うちのサーヴァントは文学少女可愛い (Ni(相川みかげ))
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無印編
1.呼び出したのは色物サーヴァント


イベント予告を見て衝動的に書いた。本編で全然性格が違っても俺は知らん。


 3月 1日 晴れ

 

 なんか知らんけど死んでた。そして生き返った。

 ……いや、冗談じゃなく。信じられないだろうけど。ってか自分が一番信じてない。

 

 自分で言うのもなんだが俺はただの高校生だ。いつも通り、スマホ片手にFGOの宝物庫を周回しながら登校してたら急に視界がブラックアウト。

 目を開けたら「お前死んだから。fateの世界に転生しろ」(要約)と言われて、1LDKのマンションに強制転移。そして今に至る。必要最低限の家具だけがあるマンションの一室。窓からは慣れ親しんだ日本の家屋が並ぶ街並みが見える。多分ここは冬木市なのだろう。うん、自分で言ってて頭が痛い。我、片腹大激痛である。

 

 ……本当どうしよう。fate世界とか死亡フラグ満載すぎて俺みたいな一般人が転生しても人知れず死ぬ予感しかしないんですけど(名推理)。日記なんて書いてる場合じゃねえ!

 一応、姿見で確認した俺の外見は元のままだ。正義の味方を目指す衛宮某やフランシスコ・ザビなんとかや人類悪・『ガチャ』を司るビーストの姿じゃないから物語の本筋に関わる訳ではないのだろう。無いと信じたい。

 

 そもそもfate世界は平行世界が多すぎて今、自分がいる世界が何処か全くわからん。基本ギャグのカニファン時空だったらいいんだけどなあ……そんな訳ないんだろうなあ……Apocrypha時空でルーマニアが聖杯戦争の被害地になってくれればいいのに。

 

 まあ今いる世界がどの時空かはこの際どうでもいい(よくない)。問題は光る玉から与えられた能力である。どうやら俺は魔術師になったらしい。このまま30歳になったら魔法が使えるようになるのだろうか?

 魔術回路はちょうど30本。オンオフは最初から出来るみたいだ。無駄に気が利いているけど魔術の知識がないから宝の持ち腐れだ。むしろ魔術師というだけで死ぬ確率がグンと上がった。この世界は庇護を受けていない魔術師にとても厳しいのだ。我はつらい。とてもつらい。

 

 まあ、当然これだけで放っぽり出されても即死するだけなのでまだ特典はある。なんとサーヴァントと同じようなスキルが3つも身についているのだ。

 

 一つ目のスキルは『黄金律 C』!あのニーベルンゲンの歌に登場する英雄ジークフリート(すまないさん)を上回る効力だ。これで金銭には困らない人生を約束されるぞ!当然戦闘には役に立たないぜ!

 

 二つ目のスキルは『支援魔術 D』!魔術の知識がなくてもFGOのスキルが使えるぞ!ただしゲーム通り戦闘能力は皆無だぜ!

 

 三つ目のスキルは『直感 E-』だ!ピンチになるといい考えが浮かぶかもしれないぜ!ランクが低いから過信はせずに逝こう!

 

 ……根本的な解決になってないじゃねえか!

 

 回す方のノッブを見習って自分に強化魔術かけて起源パンチ☆でもすればいいのか?わからん。たすけて。

 

 まあいい。どうせこれらは全部オマケだ。最後の特典のコレがまだある。

 いつの間にか首から下げられていたペンダント、その先の小型の聖杯のアクセサリー。これは魔術礼装で原作の大聖杯やムーンセルと同じようにサーヴァント召喚の補助をしてくれるらしい。

 

 たった一度しか使えないし、令呪もないし、呼び出されるサーヴァントは大幅に弱体化しているがそれでも魔術師相手には戦力が有り余るレベルだ。

 

 まあ、問題は令呪も無いのに触媒なしで縁召喚しか出来ないって点なんですけどね……サーヴァント達の聖杯にかける願いに関しては知らない。使い方だけでそういう問題点は何にも教えてくれなかったからな。

 その点は無視するにしても果たして俺なんかに歴史に名を残す英雄(サーヴァント)が従ってくれるのだろうか?俺が支払えるものなんて何もないぞ。特に大義もない。ただ俺がこの世界で生きるための手助けをしてくれと頼まなければいけない。こんなの悪性のサーヴァントを呼び出したらその瞬間に首チョンパまであり得る。

 

 ……ステラさん程の人格者じゃなくていいから、せめて落ち着いて話を聞いてくれる善性のサーヴァントが呼び出されてくれないだろうか。

 

 ……何にせよ、サーヴァント召喚をするしか無いみたいだ。これが最初で最後の日記になるかもしれないな。いや日記じゃなくて遺書になるな。……上手くいったならこの続きを書こう。ちゃんと毎日書いてこの遺書を日記にしてやろう。

 

 どうかマトモなサーヴァントが召喚されますようにっ!

 

 

 

 

 遺書代わりに愚痴を書き込んだノートを閉じる。

 これから一世一代の賭けに出るとは思えないほど、心は落ち着いていた。状況確認のために色々書き込んでいる内に整理はついたらしい。転生したって物語の主要人物じゃないのだ。俺がここで失敗しても物語は成り立つ。そう考えれば気楽なものだ。

 元の世界に帰れるとは思えないし、このまま魔術師共の玩具になるくらいなら拾った命でもなんでも賭けてやるさ。

 

 原作のように長ったらしい詠唱はいらない。ただアクセサリーを握りしめて魔力を込める。ただそれだけだ。

 魔術回路を開き、慣れない感覚に戸惑いながら聖杯型アクセサリーに魔力を流し込む。

 密閉された室内に何処からか風が吹き荒れる。絨毯も敷かれていないフローリングの床に光で魔法陣が描かれる。

 体から何かが抜け落ちていく感覚に身を任せ、俺を手助けしてくれるサーヴァントの事を思う。

 果たしてどんなサーヴァントが呼び出されるのだろうか。出来ればちゃんと話を聞いてくれるサーヴァントだといいな。……いや、俺が呼び寄せるんだ。これから俺が生きる手助けをしてもらうサーヴァントだ。そんな受け身じゃなくて自分の意思で願うべきなんだ。

 大きく息を吸い込んで、気合を入れる。自分の未来を掴むために、より良いサーヴァントを引き寄せようと俺は大きく叫ぶ!

 

「―――誰でもいいから可愛い女の子来いっ!」

 

 ……正直、その掛け声は自分でもどうかと思った。

 

 だが、そんな煩悩まみれな思いにも聖杯は答えたらしい。風がより一層大きくなり、魔法陣が大きく光り輝く。

 

 光が止み、目を開けた先に人の身を超えた存在が顕現していた。

 

 髪の色は色素が抜けたようなくすんだ金、髪と同じ金色の目からは強い意志が感じられる。肌は病的なまでに白く、だけどそれが彼女の魅力を引き出している。そして……

 

 ……シンプルな飾らないデザインの眼鏡。首元を覆う赤のチェックのマフラー。藍色のセーラー服。その上に紺色のパーカー。黒のブーツ。

 

 そのサーヴァントは今風のファッションに身を包んでいた。

 

(…………色物サーヴァントだーーーーっ!?)

 

 気怠げな体を何とか支え、その姿を確認した俺は長い沈黙の後、心の中でそう叫んだ。

 

 いや!確かに美少女だけど!なんか違う!巌窟王さんがここにいればいい顔でツッコミを入れてくれたに違いない。

 

(アルトリア顏、眼鏡っ娘、学生服……いい加減にしろよ武内。ってそんな事言ってる場合じゃない!どう見ても色物だし、なんか変な格好してるけど間違いなく彼女はセイバーオルタ!俺の勝手な用事で呼び出したなんてバレたら速攻で殺されるぞ!?)

 

 畜生、賭けは失敗か!いや、まだだ!ギャグ時空ならジャンクフードを大量に貢げばもしかしたら命だけは勘弁してもらえるかもしれな……

 

「マスター?」

「ぴあっ!」

 

 俺の動揺を見透かしたのか彼女が声を掛けてくる。情けない声が出てしまうが、腰を抜かさなかっただけでも頑張ったと褒めて欲しい。

 しかし、そこから何を言えばいいのかなんて全く頭に浮かばなかった。俺が召喚の疲労感と緊張で口を閉ざしていると彼女の方から再び声を掛けてきた。

 

「サーヴァント狂戦士(バーサーカー)です。マスター、表情が優れないみたい、だよ?寝ていた方が良いんじゃないかな?あ、お粥でも作ろうか」

 

(……天使かっ!)

 

 俺は一度でも彼女を恐れた事を恥じた。可愛いは正義!ヤッター!

 

 

 

 

 3月 2日 晴れ

 

 1日空いてしまったけど日記の続きを書こうと思う。

 

 Xオルタちゃん可愛いヤッター!やっぱりセイバー狂いのアサシンと違って俺のバーサーカーは最強だな!

 

 召喚の後、彼女は甲斐甲斐しく召喚の影響でマトモに動けない俺の世話を焼いてくれた。元があの王様だとは思えないぜ。青はオワコンとか言ってスミマセンでした。

 

 属性盛りすぎかよと思ったけどあの謎のヒロインXのオルタ体ならそれも頷ける。むしろなんでアレからこんな天使が生まれたのか。

 

 今日1日はずっと家に居たのだが、こちらの世界の情報を備えてあったパソコンで調べていた俺の背中に寄りかかって彼女は部屋にあった本を読んでいた。時折彼女が鼻唄を口ずさんだりしていて、なんだか微笑ましいなって思った。

 

 言葉数は少ないけど、俺に友好的で、なんかいい匂いするし、一緒にいると安心するというか……うん。

 

 彼女がいれば、俺もこの世界でなんとか頑張っていけるかもしれないな。

 

 

 

 



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2.和菓子好きなえっちゃん可愛い!

書いたら出ました!ソルトありがとう!

みんなも推し鯖のSSを書こう!

絆上げも終わったので投稿。


 3月 4日 晴れ

 

 今日は買いものに行った。4月から小中高一貫の穂群原学園に2人で編入する事になるから必要な物を買いに行ったのだ。

 

 ちなみに穂群原学園に入学しろというのは光る玉の指定である。泣きたい。他の学校に行ってXオルタちゃんと平穏な生活を送りたい。特に命令はないけれどこうやって細かな指定をされてる当たりどうあっても逃れられない運命なのだろう。fateだけに。

 

 戸籍はなぜか俺とXオルタちゃんの2人分登録されていたから、魔術師に調べられても不自然なところはないだろう。これも光る玉の仕業だろう。無駄にハイスペックだ。どうせならもっと戦闘方面にも気を使って欲しかった。

 

 お金はどうしたかって?ああ、持ち主不明の複数の口座から俺の口座に大量に振り込まれてたよ。多分『黄金律』のおかげなんだろうけどもう一種のホラーだったよ!……これ、何かの犯罪だと思われないのだろうか?不安だ。まあ、遠慮なく使っていくけど。

 

 そんな事を考えながら、店を回っていくと、隣を歩くXオルタちゃんが「マスターさん、休憩を所望します」と言ってきた。

 

「実は私これでも自他共に認めるインドア派なので。……ぶっちゃけちょーダルい、です。もう帰りたいです。でも頑張ります。なので、ここは英気を高めるためにもどこかで休みましょう。私は甘い物が食べたいです」

 

 そうやってこちらをじっと見つめるXオルタちゃん。インドア派ってのはなんとなく察してたけど外に出るのもめんどくさがる自堕落ガールだったとは……でも、休日の時は俺も大体そんな感じだし強く何かを言うことはできない。むしろそういう所も可愛い!考え方を変えればずっと家デートだよ!好きな本を読みながら聖母のような微笑みを浮かべるXオルタちゃんの横顔を見ながら一日を過ごすんだ。ああ、理想郷(アヴァロン)はここにあったんだな。もう俺死んでもいいわ(死んでる)。

 

 ……あれ?でもこの3日間、家事が全く出来ない俺の世話を焼いてくれていたけど。もしかして迷惑、だった?

 

「そんなことはありません。あれは露骨な好感度かせぎ、です。一応、私、ヒロインなので。ふふふ……めんどくさがりだけど、実は家庭的な同居人サーヴァントの私にマスターさんはメロメロなはず、です」

 

 打算的なところも可愛いよXオルタちゃーん!気立てもいいし、料理も上手いし、これはベストオブさいかわサーヴァントの称号を授かってもいいころなのでは?(錯乱)

 

 そんな訳で何処かに寄ることにした俺たちが向かったのは甘味処、今で言う和菓子カフェのような場所だ。メニューの端から端まで豪快に頼んだ彼女は次々と並ぶデザートの数々を見て目を輝かせる。

 

「はわわ……抹茶とお団子、餡子におぜんざい。和菓子がこんなに沢山……!やはりここに来てよかった……!」

 

 もきゅもきゅとそれらを平らげていくXオルタちゃん。見ているだけで胸焼けしそうだけど、本当においしそうに食べるなあ。

 

 ……もしかして、セイバーオルタのジャンクフード好きと違って、Xオルタちゃんは甘い物好きなのかな?

 

「む、別にそういう訳では無いのですが……私の魔力転換炉『オルトリアクター』の維持には糖分が不可欠で。それには手作りの和菓子が最適なのです。ええ」

 

 ようし!何を言ってるかよくわからないぞう!でも可愛いよ!

 

「和三盆糖の成分バランスが最大効率です。あとお茶も欲しいです。なるべく老舗の店の高価な奴だと嬉しい、です」

 

 ……もしかして、俺の召喚に応えてくれたのもそれが理由?

 

「確かに和菓子食べ放題という言葉には心の9割くらいを惹かれましたが……もちろんそれだけではありません、よ?」

 

 なぜ、そこで疑問形……甘い物を餌にしたらふらふらとついてきそうだ。やっぱり腹ペコ王じゃないか!可愛い!

 

「私はいずれ、我らが怨敵……いえ我が生涯のライバルとの勝負に決着をつけなければ、です。そのためにも今は色んな事を学んでいるのです」

 

 あ、そういう設定なんだ……

 悔しいなあ。俺が死ぬ前に彼女がFGOに出演していたらバイトで貯めた金を全放出してでもガチャを回したのに。やっぱり彼女はセイバーウォーズ復刻で登場したのだろうか?……あー、せめてバレンタイン復刻まで生きていたかったなあ。最後にプレイしたイベントが監獄島復刻イベとか死んでも死にきれないよ……あ、エドモンさんは好きだよ。

 

「新たな地で、優れた(マスター)を求めよと我が師アグラヴェイン卿はおっしゃいました。……マスターさんはまだまだ未熟だけど、それは私も同じ、だよ。だから、一緒に頑張ろう、ね。……あ、すみません店員さん。メニューの端から端まで全部下さい」

 

 頑張りゅうううううううう!!!!!俺、Xオルタちゃんの背中を守れるくらい強くなりゅうううううううう!!!!!

 

「あ、それと、いつまでもXオルタちゃんではあれですし……そうですね、えっちゃんとか、どう?」

 

 えっちゃん可愛いヤッター!

 

 

P.S.帰り道に商店街で制服姿のイリヤたそを発見。多分ここプリズマ☆イリヤ時空だー!ヤッター!

 

 

 



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3.教会にて

長くなっちゃいました…あと今回日記要素薄めです。


 3月 7日 雨

 

 自由とはこういう事なのだろうか。最近、そんな事をひしひしと感じるようになった。

 

 慌ただしい社会を傍目にえっちゃんと一緒にゴロゴロするだけの日々。ああ、なんと素晴らしい世界なのだろう。こんな世界がいつまでも続けばいいのに。

 

 ……そう。こんな世界は続かない。早ければ今宵にでもこの幸せは崩れさるだろう。シェイクスピアはこう言いました。“悲報が訪れる時は、(When sorrows come, )軍団で押し寄せてくる(they come not single spies. But in battalions.)”と。

 

 停滞する者に真の平穏は訪れない。苦しくても、前に進む者のみが幸せを享受する権利を掴めるのだ。という訳で……

 

 ―――えっちゃん。ちょっと出掛けない?

 

「お外もまだまだ寒い、です。パスでお願いします」

 

 ―――帰りに和菓子屋に寄ろうと思っていたんだけど……

 

「何をしているのです、マスターさん。行きましょう。餡子が私を待っています」

 

 ……相変わらず現金な子だなあ。ま、そういうところが可愛いんだけどネ!

 

「ところで、何処に行くのです?」

 

 んー……ちょっとね。―――カミサマにでも祈りに行こうかな、と。

 

 

 

 

「……此処に人が来るとは、珍しい事もあるものですね」

 

「そういうアンタも中々な物好きだね。カレン・オルテンシア。……特にその服が」

 

「……これは、ファッションです。……魔術師(メイガス)、一体何が目的なのです」

 

「強いて言うなら……幸せ、かな?今もカミサマにお祈りしていた所さ」

 

「とても、魔術師とは思えない言葉ですね」

 

 普段は、人も寄り付かない寂れた教会。冬木教会。そこで俺はスカートを履き忘れた痴女シスターと相対する。……いや、今は養護教諭をしているんだったか。

 

「魔術師、惚けずに答えなさい。町中での大規模な術式の行使。これは貴方の仕業ですね」

 

「正解。流石は聖堂教会の監視者。これくらいの事はお見通しか」

 

 ……流石、聖堂教会。やっぱり気付かれてたか。

 作中では10年前からアインツベルンの聖杯が眠る大空洞を監視していたと言っていた。そんな連中が側にいる中で英霊召喚などをすれば気付かれても可笑しくはない。

 

「もう一度問います。貴方の目的は何なのです」

 

「さあ?さっきの答えで納得してくれないなら俺にはもう答える事がないや。コッチも命じられてやってるからさ」

 

「……問い方を変えます。貴方の雇い主とその目的を吐きなさい」

 

「さあ?それも解らないね。俺には何にも教えてくれなかったから。ああ、でも雇い主なら知ってるぜ。……アンタらの信じるカミサマさ」

 

「……埒があきません、ね」

 

 カレンが溜息交じりに言葉を呟いたと同時に、空気が変わった。

 ……それを俺が知覚出来たのは奇跡と言っても良かった。きっとランクの低い『直感』スキルが働いたのだろう。

 ―――まさか、空からバーサーカー女が拳を叩きつけてくるとは。

 まあ、気付いた所で俺にはどうする事も出来ないんですけどねッ―――!!!

 

 ドン!と教会が大きく揺れた。

 

「……サンキュー、えっちゃん」

 

「これでも、サーヴァントですし。マスターさんを守るのは私の仕事です。……ダルいけど」

 

 その暴力が俺を襲うことはなかった。俺のサーヴァントはしっかりと、敵の攻撃を認識していたからだ。

 

 来る途中に買ったあんまんをもきゅもきゅしているえっちゃんに首根っこを掴まれながら、俺は下手人を見下ろす。

 

 大きくヒビ割れた礼拝堂の床と巻き込まれて破壊された会衆席。その中心で此方を睨む封印指定執行者―――バゼット・フラガ・マクレミッツを。

 

「……仕留め損ないましたか。そして、其処に居るのはやはり英……え、英霊?」

 

「……」

 

 バゼットとカレンは、霊体化していたえっちゃんの存在を予想していたようだ。しかし、その姿を見て分かりやすく動揺していた。無理もない。俺も初めて見たときはそんな感じだった。

 

「……魔術師。其処の英霊の服装は貴方の趣味なのですか?汚らわしい」

 

「おう、えっちゃんを馬鹿にするのはそこまでにして貰おうか。あと服装に関しては俺はノータッチだ。ストライクゾーンど真ん中だけどな!」

 

「ポルカミゼーリア。控えめに言って貴方、最高に気持ち悪いわ」

 

 先程までの警戒した様子が僅かに緩まり、カレンからは俺に対する軽蔑の念が感じられる。……何か今の発言は可笑しかっただろうか?えっちゃんはベストオブさいかわサーヴァントだというのに……

 何故、軽蔑されたのかはよく分からないけど、とりあえず気を引き締めて、悪役ロール(・・・・・)を続ける。

 

「まったく、まさか封印指定執行者までいるとはね。まあ、都合がいいや……ところで教会の修繕費って当然そちら持ちっすよね?」

 

「安心しなさい。全てが終わった後でそこの脳筋女に全額請求しますから」

 

「え」

 

「ああ――安心した。これで落ち着いて話が出来る」

 

「待ちなさい、やれと言ったのは貴女では――」

 

 思わぬ方向からの援護射撃に戸惑うバゼットを放置し、俺とカレンは話を進める。

 

「不意打ちなんて穏やかじゃないね。そんなにも俺が怖かったのかい?」

 

「否定はしません。警戒していたのは貴方ではなく、其処の英霊ですが」

 

「……やっぱりバレてたんだ。そりゃそうか。此処では10年前、聖杯戦争が行われたんだから。英霊の気配に敏感になる筈だ」

 

「どうします、マスターさん?処す?処す?」

 

 隣でえっちゃんがバーサクしてる。可愛いなあ……ハッ!そうじゃなくて。

 

「なあ?カレン・オルテンシア、バゼット・フラガ・マクレミッツ。アンタ達は俺を排除するつもりで来たのかい?」

 

「……いえ、私に命じられた指令は冬木で観測された召喚術式の調査です。交戦は場合に応じて判断せよとの事です」

 

「……敵の質問に何を馬鹿正直に答えているのですかこの脳筋女」

 

「……今のはブラフです。まんまと引っかかりましたね魔術師!」

 

「聞かなかった事にするよ、ダメットさん」

 

「そうですね。貴女はこれでも封印指定執行者。まさか敵を前にして失言をするような迂闊な真似はしないでしょう?ダメット・フラガ・マクレミッツ」

 

「あまり舐めていると吹っ飛ばしますよ?」

 

 やっぱりバゼットさんはダメットさんだったんだね!……お巫山戯はこのくらいにするか。ここで上手く交渉できないと俺には後がない。

 

 俺の出せるカードはえっちゃんの召喚に利用したペンダントくらいなものだ。しかし、それは利用したら聖杯戦争の存在が多くの人間に広まる可能性が高い鬼札。必死に家族の為に頑張っている綺麗なケリィにぶっ殺されること間違いなしである。

 等価交換が常の魔術師との付き合いで切れるカードが一枚もない。それが今の状況だ。相手の機嫌次第でモルモットコースに直行である。……やっぱり帰りたいなあ。

 この会話で、俺はカレンとバゼットから最低限の譲歩を引き出さなければならない。―――その為には、何だって利用する。

 

「――それにしても、良かったな、アンタら。命じられた指令が調査だけで」

 

「それはどういう事です。まさか英霊がいるからなんて寝ぼけた理由ではないですよね」

 

「違うさ。カレンさんは兎も角、バゼットさんは封印指定執行者、そして現代を生きる伝承保菌者(ゴッズホルダー)だ。俺たちを倒す事だって出来るだろうよ」

 

「なら……」

 

「簡単さ。俺は倒されちゃダメなんだよ」

 

「……どういう意味です」

 

 食いついた!このまま嘘八百でペースを持っていく!

 

「そもそも考えてみろよ。英霊召喚なんて魔術師個人の能力で出来る訳がないだろう。それなのに今此処にサーヴァントがいる意味は何だと思う?」

 

「……まさか、此処でまた聖杯戦争が起こるとでも?」

 

「ああ、その通りさ。といっても俺は参加者(プレイヤー)側じゃないんだけどね。……そもそも今回の聖杯戦争にはプレイヤーは存在しない、らしい」

 

「らしい、とは?」

 

「最初に言っただろう。俺は命じられてるだけだ。英霊の力を駆使して事態を収束せよ、ってね。……そいつは魔術師の間では『抑止力(・・・)』って言われてるらしいぜ?俺にとってはカミサマと同じようにしか感じられなかったけど」

 

「な……!」

 

 俺の言葉に絶句するバゼット。魔術師にとってこの言葉は嘘で済ませられるものではないのだからこの反応は当然と言える。

 

「仮に、それが本当だとして。貴方を倒せない理由にはなりません」

 

「分かってるだろう、カレンさん。『抑止力』が働いているって事は、そうしないといけないって事さ。英霊の力を駆使しないと大変な事になる程の事態がね」

 

「それが聖杯戦争、だと?」

 

「さあ?知らね。俺には何にも教えられていないって最初に言ったろ?……まあでも。信じられないなら俺らを殺せばいい。その時は勝手に滅びるだけだろ」

 

 もちろん、この会話は全て嘘だ。だけど、俺が交渉のカードを持たないように、カレンとバゼットには俺の言葉を否定する材料はない。逆に俺の言葉の信憑性は隣にいるえっちゃんが高めてくれる。英霊が召喚されている事。これが何よりの武器になる。

 所詮は嘘だ。見破られればどうしようもない。だけど、俺は一貫して「詳しい事は何も知らない」事を主張している。見破る情報があったとしてもそれが俺の嘘には繋がらない筈だ。

 さあ、この状況でアンタ達は俺に何か出来るのかよ!

 

「……信じた訳ではありません。しかし、それは貴方を倒せない理由にはなっても貴方を見逃す理由にはなっていません」

 

 ……何とか、最低限の譲歩は引き出せたか。これで俺が即座に魔術師の実験動物になる事はない。

 なら後は俺の都合の良いように持ってくだけだ。

 

「ああ、そうさ。だから俺から一つ、提案があるんだ」

 

「提案?」

 

「ククッ……ハハハハハハッ!」

 

 仕上げだ。これまでの黒幕&悪役ロールを最大限に利用する!

 

「―――調子乗っててスミマセンっしたー!何でもするから助けて下さい!」

 

 俺がしたのはジャパニーズ土下座だった。

 

「……は?」

 

「……」

 

 くくっ、どうだ!「上げて落とす」作戦は!呆れて声も出まい!

 

「あら、それはどういう意味なのかしら?今までのは全部嘘だったと認めるのですか?」

 

 ヒャッホウ!いい笑顔だぜ、カレンさん!ようやくドSスイッチが入ったな!

 

「いや!そうじゃなくて!今までの全部、本当だけど俺は魔術回路を持ってるだけの素人なんです!魔術師じゃないんですよ!俺が何もしなかったら世界が滅びるのに、派手に動けば魔術師に捕まってモルモットになるとか言われるし……だから、そのちょー強い魔術師の人が後ろ盾になってくれればなあ、と」

 

「それが、私、ですか?」

 

「あら、残念。最初から狙いはこの封印指定執行者だったと。良かったわね、バゼット。若い子からのラブコールよ?」

 

「え、いや、その。私は別に協会に強い影響力は持っていないのですけど……」

 

「俺、その辺りも何も知らないんです……だから、俺を貴女の弟子にして下さい!俺を魔術師にして下さい!」

 

「で、弟子ですか!?私が!?」

 

「これなら貴女達の任務とも外れない筈です。俺はどうせ逃げられませんし、それなら近くで監視していた方が良いんじゃないですか?……あ、勿論怪しい事をするつもりはありませんヨ?」

 

「で、ですが……」

 

「あら、良いじゃない。面倒を見てあげたら如何です?バゼット」

 

 俺の一般人ムーブにカレンの援護射撃が入る。

 

「どうせ、裏が取れない今は手を出せないわ。それなら傍に置いておいた方が他の三流魔術師の介入も防げるし、楽だと思うけど?」

 

 カレンの言葉にバゼットは小さく溜息をついた。

 

「……はあ。先に言っておきますけど私、人に教えた事なんてないですよ。それに教えられる事は大抵、基本的な事になると思いますけど……」

 

「それじゃあ……」

 

「協会からの指示も仰ぐ事になると思いますが、貴方を私の監視下に置きます。……これからよろしくお願いします」

 

「ありがとうございます!」

 

 ……とりあえず、何とかなったか。凄く疲れた。やっぱり交渉なんて俺には向いてないや。

 安堵していた俺にカレンが近づいてくる。そしてそっと耳打ち。

 

「―――今は貴方の茶番に乗ってあげる。けど気をつけなさい。ちょっとでもボロを出せば、あの女なら貴方を迷わず殺すわよ?気をつける事ね、狸さん?」

 

 ……やっぱり出し抜けてる訳無いですよねー!知ってた。……いや、これでいいんだ。魔術師の実験動物(おもちゃ)になるくらいならドSシスターのおもしろ玩具(おもちゃ)になった方が幾分かマシ……!そう覚悟してただろう!

 

 交渉は上手くいった。直ぐに危険になる事はないだろう。……だけど何か、大切なものを失ってしまったような気がした。

 

 

 

「それで、マスターさん。本当にこれで良かったんですか?」

 

「いーのいーの。あの2人にこれだけの譲歩を引き出せたのなら上等さ」

 

 帰り道、えっちゃんがそう聞いてくる。えっちゃんにはなるべく手を出さないように頼んでいたからなあ。心配させてしまったかもしれない。

 

「マスターには私を養うという大切な仕事があるんですから。危険な事はしたらダメ、だよ」

 

「いやあ。どっちみち避けては通れなかったしなあ。それにちょうど良かったしね」

 

「何がです?」

 

「―――一緒に強くなるって約束したからね。それにはバゼットさんは最適だ」

 

 えっちゃんは俺の言葉にキョトンとした顔をした後、意味を理解したのか、表情を僅かに緩めた。

 

「……そうですか。それでこそ我がマスターさんです。それなら私はもう何も言いません。頑張って、私を養ってください。……それでは和菓子屋に行きましょう。無駄に使える時間はありません、よ」

 

 そう言って俺の手を引っ張るえっちゃんの嬉しそうな顔を見て、俺は決意に満たされた。

 

 

 




痴女シスターとダメットさんの口調難しい……


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4.たーのしー!(白目)

前回が重かったので今回は軽め。

頭の悪そうな文章を書けるようにけものフレンズ見てきました(フラグ)。


 3月 10日 晴れ

 

 この3日間の修行の成果を書こう。なんと俺は魔術の素質がとても高いみたいだ。どんな魔術でもスラスラと身につける事が出来た。……詠唱を噛みまくるから一工程(シングルアクション)の簡単な魔術しかマトモに使えないんだけどネ!

 それでもスキルで与えられた支援魔術しか使えなかったちょっと前の自分に比べたら大きな進歩だろう。

 

 そして今日も修行だ。今日から新しい修行をするとの事だったのでそれまでのんびりとしておく。

 

 えっちゃんを胸の内に抱いて背もたれ兼全自動ページめくり機と化していた俺の元にバゼットさんが訪れて、一言。

 

「やはり私には教えることは不向きなようです。これ以上貴方に私から教えられる事はありません。ですから―――外に出なさい。今から私は貴方を殺すつもりで叩きのめします。後は実戦の中で私から技術を盗みとって見せなさい」

 

 …………はい?わ、ワンモアプリーズ?

 

「教えられる事がもう無いので、私は貴方をボコボコにして体に教え込みます」

 

 穏やかじゃない!全然穏やかじゃないよ!?冗談抜きで死んじゃう―――!!!

 何でだ!?何でこんな目に会わなくちゃいけない!……まさか(強くなるのに)都合のいい女といったのがバレたのか!くそう!これはその腹いせか!

 

 助けてえっちゃん!この横暴な師匠に何か言ってあげて!

 

「……ふぁいと」

 

 此方を振り向いてグッとサムズアップ。俺の命運が決まった瞬間である。

 

「行きましょう。大丈夫です。(あばら)が数本ダメになったとしても魔術で治療出来ますから」

 

 魔術ってすっげー!でも俺はイヤじゃ!死にとうない!

 

 その言葉と共に俺は逃げようとするが、首根っこを掴まれる。そして人目に付かない様に原作Fateでアインツベルンが所有していた森まで連行された。もちろんこの時空では昔は兎も角、今はただの森だ。バゼットさんが何も気付かなかったのだからその辺の隠蔽工作は切嗣が上手くやったのだろう。

 

 そして始まる地獄の実戦……。三途の川を何度か渡りそうになった。まあ一回渡ってるみたいだけど。

 ヤ◯チャも目を覆うレベルでボロボロに打ち捨てられた俺は震える声でバゼットさんに問う。

 

 ―――今日でこの特訓は終わり、ですよね、ししょー?

 

「いえ、今日から毎日続ける予定ですが」

 

 ……死ぬ(確信)。

 

 

 3月 11日 晴れ

 

タ ス ケ テ

 

 

 3がつ 12にち くもり

 

すごーい!キミははらパンがとくいなフレンズなんだね!でもじょしりょくがたりてないみたい……けどへーきへーき!フレンズによってとくいなことちがうから!

 

わーい!しゅぎょーたーのしー!

 

 

 3月 13日 晴れ

 

 ようやく我が必殺の起源パンチ☆が当たった。これは大きな前進である。その後、何十倍にもなって返ってきたんだけど是非も無いよネ!

 

 

 

 

「バゼット、報告を」

 

「はい。今日の訓練で遂に一発貰ってしまいました。凄まじい習得速度ですね彼は」

 

「……貴女。結構楽しんでいるのね」

 

 教会でカレンとバゼットが話し合う。件の謎の魔術師とそのサーヴァントについての調査の任の為だ。

 カレンはバゼットの何処かズレた報告を受けて溜息を吐くと教会の情報網を駆使して集めた情報を広げる。

 

蒔本(まきもと) 明日望(あすの)。現在16歳。肉親は死亡していて天涯孤独の身。つい最近引っ越してきて今は深山町のマンションに在住。4月から穂群原学園に転入予定。……戸籍や住民票に魔術で細工された後は無かった。だからこそ腑に落ちない点もあるのだけれど」

 

「……と言いますと?」

 

「コイツが生活している痕跡が見当たらないのよ。正確には3月以前の行動が全く掴めなかったの。魔術で細工された形跡も無いし、もうお手上げよ」

 

「この1週間の様子からして、彼は素質はあれど魔術に関しては本当に素人だと思われます。彼に何か出来るとは思えません。……これも抑止力の影響、なのですかね」

 

 カレンとバゼットは未だに明日望のついた嘘を信じている。英霊召喚は召喚術を極めた魔術師でも個人では行えない様な大魔術だ。それこそ冬木の大聖杯などの規格外の魔術礼装の補助があって初めて成し得るものを個人で行っている時点である程度、彼の話には信憑性がある。……といっても疑問は残るのだが。

 

「……そもそも、抑止力が働いていたとして。英霊1人で何が出来るのでしょう?」

 

「むしろ、英霊1人で何とかなる様な事態如きで抑止力が動くとは思えません。……ならば」

 

 単純な力だけで比べれば、例えば魔法使いなら英霊と互角以上に戦えるだろう。英霊よりも強い生物なんて探せば幾らでもいる。しかも彼が連れていたのは何だかよく分からないサーヴァントだ。とても強いとは思えない。

 となると……

 

「この男は英霊という分かりやすい隠れ蓑を使って、まだ何かを隠している、という事になるわね」

 

「抑止力によって呼び出された謎の男とそれを守護する英霊。こう考えた方がしっくりきます」

 

 彼女達はそんな結論に達した。……勿論、明日望はまったく知らない事である。

 

「……どちらにせよ今は手を出す事は出来ませんね」

 

「ええ、私にも彼の監視、調査任務に加え、つい先日、護衛任務が言い渡されました。協会も暫くは様子見をする様です。……情が移った訳ではありませんが、彼は比較的善良な一般人です。手に掛けなくていいというのは個人的にも喜ばしい事です」

 

(……そう思ってる事自体、情が移ってるって言うのよバゼット)

 

 カレンは共同任務の相手のダメっぷりに改めて溜息を吐いた。

 

 

 ―――そしてこの日の晩。大聖杯の眠る円蔵山、その真上の部分の木々が消失した。

 

 

 




時系列がぼんやりとしか分からないし、同時タイミングで美遊ちゃんが転移していたら最低でも2週間以上の間ホームレス生活を続けていた事になっちゃうので、今作品では円蔵山の座標位置の移動と、美遊ちゃんの平行世界移動はそこそこのタイムラグがあった事にします!
何か間違ってるとこあれば感想と一緒にやんわりと教えて下さい!
あとオリ主くんの名前初めて出てきたけど別にそこまで気にすることはありません(気にしないでいいとは言ってない)。


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5.えっちゃんはバーサーかわいい

「何か面白いfateの小説ないかなー(ランキングポチポチ)」

「おっ、コレ面白そうやんけ」

「……コレ俺の小説やないか!?」

というわけでランキング2位に入ってました。UA20000、お気に入り1000も突破……正直、まだ現実味ないです。
コレも全てはえっちゃんのお陰です。チョコを捧げよ……

感想さんのせいでちょっと今回吹っ切れてますが気にしないでください。

黒祇 式夜さん 誤字報告ありがとうございます。


 3月 14日 晴れ

 

 今日の修行が何故か休みになった。嬉しいと思う反面、何かを掴みかけていたところだったので少し残念だ。……ほんの少しだけどな!

 

 そんな訳で急にヒマになってしまったから今日は最近趣味で始めたお菓子作りに勤しむ事にした。

 錬金術は台所から発展したとかそんな事を聞いたような気がするし、魔術に役に立つかもしれないと思ったから始めた趣味だ。

 料理をした事はあまり無かったがこれが意外と楽しい。美味しそうに食べてくれる同居人がいるというのが何よりの励みになるというのもあるか。いずれ、エミヤと同じ執事(バトラー)のクラスまで腕を上げたいものだ。

 

「マスターさん、マスターさん」

 

 ―――ん、どうかしたの?えっちゃん?

 

「今日はコレを使ってみませんか?」

 

 そう言ってえっちゃんが取り出した……いや、作り出したのはチョコレート。―――なんでさ?……マジで何だコレ!?

 

「私のスキル、です。 欲求(ソウル)糖分(パワー)売り場(スペース)原価(リアリティ)製作(タイム)需要(マインド)の6つの原始力によって作られたちょーすごいチョコレート、その名も(インフィニティ)チョコレート、なのです」

 

 なんかよくわからないけどドヤ顔えっちゃん可愛い!

 

「む、その顔は信じてませんね。こうなれば……」

 

 そう言うと、彼女はこちらに身を乗り出してチョコレートを差し出し……

 

「はい、あーん、です」

 

 ………………(思考停止)

 

 ……あむ。はむはむ。あ、おいしい。

 

 ……可愛いかよ!ああああああああ!!えっちゃんが可愛い過ぎて生きてるのが辛いいいいい!!

 

 というか、今食べているのはえっちゃんのスキルで作られたチョコレート。即ち、えっちゃん。つまり……

 

 俺 は 今 え っ ち ゃ ん を 食 べ て い る の で は ?

 

 …………。

 

「あ!マスターさん全部食べちゃダメ、だよ!……むぅ。いつも優しいマスターさんが言う事を聞いてくれない……こうなったら、私も食べる」

 

 ……この後、正気に戻った俺は新しい∞チョコレートでお菓子を作った。

 

「今日はガトーショコラですか。初日に、真っ黒になって何処がチョコの部分か分からなくなったチョコチップクッキーを作ったとは思えない上達ぶり、ですね」

 

 その事はもう忘れて下さい……

 

「もきゅもきゅ。……ふぅ。たまには洋菓子も良いですね。それに、マスターさんが作ったとなると、胸のあたりが何だかポカポカとします」

 

 それは良かった。……それで、今日の出来は何点くらいだった?

 

「60点です。お菓子マスターの称号はまだまだ先、だよ」

 

 ふむ。100点(エミヤ)への道はまだ遠いか。

 

「そんな簡単に100点は上げられません。どんどん作って、どんどん私に捧げましょう」

 

 

 食べ終わってからしばらくゴロゴロした後に、えっちゃんが

 

「マスターさん。ちょっと早いですけど今日はどちらを先にします?ご飯?お風呂?それとも……わ・が・し?」と聞いてきた。

 

 ―――和菓子なら買ってきてるよ。……ならお風呂にしようかな。

 

「わーい。それじゃあ一緒に入ろう?」

 

 ……え?

 

「だって、髪の毛洗うのメンドくさい、もん」

 

 ……いや、でも。それはエッチでイケない事なのでは?

 

「ふふふ。マスターさん、覚えてて下さい。混浴まではエッチじゃない、です」

 

 こんよくまではえっちじゃない。(至言)

 

 

「……はふぅ」

 

 髪も洗い終わり、気持ち良さそうな声を出してえっちゃんが湯船に浸かる。

 当然、俺も一緒に入ってるのでえっちゃんは俺に抱き抱えられるような体勢だ。

 マンションのお風呂は2人で入るには若干、狭い。いくらえっちゃんが小柄で可愛くても必然的に密着するような形になってしまう。

 

 ……はい。えっちゃんの柔らかい肌を直で感じます。見えちゃいけない所もしっかり見えてしまいます。これを我慢しろというのは青少年には無理だと思うのです。もうしょーじき辛抱たまらんのです。……やはり、混浴はエッチなのでは?(今更)

 

「アレ?マスターさん、こーふんしてるのですか?イケない子です、ね。混浴はエッチじゃないよ?」

 

 こちらの方を向いて悪戯っぽく、えっちゃんが微笑む。

 

 ―――混浴まではエッチじゃない。

 

 朦朧とした意識でえっちゃんの言った事を復唱する。

 

「ハイ♪……だからこーゆーコトもエッチじゃありません」

 

 えっちゃんの顔が近づいてくる。止めようとは思わなかった。

 そのままお互いの唇が触れ合って、えっちゃんは自らの舌を進入させてきた。

 舌を絡め、口腔の全てを蹂躙しようとする動きは違和感こそあれど心地よいものだった。

 行為に夢中になっているえっちゃんの腰を抱き寄せて、しっかりと押さえる。不安定な体勢を保つために。簡単には逃げられないように。

 暫くして、満足したのかえっちゃんは口を離す。

 

「ぷはぁ。……えへへ、まだチョコの味がするね」

 

 ―――これは流石にエッチな事じゃないの?

 

「コレはマスターさんを食べているだけ、です。マスターさんが美味しそうなのがいけないのです」

 

 ……そっか。それなら仕方ない。

 

「はい。仕方ないです。これはエッチな事じゃないのです。だから……もう一度シません、か?」

 

 返事を言う前に、もう一度行為へと至る。

 ……結局、お風呂を上がったのはそれから30分くらい後の事だった。

 

 

 ……何というか、こう凄かった。寝る前に「ふふ、大人の階段を上ってしまいました。これでXさんに自慢できます」とか言ってたけど、気にしない。

 

 ……うちのえっちゃんはバーサーかわいい!

 

 

 




……直接は描写してないからセウト


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6.転入

日記形式の良いところは文書が多少適当でも許されるところ。気楽にどんどん書けるところ。
悪いところはちゃんとした文書が書きたくなるところ。

はい。そんな訳で始まります。



 4月 5日 晴れ

 

 もう四月か。この世界にきてからは本当に時間が経つのが早いように感じる。

 ほとんどの日がえっちゃんとごろごろいちゃいちゃするか、バゼットさんと修行するかのどちらかだったが、存外、そんな日々を楽しんでいたような気がする。でもこんなスローライフもそろそろ終わりだろう。

 

 たしか原作の情報では、四月中にはクラスカードが出現していたはずだ。あんな大法螺吹いた以上、関わらないなんて選択肢は取れないだろう。……まあ、どっちにせよ巻き込まれていたとは思うが。

 

 一応、今のところは何の話も聞かないが、最近、バゼットさんは修行を急に休みにしたりして忙しそうにしている。

 もしかしたら裏で色々と事態が進行しているのかもしれない。流石にクラスカードを回収するときには呼ばれるだろうけど、出来ることなら早めに教えて欲しいものだ。 

 もう覚悟は決まっているが、心の準備はさせてほしい。

 

「マスターさん、遅れちゃう、よ?」

 

 ―――おっといけない。やっぱり朝から日記なんて書くものじゃないね。最近は同じことばっかりやってたから、横着して日記を書く癖がついてしまった。

 玄関で俺を呼んでいるえっちゃんは、いつも着ているセーラー服とは別の制服に身を包んでいる。それもそのはず今日は穂群原学園の始業式。すなわち俺たちが転入する日だからだ。

 ……日記は帰ってきてから続きを書くとしよう。

 

 

 

 

「此方だ。ついてきたまえ」

 

 そう言って俺たちを先導するのは、YAMA育ちで暗殺拳の達人の社会科教師、葛木 宗一郎先生。

 生で見ると眼力が違うね。ちょーこわいよーって感じ。何とこの人、俺たちの担任です。ついでに衛宮さんの担任でもあります。

 ……別に魔術なんて使ってないよー。暗示の魔術を使ってえっちゃんと同じクラスに入れるように仕組んだとか、そんな言いがかりはよしてもらおうか。

 

「あすのくん、あすのくん。この先生一体何者なのです?全く隙のない立ち振る舞いなのですが……」

 

 歩きながらコソコソ声で話しかけてくるえっちゃん。……平行世界のキミの剣を強化の魔術を使わずに白刃取りした逸般人だよ、とは言わないでおこう。

 

 そうそう。今は学校にいるので、誰に聞こえるかわからないからって理由で名前で呼んでもらっているのだが……うん。いいね。なんか新鮮な気持ちだ。

 学校では名前で呼ぶ友達みたいな間柄だけど、家ではご主人様(マスター)と呼ぶ仲。しかも同棲。しかもえっちゃん。もうこれは人生の勝利者といっても過言ではない(確信)。

 

 そんなことを考えているともう教室の扉の前だった。葛木先生は既に扉の向こうで挨拶などを済ませている。俺たちは彼が呼んだら中に入る手筈になっていた。

 

「新学期が始まって早々だが、イギリスからの留学という事でこのクラスに2人転入する事になった。……入ってきたまえ」

 

 おっ、出番みたいだ。

 緊張はあまりしていない。俺の容姿は整っている方だと思うし、えっちゃんと並んでも見劣りする事はないはずだ。……いや、えっちゃんの可愛さはサーヴァント界ナンバーワンで俺はえっちゃんという花を輝かせる為の引き立て役なんだけどね!

 

 2人で並んで、教室の中へと入っていく。突き刺さる好奇や歓喜の目線を無視して、できるだけ表情を変えぬようにする。

 ぺこりと頭を下げてから、えっちゃんが自己紹介を始めた。

 

「アルトリア・ペンドラゴンです。気持ち的にセイバーやってます。気軽にえっちゃんとお呼びください。よろしく、です」

 

 えっちゃんの自己紹介にせ、セイバー?と困惑する周囲の声が聞こえる。見た目は超絶美少女だけどたまにえっちゃんはこんな感じだ。まあえっちゃんの発言に慣れてる俺は別に困惑したりしないんですけどね!ああ、マイペースなえっちゃん可愛いよ!

 ちなみに原作セイバーさんの名前を借りているのは勝手に作られていた戸籍に登録されていたのがその名前だったからだ。特に名前に拘りのないえっちゃんはそのまま使用している。

 そんな事はともかく、ニヤニヤとしてしまいそうな頬を引き締め、努めて平静に、人当たりの良さそうな笑顔で俺もえっちゃんに倣って挨拶する。

 

「蒔本 明日望です。日本に戻ってきてまだ日も経っていないから、色々と不慣れなところもあるかもしれないけどよろしくね。……そうだね、気軽にまーくんとでも呼んでくれたまえ」

 

 

 

 

 ……むぅ。マスターさんと離れ離れになってしまいました。

 

 今は休み時間です。私はサーヴァントとはいえ、学生だった経験があります。授業に関しては聖杯の知識もあったので余裕をもって取り組めました。問題は、私に群がる同級生です。

 赤みがかったオレンジ色の髪の少年など少数の生徒と話をしているマスターさんと違って、私の周りには何故かクラスの多くの女子が集まって矢継ぎ早に色々な質問をしてきていました。

 あまり私はお喋りが得意なわけではありません。正直ダルいです。マスターさん、気づいてくれないかなー。助けてくれないかなー。

 

「ねえねえ、アルトリアさんは蒔本くんと知り合いなの?」

「あすのくん、ですか?」

 

 なんとか、つっかえないようにしどろもどろで質問に答えていると予想外の名前が出てきます。なんでマスターさんの名前が出てくるのでしょう?

 

「あー、やっぱり知り合いなんだ。まあ同じ時期に転入してくるんだからそうだと思ってたけどね」

「ほら、蒔本くんってなんだか、大人っぽいっていうか、妖しい感じだけど結構イケてるじゃん?」

「不思議な魅力だよねー。いや勿論、顔も美形なんだけどさ!」

 

 む、コレはアレですか。俗にいうモテているという奴ですか。確かにマスターさんは外見もそこそこ整っていますし、度胸もある格好いい人ですが、そんなに簡単に惚れてしまうのはいささかチョロ過ぎるのでは?少女漫画もビックリするほどですよ。

 でも、マスターさんが好ましく思われているというのはサーヴァントとしても鼻が高いというものです。……いえ、待ってください。

 この中の誰かがマスターさんに告白する→マスターさんあっさり陥落→私に構ってくれなくなる→捨てられる→わ が し が な く な る。

 ……ダメです。そんな事は許されません。ええ。マスターさんは誰にも渡してはいけない―――ッ!!マスターさんは私のモノだし、私はマスターさんのモノなのですから!

 でも、学校ではマスターさんの事をマスターだと言ってはいけません。マスターという単語の代わりに私達の関係をそれとなく指し示す言葉は……コレです!

 

「ダ、ダメです!あすのくんは、あすのくんは私のご主人様なんですから!!」

 

 私にしては大きい声だったと思う。それはどうやらクラス中に響き渡っていたようで。

 窓の方を向いて話をしていたマスターさんがギギギと音がなりそうなほど、ゆっくりと此方を恐る恐る振り向いたのが見えた。

 

 

 

 

 ……日記の続き。

 

 目的通り、衛宮くんと仲良くなる事に成功。

 しかしその後、えっちゃんの発言によって、なんかクラス中の空気が完全に変わった。「変態」だとか「近づいたら孕まされる」だとか好き放題に女子に言われた挙句、男子からの目線がね。衛宮くんは同情するように肩を叩いてくれたりしたけど……はあ、なんでさ。

 

 まあ、帰ってからえっちゃんがお詫びに色々シてくれたから別に良いんだけどね!独占欲をうっかり表に出しちゃうえっちゃん本当に可愛いよ!

 

 




葛木先生は多分もう出てきません


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7.虚ろな背中

新宿クリアー!

バイトとFGOで忙しかったけど、これで小説に集中出来るぜ!
というわけでVS黒化アーチャー戦始まるヨ!


 4月 10日 晴れ

 

 体操服がブルマの学校なんて俺が生きていた元の時代じゃ希少を通り越して絶滅していたはずだ。

 とはいえ、この世界は年数だけで考えるなら元の世界の約15年前。つまりまだ、ギリギリの所でブルマは生存しているのかもしれない。

 何が言いたいかって?なんと!穂群原学園の体操服はブルマ着用を義務付けられているのです!ヒャッホウ!ここはエロゲの世界かよ!……エロゲの世界だったよ!

 

 そんな訳で今日は体育の授業があった。授業が始まる5分前にはグラウンドに続々と女生徒が集まってくる。もちろんブルマで。

 転生前なら眼福な光景なのだが、今では「そんな足剥き出しで寒くないのかな?」くらいの感想しか浮かばない。

 もう俺はえっちゃんじゃないと満足できない体になってしまったのだ。

 

「マスターさん、似合いますか?」

 

 えっちゃんがやってきた。顔を上げて我が愛しのマイサーヴァントのブルマ姿を目に焼き付ける……ってスパッツじゃねーか!

 

「時代はブルマよりスパッツ、です……!そんな些細なことより、どうです?あすのくん、可愛い、ですか?」

 

 えっちゃん宇宙一可愛いよ!

 もう学校の規定なんて気にするもんか。今日から俺、スパッツ教に鞍替えするんだ……!

 あぁ^〜汗で蒸れたスパッツと太腿の間に手を突っ込みたいんじゃぁ^〜

 

「ふふふ、いい欲望、です。あすのくんもオルタ道を理解してきたようですね。……ですが、タダで触らせてあげるほど、私は安い女ではないのです」

 

 ん?

 

「しょーぶ、です。私が勝ったら、和菓子を要求します」

 

 ―――その言葉をキッカケに、今日の体育の授業は戦場と化した。

 サーヴァントとしてのスペックを総動員するえっちゃん、強化の魔術と見様見真似で覚えたルーン魔術を重ね掛けしてそれに追いすがる俺。えっちゃんのシュートで吹き飛ぶゴールキーパーの士郎くん。

 ……うん、なんで遊びのサッカーでこんな事になったんだろうね!?

 

 結果は引き分け。終わった後でえっちゃんが「引き分け、です。これはお互いの勝ちという事でいいのでは?……いいのでは?」と言い出したので間違いなく点数を調整されたのだろう。くぅ、えっちゃんの思い通りになってる……悔しい、でも感じちゃう。

 次こそは実力で結果を勝ち取ろうと思いながら、欲望のままに体育後のポカポカした暖かさのえっちゃんを抱きしめたり嗅いだりしたのだった。

 

 

 

 

「明日望、仕事です」

「……いや、そんなキリッとした顔で言われても。学校に来るのはやめてください、師匠」

 

 放課後。図書室で本を読むえっちゃんの隣でのんびりしていると突然、お客様が来ていると放送で呼び出された。

 まあ、この世界の知り合いなどごく僅かしかいないので誰が来たのかは何となく察していたが。

 案の定、学校に来ていたのはバゼットさんだった。

 

「私は貴方の師匠ではありませんと何度言ったら……いえ、それは今はいいです。……冬木市に異常な魔力の歪みが観測されました。調査の結果、英霊のようなものが出現したようです」

「なるほど、ようやく俺達の出番って訳だ」

「……あくまでも、任務は私が担当する事になっています。しかし上は貴方達の参加を求めているようです。……私としては不本意ですが」

「いーのいーの。元々これは俺の仕事なんだし。それに戦うのは俺じゃなくてえっちゃんだ。負ける気がしないよ」

「はぁ。……では、今夜0時に冬木中央公園で落ち合いましょう。それでは」

 

 そこまで言って、バゼットさんは帰っていった。……あの、作戦会議とかは無いのでしょうか?ってかそれだけなら家で待っていて下さいよ、師匠……

 

 

「……来ましたね。準備は出来ていますか?」

「バッチリです。……でも、異変が起こっているにしてはやけに静かですね?」

「当然です。ここにはいませんから。鏡面界―――この世界の鏡面そのものの世界に英霊はいます」

 

 説明を求めておいてなんだが、その情報は知ってるから適当に聞き流す。まあ聞かないと怪しまれるし多少はね?

 えっちゃんもそんな事はどうでもいいとばかりに来る前に買ったあんまんを頬張っていた。

 その姿はいつもの制服姿ではなく、体にピッタリと密着したレオタードのような戦闘服に胸を覆うブレストプレート。フードのついた外套と全身黒づくめの戦闘服だった。かわいい。

 

「それでは―――飛びます」

 

 事前に用意していたのだろう。地面に反射炉が形成されて文字通り、世界が反転した。

 

 空は禍々しく歪み、均等な線が四方と空を覆っている。そして何より、その世界は雰囲気がまるで違った。

 ……ここが、鏡面界か。

 

「……広いな」

 

 四方が塞がれているとはいっても冬木中央公園の敷地を優に超え、周りの住宅街まで鏡面界の範囲に巻き込まれている。

最初の鏡面界はもっと広かったって遠坂さん家の凛ちゃんも言ってたけどまさかこれ程とは。英霊が何処にいるか探すのが大変そうだ。

 

「構えなさい、明日望!来ます!」

 

 そんな事を考えていると、目の前に次元の歪みが出現した。どうやら杞憂だったらしい。英霊の姿が現れたのは直ぐだった。

 

 褐色の肌に色が抜け落ちたような白髪の男。手には見慣れた白黒の夫婦剣。両腕に赤い布が巻かれ、顔も同様の布が巻かれていて目が隠れている。

 何より特徴的なのはその背中。いつもと違い、剥き出しになったその背中には×印のような痣が痛々しく浮かんでいた。

 

 初戦はアーチャー、か。……少しだけ、戦う事に不安はあったが、姿を見て、それは吹き飛んだ。

 

「……その背中じゃ、何も背負えそうにないな」

 

 まるで怖さを感じないのだ。原作の本物(エミヤ)を知っている身からすれば、こんな空っぽなモノを恐れる訳がない。これならばバゼットさんと戦う方がずっと怖い。

 

 黒化アーチャーが此方に振り返り、弓を構える。

 

「行くよ、えっちゃん!戦闘準備!」

「はい、マスターさん。5秒で終わらせましょう」

 

 こうして、俺達の初めての戦いが始まった。

 

 

「『全体強化』!」

 

 俺の支援魔術によって強化を受けたえっちゃんとバゼットさんの攻撃によってジリジリとダメージを受けていく黒化アーチャー。

 戦闘は常に俺達のペースで進んでいた。……当然といえば当然だろう。

 歴史に名を連ねる他の英霊達と違い、黒化アーチャー―――エミヤにはその歴史が無い。彼は未来の英霊。それ故に知名度補正によるスペックの強化は受けられず、全体的に高スペックの三騎士のクラスながらも彼のカタログスペックは酷いものだ。

 そこを能力と経験から導かれた戦略で補うのが彼の戦闘スタイルなのだが……今の彼は黒化していて理性が吹き飛んでいる。その為に彼は決められた動きをなぞるようにしか行動できない。

 剣を通して使い手の経験をトレースし、自身の力とするエミヤの戦い方をさらに模倣する―――これでは動きが酷くなるのも目に見えている。

 他の英霊ならば、黒化していてもある程度の強さを持つだろう。それでも、エミヤだけはダメだ。彼の強みは宝具の剣を投影できる能力だけでは成立せず、その卓越した戦闘経験を活かした戦術にあるのだから。

 

 頼みの綱の宝具。彼の心象風景を形にする固有結界―――『無限の(アンリミテッド)剣製(ブレイドワークス)』が発動出来ればまだわからないかもしれないが、悠長に詠唱をさせる暇など与えない。それ程までに戦力差は開いている。

 

「しまッ……!明日望!」

 

 しかし、ここで戦況に変化があった。黒化アーチャーがえっちゃんとバゼットさんを無視し、後方で魔術による支援に徹していた俺の方に向かって走り出したのだ。多少の被弾を覚悟で、だ。

 えっちゃんの放ったオルト・ライトニングがマトモに命中するが、そのダメージを無視して彼は大きく跳躍し、自身の背ほどある大剣を何本も投影して俺に放つ。

 

 支援役を先に潰す。それは確かに彼らしい合理的な判断だろう。

 

「だけどそれは、余りにも遅すぎる」

 

 この後に及んで俺に攻撃などしても結果は変わらない。本当に支援役を仕留める気ならば、初手もしくは戦闘が始まる前に戦闘不能にするべきだ。

 

 迫る剣をバックステップで避け、目の前を塞ぐように突き刺さる大剣を硬化のルーンをかけた拳で破壊する。

 砕ける剣の向こうには、黒弓を構えて矢を放つ寸前の黒化アーチャーの姿。

 

「避けなさいッ―――!」

 

 バゼットさんが声を荒げる。けれどえっちゃんは別に動じた様子はなかった。

 ちょっとくらい心配してくれても良いではないかと思ったけど、まあ信頼してくれているのだろう。このくらいじゃ何ともないでしょってな。

 それなら期待に応えるしかない。えっちゃんの信頼は裏切らない―――!

 

 矢が、放たれる。

 迫る矢がやけに鮮明に、スローモーションに映る。その動きの全てを見通すかのように。

 

「―――悪いな。その戦法はもう見てる」

 

 眼前で矢の篦を掴み、その勢いを殺す。

 

 ……図らずしもバゼットさんのクロ戦と同じような展開になってしまった。まあ、これはこれでいいだろう。ついでにこの後もそれに倣うべきだ。

 

「それじゃあ、返すよ!」

 

 宙で逃げ場のない死に体と成り果てた黒化アーチャーへと矢を投げ返す。矢はアーチャーの左肩へと突き刺さる。

 

「『ガンド』!」

 

 そこにダメ押しのガンドで行動を縛る。

 

「―――よくできました、マスターさん。後でよしよししてあげます」

「ヒヤヒヤさせないで下さい!後でお説教です!」

 

 迫る2人に抵抗する事も出来ず、黒化アーチャーはえっちゃんに首を刈り取られ、バゼットさんの拳で胸を抉られた。

 光を伴い黒化アーチャーが消滅した後に残ったのはArcherの文字と弓を構える女弓兵の絵が刻まれたカードのみだった。

 

 

 

 

 4月 19日 晴れ

 

 ついにクラスカードが出現した。時期的にもそろそろかなーと思ってたから準備はしてたけど……バゼットさんはやっぱり当日に連絡するタイプだったよ。心の準備とか全く気にしてませんねあのバサカ女。

 

 相手は黒化アーチャー。ランサーだったらどうしようとか思ってた。

 予想通り、黒化エミヤはクソザコナメクジでした。戦術眼が封じられた筋力Dの見せ筋とかバゼットさん単体でもそりゃ余裕で倒せるわ。

 えっちゃんもいたし、宝具展開もさせずに完勝。最後に俺に向かって攻撃してきたときはヒヤヒヤしたけど、原作じゃもっと凄い事してたし、プリヤであの攻撃見てたから、いやー、投影見てから迎撃余裕でしたって奴です。ハイ。ぶっちゃけバゼットさんの方が怖いっす。

 それにしても、やけに目が冴えたけど何だったんだろう。同じFGO役立たずスキルでも俺が持ってるのは『直感』で『千里眼』じゃなかった筈なんだけど……まあいっか。

 

 で、倒した後出てきたクラスカードを解析するからって次のクラスカード戦は結果が出てからって事になった。少しだけど休めるのはありがたい。次は今回ほど楽にはいかないだろうしな。プリヤの当たるゲイボルグの対策しないとなー。

 

 無事帰路についた後、ベッドにそのままダイブ。戦闘中はアドレナリン出まくってたから気にならなかったけど思ったより気を張っていたらしい。どっと疲れが出てくる。

 そんな俺の頭が少し持ち上げられて、戻される。何か柔らかい感触を感じる。目を開けると、えっちゃんの顔が間近にあった。

 

「マスターさん頑張ったね。ごほーび、です。よしよし」

 

 そういって、膝枕をした状態のまま俺の頭を撫でるえっちゃん。バブみってこういう事を言うんだなー……また、新たな発見をしてしまった。

 うん、今日はちょっと疲れた。そのまま30分ほどえっちゃんに甘えて膝枕を堪能した。いやー、女の子の膝枕って威力高いなー。

 

 その後お風呂に入ってから日記書いてるけど、とりあえず疲れてるし、えっちゃんが布団で待ってるのでもう寝る。おやすみー。

 

 

 

 

 



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8.王の見えざる手

決戦前なので今回はちょっと短め。

この小説は独自設定です。悪いのはシナリオ、プロフィールでえっちゃんをマトモに説明していないきのこ神です。FGOマテリアルが出るまでは流石に待てないのでスキルに関しては作者の拡大解釈が入っているので注意。マテリアルが出ても書き直す気は全くないです。

あ、後言い忘れてたけどこの小説では∞チョコレートは∞黒餡子の派生スキルという事にします。(書き直すの面倒くさい)

それではどうぞ。


 4月 23日 晴れ

 

 クラスカードの解析がようやく終わったみたいだ。

 

 結果としては、よくわからないという事がわかっただけみたいだが。英霊の力がカードに宿っている事しかわからなかったらしい。

 

 バゼットさんの任務は冬木に突如出現した7体の英霊擬きの討伐から残り6枚になったクラスカードの回収へと移行した。当然俺も付き合わされる事になる。

 次のクラスカード回収は明日の夜になった。

 

 そして次の相手は原作通りいけば黒化ランサー―――クー・フーリンだ。

 プリヤ世界の黒化英霊はステータスダウンに加えて理性が飛んでる分、幾分かはやりやすいだろうが相手はケルトの大英雄。適当に暴れるだけでもそこそこ強いだろう。

 

 それに彼の宝具は『刺し穿つ(ゲイ・)死棘の槍(ボルク)』。先に「心臓に槍が命中した」という結果を作ってから槍を放つ事で必殺必中となる因果逆転の呪いの槍だ。

 原作ではその能力のあまりのチートぶりにマトモに放つ事を許されず、しまいには「毎度毎度、お前の槍は何故当たらんのだ?」などと言われる始末。原因は大体お前(げどうしんぷ)のせいなんだよなあ……

 

 ……それはともかく、原作とは違いプリヤ世界のゲイ・ボルクはまさしく必中。味方側の攻撃だからという事もあるのだろうが、原作開始前の今はまだ敵だ。こちとら主人公補正もないのにどうやって回避しろというのか。

 えっちゃんの幸運はCで直感もC。原作で何とか凌いでいた士郎マスターの青王が幸運がBで直感がAだったのにも関わらず、ギリギリ致命傷を避けた事を考えると、心許ないステータスだ。

 

 これ、バゼットさんはどう攻略したんだ……?宝具を出させる前に倒したのか、それともギルガメッシュ戦で使っていた蘇生のルーンで耐えたのだろうか?……前者だったら嫌だなぁ。対抗策なしで相手の行動で左右される戦いなんてしたくない。まあ後者でもそんな物騒な物はなるべく使いたくないけど。

 

 たとえバゼットさんが狙われたとしても確実に凌げる方法は何か無いだろうか。

 そんな事を考えながらマウント深山商店街で今日の夕飯やその他もろもろの買い物をしていると、くじ引きをやっていたらしく3回分のくじが手に入った。

 

「マスターさん。そのくじ、私に下さい」

 

 適当に回して帰るかと思ったところにえっちゃんがそう申し出た。景品を見ると4等に高級和菓子詰め合わせセットがあったので納得した。

 

 ―――こんなの殆ど当たらないよ?

 

「任せてください。私の力の使い所、です」

 

 どうするのだろう?えっちゃんの幸運ランクじゃそこまでいい結果にはならないと思うんだけどなあ。

 そんな事を思いながらもえっちゃんにくじを渡した。

 

 意気揚々と回転式の抽選機に手を添えるえっちゃん。そうして出てきたのはピンク色の玉―――4等の玉だった。

 係りの人がおめでとうございます!と声を上げる中、「マジか」と驚いていた俺は確かに見た。えっちゃんのマフラーで前からは見えない口元が僅かに動き「まだ、です」と呟いたのを。

 

 二回目。次に出てきたのもピンク色の玉だった。戸惑う係員。あーえっちゃんがなんかやらかしてるんだなーと思考を停止させる俺。

 

 そして3回目もピンク色の玉だった。呆然としている係員を尻目に「凄い、でしょ?」とえっちゃんが此方を向く。

 よくわからないけどドヤ顔のえっちゃんは可愛いなあ!

 

 家に帰ってから、勝ち取った戦利品をもきゅもきゅしているえっちゃんに何をしたのか聞いてみた。

 

「私のスキル『王の見えざる手』、です。ハズレが出るという確率を、4等が出る確率に傾けました」

 

 何だそれ?詳しく聞いてみると、『王の見えざる手』は自分に関わる行動の確率を操作するスキルらしい。「ある」を「ない」にする事は難しいが、確率を操作する事で「ある」を別の「ある」に改竄する事は容易いらしい。連続での発動も5度までなら可能との事。

 ……何というか、凄いスキルだな。使い所は難しいけれど戦闘や私生活など色々な所で役に立ちそうだ。

 えっちゃんがFGOに参戦したら、きっとこのスキルは強スキルなんだろうなあ!例えば『1ターンの間、クリティカルスターが一個でも乗ったコマンドは確定でクリティカル攻撃』とか!こんなのだったらえっちゃんバーサーカーだし、ちょー強いんじゃないかな!

 

 ……って待てよ。このスキルを使えばもしかしたらゲイ・ボルクを防げるかもしれないのでは?

 えっちゃんにその事を話すと、多分大丈夫との答えが。

 

 ようし、そうと決まれば今すぐ準備だ!

 

 

 

 




なおFGO。

せめてオルトリアクターにNPチャージ効果でも付けてはくれぬだろうか……


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9.ランサーが死んだ!

 事前に人除けの結界が貼られた事で、より一層静まり返ったような気がする寂れた墓地が今日、挑む事になる境界面の場所だった。

 墓地は原作の境界面の場所ではない。敵はクー・フーリンで確定だろう。

 

 えっちゃんとの打ち合わせは既に終わっている。立てた秘策も黒化英霊相手ならば通用する可能性は極めて高いということも確認済みだ。

 勝負の前の腹ごしらえにたい焼きを頬張っているえっちゃんに癒されながらもバゼットさんに何か作戦はあるかと問いかける。

 

「作戦、ですか……?殴れば誰だって倒せるのですが。それに敵の正体もわからないのに作戦を立てても仕方ないでしょう」

 

 ……まあ、そうだよね。殴る云々は置いといて、情報が無いのに作戦立ててもしょうがないよね。

 実際、俺の持ってる原作情報もあまり出したくない。ほら、あんまり怪しまれると色々面倒くさい事になりそうだし。

 けど今回だけは別。他の黒化英霊ならともかくクー・フーリンの宝具は他の英霊の宝具と違って、使えば必殺のチート宝具だ。

 こんなの相手に無策で挑むとか正気じゃない。こっちに本物の英霊がいたとしても慢心なんぞしてられん。

 そんな考えから俺は今回戦う相手の情報を提供した。

 

「貴方は何処からそんな情報を……いえ、今は何も言いません。それにしても、クー・フーリンですか」

「どうかしましたか?」

「ルーン魔術を修める家の生まれですから。その名に反応するのは当然の事です。心臓を穿つ必殺の魔槍の使い手であるケルトの大英雄……相手にとって不足はありません。胸を借りるつもりで全力で倒しにいきます」

 

 敵の正体を聞いてもバゼットさんの戦意が揺らぐ事はなかった。むしろより気が引き締まったような気さえする。

 まあバゼットさんは「憧れの人と戦うなんて私には出来ない!」みたいな乙女チックなノリじゃなくて「憧れの人と戦えるんですねヤッター!」みたいなノリになるとは思っていたけどね。

 敵の正体の情報を共有したところで打ち合わせを進める。

 

「……かの光の神子の宝具である魔槍を受けては、蘇生のルーンも効力を発揮しない可能性がありますね。私の持つ宝具の『斬り抉る(フラガ・)戦神の剣(ラック)』で対抗できるかも怪しい」

「あー……やっぱりヤバいですよねー。とりあえず、前回と同じようになるべく敵に宝具を使う暇を与えないように立ち回りましょう。一応、宝具の対抗策は考えていますがなるべく危うげなく勝ちたいので」

「わかりました。それで策とは?」

「それは――」

 

 そうして、事前に考えてきた作戦を話した。バゼットさんと軽い受け答えをして作戦を共有する。

 

「――なるほど。役割は理解しました。……まったく、少し前まで魔術に関しては素人だったというのに。普通はそんな簡単にまったく知らない魔術を扱えないのですよ?」

「タハハ、何だか最近は頭も冴えててね。俺、魔術の才能結構あるみたいです」

「調子に乗らない。これから戦闘なのですから浮かれていては殺られますよ。……それに、その作戦は確実に成功する訳ではない。どうしてそこまで堂々としていられるのですか?」

 

 少しだけその質問を聞いて戸惑ったが、そんなもの決まっている。

 

「――俺の直感が囁いていますので!お前の信じるえっちゃんを信じよ、と!」

 

「どうしましょう。凄く不安になってきました」

「あの、期待は嬉しいのですけど。戦うのはもうちょっと待ってくれませんか?たい焼きがまだ残ってるので」

 

 ……何とも締まらない形になってしまったがとにかく。

 

「――接界(ジャンプ)!!」

 

 ――二枚目の、カード回収が始まった。

 

 

 

 

 境界面へと飛んだ俺たちを朱い槍が襲った。

 

「っ!」

 

 投槍だ。完全に不意を突かれた形で放たれたそれが俺を標的としている事だけは理解できたが、俺がそれに反応することはできなかった。

 だけど……

 

「やー」

 

 気の抜けたかけ声と共に一閃。その一撃はえっちゃんの斬撃によって防がれた。

 

「サンキューえっちゃん」

「なんてことない、です。悪役(ヴィラン)を相手に不意打ちとは……卑怯な犬っころめ、です」

 

 ……悪役ならば仕方ないのでは……?

 

 いや、俺の中ではえっちゃんは唯一神えっちゃん様だからえっちゃんの言葉は絶対なのだ。やーいやーい!卑怯な犬っころめ!

 

 にしても、初手宝具ブッパじゃなくてホントによかった……完全に油断してた。えっちゃんやバゼットさんはともかく、俺は「宝具見てから回避余裕でした」なんて言えるほど人間やめていないのだから気を抜いちゃあいけない。

 

 頬をぺちんと叩き、気を入れ直す。そして弾かれた槍を再び手にした敵を見据えた。

 

 おなじみの青タイツは深い海の底のような藍色に変化し、首から右腕にかけて毛皮を纏った、目をバイザーで隠した敵。黒化ランサー、クー・フーリンを。

 

「『全体強化』!さあ、やっちゃええっちゃん!バゼットさん!」

「了解。5秒で片付けます」

「行きます!」

 

 俺が支援魔術をかけると同時に2人が飛び出していく。俺は後方で待機だ。まだまだ役立たずだから是非も無いよネ。

 そんな訳で、目の前で繰り広げられる戦いをじっくりと観察する。

 

 黒化ランサーによる荒々しい朱槍の連撃をバゼットさんが硬化のルーンが刻まれた拳で捌きつつ、懐に潜り込む。危険を察知したのか黒化ランサーはその場を飛び退く。隙を狙い、えっちゃんの持つ武器がツインブレードに変形して投擲されたが、それを黒化ランサーは空中で槍を巧みに使い、慣性を利用した薙ぎ払いで叩き落した。

 

 ……なんとか目で追える範囲だけど、この前の戦いとはまるでレベルが違うな。優勢だけどなかなかダメージを与えられない。本当に理性がないのかと思えるほどに黒化ランサーに隙が生まれないからだ。

 位置取りも上手くて、二人で挟み込むことは出来そうにない。えっちゃんもその辺りは理解しているのか、バゼットさんを前衛として遊撃に徹している。

 えっちゃんの投擲をわざわざ叩き落してたからクー・フーリンのスキルの『矢除けの加護』は使えない、もしくは正常に機能していないみたいだが……

 それでもこのままじゃ埒が明かない。俺も出来る事をしよう。

 

 いつ狙いを変えてこちらに襲い掛かってきても対処できる距離を意識しつつ、黒化ランサーの足が止まる瞬間を狙ってガンドを放つ。

 フィンの一撃とまではいかなくとも、物理的威力を併せ持つその呪いは黒化ランサーに命中して、あっさりと弾かれた。

 

「くっそ、やっぱりダメか」

 

 当然だ。だって今のガンドはスキルによるものじゃなくてこちらに来てから覚えた物なのだから。どのくらいランクダウンしているのかは知らないけど『対魔力』のスキルを持つ黒化ランサーに現代の魔術師の普通の魔術が通用する訳がない。

 

 黒化ランサーはチラリとこちらを一瞥したが、脅威ではないと判断したのか目の前の戦闘に集中する。

 

 それでいい。狙いは『支援魔術』のスキルによるガンドを確実に当てることだ。

 ゲーム由来のこのスキルはメリットとデメリットを併せ持っている。一度使うとしばらくの間、同じものが使えなくなるデメリット。そして特別な状況でない限り、どんな相手にでも効果を発揮できるメリットだ。

 黒化アーチャーの時は確実に当てれる状況だったから特に意識しなかったが、今回はちゃんと考えて使う必要がある。だから、黒化ランサーに俺を警戒する必要がないと思わせなければいけない。

 

 まあ、外しても戦闘に大きく影響はしない。気楽にいこう!

 

 

 戦闘は進んでいく。黒化ランサーは防戦一方でありながらも未だに大きなダメージを食らうことなく、戦闘を続けている。そしてとうとう俺のガンドに黒化ランサーは意識を向ける事すらしなくなった。

 

「えっちゃん、バゼットさん、プランCでいきます!」

「わかりました!」「了解、だよ」

 

 俺の声に答えた後、バゼットさんは再び黒化ランサーに襲い掛かった。

 

 迎撃に突き出される朱槍を躱し、バゼットさんはその勢いのまま殴り掛かる。

 

 よし、今だ!

 

「『オーダーチェンジ』!」

 

 スキルを発動させたその瞬間、バゼットさんと後方に控えていたえっちゃんの立ち位置が交換される。

 

 バゼットさんの拳を受け止めようと槍を引き戻した黒化ランサー。彼の眼前に現れたえっちゃんは掌を向けていた。

 

「沈め」

 

 えっちゃんの掌から赤の雷光と化した魔力が放出された。

 オルト・ライトニング――不意打ちで放たれたその絶技を既に防御の態勢に入っていた黒化ランサーは避けられなかった。超至近距離からの暴力的な一撃を黒化ランサーは防御出来ないまま、その身に受ける。

 

「『ガンド』!」

 

 大きなダメージを受け、動けない黒化ランサーに追撃で放たれた俺のガンドも命中した。これでしばらくの間は動けまい。これで終わりだ!

 

「さあ、宝具開帳だ!やっちゃええっちゃん!」

「オルトリアクター臨界突破。……いきますマスターさん!」

 

 少し多めの魔力の喪失と共にえっちゃんの全身から赤いオーラのように魔力が放出される。手に持つ武器はツインブレードへと変化した。

 

 無防備な姿を晒す黒化ランサーに上段からの振り下ろし。吹き飛ばされた黒化ランサーに、魔力放出による超スピードで追いつくとそのままの勢いで流れるような連続斬撃を放つ。

 

「我が暗黒の光芒で、素粒子に還れ! 」

 

 全身に裂傷が刻まれた黒化ランサーが逃げ場のない空へと打ち上げられ、

 

「『黒竜双剋勝利剣(クロス・カリバー)!!』」

 

 トドメの一撃。黒く沈んだ空に真紅の十字が刻まれた。

 

 とんっと綺麗に着地したえっちゃんはこちらに駆け寄る。

 

「いえー。やりましたマスターさん。これは活躍したサーヴァントにご褒美をあげる展開なのでは?」

「ああ!なんでもやってやるさ!スゲーよえっちゃんは!やっぱり俺のえっちゃんは最強だな!」

「……まったく、相変わらず平時と戦闘時のテンションの差が激しいですね。貴方たちは」

 

 えっちゃんを抱き抱え、クルクルと回る俺。そんな俺たちを見てはあ、と溜息を吐くバゼットさん。この場にいる全員がもう戦闘は終わったものだと気を抜いていた。しかし……

 

「っ!……まだです!」

 

 黒化ランサーが墜落し、舞い上がっていた砂埃が急に吹いた風で払われた。その奥で全身から獣のように毛を生やし、狼男のような姿に変貌した黒化ランサーが満身創痍といった状態で、魔力が込められ、禍々しいオーラを放つ槍を構えていた。

 

「『戦闘続行』のスキルか!?あそこまでやってもまだ動けるのか!」

 

 そういえば、黒化ランサーってそんな設定もあったなあ!獣形態に変身して戦闘続行で何とか耐えてるって感じか?

 

 しかも宝具を出そうとしてるじゃねーか!

 

「宝具が来る!!えっちゃん、迎撃出来ない!?」

「無理、です。さっきのでネクロカリバーが壊れました」

「うわあああああああ!!」

 

 やべーよやべーよ!さっきまで楽勝ムードだったのに一転してピンチじゃねーか!なんだこのぐだぐだな展開!

 

「落ち着きなさい」

 

 思考も上手く纏まらないままパニックに陥っていた俺の肩をポンと叩いてバゼットさんがそう言った。

 

「宝具を使わせないように立ち回る。そう心掛けていたのは確かです。でも貴方は宝具への対策もちゃんと用意した上でこの戦いに臨んだのでしょう?……ならば、まだこの状況は想定内です」

 

 ……その通りだ。ああ、そうだ!何今更狼狽えてるんだ!まだ全然ピンチなんかじゃない!この程度はまだ、想定内だ!

 おれは しょうきに もどった!

 

「バゼットさん!パターンAの方です!手筈通りにお願いします!」

「わかりました。守りは任せます!」

 

 俺の様子を見て、大丈夫と判断したのかバゼットさんは宝具を放とうとする黒化ランサーへと突貫する。

 

 因果逆転の呪いが付与されていない『突き穿つ死翔の槍(投げボルグ)』の方を期待していたが、構えからしてどう見ても『刺し穿つ死棘の槍(刺しボルグ)』だ。これを防ぐ為にはバゼットさんが槍の対象になるしかない。

 

 そして、俺たちは槍の因果逆転を何とかしなければならない。

 

「大丈夫、えっちゃん?」

「問題ありません」

「よし、やろうか!」

 

 隣のえっちゃんに準備はいいかと聞くといつもと全く変わらない無表情で、何の心配もしていないといった様子で答えてくれた。

 ……有難い。えっちゃんが隣に居るだけで安心できる。彼女が俺を失敗しないと信じているのだ。その信頼が心を落ち着かせてくれる。

 

 俺は懐から餡子が詰まったタッパーを取り出した!

 

「てい」

 

 えっちゃんがスキル『∞黒餡子』で大量の餡子を地面にぶちまけた。その中にタッパーの中に詰められた、術式を込めた餡子を混ぜる。

 そして術式を起動した。

 

「術式確認、仮想心臓起動!……出でよ!あんこサーヴァント!」

 

 術式の起動と同時に地面の餡子が独りでに動き、人型に形作られていく。

 

 錬金術の応用……というよりはFGOのイベントでキャスター――パラケルススによって生み出されていたチョコサーヴァントを参考にした、そこまで強くはないが自律型のあんこサーヴァントの核となる仮想心臓を作り出すこの術式。それの周りにぶちまけられた餡子が集まっていくことで大人サイズのあんこサーヴァントが生成された。

 ちなみに特に他意はないがモデルは第4次ランサー(ディルムッド)だ。

 

「よかった。無事成功!後は……!」

 

 一息ついて、前を向く。

 

 黒化ランサーの持つ朱槍は更に禍々しさを増して、今にも放たれようとしていた。

 対してバゼットさんは、直接殴りかかるにはまだ距離がある位置にも関わらず右腕を振りかぶる。

 その右拳目掛けて、戦闘前に地面に置いたバゼットさんがいつも背負っている筒状のケースから何かが飛び出した。

 バゼットさんの右拳の前で静止し、そのまま浮遊する鉛色の球体水晶。それは只の礼装じゃない、現存する本物の宝具。

 

「『後より出て先に断つ者(アンサラー)――」

 

 対峙する敵が切り札を使う事によって発動し、時を逆行する一撃を放つ迎撃宝具!

 

「■■■■■■■■ーーーーッ!!!!」

「――斬り抉る戦神の剣(フラガ・ラック)』!」

 

 黒化ランサーの宝具が放たれた。真紅の極光は曲折しながらバゼットさんの心臓目がけて空を翔ける。

 それに少し遅れて、バゼットさんの宝具が発動する。

 

 球体から刃がレーザーのように放たれた瞬間、時間が止まったかのような世界を幻視した。

 

 それを知覚した時にはもう世界は正常に動きだしていた。ただ、違いがあるとすれば、必殺の一撃を放ったはずの黒化ランサーの胸に大きな穴が開いていた事と、真紅の極光が消え去っていた事だった。

 

 『斬り抉る戦神の剣』――この宝具の真骨頂は、因果の逆行を利用して敵を敵の切り札の発動前に倒したという結果から「先に倒された者に、反撃の機会はない」という事実を誇張する事で、結果的に敵の攻撃は『起き得ない事』とする異能であった。

 故に、一対一の切り札の打ち合いでは絶対に負けることは無い。

 

 ――だがしかし、ここに例外が存在する。

 

 黒化ランサー、クー・フーリンの宝具『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』は槍の持つ因果逆転の呪いによって、真名解放すると「心臓に槍が命中した」という結果をつくってから槍を放つ。すなわちそれは、槍を放ったクー・フーリン自身が槍を放つ前に死んでいたとしても宝具は止まらない事を意味していた。

 

 真紅の極光が再び顕現し、バゼットさんの心臓を穿たんと煌めく。

 

 そして、黒化ランサーが崩れ落ちると同時に、極光が心臓を貫いた。ただし、バゼットさんのではなく、あんこサーヴァントのだが。

 

「よっし!ランサーが死んだ!」

「このひとでなしー」

 

 えっちゃんのスキル、『王の見えざる手』。本来起こるはずの未来に限りなく近い結果へと運命を傾ける能力によって、槍の対象をバゼットさんからあんこサーヴァントへと無理矢理書き換えたのだ。

 

 仮想心臓を潰されたあんこサーヴァント、やわらかディルムッド君は形を保てなくなり、崩れ落ちた。かわいそう。

 

「私達で倒しておいてその言いようはあんまりだと思うのですが……」

 

 ランサーのクラスカードを手に持ち、バゼットさんはこちらを複雑そうに見ていた。

 

 まあ、様式美みたいなものだからね。仕方ないね。

 

 

 

 




Q.本物のランサー相手にこの戦法試したらどうなるの?

A.アウトだ!バカ!

この小説、基本こんな感じなんで。マジレスはなしでよろしくな!



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10.バゼットさん、カード回収やめるってよ


TSゼパルちゃんでヒロアカ二次小説短編書こうと思ってたけど挫折しました。

では短いですけどどうぞ。


 4月 27日 晴れ

 

 ダンボール箱が送られてきた。見た事あるようなロゴがプリントされていたから通販だろうと判断する。

 通販はこの世界に来てからは利用していないので、間違いじゃないかと思い宛先を見たら俺の名前があった。

 タチの悪いイタズラなのかなと思っているとソファでゴロゴロしていたえっちゃんがムクリと起き上がった。

 

「やっと届きましたか」

 

 どうやらえっちゃんが注文していたらしい。えっちゃんにダンボール箱を渡す。

 ……それにしても何を頼んだのだろう?何処かの老舗の和菓子でも注文したのだろうか?

 少しだけ興味が湧いたので、ダンボール箱を開けるえっちゃんの横に腰を下ろした。

 

「むふー、これでまた戦えます」

 

 ええ……?(困惑)

 

 出てきたものを見て思わず声を上げてしまった。

 

 中から出てきたのはえっちゃんの主武器、一昨日の黒化ランサーとの戦いで壊れた筈の邪聖剣ネクロカリバーだったのだ。

 いやー、宝具って通販で買えるんだなー(白目)

 

「養われているだけだと、アグラヴェイン卿がまた怒るだろうし。働かないと……ああ、嫌な響きです」

 

 そう口にしたえっちゃんのアホ毛はショボンと萎びていた。かわいい。

 そう思ったのも束の間、

 

「……でも、マスターさんのお役に立てることは、そんなにイヤじゃない、かな?」

 

 あまり表情を変えないえっちゃんがこちらを向いて、微かに微笑みながらそう言った。

 

 かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい!

 

 ふう……(賢者モード)

 

 あー、もうえっちゃんかわいすぎかよー。はー、まじあざとかわいいわー。俺的にポイント高いわー。もうポイントゲージぶっ壊れて天元突破っすわー。

 

 ……はっ!いかん。えっちゃんが可愛すぎて語彙力が低下していた。

 思い出すだけでコレだ。実際にその言葉を聞いて何をしたかよく覚えていない。恐らく衝動に任せて行動してたと思うけど……なんか変な事言ってないだろうか?心配だ。

 

 っと、あとついでに……

 

 【悲報】バゼットさん、国に帰る【予定調和】

 

 ……まあ、帰るのは明日なんだけどね!

 

 学校が終わった後に家でゴロゴロしていたその時、突然の来襲!からの無職宣告!だったので少し驚いた。

 

 ここぞとばかりに煽ったら殴られた。解せぬ。

 

 そんな訳で明日は見送りに行くことになる。

 

 これでもう訓練という名のサンドバッグにならなくて済むと思ったら、思わず涙がwww……あれ、割と本気で悲しいな。

 割とこんな日常も気に入っていたのかもなー。……いや、殴られるのが好きなドMって訳じゃないけどね!

 

 バゼットさん、貴女の事は忘れるまで忘れないゾ。あと、ツヴァイ編では手加減してね♡

 

 ……そういえば、原作では上層部のパワーバランスが変わったからが理由だっけ?

 でも遠坂さん達は現代の魔術師じゃ英霊の対魔力を突破出来ないからとか言ってなかったか?あれれ〜、おかしいゾ〜?この怪力近接ゴリラが魔術で攻撃してるとこなんて見たこと無いんですがそれは。

 

 閑話休題。ともかく原作通りにバゼットさんはカード回収の任から外されて、これから遠坂凛とルヴィアゼリッタエーデルフェルトが後任としてこの冬木にやってくるというわけだ。

 

 いよいよ原作開始だ。……最初は何もしないと酷い目に合いそうだったから、仕方なく原作に介入しようと思っていたけど、最近はやりがいも感じている。

 

 カード回収に、ではなく、えっちゃんと共に戦えることに、だ。

 

 「やらなきゃいけないこと」が「やりたいこと」に変わっていく。この感覚は結構心地いいものだ、うん。

 

 

 

 

「お見送り、ありがとうございます」

「いやー、色々と世話になったんで。あと、これでも一応、一番弟子ですし。師匠の帰国を見送らなくて何が一番弟子かと!」

 

 ……この国を発つ時にはきっと独りでだと思っていた。

 所詮、私は協会の便利屋だ。派遣先で誰かと協力する事はあっても、独りで任務を受け、独りで任務を終える。それがずっと続いていくのだと思っていた。

 

 しかし、何の因果か私の前には彼がいた。まさか自分が仮とはいえ弟子をとる事になるとは思っていなかった。

 

「にしても、これでバゼットさんにボコボコにされる事が無くなると思うと嬉しいような、悲しいようなって感じです」

「私が居なくてもちゃんと修行は続けるように。幸い貴方にはサーヴァントという丁度いい相手が居るのですから」

「え、いや働きたくないのですけど」

「報酬に和菓子を……」

「その話詳しく」

 

 彼と彼の従えるサーヴァントについては何も分からなかった。

 

 ……それでも、人付き合いが苦手な私でも分かる事はあった。

 

 自分の置かれている立場を理解し、解決の為に自ら動く。自らの足りないものを埋めるために努力できる。

 そんな彼が、人間的には好ましいという事だ。

 

「明日望」

「ん?何です?」

 

 いよいよ、飛行機に乗り込むといった所で、私は無意識に何故か彼に声をかけていた。

 

 声をかけたからには何か言わなくてはと、言葉を探すが何も思い浮かばなかった。こんな所で人生経験の乏しさが露呈するとは思わなかった。

 

 そもそも、私は彼に対してどんな気持ちで声をかけたのだろうか?私にとって彼はどんな存在なのだろうか?

 

 友人と呼べるほど気安い関係ではないが、他人とは間違っても言えない。じゃあコレはこ、恋しているなんてことは……いえ、無いですね。ナイナイ。いくらそういった経験が皆無だからといって高校生に手を出すとか犯罪です。それにあったとしてもこの2人の間に割って入るつもりはないですし。

 

「いえ、何でもありません」

 

 結局、あまり言いたいことは纏まらなかったけれど、

 

「まあ、困った事があれば私の名前を使いなさい。……一応、師匠ですから。凡百の魔術師なら進んで私に敵対したいとは思わないでしょう」

 

 ――彼とは戦いたくない、とはハッキリと思えた。

 

 彼は私の言葉を聞いて、少しポカンとした表情をした後、ニマニマと笑みを浮かべだした。

 

 ……もしかして、何か変な事を言ったのだろうか?……そう考えると何だか途端に恥ずかしくなってきた。

 

 赤くなっているだろう顔を隠す為にも、急いで飛行機に乗り込もう。そうしよう。

 

「それでは私は行きます!恐らく貴方は継続してカード回収を続ける事になるでしょうが油断しないように!其処のサーヴァントも頼みましたよ!……あと、その顔はやめなさい!」

「ハイ!今までありがとうございました!」

「おたっしゃ、で」

 

 彼の声を背に飛行機へと向かう。

 

 彼とはもう二度と会わないかもしれない。だけど不思議と、コレが最後の別れだとは思えなかった。

 

 彼とはきっと何処かでまた会う事になるだろう。そんな予感がした。

 

 




なおツヴァイ編。

バゼットさんは純情かわいい。SGまとめて暴きたい。えっちゃんは…和菓子あげれば勝手に開示してくれそう。


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11.うっわー、恥ずかしい格好!

UA10万突破!& 原 作 開 始!

なんとかエタらずにやってこれたのも読者様のお陰です!ありがとー!

サブタイはわかる人にはわかるネタ。


「なあなあ、士郎氏よ」

「ん?どうしたんだ明日望?」

「士郎氏、確かメチャクチャかわいい人形みたいな妹いたよな?」

「まあ、妹はいるけど……まさかお前、イリヤにちょっかいかけようとしてるんじゃ」

「そうじゃないって。そんな事したらえっちゃんに顔向けできない。……例えばだ。その妹さんがフリフリの衣装で魔法少女やってたらどうする?」

「魔法少女?……っていうとイリヤがよく見てる『マジカル☆ブシドームサシ』とかいう奴みたいな?」

「そうそう」

「う〜ん、俺はあんまりそういうの詳しくないからなあ。でも、イリヤが自分で決めてやってる事なら応援するよ。……兄としては気が気じゃないし、あんまり危ない事はしてほしくないけどな。あと、スカートはもうちょっと長い方がいいと思うぞ」

「ほうほう。……それじゃもう一つ質問。もしそんなフリフリの衣装を同級生の女の子が恥ずかし気もなく着て、自らを魔法少女と言い張っていたらどう思う?」

「……凄まじいな。いや、内容じゃなくて精神性が。その、言いたくはないけど年を考えろと」

「だよねー」

 

 

 

 

 なんて事を士郎氏と話してた日の夜。夜空には流れ星が瞬いていた。……正確には魔術の光弾だ。

 

 ファンシーなステッキを手に持ち、動物の耳としっぽの装飾、そしてフリフリとした格好の2人。

 黒髪を束ねたツインテールの少女、遠坂凛と金髪の今時珍しい縦ロールが特徴的なルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。

 片方は赤。片方は青。対極のカラーリングの衣装を見に纏う2人はステッキから光弾を放ち、戦っている。格好だけ見ればアニメでよく見る魔法少女だ。……格好だけは。

 

 互いに罵り合いながら光弾をぶつけ合うその姿は、とてもじゃないが魔法少女というイメージからはかけ離れていた。醜い争いそのものである。そしてその2人は何処からどう見ても高校生程の年齢だった。どちらも贔屓目で見てもギリギリ中学生と言ったところか。少女と自称するには厳しい年だ。正直、痛々しい。

 

「うっわー、恥ずかしい格好!」

「マスターさん、マスターさん。それだと私の戦闘服も貶されているような気がするのですが」

「えっちゃんはオンリーワンだから良いんだよ!どんな格好してても可愛いからな!……本当アイツら年を考えろよ!優雅はどうした!」

 

 俺達は冬木大橋からその光景を見ていた。魔力の反応を感じ取り、家からすっ飛んできたのだ。おかげでえっちゃんとの至福のゴロゴロタイムが無くなってしまった。絶許。えっちゃんも家から出るのを嫌がっていたが、雪見だ◯ふくに釣られて一緒に来た。ちょろい。

 

 周りには人っ子1人いない。俺が(・・)人除けの結界を張ったからだ。……魔術の秘匿とは一体何だったのか。

 まあ、今、上空でキャットファイトを繰り広げている遠坂凛とルヴィアの持つファンシーなステッキ――魔術礼装の『ルビー』と『サファイア』はカード回収の任務の為に貸し出された魔法使いが製作したヤベー奴らだ。最悪洗脳(ナニカサレタヨウダ)で記憶は簡単に何とでもなるのだろう。

 

 問題はその魔術礼装が自意識を持った自立した礼装である事だ。この状況を面白がっているが故にあの魔術礼装達、主にルビーは結界を張らなかったのだと思う。おそらく喧嘩に夢中になっている2人は気づいていない。

 そして、魔術に関する不都合なところだけ消して、遠坂さんちの凛ちゃん達の恥ずかしい格好をネットにばらまこうとしてたに違いない。きっとそうだ。

 

「そう思っているなら、何でマスターさんは写真をそんなに撮っているの?」

「いや、何かに使えるかもしれないし」

 

 というか、わざわざ結界を張って観衆の見世物になる事を防いだのだからいざという時の脅しの材料(このくらい)は許してほしい。

 そう思いながらこの日の為に買っておいた高性能カメラで余すところなくその姿を写し撮る。アングルが固定されてるのは残念だが、これでも十分だろ。

 

「あ、落ちた」

「落ちましたね」

 

 俺が何十枚の写真を撮った後、とうとう痺れを切らしたルビーとサファイアは未だに喧嘩を続けようとしている2人の転身を解き、何処かへ飛び去っていった。……客観的に見ると杖が独りでに飛んでく姿ってなかなかシュールだな。

 とはいえ当事者の2人にとっては笑えない。彼女達が空の上で喧嘩出来たのは魔術礼装の補助があったこそであり、転身が解かれ、魔法少女の姿では無くなった彼女達が空を飛ぶ術はないからだ。

 

 程なくして春の未遠川に大きな水しぶきが2つ上がった。

 

「……助けに行くか」

「りょーかい、です」

 

 本当に、気分は乗らないけれど仕方なく助けに行く事にした。

 

 

 

 

 ――ああ、また1ついらない知識が増えてしまった。

 

「……アンタのせいでびしょ濡れじゃない!」

「それはこちらのセリフですわ!そもそも貴女がもっと早く私の前からいなくなれば……!」

「何ですってこの縦ロール!」

「喧嘩なら受けてたちますわよ、この成金女!」

 

 ――女は、醜い。

 

 こんな事実知りたくなかった。

 重力軽減魔術などを駆使して無傷で未遠川に着水した彼女達は自力で岸まで辿りつき、それでもまだ喧嘩を続けていた。

 そんな2人の淑女()を間近で見て、そんな感想しか抱けなかった俺は何か間違っているのだろうか?間違ってないと思いたい。

 

「おお、えっちゃん。やっぱり信じられるのは君だけだ。えっちゃん世界一かわいいよ……!」

「マスターさんくすぐったい、です」

「ちょっとそこ!何いちゃいちゃしてるのよ!」

 

 現実逃避にえっちゃんを抱きしめて首元に顔を埋めていると、喧嘩を一旦、止めた遠坂凛がこちらに怒声を浴びせかけてきた。

 

「アンタ一体何者よ!なんで人除けの結界を張ってるのに……」

 

 手には魔術の触媒となる宝石。時計塔でも有数の宝石魔術の使い手である彼女がそれを手に持っているという事は即ち、「此方はいつでもお前を攻撃できるぞ」と言っている事と同義だ。

 動きを警戒しつつ、質問に答える。

 

「張ってなかったぞ」

「……え?」

「あんなフザけた魔術礼装に任せたのが失敗だったな。最初から最後まで恥ずかしい格好を晒してたぞ。こんなことで魔術の秘匿とやらは大丈夫なのか?」

「ああああああルビイイイイイイイイ!!」

 

 ……マジで気づいてなかったのか(呆れ)。……いや、ちょっとした英国式ジョークなんだろう。さっきは冗談でああ言ったけど、流石に本気で魔術の秘匿の事を愉快型魔術礼装(あんなの)頼りにして、自分達は忘れて喧嘩してた訳じゃないはずだ。多分。きっと。

 

「……それで、結局貴方は何者ですの?人除けの結界の事を知っているという事は魔術師のようですが、それなら一応(・・)この町のセカンドオーナーである遠坂凛が貴方の事を知っている筈ですが」

「一応って何よ!」

「そりゃ知らなくて当然だ。俺はこの町の魔術師じゃないからな。……っていうかアンタらにもちゃんと説明されてると思うんだが?」

「……って事はアンタが協力者!?」

「そういう事。俺の名前は蒔本 明日望。お前でもアンタでもまーくんでも、好きなように呼んでくれたまえ」

「……驚いた。専門家の魔術師が1人協力するって聞いてたけど、てんで弱っちそうじゃないアナタ」

「大丈夫だ。俺はともかく、えっちゃんは強いからな」

「そりゃそうでしょうよ。変な格好してるけどその子、英霊なんでしょう?……全く、英霊の召喚なんてどんな裏技を使ったら……」

 

 ……なるほど、そういう話になってるのか。流石に抑止力云々までは遠坂凛達には説明されてないか。所詮、ハッタリだしどう捉えられててもいいけどさ。

 どう伝わっているのかは知らないがえっちゃんがサーヴァントである事も知っているらしい。説明の手間が省けるし此方としては楽だ。

 此方の素性がハッキリしたからか少しだけ向こうの警戒心は薄れたようだ。

 

「……まあいいわ。アンタはともかく隣のその子は頼りになるでしょうし。わたしは遠坂 凛。この冬木市のセカンドオーナーよ。短い期間でしょうけどよろしく」

「オーッホッホッホ!私はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。この任務の暁には魔法使いの弟子となる偉大なる魔術師ですわ!精々そこの英霊と共に私の為に働きなさい!」

 

 少しだけ不安を覚えなくもないが、原作(魔法少女達の勇気と絆の物語)が幕を開けた。

 

 




パワポケは復活するんだ!(*^◯^*)

あと、書いてて思ったけどルヴィアくっそ書きづらいな!
あんまりお嬢様系のキャラ書いたことないんで、最初は不慣れな面が出てしまうかもしれませんが生暖かく見守って下さい…>_<…


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12.誕生!魔法/奴隷少女!

福袋引いたらえっちゃん二枚引きでした!うちのスキルマLv.100のえっちゃんの宝具レベルが3に……!
そしてまさかのえっちゃんスキル強化ー!もう今ならソルトに抱かれてもいいです!

オープンキャンパス用の小説も書き終わったし、気持ちよく投・稿・再・開です!
こちらのサイトからも見れるので良ければ読んでいってください。

それではどうぞ!(なお今回は殆ど原作そのままの模様)



 サファイアを追うために別行動となったルヴィアさんと別れ、息を切らして走り続ける事十数分、だが、その苦労も虚しく、目の前に広がる住宅街から光の奔流が空へと昇って行った。やっぱり間に合わなかったか。

 

「だあーッ!ステッキの分際で主人を裏切るなんてほんといい度胸してるわね、あの馬鹿ステッキーッ!!」

「自業自得、では……?」

「黙らっしゃい!大体、アンタたちがダラダラと長ったらしく話してなきゃ間に合ってたかもしれないでしょうが!」

「マスターさん、この人怖い、です……」

「はいはい、俺のせい、俺のせい。えっちゃんは悪くないよー」

 

 隣で全力で走っていた凛ちゃんはあの愉快なステッキが新たなマスターを得た事を察し、絶叫した。えっちゃんが正論を口にすると逆ギレして周囲に当たり散らす。俺は適当にそれを流しつつ、衛宮宅へ急ぐ。

 

「なあああ何これー!ホントに魔法少女なの!?ていうかいつの間に外に出たのー!?」

『いやー、あそこちょっと狭かったんで~』

「裸で外に出ちゃったの!?」

『お似合いです!とってもお似合いですから~』

「ちっともフォローになってないよ……」

 

 不法侵入したその家の敷地内で見たのは、知り合いに見られたら悶絶間違いなし!なフリフリとした魔法少女服に身を包んだイリヤちゃんがガックリと項垂れる所だった。

 

『うー、やっぱり魔法少女はロリっ子に限りますね~!どこぞの年増魔法少女とは大違いです~』

 

 愉快なステッキ――ルビーのその言葉に反応して、隣のあかいあくまからプッツンと血管が切れる音が聞こえた……ような気がした。

 

「ほーん、誰が年増ですってー?」

『あら~、誰かと思えば凛さん。生きていたんですね~』

「ええ、お蔭様でねー……本当に生きてるのが不思議なくらいよ」

『あは~☆それは大変でしたね~』

「この、よくも抜け抜けと……」

 

 皮肉を軽く流されて、凛ちゃんは口元をピクピクとさせ、怒りに震える。

 

『それで、横の人達が協力者ですか~……――ああ、なるほど。そういう事ですか~』

「ん、どうした?えっちゃんの事ならもう知ってるんだろ?」

『いえ、気になっていたのはそちらの英霊さんじゃなくて貴方の方ですよ~。あのクソじじいがやけに気にかけてると思ったら、こういう事ですか~』

「それってどういう……?」

「ええい、何を訳のわからない事くっちゃべってんのよ!いいからこっちに来なさいルビー!誰がマスターか、キッチリ教えてあげるわ!」

 

 ルビーはそんな凛ちゃんを放置し、俺を見て何か意味ありげな事を呟いた。

 クソじじいとは恐らくゼルレッチ(カレスコおじさん)の事だろう。第二魔法「平行世界の運営」に至った現存する魔法使い。そんな彼が俺を気にかけている?

 ルビーの言葉が気になり、問いただそうとしたが、その前に凛ちゃんの怒りが限界を迎えたらしく、口を挟んできた。

 

『いえいえ~、そんなの言われるまでもありませんよ~!なにせ、こちらにいますイリヤさんこそがわたしの新しいマスターなのですから~』

「はぁ?ちょっとあんた……」

「ち、違います!詐欺です!騙されたんですっ!気が付いたらこんな事になってたんですっ!」

「あー……もういいわ。だいたいわかったから」

 

 ルビーの言葉で凛ちゃんの怒りは今まで蚊帳の外だったイリヤちゃんに向けられた。ぽけーっと成り行きを眺めていたイリヤちゃんは慌てて弁明をする。

 その様子を見て、イリヤちゃんが愉快なステッキの被害者(新しいおもちゃ)だと察した凛ちゃんは大きくため息を吐いて、手を差し出す。

 

「とりあえずそのステッキ返してくれる?ロクでもないものだけどわたしには必要なのよ」

「は、はぁ……どうぞ」

 

 困惑しながらもステッキを差し出すイリヤちゃんだったが、ルビーが折角手に入れた新しいおもちゃを手放す訳もなく。イリヤちゃんの意思と反してその手からステッキが離れない。

 

『ふっふっふ~。無駄ですよ~!既にマスター情報は上書き済みですからね~。本人の意思があろうとなかろうと私が許可しない限りマスター変更は不可能ということで……』

「ふんっ!」

『ゆあっしゃー!?』

 

 凛ちゃんは怒りに身を任せて、ルビーを壁に叩き付けた。衛宮家の壁にクレーターのような罅が刻まれる。痛そう(小並感)

 

「上等じゃないのルビー……!それならもう一度マスター変更したくなるように可愛がってあげるわ……!」

『相変わらず情熱的な方ですねー。そんなに魔法少女が恋しいんですか~?』

「恋しいわけあるかー!あんなもん人に見られたら自殺モンよ!」

 

 凛ちゃんが顔を赤らめてルビーの言葉を否定する。その傍では「私、今自殺モンの状況なんだ……」とイリヤちゃんがガックリと項垂れていた。

 

『しょうがないですね~。じゃあイリヤさん。「このやろー」と思いながらステッキ(わたし)を凛さんに向かって振ってください』

「え、えっと。こ、このや、ろー?」

『いよっしゃあー!!』

「『オシリスの塵』!」

 

 

 言われるがままにイリヤちゃんがルビーを振ると、凛ちゃんに向かってビームが放たれた!

 いくら死なない程度のダメージとはいえ、知っていて防がないというのもアレなので、反射的に支援魔術で凛ちゃんを守る。

 

「きゃーッ!?なんか出たーーッ!?そして防がれたーーッ!?」

『イリヤさんの返答はこうです!「ステッキは誰にも渡さねぇ……国へ帰りな年増ツインテール」……にしてもなんで防いじゃうんですかー、おにーさん。あ、もしかして凛さんに弱みでも握られてるんですか~?』

「言ってないよそんなこと!?」

「ぐすん。実はソーなの」

「……何すんだコラーッ!!」

 

 ルビーの言葉に悪ノリしてよよよ…と泣くフリをする俺。凛ちゃんは暫く呆然としていたが、状況を理解するとルビー――正確にはルビーを持ったイリヤちゃんに向かってガンドを連射した。しかし……

 

「うひゃあああッ!?……あれ?なんともない……?」

『お忘れですか~、凛さん?カレイドルビーにはAランクの魔術障壁や物理障壁など多くの力が宿っていることを!』

 

 蹲るイリヤちゃんには傷1つ付かない。ルビーの言葉通り、カレイドルビーに転身した魔法少女は様々な恩恵を身に宿すためだ。普通の魔術師じゃ、この守りは崩せない。

 

『つまり!「今や英雄にも等しき力を得たこの私に年増ツインテールごときが敵うと思ってんのかー」……とイリヤさんが言っていますよ?』

「ちょっと!勝手なこと言わないでよー!」

 

 ……だが、それも万能ではない。凛ちゃんは溜息を吐くと、大粒の宝石を天に向かって指で弾く。瞬間、閃光が夜空を照らした。

 

「ひゃあっ!?なに……何なの!?」

「いけませんイリヤさん!めくらましです逃げてくださいーッ!」

「ごめん、少し眠っててね」

 

 障壁内部からの零距離射撃、それがカレイドルビーの障壁を無効化する手段の一つ。

 イリヤちゃんは光を直視してしまった為に目が一時的に潰され、混乱している。とてもじゃないが、まともに動ける状態じゃなかった。

 凛ちゃんはイリヤちゃんのこめかみに指を向けガンドを放つ――

 

「……ふぇ?」

「……何のつもり、明日望?」

「いやー。イリヤちゃんは別に悪い事何にもやってないのにこんな目に遭うのは可哀そうかなーって」

 

 しかし、そのガンドは天へと放たれた。俺が撃つ直前で凛ちゃんの手首を掴んで上に引き上げたからだ。

 俺の言葉を聞いて少しは冷静になったのか、凛ちゃんは手を下ろした。

 

『ナイスですおにーさん!元になったのがあのロクデナシとは思えない程の善良っぷりですね!凛さんも見習って下さい!イエスロリータ、ノータッ……』

「あんたはちょっとは反省しなさいよッ!」

『ひでぶっ!?』

 

 ……ルビーに対しての怒りは収まらなかったようだが。ルビーは今度は地面に叩き付けられた。

 

「あうー……何が起こってるのか全然わからないよー……」

「『イシスの雨』。これで見れるようになったか?」

「あっ、はい。ありがとうございます、おにーさん」

「礼はいいよ。悪いのは全部このステッキとあっちの怖いおねーさんのせいだからな」

「ちょっと明日望!この馬鹿ステッキとわたしを同列にしないでくれるかしら!」

 

 凛ちゃんが何か言っているが無視だ。実際、凛ちゃん達が私闘にステッキを使ったせいでこんな事になってんだし。

 そんな中、地面に押さえつけられているルビーが話し出す。

 

『いやー、参りましたー。おにーさんのお蔭で助かりましたけど、こうもあっさり負け寸前までもっていかれるとは。これからいろいろ教育していかないとですね~』

「……ルビー、まだマスター変更しないつもり?」

『ええ!何度強要しようが無駄ですよ~。ルビーちゃんは暴力には屈しません!私の新しいマスター(おもちゃ)はイリヤさんに決めたんです!』

「あっそ。それならそれでいいわ。……あーあ、こんな小さい子を巻き込むのは本意じゃないんだけどねー」

 

 ルビーの言葉を聞いて説得は無理だと諦めた凛ちゃんはイリヤへと言葉を投げかける。

 

「イリヤ。いい?今から大事なことを言うからよく聞きなさい。命じるわ――貴女はわたしの奴隷(サーヴァント)になりなさい。拒否は却下よ!恨むならルビーを恨むこと!」 

「……は?」

 

 イリヤちゃんはその言葉を聞いて、自分がとんでもなく面倒な事に巻き込まれたという事だけは理解したようだ。

 ……ここまでいったなら俺はもう要らないな。

 

「凛ちゃん、ちゃんと説明はしてやれよ。俺は適当に誤魔化してからそのまま帰るわ」

「はいはい、わかってるわよ」

「あ、あのっ!助けてくれたり、目を治してくれて本当にありがとうございました!」

 

 背後から聞こえる声に手を振って返し、俺は窓から風呂場へと進入する。そして未だ伸びている士郎氏の頬をペチペチと叩く。

 

「おーい、士郎氏ー。生きてるかー?」

「うう……はっ!違う!電気が消えてたせいなんだ!許してくれ、セ、ラ……?」

「よっ。グッモーニン」

「明日望……?どうしてウチに……?」

「いやー。えっちゃんとのデートの帰りに偶然、怪しい奴が士郎氏の家に石を投げこんだ所を見てな。最終的には逃げられちゃったからちゃんと気を付けておけよって事を伝えるためにここで士郎氏を介抱してたってわけさ」

「ああ、そうか。なんか悪いな。折角のデート邪魔しちゃって」

「良いって事よ。それじゃ、あの可愛い家政婦さん達にちゃんと手当してもらえよ。また明日な」

「ああ、ありがとな。また明日」

 

 後は士郎氏が上手い事言ってくれるだろう。窓から外に出て帰路へ就こうとする。

 

「マスターさん。もう少し、私を頼ってくれても良いんだよ?」

「え?いやー、こんな事でえっちゃんに頼るのもなーって。そんなに危ない事もしてないしさ」

 

 すると、今まで後ろで黙々と雪見だ〇ふくを平らげ、ちょうど10パック目に突入したえっちゃんが口を開いた。

 

「それでも、です。私は一応、マスターさんの剣、です。……面倒ですけど、ちゃんと使ってくれないと拗ねちゃうよ?」

「あー……ゴメン」

「駄目です。許しません。マスターさんは、至急、私の機嫌を取るべき、です」

「……何処へ行きたいの?」

「木曜日の夜限定で和菓子バイキングをやっているという店を見つけました。そこに連れて行ってくれれば許してあげなくもない、です」

「はいはい、わかりましたよ。それじゃ行こっか、えっちゃん」

 

 ああ、ホントえっちゃんは可愛いなあ!と脳内で狂気乱舞しながらも極力、顔には出さないようにして、俺はえっちゃんと共に夜の街へと歩き出した。

 

 ……この後、件の店を出禁になった事はまた別の話である。

 

 

 

 




わかりやすい伏線を少しだけ張ってみたり。ちゃんと回収できればいいなあ……


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13.vsちゃりん娘(事後)

一度、ちゃんと書いたのですが、あまりに見所さんが無かったので全削除で久々の日記形式。原作でも10ページあるかないかだったし是非もないよネ!
なので今回はすっごく短いうすしお味な投稿です。ライダーさんの活躍を期待してた人達はすまんやで。




 5月 5日 晴れ

 

 イリヤちゃん達と逢った日から一夜明け、学校も終わった放課後。学校の図書室で静かに本を読むえっちゃんの横顔を見てニヤニヤするという至福の時間を過ごした俺に待っていたのは『今夜0時 高等部の校庭まで来るべし 来なかったら■■ 帰ります』という脅しの文章が雑に塗りつぶされた簡潔な命令書だった。折角、幸せな気分に浸っていたのに……バゼットさんもアレだったけど凛ちゃんは凛ちゃんでやっぱりおっかないなあ……

 

「あすのくん、どうします?しょーじき、もう帰ってゴロゴロしてたいですし、ブッチしちゃう?」

 

 えっちゃんの言葉を聞いて、あー、俺も帰ってえっちゃんとゴロゴロしてーなーと一瞬、流されかけたが、物理的に消される可能性があるためグッと堪えた。とはいえモチベーションは限りなく低かった。

 

 なにせ、今回相手する事になるのは、原作で不意打ちの当たるゲイ・ボルグで倒された黒化ライダー――ちゃりん娘ことメドゥーサさんだ。流石に黒化エミヤよりかは強いだろうけど、あっさり倒されたイメージが強すぎて特に怖いとは思えない。初手で騎英の手綱(ベルレフォーン)ぶっぱでもしてこない限りは俺達の出番は無いんじゃないかなとその時は思っていた。……実際そうだった。

 

 戦闘経験を詰ませるためにイリヤちゃんが前に出て戦う事に(凛ちゃんの独断で)決まり、俺と凛ちゃんは物陰に待機。危なそうな攻撃だけえっちゃんが防ぎ、最終的には乱入してきた美遊ちゃんの当たるゲイ・ボルグによって特に波乱も無く、黒化ライダーは倒された。是非もないよネ!

 

 美遊ちゃんこと美遊・エーデルフェルト。カレイドサファイアの力を借りて魔法少女として戦う彼女の正体は平行世界からやってきた「生まれながらに完成された聖杯」……らしい。プリヤが完結する前にこの世界に連れてこられたから詳しい事は知らん。ドライ編はまだまだ完結しなさそうだったから多少こっちに来るのが遅くても関係無かっただろうけど。

 

 そういえば、美遊ちゃんはいつぐらいにこっちに来たのだろうか?学校の帰りなんかに軽ーく探してみたけど結局見つからなかったからなあ……美遊ちゃんが行く当ての無い生活を何日か過ごすって知っていたのに、保護できなかった事には今でも申し訳なく思っている。

 やっぱり原作を大きく改変する事は出来ないのだろうか?俺が出来るのはきっと用意された舞台の中で最善を尽くす事だけなのだろう。まあ、ルヴィアさんに無事に会えたみたいだし良かった良かった。今度会った時にアイスでも買ってあげて許してもらおう。

 

 そんな訳でイリヤちゃんとの初共闘は危うげなく終わった。とはいえ次の戦闘はガン待ちで神代魔術ぶっぱしてくるキャスターのやべー奴と魔力の霧でビームを弾いて、聖剣でビーム撃ってくるセイバーのやべー奴で連戦になる。……黒化セイバー戦はともかく、黒化キャスター戦は飛行能力も遠距離攻撃も無い俺とえっちゃんが置物になると思うからあんまりイリヤちゃんがこっちに頼り過ぎるのも良くないんだよなー。そういう意味では今回の殆ど原作通りに進んだ戦闘は都合が良かった。

 

 さて、前述の通り、次回は負けイベだ。俺達に出来る事は無いので何も考えずにやられに行こう。……いっその事、本当にサボってしまってもいいかもなあ。

 

 ……それはさておき、今日の戦闘が物足りなかったのか、さっきから日記を書いている俺の背中に張り付いて「かまえー、かまえー」とえっちゃんが絡んできている。

 

 俺の理想郷(アヴァロン)は此処にあるのだと再認識する。

 

 いずれ終わり往く旅路。俺を送り込んだ奴は今頃どんな顔をしているのだろうか?いきなりこんな事に巻き込まれた恨みこそあれ、えっちゃんと巡り合わせてくれたという事実だけでそんな些細な事は無視できる。せめてもの礼として、俺達の旅路が彼の期待に応えられるような楽しい物語になっているといいのだけども。

 

 ……まあ、いっか。応えられてなくても。人でなしの考える事は人には分かりませんっと。えっちゃんといちゃいちゃする事に比べたら、遥かにどうでもいい事だからネ!そんな訳でえっちゃんに構うので忙しいから今日の日課終わり!

 

 

 

 

 

 




もはや伏線を隠す気が無いスタイル。


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14.ルビーちゃんは、世界でえっちゃんの次にかわいい!

「油断しないようにねイリヤ。敵はもちろんだけどルヴィアたちがドサクサ紛れで何してくるかわからないわ。明日望はちゃんとイリヤがトドメをさせるようにサポートしなさい」

「速攻ですわ。開始と同時に距離を詰め、一撃で仕留めなさい」

「はい」

「あと可能ならドサクサ紛れで遠坂凛も葬ってあげなさい。蒔本明日望、貴方は遠坂凛が逃げ出さないようにミユの補助を」

「……それはちょっと」

『殺人の指示はご遠慮ください』

(なんでこんなギスギスしてるのかなぁ……)

「いやー、良い感じにギスギスしてるなあ!」

(明日望さん、言っちゃったーー!?)

「マスターさんは私の、なので。お二人には渡さない、です」

『まったくです。お二人のケンカに巻き込まないでほしいものですね~』

 

 まもなく午前0時を迎えようとする深夜。冬木大橋にておおよそ魔法少女モノとは思えない淑女(笑)の言い合いが繰り広げられた後、

  

『『限定次元反射炉形成!鏡界回廊一部反転!』』

「「接界(ジャンプ)!」」

 

 二回目の、俺にとっては四回目のカード回収が始まった。しかし……

 

「止めてくれキャスター。その術は俺に効く」

「なんでランクAの魔術障壁が突破されてるのよ!?」

砲射(シュート)!……っ!?」

「あれは魔力指向制御平面!?まさかこれほどの規模で……!」

「止めてくれ」

「こっ、これはもしかしなくてもDie(ダイ)ピンチ?」

『完全に詰みですね~これは』

「悠長に話してる場合かー!ちょっと明日望!あれ防げないの!?」

「すまない……『オシリスの塵』はもう使用済みなんだ。再使用できるのは三時間は後だ。本当にすまない……」

「ててて撤退ですわ撤退ーッ!!」

 

 ……そんな訳で。

 

『いや~ものの見事に完敗でしたね。歴史的大敗です』

 

 俺達は鏡面界から命からがら逃げだした。予定調和の敗北である。

 皆、黒化キャスターが最後に放った大魔術の余波を受け、プスプスと服が焼け焦げている。

 

「な、なんだったのよ、あの敵は……」

「ちょっとどういうことですの!?カレイドの魔法少女は無敵なのではなくて!?」

『わたしに当たるのはおやめくださいルヴィア様』

 

 よろよろと起き上がりながらそう言った凛ちゃんに続けて、ルヴィアさんがサファイアを掴んで伸ばしながら怒りを露にする。もっともルビーの目への体当たりによって地面を転がる羽目になったが。

 

『サファイアちゃんをいじめる人は許しませんよ~。それに魔法少女が無敵だなんて慢心もいいとこです』

「ごめん。わたしも無敵だとちょっと思ってた……」

『もちろん大抵の相手なら圧倒できるだけの性能はありますが……それでも相性というものがあります』

「……で、その相性最悪なのが――アレだったわけ?」

 

 溜息をついて凛ちゃんは愚痴をこぼす。

 現代の魔術を遥かに凌駕する黒化キャスターの神代の魔術は、見た目はアレでも最高位の魔術礼装であるカレイドステッキの魔術障壁を簡単に突破し、天に張り巡らせた魔力反射平面によってこちらの攻撃は届かない。そりゃ溜息もつきたくなるわ。

 

「……ってか、アンタらはもうちょっと頑張りなさいよ!そんなんでも一応その子、英霊なんでしょ!?」

 

 対策を考えようと頭を悩ませていた凛ちゃんは俺達の事を思い出してしまったらしい。同時に先の戦闘で俺達が全く役に立ってない事にも気が付いてしまった。

 えっちゃんを色物扱いされた事には納得がいかないが、そこは後で文句を言うとする。

 

 

「いやー、どうにかしたいのは山々だけど……今回、俺達は完全に戦力外だねえ」

「面目ない、です……」

「はあ!?」

 

 素直に俺達が役立たずである事を告げると何故かとても驚かれた。

 

「そんなに驚く事じゃないさ。そもそも俺達は遠距離攻撃出来ないからねえ。だからアイツは俺達にとっても相性最悪って訳。えっちゃんが魔力放出で空飛んで無理矢理接近戦に持ち込むって事も出来なくはないけど……多分、俺の魔力が持たないだろうなぁ。それに防御手段を持たないえっちゃんを敵に単身突っ込ませるなんて、天が許してもマスターである俺が許しません!」

「マスター、さん……くっ……私に対魔力のスキルがあれば……!いえ、対魔力が無くても私はセイバー、です。誰がなんと言おうとセイバー、ですっ」

「あー、ハイハイ。わかったから。漫才はその辺にしときなさい。……しかし、困ったわね。何かあった時にはアンタ達に丸投げしようと思ってたのに……」

 

 そんな事を考えていたのか……そりゃ、そこらの弱小英霊なら俺達だけでも何とでもなるけどさぁ……

 

「はぁ……アンタ達が役に立たないってのはわかったけど、私たちだけで相手するのもキツいのよね……あの魔力反射平面のせいでこっちの攻撃は届かない」

『攻撃陣も反射平面も座標固定型のようですので魔法陣の上まで飛んでいけば戦えると思いますが……』

「……と言ってもねぇ。練習もせずにいきなり飛ぶなんて……」

 

 そんなこんなで俺達抜きでの作戦が立てられていく。

 ってか凛ちゃん、幼女が飛ぶなんてそんな馬鹿な事あるわけが……

 

「あ、そっか。飛んじゃえばよかったんだね……え、なに?」

 

 ……と、飛んだああああ!!……いや、俺は知ってたけどさ。

 だが、周りの皆は「魔法少女は飛ぶもの」という謎理論によってサラッと飛行をコントロールしたイリヤちゃんを見て口を大きく開けて驚いていた。

 その後、「人は飛べません」と正論を言った美遊ちゃんがルヴィアさんに連行された。明日は学校が休みという事で凛ちゃんは戦略を練り、俺がイリヤちゃんの特訓に付き合う事になって、この場はお開きとなった。

 ……っていうか、今更だけどイギリスからの転入生が四人もいる学校って凄いな。まるでエロゲみたいな設定……原作エロゲでしたね……

 

 

 

 

「そこっ!砲射(フォイア)!……うわっ!?殴って相殺したーっ!?」

「フハハ!このくらいで仕留められると思うとは。甘い!えっちゃんの餡子よりも甘いわ!」

『いや~、イリヤさんがへなちょこだとはいえここまで完璧に捌かれるとは。素体が優秀なだけはありますね~。っていうか剣はどうしたんです?』

「今は師匠譲りのこの(けん)だけで十分さ!」

 

 そして翌日。ある程度練習して飛行をマスターしたイリヤちゃんはルビーの提案で、見様見真似でやってたらいつの間にか飛行できるようになっていた俺を仮想敵にして空中戦の訓練をしていた。

 最初こそ人を相手にするのを躊躇っていたイリヤちゃんだったが、俺がひらりひらりと攻撃を躱し続けるのを見て少しずつ加減を忘れていき、今では全力で仕留めにきている。流石に躱し続けるにも限度がきたのでここで俺も伝家の宝刀、バゼットさん仕込みの拳を解禁する。

 イリヤちゃんが放った魔力弾は硬化と強化のルーンの力が籠められた拳と真正面からぶつかり、そして明後日の方向へと弾かれた。

 

「くぅ……!こうなったら……逃げ場のないくらいの散弾!」

『イリヤさん!それは悪手……』

 

 痺れを切らしたイリヤちゃんは散弾でこちらの足を止めようとしたが、ルビーの言う通りそれは悪手だ。

 

「加速!」

「突っ込んで……!?」

 

 極大の弾幕。しかしその密度は無理矢理突破出来る範囲だ。バゼットさんとの特訓や幾度の黒化英霊との戦闘経験からか以上に冴えわたる目がそう判断し、最短かつ弾幕の薄いルートを導き出す。

 加速のルーンで速度を上昇、弾幕を拳で払い除ける。そして目の前には突然の奇襲に驚くイリヤちゃん。

 

「ふぎゃっ!?」

「ほい、これで五連勝っと」

 

 そのまま防ぐ間もなく軽いデコピンがイリヤちゃんの額に吸い込まれた。

 俺のデコピンを食らえばイリヤちゃんの負け、俺がダメージを受ける一発を食らえばイリヤちゃんの勝ちというルールで始まったこの空中戦の訓練、今の所、俺が五戦全勝で大きく勝ち越している。少々大人げないかと思ったけど、後々の事を考えるとここで濃度の高い戦闘訓練をしておくのはイリヤちゃんの為にもなるだろうと考え、全力で勝ちにいっている。

 額を押さえるイリヤちゃんは器用に空中でガックリと項垂れて泣き言を漏らす。

 

「うう、勝てない……明日望さん、ちょっとは手加減してよう……」

『甘いですよ、イリヤさん。手加減どころかおにーさんはまだ変身を二回残してます』

「フ〇ーザ!?」

「はっはっはー!えっちゃんと師匠の名にかけてイリヤちゃんには負けられないなぁ!」

「大人げない!?明日望さんだけはまともな人だと思ってたのに!」

「まともな奴はこんな事に首突っ込んだりしません!」

「……確かに!流されるままに魔法少女やってたけどこれってやっぱりおかしいよね!?」

『おおっと?今更気づいた所でもう遅いですよ~。イリヤさんはわたしの終身名誉玩具(マスター)なので~』

「世の中は理不尽。こんな事、まだ知りたくなかった……ガクリ」

 

 イリヤちゃんからどんよりとしたオーラが漂い始めたと同時に地上から声が届いた。

 

「マスターさーん。言われた通り、私のお菓子のついでにアイス買ってきましたよー」

「それじゃ、一旦、休憩にしよっか」

「……さんせーい」

 

 えっちゃんが戻ってきたので特訓はここで切り上げる事になった。

 

「えっちゃん、暑くない?俺、結構汗かいちゃったし、匂いもヤバいかも」

「へーき、です。あったかいのは嫌いじゃない、ので。それにマスターさんの匂い、私、好きですよ」

「ああ~、俺も好きだよえっちゃん~!」

 

 腕の中で俺の胸にもたれかかるえっちゃんに疲れた体を癒されていると、目の前のイリヤちゃんがアイスを食べる手を止め、真っ赤な顔で口を開いた。

 

「あ、あの、その……明日望さんと、えっちゃんさんってどういう関係、なんですか……?」

「マスターさんは、マスターさん、です。死が二人を分かつまで、マスターさんは私の”イカリ”であり、喜びなのです」

「そうだなー……えっちゃんは俺の全て、かなー。言うなれば、”チ”みたいなものだね!俺を動かすこの心も、俺が進むこの道も全部えっちゃんの為に使うんだ」

「はえー……大人だぁ……」

『イリヤさんもこのくらいグイグイいかないとお兄ちゃん取られちゃいますよ~』

「ルビーうるさい」

 

 ほう、とイリヤちゃんが溜息をついたその時だった。

 

「……ん?何か降ってき……」

 

 空から美少女が降ってきた。

 

「美遊ちゃん!?え、えっちゃん頼んだ!」

「おっ!?オッケー、ですっ!」

 

 ここで俺が美遊ちゃんを受け止められたら格好もついたのだろうけど、当然そんな事は出来ないので大人しくえっちゃんに任せる。

 俺とイリヤちゃんがその場を飛び退いたと同時にドゴンと、とても人が落ちた音とは考えられない音が鳴り響いた。

 

「い、いったいなに……?」

「うわぁ……普通の人ならミンチより酷い事になってるぞコレ……」

 

 恐る恐る土煙が立つクレーターの中心部を見る俺とイリヤちゃん。

 

『全魔力を物理障壁に変換しました。お怪我はありませんか美遊様、えっちゃん様』

「な、なんとか……えっと、えっちゃんさんもありがとうございます」

「いえ、これでもサーヴァントですので。へーき、です」

 

 美遊ちゃんは無事、えっちゃんに受け止められていた。えっちゃんにも怪我は無いみたいだ。良かった。

 ……と、思ったけど、えっちゃんの足がプルプルと震えている。無理をさせてしまったみたいだ。後で謝っておこう。

 

「あの、ここで何を……?」

「特訓だよー。俺とえっちゃんは次の戦いじゃ役に立たないからね。だからイリヤちゃんが思いっきり戦えるようにってここで空中戦の練習やってたんだー」

 

 そう言って実際に飛んで見せる。美遊ちゃんは少し驚いた後でこう言った。

 

「空が飛べなきゃ戦えないから、その、教えてください……飛び方」

 

 

 

 

「こ、これ……?」

「う、うん。わたしの魔法少女のイメージの大本だと思う……」

「航空力学はおろか重力も慣性も作用反作用すらも無視したでたらめな動き……」

「いやー……そこはアニメなんで固く考えずに見てほしいんだけど……」

『実体験に依らないフィクションからのイメージのみとは思いもよりませんでした』

『イリヤさんの空想力はなかなかのものですよー』

「美遊ちゃんもこんくらい単純に考えてもいいとは思うけどねー」

「……ほめてるの?」

 

 そんな訳でまずはイリヤちゃんの飛ぶイメージを知るために衛宮宅での魔法少女アニメ(マジカル☆ブシドームサシ)鑑賞会が行われた。

 

『このアニメを全部見れば美遊様も飛べるようになるのでしょうか』

「ううん……たぶん、無理」

 

 結局、美遊ちゃんは理解できなかったみたいだけど。

 

「あの、明日望さん。やっぱりわかりません……」

「大丈夫だよ。こんなん見て実際に飛べるのはよっぽど能天気な子だけだから」

「急にひどい言われよう!?」

「じゃあ、こんなんじゃ納得できない頭カチカチな美遊ちゃんのために魔術と魔法の違いから解説していこうか」

「頭カチカチ……」

「無視!?……ってそれって同じ意味なんじゃ……?」

 

 美遊ちゃんが少し落ち込んでいるが気にせずに話し続ける。

 

「いいや、全然違うね。魔術ってのは簡単に言えば人が再現出来る事さ」

「ふえ……?でも私、手から火とか出ないよ?」

「ライターを使えばいい」

「え?……ああ、そういう事かー!……あれ、じゃあ魔法少女ってなんなの?」

「魔術少女より魔法少女の方が可愛いだろ?」

「……うん?」

 

 俺の言葉に納得したようにイリヤちゃんは相槌を打った。

 

「……それで、結局どうやったら飛べるんですか?」

「さっき言った事の逆を考えればいい。人に出来る事の大体は魔術で再現出来る!」

『ちなみにこういう事、凛さん達の前で言ったら愉快な事になりますよ~』

『魔術師とは自分が魔術師である事に誇りを持つ生き物ですからね』

「まあブチ切れられるだろうね。だから美遊ちゃんとイリヤちゃんは凛ちゃん達に言わないでよ?……あ、ルビーもだからな!」

『わたしにもちゃん付けしてくれたら考えなくもないですよ~』

「ああ、はいはいルビーちゃんかわいいルビーちゃんかわいい」

『もっと心を込めて!さあ!』

「ルビーちゃんは、世界でえっちゃんの次にかわいい!」

『そこは嘘でも一番って言いましょうよ!』 

 

 ルビーとの漫才はこのくらいで切り上げる。

 

「とにかくさ。理論とか理由をちゃんとつけて空飛びたいなら人の作ったものとか参考にするといいと思うよ?飛行機とか気球とか、ヘリコプターとか、あとロープで宙ぶらりんとか床がガラス板になってるタワーの展望台なんかも空飛んでる気分でいいかもねー。まあ、もちろん俺のオススメは翼を生やした魔法少女だね!似合うと思うよ!」

「……考えておきます」

『そうですね~。これだけじゃ美遊さんもイメージしにくいと思いますからわたしからはこの言葉を送りましょう「人が空想できること全ては起こり得る魔法事象」わたしたちの創造主たる魔法使いの言葉です。……あ、わたしも飛ぶなら翼を生やすのをオススメしますよ~!』

「……翼だけはやめておきます」

 

 そう言って美遊ちゃんは嘆息すると立ち上がった。

 

「なんとなく、わかったような気がします。……また今夜」

 

 そのまま美遊ちゃんは帰っていった。

 

「また今夜か……『あなたは戦うな』とか言われた昨日よりだいぶ前進?」

『イリヤさんはまったく役に立ちませんでしたけどね~』

「ぐふっ!」

「アハハ、そんな心配しなくても大丈夫だって。そのうちキスまでしちゃうくらいの友達になれるって俺の直観が囁いてるからさ!」

「それ友達じゃないよね!」

「……あの、私、いる意味ありました?」

「えっちゃんはそこにいるだけでかわいいからそのままでいいんだよえっちゃんかわいいよえっちゃんんん!!」

「発作!?」

『お約束ですね~』

 

 

 



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15.再戦、そして





接界(ジャンプ)完了!一気に片をつけるわよ!」

「二度目の負けは許しませんわよ!」

「やっちゃえ!イリヤちゃん!美遊ちゃん!」

「「了解!」」

「ふれー、ふれー」

 

 境面界へ飛ぶと同時にイリヤちゃんと美遊ちゃんは駆け出す。

 さあ、再戦(リベンジマッチ)だ。といっても俺達は見てるだけだけどね。

 

 上空に無数に浮かぶ魔法陣から攻撃が放たれる前に、イリヤちゃんは翼が生えたかのように自然に、美遊ちゃんは透明な足場を踏み台にするようにして黒化キャスターが待ち受ける空へと飛んだ。

 

「中くらいの……散弾!!」

 

 無事、魔法陣を潜り抜けた後は、事前の打ち合わせ通りに小回りが効くイリヤちゃんが陽動目的で黒化キャスターに向けて弾幕を張る。

 そして、それに気を取られている黒化キャスターを指し穿つ死棘の槍(当たるゲイボルグ)限定展開(インクルード)した美遊ちゃんが一発で仕留めるという完璧な戦法。これは勝ったな、ガハハ……

 

「……あっ」

 

 そう思ったのも束の間、ランサーのカードを限定展開しようとした美遊ちゃんの目の前から黒化キャスターの姿が消えた。いや、消えたのではない。美遊ちゃんの真上へと転移した黒化キャスターはその勢いのまま美遊ちゃんへと自らの杖を叩き付けた。

 ……やっべ、転移魔術のこと完全に忘れてた……

 

「くそっ、やらかした!」

「逃げなさい美遊!そんな集中砲火を受ければ障壁ごと……!」

「あっバカ!」

 

 地面に叩きつけられた美遊ちゃんに魔法陣の照準が合わさる。俺とルヴィアさんは同時に美遊ちゃんを助けようとするが到底、間に合いそうもない。

 『緊急回避』は温存しておきたかったけど使うしかない。そう考え、発動しようとしたその時。

 

「うひゃー……ギリギリだったね」

 

 上空から舞い戻ってきたイリヤちゃんが間一髪といった所で美遊ちゃんを救出した。気の抜けたふにゃっとした表情でそんな事を言いながら、イリヤちゃんは美遊ちゃんを抱えたまま再び空へと飛んでいく。

 

「し、心臓に悪いですわ……」

「まったくだよ。でもよかった。ちゃんと相棒やれてるじゃんか」

「いいから、さっさとこっちに戻ってきなさいバカ共!」

 

 凛ちゃんにも怒られてしまったので大人しく橋の下へと戻る。

 原作通り、イリヤちゃんの助けが間に合ったからよかったけど、もうこんなミスやらかさないようにしないとな……

 そう俺が反省している内にも戦況は変わっていく。イリヤちゃんが黒化キャスターの魔術反射平面を利用して極大の弾幕を張る事で転移後の逃げ場を無くし、動きが止まった瞬間を見逃さず美遊ちゃんが最大弾速で撃ち抜いた。

 

Zeichen(サイン)――!!」

Anfang(セット)――!!」

「「炎色の荒風(ローターシュトゥルム)!!!」」

 

 墜落した黒化キャスターに待っていたのは凛ちゃんとルヴィアさんの宝石魔術だ。爆風が黒化キャスターの姿を覆い隠す。上空に浮かぶ魔法陣もそれに呼応するかのように消えていった。

 それを見て皆終わったと思い、気を抜いているが俺は知っている。黒化キャスターがまだ倒されていない事。そして……

 

「マスターさん。感じます、セイバーの気配」

「うん。それじゃあさっきのミスを取り戻すためにも頑張りますか!」

 

 ……この鏡面界にもう一人、敵(黒化セイバー)がいる事を。

 原作では黒化キャスター戦の後は黒化セイバー戦が続く。何かを感じ取ったのかどら焼きをパクついていたえっちゃんが手を止め、そう言った事からも間違いないみたいだ。

 少しでも皆の負担を減らすためにも頑張らないとな。

 

「……空間ごと焼き払う気よ!!」

 

 と、その前に。皆が上空に逃げていた黒化キャスターの存在に気が付いたらしい。声につられて見上げると黒化キャスターの前方に膨大な神秘を内包した魔法陣が描かれていた。

 それを見て美遊ちゃんは魔術を止めるために咄嗟に飛び出したが、それは判断ミスだ。どう足掻いても発動には間に合わない。……一人なら。

 

「乗って!!」

 

 イリヤちゃんの放った巨大な魔力弾。それを足場にして美遊ちゃんは加速する。

 一瞬の交差。結果として大魔術は発動する事無く、美遊ちゃんは黒化キャスターの胸を限定展開した指し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)で貫いた。

 美遊ちゃんの手にキャスターのクラスカードがある。これで今度こそ黒化キャスターは倒した。

 

「美遊に向かって魔力砲を撃つなど……なんて無茶をしますのこの子はー!?」

「いだだだだだ!?だ、だってできると思ったんだもん!」

「子供相手に手を上げるな!」

 

 完全に終わった事を確認して皆の空気が緩む。イリヤちゃんの突拍子もない行動に肝を冷やしたのかルヴィアさんがイリヤちゃんの頭をグリグリとしていたが、凛ちゃんに止めさせられた。 

 解放されたイリヤちゃんは凛ちゃんに言われて流石に疲労したのか座り込んだままの美遊ちゃんの所へ迎えに行った。

 

「しかし2枚目で早くもこんな苦戦するとはね……先が思いやられるわ」

「ああ、そして今から3枚目だ」

「……え?」

「何を……?」

「凛ちゃん、ルヴィアさん。俺達が負けたら後は頼む!行くぞ、えっちゃん!」

「了解、です。マスターさん」

 

 もう五度目だ。上手く説明は出来ないけれど今から何かが現れるという直観を信じ、追求の声を無視してえっちゃんと共にその方向へと駆け出す。

 狙い通りドンピシャで目の前に次元の歪みが現れる。

 

「硬化、強化、相乗!」

「刹那無影剣、食らえー」

 

 出現時の隙に今出せる全力を叩き込む。魔力の霧すらも貫く強力な一撃で少しでもダメージを稼ぐ!

 

 歪みから、顔が現れた。

 

「あ、れ……?」

 

 黒化セイバー。反転体(オルタ)とは似て非なる騎士王アルトリアの英霊としての現象。黒のバイザーで目が隠されたえっちゃんとよく似た顔を見た瞬間、――視界にノイズが走った。

 

 戸惑う間も無く、次々と目に映るモノが切り替わる。

 

 ――例えば、それは王に心無き言葉を投げかけ、その下を去った妖弦の騎士。

 

 ――例えば、それは王妃との不貞によって円卓が割れるきっかけとなった湖の騎士。

 

 ――例えば、それは忠義に私情を挟んだ太陽の騎士。

 

 ――例えば、それは己の存在を王に認めさせる為に全てを台無しにした反逆の騎士。 

 

 ――例えば、それは……

 

「が、あっ……」

 

 無限にも思える刹那の内に、数々の悲劇が脳裏に浮かぶ。……いや、これは見ているんじゃない。思い出しているんだ。まるで俺とは関係の無い光景が脳裏でフラッシュバックしている。そんなあり得ない状況に自分が陥っている事を直観で察したが、どうする事も出来ない。

 脳の処理速度がまるで追いついていない。頭が痛い。振り上げた拳からはとうに力は抜けていた。なんとか絶叫だけは抑えようとした俺の目に最期の光景が映る。

 

 ――それは、血塗られた丘だった。数多の躯の上で血の涙を流し、それでもなお祖国の救済を願う(しょうじょ)の姿だった。

 

「が、ああああああああっ!!!!!」

 

 ――――――――意識が/反転/する。

 

 

 

 

「ミユさん!あれ?どうしたの?なんか、空気が……」

「なんでもない……いこう」

 

 ……うーん。やっぱりまだなんか態度が固いなー。今日はけっこう頑張ったけどまだ認めてもらえないかー。

 でも、今日はちゃんと協力できたし、この調子でいけばカードを全部集めるころにはすっごく仲良くなってるかも、なんて……

 

「……あれ?」

「どうしたの?」

「いや、なんだか今日は崩れるの遅いなーって」

「……っ!まさか!?」

 

 ミユさんは何かに気付いたみたいだけど……とわたしがう~んと頭を悩ませていた、まさにその時だった。

 

 ――『獣』のような慟哭が世界に響き渡ったのは。

 

「うえっ!?な、なに今の声!あ、明日望さん!?」

 

 その声には聞き覚えがあった。お兄ちゃんの友人で、わたしと同じでこの騒動に巻き込まれた魔術師の人。

 だけど、その声はいつもの穏やかな感じじゃなくて、なんだかこう、もっと怖い感じの声だった。

 恐る恐る、声の方を向く。そこには……

 

「……え?あれ、誰……?」

 

 目が隠れている剣を持った女の人がこちらに背をむけて立っていた。どことなくえっちゃんさんに似ているような感じもするけど何かが決定的に違う気がする。

 だけど、それよりも見るべきなのは明日望さんだ。

 ここに来た時にはジーンズとシャツの今どきの若者って感じの服装だったのに、今はその上から黒いボロボロのフード付きのローブを羽織っている。

 足元には、えーと……そうだ。『ヒガンバナ』ってやつだ。その真っ赤な花が咲いては直ぐにポロポロと散っていっている。

 

「……真っ赤だ。わたしみたい」

 

 そしてフードの中から覗いている眼。ちょっとだけ茶色がかった黒色だったその眼はわたしやリズやセラ、お母さんみたいな赤い眼に変わっていた。

 ……もしかして、これが今日、ルビーが言っていた「変身」ってやつ?……でも、なんだか怖いよ。あそこにいる明日望さんはいままでのと全然違う。

 もしかしたら、力が強すぎて暴走してるのかもしれない。アニメとかだとよくある展開だしね!よーし、そうと決まればミユさんと協力して助けないと!

 そう考え、ミユさんに声をかけようとしたその時、叫んだあとからずっと黙っていた明日望さんが大きく口を開いてこう言った。

 

「……うっせえ!引っ込んでろ!!」

 

 ……あ、いつもの明日望さんに戻った。

 

 

 

 

 

 




闇堕ち回避


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16.約束されざる栄光の剣


サブタイからもわかる通りハッチャケ回。ついてこれる奴だけついてこいっ!


 ――あの目(・・・)から見えたものは、悲劇ばかりだった。

 

 美しいものを愛している。人類のハッピーエンドが見たい。……ハッ、どの口がほざく。あの人でなし(・・・・)はどうせ全て分かっていた癖に。分かって、いながら、王を……あの少女を悲劇に追いやったのはお前だろうが!

 

 ああ、許せない。許してなるものか。たとえ貴様が忘れたとしてもオレは、オレ達(・・・)は決して忘れないぞ!

 

 王を理解しようとしなかった民草共も、無様に割れた円卓の騎士共も、滅ぶしか道が残されていなかった我らが故郷(ブリテン)の運命も全てが許せない。

 

 ――だが!貴様だけは別だ!貴様は、貴様だけは絶対に生かしておくものか!

 

 この身が『獣』に落ちようと構わぬ。願い(贖罪)が成就したとしてブリテンの滅びが回避できないのも百も承知。だが、それでいい。ついでであの能無し共を虐殺したとしても、止める理由なぞ無いのだから。

 

 ――だから、この身を寄越せ。世界を見(・・・・)た者(・・)。オレ達はこの願い(贖罪)を果たさねばならぬ。

 

 『マーリンの虐殺』――そして『アーサー王伝説の抹消』。これこそが我らが果たすべき――――

 

 

「……うっせえ!引っ込んでろ!!」

 

 朦朧とする意識の中、無理矢理振り絞った声。

 その一言がキッカケで出口の見えない暗闇、怨嗟と後悔が入り混じった亡霊の声から解き放たれた。

 

 危なかった……マジで危なかった……まさか王の変わり果てた姿(黒化セイバー)を見ただけで発狂しだすとは。

 ったく。そんな事しなくてもアーサー王は勝手に救われるっての。俺と同化した時にちゃんと分かってるはずだろうに……

 まあ、アイツらの事情も知ってるだけにあんま強く文句も言えないしなあ……やっぱり、なんもかんもあの人でなしが悪い!

 

「マスターさん、大丈夫ですか?目、充血してますよ?」

「うぇっ? ……ってなんじゃこりゃ。なに、イメチェンなの?趣味悪りぃなアイツら……」

 

 一人で納得した俺に黒化セイバーとの間に立ち、俺を守ってくれていたのだろうえっちゃんがそう声をかける。

 なに言ってんだと思ってケータイのカメラを利用して自分の目を確認すると確かに赤く充血、というよりかは虹彩の部分が茶色っぽい黒から鮮やかな赤へと変色していた。訳がわからん。

 あと、ついでにボロボロのローブ羽織ってて、足元は彼岸花が咲き乱れていた。こんなん花生えるわ(生えてる)。

 あまりにも厨ニ……いや、痛々し……これも違う。……吹っ切れた姿に戸惑いはしたものの。同時に力が漲っている事を感じる。

 

「ま、問題ねえや。むしろ普段より目は冴えてるし、力が溢れてくる……いや、多分コントロール効いてねえわ、コレ。ゴメン、えっちゃん。持って数分かも」

 

 まあ、コレは多分、暴走しているだけなのだろう。未だこの力を俺が使える道理(・・)は無く、きっとこの力は一時的なモノに過ぎない。いつもの調子でやると直ぐにガス欠に陥るだろう。

 

「十分、です」

 

 だけど、そんな俺の情けない言葉を聞いてもえっちゃんは責める事なくそう言い切った。

 

「マスターさんが、私の隣で戦う。負ける気がしない、です」

「……ああ、その通り!」

 

 ……えっちゃんがそう言うと、本当に負ける気がしないから不思議だ。

 この戦いで、俺たちが勝つ事に意味は無い。極論を言ってしまえば、俺たちが何もせずとも物事は進んでいくのだろう。

 俺は少しでもイリヤちゃん達の負担を減らそうとしているだけだ。勝つ気なんてさらさら無かった。

 だけど、今はそんなもん関係ない。アーサー王(アイツらの王様)よりもえっちゃん(うちのサーヴァント)の方がずっと可愛くて、カッコ良くて、強いんだって証明する。いつも通り、その為に戦うんだ。

 

「……それじゃあ、全力で行こうか!」

「五秒で終わらせましょう」

 

 

 

 

 生半可な攻撃では突破する事すら叶わない魔力の霧、そして魔力と剣圧を複合させた斬撃。

 

 突然、出現した二人目の敵は今まで出会った敵の中で間違いなく最強だった。……そのはずだった。

 

「……なんてデタラメ。あれが本当の英霊の力……!」

「それだけじゃないわ。なんでアイツは生身であの戦闘に混じれるのよ!?専門家の魔術師っていっても限度があるでしょう!?」

 

 ルヴィアさん達は目の前の光景を見て驚愕している。イリヤスフィールは「ほへー……」と呆けている。……かく言うわたしも驚きを隠せないでいた。

 あの敵の元になったクラスカード――正確にはサーヴァントカード。ルヴィアさんにも言っていないが、あれはエインズワース家が作り出した魔術礼装で、わたしの世(・・・・・)()から何故か此方に現れたものだ。「自身の肉体を媒介とし、その本質を座に居る英霊と置換する」つまり「英霊になる」事ができる魔術礼装。

 黒化英霊について詳しい事は知らないけれど、元になったカードの特性から考えると、アレらが英霊の力を宿していても何の不思議も無い。

 ……その本物の英霊に限りなく近い黒化英霊の中でも最強だと言える存在が、今、目の前でたった二人の人間に苦戦していた。……いや、苦戦という言葉は似つかわしくない。

 全身を覆っていた黒の甲冑はそうそうに破壊されていた。肌は無数の裂傷が刻み込まれ、所々が変色している。攻撃は全て見切られているかのように流され、そうして僅かに生まれた隙に明日望さんの拳とえっちゃんさんの光刃が襲い掛かる。

 明日望さんとえっちゃんさんは無傷。序盤で明日望さんが「動きにくいわ!」と身に纏うローブを脱ぎ捨てた事以外ではまるで変わらない姿で戦闘を続けていた。

 ……カードの力をこの場にいる誰よりも理解している私にとっては信じられない光景だ。だが、今ルヴィアさんが言った言葉が本当だとしたら……

 

「あの、ルヴィアさん。えっちゃんさんが本当の英霊とは……?」

「え、ええ、ミユ。といっても、蒔本明日望は今回の任務での協力者として紹介されただけですので私達も詳しい事は知らないのですが……曰く、本来の意味での魔術師と違い、こういった異常現象に対する専門家、代行者に近い有り様の魔術師であり、私達の前任者と協力して『アーチャー』と『ランサー』のクラスカードを回収した人物であり、特別な手段を以って英霊を使い魔(サーヴァント)として従えている、と。……正直、大師父から聞かされた時には半信半疑でしたが、これを見るとあながち嘘でもなさそうですわね……」

 

 ……その話はきっと事実なのだろう。英霊に対抗できるのは、基本的には英霊の力だけなのだから。

 英霊と言うにはあまりにも雰囲気が緩いけど、えっちゃんさんは本当の英霊なのだろう。だけど……

 

「……それでもアイツがあの戦闘に混じれる理由になってないでしょう!?あんなのカレイドステッキの力を使ってギリギリ追いつけるレベルよ!……まさかルビー、アンタがまたなにか……」

『心外ですね~。魔法少女(偽)プリズマ☆アスノ!なんて展開も面白いでしょうけど、今回は本当に何もやってないですよ~だ』

「じゃあ、アイツは正真正銘の生身であの戦闘に混じってる訳!?そんなの本当のデタラメじゃない!」

 

 ……凛さんの言う通り、それでは、明日望さんが戦えている理由になっていない。ルビーの言葉を信じるならば、彼は何のバックアップも無しに英霊を二人がかりとはいえ圧倒している。そんな事はただの魔術師には不可能だ。

 

(……戦闘が始まる前、明日望さんの様子は何処かおかしかった。まさか……!)

 

 導き出された結論は、彼が英霊に近い存在になっているという事だった。カードの本来の使い方に似たような手法で自身を英霊と置換する。本当にそんな事が出来るのかはわからないけれど本物の英霊を呼び出せるのならば似たような事も出来るのかもしれない。

 

(貴方は、一体……)

 

 ……どちらにしても普通じゃない。わたしを連れ戻そうとしていない以上、エインズワースの関係者では無いのだろうけれど……

 

 少し思慮を巡らせていると、戦闘も終わろうとしていた。先を見たように敵の行動を封殺した明日望さんと入れ替わるように前に出てきたえっちゃんさんの乱舞で腹部に大きな傷を負った敵はそのまま川へと叩きつけられたのだ。大きな水しぶきと共に周囲がクレーターのように陥没する。

 予想もしていなかった事態だったが、最終的には無事に終わりそうだ。そうわたしが気を緩めた時だった。

 

 再び、水しぶきが上がった。しかし、今回のは外からの力ではなく中からの力によって。つまり敵の手によるものだ。水しぶきの先に見えたのは全身がボロボロの敵と、その手に現出した、黒い極光。

 一目見た瞬間に理解した。どれほど知略を巡らせても、どれほど力で圧倒しようとも全てをひっくり返す絶対的な力があると。

 アレは、マズい。そんな直観に従い、即座にこの空間から脱出しようと考え、明日望さん達を連れてこようと彼らの方を見て気付いた。……彼らが笑っている事に。

 

 

 

 

「……トドメ、させなかった、です」

「ま、仕方ない。それに元より覚悟の上さ」

 

 完全に『黒竜双剋勝利剣(クロス・カリバー)』を命中させてもなお立ち上がり、黒い極光を手に此方を見据える黒化セイバーを見てえっちゃんは何処かしょぼんとしながらそう言った。

 俺は気にしていないように返事をする。絶対のタイミングでの宝具の開帳だったが、これで倒せるほど甘くは無いだろうと最初から思っていたからだ。それにこちらはほぼ無傷に対して、黒化セイバーをほぼ瀕死にまで追い込めた。出来過ぎなくらいだろう。問題は俺の魔力がそろそろ底を尽きそうだという事だけ。

 だが、それも問題ない。どうせ次の攻撃に全ての魔力を込めるのだから。

 

「えっちゃん、手伝って。流石に俺だけじゃ使えそうに無いからさ」

「了解、です。……カッコいいですね、コレ。Xさんの剣に似ています」

「まあ、多分似たようなものだしね」

 

 黒化セイバーに呼応するように俺の手元に出現したのは同じく黒く染まった聖剣だった。

 使い方こそ何となくわかるが同時に俺だけでは真の力は使えない事も理解する。だから、俺はその聖剣をえっちゃんに手渡した。装飾こそ旧セイバーの聖剣だったが、ほぼ同一存在の彼女がこの聖剣を使えない理由はない。

 えっちゃんの両手に添えるように俺の両手を重ね合わせる。……少し持ちにくいけどいけるな。

 魔力を込める。剣から黒と白の光に、えっちゃんの魔力なのだろう赤き紫電が合わさった光の奔流が流出する。

 

 ……こんな時に思う事ではないのかもしれないけれど、綺麗だと、そう感じた。

 

 俺達が準備を整えると同時に、黒化セイバーはその聖剣の真名と共に黒き極光を解き放った。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

 迫る極光。迎え撃つは同じく反転した聖剣。

 

「さあ!一切合切使い尽くす!比喩抜き全力全開だ!いくよ、えっちゃん!」

「……いきます!」

 

 僅かな掛け声と共に光の奔流を解き放つ。

 

「「――”約束されざる(エクスカリバー・)栄光の剣(オルタナティブ)”!!」」

 

 ――拮抗はしなかった。吹き荒れる暴風の中、赤き紫電を纏った黒白の極光が黒き極光を飲み込んだのを見届けて、俺は意識を落とした。

 

 

 

 

「……っつぅ」

 

 敵の宝具と明日望さん達が解き放った宝具は境面界を両断した。どちらも『エクスカリバー』の名を冠した宝具が衝突した結果生まれた衝撃波はそれだけであらゆるものを吹き飛ばした。

 エクスカリバーと言えばアーサー王が湖の妖精から与えられたと言われる聖剣の名前だ。……と言う事はあの敵が振るっていた力も、明日望さんが使っていた力もどちらもアーサー王の力だったという事なのだろうか?

 

(……いや、今はそんな事よりも)

 

 そんな事を考えても仕方がない。とりあえず今の状況を確認しないと……

 あの2つの聖剣が解き放たれる前に咄嗟にカレイドステッキの力で障壁を張ったが、どうやらルヴィアさん達は気絶してしまっているようだ。イリヤスフィールはカレイドルビーに変身している事もあり無事だったが、何処かいつもの雰囲気とは違うような気もする。

 そして、辺りを見渡すと、聖剣を振るった一人である明日望さんは地面に倒れていた。明日望さんを膝枕しているえっちゃんさんも普段と比べると何処か弱々しく感じる。

 

「……イリヤスフィール、ルヴィアさん達をお願い」

 

 返事を待たずに明日望さん達の方へ向かう。

 

「大丈夫ですかっ……」

「しー、……気持ちよく寝てるので起こさないであげましょう」

 

 えっちゃんさんの言葉を聞いて、明日望さんに目を向けると彼には外傷は一切無かった。となると魔力切れ、か。……良かった、どうやら無事らしい。

 少し安心したが、続くえっちゃんさんの言葉で一気に現実に引き戻される。

 

「……スミマセン。やっぱり仕留めきれなかったみたい、です」

「……え?」

 

 嫌な予感と共にバッと振り返る。そこには……

 

「……っ!まだ、生きて……!」

 

 それは見るも無残な姿だった。左半身は綺麗に両断され赤黒い表面を見せている。霊核にも達していたのだろう。その身は体の端から徐々に光の粒子へと姿を変えていっている。

 それでもなお、目の前の敵は立っていた。片手には――二度目の黒き極光。

 

「くっ……!」

 

 ――きっと、聖剣が衝突した際に僅かに明日望さん達の斬撃が逸らされたんだ。だから致命的な一撃を与えられこそされてもまだ敵は立っている。

 そこまで理解して直ぐに思考を切り替える。

 

(どうする……!えっちゃんさんが見ているけれどカードの本来の力を使うか……?まだ立っているとはいえ片手ならばさっきのよりは出力が落ちるはず……それなら『キャスター』のカードを夢幻召喚(インストール)すれば……いや)

 

 無謀な考えを打ち消す。さっきの戦闘でも最後に判断ミスを犯している。今、まともに動けるのは私とイリヤスフィールだけだ。無茶はできない。

 それにあれだけの致命傷だ。敵は放っておいたら勝手に消滅するだろう。ならばあの聖剣に立ち向かう必要は無い。

 

「イリヤスフィール、ルヴィアさん達を抱えて撤退を……!?」

 

 そう考え、イリヤスフィールに呼びかけようとしたその瞬間、魔力の嵐が吹き荒れた。その中心ではイリヤスフィールが膨大な魔力を噴射しながらカードを起点にして地面に魔法陣を描いていた。

 

「嘘……どうして……?」

 

 そのカードの使い方は間違いなくカードの本来の使い方。――夢幻召喚だった。

 彼女は魔術師ではなかったはず……いや、それ以前にこんなのひとりの人間が許容できる魔力量じゃない……!まさか、膨大な魔力だけで強引に夢幻召喚しようとしている……?

 

 そんなわたしの疑問をよそにイリヤスフィールはその身を英霊と化した。赤い外套をはためかせ、胸部を黒いプロテクターで覆った姿へと変化したのだ。

 

「――倒さなきゃ……」

 

 そう呟いてイリヤスフィールの手に現れたのは敵の持つ聖剣とまったく同じ聖剣。ただしその聖剣は黒く染まってはおらず、本来の神々しさを保っていた。

 イリヤスフィールはその聖剣を大きく振りかぶり――膨大な魔力と共に束ねられた光を放出した。

 

「「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!!」」

 

 二度目の聖剣同士の衝突。それは先程とまったく同じく拮抗する事さえ無く、白き光は黒き極光を消し去り、今度こそ敵を呑み込んだ。

 

『……美遊様、これは、いったい……』

「……わからない。けれど……」

 

 そうして――すべてが終わった。

 イリヤスフィールにこの時の記憶はなく、それを目撃したのはわたしとサファイアとえっちゃんさんだけ。

 この場で何が起こったのか……正しく理解している者はきっと誰もいない。

 けど……とにかくわたしたちは生き延びた。

 

 ――長い夜は終わった。今は……それだけでいい。……のだけれど、疑問が1つだけ残る。

 

 イリヤスフィールが持っていたのは『アーチャー』のカードだったはずだ。しかし、彼女が夢幻召喚した後に使用したのは『エクスカリバー』だった。……という事はあのカードもアーサー王のカードという事になる。

 さらに言えば『エクスカリバー』を使っていた明日望さんが利用したのもアーサー王の力だろうし、冷静になって思い返すとえっちゃんさんも何処か今回の敵と似ていた……というより瓜二つだったようにも思える。まさか、彼女もアーサー王の関係者なのだろうか……?とにかく……

 

「……えっちゃんさん。アーサー王多すぎじゃないですか……?」

「……よくわからないです、けど。マスターさんが言うには『セイバーばっかり増やす社長が悪い』って言ってた、です」

 

 ……アーサー王って増えるんだ……。

 

 




セイバー:アルトリア・ペンドラゴン(王)
アーチャー:アルトリア・ペンドラゴン(水着)
ランサー:アルトリア・ペンドラゴン(乳王)
ライダー:アルトリア・ペンドラゴン(サンタ)
アサシン:謎のヒロインX(セイバー)
バーサーカー:謎のヒロインX[オルタ](えっちゃんかわいい)
キャスター:プロトマーリン(仮)

……最強のアルトリア決戦!(半ギレ)

そのうち、アーサー王だけの聖杯戦争とか公式でやりそうですよね。主にコハエースで。

それでは今回は長かったけどこの辺で〜。


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17.変身

 5月 7日 晴れ

 

 俺氏、熱でダウン……やっちまったぜ。

 原因は間違いなく昨日の謎の……いや大体の理由は察してるけどあの暴走のせいだろう。まったく、あんなもの見たら暴走する事なんて分かり切っていた事だろうに。あの人でなしはそんな事も分からないのだろうか。……まあいいや。終わった事だし。

 聞いたところによると、イリヤちゃんも熱を出したらしいけど病状が俺より軽いから今日の夜は俺抜きでクラスカードを回収しに行くらしい。AUOも真っ青な慢心振りである。猛反対したのだが「元々これは私達の任務なんだからアンタが無理しなくていいの」と言われては反論も出来なかった。

 それに黒化セイバーを俺が倒してしまった事になっているのも余計に心配させる要因になっていた。ちょっとの間、暴走してたし凛ちゃん達は俺が使ってはいけないような変な力を使ったと思っているのだろう。……実際は原作通りイリヤちゃんが倒したみたいだけど。

 

 実際、まだ使い時じゃない力を使ったせいでこんな風にダウンしているわけだし、凛ちゃんの言う通り俺がいなくてもクラスカードを回収出来る事は事実だ。……それに、今の俺はちょっと視えすぎている。アサシンの気配遮断すら見抜ける、と豪語はしないけれどイリヤちゃんに向かってくる不意打ちくらいなら防げるだろう。咄嗟に手が出てしまうかもしれない。流石にここで本筋に影響するような行動はダメだろう。ちょっとかわいそうだけど黒化バーサーカー戦を考えるとイリヤちゃんの暴走は止められないからなあ。黒化してるとはいえヘラクレスだしなぁ……

 

 そんな訳で渋々だが今回は参加しない事になった。せめてえっちゃんだけでもと思ったがここでえっちゃん、まさかのボイコット。「マスターさんが心配、なので」とえっちゃんが言うと凛ちゃん達も呆れた顔でそれを了承していた。

 あともう少しで今日のカード回収が始まるだろう。こうして日記を書いておいてなんだけどやっぱり少し心配だ。凛ちゃん達もいるし最悪な事にはならないでほしいものだ。

 

 ……それはさておき。今日はえっちゃんからの手厚い看病を受けた。そういえば二ヵ月ほど前の召喚の時も俺が体調を崩して色々してもらったんだっけ。懐かしいなあ。

 食後、「こうした方が取りやすいので」とえっちゃんが口に含んで温めたスプーンでアイスクリームを掬い、あーんと差し出してくる。半分くらいえっちゃんが食べてたような気もするけどかわいいから気にしないでおこう。

 ……幸せだ。こんな安らかな日々があったことを俺は絶対に忘れてはいけない。どうしようもない理不尽から始まったこの旅路だけど、楽しかった事、楽しむ事を忘れた時、俺は真の「虫」になってしまうだろうから。

 

 ……少し弱気になってしまっている、かな? ずっとえっちゃんの横に居られればそれで俺は満足なんだけどなぁ……

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 日記を閉じ、小さく溜息を吐いた俺は机の上に置いてあった本を手に取る。

 俺が暇を潰せるようにだろう。えっちゃんが「虫の介護なんて、私はしないですからね。……早く、元気になって下さい、マスターさん」と言いながら手渡されたその本は読書が趣味じゃない俺でも名前を知っている物語だった。

 

「よりにもよってカフカの『変身』か。……釘を刺された気分だよ、ホントにさ」

 

 ベッドに体を預け、栞を挟んだページから本を開く。

 

 『変身』。目が覚めると巨大な毒虫――生贄にすらならない汚れた生き物(ウンゲツィーファー)に成り果てた主人公が次第に心までも人であった頃から変質していき、最後には家族からも見捨てられて自らを「消えなくてはならない存在」と認識し、息絶える。そんな悲しい物語。

 本来、喜劇であるはずのこの物語だったが、似たような状況(・・・・・・・)に追い込まれている俺にとってこの主人公の姿は、まさしく自分がこれから通る道の内の一つだ。そう『直観』した。

 

「……大丈夫。俺は、まだ人間だ」

 

 気付けば、そんな言葉を口にしていた。

 少しだけ胸が苦しくなったが、ちゃんとこの痛みを戒めにしないといけない。昨日の暴走を見て俺の身を案じたからこそ、えっちゃんもわざわざこんな本を持ってきたのだから。

 あの姿ではなく、俺が俺でいる事をえっちゃんが望むのならば、それに応えよう。元より、俺に残された道はそれしかない。

 ……それに、えっちゃんが俺を求めてくれているのは、なんだか嬉しい。この気持ちのためなら俺はどこまでだって頑張れる。そんな気がする。

 

「……おやすみ」

 

 最後のページまで読み終え、少しの感傷と共に眠りに落ちる。意識が深い心底に落ちていく最中、遥か最果てから声が聞こえた。

 

『ナチュラルに人の事を虫呼ばわりなんてキミは酷い奴だなぁ』

 

 うっせえ、全ての元凶は引っ込んでろ!

 

『ハハ、退散退散~』

 

 そんな呑気な言葉と共に、声は聞こえなくなった。

 

 

  




ここ文学少女要素(言い訳)


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18.前に、進む

アサシン戦は原作と同じなので全カット。一応、下にダイジェストで…

イリヤちゃんが不意打ちを食らう。と同時に無数に分裂したアサシンに囲まれる

離脱しようとするもイリヤちゃんが毒で動けない

内なるイリヤが暴走

爆発オチなんてサイテー!

……はい、そんな感じで始めていきます。


「おはよ〜、士郎氏〜」

「ああ、おはよう。風邪はもう大丈夫なのか……っ!? どうしたんだよ、その目!? 充血か?」

「か、カラコンだよ……」

 

 一日ぶりの登校。挨拶と共に俺の顔を見た士郎くんはその変貌ぶりに思わず席を立った。……ローブなんかは脱げばそれで終わりだったんだけど目の方はどうやっても元の色には戻らなかったんだよなー。

 仕方なく用意していた言い訳を恐る恐る口にすると士郎くんはそれで納得したのか、小さく息を吐き席に座った。

 

「そうなのか? 俺は似合ってると思うけど……一成が見たら怒りそうだな」

「それは困る。生徒会長様には注意するとしようか」

 

 軽い調子のやり取りの後、本題に入る。

 

「イリヤちゃんが風邪引いたって聞いたけど、その後調子はどう?」

「うん?明日望ってイリヤと知り合いだったのか?」

「ほら、前に衛宮宅に石投げこまれた事あったじゃん。その時に仲良くなってね。ちょくちょく会ったりしてたんだよ。で、俺が風邪引いてる時にイリヤちゃんも丁度風邪引いたって聞いたから、風邪移しちゃったかなーって気になってたんだよね」

「ああ、そういう事か。イリヤなら今日はもうすっかり元気だったぞ。でも……」

 

 俺の説明に不審に思う所はなかったらしく、士郎くんはイリヤちゃんの様子を語る。しかしその顔は何処か曇っていた。

 

「……うまく言えないけど、何処か無理しているように見えた、かな。セラ達もいつもとは違ったように感じる。もしかしたら俺には知られたくない事でもあるのかもしれない」

「……」

 

 ……よく見てるなあ。流石、お兄ちゃん。俺みたいに知識を持ってなくても家族の異変はお見通しか。

 

「そっか。それは士郎氏じゃ聞きにくいだろうねえ」

「まあな。心配だけど、俺に踏み込んで欲しくないって言うなら、イリヤが自分で打ち明けるまで待つことにするよ」

「お兄ちゃんみたいだね」

「当たり前だろ。俺はイリヤの兄なんだから」

「そりゃそうだ。……まあ、俺はイリヤちゃんのお兄ちゃんじゃないし今日の放課後にでも様子を見に行こうかな」

「……明日望は時々、急にデリカシーがなくなるよな……」

 

 俺の言葉を聞いて、士郎くんは呆れた顔でそう言った。

 

「産みの親の遺伝さ。俺も恥ずかしく思う」

「……はあ。あんまりイリヤを困らせるなよ」

「おお、怖い怖い。それじゃあ、お兄ちゃんの逆鱗に触れないように気をつけないとね」

 

 そんなやり取りの終わりと同時に三時間目の始まりを告げるチャイムが響いた。

 

「……ところで、イリヤとはどういう関係なんだ? まさかとは思うけど、その恋愛感情とか……」

「アハハ、それはないよ。俺はえっちゃん一筋だし。それに士郎氏じゃあるまいし」

「なんでさ!」

 

 

 

 

『はい、どちら様です……ッ!? サーヴァント!?』

 

 放課後。士郎くんに言った通り、衛宮宅を訪れる。

 玄関のチャイムを鳴らすとインターホンの向こうから驚愕の声が響いた。

 

「ぷるぷる。ぼく わるい魔術師じゃないよ」

「そうです。私はいいヴィランなのです」

 

 俺達の弁明の声も聞いていないのか慌ただしく家の扉が開かれた。現れたのは衛宮家のメイドさんのセラとリーゼリットだ。

 

「やだなあ。そんな物騒な物出してこないでよ。ここ日本だよ?」

「私も、そう言ったけど、セラが持ってこいってうるさいから……」

「これがあなたの役割でしょう!メイドの本分だけじゃなくてそんな事まで忘れたのですか!?」

 

 急な話だったからか、二人が着ているのはあの特徴的なメイド服ではなく私服だが、リーゼリットの手にはハルバードが握られていた。

 

「まあ、そんなに警戒しないでよ。今日はイリヤちゃんのお見舞いに来ただけだからさ」

「お土産も、ちゃんと持ってきました」

「生憎ですがイリヤ様は既に完治しています。何処からその情報を聞き入れたのかは知りませんがお引き取り下さい」

「体の方は治っていても、心の方はどうなのかな?」

 

 俺の言葉にそっけない態度で接していたセラが反応する。

 

「……何を知っているのです。魔術師」

「言えないねえ。守秘義務ってものがあるから。それに魔術とは何のかかわりも無いアインツベルン家に言う必要はないだろう?」

「いいから答えなさい! この町で何が起こっているのです!」

「だから言えないって。……ああ、でもこれだけは言える。イリヤちゃんがこの件に関わる事はもうないよ。他ならぬ彼女自身がそう決めたからね」

「……その言葉に偽りはないのですね」

「ないよ。魔術師とか関係なく、年の離れた友人として心配したからお見舞いにきただけさ」

 

 その言葉を最後にセラは少しの間、考える素振りを見せる。

 

「……名は何というのです、魔術師」

「俺は蒔本明日望。こっちの天使はえっちゃん」

「よろしく、です」

「……イリヤさんが拒んだなら家には立ち入らせませんよ」

 

 セラは家の中へと入っていった。暫くするとえっちゃんを同行させずに一人でならと了承されたのだった。

 

 

 

「やあ、イリヤちゃん。昨日は大変みたいだったみたいだね。あ、これお土産のたい焼きだよー」

「明日望さん。そのわたし……」

「大丈夫だよ。此処に来る前に凛ちゃんに全部聞いてきた。……ゴメンね。辛い思いさせちゃって。本当はイリヤちゃん達が『私にも隠されていた力が……』みたいな展開に追い込まれないように頑張るつもりだったんだけど……」

「そうじゃなくて! ……明日望さんは怒ってないの? 私、一人だけ勝手に逃げちゃって」

「ふむ……」

 

 恐る恐るイリヤちゃんはそう言った。

 

「……凛ちゃんも言っていただろうけど。一般人が魔術の世界に首を突っ込んでもいいことなんてないよ。君がこの世界に踏み込む羽目になったのはルビーのせいだし、こんな事で悩む羽目になっているのも全部ルビーが悪い。だからイリヤちゃんが逃げる事に罪悪感を持つ必要なんてないんだ」

『ちょっとー!これじゃわたしが悪いみたいじゃないですかー』

「……まあ、この性悪ステッキの事はおいといてさ。そもそも逃げる事は悪い事なんかじゃないよ。逃げるって事は今まで歩いてきた道とは別の道に進むって事さ。本当にどうしようもない事があった時、このままじゃ自分がダメになっちゃうと思った時、あとは……そうだな、前に進むのが怖くなった時なんかには情けなくたって逃げちゃった方がいいのさ」

「でも、わたし……」

「だけど、君が逃げているのは自分からだろう?」

「なんでっ……!?」

 

 うつむいたままのイリヤちゃんが驚いて顔を上げた。

 

「わかるさ。俺も一緒だもん。……ここだけの話さ、一ヵ月くらい前までは俺もイリヤちゃんと同じ普通の一般人だったんだぜ。急にこんな非日常に巻き込まれても困るよな」

「えっ、明日望さんは専門家の人だって凛さんも……」

「ああ、それ嘘だよ。ルビーの製作者もこの嘘に噛んでるから暫くはバレないと思うぜ」

『暫くどころかこのままずっとバレないと思いますけどね~』

「えっ、えっ?」

 

 戸惑ったままのイリヤちゃんに向けて言葉を重ねる。

 

「とにかく、俺の日常は随分と様変わりしちゃったわけ。今でもこんな事に巻き込んだ奴らにはふざけんなーって思っているし、戦うのだって怖い。それにこの前なんか暴走して寝込む羽目になったし、もうやってられるかーって感じさ」

「……それなのに、明日望さんはどうして戦うの?」

「決まっている。こんな日常が好きだからさ」

 

 イリヤちゃんがそれを聞いて息を呑む。

 

「一つだけ。たった一つだけこんな事に巻き込まれて心から良かったと思えた事がある。えっちゃんと出会えた事さ。えっちゃんと一緒にいられる日常が続くなら、たとえどんなに苦しくたって前に進むって、そう決めたんだ」

「前に、進む……」

「さっき、逃げるのは悪い事じゃないって言ったけど。逃げ続ける事と自分から逃げる事は話が別さ。だってそれじゃ前に進めないからな。イリヤちゃんも本当は気付いてるはずだぜ。これじゃいけないってさ。……君の日常は随分変わっちゃったかもしれない。それでも、全部が全部悪い事ばかりって訳でもないだろう?」

「そっか、そうだよね……でも」

 

 イリヤちゃんはギュッと腕を抱きかかえる。やっぱりまだ、自分の中にある力が怖いみたいだ。

 ここまでかなと小さく息を吐き立ち上がる。

 

「……まあ、そんなに焦る事はないさ! 何故って? そう、俺とえっちゃんがいるからね! 美遊ちゃん達が危ない目に合わないように全力を尽くすさ。イリヤちゃんは自分の中で気持ちの整理がついた時に改めて謝ればいい。それじゃあまた明日!」

 

 イリヤちゃんに軽く手を振り部屋を出る。

 

「……満足ですか?」

「うわっ、いたんだ。盗み聞きとかしてないよね」

 

 そのまま帰ろうとすると扉のすぐ横にいたのだろうセラに声をかけられる。

 少しびっくりしたけどそのまま彼女の後ろに続いて階段を降りる。

 

「安心してください。無理矢理、詮索するつもりはありませんから」

「ふーん。まあ安心しなよ。この件に関わっているのは魔術師らしくない魔術師ばっかりさ。間違ってもただの日常を生きる女の子に酷い事をしようって奴はいないよ」 

「そう、ですか……」

「だから、イリヤちゃんがこれからどんな選択をしても怒らないであげてほしいな」

「それとこれとは話が別です。私は奥様たちの留守を預かる身ですので」

「そっかー。まあそれも仕方ないネ。……おーい、えっちゃん帰るよー」

 

 リビングでリーゼリットと共にたい焼きをもぐもぐしていたえっちゃんに声をかける。

 

「リズ! 何を呑気にサーヴァントとお茶しているのです!?」

「セラ。えっちゃんはいい人。ケチなセラと違って羽振りがいい」

「あなたは本当に……!」

 

 隣のオーバーヒート寸前のセラを見る。うん、これは速く逃げた方がよさそうだ。

 

「それじゃあね。今度会うときはもっと気楽にいこう!」

「リズ、また一緒にお茶しよう、ね」

「またねー」

 

 セラの絶叫を背に俺達は逃げるように家を出た。

 

 

 

 

「……来たわね」

「おまたせ。いやー、昨日は本当にゴメンね」

「もういいわよ。学校でも聞いたし。その分、今日はイリヤの分まで身を粉にして働きなさい」

「おお、怖い怖い。それじゃあ邪魔にならないくらいに頑張らせてもらおうかな」

 

 深く静まり返った夜。ビルの屋上に俺達は集まった。

 美遊ちゃんが俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で問いかけてくる。

 

「あの、明日望さん。イリヤは……」

「大丈夫だよ。イリヤちゃんはきっと来ないだろうさ」

「良かった……」

 

 美遊ちゃんは胸を撫で下ろした。友達としてイリヤちゃんに傷ついてほしくないと彼女は心から思っているからだ。

 少しだけほっこりしていると凛ちゃんが声を上げる。

 

「さあ……覚悟はいいわね。ラストバトル、始めるわよ!」

 

 その声と共に俺達は境界面へと跳んだ。

 

 

―――――――――――――――――――

―――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 

「……? ここは……? 屋上にいたはずなのに……」

「……っ! マスターさん、構えてください!」

 

 ――視界が全く別の物に切り替わった。

 夜の空を一望する屋上から地下の駐車場へと切り替わった視界に俺は戸惑う。今までは境界面に跳んだ時にはまったく同じ座標に居たはずなのに……

 それに他にも異常が起きていた。凛ちゃん達がいないのだ。まさか、接界に失敗したのか?

 

 そう考え始めた俺にえっちゃんが声をかける。その様子は明らかに敵を前にしたものだ

 

 カツン、カツンと硬質な音が響く。その音のする方を見て俺は全てを理解した。

 

「――ああ、クソ。やりやがったなあの人でなし!」

 

 そこには、黒く染まった湖光の剣を持った騎士が行く道を塞ぐように立っていた。

 

 

 

 




いったい、何スロットなんだ……(桜ンスロットの事は忘れてませんよー)


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19.画竜点睛

えっちゃん宝具4……!あと1枚……!
召喚祈願もこめて投稿です。


 ――体から、力が抜け落ちていく。

 

 まだ、終われない。まだ、終わりたくないのに。体はその意思を否定するかのように無情にも崩れ落ちていく。

 

 胴に深々と刻まれた裂傷から流れ出た血は、辺り一面をどす黒い赤に染めている。まるで命そのものが流れ出たようだ。

 

「マスターさんっ!?」

 

 ああ、えっちゃんがこんなに声を荒げるなんて。レアなものが見れた。

 

 そんな事をうっすらと考えながら、自らの作り出した血溜まりへと体が投げ出された。

 

 

 

 

「っ!?えっちゃん!」

 

 原作にない展開。本来ならここにいる筈がない黒化英霊を前に少しの間、惚けていた俺はそれでも誰の仕業かを即座に察して戦闘態勢へと切り替える。

 しかし、そんな隙を見逃さないとでも言うかのように黒化英霊の持つ大剣が消える。同時に左手に何かを持ちそのまま腕を振った。

 見えていても体が反応できなかった俺は俺の前に立つえっちゃんに声をかけ、えっちゃんはそれに反応して超高速で飛来した何かを叩き落とす。

 ブォンという小気味のいい音と共に振るわれた光剣は超高速で飛来した何かを捉え、蒸発させた。

 

「今のは、石か!?」

「ええ。……それにマスターさんを直接、狙ってきたね」

 

 マズい。直感がそう訴えかけてくる。

 あの黒化英霊の正体は間違いなく円卓最強の騎士、ランスロットだ。

 そして今、彼が放った攻撃は投石だが、只の投石ではなく正真正銘の宝具による攻撃。

 丸腰だったのにも関わらず、木の枝で相手を倒したエピソードが由来の宝具、『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』の効果は自身が触れた武器と認識したものを自身の宝具に変える能力だ。

 これのせいでただの投石でさえ、俺が受ければ致命傷になりかねない。

 単発の攻撃なら黒化英霊の宝具でも何とかなる可能性は高い。だが、これを続けられるといつか何処かで取り零すだろう。えっちゃんならこの程度の攻撃は何度だって防げるだろうが、それではランスロットにダメージを与えられない。

 辺りを見渡すと所々でコンクリートの壁が崩壊している。弾切れは待てない。

 このままいくと俺の魔力だけが減り、いつかは崩れる。

 

「……えっちゃん。守るのはいい。本体を叩いてくれ」

「良いのですか?」

「どの道、このままじゃジリ貧だ。大丈夫、ちょっとなら耐えられるからその間にやっちゃってくれ」

「了解、ですっ」

 

 俺の前に立ち、次々と襲い掛かる投石を防ぎ続けたえっちゃんが俺の言葉と同時に駆け出す。

 投石の目標は変わらない。えっちゃんはなるべく撃ち落としながら突撃するが、取りこぼした投石が俺の元に数発届く。

 

「っらあっ!」

 

 先は反応できなかったが、最初から来ると分かっていればやりようはある。ルーン魔術で拳を強化し、石の芯を叩く。少なくない衝撃が全身に走るがそれに構わず、腕を振るって向かってくる投石全てを破壊する。

 

「重いなぁ! でも止めたぞ! いけ、えっちゃん!」

 

 ピリピリと腕が痺れ、血も滲んでいる。それでもえっちゃんがランスロットに辿り着くまでは持ちこたえた。

 『騎士は徒手にて死せず』には欠点がある。それは彼の宝具である聖剣『無毀なる湖光(アロンダイト)』と併用が出来ない事だ。

 えっちゃんにここまで接近された以上、無手でいる訳にもいかないはずだ。

 その目論見通り、ランスロットは一度消した湖光の剣を再び手に持ち、えっちゃんの一撃を受け止める。

 

「よし、今なら! 『反応強――」

 

 マークが外れた。そう判断し、支援魔術を起動したその瞬間だった。

 一撃を受け流したランスロットが再び剣を消し、えっちゃんを無視してこちらに投石を繰り出したのだ。

 完全に無防備だった俺の額にその一撃が亜音速で迫る。

 

「……っぶねえ! 頭は反則だろ!」

 

 真正面だった事もあり、ちゃんと視えていたおかげでなんとか反応した俺は、首を傾ける事で薄皮一枚といった所でギリギリ回避する。

 えっちゃんはこちらの無事を確認すると、ランスロットに斬りかかる。ランスロットは再び剣を手に持って応戦する。突然の一撃によってあわや戦闘が終了しかけたが、なんとか持ち直した。

 とはいえ、楽観視はできない。少しでも気を抜くとまた先程のようにこちらに直接攻撃してくるだろう。これでは支援魔術もロクに使えない。

 えっちゃんも押されてはいないもののどうにも攻めきれないといった戦況が続く。黒化英霊となってもランスロットのスキル『無窮の武練』は健在らしい。『無毀なる湖光』のステータス上昇効果も合わさって本物の英霊であるえっちゃんと互角に戦いながら俺への牽制までこなしている。

 「こんなんやってられるか!」と自棄になりそうになる気持ちを押さえ、何かできる事はないかと考えるが、思いつく前に戦況が動いた。

 えっちゃんの上段からの攻撃を流したランスロットは突如、反転しその場から走り出したのだ。

 一体、何をと思案するもその理由は直ぐにわかった。

 

「……それはズルじゃないかなぁ!」

 

 ランスロットは駐車場に止めてあった車に乗り込んだのだ。『騎士は徒手にて死せず』によって車は宝具化し、エンジンがかかる。

 そして、初動速度からスポーツカーも凌ぐスピードで走り出した。勿論、その先に居るのは俺だ。

 ヤクザ映画で見たような光景。しかし、この攻撃を防ぐ方法を俺は持たない。馬鹿みたいな攻撃だが、これ以上ない的確な一撃だ。……俺だけならば。

 

「えっちゃん、頼んだ! 『魔力放出』!」

「任され、ましたっ! やあっ!」

 

 ランスロットの思惑に気付いたえっちゃんは俺の前に立つ。

 支援魔術も合わさった光剣の一撃は宝具化した車を一刀両断する。

 爆発。薄暗い駐車場が爆炎で照らされる。その光のせいではっきりとは見えなかったが、俺は確かに見た。車が爆発した瞬間、ランスロットが横っ飛びで離脱した所を。

 

「うしろっ……!」

 

 それはほぼ反射的に、この好機に敵が攻撃を仕掛けてこない筈がないという考えからとった行動だった。

 直観のままに後ろを向くと、そこには聖剣を振り下ろさんとするランスロットの姿があった。

 迎撃は、できない。えっちゃんも、間に合わない。

 俺は苦し紛れにバックステップするが、完全には避けきれず、聖剣は俺の右肩から左わき腹にかけてを薄く裂いた。 

 

「あっ……」

 

 本来なら戦闘不能には程遠い傷。だが、思わず声が漏れた。

 なぜなら、この一撃だけで勝負が決まってしまう事を俺は知っていたからだ。

 

「……■■■■(アロンダイト)■■■■(オーバーロード)」 

 

 黒化英霊の、淡々としたひび割れた声が耳に届く。

 薄く裂かれた傷から深い青の光が漏れる。咄嗟に胸を抑えるがもう遅い。

 光は傷を大きく広げ、最後に弾けるように光が漏れた。

 

「……ごぽっ」

 

 口の奥から溢れ出る血が止まらない。重要な器官が損傷し、背骨が露わになるほどのもはや繋がっているのが可笑しいくらいの傷から流れた血と合わさって爆炎が照らす地下駐車場には血の湖が出来ていた。

 薄れていく意識と共に……膝をついた。

 

「マスターさんっ!?」

 

 

 

 

『……無様だ。情けない』

「……返す言葉も無いね。本当に、情けない」

 

 ――消えゆく意識の中、声が響き渡る。

 厳粛でありながら、どこにでもいるような人の声だ。

 

『よりにもよって、あの裏切りの騎士に負けるとは。これでは貴様に任せたオレ達(・・・)が無様ではないか』

「申し訳ない……でもこれも、全部あの人でなしのせいだから……」

『言い訳は不要だ。立て。あの裏切りの騎士に、ましてや、あの人でなしに負けるなど断じて許さん。それにわかっているだろう。貴様が消えれば……』

「わかっているさ。それ以上は言わなくていい」

 

 彼らが言う通り、俺は立ち上がらなければならない。だけど、それは彼らの事情だ。俺には関係ない。

 

「立ち上がらなきゃいけないから立ち上がるんじゃない。立ち上がりたいから立ち上がるんだ。まだ俺は、えっちゃんと一緒に生きていたい」

『――ああ、そうだ。王を独りにするな。それこそが貴様が存在する理由であり、オレ達の未練だ』

 

 やりたい事()と、やるべき事(彼ら)。見る場所もその在り方もまるで違うのに共存していられるのはその目的が同じだからだ。

 俺がこのまま沈んだなら彼らは望まぬ顕現をする羽目になる。だからこそ、ここまで親身に俺を引き留めようとしている。

 

「……なんか、嬉しいな。君たちが俺の心配をしてくれるなんて」

『無駄口を叩くな。さっさと目の前の騎士を塵も残さず消滅させろ』

「りょーかい。でも、俺一人じゃあ、さっきの焼き直しだぜ? どーするんだい?」

 

 にいっと笑いながら試すように彼らに問いかける。

 

『わかり切った事を聞くな。……霊基を解放する。貴様が乗りこなせ』

「ふふっ、初めての共同作業だね」

『殺すぞ』

「ヒエッ……」

 

 物騒な事を言う。でもまあ……

 

「……ありがとね。一緒に戦うって決めてくれて」

『……フ、次に無様に負けてみろ。死ぬよりも辛い事というものをその身に教えてやる』

 

 その声を最後に、意識が浮上する。

 

 

 

 

 私の力不足で、マスターさんが瀕死の重傷を負った。その事に忸怩たる思いを抱くが、立ち止まっている訳にはいかない。

 倒れ伏したマスターさんに黒化英霊が近づく。もはや死に体のマスターさんにトドメをさそうとしているのだろう。

 ……あの傷では助かる可能性は限りなく低い。それでも、私はマスターさんのサーヴァントだから。これ以上、私の目の前でマスターさんを傷つけさせはしない。

 

「やめ……っ!」

 

 黒化英霊を止めようと斬りかかろうとしたその時だった。

 魔力の鳴動が大気を震わした。同時にマスターさんから流れてくる魔力が増大する。

 

「これは……」

 

 黒化英霊は警戒して剣を構える。そして次の瞬間、マスターさんを中心に放出された嵐を思わせる魔力の塊に吹き飛ばされた。

 

「……やられっぱなしじゃ、いられないからな」

 

 ムクリとマスターさんが体を起こした。胸に刻まれた筈の大きな傷は消え去り、血に濡れ、破れた服だけがその痕跡として残っている。

 そして、いつか見たようにマスターさんは服の上からボロボロの黒のローブを羽織っている。足元の血溜まりからは彼岸花が咲いていた。

 

「えっちゃん、ゴメンね。勝手に死にかけた」

「……許しません。帰ったらオシオキです」

「おお、そりゃ怖い。まあ、とにかく今は目の前の事に集中しよう。さて――」

 

 だけど、以前とは違う。 

 

「――画竜点睛(がりょうてんせい)。悪竜は今、再誕する」

 

 吹き飛ばされた黒化英霊へとその眼を向けたマスターさんの背からは、白い翼が生えていた。

 

 




ランスロット強すぎなあい?

次回、無印編ラストです。


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20.Kaleidscope

無印編、最終話です。どうぞ。


「……ねえ、えっちゃん」

「なんです?」

「決め台詞言った後でなんだけど、屋内戦闘で翼ってくっそ邪魔なのでは?」

 

 恰好つけた後で気付いた。これ、ローブと同じくらい邪魔だ。そもそも動かし方がよくわからない。

 

「魔力放出でばびゅーんって移動するのはどうです?」

「なんだその擬音。めちゃくちゃ可愛いな。……おお、これならいけそう」

 

 えっちゃんのよくわからない表現に胸をときめかせながらも言われた通りにやってみる。

 

 魔術を使う時と同じようなイメージで翼にありったけの魔力を集中させると、虹色の花火のように余剰分の魔力が粒子状に放出された。

 こんな魔力の無駄遣い、今までならできなかったのに今は底がないかのように体の奥から魔力が湧き出てくる。なんだか不思議な感覚だ。

 

「■■■■■■ーーッ!」 

「おっと、様子見はここまでって事か」

「マスターさん」

「大丈夫だよ。今の俺は負ける気がしないから。俺が切り崩すから、えっちゃんはトドメを頼む」

「了解、です」

 

 俺の準備が整ったのを見て、黒化ランスロットが咆哮を上げた。

 

 えっちゃんが俺の前に立って守ろうとするが、俺はそれを手で制してランスロットと睨みあう。

 

 先に仕掛けたのはランスロットだった。幾度となく繰り返された宝具による投石攻撃だ。

 

 そこそこの威力があって連続で撃てる遠距離攻撃の前では、以前までの俺の防御性能では不安が残る。だが、もはや今の俺は前までの俺とは別物だ。

 

「もうそんなの効かねえ、よッ!」

 

 胸の奥で鼓動する心臓から魔力を凝縮する。喉の奥が焼けるような感覚を覚えるが、不思議と心地良い。こうあるのが自然だとでもいうようだ。

 

 叫ぶと同時に放ったのは竜の吐息(ブレス)。白の光線の放射は俺に向かってきた投石を一瞬で蒸発させ、そのままの勢いでランスロットに襲い掛かった。

 

 思わぬ反撃に、ランスロットは咄嗟に横に飛ぶ事でブレスを回避する。俺は魔力放出による瞬間移動で横っ飛びしたランスロットの鎧の首元を掴んだ。 

 

「つっかまえたああ!」

 

 ランスロットを地面に叩きつける。脱出しようと俺の手首をランスロットは掴んだが、それを気にせず、翼からの魔力放出を全開にした。

 

 摩擦による火花をまき散らし、ランスロットを引きずりながら滑空する。

 

「っらあ!」

 

 勢いをさらに増して、ランスロットを壁に叩き付ける。そして……

 

「……『黒竜双剋勝利剣 (クロス・カリバー)』」

 

 磔のように壁に埋もれたランスロットに、後ろから追従していたえっちゃんの追撃の一撃が放たれた。

 

 赤い十字。その一撃で俺達の攻撃に耐えきれなくなった壁が崩れた。えっちゃんの一撃で崩れ落ちたランスロットの姿が崩落した壁の一部に押しつぶされて見えなくなる。

 

「霊核を破壊しました。私達の勝利です。いえーい」

「いえーい! って、ありゃ。もう終わっちゃったか」

 

 えっちゃんの一撃は間違いなく、ランスロットに致命的なダメージを与えた。

 

 戦闘終了を喜んでいると、俺の背から生えていた翼が消えていった。無限に湧き出るかのような感覚だった魔力もいつの間にか、消え去っていた。どうやらフィーバータイムも終わりらしい。

 

 ちょっとだけ残念だと思っていると地面に積み上がった壁の一部を跳ねのけ、ランスロットが這い出てきた。

 鎧は剥がれ落ちて、胸が十字に抉れているにも関わらず、彼は、聖剣を杖代わりにして立ち上がる。

 

「うげっ、まだ生きてたのか……」 

「下がって下さいマスターさん。今度こそあのセイバーもどきに悪の鉄槌を……あれ?」

 

 ゴキブリ並みの生命力だなと感心しながら、今度こそえっちゃんに任せようとした時にランスロットの異変に気付いた。目の前のランスロットは黒化英霊なのに、執念だとか殺気だとかの嫌な雰囲気を一切感じなかったのだ。

 

「王を……最後まで……」

 

 掠れた聞き取りずらい声。それは言葉を発する事のない筈の黒化英霊が、確かに俺に向けて放たれた言葉だった。何の確信もないがそう感じた。

 黒化英霊ランスロットは言葉を言い切らずに粒子状に溶けて、俺の持っていたペンダントへと吸い込まれていった。

 

「……ああ、そっか。そういう事か。アイツは、俺がえっちゃんにとっての弱点だから狙ったんじゃなくて……」

 

 俺が執拗に狙われたのは、俺が死ぬとえっちゃんが現界できなくなるからだとずっと思っていた。

 だけど、本当の所は俺が(えっちゃん)の傍に立つ事が相応しいかどうかアイツなりに確かめたって事なのかな。

 

 真意はわからないままだ。でも、最後に言葉を交わしてくれたって事はちょっとは認めてくれたのだろう。

 

「……行こう、えっちゃん。大遅刻だから急がないと」

「はい。行きましょう、マスターさん」

 

 想定外の戦闘はこうして幕を閉じた。これはなくてもよかった戦いだ。だけど、俺にとっては意味のある戦いだった。そんな思いと共にこの場を離れた。

 

 

 

 

「ギリッギリ、セーフッ!」

「やあっ」

 

 そして、数分後。

 

 セイバーのカードの夢幻召喚(インストール)で魔力切れになり、英霊化が解けた美遊ちゃんの前に立った俺とえっちゃん。

 えっちゃんがそのまま黒化バーサーカーに斬りかかっていく所を見届けてから美遊ちゃんに声をかける。

 

「いやあ、美遊ちゃん。遅れてゴメンね」

「あ、明日望さん!? なんで、接界に失敗したんじゃ、それにその服……」

「いたずらとハッピーエンドが大好きなクソ野郎の邪魔が入ってね。まあ、もう大丈夫さ」

 

 美遊ちゃんに怪我はないようだ。なんとか間に合ったらしい。

 俺を心配する声をかけてきた美遊ちゃんに端的に事情を話してから、俺も戦闘に参加しようと前にでる。

 

 先程までの圧倒的な力は体の奥に引っ込んでしまった。少なくとも今は呼び掛けても使えないだろう。でも……

 

「さあ、あんだけ苦労させたんだ。役に立たなかったら次に会った時にぶん殴ってやる」

 

 代わりにペンダントをギュッと握りしめる。その内に眠る霊基に呼び掛けるように。

 

夢幻召喚(インストール)ランスロット(セイバー)!」

 

 体が内側から置換されていくのを感じる。

 一瞬の内に自分の姿が変わった。鎧に膝程まである青いマントの騎士姿だ。手には湖の聖剣アロンダイト。

 

「うわっ、似合わねーなー、コレ」

「明日望さん、それ、なんで……二枚目のセイバーのカードなんて」

「おう。凛ちゃん達には内緒だぜ」

 

 美遊ちゃんの追求に、人差し指を口元で立て他言無用だぜと茶目っ気を出して言ってからバーサーカーへと突貫する。

 

 えっちゃんの紅の雷撃による魔力放出で全身にダメージを負った黒化バーサーカーは俺の姿を確認すると、えっちゃんから俺に標的に変え、拳を俺に突き出す。

 俺の眼はその一撃をハッキリと認識する。普段の俺では見えていても対応できないスピード。だけど、ランスロットのスキルである『無窮の武練』を再現している今は違う。

 

 ガントレットを薄く滑らせるように拳に当て、力を外に逃がし軌道を逸らす。

 黒化バーサーカーは続けざまに反対の腕も振るったが、それも見えきっている。さらに前進する事でパンチを掻い潜る。

 そして完全に無防備ながら空きの胴をすれ違いざまに横一線に聖剣で薙いだ。

 

縛鎖全断(アロンダイト)過重湖光(オーバーロード)!」

 

 宝具解放。黒化バーサーカーの腹部に開いた傷から膨大な魔力が青い光となって漏れ出る。

 

 たまらず膝をついた黒化バーサーカーは夢幻召喚を解いた俺を睨み付ける。だが、黒化バーサーカーは体の再生中のために動けない。

 

Anfang(セット)──!!」

Zeichen(サイン)──!!」

「「獣縛の六枷(グレイプニル)!!」」

 

 半ばから断たれた体の再生に手間取っている黒化バーサーカーが魔術で拘束された。

 

「アンタ今まで何やってたのよーっ!!」

「来るのが遅いですわ!」

「いやあ、ゴメンゴメン。まあ、美遊ちゃんはちゃんと守れたから許してよ」

「ゴメン、ね。マスターさんは、後でちゃんとオシオキしておきますので」

 

 魔術で黒化バーサーカーを拘束したのは凛ちゃんとルヴィアさんだ。

 彼女達は黒化バーサーカーに魔術が効いた所を確認してから俺達を叱責し始めた。いやあ、本当に申し訳ない……

 

 俺が謝っている内に彼女達の仲直りも終わったようだ。俺は美遊ちゃんと、一度この世界から逃げ出す事を選び、そして今度は戦う理由を見つけて戻ってきたイリヤちゃんを見る。

 イリヤちゃんは俺の視線に気づくと、吹っ切れたような笑みを浮かべ小さく頷いた。……良かった。俺の言った事はちゃんと伝わってたんだ。

 

 ──境界面に太陽が現れた。燦爛と輝く黄金の光が世界を照らす。

 

 並列(パラレル・)限定展開(インクルード)。空に円状に展開された星の聖剣が万華鏡(カレイドスコープ)のように光り輝く。

 

 人の思いの結晶。願いがカタチになった最強の幻想。その光は今、少女達のささやかな願いのために振るわれる。

 

 闇を切り裂き、彼方へと駆けたその光は。……とてもキレイだった。

 

 

 

 

「……ふぃ~、今日の日記も終わりっと」

 

 日課になった日記もつけ終わり、一息吐く。もう少しでノートも使い切りそうだ。二冊目買わないとなあ。

 

 想定外の黒化ランスロット戦。そして黒化バーサーカーとの闘いを終えた俺達は無事に(凛ちゃんとルヴィアさんは空へと旅立っていったが)帰路についた。カード回収は終わり、これからは何でもない日常が続く。そういう事になっている。

 

 ……思えば、遠い所まできたなあ。最初は死にたくないって思いだけだったけど、大切なものができて、やりたい事ができて。しまいには人間半分やめてしまったし……俺、これからどうなるのかなぁ……

 

 少しだけアンニュイな気分に浸っていると、首元を引っ張られた。そして、そのままポスンと柔らかいものの上に頭を下ろした。

 

「マスター、さん。お疲れの所、悪いですけどオシオキ、です」

「……ああ、そうだった。そんな事も言ってたっけ」

 

 自分の太股の上に俺の頭を乗せたえっちゃんは、そんな事を言いながら上から覗き込んできた。

 

「危ない事しちゃ、ダメ、です」

 

 そのまま俺の頬をムニムニと弄ぶえっちゃん。俺はされるがままだ。

 

「頑張り過ぎちゃ、ダメ、です」

 

 やっぱり無茶した事を怒っていたのだろう。目を閉じて、静かにえっちゃんの言葉を聞く。

 

「勝手に、いなくなっちゃ、ダメ、です」

「……うん」

 

 ギューッと痛くなるくらいに頬っぺたを抓って、えっちゃんは俺の頬から手を離した。

 

「そんな訳で今夜は寝かせません。マスターさんは今日一日私のおもちゃ、です。私の言う事をちゃんと守るようにてってーてきに躾けてあげます」

「あはは、怖い事言うなあ」

「もちろん、です。だって私は……」

 

 俺が軽く笑いながらそう言うと、えっちゃんも微かに笑ってそう言った。 

 

「宇宙一のヴィランですから。欲しいものは絶対に手放しません、よ」

 

 ……まだまだ俺の旅路は始まったばかりなのだろう。まだまだ苦労は続くだろうし、無茶する時だってきっとある。人としての姿を完全に失う事にだってなるかもしれない。

 でも良いんだ。えっちゃんが俺の手を握り返してくれる間は、どんな姿になったって俺は人でいられるって確信できるから。

 

「……そっか。それは頼もしいな」 

 

 だから。俺は笑顔でそう言った。

 

 

 

 このあとめちゃくちゃオシオキ()された。

 

 




そんな訳で、無印編完結です。

色々と伏線などは残したままなのでちゃんとドライ編まではやろうと思ってます。次の投稿はツヴァイ編のストックが溜まってからかな。

あと、最近なろうで新作始めました。活動報告にリンクがあるからそちらからどーぞ。

それでは一年間ありがとうございました!


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2wei編
2wei編プロローグ


お待たせしました。なろうで書いてた新作も一段落ついたのでこちらも再開していこうと思います。活動報告のリンクから見れるのでそちらも是非見てください。

それでは、今回はプロローグ。感想欄で散々言われてたアイツからの予告編です。

……それにしても三田先生はいつになったら孔明を引けるのだろうか……


 ――やあ、呼んだかい?

 

 私はマーリン。読者の皆もお察しの通り、この件に一枚噛ませてもらってるハッピーエンドが大好きな心優しいお兄さんだ。

 

 ……うん? 何でそんな事がわかるのかって?

 

 おいおい、私の目の事を忘れたのかい?

 

 今の世界の全てを見通す千里眼。この目はたとえ遥か未来からの観測でも、別世界からの観測だって自分が今、見られているという事実さえあれば、向こうの様子だって見返す事ができるって訳さ。

 

 だから、今この物語を通して彼を見てる君たちだって私の観察対象なのさ♪ なにせ彼は私の……

 

 ……これ以上はネタバレになっちゃうからやめようかな。君たちも自分の目で確かめる方が楽しいだろう?

 

 と、こんな話はどうだっていいんだ。

 

 今日は、七枚のクラスカードを集めて物語の序章を終えた彼に待ち受ける次の物語の紹介に来たんだ。

 

 なにせ、次の物語で待ち受けるのは偶然から生まれた錬鉄の英雄の現し身、現代を生きる伝承保菌者(ゴッズホルダー)にして彼に戦闘経験を叩き込んだ師、そして――英雄王。

 

 どれも生半可な相手じゃない。黒化英霊なんてチャチなものさ。

 

 ……なになに、「お前が投入したランスロットのせいで主人公は死にかけてたけど?」だって?

 

 いやあ、あれは誤算だった。適度な成長には丁度いいと思ってくすねてきた空っぽのクラスカードを改竄してランスロット卿に繋げたはいいけれど、何故かやたらと張り切っていたんだよねえ。

 

 結果的には何とかなったからいいものの。空気が読めないのは死んだ後も一緒だね。まあ、女性以外にも気配りできるランスロット卿なんて想像もつかないんだけれどね!

 

 ……ああ、また話が逸れたね。ランスロット卿の話なんてどうだっていいのさ。

 

 ボクとしては彼の話を小一時間くらい続けたって別に構わないけれど……君たちはそれじゃ退屈だろう? だからこれから先に起こる事をちょっとだけ見せてあげよう。

 

 それじゃあ……

 

 

 

 

「――あまあまだぜ、イリヤちゃん。それは一体、いつの俺の話をしているんだい?」

 

「俺の霊基は大きく変質した。以前の俺とは一味違うぜ?」

 

「デミサーヴァントに人権を!」

「週休二日、和菓子付きの待遇を要求します」

 

 

 

 

「やあバゼットさん、久し振りです。ところでそれサンドバッグじゃなくてルヴィアさん家なんですけど……もしかして目が悪くなったんです?」

 

「いやあ、喧嘩に自分以外の力を持ち込むのは無粋ってもんでしょう。まあ、身体能力は上がってますけどその辺は目を瞑るって事で」

 

「別にマスターさんが私を戦わせないって言うのはいい、むしろずっとそれでもいいかなって思ってますけど……ちゃんと構ってくれなきゃ、や、です」

「ごめんよー! ずっとえっちゃんを大事にするよー!」

 

 

 

 

「ああ……えっちゃんの水着……てえてえ。てえてえなぁ……」

 

「師匠……焼きそばくらいなら奢りますから……」

 

 

「……えーと、何で俺だけ取り残されたんです? 英雄王様?」

 

「――知れた事よ。貴様の有り様がただ不快だ」

 

「抑止力も随分と醜悪なものを作ったものだ。出来損ないの偽物め。その姿を騙ったところで貴様の本質は変わらない。貴様には何一つとして(まこと)がない」

 

「――疾く首を差し出せ。その命を以って貴様が生まれてきた罪をこの英雄王が裁いてやろう」

 

「……いやあ、それは出来ないかなって。ほら生まれた事が罪なら、生きる事が背負いし罰って言うし――」

 

「――何より、俺とえっちゃんを引き裂こうってなら。もう戦うしかないだろう」

「――よく吠えた。ならば、死に物狂いで踊るが良い。降臨者(フォーリナー)よ!!」

 

 

「――さあ、裁定の時だ」

 

 

 

 

 ……とまあ、こんな感じかな?

 

 うん、大体いつも通りの彼だったね! 若干、不穏な空気が流れてたりしてたけど……まあ、大丈夫だろう!

 

 ――彼の物語の中心にはいつも彼がいる。きっとそれは人にとっては当たり前の事だけど。ボクにとっては掛け替えのない眩しいものだ。

 

 彼が楽しそうに笑ってこの限りある旅路を楽しめているなら、ボクも制作に携わった甲斐があるってものさ。

 

 ――ボクに初めからなかったもの、ボクが切り捨てた在り方、偶然が重なりあって生まれた『後悔』の獣のなり損ない、白き竜の血。

 

 全てが重なりあって生まれた彼は、初めは確かにボクをモデルにしたものだったのかも知れないけれど、様々な要因が絡み合って全く別のものに成り果てた。

 

 さあ行け、僕とは違う者(『幸福』のアルターエゴ)よ。彼方より来たりし者よ。

 

 ――願わくば、君の物語が幸せな終わりを迎えるよう、この妖精郷から見守っているよ。

 

 

 

「……フォウ、フォーウ! キュウ……」(……いい感じで締めてるけど、大体コイツのせいなんだよなあ……やっぱりマーリンは死んだ方が良いんじゃないかな)

 

 

 

 




ランスロットが様々な言われようですけど、王の現し身(そっくりさん)に相応しい男か主人公を確かめようとしただけだからセーフです。人でなしにはそんな男気もわからんのです。

これからの更新ペースはなろうの方もありますので、隔週更新を目指して頑張ろうと思ってます。それではこれからもよろしくお願いします。


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21.イリヤ

(´・ω・`)


  6月 18日 晴れ

 

 最後の黒化英霊を倒してから一ヶ月が経った。

 

 あれからなんやかんやあって、凛ちゃんとルヴィアさんはこの冬木に一年間留学する事となった。

 確か、ヘリコプターで逃走したルヴィアさんを凛ちゃんが撃墜した直後にそれを知らされたって感じだったような。疲れてなければ是非その場面を見たかった。アイツじゃないけど愉快な人は見ていて面白いし。おのれランスロット。

 

 まあ、それはともかくあの二人は今日もクラスで士郎氏とのラブコメを繰り広げていたわけだ。エロゲかよ。エロゲだったわ。俺的には委員長、森山奈菜巳ちゃんを推していきたい……人の恋路に首突っ込んでもロクな事にならないか。

 

>そっとしておこう。

 

 学校が終わってからはえっちゃんとスタバで本を読みながらまったりとくつろいでいた。

 

 普段はラノベくらいしか読まない俺だが、最近はえっちゃんの影響もあり、純文学などにも手を出している。

 えっちゃんオススメだけあり、中々面白い。ただ、こういう面白い本だけを自分で探すのは難しいなとは思ったかな。

 ほら、こういう系の本のタイトルって見ただけじゃ内容全然わからないのが多いし。もっとラノベくらいわかりやすく本の中身出していってもいいと思うんだ。……いや、アレはアレでやり過ぎだとも思ってるけど。

 

 それはそうと、スタバの呪文ネタは俺も知ってるけど、えっちゃんが言ってたダークマターキャラメルグラビティなんたらって何だったんだろう……店員さんに「はぁ?」と言われてショボンとしてたから多分、売ってないんだろうけど。

 「ああ……懐かしい故郷の味は何処へ行けば……」とか言ってたからもしかしたらサーヴァントユニバース? だったっけか、そっちの世界のスタバに似たような店で売っている物なのかもしれない。何とか手に入れられないだろうか、ダークプラズマなんたら。

 

 

 

 

「明日望おにーさんっ!」

 

 学校の帰りに、そんな声をかけられた。

 

 幼い、どこか聞き慣れたようで聞き慣れない少女の声だ。

 

 声の主の方を向く。そこにいたのは――

 

「アレ? どうしちゃったの? もしかして私の事忘れちゃった?」

 

 ――見慣れない/見慣れた銀髪の、浅黒い褐色の肌が特徴的な少女だった。

 

 俺を欺くために用意したのだろう。穂群原学園小等部の制服に身を包んでいる彼女からは、ポワポワした暖かい雰囲気とは違い、どこか蠱惑的な印象を受ける。

 

 ……そっか。もうそんな時期だったか。確か地脈が乱れていて、それを正常にする任務の時のアクシデントが原因であの娘は生まれたんだっけ。

 

 となると、凛ちゃん達は俺に内緒で楽しくやっていたって訳だ。まったく。役に立たないだろうけど呼んでくれたっていいのに。

 

 まあ、とにかく……

 

「いいや。忘れてないに決まってるだろ? イリヤ(・・・)ちゃん」

 

 ……俺は目の前の少女にイリヤちゃんと声をかけた。

 

 彼女はそれを聞いて、クスリと笑った。

 

「えっちゃんさーん。ちょっとおにーさん借りてもいーい?」

 

「ええ、勿論です。というわけで明日望くん。私は家で本を読んで待ってます」

 

 目の前の少女が甘えるようにそう言うと、えっちゃんは迷う事なく即答した。

 

「ふふ。俺マスターなのに決定権微塵もなかったよ……まあ、いいんだけどね!」

 

 えっちゃんの言う事に逆らうつもりはないし、えっちゃんのやりたい事はさせてあげたい。

 

 それは第1前提だけれど、目の前の少女の提案は俺にとっても都合がよかった。えっちゃんがいたら向こうはきっと警戒しちゃうだろうし。

 

 えっちゃんもきっとその辺りの微妙な感情を読み取って提案に乗ったんだろう。多分。いや、えっちゃんだから絶対にそうだ。

 断じて今読んでる本が途中だったからじゃない。

 

「帰りにどら焼き買ってくるから留守は頼んだ」

 

「了解、です。御武運を」

 

 えっちゃんは特に問題はないといったように悠々と帰っていった。……多分、信頼してくれてるんだろう、うん。

 

「それじゃあ、とっとと私の用事も済ませちゃいましょうか。ついてきて」

 

「……そうだな、あんまり遅くなったら士郎氏も心配するだろうし」

 

「……っ! そうね。早くしましょう」

 

 俺の言葉に少しピクリと眉を動かした彼女だったが、それ以上の反応は見せる事なく、俺を促した。

 

 

 

「おいおい。もう暗くなってきたのにこんな森の中に入って大丈夫なのか?」

 

「平気よ。直ぐに終わらせるから」

 

 彼女が向かったのは、国道を少し外れた海の近くの小規模の森林だった。

 

 夕日も落ちて辺りは暗くなりかけている。人目につかない場所としては絶好の機会だろう。

 

 そんな中、おとなしくついてきた俺の方を向いて彼女が口を開いた。

 

「ねえ、おにーさん。1週間くらいわたし達に関わらないでくれないかしら」

 

「そりゃまた、どうして。もしかして嫌われちゃったかい?」

 

「ううん。そうじゃないけど、流石にサーヴァントと事を構えるのはキビしいかなーって。だから暫くの間、おにーさんには大人しくしていてほしいの」

 

「おや? まるで俺とイリヤちゃんが戦わなくちゃいけないみたいな事を言うじゃん?」

 

「そう言う事、よっ!」

 

 その言葉と同時に俺の首筋に向けて、刃が疾っていた。

 

 眼前に居たはずの彼女はいつのまにか俺の背後から黒白の夫婦剣、その片割れの白の剣を俺に振るっていたのだ。

 

 ――そして、その刃は俺の首の手前で紫の籠手に包まれた親指と人差し指に挟まれて阻まれていた。

 

限定展開(インクルード)、なんてね」

 

「なっ!?」

 

 完全に決まったと思っていたのだろう。攻撃が阻まれた事に動揺して、彼女は剣を手放して俺から距離を取る。

 

 所有権が移った夫婦剣の片割れを適当に放り投げて、俺は彼女の方を向く。

 

「……いつから気づいてたの? 私がイリヤじゃないって」

 

「おいおい、キミはイリヤちゃんだろう。自分で否定してどうする」

 

「……ムカつく!!」

 

 俺の言葉に腹を立てて、イリヤちゃんに瓜二つの、もう一人のイリヤちゃんが両手に夫婦剣を再び投影して、こちらへと向かってきた。

 

 

 

 

 

 



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22.敗北

 ――届かない。

 

「――21、22」

 

 ――届かない。

 

「にじゅさん、にじゅよん、にじゅご」

 

 ――何をしても、届かない。

 

「にじゅろく、にじゅ……おっと」

 

 キンという音を立てて、刃が交錯する。

 

 これで六度目。転移を用いた死角からの一撃がまたしても悠々と止められた。

 

 剣の投影に至っては脅威にすらなっていない。射出された剣を彼はお手玉のように代わる代わる手にとってその動きのまま叩き落としていく。撃墜数を数える余裕まであるといった無様な有様だ。

 

 本来ならわたしが投影したものはわたしにコントロールがある。消すのも良し。魔力を暴発させて爆弾――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)として使うも良し。

 

 ……そのはずなのに、目の前の男がわたしの射出した剣を手に持った瞬間、剣とわたしとの繋がりが消えてしまう。

 恐らく男が装着した紫色の籠手が何らかの力を以ってわたしのものを自分のものに置き換えているのだろう。

 

 ならば、男の手に届く前に全てを壊れた幻想として使ってしまえばいい。……もちろん、それは試した。だが、発生した爆風は何らかの力で散らされてしまう。魔力の無駄遣いだとわかってからは剣の射出は完全に牽制として用いていた。

 

「これなら――っ!」

 

 防がれた瞬間に、その場から転移で離脱して投影するのは夫婦剣――干将・莫耶。二対を投擲し、一対を手に持つ。

 

 そして再び転移。

 

「鶴翼三連!!」

 

 互いに引き合うという性質を持ったこの剣によって振るわれる絶技。

 四方向から飛来する剣と、転移によって死角から振るわれる斬撃。普通の相手ならば回避不可能な一撃。

 

「――ハアッ!!」

 

「っ!? またっ!?」

 

 首筋にまで刃が迫ったその瞬間、男を中心に暴風が吹き荒れた。

 風なんて生易しいものじゃない。これは魔力を以って吹き荒れる嵐そのものだ。

 壊れた幻想によって発生した爆風もこの嵐によって打ち消されたのだ。

 

 結果、彼の眼前にまで迫っていたわたしは飛翔する剣共々吹き飛ばされて後退する。

 

「ふぃ〜、危ない危ない」

 

 危うげもなく対処したくせにそう嘯く眼前の男を睨み、わたしは歯ぎしりする。

 

 ――こんな筈じゃなかった。

 

 わたしの目的。わたしから知識も、記憶も、肉体(からだ)も、そして、居場所も奪ったイリヤを殺して、イリヤ(わたし)という存在を確立させる。

 

 その為に乗り越えないといけない大きな壁。それが本物の英霊だった。

 

 イリヤの中からわたしも戦闘を見ていたが、アレはわたし達とは一線を画す強さだ。力も速さも私では足元にも及ばない。

 

 だけど、その英霊にも弱点がある。マスターだ。

 

 アインツベルンの力を使わずにどのようにして英霊を召喚したのかは知らないが、マスターとのパスが繋がっていないと英霊は現世にその霊基を維持できない。その為に、召喚された英霊も動きを制限されていた。

 

 ならば、マスターと英霊が分かれて行動しているところでマスターを叩いてしまえばいい。殺す、まではいかなくても1週間くらい行動不能にさえすれば、その間に全てを終わらせる自信はあった。

 

 幸いにも、分断は上手く成功した。

 イリヤの中から見ていた時も、マスターであるその男は頭のネジが何本か抜けているような男だったので、イリヤのフリをして近づけば何の警戒もなく一人になってくれるだろうと思っていたので、ここまではいい。

 

 誤算はこの後だった。わたしの攻撃の一切がその男には通じなかった。

 

 思えば不思議な男だった。常人離れした妖しい顔立ちのくせに思考は完全に一般人。英霊を召喚する程の腕を持ちながら、魔術師としての知識はゼロ。オマケに英霊の力を何処からか引っ張り出しておいて、何の影響もなく生きている。

 

 異常。不確定要素。アンノウンという言葉が最も相応しいその男だったが、戦う前は勝機は十分にあると思っていた。

 

 過程を省いて望んだ結果を得る。そんな力を持っているはずのわたしがその男に対して一切の勝機も見出せずにいた。

 

「――なんで……っ!」

 

「何でって。それはキミと戦ってることかい? それとも俺の力の事?」

 

「両方よっ! イリヤの中から見ていた時の貴方はそんな力は持っていなかった!」

 

「――あまあまだぜ、イリヤちゃん。それは一体、いつの俺の話をしているんだい?」

 

 戦っているというのに柔らかい物腰で男は私の言葉に答える。

 

「まあ、わからなくてもしょうがない。なんせイリヤちゃんの見てない所でこんな事になったわけだからねえ。まあ簡潔に説明すると――俺の霊基は大きく変質した。以前の俺とは一味違うぜ?」

 

「霊、基……っ! まさか貴方も英霊なの!?」

 

 霊基――サーヴァントを構成するモノ。それが変質したと目の前の男は言った。

 

 ならば、この男の正体は英霊の力を使う魔術師ではなく、英霊そのものという事になる。

 

「まさか。俺はただの人間だよ。今までも、今も、これからもね」

 

 だが、わたしの言葉を彼は一笑に付した。

 

 嘘をついているようには見えない。だが、男が何らかの原因でイリヤの中で見ていた時よりも成長し、わたしの勝ち目が限りなく小さいという事だけはわかった。

 

「……ねえ、明日望おにーさん。突然襲いかかった事は謝るからここは見逃してくれない?」

 

 なら、恥も承知でこう頼むしかない。

 

 こんな所で死ぬわけにはいかない。

 

「それは無理さ。だって俺はイリヤちゃんの味方だからな」

 

「……やっぱりそうよね。いいわ。勝ち目が限りなくゼロに近くたってやりようはある……!」

 

 当然のように私の頼みは断られる。

 

 こうなってしまっては仕方ない。不本意ではあるが、私の中の魔力を限界まで使ってこの場をなんとか切り抜ける。使った魔力は町の人から奪えばいい。今はここを乗り越える事だけを考えろ。

 

 剣の射出と壊れた幻想は有効打にはなりえない。ならば、私に残されているのは転移による一撃必殺のみ。

 

 転移の連続行使で揺さぶりをかけて、不意をつく。そんな作戦を立てて転移魔術を使った。

 

「――え?」

 

 そんな間抜けな声が口から出る。だって、男の背後に転移したはずなのに男の姿が目の前になかったのだから。

 

「――証明終了(ラーニングオーバー)。眼が良いってのも考えものだね」

 

「っ!?」

 

 そんな呑気な声が背後から聞こえた。

 

 まさか――驚きながらもその場を跳びのき、自分の立っていた場所を見る。

 

 そこには誰もいない。

 

「俺の前で転移魔術を連用したのはまずかったなあ。お陰でこの通りってわけさ」

 

 ポンと頭に手を置かれた。

 

 ……もうここまでくればわたしにもわかる。彼はわたしの使っていた転移魔術を模倣したのだ。

 

 魔術を数回見ただけで使えるようになる。そんな魔術師に喧嘩を売るような能力を彼が持っている事は知っている。だが、転移魔術まで使えるだなんて思いもしなかった。

 

 ……これで、私のアドバンテージは完全にゼロになった。何だ、思ったより呆気ない終わりだったな。

 

 せめてもの抵抗だ。死ぬ瞬間まで男の顔を睨みつけようと思い、後ろを振り向き――

 

「てい」

 

「あいたっ!?」

 

 ――わたしの額にデコピンが放たれた。

 

 そういえば。イリヤとの特訓の時もデコピンをしていたっけ。

 

 ……いや、おかしい。何でわたしを殺さない? もしかして遊ばれてる?

 

「はい。これで突然襲いかかってきた件に関してはチャラな」

 

 額を押さえ、警戒心を強めるわたしだったが、紫の籠手を消して、戦闘心が完全に消え去っていた目の前の男を見て、なんだかバカらしくなった。

 

 この分だと向こうは最初からわたしを殺す気はなかったと見える。

 

 こちらはあれだけ必死になっていたというのに、彼からすればわたしを殺さないように制圧するのは簡単な事だったのだろう。

 

 それでも、敢えてわたしを生かしておく理由がわからない。

 これまでの戦闘で私がクラスカードの力を使っている事はバレているはず。カードの回収が任務である凛の仲間の彼が私を見逃す理由がない。

 

「何で、わたしを殺さないの?」

 

「おかしな事を言う。さっきも言ったじゃん。俺はイリヤちゃんの味方だって」

 

 恐る恐る訪ねた答えがそれだった。

 

 思わず絶句する。

 

 彼はわたしが本物のイリヤじゃないと知りながらそんな言葉を言ったのだ。彼の言う「イリヤちゃん」は本物のイリヤに向けられた言葉のはずだ。断じて私に向けられた言葉ではないはず。

 

「どうせ行く当てもないんだろう? なら、うちに来ないか? もうだいぶ遅くなっちゃったし、えっちゃんが晩御飯を作って待ってくれてるだろ」

 

 とにかく、負けたわたしは事情を飲み込めないままに彼の言葉に従うしかなかった。

 彼の言葉の真意はわからないままだが、こんなところで消えてしまうよりかは遥かにマシだと思ったからだ。

 

「……仕方ないわね。いいわ、乗せられてあげる」

 

 多少の強がりも込めてそう口にする。

 

 そんなわたしを微笑ましげに彼は見ていた。

 

 ……やっぱりムカつく!

 

 

 

 




☆★☆霊基変質☆★☆

黄金律 C
支援魔術 D
直感 E-



◼️竜◼️象 EX
◼️き風の加護 EX
花◼️◼️◼️(異) EX

【悲報】えっちゃん出番/ZERO
ゆるちて……


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23.聖杯少女の願い

遅れました。理由は活動報告にあるのでそっちで見てください。

えっちゃんのサポートの為にスカディ姉貴当てました。ボイス可愛いからみんなも引け。ワルキューレもいいぞ。

そして、何と言っても英霊旅装。神の采配によってえっちゃん新規絵です。アヴァロンはここにあったのだ──みんなも当然えっちゃんを選んだよね?(オメメグルグル)

そんな感じで始めていきます。


 やってるこっちが申し訳なくなるくらいにもう一人のイリヤちゃんをボッコボコのボコにした後、俺は彼女を連れて家へと帰宅した。

 

「えっちゃん、ただいまー!」

 

「おかえりなさい、マスターさん。おや……なるほど。少女誘拐とは、マスターさんもなかなかの(ワル)、だね」

 

 扉を開けた先で、本を読んで帰りを待っていたえっちゃんが何処か誇らしげに放った第一声だった。

 

「ち、違う! えっちゃん違うんだ! 浮気じゃない! 信じてくれええええ!!」

 

 ……えっちゃんにそんな誤解をさせてしまうなんて。

 

 涙が止まらない。俺は自分の迂闊さを恥じた。

 

 五体投地で赦しを乞う。

 

「うわあ……」

 

 隣でイリヤちゃんがドン引きしていたが、気にしない事にした。

 

 

 

「う〜。ゴメンね、えっちゃん〜」

 

「はいはい。マスターさん私なら大丈夫、だよー」

 

 えっちゃんを抱きかかえるようにして座る。えっちゃんはこちらを振り向いて俺の頭をポンポンと撫でていた。

 

「ねえ、わたし帰っていい? 魔力も随分使っちゃったし補充しないといけないのだけれど」

 

 テーブルを挟んだ先では、イリヤちゃんが出されたオレンジジュースをストローで飲みながら、半眼でこちらを見ていた。

 

「……ん、ああ、そういえば魔力が必要なんだった。ほいっと」

 

 指を振る。やり方はわかっていたからその動作だけで思惑通りに魔力が流れていく。供給先はもちろんイリヤちゃんだ。

 

「魔力が流れて……何をしたの?」

 

「簡易的なパスを繋いだ。えっちゃんの現界の維持でコツは掴んでるからね。魔力を送るだけならできる。粘液接触してないから効率が悪いけど、俺の魔力は有り余ってるしこれでいいでしょ」

 

「……もう一々ツッコまない事にするわ」

 

 怪訝そうな顔だったが、イリヤちゃんは深く追求する事はなかった。

 

 もう細かい事は気にしない事にしたのだろう。その代わりに彼女はこう言う。

 

「……で、さっきも似たような事言ったけれど、貴方の目的はなんなの? もうとっくに気付いてるんでしょ、私の正体。わたしを倒さない理由なんてないわよ」

 

「……まあ、凛ちゃんからなんにも話聞いてないけど、なんとなくわかるよ。そのカードとも直接戦ったからね。でも、それは置いといてイリヤちゃんはイリヤちゃんでしょ? なら、傷つけたりなんかしないよ。見知った女の子を『倒さなきゃいけないから倒した』先で掴んだ未来なんてきっと綺麗じゃないよ、うん」

 

 クラスカード『アーチャー』を核にしてイレギュラーで生まれたイリヤちゃんの封印された人格。それこそが目の前の少女の正体。

 

 凛ちゃんから聞くまでもなく、目の前のイリヤちゃんがどうやって生まれたのかは知っているけれど、一応こう言っておく。

 

 正直、俺にとって大事なのはクラスカードじゃないからこの辺りの事情はどうでもいい。クラスカードはどうせこの後の展開が進めば無くなるんだろうし、カード回収に精を出す必要も無い。

 

 目の前の少女は平穏な日常を生きてきた普通の女の子のイリヤちゃんではないかもしれないけれど、それでも彼女はイリヤちゃんだ。ハッピーエンドを目指す身として、一人で戦う女の子を放っておくというのは余りにも忍びない。

 

「ていうか、その『イリヤちゃん』っていうのやめて。あのイリヤと一緒にされてるみたいでなんかイヤ」

 

「えー、自分からイリヤって言ったんじゃ……あっ、ハイ、ナンデモナイデス」

 

 無言でギロリと睨まれたので口を噤む。

 

「では『イリヤ・オルタ』なんてどうでしょう。黒いですし。私と一緒にオルタ道、駆けあがってみませんか?」

 

「ちょっと待って、オルタってなに」

 

「オルタ、すなわちオルタナティブ。ここでは反転体だとか別側面を意味する言葉さ。……って、えっちゃん、俺を差し置いて他の人をスカウトするなんて酷くない?」

 

「マスターさんは私という優秀なオルタ・サーヴァントのマスター、です。これはもうオルタ道を極めたオルタマスター。もうとっくに私の唯一無二のパートナー、なのです」

 

「マジか、すげーな、俺」

 

「うーん、それだとわたしがイリヤのコンパチみたいになるからヤダ」

 

「しょぼん」

 

 えっちゃんの提案は拒否された。俺はいいと思ったんだけどなあ……

 

 さっきのお返しに、スカウト失敗で落ち込むえっちゃんの頭を撫でる。

 

 それなら原作通りでいっか。

 

「じゃあ、『クロ』ってのはどう?」

 

「わたしは猫か……」

 

「いやー。凛ちゃんだったらこんな感じで安直に名前を決めると思うよ。もし違っていたら木の下に埋めてもらっても構わないよ!」

 

「確かにリンならそうしそうだけど……まあ、それでいいわよ」

 

 という訳でもう一人のイリヤちゃんはこの世界でもクロと呼ばれる事になった。

 

「じゃあ、クロちゃん」

 

「ちゃん付けもやめて。子ども扱いされてるみたいだわ」

 

「じゃあ、クロ。これからの事なんだけど、君はどうしたい?」

 

「どうしたいって、そんなの……」

 

 俺の問いに、クロは少しの逡巡の後に答える。

 

「……わたしは、イリヤ(わたし)の居場所を奪ったイリヤが許せない。イリヤ(わたし)の全部を奪ったイリヤが憎い。──だから、イリヤ(わたし)はイリヤから全てを奪う」

 

「うんうん、それで?」

 

「……え?」

 

「いや、だってそれはマイナスをゼロに戻すだけの、いわば前に進むための前提条件じゃないか。君にとって重要なのはその先だろう」

 

「その先、か。そんなもの考えた事もなかった」

 

 クロは呆然としたまま言葉を紡ぐ。

 

「だって、わたしは今ここにいる事が奇跡みたいなもので、いつ消えちゃうかわからなくて、そんな短い時間じゃイリヤへの復讐くらいしか……ああ、そっか。これってただの八つ当たりだったんだ」

 

「復讐、八つ当たり、私以外のセイバーぶっ飛ばす(正義)。どれも(ヴィラン)の在り方の一つ……でも、最後に強いのは、その在り方が正しいと心の底から思える人、だよ」

 

「そっか。そうよね……」

 

 えっちゃんのありがたいお言葉を聞いてクロは吹っ切れたような笑顔でこう答えた。

 

「──わたしは、わたしの居場所が欲しい。カードの事とか、魔力の事とか問題は山積みだけど、普通の女の子じゃなくてもいいから、わたしはわたしの思うように生きたい。ちゃんとゼロに戻って、そこから歩き出したい。……あっ、でもわたしを押しのけてのほほんと生きてきたイリヤの事はやっぱりムカつくから一回ちゃんと決着つけておきたい!」

 

「えらい! 流石にこの流れでやっぱりイリヤちゃんを殺したいなんて言われた時にはどうしようかと考えたけど、杞憂でよかった。姉妹喧嘩なら大歓迎さ!」

 

 彼女がだした答え。それは最初の願望と違い、未来を希望するものだった。

 

 素晴らしい。彼女は今、自分の気持ちと向かい合って、自分が本当に望んでいるものを見つけ出したのだ。これだから女の子ってのは強くてカッコいいんだ。やっぱり小学生は最高だぜ。

 

「ここまで言わせたからには、ちゃんと責任は取ってくれるのよね、明日望おにーさん♪」

 

「もちろんですとも! 向こうには凛ちゃんとルヴィアさんがいるんだ。なら、俺はクロの居場所を作る手助けをしよう」

 

「私も微力ながら力になりましょう。といっても大人げないので戦闘はノーセンキュー、です。……あれ? これ、私、何の役に立つのでしょうか?」

 

「えっちゃんはそこに居るだけで癒し効果があるからそんな事気にしなくていいんだよー」

 

「……前から思っていたけど貴方、自分のサーヴァントに甘すぎない?」

 

 クロの最後の言葉は聞かなかったことにする。マスターにはサーヴァントを甘やかす義務があるのだ。

 

「──それじゃあ、明日、宣戦布告といこうか」

 

 

 

 

 

 



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24.宣戦布告

夏休みはいい文明……

短いですがキリがいいところまで行ったので投稿。


「──イリヤが命を狙われてる以上、やることはひとつ……黒イリヤを捕獲する!」

 

 わたし分裂事件から二日。昨日の朝の襲撃と早退途中でもう一回の襲撃。短い期間に二回も命を奪われそうになった。犯人はわたしと同じ顔の黒いやつ。

 

 その対策会議でメイド服を着た凛さんがそう言った時だった。

 

「侵入者っ!?」

 

「魔術師の工房に踏み入るなんて随分な身の程知らずですわね」

 

「え? え?」

 

 警告音が鳴り響いた。凛さんとルヴィアさんが揃って窓の外に顔を向ける。

 

 侵入者? もしかしてアイツが……

 

「まったくこんな事に時間を割いている場合じゃありませんのに……」

 

 そう言って窓を開けて侵入者を見たルヴィアさんは何故か黙ってしまった。わたしもルヴィアさんの陰に隠れてそっと窓の外を見る。

 

「デミサーヴァントに人権を!」

 

「週休二日、和菓子付きの待遇を要求します」

 

「……どうしよう。頼る人を間違えたかもしれない」

 

 ──そこに居たのは「デミサーヴァントに人権を!」「配布鯖の酷使反対!」「クロに居場所を作る会」と書かれた横断幕を掲げて叫ぶ明日望さんとえっちゃんさん。そして二人の後ろを呆れた顔をしてるもう一人のわたしだった。

 

「…………えーと」

 

 ……色々言いたい事はあったのだが、考えがまとまらない。というかツッコみどころが多すぎる。

 

「──なんでそっちの味方してるのおおお!!!???」

 

 思わず出てしまった絶叫が虚しく響き渡った。

 

 

 

 

「……で、何が目的なのかしら蒔本くん?」

 

「きっちり説明してもらいますわ!」

 

 宣戦布告の次の日。学校の屋上で額に青筋を浮かべる凛ちゃんとビシッとこちらを指差すルヴィアさんに詰め寄られる。

 

「あすのくん。はい、あーん」

 

「あーん。……やっぱりえっちゃんの作った弁当は美味しいなあ!」

 

「これ、冷凍食品、です」

 

「えっちゃんがあーんしてくれること自体に意味があるんだよ!」

 

「なるほど、これが愛は最高の隠し味という奴ですか。また一つ、かしこくなっちゃった」

 

「こらそこっ!イチャイチャしない!」

 

 えっちゃんはそれに動じず、こちらに唐揚げを差し出してきたので口いっぱいに頬張る。

 

 無視されたと思ったのか凛ちゃんがうるさい。

 

「あのさあ……まずはこっちに何の連絡もしなかった事を反省しようよ。凛ちゃん達は俺が居なくても解決できると思っていたのかもしれないけど、もし俺がクロの事をイリヤちゃんと勘違いしたらどうするつもりだったのさ。いくら想定外の事態だったからってこれはひどいよ。あんまりだよ。俺達、一緒に戦った仲間じゃん。仲間外れは良くないよ」

 

「事実だけに反論できませんわ……」

 

「うぐ……しょうがないじゃない! クラスカード絡みでこれ以上問題を起こす訳にもいかなかったのよ!」

 

「あー、だから知る人はなるべく少なくしたかった、と。バカだなあ。カレイドステッキが未だに魔術と無関係の小学生二人に持ち出されてるってネタだけで普通にヤバいでしょうに」

 

「ド正論……っ!」

 

 凛ちゃんがガックリと項垂れる。しかし、それも直ぐに立ち直る。

 

「そ、それでも蒔本くんがあの黒イリヤ……ええい、長い! クロの味方をする理由は何もないでしょう!?」

 

「あるよ。あれはイリヤちゃんだ。それだけで俺が味方になる理由は十分だ」

 

「ちゃんとわかっていますの? アレはイリヤスフィールの命を狙っていて……」

 

「ああ、それは流石に止めるよ。だからいいでしょ?」

 

「良くないわよ! アンタだって魔術師の端くれならクロの異常性はわかるでしょう!? アレは自分の身体を媒体にクラスカードの能力を召喚してる。協会ですらそんな使い方は解析できてないのに……」

 

「うん? ……ああ、そっか。そういう設定だったっけ」

 

 そういえば、この時期はまだ夢幻召喚(インストール)をポンポン使ってなかったっけ。完全に忘れてた。

 

 何か上手い言い訳はないだろうか。こうなればもう先に種明かしした方がいいのか?

 

 仕方ない。クロに問い詰められても困るし、要所は誤魔化して喋るか。

 

「あれがホントのカードの使い方さ。やり方さえ知ってれば魔術師なら誰でもできる、と思うよ。イリヤちゃんが分裂したのは副作用、いや、誤作動みたいなものかな。……まあ、これ以上喋る気はないけどね!」

 

「……ちょっと待った。アンタどのくらいカードについて知ってるの?」

 

 思わぬ言葉だったのだろう。凛ちゃんが急に冷静になって問いただしてくる。

 

「大体の事は。どのようにして生まれたか、仕組みはどんなものか、アレを使って何ができるか。今、クラスカードに関わっている人の中で俺が一番詳しいよ。なんせ、俺はこの事件を解決するためにここにいるからね」

 

「それで、貴方はわたし達にその情報を共有するつもりはない、と」

 

「そうだね。どうせこの情報は知っても意味がない。時計塔の上層部はその辺を察してるから何も言わずに俺に任せていると思うし、どうせ俺の知ってる情報も時が来れば、その内明らかになる事さ」

 

 だって、これ原作知識だからね! 何でもは知らないよ。(君達が)知っている事だけ!

 

「まあ、そういう事だから。クロを問い詰めた所で有益な情報は何もでない。むしろあの子は殆ど何にも知らないよ」

 

「……はあ。だからクロを見逃せって言われてもねえ。この際、クラスカード絡みの事についてはアンタに聞いた方が早そうだから置いとくとしても、やっぱり放置はできないわよ。魔術の世界に無関係なイリヤにこれ以上余計な負担はかけたくないの」

 

 なおも凛ちゃんは渋っている。まあ、クラスカードの事を抜きにしてもイリヤちゃん達がもう襲われてるから仕方ないよね。これが心のぜい肉って奴か。

 

 でも……

 

「そんな事言われても、もう昨日の内にクロの転入手続きしちゃったし……」

 

「「…………はあああああ!!!???」」

 

 

 

 

「クロエ・フォン・アインツベルンでーす。気軽にクロって呼んでね♪」

 

(何で学校にまで来てるのおぉ……!! 明日望さんは何が目的なの!?)

 

 その日の朝礼。イリヤちゃんも心の中で叫んでたとかなんとか。

 

 

 

 

   




なろうの方でもオリジナルの小説を何度か更新できました。

活動報告のリンクから見れるからみんなも見て。

みろ(畜ペン並感)

そんな畜ペンが活躍する漫画『天に向かってつば九郎』の最新第3巻が8月9日に発売されたぞ!みんなもかえ。


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25.デート

謝らないよ!(先制攻撃)

普通にスランプでした。なんとかプリヤイベ中に投稿しようと頑張った次第です。美遊当てました。

復帰できたのは、にじさんじの三下いちご大福こと椎名唯華さんのおかげです。みんなもしぃしぃをすこれ。

それでは久しぶりの初投稿を楽しんでください。流れを忘れたなら過去話も見てくれよな!(露骨なPV稼ぎ)




 ──わたしと同じ顔のにっくきあんちくしょうが転校してきてから一週間が経ちました。

 

 最初は「絶対うまくなんていかない。直ぐに本性を現すだろう」などと思い、静観を決め込んでいたわたしでした。……はい。今は後悔しています。その選択は間違いで、多少強引にでもすぐさま排除すべきだったのです。

 

「……だあーっ! また負けたーー!!」

 

「タツキがやられたか……」

 

「だが、奴は所詮我ら穂群原四天王の中でも最弱……」

 

「もうあなた達、全員負けた後じゃない……にしても結構面白いわね、コレ。もう一度ヤる?」

 

 目の前ではクロが持ってきたボードゲームで遊ぶ友人達。

 

(なんでっ……! なんでそんなに馴染んでるのよーーっ!!)

 

 なんだかんだで日常に馴染んでいるクロの姿を見て歯噛みしながらも、わたしに成す術はなかったのでした。

 

「あら、イリヤはやらないの? ……もしかして、わたしに負けるのが怖い?」

 

「……やってやろうじゃないの!!」

 

 

 

「ぐぬう、また負けた……」

 

『イリヤさんのおつむじゃ何回やっても勝てそうにないですねー!』

 

「なにおう!」

 

 意気揚々と挑んだ戦いはルビーにバカにされてしまう程の惨敗っぷりだった。ぐぬぬ……同じイリヤなのに……

 

「大丈夫。イリヤの仇はわたしがとったから」

 

「あ、うん。ミユはこういうの得意そうだもんね」

 

 私の隣を並んで歩くミユは誇らしげにそう言った。だけど、今回は自分が勝たなきゃ納得できない。誰かに負けるのはいいけれど、自分にだけは負けられない!

 

「お兄ちゃんと、よくやったから」

 

「む……」

 

 ミユの言葉で思い出したのは数日前に起こったクロ色仕掛け事件だ。あの時は大変だった。もう色々とカオスだった。

 ミユにわたしのお兄ちゃんとそっくりなお兄ちゃんがいる事がわかったり、リンさん達がお兄ちゃんに変な反応してたり……明日望さんはそんな様子を見てケラケラ笑っていた。

 

 ……思い出したら、何だか腹が立ってきた。

 

「……明日望さんはどうしてアイツの味方をするんだろ……」

 

「わからない。……けれど、クロの気持ちはわかるような気がするから。イリヤが傷つけられないならわたしはこのままでもいいと思う」

 

「み、ミユまでアイツにほだされて……同じ顔したアイツがだれかれ構わずキスしてる時点で十分わたしの尊厳はボロボロだよーっ!」

 

『着実にイリヤさんの日常が侵食されてますね~。ルビーちゃん的には面白いのでオッケーです!』

 

「ルビーは黙ってて! うう、どうしてこんな事に……」

 

 そんな事を話している内に家についた。ミユと別れて家に入ったわたしにセラはこう言った。

 

「あら? イリヤさん。何か忘れ物でもありましたか?」

 

「え?」

 

「士郎とあの明日望とかいう魔術……いえ、それはともかく、学校が終わった後に一緒に遊園地に行くのでは?」

 

 「まったく、なぜ士郎はあんなのに関わってしまったのか……」などとぼやいてるセラの事など気にしていられなかった。

 

「あ、あんにゃろう……!」

 

『遊園地デートですか~。さすが明日望さん。まさかここまで場を面白くしてくれるとは。これじゃ本当に士郎さんがクロさんに取られちゃうかもですね~』

 

 ゆ、遊園地デートだなんてうらやま……じゃなくて! アイツと一緒にいたらお兄ちゃんが取られ……き、キケンだから!

 

「ぜ、絶対に止めないと……! いくよルビー!」

 

『はいは~い。それじゃあいっちゃいましょ~う!』

 

 わたしはクロを止めるために魔法少女へと変身した。

 

 

 

 

「……ねえ。わたし、貴方達のデートに付き合うつもりはないんだけど」

 

 近くに新しく遊園地ができたから、えっちゃんと放課後デートで行く事にした。

 家で一人で待たせるのもアレだなと思い連れてきたクロは俺達の後ろを不満そうな顔をしてついてきている。

 

「俺も付き合わせるつもりはないよ。ちゃんとクロの相手は呼んできたから」

 

「相手?」

 

「うん。待ち合わせしてたんだけど……あっ、居た。お待たせー」

 

「おっ、来たか」

 

「お兄ちゃん!?」

 

 待ち合わせ場所に呼んでいたのは衛宮家のお兄ちゃん、士郎氏だ。

 

「ずいぶん遅かったな。イリヤは俺が迎えにいっても良かったんだぞ?」

 

「いやー、わざわざ来てもらったのにそんな手間はかけられないよー」

 

「……ちょっと、一体どういうつもりよ!」

 

 俺の背に隠れて小声で詰問するクロ。

 

「だってクロも士郎氏とデートした方が楽しいでしょ?」

 

「そうだけど! ……って、そういう事じゃないー!」

 

「まあ、後は若いお二人でごゆっくりー! 士郎氏、任せた!」

 

「ああ、ちょっとー!?」

 

 説明するのも面倒くさいので、後の事は士郎氏に全部丸投げした。俺は俺でえっちゃんとのデートを楽しむのだ。きっと我らがエ〇ゲ主人公は上手くやってくれるでしょう……

 

 

 

 

「まったく、呼んでおいて放置はないだろ……」

 

「あ、あの。お兄ちゃん?」

 

「どうしたイリヤ(・・・)?」

 

 わたし達を放置して行ってしまったアスノとえっちゃんさんに呆れているお兄ちゃんに恐る恐る話しかけてみる。どうやらまだわたしの事をイリヤと誤認しているらしい。

 良かった。イリヤじゃなかったらきっと、お兄ちゃんは私に優しくしてくれないだろうし。

 

「どうして、今日はここに……?」

 

「それは、明日望達に誘われたからってのがきっかけだけど……そうだな。こういうの久しぶりだろ? イリヤと俺だけでどこかに遊びに行くのって。ちょうどいい機会だからお誘いに乗りました。イリヤは嫌だったか?」

 

 お兄ちゃんにとっては久しぶりでも、わたしにとっては初めてだ。だけど、そんな事は言わなくていい。

 たとえ、お兄ちゃんがわたしをイリヤだと思っていても、折角の機会を逃したくはない。どうせなら、楽しまないと!

 

「そ、そんな事ない! うん……わたしも、すっっっごく楽しみ!」

 

「それは良かった。じゃあ行こうか」

 

 わたしは差し出されたお兄ちゃんの手を取った。

 

 

 

 

 遊園地のデートと言えば観覧車だろう。

 

「もぐもぐ……遊園地いいですね。チュロスにポップコーンにホットドッグ。よりどりみどりです。もぐ」

 

 売店で買った軽食を食べながら窓の外を眺めているえっちゃん。

 無表情に見えるけれど、俺にはわかる。なんせもう少しで2か月の付き合いだ。僅かに口角が上がっている。えっちゃんは内心ウキウキだ。

 

「楽しそうだねー」

 

 そういえば、観覧車の中で飲食っていいんだっけ……? まあ、魔術でいくらでも誤魔化せるしいっか。バレなきゃオッケーみたいだし。

 

「美味しいものがあれば、それだけでいいのです。美味しいは楽しい、なのです。和菓子があればもっと良かったんですけど……」

 

「和菓子アイランド……企画としてはアリか?」

 

 えっちゃんを満足させるためだけの遊園地。この一件が終われば、そんなものをつくる機会もあるかもしれない。頭の片隅に置いておこう。

 バレンタインに被せて、洋菓子の象徴、チョコレートに対抗していくイベント……って言ってもえっちゃんはなんでも美味しそうに食べるし、どうせやるなら食関係のイベントがない時の方がいいな。うん。エネミーは前作ったあんこサーヴァントを流用して……

 

「マスターさん。下、ライオンさんがいる」

 

「うん? ああ、そういやこの遊園地マスコットがライオンなんだっけ」

 

 思考を打ち切る。

 

 下を見ると、ライオンを模したでっかい乗り物が施設内のコースを回っていた。夜の遊園地特有のパレードだ。もうすっかり夜なのにその周辺だけはやたら明るい。

 

 ここの遊園地はマスコットキャラがライオンだけというやたらと尖った個性を持っている。ターゲットが二ッチすぎやしないだろうか。セイバーライオン……うっ、頭が…… 

 

「いいですね、あれ。後で乗らせてもらえないでしょうか」

 

「パレードだから難しいだろうなー。でも小っちゃいのなら下にあったし後で乗ろっか」

 

「しょーがないですね」

 

 えっちゃんがホットドッグの一かけらを呑み込む。

 

「……あとどれくらいの間、マスターさんはこうしていられるんでしょうね」

 

「……いつまでもこうやって、えっちゃんと一緒にいられたら、いいんだけどな。」

 

「その時までは、お供しますよ。わたしはマスターさんのサーヴァント、だから」

 

 ……俺も、えっちゃんも目を合わさない。合わそうとしない。

 こういう話題は、なんかいやだ。物語の終わりに登場人物がどうなるかなんて、わかりきっていた事だから。俺も納得していた筈だけど、日に日にそれを惜しいと感じるようになった。……えっちゃんもそう思ってくれてたら、嬉しいんだけど。

 

 地表のパレードの光を無心で見つめる。

 

「……あっ、衛宮さんとクロさんがライオンの近くにいますよ」

 

「う~ん……おっ、本当だ、いるなあ。……うん、二人とも楽しそうで良かった」

 

 えっちゃんの声でそれに気づいた。陰鬱な感情はひとまず、心の端に追いやった。

 

 でっかいライオンの近くで士郎氏とクロが手を繋いでそれを見ている。クロはとても自然な笑みを浮かべていた。

 

 この調子でクロにはもっと楽しい出来事を体験させてやらなきゃな。クロはもうイリヤとして生きれないかもしれないけれど、クロとして生きていてもいいんだから。その事をちゃんと自覚させてやらなきゃ。

 

 ……そして、ちゃんともう一つの方も狙い通りだ。

 

「やっぱりいるな、イリヤちゃん。ルビーがこんなイベントを見逃すはずがないとは思ってたから心配してなかったけど。……美遊ちゃんもいるな。一人でくるのは気が引けたか、あるいは……まあ、大丈夫だろ」

 

 士郎氏とクロの少し後方。人混みで兄の姿を見失ったのだろう。涙目で辺りを見回しているイリヤちゃんと、冷静にイリヤちゃんを抱き支えてはぐれないようにしている美遊ちゃんがいた。

 

 最近、あの二人の距離感が近いなー。俺とえっちゃん以外は男の子同士、女の子同士で恋愛するべきだと思うの。

 

 と、そんな冗談は置いといて。俺はそれを確認すると電話をかける。

 

「……あっ、もしもし、こんばんはっす。アイリ(・・・)さん。どうです。二人の様子は? すっごく楽しそうでしょ……」

 

 

 

 

「いやー、今日は遊んだなー!」

 

「あのなぁ、明日望。別行動するなら先に言ってくれよな」

 

「士郎氏なら大丈夫かなーって」

 

「まったく……」

 

 パレードが一通り終わった後、俺達は合流した。明日は休日だが、衛宮家には怖いメイドさんがいる。士郎氏を一人で帰す以上、あんまり遅くなりすぎるとかわいそうだ。

 やっぱり放課後に遊園地に行っても楽しむ時間は少ないな。今度は休日にしよう。

 

 今はえっちゃんとクロがお土産で何かないか見ている所で男2人だ。

 

「この後、イリヤはそっちに泊まるんだよな。明日望だから心配はしていないけど、変な事すんなよ」

 

「心配性なお兄ちゃんだなー。俺はえっちゃん以外では興奮しませんよーだ」

 

「……まあ、そうだろうな」

 

 両目を閉じて納得したようにそう言う士郎氏。おかしいな(日頃の行い)。

 

 それはともかく、その件とは別で言いたい事があったのだろう。士郎氏が真剣な顔でこちらを見つめる。

 

「後さ、あの子(・・・)に伝えといてくれ。『今日は楽しかった。君がなんでイリヤって名乗ったのかはわからないけど、今度は本当の君と遊びたい』って」

 

「! ……了解でーすっと」

 

 ……やっぱり、お兄ちゃんって凄いなー。何にも言ってなかったのにちゃんと理解してるんだ。クロがイリヤちゃんと違うって。

 

 期待してなかったと言えば嘘になる。けど、前日に色仕掛け事件を起こした時には動揺してまったく気付いてなかったぽいから、今回も気づかないかなーと思っていたけど。やっぱりわかるもんなんだなー。

 

 とにかく、これでクロの居場所がまた増えた。

 

「……お土産選び終わったみたいだな。それじゃあ、俺は帰るよ。明日望もあんまりはしゃぎすぎんなよ?」

 

「はいはい、わかってまーす。それじゃあ、また来週!」

 

 士郎氏に手を振る。

 

 言葉に嘘はない。俺ははしゃがないだろう。しかし……

 

 未だ出ていくタイミングを掴めずに隠れているイリヤちゃんの方を見る。

 

 事情を知らない士郎氏はいなくなる。イリヤちゃんも言いたい事が言えるようになるだろう。だが、それはクロも今まで言わずにいた事をぶちまける良いきっかけにもなる。

 

 となれば、起こる事は一つだけ。……姉妹喧嘩だ。

 

 

 

 



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番外編
ばんがいへ うちのサーヴァントは疲れ切ったOL可愛い


お気に入り5000人突破! プロットなしで衝動的に書き始めたこの小説がここまで来れたのは読者の皆様のお陰です! 本当にありがとー!

記念の初番外編です。これはもしかしたらあったかも知れない未来のお話。ほんへとは切り離していこうな。

……何で書いたかって? そりゃ、引いてBUNBUNさんの素晴らしい最終絵に心を動かされたからです。出したけど書きます。

なお今回、本編でまだ明らかになっていない主人公の正体が推測できるモロな感じのヒントが出ます。これは今回のイベントでのフォーリナー反応というワードから公式とのネタ被りに怯えた作者が「被る前にネタバレしてまえばええんや!」と考えた結果です。ご了承ください。

前書きが長くなりました。ではどうぞ!


「―――誰でもいいから可愛い女の子来いっ!」

 

 そんな自分でもどうかと思う掛け声に応じ、やってきた俺のサーヴァント。それは……

 

「こんにちは、地球のマスター。私はコードネームXX。此度はこの地に現れたフォーリナーを調査するついでにやってきた銀河警察……おや? マスターから、フォーリナー反応……?」

 

 ……メカだった。どこからどう見てもメカだった。起伏に富んだ胸部から恐らく中身は女性だと思われるが……ええ……?(困惑)

 

 あの槍……槍で良いんだよな。ロンゴミっぽいんだけど……え? もしかして、このイロモノってXなの? あのセイバーぶっ殺すやべー奴?

 

 それよりもフォーリナーって何です?

 

 

 なるほどなるほど。

 

 フォーリナーとは別次元、または外宇宙からやってきた存在のサーヴァント、と。

 

 まあ、確かに俺は別次元からやってきたしー、俺を助けてくれたのも神様だけど……あ、あの人でなしは後から霊基を弄っただけだし、ロクに説明もしてくれなかったからノーカンで。

 

「いえ。多分その神様、邪神のカテゴリーに入るような。具体的に言うと、私が追っ払う類の神様なんですけど」

 

「マジか」

 

「はい。大マジです」

 

 召喚の後、メカっぽい甲冑を脱いだXXは事情聴取といって始めた話し合いの中でそう説明した。

 

 甲冑の中から出てきたのはやっぱりアルトリア顔だった。少し大人っぽい茶目っ気のある笑顔にドキリとしたのは内緒だ。後、やたら肌色が見える装備だが、さっきの甲冑は実体化してなくても機能するらしい。正直、目に毒だ。

 

 ちなみに彼女もフォーリナーらしい。確かにサーヴァント・ユニバースは外宇宙かも知れないけど……もうツッコむのはやめよう。

 

 まあ、そこはいい。彼女の語った事を聞いた俺はそこそこショックを受けていた。マジかー。あの神様が助けてくれなかったら、もうどうにもならなかったからなー。……彼女には悪いが、この神様との縁を切る訳にもいかないし、何とか見逃してくれるように頼んでみよう。

 

 ぷるぷる。ぼく、わるいフォーリナーじゃないよー。

 

 

 

 

「マスター君、次はあのお店です! 折角の休暇だ! 思いっきり楽しむぞ~!」

 

 話し合いの結果、とりあえず俺の拘束、及び討伐は保留になった。そこには俺に報酬金がかかってなかった事が大きい。彼女曰く「セイバー反応はないからセーフ!」らしい。それでいいのか銀河警察。

 

 そして彼女が目を付けたのは、あの人でなしが自分のガワを保つために上乗せしたスキルの一つである『黄金律 C』だ。生活には余分な程に金銭面で困らないスキル。これはブラック企業ならぬダークマター企業の社畜である彼女を堕落させるには十分だった。

 

「カレー美味しいー! ……えっ!? 今日はカツを乗っけてもいいんですか!? 唐揚げもある!? おお、マスター君。貴方が神か。……こんなのボーナスの時しか食べれなかったなあ」

 

 彼女のこんな言葉が哀愁を誘った。仕事に疲れ切ったOLそのものの姿だ。何だか支えたくなるような弱さを感じる。何だろう、この放っておけない感は。

 

 ……とにかく、勝手に休暇宣言をした彼女は地球の生活を楽しむついでに俺のサーヴァントとして振る舞うらしい。本当にそれでいいのか? いや、俺にとってはありがたいけれど。

 

 それにしても、さっきから、その。腕を組んでるせいで胸の感触がハッキリと……

 

「マスター君? どうしたんです、そんなに顔を赤くして……ハッ! もしかして調子が悪いのですか!? それはいけません! マスター君は私の大切なお財布()なんですからちゃんと安静にしないと!」

 

 うーん。この恋愛スキルのなさ。お姉さんぶるなら、もう少し年下の男の子の気持ちを考えてほしい。

 

 

 

 

 それからなんやかんやあって。遂に迎えた黄金大帝コスモギルガメスΩとの決戦。戦いの中で傷つき、膝をついたXXの前に明日望は立つ。

 

「何をやってるんですか、あすの君! 君ではコスモギルガメスΩには勝てない!」

 

 XXは少女のように叫んだ。遥かなる旅路の中で、彼女の感情は変化していった。数々の困難を必死に乗り越える内に、便利なお財布扱いから、大切な、かけがえのない人だと彼女はマスターを想う様になっていた。

 

 ──けれど彼女はまだ、その気持ちを告げていない。自身の気持ちを勘違いだと、そう空回りしていた。

 

「お願いです! 退いてください! 私はあすの君が傷つくところを見たくない! 私は君の事が──」

 

 あまりにも遅すぎる。終わりの時にようやく口にする事ができるなんて。

 

「大丈夫だよ、XX。今度は俺が守る番だ」

 

 XXの後悔と共に口から漏れ出た言葉は、明日望の言葉によって止められる。

 

 ──彼は笑っていた。「こんな困難はいつも一緒に乗り越えてきただろう?」と、そう語りかけるように。

 

 XXはその青年の姿に、心を奪われてしまった。そんな場合ではない、危機迫る状況だというのにもう安心だと感じたのだ。

 

(ああ、そうですか。あすの君、君はもう私を守るくらいに成長していたのですね……)

 

 明日望の霊基がほどけていく。本来のカタチへと変化していく。まるで転生するように、人からそれ以外の何かへと変わっていく。

 外世界の住人である彼は今、正しく降臨者(フォーリナー)として目覚めた。

 

「フハ! フハハ! フハハハハハーー!」

 

 最高に高まった彼のフィールは彼に最強の力を与えた。さあ、後は全ての力をあの高笑いする金ぴかに叩きつけるのみ。

 

 彼は高らかに、歌うように、彼そのものである宝具を解放した。 

 

「──いあ! いあ! オン・ソチリシュタ・ソワカ! 我は亡霊。風と共に現れ、狂気を振りまく者。故にそこに名は在らず、ただ嵐のように呑み込むのみ! さあ、いざ仰げ! 狂乱の星(アルデバラン)を──!」

 

「『彼方より──

 

 

 

 

「なーに書いて……うわあ。妄想も大概にした方がいいんじゃねーの? 俺の所にえっちゃんの代わりに自分が召喚された話とか、書いてて恥ずかしくないんですか?」

 

「こらそこ、うるさいですよ! この『どきっ! XXちゃんと共に行く花の旅路(あなざー)!』を小説投稿サイトに投稿して、速攻で書籍化! ユニバース・ベストセラーを受賞して私は印税で悠々自適に暮らすんです! もう社畜生活は嫌だー!」

 

 ──職務中にもかかわらず、堂々とサボりを慣行しているXXを呆れ顔で見る。

 

 いや、新生ダーク・ラウンズの中枢、この居住空間に侵入している時点で銀河警察としては優秀なのかもしれない。けど、コイツしょっちゅう来るしなあ……

 

 そして、彼女が書いていたのはラノベ風に描かれた小説。チラリと見た限りでは俺をモデルとした青年が人智を超えた存在であるサーヴァント……XXを召喚して、彼女と共に困難に立ち向かうという内容である。アイタタタ……

 

 俺の日記を参考にしたのだろう。やけに地の文が俺に近いのが腹立つ。だが……

 

「でも、これはねーだろ。俺、こんなにお前にデレデレになった事ねーですし。絶対俺はこんな反応しないね!」

 

「はー!? えっちゃん相手にはあれだけデレデレしておいてよく言いますね! だいたいまーくんは私に対する扱いがぞんざいすぎるでしょう! いい加減、私をえっちゃんと一緒に貰ってくれてもいいんですよ! この意気地なし! とーへんぼく! ヘタレフォーリナー!」

 

「おー、よく言ったな。XX! てめーは仕事辞めてニートしたいだけだろうが、この恋愛クソザコ社畜フォーリナーめ! 表出ろ、今日こそ決着つけてやらァ!」

 

「……まーくん、XXさん。ホットココアを……おや、また喧嘩です? ちょっと妬けちゃいます。まーくん、私には全然そーいうのしてくれないし」

 

「ごめんよ、えっちゃん。こんなのに俺はぜんっぜん興味ないからそんな嫉妬しなくていいんだよー!」

 

「こんなのって言いましたね!? もうこうなったら戦争です! 第34次ユニバース大戦です!」

 

「むー……私はXXさんなら別にいいって言ってるのに……」

 

 ──今日も今日とてサーヴァント・ユニバースの騒がしい日常は過ぎていく。

 

 だけれど、それが語られる事になるのはまた後の、……具体的に言えば3シーズンぐらい後の話。

 

 

 

 




(えっちゃんとの対応ボイスでなんか不穏な事を言ってたけどそれはスルーしておこう……)


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