マーリンの弟子 (トキノ アユム)
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プロローグ

 それは地獄であった。

 僕達以外の生命体が全て息たえる永遠のコキュートス。

 僕と彼女だけの永遠の世界。

 それを彼女は作り上げてしまった。数多の命と、万能の聖杯の力を持ってして。

「うふふ。楽しいわ。ええ。とっても」

 今感じている喜びを表現するかのように、彼女は踊る。

 くるくるくると。

 狂ったように。

 いや――ようではない。

 彼女は、どうしようもなく狂っていた。

 愛する人と二人っきりの世界。恋をした少女が、一度は夢見る、夢でしかない絵空事。

 

 

 それを本当に、作ってしまったのだから。

 

 

「ねえ笑って?」

 あなたも一緒にこの喜びを分かち合いましょう? と、彼女は誘ってくる。

「ふざけるな」

 だが、笑えるわけがない。

 彼女のせいで、彼女の愛のせいで全てが犠牲になったのだ。

 世界も。

 親友も。

 家族も。

「どうしてだよ?」

 永遠なんて欲しくなかった。

「僕は――」

 なんでもない日常である、あの一瞬一秒が愛しかったのだ。

 それなのに。

 それ――なのに。

「だって必要ないでしょう?」

「……」

 彼女はその一言ですべてを片付けてしまった。

 世界も。

 親友も。

 家族も。

 

 

 必要ない。

 

 

 ただその一言で完結させてしまう。

「私にはあなたさえいればいいの。それ以外は何もいらないわ」

 だから壊したと、罪悪感など欠片も感じずに、彼女は言う。

「そんなことが許されるとでも、思っているのか?」

「誰に許してもらう必要があるというの?」

 彼女は笑う。僕の言ったことが面白くて仕方ないと言わんばかりに。

 

 

 

「もうあなたと私と『あれ』以外、この世界には何も存在しないのに?」

 

 

 

(お前は――)

 もう、決定的だった。

 彼女は、僕の■■は、

 

 

 邪悪なのだ。

 

 

 誰よりも。何よりも。

 

 

「させ、ない」

 殺さなければならない。

 滅ぼさなければならない。

 他ならぬ僕の手で。

 でなければ彼女はこの世界だけでなく、全ての世界を壊すだろう。何の罪悪感もなく、ただ必要という理由だけで。

 どこで間違えてしまったのか。それはもう分からない。

 だけど、今の彼女が間違っているのは分かる。これからも間違っていくのが分かる。

 だから――

 

 

(だから……)

 

 

「お前は、僕が殺す」

 

 

 

 今僕は彼女の宿敵となる。

 

 

 

「うん。待ってる」

 

 かき集めた殺意を、彼女は嬉しそうに受け止める。

 まるで抱擁を交わすかのように、愛しそうに僕を見つめると、両手を広げ、

 

 

「愛しているわ。■■■」

 

 

 全ての罪の始まりの名を呟いた。

 これは誰にも語られぬ物語。

 やがてマーリンの弟子となる僕と、彼女の運命を描いた、もう一つの運命(fate)である。

 

 




ヒント。彼女は既存のキャラです。


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アヴァロンの日常

ここでのアナさんは絆レベル20オーバーのスーパー末妹です。



 師の話をするとしよう。

 最初に言っておくが、僕は師の事が大嫌いだ。

 夢魔と人間のハーフのせいか、ろくでなしの人でなしだし、人間のふりをした悪魔だとさえ思っている。

 僕の相棒の言葉を借りるなら、死ぬべきだと毎日毎秒思っている。

 え? 仮にも師匠を相手にその態度はないんじゃないかって?

 OK。ならば、見ていてくれ。僕の師匠がどれだけろくでなしなのかを。

「そぉれ!」

「!?」

 まぶたを開くと同時に、僕はベッドから飛び降りた。

 今まで横になっていた部分に刃が突き刺さる。

「やあ、おはようクモ。朝から元気だね」

「おはようじゃないですよ。くそ師匠」

 僕が床に転がる様を見て、愉悦の笑みを浮かべている男を、思いっきり睨み付けてやる。

「やだな。そう怒らないでくれよ。かわいいイタズラだろう?」

「これをイタズラで笑える奴は、あなたぐらいですよ」

 ベッドの上に突き刺さっいるのは、この世で最も有名な剣。エクスカリバー。もろに直撃すればかの有名な大英雄ヘラクレスでも6回は死ねるだろう。

「それで、何の用ですか?」

 正直眠くて仕方がないんですけど。

「ん、何の事だい?」

「惚けなくてもいいです」

 マーリンの機嫌がいい。

 こういう時は大抵とんでもない頼み事をしてくるのだ。このくそ師匠は。

「なに、大した事じゃない――」

 白々しい前振りをするのはいつものこと。

 

 

「よ?」

 

 

 そして何かを口にする前に、背後からの斬撃に、上半身と下半身を両断されるのもいつもの事だった。

 ぼとりと床に、マーリンの身体が落ちる。僕はそれを欠伸混じりに見る。

 何度も言うが、『いつもの事』なのだ。だから驚く必要がない。

 そんな事よりも、今はマーリンを両断した相棒に挨拶をする事が重要だ。

「おはようアナ(・・)

「おはようございますクモ」

 返事がすぐに返ってくる。小鳥のさえずりよりも透明感のある美しい声。

 軽い魅了スキル付きの彼女の声は寝起きの頭にも優しいので、僕は好きだった。

「気分はどうですか?」

 鎌に付着したマーリンの血を払いながら、アナがきいてきたので、僕は肩をすくめた。

「くそ師匠に起こされたからね、分かるだろう?」

「最悪ですね。分かります」

 大抵はアナが起こしてくれるから、いつもは気持ちよく起きられるんだけどね。

 

 

「ふむ。それはあれだね? 俗に言うツンデレという奴だろう我が弟子よ?」

 

 

「――全然違いますよくそ師匠」

 両断されたはずの男の声が聞こえた。

 声が聞こえた方を見ると、そこには何事もなかったかのように、ニヤニヤした顔をしているマーリンがいたので、嘆息する。

「やはりさっきのは幻術でしたか」

 アナも驚かない。いつもの光景だからだ。アナにとってマーリンの殺害をしようとするのは、朝の挨拶みたいなものだ。

「いや、幻術って分かっていたのに、ぶった切ったのかい君は?」

「日頃の日課ですので。やらないと気持ち悪いです」

「やだこの幼女恐い」

 そうだろうか? マスター(・・・・)としての贔屓目を抜きにしても、アナはとても可愛い女の子だと僕は思うけど。

「とにかく、朝ごはんにしますので、下に降りてきて下さい」

 やはりいつも通りマイペースに告げると、アナは部屋から出ていってしまった。

「さて」

 アナも部屋から出ていった事だし――

「二度寝するか」

 僕は再びベッドに戻ろうとし――

「……あの、なんで僕のベッドに勝手に入ってるんですか?」

 いつの間にか、僕のベッドの上で寝転がっているマーリンに気が付いた。

「ん? いや、折角だから添い寝でもしてあげようかと」

「ぶっ飛ばしますよくそ師匠」

 やはりマーリンは死ぬべきです。うん。

 

 

「味噌汁の味、大丈夫ですか?」

「うん。ちょうどいいよ」

 僕の好みに合わせてくれた味付けは、空腹だけでなく、心まで満たされる気がする。

「うんうん。実においしいねぇ。所でアナ。僕のおかわりはまだかな?」

「なんで当たり前のように座って食べてるんですかマーリン。殺しますよ」

「食材を用意するのは僕なんだから、これぐらいは許して欲しいなぁ」

「……別にここで食べなくていいじゃないですか」

「え。だって面白いだろ? 君達弄るの」

「マーリン。いっぺん、死んでみますか?」

「いやあ、それは勘弁したい! まあ、それはそうと、このプリン美味しいねアナ。お代わりはないのかい?」

 獲物である鎌を出したアナに対し、マーリンはどこまでもマイペースだ。

 しかし、

 

 

 

「あの。それ、クモのデザートなんですけど」

 

 

 

「え?」

 これには流石のマーリンも顔を強張らせた。

「代わりのプリンとかは?」

「ないです。それ一つきりです」

「でじま?」

「でじまです」

「あークモ?」

「はい」

「怒る?」

「いいえ」

 正直、僕は気にしていませんが……

「さあ、あなたの罪を数えなさい。マーリン」

 僕のサーヴァントは、鎌の柄部分につけられた鎖を持ち、ぶんぶんと振り回している。

 誰が見ても、やる気満々だ。

「――アナ。結構怒ってたりする?」

「いいえ別に」

「そ、そうかい?」

「はい――」

 口の端をアナは吊り上げ、笑みの形を作る。

 

 

 

 「ただじわじわとなぶり殺しにしてやるだけです」

 

 

 

「クモ! 君のサーヴァント、どこかの宇宙の帝王みたいなノリになってるんだけど!?」

「僕のサーヴァントの戦闘力は53万ですよ。ヤ●チャ」

「誰がヤムチ●!? せめて、クリ●ンにしてよ! ク●リンに!!」

 実際アナは後三回、変身を残しているし。宇宙の帝王さんと似たようなノリである。

 最強の地球人さんのように、爆殺されるがいい。

「――ふと思ったんだけどさ」

「はい」

「実は君もプリン食べた事、結構怒ってたりする?」

「(にこり)」

「笑顔が怖いよ!?」

「やっちゃえアナ」

「いいでしょう。今度は木っ端微塵にしてやります。あの地球人のように!!」

「クリリ●のことか―――っ!!!!!」

 こうして、朝から壮絶な戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

(変われば変わるものだな)

 

 

 

 逃走するマーリンを鬼気迫る顔で追いかけるアナを見て、僕は思い出す。

 出会ったばかりの頃のアナを。

『ランサーのクラスで現界しました。真名――――です。よろしくお願いします』

 無愛想とまではいかないが、あまり取っ付き易くない性格であったアナ。だが、僕と旅を続ける間に、その性格はいい意味で変わっていった。人間を極度に怖がることもなくなったし、色々なことに積極的に取り組むようになった。料理もその一つだ。

(それに比べて……)

 僕は変われているのだろうか?

 いや。相棒の変化――成長が眩しく見える時点で、答えなど分かり切っている。

 幾らか力はつけた。

 

 

 だがどうしても――

 

 

 

『愛しているわ■■■』

 

 

 

 

 あれ(・・)に届いているとは思えない。

「クモ?」

「あれ? アナ? マーリンは?」

 ぼーっとしていたらしい。いつの間にか、アナが僕の顔を覗き込んでいた。

「幻術と転移を使って逃げやがりました」

 必死だな。くそ師匠。

「大丈夫ですか? 顔色が悪いです」

「あ、うん。大丈夫だよ」

 やめよう。あいつ(・・・)の事を考えると気分が悪くなる。

 気を紛らわせるように、アナの作ってくれた味噌汁をすすり、一息をつく。

「うん。おいしい」

 うちのサーヴァントが作る料理は美味しい。

 たとえ、時間が経って冷めてしまっていても。

 

 

 

「さて、今回は君達にちょっと世界を救ってもらいたいんだ」

 ほとぼりが冷めた頃に帰って来たマーリンは、食後の紅茶を優雅に飲みながら凄く軽いノリでとんでもない事を言ってきた。

 それに対して、僕達の答えはいつも通りだった。

 

 

「「またですか」」

 

 

 もう何度このやり取りを繰り返しただろうか? 少なくとも、数えるのが馬鹿馬鹿しいと思えるぐらいの回数だという事は間違いない。

「二人の冷めた反応に、お兄さんちょっと寂しいなー」

 知ったことではない。

「知ったことではありません」

 僕とアナの意志疎通は今日も絶好調だ。

「それで? 今回はなんですか?」

「うん。聖杯戦争関連だよ」

 となると、やはりいつも通り(・・・・・)だ。

「……今度はなんですか? 月? 聖杯大戦? それとも偽りの聖杯戦争ですか?」

「いや、普通に、冬木市の聖杯戦争さ」

「はあ――」

 嬉しいような。悲しいような。何とも言えないな。

「と言ってもまあ、普通とは少し違うけどね」

「?」

 どういう事だ?

 流石に少しでも情報が欲しいので、質問しようと口を開きかけた僕に、

 

 

「じゃあそう言うわけで行ってらっしゃい」

 

 

 

 マーリンは問答無用で転移魔術を行使しやがった。

「ちょ、いきなりすぎでしょう!?」

 まだなんの準備もしてない。装備すら持ってない!

「いいじゃないか。君たちなら何とかなるって!」

「そんな無責任な!」

 いつものことだが!

「あ、あれです! 今日は七時から空手の稽古が――」

「ははは。今日は休みたまえ」

 ああ、駄目だ。これはもう、逃げられないパターンだ。

「――アナ」

「はい。マスター。一緒に言いましょう」

 色々言いたい事はあるが、その中で僕達が絶対に言わなければならないのは、ただ一つ――――

 

 

 

「「やはりマーリンは死ぬべきです」」

 

 

 

 こうして僕たちは、いつも通りアヴァロンから戦場へと駆り出されるのであった。

 



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特異点冬木

ヒロインXオルタだとぉ!?
みなさん、石の貯蔵は十分か!?


「ねえ、アナ」

「なんですか?」

「僕達は、わりと何回もこの冬木市に来たことがあるよね?」

「はい」

 うん。なら聞こう。

「冬木市ってさ、こんな世紀末な場所だったっけ?」

 一言で言えば、廃墟。目の前に広がる光景に、僕は溜め息を吐かざるを得なかった。

 この光景を作り出した原因に心当たりは一応あるのだが――

「聖杯の中身が出てきた――にしては、まだマシな方かな?」

「はい。アレが出てきたにしては、被害が少なすぎます」

「だよね」

 聖杯の中身が世に放たれたのなら、廃墟程度で済むはずがない。

 ならばまだどんな形であれ、聖杯戦争は継続中ということか。

「どうしようかー」

 正直途方に暮れるなこれ。いきなり飛ばされたせいで、前情報は一切なし。ここで何をするべきなのかさえ分からない。

「せめて、僕の装備は持ってきたかった」

 あれがあれば、戦闘でのアナの負担を減らす事が出来るのだが。

「その事なら問題ありませんよ」

「え?」

 どういうことですかアナさん?

「こんな事もあろうかと、あなたの装備一式は持ってきてます」

 アナがいつも着用している黒いローブの下から、僕の装備一式――

 漆黒のコートと拳銃型の魔術礼装が出てきた。

「……」

 それらを見ると、僕はいつも複雑な心境にかられる。

 正直に言うと、僕はこいつらを使いたくなかった

 性能が悪いからではない。

 これらが、『あいつ』の作品だからだ。

 一見、ただのコートに見えるが、この黒い布はあらゆる魔術や攻撃からオート(・・・)で防いでくれる。

 魔力消費はほとんどない。なんでも、大気中のマナを自動的に凝集し、防御用の魔力に変換しているそうだ。

 仮に、魔術に心得のあるものが聞けば、この説明は一笑に付されるだろう。

 馬鹿馬鹿しい。不可能だと。

 大気中のマナを凝集→防御用のマナに変換→オートで防御障壁を展開。

 簡単には言うが、普通は出来ない。

 魔術師としての実力は底辺な僕は勿論、一流の魔術師でさえも、大気中のマナを凝集し、結晶化するには数日の時間を要するというのに、このコートは、それを自動で平然とやってのける。

 魔術とは歴史であると大抵の魔術師は思っている。

 自分の魔術の研究の成果。人生の成果を、親は子へと託すからだ。

 そしてその子はそれをまた、自らの子へと託す。

 そういう繰り返しの中で、魔術は少しずつ進化していく。

 そういうものなのだ。

 

 

 普通(・・)は。

 

 

 だが、『あいつ』は違う。

 そういう常識を、微笑みと共に覆してしまう。

 一般的な魔術師が発狂してしまう程に高性能な礼装。サーヴァントの宝具にも匹敵してしまう奇跡を内包した道具を平然と作ってしまう。

 そしてもう一つ。拳銃型の魔術礼装。コンバットマグナムという銃とほぼ同じ形をしているが、中身はまったくの別物。これもまた『あいつ』の作品だ。

 コートの名前は『アイン』

 銃の名前は『ツヴァイ』

 ドイツ語で1と2の名前を意味する、僕の為に作られた僕だけの装備。

「クモ?」

「!」

 いつの間にか考え込んでしまっていたようだ。

「大丈夫ですか?」

「ああ、うん」

 思考にふけり、周りが見えなくなるのは僕の悪い癖だ。

「体調が悪いんですか?」

「ん。そんなことはないよ」

 心配してくれるアナに申し訳なく思いながらも、僕は話を逸らす為に、別の話題をふる。

「――いつも思うんだけど、アナのローブの下って四次元ポケットに繋がってたりする?」

 今出した装備一式は明らかに、アナ一人で携帯出来る量ではない気がする。

「企業秘密です。あ、忘れる所でした。ホルスターもどうぞ」

「あ、はい」

 ――うちのアナさんには謎が多い。そういうことにしておこう。うん。

 ホルスターをつけ、そこに『ツヴァイ』を収める。

 更にその上に『アイン』を羽織ると、僕の戦闘準備が整う。

「……ねえ、アナ」

「なんですか?」

「僕たちってさ、傍目から見たらどんな風に見えると思う?」

「言う必要、ありますか?」

 愚問であろうと、アナは呆れる。

 近くで壊れている車のサイドミラーにちょうど僕達の姿が写っている。

 膝まである黒いコートを着ている男に、顔の半分まで覆う黒いローブを羽織った少――いや、幼女。

 

 

 ――うん。

 

 

「不審者……だよね」

「はい」

 怪しさ爆発だ。

「生きている人間がいたとして、まともに会話出来るかな?」

 会話より前に逃げ出されるような気がする。

「……その心配はないようですよ」

「え?」

「見て下さいクモ」

 アナが一点を指指す。

 そこには、一人の女性が倒れていた。

 オレンジ色の髪をした、まだ若い少女だ。

「生きてる……かな?」

「微弱ながら魔力を感じます。おそらくはそうでしょう」

「ならはやく助けないとね」

 僕は女の子の近くに進もうとし、

 

 

 ――足を止めた。

 

 

「……狙われてるね」

「はい」

 気配を感じる。ここから遠く。決して触れる事の出来ない遠距離に、『何か』がいる。

「サーヴァントかな?」

「まあ、そうでしょうね。確実に」

 だとすれば、相手は随分と容赦のない戦闘をする奴だ。女の子を殺さずに生かし、他の人間を呼び寄せる餌にするのだから。

 もしくは自らのプライドなどをまったく考慮せずに、結果を得る事を一番重要に思っている、リアリストか。

 どちらにせよ、厄介な相手だ。

「相手はアーチャー……かな?」

 サーヴァント七騎の間で、最も遠距離に陣取ることでアドバンテージを得られるのは、間違いなくアーチャーのクラスだ。

「おそらくは。どうしますか? こちらも補足されているみたいですし。戦闘は避けられませんが、彼女を助けるのならば、かなり苦しい戦いになります」

「だよね」

 元々僕たちは弱い。出来損ないの僕はもちろんのこと、アナも英霊の中では弱い方なのだ。

 自分達の事でさえ精一杯なのに、気絶した女の子を一人抱えて戦闘を行うなど、自殺行為に等しい。

 だけどまあ、

 

 

「助けるよ」

 

 

 迷う必要などないのだが。

「……はあ。言うと思いましたよ」

 呆れが籠るため息を吐くが、それでもアナは僕の相棒だ。

「なら、彼女は私が持ちます。クモは『魔弾』の作成に集中して下さい」

「ありがとう。ごめんね」

「いつもの事です」

 確かに。いつも通りである。

「じゃあ――」

 この一歩もいつも通り(・・・・・)踏み出すとしよう。

 

 

 

「行くよ。アナ」

 

 

 

「はい。マスター」

 

 

 踏み出した一歩と同時に、僕達の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 



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魔弾

「ん……」 

 轟音と、身体を強く揺さぶられる感覚に、藤丸 立花の意識は、覚醒した。

 立花は寝起きがいい方ではない。夜寝る時は目覚まし時計を念の為に三つかけないと不安になる程に覚醒が悪い。 だがどうしてか。その時、立花はすぐに目を覚まし――

「え?」

 そして愕然とした。

 

 

 自分が空を飛んでいたからだ。

 

 

(あれ?)

 いや、違う。

「目が覚めましたか?」

 空を飛んでいるのは、自分ではない。

「気分はいかがですか?」

「えと、あの……」

 混乱する頭で立花は自分の周りの情報を、必死にかき集める。

 黒いローブを着た小さい女の子に、自分は今抱えられている。

 いや。しかし、どうしてこんな事に?

「すいません。落ちます(・・・・)

「へ?」

 どういう意味かと尋ねる前に――

(あ)

 一瞬ふわっとした浮遊感を感じたかと思うと、

「きいやあああああああああああ!!!!」

 

 

 

 そのまま一気に落下(・・)する。

 

 

「あああああああああああああああああああああああ!!!!」

「すいません。耳が痛いので、少し静かにしていただけると助かります」

「できないよぉぉぉぉ!!!!」

 無理に決まっている。

 藤丸 立花は遊園地などに行けば、迷わずジェットコースターやバンジージャンプといった絶叫マシーンを好んで乗る剛毅な少女ではあったが、それはあくまで娯楽の範囲だ。

 いきなりの高所からの紐なしバンジーに恐怖しない程、恐い物なしの人間ではない。

「うぐ!?」

 地面に着地した時の衝撃で、胃の中の物が逆流しそうになった。吐き出さなかったのは、その前に少女が動き出してしまったから。

「飛びます」

 ジャンプ。細い身体からは想像もつかないような脚力を発揮し、少女は一気に五階建て程度の高さを持つビルの屋上へと飛び上がる。

 人間の出来る芸当ではない。

「あ、あなたは、一体?」

「サーヴァントです」

 答えは簡潔だった。

 サーヴァント。使い魔。

 確かカルデアの説明で聞いたような気がする。なるほど。だから、自分を抱えたまま、大ジャンプすることも可能だし。高い所から着地しても平然としていられるのか。

 理解した。

 だがそうなると、もう一つの疑問が急速浮上してくる。

 

 

「あ、起きたんだ?」

 

 

 そんなサーヴァントである少女に平然とついてくるこの男は一体何者だ?

「はじめまして。まずは自己紹介……と言いたい所だけど、ちょっと待ってくれるかな?」

「今気を抜くと、一瞬であの世行きになっちゃうからさ」

 立っていたビルに刀剣が降り注ぐ。

 

 

「きゃあ!!」

それを立花は台風や地震のような天災のようなものに見えた。

 なにをしても、防げないもの。抗う事の出来ない絶対的な力。

 だが二人は違った。

「とぶよ」

「了解」

 驚きも恐れもない。

 ただ冷静に対処(・・)する。

 普通ならば諦め、無抵抗に串刺しになるであろう暴力が自分達の身体に降り注ぐ前に、別のビルに飛び移り、安全圏まで退避する。

「大丈夫ですか?」

 大丈夫なわけがない。今にも胃の中の物がリバースしそうだ。

「……ダメそうですね。クモ。魔弾の作成はまだですか? この人、そろそろ限界です」

「みたいだね」

 だけどもう問題ないよと、少年は足を止めた。

 

 

「準備は整った」

 

 

 

 

再装填開始(リロードスタート)

 最早それは慣れた工程だった。

 作成するのは一発の弾丸。

 それを魔力によって具現化し、その中に魔弾が魔弾たりえる奇跡の『擬態』を、流し込む。

 

 

 思い描くのは記憶にある赤い魔槍。

 

 

 アイルランドの光の御子である彼の槍を。

 彼が起こした奇跡の模倣を。

 一発の弾丸に込める。

工程完了(ロールアウト)

 僕の左手の中には一発の薬莢が幻想から現実の物へと昇華されていた。

 それを僕は右手に握るマグナム――ツヴァイの回転式弾倉(シリンダー)に装填する。

「この弾丸は――」

 手の捻りでシリンダーを元に戻した僕は、銃口を敵に向け、

 

 

「突き穿つ死棘の槍」

 

 

 撃鉄を起こし――

 

 

幻想魔弾(ファントムバレット)

 

 

 引き金を引く。

 

 

「!?」

 ビルの上からイレギュラー達に攻撃を加えていたアーチャーのクラスである褐色の男は、鷹の目でその魔弾を見ていた。

 いや、それは本当に弾と評していいのだろうか?

 少年の持つ銃から発射された弾丸は、深紅の輝きと共に、こちらに向かってくる。

 信じられない速度ではあるが、距離があいているのが幸いした。これなら十分に回避は可能――

「!」

 弾丸が変化する。

 一本の槍へと。それもただの槍ではない。アーチャーにとって因縁深い男の槍だ。

(回避は不可能か)

 あの槍の前では、決して逃げることは許されない。

「幾たび躱されようと相手を貫く」という性質を持つため標的が存在する限り、あの槍は止まらない。

 止められるとすれば――

 

 

「――――I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

 

 それを上回る盾だけだ。

 

 

 

「やりましたか?」

「いいや」

 僕の撃った魔弾は確かに狙い通り命中した。

「防がれたよ」

 それも飛び切り意外な方法で。

 ここからでもかろうじで見える六枚の花弁の盾。

 間違いない。あれは投擲武器を全て防ぐという伝説の盾。

 

 

 ローアイアス。

 

 

 その贋作(・・)

「久しぶりだね」

 それを使う英霊を僕は一人知っている。

 

 

 

「エミヤ君……」

 

 

 

 僕にとっても因縁深い相手が今回は敵のようだ。

「あの正義の味方ですか?」

「うん。僕達の天敵(・・)だよ」

 だけど……と、僕はアナの抱えている女の子に目を向ける。

「あのエミヤ君が狙うってことは、この子もなんか訳アリかな」

 彼は基本的に無駄な事をしない。快楽目的の殺人などは特にだ。

 だとすれば彼が攻撃を行う理由が存在するはずなのだが……

「え、あ、なんですか?」

 困惑した顔で僕を見る女の子は、どう見てもまっとうで一般的な普通の人間にしか見えない。

「どうしますか? このまま戦闘を続行しますか?」

「今の内に逃げちゃおう」

 このままやっても勝ち目ないし。

「背中を狙われませんか?」

「大丈夫だよ」

「……根拠は?」

「うん?」

 そんなの決まっている。

「勘」

「……はぁ」

 アナはそれはそれは大きなため息を吐いた。

「あー。駄目かな?」

「駄目と言いたい所ですが、了解です。あなたの勘の良さを私は知っていますから」

「流石はアナ」

 それでこそ僕の相棒(サーヴァント)だ。

「それじゃあ一旦退散。君もそれでいいかな?」

「あ、は、はい!」

 アナに抱えられた少女は何度も頷いてくれた。

 よし、これで方針は決まったな。

「じゃあ、全速力でエスケープ!!」

「了解」

「え、て、またあああああああああ!!!!??」

 とりあえずビルから飛び降りる。女の子が悲鳴をあげているが、無視する。今はそれどころではない。

「……いつも思いますが、そういう強引な所は師匠のマーリン譲りですね」

「やめて」

 その言葉は僕にとても効く。

 

 

 

 咄嗟に展開したローアイアスであったが、防ぐ相手が相手だけに、腕の一本は覚悟していた。

 しかしそれは杞憂であった。

 盾に激突した瞬間、槍はあっけなく砕け散った。

 本物(・・)を知っているアーチャーからすれば、拍子抜けするほどに威力がなかった。

 加減をされたという可能性は捨てきれないが、それよりも相手の狙いはこちらの問題なのは相手が自分と似た魔術を行使することだ。

 

 

「投影魔術……」

 

 

 それも英霊の宝具すら投影可能な程の。

「……厄介だな」

 投影魔術もだが、それ以上にアーチャーが厄介と評したのは、彼が戦い慣れしている事が厄介だ。

 突然現れたイレギュラーとして対処していたが、それでは駄目だ。

 それに、嫌な予感がする。

 長年の戦闘の経験や、直感からではない。

 英霊としての存在の根幹が、あの少年は危険だと言っている。

「試してみるか」

 アーチャーの手に剣が現れる。

 螺旋剣(ガラドボルグ)

 その複製だ。

 それを弓へと変化させ、アーチャーは弓を構える。

 標的はこちらに背中を向けて逃げていた。

 好都合だ。これで仕留めればよし。だがもし仕留められないのであれば―― 

 

 

 

「!」

 

 

 

 そこまで思考していたアーチャーは、唐突にビルの屋上から跳んだ。

 次の瞬間つい先程まで自分が立っていた所に、炎が襲い掛かった。

「ち!」

 舌打ちをし、その炎が放たれた方向を見る。

 だが『彼』は既にそこから消えていた。

「逃げたか」

 いい引き際だ。ランサークラスの時の『彼』では考えられない理知的な動きに、やりづらさを覚えながら、アーチャーは特異点と化した冬木の空を見上げる。

「いよいよ混沌として来たな」

 しかしやる事は変わらない。

 例え堕ちたとしても、赤い弓兵はただ敵を殲滅するのみである。

 

 

 

「随分と、面白くなってきたじゃあねえか」

 そしてそれは、赤い弓兵に不意打ちを行った者も同じ。

 赤き死棘の槍の本来の持ち主であるアイルランドの御子。

 今度はキャスターのクラスとして現界した英霊――クーフーリンは、自分の槍の複製を使った少年を追う。

 

 

 

「ケルト流の歓迎をしてやるよ。イレギュラー」

 

 

 

 かくして物語の歯車は動き始めた。

 この物語がどこに行きつくのか?

 それを演者達が知る術はない。

 

 

 

 



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