「春の花々が咲き乱れ、まるで私たちの新しい出発を祝ってくれているような………」
入学式
それは、薔薇色の青春学園ライフに必要な様々な出会いと始まりをもたらす最初のイベントである。
だがしかし、俺にとっては受け入れられない出会いが今まさに起こっている。
受け入れられずに頭が爆発しそうだが、一先ず状況を整理してみようと思う。
俺の名前は、御子柴 珠己。
高校二年、男、十六歳。
中学の頃は母親の実家で暮らしていたが、卒業と同時に進学が決まっていたこの高校に通うために上京し、東京で一人暮らしを始めた。
当初、高校に進学する気は全く無く祖父母と一緒に農業をしてのんびり暮らしていく予定だったのだが、母親の命令により今の高校を受験することになり俺の牧場物語は夢に終わった。
強制受験勧告が出されたのが入試の約半年前。
受験する高校のレベルは全国トップクラス。
中学に入学してから勉強など一切してこなかった俺は、死に物狂いで勉強をした。
正直、無理だと思ったが小学生の頃に神童くんとか呼ばれていた俺の底力が本番で発揮され、見事ギリギリ合格を果たした。
そう、神童が死に物狂いでギリギリ合格なのだ。
では凡人……いや、アホではどうなっていたのか?
俺には妹がいる。
それはそれは、とてつもなくアホな妹が。
妹の名前は、御子柴 沙羅。
俺の一つ年下。
中学生になっても掛け算が出来ないほどのアホだ。
そんなアホにも将来は俺と一緒に農業をするという夢があったため、自分がアホなのも気にしてはいなかったようだが…。
そんなアホにとっては悲報だが俺は東京の高校へ行くことに。
俺が東京に行く当日に事態を把握したようだったが、時すでに遅し。
夢は叶わなかったが祖父母と三人で農業を頑張って力強く生きていくことだろう。
これが、アホの生きる道だ。
幸せになれよアホの妹よ―――。
それから、約一年が経ち今日、今現在。
畑で汗水垂らしてせっせと働いているはずのアホの妹が俺の目の前に姿を現したのだ。
それも、神童で死に物狂いでギリギリな俺の通う高校の女子用制服(ブレザー)を身に纏って。
しかも、ステージの上で何か喋ってる。
これは夢なのか?いや、夢でないのならおかしい。
あの奇跡のアホがここに、それもトップで入学出来たのならばそれは間違いなく奇跡だ。
奴に残されていた時間は約一年。
加えてあの絶望的な頭から一年でこの高校に合格することはまず不可能だ。
それはもう、合格に至るまでの軌跡を元に書籍化、映画化まで出来る勢いだ。
俺よりも早い段階から勉強をしてきたとはいえ、元の頭の出来が違うだろうが!
何度教えても覚えられない、要領も悪いアホの子だったでしょうが!!
……ああ、そうか元神童の俺は凡人以下の妹にも及ばなかったと…。
たとえ俺が妹と同じ時間勉強したとしてもトップで入学することは難しいだろう。それだけこの高校のレベルは高いのだよ……。
あれ?妹って天才なのか?それともぼくがバカなだけ?
あれ?神童って何だっけ?凡人って何?ぼく頭が爆発しそうだよー。
俺がギリギリ、奴がトップ……。
「……とめん」
「俺は認めんぞーっ!!!」
叫ぶと同時に俺の頭は爆発してしまったようだな、もう立っていられない―――。
「先生ーっ!御子柴君が倒れましたーっ!」
「うわあああぁぁぁーーーっっ!!!」
ってあれ?
何で保健室に居るんだ俺は?
確か今日は入学式で……。
貧血でも起こしたのか?
イカンイカン、体調管理はしっかりしないとな!
よし!
教室に戻るとすr「おにーーさまーーっ!!」
「危なっ!!」
ドアを開けた瞬間何かが突っ込んできたがギリギリで避けた。
「チッ、外したか」
何だコイツは?プロレス部の勧誘か?
まあいい、いきなり飛び掛かってくる危ないやつと関わりたくないから逃げる……って………。
「沙羅お前…何故此処にいる?」
「何故って…それは、今日からここの生徒ですからっ♪」
「これは、さっきと同じ夢だ……」
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2話
「ふぅ、逃げ切ったか」
つい先程、妹との予期せぬ再会を果たした俺だが、妹の様子が明らかにおかしかったのと、身の危険を感じたため保健室から逃げ出して来たのだ。
途中で職員室に寄ったのだが、入学式の後の予定は片付けとホームルームのみでそれも俺が寝ている間に終わり、もう放課後なので帰っていいとのこと。
で、今は教室にある鞄を回収し、駐輪場へ向かっているところだ。
「あっ、珠己くーん、大丈夫?」
前方から、ゆっさ、ゆっさと大きく揺れる二つの果実の接近を確認。ロックオーンッ!!
「ありがとう、儘田さん。大丈夫、ただの貧血だから」
爽やかな笑顔でお礼を言いつつ彼女のたわわな膨らみをガン見する。
彼女こと儘田 夏奈子さんは俺のクラスメイトで、茶髪ボブの巨乳美少女。
小柄でとてもシャイ、人の目を見ないで喋るためガン見してもバレる心配はないのだ。最高かよ!
「えっと、その、今から帰るとこだよね?その…えーと…」
おっと、そうだった。このまま此処に居るのも危険なので彼女が言いたいであろう言葉を此方から。
「一緒に帰る?」
「あぅ、うんっ!!」
いい揺r…返事だ。
「そう言えば、珠己くんって一人暮らしなんだよね?」
自転車を押しながら、隣を歩く儘田さんの質問に答える。
「うん」
「そっかぁ、料理とか大変じゃない?」
「毎日冷食かコンビニ弁当だから関係無いかな~」
「えっ、栄養バランスとか大丈夫なの?」
「そんなの気にしないよー、まだ若いんだし」
「あはは…そうなんだ…」
ここまで当たり前のように会話をしているが、俺が彼女をハッキリと認識したのはつい先日のことで、高二になり同じクラスになってからだ。
高校二年の最初の登校日。
その日は、始業式と入学式のために掃除や飾り付け等を二年生だけで行うという意味不明な日で来ない奴もいる。そんなのは大人達の仕事だろうと。
だが、俺のモチベーションは高く、誰よりも早く登校し、新しい我がクラスにダッシュで向かい一番乗りで到着、後から来るまだ見ぬ女子達との会話シミュレーションをしようと何もない教室の床に座る。と同時、隣から美少女に『また同じクラスだね、一年間よろしくね!』と、いきなり声をかけられビックリして訳がわからなくなり、放心したまま取り敢えず適当な返事をして会話は終了した…と思う。
彼女は一体何処から…瞬間移動か?
その後、家に帰り彼女の『また同じクラスだね』発言を思いだし、高一の頃のクラス写真を見てみたのだが、その中から彼女を見つけ出すことは出来なかった。
彼女は《儘田さん》と誰かに呼ばれていたような…と思った瞬間、《儘田》の名が刻まれた体操着を着ている女子を発見し、ぼんやりとだが思い出した。
その女子とは高一の時、席が一年間ずっと隣だった気がする。
確か、見た目は悪い訳でも良い訳でもなく、とにかく普通だったような…何時も同じ髪型をしていたような…声は…どうだったか………。
一年間同じクラスだったのに失礼だと思うが、その頃の俺は鬼のように勉学に励む超エリート高校生だったので勉強以外の記憶はほとんど無い。
しかし、そんな俺でもクラスメイトの顔と名前くらいは覚えているはずなのだが、そこまで印象に残らない生徒だったのか。
そんな写真の儘田さんと今朝の美少女が同一人物とは、到底思えなかった。
次の日、確認のため儘田さんに写真を見せたらあっさり本人だと認めた…。
春休みに何かあったのだろうか―――。
そして現在。
めでたく美少女に生まれ変わった儘田さんと仲良く下校中。
「それじゃあ珠己くん、家こっちだから。また明日~」
へー、意外と学校から近いんだな。
まぁ、徒歩通学だし当たり前か……ってあれ?
「俺の家もここのマンションなんだけど…」
「へ、へぇ~そーなんだ~」
凄い偶然だなぁおい!!めちゃめちゃラッキーじゃん俺!!
「こ、こここんなことってあるんだねぇ~」
「そうだね、取り敢えず入ろうか?」
「う、うん」
頭の中でこれからの登下校の事とか料理作ってくれちゃうんじゃないかとか、その他諸々考えつつ、エレベーターを使い俺の部屋の前に来たのだが……。
「お隣…さん?」
「あはは…そうだね…」
あれ?何だコレ?素直に喜んでいいのか分からなくなってきたぞ。
だって色々おかしくないか?何で隣に住んでいたのに今まで気が付かなかった?存在感の問題…いや流石にそれは無いだろう。それに、隣には別の人が住んでい―――
「た、珠己くん!また明日っ!!」
バタンッと大きな音と謎を残して彼女は去っていった。
「…」
まっ、いっか。
取り敢えず風呂に浸かりながらゆっくり考えますか。
「ただいまーっと」
「お帰りなさいませ、お兄様っ♪」
開けたドアをそっ閉じ。
心を落ち着けてもう一度開ける。
「お帰りなさいませ、お兄様っ♪」
「…ま、まぼろし~」
「背負い投げ~♪」
音もなく宙へ投げ出された俺は現実に絶望し意識を失った。
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3話
「くっ、うぅ……」
何故だか頭がズキズキする。
そうだ、妹にいきなり投げられたんだっけか…。
まだ体に力が入らないみたいだな…、なんつー勢いで投げてんだよ。
受身とらしてくれないとお兄ちゃん死んじゃうよ。
「ふぅ…」
そんな悪態をつきながら目を開けるとそこには
「んーー♪」
キス顔で迫るマイシスターが…
「って、おいっ!!」
「むぎゅ」
頬っぺた柔らかっ!じゃなくて、
「何してんだよ」
「きしゅれすけろ?」
何か問題でも?みたいな顔はやめなさい。
こういうのは兄妹ですることじゃないんですよ。
「取り敢えず退いてくれないか?」
仰向けの俺の上に馬乗りになってドヤ顔の妹よ。
「イヤですっ♪」
おいおい、何時からこんなにお兄ちゃんの事好きになったのかな?
好きならいきなり投げ飛ばすなんて乱暴はやめて大事に扱ってね。
「私は怒っているのです。再会の喜びを共に分かち合おうとしたところで、お兄様が逃げてしまわれたのですから」
貴女がいきなり飛び掛かってくるからですよ。
避けなければやられていた。
それはさておき、今一番大切なことを聞く。
「取り敢えず、どうしてお前が此処に居るのか説明してくれ」
「もぅ、仕方がありませんね」
そう言うと俺の上から降り、俺の寝ているベッドに腰掛けながら語り始めた―――。
それは突然の出来事でした。
将来、何があっても一緒に暮らしていこうと約束をしていたお兄様が東京へ行くと言い出したのです。
その時の私は訳もわからず、ただ黙って見送ることしか出来ませんでした。
どうして私に何も言ってくれなかったのか、どうしてわざわざ東京の高校に行くのか、当時のアホな私には理解できませんでした。
それから数日後、お兄様のお部屋を物色…お掃除していたら大量の参考書や問題集とア○ゾンの納品書が出てきたのです。
それらを見て、お兄様が夜な夜なパソコンを見てニヤニヤしていたのを思い出しました。これらを注文していたのですね。
確か、夏休みの終わり頃からこのような現象が起き始めていたはず…。
その時期に、特に変わったことは……ありました。
お兄様は母と電話で何かを話していました。
母は日本には居らず、電話で連絡を取り合うことがほとんどでしたし、此方から電話を掛けても繋がらず、あちらからも大事な用がある時にしか掛かって来ないはず。
ということは大切なお話をしていた。
私は、お兄様の事を知りたい一心で、一か八か母に電話をしてみました。
すると、母は私からの電話を待っていたかのように掛けた瞬間電話に出ました。
私が知りたいお兄様の事を聞くと、答えが全て返ってきました。
お兄様を東京の高校へ行かせた理由を聞くと『農業はそんなに甘くないわよ、あんた達に出来るんだったらお母さんもやってるわよ。今の世の中、頭が悪いと生きていけないのよ。だから、いい高校に行きなさい』とのこと。
何故私には内緒にしていたのかと聞くと『あんた珠己の邪魔するじゃない』と。
全てその通りだと思いましたけど、ならどうしてもっと前から進学を勧めなかったのでしょうか…。
これは未だに分かりません。
その次に母から『あんたも適当な高校に行っときなさいね』と。
私の事はどうでもいいんですか、そうですか。
それなら私はお兄様と同じ高校に行きますと母に宣言すると、母は『好きにしなさい』と鼻で笑いながら電話を切りました。
私の事馬鹿にしすぎです、後悔させてやります!
そこで私の覚悟は決まり、お兄様の通う高校を受験することに決めたのです。
それからの約一年は、お兄様とのラブラブ学園生活を想いながら、お兄様の匂いが染み付いた参考書と問題集で勉強をし、お兄様の使っていたお布団で寝るというような毎日の繰り返しでした。
そして見事合格し、入学式でお兄様との再会を果たしたというわけです。
―――なんというか……重い…愛が重いよマイシスター…。
所々間違ってる事があるけど気にしない…。
てかお前、俺がまだ祖父母の家にいた頃はそんなことしない子だったよな?
失ってから初めて気が付く的なアレなの?
元々素質があってそれが開花しちゃったとか?
てか、凄い原動力だな俺。
いや、まさか一年でここまで色々成長?するとはな…。
正直お兄ちゃん引いてるぞ、ドン引きですよ。
俺と同じ高校に行きたいがためだけに勉強して、他の生徒を上回って頂点に辿り着くとは。
素晴らしきかな、ブラコンパワー。
「どうでした?」
「いや、何が?」
「遠く離れて暮らす兄を想い、健気に努力をしてきた可愛い可愛い妹ですよ?好きになっちゃいますよね?」
「ならないだろ、普通」
「えぇーー!!そんなぁ…」
あー、もう無視無視。
面倒くさい奴だよコイツ。
昔はもっと素直でいい子だったのにな…。
それに、凄く気になる点が一つある。
「沙羅お前さ、そんな話し方してたか?お兄様なんて一回も呼ばれたこと無いぞ?」
確かに昔は《お兄ちゃん》と呼んでいたはずだ。
「あー、ある作品に出てくるキャラクターに影響を受けまして……変ですか?」
そう言えば、そういう事するの好きだったっけ。
何かの真似とか、中二っぽい事をしてたわ。
そのせいでキャラの大渋滞が頻発してたけど。
「うーん、変…変だな」
「ガーンッ!!ショックです。折角練習したのに…」
いや、だって貴族とかでもないのにお兄様なんて使う人現実に居るのか?
それに、学校で妹から《お兄様》なんて呼ばれたら俺の趣味が疑われるわ。
「まぁ、学校ではお兄ちゃんと呼んでくれ」
「うぅ…善処します」
まぁ、学校でお前と会うことは無いだろうがな。
「ところでお前ここに住むの?」
「勿論です!」
うへぇ、女の子呼べないじゃん。
男の一人暮らし最大の醍醐味なのに。
一回も呼んだこと無いけど。
「まぁ、いいけど…あんまり部屋の中いじるなよ」
「フリですねっ!」
違うわ、もう付き合ってらんね。
「はぁ…、もうなんでもいい。取り敢えず俺は風呂に入って寝る」
「お背中「しなくていい」ご飯は「いらん」…はい」
しょんぼりとしている妹は放っといて風呂に入る。
少し強めに言ったので無いとは思うが、念のため内側からロックをしておく。
頭と体をしっかりと洗い、ゆっくり湯船に浸かる。
あー、極楽極楽。
嫌なことはお風呂に入って忘れるのが一番だよね。
「ふぅー」
一息ついて今日の出来事を振り返る。
なんだか物凄く濃い一日だったな…。
妹が突然現れたり、妹がいきなり飛び掛かってきたり、妹にぶん投げられたり、妹にキスされそうになったり――
「おーにぃー…あ、あれ、開かないっ…」
妹に風呂を覗かれそうになったり……。
沙羅ちゃん…お兄ちゃん、君のこと嫌いになりそうです…。
好意は嬉しいんだよ、だけどね度が過ぎるんだよね。
女の子ならもう少し奥ゆかしさをだね――
「はっ!お兄様の脱ぎたてのパ、パンツが」
「なにしとんじゃーーっ!!この変態がぁーーっ!!」
風呂を飛び出し全力ラリアットを変態にぶちかます、変態は必ず死ぬ。
「ガハァッ」
死んだであろう変態を放置しパジャマに着替えてさっさと寝る。
これで明日からは隣の儘田さんとのラブラブ青春物語が始まることだろう。
おやすみなさい。
「…お兄様は…こういうプレイが…お好き……クッ…」
こうして超絶怒濤の一日は終わりを迎えた。
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4話
「――もしもし、お母さん?私、夏奈子だよ」
「うん、今片付けが終わったところだよ」
「…やっぱり不自然じゃないかな?」
「…うん、わかったよ」
「そうかなぁ…うん、頑張るね。それじゃあまた」
「…よし!」
♦
――朝。
空腹で何時もより早く目が覚める。
そういや、昨日はろくに食ってなかったからな。
「コンビニ、行くか」
春と言ってもまだ少し肌寒く、ベッドから出るのは気が進まないが腹が減っては青春できぬ。
マンションのすぐ近くにあるコンビニへ行くため、意を決して布団を捲る。
「んんぅ…」
「…」
何も見なかった事にしよう。
お兄ちゃんは妹なんて見てないし、知らない。
パジャマがはだけて少しエロティックな感じになってるけど別に興奮なんかしてない。
決して、年下らしい慎ましやかな胸に可愛らしさを感じているわけではない。
そもそも家族であり、妹だ。
お兄ちゃんが妹に欲情するわけがないのだ。
「…んぁ」
「…」
そう、別に興奮もしてないし欲情もしていない。
これは単なる妹の成長を確認するという作業。
兄としての仕事、義務なのだ。
ただただ、胸が触りたいという邪な気持ちは一切無い。
言い訳のように聞こえるがこれは全て真実だ。
それに、俺の布団に潜り込んできたのはそっちだ。
ということで、触る――
「…えっち❤」
「んなっ、ちげーしっ!!起こそうと思っただけだしっ!!」
「んー、お兄様もそういうお年頃ですものね♪」
伸びをしながら俺を馬鹿にする妹。
このアマ起きてやがった。
うはっ、スゲー恥ずかしい奴じゃん俺!
妹に男心弄ばれてめちゃめちゃ動揺してんじゃん!
童貞丸出しだわ!
イカン、寝起きで頭が回ってなかったとは言え妹に手を出したら終わりだぞ、しっかりしろ俺!
ここは兄としての威厳を保つために余裕を見せるのだ!
「そんなことより朝飯何がいい?何でも作れるぜ!」
決まった。
妹に料理を作ってあげる兄、大人だぜ。
「もう用意してありますよ♪」
完敗だ。
さっきは何でも作れるぜ!とか言ってしまったけど、何でも売ってるコンビニで買ってくるだけだ。
本物の手料理には敵わない、無念。
「どうぞ、召し上がれ♪」
「え」
「食べないのですか?お兄様の大好きな《コンビニ弁当》」
「コンビニ弁当かよぉーっ!!」
そこは、手料理でしょうがっ!!
女の子としてどうなの?将来彼氏とかにコンビニ弁当とか出しちゃったらもう振られちゃいますよ。
クソ、前言撤回だ。
コイツの料理スキルは俺と同等かそれ以下と見た。
ここであったかご飯とお味噌汁とか出てきたら好感度も急上昇だったのに、惜しいな沙羅ちゃん。
まぁそれでも昨日の件でプラマイゼロだけどな。
「ジーッ」
おっと、考えが顔に出てたか…いや、俺が食べるのを待っているだけか。
「いただきます」
「はい、召し上がれ♪」
だから、お前作ってねーだろ―――。
なんだかんだ言って結局コンビニ弁当を完食。
途中、調子に乗った妹が「あーん」を要求してきたが、すっかり目が覚めた俺には効果がない。
その後も妹を無視し続け学校へ行く準備を終える。
「そんじゃ、先に行くから戸締まりよろしくな」
「ちょ、待ってください」
それは無理だ。
俺には昨日から一緒に登下校する仲になった(多分)人がいるからな。その人はこの扉の向こうで待っているであろう…事を願う、頼む!オープンザドア!
「お、おはよう珠己くん」
「おはよう儘田さん」
イェェェェーーーイッ!!
隣に住んでる少し照れ屋な巨乳美少女との甘酸っぱい青春ルートキターーーッ!!
妹に邪魔されないうちにさっさと行こうぜ!
「学校、一緒に行こうか」
「うん!」
今日もいいおっぱいだ―――。
「珠己くん昨日はごめんね、急に逃げたりして」
「大丈夫、全然気にしてないよ」
昨日はそれどころじゃなかったし…。
だけど今は安心して登校出来る、妹の朝の準備の遅さには定評があるからな。
「良かった…。珠己くんがお隣さんだなんて知らなかったからビックリしちゃって」
「あれ、そうなの?」
「うん、前々から部屋は借りてあったんだけど実際に帰るのは昨日が初めてだったから…」
「あー、そーだったんだ」
前に住んでたお隣さんは挨拶無しで出ていったのかよ。てか、気付けよ俺!
「どうしてこのタイミングで一人暮らしを?家が凄く遠くて通うのが大変とか?」
「えっと、私の家母子家庭でね、今まではお母さんと二人暮らしだったんだけど、最近お仕事が忙しくなって会社に泊まることが増えて…」
「うん」
「私を一人にしておくのは危ないから、学校から近くてセキュリティもしっかりしたこのマンションに住みなさいって、過保護すぎるよね?」
「そうだったんだ、凄くいいお母さんだと思うよ」
ウチのマミーと交換したいくらいだよ。
「そーかなぁ」
「そーだよ。それだけ儘田さんのことが可愛くて大切なんだよ」
「ふぇ!?かわ可愛い?」
うおいっ、何その反応スゲー可愛い!!
《可愛い》という単語にだけ反応しちゃったんですね、そのタイプね!
美少女が可愛いと言われて(今のは勘違いだけど)恥ずかしがってるところいーねっ!!
あぁ、これぞ俺の求めていた青春だ!
これから儘田さんとの輝かしい日々が俺を待っているのだろう―――
「おにぃーちゃぁーーんっ!!自転車忘れてるよぉーーっ!!」
「ダハッ」
ドゴンッと背中に重い衝撃を受け、俺の体が宙を舞う。
しかし甘い!前回り受身で地面から顔面を守る!
スタッ、俺の顔面は守られた。
「ごめーん、ブレーキ壊れてたよー」
「あははー、わざわざありがとなー」
沙羅ちゃーん?ちょっとやりすぎじゃないかな?
自転車で兄を轢くってあり得ないよ、事故だよ。
それに忘れたんじゃなくて、今日から儘田さんと一緒に登下校するために徒歩通学なんだよ。
置いていかれたのがそんなに悔しかったのか、ごめんごめん謝るから許して。
あと、お兄ちゃん呼びはグッドだけど、顔が笑ってないぞ。
「ところでお兄ちゃん、そこの人は?」
「あぁ、儘田さん。クラスメイトだよ」
「儘田夏奈子です、よろしくね…えーと」
「沙羅です」
「よろしくね、沙羅ちゃん」
「はい、よろしくです」
はぁ、何か妹から儘田さんに対して凄い嫌悪感を感じるがスルーだ。
そして人前ではそのキャラなのね。
「取り敢えず学校に行こうか」
「はい」
「そうだね」
妹が俺と一緒にぶっ飛ばした自転車を拾い学校へ。
このあとの会話は特に盛り上がることもなく、妹の機嫌も悪くなり次第に無言になっていった。
あぁ、俺の青春タイムを返せ…。
そして学校に到着。
一年生は午前中でお帰りなので妹にはすぐ帰るように命令し、我がクラス2-Aへ。
「ごめん、朝から変なもの見せちゃって」
「ううん、大丈夫。むしろ羨ましいかも」
「羨ましい?」
「うん、私一人っ子だから仲の良い兄妹って少し羨ましいの。きっと毎日楽しいんだろうなぁ~」
「いたらいたで色々面倒だけどね」
「その面倒も一人っ子からしたら羨ましいんだよ~」
「そうかな~?」
「そうだよ~」
なんて、他愛もない話をしながら学校での一日が始まっていく。
一年の頃に高校の範囲は楽勝で終わらせてあるので、授業は座っているだけでOK。
休み時間は隣の儘田さんとお喋りをする。
ああ、今俺は自由を実感してる。
そんなこんなであっという間に昼休み。
俺の昼飯は何時もコンビニのおにぎりだ。
うちの高校には一応学食もあり、俺も過去に一度だけ行ったことがあるが二、三年生に占拠されており席が空いてなかった。
その事に食券を買った後に気が付き、廊下でラーメンを食べたのは今でも鮮明に覚えている。
それ以降、俺は教室派だ。
だが今日は妹から逃げることに必死で通学途中で買うはずのおにぎりを買ってない。
流石に二日連続で昼飯抜きは育ち盛りの男子高校生には厳しすぎる。
やむを得ん、地獄の食堂へ行くか…メンツも変わっているだろうしラーメン事件のような惨めなことにはならんだろう。
これを期に学食派に寝返るか…うーむ。
「珠己くん、良かったら私のお弁当…食べる?」
「え、いいの?」
「おにぎり無いんでしょ?」
何故それを!
あっ、昨年一年間隣の席だったっけ…。
「でも、儘田さんの分は…」
「あ、えっと、偶々今日はお弁当二つ持って来ててね、ほら珠己くん何時もお家でコンビニのお弁当とか好きなものばっかり食べてるって言ってたよね?だから栄養バランスとか考えたものを食べなきゃ駄目というか……。とにかく、食べてっ!」
「あ、ありがとう」
まさかこんな形で儘田さんの手作りお弁当が食べられるなんて。
妹にも感謝しつつ食べよう。
それではお弁当オープン。
「うわっ、美味しそう」
定番の玉子焼きや唐揚げ、プチトマト等の野菜からタコさんウインナーまでバランスの良さそうなお弁当だ!
「いただきます!」
「召し上がれ~」
こっ、これはっ!!
「美味しいっ!!凄く美味しいよ儘田さんっ!!」
「ホントに!?良かったぁ~」
これだよこれ!女の子の手料理というのはこういうものだよ!
見た目良し、味良し、栄養バランス良し、文句なしでしょう。星三つです!
「ご馳走さま、凄く美味しかったよ」
見事に完食。
今朝の妹の料理スキルの無さを見たら儘田さんがより一層素晴らしく見えるよ。
「どういたしまして、その良かったら明日も作って来ようか?」
「マジで!いいの?」
「もちろんだよ」
「ありがとう、儘田さん!」
何だこれ、高2になってからトントン拍子に事が進む。
幸せ気分で昼休みを終え、午後の授業へ。
と言ってもやることは隣の儘田さんを観察することだけだけどね。
今の俺は儘田さんにゾッコンだぜ!
「次の問題はー、じゃあ御子柴」
おっと、ご指名だ。
「はい、○○です。」
「正解だ」
どうですか儘田さん、スマートでしょ?
「チッ」
んな、舌打ち!?
いや違う、儘田さんじゃない…何処から?
周囲を見渡してみるが分かる筈もなく諦める。
誰かから恨みを買うような真似はしてないと思うのだがな…。
その後も気になりはしたが放課後になり思考をやめる。
それよりも儘田さん―――
帰り道、もう俺の目を見て話すようになってしまった儘田さんがふと呟く。
「何だか珠己くんって変わったよね」
「そうかな?」
俺は貴方が一番変わったと思いますよ、前の儘田さんほぼ覚えてないけど。
「一年生の頃はあまり人と関わらないイメージだったけど、今は社交的だよね」
「確かに、一年の頃は勉強が恋人だったからね」
「ふふっ、変なの」
いや冗談じゃなくてマジだから。
友達すら勉強だったからね。
「そういう儘田さんも雰囲気変わったよね」
それが儘田さん一番の謎だ。
今でも儘田さん他人と入れ替わってる説を疑ってる。
「う、あの頃は変に周囲から浮かないように普通にしてただけで今の私が本当の私なんだよ」
「へぇー、やっぱり女子って色々大変なんだね」
まぁ、これだけ可愛かったら嫉妬とか男子からの告白とか鬱陶しいことばかりなのかも。
「ごめん、今の嘘。本当は単純にオシャレとかファッションとか見た目に気を使ってなかっただけなんだ。でもこのままじゃダメだーって思って、春休みにお母さんから色々教わったりして…それで今の私」
「んなっ、へ、へぇー」
女ってスゲーな、そんな短い間にこんな変わるのか。
元々の素材が良かったのかお母さんが凄いのか…。
「でもなんでそのままじゃダメだったの?」
「それは……な人に…振り向いてもらうために…」
「なひと?」
「…」
「なひとって誰?」
「あっ、そういえばお醤油切れてたから買わなきゃいけないんだった!それじゃ珠己くんまた明日!」
「あ、ちょっ…えぇ~」
もう少しで家に着くというところで儘田さんはスーパーへ行ってしまった。
暗くなる前に帰るんだよと心配しながら俺は帰宅する。
これから毎日一緒に通学する約束もしてあるし、彼女とはゆっくり仲良くなっていこう。
今日は十分頑張った、ご褒美に高い入浴剤を使おうかな♪
「ただいまー」
「おかえりーお兄ちゃん!ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た「飯」……かしこまりました」
それは妹に言われても嬉しくない。
あとキャラがコロコロ変わりすぎ、アニメの影響受けすぎだなこいつ。
今も実家から持ち込んだやつ見てたみたいだし。
「ご飯出来たよー!」
「はやっ!」
って、ああコンビニ弁当だからか。
「どうぞ~♪」
「何ッ!?」
眼前に広がる景色に俺は衝撃と敗北感を同時に味わった。
そこにあったのはコンビニ弁当ではなく、豪華で美味しそうな料理の数々だったからである。
肉、魚、野菜、パスタ…多すぎじゃね?
確かにどれも美味しそうだが如何せん量が多い、二人じゃ食いきれなさそうな程だ。
「お前、料理出来たのか?」
「当たり前じゃーん、お兄ちゃんのために特訓したんだよ!」
このブラコンめ!
仕方がないから食べてやろう!
「いただきまーす!」
「美味しい?」
「美味すぎるっ、けど何でこんなに出来るのに今朝はコンビニ弁当だったんだ?」
「昨日ゴミ箱漁っててコンビニ弁当のゴミばっかりだったから、コンビニ弁当が一番好きなのかと思ったの!」
ゴミ箱を漁ってた理由はスルーだ、ろくな答えが返ってこないだろう。
今は黙って食べるだけだ――
「「ご馳走さまでした」」
何とか完食出来た、うぅ腹が苦しい。
しかし驚いた、妹が俺よりも多く食べたからだ。
俺も大食いとまではいかないがよく食うほうだと思っていたのだがな、妹に負けるとは。
痩せの大食いというやつか、…胸に栄養は行き渡っていないようだがな…。
「うおっ!?」
パリンッと皿の割れる音が真横から…
「次は当てますよ?」
怖っ!!
そんなに気にしてたのか!
大丈夫だよ沙羅ちゃん、おっぱいは大きさじゃない形だ!一般論だけど…。
「じゃ、じゃあ風呂入ってくるから!」
スゲー殺意を感じたためお風呂に避難。
勿論、ロックはしてあるよ。
「ふはぁー」
やはり高級入浴剤は違うぜ~。
疲れがとれるしリラックス効果抜群。
「お・に・い…あれ、また」
懲りずにまた来たか。
だが昨日のような失態はしない、洗濯する衣類は浴室内に持ち込んである。
「パンツが無いっ!?」
フッ、勝った。
ゆっくり湯に浸からせてもらう。
――ふぅ、気持ち良かった。
ゆっくりとお風呂に入れ、満足しながら扉を開ける。
「捕まえた❤」
浴室を出た瞬間に前から抱きつかれる、これが妹でなければどんなに幸せだったか。
今日は結構長風呂したはずなのに、どんだけ待ってたんだよ。
そんな君にはブレーンバスター。
「ガハッ、ゴホッゴホッ…」
背中を強打し、立ち上がれない妹を放置し今日も寝る。
少しやり過ぎたような気もしないでもないが、沙羅ちゃんなら大丈夫だろう。
それにお兄ちゃん自転車の件、結構頭に来てたんだぜ。
大事にしてきた自転車が廃棄処分だからな、まぁこれからは徒歩通学だからいいんだけど。
明日の儘田さんのお弁当楽しみだな。
おやすみなさい。
「…明日こそ…は……」
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5話
「はぁーー、疲れたぁ」
午前中の授業が終わり昼休み。
今日が金曜日ということもあるが、それ以上に疲れを感じていた俺は溶けるように机に突っ伏す。
「だ、大丈夫?珠己くんもの凄く疲れてるみたいだけど…」
隣の儘田さんが心配して声をかけてくれる。
この目線からだと丁度パイオツが目の前に来るようだ、ご馳走さまです。
「このままじゃ死んじゃうかもー、儘田さんが…スしてくれないとー」
「ふぇっ!?なな何をすればいいいのかなっ!?」
うへへへへっ、どうしたどうした?何をそんなに慌てている、何を想像しているんだ~?
清純な女の子だと思っていたが実はスケベなのか?ムッツリスケベなのか~?
やはり、このタイプの女の子は押しに弱い。
ちょっと強引でも素直に受け入れてしまう受け身な性格で、調教しようによってはどんなタイプにでも進化出来る可能性を秘めた素晴らしい存在だ!
まずはそのスケベで厭らしいからだを俺好みに調教してくれるわーー!!
あひゃひゃひゃひゃひゃっ――
「うぐっ…」
「お兄ちゃん、お昼ごはんだよっ♪(殺しますよ?)」
慌てふためく儘田さんを見て愉しむ俺の背に覆い被さり、さりげなく首をギリギリと絞めてくる妹参上。
「ぐるじっ、じぬ…」
完全にキマっているので自らに迫る死を訴えてみるが、満面の笑み(見えないが絶対にそうだ)で首を絞め続ける馬鹿力な我が妹。
「胸ですか?あのデカ乳がそんなにも良いのですか?あんなのただの脂肪の塊ですよ?」
俺にしか聞こえないような小声で胸に対するコンプレックスを囁いてくる貧乳シスター。
「…お兄様は本当に死にたいのですか?」
アァーーッ!!
死ぬ死ぬ死ぬ、本当に死んじゃうーっ!!
徐々に強まる力、これは俺に対する最後通告。
ここで選択をミスったら俺の人生ゲームセットッ!!
全力チョークスリーパーが発動する前にコイツのハートを鷲掴みにする胸キュンワードを搾り出せ、行くぜ俺の恋愛頭脳よ!
「おでは、おばえのその可愛い胸が…《一番好きだぜ!》」
…やったか?腕の力が抜けて…
「はぁぁぁ~~んんっ❤」
妹が俺の胸キュンワードにキュンキュンしてやがるぜ、作戦成功だ!
って、何で自分の妹をトキメかせてんだよ俺!
今日は儘田さんとラブラブお昼ごはんルートだったはずだろうが!
「はぁーっ」
深いため息とともに儘田さんルートに上手く入れない原因を探るが、一重にこの愚妹のせいだと一瞬で思い至る。
そう、コイツはことごとく俺の邪魔をしてくるのだ。
今日だって一日の半分も経ってないのに何度コイツに邪魔されたことか―――。
まずは朝。
本来ならば気持ちよく目覚めて儘田さんとの会話シミュレーションをしながら過ごすのだが、目が覚めた時点で間違いが起きている。
妹が俺の腕に抱きついて寝ているのだ。
昨日の俺の反応に味を占めたのか、今朝はノーブラで密着してきやがった。
(正直スゲームラムラするから)いい加減やめろと言うと『この家にベッドが一つしかないのが悪いのです』と反論された。
確かにそうなのだが、ここは元々俺が一人暮らしをするために用意された部屋だ。
後から勝手に来た新入りはリビングのソファで寝なさい!と言ってやったが即却下。
加えて『正直、お兄様も喜んでおられるのでは?』と俺の股間を見ながら言われ何も言い返せなかった。
違うんだからねっ!別に興奮してるわけじゃ――
それは置いといて、朝ごはんを作ってくれるのはありがたい。味も美味しいし。
けれど、食べるときにベタベタくっついてきたり、無理矢理あーんしてくるのはやめて欲しい。
時間かかるし食いづらくてイライラするから。
そういうのはぺぽちゃん人形相手にやってくれ。
着替えや歯磨きは食器を洗っている時にするから問題ないのだが、チラチラ見てくるのだけはやめてね。
次に学校に行く時。
とにかく俺と儘田さんに会話をさせないように邪魔してくる。
おはようの挨拶をしようとすると天気の話。
昨日のテレビの話をしようとすると気温の話。
今日の授業の話をしようとすると風の話。
何を話そうとしても途中でぶった切ってくるので自然と無言になってしまう。
この会話のインターセプトちゃんが誕生した理由は儘田さんが隣に住んでいることが発覚したためだ。
今朝ゴミ捨てに行く時に儘田さんを見かけたらしく、彼女がどこに住んでいるのか確認するため尾行を開始、住みかを突き止めるもまさかのお隣。
何時から?どうして?諸々の理由を俺が説明すると『お兄様のストーカーですか…排除します』と恐ろしいことを口走り妨害が激化した。
通学路を歩くときも俺の腕をガッチリホールドして道の端に寄せる。
俺と儘田さんを隣同士にしたくないからだろうが、儘田さんに車道側を歩かせるなよ。
それと、妹はとにかく目立つ。
中身は別として、見た目は身内贔屓を抜きにして見てもかなりの美少女だ。
入学式の時点でその名前と顔は校内に知れ渡っている程の有名人。
そんな美少女沙羅ちゃんが男とイチャつきながら登校してるとなれば男の方にも注目が集まるわけで、その正体が実の兄とくれば妙な噂が流れる。
幸いまだ入学してから日も浅いので変な噂は流れていないようだが、このままではマズイ。
妹の度を越えた兄への愛をなんとなく感じ取った者たちからクラスへ、次に学年、最後には学校全体へと誤解は広まっていき間違った認識をされてしまうだろう。
そうなったら俺の青春は終わりだ。
一生妹大好きシスコンお兄様キャラとして弄ばれるだろう。
それに、違うと否定したところでツンデレ乙とからかわれるだけだ。
やれ報われない恋だ、禁断の関係だと歓喜するアブノーマルな人種もいるだろうが、ノーマルな儘田さんには確実に引かれてしまうだろう。
そうなる前に儘田さんを攻略しようと必死に頑張っているのだが、奴の手は俺のオアシスにまで伸びてくる。
そう、学校内でさえ自由は保証されていない。
朝のホームルーム前の僅かな時間や休み時間に傍にいるのは当たり前。
酷いときは授業中にさえ現れる。
数学の授業中、問題を解き終わり儘田さんの方を向いたら不意に目が合って、恥ずかしそうに微笑む儘田さん可愛い~なんてニヤニヤしてたら急に頭に激痛が。
窓の外を見るとジト目の沙羅ちゃんがいた。
どうやら体育でボール投げをやっていたらしく、間違ってこっちに投げちゃったみたいだね、あはは。
お兄ちゃん優しいから三階から全力で投げ返してあげたんだけど軽くキャッチされて今度は顔面に当てられちった。
コントロールと肩の強さが武器なんだね、よーくわかったよ。
…もう嫌だ、これから毎日こんな生活を送るなんて耐えられるわけがない。
こうなりゃもうやけくそだ、多少強引にでも儘田さんを攻略するしかない!
俺に彼女さえ出来てしまえば妙な噂が流れても嘘だと証明できるし、妹も兄と彼女の仲を引き裂くような真似はしないだろう。
兄の幸せを願ってくれているのならな!
よし、まずは戦況を分析しよう。
俺と儘田さんは最近になってからだが、一緒に登下校をする仲になった。
一日一回は会話するし、今日はわざわざ俺にお弁当を作ってきてくれているのだ、多少は好意があるはず…あると信じたい。
そして彼女の男性経験は皆無(多分)、男性から言い寄られたときの対処法は心得ていないはず。
このタイプの子には最初からストレートに好きだと伝えるのではなく、徐々にこちらが好意を抱いていることを匂わせ、自覚させる。
相手が好意に気付き、動揺しているところで伝家の宝刀《壁ドン》を繰り出し一気に決める!
この前読んだ恋愛本が本当ならば、これで見事ゴールイン、薔薇色の青春ライフの幕開けだぜ!
そうと決まれば昼休みに作戦決行だっ!!
―――そして、さっきの首絞め事件へと至る。
作戦を実行する隙さえ与えてくれないなんて鬼か?鬼畜系女子なのか?
だが、俺の計画はまだ終わらん!
頭がイッちゃってる妹は放っておいて儘田さんと屋上で床ドン作戦に切り替える!
「儘田さん!こっち!」
「ふぇ!?ちょっ、えぇー!?」
まだ動揺している儘田さんの手を引いて屋上への階段を駆け上がり、扉を勢いよく開く。
「あ!お兄ちゃん遅かったね」
――コイツからは逃れられないのか。
「いやー、今日は暖かくて気持ちがいいねー!お外で食べるのには丁度いいよー」
呑気なことを言いつつ弁当を広げ始める俺のストーカー。
メチャクチャ豪華な弁当だなおい。
つーか、お前とは一緒に食べる約束してねーから。
「お兄ちゃん、早く食べよ?」
「え、ああ…」
「あ、あはは…」
怖っ!そんな殺気のこもった目で見られたら断れるわけがないじゃないか!
儘田さんも怯えているからやめなさい!
「ま、儘田さんもお弁当作ってきてくれたんだよね?た、食べたいなー」
よく言った俺!
妹の乱入は予想外だが、儘田さんのお弁当を食べるという目的は達成出来るはず!
作戦は全て潰されたが、今は強引にでも儘田さんルートへシフトするんだ!
「うん、沙羅ちゃんみたいに豪華じゃないけど…」
オイーッ!儘田さん若干へこんでんじゃねーかっ!!
いや別に豪華さじゃない、見た目じゃないんですよ!お弁当は味…いや心だよ!そう、真心が一番大事なのです!
だから自信を持って!
「お弁当は見た目が全てじゃないよ。それに俺は儘田さんのお弁当好きだな!昨日食べたのも凄く美味しかったし」
そうです、事実貴女に作ってもらったお弁当は俺にとってどんな豪華で高級な料理にも勝るのです!
「じ、じゃあ、どうぞ」
少し照れている様子の儘田さんからお弁当を受け取ろうとしたその時――
「うわっと!」
いきなり転けた妹に思いっきり背中を押され、お弁当はひっくり返りそのまま地面へ落下。中身が全てこぼれてしまった。
「あっ…ごめ―」
「――っ」
儘田さんに謝ろうとした瞬間に彼女は走り去ってしまった。
「……わざとか?」
「もちろん、わざとですよ♪」
「……最低だな…お前」
♦
「担任の先生には一応連絡したけど…大丈夫?」
「…はい」
「そう、落ち着くまではゆっくり休んでていいからね」
「…はい」
そう言い残し保健室の先生は出ていった。
「はぁ…」
ため息をつきながらベッドに横になり布団を頭まで被る。
私は何をやっているんだろう。
つい感情的になって逃げて来ちゃったけど冷静に考えたら恥ずかしいよぉ…。
お弁当が駄目になっちゃったくらいで泣いて、その後の授業も保健室でサボっちゃうなんて…。
もう高校生なのになんだか小さい子供みたいなことを…引かれちゃったかなぁ…。
「嫌だなぁ…」
珠己くんに嫌われるのも、幼稚な自分も嫌になった私は現実逃避をするように瞼を閉じ意識を手放した――。
『――中出身、御子柴 珠己。趣味は特にありません。』
高校一年生、一番初めのホームルーム。
そこで私は珠己くんと出会い、恋をした。
私は今まで恋愛をしたこともないし、誰かを好きになったこともなかった。
それどころか異性にもまるで興味のなかった私が一目惚れをした。
確かに珠己くんは凄くかっこよくて周りの女の子たちも見惚れていたけど、私は見た目とかじゃなくて、言葉では説明できない何か直感的なものを珠己くんから感じていた。
それが《運命》と呼ばれるモノなのかは分からないけど、とにかくビビっと来たんだ。
だけど恋愛経験がゼロの私には、どうすれば珠己くんとお付き合いが出来るのかが全く分からなかった。
それでも運命が味方してくれたのか、私は珠己くんの隣の席を奇跡的にキープし続けた。
他の子たちよりも大きなアドバンテージを得た私は、私なりにアプローチを頑張ったんだけど…
結局、珠己くんと仲良くなることは出来ずに一年が終わってしまった。
初めの頃は、珠己くんと仲良くなろうとする子たちが周りに大勢いて奥手な私は近づくことさえ出来ず遠くから見守るだけ。
それから暫くして人だかりも落ち着いてきた頃に、話しかけてみようと勇気を出すも珠己くんは何時も寝ていて声をかけられず。
その後もタイミングを見計らって話しかけようとしたけど、何度やってもことごとく失敗。
私、嫌われてるのかな…。
一年間同じクラス、しかもずっと隣の席にいて話しかけることすら出来ないのに付き合うなんて無理なのかなぁと諦めかけていた私はお母さんに相談してみた。
そしたらお母さんは急に笑い出して『やっと恋の相談が来たと思ったら、こんなっ…ぷぷっ』と私を馬鹿にしてきた。
笑い事じゃなくてこっちは本気で相談してるんだけど…と泣きそうになりながら言うと『奥手すぎるわよ、もっと強引にでも話しかけなきゃ何も始まらないし伝わらないわよ!それに夏奈子は素材はいいんだからもっと自分磨きをすれば彼もきっと振り向いてくれるわ』と真剣な顔で言ってくれた。
それから私は春休みを利用して、料理もファッションも女の子らしい仕草も何もかもお母さんから教えてもらい生まれ変わった。
全ては珠己くんと結ばれるために。
女の子は恋をすると綺麗になるって聞いたことあるけど本当なのかも。
今の私は昔の私じゃないみたい。
そんな自信に満ち溢れた私にお母さんから最後にプレゼントがあった。
なんと珠己くんの住んでいるマンションの部屋の隣の部屋を借りてきちゃったみたい。
最初は凄くビックリしたけどお母さんが折角用意してくれたチャンスだし頑張らなきゃ!
そう思って私は今までよりももっと積極的にアプローチをした。
春休みに頑張った甲斐があったのか、珠己くんは私に振り向いてくれて、それからは一緒に帰ったり、お喋りしたり凄く順調だったのに…。
『あっ…ごめ―』
あんな些細なことで――
『儘田さん』
珠己くんの声だ。
最近は毎日のようにこの声が私を呼んでくれる。
少し前までは考えられなかった日常に私はいるんだ。
そう考えれば物凄い進歩だなぁ…。
ここまで何もかも順調過ぎて気が付かなかったけど、私は天狗になっていたのかも。
だからあんな些細なことでここまで落ち込んじゃったのかもしれない。
『儘田さんちょっと…』
気が付けて良かった。
このまま勘違いして告白して振られて色々終わっちゃうところだったよ。
これからは焦らずじっくりと珠己くんと仲良くなって、それから…あんなことや…こんな――
「そろそろ起きたかしらー?って、みこしばーっ!!あんたなにしてんだーっ!!」
「ひぃ、ち、ちがうっ!きいて――」
「問答無用ッ!!」
「おぶっ」
あれ?珠己くんが誰かに殴られて…
「珠己くんっ!?」
「起きるの…おそい…」
ドサッと床に倒れ込む珠己くん。
何がどうしてこうなったの?
「儘田さん!大丈夫だった!?」
「ぁえ、えっと…何がですか?」
保健室の先生が倒れた珠己くんを踏みつけながら聞いてくる。
私の心配よりも珠己くんのほうが…
「この変態が貴女の胸を触っていたのよっ!!」
「ふぇ!?うそっ!?」
う、うそーっ!?さっきのは夢じゃなくて現実!?
だったら私、珠己くんにあ、あんなことや…こんな――
「ちっがぁーうっっ!!」
「ごめんね珠己くん、早とちりしちゃって」
「…まぁ、はい」
まだ少し怒っている珠己くん、本当にごめんね!
「でも、あの人も悪い人だよな」
「確かに…」
あの人、保健室の先生のことだ。
あの先生のせいで凄く恥ずかしい思いをした。
元々珠己くんは、放課後になっても教室に戻ってこない私を心配して保健室に来てくれたんだけど…まだ私は爆睡中。
起こすのも悪いと思った珠己くんは椅子に座って待つことに。
暫くして急に私が珠己くんの手を掴んで抱きしめだして、その力が結構強くて振りほどけず困っているところに先生が来て珠己くんが殴られたと…。
でも先生は最初から見てて分かってたのに敢えて演技をしたんだとか。
私たちの反応を楽しむためだけに…本当に悪い人。
でも、先生のおかげでまたこうして珠己くんと一緒に帰ることが出来ているのには感謝してます。
「あのさ、お弁当…ごめんね」
凄く申し訳なさそうに謝ってくる珠己くん。
「私こそごめんね、ちょっとオーバー過ぎる反応しちゃって…」
改めて思い出すとやっぱり凄く恥ずかしい、間違いなく黒歴史だよぉ…。
「いやいや、お弁当をぶちまけた時のショックは俺も知ってるけど相当なもんだよ。俺も泣いちゃうかも」
「あーっ!馬鹿にしてるでしょ!」
「あはは、ごめんごめん」
「ふふっ、いいよー許してあげる♪」
やっぱり珠己くんとお話しするのは楽しいしとっても幸せな気持ちになれる。
いつかこの人と――
「あっ」
「どうしたの?」
もう少しでマンションに着くというところで珠己くんが急に立ち止まった。
私は不思議に思って珠己くんの視線の先を見ると…
「お、おかえりな…さい」
沙羅ちゃんがエントランス前で待っていた。
「…」
えっ、あっと、珠己くんは沙羅ちゃんを無視して通り過ぎようとしてるけど、どうすればいいんだろう…あの後、私のせいで喧嘩しちゃったのかもしれないし…。
「ま、儘田ーっ…せんぱい…ごめんなさいっ!!」
「えっと、大丈夫…だよ、それにわざとじゃ――」
「ありがとうございます、それじゃっ!お兄様ーっ、謝りましたよぉー!」
「おい!ちょおま、ぐふぉ…」
「……えぇー…」
沙羅ちゃんはいきなり謝ったと思ったら私の返事を聞く前に珠己くんを引きずって行ってしまった…。
なんていうか…うん…凄いハートの持ち主なんだね…。
残された私は暫く呆気に取られていたけど、ずっとここにいて不審者扱いされるのも困るので、仕方無く一人で自分の部屋に帰る。
「ただいまー」
誰もいない部屋に響く声。
さっきまで騒がしかった分、余計に一人が寂しく感じる。
そんなときは早くお風呂に入って、さっさと寝るのが一番だよね。
「んはぁーっ♪」
やっぱりお風呂は気持ちいい!
あったかくてすごく落ち着くなぁ~♪
でも、一つだけ気になることが…
『お兄様、無事ですか?…息が…ない!?気道確保!人工呼吸開始ーっ』
『息してるからーっ!!』
『あぁーん、待ってくださいよぉー♪』
防音対策バッチリな筈なのに聞こえちゃうんだよね…。
沙羅ちゃん、恐ろしい子。
今日もだったけど、これから珠己くんと仲良くなるためには沙羅ちゃんの信頼も勝ち取らなきゃ駄目そうなんだよね。
はぁ、昨年より厳しい状況かも…。
でも頑張ろう、珠己くんは私の運命の人だから!なーんてねっ。
『今日こそはお背中『少しは反省しろっ!』あぅ…』
……私もいつかお背中…きゃっ!
妹の暴走と乙女の妄想は朝まで続く。
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5.5話
休日。
この世の中において大抵の人間が大好きな日。
この日を迎えた者は究極の自由と解放感を手にすることが出来る。
勿論、学生であり帰宅部である俺も例に漏れずそうである…はずだった、だったのだが――
「朝ですよー、起きてくださーい」
布団を剥ぎ取ろうとする何者かによって俺の自由は奪われようとしている。
「折角の休日を寝て過ごすなんて勿体無いですよー」
嫌だ、やめろっ!
恋人のいない学生の休日は、お昼過ぎまで寝ると決まっているんだ!
「…仕方がありません、お望み通り永遠に眠って――」
「起きましたっ!ハイ~ッ!」
休日に寝てたら包丁で刺されて永眠とか、冗談キツいぜ沙羅ちゃん。
思わず伊東さんみたいになっちゃったよ。
「では、朝ごはんにしましょう」
あぁ、スルーですか。
別に気にしてませんけど。
「「いただきます」」
我が家の朝の定番メニュー、ご飯、味噌汁、焼き魚のセットを向かい合って食べる。
妹の入学当初はバタバタしていた毎日だったが、最近ではもうすっかり落ち着いてきている。
しかし、目の前に居るのが妹ではなく他の女の子(美)だったらと何度思ったことか…もう慣れたが。
…いや待て、それでいいのか?いや良くない。
妹と何時でも一緒の生活に慣れてしまっていた自分が怖い、妹の洗脳か…このままでは気が付いたらシスコンになってしまっていた!なんてオチになりかねんぞ。
彼女だ彼女!
彼女を作って青春するために高校へ来たのだろう、珠己よ!
すっかり落ち着いてしまった日常に流されて、人生最大の目的を見失うところだったぜ。
「…」
よし!俺の自由を奪う妹を睡眠薬で眠らせることに成功した今、俺が高校に進学した理由を二度と見失わぬようにこれまでの人生とともに思い返すとしよう―――。
灼熱の太陽が眩しい夏真っ盛りな季節に桜田家の長男として生まれた俺こと珠己。
生まれも育ちも東京で、根っからのシティボーイ。
父は有名企業の社長で母は専業主婦、妹が一人の四人家族でとても裕福な家庭だった。
当時の俺は自分で言うのもなんだがイケメンで金持ち、頭も良くて運動神経抜群だったので滅茶苦茶モテたし、人気者だった。
もーモテすぎて毎日がバレンタインみたいな感じだったね!ははっ、イケメンジョークさ。
そんな順風満帆な人生を送っていたある日、いきなり引っ越しをすることに。
突然のことに驚き、母親に理由を聞いたが何も答えてくれなかった。
しかし小六の俺はアホではないので直ぐに察した。
妹は…言わずもがな。
そうして俺の小学校卒業と同時に母親の実家へ。
名字も御子柴に変わり、中学に通い始めたのだが…酷い。
何が酷いのかというと、女子のレベルだ。
何様のつもりだ!とか言われるかもしれないが、実際にこの状況を目の当たりにすればそんなことは絶対に言えない。
都会だとか田舎だとか全く関係なく、全国平均を大きく下回っている。
俗に言う下の下のげ――
とにかく、絶望した。
中学生になったら初めての彼女ができ、人生における青春の酸いも甘いもそこで学ぶのだと思っていた俺にとってここは地獄だった。
毎日が妖怪大戦争だなこれは、イケメンジョー…
取り敢えず中学は諦めて高校で彼女を…とか一瞬思ったが、まず近くに高校が無い。
この地域に住む人々は中学卒業と同時に実家の仕事を継ぐため、高校には行かないようで高校は全て無くなったそうだ。
また、他所の地域の高校に行くとなるとお金と時間が凄くかかる。
両親が離婚して貧乏まっしぐらな俺に選択肢は初めから無かったのだ。
俺はこのまま妖怪退治…ではなく、のんびり農業をして生きて行くのだと決心した。
それからの日々は、とにかく退屈で色の無いモノだった。
学校では何が起こる訳でもなく、ただただ椅子に座ってボーッとしてるだけ。
勿論、俺には霊感や特別な力など無いので妖怪の声も聞こえないし、見えたりもしない。
家にいるときもテレビを見ながらゴロゴロしたり、漫画を読んだりしてるだけ。
休日も祖父母の手伝いをして、お茶飲んで寝るだけ。
毎日が同じことの繰り返しで青春の欠片もない、お爺さんみたいな生活を送っていた。
そんな身も心もすっかりお爺さんになっていた俺に転機が訪れた。
離婚のショックでどっかに行っていた母から電話が掛かってきたのだ。
内容は『東京の高校に行きなさい』とシンプルな命令だった。
勿論、お爺さんな俺はお金とか手続きとか色々無理だろと断った。
しかし母は『残念、あんたが大好きだったあの子もそこに居るのにねぇ~』と過去の思い出を語りだした。
甦る初恋の記憶、甘酸っぱい青春の思い出。
そこで俺は完全に目を覚ました。
周りの空気に流されお爺さん化していたが、俺はまだ十代じゃないか!青春ど真ん中の年代、今青春しなくてどうするんだ!そう思った俺は東京の高校へ行くことを決めた。
母の口車にまんまと乗せられた感が否めないが、この際そんなことはどうでもいい!
折角のチャンスを掴むことだけを考えるのだ!
そこから俺は、失われた青春を取り戻すために死に物狂いで勉強をした。
こちらへ来てからすっかり沈黙していた息子のリハビリも夜中にこっそりやった。
勿論、JKモノでしか抜いてない。
そして、覚醒した俺は見事合格を果たした。
この異空間から一刻も早く脱出したかった俺は中学卒業と同時に上京。
新しい我が家となるマンションに到着した時にはおったまげた。
見た目は普通なのに部屋の中に入ってみたら、とにかく広い。
三年間の田舎生活の反動もあるのだろうが…高校生の一人暮らしには広すぎる2LDKだったのだ。
え、俺の価値観おかしいのかな?都会の子供たちにとっては普通なのかな?とか思いつつも夜遅くだったためその日は寝た。
次の日からは学校の準備や買い物等で大忙しだったが、久しぶりの都会にテンションあげぽよ~♪え、古い?気にしない気にしない。
都会のJKのスカートの短さに興奮したり、逆ナンやスカウトをされて天狗になったり、もー大忙しだったよ。
でも、生きてるって感じがするっ♪
そしてあっという間に高校の入学式。
そう、これこそが大本命。
俺は初恋の女の子《向井戸さん》に会うためにこの高校に入学したんだ!待ってろ、俺の青春!
そう意気込んでいたのだが、向井戸さんは見つからなかった。
クラスの女子たちを無視してまで校内中を捜し回ったのに見つからなかったのだ。
絶望、そして怒りを覚えた俺は母に鬼電した。
数十回かけたところでようやく電話に出た母に騙しやがったな!と言う半泣きの俺。
しかし母は『騙してないわよ。それよりもあんた、入試の成績が最低だったらしいわね』と痛いところを突いてきた。
さらに『こっちはあんたが特待生で入ると思ってたからその部屋を借りたのに大誤算だわ!今年は何とかなったけど、来年の学費は払えないからね』と追い討ち。
なんて無計画な人なんだと思ったが、母は基本的に嘘はつかない。
払えないと言ったからにはマジで払ってくれないのだろう。
ならば自ら金を調達するまでだと考えたが、うちの高校はバイト禁止だ。
母への怒りも学費が払えないという金銭的な問題の発生により消え去っていた。
とにかく、当面の目標が学費免除のため特待生になることになってしまった俺のスクールライフは、またもや色を失った。
授業が始まった最初の頃は流石に名門校に合格した者たちだけあって皆優秀であったが、暫くして学校生活に慣れると遊びや恋にかまける連中が現れる。
どこの高校でも同じことだし、高校生であるならば普通のことだろう。
俺はそんな連中を心のなかで嘲笑いながらひたすら上を目指し勉強した。
一ミリも羨ましいとは思っていないが、取り敢えず爆発しろ。
そして迎えた中間テストの結果は二位。
恋愛馬鹿どもは軽く越えてやったが、上位のエリートたちとは僅差の争いとなった。
一位には少しばかり点差をつけられ敗れたが上出来だと思う。
このまま上位をキープし続ければ特待生コースまっしぐらだろう。
すっかり安心した俺は帰宅後、母に電話しテストの結果を伝えた。
すると母は『はあ?何で二位なの?一位を取りなさい、それも満点で!これからテストで満点以外を取ったら家賃も払わないし、高校も辞めさせて実家に帰ってもらうから!』と大激怒。
そんなの無理だと言う前に電話が切れた。
二位じゃダメなんですか、鬼ですか。
クソッ、理不尽で意味不明な要求だが、高校を辞めてまたあの地獄に戻るという選択肢は絶対に無い。
他の道も考えてみたが、このまま黙って勉強するのが一番マシだと俺は思う。
テストで満点さえ取れればあとは自由、青春し放題というわけだろう!
ならばやるしかない、輝かしい未来のために多少の犠牲は付き物だ!!
そうして開き直った俺は全てを捨て、ただただ勉強をする恐怖のマシーンと化した。
授業中は教科書の問題に加え持参した問題集を解き、家に帰れば母が監視のため送り込んだ自称家庭教師の田中さん(男)が用意したよく分からない教材を永遠にやり続けた。
睡眠は学校の休み時間や学校行事の時、日曜日の夜だけで連休や夏休みなんかは寝てると田中さん(スキンヘッド)に叩き起こされたりもした。
食事も寝ながら食べるという技を田中さん(デカイ)から伝授され、マスターした。
毎日毎日、来る日も来る日も、暑い日も寒い日も勉強勉強勉強勉強……そのうち死んじゃうんじゃないかというくらいは勉強したと思う。
勉強し過ぎて記憶も思い出も消し飛んだよ。
よくこんなんで知識が身に付いたなぁと思うが、実際にこのような方法で俺は一位を、満点を取り続けた。
こうして俺の高校生活一年目は田中さん(グラサン)と共に終了した。
無事に高校デビュー(笑)を引きずり下ろし、特待生になった俺は母にまたまた電話した。
すると『一応合格ね、浮いた分の学費はあんたの口座に振り込んどくから好きに使いなさい。それとこれからも勉強はきちんと続けるのよ、んじゃ』……おい。
嘘じゃん、嘘つきじゃん!
学費が払えないのも高校辞めさせるとかも全部嘘なんじゃん!
結局俺に勉強させるための脅しだったのかよ。
『冷静に考えれば分かることでしょ?あんた本当にバカね』と頭の中の鬼畜オカンが…俺氏泣いた。
違うんです、純粋なんです俺!
ママンが離婚してから出来るだけ言うことを聞いてあげようという息子の良心が働いて…もういいや。
何はともあれ人間に戻った俺はむーちゃんこと向井戸さんのことは母の嘘だったと諦めて、他の女の子と青春しようと決めて高校生活二年目を迎えたのだった。
――そして儘田夏奈子という美少女と出会い、妹が現れ色々あり現在に落ち着いたという訳だ。
長々と己の人生を振り返ってみた訳だが…
何だか悲しくなってくるよ、色々と。
青春を取り戻すために高校に入った筈なのに青春を失っている気がする。
まぁ、過ぎ去ったことは仕方が無いと割り切るしかないのだろう。
それもまた青春なのだと、あははっ♪
それに今は俺を縛るものは何もな…
「はっ!眠ってしまっていた!」
あったわ。
そう、我が妹ブラコンの沙羅ちゃんだ!
母に続き妹までもが…鬼畜かっ!
まぁ、この間のお弁当事件でガチ説教をしてからは儘田さんに対しては多少好意的になったが…
「お兄様!着替えてください、これからデートをする予定でしょう!」
相変わらずのブラコンだ。
デートの約束なんてしてないぞ。
だが断ったら殺されるので素直に従う。
「それでは、しゅっぱーつ!」
「おー」
はぁ…彼女を作るのも大変なのに妹の妨害まであるなんて人生ハードモードだぜ。
昔に戻りたい…なんて言っていられないので、まずは妹からどうにかしないとな。
『それでは皆様、カップル限定ラブラブスタンプラリースタートでーすっ!!』
まだまだ俺が望む青春までは遠いようだ。
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