ブレイブウィッチーズ・刃の魔女 (ダイダロス)
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刃は魔女となり、異界を飛ぶ

 とある世界。その世界は何度も戦火に包まれ、人同士の争いで血が流された世界だった。兵器の発展と共に、戦争の凄惨さを増していった。そして近代で最も激しく凄絶だった戦い、ベルカ戦争の集結と共に、連合国としてベルカ公国と戦った国々は戦争を忌避するようになり、軍縮をし、互いに融和政策を進めてきた。

 私の祖国オーシア連邦は海を渡った先にあるユークトバニア連邦共和国と不倶戴天の敵同士であったが、15年前のベルカ戦争の終結以後は友好を深めてきた。

 ベルカ戦争を教訓に、もう二度と戦争はしない。誰もがそう思っていた。だが、それはある日突然破られた。私の目の前で。

 私はオーシア軍の戦闘機パイロット、ケイ・ナガセ。TACネームはエッジ。アークバードという白い鳥に憧れ、いつか白い鳥に乗るために軍のパイロットとなる道を選んだ。ハイエルラーク空軍基地の練習飛行隊を経て、サンド島基地で順調に戦闘機パイロットの過程を進み、もう少ししたら実戦部隊に送られる予定だった。

 しかし訓練飛行中に海を渡ってきた所属不明の戦闘機部隊の奇襲に遭い、その際の戦闘で教官や同期の訓練生達が大勢死亡した。私は反撃して生き残る事ができたが、その数日後にオーシアは友好国ユークトバニアと戦争状態に陥った。対ユークトバニアの最前線基地となったサンド島基地で、戦火の中を私は仲間達と共に戦闘機を駆った。

 侵攻してくる敵機を撃墜し、激戦に次ぐ激戦でかけがえのない同僚、そして大勢の顔も知らない仲間達を喪い、オーシア軍上層部の醜さを見せつけられ、この戦争に意義を見出だせず、そして真実を知った私や隊長達は祖国にスパイの汚名まで着せられた。

 身を守るために脱走したは良いものの、どこに逃げればいいのかわからなかった。オーシアもユークトバニアも敵、世界が敵に等しい状況だった。しかしそんな私達と同じく戦争の真実を知った空母ケストレルのアンダーセン艦長とスノー大尉が助けてくれ、ベルカの追撃を逃れる事ができた。そしてアンダーセン艦長達と共に戦争を終わらせるために、私はユークトバニアではなく真の敵と戦う事を選んだ。

 空母ケストレルが率いる艦隊を除くオーシア軍から支援は受けられない状況で、私達は真の敵〝ベルカの残党〟と戦い続けた。その中で終わりの見えない戦争を続ける者達に対抗する人々と共闘した。そしてベルカの残党に囚われていたオーシアとユークトバニアの国家元首を救出した。

 そしてオーシア連邦とユークトバニア連邦共和国の間で勃発した戦争は大衆にとっては唐突に終わりを告げた。オーシア大統領ビンセント・ハーリング、ユークトバニア国家元首セリョージャ・ヴィクトロヴィッチ・ニカノールの両名がテレビカメラで共同声明を発表したからだ。この戦争はオーシアとユークトバニアを滅ぼそうとする者達の陰謀なのだと、私達が戦うべき敵は、その黒幕なのだと。

 そして、私達はオーシアとユーク軍の有志達と共に、戦争を続けようとする好戦派の部隊やベルカの残党達と戦い、黒幕の本拠地を叩く事に成功した。

 だが息を吐く暇はなかった。大気圏外から軌道を外れてオーシア首都オーレッド目掛けて墜落してくる戦闘衛星SOLGを破壊するミッションが発動。私達は妨害しようとしたベルカの残党の戦闘機部隊を蹴散らし、SOLGの中枢部を攻撃、破壊した。

 私達は朝日を見ながら帰還する。これでようやく全てに決着が付き、戦争が終わった。あぁ、でもどこに行けば良いのか。一ヶ月に満たない時間だったが、母艦のケストレルは敵潜水艦からの攻撃で沈んでしまった。公式には死亡している事になっている自分達は、どこに行けば良いのか。

 宛もなく飛び続ける訳にはいかないし、幸いハーリング大統領は私達の味方だ。きっとどこかに着陸できるだろう。そう思いながら不意に襲ってきた睡魔にやられ、私は意識を手放してしまったのだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

 オラーシャ帝国ペテルブルグ基地周辺の森林。雪の積もる中を二人の少女が歩いていた。

 小柄な銀髪の少女が、背中を丸くして歩く褐色肌の少女を逃げないように見張っている感じだ。褐色肌の少女の首から掛けられている板には〝私は情報漏えいをしました〟と書かれている。

 二人は第502統合(J)戦闘(F)航空団(W)に所属しているウィッチで、小柄な銀髪はエディータ・ロスマン曹長。褐色肌の方はヴァルトルート・クルピンスキー中尉という。

 

「はぁ…なーんで僕がこんな事を…」

「自業自得です。そんな事を言っている暇があるのなら、キノコの一つでも見つけなさい」

 

 クルピンスキーが嘆くとロスマンが取り付く島もない様子で言った。

 現在502JFWはネウロイによって補給路を遮断され、補給がない状態が続いている。食料も底を突きかけ、食事も扶桑のすいとんくらいしかない有様だ。

 なので今年はサトゥルヌス祭は中止しようかという方針だった。しかし風邪を引いて寝込んでしまった502の新人ウィッチ、雁淵ひかりを元気づけたいとニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長がサトゥルヌス祭をしたいと言って、それに他のメンバーも乗っかり、少ない物資や食料でなんとかお祭りをするために皆で動いていた。しかし驚かせたいと、ひかりには秘密にしていた。のだが、クルピンスキーが口を滑らせてバラしてしまったのである。という訳で懲罰でクルピンスキーはキノコ探索に、ロスマンが目付けになって食料探索に出発したのである。

 

「ふぅー…ん? おぉーーー!!」

 

 クルピンスキーが喜びの声を上げて歓喜のあまりロスマンに抱きつく。

 木の根元にキノコが群生していた。これだけあれば、502の全員が食べられるだろう。

 ロスマンはキノコが生えている木に何か妙な物を見つけた。黒い物が木の後ろから覗いている。怪訝に思ったロスマンがクルピンスキーを引剥して歩いて木の裏に近寄る。

 

「え? ウィッチ?」

 

 ロスマンが信じられない様子で呟いた。ロスマンの後を追ってきたクルピンスキーもポケッと口を開けている。

 木の根元で見知らぬウィッチがストライカーユニットを履いたまま目を閉じて眠っていた。黒い物は彼女の後頭部だったらしい。

 見た所扶桑人のような顔立ちだ。しかし彼女が着ているのは扶桑海軍の制服でも扶桑陸軍の制服でもない。緑色の全身スーツのような物を着ている。おまけに見慣れない漆黒のストライカーユニットを履いている。鋭い剣のような翼が、ユニットのウィッチが足を入れる口の近くにあり、ユニットの先の部分にも小さな翼がある。ユニット中央に描かれた兜を被った女性の横顔が黒い塗装の中で異彩を放っていた。

 

「ねぇ君、大丈夫? しっかりしなよ」

 

 クルピンスキーが話し掛けるが、ウィッチは反応しない。二人は血相を変えて彼女の息を確認して、無事胸が膨らんだり萎んだりするのを確認して安堵する。

 

「こちらロスマン。隊長、キノコ狩りの最中に意識不明で倒れている所属不明のウィッチを発見。至急、救援部隊を要請します」

『わかった。位置を教えろ』

 

 ロスマンが基地にいる隊長のグュンドラ・ラル少佐に現在地を報告する。

 

「この子、墜落しちゃったのかな?」

「それにしては周りが綺麗ね。枝葉も散らばっていないし、墜落したような痕跡もないわ」

 

 ロスマンは自分が観察した異常な点を見つけて言う。木が密集しているこの場所に墜落してきたなら、途中で枝にぶつかっているはずだ。ぶつかった衝撃で折れた枝や葉が散乱していてもおかしくないのに何もないし、雪のカーペットに不格好な穴も開いていない。まるで誰かがこの場に眠っている彼女を置き去りにしたみたいだ。

 

「確かに。それにこの子…」

 

 真面目な声でクルピンスキーが言う。ロスマンが次の言葉を待っていると。

 

「超美人だねぇ」

 

 とりあえずロスマンはクルピンスキーの頭を殴る事にした。

 救援が来るまでする事もないため、とりあえず二人は森林に来た目的のキノコを採取する。

 しばらくすると、502のウィッチが二人、空を飛んでやって来た。ロスマン達を確認すると降下してくる。一人は部隊内での通称がジョゼのジョーゼット・ルマール少尉、もう一人は下原定子少尉だ。

 

「二人ともありがとう、来てくれて。ジョゼ、お願い」

「は、はい」

 

 治癒魔法持ちのジョゼが治療を始める。魔法力が活性化し、所属不明のウィッチを治癒しようとする。

 

「どうしてこんな所にウィッチが?」

 

 下原が誰もが思う疑問を口にする。

 今ジョゼから治療を受けているウィッチは502に所属していない。そして新しいメンバーが入ってくるという事も聞いていない。他のウィッチの部隊から所属ウィッチの救援要請もない。とても怪しい。ストライカーユニットも全員見たこともない物。

 しかしユニットの中央に描かれた女性の横顔が、人の手による物だという事を証明しているようにも見える。

 

「わからないわ。とにかく本人に事情を聞いてからじゃないと」

 

 治療が終わるとジョゼと下原の二人で運ぼうとするが、ストライカーユニットが重いらしく、二人がかりで両脇から抱え上げて、歯を食いしばって飛び立っていった。それを見送ると、ロスマンとクルピンスキーも基地に帰る為、キノコが入った袋を持って歩き出すのだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 ロスマンの通報で出動したジョゼと下原が意識不明のウィッチを二人がかりで運んできた。彼女を運んできた二人は疲労困憊の様子。

 

「お、重たかった…」

「はぁはぁ…」

 

 どうやらストライカーユニットが異常に重いらしい。整備員が固定器具の載せる時も大人三人が苦労して抱えていた。

 グュンドラ・ラル少佐は、ウィッチから外されて器具に固定された黒いストライカーユニットを無表情で観察する。

 

「ふむ…これが彼女の履いていたストライカーユニットか」

「なんじゃこりゃ」

「初めて見る形式の物ですね。今までのストライカーユニットと全く違う。新型でしょうか」

 

 格納庫でサトゥルヌス祭に向けた作業を行っていた管野直枝少尉、サーシャことアレクサンドラ・I・ポクルイーシキン大尉も初見のストライカーユニットをしげしげと観察している。

 

「とりあえず、彼女が目を覚ましてから事情を聞くとしよう。救護室に運んでやれ」

「わかりました」

 

 ストライカーユニットの整備員達が担架を使ってウィッチを運んでいく。ジョゼと下原も付いていく。それをラル達は三者三様の視線で見送っていた。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 気がついた時に目にしたのは、見知らぬ天井だった。ぼんやり眺めていると、少女の声が聞こえた。

 

「お、起きたんですね。すぐに隊長を呼んでくるので、そのまま眠って待っててください」

 

 その声の主はすぐに部屋の外に出ていった。視線を下に向けると病院服のような白い服を着ていた。声の方に視線を向けても開け放たれた扉だけしか目に入らなかった。上体を起こしてベッドの上から近くの窓の外を見ると、遠くに見えた人家の屋根に白い雪が積もっていた。それを見て私はユークトバニアの雪山を思い出す。しかし、いつの間に戦闘機から降りたのか、どうして自分が眠っていたのか、前後の記憶がない。

 SOLGを破壊した後、私はどこの基地に降りたのだっただろうか。サンド島基地ではない、ケストレルでもない。雪が降るとなると、ノースオーシア州のハイエルラーク空軍基地だろうか?

 そんな事を考えていると「入るぞ」という声が聞こえた。

 出入り口を見ると、ベルカ人らしき少女が部屋に入ってきた。のだが、何故かスカートもズボンも穿いていない。まだ成人したかしていない年頃かと思われるが…その女性が下半身丸出しで制服を着て入ってくるというのはどう理解したら良いのだろうか。

 

「第502統合戦闘航空団隊長のグンドュラ・ラル少佐だ。早速だが、君の名前と所属を教えてもらおうか」

 

 なんと、彼女は少佐らしい。私は開戦から脱走してセレス海で撃墜されるまでかなり速いスピードで大尉に昇進したが、彼女はその私より上の階級だという。あの憎きハミルトンでさえ私達より歳上なのだ。ベルカは人手不足で若い女性を佐官に任命しなければならない状況だというのか。というかズボン若しくはスカートを穿いていないのは何故なのか。

 

「あの…何故ズボンを穿いてないんですか?」

「む? ちゃんと穿いているが?」

 

 きょとんと返してくるが、何か話が通じていない。彼女には悪いが、どう見たって下半身を露出している痴女だ。

 

「あの、隊長は、ブレイズはどこに? グリムは? ソーズマンは?」

 

 とりあえず信頼できる人を呼んでもらおうと、同じラーズグリーズ隊としてベルカの残党や主戦派のオーシア・ユーク軍として戦った仲間の名前を挙げる。

 だがラルという少女は無表情を崩さずに腕を組んで言った。

 

「…君は状況がわかっていないようだな。今から一時間ほど前、私の部下が森林で意識不明で倒れていた君を発見し、保護した。君の他にウィッチはいなかった。何故君はペテルブルグ郊外の森林で意識不明で倒れていたのか、教えてもらえるか?」

 

 彼女の言葉に私は目を見開く。

 

「私は…いつの間にか墜落してたんですか?」

「どういう事だ?」

「覚えてないんです。SOLGを破壊した後、私は何をしていたのか全く」

 

 ラルは瞬きをして聞く。

 

「そーぐ? なんだそれは」

「15年前のベルカ戦争でオーシアが作っていた衛星の事よ。けれど戦争の終わりで建造は途中で放棄されてた。それをベルカの残党が完成させて兵器として使ったのよ」

 

 ラルが知らない様子なので、私はSOLGの事を彼女に説明する。階級は上でも年下のためか、つい敬語を忘れていた。だが無表情のまま、ラルはキョトンと聞き返す。

 

「おーしあ? べるか戦争? 何だそれは?」

 

 ここでようやくお互いの何かがずれている事に気付いた。何かを見落としているような…しかしそれに気づきまいと私は形容し難い恐怖を隠して言う。

 

「何を言っているの? オーシアもベルカも有名な国じゃない。まさかベルカ戦争を知らないとでも言うの?」

 

 オーシアは大国だ。空母を何隻も保有し、軍事的に見ても経済的に見ても周辺各国から頭一つ飛び抜けている国家だ。ベルカも歴史に名を残した国家だ。ベルカ戦争を経験していない子供たちも、ベルカ戦争の名前は知っている。それなのに、まさか知らないと言うのか。

 ラルは口に手を当てて考え込む。そして年齢に見合わない落ち着いた様子で質問してきた。

 

「…ではこちらから聞こう。ネウロイという存在を知っているか?」

「ねうろい? 何、それは」

 

 聞いた事もない存在だ。何か特定のものを表すコードネームだろうか。

 

「ふむ。ネウロイというのは我々人類の敵で、人や町を手当たり次第に襲ってきた。我々人類は国家の垣根を超えて手を結び、ネウロイという敵と戦っている。我々にとっては当たり前の事なんだが…」

 

 知らない。そんな存在など知らない。もしそんな存在がいたらベルカ戦争もユークとの戦争もユージア大陸で起こった戦争も起こっていない。呆然と聞く私に視線を向けて、さらに彼女は爆弾を落とす。

 

「因みに現在は1944年12月下旬で、ここはオラーシャ帝国ペテルブルグ市だ。オーシアやベルカという国家は存在しない」

「………嘘」

 

 今までの彼女の言葉は痴女の妄言だ。彼女の言葉の証拠も何もない。だが、彼女がそう言う理由もない。何かのドッキリだと考えたい。

 

「ブレイズは…皆はどこに?」

「…混乱しているようだな。少し休め。事情聴取は明日からにする」

 

 ラル少佐はそう言うと部屋から出ていった。私が何かを言う前に扉はパタンと閉まった。

 彼女が出ていった後、私は一人ベッドの上に寝ながら頭を悩ませていた。

 看病してくれたジョゼという少女が持ってきてくれたキノコのスープも手に付かない。一体何が私の身に起こっているのか…。

 その時、サイレンが響いた。私はベッドから跳ね起きて出口に向かう。放送で知ったが、ネウロイとかいう敵が基地に接近しているらしい。戦争に慣れてしまった私の体はサイレンの音に考えるよりも先に体が動き、格納庫へと走る。

 

「あ、でも格納庫ってどこかしら…」

 

 部屋を出て格納庫に向かう途中で迷っていると、そこへセーターを着た胸の大きな少女が走ってきた。ちょうどいい。

 

「格納庫はどこ?」

「え、えぇ? 何をするつもり?」

 

 戸惑う彼女の隣を走りながら答える。

 

「戦うのよ、もちろん」

 

 私は軍人で戦闘機パイロットだ。亡霊扱いされようが気が付いたら変な場所にいようが、私が軍人である事に変わりはなく、戦う覚悟もある。それに一人で鬱屈と頭を悩ませているより空で戦っていた方が気も晴れる。

 

「そっか。ワタシはニパ、よろしく」

「ケイ・ナガセよ。よろしく、お嬢さん」

 

 ニパの先導に従って私は廊下を走る。

 

「カンノー!って、こっちもかよ…」

 

 辿り付いた格納庫では何故か笑い転げる少女が二人いたが、それを無視して走る。

 私が見つけたのは剣みたいな翼とジェットエンジンが付いた二つの黒い筒だ。私はそれを見て、瞬きして呟く。

 

「F-14…?」

 

 可変翼が特徴の戦闘機F-14トムキャット。しかもラーズグリーズ隊仕様の塗装になっている。中央にラーズグリーズの横顔のエンブレムが描かれているのが証拠だ。

 ラーズグリーズ隊というのは、私達がベルカの残党に囚われていたハーリング大統領を救出した後、彼が私を含む四人の戦闘機パイロットで組織した非公式大統領直属部隊の事だ。

 ラーズグリーズというのはおとぎ話に登場する死を振りまく黒衣の悪魔で、私達がラーズグリーズ隊として使用した機体は黒と一部に赤のラインで統一され、尾翼にはラーズグリーズの横顔がエンブレムとして描かれた。

 ラーズグリーズ隊はオーシア海軍の空母ケストレルを本拠地とし、私達は専らF-14戦闘機で出撃した。私だけではなくラーズグリーズ隊全員の愛機だ。この戦闘機で幾つもの敵機を撃墜してきた。幾つもの地上目標を撃破してきた。

 だがそれは航空機としてのF-14だ。何故こんな筒を見てそう思うのか、これをどうやって使うのか。疑問は山積みだが、ともかく戦わなくては。

 戦闘機はないのか。私が格納庫を見回していると、ニパが走ってきた。

 

「どいて!」

 

 そう言ってニパは筒に足を一本ずつ通す。

 それでどうすればいいのかわかり、私はF-14に乗り込む。私が筒に足を通した瞬間、頭から黒い犬の耳と臀部に尻尾が生え、翼を象ったイルミネーションのような光の線が両耳の近くに出現する。脚部に何か力のような物が集まっていき、ターボファンエンジンが始動する。低く甲高い音が格納庫に響き渡る。操縦桿もスロットルもラダーペダルも何もないが、こうすれば動くというのが頭の中に浮かんでくる。何がどうなっているのかわからないが、とりあえず戦えればそれでいい。

 あとは武器だがどう戦えば良いのか。ミサイルはないが、流石に手で格闘という訳にはいかない。とりあえず無いよりはマシだと思い、傍にあった機関銃を持つ。

 

「うわっ、何この音…? あっ、ニパさーん! 私も一緒に…」

 

 紺のセーラー服を着た少女が走りながら格納庫に入ってきた。だが顔が赤く、調子が悪そうだ。その少女にニパは絶対に上がってくるなと強い口調で命令する。

 爆発が格納庫周辺で起こった。出入り口に燃える木が倒れる。セーラー服の少女が悲鳴をあげる。

 

「くっそぉ、よくもやってくれたな!」

 

 そう言いながらニパは発進していく。本当に飛んだ…。信じられない気持ちだが、実際に目の前で起こった事だ。それよりも自分も発進しなければ。見よう見まねで私も彼女に続く。

 

「エッジ、発進します!」

 

 固定器具からユニットが解放され、ジェットエンジンの音を高らかに響かせながら格納庫を出る。格納庫を出て上昇すると同時に速度を徐々に上げると、自動的に可変翼の先端が尾翼にくっつきそうになる程後退し、高速巡航モードになる。

 先に発進したニパをあっという間に追い抜く。

 

「うわわわわわわ! うっわ、速…」

 

 私が彼女の近くを通過した時に発生した衝撃波に襲われ、機体を揺さぶられながら唖然とニパが呟いた。しかし私にはそんな言葉は聞こえなかった。それよりも純粋に感動していた。変わった筒を使っているものの、まるで体一つで飛んでいるような爽快感。これに感動を覚えない者がいるのか、いやいないだろう。

 それよりも敵はどこにいるのか。AWACSのサンダーヘッドやオーカ・ニエーバもいないため誰が敵機まで誘導してくれるのか。

 だがそんな不安は呆気なく払拭された。まるでテレパシーか何かのように、敵機がいる場所がいるのがわかる。体を傾けて旋回し、そちらに全速で向かうとアークバードと同じくらいの大きさの黒い航空機のようなものが飛んでいた。

 これがネウロイなのかと驚くよりも前に、敵機の背後上空について攻撃を開始する。

 

「ガンレディ、ナウ!」

 

 私は機関銃の発射をコールする。引き金を引き、銃口から弾丸が発射される。拳銃ならば訓練で心得はあるのだが、機関銃は慣れない。発射の反動を殺しきれず集弾性が乱れる。しかし敵の図体は大きい。ある程度狙いがぶれても全て命中する。敵機よりも速度に優る私は、一撃離脱を心がけて機関銃で攻撃する。

 だがどうにも効果が見られない。敵の装甲が硬い? いや、命中弾は確かに敵の装甲を削っている。だが何故か速度が落ちる様子も空中分解する気配もない。もう一度ヒットアンドアウェイ、だが効果は見られない。

 私が怪訝に思っていると突如ネウロイの表面を白い雲が覆い、黒い機体が見えなくなる。

 

「えっ? どこに…」

「カモフラージュか!」

 

 遅れて到着したニパが言った。彼女も機関銃で狙いをつけていたがその矢先に敵が雲に紛れて消えてしまった。

 彼女の言葉になるほど、と思う。まさか戦闘中にカモフラージュできる敵がいるとは。だが私にはわかる。何故かは分からないが、敵機の位置が感じられる。例え敵が見えなくなってもだ。

 ニパは敵を探してあちこちに視線を飛ばしながら飛び回る。

 

「くそっ、どこだ!」

「いいえ、そこにいるわ。ただ見えないだけ」

 

 自分が感じる敵の位置、そこに向けて引き金を引く。銃声が連続して響き、被弾したネウロイは悲鳴のような音をたてて姿を現す。

 

「すごい。サーニャさんみたい」

 

 ニパが感嘆して言う。サーニャが誰かは知らないが、ともかく早く撃墜しなければ基地が危険だ。

 攻撃を続ける私達にネウロイが反撃する。赤い光線が私達を撃墜しようと幾条も伸びてくる。まるでアークバードのようなレーザービームだ。私達は散開する。

 F-14の高速性を活かしてレーザーを躱しながら私は銃撃するが、ネウロイに効いている様子はない。これだけ弾丸を当てていれば、機体が折れてもおかしくないだろうに。おまけにニパの機関銃が詰まってしまうという不幸な事故が起こってしまう。その彼女はネウロイからレーザービームの集中攻撃を受けていた。何か妙な模様の物がレーザーを遮っているが、あれは何なんだろう。

 ネウロイの攻撃をニパから逸らすため、私は一撃離脱を繰り返すが、未だにネウロイは落ちない。早くしないとニパが危険だと言うのに。

 

「くっ、どうすれば…」

 

 アークバードのように動力部となっているだろうエンジン部を狙うべきか。そう考える私の目の前でロケット弾が飛来し、ネウロイを襲う。目を丸くする私の前で、白い髪の少女が現れて機関銃で攻撃すると、ネウロイはガラスが砕けたかのように炸裂し、消滅した。

 

「イッル! サーニャさん!」

 

 白い髪の少女とロケット弾の発射機を持った少女との再会を喜び合うニパを他所に、私は呆然としていた。

 

「一体何がどうなっているの…?」

 

 先程まで頑強に空を飛んでいたのに、妙に呆気なく撃墜された。しかも爆散、というよりガラスのように砕けてからあっさりと消滅した。ネウロイとは一体何なのだ?

 突如発生した戦闘と自分が航空機も無しで飛べる状況に興奮していたが、自分が筒を使って空を飛び、ネウロイという存在の実物を目にすれば、もうこの現実を認めざるをえない状況だ。ここは自分の常識が通用する世界ではないと。元いた世界とは違う世界なのだと。氷の上を越えてくるソリを護衛する援軍の少女達を眺めながら、私は全てがどうでもよくなりそうでため息を吐いた。

 

 

 ◇◇

 

 

 サトゥルヌス祭が終わった後、私は第502統合戦闘航空団の隊長執務室に出頭していた。そして私の知る全て――オーシア連邦やユークトバニア連邦共和国、オーシアとユークトバニアの間で戦争が起こった事や15年前のベルカ戦争の事、SOLGの事、片っ端から話した。こういう時おしゃべりなチョッパーがいてくれたらどんなに楽か。陽気なあの声が酷く懐かしく感じられる。

 椅子に座るラル少佐は両手を組んで肘を机に突いて、私の訴えを無表情なままで聞いていた。隊長の両脇に立つ戦闘隊長のサーシャとロスマンも難しい顔で私の話を聞いている。

 

「ふむ。話を総合すると、つまり君はネウロイやウィッチの存在しない別の世界から来た、と」

「えぇ、そういう事よ」

「…正直に言って、信じられない話ですね」

 

 そう呟く戦闘隊長のサーシャの隣でロスマンも頷いている。

 普通なら信じてもらえないだろうが、私の履いていたストライカーユニットという筒が、私が別の世界から来た証拠になってくれた。この世界ではジェットはまだ開発段階で、戦闘に耐えられる状況ではないらしい。可変翼のストライカーユニットもだ。これらは全て戦闘後のサーシャ達の目撃証言だ。

 呆れた様子でロスマンが私に言う。

 

「ウィッチがいないのに、よくストライカーユニットなんて使おうと思ったわね」

「飛べると思ったのよ。なんとなくだけど。それに緊急事態だったから」

 

 私の言葉にロスマンはため息を吐いた。サーシャも頭痛がしていそうな表情で頭を振っている。

 ラル少佐は組んでいた手を解いて、私に質問した。

 

「それで、君はどうしたいんだ?」

「…私は元の世界に帰りたい。どうやったら帰れるか、教えていただけませんか?」

「…そう言われても、我々にはそのような方法はない。魔女(ウィッチ)と名乗ってはいるが、別の世界に行くなどという固有魔法は聞いた事がない」

 

 つまり、元の世界に帰る目処も方法も不明だという事だ。

 絶望的な状況にため息を吐きたくなる。明日になったらシーゴブリンのヘリコプターが助けに来てくれないだろうか、などと妄想したくなるが、現実を見据えて対処しなければならない。

 私がここに来た理由は不明だ。しかしその理由がわかれば、元の世界に戻る目処がつくかもしれない。なら理由がわかる時までなんとか生き延びるしかない。

 そう覚悟する私にラル少佐が話し掛けてくる。

 

「ジェットストライカーユニットを運用できる君は、我々にとって有益な存在だと考える。現在我々はネウロイの巣〝グリゴーリ〟を討伐する準備を進めている。その上で新たな戦力を歓迎する用意もある」

 

 そう言い切って、ジッとラル少佐は私を見つめた。言外に彼女は私に訊いている。502に所属しないか、と。

 痩せても枯れても私は軍人だ。隊長や司令部の命令に依らず、他国軍に所属するなどという独断行動は容認されないだろうが、現在私は孤立しており司令部との連絡は途絶え、隊長もいない。その上で生存するためにあらゆる手は打たねばならない。

 なら私は…。

 

「502に、私を所属させていただけないでしょうか」

 

 子供のような年頃の少女が化け物のような存在と戦おうとしている。ならば自分が逃げるのは、軍人としての責務も現実も放棄したように思えた。ならば戦おうと。軍人としての自分が取れる道は、それしかないと。

 

「では改めて、君の名前を聞こうか」

 

 ビシッと敬礼を決めてラル少佐や502の幹部に自己紹介をする。

 

「オーシア大統領直属非公式戦闘機部隊ラーズグリーズ隊所属のケイ・ナガセ大尉です。よろしくお願いします」

「歓迎しよう、ケイ・ナガセ大尉。我々は強き者を歓迎する」

 

 ラル少佐が立ち上がって手を差し出してきた。私はその手を取り握手する。

 

「よろしくお願いします、少佐」

 

 ラルはニヤリと不敵な笑みを返してくる。

 ブレイズ、貴方は今どうしていますか? どうやら私の戦いはまだ終わらないらしい。いつか会える日を祈っています。

 

 

 

 

 



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極寒の魔女隊 / Witches of the front lines

今回の話はオリジナル、ナガセが502に正式加入する話です。
模擬空中戦をどんな風に展開するか悩んでました。空中戦の描写は難しい…。


サブタイトルの由来はエースコンバット5MISSION1のサブタイトル“極西の飛行隊”から。


 ゴーゴーと風の音が聞こえる。私が目を開けるとそこは真っ暗だった。

 月明かりも星明かりも見えないただ暗闇が広がる空間を、私はF-14戦闘機で飛行していた。

 いつの間に飛行していたのだろうか。基地から飛び立った記憶などない。夢遊病にでもなってしまったか?

 操縦桿を握って考えながら私は周りを見回した。雲も月も星も波の反射も地上の明かりも何も見えない。一寸先どころか手元しか見えない。これでは空間識失調(バーティゴ)に陥りそうだ。というか陥っている。上昇しているのか降下しているのか、直進しているのか旋回しているのか全くわからない。

 

(計器を確かめなければ、ってHUDはどこに?)

 

 いつの間にか私は戦闘機ではなくストライカーユニットを使用して飛んでいた。HUDどころかデジタルもアナログも計器が一つもない。これでこの真っ暗闇をどう飛べと言うの?

 そんな時、無線が沈黙を破って耳障りな雑音を流し始めた。

 

 〝………サ……、我………ヲ………ヨ、…ラハ…………〟

 

 雑音の中に声を聞いた。その声を聞いて私は全身の毛という毛が総て立ったようだった。すぐに警戒態勢を取る。

 私は知っている。この声を知っている!

 警報音が頭の中で反響する。敵機の位置は真正面、恐ろしい存在が闇を押しのけて目の前に急接近してくる。

 回避が間に合わない、逃れられない何か。この存在を、私は―――。

 

 〝我ラハ、貴様達ヲ赦サン!!!〟

 

 ――――知っている!

 

 ガバリと跳ね起きて、手近な物を両手で強く握り締める。

 

「ハァッハァッハァッ、ハァッ…――――あ、ここは…」

 

 荒々しく息を吐きながら薄暗い部屋の中を見渡して安堵し、そして微かに落胆する。ここはオーシアもユークトバニアもベルカも存在しない異世界。オラーシャ帝国ペテルブルグ基地内の一室。数日前に私は気が付けばこの世界にいた。この世界には人類の敵がいて、人類は連合軍を結成して敵と戦っているらしい。

 それにしても毛布を数枚被っているのに寒い。妙な夢を見たせいで変な汗を掻いてしまって体が冷えたせいもあるだろうが、9月を過ぎてもタンクトップになって過ごせるサンド島基地とは偉い違いだ。

 とりあえずストーブに火を着けよう。寒くて仕方がない。ペテルブルグは年間を通じて寒い気候らしく、薪ストーブが個室に完備されている。ロスマンに使い方を教わり、使用に問題はないがどうしようか。まだ暗いのに起きてしまった。

 火が着いた薪を見ながら私は今に至る状況とこれからの行動方針を確かめる。

 私はケイ・ナガセ、オーシア軍の戦闘機パイロット。例え公式で戦死扱いされようが、私がオーシア軍の戦闘機パイロットという事に変わりはない。だが最後のミッション、SOLG破壊作戦を終えて帰還途中から記憶がない。

 私が気が付いた時には、ペテルブルグ基地に駐留している第502統合戦闘航空団に保護されていた。事情を説明した私は世界初らしいジェット式ストライカーユニットの使い手として、502部隊に加わるよう誘われた。それを拒める状況でもなく、オーシアと通信も通じないため、私は独断で原隊の指揮下を離れて502に参加する事になった。

 だが今の所、私は正式に502に加わっていない。502部隊の隊長のラル少佐は司令部と私の事を何やら秘密裏に協議しているらしいのだが、それがようやく昨日終わったらしい。それまで私は基地のとある部屋に軟禁状態だった。情報統制の理由は理解できるが、ラル少佐が何を考えているのかあまりわからない。聞いても話を逸らされる。

 なんというかラル少佐はバートレット大尉やブレイズとは全く違うタイプで考えを予測しにくい。どちらかと言えばニカノール首相救出作戦でバートレット大尉達とケストレルに一緒にやって来た「少佐」と似ている感じがある。

 それにしても、このような状況になった経緯がわからない。今でも夢でも見ているんじゃないかと思うぐらいだ。 堂々巡りにしかならないが、どうしてもその事を考えてしまう。戦争が終わり、スノー大尉が言った通りしばらくは毎日が日曜日の筈だった。公式で戦死となっている私が今後どうなるかは不明だが、とりあえず戦争に区切りは付いたのだ。その筈だったのに一体どうしてこんな事になってしまったのか。答えが思い浮かばない疑問が幾度となく頭の中を駆け巡る。

 そう考えていた時、扉をノックされた。誰かと思い扉を開けると、銀髪の頭が目に入った。視線をもう少し下げると、生真面目そうな銀髪の曹長が微笑を浮かべて立っていた。

 

「おはようございます大尉」

「おはよう、曹長」

「お目覚めになっていて良かったです。もうすぐ朝食の時間なので、お迎えに上がりました」

「わかった。ありがとう」

 

 どうやら孤独と暇な時間に耐える時間は終わったらしい。とりあえずオーシア軍の制服を着て、ロスマンと共に食堂に向かう事にする。朝食の前に私の事を紹介する予定らしい。司令部には欺瞞情報を織り交ぜた報告をしたらしいが、502のウィッチには正直に話す事になった。502部隊内部にまで隠し通すのが面倒らしい。そう言ったのはラル少佐らしいが。

 曹長に案内された食堂には既に私達以外のメンバーが集まっていたようだった。

 食堂で私はラル少佐と並び立ち、他の隊員達を前にしている。どの隊員も若い。私が同級生達と学生生活を謳歌していた頃、彼女達は銃を取って化け物相手に戦っている。別世界の事でネウロイと戦えるのが未成年の魔女だけとは言え、子供が戦争に駆り出されて軍人として銃を持つ事に心が痛む。

 まだ友達と遊びたい盛りだろうに…。そんな事を思っているとラル少佐が口を開いた。

 

「さて。既に諸君も顔は知っているだろうが、改めて紹介するとしよう。大尉、自己紹介を」

 

 ラル少佐に促されて私は姿勢を正して敬礼し、自己紹介をする。

 

「オーシア連邦ハーリング大統領直属非公式戦闘機部隊ラーズグリーズ隊所属ケイ・ナガセ大尉です。よろしくお願いします」

 

 敬礼しながら彼女達を見回すと、返ってきた反応はやはり戸惑いの声ばかりだった。

 

「オーシア連邦?」

「大統領直属?」

「非公式戦闘機部隊?」

 

 隊員達の訝しむ声が続々と上がる。まぁ当然の反応だろう。昨日私がラル少佐とサーシャ、ロスマンに話した時も似たような感じだった。

 好奇の視線、戸惑いの顔、探るような目、疑惑の表情など様々な感情をぶつけられるが、グッとこらえて無表情を貫く。

 

「彼女はこの世界とは違う世界から来た軍人だ。気が付いたらこの世界にいたそうだが…我々三人が尋問した所、害意は無いと判断した」

 

 ラル少佐の話を聞いて、混乱しながらも下原が話の要点を知るために質問する。

 

「えっと…つまり、どういう事なんでしょうか?」

「つまり彼女は私達と共に戦う人物という事だ。お前達の戸惑いも理解できる。だが、ナガセ大尉はネウロイと戦う仲間であると私が断言する。この話は以上だ」

 

 他のメンバーは納得いかないながらも少佐が話を打ち切ってしまったため、この場でそれ以上質問できなくなってしまった。

 妙な空気になってしまった中で、サーシャが場を次の段階に進ませるべく発言した。

 

「私達3人は既に自己紹介をしたので、とりあえずクルピンスキー中尉から自己紹介をお願いできますか」

「うん、了解」

 

 肌が浅黒く、帽子を被った女性が立ち上がった。確か彼女は数日前にボードを首からぶら下げて正座させられていたような?

 

「ヴァルトルート・クルピンスキー。中尉だよ、よろしく。どうか伯爵と呼んでほしい」

「…随分フランクな貴族ね」

「所詮偽伯爵ですから」

 

 クルピンスキー中尉の自己紹介について感想を述べていると、ロスマンが不機嫌そうに言った。先程のクルピンスキーの言動はこの部隊では普通な事らしく、誰も気にしていなかった。

 その後少尉達が順調に自己紹介するが、黒髪短髪で小柄な少女で躓いた。

 

「ケッ」

 

 不機嫌そうな顔で頬杖を突いて目線を逸している。少女とは言えここにいる者は皆軍人だと聞いていたのだが、到底そうは思えない。…いや、バートレット大尉の例もあるから、その姿はまさしく不良軍人だ。

 彼女の隣りに座るニパが小声で話し掛ける。

 

「ちょっとカンノ。ナガセさんは大尉だよ、失礼だって」

「そうですよ。敬わないと」

「うるせーよ。大体オーシアだとか大統領直属だとか胡散臭え奴に払うもんねえよ」

 

 …う、うーん。基地司令は救いようのないクズだったが、おやじさんがいたからか整備兵や基地要員の下士官、兵士達はサンド島という僻地でも穏和な連中が比較的多かった。ケストレルでも戦争終結に向けて活動する同志だからか、それともラーズグリーズという名前が効いたのか、下士官以下の連中に値踏みされる事もなかった。

 だからこうして反抗する部下を目の当たりにするのは初めての経験だ。初めての経験なのだが。

 

(生意気な子供が難癖つけているようにしか見えないわね…)

 

 子供相手に階級を振りかざす気にはなれず、困った顔で隣のラル少佐を横目でチラリと見ると全くの無表情だった。何も動じていない。部隊長がスルーしているのに習って、私もカンノという少女の反抗をスルーしようと試みる。

 ニパが申し訳なさそうにしながら私に言う。

 

「ご、ごめんなさいナガセさん。こいつは管野直枝少尉。昨日名乗ったけれど改めて。ワタシはニッカ・エドワーディン・カタヤイネン。階級は曹長。昨日言った通り、ニパでいいです。えっと、よろしくお願いします」

 

 なんだろう、どことなくニパの雰囲気が堅苦しくなっている気がする。ひょっとして私が大尉だからだろうか。なんだか少し悲しい気がする。

 その後雁淵ひかり軍曹の自己紹介を以て502JFWのメンバーの紹介は終わった。

 その後朝食が始まった。私はサーシャとクルピンスキーの間に座る。ラル少佐の席に近いという事は階級順なのだろうか。にしてはニパが管野より上座に着いているが。

 しかし食事を摂っている間も一部のメンバーは私が気になるようで、チラチラと視線を向けていた。特に管野が親の敵でも見るかのように私を睨んでいた。まぁそんな事より。

 

「これ美味しいわね」

 

 数日前から思っている事なのだが、この基地の食事はとても美味しい。スープが黄金に光って見える。軍の食堂とは思えない味だ。サンド島基地は言うに及ばず。食事が数少ない娯楽の軍艦らしくケストレルの食事は悪くなかったが、この料理と比べると劣っているように感じられる。

 料理に舌鼓を打っていると、下原が礼を言ってきた。

 

「あ、ありがとうございます。この料理、私が作ったんです」

「へぇ~。これならお店でも開けるんじゃないかしら」

「ありがとうございます」

 

 私の素直な感想に下原はニッコリと笑顔で頭を下げた。隣に座るジョゼがおかわりを所望している。

 色々あったが素晴らしい朝食が終わった後、私はF-14がある格納庫に向かう。ここ数日部屋に軽く軟禁されていてF-14の機体を見ていないのだ。一応機体の状態をしっかりとこの目で確認しておきたい。

 格納庫に到着すると、私はストライカーユニットとなったF-14の前に座る。

 

「さて、と」

 

 ユニットの外装パネルを開けて、内部の部品に割れ目が入っていないか、オイルが漏れていないかなどの確認をする。

 こういうのは整備兵達の仕事だが、パイロットが自分の使用する機体の状態を知らないというのはあり得ない。時々整備兵達に混ざり、機体のチェックをしていたのがまさか役に立つとは…。

 しかし彼らとは違って私は整備に関する専門的な知識を有している訳ではない。あくまで簡単なチェックしかできない。おまけにここは別世界、F-14のスペアパーツなどない。ミサイルすらないのだからミサイルキャリアーとしてF-14を運用する事すらできない。

 

「爆弾を積めばボムキャットとして運用できるけど…使う時が来るかしらね」

 

 航空機の状態なら胴体下のハードポイントに搭載すれば済む話だが、ユニットの状態ではどうすればいいんだろう。爆弾を搭載できるスペースがあるんだろうか。もし無かったら両手が2つしかない状態で爆弾をどう持てばいいんだろうか。片手に機関銃を持たなければならないし、両手を使って撃つ事を考えると爆弾を持つ余裕はない。

 私がF-14の運用法で頭を悩ませていると、背後から声を投げかけられた。

 

「お前こんな所で何してんだ?」

 

 その声に私が背後を振り返ると管野、ニパ、雁淵、ロスマンの4人がいた。先程発言したのは、不審そうにこちらを見ている管野らしい。

 雁淵とニパの二人は管野のすぐ後ろでオロオロしている。ロスマンは彼女達と少し離れた所から無言で観察している様子。

 ニパは少し険しい顔をして、管野を静止しようとする。

 

「ちょっとカンノ…」

「うるせーよ。つーか、こいつはネウロイの仲間じゃないのかよ」

「は?」

 

 管野はどうやら私をネウロイだと疑っているらしい。

 しかしそれはなんという言いがかりだろうか。私は紛れもない人間だ。っていうか、私の世界にはネウロイという化け物など存在しないのだけれど。もしネウロイが存在していたら、ユークトバニアとの戦争もベルカ戦争も起こらなかった可能性はあるが。しかしウィッチという存在もいなかったから、もしネウロイがいたなら確実に私が生まれた世界は滅んでいただろう。

 純人間の私に管野少尉は居丈高に指さして言う。

 

「だってお前のユニット、真っ黒で少しだけ赤いじゃねーか」

「あぁ、これね…。これは私が所属している“ラーズグリーズ隊”の塗装よ。ネウロイを意識した訳じゃないわ。そもそも私の世界にネウロイはいないんだし」

 

 背後にあるF-14のユニットをちらりと見ながら私は答える。

 私達がハーリング大統領を救出した後の事、ケストレルの格納庫に呼び出された私達を迎えたのは漆黒の塗装を施されたF-14だった。大統領はベルカの残党達と戦う為、ケストレルとその指揮下の部隊を大統領直属の独立部隊として編成した。そして欠員が一名出ていたウォードッグ隊とケストレルで唯一残存していた戦闘機パイロットのスノー大尉で新たな部隊を編成した。それが“ラーズグリーズ”隊。部隊名の由来となった彼女の伝説に倣って、使用する機体は漆黒で赤のラインが一部入った塗装になったのだ。

 私の言葉を聞いて、やや動揺しながら管野が私に問い質してくる。

 

「ネウロイがいねぇってどういう事だよ!」

「いないものはいないのよ。それ以上どう言えと」

 

 私が語る事実はそれしかない。むぅ、と不服そうに唇を尖らせながら管野は黙り込む。何を考えているのか、私にはわからない。だが少なくとも変な事ではないだろう。あの瞳を見ればそれぐらいわかる。

 管野が黙り込んだためか、ニパが険悪だった空気を良い方向に転ばそうと少々強張った笑顔で口を開いた。

 

「ラーズグリーズ隊…ヴァルキューレの名前の部隊って、なんだかかっこいいなぁ」

 

 ヴァルキューレ? 何の話だろうか。

 そう思ったのは私だけではないらしく、雁淵軍曹が挙手してニパに質問する。

 

「ニパさん、ヴァルキューレって何ですか?」

「えっとスオムスの神様で一番偉い人に仕えてる女の人達の事だよ。ラーズグリーズもその一人なんだ」

「へ~、そうなんですか」

「ふーん、この世界ではそうなのね」

 

 私がニパの話した内容に頷きながら相槌を打つと、ニパと雁淵が戸惑いを見せた。

 

「あの、違うみたいですけど?」

「あれ?」

 

 戸惑う彼女達に苦笑すると、私は説明を始める。

 

「私達の世界では、ラーズグリーズは北の海からやって来る伝説の悪魔と呼ばれてるわ。おとぎ話に登場する悪魔とも知られてるわね。ラーズグリーズ隊の部隊名はその伝説が由来なの。私の機体が黒い塗装の理由は、彼女が黒衣の悪魔だから」

「じゃあこの女性の横顔って」

「えぇ、それがラーズグリーズよ」

 

 大統領救出後に格納庫に集まった時の事を思い出す。ラーズグリーズの悪魔と敵味方に呼ばれた事は何度かあるが、まさか自分の所属する部隊の名前がラーズグリーズになる日が来るとは当時は思わなかった。

 色濃く脳裏に焼き付いたこの数ヶ月間の出来事に思いを馳せていると、管野が険しい顔で話しかけてきた。

 

「おい! ラーズグリーズだかなんだか知らねえが、ここはオラーシャだぞ。ネウロイかもしれねえ、素性も実力もわかんねえ奴がいられる場所じゃねえんだ。とっとと家に帰りやがれ」

「はぁ…生憎だけど、その家に帰る方法がさっぱりわからないのよね」

 

 どうしてこの世界にいるのかすらもわからないというのに、帰る方法を知っている筈がない。というか、わかってさえいればとっくの昔に帰っている。

 いい加減堪忍袋の緒が切れてしまいそうなのか、ニパが強い口調と険しい顔で怒鳴る。

 

「ちょっとカンノ!」

「ふん…こいつが大尉だろうがなんだろうが、信用できるわけねーよ。あんなユニット、新開発された奴でもない限り見た事がねえ。オーシアなんて国は知らねえ。ネウロイとの戦争中だってのに、そんな有りもしねえ国の軍人だとか名乗った怪しい奴を信用できる訳ねえだろ」

 

 ニパの制止に対して、面倒臭そうに管野は自分の意見を曲げずに述べる。そして、それに対しニパも雁淵も言葉を詰まらせた。ロスマンは少し離れた場所で傍観している。

 

「それは…。で、でもナガセさんはこの前ワタシを助けてくれたんだよ…!」

「それとこれとは別だろうが。怪しいのに変わりはねえ」

「はぁ…ま、そうでしょうね」

「な、ナガセさん…」

 

 管野の言葉は…至極当然なものだろう。オーシア軍内部でさえ、信用も信頼もできない者はいた。ウォードッグ隊にとって身近な存在で、以前は私も信頼していたハミルトンが実はベルカの残党()の仲間だった事もある。

 この世界の事情はよくわからないが、同じ国家の軍人でさえない人間を会ってすぐに信用しろというのは虫が良すぎる。

 そう思っていると、管野が闘争心たっぷりの目で私を見ながら言う。

 

「だから俺と模擬戦しろよ。お前もウィッチなら、空で語れ」

「…私はウィッチじゃなくてパイロットなんだけど。それに随分と乱暴ね。…でも嫌いじゃないわ、そういうの」

 

 火花を散らし合い、一触即発の私達の間に割って入ったのは、それまで沈黙していた小柄な銀髪のベテラン曹長だった。

 

「着任早々にこんな事を起こすなんて…まぁいいです。とりあえず模擬戦を行うのであれば、書類を申請してからにしてくださいね」

「り、了解です…」

「え、えぇ。もちろん…」

 

 見た目は年下なのだが軍歴では負けている為か、私はロスマンに圧倒された。そして、やっぱり組織に事務仕事はつきものなのねと感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ナガセ side_out

 

 

 

 

 

 

 第三人称 視点

 

 

 

 

 空に上がった以上、新兵(ルーキー)老兵(ベテラン)も等しく扱われる。戦闘機同士の戦闘、地上からの対空ミサイル、対空機銃によって誰もが死ぬ可能性のある場所だ。戦場の空とは残酷な世界であるが、ウィッチの命と誇りが賭けられるのだ。

 それ故ウィッチ同士の模擬空戦であっても、ウィッチは互いの技量をフルに使って戦う。例え模擬であったとしても戦いは戦いだ。実戦ならば次回があるとは限らない。ウィッチはシールドを使えるとしても、ネウロイの攻撃を防ぎきれない場合もある。そしてそれは戦闘機パイロットも同じだ。機体が損傷して墜落しそうになった時、戦闘機から脱出しようとしてもできない場合もある。その事を理解しているからこそ、ウィッチもパイロットも全力を尽くすのだ。

 そしてラル少佐に模擬空戦の申請を終えた後、ナガセと管野は格納庫内にてユニットを履いて待機状態のまま、闘争心を募らせていた。

 管野とナガセの模擬空戦が行われるという事で、502のウィッチのメンバーは全員集まっている。

 ユニットを装着して待機しているナガセと管野にラルが問いかける。

 

「準備はいいか」

「えぇ」

「あぁ」

 

 ナガセと管野はユニットと訓練用のペイント弾が込められた機関銃を持っていた。ウィッチ同士で殺し合いなどできる訳がない。しかし管野のユニットがロックオン機能による撃墜判定ができない以上、こうしたやり方以外にないのだった。

 

『エッジ、交戦』

『管野一番、行くぜ!』

 

 上昇した二人は互いに対戦相手となるウィッチの背中を狙おうとする。ウィッチは戦闘機と違ってホバリングできるが、死角が無い訳ではない。例えば背中、例えば下方、あるいは上方…。人の目が二つだけで、顔の前方にしかないことを考えると、死角を挙げれば山ほど出てくるだろう。目が向いていない方向が全て死角と成り得るのだから。だが、今回の模擬戦は死角なんて関係ない、純粋にストライカーユニットの性能差が顕著だった。

 先手を取ったのはナガセだ。ユニットの高速性を活かして管野に背後から急接近し、銃撃を浴びせる。

 

『うぉっ!?』

 

 当たる直前に管野は咄嗟に体を翻し、ナガセが撃ったペイント弾を躱す。

 

『チッ、的が小さくて当たらないわね』

『おい! 喧嘩売ってんだな、この野郎!!』

 

 少しだけ気にしている事を言われ、管野は顔を赤くしてナガセに怒鳴り返す。

 とりあえず互いの挨拶は終わり、二人の闘志が盛り上がるに引きずられて空戦は本格的なものに変化して熱していく。

 地上から観戦しているウィッチ達は、青い空を舞台にひこうき雲を描く二人を見ながら思い思いに呟く。

 

「な、ナガセさんのユニット速すぎないですか? 管野さんが置いてけぼりにされてますよ」

「いやぁ、この前もすごい速いって思ったけれど…」

「すごぉい…けど、うるさいね」

「まるで雷が鳴っているみたい…」

「へぇ…なんだか僕も熱くなってきそうだよ」

 

 502のウィッチ達はナガセのユニットの速さに感嘆するが、別段驚くほど速くはない。ナガセはF-14の巡航速度の一歩手前、M0.8の速度で飛行していた。時速に直すと約980kmだが、音速を超えてはいない。超音速飛行は基地施設に被害を与える可能性があり、模擬空戦という事も考慮してナガセは速度に関しては手心を加えていた。だがそれでもこの世界のストライカーユニットや航空機とはかけ離れた速度であるのは間違いない。M0.8でもナガセの世界の戦闘機では標準的な速度なのだが。

 ナガセはジェット戦闘機のセオリーに沿って、巴戦は避けながら管野と戦っていた。クルビットができるSu-27などのように格闘戦に非常に優れているならまだしも、ミサイルキャリアーとして開発されたF-14では巴戦に優るレシプロ機に油断すれば喰われてしまう可能性がある。それにナガセ自身、まだユニットに慣れていない節があった。

 ナガセは直線的な機動を心がけ、インメルマンターンで方向転換し、ハイヨーヨーの一撃離脱で管野を襲う。だがペイント弾は管野に当たらない。

 

(遅いのに小さくて機動性は高い相手って、こんなにも面倒だったのね…)

 

 ナガセは今まで機関銃を扱った事はない。戦闘機の機関砲を使った事は実戦で数え切れないほどあるし、拳銃の射撃訓練も脱出した時などの非常事態に備えて訓練は積んでいる。ユークの雪山を彷徨った時はそれが役に立った。しかしユニットを履いて、飛んでいる相手を機関銃で撃った事は実戦でも訓練でもナガセは経験が殆ど全くない。

 数日前にナガセがネウロイと戦って弾が命中したのは、ネウロイの図体が大きく小回りがないネウロイだったからだ。もしも小型で機動性が高いネウロイだったなら、如何にナガセでも苦戦は免れなかっただろう。

 管野の零式はF-14と比べて非常に遅い。だが小回りが非常に利くため、ナガセが射撃した瞬間、管野は身を翻して曲芸の軽業師のように躱す。

 管野の横をナガセは猛スピードで通過していく。管野も反撃するが、ナガセの速さに銃弾は命中せずに虚空に消えていく。

 

(はや)すぎんだろ、あの野郎…)

 

 そして管野もナガセのユニットの速さに追い付けない事に苛立っていたが、仕方ない事だと割り切るようになった。ナガセが蝿みたいに近寄ってきては撃ってくるのに合わせて、管野も躱して反撃するが全く当たらない。

 追いかけても追い付けないため、管野は反撃(カウンター)しか手がない。だがナガセに当たらない。常識外れの速さに銃弾が追いつかない。

 ユニットの性能で劣る管野がナガセに先に仕掛けるのは難しい。今も受け身に回り、ナガセが撃つペイント弾から逃れようと必死だ。管野が零式の得意とする格闘戦に持ち込もうとしても、ナガセはそれに付き合わない。というかあっさり追いつかれて背中の隙を晒してしまうため、管野も得意の巴戦に持ち込めないでいる。

 零式艦上戦闘脚は航続距離の長さ、格闘性能の高さ、初心者でも扱いやすいなど長所も複数優秀なユニットではあるが、第4世代ジェット戦闘機のF-14は相手が悪すぎた。もしもナガセの機関銃の射撃が上手ければ最初の一撃離脱で終わっていただろう。

 だが幸か不幸か、まだ管野は負けていない。それはナガセの射撃の腕がまだ未熟である事の証明であると同時に、管野の腕の高さも証明していた。

 とはいえ、管野の側に打開策はない。ナガセのとんでもない速さに管野は追随しきれないからだ。

 それを下から観戦しているウィッチは戦況にドキドキしながら見守っている。腕組みをしているラルが呟いた。

 

「ふむ…状況は膠着してきたな」

 

 ラルの両脇に立っているサーシャとロスマンは、隊長の言葉に頷きながら自分達の所感を述べる。

 

「ナガセ大尉のユニットは速いようですが、あまり機動性は高くなさそうですね。いえ、寧ろスピードと一撃離脱に特化したユニットの可能性もありますが」

「ユニットの性能はともかく、ナガセ大尉の射撃の腕があまり良くないように見えます。機関銃にあまり慣れていない、そんな印象を受けますね」

 

 あとでナガセの射撃の技量を訓練にかこつけて確かめておいた方がいいかもしれないとロスマンは言う。

 

「…我が部隊に必要なのは即戦力だ。もしナガセがそうでないのならば、我々としてはお払い箱にするしかない。ここは最前線だからな。だが、彼女が我々の力になるのであれば私はどんな手を使ってでもナガセをここに留まらせる。何があってもな」

 

 楽しそうにラル少佐は呟いた。

 その時、状況が動き始めた。一度管野から距離を取ったナガセがインメルマンターンを決めた後、管野の目の前を高速で素通りしていく。射撃をせず、あらぬ方に飛行していくナガセを見た管野は不審に思ったが、これは好機だと銃を向ける。管野はナガセの速度と針路からざっと計算したナガセの未来位置に向けて見越し射撃を行う。だがそれは当たらなかった。

 突然ナガセは斜め左下に向かって急旋回し、管野の放ったペイント弾を躱した後に管野に向かって吶喊する。

 スライスバック。マイナス45度バンクし、斜めに下方宙返りを行う空中戦闘機動(ACM)の一つだ。高度が下がる代わりに、機動を行った戦闘機に速度が少しだけ増加される。

 

「なっ…!?」

 

 管野は目を見開いて驚いた。スライスバック自体は特別珍しい空戦機動ではなく、当然管野も知っている。驚いたのはナガセがスライスバック(ACM)をした事だった。

 今までナガセは一撃離脱に徹し、射撃をした後に距離を取って、また一撃離脱しかしなかった。ナガセは巴戦をしない、一撃離脱しかないと管野は思いこんでいた。速度と上昇力に秀でた分、機動力が低いユニットがある事を管野は知っている。

 だがF-14はそうではない。クルビットやコブラのような特殊な機動はできないものの、可変翼とリフティングボディの採用により、F-14はF-15と同等の機動性を持つ戦闘機だ。可変翼採用によるコストの高さや機体重量の重さ、整備性の悪さなどでF-15に負けている面があるが、それでも能力の高い戦闘機だ。そしてそれはウォードッグ対ユークトバニア戦闘機隊、ベルカの残党との戦いでも証明されている。

 常識離れだったナガセがさらに速くなって管野に突っ込んでくる。管野は一瞬硬直した。それは短い隙だったが、その好機を逃さずナガセは接近して機関銃をしっかり構えて撃つ。

 慌てて銃を構え直す管野にナガセが放ったペイント弾が命中し、中の塗料が付着して服を染める。

 

「うわっ!?」

 

 魔眼の固有魔法を持つ下原の報告で、ロスマンが勝敗を宣言する。

 

「そこまでです。勝者、ナガセ大尉」

 

 その宣言を聞いたナガセと管野達が地上に降りてくる。

 先に降りてきたナガセの元にウィッチ達が集まる。

 

「すごいです、ナガセさん。管野さんに勝つなんて」

「たまたまよ。同性能の戦闘機だったらどうなってたのか、わからないわね」

 

 ユニットの性能に助けられた、ナガセはそう痛感する。もしもナガセのユニットが管野の物と同性能だったなら、今回の模擬戦どうなっていた事やら。

 機銃が戦闘機のようにできない以上、本人の射撃の腕に左右されるのはわかりきっていた事だった。ナガセは機関銃の扱いに慣れていない事に文句は言えない。慣れていようが慣れていまいが、空とは無慈悲なまでに結果を突きつけてくるのだから。

 だが今回の模擬戦で課題は見えた。それをどうするのかは今後の自分の行動次第だとナガセは肝に銘じる。

 

「それにしても、ナガセさんのユニットって速いですね!」

「これくらい普通よ。アフターバーナーを使えばもっと出せるわ」

「どれくらい出せるんですか?」

「F-14の最大速度はM2.34。そうね…だいたい時速2800kmくらいかしら」

 

 それを聞いたウィッチ達はポカーンと口を開けたまま黙り込む。今の技術では時速1000kmですら夢のまた夢だというのに、ナガセのユニットは容易く超えられると言う。

 管野は眉間に皺を寄せて不機嫌そうに言った。

 

「つまり本気じゃなかった訳かよ…」

「生憎だけど、それは違うわ。F-14は音速の二倍以上の速さで飛ぶ事もできる。でも音速を超えるだけで衝撃波が発生する。その衝撃波で基地施設に被害が出る可能性があった」

 

 だから今回は使えなかったと肩を竦めてナガセは言う。

 衝撃波。魔女の中には雷や風を出したりする魔女もいる。衝撃波を出す固有魔法なのかと管野や他のメンバーは思った。

 

「衝撃波…それがお前の固有魔法なのか?」

「魔法じゃないわ。音速を超えられる航空機ならどれでも出せるわ」

「音速を超えられる航空機なんかそんなにあるわけねえだろ…」

「うん、この世界ではそうらしいわね。ま、これで少しは私が何なのか理解してくれたかしら?」

 

 クールに微笑みながらナガセは管野に問いかける。

 仏頂面で管野は暫く黙り込んでいたが、ようようと口を開いて言葉を紡ぐ。

 

「…俺はアンタが気に食わねえ。色々と信じられねえ事もある。…でも、あんたの技量に関しては認めてやってもいいぜ」

「あら、それは光栄ね」

 

 ナガセは管野に微笑する。管野は少し照れた様子でそっぽを向いた。

 それを少し離れた所で眺めていたラルは呟く。

 

「やれやれ。ともかく、これで一件落着と言ったところか?」

「それを言うのはもう少し先になりそうですが」

 

 そうサーシャが相槌を打った。

 その上で青空に描かれた飛行機雲のループや直線は風に吹かれて、早くも少しずつ形を崩し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 



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