進撃のイスカリオテ~Titan to Dust~ (マイン)
しおりを挟む

蘇る銃剣

とうとうやってしまった…続くんかなこれwww
原作セリフ借りんの初めてだけど大丈夫かなあ…


みんな…泣いては…いけ…ま…せん…

 

寝る…前に…おい…のりを…

 

AMEN…

 

それが神父、再生者、銃剣と呼ばれ恐れられていたヴァチカン法王庁第13課イスカリオテの神父、アレクサンド・アンデルセンの最後の言葉であった。

 

アンデルセンに、後悔はなかった。あの吸血鬼(フリークス)を殺せなかったのは残念だが、ハインケルも由美恵も生き残った。あとはあいつらに任せておけば、ヴァチカンも安泰だろう。自分は、先に行ったあのどうしようもないバカを小突きにでも行くとしよう。

そう思い、安らかな死の安寧に身を任せた。

 

だが、運命は彼を戦いから遠ざけなかった。むしろより孤独な戦いの火中へと叩き込んだのである。

巨人と人間の戦いの中へ。

 

 

ここは巨人が大地を支配する世界。

シガンシナ区。ウォール・マリア内側、3枚の壁で囲まれた都市の中で最も外側にあり、多くの民衆が住まうエリアでもある。とはいえ外側の壁の高さは50メートル、確認されている巨人の最大の身長が15メートルである以上、安全であると思われていた。あの日までは。

 

「うわあ!なんだよこいつぅ!」

「この、このぉ!」

シガンシナ区の外れ、市街地から少し遠ざかった2枚目の壁、ウォール・ローズの傍にある小さな孤児院の前で二人の男の子が取っ組み合いをしていた。他の子達は玄関脇からこっそり見ていたり、それを見て、囃し立てているものもいた。

すると、建物の中から大柄な男が出て喧嘩している二人に呼びかける。

 

「コラーッ、二人ともやめなさい!」

そういうとぴたりと喧騒はやみ、当人たちも、手を止めて申し訳なさそうに下を向く。

 

「友達同士で喧嘩しちゃいけないでしょう。謝りなさい」

「はあい、ごめんなさい」

「…ごめんなさい。でも神父様!エドが悪いんですよ!調査兵団で死んだおれの父ちゃんのことバカにして!」

やられてたエドという少年に続き、殴っていた少年もお互いに謝るが、彼はその喧嘩の原因を男に告げる。

すると男はうなずき、次いで穏やかな顔でエドに語りかける。

 

「いいかエド、リンクのお父さんは人間のために戦い、そして死んでいったんだ。人間の勝利を信じて戦ったんだ。それはとても立派なことなんだ。間違っても、けなしたりしてはいけないよ」

そういうとエドはうなずき、リンクを見てもう一度謝罪する。リンクも今度はそれを笑って受け入れた。

それを見届けたのち、男は立ち上がって今度は周りに呼びかける。

 

「みんなもいいですかあ?」

ただし今度は笑いながらも眼に確かな決意と殺意を込めて、

 

 

 

 

 

「暴力を振るってもいいのは巨人どもと異教徒共だけです。わかりましたか?」

『はーい、神父様』

神父、アレクサンドアンデルセンはそう言った。




とりあえずここまで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

運命の日

なんかいろいろ嬉しい評価をもらえてハッピーうれぴーよろぴくねー!状態なんだけど
興味を持ったらニコニコにある「進撃の吸血鬼」という動画も見てみてねー



アレクサンド・アンデルセンは一年前、このシガンシナ区にやってきた。というより調査兵団が連れ帰ってきた、という方が正しいだろう。

詳しいことは自分にもよく分からなかったが、なんでもたまたま調査に赴いた森の岩場の陰で倒れていたのを保護されたらしい。パッと見て見つかるような状態ではなかったため巨人にも気づかれずに済んだのだろう。というのが彼らから聞いた話である。

 

録に状況を理解していないアンデルセンは簡単な聴取の後、解放された。その際自分のシガンシナ区での戸籍と来歴(小さな宗教の神父で、食糧難のためにこっそり外に出ていた。ということになった)、そしてウォール・ローズの傍に空き家を一件用意してもらい、そこに住むことになった。キリスト教もロクに知らない異教徒共であるが、このことについては感謝している。

 

 

 

そしてその空き家を有志の元改築し、元の世界のように孤児院となった我が家にてアンデルセンはひと時の休息に浸っていた。

「ふぅ」

アンデルセンは聴取の際、自分が神父であるということは話したが、元の世界や、イスカリオテ、吸血鬼のことは話していない。下手に話せば狂人扱いされる、…いや元の世界でもそんなものだったが、うえに自分を拾った調査兵団とかいう連中が戦っている巨人とやらの戦いに駆り出されるやもしれん。カトリックや法王のためにならば身を粉にしてでも戦うが、誰とも知れぬどこぞの異教徒共のためになどに振るう刃は持ち合わせていない。殺されないだけありがたいと思え。それがアンデルセンの持論であった。

 

「神父様ー、そろそろ時間ですよ」

そういってアンデルセンを呼んだ少女(どことなくハインケルの面影がある)は一番の年長者である12歳のロゴスである

「おお、もうそんな時間ですか。いやはや歳をとったものだ、うっかりしていた」

改築の際、アンデルセンは一つ注文を出している。

「なにいってるんですか、まだまだ若いですよ。さあ”礼拝堂”に行きましょう。みんなが待ってます」

「うむ、ではいこうか」

己が信じるカトリックの礼拝堂を一室に設けるというものである。カトリックを知らぬのならば自分が広めるしかない。司教の真似事などやったことがないが、今を生きる子供たちに救いを説くことぐらいならばできる。礼拝堂といってもマリア像もない、ミサもできないこぢんまりとした祭壇があるだけだが、アンデルセンにとっては大切な心のよりどころであった。

 

礼拝堂に入ると、孤児院の子供に交じり、普段いない子供や大人までいる。彼らはアンデルセンの一年の尽力の結果、信徒となったものたちである。

「みなさん遅れて申し訳ない…おや、エレン君ではありませんか。それにミカサ君にアルミン君も。どういった風の吹き回しですか?」

「…別に。父さんが行ってみろっていうから来てみただけだ」

そうアンデルセンに返事した少年はエレン・イェーガー。彼の父親であるグリシャ・イェーガーはキリスト教、ひいてはカトリックに興味を持ち、何度かアンデルセンの元を訪ねその教えを拝聴している。(といっても信徒としてではなくあくまで研究のためであるが)

「ち、ちょっとエレン!」

「…ごめんなさい神父様。エレンが失礼なことをいって」

いかついアンデルセンにビビりながらもエレンに注意する少年はアルミン・アルレルト。もう半年ほど顔を突きあわせているのに未だにアンデルセンになれないのである。

物おじせずぺこりと頭を下げるのはミカサ・アッカーマン。この三人の中で一番早くアンデルセンに順応できた少女である。

「構いませんよ、理由はどうあれカトリックを知ってもらえるのは嬉しいことですからねえ。ささ、早くお座りなさい」

そんな三人に微笑ましく席を勧め、アンデルセンは祭壇の前に跪き、振り返って皆に告げる。

「ではみなさん、我らが主のためにお祈りを-」

そして聖句を唱える。カトリックここにありといわんばかりに、朗々と。

 

 

 

月日は流れ、845年のある日、アンデルセンは3人の子供と一緒に買い出しに出向いていた。お供をするのは年長組のロゴスと、ベレッタという少女(ミカサと同じ東洋系で、どことなく由美子に似ている)、そして今回買い出し初となるリバーという10歳の少年であった。

 

ロ「神父様、今日は何を買うんです?」

ア「…そうですね、最近野菜ばかりだからたまにはお肉でも買いましょうか」

リ「やったあ!お肉だあ!やったね、ベレッタ姉ちゃん!」

ベ「そうね、でもあんまり余裕はないから少しだけよ」

リ「ええー!」

ア「ふふふ…」

 

そんな会話をしながら街を歩いていると、ふと壁に気配を感じアンデルセンはハッとして壁を見上げる。

「?どうしたのですか神父…様…」

まずロゴス、次いでベレッタ、リバーと後を追うように壁を見上げ、愕然とする。

 

 

 

 

なぜなら50メートルあるはずの壁の上に

 

 

 

 

巨人は絶対突破できないと思われた壁の上に

 

 

 

 

 

その巨人の顔があったのだから。

 

 

 

 

 

 

「化け物(フリークス)…ッ!」

そしてそれを見たアンデルセンの顔は、まるで怨敵を見たかのように憎々しげに歪んでいた。




次回いよいよ神父無双はっじまっるよー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

我らは神の代理人

とりあえずキリいいとこまで書いときます
すいません無双回は次回です


 

 

 

アンデルセンは、巨人のことを聞いたとき自分でも意外なほどすんなりその存在を信じることができた。元の世界でそれ以上の化け物と闘ってきたからだろうが、それ以上にこの国の人間の疲れ切った表情や、孤児、母子家庭、子を失った夫婦などが多いことへの得心がいったからである。

だが実際に見ていない以上、それに対してどうこうとまでは思わなかった。

 

だがその巨人を目の当たりにした今、アンデルセンには理解できたことがあった。

 

あれは人類の、いや、

 

 

 

俺の敵だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

巨人の出現に人々が茫然とする中、超大型の巨人が壁を蹴り飛ばす。壁は瓦礫と化し、すさまじいスピードで人々を、民家を襲う。そしてその一つが今リバーたちに向かってきた。

 

「危ないっ!!」

 

とっさにロゴスとベレッタは覆いかぶさるようにリバーをかばう。

瓦礫のスピードと質量を考えれば、三人まとめて吹っ飛ばされてもおかしくはない。だが、咄嗟に体が動いてしまった。何かせずにはいられなかった。三人は迫りくる死の痛みに目を閉じた。

 

だがそれは何かの粉砕音のみを残し、訪れなかった。

恐る恐る目を開け、愕然とした。そこには瓦礫の弾道上であろう位置に敬愛する神父、アンデルセンが拳を突きだして立っていたのだから。そして、その拳はかつて手であったかもわからないほどにつぶれていた。

それで悟る。神父様は瓦礫を殴って(・・・・)助けてくれたのだと。

 

「しっ神父様!なんてことを!…ああっ、ひどい…」

飛び跳ねるようにロゴスがその手であったものに近寄る。ベレッタはリバーにその惨状を見せないよう、眼を塞いでいた。

そんな二人にアンデルセンはまるで痛みを感じていないかのように笑いながら応える。

 

「このくらい、あなたたちが怪我をするのに比べたらなんともありませんよ。さあ、もうここは危ない。すぐに孤児院へ戻りましょう」

ふと周りを見れば、人々がパニックを起こして逃げ惑い始めている。混乱し過ぎているのか、周囲で一番の負傷者であるアンデルセンの手に誰も気を留めない。アンデルセンの言う危ないとは巨人だけでなく、こういうことなんだろうとロゴスは理解した。

 

「急ぎますよ、人が多いですから。裏道を使います。三人ともしっかり掴まってくださいね」

そういうとアンデルセンはロゴスとベレッタを小脇に、リバーを肩車し、疾風のように駆けていった。

 

 

 

どうやら瓦礫の被害はなかったらしい孤児院にたどり着くと、既に入口には留守番中の子供たちと、一人の女性がいた。女性はアンデルセンを捉えるやいなや駆け寄ってきた。

「あっ、神父様!」

 

彼女はローズといい、調査兵団だった息子を三年前に亡くし、夫も病でそれ以前に亡くして独りだったところを、アンデルセンに頼まれ、現在この孤児院の家事を務める寮母をやっていた。

そんな彼女のただ事ならない様子に、アンデルセンは眉をひそめる。

 

「どうしました?ローズさん?」

「リ、リンクとエドが!まだ帰ってこないんです!抜け出して街に行ったみたいで、巨人が来たっていうのに…ああ!」

ローズから事情を聴いたアンデルセンは驚き、次いで神妙な面持ちで俯くと、すぐ顔をあげて言う。

 

「わかりました。二人は私が探して連れて行きます。ローズさんはみんなと早く避難してください」

「で、ですがそれでは神父様が」

「私なら大丈夫です。さあみんな、ローズさんに付いて行くんだよ。二人は私が連れてくるからね」

ローズ、次いで子供たちにそういいアンデルセンは担いでいた三人を降ろし、来た道をまた疾風のように引き返していった。

 

「…さあ、みんな行くわ」

「ま、待ってローズ先生!」

「…どうしたのロゴス?」

仕方なく皆を先導しようとしていたローズを、先ほどのスピードから解放されさっきまで眼を回していたロゴスが呼び止める。

 

「し、神父様は怪我をしているんだ。私たちをかばって、左手がめちゃめちゃになってた!」

「ええ!…でも…」

 

それを聞き、驚きながらもローズはふとさっきのアンデルセンを思い出し、不思議そうにこう答えた。

 

 

「…そんな怪我さっきはしていませんでしたよ?」

 

 

 

街への道を走るアンデルセン、「アレ」を使えばわざわざ走る必要などないのだが、もしすれ違いにでもなれば元も子もない。故にアンデルセンは走っていた。眼前の街には、既に多くの巨人が闊歩している。それを走りながら憎々しげに見て、慣れた手つきで両袖から何か棒状の物を取り出し、右手、そして先ほどまでぐしゃぐしゃであったはずの左手に握る。

「調子に乗るなよ化け物共(フリークス)っ…!」

長年使い慣れた銃剣(バイヨネット)を握りしめ、アンデルセンはそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

エレン・イェーガーは憎んだ。母を食らった巨人どもを、こんな惨状になった運命を、そして立ち向かえなかった自分の弱さを。そのために誓った。

 

「駆逐してやる…この世から…一匹残らずっ!」

だが、今の自分にはその力がない。幼馴染の少女から身をもってそのことを教えられ、今は避難船の到着を待っていた。だが思ったより来るのが遅い。大人たちの話を立ち聞きしていると、どうやら船が足りず、大急ぎで調達しているとのことらしい。

 

「船…早く来るといいね」

「…うん」

少女、ミカサとそんなやりとりをしていると、暗い雰囲気を払拭しようとしてかもう一人の少年、アルミンが明るい声で話す。

 

「だ、大丈夫だよ!みんな乗れるって言ってるしさ!ほら、もっと元気だそうよ!」」

「…ああ」

意図は分かるが、目の前で母親を食われた以上、早々立ち直れもしない。エレンはそう返すのが精いっぱいであった。

 

「ほら、あそこに孤児院の皆がいるよ!神父様…はいないみたいだけど、行ってみようよ!」

見ると、確かにアンデルセンはいないが見慣れた子供たちと寮母であるローズがいる。が、一様に不安そうに街の方を見ている。中には泣いている子供もいる。

不審に思い、そちらに向かおうとした、

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

ドガラァァァァッンンンン!!!

 

 

なにかが壊れる音がし、視線を向けるとそこには多くの巨人が避難所の壁があったところに多い被さっていた。どうやら造りがその箇所だけ老朽化していたらしく、巨人の重さに耐えきることができなたっかのだろう。

しかし、もはや重要なのは壁が云々ではなく、巨人が入ってきたという事実である。

 

一瞬の沈黙、そして我に帰るやいなや堰を切ったように人々が悲鳴を上げ、逃げ惑う。避難所が壊された以上、どこにも安全な場所などありはしないのに。

そんな中でエレンは、二人の友人のことを探していた。

 

「ア、 アルミンッ!アルミンは」

「ここにいるよ!」

「…いたか。ミカサは、ミカサはどこに」

「ああっ!あそこ!」

「ミカサ!?」

アルミンの指さす方向を見ると、ミカサは人の波に飲まれ動けないでいて、やがて孤立した孤児院の面々の元へ走っていた。助けようというつもりなのだろうが、人がいなくなり、周りに何もない状況にある女子供の集まりに、同世代の中で飛びぬけて強くとも武器の一つもない少女が一人加わった所で、巨人の餌が増えるだけである。そして見渡しのよくなった広場に取り残された彼女らに、巨人が向かっていくのは自明の理であった。

 

「ミカッ…!」

 

エレンが何か言う前に、恐れていた事態が起こった。一人の巨人に摘みあげられそうになった少女を、ミカサが突き飛ばしたのである。

自分が代わりに捕まってしまうことなど、分かり切っていたにも係わらず。

 

「ミカサァ!!」

巨人の手の中でミカサはもがくが、10メートルはあろうかという巨人の力を少女一人でどうこうできるはずもない。ミカサはそんな中エレンの方を向いて言う。

 

「エレン!私に構わず行って!」

「なっ!?できるわけね」

「巨人を倒すんでしょ!」

「っ!?」

 

反論しようとしたエレンを言い伏せ、微笑みながらミカサは諭すように言う。

 

「こっちに来たら、エレンも食べられちゃう。そしたら、できなくなるよ。だから、ね?」

 

確かに、奴の後ろにも数体の巨人がいる。あれがこっちを標的とするやもわからない。

ふと、腕を引っ張られる感覚を感じ、見てみるとアルミンが半泣きになりながら引っ張っている。

 

ミカサの思いを無駄にしちゃいけない。だから、

 

そう目で訴えながら。

 

「だからって…!」

だからと言ってはい、わかりました。と従えるほど、エレンは理知的ではない。加えてさっき母親を失っているので、これ以上家族を見捨てることはエレンにはできなかった。

 

そんな中ミカサを捕まえた巨人が、もがくミカサを疎ましく感じたのか手に力を籠め始めた。どうやら絞め殺してから食うつもりらしい。ミカサも必死に抵抗するが、徐々に顔から血の気が失せ、力が抜けていく。

 

「やめろぉぉぉぉぉ!!!」

エレンは叫んだ。無駄だと分かっていても叫ばずにはいられなかった。そして、無意識に目を伏せ、祈った。

 

 

誰かっ…ミカサを助けてくれっ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ババサァァァ!!

 

 

 

突如感じた光と風切音に眼を開けると、眼前で本のページのようなものが光を巻き上げながら渦を巻いていた。不自然すぎるその光景に、エレンやミカサ、アルミンだけでなく逃げ惑う人々や巨人ですら動きを止め、それを見る。

そしてその中から、黒い人影のようなものが飛び出し、ミカサを掴んでいた巨人に向かいその首と両腕を切り飛ばした。

 

「「ッミカサッ!」」

首を失った巨人とともに腕ごと地面に落ちたミカサに、エレンとアルミンは駆け寄り、手の中からミカサを解放する。失神しているようだが、ちゃんと呼吸はしている。死んでない。

 

「良かった…!」

エレンはほっとしてミカサを抱きしめると、次々と振動と落下音を耳にした。視線をあげるとさっきミカサを救った黒い人影が、次々と巨人の首を刎ねまわっている。首を失った巨人は、次々と倒れ伏していく。

 

「エ、エレン!後ろ!」

それを茫然として眺めていると、突如アルミンが悲鳴を上げる。ハッとして振り返ると、首を失ったはずの巨人の肉体が動きだした。切られたはずの両腕も、既に再生を始めつつある。

「こいつ…、こんなになってもまだ生きてるのか!?」

驚いて、急ぎミカサを抱いてその場を離れようとすると、

 

ドズッッ!!

 

上空から降りてきた黒い人影が、巨人の首筋に落下した。巨人は再び倒れ伏すし、土煙が舞う。

 

「い、一体何が」

「まったくぅ、なんというしつこい奴らだ。喰屍鬼(グール)共より弱いくせに、なかなか死にやしない」

「えっ!?」

 

状況を理解できないアルミンに、土煙の中から”声”が届く。それは、アルミン、ひいてはエレンたち三人にとって聞きなれた声であった。ふとエレンを見ると、エレンも驚いた表情で土煙の先を見る。孤児院の面々を見ると、皆信じられないような、それでもどこかに嬉しさを滲ませていた。

 

そんな中、土煙の中の巨人が再び動き出す。

 

「ちぃ、まだ死なんか」

「うっ、項だ!」

「ああん?」

悪態をつく”声”に、群衆の中から声が飛ぶ。皆がその方向を見ると、駐屯兵団らしい男が息を切らせて叫んでいた。

 

「巨人の弱点は項だ!項をそぎ落とせ!」

そのすがるような叫びに”声”は静かに答える。

 

「なるほど、こうか」

次の瞬間何かを抉るような音がし、土煙の中から何かが転がり落ちる。それは、巨人の首筋の肉片、すなわち項であった。すると巨人は動きを止め、もうピクリともしなかった。

 

 

 

 

晴れ行く土煙の中から”声”がする。

 

「ローズ、皆、無事だったか…すまんエドとリンクはまだ」

「神父様!」

「…うん、なんだエド、いたのか。リンクはどうした?」

孤児院の皆の無事を確認する”声”に、泣きじゃくっていたエドが叫ぶ。

 

「リンクっ…リンクがっ…俺をかばって…巨人にっ!」

そこまで聞くと、”声”の主の雰囲気が変わった。さっきまででも恐ろしい殺気を発していたのにさらに殺気が増し、見えないにも拘らず激しい憎悪すら感じる。

 

「…よく生きてくれた、エド。あとは『俺』に任せておけ。仇は必ずとってやる」

そういいながら”声”の主は巨人から降りてくる。やがてその全貌が露わになる。

 

「手始めにここの殺し損ねた奴等からだ。化け物は一匹たりとも生かしておかん」

奇しくも自分の誓いと同じ言葉を発した彼の正体に、エレンは分かっていたにも関わらず驚愕せざるを得なかった。

 

 

服装こそいつも道理であるが、その両手には変わった形の刃が握られ、普段穏やかな眼鏡の奥の眼差しは、視線だけで恐怖するに値するものであった。

そして彼は口元を憎悪に歪め、両手に持った刃をまるで礼拝堂にあった十字架のように交差させながら、眼前の再生しつつある巨人の群れに向かって告げる。

 

 

 

 

 

 

我らは神の代理人

 

 

 

 

神罰の地上代行者

 

 

 

 

我らが使命は我が神に逆らう愚者を

 

 

 

 

その肉の最後の一片までも絶滅すること

 

 

 

 

 

AMEN(エイメン)

 

 

 

 

 

 

 

今ここに銃剣(バイヨネット)は蘇った

 

 

 

 

 

アレクサンド・アンデルセンという銃剣が。

 

 

 

 

 

 




とりあえずここまで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狂信者

さあ皆さん巨人の皆さんに黙とうをwww


「イエェェェェイメェェェェェェン!!!!!!」

堂々たる名乗りが終わるや否や奇声を上げて巨人に切りかかるアンデルセン。

まず手近に纏まっていた5メートル級三体に飛び掛かると、その間を跳ね回りながらあっという間にその項を切り落とす。続けて三体目の巨人を足場に高く跳躍すると、今まさに立ち上がろうとした巨人の上に落下し、再び跳び上がると同時にその項を切り抉る。そしてまた別の巨人に飛び降り、項を切ると同時にまた別の巨人に飛び移る。

その有様は、まるでかの源義経の八艘飛びのようであった。その様を見ていた人々にはそんなことは知りようもないのだが、それでも人間離れしたすさまじいものであるということは理解できた。

 

「すげえ……」

「巨人を…あんな簡単に…」

「立体機動も無しにどうしてあんな動きができる…?」

 

アンデルセンの戦いぶりを見ていた群衆の中からそんな声が漏れる。その声には感心、驚き、歓喜、憧れ、そして

 

「あいつ、ほんとに人間なのか?」

少なからずの恐怖が混じっていた。巨人は人間が刃を持ったからといって簡単に殺せるような存在ではない。それはこれまでの調査兵団の犠牲が立証していた常識であった。

だが目の前の男は、まるで子供が虫を殺すかのようにあっさりと巨人を屠っている。そんな存在を人間と認めていいのか?それがこの場にいる大多数の人間の共通認識であった。

そんな中でエレンたち三人が感じていた感情は三者三様であった。

 

「俺も、あんな風に巨人を…」エレンのまるで英雄を見るかのような憧れ。

 

「なんで、なんであんな風に戦えるの!?」アルミンの狂人を見るかのような理解しがたい困惑。

 

「神父様…、どうして…?」目が覚めたミカサの予想外の光景に対する混乱。

 

そんな三人に共通しているのは、普段のあの優しい物腰からは想像もつかないアンデルセンの変わりように対する驚愕であった。

 

 

そんな中、最後の一匹らしい個体を葬ったアンデルセンに物陰から飛び掛かるものがあった。

 

バクゥッ!!

「グムッ!?」

 

アンデルセンの足に食いついたのは3メートルほどの子供型の巨人であった。

 

「き、奇行種だ!」

群衆の中から声が飛ぶ。巨人の中には通常の巨人と比べて様々な行動をとる種類がいた。それぞれパターンに違いはあれど、総じて奇行種と呼ばれていた。こいつは隠れて獲物を狙うタイプだったのだろう。

 

「し、神父様!」

孤児院の子供たちから悲鳴が飛ぶ。巨人は恍惚とした表情でさらにアンデルセンを食らおうとする。誰もがそこで終わった、と感じた。

しかし、次の瞬間アンデルセンがとった行動は、周りの人間にとっても、巨人にとっても理解しがたい行為であった。

 

「ふんっ!」

『!!!??』

なんとあろうことかアンデルセンは自らの足を腿半ばから切り落としたのである。そしてそのまま体を捻ると、巨人の後方に回って項を切り落とす。

そして足を失ったアンデルセンは、倒れ伏す巨人とともに地面に落ちる。無論、受け身をとってだが。

 

 

「アンデルセン神父ぅ!」

倒れ伏したアンデルセンに孤児院の面子やエレン達が近寄る。一様に泣きそうな表情であったが、心配するのは当然のことであった。アンデルセンのもと居た世界ならまだしも、医療技術も義足技術も未発達なこの世界では、足を失うのはそのまま再起不能を意味する。

そんな彼らに、アンデルセンはさっきまでの殺気立った表情ではなく彼らのよく知る優しげな顔で語りかける。

 

「大丈夫ですよ皆さん。このくらいなんともないですから」

「ッ!そんな訳ないでしょう!自分から足を切るだなんて!そりゃあ巨人に食われるよりはマシでしょうけどそんな足じゃっ…!!?」

そこまで言ったローズはふと切られた足の断面を見て息を呑む。それは他の全員も同じであったが、それも当然であろう。なぜなら切られたはずのアンデルセンの足の付け根から、骨が生成されてきている。それが元あった形を成し、続いて筋肉、神経、皮膚と生成され、遂には元あった状態そのままの足が再生された。

 

誰もが驚き、次いで恐怖する。その治りゆく様はまるで自分たちが恐れる巨人のようであったから。

 

「し、神父様、それは…一体…?」

「自己再生能力(リジェネレーション)に回復法術(ヒーリング)、我々ヴァチカンが、イスカリオテが化け物どもを駆逐するために生み出した技術だ」

かろうじて声を絞り出したアルミンにアンデルセンが答えた返事がそれであった。

答えてはもらえたもののリジェなんとかだのイスカリオテだの聞き覚えのない単語に、パニック状態のアルミンの頭はさらに混乱する。

そんな様子を見かねてか、アンデルセンはアルミンの頭を優しく撫でて言う。

 

「安心しなさい。私は人間で、お前たちの味方だ」

 

そういうとアンデルセンは立ち上がり、先ほどの巨人の残骸から食われた靴を拾い上げて履き直し、街に向かって歩き出す。

 

「!神父様どこへ!?」

「どこへ?決まっているだろう。我らが神の子であるリンクを食らった巨人どもを殲滅するのだ」

そう答えたアンデルセンに、一人の男が近寄る。どうやらウォール教の聖職者らしいその男はアンデルセンに近寄りながら言う。

 

「お、お待ちを!でしたら私どもの教会から聖書を持って………っ!!」

そこまで行ったところで男はつんのめるように立ち止まり、尻餅をつく。その原因はアンデルセンが彼の足元に銃剣を投擲したからであった。

 

「な、なにを」

「黙っていろ!異教徒共が!!」

そういって彼を言い伏せるアンデルセンの眼と声は、巨人たちと相対するときのように殺気だっていた。

 

「俺がいつ、貴様らの味方になったなどと言った?俺が信ずるのはカトリックただ一つ!俺が守るのはカトリックとそれを信じる者たちのみ!貴様らウォール教だとかいう連中がいくら死のうが知ったことではない。この場で巨人どもと一緒に殺されないだけありがたいと思え!」

そう言い残し、アンデルセンは街へと駆けて行った。

 

後に残った人々はアンデルセンに対する見方を改めることとなった。

 

あれは英雄でも巨人でもなんでもない。あれは唯の―狂信者だ。と―




今回ここまでで。
次回、例の三人中一人がぼこぼこにされますwww



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

巨人の敗れた日、死神の足音

今回もう一人のヘルシングキャラお目見えです


シガンシナ区。多くの人が生活を営んでいたその街は既に巨人の占領下に置かれていた。超大型による外へ繋がる大穴、鎧の巨人によるウォール・マリアの完全突破。もうそこは人間の居れる空間ではなかった。

 

そんな地獄に一人、敢然と巨人を殺し続ける者がいた。アレクサンド・アンデルセンである。無人のゴーストタウンと化した街の中を、立体機動顔負けの機動力と跳躍力をもって所狭しと駆け巡り、巨人を目についた端から葬っていく。稀に奇行種とも鉢合わせたが、そう何度も不覚を取るほどアンデルセンも油断せず、行動を起こされる前に銃剣の血錆と化している。

圧倒的優位に立つアンデルセンであったが、彼にも一つ心配事があった。

 

(銃剣(バイヨネット)が足りん…!)

彼は元々、自分のコートなどの下に銃剣以外にも爆薬を仕込んだ爆導鎖など多数の武器を仕込んでいた。が、彼はミレニアム、そしてアーカードとの戦いの際にその大部分を消費し、その状態でこの世界に来てしまったため手持ちの武器は僅かなものであった。加えて、この世界には祝福儀礼の技術もなく、自分も一介の神父で通してあるのでそう易々と武器の調達もできずにいた。

 

 

 

「まあこの程度の奴等ならばなんとかなるだろう……んん?」

そう切り替えたアンデルセンの眼に飛び込んできたのは一人の巨人から逃げ惑う一団であった。

(奴らは確か、ウォール教の連中だったか…)

この世界において最も勢力の大きい宗教とされるウォール教。人類を守る壁を神格化し、その保存に徹底する連中と聞いていた。敵情視察も兼ねてなにも知らぬふりをし一度訪れてみたが、一部の人間を除きその内情はあの腐れプロテスタント共にすら劣るものであった。

壁を唯一無二の存在とし、その保持のためならば民は愚か信者ですら犠牲をいとわない。あがめるべきものもその理念すらカトリックと大きく違うその教えに胸糞悪くなって飛び出し、後で悪態をついたのを覚えている。

 

(このまま死んでも別に構わんが……む?あの腐れ司教はどこ行った?)

アンデルセンがいう人物は、訪れた際に自分に偉そうに長ったらしくその教えを説いていた男で、自分のウォール教への嫌悪感の大部分は彼によるものが大きかった。

「あの男だけは惨たらしく死んでもらわなければ困るからな…特別に居場所を聞くついでに助けてやろう」

言うが早いかアンデルセンは飛び出し、一団を追いかけていた巨人をすれ違いざまに切り伏せる。

ぽかんとする人々の前にアンデルセンは降り立った。

 

「あ、あなたは」

「質問はこちらからする。貴様らは余計なことは言わず答えればいい。答えろあの腐った司教はどこへ行った?」

自分たちの言を抑えられ言葉に詰まる彼らであったが、巨人を倒すような奴に逆らえばどうなるか分かったものではないし、何より自分たちもあの司教にはうんざりしていたので素直に従う。

 

「モ、モンガ―司教は、逃げる途中で俺たちを囮にしてウォール・ローズの方に…」

そこまでいったところで、言葉が止まる。なぜなら目の前の男が手にした刃物を地面に突き刺し、俯いてなにかぶつぶつ言いだしたからである。

しばらくして、顔を上げたアンデルセンは銃剣を引き抜き、避難所の方をさして言う。

 

「ここから2、30分も歩けば避難所だ。…早く行け!俺が貴様らへの殺意を抑えられているうちにな…」

道案内をしてくれたことにお礼を言おうとした一同であったが、アンデルセンの剣幕に圧倒され、逃げるようにその場を後にする。一人残ったアンデルセンはその目に殺意を宿し、再び走り出す。

 

「無事で済むと思うなよ、化け物共にも劣る畜生が…!」

 

 

 

 

 

 

再び巨人を狩り出したアンデルセン。その数はすでに50を超えていた。が、アンデルセンにとってそんなことなど今やどうでもよかった。今や彼にとっての最優先事項はあのモンガ―とかいう男を探し出すことにあった。

そんなアンデルセンの前に、奇妙な巨人が現れた。それは奇行種、というより奇形種というほうがしっくりくるだろう、岩盤のような鎧で包まれた巨人であった。そう、それは先ほどウォール・マリアを破壊したばかりの鎧の巨人であった。

だがアンデルセンにとって見た目などどうでもよかった。巨人はすべて殺す。そう決めた以上アンデルセンにとって形や行動など些細なことであった。

 

「邪魔をぉぉぉぉぉぉぉぉぉするなぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

そういってアンデルセンは鎧の巨人に切りかかる。だが予想以上にその外殻は堅く、弱点である項を切ったにも関わらず浅く傷を付ける程度であった。

 

「ちぃ、堅いか!だぁがぁ!」

しかし、そんな程度で諦めるほどアンデルセンは弱くはなかった。

 

「だったら切れるまで何度でも切ってやる!もっと奥へ!奥へ!奥へ奥へ奥へ、奥へぇぇぇぇ!!!」

アンデルセンは鎧の巨人に肩車する形になると、そのまま項に何度も切りかかる。刃が欠けようが、刀身に罅が入ろうが気にしない。それにより徐々に巨人の鎧の傷が広まっていく。流石に危機感を覚えたのか鎧の巨人も振り落とそうと暴れるが、アンデルセンは離れない。

 

「これでぇぇぇ最後だぁぁぁ!!」

バキィィィィン!!

二本の銃剣の刃と引き換えに、遂にアンデルセンは鎧を打ち砕き、項を晒させた。

 

「……んん?」

新たに銃剣を持ち、止めを刺そうとしたアンデルセンを押し留めたのはのはその巨人の鎧の下、項の部分にあるものであった。

 

「人の…腕…だと?」

その直後、突如アンデルセンを黒い影が覆う。見上げれば壁を破壊したあの超大型の巨人が自分を見下ろしていた。それにアンデルセンが反応するよりも早く、超大型から噴き出した高温の蒸気がアンデルセンを吹き飛ばした。

 

「ぬがっ!?ぶるあぁぁぁぁぁぁ!!!」

ガシャァーン!!

 

吹き飛ばされ、近くの民家に叩き付けられたアンデルセン。その体には蒸気により広範囲に亘って火傷になっていたが再生者(リジェネレーター)の回復力ですぐに治癒される。

すぐさま起き上がって辺りを見渡すアンデルセンであったが、もうそこには超大型はおろか鎧の巨人すらいなかった。

 

「ちぃ、逃したか!…しかしあの巨体をどうやって消したのだ?あの吸血鬼のように体を変化させられるのならまだしも……ぬ」

そんなアンデルセンの眼に入ったのは、先ほどまで自分が血眼になって探していたモンガーその人であった。

 

 

 

 

 

ウォール・ローズへと続く一本道。その道をモンガ―は走っていた。途中で信徒たちが巨人に追われていたが知ったことではない。あんな奴等よりも私が生き残ることの方が大切なのだ。幸い壁の向こうには知り合いもいる。彼らに頼れば再び司教としてまた甘い生活を送れるだろう。

そんな期待をして走っていたモンガ―の前に突如巨大な影が現れる。

 

「なんだ…ひっ!」

それは言うまでもなく巨人のものであった。15メートルはあるであろう大型のものだ

「た、頼む!金ならいくらでもやる!後で信徒共でもたっぷり食わせてやるから、食わないでくれ!」

そんな風に巨人に頼み込むモンガ―。無論巨人に言葉など通ずる筈もなく、巨人はへたり込むモンガ―に大口を開けて近づく。

 

「ひぃぃぃぃぃ!!」

迫り来る死の恐怖に悲鳴を上げるモンガ―。だがその時、

 

「キィィィィエェェェェイ!!」

ズバッ!!ドズウゥゥゥン!!!

奇声と切断音、そして振動を感じ顔を上げると、自分を食おうとしていた巨人が倒れ伏し、その躯の上にかつて自分が説法したアンデルセンとかいう男が立っていた。

 

「おお、あなたは確かアンデルセン!よく助けてくれたな!褒めて遣わすぞ!さあ近こう寄れ!」

先ほどまでの失態はどこへやら、尊大な態度を隠そうともせずモンガ―はアンデルセンに近寄る。アンデルセンも表面上は笑みを浮かべ、巨人から降りてモンガーに近寄る。そして、その笑みの下に殺意を忍ばせていることに気づきもしないモンガ―に恭しく話しかける。

 

「司教殿もご無事で何よりです」

「ああ、それよりよくやったぞ!それにしても貴様こんなに強かったとは知らなかったぞ!おおそうだ、特別に褒美をとらせよう。なにがいい?」

その言葉を聞き、アンデルセンは笑みを深め、手にした銃剣を握ぎり閉めて言う。

 

「ではひとつだけ、いただいてもよろしいでしょうか?」

「おおなんだ?金か、宝石か?それとも貴様の孤児院を新しくしようか?」

「いえいえ、そんなものなど要りません。私めが欲しいのは……」

アンデルセンはそこで俯き、すぐ顔を上げて言う。

 

「…貴様の命だ」

「えっ……!!?グフゥ!!」

次の瞬間、モンガーが何か言う前にアンデルセンの銃剣がその心臓を串刺しにしていた。アンデルセンは歪んだ笑みを浮かべ、十分に出血したのち銃剣を引き抜く。

 

「何故だ…貴様…私は……司教だぞ…こんなことして…ただでは……」

虫の息で尚も悪態をつくモンガ―に、アンデルセンは怒りと嘲笑を半分半分にした顔で言い放つ。

 

「やかましいぞこの雄豚が!我らの神は只一つ、主のみである!それ以外の存在など、神を語るもおこがましい!もし貴様を殺したことで天罰が下るとするなら、その時は貴様らの神ごと切り捨ててくれるわ!!」

その後、モンガ―は「この…罰当たりめが…」という言葉を最後に息を引き取った。アンデルセンはそれをロクに見届けもせず再び巨人に向かって歩き出す。

 

「ウォール教など、必ず潰してくれよう。だがまずは貴様らからだ化け物共。もはや一匹たりとも逃しはせぬぞ!!」

アンデルセンはそういって再び巨人に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後、破られたウォール・マリアの穴から、憲兵団や帰還していた調査兵団がシガンシナ区へと侵入した。目的は生存者の有無の確認とある人物の保護である。彼らは立体機動を駆使し、街中へと飛んでいく。

 

「しっかしほんとにいるのかねえ」

そう軽口を叩くのは最近団長たるエルヴィン・スミスによってスカウトされた新入りの調査兵団員、リヴァイであった。そんな彼の言葉に、近くにいた同期の団員が話しかける。

 

「いるって、生存者?」

「ちげーよ、あのチビ共が言ってた神父サマって奴」

彼らは出立前、避難直前であった孤児院の子供と保護者らしい女、そして三人の子供からあるお願いをされていた。「今闘っている神父様を助けて」と。

 

「さあ?もう食われちまったんじゃね―の?巨人を殺しまくったっていうのも眉唾モンだし」

「…だよなあ」

不謹慎なようだが、短いとはいえ外で巨人と闘ってきた経験から予想できた常識論であった。まあ、遺品でも見つけたら持って帰ってやろう。そんな風に考えていたその時だった。

 

げぇははははははははは!!!!

「「!?」」

突然聞こえてきた馬鹿笑いに、思わす彼らの動きが止まる。

 

「な、なんだ!?今の声!?」

「あっちの方からだ!」

「よし!」

彼らは向きを変え、声のする方向へ向かう。その道中、とある団員が口に出す。

「なあ、気になってたんだけど……壁が破られた割には巨人がまったく居ないんだけど」

その言葉に、他のメンバーも疑問を抱く。だがその疑問は、声の主を発見することで払拭される。

 

「いたぞ!!人だ…!!?」

声の主を見つけた彼らが感じたのは安堵、ついで驚愕であった。

「おいおい、なにが優しい神父様だよ…」

事前に子供たちから聞いていた印象とのあまりのギャップに、リヴァイは思わずそう呟く。

 

 

 

 

なぜならそこにいたのは

 

 

 

 

 

 

 

消滅しつつある、数えるのも馬鹿らしい数の巨人の死体の山の上に銃剣を突き刺し、天に向かって馬鹿笑いをしているアンデルセンがいたのだから

 

 

 

 

 

845年、壁は破られた。この時侵入した巨人の数は超大型、鎧を含めおよそ百体近く。だが、そのほとんどが生きて壁の外に出ることはかなわなかった。たった一人の神父によって―

 

 

 

 

 

 

それから数日後、この国の最奥、ウォール・シナの奥にあるレイス家、その離れにある一際ボロい小屋に、二人の男女がいた。

 

「あーっはっはっは!やっぱりあいつは強いなあ!あのアーカードが惚れるだけのことはあるや!」

そのうちの一人、執事服を着た黒髪の少年が新聞を見て大笑いをしていた。それを見たもう一人、金髪の少女が彼に尋ねる。

 

「ねえ、何がそんなに面白いの?」

「くっくっく、これが笑わずにいられるか。見てみなよ『ヒストリア』お嬢様」

少年は少女、ヒストリアに自分が見ていた記事を見せる。

 

「なになに……狂人神父、シガンシナ区を救う。たった一人で半日にして百の巨人を葬った人切り神父、アンデルセン。……なにこれ、嘘くさい」

「ところがこいつに限っちゃあり得るんだよねえ。ふふふ、面白くなってきた」

記事のあまりの突拍子のなさに眉をひそめるヒストリアと対照的に、少年はクスクスと笑う。

 

「まあなんでもいいけど…!いけない!そろそろお父様との約束の時間だわ」

「おや、もうそんな時間か。この部屋時計が小さいから不便だな」

そんな言葉を口にしながら、少年は彼女の身支度を手伝った。

 

「…うん、こんなもんでいいか。じゃあ行ってくるね!」

「道中気をつけてな」

身支度を済ませ、ヒストリアは玄関を開け、振り返って己が「世話係」の少年に挨拶をする。

 

 

 

 

「いってきます『ウォルター』!」

「いってらっしゃいませお嬢様」

そんな彼女を世話係兼執事である少年、「ウォルター・C・ドルネーズ」は見送った。

 

 

 




導入編しゅーりょー
というわけで新キャラはショルターでした!爺ルターとどっちがいいか迷いに迷ったよ
あー疲れた


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物紹介

今回ヘルシングキャラの状況説明などです。


アレクサンド・アンデルセン

 

年齢:不明、推定45歳(公式で40代程度と言っていたため、845年時点)

 

武器:祝福儀礼済み銃剣×18(内2本は鎧の巨人戦で破棄)

   投擲用炸裂式銃剣×26

   爆導鎖×1

   転移兼結界用聖書×2(転移できるのは一人ずつ)

 

現状:元ヴァチカン法王庁第13課イスカリオテ所属の聖堂騎士(パラディン)。ヘルシング世界においてエレナの聖釘を使用し、消滅したかに思われたが何故か進撃世界のウォール・マリアにほど近い森の中に転移してしまった。基本的には善人で、子供たちはもちろん、ウォール教信者以外の人間には人当たりもよく、ご近所でも人気のナイスミドルであった。

が、壁の崩壊による巨人の進行の際、遂にその本性を現し巨人及び見ていた人間たちを恐怖のどん底にたたき落とす。これからの彼の行く末は、再聴取する兵団の方々の態度にかかっている。無論心配しなければいけないのは兵団のほうであるが。手塩にかけて育てた面々と共に今日も今日とて巨人を狩る。イスカリオテのユダの名が世界中に轟く日もそう遠くはない。847年現在討伐数276、討伐補佐32(ほとんどは部下の為にわざと生かしておいたもの)

 

 

 

 

ウォルター・C・ドルネーズ

 

年齢:10歳(845年時点)

 

武器:特殊合金製法儀礼済み鋼糸付き手袋×4

 

現状:元ヘルシング家執事及びゴミ処理係。ヘルシング世界においてインテグラ達を裏切り、その後最後の務めとしてドク及びミナ・ハーカーの遺体を始末し飛行船と運命を共にしたのだが、何の因果かさらに若返ってエレンたちと同年代頃の姿となってレイス家の傍に転移していた。

その後レイス伯爵によって拾われ、妾の子であるという理由で使用人一人いなかったヒストリア(のちのクリスタ)の世話係に任命される(本人は執事のつもりであるが)。最初は難色を示していたヒストリアであったが、ショルター独特の遠慮のない言い回しにすっかり心を開き、今では一番の親友でもある。

確認したが吸血鬼化は消滅しており、ただの人間に戻っている。だが記憶を持っているため、それまでの闘いの経験が蓄積されており、実力は1944年頃よりも上である。彼の活躍はもう少しあとになりそうだ。

 

 

 

 

ロゴス

 

年齢:14歳(847年時点)

 

武器:超硬化スチール製刃付き拳銃×2(銃身に沿って刃がついており、持ち替えずに項を削ぐことができる)

 

現状:アンデルセンに拾われた孤児の中で最年長の子である。よく間違えられるが、れっきとした女の子である。かなりのお転婆で、拾われるまではスラムで名を利かせた悪ガキだったが、アンデルセンに一度本気で叱られた以後、年長者としての自覚を持ち、面倒見のいい姉御肌な気質になった。立体機動の扱いにおいてはミカサを超える資質を持ち、そのスピードは並みの巨人ではまるで追いつけない。また、射撃の腕にも優れ、拳銃で目つぶししてから項を削ぎ落す戦法を得意とする。だが剣の腕は今一つで、自分で仕留めるよりももっぱらベレッタのサポートに回ることが多い。カトリックは性別を偽るような行為は厳禁らしいが、そこはほっといてください。847年現在討伐数2、討伐補佐13

 

 

 

 

 

ベレッタ

 

年齢:14歳(847年時点)

 

武器:超硬化スチール製日本刀×1

 

現状:普段はおとなしく、おしとやかな性格で周りに振り回されやすい性格だったが、実は生粋のドSであり、刀を握った瞬間人が変わったように巨人をいたぶり始める。おかげで訓練当初はアンデルセン以外の全員が引いていた。よほどの状況でない限り、巨人を一撃で仕留めず四肢をもぎとって動けなくしてから項を斬る。剣の腕は超一流だが、立体機動においてはエレン以下で、まともに浮くことすらできなかった。だが、アンデルセンがかつて由美恵が使っていた「島原抜刀流」について大まかに説明すると、独学で極めてしまい今ではミカサが教えを乞うほどの達人である。847年現在討伐数6、討伐補佐2

 

 

 

 

 

リバー・マクスウェル

 

年齢:12歳(847年時点)

 

武器:基本的に非戦闘要員であるため無し

 

現状:性格に関してはまんまマクスウェルだが、地はかなり丸く、パニックになるとついつい敬語で話してしまう。非戦闘要員とはいえアンデルセンの訓練を乗り越えただけのことはあり、身体能力は並みの兵士以上のものがある。だが基本的に彼の相手は巨人ではなくそこに至るまでに相手をする国のお偉いさん方であるが、アルミン以上に交渉上手であり、また絶妙なタイミングでカマをかけたり力を示したりするのでほとんど彼の思う道理にことが進んでいる。無論出過ぎたことをすればアンデルセンから鉄拳が飛ぶ。847年現在討伐、討伐補佐ともに0

 

 

 

 

エド

 

年齢:13歳(850年時点)

 

武器:超硬化スチール製銃剣多数

 

現状:友を食われた恨みから巨人への復讐の為に巨人を狩る。動機が似ているからなのか、エレンとの仲はとてもいい。アンデルセンを真似しているうちに銃剣の扱いに慣れてきたが、まだまだ師の領域には程遠い。目指せイスカリオテの次期トップというでかい目標を持っている。孤児院メンバーの中でアンデルセンの鉄拳を喰らったワーストトップである。容姿についてはハガレンのアルに近い。850年現在討伐1、討伐補佐27

 

 

 

ヴァチカン区所属特務機関イスカリオテ

 

概要:アンデルセンが国にカトリックを保護宗教とさせた際、一時的に誕生したヴァチカン区に新設された組織。国家に付属しているわけではなく、国から委託という形を経て壁外調査に乗り出している。調査結果のほとんどを国に引き渡す代わりに、立体機動や超硬化スチール製の武器などの支援を受けている。代表は現在リバー・マクスウェル。生還率8割という高い生存率を誇り、ここ数年でその人気は鰻登りであるが、当然ウォール教には優しくない。

 

 

 

 

 

現状強さランキング(一対一の状況において。進撃キャラは立体機動使用時)

アンデルセン>>>ウォルター>(越えがたい壁)>リヴァイ>(経験の壁)>>ミカサ>鎧、超大型など>ロゴス、ベレッタ>兵団ベテラン組>>104期トップ10組>リバー>奇行種>並みの巨人>104期その他>凡人

 

 

原作との差異

・エレン、ミカサ、アルミンはその後アンデルセンの孤児院にて育てられる(カトリック信者になったわけではなく、純粋に汝隣人を愛せよ精神によって)

・とある三人組がアンデルセンに対して異常な恐怖心を抱く。

・アルミンの両親は845年時点で死亡

・シガンシナ奪還作戦は発生していない。理由は現在不明

・845年の時に来襲した巨人は原作より多く、被害人口が多かったため、わざわざ口減らしをする必要は無くなった




また新規情報が出るたびに更新します。
ぶっちゃけノリと勢いで始めたものなので設定とかはテキトーです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間・狂信者の再聴取

事件収集直後の出来事です。さあ兵団の皆さんの運命やいかに(笑)



ウォール・ローゼ内、駐屯兵団本部にある一室に、数人の男がただならぬ雰囲気で向かい合っていた。

二つある椅子の一つには調査兵団団長、エルヴィン・スミスが座っており、その後ろにはリヴァイをはじめとした兵団の精鋭数人が控えていた。

それに相対するのは椅子に腰かけ、膝の上で手を組みやや俯き加減で口元に笑みを浮かべる男、アンデルセン。その目には明確な殺意こそないが、確かな敵意を感じられた。

 

「…今日ほど君を拾ってきて良かった……いいや悪かったと思った日はなかったよアンデルセン君。せっかくの休暇をこんなことに費やすなんてね」

「全くです。ご苦労なことだ」

開口一番互いに腹の探り合いからかかるエルヴィンとアンデルセン。その遠慮のない言葉に、控えている団員達にも緊張が走る。

 

「まどろっこしいのは嫌いだからはっきり聞こう。アンデルセン君、君は何者だ?この期に及んでただの神父で通せるとは思ってないだろう?」

いきなり核心をついてくるエルヴィン。部屋に緊張が走る中、アンデルセンがゆっくりと口を開く。

 

「…ヴァチカン法王庁、第13課、通称『イスカリオテのユダ』所属聖堂騎士、アレクサンド・アンデルセン……それが私だ」

その答えは予想外、というより理解できないものであった。

 

「失礼、それはどういうものなのだ」

「貴様らにもわかりやすく言うなら、我らがカトリック以外の異教徒共や、我が神の法に逆らう化け物どもを駆逐するのが仕事だ」

解説したアンデルセンの言葉に、また疑問が生まれる。

 

「異教徒、というのはいいとして、化け物というのは巨人のことか?」

「いいや違う。確かにあれも残らず殺すが、我らの宿敵はあくまで吸血鬼、あくまで喰屍鬼どもだ」

吸血鬼、その言葉に一同に同様が走る。

 

「馬鹿な、吸血鬼などおとぎ話の」

「それはそうだろう、奴らがいたのは俺の世界だったからなあ」

「…なに?」

いきなりの理解できない言葉に、思わずおかしな声が出る。

 

「どういう意味だ」

「はっきり言おう、俺はこの世界の人間ではない」

唐突なカミングアウトに驚愕する一同に、アンデルセンは自らの経歴を語りだす。自分がイタリア、ローマにあるヴァチカンという国で孤児院の神父と化け物狩りをやっていたこと、アーカード、そしてヘルシングのこと、そしてそのアーカードとの闘いで死に、気づいたらこの世界に来ていたことなど、すべてを話した。

話を聞いた兵団の面々であったが、あまりにも突拍子のない事実に半信半疑の視線を向ける。

 

「そんなことが…とてもではないが信じられん」

「ならば証拠に面白いものを見せてやろう」

なに?と首をかしげるエルヴィンの前で、アンデルセンは袖から銃剣を取り出す。思わず身構える一同の前で、アンデルセンは笑みを深め、

 

自分の喉にそれを突き刺した。

 

「キャー!!」

女性兵の悲鳴が木霊し、残りの面々も思わず顔を引きつらせる。しかし、当のアンデルセンはまるでなんともないかのように笑いながら、銃剣を引き抜く。すると、信じられないことが起こった。

なんとぽっかり穴が開いていたアンデルセンの首の傷がみるみるふさがっていき、数秒もしないうちに元の状態まで戻った。

 

その光景をみた彼らは、まるで巨人のようなその回復力に驚きながらも警戒を強める。そんな中、エルヴィンが口を開く。

 

「なんだ…今のは…」

「再生者(リジェネレーター)。対化け物用に再生能力に特化した技術を処置したものだ。この世界にそんなものはないだろう?これが証拠だ」

確かにこんなものを見せられては、少なくともこの世界の人間ではないことは認めざるを得ないだろう。そう思うと同時に彼らは恐怖した。こんなものを実用化させているイスカリオテというのは、どれほどの軍事力を持っているのだ、と。

 

そんな連中の動揺など知ったことではないとばかりにアンデルセンは問いかける。

 

「で、私はいつになったら帰れるのだ。今頃孤児院の皆が首を長くして待っているだろうし、早くリンクを弔ってやらねばならんのだがな」

そうせっつくアンデルセンに、未だ動揺を隠しきれない様子でエルヴィンが答える。

 

「あ、ああ。その前に一つ確認、いやお願いさせてもらってもよろしいかな」

「……なんだ」

城のお偉いさんから命令されたことを、これまでの問答から無駄だと分かっていながらもエルヴィンは問いかける。

 

「君、調査兵団、もしくは憲兵団に」

「断る」

分かっていたとはいえ即答され言葉に詰まるエルヴィンに、アンデルセンはさらに畳み掛ける。

 

「貴様らのために闘えだと!なめるのもいい加減にしろよ。俺が忠誠を誓うのは我らが主と法王のみ!貴様ら異教徒共の王のためなどに振るう剣は持ち合わせておらんわ!」

頑なにその姿勢を崩そうとしないアンデルセンに、エルヴィンは頭を押さえる。

(これじゃあ何を言っても無駄だろう。とはいえこのまま野放しにしておけば何をされるか分かったものではない。…孤児院の連中を利用するか)

エルヴィンは九を守るために一を迷いなく捨てれる人物である。国の安全を守るために、孤児院の子供たちを人質にすることなど、彼にとっては造作もないことであった。

その言葉を紡ぐ前に、その意図に気づいたリヴァイが口を開く。

 

「アンデルセン神父、要するにこの国がカトリックにとって有益ならば闘ってくれるのですね」

「…リヴァイ?」

思いもよらぬところからの口出しに、厳しい視線を向けるエルヴィンであったが、リヴァイの迷いない眼を見て眼を閉ざす。

 

「…ああ、それならば構わんが、どうするというのだ?」

挑戦的にこちらをみるアンデルセンに、リヴァイは一世一代の大博打に賭けた。

 

「こういうのはどうでしょうか?」

 

 

 

 

 

数十分後、本部を後にするアンデルセンを見送りながらエルヴィンは愛弟子に話しかける。

 

「まったく、面倒なことにしよって。交渉するのは俺なんだぞ」

「すいません、でも、奴を引き込むにはこれが一番いいかと思いまして。…それに俺はあんたにあんな汚名を着せたくはない」

「まったく………ありがとよ。しかしどうしたものかねえ。どう説得しようか」

エルヴィンは愛弟子の気遣いを無駄にしないよう、これからのことに頭を悩ませる。

 

 

「キリスト教、カトリックを国の保護宗教に指定させるのは―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンデルセンは、帰り際に教えてもらった避難民の一時待機所にて孤児院の面々、そしてエレンたちと再会していた。

 

『神父様、おかえりなさい!!』

「ああ、ただいま」

周囲の人々はアンデルセンのあの暴れようを見ていたため、アンデルセンを見る目は冷ややかなものであったが、アンデルセンにはそんなことは関係なかった。一通り再会の挨拶をすると、エレンに近寄り、屈みこんで話しかける。

 

「エレン、話は聞いた。つらかったろう」

「…うん、でもミカサやアルミンが元気づけてくれたし、それに神父様に守ってもらったから!」

避難所の時よりいくらか元気そうな顔で答えるエレンに、アンデルセンはミカサ、そしてアルミンをみて優しげに問いかける。

 

「どうだお前たち、孤児院に来ないか?」

「「「えっ?」」」

予想外の言葉に戸惑う三人に、アンデルセンは言葉を続ける。

 

「もう、お前たちは一人なのだろう。幸い私はトロスト区の一角に施設を譲ってもらったから、シガンシナが落ち着くまではそこを新しい孤児院にするつもりだ。開拓地に子供だけで行くよりはその方がいいだろう。……別にカトリックになれといっているわけではない。グリシャ殿には世話になったから、そのお礼と思ってくれればいい。…どうだ?」

アンデルセンの言葉に、三人は顔を見合わせ、次いで何やら決意した面持ちで答える。

 

「わかった。……そのかわりお願いがあるんだ!」

「なんだ、言ってみなさい」

 

 

「俺を…強くしてくれ!」

思いがけない、しかしどこかでそんな予感がしていたエレンの言葉を、アンデルセンは静かに聞き入れる。

 

「俺は決めたんだ。もう巨人には屈しない、一匹残らずあいつらを駆逐してやるって!でも俺は弱い。だから、強いあんたに鍛えてほしいんだ!頼む!」

「私もお願い。もう今度はエレンに心配をかけさせない」

「僕も、僕もお願いします!」

頭を下げる三人を見つめるアンデルセン。そんな彼に、後ろにいる孤児院のメンバーからも声がかかる。

 

「私もお願い神父様。神父様は私たちを守ってくれた。だから今度は私が神父様を守る」

「わ、私も、私ももう逃げるのはいやだ!」

「神父様、僕はあんな奴等に負けたくない!」

「強くなって、俺がリンクの分まで巨人を倒すんだ!」

ロゴス、ベレッタ、リバー、エド。彼らもまた強くなるためにアンデルセンに頭を下げる。

 

そんな彼らに、アンデルセンは声色を強くして答える。

 

「…俺の訓練は半端ではないぞ。途中で死ぬやもしれん。それでもやるか?」

『ッ!!はい、神父様!』

そう返した子供たちにアンデルセンは立ち上がって告げる。

 

「いいだろう、ならばついてこい。今より地獄へまっしぐらに突撃する。倒れたやつは置いていくぞ!」

『はいっ!』

 

こうして彼らは歩み始める。

 

 

狂信者の元、巨人を駆逐するために。

 

 




845年はここで終了です。
次回は104期訓練生時代からです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

短編集パートⅠ ・巨人対不死の王(ノーライフキング)

短編集第一弾はアーカードです!
本編含めなんかクリスタ優遇してる気がするけどしょうがないよね!天使だし!女神だし!結婚したいし!……ほんとはクリスタのポジションってすげえいじくりやすいんだよね
あとあくまで短編なので本編との関係及び時系列はめちゃくちゃです。


「がはぁ!!」

ウォール・シーナ内に存在するレイス家。その敷地内にある兵団の戦没者慰霊碑の前で、二人の男が相対していた。しかしそのうちの一人の胸には杭が刺さっており、今にも崩れ落ちそうである。そんな男が、口を開く。

 

「…私の…負けか」

「そうだ、貴様の負けだ」

そう応えたもう一人の男が、倒れそうな男の胸ぐらを掴みあげさらに詰め寄る。

 

「配下の人間も、巨人も死に絶え、娘にももうお前が愛した証は無い。お前にはもう何もない」

男を拾ったのはほんの偶然、ほんの気まぐれであった。その男は弱っていたにも関わらず、何も口にしようとしなかった。しかしある時、娘が様子を見に行った日を境に、男は見違えるように生気に溢れ、恩返しとばかりに巨人共を殺しまくった。

人々は歓喜した。救世主が現れたと。代わりに娘が食事を摂らなくなり、昼間部屋から出てこようともしなくなった。

不審に思い、男が娘の部屋を訪ねた際、こっそり様子をうかがうと、そこで見てしまった。

 

男と愛しい娘が、互いの首筋に牙を突き立て、血を吸いあっているのを。

 

思わず飛び出し問い詰めると、男はすんなり白状した。

自分が吸血鬼であることを。

元気になったのは処女である娘の血を吸ったからだということを。

そしてそのせいで、娘が女吸血鬼(ドラキュリーナ)になってしまったということを。

私は激怒し、警護の精鋭や、当時最強と謳われた調査兵団の面々と共に、男に闘いを挑んだ。

だが、男は予想以上に強かった。手にした大きな銃の一撃は人体など軽く吹き飛ばし、腕を振るえば体が裂ける。いくら切っても死なないうえ、亡霊のような人や巨人の形をしたナニカを放ってくる。

次々と仲間が死んでいく中、私は諦めなかった。迫り来る死を潜り向け、銃弾を躱しながら遂に男の心臓に杭を突き立てた。

 

「そうだ、もうお前には何もない!哀れな不死の王(ノーライフキング)よ!」

そう言い放った私―エイブラハム・レイスの眼前にて、男は静かに目を閉じた。

 

 

 

それから数十年が経ち、かつて現れた救世主のことなど泡沫の夢のように忘れ去られようとしていた時、レイス家の一室にて、一人の少女が父親らしい男に縋り付き、

 

バチィン!!

強烈な平手の一撃にて打ち伏せられていた。少女の口から血が流れ、それが床に落ちる。

 

「もう貴様の顔など見たくもない!今後、レイスの姓も、ヒストリアの名を名乗ることも許さん!分かったらとっとと出ていけ!」

そんな父親の冷たい宣告に、少女は泣きながら部屋を飛び出す。あとに残ったのは、少女の血痕。

それが床を染み入り、部屋の真下、先々代の頃より立ち入り禁止とされていた地下室の中にあった、まるでミイラのような亡骸の、僅かに開いた口の中に、入った。

 

 

 

数年後、ウォール・ローゼ内トロスト区にてかつて屋敷を追い出された少女、クリスタ・レンズは同期であるコニーとユミルの口論の仲裁に入っていた。それは善意や義務感から出たものではない。つらい目にあったからこそ、誰よりも人を思いやれる彼女の純粋な優しさであった。

 

「さすが私のクリスタ!この作戦が終わったら結婚してくれ」

ユミルのある種過激なスキンシップを受けながら、クリスタは思う。そうだ、今はいがみ合っている時じゃない。生き残るために、皆で協力しないと。

そして、コニーの隣にいる、親友を食われたらしい意気消沈しているアルミンに声をかけようとした

その時、

 

「!ユミル!後ろだぁ!」

その声に思わず振り返ると、そこには口を開けた巨人が立っていた。

しまった、気を取られて接近に気が付かなかった。

 

「ユミルゥ!」

「!?馬鹿っ!クリスタ!」

振り返ったユミルが状況を把握するよりも早く、クリスタがユミルを突き飛ばす。必然、標的はクリスタへと変わる。

 

ゆっくりと感じる時間の中で、クリスタは安堵していた。

 

これでいい、自分よりユミルの方が要領いいんだから、これでいいんだ。

 

ふと前を見ると、突き飛ばされながらもこちらなにか叫んでいるユミルがいる。

 

約束、守れなくて、ごめんね。

 

クリスタの脳裏にこれまでの走馬灯が走る。その中で聞き取れたのは祖母の言葉、妾の子である自分に、他の兄弟以上の愛情を注いでくれた今はもういない祖母の言葉が、はっきりと聞こえる。

 

「いいかいヒストリア。もし、お前がどうしようもなく危険なことになった時、こういうんだよ―」

その言葉を、当時は作り話としとしか思ってなかったその言葉を、無意識に紡ぐ。

 

 

 

「助けて、吸血鬼…!」

そしてクリスタを巨人の顎が噛み潰す―

 

 

 

ドゴォン!!

轟音とともに巨人の上顎が吹き飛ばされなければ。

 

「「「「…え」」」」」

眼前の出来事に唖然とする四人。そんな四人の後方から、黒い影が来襲し、視界を奪われもがく巨人に襲いかかる。

 

ガブッ!ジュルルルルルルル!

ウォオオオオオオオオン!!

首筋に噛みつき、何かを吸い上げる影、うめき声を上げる巨人。

そんな光景を見ていた四人の前で、信じられないことが起きる。

 

巨人が、干からびていく。丸々としていたその体躯が、餓鬼のようにやせ細っていく。まるで、影が巨人の命を吸っているかのように。

そして巨人が身じろぎひとつしなくなると、影は離れ、クリスタの前へ立つ。そこで初めて影の全貌が明らかになる。

 

白いシャツに黒い服、その上から羽織る赤いコート。両手には見たことないような大きな白と黒の銃をもっている。しかし目を引くのはその顔。澄ましたように笑うその顔は芸術品のように整っており、抜けるような白い肌と漆黒のような黒い髪に、見ているだけで魅了されるような赤い瞳。

 

その男はクリスタのすぐ前まで歩み寄る。誰も止めれなかった。その男に、その存在に圧倒されていたから。

手が届くところまで来ると、男は突然跪き、口を開く。

 

「血の盟約により、これよりあなたの下僕となります。何なりとご命令を」

 

意味が分からなかった。突然現れて、項を削いだわけでもないのに巨人を殺し、あまつさえ下僕だと言い張る。

誰もが混乱する中、勝手に忠誠を誓われたクリスタが口を開く。

 

「あなた、名前は?」

 

「先々代、そしてあなたの祖母はこう呼んでおられました」

男は顔を上げ、優しげに微笑みながら名乗る。

 

 

「アーカード、と」

 

 

 

 

 

 

時は流れ、遂に訪れる巨人との決戦。その最前線に立つ人々の中、二人の男女の内男の方が数歩歩みだし、後方の少女に向かって叫ぶ。

 

「主よ!我が主、ヒストリア・レイスよ!命令(オーダー)を!」

その言葉に少女―ヒストリアは力強く応える。

 

「我が下僕、アーカードよ!眼前の敵を一掃せよ!人類の敵を、一匹たりとも生かして還すな!見敵必殺(サーチアンドデストロイ)、見敵必殺!!」

 

「了解、認識した、我が主(マイマスター)」

そう了解した僕―アーカードに、彼女はその枷を解く言葉を投げかける。

 

「拘束制御術式零号、解放!!帰還を果たせ!幾千幾万となって帰還を果たせ!!謳え!!!」

その言葉を受け、アーカードは謳う。死の唄を。

 

 

 

私は

 

 

ヘルメスの鳥

 

 

 

私は自らの

 

 

 

羽を喰らい

 

 

 

飼い慣らされる

 

 

 

 

河が来る、死の河が

 

 

そして、死人が舞い地獄が歌う

 

 

そして誰もが、喰い尽くされる

 

 

 

 




~舞台裏~
クリスタ「アーカードって血の他に何が好きなの?」
アーカード「麻婆だ」
クリスタ「マーボー?なにそれ?おいしいもの?」
アーカード「知らんのか。では特別に作ってやろう。」
クリスタ「わぁい!やったあ!」

~数分後、そこには青い顔をして口から麻婆を垂らすクリスタの姿が!!
クリスタ親衛隊による特に理由のある暴力がアーカードを襲う!!
(こぼした麻婆はサシャがおいしくいただきました)

これにて短編その一終了。
舞台裏に関してはお遊びですwww


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新設ヴァチカン区所属、特務機関イスカリオテ

今回は第104期訓練期編です。
だいぶご都合主義が入りますがどうかご理解を


847年、ウォール・マリア崩壊から二年が経ち、人々はウォール・マリア内地を放棄しウォール・ローゼ内地に生活の場を移していた。

追い詰められた人々であったが、彼らには二つの希望ともいえる存在があった。一つは、歴代最強、いや人類最強ともいわれる兵士、リヴァイを内包した調査兵団部隊、そしてもう一つは、かつてシガンシナ区に侵入した巨人の群れをたった一人で全滅させた狂神父、アンデルセン。未だ建物及び壁の復旧のメドが立たないとの理由でシガンシナ自体は封鎖されたままだが、その武勇伝は瞬く間に国中に知られることになり、彼の信仰するカトリックへの入信者は増加した。

(無論、純粋な信徒は少なく、ほとんどがアンデルセンの保護を受けるためではあるが)

それに対し、すっかり民意を失ったのはウォール教である。シガンシナ区の信徒の生き残りにより、モンガ―司教の汚職や暴挙が明るみになり、噂の域は出なかったものの、人々のウォール教に対する信用は確実に低下した。

 

ウォール・ローゼ南部トロスト区、その外れに新たに新設された指定特区「ヴァチカン区」。その住民のおよそ九割がカトリック信徒で構成されているその中にある「イエスズ修道会」。教会だけでなく、ミサの会場、孤児院、会合の場にも使用されるヴァチカン区で最も大きな施設。その中の一室、「司教室」と呼ばれる部屋にて数人の男女が座って話し合いをしていた。向かい合う片方は壮年の男性、ドット・ピクシス。駐屯兵団司令にしてヴァチカン区のある南部地域の最高責任者でもある。傍らには側近らしい女性士官を二人伴なっている。

相対するのは青年、いやまだ少年の域を出ないであろうあどけなさを残した男、リバー・マクスウェル。彼はアンデルセンの課す厳しい訓練に励む中で、ずば抜けて高いコミュニケーション能力とカリスマ性を見出され、若干十二歳にしてカトリック教の司教兼最高責任者に任命されていた。(マクスウェルの姓は司教になる際、名前だけでは恰好がつかないという理由でアンデルセンから与えられたものだが、その時アンデルセンは小声で「もう間違えるなよマクスウェル」と言っていた)

 

「では、今回のウォールマリア内地調査、この一帯の調査は君たちイスカリオテに依頼するということでよろしいかな?」

「はい、構いませんよ。…で報酬の件ですが」

「分かっておる。孤児院の維持費のみ、ということでいいんじゃな」

「ええ、それが使命ですので、それ以上は求めませんよ。ではそういうことで」

話し合いを終え、部屋を出るピクシス司令。後ろから自分を見送るリバーをちらりとみて、ピクシスは側近に愚痴をもらす。

 

「またこうだ。奴らはどんな依頼をしてもそれが使命、といって報酬を最低限しか要求せん。これじゃあ貸しを作ってばかりな気分でスッとせんわい」

ため息を漏らす上官に、女性士官が口を開く。

 

「まったくあのボウヤ、まだ小さいくせに末恐ろしいですわ。いっそ無理難題を突き付けてくれた方がまだ気が楽ですのに」

「期を待っておるのだろう。最高のタイミングで、自分たちが一番得をする状況になるまであの姿勢は崩れんよ」

女性士官の年相応な意見に、年長者としての意見を述べながらピクシスは今一度リバーを見て呟く。

 

「ヴァチカン区特務、いや対巨人殲滅機関イスカリオテ……恐ろしい奴らだ」

 

 

 

 

 

 

(やった、やったぞ!見たかミカサ!これで俺も戦える!)

立体機動訓練所、新しく兵士となるものならだれもが通過するその場所を、エレン・イェーガーは他の訓練生より一足遅れてクリアしていた。アンデルセン神父の訓練により、身体能力や判断能力においては他よりも優れていたのだが、この立体機動訓練だけは初めてだったため今まで手間取っていた。だが、同じ条件下であるミカサやアルミンがすんなりできたところから見るに、エレンの不器用ぶりが伺えた。

 

パチパチパチ!

不意に横から拍手が聞こえてくる。

 

「誰だっ!?」

いきり立つ教官につられ、エレン、他の訓練生も拍手がする方向を見ると、そこには二人の修道服を着た人物が立っていた。一人は茶髪をオールバックにし、薄ら笑いを浮かべながら拍手をする、一見男のような見た目の男物の修道服を着た麗人。腰には銃身の下に刃が取り付けられた銃が二丁掛けられている。その陰に隠れるもう一人は、長い黒髪を麻紐で縛り、シスター服を着て、腰に一振りの刀のような剣を携えた女性であった。

 

「なんだ貴様らは!ここは訓練生以外立ち入り禁止だぞ!」

あまりにも不審な二人組に、教官から叱咤の声が飛ぶ。その声にまるで悪びれてないかのように茶髪の人物は手を振って謝る。

 

「失礼、我々はヴァチカン区のイスカリオテに所属するものでして」

イスカリオテ、その名前に訓練生にどよめきが起きる。かつてシガンシナに侵入した巨人を全滅させたといわれる伝説の神父アンデルセン。彼が設立し、部隊長を務めるその機関は、巨人におびえる人々にとってあまりにも有名であった。

先ほどまで威圧的であった教官にも、僅かながら動揺が見て取れる。

 

「…で、そのイスカリオテが何の用だ?」

「別に、ただ私たちの家族が訓練で手間取っていると聞いてね。ちょいと陣中見舞いにきたのさ……けどいらぬ心配だったようだね」

そういって、二人は訓練装置の前で宙吊りになっているエレンに近寄る。

 

「お久しぶり…でもないかエレン。苦労してるって聞いたけどなかなかうまいものじゃないか」

「わ、私よりずっと上手……」

「ち、ちょっと!ロゴス姉さん、ベレッタ姉さん!いくらなんでも訓練中に来るのはまずいって!」

そう、この二人はあのロゴスとベレッタなのである。成長し、ますますハインケルや由美子に似てきた二人は、今やイスカリオテの期待のルーキーなのである。そんな二人に、周りの空気にいたたまれなくなったエレンが思わず注意する。

その様子に見かねたミカサとアルミンが訓練生の中から飛び出してくる。

 

「姉さんたち、いま来られたら怒られるよ」

「そうだよ!ていうか、こないだ今日は調査に行く日だって言ってなかった?大丈夫なの?」

「あー、だーいじょぶダイジョブ。ちょっとだけだしすぐに戻れば」

「コラァァァァ!!!!」

突然の怒声にその場にいた全員が驚き肩を竦ませる。その声にあまりにも聞き覚えのあるロゴスやエレン達がゆっくりと声の方向を見ると、そこには肩を怒らせこちらに歩いてくる壮年の男性がいた。噂の恰好と寸分違わぬその人物に訓練生の中から呟きが漏れる。

 

「殺し屋」、「銃剣(バイヨネット)」、「再生者(リジェネレーター)」、「狂人神父」、「巨人殺し(タイタンキラー)」、「カトリック絶対主義者」

そう、そんな数々の異名をもつその男こそ。

 

『アレクサンド・アンデルセン!!』

呼ばれた当の本人、アンデルセンは自分を指さす訓練生に目もくれず、震えている部下であり娘でもあるロゴスとベレッタに近寄り―

 

ゴンッ!

思い切り拳骨を振り下した。そのあまりの威力に二人の視界は一瞬白み、次いで激しい痛みが襲ってくる。

 

「「っ痛ーい!!」」

「この馬鹿者共が!勝手に書置きだけ残してこんなところに来やがって。拳骨で済んだだけ良しと思え!」

痛みに蹲る二人に叱責を飛ばしたアンデルセンは、次いで教官の方を向き頭を下げる。

 

「キース教官、私の部下が邪魔したようで申し訳ない。あとでしっかり言って聞かせますので」

「あ、ああ…」

あまりの状況の変化に茫然と返事するキースを確認し、アンデルセンはエレン達に視線を向ける。

 

「エレン、ミカサ、アルミン、頑張っているようだな。お前たちはそのまま強くなれ!強くなってあの化け物共を早く殺しに来い!」

「「「ッ!はい、神父様!」」」

返事する三人に笑って頷き、アンデルセンは未だダメージの残るロゴスとベレッタをひったたせ、訓練所を後にする。そんなアンデルセンを見送りながら、訓練生たちは口々に言い合う。

 

「思ったよりいい人そうだよね」

「あれなら家の母ちゃんの方が怖いぜ」

 

「お前ら何も分かってないよ…」

そんな彼らに装置から離れたエレンが声をかける。「え?」とこちらを見る彼らに、エレンはかつての訓練の日々を思い出しながら呟く。

 

「神父様は敵がいなかったり闘っていなければ優しいんだ。でももし敵がいれば…」

 

 

 

 

 

 

 

 

ウォール・マリア内地、通称「霧の森」と呼ばれる昼間でも深い霧の影響で視界の悪いその森の前に、アンデルセン率いるイスカリオテの面々が到着した。彼らは元兵団の人間だったり、ずぶの素人だったりと、境遇はばらばらではあったが、みなアンデルセンの訓練を乗り越えた少数精鋭であった。

そんな彼らに、森の中から巨人が飛び出しそのうちの一体、奇行種と思われる巨人が奇声を上げて襲いかかる。馬から降りたアンデルセンは道中に既に何体もの巨人を切り裂いた銃剣を手に叫ぶ。

 

「五月蠅しい(やかましい)!巨人が喚くな!」

その言葉と同時に飛び出し、先頭の一体を斬って落とす。それを皮切りに、ロゴスは愛用の刃付き拳銃を構え、ベレッタも普段見せない妖艶な笑みを浮かべて刀を抜く。他の面々も、各々剣を抜いて戦闘の用意をする。

そんな彼女らの視線の先では、アンデルセンが切り殺した巨人の躯の上で刃を十字に交差させ、こちらに歩み寄る巨人に叫ぶ。

 

「この私の眼前で、巨人が歩き、巨人が群れ、人間を喰らおうとする。我らを虫けらのように踏み潰し、パンのように喰らおうとするものを、ヴァチカンが、イスカリオテが、この私が許しておけるものか!貴様らは震えながらではなく、藁のように死ぬのだ!AMEN!!!!]

 

そして、闘いと呼ぶにはあまりにも一方的な暴力が始まった。

 

 

 

 

 




今回ここまで。
次回いよいよトロスト区防衛線からです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

思わぬ光景

今回の話は割とご都合をひん曲げてお送りします
だって神父残ったら意味ないんだもの…


850年、エレンたちは訓練兵団を卒業し、新人としての第一歩を踏み出そうとしていた。そんなある日、

 

「調査兵団との合同調査?」

「それはまた…ずいぶんと大がかりですね」

イエスズ修道会の司教室にて、調査兵団長のエルヴィンよりそんな話を聞かされたリバーともう一人、成長し今やアンデルセン二世とも言われるほどの銃剣使いとなった少年、エドは疑問の声を上げる。

そんな二人の反応を見て、エルヴィンは説明を続ける。

 

「お二人も知ってのとおり、我々調査兵団は今深刻な人手不足に陥っている。加えて毎回の想定より振るわない成果と甚大な死亡者の数に、民衆や商会からの不満の声も大きくなる一方だ」

「…だから今回は我々と手を組み、より犠牲を減らして大きな成果を。というわけですか」

「……そうだ。口惜しいが、君たちのほうが生還率も練度も高い。それが上の判断でね」

そう呻くエルヴィンの言葉には、不甲斐ない自分たちへの怒りと、兵を駒としか思っていない上層部への苛立ちが込められていた。

 

「分かりました。随員に関してはこちらから追って連絡させていただきますので」

「助かります。…それでは私はこれで」

そう言って席を立ち、部屋を後にするエルヴィン。そんな彼の寂しげな後ろ姿を見送りながら、エドとリバーは互いに呟くように話し合う。

 

「…世知辛いですよね。エルヴィン団長も」

「ああ…」

「随員の件なんですけど、俺も行っていいですか?リバー兄さん」

「ああ、構わんよ。それとエド、公の場ではマクスウェル司教と呼べ。どこでだれが聞いているか分からん」

「!すいません、マクスウェル司教!」

そんな風に一日は過ぎていく。いずれ訪れる、動乱の前触れも無しに。

 

 

 

そして時がたち、出立当日。街頭には多くの人がごった返していた。みな、これから命がけの壁外調査に出向く調査兵団、そしてイスカリオテの見送りに来たのである。その中には、エレンをはじめとした104期卒業生らの姿もあった。

そんな中、ついに兵団の面々が姿を見せる。人々は彼らが前を横切る度に噂し合う。

 

「来たぞ、調査兵団の主力部隊だ!」

「エルヴィン団長!巨人共を蹴散らしてやってください!」

「オイ、見ろ!人類最強の兵士リヴァイ兵士長だ!一人で一個旅団並の戦力があるってよ!」

口々に調査兵団の面々を褒め称える群衆。だが、遂にイスカリオテの武装神父隊が現れると、その歓声はざわめきへと変わる。

 

「あれが、『男装麗人』シスター・ロゴスか。あんな銃で巨人を殺せるのか?」

「馬鹿、先っぽに刃が付いてるだろ。銃は目つぶしで、あっちで殺すんだと。」

「横にいるのは『拷問処刑人』のシスター・ベレッタか?巨人を逆にいたぶって殺すっていう…」

「ひええ、あんな顔しておっかねえ」

「あのちっこいのは誰だ?」

「最近入ったっていうエドっていうやつだ。なんでもアンデルセンと同じ銃剣を使うらしい」

そしてついに、あの男が民衆の前に姿を現す。

 

「で、出た!『銃剣(バイヨネット)』アレクサンド・アンデルセンだ!!」

「今まで400体以上巨人殺したんだろ!もうあいつ人間じゃねえよ」

「リヴァイ兵長が人類最強なら奴は世界最強だな…」

「カトリックじゃないと殺されるって、ほ、本当かな?」

「馬鹿野郎殺すのはウォール教の連中だけだよ!神父様―!巨人なんか皆殺しにしてくれー!」

期待、歓喜、恐怖、様々な感情をその背に受け、気を引き締める調査兵団。薄ら笑いを浮かべて受け流すイスカリオテ。

彼らは行く、巨人との闘争に。彼らは往く、人類の地を取り戻しに。

 

 

 

 

 

ウォール・マリア内地のとある街、いやもはや廃墟となりつつあるその地にて、彼らと巨人との闘いが行われていた。

 

ゴリッ…!ガリッ…!

「く、糞が…テメエらなんかに…負けて……」

ドキュン!ドキュン!

「ふんっ!!」

ザンッ!!

今まさに調査兵団の男を食っていた巨人に、ロゴスは二発の銃弾と一撃の斬撃を持ってその生命活動を停止させる。振り返って男の方を見やると、思ったより軽傷らしくすぐに立ち上がってこちらに叫んでくる。

 

「あ、ありがとう!」

「礼なんざいいからとっとと巨人倒せ!」

そう言ってロゴスはさらなる巨人たちに突っ込んでいく。

 

一方のベレッタは、

ズバァ!!

「あはは、お前よわっちいなあ!ほらもっと抵抗しなよ。じゃないと…」

そういって四肢を切り落とした巨人の項に立ち、刀を構え、

「とっとと殺しちゃうよ?」

それを振り下ろした。

 

「どりゃあぁぁぁ!」

新入りであるエドは師であるアンデルセンのように勇ましく巨人に切りかかるが、

 

ガスッ!

「やべっ!浅い!」

やはり師のようにはいかず、殺しきれない。とそこに

 

ザンッ!ドズウゥン!!

「殺(や)るんならもっときっちり殺りやがれ!!」

「う、うっす!サンキューですリヴァイさん!」

通りがかったリヴァイが止めを刺していく。

 

 

 

「チッ!イライラさせやがる…」

そんなリヴァイはある民家の屋根の上に登り、普段より人数の多い、しかし確実に被害の少なくなった戦場を見渡していた。

 

「何々、イスカリオテのみんなに嫉妬してる?」

とそこに分隊長でもあり兵団きっての変人でもある女性士官、ハンジ・ゾエがやってくる。その無邪気な言葉に、眉間に皺を寄せながらリヴァイは言う。

 

「ちげーよバカ、…連中には感謝してる。おかげで部下が死なずに済んだしな。気に入らねえのは連中がいなけりゃ部下が死んでたってことだ」

「まあねー。あの人たち強いしね。特に、ハァ、ハァ、あ、あの人がね」

「気持ち悪りいぞテメエ。…で、当のそいつはどこに」

 

「キィィィィィエェェェェェェイ!!!!」

ドガガガァァァァ!!!!

「……いたな」

「いましたね」

二人の視線の先にはその本人、今まさに十数対の巨人を打ち倒し民家に叩き伏せた男、アンデルセンがいた。しかしアンデルセンは自分の戦果を誇る暇もなく、次の巨人へと切りかかる。

 

「ハハハ!踊れ踊れ化け物共(フリークス)!この私に地獄を見せてみろぉぉ!!」

「…あの野郎ほんとに50間近のおっさんかよ。マジモンのバケモンじゃねえか」

「ほんとですねえ…どうしてあんな動きができるのか…~~!あーっ!ちょっとでいいから解剖したーい!!」

「黙ってろ変態女。…ん?エルヴィンの野郎、どうしたんだ?」

リヴァイの視線の先には、離れたところの仮本部にいるはずのエルヴィンがいた。

そして彼から、予想外の命令を下される。

 

「退却!?」

「そうだ。これより急ぎ退却し、南部のトロスト区に戻る」

突然の決定に誰もが難色を示す。

 

「おいおいエルヴィン、俺たちはまだ限界まで進んでねえぜ」

「言いたいことは分かるリヴァイ。だがこれは火急の事態で」

「退く!?退くだと!?」

「!」

突っかかるリヴァイをなだめようとするエルヴィンに詰め寄ったのはアンデルセン。

 

「我々神罰の地上代行イスカリオテが、巨人相手に退くだと!エルヴィン貴様、それにはよほどの理由があるんだろうな」

「巨人が街を目指して北上し始めた。主軸上にはトロスト区がある。」

『!!』

その言葉に、彼ら、特にイスカリオテの面々に動揺が走る。トロスト区には彼らの家が、彼らの同志がいる。

 

「5年前と同じだ。街に何かが起きている。壁が…破壊されたかもしれない」

「…」

「とにかく一旦退却して状況を」

「ロゴス!ベレッタ!」ポイッ

「「!っとと!」」

部隊を先導しようとするエルヴィンの言葉の途中で、アンデルセンはロゴスとベレッタに何かを放り投げる。あわててキャッチした二人の手には、普段アンデルセンが使っている転移用の聖書が合計二冊あった。

 

「それを使って先に戻れ。壁を守れ、ヴァチカンを守れ、カトリックを、お前たちの家族を守れ!俺はエドやほかの奴らとともに急いで戻る」

「しかし神父様!」

「早く行けい!間に合わなくなっても知らんぞ!」

「行ってくれ!姉さんたち!」

『行ってください!シスター・ロゴス!シスター・ベレッタ!』

仲間たちからの後押しを受け、二人は目配せをした後頷く。

 

「…分かりました。先に行って待ってます!」

「みんなも早く来てくださいね!」

光と清風を巻き上げ、飛び散った聖書が二人を隠す。やがてページが消えると、二人の姿はもうどこにもなかった。それを確認し、アンデルセンたちは馬に跨る。

 

「さあエルヴィン、急ぐぞ。グズグズしてはいられん」

「…ああ、そうだな」

そうして彼らは走り出す。自分たちの守るべきものに戻るため。戻った先で、さらに予想もつかない光景を目の当たりにすることを知らず。

 

 

 

バサバサバサァ!

聖書によって無事トロスト区まで転移してきたロゴスとベレッタ。彼女らはまず状況の確認にかかった。

 

「着いたか!ヴァチカンは?壁は?巨人はどうなった?」

「……ねえロゴス、あれ見て」

「なんだベレッタ…!!?」

ベレッタが指差す方向。そこを見たロゴスはその光景を理解できず思考が止まる。

何しろ、

 

 

 

 

 

 

「…なんで巨人が巨人を殺してるの?」

目の前では15メートルはあるであろう大型の巨人が、他の巨人を皆殺しにしていたのだから。

 

 

 




今回ここまで
名もなき負傷兵(仮)死亡フラグ回避


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

謎の巨人

やっと書けた…
新作思いついたりメガテンやってたりでなかなか進まんかったよ


調査兵団とイスカリオテによる合同調査が決まる数日前、エレンたちはもうすぐ立ち退くことになる訓練兵団宿舎にて、残り少ない、仲間たちと一緒に摂る食事を食べていた。

そんな中、

 

「なんだとジャンてめえ!」

「やるかこの死に急ぎ野郎!!」

エレンは訓練生時代から恒例となっているジャン・キルシュタインとの何度目になるか分からない喧嘩を始めようとしていた。

周りの人間も、もはやいちいち止める気もないのか逆に囃し立てる始末である。

 

「またエレンとジャンかー?」

「おー!やれやれ!最後にどーんとやれ!」

「どーせ今回もエレンの勝ちだろ。あのアンデルセンの弟子だぞ。勝てるわけねーよ」

そう、恒例のように行われているこの喧嘩は、毎回エレンの圧勝に終わっている。それもそのはず。いくら要領がいいからといって、ずぶの素人から始まったジャンと、二年とはいえアンデルセンの課す地獄のようなトレーニングを乗り越えたエレンとでは、真っ当な勝負にならなかった。

だがそれも、

 

「エレン、喧嘩しちゃダメ」

ヒュオッ! ガッ! ズデン!

「うおっ!?…ッツ~!ミカサァ!邪魔すんじゃねーよ!」

ミカサの横やりが入らなければの話ではあるが。エレンと同じ訓練をこなし、さらにベレッタから初歩ではあるものの「島原抜刀流」を教えられたミカサにとって、純粋な運動能力のみならばもはや同年代、いや下手をすれば兵団全体において並び立つ者はほとんどいない状況であった。

 

「ミ、ミカサ!」

「エレン、ジャン。まだ続けるなら私が相手になるよ」

「「…すまんかった」」

こうして104期生たちの夜は更けていく。来たるべき闘いの日に備えて。

 

 

 

だが、彼らにその覚悟が定まるよりも早く、事態は起こった。

超大型巨人による、ウォール・ローゼの決壊。それによる巨人の侵入に備えるべく、104期の訓練生たちもまた闘いの用意をしていた。

そんな中に、エレン、ミカサ、アルミンの姿もあった。

 

「くそっ!明日から内地に行けたっつーのに!」

「!テメエ!なに諦めてんだよ!」

巨人の来襲に早くも戦意喪失しかけているジャンの胸ぐらを掴みあげ、エレンは詰め寄った。

 

「な、何すんだよ!お前だって死ぬかもしれないんだぞ!怖くねえのかよ!」

「ああ怖いさ!だけどな!最初から諦めているような奴が生き残れるわけねーだろ!それに、神父様が言っていた。『諦めが人間を殺す。諦めを拒絶した時、人間は人道を踏破する権利人になる』って!諦めなきゃ、絶対明日はあるんだよ!内地に行くんだろ?憲兵団に入るんだろ?だったらこんなことろで腐ってんじゃねえ!」

あいつならそういうだろう。最後にそう呟いたアンデルセンから教わった心構えを、今度は自分がジャンに叩きつけ、エレンはジャンとともに周りを鼓舞していた。この二年間にエレンは肉体だけでなく精神的にも強くなっており、訓練生時代も、アンデルセンから叱咤激励された言葉ややり方を借りて、折れそうになる仲間たちを励ましていた。

 

「…糞ッ!テメエに言われなくてもそのつもりだよ!当たり前だ、こんなところで死ねるか…!」

そんなエレンの言葉を受け、ジャンも悪態をつきながら目には強い意志を秘めて去っていく。周りの新人たちも、それに触発されてか先ほどまでの暗いムードもなく、生き残るという強い意志が垣間見えた。

 

「…じゃあミカサ、先に行くな。いくぞアルミン!」

「うん!」

そういってエレンとアルミンは街へと向かう。ミカサはその能力を買われベテラン揃いの後衛に回されるため、ここで別れることになる。ずいぶんごねていたが、兵士である以上私情を優先させないよう言い聞かせた。

 

「エレンッ!」

「?どうしたミカサ?」

「…死なないで…」

「ッ!当たり前だろ!」

心配そうなミカサに背を向け、エレンは街に飛び出す。そうだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。巨人を全滅させるために。今遠くで闘っている家族に追いつくために。

 

 

 

だが、現実は決して人の思うが儘にはいかない。たとえどれほど鍛えたとしても。

 

 

 

 

 

 

ザンッ!!

「よし!これで二体目!!」

 

立体機動と鍛え抜かれた俊敏性を生かし、巨人を攪乱していたエレンの刃が、巨人の息の根を止める。街に繰り出してからおよそ30分。エレンは本日二体目の巨人を蹴散らし、次なる標的へと飛び去っていく。

 

(いける、いけるぞ!俺は巨人に勝てる!人類は負けていない!!)

初先頭にて二体の巨人を屠ったエレンは、その事実に充実感と自信を持っていた。そこに少し離れたところで戦況を確認していたアルミンが近づいてくる。

 

「エレン!アレ見て!」

アルミンが指さす方向を見ると、その方向から巨人が迫ってきていた。しかし、どうも他の巨人に比べ様子がおかしい。奇行種のようなのだが、全体的に丸みのある体躯をしており、長い髪や膨らんだ胸部を見る限り、女性のような印象を受ける。

 

「なんだありゃ?…巨人にも女がいるのか?」

「いや、聞いたことない。もしかしたら鎧や超大型みたいな変異種かもしれない。ここは一旦下がって指示を…」

「へっ!大丈夫だよ、俺たちなら倒せるって!まあ見てな!」

エレンとアルミンの会話に割って入ったのはトーマスという少年。彼は先ほどアルミンのサポートの元巨人を一体倒しており、若干高揚しているようであった。

制止する二人を置いて、女型の巨人に突っ込むトーマス。彼は突っ込んでくる女型の側面に回り込み、首の正面に立体機動のワイヤーを張り、突っ込んできた巨人を支点に項に回ろうとする。

 

だが、彼の目論見どおりになることは無かった。

 

女型はワイヤーに視線を向けると、急ブレーキをかけ、そのワイヤーを掴んでトーマスごと空高く頬り投げた。

 

「…は?」

茫然となるトーマスの視界が最後に捉えたもの。

 

それはあまりにもベストタイミングで飛び上がった奇行種の口であった。

 

 

 

「「…え?」」

その一部始終を見ていた二人はその光景を理解できなかった。だが、降りてきた巨人が恍惚の表情でトーマスを咀嚼しているのを見て、エレンの脳が瞬時に沸騰する。

 

「テメェェェェェェェェ!!!」

突っ込むエレン。狙うはトーマスを喰らう奇行種。しかし、女型も逃すつもりはない。一気に纏めてぶっ殺す。無鉄砲で、聞く人が聞けば傲慢とも取れる思考。

 

それが命取りとなった。

 

「!?」

突然横目で視界に入れていた女型が消えた。その事実に一瞬エレンの脳内がフリーズし、次いで先ほど見たあの超大型のことが浮かぶ。その思考よりエレンが覚醒するよりも早く、

 

伏せた姿勢から忍び寄った女型の蹴りが、寸でで身をよじったエレンの左足を削ぎ落とした。

 

「エレン!!」

悲鳴を上げるアルミンの眼前で、左足を失い、屋根に叩き付けられたエレンがうめき声を上げる。すぐに駆け寄ろうとするアルミンは、同時にあの女型について思考を巡らせていた。

 

(なんなんだあの巨人は!あんな動きふつうあり得ない!まるで人間みたいな…)

「!アルミン!!右だぁ!」

エレンの叫びにハッとして右を見るがもう遅い。いつの間にか接近していた女型の掌底が、アルミンを壁に叩き付ける。それを確認すると、女型の巨人は背を向けて立ち去っていく。

だが、危機はすぐそこに来ていた。立ち上がろうとするアルミンを、女型と入れ替わりで寄ってきた巨人が摘みあげ、もがくアルミンを意に介さず、口の中に放り込む。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」

「アル…ミン……」

アルミンが、目の前で食われようとしている。朦朧とする意識の中で、エレンにはその叫びがひどく遠くに感じた。しかし、彼は必死で立ち上がろうとするが、彼もまた、左足を女型に潰されていた。本来の彼であれば感づくことができたろうが、友を食われて逆上したエレンに巨人の不意打ちを躱しきる余裕などなかった。

だが、そんな体であってもエレンにはこのまま黙ってアルミンが食われるのを待っていることはできなかった。残った右足に力を込めて膝立ちになり、立体起動を巨人の顎に打ち込む。突っ込んだエレンはそのままアルミンを飲み込もうとする巨人の口に飛び込み、最後の力を振り絞ってアルミンを引きずり出した。

 

「エレンッ!?」

「こんなところで…死ねるか…なぁ…アルミン、お前が…お前が教えてくれたから…オレは外の…世界に…」

引っ張り出されたアルミンはすぐにエレンの名を呼び振り返る。一方のエレンも食われまいと踏ん張って手を伸ばすが、徐々にその力は弱まっていき、

 

「エレン!!早く!!」

伸ばした手を掴もうとするアルミンの眼前で

 

バクッ! ブチッ ゴクン…

「う…うわあああああああ!!」

エレンは左腕のみを残し、食われていった。

 

 

 

「チクショウッ…チクショウッ…!こんなところで…」

巨人の体内にて、エレンはもがいていた。だが胃壁を殴りつけても、いくら叫んでもどうにもならない。それでもエレンは諦めなかった。

生きるために、巨人を殺すために。

 

「あ…諦めて…たまるか…。駆逐してやる…一匹残らず…この手で」

その言葉を最後に、彼は胃液の中に沈んでいく。

 

 

 

……諦めて、たまるかぁ!!

 

 

 

 

 

 

「…ックソ!エレンの仇っ!」

アルミンはエレンが食われたことに強いショックを受けながらも、なお立ち上がって巨人に刃を向ける。アルミンも伊達にアンデルセンの訓練を乗り越えてきてはいない。血反吐を吐きながら訓練の中で鍛え上げた彼の強い信念と戦術眼、それが彼に告げていた。今が千載一遇のチャンスだと。泣く暇があったら友の仇を討て、と。

 

「ああああああああっ!!!!!」

だがそんなアルミンの眼前で唐突に事態は変化する。

 

ズボッ!!

「!!??」

今飛び掛かろうとした巨人の中から、太い腕が飛び出し、巨人が倒れ伏した。思わずたたらを踏むアルミンの前で、巨人を突き破って腕だけでなく頭、胴体、足と飛び出し、遂には15メートルはあろうかという新手の巨人がその姿を現した。

 

「なんで…巨人から、巨人が…?」

新手の奇行種かと思考を巡らせるアルミンに目もくれず、その巨人は行動を起こす

 

「~~~~~~~~~~ッ!!!」

「うわっ!」

天も裂けんばかりの雄叫びを上げ、巨人はアルミンに向かって拳を振りかぶる。雄叫びに思わず耳を塞いでいたアルミンは対応できない。

そしてその拳は、

 

 

 

アルミンのすぐ後ろにいた巨人の顔面を捉えていた。

 

「えっ!?」

てっきり自分に向けられたものと思って死を覚悟していたアルミンは、その事態を理解できなかった。ただ分かっていたのは眼前の巨人が後ろの巨人を殴り飛ばしたという事実のみ。

 

「~~~~~~~~!!!!!」

混乱するアルミンを放っておいて、その巨人はほかの巨人に向かって走り出す。そして目についた端から巨人に襲い掛かり、その生命活動を停止させていく。

 

「なんなんだ…あの巨人…、まるで…

その光景に呆然としながら、アルミンは呟く。

 

 

…まるでエレンみたいだ」

その巨人と、あまりにも似通った動きをする、友の名を。

 

 

 

 

 

アルミンは数秒の後正気に戻ると、事態を報告すべく本部へと戻る。だがその道中、思わぬ人物たちと合流する。

 

「アルミンッ!」

「!?ミカサ!?ロゴス姉さん、ベレッタ姉さん!?」

自分を呼ぶ声に反応して横を見やれば、そこには後衛にいるはずのミカサ、そして調査兵団とともに壁外調査に出向いたはずのロゴスとベレッタがいる。

あわてて方向を変えて三人のいる場所へと降り立つ。

 

「三人とも、なんでここにいるの!?」

「巨人が街を目指してるって聞いて、神父様が聖書で先に帰してくれたの。ミカサはさっきそこで会ったんだ」

「私は後衛の避難が終わったからこっちの支援に来たんだけど…それよりアルミン、エレンは?一緒じゃないの?」

ミカサの唐突な、しかし当然ともいえる質問にアルミンは口ごもるが、やがて絞り出すように声を出す。

 

「エレンは…巨人に、食われて」

「…!!!」

アルミンの言葉も言い終わらないうちにミカサは駆け出すが、

 

「おっと!」

「グッ!?」

ロゴスによって羽交い絞めされる。

 

「離して姉さん!私が、私がエレンの仇を!」

「落ち着けって。アルミンだってもうビビりじゃない。エレンが目の前で食われたって、仇討つぐらいやってのけるさ。……それより聞きたいことがあるんだが」

ミカサを羽交い絞めする腕の先の拳がギリギリいっているところから、ロゴス、そして刀の柄を折れよといわんばかりに握りしめているベレッタも怒り心頭なのが見て取れるが、年長者らしくそれを抑え込んでロゴスは数メートル先で暴れまわる先の巨人を指してアルミンに問いかける。

 

「あそこで巨人ぶっ殺しまくっているあの巨人はなんだ?新手の奇行種か?…ちょ、おいミカサいい加減止まれ!ベレッタ!お前も手伝え!」

「…それなんだけど、僕にもよく分からないんだ」

いまだ暴れるミカサを二人がかりで抑えるロゴスとベレッタに、アルミンは自分が見たすべてを話す

 

「あの巨人は、エレンを食った巨人から出てきたんだ!?」

エレン、という言葉にミカサの動きが止まる。

 

「ハァ!?出てきたって、どうやって!?」

「体を突き破って。それから殴りかかってきたんだけど、あいつ僕の後ろにいた巨人だけを殴ったんだ。それに、目の前に僕がいたのに、まるで無視して巨人だけを襲うんだ。それに…これは僕の主観でしかないんだけど」

そこで一旦息を切り、アルミンは言葉を続ける。

 

「…あの巨人の動きは、エレンと同じなんだ」

『!?』

あまりにも理解できないその言葉に、三人は表現しがたい表情になる。

 

「おいおいおいおいおい、お前何か?あれがエレンだっつーのか!?」

「そこまでは言わないけど…。あの巨人が、エレンに何か関係しているのは確かだよ」

「で、でも、なんでそんなことが…」

困惑する三人。そんな中、動きを止めてから黙ったままだったミカサが口を開く。

 

「…分からないなら、あとであの巨人を調べればいい。とにかく今は、生き残ることが先決。私たちも、あの巨人も」

そう強く言い放つミカサ。アンデルセンによって鍛えられたミカサは、何よりこの切り替わりの早さがずば抜けていた。あらゆる状況において、一旦思考をリセットして最善の選択をする。エレンが絡むと途端におろそかになるのがタマに傷ではあったが、一度冷静になってしまえばそれは十全に行われる。

その言葉を受け、白熱したロゴス、ベレッタ、アルミンも一旦気を取り直す。

 

「…そうだね、今はとにかく生き残ろう。それでさっき思いついたんだけど」

そういってアルミンは、今や巨人の巣と化している本部を指差して言う。

 

「あの巨人を引き付けて、本部までの道を作るのはどうかな?その方がこっちの危険は少ないし、あの巨人は並の巨人より強いから、早々負けはしないだろうし」

かなり無茶苦茶な作戦ではあったが、あの巨人が本当に巨人にしか興味がないのなら、可能性はある。

 

「な、成程。良し!ミカサとアルミンは残りの奴らに声をかけて本部へ急げ。私たちは一旦ヴァチカンへ戻ってから、あの巨人と少しでも数を減らしておく!」

「ふ、二人とも、気を付けてね……シャア!いくぞ巨人共ォ!」

そういって二人は屋根伝いにヴァチカン区へと急ぐ。

 

「いこう、アルミン」

「うん」

そんな二人を見送って、二人も立体起動を飛ばす。ヴァチカンも心配だが、あの二人やマクスウェルがいればどうにかなるだろう。そう己に言い聞かせ、暴れる巨人の眼前に躍り出る。巨人が反応したのを確認すると、すぐさま本部の方向へと飛んでいく。

本部に張り付く、そしてそこまでにいる巨人を視界に入れると、猛然と走り出す。

 

(やった!第一段階成功!あとは本部まで突っ込ませるだけだ)

仲間に声をかけるため、速度を落とした二人を抜き去り、巨人へと走っていくそいつを見やって、アルミンは作戦の成功を予感する。

すぐさま二人は屋根の向こうで集まっている仲間たちの方向へ飛んでいった。

 

 

生き残るために、あの巨人の謎を知るために、二人は駆ける。

 

 

先ほどありえないと切り捨てた、その先にある衝撃の真実を知る由もなく。

 

 

 

 

 

 




今回ここまで
もうちょい書きたかったなー…じゃないとウォルターの出番がどんどん遅くなるwww


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開幕の時は近い

なかなか描けなくって疲れた…
今回伏線ちょこっと入ってるけど、どうやろか…


ミカサとアルミンと別れ、ヴァチカン区への道を急ぐロゴスとベレッタ。二人の顔には先ほど見られなかった焦りの色が浮かんでいた。年下である二人の前では抑えていたが、家族を心配しない人などいない。ましてや今だ到着していないアンデルセンやエドたちが帰ってくるまでに帰るべき場所が無くなっているようでは笑い話にもならない。

 

「急げよベレッタ!」

「分かってるよロゴス!」

巨人を蹴散らしながら、二人は屋根の上をひた走る。

しばらくすると、何やら銃声のような音が聞こえてくる。やがて、トロスト区と水路を挟んだ先に、ライフルや立体起動を駆使して巨人の進行を阻んでいる残留組の仲間たちの姿が見られた。

 

ガブッ!

そんな中、一人の神父が巨人に下半身を噛みつかれる。

 

「ぐあっ!…くっそお、ただでは死なんぞ!」

徐々に食われていくなか、その神父は懐から固定砲に使われる榴弾の弾頭を取り出し、

 

「エイメン!」

その先を思い切り叩いて爆発させた。神父と共に巨人の頭も項ごと吹き飛び、巨人は倒れ伏した。

イスカリオテには、ある暗黙の規定がある。

 

「死ぬのなら一匹でも多くの巨人を道づれにするべし」

 

このためにイスカリオテの神父及びシスターは闘いの際、全員が榴弾の弾頭を懐に忍ばせ、万が一のときは自爆できるようにしている。

この規定ゆえに、多くのカトリックはイスカリオテに入ることを拒んだが、それでもなお多くのものがこの規定を守り、そしてその命を散らしていった。

 

「「AMEN」」

二人ももちろんそれを了承しているので、立ち止まることなく聖句を唱えてなおも進む。

泣く暇があったら前へ進め。友が死んだならその分敵を殺せ。

それがアンデルセンより教わったことなのだから。

 

 

 

しばらく行くと、自分たちの家であるイエスズ修道会が見えてきた。

院の前では弟分であり上司であるマクスウェルが普段の司教服に剣を携えて、まだ見習いの神父達と共に立っていた。

 

「「マクスウェル司教!」」

「!シスター・ロゴス、シスター・ベレッタ!戻ってきてくれたか!」

公の場であるため上下関係を現した呼び名で三人はお互いの無事を確かめあう。周りにいた新人たちも、イスカリオテきっての実力者である二人の帰還に安堵の表情を見せる。

 

「よく戻ってきた。…してアンデルセンとエドは?」

「まだ戻っている最中です。私たちは神父様の貸してくださった聖書で一足先に戻ってきたのです。…それで司教、戻ってきて早々で悪いのですが、ここを任せてもよろしいでしょうか?我々はトロスト区の援護に向かいたいのです」

「なに?トロスト区へ?しかしトロスト区はすでに撤退が完了したと聞いているぞ?」

「なんですって!?」

ミカサからもアルミンからも聞かされなかった事実に、ロゴスとベレッタは驚愕する。

予想外の反応をする二人に首を傾げるマクスウェルに、二人は自分たちが見た、聞いたことをすべて報告する。

 

「…ということはまだ人がいるのか?」

「ええ、まだ104期の新人、ミカサやアルミン達が残っています。司教、一刻も早く援護に行かせてください!」

「お、お願いします!司教!」

懇願するロゴスとベレッタに、マクスウェルは考え込むしぐさをして、やがて口を開く。

 

「……ウォール教や我らに敵対するものがいくら死のうが知ったことではないが、トロスト区には我らカトリックの同胞も少なからず居る。それにミカサ・アッカーマンやアルミン・アルレルトは大事な情報源だ。放っておくわけにはいくまい」

本当なら家族を守りたいといいたいが、カトリックの体面を考えあえてそんな言葉で示し、マクスウェルは二人に命令する。

 

「シスター・ロゴス、シスター・ベレッタ。命令だ。今すぐトロスト区へ戻り、ミカサ・アッカーマン、アルミン・アルレルト両名及びトロスト区内のカトリック教徒を守り、事態を収拾せよ。その過程でたまたまほかの者が助かっても、いちいち気にするな」

「「AMEN!!」」

言葉の端に甘さをにじませるそんな命令を受け、二人は飛び去っていく。

そんな二人を見送ったマクスウェルは、折角戻ってきた実力者がまた行ってしまって消沈している新人たちに喝を入れる。

 

「いつまでボケッとしている!さっさと周りを見張れ!何としてもここは死守するのだ!アンデルセンらが戻ってくるまで!」

 

 

 

 

一方、そのトロスト区では事態に変化が訪れていた。

 

『やった…、やったぞ!これで脱出できる!』

駐屯兵団本部にて、取り残された新兵たちの歓喜の声が木霊する。その中でジャンは、隣ではしゃぐ同期のマルコを見やりながら、奥で、作戦の成功に安堵するアルミンを見る。

 

(大した奴だあいつは。いつもエレンにべたべたしててなよっちい奴かと思ったが、さすがはアンデルセンの弟子なだけはある)

最初後衛に居たはずのミカサとアルミンからあの巨人に時間を稼がせて本部へ戻ろう、なんて聞かされた時は正気を疑ったが、実際示したあの奇行種は巨人ばっかり殺していたし、他に方法もなかったのでその賭けに乗ることにした。

結果うまく本部に戻れたが、既に本部は巨人の巣窟と化していた。半ば絶望し、隠れていた補給班の連中に思わず殴り掛かろうとしてしまったが、それをミカサの鉄拳とアルミンの制止によって止められた。

それから再びアルミンの策に乗っかり、本部内に入った巨人の駆逐作戦、ゴンドラに乗った連中が巨人の注意を引き付け、銃で目つぶしした隙に別働隊がしとめるというかなり危険な賭けだったが、多少のミス(サシャとコニーがミスるもミカサとアニがカバーした)があったものの全員無事に生還し、現在ガスの補給も済んで撤退の用意ができたところである。

 

(ほんとにすげーよ、アルミンの奴。それにミカサも、……そしてエレンも)

もうここには居ないかつての喧嘩仲間。しょっちゅうぶつかってばかりで気に入らない奴だったが、正直あいつがいなければ今俺はここに立ってなかっただろう。思えばあいつは訓練生時代から周りを引っ張ってきた。それはミカサも、そしてアルミンも同じだった。

マルコは俺が指揮官に向いているというが、俺からすればあいつらに比べれば俺なんぞちっぽけなもんだと思う。

けどだからと言って、負けっぱなしでいられるほど俺も弱虫ではない。今は及ばなくとも、いつか絶対憲兵団長になって、あの世にいるほんとに死んじまった死に急ぎ野郎の鼻を明かしてやる。

そう決意し、ジャンがウォール・ローゼに向かって飛び立とうとしていた時、

 

「ち、ちょっとミカサ!…ロゴス姉さん?ベレッタ姉さん?」

突如聞こえたアルミンの声のする方向を見ると、屋根の上にミカサと、調査兵団と一緒に出立したはずのイスカリオテのシスターが二人立って一点を凝視していた。

 

「おい、あんたら。いったい何見て…」

不審に思って向かってみて、俺も愕然とした。

そこには、あの奇行種がほかの巨人に共食いされている光景があったのだから。

 

 

 

 

「なんだよ、ありゃあ…」

マクスウェル司教より命令を受けトロスト区へと引き返し、例の巨人がやったらしい巨人の死体であふれる街中を突っ切って目の当たりにした光景が、あの巨人が共食いされている光景だった。

巨人が巨人を食うなど見たことも聞いたこともない。まれにじゃれついて他の巨人を攻撃する奴はいたが、それでもあの巨人のように殺すまでには至ってないし、ましてや共食いなんぞ前代未聞である。

ロゴスがそんな風に考えながら見ていると、そばで見ていたミカサが口を開く。

 

「どうにかしてあの巨人の謎を解明できれば…この状況の、エレンのことがわかるかもしれない」

「同感だ。あのまま食われたんじゃどうしようもない。とりあえず周りの奴ら引っぺがして延命させよう」

同意したのはジャンと一緒に登ってきたライナー・ブラウン。104期の次席でもあり、仲間からも信頼が厚いが、なぜかアンデルセンに対して異常なまでの反応を見せるので実はウォール教なのではないかとの疑いがある人物だ。

その言葉に、隣にいたベルトルト・フーバーとアニ・レオンハートも同意の意思を示す。

 

「…化け物どもが殴りあっていたら好きにやらせて最高のタイミングで横合いから殴りつけろ、がアンデルセンの教えだったけど、今はそんな気分じゃないな」

「ここまで世話んなっといてシカトすんのも気分悪いしね」

賛成の意を示すロゴスとベレッタ。とそこでジャンが口を開く。

 

「ま、待てよお前ら!正気か!?あんなやつ助けてどうなるんだよ!巨人だぞ!?話なんか通じるわけが…」

 

その時、食われていた巨人が咆哮を上げ、一体の巨人に襲い掛かった。目標となった巨人をみたアルミンが呟く。

 

「あいつは…っ!トーマスを食った奇行種…!」

その巨人は先程自分たちの部隊の隊員だったトーマスを喰らった巨人であった。

まるでその光景を見ていたといわんばかりに巨人は四肢を食いちぎられながら飛び掛かり、項に噛みつくと食いついたままそいつを振りまわり、他の巨人に叩きつけてその項を食いちぎった。

 

「オイ…、何を助けるって…?」

そのあまりのすさまじさに、ジャンからそんな皮肉が漏れる。その眼前で、巨人はまるで勝利の雄叫びを上げたかと思うと、力尽きたのかそのまま崩れ落ちる。

 

「…さすがにくたばったか。もういいだろ、やっぱりあいつは巨人なんだよ。さっさと行こうぜ。………おい、どうしたんだよ?」

巨人に見切りをつけ飛び去ろうとするジャンだったが、一向に他の面々が飛び立とうとしないことに疑問の声を上げる。

 

「なにやってんだよ…………!?」

一同が凝視する先、倒れ伏した巨人を見てみると、巨人の項付近に異変が起こっていた。蒸気を噴き上げる体の上で、何かが蠢いている。やがてそれが人の形を成していることがわかると、蒸気が徐々に晴れ、その人影の顔が明らかになる。

 

『あ…』

「!」バシュ!

彼らが声を上げるより早く、その顔を確認したミカサが飛び出す。下に降りてその人影に近寄ると、崩れ落ちるその体を抱きとめる。そして胸に耳を当て、心音が聞こえるのを確認し、生きていることがわかると、普段の彼女からは考えられない大声で泣きじゃくった。

やがて残りの面々も降りてきて、その人物の顔をはっきり確認すると、アルミンがか細い声でその人物の名を呟く。

 

 

「エレンだ…」

その人物は自分と最も付き合いが長く、かけがえのない友人であり、自分がその死を確認した少年、エレンであった。いくらエレンと同じ動きをしているからといって、まさか一番あり得ないであろう、本人であるという結果に、アルミンのみならず言い出しっぺのロゴスやベレッタ、そしてジャンたちも驚きを隠せない。

 

襲われる危険があるため、エレンを連れて建物の上に登った一同はいまだ泣きじゃくるミカサの腕の中で眠るエレンをまじまじと見る。その中でアルミンは特に右半身を凝視し、更なる驚愕の中にいた。何故なら、失ったはずの右腕と右足が元の通りに存在していたのだから。

 

(エレンはあの時巨人に…、でも何故切断された腕と足が…まるでアンデルセン神父みたいに……でもアンデルセン神父のは技術で…ああ、もうわからないことばかりだ!)

頭の中で地団太を踏むアルミン。しかし悩みながらも、その眼には友が帰ってきたことへの喜びの涙が浮かんでいた。

その隣では、涙ぐみながらも軽口を叩くロゴスと、ミカサ並みに泣きじゃくるベレッタもいる。

 

「ったく、自分で言っといてなんだけど、どうなってんだよ…」

「ぐすっ、えぐっ。よかったぁ、エレン…」

 

かくしてエレン・イェーガーは再び演壇上へと舞い戻った。自分の存在が、新たな問題の火種になるとも知らず。

 

 

 

その頃、ウォール・マリア内地をひた走る馬の集団がいた。時折巨人が襲い掛かってくるが、馬上より放たれた銃剣によって目をつぶされ、動きを止められる。

 

「本来なら殺してやりたいところだが、今は急いでいる。あとでしっかり殺してやろう」

投げた本人、アンデルセンは馬上でそう呟いた。彼らは遠征先より急ぎ帰還する最中だったが、途中で行きの時には見られなかった巨人の襲撃を何度も受けていたため、思ったように進めずにいた。それでも、アンデルセンやエドによる投擲や、比較的人的被害の少ないイスカリオテの神父隊が囮になることで着実に距離を進めていた。

そんな中、隊長であるエルヴィンが言葉を発する。

 

「しかし、ここまで巨人が侵攻してきている所をみると、少なくとも外側の壁は破られたと考えるべきだな。トロスト区の被害は如何程か…」

その声は隊長としての冷静さを保ちつつも、内地に残る仲間たちに対する思いが込められていた。

そんな中、アンデルセンの頭にはヴァチカンに残った仲間と信徒たち、そして先に行った娘二人やエレンたちへの心配のほかに、もう一つの事が浮かんでいた。

 

(グリシャ殿、あなたが言っていたのはこのことなのか?とすればエレンは…考えても始まらん。とにかく急ぐのだ!)

そんなことを考える彼ら前に、なおも巨人が立ちふさがる。

が、彼らがそれに反応して馬に指示を出すより早く、馬上から飛び上がったアンデルセンが懐から銃剣を目に向かって投げる。

 

「邪魔をするなぁぁぁ!!化け物共がぁぁぁぁぁ!!!!!」

怒りの投擲によって視界を奪われた巨人が立ち直るよりも早く、彼らの馬がその中を突っ切る。

彼らは急ぐ。間に合うために。仲間たちを守るために。

 

 

 

 

 

同時刻、ウォール・シーナ内地にあるレイス家では、トロスト区の混乱など知ったことではないとばかりないつも通りの日常が繰り広げられていた。そんな中、レイス家当主たるレイス卿は数年前に追い出した娘から取り上げて、今は自分の専属執事としている少年を呼ぶ。

 

「ウォルター!紅茶を用意してくれ。……ウォルター?ウォルター!何処にいる!?」

しかしいくら呼んでも、その少年が姿を見せることはなかった。そんな少年の待機場所である部屋には、こんな置手紙のみが残されていた。

 

「本来の主のもとへ戻ります。Good Bey(お元気で)レイス卿」

 

 

 

 

 

「…これで義理は果たしましたよレイス卿。三年も尽くしたんだ、いい加減僕も限界だよ」

ウォール・シーナ上にて、少年、ウォルター・C・ドルネーズはくすねてきた葉巻をふかしながらそう呟いた。レイス卿には拾ってもらった恩があったが、もう三年もあのわがまま一族に付き合ったんだ。いい加減十分だろう。それに、自分の主はあのオッサンじゃない。自分の主は勇猛にして凛々しいあのお嬢様と、穢れを知らない白百合のようなあのお嬢様だけだ。

そう、決めたのだ。もう二度と、裏切るものか。

 

「そんじゃあ行きますか!お嬢様、無事でいてくださいよ!」

そういってウォルターは壁から飛び降り、執事業務用の手袋から久々に指を通す愛用の黒い手袋に嵌めなおし、途中で不自然なまでに急激に減速すると、下にいた憲兵団の伝達兵が乗ってきた馬にそのまま乗っかると、後ろから声を上げる憲兵団を尻目にウォール・ローゼめがけてひた走る。

壁の向こうで闘っている、我が主の元に戻るために。

 

 

 

 

 

 

かくして役者は全員演壇へと登りつつある

 

 

 

 

 

紅蓮の惨劇(ワルプルギス)の開幕の時は近い

 




今回ここまで
なんか最近フォローばっかで文章くどくなってるような…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

武器無き闘争

いやーやっと書けた
なんだか感想でいろいろ意見をいただいてますが、それについてはちょくちょくフォロー入れていきます
と言ってもご都合主義なのは事実なんですが…


目の前に、おかしな光景が浮かんでいる。勇んで突っ切っていった先で、仲間であるトーマスが食われる光景、いきり立って切り込もうとした矢先に、真下に潜んでいた巨人に足を食いちぎられる光景、倒れ伏した自分の眼前で、仲間が、アルミンが食われようとする光景、そしてそのアルミンを助け、代わりに食われた自分が巨人の腹の中でもがく光景。

 

そんな光景を見ながら彼は思う。

自分たちはこんなに弱のか。

アンデルセンのあの辛く厳しい特訓は無駄だったのか。

やはり人類は…巨人には勝てないのか。

 

(違うっ!絶対に違う!)

彼はそんな迷いを強く断ち切る。あの巨人を圧倒する強さを持った神父は言った。

 

「諦めてしまえばそいつはもう人間ではない。狗だ。ただの血と糞尿の詰まった肉の袋だ。そんな奴は、巨人どころか明日を生きる資格すらない。だからお前たち、絶対に、諦めを持つな。人であることを、捨てるな」

諦めてしまえば、それこそ人類の敗北だ。諦めなければ、人類は決して負けはしない。人類の反撃はここからなのだ。

 

だから

 

「諦めて…たまるかぁ!!」

その時、意識が茫然と薄れ、虚脱感に見舞われる。薄れゆく意識の中で、自分の視界急に高くなり、向かってくる巨人を叩きのめす感覚を感じた。

 

(そうだ、もっとだ!もっと、もっと…)

 

「コロシテヤル…」

「…エレン?」

エレン・イェーガーの意識はそこで覚醒した。

 

 

 

(どうなってんだ…?)

目が覚めたエレンがまず思ったことはそれだった。自分の傍らには自分を支えるアルミン、前方には周りに向かって敵意を込めた眼差しを向け仁王立ちするミカサとロゴス、ベレッタ。そしてその視線の先にはこっちに、正確には自分に向かって殺意や恐れを込めた視線を向け、臨戦態勢をとる駐屯兵団。そして、ちぎれたはずの健全な自分の右腕と右足。

 

「エレン!?」

「おお、起きたか」

「よ、良かった…」

「気が付いた!?エレン!起きて早々悪いけど、知っていることを全部話して!そうすれば分かってもらえる!」

目を覚ました自分に気づく三人と、自分に向かって捲し立てるアルミン。だが、自分がどういう状況に置かれているのかわからないエレンにはその意図が掴めない。

 

「お前ら、何言って…」

「目が覚めたようだな!イェーガー訓練兵!」

そう遠くから叫んだのは神経質そうな顔をした髭面の男。たしか出立前に自分たちに喝を入れていたキッツというトロスト区の部隊長だったはずだ。なぜそんな男がこんなところにいるのか。エレンの思考がそこに至る前にキッツは言葉を紡ぐ。

 

「今貴様らがやっている行為は人類に対する反逆行為だ!貴様らの命の処遇を問わせてもらう!下手にごまかしたり動こうとすれば、即座に榴弾をぶち込む!躊躇うつもりはない!イスカリオテの両名も同様だ!」

「…は?」

いきなりの処刑宣告に戸惑うエレン。だがキッツはそれに構わずエレンに問いかける。

 

「率直に問う。…貴様は何者だ?人か?巨人か?」

「…!?し、質問の意味が分かりません!」

本当に意味が分からない。いきなり脅されて問い詰められたかと思えば、俺が巨人か人かだって?なんでそんなことを聞かれる?あれは夢じゃなかったってのか?じゃあこの腕はなんだ?生えてきたってか、神父様や巨人みたいに?そんな馬鹿な。

わめきたてるキッツの言葉もロクに聞かず混乱するエレン。そんな彼にベレッタが声をかける。

 

「エレン?もしかして覚えてないの?エレンが巨人になって他の巨人を倒してたんだよ?」

「…え?」

いきなりそんなことを言われても理解できない。俺が巨人に?ありえないだろ!そんなの!

そんなエレンの心境など知ったことではないとばかりにキッツは急かしたてる。

 

「どうした!応えんか!これ以上貴様らに裂く時間も人もないのだ!何も答えんならこっちは躊躇いなく榴弾を…」

「私の特技は…」

わめくキッツの言葉を、ミカサの怒りがこもった静かな声が遮る。

 

「私の特技は、肉を…削ぎ落とすことです。必要に迫られればいつでも披露します…。私の特技を体験したい方がいれば…どうぞ近づいてきてください」

ミカサの脅迫じみた物言いに、囲んでいる兵士たちが慄く。事を穏便に済ませようとしたアルミンがミカサを制止しようとするが、ロゴスがそれを止め、自身も口を開く。

 

「キッツ部隊長。今の発言、場合によっては我々ヴァチカンへの宣戦布告と受け取りますよ」

「あんたらちょっと調子乗りすぎじゃないの?」

いつのまにか刀を抜いたベレッタがそれに追従する。三人の覇気に後ずさるキッツだったが、副官の女性に咎められてそれを押しのけるように言葉を発する。

 

「だっ、黙れ黙れ!貴様らは黙っていろカトリックの狗どもが!アッカーマン新兵!貴様もだ!私はあの化け物モドキに命令しているのだ!さあエレン・イェーガー!答えろ!貴様は人か?巨人か?」

その問いに、蔑ろにされてカチンときたミカサやロゴス達が何かいうよりも早く、後ろで思考の渦に囚われていたエレンが本能的に答える。

 

「じ…自分は、人間です!!」

エレンのその言葉に、周りが静まり返る。そんな中、キッツがゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

 

「そうか…。……悪く思うな。誰も自分が悪魔でないことを、証明できないのだから」

エレンはそこで確信し、己の失態を悔やんだ。この男は自分が敵でないことを証明してほしかったのではない。答えはどうあれ、さっさと自分の前の脅威を取り除きたかっただけなのだと。ロゴスやアルミンが言論で何とかおさめようとしていたのも、彼の早計な行動を控えさえるためだったのだと。

砲撃の合図をするキッツを見て、ロゴスとベレッタがキッツに詰め寄り、ミカサが自分とアルミンを抱えて上に逃げようとする。そんな中、エレンの目に首にかかっていた鍵が映る。その時、エレンに激しい頭痛とともに言葉の濁流が押し寄せる。

 

それは、ウォール・マリア放棄後、突如現れて消えた父の言葉。

 

 

 

 

『エレン、この鍵をずっと持っているんだ。そして、それを見るたびに思い出せ。お前が地下室に行かねばならんことを』

 

 

 

 

 

『この注射のせいで今からお前に記憶障害が起きる…だから今説明してもダメなんだ。だがいつか地下室に行けばすべてが分かる。』

 

 

 

 

 

『辛く険しい道のりだが、幸いあのアンデルセンはお前の味方だ。きっとお前の力になってくれる。彼とともにウォール・マリアを超え、真実と向き合え』

 

 

 

 

 

 

『ミカサやアルミン、みんなを救いたいなら、たとえ彼のいう神の敵になったとしても、お前はこの力を支配しなくてはならない!!』

 

 

 

 

胸ぐらを掴みあげようとするロゴスの制止を振り切り、キッツが手を振り下ろす。轟音とともに榴弾が三人を襲う。榴弾が迫る中、エレンは二人を抱え込むと、自らの手を、噛み切った。そして、なにか黒い影が出現したかと思うと、榴弾が爆発し、爆炎が三人を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴォン!!

「!?なんだ!?」

突然の轟音に、ウォール・ローゼ内地で待機を命じられていたジャン達104期生達は驚きの声を上げる。音の発信源を辿ると、壁の近くで煙が上がっている。先ほどの音からして固定砲が発射されたのだろうが、それにしてはその煙の量は異常であった。

安全地帯にいたおかげでいくらか冷静になっていたジャンの脳裏にその光景に対するある推察が浮かぶ。

 

「…まさか巨人の蒸気…!?」

その言葉を言い終える前に、隣にいたライナー、それに続いてベルトルトとアニが煙の方角へ飛び出す。

 

「!おい、待てよ!」

「ち、ちょっと、私も!」

「おい、クリスタ!?」

つられてジャンも後を追い、彼らや爆心地の人々を心配に思ったクリスタと彼女を追うユミルも飛び出した。

市街地の屋根の上を飛び越え、爆心地の近くに着地する。周囲には多くの駐屯兵団がおり、煙の中心に恐怖と期待が織り交じった視線を向けている。その近くには、何やら指揮官らしい男に向かって殺意の籠った視線を向ける二人のシスターがいた。やがて煙が晴れてくると、何やら大きな人の形をした影が見えてくる。やがてその全貌が明らかになると、駐屯兵団からは悲鳴が飛び、二人のシスター、そして屋根の上にいた顔ぶれのは驚愕の表情が浮かぶ。

何故ならそこには

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肋骨の内側にミカサとアルミンを庇うようにして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨人の上半身のみが立ち尽くしていたのだから。

 

 

 

 

 

 

そんな悲鳴の飛び交う現場では、慌てふためく調査兵団に交じり、先ほどまでキッツに詰め寄っていたロゴスとベレッタが愕然と目の前の巨人を見ていた。

 

「きょ…巨人…!巨人の胴体が…」

「あれはエレンなのか…?エレン、お前はいったいなにになってしまったのだ…」

そんな二人の眼前で、巨人の項から蒸気が噴き出したかと思うと、そこからエレンが飛び出した。

ハッとなって周りを見るが、周りの連中は巨人に対する恐怖で冷静さと注意力を失っており、誰一人としてエレンに気づいていない。それを確認すると、二人は悟られないようこっそりとエレンたちに近寄って行った。

 

 

 

 

「なんだ…なんだよ、これ!!」

巨人の項にてエレンは自分の目の前、自分が出てきたモノを見て混乱していた。榴弾が発射され、ミカサとアルミンを守ろうとして、無意識のうちに手を噛み切って。そこまでは覚えている。気づいた時には、分厚い筋肉の内側に自分がいて、そこから這い出てみれば巨人の項に自分がいた。

そんな状況にあって、エレンには自分になにが起きたのかがますます分からなくなった。

 

(もし、さっきの親父の言葉が本当で、実際にあったことだとしたら、俺がこうなった原因はあの注射だ。そんで、食われたときに何らかのショックで巨人になって…じゃあなんで俺は巨人になる方法を知っていた?なんでいま巨人になったことは覚えている?さっきは覚えてなかったのに)

ますます分からなくなる自分の体。だがその思考は、崩れ始めた巨人の体と、自分の下から聞こえてくるアルミンとミカサの声によって遮られた。思考を一時中断し、友人たちの安否を確かめるため、エレンは項から抜け出すと声の方へと降りて行った。

 

一方ミカサとアルミンは突然の事態に混乱しながらも、エレンが自分たちを守ってくれたという事実を認識することはできていた。そこに、戻ってきたロゴスとベレッタが声をかける。

 

「良かった。無事だったか!」

「ロゴス姉さん…エレンは?エレンはどこに」

「良かった!ここにいたのかお前ら!」

無事を確認し合っている四人のところに、上から降りてきたエレンが声をかける。

 

「エレン…こりゃどういうことだ?いつの間にお前巨人に…ってお前がここにいるんならこのデカブツはどうなってんだ?」

「説明は後だ!なんでかわからないけど分かるんだ。こいつは巨人の死体と一緒、すぐに消滅する!早くここを離れないと!……こんなもの見せた後できちんと説明できるほ自身は、俺にはない。ただ…」

説明を求めるロゴスに、早回しに答えながらエレンは四人を急かす。周りを見渡せば、未だショックから立ち直れていないのか駐屯兵団に動く様子は見られない。だが、いつ次の榴弾が飛んできてもおかしくないような状況でもある。そんな彼らの様子を伺いながらエレンは話を続ける。

 

「一つだけ思い出した。地下室だ!俺んちの地下室、そこに行けば全てが分かるって親父は言ってた。…俺がこうなったのも多分親父のせいだ。なんでこんなことをしたか、どうして秘密をだまってたのか、いいてぇことは山ほどあるけど、まずはこのことを明らかにしなきゃならねえ」

「じ、じゃあどうするんだよ、エレン」

エレンの説明を聞いていたアルミンが、彼に方針について尋ねる。

 

「…俺は、ここを離れる。もう一度巨人になって、強行突破してウォール・マリアを越える。神父様がいればよかったんだけど、無いもんねだりはできねぇ。もう一つの策がだめなら、こうするしか…」

そこまで言った所で、巨人の残骸から頭蓋が落ちてきた。

 

「うぉっ!?」

その衝撃で、駐屯兵団の動揺もますます高まるが、同時にエレンもその余波で地面に倒れ伏した。慌ててミカサとベレッタが起き上がらせるが、起き上がったエレンは鼻血を流しており、表情もよく見ればどこか憔悴しきっていた。

 

「「エレン!?」」

「…どうやらその巨人化って奴はかなり負担がでかいみたいだな。んな状態で巨人になっても、ウォール・マリアどころかウォール・ローゼ越える前にくたばっちまうぞ」

心配するミカサとアルミンのすぐ後ろで、ロゴスがエレンの体調を見て先ほどの言葉について釘を刺す。その言葉を受け、エレンは顔を上げて反論する。

 

「いまは体調の事なんか…」

「だったらさっさともう一つの策とやらを説明しろ。納得いかないまま強行されたんじゃ手伝えねーだろーが」

ニヒルな笑みを浮かべてエレンを急かすロゴス。ぽかんとなったエレンがベレッタの方を見ると、彼女も同意のようで自分に優しげな笑みを浮かべている。それを見て、エレンも顔を引き締めると自分の策を語りだす。

 

「…策っていうかほとんど丸投げに近いんだけど、もしアルミンがあの連中を説得してくれるんなら、俺はお前にすべてを任せる」

「えっ!?」

いきなり話を振られたアルミンは思わずエレンを二度見する。あまりにも突拍子のない策に、さすがにそれは、と思いながらみんなの反応を見てみると、エレンやミカサはおろかロゴスやベレッタでさえ納得したかのように頷いている。

 

「成程な…確かに、特攻するよりは可能性はあるな」

「ち、ちょっとロゴス姉さん!?」

「わ、私もいいと思う。アルミンならきっとできるよ!」

「ベレッタ姉さんまで…何言ってんだよ!そんなこと、できるわけ…」

この状況の収集などという大役にいきなり持ち上げられて、あげく乗り気の面々に、アルミンは思わず腰が引けるが、そんなアルミンにミカサが語りかける。

 

「ううん、アルミンならきっとできる。アルミンは今まで、私たちに最善の判断と行動を教えてくれた。5年前のあの時も、訓練期だった時も、そしてさっきのトロスト区の時も。あなたには、物事の本質を見て判断する力がある。」

「そうだぜアルミン。神父様が言ってただろ。『敵と向きあうのみが闘争に非ず。時には弁舌を用いて味方と向き合わねばならん時もある』って。実際、リバー…マクスウェル司教がそれを証明してるじゃないか。お前も神父様に認められたんだ。きっとできる。だから俺は、お前を信じて全てを任すよ」

ミカサ、次いでエレン。幼いころより追いかけ続け、同じ立場にあって尚遠く感じた二人が、いま自分を頼ってきている。そんな事態に思わず感慨にふけるアルミンの脳裏に、特訓を終え、訓練兵団へと赴く際にアンデルセンよりかけられた言葉がよぎる。

 

『俺たちはただの暴力装置だ。俺はただの人斬り包丁だ。神に仕え、巨人を、化け物を滅ぼすただの力だ。だが、お前たちは違う。お前たちには、お前たちにしか切り開けん未来がある。俺のように神に縋らねば存在できん弱い存在ではない。だから諦めるな。希望を捨てるな。生きている限り闘え。自分にしかできん闘いを、生き残るのだ』

 

自分にしかできない闘い―

 

今僕にできること―

 

顔を上げ、表情を改めたアルミンは立ち上がり、駐屯兵団の方へ向かって走り出す。

 

「分かったよエレン!今僕にできることを、精一杯やってみる!」

混乱がいい加減収束し、次の攻撃に移ろうとしていた駐屯兵団の眼前に躍り出るアルミン。警戒の目を向ける彼らに向かって、アルミンは精一杯胸を張って敬礼し大声を張り上げる。

 

「私は104期訓練兵団卒業生アルミン・アルレルトです!私は、彼が人類の敵でないと断言します!そして、彼の存在が人類にとって不可欠であると確信しています!」

いきなりの発言に、戸惑いを見せる駐屯兵団。そんな彼らの中から、先ほどまで小鹿のように震えていたキッツが大声で批判する。

 

「だっ、黙れ!何故そんなことが分かる!貴様も見ただろう、奴は巨人になって我々の制裁を妨げたのだぞ!その行為そのものが人類への反逆だ!奴は敵なのだ!」

「はい!確かに見ました!しかし、それ故に彼が必要であると確信したのです!彼は自らの意志で巨人になれる、おそらく唯一の存在です。それはつまり、彼は巨人たちと同等、いやそれ以上の力をもって奴らと同じ目線で闘えるということなのです。これは我々にとって最大の好機であります!彼がより多くの巨人を倒すことで、我々はより先に進むことができます!彼は人類にとっての、反撃の狼煙ともいえる存在なのです!」

キッツの感情任せな反論を、客観的な視点からとらえたアルミンの弁論がねじ伏せる。アンデルセンの訓練をこなしたことで、アルミンは状況や他者の心理を読み取ることに人一倍長けている。トロスト区においては初めて身近な人間が食われる様を見てしまったため隙が生じてしまったが、本来の彼は冷静に物事を捉えることができる人物なのだ。

そんな堂々とした言葉に、動揺していたキッツの心は揺らぐが、すぐに先ほどの恐怖がぶり返してまたも吐き捨てるように言葉を発する。

 

「な、ならば貴様!もし奴が暴れだしたらどうする。他の巨人と同じように人を襲うことがないと、どうして言い切れる!もしそうなったら貴様は」

「その時は、我々がこいつを殺します」

アルミンの背後より聞こえてきた声の方向を見ると、ロゴスとベレッタがエレンとミカサを押さえつけ、首筋に刃を当てている。ロゴスとベレッタはそのまま体勢で底冷えするかのような声で続ける。

 

「ご覧のとおり、我々にかかればこいつら如きどうとでもなります。例え巨人になろうとも、少しばかり格闘術のできる程度ならイスカリオテにとっては大した脅威ではありません」

「私らがこいつら見張ってりゃ問題ないでしょ?だったら黙って賭けなよ、おっさん」

四人の意図を察したアルミンは、ほとんど動揺を見せないまま最後の押しにかかる。

 

「そうです!我々とイスカリオテが協力すれば、彼を制御することも可能です!うまくいけば、トロスト区はおろか、ウォール・ローゼ、ウォール・マリアの奪還も可能です。すでにトロスト区奪還の計画もあります!ですから、どうか彼の戦術的価値を認めてください!もし彼によって民の命が損なわれるようなことがあれば、私はいつでもこの心臓を捧げる覚悟があります!!」

弁舌を言い切ったアルミン。その言葉を受け、駐屯兵団の中で言葉が飛び交う。信じてみよう、いや駄目だ。そんな言葉の飛び交う中、キッツは周りの物議など碌に聴かず、巨人による恐怖で半ば思考を放棄した状態で決断を下す。

 

「黙れ黙れ黙れ!貴様らがどんな命乞いをしようと、規則に反したものは排除する。それは誰一人として許さん!許してはならんのだぁ!!」

榴弾の発射合図をとるキッツ。相手がろくに考えてもいなかったことに内心で舌打ちしながらも、アルミン達は、それに備えて行動を始め、エレンは再び巨人になるべく手に噛みつく。

そしてキッツの振り上げた腕が振り下ろされる―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、相変わらず図体だけでかくて小鹿のように繊細な奴じゃ。あんな立派な演説や協力者を得ていてまともに考えもせんとはな」

―前に何者かによって止められる。

 

『!!?』

いきなりの聞き覚えのない声に、この場にいた全員の視線がその人物、キッツの腕を後ろから掴んでいる男に向けられる。

 

「お前には彼のあの見事な敬礼と言葉が目に入らんのか。まるでどこぞの性悪司教のようじゃわい」

「あ…あなたは」

その人物はこの場にいるものなら知らないものはいないであろう存在

 

「…ピクシス指令…!!」

「さて、わしはあの者たちの話を聞いたほうが良い気がするんじゃがの」

南側領土最高責任者にして駐屯兵団指令、ドット・ピクシスその人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、壁外調査に赴いていた調査兵団とイスカリオテの面々は、既に壁の中に入っているが、トロスト区はすでに放棄されて無人であったため、本部に戻るよりも早いので補給も兼ねて既に封鎖が完了したヴァチカン区のイエスズ修道会にて現状の把握を行っていた。そこで、機関長たるマクスウェルより、奇妙な情報を聞かされることになった。

 

「巨人が…巨人を殺した!?」

「…なに寝ぼけたこと言ってんだガキ」

予想外の情報に動揺する面々の中、冷めた顔でリヴァイが最もといえばもっともな反論をする。その言葉に額に青筋を浮かべながらも、マクスウェルは言葉を続ける。

 

「そのお言葉はもっともですが、これは先に戻ったシスターロゴス、シスター・ベレッタからの情報なので間違いないと思いますよ。なので今残留戦力のほとんどはおそらく既に壁の奥に撤退を…」

そういいながら横目である方向を伺うマクスウェル。よく見れば他の人間の視線も、ほとんどがその方向をちら見している。

 

 

 

今現在、この司教室にて異常な人物は二人。

 

 

 

 

 

一人は前例のない行動をする奇行種の出現に小躍りして喜ぶハンジ・ゾエ

 

 

 

 

 

もう一人は椅子に深く座って俯き加減で押し黙るアレクサンド・アンデルセン

 

 

 

 

前者に至ってはいつもの事なので全員がスルーしている。問題なのは後者だ。他の人なら別段変でもないが、巨人の事となると殺意むき出しで狂い笑うアンデルセンが今回に限っては不気味なほど静かなのだ。思えば移動中の時からいつもより無口で巨人に対してもどこか投げやりな対応をしていたが、その巨人の話を聞いた途端からこうなってしまった。

誰も彼に話を振ろうとしない。こんなことは初めてなので、どう声をかけたらいいか誰も分からないのだ。しかし、イスカリオテ隊長たる彼の意見もなしに事を決められないので、意を決してエドがおっかなびっくり声をかける。

 

「あの…、アンデルセン神父…?」

「………エド、動ける神父隊の連中をかき集めろ。すぐにロゴスとベレッタと合流する」

「…!?」

声をかけると、黙っていたアンデルセンが口を開き、そんな指示を出す。思わず固まってしまったエドに、アンデルセンはいきり立って詰め寄る。

 

「早くしろ!!グズグズしてんじゃねえ!」

「は、はい~!!」

アンデルセンの剣幕にビビって部屋を飛び出すエド。それを確認すると、アンデルセンは立ち上がってぽかんとするマクスウェルに話しかける。

 

「機関長、我々は急ぎ向こうの二人と合流します。彼女らの安否が気になる。…個人的に確かめたいこともある故」

「あ、ああ…」

あいまいに返事したマクスウェルの言葉を受け、アンデルセンもまた部屋を辞しようとする。

 

「待ってくれ!」

そこに突如エルヴィンが立ち上がって彼を呼び止める。声をかけられたアンデルセンは足を止める。

 

「アンデルセン、君は何を知っている?どこまで知っている?その巨人について、なにか心当たりがあるのか!?」

「…」

エルヴィンの問いにアンデルセンはしばし無言であった。部屋の人間が言葉を待つ中、アンデルセンはゆっくりと口を開く。

 

 

 

「…俺の考えが正しければ、そいつの正体はおそらく俺の友人の息子だ」

『!!??』

帰ってきた答えに、全員が理解できないでいた。そんな彼らに構わず、アンデルセンはなおも応える。

 

「あいつらの事だ。早々死ぬことはないだろうが、かなり危ない橋を渡っているだろう。…俺はもう俺の息子たちを見殺しにはせん。そう、例え―」

巨人であろうとも。そういってアンデルセンは部屋を出て行った。

 

後に残った面々に、大きな疑問を残したまま。

 




今回ここまで。次回ウォルター参上…できたらいいな
次はスピンオフやる予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

短編集パートⅡ・新たなる千年の為に、次の戦争の為に

今回はミレニアム、もとい少佐、大尉、ドク編です
大尉の活躍が少ないのはどうか許してもらいたい。今回は少佐がメインなんで
…でももっと書きたいから続くかも

あ、あと演説の内容については完璧自己満足ですんであまり深く考えないでください


調査兵団。壁の中に生きる人類において、唯一壁の外で活動することを義務付けられた存在。彼らの多くは巨人を打倒し、巨人に奪われた領土を奪還することが任務である。しかしその他にも、巨人の生態を把握し、奴らの秘密に迫ることで人類に貢献する研究班もまた彼らの一員である。

そんな調査兵団の中に、一際異彩、いや異常な部隊があった。

これは、そんな彼らの日常である。

 

 

 

とある壁外調査の日、調査兵団は散開して壁外の物資調達を行っていた。そんな最中、彼らはある砦の跡地に陣を張り、危険地帯といわれる巨人の巣窟となっている森の調査を行っていた。

 

「そうか、巨人を発見したか。上々、上々」

そんな陣の中、かつての食堂であったであろう場所にて、小太りな男が食事をしながら耳に奇妙なものを当てて何やら独り言を呟いていた。男は制服こそ着ているももの危険な壁の外にいるにも関わらず机に食料を広げ、まるで我が家のようにくつろいでいた。そんな彼の傍らには、大柄な体躯を制服で包み、さっきから一向に口を利かない珍しい褐色の肌をした男が控えている。

二人とも立体起動も剣も持っていない。だが、彼らにはそんなものは不要である。一人は純粋に必要なく、一人は持っていてもしょうがないからである。

やがて何か指示のようなことを呟くと、小太りな男は耳に当てていたものを机の上にあるこれまた奇妙な機械の上に置き、食事を続ける。

 

「本部で留守番しているドクにいい土産ができそうだよ、大尉。念のために君も向かってくれたまえ。人手は多い方がいい」

その言葉に大尉と呼ばれた男は頷きもせず部屋を辞する。が、男は気にしない。まるでそんな反応が当たり前と思っているようであった。小太りな男は食事を続けながら口元に怪しげな笑みを、眼鏡の奥の瞳に狂気を宿しながらなおも呟く。

 

「ああ楽しみだ。もうすぐだ、もうすぐ準備ができる。戦争だ、また戦争ができる…」

 

 

 

 

 

砦よりほど近い森の中、およそ十数体の巨人が寄り添って朝を待っている岩場の傍にて、何人もの調査兵団の制服、袖に変わったマークが刺繍されているのが特徴的なそれに身を包んだ男たちが、先ほど男が使っていたような機械の周りに集まっている。やがてその内の一人、機械に耳を当てて何やら呟やいていた男が耳の機械を置くと、傍にいた男が声をかける。

 

「指揮官殿からの命令は?」

その問いに先ほど話していた男はニヤリと笑って答える。

 

「巨人はすべて捕獲。可能な限り無傷で、奇行種は最優先とのことだ」

そのあまりにも無理難題な命令を、彼らは怪しげな笑みを浮かべて文句ひとつ言わず受諾する。

 

『了解』

彼らはすぐさま散開し、武器を手に岩場を取り囲み始める。

 

 

「しかしすげぇよなあの機械。ムセン…つったっけ?離れていても伝令ができんだろ。俺がここに入るまでは見たことも聞いたこともなかったぜ」

「これも大博士(グランドプロフェッツオル)の発明なんだろ?まったくすげえよあの人は。あの人のおかげで巨人に食われた俺の腕も元通りになったんだかんな」

「ああ、まったくあの人たちには頭が上がらんぜ」

「…お喋りはそこまでだ。作戦を開始するぞ」

軽口を叩く男たちに、リーダー格らしい男が小声で注意する。その言葉を受け男たちは巨人たちへと視線を移す。そして、

 

「さあ、巨人狩りの時間だ…!!」

一斉に巨人に飛び掛かった。

 

 

 

 

 

 

ガシッ!

「うぉ!?しくった!」

彼らは巨人に狙いを絞らせないよう立体起動や俊足を生かして巨人をかく乱し、木々の中へと誘導する。その最中、奇行種らしい一体が突然飛びついて一人の男を掴みあげる。巨人はそのまま男を握る手に力を込める。

 

「うぉぉ、やばいやられる………!」

男の体が軋み、呻き声を上げる。

 

 

が、

 

「…なあんちゃって」

突如男が剣を投げ捨て、自分の右手のひらを噛み切る。すると右腕から蒸気が噴き上げ、男を隠す。巨人もそれに驚きこそしたが、ただの蒸気と分かると大口を開けて自分の手ごと食らおうとする。

だが巨人の口が閉じる前に、煙の中で何かが巨人の上あごを掴む。

 

「くっせぇ口、開くな!!」

何かはそのまま巨人の上あごを押し上げる。すると、ビキビキと嫌な音がし、遂に巨人の顔面上半分を上あごごと引きちぎった。視界を失い右往左往する巨人に、煙の中から何かが飛び出し、胸板になにか巨大なものをぶつけた。吹き飛んだ巨人が後方にあった大木に叩きつけられる。すると木の上から7~8メートルはあろう何本もの木製の槍が高速で降ってきて、巨人の四肢を地面に縫い付けた。

そんな中、巨人を吹っ飛ばした何か、先ほど捕まっていたはずの男が槍が降ってきた木の傍により、上に向かって声を飛ばす。

 

「確保確認!他の個体の確保作業に向かってくれ!」

その声とともに、木の枝の上からいくつもの影が飛びだす。どうやら先ほどの槍は彼らの仕業のようだが、彼らと槍の大きさの比率を考えれば、あれほどの速度で槍を投げることはできない。

しかし、彼らにはそれができる秘密があった。

 

「ったく、面倒かけさせやがって。どうせ実験材料になるんだったらおとなしくしろっての」

四肢を縫い付けられ身動き一つ取れない巨人に男が声をかける。その姿は捕まる前とほぼ同じであったが、異様なものが存在していた。それは、先ほど去って行った兵士たちにもついていたものと同様のものであった。

 

「しかし、さすが大博士(グランドプロフェッツオル)だ。俺の腕をこんな風にしてくれたんだからなぁ。…これでやっとテメエらをぼこぼこにできるってもんだ。そう、この…」

そういって自分の右手に視線を向ける男。そこには、

 

 

 

眼前の巨人と同程度の大きさになり、未だ蒸気を噴き上げる男の腕があった。

 

「テメエらの細胞が埋め込まれたこの腕でなぁ!!」

 

 

 

しばし離れた場所にて、兵士たちが寄ってたかって一体の巨人を雁字搦めにしている。そんな彼らの背後から、一体の巨人がゆっくりと迫ってきていた。兵士たちは日ごろのうっぷんを晴らすかのように夢中で気づいていない。そんな彼らの一人に巨人は飛び掛かった。

 

だが、その巨人が彼らを口にすることはできなかった。

 

ズガン! ドズゥゥン…!

突如上空より落下してきた白い流星のようなものが、巨人の脳天に突き刺さってその頭蓋を地にめり込ませる。

 

「うぉ!?何だぁ!?」

驚いた兵士が未だ土煙の立ち上る音の方向を見る。そこには、首から上を失い痙攣する巨人の体の上に立つ褐色肌の男、大尉がいた。彼の右足は、下の巨人の物であろう血液で真っ赤に染まっていた。

 

「あ…、大尉殿!ありがとうございます!」

礼を言う兵士たちに、大尉は無言で下の巨人を一瞥すると兵士たちに捕縛するようジェスチャーで指示すると、森の奥にまた流星のように飛び去って行った。

 

「…了解しました。おいお前ら急いでこっちもとっ捕まえろ!早くしねえと再生しちまうぞ!」

兵士たちは指示に従い、大尉が置いて行った瀕死の巨人を縛り上げ始める。そんな中、一人の兵士が大尉の飛んで行った方向を見て呟く。

 

「あれが人狼(ヴェオウルフ)…。巨人すら一ひねりとは、恐ろしいもんだ…」

 

 

 

 

 

数時間後、兵士たちは各々が捕えた巨人を荷車に括り付け、砦へと帰還した。砦の中に入り、休息をとる兵士たち。そんな彼らの前に、あの小太りな男が上層より降りてくる。すると兵士たちは一斉に立ち上がり、姿勢を正して自分たちの部隊のみが行う敬礼、右手をピンと伸ばして腕ごと斜め前に突き出す姿勢をとり、叫ぶ。

 

『勝利万歳(ジークハイル)!少佐殿!!』

敬礼を受けた少佐と呼ばれた男は鷹揚に手を振って応えると、近くにいた男に声をかける。

 

「軍曹、今回の成果を報告したまえ」

軍曹と呼ばれた男は声を張り上げて応える。

 

「ハッ!少佐殿!今回、我々は15メートル級を3体、10メートル級、5メートル級を各2体ずつ、3メートル級を6体捕縛しました。内一体は奇行種、いずれも損傷軽微、我々にも死傷者はいません!」

その報告に、少佐は笑みを受かべる。

 

「素晴らしい、君たちは本当に素晴らしい。調査兵団独立捕縛部隊、通称『ティンダロス』。その身に巨人の因子を宿し、人間にも、化け物にもなりきれなかった異端者(イレギュラー)の集まり。それが君たち、それが我々。故に素晴らしい。異端と恐れられる我々が、人類にとっての切り札でもあるのだから」

そこで一息置き、少佐はなおも語る。

 

「我々は今まで狭苦しい壁の中に押し込められてきた。そんな我々が巨人に打ち勝つにはどうするか?答えは簡単。巨人になればいい。化け物を倒そうとするならより強い存在になればいい。人間の心を持ちながら巨人になる。巨人の力を人間の知恵をもって使役する。なんとも素晴らしいことじゃないか。我々が人類の反撃の口火を切る。我々こそが、人類の救世主となるのだ!」

本心を心の奥底に押し込んだ、何とも耳触りのいい言葉。彼の心中を知る由のない兵士たちは、その言葉に歓喜の鬨の声を上げる。そんな彼らを手で制し、少佐は語りだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諸君、私は戦争が好きだ。

諸君、私は戦争が好きだ。

諸君、私は、戦争が大好きだ。

 

 

殲滅戦が好きだ 電撃戦が好きだ

打撃戦が好きだ 防衛戦が好きだ

包囲戦が好きだ 突破戦が好きだ

退却戦が好きだ 掃討戦が好きだ 撤退戦が好きだ

 

 

平原で 街道で 塹壕で 草原で 凍土で 砂漠で 海上で 空中で 泥中で 湿原で

 

 

この地上で行われるありとあらゆる戦争行為が大好きだ

 

 

壁に迫ってくる巨人の群れを、砲台から掃射された砲弾が吹き飛ばすのが好きだ

 

 

間抜け面をさらして突っ込んできた巨人を、ベテランの兵士が立体起動をもって死角より切り伏せ

た時など心がおどる

 

 

駐屯兵団の操る砲台が、壁上より巨人を狙い撃ちするのが好きだ

 

 

のたのたと歩み寄る巨人の頭を、榴弾が項ごと吹っ飛ばした時など胸がすくような気持だった

 

 

内地で来たるべき時の為に訓練をする訓練兵たちを見るのが好きだ

 

 

初めて巨人を目の当たりにした新兵が、恐慌状態になりながら巨人に何度も何度も刃を立てている様など感動すら覚える

 

 

敵前逃亡を犯した敗北主義者の兵士たちを、街頭上にて処刑する様などもうたまらない

 

 

泣き叫んで命乞いをする兵士を縛り付け、指揮官の振り下ろした手のひらとともにライフル銃が撃ち抜いていくのも最高だ

 

 

巨人に食われていった仲間の仇を討つため、復讐に燃える兵士が捨て身で巨人の群れに飛び込んでいった時など絶頂すら覚える

 

 

15メートル級に蟻の様に踏みつぶされるのが好きだ

 

 

息子を食われた老夫婦が、家具を片手に無謀にも突っ込んで、哀れ息子と同じ運命を辿る様はとてもとても悲しいものだ

 

 

奇行種に突然食われるのが好きだ

 

 

群れで追い回され、挟み撃ちにあって連中のビュッフェになるのは屈辱の極みだ

 

 

 

 

そこまで言い切って、少佐は兵士たちを見渡し問いかける。

 

「諸君、私は戦争を 地獄のような戦争を望んでいる」

 

「諸君、私に付き従う部隊精鋭諸君。君たちは一体何を望んでいる?」

 

「更なる戦争を望むか?情け容赦のない糞のような戦争を望むか?鉄風雷火の限りを尽くし、この世のすべての巨人を殺す、嵐のような闘争を望むか?」

言葉の意味など理解できない。しかし、その圧倒的ともいえる少佐の求心力と、彼にもたらされた力に陶酔した兵士たちは、大声でその問いに応える。

 

「戦争!!戦争!!戦争!!」

 

「よろしい。ならば戦争(クリーク)だ」

 

「我々は満身の力を込めて今まさに振り下ろさんとする握り拳だ。だが、100年間もの間狭い壁の中で耐え続けてきた我々に、ただの戦争ではもはや足りない!!」

 

「大戦争を!!一心不乱の大戦争を!!」

 

「我らはわずかに56人。一個中隊にすら及ばぬ少数集団にすぎない。だが諸君は、一騎当千の古強者だと私は信仰している。ならば我らは諸君と私で、総兵力5万6千と一人の大軍勢となる」

 

「我らを厄介者扱いし、死地へと追いやる王侯貴族どもを叩き起こそう。髪の毛を掴んで城から引きずり出し、眼を開けさせて思い出させよう」

 

「連中に巨人の恐ろしさを思い出させてやる。連中に我らの存在を思い知らしめてやる」

 

「天と地のはざまには奴らの哲学では思い通りにならないことがあることを思い知らしめてやる。巨人の力を持った精鋭兵たちの力で、巨人の大地をすべて奪いつくしてやる」

 

「私は諸君らに力を与えたぞ。巨人を殺す力を。何物をもねじ伏せる力を!」

 

『少佐殿!!少佐!!隊長!!隊長殿!!部隊指揮官殿!!』

 

「そして、躯(むくろ)となった海驢(ゼーレヴェ)は猟犬(ティンダロス)となり、陸を征服する」

そう言い切ると少佐は表情を改め、先ほどまでの愉悦の交じった声からハッキリした声に声音を変えて叫ぶ。

 

「ティンダロス部隊全兵員に通達!部隊長命令である!凱旋の時だ!!」

そして再び愉悦を含んだ声で語りかける。

 

「さあ諸君。ここからが我らの最終戦争(ラグナロック)の始まりだ」

 

 

 

それから数日後、彼らは帰還した。今回も死傷者を出し、思ったほどの成果を得ることができなかった調査兵団に対し、ティンダロスの持ち帰った巨人の群れは、否応にでも人々の注目を買った。しかし、街頭に居並ぶ人々に、彼らを歓迎する様子はない。人々にとって、彼らはある意味巨人以上の恐怖の対象でもあった。

 

曰く、得体のしれない技術を使う。

 

曰く、常日頃から人手を欲し、孤児や巨人に恨みを持つものを引き込んでいる。

 

曰く、彼らの部隊に入ったものは、元の性格からは考えられないほどの戦争狂に豹変する

 

曰く、彼らの指揮官たる少佐と大尉、そしてもう一人は、人間ではない

 

そんな噂は蔓延しているため、彼らはこの国において鼻つまみ者の扱いを受けていた。

 

そんな彼らを、兵団本部より見下ろす二人の人影があった。

 

「相変わらずひどい扱いですね。実際付き合ってみればいい人たちなのに」

「まあそう気にしないでください。慣れてますんで」

人々の反応に不満を垂らすのは、髪を後頭部で無造作に縛り、眼鏡をかけた女性兵士。彼女は調査兵団における巨人研究のスペシャリストで、名をハンジ・ゾエといった。

そんな彼女を宥めるのは、へそを出したファッションが奇抜な、長身の多重レンズの眼鏡をかけた男、ティンダロスの技術チームの班長を務める人物。周りからはドク、あるいは大博士(グランドプロフェッツオル)と呼ばれる男であった。

彼らは巨人の研究について意気投合し、互いの研究成果を交換することによって更なる発展を望むもの同志としてよく行動を共にしている。数年前に少佐、大尉とともにひょっこりと現れたものの一人で、一番早く周りと友好関係を築いた人物である。

 

「ではハンジさん。私は先に戻っている少佐に挨拶に行きますので、この辺で…」

「あ、はい!じゃあドクさん、また後ほど!」

そういって別れる二人。そしてハンジが完全に見えなくなると、物陰から白衣を着た技術者らしい男たちがドクに追従して歩き出す。

 

「巨人細胞の解析率はどうなっている?」

「現時点で、65%ほどです。何しろ保存の難しい代物でので、数が入ります」

「巨人化兵たちの状態はどうだ?」

「概ね良好です。しかし、未だ長期間の生存は難しく、個体平均の寿命は3か月程度です」

「やはりそんなところか…。未だ出来損ないとはいえ、これでは少佐殿に示しがつかん。せめて一年は問題なく動いてくれねばな。まったくイェーガー教授ももっと資料を残してくれればよいものを…」

端から聞けばあまりにも非人道的で恐ろしい会話。だが、ドクと彼の部下たちにとってこのような会話など日常行為の内なのである。

 

「はやく形にせねばな、この…」

そういってドクは手に持ったファイルの表紙を眺め、そこに書いてある題名を読み上げる。

 

「『人類巨人化計画』、通称『巨人の軍勢』(ギガント・レギオン)をな…」

その計画はこの国に生きる人々の想定を超えたもの。一つ間違えば現状より遥かに恐ろしいことになりゆる代物。しかし、彼らにとってそんなことはどうでもいい。いやむしろあの少佐はそうなることを望んでいるのかもしれない。彼にとって、戦争という『手段』をとるためなら如何様な『目的』であっても構わないのだから。

そんな少佐を探し、本部内をうろうろするドクであったが、どこを探しても見つからない。

 

「どこに行ったのでしょう少佐殿は…」

やがて、訓練所に向かったという話を聞き、そこへと向かう。

そしてそこで見たのは―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立体起動訓練装置にて、ワイヤーが張っているにも関わらず一ミリも浮上していない少佐とその周りで苦笑いする104期訓練兵たちがいた。

 

 

「駄目だ、ドク。浮かん」

「相変わらず立体起動がへたくそ過ぎます少佐」(どうやって調査兵団に入ったんだろこの人)

 

 

 




~舞台裏~
とある訓練日の裏にて…

少佐「ミーナたんは俺のもんだっていってんだろぉがあああああああ!!!!」
ドク「いいや俺のもんだっていってんでしょおおおおおおおおおおお!!!!」
犬尉「…」パシャパシャパシャ!(無言でクリスタめがけ一眼レフのシャッターを切る大尉)

ミカサ「ねえ、エレン。あれって…」
エレン「見ちゃいかん」

今回ここまで
次回本編予定


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エレンの決意、舞い降りる死神

ごめんなさぁい…今回アンデルセンのキャラがちょっと迷走しているかも…
でもエレンを生かそうとしたり今後の伏線残そうと思うとこうせざるをえないんで…
どうか納得していただけると嬉しいです


駐屯兵団とエレン達の騒動は、ピクシス司令の鶴の一声によって終息した。駐屯兵団は本来の任務たる戦列の整理作業に戻され、エレン達はというとウォール・ローゼの奥の壁の上にて、ピクシス司令とともにトロスト区の現状を見ていた。

 

「やはり居らんか…超絶美女の巨人なら食われてもいいんじゃがの…」

そう呟くのは縁から下を見下ろすピクシス。彼はその優秀さと共に生来の変人としても名を知られていた。そんな人物を前にして、未だ状況を完全に把握しきれていないエレン達は呆然とその言葉を聞き流し、以前に何度か顔を合わせたことのあるロゴスとベレッタはその性癖の異常さにこそこそと話し合う。

 

(や、やっぱりあの人変態だよ!私もう戻りたい…」

(落ち着けベレッタ!エレン達おいて戻るわけにもいかんだろ。それに私だってできれば離れたいんだ。今までリバーが相手してたからよかったけどあの変態ジジイと一緒にいるのは…」

 

「聞こえとるぞお主等」

「「ビクゥ!」」

ピクシスの言葉に肩を震わせてビビる二名。そんな彼女らをほっといて、ピクシスはアルミンの方へと歩み寄る。

 

「さて、アルミン・アルレルト君じゃったかな」

「は、はいっ!!」

「さっそくじゃが、聞かせてもらおうかの。君のトロスト区奪還の内容について。君のことはよく知っておる。あのアンデルセンの教え子ともあろうものが、命欲しさに口から出まかせを抜かしたわけではないじゃろう?」

背筋を伸ばして立ちすくむアルミンに、ピクシスは若干プレッシャーをかけて尋ねる。そんなピクシスに、アルミンは少し決まりが悪そうに答える。

 

「…作戦、と呼べるほど立派なものではないんですけど。僕が考えたのは、トロスト区にある大岩をエレンが運んで穴を塞ぐということなんです」

アルミンのいう大岩とは、元々トロスト区内に存在し、ウォール・マリア崩壊前までは厄介者扱いされていたものであったが、壁の崩壊に伴い、応急手段として壁を塞ぐための資材に候補として登ったが、あまりにも巨大で重いため、いままで運べずに放置されていたものであった。

 

「もちろん、ただ運ぶだけではあまりにもリスクが高すぎます。そこで、現在残っている兵力を4つに分け巨人の残党を分断、そのうえでエレンが巨人になって岩を運ぶというものです。各団体にはそれぞれ腕利きの兵士を配置し、万が一の事態にも対応できるようにします。…ただ、この作戦には不安要素があります。一つは巨人がうまく誘導に乗るかということ、もう一つは…エレンが巨人になっても自我をもって行動できるかということ、です」

巨人が人間の何に惹かれて行動するのかが分からない以上、アンデルセンのような巨人を圧倒できる人材もいない今、一つ目の問題についてはどうしようもないことであった。ゆえに、真に問題なのは二つ目の問題であった。

 

「ふむ…」

ひとしきり聞き終えたピクシスは、顎に手を当てて考え込むような仕草をすると、アルミンの隣で未だ立ち上がれずにいるエレンの前でしゃがみこみ、問いかけた。

 

「エレン・イェーガー」

「っ!はい!!」

「お主、あの穴を塞げるのか?」

その問いにエレンは即答することができなかった。今まで巨人になった二回とも、確固とした意志を保っていた訳ではない。巨人になること自体は可能でも、そこからの行動を制御できる自信はない。

 

「おっとしまった。儂としたことが聞き方を間違えた」

答えに悩むエレンに、ピクシスは優しげにそういうと、

 

表情を引き締め、

「お主はやるのか、やらんのか?」

ドスの利いた声でそう問いかけた。

 

『!』

その瞬間、周りにいた全員が背筋を震わせた。そして、初めてドット・ピクシスという人物の内面の一部に触れたという気持ちを抱いた。

 

(…これがこのおっさんの本性か。伊達に駐屯兵団の頭目やってるわけじゃないってか。ま、ただのエロジジイじゃねえとは思ってたが)

感心するロゴスの視線の先で、先ほどまで悩んでいたエレンは、ピクシスの言葉にハッとする。

 

(そうだ、最初から弱気になっててどうする!俺がやらなきゃ、みんなが危ねえんだ!誓ったじゃねえか、何があっても諦めねえって、やってやる、やってやるよ!)

 

「…やります!俺が、穴を塞ぎます!」

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして、ウォール・マリアの内地側、いまや最後の砦となっている市街地には、大勢の残存兵たちが集められていた。彼らはピクシス司令からの直接の話があると聞き、ここに集められたのだ。だが、彼らの中に誰一人として前向きな表情をしている者はいなかった。誰もが、これから下されるであろう命令にビクビクしておびえて待っていた。

 

「も、もういやだぁ!俺は帰るんだぁ!!」

そんな中、一人の新兵がそう叫んで逃げ出した。

 

「貴様!逃亡者は死刑だぞ!分かっているのか!」

「ああ!巨人に食われるよりマシだ!俺はあんな奴らに食われたくない!!」

逃亡兵に一喝をするキッツに対し、逃げ出した本人は振り返ると剣を抜き、半泣きになりながら応戦体制をとる。

 

「やめてダズ!人間同士で殺しあうなんて…」

「うるせえクリスタ!散々いい子ぶりやがって!お前だって巨人に食われたくないだろ!」

必死になだめるクリスタに対し、ダズと呼ばれた兵士は罵声で返した。その言葉に、傍にいたユミルも青筋を立てて柄に手を掛ける。

 

 

 

 

 

そんな光景を、エレン達とピクシスは壁の上より見ていた。そんな中、ピクシスが唐突に話し出す。

 

「昔、まだ巨人が居らんかったころ、人類同士で争いがあった時に誰かがいったそうじゃ。『人類以外の共通の敵が現れれば、人類は一丸となり、争いをやめるだろう』と。…じゃが現実はこんなもんじゃよ」

「……前に聞いたんですけど、アンデルセン神父がいたところには、吸血鬼っていう化け物がいたらしいですけど、それでも人類同士の争いは止まなかったそうです。結局人間は、どんな状況にあっても自分の意志を尊重したがるんですね…」

ピクシスの言葉に、そう言った時のアンデルセンの少し寂しそうな表情を思い起こしながら答えるエレン。そんな彼らの視線の先で、業を煮やしたキッツが兵士にダズを処刑させようとした、

 

その時

 

 

「ちゅううううううもおおおおおおおおおおく!!!!!!」

その刹那、銅鑼のような大声が彼らの耳を劈く。全員が声のした方向を見ると、そこには彼らを呼びつけた張本人であるピクシス、そしてその隣にはあまりにも場違いな人物、エレン・イェーガーが敬礼をとって立っていた。

 

「ピクシス司令…!?」

「なんであんなところに?」

「隣の奴は誰だ?」

「エレン!?なんであんなところに!?」

ざわめく兵士たちなどお構いなしに、ピクシスはさっきと変わらぬ大声を張り上げて叫ぶ。

 

 

 

 

 

「これよりトロスト区奪還作戦について説明する!!この作戦の目的はウォール・ローゼの開けられた大穴を、塞ぐことである!!」

ピクシスのその言葉に、兵士たちの間に大きな衝撃が走る。何言ってんだ、一体どうやって、そんな言葉に対しピクシスは大声を張り上げてなおも叫ぶ。

 

「そこで諸君らに紹介しよう!訓練兵団所属、エレン・イェーガー君じゃ!!彼は我々とイスカリオテの巨人研究の成果によって生まれた初の巨人化成功実験体である!彼は己の意志で巨人の肉体を作り出し、操ることができる!この作戦は彼のこの能力を利用して、トロスト区にある大岩で穴を塞ぐというものである!」

あまりにも突拍子もなく、現実離れした、聞き様によっては乱心とも取れるその言葉に、兵士たちの動揺は怒りへと変わる。

 

「ふ、ふざけるな!そんな得体の知れない奴の為に命を懸けられるか!」

「司令官殿はご乱心なのだ!もう人類は終わりだ!」

「頼みの綱のリヴァイ兵士長もアンデルセンも戻ってこない。そのうえ司令までわけの分からないことを言い出すなんて…」

「規律違反がなんだ!もう俺は家族の元に戻るぞ!」

ピクシスの言葉に純粋な怒りを持つ者、嘆き悲しむ者、諦めて逃げ出そうとする者、そしてそれらを抑えようとする者、様々な感情が飛び交う眼下の兵士たちめがけ、ピクシスは予想通りの光景に失笑しながら告げる。

 

「……なお、これよりここから逃げ出すものたちの罪を免除する!!」

『!!』

驚いたのは止めにかかっていた上官連中である。よもや自分たちの司令官が自分たちの定めた規律を蔑ろにしたのだから。そして、彼らがその混乱より覚めるよりも早く、逃げ出そうとしていた兵士たちがその脇を縫って堂々と踵を返して去っていく。その中には、先ほどまで止める側に回っていた上官の姿もある。皆、自分たちこそが正しいのだといわんばかりに無言で歩く。

 

「一度ならず巨人に屈した者たちは二度と立ち向かえん。巨人に立ち向かうことを諦める者たちは去れ!-そして!!」

ピクシスは、そんな彼らに語気を強めて叫んだ。

 

「その恐怖を、自分たちの家族や愛する者たちに味あわせたい者たちも、ここから去るがいい!!」

その言葉に、背中を向けていた兵士たちの歩みが止まる。彼らの脳裏に、その光景が浮かぶ。自分の父が、母が、兄弟が、妻が、子供が食われていく様が。

 

「駄目だ…それだけは駄目だ。娘は、私の、希望なのだから」

誰かがそう言って、再び振り返って輪の中に戻っていく。他のもの達も同様であった。皆恐怖に顔を引き攣らせ、嗚咽にまみれる者もいたが、それでも、自分の愛する者たちを巨人の好きにさせることだけは、させたくなかった。足取り重く、しかし全員が、再び兵士たちの輪の中に戻っていく。

満足そうにそれを眺めるピクシスの横で、エレンは再び考えさせられる。

 

(俺の力であの岩を動かせるかどうかは分からない。でも、それでも、今ここにいるみんなは、俺を信じて闘ってくれる)

左胸に掲げた自分の拳を握りしめ、エレンは覚悟を新たにする。

 

(アンデルセン神父。俺はあなたのように強くはない。あの時のあなたのように、希望をもたらせるほどの存在ではないかもしれない。…でも、俺はきっと成って見せます。ここにいる人たちにとっての、みんなの希望に…)

 

「5年前、ウォール・マリアは破られた。アンデルセンによって仇は討たれたが、しかし我々はここまで追い詰められた。彼とて永遠ではない。今彼が戻ってきて、巨人共を掃討してもらえたとしても、いつまでも彼を当てにしていてはいずれ彼を失ったとき、我々は今度こそ滅ぼされる。故に、この作戦は我々だけで成功させねば意味がない!だから諸君!人類の、そして君たちの愛するもの達の未来の為に、ここで死んでくれ!!!」

 

ウォォォォォォ!!!!!

ピクシスの叫びに、兵士たちの雄叫びが応えた。恐怖を押し殺し、彼らは再び剣を取る。

自分達の未来の為に、人の可能性を諦めない為に。

 

 

 

 

 

その頃、トロスト区内では補給を終えた調査兵団とイスカリオテの面々が本部へと戻ろうとしていた。皆一様に口を噤み、黙々と撤収作業を進めていた。彼らの脳裏には先ほどアンデルセンが呟いた言葉が焼き付いていた。

 

(アンデルセン、君は今の現状についてどこまで分かっている?どれだけのことを隠しているのだ?何故我々にそれを隠す必要があったのだ…)

修道院の入り口にて、子供たちへの別れの挨拶と、収集した神父隊の整理を行うアンデルセンをエルヴィンは複雑な気持ちで見ていた。彼はアンデルセンに対し、面倒な男だとは思っても、嫌悪を感じたことは無い。彼は人類を守るために、迷わず犠牲を強いてきた男で、アンデルセンも自分と同種の人間であると思ってきた。しかし今の彼はそれまでのどこか狂ったような残虐性を表に出さず、まるで家出した息子を悪態をつきながらも心配しる父親のような一面すら見て取れる。その普段とのあまりのギャップの違いに、エルヴィンは少なからず不安な気持ちに駆られていた。

そんなエルヴィンの心境を知ってか知らずか、アンデルセンは黙々と神父隊の準備を急ぐ。そしていざ出発しようとした矢先、彼らの前に見覚えのある兵士たちが降りてきた。

 

「調査兵団の皆さん!イスカリオテの皆さん!戻っていらしたんですか!」

「貴様は確かエレン達と同期の…」

「は、はい!104期訓練兵のコニー・スプリンガーです!」

やってきたのはコニーを始めとしたクリスタ、ユミル、サシャ、ジャン、マルコ、アニ、ライナー、ベルトルトの104期訓練兵たちであった。

 

「何故こんなところにいる。君たちは本部に戻ったのではないのか?」

「あ、はい…それが…」

事情を聴こうとするエルヴィンに、一同を代表してどこかアンデルセンにびくついているライナーが作戦について説明しようとする。

と、その時

 

 

ドゴォォォン!!!

『!?』

突如ウォール・マリア付近にて轟音が響いた。虚を突かれ誰もが怯んで立ち止まるなか、リヴァイとアンデルセンはすぐさま屋根の上に登り、現場を確認する。

そしてそこで彼らが見たのは、

 

「ッチッ!まだあんなのがいたのか…」

「!…」

市街地の外れ、今まで放置されていた大岩の傍にて暴れまわる、一体の巨人であった。

 

「邪魔くせえ…、とっとと片付けて」

「だ!駄目です!待ってください!」「ああ?」

今にも刃を携え突っ込もうとしたリヴァイを、下でこちらを見上げるクリスタが制止する。

 

「あの巨人は…、あの巨人はエレンなんです!私たちと同じ、人間なんです!」

『!??』

クリスタのその言葉を、調査兵団とイスカリオテの面々、特にエレンを知る者はすぐに理解することができなかった。そんな中、アンデルセンだけが、その言葉に苦虫を噛み潰したような表情をして、暴れる巨人を見つめていた。

 

 

 

 

 

『…ン、…レン』

声が聞こえる、窓の外で、聞き覚えのある声が。エレンは家族が皆集まる家の中にて、窓の外で叫ぶアルミンの声に耳を傾けていた。

 

『…レン!エレン!何してんだよ!早く出てきて!』

何を言ってるんだ?なんで出なきゃいけない?みんなここにいるじゃないか。

 

『エレンがやらないと、みんなが危ないんだよ!巨人を倒すんだろ!』

巨人?何のことだ?それに俺にどうしろっていうんだよ。折角みんなそろってるんだ。たまにはゆっくりさせてくれ。

エレンは叫ぶアルミンに背を向け、椅子に深く腰掛ける。アルミンの言葉も、本か何かの影響なのだろう。しばらくしたら飽きて家に戻るさ。そう思ってエレンは睡魔に身を委ね瞼を降ろす。-その時、

 

ザクッ!

「っ痛ぇ!なんなんだよ…!」

右腕に鋭い痛みが走った。見ると、腕には壁の外から突っ込まれた刃が刺さっていた。驚愕したエレンが刃の先にいる人物、普段の彼からは想像もつかない鬼のような形相のアルミンに目を向けると、アルミンは低く唸るような声でエレンに語りかける。

 

「いい加減にしなよエレン…!君が諦めてどうするんだよ…!ミカサや、僕や、ジャンにあれだけ発破かけといて、自分だけ諦める気かよ…!神父様と約束したんだろ!絶対に諦めないって!だったらこんなところで寝てないで、早く起きろよ!」

…諦めた?俺が?約束?神父様と…

その瞬間、エレンの脳裏に今まで忘れていた光景がフラッシュバックする。そうだ、ここに居てはいけない。自分には、やらねばならないことが、自分にしかできないことがある。外のアルミンに目配せし、向き直って自分の傷を心配する家族に告げる。

 

「親父、母さん、ミカサ。ごめん、俺ここには居れないよ。俺はまだ負けていない。俺たちは、人類はまだ負けていないんだ。俺はまだ足掻いていたい、諦めたくない。だから、さよなら」

そう言って虚空に向かって拳を突き出す。すると空間にヒビが入り、世界が崩れていく。それと同時にエレンの意識が薄れていく。そんな中で、エレンの耳に愛しい母の声が聞こえる。

 

―それでいいのよエレン。もうここへ来ちゃ駄目よ。必死に頑張って、頑張って頑張って、それでも駄目でも、絶対に諦めちゃだめよ。そうすれば、きっといいことがあるわ。

……それと最後に、あの人を信じてあげてね。貴方のお父さんなんだから、ね。

 

(ああ、分かってるよ母さん。俺は親父を信じる。この力を支配して、絶対に地下室に行くんだ!その為にも!)

光に飲まれ、茫然とした意識から解放されると、視界には自分に向かって剣を向けるミカサ。あとで謝ろうと考えた後、エレンは後ろの大岩に向き直る。そして、

 

(俺がやらなきゃ、駄目だろうが!)

咆哮とともに、大岩を引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

遡ること少し前、ヴァチカンから少し離れた場所にて調査兵団とイスカリオテの面々は、眼前のミカサ相手に未だ暴れるエレンを見ながら伝令の為に派遣されて、現在同行している104期生の面々から作戦について知らされていた。

 

「俄かには信じがたいが、指令が仰られたのなら従うしかあるまい…」

「あのオッサン遂にボケたか?自分の意志でなれるそうだが、成程、随分好き勝手やってるじゃねえか」

冷静に事態を受け止めるエルヴィンと、暴れるエレンに対し皮肉を飛ばすリヴァイ。他の面々は、作戦の失敗に落胆するものや暴れまわるエレンに怒りを表すもの、興奮して見ているものなど様々な反応であったが、そんな中アンデルセンはというと、エドを傍に伴ったままどうするわけでもなく、エレンをじっと見つめている。そんな様子のアンデルセンに、痺れを切らしたジャンが話しかける。

 

「お、おいあんた!」

「…んん?」

呼びかけに視線だけを向けて返すアンデルセンに、ジャンは若干の怯えを抱きつつ言う。

 

「止めなくて、いいのかよ。巨人はあんたらカトリックの敵なんだろ。あれがエレンだからって殺すのを躊躇うほど、あんたの信仰心はしょぼいもんなのかよ……!」

そう言い切る前に、エドの銃剣がジャンの首筋に当てられる。周りの神父隊も、殺気立った目をジャンに向けて武器に手を掛ける。

 

「調子に乗るなよヘたれ野郎。これ以上好き勝手ほざくようなら巨人の前にテメエの首を…」

「よせエド。下がれ」

「!し、しかしアンデルセン神父!こいつは…」

「下がれと言っている」

「…了解」

アンデルセンの制止に、不満を残しながらもエドは銃剣を引っ込める。そして腰が抜けてへたり込み、マルコに起こされるジャンに向かって、アンデルセンは言葉を紡ぐ。

 

「…もしエレンが、このままそこいらの巨人と同じになってしまうようなら、俺は迷いなくエレンを殺す。だがもし、エレンがあの男のような、化け物を殺す化け物に、巨人を殺す巨人になるようなら、その時は………!」

アンデルセンの言葉が言い切られる前に、事態は動いた。ミカサによって動きを止められたエレンに、アルミンが取りつく。そして何事か呼びかけるような仕草をしたかと思うと、突如腰の剣を向き、躊躇いなく振り下ろした。誰もが息を吞む。特に、エレンとアルミンの関係を知るものからすれば、その行為は信じがたいものであったから。アルミンは剣を突き立てたまま何か叫び、エレンから離れる。すると、今まで沈黙していたエレンがゆっくりと立ち上がる。思わず身構える周囲を気にせず、エレンは振り返ると先ほどまで放置していた大岩の前に立ち、両腕で抱え込む。そして、雄叫びと共にそれを持ち上げると、担ぎ上げて目的の場所、大穴があいたウォール・マリアめがけてゆっくりと歩き出す。

 

調査兵団とイスカリオテ、そして104期生達はそれを呆然と見ていた。そこに、

 

「イスカリオテのユダよ!よく聞けえぃ!」

アンデルセンの雷音のような声が轟く。

 

「これより我々はあの巨人を、エレン・イェーガーを援護する!」

『!』

その言葉に周りに人間、とりわけ命令されたイスカリオテは驚いた。彼が巨人をとことん毛嫌いしているのは周知の事実だ。確かにこの事態に対しアンデルセンの様子は少しおかしかったが、まさか巨人を守るよう指示するとは思ってもなかった。

 

「いいのか、アンデルセン。それでは君たちの教義に…」

「我々が殺すのは神に逆らう化け物や、カトリックに仇なす愚か者どもだ。巨人共は我らの神に刃向う阿呆どもだ。…だが、我らの神を信じるものならば、我らの信徒を守るために戦う巨人がいるのならば、それは我々の狩るべき存在ではない」

自分に声をかけてきたエルヴィンに、アンデルセンは岩を担いで歩くエレンを指して話し出す。

 

「見よ、あの姿を。まるで十字架を担いでゴルゴダの丘を登る使徒シモンの様ではないか。実に無様で、嘆かわしく、だが美しい。奴は我らを守るためにああして闘っている。それを指をくわえて傍観して、あまつさえその妨害をしたとすれば、我らはどの面を下げて辺獄(りんぼ)へ赴けばよいというのだ」

この世界の住人が知る由もない例を挙げ、アンデルセンは振り返って神父隊を見やって叫ぶ。

 

「奴が再び敵となるなら、その時こそ我らの手で葬ってやるまで。だが今、あの巨人を殺すことに何の意味がある?なればこそ今は、我らの神を信ずるもの達のため、カトリックの未来の為に、この作戦を成功させるのだ!」

アンデルセンの声に、神父隊は鬨の声をもって応える。所詮自分たちは神父を名乗ってもカトリックのすべてを知るわけではない。ならば、今自分たちにできるには、中途半端な信仰心で考えるより、自分たちの尊敬する、自分達よりもカトリックを知る目の前の人物についていくまで。例え辺獄の果てであろうとも。

 

そんなイスカリオテ達を見やり、ふと笑みを浮かべたエルヴィンは、団員たちに向き直ると命令する。

 

「我々もこのまま手をこまねいて見ているわけにはいかん。彼らの援護に向かうぞ!」

『了解!』

エルヴィンの指示に調査兵団たちは大声で応えて散開する。それを確認して、エルヴィンは104期生の面々の方に向き直る。

 

「君たちは指令に我々の事を伝えてくれ。くれぐれも道中は気を付けてな」

『りょ、了解!』

命令を受けた104期生はすぐさま踵を返し、本部のピクシスのいる壁の方へと飛び去っていった。

 

「おい、なんとかなりそうじゃんか!」

「しかしジャン、お前あのアンデルセン相手によく啖呵きれたな。俺なんてビビって声もかけられなかったぜ」

「別に…ただあいつにあそこまで言わせる奴がどれほどの人物なのか、確かめたかっただけさ」

そんな会話をしながら移動する彼らを、クリスタは少し後ろから見て笑みを浮かべる。

 

(エレンの頑張りに、皆が触発されてる。皆が、生き残るために頑張ろうとしている。……ウォルター、あなたがいなくても私は頑張ってみせる。いつかまた会えた時に、あなたにいい女になったって、言わせてみせるんだから!)

そんなことを考えていたクリスタの耳に、親友の劈くような悲鳴が届く。

 

「クリスタ!下だあ!」

ユミルの声に反応して舌を見やると、もうすぐそこにはこちらに飛びついてくる巨人の姿があった。刹那、クリスタは周囲の時間がとても緩やかに感じた。

 

(……ああ、これが走馬灯ってやつなのかな)

自分でも驚くほど落ち着いた感情の中で、クリスタは前方でこちらを見て必死の形相を浮かべる仲間たちを見やる。

 

(ユミル、ジャン、マルコ、コニー、サシャ、ライナー、アニ、ベルトルト、…ごめんね。私ここまでみたい。絶対みんな、生き残ってね)

諦めがクリスタの脳裏をよぎる。死が迫りくるその最中、仲間たちに希望を託してそれを待つクリスタに、ほんの一瞬、弱さが顔を出す。

 

(…………助けて。助けてよ、ウォルター)

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ世話の焼けるお嬢様だ」

『!?』

突如聞こえてきた聞き覚えのない声、唯一その声の主を知るクリスタが反応するよりも疾く、クリスタに迫る巨人の頭蓋が項ごと細切れになる。それだけでなく、彼らの周囲にいた巨人の項も同じように細切れになって消滅する。

その余りの事態に、ユミル達だけでなく近くにいた調査兵団やイスカリオテの面々ですら呆然とする。そんな最中、今しがた命の危機より助かったクリスタが、涙ながらに叫ぶ。

 

「なんで、なんであなたがここに…!?」

「なんでってそりゃ、僕はあなたの執事ですので。ここにいて当然でしょう」

クリスタの声に応えた声の方を向くと、そこには一際高い屋根の上で葉巻をふかしながらにやけ顔でこちらを見やる黒髪の少年がいた。妖艶ともいえるその美貌をもつ少年の周囲には、赤い線のようなものが浮き出で見える。

 

 

 

 

 

「ふっふっふ、こいつは素敵だ。面白い奴が来ていたものだ」

誰もが事態の原因らしい少年の存在に混乱する中、クリスタを除き、唯一少年の正体に感づいたアンデルセンが笑いながら呟く。アンデルセンはその少年の顔に見覚えはない。だが自分の知る限り、あの武器をこれほどまでに使いこなすことのできる人物を、アンデルセンはほかに知らない。

 

「お、お前!何者だ!?」

少年に問いかけたコニーに、少年は大仰なまでの過振りをもって応える。

 

「PEACE!クリスタ・レンズ様の専属執事、ウォルター・C・ドルネーズと申します。主の危機をお救いするのが執事の務め。故にここに参上仕りました。以後、よろしく。………そして」

ウォルターは挨拶は終わりとばかりにアンデルセンの方を向き直る。アンデルセンもまた、笑いを隠せない表情でこちらを見ている。

 

 

 

「久しぶりだねえ。少し老けたんじゃないのユダの司祭(ジューダスプリースト)!」

「そういう貴様は随分と可愛らしくなったものだな執事(バトラー)!」

 

 

今ここに、狂信者と死神が邂逅を果たす。それが示すのが滅びか救いか。

それは誰に分からない。この数奇な運命をもたらした神でさえも。

 




今回ここまで
ちょいとネタに困ってきた。元々ノリと勢いで始めた作品なもんで…どうしよう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

執事vs神父、少女の想い

ちょっと短いけれど投稿します
ちょっとこじつけがましいかも…あとウォルター弱く見えますが手数自体はウォルターのが上なので気迫の差とおもってください


トロスト区奪還作戦。アルミンの提案によって決行されたその作戦は、現存戦力の中でも精鋭をかき集めて巨人を四方へ誘導し、それによって生じた空間を通ってエレンがウォール・ローゼの穴を塞ぐというものであった。しかしこの作戦は、巨人の行動やエレンの巨人化能力の不安定さも相まって多大な犠牲が出ると思われていた。

しかし現状、その被害は予想をはるかに下回っていた。その原因はヴァチカンへの支援要請に行かせていた104期訓練兵たちが、想定外の戦力を連れて帰ってきてくれたからであった。その一つは遠征先より予想以上に早く戻ってきていた調査兵団とイスカリオテ。特にリヴァイ兵士長とアンデルセンの存在は兵士たちの士気を大きく高め、彼らもまた遠征先での鬱憤を晴らすかのように巨人を殺しまわった。

もう一つは作戦中に突如現れた謎の少年、ウォルター・C・ドルネーズ。クリスタ・レンズの専属執事を名乗るこの少年は、ただ手を動かしただけだというのに周囲の巨人の項が細切れになるという不可解現象を引き起こして回り、しかも立体起動を用いないまま町中を飛び回るように移動して回ったため、彼によって多くの巨人が地に伏せることとなった。

 

そんな後押しを受け、遂にその時が訪れる。

 

「「行けえぇぇぇ!エレン!!!」」

ドズゥゥゥンンンン!!!

ミカサとアルミンの声を背に、遂にエレンは大岩を壁の穴に叩きこんだ。一瞬の静寂、そして訪れる大きな歓声。作戦終了の合図の狼煙が上がるより響き渡るその声が、作戦の成功を、人類の勝利を知らせていた。

 

「……終わったみたいだな」

「そうみたいだね」

そんな人々を、物見台の上からアンデルセンとウォルターが見下ろしていた。作戦終了直前にトロスト区内のほとんどの巨人を掃討した二人は、周囲が一望できるその場所にて巨人の生き残りを探しながらその瞬間を見届けていた。

 

 

 

「さて、んじゃあれも終わったことだし…」

「……?」

やがて役目を終えた巨人よりずり落ちたエレンをミカサ達が回収し始めたころ、ウォルターはアンデルセンの方を向いて構える。

 

「今度は僕らの闘いを始めようか」

そういってウォルターは自らの武器である鋼糸を広げる。ウォルターがここまでやってきた理由は、言わずもなが主たるクリスタのためであるが個人的にアンデルセンと闘うためでもあった。忘れもしない自分にとって最後の闘いとなったアーカードとのあの闘争。

 

 

 

『アンデルセンで勝てなかったこの私を、お前みたいな顔色の悪い糞ガキが50年や500年思い煩って勝てるわきゃあ無えだろう!!!』

追い詰めたと思いながらも実際は遊ばれていただけのあの闘いの最中に言われたその一言が、ウォルターの心に突き刺さっていた。自分のあの50年は、主君を裏切ってまで求めたあの瞬間は、本当にこの男に劣るものであったのか。この世界でアンデルセンの存在を確認したウォルターが真っ先に思ったのがそのことであった。

 

「………」

「嫌とは言わせないよ。あんたは知る由もないだろうけど、こっちはアーカードにあんたの引き合いに出されてちょいと思うところがいるんだ。あんたと僕、どっちが強いかここではっきり…」

「断る」

ウォルターの誘いに対し、アンデルセンの答えはそっけないものであった。あっけにとられるウォルターに、アンデルセンは滔々と話し出す。

 

「若返ったせいか随分やんちゃになったようだな。以前のHELLSINGにいたころの貴様ならともかく、カトリックでも、ましてやプロテスタントでもない少しばかり腕の立つガキをいちいち相手してられるほど俺は暇ではない。……それにこの闘いで死んでいった者たちも弔ってやらねばならん」

そういうアンデルセンの眼下では、部下であり大事な娘でもあるロゴスとベレッタがエドたちを招集して事後処理に回ろうとしている。

 

「……」

「分かったな。貴様にも新しい主がいるのなら、おとなしくそいつのお守をしているのだな。折角拾った命だ、精々神に感謝して…」

「…チェッ、黙っとくつもりだったのになあ」

アンデルセンの言葉を遮り、ウォルターはこうなった時の為に黙っていた事実を語りだす。聞けば間違いなく、アンデルセンの逆鱗に触れるであろうその一言を。

 

「あんたが率いていた13課、高木由美恵っていったっけ…」

「………」

「そいつ、僕が殺したっていったら…」

その瞬間、ウォルターの言葉が言い終わるよりも早く物見台の頂上が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

「!?なんだぁ!?」

トロスト区内、エレンによって封鎖に成功したウォール・マリアの傍にて撤収作業を進めていた兵士たちの耳に、突如轟音が響き渡り、その後何かが崩れるような音と衝撃が伝わる。新たな巨人の出現かとあたりを見渡せば、その音の正体はすぐに分かった。街の中心近く、トロスト区にいくつか存在する物見台の一つの頂上が土煙で覆われている。そしてそこから飛び出してきた二人の人影に、兵士たちはさらに驚愕する。

片方はイスカリオテの最終兵器にして『巨人殺し』の異名を持つ人斬り神父、アレクサンド・アンデルセン。その表情は今までにないほど怒りに歪み、目の前の人影を親の仇と言わんばかりに睨み付けている。

もう片方は先ほど突然現れて凄まじいスピードで巨人を駆逐して回った少年、ウォルター・C・ドルネーズ。その表情には笑みが見えるが、それは嬉しさよりもむしろ悪戯が過ぎて焦る子供が見せる笑みのように見て取れる。

土煙より飛び出した二人は、手近な屋根の上に降り立つやいなや凄まじいスピードでぶつかり合う。アンデルセンは銃剣の投擲や直接切りかかるなど暴風雨のような勢いでウォルターに襲い掛かる。対するウォルターも何やら手を動かすたびにアンデルセンの体に傷がついたり投擲された銃剣がはじかれたりしている所を見るに反撃しているようであったが、戦況は誰の目から見てもアンデルセンの圧倒的優位にあった。次第にウォルターとアンデルセンの距離は詰まっていき、ウォルターの顔にも冷や汗と焦りの色が見て取れる。

 

「お、おいすげえな…。なんであいつらが争ってんのか知らねえけど、あのままじゃお前の執事危ねえんじゃねえのクリスタ………クリスタ?」

誰もがその光景に息を吞む、というか下手に仲裁に入れば巻き添えで殺されかねないので傍観する中、親友の執事を名乗る男の危機に声をかけたユミルの言葉は、しかし返事が返ってくることは無かった。何故なら先ほどまでそこにいたであろう少女、クリスタの姿はいつの間にやらなくなっていたのだから。

 

 

 

 

ガキィィィンンン!!!

一方二人の闘いにもいよいよ終わりを迎えようとしていた。防戦一方だったウォルターを、アンデルセンが遂に射程圏内に収め、脳天めがけて銃剣を振り下ろす。ウォルターも鋼糸を束ねて強度を増してそれを受け止めるが、アンデルセンの勢いを殺しきることはできず、徐々に押し込まれていく。

 

「これは…ちょっと…ミスったかな…?」

ウォルターとて勝機なしにアンデルセンに喧嘩を売ったわけではない。そもそも、闘った時代が違う以上、アンデルセンはウォルターの武器は知っていても闘い方までは詳しく知っているわけではない。だがウォルターはあの闘いの際吸血鬼化手術を受けた後、ミレニアムの連中と共にアンデルセンの戦いぶりを高みの見物していたためにその強さはよく把握していた。さらにアンデルセンがいくつなのかは知らないが、自分の方が確実に若いのは確かなので、肉体的に見ても自分が有利なのは自明の理であった。

だがアンデルセンは、ウォルターの予想の遥か上を行く存在であった。見ているときよりも数段キレを増して見える剣さばきと、再生者ゆえの怪我を恐れぬ猪突猛進な勢い。そして何より教え子を殺した相手に対する凄まじい怒りの感情。アーカードとはまた別の、相手に一種の諦めを感じさせる圧倒的な強さ。その強さの前に、さしものウォルターもいま絶体絶命の危機に追いやられていた。

 

「くっそ…せめてあと5年待ってからやるべきだったかなぁ…」

「辞世の句はそれで終わりか小僧…!」

悪態をつくウォルターに、アンデルセンは底冷えするような声で呟く。

 

「正直に話したことは誉めてやろう。ならばその正直さを土産に、地獄に落ちるがいい!!」

アンデルセンのごり押しに耐えかねたか、遂にウォルターの鋼糸が一本、また一本と切れていく。

 

(あーあ、ドジッたなあ…。ほんと強えやこのおっさん。……お嬢様、再会して早々だけどお別れみたいだわ。お達者で)

心の中で今の主に別れを告げるウォルターに、刻々と死の瞬間は近づいていく。そしてついにアンデルセンの銃剣がウォルターを鋼糸ごと切り裂く―

 

 

 

 

その瞬間

 

ドンッ!!

「ぬぐっ!?」

「うぉっ!?」

突然横合いから来た衝撃に、アンデルセンは対応できず突き飛ばされる。そして銃剣の圧迫より解放されたウォルターも、反動で尻餅をついた。

 

「何者だ!邪魔をするな!………貴様は…」

「お。おい。何で…」

すぐさま持ち直したアンデルセンと、尻餅をついたままウォルターは突然の襲撃者の方を向く。

 

 

 

 

 

「…させない」

 

そこにいたのは

 

「もう後ろで見ているだけなんてしない…!ウォルターは、私が守る!」

先ほどまで下で撤収作業の手伝いをしていたはずの、ウォルターの今の主である少女、クリスタ・レンズその人であった。

 

 

「っちょっ…何してんのクリスタ!早くどけ!殺されるぞ!」

予想外の横槍に執事の立場も忘れたウォルターがクリスタに叫ぶ。しかし振り返ったクリスタは震えてこそいるが普段の他人行儀な姿勢は無く、その眼には確固たる意志が見て取れる。

 

「嫌!もう守られてるだけの私じゃない。私は強くなった!生きるために、闘うために、あなたを守るために!あなたが私を守るなら、私はあなたを守れるようになる!もう、なにも失いたくない!だから、私も闘う!」

かつてウォルターが屋敷やってきた頃、クリスタ、当時はまだヒストリアであった彼女は跡継ぎ候補より除外されており、お世辞にも不自由ない暮らしをしていたとはいえない環境にあった。

 

そんな彼女を救ってくれたのは他ならぬウォルターであった。給金の必要ない使用人としてクリスタの世話係りに任じられたウォルターは、たちまちその有能ぶりを如何なく発揮し、クリスタに最低限の生活環境を用意させることと引き換えに、本宅での雑務、要人警護、さらに裏の仕事をさせられるようになった。

当時環境の悪さにより若干疑心暗鬼気味であったヒストリアは、ウォルターがなぜ見ず知らずの自分にここまで世話を焼いてくれるのか理解できなかった。我慢できず、なかばヒステリー気味に問い詰めたところ返ってきた返事がこうであった。

 

『勘違いしちゃいけない。僕は君を憐れんだわけでも思いやったわけでもない。ただ、僕の主にふさわしい存在であれるようになってもらいたいだけさ。』

ウォルターはヒストリアの処遇についてどうこう思ったわけではない。ただ自分が仕えるのなら、あの気に入らないレイス卿やその周りの連中に比べれば強い芯を持ったヒストリアの方がずっと良かっただけなのである。ただ自分の主であるためにはそれ相応の環境が必要。ウォルターが手を回した理由はそういうことであった。

 

事実を知ったクリスタがぽかんとし、次いで大笑いした。自分があれだけ悩んでいた行動の理由がただの自己満足であったと知り、考えていた自分が馬鹿らしくなったのである。

だからこそ彼女は思った。いつか彼の手を借りることなく、自分自身の力で彼の主たるにふさわしい女になって見せると。レイス家を追われ、半ば強制的に訓練兵団への入隊を決めてからも、その思いは変わることなく在り続けてきた。そして今、彼女は初めて彼を守る立場になった。

 

「……くっくっく」

クリスタの宣誓が響き、周りが静寂に包まれる中ウォルターが唐突に笑い始める。

 

「…素晴らしい。やはりあなたは、僕が仕えるに値する主君だよ。お嬢様、いやクリスタ・レンズ様」

己が主の仮初の名を呼び、立ち上がったウォルターは彼女の横へと並び立つ。

 

「僕は君を守る。君は僕を守る。…とても主と執事の関係とはいえないが、たまにはそれもいいか」

「ウォルター…!」

「いくぜ、お嬢様。怖いオッサンにぶっ殺されないよう、精々気をつけなよ!」

お互い武器を構え、眼前でこちらの様子を伺うアンデルセンと向かい合う。両者の間に再び張りつめた雰囲気が漂い、今まさに刃を交えようとする―と思いきや

 

「……くっくっく」

今度はアンデルセンが急に笑い始める。しかしそれは先ほどのウォルターのような人を小ばかにしたようなものではなく、狂喜じみたものであった。そしてその笑い声は次第に大きくなっていく。

 

「げはははははは!小鹿のように震えながらこの俺を前に刃を向け!そいつを守る?闘う?はははははははは!」

ひとしきり大声で笑いきると、アンデルセンは刃を収め先ほどの憎しみに溢れた表情から一変し再び狂人のような笑みを浮かべて叫んだ。

 

「いいだろう。ならば二人まとめて地獄に送ってやろう!精々あの世で仲良くやるがいい!」

そういってアンデルセンは銃剣を振りかざし突撃する―その時

 

「やめんかぁぁぁぁ!!!」

銅鑼のような大声が響き渡り、それが両者の足を止める。そしてその声の主、壁の上でこちらを睨むピクシスはなおも叫ぶ。

 

「そなたらにどんな因縁があるかは知らんが、今は人類同士で争っている暇などないのだ!それが分からぬようならとっとと壁の外へ消え失せろ!」

ピクシスの怒りの声に、興が削がれたのかアンデルセンは銃剣を収めて背を向ける。

 

「…チッ。執事、今はその命、預けておくぞ。だが貴様が再び俺の前に立ち塞がるなら、その時は容赦せん!」

そういってアンデルセンは下にいる部下たちの元へと去って行った。

 

 

 

 

「っ~はぁ~」

眼前の脅威が去ったことで気が抜けたのかクリスタはその場にへたり込んだ。

 

「助かった…のかな?ピクシス司令に後でお礼言って謝っておかなきゃ…」

「………そうだね…」

安心するクリスタに対し苦い顔でアンデルセンを見送るウォルターが呟く。

 

「やっぱもっと強くならなきゃねえ…。このままじゃお嬢様にまでおいて行かれちまう。」

 

 

 

 

 

「よろしいのですか?」

ひとしきり暴れた後自分たちの元へ戻ってきたアンデルセンに対し、ロゴスはこっそりと問いかける。その問いに対しアンデルセンは普段道理の顔をして答える。

 

「何がだ?」

「あのウォルターとかいう奴の事です。話を聞く限り、なにやら因縁があるように思えましたが、無理にでも始末しなくてよろしいのですか?」

「構わん。奴はああ見えてお前たちよりずっと賢い。今殺すより生かしておいた方があとあとうまく利用できるだろう。……それにいい加減あの馬鹿面共を相手するのも飽きてきたところだ。我らの宿敵はああでなくてはいかん」

アンデルセンは口角を上げて笑みを浮かべる。

 

「では…」

「ああ、敵を倒すときは最高のタイミングで。最も強い時の奴らを打ち倒してこそ、我らの正しさが証明される。その方が、由美恵にとって供養になるだろう」

先ほど咎められたにも関わらずあまりにも不遜な物言いをするアンデルセンであったが、実際彼にとっていまのウォルターはまだ強敵ではなかった。確かにアーカードを除けば今まで戦った中で一番強い相手ではあるが、肉体的に成熟しきっていない今のウォルターではアンデルセンの動きにまだついていけないのである。

 

(執事…いやウォルター・C・ドルネーズよ。あの小娘が貴様にとっての第二のヘルシング卿となりゆるのなら、強くなって再び来るがいい。その時こそ、我らイスカリオテとヘルシングの因縁に決着がつく時だ!)

そう思いながらアンデルセンは事後処理にいそしむ仲間たちの元へ歩いていく。いずれ立ちはだかるであろう、まだ見ぬ強敵の存在を想いながら。

 




今回ここまで
ちなみにマルコは生きてるよ!なぜなら今回104期生はロクに戦闘をしておらず、周りに調査兵団がいたため例の人たちも動けなかったからです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人間対人間、言葉の闘争

とりあえずちょくちょく書き溜めといたやつを載せます
連日の激務でボーっとした頭で書いたものなのでちょっと支離滅裂かも知れませんがご了承ください


「なんだよ…これ」

巨人との闘いを終え、ウォルターとアンデルセンという規格外同士の闘いが終わったトロスト区にて、眼前の物体に対しマルコ・ボットが放った言葉がそれであった。隣に立つジャン・キルシュタインや周りの訓練兵たちも、言いようのない表情でそれを見ている。

 

それは、かろうじて人の形を留めたかつて人であったものの残骸であった。体の一部が溶解し、もはや顔すらろくに確認できない状態であり、異臭を放つ粘液で覆われたそれを、訓練兵たちは嫌悪感を示すことすら忘れて呆然と眺めていた。

 

「なんですか…これ」

「巨人が吐いた跡だ。…奴らには消化器官が無えんだろうからな、人喰って腹一杯になったらああやって吐いちまうんだと。くそっ、これじゃ見分けがつかねえぜ…」

サシャの呟きに近くにいた兵士がその物体について答える。訓練時代に教わったので、ある程度予想はついていたが、ここまで醜悪なものだとは思わなかった。喰われずに済んだ死体も、どれも四肢や頭がもげたりとあまりに悲惨な状態であり、あのアニやライナーですら動揺を隠せずにいた。

 

「もう嫌だよ。こんなこと、俺耐えられない…」

巨人に立ち向かった者達の悲惨な現実に、マルコは頭を抱えて蹲る。いずれ自分がこうなると思うと、巨人に対する恐怖に心が折れてしまう。マルコだけでなく、それが訓練兵たちの共通の意識であった。

 

 

 

 

「そうだな、俺だって嫌さ。……けどよ」

そんな中、ジャンが口を開いた。

 

「あいつは、エレンはそんな巨人に立ち向かっていったんだぞ。自分が喰われるかもしれねえってのに、相変わらず馬鹿みたいに突っ込んでいってよお。アルミンの話じゃいっぺん喰われたんだろ?…ったく世話ねえよなあ」

けどよ。そこで言葉を切って、ジャンは強い決意を瞳に宿して言う。

 

「あいつにそこまでやられて、俺がここでしっぽ巻いて逃げようってんじゃ、カッコ悪過ぎんだろ」

 

 

 

「ん…」

窓の外から差し込む日光を受けて、エレンは目を覚ました。

 

「どこだここ…?」

目を覚ましたエレンがあたりを見渡すが、そこは見慣れた寄宿舎でも牢獄でもなく、どこかの民家のような部屋の中であった。自分はその部屋のベットに寝かされていたらしい。部屋の中には自分以外の人はいないが、窓の外を見ると、そこには見慣れた神父服姿の連中が部屋を背にして周囲を取り囲んでいた。彼らの服装から、エレンは今自分がいるであろう場所を推測する。

 

「ここ…ヴァチカン?」

「気が付いたようだな、エレン・イェーガー訓練兵」

突然聞こえた声に反応して見ると、そこには見覚えのある三人が立っていた。

 

「リバー…?それにエルヴィン団長にリヴァイ兵士長まで…?」

「……一応公式の場なのでここではマクスウェル司教でお願いしますよ、イェーガー訓練兵」

思わずプライベートでの呼び方をしたエレンを咎めながら、マクスウェルたちはエレンの寝かされていたベットの周りの椅子に座る。

 

「ここにいる経緯を覚えているかい?」

「……いいえ。あれからどうなったんですか?ウォール・ローゼは?皆は?作戦は成功したんですか……っつ!?」

「うるせえ、少し黙れ餓鬼」

自分に問いかけるエルヴィンに次々質問するエレンを、リヴァイの容赦ない拳骨が黙らせる。

 

「……まず作戦の方だが、無事に成功した。犠牲になった兵も、当初の想定よりかなり少ない。もちろん君の友人たちも無事だ。…これはアンデルセンやあのウォルターという少年のおかげだがな」

「!神父様が、来てくれたんですか!」

「…フン。連中の後始末の方がよっぽど面倒だったらしいがな。好き勝手暴れやがって」ジロッ

「それに関しては…申し開きのしようがないな」

リヴァイの文句に、一応の上司ではあるとはいえアンデルセンに対し弱いマクスウェルは困ったような仕草で返す。

 

「君は岩で穴を塞いだあと、気を失って一旦ここへ運ばれた。現状ヴァチカンが最も戦力を保持しているからな」

「こんな言い方は失礼だが、連中のところに連れてかれてはどんな仕打ちが待っているか知れたものではないからな。表面上軟禁扱いでここにいるというわけさ」

「……まあ憲兵団の連中に比べればマシだがな」

マクスウェルの言葉に、無反応のエルヴィンに対しリヴァイが露骨に顔を顰める。

 

「残存していた巨人もほぼすべて掃討、内二体が捕縛された。これが君が眠っていた間に起こったことだ。……さて、本題はここからだ」

そう言ってエルヴィンが懐から取り出したのは、エレンが持っていた地下室の鍵であった。

 

「君の話では、シガンシナ区の君の生家の地下室に行けば、巨人について何らかの情報がある。そのための鍵がこれ。そうだね」

「…はい。父の話が本当ならそうです」

「テメエは記憶喪失、親父は行方知らず。…随分都合のいい話だな」

「リヴァイ、彼が嘘をつく理由はないとの結論に至ったはずだが」

リヴァイの皮肉をエルヴィンが軽くたしなめる。押し黙ったリヴァイの反応を見て、エレンは改めて調査兵団トップのこの二人の存在感というものを感じた。

 

「結論から言えば、私を含めた調査兵団やピクシス司令は君の言葉を信用している。君が出まかせで物を言うような人物ではないと聞いているし、なによりあのアンデルセンが手塩にかけて育てた存在だ。充分信用に値するよ。……だが憲兵団の連中や内地の人々、とくにウォール教の人々にとってはそうではない」

「我々の方で匿うにも、不愉快なことに連中は内政にも大きく関わっている。いかにヴァチカンとて、国のトップを相手取ってはいささか分が悪い」

「連中はぬるま湯に浸かりきってやがるからな。敵かもしれん奴をいつまでも置いときたくねえってわけだ」

エルヴィンの説明に、マクスウェルとリヴァイが不機嫌丸出しの顔で言う。

 

「…この状況で今我々がすべきことは、君の意志を問うことだと思う」

「俺の…意志…?」

「君は今人知を超えた力を手にしている。それは扱い方次第では我々のこの絶望的な状況を打破する鍵にもなれば逆に人類を滅ぼす物にもなりかねない。だからこそ、君は自分がやるべきこと、やりたいことをはっきりさせなくてはならない」

「俺がやること…俺がやりたいこと…!」

「グダグダ考えんじゃねえぞ。安心しろ、誰もテメエなんぞに人類の未来託す気なんざねえんだ。テメエはしたいことをはっきりさせときゃそれでいいんだよ」

エルヴィンとリヴァイの言葉を受け、しばし考え込んでいたエレンは顔を上げると二人を見て言い放つ。

「…調査兵団に入って、巨人をぶっ殺して……親父が残したものに辿りつく…!誰に強制されることもない…俺自身の意志で…!!」

 

 

 

パチパチパチ!

エレンの返答にエルヴィンやリヴァイが何か言うより早く、マクスウェルの拍手が響いた。

 

「いい言葉だ、『自分の意志で』。そうとも、自分の意志で行動できない人間に成長はない。そうでなくては、もはやそいつは人間ではない。…アンデルセンの言葉をよく覚えていましたねイェーガー訓練兵。……してエルヴィン殿、リヴァイ殿、返答は如何に?」

マクスウェルに問われた二人は顔を見合わせ、エルヴィンが頷いたのちリヴァイが口を開く。

 

「…いいだろう、気に入った。認めてやるよ。こいつの調査兵団入団を…」

「フム、それは上々。では次の問題について話し合いましょうか」

「…次の問題?」

マクスウェルのその言葉に、エレンはぽかんとした表情を浮かべる。

 

「君は後日、中央にて裁判を受けることになっている」

「!」

エルヴィンの告げた言葉に、エレンはギョッとする。

 

「この裁判では君の身柄の引き渡し先を決めることになっている」

「といっても、憲兵団の連中に引き渡せば即刻処刑だろうがな」

エルヴィンとリヴァイの言葉に、エレンは若干顔を青くする。

 

「君の身の安全を保障するなら、何としても我々の管轄下に収めなければならない。ピクシス司令も了承済みだ」

「そこで我々の出番というわけだよ」

エルヴィンの言葉を、マクスウェルが継ぐ。

 

「連中を納得させるには、万が一の事態が起きた時にお前を拘束、あるいは始末できる力を示す必要がある。要はいい首輪を用意すればいいということだ。となれば我々にはリヴァイ兵長以外にも最強のカードがある」

息を吞むエレンに、マクスウェルはその名を言う。

 

「アレクサンド・アンデルセンという首輪がね…」

 

 

 

そして裁判当日。ヴァチカンより護送されたエレンを、とある男女が出迎えた。

 

「やあ、君がエレンだね。私は調査兵団で分隊長をやっているハンジ・ゾエ。こっちは同じ分隊長のミケ・ザカリアス。よろしくね」

「あ…、はい」

はきはきと自己紹介するハンジに、エレンはか細く返事する。あの後、切り札としてアンデルセンの存在をちらつかせた以外は裁判に関してほとんど聞かせれておらず、結局何をする気なのかわからずじまいのまま当日を迎えてしまった。実際エレンは不安であった。

 

そんなエレンの胸中を悟ってか、審議場への道中ハンジが優しげに話しかける。

 

「そんなに緊張しないでよ。君は君の思っていることをはっきり言えばいいんだ」

(はっきり…か…)

ハンジの言葉を反芻していると、首筋に違和感を感じて振り向くと、後ろにいたミケが鼻をひくつかせていた。

 

「ああ、彼の癖なんだ。初対面の人の匂いを嗅いで、鼻で笑う」

ハンジの言葉通り、ひとしきり匂いを嗅ぐとミケはこちらを見てクスリと笑った。

そうこうしているうちに、エレン達は審議場の扉の前にやってきた。

 

「っと、お喋りが過ぎたようだね。君なら大丈夫だとは思うけど、頑張ってね」

そう言ってハンジ達はエレンを送り出す。エレンは審議場中央の柱に縛り付けられた。周りを見れば、審議長席に全兵団のトップに立つ男ザックレー総統、さらに憲兵団団長、駐屯兵団司令官ピクシス、調査兵団団長エルヴィンとリヴァイ、向かい合ってウォール教の司祭たちとマクスウェル司教、さらにはミカサとアルミンもこちらを心配そうに見ており、そうそうたる人物がここに集結していた。

 

「エレン・イェーガー君だね?」

そして、ザックレーの言葉とともに、審議が始まった。

 

 

 

いざ審議が始まってみると、内容としてはエレンをどのような形で処刑するかと、エレンをどういう風に生かすかの二極に分かれていた。憲兵団は、人類の反撃の象徴として英雄としての殉死を提案し、ウォール教は巨人の一体としてさっさと処分すべきとの結論。対する調査兵団はエレンの力を利用して今の状況を打開すべく調査兵団への入団を薦めた。だが、憲兵団とウォール教の反対が強く、いまだ決定打を出せずにいた。ミカサは、エレンを殺すという話が出るたびに、殺気を隠そうともせずより強めていったが、アルミンの制止もあって今は抑えられていた。一方マクスウェルは審議の間澄ました顔でその様子を見ているだけであり、未だに一言も口を出さずにいた。

 

そんな中、未だに保守的な考えを崩そうとしない憲兵団とウォール教の面々がミカサやアルミンにまで迫害の目を向けた時、遂にエレンの我慢が解かれた。

 

「いい加減にしろよ…」

エレンの底冷えするような声に、その場の人々が静まり返る。

 

「そうやっていつまでも同じようなことしか考えないから、前へ進めないんだろうが…。そうやって目の前の脅威だけしか見ないから、何も変わらないんだろうが…!俺は嫌だ!もう巨人に屈したりなんかしない…!俺はこの力で、人類の未来を切り開く…!だから!いいから黙って、俺に投資しろ!!」

静まり返った審議場にエレンの叫びが響く。そんなエレンにおびえたような視線を向ける人々に、エレンは言い過ぎたと後悔して内心舌打ちする。

 

「!構えろ!」

「ハッ!!」

そんなエレンに憲兵団が銃を構えて射殺しようとする

 

その時

 

 

 

バキィィ!!

鈍い音が響いたかと思うと、エレンの頭が跳ね上がり、折れた歯が口から飛び出した。

 

「調子に乗ってんじゃねえぞクソガキ」

唖然とする審議場の中で、エレンを蹴り飛ばした張本人、リヴァイが低い声で呟く。

 

「テメエ一人の力で人類を変えられるとでも思ってんのか?のぼせ上んな。もうそんな口が利けねえよう、俺が躾けてやるよ。しゃがんでいるからちょうど蹴りやすいしな」

リヴァイはエレンを足蹴にすると何度も何度も顔面や腹部を蹴り続ける。そのたびに鈍い音が響き、観衆はその凄惨な光景から目をそらす。一方ミカサの怒りは頂点に達し、今にも飛び掛かりそうになるところをアルミンが必死に抑えている。

その光景に耐えたねたのか、はたまた危険を察したのか憲兵団の団長が声を掛けようとする。

 

「ま、待てリヴァイ…」

 

その時

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや困りますねリヴァイ兵士長」

いままで沈黙を保っていたマクスウェルが大仰な仕草で立ち上がりながら口を開いた。

 

 

「そろそろやめてあげてくれませんかねえ…」

そういって制止に入った幼馴染に、ミカサとアルミンは安堵の表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…でないと私の分の前に死んでしまうではないですか」

マクスウェルのその言葉に、笑顔のまま凍りついた。殴られていたエレンも、顔を上げて喋ろうとする。

 

「お、おいリバ…マクスウェル司教…、それどういう…」

「うるさいぞ巨人崩れが」

エレンの言葉の言い終わらないうちに、マクスウェルがエレンの頭を踏みつけて地面に叩きつける。

 

「がうっ…!?」

「貴様は黙って私の話を聞いていればいいんだ。本来なら殺されて然るべきところをわざわざ生かしておいてやっているだけありがたいと思え!」

エレンの頭を踏みにじりながら吐き捨てるマクスウェルに、てっきり味方するものだと思っていた憲兵団やウォール教の面々、そして幼いころからの付き合いでもあるミカサですらぽかんとしている。この中で平静を保っていたのは打ち合わせ済みのエルヴィン、リヴァイ、ピクシス、そして意図に気づいたアルミンだけであった。

 

「…さて、憲兵団の皆さん」

そんな空気の中マクスウェルが何事もなかったかのように話し始める。

 

「あなた方が危惧しているのは万が一このエレン・イェーガーの政治的価値及び万が一我々に刃向った際における危険性…そういうことで相違ないですね?」

「あ、ああ…」

「ならばこうすればどうでしょうか」

マクスウェルは憲兵団の方に向き直って言う。

 

「エレン・イェーガーを我々イスカリオテ、並びに調査兵団で監視下に置き人類において不必要とあらば即処刑する…というのはいかがかと。強行派連中も、彼が我々や調査兵団の管理下にあれば早々手を出すようなことはしないでしょうしね。」

その言葉に、観衆からどよめきが起こる。まさかイスカリオテがそこまで出張ってくるとは思ってもなかったのである。

 

「そんなことをして、貴様らに何の得がある!」

「得?何を馬鹿なことを。我々は神の名のもと人に仇名す化け物どもを殺すイスカリオテですよ。使える物は異教徒どもの物でなければなんだって使いますとも。」

「……よく言えたものだな」

マクスウェルと憲兵団長の言い合いの最中、ぼやくようにウォール教の司祭の一人が呟く。

 

「…なにか言いましたかな?」

「……よく言えたものだと言ったのだ!知っているのだぞ!貴様らが我々の同胞を殺していることを!人を殺しておいてよくもそんな綺麗ごとが言えたものだな」

司祭の叫びを黙って聞いていたマクスウェルはやがて穏やかに話し出す。

 

「…これは異なことを。我々は人など殺していませんよ。人殺しはカトリックにおいてご法度ですからね」

「何を馬鹿な!現に我々の…」

 

 

「だって異教徒どもは人間ではないのですから」

平静のまま放たれたマクスウェルの言葉に、その場にいたものは背筋を凍らせる。

 

「ほら、皆さんも煩わしいからといって蠅や蚊を叩いて殺すでしょう。あれと一緒ですよ。邪魔だからちょっと消えてもらっただけです。人殺しじゃあないですよ」

笑顔のままいうマクスウェルに、観衆は恐怖を覚えるが、自分たちを虫扱いされたウォール教の面々は黙っていられない。

 

「ふ、ふざけるな!」

「俺たちを虫なんかと同じにしてんじゃねえ!」

「俺のダチぶっ殺しやがって、テメエら許さねえ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や か ま し い !!!!!!!」

そんな彼らの反論をマクスウェルの怒号がかき消した。

 

「こっちが下手にでてりゃ付け上がりやがって。お前らウォール教の信徒が百人死のうが千人死のうが知ったこっちゃない!そもそも貴様ら如きがこの場にいること自体不愉快極まりない!ザックレー総統の前でなけりゃすぐにでも皆殺しにしているところを、わざわざ話聞いてやっているだけでもいいと思え!」

マクスウェルは彼らに詰め寄り、先ほどの司祭の前で言い放つ。

 

「テメエらはグダグダ抜かさずに首を縦にふってりゃいいんだよ!ウォール教の雄豚どもが!!!」

先ほどまでと打って変わって狂人染みた発言のマクスウェルに、彼らは動揺を隠せずにいたが、やがてマクスウェルの眼前の司祭が目を伏して言う。

 

 

 

 

 

 

「こうなると思って…用意しておいて正解だったようだ…」

「ああ?」

「小僧、仕事だ」

その言葉と共に殺気を感じたマクスウェルがその場を飛び退くと、今しがた立っていたところを幾重もの線が飛び交い、その後天井より執事服に身を包んだ少年、ウォルターが降りてくる。

 

「へえ、前の奴と違って意外とやるじゃん。…もっとも避け切ってはいないようだけど」

ウォルターがそういうと、マクスウェルの鼻先が若干裂け血が流れる。

 

「…あなたの事はアンデルセンから聞いていますよ『死神』ウォルター。しかし意外ですね。貴方がこのような連中の手駒に成り下がるとは」

血をぬぐいながら言うマクスウェルに、ウォルターは顔を顰めて答える。

 

「…まあ僕も不本意なんだけどね、今こいつらに死なれちゃあ僕としても少し面倒だからね、しょうがないから頼まれてやってるのさ。……そういう訳で、覚悟してもらうよ」

身構えるウォルターに、マクスウェルは愉快そうに笑うながら言う。

 

「おお恐ろしい恐ろしい。あんな怖い警護に武器を突き付けられては話し合いもできない。……しかしそちらがそう来るというなら仕方ない。こちらも相応の手段を取らせてもらおう。拮抗状態を作るとしよう!!」

 

 

 

 

 

「アンデルセーーーーン!!!!!」

 

 

ドカァン!!

 

マクスウェルの呼び声とともに審議場の扉が蹴破られる。驚いた観衆が入り口を見ると、そこには銃剣を携え顔を伏してこちらを見る男、アンデルセンがいた。

アンデルセンは手にした銃剣を地面に突き立てる。

 

「我に求めよ、さらば汝に諸々の国を嗣業として与え地の果てを汝を物として与えん」

それを引き抜くと何やら呟きながらこちらに歩いてくる。

 

「汝、黒鉄の杖を持て。彼等を打ち破り陶工の器物の如く打ち砕かんと」

やがて彼より放たれる殺気に気づくと、マクスウェルに焦りの色が浮かぶ。

 

「されば汝ら諸々の王よさとかれ、地の審判人ら教えを受けよ」

「い、いかん!待てアンデルセン!」

 

「恐れを持て主に仕えおののきを持て喜べ」

「ここで事を構える必要はない!止まれ!!」

 

「子に接吻せよ。恐らくは彼は怒りを放ち、汝ら途に滅びん」

「待って、待って神父様!お願いだから止まってください!」

 

「その憤りは速やかに燃ゆべければ、全て彼により頼む者は幸いなり」

素に戻ってまで制止したマクスウェルの奮闘も空しく、一向に止まらないアンデルセンはやがてウォルターと対峙する。

 

「一撃で何もかも一切合財決着する。眼前に敵を放置してなにがイスカリオテか、なにがヴァチカンか!?」

銃剣を構えるアンデルセンに呼応するように、ウォルターは冷や汗を掻きながらも鋼糸を漂わせる。

 

「…やれやれ、どこかで見たような光景だけど、まさか僕がこっち側になるとはねえ…」

「今度は逃がさんぞ小僧。由美恵の仇、今こそ討たせてもらう…」

観衆がこれから起こるであろう災害に顔を引き攣らせる中、二人の武器が交錯しようとする、その時

 

 

 

 

 

「やめい」

檀上より響いたザックレーの声にアンデルセン、次いでウォルターが動きを止める。

 

「司祭殿、ここは神聖なる審議の場であるぞ。宗教同士のいがみ合いは元より、今や自治領主であるマクスウェル殿に手を上げるとは、いささか勝手が過ぎますぞ」

「……はい、申し訳ございません」

さしものウォール教もザックレーの言葉にぐうの音も出ず、すごすごと頭を下げる。それからザックレーは眼下でこちらを見上げるアンデルセンを見て言う。

 

「アンデルセンよ。そなたとその少年との間にどのような因縁があるのかは私には分からん。だが今ここで確かめるべきはそのことではないはずだ。どうか今は堪えてくれんか?」

ザックレーの優しげな言葉に、アンデルセンはしばし黙り込むと、銃剣を袖口に仕舞って踵を返す。

 

「お、おい…アンデルセン」

「司教殿、部屋に戻って待機しています」

ビクビクと話しかけたマクスウェルに応えたアンデルセンの表情は、先ほどと異なる優しげな物に戻っていた。

 

「とても良い施設ですね。今度、孤児院の子供たちも見学に連れてきましょう」

「あ、ああ。それは良い…な」

そう言って立ち去るアンデルセン。しかし、脇で傍聴していた人々は聞いていた。その道中、一瞬だけ顔を顰めると

 

「…いつか殺す。必ず殺す…」

と呟いていたのを。

 

 

「…さて、マクスウェル殿」

静まり返った審議場の中に、ザックレーの厳かな声が響く。呼ばれたマクスウェルも、すぐに表情を改め、ザックレーに向き直る。

 

「話を戻すとしよう。先ほど君が言ったことを実行すれば、どれほど彼を制御できる?」

未だ痛みと混乱で蹲るエレンを示し、ザックレーが問いかける。問われたマクスウェルがエルヴィンとリヴァイに目配せし、二人が頷くと笑みを浮かべて言う。

 

「少なくとも万が一の時に殺すことに関しては間違いなく、現状戦力なら捕縛も十分可能です。最も、それにはアンデルセンとリヴァイ兵長のお力が必要になりますが…」

「……俺の方は問題ない。あのオッサンもあれだけ元気なら問題ねえだろ」

マクスウェルの言葉に、リヴァイが同調するとザックレーが頷いた。

 

「待て!!」

そこに、先ほどの二人の殺気に気圧されていた憲兵団長が声を上げる。

 

「リヴァイ、彼を制御できるのはいいが内地の問題はどうする気だ!ましてやイスカリオテの力を借りるようなことをすれば王政との関係がこじれるやもしれんぞ!」

「我々もそれに関しては理解している。我々の活動が内地の安定あってこそだということもな。…そこで提案があります。エレンを我々の傘下に加えた後、我々とイスカリオテは再び合同の壁外調査に赴き、そこでエレン・イェーガーの有用性を実証して見せます。その結果を踏まえ、彼の処分を検討するというのはいかがでしょう」

「……ほう、壁外へ行くのか」

ウォール教が内政に関与している以上、彼らと敵対するイスカリオテを侮蔑、あるいは恐怖の対象としている者も少なくない。もしこの壁外調査でエレンとイスカリオテの力が有意義であると認められれば、民衆も彼らの存在価値を認め迫害することは無いだろう。そうすればウォール・マリア奪還のための準備をよりスムーズに行うことができる。それがエルヴィン、ピクシス、マクスウェルの三人で考えた策であった。

 

「…よかろう」

ザックレーが厳かに審議結果を告げる。

 

 

「エレン・イェーガーを調査兵団、並びにイスカリオテに託す。ただし、今後の結果次第では再びこの場に戻ってくることになる」

 

 

 

 

 

 

「……ですから、あれは審議の演出上仕方なくやったことでして…リヴァイ兵長の方はノリノリでしたけど」

「おい待てクソガキ。テメエなにほざいてやがる」

「……ともかく僕としてもできればやりたくなかったわけでして。結果うまくいったのですからそこのところ理解していただきたい。………ですからその怖い顔やめてくれませんかミカサ」

「……それでも、エレン殴ったことは許さない」

「み、ミカサ!仕方ないんだから、落ち着こうよ!」

審議が終わった後、審議場のある施設にある一室にて、解放されたエレン、エルヴィンを始めとした調査兵団員数名、弱り顔で自身を弁護するマクスウェル、鬼の形相でマクスウェルに詰め寄るミカサとそれを抑えるアルミン、そして壁に寄りかかって虚空を眺めるアンデルセンが集まっていた。戦力として考えるならまさに人類最強グループといっても過言ではない面子であったが、未だに殺気立つミカサと沈黙を貫くアンデルセンを除けば、皆先ほどと打って変わって穏やかな雰囲気であった。

 

 

 

 

「……さて、アンデルセン。そろそろ答えてはくれないか」

ハンジと共にエレンを診ていたエルヴィンが、神妙な面持ちでアンデルセンに問いかける。

 

「…何をだ、エルヴィン」

「無論、何故あなたがエレン君が巨人であることを知っていたかについてだ」

その発言に、アンデルセンを除いた全員が驚いて彼を見る。特にエレンの反応は顕著であった。何故自分ですら知らなかったことを彼が知っているのか。

 

「ど、どういうことですか神父様!?」

「そういえばそんなことを言っていましたね。教えていただけませんかアンデルセン」

動揺するエレンと思い出したかのように問いかけるマクスウェルに、アンデルセンは呟くようにして話し出す。

 

 

 

 

 

「……あれは5年前、ウォール・マリアからトロスト区に移って間もないころだ。エレンが夜更けに出て行ったのを怪しんで、俺は後をつけた」

「!…5年前…、親父と最後に会った日だ」

「そうだ。お前は覚えていないだろうが、グリシャ殿がお前に注射をしてお前が気を失った後俺はグリシャ殿と話した…」

 

 

 

 

 

ウォール・マリア内地のとある森の中にて、一人の男―グリシャ・イェーガーが息子たるエレンを抱いて涙を流していた。

『済まない、済まないエレン…。こうするしか無かったんだ…』

懺悔するかのようにエレンに謝るグリシャ。

 

 

ガサッ

「!?」

その前に一人の男が現れる。

 

「…アンデルセン」

「説明をして頂こうかグリシャ殿。よもや自分の息子によからぬものを使ったのではあるまいな?」

 

「………」

「…グリシャ殿!」

「アンデルセン、あなたは巨人をどう思っている?」

今にも詰め寄らんとするアンデルセンに、グリシャは俯きながら問いかける。

 

「…何?」

「答えて頂けないか?あなたの考えが今聞きたいのだ」

「……例えどの様な輩であろうとも、我らの敵は一切合財絶滅させるのみ。それは決して変わることは無い」

「そうか…」

「では今度はこちらの…」 

「もし」 

「?」

 

 

 

 

 

「ではもし、人類に味方する巨人が現れた時、あなたはその巨人をどうするのだ?アンデルセン」

 

「……」

「どうなのだ?」

 

「そんなことがあるとすれば、その時は…」

アンデルセンの脳裏に、かつて死合ったあの男、化け物でありながら人間に仕え自分を打ち倒したあの吸血鬼の姿が浮かぶ。

 

「……くたばるまで精々利用し尽くすのみよ」

笑みを浮かべて答えたアンデルセンに、グリシャは大きく頷くと立ち上がり、アンデルセンの前まで歩み寄る。

 

「…あなたがそう言ってくれて良かった」

そう言ってグリシャはその腕に抱いたエレンを差し出す。

 

「…!?」

「エレンをよろしく頼みます。私にはまだやることがある。今はエレンと一緒には居てやれない、だからあなたに託します」

半ば反射的にエレンを受け取ったアンデルセンにそう言うと、グリシャは踵を返して森の奥地へと歩いていく。

 

「グリシャ殿!どこへ行く!?まだ私の質問に答えてもらってないぞ!」

「私が成すべきことをしに。安心してください、先ほどの注射は毒などではありません。エレンは大丈夫です。近いうち、再び壁の中が戦場となる。その時、エレンが生き残れるようにどうかお願いします。……アンデルセン、どうか先ほどの自分の言葉を忘れないで頂きたい」

そういってグリシャは森の奥へと消えていった。後に残されたアンデルセンは、未だ掴みきれない彼の真意を考えながら、腕の中で眠るエレンを見つめていた。

 

 

 

 

「…これがお前が眠ってから起きたこと全てだ」

ひとしきり話し終えたアンデルセンが顔を上げると、誰もが困惑していた。とくにエレンの反応はより顕著なものであった。話を聞く限り、その注射が巨人化の原因なのは明白だが、なぜグリシャはエレンを巨人化させる道をとったのか?そもそもどうやってその方法を会得したのか?グリシャはどこまで巨人について知っているのか?謎は尽きなかった。

 

「……しかし、それだけで巨人化の確証を得たのなら聊か早計に思えるが」

「確かにその可能性を示唆したのはその時だが、それ以前にも俺はその可能性を感じていた」

エルヴィンの言葉にアンデルセンは今まで秘密裏にしていたことを話し出す。

 

「…どういうことだ?」

「今迄黙っていたが、ウォール・マリアが墜ちたあの日、侵入した巨人共を殺して回っているときに俺は鎧の巨人と戦闘をした。その時、奴の項の鎧を砕いた時に奴の項に人間の腕があるのを見た」

想定外の事実にどよめきが起こる。

 

「ということは、やはり鎧の巨人の正体はエレンと同じ人間…!」

「最初は見間違いかと思ったが、グリシャ殿の話、そして今回のウォール・ローゼ陥落の一件を踏まえ、俺はその確証を得たというわけだ」

アンデルセンからもたらされた数々の情報、誰もがその事実に考え込む中、エレンがすがるような声で虚空に呟く。

 

 

「親父、あんた何を知ってるんだ。なんで何も言わねえで行っちまったんだよ…!」

 

 

その問いに答える者はいない。

 

 

彼自身の手で真実に触れるその時まで。

 




さて、ここで考案時に考えていたネタが尽きました。
………こっから更新送れるも…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。