東方転生伝 ~もう1人のスキマ妖怪~ (玄武の使者)
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はじめに

にじファンより遅ればせながら移転してきました。

ユーザー名が変わっていますが、気にしてはいけません。

題名こそ、移転前と同じですが、内容は色々変えてあります。

それに伴って、前作で登場したオリキャラが消滅する可能性があります。

あるいは、名前が変わっていたりします。

 

 

 

また、初めての方は以下の点に注意してください。

 

 

・この作品は「東方Project」の二次創作です。

・作者は絶賛東方勉強中なので少し見苦しい作品になるかもしれません。

・この作品には二次設定・原作設定・オリジナル設定を含みます。

・原作キャラの魔改造要素あり。

・オリキャラ登場。

・また、原作設定に独自解釈が含まれます。あと、原作崩壊するかも?

・アドバイス等は受け取りますが、頭ごなしの批判は止めてください。

・私は文才がないので駄作になる可能性大。また、不定期更新です。

 

 

 

なお、この作品は「魔法少女リリカルなのは~聖と闇を従える不屈の少女~」と同時連載になっています。

暇な人はそちらの方も読んでいただけると、嬉しいです。

 

 

 

 

では、始まり始まり~



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第1章 始まり
プロローグ


 

 

 

 

 

 

 

「ららら~♪らんらん♪ららら~♪」

 

 

日本某所。

木造の一軒家や洋風の一軒家が隣接する通りは陽気に歌いながら歩く一人の少女。

髪は金髪だが、顔立ちはれっきとした日本人のモノ。そして、着ている服は何故か巫女服。

普通なら、コスプレのように思われるが、すれ違う町の人はその姿に奇異の視線を抱くことなく、当たり前のように挨拶を交わして去っていく。

その街の人はむしろそれが当たり前なのだ。

なぜなら彼女はこの街にある神社の巫女だからだ。

 

 

「最近日照り続きだな~。こんな時、昔の人は雨乞いとかやってたんだよね~」

 

 

燦々と太陽の光が照りつける通りを巫女服姿の少女は歩いて行く。

少女の目的地はコンビニ。とある週刊誌を発売日当日に立ち読みするのが彼女の日課だ。

そして、目的地の一歩手前の横断歩道で赤信号に引っかかった。

 

 

「ここの信号結構長いんだよね~。交通量は多いんだから長くしてくれてもいいのに。」

 

 

そんな愚痴を呟いていると青信号になっている横断歩道を歩いてくる一人の少女が目に入った。

それと同時に赤信号だというのに猛スピードで突進してくるトラックの姿も・・・・・・

 

 

「っ!!」

 

 

最悪の予感が頭を過ぎった瞬間、少女は駆けだした。

陸上部で鍛えた俊足の追い足は少女を助けるためには十分な速度を出してくれた。

しかし、坂道を下ってくるトラックは徐々にスピードを上げ・・・・・・・

 

 

 

少女は助かったが、その代償として巫女服姿の少女は跳ね飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ららら~♪らんらん♪ららら~♪」

 

 

真っ白な、真っ白な空間。右も左も、上も下も白に染め上げられているため判別できない真っ白な空間で年齢15歳ほどの少女が謳っていた。

 

 

「こんな状況でよく歌っていられるね」

 

 

少女以外誰も居ない真っ白な空間に突如として艶やかな黒髪が目を惹く少女が現れた。

少女は歌を止めて、黒髪の少女に視線を向けた。

 

 

「こうでもしないと精神が可笑しくなりそうですから。

 それにしても、此処は何処ですか?私は死んだはずですよね?

 トラックに轢かれそうになった少女を助けて」

 

 

「ええ。確かに貴女は死にました。でも、ほとんどの人間は自分が死んだことに気付いていないのに・・・・・・」

 

 

「あれだけ身体に激痛が来れば、誰でも死んだと思います。」

 

 

「まあ、どっちでもいいけど。」

 

 

「ところで、貴女は誰ですか?」

 

 

「名前なんて忘れたわ。現代の人が神を信仰することを忘れたせいで、ね」

 

 

「えっと・・・・・・もしかして神様?」

 

 

「そうよ。まあ、消滅しかけの神様だけど。

 死んだ貴女の魂をここに呼び寄せたのは、私の娘を助けてくれたお礼がしたかったから。」

 

 

「へ?」

 

 

少女は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 

 

「貴女が助けたのは私の血を引く娘なの。

 そして、その娘を命を犠牲にして助けてくれた貴女に恩返しがしたかったの。」

 

 

「お、お礼なんていいですよ!!」

 

 

「それじゃあ私の気が収まらないの。

 だから、私の残った神力で貴女を転生させる。それが私の恩返し。

 本当なら、同じ世界に転生させてあげたいけど、私の神力ではそれができない。

 ごめんなさい。」

 

 

神様を名乗る少女は深く深く頭を下げた。

 

 

「そ、そんなの気にしませんよ!!転生させてもらえるだけで十分です!!」

 

 

「・・・・・・ありがとう。」

 

 

神様はにこっと笑みを浮かべた。

 

 

「でも、貴女が転生する世界は危険がいっぱいだから、私の残った神力ありったけを注ぎ込んでその世界で生き残れる力を与える。」

 

 

「どんな世界に・・・・・・あれ、意識が・・・・・・」

 

 

「時間みたい。貴女が次に目を覚めたら、そこは違う世界。」

 

 

「せめて・・・・・・どんな世界に飛ばされるのか・・・・・・教えてくれませんか?」

 

 

何処かに飛びそうになる意識を必死につなぎ止めながら少女は神様に最後の質問をする。

 

 

「えっと・・・・・・“東方Project”の世界」

 

 

「へ?」

 

 

少女はまた素っ頓狂な声をあげて、その後すぐに意識を失った。

意識を失った少女の身体は黒い穴に吸い込まれた。

 

 

「さぁ、貴女たちも。今まで一緒に居てくれてありがとう。

 私はこのまま消えるけど、貴女たちは新しいご主人と行きなさい。」

 

 

少し悲しげな表情を浮かべる神様の手には、茜色の光を放つ球体と青白い光を放つ球体。

その二つの球体は神様に別れを告げると少女が吸い込まれた穴に飛び込んだ。

 

 

「頑張ってね、八雲 ゆかり。」

 

 

 

穴は閉じ、力を使い果たした神様の身体はゆっくりと消滅していく。

しかし、神様は笑顔を浮かべていた。



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第1話 「目覚めのとき」

第1話 「目覚めの時」

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲 ゆかりSide

 

 

――起きてください、主――

 

 

――いい加減起きないと、蹴り飛ばす。――

 

 

「ん・・・」

 

 

閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上げられ、アメジスト色の瞳が露になる。

目覚めたゆかりの目に映ったのは、彼女の顔を覗き込む二人の少女の姿だった。

 

1人は夕日のような茜色の髪と瞳を持ち、もう1人は濃い青色の髪と瞳をしている。

 

 

「ようやく起きましたね。」

 

 

「えっと・・・・・貴女たちは?」

 

 

ゆかりは身体を起こしながら二人の少女に尋ねる。

 

 

「私は焔月。」「ウチは蒼月。」

 

 

二人の少女――焔月と蒼月は自分の名前を名乗った。

 

 

「私と蒼月はあの神様に主を手助けするために遣わされた付喪神です。

今はこのような姿をしていますが、本来の姿は刀です。」

 

 

焔月は淡々と言う。

付喪神(または、九十九神)というのは、長年大切にされてきた物質に神霊や霊魂が宿った存在である。

持ち主が居る時は非常に従順で、捨てられた時は元の持ち主に襲い掛かってくるという。時には妖怪として扱われることもあるが、持ち主が居れば大人しい。

 

 

「詳しいことは此処に書いてあるって言ってた。」

 

 

そう言って蒼月がゆかりに渡したのは、封がされていない一通の便箋。

便箋の中には手紙と、何故か長方形の鏡が封入されていた。ゆかりは手紙を広げて内容を確認する。

 

 

『この手紙を読んでいるということは貴女は焔月と蒼月に会ったでしょう。

 

 貴女が居る世界は一種の並行世界です。貴女が知る世界が微妙に異なる点があるので、注意してください。

 

 本当は安全な時代に送りたかったのですが、私に残された神力では叶いませんでした。

 

 代わりと言ってなんですが、スキマ空間の中に役に立ちそうな道具と服をいれておきました。

 

 どうか活用してください。

 

 

そして、焔月と蒼月のこと、よろしくお願いいたします。』

 

 

いや、転生させてくれただけで十分だけど・・・・・・物凄く気になる単語があるんだけど?

スキマ空間って・・・どう考えてもあの人が持っている能力だよね?

 

 

ふと一緒に入っていた長方形の鏡に目を向けると、当然ながらゆかり自身の顔が映し出されている。

しかし、ゆかりはそこに映し出されているのが自分の顔だとすぐには気付かなかった。そして、思考を追い付いた時ゆかりは絶叫した。

 

 

「え・・・えええぇぇぇ!?」

 

 

見間違いかと思い、鏡を見直しても映し出される顔は変わらない。

 

 

「主、落ち着いて。」

 

 

「ご、ごめん・・・・・・」

 

 

焔月に言われてパニック状態に陥っていた精神を落ち着かせて、再び鏡に映る自分の姿を確認する。

 

 

どこからどう見ても“八雲 紫”だよね?東方projectに出てくる幻想郷の創始者にして、あらゆる境界を操ることができるあのスキマ妖怪。

体型は私の方が幼いけど、顔立ちとか瞳の色とかはまったく一緒だ。

 

 

「蒼月、焔月。この姿について名を無くした神様は何か言ってた?」

 

 

ゆかりの質問に二人は首を横に振った。どうやら何も聞かされていないらしい。

 

 

「くしゅっ!!」

 

 

刹那、蒼月が可愛らしいくしゃみをした。今さらながらだが、焔月も蒼月もゆかりも衣服を身に付けていない。

 

 

「さすがに寒いね。服を着ないと・・・・・」

 

 

ゆかりは虚空に指をなぞらせた。すると、虚空にポッカリと黒い裂け目――スキマが開かれた。

初めて能力を使用した感動を無視して、スキマの中に右手を突っ込む。そして、名無しの神様が入れておいてくれた衣服を取り出した。

 

 

「焔月と蒼月のは・・・コレか。」

 

 

さらにスキマを漁り、焔月と蒼月の衣服も取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

少女たち着替え中・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「さすがに服装は違うか。」

 

 

名を失った神様に貰った衣服は、純白のブラウスに前開きになった紫紺のロングスカート。

足には黒革のブーツと黒色のストッキングというかなり現代チックな動きやすい衣装だ。

 

 

「二人も着替え終わった?」

 

 

「はい。」

 

 

「同じく。」

 

 

焔月は燃え盛る深紅の炎が刺繍された茜色の着物。しかし、動きやすいように少し前開きになっており、袖の部分は本体とは別になって二の腕あたりで止められている。

蒼月は俗に言う壺装束を改造したモノ。色は濃い青色で裾が短くなっており、帽子もない。

 

 

「さて、と。落ち着いた所で聞きたいんだけど、この状況は?」

 

 

ゆかりは周りをあおぎながら、焔月と蒼月に問う。

 

ゆかりたちの周囲はとても荒れていた。

植物たちは枯れ、湖の水は干上がって底が見えるようになっている。上空には局地的な雷雲が発生し、小さく雷鳴を轟かせている。

しかも、動物や昆虫などの生きるモノの気配がまったくない。どう考えても異常な光景である。

 

 

「多分、竜脈が乱れてるせいだと思う。」

 

 

「本来、いくつかの竜穴には必ず管理者が居る。だけど、此処にはその管理者が居ない。」

 

 

「それってかなり不味いんじゃあ・・・・・・」

 

 

私は風水は大して知らないけど、竜脈がどういうものかはある程度知ってる。

竜脈は大地、つまりは地球の“気”が流れる血管のようなモノ。それが乱れてるってことは、人間でいうと血液の流れが乱れてるようなもの。

植物が枯れてるのも、竜脈が乱れているのが原因だと見て間違いない。

 

 

「そうですね。このままほおっておくと良からぬ事態になるのは確かです。」

 

 

「何か方法は?」

 

 

「簡単な話です。竜脈の流れを正してあげればいいんです。」

 

 

「ウチは竜脈の乱れの原因を探る。焔月、そっちは頼んだ。」

 

 

蒼月の頼みに焔月はしっかりと頷く。

蒼月は地面に手を当てて意識を集中させる。

 

 

「えっと・・・もしかして、私が竜脈をコントロールするの?」

 

 

「当然です。作業はそんなに難しくないので大丈夫です。」

 

 

「はあー・・・転生した途端大仕事とはね。先が思いやられるよ。」

 

 

ゆかりは自分の不運を呪った。

 

 

「焔月、原因分かったよ。竜脈を流れるエネルギーが上手く逃げてないんだ。」

 

 

「分かりました。では、主。地面に手を当てて竜脈を流れるエネルギーを掴んでください。」

 

 

「うん。」

 

 

ゆかりは両手のひらを地面に密着させて、集中力を高めるために目を閉じる。

膨大なエネルギーが溜まりに溜まっているので、竜脈のエネルギーを掴むのは簡単なことだった。

 

 

「では、そのエネルギーを誘導してください。私たちも補助します。」

 

 

「誘導って・・・・・何処に誘導すれば良いの?」

 

 

「主は溜まったエネルギーを大地に返すように誘導してください。」

 

 

大地に返すように、って抽象的に言われても・・・・・・。取り敢えず地核辺りに返せば良いか。

竜脈が人間でいう血管なら、地核は心臓みたいなものだし。

 

 

そう考えてゆかりはエネルギーを地下深くになが込むようなイメージを浮かべる。すると、不思議なことに掴んでいたエネルギーの欠片がイメージ通りに地下に進んでいく。

そして、その道をなぞるかのように限界以上に溜まったエネルギーが流れていくのをゆかりは感じた。

 

 

「成功です。」

 

 

「ふぅ、初日からこんな事態に出くわすなんてね。助かったよ、焔月に蒼月。」

 

 

「貴女を補助するのがウチらの仕事だから。それに、ウチらは貴女の道具。

道具は使い手が居ないと意味がない。」

 

 

「私としては、貴女たちを道具扱いしたくないけど・・・・・・取り敢えずよろしく。」

 

 

こうして、八雲ゆかりの波乱に満ちた異世界での生活が幕を開けた。




のっけからの大幅修正。もはや前作の欠片すら残されていない。


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第2話 「遭遇」

第2話「遭遇」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

焔月Side

 

 

「すぅ・・・すぅ・・・」

 

 

乱れていた竜脈を整えた後、ゆかりは枯れた樹の幹を枕代わりに眠りについていた。

慣れない作業に疲れてしまったのだろう。規則的な寝息が静かな夜空に響いている。

 

 

「よく、寝てる。」

 

 

焔月はゆかりの顔を覗き込みながら、クスッと微笑みを漏らした。

 

 

「焔月。」

 

 

「蒼月?何処に行ってたの?」

 

 

「周囲に妖怪が居ないか見てきた。」

 

 

そっか。そういえば、この時代は妖怪がまだ普通に生きてるんだった。

前の世界には、もう妖怪なんて空想上の生き物になってるから忘れてた。

 

 

「でも、蒼月。私たちは使い手が居なければまともに戦うことはできない。

下手をすれば、妖怪に襲われて・・・・・・」

 

 

「そんなこと分かってる!!」

 

 

蒼月は怒鳴るような口調で言った。

しかし、ゆかりが眠っていることに気づいて声量を小さくした。

 

 

「だけど、ウチは・・・・・・もう二度と担い手を失いたくない。」

 

 

「・・・・・・」

 

 

もう二度と担い手を失いたくない、か。

私たちの元主、理之神は今の主をこの世界に転生させるために遺された神力を使い果たした。

信仰を失い、神力を使い果たした神様に待ち受けるのは消滅という終わり。

つまり、理之神は・・・・・もう居ない。まあ、あの時代だと消滅する神様は少なくはなかったけど。

 

 

 

焔月は少し悲しげな表情を浮かべた。

ゆかりが居た時代は神様という存在がほとんど信じられていない。神社ももはやパワースポットに近い状態になっている。

科学の発展が古き信仰を否定していった結果、神様は“本当の”信仰を得ることは不可能に近い状況になった。

 

 

「ウチらは使われるのが本能の道具。だから、今度こそ、担い手は守る。」

 

 

「まあ、それには賛成。」

 

 

そう言って焔月は地面に寝転がった。

夜空を仰ぐ焔月の姿を淡く光る三日月が照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

 

 

八雲ゆかりSide

 

 

翌日は生憎の雨だった。空は厚い雲に覆われて、ザーザーと雨を降らせる。

枯れた植物に恵みを与えるように降り注ぐ雨をゆかりたちは洞窟の中で凌いでいた。

 

 

「うーん・・・いろいろ入ってるね。」

 

 

外に出ることができないゆかりたちは、その時間を利用して名を失った神様に与えられた道具を確認していた。

 

 

・植物大図鑑

・何も書かれてない短冊

・携帯書道セット

・何も書かれていない本

・二つの鞘と身体に巻きつけるためのベルト

 

 

確認しただけで、以上の6点がゆかりのスキマに入れられていた。

 

 

「植物大図鑑は分かりますが、何故短冊?」

 

 

「そっか、焔月は知らないんだね。」

 

 

「何を、ですか?」

 

 

「私の家系は巫女だったからね。独自の陰陽術が使えるの。」

 

 

まあ、八雲式符術の扱いに関しては妹の方が私も優れているけどね。

私も一応覚えてはいるけど、使えない術が多い。私は剣舞の方がメインだし。

 

 

「ですが、主の身は人ではなく妖怪です。なのに、陰陽術が使えるのですか?」

 

 

「それが問題なんだよね~」

 

 

私が知ってる八雲式符術は全て霊力を流し込んで初めて発動する。だから、妖力を流し込んでも発動しない。

たとえるなら、交流対応の電化製品に直流の電流を流すようなモノ。つまり、無意味。

いや、改良すれば妖力とかでも使えるようになるけど・・・私は符術の改良なんてできない。

 

 

ゆかりは苦笑いを浮かべながらそんなことを考えた。

その時、洞窟周囲の探索に出ていた蒼月が戻ってきた。

もちろん、雨を避けるためにスキマに入っていた唐傘を持って。

 

 

「今戻りました」

 

 

「お帰り、蒼月。周囲の状態はどうだった?」

 

 

「妖怪や妖精の姿は見受けられませんでした。竜脈が落ち着いてもこの辺りの生態系が元に戻るにはもう少し時間が掛かりそうです。」

 

 

「そう・・・・・・」

 

 

まあ、外の状態を見る限り竜脈は結構長い間乱れてたみたいだし、一度狂った生態系が元通りになるには永い時間が必要になる。

下手をすると、もう元の状態には戻らないかもしれない。

 

 

「それよりも、今がどの時代か分かる?」

 

 

ゆかりの質問に蒼月は首を左右に振った。

 

 

「ただ、かなり昔だと思います。麓の方で縦穴式住居と思われる跡があったから・・・・・・」

 

 

「古くて縄文時代。稲作の跡があれば、弥生時代ぐらいだと思うけど・・・・・・・・・・」

 

 

「どっちにせよ、情報が少なすぎます。」

 

 

「そうだね。早合点するべきじゃない」

 

 

そう言ってゆかりは冷たい岩壁に身体を預けた。

雨足が少し弱くなり、雨の音も弱くなってきた。同時に、ペタペタと誰かの足音が雨音に混じって聞こえてきた。

 

 

「焔月、蒼月。」

 

 

「「はい。」」

 

 

ゆかりたちが雨宿りしている洞窟に近付いてくる足音は当然ながら焔月にも蒼月にも聞こえていた。

2人の姿が光の粒子となって霧散した。代わりに、ゆかりの手に二振りの剣が顕現した。

 

右手に握る剣は茜色の刀身が枝分かれしており、刃紋が燃え盛る炎のように浮かび上がっている。

対して、左手に握る剣はスマートな濃い青色の刀身であるが、幅が普通の日本刀よりも少し広くなっている。

 

 

九十九神である焔月と蒼月が本来の姿を現した。

 

 

「・・・・・・」

 

 

近付いてくる足音を警戒するゆかり。

足音はだんだん大きくなり、おそらく10メートル圏内には居るだろう。

 

 

「来た・・・・・・」

 

 

ゆかりの前に現れたのは、齢12ぐらいの少女だった。

顔をうつ向かせているため、顔立ちや表情はわからない。しかし、敵意らしきものは感じられない。

 

 

「・・・・・・」

 

 

「?」

 

 

ゆかりの前に現れた少女の身体がぐらついたかと思うと、そのまま前めりに倒れ込んでしまった。

 

 

「ちょ、ちょっと!!どうしたの!?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

ゆかりが問い掛けても少女は何も応えない。生きてはいるようだが、かなり衰弱しているようだ。

少女の身体をよく見てみると、背中に鋭利な刃物で切られたような傷痕――しかも、ついさっき受けたと思われる――があった。

 

 

「っ!!」

 

 

その時、ゆかりは大きな力を持つ何かが近づいてることに気付いた。

雨に濡れることを無視して、洞窟から飛び出したゆかりの前に現れたのは・・・・・・

 

 

「ぐおぉぉぉぉっ!!」

 

 

五本の龍のような首を持つ異形だった。

 




文字数が前作よりも圧倒的に少ない。具体的に言うと1000字くらい少ないです。


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第3話 「初戦闘」

第3話 「初戦闘」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しとしとと降り注ぐ雨の中、八雲 ゆかりは突然現れた異形の存在と対峙していた。

 

黒い巨大な毛玉のような身体から生える龍のような五つの頭部。

さらに、身体からは八本の足がはえており、蜘蛛のように足で巨大な身体を支えている。

外見は気持ち悪いだけだが、間近で対峙しているゆかりはそいつが放つプレッシャーをとても感じていた。

 

 

「さっきの女の子を襲ったのはコイツみたいね。」

 

 

ゆかりは1人呟きながら焔月と蒼月を構える。

それを開戦の合図と受け取ったのか、異形の妖怪は重低音をあげてゆかりに襲い掛かっている。

 

 

「よっ、と。」

 

 

異形の妖怪は大きくジャンプして、空中からゆかりに襲い掛かった。

ゆかりは利き足で跳躍し、刀身が長い焔月を横に薙いだ。少し粘性のある泥のようなものが辺りに飛び散る。

 

 

「八雲式剣舞・壱の舞、絢爛烈華!!」

 

 

利き足を戻し、異形の妖怪の真横から縦横無尽に焔月と蒼月で切り刻む。

異形の妖怪はうめき声をあげると、生えた五つの頭部すべてをゆかりに向けた。

 

 

(来るっ!!)

 

 

ゆかりの直感が脳に警鐘を鳴らした。

そして、ゆかりが回避行動に移るのとほとんど同時に五つの頭部から火炎弾が連続で放れる。

ゆかりは軽快なフットワークで五つの火炎弾を全て避ける。

 

 

《主》

 

 

ゆかりの右手に握られた焔月がゆかりを呼んだ。

 

 

「何?焔月。今絶賛戦闘中だから、要件は手短にして欲しいんだけど?」

 

 

《説明し忘れてましたが、私はあらゆる炎を吸収することができます。

先ほどの火炎弾も吸収できます。》

 

 

「そういうことは先に言って、よ!!」

 

 

異形の妖怪は五つの首の1つを使ってゆかりを呑み込もうと考えた。

しかし、呑み込もうとして大きく当てた口の中に蒼月を容赦なく突き刺すと、異形の妖怪は苦しみ悶えた。

それを好機と見たゆかりは異形の妖怪との距離を一気に詰めた。

 

 

「八雲式剣舞・玖の舞、双華連牙剣舞・十二連!!」

 

 

蒼月と焔月による全部で十二の太刀筋が異形の妖怪の身体を縦に、横に、斜めに切り裂いていく。

異形の妖怪の身体が切りされる度に鮮血の代わりに粘り気のある泥のようなモノが飛散した。

 

 

「まだまだぁ!!」

 

 

二連撃、三連撃と流れるように攻撃を繰り返すゆかり。

果敢に攻め立てるゆかりだが、長年培ってきた直感が警鐘を鳴らした。攻撃をストップして、バックステップ。

刹那、ゆかりが居た場所を先ほど蒼月を突き刺された首が噛みついた。

 

 

「蒼月で確実に突き刺したけど・・・・・・再生したのかな?」

 

 

《そうみたいです。ウチが監視していましたが、何か術を使った気配はありませんでした。》

 

 

相手の動向を警戒しながらゆかりは対策を考える。

 

 

(再生する速度はそれほど速くないけど、耐久力が高いから倒しきれない。

少し高威力な攻撃が欲しいところだね。)

 

 

異形の妖怪もゆかりを危険因子と認定したのから、迂闊に攻撃してこない。気持ち悪い見た目だが、それなりに知能はあるようだ。

 

 

《主ゆかり、私と焔月の力を使ってください。》

 

 

「焔月と蒼月の力?」

 

 

《はい。ウチらは妖力を雷と炎に変換することができます。注ぎ込んで貰えれば全自動で変換します。》

 

 

「じゃあ、遠慮なく使わせてもらうよ!!」

 

 

ゆかりは地面を蹴り、異形の妖怪に肉薄する。

焔月はその長い刀身に焔を纏わせ、蒼月はゴツい刀身に蒼白い雷を纏わせていた。

 

 

「八雲式剣舞・壱の舞、絢爛烈華!!」

 

 

縦横無尽に舞う斬撃が再び異形の妖怪に襲い掛かる。

さらに、焔月の焔がその妖怪の肉体を焼き、蒼月の雷が妖怪の肉体を穿つ。

 

ゆかりと異形の妖怪との間には埋めようのない決定的な実力の溝があった。

 

 

「はあぁぁぁぁあ!!」

 

 

ボッ!!という音をあげて焔月が纏っていた焔がより一層強くなり、降り注ぐ雨粒すら蒸発させる。

刹那、ゆかりは焔月で異形の妖怪の身体をまっ二つに切り裂いた。さらに、焔月の焔が肉体を焼き尽くしていく。

 

 

「もう再生する暇なんて与えない!!」

 

 

――全てを撃ち砕く轟雷(ヴァーティカルブラスト)!!――

 

 

蒼月の刀身から蒼白い雷が放たれた。

放たれた雷は残った異形の妖怪の残骸を1つ残らず撃ち抜いた。

飛び散った泥は本体を倒されたせいで消滅し、異形の妖怪が再生するような様子はなかった。

 

 

「ふぅ・・・お疲れ様。二人とも元に戻っていいよ。」

 

 

《 《はい。》 》

 

 

刀剣状態の焔月と蒼月が姿を消し、代わりに人間形態に戻った焔月と蒼月がゆかりの傍らに立っていた。

すでに雨は止み、薄く張っていた霧は完全に晴れていた。

 

 

「あ~さすがにあれだけ動くとお腹が減るわね。妖怪だから死ぬことはないけど。」

 

 

そう言ってゆかりは空腹をアピールするように下腹部を擦った。

しかし、新たなる異変が(少し)疲弊しているゆかりたちに襲い掛かった。

 

 

先ほど消滅を確認した筈の異形の妖怪の破片が再び、しかも唐突に現れて1箇所に集まっていく。

ゆかりたちは先ほど倒した異形の妖怪が再生すると思い、距離を開ける。

すべての破片が集まると、破片は粘土のように人の形を造り上げた。

そして、粘土の表面に皹が入り、ボロボロと崩れ落ちていくと・・・・・・

 

 

「女の、子・・・・・?」

 

 

出てきたのは、全裸の少女だった。

年齢は5~8歳ぐらいで髪は水色、瞳は澄んだ水のようなクリアブルー。そして、背中には半透明の羽根が三対六枚揃って生えている。

 

 

「酷い目にあったわ~」

 

 

少女がパチンッと指を弾くと、真新しい衣服が一瞬で構築された。

 

 

「助けてくれて、ありがとございます。わたくしはシアンディーム。この土地に住まう水の妖精です。」

 

 

そう自己紹介すると、シアンディームと名乗った少女はゆかりたちにニコリと微笑みを向けた。



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第4話 「宵闇の妖怪」

第4話「常闇の妖怪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲 ゆかりside

 

 

異形の妖怪を無事に討伐した八雲 ゆかりたちは“水の妖精”と名乗るシアンディームを連れて洞窟まで戻ってきた。

異形の妖怪よりも少し前に現れた少女の方はまだ意識を失っている。

 

 

「それで?貴女はさっきの妖怪とどういう関係なの?」

 

 

「えっとですね・・・・・・あの妖怪は妖精喰らいという特殊な妖怪です。

わたくしはその妖怪に取り込まれていたんです。貴女たちのおかげで解放されましたが。」

 

 

妖精喰らい・・・フェアリー・イーターね。まあ、スキマ妖怪が居る時点で聞いたことのない妖怪が出てきてもおかしくはないか。

そして、あの再生能力はシアンディームを取り込んだことで手にいれたものだったわけか。妖精を殺すには自然そのものを破壊しないといけないし。

 

 

「あのままでは、わたくしはずっと妖怪に取り込まれていました。

本当にありがとうございます。」

 

 

そう言ってシアンディームは深々とお辞儀した。

 

 

「気にしなくていいよ。偶々、妖怪を倒したら貴女が助かっただけ。」

 

 

「それはそうかもしれませんか・・・・・・」

 

 

シアンディームは納得できずに少し不満そうな表情を浮かべた。

 

 

「主ゆかり、目が覚めたようです。」

 

 

意識を失い、閉じられていた瞼がゆっくりと開かれた。

 

 

「ここ、は・・・・・・?」

 

 

「気が付いた?」

 

 

意識が戻った少女は身体を起こした。

ゆかりよりも濃い色の髪に闇を彷彿させる漆黒のワンピース。瞳は深紅に輝いており、口元から鋭い歯が見える。

 

 

「貴女たちは、食べてもいい人類?」

 

 

少女が開口一番に呟いた言葉はその場の空気を凍り付かせるには十分だった。

 

 

「私たちは人間じゃないから、美味しくないよ?というか、食べちゃダメ。」

 

 

真っ先に正気に戻ったゆかりがそう言うと、少女はしょぼくれた。

 

 

「そーなのかー・・・・・・」

 

 

うん。今のやり取りで分かった。

この子、博麗の巫女に封印を施される前のルーミアだ。確かにルーミアの面影があるし、間違いない。

 

 

「貴女、名前は?」

 

 

焔月が問う。

 

 

「私は“常闇の妖怪”ルーミア。」

 

 

「じゃあ、ルーミア。貴女は何でこんな場所をさ迷ってたの?」

 

 

「あ~・・・ちょっと変な妖怪に不意打ちを喰らってね。しかも、妖力も根こそぎ持っていかれて、この様」

 

 

ルーミアは自嘲の笑みを浮かべた。

ルーミアの髪には雨でどろどろになった泥が付着し、着ている衣服はあちこち切れている。

 

 

「正直に言うと、妖力が空っぽで身体を起こすのも辛い。だから、早く私の目の前から消えた方が良い。」

 

 

「穏やかではありませんね。助けてもらった相手への言葉とは思えません。」

 

 

「助けてもらった覚えはないけどね。さっきも言ったけど、私はほとんど妖力が残っていない。

だから、さっきから本能が囁くんだよ。目の前に貴女たちを食べて妖力を補給しろってね。

私が出ていくのが筋なんだろけど、何せ歩くのも辛い状態だからね。」

 

 

つまり、ルーミア自身はゆかりたちを食べることを拒否しているが、ルーミアの生存本能がルーミアの意識を塗り潰そうとしている。

だから、ゆかりたちが自分から離れてくれることを望んでいるのだ。

ルーミアの深紅の瞳を見てみると、理性の光が消えかかっている。こうして会話を交わしてる間にもルーミアは何とか生存本能を抑え込もうとしていたのだろう。

 

 

「もうあんまり持ちそうにない・・・・・・」

 

 

「・・・・・・」

 

 

ゆかりは自分の右手を左腕に当てた。

そして、何かしらの細工を施した左腕をルーミアに突き出した。

 

 

「食べなさい。」

 

 

ゆかりの言葉に焔月、蒼月、シアンディームは驚いた。

すぐに焔月と蒼月が止めようとするが、焔月と蒼月が止めに入る前にルーミアは鋭い歯をゆかりの左腕に突き立てた。

ゆかりの皮膚を破って溢れた血がルーミアの喉を潤すと、ルーミアの身体から漆黒の闇が溢れ出した。

漆黒の闇はルーミアの身体とゆかりの左腕を包み込んだ。

 

 

「主!!一体何をしてるんですか!?」

 

 

「何って・・・餌付け?」

 

 

生々しい音を立てながらルーミアはゆかりの左腕を咀嚼する。

かなりの激痛に襲われている筈なのに、ゆかりは平然としている。

 

 

「餌付けしてどうするんですか!?とにかく、早く腕を抜いてください!!」

 

 

「はいはい。」

 

 

そう返事しながらゆかりは闇から左腕を引き抜いた。

ゆかりの左腕は二の腕よりさっきが綺麗に食い千切られており、ボタボタと血が垂れていた。シアンディームも蒼月も顔を真っ青にしている。

 

 

「リザレクション。」

 

 

刹那、ルーミアに食い千切られてた左腕の断面が発火した。火は大きくなり、ゆっくりと失った左腕の代わりになるように形を変えた。

火が消えると、失なわれた筈の左腕が完全に元に戻っていた。

 

 

「さすがは竜脈のエネルギー。妖怪の再生力をここまで高めるなんてね」

 

 

従来の再生力を竜脈のエネルギーを利用して極限まで高めて、蓬莱人みたいな再生力を発揮できる。

まだ予想の段階だったけど、上手くいって良かったよ。まあ、死ぬくらい痛くて最早痛みと認識できなかったけど。

 

 

「ふぅ~ごちそうさまでした♪」

 

 

少し時間が経つと、闇が消滅して食事を終えたルーミアが出てきた。

妖力を補給できたおかげか、ルーミアの背丈は少し伸びて衣服も修復されていた。

そして、消えかけていた理性も元通りに戻ったようだ。

 

 

「主」

 

 

焔月はポンッとゆかりの肩に手を置いた。

ニコニコと笑みを浮かべる焔月だが、ゆかりはその背中に般若の姿を幻視した。

 

 

「えーと・・・焔月?」

 

 

「少しお話しましょうか。」

 

 

そう言うや否や、焔月はゆかりの襟首を掴み、洞窟の外に連れ出した。

 

 

「「「御愁傷様~」」」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

数時間後、焔月とゆかりが戻ってきた。

焔月の目尻が赤く腫れているところを見ると、泣き落としを慣行したようだ。

ついでに、焚き火を焚くための薪も採って来たので、早速焚き火を付けることになった。

 

 

「そういえば、ルーミアには自己紹介してなかったね。」

 

 

焚き火の準備をしながらゆかりはふと、思い出したように言った。

ちなみに、シアンディームらはゆかりが焔月に説教を喰らっている間に自己紹介を済ましている。

 

 

「私は八雲ゆかり。最近生まれたばかりの妖怪。」

 

 

「わたしもそんなに変わらないよ?ざっと10年ぐらいしか生きてないし。」

 

 

「それでも、私からみれば見れば十分年上だよ。

 私なんて生まれてから、まだ一週間も経ってないんだから。」

 

 

そう言いながらゆかりは焔月の力を借りて、薪に火を付ける。

薪が燃え始めて洞窟の中を怪しく薄暗く照らし出す。

 

 

「ルーミアはこれからどうするの?」

 

 

「今までと同じように1人でふらふらと放浪するだけかな? 

 何度か討伐されそうになったけど。」

 

 

「ねえ、ものは相談なんだけど、私たちと一緒に来ない?」

 

 

「ゆかりたちと?」

 

 

「そ。一緒に居る方が何かと心強いでしょ?」

 

 

ゆかりの提案にルーミアは少し考え込む。

 

 

「そうだね。わたしも討伐されるのは嫌だし。」

 

 

「じゃあ決まり♪これからよろしく」

 

 

「こちからこそ」

 

 

 



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第5話 「10年後」

第5話 「10年後」

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲 ゆかりside

 

 

八雲 ゆかりが『東方project』の転生を果たしてから10年の月日が流れた。

シアンディーム、ルーミアという新しい仲間を得たゆかりはいつの間にか竜脈を流れるエネルギーの溜まり場付近を縄張りとする妖怪になっていた。

最初こそ、竜脈の乱れによって枯れ果てていた大地だったが、10年も経つと豊かな場所になった。

 

 

「八雲式剣舞・弐の舞、雀蜂!!」

 

 

ドスドスドス!!と突きの三連撃が太った猪の身体に突き刺さる。猪はそのまま力尽きた。

 

 

「今日の食事、確保。戻ろうか?」

 

 

《 《はい。》 》

 

 

ゆかりは刀剣状態のまま焔月と蒼月を例の神様から受け取った専用の鞘に納めると、つい先ほど仕留めた猪を豪快に担いだ。

 

 

「あれから10年。妖精や動物も結構増えてきたね。」

 

 

《自然や生態系が元の状態に戻りつつある証拠です。》

 

 

「だね。」

 

 

それにしても、シアンディームといいこの辺りの妖精って知能が高いんだよね。竜脈のエネルギーの影響かな?

 

 

そんなことを考えながら、ゆかりは寝床になっている洞窟に足を向けた。

 

 

 

・・・

 

 

・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ただいま~。」

 

 

「おかえり~」

 

 

洞窟に戻ると、ルーミアが瞳を閉じて瞑想していた。

慣れた光景なので、ゆかりは気にすることなく狩ってきた猪の解体作業に取り掛かる。

 

 

「何か異常は?」

 

 

「現在何もなし。ちらちらと妖怪の姿が見えるぐらいかな?」

 

 

ルーミアは目を閉じたまま答えた。

ルーミアは使い魔(式神)を通じて、縄張り一帯を監視している。その使い魔は視覚や聴覚をルーミアと連結させているので、何か見つければそれがダイレクトにルーミアに伝わるようになっているのだ。

ちなみに、ルーミアが使っている式神は八雲式符術の一端であり、本来は霊力を持たないルーミアは使えない。

しかし、ゆかりは“妖力”と“霊力”の境界を弄くることでその問題を解決したのだ。

 

 

「シアンはどうしたの?」

 

 

「果物を採りに行った。そろそろ戻ってくると・・・・・・侵入者発見。」

 

 

「場所は?」

 

 

「縄張りのちょうど入口だね。」

 

 

猪を解体していた手を止めてスキマを広げるゆかり。そして、スキマを通じて侵入者の姿を確認する。

ゆかりの縄張りに入ってきたのは、集落規模の団体。すぐに侵入者を発見した妖精に囲まれていた。

 

 

「ねぇ、ゆかり。あの人たち食べて良いかな?」

 

 

「あの侵入者たちが無作法な輩だったらね。」

 

 

そんな物騒な会話を交わしながら、ゆかりはスキマを通じて聞こえてくる声に耳を傾けた。

 

 

―――お願いします!!少しだけでも、私たちに食糧を分けてください!!―――

 

 

若い男性が妖精たちに必死に懇願する。妖精たちも困ったような表情を浮かべている。

 

 

「仕方ない。」

 

 

ゆかりは解体途中の猪を放置してスキマの中に潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうするよ?」

 

 

「うーん・・・あの態度が演技かもしれないしね。」

 

 

侵入者を取り囲んでいた妖精たちは小声で侵入者の扱いを相談していた。

妖精たちは過去に何度か実った作物で金儲けを考える奴らに森を荒らされそうになってから、侵入者に対して強い警戒心を持っている。

此処に住む妖精たちは総じて知能・戦闘能力が高い。なので、森を荒らすような輩には容赦なくその力を振るって追い出す。

人間たちが過去に森を荒らしたのもあって、侵入者を非常に警戒している。

 

 

「此処はやっぱり・・・・・・」

 

 

「ゆかり様に相談するべきね!!」

 

 

「じゃあ、喚んでくる!」

 

 

「その必要はないわ。」

 

 

「あ、ゆかり様だ!!」

 

 

「実はこの人たちが・・・・・」

 

 

「事情は分かってるわ。後は私がやるわ。」

 

 

ゆかりがそう言うと、妖精たちはそれぞれ自分の住み処に帰っていった。

 

ゆかりは不思議と妖精に好かれている。彼女の人柄なのか、妖精たちの気紛れなのかは分からないが、縄張り内に住む大半の妖精はゆかりのお願いを聞いてくれる。

 

 

「さて、こんな辺境にある私の縄張りに何の用ですか?

もしこの土地を侵略しようという魂胆なら、容赦なく排除します。」

 

 

焔月を抜き、ゆかりは殺気を放つ。

 

 

「わ、儂らはこの土地を侵略するつもりはない!!」

 

 

若い男性に変わって、少し年老いた中年の男性が人混みを掻き分けて前に出てきた。

 

 

「儂らは安住の地を探しているのじゃ。すまぬが、この土地の一部を貸して貰えぬか?」

 

 

うーん・・・嘘をついているようには見えないけどね。そもそも、この時代は結構土地が余ってる筈なのに、態々こんな辺境に出向く必要はない。

 

 

「何か、訳ありなのかしら?」

 

 

「そ、それは・・・・・・」

 

 

中年の男性は口ごもった。

すると、白い外套のフードで顔を隠した10歳前後の子供がその男性の裾を引っ張った。

 

 

「・・・・・・」

 

 

「いや、ダメだ!!」

 

 

ぼそぼそと小さな声で男性に話し掛ける子供。

何を言っているかはゆかりにも分からないが、どうやらその男性に何か提案しているようだ。

 

 

「・・・・・・。・・・・・・・・!!」

 

 

「む、むぅ・・・・・・」

 

 

子供は男性を言いくるめると、ゆかりに見えるように顔を隠していた白いフードをとった。

 

子供の正体は日本人形のような白い肌に艶のある黒い髪を持つ少女だった。その整った顔立ちは異性を惹き付けるほど美しい。

しかしながら、その少女には普通ならあり得ないものが生えていた。

 

それは黒い髪の合間から顔を覗かせる黒い毛並みの猫の耳と尾てい骨辺りから生えている2本の猫の尻尾。

 

 

「儂の娘はこのように妖怪憑きで・・・。役人が娘の首を差し出せと脅してきたのです。

儂らはこの子のおかげで大変助かりました。そのような子を見捨てるわけにもいかず、村総出で逃げてきたのです。」

 

 

妖怪憑き・・・多分猫又に憑かれたみたいだね。猫又って、結構悪いイメージが定着してるけど、単に長生きしただけの猫なんだよね~。

でも、普通なら追い出したり、迫害する妖怪憑きを匿うってことは、信用しても大丈夫そうだね。

 

 

「・・・・・・」

 

 

ゆかりは無言で手を翳した。

すると、スキマが開いて木の実が沢山出てきた。

 

 

「良いでしょう。妖怪を庇うあなた方を信用してこの土地を貸し出しましょう。」

 

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 

「ええ。ただし、いくつかの条件があります。」

 

 

ゆかりの言葉に少し身構える中年の男性。

 

 

「収穫の一部を私たちに分けること、無闇に生きてる樹を斬り倒さないこと。これが私の土地を貸し出す条件です。」

 

 

ゆかりから提示された条件にみんな面食らった。その表情を楽しむかのようにゆかりはクスクスと笑う。

 

 

「そんな簡単なもので良いのですか?」

 

 

「あら?もっと厳しい条件にして欲しいのかしら?」

 

 

「め、滅相もございません!!」

 

 

「ふふ♪じゃあ、頑張ってね。」

 

 

「それはお裾分けよ。好きなだけ食べていいわ」

 

 

そう言い残してゆかりは立ち去ろうとした。

しかし、先ほどの年老いた男性に声を掛けられて足を止めた。

 

 

「な、名前を教えてもらえないだろうか?」

 

 

 

「私は八雲 ゆかり。この辺りを縄張りとする妖怪よ。

 何か困ったことがあったら、湖の畔まで来るといいわ。」

 

 

そう言って、ゆかりは今度こそ立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~洞窟~

 

 

「ただいま~」

 

 

「遅かったね。」

 

 

ゆかりが戻ると、洞窟内に芳ばしい肉の香りが漂っていた。

ルーミアたちが猪の肉を焼いていたのだ。木の実を採りに行っていたシアンディームも戻っている。

 

 

「焔月、蒼月。戻って良いよ。」

 

 

鞘に入っていた焔月と蒼月が光の粒子となって霧散し、人の姿で再構築されていく。

 

 

「ゆかり、あの人間たちを住まわせて良かったの?」

 

 

「妖精たちも少し騒いでましたよ?」

 

 

「遅かれ早かれ、この土地にも人間が住み着く。それがちょっと早まっただけ。」

 

 

二人にそう説明しながら、ゆかりは骨付きの猪の肉にかぶり付く。

 

 

「それにあの人間たちが約束を破るようなら、すぐにでも滅ぼすよ。」

 

 

ゆかりはそう断言した。

ルーミアもシアンディームもゆかりの言葉が本気であることを察して、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 



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第6話 「新たに生まれ出でる妖怪」

第6話 「生まれ出でる妖怪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???side

 

 

「此処は・・・・・・」

 

 

薄暗い森の中。

人が立ち入るような気配のない鬱蒼としたその森の中で1人の幼い少女が目をさました。

 

瞳は鮮やかな朱色で、髪は黒。しかし、髪の先端の方は色素が薄くなってしまい、灰色に近い色になっている。

その身に纏う法衣(ローブ)のような衣服は黒と朱色で彩飾されており、背中に設けられた穴から燕のような翼が顔を覗かせていた。

 

 

「此処は、どこ?」

 

 

少女は樹にもたれ掛かったまま、キョロキョロと周囲の様子を窺う。

少女の視界に映るのは背の高い樹木ばかり。人の気配などまったく感じられない。

 

 

「私は、燕だったような・・・?あれ、妖怪だったっけ?」

 

 

少女は自分に問い掛ける。

しかし、少女の記憶から自分自身に関するモノがすっぽりと抜け落ちていた。いや、森の中で目覚める以前の記憶がまったくないのだ。

 

 

「私は、誰なの?」

 

 

少女は徐々に不安になってきた。

しかし、そんな少女を慰めるかのように森の何処からか元気の良い子供たちの声が聞こえてきた。

 

 

「誰か、居るの?」

 

 

少女は立ち上がり、導かれるように子供たちの声が聞こえてくる方角に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルーミアside

 

 

ゆかりの縄張りに人間たちが移住してから、すでに数週間の月日が流れようとしていた。

荒れ果てた土地は人間たちの頑張りによって、かつての豊かな姿――ゆかりたちは見たことないが――を取り戻しつつあった。

 

 

「最近、下級妖怪が増えてきたね。」

 

 

「そうだね。まあ、人が増えると妖怪も増えるのは分かってたけどね。」

 

 

そんな会話を交わしながらゆかりとルーミアは剣舞を舞う。

 

場所はいつもの湖の畔。

ゆかりは蒼月を、ルーミアはゴツい大剣を振るって剣舞を舞っていた。ようは、模擬戦闘である。

 

 

「最近人里の方はどうなの?毎日のように下級妖怪に襲われてるらしいけど!!」

 

 

ルーミアは黒い大剣を大きく凪ぎ払った。風が巻き起こり、雑草がそよそよと揺れる。

ゆかりはルーミアの大剣を受け流すと、いつも焔月を持つ右手でルーミアの水月に掌底を叩き込んだ。

 

 

「あの妖怪憑きの少女が頑張ってるおかげで人里に被害はなし。」

 

 

「ゲホッ、ゲホッ、ゆかりは私を殺すつもりなの?」

 

 

一瞬、本気で呼吸が止まったよ。

 

 

「水月に当てられたくらいじゃあ、死なないよ。」

 

 

そう言いながらゆかりは蒼月を刀剣形態から人間形態に戻した。

ルーミアも黒い大剣を妖力に還元する。

 

 

「で。さっきの話だけど、妖怪憑きの少女ってどういうこと?」

 

 

「そのままの意味だよ。下級妖怪から人里を守っているのは、猫又に憑かれた少女なの。」

 

 

妖怪憑きの女の子、ね。普通、犬神とか猫憑きに憑かれた人間は隔離されるらしいけど、それは個人の考え方の違いかな?

でも・・・とり憑いた妖怪をほっておくと、いずれは身体も乗っ取られるんじゃあ・・・・・・

 

 

ルーミアは心の中でそんな懸念を抱いた。そして、とり憑いた妖怪を引き剥がす術を持つゆかりが何もしないことに少しばかり疑問を抱いた。

 

 

「主ゆかり、なぜあの少女から妖怪を引き剥がさないのですか?」

 

 

まるで、ルーミアの心情を代弁するかのように蒼月が問う。

すると、意外すぎる答えがゆかりの口から告げられた。

 

 

「期待してるんだよ。あの少女がとり憑いた妖怪と対話し、共存を為すことを。」

 

 

それは生まれながらの妖怪であるルーミアには夢物語に近い回答だった。

しかし、ゆかりは自信満々に言った。人と妖怪の共存が成り立つのを確信しているかのように・・・・・・

 

 

「確かに私の“境界を操る程度”の能力を使えば、とり憑いた妖怪を引き剥がすこともできる。

だけど、暫くは傍観するつもり。多分、あと5年も経てば結果は分かると思う。」

 

 

「もし、共存が望めない場合は?」

 

 

「その時は・・・この土地の管理者として動くよ。」

 

 

「「・・・・・・」」

 

 

ゆかりの真剣な表情を見た2人は何も言わなかった。

 

 

「さて、私は少し出掛けて来るよ。」

 

 

「ウチもお供しましょうか?」

 

 

「いや。今日は少し視察に行ってくるだけだから。」

 

 

そう言い残して、ゆかりはスキマの中に身を沈めた。

 

 

「ゆかり様~」

 

 

そして、ゆかりと入れ違いになるように1人の妖精がパタパタと羽根を動かしながらやって来た。

 

 

「ゆかりなら、ついさっき出掛けちゃったよ?」

 

 

「えぇ~!!ゆかり様に相談したいことがあったのに・・・・・・」

 

 

ゆかりを頼って来た妖精はガクリッと項垂れた。

 

 

「何かあったの?」

 

 

「うん。実はね、最近変なことが起こるの。」

 

 

「変なこと?」

 

 

「そっ。人里の子供と遊んでると、見知らぬ子供が一緒に遊んでるの。

遊んでる時は気にならないんだけど、夜になるとふとその子供のことを思い出すの。」

 

 

妖精はルーミアに事情を話した。

 

 

人里ができてから数週間。

人里の子供と妖精たちが一緒に遊んだりするのは珍しくなくなった。

普通、妖精は知能がそれほど高くない。しかし、竜脈の影響を色濃く受ける場所――つまり、ゆかりの縄張り――では妖精も普通の人間並みの知能を持っている。

そのため、精神的に成熟した妖精が子供の面倒を見ることがあるのだ。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

「その子供って、普通の子供なの?それとも妖怪?」

 

 

「分からないからゆかり様に聞きに来たの。でも、ゆかり様が居ないんじゃあね。」

 

 

そう言って妖精は溜め息を吐いた。

 

 

「ゆかり様にこの事、伝えておいてね?」

 

 

「分かったよ。」

 

 

ルーミアにゆかりへの言伝てをお願いすると、妖精は湖の畔から立ち去った。

 

 

「どちらだと思いますか?」

 

 

「あの妖精の話が正しいなら、十中八九妖怪だろうね。しかも、私やゆかりのような能力持ち」

 

 

存在していることによって生じる違和感を消す・・・存在をその空間に溶け込ませているのかな?

もしそうなら、その妖怪の能力はさしずめ“存在を溶け込ませる程度の能力”。まあ、あくまでも私の予想だけど。

 

 

「そう言えば、ゆかりは何処に行ったんだろうね?」

 

 

「私も主ゆかりが何処に行ったのかまでは分かりません。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲 ゆかりside

 

 

スキマを使って、ゆかりがやって来たのは現在の近畿地方にある現在の奈良県――当時の国名は大和――の都だった。

 

 

「探すのに少し手間取ったけど、ここが今の都で間違いなさそうね」。

 

 

都の遥かに上空。

地面から見上げても小さな点にしか見えないような高度でゆかりはスキマに腰かけていた。

ゆかりは度々この大和の地に近づいて現在の都を探していたのだ。

 

 

「平城京・・・じゃあなさそうね。平安京でもなさそうだし、これは藤原京かな?」

 

 

ゆかりは前世で学んだ歴史の知識と照らし合わせて時代を推測する。

 

 

「さすがに西暦まで知るのは無理ね。だけど、色々目星がついたことだし、そろそろ帰りましょう。」

 

 

そんな独り言を呟いて、ゆかりは再びスキマの中に潜り込んでしまった。

 

 

しかし、ゆかりは自分を監視する視線に気付かなかった。

遠くの虚空に開いた黒い裂け目はゆかりが扱うスキマとまったく同じモノだった。

そのもう1つのスキマの中で怪しげな笑みを浮かべている者が居たことをゆかりは知らない。



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第7話 「物見 黒蘭」

第7話 「物見 黒蘭」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲 ゆかりside

 

 

時刻はちょうど日が傾き始めた頃。

やること――時代の把握を終えたゆかりは湖がある丘から少し降りた森の中にやって来た。

ゆかりが森に竜脈のエネルギーが流れるように調整したため、森の樹木には様々な木の実がたくさん実っている。

その森に実る果実や木の実は妖精たちや人里に住む人間たちの貴重な食糧になっている。

 

 

「うーん・・・やっぱり何か対策を考えないとダメか。」

 

 

ゆかりは周囲に生い茂る樹木の状態を確認して、そう呟いた。

縄張り内の住人が増加したために、森の恵みの消費が早くなってしまったのだ。まだ残っているが、このままでは冬まで食糧がもたない。

 

 

「一応、人里の方で色々作ってもらってるけど・・・・・・本格的に稼働するのはもう少し先になりそうなんだよね。」

 

 

そんなことを呟きながら、ゆかりは木の実や果実を食べる分だけもぎ取っていく。

もぎ取った木の実や果実はスキマの中に放り込んで、洞窟に送り届ける。

 

 

「これくらいで良いかな?」

 

 

ゆかりはスキマを閉じて、手に持ったリンゴを食べる。

シャクシャクと音を鳴らしながら、真っ赤なリンゴがゆかりの胃袋に吸い込まれていく。

 

 

「ん?」

 

 

ゆかりはふと麓を見下ろした。

ゆかりが居る場所からは麓に建設された縦穴式住居の集落が見える。そして、元気よく走り回る子供たちの姿も見えた。

 

 

「・・・・・・」

 

 

ゆかりは険しい顔付きで走り回る子供たちの輪に混ざる1人の少女を見る。

 

毛先の色素が薄い黒髪の少女。

上手く隠しているのか、元々保有する量が少ないのか分からないが、その少女から僅かに妖力を感じた。

外見からは普通の女の子と見分けはつかない。子供たちと楽しそうに遊んでいる光景を見ると、それほど凶暴性はなさそうだ。

 

 

「焔月」

 

 

ゆかりはスキマを開いて焔月を召喚する。焔月はついさっきまで眠っていたのか、小さく欠伸をした。

 

 

「どうかしたんですか?あるじ。」

 

 

「ちょっと気になる奴を見つけたの。少し手伝ってもらえないかな?」

 

 

「ふわぁ~。私はあるじの剣です。我が身はつねに御身とともに」

 

 

焔月の姿が霧消し、代わりに茜色の長剣がゆかりの手に顕現した。

ゆかりはスキマ空間から焔月用の鞘を取り出して、焔月を鞘に納めて後腰に装着する。

 

 

「さて、あの女の子の化けの皮を剥がしに行きましょうか。」

 

 

ゆかりは地面を蹴り、麓へと降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、件の黒髪の少女はもうすぐ日が暮れるというのに集落の南側にある森の中に居た。

その森は夜になると、たくさんの妖怪が出現する。そのため、集落の人間たちはその森に入ることはない。

また、人に餓えた妖怪が集落を襲撃することがあるので集落の南側は防衛の布陣が敷かれている。

 

ちなみに、妖怪憑きの少女も朝から昼に掛けては眠り、夜は起きているという昼夜逆転した生活をおくっている。

もちろん、人里の対妖怪の戦力が妖怪憑きの少女だけだからである。

 

 

「やっぱり自由気ままに遊ぶのは楽しいのじゃ♪」

 

 

黒髪の少女は大層満足した様子で森の中を歩く。

一見普通の少女にしか見えないが、次の瞬間、バサッという音と共に燕のような形の黒い翼が生えた。

そして、同時に解放される妖気。ゆかりの睨んだ通り、その少女は妖怪だった。

 

 

「でも、羽を閉まっておかないといけないのは窮屈じゃ。能力を行使し続けるのも疲れるしの。」

 

 

「やっぱり妖怪だったのね。」

 

 

「!?」

 

 

少女は驚いた。

視界が随分見えにくくなっている時刻に南側の森に居るのは獰猛な妖怪たちだけだ。もちろん知能はあまり高くないので人語を介することなどない。

 

 

「誰じゃ!?」

 

 

少女はいつでも逃亡できるように両翼を大きく広げながら、闇に潜む者に声を掛ける。

少女の呼び掛けに答えるかのように足音が森の奥から聞こえてくる。

 

 

「私の名前は八雲 ゆかり。この周辺を縄張りとする妖怪よ。」

 

 

闇の中から焔月を抜いたゆかりが現れた。

 

 

「(八雲 ゆかり・・・何処かで聞いた名前じゃな。)一体、儂に何の用じゃ!?」

 

 

「確かめに来たの。貴女が人に害為す妖怪かどうか。」

 

 

そう言ってゆかりは焔月を構える。

同時に相手を威嚇するような鋭い気・・・闘気とも言うべき気が少女に叩き付けられる。

その瞬間、少女は悟った。

 

 

 

彼女(ゆかり)から逃げ切ることはできないと・・・・・・

 

 

「絶影」

 

 

生い茂る雑草が揺れた。

影も残さないような速さでゆかりは少女に肉薄し、焔月を高く振り上げた。

しかし、逃走準備をしていたおかげで少女はすぐに回避することができた。

 

 

「さすがに鳥の妖怪は速いね。あの一瞬で回避なんて普通はできないよ。」

 

 

少女は高い樹木の枝に着地して、ゆかりの動向を窺う。

 

 

「だけど・・・・・」

 

 

「隙だらけよ。」

 

 

前方に佇んでいた筈のゆかりはいつの間にか少女の背後に移動して、首筋に焔月の茜色の刀身を突き立てた。

 

 

「い、いつの間に背後に・・・・・・」

 

 

「私の能力“境界を操る程度の能力”の応用よ。」

 

 

ゆかりの十八番、スキマ瞬間移動。

スキマ空間を移動することで成り立つ空間移動で、移動距離が大きくなれば大きくなる程タイムラグが長くなる。

しかし、ゆかりが視覚できる範囲内であれば瞬時に移動することができる。

 

 

「くっ・・・・・・(逃げるよりもこやつの攻撃が早い!!どうすれば!?)」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「(一か八かじゃが・・・・・・)風刃!!」

 

 

少女は右手を刀のように伸ばし、振り向き際に右手を焔月にぶつける。

普通なら肉が切れる音が聞こえるが、夜の森に響き渡ったのは甲高い金属音だった。

少女が使用したのは簡単な風の妖術。

右手全体を鋭い風で覆い、刀と同じ状態にする自己流の妖術である。

しかし、所詮は風の刃。殺傷力は高いが、強度は低い。

 

 

「っ!!」

 

 

風の刃が砕かれ、焔月の刀身が少女の右手の肉を少し裂く。

そのまま右手を切り落とされると判断した少女は目を強く瞑った。

しかし、焔月の刀身はそれ以上進むことはなかった。

 

 

「え・・・・・・?」

 

 

ゆかりの突然の行動に少女は面食らった。

焔月は後腰に携えられた鞘に納められ、少女に叩きつけられていた殺気は嘘のように霧散した。

 

 

「ごめんなさいね。貴女という存在を試させてもらったわ。」

 

 

「どういうこと・・・?」

 

 

「私はこの周辺の土地を管理する者。だからこそ、この土地に迷いこんだ貴女に危険がないか調べる必要があった。」

 

 

ゆかりには最初から少女を殺すつもりなど微塵もなかった。

元々、ゆかりは無意味な殺生を好まない。少女に殺す気で襲い掛かったのは、少女の本気を試すためである。

もし、ゆかりが最初から少女を殺すつもりならば下級妖怪程度の力しか持たない少女は僅か10秒程で殺されていただろう。

 

 

「貴女は単なる子供好きの妖怪みたいだし、別に害になりそうな要素もない。悪かったわね、怖がらせるような真似して。」

 

 

そう言いながらゆかりは少女の頭を撫でた。

まるで自分に対する恐怖を払拭するかのように。

 

 

「貴女の名前は?」

 

 

「物見、黒蘭。人里の子供がつけてくれた。」

 

 

「そう、黒蘭ね。私はこの土地の管理者として貴女を歓迎するわ。」

 

 

ゆかりは笑みを浮かべて燕の妖怪、黒蘭を歓迎した。

刹那、背後にスキマが開かれ、ゆかりはそれに身を沈めた。

 




というわけで、オリキャラパート1。
まあ、黒蘭はメインじゃないんですけどね(笑)
でも、話の展開上には必ず出てくるという結構いいポジションです。


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第8話 「奈良の都へ」

第8話 「奈良の都へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲ゆかりSIDE

 

 

物見 黒蘭という燕の妖怪がゆかりの縄張りに居着くようになってから、季節が何度も巡った。

何時からか、ゆかりの縄張りは“夢幻郷”と呼ばれるようになっていた。

その名称の由来は定かではない。しかし、いつの間にか“夢幻郷”という呼び名が定着していた。

 

“夢幻郷”の先住民であるゆかりたちや妖精は相も変わらず悠々自適な日々を送っていた。

 

 

「シアン、私たちはしばらく夢幻郷を離れるよ。」

 

 

「急にどうしたんですか?」

 

 

ゆかりの突然の宣言にシアンディームは驚いていた。

ルーミアや焔月、蒼月は事前に聞かされていたのか、何も言わなかった。

 

 

「ちょっと人里の若き村長からお願いを引き受けたの。」

 

 

「お願い・・・ですか?」

 

 

「うん。内容が内容だけにいつまで掛かる分からない。」

 

 

ゆかりが人里の村長から引き受けたのは、夢幻郷には無い作物の種を入手してきて欲しいというモノだった。

村長も引き受けてくれるとは思っていなかったが、ゆかりにはちょうど都方面に用事があった。だから、村長の依頼を快く引き受けたのだ。

その旨をシアンディームに説明すると、彼女も納得した。

 

 

「ですが、都に一体何の用が・・・・・・」

 

 

「都でしか手に入らない貴重なモノを手に入れに行くの。」

 

 

まあ、本当の目的は平城京に舞い降りて来る人物なんだけどねぇ。

彼の有名な『竹取物語』の主役、かぐや姫。この世界での名前は蓬来山 輝夜。不老不死を得る秘薬を飲んだために地上に流されることになる月の姫。

私が都に行く真の目的はかぐや姫との接触と彼女によって運命を狂わされるになる少女の救済。

まあ、何処まで私が前世で手に入れた知識の通りに流れるのかは不確定だけど、行って損はない筈。

 

 

「私が留守の間、この夢幻郷のことは任せたよ?」

 

 

「分かりました。」

 

 

「それから・・・黒蘭!! 居るんでしょ!?」

 

 

ゆかりは声を張り上げると、一本の樹に付いた木の葉が揺れた。

 

 

「何の用じゃ?」

 

 

顔を見せることはなく、声だけが聞こえてくる。

 

 

「私はしばらく夢幻郷を留守にするの。その間、人里の守りは任せるわ。」

 

 

「それを同じ妖怪である儂に頼むのは筋違いだと思わんのか?」

 

 

「別に思わないよ。それとも、大好きな子供たちが無惨に食い殺されてもいいの?」

 

 

ゆかりはニヤニヤと笑みを浮かべながら言う。

 

 

「相変わらず喰えぬ奴じゃ。」

 

 

その言葉がゆかりの耳に届くと同時に、バサッと羽音が少しだけ聞こえた。

 

黒蘭とゆかりは当然ながらそれほど仲が良くない。一応、ゆかりと夢幻郷の管理者として認めてはいるが、妖精たちのように素直に言うことを聞いてくれる訳ではない。

ただし、人里に関する事項の場合は素直に言うことを聞いてくれるのだ。

また、人里の警備に関してはゆかりが命令しなくても率先して行ってくれる。

 

 

「これで人里の方は大丈夫だと思うけど・・・万が一の場合は妖精を指揮して守ってね?」

 

 

「分かりました。」

 

 

ゆかりのお願いにシアンディームはしっかりと頷いた。

 

 

「じゃあ、行こうか。」

 

 

そう言ってゆかりはスキマを広げた。

ルーミア、焔月、蒼月が順番にスキマを潜って、最後にゆかりがスキマを潜った。

 

 

「どうか、お気をつけて。」

 

 

閉じていくスキマを見つめながらシアンディームは願った。

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

シアンディームSIDE

 

~夢幻郷の何処か~

 

 

ゆかりが夢幻郷を旅立ってから数日後。

夢幻郷は相変わらず平和な時間だけが流れていた。

 

 

 

「せやぁ!!」

 

 

水を圧縮させて作り上げた刃が狼姿の下級妖怪を切り裂く。

切断力抜群の水の刃は下級妖怪の身体を真っ二つに切り裂いた。

絶命した妖怪の身体は跡形もなく消滅した。

 

 

「まったく・・・ゆかりさんが居なくなってから妖怪の襲撃が増えたわね」

 

 

シアンディームはため息を漏らした。

夢幻郷の管理者である八雲 ゆかりが居なくなったことでこれ見よがしに大勢の妖怪が襲撃してくることが多くなった。

その影響は人里にも出ているが、人里は妖精や黒蘭たちが守ってるので目だった被害は出ていない。

 

 

「ゆかりさんという存在がどれだけ影響力を持ってるのかよく分かるわ~」

 

 

なお、ゆかりの仕事であった龍脈の制御という大事な作業もシアンディームが引き継いでいる。

 

 

「さて、ちょっと汗もかいちゃったし、湖で水浴びでもしようかな?」

 

 

シアンディームは能力を解除すると湖に向かって歩き出した。

そして、いつもの湖にたどり着くと数人の里人と妖精たちが集まっていた。

 

 

「何かあったんですか?」

 

 

「あっ、シアンさん!!実は相談がありましてね」

 

 

「?」

 

 

 

 

 

妖精説明中・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「それは良い考えね。」

 

 

「でしょでしょ♪」

 

 

里人と妖精たちが考えた事をシアンディームは許可した。

ゆかりが不在の今はシアンディームが夢幻郷のトップである。

そのトップからお許しが出たので、里人や妖精たちは早速作業に取り掛かった。




今回で第1章がようやく終了。もう少し短くなる予定だったんだけどね・・・・・・。
第1章は全部一から書きました。


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第2章 かぐや姫
第9話 「護衛依頼」


第9話「護衛依頼」

 

 

 

 

 

 

八雲 ゆかりside

 

ゆかりとルーミアたちが遥か東方にある夢幻郷を離れて数十年の月日が流れた。

夢幻郷を出た彼女たちは当初の目的を果たすために、奈良の都から離れた場所で「何でも屋」を営んでいた。

ゆかりたちが営む何でも屋をちょうど1人の御客が訪れていた。

貴族らしい華美な着物を身を包んだ女性。店の入り口には従者が控えている。

 

 

「熱を下げる薬です。すぐには効きませんが、二日で熱が引く筈です。」

 

 

「ありがとうございます!!あの・・・御代の方は・・・・・」

 

 

「ご子息の病気が治ってからで結構です。早く飲ませてあげてください。」

 

 

「は、はい!!」

 

 

女性は感謝極まりないという表情を浮かべてお店から出ていった。

店の玄関に止めてあった牛車に飛び乗って、そのまま都の方に帰っていった。

 

 

「ふ〜・・・また熱病の薬を調合しないと。」

 

 

夢幻郷の管理をシアンに任せてから数十年。

最初こそ、ほとんど客が来なかったこの店も随分人が来るようになったね。

まあ、「裏」の依頼も舞い込んで来ることが多くなったけど。

 

 

「ゆかり〜、依頼終わったよ。」

 

 

「ご苦労様、ルーミア。お腹は膨れた?」

 

 

「大満足♪」

 

 

玄関から入ってきたルーミアはそう言いながらお腹を撫でる。

 

 

「まったく・・・人間も欲深いね。妖怪や妖精の方がずっとマシに思えるよ」

 

 

ゆかりは背もたれに身体を預けながら呟く。

 

ゆかりの何でも屋に舞い込んで来る依頼は大きく分けて二種類。

今は亡き神様からの贈り物、植物大図鑑を参考にしながら製作した薬の販売。

そして、もう1つが暗殺や妖怪退治である。

特に権力を狙う貴族・豪族から暗殺の依頼を受け取ることが多い。

ただし、ゆかりたちも無闇やたらに殺すようなことはしない。

 

 

「お風呂湧いてるから入って来なさい。」

 

 

「は〜い」

 

 

ルーミアは靴を脱いでお店の奥へと入って行った。

拠点の裏手には小川が流れており、そこから生活用水をくみ上げているのだ。

 

 

「さて、今の内に熱病の薬を作りますか。」

 

 

神様がくれた植物大図鑑。前の世界でいう植物図鑑とはまったく違った。

絵とか毒性の有無が書いてあるのは普通なんだけど、毒の症状とか特定の薬草と調合した場合の効能とか色々書いてある。

この時代って薬売りとか少ないし、薬の値段は高い。その点、私たちは格安で販売してるから結構繁盛してる。

 

 

「えーと・・・これとこれと。」

 

 

薬草用の引き出しから何種類かの薬草を取り出してすり鉢の中に投入する。

そして、すり棒を使って薬を調合する。

 

 

「はい、完成。」

 

 

作業時間僅か5分。

 

 

「あの、すいません」

 

 

「何?」

 

 

タイミングを見計らうように1人の女性が現れた。

着ている衣服は庶民の服装ではないが、貴族の服装でもない。おそらく何処かの貴族の侍女であろう。

 

 

「竹取の翁の代理で参りました。」

 

 

ようやくか・・・・・・。5人の貴公子が求婚したという話を聞いたから、ちょうど五つの無理難題を吹っ掛けられてる頃かな?

 

 

「要件は?」

 

 

「かぐや姫の護衛を貴女に依頼したいそうです。詳しいことは翁様よりお聞きください。

引き受けてくださるなら、明朝酉の刻に屋敷に参るようにとのことです。」

 

 

それだけ言い残すと竹取の翁の使い名乗る女性は立ち去った。

 

 

「立て札でも立てておこうかな?あと結界も張っておかないと。」

 

 

いくら都に建ててあると言ってもこの時代に“治安”の二文字なんてない。

別に取られて困るようなモノはないけど、私が作った薬を悪用でもされたら嫌だからね。

 

 

ゆかりはスキマを開いて必要なモノ、貴重なモノを放り込んでいく。

 

 

「ゆかり様、食事の用意が・・・・・・」

 

 

「ご苦労様、焔月。ちょっと長期間の依頼が入っちゃったから、しばらく刀剣形態でいてもらうことになるけど大丈夫?」

 

 

「私と蒼月はゆかり様の剣です。我らはゆかり様の命に従うのみ。」

 

 

「ごめんね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明朝酉の刻。(大体朝9時)

ゆかり、ルーミアは竹取の翁の屋敷に出向いていた。

翁の屋敷の前はかの有名なかぐや姫を一目でも見てみたいという男たちで一杯だった。

翁の屋敷の近くには五つの牛車が止まっており、高貴な身分の人物がかぐや姫と面会していることを物語っていた。

 

 

かぐや姫の無理難題はまだ行われてなかったんだ〜。

妹紅と輝夜の関係修復は半ば諦めてたんだけど、運がいいね。

 

 

「ゆかり、どうやって入るの?」

 

 

「そうだねぇ・・・・・・まあ、翁から招待を受けてるって言えば通してくれるでしょ。」

 

 

取り敢えず、門の前に群がってる男どもが邪魔だから・・・

 

 

「少し退いてくれないかしら?」

 

 

威圧感を混ぜて言葉を発するとまるでモーセの十戒のように人だかりが左右に割れた。

 

 

「八雲 ゆかりよ。竹取の翁に会わせて貰えないかしら?」

 

 

「お待ちしておりました、八雲 ゆかり様。では、私の後についてきてください。」

 

 

門番の片割れに案内されてゆかりとルーミアは翁の屋敷に通された。

 

 

 

・・・

 

 

・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

「こちらで少々お待ちください。」

 

 

「ありがとう」

 

 

翁は立て込んでいるらしくゆかりとルーミアは待合室に通された。

畳張りで井草の香りが充満しているその部屋には見事なくらい何もなかった。

 

 

「・・・・・・どう思う?」

 

 

「私たちのように妖怪が人に紛れてると思う。 妖気が濃すぎる。」

 

 

「取り敢えずは紛れ込んでる妖怪を退治しないといけないか。」

 

 

ゆかりとルーミアが今後のプランについて少し相談していると待合室の扉が開かれて年老いた男性が入ってきた。

 

 

「お初にお目にかかります。私が竹取の翁でございます。」

 

 

「八雲 ゆかりです。」

 

 

「ルーミアです。」

 

 

「使いの者から聞き及んでいると思いますが、貴女方に依頼したいのはかぐや姫の護衛でございます。

かぐや姫は何分妖怪に狙われ易いものでして・・・・・」

 

 

「他の陰陽師に頼むという手段はなかったのですか?」

 

 

「腕利きとされる陰陽師も雇いました。しかし、どの方も大した腕は持ち合わせてなく・・・・・・」

 

 

納得。この屋敷を案内されてる時に何枚も御札が貼られてたけど、どれも術式の構築が雑。

あんな雑な結界じゃあ、少し力の強い下位程度の妖怪ですら突破させる。

やっぱり陰陽術が発展するのは平安時代辺りになるのか。

 

 

「正直申しますと貴女方が最後の希望なのです。」

 

 

「少し大袈裟なような気もしますが、かぐや姫には一歩も近付けさせないことを御約束しましょう。」

 

 

「おお!!何とも心強い御言葉で!!」

 

 

「報酬に関しては食事と住まいの提供で十分です。」

 

 

そう言いながら、ゆかりは火の御札を翁の背後に向かって投げた。

 

 

「ぎゃぁああああっ!!」

 

 

「ルーミア!!」

 

 

ゆかりが呼ぶとルーミアは翁の背後に居た猿のような妖怪を切り裂いた。

 

 

「屋敷の人間に気付かれず此処まで来たのは褒めてあげるけど、運が無かったね。」

 

 

「いつの間に妖怪が・・・・・・」

 

 

「大方、屋敷の人間にでも化けていたのでしょう。

人に化けるくらいなら、知能を持つ妖怪は全員できます。」

 

 

妖力の量から見て中位の下と言ったところかな?

 

 

「あと翁老。私を頼って来る人が居るかもしれません。その方は通してあげて貰えないでしょうか?」

 

 

「わかりました。門番にそのように申し付けておきましょう。

さあ、貴女方の部屋はかぐや姫の隣となっております。私が案内しましょう。」

 

 

「ありがとうございます、翁老。」

 

 

はてさて、この世界のかぐや姫・・・蓬莱山 輝夜はどんな人物なのかな?

何せ、ルーミアのことと言い、此処は私が知ってる世界と結構離れてるみたいだからね。

 

 

「あら、おじいさま。そちら方々は?」

 

 

「おお、かぐや。ちょうどお前に会わせようと思ってた所じゃ。

お前の新しい護衛じゃ。さっきも屋敷に忍び込んでた妖怪を退治なさった。腕は保証しよう。」

 

 

「まあ、そんなのだと思いました。でも、今度はまともな護衛で良かったわ。」

 

 

「そう言えば、かぐや。5人の貴公子はどうなさった?」

 

 

「結婚の条件を提示したらみな帰って行きました。」

 

 

結婚の条件はあの5つの無理難題で決まりだね。

確か、全部輝夜が持ってるんだっけ?覚えてないけど。

 

 

「此処が貴女方の寝室になります。」

 

 

「ありがとうございます、翁老。私たちは少しやることがあるので屋敷を散策しても構いませんか?」

 

 

「もちろんですとも。」

 

 

ゆかりとルーミアは翁、かぐや姫と別れて屋敷の中を散策し始めた。

 

 

「さて、取り敢えず新たに妖怪が入って来ないように結界を張りましょうか。」

 

 

そう言ってゆかりはルーミアに三枚の結界符を手渡した。

 

 

「ルーミアは西側をお願い。私は東側をやるから。

どうすればいいかわかるね?」

 

 

「もちろん♪」

 

 

ゆかりとルーミアは二手に分かれて結界構築のために動き出した。

 

 

 




キングクリムゾンしました(笑)


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第10話 「かぐや姫の本性」

第5話「かぐや姫の本性」

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲 ゆかりSIDE

 

竹取の翁からかぐや姫の護衛を頼まれた八雲 ゆかりとルーミア。

2人は屋敷に妖怪を寄せ付けないための結界を構築するために行動を開始した。

 

 

「まったく・・・符も回収して行ってよね。次に結界を展開するのに苦労するから。」

 

 

ゆかりはぶつぶつと文句を言いながら屋敷の敷地内に貼られている結界の符――ゆかりに言わせれば、中途半端な結界――を剥がしていく。

この符が邪魔をしてゆかり謹製の結界が張れないのだ。

高位の術者なら、重ねて決壊を張ることもできるが、ゆかりはそんな器用なことはできない。

 

 

「これで二枚目。」

 

 

剥がした符の代わりに自家製の符を貼り付けるゆかり。

その刹那、ルーミアに渡しておいた思念通話用の護符を通してルーミアの声が脳内に直接響き渡る。

 

 

『ゆかり、こっちは貼り終わったよ?』

 

 

『ん、こっちももうすぐ貼り終わる。ルーミア、前の符は剥がしておいた?』

 

 

『剥がさないとダメなの?』

 

 

剥がしてないのね。

まあ、ルーミアには式神ぐらいしか教えてないし、当然か。

 

 

『ちょっと残ってたりすると結界張るのに支障をきたすから剥がしておいて。』

 

 

『わかった〜。』

 

 

これが将来“バカルテット”って呼ばれるルーミアなのかな?

いや、博麗の巫女が施した封印がルーミアの脳の能力の一部を封印しちゃったと考えた方が自然か。

まあ、私が居る以上封印なんてさせないけどね♪原作なんて知ったこっちゃない。私が居る時点で狂ってるんだし。

たとえ誰が相手でも私の親友(かぞく)に手を出すなら容赦なく滅する。

 

 

「と、脱線してる場合じゃないや。」

 

 

ゆかりは自分の仕事を思い出すと結界符を張る場所を探して庭を歩き出した。

 

 

「―――っ!!――っ!!」

 

 

「?」

 

 

何かを蹴り飛ばす音とむやみやたらに愚痴を呟いているような声が聞こえてきた。

少し気になったものの作業を続けようと角を曲がったゆかりが見たモノは・・・・・・

 

 

「ああもう!!何で私があんな老人の相手をしなきゃなんないのよ!!」

 

 

随分ご立腹な様子のかぐや姫が庭に生えた太い柿の樹にヤクザキックをかましている光景だった。

季節はちょうど秋真っ盛り。かぐや姫が柿の樹を蹴っているせいでせっかく実った柿が地面に落ちてしまっている。

 

 

「つか、もう少し自分年齢を考えろ!!あんたたち、一体何年生きてんのよ!!」

 

 

「・・・・・・」

 

 

とんでもない光景を目撃したゆかりは驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。

 

 

「絶対に持ってこれないような品ばっかりお題に出したからもう大丈夫・・・・・・」

 

 

その時、ゆかりとかぐや姫の視線がガチリとぶつかった。

 

 

「「・・・・・・」」

 

 

双方とも顔をひきつらせたまま静かな静寂が流れる。

 

 

「・・・・・・見た?」

 

 

そう訊ねてくるかぐや姫にゆかりは苦笑いを返すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルーミアSIDE

 

 

「ふぅ。やっと剥がし終わった。」

 

 

ルーミアは前に雇われた陰陽師が残して行った結界符を剥がし終えて一息ついていた。

剥がした結界符はすべて破り捨てた。

 

 

「でも、腐っても陰陽師だね。妖怪が触ろうとするとちゃんと反応するようになってる」

 

 

まあ、私にはまったくの無意味だけど。私はゆかりの能力“境界を操る程度の能力”で妖力と霊力の境界を曖昧になってる。

だから、陰陽師が御札なんてまったく効かないし、普通の人間のようにしか思われない。

あと、妖怪にも同類だって気付かれない。

 

 

「ゆかりの方もそろそろ終わったかな?」

 

 

ルーミアはキョロキョロと誰も見ていないことを確認すると空を飛び、反対側の庭に移動した。

 

 

「しくしくしく・・・・・・」

 

 

「・・・・・・どういう状況?」

 

 

ルーミアが見たのは、布団にくるまってすすり泣くかぐや姫とそれを慰めているゆかりの姿であった。

 

 

「お願いだから私を殺してぇぇぇ・・・・・」

 

 

「落ち着いてください、かぐや姫」

 

 

「?」

 

 

・・・

 

 

・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

「落ち着きましたか?」

 

 

「ええ。」

 

 

ようやく錯乱状態から落ち着いたかぐや姫は思いっきり溜め息を吐いた。

 

 

「ああもう!!過去に戻って自分を殴り飛ばしたい!!」

 

 

「街の人の噂と随分違いような・・・・・・」

 

 

私が聞いた噂は“かぐや姫はたいそう美しくて、おしとやかでいらっしゃる”って内容だった筈。

でも、目の前に居るかぐや姫は美しいけど、おしとやかさの欠片もない。

私、騙された?

 

 

「いつものは猫かぶりよ。こっちの方が本来の性格なの。

何でか知らないけど、“おしとやかな姫”っていう噂が勝手広まったせいで猫を被るしかないの。

まったく何処のどいつよ!?変な噂を振りまいた張本人は!!」

 

 

「・・・・・・噂を宛にするもんじゃないね。」

 

 

「そうだね。」

 

 

「そう言えば、貴女たちの名前聞いてなかったわね。

ちょうど良い機会だし教えてくれないかしら?」

 

 

「そうですね。私は八雲 ゆかり。

平城京の外れで“何でも屋”を営みしがない陰陽師です。

彼女はルーミア。私の大切な親友(かぞく)であり、私の部下です。」

 

 

「ゆかりにルーミア、ね。」

 

 

「あっ、ゆかり。結界の準備はできてるよ?」

 

 

「おっと。かぐや様を慰めるのに精一杯で忘れてました。」

 

 

ゆかりは両手で印を組み、屋敷の庭の各地点に貼り付けた結界符を起動させる。

以前の陰陽師が張っていたような柔な結界ではなく、上位妖怪が来てもそう簡単には突破できない強固な結界。

 

 

「これで上位の妖怪もそうそう入って来れないので安心してください。」

 

 

「本当に大丈夫なの?」

 

 

今までの陰陽師がろくでもなかったのか、ゆかりに疑惑の視線を向けるかぐや姫。

 

 

「そればかりは信じていただくしかありません。

それに既に妖怪が侵入している以上過信はできませんが。」

 

 

「今聞き捨てならないことを聞いたのだけど。」

 

 

「気にしないでください。私たちが居る限りかぐや様には指一本触れさせません。」

 

 

かぐや姫に向かってゆかりはニコッと微笑む。

 

 

「ありがと。」

 

 

『ゆかり。』

 

 

『ええ、気付いてる』

 

 

言い忘れてたけど、私とゆかりはどれだけ離れてても会話できる思念通話用の符を持ってる。

ゆかりが言うには、“覚(さとり)”が出てこない限り私たちの会話が外部に聞こえることはないらしい。

何時も思うけど、ゆかりって妖怪だよね?なんで陰陽師より札の扱い方とか上手なんだろ?

 

 

「こそこそ隠れないで出てきたらどう?」

 

 

「ちっ。気付いてやがったのか。」

 

 

3人の前に現れたのは猿のような姿でありながら鬼のような二本の角を生やした猿鬼と呼ばれる妖怪だ。

 

 

「上手く隠してるつもりだったのかもしれないけど、私たちには丸わかりだよ?」

 

 

実を言うと私たちはこの猿鬼とは初対面じゃない。

ある貴族から妖怪の依頼された時、その妖怪を纏めてた妖怪。まあ、逃がしちゃったからこうやって相対してるわけで。

 

 

「かぐや様を喰らって私たちに復讐しようとしてたみたいだけど残念だったわね。」

 

 

「こうなったら、お前らを倒してかぐや姫を喰らってやる!!」

 

 

『ルーミア、貴女はかぐや姫を守って。』

 

 

『わかった!!』

 

 

ルーミアはかぐや姫の横に移動し、ゆかりは背中に携えていた焔月を抜く。

いつもなら、右手に焔月を持ち、左手に蒼月を握る。

しかし、今回は焔月だけを抜き、両手で構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲ゆかりSIDE

 

 

「さあ、私と遊びましょうか?」

 

 

「ほざけぇ!!」

 

 

ゆかりに挑発された猿鬼は何の考えもなしに突っ込んでいく。

何の意図もなく振るわれる2本の腕をゆかりは飄々と避ける。

 

 

「ふっ!!」

 

 

下段から上に振り抜くように焔月を一閃。

刀身が長い焔月は猿鬼の胴体を切り裂いた。しかし、致命傷には至らない。

 

 

「ぐおぉぉぉぉっ!!」

 

 

「八雲式剣舞、仇の舞 桜花連舞・十二連」

 

 

十二の剣閃が縦横無尽に煌き、猿鬼の身体を切り刻んでいく。

最後の十二回目の剣閃が煌いた直後、茜色の刀身に高熱の炎が纏わりつく。

 

 

「そして、トドメの・・・・・・」

 

 

 

――― 轟焔滅殺斬!! ―――

 

 

かぐや姫の屋敷に侵入していた猿鬼は焔月の炎に飲み込まれて消滅した。

 

 

「まったく・・・今日1日で2回も妖怪に襲われるなんて」

 

 

ゆかりはそんなことをぼやきつつ、焔月を鞘に納めた。

 

 

「結構強そうな妖怪だったのに・・・・・・」

 

 

「一度戦ってるからね~。性格とか攻撃手段とか筒抜けだし。」

 

 

かぐや姫は目の前に居る退魔師の実力が本物であることを悟った。



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第11話 「車持神子の家庭内事情」

第11話 「車持神子の家庭内事情」

 

 

 

 

 

 

 

八雲ゆかりSIDE

 

 

「うーん♪今日は良い天気ね。」

 

 

かぐや姫の護衛依頼を引き受けてから五日後。二三日前まで鬱蒼とした曇天に覆われていた空は青々と澄み渡っていた。

そんなある日、ゆかりはかぐや姫の護衛をルーミアに任せて都の繁華街?を歩いていた。

 

 

「いや〜石作皇子(いしづくりのみこ)も度胸がある人だねぇ。そこら辺に置いてあった壺を持ってくるなんて」

 

 

五日の間に石作皇子が来て輝夜に見事に突き返されてたよ。明らかな贋作・・・贋作ですらない品物を輝夜に献上するなんて。

確か、本物の仏の御石の鉢はダイヤモンドでできてるんだったかな?私にはどうでもいいことだけど。

 

 

「八雲さん!!」

 

 

「?」

 

 

街中を陽気気ままに歩いているとふと背中から声を掛けられた。

ゆかりを呼び止めたのは五日前、ご子息の病を治すためにゆかりの店に薬を求めてきた女性。その手には少し高そうな布が・・・・・・

 

 

「貴女は・・・。ご子息の病気はもう大丈夫なんですか?」

 

 

「はい!!八雲さんから貰った薬を飲んだらあっという間に元気になりました!!

あの・・・・・・これはそのお礼です。」

 

 

女性は手に持っていた布をゆかりに渡した。

貴族たちが買い求めるような上質な布であることが手触りから分かる。

 

 

「良いんですか?結構値が張るような品物だと思うですが・・・」

 

 

「構いません。息子を助けて貰った正当な対価です。」

 

 

女性はゆかりに布を渡した後、お辞儀をして何処かに行ってしまった。

 

 

「まあ、せっかくだったから貰っておこうかな?」

 

 

ゆかりはこっそりスキマを展開してスキマの中に女性から貰った布を直した。

 

 

「さて、やることもないし、屋敷に・・・・・・」

 

 

屋敷に帰ろうとしたゆかりの目に1人の高齢の男性の姿が映った。

その男性は神妙な顔で周囲を見渡した後、誰にも気付かれないように細い通りに入っていった。

 

 

「あれは・・・・・・車持神子?」

 

 

竹取物語で蓬莱の山に生えている樹の枝を取って来るようにかぐや姫に頼まれた5人の貴公子の1人。

職人に贋作を作らせて一時はかぐや姫と求婚成立間近まで行くけど、贋作を作った職人がお金を請求しに来たせいで破局する結末の人。

ちなみに、私も何度か会ってる。輝夜に何度も蓬莱の玉の枝の特徴を聞きに来てたから。

 

 

「ちょっと気になるし、追って見ましょうか。」

 

 

ゆかりは車持神子に気付かれないように彼を追跡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車持神子が向かったのは細い通りの一角に建っている細工師のお店だった。

そこの細工師は平城京内でも有名で稀にゆかり・ルーミアの所に原料の調達を依頼しに来ることがある。

ゆかりはその細工屋の向かい側にある建物の屋根から中の様子を窺う。

 

 

「やっぱり贋作か・・・・・・」

 

 

店の中を覗いてみると車持神子が細工師に何かをこと細かく注文している。

そのテーブルの上には白い玉を付けた金の枝――蓬莱の玉の枝の贋作が置かれていた。

 

 

「かなり精巧に作られてる。輝夜が一時は騙されるのも頷ける。」

 

 

「これで・・・かぐや姫との結婚が!!」

 

 

車持神子は歓喜に震えていた。

竹取物語では、車持神子は贋作でかぐや姫の目を騙すことに成功する。

しかし、贋作を作った細工師がかぐや姫の前で車持神子に贋作の制作費を直談判したせいで大勢の人の前で恥を掻くことになる。

 

 

このままだと妹紅と輝夜が原作通りの関係になっちゃう!!

仕方ない。今日はただの傍観に徹するつもりだったけど、介入するしよう。

 

 

「かぐや様に贋作を献上するのはあまり感心しませんよ?車持神子。」

 

 

意気揚々とお店から出てきた車持神子に声を掛ける。

そして、屋根の上から飛び降りて彼の目の前に着地した。

 

 

「っ!?お前はかぐや姫の・・・・・・」

 

 

「直接お話をするのは初めてですね。かぐや様の護衛役の1人、八雲 ゆかりです。」

 

 

「かぐや姫に・・・頼まれたのか?」

 

 

「いいえ。これは私の独断です。

車持神子、かぐや様は聡いお方です。たとえ精巧に作られてる贋作を献上した所で見破られるのが関の山です。」

 

 

「そんなこと、百も承知だ。しかし、私にはやらねばならぬことがある。」

 

 

「・・・貴女の本当の目的はかぐや様との結婚ではないでしょ?」

 

 

「な、何故それを!?」

 

 

「これでも私は医学をかじってます。貴方は不治の病に侵されてるのでしょう?」

 

 

それに車持神子の使いがどんな病も治す薬を私の所に求めて来たからね。

この時代の不治の病は色々あるけど、一番代表的なのは癌かな?

神話に出てくる万病を治すことができるエリクシールなら、癌も治せるだろうけど、生憎私はエリクシールなんて薬は作れない。

 

 

「不治の病に侵されてるなら、貴方が結婚を急ぐ理由も納得がいく。

でも、少し違和感を感じる。まあ、詰まる所私の勘です。」

 

 

「・・・・・・ああ、君の勘は正解だ。私がかぐや姫に求婚したのは別の目的からだ。」

 

 

車持神子は青い空を仰ぎ見ながら、ゆかりにかぐや姫に拘る理由を話した。

 

 

「君は知らないと思うが、私には妹紅という娘が居る。

妹紅は人見知りが激しく、親しい友人も居ない。さらに妹紅は“望まれぬ子”でな。屋敷の者からお世辞にも良い扱いを受けているわけではない。」

 

 

「その子がかぐや様への求婚とどう関係してるのですか?」

 

 

「私はもう長くない。しかし、私が死ねば、妹紅が一人ぼっちになってしまう。

そこでかぐや姫に結婚という建前で妹紅と友人になってもらおうと考えていたのだ。」

 

 

「・・・・・・確認しますが、かぐや様と結婚する気はないと?」

 

 

「ああ。こんな老い耄れに若々しい姫など似合わんよ」

 

 

車持神子はハッハッハッと陽気に笑った。

 

 

「・・・わかりました。私の方でかぐや様に取り次いでみます。」

 

 

「私は別にそんなつもりで言ったわけでは・・・・・・」

 

 

「これは私が最善と判断した術です。だから、その贋作をかぐや様に持っていくのはもう少し待ってもらえないでしょうか?」

 

 

「かまわない。」

 

 

「では、私はこれで失礼します。それとあの細工師にはきちんと代金を払ってあげてくださいね?」

 

 

ゆかりはそう言い残すと車持神子の前から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

 

 

ゆかりはかぐや姫に昼間の車持神子との会話の内容を話した。もちろん蓬莱の玉の枝の贋作の話は省いて。

 

 

「ふーん・・・車持神子だけ私を見る視線が違うのは知ってたけど、そんな理由があったなんてね。」

 

 

「かぐや様、返答は?」

 

 

「うーん・・・・・・まずは実際にその子を見てみないと始まらないわね。

ゆかり、明日その妹紅っていう子を私の所に連れて来てくれないかしら?」

 

 

「また難しい注文を・・・・・・」

 

 

この時代の貴族の娘は滅多なことで外に出ず、また出られない。

望まれぬ子とは言えども、妹紅は車持神子という貴族の娘であることに変わりはない。

 

 

「あら、いろんな依頼を達成してきた貴女なら、女の子1人を屋敷から連れ出すくらい何ともないでしょ?」

 

 

「つまり、拐って来いと?」

 

 

「ご名答〜♪」

 

 

かぐや姫の無理難題――難題というわけでもないが・・・――にゆかりはため息を吐いた。

 

 

・・・

 

 

・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

というわけで翌日。

ゆかりは車持神子の屋敷の前にやって来た。

ちなみに、ゆかりが居るのはスキマの中。スキマの中から藤原 妹紅の姿を探している途中だ。

 

 

「屋敷の中には居ないか・・・。となると、居るのは庭の方かな?」

 

 

屋敷内に繋げていたスキマを一旦閉じて、庭の方に覗き見る程度のスキマを開く。

 

 

「あれが妹紅かな?私が知ってる妹紅とは全然違うけど。」

 

 

ゆかりが見つけた少女は1人寂しく鞠をついていた。

髪は黒く、頭のてっぺんに紅白のリボンを付けている。

 

 

「さてと。位置は特定できたし、後は拐うだけね。」

 

ゆかりはスキマを閉じて普通の空間に戻った。

そして、屋敷の塀を飛び越えて車持神子の屋敷に白昼堂々と忍び込む。

 

 

「だ、誰!?」

 

 

「貴女が藤原妹紅?車持神子の娘の。」

 

 

「う、うん・・・・・・」

 

 

「私はかぐや様の護衛役、八雲 ゆかり。今日はかぐや様の命により貴女を拐いにしました♪」

 

 

「へ?」

 

 

突然の発言に妹紅が惚けている隙にゆかりは小さい妹紅の身体を抱えると車持神子の屋敷から脱出した。

 

 

「いや!!離してぇ!!」

 

 

ジタバタと暴れて大声を出す妹紅だが、街の人々は妹紅を拐うゆかりに気付かない。

当然、ゆかりが能力で自分の周囲に境界を張っているからだ。

 

 

「ほら、暴れないの!!貴女を連れていかないと私が怒られるんだから。」

 

 

翁の屋敷にはあっという間にたどり着いた。塀を越えると同時に能力を解除して姿を見えるようにする。

 

 

「連れてきました、かぐや様。」

 

 

「ご苦労様、ゆかり。貴女たちは下がっていいわ。

何かあったら大声で呼ぶから。」

 

 

「「はい。」」

 

 

ゆかりは妹紅を下ろすとルーミアと一緒に輝夜の部屋から出ていった。

 

 

「人拐いお疲れ様♪」

 

 

「できれば二度とやりたくないね。」

 

 

車持神子には、妹紅が輝夜の屋敷に居るのを伝えておかないと。錯乱されたらこっちが困る。

 

 

 

 

ちなみに、輝夜は妹紅を大層気に入り、輝夜を嫌っていたはずの妹紅もいつの間にかその毒気を抜かれてしまった。さらに、妹紅がしばしばかぐや姫の屋敷を訪れるようになった。

これを知った車持神子は大層お喜びになり、物語であるような恥をかかずに終わった。

 



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第12話 「最後の手紙」

第12話「最後の手紙」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲 ゆかりSIDE

 

 

季節はちょうど夏に入った所。現代で言うと大体八月の初め。

車持神子の一件以来、かぐや姫の屋敷に彼の娘、藤原妹紅が遊びに来るようになった。

かぐや姫の屋敷に妹紅を背負ったゆかりが降り立った。

 

 

「よいしょっ、と」

 

 

妹紅を下ろし、そのまま縁側に座るゆかり。

妹紅とかぐや姫は友人関係であるが、二人の身分は違いすぎる。

なので、表門から堂々と入るのは憚れるのでゆかりが連れてきているのだ。

 

 

「姫様はいつも部屋に居るわ。」

 

 

「分かったわ。いつもありがとう。」

 

 

妹紅はゆかりにお礼を言うと、縁側を走ってかぐや姫の部屋に飛び込んだ。

一仕事終えたゆかりはふぅと一息つく。

 

 

《毎日毎日大変ですね、ご主人》

 

 

《本当にね。》

 

 

「まあ、その代わりに車持神子に色々貰ってるからね」

 

 

妹紅の迎えとかは無償でやってるわけじゃない。

車持神子からは植物の種とか布団とかを代金代わりに貰ってる。

それらは全部スキマ空間に保存してある。

 

 

「というより、貴女たちが口を開けるのも久しぶりね」

 

 

《口を開いてるわけじゃないですが・・・・・・》

 

 

《どちらかと言うとテレパシーに近いですね。》

 

 

焔月と蒼月はかぐや姫の護衛を引き受けて以来、口を開けるような機会がなかった。

大体かぐや姫に付きっ切りな上に部屋は隣同士。だから、ゆかりと会話する機会がほとんどなかった。

 

 

「それにしても、もう八月か・・・・・・」

 

 

竹取物語では、かぐや姫が月に帰ってしまうのは八月の十五夜。

数日前に帝がやって来たから、月への帰還は今年で間違いない。

一応、かぐや姫の着物には護符を忍ばせてあるけど・・・・・・無意味だろうね。

 

 

「ああ、此処に居ましたか。」

 

 

「何かありましたか?」

 

 

黄昏るゆかりに声を掛けたのは、かぐや姫の侍女の1人だ。

 

 

「実は、車持神子の使い者がこの手紙を八雲 ゆかりにと。」

 

 

そう言って次女はゆかりに手紙を渡した。

おもむろに手紙を広げて、その中身に目を通す。

 

 

「・・・・・・すいません。少し出てきます。」

 

 

「分かりました。」

 

 

ゆかりは立ち上がり、翁の屋敷を囲む垣根を飛び越えた。

通りに出たゆかりは急いで手紙を寄越した主、車持神子の屋敷に向かった。

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

車持神子の屋敷は平城京の東側にある。

朱雀大路を抜けて、右京の六条大路に差し掛かると車持神子の邸宅が見えてきた。

邸宅の門は何人も立ち入られないように固く閉ざされて、さらに2人の門番が立っている。

 

 

「止まれ!!」

 

 

「ここは車持神子の邸宅だ。残念ながら、通すことはできない。」

 

 

ゆかりの姿を見つけた門番は長槍を構える。

ゆかりは息を切らしながら手に持った手紙を門番に見せた。

すると、門番は驚いた表情を浮かべて長槍を下ろした。

 

 

「し、失礼しました!!八雲様!!」

 

 

「車持神子より話は聞いています。付いてきてください。」

 

 

門番の片割が閉ざされた門を開け、その門番に連れられてゆかり邸宅の中に入った。

 

車持神子の邸宅は見事なくらいの日本屋敷だ。

庭には大きな池があり、生えている草木も見事に切りそろえられている。

しかし、ゆかりはそんな庭園に見向きもせず神子の部屋に向かう。

 

 

「この部屋で車持神子がお待ちです。」

 

 

「ありがとう。」

 

 

ゆかりは連れてきてくれた門番にお礼を言うと、障子を開けて部屋の中に入った。

 

 

「車持神子、お体の調子はどうですか?」

 

 

「ああ・・・・・・貴殿か。」

 

 

広い寝室に敷かれた布団の上で仰向けに寝転がっていた車持神子が身体を起こす。

その動作は非常にゆっくりでどう見ても調子が悪いようにしか見えない。

 

 

「すいません。わざわざ来てもらったのに、このような姿で。」

 

 

「構いません。それよりも私に用事とは?」

 

 

「そうでしたね。八雲殿をお呼びしたいのは、少し頼みたいことがあったからです。」

 

 

そう言って、車持神子は枕元に置いてあった2通の手紙をゆかりに渡した。

あて先の名前はかぐや姫と藤原妹紅。この段階でゆかりは手紙の内容を察した。

 

 

「その手紙をかぐや様と妹紅に渡してください。」

 

 

「・・・・・・直接口で伝えた方が良いのでは?」

 

 

「私はもう屋敷から出ることもできません。

 妹紅もこの屋敷に来ることは嫌がるでしょう。」

 

 

そう言えば、妹紅は愛人の子供で本家ではあまり良い扱い受けてないんだよね。

でも、ファザコンの妹紅ならこのことを聞けば、飛んで来ると思うけどね。

 

 

「もう自分が長くないのは、私がよく分かってます。

 この老いぼれの最後の頼みを聞いてくださらぬか?」

 

 

「・・・・・・分かりました。」

 

 

「お願いします。それから、これは依頼料です」

 

 

車持神子が依頼料として渡したのは、刃渡り60cmほどの短刀だった。

その刀身は黒一色になっており、刃紋が波打っている。

それは硬度に特化した大脇差の黒刀だ。

 

 

「かなり立派な物のようですが?」

 

 

「はい。その脇差しは私が護身用に作らせた凄腕の刀鍛冶の物です。」

 

 

「そんな物を私のような者が貰っても良いのですか?」

 

 

「ええ。」

 

 

そこまで言った所で車持神子は激しく咳き込んでいた。

そして、口元を押さえた彼の手には真っ赤な血がべったりと付着していた。

その様子が彼の命がもう長くないことを物語っていた。

 

 

「八雲殿、依頼の件は任せました。」

 

 

「はい。」

 

 

そう言って車持神子は再び寝転び、目を閉じた。

ゆかりは彼の最後の頼みを達成するために屋敷を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翁の屋敷~

 

 

車持神子の邸宅を出たゆかりは翁の屋敷に戻ると、すぐにかぐや姫の部屋に直行した。

その部屋から妹紅とかぐや姫の話し声が聞こえる所を見ると、妹紅と入れ違いにならずに済んだようだ。

 

 

「かぐや様、入ってもよろしいでしょうか?」

 

 

「いいわよ~」

 

 

かぐや姫の許可を得てから襖を開ける。

 

 

「どうしたの?また帝からの手紙かしら?」

 

 

「いえ。車持神子からかぐや様と妹紅に宛てに手紙を預かって参りました。」

 

 

「お父様から!!」

 

 

ゆかりの言葉に妹紅が真っ先に飛びついた。

久しぶりの実の父親からの手紙が嬉しいのだろう。

しかし、手紙の内容におおよその見当がついているゆかりは少し顔を歪めた。

 

 

「ルーミア、貴女も席を外した方がいいわ。」

 

 

「?分かった。」

 

 

ゆかりはかぐや姫と妹紅に手紙を渡すとルーミアを連れて部屋を出た。

 

 

 

「ゆかり、あの手紙の内容知ってるの?」

 

 

「中身を見たわけじゃないけど、何となく内容は分かる。」

 

 

そう。間違いなくあの手紙は・・・・・・―――

 

 

 

▼  ▼  ▼  ▼  ▼  ▼  ▼  ▼  ▼

 

 

藤原妹紅SIDE

 

 

お父様直筆の手紙を貰うなんて、いつ以来だろ?

直接会うことはあっても、手紙なんて送ってることは少なかったし。

一体何が書いてあるんだろ♪

 

 

ゆかりから手紙を受け取った妹紅は嬉しそうに手紙を開いた。

そして、手紙の内容を見た妹紅はとんでもない絶望を押し付けられた。

 

 

―――妹紅へ。

 

 

   この手紙を読んでいる頃、私はもうこの世には居ないだろう。

 

 

   本当なら、口で直接言うべきなんだろうが、こんな形になってしまった。

 

 

   正直に言うと、私は父親らしいことは何一つしてやれなかった。

 

 

   その上、お前には不自由な思いをさせてばかりだ。

 

 

   本当にすまなかった。

 

 

   だが、これだけは言える。妹紅は私の大事な娘だ。

 

 

   こんな私を父と呼んでくれて嬉しかったよ。

 

 

   最後になるが・・・これからは自分の好きなように行動しなさい。

 

 

   家に縛られて一生を歩むも良し、家を出て見聞を広めるもの良し。

 

 

   ただ後悔のないように行動しなさい。

 

 

   では、また来世に。              藤原不比等より―――

 

 

 

手紙に目を通した妹紅の目尻からポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。

大好きな父の死は妹紅に大き過ぎる衝撃を与えた。

 

 

「妹紅・・・・・・・」

 

 

「う・・・ううぅ・・・・かぐ、や」

 

 

もう涙が抑えられない。お父様に迷惑を掛けないために泣かないって決めたのに・・・。

 

 

 

「妹紅、今は思いっきり泣いてもいいわ。

 そのほうがすっきりする筈よ」

 

 

かぐや姫は妹紅に近寄ると、彼女を優しく抱きしめた。

その瞬間、妹紅は思いっきり泣き出した。

そんな妹紅をかぐや姫は彼女が泣き止むまで撫でてあげた。




展開が早過ぎる? いつものことです。
あんまり展開を遅くするをどうしてもグダグダになるんですよ。
原作の突入したら、多少は展開も遅くなりますが。

というか、原作入るまでにどれくらいかかるんだろうか?


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第13話 「かぐや姫の正体」

第13話「かぐや姫の正体」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲ゆかりSIDE

 

 

車持神子が死去したというニュースはあっという間に都に流れた。

車持神子――つまり、藤原不比等には血族が大勢居る。

その藤原家の面々が一堂に会して、大規模な葬儀が執り行われた。しかし、その中に妹紅の姿はなかった。

 

 

「かぐや様、妹紅の様子はどうですか?」

 

 

「もう落ち着いてるわ。」

 

 

実の父の死去を知った妹紅は散々泣き喚いた。

車持神子の死去から二日が経過して、ようやく妹紅も落ち着きを取り戻した。

 

 

「車持神子の屋敷の様子はどうだった?」

 

 

「親戚一同が集まって盛大な葬儀が執り行われていましたいましたね。

 ただ・・・・・・妹紅のことはまるで存在しない子供のような扱いでした」

 

 

縁側に座ったゆかりはあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべた。

ゆかりの隣に座るかぐや姫も彼女の言葉を聞いて不機嫌になった。

 

 

「地上に流されて、ここまで不愉快なのは初めてだわ。」

 

 

かぐや姫はボソッと呟いた。

 

 

「?かぐや様、何か言いましたか?」

 

 

「な、何でもないわよ!?わ、私妹紅の様子を見てくるわ」

 

 

あからさまに慌てた様子でかぐや姫はその場を離れた。

 

 

「分かりやすいわね~」

 

 

かぐや姫の慌てた挙動にゆかりはクスッと笑った。

ゆかりは聞こえていない振りをしたが、かぐや姫の呟きは実際は聞こえていた。

 

 

「次の満月まで、あと少しか・・・・・・」

 

 

車持神子の葬儀が行われているのに、天気はあいにくの雨。

雨雲に覆われた空をゆかりはじっと眺めていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

その日の夜。

日中に降り注いでいた雨は嘘のように止んでいた。

その代わりに、雲1つない夜空には満天の星と三日月の月。

 

 

「・・・・・・・・」

 

 

夜空に浮かぶ月を静かに見上げる影があった。

ゆかりとルーミアの護衛対象、かぐや姫である。

彼女は自分の部屋から出て、少し悲しげな表情を浮かべていた。

 

 

「どうかしたの?かぐや」

 

 

かぐや姫の部屋で一緒に眠っていた妹紅が体を起こした。

 

 

「ごめんなさい、起こしちゃった?」

 

 

「うん。」

 

 

妹紅は眠たそうな目を擦りながら、かぐや姫の隣に座る。

日中に降り注いだ雨のおかげで風は涼しく、かなり快適だ。

 

 

「ねえ、かぐや。どうして月を見てたの?」

 

 

「ん?ここから見る月が綺麗だからよ。」

 

 

「でも・・・・・・月を見るかぐやの顔は悲しそうだったよ?」

 

 

「っ!!」

 

 

妹紅の言葉にかぐや姫は金槌で殴られるような衝撃を受けた。

妹紅のまっすぐな瞳を見て、かぐや姫は思わず目を逸らす。

 

 

「どうして目を逸らすの?」

 

 

「そ、それは・・・・・・」

 

 

妹紅はかぐや姫を見逃す気はないようだ。

かぐや姫は覚悟を決めて、口を開いた。

 

 

「本当は妹紅には黙っておくつもりだったんだけど・・・・・・」

 

 

そう前置きしながらかぐや姫は妹紅と視線を合わせた。

 

 

「妹紅。私はね、あの月から流された咎人なの。」

 

 

「月?あそこで輝いてるお月様?」

 

 

妹紅が夜空に浮かぶ月を指差すと、かぐや姫は静かに頷いた。

 

 

「私の本当の名前は蓬莱山 輝夜。月の都のお姫様。」

 

 

「えっ?あの月に人が住んでるの?」

 

 

「そうよ。まあ、信じられないかもしれないけど。

 そして、私は犯した咎によってこの大地に流されてた。

 その罪の期間がもうすぐ終わり、月からの迎えがやってくる。」

 

 

「輝夜が犯した罪って?」

 

 

「月の都で使用することを禁じられた不老不死の薬、蓬莱の薬を飲んだこと。

 それが私が犯した咎。」

 

 

「じゃあ・・・・・・輝夜も居なくなっちゃうの?お父様みたいに・・・・・・。」

 

 

妹紅は顔を伏せる。

口から吐き出される言葉はこの先の「孤独」を想像して震えている。

 

 

「生憎と、私は無抵抗に月に連れ戻されるつもりはないわ。」

 

 

そう言ってかぐや姫――蓬莱山 輝夜は妹紅を安心させるように彼女の頭を撫でた。

 

 

「どういうこと?」

 

 

「実は月の迎えの中に私の知り合いが居るの。

 その知り合いと共謀して逃げ出す手はずを整えてある。」

 

 

「成功、するの?」

 

 

「分からないわ。何せ、味方はたった1人。

 私の計画が失敗するか、成功するかは私自身にも分からない。」

 

 

「話は聞かせてもらったわ。」

 

 

「「!?」」

 

 

突然聞えてきた声に輝夜と妹紅はとても驚いた。

しかし、周囲を見渡しても声の主の姿は見えない。

 

 

「こっちよ。」

 

 

また声が聞えた。

その方向を見ると、垣根の傍に悠然と立っている柿の樹の更に上。

足場になるモノが何もない虚空に不気味な裂け目が顔を覗かせていた。

そして、その裂け目に腰掛ける2つの人影。それは二人にとって非常に見覚えがあった。

 

 

「ゆかりに、ルーミア?」

 

 

「そうだよ~。」

 

 

まさかと思いつつ輝夜はそのシルエットの名前を呼ぶ。

すると、張り詰めた空気を緩ませるように間抜けた声が響く。

刹那、腰掛けていた裂け目から輝夜の護衛役――八雲 ゆかりとルーミアが降りてきた。

同時に虚空に展開された裂け目――スキマが消える。

 

 

「あれ?何で2人は固まってるの?」

 

 

「ルーミア、妖力を少しは抑えて。結界が悲鳴を上げてるの。」

 

 

ゆかりの指と指の間には一枚のお札が挟まれており、墨で描かれた文字が淡く発行している。

彼女に指摘されて、ルーミアは垂れ流しになっていた妖力を抑えこむ。

そして、妖力という重圧から解放された2人が口を開いた。

 

 

「もしかして・・・・・・2人とも妖怪だったの?」

 

 

「正式な自己紹介はまだだったね。」

 

 

輝夜の質問にゆかりは肯定の笑みを浮かべる。

 

 

「私はここより東方にある隠れ里、夢幻郷の管理者。

 あらゆるモノの境界を操る妖怪、八雲 ゆかり。」

 

 

「夢幻郷に住まう宵闇の妖怪、ルーミア。」

 

 

「まさか身近に妖怪が居るなんて思いもしなかったわ。

 貴方たちは人を食らうような感じもなかったし。」

 

 

「妖怪もいろいろ居るんだよ。本能に任せて人を食らう者とそうでない者が。

 この世は常識では測れないモノがたくさんあるんだもん。」

 

 

月と背景にゆかりは笑みを浮かべる。

本来、人が恐れるべき妖怪だというのにその笑みにはまったく恐怖がない。

 

 

「さて、蓬莱山 輝夜。貴方は月に帰りたい?地上(ここ)に残りたい?」

 

 

「|地上(ここ)に残りたいわよ!! 月に戻るなんて真っ平御免よ!!」

 

 

月で余程不自由な思いをしてきたのか、口調を荒げて言う。

その様子にルーミアとゆかりは笑みを浮かべた。

 

 

「それは依頼と受け取ってもいいのかな?」

 

 

「・・・・・・死ぬかもしれないわよ?」

 

 

「妖怪はそう簡単に死なないよ。」

 

 

「・・・・・・分かったわ。ゆかりとルーミアに依頼するわ。」

 

 

輝夜は立ち上がって、二人に命令(依頼)を下した。

 

 

「私の逃亡を手助けしなさい!!」

 

 

「「御意。」」




夏休み中なのに、筆が進まない・・・・・・。
最近、暑くて暑くてパソコンを起動するのも億劫になります。
筆が中々進まないのも、この暑さのせい。


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第14話 「反逆する月の姫」

第14話「反逆する月の姫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆかり視点

 

 

かぐや姫・・・本名、蓬莱山 輝夜の衝撃告白から数日後。月は満ち、満月が夜の平城京を照らしていた。

翁の屋敷には帝が派遣した兵士たちが守りを固めている。

輝夜が月に帰ることが何処かから漏れたせいで、帝に伝わってしまった。

肝心の輝夜は竹取の翁たちと数人の兵士と共に屋敷の一番奥に避難していた。

 

 

「守りを固めても無駄なのに・・・・・・」

 

 

「だよね〜。帝も上位妖怪を配置するくらいのことはしないと♪」

 

 

「ルーミア、そんなことができたら妖怪と人のパワーバランスが崩れちゃうからね?」

 

 

「冗談だよ、冗談♪」

 

 

これから人でもない妖怪でもない者たちと闘うというのに緊張感の欠片もないルーミアとゆかり。

2人が居るのは輝夜が居る部屋の一つ前の部屋の隅。

そこに妹紅も居る。

 

 

「ほら、妹紅。貴女が闘う訳じゃないんだからそんなに固くならないで。」

 

 

「・・・・・・うん」

 

 

固まっている妹紅を母親のように後ろから抱き締める輝夜。

 

 

 

「かぐや様。そろそろ奥の部屋に退避してください。」

 

 

「わかったわ。手はずどおりにね。」

 

 

「はい。」

 

 

輝夜は小さな声でゆかりに言うと、再び奥の部屋に籠もった。

襖が閉じられるとほとんど同時に太陽の如く眩しい光が隙間から射し込んできた。

手筈通りにゆかりたちはスキマ空間の中に引っ込む。当然妹紅も一緒だ。

さらに、スキマ空間内から外の様子を見渡せるように小さくスキマを開く。

 

 

「来たわ。」

 

 

独り手に襖が開き、輝夜の居る部屋まで一本の通路が出来上がる。

そして、帝が遣わした兵士たちは次々に倒れてしまう。

兵士たちの屍――死んでいる訳ではない――に目も暮れずに輝夜の前に歩み寄る月人たち。

 

 

「外見は普通の人間と変わらないね。」

 

 

月人の姿をゆかりはそんな感想を漏らした。

 

輝夜の前に現れたのは5人の月の使者らしき人物ら。

1人だけ衣装が違い、赤と青がきれいに半分に分かれた服を着ている。

他の4人は都の防人とよく似た純白の衣装を着ている。

 

 

あれが“月の頭脳”八意 永琳だね。

雰囲気を見る限り、あの取り巻きはそれほど強くなさそうね。

持ってる武器は槍に刀剣、それから銃か・・・・・・。

 

 

「あ、輝夜が何か渡してる・・・・・・」

 

 

スキマの外では輝夜が竹取の翁に瓶に入った何かの薬を、帝が遣わした兵士には手紙と同じ薬をそれぞれ手渡していた。

 

 

「あれが“蓬莱の薬”なのかな?」

 

 

「多分ね。」

 

 

「不老不死になれる幻の薬。あれがあれば、お父様も・・・・・・」

 

 

 

 

ゴツンッ!!

 

 

 

 

そんなことを宣う妹紅をゆかりが軽く殴った。

 

 

「妹紅、不老不死というものを甘く考えたら駄目だよ。

不老不死になれば、親しかった人が死に行く姿を何度も見続けないといけない。それはかなり過酷なこと。

普通の人間が耐えられるようなモノじゃない。」

 

 

「でも、ゆかりもルーミアも輝夜もそんな不老不死なんだよね?」

 

 

「私とルーミアは元々妖怪だし、いつかは終わりが来る。

 私たちは不老長寿なだけであって、不老不死じゃないからね。」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「ゆかり!!輝夜たちが外に出た!!」

 

 

「良し。」

 

 

輝夜は月から迎えに連れられて、屋敷を出たことを確認したゆかりたちはスキマから外に出る。

そして、輝夜から渡された不老不死になれる薬――蓬莱の薬を握り締める翁に声を掛けた。

 

 

「翁老、私たちはこのままかぐや姫を追います。

 長い間御世話になりました。」

 

 

「なりました〜。」

 

 

「かぐやを連れ戻すことはできるのですか?」

 

 

翁はゆかりに縋るように呟いた。

翁の質問にゆかりは首を横に振った。

 

 

「そう・・・ですか。では、これは貴女に差し上げます。」

 

 

そう言って翁は蓬莱の薬をゆかりに渡した。

 

 

「よろしいのですか?」

 

 

「はい。かぐやの居ない世界に未練などありませぬ。私らはのんびりと余生を過ごします。

 それに、依頼の報酬を払っておりませんでしたからな。」

 

 

「わかりました。」

 

 

ゆかりは翁から蓬莱の薬を受け取り、それを妹紅に渡した。

 

 

「私が持ってたら、壊れそうだから貴女が持っていてね?」

 

 

「う、うん。」

 

 

「では、翁老。お元気で。」

 

 

そう言い残してゆかりたちは竹取の翁の屋敷を出た。

しかし、何故か妹紅までついてきている。

 

 

「妹紅、貴女は此処で待ってなさい。」

 

 

「いや!!私だって輝夜が心配なの!!」

 

 

あ〜・・・こういう子には何を言っても無駄だね。

まあ、最悪の場合はスキマに放り込んでおけば大丈夫か。

 

 

「しっかり捕まってなさいよ!!!」

 

 

「うん!!」

 

 

ゆかりは妹紅の手を強く握り締める。

屋敷から出ると同時にゆかりとルーミアは地面を蹴り、満月の浮かぶ夜空に飛び上がった。

輝夜たちの位置はゆかりが彼女に渡しておいた護符が教えてくれる。

 

 

「お、落ちる〜!!」

 

 

「まったく・・・」

 

 

ゆかりは妹紅を背中に乗っけると輝夜が居る場所まで全速力で駆け抜けた。

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

「見えた!!」

 

 

「でも、ちょっとピンチぽい!!」

 

 

平城京から随分離れた地点に輝夜と永琳が居た。

しかし、敵に囲まれており、武器を突き付けられている。

何か話しているようだが、遠すぎてゆかりたちにはまったく聞こえない。

業を煮やした月の使者のリーダーは強硬手段に出た。

この時代には存在しない銃のような兵器から紅い光線が真っ直ぐ伸びていく。

 

 

「ちょっと不味いね。点と点を結び、強固なる盾となれ――《四天四方結界》!!」

 

 

輝夜に渡しておいた護符が一枚から八枚に分裂し、守護結界を作り上げる。

兵士が放った紅い光線はその結界に弾かれてしまった。

 

 

「でぇえええい!!」

 

 

そして、ルーミアが大剣を薙ぎ払い、衝撃波を発生させて月人たちを吹き飛ばす。

 

 

「助っ人参上、てね。」

 

 

「遅いわよ。」

 

 

「これでも急いで来たんだよ?っと、そっちの人は初めてだね。

私は境界を操る妖怪、八雲 ゆかり。輝夜の元護衛よ。」

 

 

「救援感謝するわ。私は八意 ××。輝夜の元教育係よ。」

 

 

「八意・・・なんて?」

 

 

うん。冗談かと思ったけど、本当に発音できない。

 

 

「地上のモノには発音できないから、永琳で構わないわ。」

 

 

「わかった。貴女は輝夜とこの子を守っててくれる?」

 

 

「別に良いけど、貴女たちだけで勝てるの?」

 

 

「十分よ。」

 

 

ゆかりは輝夜に妹紅を渡すと鞘から焔月と蒼月を抜刀してルーミアと合流した。

 

 

「ルーミア、今日は遠慮なく食べていいよ。」

 

 

「わかった〜♪」

 

 

刹那、飛び込んできた月人とルーミアを夜より暗い闇が包み込んだ。

 

 

 

 

ガリッ!!ゴリッ!!

 

 

 

 

バキッ!!ベキャッ!!

 

 

 

 

グチュッ!!グチャッ!!

 

 

 

 

闇の中から生々しい食事の音と月人の断末魔の叫びが響く。

妖怪が人を捕食する光景に慣れていない輝夜たちはひきつった表情を浮かべる。

そして、生々しい音が止むと闇の中から口元を血で染めたルーミアが出てきた。

 

 

「ごちそうさま♪」

 

 

「美味しかった?」

 

 

「うーん・・・微妙。」

 

 

「ふふ♪さて、さっきから震えてる月人をさっさと倒すよ?」

 

 

「OK♪久しぶりに全力を出すよ~♪」

 

 

ルーミアは楽しそうな表情を浮かべながら、妖力を完全解放する。

そして、闇で作り上げられた翼がルーミアの背中に展開される。

 

ルーミア固有の妖術《魄翼》。

背中に広がった闇の翼が自在に形を変えることが出来る。

闇を操る程度の能力を持つ彼女だからこそ使える妖術である。

 

 

「八雲式剣舞、一之舞 雀王吼波!!」

 

 

焔月から放たれた炎弾が鳥の姿をして、飛び立つ。

しかし、一直線に進む火炎弾は容易く避けられる。

 

 

「てりゃあぁっ!!」

 

 

さらに、ルーミアが上空から奇襲を仕掛ける。

ルーミアが月人を捕食する光景を見てしまったせいか、輝夜を迎えに来た月の使者はルーミアを非常に警戒している。

つまり、ゆかりの警戒が甘くなる訳で・・・・・・

 

 

「八雲式剣舞 四之舞 鳳仙花!!」

 

 

焔月から炎弾が散弾のようにばら撒かれて月人たちに襲い掛かる。

そして、足を止めた月人にルーミアが襲い掛かる。

 

 

「幻月・一閃!!」

 

 

三日月を描くように下段から上段に向かって切り上げ。

さらに、取っ手を持ち替えて投擲の体勢を取る。

 

 

「闇に、眠れ。――《ストームブリンガー》!!」

 

 

ゴツイ大剣はスマートで長い両手剣へと姿を変える。

真っ黒な刀身に不思議な文字(ルーン文字)が刻まれたその剣を力いっぱい投擲した。

ビュンッ!! という風きり音と共に少し離れた場所に居た兵士を貫いた。

 

 

「さぁ、全力で掛かってきなよ!!」

 

 

新しく妖力で長い両手剣を作り出し、ルーミアは笑った。



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第15話 「神降ろしの術」

第15話 「神降ろしの術」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Another SIDE

 

 

平城京より少し離れた上空。

満月と満天の星が浮かび夜空の下で苛烈な戦いが繰り広げられていた。

夜空を駆け巡る紅い閃光と茜色の炎。そして、響き渡る金属音。

 

 

「八雲式剣舞、三之舞 冥雷鈴!!」

 

 

ゆかりは左手に持つ蒼月を投擲する。

当然、月の兵士はそれを避ける。が、蒼月はスキマに飲み込まれて月の兵士の背後から突き刺さった。

同時に妖力が雷に変換されて、周囲の兵士に襲い掛かる。

 

 

「結構倒してる筈なのに、あんまり減ってないね。」

 

 

「向こうは元々人手が多いからね」

 

 

ゆかりとルーミアが相手をしているのは、輝夜の迎え。

普通の人間と大差ない姿の兵士も居れば、玉兎と呼ばれる月のウサギも居る。

その比率はおおよそ2:3。

 

 

「舞え、闇の剣よ――《闇の剣舞》」

 

 

ルーミアの周囲に無数のロングソードが生み出される。

それらは別々の軌道を描きながら月の兵士たちに襲い掛かる。

 

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

 

ルーミアの死角に潜り込んだ玉兎が猛スピードで突進する。

しかし、彼女の身体は《魄翼》が変化した巨大な腕に掴まれてしまう。

そのままギリギリと身体を締め付ける。

 

 

「何となく予想してたよ。誰かは死角から攻撃してくるって。」

 

 

妖力で構築した無数のロングソードを操りながらルーミアは言う。

 

 

「そらっ!!」

 

 

ルーミアは身体を回転させて、玉兎を放り投げる。

放り投げられた玉兎は遠距離から攻撃を仕掛けようとしていた他の玉兎に当たった。

 

 

「ルーミア!! 少しだけ時間を稼いで!!」

 

 

「分かったけど・・・・・・あんまり長時間は稼げないよ!!」

 

 

「大丈夫よ。」

 

 

ゆかりは自信満々に言った。

ルーミアは無数のロングソードを攻撃モードから守備モードに移行する。

 

 

「さぁ、見せてあげるよ。私の秘術、降神術を!!」

 

 

ゆかりは焔月と蒼月を鞘に戻し、スキマから何も書かれていない無地の短冊を取り出す。

さらに、小型の書道セットを取り出して無地の短冊に文字と文様を書く。

スキマに不要になった書道セットを戻して、目を閉じる。

 

 

「―――――」

 

 

ルーミアの耳に聞きなれない言葉の詠唱が届く。

 

 

「―――――」

 

 

詠唱が進むにつれて、先ほど作り上げた御札が淡く光る。

月光よりも劣る光量だが、どこか神々しい。

 

 

「あの呪文は・・・いかん!! 何ともしても止めるのだ!!」

 

 

ゆかりが執り行っている儀式の正体を悟ったリーダーは総攻撃命令を下す。

しかし、その行く手を遮るようにルーミアが立ちはだかる。

 

 

「―――――――」

 

 

ゆかりはルーミアを信じて儀式に集中する。

その信頼に応えるようにルーミアは自身の妖術を巧みに扱いながら、敵の攻撃を阻む。

 

 

「ありがとう、ルーミア。」

 

 

ルーミアの奮闘のおかげでこの戦いに決着を着けるカードが完成した。

ゆかりは手に持った御札を高く掲げて、最後の一節を紡ぐ。

 

 

天之尾羽張神(あめのおはばりのかみ)

 

 迦具土神を殺した天尾羽張の霊威を今再び見せつけよ!!」

 

 

ピシャーンッ!! と雷鳴が轟き、ゆかりの背後に剣を携えた男性の姿が現れる。

 

 

「馬鹿な・・・。妖怪の分際で八百万の神の一柱を召喚するなど有り得ん!!」

 

 

 

《天之尾羽張神(あめのおはばりのかみ)》

別名、伊都之尾羽張。

建御雷之男神の父の当たり、葦原中国平定の際に建御雷之男神を推薦した神。

迦具土神を殺す際に用いられた十拳剣の名称であり、その剣の化身。

天尾羽張についたカグツチの血から、建御雷之男神などの火・雷・刀に関する神が化生している。

 

 

 

ゆかりが召喚した圧倒的な存在感を醸し出すその神に敵は完全に怖気づいていた。

彼女らの背後に控える輝夜たちも驚きを隠せなかった。

 

 

「神の炎と神の雷、その身に受けてみなさい!!」

 

 

人間界に降臨した天之尾羽張神が腰に携えてた十束の長さの剣を抜く。

天之尾羽張神が抜き放ったその剣を振るうと、急に夜空が曇天に覆われて雷鳴が轟く。

そして、雷と炎が敵を蹂躙し、断末魔の悲鳴が響き渡る。

 

 

「くっ・・・・・・撤退だ!!」

 

 

リーダーの命令に従い、兵士と玉兎たちは撤退を始める。

輝夜の追っ手が完全に居なくなると、雷と炎は止み、元通りの夜空が広がっていた。

 

 

「ありがとうございます、天之尾羽張神よ。」

 

 

ゆかりは天之尾羽張神にお礼の言葉を述べる。

天之尾羽張神の身体が透けていき、やがて完全に消滅した。

 

 

「凄いよ、ゆかり!! あんなことができるなんて!!」

 

 

ルーミアは《魄翼》を消して、ゆかりの下に戻る。

 

 

「・・・・・・八百万の神を召喚するのは、ちょっとキツイね」

 

 

ゆかりの身体は浮力を失い、重力に引かれて落下を始める。

天之尾羽張神を呼び出すのに保有する妖力のほとんどを使い果たしたゆかりには飛ぶために必要な妖力すら残っていなかったのだ。

 

 

「ゆかり!!」

 

 

落下するゆかりの腕をルーミアが掴み、ゆっくりと地上に降りていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~地上~

 

八雲ゆかりSIDE

 

 

「大丈夫?」

 

 

「妖力はすっからかんだけどね。」

 

 

ルーミアの肩を借りてゆかりは近くにあった樹に凭れ掛かる。

 

 

私が使ったのは八雲式符術の秘術、降神術。

その名の通り、八百万の神々の一柱を召喚する神降ろしの術。

この術は前世からずっと使えるけど、この世界に来てから消費が半端じゃない。

まあ、全盛期の神様の力を使えると考えたら安いものかな。

 

 

「ルーミア、何か妖力を回復できるものない?」

 

 

「うーん・・・・・・あっ、これがあった。」

 

 

ルーミアがゆかりに差し出したのは、月人の右腕だった。

 

 

「ありがと。」

 

 

ゆかりはそれを受け取り、くるっと背後を向く。

そして、失った妖力を回復させるためにそれに齧り付いた。

 

 

 

 

少女、食事中・・・・・・

 

 

 

 

「ふう。」

 

 

ゆかりは骨だけになった月人の左腕を放り投げた。

人の肉を食べたおかげでゆかりの妖力はある程度回復した。

そして、タイミングを見計らうように輝夜たちが空から降りてきた。

 

 

「八百万の神を召喚するなんてとんでもないことするわね。」

 

 

「ああでもしないと、物量で押し切られたかもしれないからね。」

 

 

そう言いながらゆかりは土埃を掃って立ち上がる。

 

 

「さて、これで依頼は達成したね。」

 

 

「ええ。まさかたった2人で月の迎えを追い返すとは思わなかったけど。」

 

 

「伊達に妖怪をやってないからね。輝夜はこれからどうするの?」

 

 

「そうね。永琳と一緒に月の追っ手から逃げつつ、安住の土地を探すことにするわ。

 貴女たちはどうするの?やっぱり夢幻郷に戻るのかしら?」

 

 

「うん。夢幻郷の管理者である私がいつまでも離れてるわけにはいかないしね。」

 

 

それに、都でするべきことは全て終わった。

遣唐使が齎してくれた唐の物品も依頼をこなす内に結構手に入ったし。

下手に長く留まりすぎると私が妖怪だと言う事が露見する。

 

 

「じゃあ、今日でお別れね。」

 

 

「うん。まあ、困ったことがあったら、夢幻郷に来れば良いよ。」

 

 

「そうさせてもらうわ。」

 

 

ゆかりと輝夜はお互いに笑みを浮かべた。

 

 

「妹紅、貴女はどうするの?」

 

 

ゆかりは妹紅に問う。

 

 

「私?私は輝夜についてくつもりだよ?」

 

 

妹紅の言葉に真っ先に反応したのは当然の如く輝夜だった。

 

 

「駄目よ、妹紅。私と永琳は不老不死の蓬莱人で貴女は普通の人間。

一緒に居たら、私が寂しい思いをするから駄目。

それに、私たちは追われる身。貴女を連れて行くことはできないわ。」

 

 

「・・・・・・」

 

 

妹紅は唇を噛み締めた。

輝夜の言っていることは尤もで、今の妹紅では2人の足手まといになるのが目に見えている。

しかし、そう思ったのも一瞬でポケットに入ってるモノを思い出した妹紅は笑みを浮かべた。

 

 

「ねぇ、私が普通の人間じゃないなら良いわけだよね?」

 

 

「まあ、ゆかりやルーミアみたいに何千年も生きられるなら・・・・・・」

 

 

「言質は取ったよ?」

 

 

「「「「??」」」」

 

 

妹紅以外の4人は妹紅の質問の意図が分からず、頭の上に疑問符を浮かべる。

この時、ゆかりはすっかり忘れていた。

依頼の報酬として貰った蓬莱の薬を妹紅に預けたままであることを・・・・・・。

 

 

「これ、な?んだ?」

 

 

「「「「あっ。」」」」

 

 

4人の声が見事に重なった。

そして、妹紅はポケットから取り出した薬品――蓬莱の薬の蓋を開けると一気に飲み干した。

 

 

「うぇ?にがっ」

 

 

「も、妹紅!?貴女、何を考えて・・・・・・」

 

 

「ニシシシ♪一度輝夜の困った顔が見たかっ――ぐっ!!」

 

 

蓬莱の薬が全身に回った瞬間、突然妹紅が苦しみ始めた。

妹紅の黒かった髪は脱色したような白、いや銀に近い白に変色してしまった。

同時に短かった髪は長くなり、妹紅の身長と同じくらいになる。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・これで文句ないでしょ?」

 

 

妹紅はニコッと笑った。

 

 

「ねぇ、輝夜。私ね、輝夜に平城京から出ていく聞いてからずっと考えてたんだ。

どうやったら輝夜と一緒に居られるかって。そして、良く考えて出した結論がコレ。

私は貴女と永遠の時を生きることにしたの。」

 

 

「妹紅・・・・・・」

 

 

「クスッ。姫様、どうやらこの子の気持ちは本物のようよ。

連れていってあげましょう?」

 

 

「まったく・・・・・・」

 

 

輝夜はやれやれと溜め息を吐きながら妹紅に手を差し出した。

 

 

「これからよろしくね、妹紅」

 

 

「うん!!」

 

 

妹紅も手を出して輝夜の手を握った。

 

 

「さぁて、妹紅。貴女が飲んだ蓬莱の薬は私が翁老から正当な報酬としてもらったものだよね?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

だらだらと冷や汗が流れる妹紅。

対して、笑ってはいるが、明らかにお怒り状態のゆかり。

 

 

「悪い子には、お仕置きね♪」

 

 

ゆかりは素早く妹紅の腕を掴むと思いっきり妹紅の右手首から先を噛みちぎった。

 

 

「ッッ???!!」

 

 

経験したことのないあまりの激痛に妹紅は声にならない悲鳴を上げる。

ゆかりは妹紅の手をある程度咀嚼するとそのまま呑み込んだ。

 

 

「蓬莱人って痛みも無いのかな、って思ってたけど、そうでもなかったか・・・・・・」

 

 

「蓬莱人は死なないってだけで痛み自体はちゃんと感じるわよ?

その証拠に妹紅の手だってもう再生してるでしょ?」

 

 

ゆかりに噛み千切られた部位は炎に包まれている。

そして、炎が消えると妹紅の右手首は完全に元の状態に戻っていた。

 

 

「凄い再生力・・・」

 

 

「痛かったよ?・・・・・・」

 

 

「よしよし」

 

 

蓬莱人の再生力の驚くルーミアと涙ぐむ妹紅、そんな妹紅を慰める輝夜。

いつの間にか山と山の谷間から朝日が顔を覗かせていた。

 

 

「妹紅、貴女にこれを渡しておくわ。」

 

 

「?何これ?」

 

 

ゆかりが妹紅に渡したのは、大脇差し。

そう。藤原不比等から依頼の報酬として譲り受けたあの脇差しだ。

 

 

「それは貴女の父、車持神子の形見。

 私が車持神子から貰ったものだけど、貴女が持ってるほうが相応しいわ。」

 

 

「お父様の・・・・・・」

 

 

「ルーミア、夢幻郷に帰るよ。」

 

 

「は~い。」

 

 

車持神子の脇差しを妹紅に託し、ゆかりとルーミアは夢幻郷に帰って行った。

 




改訂前からおなじみのゆかりのチートスキル、降神術が登場。
改訂後もその代償は変わっていません。使うと、ゆかりは高確率で戦闘不能に陥ります。依姫みたくバンバン使えません。


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第3章 夢幻郷と幻想郷
第16話 「夢幻郷の巫女」


第16話 「夢幻郷の巫女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲ゆかりSIDE

 

かぐや姫こと、蓬莱山 輝夜を月の使者から逃がした後。

逃亡の旅を続けることに決めた輝夜たちと別れたゆかりとルーミア。

彼女たちはスキマ空間を潜って、久しぶりに夢幻郷に帰ってきたのだが・・・・・・。

 

 

「「・・・・・・何これ?」」

 

 

スキマ空間から出たゆかりとルーミアの声が見事に重なった。

2人の背後には何年経っても変わらない湖が広がっている。

しかし、眼前には木製の大きな建造物が聳え立っていた。

当然、そんな大きな建物は夢幻郷にはなかった。

 

 

「ゆかり、場所間違えた?」

 

 

「いや、間違えてないと思うけど・・・・・・」

 

 

湖の奥には一時期寝床に使ってた洞窟もあるし、座標は間違ってない。

まさかとは思うけど、私が居ない間に夢幻郷が占領された?

でも、それならシアンから連絡が・・・・・・

 

 

「ここは列記とした夢幻郷ですよ。」

 

 

戸惑うに二人の前に半透明な羽を生やした妖精が降りてきた。

その容姿や衣服は十数年前とまったく変わってはいない。

 

 

「「シアン!!」」

 

 

「はい♪」

 

 

夢幻郷の管理を代理で任せていた妖精、シアンディームは笑顔で出迎えた。

 

 

「私が居ない間に随分と周りの様子が変わってるけど、何があったの?」

 

 

「あ~・・・それは追々説明します。とりあえず中に入ってください。」

 

 

「分かった。その前に・・・・・・」

 

 

ゆかりは鞘に納められていた焔月と蒼月を抜く。

刹那、焔月と蒼月が眩い光と放ち、人の姿になる。

 

 

「ごめんね、2人とも。今まで不自由な思いさせて。」

 

 

「「大丈夫です。」」

 

 

焔月と蒼月は口を揃えて言った。

そして、携えていた鞘をスキマ空間に入れる。

その後、ゆかりたちはシアンディームの案内に従って、その建物の中に入って行った。

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

シアンディームがゆかりらを連れてきたのは、大広間だった。

竹取の翁の屋敷を彷彿させる造りに、畳みに使われたイ草の匂い。

縁側からは湖を一望できるようになっている。

 

 

「この建物はゆかりさんが奈良の都に旅立った後に建設されました。

 ゆかりさんが旅立って数日後、夢幻郷の住人らがある申し出をしてきました。

 ゆかりさんへの恩返しがしたい、という非常に単純なモノです。

 その結果がこの建物です。」

 

 

「いや、こんなに大きくする必要があったの?」

 

 

「あはは・・・・・・」

 

 

ゆかりの言葉にシアンディームは苦笑いを浮かべた。

湖のすぐ近くに聳え立つこの建造物はちょうど「コ」の字型を描くように作られている。

ゆかりも全体を見回ったわけではないが、かなりの広さがあることは感覚的に分かった。

シアンディームの反応を見る限り、大きさは予定外だったらしい。

 

 

「本当はもっと小さくなる筈だったんです。

 ですが、妖精や里人がいろいろ付け足す内に・・・・・・」

 

 

「こんなに大きくなった、っと。」

 

 

「・・・・・・はい。」

 

 

シアンディームは少しうな垂れた。

妖精と里人の暴走を止められなかったのを反省しているようだ。

 

 

「まあ、作られたんだから仕方ないわね。取り壊すのも勿体無いし。」

 

 

「でも、本当に居住の目的のために作ったの?」

 

 

「いや、居住だけならこんなに馬鹿でかい建物を作らないわよ。」

 

 

「じゃあ、他の目的があったの?」

 

 

ルーミアの質問をゆかりが引き継ぐように問う。

すると、シアンディームは少し誇らしげな笑みを浮かべた。

 

 

「はい。湖の傍らに聳え立つこの建物の名は“八雲神社”。

 夢幻郷の創始者であり、管理者である八雲 ゆかりを祭神とする神社です♪」

 

 

「「・・・・・・へっ?」」

 

 

ゆかりもルーミアも揃って素っ頓狂な声を上げた。

 

 

「えっと・・・・・・どういう道筋を辿れば、私が神様になるわけ?」

 

 

「そこは里人や妖精に聞いてください。私もそこに至った経緯は知りません。

 というか、焔月さんと蒼月さんはまったく驚きませんね」

 

 

シアンディームはゆかりの両隣で正座している焔月と蒼月に視線を移した。

 

 

「私たちは付喪神という一種の神様。」

 

 

「ウチらは夢幻郷に帰ってきた時点で、主ゆかりに神力が生まれたのは気付いてた。」

 

 

焔月と蒼月は淡々と事情を説明する。

 

 

「ちょっと待って。神力が宿ってるってことは・・・・・・私はもう神様になってるってこと?」

 

 

ゆかりの質問に2人は揃って首を縦に振った。

 

神力とは神様が持つ摩訶不思議な力である。

八百万の神々は神力を使って、神術と呼ばれる特殊な術を行使する。

しかし、神力は妖力や霊力とは違い、信仰でしか回復することができない。

しかも自身の存在を維持するためにも神力を必要とする。

 

 

「・・・・・・何か、あんまり実感が湧かないわね。」

 

 

ゆかりは頬をポリポリと掻いた。

その刹那、トタトタと廊下から足音が聞こえた。

襖が静かに開かれて、艶やかな黒い髪の大人しそうな少女が入ってきた。

年齢はおおよそ10歳ぐらいで、その瞳は水のようなクリアブルー。

 

 

「あっ、すいません。お邪魔でしたか?」

 

 

「別に良いわよ。ちょうど貴女の紹介もするところだったし。」

 

 

シアンディームは少女を手招きして呼ぶ。

紅白の巫女服を着た少女はシアンディームの隣に座る。

 

 

「シアン、その子は?」

 

 

「夢幻郷の巫女であり、この八雲神社の巫女です。」

 

 

シアンディームは少女に自己紹介するように促す。

 

 

「お初にお目にかかります、八雲 ゆかり様。

 わたくしの名は水雲(みずも) しいなです。」

 

 

そう自己紹介して、水雲 しいなと名乗った少女は頭を下げた。

 

 

「私はルーミアだよ~。」

 

 

「焔月と言います。」

 

 

「蒼月です。」

 

 

「八雲 ゆかり。そんなに堅苦しくしなくてもいいわよ?

 私は別に気にしないし、公私を弁えてくれるなら普段どおりの話し方でいいよ?」

 

 

「善処します。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自己紹介と顔合わせを終えたゆかりはシアンディームを呼び出した。

ルーミアたちはしいなと友好を深めている頃だろう。

場所は八雲神社居住スペースのゆかりの個室。しかも、遮音結界まで張っている。

 

 

「シアン。単刀直入に聞くけど、あの子は普通の人間じゃないね?」

 

 

「・・・・・・やはり、ゆかりさんの目を誤魔化すのは無理でしたか。

 ゆかりさんの予想通り、しいなは普通の子ではありません。」

 

 

「まさかとは思うけど・・・妖怪の子?」

 

 

ゆかりの疑問にシアンディームは首を横に振った。

 

 

「いえ、あの子は5年前に夢幻郷に迷い込んだ子供です。

 ただ・・・・・・その能力の危険性ゆえに人からも妖怪からも追われていました。」

 

 

「能力?」

 

 

「はい。しいなの能力は・・・“空想を現実にする程度の能力”です。」

 

 

「なっ!!」

 

 

“空想を現実にする程度の能力”なんて・・・とんでもない能力ね。

あの子がその気になれば、世界の理そのものを書き換えることもできる。

多分、そのまで大規模な能力を行使するにはかなりの力は必要だと思う。

だけど、危険すぎる能力であることには違いないわ。

 

 

「確かに妖怪や人間たちが危険視するのも頷ける能力ね。

 それは完全に使いこなせてるの?」

 

 

「私も確認してみましたが、あの子は広範囲に能力を広げることはできないようです。

 何もない所から刃物を生み出したりできるみたいですが、すぐに消えてしまいます。」

 

 

「それを聞いて一先ず安心したよ。」

 

 

とにかく、世界の理に反するようなことはできないみたいね。

でも、使い方によっては自分自身を妖怪にしたり、妖精にしたりとかもできるね。

まあ、能力が暴走するかもしれない以上、制限をかけるような封印を施した方がいいわね。

 

 

「しいなの能力を知ってるのは?」

 

 

「私としいな本人だけですね。」

 

 

「そう・・・・・・。彼女の能力は絶対に口外しないように。」

 

 

「分かりました。」

 

 

まったく・・・帰ってきて早々に問題事が降ってくるなんてね。

とにかく、今すべきことは決まったわね。

 



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第17話 「封印の髪飾り」

第17話「封印の髪飾り」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 境内~

 

 

夢幻郷に存在する龍脈の終点。

そこには、夢幻郷の創始者である八雲 ゆかりが祭られる神社――八雲神社が聳え立つ。

里人と妖精たちが協力して作り上げられた立派な神社。

その神社の境内を掃除する1人の少女が居た。

 

 

「・・・・・・」

 

 

無言で掃除を続ける少女の肩に1羽の雀が降りてくる。

 

 

「どうしたの?ここに来ても餌はあげないよ。」

 

 

そう言いながら、八雲神社の初代巫女――水雲 しいなは雀の頭を小突く。

すると、雀は雲一つ無い青空に戻っていった。

仲間と一緒に飛び回る雀たちを視界に納めて、しいなはクスッと笑みを浮かべた。

 

 

「よし。終わり。」

 

 

境内の掃除――と言ってもまめに掃除しているのでそんなに時間は掛からない――を終えたしいなは近くの樹に竹箒を立てかけて木陰に座る。

夏真っ盛りなので、蝉たちがうるさく泣き喚く。

さらに、夏の太陽が容赦なく人の体力を奪っていく。

 

 

「あ~・・・涼しくて気持ちいい~。」

 

 

しいなは木陰の涼しさを満喫する。

元々、八雲神社は地表より高い丘の上に建設されたので地表に比べると少し涼しい。

しかし、それでも真夏の気温は流石にキツイ。

 

 

「そういえば、シアンさんに拾われたのもこんな夏の日だったわね。」

 

 

しいなは五年前の夏、シアンディームに拾われた日のことを思い出す。

彼女はとある事情で彷徨っていた時、偶々夢幻郷に入ってしまい、シアンディームに拾われたのだ。

そして、保有する霊力が高いことから初代巫女に抜擢されたのだ。

 

 

「およ、今は休憩中?」

 

 

「いえ、終わった所です。」

 

 

5年前のことを思い出していると、ゆかりがスキマから出てきた。

スキマに腰掛けて、日よけの唐傘を差す。

 

 

「ちょうど良かったわ。貴女に聞きたいことがあったの?」

 

 

「聞きたいこと、ですか?」

 

 

「うん。貴女、自分の能力については知ってる?」

 

 

「はい。」

 

 

“空想を現実に変える程度の能力”。

それが初代八雲神社の巫女、水雲 しいなの能力である。

 

 

「なら、話は早いね。

 しいなは自分の能力を何処まで制御できるの?」

 

 

「正直に言うと、あまり制御できません。

 普段は問題ないのですが、感情が高ぶってしまうと・・・・・・」

 

 

「勝手に能力が発動しちゃうわけ、か。」

 

 

しいなは頷いた。

 

 

「これは早急にこしらえる必要があるわね。」

 

 

ゆかりは何か独り言を呟くと、スキマの中に引っ込んだ。

と、思ったら再びスキマから顔を出した。

 

 

「そうそう。もうすぐ昼餉だから戻ってきなさいよ?」

 

 

「分かりました。」

 

 

そんな伝言を残して、ゆかりは再びスキマにもぐった。

 

 

「さて、私も行かないと。」

 

 

しいなは竹箒を持って居住スペースに走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ゆかりの部屋~

 

八雲 ゆかりSIDE

 

 

昼餉を終えた後、ゆかりは自室に籠もっていた。

窓際に設置された机には何やら墨で色々書かれた紙が散らばっている。

そして、部屋の主であるゆかりはすっかり頭を抱えていた。

 

 

「忘れてたよ・・・。私は術式の構築式なんて習ってないのを。」

 

 

しいなのために能力を制限する封印を作ろうと思ったんだけど・・・。

封印式の組み方なんてまったく分からないよ!!

そもそも、八雲式符術でも封印術はそれなりの高位技術。

そんな高位技術を初歩的な符術も満足に使えない私が使えるわけが無い。

 

 

「はあ・・・前途多難だね。」

 

 

ゆかりは深いため息を吐いた。

 

 

「でも、悠長に考えてる暇はない。」

 

 

しいなの能力は妖怪たちにとっても危険性の高い能力。

そんな能力を持つしいなを妖怪たちがほっておく訳がない。

それにしいなの能力は感情の高ぶりによって、制御ができなくなる。

 

 

「仕方ない。ここは神様の力を借りるとしよう。」

 

 

ゆかりは独力で封印式を組み上げることを諦めた。

そして、スキマから降神術用の御札を取り出して、四方に貼り付ける。

 

 

「これで準備完了。問題は、作業は終わるまで私の力が持つか、だね。」

 

 

ゆかりはちょうど部屋の真ん中に座ると、目を閉じて意識を集中する。

 

 

「八意思兼神よ、汝の神徳をしばしの間我に御貸しください。」

 

 

ゆかりが力を借りるのは、知識の神――八意思兼神の神徳。

その神徳は当然ながら八意思兼神の象徴とも言える、知識。

 

八意思兼神から神徳を借りたゆかりは机に向かい合い、封印式の構築に取り掛かる。

小筆に墨を浸けて、真っ白なキャンバスに術式を描いていく。

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

八意思兼神の神徳を借りたゆかりはほんの数分程度で封印式を書き終えた。

目的を達成したゆかりは両手をパンッと叩いた。

すると、四方に貼り付けられた御札は力を失っていき、神徳を返却する。

 

 

「ふぅ・・・・・・いくら神徳を借りるだけでもかなり力を使うわね。」

 

 

ゆかりは畳みの上に寝転がった。

 

 

「神威召喚も神霊召喚もちゃんと使えるけど、多用できないわね。」

 

 

私の切り札、降神術。

降神術とは、「神威召喚」と「神霊召喚」の2種類の術を纏めた呼称。

違いは神徳だけを借りるか、神霊そのものを召喚するかの違い。

どっちも多用できないのには変わりないけど。

 

 

「さて、八意思兼神の神徳を借りて術式はできたけど、実際に使わないとちゃんと効力を発揮するかはわからないね。」

 

 

後で、しいなに実際つけて貰わないと・・・・・・。

でも、御札を常備するのも結構面倒な話よね。

何か・・・・・・普通に身につけても変に思われないもの。

 

 

「そういえば、平城京で上質な布を貰ったのを忘れてた。」

 

 

ゆかりはスキマの中に手を突っ込んで、中を漁る。

そして、お目当ての物を引っ張り出してきた。

薬の代金としてさる貴族の婦人から頂いた緋色の布だ。

 

 

「これで髪飾りでも作りましょうか。」

 

 

ゆかりは手元にある材料と道具で髪飾りの製作に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~麓の里~

 

 

ゆかりがしいなの封印具を作っている頃。

シアンディームは八雲神社が建つ丘の麓にある人里まで降りてきていた。

夢幻郷の管理者を代行していた時から、時折麓に下りて来ているのだ。

 

 

「今年は日照りも無いし、問題はなさそうね。」

 

 

シアンディームが居るのは、里の田園地帯。

妖怪が出没する南側の森とは里を挟んで反対側に位置する共用の田畑である。

そこには農作業を手伝う妖精たちの姿も見える。

 

 

「みなさ~ん、冷たいお茶の差し入れです~」

 

 

シアンディームは大声で農作業をしている者たちを呼ぶ。

彼女の声を聞いた面々は一旦作業を止めて集まってくる。

 

 

「いつも悪いな。」

 

 

「いえ、お供え物を貰っていますから。」

 

 

そう言いながらシアンディームは神社から持ってきたお茶を配っていく。

配り終えた後、彼女は里長に話しかけた。

 

 

「今年の出来はどうですか?」

 

 

「いつも通り豊作さ。他の土地なら、こう上手くはいかないだろうな。」

 

 

「ここは龍脈の加護をたくさん受けていますから。」

 

 

「違いねぇ。ああ、ちょっと頼みたいことがあるんだが、構わないか?」

 

 

「何でしょうか?」

 

 

「どうも農具が限界に近くてな。新しいのが欲しいんだよ。

 その新しい農具を作るのに、できれば鉄を調達してきて欲しいんだ。」

 

 

「分かりました。できる限りのことはやってみます。」

 

 

「頼む。」

 

 

(鉄器か・・・・・・。ゆかりさんに聞けば、何か知ってるかな?)

 

 

 




神様万能説(笑)
オモイカネは本来知恵の神様です。知識の神様ではありません。
物語の展開上、知識の方が合うので知識にしました。
最後の部分は蛇足に思えますが、ちょっとしたフラグです。
そのフラグを回収するのはいつになるのやら・・・・・・


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第18話 「しいなの過去」

第18話 「しいなの過去」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 ゆかりの私室~

 

 

八雲神社居住スペースの東側にあるゆかりの個室。

水雲 しいなのために髪飾りの製作に取り組んでいたゆかりは精魂尽き果てていた。

窓際に設けられた机の周りは非常に散らかっている。

 

 

「つ、疲れた・・・・・・」

 

 

夕食を終えた後からずっと作業を続けてようやく完成した。

能力を制限するために術式が刻まれた緋色のリボンと大極図を合体させたような髪飾りが机の上に鎮座していた。

 

 

「あ~・・・慣れないことをするもんじゃないね。」

 

 

ゆかりは仰向けに寝転がりながら自分の手を見た。

その手は鋭い刃物で切ったかのように幾つもの切傷があった。

その傷は髪飾りの大極図を作っていることにできた傷だ。

翡翠を大極図の形になるように細工したのだが、いかせん慣れない作業なので、傷を負ったのだ。

 

 

「まあ、こんな傷はすぐに治るんだけど。」

 

 

ゆかりの手に刻まれた切傷は人間では考えられない速度で塞がっていった。

5分もすると、手に刻まれた夥しい数の切傷は1つ残らず塞がった。

 

 

「さて、疲れたし、お風呂にでも入ってきましょうか。」

 

 

そう言って、ゆかりは自分の部屋から着替えを持って出て行った。

 

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

ピチャーン・・・・・・

 

 

八雲神社居住スペースの西館。

ゆかりたちの自室が設けられている東館のちょうど反対側にある西館の一番端。

そこには、共有浴場が設けられている。

交代でお湯の番をして、暖かいお風呂を作り上げているのだ。

 

 

「ふぅ・・・・・・」

 

 

その湯船に八雲神社の巫女、水雲 しいなが浸かっていた。

それなりに広い浴場に居るのは、しいな一人。

 

 

「しいな~。湯加減はどう?」

 

 

「ちょうど良いです、ルーミアさん。」

 

 

「ん。それにしても、お風呂番って結構暇だね~。」

 

 

「あはは・・・・・・・」

 

 

外でお風呂番をしているルーミアの言葉に苦笑いを浮かべるしいな。

しいなも八雲神社の一員なので、お風呂番のローテーションに組み込まれている。

故に、その仕事がどれだけ退屈はよく知っている。

 

 

「っと、薪が足りなくそう。ごめん、ちょっと離れるね。」

 

 

「分かりました。」

 

 

ルーミアの足音が遠くなっていき、やがて聞こえなくなった。

ふと、しいなは自分の肢体に目を向けた。

少し痩せた四肢と普通よりも白い肌。そして、その白い肌に刻まれた刀傷が目に入った。

 

 

「・・・・・・もう、五年も経つのか。」

 

 

しいなは肩まで湯船に浸けて、天井を見上げた。

 

 

「あっ、しいなじゃない。」

 

 

物思いに耽っていると、脱衣所とお風呂場を区切る扉が開かれた。

入ってきたのは、八雲神社の主――八雲 ゆかりだ。

 

 

「っ!?」

 

 

しいなは咄嗟に身体に刻まれた刀傷を隠した。

しかし、湯気でうまく見えていなかったのかゆかりは何も言わずに湯船に浸かった。

 

 

「こうやって、しいなと一緒にお風呂に入るのは初めてだね。」

 

 

「そ、そうですね・・・・・・」

 

 

「しいなも誰かと一緒に入れば良いのに。わざわざ1人で入らなくても。」

 

 

「いえ、誰かの視線を意識すると、身体が休まらないので・・・」

 

 

「まあ、それには同意。」

 

 

そう言いながらゆかりは身体を大きく伸ばす。

 

 

「・・・・・・しいな、いつまでも隠す必要はないよ」

 

 

ゆかりの言葉にしいなの身体が小さく震えた。

 

 

「隠してるつもりかもしれないけど、少し見えてるよ。」

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

「大方、“空想を現実を変える程度の能力”のせいで酷い目に合わされたんでしょ?」

 

 

ゆかりの言葉にしいなはコクリと頷いた。

 

 

「私は元々貴族の屋敷で生まれ育ちました。

 かなり裕福な暮らしを過ごしていました。あの時までは・・・・・・」

 

 

しいなは目を閉じて、思い出話を語るように自分の過去を語った。

 

 

「私が能力に目覚めたのは、5年前の冬です。

 変な話ですが、私は生まれて間もない頃から自我がありました。

 普通なら気味悪がられるんですが、母はそんな私に愛情を注いでくれました。

 ですが、私が5歳になる直前。母は重い病気で亡くなってしまいました。」

 

 

「・・・・・・」

 

 

しいなの過去をゆかりは黙って聞いていた。

 

 

「母が死んでから私の生活は一変しました。

 私を匿ってくれる人は居らず、私には頼る人も居ませんでした。

 そして、ある時。屋敷に賊が侵入してきました。

 この刀傷はその賊によってつけられたものです。」

 

 

そう言って、しいなは刻まれた刀傷を指差した。

白い二の腕から繋がるように背中にまで刀傷が届いている。

逃げようとして背後から賊に切りかかられたのだろう。傷口はすっかり塞がっているが、その痛々しい傷痕は未だに残っている。

 

 

「私は賊の手から必死に逃げようとしました。

 しかし、当時の私はまだ5歳。逃げ切れるわけがありませんでした。」

 

 

「でも、無事に此処に居るって逃げ切れたんだよね?」

 

 

「はい。賊に追い詰められた時、私は無意識の内に願いました。

 まだ生きたい、こんなところで死にたくない、と。

 その願いを私の能力が叶えてくれた。いや、叶えてしまった。」

 

 

しいなは再び目を閉じて、自分の能力を行使した。

湯気でしっとり湿った黒い髪は碧銀に、即頭部からは樹の枝のような角が2本生えた。

その姿は古来より人攫いを生業とする鬼に酷似していた。

 

 

「私の能力は無作為に発動すると、私の願いを勝手に解釈してしまいます。

 生きたいという私の願望はこのような形で叶いました。

 そして・・・・・・私は化け物と呼ばれるようになりました。」

 

 

「その直後にしいなはこの夢幻郷に?」

 

 

「いえ。能力が発現した直後はしばらくある人に能力の制御を教わっていました。」

 

 

「能力の制御を? 一体、誰に?」

 

 

「それが・・・・・・」

 

 

ゆかりの質問にしいなはばつが悪そうな表情を浮かべた。

 

 

「おかしな話ですが、物凄くお世話になった筈の人なのに、まったく覚えてないんです。」

 

 

「覚えてない?」

 

 

「はい。その人の名前も容姿も覚えてないんです。」

 

 

(何か記憶操作でも掛けられたのかな?

 でも、この時代にそんな高度な技術がある訳が無い。)

 

 

「ゆかり様。私はこの神社に居ても良いんでしょうか?」

 

 

「急にどうしたの?」

 

 

「昼間に言ったかもしれませんが、私は能力を使いこなすことができません。

 感情が高ぶれば、能力は暴走し、ゆかり様を傷つけてしまうかもしれません。」

 そんな私が・・・・・・」

 

 

「そこまでにしておきなさい。」

 

 

しいなの自虐的な言葉をゆかりは静かに遮った。

 

 

「確かに、しいなの能力は暴走すれば危険極まりないわ。

 だけど、私が何もしてないと思ったの?」

 

 

ゆかりは悪戯好きの子供のような笑みを浮かべた。

 

 

「後で、私の部屋に来なさい。渡したいものがあるから。」

 

 

「?」

 

 

そう言い残して、ゆかりは湯船から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 東館~

 

 

お風呂からあがったしいなはゆかりに言われた通り、ゆかりの部屋の前にやって来た。

 

 

「ゆかり様。しいなです。」

 

 

「ん。今行くよ。」

 

 

扉越しに呼びかけると、中からゆかりの声が聞こえた。

扉が開くのかと思いきや、しいなの背後にスキマが開かれた。

そのスキマが手が伸びて、彼女の湿った黒髪に髪飾りをつけた。

 

 

「へ?あれ?」

 

 

その刹那、しいなは身体が力が抜け落ちるかのように床に座り込んでしまった。

 

 

「ちゃんと、術式は機能しているみたいね。」

 

 

「ゆかりさま、一体何をしたんですかぁ?」

 

 

「しいなの能力及び霊力を制限する封印具をつけただけよ。

 これで不用意に能力や霊力が暴走する心配はなし。

 ちなみに、霊力も制限したのは制御し易くするためよ。」

 

 

「せめて一言言ってくださいよぉ」

 

 

「ごめんごめん。ちゃんと術式が機能するか半信半疑だったからね。

 でも、無事に機能しているようで良かった。

 これで、貴女の修行もようやく始められるわ。」

 

 

「修行?」

 

 

「ええ。八雲式符術の修行を、ね。」




しいなの霊力はかなり多いです。
彼女の能力が影響して保有している霊力の量は霊夢以上。才能は霊夢以下。
八雲式符術を使うのは、主にしいなになります。
ゆかりも使いますが、補助程度。

さて、そろそろ幻想郷との絡みを出します。
具体的に言うと、幻想郷に居るキャラが出てきます。


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第19話 「異変」

第19話 「異変」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~夢幻郷 人里~

 

 

八雲神社の麓にある人里。

数十年前に夢幻郷に移住してきた人々とその子孫が暮らす人間の里。

いつもは活気に満ちているその人里は嘘のように静まり返っていた。

季節はもう少しで秋に差し掛かり、農業を生業とする人里の人間たちは忙しくなる。

しかし、その年は珍しく全員が自宅で大人しくしていた。

 

 

「今年はどうしたんでしょうか?」

 

 

「そうね。このままだと、田畑が荒れ放題ね。」

 

 

人気の無くなった人里を歩く2つの人影。

八雲神社の巫女、水雲しいなと湖の精霊シアンディームの2人だ。

彼女らは人里の異変を嗅ぎ付けて調査しに来たのだ。

 

 

「ゆかりさんなら、何か知ってるかと思うけど・・・・・・」

 

 

「でも、ゆかり様ならすでに何かしらの対策を採っている筈では?」

 

 

「それもそうね。」

 

 

そんな会話を交わしながら人里を歩くしいなとシアンディーム。

そして、ちょうど南の森との境界で人影を見つけた。

 

 

「シアンさん、あそこに誰か居ます。」

 

 

「うん。背中に羽があるから、妖精みたいだけど・・・・・・」

 

 

「「・・・・・・様子がおかしい」」

 

 

しいなとシアンディームの声が重なった。

2人は見つけた妖精は足取りが非常にふらついており、いつ倒れてもおかしくない状態だった。

そして、バタンッと妖精が倒れたのはその直後だった。

 

 

「大丈夫!?」

 

 

2人はいきなり倒れた妖精に駆け寄った。

植物のような深緑の髪に妖精の証である揚羽蝶のような半透明の翼。

しかし、その翼はボロボロで、髪も所々黒くなっている。

 

 

「酷い怪我ね。これだけ傷を負えば、普通は一回休みになるのに。」

 

 

そう言いながら、シアンディームは両手を傷ついた妖精に当てる。

すると、その妖精の身体を淡い光の膜が包み込んで、傷を癒していく。

 

シアンディームの能力は「傷を癒す程度の能力」。

その名の通り、他人や自分の傷を癒すことができる能力である。

しかし、それは肉体的な傷にのみ作用。なので、心の傷など精神的なものには意味を為さない。

 

 

「これで大丈夫でしょう。」

 

 

「シアンさんの能力って、便利ですよね。

 私の能力なんか、今は自己強化ぐらいしか使えないですし。」

 

 

「その代わり、私は後方支援しかできないわ。

 それに引き換え、貴女はゆかりさんの隣を一緒に歩むことができるわ。」

 

 

2人がそんな会話を交わしている時、バサッバサッという羽音を立てて、何者かが背後に降り立った。

 

 

「あら、黒蘭。どうしたの?」

 

 

「八雲からの連絡よ。すぐに神社に戻ってきて欲しいって。」

 

 

「ゆかりさんが? 分かったわ。」

 

 

シアンディームがそう返答すると、黒蘭は大空に舞い上がった。

その後、2人は意識を失ったままの妖精を連れて八雲神社に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社~

 

 

人里に下りていたしいなとシアンディームは居間に集められた。

2人が助けた妖精はルーミアが客間に連れて行った。

 

 

「急に呼び出してどうしたんですか?」

 

 

「さっき、里長から事情を聞いてね。貴女たちにも話しておこうと思ってね。」

 

 

ゆかりの顔はいつにもなく真剣な表情だ。

そんな彼女の様子から今回の事態が深刻なものだということを物語っていた。

 

 

「先日、妖精がいきなり人を襲ったらしい。

 襲われた人は命からがらに何とか逃げ出したみたい。」

 

 

「妖精が、人を、ですか?」

 

 

夢幻郷の妖精と人間は共存共栄関係にある。

妖精が自ら人間に危害を加えることなど滅多にない。

 

 

「うん。この夢幻郷ではありえないこと。

 だけど、里長は気になることを言ってたの。

 その妖精は正気ではなく、まるで何かに操られているようだった、と。」

 

 

「つまり・・・・・・」

 

 

「今回の騒動は何者かが意図的に起こしたものだと言う事。」

 

 

そう言うと、ゆかりは立ち上がった。

その手には鞘に納められた刀剣形態の蒼月と焔月。

 

 

「私はこれから人里に下りて、敵を誘い出す。

 2人は此処に居るように。人質にでも取られたら、私は何もできなくなるから。」

 

 

八雲神社には特殊な結界が施されている。

龍脈を不用意に悪用されないために八雲神社の周囲にひかれた結界は妖怪や悪意を持つ者に反応するようになっている。

その結界に引っかかった者は容赦なく弾かれるようになっている。つまり、入れない。

なので、結界が壊れない限り八雲神社が一番安全なのだ。

 

なお、ルーミアや黒蘭は結界を通り抜けれるように御札が渡されている。

 

 

「ゆ、ゆかり様!!」

 

 

「なに?」

 

 

「わ、私も連れて行ってもらえないでしょうか?

 私なら最悪の場合、自分で自分の身を守れますし・・・・・・」

 

 

「・・・・・・そうね。しいなも荒事の経験を少しは積んでおかないといけないし。」

 

 

 

少しだけ悩んだ後、ゆかりはしいなの同行を認めた。

鞘に入った焔月と蒼月を腰に差して、2人は八雲神社から飛び立った。

目指すは人里の南側にある妖怪の森。

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

八雲神社から飛び立つこと、3分。

ゆかりとしいなは妖怪が出没する人里の南の森にたどりついた。

夜には低い獣の声がよく聞こえる森だが、まだ太陽も高い時間なので酷く静かだ。

 

 

「ここに件の妖精が居るんですか?」

 

 

「確証はないけどね。」

 

 

そこに妖精が居るという確証もないが、2人は森の中へと入っていく。

相変わらず人の手が入り込んで居ない森は太陽の光が差し込んでいるにも関わらず薄暗い。

所々地面から太い樹の根っこが飛び出ていたりして、足場も危険だ。

 

 

「それにしても、妖精を操るなんてことができるのでしょうか?」

 

 

「持ってる能力にはよってはできるよ。

 私も似たようなことができるけど、直接触れないと駄目だし。」

 

 

「そういえば、ゆかり様の能力は・・・・・・」

 

 

「私の能力は“境界を操る程度の能力”。結構応用が利くから重宝してるよ。」

 

 

「何か、凄そうな能力ですね。」

 

 

そんな暢気な会話を交わしていると、ゆかりがいきなり焔月と蒼月を抜いた。

自分の相棒を引き抜いたゆかりは自然体のまま森の奥を見つめる。

 

 

「しいな、気をつけて。奴さんが出てきたみたいだよ。」

 

 

「!?」

 

 

ゆかりの視線の先に広がる闇。

その中から這い出てくるように一人の妖精がおぼつかない足取りで現れた。

顔は俯いているので分からないが、その手には漆黒の禍々しい剣が握られていた。

妖精の特徴でもある羽は黒く染まりきっており、露出している肌にはミミズのように黒い線が這っていいる。

 

 

(やれやれ。これは厄介なことになりそうだ。)

 

 

ゆかりは心の中で呟いた。




最近ルーミアの出番が少ないような気がする。


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第20話 「呪いの禍太刀」

第20話 「呪いの禍太刀」

 

 

 

 

 

 

 

 

~夢幻郷 南の森~

 

八雲ゆかりSIDE

 

 

平穏が続いていた夢幻郷。

そんな夢幻郷で妖精が人里の人間を襲うという騒動が起こった。

その騒動の解決するために管理者であるゆかりと巫女のしいなが立ち上がった。

そして、妖怪が出没する南の森。

そこでゆかりとしいなはこの騒動の原因に遭遇したのだった。

 

 

「あれが今回の騒動の原因みたいだね。」

 

 

「はい。でも、あの妖精・・・・・傷だらけですね。」

 

 

しいなの言うとおり、目の前に立ちはだかる妖精は傷だらけだった。

まるで鋭利な刃物で傷つけられたような深い傷があちこちにある。

傷口からは真っ赤な血液が流れて落ちている。

 

 

「あの様子だと、里長の言うとおり誰かに操られてるみたいだね。

 しいな、あの妖精を操ってる黒幕が不意打ちを仕掛けてくるかもしれない。

 後ろは任せたよ?」

 

 

「分かりました。」

 

 

しいなも御幣を抜いて、付け焼刃だが、お札も構える。

いざとなれば、能力で変身して戦うこともできる。

 

 

「来るよ!!」

 

 

妖精は地面を蹴り、禍々しい剣を真っ直ぐ振り下ろした。

ゆかりはそれを焔月で受け止める。しかし・・・・ピシっ!!という音が焔月の刀身から響いた・。

 

 

「っ!! はぁ!!」

 

 

がら空きになった胴体を狙わずに蒼月を妖精の剣に叩きつける。

妖精の身体はゆかりの怪力によって真横に吹き飛ばされた。

 

 

「大丈夫? 焔月。」

 

 

《これくらいなら大丈夫です。》

 

 

まさかヒヒイロカネで作られた焔月に皹が入るなんて・・・。

これは迂闊に打ち合うのは危険ね。

 

 

「ゆかり様!!」

 

 

横に飛ばされた妖精は体勢を立て直して再び襲い掛かってきた。

ゆかりは横に避けて、妖精の胴体に蹴りを叩き込む。

その間にゆかりは焔月と蒼月を鞘に戻した。

 

 

「徒手空拳はあんまり得意じゃないけど、仕方ないわね。」

 

 

そう呟きながら軽いステップで妖精に肉薄する。

 

 

「シッ!!」

 

 

妖精の意識を刈り取るために水月に拳を叩き込む。

一瞬、妖精の身体から力が抜けたが、再び剣を振るってきた。

ゆかりは慌てて攻撃を回避する。

 

 

「意識は刈り取ったはずなのに!!」

 

 

「いえ、確かに意識はないようです。」

 

 

妖精は全身から力が抜けて両手は垂れ下がっているだけだ。

 

 

「精神を操ってるんじゃなくて、身体そのものを操ってるの!?」

 

 

妖精は傷ついた身体を無理矢理動かされ、剣を振り上げる。

一挙一動の度に深い傷口からは真っ赤な血が地面に滴り落ちる。

 

 

「くっ!!」

 

 

攻撃は大振りで掠るようなことはない。

しかし、ゆかりにはこの状況を打開するような術はない。

妖精も夢幻郷の住人。ゆえに、ゆかりは何とかして妖精を無効化する方法を考える。

 

 

《主、このままではあの妖精が死んでしまいます!!》

 

 

「分かってる!!」

 

 

妖精は自然の具現だがら、自然の加護がある限り負った怪我もすぐに治る。

だけど、あの妖精はまったく傷口が塞がっていない。

十中八九、妖精という枠組みがあぶれたんだろうね。

妖精という枠組みから外れた妖精は強い力と同時に自然の加護を失ってしまう。

多分、目の前の妖精も同じような状態なんだろうね。

 

 

「でも、ゆかり様。一体どうするんですか?」

 

 

「あの剣を破壊する。これ以上傷を負わせたら間違いなく危ないからね!!」

 

 

ゆかりは妖精に向かって再び肉薄。

しかし、身体を狙わずに手に握られている剣を狙う。

神力を拳に纏わせて禍々しい刀身を殴りつける。

 

 

「てりゃっ!!」

 

 

さらに、妖精に足払いを放ち、体勢を無理矢理崩す。

体勢が崩れたのを狙って妖精の右手――剣を持っている手を地面に押さえつける。

そして、強引に剣を引き離そうとする。

 

 

「このっ!!」

 

 

しかし、意識は失っている筈なのに剣を離そうとしない。

すると、妖精がゆかりの手首に噛み付いた。

 

 

「くっ!!」

 

 

それでもゆかりは必死に剣を奪い取ろうとする。

 

 

「ご主人!! そのまま抑えててください!!」

 

 

「蒼月!?」

 

 

いつの間にか蒼月が擬人化しており、その手に刀剣形態の焔月を握っていた。

 

 

「はあぁぁぁぁっ!!!」

 

 

蒼月は焔月を禍々しい剣に突き立てた。

その時の衝撃で焔月の刀身に入った皹はより一層酷くなる。

しかし、まるで剣と妖精の痛覚が繋がっているかのように妖精の身体がビクッ!!と震えた。

その隙を狙ってゆかりは渾身の力を振り絞り、妖精から剣を引き剥がすことに成功した。

同時に妖精の身体に浮かび上がっていた禍々しい文様は跡形もなく消滅する。

 

 

「何とか・・・・・・なったわね。」

 

 

「そうですね。」

 

 

ゆかりも蒼月も、後ろで見守っていたしいなも肩の力を抜いた。

 

 

「蒼月。どうして勝手なことをしたの?

 下手をすれば、焔月は死んでいたのかもしれないんだよ?」

 

 

怒りを孕ませた口調で蒼月に尋ねる。

九十九神(付喪神)は本体が破壊される――焔月の場合は剣――と死に至る。

焔月と蒼月の刀身はヒヒイロカネで作られているので滅多に壊れることはない。

 

 

「すいません。ですが、焔月が・・・・・・」

 

 

《すいません、ご主人。しかし、このままでは妖精が死んでしまうと思いましたので。》

 

 

「まったく・・・こっちは寿命が縮みそうだったよ。」

 

 

「「すいません」」

 

 

人間形態に戻った焔月と蒼月は声を揃えて謝った。

 

 

「それはそうと、ゆかり様。この妖精と剣はどうしますか?」

 

 

「そうだね。妖精も何か変なモノが纏わりついてるし。」

 

 

それにしても、本当に何だろう?

妖精からもあの剣からも変なオーラが纏わり付いてる。

これ、除去した方がいいよね?でも、やり方なんてわからないし・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

――厄いわ~。――

 

 

 

 

 

ゆかりがどうしようかと迷っている時、森の奥からそんな声が聞こえてきた。

拳に神力を纏わせて、森の奥から近づいてくる人物を警戒する。

無造作に生い茂った雑草を踏みしめながら足音がゆっくりと近づいてくる。

 

 

「大きな厄を感じたから来て見たら、とんでもないことになってるみたいね。」

 

 

森の奥から現れたのは優しそうな笑みを浮かべた女性だった。

身長はゆかりよりも僅かに低く、髪は緑に近い色。

そして、ゆかりはその人物を知っていた。

 

 

「初めまして。わたくしは鍵山 雛と申します。」

 

 

“厄”という文字が刺繍された赤いスカートの裾を軽くたくし上げて、その女性は頭を下げた。




戦闘シーンが薄っぺらいなぁ。今度からもう少し濃くしようか。

最近、拠点をハーメルンに一本化しました。
このハーメルンが出来上がる前はアットノベルスというサイトにお世話になっていました。掛け持ちしようかな?と思っていましたが、止めました。
あちらに投稿していた作品もいずれは移転します。

そういえば、聖人録も残ってるな~。
あっちは大して修正作業が必要ないけど、どうしよう?


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第21話 「厄神、鍵山 雛」

第21話「厄神、鍵山 雛」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~夢幻郷 南の森~

 

八雲ゆかりSIDE

 

 

平和な夢幻郷に訪れた1つの騒動。

管理者であるゆかりは当然ながら解決に乗り出した。

何とか騒動の根源を鎮圧することに成功したが、その後始末に困っていた。

そんな時、《厄神》鍵山 雛がゆかりとしいなの前に現れた。

 

 

「初めまして。私は鍵山 雛と申します。」

 

 

「夢幻郷ではあんまり聞かない名前ね。」

 

 

というか、厄神様~!! 何で此処に居るの!?

貴女の活動拠点は幻想郷にある妖怪の山でしょ。

・・・・・・まあ、夢幻郷がどこら辺にあるのか知らないけど。

 

 

「それにしても、よく此処まで来れたわね。

 この森には結構強い妖怪とか、妖精とか大勢住んでるのに。」

 

 

「私に近づこうとする妖怪も妖精も居ないわ。

 私に近づく者は人妖、妖精問わず不幸になってしまうもの。」

 

 

そう言って雛は悲しげな笑みを浮かべた。

 

 

「貴女・・・厄神ね?」

 

 

ゆかりは前世の知識で「鍵山 雛」を知っているが、敢えて知らない風に振舞う。

ゆかりの質問に雛はコクリと頷いた。

 

 

「厄神?」

 

 

「厄をもたらす悪神、もしくは厄除けの神様。

 彼女の場合はその両方が当てはまるみたいだけど。

 ここに来たのは、この妖精と妖刀の厄を回収しに来たのかしら?」

 

 

「ええ。大きな厄の気配を感じたから回収しに来たの。

 溜め込んでる厄の量が凄いからしばらく預かることになるけど、いいかしら?」

 

 

「ええ。でも、下手に動かす危険じゃないかしら?」

 

 

妖刀に操られていた妖精の身体はボロボロ。

限界を超えて酷使されたその身体は瀕死で、大量の血液も失っている。

今すぐ治療に取り掛からないと死んでしまうだろう。

 

 

「大丈夫よ。この子は妖怪になってるみたいだから。

 それに、下手に触ると厄が移っちゃうから危険よ。」

 

 

「・・・・・・分かったわ。この子をお願い。」

 

 

ゆかりは少し考えた後、元妖精を雛に預けることを決めた。

雛は微笑むと、身につけていたリボンで元妖精の大きな傷を塞ぐ。

そして、その小さな身体を背負って妖刀も手に握る。

 

 

「貴女たちの厄も貰っていくわ。」

 

 

刹那、雛の周囲に黒い靄のようなものが浮遊する。

そして、雛は足早にゆかりたちの前から姿を消した。

 

 

「しいな、私たちも帰るよ。」

 

 

「あ、はい。」

 

 

ゆかりは手を翳してスキマを開き、八雲神社に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢幻郷での妖刀騒動が解決してから数日後。

一時的に閑散としていた人里は元通りの活気に満ち溢れていた。

稲穂は徐々に黄金色に染まり、紅葉もちらほら見えている。

そんな夢幻郷の中心、八雲神社では・・・・・・甲高い金属音が響いていた。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

「てりゃぁ!!」

 

 

ぶつかり合う蒼い刀剣と漆黒の刀剣。

湖の畔で剣舞を舞っているのは、ゆかりとルーミアだった。

ただ、ゆかりは蒼月一本でルーミアと模擬戦闘を行っている。

 

 

「蒼雷斬!!」

 

 

「シャドウバースト!!」

 

 

蒼い稲妻と闇の球体が弾けて激しい爆音が湖の畔に轟く。

そして、別方向から2人の模擬戦闘に割り込むように紅い雷が降り注いだ。

紅い雷は地面を抉り、2人の戦闘を強制的にストップさせた。

 

 

「「・・・・・・はぁ~」」

 

 

毒気を抜かれたゆかりとルーミアは同時にため息を吐いた。

 

 

「す、すいませ~ん!!」

 

 

「もう、しいな。あの術は制御が難しいから、無闇に使ったら駄目って言ったでしょ?」

 

 

先ほどの紅い雷の原因は八雲式符術の修行をしていたしいなだった。

しいなはゆかりが態々封印するほどの霊力を有している。

そのため、符術の威力はゆかりよりも高い。その代わり、制御が苦手だ。

さらに、しいなが行使してるのは八雲式符術の中でも高威力な代わりに制御が難しい。

 

 

「それにしても、とんでもない威力だね~」

 

 

ルーミアは湖の畔に出来上がったクレーターを見て、そう言った。

湖の周りには一部分だけ地面の色が変わっている場所がある。

それらは全てしいなの符術によって出来上がった穴を塞いだものだ。

 

 

「まあ、その代わりに制御は全然できないし。」

 

 

そう言いながら蒼月を鞘に戻すゆかり。

 

 

「しいなは霊力を注ぎすぎなんだよ。だから、制御が難しくなるんだよ」

 

 

「注ぎすぎですか?」

 

 

「うん。まあ、霊力の注ぐ量とかは感覚だからね。

 ルーミア、私はちょっと出かけてくるからしいなの修行を見てあげてね?」

 

 

「分かった。」

 

 

しいなの面倒をルーミアに任せて、ゆかりはスキマ空間に飛び込んだ。

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

 

八雲神社を出たゆかりは夢幻郷の遥か上空に居た。

ゆかりはスキマから上半身を出して、器用に膝をついていた。

彼女の視線の先にはとても高い山が聳えていた。

 

 

「雛が夢幻郷に現れた時はまさかと思ったけど・・・・・・」

 

 

厄神こと、鍵山 雛は幻想郷にある妖怪の山を活動拠点してる。

なら、幻想郷は夢幻郷の近くに存在する可能性が高い。

そう思ったけど・・・・・・

 

 

「まさか幻想郷と夢幻郷が隣にあるなんてね。」

 

 

あそこに見える山はおそらく本来の姿の八ヶ岳。

コノハナノサクヤビメが背比べに負けた怒りで蹴り崩される前の山。

そして、またの名前を“妖怪の山”。

 

 

「今はまだ夢幻郷の存在は知られてないけど、知られたら面倒なことになりそうだね。」

 

 

《そうですね。夢幻郷に流れる龍脈の力を求める輩が居るかもしれません。》

 

 

腰に携えられた蒼月が言葉を発する。

 

 

「まあ、妖精たちが居るからそう簡単に夢幻郷にたどり着けないけど。」

 

 

夢幻郷のあちこちに居る妖精たちは普通の妖精よりも格段に強いし、知能も高い。

そのせいで悪戯に磨きが掛かってる。だから、夢幻郷にたどり着くのは難しい。

まあ、妖刀騒動の時は妖精の守りも薄くなってたけどね。

 

 

「ちょっと下りてみようか。」

 

 

そう言うや否やゆかりはスキマから飛び降りた。

そして、南の森の先――幻想郷の敷地内に足を踏み入れる。

夢幻郷の南側に存在する南の森を抜けた先に広がるのは、広い田園地帯。

さらに田園地帯の先には人里らしきものが見える。

 

 

「ここが未来の幻想郷か・・・・・・」

 

 

《これからどうするのですか?》

 

 

「今日の所はさっさと引き上げるよ。

 焔月も治ってないから、八雲式剣舞は使えないし。」

 

 

現在、焔月は数日前に負った傷を癒すために眠りについている。

そのため、二刀で舞う八雲式剣舞はその本領を発揮することができない。

 

 

「幻想郷と夢幻郷。いつかは交じり合うことになるかもしれないね。」

 

 

ゆかりはスキマを開いて夢幻郷の八雲神社へと戻っていった。

しかし、その刹那。“別の”スキマが開いた。

そのスキマから出てきたのは、ゆかりと瓜二つな妙齢の女性だった。

 

 

「あれが夢幻郷の主、ね。それほど強そうには見えないけど。」

 

 

その女性はゆかりが消えていったスキマを見つめながらそう呟いた。




雛って、どのくらいの時代から幻想郷に居たんでしょうか?
雛流しという行事は平安時代ぐらいにはすでに存在していたらしいです。
あれ?でも、この時代に雛が居るなら、鬼と面識があるような・・・・・・


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第22話 「洞窟の奥に眠りし物」

第22話 「洞窟の奥に眠りし物」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~夢幻郷 南の森~

 

八雲ゆかりSIDE

 

 

多くの妖怪が生息するいつも薄暗いことが特徴の南の森。

普通なら人里の人間は立ち入ることのないその森に入り込んだゆかり。

彼女は現在、妖怪たちに取り囲まれていた。

 

 

「まったく・・・真昼間から死にたいのか? お前たちは。」

 

 

「ぐへへへ。聞いたぜ? お前は刀を一本失ったそうじゃねえか。」

 

 

「それがどうしたの。まさか刀が一本なら私に勝てると思ったのか?」

 

 

ゆかりを取り囲む妖怪の数はざっと見て10体。

鳥型の妖怪から狼型の妖怪まで様々。全員、長寿の果てに妖怪した者ばかりだ。

おそらくゆかりを倒して夢幻郷を征服しようと考えているのだろう。

 

 

「その強がりがいつまで続くかな!!」

 

 

リーダー格の妖怪が合図を出し、集まった妖怪が一斉に襲い掛かってくる。

ゆかりは「やれやれ」と肩を竦めながら蒼月を抜き放った。

 

 

「蒼雷斬・黄昏。」

 

 

破竹の勢いで襲い掛かってくる妖怪たちに対して、静かに蒼月を振るう。

妖怪たちの爪や牙がゆかりに届きそうになった時、蒼い雷が周囲に降り注いだ。

それは妖怪たちの身体を感電させ、内部から焼き殺した。

 

 

「まったく。どうして焔月が使えないぐらいで私が弱くなるのかしら?」

 

 

《日の浅い妖怪は思考も短絡的ですね。》

 

 

辛辣な言葉を妖怪たちに向ける。

尤も、その言葉は焼死体になった妖怪たちには聞こえないだろう。

 

 

「それにしても、最近私に突っかかってくる妖怪が多いね。

 返り討ちに遭うのが分かってないのかな?」

 

 

「焔月が早く治ってくれれば良いのですが・・・・・・」

 

 

人化した蒼月が呟く。

 

 

「そうだね。夢幻郷を守り続けるためにも、焔月に早く復帰してもらいたいね。」

 

 

そう言いながらゆかりは蒼月の頭を撫でる。

その時、2人の背後から生い茂る雑草を踏みしめる音が聞こえてきた。

しかし、2人は警戒することなく背後を振り向いた。

 

 

「どうしたの? 簪。」

 

 

2人の背後に居たのは、相変わらず黒い外套に身を包んだ少女。

人里の守りの要である妖猫憑きの少女――簪(かんざし)だ。

 

 

「妖怪の気配、たくさん、感じた。」

 

 

簪は眠たそうに目を擦りながらゆかりの質問に答える。

彼女は本来夜型。普段なら今の時間帯はぐっすりと眠っている。

だが、ゆかりを亡き者にしようとした妖怪たちの気配を感じて起きて来たのだろう。

 

 

「ああ、ごめん。その妖怪たちなら私がもう倒しちゃった。」

 

 

「なら、良い。」

 

 

そう言って簪は目深く被ったフードの下で大きな欠伸をした。

そして、踵を返して人里のほうに引き返していった。

 

 

「さて、私たちも帰ろうか?」

 

 

「はい。」

 

 

ゆかりはスキマを潜って八雲神社に帰還した。

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

 

~八雲神社 居間~

 

 

八雲神社の居間では、帰ってきたゆかりを含めて昼餉をとっていた。

その食事中にシアンディームがあることを思い出したのが始まりだった。

 

 

「そういえば、洞窟の奥で変な物を見つけたんです。」

 

 

「変な物?」

 

 

「はい。上手く言葉で説明できないんですが、兎に角変な物です。」

 

 

シアンディームが言うには、鉄を探して洞窟を探検していた時に見つけたらしい。

それがあるのは洞窟の最深部であり、それほど広くない通路を抜けた先にあるそうだ。

そして、不思議なことに洞窟の中なのにそこだけは光に照らされている。

そこにシアンディームの言う変な物があるそうだ。

 

 

「それって妖刀の類?」

 

 

「いえ、違うと思います。そのような力は感じませんでした。」

 

 

ふむ。洞窟の奥にある変な物か・・・・・。

危険な物かもしれないし、一応見てきたほうが良さそうだね。

 

 

「シアン。昼餉の後、それを確認しに行くから案内してね?」

 

 

「わかりました。」

 

 

「そういえば、シアンは何で洞窟に潜ってたの?」

 

 

そんな質問をシアンディームに投げかけるルーミア。

 

 

「人里から依頼があったのよ。鉄器を調達して欲しいっていう。

 だから、洞窟に潜って鉄を探してたの。

 まあ、結局見つからなかったけど。」

 

 

「そーなのかー」

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

昼餉を終えた後、ゆかりとシアンディームは予定通り洞窟に潜っていた。

湖の畔――八雲神社の対岸にある洞窟は日の光が差し込んでこないので薄暗い。

持ち込んだ提灯が無いと先に進むのも非常に困難だ。

 

 

「この洞窟って、昔は住居代わりにしてたけど最深部まで言ったことはなかったね。」

 

 

「そうですね。あの頃はあんまり気にしていませんでしたから。」

 

 

シアンディームが提灯を持ち、その光を頼りに奥へ奥へ進んでいく。

入り口は広かったが、洞窟の奥に進むに連れて狭くなっている。

所々、岩肌が氷柱のように突き出して非常に危険だ。

 

 

「本当に深いね。まさか此処まで深いとは思わなかったよ。」

 

 

「私も最初は驚きました。」

 

 

そんな会話を交わしながら2人は洞窟の最深部を目指す。

数分ぐらい歩くと、洞窟の奥から光から漏れ出ていた。

 

 

「見えました。」

 

 

「本当に洞窟の中なのに光が出てるんだね。」

 

 

「はい。」

 

 

ゆかりとシアンディームがたどり着いたのは洞窟の最深部。

そこは円柱状の少し大きな小部屋があり、宝石のような結晶が天井から降り注ぐ太陽光を反射して部屋全体を照らし出している。

そして、その部屋の真ん中にあるのがシアンディームの言う「変な物」だろう。

 

 

「これがシアンの言ってた“変な物”?」

 

 

「はい。」

 

 

シアンが「変な物」っていうから、何かと思ったけど・・・これは剣だね。

でも、剣にしては大き過ぎる。まるで巨人が振るうために作られた剣みたいね。

長さはざっと見ただけで5mはあるわね。

 

 

「シアン、これは剣よ。」

 

 

「剣? それにしては随分と大きすぎませんか?」

 

 

「そうだね。こんなに大きいと普通の人間には扱えない。

 一体誰が何の目的でこんな剣を作り上げたのか・・・・・・」

 

 

そう言いながらゆかりは硬い地面に突き立てられた剣に触れる。

まるで龍の鱗から作られたような剣は黒金色に輝いている。

錆びている様子はなく、やはり用途は分からない。

 

 

「でも、これは使えそうね。」

 

 

「?」

 

 

ゆかりはスキマ空間からある道具を取り出した。

大きな鎌のような形をしたピッケルと呼ばれる採掘に欠かせない道具だ。

 

 

「せぇの!!」

 

 

ゆかりは力いっぱいピッケルを黒金色の刀身に向かって振り下ろす。

すると、刀身の一部が欠けて、その欠片がボロボロと地面に落ちる。

 

 

「これを使えば、農具にも使えるでしょ。

 剣に使われるような金属だし、頑丈さは折り紙付きよ。」

 

 

「なるほど!!」

 

 

ゆかりの意図を理解したシアンディームは手を傷つけないように欠片を回収する。

そして、ある程度集まった後、ゆかりとシアンディームは天井に空いた穴から八雲神社に戻った。

後日。その欠片を加工した農具は人里に配られたのは言うまでもない。




モンハンが大好きな人なら、今回のネタはすぐに分かるでしょう。
この話を書いてたのがニコニコ動画のとあるプレイ動画が影響でまたMH2Gとやってた時だったので、思い切って導入。
最初はいろんな鉱石が手に入る洞窟にしようと思っていました。


そろそろ第3章も終わりに近づいてきました。
なお、焔月はしばらくお休みです。


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第23話 「幻想郷からの刺客(前編)」

第23話 「幻想郷からの刺客(前編)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 霊峰~

 

 

妖刀の騒動から数ヶ月。

八雲神社に住まう宵闇の妖怪、ルーミアは霊峰に籠もっていた。

ちなみに、霊峰とは八雲神社の裏手にある洞窟の奥。

つまりは大き過ぎる剣が突き刺さっている場所である。

 

 

「よいしょっ!!」

 

 

ゆかりから借りたピッケルを振り下ろし、剣から金属を採掘する。

傍らには採掘した金属が詰め込まれた籠が置かれている。

落ちた金属片を拾い、籠の中に放り込んでいく。

 

 

「ふぅ・・・これだけあれば、一本ぐらいは作れるかな?」

 

 

それにしても、この剣って不思議な素材で出来てるねぇ。

1日経ったら、削ったはずの部分が再生してるなんて在り得ないし。

まあ、そのおかげで色々助かってるんだよね~。

 

 

ルーミアは霊峰に突き刺さる巨大な剣を見上げる。

その剣から採掘した素材によって、人里は大助かりしている。

しかも、剣は1日経てば再生するので素材は取り放題だ。

 

 

「さて、帰ろうっと。ゆかりに作ってもらわないといけないし。」

 

 

ルーミアは大量の金属片が入った籠を背負う。

そして、背中に闇色の大きな一対の翼――魄翼を展開し、天井の穴から外に飛び出した。

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

 

霊峰から八雲神社に戻ってきたルーミアはゆかりの元に直行した。

八雲神社の東館にある扉を勢いよく開ける。

 

 

「ゆかり!! 集めてきたよ!!」

 

 

「ふわぁぁ・・・・・・ようやく帰ってきたのね。」

 

 

布団で眠っていたゆかりが眠たそうに目を擦りながら起き上がる。

現在の時刻は早朝の卯の刻。ちょうど農民たちが起床し始める時間だ。

 

 

「結構時間が掛かったけど、ちゃんと集めてきたよ。

 約束どおり私専用の剣を作ってよね?」

 

 

「分かってるよ。ちゃんと素材も調達してきたみたいだし。」

 

 

ゆかりは小さく欠伸をすると、細いリボンで髪を縛る。

ルーミアが霊峰に籠もっていたのは、彼女専用の刀剣を拵えてもらうためである。

普段使っている刀剣はすべて自身の妖力で作り上げたものだ。

そのため、脆く、衝撃に非常に弱いのだ。

 

 

「服着替えるから、先に工房で待ってなさい。」

 

 

「分かった。」

 

 

そう言って、ルーミアは工房に向かって走って行った。

そんな子供っぽい彼女の様子を見て、ゆかりはクスリッと笑みを零した。

そして、寝巻き着からいつもの服装に着替え始めた。

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

八雲神社の東館の先にある空き部屋を改造して作られた工房。

刀剣を作るために設置された竈にルーミアは火をくべる。

火花がパチパチと飛び散り、竈の温度が上がっていく。

 

 

「準備はできたみたいね。」

 

 

「うん。」

 

 

竈の温度がちょうど良い位になった時、着替えを終えたゆかりが工房に入ってきた。

ゆかりは竈の前に立ち、細かい金属片を1つの塊にする作業に取り掛かる。

傍らに置かれた籠から採掘された金属片を取り出して、竈に放り込む。

 

 

「暑い~・・・・・・」

 

 

竈の温度を調節しているルーミアは超高温に晒されている。

肌から汗があふれ出し、頬を伝っていく。

 

 

「そればっかりはどうしようもないよ。私は能力で何とかなるけど。」

 

 

「相変わらずゆかりの能力は便利だねぇ。そして、暑い~」

 

 

「少し離れてても大丈夫だよ。本番はもう少し後だから。」

 

 

「そうさせてもらうよ。」

 

 

ルーミアは温度を調節する炎の前を離れて、壁に凭れ掛かる。

その間に竈に放り込んだ金属片は融解し、1つの塊になっていく。

作業を開始すること、数分後。竈から1つの塊になった金属を取り出す。

 

 

「第1段階完了。ルーミア、どんな形にするの?」

 

 

「うーんと・・・・・・ストームブリンガーみたいな感じで。」

 

 

あの技、結構気に入ってるんだよね~。

そもそも私が最初に作り上げた妖術なんだよね。

 

 

「まあ、これぐらい材料があれば作れるか。」

 

 

そう言いながら、冷え固まった黒金色の塊を竈に投入する。

そしてしばらく熱した後、再び塊となった金属を取り出した後、金槌で熱した金属を叩く。

塊だった金属は徐々に平たくなっていく。

 

 

「ふと思ったけど、ゆかりはいつの間に刀とか打てるようになったの?」

 

 

「ん? 完全な独学。だから、最後までできるわけじゃないよ?」

 

 

「え・・・・・・?」

 

 

えっと・・・ゆかり? 私の記憶が正しければ、「任せろ」って言ったよね?

素材をかき集めるために何日も霊峰に張り込んだ私の努力は・・・・・・(泣)

 

 

「だから、足りない知識は本業に聞かないとね。」

 

 

「?」

 

 

ゆかりの言葉に首を傾げるルーミア。

すると、ゆかりは瞳を閉じて呪文を唱えた。

 

 

「天目一箇神よ、汝の神威を我に。」

 

 

ゆかりは降神術の1つ、神威召喚を行った。

彼女が神徳を借りた八百万の神は|天目一箇神(あめのまひとつのかみ)。

日本神話において、製鉄・鍛冶の神様として登場する八百万の神の一柱である。

天照大御神の天岩戸隠れの時、刀斧・鉄鐸を造ったとされる。

 

 

「・・・・・・・」

 

 

天目一箇神の神徳を借りたゆかりは無言で作業に没頭する。

時々ルーミアに薪を追加してもらいながら、無心で作業を続ける。

単なる金属の塊はいつの間にか立派な刀剣に変貌していた。

 

 

「ふぅ・・・ようやく最終段階ね。」

 

 

「おおぉっ!!」

 

 

黒金色の刀身に白い十字架が描かれ、刃渡りは1m近く。

ルーミアの注文どおりに作られた細身の両手剣がそこにあった。

 

 

「あとは砥石で研ぐだけなんだけど・・・・・・ここから大変なんだよね~」

 

 

「ゆかり。そのままで良いよ。」

 

 

「? どうして?」

 

 

「そのほうが私にとっては都合がいいの。切れ味の方は妖術で何とかするよ」

 

 

「確かに普通のに比べて頑丈になるけど、本当にいいの?」

 

 

ゆかりの質問にルーミアは頷く。

 

 

「まあ、ルーミアがそれで良いなら私は別に良いけど。」

 

 

そう言ってゆかりは完成した細身の両手剣――ストームブリンガーをルーミアに渡した。

そして、神威召喚を解除して竈の火を消火する。

 

 

「鞘は人里の市場で購入して。さすがに鞘までは無理だから。」

 

 

「分かった。」

 

 

ゆかりからストームブリンガーを受け取ったルーミアは嬉々とした表情を浮かべて八雲神社を飛び立った。

 

 

「私はもう一眠りしようかな?」

 

 

大きな欠伸をした後、ゆかりは工房から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~夢幻郷 南の森~

 

 

ストームブリンガー専用の鞘を手に入れるために人里に向かったルーミア。

しかし、彼女はなぜか妖怪の出没する南の森を歩き回っていた。

しかも、まるで敵を誘うように妖力を森全体に振りまいている。

彼此10分程度。妖力を振りまきながら歩き回っていると、森の奥から人影が現れた。

 

 

「ようやくお出ましかぁ。」

 

 

「へぇ・・・ウチらの気配に気付いてたのかい。」

 

 

「あのスキマ妖怪の話とは随分と違うじゃないか。」

 

 

森の奥――幻想郷方面から現れたのは二人の少女だった。

背丈はルーミアより低く、髪の色は琥珀色で側頭部から頭部を覆うように2本の角が生えている。

その姿は間違えることなく、古来より人攫いを生業とする種族――鬼だった。

 

 

「警告だよ。このまま引き返すなら、良し。引き返さないなら・・・・・・」

 

 

ルーミアはついさっき手に入れたストームブリンガーを2人の鬼に向ける。

 

 

「ここでその屍を晒すことになるよ。」

 

 

ルーミアから放たれる殺気に2人の鬼は唇を歪める。

 

 

「いいねぇ。その気迫。」

 

 

「まったくだ。あの胡散臭い妖怪の頼みだから手を抜くをつもりだったが・・・・・・」

 

 

「「中々強そうな相手(妖怪)が居るじゃないか!!」」

 

 

その言葉と同時に2人の鬼もファイティングポーズをとる。

 

 

「我は虎熊 閃姫(せんき)。」「我は虎熊 閃舞(せんぶ)。」

 

 

「「我ら2人揃って山の四天王の一角、虎熊童子!!」」

 

 

ここに、夢幻郷の妖怪と幻想郷の刺客の戦いの火蓋が切って落とされた。




第3章もようやく終盤。またストックを作らないと・・・・・・。


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第24話 「幻想郷からの刺客(後編)」

第24話 「幻想郷からの刺客(後編)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 本殿~

 

 

「森が・・・騒がしいね」

 

 

「はい。どうやら森の中で妖怪が暴れているようです。」

 

 

八雲神社から麓を見守っているゆかりとしいなは森で巨大な妖力がぶつかり合うのを感じた。

大勢の鳥たちが一時的に住処から逃げ出し、羽音が絶えない。

大きな妖力がぶつかり合う度に森全体が揺れる。

 

 

「しいな、私は森の様子を見てくる。」

 

 

「では私は念のために人里に向かいます。」

 

 

「お願い」

 

 

しいなは御幣を取り出し、ゆかりは蒼月を抜く。

そして、ゆかりは南の森へ、しいなは人里の方で向かった。

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

 

夢幻郷の南側に存在し、幻想郷と夢幻郷を分ける境界になっている森。

人里の下りる途中で大きな妖力を感じたルーミアは誰よりも早く幻想郷からの刺客と対峙していた。

相手は人攫いと生業とする双子の鬼、名は虎熊 閃姫と虎熊 閃舞。

睨みあう虎熊姉妹とルーミア。

 

一触即発の張り詰めた空気の中。

一枚の木の葉がひらひらと舞い落ちて・・・地面についた時、双方同時にぶつかり合った。

 

 

「良い反応だねぇ。だが・・・・・・」

 

 

「がら空きぃ!!」

 

 

ストームブリンガーは閃姫に受け止められた。

その隙に懐に潜り込んだ閃舞が拳をルーミアの水月に叩き込もうとした。

 

 

「甘い!!」

 

 

 

閃舞の拳が急所である水月にヒットする前に妖術を発動。

展開された魄翼が形を変え、巨大な腕が閃舞の拳を受け止めた。

 

 

「おっ?」

 

 

「でりゃあっ!!」

 

 

身体を回転させて、鋭い蹴りを閃舞の腹部に叩き込む。

さらに、左側の魄翼を巨大な拳に変えて閃姫を殴りつける。

 

 

「無月・一閃!!」

 

 

一度距離をとる虎熊姉妹に向かって妖力の一閃を放った。

闇のように暗い斬撃は双子の鬼を飲み込んだ。

 

 

「これで終わったら、良かったんだけどな。」

 

 

「悪いが、鬼はそこまで柔じゃないさ。」

 

 

「そうそう。」

 

 

ルーミアの一撃を受けた虎熊姉妹は大したダメージを負っていなかった。

せいぜい薄らとかすり傷ができている程度だ。

 

 

「様子見のつもりだったが、その必要もなさそうだな。」

 

 

「そうね。」

 

 

虎熊姉妹は笑みを浮かべ、威圧感やら気迫がさらに増す。

刹那、2人は地面を蹴り、再びルーミアに襲い掛かってきた。

 

 

「せいっ!!」

 

 

ストームブリンガーで真一文字に薙ぎ払う。

その刀身を閃姫が前腕に受け止めて、その隙に閃舞が攻撃を仕掛けてくる。

単純なコンビネーションだが、鬼の拳に当れば一溜まりもない。

 

 

「魄翼!!」

 

 

「金剛爆砕拳!!」

 

 

漆黒の拳と妖力を纏った閃舞の拳がぶつかり合う。

しかし、漆黒の拳は閃舞の拳に打ち負け、右側の魄翼が消滅する。

閃舞の拳がルーミアの眼前に迫る。

 

 

「くっ!!」

 

 

ルーミアは咄嗟に左腕の前腕部で彼女の拳を受け止めた。

メキメキッ!!と骨が圧し折れるような音が森の中に響き渡る。

 

 

「・・・・・・」

 

 

ルーミアは敵から距離をとり、双子の鬼を睨みつける。

先ほどの一撃でルーミアの左腕は使い物にならなくなってしまった。

ルーミアも妖怪なので、放置しておけば直るが、そこまでの時間を稼ぐのは無理だろう。

 

 

「どうだい? ウチの“物を打ち砕く能力”は。」

 

 

「なるほど。その能力がある限り物理的な攻撃は無効化されるわけだ。」

 

 

「そういうこと。」

 

 

閃舞はニヤリと笑う。

左腕は使えず、相手はほとんど無傷な状態で2人。

ルーミアの方が圧倒的に不利だが、ルーミアの瞳から闘志が途切れることはない。

 

 

「これはけっこう疲れるからやりたくなかったんだよね~」

 

 

「「?」」

 

 

ルーミアはため息を吐く。

刹那、ルーミアの身体から闇が噴出した。

 

 

「闇に、飲まれろ。」

 

 

――『ディマーケイション』――

 

 

ルーミアの身体からあふれ出した闇は瞬く間に広がり、ルーミアと虎熊姉妹を飲み込んだ。

闇の中は太陽の光すらも遮ってしまう魔法の闇。

目を頼りに生きている生き物には効果覿面の戦闘フィールドだ。

 

 

「これじゃあ、何も見えないわね。

 閃姫、何処に居るの?」

 

 

閃舞は片割である閃姫を心配して声を掛ける。

 

 

「此処に居るよ~」

 

 

「“此処”って何処よ・・・・・・。」

 

 

闇の中から返事が返ってくるが、周囲は何も見えない真っ暗な空間。

もちろん物質的なものではないので、彼女の能力で闇を掃うことはできない。

閃舞はため息を吐いて、閃姫を探そうとした。

 

 

――ヒュンッ!!

 

 

「がっ!!」

 

 

空気を切る音と同時に閃舞の首筋に重い衝撃が襲い掛かった。

しかし、攻撃した者の姿は闇のせいでまったく見えない。

 

 

「っっ~~!! そこ!!」

 

 

閃舞は攻撃が来た方角に向かって拳を放つが、何かに当ったような感触はない。

 

 

――ヒュンッ!!

 

 

「ぐっ!!」

 

 

今度は腹部に重い衝撃が襲い掛かってくる。

 

 

――ヒュンッ!! ヒュンッ!! ヒュンッ!!

 

 

連続で手や首、頭に衝撃が襲ってくるが、何も見えない閃舞に為す術はない。

ストームブリンガーには殺傷力はほとんどないと言っても違いない。

そのおかげで閃舞はまだ立っていられた。

 

 

(こっちはまったく見えないのに、向こうにはウチの姿が見えてるのか?)

 

 

とにかく閃舞は急所を突かれないように守りの体勢に入る。

次の攻撃を警戒する閃舞だが、ルーミアの攻撃は嘘のように途絶えてしまった。

そして、うっかり防御を緩めてしまった。

 

 

――無月・双月閃――

 

 

「え・・・・・・?」

 

 

防御を緩めた瞬間、ブシャッ!!という音と共に闇の中に鮮血が舞った。

閃舞の身体に交差するように刀傷が刻まれていた。

ポタポタと鮮血が地面に滴り落ちる。

普通の妖怪なら意識を失うような傷だが、それでも膝をつかないのは鬼としての意地だろう。

 

 

「閃舞!! 何があったの!?」

 

 

闇の何処からか閃姫の声が聞こえてくる。

しかし、閃姫に返事する余裕も閃舞にはない。

刹那。ルーミアが広げた真っ暗な闇が風船のように収縮していく。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・流石は鬼。そんな傷を負っても立ってられるなんてね」

 

 

「そっちこそ、随分小癪な真似してくれるわね。」

 

 

ルーミアが先ほど使った妖術は展開する範囲によって疲労度合いが違う。

それなりに広範囲に闇を広げた上に高威力の妖術を使ったためにかなりの妖力を消費した。

それに対して、閃姫はまだ無傷。戦況はルーミアが不利なままだ。

 

 

「閃舞、貴女は休んでなさい。あとは私が決着をつけるから。」

 

 

「任せたわ。」

 

 

「ああ。」

 

 

閃姫は地面を蹴り、ルーミアに肉薄する。

妖力もかなり消耗しているルーミアは動きにキレがない。

何とかストームブリンガーの腹で受け止めるが、反動で右腕が痺れる。

 

 

「うっ・・・あっ・・・・・・」

 

 

「奥義、緋々王穿牙!!」

 

 

閃姫は右手を伸ばし、刀のように突き刺した。

ルーミアは避けることができずに右胸を貫かれた。

 

 

「痛い、なっ!!」

 

 

「っ!!」

 

 

いつの間にかルーミアの左腕は治っていたらしい。

彼女の右胸を貫いた右手をガッシリと掴み、逃げれないようにする。

 

 

「てりゃあぁぁぁぁ!!!」

 

 

閃姫の急所に向かってストームブリンガーの切っ先を突き刺す。

 

 

「がはっ!!」

 

 

「まだまだぁ!!」

 

 

水月に強烈な一撃を叩き込まれた閃姫は肺に溜まった空気を吐き出す。

さらに、タックルで閃姫の身体を無理矢理吹き飛ばす。

 

 

「無月・飛翔!!」

 

 

身を屈めた状態から身体のバネを生かして、飛び上がるように切り上げる。

閃姫によって開けられた右胸の穴はすでに塞がっていた。

閃姫の身体は宙を舞い、硬い地面にそのまま叩きつけられる。

同時にルーミアもその場に尻餅をついた。

 

 

「さすがに、キツイ。2人同時相手とか」

 

 

「その2人を熨したアンタが言うかい?」

 

 

「うるさいよ。つか、あれだけ大きな傷を負わせたのに・・・・・・」

 

 

ルーミアに大きな傷を負わされた筈の閃舞はある程度治っていた。

しかし、戦うだけの力は残っていないらしい。

閃姫は地面に叩きつけられた時に打ち所が悪かったのか、目を回している。

 

 

「さて、どっちが早く立ち直れるかね?」

 

 

閃舞はまだ戦うつもりらしい。

しかし、此処は夢幻郷。つまりはルーミアのホームグラウンドだ。

 

 

「残念だけど、もう決着はついてるよ。」

 

 

いつの間にか双子の鬼は大勢の妖精たちに囲まれていた。

いくら鬼でも多勢に無勢。この状況を切り抜けることはできないだろう。

 

 

「さて、聞かせてもらうよ? どうやって夢幻郷のことを知ったのか。」

 

 

「くっ・・・・・・」

 

 

閃舞は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

 

「そこまでにしてやってくれないか?」

 

 

雑草を踏みしめる音が徐々に近づいてくる。

しかも、声が聞こえてきたのは幻想郷が在る方角。

彼女らの前に現れたのは・・・・・・




相変わらず残念な戦闘シーン。
虎熊姉妹は二人で一人という特殊な戦法を採る鬼の双子です。
その代わりに、腕力や妖力が他の鬼に劣っているという欠点を抱えています。


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第25話 「鬼の王」

ちょっと後書きを変えてみた。


第25話 「鬼の王」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢幻郷に現れた幻想郷の刺客。

真っ先に気付いたルーミアはその刺客を迎え撃った。

幻想郷からの刺客、虎熊姉妹の連携に苦戦するが、自身の能力で突破。

夢幻郷の存在は伝承という形でしか知られていない。

というわけで、倒した虎熊姉妹を尋問しようとした。

 

 

――そこまでにしてもらえないだろうか?――

 

 

森の中に響くソプラノボイス。

ルーミアたちにも聞こえる複数の足音。

それは南の森の奥――幻想郷方面から聞こえてきた。

 

 

「げっ!!」

 

 

森の奥から現れた人物に閃舞は何ともいえない表情を浮かべた。

現れたのはまたしても二人の鬼だった。

 

一人は長い金髪に赤い目。そして額から赤い一本の角を生やしている。

着ている青系統の色を基調にした着物からは豊満な胸が顔を覗かせている。

もう一人は燃え盛る炎のような髪にサファイアのような瞳。そして側頭部から天に伸びる様に2本の角を生やしている。

動きやすさを追求した黒い衣服を身に纏い、なぜかへそを出している。

 

 

「悪いね。家の馬鹿が迷惑を掛けたみたいで」

 

 

えらくフランクな相手の態度にルーミアも妖精も警戒を解く。

すると、側頭部から天を貫くような2本の角を生やした鬼は閃舞の肩に手を置いた。

 

 

「閃姫、いつまで気絶した振りをしてるのよ?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

二角の鬼が閃姫に声を掛けると、閃姫の身体がビクッと震えた。

よほど二角の鬼が怖いのか、閃姫は冷や汗を流しながら起き上がる。

 

 

「さてお前ら。説教してから殴られるのと、殴られてから説教されるのとどっちが良い?」

 

 

「「殴られるの前提!?」」

 

 

姉妹に言葉が見事に重なる。

 

 

「当たり前だ。さぁ、選べ。」

 

 

「「ゆ、勇儀さん助けて!!」」

 

 

二人は一角の鬼――勇儀に助けてを求めるが、勇儀は苦笑いを浮かべるだけ。

どうやら虎熊姉妹に助け舟を出すつもりはないらしい

 

 

「さて、覚悟はいいか?」

 

 

「「いやぁぁぁぁぁ!!!!」」

 

 

この時、2発の打撃音が森の中に響き渡った。

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

 

「自己紹介がまだだったな。私の名は夜沙神(やさかみ) 奉鬼(ほうき)。

 妖怪の山を治める鬼で、後ろに居る馬鹿共の上司だ。」

 

 

奉鬼と名乗る二角の鬼の背後には虎熊姉妹の屍が転がっていた。

肉体言語という名のお説教を受けた二人は見事に意識を刈り取られた。

そしてその後、勇儀という一角の鬼に連れて帰られた。

 

 

「宵闇の妖怪、ルーミア。この夢幻郷に住む妖怪。

 ねえ、どうやって夢幻郷の存在を知ったの?」

 

 

「ん?」

 

 

夢幻郷は森や竹林、山に囲まれている。

さらに、夢幻郷に住む妖精たちが迷わせるので夢幻郷の存在は伝承に近い。

外界との交流はほとんどない。ゆえに、夢幻郷の存在を知っている者は少ない。

 

 

「うーん・・・此処に来れたのはスキマ妖怪って奴に聞きだしたからなんだ。」

 

 

「スキマ妖怪?」

 

 

奉鬼の言葉にルーミアは首を傾げる。

 

 

「ああ。幻想郷に古くから住んでる胡散臭い妖怪さ。」

 

 

「ふーん・・・その妖怪から何か聞いた?」

 

 

「やけに気にするんだね。アイツから聞いたのは、此処は龍脈が流れてることぐらいだよ。」

 

 

「それを聞いても龍脈を狙うつもりは?」

 

 

「ははは♪他人の土地に手を出すつもりはないさ。」

 

 

ルーミアの質問に奉鬼は豪快に笑った。

どうやら本当に夢幻郷を侵略するつもりないらしい。

会話の途中で奉鬼はルーミアの斜め後ろに生えている樹に視線を向けた。

 

 

「それより、いつまで隠れてるつもりだ?」

 

 

「気づいてたのね。」

 

 

樹の陰から出てきたのは、夢幻郷の管理者である八雲 ゆかりだ。

 

 

「念のために私も来たけど、意味はなかったみたいね。」

 

 

「ゆかり、いつからそこに居たの?」

 

 

「ルーミアがあの虎熊姉妹と戦闘を始めた直後ぐらいだよ。」

 

 

「ちょっ!? 見てたんなら手伝ってよ!!」

 

 

「ルーミアが危なくなったら助けるつもりだったんだけど、倒しちゃったからね~」

 

 

ゆかりは陽気に笑った。

 

 

「初めまして、鬼の王よ。私はこの夢幻郷を管理する者、八雲 ゆかりよ。」

 

 

ゆかりは奉鬼に向き合い、優雅にお辞儀をする。

 

 

「ほう・・・こそこそ隠れてるから何者かと思ったが、中々強そうな奴だな。」

 

 

奉鬼はまるで品定めをするかのようにゆかりを見つめる。

 

 

「ああ、貴殿の土地に無断で侵入したことに関しては後日改めて謝罪しよう。

 ちょっと私は説教をくれてやらないといけない奴が居るんでね。

 今日はこれで失礼するよ。」

 

 

そう言い残して、奉鬼は幻想郷に引き返した。

 

 

「さて、ルーミア。私は帰るよ。

 八雲神社に戻ってくる時にしいなも連れて来てあげてね?」

 

 

「わかった。」

 

 

ゆかりはスキマを開くと、その中に潜り込んだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

幻想郷からの刺客が現れてから数日後。

その数日間は刺客も来ることがなく――おそらく奉鬼が抑え込んでくれているのだろう――平和な日々が過ぎていた。

八雲神社の境内では相変わらず巫女の水雲 しいなが掃除していた。

木々の枝には鳥たちが羽を休め、それの囀りが響いている。

 

 

「ふぅ・・・最近涼しくなってきましたね」

 

 

しいなは境内に散らかる落ち葉を一箇所に集めていく。

季節は神無月と霜月の境目辺り。神社の周辺に生えた木々の落ち葉が雪のように積もっていたりしている。

もう冬が近いのだろう。

 

 

「ん?」

 

 

落ち葉を集めていたしいなは不意に大きな羽音を聞こえた。

普通なら鷹や鷲だと思って気にしないが、しいなは御幣を構えた。

八雲神社の祭神、八雲 ゆかりに鍛えられたしいなは飛行してくる物体から妖力を感じた。

龍脈を守るために結界は張られているが、強い妖怪には破られる可能性がある。

ゆえに、しいなは仕事を果たすために警戒心を強めた。

 

 

「よっ、と!!」

 

 

バサッ!!という音と共に境内に一人の妖怪が着陸した。

黒い忍装束を纏い、背中には一対の黒い翼が存在する。

髪は黒く、瞳も黒い。

 

 

「えっと・・・八雲ゆかりさんのお宅は此処でいいでしょうか?」

 

 

「ゆかり様に用事なの?」

 

 

「はい♪ 申し遅れましたが、私は射命丸 栞と言います。

 実は夜沙神 奉鬼様からゆかりさん宛てのお手紙を預かってきました。」

 

 

射命丸 栞と名乗る少女は人懐っこい笑みを浮かべながら用件を伝える。

 

 

「これをゆかりさんにお渡しください。」

 

 

そう言って、栞は懐から一通の手紙を取り出してしいなに渡した。

 

 

「それでは失礼します!!」

 

 

そう言い残して栞は物凄いスピードで大空に飛び上がった。

 

 

「手紙、ね。・・・・・・ちょっとくらい中身を見ても大丈夫よね?」

 

 

「駄目よ、それは」

 

 

背後から声を掛けられ、手紙の中身を見ようとしたしいなは思わず飛び上がった。

いつの間にか手紙はしいなに声を掛けた人物――ゆかりの手に渡っていた。

 

 

「ゆ、ゆかり様!!驚かさないでください!!」

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

しいなを無視してゆかりは手紙を広げる。

手紙の内容を一通り読み終えたゆかりは笑みを浮かべた。

 

 

「しいな、偶には皆でお出かけしようか?」

 

 

「?一体何処へ・・・・・・」

 

 

「南の森の果て・・・“幻想郷”へ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~南の森の果て(夢幻郷と幻想郷の境目)~

 

 

太陽が暮れ、淡く光り輝く満月の下。

夢幻郷と幻想郷の境界線付近では、盛大な酒盛りが開かれていた。

夢幻郷からは八雲神社の面々が参加し、幻想郷からは妖怪の山に住む面々が参加している。

かなりの大所帯で開催された酒盛りはうるさいくらいのどんちゃん騒ぎになっていた。

 

 

「ははは♪ やっぱり酒盛りは楽しいね~」

 

 

「それには同意するわ。シアンたちも楽しんでるみたいだし。」

 

 

ゆかりは奉鬼と一緒に酒を飲んでいた。

どちらもほんのりと頬が赤みを帯びているが酔っている様子はない。

宴会会場を見渡すと、すでに酔いつぶれている者(主にしいな)や鬼と上機嫌に話している者も居る。

 

 

「それにしても、いい飲みっぷりだねぇ。こっちまで嬉しくなってくるよ。」

 

 

二人の周囲には酒が入っていたと思われる樽がいくつも置かれている。

なお、鬼や天狗の宴会では駆けつけに酒樽丸々一個飲み干すのが風習らしい。

それをやったしいなはあっという間に酔いつぶれた訳だが・・・・・・。

 

 

「さすがは酒にうるさい鬼の宴会ね。おいしいお酒ばかりだわ。」

 

 

「そう言ってもらえると嬉しいねぇ。宴会に誘った意味がるってもんだよ。」

 

 

此度の宴会は勝手に夢幻郷に侵入した礼として行われている。

そのため、その主犯である虎熊姉妹は参加していない。

 

 

「でも、さすがにお腹が苦しいわね。」

 

 

「そうか。」

 

 

ゆかりは宴会が始まってから、ずっと奉鬼と同じペースで酒を飲み干した。

奉鬼が飲んだ酒の量は酒樽3つ。そしてゆかりも大体同じくらいの量を見事に飲み干している。

普通の人間なら急性アルコール中毒になってもおかしくない量なのだが、妖怪である彼ら(彼女ら)には関係ないようだ。

 

 

「話は変わるんだが、お前は強いのか?」

 

 

「いきなり変な質問をするのね。」

 

 

「いや、何と言うか・・・・・・お前は普通の妖怪と何処か違うんだ。」

 

 

「ああ。私は妖怪であると同時に土着神でもあるからね。

 純粋な妖怪である貴女が違和感を感じるのはそのせいでしょ。」

 

 

ゆかりの言葉に奉鬼も思わず酒を飲む手を止めた。

 

 

「人間たちに信仰されてるのか・・・。

 姿かたちは似ていても内面はかなり違うものだな。」

 

 

奉鬼はしみじみと呟いた。

別に妖怪が土着神として信仰されているのは稀であるが、前例がないわけではない。

妖怪でも人々から信仰されれば、神様になることができる。

もっとも、妖怪は自分から信仰を集めたりはしないが。

 

 

「何一人で納得してるのよ?」

 

 

「ああ、すまん。幻想郷にお前とそっくりな奴が居てな。

 うちの部下を誑かしたのもそいつだ。

 容姿はお前にそっくりだが、性格は逆だな。」

 

 

「その妖怪と仲が良いのかしら?」

 

 

「いや、むしろ悪い。私を含め、鬼は嘘を嫌う種族だ。

 好んで嘘を吐くような妖怪を好意的に思うわけがないだろ。」

 

 

(本当に仲が悪いのね。

 まあ、自分の思惑を隠して他人を騙すような奴だしね。)

 

 

ゆかりは奉鬼の言う妖怪を知っている。

実際に会ったわけではないが、知識では知っているのだ。

 

 

「お~い、奉鬼~。」

 

 

「ん?萃香か。一体どうしたんだ?」

 

 

二人の会話に萃香と呼ばれた二角の鬼が割り込んでいた。

傍から見てもかなり酔っ払っていることが分かるぐらい酔っ払っている。

 

 

「茨木の奴が居ないだよ~。何処に行ったか知らないか?」

 

 

「いや、知らないな。アイツにも確かに召集を掛けた筈なんだが・・・・・・」

 

 

「う~ん・・・何処いったんだろ」

 

 

萃香はそのまま千鳥足で宴会に混じっていった。

 

 

この宴会は夜明け近くまで続けられ、大多数の参加者はすっかり酔い潰れてしまったとさ。




作者「今回は少し長めになりました。」

栞 「そして、まさかの私が再登場♪」

作者「主に伝言の役ですがね。
   最初は単なるモブにするつもりでしたが、前作から引っ張ってきました。」


栞 「前作から登場してない人物が結構居ますね。
   そういえば、今回出てきた奉鬼様はどうなるの?」

作者「サブキャラクター扱いです。もちろん虎熊姉妹も。」

栞 「ふ~ん。じゃあ、茨木童子が出てこなかったのはフラグ?」

作者「一応そのつもり。」


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第26話 「閻魔王、四季 映緋」

今回はかなり短めです。


第26話 「閻魔王、四季 映緋」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~???~

 

八雲ゆかりSIDE

 

 

夢幻郷の管理者、八雲 ゆかり。

 

 

彼女は非常に混乱していた。

 

 

彼女は鬼の王、奉鬼に招待されて鬼と天狗の宴会に参加した。

宴会は夜明け近くまで続き、参加者のほとんどが酔いつぶれて眠っていた。

ゆかりと奉鬼はウワバミだったのが幸いして、酔いつぶれることがなかった。

スキマで酔いつぶれた面々を帰した後、生き残った参加者で宴会の片づけをやったのだ。

その後、奉鬼と別れて、八雲神社に帰ってきた筈なのだが・・・・・・・

 

 

「ここ、何処?」

 

 

ゆかりは気がつくと見知らぬ場所に立っていた。

足元には真っ赤な彼岸花が一面に咲き誇っており、目と鼻の先には対岸が見えないくらいの河川。

 

 

「えっと・・・まさか三途の川?」

 

 

私、死ぬようなことしたっけ?

確かに天狗とか奉鬼の真似事で酒樽を丸々飲み干したけど・・・・・・。

私は人間じゃなくて、妖怪だから急性アルコール中毒で死ぬ訳がない。

じゃあ、何で三途の川に居るわけ?

 

 

ゆかりは眠りに入る前の記憶を思い起こして、原因を探る。

その時。ギィッ、ギィッと木製の船を漕ぐような音が三途の川の向こう側から聞こえてきた。

その音にゆかりは思わず戦闘態勢をとる。

残念なことに蒼月も焔月も手元に無いので、徒手空拳で戦うしかない。

 

 

「そう身構えないでもらいたい。」

 

 

岸に船がたどり着き、船から二人ばかり人が降りてくる。

一人は大きな鎌を担ぎ、黒い着物を羽織った男性。

もう一人は少し暗い緑色の髪を肩口ぐらいまで伸ばした身長145cmぐらいの少女。

その手には木製の悔悟棒、首からは小さな鏡が付いたペンダント。

 

 

「何の断りもなく、こんな場所に呼び出して申し訳ありません。

 わたくしの名前は四季 映緋。地獄の閻魔の一人です。」

 

 

「その部下の小野煉貴(おののれんき)と言います。」

 

 

「夢幻郷の管理者、八雲 ゆかり。地獄の閻魔様が一体何の用なんですか?」

 

 

「単に挨拶に伺っただけです。

 夢幻郷がわたくしの管轄になりましたので、その管理者である貴女に会っておこうと思っただけです。」

 

 

映緋は人懐っこい笑みを浮かべて、そう言った。

 

 

「・・・・・・それだけ?」

 

 

「はい。」

 

 

ゆかりは思わず自分の耳を疑った。

地獄にて魂の管理をする閻魔たちは基本的に多忙な身分だ。

日夜裁判が行われて、裁かれた魂は輪廻の輪を巡って転生を繰り返す。

 

 

「閻魔は多忙って風の噂で聞いたけど・・・・・・」

 

 

「はい。毎日が猫の手を借りたいぐらいに忙しいですよ」

 

 

「そんな閻魔様が油を売ってていいのかしら?」

 

 

「少しぐらいは大丈夫ですよ。今はやってくる魂魄の量も少ないですから」

 

 

「映緋さま、本来川を渡る魂魄の量は一定です。

 それが少ないということは近々縁起でもないことが起きますよ。」

 

 

「それくらいわかってますよ、煉貴。

 では、他の閻魔に仕事を任せているのでわたくしはこれで失礼します。

 煉貴、またお願いします。」

 

 

「分かりました。私の“位置を操る程度の能力”で元の場所に戻します。」

 

 

煉貴は担いだ大鎌をまっすぐ振り下ろした。

すると、彼岸花に満たされた光景が一変し、見慣れた光景が目の前に広がる。

間違いなくゆかりの自室だ。

 

 

「まったく・・・夢みたいな1コマだったわね。」

 

 

ゆかりは自室で静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~地獄 映緋の仕事場~

 

 

ゆかりとの邂逅を終えた後、映緋は再び仕事に戻っていた。

映緋の背丈に合わない大きな机には紙束がいくつもの塔を作り上げている。

仕事をサボるようなことはしない映緋がそんな状態になることはないのだが、映緋が戻った直後に別の閻魔が休暇をもらった。

結果、その閻魔の仕事を映緋が引き受けることになったのだ。

 

 

「やれやれ。そんなに休んだわけではないのに、すごい溜まりようですね。」

 

 

映緋は机に頬杖を突きながらため息を吐いた。

休暇をもらった閻魔は映緋の仕事を引き受けていたのだが、もう一人分を補うことはできなかったようだ。

そのツケが映緋に回ってきたわけである。

 

 

「愚痴を言ってても仕方ありませんね。」

 

 

「そういえば、映緋様。あのことを彼女に伝えなくて良かったのですか?」

 

 

映緋は自分の仕事に手を付けながら煉貴の話に耳を傾ける。

 

 

「あのこと、とは?」

 

 

「彼女が従えている九十九神もどきの片割れのことです。

 あの魂が現世との繋がりを失い掛けているのは、映緋様もご存知でしょ?」

 

 

「ええ。」

 

 

映緋は一度だけ、三途の川付近までやってきた焔月の魂と出会っている。

閻魔として数多の魂魄を裁いてきた彼女には、焔月の状態がすぐに分かった。

今も尚、眠り続けている焔月。

彼女の魂は本体が破損したために現世との繋がりが弱くなってしまっているのだ。

 

 

「あのままでは、あと3年ぐらいしかもたないでしょう。」

 

 

「どうして何も言わなかったのですか?」

 

 

映緋は仕事の手を休めることなく煉貴と言葉を交わす。

 

 

「3年という期間は本人が何も行動を起こさない場合の寿命です。」

 

 

「それは私も分かっていますが・・・・・・」

 

 

「誠に彼女の剣で在りたいのなら、かの魂は自分で行動を起こすでしょう。

 こちらからそれを促すのは無粋の極み。

 だからこそ、わたくしは彼女に何も伝えませんでした。」

 

 

「ですが、一度弱まった現世との繋がりを再び結びなおすなど不可能なことです」

 

 

「それは間違いですよ、煉貴。」

 

 

映緋は少しだけ手を止めて、視線を上に上げた。

 

 

「絆というモノは時に世界の理すらも飛び越えてしまうのです。」

 

 

まるで未来が確定しているかのように映緋は自信満々に言った。

 

 

「さて、煉貴。一体何時までサボっているのですか?

 さっさと自分の仕事に戻りなさい。」

 

 

「了解しました。」

 

 

そう言い残して、煉貴は映緋の執務室から出て行った。

無駄に広い部屋に取り残された映緋は静かに仕事を続けた。




映緋「私が二番手ですか。」

作者「九尾さんはまだ時代が違いますから。」

映緋「それもそうですね。まだ400年ぐらい空白がありますし。
   それにしても、最後の方に気になる会話がありましたね。」

作者「焔月のパワーアップフラグですね。
   同時に焔月の正体も明らかになります。」

映緋「あの二人は九十九神じゃないんですか?」

作者「違います。あんまりしゃべるとネタバレになるので強制終了です。」


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第27話 「万物焼き尽くす焔の月」

第27話「万物焼き尽くす焔の月」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~彼岸 三途の川~

 

???SIDE

 

 

死者の魂が行き着く輪廻転生への登竜門、三途の川。

すべての魂がこの三途の川を渡り、地獄で閻魔の裁きを受けた後、輪廻の輪を巡る。

この時、悪行ばかりを積み重ねていると恐ろしいくらい長い間閻魔のありがたいお話――という名の説教――を聞く羽目になる。

彼岸花が咲き誇る三途の川の畔に、一人の男性が腰掛けていた。

 

 

「やれやれ。また此処に迷い込んだのか?」

 

 

――好きで迷い込んだ訳じゃない。――

 

 

その男性は茜色の人魂に声を掛ける。

実はこの人魂、何度もこの三途の川にやってきているのだ。

現世との繋がりが極めて弱くなっているのが原因らしい。

 

 

「いい加減、現世との繋がりを戻さないとそこらの人魂の仲間入りだぞ?」

 

 

――そんなこと言われても・・・・・・――

 

 

「その様子だと、まだ気づいてないようだな。」

 

 

男性は彼岸花の上に寝転がりながらため息を吐く。

 

 

「そろそろ気づけ。自分が何者なのか。」

 

 

――何を言ってるの? 私は九十九神。そんなのずっと前から知っている。――

 

 

人魂の言葉を男性は首を横に振って否定した。

 

 

「九十九神というのは本来、己の半身を持って生まれてくる。

 だが、お前にはその半身という物が身近にあったか?」

 

 

――・・・・・・・・・・――

 

 

男性の言葉に人魂は言葉を詰まらせる。

 

 

「断言してやろう。お前は九十九神ではない。

 いや、むしろ九十九神よりも上位の存在に近いだろうな。」

 

 

――どういうこと?――

 

 

「結論から言わせてもらえば、お前は神霊だ。

 神霊は万物のすべてに宿ることができるが、お前はその依り代を失った。

 だが、完全に繋がりが切れた訳じゃない。だから、こうやって迷い込んでるんだよ。」

 

 

――私が・・・神霊?――

 

 

「そうだ。」

 

 

男性の言葉に呆然としている様子の人魂。

刹那、「神霊」という言葉が引き金となって風化し、忘れ去られた記憶が蘇る。

何百年、何千年も前の自分の創製に関わる記憶を・・・・・・

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

 

私が“■ ■”として目覚めた時、最初に見たのは創造主の姿。

優しそうな目をした、黒い髪の女性。当然ながら私はその人のことは知らない。

だけど、あの人は私が目覚めた事を大いに喜んだ。

 

 

――ふふふ♪ 私が考え出した理論は完璧だったみたいね。

 

 

 

――何を、言ってるの?

 

 

それが私があの人に向かって発した最初の言葉。

普通なら相手が誰なのか確認する筈なのに、私はあの人が喜んでいる理由が知りたかった。

すると、あの人は変わらない笑顔でこう言った。

 

 

――神霊は万物に宿るけど、それは体を持っているわけじゃない。

  じゃあ、神霊に依り代を与えて体を持たせたらどうなるのか。

  私はその答えが知りたかった。その結果、貴女が誕生した。

 

 

――私が?

 

 

――そうだよ。火之迦具土様から分霊を借りてきた介があったよ♪

 

 

そう言って、私の創造主は笑った。

その時から私は創造主である天津理之神と剣となった。

人の姿になれるようになったのは、私が生み出されてからしばらく経った後。

初めて人の姿になった時に私はあの人から名前を貰った。

 

 

――まさか、分霊が完全に独立した存在になるなんて思ったも見なかったよ。

 

 

――そうですね。本体との繋がりが感じられません。

 

 

――じゃあ、名前をあげないとね。

 

 

――名前、ですか?

 

 

――うん。貴女は火之迦具土様から完全に独立した新たなる命。

  だから、新しい名前が貴女には必要。

 

 

そう言って、前の主は私の名前を真剣に考えてくれた。

そして、私に与えられた名前は・・・・・・万物焼き尽くす焔の月、焔月。

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

 

「思い出したか?」

 

 

――おかげさまでね。――

 

 

「そうか。では、選別にこの刀をお前にやろう。」

 

 

そう言って男性は腰に携えていた鋼色の日本刀を茜色の人魂――焔月に差し出した。

以前の焔月の依り代になっていた物と同じくらいに長い刀剣である。

鏡のように磨き上げられた刀身には、呪符のように文様が刻まれている。

鍔の部分は不死鳥を模した形をしており、中心には宝玉が嵌め込まれている。

 

 

――どうして私に?――

 

 

「特に理由はないさ。俺はもうその剣は使わないからな。

 その剣も使われるほうが本望だろう。」

 

 

――じゃあ、貰って置く。どっちにせよ、依り代は必要だし――

 

 

焔月が宿っていた依り代は妖刀の一件で依り代としての力を失ってしまった。

ゆえに、焔月が現世に戻るためには新たな依り代が必要となる。

男性はその依り代を何の理由もなく提供してくれたのだ。

 

 

「さっさと帰れ。俺はまた仕事に戻らないといけないんだ。」

 

 

そう言いながら男性は小さく指を振った。

すると、焔月の姿はなく、男性から渡された刀も姿を消してしまった。

 

 

「たく・・・。あまりにもじれったいから手を出しちまった。」

 

 

誰も居なくなった三途の川の畔で男性は自分に対してため息を吐いた。

 

 

「これは映緋様に説教されても何も言えねぇな」

 

 

大きな鎌を背負った男性――小野煉貴は誰も居なくなった岸で一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 湖~

 

 

虎熊姉妹が夢幻郷に侵入してから約三年。

鬼を纏め上げる長、夜沙神 奉鬼と仲良くなったゆかりはしばしば鬼の宴会に誘われるようになった。

そんなゆかりは湖の上で瞑想していた。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

空中に浮かび上がった状態で静止しているゆかり。

その華奢な体から神々しいオーラが放たれ、それを包み込んでいる。

 

 

「はぁ・・・。焔月、中々目覚めないわね」

 

 

ゆかりは静かに目を開き、ため息を吐く。

妖刀異変の直後から今も尚、焔月は眠りについたまま。

約三年前、焔月はゆかりに「少し眠ります。」と言い残して眠ったのだ。

 

 

「まったく。何時まで眠ってるつもりなのかな?」

 

 

ゆかりは湖上で呟きながら空を見上げる。

春の空は青く澄み渡っており、心地よい春風が走り抜ける。

意識は完全に逸れているにも関わらず、神々しいオーラは鎧の様にゆかりを包み込んでいる。

 

 

「ん?」

 

 

視線を戻すと、ゆかりは少し前まで見慣れた姿を見かけような気がした。

一瞬、気のせいと考えたが、気のせいではなかった。

何もなかった湖の畔には一本の日本刀が突き刺さっていた。

 

 

「何だろう?」

 

 

ゆかりは湖上を滑空し、突き刺さった剣に手を掛ける。

すると、明るいの炎がその日本刀から立ち上った。

いかにも熱そうな炎なのに、ゆかりは特に熱を感じなかった。

やがて炎は刀身に吸収されるように収束していき、鋼色の刀身は明るい炎のような色に変わった。

 

 

《ふぅ・・・・・・ようやく融合が終わりました。》

 

 

「え・・・・・・?」

 

 

ゆかりに懐かしい声が響き渡った。

一瞬幻聴かと思ったが、その声は間違いなくゆかりの手に握られた日本刀から発せられていた。

 

 

「焔月・・・?」

 

 

《はい♪ お待たせしました、主。焔月、ただいま戻りました♪》

 

 

帰ってきた焔月は数年前と変わらない声で言った。

なお、この後、ゆかりや蒼月に根掘り葉掘り聞かれたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆おまけ◆

 

 

「まったく・・・貴方という人は」

 

 

同じ頃、煉貴は映緋の部屋で説教を受けていた。

 

 

「死神はどんな魂魄にも平等でなければなりません。

 なのに、貴方という人は・・・・・・」

 

 

「返す言葉もございません。」

 

 

「それが貴方の美徳なのは理解しています。

 ですが、やるなら死神としてではなく小野煉貴個人としてやりなさい。

 しかも、祇園様から貰った剣を勝手に謙譲するなんて・・・・・・」

 

 

映緋はため息を吐いた。

煉貴が焔月に依り代として渡したあの日本刀はただの日本刀ではない。

女神を封じ込める祇園様が作った刀であり、友人である映緋に謙譲されたものである。

もっとも映緋は剣を嗜んでいるわけではないので、映緋から煉貴に謙譲されたのだ。

 

 

「罰として煉貴は半月間減給。」

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!さすがにそれは酷すぎでしょ!!」

 

 

「あら、せっかく私があげた物が他の女に渡ったことを私が怒ってないとでも思ったの?」

 

 

映緋は笑みを浮かべるが、目はまったく笑っていなかった。

 

 

「それに減給されても大丈夫でしょ。私の給料は入ってくるのだから。」

 

 

「男性として妻に養ってもらうのは・・・・・・・」

 

 

「つべこべ言わない。」

 

 

こんな感じで煉貴は半月間給料半減という罰を負うことになった。




映緋「なんてとんでもない設定が出てきましたね。
   焔月の正体と言い、煉貴と私の関係といい」

作者「後者の方は完全な後付だね。前者の方は最初から考えてたけど」

映緋「下手に設定を追加すると、同じことの繰り返しになりますよ。」

作者「問題ない。映緋の設定はもともと改訂前に出すつもりの奴だったから。」

映緋「初耳です。」

作者「まあ、結局ボツにしたんだけどね。前回は。」

映緋「どうしてですか?」

作者「映緋が地獄を追放されたから。この設定が生まれると同時に夫婦設定はボツになった。」

映緋「そんな裏話があったんですね」

作者「さて、次回からはようやく4章に突入します。
   4章からは夢幻郷陣営に加わるオリジナルキャラが主になります」

映緋「それではまた次回。」


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第4章 新たな仲間たち
第28話 「呪を操る少女」


第28話「呪を操る少女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢幻郷が誕生してから数百年、土着神八雲 ゆかりが誕生してから幾年の月日が流れた。

夢幻郷と幻想郷のそれぞれの人里は交易を行うようになり、互いに特産品を交換するようになった。しかし、その交易は危険を伴うためにルーミアらの力が必要になった。

その護衛のためにルーミア、シアンディームの二人が出掛けている時。八雲神社にとある人物が訪れようとしていた。

 

 

 

 

八雲神社の本殿。

夢幻郷の象徴である上質な木々で作られた神聖な場所にゆかりは籠っていた。

 

 

「・・・・・・龍脈は正常。だけど、少し溜まりすぎてるか。」

 

 

ゆかりは目を閉じたまま静かに呟く。

八雲神社には龍脈をコントロールし、夢幻郷全域にそのエネルギーを行き渡らせる役目も存在する。

月に一回の頻度で龍脈の状態を確認し、何かエネルギーの流れに異常があれば、整流するという作業を行っている。

 

 

「だけど、無闇に龍脈を拡張する訳にもいかない。地核に返すエネルギーを大きくしましょうか。」

 

 

独り言を呟きながらゆかりは作業を続ける。

 

 

「良し。これで大丈夫ね。」

 

 

作業を終えたゆかりは立ち上がり、本殿から出ようとした。

ちょうどその時、本殿の扉が開かれて八雲神社の初代巫女の水雲 しいなが入ってきた。

しいなも月日を重ねる度に成長し、幼かった肢体は立派な女性のモノに成長した。胸は平均よりも控えめだが。

 

 

「どうかしたの?」

 

 

「ゆかり様にお客様です。」

 

 

「私に?」

 

 

しいなの横には見覚えのある人物が居た。その人物は軽く会釈すると、ゆかりに笑みを向けた。

背丈はしいなよりもかなり低いが、カリスマを感じさせる幼い緑髪の少女。

装飾された大きな帽子をかぶるその少女の名前は四季 映緋。幻想郷と夢幻郷を担当する閻魔である。

 

 

「しいな、ちょっとお茶を淹れてきてくれる?」

 

 

「あ、はい。」

 

 

ゆかりのお願いを受けて、八雲神社の居住区画の方へと走っていった。

 

 

「多忙な閻魔様が一体どうしたの?」

 

 

「開口一番の言葉がそれですか・・・。まあ、良いです。

実は、貴女に少しお願いしたいことがあります。」

 

 

そう言ってゆかりを見上げる映緋は真剣な眼差しを向けていた。

 

 

「少し場所を変えましょう。」

 

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆ 

 

 

 

映緋とゆかりは八雲神社の本殿から居住区画の縁側に移動した。

澄んだ湖には多くの鳥たちが羽を休め、湖の周りには春の花や草が咲き誇っている。

そんな風景が眺められる縁側で、二人はしいなが淹れてきた緑茶をすすっていた。

 

 

「美味しいお茶ですね。」

 

 

「恐縮です。」

 

 

映緋は素直な感想を口に出す。

しいなも映緋の感想に少し照れているようだ。もっとも照れている様子は表情には出ていないが。

 

 

「映緋様。私に頼みたいこと、とは?」

 

 

そもそも、将来十人の閻魔王になる映緋が処理できないようなこととかあるのかな?

それに、映緋の表情から推測するに、今回の案件はかなり重要なモノ。そんなことを地獄とは無関係な私にどうして?

 

 

「先日、地獄に侵入して来た者が居ました。」

 

 

映緋はしいなが淹れたお茶を口に含みながら、要件を話し出す。

 

 

「地獄に侵入って、そんなこと出来るのですか?」

 

 

「普通はできません。ですが、その侵入者はその常識を打ち破って、白昼堂々地獄に侵入して来ました。」

 

 

「それと今回の要件にどのような関係が?」

 

 

「私が此処に来たのは閻魔の代表としてです。要件は先に言った侵入者を預かって欲しいのです。」

 

 

「・・・・・・はい?」

 

 

映緋のお願いにゆかりの思考は一時停止した。

 

 

「まあ、訳が分かりませんよね。」

 

 

「えっと・・・何でそんなことになったのですか?」

 

 

「その侵入者がただ者ではなかったからですよ。」

 

 

映緋は神妙な顔つきでその侵入者のことをゆかりに話し始めた。

 

 

映緋の言う侵入者は突然出現した空間の裂け目を通って地獄に現れた。

当然ながら死神たちが捕縛しようと立ち向かって行ったが、その侵入者に近付いた刹那に異変が起こった。

侵入者は何もしていないのに、死神たちは突然苦しみ出して動けなくなってしまったらしい。

幸いにも、侵入者には敵対の意志は無く、異変を聞き付けた閻魔が介入することで収まったそうだ。

 

 

「話を聞くと、その子は自意識とは関係なく周囲に“呪い”を振り撒いてしまう体質だったんです。」

 

 

「なんと言う面倒な体質・・・・・・」

 

 

私は夢幻郷かその近くに居る限り、土着神の力のおかげで呪いとかは効かない。だけど、ルーミアやシアンは呪いに耐性がある訳じゃない。

映緋のお願いを引き受けたら、夢幻郷が混乱するのは間違いない。

 

 

「無理を言ってるのは分かっています。ですが、私の知る限りあの子を何とかできるのは貴女だけです。」

 

 

ゆかりに絶対的な信頼を寄せる映緋。

そんな彼女にゆかりも少し困ったような表情を浮かべる。

 

 

「そう言われても・・・無作為無差別にばら蒔かれる呪いを無効化する方法なんて思い付かないよ。」

 

 

「そう、ですか・・・・・・」

 

 

ゆかりの返答に映緋はしょんぼりとする。

 

 

「ばら蒔かれる呪いを何とかできれば良いんだけどね。」

 

 

「それができれば苦労しませんよ。」

 

 

「まあ、そうだよね。」

 

 

ゆかりは緑茶が入った湯呑みを口に運ぶ。

 

 

「映緋様。呪いがばら蒔かれるということを体から呪いが放出されてる・・・ということですよね?」

 

 

「そうですよ?」

 

 

「それなら何とかなるかもしれません。」

 

 

ゆかりの発言に映緋は食い付いた。

 

 

「本当ですか!?」

 

 

「ええ。でも、準備に少し時間を貰います。」

 

 

「具体的にはどれくらいですか?」

 

 

「1日頂けたら準備は整うと思います。」

 

 

「それくらいなら、大丈夫です。では、二日後に煉貴を迎えに行かせます。」

 

 

「分かりました。」

 

 

安請け合いしちゃったけど、正直この試みが成功するかどうかは私にも分からない。

でも、この方法しか浮かばない以上実行するという選択肢しかないんだよね。

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

二日後。

ゆかりは煉貴に連れられて、地獄まで足を運んだ。

途中で映緋と合流して、三人は件の侵入者に与えられた部屋に向かっていた。道順ですれ違う死神や閻魔はやけにピリピリしているが、三人は無視して進んでいた。

 

 

「随分、ピリピリしてるけど何かあったの?」

 

 

「最近、地獄に来る魂魄が急激に増えてるからですよ。」

 

 

ゆかりの質問に煉貴が答える。

現在の年号は西暦で言うと、785年だ。

その年は長岡京に遷都した年でもあるが、日照りや飢饉、疫病が流行した年でもある。そのため、大量の魂魄が地獄に流れてきたのだろう。

 

 

「本当は映緋様も手伝うべきなのですが、侵入者の一件を先に解決するように言われてるんです。」

 

 

「煉貴、あまり部外者に内部事情を話すものじゃありません。」

 

 

「す、すいません」

 

 

うっかり内部事情を暴露しかねない煉貴を戒める映緋。

そんなこんなで会話を交わしている間に三人は頑丈そうな南京錠で封じられた一枚の扉の前に到着した。

映緋はポケットから鍵を取り出すと、扉を封じていた南京錠を解錠し、重そうな扉を開ける。

 

 

「煉貴、貴女は此処で待ってなさい。私やゆかりのように神性を持っていないと、彼女の呪いを受けてしまいます。」

 

 

「分かりました。」

 

 

煉貴を扉の向こう側に残し、二人は薄暗い部屋の中に入っていく。

いくつかの蝋燭が唯一の光源となっている窓のない部屋の奥に目的の人物が膝を抱えて座っていた。

 

 

「誰?」

 

 

感情を感じさせない声がそれほど広くない部屋に響き渡る。その声はゆかりに向けて発せられたようだ。

 

 

「八雲 ゆかり。貴女を預かることになった土着神よ。」

 

 

「止めておいた方が良いよ。私は死を振り撒くことしかできない。」

 

 

「そうだね。貴女は相手を死に至らせる呪いを無作為無差別にばら撒いてしまう。そんなことは百も承知だよ。」

 

 

そう言いながらゆかりは映緋に視線を向け、その視線の意味を理解した映緋はその子の背後に回り、羽交い締めを掛ける。

 

 

「――――――」

 

 

「な、何を・・・・・・」

 

 

ゆかりは羽交い締めされて動けない少女に近づいて、指先を少女の胸の中心辺りに当てる。

じたばたする少女を無視して、ゆかりは何やら呪文を紡ぐ。

 

 

「――――――」

 

 

「うっ・・・くっ・・・」

 

 

呪文が進むにつれて、少女の反抗は弱くなっていく。その代わりに少女の苦しそうな声が部屋の中にこだまする。

 

 

「――――――――!!」

 

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

ゆかりが呪文を唱え終わるのと同時に少女の叫び声が部屋の中で反響した。

 




とうとう第4章に到達しました。
ここからはオリジナルキャラの連発になります。
魔改造予定組はまだまだ先になります。


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第29話 「白霊 霊禍」

第29話 「白霊 霊禍」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 客間~

 

 

夢幻郷に恵みをもたらす龍脈を守護する八雲神社。

住人の数に対して広すぎるその居住区画の一室で一人の少女がふかふかの布団で眠っていた。

その傍らで少女を見守っているのは、夢幻郷の土着神である八雲 ゆかりと彼女に長年連れ添っているルーミア。

 

 

「ルーミア、身体に何か変化はない。」

 

 

「何ともないよ~」

 

 

「そう。これだけ長時間近くに居て、大丈夫なら成功みたいね。」

 

 

ゆかりは自分の試みが成功したことに安堵の息を吐いた。

現在、客間で静かに眠っているのは映緋から預かって欲しいと頼まれたかなり特殊な体質を持つ少女である。

 

 

「つか、もし実験が成功してなかったらどうするつもりだったの?」

 

 

「その時は伊豆能売神を召喚して呪いを祓うだけだよ。」

 

 

「・・・・・・毎回思うけど、ゆかりの降神術って万能だよね。」

 

 

「その分、反動が大きいから使い所を外すと自滅するよ。」

 

 

ゆかりは苦笑いを浮かべた。

ルーミアの言うとおり、ゆかりが使用する降神術は万能かつ強力な術であるが、その分リスクも大きい。

降神術には膨大な妖力が必要な上に致命的な隙が生じる。一瞬の隙も許されない一対一の戦闘においてはタイミングをミスすれば、手痛い反動が襲ってくる諸刃の剣だ。

 

 

「さてと。私はちょっと人里に降りてくるね。」

 

 

「分かった。」

 

 

客間にゆかりと少女を残して、ルーミアは人里の方に飛び立った。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

それにしても・・・この子、博麗霊夢と瓜二つな顔立ちね。着ている衣服もそれの色違い。

まったく関係がない、とは思えない。だけど、彼女がこの世に生を受けるのは千年以上も未来の話。

こんな時代に居る訳がない。本当に顔が似ているだけ?

 

 

少女の姿をじっと見詰めながら、ゆかりは思考の海に潜り込んでいく。

しかし、少女が呻き声を挙げたことでその意識は強制的に思考の海から引き上げられる。

 

 

「此処は・・・」

 

 

呻き声を挙げた刹那、少女は静かに目覚めた。

そして、禍々しさを感じさせる深紅の瞳が傍らに座るゆかりの姿を捉えた。

すると、少女はゆかりの容姿に目を見開いた。

 

 

「目が覚めた?」

 

 

「貴女は、紫? いや・・・違う。あのスキマ妖怪と、何処か違う。」

 

 

目が覚めた少女はうわ言のように独り言を呟く。

 

 

「私は八雲 ゆかり。夢幻郷を管理する土着神よ。」

 

 

「夢幻郷? そうか、此処は私の知ってる世界じゃないんだ。」

 

 

少女は少し小さな声で呟いた。

 

 

「身体は大丈夫?」

 

 

「うん。」

 

 

少女が身体を起こすと、布団がはだけて隠れていた奇妙なモノが露になった。

少女の白い肌に刻まれたダークレッドの禍々しい紋様。それは少女の左半身全体に及んでおり、頬にも紋様の先が到達している。

 

 

「うわぁ・・・予想以上に酷いわね。」

 

 

「これ、何?」

 

 

「貴女の身体から呪いが放出されないようにする紋様。さえの神の力を波及させることで呪いを抑えてるの。」

 

 

“塞(さえ)の神”とは、別名“岐(ふなど)の神”や”辻の神”と呼ばれる神様である。

疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が集落に入るのを防ぐとされる。

そして、中国から伝来した道路の神様、同祖神と習合した。

ゆかりはその神様の力で少女の呪いが外に漏れでないようにしたのだ。

 

 

 

「ねぇ、何で私を保護しようと思ったの?」

 

 

「昔から理不尽な目に合ってる子をほっておける性分じゃなくてね。まあ、一言で言えば、同情かな?」

 

 

「そう・・・。でも、ありがとう。」

 

 

「別に良いよ。所詮は私の自己満足でしかない。」

 

 

そう言いながらゆかりは少女の頭を撫でた。

 

 

「そういえば、貴女の名前は?」

 

 

「博麗、霊夢。だけど、それは私の半身の名前であり、私の名前じゃない。」

 

 

「?」

 

 

首をかしげるゆかりに少女は自分の出生を話し始めた。

少女が生まれた切っ掛けは博麗霊夢が退治した妖怪がその命と引き換えに彼女に呪いを掛けたことだ。

その呪いの影響で博麗霊夢は死を呼ぶ呪いを生み出し、ばら蒔く存在へと変貌してしまった。

その呪いを制御するために産み出されたのが、ゆかりの目の前に居る少女。

しかし、とある事情で呪いごと博麗霊夢から切り離されてしまい、気がついた時にはこの世界にやって来たらしい。

 

 

「だから、私には名前はありません。」

 

 

「・・・・・・・・・白霊、霊禍」

 

 

「?」

 

 

突然ゆかりが呟いた名前に少女は首をかしげる。

 

 

「貴女の名前。今日から此処で暮らすのに貴女だけの名前がないと不便でしょ? 漢字で書くとこうなるかな。」

 

 

ゆかりはスキマ空間から一枚の白い短冊を取り出して、それに「白霊 霊禍」と少女の名前を書く。

 

 

「白霊霊禍・・・私の、私だけの名前」

 

 

「気に入らなかった?」

 

 

ゆかりの質問に少女は首を横に振った。

 

 

「なら良かった。これから長い付き合いになると思うけど、よろしくね?」

 

 

「はい。」

 

 

差し出されたゆかりの手を少女はしっかりと握りしめた。

こうして、夢幻郷に新たな仲間が加わった。

 

 




白霊 霊禍の容姿は禍霊夢の容姿をモチーフにしています。


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第30話 「白面金毛九尾の狐(前編)」

「白面金毛九尾の狐(前編)」

 

 

 

 

 

 

 

 

???視点

 

京都の都から千里離れた下野の国(現在の栃木県)。

内陸部に位置するその下野の国のとある山の麓の森の中で生死を掛けた熾烈な鬼ごっこが繰り広げられていた。

鬼は、大陰陽師として平安京に君臨した安倍晴明の子孫を筆頭とした都より派遣された軍勢。

彼らが追い掛けるのは、きつね色の髪に紅白の伝統的な巫女服を着た10歳前後の少女。ただ、普通の人間と違うのは頭には狐耳を、腰には“一本”のもふもふした尻尾を生やしていることだ。

 

 

「しつこいっ!!」

 

 

でも、どうして攻撃を仕掛けて来ないの?この辺りには人なんて居ないのに・・・・・・

 

 

「まさか・・・誘い込まれてる・・・・・・?そうだとしたら、一刻も早くこの場所から―――っ!!」

 

 

 

 

ドカ――ンッ!!

 

 

 

 

「きゃあぁぁっ!!」

 

 

少女が気付いた時にはもう遅かった。すぐ近くに立っていた樹の幹に貼り付けられていたお札が爆発し、その衝撃で少女の身体は岩壁に叩き付けられる。

 

 

「うっ・・・早く、逃げないと・・・・・・」

 

 

「無様だな、化け物。千人の軍勢を退けたかつての力は何処に行ったのだ?」

 

 

「くそっ・・・こんな封印さえなければ、お前たちなどっ!!」

 

 

少女のきつね色の髪の毛の先端にはいくつものお札がリボンのように縛られている。

しかも、外そうとして弾かれてしまうため、少女自身では外すことができない。

そのリボンは少女の力を抑え込める封印となっている。

 

 

「意気がるなよ、化け物」

 

 

「がはっ!!」

 

 

少女の鳩尾にゴツい男性の爪先が突き刺さる。

その箇所の肉が抉られて、少女の血が漏れ出す。

 

 

「確かに封印から解き放たれたお前は強いだろう。それこそ俺たちを一瞬で滅殺できるくらいに、な。

だが、お前は人を殺すことができない。お前は人間が大好きで大好きで堪らないが故にこうして地べたに這いつくばっている。」

 

 

「くっ・・・ううっ・・・狐火!!」

 

 

「おっと」

 

 

苦し紛れに得意技の“狐火”を放つ少女。しかし、その炎は余りにも小さくて弱々しい。

案の定、男性は怯むこともなく、“狐火”を避ける。

 

 

「今の内にっ!!」

 

 

「させるかよ!!」

 

 

逃げようとした少女の腹に男性の重い拳がクリティカルヒットする。

 

 

「がっ!!」

 

 

思わず意識を手放しそうになるが、何とか気丈な精神力で意識を繋ぎ止める少女。

 

 

「そう言えば、妖怪っていうのは人間よりも何倍よりも頑丈なんだよな?

なら、どれくらいやれば死ぬんだろうな。」

 

 

男性は少女の細い右足を掴むと自分の足で太ももを抑えて、右足をあらぬ方向に曲げていく。

 

 

 

 

メキメキッメキッ!!

 

 

 

 

ボキンッ!!

 

 

 

 

「あぁああぁぁぁぁっっっ!!」

 

 

少女の右足はあり得ない方向に曲がり、だらりっと力が抜ける。

暗い暗い森の中に少女の悲痛な慟哭が響き渡る。

 

 

「次は左足だな。」

 

 

 

 

ボキンッ!!

 

 

 

 

「あぁああぁぁぁぁっっっ!!」

 

 

男性は右足と同じ要領で左足の骨も折る。

さらに、今度はうつ伏せ状態になっている少女の肩を右手で固定すると左腕で少女の左腕を曲げていく。

 

 

「あがっ!!うぁっ!!」

 

 

肩が脱臼して左腕に力が入らなくなる。しかし、男性はそんなことお構い無しにさらに左腕の骨を細かく折る。

ボキンッ!!という骨が折れる音が響く度に少女は絶叫する。

 

 

「次は右腕だな。」

 

 

「や、やめっ!!」

 

 

少女の制止の言葉を無視して男性は少女の右腕の骨を粉々に砕く。

そんな惨たらしい光景を誰一人として止めようとしない。

 

 

「これで止めだ!!」

 

 

動かなくなった少女の身体をひっくり返してあばら骨を砕くように全体重を足に載せて踏む。

見た目100キロはありそうなゴツい男性の一撃は少女のあばら骨を折るには十分だった。

 

 

「ブハッ!!」

 

 

少女の口から真っ赤な鮮血が噴き出す。

折れた肋骨が肺か、心臓に突き刺さったのだろう。指一本ろくに動かせない身体になっても少女は死なない。いや、死ねない。

 

 

「こいつはたまげたな。ここまでやってもまだ死なねえのか。」

 

 

「もう・・・止めて・・・私は・・・愛情が欲しかっただけなのに・・・

 何で・・・何でこんなことをするの・・・・・・?」

 

 

少女の目じりからポロポロと涙が零れて、地面を濡らす。

 

 

「うるせぇ」

 

 

 

 

ズブッ!!

 

 

 

 

鋭い小刀が少女の喉を無情に貫いた。

 

 

「たとえお前が人を殺してなくても化け物は滅殺されるべきなんだよ。

それに、だ。そんな化け物に愛情を向けてくれる変人が居るわけねえだろ!!」

 

 

「っ!!」

 

 

・・・・・・そうだよね。化け物の私なんかが人間でもいいから愛情を貰おうなんて考えた罰が当たったんだよね・・・・・・

もう・・・いいや。身体は動かないし、痛みももう感じない。

私、死ぬんだ・・・・・・一族からも追放されて、こんな異郷の地で・・・・・・

 

 

「じゃあな、化け物。いや、白面金毛九尾の狐よぉ!!」

 

 

少女の首を切り落とそうと鋭利に日本刀が少女に迫る。

 

 

 

 

――四天結界!!――

 

 

 

 

しかし、無情に振り下ろされた日本刀は強固な結界によって弾かれた。

ただの日本刀にそんな物を貫ける筈もなく、欠片が宙を舞った。

 

 

「なにぃ!?」

 

 

「私からすれば、欲に目が眩んだ人間の方が数倍化け物だわ。」

 

 

誰・・・?私を助けてくれる人が居るわけが・・・・・・

 

 

「てめえ・・・何者だぁ!?」

 

 

「貴方のような外道な輩に名乗る名前はないわ。ただ言えることは、私はその者を助けに来た者ということだ。」

 

 

森の中に降り立ったのは満月のような金色の髪を持つ少女。

その少女は手に持つ刀を思いっきり地面に突き刺した。

その刹那、陰陽師を筆頭とする軍勢を取り囲むように大きな火柱が上がる。

 

 

「火之迦具土神の炎、その身に受けてみなさい」

 

 

立ち上った火柱はその姿は龍に変えて、都から派遣された軍勢を飲み込んだ。

その光景を薄れ行く意識の中で目撃しながら、少女は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 広間~

 

 

暖かい・・・。まるで日光に当たってるみたいで気持ちいい・・・・・・。

 

 

「目が覚めましたか?」

 

 

「だ、れ?」

 

 

「私は湖の妖精シアンデーム。貴女を助けたゆかりさんの親友です。」

 

 

「ゆ、か、り?」

 

 

「ああ、無理して喋らなくてもいいですよ?

いくらある程度傷が治ったからといって、完全に怪我が治った訳じゃないですから。

今はゆっくりと眠ってください。」

 

 

「う、ん」

 

 

シアンディームにそう返答すると少女は再び眠りについた。

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

ゆかり視点

 

 

「眠っちゃった?」

 

 

「はい。大きな傷は癒えましたし、命の危険はないでしょう。

ゆかりさんの方は、って聞くまでもなかったですね。」

 

 

シアンディームが自身の“怪我を癒す程度の能力”を行使している傍ら、ゆかりは少女の髪に縛られている封印符を一枚一枚丁寧に外していく。

 

少女が運び込まれたのは八雲神社の広間。

隠れ里である夢幻郷に建設されたその神社には、熟練の陰陽師でもたどり着くことは難しい。

たとえたどり着いても、ゆかりの庇護下に居る妖狐までたどり着くのは不可能だ。

 

 

 

「いちいち数が多くて面倒だよ。」

 

 

まあ、それくらい厳重に封印を施さないと勝てないってことなんだろうけど。

九尾の狐の中でも白面金毛九尾の狐は一際強い力を持つ大妖怪だから、当然か。

でも、その大妖怪にこれだけの封印を施すのは無理だと思うんだけど・・・・・・

 

 

「シアンも疲れたら休んでいいよ?」

 

 

「いえいえ。この夢幻郷でいち早く治療を行われるのは私ぐらいですから。」

 

 

「くれぐれも無茶はしないようにね?」

 

 

「それはお互い様です。」

 

 

そんな会話を交わしながらゆかりとシアンは自分の作業に没頭した。

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ふぅ、ようやく全部の封印が解き終わったよ。」

 

 

「こっちはもう少し掛かりそうです。右腕の骨が酷い状態で・・・・・・」

 

 

いくら何でも骨を砕かれてたら、シアンでもちょっと時間が掛かるか・・・。

いや、普通に治すと何ヵ月も掛かることを考えたら十分過ぎるくらいに早いんだけどね?

永琳ならあっという間に治せる・・・訳がないか。

 

 

「それよりも結界が悲鳴を上げてますよ?」

 

 

「知ってる。さすがにこれだけ濃い妖力を当てられたら、私の結界も持たないよ。

 というわけで、隔離。」

 

 

八雲神社を囲んでいる結界は少女の体から放出される妖力に悲鳴を上げていた。

それなりに頑丈な結界なのだが、相手は日本三大妖怪の一角である白面金毛九尾の狐。

その妖力も凄まじいが、ゆかりが能力を行使すると瞬く間に収まった。

 

 

「相変わらず便利な能力ですね。」

 

 

「隣の芝生は青く見えるもの。怪我を治せる貴女の能力も十分便利なものだよ。」

 

 

ゆかりはシアンディームにクスッと微笑みを向けた。

その時、バサッバサッと羽音を立てて、一人の妖怪が縁側の畔に降り立った。

 

 

「お帰り、黒蘭。どうだった?」

 

 

「雑な後始末だったわね。結構な数の生き残りが居たわ

 今、血眼になって貴女とその少女を探してるみたい。」

 

 

「そっか・・・・・・。結構本気で焼き尽くしたはずなんだけどね。」

 

 

たく・・・・・・どうして面倒な奴はゴキブリ並の生命力を持ってるのかね。

まあ、不用意に出て行って此処の所在地が知られる訳にはいかない。

しばらくは放置しておくしかないわね。

 

 

「ご苦労様、黒蘭。もう戻ってもいいよ。」

 

 

ゆかりがそう言うと、燕の妖怪――物見 黒蘭は再び空に舞い上がった。

 

 

「ゆかりさん、この子は一体どうするんですか?」

 

 

「どうもしないよ。起きてから本人の意思に任せる。」

 

 

そう言いながらゆかりは眠り続ける少女の頬を優しく撫でた。



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第31話 「白面金毛九尾の狐(中篇1)

第31話 「白面金毛九尾の狐(中篇1)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 広間~

 

八雲ゆかりSIDE

 

 

夢幻郷の丘の上に聳える八雲神社。

その八雲神社に昨夜、とある客人兼けが人が運び込まれた。

 

白面金毛九尾の狐。

日本三大妖怪の一角として名を馳せる大妖怪である。

しかし、その大妖怪が酷い重傷を負った状態で運び込まれた。

 

 

「うん。容態は落ち着いてるね。」

 

 

ゆかりは客間で昨夜運び込まれたけが人、白面金毛九尾の狐を看病していた。

運び込まれた時は本当に瀕死の重傷だったのだが、シアンディームのおかげで一命を取り留めた。

しかし、精神面のダメージが大きかったのか未だに眠っている。

 

 

「御札の方は・・・・・・もう少し大丈夫そうね。」

 

 

部屋の四方八方にはオモイカネの力を借りて作り上げた御札が貼り付けられている。

外部に妖力が漏れ出すのを防ぐ効果がある。

これは妖狐の妖力によって、八雲神社を守る結界が壊れないようにするためである。

 

 

「人の愛情を欲した九尾の妖狐。

 貴女はこれからどうするのかな?」

 

 

そう言いながらゆかりは幼い少女の姿をした狐の髪を掻き揚げた。

その時、肌蹴た寝巻き着の隙間から奇妙な文様が見えた。

その文様はちょうど胸の中心に在り、星型五角形を描いている。

 

 

「何だろう?」

 

 

ゆかりは少しだけ寝巻き着を脱がして、その文様を確認する。

何か意味がありそうな文様だが、ゆかりにはその意味は分からなかった。

 

 

「霊禍~」

 

 

「なに?」

 

 

ゆかりが呼ぶと灰色っぽい髪の女の子――白霊 霊禍がひょっこりと顔を出した。

禍々しい深紅の瞳からは相変わらず感情を感じさせないが、ゆかりは気にしない。

そして、彼女にあるお願いを出す。

 

 

「霊禍、この文様が何か分かる?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

霊禍はゆかりが指差した文様をジーッと眺める。

 

 

「封印の呪印。何が封印されてるのか分からない。」

 

 

その文様から読み取った情報を淡々と伝える霊禍。

 

 

「その呪印を解除することは?」

 

 

「私に掛かれば簡単。」

 

 

そう言って霊禍は少女の胸に手をかざす。

すると、文様はシールのように剥がれて行き、最終的に握りつぶされた。

“呪を操る程度の能力”を持つ霊禍にはいかなる呪術も通用しない。

 

 

「はい、終わり。」

 

 

「ありがと、霊禍。」

 

 

「別に、良い。ゆかりには此処において貰ってる恩がある。」

 

 

淡々と言葉を呟いて、霊禍はさっさと部屋を出て行ってしまった。

 

 

「おっと。私も出かけないと。」

 

 

奉鬼から宴会に誘われてるのよね~。

そろそろ迎えが来る頃だし、ルーミアに任せましょうか。

それなりに家事もできるし。

 

 

未だに眠ったままの白面金毛九尾の狐をルーミアに任せて、ゆかりは宴会に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~幻想郷 妖怪の山~

 

 

 

奉鬼の使いである射命丸 栞に連れられて、ゆかりは幻想郷にやってきた。

現在、険しい山道を鴉天狗の栞と共に登っている所だ。

 

 

「栞も大変だね。一々私を迎えに来ないといけないなんて。」

 

 

「私は平気です。鴉天狗は白狼天狗と違って結構暇なんです。

 それに、私が同伴してないと生真面目な白狼天狗に襲われかねませんから。」

 

 

ゆかりを先導する栞は苦笑いを浮かべながら言った。

妖怪の山は上下関係が厳しく、排他的な組織である。

鬼が天狗や河童たちの頂点に立つことで、妖怪の山は一つの組織になっている。

もし外部の者が妖怪の山に侵入しようとすれば、天狗らが団結して襲い掛かってくる。

それはゆかりも例外ではなく、栞が居なければ哨戒任務を主とする天狗と交戦していただろう。

 

 

「っと、見えてきました。」

 

 

山道を登り続けること、数分。

山の上の方から騒がしい声が聞こえてきた。

 

 

「おう、ようやく来たか。」

 

 

宴会会場に到着したゆかりを出迎えたのは、鬼の王――夜沙神 奉鬼だ。

その手には限界まで注がれた酒が入った通常の何倍も大きな杯があった。

 

 

「ちょっと野暮用が舞い込んでね。」

 

 

「ふーん・・・まあ、いいや。ついでに栞も混ざりな。」

 

 

「分かりました。」

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「そういえば、気になる話を聞いたよ。」

 

 

「気になる話?」

 

 

宴会の最中、大体酒樽を4つ程開けた所で奉鬼はそんな話題を出した。

 

 

「かの有名な白面金毛九尾の狐が近くに身を潜めていたらしい。」

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

奉鬼の言葉にゆかりは酒を飲む手を止めた。

 

 

「だが、相当酷い目にあったらしい。

 妖怪と知りながら、招きいれ、油断した隙に力を封じる道具を付けられたらしい。」

 

 

酒を飲みながら語る奉鬼の言葉には怒りという感情が現れていた。

奉鬼は卑怯な手段を講じるを嫌う性格であり、勝負の時は正々堂々と挑む。

もっとも奉鬼には長年の戦いの中で身に着けた“物事を見切る程度の能力”を持っているため、卑怯な手段など無駄なだけだが。

 

 

「人との愛情に飢えていた心を利用するなど言語道断。

 人間の風上にもおけない奴だ。」

 

 

そう言って、奉鬼は杯に残っていた酒を一気に飲み干す。

 

 

「そうね。一時期、人間に化けて生活を行っていたからよく分かるわ。」

 

 

ゆかりは人間として平城京に紛れ込んでいた時のことを思い出した。

何でも屋を営んでいるゆかりの所には、人の欲深さを象徴する依頼が舞い込んでくることもあった。

権力を手に入れるための高官の暗殺依頼などが良い例である。

 

 

「その白面金毛九尾の狐はどうなったの?」

 

 

「詳しくはしらん。だが、都の軍勢に追い詰められるのを近くを通った天狗が見ていたらしい。」

 

 

私の姿は見られてないか・・・・・・。

別に奉鬼には知られても良いんだけど、これがアイツに知られたらまた夢幻郷にちょっかい掛けてきそうなんだよね。

何せ、向こうは夢幻郷が強すぎる力を持つことを恐れてるみたいだし。

 

 

 

そんなことを考えながらゆかりは再びお酒を飲み始めた。




サブのつもりで出した筈の奉鬼が結構な頻度で出てきてますね。
奉鬼とゆかりの関係は互いに気の許せる友人です。
元々そういう立ち位置にするつもりで作ったオリジナルキャラです。
なお、今回で一部のキャラの固有能力が明らかになりました。

特に奉鬼の“物事を見切る程度の能力”ははっきり言って強力です。
見切る対象は相手の攻撃も含まれるのでほとんど攻撃が当たりません。


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第32話 「白面金毛九尾の狐(中篇2)」

第32話「白面金毛九尾の狐(中編2)」

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 客室~

 

???SIDE

 

 

 

妖怪という存在でありながら、人間からの愛情を求めた妖狐。

数々の人間に裏切られながらもその妖狐は人間が好きだった。

人間を憎むことはなく、逆に妖怪であるその身を憎む程人間が好きだった。

そんな変わり者の妖狐は、いつの間にか白面金毛九尾の狐と恐れられるようになった。

 

 

「うぅん・・・うっ・・・・・・」

 

 

真っ白な布団に寝かされていた狐色の髪が特徴な少女が静かに目を開ける。

少女の視界に飛び込んできたのは綺麗な木目模様の天井。

彼女が今まで見てきた建築物の中で一番綺麗だった。

 

 

「此処は、何処?」

 

 

目覚めた少女は首から上だけを動かし、周囲を確認する。

自分が寝ている布団の側は日本屋敷らしく縁側になっており、湖が見える。

同時に自分が此処で眠っている経緯を思い返す。

 

 

私は、あの陰陽師から逃げてる途中で捕まって・・・・・・。

そして、体のあちこちを痛めつけられて、最後には殺されそうになった。

あの後、誰かに助けてもらったような気はするけど、私を助ける物好きなんて・・・・・・。

 

 

「体が治ってる。かなりの大怪我だったのに・・・・・・」

 

 

少女は短剣で貫かれた筈の喉元に触れる。

痛みもなければ、声も問題なく発することができる。

傷跡さえなければ、短剣で喉元を貫かれたことなど分からないくらいだ。

体が動かしにくいことを除けば、彼女の体は健康体そのもの。

 

 

「くっ・・・さすがに動いてくれないか。」

 

 

少女は四肢に力を込めて、起き上がろうとするが、四肢が上手く動かない。

とりあえず全身から力を抜いて、体を動かすことをあきらめた。

 

 

「あっ、起きてたんだ。」

 

 

少女が寝かされている部屋に明るい金髪の少女――ルーミアが入ってきた。

その手は軽い食事を乗せたお盆を持っている。

 

 

「貴女、誰?」

 

 

「闇を操る妖怪、ルーミア・ナイトメア。皆からは常闇の妖怪って言われてるよ。

 貴女の名前は? 白面金毛九尾の狐。」

 

 

「玉藻前(たまものまえ)。玉藻でいい」

 

 

「玉藻、だね。お腹空いてない?」

 

 

「・・・・・・少し。」

 

 

「まあ、二日も何も食べないで眠ったままだったからね」

 

 

ルーミアはそう言いながらお盆を置いて、少女――玉藻前の体を起こさせる。

 

 

「かなり酷い怪我だったけど、腕動かせる?」

 

 

「いや、さっき確認してみたけど、無理だった」

 

 

玉藻前の傷はシアンディームの能力ですべて治癒した。

しかし、シアンディームの能力も万能ではないので後遺症までは治せない。

そんな短時間で一度折れた腕が動かせるようになるはずがない。

 

 

「じゃあ、私が食べさせてあげる♪」

 

 

「ふぇ!?」

 

 

突然のことで戸惑う玉藻前を無視してルーミアは赤い漆塗りの箸でホカホカの白ご飯を少し掬うと玉藻の口元に運ぶ。

 

 

「はい、あ〜ん」

 

 

「いや、ちょっと待って!!さすがに年下に食べさせて貰うのは私の誇りが!!」

 

 

「でも、玉藻昨日から何も食べてないでしょ?

何か食べないと身体に毒だよ?」

 

 

「うう・・・」

 

 

ルーミアの正論に玉藻前は言葉を詰まらせる。

そして、羞恥心に顔を赤くしながらも玉藻は箸に乗せられた白米を口に運ぶ。

 

 

「モグモグ・・・・・・あっ、美味しい。」

 

 

「はい、次。」

 

 

 

玉藻にとっての羞恥プレイはトレイに乗せられたルーミア特製の病人用朝食がなくなるまで続けられた。

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ごちそうさま。」

 

 

「お粗末さまでした~。」

 

 

少し時間が掛かったが、玉藻前はルーミアが持ってきてくれた食事を食べ終えた。

 

 

「ねぇ、ルーミア。私を助けてくれたのは貴女なの?」

 

 

玉藻前の質問にルーミアは首を左右に振って、否定した。

 

 

「玉藻を助けたのは、私じゃなくて八雲 ゆかりっていう妖怪。

 境界を操る力を持ち、この夢幻郷を管理する土着神でも変わった妖怪。」

 

 

「夢幻郷!?」

 

 

ここが、誰も見たことがない隠れ里なの!?

確かに噂で夢幻郷が存在するとされる場所に向かってたけど、本当に存在するなんて・・・。

多分、この子が言う管理者がこの里を隠してるんだろうね。

 

 

「やっぱり有名になってるの?」

 

 

「結構噂が出回ってるわ。もっともその噂が真実であることを確認した者は居ないけど。」

 

 

夢幻郷に関する噂はかなり出回っている。

 

曰く、無限に作物が実っている土地。

曰く、常に豊作で絶対に食べ物に困ることのない場所。

曰く、東の方に存在するが、誰にも見えない夢幻の場所。などなど。

噂自体はかなり前から存在しているのに、誰もその姿を見たことがない。

玉藻前もその噂を頼りに半信半疑で夢幻郷を探していたのだ。

 

 

「うーん・・・・・・どこからそんな噂が広まったんだろ?」

 

 

「やっぱり見つかっては不味い理由があるのか?」

 

 

「まあ、ね。下手すると、人間が居なくなるような代物が眠ってるからね。

 そのとんでもない代物のおかげでこの夢幻郷が栄えてるわけだけど。」

 

 

「そうか。ところで、その八雲 ゆかりは此処に居るのか?

 できれば御礼を言っておきたいのだが・・・・・・」

 

 

「ゆかりならちょっと出かけてる。

 多分、帰ってきたらゆかりの方から顔を出すと思うからそれまで休んでいいよ。」

 

 

そう言って、ルーミアは立ち上がった。

 

 

「それから、くれぐれもこの部屋から出ちゃ駄目だよ?

 この部屋には玉藻の妖力を外に漏らさないための結界が張られてるから。」

 

 

「人様の家を勝手に歩き回るような趣味はないわ。」

 

 

「それならいいけどね。」

 

 

ルーミアは食器とお盆を持って、部屋から出て行った。

 

 

「人に信仰される妖怪か・・・・・・。私とは間逆ね。」




東方聖人録の方が結構たまって来たのでそろそろ投稿しようと思います。
リリなの×精霊使いの剣舞の方は現在修正中になっています。
こっちも結構作業が進んでいるので、聖人録のほうがある程度片付いたら修正版(という名の別作品)を投稿しようと思います。


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第33話 「白面金毛九尾の狐(後篇)」

第33話 「白面金毛九尾の狐(後編)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 居間~

 

 

八雲神社では朝食は全員で食べるのが日課である。

毎日の食事当番が決められており、その日の担当は朝食を作ることになっている。

もっとも、本当に食事を必要とするのは巫女のしいなぐらいだが。

八雲神社に住まう全員が揃う朝食の席では、いつもと違う光景が広がっていた。

 

大きなちゃぶ台を囲って朝食を食べる神社の面々。

その中にリーダー格であるゆかりの姿はなく、代わりに玉藻前の姿があった。

 

 

「ルーミアさん、ゆかり様はどうしたんですか?」

 

 

「奉鬼に頼まれて、いろいろ手伝ってるみたい。

 何の手伝いをしてるのかは知らないけど、今日中には帰ってくるって。」

 

 

「そうですか。となると、最終防衛線がないわけですね。」

 

 

そう、ゆかりが居ないということはそれだけ戦力が減っているということだ。

ゆかりが周囲に及ぼす影響は凄まじいので、ゆかりが居ない間に侵略する者が居るかもしれないのだ。

 

 

「まあ、私や霊禍も居るから大丈夫でしょ。」

 

 

そう言いながらルーミアは暖かい味噌汁を口に運ぶ。

ちなみに、今日の朝食当番は霊禍とルーミアの二人である。

 

 

「大丈夫。敵が来たら、私が呪い殺すから。」

 

 

霊禍が無表情で呟く。

 

 

「あはは・・・頼もしい限りです。」

 

 

「でも、ゆり。貴女も他人に頼ってばかりじゃあ駄目ですよ?」

 

 

「勘弁してくださいよ~。こっちは少し前に巫女に就任したばかりですよ?」

 

 

水雲 ゆり。

この八雲神社の5代目の巫女であり、水雲家の次女である。

水雲家の長女は体が弱かったために彼女が5代目の巫女に抜擢された。

巫女に受け継がれる“空想を現実に変える程度の能力”も継承した立派な夢幻郷の巫女。

しかし、まだまだ未熟で妖怪退治もルーミアらの誰かが同伴しないといけない。

5代目に就任したのがつい2週間前の話なので無理からぬ話だが。

 

 

「それにしても、私が朝食の席に参加していることは無視ですか?」

 

 

今まで黙って朝食を食べていた玉藻前が口を開いた。

ルーミアと霊禍が作った朝食をほとんど食べ終えていた。

 

 

「最初から気づいてる。でも、ゆかりの分の朝食勿体無い。」

 

 

「・・・・・・何というか、恐れないのですね。」

 

 

「何処に恐れる必要があるの?」

 

 

少し暗い声で呟く玉藻前にルーミアは明るい声を掛ける。

 

 

「どんなに強い妖怪であろうとも、敵対しなければ拒まない。

 それが夢幻郷の方針でゆかりの考え方。

 それに、玉藻よりも凶悪な妖怪なんて珍しくないし。」

 

 

「その筆頭であるルーミアさんが言いますか・・・・・・」

 

 

「シアン、それはどういう意味?」

 

 

ルーミアの対面で朝食を摂っているシアンディームをジト目で睨む。

しかし、長年一緒に生活しているシアンディームはそんな視線を気にすることなく箸を進める。

 

 

「でも、ルーミアの言葉正しい。

 ところかまわず死の呪いを撒き散らす私に比べたら、玉藻は普通。」

 

 

「コラ。」

 

 

自虐的な言葉を紡ぐ霊禍をルーミアが軽く戒める。

 

 

「霊禍、あんまり自虐的な言葉を言わない。」

 

 

「・・・・・・ごめん。」

 

 

「・・・・・・クスッ」

 

 

二人のやり取りを眺めて玉藻前は思わず笑みを漏らした。

 

 

「ごめんなさい。でも、あなた達本当に仲が良いのね。」

 

 

「まあ、何年も一緒に生活してるし。」

 

 

「衣食住共にしている内に気がつけばこんな感じよ。」

 

 

(羨ましいわね。私が欲しても手に入れることができなかったもの。

 それをこの子たち全員が持っている。本当に・・・羨ましいわ)

 

 

仲睦まじい神社の面々に玉藻前は羨望の視線を向ける。

そして、朝食の時間は静かに過ぎ去っていく。

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

朝食を終えた後、玉藻前は湖で水浴びをしていた。

ルーミアと零禍は定期交易の護衛のために早々に神社を経ち、残された二人は朝食の片付けを行っている。

夏の終わりなので水は少し冷たいが、残暑ということもあって心地よい。

 

 

「こうやって穏やかに水浴びをするのも久しぶりだな。」

 

 

玉藻前の自慢でもある九本の尻尾はしっとりと水に濡れていた。

なお、妖力は八雲神社の結界に影響を及ぼしてしまうので玉藻前が極限まで抑え込んでいる。

 

 

「妖怪を受け入れる人間が暮らす隠れ里。

 私のような妖怪にとっては理想郷と言っても過言ではないわね。」

 

 

湖の真ん中で玉藻前は静かに笑った。

そして、さすがに冷たく感じてきたのか畳まれた衣服が置いてある岸辺に向かう。

 

 

「人里の方に行ってみようかな?」

 

 

玉藻前は乾いた布で体全体を拭いながら、次の行き先を決める。

特にルーミアたちも人里に降りることは禁止していない。

それは玉藻前の性格を彼女たちが信頼しているからだ。

 

 

「でも、いつもの姿だと警戒されるか。」

 

 

刹那、玉藻前の姿は一匹の狐に変わる。

普通の狐の姿に変身した玉藻前は八雲神社の麓、夢幻郷の人里に向かった。

 

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

地面を駆けること、数分。

玉藻前は人里に到着した。

多くの男勢は定期交易のために出かけているので、人里はいつもより少しだけ静かだ。

それでも、子供や妖精がはしゃぎ回っているので楽しそうな声が絶えない。

 

 

(珍しい。妖精が人間の子供と遊んでる。)

 

 

やはり妖精と人間の子供が楽しそうに遊んでいる光景は玉藻前にとっても珍しいものだった。

もっとも妖精の悪戯好きに子供の悪戯心が触発されてしまうこともあるが。

 

 

(あそこに居るのは、鳥の妖怪か? 羽の形から見るとツバメか。)

 

 

次に玉藻前が見つけたのは、団子屋で団子を食べている燕の妖怪の姿。

いたって普通に里の人間と会話を交わしている。

 

 

(こんな光景は他の場所では絶対に見られないな。)

 

 

玉藻前はその場から立ち去った。

そして、次に飛び込んできた光景は鬼の少女と人間の子供が勝負している光景だ。

 

 

「しいな姉ちゃん、強すぎだよ。」

 

 

「これでも手加減してるよ。さぁ、まだ続けるの?」

 

 

「もちろん!!」

 

 

人間の子供は勝てないと分かっていても、鬼の少女に向かっていく。

鬼の少女もそれがうれしいのか、顔に笑みを貼り付けている。

その楽しそうな光景に玉藻前の心も満たされる。

 

 

 

その後も、玉藻前は夢幻郷の人里の中を歩き回った。

人間の里の中にちらほら妖怪が混じり、共に明るく生活しているのは新鮮だった。

そして、玉藻前は同時に「この光景を壊したくない」と思った。

 

 

(私も・・・・・・あの中に混じりたい。)

 

 

そう思いながら玉藻前は八雲神社へ続く道を登っていく。

妖力を極限まで抑え込んでいるので、結界が壊れる心配もない。

また、結界も玉藻前を拒むことはない。

 

 

(だけど、私が居れば迷惑が掛かる。)

 

 

玉藻前は八雲神社の境内の前に佇む立派な鳥居を見上げる。

その鳥居を潜ると、対妖怪用結界の中に入ることになる。

知恵の神、八意思兼神の力を借りて構築された結界はかなり頑丈に作られている。

しかし、何千年という時を生きている玉藻前の妖力を受け止めることはできない。

 

 

(初めてね、妖怪であるこの身を怨むのは。

 八雲 ゆかりにお礼を言ったら、さっさと此処から去りましょ。

 この理想郷は・・・・・・私のような妖怪が居て良い場所じゃない。)

 

 

玉藻前は八雲神社に繋がる石段から麓の様子をじっと見つめる。

その刹那、玉藻前の体に異変が起こった。

 

 

――ドクンッ!!

 

 

「あぐっ」

 

 

突然彼女の心臓が大きく躍動し、全身が灼熱地獄のように熱くなる。

 

 

――ドクンッ!!ドクンッ!!

 

 

(か、体が燃え尽きそう・・・・・・!!)

 

 

突然の異変に変身を維持することもできなくなり、玉藻前は元の少女の姿に戻る。

尾てい骨辺りから生えている美しい狐色の尻尾が逆立つ。

心臓は躍動を続けて、玉藻前を苦しめる。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・あぐっ!!」

 

 

少女の姿に戻った玉藻前は石段の上で悶える。

そして、一際強い痛みが来たかと思うと、全身の熱が嘘のように引いていった。

 

 

「い、今のは一体・・・・・・」

 

 

時間にすると、数秒だったが、玉藻前にとっては非常に長く感じられた。

玉藻前は悶えている間に付着した砂埃を払いながら立ち上がる。

“四本”の尻尾が体の動きに合わせてゆらゆらと揺れる。

 

 

「あら? こんな所に珍しい狐が居るわね。」

 

 

「っ!?」

 

 

突然背後から見知らぬ声が聞こえ、玉藻前は勢いよく振り向く。

玉藻前の背後に居たのは、スキマと呼ばれる空間の裂け目に腰掛ける女性だった。

 

 

「4本の尾っぽに、膨大すぎる霊力。まさか天下の白面金毛九尾が天狐に成長するなんてね。」

 

 

「貴様・・・・・・一体何者だ? それに、私が天狐に成長してるとはどういうことだ?」

 

 

「私? 私はこの夢幻郷の管理者であり、八雲神社の祭神。」

 

 

「ということは・・・お前が八雲 ゆかりか?」

 

 

「そうよ、玉藻前。」

 

 

「そうか・・・。すまん、命の恩人に敵意を向けてしまった。」

 

 

謝罪する玉藻前にゆかりは笑みを浮かべる。

 

 

「別に気にしないわ。私にも非があるもの。」

 

 

「それなら良いが。それよりも、私が天狐に成長してるとはどういうことだ?」

 

 

玉藻前の質問にゆかりは静かに彼女の背後――正確には、彼女の尻尾を指差す。

9本存在しているはずの尻尾は5本減って、4本になっていた。

それを確認した玉藻前の思考が一時的にストップする。

 

 

「ど、どうしてぇ!?」

 

 

「多分、貴女の本質が善狐だったからよ。

 九尾の狐となった善狐はさらに年を重ねると4本の尾を持つ天狐に成長する。

 それは白面金毛九尾の狐と恐れられていた貴女も例外じゃなかったみたいね。」

 

 

「にわかに信じられないけど、実際こんな姿になってるから受け止めるしかないわね。

 そういえば、ゆかりさん。瀕死の私を助けていただいてありがとうございました。」

 

 

「別に構わないわよ。貴女は本来無害な妖怪なんだから、殺されるのを見過ごせなかっただけよ。」

 

 

そう言いながらゆかりはスキマから降りて、石段に着地する。

 

 

「さて、夢幻郷の管理者として貴女に申し出るわ。

 玉藻前。貴女、この八雲 ゆかりの従者になってくれないかしら?」

 

 

ゆかりはそう言って玉藻前の頬に手を当てた。

 

 

「出会ってからちょっとしか経ってないのに、不躾な申し出かもしれない。

 引き受けてくれたらうれしいけど、どうかしら?」

 

 

「どうして、私なんかを・・・・・・」

 

 

「簡単に言えば、直感かな? 貴女と私なら上手くやっていけそうな感じがするから。

 別に無理強いはしない。断ってくれても構わない。」

 

 

「貴女は私を受け入れてくれるの?」

 

 

玉藻前の質問にゆかりは笑みを返した。

そして、玉藻前は勢いよくゆかりに抱きついた。




急展開?そんなのいつものことさ。


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第34話 「迷いの竹林」

第34話 「迷いの竹林」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 応接間~

 

 

夢幻郷のシンボルでもある八雲神社。

そこには時折、自分たちの手で解決できない問題を持ち込んでくる住人が居る。

八雲神社は夢幻郷の管理と同時に万屋紛いのことを行っている。

参拝ではなく、万屋目的で来る者は神社の応接間に通される。

そして、今日も住人から依頼が持ち込まれた。

 

 

「竹林の調査?」

 

 

「はい。ゆかり様もご存知と思いますが、人里の東には広大な竹林が広がっています。

 その竹林がなんとも奇妙なものでして・・・・・・」

 

 

「奇妙?」

 

 

「はい。その竹林は何処まで行っても同じ光景しかないのです。

 おそらく妖怪の仕業ではないかと思うんですが・・・・・・」

 

 

「確かに子供たちが迷い込んでしまっては危険ですね。

 分かりました。すぐに調べてみましょう。」

 

 

「お願いします。」

 

 

そう言って、人里からやってきた男性は神社をあとにした。

 

今回の依頼は人里の東側にある竹林の調査。

夢幻郷が成立する前からその竹林は存在していたが、誰も立ち入った経験がない。

なぜなら、その竹林に立ち入るような用事がなかったからである。

夢幻郷の作物は龍脈のエネルギーとゆかりの力で毎年豊作。食べ物に困ることはない。

そのため、わざわざ竹林に出向くような用事もなかったのだ。

しかし、好奇心に負けて、先ほどの男性が森に入ったらしい。

 

 

「ゆ・か・り・さ・ま~♪」

 

 

男性が帰って一息入れた直後に小さな物体が飛びついてきた。

 

 

「こら、葵。いきなり飛びついてこないの。」

 

 

「は~い。」

 

 

ゆかりに飛びついてきた物体は仕方なく離れる。

彼女に飛びついてきたのは一見、女忍者(くの一)を彷彿される衣装に身を包んだ少女だ。

尾てい骨辺りからは4本の尻尾を生やし、頭に天辺には狐耳がピンッと立っている。

少女の名前は八雲 葵。元の名前は玉藻前、つまりは白面金毛九尾の狐だ。

 

 

「ねぇ、ゆかり様。今日はどんな依頼を受けたの?」

 

 

「人里の東側にある竹林の調査。そんなに難しくない依頼ね。」

 

 

まあ、幻想郷と夢幻郷の位置関係から考えると、大体の予想はつくけどね。

それでも行っておかないと、万が一のことがあってからじゃあ遅いし。

それにしても・・・・・・・

 

 

ゆかりはチラッと葵の方を見た。

絶世の美女にも、幼い少女にも化けることができる玉藻前改め、八雲 葵。

彼女は不思議と幼い少女の姿を好む。

さらに、肉体が精神に引っ張られているのか少しばかり退行している。

もっともそんな素振りを見せるのは主であるゆかりの前だけだが。

 

 

「なに?」

 

 

「何でもないよ。」

 

 

本当に、大妖怪の威厳とかは無いのかな?

まあ、妹ができたみたいで可愛いから別に良いけどね。

ルーミアもシアンも私より本当は年上なんだよね。

 

 

「そういうわけで、私は少し出かけるわ。貴女はどうする?」

 

 

「行く♪」

 

 

「だと思ったよ。」

 

 

ゆかりは虚空に手を翳し、スキマを開く。

そして、二人は竹林へと繋がるスキマの仲にもぐった。

 

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

 

スキマを潜り抜けた先には、見事な竹林が広がっていた。

ただし、普通の竹林よりも生い茂る竹の密度が高く、視界が悪い。

どの竹も非常に背が高く、地上から見上げても竹の一番上は見えない。

 

 

「これ、妖怪の仕業とかじゃないね。自然が作り上げた錯覚。」

 

 

「一瞬で気づくなんて凄いわね。」

 

 

ゆかりは葵の鋭い洞察力に舌を巻いた。

依頼主が感じた奇妙な感覚とは、自然の神秘が作り出した錯覚である。

竹林の竹は等間隔で並び、特に整理されているわけでもないので同じ光景ばかりが視界に入るのだ。

そのため、何処に居るのかが分かりにくくなってしまうのだ。

 

 

「長年追っ手から逃げ続けてないよ。時にはこういう自然を活用してたし。

 まあ、それでも人間は森を焼き払って私を誘き出そうとしましたが・・・・・・!!」

 

 

当時のことを思い出して、葵の手に思わず力が入る。

その力に耐え切れず、葵が触っていた一本の竹にぴしっとひびが入る。

 

 

「あ~今思い出しても腹立たしい。いっそのこと、都を滅ぼしてしまいましょうか。」

 

 

「こらこら。葵なら、本当にできるから止めなさい。」

 

 

黒いオーラを放つ葵に苦笑いを浮かべるゆかり。

 

 

「それよりも、この竹林を少し探検するよ。

 もし此処に強力な人食い妖怪が居たら大変なことになるし。」

 

 

「分かった~」

 

 

黒いオーラを霧散させて、天真爛漫な元の状態に戻る。

たとえ道に迷っても、ゆかりの力を使えばすぐにでも脱出できるので心配することはない。

二人は特に目的地を決めず、竹林の奥の方に入っていった。

 

 

「おっと。」

 

 

方向転換して一歩踏み出した瞬間、葵の足元が崩れ落ちた。

葵は4本の尻尾のうち1本を近くの竹に巻きつけて、トラップを回避する。

 

 

「ずいぶん巧妙に仕掛けられた罠だね~。完全に気づかなかったよ。」

 

 

「そうだね。とにかく、この竹林を根城にしてる奴が居るのは確定だね。

 罠で相手を倒そうとしている所を見ると、それほど戦闘には向いてない輩かな?」

 

 

葵が落ちかけた落とし穴の下には、鋭利な竹やりが仕掛けられている。

もし脱出に失敗していたら、今頃葵は串刺しにされていただろう。

悪戯で仕掛けられているにしては度が過ぎている。

 

 

「この罠の犯人、見つけたらどうするの?」

 

 

「そうね・・・・・・。とりあえず捕まえましょうか。」

 

 

「りょうか~い。」

 

 

二人は罠を仕掛けた張本人を探すために竹林の探索を続けた。

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

竹林を探索すること、10分程度。

予想通り、ゆかりと葵は竹林のど真ん中で迷子になっていた。

当然無数の罠が仕掛けられていたが、二人はことごとく罠を無効化していった。

 

 

「まったく罠ばっかりで肝心の犯人が見つからないな~。

 罠もそんなに種類があるわけじゃないし、面倒なだけ。」

 

 

侵入者を迎撃するために設置されたと思われる罠は葵とゆかりに何度も牙を向いた。

しかし、当の本人たちは大怪我どころかかすり傷一つ負っていない。

 

 

「今まで引っかかった罠の数を考えると、向こう側も焦ってると思うけど・・・・・・」

 

 

「でも、姿を見せないね。」

 

 

「まあ、そう簡単に姿を見せてくれたら苦労はないけどね。」

 

 

「だね~。」

 

 

その刹那、葵の狐耳がピクッと動いた。

獣特有の聴覚が何かを捉えたようだ。

 

 

「そこっ!!」

 

 

葵は霊弾を一本の竹に向かって放つ。

すると、その影から一つの人影が驚いたように飛び出した。

早くてその姿を確認できなかったが、葵に気づかれた時点で逃げ切れないことは確定している。

 

 

「逃がさない!!」

 

 

葵は飛び出した影に向かって能力を行使する。

すると、逃げ出した奴は何も無い地面で突然転んだ。

 

 

「残念だけど、逃げられないよ。

 貴女の視覚と触覚を封じさせてもらったから逃げように逃げられないよ。」

 

 

葵の能力は“五感を操る程度の能力”。

その名の通り、自他問わず五感を有するすべての生き物の五感を操る能力だ。

ただし、葵が対象を認識していることが絶対条件となる。

恐らく、葵はトラップを仕掛けて張本人の視覚と触覚を奪ったのだろう。

 

 

「ご苦労様、葵。」

 

 

ゆかりは改めて木陰から飛び出した人影の正体を確認する。

短く切りそろえられた黒髪に、垂れたウサギの耳。

着ている服は薄いピンク色のワンピースで必死に二人から逃亡しようとしている。

 

 

「さて、いろいろ教えてもらおうかしら?」

 

 

葵が兎の妖怪に手を伸ばしたその時、上空から炎の鳥が舞い降りた。

 

 

「うちの仲間に手を出すんじゃねぇ!!」

 

 

舞い降りた炎の鳥は翼をはためかせながら、その妖怪を守るように降り立つ。

火の粉を散らし、現れたのは赤いもんぺを履いた銀髪の少女だった。

そして、この展開を予想してかのようにゆかりはその少女の名前を口に出した。

 

 

「久しぶりね、妹紅。」

 

 

「えっ!?」

 

 

いきなり名前を呼ばれたことに驚く少女。

そして、ゆかりの姿を確認してもう一度驚いた。

 

 

「ゆ、ゆかりさん!?」

 

 

こうして、ゆかりは400年近く前に別れた少女――藤原妹紅に再会した。




ストックがだんだん少なくなってきました。
修正作業中の作品を複数抱えているので、とても大変です。


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第35話 「懐かしの再会」

 

 

 

 

夢幻郷の人里からちょうど東側に位置する謎の竹林。

依頼により、その竹林の調査に乗り出したゆかりと葵。

竹林に住む兎の妖怪を虐めていると、ゆかりはかつての友人――藤原妹紅と再会した。

 

 

「まさかこんな所で会うなんてね。」

 

 

「本当ね。ずっと月の使者の追っ手から逃げてると思ってたよ。」

 

 

ゆかりと葵は妹紅の案内で竹林の奥にある永遠亭という場所に向かっていた。

かつては打ち捨てられていた日本屋敷であり、それを見つけた妹紅たちが改築したらしい。

月からの追っ手から逃げて各地を転々としている間にこの竹林にたどり着いたそうだ。

ちなみに、この竹林は「迷いの竹林」と呼ばれているらしい。

 

 

「あれからどうだったのそっちは?」

 

 

「別に何もなかったよ。永遠亭を見つける以外は。」

 

 

「永遠亭?」

 

 

「そ。今、私たちの住居になってる屋敷の名前。

 元々打ち捨てられてた屋敷だったけど、私たちで改築したのよ。

 材料の調達とかがかなり面倒だったけど。」

 

 

そんな会話を交わしながら妹紅に先導され、ゆかりと葵は竹林の奥へ奥へと入っていく。

周りを見渡しても同じような光景が広がっているだけ。しかも、目印になりそうな物もない。

何の力も持たない一般人が迷い込めば、絶対に道に迷ってしまうだろう。

 

 

「そういえば、ゆかりは何処に住んでるんの?」

 

 

「私は竹林を抜けた先にある夢幻郷っていう場所に住んでるよ。」

 

 

「へぇ。あんまり竹林から出たことがなかったから、気づかなかった。」

 

 

「まあ、下手に竹林を出ると月の使者に見つかるからね。」

 

 

楽しそうに妹紅とゆかりが話していると葵がクイクイと彼女の服の裾を引っ張った。

 

 

「ゆかり様、あの人とは知り合いなんですか?」

 

 

「うん。ちょっと400年近く前に。

 その頃の私は大和の都で店を営んでたから、その時にね。」

 

 

「初耳ですね。ゆかり様が大和の都に居たなんて。」

 

 

「言ってないからね。」

 

 

ゆかりと葵が少し小声で話している間も妹紅は迷うことなく竹林を進んでいる。

妹紅の話では、この竹林を案内できるのは妹紅と先ほどの兎の妖怪だけらしい。

ちなみに、兎の妖怪は一足先に永遠亭に戻っている。

 

 

「妹紅、永遠亭まではどれくらいで着くの?」

 

 

「もうそろそろ・・・・・・って、見えたよ。」

 

 

妹紅は立ち止まって竹と竹の隙間から顔を覗かせる日本屋敷を指差した。

まるで竹林の中にぽっかり空いた穴のような場所に聳え立つ妹紅たちの住居――永遠亭。

打ち捨てられた居た物を再利用したとは思えないくらいに新しい。

 

 

「あれが私たちの住居、永遠亭。」

 

 

「でも、結界の類とかは張られてないみたいだね。大丈夫なの?」

 

 

「そこは私も詳しく知らない。輝夜が“永遠と須臾を操る程度の能力”で永遠亭の時間を止めてるらしいけど。

 私には何のことを言ってるのかさっぱり分からないよ。」

 

 

「永遠って言うのは、簡単に言えば時間の停止。

 永遠を操るということは自分の寿命も無視することができる。

 だって、変化に必要不可欠な時間が停止してるんだもの。」

 

 

妹紅とゆかりの会話に葵が割り込んできた。

見た目は非常に幼い少女だが、葵の頭脳はとても明晰だ。

 

 

「そういえば、ゆかり。ずっと気になってたんだが、そのちっこいのは誰?」

 

 

「ゆかり様の従者、天狐の八雲 葵。昔は玉藻前とか白面金毛九尾の狐とか呼ばれてたけど。」

 

 

「天狐?ってことはかなりの年数を生きてるんじゃないのか?」

 

 

妹紅の言うとおり妖狐が天狐に至るまでは非常に長い年月が掛かる。

妖狐は尾が一本の状態からスタートし、約1000年の月日を掛けて九尾の狐に成長する。

しかし、妖狐の一種である善狐は更に1000年経つと尾が4本に減り、天狐となる。

つまり、葵は最低でも2000年の月日を生きていることになる。

なお、葵は霊力と妖力の両方を扱うことができる。

 

 

「少なくとも貴女よりは年上だと思う。」

 

 

「まあ、そうだろうね。私は400年と少ししか生きてないし。」

 

 

「というか、何時まで玄関の前で話しるのよ。」

 

 

いつの間にか永遠亭の玄関には一人の女性が立っていた。

おしとやかな感じの着物に身を包み、髪は艶やかな黒。

400年前、ゆかりが一時期護衛を受け持っていた女性――蓬莱山 輝夜がそこに居た。

 

 

「久しぶりね、輝夜。」

 

 

「久しぶり、ゆかり。誰が来てるかと思ったら貴女だったのね。」

 

 

「まあ、此処に来れたのは偶々だけど。」

 

 

「そう。とりあえずあがりなさいよ。何時までも立ち話してるのも変だし。」

 

 

「そうね。」

 

 

四人は揃って永遠亭の中へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~永遠亭 大広間~

 

 

輝夜と妹紅に連れられてやって来たのは、永遠亭の大広間。

長方形のテーブルにゆかりの馴染みのある人物が座っていた。

 

 

「久しぶり、永琳。」

 

 

「ええ。平城京の近く月の使者で返り討ちにした時以来ね。」

 

 

赤と青の衣服を着た女性――八意 永琳は彼女に笑みを向けた。

その隣には竹林の至るところに罠を設置した張本人である兎の妖怪が居た。

その兎の妖怪は葵の姿を見るなり永琳の背中に隠れてしまった。

 

 

「どうしたのよ、てゐ。」

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

 

永琳が不思議がって声を掛けるが、てゐと呼ばれた兎の妖怪は葵をジーッと見つめたまま動かない。

どう見ても天狐の葵を怖がっている。

それを察した葵はサドスティックな笑みをてゐに向けた。

 

 

「あらあら、今度は痛覚を支配して虐めてあげようか?」

 

 

「ひっ!!」

 

 

てゐはさらに隠れてしまった。

 

 

「葵、あんまり小さい子を虐めたら駄目だよ?」

 

 

「は~い。」

 

 

葵はクスクスと笑って、引き下がる。

実際、葵の能力を使えば、相手に延々と激痛だけを与えることができる。

もっともそんな鬼畜なことをするのは、葵が激怒した時だけだが。

 

 

「天狐・・・・・・。この目で見るのは初めてね。」

 

 

「そういえば、永琳や輝夜には紹介してなかったね。

 この子は私の従者、八雲 葵。永琳の言ったとおり天狐だよ。」

 

 

ゆかりは葵の頭を撫でながら二人に紹介する。

 

 

「蓬莱山 輝夜よ。」

 

 

「八意 永琳。呼ぶ時は永琳で構わないわ。」

 

 

「分かった。」

 

 

「ねぇ、何でてゐはあそこまで葵を怖がってるの?」

 

 

「さあ? とりあえず、そこまで酷いことはしてない。」

 

 

「それは置いておいて、一先ず座りなさい。いろいろ話したいこともあったし。」

 

 

この後、ゆかりたちはしばらくの間談笑した。

 




最近更新スペースが以上に落ちてるような気がする。
まあ、何作品も同時に執筆してたら当然ですが。

永遠亭組と夢幻郷組の関係は前作と同じになります。
ちょっと再会する時期を早めましたが。


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第36話 「亡霊の少女」

「亡霊の少女」

 

 

 

 

 

―――許さない・・・・・・―――

 

 

新月の夜。

道端に置かれた岩から怨みが篭った声が響く。

それは一本の枯れ木の下に置かれた何の変哲もない岩だ。

 

 

―――私から“あの子”を奪ったアイツを・・・・・・!!―――

 

 

ふと、枯れ木の枝に目を向けると1人の少女がそこに腰掛けていた。

しかし、少女の体は半透明で陽炎のように今すぐにでも消えてしまいそうだ。

 

 

―――絶対に、殺してやる!!―――

 

 

その少女は憎しみを宿した瞳で空を見つめていた。

 

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

~八雲神社 応接の間~

 

八雲ゆかりSIDE

 

 

夢幻郷の丘に佇む唯一の神社。

そこは八雲ゆかりと祭神とする神社であるが、その傍らで何でも屋を営んでいる。

基本的には危険な妖怪の退治と薬品売りの二つの依頼が来ることが多い。

そして、今日は何とも奇妙な依頼が届いた。

 

 

「奇妙な声、ですか?」

 

 

「はい。夜になると何処からともなく殺してやる、殺してやるという声が聞こえてくるんです。」

 

 

「聞き間違い、ということは?」

 

 

「それが一日ぐらいならそう思ったのですが・・・・・・。

 その声は毎日聞こえるものですから怖くて怖くて」

 

 

ゆかりを頼ってきた男性はその声に怯えていた。

呪詛のような声が毎日聞こえてくれば、ノイローゼになるのも仕方がない。

 

 

「分かりました。こちらで調べてみましょう。

 できれば、その声が何処から聞こえてくるのか教えてもらえませんか?」

 

 

「正確な場所はわかりません。おそらく森の中からだと思うのですが・・・・・・」

 

 

森の中、か。夢幻郷と幻想郷を隔てるあの森は結構広い。

虱潰しに探すとなると、これは思ったよりも時間が掛かりそうだね。

 

 

「報酬の件は追って連絡します。」

 

 

「お願いします。」

 

 

そう言って、依頼にやってきた男性は八雲神社をあとにした。

当然ながら何でも屋も一種の商売なので供物とは別に報酬を要求する。

依頼内容によって報酬はまちまちだが、それほど大きい負担になることはない。

 

 

「さて、今回は巫女も連れて行こうかな? そろそろ実戦経験を積ませないといけないし。」

 

 

ゆかりは今回の依頼に同行させるメンバーを考える。

5代目夢幻郷の巫女、水雲 ゆりはある程度八雲式符術を会得したが、いかせん実戦経験が少ない。

この機会に実戦を積まそうと考えたゆかりは恐らく境内に居るであろうゆりに連絡を入れる。

 

 

『ゆり、聞こえる?』

 

 

『あっ、ゆかり様。どうかしたんですか?』

 

 

通話用の御札を通じて、ゆりの声が御札から聞こえてくる。

 

 

『ちょっと依頼が入ってね。今回はゆりにも同行してもらうから、準備しておいてね?』

 

 

『分かりました。』

 

 

御札に流し込んでいた力を止め、それを御札のポシェットに仕舞う。

その刹那、霊禍が応接の間の前を通った。

 

 

「霊禍、ちょっと良いかな?」

 

 

「何?」

 

 

「人里からの依頼で森に行くことになったの。

 霊禍も付いてきてくれない?」

 

 

「分かった。少し準備してくるから、境内で待ってて」

 

 

そう言って霊禍は自分の部屋に戻っていった。

 

 

「さて、私も準備しないとね」

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

~夢幻郷 南の森~

 

 

準備を終えたゆかり、霊禍、ゆりはスキマを潜って件の森に足を運んだ。

依頼者の話は夜になるとこの森から不気味な声が聞こえ来るらしいが、現在は夕方。

当然ながら森からそんな声は聞こえてこない。

森の全容は長年住んでいるシアンディームすらも把握していない。

そんな森から不気味な声の発信源を探さないといけないのだ。

 

 

「ゆかり様、どうやって元凶を探すのですか?」

 

 

「それはもちろん誰かに聞くしかないでしょ。」

 

 

餅は餅屋に。森のことは森のことを一番知ってる人に聞かないとね。

そして、夢幻郷でこの森に一番詳しいのは此処に住んでる住人。

つまりは、夢幻郷の構成員である妖精たち。

 

 

「妖精たち、ちょっと聞きたいことがあるの。集まってもらえる?」

 

 

ゆかりは透き通るような声でこの森を住処にしている妖精たちを召集する。

刹那、三人しか居なかった筈の森に大勢の妖精たちが姿を現した。

 

 

「最近、この森から不気味な声が聞こえてるのは知ってる?」

 

 

ゆかりの問いかけに集まった妖精たちは揃って頷く。

彼女たちは森に住んでいるので、知っていて当然だろう。

 

 

「その不気味な声の元凶を探しに来たの。誰か知らないかしら?」

 

 

「はいは~い!!私知ってるよ!!」

 

 

集まった妖精たちの中でぴょんぴょんと飛び跳ねて、存在を主張している妖精が居た。

燃えるような紅い髪と半透明の翅を持つ小柄で活発そうな妖精だ。

その妖精はゆかりの前に瞬間移動すると、ゆかりから見て東の方角(右の方角)を指差した。

 

 

「この先によく分からない石が置いてあるの。多分、それが原因だと思うよ?」

 

 

「情報ありがとう。皆、戻ってもいいよ。」

 

 

ゆかりがそう言うと、妖精たちは一斉に姿を消した。

おそらくゆかりの目には見えない自分たちの住居に戻ったのだろう。

 

 

「さて、いきなり有益な情報が得られたね。」

 

 

「さすが妖精ですね。」

 

 

「そうだね。さぁ、二人ともさっさと原因を突き止めに行くよ。」

 

 

三人は妖精が指し示した方角に真っ直ぐ進んでいった。

日が沈んでしまうと森に居る妖怪の活動が活発になり、襲い掛かってくる。

ゆかりと霊禍の二人が揃っているのなら、よほどのことがない限り妖怪に負けることはない。

しかし、妖怪の相手に時間を取られてしまうと徹夜で探す羽目になってしまう。

 

 

「急に霧が出てきたね。」

 

 

「そうですね。それに・・・少し不気味です。」

 

 

森の奥に入り込んでいくと当然霧が濃くなってきた。

まだ夕方だと言うのに生い茂った木々が光を遮り、不気味さを醸し出している。

三人は離れて見失わないように注意しながら白い霧の中を進んでいく。

やがて周囲がほとんど見えなくなり、ゆかりたちは一本の樹の前にたどり着いた。

 

 

「これがさっきの妖精が言ってた樹かな?」

 

 

「多分そうだと思う。」

 

 

白い霧のせいで周囲がまったく見えないが、ゆかりたちの目の前には一本の大木が威風堂々と立っていた。

その根元には倒れた細長い一つの石が転がっていた。

 

 

「この石が原因で間違いなさそうですね」

 

 

「あら、ゆりも分かるようになったの?」

 

 

「これでも巫女になって5年目です。この石に何かが憑り付いてることぐらい分かります。」

 

 

ゆりは腰に両手を添えて、それほどある訳でない胸を張る。

その時、ゆかりが悪戯っ子のような笑みを浮かべたことをゆりは気づかなかった。

 

 

「じゃあ、近づいてくる妖怪全員倒してね♪」

 

 

「へ?」

 

 

刹那、ゆかりの背後にスキマ空間へと入り口を開いて霊禍と一緒に潜ってしまった。

そして聞こえてくる獣の足音はすでに近くまで迫っていた。

ゆりはゴクリと息を飲み込み、御幣と御札を構える。

 

 

「キシャアァァァァァァ!!!!!」

 

 

霧の奥から現れたのは、巨大なムカデだった。

紅く輝く瞳がゆりを射抜き、強靭は両あごがカチカチと音を鳴らしている。

本当にムカデを巨大化させただけの妖怪は気持ちが悪い。

 

 

「八雲式符術、焔舞!!」

 

 

手に持った御札に霊力を通し、巨大なムカデに向かって投げつける。

御札は火球となり、ムカデの周囲をくるくると旋回する。

 

 

「五の舞、火龍天昇!!」

 

 

刹那、火球が一斉に集まり龍となり、ムカデを飲み込む。

しかし、周囲の霧に含まれる水分のせいで威力が落ちたのか、炎から出てきたムカデが外殻が焼け焦げているだけだった。

 

 

「うーん・・・この状況じゃああんまり威力は出ないか。」

 

 

「キシャアァァァァァァ!!!!!」

 

 

ムカデのいくつもある足の一本が鋭利な鎌に豹変する。

そして、その鎌をゆりに向かって振り下ろす。

 

 

「ほいっ、と。」

 

 

地面を蹴り、鎌を避けるゆり。

そして、上腕部に装着している御札用のポシェットから新しい御札を取り出す。

それを周囲の木々に投げつける。

 

 

「こっちはゆかり様に仕える夢幻郷の巫女。アンタなんかに負ける訳にはいかないのよ!!」

 

 

ゆりは御幣を振り下ろした。

すると、木々に張り付いた御札が描き、八雲式符術が発動する。

その陣の真ん中にはちょうどムカデの妖怪。

 

 

「八雲式符術奥義、風陣封縛殺!!」

 

 

陣の中で数多の風の刃が発生し、ムカデ妖怪の体を切り刻んでいく。

その密度は少しずつ高くなっていき、最後にはムカデ妖怪を細切れになって消滅した。

 

 

「ふぅ・・・」

 

 

「ご苦労様」

 

 

タイミングを見計らってゆかりと霊禍はスキマ空間から出てきた。

 

 

「いきなりで吃驚しましたよ」

 

 

「いずれは1人で妖怪退治をすることもあるんだから、突発的事態には慣れておかないと。

 でも、ちゃんと対応できてたし、文句なしよ。」

 

 

そう言いながらゆかりはゆりの頭を撫でた。

ゆりは気持ち良さそうに目を細めた。

 

 

「さて、今度は依頼の方を達成しましょうか。」

 

 

ゆかりは倒れていた石を起こした。

卵型の石を削って作られたようなその石は墓石だった。

当然ながら埋葬している人物の名前が彫られているのだが、読み取れるのは苗字だけ。

名前の方は擦れていて読み取ることが難しい。

 

 

「墓石だけど、擦れてて読み取れないね。えっと、芦屋・・・・・・」

 

 

――芦屋清姫。それがキヨの名前――

 

 

「「「!!」」」

 

 

人の気配を感じさせなかった森の中で透き通るような声が響いた。



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第37話「大陰陽師の子孫」

第37話 「大陰陽師の子孫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――芦屋清姫。それがキヨの名前。――

 

 

南の森のどこかに生えている一本の巨木。

白い霧に覆われた森の中、その巨木の前に1人の少女がゆらゆらと浮かんでいた。

髪は稲穂のような黄金色で、瞳は翡翠のような色をしており、身長は140cm前後ぐらい。

年齢は恐らく10代前半ぐらいだろうか。

顔つきに幼さを残した少女はジーッとゆかりたちを見つめていた。

 

 

「芦屋? まさか貴女は・・・・・・」

 

 

――キヨは京の都で名を馳せた大陰陽師、芦屋道満の子孫。

  だけど、今はこの石に封印された哀れなまつろわぬ魂に過ぎない。――

 

 

芦屋道満。

かつて、京の都で活躍していた大陰陽師の安陪晴明のライバルである人物だ。

晴明に勝るとも劣らないほどの呪術力を持つとされていた。

安倍晴明が藤原道長お抱えの陰陽師であったのに対し、蘆屋道満は藤原顕光お抱えの陰陽師であった。

道満は藤原道長の政敵である左大臣藤原顕光に道長への呪祖を命じられたとされる。

しかし道満は晴明との式神対決で敗北し、播磨に流されることになった。

 

 

「だけど、道満の拠点は播磨の筈。ここから離れすぎてるわ。」

 

 

――元々、越後の方で暴れる妖怪を退治する筈だったのよ。

  だけど、それは憎き晴明の子孫による罠だった。――

 

 

清姫はギリッと歯軋りした。

翡翠の瞳に宿る感情は敵対心を行き過ぎた憎悪。

 

 

――キヨは式神を奪われ、殺された。亡霊になった後、アイツらを呪おうとしたけど、封印された。――

 

 

「なるほどね。石に刻まれた名前は貴女を縛る封印だったのね」

 

 

それにしても、私はつくつく安倍晴明の子孫と縁があるわね。

葵を追って酷い目に合わせたのも晴明の子孫。そして、目の前にいる少女も晴明の子孫の被害者。

しかし、安倍晴明自身はまともだったし、その子供もまともだったのにね。

 

 

ゆかりは心の中で呟いた。

たとえ夢幻郷が京の都から随分離れた場所にあっても、その情報は流れてくる。

主に鳥たちが黒蘭経由で教えてくれるのだ。

 

 

「ゆかり様、式神が奪われることってあるんですか?」

 

 

「式神を奪うのはそれほど難しいことじゃないよ?

 相手の意思を奪って自分の制御下に置けばそれだけで式神を奪える。」

 

 

――そうだよ。アイツらはあの子の意思を奪って自分の僕にした。

  今すぐにでも取り返しに行きたいけど、キヨは此処から動くことができない。――

 

 

清姫は物凄く悔しそうな表情を浮かべた。

すると、ゆかりは無言で右手を振った。

その直後、清姫は驚いたような表情を浮かべて戸惑っていた。

 

 

――えっ? えっ?――

 

 

「墓石と貴女の魂の間に境界を作ったわ。これで貴女は自由だよ。

 復讐するのも、式神を奪還するのも貴女の自由。」

 

 

――どうして? 私を助けても何の意味もないのに――

 

 

「私も安倍晴明の子孫にはちょっとした借りがあるからね。

 貴女が復讐するなら、ついでにその借りを返すこともできるからね。」

 

 

ゆかりはクスッと妖艶な笑みを浮かべた。

そして、手を翳して相変わらず幾つもの目が見つてくるスキマを開く。

 

 

「このスキマを通れば、京の都にたどり着ける。

 これを潜るかは貴女の自由。私は何も強制しない。」

 

 

――・・・・・・・・・――

 

 

清姫は決心したようにスキマを潜って、世にも不思議なスキマ空間に入っていった。

刹那、スキマは元々存在していなかったかのようにその口を閉じた。

そして、森の中に充満していた霧も晴れて茜色の光がわずかに差し込んでくる。

 

 

「これにて一件落着。さぁ、帰ろうか?」

 

 

「「はい。」」

 

 

この後、三人はスキマ空間を利用して八雲神社に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 本殿~

 

 

神社では定期的に「神事」と呼ばれる行事が行われる。代表的なのは雨乞いだろう。

八雲神社も神社の端くれである。

なので、八雲神社でも定期的に神事が行われる。

1ヶ月に一度、八雲神社裏手の湖上で行われる神事のことを“神舞神事”と言う。

そして、ある日。ゆかりは本殿でスキマ越しにとある映像を眺めていた。

 

 

「これで15回目。いい加減諦めれば良いのに・・・・・・」

 

 

ゆかりは呆れてるように呟いた。

スキマの先に映し出される映像は京の都の一角の映像。

そこに映るのは清姫の姿だった。

彼女は自分の半身とも呼べる式神を取り返すために安倍晴明に戦いを挑んでいる。

その回数は15回。しかし、清姫は取り返すことが未だできていない。

 

 

「まあ、それだけあの式神が大事なんだろうね。」

 

 

「ゆかりさま~、そろそろ時間ですよ~」

 

 

その時、葵が本殿の扉を開けて入ってきた。

そのままひょっこりとゆかりの肩越しにスキマの映像を覗き込む。

 

 

「何見てるんですか~?」

 

 

「前に話したでしょ? 芦屋道満の子孫だよ。」

 

 

「・・・・・・」

 

 

ゆかりの言葉を聞いた葵は露骨に顔をしかめた。

 

 

「そんなに嫌な顔をしないの。少なくとも安倍晴明の子孫よりはかなりまともだよ。」

 

 

「というか、何で陰陽師同士で争ってるの?」

 

 

「大事にしていた式神が貴女の大嫌いな晴明の子孫に奪われたんだよ。

 しかも、攻撃しようとしてもその式神を盾にされるから何もできない。」

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

ゆかりの言葉を聞いた瞬間、葵の表情が嫌悪から怒りに変わる。

そして、葵は何も言わずにスキマ空間の中に飛び込んでしまった。

 

 

「何やかんや言って、虐められてる子はほっておけないんだね。」

 

 

ゆかりはクスッと笑ってスキマを閉じて、立ち上がった。

立ち上がる時に服の裾が揺れてチリーンと鈴の音が鳴り響く。

ゆかりが着ている服は裾の先に鈴を取り付けた紅白の巫女服。

神事を行う際のゆかりの正装である。

 

 

「主、皆が待ってますよ。」「皆、貴女の舞を見たがっていますよ」

 

 

本殿の出入り口では、焔月と蒼月がゆかりを待っていた。

 

 

「さて、行こうか?」

 

 

「「はい。」」

 

 

刹那、焔月と蒼月は人の姿からは剣の姿に変わる。

ゆかりは長年の相棒をしっかり握り締めると、八雲神社の裏にやってきた。

湖の周りには人里に住む人妖が集まっていた。

 

 

「夢幻郷の皆様、月に一度のこの場にお集まりいただき光栄です。」

 

 

湖の中央で浮遊するゆかりは優雅にお辞儀をする。

 

 

「くどくどと語るのも面倒なので、そろそろ始めます。」

 

 

ゆかりは瞳を閉じて蒼月と焔月を構える。

柄に付けられた二つの鈴がぶつかり合って透き通るような音を響き渡らせる。

本来は鈴を付けた2枚の扇を使って行うのだが、残念なことに使っていた扇が破損してしまったのだ。

なので、今回は焔月と蒼月で代用しているのだ。

 

 

「―――――――」

 

 

ゆかりは楽しそうに祝詞を唱えながら湖上を舞う。

二振りの剣が動くたびに鈴の音が鳴り響く。

 

 

「―――――――」

 

 

月に一度行われる神舞神事。

最初の頃は観客など誰も居なかったのだが、いつの間にか人里で話題になり、人が集まるようになった。

神舞神事が終わるまで八雲神社からは鈴の音が途絶えることがなかった。

誰もが見とれる中、ゆかりは神舞を続ける。

 

 

「この大地に八百万の神々の加護がありますように」

 

 

神舞が終わると同時に舞を見に来た人々から拍手が浴びせられる。

それに少し照れながらゆかりは笑みを振りまいた。




最初、清姫の苗字を麻倉にしようとした私が居る。


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第38話 「前代未聞の危機の始まり」

第38話 「前代未聞の危機の始まり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 本殿~

 

 

月一で開催される神舞神事から数日。

本殿に篭ったゆかりはお得意のスキマ空間を用いた転移術を行使する。

スキマから吐き出されたのは、京の都に出向いていた葵と清姫だ。

葵はいつもどおり天真爛漫な表情を浮かべているが、清姫は悲しそうな表情を浮かべていた。

 

 

「お帰り。その様子だと目的を達成することはできなかったみたいね。」

 

 

「ううん。式神は取り返せたけど、その直後にこの子を庇って・・・・・・」

 

 

「そう・・・・・・」

 

 

葵が言うには、奪われた式神は無事に取り返すことができた。

しかし、苦し紛れに相手が放った呪術から主を守るために自分自身を盾にしたらしい。

元々酷使された体に止めを刺されて、式神は消滅してしまった。

 

 

「それは残念だったわね。貴女はこれからどうするの?」

 

 

「・・・・・・分かりません。

 式神を取り返すという目的を失った私には、もう何も残っていませんから」

 

 

「それなら、何か目的が見つかるまで夢幻郷(ここ)に居なさい。

 別に強制はしないけど、拠点がないよりはマシでしょ?」

 

 

ゆかりは未だに最愛の式神を失った悲しみから抜け出せない清姫に微笑み掛けた。

彼女の善意から来る申し出を清姫は素直に受け入れた。

 

 

「さて、これから私はしばらくの間本殿に篭らないといけないの。

 その間、夢幻郷の守りは薄くなるから・・・任せたよ、葵」

 

 

「分かった~」

 

 

葵は特に追究することなく、清姫を連れて八雲神社の本殿から出て行った。

1人本殿に残ったゆかりはスキマから予め作っておいた御札を取り出すと、本殿の四方に貼り付ける。

 

 

「・・・・・・・・」

 

 

そして、ゆかりは本殿のちょうど中央に座り、瞳を閉じた。

彼女が行おうとしているのは、正気とは思えないような奇想天外な事象。

その内容は八百万の神々の中でも高い知名度を誇る天照大御神と契約を結ぶということだ。

 

 

「まあ、契約できるかなんて分からないけどね」

 

 

ゆかりは苦笑いを浮かべた後、精神統一に入った。

 

 

・・・

 

 

・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

三日後。

八雲神社の本殿に篭ったゆかりは飲まず食わずの状態で契約を結ぼうとしていた。

その間は誰も本殿の中に入ることは許されず、ゆりたちが交代で守っていた。

夢幻郷の守りが低下している時を狙って、夢幻郷に侵入してくる妖怪も多いので大忙しだ。

そんな時、奉鬼の案内役である射命丸 栞が八雲神社を訪れた。

 

 

「すいません。ゆかり様はいらっしゃらないですか?」

 

 

「残念だけど、ゆかりは取り組み中だよ。」

 

 

「そうですか・・・・・・困りましたね。」

 

 

「何かあったの?」

 

 

「はい。実は最近、幻想郷の人間が何人も失踪しているんです。」

 

 

「ん? 単に妖怪に食われたとかじゃないの?」

 

 

人が妖怪に食われるのは大して珍しいことではない。

夢幻郷ではそのような事例は少ないが、南の森――妖怪の森とも言う――から侵入してきた妖怪に食われることもある。

まあ、夢幻郷の場合は人間と妖精が共生しているので滅多に起こらないが。

 

 

「それなら何も困るようなことじゃないですよ。

 いや、人間が完全に居なくなるのはかなり問題がありますが・・・」

 

 

「?」

 

 

栞の言葉の意味を理解できず、首をかしげるルーミア。

 

 

「奇妙な話ですが、居なくなったのは全員子供。

 さらに言えば、その子供は魂が抜けたみたいに森に向かったそうです。」

 

 

「森?」

 

 

「はい、人食いの妖怪がたくさん出没する森です。

 当然ながら子供が立ち入りような場所ではありません。」

 

 

確かに、いくら子供でもわざわざ危険だと分かってる場所に近づく筈がない。

それに栞の言う子供たちの状態が気になる。

考えられるのは洗脳系統の能力だけど、そんな奴が居るなら私も黙っては居られないね。

 

 

「栞、その森に案内して貰えない? それが妖怪の仕業なら夢幻郷にその牙が剥いてくるかもしれないからね。」

 

 

「分かりました。」

 

 

「じゃあ、ちょっと待ってて。少し準備をしてくるから。」

 

 

「はい。」

 

 

栞を境内に待たせたまま、ルーミアは居住スペースの方に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~幻想郷 とある森~

 

 

準備を終えたルーミアは栞の案内で子供たちが失踪した森にやってきた。

背中には強度の高い彼女の愛剣――ストームブリンガーを背負っている。

しかも、いつでも不意打ちに対応できるように魄翼が常に展開されている。

森の中は鬱葱としており、どこからでも不意打ちを仕掛けれそうな状態だ。

 

 

「・・・・・・そう簡単には見つからないか。」

 

 

森に入って数十分。

栞と二手に分かれて捜索することになったルーミアは手がかり一つ見つけられていなかった。

足跡もそれなりに日が経ってしまっているので影も形もない。

 

 

「まあ、何か手がかりになるような物を残してるなら、ゆかりの手を借りるような事態にならないか。」

 

 

ルーミアは独り言を呟きながら捜索を続行する。

鬱葱とした森では空から見下ろしても木の葉が邪魔をして上手く見つけることができない。

だからこそ、こうやって足を使って探すしか方法がないのだ。

 

 

「それにしても、これだけ歩いてるのに妖怪が襲ってこないのは妙だね。」

 

 

その時だった。

噂はすれば影。その言葉を体現するかのように近くの茂みが揺れた。

ルーミアは警戒レベルを最大まで引き上げ、ストームブリンガーの柄に手を掛けた。

刹那、不可視の刃がルーミアの胴体を切り裂いた。

 

 

「っ!?」

 

 

傷口からポタ、ポタと真っ赤な血が滴り落ちる。

攻撃が放たれた方向を見据えながら、手に闇を集めて放った。

すると、茂みからそれほど大きくない鼬の妖怪が飛び出してきた。

 

 

「さっきの攻撃はお前だったんだね。

 不可視の刃。面倒な物を持ってるじゃない。」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「?」

 

 

鼬の妖怪と相対するルーミアはその妖怪の様子に違和感を覚えた。

しかし、違和感の正体が明らかになる前に鼬の妖怪が攻撃を仕掛けてきた。

ルーミアはとっさにストームブリンガーを抜き放ち、盾にする。

すると、金属と金属をぶつけたような音が森の中に響いた。

 

 

「魄翼、展開!!」

 

 

予め展開されていた《魄翼》が巨大な手に変わり、鼬の妖怪を捕らえようとする。

しかし、目標が小さい上にすばしっこいために中々捕まえることができない。

 

 

「それなら・・・・・!!」

 

 

ストームブリンガーに闇を纏わせるルーミア。

長めに設計されたその柄を逆手に持ち帰る。

そして、ちょうど鼬の妖怪が宙に舞い上がった瞬間、攻撃を繰り出した。

 

 

「無月・五月雨!!」

 

 

長剣を真っ直ぐ振り下ろすと、刀身に纏っていた闇のオーラが無数の刃となって飛び出した。

飛び出した闇の刃は弾幕となって鼬の妖怪に襲い掛かった。

対する鼬の妖怪も不可視の刃を発生させて応戦する。

 

 

「無月・天昇!!」

 

 

《魄翼》を翼の形に変えて一気に距離を狭めるルーミア。

そして、ストームブリンガーを下段から切り上げた。

漆黒の長剣は真っ直ぐ鼬の妖怪の体を切り裂いた。

 

 

「ふぅ。」

 

 

鼬の妖怪によって付けられた傷口はすでに塞がっていた。

妖怪の死体は消滅してしまったが、地面に陰陽師が使う呪符が落ちていた。

 

 

「これは・・・ゆかりが使ってる御札と違う。」

 

 

ということは、この近くに陰陽師が潜んでる?

そうなると、面倒なことになる!!

 

 

陰陽師が潜んでいると判断したルーミアの行動は早かった。

《魄翼》を高速移動形態に変えると、ルーミアは鼬の妖怪が出てきた方向に向かって飛翔した。

入り組むように立つ木々を避けつつ、森の中を進んでいくと彼女の眼に驚きの光景が飛び込んできた。

 

 

「これは・・・・・・」

 

 

口に猿轡を噛まされ、さらに両手足を丈夫な縄で縛られた子供たちが地面に転がされていた。

子供の数は男と女合わせて10人。ちょうど幻想郷の人里から居なくなった数と一致する。

さらに地面には何かの文様が描かれている。

 

 

「ちっ・・・・・・感づかれたか。」

 

 

「貴女が今回の騒動の主犯で間違いない?」

 

 

ストームブリンガーの切っ先を向けながら陣の中心に居る男性に問いかける。

すると、白い陰陽師の衣装を纏った男性はあごに手を当てて考え込む。

 

 

「ふむ。子供が居なくなったという騒動なら私が犯人になるな。」

 

 

「そう。大人しく子供を返す気はない?」

 

 

「ふっ・・・愚問だな。」

 

 

「だよね。」

 

 

ルーミアは目の前の男性を敵と見なし、排除しようとした。

しかし、ルーミアはその陰陽師がニヤリと唇を歪めていることに気づかなかった。

 

 

「掛かったな!!」

 

 

「っ!!」

 

 

刹那、もの凄い脱力感がルーミアに襲い掛かった。

 

 

「対妖怪用に用意しておいた結界だ。

 これでまともに動けない上に妖術も使えないだろ?」

 

 

ニヤニヤと笑みを浮かべる陰陽師だが、その効果は確かだ。

現に、ルーミア固有妖術である《魄翼》が強制的に解除されている。

 

 

「だが、お前の相手をするのは私じゃない。」

 

 

そう言うと、男性陰陽師は何やらぶつぶつと呪文を唱えだした。

それに連動するように地面に描かれた文様が輝き始めて、子供たちがうめき声を上げる。

そして、子供たちの瞳から生気が失せて行く。

 

 

「さあ、慄け!!」

 

 

カッ!!と眩い閃光が森の中を埋め尽くした。

そして、閃光が収まった森の中に巨大すぎる生き物が現れた。

山一個と同じくらいのサイズで、八つの首を持つ大蛇。

 

 

 

神話に登場する蛇、八俣大蛇が幻想郷に現れた。



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第39話 「土着神の怒り」

第39話「土着神の怒り」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤマタノオロチ。

漢字表記では八岐大蛇や八俣遠呂智と書かれる。

日本神話に登場する伝説の生き物であり、八本の頭も八本の尾を持つ。

目はホオズキのように真っ赤で、背中には苔や木が生え、腹は血でただれ、8つの谷、8つの峰にまたがるほど巨大な怪物とされている。

しかし、須佐之男命の策略によって酔わされて眠った所を十束剣――天羽々斬剣で切り刻まれ、討伐された。

その時に天羽々斬剣が欠け、尾から一本の剣が出てきた。

 

 

 

 

 

幻想郷で人里に住まう子供たちが謎の失踪を遂げるという異変が起こった。

本殿から動けないゆかりの代わりにルーミアが栞に協力することになったのだが・・・・・・

 

 

「神話に出てくる蛇・・・まさか、さっきの子供たちは!!」

 

 

「ああ。このヤマタノオロチを召喚するための生贄になってもらったよ。」

 

 

ルーミアの目の前に居るのは、八本の尾と八本の頭を持つ巨大な怪物。

神話中の描写とは若干の差異があるが、ヤマタノオロチと見て間違いないだろう。

 

 

「天下の陰陽師が卑劣なことをするね。陰陽師は人の味方じゃなかったの?」

 

 

「ふん。人と妖怪の共存などと言う世迷いごとを掲げる奴は等しく敵だ。」

 

 

「そう・・・・・・」

 

 

刹那、ルーミアの体から闇があふれ出した。

敵の陰陽師が敷いた結界の影響下でありながら立ち上がり、ストームブリンガーを構える。

 

 

「さあ、これで貴女の結界に意味はない。覚悟は良い?」

 

 

とは言っても、ゆかりから貰った対結界用の御札の効果は長くない。

それまでにあの怪物と陰陽師を倒さないと面倒なことになる。

私の力で何処までできるかわからないけど・・・・・・・

 

 

「どんな妖術を使ったかは知らんが、妖怪風情がヤマタノオロチに勝てると思うなよ!!」

 

 

ヤマタノオロチは咆哮をあげてホオズキのような目でルーミアを睨む。

ルーミアは妖力で創造された漆黒の翼――《魄翼》を展開。

ストームブリンガーを手に陰陽師に切りかかる。

 

 

「ふん。」

 

 

刹那、ガキンッという音を立てて星型五角形の障壁とストームブリンガーが衝突する。

しかし、ルーミアは障壁を足場にして近くの樹の幹に飛ぶ。

さらにその樹を足場に陰陽師の障壁に長剣を突き刺す。

 

 

「無月・破砕!!」

 

 

拳全体を妖力で覆い、障壁に突き刺した長剣を思いっきり殴りつけた。

すると、障壁は音を立てて砕け散った。

すぐさまルーミアは《魄翼》を巨大な腕に変えて陰陽師を切り裂く。

 

 

――残念だったな。それは身代わりだ。――

 

 

巨大な腕は間違いなく陰陽師の体を切り裂いたが、飛び散ったのは紙の破片。

おそらく陰陽術の1種なのだろう。本体はヤマタノオロチの頭上に居た。

再び《魄翼》の形が高速形態の翼に変えて飛翔する。

 

 

「闇を集い集まりて、敵を撃ち抜く一筋の槍となれ!!」

 

 

ストームブリンガーに彼女が司る闇が集まって形を成す。

ルーミアの身の丈を軽く越える漆黒の槍だ。

 

 

「はああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

気合を込めて槍を振るう。

敵の陰陽師は当然ながら障壁を展開するが、かなりの妖力を込めた一閃は防げなかった。

甲高い音を立てて障壁が破壊され、巨大な槍がヤマタノオロチに振り下ろされる。

しかし、その槍は見えない力によってはじかれた。

 

 

「なっ!?」

 

 

「やれ。」

 

 

ヤマタノオロチは口から水弾を吐き出した。

大きな攻撃の硬直で動けなかったルーミアは水弾の直撃を受けて吹き飛ばされた。

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

水弾の直撃を受けて吹き飛ばされたルーミアは森の樹の枝に衝突しながらようやく止まった。

いつも着ている衣服はあちこち破けて、露出した肌に無数の生傷が出来ていた。

しかし、陰陽師の結界の範囲から抜けたことで本調子に戻ったルーミアの体はすぐに傷口を塞ぐ。

 

 

「まったく・・・これは面倒なことになったね。」

 

 

ルーミアの視線の先にはゆっくりとしたスピードで幻想郷に向かっていた。

ヤマタノオロチは地方によっては水神として崇められるような怪物だ。

一介の妖怪に過ぎないルーミア1人では太刀打ちできないだろう。

 

 

「ゆかりから貰った御札の残りは4枚。

 結界を無効化できるのは私だけ。だけど、向こうにはヤマタノオロチが居る。」

 

 

闇雲に攻撃してもあの巨体だとあんまり意味がない。

そもそもヤマタノオロチに近づいたら対妖怪用の結界でうまく立ち回れなくなる。

となると、結界内でも動ける私が陰陽師を殺すしかないか。

 

 

「まあ、どっちにせよ私1人じゃあ無理か。

 とにかく手伝ってくれそうな妖怪に片っ端から声を掛けてみようか。」

 

 

ルーミアはヤマタノオロチの視界に入らないように妖怪の山を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 境内~

 

 

幻想郷付近に現れたヤマタノオロチの姿は夢幻郷からも確認できた。

しかし、夢幻郷の住人たちは特に慌てるような素振りを見せることなくドッシリと構えていた。

夢幻郷の中心地でもある八雲神社の本殿では霊禍を初めとする守り手が揃っていた。

幻想郷と夢幻郷付近の森を一望できる境内からは当然ながらヤマタノオロチの姿も見える。

 

 

「はわわわ・・・ど、どうしましょうシアンさん!?」

 

 

「落ち着きなさい、ゆり。」

 

 

突如として現れたヤマタノオロチに五代目夢幻郷の巫女、水雲 ゆりはパニック状態に陥っていた。

しかし、霊禍やシアンディーム、葵はまったく動じていない。

 

 

「神話に登場する怪物の召喚か・・・・・・。

 私の能力もどこまで通用するかは分からないわね。」

 

 

「ヤマタノオロチには私の呪いも効かない。

 水神として信仰されてるから弱らせないと効果がでない。」

 

 

「幻想郷の方はかなり慌てているでしょうね。」

 

 

三者三様の反応を示す夢幻郷の守り手たち。

しかし、彼女たちには緊迫感というモノが欠片も存在しない。

ヤマタノオロチが幻想郷近隣に出現してから既に10分以上が経過している。

進むスピード事態は非常にゆっくりとしているが、いずれは幻想郷は滅んでしまうだろう。

 

 

「それよりも、ルーミアさんが心配ですね。

 最初に連絡して来てから途絶えていますから。」

 

 

「そうね。ゆかりさんが復帰すれば、すぐに片がつくんだけど・・・・・・」

 

 

ルーミアは事の顛末を夢幻郷に居る面々に伝えた後、ヤマタノオロチに向かっていった。

敵の陰陽師と戦闘を行ったのは夢幻郷に居るシアンディームたちからも見えていた。

しかし、現在は嘘のように静かな状態が続いている。

それにも関わらずルーミアから連絡が完全に途絶えてしまっている。

 

 

「他にも陰陽師が入り込んでる可能性があるかもしれない以上、私たちもここから動くわけにはいかない。」

 

 

霊禍は淡々と言葉を並べる。

現在、亡霊である清姫が夢幻郷近くの森を捜索している。

今のところは仲間らしき陰陽師の姿は確認できていないが、警戒しないに越したことはない。

 

 

「あ~ようやく終わった。」

 

 

刹那、勢いよく本殿の扉が開けられた。

そして、三日間も本殿に篭っていた夢幻郷の土着神――八雲 ゆかりが焔月と蒼月を連れて出てきた。

霊禍たちは待ち望んでいた人物の登場に歓喜した。

 

 

「私が閉じこもってる間に随分と面倒な事態になってるわね。」

 

 

ヤマタノオロチの巨体を視界に納めたゆかりは言った。

 

 

「どうしますか?」

 

 

「決まってるじゃない。行くわよ、2人とも。」

 

 

「「はい!!」」

 

 

2人の姿が人間形態から刀剣形態に変わり、ゆかりの両手に収まる。

 

 

「霊禍、シアン、ゆり。貴方達はここで待機。

 葵、付いてきなさい!!」

 

 

ゆかりは4人に指示を飛ばし、スキマを広げて戦場に向かう。

彼女の後を追うように従者である葵も無数の目が見つめるスキマ空間に飛び込んだ。

 

 

▼    ▼    ▼    ▼    ▼

 

 

スキマ空間を通って現実世界に戻ってきたゆかりが見た光景は酷いモノだった。

自由気ままに生い茂っていた木々がなぎ倒され、ヤマタノオロチが通った地面は抉れている。

さらに激しい戦闘が起こったことを物語るように幾つものクレーター。

 

 

そして・・・・・・

 

 

「みんな・・・・・・」

 

 

妖怪の山で杯を交わした鬼や天狗たちがあちこちで倒れている。

ヤマタノオロチを倒そうとして返り討ちにあったのだろう。

全員ボロボロで満身創痍な状態。

 

 

「ゆかり、か?」

 

 

「奉鬼・・・・・・。貴女のような大妖怪でも勝てなかったの?」

 

 

「ああ。皆を率いて自分の土地を守ろうとしたが、この様だ。」

 

 

鬼の王であり、ゆかりとも個人的な交流があった大妖怪。

頭部からは真っ赤な鮮血を流し、利き腕である右腕は完全に消失している。

さらに左足もありえない方向に折れ曲がっていた。

 

 

「アイツの目的は恐らく幻想郷に住む人と妖怪の全てを殺すことだ。

 早く何とかしなければ大変なことになる・・・・・!!」

 

 

「分かってる。それから、ルーミアは何処に?」

 

 

「アイツなら・・・・・・あそこだ。」

 

 

倒木に凭れ掛かるように寝かされた奉鬼はある一点を指差した。

無数に転がる天狗や鬼の体――まだ辛うじて息がある――の中にルーミアの姿はない。

ルーミアは少し離れた樹に叩きつけられていた。

 

 

「ルー、ミア・・・・・・?」

 

 

ルーミアは奉鬼以上に酷い怪我を負っていた。

顔半分は酷い火傷を負い、右目は完全に潰れてしまっている。

火傷は右半身にまで付随し、ルーミアの衣服は無残に焼け落ちている。

さらに左腕は消失し、ゆかり特製のストームブリンガーは真ん中の方で折れてしまっている。

 

 

「あっ・・・ゆかり・・・・・・」

 

 

「大丈夫? ルーミア。」

 

 

「うん。ちょっとヘマしちゃったけど大丈夫。だけど、しばらく動けそうにないや。」

 

 

ははは、と苦笑いを浮かべるルーミア。

たったそれだけの動作だけなのに、とても苦しそうだ。

傷が回復していない所を見ると、妖力を使い果たしてしまっているようだ。

 

 

「ゆかりにみたいには上手くいかないもんだね。

 ゆかりなら、皆も守りながらでも戦えるけど、私には無理だったみたい。」

 

 

「十分よ。ルーミアは十分役割を果たしてくれた。

 だから、少しの間眠ってなさい。起きた時には全て終わってるから。」

 

 

「うん・・・・・・」

 

 

ルーミアはゆっくり頷いて、静かに瞳を閉じた。

ゆかりはルーミアを地面に寝かせるとスキマを開いて、シアンディームを引っ張り出した。

 

 

「ゆかりさん~、急な召喚は吃驚するから止めて下さいって言ったじゃないですか~」

 

 

「ごめん。それよりもけが人の治療をお願い。」

 

 

何とか平静を装うゆかり。

しかし、その心の中は怒りの炎がめらめらと燃え上がっていた。

親しくなった妖怪を守りつつ奮闘したルーミアの成れの果てを見たときから怒りの炎は燻っていた。

 

 

「凄い数ですね。私1人で何処まで出来るかわからないですが、最善の手は尽くします。」

 

 

「うん、信頼してるよ。」

 

 

「ゆかり様!!」

 

 

刹那、ヤマタノオロチと敵の陰陽師の様子を見に行っていた葵が戻ってきた。

 

 

「葵、どうだった?」

 

 

「アイツ、先に人里の方を殲滅するつもりみたい!! 今は人里から少し離れた湖に差し掛かってる!!」

 

 

「そう・・・・・・」

 

 

ゆかりは蒼月を鞘に戻して、焔月のみを手に握り締めた。

 

 

「焔月。試作段階の“アレ”、行けるよね?」

 

 

《はい。ですが、下手をすると幻想郷の自然を破壊してしまうことをお忘れなく。》

 

 

「分かってる。」

 

 

静かに目を閉じて、その身に宿した神力を解放するゆかり。

同時に焔月から圧倒的熱量の炎が立ち上る。

 

 

「八雲式神術、烈火之纏!!」

 

 

立ち上った炎は凝縮され、ゆかりはその炎を纏う。

衣服の先端に炎が灯り、ゆかりの髪の先端にも茜色の炎が灯る。

不思議なことにその炎は衣服や髪を燃やすことなくきらめいている。

 

 

「さて、うちの家族や友人に手を出した落とし前を付けてもらわないといけないわね。」

 

 

ゆかりは地面を蹴り、ヤマタノオロチの後を追った。

 




霊禍の死の呪いは神力を持つ者に対して、効果が薄くなります。
かなり弱らせた状態なら、可能です。
さて、幻想郷が崩壊の危機に瀕しているのに紫は何処に居るのだろうか?


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第40話 「幻想郷に舞う紅蓮の炎」

第40話「幻想郷に舞う紅蓮の炎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~幻想郷 霧の湖~

 

幻想郷で一大勢力を築いている妖怪の山。

その山の麓には数多くの妖精の棲家となっている広い湖が広がっている。

幻想郷の人里に住む人々はその湖のことを「霧の湖」と呼んでいた。

その湖に幻想郷を混乱に陥れているヤマタノオロチとそれを駆る陰陽師が休んでいた。

しかし、その休憩ももうすぐ終わろうとしていた。

 

 

「さて、そろそろ狂った人間共の里を壊しに行くか。」

 

 

陰陽師は体を起こし、ヤマタノオロチの頭上から見える人里を見据えた。

目的を達成するためにヤマタノオロチを人里に向けて進行させようとした。

しかし、それを遮るように炎を纏ったゆかりが舞い降りた。

 

 

「随分暴れまわってくれたみたいだね。」

 

 

「ん? 見たことない妖怪だな。」

 

 

「そうでしょうね。私と同じ妖怪はこの世に二人ぐらいしか居ないし。」

 

 

「そうかい。そんな希少な妖怪に会えるなんて幸運だな。

 とりあえず・・・・・・他の妖怪みたいに痛い目に合わせてやるよ!!」

 

 

刹那、ヤマタノオロチの首が物凄いスピードでゆかりに向かってきた。

このままでゆかりは丸呑みにされてしまう。

しかし、その首は虚空で突然地面に落下した。さらにその断面が突然発火した。

 

 

「なん・・・だと・・・・・・」

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

 

呆然と立ち尽くす陰陽師をゆかりは殺気を篭めた眼差しで見つめる。

ゆかりは伸びてきた首を焔月で切り落としたのだ。

もっとも今のゆかりを丸呑みにすることはヤマタノオロチでもできないだろう。

 

 

「くっ!!」

 

 

陰陽師は呪符を使った。

湖の水が巻き上がり、ゆかりに向かって襲い掛かる。

しかし、虚空に開いた空間の裂け目――スキマがそれを飲み込んでしまった。

 

 

「お、お前!! どうしてこの結界の中で能力が使えるんだ!!」

 

 

陰陽師は問題なく能力を行使するゆかりに戸惑った

彼は対妖怪用の結界を張り巡らせることで圧倒的なアドバンテージを手に入れている。

結界の中に入ってしまった妖怪は弱体化し、まともに能力を行使することができなくなる。

しかし、ゆかりは何食わぬ顔で能力を行使している。

 

 

「そうね。この際だから名乗っておきましょうか。

 私は八雲 ゆかり。夢幻郷を領土とするしがない土地神・・・土着神さ。

 だから、対妖怪に設定された結界は神様である私には通用しないのよ。」

 

 

ゆかりは自分の手の内をあっさりと敵にさらす。

土着神は縄張りとなっている場所から離れてしまうと弱体化してしまう。

しかし、縄張りの中では天津神よりも強い力を発揮することができる。

ゆかりの縄張りは夢幻郷だが、幻想郷でも十分すぎるくらいに強い力を発揮することができる。

彼女の自信は此処から来ているのだ。

 

 

「それから・・・・・・今の私はとんでもなく怒ってるわ。

 家族に、親友に酷い怪我を負わせた罪、その体で償ってもらうわよ!!」

 

 

ゆかりは軽快に地面を蹴り、高く跳躍する。

そして、焔月を軽く振ると巨大な炎の剣がヤマタノオロチの体を焼く。

 

 

「くそっ!! お前の力はそんなものか!!」

 

 

陰陽師はヤマタノオロチを叱咤する。

すると、ヤマタノオロチは焼け爛れた体を再生させつつホオズキのように紅い瞳でゆかりを睨む。

水神であるヤマタノオロチにとって湖はホームグランドのようなものだ。

 

 

「―――――!!!!」

 

 

ヤマタノオロチは口を大きく開いて、巨大な水玉を吐き出した。

 

 

「はあっ!!」

 

 

撃ち出される水玉を焔月で切り裂きつつ、ヤマタノオロチの眉間に焔月を突き刺した。

ブシャッ!!を紅い血が噴出した後、内部を神の炎が焼け焦がしていく。

こうして八本の首の内、2本が使い物にならなくなった。

 

 

「この程度かしら?」

 

 

「くそ・・・くそっ!! 妖怪ごときに負けてたまるか!!」

 

 

陰陽師は2枚の呪符を取り出して、ゆかりに投擲した。

刹那、鋭い風の刃がゆかりに襲い掛かってきた。

一発一発のダメージは小さいが、数が非常に多いので馬鹿にはできない。

ゆかりの衣服が僅かに切り裂かれるが、それを無視してゆかりは焔月を振るった。

 

 

「は・・・・・・?」

 

 

刹那、陰陽師は何が起こったのか理解できなかった。

ヤマタノオロチとゆかりの位置は剣が届かないくらいに離れている。

それにも関わらずヤマタノオロチの体は真っ二つに切り裂かれていた。

 

 

「これが私が独自に編み出した神術、烈火之纏の力。」

 

 

ゆかりが使用した八雲式神術、烈火之纏の力は炎を纏うだけではない。

焔月の剣先に炎を圧縮し、振りぬかれると同時に圧縮した炎が千里先の敵も切り裂く。

手加減ができないので下手をすると、幻想郷を火の海にしまうかもしれない恐ろしい術である。

 

 

「そろそろ閉幕といきましょうか?」

 

 

「こ、こうなったら・・・・・・お前を道連れにしてやる!!」

 

 

すると、切り裂かれたヤマタノオロチの体と陰陽師の体が融合していく。

片割れの体も取り込み、自分を式神として召喚したヤマタノオロチと完全に一体化させる。

その様子はゆかりは黙ってみていた。

 

 

「クカカカカカ!!! これでオマエタチをネダヤシニしてくれるわ!!!」

 

 

ヤマタノオロチと融合した陰陽師はもはや人の領域を踏み外していた。

両腕は鋭い牙を覗かせるヤマタノオロチの首になり、胴体から下は完全に一体化している。

まさに“異形”という言葉がピッタリな姿である。

 

 

「哀れな奴ね。人の身を捨ててまで妖怪を根絶やしにしようとするなんて。

 貴女に地獄の苦しみを味あわせるつもりだったけど、止めにするわ。」

 

 

ゆかりは異形と化した陰陽師に哀れみの視線を向けた。

そして、この騒動に幕を引くためにゆかりはとある存在を召喚することにした。

 

 

 

―――我が契約に従い、この世界にその気高き御身を現し給え。―――

 

 

 

ゆかりの透き通る声が幻想郷に響く。

空を覆っていた曇天が静かに道を開けて、太陽の道を作る。

 

 

 

―――汝は太陽の化身であり、自然の神。―――

 

 

 

射し込んできた日光が幻想郷に降り注ぎ、明るく照らす。

そして、虚空で静かに茜色の炎が燃え盛る。

 

 

 

―――天照大御神よ、その御身をこの地に顕現させよ―――

 

 

 

最後の一節を紡いだ瞬間、虚空に燃え盛っていた炎の中から1人の少女が姿を現した。

白地に飛び交う茜色の火の粉が刺繍された衣服を身に纏った黒い髪の少女。

形は巫女服に似ているが、履いているのは黒い武道袴。首には赤いリボンのような物を巻いている。

見かけは可憐な少女にも歳若い女性にも見える彼女は扇で口元を隠しながら微笑む。

 

 

「あらあら。早速の呼び出しかと思ったら、中々面白い状況じゃない。」

 

 

「暢気なものですね、天照様。こっちは死活問題だと言うのに・・・・・・」

 

 

暢気に呟く黒髪の少女――天照大御神。

ゆかりも負けず劣らず暢気だが、それは個々の実力に自信がある故だろう。

 

 

「まあ、道を踏み外し過ぎた人間に容赦はしないけど。」

 

 

天照の顔から笑みが消え、鋭い視線で異形となった陰陽師を睨む。

刹那、陰陽師の両腕が二人に向かって伸びてくる。

 

 

「馬鹿ね。」

 

 

天照は扇を軽く振るった。

すると、扇から生み出された力強い風が両腕で弾き返した。

 

 

「その程度の力でこの妾に逆らうつもりなの? 片腹痛いわね。」

 

 

「ダマレダマレダマレェェェェ!!!」

 

 

陰陽師はもう壊れた機械のように同じ言葉しか繰り返さない。

ヤマタノオロチと融合したせいで精神汚染が始まってしまっているのだろう。

 

 

「醜いものね。そんな姿になっても、妖怪全てを滅ぼそうとするなんて。」

 

 

天照は敵の陰陽師に哀れみの視線を向ける。

 

 

「灼熱の業火、その身に受けてみなさい。」

 

 

天照は右手に巨大な炎の塊を作り出す。

太陽神として信仰される天照大御神の炎は数千度を越える灼熱の炎。

そんな炎をまともに浴びれば、神様たるヤマタノオロチも無事では済まないだろう。

 

 

「ゆかり~。ちゃんと結界は張ってある?」

 

 

「張ってあります。そうしないと、ここら一体はもう火の海ですから。」

 

 

「さっすが♪ じゃあ・・・・・・お仕置きの時間よ♪」

 

 

天照は笑みを浮かべながら作り上げた超小型太陽を陰陽師に向かって投げつけた。

あらゆる物を燃やし尽くす炎は陰陽師を、延いては融合しているヤマタノオロチも飲み込んでいった。

ゆかりは半径数メートルに渡って結界を敷いているので、周辺に環境破壊の影響はない。

結界の中に断末魔の悲鳴が響き渡り、そこには何も残っていなかった。

 

 

「う~ん♪ 久しぶりに暴れたからすっきりしたわ♪」

 

 

「神様とは思えない発言ですね。」

 

 

「しょうがないでしょ? 太陽神なんて呼ばれてるけど、結構窮屈なものなのよ。

 偶には思いっきり羽目を外さないとやってられないわよ。」

 

 

天照はケラケラと笑う。

そして、好きなだけ暴れると本来居るべき場所に帰っていってしまった。

 

 

「さて、私もシアンの手伝いに行きましょうか。」

 

 

ゆかりが霧の湖を離れようとした時、一つの霊弾が飛来した。

しかし、それは“烈火之纏”の自動防御機能によって燃やされてしまった。

 

 

「やはり貴女は脅威だわ。愛しい私の幻想郷を壊してしまうくらい。

 だから、ここで貴女を排除させてもらうわ。」

 

 

「私に勝てると思っているのかしら?」

 

 

ゆかりは霊弾が飛来した方向を向いた。

虚空に存在する見慣れた空間の裂け目――通称スキマ。

そして、それに腰掛ける妙齢の女性は閉じた日傘の先端をゆかりに向けていた。

その可憐な身のこなしとは裏腹に叩きつけられる殺気と妖力。

 

しかし、何よりも驚くべきことはその女性の容姿である。

衣装や髪型は異なれど、その顔立ちや髪の色はゆかりと瓜二つだった。

 

 

「幻想郷の管理者、八雲 紫。」

 

 

「夢幻郷の土着神、八雲 ゆかり。」

 

 

「「さぁ、最初で最後の殺し合いを始めましょう。」」

 

 




約一か月ぶりの投稿になってしまい申し訳ありませんでした。

バイトやらレポートやらいろいろ忙しくて気が付いたら約一カ月ぶりの投稿。
しかも、スランプも重なって出来がひどいことになっています。
気を紛らわすためにラノベを読んだり、新作書いたりしてました。
執筆する時間はあるのに執筆しないという体たらく。
こんな作者ですが、今後もよろしくお願いします。


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第41話 「ぶつかり合う二人のスキマ妖怪」

第41話「ぶつかり合う二人のスキマ妖怪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~幻想郷 霧の湖~

 

 

幻想郷の人里から少し離れた場所に位置する霧の湖。

その湖上で二人の大妖怪が互いににらみ合っていた。

周りに被害を出さないように展開された結界の中は二人のスキマ妖怪の妖力と殺気で満たされている。

刹那、二人のスキマ妖怪は互いに従者を呼び出した。

 

 

「藍!!」 「葵!!」

 

 

紫が展開したスキマからは九本の尻尾を生やした狐の女性が、ゆかりが展開したスキマからは葵が飛び出して来た。

そして、狐の女性の姿を見た葵は意外そうな表情を浮かべた。

 

 

「あらあら。どこかで見たことがある顔だと思ったら、泣き虫藍じゃない。」

 

 

「・・・・・・久しぶりですね、姉さん」

 

 

藍と呼ばれた九尾の妖狐は露骨に嫌そうな表情を浮かべながら挨拶を交わす。

確かによく見てみれば、顔立ちや髪の色が似通っている。

しかし、姉妹仲はそれほど良くないようだ。

 

 

「葵、貴女はあのお供の狐を抑えて。」

 

 

「はいは~い。でも、倒しちゃってもいいんでしょ? 精神が崩壊するくらいに」

 

 

「別にいいわよ。」

 

 

ゆかりの了承を受け取った葵はサドスティックな笑みを浮かべて藍に向かっていった。

二人だけになった紫とゆかりは互いににらみ合い、静止する。

まるで嵐の前の静けさと言わんばかりの静寂。

しかし、その静寂が崩れるのは一瞬だった。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

静寂を壊したのは未だに“烈火之纏”を発動させたままのゆかり。

焔月を大きく振り抜くが、それは紫の衣服の端を切り裂くだけだった。

 

 

「剣閃に炎を圧縮させた斬撃。事前に見てないと危なかったわね。」

 

 

「愛しい幻想郷が崩壊の危機に面していたのに、高みの見物とは良いご身分ね。」

 

 

「あら、もちろん最終的には私が介入するつもりだったわ。」

 

 

閉じた日傘を振るうと、無数の妖力弾が無数に生成される。

それらは一斉にゆかりに殺到する。

 

 

「そんなもの!!」

 

 

向かってくる無数の弾丸をヒラリヒラリと避けながら紫に近づいていく。

元々剣術――どちらかと言うと、剣舞――を嗜んでいたので、ゆかりの反射神経は高い。

そう簡単に弾が当たるわけがない。

 

 

「鳳凰翔破!!」

 

 

焔月に圧縮された炎が解放され、火の鳥を形作る。

放たれた紅蓮の鳥は弾幕を焼き払いながら紫に向かって飛翔する。

 

 

「小賢しい!!」

 

 

紫のすぐ手前にスキマが開き、紅蓮の鳥はスキマ空間に飲み込まれた。

しかし、スキマを開くために足を止めた僅かな時間でゆかりは焔月を振り上げていた。

容赦なく焔月が紫を切り裂くが、そこにあったのは人型の紙だけ。

 

 

「それは偽者よ。」

 

 

「っ!?」

 

 

いつの間にか紫はゆかりの背後に回りこんでいた。

そして、ゆかりを取り囲む色とりどりな無数の妖力弾が出現する。

逃げ場がない上にスキマを開く時間もないので、ゆかりは強硬手段をとった。

 

 

「紅蓮烈火陣!!」

 

 

ゆかりの体から紅蓮の炎が放たれて、取り囲んでいた妖力弾を燃やしていく。

しかし、ゆかりを不意打ちから守ってくれていた《烈火之纏》が強制的に解除された。

《紅蓮烈火陣》は纏っている炎を一気に解放する神術であり、《烈火之纏》を使っている時しか使えない。

 

 

「これで邪魔な炎はもう使えない。」

 

 

「それがどうしたというの?」

 

 

まるで勝利を確信しているような紫に対して、ゆかりは不敵な笑みを浮かべる。

ずっと鞘の中で燻っていた蒼月を抜刀し、いつもの八雲式剣舞の構えを作る。

 

 

「術が解除されただけで、私が弱くなった訳でも貴女が強くなったでもない。」

 

 

「その減らず口、いつまで叩けるかしらね。」

 

 

「さあ、ねっ!!」

 

 

ゆかりは虚空を蹴り、紫に肉薄する。

バチバチと放電する蒼月を真っ直ぐ振り下ろすが、それは虚空を切り裂くだけだった。

 

 

虚空に浮かぶ見慣れた空間の裂け目。

紫がスキマを用いた瞬間移動を行ったことに気付くのに大した時間は掛からなかった。

ゆかりは反射的に焔月で周囲を切り払った。

 

 

「掠っただけか・・・・・・」

 

 

焔月の刃先には少しだけ真っ赤な鮮血が付着していた。

しかしながら紫の姿は何処にもない。恐らくスキマ空間に潜っているのだろう。

 

 

「自分で使ってる分には便利な能力だけど、他人に使われると面倒なことこの上ないね。」

 

 

《でも、どうしますか? 向こうがずっと潜ってると、こっちからも手が出せません。》

 

 

「大丈夫だよ。アイツは私を完全に敵視してるからいずれは姿を現す。

 それに・・・・・・スキマ空間に干渉できるのはアイツだけじゃない!!」

 

 

ゆかりは右手を真横に振り払う。

すると、曇天に覆われた空の下に無数の光の剣が出現する。

さらに、“境界を操る程度の能力”でスキマ空間に潜んでいる紫を強制的に引っ張り出す。

 

 

「なっ!?」

 

 

「神術、絢爛剣舞劇!!」

 

 

突然スキマ空間から引っ張り出されて驚いている紫に光の剣が飛来する。

再びスキマ空間に逃亡しようとする紫の手を虚空から飛び出したゆかりの腕が掴んだ。

動けなくなった紫を光の剣が容赦なく切り刻む。

 

 

「くっ・・・うっ・・・・・・」

 

 

全身を切り刻まれながら紫は折り畳まれた日傘の先端を僅かに開いているスキマに向ける。

刹那、先端に集束させた妖力を解放し、特大の妖力弾をスキマに向かって放った。

当然ながらゆかりの手が飛び出ているスキマはゆかりのすぐ近くに繋がっている。

予想外の反撃にゆかりは何も出来ず、被弾してしまった。

 

 

「まさか反撃を貰うことになるなんてね。」

 

 

直撃を受けたゆかりはそれなりにダメージを負っていた。

衣服は所々破けてしまい、少し火傷を負った皮膚が露出している。

 

 

「それはこっちの台詞よ。傷を負わされたのは何年ぶりかしら。」

 

 

互いに相手をにらみ合う二人のスキマ妖怪。

一時の膠着の後、ゆかりは紫に向かって鋭い突きを放った。

しかし、紫はそれを紙一重で避けると頑丈が日傘をゆかりの脳天めがけて振り下ろした。

 

 

「その程度!!」

 

 

ゆかりは背後を見ることなく、直感だけでその日傘を焔月で受け止めた。

さらに、雷を纏った蒼月をスキマ空間の中に放り投げて、《八雲式剣舞 冥雷鈴》を放った。

スキマを飛び出した蒼月は紫の体を貫くかと思われたが・・・・・・

 

 

「甘い。」

 

 

紫はヒラッと身を翻すと、蒼月を避けた。

蒼月は慣性の法則に従って地表に向かって落下していく。

 

 

「八雲式剣舞 九の舞、天嵐!!」

 

 

体を回転すると同時に焔月を横になぎ払う。

初撃から流れるような連撃が紫をじわじわ追い詰めていく。

ゆかりと違い、自分の能力にほとんど頼りきっていた紫はゆかりほど反射神経が高くない。

その証拠に少し焔月が掠り、手傷を負っていく。

 

 

「これで!!」

 

 

最後の一撃を繰り出したとき、紫はニヤリと笑った。

その刹那。紫に止めを刺そうとしたゆかりは金縛りにあったかのように動けなくなった。

 

 

「準備に手間取ったけど、これで形勢逆転ね。」

 

 

「結界・・・の類ではなさそうね。」

 

 

「ええ。準備に時間は掛かったけど、私とっておきの妖術よ。

 さて、これで終わりにさせてもらうわ。」

 

 

紫の手に妖力が集まっていく。

それは光り輝く大槍を形作り、その矛先を結界に捕らわれたゆかりに向けられる。

スキマを開くことができるが、動けないので逃げることはできない。

 

まさに絶対絶命のピンチ。

そして、妖力の槍がゆかりを貫こうと紫の手を離れる寸前。

外部との繋がりを切断していた結界が音を立てて崩壊した。

 

 

 

▼    ▼    ▼    ▼    ▼

 

 

 

ゆかりと紫が戦闘している場所から少し離れた場所で藍と葵も熾烈な戦いを繰り広げていた。

 

 

「「朧火!!」」

 

 

ゆらゆらと揺れる茜色の焔が相手に向かって放たれる。

互いの攻撃を的確に避けながら接近していく。

 

 

「この!!」

 

 

「させん!!」

 

 

葵が能力を発動させる直前に藍は葵の背後に回りこむ。

葵の能力“感覚を操る程度の能力”は自分と自分の視界に存在する者しか能力の対象にできない。

そのことを知っている藍はなるべく葵の視界に入らないように立ち回っている。

一度でも能力を掛けることができれば、決着が着くのだが、それをさせてくれない。

 

 

「能力に頼りっきりなのは相変わらずみたいですね!!」

 

 

「うっ!!」

 

 

背後に回り込んだ藍が力一杯葵を蹴り飛ばす。

まるで葵の手の内を全て読んでいるかのように立ち回る藍に葵は苦戦していた。

 

 

「玉神楽・百花繚乱!!」

 

 

藍は無数の妖力玉を葵に向かって放つ。

妖力玉は複雑な軌道を描きながら葵を追いかける。

 

 

「いつまでも・・・・・・私が成長してないと思うな!!」

 

 

葵が取り出したのは、何の変哲もない鉄扇だ。

八雲神社の裏手にある霊峰から採れる不思議な金属で作られた武器だ。

葵はその鉄扇で当たりそうな妖力玉だけを破壊し、静かに藍を視界に入れる。

しかし、その刹那。葵の視界を埋め尽くすくらい大量の妖力玉が襲い掛かった。

 

 

「えっ!? ちょっ!?」

 

 

いつの間にか展開されていた絨毯弾幕に動揺を隠せない葵。

しかし、逃げる暇もなく葵は藍の絨毯弾幕に飲み込まれた。

 

 

「さて、紫様の援護に行かないと・・・・・・」

 

 

葵を倒したと確信した藍がゆかりと戦っている主に合流しようと背を向けた時。

ゆかりを逃がさないために展開されている結界がビリビリと震えた。

結界の内側から働く力に結界の耐久力が限界を迎えているのだ。

 

 

「あんまり、私のことを嘗めない方が良いよ?」

 

 

紫が張った非常に頑丈な結界を震えさせている張本人は葵だった。

絨毯弾幕に飲み込まれた彼女はダメージを負いながらも結界を破壊する準備を行っていた。

4本の尻尾の先端に妖力と霊力を集束させて、さらにそれらを1つの凝縮する。

本来、霊力と妖力は反発するが、葵はその2つの力を合成する方法を編み出した。

その特殊な技術を使える葵だけが使える秘術がある。

 

 

「秘技、崩・天・玉!!!」

 

 

放たれた葵最強の秘術《崩天玉》は藍の横を通り過ぎて結界にヒットする。

すると、結界はピシっ!! ピシッ!!という音を立てた後、崩れ落ちた。




藍が使ったのは設置式のトラップです。
葵の視界に藍の姿が入った瞬間、発動するようにしていただけ。


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第42話 「乱入者」

第42話「乱入者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~霧の湖 上空~

 

 

世界にたった二人しか居ないスキマ妖怪のゆかりと紫。

紫はゆかりという存在が幻想郷にとって危険であると判断し、襲ってきた。

ゆかりは虎熊姉妹の一件を理由に紫との戦いに身を投じた。

周囲にあまり被害ださないように展開された結界の中で激しい戦闘を繰り広げた。

しかし、葵の最強攻撃術《崩天玉》が結界を見事に破壊した。

 

 

「ごめんなさい、ゆかり様。結界の破壊に手間取りました。」

 

 

「すいません、紫様。結界を破壊されてしまいました。」

 

 

結界の端の方で戦闘を繰り広げていた藍と葵は結界が破られた直後、自分の主と合流した。

先ほどの崩天玉の反動で空を覆っていた雲が散り、夕焼けが顔を出した。

 

 

「大丈夫だよ。よくやってくれたね、葵。」

 

 

そう言って、ゆかりは葵の頭を優しく撫でる。

喧嘩を吹っかけてきた張本人の紫と熾烈な戦闘を行っていたゆかりは結構な傷を負っていた。

いつも身に纏っている衣服はあちこち破けてしまい、小さな切り傷がいくつも出来ている。

ゆかりがそこまで傷を負うことは非常に珍しい。そんなゆかりを葵は心配そうな表情で見つめる。

 

 

「大丈夫よ。こんな怪我、ほって置けばすぐに完治するわ。」

 

 

「そうよ。私の主はこの程度でどうにかなるような柔じゃない。

 別に気にすることなんてまったくないわ。」

 

 

人の姿に戻った蒼月がゆかりの隣に立つ。

そして再び剣の姿に戻り、ゆかりの手に収まる。

 

 

「さあ、戦闘再開と行きましょうか?」

 

 

「そうね。やはり貴女たちの存在は危険すぎるわ。

 かなり厳重に張った結界を力尽くで打ち破る程の力を見過ごすわけにはいかない。」

 

 

紫は傷ついても尚、自身が愛する幻想郷を守るために戦おうとしていた。

しかし、ゆかりと紫の相性は最悪と言っても過言でなかった。

ゆかりは主に接近戦を得意とする戦士タイプ。対して、紫の方は後方支援を主とする術者タイプ。

術者タイプは他に仲間が居てこそ本領を発揮することができる。

だから、戦士タイプのゆかりにタイマンで勝つことは非常に難しい。

 

 

「これはあんまり使いたくない手段だったんだけど・・・・・・」

 

 

「紫様!! それは未だに実験段階の秘術です!!

 あまりにも危険すぎます!!」

 

 

何かを行おうとしている紫を必死に止める藍。

しかし、紫はそんな彼女の忠告を無視して自分に“境界を操る程度の能力”を行使した。

その刹那。紫の体に異変が起こった。

 

 

「これは・・・・・・まさか!!」

 

 

同じ能力を持つゆかりは彼女が行おうとしていることを理解した。

白い衣服を破って、紫の背中から鴉のように真っ黒な翼が現れた。

 

 

「自分の境界を弄くって、種族そのものを改変するなんて正気の沙汰とは思えないわね。」

 

 

「タイマンで勝てないのは私がよく分かってるわ。

 だからこそ、対策を講じるのは当然のことでしょ?」

 

 

「元に戻れなくなっても良いの? 自分の境界はおいそれと弄くっていいものじゃない。」

 

 

「分かってるわ。そんなこと、百も承知よ。」

 

 

そう言って、紫は黒い翼を大きく広げた。

一瞬風を切る音が聞こえると同時に紫はゆかりに肉薄していた。

その速度は獣の反射神経を持つ葵でも反応できないくらいに速かった。

 

 

(は、はやっ・・・・・・)

 

 

反応が遅れたゆかりの腹部に紫の拳が突き刺さった。

 

 

「がはっ!!」

 

 

細腕に合わない衝撃がゆかりの体を駆け巡る。

 

 

「もう一発!!」

 

 

「っ!!」

 

 

続いて放たれた拳を蒼月の腹で受け止める。

 

 

「ゆかり様!!」「させん!!」

 

 

葵は主を援護するべく紫に能力を掛けようとするが、藍がそれを妨害する。

能力が発動すれば、一方的な勝利を収めることができる彼女の力だが、それには一瞬のタイムラグがある。

予めそのことを知っていなければ妨害なんてできないが、藍は葵の能力の弱点を熟知している。

 

 

「秘技、六杖交叉!!」

 

 

六つの光の槍が出現し、空中で交叉するように放たれる。

葵は紙一重で何とか回避し、巫女服の袖口から一枚の御札を取り出す。

 

 

「八雲式符術、紅蓮十字火!!」

 

 

「なっ!?」

 

 

御札を藍に向かって投げつけると、御札は炎の十字架に変わる。

葵は攻撃系の妖術が得意ではないが、その代わりに結界や幻術を得意とする。

そのことを知っている藍は見たことがない術に面食らった。

 

 

(まったく・・・ゆかり様から手解きを受けておいてよかった。)

 

 

藍の虚を突くことができた葵は虚空を蹴り、ゆかりとインファイトを興じている紫の背後に回る。

両袖から御札が勝手に飛び出して、一列に並ぶ。

 

 

「八雲式符術、絢爛火!!」

 

 

一列に並んだ御札一枚一枚から紅蓮の火の粉が吐き出される。

それらは紫に向かっているが、紫はほくそ笑むと下方に急降下した。

 

 

「「あ」」

 

 

紫という標的を失った火の粉はゆかりの方に向かっていく。

そのままフレンドリーファイアになるかと思ったが、当たる直前に焔月が人の姿に戻り、炎を受け止めた。

元が火の神様の分霊なので、焔月に炎は意味がない。

 

 

「ふぅ・・・危なかったぁ。」

 

 

「ありがとう、焔月。」

 

 

「あらあら。随分余裕ね。」

 

 

ゆかりの背後に急上昇してきた紫が出現する。

その両手には妖力を凝縮して成形しただけの剣。

しかし、ゆかりに手傷を負わせるくらいの切れ味は持っているだろう。

 

 

「っっ!!」

 

 

ザシュッ!! ザシュッ!!とゆかりの背中が深く切り裂かれ、鮮血が空に舞う。

すぐに振り返り際に蒼月を薙ぐと、紫の妖力の剣がそれを受け止める。

夢幻郷から離れてしまっているので、龍脈による補助を受けることができない。

そのため、傷口がすぐには塞がらず真っ赤な血がゆかりの衣服を染め上げていく。

 

 

「さっきの攻撃が堪えてるみたいね。剣に威力が乗っていないわよ?」

 

 

「くっ・・・・・・・」

 

 

ゆかりは苦々しく唇を噛み締める。

神器である蒼月なら、単に妖力で編みあげられただけの剣を破壊するのは難しくない。

しかし、先ほど受けた傷のせいで蒼月にうまく力が乗せれないのだ。

葵の方も藍がうまく抑え込んでいるので援護に行くのは難しいだろう。

 

 

 

――双方、戦闘を止めなさい。――

 

 

 

突然響き渡る歳若い少女の声。

その刹那。不思議なことが起こった。

 

 

「これは・・・・・・」

 

 

不可思議な事象にどちらも戸惑った。

互いに攻撃が届くような間合いに居た筈なのに、その間合いが大きく離されていた。

そして、夢幻郷組と幻想郷組の戦いを強制的に中止させた人物がその姿を現した。

 

 

「これ以上戦いを続けるというのなら、私も介入することになります。」

 

 

二人の戦いに介入してきたのは、暗い緑系統色の髪を持つ少女。

下手をすると葵にも負けるかもしれないような小さな体。

しかし、長い時を大妖怪を一瞬たじろがせるような威圧感を放っている。

 

 

「・・・・・・地獄の閻魔王が私たちの死闘に介入すると言うの?」

 

 

最初に口を開いたのは紫だった。

どうやら彼女も突然の乱入者――四季 映緋とは面識があるようだ。

 

 

「ええ。貴方たちのような強い力を持つ妖怪がぶつかり合うと、いろいろと影響がありますから。」

 

 

自身に向けられる敵意に歯牙も掛けない映緋。

 

 

「ですが、ここで私が戦いを止めろと言っても納得できないでしょう。

 なので、これ以降幻想郷と夢幻郷の実質上の管理者同士の過度な干渉を禁止します。

 これを破った場合はそれ相応の報復があると思ってください。」

 

 

映緋が有無を言わせずに話を進めていく。

空気が張り詰めていき、いつ引き裂かれてもおかしくはない。

おそらく紫か、ゆかりのどちらかが反対すれば、今度は三つ巴の戦いに発展するだろう。

そのことを理解している互いの従者は自分の主の返答にドキドキしていた。

 

 

「分かったよ。」

 

 

緊迫した空気を最初に崩したのは、夢幻郷の土着神たる八雲 ゆかりの方だった。

いつでも戦えるように握り締めていた蒼月を人の姿に戻し、武装を解除した。

 

 

「仕方ないわね。」

 

 

ゆかりが武装を解除すると、紫も元の姿に戻り、映緋の命令を了承した。

 

 

「聞き入れてくれたようで何よりです。

 万が一の時は私が全力全壊で説得するつもりでしたが、その必要はなさそうですね。」

 

 

映緋は微笑みながら言っているが、“全力全壊で説得するつもり”だったのは本当だろう。

ゆかりも紫も映緋の能力についてはまったく知らない。

この状況では手札を一つもきっていない映緋が圧倒的に有利だった。

 

 

「それでは、少しだけ森の再生を手助けしてから私は帰るとしましょう。」

 

 

映緋はヤマタノオロチによって荒らされた森に視線を向けた。

 

 

「“促進”」

 

 

映緋が行ったのはそのたった2文字を呟くこと。

御札を取り出す訳でも、触媒を用いて術を行使する訳でもない。

映緋はただ言葉を呟いただけ。

 

 

「さて、私も仕事がありますから帰るとしましょう。」

 

 

そう言い残して映緋は姿を消した。

おそらく彼女の従者である煉貴の能力によるものであろう。

 

 

「藍、私たちも帰るわよ。」

 

 

「はい。」

 

 

紫はスキマを開き、霧の湖の上空から立ち去ろうとした。

しかし、スキマ空間に入る直前にゆかりが大声で呼び止めた。

 

 

「虎熊姉妹を利用して、私たちを亡き者にしようとしたことは忘れていない。

 だけど、夢幻郷に敵対しない限りは手伝ってあげるわ。」

 

 

「・・・・・・・」

 

 

紫は何も言わずに藍と共に立ち去った。

 




なぜかリメイク前に比べて大幅強化されている映緋様(笑)
そもそも前が閻魔十王のくせに弱かったしね。今回は大幅に強化しました。
作中の描写でも分かるかもしれませんが、映緋の能力も変わっています。
以前は「概念を無効化する程度の能力」でしたが、今回は・・・・・・・


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第5章 数百年後の世界
第43話 「古明地さとり」


第43話 「古明地さとり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ヤマタノオロチ異変〉から何十年、何百年も月日が流れた。

幻想郷と夢幻郷は〈ヤマタノオロチ異変〉以降、大きな異変が起きることもなく平和な日々が続いていた。

ただ、外の世界の変遷に合わせて幻想郷と夢幻郷を覆うように“常識と非常識の境界”が張られたことで「外界で忘れられた物」が集まる土地となった。

それでも目立った争いはなく、退屈な日々がずっと続いていた。

 

 

「あの異変から数百年か・・・。」

 

 

鬼や天狗たちによって統治されている幻想郷北部にある妖怪の山。

その中でも屈指の実力者、星熊 勇儀はとある人物と杯を交わしていた。

 

 

「〈ヤマタノオロチ異変〉。私は聞いたことしかありませんが、一体どんな異変だったのですか?」

 

 

「簡単に言えば、幻想郷が崩壊する直前まで迫った異変だな。あの時は本当にヤバかったからな。」

 

 

そう言って、勇儀は大きな杯――星熊杯に注がれたお酒をぐびぐびと飲み干す。

勇儀も〈ヤマタノオロチ異変〉の際、他の鬼や天狗たちと共にヤマタノオロチと戦い、敗れた。

おそらく、あそこまで決定的な敗北を味わったのはその異変だけだろう。

 

 

「そして、最終的に異変を解決したのは夢幻郷の土着神だ。さとりも何度か会ったことがあるよな?」

 

 

「はい。お顔を少し拝見しただけですが・・・・・・」

 

 

“さとり”と呼ばれた桃色の髪を持つ少女は勇儀に比べると随分小さい杯を口に運ぶ。

外見は小学校高学年ぐらいで、胸の辺りで“第三の眼”とでも呼ぶべき物がふよふよと浮かんでいる。

 

彼女の名前は古明地さとり。

妖怪の山に住む覚り妖怪の一人で、大半の妖怪や人間からは生まれつきの読心能力のせいで嫌われている。

しかし、性格は温厚。特に手を出すようなことをしなければ無害な少女でしかない。

 

 

「何か困ったことがあればアイツを頼ると良い。きっと力になってくれるさ。」

 

 

「そう、ですか。」

 

 

「まあ、夢幻郷まで行くのが少し骨だがな。」

 

 

妖怪の山から夢幻郷に行くには、人里を通り抜けないといけない。

空から行っても、陸を歩いても人里を越えるのが非常に難しい。鬼や天狗のように強い力を持つならまだしも、読心能力以外は人間と大差ない身体能力の覚り妖怪では無理矢理通り抜けることなど不可能だ。

 

 

「そうだ、さとり。こいしの奴に不用意に出歩かないように言っておいてくれ。」

 

 

勇儀は思い出したようにそんな言伝を頼んだ。

こいしとは、さとりの実の妹でありながら読心能力を使えない覚り妖怪だ。

正確には、自ら“第三の眼”を閉じて無意識に身を置くようになった少女。

天真爛漫で“心を読む程度の能力”と引き換えに手に入れた“無意識を操る程度の能力”で幻想郷の各地を放浪している。

 

 

「私たちを快く思わない天狗たちが何か企んでいる、ですか・・・。」

 

 

さとりは勇儀の心を読み取り、彼女が言わんとしたことを先に口に出す。

勇儀はそれを気味悪いと思うこともなく、さとりに妖怪の山で渦巻いている陰謀について話した。

 

 

「おそらく大天狗派の奴らだろうが、お前たちを山から追い出そうとしてるみたいだ。」

 

 

「やはりこの山に移り住んできたのは迷惑だったのでしょうか・・・」

 

 

「せいっ!!」 「きゃんっ!!」

 

 

自虐的な言葉を吐くさとりの頭を勇儀は軽く小突いた。

 

さとりも妹のこいしも、元々妖怪の山に住んでいた訳ではない。

外の世界の変遷につれて故郷に居座ることができなったために妖怪の山に移り住んできたのだ。

妖怪の山を治める奉鬼を初めとする鬼や天魔は二人を歓迎したのだが、大天狗とその一派は反対した。

その理由は定かでないが、さとりの能力に不都合があったのだろうと噂されている。

 

 

「あんまり気にするな。少なくとも私や奉鬼様はお前たちのことを迷惑だと思っていないさ。」

 

 

勇儀は星熊杯に注がれたお酒を一気に飲み干した。

 

 

「おっと、空が曇ってきたな。今日はこれでお開きだな。」

 

 

「そうですね。私も自宅に戻りましょう。」

 

 

広い大空を灰色の雲がゆっくりと浸食していく。

あまり時間も掛からない内に空が曇天に覆われるのは明白である。勇儀とさとりはその場で別れると、互いに自分の住居に向かった。

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

~妖怪の山 中腹~

 

 

「はあ・・・今日は災難ね。」

 

 

さとりが自宅に到着するのを天気は待ってくれなかった。

もう少しで自宅が見える所まで辿り着いたのだが、突然降り始めた雨は予想以上に激しくさとりは足止めを食っていた。

ちょうど大きな樹が傘の代わりになってくれているおかげで、一時的に雨を凌げている。

 

 

「こいしはもう帰ってるかしら?」

 

 

さとりは若干放浪癖があるたった一人の妹のことを心配した。

 

 

「少し雨が収まったら、急いで帰りましょ。」

 

 

さとりは大きな樹の下で雨宿りを続けた。しかし、さとりの予想とは裏腹に雨足は弱まることを知らずに大地に恵みを与えていく。

一向に弱まる気配を見せない雨にさとりも少しばかり困り果てた。

 

 

「雨、止まないわね。」

 

 

さとりは地面から突き出した樹の根っこに腰を下ろし、雨足が弱まるのを待った。

彼女が樹の下で雨宿りを余儀なくされている時、澄んだ鈴の音がさとりの耳に届いた。

チリーン、チリーンと高い音がどんどんさとりに近付いてくる。すると、彼女の視界に強い雨の中を疾走してくる黒い影が写った。

鈴を鳴らしながら疾走する黒い影の正体は黒い毛並みを持つ二尾の妖猫だった。幻想郷なら大して珍しくない妖怪だ。

 

 

「お燐?」

 

 

『ようやく見つけたよぅ、さとり様。』

 

 

黒い妖猫はさとりの飼い猫であるお燐だった。

雨の中を走ってきたせいで、お燐の黒い毛はびっしょり濡れている。

 

 

「何かあったの?」

 

 

『実は・・・・・・』

 

 

お燐から事情を聞いたさとりは雨に濡れてしまうことも忘れて、自宅に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~さとりの自宅~

 

 

 

「こいし!!」

 

 

雨の中を駆け抜けてようやく辿り着いた自宅の扉を荒々しく開けるさとり。

ご主人の帰宅に気付いたペットたちが総出で出迎えるが、“第三の眼(サードアイ)”が読み取る動物たちの声はとても慌てていた。

さとりは靴を脱ぐと、ペットたちの案内に従って妹の部屋に急ぐ。

 

 

「こいし!!」

 

 

バンッという音を立てて勢いよく扉を開くと、苦しそうに悶えている妹の姿が真っ先に目に入った。

 

 

「おねぇ、ちゃん・・・」

 

 

「こいし!! 大丈夫!?」

 

 

「大丈夫、じゃない、かも」

 

 

こいしは途切れ途切れに言葉を発する。

流行り病に掛かってしまったのか、こいしの体は酷く熱を帯びている。

しかも、残念なことに自宅に置き薬はない。薬を手に入れるには幻想郷の人里まで降りていく必要がある。

 

 

「お燐!! 私は人里まで薬を貰ってくるから、貴女は此処でこいしの様子を見てて。」

 

 

『き、危険すぎますよ!! 人里はただでさえ、妖怪には容赦しないのに!!』

 

 

確かに幻想郷に来る妖怪の数が多くなってから人里は妖怪をあからさまに敵視している。

そんな状態の人里に近づけば、退治されるのが関の山だろう。

しかし、人里以外で効果が高い薬が手に入る場所など幻想郷にはない。

そう・・・・・幻想郷には。

 

 

「夢幻郷・・・・・・」

 

 

『夢幻郷なら、薬があるかもしれませんが・・・・・・あそこも人里を越えないと駄目ですよ!?』

 

 

「このまま手を拱いてる訳にはいきません。

 お燐、こいしのことは頼みましたよ!!」

 

 

さとりはお燐の制止の声を振り切って、雨が降り続く中夢幻郷に向かった。

 

 

 

 




一気に数百年後まで時系列を飛ばしました。
正直、〈ヤマタノオロチ異変〉の後の話を書いているとグダグダになりかねませんので。
一応、第5章となっておりますが、この章はあまり長くなりません。


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第44話 「救いの手」

第44話 「救いの手」

 

 

 

 

 

 

 

 

原因不明の病に倒れた妹のこいしを助けるために雨の中を駆け抜けていくさとり。

季節は初秋。紅葉が少しずつ色づき始める季節だが、降りしきる雨はとても冷たい。

霧の湖を越え、辿り着いた人里。

人里の門は固く閉ざされて物見櫓に登った強面の兵士たちが槍や弓を装備して周囲に目を光らせている。

この門を突破しない限り、夢幻郷へ辿り着くこともできない。しかし、読心能力以外に大した力を持たないさとりには人里を強行突破することなど不可能に近い。

 

 

「此処まで来たのに・・・!!」

 

 

さとりはギリッと悔しそうな表情を浮かべた。

こうしている間にもこいしの容態がどんどん悪くなっているかもしれない、というネガティブな考えがさとりに焦りを募らせていく。

 

 

「何とかあの門を突破しないと・・・」

 

 

さとりは樹の影から人里の門を守る警備兵たちの様子を伺う。

警備の人数は五人。屈曲な肉体を持つ男性が四人と紅一点の華奢な女性が一人という構成だ。

全員が弓や槍など投擲に向いた武器を装備しているが、連射できるような武器を装備している警備兵は見受けられない。

 

 

「あの人数なら、人里の上空を抜けれる筈!!」

 

 

さとりは意を決して、人里を空路から通り抜ける道を選択した。そして、少しだけ樹の影から顔を出した刹那。

 

 

「え・・・?」

 

 

ヒュンッ!!と風を切る音と同時に何かがさとりの頬を掠めた。

その物体は鋭利な短刀だった。飛んできた方向を見ると、警備兵唯一の女性が投擲した直後の構えをとっていた。

おそらく、その短刀をさとりに向かって投擲したのも彼女だろう。

 

 

「っ!!」

 

 

さとりは戦慄した。

現在、日は完全に沈み、雨が降っているので視界は非常に悪い。そんな状況にも関わらずほとんど正確に敵を狙えるような投擲術を持つ手練れが居る。

空を飛んで里の上空を通り抜けようとしても撃ち落とされるのが関の山。

 

 

(怖い・・・。)

 

 

常人離れした投擲術を持つ女性にさとりは恐怖を覚えた。

しかし、苦しそうに悶えている妹の姿を思い出して、さとりは恐怖を振り切る。

 

 

(怖い、けど・・・こいしが居なくなる方がもっと怖い!!)

 

 

さとりは湿った地面を蹴り、勢いよく飛び上がった。

水を吸った衣服は随分重くなっているが、そんなことを気にしている余裕はさとりにはなかった。

 

 

 

ヒュンッ!!

 

 

 

風を切る音と同時にあの短刀が飛来する。生憎と自分の読心能力が働く範囲よりも遠くに居るので、相手がどの部位を狙っているのかは分からない。

 

 

(っ!!)

 

 

短刀はさとりの右足を掠めた。

細い傷口に雨水が入り、鋭い痛みがさとりに襲い掛かる。

 

 

「あと・・・少し!!」

 

 

反対側に設置された門のかがり火が視界に映る。

上空を飛翔するさとりに気が付いたのか、警備兵たちが一斉に弓矢を構える。しかし、水気を吸ってしまった矢はうまく飛ばなかった。

さとりは加速すると一気に里の上空を駆け抜けた。

 

 

「はあ・・・はあ・・・」

 

 

里の上空を駆け抜けるのにかなりの妖力を失ったさとりは人里を越えるなり、地面に膝を着いた。

さらに、容赦なく降りしきる冷たい雨がさとりの体力を着実に奪い去っていた。

 

 

「後は・・・森を抜ければ!!」

 

 

夢幻郷に向かおうと力を振り絞って立ち上がるさとり。

しかし、そんな彼女の背を無情に投擲された一本の槍が貫いた。

 

 

「あっ・・・・・・」

 

 

全身から力が抜け落ち、さとりは力なく地面に倒れ付した。

 

 

(こんなところで・・・・・・)

 

 

さとりは必死に立ち上がろうとするが、全身に力が入らない。

雨と一緒に傷口から真っ赤な血が流れる。妖怪を退治した警備兵たちは沸き上がり、ハイタッチを交わす。

 

 

(痛い・・・。力が、入らない。)

 

 

何とか意識を繋ぎ止めるさとり。

しかし、彼女に留めを刺そうと弓矢や刀剣を携えた警備兵たちが飛び出してきた。

刹那。夜よりも暗い闇が突然溢れ出し、さとりも飛び出してきた警備兵も包み込んだ。

 

 

「一体何が・・・・・・」

 

 

突然黒くなった視界に戸惑うさとり。

それに巻き込まれた警備兵も狼狽え、パニック状態に陥っていた。幸か不幸か、さとりの命は繋がった。

 

 

――こっち。――

 

 

「え?」

 

 

何も見えない闇の中で誰かがさとりの手を掴み、傷付いた彼女に影響がないように優しく誘導していく。

そして、闇の中から抜け出した時、さとりが見たのは長い金髪を揺らす女性だった。

長い金髪は血のように赤いリボンを結われて、馬の尻尾のようにゆらゆらと揺らめいている。

 

 

「幻想郷の人里に妖怪は近付かない方が良いよ。最近、ピリピリしてるから。」

 

 

「あ、貴女は・・・?」

 

 

「私はルーミア。夢幻郷に住まう宵闇の妖怪、ルーミア=ディアーチェ。」

 

 

そう言って、立派な女性に成長したルーミア=ディアーチェはさとりに微笑みかけた。

ルーミアの闇に呑み込まれた警備兵たちは相変わらず何も見えない闇の中で狼狽し、右往左往している。

 

 

『さて、取り敢えず怪我の手当てしないとね。』

 

 

ルーミアの心の声がさとりの脳内に響く。

彼女がさとりが嫌われ者で有名な覚り妖怪であることに気づいているのかは分からない。

だが、彼女は間違いなくさとりを助けようとしていた。

 

 

『結構、深くまで刺さってるか・・・・・・。

 治療するような道具が手元にないこの場で引っこ抜くのは止めた方がいいか。』

 

 

どうするのが最善かを思案するルーミア。

当然ながらその思考はさとりにダダ漏れである。

 

 

『まあ、悪意ある妖怪じゃあなさそうだし、大丈夫か。』

 

 

自分の中で勝手に結論付けると、ルーミアはさとりの体を下から抱え上げた。

いわゆる、御姫様抱っこ状態である。

なるべく傷口を抉らないように気をつけながらルーミアは背中に闇色の翼を展開する。

さらに、その翼の一片が刀のように鋭い刃物になって槍の柄を切り落とした。

傷口を抉らないようにするための処置である。

 

 

「ちょっと飛ぶから、しっかりつかまっててね!!」

 

 

「は、はい!!」

 

 

さとりはルーミアの衣服を強く掴む。

闇色の翼―――ルーミアの固有妖術〈魄翼〉を羽ばたかせて、ルーミアは飛翔した。

人里の警備兵たちが闇から解放された時にはルーミアの姿もさとりの姿もなく、彼らは悔し涙を呑んだそうだ。




たまに思うけど、幻想郷の地理ってどうなっているんだろうか?
この時代にまだ慧音先生はまだ幻想郷に居ません。ですが、この章の終盤で登場するのは確定済み。


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第45話 「夢幻郷を治める神」

第45話 「夢幻郷を治める神」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さとりを抱えたルーミアは高機動形態の《魄翼》を使って、夢幻郷の統治者の居城である八雲神社へと向かっていた。

通常、幻想郷から夢幻郷に行くためには《妖怪の森》と呼ばれる危険地帯を通っていくという手段しかない。

妖怪に襲われても妖精たちが高確率で助けてくれるので、危険度は低くなっているが、危険なのには変わりない。

しかし、空路を利用するとその危険性は格段に小さくなる。

 

 

「やっぱり空から行くと楽チンだね~。雨が降ってなかったら、もっと快適なんだけどねぇ。」

 

 

そんなことをぼやきながら、ルーミアは八雲神社を目指す。既に、《妖怪の森》を越え、夢幻郷の敷地内に入っている。

 

 

「ここが・・・夢幻郷。」

 

 

ルーミアにお姫さま抱っこされながら、さとりは眼下の大地に広がる夢幻郷の光景を視界に納めた。

夜ということもあって、家の中からは淡い光が漏れ出ており、水の妖精たちが楽しそうにはしゃいでいる。

 

 

「見えたよ。夢幻郷を統治する者が住まう場所、八雲神社が。」

 

 

ルーミアの視線の先には湖の畔に聳えるコの字型の神社――八雲神社。

幻想郷にある博麗神社よりも広大な面積を占めるその神社は本殿と居住区画に分かれており、万が一の避難場所にも使えるようになっている。

 

 

「降りるよ!!」

 

 

ルーミアはさとりに負担を掛けないようにゆっくりと八雲神社の境内に降り立った。

 

 

「シアン!!」

 

 

ルーミアが大声で治癒術師の名前を呼ぶと、いきなり目の前に動きやすく改良された法衣を纏った一人の妖精が現れた。

夢幻郷の妖精の代表であり、八雲神社で人妖を隔てなく治療しているシアンディームだ。

そして、シアンディームが現れると同時に降りしきる雨が三人を避けるように降り注ぐ。

 

 

「こんな時間に何処に行っていたんですか? ゆかり様が心配してましたよ。」

 

 

「ごめんごめん。それよりも、この子の治療をお願いできないかな?」

 

 

シアンディームはルーミアが腕に抱き抱えているさとりに視線を移す。

そして、特に事情を聴くこともせずに首を縦に振った。

 

 

「分かりました。取り敢えず、中に入りましょう。」

 

 

 

▼    ▼    ▼    ▼    ▼

 

 

 

「かなり痛いけど、我慢してね。」

 

 

シアンディームはさとりの体に突き刺さった槍に手を掛ける。

普通の人なら命を落としても可笑しくないくらいの時間が経過しているが、妖怪であるさとりはまだ平気だった。

 

 

「くぅ!!」

 

 

ゆっくりと引き抜かれる槍。

全身を駆け巡る痛みにさとりは小さく呻く。

大雑把に抜いてしまうとさとりの内臓を傷付けたり、破片が残ったりしてしまうのでシアンディームは慎重に慎重に槍を動かす。

 

 

「ぅぅっ!!」

 

 

槍が動かされると止まっていた出血が再開され、さとりの衣服を紅く紅く染め上げていく。

それに伴って痛みも強くなっているのか、さとりの呻き声も大きくなる。

そして、矛先の半分が顔を出した所でシアンディームは籠める力を強くした。

 

 

「一気に引き抜くよ!!」

 

 

「っっ~~!?」

 

 

途中まで慎重に引き抜かれようとしていた槍が一気に引き抜かれ、さとりは言葉にならない悲鳴をあげた。

傷口から鉄砲水のように鮮血が噴き出すが、シアンディームの能力がすぐにその傷口を塞ぐ。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

 

「ご苦労様。ちょっと体が怠いかもしれないけど、傷の方はすぐに治ります。」

 

 

「私よりも妹を、こいしを助けてください!!」

 

 

さとりはシアンディームの手を掴み、必死に懇願する。

そんなさとりを安心させるように微笑み掛けるシアンディーム。

 

 

「大丈夫です。貴女の妹さんは我らが長が治療に当たってくれていますから。」

 

 

 

▼    ▼    ▼    ▼    ▼

 

 

 

場所は変わって、八雲神社本殿。

本来、巫女と祭神しか入ることを許されない神聖な場所に彼女たちは居た。

 

 

親譲りの艶のある黒髪と白い肌。

整った顔立ちの齢20前後の女性、七代目夢幻郷の巫女、水雲 シオン。

 

 

夢幻郷や幻想郷では珍しい西洋風の衣服に身を包んだ銀髪の少女、古明地 こいし。

 

 

そして、夢幻郷の管理者であり、夢幻郷を流れる龍脈を操ることができる八雲神社の祭神。名を八雲 ゆかり。

 

 

「うん。容態も随分安定してきたね。」

 

 

「ゆかり様も思い切ったことをしますね。」

 

 

ゆかりに仕える七代目の巫女、水雲 シオンは主の破天荒な行動に苦笑いを隠せなかった。

 

 

「仕方ないでしょ? 薬を処方してる余裕なんてなかったんだから。」

 

 

この子、古明地 こいしが私の元に運び込まれた時にはすでに危険な状態だった。

高熱に呼吸困難。さらには全身が痙攣していた。恐らく何かしらの毒物を食べちゃったみたいだけど、兎に角時間がなかった。

だから、私は夢幻郷の巫女が代々受け継いでいる能力でこいしを治療した。

 

 

「まあ、この本殿には私たち以外には誰も居ないから大丈夫だとは思いますが・・・」

 

 

そう言って、シオンは“夢幻郷の巫女”に就任した時に渡された封印具を身に付ける。

 

 

「さて、姉の方も処置が済んでる頃合いね。」

 

 

「そうですね。ちょっと見てきます。」

 

 

後処理をゆかりに任せ、シオンは神社の居住区画の方へ戻っていった。

 

 

「それにしても、運が良かったね。あの時、私が貴女を見つけてなかったら治療も間に合わなかったわね。」

 

 

ゆかりは静かに眠るこいしの髪を撫でる。

 

彼女がこいしを見つけられたのは偶然だった。

奉鬼との酒盛りの帰り道にゆかりは灯りが漏れでる一軒家を見付けた。妖怪の山の中にある集落から離れた場所にひっそりと佇むその家がゆかりには何となく気になった。

結果、さとりが夢幻郷にたどり着くよりも早くこいしはゆかりに保護され、一命を取り止めたのだ。

 

 

「あの症状は間違いなく有毒植物による物。高熱、呼吸困難、痙攣を起こさせる植物は・・・・・・」

 

 

ゆかりはスキマを開いて、植物大図鑑を取り出した。

 

 

「チョウセンアサガオ。これなら、妖怪の山でも少し生えているわね。」

 

 

問題はこいしが毒を摂取する羽目になったのが故意なのか、無意識なのか。

誰かに毒を盛られたのならば、あの姉妹はしばらく夢幻郷で預かった方が良さそうね。

 

 

パタンッと図鑑を閉じ、再びスキマに収納する。

 

 

「まったく・・・あんまり他所の土地に首を突っ込みたくはないんだけど。」

 

 

本殿に一人残ったゆかりは静かにため息を吐いた。

余計な詮索をすれば、天狗らの上官である大天狗に目を着けられることになるだろう。

それは平穏を望むゆかりにとってはあまり喜ばしくない事態だ。

 

 

「まあ、本人に聞くのが一番手っ取り早いわね。」

 

 

『ゆかり様、聞こえますか?』

 

 

八雲神社に住む者は必ず持っている思念通話用の御札からシオンの声が聞こえてくる。

ゆかりはその御札を額にあると、頭の中で言葉を紡いだ。

 

 

『聞こえてるよ。』

 

 

『姉の方の治療が終わったみたいです。本殿まで案内しましょうか?』

 

 

『いや、良い。私もそっちに行くよ。』

 

 

ゆかりはこいしを背中に背負うと、八雲神社の居住区画へと繋がるスキマを開いた。

念のために本殿の扉に内側からカギを掛けた後、スキマを潜った。

 




最近ストックが減っていく一方で困ってます。
スランプに突入しているせいで続くを書く気力が起きないのが原因です。
気まぐれにまったく関係のない小説を書いたりして何とかスランプ脱却を図っている状態。


さて、ここで補足事項です。

◆夢幻郷の巫女について
夢幻郷の巫女は基本的に世襲制です。
人里に本拠地を構える水雲家の中で一番適正が高い者が巫女に抜擢されます。
この時優先されるのは、個人的な能力ではなく人格です。
次代の巫女が見つかるとそれまでの巫女は人里に戻ります。
この時、“空想を現実に変える程度の能力”も継承されますが、中には妖怪化して人里に戻る巫女も居ます。初代巫女のしいなが一番最初。


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第46話 「宴の最中」

第46話「宴の最中」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 居住区画~

 

さとりSIDE

 

 

里の近くで負った傷の治療を終えたさとりは八雲神社の応接間に通された。

そして、珍しくゆかりを除く八雲神社の面々が勢ぞろいしていた。

ルーミアや葵、黒蘭という何百年――あるいは千年以上――という月日を生きる大妖怪。

かつては大陰陽師の一角として繁栄した芦屋道満の子孫、清姫。

夢幻郷の妖精たちを統括する高位の妖精、シアンディーム。

その錚々たる面々に囲まれるさとりは緊張の余り固まっている。

 

 

―――緊張してるみたいね。―――

 

 

「っ!?」

 

 

突然背後から声を掛けられ、さとりの心臓が大きく鼓動した。

振り返ると、亡霊の清姫がいたずらっ子のような笑みを浮かべて宙にふよふよと浮いていた。

 

 

―――まあ、この面子じゃあ無理もないわね。

   キヨも最初はまともに口をきくこともできなかったし。―――

 

 

新参者の歓迎や次代の夢幻郷の巫女就任の時には必ずちょっとしたお祭り騒ぎになる。

八雲神社の面々は仲間意識が強いので、その絆を深めるための恒例行事になっている。

もっとも、八雲神社の面々は規格外が多いのでほとんどの主役は委縮してしまう。

 

 

「えっと・・・貴女は?」

 

 

―――キヨの名前は芦屋清姫。大陰陽師、芦屋道満の子孫。

   まあ、今となっては八雲神社の居候だけどね。   ―――

 

 

そう言って清姫はふよふよとさとりの周りを旋回する。

からかっているのか、さとりの緊張を解そうとしているのか。

それは心を読める筈のさとりにも分からない。

 

 

どうしてでしょうか?この人の心が読み取れない。

亡霊でも妖怪でも私の力は発揮される筈なのに・・・・・・。

 

 

―――クスクス。キヨの心が読めないのが不思議みたいだね。―――

 

 

さとりの心情を読みとった清姫がそんな言葉を掛ける。

 

 

―――キヨの心の声が聞こえないのは、“閉心の術”を使ってるからだよ♪―――

 

 

「閉心の術、ですか?」

 

 

聞きなれない言葉にさとりは首をかしげる。

 

 

―――うん。キヨが夢幻郷にたどり着いてから編み出した術。

   その名の通り、相手に自分の心を読めなくする一種の防御術。―――

 

 

基本的に暇な時間を持て余していた清姫は既知の陰陽術の改良が日課になっていた。

閉心の術も彼女が一人で完成させた独自の陰陽術である。

 

 

―――それにしても、貴女可愛いわね♪―――

 

 

「ひっ!?」

 

 

清姫は突然さとりの柔らかい頬を撫でた。

亡霊特有の冷たさと官能的な手つきにさとりは思わず素っ頓狂な声をあげる。

 

 

―――本当に初々しい反応ね。このままキヨの式にしちゃおうかしら♪―――

 

 

冗談で言っているのか、本気で言ってるのか。清姫はそんなことを言い出した。

 

 

「止めなさい。」

 

 

―――きゃんっ!!―――

 

 

さとりを弄んでいた清姫に鉄拳が落とされた。

彼女に鉄拳を落とした張本人はすやすやと寝息を立てるこいしを背負ったゆかりだった

 

 

「こいっ!!」

 

 

心配していた妹の姿に思わず大声を出しかけたさとり。

しかし、その口をゆかりが手で抑え込む。

 

 

「静かに。今はゆっくり寝かせてあげて。」

 

 

「あ、はい・・・・・・」

 

 

さとりは次々に吐き出しそうになった言葉を飲み込む。

ゆかりはさとりにニコッと笑みを向けると、周囲の境界を切り離す。

がやがやと騒がしかった宴会が嘘のように静まり返った。

 

 

「まったく・・・清姫も新人を苛めたら駄目よ?」

 

 

―――は~い。―――

 

 

呑気な返事を返して、清姫はさとりから離れる。

そして、ゆかりは背負っていたこいしを床の上に寝かせる。

 

 

「治療は無事に終わったよ。一時はちょっと危なかったけど、もう大丈夫。」

 

 

「治療・・・・・・? こいしのあの症状は流行り病の類ではなかったのですか?」

 

 

さとりの質問にゆかりは首を横に振った。

 

 

「あれは毒によるモノだよ。しかも、十分に相手を殺せるような、ね。」

 

 

ゆかりの言葉を聞いてさとりは勇儀が言っていたことを思い出した。

妖怪の山に移住してきた自分たちを快く思わない連中が居ることを・・・・・・。

 

 

「何か心当たりがあるみたいだね。」

 

 

さとりの心情の変化をゆかりは目敏く読みとった。

 

 

「しばらくは此処に居なさい。此処は何処よりも安全だから。」

 

 

「えっ?」

 

 

「さて、いつまでもこの子を床に寝かせておくのは可哀想だね。」

 

 

そう言って、ゆかりはこいしの小さな体を下から抱き上げた。

いわゆる、御姫様抱っこの形である。

そして、寝床に繋がるスキマを開いてそれに足を掛ける。

 

 

「あ、あのっ!!」

 

 

スキマに潜ろうとしたゆかりをさとりが呼びとめた。

 

 

「良いんですか・・・? 私は覚り妖怪なんですよ・・・?」

 

 

「別に貴女の種族がどうであろうと関係ないよ。

 夢幻郷にはそんなことで差別するような妖怪は何処にもいないから。」

 

 

さとりが気にしていることをゆかりはバッサリ切り捨てた。

夢幻郷に住む妖怪は基本的に物好きが多いので、覚り妖怪の読心能力など気にしない。

それに、皆が思い思いのことをしているので別に心を読まれることに嫌悪感を抱かない。

 

 

「それでも、自分の能力のことが気になるなら私に相談しなさい。」

 

 

それだけ言い残すとゆかりはこいしを連れてスキマに潜った。

 

 

―――変わってるでしょ? ゆかりはどんな妖怪にも優しいの。敵対しない限りは。―――

 

 

今まで黙っていた清姫が口を開いた。

 

 

「ええ。ほとんどの妖怪は覚り妖怪を嫌っていますから。

 鬼ぐらいです。私たちに関して友好的に接してくれたのは。」

 

 

そう言えば、勇儀さんが言ってましたね。

夢幻郷の長はとても変わった妖怪で誰よりも優しい妖怪だと。

その理由がよく分かったような気がします。

 

 

―――でも、まだ心配っていう表情だね。―――

 

 

「・・・・・・はい。」

 

 

正直にいえば、怖い。

あの人・・・ゆかりさんは私たちを受け入れてくれたけど、他の妖怪は私たちのことを拒絶するんじゃないかと思ってしまう。

それに、あまり人や妖怪が多い所に居ると私の精神がもたない。

 

 

さとりが引きこもりがちなのはちゃんとした理由がある。

彼女の能力は一定範囲内の心の声を読みとってしまうので、人や妖怪が多い処に居るとその心の声を際限なく聞き取ってしまう。

そうなると、さとりの精神がもたないのだ。

 

 

―――ゆかりに相談すれば、あっという間に解決してくれるよ。

  その気になれば、さとりを別の妖怪にしちゃうこともできちゃうし―――

 

 

「さ、さすがにそれは無理でしょう・・・・・・」

 

 

(ところが、実際に成し遂げた奴が居るのよねぇ。)

 

 

清姫が思い出したのは、幻想郷に居るもう一人のスキマ妖怪の存在。

ゆかりに対抗するために自分の境界に干渉して、種族を変容させるという荒業をやってのけた。

なお、紫はその対決の後、無事に元の姿に戻ることができたらしい。

 

 

―――とにかく、困ったことがあったらゆかりに相談しなさいな。

  さてと。キヨも宴会の方に混ざって一緒に飲んでこようかな~。―――

 

 

そう言って、清姫はルーミアたちの宴会に混ざっていった。

同時にゆかりが張っていた結界が途切れて、騒がしい声がさとりの耳に届く。

 

 

「あれ? そういえば、どうしてあの人の心の声が聞こえなかったのでしょう?」

 

 

さとりの疑問に答えてくれる者はだれも居なかった。




ゆかりに読心能力が効かないのは、ゆかりは常に能力に対する防壁を展開しているからです。
なので、幻術等対象者に直接干渉するような能力は一切受け付けません。
ただし、物理的な攻撃は通ります。


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第47話 「姉妹の今後」

第47話「姉妹の今後」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~八雲神社 客室~

 

 

無駄に広い八雲神社に設けられる複数の客室の一室。

縁側からは神舞神事の開催場所でもある湖を一望することができる木製の部屋。

その部屋で安らかな寝息を立てて眠る二人の人影があった。

八雲神社で保護される形になった覚り妖怪の古明地姉妹である。

 

 

「んんぅ・・・・・・」

 

 

もぞもぞと布団の中身が動き、こいしが体を起こした。

まだ意識が完全に覚醒していないのか、目が垂れている。

 

 

「・・・・・・・あれ?」

 

 

こいしは周りの光景に小首を傾げた。

 

 

「此処、何処だろう・・・・・・?」

 

 

布団から出たこいしは無意識の内に縁側の方に足を運んだ。

神舞神事の開催場所にもなっている湖にはすでに先客が居た。

 

 

「せぁっ!!」

 

 

湖の畔の居たのは当代の夢幻郷の巫女、水雲シオンだ。

彼女は全身に霊力を纏い、無心に拳や足を振るう。

霊力を纏った四肢がシオンの掛け声と共に振るわれ、空気を切り裂く。

そして、一連の動作を終えた後、シオンは振り返ることなく言葉を発する。

 

 

「あんまり見てても楽しくないわよ?」

 

 

「う~ん・・・どっちかと言うと話す機会を伺ってたって言う方が正しいかな?」

 

 

「そうか。それで、何から聞きたいんだ?」

 

 

「此処は一体何処なの? 幻想郷じゃあなさそうだけど」

 

 

「此処は幻想郷の隣にある夢幻郷。

 貴女は夢幻郷の長が治療のために此処まで連れてきたのよ。」

 

 

シオンは全身に纏っていた霊力を引っ込めると、こいしの隣に座った。

 

 

「その様子だと体調は回復したみたいね。」

 

 

「うん。ちょっと頭がボーっとするけど。」

 

 

こいしの様子を見て、シオンは内心ほっとした。

危篤状態で運び込まれたこいしを治療したのは、他でもないシオンだ。

夢幻郷の巫女に代々伝わる秘奥の能力、“空想を現実に変える程度の能力”による治療。

それを行ったのはシオンであるが、その能力は他人に行使した試しが一度もない。

だから、シオンはこいしの容体を心配していたのだ。

 

 

「それよりもさっきのは一体何してたの?」

 

 

こいしはシオンに好奇の眼差しを向ける。

こいしの興味はシオンがさっきまで行っていた鍛錬の方に向かっていた。

 

 

「あれは徒手空拳の鍛錬の一環よ。

 放出した霊力を全身を覆うように展開したり、集中させたりするのよ。」

 

 

シオンが右手に霊力を集中させると、右手全体を霊力の膜が覆う。

霊力で体を保護することでダメージを軽減することを目的とした技術だ。

元々はゆかりが使っていた技術だったが、霊力でも同じことができると判明して以来、歴代の夢幻郷の巫女は全員習得している。

隙を作れない時などはこの技術を活かして徒手空拳で戦うのがこちら側の巫女のスタイルである。

 

 

「この技術がちゃんと扱えてようやく一人前の巫女として認められるようになってるの。

 歴代の巫女の中には“霊力砲”なんて術を編み出したのも居るわ。」

 

 

「へぇ~。それって、私にも同じことができる?」

 

 

「ん~・・・多分できる筈よ。元々この技術を編み出したのは妖怪だし。

 ただ、霊力と妖力じゃあ性質が変わるからまったく同じとはいかないだろうけど。」

 

 

「妖力を放出して、両手に集束・・・・・・」

 

 

シオンの言葉をこいしは最後まで聞いていなかった。

両目を閉じて妖力に意識を集中させるこいし。

 

 

(まあ、一朝一夕にできる訳がないわ。

 私がこの技術を会得するまでにかなりの時間が掛ったし・・・・・)

 

 

「できた~♪」

 

 

「・・・・・・・・え゛?」

 

 

嬉しそうなこいしと対照的に、シオンは目が点になった。

シオンの時とは違い、こいしのは炎のように揺らめいているが、きちんと妖力が両手を覆っていた。

妖力や霊力を局所に集束するのも十分な高等テクニックだ。

それを100年も生きていない少女は見事に見ただけで成し遂げた。

 

 

(こんな短時間でこの技術の片りんでも扱えるなんて・・・・・・恐ろしい才能ね。)

 

 

シオンはこいしの潜在的な才能に戦慄した。

そのことをあまり考えないようにして、シオンはこいしにあることを尋ねた。

 

 

「そういえば、貴女。鴉天狗から何か貰わなかった?」

 

 

「貰ったよ~? よく知ってるね。」

 

 

「一体、何を貰ったの?」

 

 

「鴉さんは元気が出る薬って言ってたよ? 変な味だったけど。」

 

 

(ということは、この子に毒薬を渡したのは山の鴉天狗で間違いなさそうね。)

 

 

シオンは自分の心の中でそう結論付けた。

もちろん物的証拠など何処にもないのだが・・・・・・・。

そして、その二人の会話に聞き耳を立てている人物が居ることにどちらも気づかなかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

~八雲神社 ゆかりの居室~

 

 

「やっぱり鴉天狗の仕業だったのね。」

 

 

八雲神社居住区画の東館。

祭神である八雲ゆかりに朝早くから面会しにきた妖怪が居た。

数日前から八雲神社に居候している古明地姉妹の姉、さとりである。

今日は西欧風の衣装を着ておらず、貸し出された藍色の和装を身に纏っている。

 

 

「大天狗が最近奉鬼に反抗的なのも理由の一つかな?」

 

 

「そういえば、ゆかりさんは鬼の頭領が親しい関係でしたね。」

 

 

「まあね。こう見えても最初は敵同士だったんだけど。」

 

 

ゆかりは奉鬼と出会った頃のことを思い出した。

 

 

「さとり。貴女はこれからどうするの?

 もはや妖怪の山は敵の本拠地と言っても過言じゃないよ。

 戻れば今度は武力を以てあなた達を殺しに可能性が高い。」

 

 

「・・・・・・迷惑かと思いますが、しばらく此処に置いてもらえないでしょうか?」

 

 

「別にかまわないよ。この夢幻郷に手を出さない限りは。

 私には夢幻郷の土着神として夢幻郷を守る役目があるからね。」

 

 

さとりに念を押すゆかり。

しかし、威圧していない所を見ると彼女のことを信用しているようだ。

 

 

「それからもう1つ。差し出がましいお願いだとは思いますが、此処に居る間私に妖術を教えて貰えないでしょうか?」

 

 

「妖術を?」

 

 

さとりは頷いた。

 

 

「私には他の妖怪に比べて、読心能力以外に戦う方法はありません。

 ですが、それでは足りないような気がするんです。」

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

今回の一件でさとりにも思うところがあったのだろう。

真っ直ぐな瞳でゆかりを見つめるさとり。

 

 

「分かったわ。何処までできるか分からないけど、可能な限りのことは教えてあげる。」

 

 

「本当ですか!?」

 

 

「一度した約束は破らないのが私の主義なの。

 さて、貴女の妹さんもちゃんと目が覚めたことだし、朝餉にしましょうか。」

 

 

「はい。」

 

 

こうして、古明地姉妹はしばらくの間夢幻郷の八雲神社で厄介になることになった。




さとりとこいしの強化フラグが成立しました。
と言っても、古明地姉妹が戦闘することは“この作品”ではありません。
あと、前作に出てきたExチルノも“この作品”では登場しません。
というより、吸血鬼異変で完結なので。


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第48話 「幻想郷からの来訪者(前篇)」

第48話「幻想郷からの訪問者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古明地姉妹が八雲神社に居候することになってから数カ月の月日が流れた。

さとりはゆかりから妖術の手解きを受け、こいしはシオンから格闘術の手解きを受けていた。

読心能力の方はゆかり特製のピアスによって封じられている。

しかし、悪意ある妖怪を見分けるために駆り出されることも少なくない。

幻想郷に流れ込む妖怪が多くなるのに従って、夢幻郷の周囲に住みつく妖怪も多くなった。

 

 

 

そんなある日の出来事・・・・・・・

 

 

 

 

~夢幻郷 八雲神社~

 

 

「ただいま。」

 

 

「御帰り。護衛、御苦労さま。」

 

 

年に数回、夢幻郷と幻想郷の間で貿易が行われる。

当然ながら危険度の高い妖怪の森を通り抜けないといけないので護衛が同伴する。

今回の護衛には霊禍が選ばれ、5日間の滞在の後帰還したのだ。

 

 

「幻想郷の様子はどうだった?」

 

 

「さとりがこっちに来た時よりはマシ。

 何でも物凄く強い人が里に住んで、その人が警護に参加してるかららしい。」

 

 

「うーん・・・単なる人が妖怪に勝てるとは思えないけど、能力持ちかな?」

 

 

「そこまでは分からない。

 その人に会うこととかはなかったから。」

 

 

「まあいいや。ありがとう。」

 

 

「ん。」

 

 

報告を終えた霊禍は扉を開けて、自室に戻ろうとした。

そして、ふととあることを思い出して足を止めた。

 

 

「そういえば、人里で“あの子”にあったよ。」

 

 

「“あの子”?」

 

 

「うん。先代夢幻郷の巫女、水雲 ゆりか。」

 

 

「そう・・・・・・。元気そうだった?」

 

 

ゆかりの質問に霊禍はコクリと頷いた。その返答にゆかりは頬を緩めた。

 

シオンから1代前の巫女――つまり、6代目の巫女――水雲 ゆりか。

5代目巫女の水雲 ゆりの後継者であり、夢幻郷最強の巫女であった。

歴代の巫女が習得できなかった八雲式符術最終奥義“夢想封印”を習得したのもゆりかが最初である。

そんな彼女は巫女の位をシオンに譲った後、とある事情から博麗の巫女に就任した。

そして、今も博麗の巫女だった頃の名残で幻想郷に住んでいるのだ。

 

 

「引き止めてごめんね。ゆっくり休んでね。」

 

 

「うん。」

 

 

コクリッと頷いて、霊禍は今度こそ休憩に入った。

 

 

「それにしても、多くの妖怪を退ける程の守護者って何者なのかしら?」

 

 

 

▼    ▼    ▼    ▼    ▼

 

 

 

~幻想郷 人里~

 

 

少し前に夢幻郷との貿易を終えた幻想郷の人里。

街道に露店を出している住人たちは貿易で手に入れた収益を計算していた。

その一角、団子屋の長椅子の青いメッシュが掛った銀髪の女性と金色の髪の少女が座っていた。

 

 

「今日はいつもに増して賑やかだな。」

 

 

「貿易の後はいつもこんな感じですよ。珍しい物が手に入りますから。」

 

 

団子屋の奥からお盆に湯気が立つ二つを持った女将が出てきた。

 

 

「夢幻郷、ですか。私は向こう側に行ったことはありませんが・・・・・・どんな場所なのですか?」

 

 

「私も詳しいことは知りませんが、幻想郷とは違い統治者が治めているそうです。

 あとは特殊な金属が採掘できたり、妖精と人が協力して生活しているとか。

 他にもいろんな噂がありますが、どれが真実なのかは分かりません。」

 

 

女将は湯飲みに注がれた緑茶を二人に手渡す。

 

 

「全て真実よ。元夢幻郷の巫女、水雲 ゆりかがそれを保障するわ。」

 

 

三人の会話に割り込んできたのは、年若い一人の女性だった。

鮮血のように紅い髪を水色のリボンで結い、町娘のような衣服を身に纏っている。

しかし、その身から放たれる気配は間違いなく妖の物であった。

 

 

「何者だ!?」

 

 

二人は町中に堂々と姿を現した妖怪に対して警戒心を顕にする。

一方、ゆりかの方は余裕に満ちた笑みを浮かべる。

 

 

「言ったでしょ? 私は元夢幻郷の巫女、水雲 ゆりか。

 少し前は博麗の巫女として活動していたわ。」

 

 

「お前が“博麗の巫女”だと? 冗談も休み休み言え。

 そんな妖気を発しておいて巫女が務まる訳がないだろ。」

 

 

“博麗の巫女”とは、夢幻郷の巫女と同じように幻想郷の治安を守る存在だ。

夢幻郷の巫女と違い、世襲制ではなく、その世代で優れた才能を持つ少女が抜擢される。

ゆりかが抜擢された理由は博麗の巫女の後継が居なかったからである。

 

 

「ゆりかちゃん、からかうのはそこまでにしてあげな。」

 

 

「ふふふ♪ 分かってるわよ、女将さん。」

 

 

「知り合いなの?」

 

 

金色の髪の少女が女将に尋ねる。

 

 

「その子は正真正銘の元博麗の巫女だよ。

 今は後継者に仕事を譲って人里の外で隠居してますよ。

 そして、新参者を弄るのが趣味なのよ。」

 

 

「弄るなんて人聞き悪いわね。ちょっと遊んでるだけよ。」

 

 

ゆりかは妖気を引っ込めてクスクスと笑う。

 

 

「そうそう、言っておくけど私は元々人間よ?

 今は“存在を変異させる程度の能力”で妖怪になってるけど。」

 

 

「半人半妖、という訳ではないな。

 なるほど。存在そのものを変異させることで人と妖怪の間を行き来してる訳か。」

 

 

「そういうこと。まあ、最近は寿命の関係で妖怪の状態で居ることはほとんどだけど。」

 

 

ゆりかに悪意がないことを察知したのか二人も警戒を解く。

 

 

「私は自己紹介したけど、あなた達は? 見た所新参者だけど。」

 

 

「私は上白沢 慧音だ。人里で寺子屋を開いている。」

 

 

「月神 入江だよ。仕事は慧音のお手伝い。」

 

 

「ところでゆりかちゃん。今日はどんな用事で来たんだい?」

 

 

「今日、夢幻郷との貿易があったでしょ? だから、懐かしい友人に会えると思ってね。

 おかげで懐かしい友人に出会うことができたわ。」

 

 

そう言いながらゆりかは団子屋の長椅子に座る。

そして、慧音も入江も長椅子に座りなおして団子を残さず食す。

ちょうど二人が団子を食べ終えた時、里長が慌てた様子で走って来た。

 

 

「おお、慧音さん!! 此処にいらっしゃいましたか!!」

 

 

「どうしたのですか? そんな慌てて・・・・・・・」

 

 

「実は私の娘が夢幻郷の方角に行ったまま帰ってこないのです!!

 妻のために夢幻郷でしか手に入らない薬を貰ってくると聞かなくて・・・・・・」

 

 

「それは心配ですね。私がその子を見つけてきましょう。

 彼女は私の大事な生徒ですから。」

 

 

そう言って慧音は立ちあがった。

慧音と入江は里長に対して人里に迎えてくれたという大きな恩がある。

それ以前に里長の娘は慧音が開いている寺子屋の生徒だ。助けに行かない筈がない。

 

 

「夢幻郷に行くなら、妖精を頼ると良いよ。

 私の名前を出せば大体の妖精は協力してくれるよ」

 

 

「分かった。入江、行くぞ!!」

 

 

慧音の言葉に頷く入江。

女将に代金を払い、入江も立ち上がる。

そして、入江の姿が人の姿から変化していく。

 

全身に黄金のような毛並みを持ち、頭のてっぺんには一本の角。

顔は龍のようで体は体格的には馬に似ている。

 

 

「あらあら。普通の人間じゃないと思ったけど、麒麟だったのね。」

 

 

〈麒麟〉

中国神話に登場する動物であり、時には四神の王ともされることがある。

普段の性質は非常に穏やかで優しく、足元の虫や植物を踏むことさえ恐れるほど殺生を嫌う。

王が仁のある政治を行うときに現れるとされている聖獣である。

 

 

「入江は後天的な半獣なんだ。今は自在に姿を変えられるが、昔は不安定だったものさ。」

 

 

慧音は麒麟となった入江の背中に跨る。

そして、入江は虚空を蹴り、夢幻郷へと繋がる妖怪の森へと向かっていった。



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第49話 「幻想郷からの訪問者(後編)」

第49話 「幻想郷からの訪問者(後編)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~妖怪の森~

 

 

幻想郷を出た慧音と入江は田んぼのあぜ道を通り、妖怪の森の入り口にたどり着いた。

この先からはならず者の妖怪が容赦なく襲いかかってくること間違いなし。

しかし、慧音には迷い込んだ少女を見捨てるなどという選択肢は存在しなかった。

 

 

「行くぞ、入江。」

 

 

慧音の言葉に入江は嘶く。

しかし、妖怪の森に立ち入ろうとする慧音と入江の前に立ちはだかる者が居た。

 

背中に半透明な翅を生やした双子の妖精だ。

その手には先端が三つに割れたトライデントと呼ばれる槍を携えている。

明らかに慧音と入江の存在を警戒している。

 

 

「ここは夢幻郷に続く唯一の道。」

 

 

「だから、見知らぬ妖怪を容易に立ち入らせることはできない。」

 

 

双子の妖精はトライデントの矛先を入江と慧音に向ける。

彼女らは妖精を統括しているシアンディームから夢幻郷に立ち入る妖怪を妨害する役目を負っている。

ギリギリ龍脈の恩恵を受けることができるので、この双子の妖精もそれなりには強い。

 

 

「待て。私はこの森に入った女の子を保護しに来ただけだ。」

 

 

慧音の言葉に双子の妖精は顔を見合わせた。

 

 

「確かにちびっ子が一人森に入って行ったよね?」

 

 

「うん。他の妖精の悪戯に逢ってなければ無事にたどり着けると思うけど・・・・・・」

 

 

双子の妖精は声を小さくして口々に相談する。

 

幻想郷の住人が夢幻郷にたどり着けないのは森に住む妖怪だけが原因ではない。

〈妖怪の森〉に住む妖精は夢幻郷の人々に対しては手を貸す。しかし、元々妖精は悪戯好きな種族だ。

なので、部外者に対して悪戯を仕掛ける少し困った妖精も居る。

その妖精が夢幻郷にたどり着ける可能性を更に引き下げているのだ。

 

 

「別に通しても大丈夫じゃない? そんなに大した妖力は持ってないし」

 

 

「そうだね。何かあれば、ゆかり様が何とかするだろうし」

 

 

双子の妖精は夢幻郷の管理者に全部丸投げすることで合意した。

そして、トライデントを下ろして慧音と入江に通行の許可を出す。

 

 

「「悪戯妖精に惑わされないようにね~」」

 

 

そう言い残して、双子の妖精はその場から立ち去った。

 

 

「少し時間をくったな。急ごう、入江。」

 

 

入江は再び嘶くと、〈妖怪の森〉の中に足を踏み入れた。

しかし、その一人と一匹の姿を眺めている存在が居ることに気づく者は誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~妖怪の森~

 

 

いつも見通しの悪いことで有名な〈妖怪の森〉

しかし、その森は普段にも増して視界が悪かった。

その原因は異常としか思えない森全体を覆う濃霧のせいである。

視界は真っ白に覆われ、東西南北も分からない。

 

 

「困ったな・・・・・・。これではどの方向に進めば良いのかわからん。」

 

 

麒麟姿の入江の背に跨る慧音は困り果てていた。

視界が完全に意味を為さないその空間では、戻ることも進むこともできない。

 

 

「それにしても、ずいぶん局地的な濃霧だな。

 これもこの森に住む妖精が引き起こしているというのか?」

 

 

『多分ね。幻想郷では、これほど強い妖精なんて居ないけど・・・・・・』

 

 

入江の声が濃霧に満ちた森の中に通る。

 

幻想郷の妖精はそれほど賢くない上に、力は下級妖怪ぐらい。

そのため、幻想郷に住む人々は異能の力を持つ妖精をあまり警戒しない。

しかし、夢幻郷周辺の妖精は下手をすれば上級妖怪並みの力を持つ妖精も居る。

慧音の予想通り森を覆う濃霧は妖精が引き起こしている現象である。

 

 

「しかし、これでは何時までも夢幻郷にたどり着くことができないな。」

 

 

慧音は困り果てた。

闇雲に動き回って妖怪の住処にでも足を踏み入れることになると、危険極まりない。

そんな慧音に声を掛ける存在が居た。

 

 

「こんな所で何をしているのですか?」

 

 

前も見えない濃霧の中から現れたのは、一人の女性のような姿をした妖精だった。

背中には水のよって形作られた翼が浮かんでおり、髪の色は水色。

着ている衣服も幻想郷ではあまり見かけない法衣だ。

 

 

「貴女は?」

 

 

「私はシアンディーム。一応、夢幻郷の関わる全ての妖精の王です。」

 

 

そう自己紹介するシアンディームに慧音は驚いた。

 

妖精は妖怪の山に住む妖怪たちのように上下関係もなければ、群れることもない。

それぞれが自由気ままに生きている種族である。

しかし、古くから人間たちと接してきた夢幻郷の妖精は八雲神社の面々の命令には従う。

なので、同じ妖精であるシアンディームが実質的に妖精の王のような立場になっている。

 

 

「妖精は群れを成さない種族の筈ですが・・・・・・」

 

 

「ええ。普通の妖精は群れをなすことはありません。

 夢幻郷は人と妖精の結びつきが強い分、自然と群れることが多くなるだけです。」

 

 

そう言って、シアンディームは手を振りかざした。

すると、森の中を埋め尽くし慧音の視界を塞いでいた濃霧は嘘のように晴れた。

 

 

「さて、夢幻郷まで案内しましょう。お探しの子供が首を長くして待っているでしょうから。」

 

 

シアンディームは濃霧が晴れた森の中を夢幻郷の方角に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

▼    ▼    ▼    ▼    ▼

 

 

 

 

~八雲神社 応接間~

 

 

シアンディームの案内で慧音と入江の二人が夢幻郷に向かっている頃。

夢幻郷の管理者である八雲 ゆかりの邸宅で見慣れない少女は寝息を立てていた。

その少女こそ、慧音が探している里長の子供である。

 

 

「まったく呑気な物だねぇ。妖怪の巣窟に近いこの神社でこうも安心して眠ってられるもんじゃないのに」

 

 

「妖怪の巣窟って言っても純粋な妖怪はほとんど居ないけどね。

 上級妖怪に匹敵する妖精だったり、元巫女だったり、半神半妖だったり。」

 

 

ゆかりは陶器の入れ物に入ったお酒を口に運ぶ。

それに付き添う葵も同じように陶器の器でお酒を飲んでいる。

 

 

「しかし、幻想郷から森を抜けて来るなんてとんでもない根性ね。」

 

 

少女は貿易の帰りの集団に付いてきた訳ではなく、独力で妖怪の森に立ち入った。

幸いにも妖怪に襲われる前に散歩に出ていたこいしが保護したから助かったが、運が悪かったら妖怪の食事にされていただろう。

何の準備もなく夢幻郷に向かおうとするのは愚の骨頂である。

 

 

「確か、母親の薬を貰いに来たんだよね?」

 

 

「そうだよ。幻想郷で手に入る薬じゃあ、効果がなかったみたい。」

 

 

「こっちはあの薬師が薬を回してくれるからね。」

 

 

そう言いながら葵は器に入ったお酒を飲み干し、新しくお酒を注ぐ。

夢幻郷で手に入る薬はゆかりのお手製か、〈永遠亭〉の永琳の薬だ。

そのため、効能が良いので貿易の品として出されることも偶にある。

もっとも、容量・用法が簡単な物に限るが。

 

 

「さて、そろそろ迎えが来る頃かな?」

 

 

「いつもの直感? ゆかり様の直感ってかなり当たるからねぇ」

 

 

「伊達に神様をやってる訳じゃないからね。」

 

 

「ゆかりさん、お客様ですよ。」

 

 

噂をすれば影というのはまさにこのことを言うのだろう。

慧音と入江を連れたシアンディームがちょうど八雲神社に戻って来た。

 

 

「御苦労さま、シアン。わざわざ迎えに行って貰って悪かったわね」

 

 

「いえ。最近は暇だったのでちょうど良かったです。」

 

 

そう言って、シアンディームは一人応接間から出て行った。

 

 

「さて、ようこそ夢幻郷へ。私は夢幻郷の管理者、八雲 ゆかり。」

 

 

「私は人里で教師をしている上白沢 慧音です。」

 

 

「月神 入江だよ~」

 

 

「上白沢に月神ね。要件は分かってるわ。」

 

 

そう言って、ゆかりは未だに寝息を立てている少女に視線を向けた。

 

 

「緊張の糸が途切れて眠ってしまったのよ。

 だから、代わりにあなた達にこれを渡しておくわ。」

 

 

ゆかりは少女に渡す筈だった薬を慧音に渡した。

ゆかり特製の薬なので効能は期待できるが、いかせん劣化が早い。

そのため、夢幻郷でも出回ることはなく、完全な受注生産制になっている

 

 

「効果が薄くなるのが早いから、早く持って帰りなさい。

 葵。その子と二人を幻想郷まで送ってあげなさい。」

 

 

「わかりました、ゆかり様」

 

 

葵はその小さな体に似合わない怪力で少女を抱えると、二人を先導して応接間から出て行った。

 

 

「ある程度予想はしてたけど、やっぱり里の守護者は慧音だったんだね。」

 

 

誰も居なくなった応接間でゆかりは一人呟いた。

 

 

「ということは、そろそろね。」

 

 

 

 

 

 

―――幻想郷に不可欠な物、博麗大結界の構築は―――




単位取得が掛った(?)テスト前だったので、更新が遅くなりました。
テスト中なのに、ライトノベルとか普通に読んでたけどね~。11冊ぐらい。
おかげで執筆も滞ってます。いろいろ作業もたまってるのに・・・・・・・。


そういえば、(読んでる人が居るかどうか知りませんが)「精霊使いの剣舞」の最新刊が今月発売だったので公式ホームページで最新刊のあらすじを読んできました。そして、夜な夜なテンションが振り切れました。


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第50話 「緊急会議」

第50話「緊急会議」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~夢幻郷 とある屋敷~

 

 

夢幻郷の水源となっている川を渡った先にある和式建築の屋敷。

人里から見ても北側にあり、夢幻郷の北端に位置するその屋敷には一組の夫婦が住んでいる。

人里の人間と妖精によって建築された少しばかり大き目の屋敷の会議室に意外な面子が集まっていた。

太陽の光がさんさんと降り注ぐ会議室に設置された円卓。

 

 

その上座にあたる席に座る緑髪の少女、〈閻魔王〉四季 映緋。

 

 

円卓の右側に座る金髪の女性、〈妖怪の賢者〉八雲 紫。

 

 

円卓の左側に座る賢者と瓜二つの“幼女”、〈夢幻郷の土着神〉八雲 ゆかり。

 

 

 

夢幻郷、及び幻想郷でトップ層に入る実力者が一堂に介していた。

約一名、なぜか場違いな姿になっている人物が居るが・・・・・・。

 

 

「さて、全員集まった所で会議を始めたい所ですが・・・・・・」

 

 

「そうね。さっさと始めたい所だけど・・・・・・」

 

 

映緋と紫の視線が場違いな姿のゆかりに突き刺さる。

肝心の本人は気まずそうに明後日の方向を向く。

 

 

「・・・・・・・・」

 

 

「「・・・・・・・どうしたの?」」

 

 

映緋と紫の言葉が見事に重なった。

 

現在のゆかりの外見年齢は八雲神社の最年少、八雲 葵と大差ない。

しかし、体は小さくなっても強者の雰囲気というものを感じさせる。

もちろん彼女は伊達や酔狂でこんな姿をしてる訳がない。

 

 

「私の古い友人から貰った薬を飲んだらこうなったのよ。」

 

 

ゆかりはムスッと顔をしかめる。

 

彼女の言う“古い友人”とは、竹林に住む凄腕の医者、八意 永琳のことである。

「疲れがとれる」という名目で貰った薬なのだが、何故か幼児化という効果をもたらした。

本来なら神社に引きこもるのだが、いかせん大事な会議なので欠席する訳にはいかない。

 

 

「私の容姿のことはほっておいて、いい加減本題に入りましょう。」

 

 

「そうですね。」

 

 

映緋はコホンッとわざとらしく咳き込んで場の雰囲気を入れ替える。

 

 

「今回集まって貰ったのは他でもありません。

 最近、妖怪たちの力が弱まっていることに関してです。」

 

 

二人のスキマ妖怪は大して驚いたような素振りもせずに映緋の話に耳を傾けていた。

 

 

「外の世界に住む人間たちにとってもはや妖怪は迷信。

 このままでは遅かれ早かれ妖怪たちは絶滅してしまいます。」

 

 

時は明治15年。

産業革命によって人間の技術は飛躍的に成長した。

そして、人々は自然現象を次々と科学的に解明していき、夜を恐れないようになった。

結果。妖怪は衰退の一途をたどっている。

映緋が懸念しているようにいずれは妖怪が滅亡してしまう可能性が高い。

 

 

「夢幻郷は維持できますが、幻想郷にとっては死活問題ですね。」

 

 

「ええ。このまま事態が深刻化すれば、人と妖怪の均衡が崩れてしまうわ。

 そうなったら、幻想郷もおしまいね。」

 

 

夢幻郷と幻想郷では根本的な成り立ちが大きく異なる。

夢幻郷は妖怪が居なくても、妖精と人が居れば半永久的に存続することができる

しかし、幻想郷は妖怪が居なければ成り立たないのである。

 

 

「正直に言うと、輪廻を巡る魂の量にも乱れが生じています。

 これも妖怪の力が弱くなっていることに大きく関係しています。」

 

 

「妖怪が存在意義を失い、消滅する。そして、妖怪の魂によって輪廻を巡る魂の量も増える。」

 

 

「そういうことです。おかげで私の可愛い後輩が悲鳴をあげていますよ」

 

 

映緋はため息を吐いた。

 

今から数百年前に10人の閻魔だけでは輪廻の輪を管理することが難しくなった。

そこで現在の閻魔十王は大勢の閻魔を登用し、この危機を乗り切った。

そして、現在の夢幻郷と幻想郷を担当している閻魔は映緋の後輩なのだ

 

 

「対策はすでに練ってあるわ。」

 

 

最初に話を切り出したのは、紫だった。

 

 

「幻想郷と夢幻郷の周囲に“常識”と“非常識”の境界線を敷く。

 そして、幻想郷と夢幻郷を外部の世界と切り離した箱庭にする。

 これが今できる最善の策よ。」

 

 

「私もそれ以上の最善策はないと思います。

 何よりも妖怪が滅亡するまであまり悠長な時間は与えられていません。」

 

 

紫の意見にゆかりも賛成の意を示す。

 

 

「妖怪の賢者、その策を施行した場合、何かしらの弊害は起きないのですか?」

 

 

「・・・・・・・1つだけ注意しなければならない点があるわ。

 二つの箱庭を外界から隔離すると、箱庭の中の妖怪と人間の個体数が均等でなければならない。

 つまり、妖怪はヒトを襲うことができなくなり、ヒトは妖怪を滅することができなくなる。」

 

 

「それは・・・・・・かなりキツイ制約ですね。」

 

 

紫の口から聞かされる制約に唸る映緋。

 

 

「でも、悠長に他の打開策を模索してる時間もない。」

 

 

「うぅ・・・・・・」

 

 

ゆかりの言葉に映緋も押し黙る。

そして、少し考え込んだ後、映緋は最終的な判断を下した。

 

 

「分かりました。その制約については私の方から発表しましょう。

 結界に関しては妖怪の賢者に任せて良いですか?」

 

 

「ええ。」

 

 

「では、これにて緊急会議を終了とします。」

 

 

映緋の鶴の一声で今宵の緊急会議は終了となった。

一足先に映緋が退室し、少し広い会議室には2人のスキマ妖怪だけが残された。

 

 

「八雲 ゆかり。貴女、神降ろしの術が使えたわよね?」

 

 

「使えるわ。それがどうかしたの?」

 

 

「今回の結界はかなり大がかりな術式になることは間違いないわ。

 少し癪だけど、八百万の神様の知恵を借りたいのよ。」

 

 

「なるほど。つまり、思兼神の知恵を借りたいって訳ね。」

 

 

「そうよ。」

 

 

「別に良いよ。ただ、ちょっと能力が不安定になってるから薬の効果が切れるまで待って欲しい。」

 多分5日ぐらいで薬の効果も切れると思うから。」

 

 

「分かったわ。じゃあ、五日後に博麗神社まで来て頂戴ね」

 

 

そう言い残して紫はスキマを開いて、帰って行ってしまった。

 

 

「さて、私も帰ろうかな。弱体化している間によからぬ輩が紛れ込んでるかもしれないし。」

 

 

永琳の薬によって体が幼児化しているゆかりだが、実は境界を操る力が不安定になっているのだ。

何よりも背丈の問題で愛剣である焔月と蒼月を振るうことができないのが問題だ。

ゆかりが少しでも弱体化している隙を狙うを輩は多い。

 

 

「まあ、あのメンバーに勝てる輩なんてそうそう居ないでしょ。」

 

 

独り言を呟きながらゆかりも会議室から出て行った。

 

 

 

▼    ▼    ▼    ▼    ▼

 

 

 

~映緋の屋敷 玄関口~

 

 

「ゆかりさん。」

 

 

神社に戻ろうとしたゆかりを映緋が呼びとめた。

その傍らには彼女の伴侶でもある煉貴が私服姿で控えている。

 

 

「少し古明地姉妹に言伝を頼めないでしょうか?」

 

 

「さとりとこいしに、ですか?」

 

 

「はい。彼女たちに旧地獄の怨霊の管理を任せたいと思うのです。」

 

 

旧地獄というのは、元々地獄の一部だった場所のことだ。

地獄の経費削減のために旧地獄と呼ばれる場所が切り離され、そのままの形で今も残っている。

同時に妖怪には天敵にもなる怨霊が数多く居る。

映緋はそんな怨霊の管理を八雲神社で厄介になっている古明地姉妹に一任しようとしているのだ。

 

 

「彼女ら・・・いや、さとりが持つ読心能力が目的ですか?」

 

 

「敏いですね。貴女の予想通りですよ。

 この仕事の適任は彼女ら以外には居ませんからね。」

 

 

(まあ、他の妖怪や人間に任せても怨霊に体を乗っ取られるだけだからね。)

 

 

さとりの読心能力は言葉が交わせない怨霊や動物にも効果を発揮する。

怨霊にとって、さとりは天敵。その気になれば、ゆかり直伝の八雲式符術で消滅される。

確かに、怨霊の管理にはうってつけの人物なのかもしれない。

 

 

「一応、話は通しておきます。しかし、受ける受けないを決めるのはあの子たち次第なので悪しからず。」

 

 

「分かっています。無理やりに引き受けさせるつもりはまったくありませんよ。

 彼女たちが断った場合は別の者を探します。」

 

 

「はい。それでは失礼します。」

 

 

ゆかりはお辞儀して、映緋の屋敷より立ち去って行った。

 

 

「あの姉妹、引き受けてくれるでしょうか?」

 

 

ゆかりの姿が見えなくなると、煉貴が初めて口を開いた。

 

 

「引き受けてくれますよ。あの姉妹はゆかりさんに恩義を感じていますからね。

 まったく・・・それに漬け込むなんて私も酷いヒトね。」

 

 

映緋は自分に対して苦笑いを浮かべた。

 

 

 




テストも終わり、ようやく春休み。
でも、最近の冬の寒さのせいでまったく執筆作業が進みません。
早く新作に取りかかりたいのに・・・・・・・。
残り3話ぐらいでこの作品は完結の予定なのですが、次話にはまったく手をつけていない状態。
そして、この第50話もついさっき書きあがったばかりなのです。


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第51話 「隔絶される箱庭」

第51話「隔絶される箱庭」

 

 

 

 

 

 

 

 

~幻想郷 博麗神社~

 

 

5日後、薬の効果が無事に消えたゆかりはルーミアを連れて幻想郷の博麗神社にやって来た。

神様の居城としてヒトが行き来しやすいような場所に建設された八雲神社とは違い、博麗神社は立地条件が悪い。

人里から整備された山道を登ればたどり着ける八雲神社とは対照的に博麗神社はとてもヒトが行き来しやすい場所ではない。

まず、博麗神社にたどり着くには人里から出なければならない。

さらに、御世辞にも道とは言えない獣道を通らなければ博麗神社にたどり着くことはできない。

 

 

つまり、博麗神社に参拝するには非常にリスクを伴うのだ。

 

 

「まったく・・・神様の信仰を集める場所を何で辺鄙な場所に集めるかね。」

 

 

「そうだね。うちの神社なんて人里からすぐなのにね。」

 

 

退治屋に見つからないようにかなり上空を飛翔するゆかりとルーミア。

生憎とゆかりが博麗神社の正確な位置を知らないので、スキマによる瞬間移動はできない。

なので、八雲神社から博麗神社まで空を飛び続けている。

 

 

「っと。見えたわよ、ルーミア。」

 

 

ゆかりが見下ろす大地には一部をくり抜いたように存在する博麗神社があった。

周囲は森に囲まれており、境内の境界線には朱色の鳥居がきちんと建っている。

敷地面積は八雲神社よりも小さいだろう。

 

 

「降りるよ。」

 

 

「は~い。」

 

 

2人はみるみる高度を下げていき、ちょうど鳥居のすぐ後ろに着陸した。

 

幻想郷唯一の神社であり、此度の大結界の起点になる博麗神社。

きちんと清掃された境内には奇抜な巫女装束に身を包んだ女性が居た。

艶のある黒い髪は短く切り揃えられており、身長はゆかりと同じくらい。

比較的長身な女性はゆかりの姿を見た途端、少し驚いたような表情を浮かべた。

 

 

「紫さんから聞いていましたが、本当に瓜二つですね。」

 

 

女性は小さな声で呟いた。

 

 

「えっと・・・・・・貴女がこの神社の巫女?」

 

 

「あ、はい。私は今代の博麗の巫女、博麗 夢弓(ゆめみ)と申します。」

 

 

「夢幻郷の土着神、八雲 ゆかり。こっちは連れのルーミア。」

 

 

「よろしくね~」

 

 

「はい。」

 

 

そして、互いに自己紹介を終えると狙ったようにスキマが開かれた。

無数の目がギョロギョロと覗くスキマから大結界の提唱者が出てきた。

 

 

「お待たせ。全員集まってるわね。」

 

 

今回の大結界構築に必要不可欠なメンバーが揃っていることを確認した後、紫は地面の上に巻物を広げた。

その巻物には此度の大結界、〈博麗大結界〉の大元になる術式が記されている。

昼間の間に術式に問題がないことを確認した後、夕暮れと同時に〈博麗大結界〉を展開する手筈になっている。

 

 

「閻魔王によって〈博麗大結界〉の詳細は二つの箱庭全体に行き渡ってるわ。

 起点となる博麗神社や結界の要になる夢弓を狙ってくるかもしれないわ。」

 

 

いつも冷静沈着な紫には珍しく焦りの色が見える。

それだけ〈博麗大結界〉に反対している妖怪が多いということなのだろう。

 

 

「じゃあ、八意思兼神の神徳をちょっと借りてくるよ。」

 

 

ゆかりは蒼月と焔月を抜いて、地面に突き刺す。

焔月と蒼月は元々名のある神様の分霊体なので、力場を固定する道具としては最適だ。

なお、力場を固定しておかないと無駄な力を消費してしまう。

 

 

「八意思兼神よ、汝の神徳をしばしの間我にお貸しください。」

 

 

ゆかりはその身に宿る神力を解放し、〈神威召喚〉を行う。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

八意思兼神の神徳を借りたゆかりの眼には巻物に記された術式がまったく違うモノのように見えた。

“知恵(知識)”の神徳が術式の問題を容易く見つけてくれる。

紫はその指示に従って、〈博麗大結界〉の術式に手直しを加えていく。

 

 

「暇ですね。」

 

 

「そうだねぇ。」

 

 

手伝うことがない夢弓とルーミアは暇を持て余していた。

いや、ルーミアには博麗の巫女や自分の主の護衛という大事な仕事があるのだが、博麗神社の周囲に妖怪の気配はない。

 

 

「見境もなく襲ってくるかと思ったけど、そんなことはないか。」

 

 

「分かりませんよ? もしかしたら、こちらが油断するのを待っているかもしれません。」

 

 

夢弓はそう言うが、本人もそんなに気を張っている訳ではない。

そもそもルーミアは幻想郷の中でも最高齢組に入る大妖怪の一人である。

妖怪という存在の特性上、ルーミアはそこらへんの妖怪に苦戦するような存在ではない。

 

そして、夢弓も多くの妖怪を退治してきた実力者である。

この二人に正々堂々と勝負を挑んで勝てる妖怪などそうそう居ない。

 

 

「ん?」

 

 

「どうしましたか?」

 

 

「いや、多分気のせいだと思う。」

 

 

「?」

 

 

ルーミアの言葉に夢弓は首を傾げる。

 

 

(気のせい・・・だよね? 今、こいしは忙しい筈だし)

 

 

ルーミアが感じたのはほんの少し前まで神社に居候していた古明地姉妹の妹の気配。

しかし、古明地姉妹は閻魔王から依頼を受けてペットたちと共に旧地獄に移住した。

今は新しい住居の建設で手が一杯なのは容易に想像できる。

だから、ルーミアは感じた気配は気のせいだと判断したのだ。

 

 

「このまま何も起こらなければ良いけど・・・・・・」

 

 

ルーミアは雲1つない青空を仰ぎながら静かに呟いた。

 

 

 

・・・

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

ゆかりと紫が術式のチェックを終えた時にはすでに日が沈み始めていた。

幸いにも術式をチェックしている間に襲撃はなかった。

しかし、妖怪の気配は徐々に博麗神社の周囲に集まってきている。

 

 

「これから〈博麗大結界〉を張るわ。

 その間、私たちは身動きできなくなるから注意して。」

 

 

幻想郷と夢幻郷を隔離する〈博麗大結界〉。

その基点になる博麗神社の境内には守備隊として藍と葵、ルーミアが派遣された。

そして、もう1つの基点になる八雲神社には残った夢幻郷の実力者たちが守備を固めている居る。

 

 

「手筈通りにね。」

 

 

「ええ。」

 

 

短い言葉を交わした後、ゆかりも準備のために八雲神社へ戻った。

そして、準備を終えた夢弓が御幣を携えて博麗神社の鳥居の前に立つ。

さらに、紫も深紅の鳥居の上に立ち、幻想郷を見渡す。

 

 

「さて、始めるわよ。」

 

 

紫の言葉に夢弓が小さく頷く。

 

 

「―――――」

 

 

夢弓は御幣を掲げて呪文を紡ぐ。

同時に紫が能力を使い、幻想郷と夢幻郷を隔絶する境界を築き上げる。

博麗神社から〈博麗大結界〉が張られていくのと同時に夢幻郷の方からも〈博麗神社〉が張られていく。

 

 

「さて、私たちも愚か者を蹴散らすとしようか。」

 

 

儀式の開始を見届けたルーミアは背負っていた漆黒の大剣――〈ストームブリンガー〉を抜く。

新調された〈ストームブリンガー〉を掲げると、妖力で編み上げられた剣がいくつも出現する。

 

 

「終焉を刻め。」

 

 

刹那、妖力で編み上げられた剣は四散し、博麗神社周辺の妖怪密集地に降り注ぐ。

そして、少し間をおいて遠くから断末魔の悲鳴が次々に響く。

 

 

「闇雲に撃っただけなのに、結構当たったみたいだね。」

 

 

「私はルーミアみたいに広域に攻撃できるようなワザはないから此処で待機してるね~」

 

 

そう言って、葵は周囲を見渡せるように博麗神社の屋根に登る。

 

 

「仕方ない。姉の代わりに私が出張るとしよう。」

 

 

「まあ、ゆかりの命令以外は非協力的だからね。」

 

 

同僚の相変わらずの態度に苦笑いを浮かべるルーミア。

もっとも葵の能力は今回のような防衛戦に適していないのは事実であるが。

 

 

(あれ? そういえば、東側の妖怪の数がどんどん減ってるような・・・・・・)

 

 

▼    ▼    ▼    ▼    ▼    ▼

 

 

 

同じ頃、妖怪の密集具合が一番激しかった博麗神社の東側は壊滅的なダメージを負っていた。

薄暗い森の中を縦横無尽に駆け回る黄色の閃光。

それが今回の儀式を潰すために集まった妖怪たちを打倒していた。

 

 

「影縫い!!」

 

 

また一体の妖怪が打ちのめされる。

倒された妖怪に共通するのは手痛いダメージを負いながらも生き延びていることだ。

 

 

「烈震脚!!」

 

 

固い地面を貫くような蹴りがまた妖怪を打ち倒す。

 

 

「ほらほら、この程度なの?」

 

 

東側に集まった妖怪を物凄い早さで無力化しているのは、西欧風の衣服に身を纏った妖怪。

ここには居ない筈の古明地姉妹も妹、古明地こいしだった。

彼女は八雲神社に滞在している間に教わった体術で他の妖怪を圧倒していた。

 

 

「この先に行きたければ、私を倒していきなさい。」

 

 

こいしはクスッと挑発的な笑みを浮かべた。




微妙にこいしちゃんの活躍シーンを入れました。
別に戦闘シーンを入れる必要なんか無かったんだけどね。


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第52話 侵略者

第53話「侵略者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明治18年、〈博麗大結界〉によって幻想郷と夢幻郷の二つの箱庭は隔絶された。

大結界は予定通り妖怪たちの滅亡を防ぎ、二つの箱庭は幻想が集う土地となった。

しかし、あまり時間が経たない内に二つの箱庭のトップが懸念していた事故が起こった。

人間を襲うことができなくなった妖怪たちが徐々に弱って来たのだ。

存在は維持できているが、かつての力を維持している妖怪は多くない。

 

 

 

そして、この事項に箱庭のトップたちは頭を悩ませていた。

結局打破する方法は見つかることはなく、100年余りの月日が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~夢幻郷 八雲神社~

 

 

 

〈博麗大結界〉のもう1つの基点である八雲神社。

その一室では、夢幻郷を治める土着神が必死に筆を走らせていた。

机の上にはいくつもの紙が散乱しており、くしゃくしゃにされたゴミがそこら辺に転がっている。

何やら術式が記載されている物もあれば、文章が箇条書きに記されている物もある。

 

 

「ゆかり様~少し休んだらどうですか?」

 

 

ゆかりの従者でる葵は散乱したゴミを片付けながら主に提案する。

しかし、最近あまり休んでいないにも関わらずゆかりは首を横に振る。

 

 

「早くこれを完成させないといけないの。

 こうしてる間にも妖怪の弱体化はどんどん進行してるから。」

 

 

「でも・・・・・・」

 

 

心配そうにゆかりを見つめる葵。

そんな彼女を安心させるようにゆかりは首を回して笑みを浮かべた。

 

 

「大丈夫。夢幻郷からの信仰が薄れない限り私は疲労で倒れたりしないよ。」

 

 

「それは知ってるけど・・・・・・」

 

 

妖怪よりも神霊に近いゆかりは信仰が力の源だ。

それが潰えない限りは疲労なんてあんまり関係がない。

それでも葵の心配は尽きない。

 

 

「分かった。これが書き終わったら、ちょっと休憩する。」

 

 

「そうしてください。ルーミアやシアンも心配してるんだからね。」

 

 

「はいはい。」

 

 

そう返事を返して、ゆかりは再び机に向かう。

ゆかりが描いているのは、現在夢幻郷と幻想郷が直面している問題を打破する方法だ。

相手の命を奪うようなことせずに全力で戦える戦闘方法。

まるで夢物語のような戦い方をゆかりは自力で編み出そうとしているのだ。

 

 

(ある程度構想はできてる。後はそれをどうやって皆に扱えるようにするか。)

 

 

ゆかりが考え事を巡らせていると、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

そして、あまり間をおかずにゆかりの個室のドアが荒々しく開かれた。

 

 

「ゆかりさん!!大変なことになりました!!」

 

 

「どうかしたの? シアン」

 

 

慌ててゆかりの部屋に入って来たのは妖怪の統括者であるシアンディームだ。

いつも冷静沈着な彼女には珍しく本気で焦っている。

 

 

「多くの妖怪が結託して、人里に一斉に侵略してきました!!

 幻想郷の方でも多くの妖怪が押し寄せているそうです!!」

 

 

シアンディームがもたらした情報は衝撃的な物だった。

夢幻郷はまだしも幻想郷の人里が襲撃されるのは看過できるようなことではない。

ゆかりは筆を置いて、焔月と蒼月を腰に差す。

 

 

「シアン、この騒動の主犯は?

 群れることがない妖怪たちが結託する訳がない。

 ならば、それを指導している者が居るのは間違いない。」

 

 

「そこまでは分かりません。私も妖精たちから又聞きしただけなので・・・・・・」

 

 

「なら、主犯は幻想郷の方だね。

 シアンが妖精から情報を集められないのは幻想郷の妖精だけだし。」

 

 

基本的に夢幻郷の全域の情報はシアンディームが入手できる。

そんな彼女が主犯の位置を特定できない以上、主犯は彼女の手が届かない幻想郷に居る。

それがこの短い間にゆかりが導いた予想だった。

 

 

「私は幻想郷の方に行く。指導者を倒すのが一番手っ取り早いからね。

 こっちはシアンたちで防衛して。」

 

 

「そうなると、神社の防衛は弱くなりますが・・・・・・」

 

 

「仕方ないよ。神社の方は巫女だけで防衛してもらうよ。」

 

 

そう言って、ゆかりは幻想郷に繋がるスキマを展開した。

 

 

―――その必要はなさそうだよ。とびっきりの援軍が来たみたいだから―――

 

 

刹那、シアンディームから伸びる影が急に膨れ上がった。

膨れ上がった影はゆっくりとヒトの形を作り上げ、やがてその殻を破る。

 

 

「ルーミア? 貴女は人里の方に行ったんじゃあ・・・・・・」

 

 

「うん。でも、心強い援軍が来たからね。」

 

 

影から現れたルーミアの言葉に三人は首をかしげた。

 

 

 

 

▼    ▼    ▼    ▼    ▼    ▼

 

 

 

同時刻。

人里と〈妖怪の森〉の境界線では熾烈な戦闘が行われていた。

一番侵攻が激しい正面門の前ではピンク色の髪を揺らしながら妖怪と戦闘を繰り広げている人物が居た。

フリルがあしらわれた西欧風の衣服を翻し、妖怪の侵攻を防いでいた。

 

 

「まったく数だけは多いですね。強者に尻尾を振っているだけの癖に。」

 

 

妖怪の侵攻を防いでいたのは旧地獄に引っ越した筈の古明地 さとりだった。

その肩には漆黒の鴉が止まっており、足元では二尾の黒猫が威嚇している。

 

 

「久しぶりに人里に顔を出したら、こんな事態になるとはね。

 本当、自分の不幸が妬ましいわ。」

 

 

さとりはため息を吐きながら袖口から御札を取り出す。

 

 

「雷火のアギトよ、敵を打ち砕け。」

 

 

御札に妖力を流し込み、すぐさま放つ。

さとりが投擲した御札は周囲に雷撃と炎撃を放ち、妖怪を駆逐する。

もっとも威力はかなり抑え込まれているので死ぬことはない。

 

 

「にゃ~(さとり様、相変わらず器用ですね~)」

 

 

「器用なのが取り得ですからね。」

 

 

「にゃ~(よく言いますよ。格闘術でも勇儀とやり合える癖に)」

 

 

「格闘術においてはこいしの方が得意ですから、ね!!」

 

 

さとりは飛びかかって来た下級妖怪を見えない衝撃波で吹き飛ばす。

 

 

「それにしても多いですね。作り置きの御札が何処まで持つか・・・・・・」

 

 

さとりは両腕に着けたポシェットから新しい御札を取り出す。

取りだした二枚の御札にはそれぞれ朱雀と青龍が描かれていた。

妖力を流し込むと、御札に描かれた朱雀と青龍の絵が発光する。

 

 

「南と炎を司る四神、朱雀よ。その焔にて敵を焼き払え」

 

 

「東と水を司る四神、青龍よ。激しき激流にて敵を薙ぎ払え」

 

 

さとりの手を離れた二枚の御札はそれぞれ炎で構成された朱雀と水で構成された青龍「になる。

 

 

「八雲式符術奥義、龍雀双天波!!」

 

 

符術によって召喚された朱雀と青龍は妖怪の大群の中に飛び込んで次々に蹴散らしていく。

しかし、妖怪は構わずに夢幻郷の人里に向かって侵攻を続けている。

さとりはゆかりのような大妖怪ほど多くの妖力を持っていないので持久戦は不利だ。

 

 

「さて、先日完成した符術の試し打ちといきましょうか。」

 

 

両腕のポシェットから御札がぱらぱらと舞い、さとりの周囲を旋回する。

さとりがパン、パンと柏手を打つと、不規則に舞っていた御札が4列に並ぶ。

 

 

「我流ですが、大勢の相手をする分にはちょうどいいですね。」

 

 

さとりが妖力を迸らせながら手を翳すと、並んだ御札に妖力が伝播する。

そして、無数の御札から手加減された妖力弾が妖怪の軍勢に向かって放たれた。

 

 

「やっぱり妖力の消費が多いのが欠点ですね。」

 

 

「にゃあ~(そういえば、さとり様。ピアスを着けてないのに大丈夫なんですか?)」

 

 

「ええ。最近は能力に方向性を持たせることができるようになったからね。」

 

 

さとりの能力は一定範囲内に居るヒトや動物の心を読む能力だった。

しかし、旧地獄で怨霊の管理をしている間に能力に方向性を持たせることができるようになったのだ。

そのため、対峙している妖怪の心の声は聞こえてこないのだ。

 

 

「さて、異変の解決は彼女に任せて、私たちはここで妖怪を食い止めましょうか」

 

 

「にゃ~(は~い。)」




最近、クオリティがみるみる下降しているのが最近の悩み。
この第52話も何度書き直したことだろうか・・・・・・・。
一応、次が最終話の予定です。


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最終話 「金色の吸血鬼」

最終話「金色の吸血鬼」

 

 

 

 

 

 

 

 

旧地獄から偶々出てきた覚妖怪―――古明地さとりが夢幻郷の人里に襲い来る妖怪を押し留めている頃。

夢幻郷の土着神―――八雲 ゆかりは事態を収束させるために行動を開始していた。

 

 

「貴女たちを振るうのも久しぶりね。」

 

 

幻想郷に向かって飛翔しながらゆかりは腰に携えた焔月と蒼月の柄をいとおしそうに撫でる。

 

〈博麗大結界〉が張られてからはゆかりが長年の相棒を振るう機会もめっきり少なくなってしまった。

何よりもゆかりのような大妖怪がわざわざ出向かなくても、彼女の有能な部下たち―――霊禍や葵らが解決してしまう。そのため、ゆかりが直々に出向くのは本当に久しぶりなのだ。

 

 

『そうですね。』

 

 

『良いことなんですが、少し寂しいですね。』

 

 

「私たちの時代はもう終わりを迎えようとしてるんだよ。多分、紫も理解してるんだろうね。」

 

 

焔月と蒼月と言葉を交わすゆかりは不思議と笑顔を浮かべていた。

 

 

「だから、この異変が終わったら私は神社に隠居しようと思ってるの。そのための準備も整えてある。」

 

 

ゆかりの突然の宣言に焔月も蒼月も驚きを隠せなかった。

二人は自分の主が何かの準備をしているのは知っていたが、まさか隠居するための準備を整えているとは思っても見なかった。

しかし、二人はそれを聞いても特に反対しようとはしなかった。

 

 

「後世のためにも、この異変を解決する。これが私の最後の闘いになりそうね。」

 

 

ゆかりは焔月と蒼月を抜刀し、幻想郷の人里の上空を通り過ぎる。

視線を逸らしてみると、押し寄せる妖怪の軍勢に全員一丸となって対抗する人々の姿が見えた。

月明かりに照らされる大地に飛び交う閃光は不謹慎にも美しい花火のように見える。

眼下の戦場では幻想郷の人里を守護するためにあの半人半獣の二人組が奮闘しているのだろう。

 

 

「これだけの妖怪を純粋な力で屈服させた首謀者、か。最後の相手には最適だね。」

 

 

視線を元に戻すと、夜空に浮かび上がる紅い満月がゆかりの視界に入った。

そして、その月を背後に悠然と佇む幼く小さな影。

大半の妖怪が弱体化している時代にも関わらず鬼に代わり〈妖怪の山〉を治める天魔にも匹敵する覇気を放つその主犯は真紅の双眸でゆかりを見つめていた。

 

 

「貴女がこの異変の首謀者?」

 

 

ゆかりは足を止めて問う。

 

 

「ええ、そうよ。」

 

 

雲が晴れて禍々しい月明かりが夜空にはっきりと主犯の顔を照らす。

人形のように真っ白な肌に艶やかな紅い唇と隙間から顔を覗かせる鋭い犬歯。瞳はつり上がっており、初対面の者に強気な印象を持たせる。

見た目はゆかりの従者である葵よりも幼く見えるが、見た目以上に年上なのは間違いないだろう。

 

 

「貴女に与えられる選択肢は二つ。

1つ目は素直に異変を止めて大人しくする。2つ目は此処に居る私らに痛い目に会わされる。

さあ、どっちがいい?」

 

 

ゆかりの質問に対して異変の首謀者は不敵な笑みを浮かべながら、その手に突撃槍を召喚した。

同時に二対四枚の吸血鬼の象徴とも言えるコウモリのような翼が広げられる。

 

 

「私はお前を倒して、この2つの箱庭を手に入れる。それが私の選択。」

 

 

「そう。」

 

 

ゆかりは短く頷いて右手に焔月を、左手に蒼月を握り締める。

もはや言葉は不要。後は自分の意志を己の刃に乗せて相手にぶつかるのみ。

張り詰めていく空気を切り裂くように戦端は切り落とされた。

 

 

 

 

―――ガキンッ!!

 

 

 

 

交わる双剣と突撃槍。耳障りな金属音が〈霧の湖〉に響き渡る。

蒼月と焔月から繰り出される剣舞を身の丈に合わない突撃槍で器用に打ち合う吸血鬼。

 

 

「随分器用なことするね!!」

 

 

「私は誇り高き吸血鬼。これくらい、造作もないわ!!」

 

 

手数で勝る筈のゆかりが攻めあぐねている。吸血鬼は鬼にも匹敵する怪力で扱い難い突撃槍を振り回して双剣を完全に防いでいるのだ。

ゆかりの一太刀を避けて吸血鬼は四枚の翼を大きくはためかせると、一気に急上昇。

 

 

「貫け、“スピア・オブ・ロンギヌス”!!」

 

 

急上昇した吸血鬼は体を反転させると同時に突撃槍を投擲する。

何の力も付与されていない槍は風を切り裂き、物凄い速さでゆかりに飛来する。

 

 

「この程度!!」

 

 

ゆかりは焔月の炎を圧縮させて、迫り来る突撃槍を焼き切ってしまった。

さらに圧縮された炎は剣閃に乗って、吸血鬼に襲い掛かるが、吸血鬼は四枚の翼を巧みに動かして避ける。

だが、避けた場所に向かって青白い雷を帯びた蒼月が飛来した。

 

 

 

―――八雲式剣舞 冥雷鈴―――

 

 

 

ゆかりが不意打ちに使う剣舞の一種であり、予知能力や驚異的な反射神経を持っていない限り避けるのが非常に困難な技だ。

しかし、吸血鬼はそれに反応し、致命傷を避けたのだ。

 

 

「まさか今の不意打ちを避けるとは思わなかったわ。」

 

 

「完全に避けれた訳ではないがな。」

 

 

吸血鬼のわき腹は飛来した蒼月によって切り裂かれ、傷口は雷によって焼け焦げている。

しかし、そんな傷は吸血鬼の再生力の前にはかすり傷に等しい。傷口はあっという間に塞がり、完全に癒えた。

 

 

「厄介な再生力ね。」

 

 

「全力の5割も出してない貴女に言われても嬉しくないわね。」

 

 

「あら、気付いてたのね。」

 

 

吸血鬼が指摘した通り、ゆかりは手加減した状態で闘っていた。

本拠地である夢幻郷から離れている以上ゆかりは弱体化するが、全力を出せば目の前の吸血鬼など敵ではない。

 

 

「じゃあ、少しばかり本気を出しましょうか。」

 

 

ゆかりは焔月と蒼月を構え直すと、少し瞳を細めて吸血鬼を睨み付ける。

刹那、ゆかりの姿が陽炎の幻のように消える。

 

 

「ぐっ!!」

 

 

気が付いた時には吸血鬼の腹部を焔月の刀身が貫いていた。さらに蒼月によって左腕を切り落とされる。

 

 

「八雲式剣舞、殺人華。」

 

 

流れるような剣舞が吸血鬼の体を容赦なく切り裂き、鮮血を飛び散らせる。

普通の妖怪なら命を落としているようなダメージを負っているにも関わらず吸血鬼はその場に踏みとどまっていた。

 

 

「くっ、“インヴィジブルフェイト”!!」

 

 

魔力で編まれた半透明な鎖がゆかりに向かって来るが、蒼月によって切り伏せられる。

ゆかりは突き刺した焔月を抜き、反撃を警戒してスキマ空間に逃げ込む。

 

 

(手加減されてるとは思ったが、ここまで加減しているとは・・・・・・)

 

 

吸血鬼はゆかりの実力に戦慄した。

確かに吸血鬼の方も全力を出している訳ではないが、ゆかりとの力の差を痛いほど見せ付けられている。

さらに言えば、吸血鬼は太陽が沈んでいる間しか行動できないので持久戦に持ち込まれたら、敗北は確定だ。

しかし、降伏することは吸血鬼としとのプライドが許さない。

 

 

(まったく・・・私の最後の相手に相応しいことこの上ないじゃないか!!)

 

 

吸血鬼は心から強敵との邂逅に歓喜した。そして、出し惜しみすることを止めた。

全身から魔力を放出して吸血鬼の能力“具現”の力を解放する。

 

 

―――戯曲『月夜の五重奏』―――

 

 

“具現”の力によって、吸血鬼の分身体が四体も産み出される。

しかも、その分身体は残像などではなく、きちんと質量を持った分身。本体と比べると力は劣化するが、それは手数で十分に補える。

なお、吸血鬼が産み出した分身体には思考能力や人格は存在しない。本体の思考を忠実に実行する人形のような存在である。

 

 

(まずは相手を炙り出さないとどうにもならないか・・・・・・なら!!)

 

 

吸血鬼は弓と突撃槍を“具現”の力で産み出すと、矢の代わりに突撃槍をアーチェリー型の弓に装填する。

その照準に選んだのは・・・・・・上空からしっかり見える幻想郷の人里。

突撃槍に魔力を纏わせて、吸血鬼は問答無用に突撃槍を放った。

しかし、吸血鬼の手を離れた突撃槍はガキンッという音を立てて、明後日の方向に弾き飛ばされた。

 

 

「残念だけど、私が居る限り人里には手を出させないわ。」

 

 

「分かってるわよ。さっきのは貴女を誘き出すための布石。」

 

 

スキマから出たゆかりをいつの間にか吸血鬼の分身体が包囲していた。

その分身体は魔力で編み上げられた真紅の鎖でゆかりの四肢を拘束する。

 

 

「捕まえた!!」

 

 

吸血鬼は四枚の翼を広げて、亜音速でゆかりに接近する。その手には突撃槍の代わりに茜色の光を放つ西洋剣が握られていた。

 

 

「禁忌『ダーインスレイブ』!!」

 

 

神話の魔剣の名を冠した剣はゆかりが張った障壁を容易く貫き、柔らかい腹部を貫く。

勝った。吸血鬼は一瞬そう思った。

しかし、それは大きな間違いであったことをすぐに思い知らされる羽目になる。

 

 

「つ・か・ま・え・た」

 

 

ガシッ、とゆかりの腹部を貫いている剣を持つ腕を逃げられないようにしっかり掴む。

いつの間にかゆかりの四肢を拘束していた鎖は消え、吸血鬼の分身体も消滅していた。

周りを見渡してみれば、先程までこの戦場に姿がなかった者たちが集まっていた。

 

 

“妖怪の賢者”八雲 紫

 

 

“白面金毛九尾の狐”八雲 葵

 

 

“無垢なる瞳”古明地 こいし

 

 

“宵闇の妖怪”ルーミア

 

 

その四人が吸血鬼が勝利を垣間見て、油断した本当に一瞬の間に吸血鬼の分身体を葬り去ったのだろう。

分身体には本体のような強い再生力はない。大妖怪の彼女らには生ぬるい相手であろう。

 

 

「貴女は少しやりすぎたわ。」

 

 

「くっ!!」

 

 

「だから、お仕置きよ」

 

 

ゆかりの周囲に色とりどりな無数の球体が現れ、それらはゆかりの手に集まって巨大な三叉の槍を形成する。

八雲式符術最終奥義“夢想封印”の応用であり、強力な力を持つ妖怪を力で捩じ伏せることを念頭に置いた術。

それを目の当たりにした吸血鬼は本能的にその攻撃を耐えきることはできないと悟った。

吸血鬼は必死に腕を振りほどこうとするが、腕をがっしりと掴まれているので逃げることも避けることもできない。

 

 

 

――――“夢想封印・天”――――

 

 

 

ゆかりの手を離れた命中必勝の槍は吸血鬼の体を貫いて〈霧の湖〉の湖畔へ突き刺さった。

 

 

 

▼ ▼ ▼

 

 

 

(私の負け、か。)

 

 

『夢想封印・天』という強烈な一撃を受けた吸血鬼は辛うじて生きていた。

下半身と左腕は消失しており、右腕もあり得ない方向に曲がってしまっている。普通ならショック死してもおかしくない重傷にも関わらず、その身体は元の姿に戻ろうとしている。

その吸血鬼の傍らに追い掛けてきたゆかりが降り立つ。

 

 

「私の勝ちね。」

 

 

「ええ。勝てるかも知れない、なんて幻想を抱いたのが間違いだったわ。」

 

 

吸血鬼は苦笑いを浮かべた。

釣られるようにゆかりも少し頬を緩める。

 

 

「闘った貴女に頼むようなことじゃないけど、1つだけ私の頼みを聞いてくれないかしら?」

 

 

「?」

 

 

「湖の畔にある洋館に私の可愛い娘二人が住んでるの。気が向いたらで良いから、面倒を見てあげて欲しいの。」

 

 

「いきなりどうしたのよ? まるで、自分はもう長くないって・・・・・・」

 

 

ゆかりは言葉を詰まらせた。

儚げに笑う吸血鬼の身体の再生が途中で止まっており、その身体が徐々に崩壊を始めているのだ。

 

 

 

「結構長い間、吸血してなくてね。さっきの一撃が見事に止めになったみたい。

 吸血鬼の強力な力は人間の血を吸血することで維持されている。

 これは当然の結果なのよ。」

 

 

「どうして・・・・・・」

 

 

「長い時を生きることが苦痛になってしまったのよ。数多の出会いと別れを繰り返す内に、ね。

死ぬ前に一花咲かせたかったのが今回の騒動を引き起こした理由。自殺なんて私のプライドが許してくれなかったの。」

 

 

死が目前に迫っているというのに、吸血鬼は笑っていた。

 

 

「そう言えば、貴女の名前聞いてなかったわね。」

 

 

「八雲、ゆかり。二つの箱庭の片割れ、夢幻郷の土着神。」

 

 

「私はレティシア、レティシア=スカーレット。

 獲物である筈の1人の人間に恋心を抱いてしまった変な吸血鬼。」

 

 

金髪の吸血鬼―――レティシア=スカーレットの体は限界を迎えた。

その魂が天に招かれる直前に彼女は口パクで最後の言葉をゆかりに伝えた。

その言葉がはっきりとゆかりに伝わったどうかは分からないが、レティシアは最後まで笑っていた。

 

 

「まったく・・・・・・面倒なことを引き受けてしまったわ。」

 

 

夜空に浮かぶ紅い月を見上げながら、ゆかりは静かに呟いた。

 




これにて東方転生伝は完結となります。

ラスボスとして登場したレミリアとフランの母親、レティシアには元ネタが居ます。
本来ならゆかりと対等に渡り合える程の実力者ですが、幻想郷に来た時点で弱体化しています。
だから、決着もアッサリ。


この作品の続編は鋭意製作中です。
ある程度ストックができてから投稿する予定なのでもう少しお待ちを。


PS かなり日を跨いでしまい、申し訳ありませんでした。


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