欠陥勇者(タイトル未定) (高橋くるる)
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ヒロインは誰にするか決めておりません。
ハーレム物になるのかも不明です。
口調はラノベ調にしても、実際にキャラ達に喋らせてみて親密度を測っていけたらなと思っています。

どちらかと言えばファンタジーより少年漫画寄りだと思われます。



「ん~、ふぁ~あ。あぁー、痛て。」

 

まだまだ眠い状態だが尿意を催し目が覚めた。

どうやら身体を丸めて寝ていた為に肩が凝っているようで、首が若干痛いのは仕方ないだろう。

どうしてこうも肩が凝りやすいのか。

日本人の7割は肩こり持ちというが、その7割に入りたくなかったと本気で思う。

 

しかし、自分の口に出た言葉に答える者は誰もいない。

何故いないのか。それは他の奴らはまだ寝ているのだろう。

起きていたら「おはよう。」という挨拶が返ってきてもおかしくない。

奴らというのは若い頃から付き合いのある友人たちだ。

 

ぼやけた意識のまま上半身だけを起こした状態で、頭を掻きながら周囲を見渡した。

頭を掻くのは癖で、これと言って特に意味はない。

 

「ここはどこだ?」

 

目覚めてすぐの場合、意識だけじゃなく視力はぼやけて見えてしまうときがあるが、言葉の意味的に完全にボケてなどいない。

ボケていたらそもそも働いてすらいないだろう。

それに勿論ぼやけて見えている風景でもないようだ。

今現在、どう見ても目の前に広がる景色は家ではない事だけは確かな状況に居るのが目に映る情報から理解できた。

 

「はっ。夢の中で夢でも見てんのか?」

 

鼻で笑うようにして流そうと考えたが、手に伝わる感触や、思い通りに動く手足に対して徐々に夢じゃない事を理解する。

改めて周囲を見渡すが目に映る物は日差しを浴びた緑の濃淡がある立ち並ぶ木々ばかり。

 

「よし、少し整理しようか。」

 

誰も聞いていないのはわかっているが、ゆっくりと先日の記憶を紐解くように思い出す。

あくまで独り言だと言うのは理解している。

 

「確か昨日は……」

 

物販関係に勤めている自分は、商品を満載した中国からのコンテナの納入を終え、一通りの手続きを終えた後に同僚へと仕事を引き継いだ。

いつもよりたまにはという理由で仕事を切り上げ、同じく仕事を切り上げてきた友達3人と夜の街へと飲みに繰り出したはずだった。

まずここまではシラフだったので問題ない。

 

そこから上司がどうだとか、部下がどうだ。お得意先が厳しい条件を突き付けるだの、仕事の愚痴から始まり、彼女や子供が出来てどうなっただのと現状報告。

いわゆる他愛もないアラサーボーイズトークだ。

毎回テンションは社会人特有の最底辺からスタートするいつもの日常だった。

そのまま酔いがまわり、何件か梯子をしてテンションもいつのまにか上昇、既に最初の暗いムードなど吹き飛びドンチャン騒ぎをしていた記憶がある。

なんだかんだ言ってもお酒は強い方だ。記憶は普通に残っている。

 

夜の街ですれ違う可愛いお姉ちゃんには裕也が絡み、飲みすぎた元哉はゴミ捨て場でこんにちわをしていたはずだ。

家に帰ると嫁さんに説教を受ける和樹は、そのまま帰りたくないという感じで俺の家で潰れるまで飲もうという提案を行った。

そこで了承した俺は自分の家へとタクシーに乗り込み皆で宅飲みへと突入したのだ。

 

元哉だけは早々に家のトイレにぶち込んで放置しておいたが、和樹と裕也とは会話も弾んだせいか、ひたすら飲み続けて動画サイトの閲覧などで盛り上がった。

飲み続けて気付けば明るくなりかけた頃に、三人とも眠くなって寝たはずだ。

 

「うん。ここまでは問題ない。じゃあ、ここはどこだ?」

 

もう一度周囲を見渡すが、覚えが無い景色が視界に入る。

トイレに行こうにも家でない為、勿論存在トイレなど存在しない。

家の中はジャングルではないし、勿論観葉植物など育てていない。

むしろ雑多に散らかした独身特有のどうしようもない1DKの部屋だ。

日差しも悪く、風通しも悪い。タバコの吸いすぎで家の中はどちらかというと臭い。

 

それが今居る場所、天井は開放的。

雨が降れば雨漏りなんか目じゃないくらいのズブ濡れコースがお約束された場所。

天井など一切無く、日差しは多少悪いが風通しも抜群。

こちらも勿論風を防ぐようなものなど一切無く同じく開放的。

台風など来ようものなら綺麗に横から風になぎ倒される爽快感を味わえるだろう。

その上トイレは360度どこでもどうぞと言える素敵な環境だ。

タバコを吸うにしても火の始末さえきちんと行えば臭いなど気にする必要もないだろう。

ではぶっちゃけどこか?

そう、答えは森の中。

 

友達に電話をできるなら第一声はこうだろう。

「もしもし?私メリーちゃん。今森の中にいるの。」

うん。間違いなく忙しいと言って電話を切られる事請け合いだ。

 

しかし真面目な話、近所にこのような森は無いし空気はこのように綺麗ではない。

どちらかと言えば一日中路面に近付けば近づく程チリや埃が舞っている都心部だった。

それが今居る環境は真逆の環境で、優しく頬を撫でる風がとても心地いい。

 

「ん~、気持ち良い風だ~……って、やっぱりわからねぇ。」

 

背筋を伸ばして自然っていいなと一瞬思ったが、すぐに現実に引き戻され痛くもない頭を抱え込んでコメカミを押さえながら嘆く。必死に考えても心当たりが無いのだ。

 

「俺は夢遊病者だったのか?いや、ないだろ。それともあいつらが?」

 

どう考えてもこんな場所に来た記憶が自分の中に存在しない。

仮に来たとしても一人で来たのはありえないだろう。

昨日は他に3人も居たのだ。それが360度森の中。

どこまでも続きそうな深い木々や茂みに不安を覚えながらも楽観的に捉えようと理由を探した。

それに真面目な話、寝た後にあいつらがイタズラで連れて来た可能性も考慮できる。

 

何故なら、動画サイトで外国人の若い男の子達が寝ている友達をエアーベッドへと移して、湖に放流している動画を見て全員で笑っていたからだ。

もしかしたらそれの真似事かもしれない。

 

その為見慣れない場所だが少しだけ待つことにした。

 

★         ★

 

あれから2時間程だろうか。

あくまでだろうかというのは感覚だ。

一応近くを歩き回って探しながら待ってみたが、誰もやってこない。

それなりにふざけてみたりもしたが、空しく風に揺らされる自然の音しか返って来ず、芸人で言うならダダ滑り状態の時にSEだけが流れたような状況だった。

 

それに近くを歩き回ってみても、大きく移動しないのにも理由がある。

実際はイタズラだったのに移動しすぎて本当の迷子になってしまうと、あいつらにとって予想外になってしまうだろう。

するとどうなるか。

本当の迷子になり、捜索願などが出たら陸上自衛隊や自警団、警察や猟友会などが出動してイタズラで済まなくなる。

大の大人が4人でふざけてリアル迷子などのニュースが流れようものなら、周囲の関係者の方々へと謝罪脚光をする羽目にもなる。それだけは避けるべき事案だ。

あくまで想定内と想定外では、悪戯と事件というぐらいには違うのだ。

 

ただ、途中いい加減飽きてきたので連絡するためにスマホを取り出そうとしたが、生憎とスマホは持っていないようだった。多分家に置いているのだろう。その為時間が正確に把握できない状況だ。

 

それと、一つだけ気になる事がある。今身に着けて居る衣服だ。

スマホを取り出そうと服を弄ったが、身に着けて居る衣服が高校生の頃に着用していた服に似ているのだ。

同じかと言われれば素直にわからないと答えるだろう。

あくまで、当時に似ている服を持っていたとだけはわかる。

何故なら10数年前の記憶など曖昧だからだ。

当時流行していたのはお兄系だろう。

近年ならばネオお兄系、ネオビジュアル系、ネオホスト系だった。

何が違うんだとツッコミが入りそうだが、ぶっちゃけ使っている金額が高かったのがお兄系、安いのがネオお兄系。

身に着けて居るブランドがハイブランドか安物ブランド。メイクが多少違うだけでしかないと思っている。

ニートとネオニートもあるが、それはまた別のジャンルだ。

金銭を食いつぶしていく穀潰しがニート、定職に就かずに親より稼ぐ無職というのがネオニート。違いはあるがまぁ関係ない。

 

機能性を重視した部屋着ならば物持ちが良いと言えるだろうが、当時のタイトな服装でオシャレが好きな自分からすると、10数年前の流行服など部屋着でもなければ実用性など皆無でダサいの一言に尽きる。

 

「一体誰がこんな服を着せたんだ?俺はこんな物を持ってない。

こんなイタズラをするのは和樹か?」

 

この場に居ない友人の中で、このような悪戯を行いそうな人物を思い描きながら一人の名を呟く。

 

「お~い!いい加減にしろよ~!さっさと帰るぞ~!裕也~、和樹~、元哉~。」

 

相変わらず返事が無い。

まぁ急ぐ予定もないし陽もまだ高い為、しばらくは付き合っても問題ないと考え木を背にとりあえずその場で座り込む。

 

「仕方がない。もう少し待つか。」

 

 

 

★★

 

あれからどれくらい経過したのだろうか。

周囲も徐々に暗くなり、段々と笑えなくなってきている。

もしかしてあいつらの方が迷子になっているのかと考えたが、あいつらは3人だ。

それにスマホなり車なりを持っている。

その状態で迷子になるのはありえないだろう。

 

「おいコラ!テメェらあんま調子乗ってんじゃねぇぞ!さっさと出てこい!」

 

徐々に我慢の限界を迎えつつあった為に声を荒げたが、それでも周囲から返事は無い。

起きた時は鳥の囀りだったものが、現在は獣の鳴き声が混ざるようになっている。

それ以外には聞こえてくるのは木々の風に揺れる葉音と、小さな水の流れる音だけだ。

 

「流石にこのままじゃ危険だな。移動するか?でも……」

 

移動するにしても道という道が存在しないし、朝食も昼食も摂っていない。

ましてや水分すら摂れていない。

移動するならば勿論早目の方がいいだろう。

ただ、夜になれば知識がない人間でもわかる。

街灯があれば別だが、光の無い闇の中を手探り状態で歩く行為は危険だ。

もし崖や傾斜のきつい場所で足を踏み外して怪我をしたら笑えないだろう。

それに実際に子供の頃、修学旅行の肝試しで道に迷って崖から転落しかけた事実があるからだ。そんな考えから思い悩む。

 

それに人の痕跡と言う痕跡がこの時間まで一切無かった。

ならば今からの移動は避けるべきだと判断する。

むしろ探すならば最低限の寝床だろう。

 

「しゃあねぇな。一日どこかで過ごす方が無難か。」

 

明日は仕事だが仕方ないと自分に言い聞かせるようにして、安全に過ごせそうな場所を探す。

上司から怒られたとしても、仕方ない部分は仕方ない。

その分は仕事をきちんと行い結果を出して仕上げてしまえばいいだけだ。

そこらへんは理解している。

社会人である以上謝れば済むなどという甘い考えは持っていない。

社会人であるならばケジメは自分で取るべきだ。

その上で何が原因で何をして改善するかを始末書で書いておけばいい。

 

正直始末書的にはこうだろう。

お酒を飲みました。起きたら森でした。そして遭難しました。

ごめんなさい。次から気を付けます。

 

ただ、こんなふざけた内容を書いてしまえば社長にぶん殴られてしまう。

大人と言うのは簡単な物を難しくするのが仕事だ。

それらしいビジネス文言を使用して、堅苦しいものを作り上げるのだ。

それでお金をもらう。

 

うん。まぁ関係ないけどな。

 

それからすぐに壁を繰り抜いたような洞窟を見つけたのは幸いだった。

洞窟は奥深くまで続いているようだったが、一日過ごすだけなので深入りせずに入り口に腰を据える事に決めた。

これでもし雨が降っても問題ないだろう。

 

「本当に一体ここはどこなんだ?というよりこれ洞窟より鍾乳洞に近いんじゃねぇか?」

 

ぶつくさと呟きながら洞窟の壁にもたれかかる。

ここがどこかという答えが出ない問題を自身に問いかけ、無為に時間を過ごすしかなかった。

 

「明日はとりあえず水の確保をしてから移動か。いずれにしても何も口にしていないのはきつい。」

 

空腹と渇きを誤魔化す為に、その日は早めの床についた。

 

★★

 

 

翌日

ハッキリ言って碌に睡眠がとれなかった。

文明社会で生きて来た自分にとって、完全な闇の中で身を守る物も無い。

非日常的な体験は友人たちが一緒に居れば心配などしなくても大丈夫だろうが、今は一人という状況であって、時折草木が揺れる音により警戒のため意識が何度も戻されたからだ。

地べたに直接横になっていたのも原因で身体のあちこちが痛い。

ゆっくり風呂でも入ってマッサージでも受けたい気持ちだ。

そんな身体に鞭を打ちながら立ち上がる。移動を開始するためにだ。

 

今の内に動き出しておかないと、また陽が暮れて同じ状況になる。

そうなれば食べ物すら碌に取れていない今は危険な上、もう一泊するなどこちらとしても願い下げだ。それに仕事もある。遊んでいる暇は休みでない限りは無いのだ。

それに今は行動できたとしても、やがて動けなくなり移動すらできなくなるだろう。

子供時代は迷子で済むだろうが大人になれば迷子ではない。

遭難が適切だ。そして現在はリアル遭難真っ最中。

自分でもわかるくらい切羽詰まっている状況だとは理解できている。

 

陽が昇り始めたのか、徐々に周囲が明るくなってきた。

明るくなってきている事によって精神的に安心感が徐々に戻ってくる。

鳥目という事ではないが、目が効くというのはそれだけで情報が入る。それが安心感へと繋がるのだ。

 

「まずは水。それからどうするか。」

 

第一目的として、先日から聞こえている水の音がする方へと向かうのが先だろう。

手持ちに水筒のような物が無い為に確保とまでは行かないが、知っているというだけでも万が一を考えると保険になる。

まぁ、近くにあるというのならせめて顔だけでも洗いたいのもあるが。

ベッドに倒れ込みたくなるような重い体を引きずりつつ足を水の音がする方へと運んだ。

 

音を頼りに茂みをかき分け、しばらく歩くと沢のような開けた場所へと出た。

流れている水は流石に森という感じなだけあってか、透明度も高く清流という感じがする綺麗なものだ。

 

「これ……飲めるのか?」

 

いくら綺麗な水といっても、顕微鏡で見れば微生物満載であろう水に対して一抹の不安が頭によぎるが、水を見た事によって顔を洗うよりも先に先日から何も口にしていない状況。

頭の中で脱水症状と微生物。天秤にかけるが、現状として選べる状況ではない。選ぶなら後者しかないだろう。

そんな事もあって、膝をついて両手で水を軽く掬いながら途中で考えるのをやめる。

 

冷たい水でまずは顔を流し、いくらか眠気が飛んでスッキリしたのは幸いだ。

気を引き締めなおすには丁度いい。

そのまま口へと両手を使って水をゆっくり運ぶ。

一日ぶりに何かを口に入れたため、別に歯周病でも何もないが、少し歯が染みる。

 

「ここで歯ブラシがあれば嬉しいけどな。」

 

沢の水で濡れている両手を服で拭いながら愚痴を言うくらいの余裕はあった。

ただ、無い物を切望するが、無い物は無い。仕方ないと諦めるしかない。

 

水分を摂取した事によっていくらかマシになった身体。

人が居る場所へ移動しようとして立ち上がろうとすると、対岸の上流で茂みが揺れたのが視界の端に入る。それが気になり自然と続けて顔を向けた。

 

「おい!誰かいるのか?居るなら助けてくれ。ここがどこかわからず迷子なんだ。」

 

しかし、その声に反応は無い。

しばらく茂みは左右に揺れ続け、やがて茶色の鼻先らしきものが茂みからぬっと現れた。

 

「おい……あれはなんだよ。」

 

茂みをかき分けるように出てきたそれを見て声が出る。

勿論、誰も答えなど返してはくれないのはわかっているが、自分の目を疑ったのもあった。

出てきたそれは立派な牙を持ったイノシシのような外見をしている生物だ。

イノシシの場合牙を持っていない場合は雄であるが、親戚なら雄だろう。

ただし、イノシシかと聞かれればノーと答えれる生物だ。

イノシシに似ている生物だが、イノシシではない。

長い脚を4本持っていて、言ってみれば牛のような脚を持った生物である。

生きて来た中でこのような動物をネットやTV、学校で習った記憶もない。

ただ、どこかの国になら存在していたとしても、日本で存在しているなど見知った知識にはなかったのだ。

 

その生物はこちらに気付いたのか足を止め、鼻息荒く視線がぶつかった。

誰もが感じた事があるような時が止まるような感覚。

これが女の子となら運命の出会い的な冗談で声を掛ける事もできただろうが、むしろどっちかというと、嵐の前の静けさ。緊張の一瞬。試合の前の瞑想に近い。

 

動物と対峙した時に感じる目を放したら負けだという状況に対して、お互いに目を離さない。

 

「ブォォォォ!!」

「うるさっ!」

 

何を思ったのか、イノシシに似た動物は急に鳴き声を上げる。

その声量は鳴き声というよりは雄叫びだ。

あまりの大きさの鳴き声に対し、耐え切れず屈むようにして耳を塞ぐ。

 

しまった!目を!

つかこの状況って非常にやばいんじゃなかろうか。

どうする?逃げるか?でもどこに?

 

目まぐるしく頭の中でどうするか考えが飛び交う。

自身の直感が危険だと告げているのだ。

 

パキッ――

 

周囲に響く乾いた音。非常に嫌な予感がしたが、その考えは正解だった。

ゆっくりと音の聞こえた方向へと視線を動かす。

音の正体は下がった事による動作で、小枝を踏みつけた際に折れて出た音だったようだ。

ここで初めて無意識に一歩下がってしまった事に気付いた。

音が合図となったのか、イノシシ(仮)がスタンバってましたとばかりに勢いよくこちらに向かって駆けてくる。

 

「クソ!なんでこうなんだよ!」

 

愚痴を吐き捨て180度身体の向きを変え、全速力でその場から逃走を図る。

こうなってしまえば、どうこうするの考えよりは条件反射に近い状態での行動だ。

 

目の前には木々や茂みによって行く手を遮られるが、そんなものは関係ない。無理やり切り開いてひた走る。

足元は見えず、石に躓き木の根に躓くが、それでも走り続ける。

すぐに服は草の汁でドロドロになり、枝で破れ、まともな恰好とは程遠い状態になっていくが、気にしている余裕は既に失っていた。

走りながら時折振り返ると、間違いなくこちらを目標にして追いかけて来ているのが理解できる。

 

どうする?どうする?

無理!追い付かれる!やる?どうやって?

 

既に頭はテンパっている状態でまともな思考など思い浮かばない。

例え冷静だとしても、普段タバコを吸って酒を飲み、碌に運動などしていない肉体はすぐにバテるだろう。

というより既に息が上がりつつある。

 

迫る危険に長く考えていられない。

タイムリミットは有限で、半ば強制的に決断を迫られた状況に走りながらも歯噛みする。

 

「仕方ねぇ!」

 

考えるのをやめ、イノシシ(仮)へと向き直り対峙する。

自分が走って出来た獣道のようなものを4本の足で器用に駆ける姿。

そんなアウェーというハンデキャップに対し『卑怯だぞ』と言いたくなるが、伝える言葉はそれじゃない。

 

「来いコラァ!」

 

イノシシ(仮)を煽るようにして右手で挑発する。

人間が決めたルールの中で自然が卑怯かどうかなど関係ない。

むしろ自然がルールなのだ。

ならば自然に従うのが道理だろう。

 

「ブォォォォ!!」

「なんつってな。」

 

確実にこちらを狙って追いかけているイノシシ(仮)のタイミングを見て、ギリギリの所で右へと跳んだ。

卑怯とは言わないし言わせない。

テメェが森の地の利を使うなら俺は人間の知恵を使う。

自然が道理なら別に戦わなくても逃げればいいのだ。

不利有利で言えば今の自分は圧倒的不利。

それならばこれも立派な戦術の一つなのだ。

 

「どうだ!マタドー――」

 

マタドール並に決まったぜ!と言おうとしたのも束の間。

予想外の事が発生した。茂みに隠れて斜面となっていたようで、脚の踏み場がなく上手く着地できずに、そのまま転がり落ちたのだ。

 

「ぬぉっ!がっ!ごっ!」

 

両手で頭を防ぎながら顔を肘で防ぐが、体中をぶつけているのだろう。

考える余裕も無く衝撃となって身体を痛めつける。

やがて回転は止まり、止まった事によってゆっくりと周囲を気にするように恐る恐る目を開ける。

 

「ぐっ……っ痛ぇ……あんの豚ぁ……ぶっ飛ばしてやろうか。」

 

痛みの場所に目を向けたところ、いたるところに身体は傷がある。

流血している場所は手、脇腹、大腿と大きなところはすぐにわかったが、幸いどこにも骨折がないようだ。

確認しつつ文句を吐きながら痛みに耐え立ち上がった。

再度周囲を見渡すと、また沢とは別の多少開けた場所に出たようだ。

落ち葉で一面埋まっているが、それでも動きやすさで言えば周囲が見渡せる分マシだろう。

 

「ブォォォォ!!」

 

その雄叫びと共に目の前にイノシシ(仮)が空から勢いよく降って来た。

 

親方!空からイノシシが!

そんなギャク的なものが頭に流れたが、流石にすぐに現実へと引き戻された。

 

「すんません!さっきのは嘘です!って言ってもその様子じゃ許してくれませんよねー。」

「ブォォォォ!!」

 

調子よく両手を合わせながら謝るが言葉は勿論通じていない様子で、牛が突進するように牙を剥けて前脚で地面を叩いている。

その姿は冗談に対して怒ったような素振りを見せたような感じだ。

ただ、やる気満々のイノシシ(仮)に対して、いい加減我慢の限界に達する。

 

「あー。もう考えるのもいいか。しつこい男は嫌われるって教えてもらわなかったのかよ!ぶち殺すぞ豚ぁ!」

 

そのイノシシ(仮)に悪態を付きながら先程までとは真逆の言葉をぶつける。

やる気になっている相手に対してこちらもやる気になる。当たり前の状況だ。

人間誰しも限界はあるのだ。

 

「おい豚!俺をそこらの人間と一緒にしてんじゃねぇぞ。

これでも元黒龍会特攻隊長だ。テメェがやる気ならとことんやってやる。

人間様に盾突いた事を後悔して死ね!」

「ブォォォォ!!」

 

イノシシ(仮)はそれがどうしたと言わんばかりに再度雄叫びを上げながら今にも射殺そうと牙を上下しながら突進してくる。

失敗できない状況に陥っている中、その突進にタイミングを合わせるため、小さなズレも発生させないように凝視し、リズムを取る。

 

タタタッタタタッタタタッタタタッ

 

こいつの走り方。まるで馬だな。

 

意外と余裕がある自分に驚きながらも構える。

 

「ここだぁ!」

 

タイミングは完璧だった。左手を使って牙を掴む。

流石に大きい動物だけあって想定以上の突進力があり、掴んだ事によって後ろへと押されるが、それでも日本男児。根性、気合い、精神論の昭和の力を舐めてもらっちゃ困る。

同じ人間に負けた事は認めても、頭の悪そうな豚程度に負けるつもりはない。

その突進の力に対して、地面を滑るように散らして無効化させる。

 

「ブッ!?」

「どうだ豚?人間やればできるんだ!こっからは俺の番だ!」

「ブォォォォ!!」

「死ね豚ぁぁぁ!!」

 

驚いたような声を上げた豚。

必至に振りほどこうとするの牙を力で抑え込み、その眼に向かって上から叩き込むように力を込めた右拳を放つ。

 

「ブォォォォ!!」

「まだまだぁ!!」

 

体力が続く限り右手の拳を握り込み、顔面へと連打する。

もう少し力があれば全体を抑え込んでヘッドロックでもかけようがあるが、いかんせん豚と言っても力が強い。

気を抜けば逆に自分が転倒して牙で突かれる可能性もあるだろう。

それを考えたからこそ今の状況かでの最適なパンチという拳をひたすら叩き込む。

重く鈍い音を響かせ、まるでサンドバッグを殴り続けているような感覚だ。

拳が軋み、痛みが走り、力が込められているのかすら途中からは不明。

ただ、これはルールの無い命のやりとりだと判断できる。

それならば中途半端な事は逆に自らを危険に招く余計な行為だ。加減などしない。

 

なぜこんな場所にいるかは今の自分にはわからない。

こいつだって俺がいなければこんなことをする必要が無かったはずだ。

でも、出会ってこうなってしまった以上、やるなら徹底的にやる。

 

今のこの場では思いつく限りこれしか方法はなかった。

 

「悪ぃな。別にテメェに恨みは無い。」

 

徐々にイノシシ(仮)の鳴き声は弱くなり、やがて痙攣を起こしはじめる。

 

「おらぁ!!」

 

何発殴っただろうか。既に腰に力も入っていない、膂力も入っていない。

そんな体重だけを預けるように乗せた最後の拳を叩き込んだ。

その打撃を最後にイノシシ(仮)は力なく崩れ落ちた。

 

ピロリロリン

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

右手の感覚が痺れている。見てわかるぐらい拳が腫れているのだ。

腫れているという事は折れている可能性もある。

今はまだアドレナリンが出ているから痺れで済んでいるが、このアドレナリンが引いた事を考えると悪寒が走る。

 

「早く人が居る場所へ行くしかない――」

「ブモォォォォ!」

 

右手を左手で添えつつ急いで立ち去ろうとしたところで、先程と鳴き声が微妙に違うものが遠くからこちらに近付いてくるように聞こえて来た。

その声を聞いて更に悪い予感が走る。

当たってほしくはないのに、こういう時の悪い予感は大抵当たるものだ。

 

徐々に目の前に迫る何か。木々がなぎ倒される音を響かせながら、地面を蹴る音が近くなる。

鳴き声だけじゃなくここまでくれば、ハッキリと明確にこちらを目標にしているのは理解できた。

そしてすぐにその何かは現れた。

 

「ブモォォォォ!」

 

先程のイノシシ(仮)より数周り大きいサイズのイノシシ(仮)だ。

言うなれば大イノシシ(仮)だろう。

牙は無い事から察するに親か番の片割れと予想できる。

 

「マジかよ……ついてねぇ……」

 

自分の想像が当たった事が嫌で、気分が大きく落ちる。

既に拳を振るう力もない。それに大きさが違いすぎる。

子猫に蹴りを入れれば致命傷でも、ライオンに蹴りを入れたところで致命傷にはなりえない。

全快だったとしても正直走って逃げだしたい気持ちだ。

 

新しく現れた大イノシシ(仮)は、両方の前足を高々と振り上げ地面へと力強く打ち付ける。

その衝撃によって地面が揺れ、うまく立っていられずに尻もちを付くように倒れてしまった。

 

「地面が揺れるってどんだけだよ!クソッ!」

 

絶望的な状況に文句を吐き捨てるがこのまま座り込んでいても危険だ。

頭では理解していても相手の大きさに恐怖しているのか中々体は言うことを聞かない。

しかし震えていても仕方ないのもわかっている。

複雑な気持ちを抱えながら気合いで立ち上がり、力の入らない拳を握って構える。

 

「脱力の構え。なんつってな。あ~、こりゃここで死んだな俺。」

 

立ってこそいるが、先は見えている。

それに相手を見て自分の直感が告げる。世の中気合いと根性でどうにかなるものと、どうにもならないもの。

切り分けるなら今の状態は後者であろう事として、誰の目から見ても明らかだろう。

 

「ブモォォォォ!」

「だからって黙ってやられると思ってんじゃねぇぞ豚ぁ!」

 

まるで敵討ちだというように、勢いよく大イノシシ(仮)はこちらに向かって突進をかける。

ただ、やられるのがわかっていてバカみたいに棒立ちするつもりは無い。

 

「くっ!」

 

なんとか突進を回避しようと右へと跳ぶが、先程のイノシシ(仮)と違い、その潤沢に蓄えられた脂肪の巨体によって、回避しきれずに車に撥ねられたように飛ばされる。

 

「がはっ!」

 

体を錐揉み状に跳ね飛ばされ、背中から木に叩きつけられた。

次いで肺の中の酸素が胸を押し付けられるようにして無理やり絞り出される。

必死に呼吸をしようと悶えるが、息を吸えば吸う程苦しくなりうまく呼吸ができない。

逆に何かが喉の奥からせり上がってくるようにして吐瀉物を噴き出した。

 

こりゃ肋骨が何本かいったか?

 

出てきた吐瀉物をよく見るとそれは自身の血だと理解した。

吐くような物は胃に残っておらず、内臓が傷つけられた事によって吐血したのだろう。

 

懐かしい感覚もするが、社会人になって初の体験だ。

普段から殴られていると慣れもあるが、久しぶりの感覚は思った以上にきつい。

それだけ耐性というのは大事なのだ。

 

なんとかして立ち上がろうとするが、受けた傷は限界を超えているのか、肉体が言う事をきかず思うように動かない。

そんなことはお構いなしに大イノシシ(仮)が突っ込んでくるのが目に映る。

 

「ふぅ……」

 

頭の中で諦めにも似たような溜め息が自然と漏れる。

助かっても死ぬかもしれないし、このままじゃどっちみち死ぬ。

どちらにしてもバットエンドだろう。

それなら男らしく全力でやって散った方がかっこいい。

特攻隊とは相手を自分が潰れるまで殲滅する部隊だ。

 

それなら――

「ふぬっ!特攻隊長様をなめてんじゃねぇぞぉぉ!立てやこらぁぁぁ!!」

 

震える足腰に喝を入れ、死ぬ気の咆哮を上げながら自身を奮い立たせた。

まともに声すら出ていないのだろう。自分の耳へと自分の声が掠れて聞こえる。

後の事など既に頭の中に無い。

今この時、この場所で全てを出して尽きるつもりの男の意地だ。

 

「ブモォォォォ!」

「毎回毎回突進ばっか、ざけんじゃねぇ!!死ね豚ぁ!!」

 

迫る大イノシシ(仮)の鼻っ柱に向かって拳を放つ。

しかし気合いや根性でどうにかなるなどという質量じゃない。

拳を打ち込んだ際に、右拳の指が節から骨を剥きだすようにして豪快に折れ、続けて肘が内側へと一緒に折れながら、再度跳ね飛ばされる。

 

「ぐっ……わかっちゃいたけど、やっぱりか……」

 

ある程度予想していたからこそ耐える事ができた痛み。

それに痛みは一瞬だった。

限界を一瞬で突破した痛みだからこそ、脳が苦痛を止めているのだろう。

 

砕けた右腕、肋骨も何本か折れているだろう体。

暴走族時代でも骨折程度ならあるが、ここまで一方的にやられた事はない。

さすが自然という弱肉強食の世界だと感じる。ただ、それでもまだ俺は生きている。

 

(ん?あれは?)

 

自分の体の状態を確認していると、落ち葉に埋もれた何かを見つけた。

それが何か予想できた為、動く左手を使って死に物狂いでそれを手繰り寄せる。

 

「はは……これが最後の希望ってか。まさしく俺と同じ状態だなお前。」

 

手繰り寄せたそれは、錆び付いてボロボロになった今にも折れそうな剣のような物だった。

元の装飾や色など剥げてしまい、柄は欠け、刃先もとてもじゃないが切れるとは言い難い代物。

それでも無いよりはマシと思える現状では最高の武器だ。

勿論剣など実物を見た事も無ければ、触った事もない。

知識での剣の使い方は理解できでも、構えも知らなければ、正式な使用法など一切知らない。

むしろバールや鉄パイプ、木刀やゴルフクラブなどの方が扱いに慣れている。

叩きつけるだけなら簡単だからだ。

ただ、仮にこのような武器があったとして目の前の相手に叩きつけてどうにかなるのだろうか?

いや、ならないだろう。

 

人間のデブに対して多少これらで殴ったとして、悶絶させる事はできたとしても一発で意識を刈り取るような事は不意打ち奇襲でない限り中々ない。

来るのがわかっていたら当たり所が悪い場合を除いて痛くても我慢できるのだ。倒せるような事は普通ではない。

 

なら自然に生きるこいつらにはどうだ?

通用するかもしれないが、ケンカと違って命をかけている状態がデフォルトの奴らに対し通用するのか?

わからないが、同じように長物の打撃程度で倒す事は不可能だろう。

 

ただ同じ長物でも剣ならどうだ?

同じくわからないが、この大イノシシ(仮)になら通用するかもしれないとカンが告げる。

 

「これが最後。勝って死ぬか。負けて死ぬか。同じ死ぬなら俺は勝って死ぬ。それが男と思わねぇか?」

 

意識も飛びそうなギリギリの状態で剣へと問いかける。

 

「はっ。昨日からずっと独り言しか言ってねぇな。ま、愚痴ってもしゃあねぇ。」

 

勿論返事などあるわけないのはわかっている。それでも言わずにはいられなかったのだ。

生まれる場所は選ぶ事が出来なくとも、死に方は選べる。

ならば後悔しない生き方を自分は選びたい。

 

「くぅ……きちぃ。ただ、お前と俺の最後だ。この豚に一矢報いて一緒に散るか。」

 

左手に握った剣へと喋りかけながら、杖替わりにして立ち上がる。

途中右手の状態に目を向けたが、グロ満載の状態。

指は複雑骨折だろうし、腕は解放骨折。ただ繋がっている状態だ。

当たり前だが感覚は一切ない。

勿論その右手だけじゃなく肋骨は折れているだろうし、他にも外傷として擦過傷や裂傷など、数えきれない程度にはある。

外傷だけではないだろう。

吐血からして内臓のいくつかは逝っている可能性も十分にある。

もしも「逃げても無駄だ。」と言われたとしても、この状態ではその場から動くことも振る事さえもできない。

できる事はただ一つ。構えるだけ。

 

「おい豚。俺たちの最後に付き合えよ。それでお前も最後だ。」

「ブモォォォォ!」

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

覚悟を決めたからか後悔が無いとは言えないが、負っている怪我とは対照的に気持ちはスッキリとしていた。

 

もってくれよ。俺の身体。そして頼むぜ。相棒。

 

大イノシシ(仮)がトドメだと言わんばかりにこちら目掛けて突進を仕掛けてくる。

剣と大イノシシ(仮)と最後の正面衝突をする刹那の間。

衝突の衝撃で体は力尽き、されるがまま跳ね飛ばされた。

ただ、飛ばされながらもしっかりと目には映る。

大イノシシ(仮)が地面へと脚を折るようにして崩れ落ちる姿を。

 

ざまぁみろ……

 

大イノシシ(仮)の姿に満足して頭の中で言うが、何もできずに腹から地面へと叩きつけられた。

 

周囲に静寂が戻る。何かが動くような気配も感じない。状況からすると勝負は終わったのだろう。

ただ、勝ったとはとてもじゃないが言い難い。

跳ね飛ばされた身体は動かず、今は地面へと熱い接吻をしている状態だ。

これが勝ったと言えるのだろうか。言って引き分けという感じだろう。

 

何をしたのか。そんな事は簡単だ。

こっちは身体を動かす事は碌にできなかった。

逆に大イノシシ(仮)は直進でしか突進を仕掛けてこなかった。

それなら無理に動くより、剣を握り、鼻の先に刃先を置いておくだけでいい。

面で無理なら、点で穿つだけだ。

後は獲物である大イノシシ(仮)は勝手に突撃しに来てくれる。

それで勝手に自爆したのだろう。

はっきり言って勝率の悪い賭けでしかなかったが、その賭けに勝っただけだ。

試合に負けて勝負に勝った。ただそれだけだ。

 

ピロリロリン

 

ふぅ……さっきから二回目だが、何の音だ?っても、もう俺には関係ないか。

まぁ成功したところでこうなる事は予想の範囲内だったけどな。

ただ……逃げて無駄死にするよりは、この方が自分でも納得できる。

はは……まぁ万歳だ……

それよりも今は……ちょっと寒いし眠いな……

 

そこで電池が切れるようにして思考がゆっくりとブラックアウトした。

 



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王都フォルゲン

「ええい!どうなっている!」

 

身なりは如何にも高そうな赤い生地でできた服を着て、ゴツゴツとした指には貴金属類を嵌めている人物が苛立ちを隠そうともしないで右往左往していた。

 

「申し訳ございません陛下。召喚の儀が成功したのか失敗したのか、未だ原因は不明でございます。」

 

少し頭の天辺がハゲた恰幅のいい人物が謝罪の言葉を口にした。

 

「ルドルフよ。そんな報告をするために貴様は私の前にやってきたのか!」

「申し訳ありません。」

 

陛下と呼ばれた人物の怒気を孕んだその声に、周囲に居た護衛兵達は身体を強張らせている。

ルドルフという人物も同様に額から汗を流し固まっていた。

流れているのは冷や汗だろう。

 

「いくら貴様が大臣でも、許せる物と許せない物があるというのを忘れてはないか?

貴様は勇者の遺物を犠牲にして、条件が整っていない状態で勇者召喚の儀を勝手に執り行った。

その結果が成功か失敗かという事すら不明だと!?ふざけているのか貴様っ!!」

「申し訳ございません。何分記録上で初めての出来事なのと、国の行く末の為にと思い――」

「もういい!近衛達よ!ルドルフを牢へぶち込んでおけ!」

 

命令された兵達によって、ルドルフと呼ばれた人物は両脇を抱えられながら広間から連れ出された。

 

「勇者の遺物はもうない。一体どうすればいいのだ!このままでは……クソっ!」

「あなた。悩んでいても仕方ありませんわ。今はできる事を行いましょう。」

「シャールか。すまない……何とか世界会議で各国に事情を説明する。」

「あなたを支えていくのは変わりません。頑張りましょう。」

「ああ。」

 

陛下とシャールと呼ばれた人物は憂いを嘆くようにして会話を終える。

 

★★

 

「ここ……は?今度はどこだ?」

 

目が覚めたが、視界に映る物はどうやらどこかの天井のようだった。

どこかのベッドのようなものに横にされているのだろう。

 

普通は夢なら覚めるとおはようございますだ。

目を覚ますと再度別の場所など、そうなれば口からでるのは疑問の言葉が適切だろう。

それにこれが可愛い女の子とホテルで目が覚めたらいいが、そんな雰囲気でもない。

至って簡素な木材でできたであろうコテージのような天井だ。

笑い話のネタにすらならない。

ただ、死んでいない事だけは理解できた。

 

「あqwせdrftg」

 

残念感満載で考えていると、顔を覗き込むようにして全く理解できない言葉を喋る少女に話しかけられた。

急に視界に入り込まれた事によってまさかと驚いてしまい、上半身を起こして身構えてしまう。

そこで違和感を覚える。

 

「ん?あれ?右手が治ってる?というより、どこにも怪我が無い?」

 

自分の服をまくり上げ、イノシシ(仮)達にタックルを受けたであろう腹部などを見てみるが、夢ではないのだろう。

服の汚れや破れこそあるものの、怪我が全て治っていた。

一体どれくらい寝ていたのか。

怪我が治るまでなら骨折の場合、数か月はかかるはずだ。

それにあれだけの骨折だ傷も残るはずだし、リハビリも必要だろう。

しかし、傷跡などはなく腕も指も動くし服もそのままだった。

何がどうなっているのか理解できない。

 

「くぁwせdrftf」

 

こちらの混乱をよそに、顔を赤くして両手で覆う少女に再び話しかけられる。

赤面しているのは年頃であって、男の肌を見て恥ずかしいのだろう。

とても愛嬌がある仕草に見える。

 

「悪い。」

 

服を元の位置に戻すと少女は覆っていた手の指を少し広げ、隙間から覗き込むようにして確認してきた。

こちらの姿を見て安心したのか、覆っていた両手を離した。

 

年は10代半ばというところだろうか。

ポニーテールの茶髪にブラウンの瞳を持ち、くりっとした可愛らしい目元。

その顔はどこか放っておけないようなまだあどけなさの残る顔だった。

身に着けて居る衣服は何の素材でできているのかわからないが、黄土色の上着に茶色の余裕を持ったパンツ姿だ。

農作業でもやるというのだろうか。

どこか牧歌的で、何というか一言で表すなら田舎くさい。

 

しかし、こうやって元気で自分が居る以上は、もしかして助けてくれた可能性もある。

失礼な事はできない。

 

「ありがとう。あんた、いや、嬢ちゃん。ん~、君か。君が助けてくれたのか?」

「くぁwせdrせdrft」

 

しかし、伝わっているのだろうか。少女の言葉を全く理解できない。

というよりむしろ聞いた事があるニュアンスでもない。

韓国、中国、ロシア、アメリカ、ドイツ、メキシコ、スペイン辺りなら文字は理解できないが発音で一応理解できる。

しかしそれらに全く当てはまらない。

という事はもっと別の地域の言葉だろう。

それに理解できないという事は、こちらの言葉も理解されないという事と同じだ。

 

「まいったな……」

 

頭を掻きながら困ったようにしていると、少女はこちらの表情を見て理解したのか、軽く俯いて少し悲しそうな顔をしている。

 

「君が気にしなくていい。俺が喋れないのが悪いんだ。こっちは元気になって助かったしな。」

「くぁwせdrft」

 

安心させようと身振り手振りで少女に元気だとアピールをする。

子供が泣きそうになっているのは苦手なのだ。

それが伝わったのか何かを喋り少女の表情は明るくなった。

こちらとしても明るくなってくれるのは嬉しい限りだ。

 

「あqwせdrft」

 

しかし、誰か日本語がわかるやつはいないのか?

相変わらず少女に話しかけられるが、困った状況には変わらない。

 

「すまない。君の喋ってる事がわからないんだ。お父さんやお母さんを呼んで来てくれないか?

いや、言葉がわかる人なら誰でもいい。最悪はカタコトなら英語か中国語でもいいんだけど。」

「あくぁwせdrft」

 

とりあえずは日本語が理解できる人間が居ないと話にならない。

少女も身体を使って何かを必死に話しかけてくるが、理解しようとして本当に理解できないのだ。

頑張って何かを伝えようとする少女。

その姿は微笑ましいが、理解できないことで何ともいたたまれない気持ちになる。

 

「あqwせdrftg」

 

何かを言って少女は部屋を出ていった。誰かを呼びにいったのだろう。

そりゃそうだ。言葉も理解できない人間が居たら、俺でも理解できる人を呼びに行く。

むしろ最初からそうすればいい。

助けてくれたかもしれないのに何という態度だと言われそうだが、意思疎通ができないというのは思った以上にお互いにとって良い事はないのだ。

 

しばらく待っていると、少女が腰の曲がったワインレッドのローブを着た老婆の手を引いてやってきた。

老婆と少女はベッドの横に座り、何やら二人で話している。

それを黙って眺めていると、やがて老婆が紙のような物とペンをとりだし何かを書き始めた。

やがてペンが止まって何かを書き終わると、その紙をこちらに見えやすいように向けてきた。

読めという事なのだろう。見せられた物にゆっくりと目を通す。

 

『この ことば りかい できますか?』

 

驚いた事に書かれていたのは日本語だ。

でも何故喋る事無く『ひらがな』なのか。

 

老婆と少女は不安そうな顔でこちらを見るが、理解している事を伝える為に紙とペンを老婆からジェスチャーで借り受ける。

老婆は快くペンと紙を渡してくれた。

 

『りかい できます。 にほんご わかる ひと いませんか?』

 

どのように書けばいいか少し悩んだが、極力簡単な日本語で文字を並べたものを老婆に見せる。

その文字を見て理解したのか老婆は薄い涙を目に浮かべた。

 

「わせdrftgy」

 

隣で見ていた少女が老婆に対して言葉をかけながら、どうしたものかとアタフタしている。

こちらとしても同じ気持ちだ。一体どうしたというのだ。ただ紙に文字を書いて見せただけじゃないか。

何か失礼な事でもしてしまったのかと一瞬考えてしまった。

 

すると老婆は再度紙とペンを貸してほしいというジェスチャーを見せたので手渡した。

また筆談の要領で老婆が文字を書いていく。

 

『ごめんなさい このせかい あなたのことば わかるひと もう いません』

 

再度、老婆に見せられた紙にはこのように書かれていた。

 

「はい?」

 

自分の頭の理解力が乏しいのか、それとも老婆が言葉足らずなのか。

実際に目の前の老婆は筆談でも日本語がわかっているだろう。

 

こちらの態度で見て取れたのか、皺くちゃになった顔を更に皺くちゃにして申し訳なさそうな表情を老婆は見せる。

そのまますぐに次の紙へと文字を書いていき、同じようにこちらに見せて来た。

 

『わたしは むかし あるひとに このことば おそわった

そのひと あなた おなじせかいのひと

あなたは ちがうせかい こっち きた』

 

「え~と。これは一体どういう――」

 

纏めようとしては解け、組み立てようとすれば崩れる。

そんなパズルのように全く考えがまとまらない。

 

こっちの世界?同じ世界?どういう事だ?

というより、はいそうですかと簡単に納得できるような話ではない。

書いている文字だけだと、あまりにも突飛すぎるのだ。

 

『すこし まつ あなたに みせる』

 

こちらの考えを読んでいたのか、老婆は紙に待っていろという言葉を書いてから少女と何かを話している。

やがて話が終わったのか少女は納得したという感じで再び走って部屋を出て行った。

 

残された老婆との間に沈黙が流れる。

そこからすぐに少女が何かを抱えて戻って来てから、こちらに冊子のような物を手渡してきた。

 

「えらい古びた状態のもんだな~。ええ~なになに?」

 

これを読めという事なんだろう。少女の手から受け取る。

 



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3

今後の誰かへ

 

よう。初めましてか?

これを見て読めるって事は俺と同じ日本からやってきた人物って事になるな。

まぁそれと同時に、

これを読んでるって事は多分俺はもう死んでるか、それとも元の世界に戻ってるってわけなんだが、そこんとこ理解して読んでくれたらいい。

 

いきなりで何が何か理解できないと思うが大丈夫。

俺も最初は理解できなかったからさ。

 

でも、理解して進むしかないだろうから、参考になればと思い筆をとってみたわけだ。

俺にしては似合わないような事をしているんだがな。

 

まずは何から書こうか。

そうだな、まずはこの世界についてでも書いておこう。

 

お前がいた世界。そことは完全に別個体として存在するもう一つ世界と思ってくれていい。

簡単な言葉にするなら【異世界】って事だ。

どうだ?興奮するだろ?

 

でも勘違いするなよ。

異世界だからと言って何でもありかというとそうじゃない。

これは普通に現実だし、怪我や病気が原因で普通に死ぬ。

それは元の世界と何ら違いはない。

 

じゃあどう異世界なのかというと、そうだな。

お前が経験したかどうかはわからないが、まず生きている生物や生態系が元の世界と違う。

気になるなら色々と見てみるといい。

一言で表すならファンタジーだ。そこらへんは向こうの常識が一切通用しない。

 

それに異世界というだけあって、この世界にはレベルやスキル、魔法という存在がある。

他にもあるが気になるなら勝手に調べろ。

全て教えてしまうと楽しみがなくなるだろ?

 

次はレベルからだな。説明しておこう。

向こうの世界と違ってこっちの世界ではレベルという概念に沿って生活している。

例えば生まれたばかりの人間はレベル1という形だ。

勇者だって例外じゃない。

こちらに召喚されたばかりの時は漏れなく全員レベルは1だ。

ただの一般人より弱い。

それが例えガタイが良いボディビルダーであっても、ポッキーのような小学生くらいの丸メガネ君に単純な力勝負でなら負けるのだ。

ふざけてるだろ?

こういう部分が向こうの常識を元にすると当てはまらないファンタジーだ。

 

大まかにレベルの詳細を分けると

体力、技力、魔力、攻撃力、防御力、精神力、速さ、賢さ

これらがある。

 

これらは年月を得て成長するにつれ上昇していく。

でもこれが本筋じゃない。

年齢でも成長するが、モンスターとの闘いでも敵を倒すと経験値を得て成長する。

どちらが本筋かと言うと後者だ。

どうだ?wiki並の攻略知識に感謝しろよ?

ふざけんなというツッコミはまだまだ抑えてもらいたい。

 

お前が今どれくらいの強さかは頭の中でステータスと念じればいいだろう。

そうすれば今のお前の強さがわかるはずだ。

 

今の俺達でだいたいレベル250前後だ。

それがどれくらいの強さかと言うと、レベル200程度あればそうだな。

向こうの世界で言えば酸素がきちんとあると仮定して、物理的に素手で攻め入った場合、

アメリカ、ロシア、中国程度なら核を使用されたとしても単騎で全ての軍事力を前にして落とせるぐらいの実力だと考えてくれればいいだろう。

 

まぁイメージしにくいだろうな。

もっと単純にする。例えばだ。200まで行かなくても途中で体験できるのを羅列していこう。

角材で頭をぶん殴られたとしても、角材の方が勝手に折れる。

ギロチンで首を落とそうとしても、ギロチンの刃が折れる。

ようはそんな感じの現象がレベルが上がると経験できる。

まぁ全部俺の実体験なんだがな。

おっと、何をしたんだ?とか言うヤボな事は言うなよ?

男なら誰もがやる、覗きだ。

ただ、覗いた相手が少し悪かっただけなんだ。

一度目はビンタ、二度目はパンチ、三度目に角材、四度目にギロチンってな具合だ。

流石に覗きでギロチン台に上がるとは予想もしてなかったけどな。

 

それで、だいたいの目安なんだが

一般人でレベル5

兵士で20

冒険者で25

これくらいだと判断できるかもな。

中には飛びぬけてレベルが高い奴もいるし、逆にレベルが低い奴もいるが、それは極一部の者たちだ。

 

続いてスキルだ。

これは魔法とは別で、そうだな、居合い斬りや正拳付き

こういう向こうで言うところの技と思えばいい。

なんでこんなのがあるのかって?

普通に正拳突きを打ったとしても、それはただの突きだ。

まぁそれでも俺達レベルになれば適当なパンチで壁をブチ抜く程度なら簡単だけどな。

 

本題に戻ろう。例えば木があると思ってくれ。

スキルに対してEPという物を消費して同様に突きを行うとしよう。

すると、最初はただの正拳突きでは木を揺らすこともままならないはずだ。

それがEPを消費してきちんと打った場合、木を殴り倒すことができる。

どうだ?凄いだろ?

ぶっちゃけ山田が数日前に≪千手の破壊≫というのを使っているのを見たが、まぁまぁエグかった。

殺しても殺しても再生するモンスターが居たんだが、あまりにしつこい再生能力のため、山田がキレたんだ。

そいつを空間のような物に閉じ込めたあと山田がスキルを放った。

まぁただのパンチなら意味がないだろうが、EPを消費しているんだ。

ただのパンチじゃない。どうなったと思う?

 

「いい加減死ね!つか消えろ!再生するならそれ以上に引き千切ってバラバラにして、苦痛を与えてやる。

殺してくださいって頼みたくなるような地獄を見せてやるよ!」

 

こんな事を言いながら、山田の周囲に現れた金色の千手が、再生するモンスターへと襲い掛かった。

まぁそれでも再生するんだが、片っ端から触れる拳部分、そこから相手を肉片に変えていったんだ。

勿論再生すると言ってもモンスターは苦痛を受けるわけだ。

最終的には生きる意志というのが消えて、生きているのに全く動かなくなった。

あまりにも可哀想だったので、最終的には俺が肉体の欠片も残さずに魔法で魂の浄化をして殺してやったんだがな。

せめてもの慈悲って奴だ、勇者なのに悪魔の所業だなんて言うなよ?

まぁそんな事ができるのがスキルってやつだ。

 

続いて魔法だ。

まぁ向こうの世界で言えば超能力の類と思えばいいだろう。

テレキネシスやパイロキネシスだ。

それがこちらでは魔法という名前と形を取って、任意で具現化できるという意味だ。

どうだ?魔法なんて夢みたいな話だろ?

俺も最初はテンションが上がったが、修得時に夢ならよかったと後悔した。

ぶっちゃけ死ぬかと思ったくらいだ。

それは追々自身で経験してくれ。楽しみにしている。

一応一緒にやってきたバカな連れ共は「弱い!弱すぎるぞ!」とか「俺最強!」とか黒歴史満載な事を言いながら今はモンスター共に向かって魔法をぶっ放してるんだがな。

 

そうそう。

この魔法とスキルの違いなんだが、言葉にするならこれだな。

スキルは自分の内側のエネルギーを使用して形にする。

魔法は周囲のエネルギーを使用する。

魔法についてもうちょっと書くと、周囲から力を借りて制御に対してエネルギーを使用というのがわかりやすいだろう。

 

 

魔法以外にも上に書いたようにモンスターという敵が存在する。

正直モンスターの理屈なんて理解できないし、しなくていい。

単純に言えば野生動物と思えばいいんじゃないか?

俺はそう考えてる。

それにパッシブモンスターもいれば、アクティブモンスターも居る。

パッシブというのは、こちらからアクションを起こさない限り手を出してこない。

それに愛玩用モンスターもそうだ。

アクティブモンスターに関しては、見つかれば本能赴くままに攻撃してくる。

まぁパッシブモンスターも攻撃しようとすれば勿論反撃してくるがな。

 

とりあえず俺らが呼ばれたのは世界の危機が訪れるという事で召喚されたわけなんだが、何か倒せって指示があるからモンスターを殺してるわけ。

こっちの世界の住人は俺達の事を勇者だの勇者の欠陥品だのと言うが、簡単にするなら身入りが良いハンターだと認識した方が早いな。

ただ、正直気分が良い物じゃない。

だってそうだろ?

平和に過ごしてる動物に向かっていきなり攻撃を仕掛けて仕留めるんだぜ?

普通の良心があれば抵抗感満載なアクティビティだよ。

それに一応モンスター達は殺せば減るし絶滅する。

ただ、この世界の言い分も説明しておく。

なぜ殺すのか疑問に思うだろうが、生態系のバランスだな。

向こうの世界でどの時代から召喚されたかは不明だが、こちらは文明が遅れている部分があったり、魔法のように進んでいたりする。

ここまで書けば理解したと思うが、モンスターを隔離するような技術の発展が行われていないんだ。

だから殺すという手段を用いて調整している。

増えすぎた動物は他の種を絶滅に追い込む可能性があるからな。

 

ただ、モンスターの中でも殺しても絶滅しないのが存在する。

まるでゴキブリみたいな存在だ。

危機をもたらしているのはこいつらだな。

殺さなければどうなるかという疑問が出ると思うが、殺さない場合は単純明快。

人間だけじゃなく、他の種族やモンスター共もこいつらが殺す。

それを防ぐ為に俺達が居る。

まぁ中には殺しても死なない奴もいるんだけどな。梶本って奴みたいに。

一回佐藤がキレて梶本を魔法で蒸発させたんだが、蒸気のように霧散したくせに

翌日しれっと戻ってきて隣で朝飯を食っていた。流石に俺も少し驚いたぜ。

お前の体はどうなってんだと。

お前が言うなと突っ込まれそうだが、釈明をしたい。

一言で表すなら

【勇者だから。】

不思議な言葉だろ?何かあれば基本これで済む。

 

でだ、この特殊なモンスターの根本を叩く為に【次元の狭間】という場所を探しているが、それがどこかは未だに不明だ。

早く見つかるといいんだが……

まぁ辛気臭い事は置いといて、この特殊モンスターが沸いたら俺らが召喚される。

要するにゴキブリ退治のバル○ンみたいな役目だと思えばいい。

伏せているのは商標とか色々あると思うんだ。

だから察してくれ。

 

最後に書いておくが、さっき書いた連れについてだ。

この記録を書いた原因の一つでもある。

俺はきちんと勇者召喚の儀で召喚された。

だから補正のような物が自身に掛かっていて自動的にこの世界の言葉や文字が理解できる。

 

しかし、連れ達は召喚の儀に失敗して中途半端に召喚されたんだ。

さっき書いた勇者の欠陥品と呼ばれる奴らだな。

勝手に向こうの世界から拉致ってきたくせによく言うぜ。

 

一回佐藤に対して限度を超えた扱いをした時に、マジでキレて王都の城の一角を消し炭に変えてやったのはいい思い出だ。

 

ついでに書くと、その時に中村がノリノリで王都から見えるヴェノム山脈一帯を自称≪トールハンマー≫って魔法で丸ごと吹き飛ばした。

一応伝説の魔法に分類されてしまったが、何の事は無い。

ネタを明かせば、≪サンダーボルト≫って魔法に馬鹿みたいにMPを突っ込んだだけのものだ。

本来≪トールハンマー≫はもっと威力が小さいし、俺達が使えば派手さは無いがシャレにならない威力が出る。

 

要するに魔法使いじゃないのに魔法使いを目指すそうとするバカだ。

だから自称≪トールハンマー≫ってわけ。

それを考え無しの脳筋スタイルってどう思うよ?

これで大魔導士様とか呼ばれてるんだぜ。

魔法使いって普通は古の知識とかどうたらがあるだろ?

そんなもんなくてただのゴリ押し。

やろうと思えばこれを書きながらでも俺ら全員できるっての。

 

俺は……まぁ全員脳筋になるのはある程度は基本的に仕方ないと思っている。

だって、次元の狭間の敵以外、弱すぎて話になんねぇもん。

 

脱線しすぎたな。話を戻そう。

王都から見える山脈が変に繰り抜かれているのはそういう理由がある。

その時の王の顔は引き攣っていたと記憶してるがな。

 

今のお前がどうかわからないが、ぶっちゃけ異世界から来た俺達が本気を出すと、この世界、俺らの中の誰か一人の力で死の星に変えるぐらいは簡単だ。

ただ、こんな力をもってしても次元の狭間から生まれる特殊モンスターとは良い勝負だ。

それだけヤバイ連中って事が理解できたか?

 

俺はこいつらを必ず皆殺しにする。

平山と斎藤の敵討ちだ。あいつらは俺らを逃がす為に死んだ。

次は俺らの番だ。一匹たりとも逃がすつもりはない。

世界中から探し出して絶対に絶滅させてやる。

勇者が私情で動くなと言われるだろう。言いたい事も理解できる。

ただ、勇者であっても人間だ。そこに感情はある。

 

こいつらを絶滅させるのは普段ふざけている奴ら達も含め、総意だ。

だから俺達は次元の狭間を探している。

お前が一人なのか複数人なのかは俺にはわからない。

ただ、次元の狭間から来るモンスターをなめるな。

そして許すな。

もし、俺達が死んで、代わりに召喚されたなら頼む。

あいつらを殺してくれ。

 

一応元の世界へと帰れる術を見つけたら書いていこうと思うが、今はまだ不明だ。

帰りたい気持ちもわからなくもないが、まずは言語を覚えながら強くなれ。

じゃなければ生き残れない。

 

 

話を戻すが、一応俺と出会った事によって不便さはある程度は無くなっているが、こいつらはこちらの世界の文字が読めないし、何を言われているか理解できなかった。

でも安心しろ。

一応このバカ共にも真面目に教えて読み書き修得させた。

山本は何度も城から脱走して手を煩わせてくれたがな。

その都度毎回探し出して半殺しにして城に連れ帰った。

やりすぎかと思うだろ?

でも安心してくれ、半殺しと言っても両手足を斬り飛ばして大人しくさせるだけだ。

中途半端に体力がある分、すぐに手足は再生魔法で治療すれば問題ない。

体を切り刻んでも体力が残っていたら何とかなる。

こういう部分がファンタジー感満載な部分だな。

 

まぁ、やはり文字が読めない、言葉がわからないというのは日常生活にさえ支障が出るレベルだと思う。

だから魔法なんかより、優先度は高い。

勿論途中で死んでしまったら意味がないから、言語だけをやれという意味じゃないがな。

 

これを読んでいるお前が儀に成功しているなら上の事は無視してくれていい。

ただ、連れ達のように儀に失敗して召喚されたなら何かしらの欠陥があるはずだから一通り調べておいた方がいいと思うぜ。

 

一応連れ達の欠陥を箇条書きしておく

・読み書きと聞き取りが最初は全くできなかった全員(修得済み

・成長が止まる不老(未解決

・死なない不死(未解決

・力の暴走制御不能(未解決 具体例→国一つを魔法で消し飛ばした

・性別逆転(未解決

・モンスターに異常に好かれる(好戦的モンスター含む

 

まぁ軽く思い浮かべただけでこんなもんだ。

お前に何の欠陥や能力があるかは俺にはわからないが、参考になれば書いた甲斐があるってもんだな。

 

もう一度書くが、お前はこの世界の人間じゃない。そしてこの世界は現実だ。

遊びじゃないし、HPが無くなれば死ぬ。

死ねば命は失われる。

そこだけわかっていれば何とかなると思う。

いきなりぶっ飛んだ事を書いたと理解しているが、

例えそれを認めようと認めなかろうと今のお前にはどうにもできない。

だからこそ自身の頭で考え、力と行動を持って最善を尽くせ。

 

 

ここまできちんと読んだならツッコんでいいぞ。

 

ふざけんじゃねぇぇぇ!!

 

はい!プリーズアフタミー。

 

大丈夫。みんな通った道だ。安心しろ。

んじゃな。どこの誰かはわからないが元気でやれよ。

 

 

P.S

次元の狭間はこの手記を書き出してから封印した。

だから消せる部分は消してある。

ただ、この手記は廃棄せずに残しておく。

この世界の権力者達は元の世界の政治家と何ら変わりはない。

俺自身が下手に権力を持っているから尚更わかる。

正直クソな奴ばかりだ。

そんなクソな人間達によって勝手に召喚された被害者の事を考えることにした。

万が一次の奴らの為に少しでも参考になればと思い廃棄しないほうがいいだろうとの判断だ。

 

あと、この日記は俺の嫁に預けている。

という事で手を出したら死んでも殺しに行くから手を出すなよ。

 



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4

「ふぅ~……一通り読み終わったが……ふざけんじゃねぇ!!

はぁ!?何が勇者だ!何が召喚だ!何がバル○ンだ!

て事はなんだ?あのイノシシみたいな生き物はモンスターってわけか?

誰だ!誰が召喚しやがった!このやろー!」

 

読み終えた紙を握りつぶしながらどうにもならない怒りを覚える。

色々とツッコミたい部分も確かにあるが、それよりもあまりのふざけた内容。

この内容が本当なら、俺は誰かの都合でこっちに召喚された事になる。

しかも書いてある内容から察するに、俺は欠陥品って事だろう。

 

「つか帰れるんだろうなぁ!こっちは働いてんだぞクソがぁっ!

それに俺は便利屋じゃねぇぞコラ!つか召喚するなら無職でも呼んでこいや!

何で俺が召喚されなきゃなんねぇんだよ!貧乏暇なし、忙しいんだよこっちは!」

「あqwせdrf」

「ああっ!?」

「tgrふぇdws」

 

ここに居ない召喚したであろう人物に対して言葉を吐き捨てる。

見つけたら必ずぶっ飛ばす。勝手に召喚した事を後悔させてやる。

そんな気持ちを込めた上でだ。

 

怒りに任せて感情をぶちまけたが、それを見ていた二人。

怯えながらも必死に何かを言う顔の少女に話しかけられた事によって、多少冷静になった。

 

「ああ……悪ぃ。二人には関係無かったな。俺を召喚したふざけた奴に対して感情が抑えきれなかった。許してくれ。この怒りは召喚主へとお礼参りでキッチリ倍にして返すさ。」

 

そうだ。彼女達が悪いわけじゃない。

少女が心配しないように頭に手を乗せ、くしゃくしゃと撫でる。

少女は安心したのか、胸に手を当てホッとしたような仕草を見せた。

それを見て可愛らしいと素直に思いながら、そのまま老婆に再度ジェスチャーでペンと紙を借りる。

 

『ありがとう わたし なまえ』

「如月隼人。」

 

紙を老婆に見せる。

それに続けて助けてくれたであろう二人。

改めて自分に指を示しながら自己紹介するのが当たり前だろう。

 

「きさらぎ はやと?」

 

老婆は名前を復唱する。

若干イントネーションが違うが、それでも合っているので頷き返す。

 

「きさらぎ はやと yhtgrf」

「gtrふぇd」

 

少女から老婆へ名前を言った後に何かを話している。

恐らくきさらぎはやとって何?と聞いているのだろう。

その質問に老婆があれやこれやと答えているように見える。

質問を終えたのか、こちらに向き直った少女が紙をこちらから受け取るようにして見せて来た。

 

『ありがとう わたし なまえ』

「アトラ」

 

自分の書いた紙をそのまま利用して自身を指で示してアトラと言った。

続けて老婆へと少女は手を向けた。

 

「ミリュード」

 

ああ、なるほど。

自己紹介をしているのか。

それで少女の名前がアトラで老婆の名前がミリュードって言うんだな。

 

「アトラ、ミリュード。」

 

確認の為に左手を使いアトラとミリュードへと手を動かして復唱して確認する。

恐らく名前で合っているのだろう。少女は笑顔になり、大きく頷いた。

 

しかしまいったな。

このふざけた冊子内容、言語を理解するために習うしかないようだが、その前にとりあえず試してみるか。

 

ステータス

如月隼人

LV 8

HP 128/128

EP 80/80

MP 758/758 制限中

攻撃力 19

防御力 23

精神力 58

速さ 23

賢さ 9

 

称号 元特攻隊長 

パッシブスキル なし

アクティブスキル 怒りの一撃10(CT120s) 剛の鎧10(CT180s)

魔法 制限中

 

なんだこれ?

 

「tgfれd!?」

「tgrふぇ!?」

 

ステータスというものが顔の正面で浮かぶように表示された事によって、アトラとミリュードが何やら驚いているようだ。

 

というより二人は読めるのだろうか。それに一体何に驚いているのか不明だ。

自身ではRPGゲームなどもう10年はプレイしていないが、記憶にあるRPGではどれも似たようなで表示で、驚く要素に心当たりがなかった。

 

しかしこれが自身のスペック。いわゆる性能というやつか。

何となく値段を決められたみたいで気に食わない。

 

ただ、二人を見て大方予想するならば、冊子に書いてあった一般人のレベルより3高い事についてか、MPだけ異常に高いことだろう。

 

そもそも書いていた話と違う。

冊子には勇者は全員レベル1から始めるとあったが、今の自分はレベルが8だ。

 

「もしかしてあれか?イノシシか?」

 

右手で顎を触りながら考えられる可能性を考慮する。

イノシシ(仮)と戦って2体倒した事によって両方とも変な効果音のようなものが耳に聞こえた。

もしその音がレベルアップの音ならばこの疑問に対して納得できた。

 

しかし、レベルアップとは普通に考えて1ずつ上がるものじゃないのだろうか?

経験値らしきものは見えないが、なぜ8などという飛び級式になっているのか?

疑問は疑問を呼ぶが、答えなどわかるはずもない。

 

何故ならここは異世界らしい常識が通用しない世界らしい。

つまり疑問を持つだけ無駄だという事だ。

 

「ふぅ~……勘弁してくれ。」

 

現実逃避したい気持ちに駆られるが、本当にあの冊子に書いていた通りに出たという事はここは異世界なんだろう。

 

ただ、このMPに制限中ってなんだ?修得時に死ぬかと思ったと書いてあったが……

 

これは嫌な予感しかしない。

勇者が死ぬかと思ったという事は、いずれ自分もその道を通る事になるのだろう。

それだけは避けたいのだが……それに既に死にかけた自分からすると笑えない冗談だ。

 

それに俺の賢さについても一つ文句を言いたい。

なぜこんなに低い?

どこにクレームをつければいいのかわからないが、気分が非常に悪い事この上ない。

 

もしこれを設定した奴がどこぞの神様なら、

「なんていうかぁ~、君って勉強できなさそうじゃん?ぷ~クスクス。」

とか言われたら顔面にグーパンを打ち込みそうなレベルだ。むしろ連打だ。

 

まぁ一応強くなれとあった。

全てを信じる程バカではないが、ステータスが本物である以上、イノシシ(仮)の事を鑑みても、まずは鍛えてからになるという事か。その前に言語。

 

どうせ今帰ろうとしても方法が無いなら仕事は諦める他ないし……並行して進めるのが賢いだろうな。

しかし勉強か~……きっついな~……

 

結論を纏めて二人へと身体の向きを変える。

 

「アトラ。」

 

名前を呼ばれたアトラは『なぁに?』という感じの表情を見せた後、屈託のない表情を向けてきた。

それを見て何となく後ろめたい気分になる。

しかしそうも言ってられない為、彼女からジェスチャーで髪とペンを再度受け取って文字を書く。

それは自分にとって今後の生活を左右するものに近い。

だからこそ真剣に書いた。

『わたし ことば おぼえたい

しごと てつだう おしえて ください』

 

そう書いた紙をミリュードへと見せる。

どの道ここが異世界なら仕事をして収入を得て生活いていくしかない。

それにあてやツテなど持ち合わせていない。

それならまだカタコトでも言葉がわかるミリュードにダメ元でお世話になる方がいいだろう。

しかしそう上手くいくとは思っていないのも確かだ。

いくらなんでも自分にとっては都合がよすぎるお願いな為、断られるのを前提した上でのお願いだ。

 

ミリュードはアトラと少し話したあと、考えるような素振りを見せた。

向こうが不安なようにこちらも断られるかもしれないという不安が頭をよぎる。

 

やはりダメか。

 

そう思っていた矢先、予想外な事にミリュードは頷いてくれた。

 

こんなホームレスに近い、いや、ホームレスと言っても差し支えない初対面な自身を受け入れてくれたのだ。

それならば彼女達にできるだけの事はしよう。

そう一人心の内に秘める。

そしてもう一つの考えが自然と口に出た

 

「ここから始まるのか。クソッタレな異世界生活が……」

 

 

★★

 

1週間後

「おはようアトラ。」

「おはよう。」

 

準備を終えた事で家を出るとmそこには元気に【ミール】の世話をしている元気なアトラの姿があった。

ミールとは元の世界で言うところの乳牛的な牧畜だろう。

ヤギとヒツジを混ぜたような外見をしている。

性格は温厚で、意外と人懐っこいところが可愛い生き物だ。

 

そして何故世話をしているのかというと、それはこちらに来て知った彼女の仕事だ。

嫌な表情も見せずに男でもきつそうな牧畜作業。

それを当たり前のようにして当たり前にこなす。

そんな彼女の懸命さを見て、元居た世界の和樹辺りに見習わせたいとさえ思った。

 

(そういえばあいつは常に仕事は逃げの奴だったな~。)

「行くの?」

「あ、ああ。」

「そうなの。いってらっしゃい。」

 

友人たちを思い出しているとアトラにそのまま声をかけられた。

考えが明後日の方向を向いていた為に言葉が詰まってしまった。

それに対しアトラが言葉短く声をかけてくれた。

別にケンカをしているとかそういう事はない。

その証拠にアトラは見てわかるように笑顔で送り出してくれる。

なんと良い子なんだろう。

もし自分に娘ができるとしたら、こういう素直な子がいいと願わずにはいられない。

万が一邪険にされようものなら多分心が折れるだろう。

 

一応あれからはミリュードの所で世話になり、最低限の挨拶や動詞などは理解できるようはなっている。と言っても、日常会話などは未だに全くわからない。

だから簡単な言葉でやりとりをしているだけだ。

逆にありがたい事にアトラの方が言葉を簡単にして合わせてくれている。

その為、何というか気を遣わせている毎日で非常に申し訳ない気分になる。

 

それにミリュードは部屋や着替え等までも用意してくれた上、仕事が終わると言葉を教えてくれる。

その成果が今の簡単なやりとりだ。

もし言葉がわからなければ、挨拶こそできたとしても何を聞かれているかなど理解不能だっただろう。

 

そして今の恰好はアトラと殆ど似たような黄土色の上着に茶色のパンツだ。

まるでそれは傍から見ればペアルック。

まぁそんな事を気にするような歳でもないし、貸してもらえるだけでありがたい。

特に意識するようなものではないのだ。

 

ただ、ミリュードに教えてもらっているのは言葉というだけあって文字は教えてもらえない。

理由としては、ミリュードはかんたんな日本語のひらがなは出来るが、こちらの世界の文字を知らないということだ。

これは【リットン村】では普通のようで、ミリュードやアトラだけではない。

リットン村というのはミリュードが紙と言葉で書いて『この ばしょ』「リットン」教えてくれた。

『村』というのは自分で村だと解釈している。

集落というには人は多いし、市や街と言うには少ない。だから村なのだ。

 

話を戻すと、この村では教養という部分が元から無い為だろう。

男は子供の時から外に出て狩りをする。女は家を守る。

完全にどこかの部族みたいな生活習慣だ。

現代日本でやれば批判を受けるのは間違いないだろう。

ではなぜ日本語の文字ができるのかという部分だが、冊子には嫁とあった。

もしかするとミリュードが嫁で、旦那が日本語を教えた可能性もあった。

そこらへんを突っ込んで聞くのはヤボってものだろうから、あえて触れずにいる。

それに言葉の機微をどこまで理解してくれているかわからないし、自身としてもこちらの世界の言葉が殆どわからない。勿論機微など全くわからない。

なのでどっちみち理由は違えど同じだ。

 

ただ、文字の読み書きできなくとも、言葉は教えてくれる。

意志の疎通的に合っているとは思っているが、インスピレーションやボディランゲージでやりとりしている部分もまだまだ多い。

後は村人等が話しているのを聞いて慣れるしかないと割りきっている部分もある。

そうやって文法や形容詞等を覚えていくのが近道だとも考えている。

教科書を見て頭に叩き込むより、現地に行く方が早いと言われるのは確かだろう。

元居た世界でも、とりあえず海外行ってみるかという安易な考え方でも基本的にビジネスじゃない限り言葉はどうにかなる。

それに24時間ずっと現地の言葉でやりとりするのだ。嫌でも覚えていく。

これが人間本来として持っている順応、適応というやつだろう。

 

「はやと!行くぞ!」

「わかった!」

 

村の入り口からリーダー格の親父から名前を呼ばれた事によって意識を戻された。

入り口には少年や青年、親父達が集まり、剣や斧、鉈や弓を持っている。

何をするのかというと、今から狩りを行うのだ。

アトラへと別れを告げて親父達へと合流する。

 

最初は何をするのかわからずに付いていくだけだったが、今では一緒に行動している。

実際問題。何をするのかというと、動物を狩り野草などを手に入れて村に帰るのだ。

ちなみにここで言う動物とはモンスターだ。

それを各自に割り当てて持って帰る。

持って帰った獲物を女性陣が調理して家で食卓に並べるという具合だ。

良くも悪くも集団生活。人に合わせる事ができない人間には辛い環境だろうが、自分にとって特に苦痛はない。

むしろチームに所属して後輩を纏めたりしていたし、仕事でもそこそこ人を纏めたりはしていた。それが理由だ。

 

ただ、今でこそ慣れたものの、本当にどこの文明だよと最初はツッコミたくなるくらい原始的な生活をしている。

 

まぁそれでも悪くはないって感じで受け入れつつあるんだがな。

 

そんな事を考えながらみんなと村を後にする。

目的は近くの【ベリーウッドの森】。歩いて1時間程で到着する場所だ。

何故時間がわかるのかと疑問が出るだろうが、小学校の時に習うだろう影を見てだ。

出発する前に男達に地面へと剣を立ててもらい影の位置を覚えておく。

そして到着してまた同じように地面に剣を立ててもらい移動した影の量を覚える。

それとは別に人間の時速は歩行の場合として平均約5キロだ。

両方を合わせてアバウトながら算出しているに過ぎない。

最後に到着すればみんなで協力して森の中に入り、獲物を追い詰めて仕留め、村の女性陣からの頼みで野草を摘む。

これがリットン村での男達の役割だ。

 

「wせdrft!!」

「jyhtgrf!!」

「はやと!jmんhbgvf!!」

「わかってる!!」

 

 

森に入ると男達が騒ぎ出す。

わかっていると言っても何を言っているのか勿論理解していない。

言葉がわからないのだから当たり前だ。

それでもわかっていると言ったのは、男達を観察してどのタイミングでどのように動けばいいのかというのを学んでいるからだ。

ここは学校とは違うし、言葉も通じない。それにミリュード達に世話になっている。

これ以上迷惑かけるわけにはいかないし、仕事は人から教えてもらうだけじゃない。

自分が仕事と思っている以上は、それ相応の結果を出すしかないのだ。

まぁここ数日の間で何故か自分が村人達の盾になっているような気がするのは気のせいとは思っている。

 

男達が騒ぐ方向へと一緒に向かうと、すぐにイノシシ(仮)へと遭遇した。

一応こいつにも名前があるらしくビークという名前らしい。

 

ちなみにコイツは食える!というかどっちかというと旨い!

 

最初こそ外見で気持ち悪かったが、他の青年達が捌いたのをその場で食べさせられた。

捌いたばかりの生だと臭みも少なく、肉には程よい弾力とサシが入っており、多分ショウガ醤油あたりに漬けて食べると酒のあてには最高だろう。

そのビークはどうやら2体いるようで牙を持った1体が自身に狙いを定めているようだった。

もう一体はリーダー格の親父が率いる村人達によって追われている。

 

「はは。上等!かかってこいよ豚!俺が食ってやる!」

 

こちらに来た二日目と違い、滞在1週間近く経過しているため身体も順応してきている。

それに狩りに参加する事によって地味にレベルが上がっているのだ。

経験値の仕組み自体は不明だが、モンスターにトドメを倒した時や、協力して倒してもレベルはアップした。

そこらへんは追々調べていけばいいだろう。

 

「ブォォォォ!!」

 

ビークは雄叫びを上げると、その長い脚を使い勢い良く突進を仕掛けてきた。

今ではそんなものは恐れる必要は無い攻撃だ。

それにまだ1週間だが、このビーク。攻撃は突進しかないのを知っている。

 

気持ちを落ち着かせて準備をする。

 

「≪剛の鎧≫!」

 

スキルを発動させた。多分字面からすると防御系のスキルだろう。

別に使わなくても問題ないが、何せ初めて使う。実際スキルとはどんなものか試しておきたかったのだ。

結果、体に力が漲り身体の内側から熱くなる感覚に襲われる。

ステータスを確認すると防御力の横に(+50)という表記がついていた。

 

「よし!多分これはいけるな!」

 

村でもスキルか魔法を使えるのはリーダー格の親父だけだと思っている。

どっちを使っているのかなど違いを知らない自分からすると不明だが、とりあえず何かを使っているのは知っている。

なぜなら、今まではスキルの使い方など不明だった。

しかし毎回親父が狩りの時に何かを呟いた後、持っていた鉈が淡い黄色の光で覆われるのだ。

それを使ってよくわからない木のような生物を鉈で一刀両断したり、大きな昆虫のような物を撃退したりしていた。

自身もそれを見ての真似事で自分のスキルを発語してみたのだ。

 

「バッチコイコラァ!」

 

おもいっきり日本語で荒げた声を出す。自身を鼓舞するようなものだろう。

迫るビークにタイミングを合わせて両手で牙を掴み抑え込む。

やはり衝撃が先日よりも弱いのを確認する。

勿論レベル自体は昨日からは上昇していない

先日ならばもっと後ろへと押されていたはずだったが、今は力で無理やり抑え込めている。

 

「はっはっは!昨日みたいにはいかねぇぞ!両手で掴んでるんだ。絶対逃がさねぇ!」

 

暴れるビークを更に力ずくで抑え込み、身動きが取れないようにする。

 

「jmんhbgvf!!」

「「「yhgt!!」」」

 

周囲に居た青年の一人の掛け声によって、他の青年達が声を合わせて各々の武器を持ってビークに襲いかかった。

両脇から鉈や斧、剣で斬りつけられ、しばらくしてビークは動かなくなり絶命した。

村達は嬉しそうにハイタッチをしているが、もう一体はどこに行ったんだろう。

いつもなら割と早目に親父達も合流していたのだが何も音沙汰がない事が気になる。

 

誰かが仕留めたのか?

言葉が話せないため意志を伝えようにもどうにもならないもどかしさに悶々とした感情が溜まっていく。

まぁそれでもこちらはいつも通りに片付けた。それほど心配する必要はないだろう。

気になる事を気にしないというのは多少気持ちが悪い部分もあるが、どうにもならないものはどうにもならないのだ。

 

いつも通り青年二人が倒したビークの四足を2本ずつ持って森の外へと運び出して行った。

何故運び出したかというと、森の中では他のモンスターに出会う可能性があるために二人の青年達は安全な森の外で解体するのだ。

 

「うnytbvr!?」

「nytbrヴぇ!!」

 

茂みの向こうからいつもと違う誰かの叫び声が聞こえて来た。

その叫び声はいつもの声と違う。切羽詰まった叫び声に聞こえる。

どちらかというと悲鳴に近いような声だ。それを他の村人達も理解したのだろう。

急いで声のする方へと残ったみんなと一緒に向かう。

 

少し走って茂みを抜けて目に映ったものは、体長8メートル程の白い虎に翼が生えたみたいな生物だった。

 

「な、なんだよこいつ……」

 

神々しい姿の虎は、おそらく任侠映画で額縁に入っていてもおかしくないような光景だった。

その立ち振る舞いはまるで力の象徴。圧倒的強者の余裕のようなものさえ纏っていた。

 

しかしよく見るとその虎がリーダー格である親父を口に咥え、咥えられている親父は血塗れなのが視界に飛び込む。

足元には既にこと切れているビークの姿も見えた

親父達に追われたビークがどういう経緯かは不明だが、明らか親父達に仕留められた傷ではなさそうな状態だ。

 

どうする?親父は短い間だったが見ている限りは確かに強かった。

俺が挑んでも軽く捻られるだろう技術の持ち主である。その親父が血塗れなのだ。

人数でどうにかなるのかと不安が込み上げる。

 

「むnybt!」

「お!おい!待て!」

 

青年の中の一人が声を上げ、親父を助けようとしたのだろう。

果敢にも虎へと攻撃を仕掛けた。

それを止めようとして声を上げたが言葉が伝わらない。

いや、伝わったとしても助けに入っていただろう。

青年の表情は傍から見ても額に青筋を立てているのがわかる。

 

しかし、青年の手に持った斧は虎へと届かずに綺麗に横に跳んで躱される。

青年の動きも悪くないが、明らかに動く速度が村人やビークと違いすぎるのは一目で理解した。

これはレベルというか次元が違うだろ。

そんな弱腰な考えが浮かぶが、ここに周囲に居る村人はどうやらやる気のようだ。

その態度は武器を構え、退くという考えは持ち合わせていないように見える。

しかし、相手の力量に合う人間が居ない事など冷静に観察している自分からすればわかる。

これは言葉が不明で観察するという事に徹していたからだろう。

まるで猫がネズミを相手にしているような感じだ。

ネズミが怒ればネコを殺せるか?

窮鼠猫を噛むというように、一撃入れる事ができても、どう考えても100人中100人が殺せるかと言われたら無理と言うだろう。

 

「グルルルル!」

 

虎は口に咥えていた親父を振り捨て、攻撃した青年へと襲い掛かった。

口から解放された親父は意識を失っているのか、動かないまま地面へと叩きつけられた。

 

「ちっ!ちょっとは落ち着けバカ!!」

 

舌打ちしながら青年へ向かって走り出した。

気概は認めるが、無茶と無謀は違う。

先程青年が行った行為は後者だ。

親父があの状態なら確実に親父の二の舞は最低限確定だろう。

動きからしてどう考えても不利にしか見えない現状は、虎を討つにしても親父を救出して一度撤退するべきだ。

 

しかし、やはり巨体なだけあって虎と脚力が違う。

圧倒的に虎の速度が速い。ただ、それでも諦めるわけにはいかない。

 

「許せよ!こなくそ~!!!」

 

全力で飛んで青年の体に向かって渾身のドロップキックを放つ。

両足に人を蹴る感覚が伝わり、青年の体が大きく押し出されるようにして倒れて地面の上を滑る。

ドロップキックのおかげでわずかの差ながら青年は虎の攻撃から逃げる事ができた。

しかし、そうなればどうなるか。

勿論そうなってほしくはないがそうなってしまうのは必然。

青年と自分の体の位置が入れ替わるだけだ。

 

あ、これダメなパターンだわ。

 

必然その攻撃は俺へと来るわけで――

 

「――っ!!」

「はやと!」

 

虎の振り上げた前足によって横から殴りつけられるように飛ばされた。

あまりの威力によって視界がブレ、痛みすら感じない。

飛ばされた勢いは衰えず、木々の何本かをへし折りながら、威力を殺してやがて体が止まった。

念のためと言って鉈を持たされているが、基本的に武器を使用しない自分にとって両手ですぐに防御できたのは幸いだろう。

もし自分が武器を持っていたなら慣れていない武器のせいで防御が遅れていたのは簡単に想像できる。

 

ステータス

如月隼人

LV 13

HP 8/195

EP 120/130

MP 1258/1258 制限中

攻撃力 25

防御力 29

精神力 98

速さ 27

賢さ 11

 

称号 元特攻隊長 

パッシブスキル なし

アクティブスキル 怒りの一撃10(CT120s) 剛の鎧10(CT180s)

魔法 制限中

 

「こりゃ……やべぇ……」

 

ステータスを見て驚いた。

HPが残り8って事はさっきの一撃で瀕死になっているという事だ。

正直なところ鉈だけではない。≪剛の鎧≫を使っていて助かった。

使ってなければ死んでいた可能性だってある。

ただ、これから考えられるのは、次の攻撃だ。

例えどんな攻撃を受けたとしてもHPが0になるのは容易に理解できる。

0になればどうなるか。死ぬのだろう。それに、この虎だけじゃない。

このベリーウッドの森にはビークや他の生物も居る。

こんな状態で出会ってしまえば、例え今は助かったとしても逃走さえできない。

なら、やるべき事は一つしかない。冷静な考えで判断を下す。

 

フラフラになりながら虎の居る元へと戻った。

見れば虎の周りを囲みながら、石を投げたり弓を放ったりしている村人達。

あくまでケンカをしていた経験上から元にしたものだが、攻撃を受けた自分だからわかる。

投石程度の攻撃なんて無駄だ。強さの次元がビークとは違う。

 

事実、ほんの数秒その場から離れただけで目に入る村人達の中には木にもたれかかる人物や、既に動かなくなっている青年、首から上が無くなり地面へ倒れている少年も居た。

 

言って自分はもう30だ。それなりに人生は大人になっても好き勝手やって楽しんだ。

しかし中には若い10代前半だろうの男の子もいる。

命を失うには正直まだまだ惜しい。勿論自分が死にたいってわけでもない。

それになんやかんやで見てわかるようにここの村の連中達は仲間想いで、逃げ出そうとする奴はいない。

その上、突然現れたような言葉を話せない自分にも優しく接してくれたのだ。

ならば自分が生かして帰してやりたい。次の世代の事を考えるべきだ。

 

「おらぁああ!クソ猫!こっち見やがれ!」

 

その場で右手の中指をビシッと立て、虎へ向かって吠える。

自身の声で青年達の動きが止まり、虎が牙をむき出しにしながらこちらをへと振り向いた。

あくまで注意を引く為に吠えただけだ。作戦もクソも何もない。

 

(この間に上手く遺体は無理でも怪我人を抱えて逃げてくれればいいんだがな。)

「グルルルル」

「グルルルうっせぇんだよ!俺が相手してやるから黙ってかかってこいやクソ猫野郎!!」

「むnytbrv!」

 

虎に向かって煽っていると、村の少年が何かを叫びながら虎と対峙するように左隣へと立った。

そんな事は求めていない。早く逃げてほしいのだ。だからこそ伝える。

 

「邪魔だ!お前らはさっさと怪我人抱えて逃げろ!」

「myんtbrv!」

 

(クソっ!日本語だと伝わらねぇか。)

「仲間!逃げろ!」

 

焦りながらも現地の言葉を使ってカタコトで怪我人を指で示して伝える。

頼むからこれでわかってくれという思いを必死に言葉に詰めた。

 

「はやと!仲間!」

 

それでも首を横に振って拒否するというのを行動で示してきた。

胸が熱くなる感じだ。仲間の為に命を賭ける。チームをやっていた頃を思い出す。

ケンカで背中を預け、タイマンでぶちのめす。

ただ、これはケンカじゃない。命を賭けたサバイバルだ。

それに同じように自分と残ったとしても、こいつらは薄々どうなるか気付いているだろう。

分の悪い賭けに乗りすぎだと思う。

まぁこういう奴らだからこそ守ってやりたいと思えるのだ。

ただ、村に居る女子供や老人はどうなる?

残された側の気持ちは?

俺はこちらの世界で一人だからいい。

でも他の奴は家庭を持っている人間も居るし、幼い弟や姉や妹がいる奴も居る。

それにこれからの生活の事もあるだろう。

ならミリュード達に恩返しをするなら、ここで虎に立ち塞がるのが恩返しになると思いたい。

だからこそ無理でも押し通す。

 

「うjyhtgr!」

「逃げろ!!逃げろ!!」

 

何かを喚く少年に対して、おもいきり左手で突き飛ばすように有無も言わさず指示を出す。

親父が居ない今、これ以上ゴネるようなら殴ってでも帰らせるつもりだ。

そうする覚悟がこちらにはあった。

 

「わかった……yんbtr」

 

ようやく通じたのか、諦めたような、それでいて悟ったような表情で少年はこちらを見つめる。わかればいい。そうなるようにしたのだから。

 

一つの失敗が取り返しのつかない状況を生み出すという事を、自身が教訓にして次の子達へと伝える。人は失敗して成長するのだ。

だが、怪我で済ませて成長するか、大怪我を負って死ぬかでは結果が違いすぎる。

 

他の青年達が倒れている怪我人を抱えて逃げ出した。

少年の続く言葉は死ぬなよって感じだろう。

自身としても死ぬつもりはない。ただ、倒せる見込みもない。

なら少しでも時間を稼いで頃合いを見て逃げるだけだ。

そう上手くいくとは一切思っていないが、諦めだけは悪い。

なるようになるさ根性でいくしかない。

 

逃げ出した村人達を見て追いかけようとする虎。

そうはさせまいと腰に掛けていた鉈をすぐに取り外して全力で投げつける。

こちらから視線を外した事によって偶然鼻に先に鉈が当たった。

取っ手部分ではなく刃先が当たり、まるで鼻血のように血が噴き出した。

どうせあの巨体だ。ダメージなんか殆ど入っていないだろう。

 

「グルルルル!ギャォォォ!!」

「はは。どうだクソ猫!獲物に逃げられた感想は?」

 

虎はやられた事へ激昂しているのか目を見開き、剥きだしていた牙を更に大きく剥きだして雄叫びを上げて爪を露わにした。

言葉を理解しているかのような反応に鼻で笑いが出た。

しかし、虎は叫んだ後はそのまま睨みながら空へと飛んだ。

 

「ちっ、これじゃ何もできねぇし、逃げたところで鷲のように背後から掴まれるだけじゃねぇか!」

 

まさしく手も足もでない。

この言葉にぴったりな状況へと持ち込まれた事によって焦る気持ちに拍車が掛かる。

 

「卑怯だぞクソ猫――」

「グルルルル!グルァッ!」

 

虎が大きく口を開き叫ぶと同時に、口の前でバスケットボール大の白い光球が現れた。

 

どこかで見た事があるような光景を思い出した。

 

「これって意外とヤバイやつなんじゃねぇか?」

 

自分の本心を表すかのように額を伝う汗の感覚。

警戒しながらも光を見つめる。

今から何が始まるかなんて予想がつかない。

しかし逃げた所で蛇に睨まれた蛙のような状態でもある。

なら少しでも相手の挙動を観察するべきだろう。

何があったとしても今この瞬間、見逃せば終わりなのだ。

 

「ギャオォォォ!!」

 

空気を揺らす虎の咆哮に合わせるように、白い光球からレーザーのようなものが照射された。

地面へと注ぐ白い線はまるでホーミング性能を持ったようにして、地面を走るように草を焼きながらこちらへと迫って来る。

 

「おいおい。冗談じゃねぇ!なんだよこの攻撃!

野生動物がレーザーを撃つって反則だろうが!ってモンスターだったな。

こりゃ納得。化けモンだ。」

 

焼き払われる草木を見て思う。

触れたらどうなるか、想像するだけで背中を悪寒が走る。

初めて見る物理以外の攻撃に対し、フラつく足を引きずりながら虎の視界から消えるようにして森の中で必死に隠れる。

しかし、自動追尾性能を持ち合わせた白い線は、逃げても逃げても木々を焼き払い追いかけてくる。

 

「ちょ!隠れてもやっぱ意味ねぇのかよ!」

 

反則みたいな攻撃を受けながら、ひたすらレーザーを躱す。

それはとてもカッコいいとはお世辞にも呼べない回避だ。

地面を転がり、四つん這いになりながら這う這うの体で何回ギリギリの所で避けただろう。

いつまで続くかわからない攻撃にひたすら耐えながら、早く終われと只々ひたすら願うしかない。

その希望は叶ったのか、しばらくするとレーザー照射は終わり虎が地面へと悠々と降りてきた。

 

「はぁ……はぁ……クソ!やっと降りてきたか!

こっちは既に体力的にバテバテだっつぅの!」

 

体力的にバテバテ、きちんと例えるなら肉体的に死亡手前だとステータスで理解している。

しかし気持ちで負けるわけにはいかない。虎を眼光鋭く睨みつける。

何故降りて来たのかはわからないが、どちらにしろピンチには変わりない状況だ。

その挙動を一挙手一投足見逃さすつもりはない。

すると追尾レーザーで仕留め損なったのが気に入らなかったのか、喉を鳴らしながらこちらの様子を伺うようにして周囲を円形に歩き回る。

じりじりとその円が小さくなっているのには気付いてる。

恐らくタイミングを向こうも同様に見計らっているのだろう。

虎は爪を立てながらこちらに飛び掛かってきた。

 

「はっ!それを待ってたんだよ!脚の一本でも置いてけや!≪怒りの一撃≫!」

 

勝てるとは微塵も思っていないが、やられっぱなしは癪に障る。

せめて一撃でもというような半ばヤケクソに近い気持ちでスキルを使用する。

虎の振りかぶったような前足目掛け、捻るように腰を入れた右手を使ってアッパーの要領で拳を打ち込んだ。

≪剛の鎧≫が防御なら≪怒りの一撃≫は攻撃だろう。

 

半分賭けだったがその読みは当たったのか、質量から想定するに普通の拳ならば返せないだろう虎の攻撃。

しかし、スキルを乗せた拳を受けた虎の右前脚は大きく打ち上げられ、体制を崩して土埃を巻き上げながら地面を転がった。

 

「はぁ、はぁ、どうだ!ざまぁねぇなクソ猫。窮鼠猫を噛むって奴だ。」

 

 

吐き捨てるように虎へ言った後、周囲で退路になりそうな場所を探して移動しようとするが、それを察知したのかすぐに立ち上がった虎によって逃げ道を塞がれた。

見るからに軽快な動き。全くダメージは入っていないようだ。

せめて苦痛のような呻きや仕草を見せてくれれば希望も持てただろうが、火に油を注いだような咆哮を浴びせられる。

それを見て、例え上手くすり抜けて逃げれたとしても、背を向けた瞬間に後ろから爪を突き立てられるだろう事は容易に想像できた。

むしろ虎の元気な姿を見るとどうにもできない事は予想できる。

 

「あ~、せっかく助かった命を似たような事して散らすなんて、やっぱ俺、賢くねぇな。

ステータス通りだわ。まっ、他の奴らは無事逃げれただろうし、それで由しとするか。」

 

自虐的に呟き瞼を閉じる。やれるだけはやりきったつもりだ。後悔はない。

一応最後まで足掻くつもりだが、ここにきて見ず知らずの自分の世話をしてくれたアトラとミリュードの顔が、流れるように頭に浮かんでくる。

 

「短い間だったが、まぁ悪くはない異世界だったな。

んじゃ、あいつらを確実に逃がす為にもうちょい付き合えやクソ猫野郎!――」

 

瞼を開き最後の足掻きをかけようと構える。

こちらからは仕掛けない。

仕掛けた所で死が早まるだけだ。

それなら少しでも時間を稼ぐには仕掛けさせるべきだろう。

 

じりじりと距離を詰める虎、次の瞬間大きく右前脚を振り上げた。

覚悟を決める。

 

「義に死すとも不義に生きず!」

 

自身の重んじる格言を口上で述べた。

その言葉を合図に一気に脚が振り下ろされる。

 

「むybtvrc4!!」

 

目の前に迫る鋭利であろう爪を前に、何かを叫ぶ声をあげながら視界の端の茂みから虎へと飛びかかる一つの影が現れた。

それが何かを確認する暇も無い。

 

「うjytrf!!」

 

その影が何かを叫びながら虎の頬目掛けて何かを振り抜いたように見えた。

急な出来事でその影が何かを振り抜いた事で人だという事しかわからず、その人物が何を行ったのかというのは認識できなかった。

その人物が着地すると何かをされた虎は左前脚を使って何かが触れたであろう頬を必死に抑え込んだ。

しかし次の瞬間、その頬辺りから続けて発生する爆発。

それに合わせるようにして頬の肉や赤い鮮血の一部が弾け飛ぶ。

数歩たたらを踏むようにして下がった虎。

そこに追い打ちをかけるようにして虎のガラ空きになった腹の下へとその人物は滑り込んだ。

その動作は傍目に見ても一切の無駄が無いようにさえ思えた。

虎は器用ながらも傷を抑えようとするのに必死で、その人物への対処の余裕は無さそうに見える。

 

「gytfyぐh!」

 

再度何かを叫ぶと同時に腹の下で剣を虎の腹部へと突き立てた。

それを合図にしたように徐々に虎の腹部が膨張し、やがて大きく頬と同じように弾ける。

大方予想するところ、先程虎の頬を振り抜いたのはこの人物が持っていた剣だろう。

 

その攻撃を合図にしたように、赤い球が苦悶している虎を目掛けて一斉に飛来して襲い掛かった。

 

目の前で起こる状況を観察するが、元の世界であってもこちらの世界あっても経験したことがない出来事だ。

一体この赤い球の塊達はなんだというのだ。

 

 

「一体なんだよ!?てか熱っ!?」

 

それからも目の前で起こる出来事に理解が及ばず、ただただ呆然と見ているだけしかできなかった。

 



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5

何とか助かった。

目の前の状況を見るとそれだけは理解できる。

 

烈火の如く苛烈な赤い球の攻撃を受けた虎はおそらく死んだのだろう。

勿論自分が殺したんじゃない。現れた人物達によって殺されたのだ。

茂みから現れた人間達が虎の生死を脈を取り確認しているようだったので、間違いないはずだ。

 

ついでにいうと、確認の時に最初に虎に襲い掛かった影が全身鎧を着た女の子だとわかった。

 

 

何歳ぐらいなのだろう。アトラよりは確実に年上だと思う。

日本人の観点からすると20代前半と言ったところか。

その女の子は天使の輪と呼ばれる艶を持った黒と紫色の間の髪が綺麗に肩口で切り揃えられ、

普通ならばオカッパという表現が正しいのだろうが、その端正な顔立ちからするとオカッパとはバカにできない外見。

美人寄りな顔立ちはキリっとしたキツめの目元に、髪に合わせるような濃い同系統である紫色の瞳を持っていた。

元居た世界ではこんなカラーコンタクトや奇抜な髪色は中々いないだろう。

それにハッキリとした目鼻立ちはどこか異世界というよりは外国人を彷彿させる。

また、助かった事による吊り橋効果なのか、凛とした立ち姿で胸を掴まれたような感覚に襲われ目を奪われドキドキしてしまう。

しかし、スラッとしたスタイルには少し残念な事に、上から下へ視線を流していくとサラシでも巻いているのか、胸が小さいであろう事は容易に想像できるスタイルだった。

そのスタイルもあってか、宝塚歌劇団の男装のように剣を握る姿がとても様になっている。

 

「ん~、Bカップか。」

「ybtvrせ!」

 

言葉がわからないというのとは別に、元の世界に居た時のノリ。

素でセクハラ的な言葉がでた。

別に悪気があったわけではない。普段がこんな調子なのだ。

高校生の頃など初対面の女の子のケツや胸を触るなどの行為は平気で行っていた。

なのでそれから考えるといたって落ち着いた方だと思っている。

それに決してBがダメというわけではない。

 

そんなこちらの考えをよそに現場を毅然とした態度で仕切って指示を出している女の子。

それに従うように動く人間達。

まるで慣れているというような行動を見て、口を出す事すら憚られる。

勿論言葉など話せないので口を挟むことすらできないのだが。

 

「tfgyふ?」

 

すると女の子は指示を出し終えたのか振り返り声を掛けてきたが、やはり何を言っているのかわからなかった。

その表情からするに疑問を俺にぶつけているのだろう。

自分の経験則から、その表情は疑問をぶつける時に見せるような表情なのだ。

 

まぁ助かったのは事実だが、ぶっちゃけわからないのは変わらない。

 

それならこちらの世界の言葉で感謝の言葉を伝えて立ち去ろうとすると、女の子は剣を収めてこちらへと手をかざし何かを喋った。

 

すると淡い緑、エメラルドのような光が自身の体を包み込んだ。

温かい感覚が伝わり、ゆっくりとだが確実に身体の痛みが引いていく。

その光が消えると、完全に痛みが引いた。

さっきの喋った言葉はこちらの体の怪我を治してくれる何かなのだろう。

多分スキルか魔法というのを使っていたのだと推測できる。

別に治療を期待していたわけではなかったが、これで帰りは一人でも幾分希望がもてるようになったのは正直嬉しい。

先程の状態で帰ろうと考え立ち去ろうとしたが不安だったのは確かだ。

 

ただ、こちらに来て二日目を思い出した。

右手の骨折や怪我が治っていたのは、こうやって今のように誰かが村で治してくれていたのだと今更ながら気付いた。

一体誰が治療してくれたのだろうか。

アトラとミリュードも自分が治ってからはそのようなスキルも魔法も使っているのを見たことがない。

もし治してくれた人が居るならば、その人に直接お礼を言いたいと思う。

 

怪我が治ると更に女の子は何か質問のようにしつこく話しかけてきたが、相変わらずわからないのは確かだ。

一方的だと理解しているが、村人達も心配しているだろうという事で失礼を承知の上で改めて感謝の言葉を伝えて足早にその場を後にした。

 

帰り道の道中、虎にやられた村人の死体へと立ち寄った。

二人の遺体を背負いビークを引きずり村へと足を向ける。

 

この世界、なめていたら守れるものも守れない。

よくしてくれた村人達の亡骸を背負いながら、ギリギリと自身の不甲斐なさに歯を噛む。

どうにもできなかったとはいえ、弱肉強食を地で行く世界というのは、やはり力を付けるしかないのだと改めて認識させられた。

 

「勇者とか関係ねぇ。もっと強く。

せめて自分に良くしてくれた人たちくらいは守れるように……」

 

勇者の冊子には書いていた。

村人はだいたいレベルが5。今の自分はレベルが13。

それでも勝てない相手は居る。

今の自分は兵士や冒険者よりも弱いのだろう。

ならば今村でそこそこ強い自分がしなければならない事は、同じ村人を守れるように強くなる事だ。

強かったら守れただろう。

強ければ戦えただろう。

そんな未練がましい考えをすぐに吐き捨てる。

たらればではない。強くなる。そう決意を今ここに固めた。

 

「あんたら村人に必ず礼は返す。だから今は安心して逝ってくれ。」

 

★★

 

 

怪我が治り既に冊子に書いていた一般人のレベルは越えていたため、多少なりとも一般人より今は力があるのだろう。

少し無理を二人の亡骸を背負ってビークを引っ張れば移動も可能だった。

 

「重いなこの豚がっ!」

 

八つ当たりのように吐き捨てながら家路へと一歩ずつ足を運ぶ。

 

普通ならビークは置いていくだろう。

しかし、命を賭けて手に入れようとした食べ物であり、それが今自分の居る村の営みだ。

それで捨ておく事をするのは、命を賭けた者達へと顔向けできない。

むしろ同じ仲間を守ろうと戦ったのだ。

それならば文句を言ったとしても、捨てていくなどという考えは頭の中には無い。

例えそれが他人からしてバカバカしい物であろうとも、こちらの世界の人間からすると狩りとは生きていく為に自分の命を賭けるだけの価値がある大切なものであるのだと認識している。

それに盃のような形式ばったものなどはないが、仲間とは元居た世界とは別でこの村では生死を共にする間柄なのだろう。

 

こちらに来た最初こそ元居た世界の癖で金で買ってこればいいじゃないかとも思ったが、彼らの真剣な行動によって自分がどれだけ軽く見ていたのかを理解させられた。

それは滞在期間どうこうではない。惰性で社会を生きてきた自分とは違い、溢れ出る生命力を身近に感じたからこそかもしれない。

答えはわからないが、それは決して他人が軽く扱っていいものではないとだけ今では理解している。

 

ただ、普段は解体して持ちやすい大きさにして多数で持ち帰るが、解体方法などまだ知らなかった。

そのため、無駄にしないためには引っ張って帰るしか方法が無い。

軽いとは言い難い重さのビークによって思ったように足取りが進まず、村へ戻る頃には陽も暮れかけていた。

 

村の入り口では無事だった青年達や、アトラ、ミリュードが不安そうな表情で話しているのが目に入った。

大方の予想はつく。あの虎をどうするのかという事だろう。

それとも自分の心配をしてくれているのだろうか。もしそれならやはり嬉しい。

そんな中、アトラがこちらに気付いて走って来た。

 

「大丈夫なの!?」

「ああ。」

「yんbt大丈夫?」

「大丈夫だ。大丈夫。」

 

心配しているという表情でアトラが話しかけてきたことによって、やはり心配してくれているのだと実感できた。

素直に嬉しい。嬉しいからこそ守れなかった者達へと申し訳ない気持ちになる。

彼等はもうこのような当たり前の感情さえ無いのだから。

 

続けて駆け寄って来た村人の女性は、背負っている少年へと嗚咽を出しながら涙を流して抱きかかえた。恐らく母親だろう。

男性陣の事は狩りで知っていても、女性陣の事はまだハッキリと全員を知っているわけではない。

 

「仲間……ごめん。」

 

これしか言えなかった。

もう一人の青年の遺体を背中から下ろし、ビークから手を放す。

泣き続ける女性を見て自然と拳に力が入る。

それを見たアトラは同様に目に涙を浮かべながら遺体へと目を向ける。

作ったような涙ではなく、本当に悲しいのだろう。それが彼女の優しい一面でもあるのだ。

 

「俺、疲れた。今日、寝たい。」

 

流血で服が汚れたものの、疲れているぐらいで特に体調に問題はなかった。

その言葉を聞いたアトラが黙って頷く。

ミリュードや青年達へとアトラが何かを告げ、家へと足を向けた。

こちらの心情を察しているのだろう。

こういう言葉を多く語らずともわかってくれる彼女の優しさは今の状況ではありがたい。

それに続くように家へと足を向ける。

 

人の死を身近に感じる事が無かった元の世界。

失われるのはほんの一瞬の出来事だった。

そのせいもあって若干精神的にもきていた。

 

途中青年達が近寄ってきて色々と話しかけてくるが、自分が喋れる謝罪の言葉を伝える事に終始してその場は去った。

今はあまり考えたくはない。

 

後で聞いたのは負傷して生きていた者は、村の人の魔法で何とか治療して命に危険はなかったようで、結果として死者は二人だけだったようだ。

 

★★

王都フォルゲン

 

リーシャ・レオリウスは気になっていた。

リーシャは王都フォルゲンが抱える騎士団の一つ、レイス王女を護衛する直属の女性近衛騎士団団長である。

根が良くも悪くも真っ直ぐな性格の彼女は、王都に戻った後にモンスター討伐の報を行う為にレイス王女の部屋に居た。

 

「どうかしたの?リーシャ。」

 

今話しかけたのが、このフォルゲン王国の王女。

レイス・マトリカ王女だ。

誰が見ても彼女だと一目でわかるくらい左サイドに一房だけ三つ編みを編み込んだ綺麗な腰まであるストレートの金髪を持っていた。

吸い込まれそうになるエメラルドの瞳に、愛嬌はあるが可愛いというよりは美人というのが適切な目鼻立ちをしている。

それに続くように艶のあるぷるんとした唇。

そんな彼女の魅力を更に引き立てる胸の部分が開いたピンクのドレスを身に着けて居た。

男性陣なら間違いなく一度は歩みを止めて振り返るだろう容姿をしていた。

 

「いえ。何でもありません。レイス様。」

「もう。様なんて堅苦しい呼び方はやめてって言ってるでしょ。」

「それは……その……立場というものがありますし……」

「あなたが呼んでくれるまで何回でも同じ事を言うわ。」

 

旧友のようなやりとりはリーシャとレイスが幼い頃からの付き合いがあるからだ。

年はリーシャの方が少し上、リーシャが21歳でレイスが17歳だ。4歳離れている。

 

ただ、幼い頃は良くとも、大人になった今はお互い立場というものがあった。

いくらリーシャが年上でも、王族に対して一騎士団の団長程度がなぁなぁと話していい相手ではないのだ。

 

そんなレイスが拗ねたような仕草で話す。

リーシャは何と答えればいいのか言葉に詰まり、自然とレイスから目を逸らしてしまう。

 

「それはそうと、今日はお疲れ様。スカイタイガーの討伐だったのでしょう?怪我はなかった?」

「はい。レイス……様」

「ほらまたぁ。」

「申し訳ありません。」

「まぁいいわ。許してあげる。で、上手く討伐できたの?」

 

先程までの軽い表情とは打って変わって、リーシャは真剣な面持ちへと変わった。

 

「それが――」

 

リーシャは事の始まりから討伐について報告を始める。

普段は人の居るような場所には出てこないスカイタイガーだが、ここ最近、【フォルゲン王国】と魔法国家【ルグニカ帝国】の間に位置する街道にて国を行き来する商人達からの目撃情報があった。

それを危険視したフォルゲンの商人ギルドが、冒険者ギルドへと依頼を行ったのだが、生憎と手練れである冒険者達は他の問題で手があいておらず、手が空いている冒険者達を派遣したのだ。

と言っても、腐っても冒険者。

並の兵士達と同等か、それよりも普段は危険な仕事をする事も多い為、それなりに修羅場をくぐっている者達も多く居たらしい。

いくつかのパーティが組まれ、斥候4人1PT、本体12人2PT、後方支援6人1PT、挟撃用伏兵6人1PT、後詰6人1PTの総勢34人6PTが編成され討伐へと向かったが、そこで予想外の事が発生した。

目撃情報からして1体のはぐれモンスターと認識していたが、現地へ向かい戦闘を行っていると、他にも2体居る事がわかり戦闘は混乱を極めた。

報告を受けた後詰が到着する頃には、前線の斥候は既に全滅。

本体である2パーティはスカイタイガー2体による急襲によりほぼ壊滅。

伏兵であったパーティは斥候が相手をしていた1体と戦闘中

後方支援パーティは伏兵パーティを援護するので手一杯。

2体に囲まれた本体を助ける事などできなかったようだ。

既に戦線は崩壊しており後詰が入った所でどうにかなる状態ではなく、むしろ死体を増やすだけだと判断しそのまま撤退。

急いで戻った後詰のパーティはギルドへと報告。

 

現状ギルドだけでは手が足りないというマスターの判断で国へと上がってきたのだ。

その為、このままでは商人だけではなく民への被害も出てくる恐れがある為に、

王の指示によって本日は王や女王以外の近衛騎士団を含む大規模な師団が形成され討伐へと向かった。

作戦はギルド側が1体を受け持ち、師団側が2体を受け持つというものだったが、

ギルド側が討伐に成功、師団側が1体を撃破した所で残った1体が逃走した。

 

一時見失ったスカイタイガーだったが、逃げた方角へと追いかけて捜索していると森の奥で上空へと飛んで何かに攻撃しているのを調査に出ていた部隊が発見したという。

急いで陣形を整えスカイタイガーが居る地点へと向かう途中、男達が負傷者を抱え森の奥から逃げてきたのだ。

ただ、ここまでなら普通だろう。

しかし、すれ違う際に「仲間が俺達を逃がす為にまだ残って戦っている。助けてくれ。」と。

スカイタイガーの脅威を知っていれば戦う人間など殆どいない。

大急ぎで目的地へと向かう道中、どうやらスカイタイガーにやられたであろう死体を目にした。

それを無視して走り続けて到着すると、まだ10代であろう少年がボロボロになりながらスカイタイガーの攻撃を回避しているのを見つけた。

 

リーシャは途中からしか見てはいなかったが、そう。師団やギルドを動かしたくらいだ。

スカイタイガーはレベルで言えば40は討伐に必要だ。

それをまだ少年が辛うじてながらでも攻撃を躱し、更には一度だけだが迎撃したのだ。

その迎撃に満足したのか、少年は何かを叫ぶとやりきったという表情が遠目でも見て取れた。

本人的にも勝てるとは思っていなかったのだろう。

あくまで仲間の為の時間稼ぎに、自分が犠牲になる事を選んだのだと思われる。

しかしその動きはまだまだ未熟ながらも戦いのセンスがあるというのを見て取れた。

また、肝は相当に座っているようで、磨けば立派な戦士になると判断できる。

失う人材にしては惜しい。

それにその少年が隙を作ってくれたおかげで、こちらの不意打ちは成功し、続けての集中砲火にて撃破したという流れだ。

 

「そう。あなたも大変だった。その少年に感謝ね。」

「はい。犠牲は出ましたが、3体とも討伐できたのでこれで危険は無くなったと思われます。

しかし……」

 

言葉が詰まった事によってレイスは何かあるのか?というような表情でこちらを見ている。

 

「撃破したので問題はないものの、その少年に疑問が残りました。」

「何故?」

「途中で叫んだ言葉もそうですが、色々と説明を求めようとしました。

その為に質問をいたしましたが、こちらの言葉が通じなかったのです。」

「それはどういうこと?村の人達とは言葉を交わせたのでしょう?」

「わかりません。確かにすれ違い時に村人達とは言葉の疎通ができました。

しかし少年だけは疎通ができず……」

「…………」

「負傷していた事もあり、治癒魔法によって怪我を治しましたが、

カタコトのような単語を話すだけで、すぐに立ち去ってしまいました。」

「それは他国の言葉という事かしら?」

「いえ。多分それとは違います。私とてこの世界の他国の言葉ならば、訛りで意味は理解できなくとも、どこかの国という事は判断できます。」

「…………」

「聞いた限りでは、間違いなく今まで耳にした事がない言葉だったと思います。」

 

リーシャの言葉にレイスは腕を組んで右手で口へと沿え、何かを考えているようだった。

 

「最近のモンスター達の異常行動……何か関係があるのかしら。」

 

自身も気になってはいたが、確かにレイス王女の言う通り、ここしばらく普段なら見かけないモンスター達が人里へ出てくる報告が増えた。

報告に上げた手練れの冒険者達もそうだ。

マスターへと事情を聞いた王の臣下達からの報告によれば、似たような状況でどうやら色々な場所へと討伐へ向かっていたらしい。

まだ我々には何も伝えられていないという事は、現状気にするレベルではないという事なのだろうから、あえて問い質すような問題でもないのだろう。

念のため、頭の片隅へと残しておくが。

 

「そうね。一度お父様へと報告しておきます。また何かあったら教えてね。」

「かしこまりました。」

「ところで――」

 

そこからはレイスに押されるようにして女性特有のガールズトークへと突入していった。

 

 



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6

なんとかここまでは書けたかな。
何度も読み直し、書き直し、修正したりで、相当に自分は書くのが苦手なようです。
その為、投稿スパンは想定以上にかかりそうですね。



3ヵ月後

 

「おはよう隼人。」

「おはようアトラ」

 

朝も早くからアトラはいつも通りミールの世話をしながら声を掛けてくれる。

こちらの世界に来て以来毎日みている見慣れた光景だ。

 

「今日も一人で行くの?」

「そうなるな。」

 

あれから3ヵ月も経過しているため、やはり学校で習うのとは違いそれなりにまともな会話ができるようになっていた。

最近では現地の言葉で考え、現地の言葉で話すようになっている。

TVで言っていた事はこういう事かと日々体感できている。

 

「あんまり無茶をしないでね。食べ物よりも命の方が大事なんだから。」

「…………」

 

虎の件があってから、ちょくちょく同じような事を言われアトラからは釘を刺されている。

その言葉に対して無謀な事はしないが無茶はするだろうという考えから、すぐに返事ができなかった。

 

「返事は?」

「わかってる。一応陽が暮れるまでには帰ってくると思うけど、必要な物はあるか?」

 

こちらの内心を見透かしたようなアトラは叱るようにして返事を催促してくるのが、すまないと思いながらもごまかすようにして話題をすり替えた。

 

「そうね~。そろそろベリーの実とアセロの実が欲しいかな。」

「ベリーの実はわかるが、アセロってどんな実だ?」

「ちょっと待ってて。どんな実かわかるように今から本を持ってくる。」

 

唇に人差し指を添えて考えるような素振りを見せ、希望の物を教えてくれた。

しかし自分にはわかるものとわからないもの、どちらかと言えば後者の方がまだまだ多い。逆に知っている物を教えてくれと言われた方がすぐに答えれるだろう。

そんな答えをきいたアトラは、俺に待つように言い残し足早に家の中へと戻って行った。

 

それにしても3ヵ月か。月日が流れるのは早いな。

仕事やあいつらはどうなっているんだろうな。

 

住めば都という言葉がある通り、ここはここで悪くはない生活を送っているが、元の世界を思い出して多少寂しい気持ちに襲われる。

 

月日や時間の流れとしてはミリュードから聞いてみた感じでは元の世界と同じ作りのようだ。

どうやら過去の勇者、まぁあの冊子を書いたであろうふざけた勇者達が使っていた暦をそのままこの世界では流用しているらしかった。

 

なぜそのような暦を使っているのかミリュードに聞いてみた事があった。

答えとしてはそれなりの功績を彼らは残したらしい。

それもあって、彼らが使っていた暦を国が認めたという形みたいだ。

 

そんな事を考えているとアトラが戻ってきた。

 

「あんまり走ってコケるなよ。怪我しても知らないぞ。」

「大丈夫。もう子供じゃないわ。」

 

この世界での大人と子供の境界など不明だが、この村では働けるようになれば大人という風習がある。

だからアトラは子供じゃないと否定するが、どう見てもまだ高校生に入って少しというぐらいの感じしかしない。

要するにまだ自身からすると子供という事だ。

しかしそれを言えばアトラは怒るので今では言わないようにしている。

 

「あった。これよこれ。この実の事。風邪の予防や健康維持の為にいつもは置いてあるんだけど、そろそろ無くなりそうなの。」

「ふ~ん。どれどれ?」

 

アトラが栞のようなものを挟んでいる目的のページを開いた後、指で示して実の絵を見せてくれた。

文字を読む事はアトラもできないが、図鑑に近いもののためにそれが何かというのは見てわかる。

手書きのような物の本だが、ハッキリ言ってこれを書いた人物は画力が相当高い。

元の世界でマスコットを書こうとして化け物を生み出したお姉さんも居たが、それとは真逆だ。

見て一発でどのような物か理解できる代物だった。

 

「なるほど、赤い実か。サクランボのような物だな。」

「サクランボ?」

「いやいや、俺の居た世界の果物の事だ。」

 

この村の人達は既に自分が他の世界から来たというのを知っている。

言葉を覚えていくにあたって、少しずつ話して理解してくれていたのだ。

それを邪険にしたり、蔑んだりもせず、他の村人と同じように接してくれていた。

だからこそアトラやミリュードだけじゃなく、この村は居心地が良かった。

 

「そうなんだ。それって美味しいの?」

「ああ。多少酸味があるが、さっぱりとした糖分とのバランスが絶妙なんだ。

他にもジャムという物に利用したりもする。あ、ジャムってのはこちらの世界での蜜の事な。」

「へぇ~。美味しそう~。食べてみたいな~。」

 

流石に3ヵ月も一緒に居ると、アトラの性格もかなりわかるようになる。

この子は優しい心の持ち主というだけじゃなく、純粋で食いしん坊だという事だ。

今のアトラも想像に夢膨らませている屈託のない表情なのだ。

それに比べ、元の世界での10代半ばの女子高生など純粋とは程遠いスレまくった子が非常に多い。

それは世間が他人への干渉を良しとしない風潮があったのもあるせいだろう。

何かをすれば叩かれ、すぐに警察沙汰にもなる。

 

まぁそんな事はこの村では関係ないんだがな。

むしろ他人へと干渉しまくりで、お隣さんに拳骨を食らうお向かいの子供とか日常茶飯事だ。

 

「もし向こうの世界から持ってこれたりするなら、アトラに食べさせてやるよ。」

「本当?楽しみにしてるね。」

 

アトラからのキラキラした目を向けられ、多少背中がむずがゆくなる。

まっ、俺も男って事だな。

 

「ああ。それじゃあ行って――」

「ここの場所を取り仕切る者は居るか?」

 

言葉を遮られるようにして、村の入り口から急に女の大きな声が聞こえてきた。

アトラから視線を外し、声の主へと流すようにして向ける。

前に出会ったあの女騎士のような恰好をしているような人物が、馬に乗りながら村の中心部へと向かって叫んでいたのだ。

頭部以外は全身を鉄のような鎧で覆っている。

実際はそうでもないのだろうが、ガチャガチャして非常に動きづらそうな恰好だ。

それでも胸元は当時の女騎士よりは大きい。多分CかDだろう。

しかし意外だ。何が意外なんだというと、馬は馬のまま存在していたからだ。

 

ファンタジーもクソもなく元世界まんまかよ。

そんなツッコミをいれながらもすぐに流す。

 

そんな事より別に言いたい事があるからだ。

それは常識を考えない程大きな声を出した赤いチンチクリンヘアーの女に苦情を伝えるためだ。

一応チンチクリンと言ってもショートのツンツンヘアーというだけだが。

 

いくら早起きの村の連中と言っても村の中にはまだ寝ている幼子だっている。

なら文句の一つくらい言ってもいいはずだ。

 

「おい。朝っぱらからうるせぇだろ。まだ寝てる子供もいるんだ。少しは声量を考えろ。」

「ん?少年、あの時の?」

 

声を発した女の隣に居た人物がこちらに聞こえる程度の声量で喋った。

周囲の家からはチンチクリン女のせいで起きていた村人が何事かと外に出て来ている。

 

「あんた、あの時の女騎士か。その節は世話になった。おかげで今がある。」

「いや、それは構わない。あれは我々の不手際でもあったしな。

それより少年。お前は言葉がわかるのか?

前は意志の疎通さえ難しかったと思っているのだが。」

「ん?今はこのアトラやみんなのおかげでそれなりに言葉はわかるぞ。

それがどうかしたか?

というより俺は少年じゃない。立派なアラサー男子だ。」

「アラサー男子?意味はわからないが、丁度良い。少年を探していたのだ。」

 

俺を探していた?

 

心当たりが全くない事に対して思考を当時へと巻き戻す。

 

うん。言った。言ったな。

 

心当たりで言えば、虎を倒した時にBカップかと言った。

 

もしかしてそれか?セクハラか何かの報復か?

いや、流石にそれはないだろう。ただ、試してみる価値はある。

 

「なぁアトラ。お前Bカップよりデカイよな?」

「え?Bカップ?デカイ?どういう意味?」

「いや、アトラ。お前は意味を知らなくていい。」

 

アトラのキョトンとした顔をみて理解した。やはり意味は伝わらない。

意味を知っていたら多少なりとも他の反応を示すはずだ。

となればこれが原因じゃないだろう。

なら原因は一体なんだ?

 

セクハラ反対という声が聞こえて来そうだが、決してセクハラではなく真面目に聞いている為異論は受け付けない。

 

「貴様を王都まで連行する。」

 

最初に声を出したチンチクリン女が、有無も言わさない高圧的な上から目線の言葉を放つ。

隣ではその言葉を聞いたアトラが驚いた表情を見せている。

その光景を見て聞いた村人も似たような顔をしているのが目に入る。

 

「大丈夫だアトラ。安心しろ。」

 

アトラへと声をかけ安心させる。

しかし、いきなり上から目線で言葉を放つチンチクリン女に対しては別だ。

そんな態度で言われてはいそうですかと言えるような人間ではないことぐらい自分の性格は理解している。

 

「おい女。お前が偉いさんだろ。俺に一体何の用だ?」

「貴様!リーシャ様に向かってその口の利き方――」

 

なるほど、リーシャって名前か。

というよりこのチンチクリンは後先考えない女なのか?

名前を知られるって事は後から聞き込みを行い、張り込みして家まで普通に調べる事ができるんだぞ。

ただ、頭が軽い奴は扱いやすい。

どうせそんな部類だろうと勝手に自分の頭の中でカテゴリ分けを行った。

 

「黙れよ。チンチクリン女。そんなんじゃ彼氏もできねぇぞ。」

「貴様ぁぁぁぁ!!」

 

あ、地雷だったか?

どうやら本気で怒ったな。

 

リーシャの隣に居る大きな声を上げたチンチクリン女は、まるで口が裂けんばかりに広げて馬の手綱を引き千切りそうな勢いで怒りだした。

 

うん。チンチクリンは長いからヒス子でいいや。

 

村の青年達によって、それなりに汚い言葉も教えてもらっていた。

こんなとこで役に立つとは思ってもみなかったが……

 

「おい、リーシャっつったか?テメェんとこは礼儀も知らねぇ馬鹿を飼っているのか?

見たところ騎士っぽいが、外見だけ騎士で中身は頭スカスカのボンクラか?

俺の世界の騎士はそれなりに礼儀を重んじる部類だったと記憶しているがな。」

 

あくまで言った内容の騎士は、アニメや漫画から引っ張っている知識なだけだ。

現実の騎士など人間である。

絶対に騎士道とか言いながらも、裏ではだらしない人間も多いと確信している。

理想と現実はむなしい程かけ離れているのが世の常だろう。

 

それに友達は

「武士道とは、死ぬことと見つけたり!ならば騎士道とは?ヤる事と見つけたり!」

など意味不明な事を口走っていた。

多分紳士を拗らせていきついた先だと思う。

 

「これは少年の言う通りだ。すまない事をした。」

「リーシャ様!」

「いいんだ。こちらも理由を説明してなかったのが悪い。

リーシャ・レオリウスだ。レイス王女の近衛騎士団団長を務めている。」

 

リーシャという女は馬から降りて深々と頭を下げた。

若いのに出来た人間だと感心できる行動だ。

 

恐らく団長と言うからにはそれなりに人格者としても通っていないと務まらないのだろう。

 

「悪いが今はここで理由を説明できない。できれば無理やりというのはこちらも避けたいのが本音だ。

王都に来てくれたら必ず説明すると誓う。だから一緒に来てくれないだろうか。」

 

隣のヒス子と違ってリーシャは真摯な態度で話してくれた。

しかし、王都というからには国の中心部分だろう。

しかも様と呼ばれるようなお偉いさんが、こんな村の外れまでやってきてピンポイントでご指名だ。

おおよそ考えられるのはあれしかない。

 

勇者関連――

 

しかし、自分からするとそんなもの知ったこっちゃない。

恨みはあれども恩は無い。知らない人間より見知った仲間だ。

 

「勇者関連について。」

 

頭を上げたリーシャの表情が微かに動いた。

図星だったのだろう。

伊達にこちらに来て観察の日々を送ってはいない。

人の顔色を見て生きるような事はしないが、自然と身に付いた特技だ。

 

「生憎、俺は勇者になんて興味が無い。

それに自分を勇者なんて思ってもいない。

どこか無職で暇な奴でも探すんだな。

何なら俺が勇者(無職)を探すのを手伝ってやろうか?

まぁ俺はこれから仕事だから冗談だが。」

「少年。できれば私は手荒な事はしたくないのだ。」

 

冗談の一つも通じないリーシャという女。

何と生真面目な性格なのだろうか。

しかしそれは融通が利かない女ではなく、どういう手段を持ってしても連れていくという脅しとも取れるような、はっきりとした意志表示だった。

下手に言葉が無い分横に居るヒス子よりも凄味がある。

緊張した空気が周囲に張り詰める。

 

どうするべきか――

 

「行ってみたらいいんじゃないかな。話すだけでしょ?

もし嫌になったらいつでも帰ってきたらいいんだし。ね?」

「アトラ……」

「その時はおみやげでも買ってきて。おばあちゃんと楽しみにしてるからさ。」

 

隣に居たあまりにも毒気の抜けるようなアトラの発言によって、張り詰めた空気は一気に萎んでいく。

 

多分アトラはわかっていて発言したんだと思う。

初めて出会った時から彼女は言葉を話せなくてもなんとなく空気を読んだように気持ちを汲み取ってくれていたからだ。

穏便に済むようにしてくれたのだろう。

 

「はぁ~、しゃあねぇ。おい。リーシャっつったよな。

とりあえず話だけは聞いてやる。

ただ、まだ仕事が残ってるから行くなら仕事を片付けてからだ。」

「わかった。手間をかけさせてすまない。」

「俺に謝らなくていい。感謝するならアトラにしておけ。

じゃなきゃ俺はお前らの態度からして行くつもりなんてなかったんだからな。」

 

★★

 

いつも通りにベリーウッドの森へと到着した。

今では森の最深部まで行けるようになっている。

ちなみに今日は金魚のフンが2個ぶら下がっている状態だ。

それは何か?

答えは簡単。リーシャ達だ。

何故こいつらが居るかというと、村を出発しようとした所でリーシャ達が付いて行ってもいいかと言うので、下手に村に置いて何かをされるのを心配するよりは目の届く範囲に置いておいた方がいいと判断して連れてきたのだ。

 

「しかし驚いたものだな。毎日あの距離を走っているのか?」

 

リーシャ達は森の入り口に馬を置いて、今は歩いて同行している。

背後に居た彼女は感心したように口を開いた。

 

「そうだ。あんたに助けてもらってわかったんだ。

俺はたまたま助かったが、あの時死んだ子も居た……」

「…………」

「別にあんたらを責めているんじゃない。

あの時に俺に力があればあの男の子達は今も元気に生きていたはずだ。」

「そうか。だから鍛えるついでという形か?」

 

そう言われて頷いて返す。

虎の件があってから、言葉を覚えると同時に自分で倒せるモンスターは自分一人で処理をしていった。

最初こそ言葉がわからないものの、親父が怒って頬を殴られた。

やりすぎだとも言わないし、横暴だとも思わない。

輪を乱せば皆に危険が及ぶのは自分も理解しているし、リーダー格だった親父はみんなを守る責任もあるのだろう。

それにそれだけが理由じゃない。

自分の事を心配して叱ってくれていたのだ。

言葉がわからなくとも、世界が違うと言っても、それは人として当然の行為だと思う。

それでも自身の無理を押し通した。

すると親父達は半ば諦めたようにして言葉がわからなくとも色々教えてくれた。

自分も必死になって覚えた。

食べ物用のビークだけではなく、害獣と呼べるものなども村の人達から教えてもらい倒す。自分一人で厳しい場合は親父達からもサポートしてもらい、どう立ち回ればいいのかも聞いていった。

その甲斐あって、今では一人でベリーウッドの森程度なら立ち回れる。

 

ただ、どうやら親父はレベルとしては10程らしい。

もっと高いものだと思っていたのだが、レベルは個々の強さでも技術は入っておらず

、総合力にはなり得ないという話だった。

親父はそれを理解していて、自分達にとって本来不利なモンスター。

それに対して攻撃の方法や村人を使って上手く戦っていたという事だ。

それが理由で自分より低いレベルなのに、親父の方が比較した際に強く感じたのだろう。

 

要するに、自分にレベルが足りなくて厳しい敵でも、地形、武器、立ち回りを工夫すれば戦い方次第で自分よりも強い敵はいくらでも倒せる事も教えてもらえた。

しかし、いくら戦い方と言っても虎のようにあまりにステータス差が開きすぎるとどうにもならないらしい。

それを理解した為、こうやって鍛えているのだ。

ただ、親父や村人達は特定のレベルまで行くと理由はわからないが、強制的にレベルが打ち止めになるようでそれ以上は強くなるのが不可能なようだった。

おそらく勇者の冊子に書いていた物に沿っているのだろう。

 

自分自身は違うようで、レベルの上限というものに今の所は当たってない。

モンスターを倒すとレベルは上がっていく。

これが召喚された者の特殊な力なのか。

こればっかりは勇者の冊子以外に教えてくれる人が居ない為、知る事ができない。

 

ただ、ステータスのおかげなのか、若干人間の枠からはみ出している動きができるようになってきているのも理解している。

レベルを上げて物理で殴る。弱肉強食に対して、これをやるのだ。

勿論ただ殴るだけじゃなく、技術も加える。

これは遊びではないというのも理由だ。

 

それとステータスについてわかった事もあった。

レベルが上昇するにつれ、視力や聴覚、嗅覚、触覚も強化されるようだ。

超感覚と言えばいいのか。

意識しない場合は普通の村人達と変わらないが、意識すれば数キロ程度先までなら障害物が無い場合は見えるし、森のモンスターの事はかなり理解できたので何が居てどう動いているか音で判断できる。

例え擬態をして隠れていようとも、臭いや微かな気配で判断をすることも可能だ。

村で見た冊子に書いていなかった事から、これが俺の欠陥についてきた能力だろう。

イメージするならば潜水艦のソナーや航空管制塔のレーダー、蛇のピット器官のようにサーモグラフィで相手が何をしているのか理解できるのだ。

 

それとは別に

体を鍛えてレベルが上がると、その分ステータスの伸びしろが大きくなるのだ。

逆に鍛えずにレベルが上がるとステータスの伸びしろが少なくなっている。

だからこそ自分の肉体へと適度に負荷を与え毎日トレーニングを積んでいるというのもある。

ただ、疲れすぎるとHPは減っていくし、回復も遅い。

逆に疲れてなければ回復も早い。

どうやらEPもそうのようで、体調によって変化が出るようだった。

MPに関しては制限中だけあって増減をした事が今まで一度も見たことがない。

魔法に関しても村の者に聞いてみたが、普通の人との修得方法と違うようで修得は一つもできていなかった。

 

ステータス

如月隼人

LV 38

HP 978/978

EP 380/380

MP 3825/3825 制限中

攻撃力 175

防御力 184

精神力 328

速さ 98

賢さ 35

 

称号 元特攻隊長 野生を知る者 仲間想い

 

パッシブスキル なし

 

アクティブスキル 

豪破内衝拳20(CT120s)砕蹴脚30(CT180s)金剛鎧20(CT180s)神脚速移40(CT240s)

鬼神進軍190(CT7200s)

 

魔法 制限中

 

一応スキルについてはそれなりに色々と確かめてみた。

CTというのは次に使えるまでの秒数のようで、例えば金剛鎧を発動させれば、次に発動させるまで180秒かかるという具合だ。

レベルの上昇過程で、スキルが変わった時は驚いたが、多少効果が変わっただけだった。

また、効果時間も確かめてみた。

攻撃系は1撃の発動のみで、連打で打っても意味がなかった。

逆に防御である金剛鎧は30秒だった。

過去の剛の鎧の時は15秒だったので、それから考えると15秒伸びた事になる。

それに、効果も見れる。

今はステータスに防御力が184とあるが、これで金剛鎧を使えば防御力の横に+100が付く。

表記で言えば184(+100)という具合だ。

このプラスがどれくらい影響するのかは不明だが、虎の件を考えるに1でそれなりに影響されてくるだろう。

そう考えないと木々をへし折るくらいの衝撃を受けて立ち上がる事など出来ないと考えるべきだ。

また改めてどこかで試す必要があるが、既にベリーウッドの森ではHPがまともに減るような攻撃を受けないし、そもそも攻撃を当たらないように動いている。

 

次は神脚速移について。これは速さの上昇だった。

金剛鎧と同じで30秒しか効果が続かないが、使ってみて驚いた。

常人とはかけ離れた速度を出す。

その脚力をもって森の中で試すと、元々身体を動かすのは嫌いではないが、映画やアニメなどで見る三角跳びのような事が簡単にできた。

縦横無尽。この言葉がぴったりだろう。

これをもって人間の枠からはみ出し始めたという認識が出来た。

 

最後の鬼神進軍についてだが、レベル35になって覚えた。

2時間のCTがある分恐る恐る使ってみたが、全身から黒いオーラが揺らめくように立ち昇り始め、総EPの半分を消費する変わりに身体能力が2倍に上昇した。

それだけなのかと思い、更にこの状態でスキルを使用してみたが、EPが減らない事を確認している。

その上スキルのCTを気にせずに連打が可能になっていた。

 

念のためにステータスの比較をするために、これを使用して砕蹴脚を試しに地面に放ってみたが、自身を中心にして地面に直径20m程、深さ5m程度のクレーターが出来た。

普通の砕蹴脚自体がその半分程度だったので、ステータスの威力は恐らく比率で強くなるのだろう。

勿論中心部が5m程なだけであって、端の方に従って緩やかな皿のような状態での穴だが。

今では雨によって綺麗な瓢箪型の池となっている。

 

ただ、これは二度と使いたくないと思っている。

初めて使用した日は激痛に見舞われたのだ。

副作用とでも言うのだろうか。

全身を締め付けられる激痛に襲われ、まともに動けなくなった事に起因している。

 

その際、ステータスを確認すると全てのステータスが1/3になっていた。

幸い効果が切れる前に神脚速移を使って森を出ていた為何事も無かったが、

その日は激痛で動けない体のせいもあって、森の外で野宿を覚悟したのだ。

一応夜になって村の人達の捜索によって見つけられ、無事に家には帰れた事は記憶に新しい。

 

もし森の中で動けなくなっていた場合、危険な状態になっていた可能性さえあった。

それに、言葉がわからなかったらそこまでならなかっただろうが、理解できる分帰ったらアトラの本気のお説教を受けたのも理由だ。

 

その時に初めてアトラが泣いて怒っていた事もあって、次からは危険な場所での使用はやめておこうと考えた。

ミリュードはというと、やれやれ仕方ないというような感じで肩を落として首を左右に振っていたのを記憶している。

今思えば昔の勇者もこんなぶっ飛んだ力を使っていたんだろう。

山を吹き飛ばしたような事も書いてあったし、それに比べればまだまだ可愛いものだとは思っているが。

 

ただ、ステータスが戻るか不安だったが翌日には鬼神進軍でステータスが減っていたのは全て戻っていた。

いつ戻ったのかはハッキリは不明だ。

寝ている間かもしれないし、起きてからかもしれない。

ただ、目が覚めると痛みが無かった事から、就寝中に戻っていた可能性が高い。

 

しかしこの世界、虎のような出来事もある。

自分の想像ではできない事に遭遇する可能性も十分にあるのだ。

最悪は鬼神進軍を使うだろう。

ただ、それを使って虎のように倒せなかったらと思うと、今の強さに満足する事はできない。

例え倒せてもアトラやミリュード、村の気のいい奴らが犠牲になったらと考えるとまた後悔してしまうだろう。

そう考えるとまだまだ邁進するべきだ。

もし後悔をするような出来事が起こる可能性があるならば、後悔しないように今できる事をやってからだろう。

ただそれだけしか今の自分にはできないのだから。

 

ちなみにこのスキルを覚えてからというもの、二日程かけて鬼神進軍を村の近くで使ってみた。

最悪すぐに帰れるだろうという考えもあってだ。

いくらステータスが2倍と言っても、具体的な効果がわからない場合は後の反動のようなステータス減少というデメリットは洒落にならない。

 

その為、必要な行為だと割り切って使用した。

わかった事はこの鬼神進軍の効果は3分という事だ。

どれくらい効果があるのか神脚速移を連発使用してみて、調べてみたのだ。

すると6回の使用にて黒いモノが消滅して反動が返って来た。

 

「む?あれは……」

 

色々考えていると、リーシャが訝しむように声を上げた事によって意識を戻された。

見ればリーシャの視線の先にはフォレストウルフの群れが居た。

向こうも気づいているようで、明らかにこちらを取り囲むようにして回り込もうとしている。

フォレストウルフは1メートル前後の狼のような外見だが、耳が異常に大きく発達しており全身緑色の毛に覆われているモンスターだ。

恐らくこちらの足音を聞いて待ち伏せしていたのだろう。

全身緑色の毛というのは、周囲に擬態して茂みから獲物を狙いやすくするためだと親父は言っていた。

また、肉食の為、肉に臭みがあり食用には適さないモンスターらしい。

 

「1.2.3.全部で9匹か。」

「厳しい数だな。今は退いた方がいい。」

「リーシャ。あんたが強いのは知っているが、これは俺の仕事だ。

手を出さないでほしい。俺が全て片付ける。」

「本気で言っているのか?武器も持たずに一人でとは無茶だ。我々でも――」

「ああ。問題ない。」

 

遊びに来ているわけじゃない。それに元から無茶は承知の上。

ただ、今のフォレストウルフ相手では無茶でもなんでもない。

何かを言おうとしたリーシャの言葉を無視して行動に移す。

 

「待てっ!危険だ!」

 

飛び出した事によってリーシャは手を掴もうとして伸ばしてきたが、動きが遅い。

難なく伸びた手を躱してフォレストウルフとの距離を詰めにかかる。

 

リーシャを擁護するならばこちらに来た当初なら危険だった。

心配も当たり前だろう。

初めて遭遇した際はその素早さに翻弄され、連携に対して手も足も出なかった。

体は至る所に爪による裂傷を負い、噛みつきによって肉が抉られた。

一言で表すならボコボコにされた。

ただ、一瞬の隙を突いて神脚速移にて逃走し大事に至らずに済んだ。

 

しかし、レベルの上がった今ではどうとでもなる。

既に何度も戦っている相手だ。

こいつらのレベル自体は知らないが、強さは知っている。

今では朝飯前だ。

 

「今日はお前らを狩るのは目的じゃないから去ってほしいんだがな。」

「グルルルル!ヴォウ!ヴォウ!」

 

距離を詰めたくせに言っている事が矛盾しているのは仕方ない。

あのまま一緒に居れば彼女達まで巻き込んでしまうからだ。

それに涎を垂らすその顔に威嚇の鳴き声。完全にやる気なのだろう。

やはりアクティブモンスターという奴だろうか。

何とかならないものかと不本意ながらも戦う為に構えを取る。

 

「しかたない。さっさと終わらせる。こっちからいくぞ!」

 

まずは一番近くにいるフォレストウルフへと駆けだす。

それと同時に狙っているウルフが雄叫びを上げた。

これはフォレストウルフ達の攻撃の合図だ。

自分が狙われているから他のウルフ達よ。攻撃しろという具合だろう。

案の定左右から2体のウルフが大きな口を開け、首を狙って飛び掛かってきた。

その2体に対してアイアンクローの要領で両手で1体ずつ口を掴む。

そのまま2体を合掌のようにして頭同士を胸元で衝突させて頭蓋を潰す。

周囲には脳漿が飛び散るが、一々こんな程度で気にしてはいられない。

回り込んだウルフが背後の頭上から更に1体が飛び掛かってきており、前方からは2体が足元目掛けて噛みつこうとしているのが目に入る。

流石群れというだけあって相変わらず連携が取れている。

それでも――

 

「残念。それは通用しない。」

 

襲い掛かるウルフの攻撃に合わせて前宙をかける。

後ろから飛び掛かるウルフの両脇を両手で掴み、足元に襲い掛かった2体のウルフの顔を踏みつぶす。

 

「これで4匹。残るは5匹!」

 

数を言葉に出しながら掴んだウルフの腹を両手で引き裂き、前方に居る2体のウルフの内、右手に持って最初に叫んだウルフへと投げつける。

言葉に出すのは数を間違えないようにするためだ。

 

「これで5!残り4!」

 

腸をぶちまけるように投げつけられたウルフは、左へ回避の為に軽く飛ぶ。

フォレストウルフの相手が村の親父達ならそれで射程圏外へと逃げ切れただろう。

しかし、こちらは既にレベルが38で村人とは速度が大きく異なる。

ダッシュで追いつき、間合いに収める。制空権の方が適切か。

空いた右脇腹へとしなるようにして蹴りを打ち込む。

苦しそうに血を吐き空中へと打ち上げられようとするウルフ。

そのウルフの首根っこを両手で掴んで背後から飛び掛かって来たウルフへと回転するようにして叩きつけた。

首の骨が折れるような音と感触を空気へと乗せて、手と耳に伝えてくる。

恐らくそれが原因で死んだのか、叩きつけたウルフは掴んだまま動かなくなった。

 

「3!」

 

今にも食いつこうとしていたウルフは、衝突した事によって苦痛の叫びをあげながら逃走しようとするが、そうはさせない。

手負いの獣は厄介だ。その為確実に仕留める。

手に持ったウルフの死体を投げ捨て、急いで走って追いかける。

距離はぐんぐんと縮められ、回り込んで逃走しようとしたウルフの背骨へとかかと落としを決める。

攻撃を受けたウルフはそのまま背骨が砕け、白い泡を吹いて痙攣の後絶命する。

 

「残り2!――」

「きゃあっ!」

 

悲鳴が聞こえて振り返るとこちらを襲うのは無理と悟ったのか、ヒス子へと2体が襲い掛かっていた。

リーシャが剣を抜こうと鞘へと手をかける途中だ。

しかしリーシャの動きからすると1体は間に合い倒せても、残り1体がヒス子へと襲い掛かるのがわかった。

 

あれじゃあ、遅い!

 

こんなとこで怪我をされても後味が悪い。

それに後の呼び出しで何を言われるかわかったものじゃない。

そんな考えから助ける事を選択する。

 

「ちっ。≪神脚速移≫!」

 

スキルを唱える。

全身に羽が生えたように体が軽くなる感覚に捉われる。

 

しかし若干距離があった。

これでは走ったとしても間に合わない。

 

「伏せろ!」

 

大声で伝えるだけ伝え、地面を蹴って跳ぶ。

そのまま続けて木を蹴るようにして跳ぶ。

ケンカと同じで、戦いというのも村の親父が言うように場数という経験と工夫だ。

普通にやってできない事があれば、知恵を使って思考錯誤するのが人間だ。

その経験を活かす。

 

力を入れすぎた事によって木々が蹴りの当たったところから折れていくが、走るより跳ぶ方が速いから仕方ない。

すぐに追いついてリーシャ達二人の前に立ち、フォレストウルフとの間に割り込んだ。

 

1体が左太ももへと食いつくが、それを無視してもう一体へとスキルを放つ。

 

「≪豪破内衝拳≫!」

 

襲い掛かろうとしていた2体の内の1体の脇腹へとフックの要領で腰を入れたスキルを叩き込んだ。

スキルを受けたウルフは拳の触れた先から大きく凹む。

続いて反対側の脇腹から、臓物をぶちまけて太ももへ噛みついていたウルフへと浴びせる。

難しい理屈など不明だが、多分このスキルは外傷になる攻撃の威力をそのまま内部から破壊する力に変換しているのだろう。

その攻撃によって腹部を四散させたウルフは即死したのか白目を剥いてそのまま足元へと身体は落ちた。

残ったのは最後の1体。

目の前の光景に驚いたのか最後のウルフは噛みついていた攻撃を止めて、そのまま背を向けるように森の奥へと走って逃走していった。

 

「追いかける!――ぶっ!?」

 

走り出そうとした瞬間何かに引っ掛かるようにして腹部を四散させたウルフの身体の上にダイレクトにダイブした。

何が起こったのか理解できずに引っ掛かった方へと倒れたまま顔を向ける。

 

「なにしてんの?」

 

見てみるとヒス子が俺のパンツを掴んで顔を左右に振りながら泣きながら腰を抜かしていた。

その光景を前にして素の言葉が出たのは仕方ないだろう。

 

★★

 

あれからいくらか食用モンスターを狩って、アトラに言われた実を取ってから帰路に付いているところだった。

 

「だっはっはっは。おいヒス子!」

「だ、誰がヒス子だ!私にはきちんとリリアンという名がある!」

「アッハッハッハ。お前あんだけ強気な言葉のくせに顔も可愛ければ名前も可愛いなおい。」

「なっ!?か、可愛っ!?お前!私を馬鹿にしているのか!?」

「アッハッハッハ。悪い悪い。イメージとは逆に、可愛いとこがあるんだなと思っただけだ。」

「リーシャ様!こいつ!連行しましょう!今すぐ王都に連れ帰って拷問して牢獄にでも繋いでしまいましょう!」

「はぁ……リリアン。諦めろ。お前が悪い。」

 

予想外のギャップに一人爆笑してしまう。

あれだけ高圧的な態度の女が実は泣き虫でしたとは誰が聞いても愛嬌があって笑ってしまうだろう。

その上で子供としてあしらわれたのが気に食わないのかリリアンは物騒な事を言い始める。

しかし先程の出来事から鑑みれば、ママに泣きつく子供のようでそれがまた楽しい。

リーシャは相手をするのが面倒なのか、やれやれといった感じでリリアンを宥める。

 

「それより、その、なんだ、お前の太ももは大丈夫なのか?」

「ん?太ももがどうしたって?というか貴様とお前、呼び方が変わっているがどういう心境の変化だ?」

「貴様っ!いや……それは……私のせいで貴様の――」

「彼女は言っているのだ。私のせいで少年が怪我を負ってないのかと。」

 

モゴモゴと言い籠るリリアンの代弁をするように意味を教えてくれた。

その言葉を言い終えるとリリアンはバツの悪そうな顔をしていた。

 

「も、もし貴、お、お前がキツイというならば、私の後ろに乗せてやる。」

 

恥ずかしそうにリリアンは言った後、馬の騎乗スペースを前にずらして一人分あけてくれた。

 

「あ~、大丈夫大丈夫。これくらい慣れてる。むしろ気にするな。というかお前、ツンデレ?マジかよ。あっはっはっは。」

「つんでれ?」

「意味はよくわからんが、貴様!人が心配してやってるというのに完全にバカにしているな!」

 

リリアンのモジモジする仕草を見て言葉が浮かんだままに口にしてさらに爆笑した。

まぁ外見がツンツン頭の口が悪く気が強い女なら先入観を持っても仕方ないだろう。

 

隣でリーシャが完全に頭の中にクエスチョンマークを浮かべたような疑問形の言葉を口にした後、わなわなと震えたリリアンが腰にかけた剣の留め具を外してこちらへと向け激昂した。

 

いや、本当こいつ面白い奴だ。

しかしこれ以上は完全に嫌がらせになるので、空気を読んで軽口はやめる。

 

「悪いな。冗談だ。そんな事より、二人とも怪我ないか?」

 

真剣な表情で二人に怪我がないか確認の言葉を投げかける。

リリアンの仮面が剥がれた事によって嫌いな奴から幾らか好感度が上がった。

 

「あ、う、こ、これでも騎士だ!私に怪我はない!」

「ふむ。男に心配されるというのは久しぶりだな。悪くない気分だ。」

 

リリアンは未だテンパったような状態で、リーシャに関しては何か達観したような物言いだ。

 

どちらも癖が強すぎるだろう。

もっと女の子っぽい姿を見せてもいいんじゃなかろうか。

 

「まぁ、二人とも怪我が無いならそれでいい。」

「しかし驚いたものだ。センスはあると思っていたが前に見た時とは動きが全然違う。

それによくあの距離から我々の間に入り込めたな。動きが全く見えなかったぞ。」

「へぇ~、他人からすると動きが見えてないもんなんだな。

自分の感覚だとわからないもんだ。」

「1体は逃がしてしまったが、それでもあの8体のフォレストウルフ達を一人で倒したのも驚きだ。

しかも素手というのだから、どれだけ前に出会った時より強くなっているのだ?

普通の兵士なら1匹でも手に余るような相手だぞ?」

「あ~、俺も最初は鉈や斧、剣や弓を使ってみたんだけどな。

生憎と武器を持つより生身の方が性に合ってるらしい。」

「身を守る為の武器や防具を捨て素手の方が強いなど、他の兵士達が聞いたら呆れてしまいそうだ。」

「だっはっはっは。」

 

感心したような顔でリーシャが言うが、色々試してみていきついた答えが素手だ。

おそらくケンカしていた経験からくるもんなのだろう。

自分は頭で考えるより身体を動かす方が得意なのだ。

 

それに、あの時よりレベルは25も上がっている。

しかもレベルが上昇するまでに鍛えていたら、その分ステータスに上乗せされるのだ。

同じだと思う方がどうかしている。

 

「リーシャ様がこんな奴より弱いなんて絶対ありません!」

「悪いな少年。リリアンはこの任務が騎士になって初めての任務なのだ。許してやってくれ。」

「なははは。そうなのか?

まぁ初めてなら失敗して当たり前だ。それを糧にして成長していけば問題ないだろ。」

「お前に言われたくない!――」

「感謝する。」

 

喚くようなリリアンの言葉を遮るようにしてリーシャが感謝の言葉を口にした。

 

なんというか、最初のイメージから本当に一気に変わったな。

背伸びしていたという事か。

ヒステリーのかけらもなく、見方を変えればいじられキャラなんじゃなかろうかこのリリアンは。

 

「それに強さについてだが、そこらへんは俺にはわからねぇな。

比較する相手が周りには俺らのリーダーをやってる親父しかいない。

それに既に親父達とは人間的に動きのレベルそのものが今では違うしな。

比較するならモンスター達と比較した方が早い。

それに、強くなければ守れないだろ。それがわかったのはリーシャのおかげだ。」

「人間と比べる方が難しいとは恐ろしい少年だな――」

「俺の名前は如月隼人だ。隼人でいい。それに言ってるだろ?

俺はアラサー男子で少年じゃないって。」

「そうか。やはりアラサー男子の意味はわからないが、隼人という名前か。では隼人。申し訳ないが、その、よければだが……」

「どうした?デートのお誘いか?別に構わないが、リリアンが怒るぞ?」

 

何気ない会話の中に冗談を混ぜただけで、今にも襲い掛かってきそうなリリアンの威圧に晒される。

 

まぁ、威圧されたところで死ぬわけじゃない。

リーシャにぞっこんなのを承知の上で、からかうのが地味におもしろいから試しただけだしな。

 

「そ、そうではない!一度ステータスを見せてくれないかという事だ!」

 

リーシャは照れているというよりは驚いたように目を丸くして、慌てて言葉の続きを言い切った。

 

それにしても、この世界の騎士みたいな奴というのは男慣れをしていないのか?

リーシャにしてもリリアンにしても初心な反応を見せてくれて久しぶりに面白いぞ。

 

「ははは。ステータスぐらい構わないが、お前ら二人とも男慣れしてなさすぎだな。

俺が居た世界のお前らぐらいの女の子達はもっとそうだな。

軽く男を掌で転がすように上手く操るぞ?」

「そ、そうなのか?覚えておこう。」

 

言葉こそ畏まっているが、外見的には二人とも20前後に見える。

男というのには興味があってもおかしくないだろう。

こういう初心な反応を見せられるのを傍から見ると心が和むが、やはり二人ともそれなりな恰好をしているように見える為、所属的に恋愛規則には厳しいのだろうか。

まぁ、どうでもいいな。

 

ちなみにあんたのステータスなんか私は気にしてないというような形でそっぽを向いたリリアンだが、無理してそっぽを向いている感じが滲み出ていた。

それを見て更にリリアンに親近感が湧いた。

 

絶対扱いやすいわ。このリリアン。

というよりも、リーシャも人のステータスを見たいなんて物好きなやつもいるもんだな。

村の奴らは特に気にするような奴らじゃなかったし、やっぱり騎士団長という役職様は気にするもんなのかね~。

別に隠すようなものじゃないからいいが。

まぁついでに参考にできるならしたいし聞いてみるか。

 

「なぁリーシャ。俺のステータスも見せるから、お前のステータスも見せてくれないか?」

 

リーシャからわかったという返答と共に、一度立ち止まり二人のステータスを同時に表示した。

 

ステータス

如月隼人

LV 38

HP 968/978

EP 320/380

MP 3825/3825 制限中

攻撃力 175

防御力 184

精神力 328

速さ 98

賢さ 35

 

称号 元特攻隊長 野生を知る者 仲間想い 軟派する者

 

パッシブスキル なし

 

アクティブスキル 

豪破内衝拳20(CT120s)砕蹴脚30(CT180s)金剛鎧20(CT180s)神脚速移40(CT240s)

鬼神進軍190(CT7200s)

 

魔法 制限中

 

 

 

リーシャ・レオリウス

LV 43

HP 534/534

EP 280/280

MP 350/350

攻撃力 125

防御力 114

精神力 236

速さ 48

賢さ 72

 

称号 近衛騎士団団長 幼馴染 ハートキャッチャー

 

パッシブスキル 清浄なる加護

 

アクティブスキル 

爆炎剣25(CT120s)音速剣30(CT120s) 五月雨50(CT240s)

 

魔法 ヒール30(CT240s) アンチポイズン25(CT240s) フィジカルアクティビティ70(CT240s)

 

「「なっ!?」」

 

リーシャとリリアンが同時に驚きの声を上げる。

アトラとミリュードに初めて見られた時も同様に驚かれたが、何に驚いているのかわからなかった。

一応ドラゴン○○ストとファイナル○○ンタジーや、スター○○シャンとロマ○○ングサガ並にはステータスに差があるのは理解している。

というより、一つ変な称号が増えている。

むしろそっちの方が気になって仕方がない。

 

あれか?先程のやりとりで追加されたのか?

そんなつもりは一切なかったが。

 

「ん?どした?何か凄いのか?

てか初めて他人のステータスを見たが、お前らのステータスが日本語で読めるんだが?

これはこれで違和感を覚えるな。

本じゃないからか?それともこれがファンタジーってやつか?

てかリリアン。お前興味無いんじゃなかったっけ?」

 

バレないように目だけで見ていたリリアン。

ステータスを隠れ見て確認したのだろう。

それが今は完全に固まって凝視している

それを見て意地悪な表情を浮かべてからかいにかかった。

するとリリアンはステータスから視線を外し、ジト目でこちらを見た後に大きく息を吸い込んだ。

 

「なんでこんな奴がこんなステータス!?ありえない!絶対に私は認めない!

唯一認めるとしたら賢さだけ!」

「何?何なの?君は俺に何か恨みでもあんの?

なんかさらっと酷い事言ってる自覚ある?

なんなら君のステータスを一回俺に見せてみようか?」

「い、嫌よ!なんでそんな物をお前に見せないといけないのよ!一回死んだらどう?」

 

ほほう。この女。いい度胸をしてやがる。

俺を認めるのは賢さだけと……

よし、俺にケンカを売った事後悔させてやろう。

 

「いや、本当に驚いたな。私より強いんじゃないかというよりは、既に超えているのか。レベルこそ私より低いがステータスが賢さ以外全て私より高いとは。

しかもこのMP、桁自体が我々より違う。これが勇者か。」

「ねぇ。君ら本当に驚いてる?むしろ逆に俺のこと乏しめようとしてない?

絶対そうだよな?な?」

「む?悪い悪い。今までの努力が否定されるようなあまりの凄さで、リリアンの悪ふざけに同調してしまった。」

 

絶対にこいつら楽しんでいる節がある。

その証拠にリリアンはしてやったりという表情を出しているし、リーシャは口元を抑えて困ったような表情で軽く笑顔になっているのだ。

悪いと思っているような素振りが見えない。

ただ、変な距離感で堅苦しい感じより今の方が接しやすい。

今の空気の方が個人的にはありがたい部分もあった。

 

アトラが優しさならリーシャは真面目でリリアンはやんちゃという感じか。

 

「まぁそれならいいけどよ。一応MPがあっても俺は魔法を使えないぞ。」

「ん?魔法を使えないのか?」

「ああ。そうだ。それよりも聞きたい。」

「私に答えられる範囲ならな。なんだ?」

「とりあえず進みながら話そう。」

 

二人を促して再度帰路を進みだす。

 

確か勇者の冊子には兵士はLV20くらいと書いていたと記憶している。

それがリーシャという女の子はその倍以上の43だ。

一体どういう事だと疑問が湧くのは仕方ない。

 

「確か兵士、お前らが兵士、か騎士かはわからないが、俺が知った情報よりリーシャは倍以上強いんじゃないか?

俺に狩りを教えてくれた親父も一般的な人間より倍のレベルがあったはずだ。」

「ふむ。騎士も兵士の中の一部だ。問題ない。

それとレベルについてだが、私の家は代々マトリカ王家へと仕える騎士の家系だ。

父も母も騎士の中では優秀な方でな。レベルに関しても一般兵より高かった。

多分だが遺伝的な物もあるのだろう。その上相当鍛えて育てられた。

子供ながら逃げ出したくなるような毎日だったよ。

ただ、普通は隼人の言う認識で問題がない。

隼人に狩りを教えた親父という人物も、いくらか戦いに長けていたのだろうな。

その証拠に、リリアンはレベルで言えば年齢と同じ18しかない。」

「ちょ!リーシャ様!?レベルは我慢しますが、何故こんな奴にプライベート情報を暴露するのですか!?」

「ん?まずかったか?それほど気にするものではないと思ったんだがな。

それなら私の年齢も教えるから許してくれ。私は21歳だ。」

「リーシャ様ぁ~……」

「お、おう。唐突な年齢報告ありがとう。リリアンどんまい。」

「うるさい!お前が言うな!」

 

これはリリアンを擁護するしかない。

リーシャはちょっと普通の女の子よりズレている部分があるのだろう。

 

それにしても遺伝と過程で成長が変わる、か……

 

「なら、例えば兵士をやっている人間が引退して、ただの一般人になるとどうなるんだ?」

 

意図的に設定されたように環境でレベルの限界値も変わる。

ふと疑問に思った事を口にしてみる。

 

「それは、レベルが強制的に下がり5前後で収まるようになる。」

 

は?なんだそれ?

あまりにあからさま仕組みに耳を疑った。

 

「じゃあ逆に聞く。兵士から引退して一般人、そこからまた兵士になればどうなる?」

「そんなの当たり前じゃないか。レベル5から鍛え直しだ。」

 

おおふ。何という理不尽な世の中なんだ。

それに、その仕組みがさも当たり前のように受け入れている世界。

こいつらは疑問に思わないのだろうか。

 

「お前ら、よくそんな理不尽な仕組みに納得しているな。」

「何故だ?」

「だってそうだろ?自分の努力が全て無駄になるんだぞ?」

「仕方ないだろう。そういうものなのだ。」

 

そういうもの。ん~。そういうものねぇ~。

まぁこいつらが受け入れているならいいのだろう。

それに外野がどうこう言ったところで環境が変わるわけじゃないんだ。

しかし、俺なら絶対にそんなのはお断りだな。

 

初めてここで召喚されてよかったという部分を体感できた。

自分なら努力を否定されるような仕組みはごめん被りたいからだ。

 

そんなやりとりをしているとリットン村が見えてきた。

 

「そろそろ村に到着するが、王都ってここからどれくらいの距離なんだ?」

「そうだな。だいたい片道6時間程だ。」

「そうか。それなら急げば明日の朝には帰ってこれるな。」

「何を言っている?多分だが数日はあちらに滞在してもらう事になるぞ。」

 

さも当たり前というようにリーシャは答えてくれた。

しかし冗談じゃない。

 

「は?いやいや、お前わかってる?こっちは暇じゃない。仕事があるの!

今でこそアトラやミリュード達はマシになったが、男手がなければ生活が厳しいんだ。

それをほっぽって滞在とかできるわけねぇだろ!」

「一応何とかできるように進言してみるが……あまり期待しないでもらいたい。」

 

こちらのまくし立てるような言葉によって、リーシャは困ったように考えてから申し訳なさそうに言葉を口にした。

 

確かに彼女は遣いのような者だろう。それなら彼女に言うのは御門違いだ。

それを指示した主にこそ伝えるべき内容である。

 

「ったく、わぁったよ。リーシャを責めても仕方ない。お前らを寄越した主に直接俺が言うよ。」

「すまない。」

「お前らには悪いが、一応交渉決裂なら速攻で帰るのも頭に入れておいてもらえたらいい。」

 

その答えにリーシャは納得したのか頷いて返事を返した。

隣では不服そうにリリアンが態度で示していたが、譲れないものは譲れないのだ。

 



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7

いやぁ。
描写という部分でもシナリオという部分でも難しいですね~。
色々考えていると、一日がすぐに終わってしまいます。
伏線を入れる人は本当にすごいと思います。


村へと戻った後は獲物をみんなに渡してからアトラへと実を届けた。

そのまますぐに着替え村を発った。

その甲斐あってか、あくまで体感でしかないが王都には日が沈んでから割と早く到着できたと思う。

 

道中なんだかんだとモンスターにも出くわしたが、王都に近付くにつれてモンスターの動きも鈍くなったように感じた。

いうなれば、弱くなっていったという具合だ。

見たことがないモンスターばかりで最初は警戒していたが、リーシャだけじゃなくリリアンでも簡単に倒していた。

それを見て考え付いた先は王都近辺のモンスターは弱いという事だ。

ならば一々馬から降りて戦ってもらうのが面倒くさくなった。

彼女達は不明だが、こちらとしては時間が押しているのだ。

できれば早めにカタを付けて帰りたいという気持ちを優先させる。

その為、見つけたら走りながら殴る蹴ると行い、ほぼ一発で仕留めながら猪のように突き進んできたのだ。

おかげで無駄な時間が減り、こうして早目に到着ができたのは幸いだろう。

 

ちなみに王都はというと、夜なだけあってどういう景色なのかはあまり視認できない。

 

まぁ、観光に来たわけではないしな。

特に気にする必要性も今は無いだろう。

 

そんな現状はというと、今は街で買った水を飲みながら広場にあった噴水の縁石に腰をおろしている。

さすが街というだけあって、景色は見えなくとも村とは違いそこかしこに街灯のような何かしらを利用した灯りが灯されていた。

 

「しかし、隼人は疲れていないのか?」

「リーシャ様。そんな体力バカの化け物なんて放っておけばいいのです。

むしろバカと化け物を足してバカ者ですよ。

本当、魔法も使えないのに人間辞めましたっていうような人を初めて私は見ました。」

「いや、しかし……」

 

リーシャが気を使って声をかけてくれた。

多少眠気こそあるが、特に疲れたような感覚はない。

それにしても呆れているのか相変わらずリリアンは口調こそ丁寧なのに中身が酷い。

もう少しリーシャみたいに心配する素振りでも見せてくれてもいいのではないかと考えてしまう。

逆に言えばこれがリリアンの素に近いものなんだろう。

 

「よし!リリアン。そこに君は一度座ろうか。これからの付き合いについてよ~く話し合っておかなきゃいけない事があるようだ。」

「いや!何で私があんたと話し合わないといけないのよ!」

「まぁまぁ……」

「ああ。リーシャは気にするな。体調については問題ない。」

「確かに想定以上に早く帰還できた事は嬉しいが、無理はするなよ?」

 

 

リリアンに軽口を叩いて冗談を言ったが、間髪いれずに即答で拒否されてしまった。

なんという自己が強い女の子なのだろうか。

言葉がきつい分、少し凹みそうになる。

それとは対照的にリーシャはというと、腰を曲げながら人の顔色を覗き込むように伺ってくる姿に多少どきどきする。

例え鎧を着ていようとも言って美人なのだ。

故意的な部分が無い分、そりゃ男なら誰でもドキッとするだろう。

ただし、若干無防備すぎる節がある。

これだと悪い男に引っ掛かるかもしれない。

そう思ったところですぐにその考えを否定する。

 

あ、そういやリーシャはレベル43だっけか。

並の男共なら強引にいったとしても物理的に強引に組み伏せられるという事だな。

 

そう考えると余計な心配だろう。

 

「リーシャ様!それでは私は馬を厩舎へと連れて行きますので、リーシャ様はお、は、や、め、にご報告をお願いいたします。」

「あ、ああ。何を怒っているのかわからないが、そうする事にする。」

 

リリアンが額に青筋を立てながら力強く催促するのが見てとれた。

一体何がそこまで不機嫌なのだろう。

 

要するにリリアンはあれだな。リーシャと百合か。

好きな人を取られて拗ねている。つまりそういうことなのだろう。

 

傍から見てホモは受け付けないが、百合はバッチコイというようなレベルだ。

それならば伝えておこう。

 

「フッ。リリアン。恋は茨の道というががんばれよ。

俺は影から応援しているぞ。主にビデオカメラを手に持って。」

「お、お前!何を笑っている!というより何かを誤解しているな!

違うぞ!断じて私は違う!」

「そうか。違うのか。うん。違う違う。そういう事にしておこう。」

「リーシャ様。やはりこの体力バカは連行ではなく今ここで殺してしまいましょう!

むしろ私に今すぐ殺らせてください!生きているだけで人に迷惑をかけます!」

 

言葉を知らない事を良い事に、リリアンの肩に手をかけながらここぞとばかりにセクハラ的な事を遠まわしに言ってやる。

するとリリアンが肩を震わせ物騒な言葉を口にしたが、それは気持ちを隠しているのだろう。

 

というより、やっぱりからかうのが面白いなコイツは。

 

「と、とりあえず落ち着け。リリアンも疲れただろうから馬を休ませたらお前も休め。

私もすぐに戻るから。」

「あははは。悪いなリリアン。お前が可愛いから、ついからかいたくなるんだ。

安心しろ。リーシャを取って食うつもりはない。

俺も用事を済ませたらすぐに村に帰るつもりだ。」

「――っ!?ばかにするな!」

 

顔を赤くしながら文句を言ってきたリリアンだったが、リーシャに促されるようにして馬を休ませに戻っていった。

リリアンが去った事で後に残った空気はとても静かなものだった。

それはリーシャが落ち着いているのもあるからだろう。

 

「はぁ……隼人にも程々にしてほしいものだ。

あそこまでリリアンの感情を揺さぶるのはお前が初めてだ……」

 

心底呆れたという感じでリーシャは額に手をあてている。

あの手の女の子はこのようなやり取りで進める方がいつの間にか仲良くなっているのだ。

一応それなりに言葉や空気は読んでいるつもりだ。

気にするような事では特にないだろう。

 

「そうか?まぁ可愛いもんじゃないか。」

「隼人はリリアンみたいな女がタイプなのか?」

 

リーシャの予想外な言葉に、口に含んでいた水が器官へと入って噴き出してしまった。

何故そうなるのだ?

 

「あっはっはっは。リリアンがタイプ?

あれは完全にまだ子供だ。それも相当なじゃじゃ馬な子供だ。

ムードに流れてってのがあったとしても、常時あの状態だと後輩の面倒を見るのと何ら変わらない。

タイプになるとしても、もう少し落ち着いて大人になってからだな。」

「そうなのか?ならどんな女性がタイプなんだ?」

 

ん~特に真面目に考えた事がない。

好きになった子がタイプになる人間だがら、毎回付き合う女の子はタイプが違う。

ただ、性格がキツ目の方が長続きするのは確かにあったな。

 

「あまり考えたことが無いが、リリアンとリーシャを比べるならばリーシャだな。

どうやら性格がキツイ女の子との方が、今までを振り返って相性が良いみたいだ。」

 

予想外の返答にリーシャは固まっているように見えた。

まさか自分と比較されるとは思ってなかったのだろう。

こういうのはその場にいない女の子を例えにするよりも、今目の前に居る女の子を比較対象にする方が良いと経験上思っている。

例えそれが悪い部分であっても、それを長所として捉えるように言葉を並べ替えればそんなに悪い気はしないだろう。

 

「それにな。初めて助けてくれた時を覚えているか?

あの時の姿も凛としていてかっこよかった。正直ドキッとしたのは確かだ。

あとは俺がデートかと、からかった時に切り返しに一瞬驚いて戸惑っていただろ?

そういうきちんと女の子らしい一面も持っている。

十分魅力的でタイプと言えばタイプに入るな。」

「そ、そうか。ある意味隼人は女の敵だな。」

「なんでだ?良いところは良いと素直に言葉にする事が大切だと思うぞ?」

「それに気付いていないのが、尚の事たちが悪い。」

「あっはっはっは。よく言われる。」

 

リーシャの指摘通り、元居た世界ではこんな調子で良く女の子達に女の敵と言われたのを思い出した。

特に中の良かった女の子には「あんたの死因は女に背中から刺されて死ぬんだろうね。」と真顔で言われた事もあった。

 

まぁ、嫌がる女の子には無理に話しかけないし、普段から無理に口説こうという事もしていない。

あくまで平常運転の自然体で接しているだけにしか過ぎない。

時に修羅場なども何回か経験はしていたのも確かではあったが、きちんと都度ケジメはつけてきたと思っている。

 

というよりこちらばかり質問されていているような気がする。

これではつまらない男になってもおかしくない事から適当に返す事を決める。

特に意味は無い只のコミュニケーションという奴だ。

 

「逆にリーシャのタイプはどんな男なんだ?

立候補したい一人としてはきちんと聞いておかないといけないような気がするんだ。」

「全く馬鹿馬鹿しい。私のタイプは父のような立派な人物だ。

というより本当に身体は大丈夫なんだな?」

「あははは。流したな。まぁそういう事にしといてやる。

ちなみに、さっきも言ったが体調は問題ない。」

 

杞憂だったのか軽い掛け合いの後、普通に質問された。

コミュニケーションを取ろうとしていた自分としては些か肩透かしを食らったが、堅苦しそうリーシャの事だ。大方仕事を優先しているのだろう。

その為にきちんと答えた。嘘ではない。

 

確かにリーシャのしつこいくらいの心配もわかる。

この街に来るまで馬でリーシャ達は帰ってきたが、自身はと言われれば走って来た。

馬など村には無かったからだ。

 

それを気遣ってリーシャが自分の馬の後ろに乗るように言ってきたが、なんというか若い女の子の腰に手を回すのに若干の抵抗感があり走る事を選んだ。

言葉では軽く言えても若くない今の自分としては、一応常識はあるのだ。

それにその時アトラが地味にやきもちのような表情を見せていたのもある。

アトラとは上手くやれていたし、面倒を見てくれた恩人だ。

それならばあまり心配させたくはなかった。

しかし、リーシャは到着が遅くなると言って強引に乗せようとした。

ベリーウッドの森まではこちらのペースで走っていたので、遅いと思われていたのもあるだろう。

その為、とりあえず普通の人間よりは早く走れるのを説明してから、嘘かどうかを確認するために軽く馬に並走してみた。

その時のリーシャとリリアンの驚いた顔には満足したものだ。

それに対して道中リリアンがムキになって馬の速度を上昇させ、ドヤ顔で先行するような場面もあったが、リーシャにとりあえず付いていくからと速度を上げるように促して確認を取った後、リリアンに負けじと神脚速移を発動した。

ハッキリいってスキルの発動中はぶっちぎりで引き離した。

その時のリリアンの悔しそうな顔はしばらく忘れないだろう。

また、発動中はEPの効果もあってか、殆どスタミナも減らなかった。

走る→スキル→走る→スキルを繰り返した事で、普通よりも疲れる事がなかった。

むしろこれだけ長距離を走って疲れる事が無いというのがわかっただけ大きな収穫だ。

流石にEPが回復してもすぐにスキルを発動させたので、途中からはほぼEPは枯渇していたのは間違いないが。

 

「そうか。それなら私は報告に行くが、付いてきてくれるか?」

「ああ。わかった。」

 

初心なのはやっぱり可愛いもんだな。

俺も純粋な頃に戻れるなら戻りたいぜ。

 

振り返り歩き始めたリーシャを追うように付いていく。

ふわりと風に揺れ一瞬だけ髪から覗いた耳は、街灯に照らされ多少赤くなっていたのが見えた。

それを後ろから眺め、案内される場所は一体どんな場所なのだろうかとまだ見ぬ出来事に考えを巡らせた。

 

 

★★

 

案内された場所。

それは学生時代の頃、学校に存在していた体育館くらいの広さのある広間だ。

恐らくお偉いさんが使うような場所なのか、入り口を入ると奥には階段が3段程あり、更にその奥に立派な椅子が二つ視界に入る。

遠目から見ても椅子の縁には金持ちが好みそうな金色の装飾が施されているような物だった。

その片方、こちらから見て左側へ一人の男が座っている。

いい歳した初老の男だ。

その周りには数人の兵士のような人間達が立って居た。

多分この初老がこの国のお偉いさん。いわゆるトップの王という人間なのだろう。

周りにいるのは護衛兵だろうか。

向こうで言うところのSPみたいなものだと予想できる。

 

初老の人物はまるで絵にかいたような王とでも言うように、頭に王冠を乗せ肩に乗るような白髪交じりのウェーブがかかった髪に髭を蓄えていた。

しかしながら、その顔付きは精悍で身体つきからしてまだまだ現役だと言う雰囲気を持っている。

両手には宝石が埋め込まれた指輪をして、身に付けている物は赤い絹で出来ているのか、ローブのような物が部屋に灯された灯りによって美しい光を反射していた。

 

歩いてきた道は幅相当広い幅だ。

どれくらいなのか畳を一列に並べた事などないことから、予測ができない。

そんな広さの幅の真ん中を中心にして2/3程を赤いカーペットみたいなものが敷かれている。

 

男の前でリーシャが膝を折り、片足を地面に付くようにして頭を垂れた。

その姿は傅くという言葉が適切だろう。

しかし自分はというと、頭を下げるつもりは毛頭ない。

いくらこの国のトップだとしても、自身にとっては何をしてくれたわけでもないのだ。

むしろ迷惑を吹っかけて来た奴のトップかもしれない。

それに玉座であろうイスにふんぞり返るお偉いさんに媚び諂いなどストレスで頭がハゲてしまう。

 

「リーシャ・レオリウス。只今を持って帰還いたしました。」

 

リーシャが目の前の初老に対して報告をする。

言わなくても見てわかるだろうと内心思うが、それは必要な作法なのだと会社の報連相を思い出していた。

 

初老はゆっくりをリーシャへと目を向ける。

 

「そうか。ご苦労であった。そちらの男が言っていた人物か?」

「はい。レイス様へとご報告いたしました人物でございます。」

「うむ。」

 

なぜこうも絶対的な上役位置に居る人間は堅苦しいのか。

もっとこう息を抜いてもらいたい。

それにリーシャがこうした言葉使いと態度を鑑みると、実際に偉いのだろう。

部外者である自身が口を挟むような事は特にするつもりはない。

 

初老がリーシャから視線を外すようにして続けてこちらへと目を向ける。

まるで値踏みされているような視線にイライラが募る。

 

「おい。おっさん。お前が偉いのは見てわかる。リーシャが頭を下げているからな。

ただ、俺からすると関係ない。

人を呼んでおいて値踏みするような見方をするな。気分が悪い。」

「貴様っ!国王様に向かって何という口の利き方をする!」

 

周囲に立っていた兵士達がざわめき立ち、敵意を持った声を上げながら武器を構えた。

 

「なぁ。いい加減にしてくれねぇかな。人は合わせ鏡と言わねぇか?

これがそこに座ってるテメェの答えなら意地でもコイツらブチのめして家に帰るが?」

「隼人!落ち着け!」

 

リーシャが宥めてくるが無視だ。

別に無理して敵対したいわけでもないが、初対面でこの応対なら普通の日本人だと誰でもキレるだろう。

自分としてはこちらの常識や縦割り社会に興味が無いし、知るつもりもないのだ。

 

「悪いなリーシャ。お前の気持ちも汲んでやりたいが、こいつらが敵対するなら全員に後悔させるだけだ。お前に言ったろ?

人と比較するぐらいならモンスターと比較した方が俺の強さはわかりやすいって。

それを見せてやるだけだ。」

「隼人!――」

「はっはっは。お前ら武器を収めよ!」

 

初老の中年は手を薙ぐようにして兵士達を静止させる。

その声に対して不満がある兵士達の顔だが、やはりトップなのだろう。

何も言わずに渋々ながらも武器を収める。

 

「いや、すまん。敵対するつもりは無い。言葉を理解できぬと聞いていたものでな。

それでどのような者かと少し見ていた。実際は話せるのだな?」

 

初老の言葉は流石というかなんというか。、貫禄というものだろう。

流石はこの国の王というだけの事はある。

 

「ああ。村のみんなのおかげで、文字の読み書きこそ無理だが、会話なら殆ど問題ない。」

「そうか。では改めて自己紹介をしよう。

私はこの国、フォルゲンの王。ギリアム・マトリカだ。」

「俺の名前は如月隼人だ。」

 

向こうが謝罪して自己紹介をしたならば、こちらもそれ相応には応対する。

不満はあるが、相手が悪いからと言って相手よりつまらない人間にはなるつもりは無い。

互いに短い自己紹介を終え、少しの沈黙が流れる。

隣ではリーシャがホッとしているのか、目の前の王には聞こえない程度の安堵の溜め息を吐いているのが聞こえた。

 

「それにしてもこのような少年がスカイタイガーの攻撃を凌いでいたというのはな。」

「陛下。失礼ながら発言の許可を頂きたく思います。」

「なんだ?」

「過去にスカイタイガーの攻撃を退けたのは事実ですが、今では適正なレベルこそ足りていませんが、予想だと一人で討伐が可能だと思われます。」

「ほう?それは何故だ?」

 

面白いものを聞いたという感じでギリアムがリーシャへと言葉を促した。

しかしスカイタイガーと言っていたが何だ?

一応タイガーと言うからには虎と思うが、あの虎を指しているのか?

頭の中でこちらの言葉を向こうの言葉に変換して理解しているから虎をイメージしたが、

タイガーと言っても別のものを指すものかもしれない。

もしかして俺に何かを討伐させるつもりなのだろうか。

勇者の冊子では勇者とは実の所、実入りのいいハンターだと書かれていた。

 

「本日、彼の仕事であるモンスターの討伐に同行したのですが、

その際フォレストウルフの群れへと遭遇しました。

その数、9匹。当初の実力を想定していた自分としましては、とても勝てるような状況でないと判断して撤退を進言したのですが、彼は予想を裏切り素手によってほぼ無傷で8体を仕留めております。」

「ふむ。お主が言うなら間違いないのだろう。

しかし、ほぼ無傷。という事は何かしらのトラブルで9体居たフォレストウルフを8体しか仕留めきれず、残りの1体をお前が片付けたのだな?」

「いえ、それは、同行していたリリアン・ホリアムが、何といいますか――」

 

なぜそこで言い淀む。

ズバっと言ってしまえばいいのだ。

下手に言い淀むとやましい事があるのかと思われてしまう。

 

そう考えここに来て言いにくそうなリーシャに対して割って入ることにした。

 

「簡単だ。リリアン達を守る為に俺がフォレストウルフに足を噛まれただけだ。

別にそれだけなら追いかけて簡単に仕留めれたんだが、リリアンが腰を抜かして服を掴んでいたから動けなかったというのが答えだ。」

「にわかに信じがたい話だがリーシャの手前、疑うのは無粋というものだな。

フォレストウルフは1匹討伐するにしても並の兵士なら数人は必要だ。

しかし、リリアンと言ったか、もう少し鍛えるべきだな。」

 

あの狼が並の兵士なら数人?

冗談も休み休み言え。

確かに地の利や工夫、そして数人は必要かもしれないが、親父が指示すれば兵士よりもレベルが低い村人数人でさえ倒せる。

どれだけここの指揮官は兵士を使うのが下手くそなんだ。

逆に言えばそれだけ親父が優秀だと言う証明でもあるのだが。

 

しかし――

 

「おい、おっさん。リリアンを悪く言うのはやめろ。

人は失敗して成長するんだ。そんな事もわかんねぇのか?

それにあいつは女の子だろ。更に言えば聞いた所によるとあいつは初めての任務だったそうじゃないか。

そんな人間が、しかもお前らの話だと1匹に対して数人必要なモンスター、その2匹に同時に襲われたんだ。逆の立場になって考えてみろ。

死にかけたと言っても間違いない。普通なら男でもビビるだろうが。

それにな、周りからあーだこーだ言うのは簡単だ。現場で同じ体験をしてから物を言え。」

「ふははは。青二才の子供の癖に、このワシに対してそのズバズバした物言い。逆に気持ちが良いな。」

 

言いたい事を伝えた上で豪快に笑うギリアム。

その姿は外見こそどこぞのテンプレ王だが、話してみると中身はまるで土方の親方のような感じがする。

ただ、そうは言っても一つ訂正しておくことがあった。

誤解は招きたくない。

 

「おい、おっさん。確かに俺はおっさんからすると青二才だ。

ただ、一つ訂正してもらおう。俺は子供じゃない。アラサー男子だ。」

「アラサー男子?それは特殊な称号か何かか?」

 

笑っていた顔から急に真面目な顔になってギリアムは聞いて来た。

リーシャも同じように相変わらず頭にクエスチョンマークを浮かべたような表情で膝を付きながらこちらを見上げている。

 

「確かにアラサー男子は称号って言えば一時の称号だろうな。

ただ、厳密に言えば称号じゃない。年齢だ。」

「ふむ。それで?アラサー男子とは何歳を示すのだ?」

「アラサー男子はだいたいの年齢を示すだけだ。俺の年齢は30歳だ。」

 

しばしの沈黙が続いたあと、リーシャが城に響き渡るような大声で叫んだのは割愛しておこう。

 

「そうかそうか。お主、いや、隼人は30歳か。

しかし誰がどう見てもリーシャ、むしろ娘のレイスと同じくらいの年齢にしか見えんぞ?」

 

リーシャやギリアムの周りの兵士はそうだそうだと言わんばかりに頷いている。

 

いや、お前らもっとビシっとしろよ。

確かアニメや漫画だと王の周りの兵士達ってもっとこうピリっとした空気を持っていただろ。

 

そんなツッコミを内心入れながらも冷静になって考える。

そういえば今までこっちの世界に来て鏡のような物を見たことがない。

自分の顔を詳しく見る機会が無かったのは確かだ。

流れる水で確認を行おうにも、水面が揺れており確認ができるはずがない。

 

「なぁおっさん。」

「隼人殿、さすがに王に対してその口の利き方はなんとかできないか?」

「リーシャ。よい。隼人とはこの方が何というかワシも新鮮で話しやすいのだ。」

「だそうだ。リーシャ。諦めてくれ。俺も今更ギリアム王って舌を噛んでしまいそうだ。

まぁ流石にリーシャの言うようにおっさんだと混同しそうだから、親しみを込めてギっさんと妥協しよう。」

「ふははは。面白いではないか。」

「あと、年齢を聞いたからだろうが、殿はやめろ。殿は。隼人でいい。

距離感があって寂しいだろうが。」

 

流石に王に対して言葉使いが不味いと思ったのだろうか、言い改めるようにリーシャは促すが、そんな事は知ったこっちゃない。

それにギっさんも悪いようには捉えていないのだ。

その態度を見て諦めたように膝を付いたままリーシャは肩を落とした。

 

「でだ、ギっさん。こっちに鏡みたいな物はあるか?

自身の姿を確認できるような物と言えばわかりやすいか?

俺はこっちに来てから自身の姿を碌に確認した事がないんだ。

いい機会だから確認してみたい。」

「ああ。あるぞ。おい。そこの奴。ワシの部屋から取ってこい。」

 

完全にこのおっさんもリリアン同様さっきまでとキャラが違うよな。

あっちは演技だったのか?

まぁ自分としてもこっちの方がやりやすいが。

 

指示された兵士は敬礼をした後、踵を返して広間から消えていった。

 

「して、隼人。」

 

ギっさんが手を組んで眼光鋭く話しかけてきた。

先程までの笑っていた表情とはまた真逆の真剣な表情だ。

こうも切り替えが早いと、流石にどちらが本当の人間なのかと疑いたくなってくる。

 

「なんだ?」

「隼人は自分が召喚されたと認識しているようだが、間違いないか?」

「ああ。それであってる。過去の勇者の書いた冊子を読んで理解している。」

「そうか。その冊子というのがわからないが、理解しているのか。

ならば話は早い。すまないな。」

「なんで謝る?ギっさん達が召喚したんだろ?」

 

てっきり予想ではギっさん達が召喚した物だと思い、我らに従えや、冊子に書いていたようにモンスターを倒せと命令するものだと思っていた。

その矢先、謝罪の言葉が出てきた為に多少想定外だったことで困惑する。

 

「いや、ワシらは本来召喚する気が無かった。」

「ワシらは?どういう事だ?」

 

ギっさんが言うには、文献には残っているがどうやら次元の狭間とやらはここ500年程存在を確認していないらしい。

しかし、最近モンスターの異常行動による被害の発生が世界的に多発している事によって、それが文献に残された次元の狭間に関係あるんじゃないかと危惧する者がいた。

それが臣下の中の一人である大臣だ。

大臣の言い分的にはこのままではフォルゲンはモンスターによって滅ぶと考え、

それならば遅くなって取り返しがつかない状態になる前に、文献にある勇者を召喚してモンスターからも守ってもらおうと画策したそうだ。

そして独断専行で勇者の遺物を使って儀式を行ったというのが流れのようである。

完全にギっさん達にとっても予想外の出来事だったらしい。

 

途中、勇者の遺物というのが理解できずに質問したが、いわゆる装備や所持品だそうだ。

そして儀式の結果、儀式場に勇者は現れなかった。

しかし儀式場では何か不安定な力が働いているという。

解決の為に原因調査隊が組まれたが勇者の遺物は喪失してしまい、その力が何なのか不明な為に念のため監視を付け立ち入りができないようにしているらしい。

過去の文献からしてすぐに召喚が成功するとは書いていなかったためだ。

もし儀式を行ってしばらく経過してから召喚されるならば、余計な手を加えない方がいいだろうという判断だったみたいだ。

そして勇者召喚の儀式は成功したのか、それとも失敗したのかも不明なまま時間だけが過ぎた。

 

しかし、儀式からしばらくして王国領内でスカイタイガー。

つまりあの白い虎で間違いないようで、それを討伐していた際に言葉が通じない人物と遭遇した部下が居ると娘であるレイス王女から報告が入ったらしい。

調査隊からの報告によれば、文献の中で言葉が通じない者もいると記録されている事から、もしやと思い、言葉が通じない者と接触したリーシャが矢面に立たされてリットン村へ派兵されたのだ。

それが俺だったという流れである。

そして、もし勇者であるならば会って謝罪したいということがギっさんの話した大まかな内容だ。

 

「なるほど。ギっさんらの話は理解した。で、一ついいか?」

「なんだ?」

「その大臣はどこにいる?」

「今は勇者儀式を勝手に行ったとして投獄してあるが何か問題でも?」

 

説明を終えたギっさんに対して大臣の居場所を聞く。

すると更に眼光鋭く疑問を投げかけて来た。

こちらとしても理由は簡単だ。

俺の事情も考えずに強制的にこちらに呼ばれた怒りを向けるだけだ。

一言で言うなら自分の都合でこちらの許可無く強制的に連れて来られたのだ。

ならこの手でぶちのめす!これだ。

 

「ギっさんには悪いが、大臣をここに今すぐ連れてきてくれ。

ギっさんらには関係ない。俺と大臣の問題だ。」

「それは、今の隼人に合わせるには断らざるを得ないな。」

 

こっちの世界の事情なんてどうでもいい。

難しい話など鼻から頭にはない。

しかし、ギっさんはこちらの気持ちを見抜いたのか、拒否の言葉を並べる。

下の者を守る。上に立つ者としては当たり前の行動だろう。

予想はしていたがこうなると厳しい。

 

「はぁ……ギっさん、悪いが、こっちの事情は俺にとっては正直どうでもいい。

この国が滅ぶなら勝手に滅びろとさえ思う。」

「…………」

「そいつの都合で俺の人生は大幅に狂わされたんだ。

一度だけじゃなく既にこの世界で二度死にかけた。いや、フォレストウルフを含めると三度か。

まぁ、どっちでもいい。

ただな、元の世界ならまだやり直しがきくだろう。

先に聞く。俺は元の世界に帰れるのか?」

「…………」

「無言と言う事はできない。又は不明ってことだろうな。

で、補足しておくと今では別にこの世界の事は嫌いじゃねぇ。

ただ、ケジメはつけるべきじゃねぇのか?」

「すまない……隼人の怒りももっともだ。」

 

ギっさんが目を閉じて、短いながらも重く深く謝罪の言葉を述べた。

しかし、投獄したからと言って済むような問題ではないのだ。

勇者の冊子には帰ったとは明記されていなかったし、帰る日程なども記述されていなかった。

それに最後は嫁とあったのだ。なら帰れていない可能性の方が高いのだろう。

 

それに、投獄したからといってそれは都合が良すぎる。

元居た世界の日本でもそうだ。

法があって裁判所で裁かれる。それは頭では理解できる。

しかし被害者側はどうだ?

当事者同士で合意の上でなら納得が行く。

それが自分の関係ない所で話が勝手に進み、勝手に処分が決まる。

被害者の気持ちなんて全く考えられていない。

なら被害者側の気持ちはどうなるというのだ。

 

「むしろ、聞きたい。

テメェら謝って済む問題だと思ってんのか?

殺すぞボケが!」

「貴様っ!」

 

ギっさんの周囲に立っていた若い兵士の一人がこちらの言葉に対して我慢の限界に達したのか、手に持った槍を構えて向かってくる。

直進的に槍を構えて向かってくる姿はビークと被るが、ビークよりも動きは早い。

恐らくレベルの差という奴だろう。

しかし、ただそれだけであって相手にもならない。

腹を狙って突き出してきた刃先を左足を引いて軸をズレして避け、そのまま柄部分を左手で掴んで動きを止める。

 

「くっ!放せ!」

「何でテメェがキレてんだ?ああっ!?

今は俺とコイツが喋ってんだろうが!!

それにな、キレていいのはテメェらじゃねぇ!俺だけだ!」

 

必死に振りほどこうと踏ん張って槍を掴んでいた兵士。

握っていた柄を難なく引き寄せ、相手の体がバランスを崩して寄ったところで、その腹部へと加減した右拳を打ち放つ。

スキルを使用してぶっ飛ばすなど、フォレストウルフを数人で相手をするような奴らだ。

死んでしまう可能性がある。

それでなくとも全力で顔を握ればフォレストウルフのように脳漿をぶちまけさせる事も可能だろう。

言葉は荒くケンカこそすれ、実際の所人殺しにはなりたくはない。

 

一方殴られた兵士は金属で出来上がっていた腹部は凹み、苦しそうに悶絶して地面を転がる。

その腹を上から全力で踏みつけるようにして、地面へと打ち付ける。

兵士は苦しそうに悶えて最後は口から血を吐き、意識を失ったのかすぐに動かなくなった。

 

「スキルも何も使ってねぇから死んでないはずだ。

ただ、邪魔するなら次からは加減はしねぇ。

死にたいなら前に出ろ。殺してやる。」

 

怒っているのは事実だが実際には殺さない。

意識を失った兵士を踏みつけながら脅すだけだ。

脅しというのは時と場所によって適切に使い分ける必要がある。

それに実際のところ、加減はしているしこれくらいの相手なら簡単に殺そうと思えば殺せそうだ。

 

そしてこちらの怒りに火をつけたと理解したのか、それともギっさんの指示がないからかは不明だが、他の兵士達は武器を構えるだけで近寄っては来ない。

それだけでも話がしやすい。

 

「ギっさん。この説明を受け、俺がどう出るかも考えなかったのか?

お前らは暗に俺に対してこの世界で死ねと突き付けたようなもんだぞ。

その上で謝りたいから連れてこい?

図々しいにも程があんだろ。

普通なら下がミスしたら上であるテメェが脚を運んで謝りにくるべきだろうが!」

「もっともだ……」

 

責められる事を覚悟していたかのように、ギっさんは言い訳もせず再度頭を下げる。

 

「それにな、文献ってのが残っていて勇者の力を理解しているなら、勇者が敵に回る可能性すら考慮してなかったのか?

それを大臣一人で許してやるんだ。妥協しろ。」

「無理だ。いくら罪人だと言っても、これから行おうとしている隼人の行動の為に差し出す事はできない。」

 

毅然とした言葉で拒否を示すギっさんに対して、やはりかと思う。

ただ、これは元の世界では下を庇うという事は上がケジメを取るという事だ。

そこに理由があるのは、下の面倒は上が見るのが当たり前だからというぐらいだろう。

大臣の責任を自分が取るという意味をこちらの世界のギっさんが理解しているのかは不明だが、軽くボコボコにぶっ飛ばしてやろうと歩き出した所で右肩を掴まれた。

 

「隼人!大臣がした事に対してお前が怒っているのはわかる。非礼は詫びる。」

 

どうやらリーシャが立ち上がり肩に手をかけて静止をかけてきたようだが、既にこちらは頭に血が上っている。

それにリーシャがいくら詫びた所で、リーシャは関係ない。

関係があるのは大臣と、その親である王だ。

 

「リーシャ、非礼は詫びるっつったな。

お前は知らないどこかの誰かによって、俺達が生きる為に牢獄の中で寿命が尽きて死ねと宣告され、それから逃れられない立場になったらどう思う?許せるか?」

「それは……」

「お前らは俺にそれを無理やり押し付けたんだと理解しろ。」

「――っ!」

 

一瞬手から伝わる硬直。

多分リーシャはどう言葉を投げかけていいのかすぐに思い浮かばなかったのだろう。

別に問い詰めようという気持ちで言ったわけじゃない。

ただ、事実を述べただけだ。

 

「わかったら放せ。お前は関係ない。ギっさんをぶっ飛ばす。」

「無理だ……」

「なんだって?」

 

小さな声で拒否の言葉を示したリーシャ。

ギリギリと強まる手の力に彼女なりの葛藤があるのかもしれない。

 

「隼人がいくら大臣の犠牲になって召喚されたと言っても、陛下の危機を黙って見ているような立場でもないんだ。わかってくれ。」

「ギっさんの横にいるボンクラ共と違って、覚悟は大したものだ。

ただな、勝てると思ってるのか?」

「どうやら加減できる相手でもなさそうだ。

それでもやるというのならば全力でやらせてもらう。」

 

リーシャは村に来た時同様、吹っ切れたように退く気はないと力強い言葉でハッキリ意志表示を示した。

それは俺からすると関係無い立場であっても、リーシャからすると王に仕える騎士だ。

彼女には理由がある。

一体どれだけ忠誠心が高いのだろうかこの女は。

 

「リーシャ。森での出来事や、ここまでの道中を見て勘違いしているようだから言わせてもらう。あれは加減しての実地訓練だ。

俺が全力でやればお前を瞬殺するのは多分簡単だと思うが、それでも放さないつもりか?」

「…………」

 

使わないと決めている鬼神進軍だが、EPが切れていない状態で言葉通りを行えば確かに瞬殺は可能だろう。

それに超感覚もある。気配から察してどう動くかも気合いを入れればわかるだろう。

しかしEPは切れている事から、ぶっちゃけ脅しているだけに過ぎない。

それでも、無言で返す彼女の肩にかかる手からは力は失われず、退く意思を感じられなかった。

 

「はぁ~……まったく……クソ真面目というか何というか。お前は頑固だよ。」

「隼人……」

 

リーシャの揺るがない決意によって毒気を抜かれ、やる気が削がれてしまった。

その為、彼女の肩にかける手から多少力が抜けたようにも思える。

それにリーシャには関係ない上に、女に手を上げるのは男として見れたものじゃない。

そんな第三者が殴られるのを覚悟で止めに入るのだ。仕方ないだろう。

 

「ま、仕方ない。これは貸しな。この貸しは今度俺とデートしろ。それでチャラだ。」

「なっ!?お前はこんな所で何を言っているんだ!?」

「それで許してやるって言ってんだ。

こっちは家族にも会えず、友人にも会えず、この世界で死ぬのが確定している人間なんだ。

それをデート一つで済むなら安いもんだろ?納得しろ。」

「むぅ~……しかし……そう言われてしまえば何か卑怯な気もするが……これは仕方ない、のか?」

「そうだ、俺が召喚されたのも仕方ない。

お前が俺を止めないといけないのも仕事柄仕方ない。

なら、俺はお前みないな美人と出会えた事をプラスに捉えようと思う。

そう考えたほうが腐ってるよりマシってもんだろ?」

「そうか。そういうものか。しかし、フフッ。隼人も物好きなものだな。」

「ははは。初めて笑ったな。」

 

緊張した空気をぶち壊すために言った言葉。

背後から驚きの声をあげたリーシャだったが、わざとらしく濁した言葉に対し最後は察した様子で肩から手を放した。

 

まぁ、この場を紛らわせる為の言葉のあやなだけであって、別に本当にデートをしたいわけじゃないんだけどな。

 

「というわけだ。ギっさん。

この件はあんたの顔じゃない。ここまでしたリーシャの顔に免じて許してやる。

ただ、次にギっさん達が問題を持って来たら俺は許さない。

次は確実に敵に回る。それとこれとは別だって事を覚えておけよ。」

「ああ。わかった。本当にすまない。」

 

ギっさんは重く受け止めたようにして謝罪の言葉を述べた。

 

なんかギっさん謝ってばかりだな。

あ!――

 

「そうそう、この勇気ある向かってきたバカの手当てをついでによろしく。

このまま死んだんじゃリーシャが危険を顧みずに止めた意味がなくなる。」

「感謝する。」

 

ギっさんは短い感謝の言葉を発して近くの兵士達へと倒れている兵士の治療を指示した。

 

まぁ、ギっさんも巻き込まれたようなもので、根はいい奴なんだろうしな。

 

「隼人。今日はゆっくり休むといい。

明日にでもシャールと一緒にお前の今後について話し合いたい。」

「ありがたい申し出なんだが、それは断らせてもらう。

俺は明日も仕事なんだ。だから今からでも帰るつもりだ。」

 

ギっさんが何かをしてくれようとしているのは理解できるが、ハッキリとした言葉で辞退させてもらった。

それにもう終わった問題だ。早く帰って村の奴らを安心させたい。

 

「そうか……もし何かあればまた来てくれたらいい。その時はできるだけの事はしよう。」

「ああ。覚えておく。んじゃな。」

 



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