最愛の人へ 〜未来への光〜 (糖也)
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第一話 選択

糖也です。前回の続きですがここからは色々オリジナル要素を取り入れていこうと思い、二期という扱いにさせていただきました。
前回の作品を読んでくださった方も、そうでない方も楽しめるよう頑張りますので是非読んでいただけたらなと思います。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生は選択肢の連続だ。

昔の歴史上の偉人から現代に至るまで、人間生きていれば何かしらの選択肢に出くわすことになる。

その選択肢が大事なものか、そうでないものか、色々あると思うがその選択によって今後の人生に大きな影響が出ることになる。

そう、つまりどんな選択肢も決してないがしろにしてはいけない。

 

 

「ん〜〜〜」

 

 

だからこそ、俺こと【高山 広】も今、頭を悩めている真っ最中なのだ。

 

 

「あーどうすっかな...」

 

 

進路希望表

 

高校三年の秋、もう何度目になるかわからないほど見たプリントがまたしても白紙のまま俺の前に現れた。

 

 

「...」

 

 

ちょっと前の俺だったら迷わず家からでも通える学力平凡、試験もそんなに難しくない勉強すれば誰でも入れるような大学を選択しただろう。

しかし、今の俺は少しちがう。

野球で日本代表に選ばれてからは進路の選択肢が大幅に広がった。

都外からも多くの推薦状が届いていた。

ゆえに、野球を続け強豪大学に入るか、勉強して普通に進学するか迷うことになる。

 

 

「あなた、まだ提出してないの?」

 

 

隣を見ると学力優秀、運動神経も抜群、まさに才色兼備という言葉が当てはまる我らが生徒会長様が腰に手をついて俺を見ていた。

 

 

「自分の将来のことなんだ。

そりゃ悩むさ。時間もかかる。」

 

 

「意外ね。あなたなら迷わず野球が強い大学に進学するものだと思っていたけれど...」

 

 

そう言って【絢瀬 絵里】は俺の白紙のままのプリントを覗き込む。

 

 

「まあ、時間はあるし家に帰ってゆっくり考えるよ」

 

 

「提出期限、明後日なんだけど...

それに他のみんなはもうとっくに出してるわよ?」

 

 

「...まじで?」

 

 

配られたの一昨日くらいなんだけど...

確か俺が遠征に行っている間に配ったって先生が言ってたな...

 

 

「ま、まあ、それでもあと2日ある。

期限までには出すから待っててくれ」

 

 

そう言ってプリントをカバンにしまいこむ。

 

 

「そういえば前のライブ、見事だった。

感動したよ」

 

 

「...あなた、いつの話してるのよ。

それはライブが終わった後に言って欲しかったわね」

 

 

「まぁ、お互い忙しかったからな...

でも、絵里がμ'sに入ったからあそこまで変わったんだと思うぜ?」

 

 

「///そ、そうかしら...」

 

 

俺がそう言ってやると絵里は意表を突かれたような顔をしたあと、少し顔を赤くした。

 

 

「次のライブはいつやるんだ?」

 

 

「今度の学園祭でやろうと思ってるわ。

みんな張り切ってる。あとはニコが講堂の使用権をとってくれればベストなんだけど」

 

 

学園祭では部活動で使う場所がかぶるため、場所どりはくじで決められる。

特に講堂は人気で使いたい部活動は山ほどあるだろう。

 

 

「ま、あいつのくじ運がいいことを願ってるよ。

それじゃ、また明日。

あ、あと今日も練習あるんだろ?

真姫が無理しないように見といてくれ」

 

 

「...どういう意味?」

 

 

俺の幼馴染である【西木野真姫】は体が弱く、運動をするとすぐに息が上がる。

μ'sに入った今では少し体力がついたようだが、無理をしないに越したことはない。

徐々に慣れていけばいいんだ。

そのため、練習に参加しない俺に変わって誰かにあいつを見ていてほしいというわけだ。

...ちょっと過保護すぎる気もするが、

 

 

「そのままの意味さ。じゃあな」

 

 

そう言って俺は教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 

時刻は午後四時半

家に帰ってきた俺は靴を脱ぎリビングのドアを開けた。

 

 

「あんた!学校から連絡があったわよ。

進路希望表がまだ出てないって」

 

 

「え!」

 

 

開口一番、母さんは俺に向かって言い放った。

一昨日に渡されたんだ、もうちょっと待ってくれてもいいだろ。

 

 

「その前のも出してないらしいわね。

父さんに言われたくなかったら早く書きなさい」

 

 

「ギクっ」

 

 

バレてたのか。

これは観念して今日中に書くしかないな...

 

 

ガチャ

 

 

「ヒロ兄ー野球しよ!」

 

 

「翼!しーー」

 

 

玄関を見ると赤い髪をした誰かさんによく似た男の子がグローブを持って俺の後ろに立っていた。

 

 

「どうしたの?」

 

 

こいつの名前は【西木野 翼】

真姫の弟だ。

 

 

「すぐ行くから、外で待ってろ」

 

 

部屋にこもって考え事なんて性に合わない。

俺は母さんにバレないようにグローブとバットを持って外に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は俺が一人でいつも練習している橋の下。

家を飛び出した俺は翼に野球を教えながら進路について考えていた。

 

 

「やっぱこれだわ...」

 

 

「?何か言った?」

 

 

独り言を呟くと不思議そうに翼が聞いてくる。

 

 

「...なんでもねーよ」

 

 

決めた!

野球は続ける。

それなら、できるだけ強い大学に行かなきゃな。

 

 

「まーたやってる」

 

 

「?」

 

 

声のした方向を向くと制服姿の真姫がいつの間にか近くまで来ていた。

 

 

「なんだよ、練習終わったのか?」

 

 

「ええ、それよりおばさんがカンカンだったわよ。

早く帰って来なさいって」

 

 

「げっ」

 

 

黙って抜け出しただけにタチが悪い。

父さんが帰って来てるならなおさらだ。

 

 

「父さん、帰って来てた?」

 

 

「もちろん」

 

 

真姫はニコニコしながらそう言った。

ため息が止まらない。

 

 

「翼、今日はここまでだ。

帰るぞ」

 

 

翼はえ〜と言いながら駄々をこねたがそれどころじゃない。

時刻は午後六時

早く帰ろう...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばあんた、進路決めたの?」

 

 

家への帰り道、真姫が唐突にそんなことを聞いてきた。

 

 

「あぁ、一応推薦状が届いてる中から選ぼうと思ってる」

 

 

「...それって、この街を出るってこと?」

 

 

「...そうなるかもな。なんだ、寂しいのか?」

 

 

「///そ、そんなわけないでしょ!」

 

 

そう言って真姫は顔を赤らめふんっとよそを向く。

 

 

「はいはい」

 

 

俺は適当に返事をし、歩く速度を早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺、決めたよ。

野球は続ける。そんで大学も都外に出たい」

 

 

「!」

 

 

 

三人で家に帰った後、俺は親に進路について話した。

案の定両親は驚いた顔をしている。

しかし、俺がそう言った後父さんは俺を見て軽く微笑んだ。

 

 

「そうか...お前が決めたことならそれでいい」

 

 

 

それ以上は何も言ってこなかった。

 

 

真姫「...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、学校から帰った俺は一人部屋で大学について調べていた。

都外の大学と言ってもいろいろある。

今日中に書かなければいけないため早めに決めないといけない。

 

 

「んーー」

 

 

俺だってこの街を離れるのは少し寂しいがそれ以上に自分の力を試したい気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

「ヒローちょっといい?」

 

 

俺が悩んでいると下からかあさんの声が聞こえてきた。

 

 

 

「なに?」

 

 

下に降り母さんの前に行くと、母さんは回覧板を俺に押し付けてくる。

 

 

「これ、真姫ちゃんの家に持ってってくれない?」

 

 

「...」

 

 

それぐらい自分で行けよと心の中で愚痴り受け取った回覧板を持って靴を履き、隣の真姫の家に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちわーす」

 

 

 

「あら、ヒロくんいらっしゃい」

 

 

玄関を開けると真姫の母さんが俺を出迎えてくれた。

俺は持ってきた回覧板を渡し、家から出ようとしたところをおばさんに捕まえられた。

 

 

「ヒロくん、お茶して行かない?

あと、なんだか真姫ちゃんの元気がないみたいなの。

だから励ましてあげて」

 

 

「え?」

 

 

真姫のやつ、なんかあったのかな...

今朝は普通だったけど。

 

 

せっかくなので家に上がらせてもらい、お茶セット一式とお菓子を持って階段を上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真姫入るぞー」

 

 

そう言って真姫の部屋のドアを開けると今まさに制服を脱いで下着姿になっていた真姫と目があった。

あ、死んだ。

 

 

「お、お邪魔しました〜」

 

 

俺はティーセットをテーブルの上に置きそのまま部屋を後にしようとすると肩をガシッと真姫に掴まれ

 

 

バシーン

 

 

左ほほをおもいっきりしばかれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...変態」

 

 

「だから不可抗力だって!」

 

 

いまだジンジンする左ほほをさすりながら真姫に反論する。

まぁ、悪いのは完全に俺で弁解の余地なしなのだが...

 

 

 

「それで、なにしにきたのよ」

 

 

「回覧板届けにきたんだよ。

あと、なんかお前が元気ないみたいだったから話でもしようと思ってだな」

 

 

「...」

 

 

そこまで話したところで真姫が下を向いているのに気がついた。

本当に元気がないみたいだ。

 

 

「なぁ、なんかあったのか?

俺でよければ話聞くけど...」

 

 

今日の真姫は明らかにおかしい。

それは見ているだけでわかる。

 

 

「...ねぇ、昨日の話...本当なの?」

 

 

「昨日って?」

 

 

「...あんたが、この街を出て行くって話」

 

 

「ああ、それか」

 

 

その話がここで出てくるとは思わなかった。

 

 

「...本当だよ...

今日中に決めなきゃいけない」

 

 

実際、今考えてたところだしな。

 

 

「なんだよ。本当に寂しいと思ってたのか?」

 

 

「///だ、だから違うって言ってるでしょ!」

 

 

だよな。

 

 

「なんなんだよ。

それじゃ、俺帰って希望表書かなきゃだから。またな」

 

 

「ま、待って!」

 

 

俺が立ち上がってドアに手をかけようとしたところを真姫が後ろから俺の服を引っ張って止めてきた。

 

 

「真姫?」

 

 

「...」

 

 

真姫は俺の服を持ったまま下を向き話し始める。

 

 

「ごめんなさい...さっきのは嘘なの...」

 

 

「?」

 

 

俺は振り返り真姫の顔を見る。

下を向いていて表情がよく見えない。

 

 

「本当は、あんたが遠くに行っちゃうのがすごく...嫌なの...」

 

 

「!」

 

 

今わかった。

元気がなかったのはそれのせいなのか...

真姫は続ける。

 

 

「あんたが野球を再開して、嬉しいはずなのに...

トラウマを乗り越えてまた一歩踏み出せたことがすごく嬉しいはずなのに...

どんどん有名になっていくあんたを見てると、なんだかモヤモヤして...

あんたが...ヒロが遠くに行っちゃった気がして、すごく嫌な気持ちになってる自分がいて...」

 

 

「...」

 

 

「そんな自分がすごく嫌い。

応援するって決めたのに、時が経つにつれて少しだけ後悔し始めた...

こんなこと言ったら、またヒロを困らせるのはわかってる。

でも、今素直にならないとまたあんたは遠くに行っちゃうから...

そんなのもう、がまんできないから...」

 

 

「お、おい...」

 

 

そこで真姫は初めて顔を上げた。

 

 

「ヒロ...もう遠くに行かないで...」

 

 

「!」

 

 

真姫の表情はどこか懇願するような、必死に何かにすがるような...

そんな目で俺を見つめる。

 

 

 

「私も、あんたと一緒の大学に行きたい...

あんたと一緒にこの街で過ごしたい...

 

 

...ごめんなさい、急にこんなこと言って...」

 

 

 

「真姫...」

 

 

こいつが...真姫がこんなことを思っていたなんて...

素直になれない性格のせいでずっと我慢していたんだ。

真姫の思いを知った上で俺の心はまた揺れだす。

本当にこの進路でいいのか...

それで俺は絶対に後悔しないのか...優先順位をつけるにはあまりにも難しい問題。

 

 

「...」

 

 

ただ、俺だってこの街を離れたくない。

この街で積み重ねてきたものもある。

友達、野球、先生や家族...

それにこいつのことも...

 

 

自分が後悔しない選択は何か...

もうわかってるじゃないか。

 

 

「真姫...いくぞ」

 

 

「え?」

 

 

そう言って俺は真姫の手を取り外に連れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん!母さん!」

 

 

「!?」

 

 

真姫をつれたまま高山家に入りリビングのドアを開け放った。

 

 

「俺、やっぱりこの街に残る!」

 

 

「!?」

 

 

「え...」

 

 

隣では真姫が驚いた顔で俺を見ているのがわかる。

 

 

「この街の大学に進学する!

わがまま言ってゴメン!」

 

 

 

「どおしたんだ?急に...」

 

 

「...色々考えた...

俺やっぱりこの街を離れたくない。

それに、初めから強い大学に行っても面白くないだろ?

俺がここの大学を強くしてやるんだ!」

 

 

俺がそう言うと今度は母さんが微笑んだ。

 

 

「そう...わかったわ。

だそうよ、お父さん」

 

 

「...好きにしろ」

 

 

「...ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒロ...」

 

 

「ん?どうした?」

 

 

俺の部屋に来た真姫はドアの前に立ったまま俺の名前を呼ぶ。

 

 

「本当に...よかったの?」

 

 

「なんだよ、お前が残れって言ったんだろ?」

 

 

真姫の表情はいまだどこか申し訳なさが滲み出ていた。

 

 

「それより、ここら辺で野球部もあって一番頭のいい大学探さないとな。

お前が来るんだからバカなところには入れねーや」

 

 

「え?」

 

 

見るとまた、真姫は驚いた顔をして俺を見ていた。

 

 

「一緒の大学に行くんだろ?」

 

 

「!」

 

 

とは言っても推薦で入学できても俺の頭じゃあ多分ついていけない。

これからは勉強もしないとな。

 

 

ふと真姫の方を見ると立ったまま顔を真っ赤にして泣いていた。

 

 

「お、おい!

泣くなよ!」

 

 

「うん...ごめんなさい」

 

 

「ったく、お前今日謝ってばっかだぞ。

そこはお礼を言われた方が俺も嬉しいんだ」

 

 

「うん...ヒロ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう///」

 

 

 

 

「どういたしまして」ニシシッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生は選択肢の連続だ。

その選択肢が大事なものか、そうでないものか、色々あると思うがその選択によって今後の人生に大きな影響が出ることになる。

俺の選択が間違っていたとしても...

たとえどんなに大きな不幸があったとしても...

俺は【後悔】だけは絶対にしない。

 

 

 



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第二話 二人の時間

 

 

 

 

 

 

「旅行!?」

 

 

 

 

9月某日

平日で普通に学校もある今日は珍しく一人で起きて、下に降りると突然母さんに『旅行に行く』と言われた。

どうやら、シルバーウィークを使って遠出するようだ。

 

 

「なんだよ急に」

 

 

「真姫ちゃん家に誘われたのよ。

とにかく私とお父さんと西木野家で行ってくるから」

 

 

あれ?

 

 

「俺は?」

 

 

「あんた仮にも受験生なんだから家で勉強してなさい。

それに練習もしなくちゃいけないでしょ?」

 

 

どうやらナチュラルに俺は除外されたようだ。

 

 

「一応、推薦なんだけど...」

 

 

結局俺は、推薦状が届いている中で、この街から近いところを選び、家から5キロほど離れた公立大学に進学することにした。

当然頭もいいのだが、幸いなことに最近では野球部にも力を入れているらしく部員も増えてきたという話だった。

 

 

 

「そうやって油断してると一気に置いて行かれるわよ。

ただでさえあんたバカなんだから」

 

 

...だれかさんにも同じこと言われたな。

まぁ、初めからこの歳になって家族と出かけようなんて気分にもならないけど。

 

 

「ハイハイ、みんなで楽しんできてください」

 

 

そう言ってすでに出来上がった熱々のトーストにかぶりついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、聞いた?

今度の連休に私の家とあんたの家で温泉旅行に行くらしいわよ?」

 

 

 

朝練を終え、学校に向かう途中真姫が俺に話しかけてきた。

 

 

 

「ああ、今朝母さんから聞いた。

まあせいぜい楽しんでこいよ」

 

 

俺は行かないけどそのぶんお前だけでも楽しんできてくれ。

 

 

 

「あんた、行かないの?」

 

 

なんだ、知らなかったのか?

行かないじゃなくて、行けないんだけどな。

 

 

「ああ、だからお前だけでも楽しんできてくれ」

 

 

そう言うと、さっきまで楽しそうに話していた真姫は急に何か考えるような顔をして再び俺を見た。

 

 

「ご飯とかどうするのよ」

 

 

 

「ん?まぁなんとかなるだろ」

 

 

実際、どうしようか悩んでいたところだが久しぶりに家に一人だけなので、少しワクワクしている自分がいるのも確かだ。

しばらく誰にも文句を言われることなく過ごせるからな。

 

 

 

「わかったわ。

じゃあ私が作ってあげる」

 

 

「!?」

 

 

真姫は隣からそう言い放つ。

 

 

「は?お前も行くんだろ?

無理じゃん」

 

 

「だから!私もお留守番してあげるって言ってるの!」

 

 

なんでだよ...

せっかく一人でゆっくり過ごせるのにこいつがいたら騒がしくなるに決まってるじゃないか。

 

 

「いいよ、悪いし。

お前も行けって」

 

 

 

「なによ。この私が一緒に残ってあげるって言ってるのに素直に聞き入れなさいよね」

 

 

 

そう真姫は偉そうに言い、腕を組む。

 

 

「...」

 

 

こうなった真姫はなにを言っても動かない。

ったく、変なところで頑固だな...お前は

 

 

「いいの!?わるいの!?」

 

 

俺が返事をしないと真姫は俺を睨みつけてきた。

 

 

「...お願いします...」

 

 

俺はこれ以上抵抗することができず渋々頷く。

すると満足したのか真姫はニッコリと微笑み俺をおいてぐんぐん歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして連休初日

 

 

 

 

 

「じゃあ、行ってくるから。

家のことよろしくね。あと机の上にお金置いてあるから、それでご飯とか買いなさい。

あと...」

 

 

「わかったから早く行けって!」

 

 

玄関で母さんにあれこれ注意事項を聞かされ、これ以上聞いていたら終わる気がしないので無理矢理終わらせたところで、母さんはようやく荷物を手に持った。

 

 

「それじゃあ行ってくるから、真姫ちゃん。

ヒロのことよろしくね」

 

 

「はい!こっちは任せてください」

 

 

「あ、あと...」

 

 

「?」

 

 

そう言って母さんはなにやら真姫に耳打ちをしている。

 

 

「!///」

 

 

「じゃあ行ってきまーす」

 

 

ようやく母さんは父さんと西木野家が乗っている車に乗り込み俺たちが見送る中、駐車場から出て行った。

ちなみに、翼も残ると駄々をこねていたが真姫の父さんと母さんに無理矢理連れて行かれた。

かわいそうに...

 

 

「そういえば、母さんになんて言われたんだよ」

 

 

「///な、なんでもないわよ」

 

 

そう言って真姫は顔を赤らめ一人で家の中に入って行った。

 

 

「...なんで怒ってんだよ」

 

 

最近のこいつはよくわからない...

俺は一人愚痴りながら真姫の後を追いかけ家の中に入り、玄関のドアを閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしこれから練習だけど、あんたはどうするの?」

 

 

 

母さんたちが出かけたあと、二人リビングで朝ごはんを食べていると真姫がそんなことを聞いてくる。

 

 

 

「うぉうしおっかな(どうしよっかな)」モグモグ

 

 

「ちょっと!食べながら喋らないでよ」

 

 

とりあえず真姫が家にいないなら部屋でゴロゴロしていてもいいのだが今日はなぜか目覚めが良く二度寝する気分にはならない。

俺は口に入っていたものをカラにして真姫に話す。

 

 

「野球部に顔でも出してこよっかな...マルも誘って

ていうか、お前今日どうするんだ?泊まるのか?」

 

 

ちなみにマルとは俺の幼稚園の頃からの友達のこと。

真姫とも面識がある。

 

 

「///あ、あたりまえでしょ!

ご、ご飯とか作らないといけないし...掃除とかあんたできないでしょ?

不器用なんだから」

 

 

「いやいいよ。悪いし...」

 

 

ぶっちゃけ女の子一人男の家に泊まるのはどうかと思うけど...

まぁこいつとは小さい頃から一緒にいるため、今更意識するのもおかしなはなしだが...

 

 

「///う、うるさいわね!

わたしはおばさんから頼まれたの!

あんた一人じゃ家が汚くなるからって」

 

 

なんだよそれ...

俺だって本気を出せば掃除くらいできる。

まあ進んでしようとは思はないけど。

 

 

「わかったよ。

とりあえず、着替えはないから家から取ってこいよな」

 

 

「わかってるわよ」

 

 

そう言って真姫は自分の服のポケットの中を手を突っ込み何か探している。

 

 

「あれ!」

 

 

すると、真姫が急にハッと顔を上げ声を出した。

 

 

「どうしたんだよ」

 

 

「鍵...家の中に忘れちゃった...」

 

 

「は?」

 

 

真姫はそう言ったあと体のあちこちを触り再び鍵を探すがどうやら見つからなかったらしく涙目で俺を見てきた。

 

 

「どうすんだよ!お前ん家しまってんだろ?

何もとれねーじゃねーか」

 

 

「///しょ、しょうがないでしょ!

忘れちゃったんだから」

 

こいつがこんなミスをするのは珍しい。

一度状況を整理しよう。

今真姫は私服で俺の家に来ている。

持っているものは財布と携帯だけ。

親たちはすでに出かけてしまった。

鍵がないため、家に出入りすることができない。

ダメだ、家に入れない時点で色々詰んでいる。

 

 

「はぁ〜何やってんだよ...

まぁとりあえず母さん達週末には帰ってくるからそれまでどうにかしないとな」

 

 

俺の家のものでカバーできるものはある。

しばらくはそれで我慢してもらうしかない。

 

 

「とりあえず下着とかは母さんの使えよ。

服も私服なら母さんの使ってもいいだろうし、練習着とかなら俺がジャージかしてやれるし」

 

 

「///あ、あんたの服を?」

 

 

なんだよ、嫌だってのか?

 

 

「まぁ、嫌なら母さんのジャージでもいいけど」

 

 

「べ、別に嫌とは言ってないでしょ!

あ、あんたのでいいわ」

 

 

真姫は偉そうにそう言ってくる。

とりあえず大半は母さんのものになるだろうけど我慢してもらうしかない。

...なんだか朝からドッとつかれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...なんで真姫ちゃんがお前の服着てんだ?」

 

 

午前9時

家から出た俺たちはマルと待ち合わせしていた公園に来ていた。

 

 

 

「色々あったんだよ...

ほら、さっさと行こーぜ」

 

 

そう言って学校に向かって歩き出す。

ちなみに真姫の格好は上と下は俺のグレーのジャージ。

サイズもでかいため少しダボっとしていた。

靴もないため俺のランシューを履いている。

うん、違和感マックスだ。

 

 

「あんた今日何時に帰ってくるの?」

 

 

「ん〜まだわかんねー。

もしかしたら夕方まで練習するかもな」

 

 

「そう、じゃああんたが帰ってきたら買い物に行きましょ」

 

 

「え?」

 

 

真姫は歩きながらそう言ってきた。

 

 

「だって冷蔵庫の中見たけど材料がないんだもの」

 

 

「え?何?お前らもう同棲とかしてんの?」

 

 

俺たちのやりとりを見て勘違いしたのか、マルは隣で驚いたようにそう言った。

 

 

「違うよ、さっき俺たちの両親が旅行に行ったんだ。

だから週末までこいつがご飯とか作ってくれるんだと」

 

 

「う、うらやましい...じゃなくてずるいぞ!

だったら俺も今日からお前の家に住み着いてやる!」

 

 

「ハイハイわかったから急ごうぜ」

 

 

意味不明なことを言うマルを適当になだめて俺たちは再び学校に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歩くこと数分...

ようやく学校にたどり着いた。

 

 

「おーい!真姫ちゃーん!」

 

 

「?」

 

 

振り返るとこちらに向かって手を振る穂乃果が見えた。

隣には海未と小鳥もいる。

 

 

「穂乃果、海未、小鳥...」

 

 

あいつらの姿を見て、真姫はポツリと呟く。

自分の格好を見られたくないからか真姫は俺の後ろに隠れた。

 

 

「「おはよう!」」「おはようございます」

 

 

「あぁ、おはよう」

 

 

すぐ近くまで来た穂乃果達に挨拶を返した。

相変わらず元気だな。

というより久しぶりにこいつらを見た気がする。

 

 

「あれ?真姫ちゃんどうしたの?その格好」

 

 

穂乃果が真姫のいつもと違う服装を見て疑問に思ったのか、首をかしげながら聞いてきた。

 

 

「まぁ、色々あったんだよ。

じゃあ俺たち行くから、真姫をよろしくな」

 

 

「んーあやしい...」

 

 

最後まで穂乃果は何か言っていたが、これ以上深く聞かれるのはめんどくさいため俺はマルを連れてさっさと野球部のグラウンドに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜」

 

 

自宅のドアを開け、言い慣れたセリフを家の中に向かって発する。

携帯で時間を確認すると時刻は13時になっていた。

結局、俺たちは午前中だけ野球部の練習に参加させてもらって、そのあとはマルと別れてまっすぐ家に帰ってきた。

今まで動いていたし、昼時ということもあるのでかなりお腹が空いている。

 

 

「以外と早かったのね。

ほら、さっさと着替えなさい」

 

 

家の奥から出てきた真姫がそう言ってくる。

 

 

「なんだ...もう帰ってたのかよ」

 

 

μ'sは夕方くらいまで練習するのかと思ったのに...

せっかくの『真姫がいない間、家でゴロゴロしよう大作戦』が台無しじゃないか。

 

 

「なによ、私が早く帰ってきて残念なわけ?」

 

 

…なんでわかったんだよ。

ったく、お前のせいでこっちは朝から疲れてんだ。

少しは休ませてくれ。

 

 

「そうじゃないけど、腹減ったし買い物に行くなら飯を食ってからにしようぜ?」

 

 

真姫に悟られまいと思い、少しだけごまかした後に俺が提案する。

 

 

「お昼なら外食にしましょ。

その後直接買い物に行けばいいわ。

言ったでしょ?食材が無いって」

 

 

 

なるほど…一理ある。

というか母さんも、旅行に行く前に冷蔵庫の中くらい補充してから行ってくれよ。

まぁ、俺が料理をするわけがないから母さんもお金だけ渡したんだろうけど。

 

 

 

「ほら、早く上がりなさい。

着替えならもう準備してあげてるから」

 

 

玄関で突っ立っている俺に真姫が早く上がるように促してくる。

 

 

「勝手に人の部屋に入んなよ」

 

 

服を用意してるってことは、こいつはまた俺の部屋に勝手に侵入したってことだな。

 

 

「なによ今更。

それとも、私に見られてまずいものでもあるわけ?」

 

 

今まで何百回と俺の部屋に侵入しているこいつには、部屋にある俺のものを全て把握されている。

そのため、俺はエッチなものの類は置くことができないでいた。

それでも俺だって男だ。

この間からマルに借りているエロ本を、こいつにバレないようにこっそり部屋の中に密入し、ベッドの奥の奥に隠しているのだ。

 

 

「あるわけねーだろ。

まったく、お前にはプライバシーというものがだな…」

 

 

 

「それじゃあベッドの下に大事そうに隠してあるあれは何?」

 

 

「…」

 

 

真姫はニッコリと微笑みながら俺にそう言い放った。

今までの俺の苦労はなんだったのだろう...

これからはもっと、工夫しないとこいつの目を誤魔化すことなんてできないのかもしれない…

そんなことよりまず、目の前の真姫をどうにかしないといけない。

人間、隠していた悪事がバレるとこうも焦ってしまうものなのか。

 

 

「あとで話があるから。

それよりまずは着替えてさっさと出かけましょ」

 

 

俺があーだこーだ言い訳を考えていると、真姫はそう言ってくるりと後ろを向き、リビングの方へ歩いて行った。

 

 

「…はい」

 

 

俺は逆らえるわけもなく、力なくそう返事をするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた今日何が食べたい?」

 

 

スーパーの野菜売り場で食材を見ながら真姫が聞いてくる。

俺たちはあれから大型ショッピングモールに向かい、食事を済ませたあと、少しというか大分遊んで、いい時間になったところでいえへの帰り道にあるスーパーに寄って買い物をしていた。

 

 

 

「じゃあカレーで」

 

 

「また?まったく、あんたカレーかハンバーグしか言わないわよね」

 

 

「お前が食べたいものを聞いてきたんだろ」

 

 

 

真姫が呆れたようにそう言ってきた。

まぁ、確かにカレーとハンバーグが大好物で、食べたいものを聞かれたらそれしか答えたことがないのだが。

 

そのあと、真姫は顎に手を当てう〜んと唸りながら次々と食材を俺が持っているカゴの中に放り込む。

俺から見れば野菜なんてどれ選んでも一緒な感じがするけどな。

迷ったところで結局腹に入れば皆同じだ。

 

そうこうして、カゴの中が満パンになりようやく、真姫はレジに並び始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後5時

いつもなら家でゴロゴロしている時間だが、今日は夕日で紅く照らされた道をレジ袋を持ったまま、真姫と二人で歩いている。

ちなみにレジ袋を持っているのは俺だけ…

真姫は手ぶらで鼻唄を歌いながら俺の隣を歩く。

 

 

「なぁ、ちょっとは手伝うとかないの?」

 

 

食材が満パンに詰まった三個のレジ袋を長時間持ったまま歩いているため、腕が痛くて仕方がない。

こいつはこいつでそんなこと御構い無しにぐんぐん歩いて行くし…

 

 

「男の子でしょ?

ほら、もうちょっとだから頑張って」

 

 

どうやら手伝う気は無いらしい。

俺はハァとため息を1つ吐き、家まであと少しということもあるため力を振り絞って再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサッ

 

 

「あ〜疲れた!」

 

 

ようやく家に帰ってきて玄関に荷物を置いたところでひと段落する。

手には袋がめり込んでいた跡がくっきりと残っていた。

 

 

「だらしないわね。

というか、台所まで持って行ってよ」

 

 

こいつには頑張った俺に労いの言葉をかけるとか、感謝の気持ちというものがないのだろうか。

 

俺は袋の中からキンキンのアイスクリームを取り出し、廊下を歩いている真姫に近寄り、首筋にそれをちょんとつけた。

 

 

「きゃっ!」

 

 

真姫は声をあげビクッと体を震わせる。

 

 

「バカだな、油断するからだよ。

これに懲りたら今度からはちゃんと俺に感謝の気持ちを持ってせっ…」

 

 

そこまで言って異変に気付く。

こっちを振り返った真姫が顔に影を作り肩を震わせながら近づいてきている。

何やら怒りのオーラみたいなものを纏って…

 

 

 

「な、なんだよ...

ちょっとイタズラしただけじゃないか...ハハッ

お、怒ってないよね?

真姫?真姫ちゃーん?」

 

 

 

俺がそう言っている間にも真姫はどんどん近づいてくる。

というか、短気にもほどがあるだろ!

なんで俺にだけこんなにつっかかるんだよ!

もっと他のやつみたいに接してくれたらどれだけ嬉しいか…

 

 

ダッ

 

 

俺は自分の危機察知能力に従い玄関のドアを開け外に脱出した。

 

 

「あ!待ちなさい!」

 

 

そう言って真姫も追いかけてくる。

 

バカだな、お前が運動で俺に勝てるわけないだろ。

これからどうやって真姫をなだめようか。

コンビニに行ってあいつの好きなスイーツでも買ってこようかな。

 

とりあえず、これ以上鬼ごっこを続けるのもしんどいので俺は走りながら真姫にメールをする。

 

 

『すいませんでした。ちょっとコンビニに行ってきます。

すぐ帰る。』

 

 

そうメールで送っておけばあいつもさすがに追っては来ないだろう。

 

なんだよ今日は...

一週間分の疲れをギュッと凝縮した具合に疲れた。

1日でこれだと今週の俺の体はもつのかな...

頼む、母さんたち早く帰ってきてくれ。

 

 

 

 

真姫が後ろにいないことを確認してから走るのをやめて、歩きでゆっくりコンビニに向かった。

 

 

 



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第三話 小さな願い

 

 

 

《side 真姫

 

 

グツグツ

 

 

 

「...」

 

 

キッチンで鍋を眺めながら立ち尽くす。

 

 

「はぁ〜」

 

 

先ほどのヒロとのやりとりを思い出すと溜息がこぼれた。

 

なんで私は、いつもこうなんだろう。

普段からヒロにはどうしても強く当たってしまい、その後必ず後悔する。

自分の素直になれない性格のせいで、あいつにはいつも逃げられてばかり。

最近では、いつにも増してこういうことが多くなった。

いや、原因はわかってる。

私はきっと、焦ってるんだ。

今年であいつと同じ高校に入学し、ようやく追いつけたと思った矢先、来年にはもうヒロはいない。

だからって、この一年であいつとの距離が縮まったのか考えると、そんなこともない。

告白した今でも、鈍感なあいつはいつも通りで、あいつは私が告白したことを忘れてるんじゃないかってほど今まで通りに過ごしてきた。

 

 

「どうしたら...いいのかしら」

 

 

この性格を治す方法はないのだろうか。

最近ではいつもそんな事ばかり考えている。

 

 

「一人で何言ってんだ?」

 

 

「...!」

 

 

声がした方向を振り返ると、ビニール袋を片手にぶら下げたヒロがすぐ後ろに立っていた。

 

 

「///あ、あんた!いるならいるっていいなさいよ!」

 

 

「そ、そんなに怒んなって」

 

 

あぁ...またやってしまった。

私の大声に反応して、ヒロはまたしても萎縮している。

 

 

「ほらよ、これ買ってきたから飯食った後に食べようぜ」

 

 

そう言ってヒロは机の上に私の好きなアイスを置く。

 

...そう、こういうところがまた、私の心をかき回す。

さっきあんな態度をとった私のために、アイスを買ってきてくれるところとか...

私の好みをちゃんと把握しているところとか...

何よりその無邪気な笑顔に、私はいつも揺さぶられてきた。

 

 

「///あ、ありがと」

 

 

「おう」ニシシ

 

 

この笑顔を見ると、不思議と安心するんだ。

今なら少しだけ、素直になれるかもしれない。

 

 

「ヒ、ヒロ」

 

 

「ん?なんだよ」

 

 

「///さ、さっきは...ご..ごめ...」

 

 

「おい!真姫!鍋!鍋!」

 

 

「...!」

 

 

私がヒロに謝ろうとした瞬間、ヒロは大きな声で私の後ろを指差した。

私がヒロの指差した方向を向くと

 

 

「ああぁ!!」

 

 

カレーが入っていた鍋が、黒い蒸気をあげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...」

 

 

「...ま、まあ、仕方ないさ。

新しく作ったんだし、そんなに落ち込むなって」

 

 

結局、カレーは丸焦げでとても食べられる状態ではなく、ヒロに手伝ってもらいながら初めから作り直した。

出来上がった頃には時計の針は20時を指しており、いつもより二時間もオーバーした夕食になってしまった。

 

 

「流石だな。すげー美味いよ。

お前も早く食えって」

 

 

そう言ってヒロはガツガツとカレーを頬張っている。

5分後には一皿完食し、おかわりをつぎに行った。

まったく、どこにそんな食欲があるのかしら。

毎日動くだけに、お腹が空くのかもしれない。

私はというと、昔から小食でカレー一杯も食べられないほど。

だからいつも器には少ししか盛らないのだけど、今日はなぜか少し多めについでしまった。

案の定、お腹いっぱいでもう食べられない。

 

 

「なんだ、もう腹いっぱいなのか?

かせよ、俺が食うから」

 

 

「あっ」

 

 

そう言ってヒロは私の食べかけのカレーを口に運んだ。

 

 

「///」

 

 

私が間接キスで赤くなっていると

 

 

「あ?お前顔真っ赤だぞ?

大丈夫か?」

 

 

そう言ってヒロは私のおでこに手を添えてきた。

徐々に体温が上がるのがわかる。

このままでは沸騰してしまうかもしれないほどに。

 

 

「///も、もう大丈夫よ!

私お風呂はいってくるから、お皿水に浸しててね」

 

 

そう言って自分のお皿を下げ、着替えを取りに行き脱衣所に逃げる。

頬をさわれば体温の高さがわかる。

鏡を見ると、まるでゆでダコみたいに赤くなっていた。

 

まったく、最近はあいつに振り回されてばかりだ。

何か仕返しをしないと気が済まない。

そんなことを考えながら私は服を脱ぎ、お風呂場のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあそろそろ寝るか。

お前俺のベット使えよ。俺はリビングで寝るから」

 

 

夜もいい時間になったところでそろそろ寝ることになった。

ヒロは私に自分のベットを使うように言ってくる。

 

 

「いいわよ。

あんたのベットなんだからあんたが使いなさい」

 

 

「じゃあお前はどーすんだよ」

 

 

「私がリビングで寝るからあんたは自分の部屋で寝なさいよ」

 

 

「いや、いいよお前が使えって」

 

 

そんなやりとりを5分くらい繰り返したところで...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでこうなるんだよ...」

 

 

二人、ヒロの部屋で寝ることになった。

私がヒロのベット。

ヒロが隣で床に布団を敷いて寝る形。

 

ポツリとヒロが呟く声が聞こえる。

 

 

「しょ、しょうがないでしょ!

あんたが譲らないんだから」

 

 

「だからって、男と女が二人同じ部屋で寝るっていいのか?」

 

 

「///...!」

 

 

ヒロの言葉に再び顔が赤くなる。

そして少しだけ安心した。

だってヒロのことだから、私を女として見てくれてないんだと思ってたから。

 

 

「まぁ、べつにお前だからいっか」

 

 

「...」

 

 

...台無しじゃない。

見直した直後にすぐこれだ。

でも、それは逆に信頼してくれているってことなのかも。

 

 

「ねぇヒロ...」

 

 

「なんだよ」

 

 

ヒロはぶっきらぼうに返事をする。

 

久しぶりの二人の時間...

今なら...少しだけ、ほんの少しだけだけど素直になれる気がする。

 

 

「今...好きな人とかいるの?」

 

 

「...」

 

 

私の言葉はちゃんとヒロに届いているのだろうか...

ヒロは何も答えない。

しばらく待った後、ヒロは一言だけ

 

 

「もう寝ろ」

 

 

そう呟いた。

 

 

「...」

 

 

どうして...答えてくれないのだろう。

その疑問は、ヒロに届くことはなく、その会話を最後にヒロは私と反対側に寝返りをうった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくしても、私はなかなか寝付けなかった。

隣にヒロがいるからか、それとも色々なことを考えているからか、眠気はあるのに頭は冴えたまま。

 

「zzz...」

 

 

隣からは寝息が聞こえる。

どうやら完全に眠ってしまったらしい。

 

 

「ヒロ」

 

 

小声で話しかける。

 

 

「寝ちゃったの?」

 

 

返事は返ってこない。

 

 

「...」

 

 

どうして私は、こんな奴を好きになってしまったんだろう。

昔からいつも一緒にいた少し年上の男の子。

顔もいいわけでもない。

背なんか私より少しだけ高いぐらいで、男子からすると小柄な方だ。

いつもぶっきらぼうで、口が悪くて...

目を話すとすぐにどこか遠くに行ってしまう。

私はいつも振り回されてばかりで、追いかけても追いかけても遠ざかるばかり。

ヒロの悪いところを上げていけばきりがない。

 

でも...

私が困っていたら誰よりも早く駆けつけてくれる。

喧嘩しても、いつも折れてくれて先に謝ってくれる。

私の料理をいつも美味しいと言いながら食べてくれる。

失敗しても、挫折しても...

ずっと支えてくれたし、励ましてくれた。

 

出会ったときからずっと...私に変わらない笑顔を向けてくれた。

その笑顔に私はずっと勇気をもらってきたんだ。

 

 

ゴソゴソ

 

 

布団を抜け出し、ヒロの布団に入り込む。

背中に触れると、ヒロの体温を直に感じた。

なんでかな...すごく安心する。

 

 

こうしていられるのも、後もう少しだけ...

ヒロはまた、遠くに行ってしまう。

今までずっと、思ってきたことがある。

ヒロと同級生だったら...

あと二年、早く生まれていたなら...

そしたらあなたも、私のことをちゃんと見てくれるのかなって...

そんな話をしても仕方ないのはわかってる...

わかっているけど...それでも、そうだったらどれだけ良かったかなと考えてしまう。

もしも、これからの未来...

たとえどれだけ二人が歩む道が違っても...

向かう場所が離れていても...

最終的にはその二つの道が繋がって...

あなたの隣にいるのが私だったらなら...

どれだけ幸せなことだろうか。

 

 

「...おやすみ、ヒロ」

 

 

あと少し、ほんの少しだけ...

そう言い聞かせながら...私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話 お泊まり会

チュンチュン

 

 

 

「...」

 

 

カーテンの隙間から差し込む朝日で目が覚める。

自分で起きれたのは久しぶりだ。

俺は欠伸をしながら一つ伸びをした。

そのあと、いつもとは違う朝の風景に再び頭を抱える。

 

 

「...なんだこれ」

 

 

起きた瞬間、なんだか妙に暑苦しいし、いい匂いがすると思ったら...

 

 

スー‥

 

 

俺の布団に真姫が入り込んでいた。

 

 

「何やってんだこいつ...」

 

 

寝ている間にベットから転げ落ちたのだろうか。

だとすると寝相が悪いにもほどがある。

未だに隣で真姫は静かに寝息を立てていた。

こいつ...いつから入り込んだんだ?

二人で寝ていたせいか、暑さで真姫も額に汗をにじませ、髪の毛が張り付いている。

俺は真姫の額に手を伸ばし、髪の毛を横によけてやると

 

 

「ん〜ん...」

 

 

真姫が起きた。

 

そして真姫はゆっくりと上半身だけ起き上がり、右手で目をこする。

 

 

「おはよう。

よく眠れたか?」

 

 

俺が声をかけると、真姫は徐々に意識を取り戻していった。

 

 

「うん...

でも、ちょっと暑いかも...」

 

 

未だ半目のまま真姫はそう返す。

誰のせいだと思ってんだよ。

 

 

「そりゃ、布団一つに二人で寝たら暑いだろうさ」

 

 

「...え?」

 

 

俺がそう言うと、真姫は言っている意味がよくわからないと言いたげな表情を作った。

 

 

「これ、俺の布団だろ?」

 

 

「///...!」

 

 

すると、真姫の顔はみるみる内に紅潮し、まるでトマトみたいに赤く染まった。

 

 

「///な、なんで!

なんで私がこんなところにいるのよ!

 

 

「は?知るかよ。

寝相が悪くて転げ落ちたんじゃねーの?」

 

 

ゴチーン!

 

 

「いってー!」

 

 

脳天に衝撃が走る。

痛くて布団の上を転げ回った。

 

 

「何すんだよテメー!」

 

 

「あんたがデリカシーのないこと言うからでしょ!

それより早く起きないと、練習に遅刻しちゃうわ」

 

 

真姫は布団をたたみ、俺を置いて先に下へ降りていった。

 

俺はと言うと、久しぶりに真姫の理不尽パンチをくらい一気に目が覚醒したのだが、不満は抑えきれない。

 

 

「なんで俺が怒られてんだ?」

 

 

そんな愚痴をこぼしながら、俺も布団をたたみ未だ痛む頭をさすりながらゆっくりと階段を降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は午後四時。

 

今日一日何も予定がなかった俺は久しぶりにゆっくりと羽根を伸ばすことができた。

真姫はと言うと、朝μ'sの練習に出かけたっきりなぜか帰ってこない。

真姫がいなかったことにより、こんなだらしない生活を送れた俺にとっては、今日という日は有り難かったのだが、流石にこの時間まで帰ってこないとなるといささか心配にもなるというもので、俺が真姫に電話しようと携帯を手に取ったところで

 

 

ピーンポーン

 

 

インターホンが鳴り響いた。

 

やっと帰ってきたのか。

こんな時間まで連絡なしに出かけていたあいつに少し説教でもしてやろうと思いながら、廊下を歩き玄関でドアを開ける。

 

 

「おい!お前連絡ぐらい...」

 

 

「お邪魔しまーす!」

 

 

俺がそう言いかけたところで、聞き慣れた声が聞こえたと同時に目の前に穂乃果が現れた。

 

俺がポカーンと口を開け立ち尽くしていると、穂乃果の後ろから今度は希がひょっこり顔をのぞかせた。

 

なんだこいつら...

なんで二人して俺の家を訪れたんだ?

 

疑問は隠せない。

俺が首を傾げていると、最後に真姫が現れた。

 

 

「どういうことだ?

なんで二人がここにいるんだよ」

 

 

俺が真姫に向かって質問すると

 

 

「家のこと話したら勝手についてきちゃったのよ...」

 

 

そう返された。

 

 

「そういうことやね。

二人だけでなんか面白そーなことしてるなーと思ってついてきたんよ」

 

 

希は笑顔で俺に説明する。

にしても、希が俺の家に来るのは珍しい。

中学校の頃からの付き合いだが多分、俺の家を訪れたのは今日が初めてじゃないかな。

 

 

「こんなところで立ち話もなんやから、家に上がってもええかな?」

 

 

それ、俺のセリフだろ...

まぁ遊びに来たってんなら歓迎するけど...

にしても別に俺の家に来なくてもいいだろ...

そんな愚痴をこぼしながら、俺は二人を家の中に案内した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、適当に座ってくれ」

 

 

「うん、ありがとう」

 

 

家に上がった後、二人をリビングに入れた俺はそう言って二人を座らせた。

ていうか、本当に何しに来たんだこの二人...

面白そーなことって、ただ真姫が俺の世話してくれてるだけなのにな。

 

 

「ねぇヒロ。

お茶がもうないんだけど」

 

 

キッチンから真姫の声が聞こえる。

穂乃果たちのためにお茶を入れようとしてくれたのだろう。

 

 

「わりー。

さっき飲み干したんだった。

ちょっと買ってくるから待っといてくれ」

 

 

そう言って立ち上がろうとしたところをガシッと希に腕を掴まれた。

 

 

「お茶ならウチが買ってくるからヒロくんたちはゆっくりしてて。

真姫ちゃん、一緒に行かへん?」

 

 

「え?」

 

 

そう言って強引に座らされた後、希は真姫の手を引いて玄関のドアから消えていった。

 

 

ぽつーん

 

 

いきなり二人きりになったところでぽつーんと、二人座り込む。

 

 

「相変わらず何考えてるかわからんやつだな...」

 

 

「あはは...だね」

 

 

中学生の頃からそうだった。

一緒のクラスになったのは三年の時だけだけど、一年の頃から存在は知ってたこともあり、仲良くなるのは時間の問題だった。

そのため共に過ごしていると、よく俺の考えを見透かされたり、占ってもらった結果通りの不幸にあったりなど、なんだか俺の行動が全て見透かされている感じがして少しだけ苦手だった。

高校に入ってからもそれは変わらない。

 

 

「ヒロくんたちっていつから二人きりなの?」

 

 

俺が希について考えている途中で隣の穂乃果から声をかけられる。

おそらく真姫が俺の家に来たのはいつからかってことだろう。

 

 

「昨日からだぞ。

それがどうかしたのか?」

 

 

「ううん、べつに。

どうだった?楽しかった?」

 

 

「?」

 

 

穂乃果は何が言いたいのだろうか。

今のところまるでわからないな...

 

 

「普通だな。

ただいつも母さんがやってることを真姫にしてもらってるだけだし」

 

 

「...そっか」

 

 

穂乃果がポツリとそう呟く。

 

 

「暇だな、なんかゲームでもするか?」

 

 

「そうだね、そうしよう」

 

 

やることもなく俺たちは階段を登って俺の部屋に入り、真姫たちが帰ってくるまでの間テレビゲームをすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トントントン

 

 

包丁の音と共に良い匂いが漂う。

鍋の中ではグツグツと具材が煮えていた。

 

 

「ヒロ、これもお願い」

 

 

「はいよ」

 

 

そう言って、刻み終えた具材を鍋の中に入れる。

真姫たちが帰ってきた後、良い時間になったところで晩御飯を作ることにした。

昨日と同じように、真姫が料理をする中俺が隣でサポートをする形。

後ろのテーブルでは、俺たちの料理する姿を見守る二人が椅子に座っていた。

 

 

「なーんか二人、夫婦みたいやね」

 

 

「///...!」

 

 

グサッ

 

 

「うおっ!!」

 

 

希の言葉を聞いた真姫は誤って包丁を滑り落とし、それは俺の右足の前の板に突き刺さった。

 

 

「あっぶねーだろ!!

何してんだよ!」

 

 

「///しょ、しょうがないでしょ!

希がいきなりあんなこと言うんだから」

 

 

 

あわゆくば大惨事という事態に俺が声をあげると、真姫は顔を真っ赤にして反論してくる。

その後もガミガミ言い合いしながらも、料理は順調に進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうや。

今日ウチらもここに泊まるから」

 

 

「...!」

 

 

四人で晩御飯を食べている最中、突然希が爆弾を投下した。

 

 

「え?本気?」

 

 

俺が信じられないという風な顔を作り二人に問いかける。

 

 

「ダメ...かな?」

 

 

「ぐっ」

 

 

穂乃果の上目遣いに一瞬だけ動揺してしまった。

しかし、本当にいいのだろうか。

真姫はまだしも、他の女の子を、それに二人も家に泊めるってのは...

 

「は〜わかったよ...」

 

 

「本当!?やったーー‼︎」

 

 

見ると穂乃果は両手を上げて喜んでいる。

本当いつも元気だな、お前は。

 

ふと隣を見ると何やら不機嫌そうな顔でこっちを見ている真姫と目があった。

 

 

「どうしたんだよ、そんな機嫌悪そうな顔して」

 

 

「べつに、なんでもないわよ」

 

 

俺の質問に答えた後、真姫は反対側に顔を向けた。

なんだよいきなり。

最近の真姫は本当によくわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またお前らは何やってんだ?」

 

 

風呂から上がり、自分の部屋の扉を開けると希と穂乃果が部屋で俺の卒アルを見ていた。

 

 

「あ、ヒロくんおかえり〜」

 

 

そう言って穂乃果は俺の方を見た後再びアルバムに目を落とす。

 

 

「じゃなくて勝手に見てんじゃねぇよ。

恥ずかしいだろ」

 

 

「ヒロっちのことやからどっかにいかがわしい本でも隠してるんやないかって探してたらこれが出てきたんよ」

 

 

二人が見ていたのは俺の中学生時代の卒アル。

自分の昔の写真を見られるのは、結構恥ずかしいものがある。

 

 

「ヒロくん昔と全然変わってないね。

髪がちょっと伸びたくらいかな?」

 

 

「ヒロっち、この頃はモテてたんよ?

うちのまわりもヒロっちのこと好きって子が結構いたんよ」

 

 

「///」

 

 

希の発言はともかく、穂乃果の全然変わってないって言葉に少しだけ傷ついた。

高校に入ってからも顔が幼いって言われ続けてきたこともあり、いままでずっと大人っぽくしようと頑張ってきたつもりだったんだけどな...

 

 

「真姫ちゃんの写真とかはないの?」

 

 

そう言って穂乃果は俺の方を見つめる。

 

 

「あぁ、そらならこっちだ」

 

 

俺は本棚の一番奥にしまってある家のアルバムを引っ張り出し穂乃果に渡した。

穂乃果たちは渡されたアルバムを熱心に見ながら次々とページをめくる。

 

 

「二人は本当に仲がいいんだね」

 

 

「まぁ、幼馴染だからな。

俺もおばさん達に真姫の面倒を見るように言われてたし、一緒にいる時間はあいつが一番長いよ」

 

 

「ふーん。

ねぇ、ヒロくんにとって真姫ちゃんってどんな関係?」

 

 

唐突に穂乃果が聞いてくる。

隣を見ると希も興味津々と言いたげな目で俺の方を見ていた。

 

 

「幼馴染」

 

 

「それだけ?」

 

 

「え...?」

 

 

俺が答えると再び希が聞き返してきた。

 

 

「本当にそれだけなん?」

 

 

何が言いたいのだろうか。

相変わらずこいつの考えが俺にはわからない。

 

 

「じゃあ真姫ちゃんのどんなところが好き?」

 

 

俺が答えないでいると今度は穂乃果が質問を変えて俺に問いかける。

 

 

「はぁ?急に言われてもわかんねーよ。

ただあいつの悪いところなら山ほどあるぞ」

 

 

「例えば?」

 

 

「まず口が悪いだろ?

そんですぐに手を出すところ。

あと素直じゃないところとか...」

 

 

それから俺は次々と真姫の悪いところを上げていく。

 

 

「あ..はは...

それは相手がヒロくんだからじゃないのかな...」

 

 

「でも、そこが真姫ちゃんの可愛いところやと思わない?」

 

 

「見た目は認めるけどな。

でも、俺はあいつほどめんどくさい女を見たことがない!」

 

 

俺は胸を張り自信満々に答える。

確かにあいつの見た目は、十人が十人振り返るほど美人なんだろうけどそれは中身を知らない奴らだからそう思うだけであって、俺からしたらいつも殴られてばかりで迷惑この上ない。

まあそれも、俺と真姫の関係だからというのは俺自身わかってはいるけど...

 

 

「ヒロっちは本当に真姫ちゃんのことが大切なんやね」

 

 

希が微笑みながらそう呟く。

 

 

「真姫ちゃんもヒロっちもお互いのことよく理解してる。

長年一緒にすごしてきたからやね。

そうやって二人支え合ってきたんやろ?」

 

 

「...まぁそうだな」

 

 

いつも隣にいる存在。

俺にとってのそれが真姫だった。

俺自身もそれがどこか心地よくて、この関係がいつまでも続けばいいのにと心の奥で思ってる。

ただ俺もいつまでもあいつを見ていてやれるわけではないから、俺がこの学校を去る前に穂乃果達に出会えたのは本当に感謝してる。

俺がいなくなっても、真姫のこと...あとは頼めるから。

 

 

「真姫ちゃんって小さい頃はどんな感じだったの?」

 

 

穂乃果からの問いに、俺は昔のあいつを頭の中で思い浮かべる。

すると、なぜか笑みがこぼれてしまいその顔を穂乃果達に見られてしまった。

 

 

「?」

 

 

「いや...えっと、あいつはな...」

 

 

穂乃果達にも真姫のことをよく知ってもらいたい。

 

そう思いながら俺はかつての真姫と俺の出会いから話し始めた。

 



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キャラクター紹介

こんにちは、糖也です。
最近忙しい行事が続き、投稿スピードが遅くなってしまって申し訳ございません。
さて、この小説ですが二期から見始めた人も多少なりいるんじゃないかと思うので、いきなりですがここでキャラクター紹介などさせていただこうかなと思います。
次話の投稿はもうしばらくお待ちください。


 

キャラ紹介

 

 

 

主人公

 

『高山 広』

 

18歳。高校三年生。血液型A型。誕生日8月18日。

身長165cm。体重57kg。左利き。

 

音乃木坂学園に通う学生。生まれは千葉県だが、親の仕事の都合で9歳の時に東京に引っ越す。その時、西木野真姫に出会った。

親の影響で4歳の頃から野球に興味を持つ。引っ越す前の学校では地元のリトルリーグに所属していたが、自分の才能の大きさにチームメイトがついていけず、自分一人で勝つことを意識するようになる。

そのため、チームメイトから徐々に離反していき、自分一人では楽しくないと感じるようになった。

過去の過ちを繰り返さないため、引っ越した先で改めて所属したチームでは、常にチームプレイを意識するようになった。

中学2、3年、高校3年と野球で日本代表に選出される。

自他共に認める低身長で、友達や真姫からはチビとバカにされている。

頭が悪く、よく真姫に勉強を教えてもらっている。

本人は年下である真姫に勉強を教わるのが恥ずかしいと思っており、周りにバレないよう隠蔽している。

好きな食べ物はカレー、ハンバーグ。

嫌いな食べ物はトマト、エビ。

真姫の好物であるトマトを苦手としており、そのせいで昔から克服させようと真姫に無理やり食べさせられていた。

普段は活発的だが休みの日は家でゴロゴロするのが好き。

趣味は昼寝、音楽鑑賞、天体観測。

右利きに憧れており、中学の頃から密かに右で字を書く練習をしていた。

将来の夢はプロ野球選手。

進路希望表を提出する際、都外の強豪大学に入学しようと考えていたが、真姫の懇願により近所の大学に進学することを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『西木野 真姫』

 

16歳。高校一年生。血液型AB型。誕生日4月19日。

身長161cm。

 

音乃木坂学園に通う学生。両親ともに医者をしており、病院を経営している。

7歳の時、広に出会った。

親の方針で、小さい頃から数多くの習い事をしていたが、本人はその生活に息苦しさを感じていた。

そんな中、自分と遊ぶ為に家を訪れた広によって外に連れ出され、初めて習い事をサボり家を飛び出した。

広と遊ぶたび今まで味わったことのない楽しいという感覚に気づいた真姫は、広の「このままでいいのか?」という言葉に後押しされ、今まで自分が逆らうことのなかった両親に対して、初めて自分の悩みを打ち明けた。

今は数多くあった習い事も、ピアノ以外は全てやめている。

高校に入ってからは、特にやりたいこともなくいつも通りに過ごしていたところ、上級生の穂乃果にピアノの腕を買われスクールアイドルにスカウトされた。

初めは拒んだが、広の後押しもあり、同級生の星空凛と小泉花陽と共にμ'sに加わった。

好きな食べ物はトマト。

嫌いな食べ物はみかん。

自分の好きな食べ物であるトマトを広にも好きになってもらおうと、試行錯誤するが毎回のように拒絶される。

両親が共働きのため、よく家を空けている。

そのため隣に高山家が引っ越してきてからは、よく高山家に預けられていた。

初めは苦手だった料理も、広の母親に料理を教えてもらい、かなり上達した。

暇な時はよく高山家を訪れる。

趣味は天体観測。

特技はテストで100点を取ること。

曲がった事が嫌いで、やると決めたらとことんまでやりきる性格。

昔から行動力に溢れ、いつも自分を導いてくれた広に想いを寄せているが、素直になれない性格のため告白できずに過ごしてきた。

自分の16歳の誕生日に広に告白したが、広のいつもと変わらない態度を見て、未だ発展したかどうかわかっていない。

 

 

 

 




とりあえずこんな感じでなんこかに分けてやっていきたいと思います。
キャラクター紹介は主にオリキャラ中心で、原作キャラも多少キャラ崩壊しているのですがそこはご了承ください。
これからもよろしくお願いいたします。


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第五話 わがまま

 

 

【高山 広 9歳】

 

 

 

「う〜さむっ」

 

 

寒さとともに目がさめる。

布団から顔を出すと段ボールの山が目に入った。

そうだった...

昨日、俺はこの家に引っ越して来たんだ。

 

父さんの転勤で東京まで引っ越して来た俺は、昨日からずっとダンボールの整理をしたにもかかわらず、まだこんなにも荷物が残っている。

新しい家に少しワクワクしている自分がいるのも確かだけど...

半日も荷物の整理をしていたため、いい加減嫌気がさした。

 

 

「なんだ、起きてたのか」

 

 

そう言ってドアから父さんが顔を出す。

 

 

「すぐに着替えろよ、これから近所の人に挨拶しに行くから」

 

 

そう言って父さんはドアから消えた。

 

 

「...」

 

 

季節は春を迎えたばかりだが、外はいまだに肌寒い。

寒いのは苦手だが、不思議と新しい街に興味津々だったため、外に出たくて仕方がなかった。

 

布団から飛び出し、ダンボームの中の私服を着て、家の階段を降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピーンポーン

 

 

インターホンの音が響く。

今は父さんと母さんとともに、俺の家の隣に挨拶に来ている。

この街に来て一番驚いた。

なんだよ...この豪邸...

俺の家とはえらい違いだ...

 

 

「は〜い」

 

 

そう言って豪邸から出て来たのは、若くてすげー綺麗な女の人...

え?ここってこの人の家なの?

 

 

「あら、待ってましたよ!

ちょっと待ってくださいね、今主人を呼びますから」

 

 

そう言ってその人は家の中に入っていった。

そしてしばらくすると

 

 

「やっと来たか!

久しぶりだな!」

 

 

今度は背の高い男の人が現れた。

 

 

「昨日ついて今荷物の整理をしてるところだよ。

今は近所に挨拶に回ってる」

 

 

父さんは何やら親しげにその人と会話をしている。

そういえば昨日、隣の人は父さんの親友だって言ってたな...

 

 

「まぁ立ち話もなんだ、上がってけよ」

 

 

そう言われ、俺たち家族はその豪邸に入れてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すげ〜」

 

 

家に上がって第一声がそれだった。

大きさも言わんことながら何より内装が『ザ・セレブ』って感じで、言葉を飲んだ。

 

 

「君が広くんだね?」

 

 

「は、はい」

 

 

不意に話しかけられる。

 

 

「いやー若い頃のお父さんそっくりだ。

気が向いたらいつでも遊びにおいで」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「あぁ、そうだ。

おーい、真姫!こっちに来なさい」

 

 

真姫?

なんかどっかで聞いた名前だな...

俺が必死に答えを探していると、リビングのドアから紅い髪の女の子が現れた。

 

 

「...あ」

 

 

その子を見た瞬間、一瞬でその答えがわかった。

昨日、公園の砂場で一人遊んでた子だ。

 

 

「なんだ知り合いなのか?」

 

 

父さんが聞いてくる。

 

 

「うん、昨日公園に行った時に声をかけたんだ」

 

そして名前を聞いた...

改めて思ったこと...

すげー可愛いな...この子...

 

 

「うちの娘の真姫だ。

ヒロくん、仲良くしてやってくれ」

 

 

年は俺と同じくらいか、多分年下だろう。

紅く艶の入った綺麗な髪と、紫色の大きな瞳が特徴で見れば見るほど感心してしまう。

うん、将来は美人になることだろう。

 

 

「西木野...真姫です...

よろしく...お願いします...」

 

 

人見知りなのか、その子はおじさんの後ろに隠れたままおずおずと挨拶を返す。

 

 

その後も、父さん同士が友達だったこともあり、しばらく親同士での会話が続いた。

 

そんな中...

 

 

「ヒロくん」

 

 

ちょいちょいと俺に手招きする人物...

見るとおばさんが俺にこっちにくるよう促してくる。

 

 

「なんですか?」

 

 

招かれるままおばさんのそばまで近づいた。

 

 

「真姫ちゃんどう?

可愛いと思わない?」

 

 

「///...!」

 

 

唐突な質問におもわず顔を赤くしてしまう。

 

 

「ヒロくんの将来のお嫁さんにどうかなって」

 

 

「い、いや...俺はそういうのはまだ...

それに、あの子には俺なんかじゃ釣り合わないでしょ」

 

 

それが俺の本心だった。

あんなに可愛いんだ。

俺レベルじゃもったいない。

やべ...悲しくなってきた...

 

 

「そんなことないわよ。

ヒロくんかっこいいし」

 

 

微笑みながらおばさんは俺にそう言ってくる。

 

 

「あの子はね...少し人付き合いが不器用なの。

友達と呼べる人も少なくて...

だからヒロくんが友達になってあげてくれない?」

 

 

そう言って今度は少し寂しそうに俺の手を握った。

まぁ確かに、見てたらなんとなくそんな感じだろうなとは思ったけど...

 

 

「わかりました」

 

 

人付き合いが苦手なら徐々に慣れていけばいい。

俺でよければ練習台にもなるし。

それに人見知りといっても恥ずかしがってるだけで、話してみればそうでもないんじゃないかなって思うんだ。

 

周りを見渡しその子を探す。

いた、リビングの端の椅子に座って本を読んでいた。

俺はゆっくりと近づき声をかけた。

 

 

「なぁ、何読んでんだ」

 

 

「...べつに、なんでもいいでしょ」

 

 

...前言撤回。

これじゃあ会話が弾まない。

友達もできないわけだな...

 

 

「なぁ、本読んでないで一緒に遊ぼうぜ」

 

 

「無理よ...私、今からピアノのレッスンがあるから」

 

 

「...」

 

 

その後も懸命に話しかけるも軽く流され、全く会話が弾むことはなかった。

なんだよこいつ...

こんなの友達になるなんて無理だろ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくすると、親同士の話が終わったのか、そろそろ帰ることになり、俺たちは西木野家を後にした。

 

 

「どうだヒロ。

真姫ちゃんとは仲良くなれそうか?」

 

 

隣から父さんが聞いてくる。

 

 

「無理だよ。

話しかけても全部流すんだあいつ」

 

 

俺はぶっきらぼうにそう言った。

 

 

「そ、そうか...

でもな、これからはお前が真姫ちゃんを守らないと」

 

 

「なんで俺が」

 

 

「なんでもだよ...

真姫ちゃんはお前より年下だし、お前は男なんだ。

だからお前が真姫ちゃんを守るんだよ、わかったか?」

 

 

半ば無理やり俺に約束させると、父さんと母さんはまた歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからほどなくして、俺は四年生となった。

あれから1ヶ月近くだったがあれ以来あの子とは会っていない。

会う機会もなかったし...

 

学校生活は本当に楽しい...

転校生として入学してきた俺にも、みんなは気軽に話しかけてくれてすぐに友達ができた。

そして何より一番嬉しいのは、また野球ができること...

地元のリトルリーグに入った俺は、過去の過ちを繰り返すことはなく、仲間と一緒に野球を楽しんでいる。

そう、俺は今...新しい生活が楽しくて仕方がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからまた時が進み...

俺が引っ越してきて一年が経った。

俺ももう5年生だ。

いつもと変わらない生活でも飽きることはなく、毎日を楽しく送っている。

ただその中で気になることが一つ...

真姫のことだ...

あれ以来、何度か家に行ったり真姫が家族と一緒にこっちの家に来たりすることはあったが、それも数える程だけ...

それ以前に、あいつが外で遊んでいるところなんかほとんど見たことがない。

今でもあいつは一人ぼっちなのだろうか...

住みなれた今になって唯一気になるのはあいつの存在...

 

 

「ヒロ〜」

 

 

下から母さんの声が聞こえる。

 

 

「なに?」

 

 

「隣に回覧板届けてくれない?」

 

 

一階に降りると母さんがそう言って回覧板を渡してきた。

 

 

「隣って真姫の家だろ?」

 

 

「そうそう、じゃあ頼んだわよ」

 

 

言われた通り回覧板を手に持ち、これを届けるため隣の家に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらずでけーな」

 

 

玄関の前でポツリと呟く。

確かおじさんもおばさんも医者なんだっけ...

しかも自分たちで病院を経営してるっていうし...

家のデカさに圧倒されながら、俺はインターホンを押した。

 

 

ピーンポーン

 

 

「...」

 

 

いくら待っても出てこない。

その後数回押しても、誰かが出てくることはなかった。

 

ていうか、ポストに入れときゃいいだろ、こんなもん。

そう思い、回覧板をポストに入れようとしたところで...

 

 

♪〜

 

 

ピアノの音が家から聞こえた。

 

 

「誰だろう...」

 

 

俺は自然と音に惹かれ、庭の方に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♪〜

 

 

音の方向に足を進める。

そして中庭から窓をのぞいてみると...

 

 

「...!」

 

 

そこにはピアノを弾いている真姫の姿があった。

その姿は小学生とは思えないほど綺麗で、俺は自然と窓のすぐそばまで吸い寄せられる。

 

 

「...」

 

 

ピアノを弾いている真姫は、今まで見てきた中で一番楽しそうに見えた。

 

なんだよあいつ...あんな顔もできるんだな...

 

 

 

 

 

 

 

そして演奏が終わったのか...真姫は満足そうに振り返った。

 

 

パチパチパチパチッ

 

 

「ヴェェ!?」

 

 

思わず俺が拍手をすると、それに気づいた真姫がなにやらよくわからない声を上げる。

そのあと、俺がドンドン窓を叩いていると、真姫は渋々といった感じで窓を開けてくれた。

 

 

「///あ、あなた!なんでこんなところにいるのよ!」

 

 

「すげーな!おまえ!

俺ピアノなんて興味ないけど感動したよ!」

 

 

「///…うっ!」

 

 

俺の言葉に真姫がたじろいだ。

 

 

「おまえピアノなんてできたんだな」

 

 

「あ、あたりまえでしょ!

これぐらい...できてあたりまえよ」

 

 

真姫は今だにツンツンしながら俺に答える。

 

 

「はいこれ、回覧板。

おばさんに渡しといて」

 

 

「///あ、ありがと」

 

 

そう言って回覧板を渡した。

 

 

「なんだ...お礼もちゃんと言えるんじゃないか」

 

 

「///う、うるさい!」

 

 

そう言うと真姫はふんっとよそをむく。

相変わらず愛想がねぇな、お前は...

 

 

「なぁおまえ...」

 

 

「おまえじゃない...」

 

 

「え...?」

 

 

「わたしにはちゃんと西木野真姫って名前があるの!

だから...」

 

 

...あぁ、改めてわかった。

こいつは本当に人付き合いが不器用なやつなんだな...

それでも本心は友達は欲しいと思ってるはずなのに、素直になれないせいで、ずっと誤解されてきたのだろう。

 

 

「...じゃあ真姫」

 

 

「///な、なに?」

 

 

「真姫はずっと、家の中で過ごしてんのか?」

 

 

俺がそう言うと今度は少しだけ、元気が無くなったように見えた。

 

 

「うん...」

 

 

「つまんねーだろ?そんなの。

そうだ、これから俺と外に遊びに行こうぜ?

公園に行ったらおまえの知らない遊び、たくさん教えてやるから!」

 

 

その言葉を聞いて一瞬目を輝かせたかのように見えたが、すぐに暗い表情になり下を向いた。

 

 

「...無理よ」

 

 

「...なんでだよ」

 

 

「今からバイオリンのレッスンがあるの...

それに勝手に外に出たら...パパに怒られちゃうし...」

 

 

それは初めて知ったこと。

なぜ、こいつを外で見ないのかわかった気がする。

周りの環境と、習い事のせいで外に出られないんだ。

こいつもこいつなりに、色々抱えているのだろう。

 

 

「お前...それでいいのか?」

 

 

「え...?」

 

 

真姫は顔を上げ、俺の方を見た。

 

 

「それはお前の意思じゃない...

親がどうとか、周りがどうとか関係ない...

お前はどうしたいんだよ?」

 

 

「...」

 

 

俺がそう言うと、真姫は下を向いたまま黙り込んだ。

 

 

ギュ

 

 

「え...」

 

 

俺は真姫の手を握り、無理やり外に連れ出した。

そして俺の家の玄関に向かい、俺の靴を履かせ家の門をくぐり走り抜ける。

 

 

「ちょ、ちょっと!

ダメよ!これからレッスンが...」

 

 

「うるせー」

 

 

「...!」

 

 

未だに戻ろうとする真姫を強引に引っ張りながら真姫にそう言った。

 

 

「お前を見てると息が詰まりそうだ。

親の言いなりで、なんでも理由をつけて怖がってるだけだ。

お前はまだ、外の世界を知らない」

 

 

「で..でも...」

 

 

「たまにはわがまま通してみろよ!

嫌なら嫌ってちゃんと言え!

そんな殻に篭ってちゃ何もできない。

大丈夫、俺が隣についてる!

外がどれだけ楽しいか、今日俺がお前に教えてやる」

 

 

そのまま真姫を引っ張り、団地の中を走り抜ける。

 

 

「それでもお前は、外に出るのは嫌か?」

 

 

走りながら真姫に聞いた。

すると...

 

 

「ハァハァ

嫌じゃない!

私もみんなみたいに外で遊びたい!

...お願い!

私を連れてって!」

 

 

息を切らせながらそう返してくれた。

やっと、本音を言ったな...

安心した...

お前だってまだ俺たちと同じで子供だもんな...

 

 

「それじゃあまずは公園に行こうぜ!」

 

 

「ハァハァ...うん!」

 

 

俺はそのまま真姫の手を握って、公園までの道を走り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六話 家族

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっかり遅くなっちまったなー」

 

 

夕暮れの中、真姫と二人で帰路を歩く。

見ると蛍光灯の明かりが所々つき始めていた。

 

 

「...」

 

 

横を見ると、何やら不機嫌そうに俺の隣を歩く真姫が目に入った。

 

 

「なんだよ。楽しくなかったのか?」

 

 

「違うわよ...お洋服が汚れちゃった...」

 

 

外に出る前まで真っ白だったこいつの服は、今は所々泥が付着してしまっている。

ていうか、そんな格好で遊びに行ったらそうなるに決まってんだろ。

まぁ俺が無理やり連れ出したんだけど...

 

 

「...名前」

 

 

「は?」

 

 

そんなことを考えていると、真姫がボソッと何かをつぶやいた。

声が小さすぎて聞こえなかったが...

 

 

「ねぇ...これからは、ヒロって呼んでもいい?」

 

 

すると真姫は顔を真っ赤にしてはっきりとそう言った。

思えばお前から、一度も名前で呼ばれたことはなかったな...

 

 

「俺もお前のこと名前で呼んでんだ。

お前も俺を名前で呼ぶのはふつーだろ?」

 

 

「...うん///」

 

 

そういうと真姫は少しだけ笑顔になる。

 

 

「今日は楽しかったか?」

 

 

お前を連れ出して、公園で色々遊んで...

今日お前はどう思ったのかな...

やっぱり家がいいのならもう連れ出したりはしない...

けれどもし、お前があの息が詰まりそうな生活より、こっちの方が楽しいと言うのなら、俺は何度でもお前を連れ出すよ。

 

 

「...生まれて初めてだった...こんなに楽しかったのは...

私ね...昔から習い事や勉強ばかりだったの...

そのおかげでいろんなことができるようになったし、テストで100点もとれて...

パパとママの言うことに間違いはないって思ってた...

でも...」

 

 

「...」

 

 

「でも...こんな世界もあるのね...

誰かと遊んで、笑って...

今までずっと一人ぼっちだったから...

あなたと一緒に外で遊ぶのは本当に楽しかった。

だから...今日は連れてってくれてありがとう...ヒロ」

 

 

 

そう言うと真姫は今日一番の笑顔を俺に向けてくれた。

そうか...

真姫はまだ...何も知らないんだ。

今日、驚いたよ。

お前は俺たち世代の遊びや流行を何も知らなかった。

みんな知ってるはずのことがお前の中には何一つ詰まってなどいなかった。

 

 

「また...遊びに行こうぜ」

 

 

「え...」

 

 

俺が言えた義理じゃないけど、確かに勉強や習い事は大事だと思う。

でも、それが全てじゃないだろ?

 

 

「俺も今日は、お前と遊べて楽しかった。

そんでお前が楽しそうに笑っているのを見た時...すげー嬉しかった」

 

 

お前が笑ってくれるなら、俺はお前とまた遊びに行きたい。

俺と初めて会った時のような顔は似合わない。

そんなに可愛いんだ、お前はやっぱり笑ってた方がいい。

 

 

「だからまた、外に遊びに行こう。

色んなとこで遊ぼう。

お前が楽しいと思えるなら俺は何度でもお前を連れ出してやる。

隣でお前を守ってやる。

だから約束...」

 

 

そう言って小指を差し出す。

真姫は一瞬驚いたような顔を見せたけど...

 

 

「...うん///」

 

 

俺の小指に自分の小指を絡ませ、笑顔で頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒロ!!」

 

 

家の近くまで来ると父さんが俺を待ち構えていた。

 

 

「ただいまー

ちょっと公園で遊んで...」

 

 

ゴチンッ

 

 

俺がそう言いかけると、脳天に思いっきりげんこつを食らった。

 

 

「いっっってーーーー!

何すんだよ!」

 

 

あまりの痛さに頭を押さえたまま父さんに問いかける。

俺なんも悪いことしてねーだろ!

 

 

「おまえ!真姫ちゃんに習い事サボらせたな。

時間になっても家にいないからみんなで探し回ったんだぞ!

それにこんな遅くまで真姫ちゃんを連れまわすな!」

 

 

やべー、相当怒ってる。

でも、俺は悪いことはしてない。

それに帰ってきたのだっていつもより早いくらいだ!

 

 

「遊ぶことの何が悪いんだよ!

それに真姫は...!」

 

 

そこまで言いかけて思いとどまる。

それを言ったら、真姫が自ら抜け出したみたいになるじゃないか...

 

 

「いや、なんでもない...」

 

 

「とにかくついてこい。

真姫ちゃんを家に届けるから」

 

 

そう言って父さんは真姫の家まで歩き出した。

 

 

「ヒロ...」

 

 

隣を見ると、真姫がまた暗い表情で俺の名前を呼んでいる。

 

 

「心配すんな、大丈夫だから...」

 

 

そう言って真姫の手を握り、父さんの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父さんがおじさんに謝っている姿を隣で眺める。

その姿を見てだんだん申し訳ないと言う気持ちが湧き出てきたが、やはり何が悪いか自分自身イマイチわからないでいた。

 

 

「本当にすまない。それじゃあ...」

 

 

父さんの言葉を最後に家を後にしようとしたところで...

 

 

「おじさん!」

 

 

俺はおじさんに声をかけた。

 

 

「...今日、真姫を連れ出したのは俺だ。

真姫は習い事があるから行けないって言ってたんだけど、俺が無理やり連れ出した。

だから...真姫のこと、怒らないであげてください...」

 

 

それが俺の願い。

俺が怒られるのはまだいい。

ただ真姫のことは怒らないであげてほしい。

 

 

「ほら行くぞ」

 

 

そう言って父さんに腕を引っ張られ無理やり連れていかれた。

去り際に真姫の顔を見たが、また前みたいに暗い表情になっていたのがわかった。

なんだよ...せっかく笑ってくれたのに...

また元に戻っちまった...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、ベットの上で一人考えた。

今日のあいつの笑顔、笑い声、楽しかったと言ってくれたあいつの言葉。

やっぱり遊ぶのに理由なんかいらないはずだ。

あいつはずっと、悩んでた。

あいつの気持ちを聞いて、改めて思ったこと...

やっぱりこのままじゃダメだ。

親の言いなりで、自分の気持ちを素直に出せないあいつを見てるとイライラする。

でもそれは、周りの環境と、生まれ持ってのあいつの性格のせいであって...

自分の本当の気持ちをおじさんたちに伝えたらきっと、わかってくれるんだと思う。

 

明日、もう一度あいつを誘おう...

そしてまた一緒に遊びに行くんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♪〜

 

 

昨日と同じように真姫はピアノを弾いている。

俺もそれを庭の窓から眺めていた。

 

 

「真姫...また遊びに行こう」

 

 

俺がそう声をかけると、真姫は演奏を終えこっちに振り向いた。

 

 

「でも...」

 

 

そう言ってモジモジと下を向く。

俺の言葉を否定しないところを見ると、真姫自身もまた、外に出たいと思ってくれているってことなんだろう。

 

 

「ねぇヒロ...

あなたはなんで...そんなに真っ直ぐなの?」

 

 

「え...」

 

 

真姫の問いに、声がこぼれた。

 

 

「昨日、あれだけ怒られても...あなたはなんで、私を誘ってくれるの?

また、私と遊びたいなんて言ってくれるの?

今まで、そんな人はいなかった...

私と遊びたいなんて言ってくれる人なんて...一人も...」

 

 

そう言ってまた目線を落とす。

 

まぁそれはお前の素直になれない性格のせいなんだろう。

でもそれはおまえを知らない奴らが、お前の本当の優しさや思いやりに気づいてないだけ...

俺はこの一年で、お前の気持ちは大体理解したつもりでいるよ...

 

 

「そんなの決まってんだろ。

お前と遊ぶのが楽しかったからだよ」

 

 

「...!」

 

 

そう、昨日お前と遊んで、俺は心の底から楽しいと思えた。

嘘じゃない、何も知らないお前が初めてやる遊びや、流行を知って笑う姿は俺にとっても嬉しかったんだ。

そりゃ、お前の環境がかわいそうだってのもあるかもしれないけど、それよりも純粋に、また俺は真姫と遊びたいと思ってる。

 

 

「俺はいいんだ、怒られるのはなれてるからさ。

だからまた外に出ようぜ!」ニシシッ

 

 

そう言って、俺は真姫に笑顔を作った。

 

 

「...うん!」

 

 

返事とともに、真姫は立ち上がり玄関の方に走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え...もうかえるの?」

 

 

「あぁ、ちょっと用事があってな」

 

 

昨日と同じように公園で遊んでいたところで、俺はそろそろ帰ろうと真姫に提案した。

昨日よりも随分と早くに帰ろうという俺に真姫は驚いていたが、昨日あれだけ時間について怒られて流石に遅くなるまでは遊べない。

俺だけならまだしも真姫がいるからな...

 

 

「一応おばさんに連絡はしてるけど、今日は早く帰ろう。

今日はまだやることがある」

 

 

今日は母さん伝いにおばさんに連絡してもらった。

また迷惑をかけるわけにもいかないから。

 

 

「...うん」

 

 

真姫は少し落ち込んでいたが、納得したのか俺の後ろをついてきてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜」

 

 

午後四時。

俺は真姫を連れて自分の家に帰った。

 

 

「おかえりー、あら?」

 

 

「お、お邪魔します...」

 

 

真姫は母さんを見た後、挨拶を返したがすぐに俺の後ろに隠れてしまった。

 

 

「まぁ真姫ちゃんもきたのね!

さぁあがってあがって!」

 

 

母さんは真姫を見つけると嬉しそうにそう言ってくる。

 

 

「ほらあがろうぜ?

今日は習い事ないんだろ?」

 

 

「...うん」

 

そう言って真姫を家にあげた。

まだなれない人の前では人見知りするようで、真姫はおずおずと俺の後ろをついてきた。

 

 

リビングに入るとキッチンからいい匂いが漂ってくる。

 

 

「ゆっくりしていってね。

そうだ、真姫ちゃん晩御飯食べていってよ」

 

 

「で、でも...」

 

 

「遠慮しないでいいから。

もう少しでできるから待っててね」

 

 

「///あ、ありがとうございます」

 

 

何やら勝手に話が進んでいく。

母さんも真姫が遊びに来てくれて嬉しいのだろう。

いつもよりテンションが高い気がする。

 

 

「晩飯できるまでゲームしよーぜ。

俺の部屋に行こう」

 

 

そう言って真姫の手を引いて部屋に連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いただきます』

 

 

夕方になると父さんも帰ってきて、俺たちは夕食にありついた。

ただいつもと違うのは、夕飯が豪華なことと食卓に真姫がいること。

 

 

「家に連絡しておいたからゆっくり食べていいからね?」

 

 

「は、はい」

 

 

父さんは真姫にそう言って微笑んだ。

なんだよ、父さんも真姫がきて嬉しそうじゃないか...

真姫はというと、父さんが帰ってきて少し緊張してるみたいだ。

昨日目の前で父さんのゲンコツを見たからな、ビビるのも仕方がない。

...思い出したらまた頭が痛くなってきた。

 

 

「泊まってもいいんだけど、明日学校だからやめといたほうがいいかもね。

ヒロ、あとで真姫ちゃんを送ってあげなさい」

 

 

母さんは夕食を食べている俺にそう言った。

言われなくてもそのつもりだったけど...

 

 

「了解」

 

 

「なんだ、今日は素直だな。

真姫ちゃんがいるからいい子にしてるのか?」

 

 

「///う、うるさいよ!」

 

 

そんな会話をしながら、俺たちは夕食を食べ続ける。

真姫の方を見るとなぜか少しだけ笑っていた。

 

 

「どうしたんだよ」

 

 

俺がそう言うと真姫は俺の方を見て食べるのをやめた。

 

 

「ううん、なんだか...あったかくて...」

 

 

「ん?できたてなんだから当たり前だろ?」

 

 

夕飯があったかいのが嬉しかったのか?

家でいつもどんな飯食ってんだよ。

 

 

「そうじゃなくて...

誰かと一緒に食べるご飯って、久しぶりだから...

とても暖かくて...こんなに楽しいご飯、初めてだから...」

 

 

「...!」

 

 

おまえ...家に誰もいないのか?

知らなかった。

真姫がいつも一人でご飯を食べていたことなんか...

 

 

「おじさんたちは...?」

 

 

「パパもママも仕事が忙しくて...いつも帰ってくるのが遅いの...

ご飯はいつも家政婦さんかシェフが作ってくれてるものを食べてる...」

 

 

真姫は少し寂しそうにそう言った。

 

話を聞くとおじさんもおばさんも多忙で真姫が寝静まった頃に帰ってくるらしい。

弟の翼も幼稚園の居残りで、夕方にお手伝いさんが向かいに行ってくれてるそうだ。

学校から帰るといつも習い事か勉強で、友達と遊ぶ時間も好きなことをする時間もない。

親の方針とは言っても、俺なら耐えられそうにないな...

 

真姫...おまえ...いつもそうやって過ごしてたのか...?

なんだよそれ...そんなの...寂しすぎるだろ...

 

 

「うちに来ればいい」

 

 

「...!」

 

 

「一人の時はいつでもうちに来ればいい...

俺も母さんも、ヒロも...いつでも待ってるから...」

 

 

父さんは真姫に向かって微笑みながらそう言った。

俺も同じ気持ちだ。

家に誰もいないなら俺の家に来ればいい。

暇なら俺と遊べばいい。

野球があるから、毎日は無理だけど、俺ならおまえも気兼ねなく遊べるだろ?

 

 

「真姫...行こう」

 

 

「え...」

 

 

食べかけの夕飯を置いて、俺は真姫の手を握り、椅子から立たせる。

 

 

「おまえの気持ちを伝えるんだ。

おじさんとおばさんに...」

 

 

「で、でも...」

 

 

「大丈夫、俺がついてる。

おじさんたちだってきっとわかってくれる。

俺に任せろ!」

 

 

そう言って俺は真姫の手を引いて廊下に出た。

 

 

「ちょっとヒロ!ご飯は?」

 

 

「あとで食べるから置いといて!」

 

 

母さんにそう答え、俺たちは真姫の家に向かって走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピーンポーン

 

 

真姫の家のインターホンを押す。

数秒すると、中から足音が聞こえてきた。

 

 

「はーい」

 

 

ドアを開けながらおばさんが顔を出した。

 

 

 

「あらヒロくんありがとう。

送ってくれたのね」

 

 

「おばさん...

少しだけ、話を聞いてよ」

 

 

「?」

 

 

俺がそう言うとおばさんは俺を家にあげてくれた。

 

 

「心配すんな、大丈夫だよ」

 

 

「...ヒロ」

 

 

怖がる真姫の頭を撫で、俺はおじさんがいるところに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだヒロ、話って」

 

 

場所はリビング。

俺はおじさんとおばさんが座るっている向かいの椅子に座った。

真姫も俺の隣にちょこんと座る。

 

 

「昨日はごめんなさい...

真姫を勝手に連れ出して...レッスンもサボらせて...」

 

 

「...」

 

 

おじさんは黙ったまま俺の目を見てる。

普段ムスッとしてるだけに妙な貫禄があるな...

 

 

「今日、真姫と一緒に外に遊びに行った。

昨日と同じように...

遊んでる時の真姫は本当に楽しそうによく笑ってた。

いつも家で見る暗い表情が嘘のように...」

 

 

「...」

 

 

「俺はバカだから...習い事もしたことないし、勉強だって苦手だ。

だから真姫の大変さもわからないし、わかってやれない。

今日色々聞いたんだ...

真姫の気持ちも悩みも...

それで思い出した...家にいる時のこいつは、俺にはどこか寂しそうに感じた...

でも、外に出て一緒に遊んでる時のこいつは、少なくとも俺には楽しそうに見えた」

 

 

一緒に遊んで、笑って...

その楽しそうな表情は、今までの寂しさの裏返しのようで...

胸が締め付けられた。

なんでもっと早く気づいてやれなかったんだろうって...

俺がそう思うくらいだ...

おじさんたちはもっとだよ...

 

 

「仕事が忙しいのもわかります..

でも少し...少しだけ真姫の気持ちも聞いてあげてよ」

 

 

そう言って俺は真姫の背中を押した。

 

すると真姫は決心したようにおじさんたちを見る。

 

 

「パパ...ママ...私...もっと外の世界を見たい...

みんなともっと遊びたい...

それに...」

 

 

「...?」

 

 

「私...パパとママと...もっと一緒にいたい」

 

 

「...!」

 

 

真姫はおじさんとおばさんの目をまっすぐに見て、そう言った。

 

それでいいんだ。

だってそうだろ?

自分自身のことを決めるのはいつだっておまえなんだから。

そしてこれから先も...

 

 

「ごめんなさい、俺なんかが偉そうなこと言って...

じゃあ帰ります」

 

 

あとは家族で話した方がいいだろうと思い、俺が席を立ち玄関に向かおうとしたところで...

 

 

「ヒロ」

 

 

おじさんに呼び止められた。

やばい、怒られるのかな...

おまえなんかが偉そうなこと言うなって...

そう身構えたが、かけられたのは意外な言葉だった。

 

 

「...ありがとう」

 

 

「え...」

 

 

その言葉を聞いて固まってしまう。

 

 

「おまえは本当に若い頃の父さんにそっくりだな...

勇敢なところも...見返りも求めず、誰かのために頑張るところも」

 

 

「い、いや...」

 

 

「ありがとう...娘のことを親身になって考えてくれて...

ただ...子供として最低限のことはしないといけない...

勉強とかな...

この子だけじゃない...ヒロ、おまえもだ」

 

 

ぎくっ

 

 

怒られなくてよかったけど、そう言われると弱い...

俺は勉強が嫌いだ...

 

 

「またいつでも遊びに来い。

勉強も俺が教えてやろうか?」

 

 

「い、いや...それは...」

 

 

おじさんと勉強なんて緊張してできるわけがない。

 

 

「ハハハ、まぁ勉強は母さんにでも聞けばいい。

とにかくおまえの言いたいことはわかった。

少し話し合ってみるよ」

 

 

おじさんは笑いながらそう言ってくれた。

よかった...

おじさんたちにも届いて...

 

 

「それじゃあ帰ります。

お邪魔しました」

 

 

そう言って俺は玄関に向かった。

 

 

「ヒロ!」

 

 

「...?」

 

 

靴を履いている途中、振り返ると真姫が俺を呼び止めていた。

 

 

「どうした?」

 

 

「ん...」

 

 

真姫は下を向いて少しモジモジしたあと...

 

 

「あ..ありがと///」

 

 

恥ずかしそうにそう言った。

 

 

「また、遊びに行こうぜ?

約束な」

 

 

俺は小指を差し出す。

そして真姫は俺のところまで来て...

 

 

「うん!///」

 

 

前と同じように、小指を絡ませて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一年後...

 

 

結局、真姫はピアノ以外の習い事を全てやめた。

数多くある習い事の中で、ピアノだけは唯一好きだったみたいだ。

勉強は元から好きだったらしく、自分から進んでこなしているため心配はいらないらしい。

おじさんたちも勤務時間を見直したらしく、今では昔ほど遅くに帰って来ることはなくなった。

 

 

「ただいまー」

 

 

野球から帰り、リビングのドアを開ける。

 

 

「「おかえり」」

 

 

その瞬間目に入ったのは、キッチンで料理をしている真姫と母さんの姿...

 

 

「なんだ、おまえもいたのか...」

 

 

「な、何よその言い方!///」

 

 

あれから真姫は頻繁に家に来るようになった。

たまに翼も一緒に来て、三人で遊びに行く日もある。

今は母さんに家事をいろいろ習ってるらしい。

学校でも少しだけだけど、友達もできたようだ。

 

 

「あー疲れた」

 

 

そう言ってユニフォームのままリビングに寝転ぶ。

 

 

「ちょっと!汚いから先にお風呂入りなさいよ!」

 

 

最近はずっとこの調子...

母さんの性格がうつったかのように俺に文句を言い散らす。

なんでこうなったんだよ...昔はもっと可愛かったのにな...

 

 

「ハハッ」

 

 

それでも俺はあの日、おじさんたちに話してよかった。

だって、今のこいつは昔の面影もないほどよく笑うから...

 

 

「何笑ってるのよ...気持ち悪い」

 

 

それが嬉しくて思わず笑うと、真姫にそう言われた。

 

 

「うるせぇよ」

 

 

こんな俺でも、おまえの力になれたのかな...

今はもう、生意気な妹のようなおまえの背中を、これからも俺は押し続けるよ。

だっておまえはもう、俺にとって...家族のようなものだから...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第七話 少しずつ

 

《side 真姫

 

 

 

 

「〜!」///

 

恥ずかしさのあまり、言葉にならない声が口から出てしまう。

場所はヒロの部屋のドアの前。

 

お風呂から上がり、リビングに入ると三人の姿が見当たらなかった。

廊下に出ると、二階から三人の話し声が聞こえることに気がついた私は、二階に上がり声が聞こえるヒロの部屋の前でしばらく話を聞いていた。

 

話の内容は私の過去。

まだ外の世界を知らなかった小さい頃のかつての自分の話。

 

そんな昔の自分の話をヒロが長々と穂乃果と希に話続けるのが恥ずかしくてたまらない。

 

 

「昔のあいつには本当に手を焼いてきたんだ。

まぁ今も大して変わらないけどな」

 

 

「ちょっと!それどういう意味よ!」

 

 

ヒロの話の途中で我慢できずにドアを開け放つ。

三人は私の方を見て驚いた顔を作った。

 

 

「おまえ、聞いてたのかよ」

 

 

「普通に聞こえるわよ。

それより、やめてくれる?

人の過去を勝手に話すなんて」

 

 

「別にいいだろ?

俺がどれだけ苦労してきたか、聞いて欲しかったんだよ」

 

 

「な、なによ!苦労って!

それはこっちのセリフじゃない!」

 

 

またいつものように喧嘩が始まる。

売り言葉に買い言葉でいつも口喧嘩になってしまうんだ。

 

 

「はいはい、二人ともそこまで。

ええやんか、それぐらいヒロっちが真姫ちゃんのこと気にかけてるってことなんよ」

 

 

「ん〜…」

 

 

希の制止でそこで言い合いは終了した。

いつもならもっと長引いてしまうところだったけれど、今日のところは希に助けられたわね。

 

その後、結局泊まるつもりで来た穂乃果たちと一緒にヒロの部屋に布団を敷いて眠りについた。

ちなみにヒロは一人、リビングのソファーで眠っている。

 

お友達とお泊まりなんて初めて…

寝る前に一緒にお話ししたり、トランプしたり...

今までこんな経験なかったから...

普通の人が経験してるようなこんな出来事でも、私にとっては何よりも楽しくて、嬉しかった。

そうだ...

私が穂乃果達に...

μ'sに入ってみんなと過ごせるようになったのも全部...

ヒロのおかげなんだ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜」

 

 

喉の渇きで目が覚めた。

今何時だろう...

そう思い、携帯で時間を確認すると、まだ朝の5時だった...

ちょっと早く起きすぎちゃったわね...

とりあえず水でも飲んでこよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ

 

 

「zzz...」

 

 

リビングのドアを開けると、布団を払いのけてお腹を出しながら寝息を立てるヒロの姿が目に入った。

まったく、どうしたらこんなことになるのよ...

 

溜息をこぼし、お腹を服で隠してあげて、その上から布団をかけ直してあげる。

 

 

「まったく、手が焼けるのはどっちよ...」

 

 

ううん、わかってる。

今の私があるのは全部あなたのおかげなんだって。

あなたが私のそばにいてくれたから...

隣でずっと支えてくれたから...

今の生活があるんだって...

きっとあなたはそれを、否定するんでしょうね。

『おまえが頑張っただけだ』なんて言って...

 

昔からそう...

あなたは優しいから...

自分が傷つくことを知っていても...

犠牲になるのがわかっていても...

誰かのことを助けてきた。

私のことを、守ってくれた。

その行動はいつも、自分ではなく...他人のために...

 

そんなあなただから私は...

 

「…」

 

 

私は...あなたに惹かれたのかもしれない...

 

 

「ねぇ...ヒロ。

あれから、あなたと私の距離は...少しは縮まりましたか...?」

 

 

ヒロの耳元に小声で話しかける。

 

あの日、あの場所から...

あなたと私の関係はちょっとは変わったのかな...

ううん、鈍感なあなたはきっと、多少のことでは気づいてはくれない。

私を意識してはくれない。

 

それでも...

 

それでもやっぱり...私はあなたのことが...

 

 

 

 

「あれ?真姫ちゃん?」

 

 

「!!」

 

 

振り返ると、目をこすりながらこっちを見ている穂乃果と目があった。

 

 

「ほ、穂乃果///

どうしたの?」

 

 

慌ててヒロから離れ、何事もなかったかのように振る舞う。

穂乃果は眠たそうな顔をしながらリビングに入ってきた。

 

 

「なんだか目が覚めちゃって」

 

 

エヘヘと笑いながら私の前で座り込んだ。

 

 

「真姫ちゃんは?

どうしたの?こんな朝早くから」

 

「喉が渇いて起きちゃったのよ」

 

 

そう言って立ち上がり、冷蔵庫からお茶を取り出しコップに入れる。

 

 

「えいっえいっ」

 

 

お茶を飲んでいる途中、何やら穂乃果の声が聞こえた。

 

 

「何してるの?」

 

 

見ると穂乃果はヒロのほっぺたを何度もつついている最中だった。

 

 

「ヒロくん全然起きないんだね」

 

 

「そんなんじゃ起きないわよ。

私が毎朝どれだけ苦労してるか」

 

 

ヒロがちょっとやそっとじゃ起きないのは昔から。

多分私が起こさなかったら、何度学校に遅刻していることか...

 

 

「...真姫ちゃんは本当に、ヒロくんのことならなんでも知ってるんだね」

 

 

「...え」

 

 

穂乃果はそう言うと、ヒロをつついていた手を止めた。

 

ヒロのことなら..か...

確かに今日に至るまで随分と長い時間を共に過ごしてきた。

その分、性格や仕草、行動なんかは大体わかってしまう。

でも...ヒロの心だけは、わからない。

一番知りたい部分のはずなのに、それだけはどれだけ頑張っても知ることはできなかった。

 

 

「ねぇ真姫ちゃん...

真姫ちゃんはヒロくんのこと..どう思ってるの?」

 

 

「...!!」

 

 

柄にもなく真剣な表情の穂乃果からの質問。

答えは決まってるけれど、私はそれを口に出せるほど素直な性格じゃない...

 

 

「どうも思ってないわよ...

それよりあなたはどうなのよ。

ヒロのこと..好きなの?」

 

「え?私?」

 

 

穂乃果は普段からヒロと仲がいいように見える。

多分μ'sの中で一番...

その穂乃果はヒロのことをどう思ってるんだろう...

 

 

「んーどうだろうね...

男の子を好きになったことなんて、一度もないからな...

でも...」

 

 

「...?」

 

 

「真姫ちゃんが羨ましいって思う時はあるよ」

 

 

少しだけ微笑みながら穂乃果は答える。

それはどう言う意味なんだろう...

 

 

 

「ヒロくんはさ...いつも元気で明るくて...優しくて...

一緒にいたらすごく楽しいし...安心するの。

そんな真っ直ぐなヒロくんを見てると、私もこんな風になりたいななんて思う時があるんだ」

 

 

やっぱり...ヒロは誰にでも平等に優しい...

私だけが特別じゃない...

わかってたことなのにね...

 

 

「好きかどうかはわからないけど...一緒にいたいとは思うよ。

だからいつもヒロくんの隣にいる真姫ちゃんがたまに羨ましいなって思う時もあるな」

 

穂乃果...

それは...好きってことじゃないの...?

だって私も、ヒロのことをそう思ってるんだから...

 

 

「…」

 

 

ヒロはどう思ってるんだろう...

穂乃果のことを...

私なら、私がヒロの立場だったならきっと...

心底穂乃果に惹かれていたと思う。

私にはないものを、穂乃果はたくさん持ってるから...

 

 

「やっぱり...すごいわね..穂乃果は...」

 

 

「ん?何か言った?」

 

 

ボソッとつぶやいた声は穂乃果には聞こえなかったみたい。

 

そうやって素直に自分の気持ちを吐き出せるあなたを見てると、本当に自分が情けなく感じるわ。

きっとヒロも、あなたみたいな人の方が好みなのかもしれない...

 

 

「何も言ってないわ...

それよりどうするの?これから?」

 

 

これ以上、そんなことを考えたくはなかった...

私は本当に嫌な女だ。

自分の思い通りにならなかったらすぐにそこから目をそらすんだから...

それはまるで、子供が親におもちゃを買ってもらえなくて駄々をこねているような..そんな感覚。

 

 

「バァ!」

 

 

「うわぁ!」

 

 

そんなことを考えていると、突然ドアから希が現れた。

それに驚いた穂乃果は、後ろによろけ、そのままヒロのお腹の上に尻餅をついた。

 

 

「うげぇ!」

 

 

「あっ」

 

 

のしかかられたヒロは、声を上げて苦しみをあらわにする。

 

 

「おい真姫...毎回言ってるだろ...

それやめろって...」

 

 

いつものように私がのしかかったと勘違いしたのか、ヒロは寝ぼけたままそう言った。

日頃の自分の行動のせいとはわかっているけれど、何もしてないのに怒られるのは少し腹がたつわね...

 

 

「あれ?穂乃果...?」

 

 

「あはは...ごめんね...

起こしちゃった...」

 

 

ようやく私じゃないと気づいたヒロは、状況を確認しようと周りを見つめる。

けれど確認しようとしてもまだよくわかってないみたい...

 

 

「とりあえず降りてくれないか?

穂乃果」

 

 

「あ、ごめん。

忘れてた...」

 

 

ヒロの上に乗ったままだった穂乃果は、エヘヘと笑いながらようやく立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、お邪魔しました!」

 

 

そう言って穂乃果と希はヒロに向かって挨拶をした。

 

あの後、朝食を食べた私たちは準備をして、練習を向かうために今は三人で家を出ようとしている。

 

 

「気をつけてな」

 

 

ヒロのその一言で穂乃果と希は家を出る。

 

 

「真姫」

 

 

私も玄関を出ようとしたところでヒロに声をかけられた。

なんだろう、何か忘れ物かしら...

 

 

「何?」

 

 

私が問いかけると、ヒロは少しだけ考えたそぶりを見せた後

 

 

「いや、なんでもない。

気をつけてな、いってらっしゃい」

 

 

「?」

 

そう言ってこっちに手を振った。

なんだったんだろう。

よくわからないけど...

 

 

「いってきます」

 

 

とりあえず挨拶を返して、私は二人の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

前と同じようにヒロの部屋で二人、布団を敷いて横になる。

ヒロはいつもびっくりするくらい眠るのが早い。

横になると五分ほどで寝息をたて始めるくらい。

ついさっき横になったばかりだから、まだ眠りについてはいないと思うけど...

 

 

「起きてる?」

 

 

「...あぁ」

 

 

 

少し間をおいて返事が返ってきた。

よかった、まだ寝てないみたい。

 

 

 

「明日、ママたちが帰ってくるわね。

どうだった?この連休...楽しかった?」

 

 

「誰かさんが鍵忘れたせいで疲れた...」

 

 

「まだ言ってるの?

だからあれは謝ったじゃない」

 

 

結局、この連休はほとんどおばさんのものを借りて過ごしてしまった。

帰ってきたらお礼を言わないと...

ていうか、このままではいつものようにまた口喧嘩になっちゃうじゃない。

 

 

 

「嘘だよ...

まぁ、いつも通りだったんじゃないか?」

 

 

 

珍しくそれ以上は何も言ってこなかったヒロは、一言だけそう答えた。

いつも通りか...

確かにこれといって何かがあったわけじゃないけど...

 

 

「...ありがとな。

家のことしてくれて」

 

 

「え..?」

 

 

 

今お礼を言ったのかしら。

『ありがとう』って確かにそう聞こえた。

 

 

「そんだけ...じゃあおやすみ」

 

 

振り向くとヒロは私と反対側を向いて眠る態勢に入っていた。

 

 

昨日、あなたは私のことを妹のようだって言ってた。

俺にとっては家族みたいなもんだって...

でもね...?

私は一度も、あなたのことをお兄ちゃんだと思ったことはない...

だって...私はあなたの中でそういった対象になりたくないから...

あなたがそう思ってるってことは、私はまだ...あなたにちゃんと見てもらえてないってこと...

わかってる...

だからあなたはあの時、私のことをあんな風に説明したの...

それでも、私はいまのこの関係を変えたい...

ちょっとずつでもいいから、私はあなたの一番になりたい...

 

 

 

「…」

 

 

 

この休みの間...

いつもと変わらず、喧嘩ばかりの日々だったけど...

それでもちょっとは進展があったのかもしれない。

焦らずゆっくり行こう。

だって、日々の積み重ねがいつか身を結ぶ日が来るかもしれないんだから...

 

 

「おやすみなさい」

 

 

私もそう言って再び目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チチチッ

 

 

 

「う〜ん...」

 

 

またいつものように朝がやってきた。

 

 

「zzz...」

 

 

隣を見ると未だヒロは寝息を立てている。

この光景もいつものことね...

今何時かしら...

 

そう思い時計を確認すると...

 

 

「!!」

 

 

午前10時を指していた。

こんな時間まで寝たのは初めてのこと。

油断してしまった...

それより、今日の朝には戻るってママから連絡があったんだわ...

二人で寝てるところを見られたらまた何か茶化されるかもしれない。

早くヒロを起こさないと...

 

 

「ほらヒロ...起きてよ」

 

 

そう言ってヒロの近くに座り体を揺らす。

 

 

「zzz...」

 

 

しかしいくら揺すっても起きてはくれない。

それどころか、その寝顔を見てるとまた、こっちまで眠たくなってきた。

 

本当に気持ちよさそうによく寝てる...

寝顔はまるで子供みたいね...

 

普段はお兄ちゃんみたいに振る舞っているヒロだけど...

今のその寝顔はとても幼く可愛らしい...

そう思うと起こさなければということも忘れて、寝顔を見つめたまま手を伸ばし、頭を撫でた。

 

 

「ん〜...」

 

 

「えっ...」

 

 

すると、ヒロは突然手を伸ばし、そのまま私を抱き寄せた。

 

 

「///な、なんで...!」

 

 

布団の上でヒロに抱きしめられたまま、訳がわからずそんな声が出た。

寝ぼけているのだろうか...

そのまま再び寝息を立て始める。

 

 

「///」

 

 

顔が熱い...それはもうかつてないほどに...

心臓の音が聞こえる。

このままでは飛び出してしまうかもしれないほど...

 

どうすればいいのかわからないまま、しばらくその状態が続いた。

そして、ようやく我に帰った私がヒロの腕から出ようとしたその時...

 

 

ガチャ

 

 

「ただいま〜

あんたまだ寝て...」

 

 

…おばさんがドアから現れた。

一瞬時が止まり、再びおばさんが話し出す。

 

 

「ごめんね〜

お邪魔しちゃったわね」

 

 

バタン

 

 

そう言ってそのまま部屋を出て行った。

 

 

「ゔえぇ!?

ちょっと待って!」///

 

 

ようやく腕から抜け出した頃にはすでに遅かった。

隣を見ると相変わらず気持ちよさそうに寝息を立てるヒロが目に入る。

 

 

「ん〜!」

 

 

ゴチンッ

 

 

「いって!!

な、なんだ!?」

 

 

人の気も知らないで呑気に寝ているこいつに、ゲンコツを落とした。

まったく、なんで私だけこんな目に合うのよ。

殴られたヒロは訳がわからないといった顔を作った。

 

 

「起きなさい!

何時だと思ってんの!」

 

 

「な、なんで怒ってんだよ...」

 

 

私はそう言い残し、部屋を出る。

 

 

「///」

 

 

未だ顔の熱が治らない。

このままでは沸騰しそうなほど...

 

それにしてもあいつは寝ぼけて人のことを抱きしめておいて、涼しい顔してるなんて...許せない。

なんでいつもあいつには振り回されてばかりなんだろう...

 

今もまだ抱きしめられた時の温もりが体に残っている...

 

 

「はぁ」

 

 

溜息をこぼし、未だ高鳴る鼓動を必死に抑えながら、私は階段を降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話 ただひたむきに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い!ヒロ君しかいないの!」

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ」

 

 

連休も明け、しばらくすると学校が始まった。

また勉強だらけの日々に戻らなければならないと思うと、胃が痛くなってしまう。

 

そして冒頭の会話...

放課後に突然おれの前に現れた穂乃果は、説明もなしにそう言い放った。

 

穂乃果の説明を聞くとどうやら父親が用事でしばらく家をあけるため、家の手伝いをしてくれる人を探しているところなんだそうだ。

 

 

「手伝いって...おまえんち和菓子屋だろ?

俺料理とかできないぞ」

 

 

「それは大丈夫だよ。

餡を作ったり、店番をしてもらったり、ヒロ君には簡単なことしか任せないから。

あ、お給料もちゃんと出すよ!」

 

 

...そういう問題なんだろうか。

第一ど素人の俺なんかが手伝ったところで、足を引っ張るのは目に見えてるしな。

 

 

「それじゃ詳しいことはまたメールするね!」

 

 

「あ、おい!」

 

 

用件だけ済ますと穂乃果は風のように去っていった。

俺まだやるとは一言も言ってないんだけどな...

相変わらずあいつは自分勝手だ...

 

 

なんて愚痴をこぼしながら、家に帰るために歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、やることを終えようやく眠りにつこうとしたところで...

 

 

♪〜

 

 

メール受信の音が携帯から鳴り響いた。

差出人は分かっている。

俺はスマホの電源を入れそれを確認した。

 

 

『こんばんは!

放課後の件だけど、土曜日からでも大丈夫かな?』

 

 

やはり穂乃果からのメールだった。

ていうか土曜日って明後日じゃないか...

 

 

「...」

 

 

できるだけ力にはなってやりたいけど、本当に俺なんかで大丈夫なんだろうか...

まぁ最近財布の中身が寂しいと思っていたところで、ちょうどいいといえばちょうどいいんだが...

 

 

そのあと何通かメールを繰り返し、服装や時間などを聞いて眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして土曜日。

俺は言われた通り午後一時に穂乃果の家を訪れた。

格好は私服でいいって言われたけど、服とか貸してもらえんのかな...

まぁきてしまった以上、最後までやりきらないとな...

などと考えをまとめ、ほむらの店の戸を開ける。

 

 

ガララ

 

 

「こんにちは〜」

 

 

「あ、きたきた!やっときた!」

 

 

そう言って割烹着姿の穂乃果が俺に近寄ってきた。

やっときたって...言われた時間ちょうどなんだけど...

 

 

「お母さ〜ん、ヒロ君きたよ!」

 

 

穂乃果が奥に向かってそう声を発すると中から穂乃果のお母さんが現れる。

そしてもう一人、見知らぬ女の子も...

 

 

「紹介するね!

こっちが私のお母さんで、こっちが妹の雪穂」

 

 

穂乃果に妹なんていたんだな...

なんか意外だ...

 

 

「いらっしゃい、あなたがヒロ君ね?」

 

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

などと社交辞令を交わしていると、おばさんはなぜか俺を不思議そうな顔で覗き込んだ。

なんだろう、格好がまずかったのかな?

 

 

「なんだかどこかで見たことあるような...」

 

 

「お母さん!この人テレビに出てたよ!

ほら、野球の!」

 

 

 

「...」

 

 

「あら本当だわ...」

 

 

その話題で何やら高坂家で盛り上がってらっしゃる。

音乃木坂の野球部は無名校で今年は準優勝まで行ったからな。

そのことはテレビでも取り上げられた。

 

 

 

「え?ヒロ君そんなに有名なの?」

 

 

穂乃果は驚いたようにそう言った。

みんなに知ってもらえてるのは嬉しいけど、なんで一番近くにいるお前が知らねーんだよ。

 

 

「とりあえずこっちに来てくれる?

服のサイズ合わせるから」

 

 

おばさんはそう言うと俺を家の中に上げてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう上手だよ!」

 

 

俺が店を訪れてから一時間くらいが経過した。

今は穂乃果と二人、厨房で餡を作っている。

 

 

バイト1日目の俺に今日は穂乃果がいろいろ教えてくれるそうだ。

まだ始めたばかりで何もできない俺は店の簡単な仕事、掃除と餡の作り方を教えてもらっている。

バイト経験のない俺からしたら、知り合いの店で働かせてもらえるのは有り難かった。

 

 

「すごいな穂乃果は。

こんなの毎日やってるなんて」

 

 

「そんなことないよ。

それに毎日じゃないし、私あんまり料理できないからお店番くらいしか手伝えないからね」

 

 

以外ではないけど、穂乃果は料理とかしないのか。

 

 

「私も真姫ちゃんやニコちゃんみたいに料理上手くなれたらいいんだけど...」

 

 

やっぱり女子ってのは料理ができるようになりたいものなのかな?

俺は男子だからわからないけど...

でも穂乃果ならなんでもやればできると思うけどな。

 

 

「誰でも最初から上手く出来るもんじゃないさ。

真姫だって、初めはひどかったぞ」

 

 

「え?そうなの?」

 

 

びっくりした顔で穂乃果は聞いてくる。

あいつが料理しだしたのは確か小学校の上学年くらいからだったな。

 

 

 

「そりゃひどかったさ。

俺と父さん二人共が食べた次の日に腹を壊すくらいな」

 

 

そう、今思い返しただけでも腹が痛くなる。

何かにつけてあいつはトマトを使おうとするしな。

今では母さんに料理を習い、見違えるほど上達した。

だから穂乃果も、練習すればきっと上手くなるはずだ。

 

 

「穂乃果が初めて俺の家に遊びに来た時があっただろ?

あの時お前が作ったカレーはすげー美味かったよ」

 

 

「あ、あれは、ヒロくんのお母さんと一緒に作ったから...」

 

 

「それでもさ、あれは穂乃果が一生懸命に作ったから、俺も美味しいと思ったんだ。

まずいものを美味いなんて言わねーよ。

穂乃果も練習すればきっと上手になる」

 

 

嘘じゃない、あの時食ったカレーは本当に美味しかった。

 

 

「今度さ、また俺ん家でなんか作ってくれよ。

今度はカレーじゃないやつでさ」ニシシッ

 

 

俺はそういって笑いかける。

俺も料理できないから、アドバイスなんかはできないかもしれないけど、俺でいいなら穂乃果の料理をまた食べてみたい。

本当にそう思うから...

 

 

「やっぱりヒロくんは優しいね...」

 

 

「ん?」

 

 

静かに呟いたその声は俺には届かなかった。

 

 

「今度また挑戦してみるね!

だからまた感想を聞かせて?」

 

 

そう言っていつもの笑顔を向けてくれる。

いつ見てもその笑顔は子供みたいに無邪気で、それを見るだけでなんだか元気がもらえるみたいだ。

 

 

「ああ、任せとけ」

 

 

俺はそう言って再び作業を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サッサッ

 

 

箒で床のごみをはく、この音も聴き慣れた。

あれから俺が出来ることもなく、仕事といえば店の掃除や餡作りぐらいでお店の方もあまり忙しいといった印象はなかった。

本当、俺必要なのって思うくらい。

おばさんもとても俺に優しく接してくれて、これだと給料もらうのが申し訳ないと思ってしまう。

なんとか自分でやることを探そう。

そう思い、厨房から出ると、

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 

お客様を見送る穂乃果の妹さんの姿が目に入った。

 

 

「偉いね、お店のお手伝いなんて」

 

 

「ひゃ!ビックリした!」

 

 

後ろ姿に声をかけると、その子は心底驚いたようにそう返してきた。

確か名前は...ゆ、ゆき..なんだっけ?

 

 

「あ、雪穂です、雪穂」

 

 

「そう!雪穂ちゃんだ」

 

 

名前を忘れるなんて失礼もいいとこだよな。

申し訳ないことをした。

 

 

「えっと、ヒロさん..でいいですか?」

 

 

どうやら雪穂ちゃんの方は覚えてくれていたみたいだ。

穂乃果の妹なだけに、この子もどこか抜けているのかと思ったけれど、話して見ると意外としっかり者といった印象だった。

 

 

「敬語じゃなくていいよ。

一応バイトの先輩なんだし」

 

 

 

「い、いや、それはダメですよ。

ヒロさんの方が年上なんだし」

 

 

 

やっぱり礼儀正しい。

姉妹でもどちらかが抜けていると、片方はしっかり者に育つって言うしな...

 

 

「あの...ヒロさんはどうしてバイトを?」

 

 

雪歩ちゃんは俺を見ておずおずと質問をする。

 

 

「あぁ、穂乃果に頼まれたんだ。

しばらくバイトしてくれないかって」

 

 

「あ、そうだったんですか...

すいません、姉が急なお願いしちゃって」

 

 

やっぱり穂乃果とは似ても似つかない。

その礼儀正しさは素直に感心するし、好感が持てる。

本当にいい妹さんだな。

 

 

「でもまさかお姉ちゃんが男の子を連れて来るとは思いませんでした。

しかも有名人なんて...」

 

 

有名人なんて言いすぎだな...

 

 

「多分μ'sが一番大事な時期だから、みんなをあんまり巻き込みたくはなかったんだと思う。

その点俺なら暇だし、ちょうどよかったんだろうな」

 

 

この文化祭で、あいつらはライブを行う。

今はその準備でみんな忙しいはずだ。

その中で穂乃果は練習も家の手伝いもして、一番大変なはずなんだ。

だから俺も少しくらいは力を貸してやりたい。

 

 

「ヒロさんは、お姉ちゃんと付き合ってるんですか?」

 

 

「…!」

 

 

唐突な質問に思わず体が仰け反る。

なんでそんな話になった?

 

 

「ど、どうして?」

 

 

「だってお姉ちゃんのこと、よくわかってるから...

そうなのかなって」

 

 

よくわかってるか...

確かに、μ'sの中では真姫を除いて一番仲がいいとは思う。

趣味も合うし、一緒に遊んでいたら楽しい。

でも今はただそれだけのこと...

 

 

「お姉ちゃんはいつも一生懸命で、一度決めたら曲がらないから...

だから周りが見えなくて、いつもドジばっかりしてるんだけど」

 

 

同じようなことを、誰かに言われたことがある。

そうか、今まで気づかなかったけど、俺と穂乃果はどこか似てるんだ。

 

 

「でも友達や家族のことは、一番大切にしてるんです。

ガサツで食いしん坊で意地っ張りな姉だけど、私はそんなお姉ちゃんを一番尊敬してます」

 

 

穂乃果のことを話す雪穂ちゃんの表情はどこか柔らかい。

きっと口には出さないけど、穂乃果のことが本当に好きなんだと思う。

俺には兄弟なんていないから...

そんなふうに思える相手がいることを素直に羨ましいと思う。

 

 

「ヒロさん...

危なっかしくてドジな姉ですけど、これからも仲良くしてあげてください」

 

 

雪穂ちゃんは俺をまっすぐに見てそう言った後、少しだけ微笑んだ。

本当に姉想いの優しい子だ。

こんなにいい子を見たことがない。

うちのお姫様にも見せてやりたいくらいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあとしばらく仕事をして、今日のバイトは終了となった。

日払いでお給料を渡そうとおばさんが封筒を渡してきたけど、流石に遠慮してもらえないという意思を伝える。

しかし、おばさんは無理やり俺に給料を持たせて、今日1日のお礼を言ってくれた。

本当にいい人たちだということを改めて感じた。

まぁたまにはバイトも悪くはないかな...

などと考えていると、ジャージに着替えた穂乃果が玄関で靴を履いているのが見える。

 

 

「どこかいくのか?」

 

 

俺がそう声をかけると、穂乃果は振り返った。

 

 

「うん、ちょっと走ってこようと思って」

 

 

時刻は午後の七時。

こんな時間からいつも走ってるのかな...

 

 

「すごいな」

 

 

「ううん、そんなことないよ。

でもあともう少しでライブだからね、頑張らないと」

 

 

靴の紐を結び、穂乃果は立ち上がった。

 

 

「悔いは残したくないから...

だから自分にできることは全部やっておきたい。

私は、μ'sが大好きだから」

 

 

「...!」

 

 

なんだろう...

この気持ちは...

自分のことでもないのに、妙に嬉しいと感じる。

穂乃果のその言葉に光を感じた。

いや、本当はわかってたんだ...

同じくらいとは言わないけど...

俺もμ'sのことを大切に思ってるんだって...

 

確かに初めは真姫が参加したからそう思ったんだと思う...

一歩踏み出したあいつにはどうしても成功して欲しくて...

みんなと何かを成し遂げて欲しくて...

でも今は違う...

学校のために立ち上がった彼女たちを本当にかっこいいと思って...

俺にはない輝きがそこにはあったから...

だから羨ましいとも感じたし...何よりも嬉しかった...

彼女たちが作り出す世界に、俺も希望を感じたから...

 

 

「それじゃあ行ってくるね。

今日は手伝ってくれてありがとう」

 

 

そう言って穂乃果は玄関から出ようとする。

 

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 

「...?」

 

 

彼女たちがこの先、どんな風になるのか見てみたい。

少しでもいいから力になってやりたい。

俺にとってはもう、それほどにμ'sの存在は大きいから...

 

 

「俺も付き合うよ。

ちょっと着替えてくるから待っててくれ」

 

 

「...いいの?」

 

 

「あぁ、穂乃果がよければだけど」

 

 

穂乃果は嬉しそうに振り返った。

 

 

「それじゃあ、一緒に行こう!」

 

 

そしていつものこいつらしく、明るい笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ

 

 

服を着替え、穂乃果と二人玄関から走り出した。

あたりはもうすっかり暗くなっている。

 

 

「毎日走ってんのか?」

 

 

「うん、一時間くらいだけど」

 

 

二人足並みを揃え、夜の街を駆け抜ける。

決して早いペースではないけれど、長距離を走るのにはこのくらいのペースがちょうどいい。

それと隣に穂乃果がいるからか、真姫とはまた違った安心感がそこにはあった。

 

 

「これからは俺も付き合うよ...

お前があんまり無理しないように、雪穂ちゃんにも頼まれたからな」

 

 

「本当に!?」

 

 

穂乃果は嬉しそうに俺に問いただした。

 

 

「本当は一人で走るのは心細かったんだ...

こんな時間だし、みんなを誘うのも迷惑かなと思って」

 

 

俺でよければ付き合うよ...

お前が前を向いて頑張ってる限り、俺もずっと...

 

 

「ヒロくん...

ありがとね」

 

 

「ん?」

 

 

走りながら穂乃果は横で小さく呟いた。

 

 

「別にいいさ、俺も暇だったしな」

 

 

「ううん、それもだけど...

今までも支えてくれてありがとうってこと...」

 

 

俺は何もしてない。

支えたなんて思ってもいない。

だって俺が何もしなくても、お前らは十分よくやってるから。

 

 

 

「また明日も一緒に走ってくれる?」

 

 

ああ、当たり前だよ...

μ'sのリーダーとして、誰よりも頑張るお前をこれからも俺は隣で支えてやりたいから...

いや、理由なんてものはいい...

ただ誰よりもひたむきな穂乃果を、俺はずっと見ていたいとそう思うから...

 

 

「任せとけ!」

 

 

俺がそう返すと、穂乃果は満面の笑みを俺に向けてくれた。

その笑顔に、一瞬ドキッと鼓動が高鳴る。

 

 

「よーし!

なんだかやる気が出てきたよ!

ヒロくん!神社まで競争ね!」

 

 

そう言って穂乃果は俺を置いて全力で走り出した。

 

 

「おい!待てよ!」

 

 

俺も穂乃果に追いつこうと、出遅れて後ろ姿を追いかけた。

 

 

 

 

 



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