の中にある何かが。雪ノ下雪乃とこういう風に過ごせて、嫌じゃないはずなのに何でこんなにももやもやした気持ちになるのか。

やっぱりあの約束か? いや違う。それだけじゃない。雪ノ下と俺ってなんつーか……不完全なんだよな。お互い好きなのに両想いの関係に成りきれていない。パズルみたいにバラバラになったものを一つ一つ埋めていく最中であと残り数ピースというところまで来ている。だから不完全だ。

 なのに俺はその不完全で満足しようとしている。この現状で満足しようとしている。幸せになれる結末と最悪の結末を用意しとくのはあれは単に予防しているわけじゃない。自分自身の勘違いに気付こうとしている足掻きなのだ。

 もちろんそんなのは必ずしも必要なわけじゃない。言ってしまえば人それぞれというわけだ。ただ比企谷八幡はそういう訳にはいかない。

 

 

「比企谷君」

「なんだ」

「……好きよ」

「さんきゅ」

「あなたは?」

「……ノーコメント」

 

 

 くすと笑って、俺達は互いに見つめあった。

 雪ノ下も俺もどこまで素直になったんだろうか。過去と向き合って、今を生きていることができているのだろうか。

 その答えを出してくれる人はいない。それでも俺の中のどこかで叫び続けている。

 これはまだ本物じゃない。完成していない。

 なら教えてほしい。完成していないなら完成するために何のピースが必要なのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みも終盤を迎えたある日。雪ノ下に呼び出された。何でも重要な用事があるということらしく、気付けば急ぎ足で彼女の家に向かっていた。

 エントランスに入って、いつも通りインターホンを押す。

 

「俺だ」

「あら早いわね。こちらも準備できたから下で待ってて」

「準備?」

 

 インターホンが切れ、待つこと数分。自動ドアの向こう側から彼女は降りてきたがその姿に思わず見惚れてしまった。

 

「その……どうかしら?」

「あ、ああ。まあ似合っているとは……思うぞ」

「そう……ありがとう」

 

 

 照れてはいるも微笑んだ様子の彼女の姿は浴衣だった。紫色の浴衣はところどころにあさがおと思われる花が咲いており、その姿は気品ある彼女を一段と際立たせる。

 

 

「てか何でその恰好?」

「今日はその……花火大会で」

「花火大会?」

 

 何故だろう。そのワードは物凄く突っかかるものがあるぞ。

 

 

「家からでも一応ぎりぎり見えるのだけど……よかったら近くまでと思って」

「あ、ああ。てか重要な用事は?」

「それはこれからわかるわ」

 

 そう言って、彼女は俺の手を取って歩き出した。どうやらすぐ近くにタクシーも手配していたようでそのまま乗り込んで会場近くへと向かう。

 会場に近づくにつれて、人が多くなり、その熱気が車内からでも伝わってくる。

 

「そういえばあなたはこういう花火大会は初めて?」

「いや……去年も来た」

「……そういえばそうだったわね」

 

 少し戸惑いながらもきちんと事実を述べた。もちろん雪ノ下は姉である雪ノ下陽乃から聞いているから誰と行っていたのかも知っているはずだ。

 去年か……由比ヶ浜と二人で出店回って、雪ノ下さんに捕まり、話をした。もちろんあの花火大会で色々知ったこともあったし、気付かされたこと。そして頼まれたこともあった。

 奉仕部はあの時から気付いてしまったのかもしれない。相手の事を知って、力になりたいと思うことを。人を知るのは時には恐ろしいし、それに力になりたいと思っていてももしかしたら敵になってしまうかもしれないし。

 でもそんな間違いを続けて……足掻いて……今がある。

 奉仕部が今どのようになっているかは正直考えたくなかった。由比ヶ浜を振ったことで俺達三年の間では何かしらの溝ができている。その証拠に俺も雪ノ下も彼女には連絡していない。奉仕部自体は小町達がいるので活動に関しては問題ないと思う。だからこれは奉仕部というより俺達三人の……いや四人の問題だ。

 

 

「比企谷君着いたわよ」

「あ、ああ」

 

 いつの間にか到着していたようで車から降りると周囲は人だかりで動くのが困難に見えた。

 

「一応場所は用意してあるからそこまで行ければいいのだけど」

「……それって有料エリアか?」

「ええ」

 

 

 じゃああの辺だろうか。雪ノ下の手をぎゅっと握って、去年の記憶を頼りに進みだした。呆気に取られていた彼女だったがすぐに微笑んでくれたのでよし。こういうの黙ってやっちゃう辺り渋いね。八幡、かっこいい。

 と、思ってるうちにローブで巡らされている比較的人が少ない小高い丘が見えてきた。

 

「ありがとう。ここからは私が」

「ああ」

 

 近くにいた係員に雪ノ下が声をかけるといきなり係員が頭を下げて、ぺこぺこしながら案内を始めてくれた。何これ。これがVIP待遇ってやつ? 俺一人ならスリ犯と間違えられ、即お縄だろうね。八幡、可哀想。

 そのまま案内されるがままに進むと並べられたテーブル。そのテーブルに見覚えある顔があった。

 

 

「ごめんなさい、少し遅れてしまって」

「いやいやー混んでるから仕方ないね。それよりもちゃんと連れてきてくれたんだねー」

 

 

 そうしてにやにやしながら見つめる雪ノ下さんは去年とは色違いの浴衣を着ていた。模様も秋草模様からさざ波っぽいイメージの模様に変わっている。

 

 

「こんばんは、弟君」

「どーも」

「お? とうとう否定しなくなった?」

 

 否定するのも面倒なだけなのだが。まあそこも含めてスルーで。

 

「あ、お父さんとお母さんはまだ来ないからゆっくりしてていいよー」

「そうわかったわ」

 

 

 あ、まだ来ないのね。なら俺ものんびりと……。

 

「おい待て。いや待ってください」

「ん? どしたの?」

「今、お父さんとお母さんって……」

「あれ? もしかして雪乃ちゃん言ってないの?」

 

 雪ノ下の方を向くとふうと一息ついて、本日の要件を述べた。

 

「比企谷君。これから父と母に会ってほしいの。それが今日の用事よ」

 

 重大すぎるんですが……。

 



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好きだから迷う Ⅱ

「初めまして……比企谷八幡です」

「初めまして、雪乃の父です」

「こんばんは、比企谷さん。お久しぶりです」

「お、お久しぶりです」

 

 

 緊張しているせいか思ったように話せないし、早口になってしまっている。

 つい先程、雪ノ下に今日のミッション内容を伝えられ、唖然としているところにいきなりやってきた雪ノ下ご夫妻。すぐにテーブルに座り、俺の目の前にお父様。その隣にお母様。そして姉である雪ノ下さんが俺の左隣で、右隣が雪ノ下だ。こうして現在雪ノ下家の花火大会鑑賞イベントに急遽参加になってしまった。

 

 

「いやーいつもは忙しくて中々顔を見せることはできないのだが今年は雪乃も参加すると言うし、それに比企谷君も来てくれるということだからうまく時間を調整したんだよ」

「き、恐縮です」

「この人、一度でいいから会って、話をしてみたいってずっと言うものだから。ごめんなさいね、比企谷さん」

「いえこちらこそお呼び頂いて……」

 

 

 こういう時ってどういう風に話せばいいのかわからないし、むしろ話を振った方がいいのかもわからん。ま、まあでも失礼はないと思うし大丈夫なはずだ。

 

「あ、比企谷君。そろそろ花火上がるわよ?」

「あ、ああ。ありがとう雪ノ下」

「いえ……あと一応私以外も全員雪ノ下だからその……」

 

 顔を赤らめながらちらちらとこちらに送る視線。何を言いたいかはわかるが雪ノ下家全員に囲まれているこの状況で隣にいる雪ノ下を名前で呼ばなければならない。

 そしてその事に勘付いたのは俺だけではなかった。

 

「あ、比企谷君。私も雪ノ下なんだけど?」

「雪ノ下さんは雪ノ下さんでいいじゃないですか」

「そしたらお母さんとお父さんも雪ノ下さんだよ? それともお義母さんとお義父さんって呼んでもいいんだよ?」

 

 この人はこの場で何を言っているのだろうか。花火が打ち上がる轟音すら頭に入ってこない。恐る恐るそのお義母さんとお義父さんの方へ顔を向けるとお義母さんは「あらあら」と笑っている様子だったがお義父さんは真顔だった。

 ひいいいい! どうすんだよ、これ! お義父さん、俺の事めっちゃ睨んできてるんだけど!

 

 

「どうしたの? 比企谷君。さっきから顔色が悪いわよ」

「い、いや平気……ゆ、雪乃…..さん」

 

 

 何とか雪ノ下の下の部分だけ呼ばないように雪乃と発した。当然ながら恥ずかしいし、聞いている雪ノ下も顔を赤らめてそっぽを向いた。そして呼んでしまってから気付き、ふと正面に目を向けるとお義父さんが笑っていた。そう笑っているのだ。笑っているのに何故かおぞましいものを感じる。

 ははは、そりゃあ自分の娘が他の男に名前で呼ばれてるのを見れば、世の父親はこうなるな。ちなみにうちなら小町が彼氏をつれてきた瞬間にその彼氏を五体満足で帰さないだろう。

 

 

「さて……それじゃあ私はご挨拶があるから一度離れますね。陽乃、雪乃。あなた達もいらっしゃい」

「はーい。じゃあね、弟君」

「ごめんなさい……すぐに戻れると思うから」

 

 

 そうして女性陣の方々は席から離れていき、俺とお義父さんだけが残された。

 花火はどんどんと打ちあがり、今は演出の一つで花をモチーフにした花火が上がっている。とりあえず俺は真剣に花火を見た。お義父さんには失礼だと思うけど少なくともこの空気で発言するのはどう考えても地雷だからだ。

 

「……比企谷君」

「は、はい!」

「雪乃から聞いたのだが君はこれまで部活動の一環で色んな人を救ってきたということだがよければ聞かせてくれないか? 今まで君がどのように救ってきたのか興味あるんだ」

 

 ま、まじですか? 俺にこれまでの黒歴史を語れとおっしゃるんですか!?

 何とか助け舟を出してもらいたいがここには俺とお義父さんしかいない。いやでもねぇ……。

 

 

「言いたくないのなら別にいいんだが……」

「い、いえ! そういうわけでは」

「そうか。ではお願いできるかな」

 

 もうここまで来たら仕方ない。話をしてる最中はいつでも逃げる準備だけはしておこう。特にここ最近の話をする時は要注意しながら見ておかないと。

 そうして俺の奉仕部での武勇伝が語られることになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう……つまりあれだな。ちょっと前に娘がヒステリック気味になったのは君が原因で、現在も娘のマンションに入り浸っているにも関わらず、自分の気持ちを伝えずにずるずると引きずっている状況ということかね」

「本当にすいませんでしたぁ!」

 

 お義父さんのドスの効いた声に圧倒され、残念ながら逃げることはできず、かと言って話を辞めることもできないので現在に至るまですべてを語らせて頂いた。

 

 

「しかし今は娘を大事に思ってくれている。そして娘からもう一度信頼されるように努力をしている。なるほど……」

 

 ご理解してくれたようだったがさっきよりも空気が重くなった。しかしお義父さんはその空気に臆することなく、口を開く。

 

 

「私は雪乃に本当に甘くてね。何というか――頼られるとどうしても駄目なんだ。妻には止められているけれど買ってと言われれば何でも買うし、連れて行けと言われればどこにでも連れてくし」

 

 でしょうね。娘にマンションを用意しちゃうくらいですし。

 

「陽乃は家に帰ってくるから日頃の話とかも聞けるのだが、雪乃は一人暮らしを始めてからほとんど帰ってこなくてね……。雪乃が高校でどういう生活を送っているか気になってはいたが今まで陽乃からの話しか聞けなかったんだ。だから今日は君とどうしても話したかった」

「……俺なんかじゃ全部は伝わりませんよ。俺とあいつは友達じゃありませんから」

「だとしてもだ。雪乃が君の事を特別視しているくらいはわかってる。君達二人がどういう関係なのかは私が口を挟むことではない。でも彼女の事を理解して、彼女の為に動ける人は君だと思っているんだ。比企谷君」

 

 

 さっきのドスの効いた声とは違い、急に優しくなった声に思わず聞き入ってしまう。

 

「こういうことを言うのは恥ずかしいものだが娘の事をよろしく頼むよ。比企谷君」

「――はい」

 

 

 声と共に向けられる真っ直ぐな視線。その視線を逸らすことなく、答えた。

 まあ俺にしては上出来だと思う。娘をよろしく頼むって言われたんだから。

 と、後ろの方から雪ノ下が近づいてくるのが見える。

 

 

「お待たせ。どうやらお話は済んだようね、お父さん」

「ああ。時間をもらって悪かったね」

「いえ。じゃあ比企谷君、行きましょうか」

 

 そう言って、雪ノ下は手を差し伸べてくる。さっきとは違うがそのまま手を握って、立ち上がると雪ノ下は歩き始めた。そのまま席を離れて、どんどん進んで行く。

 

 

「どこに行くんだ?」

「そうね……あまり人がいないところかしら。気にならない方がいいわよね?」

「そうだな」

 

 薄暗い中、雪ノ下の笑った表情が見え、とっさに自分の口元が緩む。

 さっきあんなことを言われたせいか、余計に彼女の事を意識すると恥ずかしくなってくる。

 

 

「このあたりでいいかしら」

 

 そう見渡すと周囲には誰かいる気配もなく、目の前にはぽつんと置かれたベンチが一つ。並んで座るとちょうどアナウンスが流れ、花火が打ち上がり始める。

 

「お父さんと何を話したのかしら?」

「世間話だよ」

「そう。私もお母さんと世間話をしてきたわ。まだ慣れないけれど昔と比べれば、大分話せた気がするわ」

「そうか」

 

 花火の明かりで雪ノ下の顔をはっきり見える。花火を見上げる彼女はいつも以上に綺麗で、色っぽくて……は。いかんいかん、落ち着け、落ち着け。さすがに俺が同じことをすれば台無しだぞ。

 

「比企谷君」

「何だ?」

「そろそろはっきりさせましょう。あの時のお願いが叶ったのかを」

 

 花火の音が響く。色鮮やかな花火が続々と打ちあがっていく。今、打ち上げられているのは牡丹という種類の花火らしい。雪ノ下も俺もその花火を見上げ、お互いの表情はまだ見ない。

 

 

「じゃあ……俺から言うわ」

「ええ。どうぞ」

「お前は――素直になれたと思う。お前の気持ちは一緒にいる時、十分に伝わってくるから、一緒にいるのも恥ずかしい時があるくらいだし」

「それくらいあなたの事が好きってことよ」

「……まあとにかくだ。前みたいに偽ったお前なんかよりも俺は今のお前の方が――好きだ」

「ありがとう。私も好きよ、比企谷君」

 

 続いて打ち上がる花火は大きい円の中に小さい円が描かれている。芯割というらしい。

 

「次は私ね」

「ああ」

「私はもう十分あなたのことを信頼している。あなたが私に信じてもらおうとするために少しずつお互いの距離を縮めていき、積極的に接してくれようとしてた。本当に嬉しかった。だから今ならちゃんと言えるわ」

 

 花火の打ち上がった音が大きく響くがその花火を正面からは見れない。 ようやく俺達は互いに向き合ってたのだから。

 

「私はあなたの事が大好きよ。これからも色々と迷惑かけると思うし、嫌なところを見せてしまうかもしれないけれどあなただから見せれるのよ? 比企谷君」

 

 

 

 そうやっていたずらっぽく微笑む彼女に答えるように微笑んだ。少しずつ距離を近づいていき、顔との距離がゼロになるギリギリのところで目を閉じて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

「今日は実家に帰るから、ここでお別れね」

「ああ。まあ帰ったら適当に連絡くれ」

「ええ。それじゃ」

「じゃあな」

 

 

 手を振り続ける雪乃を手を挙げて、見えなくなるまで見送っている。

 視界からいなくなったのを確認すると、駅の方へと歩き出す。さっきまでの時間は本当に現実だったのか。今でも実感がわからないが一つだけ確かなことは言える。

 

 

 

あいつは特別だと。

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

 と、気分よかったところにふと肩を掴まれる。振り向くとスポーツブランド物の黒いTシャツを着た男が険しい顔でこちらを睨んでいた。

 

 

「えーとどちら様ですか?」

「……雪ノ下さんに言い寄る害虫が」

「は?」

 

 

 言われていることが全然理解できないけれど声だけはどこかで聞いたことがある声で、それが誰の声かはある程度の予想がついた。

 

 

「高杉……か?」

「知ってるんだ。俺の事」

「そりゃまあ有名人ですから」

「昔の話だ。雪ノ下さんに振られた後に俺は動画配信を辞めた」

「はあ? お前告った後も配信してただろ?」

「してねえよ」

 

 

 嘘を吐いているようには見えないがもしそうなら数か月前にあんなことにならなかったはずだ。しかしこの場で重要なのはそこではない。

 

 

「で、何の用だ?」

「決まってるだろ。これ以上雪ノ下さんに近づくな。俺はまだ彼女を諦めてはいない」

「あっそ。でも俺みたいな害虫があいつの近くにいても、そんなに気にならないだろ?」

「気にはならねえよ。でもうっとおしいんだ」

 

 

 言ってることが矛盾してるので相手にするだけ無駄。そう思えば簡単だがこいつが雪ノ下に近づかせるのは危険だ。

 

「だったら駆除してみろよ。あいにく今までもそういうふうに言ってくる奴は遠回しにいたけど直接言ってきたのはお前が初めてだからな。その度胸だけは買ってやるよ」

「強気になるなよ? 学校中の嫌われ者の癖に。何でお前なんかの周りに雪ノ下さんや由比ヶ浜さんがいるのかが意味わかんねえよ……!」

 

 

 

 

 挑発には乗ったかは微妙だが少なくとも雪ノ下に害が及ばないようにするには少しでも遠ざけるしかない。もちろんこんなやり方はまた彼女達に切られるかもしれないがこいつを雪乃には近づけさせたくない。だからこれはあいつを助けるためというより自分の為。

 

 

 俺自身がこいつと雪乃を会わせたくないと思っているから。

 

 

 

 





久々の予告ですが
次の章でラストになります。

もう少しイチャつく二人を見たいですがあんまり長過ぎるのも
蛇足と思ったので何とかうまくまとめられたらいいと思ってます。

いつも評価、コメントの方をありがとうございます。

今後共お読み頂けましたら幸いです。


では


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答え Ⅰ

 高校最後の夏休みが終わり、新学期が始まった。受験勉強もここからが本格的になり、今までのように遊んでばっかりではいられない。具体的な進路としてどこの大学にいくかも決めなければならない時期だ。

 雪ノ下と俺はこれからどうするかを話し合うべく、昼休みに部室へと集まっていた。由比ヶ浜は……まあ来なかった。誘っては見たが今更俺の顔を見るのも辛いのだろうし、そういうふうになることもある程度は知っていたのだから。

 ただ……友達を無くすってのは初めての感覚で正直辛い。

 

 

「どうしたの?」

「ん? いやなんでもない」

 

 雪ノ下が心配そうにこちらの顔色を伺っている。こいつのことだからすぐに察してしまうだろうし、今はこの事について考えるのはよそう。

 

 

「で、どうすんだ?」

「そうね……一応両親とも話し合ったのだけど私は東京の私立大学に受けることにするわ。そこの大学は留学に力を入れてるから、二年目か三年目辺りに一度留学に行きたいと考えてるの」

「へえー。留学か……」

「その……あなたは?」

「俺? 俺も私立大に」

「そうじゃなくて……あなたは来てくれるの?」

 

 きっと不安だったんだろう。自分の行きたい進路に彼氏が応えてくれるのか。そりゃあ傍から見ればわがままに付き合えと言っているのだから理不尽だと思われるかもしれない。傍から見ればだが。

 

「まあ……行ければな」

「そう。よかった」

 

 一安心でほっと息を吐く雪ノ下。まあ本当にそれこそ行ければの話なので確証はもてないけれどそれでも否定するよりかはましだと思った。

その時急に部室の扉ががらりと音を立てて、開かれる。

 

「昼休みにすまない。雪ノ下……比企谷もいたのか」

 

 いつもの白衣姿の先生が入ってきて、教室内を見渡すと顎を触りはじめる。

 

 

「由比ヶ浜はいないのか? あと一色も」

「……来てないです」

「そうか。まあ由比ヶ浜はともかくすでに一色は伝えにきてるものだと思ったのだが仕方ないな」

 

 

 先生の呆れた声が耳元で響く中俺はただただじっとその言葉を聴くしかなかった。

 隣にいる雪ノ下にはすでに二人と何があったかは話しているので同じように辛そうな表情だった。

 そんな中平塚先生は軽く咳払いして、口を開いた。

 

「まあ今回の件は比企谷や雪ノ下に三年は参加せずともいいかもしれないが今年もまた文化祭の時期がやってきた」

 

 

 文化祭。奉仕部の活動の中でも俺の悪役が目立ったイベントの一つであり、雪ノ下も自分自身が一人でやるという暴走をして、由比ヶ浜に怒られたりと色々と奉仕部にとっては分岐点となったイベントの一つである。当然このイベントは色々と思い出したくないことが多く……まあこれ以上は思い出すのはよそう。

 

「今年も文化祭実行委員会が設立され、早ければ今日のHRで各クラス代表が選出されるはずだ。で、今日の放課後の委員会で委員長が決まり、生徒会がサポートをしつつ、進めていくわけだが城廻の時とは違って、一色はまだ二年生だ。色々とうまく立ち回れない部分も出てくるだろう」

 

 

 確かに。去年の文化祭みたいに予想もつかないことが起きて、それに対してうまく動けなけば被害はますます増えていく。まあ去年の場合は委員長に色々と問題があったわけだがもうあいつは関係ないだろうから放っておこう。

 

「そこで奉仕部には一色達のサポートを頼みたいがこの仕事は一年生の小町君達に振ってもいい仕事だから雪ノ下達はクラスの活動や受験勉強に集中してもらって構わない。もちろん手伝っても構わないがな」

「はあ……まあとりあえず小町には伝えとくんであとは勝手にやってくれるでしょう」

「助かる。今年も厚木先生と何故かわ・か・ての私が担当になってしまったからなぁー」

 

 凄い嬉しそうに若手の部分を強調したな。まあ押し付けられただけなのか本当に若手扱いされてるのかは疑問だが。

 何はともあれもう俺達の出番は必要ない。俺達は俺達で先に進まなければならないのだからあとのことは任せることにする。

 

 

 

× × ×

 

 

 

 そして二週間が経った。あと数日といったところだった。今日学校に行けば土日で、その次は文化祭準備で授業なし。で、本番といったところだ。

 小町達も無事承諾してくれて、何とか順調に進んでいる……多分。いや多分というのは家で文化祭についての話をしないからだ。何か聞くと首を突っ込みたがっているように見えるし。そんなわけで状況に関しては聞いていない。

 授業も終わり、校内は文化祭準備で忙しそうで俺達三年も最後の文化祭だからと忙しそうにしている。ちなみに今更クラスメイト紹介というほどの紹介でもないがクラスには由比ヶ浜、葉山、材木座、戸塚、川崎、三浦、海老名さん。あれ? 何かほとんど変わってなくね? 戸部? そんなのいたっけ?

 と、まあ文化祭を盛り上げてくれるキャスティングは去年同様揃っているのでクラスの方は盛り上がるだろう。今年は劇ではなく、何でもメイド喫茶をやるんだとか。

 もちろん戸塚も着てくれるよ! チェキは一回二千だぞ! ループしまくるぞ! と、誓いながら文化祭準備で忙しそうにしている教室を後にする。今更俺がいても、特に戦力にならないし、女子からも「何で先に帰るの? みんなが頑張っているのに」と怒られることもない。

 しかし自然と足は昇降口ではなく、特別棟に向かっており、気づけば部室の前に立っていた。いや意図的じゃなくてなんか本能的なあれで……。

 すると後ろから足元が聞こえてきて、振り返ると雪ノ下がこちらに向かってきていた。

 

「お前も来たのか」

「ちょっと気になってね。あなたも?」

「まあな。小町からは状況を聞いてないからな」

「やっぱり気になってしまうものね」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべる雪ノ下。まあまだ半年はあるから引退を考えるのはいいかなと思ってしまう。と、いうより引退する時期とかないしな、この部活。

 そんなわけで教室の扉を開けて、必死に文化祭準備について話し合っているであろう部員達を労うとしますか。ゆっくりと教室の扉を開ける。

 

「うーす……あれ?」

 

 教室の様子は予想とは異なり、部室で話し合っているという感じではなかった。扉を開けた俺達を全員が見つめている状況で空気はいつもの部室より重い。部室にいたのは小町と大志、数人の部員達。そしていつもの依頼者側の席に一色が座っていた。

 

「あ、お兄ちゃん……どしたの?」

「いや様子を見に来たんだが……邪魔だったか?」

 

 すると一色と小町がいきなり椅子から立ち上がって、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきて……そして。

 

「うわああああああああ。もう駄目だよ、お兄ちゃん!」

「せんぱーい! お願いします! 助けてください!」

 

 

 と、俺の制服に顔を埋めて、泣き始めた。状況が掴めていない俺と雪ノ下は困惑した状況だった。とりあえず小町達をなだめて、椅子に座らせて話を聞いてみることにした。

 

「結論から言って文化祭がやばいです。どのクラスも規約を守らなかったり、実行委員長が勝手に色々と進めたりして、統率がまったく取れないんです。奉仕部のみんなにも協力してもらって、何とか一つ一つ片付けていますがさっきの委員会でこれ以上勝手にやるようなら中止になりかねませんと言ったら、委員長がそれはちゃんと管理できていない生徒会長のせいだよね? って言われて……」

「自分がしたことを他人に押し付けるなんてもうどうしようもない屑ね」

 

 雪ノ下が大きくため息を吐き、それに続くように周囲からもため息を吐く音が聞こえる。

 

 

「私達もみんなが何で守らなかったり、勝手なことをしようとするのかも聞いて回ったりしてたんですけどどうやら私達に内緒で実行委員長と実行委員で色々と話し合ってやってるらしくて……平塚先生もこの事態は看過できず、もし文化祭当日で規約違反があれば即そのクラスは中止。また続くようなら文化祭そのものを中止しかねないと言ってて……」

 

 

 一色が嗚咽混じった声で話すと雪ノ下が優しく頭に手を置く。ほえ?っと一色は雪ノ下の顔を見る。なんか今の声可愛いな。

 

「よく頑張ったわね。一色さん、色々と無理をしてたんでしょう。私達も何とか力になるから」

「雪ノ下先輩……ひっく……ありがとう……ございます……」

 

 それを聞くと雪ノ下は優しく一色を抱きしめる。

 

「結局まだ引退はできそうにもないな」

「そうね」

 

 思わず苦笑を浮かべる雪ノ下と俺はきっとどこかで嬉しかったのだろう。こうして奉仕部として活動できる機会があることに。そして目の前の泣いている後輩が頼ってきてくれたことに。

 

「さてと。それじゃあもう一人呼ばないとね」

「もう一人?」

「奉仕部には三年生がもう一人いるでしょう」

 

 まあ仲間はずれはよくないからね、本当に駄目だよ?

 雪ノ下は携帯であいつに連絡するとすぐにこっちに来ると連絡が来て、数分待っていると部室の扉が開いて、あいつはやってきた。

 

「ごめーん! クラスの準備で忙しくてね」

「いえ。こちらこそ急に呼んでしまったのに来てくれてありがとう、由比ヶ浜さん」

「ううん。こっちこそありがとね、ゆきのん!」

 

 

 これで奉仕部は全員集合だ。きっと由比ヶ浜も一色もそして雪ノ下も色々と思うところはあるだろうけど今は文化祭だ。やらなければならないことが明確にわかっているのならそれに集中するだけだ。

 

 

× × ×

 

 

 

「とりあえずあいつらが勝手に進めて、何をやっているのか詳しく聞きたいんだが」

「簡単に言えば、生徒会を通さずに物事を進めてしまっているということなんですよね。もちろん中には通しちゃ駄目なやつもあるんですけどすでに準備とかも進んでいて、今更辞めれないって言われちゃって……」

「なるほどな。委員長の暴走が伝染しちゃっている形か」

 

 

 教室には俺と雪ノ下、由比ヶ浜、一色がそれぞれの席に座り、小町達は生徒会の手伝いに行ってもらった。この感じも久しぶりである。

 

 

「今まで使っていた手を使うか?」

「体育祭の時のことを言っているのかしら? でも彼等が勝手にやってしまってる以上恐らく意味がないでしょう。今回の目的は彼等の暴走を止めて、文化祭を何事もなく始められることにあるわ」

 

 淡々と言う雪ノ下。しかし暴走を鎮圧されるには彼等が納得できる交渉の一手が必要だ。その一手をどうするのか。

 

「どうすればいいんだろうね……」

「もう土日と準備日しかないので明日の臨時委員会で解決しないとまずいんですよね……」

 

 不安そうな顔になる二人にどう声をかければいいかわからない。下手に声をかけても仕方ないし。

 

「ところでその暴走の元の委員長はどんな人なの?」

「あ、はい。三年生なんですよね。立候補で決まって、物凄く感じがいい人だと思ってたんですけどまさかこんなことになるなんて」

「名前は?」

 

 

 そして一色はあの男の名前を口にする。

 

 

「高杉という人です」

 

 

 思わず勢いよく立ち上がり、目を見開く。ここにきてあいつの名前が出てくるのは中々の予想外だった。

 

「先輩、知ってるんですか?」

「あ、ああ。まあ」

「どういう人なの?」

 

 

 お前の事が好きな人だよと言いたいがそれはそれでここが揉めそうだ。それに由比ヶ浜はどうやら高杉について知っているらしく、名前を聞いた途端に暗い顔になった。

 

「まあちょっとした知り合いだ」

「あなたと知り合う人がいるなんてね。本当に知り合いなのかしら?」

 

 俺も忘れたいがあそこまで言われてしまえば忘れようにも忘れられないだろうし。

 が、ここで教室をノックする音が聞こえる。

 

「どうぞ」

「邪魔するぞ」

 

 雪ノ下の了承の声で入ってきたのは平塚先生だった。

 

「一色、ここにいたのか」

「どうかしたんですか?」

「先程委員長と一部委員の奴らと話し合いをしててな。で、今さっき終わったところで報告しようと思ってたんだ」

「そうですか……それで?」

「……驚くことに彼等はいきなり謝罪をしてきた。勝手に進めてしまった事に対しては反省しており、現在進行中のもので許可が出せないものに関しては即準備を辞めるということだ」

 

 

 これにはさすがに奉仕部全員と一色が驚いていた。今の今まで話し合っていた問題がこの数十分で解決したのだから。

 

「どういうことですか!? あれだけ私が言っても聞いてくれなかったのに」

「そこは私もよくわからないがただ高杉から条件というか頼み事をされてな」

「頼み事?」

「ああ。君と話した後彼等に連絡する予定だったのだがちょうど全員いるなら手間が省けた」

 

 そういって俺達を見渡す。どうやら俺達に関わることのようだが嫌な予感しかしなかった。そしてそれは的中した。

 

 

「文化祭終了までの間、雪ノ下を自分のサポートとして委員会に入ってほしいということだ」

 

 

 ほらな。あいつの考えることだからそうだと思っていた。

 

「な、なんで雪ノ下先輩を?」

「私は彼と話したことはないのですが……」

「さあな。理由を聞いても教えてくれなくてな」

 

 

 もしこれが目的ならとんでもなく面倒な奴だな、高杉。雪ノ下に近づきたいがためにそこまでするとは……。

 するといつの間にか俺の横に移動していた由比ヶ浜が小さい声で話しかけてくる。

 

「ヒッキー……」

「わかってる」

 

 

 今年の文化祭もどうやら無事に終えることは難しそうだった。

 

 



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答え Ⅱ

「さて、どうしたものか……」

 

 と、愚痴がこぼれる。

 平塚先生は委員長と打ち合わせがあると言って、先程部室を後にして、俺と雪ノ下、由比ヶ浜に一色の四人がそれぞれやりきれない表情を浮かべていた。

 

 

「ありえないですよ、どう考えても」

「だよね! 絶対にゆきのん目当てとしか考えられないもん!」

「そう……なのかしら。でも私、彼と会ったことも話したこともないのだけれど」

 

 雪ノ下の言葉に反応した由比ヶ浜と一色は顔を揃えて、こちらを見てくる。いやそんなまだ話してねえのかみたいな顔するな。俺だって気付いてるもんだと思ってたし。

 

 

「まあ何にせよ、そいつの目的が本当に雪ノ下なら雪ノ下を行かせればいいだけの話だが」

「……私は嫌よ」

「だと思った」

 

 予想通りの答えで安心した。だが雪ノ下をサポートに行かせなければ恐らく高杉は納得しないだろう。

 なのでここは向こうが恐らく妥協するであろう 中間(・・)を取ることにする。

 

 

「あいつが雪ノ下を呼ぶ目的はサポートなんだろ? でも雪ノ下一人を行かせるのもあれだし、雪ノ下自身もそういう理由でサポートに行くのは嫌と言ってる。なら俺達全員で行けばあいつらを黙らせられるだろ?」

「……つまりサポートが欲しいということなら私一人ではなく、奉仕部全員で手伝うことで仕事の効率が上がると言う事で、向こうも何も言えなくなると言うことかしら?」

「ああ。あいつらの要望通り雪ノ下も連れて来てるんだから文句は言えないはずだし」

 

 正直なところ他にも心配な点はいくつかあるがその辺は進めていくうちに解決していけばいいだろう。

 

「そうね。それなら私も協力してもいいわ」

「まあそっちのほうが生徒会的にはありがたいというか……」

「うん……」

 

 半信半疑な感じだがどうやら全員納得した様子だった。

 

「ではいきましょうか」

 

 雪ノ下が椅子から立ち上がると続いて一色と由比ヶ浜。最後に俺がぞろぞろと部室を出て行く。行き先はもちろん忘れもしないあの会議室。最後に使用したのが体育祭なのでちょうど一年ぶりになる。

 いつの間にか前にいたはずの由比ヶ浜が後ろにいて、肩を優しく叩かれる。

 

「なんだ?」

「あのさ……大丈夫かな?」

「……まああまり心配になり過ぎるのもあれだし、考えすぎんな。危険と思えばすぐやめてもいいんだし。なんなら今から辞めても構わないぞ」

「あはは……なんか久しぶりにあったけど相変わらずだね、ヒッキー」

 

 苦笑いする彼女との視線をふと逸らす。気にしないようにしてるんだから察しろよ。

 由比ヶ浜も一色もこの案を賛同するときに少しぎこちない感じがしたのは恐らく俺の事を気にしているのだろう。そりゃあいくらある程度踏み込んだ相手とはいえ、必死な思いで伝えた告白を断ったのだからこういうふうになることは覚悟の上だった。

 だから今回の件に関しては協力してくれることはありがたいと同時に彼女達と今度どのような距離感でいけばいいのかわからないということもあるので問題と言うのは決して高杉だけに限ったことではない。

 そうして考えてるうちに会議室へ着いた。扉を開けて、中に入ると去年と変わらな光景だった。カタカタと鳴るキーボードの音と疲れた表情で書類と格闘する委員達。去年に比べると随分人数がいるので一見問題が無いように見える。

 

「ああ、一色さん。探したよ」

 

 その声が聞こえる方向に顔を向けると見覚えのある男がいた。高杉潤平。葉山みたいな営業スマイルをニコっとこちらに見せてきている。

 

「雪ノ下さん、手伝いにきてくれたのかい?」

「ええ。それよりもあなた……」

「そういえばまだちゃんと名乗ってなかったね。じゃあ改めて。ケヤキこと高杉潤平です。今度ともよろしく」

 

 そういって手を差し伸べてくる。

 夏休みの事だったがこいつは雪ノ下に頻繁に連絡を取ろうとして、雪ノ下から嫌悪感を抱かれている。その時はまだケヤキ=高杉という存在を知らなかった。

 ついに正体を知ることになった雪ノ下だったが特に戸惑う様子もなく、じーっと高杉を見て、やがて、

 

「そう。よろしく、高杉君。それから私だけではサポート出来かねない部分もあると思うから部活の人も連れてきたけどいいかしら?」

 

 と、手を握ることなく、涼しげな表情で質問を投げかける。

 

「ああ。構わないよ。由比ヶ浜さんに……比企谷君だね。よろしく」

「うん……よろしく」

「……」

 

 由比ヶ浜は戸惑い気味に挨拶し、俺は無言。いや今更こんなやり取りをこいつとする必要はないし、そもそもこいつはこんな風に穏やかではない。

 葉山や雪ノ下さんと同じでこいつもこんな風に仮面を作っている。さすがは元有名動画投稿者の一人だ、キャラを作るのもお手の物か。

 

「それじゃあとりあえず雪ノ下さんと一色さんはこれから副委員長と打ち合わせがあるから、一緒に参加してほしい。由比ヶ浜さんはどこか空いている部署を手伝ってくれると助かる。比企谷君は記録雑務で」

 

 何で俺だけ決まってるんだろうか。絶対わざとだろ、こいつ。

 雪ノ下達はそのままホワイトボードの前で話し合いを始め、由比ヶ浜はぼーっとしているところを知り合いの女子に連れて行かれた、というより拉致られた。

 俺はと言うと言われるがままに記録雑務のところへ行くとさっそく溜まっている書類を押し付けられる。

 何々……照明器具の使用許可、調理材料の領収書に有志団体の一覧リスト作成、それからネトゲ部の功績記録の展示許可に体育館でのアニメ映画上映許可……後半明らかに影響されてるよな、これ。

 しかもほとんどの書類の期限は過ぎている。恐らく提出が遅れているのできちんと処理できないまま、ここに溜め込んでいるのだろう。

 とりあえず空いている席に座ると一枚、一枚処理していく。

 周囲を見渡すがどう見ても最近まで崩壊しかけていたとは思えない。みんな楽しそうに仕事に打ち込んでいる、いや仕事に楽しいなんてあるわけないんだけどさ。

 

「比企谷。お前もいたのか」

「……葉山か」

 

 後ろから声をかけてきたのはもう一人の爽やか王子である。今日は何だか俺の嫌いな奴によく声をかけられるな。

その葉山はある一点を集中してみていた。いや正確に言うとその一点、ホワイトボードの前で話し合っているあいつらを。

 

「比企谷。その」

「言わなくていい。ちゃんと見ている」

「そうか。ならいいが彼に関しては少々危険な感じがしてな」

「お前と変わらないだろ」

「……さすがにそれは心外だな」

 

 そうか? 結構葉山と高杉って似てると思ったんだけどな。残念。

 

「で? お前は何しに来たんだ?」

「去年と同じだよ。有志バンドの申し込みだ」

 

 やっぱ今年もやるのね……特にバンドマンでもないのにこういうイベントでは必ず美味しいところで出てくるのが葉山隼人だ。と、いうよりも葉山隼人が出てくることをみんなが望んでいる。それは紛れもない事実である。

 

「そういえば彼も出るらしいな。有志バンド」

「……だからなんだ」

「いや。比企谷も対抗して、出ればいいんじゃないか?」

 

 去年に引き続いて、やっぱりこいつはバカにしてるのだろうか。

 そう思ってるうちに葉山は申込用紙を出して、さっさと消えてしまった。ようやく集中できると思っているとホワイトボード前にいた雪ノ下がこちらに向かってきており、俺の前に立つとふうとため息を吐く。

 

「お疲れさん」

「……思った以上に深刻な状況だったわ」

 

 それから数分間雪ノ下から話を聞いて、現状を知ることが出来た。

 高杉達は今回やりたいことを出し惜しみせずにやっていこうということで進めていた。その為実行委員会主導のイベントを企画したり、クラスでの催し物もクラスでの意向を極力許可するようにしていたが当然ながら生徒会がそれを黙ってはいなかった。なので色々と考え直し、クラスの催し物では許可を出せない点に関しては準備の中止をして、イベント系に関しては何とか実行できそうなものは実行して、無理そうなものは切り捨てようと言う事。それが高杉の言い分だ。

 一色の言い分と比べるとところどころあっているが後半は少なくとも一文がおかしい。

 生徒会から何かを言ったからこいつは変えたんじゃない。もしそうならば俺達がここにいる必要はない。高杉が改善をしたのは雪ノ下がサポートとして自分の傍についてくれるから。その理由が俺の中で最も納得できる理由だった。

 

「状況はわかった。で? 高杉自身はどうだ?」

「その……夏休みに頻繁にメールを送ってきていたことを謝罪されたわ。まあ許してはいないけど」

 

 雪ノ下はいじわるそうに笑って、

 

「だから今のところは心配される点はないわ、比企谷君」

「……そうか」

 

 まあ安心はできないけどな。

 

「それに今の私は彼からアドバイスをもらっていた時とは違うわ。ちゃんと……」

 

 そこから先の言葉はなかった。でも違うことくらい俺にだってわかっている。

 あの花火の音が響く中でお互いがそれを確認したのだから。比企谷八幡も雪ノ下雪乃もそれを認め合うことができていると。

 雪ノ下は再び口を開いて話を続けた。

 

「あと今日から忙しくなるからもしかしたら一緒に帰れないかもしれないのだけど」

「ああ。俺も色々と手伝ってるからまあ待つわ。そっちがひと段落ついたところで声をかけてくれ」

「そう、ありがとね。比企谷君」

 

 

 雪ノ下はとても嬉しそうだった。周囲からは話が聞こえてしまったのか、こちらを見てくる視線が一つ、また一つと増えてくる。まあそうなるわな。

 

「じゃあ作業に戻るわね」

「ああ」

 

 雪ノ下が離れていくと視線が無くなっていき、再び各自がそれぞれの作業へと没頭していった。文化祭まで三日。それまで何ができるのかはわからないが少なくともこのまま行ってくれれば問題はなさそうだった。

 

 

× × ×

 

 

「あの……由比ヶ浜さん。今、大丈夫かな?」

 

 

 そう言って私に声をかけてきてくれたのは同じクラスの男子だった。

 私は今、ヒッキー達と一緒に文化祭準備を手伝っている。去年は私だけこっちの方には参加してなかったからみんなと一緒にできて、ちょっと嬉しい。でもヒッキーと顔を合わせる機会が多くて、その度に気まずくなっちゃう。はぁ……何で前みたいにいけないんだろう。

 ゆきのんとヒッキーが両想いなのは夏休み入る前、思えば二年生の終わりの頃から気付いていた。それまでも疑ったことはあるから変に空気をよんでしまったこともあったけど本当にゆきのんはヒッキーの事が好き。そう確信を持てるようになったのは多分その時だと思う。

 

「大丈夫だけど……どうしたの?」

「うん……ここじゃ話せないから移動してもいい?」

 

 頷いた後はその子と会議室から出て、特別棟の廊下まで移動した。彼は私が手伝っている宣伝……宣伝なんとかのところにいる子だ。うちのクラスのクラス委員で、あんまりこういうことをクラスで盛り上がってた私が言うのはずるいかもしれないけど彼は高杉君側の人だった。

 高杉君はゆきのんの事が好き。それはちょっと前に会った騒ぎで知った。あの時はゆきのんを探して、必死になって探していたがヒッキーが見つけてくれた。ゆきのんは無事で私も安心したけどその日の夜にヒッキーが突然会いたいって言ってきた。

 そしてヒッキーからゆきのんが本当にヒッキーの事を大好きで、ずっと苦しんできたことを知った。それまではヒッキーが悪いと思っていたからずっと責めていたけどちゃんと理由があったことに安心した。けどそれと一緒に私は聞きたくないことを知ってしまった。

 

 ヒッキーもゆきのんの事が好き。

 

 でも私は諦めなかった。諦めなかったけど……やっぱり駄目だった。

 

「あの由比ヶ浜さん……俺さ、前からずっと由比ヶ浜さんの事が気になっててさ……その」

 

 そして今。私はヒッキーとゆきのんと一緒にまた部活をしてるけど二人が仲良く会話をしているところをちょくちょく見かけている。

 その度に思うんだ。

 

「……好きです! 俺と付き合ってくれませんか?」

「ごめん無理」

 

 

 私はまだヒッキーの事が好きなんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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明るい道と暗い道

 

「・・・・・・はぁ」

「その・・・・・・ごめんなさい」

 

 

 文化祭初日。奉仕部の部室には雪ノ下、由比ヶ浜、一色、そして俺が現在先程起きたとある事件について、落ち着こうということで集まっている。

 あまりにも唐突過ぎて、誰も止めらない事件だった。

 

「高杉は?」

「多分実行委員会本部にいると思います。呼びますか?」

「いや。呼んだところであいつの方が立場は上だ。だからさっきの事を中止にするのは難しいだろうな」

 

 

 話は数十分前に遡る。

 

 

× × ×

 

 

体育館のアリーナでバタバタと響く足音が無数に聞こえてくる。体育館内の生徒のざわめく雰囲気は去年とまるで変わっていない。

 オープニングセレモニーまでこぎつけた今日。文化祭もいよいよ本番だ。

 あれから急ピッチで進めた結果、何とか落ち着くところに落ち着いたという形になり、無事に開催することができた。

 そして今回はアリーナの踊場から全体の様子を眺めて、問題なければインカムで連絡する。

 

『こちら問題なし、どうぞ』

 

 そしてもちろん。

 

『了解、では始めます』

 

 雪ノ下もいる。ついでに言うなら、由比ヶ浜もタイムキーパでスタンばっている。

 

 

「みなさーん!盛り上がる準備はーおっけーですかー?」

「うおおおおおおおおおっ!」

 

 オーディエンスの熱気も相変わらずだ。去年のめぐり先輩みたいなコール&レスポンスはないが一色も一色で、生徒達を上手く乗せている。

 

「それでは続いて、文化祭実行委員長の挨拶です」

 

 アナウンスと共にスポットライトに照らされながら、ステージ中央に歩いてくる高杉は去年の相模と違って、余裕の表情を浮かべている。

 

「皆さん、こんにちは。文化祭実行委員長の高杉です。まあ挨拶と言っても、長くなるのはみんな嫌だと思うのでお知らせだけお伝えします」

 

 すぐさまインカム上で驚愕の声が聞こえてくる。

 

『雪ノ下です。お知らせがあるとは聞いていません。どういうことですか?』

『こちら舞台裏です。私達も誰も聞いていません』

『こちらPAです。私達も聞いていません』

『こ、こちらタイム・・・・・・なんとか! こっちもわからないそうです』

 

 由比ヶ浜の声を最後にインカムからは声が聞こえなくなる。

今回のオープニングセレモニーの流れの打ち合わせではお知らせの予定なんて高杉からは聞いていない。つまりあいつの独断でやっているということだ。

 再び雪ノ下の声が響く。

 

『副委員長。聞こえますか?』

『はい』

『あなたは委員長からこのお知らせについて、聞いてますか?』

『ええ。皆さんを驚かせようということで黙ってました。すいません』

『勝手な事をされては困ります。全体の流れに支障が出てしまうと』

 

 と、言いかけたところでステージ上にいる高杉が口を開いた。

 

「お知らせというのは今回の文化祭のエンディングセレモニーです。今年からエンディングセレモニーの後に後夜祭をやることになっているのはご存じだと思います? そこでその後夜祭で一つ催し物をしようと考えています」

 

 オーディエンスのざわめきが再び響く。興味を引くには十分な事だろう。

 

「キャンプファイヤーに有志バンドの演奏。その二つ以外にもう一つ主張タイムみたいなものを設けようと思います。まあ簡単に言うなら、告白タイムみたいなものですよ。定番かもしれませんがこういうイベントにはもってこいだと思いません?」

 

 観衆からはあちらこちらで賛同の声が聞こえてきて、やがて盛り上がりへと変わっていく。

 

『これ以上は看過できません。すぐにやめさせてください』

『し、しかし』

『責任は私がとりますから』

 

 しかし高杉の方が早かった。

 

「でもさすがにいくらそういう場を作っても、恥ずかしいと思う人がいると思います。なので・・・・・・まずはここで僕は主張します」

 

 観衆からはどよめきと期待の声が広がり、ステージ中央に一気に視線は集まっている。

 無論観衆だけではなく、実行委員も全員ステージを見ていた。

 

「まず僕は昔、動画投稿をしてましたっ!今でいうユーチューバーみたいなものかな? 顔を隠してたけど、まあバレてたよねー」

 

 観衆からの笑い声が聞こえてくる。だが高杉はしかし、と付け加えて、

 

「そんな動画投稿をしている時に一人の女性の相談にのってました。あ、一応こうみえて、恋愛講座みたいな動画を投稿してたんですよ。何より驚いたのがその人は僕の好きな人だったんですよね」

 

 ようやく俺は我に戻り、マイクに向けて、口を開く。

 

『すぐにやめさせろ。教員から早く終わらせるように苦情が来てる』

 

 もちろん俺の周りには誰もいないが高杉の話はまぎれもない雪ノ下の事だ。

 プライベートな事を大勢の前で話すとかいくらなんでもシャレにならない。すぐにやめさせようと思ったがインカムからは誰の連絡も来ない。

 

「相談していくうちに僕はもう一度この人の事を好きでいたいって思ったんです。そしたら偶然にも文化祭実行委員で彼女とまた会えることができました」

 

 「くそが」

 

 急いで駆け出して、舞台裏へと急ぐ。もう誰も動かないなら、俺がいくしかない。

 しかし間に合うはずもなかった。

 

「だから僕はもう一度この人に告白しようと思って、今回の企画を立ち上げました。だからここに宣言しますっ! 僕は後夜祭で・・・・・・雪ノ下雪乃さんに告白します!」

 

 その言葉を聞いて、俺の足が止まった。

 

 

× × ×

 

 

 と、いう経緯だ。

 あれから会場は異常な盛り上がりを見せた。すでに全校生徒に「高杉が雪ノ下に告白する」というイベントを知られている。

 無論目の前の雪ノ下もさすがにこればっかりはいつもみたいに怒ることもできず、ため息を吐いていた。

 

「どうしますかね・・・・・・」

「いやっ!どうするもこうするも告白の場に行かなきゃいいだけじゃん!ねえっ!?」

「そ、そうね・・・・・・。別に行く必要ないんだし」

 

 由比ヶ浜に賛同するように弱った声で答える雪ノ下。

 けどそれでは解決にならない。

 

「だめだ。すでに全校生徒に高杉の告白は知れ渡っている。もし告白の場にいなければ、逃げたと思われるだろうから今後の学校生活で変にからかってくる奴が出てこないとも限らない」

 

 もう高杉の計算通りだった。こうすることで無理矢理雪ノ下を公衆の面前に引き出させる。いくら周囲を寄せ付けない雰囲気を漂わせているとはいえど、告白イベントなんていうイベントをすっぽかしたとなれば、彼女に対する周囲の評価は決していいままで終わるとは思えない。

 

「それにまあ・・・・・・高杉って一応イケメンの部類に入るだろ? そんな奴と雪ノ下だ。端から見ればお似合いだろうし、何より断らせることができない雰囲気だ」

「・・・・・あーあ、本当に高杉うざいですねっ!」

 

 一色が足をバタつかせている。ここでゴネても何も始まらない。

 

「ヒッキー、何か手はないの?」

「・・・・・・今のとこは、な」

「・・・・・・とりあえずみんな仕事に戻りましょう。ここで話していても、何も解決しないわ」

 

 そう言って雪ノ下が立ち上がって、教室から出て行く。

 俺も出ようとするが他の二人は下を向いたまま、動こうとしない。

 

「・・・・・・まあなんとかなるから心配すんな」

 

 そう言って、少しは落ち着かせようとした。が、

 

「ううん。違うんだ、ヒッキー」

「は?」

「私ね・・・・・・本当のこと言えば、もしゆきのんが高杉君と付き合うことになったら、ヒッキーともう一度やり直せるかなってちょっと思っちゃったんだ」

 

 由比ヶ浜の言葉に足を止めて、じっと見つめる。

 その由比ヶ浜に続き、一色も口を開く。

 

「私も・・・・・・どうしてもまだ先輩の事を諦めきれてないから、全く思っていないと言えば、嘘になります」

 

 部室の空気はどんよりと変わり、出るに出れなくなった。

 由比ヶ浜も一色も夏に色々あった・・・・・・というか告白してきた二人だ。もちろん大切な二人だし、信用できる相手だがあくまで俺は彼女達を友達、後輩ということで見ている。

 俺の中で彼女というポジションは雪ノ下雪乃以外いないのだ。

 

「その・・・・・・悪いけど」

「わかってるよ! でもさ・・・・・・こういうの初めてだからわからないんだよ。好きな人の事をどうやって諦めたらいいか。それにヒッキーの事を好きでいる限りゆきのんともどうしていいかわからないし・・・・・・」

「昔みたいに戻れないってことか?」

 

 

 その問いに二人は黙っていた。顔を頷くこともしない。

 

「とりあえず時間だ。俺は一回クラスの方に戻るわ」

 

 それだけ言って、教室を後にした。

 好きな人を諦めることができない。俺には今まで経験してこなかったことだ。折本の時は告白したことで人を信用する事、誰かを好きになることに対して、恐怖が生まれた。だからきっぱりと諦めることが出来た。

 現状俺達の関係は俺と雪ノ下が一応付き合っている状態で、由比ヶ浜と一色は友達と後輩。でもこれはあくまで俺からみての関係図で、彼女達から見れば、全然違う関係図となっている可能性はある。

 しかしそれを知ることはできない。それより高杉だ。雪ノ下を引きずり出すことにほぼ成功したんだから、あとはもう告白するだけだ。こういうイベントではその場の雰囲気に乗ることが大事だが後少ない学校生活を少しでも彼女にとってはいいものにしたいと考えるなら今回の件は何とかしなければいけない。

 だが・・・・・・どうしたらいいか全く考えが浮かばなかった。

 

 

× × ×

 

 

「ねえいろはちゃん」

「何です? 結衣先輩。ちなみに私は反対ですよ」

「え? 何が?」

「告白イベントに参加して、先輩に告白するなんてそんなことをして、先輩がどういう気持ちになるかわかりますよね?」

「・・・・・・知ってるよ。でもさ・・・・・・女の子なんだから仕方ないじゃん! 付き合うなら・・・・・・好きな人とかいいじゃん」

「わかってますよ・・・・・・私だってそうですよ。でも雪ノ下先輩と先輩を悲しませたくはないです・・・・・・でも欲を言えば、私だってもう一度チャンスが欲しいですよ」

 

 

 ずるい子だなぁ、私は。

 でもヒッキー。好きなんだよ、本当に。

 ゆきのんよりもいろはちゃんよりも大好きだって言いたい。

 そして何よりあなたから「好き」って言ってもらいたいんだよ、ヒッキー。

 




お久しぶりです。
仕事が忙しすぎて、あまりにもこちらに投稿できず仕舞いでした。
pixivの方では少し活動してたんですけど色々やってたら、かなり後回しになってしまいました。読んで頂いてる読者の皆さん、すいません。
さてこのシリーズももう終わりが見えてきました。
あともう少しお付き合い頂ければ幸いです。

それと宣伝ですが今年のコミックマーケット92に出ることになりました。
知り合いと協力して、イラスト&SS本を作る予定なので確実に決まり次第宣伝させて頂きます。
今後共よろしくお願いします。では


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初めからわかっていたのなら、仕方ない。

続きです。

久々の更新になります。文化祭編ももうすぐ終わりなので
この物語ももうすぐ終わります。

最後までお読み頂けたら、幸いです。

よろしくお願いします。



「は、八幡。そ、そんなに見つめないでよ!恥ずかしいから・・・・・・」

「おぉ・・・・・・・」

 

 思わず感嘆の声が漏れた。

 何故なら俺の目の前にはは天使( 戸塚)がいるのだから。恐らくこの中の誰よりも可愛い君が―そこにいるから。

 

「そもそも何で僕がこんなのを着なきゃいけないんだよ・・・・・・調理だけだったはずなのに」

「い、いや仕方ないかもしれないだろう。人手が足らなかったんだ、うんそうだ」

 

 誰か知らんが心の底からの感謝の意を与える。戸塚のメイド服姿をこの目に収めることができたのは文化祭始まってから最もうれしいニュースだ。

 クラスのメイド喫茶にはかなりの反響で現在整理券配布まで行っている始末。ちなみに戸塚以外にも海老名さんや川崎、あの三浦でさえも着ているのだからかなりの傑作物。もちろん本人の前で笑ったりしたら、後が怖いので黙っている。いや似合ってますよ? 本当に(ちなみに本人はこんな恥ずかしいの着てられるか!と怒っていたらしいが葉山に説得され、渋々着ている模様)。

 とりあえずクラスの方は俺がいなくてもまわってるっぽいし、片づけだけは手伝うと言ってるから、大丈夫か。それじゃあ戸塚にさっそくオムライスを作ってもらい、きゅんきゅんしてもらわないとな♪

 

「比企谷、少しいいか?」

 

そんな天国にも舞い上がる気持ちで戸塚の元へ向かおうとしたところを邪魔してきたのは顔を見るとあの胸糞( 高杉) 悪いを連想させるあの爽やか野郎( 葉山)

ちなみに戸部は後ろで必死にオムライスを作っている。さっきから調理場で「まじで俺、パネェでしょ!?」と、周囲に自慢しているようだ。いやお前ケチャップかけてるだけだろ。しかもお前がかけるのかよ。

 と、まあそれは置いといて目の前の葉山の問いに答えてあげることにする。

 

「断る、俺はこれから戸塚に」

「高杉の事なんだが」

「おい無視かよ」

「今のところどういう処置を取ろうと思ってるんだ?」

 

 もう完全無視ですか、そうですか。別にいいけどな。

 

「今のところ何も。ただこのまま看過するつもりはない」

「だけど全校生徒にはすでにあいつが雪ノ下さんに告白する事が知れ渡っている。もしこのまま見逃せば」

「見逃すつもりはないが・・・・・・どこまでやっていいものかどうかわからなくてな」

 

 きっと以前の俺ならこんな事を言わなかっただろう。依頼をこなすためなら、平気で人を巻き込むし、利用する。その方法を取っていた。

 けれど今、そんなことをすれば雪ノ下は悲しむ。そんな顔を見たくはない。

 きっとそうすれば、俺達はもう戻れない。もう昔じゃないのだから。もうあの時とは違うから。

 

「俺もなんかいいアイディアはないか考えたんだが・・・・・・思い浮かばないな」

「正攻法じゃ駄目だ。相手の意表をつく方法がないとな」

「・・・・・・なあ比企谷。こういうのはどうだ?」

「あ?」

「耳を貸せ」

 

 葉山は近づいてきて、ぼそっと耳に小さい声で伝えてきた。やめろよ、ドキドキしちゃうだろ。海老名さんがすぐ横で幸せそうに見てるから。

 

「・・・・・・本気か?」

「俺が嘘を言うと思うか?」

「むしろ偽りしか感じねえよ、お前からは」

 

 それほどまで葉山のプランは呆れた内容だった。

 

「で、どうする?やるなら急いで、仕上げないと時間が無いぞ」

「・・・・・・最後のプランってことで考える」

「そうか」

 

 まさかこいつの力を借りる日が来るとは思わなかったので思わず苦笑する。それに反応するように葉山も笑みを浮かべる。だからそういうのやめろよ。さっきから鼻血を流しているクラスメイトの女子が出血多量で死にそうだから。

 とりあえずこれで対策方法は一つできたがこれだけじゃ駄目だ。というよりこの方法は少なくとも、成功しないものだと思ってるし、俺個人としては本当にやりたくない。なので文化祭終了までに何らかの手を打たなければならない。

 葉山に別れを告げた俺は教室を出て、まずは三年のクラスを見回る。恐らくあいつは準備室で待機等はしない。きっと今もアピール活動をしているはずだ。味方を少しでも多く増やすことがあいつにとっては有利なはずだから。

 その予想は的中して、E組にそいつはいた。

 

「高杉。今いいか?」

「・・・・・・わかった」

 

 ちょうど女子とトークタイム中なので思いっきり邪魔したようだった。ざまぁ! というより仕事しろよ。去年の委員長の方がまだ仕事していたぞ。

 俺達は廊下に移動して、さっそく聞くことにした。

 

「何であんな事を言った?」

「雪ノ下さんと付き合うためなら何でも利用するに決まってるだろう。味方は増やしたいからな」

「だから周囲を味方につけたっていう訳か」

「お前みたいに一人じゃないからな」

 

 自慢しているつもりなのだろうか。友達とやらは多い方が有利というわけでもあるまい。

 

「なあ高杉。雪ノ下に一度振られてるんだろ?なのになんで諦めない?俺なら一度振られたら、潔く諦めるけどな」

「・・・・・・馬鹿か、お前は。彼女は気付かなかっただけなんだよ。だから俺と付き合った後に後悔する。俺と振ったことを。他の馬鹿みたいな女と違って、清楚で知的で。まさに理想の彼女で」

「ち、ちょっとタンマ・・・・・・くくくっははははは!」

 

 そこまで言ったところで俺は吹き出してしまった。なんだこいつは。最近のラノベでもこんなに頭がハッピーセットな奴はきっといないだろう。

雪ノ下が知的で可憐・・・・・・・笑わずにはいられなかった。どう見れば、そう見えるんだろうか。短い期間だったが雪ノ下とSNS上でのやり取りをしていたというならば、少しは雪ノ下の事を知っているとでも思っていたが大きな間違いだった。

 

「な、何がおかしいんだよ!」

「いや悪いな。あーっ笑った。そういやあいつってそういうイメージだったよな」

 

 久々にこんなに笑ったのかもしれない。そうか、雪ノ下って俺達以外から見たら、こんなイメージなのか。

 俺の知っている雪ノ下雪乃っていう女の子は不器用で、本音を言うのが恥ずかしくて、でも努力家で、笑うと可愛い女の子で―多分俺が世界で唯一好きって言える人。

 そういえばどうして俺達ってこんな関係なんだっけ? 信用してほしかったからか。素直になれようになりたかったからか。

 だから今だって雪ノ下はきっと信じてくれていると思う。なら俺は素直に答えよう。俺の最愛の人に近づこうとするこいつに正直に言ってやろう。

 

「悪いが高杉。雪ノ下はお前の事を好きにならないし、お前と付き合わない」

「はあ!?」

「一応だけど俺の彼女だからな。さすがに彼女が困っているのに何もしないっていうのは彼氏としておかしいだろ」

 

 多分この会話をあとで思い出したら、多分恥ずかしさの余り、壁に頭を何度も打ちつけているだろう。それくらい今の俺は何だか空気に酔っている。

 

「なあ高杉。お前今まで何人の女振った?」

 

 ふいに俺の口からそんな言葉が出てきた。

 

「は?いきなり何言って」

「きっとお前みたいなイケメンは色んな女から告白されてきたんだろうなぁ。だからお前は自分に合う女の子じゃないと満足できないんだろ?自分の中で理想と認められる奴じゃないと好きになれないんだろ」

「さっきから何が言いたいんだよ、お前は!」

「・・・・・・そうやって簡単に人の想いを握りつぶせるのは羨ましいと思っただけだ。気にするな」

 

 そう言って、俺は振り返って、歩き出した。

 高杉は俺を見ながら、意味わからなそうに困惑した表情を浮かべている。そりゃあお前にはわからねえよな。自分なんかを好きになってくれた人がいるんだって思ったことなんてきっとないんだろう。そんな人がいるのに自分には好きな人がいるから、その気持ちに答えられなった時の罪悪感をきっと味わった事なんてないんだろうな。

 

× × ×

 

 

「おにーいちゃん。だらけすぎだよ。文化祭だよ?高校生の一大イベントなんだよ?」

「どんなイベントだろうがさすがに三回目ともなれば、飽きるもんなんだよ」

 

 ちなみに一年目はほぼ不参加で、二年目の去年はまああんな感じでしたよね。

 午後三時。文化祭終了まであと一時間。この時間は特に見る者が無くなって、来場者もぽつぽつと帰り始め、生徒達も片づけをちらほら始める時間だ。多分未だに盛り上がっているのは飲食店関係の呼び込んでる奴らだろう。多分作り過ぎた料理などを処分したいのだが規則上値下げは禁止だし、翌日販売することも駄目だ。なので今日売り切らないと自分達で処理することになる。

 とはいえ、この時間なので食べたいっていうよりむしろ眠くなってくる時間だ。俺も部室で一休みしようと思い、特別棟へと向かっていたのだが途中で最愛の妹、小町との遭遇イベントで、今は二人で文化祭を回っている。今日戸塚のメイド姿見れる+妹と手を握り合いながら、手を握り合いながら!文化祭を回るとか明日大雪か俺、死ぬんじゃね?

 

「というか小町は友達とかと回らなくていいのか?」

「・・・・・・小町、友達がいないの」

 

 そう言って、落ち込んだ表情をみせた。

 え?いや待て待て待て。小町に友達がいない・・・・・・まさか。

 

「もしかして俺の・・・・・・せいか?」

 

 これは中学の時なんだが中学時代の俺はまさに暗黒魔境時代とも言える日々を過ごしてきたので俺の名を知らないと流行に遅れていると言われたレべル。

 で、そんなある日だったんだけど小町が泣きながら家に帰ってきた日があったんだ。血相変えて、慰めようと小町の元に行くと、

「ははは・・・・・・友達にもう話しかけないでって言われちゃった」

 と、小町は無理して笑っていた。

 原因はもちろん俺だ。比企谷なんて名字は同じだから、きっと小町も他人のフリで突き通せない部分があったんだろう。その日以上に俺は自分の行いを悔やんだ日はない。自分のせいで妹にあんな表情をさせてしまったことを本当に後悔している。

 小町が入学してからは特に問題は起こしていないがもし上級生経由で一年生達に俺の噂が流れてきたとしたら・・・・・・。

 

「・・・・・・その、すまん」

「なーんてね!」

「へ?」

 

 パァっと先程の表情とは打って変わって、明るく笑みを見せ始めた。

 

「お兄ちゃん、小町を誰だと思ってるの?友達の一人や二人くらいいるに決まってるじゃん。今の時間みんな部活の出し物とかで回れないから、代わりにお兄ちゃんと回ることにしたんだ」

「・・・・・・」

 

 ちょっとでも隙を見せるとすぐこれだ。可愛げのあるようでない奴だよ。

 

「てか何でさっきから手を握ってるんだ?」

「こうした方がお兄ちゃん嬉しいでしょ?」

 

 さすがだよ。しゃあねえ、許してやるよ。俺が喜ぶポイントを上手く漬け込んでくるとはやりおる・・・・・・。

 

「で、どこ行くんだ?もうやってそうなところなんてないぞ」

「ん?そうだなー。じゃあそこでいいや」

 

 と、小町の見ている先にあるのは一年生の出し物で、教室の前に『ザ・占いベストテン!』とでかでかと書かれた看板がある。

 説明書きを見ると色んな種類の占いをやっているらしくて、誕生日、手相、水晶、星座。予言なんてものもあった。

 今から他のとこいこうにもどうせもうすぐ終わりだし、文化祭が終われば、俺達実行委員は色々と話し合いがある。つまりゆっくりできるのはあと数十分というわけだ。

 

「で、どれやるんだ?」

「うーん・・・・・・せっかくだしこれにしようよ!」

 

 と、小町が希望したのは予言。やっぱ気になるよなぁ、それ。

 係の生徒に案内されて、奥の席へと案内される。カーテンで周りが覆われ、机の上に火のついたロウソクが置かれているだけ。なんとなく雰囲気は出ている。

 

「それじゃあまずこちらの紙にこれからみたい未来について、書いてください」

 

 占い師の恰好をした生徒は紙とペンを差し出してきた。その時ふと後ろの方に、

『絶対当たる!未来視』

『ノストラダムスの予言の全て』

 等と書かれた本が積まれているのがみえた。もう隠す気がないのだろうか、普通に本の表紙も見えている。つかノストラムスはスケールでかすぎだろ。そんなこと聞きたい奴いんの?

 小町はちゃっちゃっと書いて、渡していたので俺も適当に明日についてと書いて、渡した。

 何で明日について書いたのかはわからないけどふと思いついたのがそれだったし、何より知ることに対して、何も恐怖もなかったから。

 紙を渡すと占い師の生徒は紙を重ねて・・・・・・ロウソクの火につけ始めた。いきなりの事に俺達はぽかーんとしている。いや何してんの?まじで。火事起こしたら、本当にシャレにならないよ?

 しかしすぐに水が入ったバケツを別の生徒が持ってきて、その中に紙を入れる。

 

「お待たせしました。ではまずそちらの女性の方から」

 

 こほんと咳払いして、占い師は口を開いた。

 

「一年後ですがあなたは生徒会長として、波瀾万丈の毎日を送ることになり、きっと楽しいだけでなく、辛い日々もあると思います。でも優しい男性があなたを支えている姿が見えるのできっと良い未来が待ってるでしょう」

「本当に!?お兄ちゃん!私、生徒会長だって」

 

 本当にあり得そうな未来でどういえばいいかわからなかった。ま、まあさすがに生徒がやる占いだし・・・・・・いやそんなのはどうでもいい。

 

「おい男性ってどういうことだ」

 

 目の前の占い師を目を細めて、睨むとひっという声と共に怯えていた。

 

「い、いや私の予言ではそう見えましたので」

「根拠は?」

「そ、それは」

「はい、ストーップ。お兄ちゃん、夢を壊すようなことはNGだよ?」

 

 止められてしまったのでここまでのようだ。俺が卒業した後に小町に近寄る害虫がいるとは・・・・・・かくなる上は留年も辞さない。

 

「で、では次にそちらの男性の方なんですけど・・・・・・」

 

 そんなことを思っている間に占い師がおどおどしながら、俺の結果発表を始めようとしてくれていた。

 しかしどうにも困っている様子だった。

 

「その・・・・・・すいません。わかりませんでした」

 

 と、頭を下げられた。

 

「え?」

「未来が見えないってそんなことあるの?」

「は、はい」

 

 申し訳なさそうに占い師は答えた。

 

「まあわかんねえなら、しゃあねえよ。さてそれじゃあいくか」

「うん!」

「すいませんでした・・・・・・」

「いいよ、別に。あ、それと火の扱いだけど念の為明日からは実行委員会で発行した許可証をわかるところに出しといてくれ」

 

 そう言って、腕につけてある腕章を見せると、「は、はい!」と返事をする。権力には適わないようだ。

 教室を出ると残り時間三十分。文化祭初日は間もなく終了を迎える。

 

× × ×

 

 もう見回るものもないので今度こそ部室へ戻ろうと小町に提案したが、

「あと一か所」

 と、言われたので付き合うことにした。まあ妹がそれほどお兄ちゃんと一緒にいたいことを望んでいるなら、仕方があるまい。

 小町に連れられ、次の教室へと行くと思いきや、階段をどんどん登って行き、気付けば学校の一番上―屋上に来ていた。

 ちょうど一年前だった。あの時の俺のステージは今と違う空気があった。青い空の下であんなやり方しかできなかった。今だったら、もっと違う方法であいつを助けることができたのだろうか。葉山とあいつの取り巻きと協力して、自分自身も傷つかないやり方があったのかもしれない。

 でもきっとあの時の俺はそういうことしかできなかった。あの時の精一杯の自己表現であいつとコミュニケーションを取るにはああするのが一番だったから。俺が思ってくれた通りにあの場にいた全員が動いてくれたから。

 

 誰も傷つかない世界。

 

 そんなものなんてきっとないのかもしれない。傷ついて、傷ついて―得るものがある。

 それを何て呼ぶのかはまだわからない。いやわかっているんだろうけどそこだけ俺の頭の中にシャッターがかけられたように見えなくなっている。

 

「へえー屋上ってこんなふうなんだ」

 

小町はフェンスの網から覗き込むように街並みを見つめている。ここから見る景色は二度目。街並みは一緒。でも見る景色は何か変わっている。そんな気がした。

 

「にしてもさっきの占い何でわからなかったんだろうね」

「何がだ?」

「お兄ちゃんの未来だよ。私の未来はわかったのにお兄ちゃんがわからないっておかしいよね」

「そんなこともあるんだろ。むしろそういう演出かもしれないし」

 

 ふいにそう答えていた。

 本音はわからなくて、ちょっとだけ安心していた。恐怖がないって思ってた。思っていたのにわかりませんでしたと言われた瞬間に、安堵している自分がいた。

 

「ねえお兄ちゃん」

「何だ?」

「聞きたいんだけどさ、いろはさんと結衣さんならどっちが好き?」

「・・・・・・唐突になんだ」

「いいから答えてよ」

 

 小町に一歩ずつこちらに近づいてきて、俺の目の前で止まると顔を覗いてくるように見つめてくる。

 

「答えらんねえよ」

「じゃあ雪乃さんと結衣さん」

「お前はいつからそんな悪女になったんだ?」

「雪乃さんかー」

 

 小町はいたずらっぽく笑った。

 初めからわかってるくせに何を聞いてるんだ、こいつは。

 ふと震えを感じた。ポケットにあるスマホからなので取り出すと着信が一件。相手はちょうど話題に出たばっかの女子。

 

「小町、雪ノ下から呼び出しだ。そろそろ」

「じゃあさーじゃあさー」

 

 小町はぴょんとジャンプして、ちょうど一メートルくらいの距離を作って、俺の方を向く。

 

 

 

「小町と雪乃さん、どっちが好き?」

 

 

 

 

 笑みを浮かべる妹。それを見て、呆然とする兄。

 傍から見れば、兄妹に見えないだろう。俺だって、本当に目の前にいるこんなにも可愛い女の子が俺の妹だなんて信じられない。

 

「究極の選択だな」

「どっちも絶世の美女だからね」

 

 悪魔みたいな事を考える子だよ、こいつは。

 その悪魔が口を開いて、話を続ける。

 

「私ね、何でお兄ちゃんの未来が見えなかったのかわかる気がする」

「なら教えてくれ」

「だーめ。だって、お兄ちゃんはもう知ってるはずでしょ」

 

 妹には隠し事ができないと聞くが本当のようだった。

 小町はそう言って、再びこちらに近づいて、正面から抱き着いて、

 

 

 

「お兄ちゃん。負けんなよ」

「任せろ。俺は負け戦には挑まない」

 

 

 そう、負け戦には。

 だから今回の戦いは勝つことしか見えていないのだ。どういう結果になるかなんて考えるな。どうすれば高杉の告白を阻止できるかなんてもう面倒だ。

 

 

 雪ノ下雪乃は素直で、俺の事を信じてくれている女の子。

 

 

 午後四時。文化祭一日目が幕を閉じた。

 

 



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似合わないからこそ得るものがある

「比企谷・・・・・・」

「そんな目で見るのはやめろ」

「いやその驚いてね。まさかこんなに上手いとはな」

「うるせえよ。で、これで終わりか?」

「ああ、あとは・・・・・・」

「わかってるよ」

 

 文化祭一日目。これにて終了。

 にしても・・・・・・明日これで本当に大丈夫だろうか。

 

 

× × ×

 

 

 翌日、文化祭二日目。今日は土曜日なので昨日よりも一般来場者はかなり来ると予想される。今年は去年みたいに制限はない。二日間連続で一般来場者を招いているが昨日は平日なのでそんなには人は多くはなかった。

 そしてその予想は見事に的中。例年よりも人数が多いのは何でも宣伝として、動画サイトに文化祭の案内をアップしたらしいがそこに出ている生徒会長が可愛いと噂が広まったことで人がわさわさと集まっている。つか男が多いんだよ。

 

「・・・・・・おはよう」

「うす」

 

 実行委員の準備室に行くと長机の椅子に座っている雪ノ下がいた。手元には書類が何枚かあり、朝から仕事中のようだ。

 

「今年も報告と違うところをやっているところがいくつかあってね」

「まあ文化祭ってのは気分が浮かれるってやつだろ。こういう一般客が多くて、誰が見てるかわからないところこそ大人しくするべきなのに。つかもう文化祭辞めろよ」

「あなたは家から出たくないだけでしょう」

 

 雪ノ下が笑みを浮かべた。顔を見るとなんだかやつれている様子なのがわかる。

 

「お前寝てないのか?」

「寝たわよ」

「何時間?」

「・・・・・・二時間」

「ほとんど寝てねえじゃねえか・・・・・・行くぞ」

 

 雪ノ下の手を掴んで、無理矢理連れて行く。行き先は学校で唯一ベットがある場所だ。

 

「ほれ」

 

 肩に手を置いて、ベットの上に雪ノ下を座らせる。

 雪ノ下は呆然としていたがやがて口を開く。

 

「・・・・・・仕事が」

「俺がやっとくから。ついでに一色にも手伝わせる」

 

 日頃の恩を返してもらう時だ。約一年分の手伝いの礼としてこれくらい頼んでも文句は言わないだろう。

 

 

「それにしてもあなたもずいぶん大胆になったのね」

「は?」

「みんな見てたわよ」

「あーもういいだろ。どうせ今更だろ」

 

 

 夏休み明けからは雪ノ下と一緒に登校する事が多かったり、花火大会の時も見られていたらしく、二学期早々噂になった。しかしそれに意を唱えようとするのはいなかったがこの文化祭期間で雪ノ下雪乃はあいつに好かれている。だから俺と一緒にいるところを見ると怪訝そうな目で見てくる。火種役はもちろん―あいつだ。

 

 

「んじゃ俺は戻るから、ちゃんと寝てろよ」

「・・・・・・比企谷君」

「あ?」

「私は誰の告白を受けても、あなた以外の人に好意を寄せるなんてことはないから安心しなさい」

「・・・・・・ぼっちになるぞ」

「元々一人だったから心配ないわ。それに由比ヶ浜さんに一色さん、あなただっているじゃない」

「そういやそうだな」

 

 顔を見合わせて、俺達は笑い合った。多分俺は安心してたんだと思う。

 雪ノ下の口から俺以外好きにならない。その言葉だけで体が軽くなった気がする。

 

「じゃあな」

 

 そう言って、保健室を後にする。扉を閉める時、こちらに向けて、先程よりも落ち着いた笑みを浮かべている雪ノ下が見えた。

 予定では後夜祭は午後六時。キャンプファイヤーと有志バンドの演奏とそして告白タイムだ。

 高杉を止める方法は依然として思いつかない。いやアイディア自体はあるけどいちかばちか。それにあとでお咎めは間違いないだろうし。

 しかし比企谷八幡という人間が今までまともなやり方を選んだためしがない。誰かを助けるために自分すら犠牲にする男だ。友人や先生に多大な心配をかけ、時には傷つけたこともあった。

 だからこそ学んだ。間違えたからこそ。どうせやり方に正解はない。人生がそうであるようにきっと俺も正解じゃない。俺だけじゃない。雪ノ下も由比ヶ浜も一色だって間違えた経験はあるはずだ。だからこれでいいんだと思う。それは違うって言う人も出てくるかもしれないけど自分がそう認めているならいいのだと思う。

 

 

「さて行くか」

 

 

 そう言って、俺は準備室へと戻ろうとしたがそれは突然のことだった。視界がぶれ、ぐらぐらとして、やがて横に見える視界に何だと思った時はもう遅い。もしかしたら前から見張られていたのかもしれないけどでもそう思った時には俺の意識は遠のいていた。

 

 

× × ×

 

 

「一体どうしたんだ?」

「あ、平塚先生・・・・・・」

 

 

 時刻は十一時。文化祭が始まって、二時間経過していた。

 生徒会は実行委員と共に対応に追われていたがまさか早くも大きな問題が転がり込んでくるとは思わなかった。私と結衣先輩にとっては。

 

「実は先輩と連絡がとれなくて」

「比企谷と?まだ学校に来ていないとかではないのか?」

「小町ちゃんに連絡したんですけど朝早くに家を出て行ったって」

「そうか・・・・・・何もないといいんだが」

 

 何もない。そんな訳がない。先輩がいなくなって、安心する人間がいるじゃないか。

 私の目の前。実行委員に指示を出して、仕事できますアピールを振りかざしている男。

 

「一色さん?ぼーっとしてないで、来賓の対応手伝ってくれない?」

「はい」

 

 こいつに話しかけられるとどうにも嫌な気持ちになる。というより私と奉仕部の二人に対する態度が他の人と違う。他人行儀っていうならまだいい。ただとりあえず仕事を押し付けて、煙たがっている態度にしか見えない。まあ私の被害妄想かもしれないけど。

 

 

「いろはちゃん」

「あ、結衣先輩。どうでした?」

「駄目。隼人君とか彩ちゃんにも頼んで、トイレとか男子更衣室とかも見てもらったんだけど見当たらないって」

 

 先輩と連絡つかないと教えてくれたのは結衣さんだ。朝のクラスの点呼で先輩の名前に反応がなかったことで来ていないことに気付いて、学校中を探し回っている。

 結衣先輩は高杉の方をじっと睨んでいる。

 

「やっぱりあいつの仕業?」

「だとしても証拠がないですよ。というよりそこまでしますかね?」

「でもヒッキーがいなかったら、このまま告白するだろうし」

「・・・・・・そしたら私が止めますよ」

 

 私の発言に結衣さんが「え?」と驚いた表情をして、声を出してる。

 

 

「きっと全校生徒から批判浴びるでしょうねー。せっかくの文化祭、皆が期待している実行委員長の告白を邪魔したってことで。まあ元々私もぼっちに近いものだからいいんですけどね」

「・・・・・・なら私も止めるよ」

「結衣先輩は友達が沢山いますから」

「ううん。関係ないよ」

 

 きっと結衣先輩はそう言うんだろうなと思っていた。だからきっと私もそう言ったんだと思う。この人ならきっと私と同じように行動してくれると。

 結局こないだ言ってたことは冗談だったんだな。

 

「それに心配ないよ。私の友達にそんなことで、友達辞める人はいないから」

「・・・・・・さすがトップカースト」

「いろはちゃんだって、男子達を手玉に取ってるくせに」

 

 

 あーあ。私の高校生活ってどんなのを想像してたんだっけ。

 友達がそこそこいて、好きな先輩がいて、でも同じクラスの男子が実は私に惚れてるから、ちょっかい出してきたりして。私もその子の事が少しだけ気になってるから、お互いに素直になれなくて。

 夏休みに先輩とその子から同時に告白されて、どっちを選べばいいか迷ってて、でもきっと・・・・・・きっと―。

 

 

「さてどうやって邪魔しますか」

「うーんとね、こういうのはどう?」

 

 

× × ×

 

 

 午後三時になった。文化祭ももう佳境。去年みたいに屋上でヒールキャラを演じているわけではない。周囲に見えるものは積まれたダンボール、ダンボール、ダンボール。

 で、自分の状況はというと体育のマットにぐるぐると簀巻きにされているというどこかで見覚えがある様だった。

 

「ここまでするかよ・・・・・・」

 

 まだ首元がずきずきする。大方スタンガンで気絶させられたのだろう。あれって本当に気絶するんだな、また一つかしこくなった。

 で、状況を整理してみよう。雪ノ下と保健室で別れた、OK。準備室に戻ろうとしたところを襲われた、OK。

 では一体誰が襲ったのか・・・・・・わからない。

 わからないけど心当たりはある。だがいくらなんでもこれは犯罪だ。いやまじでなんなんだよ。ふざけんなよ、かなり痛いんだが。これは訴えることも辞さない。

 で、どう考えるのはいいんだが身動き一つ取れないということは何もできない。恐らく後夜祭終了まで俺をここに拘束して、全てが終わった後に解放。

 いやまじで解放してくれるよな?さすがにこのまま放置とかしないよな?これで俺が死んだら、告白どころじゃないぞ、おい。

 場所はどこかの教室だと思うがさっきから物音一つしない。文化祭期間でどこの教室も賑わっているから、こんなに静かな場所はただ一つ。特別棟だ。

 特別棟ともなると来る人間はほとんど限られてくるが合唱部や吹奏楽部は体育館での演奏なのでこちらに来る人はあまりいない。窓から見える光景から中庭に植えてある木々が見えるところを見ると恐らく一階。

 記憶通りなら一階はほとんど準備室で誰も来ない。つまり助けを呼ぶのはほぼ絶望的だ。

 

「あーくそ!」

 

 誰にも聞こえないので声を出す。

 こうしている間にも雪ノ下の事が心配だ。時間だけが過ぎていく。

 由比ヶ浜や一色も何か理不尽な事に巻き込まれていないだろうか。高杉が俺の次に懸念しているといえば奉仕部と生徒会だ。邪魔されないように阻止するに違いない。

 ・・・・・・本当に無事だろうか。

 

 

 

 

 

 

 そういえばあの二人との事もきちんと解決したわけではない。

 由比ヶ浜も一色も俺が振ったことで、変な溝が生まれている。今回も俺達が奉仕部だということでもう一度集まり、関わることになった。

 でも根本的なことはなにも終わっていない。だから文化祭が終わったら、きっとまたあの二人とは疎遠になってしまうかもしれない。もう二度と話してくれないかもしれない。

 そうまでしてでも比企谷八幡は雪ノ下雪乃の事を好きでいるべきなのか。由比ヶ浜結衣か一色いろはを選ぶべきだったのだろうか。

 

 

 

 ・・・・・・いやどんな理由でも俺は選んだはずだ、雪ノ下雪乃を。

 一体何回間違えれば俺は覚えるのだろうか。もう呆れて何も言えない。

 だから何回も思い出す。あの約束を。

 素直になりたい彼女と信用してほしい俺を。いやきっとどちらかじゃない。

 雪ノ下雪乃は俺の事を信じて、常に素直で。

 比企谷八幡は彼女の事を信じて、常に素直で。

 

 そういう関係が欲しい。それが俺の求めていたものだから。

 

 

 

「あー!とりあえず誰かこい!今すぐこい!なりたけぐらいなら奢ってやるから!」

 

 焼肉ぐらいおごってやれよと思ったがあいにく財布がピンチなのだ。

 でもその想いは、

 

 

「ハッハッハッハッ!我を呼んだか!親友よ!( とも)

 

 

 届いたようだった。この学校で俺の数少ない―

 

 

「ちなみに助けてほしくば、次のイベントの手伝いにこい!あいにく買い出し班の人数が足らんのでな」

 

 ・・・・・・いやただの中二病だった。

 時刻は午後五時四十分。エンディングセレモニーが終わる時間で、後夜祭が始まろうとしている時間だった。

 

 

 

 

 × × ×

 

 

「材木座。外にいるのか?」

「うむ。先程生徒会長からお前も探せと命じられたのでな。クラスの出し物は片づけだけ参加すればいいから、暇を持て余していたが親友の一大事ともあれば拙者はどこへいようと」

「わかったから、早くあけて助けてくれ」

「・・・・・・すまんがそれはできん」

 

 は?こいつ何を言ってるんだ。

 

「さすがにこの状況でそんな冗談は笑えねえぞ」

「冗談ではない。何故ならこの教室の鍵を我は持っていないからな」

「だったら、職員室へ行って、早くもらってこい!」

「り、了解!」

「・・・・・・それともう一つ頼みがある」

 

 

 それから二十分して、ようやく俺は簀巻き状態から解放された。

 時刻は六時十分。もう後夜祭は始まっており、バンドの演奏がここまで聞こえてくる。告白タイムは有志バンドの演奏が全て終わってから。参加バンドの演奏時間は四~五分になり、参加バンドは六組。早くて、あと三十分後になるので後夜祭会場である校庭に向かう。

 だがこういうクライマックスな展開は邪魔する悪役というのは定番の流れというものである。

 

 

「比企谷さん。あなたを向かわせるわけにはいきません」

 

 

 実行委員の連中が教室棟へと向かう渡り廊下のところに立ちふさがるように奴らは立っていた。

 もちろんこちらはヒョロヒョロの俺とデブの材木座で、向こうはなんか筋肉もそこそこついていそうで、力だったら間違いなく向こうの方が上だ。

 

「高杉の命令か?」

「命令じゃない。ただ友達の恋路を応援してあげたいんだよね」

「それは構わねえ。でもそれが何で俺が後夜祭に行ってはいけない理由なんだ?」

「言わなくてもわかるだろう。お前はあいつの邪魔をするに決まってるだろ」

 

 この状況は傍から見れば、俺と材木座が敵で向こうが正義のヒーローといったところか。

 相変わらずこざかしい雑魚役が似合うな、俺は。

 

「ああ。そうか、それじゃあ仕方ねえ。奉仕部の部室にでも戻るとするか」

 

 諦めの言葉を口にすると向こうもそうだろうなみたいな顔をして、こちらをみてくる。

 そりゃあ常識的に考えればそうだろうな。ただこの総武高校に通う生徒なら知っていることだが比企谷八幡がどんなに姑息な奴か知っているはずだ。

 俺は一階の出入口へ行くと予想通り実行委員の連中が通らないように見張っている。これでもうあいつらは俺がここから抜け出せないと思っている。

 が、全然出入口はたくさんある。そこらの教室中に。

 

「じゃあ材木座。後は頼んだぞ」

「うむ」

 

 と、窓を開けて、下を見押すと懐中電灯を持った戸塚がこちらを照らしてくる。

 

「八幡、急いで!」

「ああ、悪い」

 

 下ろしたロープにつかまって、壁沿いにそのまま降りていく。

 でも俺の人生に計画通りと言う言葉はない。

 

「おい!何をしてるんだ!」

「げふぅ!?何故バレた!?」

 

 もちろんこの可能性も考えていなかったわけじゃない。きっと俺の様子を監視するために奉仕部の部室まで見に来ることを予想はしていた。

 

「あーもうこの距離なら大丈夫だろ!」

 

 そう言って、地面から一、二メートルくらいの距離から飛び降りた。

 怖さはあったが痛みは全然・・・・・・

 

「いってえええ!」

 

 あった。かなり痛い。これ骨折してるだろ。そうでなくても、ヒビくらいは入っているはずだ。

 しかし痛みを抑えている時間はない。きっとすでに一階の連中にも話が伝わっているはずだから、早く急がないといけない。

 

「戸塚、今何時だ?」

「えーと六時三十分」

 

 手元の時計を見て、戸塚は答えた。もう時間が無い。

 校庭へと急ぐが後ろからこちらを追っかけている声が聞こえてくる。

 

「はぁ・・・・・・あんたって本当に敵ばっかだね」

 

 そう言って、ため息をつきながら答え、俺の目の前に現れたのは実行委員の連中―ではなく、頼れるクラスメイトであり、うちの兄妹に負けないくらいのブラコン。

 

「どうしてここに川崎がいるんだ」

「手伝えって頼まれたんだよ。私は早く帰りたかったんだけどさ」

「そうか・・・・・・って悪い。時間がねえんだ」

「知ってる。あれは私に任せて、早く行きな」

 

 

 何この展開。アニメなの?本当にこれアニメなんじゃないの?

 仲間が一気に集結して、助けてくれる王道展開とか盛り上がるよな。王道だからこそ高揚感を抑えきれない。

 川崎に任せて、あとはいく。何やら怒鳴る声が後ろから聞こえてくる。あいつに怒鳴られたら、さすがに威圧感が増して、その場から動けないだろう。いやいつも怖いとか言うわけじゃないよ?

 しかし材木座、戸塚、川崎とこんなにも助けてくれる人がいる。あとは最後の作戦のみ。

 

「比企谷!」

「悪い、野暮用で遅れた」

「・・・・・・遅いぞ」

 

 舞台裏に着くと葉山が相変わらずのイラっとくる笑みを浮かべていた。

 今回の葉山バンドは少々メンバーが去年と変わっていた。戸部、大岡、大和、葉山、三浦から戸部、葉山、戸塚、三浦、海老名さんと女子の比率が少し上がったメンバーに変わったようだった。

 しかし現在スタンバっているのは葉山だけのようで、残り三人の姿が見えない。

 

「他の連中は?」

「ああ。みんな君を助けるために頑張ってるよ」

「頑張ってる?」

 

 そういえばここに移動するまでにも結構な時間があったのにまだ葉山の演奏が始まっていないのは変だ。

どうしてと思うとちょうど演奏が終わり、観客の熱狂となった声が響く。そうして舞台裏から見たステージには見覚えがある顔が五つ。

 三浦、海老名さん、戸部・・・・・・そして一色いろは、由比ヶ浜結衣。

 あいつらが有志バンドに参加するなんて聞いていない。なのにどうしてステージに立っているのだろうか。

 

「ふー。あ、ヒキオ遅すぎ」

「ヒキタニ君待たせすぎでしょー。まさか本当に急遽やると思わなかったし!」

「あーこれから後一曲とかいけるかな。ヒキタニ君と隼人君のダブルボーカルが見れるなら・・・・・・」

 

 一人不気味な笑みを浮かべているメンバーとやりきったことに笑顔を見せる二人。

 そして―

 

「本当にどこにいたんですか?探したんですよ」

「ほんと、ほんと。まさかまた歌うことになるとは思わなかったし」

 

 不満を口にしながらも、こちらも清々しい笑顔だった。

 

「よし。じゃあ準備するから、もう一度みんなきてくれ」

 

 葉山の方に戸部達が集まり、俺の周りにいるのは由比ヶ浜と一色だけ。

 

 

「ねえヒッキー」

「何だ」

「私はヒッキーが大好きだよ」

「・・・・・・そうか」

「でもね、それくらいゆきのんの事も好きなんだ。フラれてからもどうにかしてヒッキーと付き合えないかなあってずっと思ってたんだ。でもさ、どんなに考えても、私とヒッキーよりもヒッキーとゆきのんの方が似合うって思っちゃうんだ」

 

 この気持ちはなんと呼べばいいんだろうか。それは誰にもわからないかもしれない。でもわかっている。それが人間だ。

 目の前で目を潤わせながら、それでも必死に笑顔を維持し続ける彼女もまた人間なんだ。

 

「だからさ、絶対ゆきのんを守ってよね」

「・・・・・・まあやってみるわ」

「本当ですよ。というか私がみんなの前で歌うなんて超貴重だったんですからね」

 

 もう一人の女の子は自信満々に笑っていた。

 

「せっかくなら見たかったな」

「残念ながら一回きりですよ。まあでも私の彼氏になったら、考えてあげなくもないですよ」

「・・・・・・先輩ってことで負けてくれないか?」

「仕方ないですねえ。まあ先輩の歌声がそこそこ良ければ、考えてあげますよ」

 

 

 どうやら楽しみがもう一つできた。

 後ろを見ると四人はスタンバっている。さてそれじゃあ始めようか。

 去年とは全く違ったステージだ。観客は俺にしてみれば、異常な人数の全校生徒千人以上。そんなたくさんの人の前でこんなことをするなんてぼっちにとってあるまじき行動だ。

 

 

 ところで肝心なことを疑問に思うかもしれないが比企谷八幡は歌がうまいのかどうか。

 それに関しては安心してほしい。こうみえてカラオケでの得点は高得点。

 キャラソンの持ち歌はかなりある。これ以上は野暮なので控えることにするか。

 

 

「ま、やってみますか」

 

 

 

 

 

 

 




次回で終わりです。

最後までお付き合い頂ければ幸いです。



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雪ノ下雪乃は素直になりたい。

 ―去年彼女達がステージに立った時もこんな気持ちだったんだろうか。

 

 

 葉山が挨拶を始め、観客の熱狂は一層盛り上がっている。

 ボーカルの俺は特に言うことも無いので葉山のメンバー紹介の際も小さく頭を下げただけだ。観客の反応は微妙だったが予想通り。

 

「それじゃあこれでトリだから、みんな盛り上げてくれよな」

 

 葉山の声に反応して、会場の熱気はヒートアップ。あとで近所から苦情がくるんじゃないかと心配するレベル。でも俺が集中しなきゃいけないのは目の前の事だ。

 ぐるっと見渡す。葉山達の演奏は二曲で、一曲目に俺は出ない。その為舞台裏に下がって、その様子を見守る。

 演奏している曲は数年前に流行ったバンド活動している大学生の青春映画の主題歌の曲で俺もかなり聞いていた。あれからもう数年経ったんだなと思うと同時に今でもこんなに人気なんだなと圧倒された気持ちになった。

 そしてすぐに出番はやってきた。

 

「比企谷、準備はいいか?」

「・・・・・・ああ。いつでもいい」

 

 メンバーは変わって、俺、ベース葉山、ギター戸部、ドラム海老名さんと珍しい組み合わせになった。ただ戸部は嬉しそうだった。まだすきなのか、こいつ・・・・・・。まあ人の事は言えないか。

 葉山からマイクを手渡され、受け取るとすっと息を吸った。そして優しく吐いて、もう一度口を開く。

 

「えーなんだ。次の曲入る前に一つだけ宣言しときたいことがある」

 

 なんだなんだー!と声が上がる。こういう文化祭ではオーディエンスが勝手に盛り上げてくれるから、こちらから雰囲気などを作る必要はない。

 高杉がそうしたのなら、こちらもそれを利用させてもらうだけだ。

 今更俺の悪評高い噂を知らない奴はいない。ならこの事も全校生徒に知ってもらおうと思う。

 ステージの真ん中に立ち、ぐるっと辺りを見渡して、そしてはちきれんばかりの大声で、

 

「お前ら、よく聞けー!」

 

 と、声を上げる。

 

 

「奉仕部三年の!比企谷八幡は!」

 

 もう恥ずかしさとか関係ない。

 

「同じ奉仕部三年の雪ノ下雪乃の事が!」

 

 だから素直に言えばいいだけ。

 

「大好きだ!もう大好きって言葉じゃ表せないくらい大好きだ!」

 

 多分あの時から。

 雪ノ下が自分を変えようとした三年の始まり―。

 

「高杉が告白する?ふざけんな!だったら、その前に俺が告白してやる!」

 

 それから色々あって、お互いありのままで―素直でいようと努力した。

 

 

「雪ノ下!俺は頼りない人間だし、姑息なやり方で依頼をこなすときもあるし、時には思ったことも言えない時だってあるし、カッコよくねえよ」

 

 

 友達と後輩から―妹からだって慕われていた。

 

 

「それでもお前と誰かが付き合っているって事実を認めたくねえ。そんな未来見たくもねえ」

 

 何より信じることができる相手を好きになれた。

 それはもう幸せと言っていいものだろう。

 

「だから雪ノ下。俺と付き合ってくれ!・・・・・・話は終わりだ」

 

 

 恥ずかしさを紛らわすように葉山に目配せするとすぐに他の二人も気を引き締めた表情になり、演奏が始まった。

 観客はなんだかわからないといった表情でぽかーんとしていたが演奏が始まるとすぐに盛り上がってくれた。

 歌う曲はずっと昔のアニメのエンディング。それをバンドverにアレンジしたものだ。

 カラオケでも歌ったことがあるので曲の感じは耳に残っていたし、歌詞も覚えていた。だから昨日の今日でも完璧とは言わないが合わせるのはそんなに難しくなかった。

 

 ―演奏が終了した。

 

「い、以上で有志バンドの演奏を終わります」

 

 司会役の生徒が慌てるように終わりの言葉を言った。

 生徒達も先程俺の宣言に話題を戻し、ざわついている様子だった。

 

「まあこんなもんだろ」

 

 高杉みたいにみんなからの応援なんていらない。

 そもそも応援してもらわないと告白できないなんてその程度の想いなんだよ、と笑いながら言ってやりたい。

 そう思い、ステージを後にしようとすると舞台裏口から誰かが入ってきた。

 思わず、その場に立ち止まり、そいつの顔をじっと見つめる。

 

 

「全校生徒の前で告白なんてまた黒歴史が増えるわね」

「黒歴史だろうが歴史は歴史だ。残した方が後世にも伝わるってもんだろ」

 

 そう答えると呆れたように雪ノ下雪乃は笑った。

 

 

「葉山君、マイクはある?」

「ああ、はい」

 

 準備をしていたのか葉山は手に持っていたマイクを雪ノ下に手渡す。

 他の三人は空気を読んでだろうか、舞台裏にひっそりと姿を消して、残ったのは俺と雪ノ下だけ。

 見守るのは全校生徒。

 

 

「比企谷君、先程の返事なのだけれども」

 

 

 マイクに向かって話す声は大きく響く。

 まじかよ、全校生徒の前で告白OKとかぼっちのすることじゃないな。もうリア充いやそれ以上の存在だろ、これ。神?

 

 しかしそう浮かれていたのは一瞬のことで、

 

 

「ごめんなさい、あなたと付き合えません」

 

 と、雪ノ下は全校生徒の前で俺の告白を断った。

 

「へ?」

「あなたとは付き合えないって言ったのよ」

「は?へ?」

 

 もう頭の中が真っ白だった。

 高杉が腹を抱えて、大笑いする声が聞こえてきそうだ。

 ああ・・・・・・恥のかき損だろ、これ。

 そう思った矢先だった。

 

 

「・・・・・・今は、ね」

「へ?」

「どうしても私と付き合いたければ卒業までに一日一回教室まで来て、私に告白しなさい。学校がある間は毎日よ」

 

 得意げに笑う雪ノ下の提案に一気に観客が盛り上がった。

 時刻は予定していた告白タイムにさしかかり、これ以上俺達に時間を取られるのはまずい。すぐに場所を変えようと口を開こうとしたが、

 

「とりあえずもう一度私の前で告白しなさい」

 

 と、期待した眼差しを向けられた。

 

「お前・・・・・・さすがに嘘だよな?」

「私が嘘つくように見える?」

 

 もうお手上げです。

 そんなわけで皆さん、もう一度お聞きください。

 

 

「雪ノ下雪乃さん・・・・・・好きです。付き合って下さい」

「嫌です」

 

 

 こんな公開処刑をあと百日くらいやるのか・・・・・・。

 

 

× × ×

 

 

 

 桜の花びらが舞い、冬の寒さも消えて、温かくなってきた三月。

 先程卒業式が終わり、奉仕部部室には部員一同で、俺達の送別会が開かれていた。

 

「そういえば次の部長って誰がなるんすかね?」

 

 ふと川崎弟である大志が呟いた。

 

「そういえば決めてなかったわね。小町さんでいいかしら?」

「え!?そんなあっさり決めていいんですか?」

「元々前から候補としては決めていたから。先生もそれでいいですよね?」

「ああ、比企谷妹なら上手くやれるだろう。兄と違ってな」

 

 なんか最後まで非難されてる気がするがまあ俺にはちょうどいいもんだ。

 

 

 一応文化祭後の話をするとあれから俺は毎日のように雪ノ下のクラスへ行き、クラスメイトの温かい目で見守られながら、告白する毎日を送っている。時には動画を撮られ、SNS上に流されるなどして日本中どころか世界中に知れ渡りそうになった。

 しかもその度に雪ノ下はというと、

 

「そう、ごめんなさい」

 

 と、楽しそうに振る。

 それの繰り返しになる。しかも適当に告白すると「そう、その程度の愛だったのね」と不機嫌になるのだから、扱いには困ったもんだよ。

 けどそれも今日で終わりである。

 

「あ、ジュースがないや。ごめん、お兄ちゃん。ちょっと買ってきて」

「卒業生をこき使うのかよ」

「てっきりお兄ちゃんは留年すると思ってたからさ」

 

 小町は笑顔でそう言った。こいつ・・・・・・。

 

「あ、申し訳ないんですけど雪乃さんも一緒にいってもらっていいですか?」

「え?」

 

 雪ノ下が呆気に取られていたがその場にいた全員が笑みを浮かべながら、雪ノ下を見つめていた。

 はぁ・・・・・・そういうことか。

 

「わかったわ。少し待ってて」

「はーい、お願いします」

「あ、ヒッキー。アイスも買ってきてー」

「せんぱーい、ついでにケーキも」

「比企谷。缶ビールも頼んだ」

 

 

 お前ら頼みすぎだろ、俺の財布に金があると思っているのか。

 つか最後のは駄目だろ・・・・・・。

 そう思いながら、俺と雪ノ下は特別棟から教室棟へと移る。

 

 

「先に寄りたいところがあるんだけどいいか?」

「ええ」

 

 どこに寄るかなんて今更聞くのは野暮すぎる。

 行先はJ組、雪ノ下の教室だ。もう生徒達は馴染みの教室からそれぞれ後にしたらしく

誰もいなかった。

 

 

「今日で終わりだな」

「まさか毎日続けられるとは思わなかったわ。やっぱりあなたってマゾ?」

「ちげーよ。本当・・・・・・この二年間お前から安らぎの言葉をもらったことがないな」

「言ったでしょう、私は嘘をつかないって」

 

 知っている。知ってるけど時には人に優しくすることも覚えようね?大学生終わったら、社会人になるんだから。

 

 

 ―さてそれじゃあやりますか。

 

「雪ノ下」

「何?」

 

 窓から外を眺めていた彼女はくるっと振り返る。ちょうど風が流れて来て、気持ちいい。

 桜の花びらもまるで場を作りに来たのか何枚か入ってくる。

 

 

「お前の事が好きだ。俺と付き合ってほしい」

「・・・・・・そう。それじゃあ私も一言」

 

 そう言って一歩ずつ俺の元へ近づいていき、俺の目の前で止まった。

 そしてニコっと笑顔を見せて、

 

「好きよ、比企谷君。私とずっと一緒にいてくれる?」

「ああ」

 

 それから俺達は素直に―その場でキスをした。

 

 

 




最期まで読んでくださり、ありがとうございました。
途中からあとがきもなんて書けばいいかわからず、放置気味でしたが
今回で終わりなので少しだけ書かせていただきます。

まず今回の作品を読んで下さり、ありがとうございました。
そして約半年近くも作品に付き合ってくださり、本当にありがとうございました。
元々pixivでもストーリー物を一つ作っており、そちらも半年近くかかったのでちょうど同じくらいですね。

本来ならばカラオケで雪乃と八幡との話し合いで一区切りつける予定でしたがもう少しだけ書いてみたいと思い、話を続けてみました。
書き始めてから、色々なご意見を頂いて、考え悩む事が増えました。まだまだ私が原作を理解できていないんだなと思うところもたくさんありました。その節はコメントにて感想を頂き、ありがとうございました。

こうして終わってみて、改めて評価を見るとちょうど半分くらいです。
この投稿後上がるかもしれないし、下がるかもしれませんがこれが今の私の実力です。
ここからどれくらい上がれるかは多分これから先も書き続けていけばわかると思います。
でも評価をもらう以前にまずは自分の好きなものがかけるか。
私の中でそれを大事にしながら、いつもSSを書いているのでこれからもその気持ちを忘れずに頑張っていこうと思うので
どうぞよろしくお願いします。

しばらくは夏コミ原稿があり、色んな人からダメ出しを食らう予定なので投稿はありませんが終わったら、今度は新しい物語を考えてみようと思います。

最期までお読み頂き、ありがとうございました。

では



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