学園黙示録 〜7日も生き残れたら上々Death〜 (シータが立ったァァア!!)
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1DAY
1DAY ——過酷な現実は突然に。


 
 
 どうも。作者です。

 今回こんなの書いてみました。気に入らないようだったら回れ右のみお願いします。

 では本編、どうぞ。
 
 


 

 

  終末、地獄、Biohazard。

 

 

 この現状は正に、こんな言葉がぴったりなんだろうなと、屋上から校庭を見下ろす少年は一人思った。

 

 よく見てみれば生徒教師問わず《奴ら》から逃げ惑い、時に襲われ、時に襲い、時にリンチされている。カップルであっただろう男女の組みは、女子が男子の首元を喰い千切ると光景もよく見受けられた。通常の社会であれば事件である。が、この現実に於いてそれは、当たり前の出来事となってしまった。

 

 そんな事件が起こっているのは、校庭だけではない。教室でも、渡り廊下でも、学園外でも起こっている。

 見てみれば、外の世界(学園外)では黒煙赤煙があちこちから舞い上がり、一種の世紀末状態となっている。

 阿鼻叫喚なんて、当たり前の発生音だ。

 

 そして、世紀末状態の権化である《奴ら》が今、少年がいる屋上へと乗り上げてきた。女子生徒が多い為にある意味のハーレムと言えるが、生憎と生肉パーティの品となる覚悟は少年には無い。

 

 手に持つ木製の小型槍銃(クロスボウ)を構え、パニックになりつつも少年は叫ぶ。

 

 

「あぁ" もうクソったれがッ!! なんだってこんな世界になっちまったんだよ!!」

 

 

 確かな闘気を秘めた瞳を持つこの少年、名は無い。強いて言えば、〔ナナシ〕という呼称があるだろう。

 これは、世紀末を生き抜く〔ナナシ〕の物語である——

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 ——バシュッ バシュッ

 

 

 空気を切り裂く短槍を《奴ら》の頭部へと射出する作業を繰り返すナナシは、一人ため息を吐く。

 自分は本来なら今頃、仕事前の楽園日和よろしく、颯爽とゲームを再開する所だったのだ。

 そのゲームの名前は【7Days to Die】 所謂ゾンビゲーだ。サバイバーとして廃墟した世界を駆け巡り、ゾンビの襲撃を退けながら生活して生き残るという、ある意味のバイオハザードだな。

 

 

「しかし……それを現実でやるとは思わなんだ」

 

 

 言いながらナナシは短槍を射出し続ける。

 自分はそれなりの企業に就職し、それなりの実績を積みながら趣味に生きてきた。仕事は少なくとも真面目にやって来たし、友人関係だってそれなりに上手くいっていた。だから、ゾンビゲーをやってストレス発散をするのは別に、悪いことでは無いと思うのだ。

 

 それの何が悪かったのか、神はナナシに天罰を降しになられた。

 ゲームを起動と同時にナナシに目眩が発生し、水を飲んで落ち着かせてから目を開くと、阿鼻叫喚の地獄が目に入って来たのだ。

 

 

 この時点でナナシの頭はショートを起こしていた。

 

 

 ナナシは自分は今まで屋内にいたはずなのに、目を開けば屋外。しかも緑色の網柵から地面を見下ろせば学生時代によく見た校庭が。周りを見渡せばそこは学校の屋上だった。

 そして自分の今の服装は学ラン。校庭を見てみれば男女の学生が居、男子学生は自分と同じくらい学ランを羽織ってた。

 

 ここでナナシは思った。これは過去に想いを寄せた可哀想な自分が見せる夢なのでは無いかと。

 バチンッ、と頰を叩いてみるが結果は分かりきっていた。見事に赤く腫れてしまっている。しかも痛い。

 

 まあこれをしなくてもナナシは夢ではないと分かっていたのだが。そもそもナナシは男子校に通っていたので、過去の想い出に女子生徒はいないはずだし、何より女子生徒の服装は見たことがない。

 自分の知らない情報を脳内が投影出来るはずもないので、大方予想はついていた。

 それでも叩いたのは、お約束というものだ。

 

 

「……まだまだ居るな」

 

 

 尚も続く短槍射出作業に嫌気がさしながらも、ナナシは撃つのを辞めない。それがこの現状でやらなければならない最低限の仕事だからだ。

 

 そもそも、ナナシがこういう行動に出れたのは自分が直前までやろうとしていたゾンビゲーのお陰だ。

 ナナシはゲームを開始する前日までに、『フェラル』と言う"ゾンビ対プレイヤー"の真っ向から勝負劇を繰り広げる所まで進めていた。この『フェラル』の日のゾンビはプレイヤーがどこに隠れていようとも見つけ出し、特殊ゾンビを引き連れて襲撃してくるのだ。

 その為、準備は万全で無ければならない。例えば通称『フェラルゾンビ』という特殊ゾンビは、通常のゾンビの体力の10倍はあり、速度も攻撃力もプレイヤーのそれを追い越す。準備なしでタイマンすれば、99.9%は死ぬだろうと言える。

 そんな奴らと一対多の大乱闘を繰り広げる準備をしていたのだ。勿論、開始直前もその意気込みでいた。

 

 だからこそ、ナナシはこの現状を強引にでも受け入れたのだろう。『フェラル』同様、自分はどこに居ても《奴ら(ゾンビ)》にバレる。殺さないと、生き残れない、と。

 

 

 不幸中の幸い、幸運にもその手段はあった。

 

 

 ナナシの足元に、クロスボウが落ちていたのだ。更にこのクロスボウを拾うと、視界の端々に様々な情報が現れる。

 

 

 視界左下には赤と青のステータスバーが。

 

 視界中央にはクロスヘア( 照準 )が。

 

 視界上部にはコンパスと時刻を示すデジタル時計が。

 

 視界下部には8つの空欄が。

 

 

 ナナシの視界に、今まで嫌と言う程見てきた、アレが現れた。【7DTD】のゲーム画面だ。

 嫌な予感と情報をを受け取り、自身の感を頼りに脳内にとあるゲーム画面をイメージする。すると……インベントリ画面すら、出てきてしまった。

 クロスボウから流れ出た情報通りに開いたが、これは如何なものかとナナシは困惑する。

 視界全体にゲーム画面が広がり、脳内でイメージすればインベントリも開ける。これではまるで、ゲームの中に入ってきたようなものでは無いか。

 

 困惑したナナシは、嫌々ながらも現実を見る。見下ろす景色には、校庭いっぱいに広がる生徒……生徒だった《奴ら》で溢れかえっている。

 そして、自身はクロスボウという武器を持っている。弾薬(ボルト)もインベントリに大量にある。ナナシは、敵を退ける術を持っているのだ。

 ……と、そんな訳で現在進行形でナナシはゾンビの掃討に尽力を尽くしている。クロスヘアが存在するので、照準は比較的つけやすい。

 

 

「……だからと言って、楽な訳じゃないんだがなぁ」

 

 

 ぼやきながらも、ナナシは射出を辞めない。殺人労働責めのナナシに、安堵の日は来るのだろうか……?

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 結果から言えば、安堵の時間は来た。《奴ら》に数十分間短槍を射出していれば、いつの間にか歩いている奴はいなかった。後は屋上の扉を閉めれば完了である。

 

 そして掃討が完了した頃、ナナシは自身の状況について思考を回していた。

 掃討時は少し混乱していた為考える暇が無かったが、よくよく考えてみれば異常である。自分にはクロスボウがあり、視界にはクロスヘアやコンパスが見える。更にこの世界には《奴ら(ゾンビ)》がいる。

 これではまるで、ゲームの世界にそのまま入ってきたみたいなものだ。というか、今のナナシは"対フェラル装備"を背負ったプレイヤーそのものだ。その証拠に

 

 

「うへぇ……アサライ(AK-47)にショットガン、ネイルガンまである……うわっ、ロケランまであんじゃん」

 

 

 インベントリに入っているアイテムの全てが所持数配置位置間違いなく同じものだったのだ。銃は勿論、救急キットや抗生物質、果ては採血キットまで所持している。というか何故ナナシは採血キットを持たせていたのだろう?

 

 

「……当分の安全は確保されたようなもんだな。銃まであるんだし、レシピ本解放やスキルもそのまま。メイン垢のキャラクターで良かったぜ」

 

 

 これがクラフト縛りをしていたサブ垢だったと思うと……辞めよう、これが夢だった場合洒落にならない。あのデータでのリスタートは地獄だ。

 それよりも、と言ってナナシは《奴ら》の死体へと近づいていく。

 そして女子生徒の《奴ら》の胸元へと視線を移す。……なるほど、いい乙杯だ。E75はあるんじゃないか?

 

 

「って、そうじゃ無かった。いかんいかん」

 

 

 即座に邪な考えを排し、自分の仮説を実証する為に胸元から少し視線をずらしたりする。

 それから数分、頭をぐるんぐるん振り回して生徒の胸元周辺を舐め回していると……とある文字列が浮かんで来た。search(死体漁り)である。

 

 ナナシは即座に開くイメージをする。灰色の円とその中央に浮かぶ1.0というものが現れ、1秒しないうちに0なる。

 その後出て来た画面は、ナナシの想像通りであった。即ち、インベントリ画面である。自分のインベントリと相手側のインベントリが同時に表示される。

 どうやら女子生徒は、空き瓶を持っていたようだ。丁度よくナナシは飲み水は1スタックしか無かった為、この収穫は上々と言える。

 空き瓶を自分のインベントリに移してから女子生徒の死体を解体する。腐肉が2つと骨が一本手に入ったので、腐肉を捨てて骨は回収しておく。消耗するナイフの換えだ。

 

 そうして幾つか生徒の死体漁りをしていると、ナナシの目に見慣れない物が入って来た。男子生徒の死体からである。

 

 

「……ん、なんだこれ? 『Expansion of rucksack(リュック拡張材)』……?」

 

 

 ゲーム内では見なかったアイテムである。珍しい。

 即座に空きインベントリに入れ、RECIPIER(作成アイテム表示)。その後画面に出て来たのは……『バック拡張』という、謎の作成アイテム。

 中身が何か知らないが、素材はこの素材のみらしいので、とりあえずCRAFT(作成)

 数十秒の時が過ぎ、出来たアイテムは……何もなし。インベントリには入っていない。入っていないが……変化はあった。

 

 

「お、おぉー! 何これスゲェ! インベントリ増えた!!」

 

 

 なんとインベントリが増えたのだ。原作には無い、なんとも便利なアイテムである。ミニバイクのカゴ以来の所持アイテム数増加であろう。

 

 

「wikiに入手法とか載ってないかなー」

 

 

 ナナシはふと、家にあるパソコンへと想いを寄せた。あの中に入っている秘蔵のフォルダを誰かに覗かれて無ければ良いが……というか、仕事はどうするのだ。

 あのパソコンに提出予定のデータがいくつも入っているのだ。取り出せなければ、一大事である。

 

 と、現実逃避していても、時間は過ぎて行ってしまう。時間が過ぎれば当然腹も減るし、喉も乾く。脳内メニューを開けば、飯と水のメーターが半分くらい減っていた。

 

 

「今日は缶詰生活だな」

 

 

 生徒の死体から漁った缶詰を開けて、口に含ませる。パサパサしていてあんまりな味だ。

 消火栓から空き瓶に水を汲んで飲み水を確保する。『Bottled Water(瓶詰めの水)』と表示されているので、一応は新鮮な水らしい。下痢にならない事を祈る。

 

 

 ——ゴクッ…ゴクッ……

 

 

「あ、あれ、なんだこれ……普通に上手いんだが」

 

 

 これは一大事である。消火栓から採取した水が、天然水ばりに美味い。ナナシの記憶では、消火栓の水はそこまで美味く無いはずなのだが……おかしいな。

 

 

「ま、まあこの現状がおかしいんだし、些細な事か!」

 

 

 美味い原因は分からないが、まあ良いだろう。どうせナナシに美味い事転がり込んでくるのだ、無視して良いだろう。

 とりあえず缶詰の食料と瓶水を食し各ゲージを回復させた所で、今後の方針を決める。

 

 

「とりあえずはこの場にい続けるのは確定か……?」

 

 

 少なくとも、消火栓が使える内は居続けた方が良いだろう。水さえあれば後は腐肉でも食べれば生き残れるのだから。腐肉は食中毒にさえ目を瞑れば、それなりの素材である。

 

 それと、Forge(かまど)chest(道具入れ)、寝袋の確保も最優先だ。鉄道具があればそれなりのパフォーマンスを得られるし、チェストがあれば普段はいらないアイテムもちゃんと確保できる。

 この現実にリスポーンシステムが存在するか分からないが、あって損は無いだろう。少なくとも夜寝るのには役に立つ。

 あとは……ああ、焚き火が必要だな。それと鍋やビーカーも。

 

 

「……異世界転生ものだったら日本帰りたいとか言うんだろうが、この現状じゃ日本がコレだしなぁ」

 

 

 全く、嫌な世の中になったものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 数話書いたら飽きて辞めるかもです。ご了承下さい。
 
 


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1DAY ——この世紀末世界に安定した生活を。

 
 
 ——ひゃっほい、お気に入り沢山イヤッフゥー!!

 という事でどうも。作者です。

 有難うございます、こんな打ち切りフラグピンピン真っ只中の作品にお気に入り登録して頂いて。モチベーションがかなり上がっております。
 序盤から原作フラグばんばんぶッ壊して行く気なので、それに拒否反応が出た方は今すぐブラウザバックを。

 という事で本編、どうぞ。
 
 



 

 

 ナナシは現在、校内の捜索に当たっていた。理由は勿論、物資の確保の為である。

 現状の生活レベルは、芳しくない。消火栓から水を引き、食料は缶詰め。安定した生活を送るには、やはり農作をするほかないだろう。

 幸運にも、学校では作物を育てていたらしい。割れてしまった窓ガラスから覗ける校庭隅では生きの良い緑色の葉が見えた。あれは……トウモロコシだろう。

 

 

「トウモロコシか、ラッキーだな。コレさえあればアルコールとガソリンの量産が出来る」

 

 

 ナナシはこう言っているが、本来ならば間違いである。トウモロコシから取れるのはあくまで植物油であって、ガソリンではない。普通ならばコレで作った油などでバイクは動かないが……驚くなかれ、コレはバイクやチェーンソーを稼働できるのだ。

 ゲームシステム様々である。

 

 

「お、あれは……教師か」

 

 

 若干太ってしまっている教員を発見した。既に感染してしまったらしく、その視線は遥か上空へ、前から見れば白目を剥いていた。

 しかも、そんな教員が今こちらへと向かって来ている。恐らく、奴は今食料を探しているナナシの同郷者だ。普通であれば協力したい所だが……

 

 

 ——バシュッ

 

 

 バタン、と倒れるデブ教員。その額には今しがた放ったばかりの弩矢(ボルト)が刺さっていた。

 

 

「死人に口なし。交流できない奴と組む気は無いんだよ」

 

 

 本来は違う意味だが、生憎と現代社会ではことわざは様々な意味を持つ。言葉の発信がどうであれ、結局使い方は現場の人間によって変わるのだ。

 デブ教員をヘッドショットした所で早速searchする。今回も1秒かからずに中身を漁り終える。

 

 今回漁ったのは……

 

 

「お、鉄パイプか。こいつは嬉しい」

 

 

 穴の空いた短い鉄棒、鉄パイプである。フォージやミニバイを作るのに必要な材料なので、コイツは普通に有難い。

 と言うか、これが無ければフォージが作れない、鉄パイプを作るにはフォージが必要と、鉄パイプを回収出来なければ鉄製品が使えないという、事実上の詰みとなってしまう。それだけは避けなければならないのである。

 まあ今出たので大丈夫だが。

 

 

「それにしても……やっぱりアレか」

 

 

 ナナシは自分の予想に近付くピースが揃って来ている事に気が付いていた。

 そもそも、生徒が缶詰やリュック拡張材、果ては空き瓶など常備しているだろうか? いや、仮にそれらを常備している奴らが居たとしても、流石に空き缶を常備する奴はいないと思う。

 それどころか今回は教師が鉄パイプ。コレを普段から持ち歩いているとしたら、異常としか言いようがない。

 

 となると、可能性は一つだ。searchで手に入るアイテムは……恐らく、ランダム。

 具体的には、その死体は持っていないが、searchする事によってナナシはsearchしたものをアイテムとして取得出来る、と言った所だろうか。

 なんとも不思議なシステムである。

 

 

「まあアレのsearchさえ出来れば、確証が持てんだけどな……」

 

 

 日本では手に入る事のないアレさえあれば……、と言いながら廊下を進んでいくナナシだが、考え事している中でも短槍射出作業は辞めない。向かって来るもの全ての頭部を吹っ飛ばし、颯爽とsearch、即座に解体と手慣れたものである。そして、クロスボウのパワーインフレはどうしたものか。

 

 

 ——きゃあああああ!!!

 

 

 そんな作業を繰り返していた頃、廊下の角からから叫び声が聞こえて来た。つん裂く女の声である。

 

 

「……ん、もしかして生存者(サバイバー)か?」

 

 

 ……殺すか 一瞬そんな考えが浮かぶが、即座に否定する。

 ここはオンラインサーバーでは無い。ゲームのような世界では無く、リアルサバイバル状態なのだ。敵でもないのに味方同士で潰しあっている場合では無いだろう。

 そうとなればさっさと合流するに限る。(やっこ)さんの輪の中に、爽やかにと入ろうではないか!

 ナナシはクロスボウを構えながら角を曲がる。するとそこでは既に、戦闘が始まっていた。

 仮称ピンク色がドリルで《奴ら》の一体を裂き殺し、オレンジ色が槍突き、学ラン男と紫髪がバットや木刀で接近戦を繰り広げている。

 

 

「……へえ、後方支援もしっかりしてんのね」

 

 

 奥の方ではぽちゃ男がネイルガン片手にマガジンを装填している。装填速度も速いようで、素早い対応が出来ている。

 やけに冷静でゲーム的システムが付与されたナナシとは、違ったベクトルで凄い。これが天才か。

 

 

「へへへ、天才様にゲーム野郎が負けてられるかよ!」

 

 

 気付けば反対側の廊下から増援が来ている。奴さん達は気付いて無いようなので、現状で早めの対応が出来るのは自分だけだろう。

 ニヤリ、と口元が歪むのを感じながら、ナナシは《奴ら》の一体にクロスヘアを合わせる。

 

 バシュッ、と空気を切り裂く快音が擦れた。見事ヘッドショットである。

 

 

「——え、弓矢!?」

 

 

 ぽちゃ男が後ろを振り向いて叫んだ。彼の後方に《奴ら》が迫っていた為か、弩矢(ボルト)が目に入ったのだろう。

 それに、壁に半身隠し・しゃがみ撃ちして撃ったので、此方の姿が視認されはしなかったらしい。ミリオタならば周囲の警戒は十分だと思ったが、年相応、日本人感覚なのでそれなり止まりらしい。

 

 

「いやまあ俺もそうなんだけどさ」

 

 

 冷静にリロードして即座にヘッドショット。異常なまでの補正が掛かってるらしく、現実だとは思えない程の命中率だ。

 ナナシもこの謎補正、ゲームパワーが無ければ彼以下の雑魚と成り果てていたことだろう。本質は彼と同じだが、謎補正によってナナシは生かされているのだ。

 

 

 ——ガァあああ!!!

 

 

「おっとっと。随分と元気が良いな」

 

 

 クロスボウから世紀末バット、トゲトゲバットに持ち替えてヘッドバッシュ。一撃で頭部を破壊する。

 《奴ら》が近付いてくるのは音で分かっていたが、流石に注意不足だったか。音では距離の詳しい部分までは測れないので、視認での確認が必要だろう。

 

 それからもナナシの支援は続いた。適当に撃つ弩矢がヘッドショットを食らわし、近接組が率先して潰していく。ピンク色は何も出来なかったらしいが、そこはぽちゃ男がカバーしていたようだ。流石である。

 

 

「……で、あんたは誰よ」

 

 

 場所を変えて教員室に移動した後、冷静を取り戻したピンク色が此方に鋭い眼差しを向ける。歓迎はされていないようだ。

 

 

「さぁね。自分自身でもよく分からないや」

 

 

 肩透かしを見せて、手を中腰にあげてヒラヒラと。

 今まで彼は普通にゲーム通りの行動をしていたが、実はナナシ、記憶が無いのだ。しかも、自分の身の回りの事だけすっぽりと。

 まあ今のナナシにとって重要なのは生き残る事なのでどうでもいいと考えているが。

 

 

「分からないって……名前くらい教えなさいよ」

 

「だから知らないんだって。お前らの好きに呼べばいいさ、ナナシでも、ゴンベエでもさ」

 

 

 だんまりを貫く一同。皆表情が険しい。

 ナナシは至って真面目に答えているが、ゲーム感覚で答えている為非常にラフな受け答えをしている。ふざけているとでも思われているのだろう。

 これはマズイ。このままではナナシは、最悪別行動を強いられるだろう。なんとか解決しなければいけない。

 

 

「君はもしかして……記憶喪失、なのか?」

 

「ん、まあ簡単に言えばそうだな」

 

 

 しかし、その最善の解決策は、助け舟は予測出来ない方向から飛び出して来た。紫髪の少女である。

 

 

「記憶喪失って、あんたなんでそんな冷静でいられんだよ!」

 

 

 バットをブンブン振り回していた少年に小さく怒鳴りつけられる。

 なんで、と言われても、彼に答えられる答えは一つしかない。

 

 

「今一番しなきゃならないのは記憶を探す事よりも、生き残る事だから」

 

 

 即ち、過去に取り憑かれていないで現在を生きるという事である。今が無ければ未来に行けないし、過去を発掘する事も出来ない。

 闇雲に動いても仕方ないのである。

 そうそう、闇雲と言えば。

 

 

「ところであんた達は、この後どうするんだ?」

 

「私達? 勿論学園を出るのよ」

 

「学園を出る? それで次はどうするんだ?」

 

「何処か安全な場所を探すのよ! 分かるでしょ!?」

 

 

 どうやら彼女達は、何か勘違いしているのかもしれない。この学園外に、ここ以上に安全な場所があると思ってるらしい。

 

 

「……愚かだな」

 

「なんですって!?」

 

 

 ピンク色が反応するが、その判断は実に愚かだ。放浪者プレイをするのもいいが、生き残る事を最優先に考えるのならばある程度大きな建物に立て籠もって、そこを強化していくのが最善である。

 序盤の3、3周目だったら一軒家の周りに『ウッドスパイク』を張り巡らせて防御力UP、その間に素材を集めて強化、その後に本拠地の作成に移るものだ。

 これなら序盤は自宅周辺で死ぬ危険性は少ないし、朝になれば死体漁りも出来る。木製だからコストも低い。流石にフェラゾンには敵わないが、それなりの相手だったらこれで十分なのだ。

 それに比べて放浪者プレイは拠点を構えていない為、夜になったら地面掘って寝るか何処かの拠点を借りて休まなくてはならない。つまり、一つの拠点を強化出来ないのだ。

 

 

「まあ、自ら茨の道を進むというなら俺は止めないけど」

 

 

 実際、彼らとナナシは違う。元々出会わなかったかもしれない間柄なのだ、合流しなくても良いだろう。つまり、彼らが行くというのならナナシは止めない。その代わりに、ついても行かない。

 

 

「茨の道って……!!」

 

「……なら、君はどうするつもりなんだ?」

 

 

 ピンク色は依然とした憤怒したまま。それと反対に紫髪は至って冷静だ。此方の意図を探ろうと鋭すぎる眼差しを向けている。

 

 

「どうするって、決まってるだろ。……ここに住むんだよ!」

 

 

 ……。

 

 

「「「はぁぁあああ!!?」」」

 

「……」

 

「……ふぇ?」

 

 

 反応は三者三様だ。今しがた叫んだピンク色とオレンジ色と男。その言葉を聞いて顎に手を置く紫髪。そもそも意味が分からないとばかりに呆ける金髪。

 いや、普通の考えじゃね? とかナナシは心の中で思っているが……はっきり言わせて貰おう。ゾンビだらけの学校に住もうなんて異常者は、お前だけである。

 

 

「あ、あああ、あんた何考えてんのよッ!! こんな《奴ら》だらけの場所に住もうだなんて、おかしいんじゃない!?」

 

「……そこまで言うか? 普通」

 

「言うわよ!!」

 

 

 ピンク色の言葉に、若干弱ってしまうナナシ。何気に今までマジメですね、これどうやるんですかと頼りにされて来た身としては、少しばかりでない心の傷を負ってしまったらしい。まあ、ピンク色の言っている事は当たり前のことなのだが。

 

 

「はぁ……まあ、良いや。じゃ、お前らはこの学園から脱出するって事で良いんだな?」

 

「勿論よ!!」

 

 

 こう言われてしまったら、ぐうの音も出ない。ナナシは即座に撤退の準備と、次なる進行ルートを決める。今は素材集め中だったのだ。

 

 

「待ってくれ、3年生」

 

 

 ふと静寂の中に紫髪の声が響く。三年生君、呼んでいるぞ。

 ナナシは気にもせずに歩みを進めようとするが……

 

 

 ガシッ。

 

 

 何故か肩を掴まれた。

 

 

「君の事だ、三年生。少しは待ちたまえ」

 

 

 いや、自分三年生なんて歳じゃないんですけど……、そんな事を一瞬思ったが、自分の姿を確認して理解した。

 自分が学ランを羽織っている頃から思っていたが、妙に身体が軽いのだ。今の証言も踏まえて考えると恐らくだが、今の自分は若返っている。その、3年生位に歳にまでは。

 

 

「……何か用か?」

 

 

 またしても謎補正が掛かっている事にとてつもない不安を感じたせいか、ぶっきらぼうに答えてしまう。なぜ俺はちゃんと考えれないのだ!

 

 

「君はさっき、この学園に住むと言っていたな? しかしこの学園には《奴ら》がまだ沢山いるし、食料だって底が尽きてしまう。一体どうするつもりだ?」

 

 

 ああ、そんな事かとナナシは軽く答える。

 

 

「《奴ら》だったら全て駆逐すれば良い。食料だったら農業をすればいい。これで解決だろ?」

 

 

 再度、全員絶句。目の前の男が何を言っているか分からないようだ。いや、理解出来ないと言った方が良いか。

 このメンツの中で一番冷静な紫髪が若干遅れて、

 

 

「そ、それは本気で言っているのか? この学園全体が《奴ら》化しているとしたら、《奴ら》は少なくとも五百体以上いる事になるんだぞ? それに農業なんて、どれだけの環境と時間を要すると思っている?」

 

 

 確かに普通の人間から言えば、そう思うのも無理はない。五百体以上のゾンビなど、気が遠くなってしまう。しかも、農業だって彼女が言った通り大変だ。

 しかし、そんな常識は彼には通用しない。視界にクロスヘアやパラメーターが見えているゲーム人間に、現実のルールなんて関係ない。

 《奴ら》を排除するのは作業だと割り切れる人間だし、農業なんて約4日で成長しきって収穫できる。とうもろこしが確認出来たので、少なくとも農業が出来るのだ。

 故に、ナナシは悠々と答える。

 

 

「ああ、その程度の問題ならばどうって事はない。すぐに片がつくさ」

 

 

 ナナシは、自重しないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1DAY ——新たな生存者確保へ向けて。

 
 
 ……ファッ!? お気に入りが3倍以上に増えている!? ←さっきまでの私。

 と言うわけでどうも。作者です。お気に入りがなんかかなり増えているようで、ビックリしました。たった二話で30人越えしてるなんて、夢にも思っていなかったです。何が原因なんでしょう?

 あ、何度も言うようですがこの作品は色んな意味でやらかしていく予定なので、それに拒否反応が出た方は即座にブラウザバックを。

 と言うわけで本編、どうぞ。
 
 


 

 

「ちょっとナナシ! この弓使いづらいわよ!!」

 

「そう言うなって、高城。物資が足りないこの現状じゃ、拾った弓でも使わなきゃ生きていけないだろ?」

 

「うるさいわね!!」

 

 

 ピンク色の罵声が何故か飛んでくる。物資が足りないと言う状態なのに武器を与えられただけ、良いと思うのだが。というか品質が悪いのは《奴ら》から剥ぎ取ったものだから当たり前だと思うのだが?

 

 と、こんな感じで今は彼らと合流して、学園の捜索を行っている。一日だけなら待ってあげるわとは、ピンク色(高城)の談である。

 因みに、ちゃんと役割分担をして捜索をしている。ナナシが教室・廊下に突撃して《奴ら》を駆逐、学ラン男( 小室 )オレンジ色( 宮本 )が内部を捜索・回収する。その間ピンク色( 高城 )ぽちゃ男( 平野 )が扉前で見張り、迎撃を行う。ナナシも内部で暴れ終わったらコッチに来るという、ナナシを基本とした、というか生贄にした作戦である。

 

 

「ふぅー、結構疲れるな……しかし本当にこんな物が必要なのか?」

 

 

 廊下に物資を運びながら、腰に手を当てて背伸びする学ラン男が疑問は呟いた。

 普通の奴には分からないかもしれんが、それは溶かして精錬鉄にするのだよ、学ラン男よ。

 

 

「ナナシさん、来ました!!」

 

 

 カスタムネイルガンパスパスと撃ちながら、ぽちゃ男(平野)が叫んだ。ふむ、少し想定より早いな。流石に生徒の感染速度が速すぎる気がする。

 

 

「(まあ、今は生き残る事が先決か……)了解、今向かう」

 

 

 クロスボウと即席石斧をスロットに入れて、廊下へと乗り出す。

 外には既に、数十体もの《奴ら》がいた。

 

 

「パイプボムでも投げ込みたいが……仕方ない、一匹一匹丁寧に捌くとしますか!!」

 

 

 ナナシは早速短槍を射出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから1時間ちょっとで、3Fの制圧が終わった。まだ下の階や非常階段など掃討していない所があるが、流石に時間をかけ過ぎだ。人数が多い為に慎重になり過ぎている。

 と言うわけで、

 

 

「それじゃあ俺はこれから、一人で2F制圧に行ってくるから」

 

 

 守るべき人が居ない、かつ遠慮をしなくて良いと言う条件さえ揃えば、派手に暴れる事ができる。謎補正が掛かっている自分ならばと、ナナシは強気である。

 しかし、そんな自殺行為が普通に許されるものでは無い。

 

 

「何言ってるの、ナナシさん! 一人じゃ危険よ!」

 

 

 勿論、心配の声が上がってくる。今回はオレンジ色のようだ。

 しかし、この程度じゃナナシは折れない。

 

 

「いや、全然大丈夫だ。俺にはこれがあるしな」

 

 

  クロスボウを軽くあげてみせる。そう、ナナシにはクロスボウという最強アイテム、そして謎補正というチート能力があるのだ!

 

 

「そんなので許す訳ないじゃ無い!!」

 

 

 今度はピンク色から却下の声が届く。いやいや、大丈夫なんですけど……。

 ……仕方ない。ナナシは無言で空きスロットにウンコをセットした。

 

 

「……なあ、高城」

 

「何よ、ナナ——し!?」

 

 

 ピンク色が此方を振り抜いた瞬間にピンク色の足元に茶色の泥物質を叩きつける。

 それで一瞬、場の空気が混乱に落ち行った。逃げるなら、今である。

 

 

「と言うわけで、じゃあな!」

 

「あ、ちょっと待ちなさ——臭い!?」

 

 

 ナナシはダッシュで逃げ出した。

 

 

 

 

 

 そして、今現在。

 ナナシは先ほどとは打って変わって速攻でクロスヘアを回し回っていた。バシュ、バシュとクロスボウを撃ちながら近付いてボーンナイフで一刺し。すぐに教室が制圧出来てしまうというのが現状である。

 一部屋に時間が掛からないため、1時間掛からない撃ちに2Fは制圧完了してしまう。

 

 

「うーん、これはちと速すぎる気がする……」

 

 

 流石のナナシも、自分の異常さに気がついたようである。ゲーム人間になっても、ナナシは人間なのだ。

 

 

「(というか、このフットワークの軽さは学生時代に戻ったからという理由では片付けられないぞ。なんだよ、このチートボディ。全然疲れねえ)」

 

 

 その理由はスタミナを切らさないように立ち回っているからなのだが、それでも長時間動き回って疲れないとは、異常である。

 疑問を抱きつつ、ナナシは周囲の回収に向かう。ゾンビの死体は時間経過と共に自動解体されてしまうのが、7DTDの常であるが故に。

 

 

「……お、またリュック拡張材みっけ」

 

 

 解体していくと、バック拡張材は案外大量に見つかった。今回の2F制圧だけでも3つである。

 それに、骨はなんと50本! かなりの数である。これは骨ナイフにさっさと換算して全員に配った方が良いかもしれない。

 

 

「とりあえず次は1Fの制圧に——」

 

 

 ——きゃああああ!!!

 

 

 階段を降りようとした瞬間に、叫び声が聞こえた。本日二度目の悲鳴である。因みに今の声はピンク色のでは無かった。

 方向は、非常階段からのようだ。

 

 

「……行くか」

 

 

 人数は多い方が良い。成功すれば、農作を見る係が作れるかもしれない。

 ナナシはあくまで、自分が生き残る為というスタイルは崩さずに、生存者(サバイバー)の救出に向かった。

 

 

「た、卓造っ!!」

 

「クソっ! 下がってろ!!」

 

 

 ナナシが救援に向かった頃には既に、男子生徒の一人が噛み付かれていた。卓造と呼ばれていた男子生徒である。

 

 

「うわっ、遅れちゃったかぁ……しゃーない」

 

 

 すぐさまクロスボウを構えて、現在卓造に噛み付いている《奴ら》の頭部を破壊する。

 

 

「!? —だ、だれ!!」

 

 

 答えずに、非常階段を登ってボーンナイフを装備。すれ違いざまに一匹に首根っこを斬り取って無力化する。

 

 

「あらよっと」

 

 

 そのままち血みどろのボーンナイフを投擲、2匹いる内の近い方の頭部を深い刺し傷をつくる。

 その間にクロスボウを装備。弩矢(ボルト)を装填して、

 

 

 ——バシュッ

 

 

 最後の一匹を排除する。あっという間に《奴ら》に集団を刈り取ってしまう。

 

 一仕事終えたナナシは、非常階段の手すりに寄りかかる男子生徒、卓造の容体を片手間に見やる。

 その傷は、酷いの一言に限った。

 

 

「(しっかりと食い千切られてんな……感染してるだろうし、このまま介錯してやるか、それとも……)」

 

「お、お願いします! 卓造を助けて下さいっ!!」

 

 

 ナナシがちゃっかり考察していると突然、両腕に重力がのった。若干青みがかかった黒髪の少女である。

 何やら、彼を助けて欲しいらしい。

 

 

「と言っても出来ることは限られているんだが……」

 

「お、お願いします! お願いします! 何でもしますから、卓造を助けて下さいっ!!」

 

「お、おい直美!」

 

 

 土下座までして頼み込む少女。非常階段で良くやるものだ。ほら、卓造くんを見てみろ、困ってるだろ?

 

 

「(まあ、助けてやりたいのは山々だしな……成功するか分からんが、やってみるか)」

 

 

 とりあえず、自分の数少ない貴重資源を使うことを決意する。

 と、その前に。

 

 

「卓造くん、一応確認しておくが……ここで人間として死ぬか、《奴ら》として蘇るか、選べ」

 

「……え?」

 

 

 瞬間、少女、直美の顔から笑顔が消える。当然だ、救いを求めた先が死神に思えたのだから。

 

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 話が違——」

 

「お前は黙っていろ——それで卓造くん、君が望むのはどっちだ?」

 

 

 瞳を覗き込むように問いかける。その行動に、卓造はくっ、と歯を食いしばる。

 

 

「か、介錯で、お願い…します……」

 

「た、卓造ッ!!!」

 

 

 ニカッと笑って死ぬ決意をした卓造。その態度が気に入らないのか、直美が止めに入る。

 それを気にも留めずに、ナナシは続ける。

 

 

「それじゃ、死ぬ覚悟は出来たんだな?」

 

「…は…い……」

 

「ふむ……ならば、そうだな」

 

 

 その言葉を聞いて、ナナシはもう一度問いかけた。

 

 

「死ぬ覚悟があると言うのなら、もう一つ選択肢をやろう。これなら、人間として生き延びられるかも知れないな」

 

「——え」

 

 

 一瞬、唖然となる一同。最初に再起動したのは、卓造だった。

 

 

「ど、どういう——」

 

「いや、実は俺はとある薬を持っていてな。効き目があるか分からんが、感染を留められるかも知れない」

 

 

 その名も、『抗生物質』 普通の薬に見えるが驚くなかれ、7DTDでは全段階の感染症を全快するのだ!

 ……まあ、この世界のウイルスに効くか分からないが。

 

 

「一応言っておくが、効くかは分からない。もしこっちを選べば《奴ら》の仲間入りを果たすかもしれない。

 死ぬ覚悟が出来た君にだからこそ言わせて貰う——君は、どうしたい?」

 

 

 実際問題、選び辛い問いかけである。

 片や名誉の死亡を遂げられる。片や《奴ら》化と生存の確率が半々の博打行為。どっちに転んでも、死ぬ可能性があるのだ。

 

 

「……生き、たいです」

 

 

 しかし、彼は生きれる可能性がある方を選んだ。《奴ら》化しても、ナナシがいれば安心だと思っているのだろう。

 とりあえず、彼の証言は聞けた。となると早速、診察開始である。

 

 

「それじゃコレ、さっさと飲んじゃって」

 

 

 抗生物質と水瓶を渡して飲むように強要するナナシ。

 しかし一人では飲めなかったらしい。直美に手伝って貰ってやっと、飲み込めた。息も絶え絶えである。

 であるのだが……

 

 

「い、息が…苦しくない…?」

 

 

 仮称『奴らウイルス』の感染は終わったようである。とりあえずは成功である。実験の意味でも、生存の意味でも。

 次は、傷の手当てである。すぐさまカーテンから剥ぎ取った布切れで、通常包帯を創り上げる。

 

 

「……とりあえず巻きつけって、と」

 

 

 適用に傷口を中心にぐるぐる巻きにする。ガーゼも何もしなかったが、ゲームでも同様だし、大丈夫だろう。

 

 

「それじゃ、あとは幸運を祈るぜ。はい、コレ」

 

 

 直美にボーンナイフを一本渡す。出来立てホヤホヤの新品だ。

 

「……コレは?」

 

「分かってるだろ? 卓造の、だよ」

 

「……!!」

 

 

 因みに意味は、二通りある。

 卓造を守るために使え、と卓造が『奴ら化』したら使え、の二通りである。

 

 

「それじゃ、俺はコレで。合流する気があるんだったら2Fから上の階を目指せ。俺の仲間がいるはずだから」

 

 

 それだけ告げて、ナナシは非常階段を降りて1Fに降り立つ。

 今回の治療(実験)で、分かった事がある。抗生物質は『奴ら化』の進行を全快する、と。

 

 

「ふぅー、結構easyモードじゃないか。……今の内は」

 

 

 時間が経てばハードモードになるのがゲームでの常である。勿論、ナナシは死ぬ気は無い。

 彼は今も、クロスボウ構えて短槍射出作業を繰り広げているのだから。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 ナナシがう◯こ爆弾で逃走した後、小室達一行は屋上へと避難して居た。理由は単純、3Fがう◯こ臭くなったせいである。

 その臭いは、3F全体に広がってしまっていた。

 

 

「全く、あいつが何考えてんのよ!」

 

 

 ピンク髪のツインテール、高城 沙耶(たかぎ さや)が叫んだ。ゾンビがいるのに、大丈夫なのだろうか。

 しかし、この場の一同は彼女と同じ気持ちであった。

 彼が、ナナシが一体何を考えているのか、それはこの場の誰にも分からない。

 いきなり《奴ら》だらけの学校に住もうとか、2Fからは一人で制圧にいくとか、トンデモなく臭いう◯こを所持してるとか。最早変態である。

 

 

「でも、彼の技術力には眼を見張るものがあります」

 

 

 ぽちゃ男、平野(ひらの) コータが彼を掩護するように言った。

 

 

「彼が使っていたのはクロスボウっていう海外発祥の弓矢何ですが、本来ならばあれだけのパワーのものを片手で装填できるようなものでは無いんです。

 しかも、反動もそれなりにあるから、次々にポンポン撃てるようなものでも無い……。

 そんな物を毎回頭に直撃させているんだから、本当に凄いですよ」

 

 

 冷静に、淡々と述べるその解説に、一同は息を飲む。

 彼は実は、そんなに凄い技術の持ち主なのか、と。まあ変なやつという印象が一番だが。

 因みにコータは違ったベクトルでナナシに興味を持っていた。

 

 

  そんな中。

 

 

「——うぅ、くさぁいい!!」

 

 

 廊下から声が漏れてきた。一瞬だけ構える一同だが、その声の主がちゃんとした言語を喋っているとわかり、警戒を解く。

 バガァン、と屋上の扉をぶち破って出てきたのは……

 

 

「あ、えっと……こんにちは?」

 

 

 ナナシが救出した、卓造達一行であった。

 今この瞬間に、新たなメンバーが合流したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1DAY ——ゾンビキラー・木トゲ

 
 
 どうも。作者です。

 今回で……四話目かな? 中々の駄文ですが、楽しめて頂けているでしょうか。更新も段々遅くなって行きますが、下っ端娯楽として楽しんで頂ければ幸いです。

 そうそう、遅いと言えばですが。中々【1DAY】から抜け出せないですね。良い加減【2DAY】に行きたいのに、中々話が進まない。どうなってんだい、マイケェェエル!!

 と言うわけで本編、どうぞ。
 
 


 

 

 ナナシはアレから、数多くの場所でクロスボウを振るって来た。バシュバシュと弩矢を射出しまくり、ヘッドショットで破壊。

 弾薬(ボルト)は1スタック250本なので、射出したものを再利用してなんとか数を間に合わせている。因みに、幾つか折れてしまったものや傷んだものもあるので、実際回収していても初期数には戻らない。

 

 そんなナナシの行動範囲は、校庭にまで進出していた。1Fと非常階段、渡り廊下と教員室の制圧が完了したのである。

 

 

「おーおー、結構いるねぇ〜」

 

 

 若干壊れ掛かっているクロスボウを構え日陰を作るように右手を額に置くナナシは、ウンザリしたように呟く。もはやウンザリを通り越して楽しみすら生み出されてしまっている為、末期である。

 

 

「右60左40に真正面に50……結構いるんだなおい」

 

 

 ゴキブリの如く目の前に広がるヒトガタを大雑把に数えて、一息零して頭を抱えてしまう。先ほど制圧した数よりは少ないが、短時間でこれだけの作業をして来たのだ。その努力を誰かに評価されたいものである。

 それなのに今度は、一エリアに150体である。音を出そうものなら、一斉に寄ってくる事だろう。

 

 

「(はぁー、爆弾超使いてぇーー!!)」

 

 

 しかし、爆発物を使えば大きめの爆発音が発生する為、《奴ら》にターゲットロックオンされる事は間違いない。

 ガンパウダーの補充も出来ない現状で使うのものでは無いだろう。それにパイプボム自体のダメージも少ないので、囮に使うのも躊躇われる。

 

 

「……ん、囮?」

 

 

 その言葉を機に、ナナシは良いアイデアを思いついた。自分の労力とクロスボウを余り消費せずに、この場にいる《奴ら》の勢力を大幅に削ぐ事の出来る、最高の作戦を。

 

 ナナシは思い付くと同時に、直ぐに作業に取り掛かる。

 まず《奴ら》が余りいない広めの場所に音を立てずに移動し、その間に脳内インベントリ内でこの作戦の要を量産する。数は……200もあれば十分だろう。

 

 単品あたりの生産には時間が掛からない。1秒も掛からずに新たなものが次々と作られていく。ナナシは作製の為に一切手を使っていない事を考えると、このゲームパワーは正にチートだろう。

 その作製作業をしていない手だが、仕事はちゃんとしている。今しがた量産中のソレを、次々へと地面に配置していき、計画の要であるを配置していく。

 

 14x14の正方形にソレを張り巡らせれば、準備は完了だ。予め掘ってあった中心の深めの穴に、点火していないパイプボムを投げ込めば完成である。

 

 

「それじゃ早速、避難しますかねぇ〜」

 

 

 急ぎつつも忍び足で走って行き、校舎の2Fまで急行。道中で『ウッドフレーム(木枠)』を数個作製しながら突き進んでいく。先ほど校舎内は一掃したので《奴ら》の生き残りは居ない。……死体すらも

 

 先ほど急造した罠が見渡せる窓辺まで来たところで、早速窓を開ける。瞬間に吸空気が入れ替わるが、お世辞にも美味しいとは言えない。

 

 

「えーと、中心のアレは……お、あったあった」

 

 

 パイプボムを確認した所で、早速周りにウッドフレームを配置していく。適当に自身を囲んだ所で、取り敢えずの防空壕は完成である。

 

 自身の安全が確保された所で早速作戦を開始する。クロスボウの矛先を先ほど掘ったばかりの穴へと向け、パイプボムにクロスヘアを合わせて、撃つ。

 

 その瞬間に、二種類の音が鳴った。

 一つはいつもの短槍射出音。もう一つは……爆音。

 ダイナマイトに勝らずとも劣らない爆音を響かせて、周囲の空気を一瞬にて静止させる。

 

 

 そして、時は再び動き出す。

 

 

 校庭に、グラウンドに、駐車場にいた全ての《奴ら》が音に反応して、一斉に走り出す。皆の目的はただ一つ。音の発生地点である。

 

 10秒掛からずに先ほどの罠の周りに《奴ら》が現れる。走りながら一点を目指すその光景ははっきり言って、恐怖以外の何物でもない。もしもあの真ん中に自分が居たらと思うと、ゾッとしてしまう。

 しかし、あの中にナナシは居ない。そもそも、《奴ら》の諸君にはわざとあの場所を目指すように仕組んだのだ。あそこを目指す事に寄って《奴ら》は、手を下さずとも自爆してくれる。

 

 

「やっぱりこの作戦は最強だな」

 

 

 囮目指して走り回る《奴ら》の足元に配置された『ウッドスパイク』が《奴ら》の脚部を破壊して、姿勢を崩すと同時に頭にスパイクが突き刺さる。

 スパイクの耐久力は直ぐに無くなってしまうが、そこは数でカバーする。量産品なので、こちらの財布事情は余り痛くはない。

 そして何より、《奴ら》は音にのみ反応する。ピンク色が言うには痛覚や視力がない為、損傷を気にせずに音の発生地目指す。これによって《奴ら》は歩みを止めない為、スパイクがある限り100%《奴ら》を殺す事が出来るのだ。

 

 それから10分後。向かってきた《奴ら》の大多数が死滅した。スパイクは幾つか、というか校舎側のものがかなり残っている為、校舎入り口の防御網として活用するのが吉だろう。

 

 殆ど壊れかけているクロスボウと新品の弓、それと先ほど作製した石斧をスロットに入れてナナシはウッドフレームを回収、1Fを通過して校庭へと出た。

 なかなかの絶景である。《奴ら》の死体だらけだ。

 

 

「……さて、それじゃやるか」

 

 

 早速死体漁りと解体作業の始まりである。今回はいつも通り、解体用石斧を2つ常備している。

 まずは最初に近場の死体をsearch。1秒掛からずに漁って出て来たものは、空き缶。ハズレである。

 

 

「まあ、《奴ら》が持ってる物なんて、そんなものか」

 

 

 こんな物だと割り切って、仮設したチェストにしまう。残り1スタック半の木材の余りをを使用した、なけなしのチェストである。

 

 そこから、数十体searchして解体したものの、中々いいアイテムは手に入らなかった。

 空き缶に雑草、土に空き缶、紙と砂と空き缶、空き缶……etc。空き缶ばかりである。

 それでも農業用の素材が手に入ったのは、不幸中の幸いだろう。

 

 

「いやー、ユッカとアロエがここで手に入ったのはデカイね」

 

 

 ユッカは飲料にしても食料にしても、何方にしても優秀な食材である。これ一つ(というか数スタック)あれば序盤は食生活に困る事は無い。

 しかも暑さ対策にもなる。これはお得である。

 

 もう一方のアロエは、序盤に作成できる数少ない回復アイテムの原材料である。これ4つを使ってできる『アロエクリーム』はそのまま塗っても効果があり、『包帯』に絡めて作ったら更に効果が高い。

 クラフト出来ないカビパンを材料とする救急箱とは違い、篭ってでも量産出来るというのが最大の特徴である。

 

 そんな重要アイテムが、まさかの1日目で手に入った。農業をしようと思って居た今、これが手に入ったのは奇跡であるだろう。

 ナナシは心の中で、絶対に量産しようと決意した——

 

 

「これは——凄いですねぇ」

 

 

 search中にふと、後ろから声が聞こえた。

 後ろを振り向けばそこには、数人の生徒に一人の教師らしき人物がいた。位置的に、先ほどの声の主はこの教師であるだろう。

 それにしても、随分派手なスーツを着込んでいるものだ。ラインが入った細身のスーツなど、余程自分に自身があるものしか着ない。

 

 

「これは、君がやったのですか?」

 

 

 至って丁寧に、かつ探りを入れるように話しかけてくる教師。さて、どう答えたものか。

 

 

「……まあな」

 

 

 とりあえず肯定のみしておく。ただし、それ以上の情報は喋らない。何と無くだが、コイツは裏表がある節がある。下手に出ないほうがいい。

 そんな考えを知らない教師はワザと驚いた様子で、

 

 

「ほぉ、コレを君が! 凄いですねぇ、コレだけの罠を設置するなんて」

 

「先生の言う通り凄いですよ! 遠目でしか分からなかったですけど、この罠が《奴ら》を次々に倒していって!」

 

「ホントよね!!」

 

 

 教師の言葉をキッカケに、後ろの生徒からも賛美の声が上がった。普通のラノベ物ではここで照れるべきなのだが、ナナシは素直に喜べなかった。

 こう言った形で近づいて来て、後ろからブッスリとPKされた記憶が数多くあるからだ。あれ以来ナナシは、協力プレイという物を一切しなくなった。孤独プレイ最強である。

 因みに現在は気分によって変わるようだ。勝手な野郎である。

 

 

「私の名前は『紫藤 浩一(しどう こういち)』 この藤美学園で教師をしていました。貴方は見た所学園の生徒のようですね。何年生ですか?」

 

「……3年生(らしい)」

 

 

 一言だけポツリと話し、余計な情報は限りなく削減する。

 しかし、彼にはそれだけで十分だったらしい。そうですかそうですかと言って、一人で頷いている。

 そんな中、紫藤が思いついたように言った。

 

 

「ああ、そうだ。所で君は、コレから行く宛はあるんですか?」

 

「……」

 

「無いのなら、私と共に来ませんか? 私ならば貴方を安全に守りきれますよ!」

 

 

 ナナシは黙り込んで様子を見る。が、その沈黙を教師は"無い"と取ったらしい。聞いても居ないのに自信満々に答えてみせた。しかもその様子を周りの生徒はキラキラした目で見ているのが、余計にタチが悪い。

 まあ、こんな奴らにする対応など、ナナシには決まっている。

 

 

「へぇ、そうかい。それはご苦労なこったね。じゃ、頑張ってねえ!」

 

 

 適当な返事で、否定の意思を告げる。煽ったように喋るのがコツだ。

 紫藤はこの煽りをマトモに食らったらしく、一瞬だけ表情が固まって居た。筋もピクリと動いてもおり、余程気に障ったらしい。

 

 

「……それは、我々とは合流しないという事ですか?」

 

「ああ、その通りだ。俺は既にこの学園に拠点を構えている。今更他所へ行く義理は無い」

 

 

 吐き捨てるように言ってやった。

 

 そもそも、彼はあくまで一教員に過ぎない。高城や鞠川のようにこの場では役に立つ余計な知識がある訳でも無く、小室のように統率力がある訳でもない。当たり前だが、毒島や平野のように戦闘力がある訳が無い。

 それに、現在の彼らは非常に軽装で、逃げ腰である。そんな奴らにあのメンバーを捨ててまでついて行くメリットは見出せない。

 

 

「ほう……拠点ですか。宜しければ、我々も合流しても?」

 

「……まあ、良いだろう。しかし、条件がある」

 

 

 とりあえずは了承する。見た所純粋な生徒が多いらしく、あまり活発ではないタイプの奴も多い。紫藤という男は危険だが、こいつらを手放すのは、実に惜しい。

 という訳で早速、条件を提示してやる。

 

 

「まず、彼処は俺のテリトリーだ。それを侵害するのならば、容赦はしない」

 

「ほうほう、容赦はしない、ですか。物騒ですねぇ」

 

 

 所詮は子供の戯事だとでも思っているのか、大して脅威には思って居ない様子。……警告しないが、ナメていると、痛い目に会うぞ?

 

 

「二つ目は、俺の指示を聞く事。勝手なことをされては困る、これは絶対だ」

 

 

 尚も適当な反応をする紫藤。恐らく、聞く気が無いのだろう、乗っ取りでもやるつもりか?

 まあそのつもりならばこちらも考えはあるがな。

 

 その後も、幾つかルールを押し付けていったが、全て適当な反応だった。何を言ってもマトモに聞かない。ナナシも彼の反応にはイライラきて居た。

 

 仕方ないので、ナナシは校舎入り口へと向かう。

 

 

「……ついてこい。拠点に案内する」

 

「おお、それは有難い!」

 

 

 ……さて、こいつは一体いつ、本性を現すのかな?

 

 

 

 

 

 



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1DAY ——危険思想には早めの対処を。

 

 

 一人で《奴ら》殲滅作業をしてきたナナシを迎えた言葉は、罵声であった。オレンジ色が此方と、その後ろの紫藤を睨み付けて再度、叫ぶ。

 

 

「なんでコイツがいるのよッ!」

 

 

 何やら、彼女はお怒りの様子だ。まあ、その気持ちは分からなくも無いのだが。

 しかし、それでもこれだけの拒否反応が出ているのは異常である。過去に何かの確執があったと見て良いだろう。

 しかしそれでも……この場は抑えたほうがいいな。出るか。

 

 

「そこま——」

 

「おやおや、いきなりな歓迎ですねぇ、宮本さん」

 

 

 ナナシが喋ろうとした所を、紫藤が遮る。コイツはしゃしゃり出る事が好きだなと、ナナシは内心で毒吐く。

 そんな内心を知らない紫藤は、更に続ける。

 

 

「全く……我々は数少ない生き残り同士なのですよ? こんなのでは、組織としてやっていけませんよ!」

 

 

 何故かここでも演説をし始める紫藤。しかもそれを願望の眼差しで見つめる生徒にも、反吐が出る。

 まあ、ピンク色達には効いていないようだが。

 

 

「これはやはり、リーダーが必要ですね。宮本さん達の所のリーダーはやはり、毒島さんですか?」

 

 

 チラリと紫髪の方をみる紫藤。その視線を気にも留めない紫髪は、作業のように答える。

 

 

「いや、私たちにリーダーは居ない。強いていうなら、一番活躍している彼だろう」

 

 

 そして人差し指をナナシへと向けた。

 リーダーと言うのは分からないが、生活拠点を整えたり《奴ら》の掃討を行なったりしているのだから、確かに一番活躍しているだろう。

 まあ、リーダーとは程遠いかも知れないが。

 

 

「ほう、リーダーが居ない、ですか……。それはマズイですねぇ、実にまずい」

 

 

 それをキッカケに、悦に入る紫藤。何やら悪い事を企んでいるに違いない。

 暫く自分を抱きしめた後、ふと肩を竦めて演説を再開する。

 

 

「やはり、リーダーが必要なのですよ! 先ほどの宮本さんのような間違いを起こさないような、リーダーが!」

 

 

 非常に強い声で演説しているが、言っている事は確かに合っているように見える。

 が、ハッキリ言ってそれは間違いだ。間違いが起きない人間なんて居ない。本当に大事なのは、その場や未来を最初に考えて行動できる力である。

 

 

「へぇ、でその候補者は一人きりって訳?」

 

 

 ピンク色がツンツンした態度で睨みを効かせる。やはり、ピンク色もこの男の危険性に気付いたらしい。

 流石にこの男は、危険思考過ぎる。

 

 

「ええ、そうです。私は教師、あなた方は生徒です。それだけでも、資格の有無はハッキリしていると思いますが?」

 

 

 その考えならば、もう一人適任者が居るではないか、と一人で思考を回すナナシ。紫藤をどう対処しようか、今はそんな事を考えていた。

 

 

「私なら問題が無いように手を打てます! どうですか、皆さん!!」

 

 

 腕をバッと広げて、過大なる自己アピールをする。この世紀末世界では、実に浮いた行動だ。

 しかし、そんな大き過ぎる表面だけの看板は生徒の魅力を惹きつけるには十分なようで。

 

 

 ——パチパチパチパチ。

 

 

 紫藤が連れてきた生徒の全てが賛同してしまった。見掛け倒しでも、学生相手にはかなりの効果があるらしい。

 紫藤はそれを見て、勝ち誇ったような笑顔で最悪の言葉を口に——

 

 

「と言う訳で、多数決の結果私がリーダーに——」

 

「なるとでも思ったか、馬鹿者め」

 

 

 ——する前にナナシが言葉を遮る。そもそも、ナナシは言ったはずだ。

 

 

「おい紫藤、俺がここに連れてくる時に言った事、忘れたのか?」

 

「……えっと、なんの事でしょうかねぇ?」

 

 

 惚けている紫藤だが、ナナシはこう言ったのだ。

 

 

「『俺の縄張りで勝手な事をするな』……もう忘れるなど、貴様は鶏か? あぁ?」

 

 

 いつの間にか、紫藤の呼び方が貴様に変わっていた。それぐらいには、ナナシも怒っていたと言う事だろう。

 紫藤は鶏という言葉に青筋を浮かべた。

 

 

「鶏とは、随分な——」

 

「なんだ、文句があるようだな。ならば仕方ない、他の動物に変えてやろう。アヒル、バッタ、ハエ……どれがいい?」

 

「……!!」

 

 

 因みにちゃんと意味はある。

 アヒルは子供(生徒)を連れて歩き回る、ヨチヨチ歩きのクソ野郎。

 バッタは他人のテリトリーで好き勝手やるクソ野郎。

 ハエはナナシの周りで煩く暴れようとしているクソ野郎。

 全てにクソ野郎という共通点が付いているのが、ミソである。

 

 

「さあほら、やってみろよ。俺という異分子に、問題が無いように手を打てるんだろう?」

 

 

 殺すのか、追放するのか、それとも放置するのか。何をするのか、実に面白そうな考察である。紫藤という奴のロジック解析でもしてやろうでは無いか。

 ナナシは違う意味で何故か面白みを感じていた。

 

 

「え、えぇっとですねぇ……」

 

 

 しかし、何故か言い淀んでしまう。恐らく、最初の部分は考えていたのだろうが、肝心の部分はからっきしだったのであろう。予想大ハズレである。

 ならばと、ナナシは違う例題を上げてみる。

 

 

「ならば、この場合はどうする? 《奴ら》がこの場に一斉に30体ほどなだれ込んで来た。スピードも早い。どうする?」

 

 

 因みにこの場合ナナシだったら、ドアを固定してドア窓を破壊、そこからチクチクと近場のやつを排除していく。後はドアを解放し出てきた瞬間に頭を叩き潰したりする。スタミナ回復の意味で交代してやればなんとかいけるだろう。

 

 

「ええっとですねぇ……そうだ、ドア付近に机を並べてバリケードを作るのは如何でしょうか! これならば破られる事はないでしょう!」

 

 

 紫藤のその幼稚な回答は、憐れと言わざる無かった。装備だけでなく、心までも逃げ腰である。30体という数にビビったのか?

 因みに、そんな事をすればいつか破壊されてなだれ込み、集団に囲まれてリンチされるだけである。もしもフェラル状態だったら、それこそ終わりだろう。

 

 

「ふ〜ん、それだといつかバリケードが壊されて終わるが良いのか? それに食料の確保は如何する、屋上でずっと過ごす気か?」

 

 

「むむむ……ならば、一体ずつ囲んで倒していくというのは? これならば《奴ら》を蹴散らせます。屋上からも降りられますよ!」

 

「あんた、あいつの話聞いてなかったの? 《奴ら》は30体来る設定なのよ?」

 

 

 すぐさま別の案をピンク色によって潰されていく。その時の紫藤の表情は、絶望そのものだった。まさか横槍が入って来るとは思わなかったのだろう。

 その後もいろいろな質問をして行った。食料の確保は? 服の調達・洗浄は? この学校に残って何をするつもりなのか。

 結局彼はどれもマトモな答えは出せなかった。教師としての資格はあるようだが、サバイバーには向いてないらしい。

 そんな彼の慌てるような姿を見てか、いつの間にか狂信者の数は減っていた。今では筋肉質の男のみが彼の守護をしている。

 

 

「——この学校にて救助を待つのは如何でしょう!! 屋上に航空隊に向けたサインを置けば気付いてくれるはずです!」

 

「ダメだな、それではいつ来るか分からんぞ? 日本中がこんな状況だと仮定するならば、自衛隊の救助優先度は低い。時間だけが過ぎてしまう」

 

 

 こんな感じで紫藤が出す政策の殆どを潰して行くのだから、最早かわいそうである。

 まあ、ナナシはそんな事は微塵も思っていないが。なので、彼は慈悲も無い宣告をする。

 

 

「ダメだな、時間の無駄だ。……紫藤、お前は俺の前から消えろ」

 

「!? き、君は何を言っていんですかぁ!? 数少ない生き残り同士助け合わないと——!!」

 

「生憎ながら、お荷物はいらない。ましてやバックファイヤでもしそうな危険な奴だからな、そんな奴を仲間と認める訳にはいかない」

 

 

 次に、生徒の方にも顔を向ける。

 

 

「お前らは如何するんだ? 色々なパターンのシミュレーションをしてきたが、紫藤が出した問題の無いように打てる対策とはアレだ。

 その上で問うが、お前らはこれからどうする?」

 

 

 別に、大した意味は無い。紫藤に付いて行くか、ナナシに従うか、それだけである。

 因みに、ナナシに従った場合重労働の未来が待っている事は言うまでもない。

 

 

「……私はここに残るわ」

 

「ゆ、夕樹さん!?」

 

 

 最初に名乗りを上げたのはカチューシャで前髪を上げた少女だ。自ら重労働の道を進むとは、微笑ものである。せせら嗤いでもある。

 そんな少女の言い分は、こうだ。

 

 

「先生は大人だからちゃんとした判断を出来ると思ったのだけれども……さっきの会話を聞いて、考えて直したわ。先生の場所じゃ、生き残れる気がしない」

 

「そ、それじゃあ(ナナシ)の所はどうなんですか!? まだ学生なんですよ!」

 

 

 確かにそうだが、ナナシはゲームを開始する前は会社やら何やら思っていた記憶がある。会社名などは思い出せそうにないが、恐らく精神年齢で言えば彼は立派な社会人だろう。

 

 

「学生でも、頼りになるわ。校庭に置かれた罠の効果を見たでしょ。校庭にいた《奴ら》を一掃出来る手段を思い付くような人物なのよ、彼は」

 

 

 まあ確かにアレを思い付いたのナナシだが、7DTDをやっていなかったら思い付けなかった戦法だ。最終的にはゲームが偉大と言う事になるだろう。……現実でソレを実行できるかどうかは別にして、だが。

 カチューシャがチラリと此方を振り向いた。

 

 

「それに、校舎内には《奴ら》が全くと言っていいほど居なかったわ。あの罠の事を見るに、貴方なんでしょう? あれも」

 

「まあな」

 

 

 アイテム回収も兼ねて、近隣の《奴ら(ゾンビ)》は一掃しておいた。全てはリュック拡張材、そしてその他アイテムの為に。

 

 

「これでハッキリしたわ。彼には行動力がある、私達と違って力もあるわ。先生も大人として精一杯やってくれたけど、全て逃げ腰。彼のように身の回りと安全を開拓するのとは、訳が違う」

 

 

 いや、放浪者プレイだったらその考えはあっているんじゃ無いか、とナナシは心の中で否定した。

 放浪者であるが故に物資は必要最低限の物しか持てない。物資や体力を節約をするのは放浪者の中では、当たり前と言える。

 因みに、立て篭もり派だったら防御装置なしでの逃げ腰はただのバカである。

 

 

「皆はどうするの。先生に付いて行くの? ……それとも、残る?」

 

「俺は先生に付いて行くぜ! 少なくとも、そこの仕切り野郎よりはマシだ!」

 

 

 カチューシャの問いかけに最初に答えたのは、金髪筋肉だ。わざわざ此方を指差してまでご指名するなんて、また偉そうな奴である。というか、マシとはなんなのか。それは紫藤にちょこっとダメージが入っていると思うのだが?

 それに比べ、周りの反応は真逆であった。

 

 

「私も残る。なんかナナシくん、問題に気付いたらスグに手を打ちに急行しそうだし」

 

「確かにそうね。一日経たずに学園の《奴ら》を全部倒しちゃうし……うん、じゃあ私も残るわ」

 

 

 次に名を上げたのは赤髪ショートと若干青い髪にメガネを掛けた少女の二人組。確かにナナシは物資さえあればすぐさま問題を解消するタチだが、流石に買いかぶりではなかろうか。

 あくまでナナシは、自分の生活をよくするだけに動くのである。他者など、関係ない。

 そんな3人をきっかけに、次々に名をあげる生徒が増える。俺も俺もと、拠点残存派が増えて言った。ナナシから言えば数が多いのは良いのだが、食料はどうするのか。農業やっても間に合うかどうか疑問である。

 

 

「まあ、数が多いに越した事はない……な。よし、じゃあお前らは残るという事で良いんだな?」

 

 

 肯定の意思を告げる紫藤と金髪筋肉以外の生徒たち。想定外だったが、随分と数が増えたものだ。

 ナナシは向きを変えて、紫藤達の方を向く。二人の顔は、実に険しいものだった。

 

 

「と、言うわけでお前らは出て行け。そして畑にはちかづくな」

 

 

 畑にはトウモロコシやアロエを植える予定なのだ。邪魔をされては困る。

 邪魔をされては困るので言ったのだが……金髪筋肉には飲み込む気がないらしい。

 

 

「はんッ! 誰がお前の指図なんて受けるかよ! お前らん所に近付いて邪魔を——」

 

 

 ——ダガァァアアアン!!

 

 

 瞬間、粉砕音が響く。何か硬いものを質量で叩き潰すような破壊音だった。

 そしてその音の発生地点には、ナナシが居た。

 

 

「邪魔を、なんだって? もしも邪魔をすると言うのならば……少し、痛い目に合うかもな」

 

 

 親指をぐいっと立てて屋上のコンクリート壁を指差す。そこには、蜘蛛の巣のように割れて、既にボロボロになってしまったコンクリート壁があった。

 ナナシの片手には先端から白い煙を出しているトゲトゲバットもある。一同は、まさか……、という思念に駆られる。

 そこで、もう一度ナナシは忠告する。

 

 

「もしも邪魔をすると言うのならば、俺は容赦はしない。仲間を守るのは、当然の行為だ。

 しかし、何もしないで立ち去るのならば、俺は何もしない。だから……今すぐ、俺の前から消えろ」

 

 

 ナナシは、バックアタックが嫌いである。

 味方と偽って近付いてきた者に初期の頃は、何度も後ろから刺されて終わっている。

 故に、ナナシは赦さない。バックアタックをする者も、するような臭いがする奴も。もしもそんな者が現れればナナシが取る行動はただ一つ。

 

 

 ——排除。

 

 

 ただそれのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 因みにバックアタックでかなり痛いのは『真・女神転生Ⅲ』や『ダークソウル』などですね。
 前者はバック取られるとクリティカル確定に敵行動回数増加になり、リンチされます。後者はバックスタブ取られて致命の一撃でどゔぁ! されます。7DTDのバックアタックなんて、まだまだですよ。
 
 


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1DAY ——寒さ対策には万全を。+α

 
 
 どうも。作者です。

 まずは、沢山のお気に入り登録、ありがとうございます。たった5話で100名以上のお気に入りをされるとは、思いもしませんでした。本当にありがとうございます。

 それと、今話で1日目が終わります。やっと【1DAY】の呪縛から解き放たれます。出来の悪さはお察し下さい。

 という訳で本編、どうぞ。






 

 

 あの後、紫藤とあの金髪筋肉は、ナナシの忠告通りに逃げて行ってしまった。流石にコンクリートを破壊したのはビビってしまったのだろう。

 しかし何故か学園内には残らず、適当な車を起動して、市街の方へと。物資は積んで居なかったが、大丈夫なのだろうか。主に、餓死的な問題で。

 

 

「……っと、他人の心配をしている場合じゃないな」

 

 

 呟きながらも、ナナシは作業は続ける。

 現在ナナシが行なっているのは此処での生活に必要な、最低限の準備作業である。具体的には、焚き火やフォージ、寝袋の作成である。

 

 焚き火は小石を8個、寝袋は草20個、フォージは鉄パイプやら何やら沢山必要なのである。これだけの材料を1日目で集めきるのは、何気に大変な作業である。

 

 が。

 ここはゲームとは違い、NPC的なポジションとしての協力では無い、はたまた敵対サバイバーでも無い、リアル協力者がいる。彼らに学園内の鉄やら草やら取って来て貰えば、時間対効率は上がる。

 

 因みに、この作業の中で一番材料が必要になるのが、寝袋である。寝袋は一つ作る為には草が20個しか要らないので一人プレイの時はそこまで材料回収に走る必要はないが、今回は沢山の生存者(サバイバー)を拾って来た。

 その数およそ、15人! ナナシも含めると16人なので、寝袋に必要な草は全部で320個である。

 ゲームならば草を160回殴るだけで集まるが、現実だと流石に作業効率は落ちる。一人では、時間が足りないのだ。

 

 

「ナナシくん、この葉っぱは此処でいいの?」

 

「ああ、其処に置いておいてくれ」

 

 

 と、言うわけで草刈りに行って貰ってきた。メンバーは非常階段組みこと、卓造くん達御一行である。

 頭に? を浮かべながらもちゃんと働いてくれたので、夜までには全員分の寝袋は完成しそうである。

 

 また、夜の学校は非常に寒い。校舎内ならともかく、今回は屋上である。凍えて死んでしまうってもんじゃ無い。

 つまり、焚き火も必須なのである。そして、それに使う為の燃料(木材)も。

 生憎と、生徒諸君の力では木を伐採するのは難しい。戦闘ならともかく、伐採などは彼らの専門外である。

 

 まあ、ナナシにとっても専門外であるが。しかしそこは腐ってもゲーム人間、クロスヘアを学園内の大木に合わせてせっせこと切り倒していった。

 なので、燃料の心配も無いと言うわけだ。

 

 

「……よし、全員分の寝袋が完成したな」

 

 

 脳内インベントリを確認し、全員分の寝袋の完成を心の中でガッツポーズして歓喜するナナシ。何気にナナシは、マジメに生きていく予定なのだ。

 と言うわけで早速寝袋を配置……する訳ではない。ここは屋上である。温度システムが存在するゲーム内でも、外の夜は寒い。夜に厚着しないで作業すると効率が悪くなる事から、それは明らかだ。

 先ほど屋上で寝泊まりすると言ったが、何もそのまま寝る訳ではない。そんなんでは寒気に襲われて良好な睡眠が取れる訳も無い。まあ一番は屋内に泊まれれば良いのだが。

 

 だが、焚き火が無ければ熱を安定して供給するのは難しい。そこで困った事に、焚き火を使用するには屋内では色々と都合が悪いのだ。

 第一に、二酸化炭素中毒になる。新しい酸素が供給し難い屋内では、当たり前かも知れないが。とは言ってもゲーム内ではそんな描写は無かったので、無いとも限らない。屋内に設置しないのは現実ならではの危険性を考えて、だ。

 第二に、燃え移る危険性。此方もゲーム内では生き物にしか燃え移らなかったが、現実ではどうかわからない。校舎に火が着いたらそれこそジ・エンドである。

 

 この二つの危険性を踏まえた上で、屋上で寝泊まりする。そして、夜風などに当てられずに良好な睡眠を取るには。

 

 

「ゲームの木材で小屋を作れば良い」

 

 

 さて、ここで新情報だ。

 

 《奴ら》から色々とsearchしていたナナシは、その途中に幾つかの卵を拾った。鮮度とかはゲーム内では関係無かったとは思うが、とりあえず食べて見ようと思って調理しようと思ったのだ。

 そこで屋上の端に一つ、焚き火を設置した。その際にミスって手に持っていた卵をそのまま落としてしまったのだが……なんと、燃えない。

 

 燃えないのだ。

 ナナシはこれに疑問を抱き、searchして手に入れた火かき棒を使って卵を取り出した。そして、何の躊躇も無く、触れた。

 その際触れて感じたのは、熱みや痛みではない。ただの、ちょっと冷えている卵の殻の感触だけだった。

 

 その後ナナシはインベントリから幾つか材料を入れて投入してみた。くず鉄、空き缶、ジェル、木材。これらの全ての素材が、木材までもが燃えなかった。

 

 そこで今度は逆に、彼ら、非常階段組みの持って来た草を幾つか投入した。

 彼らがとって来た草はナナシがクロスヘアを合わせる事でインベントリに2ずつ増えていき、素材と化す。勿論、素材と化した草が燃えなかった。

 

 しかし……そのまま投入した草は、燃えた。

 当たり前だ、ただの草が燃え盛る火炎の中に入れられて燃えない方がおかしいのだ。これはある意味当然と言える。

 

 そこで、ナナシは仮定を建てた。つまり、ナナシのインベントリを通したアイテムは、取り出して火に投げ入れても、燃えない、という事だ。

 ここら辺の事情がナナシにもよく分からない。というか、この現状も、クロスヘアがある視界も、脳内インベントリもよく分からないのだ。今頃一つ増えた所で変わらない。

 精々ナナシができる事と言えば、この現状を利用することだけだ。

 

 

「ふんふんふ〜ん♪」

 

 

 鼻歌を歌いながら、ウッドフレームで小屋を作っていくナナシ。屋上の一部を使ってしまうが、仮小屋なので別に問題はない。いつかは取り壊す運命なのだから。

 ゲームの木材が燃えないならば、焚き火を近づけても問題ない。ナナシを通してない校舎の床や壁は分からないが、今作っている小屋ならば燃え移る心配は無い。

 更に屋外である為、二酸化炭素中毒になる心配も少ない。ここは、現状で最高の立地条件だったのだ。

 

 ウッドフレームを配置し終え、手に持つネイルガンですぐさま一段階強化していく。フレームだけだと風が貫通するが、板を取り付ければその心配はない。

 小屋の四すみに縦3マスの支柱、その間に縦2マスの壁を作った後に、天井を配置していく。わざわざ1マス分空洞を作ったのは、空気入れ替えの為だ。

 

 そして天井も完成した頃、ナナシは小屋の中央に焚き火を配置した。ウッドフレームを割った柵にような物で囲めば、あとは完成である。

 焚き火から2マス分開けて、寝袋を配置していく。

 

 

「な、何よこれ——っ!」

 

 

 ふと後ろから声が聞こえた。見て見れば、いつの間にかピンク色が帰って来ていたようだ。

 以外に帰りが早かったな。もう3Fの回収作業が終わったのか。鉄素材の回収、もっと掛かると思っていたのだが。

 

 

「ああ、高城か。もう鉄素材は引き出し終わったのか?」

 

「ええ、一応ね………ていうか、これ作ったのって、もしかして……」

 

「ああ、俺だ」

 

 

 逆に、ナナシ以外に誰がいるのだろうか。この場にはナナシ以外、誰も居なかった。皆回収作業に繰り出していたのだ。なんでも言う事を聞くので、最早ナナシの奴隷である。

 まあいいか。ナナシの言葉を聞いて呆けている高城をそう判断し、ナナシは次の作業に移る。

 

 次は、フォージの設置である。粘土やleather(なめし革)を適当な教室から回収して来たので、もう素材が集まっているのだ。

 チェストから各素材を引き出し、前に焚き火を設置した屋上の隅へと向かう。作業場はやはり、人の住む区間から避けた方が良い。HEAT値的に。

 

 

「まあこんだけ近かったら意味ないかも知れないが」

 

 

 そんな事を言っている間に、フォージは完成する。ゲームを始めた頃はあれだけ苦労して手に入れたフォージが、まさか1日目で作れるとは、驚きである。

 何故この状況がゲームで出来なかったのか、不思議である。

 

 

「そんな事より、精錬だ!」

 

 

 適当に叫びながら、空き缶やら鍋やらを順次投入してスクラップにして行く。脳内インベントリでスクラップするよりも取得スクラップ数が多いので、わざわざフォージが手に入るまでスクラップしなかったのだ。

 

 ある程度の数、約500辺りスクラップ出来た辺りで、ひとまずスクラップ材料を取り出す。最初はこんなもんだろう。

 すぐさま今しがたスクラップした『くず鉄』を投入、粘土も30つ位投入したら、後は完成を待つだけだ。

 

 しかし、待つだけでは面白くない。時間も勿体無いので、その間違う作業をする事にした。

 ナナシは再びチェストを解放、今回開けたのは食料品用のチェストである。

 チェストから卵を5つほど取り出したナナシは再び屋上隅へと移動、今度は焚き火の方へと視線を合わせた。

 今回作るのは、ゆで卵である。

 

 

「えーと、ここに鍋を配置して……っと」

 

 

 ストックしてあった鍋を調理用具のスロットにセットして、早速『ゆで卵』を作る。瓶を消滅させて水を使うので、あまり使いたく無いが、フォージが使える今となっては大した問題では無い。

 気にせず『水入り瓶』を消費して『ゆで卵』を作る。

 

 

「後やって置きたいのは……」

 

 

 校舎内に《奴ら》を入れない為の防衛柵、ウッドスパイクを校庭に配置して置きたい所だが……生憎ながら、時間が無い。

 現在時刻は7時半。あと数時間すればゾンビが走り出す時刻である。この現実で《奴ら》が走るかは分からないが、わざわざ危険を犯す必要は無い。

 一応《奴ら》の駆除は行ったが、自然湧きするかも分からないのだ。今日の夜くらいは、じっとしておいた方が良いだろう。

 

 

「じゃ、量産だけはしておきますか」

 

 

 脳内インベントリから木材を400個取り出す。なぜかは知らないが、このウッドスパイクはアップデート前のようで、必要素材は4つ。超低コストで作れるので、あの時ウッドスパイクを量産出来たのだ。

 何故アップデート前に戻ったのか知らないが、嬉しい限りである。

 必要素材が少ないことにほっとしたナナシは、ウッドスパイクを100つ量産するよう、クリックした。

 

 さて、やる事はやった。フォージも寝袋も小屋も作ったし、精錬鉄も作っている。1日目にしては上々の結果である。

 これならば、最初の一週間くらいは生き延びられそうだ。

 

 

「……頑張らないとな」

 

 

 ナナシの地獄生活は、まだまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

 

 

 俺が彼に出会ったのは、偶々の出来事だったのかも知れない。

 

 

 あれは、進学したばかりの、桜が綺麗に舞い散る春の事だ。その時の俺は、ちょっとした理由で授業を抜け出していた。理由は伏せておく。

 そんな時に、教師たちが校門で何やら言い争っていたのが見えた。何やら手島が門に体当たりしている男に掴みかかっていたようだった。

 そんな時、手島が何やら腕を抑えて、倒れた。腕からかなりの量のが出血していて、倒れた後は動かなくなっていた。

 なっていたはずだが……そんな手島は急に動き出し、卓球部の林に、いきなり抱きついた。そして、首元を食い千切った。

 

 この瞬間、俺は言い表せない恐怖を感じた。

 手島が腕をヤられたと思ったら今度は手島が林の首を食い千切る。異常としか言いようが無かった。

 

 

 ——逃げなければ

 

 

 本能的に、そう感じた。これが広がるのは時間の問題だ。早くこの場所から脱出しないと、そう思った。

 その考えに至った俺の行動が実に早かったものだ。すぐさま幼馴染の『麗』の元へ行き、彼女を連れ出した。周りのやつは相手にしなかったが、元親友である『井豪』だけは何かを察してついてきてくれた。

 

 その後俺たちは屋上へ行った。連れ出して武器を——バットや箒の杖部分を武器に取った俺たちは、屋上へ向かった。あそこは広い。先ほどの放送、絶叫の放送で混乱した1Fに向かうよりは、遥かに広い場所を選んだ方が良いと、井豪の判断だった。

 

 しかしその途中で、井豪は噛まれた。噛まれて、屋上で《奴ら》と化す直前に、俺に殺された。

 麗は必死に庇っていた。まだ助かる、『永』は助かると——でも、俺は彼の意思を尊重した。いや、尊重なんてしていなかったのかもしれない。何故なら俺は、彼を恨んでいたから。

 

 その後屋上からなんとか脱出して、学園の外を目指す事にした。麗の親父さん——公安の警部補との連絡が一方的にだがつき、此方からは話せなくとも、情報を仕入れられたからだ。

 麗の親父さんによると、この地獄の現状は街全域で広がっているらしい。勿論、俺たちに行く宛はない。だから精々俺たちに出来るのは……この学校から、逃げる事。

 

 生き残りを拾いながら逃げようと思っていた。そんな時に、同じく幼馴染の高城の叫び声が聞こえた。だから、俺たちは彼女の元へ向かって《奴ら》から彼女を守ろうと駆けた。

 現場に到着した頃には、4人の人間がそこにいた。高城や、木刀や釘打ち機を手に持った他の生徒。彼らと協力して《奴ら》を撃滅した。

 

 ——いや、一つ間違いがある。この場にもう一人、人間がいた。3年生の、名前のない先輩だ。

 生徒手帳のようなものは所持していないらしく、更に記憶喪失。彼はこの現状では最悪な状況だが……何も気にしていないかのように、その手に持つクロスボウで作業のように、《奴ら》を排除して行った。

 

 その後彼は何を思ったのか、この学校に住むと言った。この《奴ら》だらけで、食料の少ない学校で。

 

 周りの皆は彼の反応を『イカれている』と批評していたが……俺は正直言って、彼について行こうと思った。

 俺たちはまだ学生だ。街中でこんな地獄が広がっている中で、俺たちは逃げるしか出来ない。だが彼は、この現状と正面から向き合っている。

 逃げるのでは無く、自分の居場所にしようとしている。この考えに、俺は心打たれた。

 

 だからこそ、俺『小室(こむろ) (たかし)』は断言しよう。彼は、この中のメンバーで、一番に"強い"と。だからこそ俺は——

 

 

 ——彼について来て、良かったと思っている。

 

 

 

 

     〜いつか何処かであった少年の心情 終〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2DAY
2DAY ——まともな食事が欲しい今日この頃。


 

 

 ——AM6:00

 

 

 ナナシの朝は早い。日が昇り始める頃には既に、目が勝手に醒めてしまい、その身体を生活の為の作業へと繰り出してしまう。テキパキと動けるその姿は、屋外仮設キャンプもどきに寝ていたとは考えられないほどの快調ぶりだ。

 さて、そんなナナシがやっている事と言えば。

 

 

  回収作業である。

 

 基本的には、昨日中に集められなかった鉄資源、その他の回収である。特に、真鍮製品は重要中の最重要物質であり、入手が極めて困難な品である。何故ならば、真鍮の鉱脈が存在しないため完成品をスクラップするしか真鍮が手に入らないからだ。

 基本的に真鍮はドアノブやカジノコインに使われている為、これらを回収、スクラップしていく事となる。ゴミ箱や《奴ら》からのドロップを狙っていく事となる。

 

 

「真鍮が作れたらなぁ……」

 

 

 無理である。ナナシが出来るのは鉱脈を掘って鉱石を採取、それをフォージに突っ込むのが限界である。

 そもそも真鍮は合金であるので鉱脈が存在しないという致命的な欠陥がある。これをどうにかしないといけないのだ。

 

 

「……ん、合金?」

 

 

 自身の思考を整理していた時、ふとある考えが浮かんだ。

 自身はかなり前、『精錬鋼』という物を精錬した事がある。これは所謂鋼であり、合金だ。自然には存在しない鋼だが、それをゲーム中ではナナシは作っていた。

 つまり、ナナシはフォージを作れば合金も作れるのだ。なんてこった、製鉄工のおっちゃん達の仕事が減っちまうじゃねぇ〜かッ!

 つまり、ナナシは既に合金を作成する手段を持っているのだ。

 

 

「あ、でも結局銅がなきゃ意味が無いか」

 

 

 真鍮の7、8割は銅である。また、残りの部分も亜鉛で構成されている為、此方も精錬しなければいけない。

 銅鉱脈も亜鉛鉱脈も、どちらも掘り当てなければ真鍮は作れない。更に困った事に、ゲームでは何方の鉱脈も、と言うか鉱石すら存在しない。

 ゲームパワーに頼りきっているナナシにこの二つの鉱石が手に入るか、疑問である。

 

 

 この事実を即座に叩き出したナナシは再び、深い絶望の深淵へと叩き落とされた。これでは銃弾の量産が出来ないでは無いかと。

 それでも、ナナシの手は止まらない。せっせせっせと首をぐるんぐるん振り回しながら数多くの棚をsearchしている。また、廊下へと排出されている鉄製品もインベントリに入れている為、案外速いスピードでインベントリが埋まっていく。それはもう、一部屋でインベントリがMAXになる程に。

 

 

「こんなもんかな」

 

 

 インベントリが埋まりきった為、ひとまずこの教室の回収作業を中断する。鉄製品がかなり手に入ったので、良しとする。今一番に必要なのが鉄なので、銃弾素材である真鍮よりは現段階ではGJ(グッジョブ)である。現段階では、という尾ひれがつくが。

 

 今日(こんにち)何回目か分からない帰宅をするナナシ。ナナシのこの回収帰宅は5回目である。バックを拡張しつつあると言うのに、何故こんなにも往復しなきゃならないのか、悩みの種である。材料マラソンはゲーム中だけで十分だ。

 

 

「あ、ナナシ。もう起きてたのね」

 

 

 声の掛かった方向を振り向くとそこには例のピンク色少女、高城 沙耶がいた。

 もう起きていたのか、意外に早起きだとお前は密かに彼女を褒めた。

 

 

「それよりどうしたのよ。あんた、血塗(ちまみ)れよ?」

 

 

 確かに彼女の言う通り、ナナシの服には今大量の血が付着している。これが誰のものかと言えば勿論、ナナシのものでは無い。

 現在校舎内には、8割がたの《奴ら》が消失したとは言え、まだまだ数体の《奴ら》がいる。この血はそのうちの一体と出くわし、至近距離でトゲトゲバットを繰り出した際についた返り血である。

 そこで、ナナシはふと思った。着替え、どうしようか、と。

 

 

「……あ、そもそも風呂はどうしようか」

 

 

 ピンク色そっちのけで思考に入り浸るナナシ。しかし、その考えは最もとも言える。

 何故なら7DTDには空腹やダメージ、重力はあっても汚れという概念が無い。至近距離で棍棒振り回しても、ゾンビに殴られても、骨折しても血の匂いが臭わないのだ。その代わりにと言って、手に持っている肉類はガンガン臭うが。

 まあ結果から言えば、風呂がないのだ。ナナシが作れるメニューの中に。

 

 

「なあ高城、学校に風呂ってあったっけ?」

 

「ある訳ないでしょ! ……って、確かに風呂はどうしようかしら。このままじゃかなりの間臭うわよ」

 

 

 臭うどころの話では無い。風呂に入らないと言う事は雑菌が身体に住み着き、体調を崩す元となる。この世紀末世界では行動の幅を縮められるというのは死を意味する。これは、かなり早めに対処しなければならない。

 幸運にも、まだ水資源はある。消火栓からドバドバと流れ出てくるくらいの量があるので、他所からタンクへと適度に補給していけばまだ持つだろう。

 問題は、風呂本体と熱源である。

 

 

「(熱源は焚き火を代用すればなんとかなるが……風呂は……)」

 

 

 適当な所からかっぱらってくるしかない。ナナシはその考えに行きついた。水道も未だに流れてはいるが、いつまで持つか分からない。今はなんとかなっているが、かっぱらうべき資源はまだまだ沢山あるだろう。

 

 

「……効率を上げる方法を考えないと」

 

 

 他所からかっぱらってくるとなると、運送時に掛かる時間がそれなりには嵩張って来る。今は短距離だがまだ良いが、長距離となると話は変わってくる。

 1と2の差ではだいぶ変わって来るのだ。例えるならば、1km先の物を狙撃する際に1mmでもズレれば明後日の方向へ飛んで行ってしまう。それほどまでに、小さな積み重ねは大きな山となるのだ。

 

 

 

  ——グゥッウゥううう〜

 

 

 ふと空腹の時を知らせる腹の虫が鳴く音が、静かな空間の中一つ響いた。その音の発信源はナナシの目の前、つまりはピンク色である。

 そんなに腹が減ったのだろうか。

 

 

「わっ、私じゃないわよッ!?」

 

「いや、何も言ってないんだが」

 

 

 先走って否定するとは、何を考えているのだろうか。その驚きようと言い、最早自白である。

 しかし、彼女の腹の虫の言い分も一理ある。ナナシも回収作業による疲労が溜まっている。そろそろ飯の支度をした方が良いだろう。

 

 

「よし、それじゃちゃちゃっと料理を作っちゃいますか、というか配っちゃいますか」

 

 

 実は事前に料理は幾つか作ってある。昨夜の深夜時刻になっても全然眠くならないナナシはこの時間にも起きて作業をし続けていたのだ。具体的には燃焼作業である。

 因みにその作業は深夜3時まで続いていたりする。

 

 ナナシは脳内インベントリで自分の空腹ゲージと渇きゲージを確認して、チェストの中から『水入り瓶』と『水入り空き缶』を幾つか取り出す。また、それと同時の今朝のメインディッシュも取り出す。

 

 そんなこんなで朝食も準備をしていると、いつの間にか他のメンバーが起きて来た。現在時刻は6:50 学生にしては中々の早起きぶりである。

 

 

「意外と早起きだな、お前ら。もうちょっと寝てても良いんだぞ?」

 

「あ、ナナシ先輩……いえ、大丈夫です。この世界はもう異常の領域に片足を突っ込んでるし、こう言った生活にも慣れなきゃいけないと思うので」

 

 

 そう述べるのはリーダー的ポジションの学ラン男、小室君だ。年相応と言うべきか、元厨二病の時にでもこう言った現状をイメージしていたのか。その瞳は真っ直ぐだった。

 

 

「確かにそうだよな、今までのようにダラダラしてたら大変だよな……はい、これ」

 

「あ、これはどうも。ありがとうございます」

 

 

 確かに彼の言う通りだと少しだけ関心しながら、彼に今日の朝食を手渡しする。

 因みに今日のメインディッシュは缶詰め(小室のはハム缶)とゆで卵である。副菜は無い。ジュースも無い。

 

 

「すまんな、それくらいしかなくて」

 

「いえ、こんな状況ですし、物資が足りないのは分かってますから」

 

 

 おお、なんという好青年だろうか。この歳の子だったら文句の一言でも言って良いと思うのだが。

 ナナシは少しだけ感動しながら、残りの缶詰めとゆで卵を各員に配っていった。缶詰めは校庭一掃作業後にsearchした結果かなりの数があるので、あと2食分は確保出来てある。

 と言ってもそれには『キャットフード』なども含まれているが。因みにナナシの分の缶詰めは『チリビーンズ』 所謂激辛豆である。飲み水ガブ飲み間違いなしだ。

 

 

「……もうちょっとマシなの無かったのかなぁ」

 

 

 贅沢言うなこの腐れク◯虫がッ! である。

 

 

 

 

 

 朝食を各員が食べ終わった頃。屋上では何故かメンバー会議が行われていた。

 因みにこの中で一番叫んでいるのがピンク色、高城である。

 

 

「だから言っているだろ! もうちょっと此処に残ろうって!!」

 

「なんでよ!? 家族を探しに行くんじゃないの!?」

 

「勿論行くさ! でも、もう少しだけ待って見ようって話だよ!」

 

「はぁ!?」

 

 

 こんな感じで、会議と言うよりはただの夫婦喧嘩である。高城の相手は勿論、例の小室君だ。

 因みに、こうなった経緯(いきさつ)をナナシは知らない。自重しないで再度回収作業へと繰り出していたからである。

 とりあえず事態の把握をしようと、ナナシは前へ飛び出した。

 

 

「はいそこまで〜。で、どうしたんだ?」

 

「聞いて下さいよナナシ先輩! 高城の奴が此処を離れて今すぐに家族を探しに回ろうって言うんですよ!」

 

「当たり前でしょ! 今この瞬間にもあんたの家族は恐怖に震えているのかもしれないのよ?」

 

 

 その言葉と最初の言い争いでナナシは、なんとなくだが事態を理解した。

 つまり、この場所を抜け出そうと言うのだ。家族を探しに。

 

 

「へえ、いいんじゃないか? 行きたいって言うなら、俺は止めない」

 

「ナナシ先輩!」

 

 

 ここは自由の国、日本である。女神像は置いてないが、それなりには自由が解放されている。それはこの、既に狂ってしまった現状でも有効だ。

 しかし、小室にはナナシの回答はお気に召さなかったようだ。

 渋々と言った表情で、ナナシは続ける。

 

 

「——止めないが……もう少し、待ってくれないか?」

 

「はぁ!? 誰があんたに為に——っ」

 

「もう少しでクロスボウの素材が人数分集まりそうなんだ。行くならせめて完成品を受け取ってからにしてくれ」

 

 

 この言葉には流石の高城も顔真っ赤である。自分を引き止めようとしていると思っていた相手がまさか脱退を許してくれ、更には武器までも授けようとしている。どうせいなくなる者だと言うのに。

 

 

「知り合いが死ぬのは流石に目覚めが悪いしね。どうせなら物資が揃ってからの方が良いだろう?」

 

「先輩……」

 

「……なんで?」

 

 

 ナナシの言葉に何故か小室は感動した様子。しかしそれとは正反対に、高城は顔を曇らせる。

 かと思ったらガバッと顔を上げて……その、むき出しになった歯を見せながら、叫んだ。

 

 

「なんでよ……なんであんたはそんなに余裕なのよ! なんで正常でいられるのよ!!」

 

「なんでって……そもそも俺は異常じゃないか」

 

「そんなのは嘘よ! 異常だったらそんなに寛大な判断は出来ないわ。自らの労働力が減るのに、更に物資すら恵もうとしてる。なんでそんなに他人思いになれるのよ!!」

 

 

 駄菓子菓子(だがしかし)。ナナシは既に異常者、と言うよりは世界にとっての異物である。

 訳の分からない強補正が掛かり、ゲーム中の能力を行使し、1日足らずで学校を占拠する。更には死体が持ってないものまで、死体漁りで手に入る。こんなチート野郎を、正常だとは言えるのだろうか。

 いや、言えない。故にナナシは異常でも、正常でもない。異物。この一言に限る。

 

 

「(……まあ俺自身、なんで冷静かなんて考えたことなかったけどな)」

 

 

 それでも、ナナシは他人思いである。謎補正の冷静さが功をなして数数の生存者を生還させてきた。重要なアイテムすら使用した。

 彼自身、なんで、と言われても答えれないのだ。

 

 

 ——だが、それでも彼の心に秘めた想いは、ただ一つ。

 

 

「高城みたいな美少女には決して《奴ら》にはなって欲しくないんだよ」

 

「……!!」

 

 

 主に、敵として出会った際にナナシのメンタルがガリガリ削られてしまう為に。美少女の死体カバー何故自ら壊していかなければならないのだ。

 罪悪感と残念感でナナシの胃の痛みがマッハでブッシャである。

 

 

「って、この話辞めようぜ。なんかしおらしくなってきた」

 

 

 その一言でナナシは、この話を強制的にぶった斬った。別に続けても良いが、特に面白そうでもない。無駄な体力は消費したくないのだ。卵の在庫的に。

 

 

  いつの日も、一番大事なのは食料なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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