灰の大狼は騎士と会う (鹿島修一)
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ダークソウル
1話


ある日、俺は狼になっていた。

 

小さな灰色の狼になり、周りの群れの者は俺の事をまるで迫害するかの様に責め立てた。身体が小さいからだ、周りの狼は俺の様に小さくなく、大きい身体をしている。

俺はきっと、自然界に生き残れない。生存できない、だから俺に吠え立てる彼等の気持ちも分かる。俺なんかを群れに置いとけば、他の者がきっと犠牲になるかも知れない。

 

それに、俺はなんで狼なんてなっているのだろうと考える俺には何かが合わなかったのかもしれない。人間と過ごしていたいんだろう。

 

 

俺は雪の降る寒い時に群れを飛び出して行った、俺には居場所が無くて、1人だけ仲間外れは嫌だった。それなら、1人になるしか無いと思いついた俺は駆け出した。

人の世を見たいから、人間の時の記憶を見ていたいから。

 

 

走って走って、走り続けた。俺の身体では狩りが出来ず食うものが無くても走った。腹を空かして、懸命に走ると俺は一つの街道に辿り着いた。

これを辿っていけば人の居る所に着ける、そう考えて走って、俺は変な集団を見つけた。

 

一つの馬車を囲む様にして何人かの骸骨の様な鎧の人達が馬車を襲っていたのだ。

あんな鎧を着ている者が人を襲うのもそうだが、それ以上に俺は骸骨の剣士達に恐れをなしていた。まるで深淵を垣間見た様な気分に陥る。

 

怖く無いと言えば嘘になった、それを騙す様にして喉を限界まで開いて俺は雪の中を吠えた。

 

届け、何処までも俺の遠吠えよ、誰か俺に気が付いてくれとそんな願いを持って吠えて俺は骸骨の剣士達に襲い掛かった。

 

 

だったの数刻だけで俺の身体は限界に来て、雪の中に沈み込んだ。

俺は全ての剣を避けきり、身体に外傷は無いのだが腹が減った。動けない、それだけの理由で身体を雪に着けて剣士達を見上げる。

笑っている様な顔をしているのは分かった嘲笑だろう、そんなに馬鹿らしいのか人を助けるのが?

 

狼が人を助けてはいけないなんて、無いだろう。

 

何処か遠くを眺める様にして剣が振りかざされて、大地が振動した。

身体を揺らす振動は大きくなっていって、俺は群青のマントの騎士を見た。

 

顔も見えぬ騎士なのに、何処か怒っている様だ。

馬車を一瞥して、俺の事を見ると、騎士は駆けた。

俺よりも早く大地を蹴って進み、剣士達を切り裂いていく。大剣が剣をへし折って、盾が身体を粉砕する事もあれば剣が切り裂いた事もあった。

 

アッサリと幕を閉じた死闘は無傷の青い騎士が制した。

 

 

よお、遅かったな。馬車の人は生きて無いよ。

そう言った意味の言葉を口にしようとしても、俺の口は話してはくれない。小さく狼の鳴き声が漏れるだけ、フーと鼻息が漏れるのは俺が嘆息をついたからだった。まさか人に言葉を伝えるのが此処まで大切だとは気付かなかった、この騎士は人では無いのだろうけどな。

3メートルも有りそうな巨躯の騎士なんて人間には見えないだろう、少なくとも俺には人間には見えないな。

 

「馬車を、護ろうとしたのか?」

「クフー」

 

何を今更、それともこの身体の小さな狼が一匹で馬車を如何にか出来るとでも思っているのか。騎士は俺が剣士にやられそうな所を見ているだろうに。

まあ、狼の言葉なんて理解できるなんて思わないけどさ。

 

「そうか、良く頑張ってくれたな・・・」

 

どうせ俺が何を言おうとした事も分からない癖に、勝手に解釈をする。でもそれで良い、俺は狼であんたは騎士なんだから。

 

「狼が群れから離れるとは。行く当ても無さそうだな、私が引き取っても良い物だろうか?」

 

王はなんと言うかとブツブツ独り言を呟く騎士に連れて行ってくれるなら頼みたいとばかりに力無くその鎧に包まれた腕を舐める。うえ、変な味だ。

 

「むっ?君も連れて行って欲しいのか?・・・まあ、構わないだろう」

 

そう言うと騎士は俺を抱え上げると、寒く無い様にとマントに俺を包んでくれた。爪を立てない様に大人しく丸まり、別に寒くは無いのだがと思いながら。

俺は何処か暖かいマントの中で目を閉じて眠りについた。何より人工的な暖かさが久し振りでそれを感じていたかった。

 

 

 

 

気が付けば俺は暖かな木々の生える庭の様な所で目を覚ました。

周りを見渡せば近くには大きな城がそびえ立ち、俺の事を遠目から眺める銀色の騎士達の姿も見える。

 

「あれか、アルトリウス様が連れ帰った狼とは?」

「ああ、何でもダークレイス共から馬車を護る為に闘ったらしい」

「素晴らしい狼だな」

 

どうやら銀の騎士達は俺の噂をしているらしい、それにしても一体何をどう説明すれば俺がそんな勇敢な狼の様な話になるのか。俺は群れから逃げて人に会いたかっただけなのに。

 

まあでも、こうやって人の会話の聞こえる喧噪とまでは行かないまでもそういった空間に居ることが俺の心を落ち着かせてくれる。どうしたら良いかは分からないが、仮初めとは言え飼い主にあたるアルトリウスとやらを待っていよう。変に動き回って斬られても溜まったものでは無い。

 

 

「どれだ、アルトリウス?」

「あの狼だ」

 

噂をすれば何とやら庭にはアルトリウスと呼ばれた騎士に続いて黄金の鎧を纏った騎士も連れていた。

 

「小さくは無いか?俺は勇敢な狼と聞いたが?」

「小さくとも勇敢だ、そうだろ?」

 

なんだ、どう反応すれば良いのだ。

取り敢えず鳴いとくかと元気に吠えてみればアルトリウスの方は満足したのかどうだと黄金に身体を向けた。

 

「う、うむ?まあ、良いのではないか。王からは許可は貰った様だ、裏庭なら使っても良いと言われたのだから俺は構わん」

「うむ、オーンスタインも分かってくれたかこの者の勇敢さを」

 

あー、アルトリウスは少しばかり天然入っているんだな。でも何処か完璧とは離れていて俺は好感が持てた。

 

「それで、この狼の名はなんと言う?」

「・・・決めてなかったな。お前は何が良い?」

「お前・・・、狼は喋らんぞ?」

 

名前、そう言えば名前か。

ーーー俺は何時も低い地位にある者だ、群れから離れて剣士にも負けた。でも納得はしていない、それは俺が幼い故だ、何も分からないからだ。だからいつか大きくなる事を願った。

 

「む、何処に行くのだ?」

「お前に呆れたのだろう」

 

トコトコと草が生える所では無く、爪でも刻める土の所まで行くと爪を立てた。

 

俺の名前は”Sif”

高く飛び立つ者、この小さな身体を大きくして躍動する者。

だからこそシフ、それがきっと俺に一番相応しい名前だと感じた。アルトリウス、貴方に救われた恩は必ず返す。

何年かかろうとも、俺に言葉を話す人の世に連れ出してくれた事も含めて。

初めて俺に優しくしてくれたから、必ずだ。

 



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2話

俺がアルトリウスに拾われてから一年が経った。

俺が住む事を許された裏庭は広く、流石はあれだけの城を作った事だけはあり俺が不自由する事は無かった。半年かけて漸く森の地理を把握しきれたのを考えると本当に広い庭だ。

 

「ふっ、はっ!」

 

俺が小さく丸まる所の近くではアルトリウスが大剣を振るう、素振りだろうかそんな事を繰り返している。

その動きは力強く、素人の俺にさえその躍動感を感じさせる程だ。豪快にして痛烈、強烈にして鮮明にその動きは俺の脳に刻まれて行く。

今ならその一部の動きを繰り返す事だって出来る様になった、その一部は騎士が使うよりも俺達の様な獣が使うに相応しい様な荒々しい攻撃的な動きだ。

それでもアルトリウスの動きは獣よりも洗練されてより獣らしい動きだ、狼騎士の異名は伊達ではない。俺を世話する様になってからアルトリウスは狼騎士なんて呼ばれる様になったが、成る程と感じられる程に彼の剣技を見るたびに思う。

 

恐らく人や同型を相手にする事は余り無かったのだろう、何方かと言うと自分よりも大きな物を相手にする時の破壊力と機動性に満ちた動きだった。

 

 

ドサリと俺の横に腰をついた彼に良いのかと視線を送る。庭に腰をついてしまってはアルトリウスの服が汚れる、騎士鎧では無くて絢爛な服装だからだ。

 

「なに、構わんよ。私は余りこの服が好きでは無いからな、下の者に示しが付かないと言われてな」

「オン!」

 

土が付いてれば其方の方が示しが付かないだろうと思いながらも彼を眺めていると、背後に誰かが立っていた。

 

「お前はまた、そんな服で座っているのか?」

「んっ?ああ、キアランか」

 

仮面を着けた彼女はキアラン、周りに誰もいない事を確認すると仮面を外す。其処には美しい女性の顔がある、人間と同じ大きさの彼女だった。

 

「どうした、シフ?」

「フー」

「・・・」

 

アルトリウスの膝下に転がり込んで優雅に前足を揃えると、キアランにドヤ顔を向ける。彼女は少なからずアルトリウスに好意を持っている、だからからかうのが面白い。そして彼女は俺がちゃんと思考しているのを知っている、だから顔は変わらないのに腕に力が込められる。

ぐぬぬ・・・、とでも言いたそうな顔が面白くなる。

 

まあまあ、そんな顔をしないでくれよ。

 

近くに佇むキアランの足元をちょんちょんしてから、座るアルトリウスの膝下に導く。

 

「どうすれば良いんだ、私は?」

「座れば良いではないか?」

「しかし・・・」

「何か問題でもあるのか?」

 

この通りアルトリウスは天然入ってるから余り気にしないのだ、渋々といった風にアルトリウスの膝下に座り込むキアランの膝下に俺が丸まる。

 

実を言うと俺はこの様な時間が好きだ。

アルトリウスは忙しい時は全く城にいる事は無いし、キアランも目にする事は余り無い。

だからこの様に偶には穏やかな日々を過ごす事が大切で、俺はこの2人といるのが大好きだった。

アルトリウスの事が俺は好きだ、キアランの事も同様に。

俺から見ても、優しい人達が多い。

 

「お前は本当、賢いな」

 

キアランもきっとこの様な時間が好きなんだろう、優しく俺の事を撫でてくれる。アルトリウスと違ってゴツゴツとした手では無くて柔らかく優しく撫でてくれる。キアランの撫で方が一番好きだ、アルトリウスの手も好きだが些か小さな俺には強く感じる。オーンスタインは苦手だな、彼はガシガシと俺を撫でる。嫌いでは無いし優しさも伝わるのが拒否できないから苦手。

ゴーは触れた事が無い。

 

そしてだ、実は時折グウィンの王様も俺を撫でに来る時がある。厳ついオッサンだが太陽の様に暖かな手は俺を祝福してくれる様であり、王は何処か太陽の様に感じる。

他にはグウィンドリンかな。

 

 

いつの間にかキアランの手は止まっていて、上を見上げると2人は目を閉じて眠っていた。

調度太陽の陽が当たっていて暖かかったのもあるんだろう、キアランの顔を見られるのは不味いと思ってアルトリウスの持っている布を2人にかけてやる。

アルトリウスは半分も入らないが人間サイズのキアランはスッポリと被さってしまう為にその存在は悟られない。

 

俺は、少しだけ離れていようか。

離れて見守っていよう。アルトリウスの銀の髪が太陽を反射させて輝いて、整った容姿は太陽に照らされてとても穏やかな感じだ。

一枚の絵にするんだったら布をとってしまえば銀の騎士と象牙の髪を持つ綺麗な女性、とても絵になっているな。

 

「ふむ、中々絵になるな。試しに絵にでも残してみるのはどうだろうか?」

 

隣には何時から居たのか王冠を着けるオッサンがいた。紛う事無きグウィン王であり、2人の事をまるで父親の様に優しく見守っている。

 

「どうだ、筆でも取ってみるかのう?」

「フー」

 

王はまるで四騎士の父親の様にすら感じる程に普段は穏やかな人だ、公務となるとまた変わるが。本当に太陽だ、何時も照らしてくれている。

小さく笑う王はやはり、本当に父親の様だ。

それと狼に筆を持たせても何も出来はしないと言っておこう、流石の俺でも絵は無理だ。

 

「・・・あの2人は何をしているのだ?」

 

同じく何時の間にかオーンスタインも来ていた様で眠る2人を呆れた様に見ている。

 

「そう言うで無い。偶にはこの様な時間も良いだろう」

「そうですが、王の前です」

「オーンスタインは相も変わらず硬いやつじゃな。もう少し公務以外では柔らかくせんか」

 

はあ、と言うオーンスタインは苦労人である。王は意外とお茶目である、そしてアルトリウスは天然である。オーンスタインも苦労しているよ、俺は構いはしないのだが。

 

オーンスタインは兜を脱ぐと赤い髪をしたイケメンである、素顔は如何にも真面目そうなキリッとした顔つきである。てっきり金髪な物かと思っていたら赤髪であった。

それでも服は何方かと言うと金が多い。

 

後もう1人巨人が加われば大王とその四騎士が勢揃いである。誰もが武の極みにあり、その長であるオーンスタインは良くやる。実際長としてその勤めを果たしている、お堅いのが偶に傷だが。

良い感じにバランスは取れていた。

 

 

今や裏庭には近衛騎士も誰1人来ない、誰も好き好んで四騎士と大王がいる庭には近寄らないだろう。お陰でこうしてキアランもアルトリウスも下の者にこんな姿を見せる事は無いのだけれど、毎回王には頭の下がる思いだ。

部下の為に憩いの場まで作ってくれるのだから、実を言うと王命でアルトリウスが裏庭に行くと一般騎士は近寄らない事になっている。王もアルトリウスの性格を良く理解してらっしゃる。

 

そのお陰でこうして俺は王とも顔を合わせてられるのだけれども。

 

 

まあ、穏やかな時間は嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

私が其奴と会ったのは偶然だった。

職務の関係、私は余り人目につく様な場所は好かない。

 

城でも気配を絶って歩く、仕事柄、騎士達とは余りソリが合わない事もあって気軽に話す様な人物は少ない。

その中にはアルトリウスがいた。

 

誠実な男であり、何処か抜けた男だ。

そんな男だからこそ私ともマトモに話せるのだろう、彼は私の仕事を尊い物と言った。騎士達は私の事を好かないが、四騎士達は私を肯定する。

 

だからアルトリウスが最近よく居る裏庭を歩いて居る時だった、私の前に小さな狼がいる事に気がついた。

裏庭には良く来る、だから裏庭に狼など居ただろうかと疑問に思いながらも私は其奴に近づいて頭を撫でた。

 

私の手が当たると狼はビクリと震えて距離を取った、最初は何故かと思ったが。良く考えれば気配も無く触れられれば驚く物だと気がついた。

なのに狼は私の事を見ると大人しく近寄ってきて頭を差し出す、狼とはそんな生物では無いと知りながらも私はその狼の頭を撫で回した。

 

人懐こいと思った、もしや普段から誰かと接して居るのかと思うと仮面をしていて良かったと思う。顔を隠すのは仕事柄顔が割れるのが不味いからであり、私の素顔を知るのは少ない。

 

「お前は不思議な狼だな」

 

狼の目には知性が宿っていて尚、気配の読めない私に近寄って来ると気がつくと普段から甘い人に育てられたのだろうと思う。

 

暫く撫でていると、誰かが近寄って来るのに気が付いた。私が良く知る気配である。

 

「キアランか。シフの事を見ていてくれたのか?」

 

シフ?一体誰の事なのかと思うと、直ぐに気が付いた。そうか、このシフと呼ばれた狼はアルトリウスが拾ってきた狼か。確かにそんな事を聞いた覚えがあったなと思う。

 

「んっ?シフはキアランが気に入ったのか?」

 

アルトリウスには分かったのだろう、私には分からないが狼の様子を見るとそんな事を言った。良くわかる物だと思いながら見ていると、狼は驚く事をした。

 

爪で地面を引っ掻くと確かに其処には文字が書き込まれていく、狼が文字を操るのにも驚いたがそこまで賢いのかと驚愕する。

 

”優しい人”

 

一瞬、誰の事を指しているのか分からなかった。

 

「ああ、シフの言う通りだとも。キアランは優しいのだぞ」

「ーーーんなっ!?」

 

まさか私の事だったのか!?

私が優しいなんて狼に思われているとは思わなくて驚いていると、狼は私の手を抜けるとアルトリウスの腕の中に飛び込んだ。

 

・・・優しいと言いながらも私よりアルトリウスのが良いのか。

 

「アルトリウス、その狼はーーー」

「シフだ」

「・・・そのおお・・・シフは嫌に警戒心が無いぞ。そんなんでは狩りも出来ないだろう?」

 

 

純粋な進言をしたつもりだった。少なくとも狼なら狩りをしなくては食料も取れないだろうとの言葉だったのだが。

アルトリウスはキョトンとした顔を見せると、直ぐに顔には笑みが浮かんだ。

 

「シフはちゃんと狩りをする。穏やかなのは私とキアランの前だからだろう、シフはとても賢い」

「そうなのか・・・」

 

この狼も狩りが出来るのか。一見警戒心も見せずにのんびりと過ごす狼と言うよりも犬や猫に近いと感じるのにだ。

しかしアルトリウスが言うなら本当なのだろう、ただ普段は牙を隠しているだけなのやも知れない。

 

「その、もう少し触らせてくれないか?」

「ああ、構わないぞ。シフが嫌がらないのなら好きに触るといい」

 

 

シフは気持ち良さそうに目を細めて大人しく触られる。

毛並みが美しく、偶然アルトリウスの髪が目に入ると、毛色が同色なのかと思う。

 

狩りは出来ると言ったな。

何処かアルトリウスとシフは似ているな。普段は何処か抜けている様に穏やかなのに、戦闘になるとしっかりするのは飼い主も狼も同じとは。

 

「ありがとう。満足したよ」

「むっ、行くのか?」

「私は暇では無いからな」

 

最後に一撫でしてからアルトリウスの横を抜けて城に向かう。言った通り私はそこまで暇では無いのだ。

 

「しかし、暇があれば今後も裏庭に行くのも悪くない、な」

 

今度はシフの狩りが見て見たいものだ。

 

 

 



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3話

アルトリウス=アーサー。


俺は駆けていた。

走り慣れた裏庭の森の中を疾走して獲物へと近づくと爪を突き立てる。

小さな獲物を手で捕まえるとそのまま首に牙を突き立てて噛み砕く。バキリと口の中で骨の砕ける音がすると口から離して骨だけを残して全て胃の中へと消えて行く。

 

「けふー」

 

俺よりも小さな小動物を胃袋に収めると口からは満足した様に息が漏れる、このまま満腹感の余韻に浸っていたかったが身体には血がこびり付いている。

これがまた気持ち悪いなんて事は思わなくなっては居たが、自分の身体から血の匂いがするのは好きでは無く小さな池に身体を漬ける。

 

洗い流された血がブワーッと広がり一瞬にして小さな池は赤い液体へと変わっていく、鉄臭さが広がっていく鼻が効く為に毎回嫌になってしまう。

 

 

軽く血の匂いを消してから池から出るとブルリと身体を揺らして水気を一気に払い落とす。こんな事をやっていると自分も随分と狼に慣れてしまったとすら感じるが、そもそも俺は人間であった事しか思い出せないのだから自分の種族なんてどうでも良かった。

子供と一緒だ、慣れてしまえば楽しいと言うだろう。俺は今の生活が好きだから問題は何も無かった。

 

 

とは言え、誰も来ないのは暇だ。

アルトリウスは今城には居ないし、キアランはいつ来るのかは分からず唐突に現れる事が多い。

最初にあったオーンスタインなんかは毎日忙しいのだろう、アレから殆ど顔を合わせては居ない。

 

 

うむ。とても暇である。

食休みに散歩でも構わないのだが今はそんな気分でも無いし、裏庭に俺が知らない所は今や殆ど無いと言っても良いだろう。となるとそこら辺に丸まって暇を過ごすという事も出来るがそれは先日もやったので何かあれば良いのだが。

 

そう考えていると何とも都合が良いのか甲冑を外した状態のオーンスタインが裏庭に訪れた。

この来訪には俺も驚く、なんせオーンスタインは四騎士の長であり彼自身も常にそう言った態度を崩す事は無く全ての騎士達の筆頭として恥じぬ振る舞いを見せる男であるからだ。

何気にオーンスタインが甲冑を外しているのはレアなのもあるのだが。

つまりそれ程彼が訪れた事に驚いたのだ。

 

「此処にいたか」

 

どうやら俺の事を探していたらしく、俺の姿を見つけるなり近寄ってくる。

はて、オーンスタインが俺に用事とは珍しい。そもそも狼の俺に用があるのに驚いている。果たしてアルトリウスの居ない今、彼の用事とは何なのだろうか?

 

「俺の言葉が分かるか?」

 

勿論分かるか。一度オーンスタインの前で自分の名前を書いた事もあるだろうに。改まって一体何なのだろうか。

 

不思議に思いながらも首を縦に振ってその意を伝えると、彼はアルトリウスの様に俺の横に腰を下ろした。

その姿にも目を開くが、一体どんな風の吹きまわしかと疑う。彼は厳格な人物だ、アルトリウスとは違い部下達の事も考慮して常に言動も行動も変わらないと言うのに。

 

アルトリウスなら気づいたのだろうが、彼は俺がこんな事を思考しているなんて事は気づかずに口を開いた。

 

「シフ、武器は振れるか?」

 

一瞬、何を言っているのか分からなかった。

武器?

まさかとは思うが俺に武器とは、疲れて頭でもおかしくなったのだろうか?

 

言葉を伝える為に地面へと爪を立てれば彼は静かにそれを眺めた。遅いと言う事も無くジッと待ってシフの伝える言葉を待った。

 

「待て、俺の頭は大丈夫だ。良いお世話だ、武器は振れるのか?」

 

確かに俺からの心配など良いお世話だろう。しかし武器か、そんな事を考えると必然的に頭に浮かんで来るのはアルトリウスの動きであり、模範的な動きならば確かに出来るかも知れない。

しかし、武器となるとまた勝手が違っては来ないだろうか。

 

ー分からない、持ってみなくては。

 

仮に俺が武器を持てたとしても、一体どんな動きなら出来るだろうと考えると。確かに一度はやってみても良いかも知れないと思う。

 

「ふむ、確かに一度持たねば分からんか。少し待ってろ」

 

そう言うと彼は立ち上がって城に戻っていってしまった。

その様子を眺めながら一体何なんだと頭を捻らせてみるも一向に答えが出る事は無かった。

 

オーンスタインが戻るまでゆっくりしてようと、その場に身体を丸めて目を閉じる。

言動から察するに俺に武器かなんかを持たせたいんだろう、それならと頭の中でアルトリウスの動きを思い出していく。

自分に出来そうな動きは、少ししか無さそうだ。

後は実際にやってみないと分からないのもあった。

 

「〜〜〜」

 

太陽の光が気持ち良くて欠伸をつくと、ガチャリと音を立ててオーンスタインは戻って来た。

 

「すまない、待たせたな」

 

悪びれもせずにそう言う彼の背中には何時も輝く黄金の十字槍と、両手には銀色の剣と槍を持っていた。流石に俺には弓は無理だろうと弓は無い様で心なしかホッとする気持ちだ。

 

「何方か、好きな方を選べ」

 

その言葉に悩む物があった。俺としては剣が使いたいのだが、オーンスタインが持って来たからには槍を使いたいと言う気持ちもあった。寧ろ剣を選ぶのは失礼なのでは無いかという気持ちすらある。少し悩むと、俺は槍の方を口にしていた。

 

「・・・剣だと思っていたが」

 

それにはオーンスタインは何処か思わせ振りな事を言う。彼としては本当に何方でも良かったのだろう、寧ろアルトリウスのつかう剣を選ぶとばかり考えていたのだ。

地面には、試しだろうと書くと納得して剣を近くの木に立て掛ける。

 

「俺が相手をする。好きに打ってきて良い」

 

彼は片手に槍を構えると特に構えも見せずにいた。

俺は初めて持つ槍に苦戦していた、口に咥えながら悩む。槍が長過ぎて重心が取りにくいという事も有るし、槍の強みである突きの出し方に悩んでいた。

 

しかしまあ、あくまでも試しだ。彼には一度も当てれないだろうがやってみるだけやらないといけない。

そう考えると心が軽くなる。

 

良いか?と言う視線を打つけると珍しくその視線が伝わったのか彼は好きにしろと、首を縦にした。

それには何処かおかしく思う、さっきまで分からなかったのに槍を持つと分かるのかと。それとも案外俺の眼は分かりやすいのか。

 

心の中でだけ笑って、俺は彼に向かって地を駆けた。

 

 

 

 

結論。槍は駄目だ。

彼と打ち合って五分と経たずにそんな結果が出て来た。何が問題かと言うと重心が取れないのが一番の問題だろう。

両手で持つなら違うかも知れないが、そもそも口なのだ。

 

槍の長所である長さと、間合いの取り方もままならないと言う結果になった。

槍を振る度に身体を持っていかれてよろける、やけくそ気味にアルトリウスの動きを真似してみれば槍の矛先が地面に強く突き立ってプラーンと俺の身体は宙に浮いた。

 

地面から空に向かって真っ直ぐに伸びる槍を口に咥えた狼がぶら下がると言う、彼の顔も心なしか引き攣っている様に見える。

何時までも宙ぶらりんは嫌だと手足をバタつかせると彼は我に帰り、俺の身体を持って槍から離す。

 

「俺もこんな事は初めてで少し驚いた、クッーーー」

 

やはりおかしかったのだろう、俺を地面に戻すなり彼の口からは珍しく小さな笑いが出て来た。これが俺以外なら彼も笑うのかと見つめていたが、その原因が俺だと何とも言えない気持ちになる。

 

「オン!」

 

今のを直ぐに忘れたくて立て掛けてある剣の側で強く吠えてやった。

そうすれば、悪かったと笑いながら槍を構える。今に見てろよ、俺は剣なら使えるんだと願望を心に持ちながら銀の剣を口に咥えて、顔を横に振って準備を終わらせる。

 

剣がシックリと来た様な感じがした。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

目の前の狼、シフがプラーンと宙に浮くのを笑いを堪えながらも地面に戻してやると。俺は堪え切れずに口の端からは小さな笑いが出てくる。

おかしくて堪らない、まさかこんな事に成るなんて思いもしなかった為に意表を突かれた。

 

アーサーの奴は何処か戦闘以外は抜けていると思っていたが、まさかこの狼まで抜けているとは思わなかった。

そう思うとこの案も悪くは無い、シフに武器を持たせる理由はこの狼がアーサーに着いていけないかと試す為だ。

他の銀騎士は離れる事が出来ない、黒騎士達も駄目となるとアーサーの奴は基本的に1人になる。

別にそれは構わないし強さも信頼している、問題は狩る対象がダークレイスであり。移動を繰り返すアーサーの奴への負担を少しは削れるかと思いやってみたが、これは駄目だったか。

 

先程の槍を見ているとシフには期待が出来そうも無かったが。

 

(本当に似た者同士か)

 

成る程、キアランの言葉も聞いといて良かったな。

シフが剣を持つと、その隣にアーサーの姿を幻視する。そう言えば狼騎士なんて名前で言われてたと思うと、言い得て妙だ。

でも確かに、これは期待出来るやも知れんと思うと知らず内に槍を握る手に力が篭った。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

「グルルァ!」

 

馴染んだ、口に咥える剣は槍とは違い酷く身体に馴染む。まるでもう剣が身体に一体化する様な感覚すらある。

 

ブォンと振られる剣が槍とせめぎ合い、この場合はどうするのかとアルトリウスの動きを思い出すと身体が勝手に動く。

オーンスタインの突きを払い除ける様に下から剣で弾くと狼の俊敏性を活かして脚が後方へと向かう。

 

「アルトリウスの動きか」

 

彼も何か感じたのだろう、今の動きは確かにアルトリウスが行なっていた動きなのだから。

しかしオーンスタインは今だに槍を片手で持ち、余裕を持った姿をしている。構えすらまともに取らないのがそれを強調させる。

 

行くぞと力強く瞳で訴えると、脚で大地を蹴る。

アルトリウスはこれを突きでやっていたが、残念ながら口で咥える俺にはそれが出来ない。一気に懐にまで飛び込むと横に薙ぐが上手く流される。

 

ザリ、ザリリーーー。

 

強く踏み込み過ぎたのか大地を踏みしめる脚が滑り、身体を前に持って行く。どうすれば良いのか、模範していたアルトリウスはどうやって身体が滑るのを対象していたか。

確か、無理矢理どうにかしていた。

 

地面に爪が食い込み始めるとギチギチと爪が音を立てて、確かに滑るのでは無く大地を踏みしめたと感じて身体を反転、もう一度オーンスタインへと剣を振り下ろす。

 

それすらも十字の部分で押さえつけられ、さっきと同じで無理矢理後方へと飛び跳ねる。

 

 

出来ている、今確かに俺はアルトリウスの剣技を模範できていると感じると堪らなく嬉しさが胸を打ち付けていく。そして何より、楽しかった。

 

 

「早いな、それにアーサーの剣技も噛み合っている。だが俺も四騎士としての誇示がある、それにーーー騎士最速は俺だ」

 

初めてオーンスタインが槍を両手で持ち、視界から身体がブレた。

 

ガオン!

身体の真横を通過する風が耳を叩いて、衝撃が身体を走る。

おっかなびっくり隣を見ると黄金の騎士が真横に立っていた木を槍の一突きで粉砕した姿があった。

 

初動が全く読めなかったし、その速さに俺の眼はついてこなかった。

負けを認めるしかなく、剣をポトリと地面に落とすと。

 

「くぅーん」

 

俺は力弱く鳴くしか無かった。

 

 

 

 

 

 

上機嫌で去っていく彼の後ろ姿を見ながら、今日は新しい発見が出来たと満足していた。

新しい発見、オーンスタインは負けず嫌いである。

 

多分、俺が翻弄しているかの様に見えたのが気に入らなかったのだろう。あんな口上を述べながらあんな突きを放つとは思わなかった。俺が剣を振れるか確かめる為では無かったのか軽く問いただしたい。

 

まあでも、オーンスタインが満足そうで此方も良かった。

 

後、アルトリウスを略してアーサーとは。何処かの王様を思い出してしまう。

 

・・・はて?

アーサー王なんて俺の記憶には無いが?

不思議な感覚ではあるが、別にどうでも良いか。

 

倒れた木の上で身体を丸めて目を閉じた。

 

 

 



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4話

父アルトリウス。
母キアラン。
息子?シフ。

そんな風にしたい、したい・・・

気が付いたらランキング載ってました。ありがとうございます。


最近、アルトリウスが居ない代わりにオーンスタインが俺の元に訪れる。

彼はその都度俺に武器を渡して相手をさせる、何やら思う様な物でもあるのだろうと何も言わずに付き合ってはいたが毎回最後はオーンスタインが過剰なまでの攻撃で俺から戦意を削ぎ落としていく。

 

あれは果たして俺をからかっているのか、それとも本当に負けず嫌いなのか何方だろうかと思いもしたが、そんな事は如何でも良いと結論が出たので考えない事にする。

 

毎回の様に木を粉砕して城に戻って行くオーンスタインを眺めて、今度からは木を粉砕しない様に言わなくてはと思う。このペースだと裏庭が禿げ上がってしまう、オーンスタインが裏庭に来る度に木を一本粉砕するとは思わなかった。

いや、毎回違った所をプラプラ歩いている俺が悪いのだが。次回からは武器を振る場所を確保しようなどと思いながら視線を移動させると後ろからヒョイと持ち上げられた。

 

少し驚きながらも、触る手の感触を確かめて。はて、誰だろうかと頭を悩ませる。

ゴツゴツとした手であり、手甲の感覚では無いとなるとオーンスタインでは無い。そも彼はこんな事はしないだろう。

 

むう、本当に誰だろうかと思いながらプランと持ち上げられた身体を揺すってみればアッサリと解放された。

誰かと後ろを振り向いて固まる。

 

絶句とは正にこの事を言うのだろう、髭を蓄えて如何にもな服装と頭の王冠がその人物が誰なのかを教えてくれる。

この城の主人である大王グウィン。

流石に大王が来るなんて思いもしなかった俺はその場で固まって暫く呆然としていたのだが、頭を触られた事で我に帰った後、どうすれば良いのか分からずに取り敢えず伏せていた。

 

犬で言うお座りだと不敬に当たるかと思いこれなら頭を下げてるんじゃないかと思いながら、お座りの状態で頭をググっと下に下げる。

 

「ハッハッハ!良い良い、頭など下げんでも良い」

 

あ、大王が俺の考えを見透かしたと思いながら頭を上げて楽にする。

お座りすら崩して疲れましたと伏せをしながら、そんな意味を込めた視線を向けるや大王はキョトンとした顔をして笑いだした。

 

「お主、中々肝の座った狼だのう。名前はなんと言う?」

 

シフ、地面に名前を書くとこれまた和かな顔をする。

 

「シフか。良い狼だな、それとも賢いのはその人間の様なソウルだからか?」

 

一瞬何を言ってるか分からずに固まって、今の言葉をちゃんと復唱する。つまり、この王様は俺の魂が見えてるのか。

 

「獣に人が混ざった様なソウルをしておる。一目見て興味が出ての、足を運んでしまったわ」

 

だけど、正直俺にはソウルなんて物は見えないし自分がどんなソウルなのかも分からない。

だからこそ特に頓着する事も無くて俺は自然体でいられる事が出来た。

ソウルとやらが変わっていても俺には関係の無い事である、そのソウルとやらが一体俺の身体になんの影響を与えるのかもまた不明。なら考えなくても良い。

 

大王は暫く俺の事を眺めていると、思い出した様に俺の頭を撫でてから去って行く。余り時間的な余裕も無かっただろう。

 

それにしても、俺の事を見るために態々裏庭にまで来るなんて変わった大王様だと考えて身体を起こす。

 

もう少し陽当たりの良い場所に居たくなったのだ。何故か太陽を感じていたくなった。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

夜になると裏庭は昼間とは違った姿を見せる。

森の中の植物達が不思議な光を出して虫を集める所もあれば、光る植物も月の光も届かずに真っ暗な所もある。

 

木の隙間から差してくる月の光に照らされる灰の様な銀の様な体毛の狼がむくりと起き上がると歩き出す。

 

彼は腹を空かせているのだろう、昼頃とは違い獣として歩き始めていた。

眼はこの森を確りと映し出し、鼻は遠くの物を嗅ぎ分け、瞳がギラギラと輝いている。

 

これからやるのは狩りであり、日頃から研がれ続けた牙はこの森の中で彼に勝てる獣は居ない。実質この森の中の頂点はシフだった。

 

しかし、そのゆっくりと歩く狼を後ろから抱きかかえる者がいた。

 

「くふー」

 

急に掴まれたからなのか口からは知らずの内に可愛らしい声が漏れ、今からやる気を出していた所を邪魔されたからなのかその姿は何処か落ち込んだ様にすら見えた。

 

「すまない、だから落ち込まないでくれ」

 

 

後ろを向いて見れば見慣れた様な服装の女性が立っていて、誰かと臭いを嗅いでみても該当する人物が出て来ずに首を傾げていると。

頭を撫でられる、そして漸くこの女性が誰だか分かったのであった。

キアランは仮面を外しており、それに気が付かずに誰だか分からなかったのだ。前回は顔を隠していたからね。

 

兎に角キアランだと分かると身体を揺らして地面へと戻してもらう。腹が減っているのもあって何か食いたい気分の方が強かったのだ。

 

「む、何処へ行くんだ?」

 

キアランは前回会った時のシフとはかなりの違いを見せる狼に少し驚き、一体何をするのか気になって歩幅を合わせてシフの後を追う。

 

 

 

さて、食事の確保でもしようかと身体を起こしていた所にキアランが現れたのだが。

このまま食事の確保を行う事に決定する、四騎士らしいから血生臭い物は慣れている筈だ。アルトリウスですら動揺せずにいたのだから大丈夫。

 

狩りは得意だ、まだ狼達の群れの中に居た頃は身体も小さく貧弱な俺は生きる為に一つだけやって居た事がある。気付かれずに逃げる事だ、山の動物達は強く狼といえども逆に食われる事があった。だから、必死になって隠れもした、必死に生きようとしていた。

 

そんな事があったのは昔の事で、今は標準的な狼より大きいくらいの身体。狩りをするのに支障をきたす身体でも無いし、兎程度なら気付かれずに確保する事が出来る。

それ程、気配を読み難くする事が出来た。無様に逃げていた時の物が狩りにも使えるとは皮肉な物だ。

 

まあでも、キアランには勝てる気がしなかった。

今でも後ろを窺う様にして見れば確かに姿はあるのだ、前を向いていると後ろにキアランがいる事を忘れてしまいそうになってくる。

森の中だと言うのに物音一つ立たず、背後の空気は何時もと変わらない森の空気だ。

視覚と感覚的な物が一致せずにキアランの幻でも見たのだろうかと脳が錯覚しそうになっていた。

 

凄まじいの一言だ、是非とも俺の前を歩いて欲しい。後ろに気が回ってしまい集中出来ないのだ。

 

 

そんな事を思っていると前方に兎を見つけた。

巣穴の近くなのだろうか穴の近くでキョロキョロと見回している所を見つけて、伏せる。

その様子にキアランも察してくれたのか話す事なく木の陰にピタリと身体をくっつけて動かない。

 

この時俺はキアランを見返したいと思っていた。前回マトモに狩りも出来ないと言われていたからだ。

そこで、木々に爪を突き立てて俺は木に登っていく。パラパラと木屑が落ちる事なくスンナリと差し込まれる爪で木を登り気が付いた。

 

もしかしたら兎の所まで届かないかも知れないと。兎の所まで届かずに逃げられるかも知れないと思うと素直に狩りをすれば良かったと今更ながら思う。

全ては遅い事、何方にしろこのまま降りたら気付かれそうなのでこうなればやるしか無い。

 

深く食い込む爪を少しだけ抜きながら、俺は森の中を跳んだ。

 

パラパラと音を立てた木屑を兎が見るがその時には俺は上、視界の範囲から逃れて気が付かないままに兎の頭が潰れた。

 

ギリギリ前脚が兎まで届いて良かったと思いながら、兎に噛み付いて肉を口の中に入れていく。

 

「見事な物だな。本当にお前達は似た者同士ではないか」

 

似た者同士、アルトリウスと俺の事を言っていると気がつくと首を傾げる。

はて、俺とアルトリウスの似ている所なんてあっただろうかと。似ているなんて毛色くらいな物だ、それでも色が似ているというだけで俺の体毛は白に近い灰色。アルトリウスは銀だ。

暗い所だと分かりにくいが、太陽の光が当たるとその違いは一目瞭然。それに狼と似ているなんて言われたらアルトリウスの奴が少し可哀想だ。

 

しかし、そんな事すら今の俺は言えない。

言葉が話せないのは、不便だと久し振りに感じた。何処が似ているのか聞くことも出来ず、あの優しい騎士に似ていると言われた嬉しささえ言葉に出来ない。

 

人と、話したい。

一方通行な物ではなく、ちゃんと話しをしたい。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

私はシフとアルトリウスが似ていると言った。

似ている所など、少しの時間を過ごしただけで見つかった。最近だとオーンスタインと話す時もシフの話を聞く。

 

オーンスタインと私が彼等を似ていると思うのはどんな所か。

彼等は基本的に何処か抜けている。騎士としての彼は厳格な厳しさと優しさを持つのに、普段はそんな事は無い。シフは普段警戒心なんてない様な物だ、でも狩りの時は違った。

彼等は同じ剣技を使うと言う。オーンスタインからはそう聞いている、その経緯を聞くと苦笑してしまったのは覚えている。オーンスタインも顔には笑みがあった。

なんでも槍はてんで駄目な様らしいが、剣になると銀騎士より良い動きをするそうだ。

アルトリウスの奴も槍は駄目だったな、普通の剣も素手でも大丈夫なのに槍ばかりは使えない。

そう言えば、アルトリウスとシフが会った時。シフはダークレイスから馬車を護ろうとしていたと聞いた、アルトリウスが話してくれた。

 

可笑しい位に似た者同士だった。

 

「どうかしたのか?」

 

シフは、私の事を見上げながらジッとしている。

兎を食うでも無く、吠える事も地面に文字を書くでもなく見つめられている。

何かを不思議そうに見る様な目で私の事を見て、ゆっくりと顔を上げて私よりも更に上。月を見上げた。

 

そしてシフは遠吠えをした。

 

唐突に吠えるシフに驚きながら、シフの事を見ていると気が付いた事がある。

まるで泣きそうな顔をしている、狼だから確信が持てないのだがその顔は泣きそうで、悲しそうな目だ。

 

 

ポタリと、シフの顔に雫が降った。

それはツーっと流れていき消えるが、まるでシフが泣いている様でもあった。

 

何に悲しんでいるのか、何を泣きそうなのか全く分からなくても。私は確かにシフをどう慰めてやるか考えていた、狼だと言うのに。

 

 

 

まあ、でもーーー先ずは此処を離れよう。

 

半ば強引にシフを抱きかかえて私は歩いた。

シフは何も言わず、拒まずにキアランの腕の中で大人しくする。

 

 

そんな2人は強くなり始める雨から逃れる様に城の中へと入っていった。

 




母は優しい


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5話

感想で黒騎士がいないと言われたのですが。
これに関しては私がいると思っているから書いた物です、ダクソは1〜3までシリーズ通してやってますし、黒騎士装備などの概要も把握しています。
それでも私はいると思っていたので書いてます。

黒騎士がいる事に我慢出来ない人は報告下さい。修正致します。


Q.ダクソ部分のストーリーは一体何で出来ているか。

A.私のフロム脳と妄想で補完されています。


毎回毎回、誤字の報告本当に感謝です


闇の眷属達には一つだけ伝えられることがある。

曰く、群青のマントをした騎士には気をつけろ。

大剣と大盾を持った神族を見たら逃げろ。

 

何を馬鹿なと私は笑い飛ばした。

私達が1人で活動するなど殆ど無く、たった1人の騎士相手に尻尾巻いて逃げろなんて。馬鹿にしていると思われても仕方が無い。

 

 

そして私は後悔した。

 

 

夜の帳が下りた暗い街道を歩く馬車を見て、私達は口元を歪めた。こんな夜更けは危ないと知らされている筈だろうに、時々こういう馬鹿が居るからやりやすい。

 

後ろの仲間達に獲物を見つけた事を伝えると誰もがその顔を醜く歪める。それを醜いと思いはしない、私だって歪んでいる事だろう。

 

 

「ああ、生き返る様だ」

 

地に倒れた人間を見下ろして恍惚とした表情を浮かべる。やはり何をするにしてもこの人間性を奪い取る瞬間が一番気持ちの良いものだ。

こう、飢えを癒してくれた様。自分が暖かな闇の抱擁を受けた時の様。

兎に角言葉に出来ない位に気持ちの良いものだ。

 

私達がその瞬間を味わいながら立ち尽くしていると、狼の遠吠えが聞こえた。其処まで近い訳では無いが、遠いという距離でも無い。

 

「ーーーチッ」

 

その遠吠えが煩くて折角の瞬間が台無しだ。憂さ晴らしにこの狼でも殺してみようか。そう考えた時には遠くから何かが走って来るのが見えた。

狼と騎士。

狼はその体躯に似た大剣を口に咥えている、隣を走る騎士は群青のマントをなびかせた純銀の騎士。

 

「見ろよあの騎士、狼に剣を咥えさせてやがる!」

 

馬鹿にする様に指を指した隣の仲間の声に釣られて私達も嗤う、何ともおかしな奴だと。態々狼に剣を持たせるなんて馬鹿な奴だと、頭の端では群青のマントの騎士がチラついたが。まさかこんな馬鹿がその騎士である筈も無いと結論付けて剣を構えた。

狼なんて戦力には数えない、それなら一対四。

優勢なのは私達だ。

 

騎士より先に狼が前に飛び出したのを見て、私はあの飼い主にこの狼の死に様でも見せてやろうとした。

そして私の目の前に狼がいた。

 

「ーーーはっ?」

 

ほんの一瞬、その提案を仲間にしようと顔を横に背けた瞬間に視界に狼が入り。

私は地面に崩れ落ちた。

 

私の思考は埋め尽くされる。今、一体何をされたのか?

脚を見れば右足は完全に無くなっていて、左足はギリギリくっ付いているだけだ。肉も骨も断たれていた。

 

ピチャリ、顔に何か液体が降りかかって顔を擦ると。それは見慣れた赤い液体、血だった。

隣の仲間、私と同じ様に両脚を切断されて地面に横たわった姿を見て狼を探す。

 

そいつは次の獲物を見つけたのか、仲間の1人に大剣を押し付けていた。それを仲間の1人が剣と盾で踏ん張り、脚の止まった狼をもう1人が刺し殺そうとしている。

 

ブォン、風を切る音が耳を叩いて。

狼が相手にしていた仲間の1人の身体が、半分に割れた。

もう1人は腕が一本取れただけ。

 

そいつは私達を見るなり一目散に近くの森へと駆け出した。森に入れば狼の剣は木が邪魔してくれると考えたのか必死に走る。

 

「私を忘れてないか?」

 

そいつは、上から降ってきた騎士に両断されて森の手前で力尽きた。

 

その騎士が振り返るとマントが翻り、見えない筈の眼光が私を射抜いた。

騎士に寄り添う様に狼が横を歩いて、その騎士は私の前に来ると大剣を振り下ろす。

 

 

此奴だ、此奴だったんだ。

良く仲間達が言っていた騎士、群青マントの騎士。ダークレイスの狩人。闇払いの騎士。

 

そして忌々しい大王の四騎士が1人、アルトリウスーー。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

俺が城の裏庭にいない間に四十を超える夜が過ぎた。

 

 

 

俺はオーンスタインの言葉と共にアルトリウスと共に仕事に就いた。

どうやらアルトリウスは城にいない間は各地を渡り歩きダークレイス達を牽制している様だ、その仕事に俺も共に行く事を許された。

 

曰く、今の俺なら其処ら辺のダークレイスには負ける事は無いとの事だ。本当にそうだろうか?

オーンスタインには負け続き、今だに黄金の鎧に傷を付けることも出来ないでいる。しかし最初の頃と比べると成長した、構えすらせずに片手で槍を持つオーンスタインは今や両手で槍を持って構える。

 

果たしてそうだろうか、アルトリウスが赴くダークレイスに俺が勝てるとは思えなかったが。せめて何か出来ればと共に城を後にしたのだが、ダークレイス達は拍子抜けも良い所だった。

まさか俺ですら4人を相手に出来るなんて思いもしなかったが、確かにこれは厄介だと感じれた。

 

ダークレイス達は質は悪いが、数が多い。

中には駆け引きも技量も俺より上手い者もいた、だがアルトリウスに勝てる事は無かった。

そう考えると俺は確かにアルトリウスに少しは楽をさせてやれたのだと思うと嬉しくて堪らない。

 

 

アルトリウスは城の中で大王に報告している頃だろう。

俺は久し振りに裏庭の日の当たる所で丸くなっていた。外は確かに色んな事が知れたが、やはり裏庭が一番落ち着く。太陽を感じれると言うか、此処が俺の居場所だと感じられる一つの場所だった。

 

 

「どうやら怪我はしていない様だな」

 

唐突に言葉と共に俺の背中に手が触れる。

何時もキアランは気配も無く突然現れるから心臓に悪い。今や慣れたものだが、それでも驚いて瞼が開くのは仕方ない事だ。

 

「アルトリウスが戻っていたからな、来てみれば変わりなさそうで安心した」

 

丸くなる俺の身体に身を預けて座り込むキアランを見ると寂しく思う事が一つある。俺が城に来てから一年と少しが経った頃だろうか、身体が成長を始めると俺はキアランに抱えられる事が無くなった。

人間サイズの彼女だと少しばかり俺が大きくなり過ぎてしまった事だろう、キアランが身を預けられる程に大きいがアルトリウスとかと比べるとまだ小さいのだ。

 

しかし、もうキアランが俺を抱える事が無いと知ると寂しくてならない。今だけでも身体が小さくならないかと思わない事は無い。

 

身体が大きくなると剣も振りやすくなったが、何か一つ失った気分だ。昔は成長する事に急いでいたが、こうなると成長を急ぎ過ぎるのもいけない事だと思わないでも無い。

 

顔をキアランに擦り付けると、彼女は優しく俺の首元に手を当てる。それに身を任せて地面に顔を着ける。

 

思い返せばこうやって触れて貰えるのも久し振りだった。

軽く一ヶ月近く経っている事を考えると今はこうしてゆるりと過ごすのも良いものだ。

 

「・・・アルトリウスでは無いな」

 

キアランが呟くと懐の仮面を取り出して俺から少しだけ離れる、それを残念に感じながら何事かと耳を澄ませると鎧の音が耳に入って来る。

ああ、この鎧の音はオーンスタインか。今日は千客万来だなと思いながらオーンスタインの方に顔を向ける。

 

「・・・すまん。邪魔してしまったか?」

「そうでもない」

 

嘘だ、キアランが小さく舌打ちするのを俺は聞いたぞ。

兎に角オーンスタインはキアランがいる事に気が付かなかったのだろう、顔を出すなら俺とキアランを見てから曖昧な表情を作る。

鎧を着ていても兜を付けない彼の表情はとても読み易い。彼はアルトリウス程に表情に感情が出やすい、だから部下の前だと兜を付けるのだけども。

 

 

そんな少しだけ居心地の悪くなった裏庭にもう1人訪れる者がいた。

態々着替えて来たのか絢爛な服装に身を包んだアルトリウスが訪れた。

 

「うん? 2人ともどうしたんだ?」

 

そしてこの状況を見て一言それだけを言うとマイペースに俺の隣に寄り掛かかる様に腰を下ろした。

 

またそんな服で座る。そう思うよりも先にオーンスタインとキアランが更になんとも言えない表情に変わるのが分かる。キアランは顔が見えないが雰囲気がそうだ。

 

「キアランは座らないのか?」

「いや、私は別にーーー」

「座れ。キアラン」

 

もうどうでも良さそうにオーンスタインが言うとドカリとアルトリウスの対面に座り込む。

 

「アーサーのペースに合わせるのも面倒になった。座れ」

「私のペースとはなんだ?」

「気にしなくて良いぞ」

 

キアランも観念したのか俺に寄り掛かかる様にして座り込む。対面にオーンスタイン、左にアルトリウス、俺を背もたれにするキアランがいる。

 

「シフ。グウィン様から褒美を貰っているぞ」

「わふ!」

 

一体何処に隠し持っていたのか取り出された肉が俺の顔の前をプランと揺れて、思わず肉を口に入れてしまった。

 

その時俺に衝撃走る。

これほど上手い肉を食った事があるだろうか?

いいや、無い。この先これ程までに極上の肉など口にする事などあるだろうかと思うと、一口でガブリといってしまった事に後悔がある。

これなら干し肉の味も試したくもなって来る、しかし肉は既に俺の胃袋の中。

どうしようも無いと思う。だが褒美なら今後も何かあればあるのでは無いかと思うとやる気が出て来る。

 

「そうか、上手いか。私からグウィン様に言っておこう」

 

尻尾がベチベチとキアランの顔を叩くとその尻尾を叩かれる。特に痛くは無かったが喜び過ぎたかと尻尾が地面に垂れる。

喜ぶと無意識の内に尻尾が揺れてしまうのは治せなかった。

 

「さて、聞かせて貰おう」

「何をだ?」

「シフの活躍を」

「どうしてだ、オーンスタインはそんな事気にしないだろ?」

 

ほう、オーンスタインは他人の戦果は余り気にしないのか。確かにそうなら俺が活躍したのか確かめるのはおかしいな。

もしや変に期待でもされていたのだろうか。それなら無様な格好を見せずに良かった。

 

「何を言うか。俺がシフを鍛えたのだ、言わば弟子の様なものだ。気になるだろう」

「待て、私もシフには気配の消し方を教えた。シフは私の弟子だ」

「少し待ってくれ。いつの間にシフにそんな事を教えていたんだ?」

 

・・・成る程。俺は2人の弟子だったのか。

何やら熱心に色々と教えてくれていたのは俺の事を弟子だと思っていたのか。だが待って欲しい、キアランはまだしもオーンスタインは俺では無くて城の騎士達を鍛えてやんなくて良いのだろうか?

確かに役には立ったし俺の成長にも繋がったから感謝はしている。だが狼だぞ?

 

事実、槍持ちのダークレイス相手にオーンスタインを比べると対処は出来た。オーンスタインに劣る者に俺は負けたく無かったのもあるが、槍の距離、槍への対処を教えてくれたのはオーンスタインだ。

キアランの教えも役に立った。夜だと俺の様な狼が気配を断つとダークレイス相手に奇襲なんかはやり易かったのも覚えている。

ん? もう2人とも俺の師匠で良いのでは無いか?

 

「ええい、この話は終わりだ!アーサー、シフはどうだった!?」

「う、うむ。頼むからそんな気迫で迫らないでくれないか」

 

地面に手を付いてグッとアルトリウスの方に身体を向けるオーンスタインを宥めながら。アルトリウスが一つ咳払いをすると語り始めた。

 

「シフは、そうだな。気配の断ち方が上手かった、夜の闇に紛れてダークレイスの後方から音も無く近寄るとそのまま3人の内の2人を確実に行動出来ない様にしたんだ。あれは見事な物だったな、私では気配なんて消せないからな」

 

アルトリウスがそう語ると心なしかキアランの撫でる速さが変わった。仮面越しで表情までは分からないのだが、自慢気にしている事だろう。

逆にオーンスタインなんて俺の方に厳しい目線を送って来る。まて、待つんだ。俺が教わったのは槍使いの対処だけだ、後は模擬戦で積んだ経験くらいだろう。

 

「他には!?」

 

これではオーンスタインと言うよりキアランの弟子の様な話しを聞かされたオーンスタイン。ぐぬぬ・・・とでも言いそうな顔でアルトリウスに他の話しを聞かせる様に急かす。

 

「いや、無いな」

「・・・・・」

 

いや、本当に止めてくれ。今すぐに黄金の兜を被るんだオーンスタイン、でないとその視線で俺が死んでしまう。

今にも射殺さんばかりの視線をしている、納得出来ないと。何処まで負けず嫌いなのだオーンスタインは。

別に俺の活躍くらいで大袈裟なと呆れ顔でオーンスタインを眺める事が俺には出来ない、何故なら目を合わせると大変な事になりそうだからだ。

 

「・・・いや、思い出したぞ。活躍では無いが、シフは槍を持ったダークレイスを執拗に狙っていたが何かあったのか?」

 

あ、アルトリウスがとんでも無い事を言ってしまった。

槍持ちを優先して襲ったのは別に槍持ちが気に入らないとか、憂さ晴らしでは無くてだな。ただ対処がしやすくて狙っていたと言うか。

1人で言い訳を並べていると、俺はとんでも無い事に気が付いてしまった。

オーンスタインの右手が座った隣辺りに何か探す様に彷徨っていた事にだ、これは槍が近くにあったら危なかった。

 

「ほう、シフはそんなに槍使いが好きだったか。そんなに好きなら今すぐにでも俺が相手をしてやるが?」

 

いや安全でも無かった。目が、眼光が鋭過ぎる。

 

「冗談だ。少なくとも失敗が無いと言う事は俺の教えも無駄では無かったと言う事だ。大きな怪我も無くて良かったな」

 

顔を背けながらそんな事を言う物だから何だと思ったがオーンスタイの目線と俺の目線が交差する、その目には何処か優しさが篭っていた。

ああ、何だかんだ言いながら彼も心配してくれていたのか。短いとは言え槍と剣を交わした仲だからそうなのか、元来彼の性格故なのかは分からない。

 

「オン!」

 

一吠えすれば、彼は仕方無さそうに俺の頭に手を当てる。

 

ああ、微笑ましい限りだ。狼になって、弱かった時は直ぐに死ぬだろうと絶望すらしていたが。

そんな俺を此処に連れて来てくれたのはアルトリウスで、俺を面倒見てくれたのは3人で、種族すら違うと言うのに。

 

そう思うと心なしか涙目が出そうになって来た、この身は狼であり悲しさで涙など出ないと言うのに。

 

「どうしたんだ?」

 

手を差し伸べてくれるアルトリウスの手に舌を這わせて、親愛を表現する。なに、涙など流さなくても良いでは無いか。

友がいて、優しき人がいて、太陽の様な人がいる。

この小さな幸せはまだまだ、それこそ俺が死ぬまでずっと続くのだから。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

執務室に蝋燭が灯り、机に大王が肘をついていた。

 

「大王様、報告が」

「どうした?」

 

誰もいない執務室の中にスッと現れた人影が跪くと、王は微動だにせずに言葉を返すだけだった。

現れたのは王の刃、その内の1人でありキアランの部下。王の刃は全員が人間と同サイズであり、隠密、諜報、暗殺に特化した部隊であり。その素顔を知る者は城の中にも数少ない。

 

「ここ最近、人の中で闇の魔術を使う者が増えております」

「・・・まことか?」

 

何処か大王の雰囲気が変わり、執務室の空気が悪くなる。

それでも王の刃の1人は気にする事も無く、懐からメモを取り出して大王に差し出す。

 

「使用者はウーラシールの魔術師であり、使用者も国内の魔術師限定ですが。今後どうなるかはーーー」

「そうか、下がってよいぞ」

「はっ!」

 

王の刃は暗闇に紛れる様に消えると、音も無く扉が一度開かれるも其処から出て来る人影は無い。

 

大王は手元のメモを一字一句逃さずに読み切り、グシャリと紙切れが握り潰された。

大王の表情が変わり、気が付けばバチバチと小さな雷が走っていく。

 

ボシュン、紙切れが掌の中で跡形も無く灰に変わり、重くなった口が開いた。

 

「・・・馬鹿者どもがっ!」

 

小さく、噛み締める様に吐かれた罵倒の言葉を聞く者は1人もおらず、ただ空気に消えていく。

ガタリと小さく音をたてる椅子から立ち上がった大王は静かに窓から覗く月を見上げ。窓の下、裏庭に視線を当てた。

 

其処には今は政務も仕事も忘れた、愛しき我が子の様な4人が一つの薪を囲んで酒を飲み交わしている。

それを見ると拳に力が篭る。

 

「こうなったのも、ワシの所為か」

 

遥か昔、闇のソウルを持つ人が現れた時確信した。小さくとも我々と同じ様に強くなると、同時に属性が我々と反対であるとも。

だが、それでもワシは人の幸せを祈った。

あの時代、人達を纏める者がいない事に恐れてワシが纏め上げた。強力過ぎる力は同胞すらも滅ぼす故、せめて纏められる者が居なければと感じた。

 

だから光を与えてもう一つの幸せの形を与えた。

本来の不死では無く定命ではあるが、確かに今の人々は笑顔を顔に浮かべる。醜悪な物では無い、ワシから見ても太陽の様な顔だ。

 

だが、だが。そんな中に急に闇の強大な力が出て来ればどうなる?

適応出来ずに深淵に引きずり込まれた人はどうなる?

人同士でソウルの喰らい合いが始まればどうなる?

そして、我等神族はどうなる?

 

 

だからこそ、この問題を長く抱え過ぎたワシの所為かと後悔すらある。

この問題の一因は、確かにワシなのだから。

 

ああ、でも。ワシはワシらしく在ろう。何時も頭上に輝く太陽であろう。

 

後悔もある、許せない事もあるだろう。

だが、全て飲み込もう。

 

 

何故なら、俺は神族の長にして太陽なのだから。

誰にも平等であろう。

 

 



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6話

ちょっとシリアスの書き方が分からないです。
本当に申し訳ない。

と、言うわけでシリアスは苦手なのでサクッとウーラシールは終わらせます。



夜が明け、朝になる。

太陽の差し込む執務室の机で腕を組み、顔を歪める大王はギシギシと己の顎に力を入れた。

 

何時間待ったのか、待てども待てども彼の望んだ人は終ぞこの執務室に訪れる事は無かった。

 

「馬鹿者・・・。危なくなれば退けといったであろう」

 

約束の時間に王の刃が訪れる事は無かった。それはもう、致命的に状況が進んだ事を意味していた。王の刃が帰れない状況など少ない、ましてやあの王の刃が見つかったとしても逃げ帰れなかったなど信じる事は出来ない。

 

王は最悪の結果を想定して、決断を下した。

 

「誰か居らぬか!?」

「ーーー此処に」

 

大王の呼び掛けとあらば、直様姿を現した者は帰らなかった王の刃と同じ衣服を纏うも仮面の造形が異なっていた。

 

「アルトリウスを呼び出せ、今直ぐにだ」

「承りました」

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

俺が狼になって何年が経っただろうか。

裏庭が広いと思ったのは幾分か昔の事であり、今となっては僅か数時間で裏庭を走り回る事が出来るほどに成長した。

過去の仲間達にはアルトリウスと同じ程の狼もいた、そう考えると俺はまだまだ成長するのだろう。大きくなった時にこの森がどれ程小さくなるのかを考えると少しだけ楽しみになる。

成長を実感出来るとは良い事だ。

 

 

食料を胃の中に押し込んだのは数時間前であり、日課となっていた剣の素振りでも始めようかとオーンスタインと鍛錬をした広場に辿り着く。

今や此処だけが森では無く広場になったのは何時だったか、オーンスタインが来る日も来る日も木々を粉砕し続けた事を思い出すと少しだけ寂しくなる。

 

あれは何時だったか?

オーンスタインが俺に剣を渡してくれた。アルトリウスの大剣と同じ材質に委託の剣を態々城の鍛治師に造らせて俺に与えてくれた。

多分彼からの卒業祝いの様な物だったのだろう、それ以降オーンスタインが裏庭に槍を持って訪れるのはメッキリと減ってしまった。

それでも時折来るのだが。

 

広場に突き刺さった剣を引き抜くと何処か誇らしく思う時があると同時に、責任感が俺の心に現れる。

オーンスタインやアルトリウスもこんな気持ちなのかも知れない。

この剣は特殊な物であり、それを授かった俺は特別な者だと思うと身体に力が張り詰める。

敬愛する者から信頼と共に渡されたのだと思うと無様な格好は出来ないと身が引き締まる。

 

ああ、オーンスタインもアルトリウスもそうなのだろう。

特別な地位に武器を与えられ、それと同時に大王からの厚い信頼を寄せられる。銀の騎士達も同じだ、そう考えるとこの身が狼である事が残念になる。

もしも人間だったなら、神族なら、俺は躊躇わず大王に仕えたのかも知れない。それとも又考え方が違うのか。

そんなはずは無い、だって俺には誇り高き友がいるのだから。力を貸したいと思うのは必然だろう、其処に種族など関係は無い。

 

 

ifの話だと切り捨てて、身体を動かす。

鍛錬するにしてもただ素振りしているだけでは足りない、技術もある。なら更にその先を行きたい、目の前に投影するのは黄金の騎士。

 

誰よりも厳格に、誰よりも速く駆け抜ける黄金の雷。

オーンスタインを想定する。想定出来るほどに彼とは武器を交わし合った。うん、それも又誇らしい。

 

そう考えると目の前の幻影の彼に叱咤された様な気がする。

 

ー俺を前にして余裕があるのか?

 

その通り、幻影とは言えども彼は俺の記憶に強く焼き付いた無双の騎士の1人、油断など出来る筈も無い。

 

 

ー成長した姿を見せてみろ。

 

彼が槍を構えると、その姿が搔き消える。

速い、誰よりも速く駆け抜ける彼の攻撃は正に雷の如く。気が付いた頃には轟音が身体を突き抜けていた事だろう。

 

それを余裕でも無いが剣で槍を滑らせて十字の所を利用して避ける。

こんな事も出来る様になったのだ、お前が認めてくれたんだぞ?

 

今度は俺から、そう考えて大地を駆けようとした所でオーンスタインは消えていく。

何処と無く不満げに城への入り口を指差すと幻影は跡形も無く散って行く。

想像の中でも彼は意外とお節介だな、幻影が気付いたなら俺が気付かない筈もなし。

 

嗅ぎなれた匂い、背中を預け合った友。

大剣を携えて完全武装のアルトリウスが其処から姿を現した。

城の中を歩き回るにしては物騒な物で、経験則からアルトリウスがまた城の外に出るのだろう。

俺はそれに同行し続けた、月が何回巡ったかは覚えている。此処に来てから8年だ。8年の内で何回城の外に出たかはもう覚えていない。

 

「シフ、行くか?」

 

ーーーその言葉に少なからずも不安を覚えなかったと言ったら嘘になる。

アルトリウスはこういう時に堂々として口を開く。信頼と共に出される言葉には何処と無く自信が満ちていた筈なのだが、今ほど静かに言われた事は無い。

 

「オン!」

 

それでも俺の答えは決まっている。アルトリウスが行くのだから俺も行くのだ。

その背中を護ってやりたかった、俺の背中を護って欲しい。長年連れ添った仲に不安は無かった、ただアルトリウスの為なら、俺は何処まででも着いて行けるのだから。

 

「そうか。では行こう、私の背中を任せる」

 

なら俺の背中を護ってくれ、そう言った意味の声で答える。

 

「目的地はウーラシールーーー」

 

歩きながら、今回の目的を説明してくれる。

珍しく明確に目的地が決まっている事にも驚く。アルトリウスは明確な目的があってもその目的地などは言い渡される事は無かった。

ダークレイスが出現する場所は決まってなく、度々その姿を現しては消えていくからだ。その為に探知魔術の媒体をアルトリウスは所持している。

 

「ウーラシール国内の調査及び有事の対処だが、グウィン様もその明確な事が分かっていない。何かが起きたと考えた方が良いだろう、その為の装備も幾つか渡されている。その装備が、闇への抵抗の物を見るに碌な事では無いのだろう」

 

まさかウーラシールにダークレイスが現れた?

いや、それならそんな装備が渡される事は無さそうだ。

 

しかし、それ以上を考えるには余りにも俺の知識が無さすぎた。

俺は確かにアルトリウスに着いて行きはしていたが、それ以外の事は残念ながら余り分からない。

魔術も奇跡も残念な事にその触りすら俺の知識には無いのだ、そんな俺がどうこう考えても何にもならなかった。

 

アルトリウスがいる、これ以上に心の安寧を持たせる物は俺には無い。だからきっと、今度も大丈夫。

 

何処か押し寄せる不安を振り払い、俺とアルトリウスはウーラシールを目指した。

 

道ながらにアルトリウスがウーラシールの現状を予想しながらアレコレ俺に話しながら、同じ様に自分も予想を立てながら進んでいく。

とは言っても、俺は考えているだけで残念な事に話す事は出来ないからアルトリウスの予想に対して首を縦に動かすだけだ。

ありえそうな事には縦、微妙なのは首を傾げ、無さそうなのは横へ。

 

何事も考える事が重要だ。考え無しで突っ込んでその後の事が無ければ臨機応変と言っても限界があるからだ。

 

 

「シフ、そろそろ着く・・ぞ・・・」

 

アルトリウスの言葉が萎んで行き、自分もその先に見えるウーラシールを見つめて、歩を止めた。

俺には、目の前のウーラシールが信じられなかった。

 

「ソウルの、変質ーーー?」

 

ポツリと呟かれた言葉が嫌に脳を反響する。

 

ウーラシールへの入り口、門の前に立ち竦んでいる2体の異形。

俺はそれを見て吐き気を催した。ウーラシールの中に入ると知らなければ情け無くも怯えていたかも知れない。

肥大した頭部、長く伸びた腕に爪、変色した肌。

一目見てソレが人間だったと気が付けたのは単に、半分人間だったからだ。

2体の内の一体。

中途半端に肥大して肌色の皮が破れた様になった頭には髪の毛があった。片腕だけ伸び、もう片方は人間の腕。

その中途半端な変質が元は人間だったのだと俺達に知らせていた。

 

「行くぞ、今直ぐ楽にしてやる」

 

アルトリウスから出たとは思えない冷たい程に重たい声と共に、アルトリウスは大剣を携えて静かに歩を進めて行く。

慌てて着いて行くが、一体何が起こったのか思考がグルグルと回っていた。

 

門の前まで辿り着いても気づかないのかずっと下を向いていた。

 

「介錯はいるか?」

 

静かに異形達に語りかけると反応して頭を上げた。

 

「あー?あっ、アアァァアァァァァァァァ!!!」

 

惚けた様に声を出した完全な異形はやがて狂った様に叫び出して爪を振りかぶって、アルトリウスの大剣に裂かれた。

 

「お前は?」

 

半分人間の異形はアルトリウスと俺の事を交互に見ると、残った片目から涙を流して、襲い掛かってくる。

アルトリウスは静かに大盾で凌いだだけで、剣を振るわなかった。

 

「こ、コロジデ・・・。ガラダ、かって・・ゴク。ィガヅイタラ、ムズメ、グッテダンだ!?ゴロ、ゴロジて、ゴロジて・・」

 

言葉を紡ぐのもやっとだろう、泣きながら殺してと懇願する彼はアルトリウスを殺そうと爪を振る。

 

「分かった・・・」

 

静かに振るわれた刃で漸く止まった異形は、死んだと言うのにとても苦しそうな顔だ。

最後は苦しまずに死ねただろうか、苦しまなかったならそれが俺達にしてやれる事を出来たのだろう。

 

ギチリ、ギチリとアルトリウスの握った剣から鈍い音がした。彼はその顔を悲しみに染めているのだろう、それとも怒りなのだろうか?

俺は顎を軽く緩めている、でないと怒りで牙が折れそうだった。

 

「シフ、私は今ほど腹を立てた事は無いぞ。彼は最後、人間として死ねなかったのだから」

 

閉じられた門をゆっくりと片手で押しながら、アルトリウスは静かにウーラシールの中へと入り、俺もその後に続く。

 

ウーラシールの中にさっきの異形で溢れかえっていた。右も左も、全て目に付く所にその醜い異形の姿が目に入る。

同時に中途半端に成り切れていない者を見ると悲しくもなった、せめて意思が無くなれば辛くないだろうに。

 

「この者は・・・」

 

門を開く為のレバーには見慣れた服装の者が倒れていた。

レバーに手を掛けて開けるのでは無くて閉める方に傾けている王の刃の死骸、首に鋭い短剣が突き刺さっていて自害したのが分かる。

何故こんな所にいるかは分からないが、異形になる前に自分で死ねて良かったと思う。

 

 

異形達はやはり近寄らなければ気が付かないのか、ずっとそこら辺に立ち尽くすだけだった。

俺もアルトリウスが動かないからその場で固まっている。

 

「何か手掛かりがあるとすれば中央施設だな。確か魔術の研究は其処でしているとアルヴィナから聞いた覚えがある、其処を目指そう。道中の、異形はなるべく楽にしてやろう」

 

異形の所で言い淀んだのは彼等を化け物と呼べば良いのか人間と呼べば良いのか悩んだのだろう。

俺とて、人間と呼んでやれば良いのか分からないのだ。

 

 

俺はその言葉に頷いてアルトリウスに着いて行く。

 

 

気が付いた異形に剣を差し込んで振り返れば、アルトリウスも大剣で異形を薙ぎ払っている。

 

変質した異形を見て、何処となく不安感が募って行く。

 

ソウルの変質と言ったか。それはまさか、神族にも効くのか?

 

頭によぎった想像を振り払って俺は、剣を振るうしか無かった。

 

 

 

 

 



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7話

毎回誤字修正の事本当に感謝しております。

難しい、書くのがムズイ。



走る、走る走る。

今この瞬間、この街に安全な所は無い。

 

「ーーーー」

 

兜越しにアルトリウスと視線が交差して上に跳ぶ。

 

「ーーーふっ!」

 

アルトリウスが身体を回して群がる異形の民を振り払うも次々と群がる異形の民へと真上から斬り込む。

着地膠着の瞬間に頭の上を刃が通り過ぎ飛びかかる者を切り裂き、脚を反転させてアルトリウスの背後から迫る者を切りはらう。

 

こんな事を一体どれ程続けた事だろうか、1匹に気付かれればそのまま芋づる式になって続々と異形の民が群がってくる。

異形の民が叫びをあげれば遠くからは更にその倍の数の敵が現れる。休む暇も無く群がり続ける異形の民ではあるが、救いとなっているのは皮肉にも元が市民だからだろう。

辛く感じるのはその尋常では無い数であり一人ーーー1匹の強さは其処まででは無い事だろう。

 

「戦い難い、少し進むぞ!」

 

その言葉でアルトリウスの腕が引かれて一瞬だけ隙を作り出す、その隙を埋める様に剣を振り払い、アルトリウスが大地を踏みしめた。

元々神族の様な巨躯の者が踏み締める様には出来ていない地面が足型に砕けてアルトリウスが飛び出す。

 

右腕、大盾を持つ方を前に向けて群がる異形へと大盾から打つかる。

その踏み込みを止める事は誰にも出来ず触れた者から吹き飛ばされて行き一筋の道を作り出した。

 

飛び抜けた先は広場になっていて此処でなら満足に動く事は出来そうだが。

辺りを見渡せば数が減った様には見えない異形の民達で埋め尽くされている。

一体この攻防が何時まで続くのか、そう考えるだけで気が滅入ってしまう。

息を切らす事は無いが、終わりの無い攻防程精神力が削られる事は無い。せめて何百何千でも構わないから数が分かればまだ心が持つと言うのに。

 

「アオオォォォォォン!!」

 

ーー何を考えていたんだか。そんな弱気になっていてはアノール・ロンドにいる者達に笑われてしまう。

それにアルトリウスと共にいる時に無様な姿は見せられない。

今の遠吠えでスッと心が落ち着いて頭の中が空っぽになる。アルトリウスはまだ何も言わない、それなら戦い続けるだけだ。

 

「シフ、後ろの敵は無視するぞ。このままだと時間だけが過ぎるだけだ、なら元凶を一気に叩きに行く。押し通るぞ?」

「オンッ!」

 

任せろと吠えて、アルトリウスの背後に陣取る。

さっきと同じだ大盾を前にして駆け出すアルトリウスの後ろに着く。ただし今回は直ぐに止まる事は無い、アルトリウスが止まろうと思わない限り走り続ける。

 

それなら背中を任せられた俺は確りと護らなくてはな。

走るアルトリウスに横から迫る異形に刃を振るい背中を護る、前は気にしなくても良かった。

前から向かってくる者はアルトリウスの盾に触れた瞬間に身体がひしゃげて地面を転がるか、運良く生き延びた者もアルトリウスに身体を踏み砕かれて絶命していく。

俺はアルトリウスの作る一本道の背後から迫る者を冷静に対処すれば良い、それも下手に刃を振るわなくても良かった。

やはり知能が低いのか転がる死骸に脚を取られた者から押し寄せてくる者に押し潰されて行くのだから。

近付けた者だけを処理すれば良い。

 

しかし背後からは同じ様に異形が押し寄せてくる。

これでは進んだとしても、そう考えた所で横合いから黒い炎が飛び出して異形を焼き払う。

 

「魔術師かっ!?」

 

走る俺達に当たる事は無かったが魔術師がいるなら尚更止まれない、脚を止めたら直ぐに魔術が降り注ぐ。

 

「こっちだ」

 

アルトリウスのすがたが視界から消えていく、それに続いて民家の屋根へと飛び跳ねて行く。

これで異形の民は追ってこれないのか着いて来る事は無くなったが、直ぐ後ろの地面を炎が焦がす。

 

「オーーーオオォォォォォォォォ!!」

 

鈍い粉砕音でアルトリウスが上空に舞い上がり、魔術師が乗る屋根の上へと到達。ミシミシと屋根が悲鳴をあげながら瓦解していき大剣が魔術師の頭を砕いた。

 

そのまま上へと飛び上がるアルトリウスを目指して俺も屋根の上を飛び跳ねる。

屋根の上、そこで立ち止まると小さく息を吐くのが分かった。一瞬だけ辛そうに見えたのは幻なのか、直ぐに持ち直したアルトリウスが指を指す方。

 

変哲も無い建物だが闇が深い、何かを引きずった様な跡が多く見られた。其処だけ妙に色彩が暗く感じられた所だった。

まるでその先は闇がある様な感覚だ、心が騒つくと言うか怯えている。

無意識の内に其処へ行きたくないと身体が訴えている。

 

「大丈夫か?」

 

ポンと、背中に手が触れて身体が跳ねる。

放心でもしてしまっていたのだろう、情け無くなって顔を見られずに大丈夫だと首を縦にする。

 

「なら、行こうか」

 

屋根から飛び降りるアルトリウスに続いて俺も降りて行く。

この元凶の元に近付いたからだろうか異形の姿はまばらで、それ程苦労をせずに進む事が出来た。

それとも、街の人々は生活したままあの姿に変わっていったのだろうか。

意味の無い疑問を消してからアルトリウスの後ろをついて行く。

 

 

 

建物の中にも異形はいた。

赤い眼光を光らせて彷徨くその姿は不気味で、ダークレイスの比では無いほどに心への不安感を募らせる様な感覚。

 

隣に佇むアルトリウスにどうすると視線で投げ掛ける。

 

「兎に角進むしか出来ない。私がーーー」

 

私が先に進もう、そう言いそうなアルトリウスの前に出て異形の者達に向かい歩く。

キアランに教えて貰っただろう、教えて貰った事を思い出し、呼吸を少しずつ止めていき暗闇に紛れる様にして行く。

 

その姿にアルトリウスは黙って見送る。暗闇なら自分よりもシフの方が上手くやってくれる事を知っているからだ。

 

変化が起こったのは直ぐの事だ、アルトリウスから見てもシフは完全にその気配を断つ事が出来ていた。息遣い、足音、自分ですら察知出来ないシフならと思ったが。

急に一匹の異形が歩き始めた。

 

 

 

俺の目の先の異形を見るとそいつは動かずにいるだけだったのに、急に辺りを見渡し始めると真っ直ぐに俺の元に近寄ってくる。

 

ーーー馬鹿な。暗闇の中でならアルトリウスすら察知出来ない隠密をこの異形が見破ったのかと思うと立ち止まってしまう。

 

いや、気付かれていないのか?

確かに目の前に立った異形は爪を振り回すが俺の上を行くだけだ、場所は合っているし攻撃する事は其処に俺がいると分かってはいるのだろう。

なら、ならなんで察知出来たのか。

 

まさかとは思うが、こいつら俺のソウルに反応したのか?

噂ではソウルに反応する様な化け物もいたと言うのは聞いた事があるが、いやそうでなくては訳が分からない。

 

だが俺の明確な場所までは分からない様だ。

憐れだ、ただ感じるままに誰かを傷付けないと生きて行けないなんて。せめて楽にしてやる。

 

剣で首だけをスンナリと切断、次に見えた異形の首も同じ様に断っていく。

 

 

5分くらいだろうか、目に見える範囲の者達に剣を通してからアルトリウスの元へと戻り、先へと進む。

 

 

それにしても、本当に暗い。

夜目の効く俺でもマトモにその先が見えなくなってきていた、夜の様に単純に光が無いのでは無くて。光が闇に食われている。

ふと、明かりが目に入った。

 

建物の更に奥から小さく伸びた光の先には異形が一匹。

まるでその先を護るかの様に佇むそいつの背中には何か突き刺さったのか柱の様な物が生えている。

 

「私がやろう」

 

アルトリウスに気が付いたのか異形が走る。

走る度に背中の突起が邪魔なのかフラフラと危うい歩行で近寄り、アルトリウスに身体を裂かれた。

一瞬だ、手間取る事も無い。一対一でアルトリウスと向き合った時点で勝ち目なんか無いのだ、理不尽な数だろうと力と技術で突破するのだから。

 

崩れ落ちた異形を一瞥して、異形が護っていたその先を調べると。一つの昇降機を見つける。

 

「シフは、着いてくるか?」

 

その言葉の意味が分からずに一瞬固まる。

まさかとは思うがアルトリウスは弱気になっているのだろうか、それなら尚更俺は一緒に行かないといけない。

 

「グルル」

 

だって俺はお前の背中を護りたいんだから。

 

「すまない、変な事を聞いた」

 

そう小さく笑みが零れたアルトリウスは何かに気がつくと、躊躇った様に腕を彷徨わせると背中のマントを引き千切った。

 

「グウィン様から貰った物だったんだがな。ボロボロになってしまった・・・そうだ、少しジッとしていてくれ」

 

アルトリウスが俺の後ろにしゃがみ込むと、難しいななんて呟きながら俺の尻尾を弄る。

 

「ボロボロになった物だが捨てるよりはシフが付けていた方が良いだろう?」

 

尻尾には群青色のマントーーースカーフの様な物が固結びされていた。相変わらず変な所で不器用な奴だ、固結びくらいもう少しスムーズに出来るだろうに。

 

「わふ」

 

こんな所でも嬉しく思えてしまう自分に呆れてしまう。なんとも気の抜けた男だよ、お前も俺も。

こんな所でこんな事をする様な奴なんて普通いないぞ?

 

まあ、良いか。さっきから動揺の連続で今一頭が働いていなかったのだ、少しだけでもリラックスが出来た今は頭が働く。

 

それじゃあ、進むとしようかーーー。

 

 

 

 

 

 

黒より黒く、闇より深い。

そんな言葉が不意に頭に過ぎる、昇降機を降りて抜けた先は闇が広がっていた。

 

視覚からの情報が少なく、鼻につく臭いは気持ち悪く、異形の声が反響して辺りに響いた。

心臓に刺す様な気持ち悪さと違和感を抱えながらも目の前の闇に動じず歩いて行くアルトリウスに続く。

 

地下に造られた洞窟なのか、元からあった物なのかは分からない空間には赤い眼光が揺らめき、彷徨う人間性が大量にいた。

 

遠くからでも見える白黒の絨毯がゾロゾロと動き、まるで一つの巨大な生き物の様にさえ見えた。

 

「先に行こう」

 

今日のアルトリウスは妙に急かしてくる。

何時もならばもう少し様子を見るなりするのだが。いや、何も言うまい。

アルトリウスがそう言うのなら俺は従うだけだった。

 

アルトリウスが弾丸の様に飛び出して赤く揺らめく眼光の元へと駆けて、叩き潰す。

 

 

 

 

 

その変化はなんだったのか?

アルトリウスの呼吸が乱れ始めた。

その焦燥は何なのか?

まるで先の無い命を燃やす様に苛烈だった。

 

俺がアルトリウスの変化に気付いたのは直ぐの事だった。

彼は闇の洞窟に入ってから、少しずつ呼吸が乱れていた。

何処か胸を締め付ける焦燥感が俺を急かした。

何故なら彼が明らかに平常では無かったから。

 

視野も狭くなっていたのか彼の大剣に乱れが出ていた。

一度で切り裂けた異形を二度、横合いから殴りつける異形の対処ミス、仕切りに頭を振っている。

 

その度に吠えた、友を護る為に自分の傷は厭わない。

異形にタックルもした、目の前の敵を無視して後ろの敵を倒した。

 

何処で綻びが出たのか分からない、俺はただ友を護る為に全身を捧げて彼に飛びついた。

 

其処から先の記憶は、ない。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

私の目の前で闇の炎に包まれた友を見つめて、私は漸く落ち着いた。

身体に纏わりつく嫌な物を振り払って、私は走る。

倒れた友の身体を左手で抱えながら身を隠せる様な所へと急いだ。

 

 

 

 

目の前で横たわる友を護る為に大盾を地面に突き刺し、交友のあった魔術師の霊体を其処に呼び出す。

 

「友を、シフを見ていて欲しい」

 

彼女は何を言うでも無く私の願いを聞き届け、見つかる可能性を低くする為に幻の壁を作り上げた。

弱々しくも横たわる友の姿を見て、感情が揺れる。

 

自分の身体を見て、思い出が溢れ出る。

 

キアランとシフ、二人とも私の大事な友だ。

その大事な友が倒れているのに私の心に響くのは怒りでは無いのがどうしようも無く虚しくさせる、慣れたくもない事に慣れた。

 

深淵に触れた私にはもう後は無い、浄化も出来なければ後はソウルを変質させていくだけ。私もあの異形の様になるだけだ、それを理解できてしまった。

 

兜に手を掛けて素顔をさらす。

 

きっとシフと会うのはこれで最後やも知れないと思うと感傷深くもなってしまう物だな。思えば運命だったのかも知れない、あの雪の降りしきる夜に出会えたのが。

 

健やかな日々だった、充実した日々だった。

 

「もう少し、成長を見守りたかったのだがな・・・」

 

理想を言えばシフが大きくなる姿を見ていたかった、この子は些か私への親愛が強いからな。私が居なくなった後が心配だ。

キアランに頼めば引き受けてくれそうだが、会えないなら言えもしない。

 

最後にシフの頭を撫でてから立ち上がる。

 

生還が望めないなら私はそれでも良い。

だが、この深淵の奥に潜む魔物を外に出す訳にはいかない。ここで殺さないとならない、私が私で居られる内に行かなくては。後はシフを助けてくれる人が現れるのを待つしかない。

 

最後に振り向くと、シフは目を開けていたのかも知れない。

背中に確かな視線を感じると私の腕にはいつも以上に力が篭る。

 

 

我等が王よ、どうか見ていてください。

歩き出したわたしは不意に天井を見上げた。

 

ーーーー太陽が見たくなった。

 

 

 

 

 



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8話

ヒロインXオルタ当たりました。

デオンくんちゃん可愛い

誤字報告など本当に感謝しています、ごめんなさい


ーーーー深淵を覗く時、深淵もまた私を覗く。

 

 

 

 

 

遥か下へと続く洞穴の下から注がれる視線が私を見つめ、私はその洞穴へと飛び降りた。

 

地面には黒い水の様な物が溜まり、足を動かす度に水の跳ねる音が聞こえる。

だがそんなに生易しい物ではない、跳ねた水が鎧の中に入ればどうなるのか、考えれば分かる。

 

この空間が、目の前の魔物が、全てが私達神族への天敵だ。

 

目の前の醜い魔物。

足が無いのか身体を引き摺りながら移動し、その腫れ上がった片腕のバランスの悪さ。

 

ああでも、やはり確信が出来た。

此奴は絶対に地上に出してはいけない、生かしてもおけない。きっと、きっとだ、私はこの魔物には勝てないのかも知れない。

でもダメージを与える事は私にも出来るだろう。闇と光は反発する物だ、なら此奴には私の持つ剣が効果を出すかも知れない。

 

 

「我が友に、太陽の加護があらん事をーーー」

 

 

その願いを持って私は飛び出した。

少ない時間でダメージを与えるなら、覚悟を決める。

 

私の友人達からしたら隙だらけなのかも知れない、何時もの様に隙を無くすのでは無い。隙を作ってでも私は刃を魔物に向けよう。

 

着弾する様に激しく魔物へと剣を突き立て、黒い血流が私に飛び散る。

 

それは容赦なく私の身体へと到達すると心を貪る。

激しい激痛だ、身体が痛みを訴えている。

 

身体から出た血流すらも私達への武器となる。

 

「おお、オオァァアアァァァァァ!!!」

 

私の口から飛び出した絶叫にも似た叫びが力を与え、着地と共に魔物の身体に剣を突き立てる。

 

振るわれた鈍器、鈍痛、右側から鈍器で打ち付けられて身体が飛びそうになるのを突き立てた剣と力で捩じ伏せてその場に止まる。

 

バキリ、そんな無茶をしたからだろう。右腕からの力が消えて行くのを何処か他人事の様に捉えて突き刺さった剣を左手で掴み取り、引き抜く。

 

 

身体が怠い、今にも歩みを止めてしまいそうになる。

剣が重い、肩に担いだ。

 

力が抜けていく、私はーーー。

 

 

魔物はそんな私を見て、興味を無くしたかの様に後ろを向く。

今がチャンスなんだ、なぜ?

 

ーーー何故動かないのだ私の身体は・・・!

 

私の身体が意思とは勝手に動き魔物に背を向けた。

 

そっちでは、無い!?

 

 

身体が錆びた鉄の様にギシギシと音を立てながらユックリと振り向きながら、壊れた玩具の様に制止すると、やがて全身から力が抜けたのか手からは剣が滑り落ちた。

 

 

ああ、ああ・・・!

もう、駄目なのか?

消えぬ意思があるのに身体が動いてはくれない。

徐々に感覚すら消えていく中でどうにか脚を魔物に向ける。

歩け、歩けーーー。

 

動く腕が勝手に剣の方向へと引きつけられる様に動いて身体を倒す、パシャリと跳ねた水が鎧の中に入ってくる。

それでもと足掻きながら勝手に動き出す身体に力を入れて、無理矢理にでもーーー。

 

そんな無様な私をどう思ったのだろうか、闇が身体を打ち付け、力が無くなっていき。

私の身体は遂に動き出した。

 

落ちた剣を拾い上げて、地上を目指して行く。

 

すまない、すまない。私は何も出来なかった・・・。

 

 

 

 

 

 

獣の様に洞穴から這い出た身体は一直線に地上へと走っていく。

そんな中で消えそうになる意識を必死に保ちながら身体の行き先を見つめる。

知らず内に瞳からは雫がしたり落ちて顔を濡らしても止まってはくれず、あれ程見たかった太陽すら鬱陶しく感じてしまう私が嫌になった。

 

この身体は一体何処を目指して行くのか?

何の迷いも無く走るこの身体は何かを見つけたのか急に走る角度を変えて民家の屋根を踏み台にしていく。

 

そして、異形の集まる所に飛び込むと容赦なくその刃は振るわれた。

美しかった刀身は黒く深淵に濡れていた。

 

ーーーまるで獣だ、技術なんて無く力任せに剣を叩きつけて地面を割り。力任せに振るわれた刃は民家を斬り崩す。

変に体捌きだけが残っているのがとても気持ち悪くて、見ていられない。

 

何よりもこの身体がソウルを求めているのが分かると、私は必死に消えそうな意識を繋ぎ止める。私はソウルを、人間性を求める様な化け物では無い。せめて、誰か私の前に立ちはだかってくれ。

そう願いながら、しかし身体は勝手に動いて行く。

 

何がそんなに楽しい?

 

孤立した異形の腹に刀身を埋めると大地に叩きつけ、痙攣する異形の頭に剣を突き立てる。まるでその行為を楽しんでいる様にも見える、せめて一撃で楽にさせて欲しいと願うも身体は聞いてはくれない。

 

何よりも私の身体でそんな事をされるのが堪らなく苦しくて、悔しい。

誰でも良い、私を殺せーーー。

 

 

 

 

 

この身体が地上に飛び出してどれ位経ったのだろうか。

あれからずっと異形の民達を追い掛け回したこの身体は、遂にその異形の民にすら恐れられたのか皆んな逃げ回って行く。

散らばって行く異形の民を一人一人、追い掛けては殺してを繰り返せば最後の一匹はコロシアムの中に逃げ込んだ。

 

それをコロシアムの上から見下ろす私の身体の下には、今しがた入ってきた道を振り向いて安心した様な異形の姿が見えた。

そして異形目掛けて身体が落下して、異形ごと大地を穿った。

 

確実に異形の頭を貫いた刃を戻して、もう一度奥まで差し込んだ。

死んだのか確認する様に見つめる私の直ぐ近くから、何度も聞いた鎧の擦れる音が聞こえた。

 

 

目に入ったのは見た事も無い鎧を着た人間だった。

何故此処にいるのか、何のために来たのか。そんな事は今の私には関係が無かった。

 

それでも、一抹の希望を見つけれた。僅かに残った意思と気力で、声を振り絞る。

 

「ーーーき、君が何者かは知らないが、離れてくれ。もうすぐ私は飲み込まれてしまうだろう」

 

「奴らの、あの闇に」

 

本当に、本当に少しの間だけ身体を取り返せた。

それでも動く事は出来ない。

 

「君にはすまないと思う。一方的な言葉だ、私には余裕が無い」

 

静かに、警戒しながらも私の独白を聞いてくれている人間に感謝したい。

 

「人間ならば、より純粋な闇に近いはずだ」

 

私は駄目だった。神族は純粋な光の性質だから、深淵に入るには染まるしか無い。そして染まってしまった結果が今の私だ。

 

目の前の人間には、関係の無い事なのかも知れないな。

 

「頼む、お願いだ…。深淵の拡大を、防がなければ!」

 

私が、目の前の人間にこんな事を言うのは筋違いなのだろう。私の相手も人間にさせてしまう、些か荷が重過ぎるかも知れない。

だが今しか無い、深淵が拡がれがやがて止める事が出来なくなる。

 

「すま、ない…。君にしか、頼めないんだ‥…」

 

ああ、駄目だ。もう意識が保たない、このままーーー。

 

 

 

 

 

 

私がその後意思を取り戻したのは自分が地面に倒れていた時だろう。

身体から力が抜けて行くのに抵抗しない、身体から液体が抜け出して行く感覚は私がちゃんと死を迎える事だ。どうやら人間は私を打倒して見せてくれた様だ。

 

あの人間にならこの後の事を任せれそうだ、暗闇の中で私は思う。

深淵の様ではなくて安心できる暗闇、これが死という感覚かと初めての事に戸惑いながらもその時を待つ。

 

 

すた、すたーーー。

 

 

何かが近づいてくる音が聞こえる。それと同時に私の良く知る森の匂いがした。

 

「ああ、シフ。其処にいるのかーーー?」

 

何処か鼻を擽る懐かしい匂いに安心した、何も見えず、身体も動かす事は出来ない。

 

誰かが私の腕を取った。シフの様な手では無くて、暖かい人の手だった。

 

「ーーー馬鹿者め」

 

私の知る声。一体何故彼女が此処に居るのは分からない。

それでもーーー。

 

「キアラン……声が聞けて良かった」

「…そうか」

 

違う、私が言いたいのはそんな事では無い。これでは私が最後にキアランの声が聞けて良かったと言っているみたいだと考えると、確かに合っているなと思ってしまう。

死ぬ間際だからか、何時もとは違った思考が頭を駆け巡っていく。

ああ、時間が少ないとは嫌な物だな。

 

何時もなら明日が有るのに、私にはもう今この瞬間しか無いとなると言葉が喉に詰まってしまう。ーーーははっ、私はこんなにも情けない者だったのか。

 

「シフを、頼みたい。見てやってくれ」

「…シフの面倒は私が見てやる。安心、しろ」

 

後は、後はーーー。

何も言う事は無いのか?

何か無いのか、刻一刻と迫る異常な眠気で頭が働かなくなって来てしまったな。

 

「ーー、ーーーーーーー」

 

最後に何を口に出したのだろうか?

何も考えずに口に出してしまったが、何と言ったのだろう。おかしな物だ、自分の言葉が分からないなんて。

 

キアランの手の感覚が遠くに離れていく様で、頭の奥からスーッと押し寄せて来るものがある。

 

ー最後に会うのが、君で良かった。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

雪の日に狼を拾った。とても小さく、儚い命は私が少しでも力を入れてしまえば壊れそうな程に脆かったのを覚えている。

 

「何をやっているのだ」

「キアランか」

 

明るい木漏れ日の中でシフと戯れている所をキアランに見つかって、ノンビリと過ごしたのを覚えている。

 

「見ていて楽しいのか?」

「ふー」

 

剣を振っている時に興味深そうにシフが私を観察していたのを覚えている。

 

「雨だがシフは…」

 

雨の日、私の部屋の暖炉の前でシフと共に丸くなっているとキアランはシフの隣に座る。

キアランは何かとシフの事を見ていてくれた。

 

「シフはお前と一緒で槍は全然使えなかったな」

「いや、私は少しは槍を使える」

「嘘を言うな」

 

廊下でオーンスタインとそんな事を話していた事があった。任務の報告の後に楽しそうに話し掛けて来たんだったか。

留守の間オーンスタインがずっとシフの面倒を見ていた事を知ると、友の意外な一面に驚いた。

 

 

「初陣にしては上出来だな」

「俺も安心したぞ?」

「偉いな、シフ」

「くふー!」

 

あの陽の光が降り注ぐ森の中で、笑った事を私は…決して忘れない。

 

流れては消えていく情景に知らず内に涙腺が緩くなっていたのだろうか瞳から雫が溢れて落ちて行く。覚悟は出来ていても、最後となると感傷深くなってしまう。

 

お休み。どうか皆に、太陽の加護がーーーー

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

いつか、何時もの通りにアルトリウスが俺の所に来ると思っていた。

俺の知る顔が現れると信じて、体力を回復させる為に結界の中で大人しくしていた時に人間は現れた。

 

結界の周りの人間性達を消滅させると、俺の事を見てから結界の起点になっていた盾を引き抜いた。

 

「君がシフ?」

 

声からしてきっと女性だろう。

その言葉になんと返せば良いのか迷っていると、深淵の匂いに紛れて目の前の人間から嗅ぎなれた男の匂いがして来るのに気が付いた。気が付いてしまった。

 

その時、俺は悟ってしまったのだろう。

 

「アオォォォォォォォォン!!!!」

 

目の前の人間に意思を返す前に俺の喉からは悲痛な声が出る。

だって、目の前の人間からはアルトリウスの匂いがするんだ。あれ程帰りを待っていた男が、一番信頼する無双の騎士が倒れた。

 

心にポッカリと穴が開いた様な気分だ、目の前の人間の喉元を噛みちぎろうとさえ思ってしまう。でも駄目だ、アルトリウスが逝ったのは目の前の彼女の責任では無い。

深淵が、アルトリウスを飲み込んだんだから。

 

 

アルトリウスは最後まで戦ったんだろう。なら俺は、アルトリウスが最後に託したであろう彼女に協力する事に決めた。アルトリウスが果たせなかった事を、俺が代わりに果たしてやる。

それが、アルトリウスへの手向けとなる事を願おう。

 

悲しんではいられないのだ、せめてアルトリウスが果たしたかった事をしてから悲しもう。

泣き叫ぶのもそれからにしよう。

 

 

だから今だけは、前だけを見続けよう。

 

 

地面に突き刺さった剣を抜くと、彼女の方を見る。

 

兜のスリット越しで目線が交わされて、それだけで十分だった。

 

「よろしく、シフ」

 

 

 

 

 



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9話

どんどん文がおかしく・・・

次回からfate行きましょう、そうしよう


ーああ、また来たか。

 

私は耳慣れた門の開く音を聞いて立ち上がる。

森の中を走って様子を探る、盗人ならば殺すつもりだった。

アルトリウスの墓へ歩く人間を見ていると、あの時を思い出した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

醜悪な魔物だった。

短い間ながらも背中を預け合った人間が魔物に鋭く剣を突き立てて、漸くその魔物は崩れ落ちた。

 

これで終わり、友の仇を取れた嬉しさよりも無くした悲しみの方が大きい。

 

大きく息を吐き出す人間に擦り寄って臭いを覚える、いつかこの恩を返せる様に。俺一人ではたぶん勝てなかっただろう、ギリギリの所で勝った様な物だ。

 

彼女は身体中から血が滲む俺の頭を優しく撫でた。

それが何処か嬉しくて、鎧の感触は亡き者を思い出させてしまう。

 

「シフの主人の願いは叶えられたかな?」

 

優しく言う彼女を見ていると心が落ち着く。本当に短い間でも背中を預け合い、死闘を繰り広げた彼女に俺は心を開いている。

新しく出来た友に嬉しく思うと反面、どうしようも無い寂しさが募っていく。

 

「じゃあ戻ろうか」

 

そう言った彼女は遥か上の出口を見て笑う、果たして彼女はこの崖を登り切れるのだろうか。

後ろを振り向くと、其処に彼女はいなかった。

 

振り向く前まであった臭いが急に無くなって、本当に形すらも残さずに消えている。

呆然としながら何が起きたのか考えて、どうにも答えは出て来なかった。

 

 

ーそうか、お前もいなくなるのか。

 

 

俺と背中を預けた友はもう、誰もいない。

何故か虚しくなると俺はゆっくりとした歩幅で地上へと戻る。

太陽を浴びた時に、隣り誰もいない事の寂しさを覚えながら俺は歩く、誰かに会いたかった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

ウーラシールを一度離れた私とキアランはアノール・ロンドに戻り王に報告をした。

あの時の王の悲痛な顔を忘れない、オーンスタインが無言で槍を握り締めたのを覚えている。

 

 

裏庭で大人しくしていた私の所にキアランが訪れると、私達二人はアノール・ロンドを出てもう一度ウーラシールに赴いた。

どうやらキアランはアルトリウスの最期の言葉を聞いていた様で、遺言通りに私の事を見ていてくれた。

 

王から休みを貰ったとの事だけど、私はアノール・ロンドにはもう戻らないと予感していた。

 

 

 

アルトリウスが死んで何十年が経った頃に、唐突に王が私達の住む墓場に訪れた。

一人も護衛を連れない姿に違和感を覚えながら、最後だからと言う王に私は何を言うでも無く見送った。

 

思うのは昔に戻りたいと言う事だった。

 

そう、昔に戻りたいだ。成長したいでも未来への安寧を望む事が私にはもう出来ない。

俺ーーー私は既に生きる意味を持ち合わせてはいない。

 

寧ろ死にたいとすら願っているのに死なないのはアルトリウスの墓がすぐ其処にあったからだ。

 

 

 

 

私が大きくなり、かつてのアルトリウスと同じくらいになった時の事だった。

食料を持って森から帰ると、キアランは死んでいた。

自殺だった、短剣で自分の胸を貫いてアルトリウスの墓に寄り添う様に倒れていた。

 

それからだ、本当に生きる意味が無くなってしまったのが。

 

アルトリウスは誇り高く死んだ、キアランは私が成長するのを見守って約束を守り抜いて死んだ。

なら私が二人に出来る事と言えばたかが知れている、ただ相応しい時までこの墓を護り続ける為にいる。

 

 

 

 

思えばこの場所の周りが完全に森に変わってから何百年か。いつからかおかしな噂が出て来た、墓場には宝が存在するだとか、素晴らしい武器があるだとか。

それからだろう、盗人が多くなったのは。

 

墓場に来ては墓荒らしの様に乱暴に近寄っては目的の物を探す、そんな輩を殺し続けて早くも何百年。

今も私はこの森の中で友の安らかなる眠りを護る。

 

面倒なのは不死人が出て来た事だろうか、死んでは此処に来る。

馬鹿な奴らだ、私に殺されるのが分からない薄汚いクズ共。

そんな奴等を殺す為に私の生があると思うと途端に馬鹿らしくもなる、同時に誇り高き騎士にすら安寧を許さないのかと怒りもあった。

 

 

冷たい風が吹いて、墓場の近くで丸くなる。

太陽がこの場所を照らす事は無く、暖かさと言うものも失った。こんな事に意味があるのかと自分に問えば、たった一つ残ったちっぽけな誇りだけしかない。

 

何もなしていない私が、二人の墓場で死ぬ事は私が許せないだけだ。馬鹿な意地だ、でもあの時から変わらない唯一つの物だ。これだけは裏切らない。

 

 

風が身体を包んでくる中で、風の音と一緒に鈍い扉を開く音が聞こえてくる。

 

ああ、また来たのかと身体を起こして跳躍する。

 

 

人間が墓の前の剣に触れた瞬間無音で墓の上に着地する、月の光を私が遮った事に気が付いたのか上を見ると、私と目が合う。

 

ーーその顔には困惑も恐怖も無かった。

大抵の人間は私を見れば慌てふためき距離を取ろうとするか勇ましく獲物を握るというのに。この人間は私を見るだけで何もしない。

 

まあ、楽に殺せるなら何も問題は無い。地面に降りて顔を近づけると、人間は尻餅をついた。

 

それにしても、何処かで見た事のある鎧だと思うも。勘違いだろう、この時代に私の知っている鎧なんてアノール・ロンド位にしか無い。

 

身体を押さえつけて首元を噛みちぎる為に顔を近寄せると、不意に鼻を刺激した。

 

思わず身体が固まる。嗅いだ事のある匂いだ、確かめる様に数回鼻をヒクつかせる。

 

 

ーーああ、分かった。

なんて事だろう、道理で鎧も見た事のある物だと思った訳だ。

 

そうか、そうなのか。あの時の背中を預けた友か。

そうか、友もーーーお前も此処に来てしまったのか。

 

 

ーーーひた。

 

 

彼女は私の鼻頭に手を当てると、優しく撫でる。

鎧越しにも分かる暖かな手だ、数百年近く感じる事の無かった人の暖かさと優しさ。

 

ああ、でも。そんな彼女に剣を向けるのを許して欲しい。

 

彼女が欲しいのは形見の指輪だろう、確か深淵の中でも生きられる様な効果があるんだったか。

彼女になら譲ってしまっても良いが、私は墓守。それを許す訳にはいかない。

 

それに嬉しいんだ、悲しいんだ。

譲っても良いと思ってしまうのが、友に剣を向けないといけないのが。

 

「…シフ?」

 

また私の名前を呼んでくれるのか友よ、誰からも呼ばれる事の失くなった私の名前を。

 

「私は…」

 

私が剣を抜くと慌てて声を出すが、言葉は不要だろう。

私と友は目的が相容れない、なら剣を取るしかない。

 

「どうして?」

 

どうして、か。

そうだな、私が形見を譲っても良いと思えたからだろう。

それにこれ以上言葉を出す意味も無い。

 

ーーーだから、死んでくれ/殺してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝負は私の負けだろう。

 

胸を貫く剣を遠く見つめて大地に横たわる。

痛くも無いな、寧ろ楽にしてくれて感謝すらしている。

 

「どうして、私は・・・」

 

剣を手放して初めて見る友は、銀髪だった。

何処か抜けた様な顔もアルトリウスと被る、でも何処かおかしい。

私を撫でる手はアルトリウスでは無くキアランに似ている、それが可笑しくて堪らなかった。こんな撫でられただけであの時の穏やかな時間を思い出してしまうのが阿呆らしい。

 

ああでも、冷え切った心には随分と良く効くものだ。

 

こんなに穏やかになれたのは何時ぶりだろうか、キアランが居なくなってから心を動かす事も余り無かったと思う。

 

 

でも本当はーーー寂しかったんだ、森に一人きりが。

泣きたかったんだ、周りに誰も居ない事に。

寒かったんだ、誰とも寄り添えないのは。

 

 

横たわった身体を無理矢理起こせば傷口から血が飛び出す。そんな心配そうに見ないでくれ、死ぬ場所は決めていたからな。

 

真っ直ぐに墓の所まで辿り着くと、冷たい墓石に身体を押し付けて丸くなる。

 

「わふ」

 

小さくか細い声に応えて彼女は私の所まで来ると、血の出ていない所に座り込む。

調度背中の辺りだろう、彼女も疲れていたのか寄り掛かかる様に力を抜くのが分かる。

なに、あの二人も知らない仲では無いだろう。私を看取るのが彼女なのは許してくれるだろう。

 

 

ありがとう、眠りにつく時に人の暖かさに触れていたいと言う我儘に応えてくれて。

 

さらりと彼女の手が毛を滑り、私はそのまま眠気に誘われて動く事なく目を閉じた。

 

 

「お休み、シフ」

 

暖かな手の感触は、陽の当たる森を思い出させてくれた。

 

 



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未代特異点 闇の聖杯ー灰の大狼ー
10話


うん、感想みて共感してしまう。
私のサブデータは良い人RPしていたんだけど、割り切る事が出来ずにシフの所で詰んでます。
本来のデータでも手が動かなくて一度シフにやられたんですけどね!


そんな私は今回シフの救済をする為に頑張ります!

章のタイトルは凄い適当に着けてます。候補とかこんな言葉があったら良いとか受け付けます。

関係ない話し。友人にtwitterなるもので呟けば?なんて言われました。アカウントは持ってるものの実は、殆どtwitterの使い方分かりません!
ぎぶみー、ぎぶみー、ぷりーず、ホアァ!ホアァ!!



目の前の彼女を見て気が付いた。

未来から過去へと干渉する事が出来る事に。

 

其処から私は、おかしくなったーーー。

 

 

 

手段を求め、寂しさに焦がれ、友さえもこの手にかけた。

念願の日は此処に叶う、先にある黄金の杯を持って私は願う。

 

過去への干渉をーーーー。

 

 

黄金の光、狼の望みとはまた違った結果へと行き着く。

 

過去では無く世界の外から人を招き、遥か未来からこの時代への穴を造る。

 

狼は分からない、自分が討伐される側に回った事を。

 

されど狼は笑う。

 

「ーーーーーアッハ、アハハハハハーーーー」

 

既に身体すら魂の半分に惹かれて変容している事にも気付かずに。

 

「遂に、遂にっ!私はーーーお前と会える!!」

 

瞳から黒い涙を零しながら墓場の前で月へと吠えた。

 

 

 

 

 

「ーーー何処なんだ此処は?」

「アルトリウス?」

「キアラン?」

 

二人は祭祀場で出会い。

 

「・・・・・・」

 

深淵を討伐した者は牢屋で目を覚ました。

 

 

 

 

 

最後の一人、舞台に上がる者は忙しなく廊下を駆ける。

後ろからは同じ様に盾を持った少女が追従している。

 

「新しい特異点が見つかったんですか!?」

 

 

 

最後のマスターは扉を開けはなち、遥か昔へと向かう。

 

 

ーーー敵は、狂気に飲まれた狼。

 

彼等はどんな想いを抱くのだろうか、定命の者は終わりなき者に何を思うのか。

さあ始まる、今やこの地は一人の狼の為の舞台であり救済場である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新しい特異点ですか?」

 

第六特異点を修正して休みをもらった時、藤丸立花は急に呼び出された。

新しい特異点が見つかった様なのだがロマンは妙に歯切れが悪い。

それにメソポタミアはもう少し調整が必要らしいのだが、まだ1日しか経っていなかった。これは些か早すぎるのでは無いだろうか?

 

「う、うん?なんと言えば良いのか、突然現れたんだ。急に揺らぎ始めたと思ったらその時代までの道程が既に完成されているし、罠という事もあるかも知れない」

 

確かに、急に出来た特異点に既に行けるなんて可笑しい。

何時もはスタッフさん達が頑張っているのを見るのだけど。

 

「それでDr.、新しい特異点とは何処なんでしょう?」

 

「今回現れた特異点は謎が多いんだ。時代は古代メソポタミアよりも遥か前、観測する事の出来ない程に前だね。それだけで一体どんな人外魔境なのか戦慄してしまうよ」

 

えーっと、古代メソポタミアが紀元前2600年前だからそれよりも前。マトモな人間はいるんですかドクター!?

 

「それは、先輩は大丈夫なんでしょうか?」

「さっき、ダ・ヴィンチちゃんから出来たと報告が来てたけど。それもこの時代になると何処まで安全なのかは分からない」

 

言ってしまえば賭けに近い。

特異点を放っておけばこのまま私達は人理を守る事が出来ずに焼却される、特異点に行ったらダ・ヴィンチちゃんの道具が効かなければそこでお終い。

 

「準備が出来たら行きましょう」

「良いのかい立花ちゃん?」

「はい。それにマシュとなら頑張れる!」

「先輩…」

 

それに放っておいたら何か大変な事になってしまう様な気がする。

胸を侵してくる不安が拭いきれない、私は今笑えているんだろうか?

 

「おっまたせ!」

 

ババーンと可笑しなテンションで私達の後ろから現れたダ・ヴィンチちゃんが手に持っている赤いマフラーを振り回しながら私の首に巻きつける。

 

「ふふふ! 今の私に怖いものなんてない!機能拡張の為に無断で倉庫から素材を使っちゃったよっ!」

 

その言葉に私の動きが止まる。

 

「な、何を使ったんですか?」

「歯車に心臓、逆鱗後はーーー。でも、君の命を思うなら仕方ないと諦めてくれたまえよ」

 

中々衝撃的な物から無くなっていたけど、確かに私の命と考えると比べるまでも無かった。

マフラーにしては長く、首の所で二重に巻かなくては下に引きずってしまう。

 

「効果はこの間のマスクの魔改造版って言うのが分かりやすいね」

 

「それじゃあ、準備はいいかい?」

 

一度息を整えて、マシュと視線が合う。

 

「はい。行きますーーー!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

レイシフトが成功したと思えば鼻から入ってくるのは腐った様な血生臭い、空気が物凄く悪い。

 

「ーーーこっ、此処は」

 

四方を塞がれた壁、目の前には鉄格子。

隣にマシュが居てくれて本当に良かった!

 

「って、牢屋じゃないですかー!?」

「いきなりですか!?」

 

マシュと二人してレイシフトした瞬間に牢屋の中に閉じ込められているなんて思わなかった為に叫んでしまう。

 

「いや、えっ?ロマンー!?」

『ご、ごめんよ。レイシフト先が其処にしか設定出来なかったんだ、でもマシュの盾ならその鉄格子も壊せるはずだよ!』

 

そ、そうだよ。デミ・サーヴァントのマシュならこんな鉄格子くらい一撃で壊せる。

 

「マシュ、お願い」

「了解です、マスター!」

 

やああぁぁぁ!気合いと共に放たれたマシュの一撃は、なんと鉄格子を歪ませる事も出来なかった。

もう一度と殴っても鉄格子はビクともせず、逆にこっちが固まってしまう。

 

「なんなんですかこの鉄格子!?」

「お、落ち着いてマシュ。こういう時は落ち着いて牢屋の外を見よう、もしかしたら何かあるかもーーー」

「そ、そうですね」

 

二人して牢屋の外を覗き込んで、直ぐに隠れる様にして戻る。

 

「な、何あれ?」

「すいません先輩、分からないです」

 

牢屋の外、廊下と鉄格子を超えて更に先にはかなり大きい化け物が歩いていた。

手には棍棒の様な物も持っていて、気付かれたらペシャンコ確実だ。

 

「…兎に角一回座ろうーーー辞めとこうか」

「はい」

 

一度落ち着く為に座ろうと思って、床には掌サイズの虫が行列を作っているのを見て立っていようと心に決めた。

 

 

それにしても、まさかこんな始めから何もさせて貰えないと言うのは初めての事だ。

マシュの盾で壊れない鉄格子なんて嘘だよ、心で愚痴りながらどうしようかと悩んでいると天井の一部がカタリと揺れた。

 

もしや誰か他に人が?

ま、まさかだけどこのまま殺されたりなんて?

 

ガタンと天井の一部が外れて陽の光が外から射し込み、上から誰かが顔を覗かせる。

逆光で今一分からないけど、鎧を着込んだ騎士みたいだ。

 

獲物は片手剣と盾、スタンダードな騎士だろう。

何処かキャメロットにいた粛清騎士達を思い出す。

 

「ーーー君たち人間?」

 

ーーー見れば分かるでしょうとは突っ込まない。何やらその騎士は私達の事を怪しそうな見ながら、唸っている。

 

「えっと、私は丸藤立花。人間です」

「マシュ・キリエライトです。先輩のデミ・サーヴァントをしています」

 

「う、うーん?そのデミ・サーヴァントが何なのかは分からないけど、なんで人間の君がこんな所に幽閉されてるの?」

「ーーー此処は不死人の幽閉場だよ?」

 

不死人?

 

「えっと、不死人ってなんですか?」

「ーーー私を馬鹿にしているのかな?」

 

ま、まずいー!

何か琴線に触れてしまったのだろうか、何故か声が険しくなっている。

でも不死人なんて知らないし。

 

「あの、私達はカルデアっていう所から来ました。その不死人も初めて聞く言葉なんです」

「…嘘じゃなさそうだ」

 

少しだけ其処どいてと言われ、端に避けると上から彼女は牢屋に降りて来て鍵を開ける。

 

「私も此処に戻された意味が分からない、兎に角落ち着ける所まで進もうか」

「えっ、でも外には化け物が歩いていますよ?」

「あー、デーモンね。あのデーモンは縄張りに入らないと襲って来ないから安心して」

「は、はぁ…」

 

あれがデーモン?

それなら私達が見て来た小さいデーモンは何なのだろうか?

もしや、アレの子供が私達の知るデーモンなのかと思うと。あのデーモンからは心臓が取れるのかと思ってしまう。

 

「デーモンを見てどうしたの?」

「あのデーモンの心臓が欲しいなと」

「…えっ?」

 

ドン引きされてしまった。

そうだよね、普通はデーモンの心臓が欲しいなんて思わないよね!?

 

「げ、元気出して下さい先輩!心臓求めて駆け巡る先輩もステキですから!」

 

「ごめん、君達少しだけ私から離れてくれないかな?」

 

解せぬーーー!

 

 

 

 

 

 

その騎士はまるで来た事がある様にこの収容所の中を歩き回った。途中で倒れている腰蓑を着けたゾンビの様な赤い死体が転がっていたけど、そんな物には構わずに歩いた。

 

そして開かれた門の手前にポツンと置かれた不思議な薪の前に座ると、私達も同じ様に座る。

不思議な事に焚き火の炎は優しく、私達を暖めてくれていた。

 

 

「それじゃあ、質問なんだけど。なんであの牢屋にいたの?」

「その前にカルデアの事から話さないといけないんだけど、良い?」

「時間は無駄にあるからね、本当に無駄に。良いよ」

 

少しだけ目の前の騎士の言葉に首を傾げながら、自分達の目的とカルデアの事について話して行く内に。騎士の雰囲気が悪くなっていく。

 

ついでにカルデアと連絡が取れなくなっている事に気が付いたのだけど、何時も通りだと気にはしない。

 

 

「ーーーつまり、君達はこの時代の特異点となる物を回収しに来たんだね」

「はい。概ねその通りです。えっと…」

「ああ、私の名前は…ちょっと待ってね」

 

彼女が掌を開くと其処には白い粒子の様な物が集まって形を作っていく。それはペンダントだった、ペンダントの裏側を見ると彼女は口を開いた。

 

「ーーーリンクス。私の名前はリンクス、うん」

 

確かめる様に話したリンクスさんはペンダントを握り締めると、形をして崩して彼女の身体のなかに消えていった。

 

「あの、リンクスさんは自分の名前を……」

「そうか。君達は不死人を知らないんだよね。先ずは其処から話そうか」

 

不死人、不死の人だろうか?

 

「不死人は呼んで字の如く、不死なんだ」

「つまり死なないの?」

「ちょっと違うね。私達不死人は老いは無くなっているけど死ぬ事は出来る。そして死んだら、其処から復活する」

 

リンクスさんの指差す所、捻れた剣の刺さった不思議な薪。復活する、此処から?

 

「記憶の事も関わるんだ。不死人はね、死ねば死ぬ程に記憶が抜けていく。そして何も思い出す事の出来ない程に人間性が消えると、道中に見かけた死体が私達不死人の末路。他人の人間性を求める唯の肉塊に成り果てる」

 

衝撃だ、では目の前のリンクスさんも死ぬ事を続けるとゾンビの様になってしまうと言うのだろうか。

でも、未来に不死人がいないって事はあのゾンビで死んだら蘇らないと言う事なのでは無いのか。

 

「あの死体達はもう動かないんですよね?」

「ーーー不死人は死ねないんだよ?時間が経てば勝手に立ち上がって、また私達の様に理性ある者を襲い始める。だから私達は此処に閉じ込められているんだ」

「それはーーー」

 

なんて救われないんだろう。

死にたくても死ねず、死に続けた末路があの姿なんて。

 

「リンクスさん。不死人はどうやって生まれるんですか?」

 

そうだ。不死人が生まれるきっかけが無くなればもしかしたらーーー。

なんて淡い事を思ってしまう、そんな事はこの時代の人間が考えない筈が無いのに。

 

「ーーー始まりの炎が陰る時、それは呪いになって身を襲う」

「えっと、どういう意味?」

「不死人になるのに前兆なんて無いの。ある日ダークリングと呼ばれる呪いが身体に出て来て、気が付いた時には不死人に変わってる」

 

絶句とは正にこの事だ。対処法が無い、不死に慣れるなんてポジティブめいた考えは浮かばない。不死人と分かれば直ぐに此処に連れて来られ、永遠に放置されるなんて考えたくも無い。

 

心が折れた人が、どうなったかなんて考えたくも無かった。

 

 

 

 

「兎に角、お互いの情報を交換した事だし。先に進もうか。ついて来て」

「はい!」

 

リンクスさんが立ち上がるのに続いて、その扉の向こうに行くと真っ直ぐでは無くて端の方を歩く。

 

「真っ直ぐいかないの?」

 

それを不思議に思った私が聞いて見ると、クスリと小さく彼女は笑った。

 

「念の為ね。下のデーモンの所に落ちたいんだったら真ん中を歩きなよ?」

「遠慮します!」

 

なんて事をサラリと言ってのけるのだろうか。

誰が好き好んであんな化け物デーモンと戦うのか、確かに心臓欲しかったりするけど。

そんな事であんな訳の分からない化け物デーモンとは戦いたくない。

 

「いや、でも心臓…」

「先輩、やめましょう」

「ご、ごめん」

 

マシュからのストップが入って私はもうあのデーモンの事を考えるのをやめた。辞めたのだ。

大事な事なので2回いった。

 

 

リンクスは部屋の奥にある小高い丘まで歩く。

 

「凄い…」

 

其処から見える景色は、なんの混じり気も無い大自然の姿。

山が連なって森があり、雲の隙間から見える太陽の光を山の雪が反射させて輝く。

不自然に重なった異常な自然では無くて、そのままの姿をに見惚れる。

 

でもーーー。

 

「これ、行き止まりだよね?」

 

まさかとは思うがこの崖から飛び降りろなんて言わないですよね?

 

「先に言っておくね。何があっても振りほどいたら駄目だよ?」

「えっ、あ、うん?」

「先輩、私とても不安な気分になって来ました」

 

奇遇だねマシュ、私もとても不安だよ。

 

 

ほら、なんか翼で羽ばたく音がーーー翼?

 

 

バサリと大きな音と共に視界が黒く染まって、驚く私は次の瞬間。

 

 

「なんーーーぎゃあああぁぉぁぁぁああぁぁぁぁぁあ!?!!」

 

 

それは乙女があげるには到底思えない様な、絶叫が辺りを包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まず一言。

ほのぼのしたい(切実)
でも大丈夫、ちゃんとほのぼのさせて行くから!

但しシフは除く。


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11話

フォーオナー楽しいです。

タイトル考えてくれた方はありがとうございます。
もう少し纏まったらタイトルも変えてみようかなと思います。

ぐだ子ちゃんは人を惹きつけるのが得意だね。


「ぷぎゅぅ!!」

 

そんな空気が抜けた様な声と共に地面に放り捨てられた私は手足を触って顔を触り。

この時ばかりは神に感謝した。

 

「生きてる、私行きてる!」

 

太陽に向かって吠える少女の上に、もう一度黒い影が飛び出し。

 

「先輩避けてくださいぃいいぃぃぃ!?!」

「ーーーーーっ!?」

 

声にならない絶叫と共に立花はマシュと一緒に大地に転がった。

 

 

そして少し経つと更に影が飛び出して、軽い声と共に着地を決めたリンクスの前には頭を抑えて悶える立花と、その立花に何やら叫んでいるマシュの姿が其処にはあった。

 

一瞬にして賑やかになってしまった雰囲気に流されながらも、何とも言えない表情で2人を見るリンクスは少しだけ顔を綻ばせた。

そう言えばこんな風に馬鹿な事をロードランでやっている人を見るのは初めてかも知れない。

そん事を思っていた彼女は2人を急かすでも無くて懐かしそうにその姿を見ていた。

 

 

そんな事を傍目に現状を確認しに行く。

祭祀場の右側、教会へと続く昇降機が稼働していない所を見るに一先ずは教会に目的地を定めてみる。

墓場の方は今の所行く必要が無いから意味が無い。

 

火継ぎの秘技は覚えているし、無くしていない。

それに息の臭いヘビが出て来ていない事を見るに鐘を鳴らしてもいない様だ。

 

やはり私の知っているロードランではあるけど違う。アノール・ロンドで授かった大杯の効果である篝火の転送も出来ない。

祭祀場にあった筈の篝火は沈黙し、火防女の姿も見えない。

一体何があってこんな事になっているのかは分からない、でも身体の中にあった膨大なソウルは消失している。

 

一体世界に何が起きたのか、いやーーー元々この世界なんて異常だらけだ。

今更何を考えてるんだと思い、確認を終わらせて2人と合流しに行く。

 

 

「凄いね、このカラス?」

「すいません。私の知識ではこの生物に該当する様な生き物はいないです」

 

ーーーかつてあんな事をした人間がいただろうか?

 

「…なに、してるの?」

 

「あ、今この生き物を触ってみようかなって」

 

マシュちゃんに抱えられながら崩れた壁の上で羽を休める大鴉の翼に手を伸ばした。

おっかなびっくりと差し出された指先が黒塗りの翼を捉えて、チョンと触れる。

 

「お、おおーーー!?」

「どうですか、先輩」

 

そんな事を呆れながらも見ている私は特に何もしない。あの大鴉はそんな事では人に手を出さないと知っている。

一番初めにこの地にやって来た時、あの大鴉に向けて矢を撃ったことがある。

 

「ーーー普通の羽みたいだね」

「……そうでしたか」

 

触って満足したのか壁の上からスンナリと降りてくる2人を眺めると好奇心旺盛だなと思う。そんな私は好奇心なんて投げ捨てた物だ、宝箱を開けたら喰われるなんて事を味わえば嫌でも不思議な物には触れたくなくなる。

 

「2人ともどうするの。私はこの先まで進んでいくけど?」

「どうしますか、先輩」

「とりあえずロマンと連絡をーーーー。反応しないね」

「そうみたいです」

 

2人以外にもこの地に来た人物がいるのか、そのロマンと呼ばれた人物は一体何者なのか。

連絡と言う事は遠距離からでも言葉を伝える事が出来るのだろうか、音送りの魔術の改良でもしたのだろう。

そう考えると、ロマンと言う人物はそれは高名な魔術師なはずなのだけれど聞いた事も無かった。

 

「私達も一緒で大丈夫かな?」

「別に大丈夫だよ」

「それでは、御一緒させていただきます」

 

今更教会まで1人や2人連れて行くのなんて慣れた物だった。

同じ様な境遇の不死達と手を取りあった事を覚えている。名も知らぬ不死達と歩いたのは今も鮮明に記憶の中にある。

 

「それじゃあ、私について来て」

 

歩き出すその脚は何処か軽い。

少なくともおっかなびっくりと歩く事は無い、何せロードランの全域を旅したのだから。

後ろに続く2人もいる。

 

少なくとも格好悪い所は見せたく無かった。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「やはり、私達以外にも誰かいるのでしょうか?」

「多分ね」

 

下水道を通って城下町の方に出て見れば、予想していた様な亡者達の姿は見えなかった。

正確には姿形はあるのだけれど、その全てが何者かによって倒され復活する前の状態で倒れている事だ。

 

倒れている亡者達を見ると、その傷が刃物だという事が分かる。

鋭利な物で裂かれた物から大剣で腹を胸を1突きされた様な物もある。

大剣を使っていた知り合いはジークマイヤーしか知らないが、彼はこの様な戦い方をしない。突きでは無くて大体が振り下ろす様な物だった筈だ。

 

兎に角、少なくとも私達以外にも誰かがこのロードランにいる事は分かった。それも地の利に詳しい人がだ。

 

 

「誰もいないんだね」

「…此処にマトモな人間はいないよ」

 

立花が不思議そうに言うのは、誰もが初めはそう思うものだった。

この街に誰か人がいないのだろうかと、私もそう思った。

 

「建物は残っているのに?」

「やっぱりもう少し話そうか。落ち着ける所に行こう」

 

本当に何処までも人間なのだろう。立花は、本当にこのロードランという場所が分からないんだ。

マシュも街を見る眼には寂しさがあった。

 

この2人は人間なんだもんね。人と話が出来て、嬲られた事も無い。

 

 

 

橋の下にある、元々は篝火のあった場所に腰を下ろす。

祭祀場の篝火が消えていた事で予想はしていたが、やはり此処の篝火の火も消えていた。もしかするとこの先の篝火も全部消えているのかも知れないと思うと、手持ちのエスト瓶に手を触れる。

量からして後10回、それだけしか私の回復手段は無い。

 

 

「あの、その瓶の中の物はなんでしょうか?」

 

不思議そうに聞いてくるマシュに少しだけ笑みが出てしまう。

 

「これはエスト瓶だよ。不死はこの瓶の中身を飲んで身体を回復させるんだ」

 

そう言って2人にも見やすい様に瓶を持ち上げて戻す。

この瓶は騎士から貰った物だ、それに失くしたら私の生命線も途切れてしまうので直ぐにソウルに変換して戻す。

 

「エストの事は良いでしょう。それよりも先に言っておくけどね、この先マトモな人に会えると思っているなら諦めた方が良いよ?」

「それは不死人しかいないからですか?」

 

そんな理由ならどんなに良いだろうか。

 

「此処は不死の行き着く場所。あの不死院、牢屋を出た君達なら分かるかも知れないけど。あんな所に長く閉じ込められた人が正気を保っていられると思うのかな?食事は存在しない、餓死すればまた牢屋の中で復活する。そんな事を繰り返した者達が果たして、正気な物なのかな?」

 

 

勿論、例外は存在するのだけれど。そう言った人を助ける事の出来る人達は不思議とロードランでは長生きしない。

出会った者達は皆、何処かで生き絶える。

 

果たして私も正気なのか分からない。火継ぎを行なった私がまたロードランにいるのも、正気では無くて夢なのかも知れない。

そう考えると何処からが正気で、何処までが異常なのかすらも分からない。私は果たして正気と言えるのかな?

 

 

「でも、リンクスは正気だよ?」

「ーーーー」

 

その言葉で身体が固まる。

 

「正気?私の何処を見てそう言ったのかな?」

「だって、リンクスは私達に優しくしてくれたでしょ?」

 

信じられない言葉だ。酷い事を言ってくれる人だ。

 

「あ、あれ?どうしよう、私変な事言っちゃったかな」

「すいません。私も分かりません……」

 

 

同じ不死とは言え、躊躇いなくその胸に剣を突き立てられる私が優しいなんて。

亡者になった知り合いを、殺せてしまう私が優しいだなんて。

かつて、背中を預けた狼を殺してしまったこの私を優しいと呼ぶなんて。

そんな私を、正気と言ってくれる人がいるなんて思わなかった。

 

誰も彼もがこう言う、結局何時かは狂うのだと。心に身を任せた方が楽なんだと言う。

だからだろうか、ロードランに居て正面から優しいなんて言われたのが堪らなく、こころに響いてくる。

 

ふと、擦り切れて亡くなった筈の遠い過去の残滓を思い出させる。昔の私は、騎士だったのかも知れない。

最初から鎧を持っていた、行なった事は恐らく人の為を思った行動だった。

無意識にそう動いてしまっていたのかも知れない。

 

「そうなんだ、私はまだーーーー」

 

過去の事をちゃんと覚えていたのか。

 

そう思うと、心なしか今までの道程よりも何かが軽くなった気がした。

 

 

「行こうか、忠告も終わったしね。先に進もう」

「あの、大丈夫なんですか?」

「うん。だから行こうーーー」

 

君達は私がきっと護ってみせる。

そう心の中で言ってみると、ふと剣が軽くなった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「キアラン。アレは今の私では無理なのではないか?」

「何を言ってる馬鹿者」

 

 

橋の向こう、赤い翼竜を眺める2つの影。

大剣を担いだ騎士と、小柄な女性。

 

 

梯子を通してすぐ近くに、それは心強い味方はいるのだった。

 



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12話

ぴーすきーぱーたのちいo(^o^)o

ガチャは見事に爆・死☆
わんわん出てこないです、でもアサシンは来ました。

唐突に思ったのは新宿アサシンって、CVグリリバでも違和感ないんじゃね?


因みに章タイトル変えました。
観測出来ない時代=未知の時代=未代。
文字通り不屈な心=不屈。
みたいな解釈で行こう!

意見くれた方、色々とありがとうございました!




唐突に思った事がある。

私は少し前にこの2人を護ると言ったのを覚えている、それを無性に撤回したいと思っている。

 

「せんぱーい!そっち行きました!」

「よしっ!まっかせてー!」

 

ロードランに来て楽しそうに走る2人を見てると、微笑ましさと言うより少し呆れてしまう。

 

「このっ、すばしっこい奴め!?」

 

同時に思ってしまうのだ、私が着いていないとと。

 

新たに変な使命感を覚えてしまい、一層剣に力が篭るのだが。その発散場所は今は無い。

2人の追い掛ける物に剣を突き立てるのも良いのだけど、今はそんな雰囲気でも無い。

こんな雰囲気の中で動いた事なんて無かった、それだから今何をすれば良いのか全く分からない。

 

 

「日頃からフォウさんを追い掛けている私の脚を舐めないでください。やああぁぁぁ!」

 

 

マシュが追い掛けていたモノに飛び付き見事にソイツを捕まえる事に成功。

プラーンとぶら下げられたのは背中に珍しい楔石を背負っているトカゲ。

結晶トカゲと呼ばれる個体であり、私も必死になって追い掛けた事があるのだけど。

 

「ナイス、マシュ!」

 

それでもトカゲを捕まえようと思った事は無い。

見つけたら直ぐに殺して背中の楔石を取る物なのだが、尻尾を掴まれているトカゲを見ると憐れにすら思う。

現に今も身体を揺らして必死になって逃げようとしている所だった。どうやら掴まれているとトカゲも不思議な消え方が出来ないみたいだ。

 

「それにしても不思議です。今までこんなトカゲは見た事がありません!」

「綺麗だよね、この背中!」

 

マジマジとトカゲを観察する2人に、私はどうやって声を掛けるべきなのか?

理想を言えば今直ぐにでも結晶トカゲを殺して楔石を奪いたい所なのだけど、流石にあの雰囲気の中でそんな事をしても良いのかと思ってしまう。

 

「ーーーぅ。ーーーウ!」

 

そんなこんなで如何したら良いか悩んでいると、遠くからそれは不思議な鳴き声が聞こえてくる。

 

「ふぉ、フォーウ!!」

 

私も見た事の無い、四足歩行の不思議な毛色をした兎の様な珍しい生き物がーーーー亡者を引き連れてきた。

 

「アレは、フォウさん!?」

「今まで何処にーーーじゃなくて、大変な事に!?」

 

そんな不思議な生き物を知っている。多分飼い主の2人はそれを見るなり驚いた様子なのだけど。

この塔の中であんな数の亡者を相手にしていたら流石に私と言えども死んでしまう。

 

「フォーウ!?フォア、フォア、フォーウ!」

「フォウさんが変な鳴き方をしています!?」

 

マシュに飛び付いたフォウさんと呼ばれる生き物、そしてそれに着いてきた亡者達。

選択肢は1つーーー!

 

「逃げるよ!もう1つ上から外に出れるから!」

 

そう言うなら私は塔の上、霧のかかった所を目指したのだけど霧は存在しなかった。

 

なんで、と思う暇も無く外に飛び出した私達について来る亡者達を確認してタリスマンを1つ手に取る。

 

「向こうの塔に!」

「はい!」

 

私の横を抜けて走っていく2人を見てから手に力を込める。

紡ぐは始まりの太陽の物語。

時代の創設者たる太陽の王に捧げる信仰の歌。

何度もこの奇跡に助けられて来た、私の憧れの騎士が仕えた偉大なる王の技。

 

その名は、太陽の槍ーーーのはずなのだが。

 

 

「・・・発動しない!?」

 

 

物語を間違えてもいない、以前は使えていた奇跡が今ではウンともスンとも言わずに出現しない。

如何してと困惑する頭で目の前の亡者を如何にか対処しようと、ソウルから長槍を取り出して構えるも。

 

「ーーーッ!?」

 

その槍の重量に身体を持っていかれてしまう。

 

まさか、まさかとは思うけど。

今まで考えもしなかった事に自分が阿呆らしくなる、漸く気が付いた。

 

「リンクスさん!?」

 

私の中にあったソウル。まさかこんな弱くなっているなんて思いもしなかった事だ、長槍すらも振るえないのかと思うと、目の前には既に剣を振りかぶった亡者の姿があって。

 

ああ、格好悪い所を見せてしまったなと思いながら。剣が私の身体を切り裂く事はーーー

 

「君はあの時の騎士で間違い無いかな?」

 

無かった。

 

私の目の前に降って来た見覚えのある鎧、大剣を担いだ騎士が亡者を薙ぎ払う。

 

頭の中が困惑で一杯だ。

何故この時代にあの騎士がいるのか、そもそも何故生きているのか。

 

身体が動かない私を置き去りにして、彼はーーー彼等は剣を振るう。

 

私の横からスルリと現れた仮面を付けた人影が飛び出して行く。

亡者の中に潜り込み、金色の残光が亡者の身体をすり抜けていく。

 

「キアラン!」

 

その声で、亡者の中からフワリと飛び出して来た彼女が騎士の後ろに着地すると。その騎士は亡者の中に突進する、滑る様に移動し、振るわれた刃が亡者を断つ。

 

なんと容易く亡者を相手にするのか、なんでこんなにも心を惹きつけて止まないのか。

 

風が吹いて、なびいたマントがその姿を一層引き立てる。

 

 

カチャリーーー。

 

 

騎士が振り向いた時の鎧の音がやけに大きく耳に入る。

 

「無事で何より。それに、奇妙な縁もあった様だ」

 

 

彼は、彼こそは無双の騎士にしてーーー闇を退ける者。

 

「私の名はアルトリウス。君の名前は?」

「リン、クス・・・」

 

自分の名前を小さく呟くのが限界だった。

差し出された手を取って、私は目の前の騎士に頭を下げるのだった。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

偉大なる騎士アルトリウス、王の刃キアラン。

彼等の事を話す事は私には出来ない、彼等と私が生きている時代が違うからだ。

 

アルトリウス。

詳しくは分かっていないが数百年から数千年前に偉大なる太陽の神に仕えた四騎士の1人。

御伽噺、伝承などでは四騎士の中で一番知られているのは彼だ。

 

数百年経ってもその活躍と名声を世に知らしめている騎士。

 

それとは真逆にキアランは全くと言っていい程に伝承にその姿を現さない。

様々な書物から『王の刃』という単語が分かるだけで、キアランの名前は一切出てこない。

所々に王の刃は、などと書かれているもののーーーつい最近まで私も王の刃については全く知り得なかったのだ。

 

ただ、昔の人間からすると王の刃の存在は後ろめたい者にして見れば恐怖の象徴だったのは確かだ。

 

 

 

そして目の前に座るアルトリウスに対して私は不思議に思う事が1つだけあった。

 

「その身体はどうしたんですか?」

 

それは彼の身体が人間の大きさにまで縮んでいた事だった。

私の知っているアルトリウスの大きさは私よりも1メートルは大きかった。人間より大きく、巨人族よりは小さい。その筈なのに、今の彼は私よりもほんの少し背の高いだけの人だった。

 

「私にも分からない。目が覚めた時にはこの姿だったからな」

「あの、アルトリウスさんは元々その姿では無かったんですか?」

「マシュ嬢、私は本来もう少し大きいよ。少なくとも人間に間違えられた事は無いのだがーーー今の私はどうやら人に限りなく近い様だ」

 

その言葉にマシュと立花が驚く。

口を開けて如何にも驚いた様な顔をしている、それを見たアルトリウスは2人の事を見ながら顔に微笑みを浮かべている。

 

ある意味、驚いたのは私もかも知れない。

私はアルトリウスと会ったのは一度だけで、会話もマトモに出来ない状態で剣を交えた。その時は私にも余裕はなかったし、アルトリウスは意識や自我を殆ど残していなかった。

 

だから彼とマトモに話したのは初めてで、アルトリウスがこんなにも穏やかな性格なのかと驚いている。

オーンスタインは無言で槍を突き刺してくる程に過激であったから、余計にだ。

 

 

「すまない、疑問がある」

 

今まで口を開かなかったキアランが口を開く。

彼女は常にアルトリウスの後方に、まるで影の様に控えている。きっとそれが彼女の在り方なのかも知れない。

 

「はい、なんですかキアランさん」

「その特異点とはこの地の何処にあるのか分からないのか?」

 

思えばそうだ、私はそこまで頭が回っていなかった。

確かに特異点なんて事は聞いたけど、その特異点と呼ばれる物が何なのかは聞いていない。

 

「ごめんなさい。私達も其処までは分からないんです」

「いや、なら良いんだ」

 

それっきり彼女は話す事も無く黙ってアルトリウスの後ろに控えた。

 

「概ね理解したよ。私達も無関係では無さそうだ、私達も君達と共に行こう」

 

その言葉ほど心強い物は無い。

彼等が味方となるなら余程の事がない限りは死ぬ事も無さそうだ、少なくとも今の私よりかは比べ物にならない程にだ。

 

「その特異点を探すために進みたい所だけど、先ずは飛竜を如何にかしないとな」

「竜がいるんですか?」

 

竜、この先の竜と言うと赤い飛竜しかいない。

確かに強敵ではあるけど、今のアルトリウスならば下の抜け道から奥の所まで行ける。

つまりはその赤い飛竜を相手にする必要は無い。

 

「この先にある大橋の一本道、そこに赤い飛竜がいる。抜け道は見当たらなかったから、倒すしか方法は無い」

 

・・・・抜け道が見当たらない。

私の知っている所なら橋の下から上へと続く抜け道が存在している筈なのだけど、それが無い。あるいは塞がっているのか。

それなら、この先の道も塞がれている所があるかも知れない。

 

ようやく自分の頭が回ってきた感覚がする。

取り敢えずさっきの様な無様な事にはなりたく無いと思いソウルから違う武器を取り出して腰に下げる。

 

長槍が振れないまでも力が無いとなると剣、飛龍なら雷のロングソードを選択する。

 

アルトリウスとキアランが抜け道を見つけられなかったのなら間違いは無い、あの橋は一本道でありーーー抜けるのには飛竜を相手にしないといけない事。

 

 

行動が決まった所で立ち上がった各々がアルトリウスに続いて歩き始める。

 

それにしても、飛竜と戦うのかと考えると頭が痛い。

此方にはアルトリウスとキアランと言う味方が加わったけど、話しを聞く限りだとどう判断すれば良いのか分からない。

アルトリウスとキアランならば飛竜位どうにかなる、それを疑問に思ったのだ。

彼は人の身体に慣れていない、キアランは大きな敵は苦手な様だ。

 

加えて私は薪に火を付けた時と比べると弱くなっていて比較的に軽い剣を振るのがやっと。

幸いなのはその剣がちゃんと強化されている事だろう、今の私にとって頼れる武器は少ない。

 

扱えるのは恐らく直剣に分類される物が精々、大剣や槍は扱えないとなると元々無難な直剣を使い続けていて良かったと思う。

 

 

それでも、又死ぬ事になるかもと心の中では思っている。

 

頼もしい仲間、頼もしい武具。そんな物があっても私は弱い、飛竜のブレスだけで私の身体は燃えて炭になる。そうなれば一体何処から復活するのかも分からないし、この中で不死人は私だけ。私が死んだ後にと考えると、嫌な気分に変わっていってしまう。

 

まあでも、大丈夫だろう。

なんの根拠も無い、でも目の前を歩く騎士を見ているとどうにも死ぬなんて発想が浮かんで来ない。

 

それはもしかしたら憧れから来る盲信かも知れない、彼の実力から裏付けた信頼かも知れない。

だが、少なくともマシュと立花が死ぬ事を彼は絶対に許容出来ないのだろうと感じる。

 

人を見る目が、まるで我が子を見る様に温かいものなのだ。アレならきっと危なくなっても彼が如何にかしてしまうだろう。

 

 

「準備は出来たかな?」

 

扉に手をかけて彼は振り返る、それに私とキアランは直ぐに返答を返す。

何せ私に関しては死に馴れている、キアランも戦うのは馴れているだろう。

 

「私は大丈夫」

「はい。行きましょう」

 

強く、覚悟を決めれている眼だった。

真っ直ぐにアルトリウスを貫いた視線は揺らぐ事は無い。本当に素晴らしい人間だ、彼女の様な人が不死であればこのロードランももう少しはマシになるのかーーーーそんな訳が無いか。

 

1人で思考して勝手に切り捨てる、彼女はこの時代の者では無い。

そんな人に、理想を押し付ける訳にもいかないよ。

 

理想を押し付けられた私が、人に押し付けるなんてあってはいけない。

勝手に抱えて進んだ私が、抱えるしか無かった人に何も言うべきでは無い。

 

世界の終焉ーーー上等では無いか。

寧ろ私は世界が焼却されるのなら、それでも良い。

この世から不死が居なくなる、それはどんなにいい事か。

 

考える事は酷く後ろ向きな物だ、でもそれは出来ないのだと剣に力を込める。

 

深淵を歩いた騎士がいた、聖堂を護り続けた騎士がいた、墓を護り続けた狼がいた。その他にも、多くの事を成してきた者たちがいる。今も成し続けている者たちがいる。その人達の為に、きっと彼女達は進むんだろう。

 

 

未来には普通の人間がいる、其れだけで私は救われた。それを覆す事は、したく無かった。

 

 

「どうしたの?」

 

 

彼女が振り返る。

扉の奥から差し込んだ光が彼女の顔を照らした。

 

「なんでも無いよ」

 

 

ーーーソラール。貴方の見つからなかった物が今の私には見えるよ。

何処までも人間らしく、普通の少女だ。

 

でも未来からきた不思議な少女であり、私達の行いが無駄では無いと証明する人間だよ。

 

その証明だけで私は剣を握れそうだ、未来の可能性だけで私は戦える。

そんな未来の可能性を見せてくれた彼女は、私にとっての太陽だったのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

橋へと歩いたリンクス達の正面、橋の奥。

 

門に乗っかり、尻尾を揺らす赤い飛竜。

対して此方は僅か5人、しかも1人は非戦闘員。

 

 

 

だがしかしーーーーこれ程頼れる戦力は無い。

 

火を継いだ、薪の王。

闇を狩る、無双の騎士。

王を守護した、刃筆頭。

特異点を超えてきた、盾の騎士。

 

そしてーーー人類最後のマスター。

 

「先輩ーーー」

 

盾の騎士の言葉で彼女は息を吸った。

何も思いつかない、なんの手助けも出来ない。

それでも彼女は何時も感謝と信頼を込めて言葉を送る。

 

 

「みんな、頑張って!」

 

 

その言葉だけで彼等は地面を蹴った。

 

何故なら彼等は、人の為に戦える者達なのだから。

 

 

 




これ、打ち切りエンドみたいですよね!
ちょっとやる事があるので更新遅くなります。

現在の状況。

不死人、弱体化。
装備は上級騎士。筋力20未満。技量30位。信仰15位。理力初期値。大体こんな感じ。

アルトリウス、弱体化(人の身体で上手く動けない)
キアラン、対人特化の為化け物に弱い。


正直、信仰は下げなくても良いかなと思ったのだけどそれだとヌルゲーなので低下させよう。
でも信仰って上げ下げとかの問題では無いのがネック過ぎる。この不死人、ステータス上の信仰とリアルの信仰が釣り合って無い。
普段だと余裕で太陽の光の槍すらぶっ放す。
これはもう、御都合主義的なものでごめんなさい。

御都合主義でステータスが低下するダクソ主人公。


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13話

サクッとヘルカイトは攻略しちゃおうねー

そろそろシフの出番を作らないといけないな(使命感)


竜が何故強いのか?

鋭い爪があるからか、強い顎か。

人を瞬時に焼き殺すブレスか。

 

違う、竜が何故恐れられたのかはそうではない。

 

古い時代で竜と戦った彼等はその答えを知っている。それは堅さにある。

 

思い出してみれば竜達に傷をつけれたのは神族だからという理由が多い。対竜の為に作り出した弓、マトモに引けるのは力の強い神族か巨人位なものだろう。

竜の鱗を貫く雷も又1つの要因でもある。

 

ならそれが無い彼等は?

 

 

「ーーーっ!?敵ドラゴン、ダメージがありません!」

 

竜の顔を横合いに殴りつけたものの、ダメージらしい物は無い。

古代の竜と違い鱗も柔らかい飛竜とて、鱗はある。

絶対の防御を誇る物でも無いが、その鱗は人間にしてみれば途轍も無く硬い鎧にさえ見えた。

 

「ーーーお、おおおっ!?」

 

そんな中でアルトリウスが身体を大きく跳躍させると、やはり人間の身体には慣れていないのか空中でバランスを崩して飛竜の目の前に着地する。

これが神族の身体であるならば、既に決着はついていた事だろう。

古の竜では無く、飛竜ならばアルトリウスが渾身の一撃を持って剣を振るえば鱗なんて容易く切り裂く。

 

「何をしている馬鹿者め!」

 

隙を晒したアルトリウスの腕を取り、無理矢理にでも飛竜の前から退かしたのはキアラン。彼女は今だに神族ではあるが、元から余り力は強い訳では無い。

それでも人間の身体を引っ張るならば十分だった。

 

「すまない」

 

 

状況を言うと劣勢。

立花はサークルが設置できる所がない為に契約を結んだサーヴァント達を呼び出せず。

マシュは元より攻めるには向いていない。

 

この中でも戦力となり得る筈のアルトリウスは身体の調子を掴めずにさっきから動きにくそうにしている。

リンクスは不死人であるがその身体は人間、飛ぶ竜を捉えれずにいた。

 

 

飛竜の喉元が一瞬脹らみ、それを見たマシュが急いで立花を抱え上げると一目散に後退していく。

ワイバーンの出す火球程度なら盾でも防げるのだが、事前にリンクスから絶対に盾でブレスを防ごうとは思わない方が良いと忠告あったが故だった。

 

そんな2人とは違う3人はその姿を見ると真っ直ぐに飛竜へと近寄って行く。

 

3人を驚愕した顔で見ながら走るマシュのすぐ後ろを炎が踊った。

 

耳を劈く程の轟音、たった一匹の飛竜から出たとは思えない炎の壁がマシュのすぐ後ろを埋め尽くし、目を開く。

 

粘性と言えば良いのか、石橋に纏わり付いて消える様子の無い炎にゾッとする。こんな炎が一度でも身体に取り着いてしまえば後は灰になるまで燃えるのみ。

 

何よりも炎の向こう側で踊り続ける3つの人影を見ると、その心強さに少しだけ安堵した。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

一体どうすれば赤い飛竜を倒せる、或いはその奥まで進めるのか。

このままではジリ貧もいい所、何か手を打たないと何れ殺される。その考えは全員が共通なのかアルトリウスも心なしか剣の振りが早い。

 

ここら辺で何かをしないと、そう思っても手が打たないとなるとやる事も分からなかった。

 

「何か手はないんですか!?」

 

そう、マシュの声が辺りに響いて行くが。そんな物があればとっくに使っているだろう。

 

「鱗を抜ければ私に任せて欲しいが、鱗を抜けん!」

 

アルトリウスが堂々とそんな宣言をするが、私の持つ雷のロングソードも余り役に立っていないのが現状。

 

ーーーーだけど手が無いわけでは無かった。

アルトリウスと視線が交差する。

 

「博打になるけど!?」

「問題ない!」

 

頼もしい言葉だった、その返事で心が決まる。

 

「三十秒持ちこたえて!」

「任された!」

 

その言葉でマシュと代わる様に戦線を離脱して立花の所まで後退する。

持ち替えていた弓をソウルに戻してタリスマンを握る。

 

1つだけ確実に飛竜の鱗を抜く方法は奇跡の使用。

だけど私が雷の槍を打てなかったのをちゃんと覚えている、無いなら他所から持ってくる。基本的な考えだろう。

 

指輪を入れ換える、緑花の紋が刻まれた指輪が白いソウルへと戻されると。その代わりに金色の指輪が1つ嵌る。

 

都を追い出されたもう1つの太陽、長子を信仰する者達の付ける太陽の信徒達のもう1つの形。

今も何処かで私達を見ているであろう彼の太陽が私に力を与える事を祈って左手を空に掲げる。

 

何処かから吹いた風が身体を撫でて、耳の奥で小さく鐘の音が聞こえた気がした。

 

 

 

ーーー行ける。

 

何処か感覚的に確信すると、ユックリとその言霊を紡がせていく。

今の私が物語を高速で紡ぐ事はしない、それで発動する確信が持てなかったのもある。

 

バチリ、小さく弾けた雷の音が聞こえて左腕を雷が覆う。

 

物語が進んで行くのと同期して雷が形を形成していき、私の額に汗が浮かび上がる頃には1つの形へと昇華されていく。

それは槍、投擲に特化され全てを貫く事を理想とした雷の槍。

 

「・・・凄い」

 

隣で呟かれた言葉に、こんなものでは無いのだと自慢してあげたくなってしまうが今の私ではこれが限界だ。

 

大きく足を前に踏み出して力を込める。

 

「我等が頭上に輝ける太陽の、加護があらん事をおぉおおおおおおおおっ!!!」

 

光が弾けた。

雷が手から離れると同時に鳴り響く轟雷の音が駆け抜け、飛竜の胸元を抉る様に着弾する。

 

ーオオオオオオオオオオオォォォ!!?!!

 

初めてのダメージに飛竜が仰け反る。雷の槍の真骨頂は相手の体内にさえその雷を届かせる事。

 

これで私の役目は果たせた。

こんなに真剣に奇跡を使用したのは初めての事かも知れない、昔なら奇跡は使えて当たり前だと思っていたものだけど、いざ使用出来なくなるとこんなにも必死になる物かと驚いている。

 

まあ、後の事はアルトリウスがどうにでもしてくれるだろう。

出来ない事は言わないだろう。

 

 

「おお、お、おぉおおおおおおおおっ!!!」

 

 

なんと言う力か。

雷の槍が当たった所へと寸分違わず大剣を捻じ込むと、気合の雄叫びと共に鱗に阻まれながらも横へと大剣を振り切る。

人間になってもその剛力は健在、容易くとまでは行かないもののあんな事が出来るのは彼位な物だ。

 

そのまま両手持ちの大剣で飛竜の顔を横殴りにしてアルトリウスとキアランが走り出して、私も今の内に走り出す。

今の攻撃の前に私とアルトリウスが判断したのは飛竜を無視しての前進、それには飛竜を怯ませる少しのダメージが必要になる。

今のはそれで、怯んだ隙に私達は走り出す。

 

ーーー但し立花を置いてだった。

 

マシュはアルトリウスとキアランを見て直ぐに走り出していたが、立花は私達に着いてこれない。

 

何が悪かったかと言うと、私が悪かったのだろう。

私の頭の中では立花も一緒に離脱できると踏んでいたのだが、私の頭の中での話しだ。

それに反応できても、身体のスペックが足りなかったのだ。

 

「ーーー先輩っ!」

 

マシュが足を止める前に私は反転して既に立花を担いでいる。

 

ーGUOOOOOO!!

 

いやしかし、重い。人間一人抱えると途端に動きが悪くなってしまう。

ハベルの指輪を着けていてもマトモに走れた物では無い、それに後ろから飛竜の牙が迫っている。

 

「ーーーほっ」

 

何とも軽い声で立花だけを門の奥に投げ出すとマシュが受け止めるのが見えて、手振りでアルトリウスへと自分の意思を示すと。

 

アルトリウスは直ぐにレバーを下ろして門を閉鎖、ブレスを危惧して壊れた祭壇の方へとマシュと立花を抱えて退避してくれた。

 

勿論、閉められた門の外には私の姿と飛竜がいる。

 

 

「ーーーいぎぁ!?」

 

 

バキリと左腕から鎧の砕ける音と共に激痛が襲い、地面に赤い液体を撒き散らす。

 

ガシャン!

 

バランスを崩して門に頭から打つかって身体が沈む、太陽を隠す様に飛竜の頭が直ぐそこにあった。

 

 

「まあ、上出来だったーーーー」

 

 

その次の時には上半身が無くなって下半身と右腕が地面に転がり、白い粒子となって大気に溶けていった。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

私の目の前で、リンクスが死んでいった。

何の合図も無く行われた作戦は私が足を引っ張った事でリンクスが代わりに死んだ。

 

「私の言えた事では無いが、余り気にしない方が良い」

 

それはとても酷い言葉だ、私がただの一般人なのは分かっているし理解もしている。でも今回は完全に自分が悪かったんだ。

 

作戦を察する事が出来ず、走るのが遅れてしまった事だ。

 

 

「・・・いや、私も何回かリンクス殿の事は殺した事があるんだがな」

「ーーーーはっ?」

 

 

いやいや、何を言っているんだアルトリウスは。

殺したりなんかしたら今はいないだろう、そんな悪い冗談の様な事を言うのは辞めて欲しい。

 

「嘘ではないぞ?とても曖昧な数になるが確かニ桁以上は私の手で殺している」

 

「う、む。なんだ、罪悪感はあるのだがあの状況では感謝もしている。しかしーーー」

 

 

その後、数分に渡る必死なアルトリウスの言葉によりリンクスが不死人と呼ばれる事を思い出しました。

 

 

 

ぼっ、ボボボーーー

 

 

 

壊れた祭壇から見える門の中、捻れた剣が突き刺さる火の着かない篝火が急に燃え上がると、揺らめく火が奥に人影が出現した。

 

「リンクスさん?」

 

燃え上がった火が幻の様に消えていき、ぴくりとリンクスが動き出した。

 

不思議そうに捻れた剣を見つめると、剣に向かって自分の手を翳す。首を傾げながら何度かその動作を繰り返してから辺りを見渡すと、私と目があった。

 

「えっと・・・」

 

リンクスは困った様に兜を取ると曖昧な表情で私の事を見る。

まるで知っているのに知らないみたいな感じに。

 

 

「君とそっちの片目隠れてる女の子の名前だけ綺麗に抜けてるんだ、悪いんだけど名前を教えてくれないかな?」

「ーーーーはえっ?」

 

 

衝撃的な言葉を投げかけられて、呆然と立ち尽くしてしまう。

 

「ごめんね。過程は覚えてるけど名前がどうしても思い出せなく」

 

呆然とする私を余所に言い訳の様な物を並べて行くリンクスに知らない間に涙が溢れていく。

 

「本当にごめんね。私達不死は死ぬ度に記憶が飛んでいくから・・・」

 

それはなんて、悲しいのだろうか。

そうやって死ぬ度にリンクスは記憶を無くしていくのかと。

ハッと、最初に名前を聞いた時の事を思い出した。自分の名前が分からなくなるとサラリと告げられた時だ、あの時は流してしまったが今なら分かってしまう。

死んで死んで、繰り返して行く内に名前さえも忘れてしまうのかと思うと悲しくなってくる。

そしてその内、誰も分からなくなってしまうのかと。

 

 

なんて、救われないんだろう。

 

 

「私は、藤丸立花」

「マシュ・キリエライトです」

 

「立花とマシュ。立花とマシュ。うん、ちゃんと覚えたーーー改めてよろしくね」

 

 

改めてリンクスの手を取ると、私は決意を決めた。

 

「あっ、私の名前ってーーー」

「リンクス。貴女の名前はリンクスだよ!」

「ーーーありがとう、立花」

 

私だけは彼女の名前をずっと覚えていようって決めた。

 

 

 




倒せなさそうなら無視する。
攻略の基本です


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14話

わーい、沖田さん迎える為に準備するぞー(財布スッカラカン)

ゲーセン通ってたらBBに私の財布がブレイクされました、でも安心してくれ!

既に並んでいる手元に四つの林檎カード


「ねえマシュ。やる事ないね」

「はい。私達の出番はなさそうです」

 

目の前で鎧を着込んでレイピアを持った亡者がアルトリウスの大剣によって両断されるのを眺めて、右を向くと仮面を着けたキアランさんが銀色の短剣を亡者に突き刺している。そしてリンクスはロングソードを亡者の腹に捻じ込んでいる姿が見える。

 

何やら手振りでサインを出しているリンクスと頷くキアランさんが教会の中に入るとキアランさんは直ぐに姿を消していた。

 

「なんか、疎外感が・・・」

「そうですね」

 

アルトリウスは動かなくても良いのかと視線を向けると腕の長さを測る様に何も持たない左腕を伸ばしていた。これは駄目かなと教会の中を覗いていると、鉄が打つかる音が聞こえる。

 

何事かと教会の中を見ればリンクスが大盾を持った騎士と相対している、しかし何やら動きがおかしい。

 

「誘導、かな?」

「君は中々の眼をしているな、未来でもやはり物騒なのか?」

「いや、私達が特殊なだけだと思うよ」

「そうなのか」

 

ジリジリと後退する様に動くリンクスが止まって、大盾の騎士の上からキアランさんが降ってくる。

そのまま騎士の頭に金色の剣を突き刺して離れると、リンクスがトドメとばかりに騎士の身体に剣を捻じ込むのが見えた。

 

少しだけ、容赦の無さが怖いよ。

 

 

さも慣れているかの様に死骸を蹴って退かす姿に顔が引き攣りながらアルトリウスの先導で私達も教会の中に入る。

 

 

「リンクス。これから何処に行くの?」

「そうだね。一先ず昇降機を動かしてくるから待っててね」

 

教会の左奥に確かに昇降機の様な物が見えて、どうやって動かすんだろうと少しだけ興味があったのだけど。

 

 

昇降機の窪みを踏み付けた瞬間にゴロリと転がって扉が閉まる前に昇降機から離脱してきた。

 

「あんな動かし方なんですね!」

「アレは絶対に違うよ、マシュ」

「そ、そうなのですか?」

 

まさかそんな動かし方をするとは思ってもいなかったから驚く、昇降機ってそんな物だっただろうか?いや絶対に違うよ!

 

「それじゃあ着いてきてね」

 

今度は逆の出口へと歩くリンクスがまた腕を動かすとキアランさんと一緒に飛び出して行った。

 

 

「凄いですね、手の動きで分かるんですか?」

「いや、私にも分からないぞ?」

「アルトリウス分かってなかったの!?」

 

どうやらあの手の動きが分かるのはリンクスとキアランさんだけの様だった。

てっきりアルトリウスも分かるのだとばかり思っていたら意外な事にそんな事も無かった。

 

「せめて目を合わせてくれないと分からないな」

「あっ、目が合うだけで分かるんだ・・・」

「いや、分からないぞ。流石に仮面と兜越しから目なんて見えないさ」

「・・・どっちなのさ」

 

なんなんだろうアルトリウスって、私がそんな事を思っていると外に飛び出した二人が顔を出した。

外には亡者が三体転がっていた、

 

「ねえ、なんでハンドサインなんてしてるの?」

「はんどさいん?魔術師の暗号か何か?」

「えっ、さっき手を動かしてたよね?」

「いや、ただ手振りで表してるだけだよ。分かるよね?」

 

まさかの返しだった。まさか私達が分かる事前提でやっていたなんて思わなかったよ。

 

「き、キアランさんは分かったの?」

「分からんのか?」

「うむ、分からないな」

「アルトリウス、お前もか・・・」

 

どうやら手振りで合図みたいなのをしている様なのだけど分かっているのは二人だけだったみたいだ。

キアランさんはアルトリウスの事を見ながら呆れた様な感じだった、此処に来てアルトリウスのキャラが大分私にも分かって来たよ。

腕はあるけど何処か天然入ってるんだね。

 

 

 

「この先は森か?」

「アルトリウスからしたら、少し入りにくい所だよ」

「私か?いや、こんな森は記憶に無いのだが」

「貴方が死んだ後の事だよ」

「・・・そうなのか」

 

私には分からないけど、キアランさんは何処か感傷に浸っている様な感覚がある。何かを思い出す様に辺りを見渡して、小さく変わったと呟く。

もしかしたら生前来た事があるのかも知れない場所なのかな。

 

「アルトリウス、この先にはシフがいる。シフがな、いるんだ」

「そうか、其処にいるのかシフ?」

 

小さく呟かれた言葉は私の耳には入ってこなかった。

アルトリウスとキアランさんが歩き始めて、私達も着いて行こうと歩き始めるのだが。リンクスだけが足を止めていた。

 

「どうかしたの?」

「うん、少しだけ怖くなった」

 

それは一体どんな怖さなのか。

顔は見えないけど雰囲気が寂しそうと言うか、とても複雑だ。

私は何も言えずに歩き出すリンクスの後ろを着いて行く事しか出来なかった。

なんでそんな寂しそうなのかと聞きたい気持ちは確かにあった、でもそれは他人に踏み込み過ぎてるのでは無いかと止まった。

 

「リンクスさん、寂しそうでしたね」

「うん。そう、だね」

 

でもきっと何時か、話してくれる事があるかも知れない。少なくとも私が聞き出すのは違うのだから、聞いてはいけないんだなと感じた。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

私は怖い。

あの森の中に大狼がいなかったらと思うと、アルトリウスとキアランに合わせる顔が無い。

いや、私は既に一度この手でシフを……。

 

そう考えると今直ぐにでもこの胸の内を曝け出したいと思うも、そんな事を言える筈も無かった。

 

 

「止まれ!」

 

階段を下って行く内にアルトリウスの声で足が止まる。

何かあったのかと思い剣を握る手に力が篭り、そう言えば何時も聞こえる打鉄の音が聞こえてこない事に気がつくとアルトリウスを押しのいて階段を降りる。

 

「アンドレイさん・・・」

 

何時も其処に居たはずの気持ちの良い鍛治師の爺さんの姿が其処には無かった。

爺さんの待っていた槌が落ちていて、剣や盾が散乱している。

そして何よりも目を引くのがーーーー

 

「何ですか、この泥?」

 

少しだけ水っぽい何かを引き摺った後の様に森へと続く深淵の泥。

 

「アルトリウス」

「ああ、私なら心配はない。今は人間だ、深淵の泥に侵される事は無い」

 

契約の指輪が無くとも、アルトリウスは動くだろう。神族でありながら深淵の泥に抗う事の出来た精神力を持つなら大丈夫だろう。

だが心配なのはアルトリウスでは無くて、神族であるキアランだ。

 

「リンクス、アノール・ロンドは健在なのか?」

「竜狩りが守護していると思うよ」

「キアラン。お前はアノール・ロンドに行くのだ、この事をオーンスタインに伝えてくれ。行き方は?」

「センの古城。1つ上の所から伸びる橋の先にある古城、その頂上の広場にある光に触れればガーゴイルが運んでくれるよ」

 

さっき確認した古城の門は開いていた、なら誰かが先にアノール・ロンドまで行っているのかも知れない。

 

「聞いたな、直ぐに行動に移せ。王の刃の務めを果たす時だ」

「汝等に太陽の加護を」

 

キアランの行動は早く、私達に言葉を残すと直ぐにその姿が消えて行く。

王の刃、その凄まじさを今此処で理解した。

竜を落とす巨人、竜狩りの黄金騎士、闇狩りの狼騎士、そして隠密に長けた王の刃達。

四騎士の中でも異端、対人に特化された暗殺集団の筆頭、もしも彼女と相対する事になれば私は気づく事も無く首を落とされるのだろうと思うと恐ろしささえ感じてくる。

 

王の刃達は異形を狩るのでは無く、人型の敵に特化された騎士達。

 

正に四騎士と呼ぶに相応しい力を4人が持ち合わせている。

 

改めて心強さを理解できた。

 

「あの、この泥はなんなんですか?」

 

ああ、そう言えば分からない事だらけだなと思ってアルトリウスの方を見ると彼も頷いてくれた。

 

「私達も余り詳しくは分からない。昔から深淵と呼ばれているんだよ」

「深淵?」

 

この反応を見るに、未来ではこの深淵が無いのが分かる。

それだけでもホッとする、こんな物は本来あるべきでは無いのだから。本質が人間と同じだとしてもだ。

 

「詳しくは話せないから大まかな事だけ言うね。嘗て魔術で栄えた街を1日で壊滅までさせた魔物が棲む領域を深淵と呼ぶとしよう。深淵は其処にあるだけで人に害を及ぼすんだ」

「どの様な害でしょうか?」

 

害、と言ったけど果たして害なのかすら分からない。神族からしてみれば確かに害になる、でも人間からしてみたら如何なのか?

本質たる闇を怖がる事なく受け入れて、本能のままに行動する事ができる。中途半端に闇と光に触れてしまった人間には理解出来ない人間の本質。

だけどあの姿が幸せかと言われたら、それは違うのだろう。

 

「ソウルの変質が起きる」

「ソウル、魂の事なのでしょうか?」

「簡単に言うと深淵が身体を侵して回る、内側から身体を作り変えられるんだよ」

 

絶句とはこの事か、兜も付けない2人の顔には嫌悪感が強く滲んでいる。まあ、話を聞くだけでもそうなるのは分かっていた。

私も身体の中にたんまりと深淵に侵された事があるから分かる、身体を巡る気持ちの悪い感覚と笑いそうになる顔が身体と心が引き剥がされて行くのを感じる。

幸いなのは不死人だった事か、躊躇わずに自死を選択出来たのだから。

 

「私達は行くけど、君達はどうする。此処まで連れてきてあれだけど、来ない方が良いと思う」

 

誰も好き好んで顔見知りを殺したいとは思わない、それに貴重な善性を持った人間。私の心を軽くしてくれた人達なのだから。

それでもーーー

 

「私達も行くよ」

「どうしても?」

「絶対に」

 

何処かそう答えるのは分かっていたのかも知れない。

この人ならきっと、退かないとは分かっていたのだけれどね。やはり進んで危険な所に行かせたくは無いーーーーそう思える自分はまだ、人間なのだと理解できるし。

この心も忘れたくは無いのだから。

 

 

「君達は、私が必ず護ってみせると誓おう。人間は私達が守護してみせるとも」

「大丈夫だよ。自分の身は自分で守るから!」

「ーーーそうか」

 

いま兜を外せばアルトリウスの顔は笑顔であろう事が直ぐに分かった。とても、喜ばしい声色をしている。

ああ、忘れていたとソウルから1つの指輪を取り出して立花に渡す。

 

「気休めだけど、少しは役に立ってくれる筈だよ。絶対に外さないで」

「ありがとう」

 

少しだけ錆びてしまったいるし、契約も切れている指輪ではあるが。深淵への耐性はまだ健在、無いよりはマシな程度だけどね。

 

 

「死んでも大丈夫な私が先頭を歩くから、警戒しながらついてきて」

 

私の言葉に苦虫でも潰した様な顔をする2人に苦笑しながら歩みを進める。不死である私の死をそんな様に見てきたのは彼女達が初めてだろう、不死となってから。

記憶が穴だらけではあるのだけど、誰も私の死を思いはしなかった。

だって一度死んだ程度では何も起きないと分かっているし、私も他の不死が亡者となれば容易くその身体に剣を突き立てられるのだ。

 

だけど、うん。他人に私の死をこうまで思われると目の前で死ぬのは申し訳無くなってくる。

 

 

 

塔から森へと足を踏み出した途端に一度足が止まる。無意識の内に恐れが首を擡げて自分の身体を縛りつけようとしてくる。

ハアーーー、溜息を1つ吐いたらその歩みを進める。

怖くてこれ以上歩きたくは無い、勝てる見込みが無い、戦いたく無い。そんな事を何度も思ってきた過去が自分の足を止める事を阻止してくれる。

 

 

何時もならば不思議な草から光が漏れて足場を照らし、樹人が擬態しながらその道を阻むのだが道端には2つの足の着いた草木が倒れて動かない。

そして明かりは上から差し込む月の光だけが辺りを照らして行く、時間も空間もおかしくなったロードランでしかあり得ない光景が其処には広がる。

 

ロードランを知らない人が見たならば幻想的で美しい光景だと言うのだろう、満月に輝くその星は頭上の直ぐ其処だ。余りの近さに手を伸ばせば届くのかと思えてしまう。

 

 

そんな光景の中に潜む闇はとても恐ろしい、上を見れば何時もの森がある。だけど足元を見て見れば黒くへばり付く水が足に当たる、そして遠くからでも視認が出来てしまう暗闇に光る赤い眼光。

 

「ーーーッ」

 

背後からは唾を飲み込む様な音が聞こえる、開き切った門の向こう。

猫の魔術師が護る森は異形が闊歩する幻想も何も無い闇の世界に変わっていた。

 

「な、何なんですかアレは!?」

 

取り乱したかの様に、喉から絞り出された疑問。

マシュが思うのも当たり前だった、私だってアレを一目見て人間なのだと気付きはしなかった。

 

「アレが深淵に侵された者の末路だ」

「では、もしかしてアレはーーー」

「元々は人間、此処だと不死人だね」

 

 

でも、私の知ってる異形とは少しだけ違った。

 

その異形達の手には剣や槍が握られている。顔も肥大しているし腕も伸び切っている。

 

「ロートレク、レア、ソラール」

 

他にもいる。あの手から火を出しているのは大沼の呪術師、杖を持った魔術師、弓を持った狩人、タリスマンを握る聖女。

 

何れも見覚えのあり過ぎる得物を無造作にぶら下げる異形の姿を見ると、酷く心を騒つかせる。

 

 

森の中に見える赤い眼光を爛々と輝かせる異形の数は両手の指では数え切れない程だ。

嘗ての友の姿を前にして、何を思えば良いのか分からない。アレならば亡者の方が幾分もマシでは無いか。

 

ギチリと握られた拳から音が鳴り、一歩を踏み出すと悠々とアルトリウスも続いてくる。

 

 

それに気が付いた異形の目が一斉に集まっても、歩みを止めない。

 

 

 

「全員、私が眠らせてやる。纏めて来るが良い」

 

 

その言葉が戦いの合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

センの古城を僅か数分で登り終えた彼女は上から飛んで来るデーモンを見て、不細工だと素直に感じた。

焼けた皮膚でも、獣の様な皮膚でも無い。白い皮膚と赤い血管が浮き彫りになった気持ちの悪い生き物を見て咄嗟に剣を構えた彼女は悪く無い。

 

 

栄華を誇った黄金都市、神々の住まう都アノール・ロンド。

今や昔の様な賑わいも見せず、人の姿すら無い淋しき黄金都市の中を感傷に浸りながら歩を進める。

一度も忘れた事の無い道程を、城への道を歩く。

 

巨人達は動かず彼女を迎え、誰かの手で螺旋階段が動き出して行く。

 

やがて彼女が広場を抜けて城への階段に辿り着く。

 

 

ガチャーーーー。

 

 

一糸乱れずに銀騎士達が膝をついて頭を垂れる。

誰も忘れた事は無いその姿、王の刃の中でも特別な一。

優しき白磁の仮面に象牙を伴ったその姿は誰もが憧れを、羨望を抱いた四騎士の1人の帰還。

 

 

ゴゴンーーー!

 

音を立てて正面の門が開き中から2人の巨人兵が両脇で膝をつく。

 

「オーンスタイン様がお待ちです」

「わかった」

 

 

 

 

 

「久しいな、キアラン」

「本当にな、オーンスタイン」

 

 

黄金の竜狩りと王の刃は此処に、再会を果たした。

 

 

 

 

 




本編だと最終的に皆んな死んでるルートあるから問題ない



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15話

アストルフォきゅんは好きです、アポの中でも大好きです。

えっ?新撰組の一番組組長?知らない人ですね(血涙)

はいそうです、爆死しましたけど何か?
別に財布片手にコンビニ行こうなんて考えてませんよ、本当だよ?


黒く暗い森の中を光が駆けた。

月の光を反射させて宛かも輝いている様に見えたのは小さな飛来物、真っ直ぐに脳天を目標にして突き進んでくる。

 

 

ブンと空気を裂く剣が振るわれた。

飛来物、矢が私の視界から消え失せると同時に隣に立つアルトリウスが腰を屈めた。

 

「邪魔な弓使いは私がやろう」

「任せるよ」

 

地面が爆ぜてアルトリウスが前に飛び出す、行き先は矢が飛んできた方向。微かに見える四つの眼光からして確実に2人誰かがいる事が分かる。

 

ファリスの象徴とされる帽子が見えた。

 

 

「私も余裕が無いから、ごめんね」

「大丈夫です。任せてください」

「行くよ、マシュ!」

 

 

その返事を聞いて私も地面を蹴る。

森の中に見える多数の赤い光を頼りに敵へと近づいて剣を振るう。

 

キィンと鉄が打つかり、一回二回と同じ様に鉄の音が木霊する。

 

「そん、なんでぇ!」

 

力任せに剣を叩きつけると彼は片手に持つ紋章の盾で巧みにいなしてくる。そんな身体で、そんな姿でも技量が少しでも残っている事が余計私の頭を沸騰させる。

 

あの時、不死院で目を覚まして貴方が居ないことに安心した。死体の姿も見えないから無事に進んでいたと信じていた、そう思いたかった。

 

私の生き甲斐を作った騎士、私の為に黒騎士を数人相手にして散って行った者が目の前にいる。

 

肥大した身体に千切れたサーコートが絡み、鎧が無くても誰かは分かる。

 

名前すら知らない私に救いの手を差し伸べたアストラの上級騎士、目の前に立つのは彼だったモノだ。

 

 

「ーーーーっ!?」

 

 

目の前の異形がバックステップを踏んだ事で私との距離が離れる、その瞬間を逃さずに駆け抜けた雷が木々を薙ぎ倒す。

 

咄嗟に転がって無かったら今頃は私の身体に穴が空いていた、そんな事を思う前に飛び出して来た姿に顔が歪む。

 

 

「オレノ、オレノタイヨオオオオオオォォォ!!」

 

声帯がおかしくなっているのか、濁った叫びをあげて私を殺そうとしてくるのは太陽の戦士。

頭の肥大と共にバケツの様なヘルムが悲鳴を上げたのか、ヘルムが割れて其処から血に濡れた異形の肉がはみ出していた。

手書きなんだと言っていた鎧の太陽だけが彼に寄り添う様に張り付いている。

 

「ーーーーっ!」

 

剣もタリスマンも捨て去った異形の爪が振るわれる。

咄嗟に盾を滑らせて爪をパリィ、異形の身体がグラつく姿を見ながら後退する。

本当ならその隙を突いて楽にさせたいのだが出来ない。構えすら見せずに手に剣をぶら下げる異形に、太陽の異形。

 

そして戦闘音を聞きつけて来た異形達が私を囲む。

 

1人、2人ーーーなんて物では無く10人。

 

私の判断は早く、逃げ道を作る為に盾をしまい手の中に小さな火を灯す。

 

一度だけ火を握る様に掌を閉じ、ユックリと開いていけば燃え盛る炎が森の中を照らした。

 

混沌より生まれた原初の炎、イザリスの魔女達が使う呪術の到達点の一欠片。

ドロドロとした火が地面に滴り落ちると地面が焼けていき、その火を地面に叩きつけて解放した。

 

周りに人がいれば阿鼻叫喚であっただろう、地面からは嵐の様に混沌の火が噴き上がる。

 

 

『混沌の嵐』

 

 

病み村にいる師に教えて貰ったイザリスの呪術の一つであり、魔術を修めていない事と、使用可能な奇跡が少ない事で必然的に修めている呪術へと選択が傾いた。

 

噴き上がった火に触れた異形からその嵐に巻き込まれていき、僅かでも生存本能を持ち合わせていた異形だけが一目散に火の範囲から逃げて行く。

 

それでも焼き殺せたのは僅かに5人、残りの5人は皆覚えのある武器、或いは鎧の一部がある。

 

カタリナの騎士、アストラの上級騎士、太陽の戦士、大沼の呪術師、青い鎧の剣士。

 

 

嵐が消えてしまう前に息を整えてから指輪を付け替える。

森の奥を見るとアルトリウスが奮戦しているのが分かる、貴方の力を借りよう。

手甲の下で狼の指輪が嵌められた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

薄暗い森の中で忙しなく目線を周囲にやってから位置を動き続ける。

 

「マシュ、少し下がるよ」

「了解です!」

 

周りにいる腕の長い異形の位置を確認してから少しだけ下がる、囲まれない為に度々動き続けながらの戦い。

幸いな事に異形一人の能力は其処まで高くない事でマシュにも自分にも擦り傷一つ無い。

 

「やああっ!」

 

マシュの盾に殴られた異形が吹き飛び木に身体を打ち付ける、腕が後ろを向いているにも関わらず直ぐに立ち上がり再び走ってくる所にガンドを撃ち込んで援護を繰り返す。

 

ダメージが無い訳でも無い、辺りを見渡せば何処か身体の向きがおかしい異形の姿も見える。

痛みが無いのか、それとも痛みすら凌駕する何かがあるのか。そう考える前にマシュに指示を出して移動を続ける。

 

元人間だと思いながら此方の殺傷能力の低さに冷や汗が垂れてくる、せめて此処に3騎士クラスの誰かが居てくれればと考えて頭を振る。

今此処に頼れる戦力の内2人の援護も期待出来ない、寧ろ彼等の方がキツイだろう。

 

 

「先輩っ!?」

「ーーーッ!?ごめんマシュ!」

 

 

少しだけ集中が切れたのか自分を狙っていた異形に気がつく事が出来なかった所をマシュに助けられる。

頭を切り替えながら森の中を見渡すと一部から火の手が上がる、激しい音を立てながら木々を燃やしている。

 

 

何かあったのか、その炎に異形の注意が向いた所にガンドを撃ち込むと直ぐにマシュが殴りつけ、地面に転がった異形を押し潰す。

ようやく一体、今ので僅かに出来た穴を抜けながら体制を整えて仕切り直そうとした所で新しく異形が1人加わる。

理不尽な程の人海戦術。今までは頼りになる複数のサーヴァント達がいたが今此処に居るのはマシュだけ。

マシュの事は信頼しているし、これ程頼りになる後輩もいない。だけどそんな物を嘲笑うかの様な数の異形がその首を擡げて此方を見ている。

 

兎に角、堅実にして大胆にこの状況をどうにかしないとね。

 

 

何時もと変わらぬ顔を少しだけ険しくしながら何か無いかと周りを見渡して、走り出した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

暗い森の中に隠れる様に弓を持った異形が逃げて行く。その様に無性に悲しくなる、恐らくは人間の時の様な行動をして闇に紛れようとしているのだろう。

皮肉な事に赤く光る眼光のせいでその異形は逃げ続けても私が見逃す事は絶対に無かった。

 

無言で大きく一歩を踏み出して刺突を繰り出す。

異形は咄嗟に腰辺りに手を掛けてから大剣を受け止めようとするが、肝心な剣が腰に下げられていない事でアッサリと腕を両断して身体を半分に分ける。

 

異形になっても劣らない弓の腕、近寄られても咄嗟に剣を掴もうとした柔軟性はさぞや名のある弓師だったのだろう。

だが、安心して眠れ。もう闇が君を追い掛ける事も無い。

 

赤かった眼から光が消えて何も言わぬ屍になった事を確認して直ぐに他の異形をと思い辺りを見渡して、視線が止まる。

 

月を背にしながら堂々と歩んでくる2人の異形、立ち振る舞いからして相当な物だろう。湾曲した刃を持つ大剣、無難なクレイモアを持つ異形。

 

二体が静かに剣を構えた所で、後ろを振り向いてソレを両断する。

残念、心からそう思う。彼等が人間だったなら私は致命傷を受けていたかも知れない。

倒れた異形はキアランの様に表に出ない暗殺者だったのだろう、それでも異形の姿で気配を消し切れていなかった。中途半端故に違和感を与えて勘付かれてしまう。人間だったのなら、私は後ろに気づかなかっただろう。

 

「君達も、そろそろ眠ると良い」

 

肩に担いだ大剣にもう片手を添えて飛び出す。

私の剣に技量は言う程無い、竜相手に技量なんか関係ないのだから伸ばすべきは鱗を粉砕する力と速さ。だが私が剛の剣しか振らぬと思うのは勘違いにも程がある、私は騎士の頂点に立つ4人の1人。

技量にだって長けている。力と速さと技量が加わった彼は途轍も無く強い。

 

 

「ズェア!」

 

渾身の力を持って掬い上げられた大剣が容易く相手の剣を上に弾き、上段から振り下ろす。

刹那に進路上にクレイモアを差し込まれるが関係なく振り下ろせば、ゴキリと異形の腕が曲がる。

だが目的としていた異形はその刃から逃げる事ができ、大剣が轟音と共に大地に突き刺さる。

 

行動は早く、大地に突き刺さる大剣を支柱にして前方へと飛び上がると同時に大剣を地面から抜く。

着地、同時に反転して腕の折れた異形へと躍り出る。

 

 

 

その動きは人間では無く、獣に近い。

一度攻めると決めたら様子見も無い、とことん自分のペースへと引き込んで読み合いなんてさせる気すら無い圧倒的な攻め。

一度も止まらずに剣を振り下ろし、一秒とてその場にいる事なく大地を蹴り付け、力を弱めた瞬間に身体を粉砕する圧倒的な力。

 

 

数秒過ぎる毎に異形の何処かがへし折れ、潰され、遂には無意識の内に握っていた己の武器さえも手放した。

 

地面に転がった異形は無意識に頭上の月へと手を伸ばした、立ち上がる為なのか失った物を思っての事だったかは自分ですら分からない。ただ遠い昔にあった気がするモノに手を伸ばしたかったからなのかも知れない。

 

頭上の月に人が映り込み、暗い銀色の騎士が迫ってきて、終わりを迎える。

 

 

「眠れ、安らかに」

 

 

もう一体、湾曲した大剣を持った異形は形振り構わずにアルトリウスの攻撃を凌ぐ。時には転がり、異形とは思えない程の生き汚さを見せつける。

 

それも此処までだ、罅の入った大剣ごと異形を叩き切ろうとした時ーーー遥か後方から叫びが聞こえた。

 

 

「あるとりうすぅうぅうううううっ!!!」

 

 

 

私の真後ろに短刀を持った透明な異形と、最早そっちにしか目が行かない橙色の髪を持った少女。

何をトチ狂ったのか少女が物凄い速さで飛んで来ていてーーーゴツンと鈍い音がした。

 

何が起きたのか一瞬理解すら出来なかったが身体は勝手に動いた、後ろの異形へと直ぐに大剣を叩き込んで頭を抑えて呻く立花を右手で持って抱え上げる。

 

 

「すまない、どうやら助けられてしまった様だ」

「う、うん・・・」

 

相当な衝撃だったのだろう頭を抑えて顔を上げそうに無い、目の前の異形を睨みつけながらどうしたものかと悩む。

流石に人を抱えて戦う訳にもいかないだろう。

 

「せんぱーいっ!?」

 

それにマシュ嬢も合流してしまった様だ。

別に合流するのは一向に構わないと私は思うのだが、タイミングが非常に不味かったと言えよう。

 

一箇所に固まった私達に群がる様にどんどんと増える異形を相手に流石の私も冷や汗が頬を伝う、立花を抱えている状態で激しく動く訳にもいかない。

かと言って盾を持たない私が防戦一方になるのは無理がある。

 

リンクス殿は魔女の火を使った辺りから姿も見えていない。ジリジリと立ち位置を変えていると背中にマシュ嬢の背中が打つかる。

 

「非常にマズイです!」

「マズイなーーー」

 

立花を地面に放置なんて以ての外、打開する事が出来ないだろう現状にーーー彼は現れた。

 

 

 

「ーーーーい!」

 

遠くから聞こえる怒鳴り声、遠いからか余り詳しくは聞こえて来ないが誰かが近付いて来ている。

 

「貴様等デーモンだろう!もう少しやる気を見せろ!!」

 

その怒鳴り声は更に近づき、その声に首を傾げる。

デーモンだと思われる金切り声が少しだけ可哀想になってくる。

 

 

「あ、あの、この声空から聞こえる気が・・・」

「ああ、きっと頼もしい味方だとも」

「もしかして知り合いの方でしょうか?」

 

その問いに、得意げに口を開く。

 

「もう良い、貴様等強く羽を動かせ。踏み台になれ!」

 

なんとも酷い事を言うが、ああ懐かしき友の声と変わらないその物言いに安心する。

 

 

「ああ、私の知る限りもっともーーーー」

 

 

ズドンと後方から重い衝撃と鎧の音が聞こえてくる。

 

「言いたい事があるが後回しだ、お前は前を見てれば良い!」

 

「頼りになる男だよ」

 

 

土煙では隠せない黄金の煌めき、シルエットだけでも遥かに大きいその背中に一体何度背中を預けた事があるか。

 

「だ、ダレイオスさんより大きいのではないでしょうか?」

 

その大きさに驚いている様子が分かる、私も本来ならあの大きさだと言ったらどうなるのか。

 

「う〜、頭が・・・。どうなってるの?」

 

ようやく復帰した立花もオーンスタインの姿に目を開いて驚く、そう言えばキアランは何処へ。

 

その答えは上から返って来た。

 

「馬鹿なのか貴様は!?」

 

デーモンに運ばれて来たキアランが地面に降りると早々にオーンスタインを罵倒してから刃を抜く。

 

 

これで負けは無いなと安心した所で人1人抱えた人影が森の中から飛び出して来た。

 

「我等が王よ、此処は我等に任せて進んでください」

「君達はーーー?」

 

リンクス殿を腕に抱えて飛び出して来たのは特徴的な尖り兜を着け、右手に大剣、左手に変わった短剣を携えた人だった。神族よりは小さく、人間よりは大きいその人は少なからず此処にいる者達の記憶には無い。

 

未来からの来訪者。この森に根付き、深淵の化け物との関わり深く、狼の血を受け継いで来た化け物殺しのエキスパート。

 

深淵を監視する者達。

 

 

「な、何これ。どういう状況!?」

 

それはそうだ、ほんの少しだけ目を離していた隙に知らない人物?が2人増えているのだから。

 

 

「アーサー、此処は俺に任せて先に行け。待ってる奴がいるぞ」

「だがーーー」

「お前は行くんだ。それに偶には俺にやらせろ、お前に任務を押し付けていた事だし身体が鈍ってるんだ」

 

それは一体、お前からしたら何百年前の話なんだとは言えなかった。私とて話をしたいとさえ思うのだが、そんな事よりもやるべき事が残っている。

 

「任せても大丈夫なのか?」

「誰に言ってる、四騎士の筆頭が誰かを忘れたのかお前は?」

 

だが、そうだな。確かに安心してこの場を任せてシフに会いに行けるか。こんな異形だらけの中で無事なら良いのだが。

そう考えるとより早く行った方が良いのかも知れない。

 

「鈍ってると行ったの君だろうに。だが任せるよ、オーンスタイン」

「任された。それと忘れろ」

 

 

オーンスタインに背中を向けると目的の橋の間にほんの数人の異形が見える。

剣を構えた所で私よりも先に進み出た人物がいた、尖り兜の彼は私の前に立つ。

 

「祖よ、我等にお任せを」

 

まるで開戦の合図の様に腕を伸ばし、伸ばした腕の上に片手が添えられる。

そのまま数秒、腕がダラリと垂れ下がるとまるで滑る様に走り出した。

 

「ふっーーー」

 

私よりも余程洗練された完全な獣の動き、まるで狩りの様だと感じさせる動き。

 

ギャリリと短剣が地面を削り、大剣が脚を切断する。

抵抗など出来ない真下への鋭い一撃で確実に足を奪い、流れる様に飛び上がりもう一体へと飛びかかり叩き潰す。

 

止まらない、縦横無尽に駆け回るその姿はまさに狼。

足を失い暴れる異形へと短剣を差し込み、異形へと投げるとそれに合わせて襲い掛かる。

 

ほんの数分で数枚の異形を戦闘不能に追い込み、道を開いた彼は私達に一礼すると直ぐにオーンスタイン達の所へと駆けて行った。

 

 

何処か他人の様な気がしない彼に心の中で感謝を述べる。

なんでそう思ったのかは分からないが、確かに他人とは違う予感がしていた。

 

「行こうか」

 

私の言葉にマシュ嬢が不安そうに戦う彼等を見る。

 

「心配する事は無い。彼等は絶対に負けない」

「ですがーーー」

「私は彼等を信頼している。友がこんな所で倒れる訳が無いと、私は知っている」

 

それは無類な信頼から来る言葉だった。

言葉の端からはその信頼感が伝わり、不思議とその言葉を受け入れられた。

 

「すいませんでした」

 

そう、素直に謝る彼女に苦笑が漏れる。そんな風に素直な娘ばかりだったり良かったのに、誰かを信頼する事の出来る人間達だったなら墓を暴く事もーーーいやそうじゃ無いな。

そんな事を考えたかった訳では無いのだ、無性に目の前に立つ娘達が愛おしく感じてしまっただけなんだ。

 

 

「おい、お前はとっとと進め!何時までそんな所で突っ立ってるつもりだ!?」

 

 

これ以上怒鳴られてしまう前に進もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に世話の焼ける奴め」

 

走っていく背中を見送って、何処か気が抜けてしまった。

こんな状況でも無ければ文句でも言ってやりたいが、どうも顔を見合わせたらそんな気持ちも無くなってしまった。

 

久しく見なかった顔だ、不思議な事に人間の様な身体だったが間違い無く嘗ての友。後はゆるりと腐って行くのを待つだけかと思っていたが、こんなに心が踊るのは何時ぶりだろうか。

 

大王がいなくなり、王女さえも消えた。

偽りの虚像を護るだけの退屈な時間で俺はすっかり腐り落ちたぞ、誰が好き好んでスモウの奴と仕事せねばならんのか。いや、構わないが彼奴は余り好かん。

 

 

「こんなものか?」

 

 

適当に槍を薙いで呟く、アルトリウスの奴が存外苦戦している様だったから如何なものかと期待していたが大して面白くも無い。

人間だとしてもこんな雑魚に苦戦するとは、鈍っているんじゃないのか彼奴?

 

群がる奴を槍で薙ぎ払うだけ、圧倒的に地力が違い過ぎている。盾で凌ごうとした異形は盾ごと吹き飛ばされていき、目の前に立つ者から次々と薙ぎ倒されていく。

速さで翻弄する必要も雷を使う事も無い、まあ雑魚ならこんなものかと自分を笑う様に顔が緩む。

 

 

本当なら、俺が彼奴の隣に立つ事はもう二度と無いと思っていた。実力でも心でも。

お前達の知らない時間で、すっかり俺は腑抜けていたんだぞ?

誰も付いてこれない強さ、対等と呼べる者がいない数百年、守る物も見失いそうな日々。

それだけの時間と葛藤が俺を弱くした、気付いてないんだろうな。鈍っているなんて言葉が俺の本心だって事が、自分でもなんでそんな事を言ったのかは分からないんだ。

 

そんな俺を、あんなに真っ直ぐと見つめて来る事に涙が出そうになるんだ。

彼奴の心も、思いも全てあの黄金に輝く時間から何も変わってはいない。何も色褪せてすらいない姿に、どれだけの俺が嬉しかったなんて分かるつもりも無いんだろう。

そういう奴だ彼奴は、後ろを見ない振り向く事をしない。

前だけを見て進み続ける彼奴に過去を思う俺の事は理解出来ないのだ。

 

 

「まあ、だがーーー」

 

その変わる事の無い姿だからこそ、俺はお前の事を信頼出来たんだろう。

今だけは、俺の心も黄金の時間に引き戻されそうになっている。だから告げよう。

 

 

バチリと雷が駆け抜けた。

 

 

「竜すら狩り殺す我が槍に貫かれたい奴は前に出ろ、貴様らの安らかなる死を持って、改めて俺の忠誠を我が大王に捧げよう!我は太陽の王に仕えし四騎士が1人、オーンスタイン!」

 

ああ、滾る。血が滾ってきた、冷たい冷血が雷によって熱く煮え返って沸騰する。

 

こんな気分は久しぶりだ、自ら槍を振り回すのは久しぶりだ。

 

そうだ、俺はこんな時間をずっと待っていたんだ!

 

 

 

 

 

暗い森の中を雷が轟き。その黄金はーーー嵐の様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実は感想欄に不死隊の名前が出てきて冷や汗が流れてたりした。


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16話


ガチャは悪い文明(確信)
舞ったのに出ませんでした、舞教辞めます。
私はこれから梶田教に改宗します、フリー素材様この私に慈悲の手を!



橋を越えたその先は暗い森とは打って変わって幻想的だった。

深淵でより暗く濡れた森の奥だと言うのに、暗さを感じない異常。

月が照らし、その灯りを吸収する様に草木が発光し、誘われた虫が飛び回る。

 

何も変わらない王の庭。

彼等はその森が異常だという事に気がつくのに少しだけ時間を要した。

 

その風景に感嘆しながら歩いて、夜でも光る森に幻想されて漸く気がつく。その更に奥、一つの墓場へと続く扉の奥から光が漏れて来ない事に。

 

最初に気が付いたのはリンクスだった、紋章に護られた加護の扉が暗い事を。

 

いや、僅かに開いた扉の奥から漏れる黒に塗り潰されそうになっていた事に。

 

 

それでも今更止まろうとする者は此処にはいない。

例え心が折れそうでも事を選ばなかった者達は静かに足を進めた。

不思議と皆何も話さない、僅かな足音と、場違い感を感じさせる鳥のさざめきが辺りを包む。

 

静かな、それも何か異変が起きているだなんて考えも湧かない様な空間が彼等に癒しを与えていた。

 

リンクスはその心を鎮めて、アルトリウスは穏やかな時間を思い出していた。

 

そうして己の心に問い掛ける、人理焼却とは?

重ねてきた行いを焼却され、存在さえも燃やされそうな未来を。本当の意味では当事者ですら無い彼等。

ある意味では当事者な彼等は心に訴える。

 

狼騎士は遠い誓いに、自分が死ぬ事は一向に構わなかった。積み上げてきた物と護って来た者達が自分を肯定する、そんな事があったから己の身などーーー。

 

薪の王は思う、皮肉にも生きたいなんて思いは遠くに忘却した。自分が見付け出した使命では無い、与えられた仮初めの使命を果たしたとしても、辿って来た道は全て自分で決めた事だった。諦める事は何度も出来た、それでも歩み続けた道を否定出来る事など出来ない。過去も未来も誰であろうと、自分の行いを抹消する事はさせない、その為なら自分はーーー。

 

胸に秘めた思いは誰だって違った、当たり前だ。人が全員同じ使命と思考持つ事などありはしない、それでも目的が重なる事は多々ある。

その有り難さを、温かさを感じられた瞬間は何度もある。

 

今も集まった4人が同じ思想を抱いてなんていない、バラバラだ。それでも手を取り合う事は出来る、ならこの尊い思いすらも消え去るなんて事はさせてはいけない。

 

 

カツンーーー

 

 

蹴られて跳ねた石が橋の下へと落ちていく、暗い場所へと落ちていくソレに自分の姿を投影した者はいなかった。

 

 

その扉に2人が手を添えた。

彼等がやるべき事だと立花は自然に思い立ち何も言わない、リンクスが剣を持たぬ左手を右扉に添えて、アルトリウスが何も持たない右手を左扉に添えた。

 

鏡合わせのその姿、闇に生きた人間と、光に生きた神族がその姿を合わせて扉を押した。

 

ギギィ、重い金属の音が不思議と綺麗にさえ思えた。

 

 

 

 

 

「ーーーっ」

 

 

誰かが唾を飲み込んだ。

それは誰なのか、誰も問う者はいない。

それよりも目の前の姿に唖然となる。

 

広場の中央に聳える墓。

周りを朽ちた刀剣が囲い真ん中に巨大な黒い大剣が埋まる墓場と、其処しか映すことの無い月の光が異色を放つ。

 

それ以外に何も無い、此処が深淵の出所の筈なのに其処には何も無い。

 

辺りを警戒しながら墓まで歩いて、鼻をつまむ様な鉄の匂いが漂って来る。

リンクスが真ん中の大剣に手を伸ばしてーーー

 

 

「誰だ、友の物に…手を出そうとする、のは?」

 

 

途切れ途切れで弱々しい声、若い男の声であり、今にも倒れそうなのは声からでも分かる。

 

墓の裏側、まるで縫い付けられる様に刀剣で身体を貫かれている髪の長い男が座っていた。

 

 

 

まるで闇と光を混ぜ合わせた様な灰色の髪を持ち、灰色の鎧を纏った男だった。

そして、男の腹部を貫く大剣がアルトリウスの携えた大剣と瓜二つである事に気が付いた。

 

「悪い事は、言わない。今すぐにひきか、えすーーーー」

 

ゆったりと瞼を開いて、忠告と共に吐き出された言葉は彼等の顔を見ると固まる。

 

「君はーーー」

 

アルトリウスが尋ねる前に、男の瞳から雫が溢れ出して。さも嬉しいのだろう、笑った。

 

「は、ハハハーーー。そうか、そういう事なのか。なんて偶然なんだろうなぁ」

 

いっそ狂った様に笑みを浮かべて、手を伸ばした。

 

ぶち、ぶちぶちーーー。

 

噴き出した赤い花に、マシュと立花の顔が曇る。

それを無視する様に突き立つ剣が肉を引きちぎり、上へと上がる毎に身体から血が沸き立った。

 

「漸く、声が届いたなーーー友よ・・・」

 

弱々しく紡がれた言葉と共にヒタリとアルトリウスの兜に手が添えられる、愛しい者を触る様に、掛けがえない者を手繰る様に。

壊れ物を触る様にして撫でて、失くした者を触る様に弱々しい手にアルトリウスの手が添えられる。

 

 

「ああ、シフ・・・。そんな姿で、何を、誰を待っていたんだ・・・」

 

自信に満ちた声は弱く、泣きそうな声が漏れる。

何故と疑問が浮かんで、誰がと怒りが湧いて、私はと自責の念が浮かび上がる。

シフの言葉が分かる、誰を待っていたかなんて問う前に答えが出ていた。

 

「勿論、友の事を。それにーーー」

 

チラリともう1人、リンクスの方を向いた瞳がその答えを物語っていた。

 

 

「ああ、もう来たのかーーー」

 

 

そう痛々しくも嬉しそうな笑顔から一転、目を開いて、腹部に刺さった大剣を抜いて起き上がろうとし始める。

狼の様な唸りと、ギチギチと音を立てる刀剣を無視して立ち上がろうとして力なく墓に寄り掛かった。

諦めた様な顔と、希望に満ちた様な顔が合わさって複雑な顔だった。

 

そしてなんで起きようとしたのか、分かる。

 

ヒタリ、ヒタリと近寄ってくる足音が聞こえてくる。

足音は2つ、何方も水の跳ねる様な音が鳴っていた。

 

「アルトリウス」

「うむ」

 

リンクスの言葉で立ち上がり、シフを守る様にして立ちはだかる。

 

 

ひた、ひたーーー。

 

足音が近くなり、暗闇から顔を覗かせた。

 

それは黒く染まった大狼、黒い大剣を持ったアルトリウスの様な騎士。

 

 

その姿を知っている2人の顔が驚愕に歪む。

カルデアの2人が、シフを振り返った。

 

 

「諦めろ半身」

 

半身?

その言葉に疑問が浮かぶ。

 

「断るぞ半身。俺の望みはコレじゃない」

墓に寄り掛かったシフが強く言い放つ。

弱々しかったのが嘘の様に強く、怒りに満ちた声だ。

 

「又串刺しにするぞ?」

「断ると言った!俺の望みはこんな物では無い!」

 

周りの者達を置き去りにして話は進む。

人と獣の二面性を持った者達がお互いの顔を怒りに染めた。

それでも獣のシフがシフに手を出さないのは、同一の存在だからであろう。

 

 

「俺の願いは友の眠る所を護る事だ!深淵などーーー」

「今更そんな言葉を吐くのか貴様は!?私を止めなかった貴様にそんな言葉を言う資格などあるものか!」

「ーーーっ!?」

 

獣のシフの言葉でシフの顔が酷く歪んだ。

まるで聞きたく無い事を聞かされている様に。

 

 

「そら見た事か。貴様は深淵が飛び出て来るまで私と同じだったでは無いか、目先の者に目が眩んで走るのは人間らしいな!?」

「お、俺はーーー」

「分ったなら私の元に来い。それで穴が塞がり、深淵の魔物は完全にこの時代に定着出来る」

 

 

嘗てグウィン大王はシフのソウルを見て獣と人のソウルを混ぜた様な物と例えたがある意味間違いであり正解。

あの時は確かに混ざりあっていたのだ、互いの思想と思考が同じで思う事も1つであった。

何処から違えたのだろうか、人の思考が一瞬だけ深淵を覗いた時からだった。

 

リンクスという未来の者を見て過去への干渉を思考に入れてしまった、そこから2つに別れた。

一匹は寂しさから過去への思いを加速させて、1人はそれに同意してただ過去を求めてしまった。

 

少しだけ考えれば分かる事に気付かず、1人が気づいた時には全ては遅かった。

 

過去へと、それもアルトリウスに会うために1つだけどうしても忘れてはならない事、深淵の魔物。

あの時代に干渉するなら深淵の魔物が出て来る事を失念していて、一匹はそんな事はどうでも良いと願ってしまった。

 

1人と一匹でシフとして完成した願いは1人が離れた事で不完全になり、過去への干渉は不確かで不完全なままだった。

ほんの切っ掛けがあれば過去への穴は閉じてしまう様な不安定、完成させるには又シフに戻らないといけない。シフになって始めてその願いが正しく行われる。

 

 

一匹の隣に佇む友の姿は正にアルトリウスだ。

いや、嘗てリンクスが闘技場で打倒したアルトリウス本人、深淵に呑まれて正気も何も無いただの化け物。

そんな化け物に一匹は縋り付いた、1人は拒絶を示した。

 

それが答え。

 

 

結局は1人も望んでしまった結果がこの特異点を生み出すと言う無様、光を歩んで散って行った友の墓すらも黒く染めそうな醜態。

それだけは出来ないと抵抗を繰り返して、墓だけは呑まれる事の無い様に勤めたが結果は今の無様。

 

 

だけど、奇跡は起きた。

 

 

「もう良い、もう良いんだ。後の事は私に任せて少し休め、あのシフも私が如何にかしよう」

 

 

このロードランだからこそ起き得た奇跡。

時間も世界も入り乱れる世界だからこその奇跡、この世界では無いIF世界の薪の王を呼び寄せ、深淵に呑まれた後のもしもの可能性を持ったアルトリウスの現界。

 

魂の物質化を容易に行えたからこその偶然の産物。

 

 

「ーーー友は、私の味方では無いのか?何故なんだ、何故!?」

 

 

一匹は吠えた、動揺を隠せずに狼狽える。

何故、友が私に剣を向けるのか分からない。本気でそう思っている、いや正常な思考など既に出来てなぞいなかった。

 

深淵に近寄り過ぎた一匹が、深淵の影響を受けない筈も無いのだから。

 

 

「シフが、私の敵になったからだーーー」

 

 

様々な感情の含んだ一言は一匹の言葉を失わせた。

友が、友なら己の事を分かってくれると思っていた。そう信じていた。

何処までも連れ添ってくれる親/友だと思っていたから尚更だ。

いつ私が敵になったのだ、私はただお前に会いたかっただけなのにーーー心を埋め尽くす感情は単純に、寂しさからだった。

 

今も隣に立つ友は何も言わずに私と居てくれる、こんな時間を望むのが駄目な筈が無い。

目の前の友も、私を肯定してくれる筈だと信じてやまなかった。

 

たった1つの心の安寧、それを否定されてしまった狂狼が思う事など酷く簡単に過ぎなかった。

 

「お前はアルトリウスではない、ないのだ!?」

 

そう強く現実から逃げて自分の都合の良い所へと行きつく、だって隣に立つ物言わぬ友はあの時の様に優しく撫でてくれるんだと。

私は此処にいるじゃないかと、深淵のアルトリウスが狂狼を撫でれば落ち着き、牙を剥いた。

 

 

自分が致命的な事すらも分からないままに。

 

 

 

「私が、私と打ち合おう。恐らく君達では無理だ」

 

「私はシフの相手をするよ。君達は?」

 

 

辛くは、無いのだろうか?

言葉には出さなかったけれども立花とマシュは思ってしまう。

話を聞く限りでは、どっちも大切な者の筈なのに。あの狼も、2人の事を友と言った。あの騎士は、アルトリウス本人では無いか。

そんな者に、どうしてそんな簡単に剣を向けられるのか疑問にすら思っても時間は考えるのを諦めさせる。

 

今すぐにでも、立ち上がらなければいけないのだと。

 

「マシュは狼ーーーシフの方をリンクスと一緒にお願い」

「先輩はどうするですか?」

 

「私は、この人を治療するから」

「分かりました。マシュ・キリエライト、行きます」

 

 

事情は分からなくても護りたい物がある。

盾の少女はリンクスの隣に立った。

 

静かに顔を見合わせてから3人は歩き始める。

 

狂狼、薪の王、盾の少女は左へと向かい。

深淵の騎士、狼騎士は右へと向かう。

 

 

鏡合わせの騎士が剣を構える。

同一の存在だと言うのに構えは全く違った。

 

深淵の騎士は両手で剣を握り右肩に剣を担いだ。

狼騎士も両手に剣を握るが、半身を前に出して肩の上まで剣を上げる。

 

 

 

向き合う者達は何の合図も無く、大地を蹴った。

 

 

 

 

 

 




過去へと手を伸ばすなら深淵出てきますよね!
アルトリウス出て来ても可笑しく無いよね!
双子の人間性と言う物があってだな・・・。


今頃のオーンスタイン。

T「タイヨオオォォ!」槍ばしゅー
獅子「本当の雷はこうやって出すんだっ!」槍バシュー!

雑魚狩りオーンスタイン爆誕!

いやまあ、全力のオーンスタインが初見で負けるなんてあり得ない。後語呂が良くて思いついた、本当に申し訳ない。
オーンスタイン大好きですよ?4番目位に


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17話

なんか、申し訳ない。
いや、本当に申し訳ない。

次回は時間を飛ばします。私に戦闘とか無理です、どう書いたら良いか分かりません。



月明かりに照らされた剣が煌めいて空を走った。

 

目の前のかつての私を前にしていて思う事は不思議と無かった。

 

大剣が地を割り、一合打ち合うだけで腕には強烈な衝撃が加わる。

 

正面から打ち合うなど無い、そんな事を私が思うのかと笑ってしまう。大剣での力比べなら誰にも負けないと自負していた物だが、そんな私が力比べを諦めて受け流す事に集中し始めている。

 

人間からして見れば、神族の私とは此処まで理不尽な存在だったかと再確認しても後退はしない。

 

 

私より非力である人間が打倒出来たのだ、私が出来ないとは言えんだろう。本当に人間には尊敬の念を禁じ得ない。

 

 

「おおおっ!」

 

今の私には決して出来はしない動き。そもそも目の前の私に攻め方など考える事が出来るのかは疑問だが、私に出来ない動きをされてしまうと少しだけ心に来るものがあるな。

ついそんな笑いが出て来てしまう、だがまあーーーそれでも諦めれない事がある。そもそも諦めるなんて思考は存在しない。

 

 

「ふっ!」

 

地面に突き立った大剣を支柱にして身体を浮かせれば激しい衝撃が腕を襲う。

脚を狙った斬り払いが地面の突き立つ大剣を弾き、身体が回る。

相手が私だからこそ出来る行動の先読み、そうして相手の力を組み合わせての回転斬りは容易く弾かれ身体が吹き飛ぶ。

 

片手で受け身を取りながら立ち上がった時には目の前には黒い切っ先が見える。

 

「ーーーっ!?」

 

咄嗟に身体を逸らして合間に剣を差し込むと同時に腕に重い衝撃。

必死に上体を逸らして頭の上を通過して行く大剣を見て大きく後退する。

 

 

ああそうだとも。相手が私なら動きの先読みも対処も出来はする、現に今の場所に留まっていればもう一回この身を襲う刃によって致命的な隙を晒し出す事になってしまったのだろう。

 

仮に、仮にだぞ。私の身体が神族のままであったのならば決着は早く着いていた事だろう。手に取る様に分かる行動、互角の身体能力。それなら先読みが出来る私が一方的に勝利を掴む事が出来ていた。

 

人間の非力な身体で、一体彼女はどれ程の困難を乗り越えて来たのか。一体どれ程の挫折を味わったのか、絶望を、心折れる時を、過ごしたのか。

 

「余計に、負けられんっ!」

 

思えば戦闘中にこんなにも思考を巡らせたのは初めての事かも知れない。

 

不謹慎にも、私の顔には笑みがある。

打倒するのは私、敵対者はシフ。

もしもシフを相手にしたならこんな感情は湧かなかったのだろう。

 

総合的な能力で負ける戦いは初めての事だ。深淵の魔物はそもそも土俵に立てすらしないので計算には入れない。

竜を相手にした時ですら此処までの緊張は無かった、あの時は隣に立つ仲間達がいたが今は1人。

 

 

懸命に剣を逸らしていく、上にそらせば次には振り下ろされ、下に弾けば次には回転斬りが襲い。少しだけ身体を離せば兜割りで飛んで来る。

 

まったく、我ながら本当に獣の様な動きをしている物だ。

いや、それは自覚しているから何とも言えない所だが相手にするとこうも面倒な物なのかと驚愕する。

 

「だがっ!」

 

隙を付けるだけの所はある。

 

「ーーーっ!?」

 

渾身の横振りを剣の持ち手によって防がれる、両手のほんの少しの間に剣を合わされて身体が膠着する。

獣の様な反応速度に加えて本能的な防御はそんな事まで行うのかと思うと同時に視界が吹き飛んで行く。

 

いや、私が飛んでいるのか。

 

浮遊感を覚えて月が少しだけ近く感じる、急いで相手を視界に入れると奴は跳んでいた。

 

私の真上にまで跳躍して、剣は真っ直ぐに自分を捉えて離さない。

 

 

「ぐ、ぬっ…オオオオオオオオオオオオォォォ!!」

 

中途半端な姿勢で剣を切っ先に押し付けて身体を貫くのだけを防いで見せるが、奴の勢いのままに地面へと叩き付けられる。

 

口から溢れ出る血が兜の内側を濡らして、頬に当たる。

揺れ動く視界の真ん中には相手が何やら動いている様にも見えるが、余りにもボヤける世界では見にくい。

それでも何をされるかは分かった、地面に倒れる私と直ぐ目の前に腕を振り上げる姿。ならば行動に移す事はガードだと今だにボーッとする脳が思考をして、腕を動かした所で強烈な衝撃が身体を突き抜けていく。

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

声にもならぬ呻き声が喉から絞り出され。ガン、ガンと鉄を力任せに叩きつける音と同時に腕に込める力が強くなっていく。

 

マウントを取られて一方的に剣を叩きつけられる現状、全力で持ってその攻撃を防いでいると何処か苛立っているのが伝わって来る。

徐々に失われていく腕の力が剣筋が雑になっている事を伝えてくれている、しかしどうにも抜け出す事が出来ないでいる。

 

これ以上は不味い、覚悟を決めて次の打撃を待った。

 

振りかぶられる剣、それに合わせて身体を捻り剣を滑らせる。

上手く力を反らして滑らす事で剣が右の地面にくい込み、上体を起き上がらせながら剣を一閃。

 

「ーーーおおお」

 

相手の鎧を砕いて右肩へ吸い込まれた剣が止まり、脚でしっかりと地面を掴みながら力を爆発させる。

 

「オオオアァアアアアアアアアァァァァ!!」

 

渾身の一振りを止める物が無くなりその勢いそのままに身体が振られて地面へと剣が刺さる。

 

不味い、後先考えずに行動しすぎた。

確かに右腕は持って行ったが刹那の膠着を狙われれば対抗手段が無い、剣を手放す事も出来るが一時凌ぎにしかならない。鎧で覆った敵を何の技術も無い拳で打倒など出来るわけが無い、つまりは私の負け。

 

 

せめて最後はと視線を向けるがーーー動いていなかった。

 

「ぐる・・・」

 

いや、無くなった右腕を見詰めながら頭を抑えている。

聞こえてこなかった呻き声すらも鮮明に聞こえてくる。まさか、私は途轍も無い事をやらかしてしまったのでは無いだろうか?

 

「ぐるるおおぉーーー」

 

そう、まるで抑圧された獣の鎖を断ち切ってしまった時の様な不安感が私を襲う。

そして見えてくるその異常、まるで水が沸き立つ様に黒い波紋が出来上がり。

黒く染まった身体へと黒いソウルが集まる様にして吸収されていくのをただ見詰めていた。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

耳を劈く程の天へと向けた咆哮と同時に大気が弾ける。

 

騎士の周りを陽炎の様に揺らめく黒いソウル、人間味の無くなった様にダラリと下げられた大剣が肩に置かれて、ユラリと顔が私に向けられる。

 

その瞬間に感じた身を焦がす程の防衛本能が功を成したのか、身体が瞬時に反応した。

 

早く、鋭い剣へと自分の剣を当てがう。

 

「ーーーっなあぁぁぁ!?」

 

一寸の抵抗も出来ずに身体が吹き飛んだ。

早く重い、たったの一撃。

 

剣を斜めにして流す様に捉えた筈だった、身体から無駄な力を抜いて力を逃した筈だった。

それなのにアッサリと吹き飛ばされた、技術を凌駕した力に、理不尽な程の剣戟。

 

 

バチャリと水の中に身体が沈み、内側から弾けた血液が口から吐き出されて視界を赤く染めた。

今のだけで肩が外れた、倒れた姿勢で無理矢理にでも肩を嵌め、震える脚を剣を支えにする事で立ち上がる。

 

「ぜぇ、ぜぇ・・・」

 

痛みで脂汗が滲み出し、肩で息をする程の動揺を隠さないでいる。

 

立っているのもやっとな状態で前を見据えて、支えの剣を震える手で持ち上げて構え直す。

 

「まだ、終わりでは無い」

 

私はまだ生きている、だから終わりでは無いのだと身体に力を込めれば不思議と震えは治まっていた。

 

吹き飛ばされた所存で空いた距離は役五メートル、神族の私からしてみればなんて事は無い距離だろう。

だからこそどんな挙動も逃さない様に見据えて、次は受けるのでは無くて避けて見せると何時でも動ける様に常に踵が少しだけ浮いて前のめりになっていた。

 

たったの一撃、そう思うと途端に心臓の音が煩く聞こえる。

ドクン、ドクンと脈動する音が嫌に耳に入り、気付かぬうちに汗が頬を伝う。

 

何処からでも来ると良い、そう思った相手は急に方向を変えて走り出した。

 

 

「なっ、ーーーッ!?貴様あああああぁぁぁ!!」

 

 

自分でも思わず出てしまった怒りの声、走り出した奴に追いすがる様にして全力で駆ける。

 

今の1秒が嫌に遅く感じた、今程人間のこの身を恨んだ事は無い。

 

向かう先はマシュ嬢とリンクス殿のいる所、真っ直ぐに駆けていても差は広がり、奴は走りながら剣を突き出して一気に大地を踏みしめた。

奴の先にいるリンクス殿が気が付き、咄嗟に剣を盾にする。

 

 

思わず、右腕が伸びた。

この手で掴みたいからか、間に合わないのに必死に腕を伸ばし続けた。

 

 

ーーーーパキン!

 

 

金属の砕ける音が辺りに響いた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

こんな中で、雰囲気も何もかもが一般的な物を纏う彼女に疑問が出て来た。

 

指示に従いながらゆっくりと剣の類を抜いていき、必死に怪我を塞ごうとしている彼女に。

 

「なあ、少女よ」

「藤丸 立花です」

 

こんな中でも呑気な物で名前を告げる。そんか返しが来るとは思ってもいなかったから一瞬だけ呆けてしまう。

 

「立花は、何故戦うんだ?」

「理由・・・」

「言っては悪いが、立花には力が無い。一般人と何ら変わらないだろう、なのに何で戦えるんだ?」

 

一目見て分かった。彼女に力は無い、剣を十全に振れるかと言われれば出来ない。魔術を修めているかと思いきや、魔術も最低限なもの。

そんな彼女がなんで今も戦っていられるのか、それが俺には分からない。

 

今も半身と戦っている盾の少女を見ても、不死の友、アルトリウスの事を見てもそうだ。何かしら戦いに向ける物がある、何処となく感じられる物が戦う者にはある。

盾の少女は自分に似た気持ちを抱えているのも分かってしまう、鼻は良い方なんだ。

 

 

「理由、かーーー」

 

小さく呟いた言葉には何やら複雑な思いでもあるのだろう。

 

「貴方は、何の為に戦ってたの。こんなに傷がついてまで?」

 

質問を質問で返されてしまった。

しかし、俺が戦う理由。そんなものはとっくの昔に消えてしまっていた、そう思うと長く生きすぎたと思うな。

友もいなかったと言うのに、苦笑と共に傷が開いて血が滲み出る。こんな身体で、よくも立ち上がろうと思った物だと自分でも思う。

 

1つだけ、思いつく物があるけれどコレは戦う意味では無いな。

 

「俺が、そうしないと生きられないからだ」

「墓を、護るのが・・・?」

「そうだとも」

 

情け無い奴だと笑うなら笑って貰っても構わない。

いや、自分が情け無いとすら思っている。何かに、友に縋らなければ生きる事さえ出来ない我が身を自分で笑いたい。

 

「ーーーどうして?」

「・・・友が、眠る場所だから。安らかに眠り続けさせる為に」

 

眠り続ける友に縋るしか出来なかった。

それ以外にしたい事も、出来る事も俺には無い。アルトリウスとキアランが寄り添って眠れる所だ、俺が護らないといけい。違うな、2人から離れたく無かっただけか。

 

「貴方は凄いね」

「俺がか、馬鹿な・・・」

 

自嘲する笑みが溢れて、それを否定する様に立花は首を振る。

真っ直ぐと見据えられた目は、本当に俺の事を尊敬する様な眼差しをしていた。

 

「私は貴方みたいに戦えない。私は生きていたいから歩き続ける、それに貴方みたいに1人じゃない。ただのサーヴァントなら駄目だった、私が歩き続ける事が出来たのはマシュがいたからなんだ。1人じゃ何も出来ない私に寄り添っていてくれた私のサーヴァント、マシュがいなかったら旅はとっくに終わってた」

「マシュの為にも止まる事が出来ないし、私が生きる為に止まる事はしたく無い」

 

俺には、立花の方が余程尊敬に値するよ。

生きる為に戦うなんて出来なかった、屍の様に墓を護り続ける内に感情が削ぎ落とされて行くのが怖くなった。

だから、深淵に手を伸ばしてしまった自分が情なくて如何にか此処で留めていた。それも結局は助けられる形になってしまった。

 

「シフは1人で何百年も此処を護り続けた、それは私達には出来ない事だから。私達にはシフがとても尊い者に感じられる、シフがどう思っていても」

「そうか、そうなのか・・・」

 

目線1つで、其処まで考えが違うのかと思ってしまう。

ただひたすらに墓を護って来たのを自分は情け無いと思っていたと言うのに、立花から見ればそんな俺の姿もまるで英雄の様に見えていたのか。

 

「感謝する、その言葉だけで少しは誇れる。俺は人からそう思われていたのだと胸を張る事が出来る」

 

「ーーーーー」

 

その言葉に立花は何も言わずに、少しだけ照れた様に顔を下げて傷を治していく。

ゆっくりとではあるが血の流れは止まって来ている、顔色が悪いのは血を流し過ぎた事からだろう。

 

常人ならばこの時点で命の灯火は消えていた、一重にシフがまだ目的を遂げていないと言う思いだけで繋ぎとめられる命でもある。

 

 

「もう大丈夫だ、それ以上は君が不味い」

「でもっ!?」

「いい、いいんだ。それ以上は君が駄目だろう」

 

 

治療の手を止めさせて、彼女の頭に手を乗せようとして止める。俺の手には血がこびり付いているから彼女にも付いてしまう。

 

俺の命の灯火はどっちにしろ此処で消える、それは覆せない事だろう。自分の身体だから誰よりもそれが分かる、立花はそれを察しているんだろう。

 

背中にひんやりとした墓の感触を確かめて、過去を思う。

 

思えば余り良い人生だったとは言えない。

良い事も多くあったのは事実だが、それ以上に辛い事の方が多過ぎた。

 

だがまあ、良き友達に恵まれたのだから良しとしよう。

 

 

身体に力を入れて、剣を支えにして立ち上がる。

 

此処で何もせずに死ぬのは許せそうに無い。

 

立ち上がるだけで息の途絶えそうになる我が身を打って、しっかりと両の足で大地を踏みしめて直立する。

 

「君には本当に感謝している。俺はこうしてまた友を助ける為に剣を振る事が出来る」

 

目の前でいなくなる者を守る事が出来る、それだけでこうして生きていた意味があった。

今ほど剣を振る事に意味を感じさせる事など此処数百年無かった事だろう、だからこそ無理できる。

 

 

 

「貴様ああああああぁぁぁ!!」

 

 

剣を取り、足を踏み出そうとした時に滅多に聞く事の出来ない友の怒声が響いた。

直ぐに顔を向けて、気がつけば大地を蹴っていた。

 

盾の少女達に向かい駆ける姿を目にして走り出した。

 

 

なんでこうなるのか、運命がそう定めているのだろうか?

 

だけどまあ、大切な者を護れるならこの命捨てようとも誇る事が出来そうだ。

 

深淵の騎士の前に躍り出て剣の腹を前にして両手で押さえつける。

切っ先が打つかり、身体を貫く衝撃と共に頼りにしていた剣が真ん中からへし折れて大剣が身体を貫いた。

 

背中に打つかる感覚と共に投げ出されて大地に転がる。

 

 

 

何やら聞こえてくる怒声が耳に入っては来ないが、今も鳴り続ける剣戟の音が心地よい。

 

頭上に輝く月が綺麗で、不思議と雪の夜を思い出させた。

 

今度は俺が守る事が出来たのだろうか。

 

「ーーーなあ、半身?」

 

深淵の騎士が狙ったのは狼の身体だった。

自分の様に身体に穴が開いてはいるが自分よりは簡単に立ち上がる事が出来る様に、深い傷を受けた訳でも無い。それでも致命的だったのは、信頼していた者に攻撃されたと言う事実。

 

 

深淵の騎士にとって半身の事などどうでも良かったんだろうなと直ぐに思いつく事だろうに、本当に仕方の無い半身だと呆れてしまう。

 

「な、ぜ…? 友が私を、そんな筈がーーー」

 

当の半身は未だに何があったのか分からずに、呆然と呟いている様子だ。

それに溜息が漏れて、本当に仕方の無い狼だと苦笑する。

産まれた時から共に居続けた半身の癖にまだ分からないのかと呆れ半分、そんな所も可愛いのだがと可愛さ半分。

今はその可愛さが致命的過ぎたんだけどもと、身体の向きを変えて狼の顔に顔を近付ける。

 

「どうだ、友に裏切られた気分は?」

 

自分でも何と意地悪な質問かと思ってしまう。

 

「何故、何故私を助けたのだお前は? お前は私のーーー」

「俺が俺を助けて何が悪い、俺たちは産まれたその時から一緒にいる存在だろう。双子の様にくっ付き、同じ存在だっただろう」

 

ああ、兎に角伝えたい事を伝えないと。

何だったかと回らない頭を動かして口を動かす。

 

「今味わった感情が、お前が友に味合わせた感情だよ」

「私が、友にーーー?」

「背中を預けた友に、信頼していた者に裏切られた気分をーーーお前はアルトリウスに味合わせたろう」

「・・・わ、私は」

 

そんなに心細く泣かないでくれ、俺も辛くなってきてしまう。

 

「頼みがある。俺はもう出来ない、だから俺に頼みたい。友を、アルトリウスを護って欲しい」

「む、無理だ私は、今更どう友に顔向けしろと言うのだ」

「俺に少しでも罪の感情があるなら、剣を取れ、立ち上がれ、護ってくれ。俺のソウルを託す。そんな汚い剣ではない、俺が護っていた俺達の剣も彼処にある、だからーーー」

 

 

身体がソウルに溶けていき、狼の傷口から体内へと入って行く。

それに比例して人の形が崩れて行く。

 

 

「俺にもう一度、友の背中を守らせてくれーーー」

 

 

狼はーーーシフは暖かくなる身体と心を受け入れて立ち上がった。

本当に今更、これ程までにアルトリウスに謝罪したいと思った事は無いと思い。同時に半身に対して感謝を思ったことも無かった。

 

深淵の汚染も不思議と半身が私の身体に入ってからは止まっていた、本当に今更だと思う。

 

ただそう、立たないといけないのだ。

半身が私の事を愛して止まなかった様に、今の私は半身の事を大切に感じている。全ては遅過ぎた事だと終わった後に罵倒の言葉も聞きいれよう。

 

だからどうか、私がもう一度アルトリウスの為に戦う事を許して欲しい。

 

半身の願いを、私の願いを叶えさせて欲しい。

 

 

悲痛な面持ちの少女が私の事を見続けている直ぐそばで、私は剣を口に咥えて引き抜いた。

 

「少女よ、終わった後にどんな罵倒も受けよう。すまない」

「シフは、貴方の半身は・・・」

「本当に、すまない」

 

泣きそうな少女にそれだけしか言葉が出ずに、横を通り過ぎようとすると尻尾を掴まれた。

 

「無事に帰ったら一発殴るよ」

「受けよう」

「それが終わったら、ーーー私達と手を取り合おうよ」

「・・・きっと」

 

 

それは、なんと甘美な誘いであったのか。

こんな私が人と手を取っても良いのだろうかと思い、同時に納得も出来た。

 

ソウルに刻まれた私の半身が、彼女の事を認めて、尊敬の念を抱いた事を。

 

誰よりも弱いのに、誰よりも人間らしく、優しいその少女を。護りたいと思ってしまった半身に同意しよう。

 

そうだな、少しだけ考えれば分かる事だった。

私は正気では無かった、なんて言い訳を言うつもりは無い。

深淵に呑まれているアルトリウスに私を認識する事が出来るはずも無いのだ。私を狙った攻撃、アレは私からソウルを奪うのが一番簡単だったから行った事なんだろうと思う。

 

 

口に咥えた剣、久しく感じていなかった様な感覚を確かめながら確かに頭の中には考えが反響して行く。

一度分かれてしまったからこそ頭の中で聞こえる声に、安堵した。

 

 

ーおかえり、愛しの半身。

 

「ただいま、大切な半身」

 

 

ニヤリと笑っている人間の私が指を指す方には深淵の騎士がいて、その顔付きは人間だと言うのに獰猛な獣。狩りをする狼の様な顔付き、ああやはり半身だと思うと私は空に向かって吠えた。

 

 

雪の日の様に天高く。

でも助けを求めた声では無く、獲物を見つけた様な、これからお前を狩るぞと言う意味の遠吠え。

 

 

さあ行こう、今日は死ぬには良い日だーーーそう思うだろう?

 

ーああ、死ぬには良い日だ。

 

 

アルトリウスの背中に焦がれて私は大地を蹴りつけた。

 

 

 

 

 



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そして狼達は笑う

兎に角短い。
前話からの繋がりは無いです、あの後の事を知りたい人は言ってくれれば書きます。

想像してニヤつくも良いですし、早く書けよと言ってくれても構いません。
但し書く場合は文章が更におかしくなる、と思います。

でもハッピーエンドには変わりないです。


灰の降り積もった最初の場所を1人、歩く人がいた。

 

兜を捨て去って、希望に満ちた顔をしながらゆっくりと来た道を歩いて行く彼女の心の中は分からない。

灰を被って銀の髪が霞んだ色合いをしていて、それを気にせずに骨で出来た道を引き返した。

 

「誰もいない、誰も知らない」

 

口からポツリと飛び出した言葉は寂しい物ではあったけど、其処に悲壮感は無かった。

彼女は未来の1つを知っている。

 

火が消えた遥か未来で生きる為に戦う1人の少女と少女を護る盾の騎士を。

 

この時代で火を継いでも何も無いのかも知れない、それでも遥か未来はきっと幸せな時代があると思えばこれから起こる事にも恐怖は無い。

 

 

思えば、希望を夢見て旅立ったのだった。

自分にはその希望が無いのだけどと小さく苦笑して大王の眠る場所に戻って来た。

 

「そうだね、未来には道がある」

 

さっきまで燃えていた大王に思う所はある。感謝を伝えたい、アルトリウスやシフから聞いた。

今、私達人間が辛い思いをしているのは分かっているし巻き込まれた私も何故かと疑問に思ったものだが。

 

先人たる神々の王は私達にも希望を抱いていた、決して人間の事を考えずに行動していた訳では無いと知ると、やはり太陽を信仰していて良かったと思わせてくれた。

 

以前と同じ様にソウルを溜め込んだ身体を一瞥して、願ってみる。

 

もしかしたら未来は辛いのかも知れない、でもどうか心を折らないで欲しいと願う。

私の時代でその業を終える事は出来ない、ならその未来へ、その次の王となる人がきっとどうにかしてくれるのかも知れない。

 

こんな呪いを残す事を人々はどう思うのか、いっそのこと此処で火を消してくれと言うのかも知れない。

 

でも、未来に希望を託す事は決して悪い事では無いと知っている。

 

 

火が燃え移り、身体から力が抜けていくの他人の様に思いながら漸く休める事に安堵してしまう。

 

私の隣には誰もいない、あの夜に全てを失った。いや、何れは失くす事が早くなっただけか。

それに見合うだけの成果と希望を知れた。

 

偉大な騎士は安らかな眠りについた、人間は未来へと帰った。

そして友は、安心して墓に寄り添って眠りにつける。

 

後は私が役目を果たせばこの時代の全ては終わって未来に繋がる、その後の事はそうだな、何れ出てくる王の器を持った人に任せるとしよう。

 

 

身体を燃料にしてソウルが燃え上がる、時代を照らし続ける事は無いのだろう、だが眠りにつける。

 

 

ーーーじゃあ、お休み。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい匂いに気が付いてゆっくりと目が開いた、太陽の光が眩しくて目を閉じると誰かが笑って背中を撫でた。

優しく暖かさに溢れた掌は、ゴツゴツとした金属に覆われていて懐かしい。

 

頭を撫でた手は、優しく滑り、暖かい柔らかな小さい掌だった。

 

 

「お疲れ様、待っていたぞシフ」

「もう少しゆっくりしていても良かったものを。いや、お疲れ様だな」

「もう、休んで良かったのか?」

 

そう疑問を問い掛けると、驚いた様にする様な感覚がして。やはり笑われた。

何がおかしいのだと、思ってしまうが今だけはこんな時間が恋しい。

 

「誰もシフが休む事に文句を言わないさ」

「本当か?」

「文句を言う奴は私が、私達がどうにかしてやる」

 

そうか、慣れた眩しさに今度はちゃんと目を開いた。

懐かしい木々の匂いに木漏れ日、何時迄も其処にいたいと思える王の庭に俺は丸くなっていた。

 

そして目の前には、何時も通りの鎧を纏ったアルトリウスの姿と。寄り添う様に立つキアランの姿が視界に入って、思わず目からは熱い雫が溢れた。

 

「泣くな馬鹿者め」

「今度はそうだな、ずっと一緒にいられる」

「そうか、ただいま」

「「おかえり」」

 

そう言って笑う2人は手を取り合ってから歩き出した、何処へと行くのかは分からないけどそれに続いて行こうとアルトリウスの隣を歩く。

 

城の中へと続く扉は、今の自分には通る事が出来ない。サイズに違いがあり過ぎたのだろう、仕方が無く出来る様になった人型へと変わり2人に続いて潜り抜ける。

 

ーーーそこは別の世界だった。

 

 

廊下に続くはずの扉は聖堂へと続き、其処には槍を持って立つ、黄金の獅子が待ち構えていた。

 

「久しぶりだな」

「本当に」

 

2人がオーンスタインの前で膝を着くのに続いて自分も膝を着く。

 

「・・・やらなくては駄目か?」

「勿論だとも」

 

そんな会話が懐かしくて再び涙腺を刺激するも、顔には笑顔があった。

 

「ーーー我等が王からの言葉を、変わりに伝えよう。3人とも良くぞやり遂げた、だが休んでいる暇は無い。人理を揺るがす行いが遥か未来で起きている、暫しの休息の後、呼ばれた者から新たな任に着けーーーとの事だ。堅苦しいのは終わりだ、お前達ーーー良く眠らぬ黄金都市に再び戻った。誰でも無い俺が、四騎士筆頭オーンスタインが労いの言葉をかけよう。お疲れ様。そして、再び顔を見れた事を、嬉しく思う。そのあれだ、おかえり」

 

「「「我等大王に使えし騎士、再び戻った事を此処に。そして、ただいま」」」

「伝える事は伝えたぞ、なんだ貴様等っ!?早く立て!」

 

何時までたっても立たない俺たちに怒るオーンスタインは、やはり懐かしくも変わりない姿を見せてくれた。

きっと兜の中では恥ずかしがっているに違いない、なんせそう言う人格では無い。

 

「行こうか、オーンスタイン」

「待て、俺は別にーーー」

 

アルトリウスが彼の手を取り、半ば無理矢理歩き出す。それを阻止しようとオーンスタインも脚に力を込めるが。

 

「王から暫しの休息をと言われたろう。諦める事だ」

 

キアランの言葉で轟沈する。

抵抗する事が無くなったオーンスタインはアルトリウスの腕を振り払い、不機嫌そうに自分で歩けると言うと、素直に着いてくる。

 

 

何処へと行こうと言うのか。

 

そんなの決まっている、何時も太陽が見守ってくれた場所。何時も安らぎを得られた場所。

 

楽しく仲間達と語り合った王の見つめる庭に、彼等は歩き出した。

 

其処には既に王の姿も無く、何時も騒がしかった騎士達の声も聞こえない聖堂だけども。

今この瞬間だけは、彼等は安らかな時間を過ごしているのだと確信が出来ていた。

 

そう、みんな声が弾んでいたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「呼び出せますかね、先輩」

 

隣に立つマシュが不安そうに聞いてくるのを、私は確信を持って必ず来ると答える。

あの日、背中を預けあった狼と騎士の背中を思い出しながらサークルの上に1つの剣を置く。

 

折られて輝きを失ってしまった剣の柄はそれでも重さを感じさせて、何処か脈動するものを感じさせた。

 

 

「来て、お願い」

 

 

 

その言葉でサークルが輝き、誰かがその呼び声に応えた。

 

 

「ーーー一番乗りは俺か。サーヴァント ガーディアン。呼び声に応えて参上した。俺の牙と剣をマスターに預けよう。それより、友を呼んではくれないだろうか?」

 

 

その後、彼等は笑い合って手を取り合うことが出来た。

狼は少女に静かな癒しを与えて、少女は狼に新たな安らぎを与えた。

 

 

 

 

「私は何故また人間の身体なのか?」

「・・・私に聞かれても困る」

 

騎士と刃は、そうだな。

 

狼や獅子、少女達を交えて、今も楽しく笑っている事だろう。

 

 

 

 

 

これはそう、誰も知る事の無かった時代の英雄達が。

 

 

ーーー再び平和を謳歌する物語だ。

 

 

 

 

 





一応本編的な物は完結ですかね。
この後も少しだけカルデアに召喚されてからこんな平和な事があったよ的な事は書きます。

新宿までは書かないし、ソロモンが終わって平和になったよ的な事になります。
新宿入れるとほのぼの出来ないので申し訳ないです、新宿アヴェンジャーとシフの絡みを見たいと言う人も申し訳ない。
いや、私も書きたいんですけどね。


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おまけ
キャラステータス


ダークソウル主人公は無いです。
無いです。

薪の王を召喚したとしてステータスに表す事が私には無理でした。


ガーディアン

 

真名 : シフ

身長 : 195cm / 体重: 88kg

地域 : ???

属性 : 中立・中庸 / カテゴリ : 獣人

性別 : 男

イメージカラー : 灰

特技 : 狩り

好きなもの : 家族(アルトリウス、キアラン) / 苦手なもの : 盗人

天敵 : 深淵

 

 

人物

灰色の衣装を纏った灰色の髪をした男。一人称は「俺」。

眼差しは獣の様に鋭く釣りあがった瞳から睨む様な目をしている。

人間状態ではアルトリウスと瓜二つの様な容姿をしている。恐らくは人型で一番印象深いのがアルトリウスだったのだろう。

陽当たりの良い野外を好み、特に森の中などを良く好む。

木に背を任せて眠る姿を時折マスターや他のサーヴァント達に目撃されている。

性格的にはそれ程好戦的では無くのんびりとした時間を過ごす事が多いが、一度戦闘になると相手の命を奪うまで安心出来ない獣の考えをしている。

 

 

能力

主戦法は大剣を用いての白兵戦。獣の俊敏性とその動きに合致した剣技を持つ。

保有スキルに騎乗(特)が有るが乗る側ではなく、乗せる側である。背中に乗せた者を快適に運ぶ事が出来る。

形態変化により人型と狼の姿へと変わる事が出来るが、狼の時は話せなくなるデメリットがあり基本的には人型で定着している。

尚、少し小さい狼にも変わる事が出来るらしい。

 

 

ステータス

クラス : ガーディアン

マスター : 藤丸立花

 

筋力 B

耐久 A+

俊敏 A

魔力 E

幸運 D

 

スキル

騎乗(特) : B

守護 : A

形態変化

 

 

宝具

【暗き月下の墓】

ランク : A

種別 : 対人宝具

レンジ : 30

最大捕捉 : 100人

嘗て灰の大狼が護り続けた暗き森の聖域。

結界内ではシフは人型を保つ必要もなく灰の大狼へと姿を変える。

大狼状態のシフは人型の時よりもステータスが上昇し、魔力、幸運以外のステータスはA+へと変わり、耐久はEXにまで上昇する。

結界内にはソウルが満ちており、それは今までシフが倒してきた者達のソウルである。漂うソウルがシフへと流れ込む事で自身の耐久を上げる。

この結界の破壊は中心に立つ巨大な墓を破壊する事で強制解除する事が出来るが、ガーディアンクラスの恩恵を持ったシフが墓を死守している。

 

 

【狼の誓い】

 

護るモノが有る限り耐久に補正が入る。

 

 

【友よ、永遠なれ】

共に歩き続けた神族アルトリウスを召喚する。(既に人間アルトリウスがいた場合は発動不可)。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

セイバー

 

真名 アルトリウス

身長 208cm / 体重 109kg

属性 善 / カテゴリ 人間

性別 男

イメージカラー 群青、銀

特技 剣技

好きなもの 狼 / 苦手なもの 深淵

天敵 深淵

 

 

人物

銀色の髪の男。一人称は「私」。

シフと瓜二つの様な姿をしている、違いがあるとした柔らかな表情だろう。

私生活は何処か抜けておりカルデアで迷子になる事もある、その度に職員から道を教えて貰っていたりする。

自分が誰かに及ぼす影響なども度外視している。

 

 

能力

身の丈程ある大剣を片手で振り回す事が出来る剛腕の持ち主であり、大盾を持たせれば攻防一体の正に無双の戦力になりえる。

得意なのは護る事では無くて攻める事、一度攻勢に回れば相手が生き絶えるまで剣は止まらない。

生前、闇払いの騎士としての物がスキルとなり闇に属する者達への特攻を得ている。

 

 

ステータス

筋力 : A

耐久 : A

俊敏 : B

魔力 : D

幸運 : D

 

スキル

狼騎士 : A

闇の狩人 : A

剣の武練 : B

 

 

宝具

【大王の四騎士】

ランク : EX

種別 : 対軍宝具

レンジ : 1〜99

嘗て黄金都市の大王に仕えた四騎士を召喚する。

誇りを失わず、戦場を共にし、死ぬ時まで大王に仕えた彼等の決して切れぬ繋がり。

黄金の獅子が雷鳴を呼び、群青の狼が戦場を駆け、鷹の目の巨人が空を落とし、王の刃が金色の舞を踊る。

彼等に討ち果たせぬ者は無く何人も逃げる事は叶わない。

 

 

【聖銀の大剣】

ランク : B

常時発動型の宝具。

アルトリウスの持つ大剣は聖なる祈りを受けた大剣。

異形、死霊系の敵を相手に絶大な効果を発揮する。

 

 

【戦友よ、共に】

シフを召喚する。

共に歩き、背中を預けあった戦友との絆が彼を今度こそ護るだろう。

 

 

ーーーーーーー

 

 

アサシン

 

真名 : キアラン

身長 : 164cm / 体重 : ???

属性 : 中立、中庸 カテゴリ: 神族

イメージカラー : 紺

性別 : 女性

 

人物

大王に使えし四騎士の1人である王の刃。一人称は「私」。

他の四騎士と比べて華やかな活躍は無いものの王からの信頼は厚く、その本領は暗闇などの暗殺、諜報にて発揮される。

神族としては他の者達と背丈に劣るが、それを利用する事もある。王の刃達の筆頭であり、複数人いる中でも本物の【王の刃】である。

常に白磁の仮面を被り顔を隠しているが心を許している者だけの時は仮面を外す。

 

 

スキル

神性 : A

気配遮断 : A

暗銀の短剣

黄金の残光

 

 

宝具

【大王の四騎士】

四騎士の共通宝具。

 

 

【王の刃】

ランク : A

種別 : 対人宝具

王の刃を纏める者の号令。

部下達を召喚する。暗闇に潜む彼等が通る道には黄金の残光が煌めき、敵対者は黄金の刃によって倒れる。

 

 

 

 

 

 



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その後のお話し 学園編(前編)

お久しぶりデース。
何時も見てくれて感謝デース。
キャラ崩壊起こしててごめんなサーイ、ゴーさん空気ですまない。
でもさ、ゴーさんの口調とか考えれないです。キアランも私の考えたくーるびゅーてぃで補完しているだけであって正直私の頭の中ではこんなキアランで大丈夫なのかと悩んだ末の口調ですので。
ゴーさんファンの方は本当にすまない。




藤村立花は今、授業を受けていた。

 

なんの変哲も無い日本の高校である学び舎で教科書を開きノートに文字を書き込む姿は年相応の学生らしさを感じさせるが。

 

(なんでいるのぉーー!?)

 

本人は心の中で冷や汗を垂らしながら絶叫していた。

 

教室の後方、普段は何も置いてない最後尾の更に後ろには美男子と称される男性が2人スーツ姿で真剣な眼差しを立花に向け。見るも美しい象牙の髪を束ねた美女がこれまたスーツで佇んでいた。

 

これには周りの女子生徒も動揺を隠せずにヒソヒソと後ろの美男子2人を視界に収めながら会話を繰り広げている、そして男子生徒は何時もより二割り増しにキリリッと顔を整えて真剣に授業に取り組んでいた。

果てには後ろで立っている保護者達も動揺を隠せていない。一番酷いのは途中で抜け出した母親がバッチリと化粧を施して来たのを見た男子生徒と女子生徒の絶望があった事だ。

 

そして立花の隣に座るマシュは仕切りに飛んでくる立花からのアイコンタクトに答えながら、何故あの3人が此処にいるのかと激しく疑問を抱いていた。

 

 

 

何を隠そう、授業参観である。

 

 

(これを、乗り越えたその先ーーー私は死ぬかも知れないっ!)

 

そして立花はこの後の休み時間が来る事を拒否したかった。

 

 

そもそもの原因は3日前にまで遡る。

 

 

 

日本への帰郷を果たした立花はマシュと共に学校に通い始めて半年が経った時にそれは訪れた。

 

サーヴァントの中には致命的にまで歪んでいる様な輩はいない事もありこれもマスターの為だとカルデアに留まっている者、やる事は成したとカルデアを退去した者達がいる。

そしてカルデアに留まった者達は半年の間も契約主である立花の事を見ていない事で一目見たいと愚痴を零し始めた時に奴はやって来た。

 

そう、レオナルド・ダ・ヴィンチである。

 

何処からとも無く取り出した私立〇〇学園 授業参観のお知らせと書かれたプリントだった。

 

勿論の事何の事だと頭に疑問符を浮かべるサーヴァント達に丁寧に語ったのもこのレオナルドである。要は君達の知らないマスターの姿を見る事の出来るチャンスが来たぞと言ったのである。

 

そしてそれに名乗りを挙げたのは過半数にも渡るサーヴァントの数々である。

 

そんな中でどうしようも無かったのが童話作家の某アンデルセンである。彼は日本をブラリと歩きたいと言う気持ちで立候補の為除外。

 

これにはアンデルセンも怒り始め何やら長い言葉を並べていたが誰も聞き入れる事は無かった。

 

 

 

そして急遽始まった授業参観グランプリinカルデアを勝ち残ったのはアルトリウス、シフ(人間)、キアランの三名であった。

聖剣やら固有結界やらが飛び交う中で乗り気で無かったキアランが突如本気を出した事により、対人特化及び暗殺の魔の手がサーヴァント達に襲い掛かり。

聖剣ブッパしたガウェインを後ろからブスリ、ガウェインの聖剣によりエミヤもリタイア。

我らが東方の大英雄アーラシュは何時もの癖で開幕星になり、道連れに強力なサーヴァント三名を星にした事で開幕から荒れまくるグランプリであった。

 

 

これには東方の大英雄も唖然としている。後に彼はこう語る。

 

「俺は最初からステラなんて撃つつもりは無かった。マスターを楽させようとしたら気が付いたら出ていた」

 

彼は何処まで言っても善を成す英雄。今日も彼は何処かでマスターの負担を減らしているのである。

 

そして星になった3人のサーヴァントはこう語る。

 

「星の聖剣を持つ私が星の一撃を貰うとは思わなかったです」

「私は悲しい」

「申し訳ございません、王よ」

 

軒並み協力してくる騎士達が落ちた事で勝負が一気に分からなくなったのである。

 

そして勝者の1人はこう語る。

 

「私が出た意味は無いのではないだろうか。キアランとシフが気が付けば全員倒していた、私も戦いたかった」

 

色々と怒涛の展開にこれで良いのかと悩んでいたアルトリウスは出遅れ、ある一言によってキアランがやる気を出した為に気が付いたら本当に終わっていた訳である。

 

そして見事(?)に勝利を果たした3人は古参のカルデアスタッフ達による日本国での常識を教え込まれた。

 

そしてその3人に教えていたカルデアスタッフ達は皆涙を流した。

 

「話を理解してくれるサーヴァントで良かった!」

 

これの一言に尽きる。

中には面倒やら、知らないやら、我がルールなどと言い出す面々が数人いる為に素直に聞いてくれるサーヴァントと言うだけで彼等は救われたのだ。なんだかんだ言ってキアランさんも仮面が駄目と言われてかなり渋っていたが、アルトリウスとシフのお陰で仮面は諦めてくれた。

控えていた胃痛薬に手を伸ばす事なく終えた授業の後にスタッフ達は手を取り合い、真面目なサーヴァントって最高だぜっ!と硬い握手を交わしたのである。

 

 

 

後日。

 

「では、行ってくる」

「帰ったらマスターの事を教えてくれよな」

 

サーヴァントと職員に見送られて彼等は日本へと旅立った。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

日本の空港に辿り着き、電車に乗ってのどかな街に辿り着いた一行は地図を片手に持ちながらあっちでも無いこっちでも無いと道に迷いながらも無事に学校、ではなくて藤丸と表札が彫られた一軒家の前である。

 

現在、時刻は午前9時。

既に家の中には立花とマシュの姿は無く、母君だけが家の中に居るであろう事はレオナルドの調べによって分かっている。

今日この日は買い物も無く家にいるのだと。

 

「キアラン。私は大丈夫だろうか?」

「俺の頭に耳は無いだろうか?」

 

スーツ姿の2人が何処と無く不安そうにキアランの方を見る。

 

「問題はない。堂々としている事だ」

「了解した」

「なら安心だ」

 

ピンポーン。何もない事再確認したキアランが徐に手を伸ばすと一般的なチャイムが鳴り。キアランの後ろでは「なんだっ!?」やら、「思い出せアルトリウス」なんて会話が飛び出して来る。

 

「はい、何方様でしょう・・・か?」

 

そして出て来た立花の母親は固まった。

目の前にいるのは美形の3人組であり、髪色と容姿で直ぐに外国人だと分かる。

 

「此方は藤丸立花殿とマシュが滞在する家で合ってるだろうか?」

 

その言葉に立花の母親が頭を捻り。

ポクポクポク、チーンと彼女の頭の中で理解が追いついた瞬間であった。

 

そしてーーー。

 

「もう、キリエライトさんたら!来るなら先に連絡くれても良かったのに!ごめんなさい、準備は出来て無いけど家の中に入って入って!」

「ーーーーはっ?」

 

盛大な勘違いを起こしていた。

彼女の連想した事はこうだ。マシュちゃんの髪色は白っぽい色をしている外人さんである。目の前の3人は銀髪と灰色と象牙の美しい髪をした美形外国人さん達である。

導きだされる答えは、マシュちゃんの御家族一行である。そして今日は授業参観日、心配した御家族達が見に来てくれたのだろう。

なんて優しいのだろうと。

 

まあ確かに髪の色は似てなくも無いが、勘違いなのだ。

 

ルンルン気分で家の中に戻って行く彼女の言葉に従って玄関の中に入った3人は、苦い顔でお互いに顔を見合わせていた。

 

「これは、どう言う事なのだ?」

「俺には分からん。キリエライト、マシュの事か?」

「馬鹿なのか貴様等?」

 

そしてキアランは心の中でマシュに謝り、無事に3人揃ってキリエライトに成りましたとさ。

 

 

ーーーーーーー

 

 

「そちらがシフさんで、アルトリウスさん、キアランさん」

 

3人は頷きながらテーブルの上に出されたお茶を繁々と見詰めていた。

 

「なんでも家の娘が大変お世話になったとかで。何か粗相とかしてませんでしたか?昔から少しだけ楽観的と言いますか、そんな感じでしたので」

「いや。立花殿は元気があって良い子だと思ったのだが」

「またまた、キリエライトさんの家のマシュちゃんも素直で良い子だと思いますよ?」

「むっ、それなら良いのだが」

 

そして何故か会話が成り立っていたのである。

 

(彼奴はなんであそこ迄自然に話せている?)

(俺に言われても困るのだが)

 

シフとキアランはマシュの親としての演技など出来る事はなく、仕方がなくアルトリウスに会話を任せているのだ。いや、アルトリウスはそもそも演技などしていないのだけども。ただ普段から思っているマシュの事やらを口に出しているだけであり、演技など皆無である。

 

「あら、お茶は口に合いませんでしたか?」

「うむ、私は紅茶の方が好きだな」

「ごめんなさいね、家には紅茶とか無くて」

 

(馬鹿か彼奴は!?)

 

楽しそうに談笑する2人をハラハラと見ながら、心の中ではそれとなく酷い言われようのアルトリウス。彼は至って平常運転である。

そして立花の母親なだけあってとても寛大な心の持ち主である彼女はアルトリウスの無礼な言葉さえ微笑んで受け流していた。

 

立花が人を惹きつけて尚且つ寛大な心の持ち主であるならば、その寛大な心はきっと彼女から受け継いだ物なのだろうとさえ感じれた。

あはは、と笑う立花の母親。藤丸優香を見ているとああ、確かにあの娘の母親だと思う事がある。

容姿は似ているがそんな所では無くて、在り方と言えば良いのだろうか。

何故か一緒の空間にいて緊張などしないのだ。

 

圧迫感も無く、しかして卑屈そうな感覚も無い。平坦である、ただ普通であるだけの彼女はそれでも他の者達にも安心を与えていた。

 

それは特別な事では無くて、ただの一般人なら当たり前だ。人間らしいのが母娘共通であった。

 

 

「あら? もうこんな時間ね、そろそろ行きましょうか」

 

時計を見ればそろそろ授業参観とされる時間が近づいて来ており、優香は少しだけ待っていてくださいと告げるとリビングから退出していった。

 

「良き母親ではないか」

「無駄に疲れさせるな、馬鹿者め」

「酷くないか、キアラン」

「事実を言っただけだ」

 

 

優香の居なくなった空間にコトリとグラスが置かれる音が響いて、小さくふぅーと息を吐き出す音が聞こえる。

その音にキアランとアルトリウスが首を動かすと、目を閉じて安らいだ顔のシフがいた。

 

「どうしたんだシフ?」

 

なぜ其処まで安らいでいるのか、疑問に思ったアルトリウスが尋ねると眠そうな顔でシフは口を開いた。

 

「・・・太陽が、気持ちいぃ」

 

フスーと空気が漏れる音がシフの口から漏れ出して、アルトリウスが笑うのとは対照にキアランは呆れた顔で手を顔に当てた。

そうだった、此奴らはそんな所も似ているのだったと。

 

実はシフ、途中から話なんて聞いて無かったのだ。

窓の木漏れ日が背中に当たり徐々に顔が蕩けて行くのを抑えながら真剣な顔を繕い、優香が居なくなった瞬間に顔が蕩けた。

それは偉大なる太陽の誘惑を耐えながら粗相をしてはならぬと苦悶の表情で後に語ったそうだ。

太陽には勝てなかったと。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

あの後いい笑顔でリビングに戻ってきた優香が見たのは太陽を背に浴びて気持ち良さそうに安らぐシフを笑顔で眺める2人の姿だった。

3人から話は聞いている、シフさんはアルトリウスさんとキアランさんの間に産まれた子では無くて拾った子だったのだと。

しかし、シフを笑顔で眺める2人の姿を見て恥ずかしながら涙を見せた優香は後にこう語る。

 

まるで理想の家族の様だったと。

実はかなり話を脚色した物であり、その実真実に近い内容なのではあるが。シフは狼なのである、だけどそれを知る人間は残念な事に此処にはいなかった。

 

 

そして気を取り直して家を出て学校へと向かう4人、学校へと辿り着いた3人はその学び舎の姿に驚愕した。

 

「優香殿、アレが学び舎であっているだろうか?」

「はい、マシュちゃんが通う学校ですよ」

 

なんと整っているのだろうか。学び舎と想像して出てきたのは魔術師達が詰めるウーラシールの様な所だったが、外見からは明るい印象を受ける物だった。

かなり大きな施設であり、成る程、未来の学び舎は素晴らしい物なのだと感涙すらも禁じ得ぬ。

実際に見てみるとその感動も中々心に響いてくる。

 

これは授業も気になると、入り口を探す。

 

「よし、立花殿とマシュのいる所に行こうか」

 

勝手に歩き出そうとする3人を止めた優香は慌てて入り口近くに設けられたテントの様な所を指差した。

 

「学校に入る時はあそこのテントで受付するんです。防犯の為にですよ」

「そうなのか」

「はい、先生方にもキリエライトさん達の顔を覚えて貰った方が良いですから」

 

防犯、そんな事にも気を使う物なのか。

マシュがいれば余程の事が無い限りは犯人も殴殺出来るのでは無いかと物騒な事を考えるアルトリウスの頭は中々に残念な事になっている。

これでも一応日本の事はスタッフから聞かされているのだ、ただ即席だとこれがアルトリウスの限界である。

 

「すまない。此処が受付であっているだろうか?」

「あ、はい。授業を見に来た親御さんですか?」

「その通りだ」

「では此方に通っているお子様の所に名前をお書き下さい」

「ーーーー?」

 

急に鉛筆を渡されてその様な事を言われたアルトリウスは固まった。

お子様?そもそもこの名前が書かれている紙は何なのだろうかと動きが止まった事を訝しむ教師が疑問を浮かべる。

私は一体何処に名前を書けばと悩む、悩んだ所に横から助け船が入ってくる。

いや、言っている意味は分かるがお子様?

 

「相坂先生」

「藤丸さん、お久しぶりです。どうかしましたか?」

「アルトリウスさんはマシュちゃんの家族の人なんですよ」

「そうだったんですか!?えっと、アルトリウスさん。此処のスペースに名前をお願いします」

 

マシュの名前を聞いた教師が驚きの声を上げて、急いでマシュの名前が書かれた横のスペースにサインを促して、冷や汗が垂れる。

 

「これで良いだろうか?」

「えっとーーー」

 

確かに名前を書いて貰ったのだがそれを見た教師が固まる、サインを貰ったのは良いのだが、読めない。

少なくとも日本語では無いし英語でも無さそうなその字は、途轍も無く上手いのは理解できるが読み方が分からない。

仕方が無くその文体の上に日本語でルビを振ろうとした所で綺麗な白い手が伸びた。

 

その手はアルトリウスから鉛筆を掠め取ると、アルトリウスが名前を書いた所の近くに書き慣れない片仮名でアルトリウスの名前を書き込んだ。

 

「これで良いのか?」

「はいーーー」

 

スマイルで顔を上げた相坂教師は止まった。

その瞬間、教師相坂の頭の中に嫁の顔が浮かび上がる。

目の前に佇むスーツに身を包んだ美しい女性の顔を直視すると、何故か淡い青春の記憶が呼び起こされる。

何故か胸がドキドキする、まさかこれが浮気の前兆?

 

そんな事が出来る筈が無いーーーっ!

 

「すいません、秋田先生。体調が悪いので変わって下さい」

「はっ、おい、急に・・・って、おいっ!?」

 

隣に座る教師に任せて相坂は走って校舎の中へと消えた。

 

「なんだ、体調不良か。余計な心配せずに済んだな」

 

体調管理も出来んのかと不満を零すキアランは直ぐにアルトリウスの横に戻り。優香の案内で校舎の中へと入って行くのであった。

 

なんやかんや、ドキドキ初めての授業参観は始まるのであった。

因みにドキドキするのは3人では無くて、立花とマシュである。

 

 

 

 

 

 

その後、ある女性の名前を叫ぶ男の絶叫が聞こえた。

 

確実に余談だが教師相坂は家に帰ると全力で嫁に土下座をかまし。

なんやかんやあって2人は熱い夜を過ごしたらしい。

 

サーヴァントの美貌に打ち勝ったお前は確実に嫁を愛している、自信を持つんだ。

 




平穏な3人は良いなぁ。
私はこんな世界を妄想していたんだよ。
救われない世界じゃなくてさ、終わった後のIFで良いから幸せになって欲しかったんだ。

その為だけにコレを書いた。


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その後のお話し 学園編(後編)

最後の方は賛否分かれる。
個人的には有りだとおもう、何処かにある幸せが好き。

最近ずっとガウェインを使ってた為ランスロットと間違えました。本当にごめんなさい。


「それでさー」

「えー、駄目じゃん!」

「授業参観とか恥ずいわ」

「俺は母親が来るんだよなぁ」

 

休み時間、それも授業参観前の教室の中では男女が好き勝手に雑談していた。

後ろには既に少人数の母親の姿が見えるが、その母親を知る人物達は心なしか視線がブレていた。

 

「ねえ、マシュちゃんは親とか来るの?」

「いえ、日本にまでは来ないと思います」

「そうなんだ。立花はマシュちゃんの親知ってるんでしょ、どんな人だったの?」

「えっ、良い人達だよ」

 

そんな中でも友達になった女の子達にマシュが質問をされているのが多い。授業参観という事で自然と話題が自身達の親の話題になりマシュにも矛先が向いたのだが、そもそもの話しマシュの知る人物達は皆カルデアに居る為に日本に来る事は殆ど無い。

だからこの手の話題は曖昧な表現で濁して話せば自然と生徒達は妄想を繰り広げるのである。

 

「おい、マシュちゃんのお母さんってどんな人だと思うよ?」

「俺が思うに、マシュちゃんみたいに守ってあげたい系」

 

そして男子は男子で変な妄想で鼻の下を伸ばすのである。

マシュちゃんは守ってあげたい系、分かるには分かるが本来は守る側なのである。

そんな話も苦笑いで返すマシュの姿はとても可愛らしく、年相応の女の子だと分かる。

 

「立花って一年間外国だったんでしょ。母親とかどうなの?」

「何時も通りだよ、そんな事で何にも変わらないよ」

「だよねー」

 

まあ、立花が家に戻った時は身体の心配よりも先に頭を撫でられてカルデアで粗相をしなかったかを確認されたのだけども。

マシュを連れて来てだったから父親の発狂具合は凄かった、今ではマシュにデレデレである。

なんだ、実の娘を放り出してなんだこの父親。そのお小遣いを私に下さいとは一体何度思った事か。

いつか母さんに怒鳴られるぞとは心の中での言葉だ。

 

 

その時、教室の後ろのドアが音を立てて開いて。生徒達は今度は誰の親だとチラリと顔を向ければ優香の姿があり、藤丸の所かと元に戻ろうとした所でとんでも無い会話が耳に飛び込んで来た。

 

「ほら、入って下さい。マシュちゃんも喜びますから!」

「いや、しかしだな」

「では私が入ろう」

 

優香の声を飛ばして1番目は女性、2番目が男性だった。

 

「ほら、シフさんも!」

「良し、行こう」

 

「・・・・ふぁっ!?」

「ーーーえっ?」

 

マシュが呆然とした様に目を開き、立花に関しては驚き過ぎて膝を机に打ち付けて悶えている。

そして周りの生徒は2人の反応からしてマシュの親御、しかも父母どっちもだと!? と驚愕しながら一目、いや脳裏に焼き付けるのだと言わんばかりに視線が集中する。

 

しかし、マシュと立花からしてみれば堪ったものでは無い。立花は幻聴だよと空気に話かけ始まる始末である。

マシュは心の中で親、えっ、アルトリウスさんが!?と逆の意味で驚愕のものである。

 

「ほら、マシュちゃん驚いてますよ!?」

 

立花の横で小さく息が漏れるのが聞こえる。

これは落胆からではなく、何か信じられない物を見たと言う吐息の漏れだと察する。

 

教室のドアを超えて現れた長身のイケメン。

正に外国人のカッコいいと思われる要素を詰め込んだ様な若者。流れる様な銀髪、優しそうな目つき、そんな騎士の様なーーーいや騎士が教室に入って来たのだから。

こんなイケメンは中々いない、サーヴァントは見慣れた物だがこの時代でこの手の騎士然とした理想のという物をど真ん中から貫いていく男性はお目にかかれないだろう。

それもまさか学友の親御さんだとは到底思えない。

男でさえ一瞬息を呑むほどの事であった。

 

 

その次に現れた絶世の美女。

象牙の美しい髪を三つ編みにして後ろで縛る女性。少しツリ目で強気そうな顔立ちに、スーツという出で立ちは正に至高の美女。道端を歩けば誰もが二度見する程の物である、一部の男子は何処と無くイケメン度が上がった気がする。

カッコよく見せたいと本能がもっと輝けと囁いていた。

女子は何歳なの、何歳なの!? と悲鳴を上げている者や、胸部を見て其処でも負けたと絶望に打ちひしがれる者もいた。

 

 

そして最後に入ってくるのは灰色の髪を流したアルトリウスと瓜二つと言えそうな男性。

この時点で立花はお腹いっぱいだった、この後の質問攻めを一体どう躱してマシュの負担を減らすかを必死に考えている所だった。

マシュは学友から肩を掴まれガクガクとゆさぶられて声も出ていない。

 

一気に騒めく生徒達は話しながらも3人から目を離せないでいた。

 

「榊さん。こちらキリエライトさん御一家です!」

 

そして優香はと言えば教室の騒めきなど何のそのと知り合いに3人を紹介し始める。なんだかんだ言って一番度胸があるのは優香かも知れない。

 

「は、はは初めまして!榊 京香です!」

 

授業参観を見に来た面々はまさかこんな美形が来るとは思ってもいなかった、というか誰が予想出来ようか。正に俳優も顔負けの美形が目の前にいて緊張しないはずも無い。

 

「アルトリウス・キリエライト。お願いしよう」

「で此方が!」

「キアラン・キリエライトだ」

「そしてマシュちゃんのお兄さん!」

「シフ・キリエライトだ。宜しく頼む」

 

それはハイテンションで紹介をさせて行く優香の顔は満面の笑みである。

 

「私の自己紹介は問題無かったか、キアラン?」

「大丈夫だ、ア、あ、あなた……」

「それは良かった」

 

あなたーーそう呼んだキアランは頬を赤くしながらそっぽを向きながら答える。

 

「おい、榊」

「なんだ田中」

「鼻血、出てんぞ」

「・・・マジで?」

 

その仕草に男子は撃沈、余りの衝撃に榊息子とその他は鼻血を垂れ流していた。いそいそと止血しながらも脳内に刻まれた理想郷は鮮明に残ったままだった。

 

そしてこの呼び方だが、ダ・ヴィンチの仕業である。

日本に詳しく無いキアランをあの手この手で騙し、日本ではこう呼ぶのだと教えた。ただの悪ふざけであり、本人はとても楽しかったと言う。

まんまと騙されているキアランはそれはもう恥ずかしい、なんせアルトリウスを夫婦の様に貴方と言わなければならないのだから。

だけどキアランも満更でも無いので何も問題は無いのです。

うん、彼女はアルトリウスとの夫婦の様な関係は問題がないので大丈夫なのだ。

 

3人が居るだけで教室の中は不思議な空間に包まれた。誰もが時間を忘れて、その存在に魅入っていた。

しかし、その時間も終わりを告げる鐘が鳴り響く。

 

 

キーンコーンカーン!

 

首に別れでは無く授業の始まりである。

その瞬間、生徒達の顔付きが変わった。チャイムという合図が彼等を現実に引き戻したのだ。

 

ドアの開く音、教師が何の気負いも無く入室して来た。

 

「はい。授業始めます・・・」

 

教師柿崎は教室に入った瞬間、その光景に驚愕した。

教師生活10年間のベテランである柿崎はその空気に呑まれる事なく、教壇に立った。

 

今までにない程に真剣な生徒達を見て、漸くその更に後ろに立つ存在感に気がつく。

まるで絵画から飛び出て来たかの様な美しい3人の存在、彼等がこの教室を支配していると直ぐに見抜いた。

異様なまでの緊張感、何処か納得しそうな自分を立ち上がらせる。

 

何故納得する、納得など出来るはずも無い。

これ程真剣な生徒達に、自分が応えずにどうすると言うのか。そして同時に怒りに燃えた。

この場所で、この教室(聖域)を、支配するのは彼等では無い。この場所でだけは誰にも負ける事は出来ない、我等教員の空間なのだと教師の本能が吠える。

そう、この空間を支配して良いのは今は俺だけなんだと。

 

瞬間、生徒達は柿崎の様子を見た。

アレは違う、俺達の知っているメガネ柿崎では無いのだと理解した。

 

「「ーーーっ!?」」

 

生徒の息を飲む音が聞こえる。心なしか柿崎のかけるメガネの奥の眼光が鋭くなり、髪の毛も逆立って見えた。

 

「ほうーーー」

 

小さく、美しき銀の男の口が開いたのを柿崎は聞いた。

そうか、そう言う事か。俺と言う教師を、その姿を見たいのかと理解してしまった。

柿崎の頭の中には今日やる筈だった授業の内容は既に無い、自分の出来る全力を持って評価を得てみせよう。

 

眼鏡を指で押し上げる。

 

「これよりせんそーーー英語の授業を始める。今日は教科書を使わず実践的なリスニング英語をする。私が君達に話し掛けるから、君達は自分の思った通りの言葉で返して貰う。理解出来なかったら直ぐに言え、フォローに回ろう」

 

いまこの教師何を口走りかけた、しかも口調変わってるし!

この教室内でも平常な立花は教師の言葉に驚き、そしてこれから始まるであろう全力のリスニング英語に冷や汗を流す。

直様隣に座るマシュへとアイコンタクトを取り、有無を言わさずに要求を通す。そしてマシュも立花のサポートに全力を尽くす事を決意した。

 

「それと、会話の内容は黒板に書く。ノートに取り分からない単語などは直ぐに聞くと良い」

 

「あっ、筆箱忘れた・・・」

 

異様な雰囲気の教室に、その言葉は直ぐに届いた。

 

(何をやっているあの馬鹿は!)

(誰でも良い、奴にペンを!?)

 

教師柿崎は直ぐに動いた、此処で怒鳴る事は簡単だがそんな醜態を見せる訳にはいかない。表情を動かさず、静かに近寄り胸ポケットからペンを取り出す。

 

「私のを貸そう。終わったらかえす様に」

「はいっ!」

 

教壇へと戻り振り向く際に一瞬だけアルトリウスを視界に納める。

 

(反応なし。この程度は序の口、その視線を私に釘付けにして見せよう)

 

柿崎は刹那的に視界に、それも自然に納める事でアルトリウスに察知されずに盗み見る事に成功した。教師として10年間磨き上げたチラリズムの集大成、英雄すら見逃す一瞬の刹那を柿崎は掴み取った。

 

(余り無茶は出来ん、しかしーーー)

 

英語の教師として、立花を視界に納める。

この空白の一年、彼女は外国に居たではないか。丁度いいいしずーーー標的にさせて貰う。

 

そして真っ先に立花へとロックオン、内心でニヤリと笑った。

 

「藤丸。今から私は君に英語で話し掛ける、君の思う答えをそのまま答えてくれれば良い。聞き取れない、意味が分からなければ直ぐに言う様に」

「分かりました」

「では、ーーー。ーーー ーーーー、ーーーー?」

 

そして生徒達は驚愕して冷や汗を垂らした。

柿崎が話しながら高速で黒板に書き込んでいる事ではない、それよりも根本的な問題だった。

 

((野郎、やりやがった・・・))

 

聞き取れない?意味が分からない?

違う、そうじゃない。生徒達の心は其処では無い。

 

((そんなの習ってねぇぞっ!?))

 

そう、この男は難しいとかそんな問題ではなく。

一段階過程をすっ飛ばして行きやがったのだ、生徒からして見れば無理難題も良いところ。

表情には出さず、苦渋の趣で立花へと視線を投げる。

 

「・・・ーーー ーーーーー ーーー」

 

しかし立花はそれでもその問いに完璧に答えてみせた。

 

正確にはポーカーフェイスを貫きながら隣に座っているマシュの口元を見ている。

英語など話す機会も其処まで無かった立花がそんな事を出来る筈も無く、ならどうやって答えるか。

この一年、色々な事をマシュと共に歩んできた。それは時に楽しく、悲しく、最も濃い一年だったとこの先も言う事が出来るほどにだ。

そして共に歩んだパートナーだからこそ出来る、その一がコレだ。

 

読唇術。相手の口の動きで何を話しているかを理解する高度な技術であり、これから先どんな事があっても読み取れるのはきっとマシュの唇だけだろう。

 

その瞬間を覗き見た後ろの席の生徒はペンを落として背もたれに寄り掛かった。

 

(俺には、あんな事出来ねぇ。立花、お前がマシュちゃんのNo.1だ)

 

この胸に秘めた淡い恋心を、捨て去る時が来たのだ。

俺には、俺には釣りあわねぇ。マシュちゃんも、御家族も、どうか立花と幸せにな?

 

1人で勝手に納得して勝手にグッバイ恋心と感傷に浸ってはいるが、女の子同士だぞ?

 

「ふっ、完璧だ藤丸。今の会話の補足を行うぞ」

 

そう言って柿崎は黒板に書かれた今の会話の全文、文法から単語の意味まで丁寧に解説していく。幾らぶっ飛んでいてもやる事をやるから何も言えない、タチが悪い。

 

その後、柿崎もぶっ飛ばし過ぎるのは良く無いと思ったのか立花に問いが来る事は無かった。至って平凡な授業は終わりを迎えたのだった。

ある種、何時もの授業では無かったが。まあ教師も生徒も良い気分転換(悪い方)にはなったのでは無いだろうか。

 

「では、授業は終わりです」

「礼!」

『ありがとうございましたっ!』

 

さっきまでの気配は一転穏やかな物になり、何時ものメガネ柿崎に戻り、やり切った顔で退出していった。

 

 

「どうでしたか?」

 

授業が終わり、アルトリウスに感想を求める優香は何処か楽しそうだった。

 

「そうだなーーー」

 

アルトリウスは一度溜息を漏らす立花と隣で励ますマシュの姿を見て、自然と頬が緩んだ。

 

「楽しそうで良いじゃないか」

 

純粋に若いのだから、人類の為では無い。こんな当たり前の生活の一端を目に出来た嬉しさと言うものがあった。

 

「そうですか、それは良かったです」

 

キアランとシフにも聞こうと思ったが止める。顔を見ればその答えも自然と出る、あんな優しそうにマシュちゃんへと笑顔を向ける2人の答えは聞くまでも無いのだろう。

 

「まだまだ他の授業がありますよ、見て行きますか?」

「「「当然だ」」」

 

そう綺麗に重なった3人の声に、今度は優香が笑った。

 

 

ーーーーーー

 

他の授業、その一部だけでもご覧頂こう。

 

 

 

「すまない、日本の体育とはどんな事を学ぶのだろうか?」

「ーーー宜しければ、やりますか?」

 

疑問を聞いてから始まる突然の誘い、そして彼等は知る事になる。

 

「待って、シフ達参加するの!嘘だよね!?」

「誘われては仕方ないさ」

 

幸いだったのは個人種目である事と対戦形式では無かった事か、それでも彼等は見せつける事となった。その圧倒的な光景を。

 

「う、美しい・・・」

「完敗だぜ」

 

その日、彼等は垣間見た。

世界のその先を、この日彼等は記憶した、世界の広さを。

 

「「フッフッフッフッ!」」

「どうやったら二人三脚でそんなに早く走れるの!?」

 

正に彼等だからこその息のあったコンビネーション、一種の美しさすら感じてしまう。ーーー二人三脚だけどね。

 

 

「科学の実験を行います」

 

PON☆

 

「いま鳴ったぞ、確かにポンと」

「私も確かに聞いた」

「静かにしろアホども」

 

 

「数学です、教科書54p開いて」

 

「駄目だ、分からん」

「私も分からない」

「悔しいが私もだ」

 

 

とまあ、この様に意外と本人達も初めての事で色々と楽しめた様子である。

 

「折角ですから外でマシュちゃんを待ちましょう」

 

優香の言葉で外でマシュを待つ事になった3人。

マシュと立花がゾロゾロと大軍を率いて出てきた時はどうしようかと思ったが、遠目から写真なる物を撮っていた。

2人は気にしなかったが、キアランは映る事なく常にアルトリウスとシフを壁にしていた。

 

 

ーーーーーーー

 

 

今日、初めて授業参観と言うものを経験しました。

どう言った物かは知っていたんですが、どうにも緊張してしまった私はマスターにどうすれば良いか聞くと、笑顔で答えた。

 

「いつも通りにしてれば良いよ、緊張しなくても大丈夫」

 

でも、あの空間の中で緊張するなと言うのは少々無理がありました。柿崎先生も何時もと雰囲気が違って、皆さんもまるで違う誰かを見ている様な気さえしていた。

 

そして何よりも、なんでアルトリウスさん、キアランさん、シフさんが居たのか。

それを聞こうとしました。

 

「あの、キアランさんーーー」

 

聞こうとして、止められた。

 

「私達は家族と言う設定になってる。私達が帰る間は付き合って欲しい」

 

その様な事になっているのかと、驚いてしまう。

 

「どうかしたかしら、マシュちゃんにキアランさん?」

「いや、何でも無い。行くぞ、マシュ」

「はい。キアーーーお、お母、さん…」

 

恥ずかしくなってしまう。

しかし、家族とはどう言う物なのか。私には分からない。

必死になって知識を掻き集めて、恥ずかしくもなりながら私は言う。

 

「あ、お母さん…。あの、手を繋いで、くれませんか?」

 

これで合ってたと思いたい。

家族とはこうするのだと教わった。

 

キアランさんは少し驚いた様な素振りをすると、小さく笑った。

 

「甘えるな、マシュ」

 

その言葉は何処か突き放された様な気がして、視線を落とす。

 

「ーーーあっ」

 

でも掌に暖かい物が当たって、視線を上げる。

 

「何をしている、行くんだろ?」

 

こっちを見ないで、私の手を握るキアランさんの顔は見えない。手を取った彼女の頬が赤くなっているのはきっと夕日で照らされている所為だろう。

 

 

ドクター、家族と言うのはこういった物なのでしょうか?

その問いの答えが返ってくる事は無い。昔にその答えを聞いているから。

 

あの時は何て答えたのか、確かーーーー。

 

「家族か、難しい質問だ。でもそうだね、血の繋がりかも知れないし、戸籍上の有無なのかも知れない。でも僕はこう考えている、家族と言うのは一緒に居て安心する存在だと、心が暖かくなる様な事だよ」

「そうなのでしょうか?」

「ははっ、きっとそうさ」

 

そうだ、曖昧なままだったんだ。あの時のドクターは困った様な顔をしていたのを覚えている。

 

「お母、さんーーー」

「どうした、マシュ」

 

じゃあ、この手から伝わる温もりは。この感動した様な感覚は、手を伸ばしたくなるこの感覚は、呼びたくなるこの感情は。

 

「あ、えっと、お父さん、お兄さんーーー」

「どうかしたのか、マシュ?」

「どうかしたか?」

 

そう言って当たり前の様に振り返った彼等を見てしまった。

その夕日に照らされながら、振り返った顔を見てしまった。手を伸ばしても居なくて、欲しかった存在が直ぐ其処にある。

 

「彼奴等に用があるのだろ、行ってこい」

「はい!」

 

当たり前の様に背中を押してくれる人が其処にはいた。

 

「ははは、どうしたのだマシュ。私に何かして欲しいのか。昔のシフの様に抱き上げるのはどうだろうか?」

 

そんな風に冗談を言ってアルトリウスさんは笑う。

彼等からしてみたら私は子供なんだろう。だから、思った事を言ってみよう。

 

「お願いします!」

「・・・・任された」

 

私の言葉に驚くアルトリウスさんは直ぐに笑顔に戻った。無邪気な顔で、先輩の様に優しい笑顔。

産まれて初めて、自分の意思で両手を大きく差し出したかも知れない。

フワリとした一瞬の浮遊感、一気に跳ね上がった目線が新鮮だった。

 

「ーーーありがとう、ございます」

「泣いてくれるな。私は頼まれれば何時でも担いでみせるとも」

「ーーーはい」

 

「俺も昔の様に」

「私には無理だ、諦めろ」

「…そうか」

 

後ろでシフさんとキアランさんがそんな会話をしているのが可笑しかった。まるでアルトリウスさんに抱えられる私を見てシフが嫉妬したみたいだった、それが本当の家族の様で。

そこで、ハッとした。そういえばシフさんも、キアランさんも、アルトリウスさんも家族では無い。血の繋がりも何も無い、それでも家族の様な暖かさを何時も持っている。

 

 

私の中で、答えが出た様な気がした。

家族と言う難解な答えが。

 

 

この瞬間が、いまこの時間がーーー家族なんですよね?

 

私はまた一つ、新しい物を見つけられましたよ、ドクター。

 

 

ーーーーえっ、ランスロットさん?

すいません、あの人を父親と思うのはちょっと。

私の中の霊基が苦笑した様な気がする。

 

 

「マシュちゃん。本当に嬉しそうね」

「うん。良かった」

 

彼等の先で、2人の親子はその光景を見て笑った。眩しい物を見る様に、良かったと心の底から。

そんな2人の笑顔は親子だからだろうか、とても雰囲気が似ている。

 

 

 

そんな2人から見ても夕日に照らされた4人の姿は、本当の家族の様に思えた。

 

「私、嬉しいですーーー!」

 

 

 




最強の守護兄妹、誕生。

そういえば誰も血は繋がってない。アルトリウスもキアランも夫婦では無い。アルトリウスとシフは兄弟では無い。
そんな家族なら、そんな彼等だからこそマシュもと思って・・・。

ごめんなさい。


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ある日の日常

教えてくれ、私はあと何回回せば良い。あと何回あの礼装とサーヴァントを出し続ければ良いんだ?
ガチャは欲しい物を何も出してはくれない!
教えてくれ、ウーンエイ!?

つ金額指定林檎のカード。

私は、私は買わないっ!(買えないっ!)

なんて茶番を友達とやりました。


それは夏休みの時だった。

休みを利用して戻ってきた立花とマシュの姿がカルデアにはある。

 

立花は思った、授業参観の日からマシュはあの3人の所に良くいる事を。

それが気になった、気になって気になって仕方が無かったのが原因である。

 

「小太郎」

「はい、なんでしょう主人殿?」

 

武器が綺麗に並べられた自室に突然主人殿が押し入って来たのを認めてから、直ぐに手入れをしていた武器をしまい込み座れるスペースを作った。

序でにお茶と和菓子も出した。

 

ズズーッとお茶を飲み干した立花は無言で正座から胡座に変えると、真剣な表情を見せる。何かあったのではと勘繰ったがどうやら違う様だった。

 

「頼みがあるんだけど」

「僕に、ですか。僕1人で出来ることはその、偵察や奇襲くらいな物ですが」

「マシュの様子を気付かれずに見て来て欲しいの」

「マシュ殿の。あの、主人殿が直接見て来た方が良いのではないですか?」

「ううん。私がいない時の様子が知りたいの」

 

その言葉に本当に何かあったのでは無いかと悩む物の、これと言って難しい内容の物では無い。

 

「分かりました。マシュ殿の様子を見て、紙に書き留めて主人殿にお渡しします」

「ありがとう、小太郎」

「いえ、僕に出来る事なら何でも言ってください」

 

そう言って小さく微笑む小太郎を見ながら、任せたからねーと手を振りながら部屋を出て行く主人を見送ってから自分も部屋を出る。

 

風魔小太郎、参ります。

 

そう呟いた彼は廊下から瞬く間に消えていった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「いや、見てないな」

「そうですか。お引き止め申し訳ありません」

「あ、いや構わないよ」

 

部屋を飛び出してから早速マシュ殿の所へ向かおうとして、失態を犯した。

僕はマシュ殿の現在地を知らない事が一番の問題だった、如何に忍者と言えども場所が分からなければどうしようも無い。匂いでも良いのだが、カルデアは様々な匂いが蔓延している為特定の個人を探し出す事は残念ながら出来ない。

 

必然、導いた答えは人に尋ねる事である。

僕がマシュ殿の居場所を探している事も別段珍しいと言う訳では無く、カルデアスタッフ達は様々なサーヴァントから誰が何処にいるかを尋ねられる事が多々ある為驚く事でも無い。

 

これで3人目、誰も見た人はいないと言う。

どうした物かと思った所で廊下の奥な見覚えのあるアロハ姿のランサーを見つける。

意外と様々な所を歩き回る彼ならば分かるかも知れない。

 

「クー・フーリン殿。少し、良いでしょうか?」

「ん、小太郎じゃねえか。どうしたよ?」

 

振り向いた彼は僕の事を見るなり不思議そうにする、実際僕は余り他の者達との交流は余りしていない。そんな僕が尋ねた事を不思議に思っているのだろう。

 

「マシュ殿を見なかったでしょうか?」

「ああ、嬢ちゃんなら植物の所で見たぜ。マスターからの頼まれ事か?」

 

そう聞かれると、答えたら良いのか悩む。忍者としては無論許される事ではないが、彼は嫌にそこら辺敏感だ。変な隠し事は無理がありそうだ。

 

「はい。主人殿からの任務で、少しマシュ殿に用事があります」

「そうかい。んじゃ、俺は行くぜ」

 

去って行くアロハ姿の背中を見ながら、彼は今日も訓練だろうと思う。僕も正面から戦えれば、主人殿の役に立つ事が出来るだろうか。

ーーー出来る訳ないか。

僕は風魔小太郎、忍者が正面からの立ち会いなど何を世迷言を言っているのか。

アサシンにしか出来ない事もある、それが答えで。僕は忍者である。

 

 

植物の所。植物園の事だろう、確かスタッフのりらくぜーしょん?なる物を目的とした空間であった筈。

余り行った事が無い、そもそも訓練室なども余り活用した事は無いので意外と僕はカルデアと言う所に疎いのかも知れない。

普段使うのは食堂に自室、後は何かあったか?

一応見取り図は全部覚えてはいるが、その殆どが自分が使った事が無い場所である。

いけない、忍者として自分の護る所くらい把握できてなくては。少し平和に怠け過ぎたのだろう。

これはイケない。任務が終わった後はコッソリと全ての施設を把握しなくては。

 

そう思いながら僕は植物園へと向かった。

 

 

 

中は整い過ぎた森と言えば良いです。

管理された土に草木達、日光が無いのに何故育つのか疑問に思う事があるけど魔術には疎いから分からない。

そういった物なのだろう、便利になった物だ。

 

しかし、この広い空間の何処にいるかは大体の予測がついた。一番中央に気配が3つ存在している。

3人、マシュ殿以外は誰なのか気になるが直感が高い人じゃないと良いのですがと気配を消して歩き出すのだが、直ぐに後悔した。

 

 

(主人殿、聞いてませんよ。キアラン殿もいるのは)

 

実際に見つけて見れば、3人では無くて4人だったと言う事実と。自分よりも気配遮断の上手い人物がいるとは思ってもいなかった為に冷や汗が頬を伝う。実際、キアランの姿を認めた瞬間すごい速さで後退していき今は科学の力である双眼鏡を手に持っている。残念な事にそれでも油断ならない。

弓兵相手の警戒が凄く高いのだ、あの人達は。恐らく生前知り合いに余程の弓兵が居たと推測する。

アサシンとしては自分よりも上位のサーヴァントであり、三騎士相手に普通に不意を打てる相手にどうした物かと策を巡らせる。

 

巡らせてみても何も思い付かないから此処で待機していよう。下手に動いた方が不味いのだ。

懐から取り出したメモにペンを走らせて行きながら、双眼鏡で観察する。

 

 

覗く先には大きな狼、シフ殿に寄り掛かってリラックス・・・あれは寝てますね。なマシュ殿の姿が見える。

うん、どうやらシフ殿も眠っているらしく、目を閉じて身体を丸めている姿が観察出来る。

その隣で会話をしているのはアルトリウス殿とキアラン殿であり、2人は現代の衣服を着用している様子。

 

アルトリウス殿のアレはなんて言う服だったか。

上下統一された色であり上着にはちゃっくが付いていて、両サイドには縦一本の黒い線が通っている。確か運動などで使う物だった筈だ、一度主人殿が来ているのをみた事がある。

 

キアラン殿は紺色のズボンに上には黒い巻き物をしている。ぽんちょだったと思う、いけない。やはり知識として知っていてもちゃんと見なくては分からない、今一度学び直さないと。

 

 

ーーーと、メモに2人の服装を書いてしまいました。

では無くてマシュ殿を見ないと、見てなくても良いでしょうか?

 

正直寝ているだけですので、その、これと言って書く事もありません。

これは、僕の感想でも書いた方が良いのでしょうか。悩んだ末、寝ていた一言では主人殿に顔向けが出来ないので、その様子を書いて見ましょう。

 

とても気持ち良さそうな寝顔をしていますね、マシュ殿自身が元から儚そうな雰囲気を出しているだけに今の姿はとても幻想的でしょう。一緒に眠るシフ殿の姿も相まって余計にそう見えてしまいます。

 

それと服装ですが、何時もの白衣ですね。

アレでは婦長殿に殺菌されないか少しだけ心配があります、婦長殿はシフ殿とアルトリウス殿を見るや何時も消毒液片手に走って行きますので、その中にマシュ殿が混ざると思うと不安です。

 

 

あ、キアラン殿がマシュの頭を撫でました。

僕の所からでは顔が見えませんが、優しい手つきをしているのは分かります。それも一瞬だけでしたね、それ以降は特に触れる様な事はしていません。

 

 

ふと、僕は一体何時まで様子を見ていれば良いのか気になった。主人殿からは期限などは聞かされて無く、様子を見て来て欲しいとだけしか言われていない。

 

しかし此れから数時間となると流石に気付かれてしまいそうである、特に2人が歩き始めたらお終いだ。自分は無闇に動く事が出来ず待機するだけ、近寄って来たら気づくだろうし、迂闊に動けば気付かれる。

僕はどうすれば?

 

もっと詳細をもっとと頭の中の主人殿が騒ぎ立てる。僕の幻聴だが、主人殿なら言い兼ねない。そんなもしもの要望に応えてこそである。

この際気付かれたら正直に言ってしまおう、貴方達の事を見てましたと。勿論主人殿の名前は出しませんが。

 

「我が風魔の技術、見せてあげます」

 

一体誰に向かってそんな事を言っているのか、一言告げると小太郎はメモにスッと何時の間にか持ち替えた鉛筆を走らせた。

忍者ならば手先は器用な物、柔らな動きで双眼鏡を覗きながら鉛筆を走らせて行く。

 

さら、サラリと描き終えた物は僅か数分で出来たとは思えない出来であり。

マシュの目元まで作り込んだ物である、メモだった為かシフは少し小さくなり顔だけしか描かれていない。

 

 

「これ以上は無粋という物」

 

主人殿へと報告するだけの書き留めも出来上がり、それにこれ以上の成果は無いだろうと踏んで主人殿への報告をする為に引き上げる。

 

 

 

そうして小太郎が引き上げて行くと同時に、キアランはたった今まで小太郎が潜んでいた所を見るや否や、口を開いた。

 

「行ったか」

 

流石に距離が離れ過ぎていたのか、小太郎も気付かなかった様だ。果たしてその後はどうなるか?

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

主人殿に書き留めを渡してから、自室に戻って来た小太郎は布の巻かれた刀剣の手入れを始めた。

至る所に武器が置かれている事から察するに一度に手入れする数も相当な物なのだろう。

軽い手入れでも数が多ければ時間が掛かってしまう、終わった頃には夜になっていた。

 

 

「そろそろ見回りに」

「何処に行く?」

 

夜に行うアサシン合同の見回りに行く前に室内に入ってくる人影が1人。

その姿に唖然とする。

御丁寧に靴も脱いでいた。

 

「説明してもらおうか」

 

こじんまりとした主人殿が僕の隣に強制的に並び、キアラン殿の手には僕が書いたマシュ殿の絵が存在する。

 

何処で、何時気付かれた?

そんな疑問を他所に、主人殿をどうにかしなくてはと働かせる。説教は自分だけで良いのだ。

 

「ごめん、小太郎・・・」

「主人殿、お逃げください」

 

その場で静かに、主人殿を庇う様に背中に隠して前に出る。

 

「逃げれるのか?」

 

確かにキアランを抜ける事は不可能、ですが僕にも手段はあります。

 

「主人殿、後ろの掛け軸の裏から隠し扉で逃げれます」

「えっ、待って私そんなの初耳」

「はい。逃げ道が無いと落ち着かなくて、ロマン殿には許可を頂いてましたので御心配は無用です」

 

まさか掛け軸の裏に逃げ道があるとは、流石のキアランも予想が出来なかったのか動こうとすると小太郎が更に前に出る。

 

「行ってください、我が主人」

「普通に謝れば良いんじゃーーー」

「お願いです主人!」

 

その尋常じゃない声にやられて、何時の間にか立花もシリアスに切り替わる。

 

「でも、小太郎がーーーっ!?」

 

因みにキアランは頭が痛くなって来たのか既に退散する用意をしていた。

小さく、なんだコレと呟いた。時々あるんですよ、こういうの。

 

「此処は死地に非ず!早く行け、主人っ!」

 

突き離す様に言われた言葉に立花は咄嗟に駆け出してーーーー。

 

「ッアー!?イッタイ!アシガアァァ!?」

 

転がっていた短刀を踏みつけて倒れた。

 

「あっ、主人殿ーっ!?」

 

直ぐに小太郎が助け起こすと、頬に手が置かれる。

 

「ふふっ、小太郎、私ーーー」

「我が主人・・どうか、ご無事でっ・・・」

 

立花を抱えた小太郎は掛け軸の抜け道を通り医務室へ駆け出し、キアランは退散していく。

なんか阿呆らしくなったのだ。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ふっ、容易い!」

「流石です、主人殿。演技だけで切り抜けれるとは思ってませんでした」

「実は演技だけって訳でも無いんだよね」

 

あんな茶番で何故切り抜けれたのか。

立花の足の裏からは血など一滴も垂れていない、短刀の腹を上手く踏んだ事で刃には触れてすらいない。

それをキアランなら気づけるはず、いや気づいていたのだ。なら何故か?

 

カルデアでは必須なスキルが無いのだ。

そのスキルとはーーーー。

 

「いやー、キアランにネタの耐性が無くて良かった」

 

ネタ、悪く言えば悪ふざけにはとんと弱いのである。

お陰で抜け出す事が出来た。

 

「小太郎も良く演技なんて出来たね?」

「はい。時には死に真似も重要ですから」

 

そんな言葉には反応せず立花は自室に戻ろうとした、したのだ。

 

出会ってしまった。

赤い軍服、拳銃が光る。

 

「裸足で出歩くとは何と不衛生な。今直ぐに医務室まで来なさい」

 

ガシリと服の襟を背後から掴まれて、嫌な汗が噴き出てくる。

 

「異常な発汗現象。今直ぐに治療が必要かもしれません、急ぎ医務室まで連れて行きます」

「いや、私は別に病気とかじゃ無いよ、本当だよ?」

 

そんな言葉で婦長が止まるだろうか、断じて否。

隣の小太郎を見ると、ちゃんと靴を履いていた。それでロックから外れたのだ。

 

「た、助けて小太郎!」

「どうかご無事で、我が主人よ」

 

諦めた、カルデアには逆らっては駄目な時がある。

それが今だっただけだ。

 

 

 

その後医務室の中では「殺菌っ!」が行われたとさ。

 

翌日には起こしに来たマシュの手にある絵を見せられ、問い詰められ、散々な目に遭いましたとさ。

 

後に立花は気づいた、マシュの言う通り隠れる必要なんて無かったのだと。

 

 

 

 

 

 

 




何時も誤字報告をくれる方々本当にありがとうございます。
何時も見て下さった人達もありがとうございます。

これ以上のオマケも蛇足と言うかグダるので本当に終わりです、こんな私の文章に評価を付けてくれて感謝しています。

書き始めたキッカケは私がダクソ1が好きでシフ、アルトリウス、キアランの3人が特に好きだったからです。
どうにかこの3人を幸せに、死後でも良いからと考えていた時にFGOならいけるんじゃないか?
なんて完全に思い付きで実行に移しました、いざ書き始めるとアレ、設定キツくねなんて思いながらご都合主義or独自設定だからと震えてました(笑)
実は感想見るのも毎回怖くて怖くて、返信出来てなかったりで申し訳ないですね。

曖昧で終わりますが、これもアリかなと思います。
その後マシュとシフ達がどんな事になるのか、高校での文化祭もシフ達サーヴァントいたら楽しそうだなと考えました。ただ、私が書くとどうしても視点が全てシフ達や好きなキャラに集まってしまうので書きません。
他のサーヴァントとの絡みを期待してた人もいますが、これが私の限界です。
最後なのに前書きがくだらない事でごめんね!

※ 因みに最後が小太郎なのは私がFGOで好きなキャラです。
聖杯突っ込みました。余り活躍してくれませんが。



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狼の夢の先

新宿アヴェンジャー聖杯記念。

漸く私の望みは叶いました。


注 新宿のネタバレを含みます。ご容赦下さい。


この身を駆り立てる憎悪の火が消える事は無く、そもそもなんの怨みであったのかすら忘れ去り、帰る場所であった筈の何処かすらも既に分からない。

 

鼻に付く匂いは炎の匂いと、憎むべき者達の匂い。

 

 

ああ、でもーーーー。

 

分からないならこの憎悪に身を任せてしまっても構わないだろう。

 

 

 

 

 

煌びやかで目に悪い街の中で空気を切り裂く遠吠えが響き渡る。

 

聞くもの全てに恐怖を与える声は夜の闇に消えていき、彼方からは蒼い炎の様な軌跡が首都高を駆け抜けて行く。

 

その向かう先には灰色の狼に跨る騎士がマントをなびかせ、その胸の中には小さな少女の姿。

 

 

ーーー何故だ、何故貴方の様な狼が其方にいる!?

 

 

自分を遥かに上回る大きさの灰色の狼、狼であるならば、その巨体であるならば自分の様になった筈だ。

普通に生きれた筈が無い、なのになんで貴方の様な方が人間なんかを護っているんだ?

 

我等が祖先である貴方が俺の敵なのか?

 

 

 

その勇ましい姿を見せないで欲しい。

自身より大きく気高い姿で現れないで欲しい、酷く自分が惨めに思えてしまうから。

 

自分と違い、貴方は何処までも誇り高く生きていた事が分かってしまうんだから。

 

だからそれ以上、視界に入れたくも無かった。

 

 

「ワオォオオオオオオオオオオ!!」

 

 

遠吠えと共に身体から蒼炎が吹き出し、上体の騎士からは不気味な刃が伸び、一気に加速する。

 

今直ぐに殺す、此処で殺す、そしてあの人間をーー!

 

 

 

「シフゥ!!」

 

 

少女の声が上がる。

 

 

「ワオォオオオオオオン!!」

 

 

自分とは違った澄み切った遠吠えと共に世界が塗り替えられて、匂いで脚が止まった。

 

 

神秘的な黒い森の広場に大きな墓標が立ち、その目の前に灰色の大狼が佇む。

その後ろには騎士に抱えられた少女の姿。

 

あの荒野では無いと言うのに、酷く心が落ち着いている。

 

鼻を擽ぐるのは懐かしい大自然の匂い。

 

そして、何処か分かってしまった貴方の事も。

 

 

貴方も誰かを亡くしたのだろう、そんな貴方が最後の最期まで護っていたのはその友の墓。

 

ああ、本当に自分とは違って何処までも誇り高いその姿に憧れを抱いてしまった。

 

所詮は復讐者だというのに。

 

 

 

蒼い狼は一瞬だけ落ち着いた雰囲気を出した次の瞬間には、荒々しく吠えた。

 

 

 

それでも憎い、憎いのだ!

自分からーーーーを奪った人間が!

自分からーーを奪っていった人間が!

 

辞めても良いかと思った次の瞬間には憎悪が湧き上がり思考を染め上げていく。

 

 

そう、この炎が消える事は無い。

 

如何に偉大なる祖先が敵であっても、例え具体的に何をされて憎んでいるかも曖昧だというのに。

止まる事が出来ない、一度堕ちてしまったら二度と這い上がる事が出来ない、憎悪の底から燃え上がる炎が思考を燃やし尽くし身体を燃やし尽くしていく。

 

どんな想いを抱こうとも。

 

 

既に止まる術すら失った蒼き大狼は満月の森の下を駆けた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

その日、狼は夢を見た。

 

 

ーーーーや仲間達と自然の中で生きていた昔の思い出を。

 

自分達の住む渓谷には子供の頃から狼達に伝わるお話があった。

それは自分の親達から聞かされるお話で、大昔からずっと語り継がれていた事だと言う。

 

自分達の身体は曰く偉大なる狼の先祖から受け継がれて来た物であり、その証拠に自分達の一族は皆他の狼と比べると巨躯であり賢い。

 

そして、言われるのだ。

 

護りたいモノを見つけろと。

 

 

遠い先祖はずっと何かを護り続けて死んだと言う、先祖の同胞達は先祖を敬う人を見守り力を貸して共存したのだと。そしてその同胞が残して来た子が我等なのだと。

そして自分達は一族の者達を護るのだと。

 

どんなに身体が小さい者が産まれようとも見捨てる事は無いのだと、だからお前達も何か護りたいモノがあるならそれを優先しろと教えられてきた。

 

 

自分が護りたいモノはなんだったか。

 

 

それすらも忘れていたけど、思い出せた。

 

 

夢の中の自分は一匹の白い同胞と契りを交わしていた。

 

 

ああ、そうか。

 

自分の護りたかった者は、君だったのか。

 

 

でもすまない、もう君の名前も自分は思い出せない。

 

 

でも一つ言わせて欲しい事がある、君を護れなくてすまなかった。

 

自分が怒りに我を忘れなければ君の身体を取り戻す事も出来たかも知れない。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

泡沫の夢の中で懐かしい物を見た。

 

力なく横たわる狼は首を持ち上げて、先祖に尋ねた。

 

『自分の護りたい者は護れなかった、その者の名前も忘れた。ただ、人間が憎かった。貴方は誰かを憎まなかったのか?』

 

『憎んだ事は無い。自分を恨んだ事はあるけどな』

 

『そうなのか』

 

灰色の大狼は人間に顔を向けて、暫くすると口を開いた。

 

『お前の護りかった者の名前はブランカだ』

 

『・・・感謝する』

 

最後の最後に、自分は大切なモノを思い出せた。

 

 

自分の炎を消したのは、祖父や祖母、父や母、それにブランカに自分達が敬愛する偉大なる祖先だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、カルデアのリラクゼーションルームには2体の狼に挟まれて眠るマスターの姿があったと言う。

 

 

自分は人間が憎い、許せない。

それだけは今でも変わる事は無い。

 

けれど、偉大なる祖先と共にある人間達とならば共存は出来ると思いたい。

 

 

願わくばこの身体を燃やしていく炎が再び燃え上がらない事を願っている。



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日曜日の午後

気分転換に投稿。

久しぶりで口調とか読み返してました。




「太陽戦隊!」

『ヨンキシャー!!』

 

デデドン!!

 

そんな効果音と共に彼等は私のルームに飛び込んで来た。

 

一体何事かと驚きながら寝転んでいたベッドから転がり出して扉の先に顔を向けると、各々のポーズを取っている四人の騎士がいた。

 

「闇を払う無双のナイト!アル・・ぐんじょーーアオレンジャー!」

 

2回程言い直しているけど突っ込みどころ満載、そもそも騎士甲冑に青の要素がマントと首の部分しかない青レンジャーもといアルトリウス。

多分色が思いつかなかったんだろう。

後、ナイトでは無く騎士の方がカッコいいと思った。

 

 

「墓を護る守護系灰色狼!グレイ!では無く、・・・・グレインジャー!!」

 

 

もう何処から突っ込んで良いのか分からない。

堂々とグレイと色だけ言っている、その後に無理矢理〇〇ジャーと付け足した名乗りを上げたのは灰色の大狼シフの人型形態。

鎧では無く灰色の装束を纏った頭の上に狼の耳を付けた偉丈夫。

名乗りに墓を護るとか言って良いのかな?

 

 

「・・・闇を駆ける暗殺系ヒロイン」

「キアラン!?」

「や、闇を駆ける!暗殺系ヒロイン!!ヤミレンジャー!!!」

 

 

なんかもうヤケクソじゃないか。

そんなキャラを壊してまでやる事なのかな、これ?

暗殺系ヒロインとか物騒な言葉が飛び出して来たのはアルトリウスの妻(私が勝手に思ってるだけ)のキアラン。

 

なんか、お疲れ様です。

 

 

そして最後の一人。

 

 

「身体を!ソウルを燃やす!アカレンジャー!」

 

 

まさかの最後の名乗りが赤。

しかも最後が薪に身体を捧げると言う終わり方なだけに自虐と言うか何というか余りにも酷すぎる。

騎士鎧が赤く燃えてるのって、それ身体の内側が燃えてると思うんだけど。

兎に角、特異点で私達を助けてくれた不死の騎士であるリンクス。

 

 

 

『四人揃って!ヨンキシャー!』

 

ババーン!

 

 

いや、最初にもそのポーズ決めてたよね?

 

なんかもう、どうすれば良いのかなぁ。

 

 

「それ、どうしたの?」

 

とりあえず何故この様な事になっているのかを知りたかった。

 

「むっ、知らないのか立花殿。にちあさなる物に映るせんたいものだぞ?」

 

いや、それは知ってるんだけど。

 

「じゃなくて、なんでそんな事してるのかって事ね」

 

「なに、私達も共に誰かを護る者だ。それにカッコ良いではないか」

 

そんな事を平然と言ってしまうアルトリウスに対して、キアランは疲れた様な顔をしているし、シフは忠犬だし。

リンクスに至っては「懐かしい、騎士の様な・・・」とか昔を思い出しているし。

 

ああ、キアラン以外は割と乗り気だったんだなと思うと少しだけキアランが不便だ。

 

「やめろ、そんな顔で私をみるな」

 

「・・・ごめんね」

 

「辛い」

 

私にはそれが限界だった。

 

闘ってる時はそれはもう理想の騎士をしている彼等は、ある意味円卓並みにポンコツであった。

 

 

「マスター、飯時だぞ。ーーーー何をやっているのかね君達は?」

 

 

流石、オカン。こんな時でも私を助けてくれるなんて。

 

「むっ、エミヤ殿。もう飯時の時間か、まあ立花殿に三時間考えた私達のぽーずを見せたから満足だな。行こうかシフ、キアラン、リンクス殿、カルデアの母の夕飯が待ってるぞ」

 

そう言って部屋を出て行く彼等を眺めていると、苦笑いしが出てこない。まあ、彼等が楽しそうで何よりなんだけどね。

 

 

「母では無いのだが。いや、マスター。アレは一体なんだったんだ?」

「なんかアルトリウス達がニチアサにやる戦隊の名乗りを考えたから見せに来てたんだよ」

「そ、そうか。しかし、ジャックやナーサリーが楽しみにしていた理由が分かったな」

 

はて、何かあったのだろうか。

 

「どうやら彼等は何かやるみたいなのだが、流石に私も把握しかねている」

「まあ、変な事にはならないよ。だってアルトリウスだし」

「そうだな。それよりマスター、飯が冷める前に食う事をお勧めするよ。ではな」

 

そうだよ、オカンのご飯を食わなきゃ。

 

そんな謎の使命感にも駆られた様な物があるがエミヤの料理は美味い。

高級な店のシェフとメル友だぜと豪語するだけの事はある、まあ現代の英雄だから仕方無いけど本当だったらどうしよう。

 

その所為だろうかエミヤの評価は非常に高い。主に円卓とアルトリウス達からの評価は高いのだ。

 

円卓も酷いがアルトリウス達の方が酷い。

シフは狼だから食べれれば良いとか言ってたし生肉でも問題なく食していたけどリンクスは涙を流していた。

マトモな肉を食ったのは何十年ぶりだろうとか言ってた気がする。

 

うん、リンクスの食生活に関しては聞くんじゃなかったと後悔している。

 

まず、あの時代に食える物が余り無いという事に気がついた。

デーモンの肉を焼いて食った話し、自分より大きなキノコを焼いて食った話し、二足歩行の蛇の鱗を砕いて焼いて食って毒で死んだ事、下水道に住み着く鼠やバジリスクすらも食した事。

大抵の物は焼いて食うしか方法が無く毒性の強い物が多く、そもそもマトモに食えないらしい。それでも餓死はなるべくしたく無いらしく腹に溜まればもう亡者でも良いらしい。

 

うん、聞きたく無かった。

 

そんな訳で彼等からしてみたらご飯の時間は基本的に大人しい。別に普段も比較的大人しい部類に入るのだが彼等は何かの拍子に変な事を始める。

 

リンクスが召喚されてからは余計に酷い気がする。

それと言うもの英霊達は常識が少しばかり私とは合わないのだから仕方ないと諦めているし、私も楽しいのだから何も言わない。

そんな風に回っているのだカルデアは。

 

 

「生きてて良かったなぁ」

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

アルトリウス達が修練場に集まっている。

 

後ろにはナーサリーにジャック、ジャンヌ・オルタ・リリィの姿が見える。

 

ああ、これはやるんだろうなぁと思いながらもその光景を見ていた、

 

「好きにやって良いよ」

 

だからそう指示を飛ばしてみたけど、彼等は割と好き勝手に動くから指示なんて飛ばしても本当に意味が無いのだけども。

でも3人、或いは二人揃っての行動だから変に指示を出すよりも彼等が動いた方が圧倒的だろう。私はサポートをすれば良い。

 

 

「行くぞ!」

 

『応!!』

「・・・おう」

 

 

キアランがテンション低めに返事をして前に飛び出す。

 

 

「闇を払う無双の騎士!アオレンジャー!!」

 

「友を守る灰の大狼!グレンジャー!!」

 

グレンジャーってもう色ですら無いよ。

 

「闇に舞う黄金の残滓!クロ、レンジャー!!」

 

「絶望を焼き尽くせ!アカレンジャー!!」

 

 

『四人、揃ってぇ!!』

 

『太陽戦隊!ヨンキシャー!!!』

 

 

結局ヨンキシャーからは変わらなかったんだね。

 

ポーズを取った事で四人の後ろからは紅蓮の炎が吹き上がる。

リンクスが地面に手を付けてたのはその為かと思いながらもその光景を見ていると隣で鑑賞している3人娘達は目を輝かせて拍手を送る。

 

 

「行くぞ、闇を払え!!」

 

 

その拍手に呼応する様にアルトリウスが号令を上げる、でも敵は闇では無くて擬似エネミーのスケルトンだ。ある意味では闇なのだけど。

 

 

「食らうが良い!ブルーナイツソード!!」

 

技名だっさいなアルトリウス!?

技名とは裏腹にスケルトンの腹に大剣を捩じ込むと言った割と酷い技だった。

 

「おおおぉ!ウルフレジェンド!!」

 

おお、シフの技名はカッコいいぞ!

でもやってる事は飛び上がっての兜割りなんだよなぁ。

スケルトンが無残にバラバラになってしまう。

 

「闇に舞う我が王の刃、見切れるか?」

 

乗り気で無いキアランが一番カッコいいよ。

黄金の刃の軌跡を残しながら駆け抜けてスケルトンを一閃。

でもその後に追撃する辺り慈悲が無い。

 

「私のこの手が真っ赤に燃える!立ち塞がる敵を燃やせと輝き放つぅ! はあああっ! 大・炎・上おぉおおおおお!!!」

 

技名もそうだけど色々と酷いよ!?

しかもヒーローがやる技じゃないよねえ!

 

スケルトンの胸元を燃えた掌が貫き、上に持ち上げるとその名の通り大炎上した。

 

なんなのだろうか、彼等は一体カルデアに召喚されてから何をしていたと言うのか。

 

 

突っ込む所が多い所為もあってか忘れていた、そう言えば模擬エネミーには今回ちょっとした改造がされていた事を。

 

 

「ーーーえっ?」

 

ガシッと何かに腹を掴まれた、と言うか身体を鷲掴みにされた。

 

その手は骨で出来ていた、その体は普通のスケルトンよりも大きい。

 

そしてーーーー

 

 

「ふはははは、ヨンキシャー共めこうすればどうにも出来まい!?」

 

「しゃ、シャベッターー!?!!」

 

顎をカタカタと鳴らしながら多分勝ち誇った表情の巨大スケルトンである。

まあ、よくあるヒーローショーの様な細工がされているだけなのだが。

 

何が不味かったかって?

 

これは立花とダ・ヴィンチちゃんの悪ふざけであってアルトリウス達には知らされてない事だろう。

 

もう一度言おう、アルトリウス達はこうなる事を知りません。

 

 

「シフ」

「任せてくれ」

 

加減が無くなります。

 

ガゴン!

 

無言でリンクスの構えた大弓から放たれた石の矢がスケルトンの腕を砕き、立花が掴まれている腕が落ちるとシフが立花を救出する。

 

するとどうだろうか、遥か上空に飛び上がったアルトリウスがスケルトンの頭に獲物を振り下ろす。

 

そう、リンクスから手渡された巨大なハンマーがスケルトンの頭を完全に砕くと轟音と共に地面に着地した。

 

 

えっ、ナニコレコワイ。

 

 

「すまない立花殿。模擬エネミーに遊びだと思ってか気が緩んでいた様だ、弁解の言葉は言わない」

 

「うん、ありがとう。私も分かってたから大丈夫だよ」

 

「そうか。なら今度は俺達にもちゃんと伝えてくれマスター」

「うん、シフもありがとう」

 

ナチュラルに許してくれるシフは優しい。

 

そして四人は3人娘達にどうだったかと聞いている。

 

 

うん、皆楽しそうで良かった。

 

 

それに、意外と戦隊カッコよかった。

今度はもう少し洗練された口上とか考えてあげようと思う。

 

キアランも何だかんだアルトリウスやシフの為ならやってくれるし、リンクスも楽しそうだ。

 

 

私は繋がれたパスによって時折彼等の、英雄達の夢を見る事がある。

 

楽しかった日々も、辛かった時も、悲しかった時も、彼等にはあると理解出来ている。

 

あの3人が欠けて行く姿を見た事もあった。

 

シフがどんな気持ちで墓を護っていたかも少しだけなら見た。

 

 

 

だから、こうして笑えている姿は何処か尊いと感じてしまうものだった。

 

どの英雄達もクセは強いし、我儘な事もあるけど、楽しいならそれで良いんじゃないかな。

 

 

「立花殿!」

 

おっと、呼ばれたみたいだ。

 

「どうしたの?」

「どうだった、私達の口上は。中々様になっていたのではないか?」

 

「そうだなぁ、カッコよかったよ」

 

「そうだろう。みろ、私の考えた口上はカッコいいんだぞ?」

「そうだな、もうそれで良い」

「あはは、私は今度魔術で演出してみようかな?」

「俺も狼の時の事も考えないとダメか?」

 

 

 

そうして彼等の新しい試みは試されていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サーヴァント ランサー、オーンスタインだ。我が槍は王の為だが、今暫く我が槍はマスターに捧げよう」

 

「待っていたぞ友よ。イエローのオーンスタイン」

 

「ああ、またお前と共に戦場を・・・イエロー?」

 

 

 

 

 

「闇を払いし太陽の騎士!アオレンジャー!!」

 

「友と駆ける一陣の風!グレイレンジャー!!」

 

「や、やや、闇に舞う黄金の残滓!!クロレンジャー!!」

 

「魂を熱く燃やす者!!アカレンジャー!!」

 

 

『さあ、新たな仲間よ!!』

 

「何をやっているんだお前達はっ!?」

 

『さあ!!』

 

「俺はやらんぞっ!!」

 

『さあさあさあ!!!!』

 

「俺は、やらん!!」

 

 

 

 

・・・・・

 

・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「い、雷『四人揃って、ヨンキシャー!!』

 

「なんなのだ貴様らぁ!?!!」

 

 

こんな事もあるかもね。





いやぁ、3人娘出したは良いけど一言も喋らせて無い。


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