私はソロモンの悪夢 (フリート)
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悪夢の覚めた日々
悪夢だって好かれたい


「夕立、恋でもしたらどう? 身も心も焦がすような情熱的な恋。きっと人生、もとい艦娘生が大きく変わって来ると思うわ」

 

 第一航空戦隊――通称一航戦にして、元教官で戦友で親友とちょっと肩書が多い空母の赤城が、真剣な表情そのもので言ってきた。確かに恋をすれば人は変わるという話は聞いたことあるし、実際に見たこともある。

 だけど、いきなりどうしたと言うんだ? 前振りも伏線もなく本当に唐突だったぞ。

 

「急にどうしたっぽい。話がまったく見えてこないのだが」

 

 眉間に皺が寄って来るのを実感していると、赤城が私の眉間に指を指した。

 

「それよそれ。せめてその眉間の皺を失くすとか、もうちょっと雰囲気を柔らかくするとかね。今のあなた、戦時中の軍人か世が乱れている時代の武士みたいよ。ポニーテイルも髷にしか見えないし」

 

 それの何が悪いというのだろうか。だいたい軍人なのは間違っていないだろうし、今は深海棲艦という怪物と戦争やっているのだから武士みたいでも問題ないだろう。

 だいたい昔は文句をつけなかったばかりか推奨してたくせに。手の平を返すように何だというのだ。

 

「確か憧れている人がいて、そんな髪形や雰囲気を作ってるんだっけ?」

 

 その通りである。

 薬品の匂いが漂うベッドの上で目を覚ましたあの日。私がこの身体になってからは苦労の連続であった。艦娘という当時の軍艦が人型になった身体。深海棲艦という見たこともない海の怪物たち。そもそもこの身体の本来の持ち主である夕立って誰?

 右も左も分からない状況だったが、こんな時こそ冷静に情報収集ということで夕立のことをそれとなく訊いて回ったり、本で調べたりした日々。

 分かったのは第三次ソロモン海戦という戦いで鬼神もかくやの戦いぶりを発揮したことだった。それを知った時、私の進むべき道は決まったのである。

 艦娘? 夕立? ソロモン……おや? かっこいいあの方!

 あの方みたいにかっこよくなりたい。

 

「そう。そして私はあの激戦で生き恥をさらしたわけだが、見事ソロモンの悪夢と呼ばれるように至ったっぽい?」

 

「どうして疑問形なのかそれこそ疑問だけど……そうね。あなたは敵味方から悪夢と畏怖される存在。親友として鼻が高いわ」

 

 そうだろうそうだろう。

 だったら何で態度というかそういうのを改めろなんて言うのだろうか。折角頑張ったのに。

 

「赤城は矛盾してるっぽい。鼻が高いなどと言うぐらいなら、寧ろ昔みたいに他の艦娘にも勧めるべきだ」

 

「苦情が来ているわ」

 

「苦情?」

 

「ええ。特に駆逐艦娘からさまざな苦情が寄せられてきて、纏めると怖いとのことよ。仲良くしたいけど、話し掛けづらい。心当たりはあるでしょ?」

 

「うっ……ぽい」

 

 心当たりありありだ。

 あれは私が廊下を歩いていた時のこと。そこで私はとある駆逐艦の娘に出会った。その娘の名誉のために名は明かせないが、彼女は私を見るなりぶるぶると震えると、大粒の涙を瞳から溢しながら、ばったりと座り込み地面を濡らしたのだ。あの濡れ具合は涙だけではなかったのは間違いない。

 彼女はその日のことをトラウマとして記憶しているらしいが、私だってトラウマだよ。あんな小さな娘にあそこまで怯えられるって。なまはげじゃないんだぞ。

 

「確かに、あれはヤバかったっぽい」

 

「何を思い出したのかは知らないけど、これは少し拙いわ」

 

「いざ一緒に戦うとなっても……」

 

「まあ、戦えないでしょうね」

 

 味方が自分に怯えて戦えない。

 えっ、これどうすれば良いの?

 

「だから話を最初に戻すのよ。恋でもして自分を変えるか、せめて雰囲気を柔らかくしないといつまで経っても、敵は本能寺にあり、よ」

 

「恐怖のあまり深海棲艦を素通りして私を真の標的にしてくるっぽい?」

 

「そういうことよ」

 

 そんなの嫌だ。

 怯えられ過ぎて味方に攻撃されるとかあり得んだろう。一刻も早く改善しなくてはいけないけど、最早このスタイルが慣れ過ぎてどうしようもない。眉間も固まってるし、地の話し方と表の話し方も統一出来ないし。

 それに頑張って頑張ってあの方みたいになれたのに。

 

「かと言って恋か……」

 

「夕立の場合、戦場で刹那的な大人の恋しか出来なさそうね」

 

「それもあるが、未だ世界と人類は深海棲艦の脅威にさらされているというに、呑気に恋なんて出来ないっぽい」

 

「それもそうね……」

 

 万策尽きたということだろうか。このまま駆逐艦娘に一生怖がられながら生きていかないといけないのであろうか。気が滅入る。

 

「話は聞かせてもらいました! トウッ!」

 

 と、難題に頭を悩ませる私たちの下に一人の艦娘が現れた。ミス・パパラッチの異名を持ち、いらないことに首を突っ込んでくる迷惑者。

 

「青葉じゃないの」

 

「イエース。騒動ある所に青葉あり。ネタの為には命を懸けて、重巡洋艦青葉、ただいま参上です」

 

「どこから入って来たっぽい?」

 

 現在地は密室であるにも関わらずどこから入って来たというのか。

 

「上です!」

 

 青葉の視線を追ってみると、天井が一か所外されている。なるほどどうやって侵入したのかは理解出来た。理解出来たので思わず。

 

「ゴキブリめ」

 

「おおぅ……夕立さんに言われると、何だかゾクゾクしますねぇ」

 

「そんなことより何か用でもあるのかしら?」

 

 青葉のこういった行いはいつも通りなので、赤城は先を促す。

 

「夕立さんを駆逐艦の皆さんに受け入れてもらおう計画。私にも一枚かませて頂けないでしょうか?」

 

「何?」

 

 能力の全てをパパラッチスキルに全振りして、重巡洋艦ならぬパパラッチ艦と呼ばれている青葉が協力だと。嫌な予感しかしないのだけど。

 

「信用してくださいよ。流石にいつまでも夕立さんが怖がられていたら鎮守府の士気に影響します。今回ばかりは真面目にかませてもらいます」

 

「……なるほどっぽい。信用してよさそうだ」

 

 そういうわけなので青葉を含めた三人で具体案を考える。赤城の恋をすると雰囲気を柔らかくする以外で、何か案はないものだろうか。

 

「ではどうするっぽい?」

 

「夕立は第二次改装も済ませて最早駆逐艦とは言えない容姿をしているわ。雰囲気と相乗して威圧感を与えてしまう」

 

「別にそれは問題ないんですよ」

 

 あっけらかんと青葉が言った。問題ないって、これが一番の問題じゃないのか?

 

「そんなこと言ってたら長門さんとか陸奥さんとか、後霧島さんとか戦艦の人たちは皆怖がられることになってしまいます」

 

「なるほどね」

 

「ではなぜ彼女たちが怖がられていないのか。彼女たちには親しみやすい一面があるからなんです」

 

「親しみやすいっぽい?」

 

「そうです。長門さんは実は可愛いものが好きです。子猫とかハムスターとか小動物が特に。陸奥さんや比叡さんはお姉さん大好き。霧島さんは意外と照れ屋。こういった一面があるから親しみやすいんです」

 

 納得の行く話だ。長門なんかは私の敬愛する人物と性格がもろ被りなくせして、どうしてあんなに親しまれているのか疑問だったがそう言う事だったのか。

 そこに行くと私はどうだろう。時間があれば走っていたり刀を振っていたり演習していたり、稀に本を読んでいたりするぐらいか。よく考えなくても怖い人、厳しい人だ。

 

「夕立さんはそんな一面が今のところ表に出ていませんし、さらにあの『ソロモン撤退戦』で大暴れしたという話があって益々近寄り難い。これを払拭するためには、ギャップが必要なのです!」

 

「ギャップだと?」

 

「そうです。駆逐艦の皆さんに、夕立さんってこんな一面があるんだって思わせる様なもの」

 

「夕立にそんなものあったかしらね」

 

「赤城には大食いという一面があるっぽい?」

 

「失礼ね。私は皆よりほんのちょびっとだけ多く食べるだけよ」

 

 赤城がむっとなって不貞腐れる。

 

「それはどうでもいいとしてですね、何かありませんか?」

 

「ありませんかと言われてもな……分からないっぽい」

 

「そうですか……あっそうです。夕立さん、甘味は好きですか?」

 

「甘味? まあ好きっぽい」

 

 そういえばこの鎮守府に来てから甘い物なんて食べてない気がする。

 

「では、それで行きましょう。今の時間帯ならちょうど食堂に人がいますからね。ですからそこで――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪夢だって好かれたい その②

 青葉の助言を受けた私は、早速食堂へと向かってからアイスを頼んだ。曰く、私はこのまま美味しそうにアイスを食べていればいいとのことで、こんな簡単に事が済むんならさっさとやっておけば良かったと思う。

 目の前で食べてくださいと自己主張するホワイトでクリーミーなアイス。私が入った瞬間、食堂が心なしか静かになったのが気にならなくなるぐらい美味しそうだ。

 それでは頂きます。

 

「…………うむ」

 

 美味しい。口の中で濃厚なバニラが蕩けるのだ。この味に勝るものなど、この世には存在しないと断言してもいい。

 食べていればその光景を見た駆逐艦娘たちが、「夕立さんって甘いものが好きなんだ」「可愛いところもあるんだ」と親しみを持ってくれると青葉が語っていた。駆逐艦娘との距離を縮めることができ、尚且つ好きなものを食べていられる実に素晴らしい作戦だ。

 うん、どんどんスプーンが進む。

 

「あの、夕立さん?」

 

「何だっぽい?」

 

「本当に好きなんですか?」

 

 変なことを訊いてくるパパラッチだ。好きに決まっているだろう。逆にこれが嫌いな人がいるのかっていう話だ。

 

「……そうですか」

 

 何か含みがありそうだな。

 それはそうとしてどうだろう。少しは親しみを感じてくれているだろうか。

 私は食べながら周囲に対して聞き耳を立ててみる。予想では、「話しかけてみよう」「そんなに怖い人じゃないんだ」とかいう会話をやっているに違いない。

 おっ、聞こえてきた。

 

「しかめっ面で食べてるけど、美味しくないのかな?」

 

「何であんなに警戒してるの?」

 

「近づいたら斬り殺されそうだ」

 

 なぁぜぇ~。

 一体、どういうことなんだ。

 親しみをもたれるどころかさらに状況が悪化してはいないか。というか殺人狂みたいな扱いを受けてるぞ。

 近づいただけで斬り殺すって、そんなことするわけが……。

 チラリと青葉に視線をやる。

 やれやれと両手をあげて首を横に振っていた。

 

 

 

「どういうことだ、パパラッチ」

 

「私、青葉です……」

 

「そんなことはどうでもいいっぽい」

 

 アイスを食べ終ってから私と青葉は直ぐに食堂を退散して部屋に戻った。何だかいたたまれない空気が場に蔓延していたからである。それに作戦の失敗が分かった以上いつまでもあそこに残っておく必要はない。

 ちなみに赤城は食堂に残って食事を取っている。人よりちょびっと多く食べてくるらしい。

 まあ赤城のことは放っておくとして問題は私である。

 

「あれはどういうことなのか説明するっぽい」

 

「まあ、落ち着いて下さい。お願いですから気を静めて下さい」

 

 だいたい何でアイスを食べているだけで怖がられなくてはならないんだ。アイスを食べ終るまで本音を聞かされ続けて凄い心が痛んだ。あれを良い方向に認識出来るほど、私の性癖は上級者じゃない。

 

「親しみを持たれないだけならまだしも、何故怯えられなくてはいかんのだ。私にどのような問題があったというのか」

 

「それはですねぇ。あんな風に黙々と眉間に皺寄せて食べてたら誰だって近寄りたくはありませんよ。それにちょくちょく視線だけ動かして横を睨み付けていたりしたら、ああなっちゃうと青葉思いますよ」

 

「別に睨み付けてなどおらんっぽい。それに貴様がやれというからやったらこの様だ」

 

「それは私の情報不足でした。私は夕立さんの食事風景というものを知りませんでしたし、好きなもの食べていたら表情も柔らかくなるだろうと浅はかな考えを持ったのは失敗でした。まさかあんな風に表情一つ動かさずに食べるとは……」

 

 自分では美味しく食べていたつもりだったのだけれど、表情筋は仕事をしていなかったのか。

 

「どうするのだっぽい?」

 

「そうですねぇ……では先ずしぼりましょうか」

 

「しぼる?」

 

「はい。駆逐艦娘の中のこの人たちと仲良くなる。誰彼好かれようとは思わず、限定しましょう。一歩一歩目標を達成していくべきです」

 

 確かに一理ある。

 物事は着実に進めていかなくてはならない。

 

「それで具体的にはっぽい?」

 

「私がおすすめするのは断然第六駆逐隊の子たちですね。駆逐艦に関することなら先ずは彼女たちですよ!」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんです。特に電さんがおすすめです」

 

 おすすめって彼女は私の姿を正面から見た瞬間気絶する気がする。隅っこの方から私を覗き見てがくがく震えているのを見たことがあるぞ。

 私は泣きそうになったね。

 だが、青葉には何か勝算がありそうであった。

 

「私は食べ物という線は間違っていないと思うんです。ですから、今度はお菓子で釣りましょう。電さんはお菓子が大好きですからね」

 

「菓子類で釣るっぽい?」

 

「そうですよ。名付けて『知らない人からお菓子貰ってもついて行ってはいけませんが、知っている人だったらいいですよ』作戦です!」

 

「随分長い上に問題ありそうな作戦だな」

 

「単純な作戦ですよ。電さんに会って、頭撫でて、お菓子をあげれば、はい終わり! これで夕立さんは電さんのお友達なのです!」

 

 なるほど。少し危ない匂いがするが上手く行くかも知れない。

 よく長門が電にお菓子をあげているところを見たことがある。その時の電はかなり嬉しそうであった。この作戦は期待出来るぞ。

 

「行けるか?」

 

「行けますとも!」

 

「しかし考えてみたら、私は菓子の類を持っていないっぽい」

 

「それなら私が飴を持っています」

 

「用意が良いな」

 

「ありがとうございます」

 

 ならば、いざ参らん。

 

 

 

 

 準備を整えた私はポケットに飴玉を入れて廊下をぶらぶらと歩く。電がどこにいるのかは不明なのでこうして歩き回って探しているのだ。

 歩き回っていたら、他の駆逐艦娘が道を開けたり震えていたりするが気にせず進む。今回の目的は電ただ一人なのだ。

 二十分ぶらぶらしただろうか。それらしい人影を私は捕捉した。

 前から歩いてくるあの茶髪。よし、雷ではない。雷と電はそっくりすぎて遠目からではどちらがどちらか分からなくなる時がある。私も間違えたことあるし。

 とにかく、作戦決行だ。

 

「電!」

 

 声を掛ければビクッと一瞬飛び跳ねる電。

 そして私の姿を確認すると固まった。

 

「は、はわわ……ソロモンの……悪夢」

 

 まるで深海棲艦の姫級、鬼級に単身で出会ったみたいなその反応。姫級、鬼級というのは深海棲艦の上位陣のことである。幹部みたいな奴ら。いやボスかな。

 ともかく一応味方に出会ったのにこの反応は如何に。味方なんだからそんなに怯えなくてもいいじゃん。というか気絶はしなかったな。

 

「電」

 

「はい!」

 

 ビシッと惚れ惚れするような敬礼である。上官に、しかもかなり階級が上の上官にやる敬礼みたいだ。緊張が見て取れる。同じ駆逐艦で、この鎮守府の序列で行けば私の方が下なのに。

 

「緊張するなっぽい」

 

「いえ、あああの」

 

「同じ駆逐艦同士、そこまで畏まる必要はないっぽい」

 

「ソロモンの悪夢と呼ばれている夕立さんを私たちと同じだなんて見れません!」

 

 同じに見てよ。変な差別しないでよ。

 ってそうだった。作戦を決行しなくてはならないんだった。

 

「電」

 

 ここからどう進めればいいのか分からないので、計画の第一段階である頭を撫でるを行いたいと思う。そのためには私と電との距離を縮めなければ。

 一歩、一歩と距離を詰めていくと電が生唾をごくりと飲みこんだ。

 デデンデンデデン。

 一瞬脳内にこんなBGMが流れた。これは電の現在の心境を物語っているのか。未来からやって来たロボット的なサムシング。まあ、私が人間じゃないのは確かだけどそこまで怖がるかね。

 だけど直ぐにこの恐怖もなくなるだろう。

 やがて私の手が電の頭に届く位置にまでやって来た。では始めようと思う。

 ポフ。

 ビクゥ!

 

「電、私は」

 

「ごめんなさいなのですー!」

 

 脱兎の如くとはこういうことを言うのだろう。

 駆逐艦最速の島風よりも速いんじゃないだろうか。

 ぽつりと立ち尽くす私は伸ばした手を引っ込めて後方に視線をやった。そこには角の方から顔だけ覗いている青葉の姿が目に入った。

 

「失敗っぽい」

 

 聞こえるように言ったら、青葉は口を押さえて笑っていた。

 

 

 

 

 



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悪夢だって好かれたい その③

「犯罪者にしか見えませんでしたよ!」

 

 またもや作戦は失敗に終わってしまったので部屋に戦略的撤退を図った。笑いを堪えようともしないこいつを見ていると、あの時信用した自分が馬鹿だったと思わずにはいられない。

 ムラムラと殺意が湧いてくる。

 

「ごめんなさい、調子に乗りました。では真面目に行きましょう」

 

 キリッと顔を引き締める青葉。次はどんな作戦を考えるのかは知らないが、そろそろ私は諦めムードである。でもなんとかしないといけないのも事実で、ため息が出るばかりだ。

 

「食べ物路線は変更する必要がありそうですね」

 

「そうだな」

 

「では一緒に遊んでみるというのはいかがです?」

 

「……っぽい?」

 

「夕立さんは、駆逐艦娘の皆さんが広場でよく遊んでいるのはご存知で?」

 

 知ってるよ。私をのけ者にしてきゃいきゃいやってるやつだろう。時々、金剛とか陸奥とか天龍とか神通とかが一緒になってはしゃいでるのも知ってるよ。

 混ざって遊んだことないのって、性格的にそういうことをしない加賀ぐらいなもんじゃないの。でもあの人は誘われても断る人ってだけで、誘われてすらいない私と一緒には出来ないけど。

 というか駆逐艦娘をうざいって公言してる北上ですら誘われてるのに、何で私だけ。

 

「今も誰かが遊んでいるでしょうし、乱入してきてはどうですか?」

 

「ふむぅ……気が乗らんな」

 

「今度は私も隣に立って仲介役をしますから」

 

「それしか手はないっぽい?」

 

「パッと思いつけそうなのはこれぐらいです」

 

「ではその手で行こう」

 

 私は重くなった腰をあげて駆逐艦娘が遊んでいるだろう広場へと足を運ぶ。

 行っている途中に私はおかしいことに気付く。遊んでいる時の声がまったく聞こえず静かなのである。普段はうるさいぐらい聞こえてくるのに。今は誰も遊んでいないのか。

 広場へと到着する。

 そこで目にしたのは閑散としているけど気配は感じる広場だった。そして広場のど真ん中に女性が一人ニコニコ顔で立っていた。

 金髪でご立派な胸部装甲をお持ちの重巡洋艦愛宕だ。あそこまでデカいと逆に不自然を感じざるを得ない。ていうかあんなところで何をやっているんだか。

 

「こんにちわ~」

 

 私たちの姿を認識した愛宕はふわふわっと挨拶してきた。

 

「ああ」

 

「こんにちわです」

 

 私は軽く一礼して、青葉は右手を大きく振ってから挨拶を返す。

 

「愛宕、少し尋ねたいことがあるのだが」

 

「何かしら」

 

 ここで何をやっているのかは知らないが、この閑散としている原因を知っているかもしれない。尋ねてみると、愛宕は言い難そうに苦笑いしてから周囲を見回した。

 愛宕に倣って周囲を見回してみると、こそこそと人影が多数動くのが見える。隠れてこちらの様子を見ているらしかった。

 

「これは?」

 

「夕立ちゃんは人気者ね」

 

 それが言葉通りの意味でないことは分かった。

 つまり私の気配を悟ったあるいは感知した駆逐艦娘たちが……ここまで私のことが怖いのか。

 

「夕立さん……」

 

 青葉が男泣きならぬ女泣き? 私の居た堪れなさに同情の涙を流してくれている。嬉しくないけどな、そんな涙流されても。

 

「青葉……今日はこのぐらいで終わりにしよう」

 

 今日のところは私の心が限界に近づいて来た様なのでおしまいにしたい。その意思を青葉に告げたらゆっくりと頷いた。

 よし、部屋に戻るか……。

 

 

 

 

 

 数日後、私の姿は提督の執務室にあった。

 あれから駆逐艦娘との仲が改善されることはまったくなかった。奇跡なんてものは起きなかったよ。そんなわけでいつも通りの数日間を過ごしていたら、今日、部屋にいた私は急遽提督に呼ばれてしまったわけだ。

 私はこの提督を閣下と呼んでいる。提督とは艦娘を指揮して深海棲艦と戦う人間のことだ。艦娘は提督がいないとろくに戦えない面があったりするので、その存在は重要だ。

 ここの鎮守府の提督はだいたい五十代ぐらいの見た目で、スキンヘッドに髭面と私の尊敬する方が尊敬する人物にそっくりだった。そのため私は好き好んで閣下と呼んでいる。

 

「閣下。我々を呼び寄せた理由をご説明願いたいっぽい」

 

 決して広くはない執務室には私の他に提督と秘書艦、そして五人の艦娘の姿があった。

 秘書艦とは提督のありとあらゆることをサポートする存在。提督の健康管理までやるって言うんだからほとんど奥さんみたいなもんで、この秘書艦は長門が務めている。

 私の他に呼び集められた艦娘はそれぞれ、主力戦艦の金剛と比叡、私の理解者にして大親友の空母赤城とその相棒加賀、私に怯えているのが丸分かりな駆逐艦吹雪。余談だが、駆逐艦娘の中で一番怯えが少ないのがこの吹雪である。これらの艦娘たちは鎮守府内ではそうそうたる面子と言ってもよく、ただ事ではないみたいだ。

 

「うむ、先ほど天龍を旗艦とした水雷戦隊から救援の要請があった」

 

 確か資材集めのために遠征に向かっていた筈だが、どうやら予想外の敵に遭遇したらしい。彼女たちはこれまでに何度も自分たちで困難を乗り越えて来た猛者たちであるが、どうもそんな彼女たちが救援を要請するほどの困難が降りかかっている、と。

 変にプライドが高い天龍がねぇ。

 

「諸君には至急彼女らの救援を頼みたい」

 

「テイトーク! 頼むまでもありまセーン。仲間が助けを求めるならそれに応えるのは当たり前ネ」

 

 白い歯をきらめかせて笑う金剛。それに賛同して声をあげるのは比叡だ。

 

「お姉さまの言う通りです。私たちが仲間を見捨てることなどあり得ません。こうしている時間すら惜しいです」

 

 確かにその通りだ。

 仲間たちが今なお苦しんでいる。一分一秒でも時間を争うのだから早急に出撃したい。

 呼び出された艦娘全員が同じ気持ちだった。

 

「よし。総員出撃だ。何としても同胞たちを救い出すのだ」

 

 提督の言葉に、私たち六人全員の声が揃った。

 よし、直ぐに行くから待ってろよ。仲間も救えないとあってはソロモンの悪夢の名折れだからな。絶対に助け出してみせる。

 



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悪夢だって好かれたい その④

 我ながらしぶとい女だ……と響は敵駆逐艦を吹き飛ばしながらそう思った。

 簡単な任務だった筈だ。天龍を旗艦として龍田が続き、さらにその後ろに自分や暁、雷、電がついて行く。任務の内容なんて今まで何度も達成してきたものだった。

 安全が確認されている航路だったので油断があったのは事実だ。とっとと資材を集めて鎮守府に帰ることばかり考えていた。だがまさか海面を埋め尽くすほどの大群に襲われるとは夢にも思わなかった。群青色の海が真っ黒に変色している。深海棲艦の大群だ。

 

 今し方ぶっ飛ばした、魚雷が化け物になったみたいなイ級に、歯をガチガチと鳴らして自分たちを食い殺そうとしているロ級ら駆逐艦。

 よく見たら軽巡洋艦のへ級みたいなのもいるし、誰が指揮を執ってるのかと思えば戦艦ル級じゃないのか。黒髪の美女で大きな盾から砲身を突き出していると言えばル級であろう。

 どのぐらいの時間戦っているのかは知らないが、ほんとよく耐えているものだ。

 

「おい、生きてっか、チビども?」

 

 余裕のある表情で天龍が言った。実際に余裕があるのだろう。寄らば斬る、寄らなくとも撃つと言った感じで深海棲艦を軽々と撃破していたのを横目で見ていた。

 いや、天龍だけではない。龍田も暁も雷も電も皆まだまだ余裕があるように見える。かく言う響だって、考え事するぐらいの余裕はあるのだ。

 

「また来るわね。取りあえず撃ってしまいなさい」

 

 流れ作業のごとく暁が砲撃する。それに響たちも続く。爆音と一緒に砲弾が弧を描いて唸りをあげながら敵駆逐艦に向かって行った。

 問題なく全弾着弾である。また何隻か沈んでいった。

 チラリと敵の指揮官であろうル級に視線をやれば苛立っているのが分かった。流石人型だ。姫級みたいに話したりは出来ないけど、存外に人間みたいな反応である。

 これに天龍が苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「やべぇな……奴さん痺れを切らしたか……そろそろ援軍が来る筈だからそれまで大人しくしてもらいたいんだが」

 

 これまでの余裕には敵が本気でなかったからという理由がある。駆逐艦ばかりで攻撃して来るため、それを迎撃するだけでよかったから気楽な面があった。

 だけれど、ル級が本気を出して総攻撃なりなんなりを指示して来たら非常に拙い。こちらが一気に蹂躙されてしまう恐れがある。

 

「どうするの~? ピンチでも装って宥めてみる?」

 

 龍田が冗談めかして言うと、天龍は苦笑した。笑えない冗談というところだろうか。

 

「来るのです!」

 

 発砲音。電の視線を追えば、敵駆逐艦からの砲撃が行われていた。と言っても別に慌てるほどでもないので、冷静にこれを回避する。

 乱立する水柱。増していくル級の苛立ち。

 そろそろ限界みたいだ。

 

「こうなったらやけくそだ。意地でも生き延びてやる!」

 

 咆哮する天龍。

 すると、ウォオオオオオ、とル級も吼えた。身体の芯まで凍り付くような不気味な声だ。この声に反応して駆逐艦以外の深海棲艦も動こうとしていた。

 この動きを受けて、天龍以外の五人も余裕の表情と態度を消して覚悟を決める。

 もう一度ル級が吼えた。砲身がこちら側に向けられ、爆音。敵駆逐艦のちゃっちい砲撃とは桁違いの威力を目の当たりにする。ひと際大きな水柱が物語るその砲撃の威力や、直撃すれば一撃で轟沈、掠っても危なそうだった。

 

「ハラショー! 当たればカニェッツだ」

 

「ちょっと、響! 日本語で喋ってよ」

 

「やれやれ、雷はもっと海外に目を向けるべきだね。凄い、当たったら終わりだ、って言ったんだよ」

 

「だったら初めっからそう言いなさいよ」

 

 ル級の一撃が敵を奮い立たせた。攻撃の勢いが増して、響たちを追いつめる。

 敵駆逐艦からの砲撃。ル級含めた他の艦種の攻撃に気を取られ過ぎて響はそれを胸に受けるのであった。ただでさえ大きくない胸が無くなったらどうすると怒りを感じながら後方に三回転。直ぐに態勢を立て直す。

 

「響ちゃん! 大丈夫ですか!?」

 

 心配さが溢れている電の声に響はサムズアップで無事を伝える。

 しかし無事ではあるものの、そろそろ限界が近づいて来たと思った。疲労を身体が訴えてきているし、敵の砲撃が際どい所に降っている。この調子だとあと数分持つかどうか。

 どうするべきか。

 こうなったら方向転換して後ろに全速前進するべきか。だけれど、敵がその行為を見逃してくれるとは思えない。獲物は絶対に逃さないという狩人みたいな目をしているからだ。狩人を見たことはないけど。

 とにかく絶対絶命だ。

 援軍も中々来ないし、こうなったら特攻するかーー。

 

「馬鹿な考えは止めろ」

 

 天龍だった。

 響の肩をがっしりと掴んでいる。

 

「最後まで諦めるな。生きて生きて生き抜くんだ。生きてさえいれば後は何とかなるもんだ」

 

「……うん」

 

 天龍に思考を改めさせられた響は、頭の中に残る愚かな考えを振り払った。天龍の言う通り、生きることを諦めては駄目だ。

 まっすぐと見据えた先には深海棲艦の大群。

 来るなら来い。

 最後まで抗うぞ。

 響が深呼吸をした、その時であった。

 音が近づいて来たのだ。聞き覚えのあるエンジン音が響き渡って来た。この音の正体を響は知っている。

 この出待ちしていたのではないかと疑いたくなるぐらいにちょうどよくやって来た音の正体。響や天龍たちは思わずこの音に頬を緩ませた。

 

「遅かったわね~」

 

「なのです」

 

 龍田と電がほっとしたように言った。

 音の正体ーー艦載機たちは空気を切り裂きながら接近。一定の距離まで来ると急降下するとともに深海棲艦の大群に大量の爆弾を投下していった。

 どんどん轟沈していく深海棲艦。先程まで苦しめられていたことを考えると実に爽快な光景だ。

 これで一先ず命は助かったか。

 響が気を緩めた瞬間。

 

「響っ!!」

 

 暁が響の名前を叫んだ。

 怒りで吼えるル級が響に向けて砲撃している。このまま行けば響はスクラップ、海の藻屑と化すだろう。回避しようにも身体が上手く動かない。生きるのを諦めるなって言われたばかりだけどこれはきつい。

 油断した。さっきも油断して敵駆逐艦に一撃を貰ったというのに。次からは本当に気を付けよう。次があるのかは分からないけど。

 響は瞼を閉じた。

 

「ぬぅうおおおおお!」

 

 その咆哮に響はすぐさま閉じていた瞼を開いた。

 視界に入ったのは、同じ鎮守府に配属になって以来ずっと怯え続けて来た自分と同じ駆逐艦の背中。ともすれば深海棲艦より恐怖の対象だったその人物が、自分を守るために立ち塞がっていた。

 亜麻色の長髪を一つ結びにして、駆逐艦とは思えない程の身体つきをしている。右手に主砲を構え、左手には刀を持っている。確か刀の方は特注品らしいが、あれで自分を狙っていた砲弾を切り裂くなり弾くなりしたのであろうか。それにしても、近くにいるだけでぴりぴりとした何かを感じる。

 

 やっぱり怖い――だけれど、守ってもらったからだろうか、それとも別の理由からなのか、今感じてるのはその感情だけではなかった。

 

「夕立」

 

 響の背後から赤城が現れて、夕立の隣に立った。赤城の姿を横目に捉えた夕立は、薄く口角だけを上げる。その姿に響はドキリと感情を震わせた。

 

「あちらのル級はお怒りのようね」

 

 赤城の言う通り、忌々しげに新しくやって来た夕立たちに視線を向けている。もう少しで獲物を始末出来たのに邪魔をしたからであろう。標的を、特に邪魔をした夕立に変えている。

 ル級に話すように夕立は言った。

 

「怨恨のみに支えられているお前たちが、私たちと戦おうというのは無謀っぽい」

 

「行くの?」

 

「ああ」

 

 夕立が深海棲艦の大群の中へ突撃する。

 これを援護するかの如く赤城や、その他夕立たちと一緒に来た、加賀や金剛、比叡に吹雪も戦闘を開始した。金剛や比叡ら戦艦の砲撃で巨大な爆発が起こり、赤城や加賀の艦載機による攻撃で深海棲艦が沈んでいき、深海棲艦の苦しまぎれの魚雷は吹雪によって防がれる。この中を一心に夕立は突き進んで行く。

 

「遅いな。沈めぇ!」

 

 夕立の目指す先には戦艦ル級。ル級の砲撃を軽々と回避しながら着実に距離を詰めて行く。途中邪魔な深海棲艦を主砲で牽制したり、刀で斬り捨てながら。

 

「凄いわね」

 

 いつの間にか響の隣に来ていた暁が言った。よく見れば遠征組は勢ぞろいして響の近くに集まっている。

 響は暁に同意して頷いた。

 確かに戦っている夕立は凄い。夕立を見ていると胸が高鳴る。頬が熱くなって蒸気していくのが分かる。怖いけど、ドキドキが止まらない。

 響たちの視線の先で、夕立とル級が接触した。

 

「私たちがお前たちなどに負けることなどない。なぜなら私たちは大義によって立ち、正義を持って戦っているのだからな」

 

 高速で左手の刀が振るわれた。

 戦艦ル級は盾で己を守ることすら出来ずに僅か一刀の下で斬り伏せられる。断末魔を口から放ったル級はそのまま動かなくなって消えて行った。ル級がこの世の者ではなくなったことで、深海棲艦の生き残りの少数は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

 

「あれが……ソロモンの悪夢」

 

 思わず熱っぽい声を出す響。あれが駆逐艦なんて信じられない。

 恐怖以外に感じたもう一つの感情がどくどくと胸の内から溢れ出る。そしてこれは、恋や愛ではない。そんな感じのものではなかった。

 肌を突き刺すような雰囲気、戦いの中で時折ふわりと揺れる亜麻色の髪、きりりと引き締まった表情、それからあの強さ。

 響はチラリと姉妹たちを見た。

 あれだけ姿を見る度に震えていた電も、レディーじゃないと怯えていた暁も、近づき難いと怖がっていた雷も、今や皆同じ思いが芽生えていた。

 

「「「「かっこいい……!」」」」

 

 悠々とこちらに戻って来る夕立を見ながら、四人は一斉に同じ言葉を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪夢と新兵

 見事天龍たちを救出してから数日が経った。一人も欠けることもなく全員無事に救出することが出来て、提督にお褒めのお言葉を頂いた。万々歳である。

 万々歳と言えば、私の駆逐艦娘との距離を近づけようという話だが、これはだいぶ進展があった。四人の駆逐艦娘が私に話し掛けてくるようになったのである。救出した隊の四人だ。接し方が望んでいたものとは大きくかけ離れているが、それでも向こうから話し掛けてくれるのは嬉しいものだった。他の駆逐艦娘に変化はないけど、一歩着実に進展が見られたのである。

 現在、私はその四人の駆逐艦娘と一緒に昼食を取っていた。

 こんな時が来るとは夢にも思わなかったよ。昔は当たり前の光景だったが、この鎮守府に来てからは初めてである。

 この鎮守府の駆逐艦娘との関係を何とか改善しなくては、と思っていてもどうせ無理だろうという気持ちがいっぱいだったが、まあ何とかなるものだ。特に何か役に立ったわけでもないが、一緒になって距離を縮める方法を考えてくれていた青葉にはいつか礼をしよう。

 

「どうかしたの? 夕立さん」

 

 四人の内の一人、響が小首を傾げて心配そうに私を見ていた。四人の中で一番私に話し掛けてくれる娘だ。

 

「いや、お前たちとこうして食事を取るのは良いものだと思ってな」

 

 本当にな。

 

「そっか……今までは、その、あれだったけど……これからは」

 

「ああ、礼を言おう」

 

「……うん」

 

「ふふっ」

 

 帽子で照れを隠すようにする響に、私は自然と笑ってしまった。私以外の暁、雷、電も笑う。

 それから私たちは黙々と食事を再開した。意外にも、響たちは食事中に雑談をしたりすることはない。食事をしながら話すのはマナー違反だとか言うつもりはないらしいけど、どうしてか話さないようだ。私としては、楽しく話をしながら食事をするのも、黙って食事をするのもどちらでも構わないけど。

 

「ねえ。夕立さんって、前の鎮守府ではどうだったの?」

 

 食事中は黙っているけど食べ終れば普通に話す。食後、一番初めに口を開いたのは暁だ。

 

「それは気になるな」

 

「私も!」

 

「なのです!」

 

 暁の質問に三人も喰いついた。

 しかし、前の鎮守府での私か……最初の頃は無茶苦茶情けなかったと思う。右も左も分からない上に、深海棲艦とかいう意味不明の怪物と戦うなんて怖くてたまらなかったし、訓練の時に武器を見るだけでもビビっていた。そして、この身体がどんな人物というかどんな軍艦か分かって、私があの方を目指すようになってからは恥ずかしくない生を送って来た筈だ。

 まあ、どういう人物だったかと問われれば、こういう人物であったろう。

 

「前の鎮守府では、私は皆に迷惑を掛ける存在だったっぽい」

 

「迷惑?」

 

「うむ。私は最初は碌に戦うどころか訓練もままならない艦娘だった」

 

「夕立さんが? 嘘でしょ?」

 

「嘘ではないっぽい」

 

 雷が嘘でしょ、と驚いたようにこちらを見てくるが本当のことだ。

 赤城を含めて色んな艦娘たちに迷惑を掛けたと思う。彼女たちが根気強く付き合ってくれたからこそ、今の私があるのは間違いないだろう。

 最近は赤城にしか会っていないし、いつか皆にも会いに行かねばな。会って、改めて礼を述べるのも悪くはないか。

 

「どうしたのです?」

 

「何、皆にいつか会いに行こうと思ってな」

 

「えっ? 会いに……ですか?」

 

「ああ。だから私は、いつの日か帰るのだ。あの――ソロモンに」

 

 私がそう言うと、皆押し黙ってしまった。

 お天道様が暗雲に隠れたような重い空気が場を漂う。

 いかんな。折角話し掛けて来てくれて一緒に食事まで取ってくれているのに、こんな湿っぽい空気にしてしまった。こんな筈じゃなかったのに。

 早く何とかせねば。

 

「さて、話題を変えよう。何か話はないか?」

 

 いきなり過ぎただろうか。だけどこれ以外でどうすれば良いのか分からない。

 響たち四人はしばらく俯いて口を閉ざしていたが、私の様子を確認するといつも通りの元気いっぱいな四人に戻った。

 そうだ、これで良い。

 そうしてしばらくは他愛のない話をして盛り上がった。この話の間、私はずっと聞き手に回っていた。また何か言ってしまって空気を重たくしたくはないし。

 好きなデザートだとか、どんな洋服が好みだとかそんな話を聞きながら頷いたり、問われれば答えたりしていると、ふと暁が何か思い出したように話を切り出した。

 

「そういえば、新しい艦娘を建造するらしいわよ」

 

「ほう?」

 

 それは中々興味深い話だ。

 この鎮守府の戦力はかなり充実していると私は見ている。駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、戦艦、空母と何が足りないのか頭を傾げるレベルだ。個人の練度もそうとうなものだし、並大抵の深海棲艦には負けることはないだろう。

 前の鎮守府でもこれほどの戦力があれば……と今でも考えることがある。

 にもかかわらずに戦力の増強。提督は何を考えているのか。あの提督のことだから考えなしのものではなく、必ず重要な意味があると思うのだが。

 私はこういうことを考えるのが苦手だから分からないな。

 

「どんな人が来るのかな?」

 

 新しい仲間に響は興味津々だった。

 そして響の疑問から、話はどうして建造されるのかではなく、どんな艦娘が建造されるのかになった。やっぱり、駆逐艦ぐらいの年代の娘って私と違ってそっちのことに興味を持つのだろうか。私も駆逐艦だけど。

 

「きっと、私みたいな立派なレディよ」

 

 胸を張って暁が言った。小さな子供が背伸びしているようで何とも微笑ましい。この四人の中で長女である暁だが、一番幼い気がする。だから何だと言われれば、別に何でもないが。

 

「私は、とっても優しい人だと思うのです」

 

「そうよね。優しい人が良いわよね」

 

 電にうんうんと同意する雷。仲間になるのだったら誰だって優しい人の方が良いだろう。私が出会った艦娘は、皆本質的に優しい人ばっかりであったし二人の要望は問題ないと思う。経験上優しくない艦娘に会ったことはない。

 

「響はどんな人だと思うのよ? やっぱり私みたいなレディ?」

 

「うん? そうだね……やっぱり、夕立さんみたいにかっこいい人かな」

 

 私を横目に、響は頬を桜色にうっすらと染める。ほんの数日前までは怯えて挨拶もろくに出来なかった駆逐艦の一人である響にそんなことを言われるなんて感無量だ。もう少し要求するなら、上の立場の人と接するみたいにさん付けをせずに友達感覚で来てほしいものだけど、今のままでも十分嬉しい。

 こうして尊敬の念を抱かれると、憧れに近づいたと実感が出来る。あの方と同じ異名を手にして、さらに尊敬してくれる人がいると思うと、この身体になった当時みたいに無様な真似は一切出来ない。私も、どんどん精進しなくては。

 

「夕立さんはどんな人だと思う?」

 

 暁が言うと、皆の視線が一気に私に集まった。

 私か……別に誰が来ても一向に構わない。この鎮守府の皆が、深海棲艦から背を向けて来た私や赤城を一員として受け入れてくれたように、私もどんな人が来ようと仲間として受け入れる。

 ただ、強いて言うなら。

 

「私に恐れを抱かない者が良いっぽい」

 

 冗談めかして私が答えれば、四人は微妙な顔を浮かべて笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 



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悪夢と新兵 その②

「夕立よ」

 

 響たちと昼食を取った翌日。私が朝の日課として刀を持ち素振りをやっていた時のことである。

 太陽がまだ完全に姿を見せていない時刻だ。背後から自分の名前を呼ばれたので素振りを一旦止める。それから呼吸を整えて、身体を声がした方向に向けた。そこにいたのはスキンヘッドで堂々とした存在感のある男性。声の持ち主は提督であった。

 こんなに朝早くから私に一体どんな用があるのかと思っていたら、提督の隣には見慣れない艦娘がいる。

 大柄で見たところ戦艦であろう。艦娘には珍しい褐色の肌に色素の薄い金髪をツインテールに結んでいる。眼鏡の奥にはルビーの瞳。そして私を見て嬉しそうに笑っていた。

 何者だろうか、と一瞬考えたが昨日の暁の話を思い出す。そう言えば艦娘を建造すると言っていたな。どんな人が来るかで盛り上がったんだった。

 彼女はもしかしなくとも、新しく建造された艦娘というやつであろう。

 

「見事だな。一振り一振りにお前の魂がこもっておる」

 

「ありがとうございます。しかし閣下、一体どうなされたので?」

 

 私が尋ねると、提督は隣の艦娘に視線をやった。

 その艦娘は待ってましたとばかりに私の前までやって来て、刀を持っていない右手に向けて手を伸ばして来る。どうやら握手のようだった。

 私は刀を鞘に納めてから、右手で握手に応じた。

 

「私は武蔵だ! 提督から話は聞いてるぞ! お前は強者だと」

 

「大和型戦艦二番艦の武蔵。我らの新たなる同胞だ」

 

 大和。その名前は私がこの身体になる前にも聞いたことがある唯一の軍艦の名前だ。未だ会ったことはないけど、風の噂ではそうとう強いらしい。それの姉妹艦ということは、彼女もやはり強力な艦娘なのだろうか。

 とするならば、大変心強い仲間が出来たということだ。ただでさえ充実した戦力がさらに強化されたことになる。喜ばしいことだ。

 しかし、建造した理由が気になるが……まあ良いだろう。説明する必要がある時に提督が説明してくれるであろうし、今は単純に仲間が増えたことを喜ぼう。

 

「私は夕立だ。よろしく頼むっぽい」

 

「ああ。よろしく頼むぞ」

 

 ぶんぶんと握手している右手を振ってから、武蔵はそのまま私をどこかへ連れて行こうとする。こらこらどこへ行こうと言うのかね。

 

「落ち着け」

 

「おっと、済まない。気が高ぶって、つい」

 

 止まってくれた武蔵だが手は離してくれない。私と手を繋いだまま本当に何が嬉しいのかニコニコ、そしてウキウキしている。遠足に行く小学生みたいである。

 わけを知っていそうな提督に視線で尋ねてみれば、提督は頷いて教えてくれた。

 

「武蔵は強者との戦いが心躍るそうだ。だから儂はお前を紹介したのだ」

 

「うむ。提督に誰か強い者と戦わせてほしいと願ったら、お前を紹介してくれたのだ。ソロモンの悪夢と呼ばれ、敵味方に畏怖されるお前の強さ。是非味合わせてもらいたい」

 

「ということは、閣下。武蔵と演習をしろということですか?」

 

「うむ、そう言うことだ。頼めるな、夕立」

 

 断る理由はないし、武蔵の実力は大いに気になるところである。それに提督に頼まれたとあっては、もとより断るという考えは私には存在しない。

 

「はっ! 承知しました、閣下。武蔵よ、私は手加減はせんぞ」

 

「手加減など必要ない。それに、私相手に手加減など出来ると思うな」

 

「ふっ、建造されたばかりと言うのに、一人前のセリフだな。腕が伴なっていれば良いが」

 

「言ったな? 吠え面をかかせてやる」

 

 私と武蔵はお互いに握り合っている手に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 響は眠たい目をこすって演習海域へと足を運んでいた。

 本来だったらまだ夢の世界にいるにも関わらず、秘書艦長門の放送で夢の世界から無理やり現実世界に帰還させられたのである。

 一体何の用だと思えば、全艦娘は至急演習海域へと来い、ということで同じ部屋の姉妹たち三人と一緒にふらふらっと向かっているのである。

 到着してみると、半分以上の艦娘は既に集まっていた。だが、最後ではなかったのでそのことに安堵しつつ赤城の隣へと位置を決める。

 響たちはこの頃赤城との関係が急速に進んでいるのだ。それは夕立の親友ということで、夕立のことを知るために話し掛けていたら自然と仲良くなったのである。

 

「今から何が始まるんですか?」

 

 電が赤城に尋ねた。

 赤城は、ふわ~とあくびをしている暁の頭を撫でながら、ふんわりと笑った。

 

「夕立の演習よ」

 

 パッと響たちの目が覚めた。

 自分たちの尊敬している人物の演習。これは見る価値がある。いや、見る価値しかない。相手は一体誰なんだろうか。

 

「相手は!?」

 

 声を荒げる響。

 そのことを気にすることもなく、赤城はスッと指を指した。

 指が指された先には、夕立と戦艦らしき大柄な人物の姿。夕立の相手は見たこともない艦娘で、あれは建造された新しい艦娘ではないかと推測を立てる。

 

「おっきい……強そうな人ね」

 

 唖然といった感じで暁が息を呑んだ。

 艦娘本人が大きいのもあるが暁は驚いたのはそこじゃない。その大きな艦娘と比較してさらに大きいことが分かる艤装に驚いたのである。まさにいるだけで威圧感を与えそうな見た目だ。

 

「だけど……」

 

 だけれど威圧感なら夕立も負けていない。彼女は相手の艦娘と比べると小さく見えてしまうが、彼女自身の内から滲み出る雰囲気というものが一回りも二回りも大きくしている様に見える。彼女の方も立っているだけで生半可な精神の人ではひとたまりもないと思う。

 

「……どっちが勝つのよ」

 

 本人も気づかない間に、雷はそうこぼした。こうして見ているだけではどちらが勝ってもおかしくはないように思う。

 これに答えてくれたのは、やはり赤城だった。

 

「夕立の相手は戦艦武蔵。艦娘の中で最も強いと言っても過言ではない、大和の姉妹艦にしてその大和に匹敵する艦娘。普通に考えれば武蔵が勝つと思うのが常識よ」

 

 さらに言うならば夕立は魚雷発射管を着けていない。それはすなわち、駆逐艦の最大の攻撃を夕立は出来ないということである。彼女の攻撃方法は主に二つ。右手の主砲と左手の刀。右手の主砲は牽制程度にしか使用しないところを見れば、接近戦オンリーだ。

 常識で物を考えれば夕立に勝ち目はない。

 でも、響たちは夕立に勝ってほしいと思っている。それに勝てると思っている。自分たちを助けてくれた夕立の、戦艦ル級の砲弾を無効化し、深海棲艦の群れの中を突っ切り、ル級を一刀の下に斬り伏せたあの強さを知っているのだから。

 そして、夕立がソロモンの悪夢と呼ばれるきっかけとなった戦いを共に戦った赤城も、夕立の勝利を確信していた。

 

「でも、そんな強い戦艦が相手である。それで負けるのであったら、夕立はとっくの昔に死んでいるわ。だけれど現実に彼女は生きている。それは何故か」

 

「何故?」

 

 暁が赤城を見上げる。

 

「そんなの簡単よ、夕立はもっともっと強いの。だからこの戦いは夕立が勝つのか、武蔵が勝つのかという話ではないわ」

 

 一呼吸おいて赤城は言った。

 

「武蔵が一矢報えるかどうか、の話」

 

「そんな次元の話なのです?」

 

「なのです。確かに駆逐艦と戦艦では埋められない性能差があるわ。だけど、今回武蔵が勝っているのはそれだけ。経験も精神力も、他は夕立に完全に分がある。鋼鉄の身体の時代であれば、性能差なんてそうそう埋められるものではないけど、今は違う」

 

 赤城の言葉を聞きながら、響は周りを見回した。すべての艦娘が揃っているみたいだ。彼女たちは全員夕立と武蔵に注目している。

 

「さあ、始まるわよ」

 

 言うと同時に爆音が辺り一帯に鳴り響いた。

 

 

 

  

 

 

 

 

 



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悪夢と新兵 その③

 武蔵の放った大砲の爆音が一帯に響くのと夕立が動くのはほぼ同時であった。

 小手調べとばかりの武蔵による砲撃。夕立は自分に当たりそうな砲撃を回避して武蔵に接近する。その顔は感心したように笑っていた。

 

「ほう……建造されたばかりのひよっことは思えん。やるな」

 

 笑っていたのは夕立だけではない。自分の砲撃を難なくかわされた武蔵も頬を赤らめて興奮が見て取れた。白い歯を惜しげもなく嬉しそうにさらしている。

 そう、嬉しいのだ。

 強い者と存分に戦える、そして戦っているという事実に胸が躍っているのである。

 

「一目見た時から只者ではないと思っていた! 私の人を見る目も捨てたものではない!」

 

 闘争心を剝き出しにした武蔵の攻撃が苛烈さを増していく。大気を揺るがす振動。砲撃の嵐が夕立に襲い掛かる。

 

「これならどうだ!」

 

「ふっ」

 

 夕立はこれも完全に回避。

 至近距離に着弾して水柱を立てる砲撃を見つめるその表情には余裕があった。

 そしてここで初めて夕立が反撃に移る。右手の主砲を構えて発砲。

 戦艦の主砲と比べれば大したものではないが、わざわざ当たってやるわけにもいかない。回避運動を取った武蔵は直ぐに反撃に転じようとするが、まるで瞬間移動したように眼前に夕立の姿が現れた。

 

「何!?」

 

「回避の際に余計な動作が目立つ。訓練次第でこんなものは直ぐに改善出来るが……今この場では命取りだ」

 

 武蔵の腹部に夕立の鋭い蹴りが突き刺さる。

 うっ、と呻いた武蔵は二歩三歩後ろによろよろと下がると、続いて夕立から一気に距離を取った。この間に攻撃を加えることが可能な夕立であったが、黙って武蔵が距離を離すのを待つ。

 これを舐められていると武蔵は解釈しなかった。

 これは自分のためなのである。

 このまま終わってしまっては自分は不完全燃焼である。そのことを分かっている夕立が、気の済むまでつき合ってくれようとしているのだ。

 態勢を立て直した武蔵は、内心でお礼を述べながら、この恩は今回の演習で見事な戦いをすることで返すと決意した。

 

「行くぞ、夕立!」

 

「うむ、来い!」

 

 轟音と一緒に砲弾が夕立を狙う。

 武蔵は最初と変わらずに距離を取ってから砲撃を加える戦法を継続することにした。夕立の近接戦闘の能力は常識を超えているように感じるほど高い。今の自分では接近されたらそれで終わりなのである。先ほどそれをよく理解した。

 ならば取る手は一つしかないということである。

 

「沈め!」

 

「単調な攻撃だ。そんなものは私にはあたらん!」

 

 右方向に回避する夕立。瞬間、武蔵はほくそ笑んだ。

 

「貰った!」

 

 夕立が回避した先に飛来する砲弾。これに虚を突かれた夕立は目を見開いて驚きを顔に表した。

 が、冷静さはなくしておらず表情を元に戻すと今度は後方に飛び退くように下がる。夕立がいた場所に巨大な水柱。

 

「ぬぅ……」

 

 砲弾は当たらなかったものの、爆圧によって吹き飛ばされそうになったため足を踏ん張ることで耐える。

 

「やったぞ」

 

 小さくガッツポーズを取る武蔵。ダメージを与えたとまではいかないが、それでもこれは大きい一撃だ。

 二人の演習を観戦しているギャラリーの面々も唸り声をあげた。険しい表情を隠そうとしない第六駆逐隊の隣で、赤城が軽く拍手をしている。

 

「お見事ね」

 

 また夕立も赤城と同じ思いを抱いていた。

 

「見事だな。私の動きを完全に読み切っていたからの一撃だ。賞賛に値しよう」

 

「これで終わりではない!」

 

 いつまでも余韻に浸っているわけにはいかないと、武蔵が攻撃を再開した。このまま勢いに乗ってガンガン攻めるのだ。

 夕立はせわしないことだ、と苦笑しながら砲弾に対処する。今度は回避を選択しなかった。ならば、主砲で迎撃するのか? いや、違う。斬り払うのである。

 

「ぐっ、ぬおおおおお!」

 

 あらぬ方向に飛んでいく武蔵の砲弾。

 この光景に、武蔵と未だ見たことがなかったギャラリーの一部が固まった。ぽかーんと大口を開けて、自分が現実にいるのか理解出来ていないような顔である。

 

「流石夕立さんだ!」

 

 響が叫んだ。

 姉妹たちと一緒に眉間に寄せていた皺を離して、キラキラとした瞳で夕立を見つめている。隣の赤城はただクスリと笑っていた。

 

「むっ……未熟者め! 戦いの場で、いつまで呆けているつもりだ!」

 

 いつまでも呆けたまま動こうとしない武蔵に夕立が一喝。主砲を放った。

 

「うぐっ……ふう」

 

 突然の衝撃と胸の痛みに我を取り戻した武蔵は呼吸を整える。それから頭を振って両頬を叩き気合を入れると。

 

「あんなことが出来るからと言って!!」

 

 咆哮し砲撃した。飛来してきた砲弾を斬り払ったのには度肝を抜かされたが、あれをずっと行える筈がない。いずれ夕立が力尽きるか、刀の方が持たないだろう。

 そう考えた武蔵はひたすら砲撃を続ける。

 夕立の周辺に水柱が乱立し、夕立の姿を消した。それでもいる位置は分かっているのだ。武蔵は見えないにも関わらず撃ち続ける。

 どれほど放ったのか不明だがこれで流石にと判断した武蔵が砲撃を停止した。仮に撃破出来なくとも大ダメージは受けているだろう。

 息を荒げながら様子を伺う。

 

「夕立さん!?」

 

「雷、落ち着いて」

 

 今にも飛び出しそうな雷を暁が背後から身体を抱きしめることで止める。しかしその暁も出来るなら自分も飛び出したいという思いを持っていた。

 電は小さく白い両手の指を絡めて握り締め夕立の無事を祈り、響は腕を組み黙って一点を見つめている。

 観戦している艦娘は皆が固唾を飲んで見ていた。

 そして水柱が崩れ――。

 

「あっ……ああ!?」

 

 一人の艦娘が指さした先。崩れた水柱の中から姿を現したのは、沈むどころか傷一つ負っていない状態で、鋭い瞳を武蔵に向けている夕立であった。

 海水で身体を濡らし、亜麻色の結ばれた髪を揺らして武蔵を見据えている。

 

「な、何!?」

 

 まさかの無傷という結果に武蔵は驚愕し、それから大きな声で笑った。

 

「あははははは! 無傷? 無傷か! そうか、そうか無傷か!」

 

 笑い続ける武蔵。

 夕立が動き出した。艦娘たちが見守る中で刀を構え海上を滑る夕立が武蔵に迫る。武蔵は笑ったままそれを眺めていた。

 

「強い、強いなぁ……ソロモンの悪夢、か」

 

 目の前に夕立の姿。

 首筋に添えられる刀。

 笑いを抑えた武蔵は静かに尋ねた。

 

「なあ、私はどうだった?」

 

「まだまだだ。私を相手にするには未熟」

 

「そうか……」

 

「だが、それは今のままならばの話だ。将来は間違いなく私を超えることが出来るだろう」

 

「そう、か」

 

 夕立は武蔵の首筋から刀を離すと、微笑を作って言うのだった。

 

「私の勝ちだな」

 

 瞬間、ギャラリーの艦娘たちから盛大な拍手と歓声が沸き起こった。わあっと、満面の笑みを浮かべた暁を筆頭に一部の艦娘たちが駆け寄って来る。

 

「夕立」

 

 武蔵が夕立の名を呼んだ。

 

「これからよろしく頼む」

 

 右手を差し出す武蔵。

 

「ああ、よろしく頼むっぽい」

 

 夕立は初めて会った時と同じようにがっしりと手を握り合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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始動する悪夢
悪夢の戦友 


今回は少し短いです。


「今まで、お世話になりました!」

 

 椅子に深く腰掛けている男性に少女が敬礼する。男性はその敬礼を受けてから「うむ」と鷹揚に頷いてから、楽にするように指示を出した。

 言われてから、少女は少し姿勢を崩す。

 そして、人懐っこい笑みを浮かべる少女に視線を合わせながら男性は口を開いた。

 

「寂しくなるな」

 

 男性が思い出すのは少女とのこれまでの生活であった。活発で周囲をよく笑顔にしてくれた少女。朝一緒に走り込みをし過ぎてお互い筋肉痛で動けなくなったのは良い思い出だ。長い付き合いであったが、本日を以ってお別れである。

 

「司令官……」

 

 少女もこれまでの日々を思い出したのかほろりと瞳に涙を浮かべた。

 

「泣くな。別に会えなくなったわけではないのだ」

 

「は、はい。そうですね」

 

 涙を拭う少女に男性は言う。

 

「久しぶりの再会になるな」

 

「はい」

 

 少女は感慨深げに返事をした。

 かれこれどのくらいになるのだろうか。出向という形で別の鎮守府に赴いた時に知り合った友達。短い間だったけど共に肩を並べた戦友たち。彼女たちと再会するのはいつぶりだろうか。

 出向期間を過ぎて元の鎮守府に帰ってから二ヵ月ほど経った時に耳に入った情報。深海棲艦の大攻勢で一人残らず玉砕したと聞いた時は、一晩中泣きはらしたものである。

 もし自分がいたらこんなことにはならなかった、とまでは思わない。でも結果は少しぐらい変わっていたんじゃないかとは思った。

 二度と会えない。

 皆死んでしまった。

 

 しかしそれは完全な情報ではないと聞かされたのはそれから二週間ぐらいのこと。少女が表では明るく振る舞うものの胸に悲しみを残していたころ。

 なんと生き残りがいることが判明したのだ。それも二人。

 彼女たちは海を埋め尽くす深海棲艦相手に奮闘し、追撃を振り切ってかろうじて逃げ延びていたらしい。そのことを知った時は、今度は一晩中大騒ぎした。さらに生き残っていた二人が特に仲が良かった二人なので、死んでしまった人たちには悪いが嬉しさは倍増である。

 直ぐに会いに行きたかったけど、そういうわけにもいかなかった。だってこれでも軍に所属しているのだから会いに行きたくとも無理だったのである。

 

 だけど転機が訪れて、こうして会いに行けるようになったのだ。それも会いに行くだけではなく再び一緒に戦えるのである。

 

「元気にしてるかな」

 

「聞いた話だが二人とも元気にやっているらしいぞ」

 

「ほんとですか?」

 

「うむ。それに面白い話があってな。一人は問題なく馴染んでいるらしいが、もう一人は一部を除いて同じ駆逐艦娘に恐れられているらしい」

 

「へぇ……」

 

 何とも想像しやすい光景である。確かに彼女はいつもしかめっ面で常在戦場みたいな雰囲気があるから、駆逐艦娘みたいに幼い艦娘たちにはつき合い辛いかもしれない。というか怖いだろう。

 でも深くつき合ってみれば、お堅いところもあるし厳しいところもあるけど優しい人だと思う。それに何より頼りになるのだ。

 ああ、早く会いたくなってきた。

 

「お前も、元気でやるのだぞ」

 

「司令官こそ、もう歳何だから健康とかに気をつけてくださいね」

 

「大きなお世話だ」

 

 男性は立ち上がるとビシッと敬礼を決めた。少女も敬礼を返すと、名残惜しげに部屋を後にして行く。その様子を見送った男性は、おもむろに机の上の受話器を手に取りどこかへと繋げる。勿論盗聴の対策をしてからだ。

 

「……儂だ。彼女のことは感謝する。何、心配するな。彼女は優秀なのだ、足手纏いには決してならん。それより彼女を轟沈させたらお前と言えど許さんぞ」

 

 冗談めかして言っているが決して冗談ではなかった。ふふふ、と威圧するように笑ってから話を続ける。

 

「……遂に始まるのだな、あの作戦が。お前が大和型戦艦二番艦の武蔵を建造して、戦力の強化を図ったことは聞いておる……うむ、儂に出来ることがあるならば何でもしよう。遠慮なく言ってくれ――」

 

 男性はこれより数分間受話器を元の位置には置かなかった。

 一方で、部屋を後にした少女はというと。

 

「今度は最後まで一緒に戦うわよ」

 

 声に出して自身の決意を固めていた。

 額に巻いている白い布を固く締めなおしてから歩き出す。

 早く会いたいという思いから、歩く速度は徐々に上がって早歩きから小走り気味になっていく。目的地にいるだろう友達のことを頭に思い描きながら先を急いだ。

 普段は凛としているけど、時には花が咲いたように可憐な笑顔を見せる空母の友達。

 武人という言葉が似合い、戦っている時は思わず惚れ惚れするようなかっこ良さを持つ駆逐艦の友達。

 今から行くから、また一緒に戦おう。

 

「待ってて、赤城。そして――夕立」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪夢の戦友 その②

 武蔵の加入から一か月――私の姿は大海原にあった。少々強い潮風に頬を触れられながら海上を突き進む。空にある雲の流れは速く、陽射しの加減で僅かに色を変える海面はうねりをあげていた。

 私を含めて六人の艦娘は周囲を警戒しながら目的地を目指す。ここは既に深海棲艦の支配領域であるからいつ敵が現れるか知れない。油断は禁物だ。

 

「ここら辺よね? レ級が出たって場所は」

 

 赤城が隣にいる私に尋ねて来た。私はその通りだ、と頷いた。

 

「この付近に出現したと閣下は仰られた。それに事前の偵察でも確認されているっぽい」

 

 戦艦レ級。その姿はレインコートにリュックサックを背負った小柄な少女のようである。このレ級であるが、とんでもない強敵だ。

 たった一隻で戦局を大きく塗り替えることが出来るのである。艦上爆撃機――急降下爆撃を行う機体――と魚雷を持っていて一隻で出来ることの幅が広い。

 私も以前世話になったことがある。あの時の借りは必ず返さねばならない。

 

「戦艦レ級か……たいそう強いらしいじゃないか。楽しみだな」

 

 戦意が表情に表れている武蔵。本当に強い者と戦うのが好きなようだが、今回はそんなに楽しい戦いになるかどうか分からない。戦いを楽しむ余裕があるかどうか。

 それにしてもどこにいるのだろう。必ず付近にいるとは思うが。

 

「赤城。九七艦攻の偵察用を飛ばせ」

 

「夕立? 分かったわ」

 

 赤城は矢筒から矢羽の矢を取り出す。日の丸がついたその矢を弓につがえて、空高く放った。放たれた矢は途中で航空機に変化し、エンジン音を高らかに鳴らしながら大気を切り裂いていく。私たちは一旦進軍を停止して、偵察機を見送った。

 

「これで見つかるかしら……」

 

「見つかってもらわねば困るっぽい」

 

 それから待つこと十秒弱。赤城が微かに眉を動かした。

 どうやら偵察機より連絡が入ったらしい。偵察機からの連絡らしいものを、赤城はそのまんまこの場の全員に聞こえるように口にした。

 

「敵艦見ユ。空母二。戦艦二。駆逐艦二。輪形陣ニテ」

 

「何故そこで止まる?」

 

「撃墜されたみたい。加賀!」

 

「ええ」

 

 赤城と加賀がそれぞれの矢筒から矢を取り出すと、姿勢を正して弓を構えた。

 

「第一次攻撃隊、発艦用意!」

 

「発艦始め!」

 

 空高く舞い上がる矢は無数の航空機に分裂。赤城と加賀は次々と矢を天に向けて飛ばした。百を優に超えるだろう艦載機たちは、上空で陣形を整えた後に偵察機が飛んで行った方向に飛んで行く。

 遠目に微かに見える敵の艦載機。その艦載機の群れに零戦を先頭にして突っ込んでいく赤城たちの艦載機。

 

「やったよ!」

 

 響が喜びに笑みを浮かべる。

 敵艦載機とこちらの艦載機の接触の結果、こちらの艦載機が敵の攻撃隊を瞬く間に叩いてどんどん撃墜していったのだ。鎧袖一触とはまさにこのこと。

 制空権を確保した艦載機たちが爆撃を開始。視線の先では爆発が起こり黒煙がもうもうと空に上がっている。敵に一撃を与えたようだ。

 この機を逃してはならない。

 

「赤城と加賀は第一次攻撃隊を収容し、第二次攻撃隊を編成しろ! 他は主砲射程内まで接近し敵を撃滅する。赤城、加賀、護衛は必要っぽい?」

 

「要らないから全員行って良いわよ。私たちも直ぐに向かうわ」

 

「分かった」

 

 私たちは余裕綽綽の赤城と加賀を置いて進軍する。黒煙が噴き上がっている位置で停止している深海棲艦の姿が徐々にはっきりと視界に映って来た。

 

「敵駆逐艦は二隻とも轟沈。敵空母二隻が中破。敵戦艦一隻が小破でもう一隻が……流石レ級だな。行くぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

 

 

  

 

 

 

 主砲射程内まで接近するとすかさず夕立が指示を出した。

 

「武蔵、金剛、直ぐに終わる。私がル級を仕留めるまでレ級の相手を頼む。響はヲ級一隻だ。魚雷の一発でも当ててやれば直ぐに沈む」

 

「「「了解!」」」

 

 四人はそれぞれの役割を果たすために動き出す。武蔵と金剛は距離を取って砲撃。その爆音の中を夕立が進んで行く。

 そして響は――。

 

「護衛艦のない空母なんて!」

 

 武蔵たち戦艦とは違い距離を縮めて魚雷を発射。ヲ級の命を刈り取ろうとするそれは、水中を泳ぐように直進してヲ級に迫る。

 慌てた……ようには見えないが、ヲ級はこの魚雷をどうにかするために急ぎ艦載機を発艦させようとした。

 だがしかし。

 

「今更遅いんだよ!」

 

 響の言葉通り艦載機による魚雷迎撃は間に合わず、ならば回避しようとするが気づいた時にはそれも出来ない距離まで魚雷が迫っていた。

 ヲ級は己が運命を悟った。

 

「私だって、夕立さんと同じ駆逐艦だよ」

 

 言葉と同時に魚雷がヲ級に直撃。ヲ級の胴体を粉砕するとともに海の底へと引きずり込んでいった。

 ヲ級を撃沈したことを確認した響は次の標的を探す。確かもう一隻ヲ級がいた筈だけど、と見回してみてもそれらしい影はどこにもない。

 すると、自分が沈めたヲ級以外にも沈んで今にも消えようとしている深海棲艦がいる。そのちょっと先にル級に向かっている夕立。

 なるほど。夕立がル級を始末するついでに片付けたらしい。

 だったら今自分に出来ることは。

 

「通用しなくともさぁ!」

 

 明らかに苦戦している武蔵たちの下へと向かう。駆逐艦の主砲では焼け石に水ですらないかも知れないけど、きっと役には立てる筈。

 足止め、時間稼ぎぐらいは可能だ。

 その時、レ級が艦載機を飛ばすのを響は肉眼で確認した。艦載機が向かう先には武蔵たちではなく夕立がいる。

 自分がやるべきことを見つけた。

 

「夕立さんの邪魔はさせない」

 

 響は武蔵たちの援護を取り止め、艦載機の破壊に動き出した。

 

「ええぃ……私の邪魔を!」

 

 ル級の下へと行こうとする自分を邪魔する敵艦載機に、イライラを募らせる夕立。キッとこの艦載機たちを寄越したであろうレ級を睨みつけるが、当のレ級は何食わぬ顔で武蔵たちと砲撃戦を続けていた。

 

「ぬぅ……」

 

 夕立は敵艦載機とル級の交互に視線を移しながら回避運動を取った。敵機の投弾のコース、ル級の砲撃コースを読んで確実にかわしていく。

 そこに響がやって来た。

 

「夕立さん!」

 

「響か」

 

「ここは私も手伝うよ。だから夕立さんは、早くル級のところへ」

 

「済まん」

 

 夕立が響に場を任せて本来の役目を果たしに行く。その動きを敵機が阻止しようとするが、日の丸を身につけた航空機たちが夕立の動きを助けた。

 赤城と加賀の第二次攻撃隊である。

 空のことは赤城たちとその援護を響に任せて、夕立はホバー移動でル級を目指す。ル級が爆音を響かせて繰り返す砲撃を夕立は軽々と避ける。やはり夕立とル級では夕立に分があった。

 

「お前如きに構っている暇はない!」

 

 怒号するやいなや左手の刀で斬りつける。ル級は右腕の盾でそれを受けた。金属音が鳴り青い火花が散る。と、ル級はその状態のまま発砲しようとした。

 しかし夕立の方が動きが速い。

 先に右手の主砲でル級を攻撃、ル級が仰け反ったところで刀を突いた。刀はル級の身体を貫いて、ル級は沈黙したまま動かなくなった。

 

「残りは……」

 

 この戦闘における最後の敵となった深海棲艦の戦艦レ級は、武蔵たちとの戦いを有利に進めていた。ニタニタと笑いながら砲撃している。

 それは言い換えれば武蔵たちが不利ということであった。

 

「シット! やっぱりレ級は強いネ」

 

「ああ、楽しいなぁ。ええ?」

 

「楽しんでる場合じゃないデスよ……」

 

 武蔵の戦闘狂ぶりには呆れる金剛であったが、先の言葉がやけくそ気味なことには気づいていた。

 レ級の砲撃は強力だった。並の戦艦のものよりも強力で武蔵と金剛の二人は、自分たちの砲撃を当てるよりレ級の砲撃を回避することに専念している。

 すれすれでの回避よりも完全な回避。ほんの少しでも掠るだけでレ級の砲撃は危ないのだから。現に直撃とはいかないまでも被弾した武蔵は無視出来ない傷を負っていた。

 

「回避ィ!」

 

 ドォンと爆音。金剛は素早く回避するが武蔵はそうもいかなかった。傷が予想以上に武蔵の動きに影響を与えているのだ。

 危なげながらも回避した武蔵だが態勢を崩した。

 

「武蔵! チィ……」

 

 自身の背後にある兵装の砲身を掲げて、金剛がやたら滅多らに砲撃を始めた。武蔵が態勢を立て直すまでの間、レ級に攻撃されるわけにはいかない。

 レ級にダメージを与えるということを気にせずに、金剛は砲身を熱くする。

 攻撃を受けているレ級は、飛来して来る砲弾に怠りなく視線を合わせているが特に何かしようとはしなかった。迎撃も回避もしない。

 乱立する水柱と爆発。

 

「キシシ」

 

 数秒後に姿を現したレ級にダメージは見受けられない。

 分かっていたが理不尽だなぁ、と金剛は思った。

 武蔵を見てみる。まだ態勢を立て直せてはいなかった。レ級はその様子を見て狙いを定めている。これは拙い!

 

「うぉおおおおお!!」

 

 発射されたレ級の砲弾。

 砲弾を避けようとするが身体が反応しない武蔵の前に、金剛が壁となった。

 そして壁となった金剛に、レ級の砲弾が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪夢の戦友 その③

 金剛がレ級の砲撃に直撃した。爆発と黒煙に包まれる金剛を見て響は自身が傷ついていることも忘れて唖然としていた。庇われた武蔵も時間が停止しているよう。

 だが、ただ一人夕立だけは冷静にレ級を見据えて、次の瞬間突撃した。レ級も急に襲ってきた夕立に対して迎撃を行う。

 砲弾の雨の中を夕立は当たらないようにレ級に接近していく。ただの雨ならそうでもないが砲弾の雨ともなると当たるわけにはいかない。

 いつものことであるが、今回は特に注意が必要だった。

 

「レ級……っ!」

 

 陽の光が反射してきらめきを見せる夕立の刀。その刀がレ級の首を狙って振り下ろされる。振り下ろされる刀をレ級は尻尾で以って迎撃した。

 夕立は強引に断ち切ろうとするが左腕は動かない。そればかりかゆっくりと押されている。夕立はさらに左腕に力を込めた。

 

「くっ……パワーが違うとでも言うのか!」

 

 夕立は一旦距離を取った。取り様に右手の主砲を撃ち込む。撃ち込んだそれは吸い込まれるようにレ級に命中した。

 

「これで……な、ぐぅおおお!」

 

 レ級にとってはこんな豆鉄砲など牽制にすらなりはしない。当たるのも気に留めずに前へと出て来たレ級は、尻尾を夕立に叩きつけようとする。夕立はすんでのところでその攻撃を受け止めた。

 額から頬へたらりと一筋の雫が流れ落ちる。

 

「うおおおおおお!」

 

 力を振り絞りレ級の尻尾を弾くと再び距離を取った。詰められた以上の距離。今度はレ級も追撃して来なかった。弾かれた尻尾を見て小首を傾げている。

 夕立が予想以上に戦えるのが嬉しいのか子供のような笑みを浮かべた。

 

「こんなものは要らん!」

 

 牽制にすらならないならただの重荷だ。夕立は右手の主砲を投げ捨てた。ポチャン、と夕立の背後で音を立ててそのまま沈んでいった。

 それから夕立は、深呼吸をして乱れた気を直してからレ級に相対する。レ級も興味を持っているのはお前だけだと言わんばかりに夕立に向き合っていた。

 一方で――。

 

「金剛、大丈夫かしら?」

 

 合流した赤城が大破状態の金剛に肩を貸していた。

 

「オフコース……とは言えないネ。実際ボロボロデース」

 

 軽口を叩く金剛だが傷は重かった。兵装は崩壊寸前で戦闘続行の能力は最早ない。金剛の肉体も目に見えて深刻なもので、赤城が肩を貸さないと立つことすらままならない。

 レ級の砲撃が金剛に直撃したのを見ていた赤城は、運が良かったわね、と何となしにそう思った。轟沈待ったなしの一撃だったのに生き残ったのは幸運と見ても良いだろう。

 

「済まない」

 

 武蔵が頭を下げた。自分を庇ってこんなことになってしまった金剛に申し訳ない気持ちがいっぱいであった。

 それと同時に、自分がまだ戦える状態であることを確認する。傷は深いには深いが戦えないほどではない。金剛に土下座の一つでもしたい気分だが、たった一人で戦っている仲間がいるのだ。そちらも放置出来ない――自分しかその戦いに参戦出来ないのならなおさら。

 空母の赤城、その赤城と一緒に合流した加賀は、艦載機が敵艦載機と相討ちの形となり実質戦闘不能。響も今回は見送った方が良いだろう。

 必然的にこの中で夕立と一緒に戦えるのは自分だけだ。

 

「済まない。そして行かせてもらう」

 

「武蔵」

 

 武蔵に呼び掛けた金剛はふんわりと笑った。それを見ると金剛がそのまま消えてしまいそうで、縁起でもないと武蔵は頭を振って考えを飛ばした。

 金剛は武蔵から視線を移すと、夕立とレ級の方へ指さしと一緒に向けた。

 

「GO」

 

 武蔵は深く頷いた。

 

「私と加賀は金剛と一緒に下がってるわ」

 

「頑張って」

 

「私は三人の護衛をやるよ」

 

 今度は三人に深く頷いて見せると、自身の注目を戦っている二人に集める。戦況は夕立が厳しいものであった。無理やり攻勢に出ることによって持ちこたえているように思える。

 あの夕立がここまで苦戦しているとは。

 金剛の負傷の件も考えると不謹慎極まりないことであるが面白い。

 

「夕立!」

 

 何度目かの斬撃をレ級に繰り出そうとしていた夕立に武蔵の声が届いた。それだけで武蔵が何をしようとしているのかに気づいた夕立が、レ級から視線を外さずに後退する。

 

「そこだ!」

 

 武蔵が放った砲弾は、夕立以外を意識の外に置いていたレ級に着弾。戦艦の砲撃の中でも段違いのその威力に、流石のレ級も痛みで声を上げざるを得なかった。

 レ級が下手人である武蔵の方を振り向いた。これを見逃す夕立ではない。

 

「……隙有りだ」

 

 レ級の雪のように冷えた白い頬が、熱く赤く染まった。

 恐る恐る頬に当てた手はやはり赤く染まっている。まじまじとその手の赤を見つめていると、腹部に衝撃が走り身体がくの字に曲がった。

 夕立のつま先がレ級のお腹に突き刺さる。

 直ぐに夕立はレ級から離れて、離れたのを確認すると武蔵が砲撃した。調子に乗るなとばかりにレ級は飛んできた砲弾を尻尾で弾き飛ばす。

 夕立、武蔵とレ級の間に緊張が走る。

 緊張が走っている間、夕立は思考した。武蔵の砲撃も、自身の刀も決して通用しないわけではない。二人で連携して戦えば必ず勝てる。何も問題はない。

 夕立は刀を握り直した。

 その時、この場にはいない人物からの声が夕立の耳に聞こえてきた。そして聞こえてきた内容に、夕立は愕然とする。

 

『……夕立よ。今直ぐに撤退するのだ』

 

「閣下……それは……」

 

『ここまでだ』

 

 通信機越しに聞こえてきたのは提督の声で、レ級から背を向けて逃げろという内容であった。

 これを夕立は認めることが出来ない。確かに味方の被害は甚大なものであるが、このままいけばレ級を討ち滅ぼすことが可能なのである。夕立はそう考えていたのだ。

 だからここで撤退など――。

 

『ここで無理をして何になる。次にまた準備を整えてやれば良い。レ級など大事の前の小事なのだ。そこを見失うな』

 

 それもそうである。提督の言っていることは正しい。大事の前の小事というのが分からないが、もしかしたら何か大きなことをやるのであろうか。であれば、ここで無理をして誰かが犠牲になるなんてことは許されない。

 所詮自分は戦うことしか出来ないのだ。

 ここは提督の判断に従うべきだろう。

 

「……はっ。了解しました」

 

『うむ。生きて無事に帰って来るのだ。お前たちを待っておる者がおる』

 

 そこで提督の声は途切れた。

 誰であろう、待っている人というのは。一瞬気になったが今はそれよりもやらなくてはならないことがある。頭の片隅に留めておいて、夕立は今自分が為すべきことを優先した。

 

「全軍よく聞け! 閣下からのご命令だ! 我らはこの海域から撤退する! 殿は私が務める! 全軍退け!」

 

 パッと各々が動き出した。

 赤城と金剛が先頭になって、次に加賀、最後に響の順番で先ずは撤退を開始する。続いて武蔵が何か言いたげに夕立を見た後、赤城たちを追いかける形で撤退。

 撤退する艦娘たちを絶対に逃すまいと追撃をかけようとするレ級に夕立は猛然と斬りかかった。

 

「私につき合ってもらおう」

 

 これにレ級は追撃を取り止め、目の前の障害を排除することにした。レ級自身、逃げる艦娘たちを気にしながら夕立と戦うのは得策ではないと考えているからだ。

 先ずは夕立だけでも確実に始末する。

 刀と尻尾が数度火花を起こしながら接触した。夕立は他の皆が上手く離脱したのを認識すると、もう一度刀を振るった。

 振るった刀はレ級に止められて、音を立てながら海の藻屑になっていく。

 

「一度ならず、二度までも……この屈辱……必ず晴らす!」

 

 夕立はレ級に背を向けた。

 レ級は当然これを追いかける。だが予想以上に速く、レ級は砲撃で沈めることを選択した。無数の水柱が立ち上がった。

 少しして、水柱がシャワーとなって消えていく。すると、レ級の視界には広大な海が広がっているだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪夢の親友 その④

 敗北か痛み分けか。 

 出来れば痛み分けということにしておきたいレ級との戦いは、私たちの撤退という形で終了した。しかし、向こうはレ級以外全滅でレ級も負傷し、こちらは負傷した艦娘はいるものの轟沈した者はいない。実質勝ちなのではないのか。

 そんなことを言っても仕方ないのであろうが、深海棲艦などに負けたという事実を極力作りたくない。しかも数の上では互角であったというのに。

 私以外の皆もどこか険しい顔を隠しきれていない。勝てると思っていた戦いに勝ちきれなかったことと、金剛の轟沈寸前の大破が沈痛な空気を醸し出していた。

 それにしても金剛の傷は酷いな。戦いの際は轟沈していないことだけは確認していたが、ここまで酷いものだったとは。あのレ級の主砲が直撃したことを考えるとこれでもマシな方なのだろうが。

 私は金剛に肩を貸す赤城とは反対側に身体を寄せる。

 

「金剛、無事っぽい?」

 

「早く入渠したいネ」

 

「もう直ぐ鎮守府に着くから頑張るっぽい」

 

 言っていると遠く鎮守府の姿が肉眼に収まってきた。

 ゆっくりと確実に私たちは鎮守府に帰ってきている。鎮守府の姿が詳しく見えていくのに従って、埠頭に十人にも満たない人影がこちらを見ていることに気づいた。

 その中の三人ほどが飛び跳ねている。

 もっと近づいてみれば、その飛び跳ねている三人が響の姉妹たちであることが分かった。

 さらに提督と長門、双眼鏡を片手にしているのは青葉だな。悪いんだがスクープになるような戦いではなかったぞ。

 それにもう一人はどういうことだ。彼女がここにいる筈はないのだが……新しく建造されたのではない。確かに私の知る彼女だ。

 私たちを待っている人というのは彼女のことだったのか。だがどうしてこの鎮守府にいる。話を聞きたいところだが、先にしておかなくてはならないことがあった。

 鎮守府へと戻ってきた私たちは提督の前に整列する。

 

「夕立以下五名、ただいま帰還しました。報告します。敵深海棲艦駆逐ハ級二隻、空母ヲ級二隻、戦艦ル級一隻を撃沈。戦艦レ級を負傷させました。こちらは私が武器を完全に紛失、響は小破、武蔵は中破、金剛が大破しました。赤城及び加賀は負傷はないものの、艦載機をほぼ失う結果となりました。以上です」

 

「うむ。負傷した艦娘は直ぐに入渠したまえ。既に準備は出来ておる」

 

 その言葉に武蔵と響、金剛が自身の身体を治療しに向かった。暁たちは私に手を振ってから響たちの後をトコトコとついて行く。

 加賀は肩を貸す役目を赤城と代わってそのまま行ってしまった。

 今この場に残っているのは、私と提督に呼び止められた赤城、提督に長門と青葉、そして彼女である。

 青葉が私の下に駆け寄って来た。

 

「いやいやいやいや、ご無事で何よりです! 青葉心配したんですよ、まったくもう~」

 

「お前に提供するネタは持っておらんぞ」

 

「酷い! 私は本当に心配してたんですから! 前から思ってましたけど、夕立さんって青葉のこと誤解してませんか!?」

 

「冗談だ。礼を言うっぽい」

 

「冗談には聞こえませんでしたが。さて、私はこれで失礼しますね。それにしても夕立さんも隅に置けませんねぇ~」

 

「何? どういうことだ?」

 

「何でもありませ~ん」

 

 逃げるように青葉はその場を後にした。後であいつに聞くことが出来たな。

 私が去りゆく青葉を目で追っていると、ぽんと肩を提督に叩かれた。

 

「閣下?」

 

「彼女と積もる話があるだろう。ゆっくりとしておくが良い」

 

 提督はそれだけ言ってから、長門と一緒に私に背を向けて行った。

 残りは私と赤城と彼女。

 私は赤城と隣り合うように立って、彼女と向き合った。

 私たち三人は何か喋るでもなく見つめ合う。

 誰から話そうか、最初はどんな言葉が良いのか、私たちはそれが分からず黙ったままでいるのであった。だけれどいつまでもそういうわけにはいかないし、折角提督が時間をくれたので私が初手を打った。

 

「久しいな」

 

 まあ、無難にここから始めた方が良いだろう。

 そう私が言うと彼女は破顔した。

 久しぶりに会った彼女は相変わらず元気そうだった。武蔵とは違う陽に焼けた小麦色の肌、トレードマークの額の白い布、向日葵のような笑顔。

 軽巡洋艦長良――私と赤城の戦友の姿がそこにあった。

 

「夕立のその感じ懐かしいわね。赤城も久しぶりね」

 

「ええ。元気そうで何よりよ」

 

 先ずはこうして無事に再会出来たことに笑いあった。

 ひとしきり笑うと、長良は私たちの頬を優しく撫でる。一撫で二撫ですると長良は安堵感をその笑顔の中に滲ませた。

 

「……生きてる」

 

 ぽつりと呟かれたそれを私と赤城は見逃さなかった。だけど私たちは何も言わない。

 やがて長良の中で納得が生まれたのを確認すると赤城が私たち共通の疑問を口にした。

 

「そう言えば、どうして長良がこの鎮守府にいるのかしら?」

 

 すると、長良は背筋を伸ばして少し冗談のように敬礼する。

 

「本日より、こちらの鎮守府に所属することになりました! 軽巡、長良です。これからよろしくお願いします」

 

 それは驚きだ。てっきり前みたいに期間限定の出向だと思っていたが……何にしろ、これからはまた一緒に戦えるということだ。

 嬉しいな。

 

「それにしても聞いてるわよ、夕立」

 

「んっ?」

 

「駆逐艦娘の子たちに怖がられてるんだって?」

 

「そ、それは……」

 

 今日来たというのに何故長良がそのことを知っているのだ。

 

「前の司令官から聞いたの。ここの司令官、夕立は閣下と呼んでるんだっけ? だったら私も司令官と区別つけるために閣下と呼ぶわ。その閣下と司令官は大の親友同士で、よく電話で話したりする仲らしいの。私がここの鎮守府に来れたのもその仲のお陰ってわけ」

 

「そういうこと。納得したわ」

 

「そそ。でっ、夕立そこのところはどうなの?」

 

「そういった事実があることは認めるっぽい」

 

 私が答えると、長良は大きな声でお腹を押さえて笑った。

 

「何がおかしい」

 

「あはははは! ぽいって! その顔と口調でぽいって! 久しぶりに聞いたけどやっぱり変よ!」

 

 言ってはならんことを。私だって頑張って抑えようと努力はしてるんだけど勝手に口からこぼれてしまうのだ。戦闘中にないのは救いではあるが。

 赤城も一緒になってクスクス笑っている。

 しかし懐かしい。昔もこうやって長良が私の口調をお笑いのネタにしていたのを思い出す。私としては不愉快でしかなかったが、今思い起こしてみればそう悪い雰囲気でもなかった。

 過去だからこそ悪くないと言えるのであって、現在だったら叩き斬りたいところであるが。

 ああ、刀はレ級に壊されたんだった。

 

「笑った笑った」

 

 ふうふうと長良は呼吸を整えている。

 呼吸が整うのを待ってやると、長良は「ごめん、ごめん」と平謝り。これも懐かしい。長良が私をネタにして、皆が笑って、私が柄に手をかけると、長良が謝る。

 もはや一連の流れだ。

 

「夕立。赤城」

 

 急に真面目ぶった顔をする長良。

 私がどうした、と尋ねると長良が私たちをしっかりと見据えて言った。

 

「私、最後まで一緒に戦うわよ」

 

 その一言で彼女の気持ちが良く分かった。

 後悔していたのだろう。仕方がないとは言え、あの時に元の鎮守府に帰ったことを。だけれど私たちからすれば、その方が良かった。もし長良があの戦いに参加すれば、二度と会えなくなってしまったかも知れないのだから、私たち的には都合が良い。

 でも長良は許せなかった。最後まで私たちと戦いたかった。

 痛いほど気持ちが伝わってくる。

 だから私はこう言おう。

 

「うむ。またソロモンのように共に戦おう。頼りにするっぽい」

 

「うん……ふふ、締まらないね」

 

 今度は私も一緒に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪夢の戦友 その⑤

 かつての戦友長良との再会を喜んだ私は、埠頭で二人と別れた後、その足を工廠へと向けていた。工廠では、妖精さんと呼ばれる人類や我々艦娘とはまた違う存在が、艦娘の建造、装備の開発に日夜勤しんでいる。彼女たちの存在がなければ深海棲艦とまともに戦うことなど出来ず、我々にとって必要不可欠な同胞だ。

 しかし、今回はその同胞たちに用があるわけではない。工廠で活動しているのは何も妖精さんだけではないのだ。工廠では二人の艦娘が己が役目を存分に果たしている。

 そのうちの一人に用があるのであった。

 

「明石、いるか?」

 

 私が訪ねた先にいる艦娘――工作艦明石。彼女の存在も妖精さん同様必要不可欠な存在であり、私にとってみれば彼女にいてもらわないと話にならないレベルなのである。

 彼女は私の姿を認識すると、その桃色の髪をふんわりと揺らしながらこちらに歩いて来る。浮かべている笑顔は、彼女の人の良さが分かるというものであった。

 

「夕立さん、いらっしゃい」

 

 仕事用の工具を持っていない方の手をあげて歓迎を示す彼女に、私は軽く頷き返す。

 

「今日はどうしたんですか?」

 

「うむ。私が今日出撃したのは知っているっぽい?」

 

「そうなんですか? 私はこんなところで日がな一日過ごしていますから、情報が入り難くてですねぇ。それで、今回私を訪ねられたのと何が関係あるのですか?」

 

「これのことだ」

 

 私は刀がなくなった鞘を明石に手渡す。

 鞘を手渡された明石は、それだけで私が言いたいことが伝わったらしい。冗談めいたように笑いながら言った。

 

「ふふふ。これはこれは、ソロモンの悪夢ともあろうお人が随分と……誰にやられたんです?」

 

「レ級だ」

 

「なるほど。それは仕方ありませんね。そんなことよりも、駆逐艦でありながらレ級と戦って見たところ無傷な方が驚きです。相変わらず大したお人ですね」

 

「頼めるか?」

 

「任せてください。レ級を豆腐のように斬り裂ける代物を提供しますよ」

 

「済まんな。お前に鍛冶屋の真似ごとを……」

 

「いえいえ。私が好きでやっていることですので」

 

 私に明石がいてもらわなくてはならない理由はこれだった。妖精さんでは私の刀を造ることは出来ない。前の鎮守府でも私の刀は明石に一任していたから、こちらでも頼んでみたら快く引き受けてくれて今にまで至るのである。

 彼女には感謝してもしきれない。

 

「これはいつまでに仕上げればよろしいですかね」

 

「なるべく早い方が良いっぽい」

 

「レ級にやられたと言いましたが、レ級の方はどうなんです?」

 

「まだ生きている」

 

「でしたら、またいずれ出撃命令が下るでしょう……しかし、レ級の動向を確認する必要がある上に、レ級も直ぐにやって来ることはなく、明日、明後日ではないでしょう」

 

 確かにレ級が率いていた艦隊は海の藻屑に変えてやったので、一時は大人しくしているだろう。少なくとも明日、明後日で出てくることはない筈だ。

 だけど近いうちに再び現れることも間違いないと思う。だからなるべく早い方が良いと頼んだのであるが。

 

「一週間以内には用意します」

 

「礼を言うっぽい」

 

「どういたしまして。あっ、そうです」

 

 明石が一旦席を外し戻って来ると、その手には私が今まで使っていたものとは別の刀が鞘に納められていた。

 

「これは?」

 

「失敗作と言いますか……ないよりはマシでしょ? 持っててください」

 

「うむ」

 

 私は明石から受け取って、鞘から刀を抜いて見てみる。失敗作とは言うものの目立った問題点があるとは思えない。

 代用品としては十分だ。

 刀を鞘に戻す。

 

「それでは早速作業に取り掛かりますので」

 

「うむ。頼むぞ」

 

「はい」

 

 新しく完成する刀の出来栄えを想像しながら、私は気分良く工廠を後にした。

 

 

 

 

 

 工廠を出た私は、その工廠の入り口で赤城と長良に遭遇した。何をしているのかと思えば、赤城が長良に鎮守府の案内をしてやっているらしい。

 先ほど別れたばかりであるが、私は二人に合流することにした。特にやることもなかったし、二人からも是非と言われたので加えてもらう。

 

「どうだ、この鎮守府は」

 

「まだよく分かんないよ。でも、閣下は良い人だったし、知り合いもいるし文句はないわ」

 

「ここの艦娘は皆良い子ばかりよ。長良もきっと気に入るわ」

 

 三人で並んで歩く。

 案内は適当にぶらりと一周するように回った。途中で出会った艦娘は皆長良を歓迎してくれたが、駆逐艦娘だけはどういうわけか遠ざかっていった。

 いや、どういうわけかではない。理由は明確で、私がいたからである。私に対して恐怖を覚えている駆逐艦娘たちであるが、前は怖がりながらも挨拶ぐらいはおずおずとする子たちが多かった。しかし武蔵が建造されて直ぐに私と演習をやってから、駆逐艦娘たちは以前より私に近づかなくなったのだ。一体、私の何が悪かったのか。

 理由を知っているらしい赤城は教えてくれない。教えてくれたら改善ぐらいすると言ったら、「今のままで良いのよ」と優しく諭すように言われた。

 長良はこの様子に大爆笑していた。

 解せない。

 まあ、逆にもっとキラキラした瞳を向けてくれるようになった子たちもいるが。

 

「夕立さん! 赤城さん!」

 

 私たちを見つけて駆け寄って来る四人の艦娘たち。暁、響、雷、電の第六駆逐隊の面々である。彼女たちは私のことを尊敬していると言ってくれる稀有な駆逐艦娘たちで、私の心の清涼剤だ。特に響はよく指導してやる仲で、最近彼女の腕はメキメキと上がっている。

 そう言えば響は今回の戦いで傷を負って入渠していた筈だが、どうやら完全に治ったようだ。大した傷でもなかったから直ぐに治ったのだろう。

 駆け寄って来た暁たちは長良に自己紹介を行う。響以外は埠頭で一緒にいたから既にやっているのかと思っていたがそうでもなかったらしい。

 

「私は暁よ。一人前のレディーとして扱ってね」

 

「響だよ。よろしくね」

 

「雷よ。これからよろしく頼むわね。どんどん頼ってくれて良いから」

 

「電です。よろしくお願いします」

 

「この子たちが……私は長良よ。よろしく」

 

 自己紹介をした四人は不思議そうに長良と私と赤城に視線を目まぐるしく移している。どうしたのかと赤城が訊くと。

 

「長良さんは、夕立さんや赤城さんとどういった関係なの?」

 

 どうやら随分と仲が良さそうな私たちの関係が気になったらしい。暁が代表して尋ねてきた。

 この質問には私が答える。

 

「前の鎮守府で、短い期間であったが共に戦った仲なのだ」

 

 そう答えると、四人は長良に瞳をきらめかせる。長良は気恥ずかしそうにしながら人差し指で頬をかいた。

 私と赤城はそんな長良に笑みをこぼす。

 それから四人は、やることがあるからと言ってどこかへと行ってしまった。暁たちの姿が見えなくなるまで見送った後、長良が口を開いた。

 

「良い子たちばっかり。随分尊敬されているみたいじゃん」

 

「ありがたいことだ。いつまでも彼女たちが堂々と尊敬出来る人でありたいっぽい」

 

「だったら、その可愛らしい語尾を何とかしなくちゃね」

 

「だからそれを言うなと言っているのだ」

 

「それがあるからこその夕立なのよ。ねっ、長良?」

 

「うん。なくさない方が良いよ」

 

 私はそう言ってくる二人にため息を吐くしかなかった。

 

 



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悪夢の戦友 その⑥

「こうして三人で食事を取るのも久しぶりだよね」

 

 太陽が沈み始め外が夕方と呼称される時間帯になると、食堂も艦娘たちによって賑わいを見せる。艦娘たちにとって朝、昼、夕方の食事は生きる上で楽しみの一つなのだ。ただの栄養補給のためだけのものではない。

 私とて例外ではなく、賑わいの中に交じって、食堂の出入り口から一番奥の席に座って食事を取っていた。同席しているのは案内ということで鎮守府内を一緒に歩き回った赤城と長良だ。

 本来だったら、私は第六駆逐隊の面々と、赤城は加賀と一緒の筈なのだが、彼女たちが長良との旧交を温めてほしいと気を利かせてくれたのである。

 

 こんな日が戻って来るとは思いもしなかった。

 

 過去には長良が出向という形で鎮守府に赴いてくれたお陰で一緒に食事を取る仲になれた。だけれど、出向期間が過ぎて長良が鎮守府を去り、私たちも鎮守府を陥落させられて完全に離れ離れになったのである。ところが、私たちを拾ってくれた提督と長良の提督が親友で、こうして、また一緒に食事を取ることが叶った。人の縁とはどこで繋がるのか分からないものである。

 

 私は長良の言葉に頷きながら、コップになみなみと注がれた水に口をつけた。

 隣で話を聞いているのかいないのか、赤城は三杯目の白米と二杯目の味噌汁を今から食事を始めるのだとばかりに取り掛かっている。

 その赤城の食べっぷりを長良は懐かしそうに眺めていた。彼女は赤城の食べっぷりを見るのが好きだと語ってくれたことがある。確かにここまで美味しそうに食べているのを見ると、料理人ではない私たちまでもが気分良くなってしまうものだ。

 私と長良が一杯の食事を食べ終るのと、赤城が五杯分ほどの食事を食べ終るのはほぼ同時刻であった。赤城曰く、皆よりちょこっとの量なので当たり前のようにぺろりと平らげるのである。

 食事が終わると、私は愚痴るように今日のことを、と言うよりは戦艦レ級のことを話した。

 

 私とレ級の因縁は私が前の鎮守府に所属していた時からある。その時には長良はもういなかった。初めてレ級と会いまみえた時、やはりレ級は強かった。私は防戦一方で右腕が使い物にならなくなるぐらいの傷を負ったものである。

 結局そのレ級との戦いも、倒すことが出来ずに撤退という形になった。

 それから直ぐに深海棲艦の大攻勢が始まって、私と赤城は深海棲艦の包囲網を突破するようにここの鎮守府まで逃げて来たのである。

 

 だから今回は悔しさが込み上げてくる。

 私が過去に対峙したレ級とは別の個体であろうがレ級には変わりない。そいつに一度だけではなく、二度も撤退に追いやられたのだ。

 次は必ず……。

 

「そっかそっか、夕立と言えどもレ級は厳しいのか……」

 

 長良はコクコクと首を縦に振りながら腕を組んだ。

 

「私が知ってるだけでも、夕立は単独で戦艦級を八隻は撃沈している駆逐艦とは思えない艦娘だけど、レ級は駄目か……」

 

「むっ……」

 

 そんなことはない。今回の戦いで私の一撃が奴に通用することは分かったのだ。さらに明石の最高傑作の力を持ってすれば、奴は我々の前に膝を屈することになる。子供のおもちゃ遊びと戦いの区別もつかんような輩に断じて後れを取るわけにはいかん。

 それに何も一人で戦うわけでもないのだ。私には背中を預けることの出来る同胞の数が揃っているのだからな。

 

「次、出撃命令が下った時がレ級の最後だ」

 

「心強いお言葉。まっ、私だって来たんだし問題ないわよ」

 

「足手纏いにはなるなよ」

 

「誰に向かって言ってんのよ。私は長良よ」

 

 そうだな。お前は長良だ。轡を揃えて共に戦った戦友だ。

 その時、ぐぐぅと腹の音が聞こえた。艦娘たちが盛り上がる食堂なので聞き取りずらくはあったが、音は確かに私の隣から聞こえたのだ。

 私と長良の視線が音源に注目する。

 

「今日は頑張ったから」

 

 音源は顔を真っ赤にしながら俯く。

 五杯も平らげておきながらまだ食べたりないらしい。底なしの胃袋に呆れると同時にこれこそが赤城だと思った。

 しかし食堂で食事を取れる時間はそろそろ限界だ。だが何か食べさせてあげなくては赤城が空腹で倒れる危険性がある。

 考えた結果、一か所だけ赤城を満たすことが可能な場所を思い出した。

 もう少し時間が経ってからでないと開いていないが、食堂以外で食事を取れる場所はそこしか考えつかない。

 私は赤城と長良の二人を誘った。

 

「赤城、長良、飲みに行くっぽい」

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の夜中というのは、艦娘たちの喧騒で静寂とは無縁な昼間とは打って変わってまるで別世界にいるようであった。

 武蔵は、その静かな暗闇の世界を歩く。

 眼鏡の奥に輝くルビー色の瞳が、闇の中で一際の輝きを放っていた。

 

「確か、こちらだったな」

 

 月明りや外灯を頼りに目的地を目指す。今の時間ならばそこに探し求めている人物がいるという情報を入手したのだ。彼女に会って頼みたいことがあった。

 別に明日になっても会えるけれど、思い立ったが吉日。武蔵は行動した。

 

(……金剛)

 

 思い返すたびに胸の内が痛む。

 今回の出撃で、金剛は武蔵を庇って轟沈寸前のダメージを負った。ただの大破ではなく自分を庇っての大破である。情けないことこの上ない。

 武蔵は自分の情けなさが許せなかった。

 自分は偉大なる大和型戦艦の二番艦なのである。その自分が庇う方ならいざ知らず、庇われる方だなんて耐えることが出来ない。

 

 入渠室で何ともなかったようにニコニコしていた金剛。気にする必要がないなんて言われたけれど、気にしない方が無理という話である。

 まだ建造されて一か月しか経ってない新米であるけど、武蔵には大和型戦艦という誇りがあるのだ。今回のような無様は到底許されるものではない。姉妹艦である大和にも泥を塗りたくってしまったことになる。汚名返上、名誉挽回の為にも今のままでは駄目だ。

 さらなるレベルアップを果たさなくてはならない。

 

 しかしながら、それは一人でがむしゃらにやっていれば可能なことではなかった。自分を助けてくれる仲間、そして不甲斐ない自分を導いてくれるそんな存在が必要なのである。

 前者は夕立のような人。後者においても夕立は力を発揮してくれそうであるが、彼女は口で語るより背中で語るタイプだと武蔵は見ていた。

 武蔵が今必要としているのは口で語ってくれる存在――教師、教官の類なのだ。

 

 これから武蔵が訪ねようとしている人物は、鎮守府内でそういったことに最も優れた手腕を発揮する人物であると武蔵は聞いた。

 主に彼女が導き、鍛え上げたのは駆逐艦娘であるが、夕立への態度はさておいても優秀な人材ばかり。実績があることを顧みれば期待が持てるというものだ。

 問題は戦艦の自分のことを見てくれるかどうかの点だが、彼女は過去にも空母、戦艦、重巡洋艦、軽巡洋艦と一通り面倒を見たことがあるらしい。だから頼み込めばきっと快く引き受けてくれるだろうとの情報だ。

 

(このままではいかんのだ。私は武蔵なのだから、このままではいかん!)

 

 武蔵は胸の憤りを拳を強く握るとという動作に表す。血が滲み出るのはないかというぐらいギリギリと強く。

 そうこうしているうちに目的地に辿り着いた。

 武蔵はのれんを見て確かにここであることを確認すると、一度深く呼吸をし、自分を落ち着かせる。

 

(よし、行くか)

 

 自分を指導してくれる人物を求めて、武蔵は明かりのついたその店へと飛び込んだ。店に掛けられたのれんには「鳳翔」という文字が書かれていた。

 

 

 

 

 



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悪夢の戦友 その⑦

「随分と人が多いね」

 

 夜になると、私、赤城、長良の三人の姿は「鳳翔」という店の中にあった。外の街に出ればその限りではないけれど、鎮守府内となると、いわゆる飲める場所というのはここしかない。そして食堂を除けば、赤城の胃袋を満たすことの出来る場所もここだけだ。

 店の中は出来上がっている酔っぱらいたちの軍歌をBGMとして数多くの艦娘たちが酒盛りをやっている。酒を飲まない艦娘はジュースで乾杯。こんな彼女たちを見ていると、姿は年頃の少女や女性であっても本質は軍艦であり軍人であることがよく分かる。

 ここは静かに飲んでいたいという人には不向きな場所だが、私は好きであった。

 

 店主は店の名前になっている空母の鳳翔である。彼女は間宮と並んで鎮守府の二大お母さんなんて呼ばれている包容力のある女性だ。

 話していると何だか落ち着くのである。

 この店に来る理由に、鳳翔を入れている艦娘も少なくない。特に駆逐艦娘は鳳翔の中の母性を求めて店ののれんを潜るのが大半だ。

 

「飲める場所がここしかないからな」

 

 私は果実酒を口につける。ビールもいけたりするのだが、私は果実酒が好きだったりする。これに枝豆こそが私のジャスティスだ。

 長良も酒は飲める方だがあまり好みではない。長良は炭酸飲料系の飲み物が好きで、彼女が飲んでいるのはサイダーである。一緒に食べているのはフライドポテト。

 赤城はがっつり飲む。ビールも焼酎も何でもござれだ。今は飲むことよりも食べることに専念したいのか、ビールを半杯だけ空けて焼き鳥を頬張っていた。

 

「ほいひいふぁあ」

 

「それは良かったっぽい」

 

「喋る時は口の中の物をなくしてから」

 

「別にそんなことをここで気にする必要はない」

 

「もう。夕立は厳しいくせにこういうところは甘いんだから……でも、何だか見てたら私も食べたくなってきたよ」

 

 すると長良は店の中をあっちこっち動き回っている鳳翔を呼びつけた。今日は特別に忙しいのかお手伝いの艦娘がいるにもかかわらずあっち行ったりこっち行ったり。

 長良に呼びつけられた鳳翔はお盆を片手に早足にこちらに歩いて来る。

 

「これと同じの頂戴」

 

 注文を受けた鳳翔は一礼してから踵を返すと、再び戻って来た時には赤城が口に入れているものと同じ料理を手に持っていた。

 それを長良の目の前に置いた。

 

「あなたは今日が初めてよね? これサービス」

 

 もう一品、野菜の炒め物である。

 

「ありがとう」

 

「いいえ。どうぞご贔屓に」

 

「お~い、鳳翔さ~ん! 鎮守府のスーパーアイドル那珂ちゃんがお呼びだぞ~! 早く来てよー!」

 

 酔っぱらいの一人が鳳翔の名を叫んだ。

 鳳翔はそちらの方に向かう。

 

「じゃあ頂きますっと」

 

 串に刺さった鶏肉を口に運ぶ長良。口の中に入れた瞬間幸せそうに頬を緩ませた。

 それから黙って果実酒を飲みながら、私は赤城と長良が食べているのを見ていた。

 一時すると。

 

「相席、よろしいかしら?」

 

 熱燗をゆらゆらさせながら川内型二番艦の神通がやって来た。ほんのちょっぴり酔っているのか、頬をうっすらと桃色に染めている。肌が白いゆえにその色の変化は大変目立った。

 私の隣が空いているのでそこに誘う。

 神通は礼を言ってから私の隣に腰掛けた。

 

「ふぅ……」

 

 相席したものの神通は何か話すでもなく酒を呷るばかり。ただ一緒に酒を飲みたかっただけかと思い、そのまま一緒に酒を飲む。

 私は飲みながら神通に何気なく視線を向けていると、あることに気づいた。彼女が飲んだ後に吐き出す息がため息のようなのである。

 もしかしたら何か悩み事でもあるのか。

 神通の対面に座っている赤城も不審に思ったようで、どうしたのか、と尋ねた。

 だが、神通は。

 

「別に何もないです」

 

 そう言ってから酒を飲むだけ。

 だけど疑問を抱いてしまえば神通が何かに悩んでいることは明白だった。悩みがあるならこういうところで吐き出した方が良いということで、私も尋ねてみる。

 

「そうですね」

 

 神通は酒がなくなったのを確認してから、観念したように、あるいは決意を固めたように呟いた。

 テーブルの上に両肘を載せて、手を組んでから額に当てて、俯き加減でぽつぽつと話し始める。

 この鎮守府内で神通は最古参の一人であった。まだ鎮守府内で完全に艦隊を編成出来るほどの人数がいなかった時に建造された艦娘であるので、なるほど最古参の一人というのは間違いではない。彼女は厳しい時代から繰り返した実戦で得た知識と経験を持つ歴戦の古強者。

 

 そんな彼女には、最近悩みが出来はじめた。

 それは最古参の一人であったから承っていた役目と、その役目が最早この鎮守府で必要なくなったのではないかという心配。

 艦娘の教官という役目だ。

 

 神通教官という呼び名は、この鎮守府内では有名である。ここの駆逐艦娘は多分全員神通に一度は指導されている筈だし、秘書艦の長門も受けたことがあると言っていた。私もここに来てから一度見てもらったことがあるし、赤城だってお世話になったことがある。彼女は人を指導する天才だと私は思っている。

 そんな彼女の教官としての役目が必要なくなるというのはないんじゃないのか。

 何故神通がそんな悩みを持つに至ったのかと言えば、私が原因らしかった。心当たりがまったくない。

 

 詳しく聞いてみれば、私だけではなく響も関わっているようだった。どういうことなのかと訊いてみれば、私が響を指導しているのを見て、そして響がメキメキと実力を身につけているのを見た時、自分はもう必要ないのではないかと思ったらしい。

 また、この頃自分に指導を頼んでくる艦娘がいないということも理由の一つとなっていた。

 以上の二つの点から、神通は自分の役目が必要なくなった、終わったのではないかという危惧を抱くようになったのであるらしい。

 

「…………」

 

 私は何も言えなかった。原因が下手に慰めの言葉なんて吐いたら逆効果になってしまう。

 

「ごめんなさい。嫌味っぽくなってしまったわね」

 

 神通は組んでいた手をほどいて膝の上におろした。

 

「別に夕立が悪いわけじゃないわ。私が勝手にそう思っているだけですし……」

 

 私と神通の間に妙な空気が生まれる。

 その時。

 

「そんなことはないわ」

 

 赤城が声を上げるのであった。

 私たちの視線が赤城に集中する中、淡々と静かに神通へと告げる。

 

「そんなことはない。今なお、あなたに指導してほしいと思っている艦娘は大勢いるわ。私もその一人。私だって激戦を潜り抜けてきたという誇りと自負はあるけど、まだまだ未熟であるとも思っている。だからこそ、あなたのような百戦錬磨の艦娘に訊きたいこと、指導してほしいことはたくさんある。あなたが今の役目を終えてもらっては少なくとも私は困るわね」

 

「私も困るかな」

 

 長良だった。

 

「話を聞いたところ、神通の指導ってかなり凄いみたいじゃん。私も受けてみたいから、辞めるのは勘弁してほしいよ」

 

 ニッと白い歯を見せて長良は笑った。

 神通が驚きながら赤城と長良に交互に視線を向ける。

 ちょうどその時、店の入り口がガラガラと音を立てて開いた。

 店は相変わらずの喧騒ぶりであったけど、私たち周辺は水を打ったような静けさという感じであったので、誰かが店に入って来たことを感知した。

 

 反射的にそちらを見た私たちは、やって来た客が武蔵であることを確認した。店に入って来た武蔵は、鳳翔に一言、二言話し掛けると、キョロキョロと辺りを見回す。

 武蔵と私たちの、正確には神通の目が合った。

 こちらにスタスタと歩いて来る武蔵。

 

「どうした、武蔵」

 

「そこの神通に話がある」

 

 何やら重要な話があるようだった。

 大胆不敵な笑みが多い武蔵が真面目な顔で神通を見据えている。神通が無言で武蔵に先を促した。私たちは武蔵の次の言葉を待つ。

 武蔵は頭を下げて言った。

 

「頼む。私の指導をしてくれ!」

 

 この武蔵の頼みを聞いた赤城は、いたずらっ子のような笑みを神通に向けるのであった。

 

「ねっ、だから言ったでしょ」

 

「ええ」

 

 神通は深く深く頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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悪夢と悪魔

 そこは地上ではなかった。

 陽の光がもたらす恵みなど存在せず、闇が広がっている。ただ、光はないわけではない。あるにはあるのだが、その光は不気味と表現するより他になかった。

 ここには人が生活している形跡がある。巨大で驚くような建物はあまりないが、目を見張るような奇抜な建物はたくさん立ち並んでいた。自然と言えば自然で素朴と言えば素朴。コンセプトは瓦礫の山とでも言うような、だけどきちんと人は生活出来る建物だった。

 しかしながら人が住んでいるにしては活気がなさ過ぎだった。気配はあちらこちらに点在するのに、不自然に静かだ。例えるのならば、通夜の最中、あるいは祭りが終わった翌朝の空虚感にも似ている静寂。

 

 ここは海底、いや深海と表現した方が良いのかも知れないが、とにかくそんな場所に位置している。人が住んでいるとは言ったものの、人が住む場所でも住める場所でもない。正確に言えば人型が住んでいる場所。

 そう、ここは深海棲艦の住む世界だ。

 

 元々この辺りは深海棲艦の住処ではなかった。と言うのも、ちょうどここの上の土地には人類が住んでいたからである。深海棲艦たちは、地上に拠点を形成していた人類及び艦娘を完全に駆逐して――まあ、二人ほど艦娘を逃がしたけれど、完全に駆逐で間違いはない――ここの海の世界に定着した。まだ一年も経っていなかったと思う。

 

 そして、ここの実質的支配者は飛行場姫と呼称されている深海棲艦であった。

 

 そんな彼女であるが、自分の目の前に立っている戦艦レ級を不機嫌そうに眺めていた。彼女はついさっき休息に入って目を閉じていたと言うのに、それを邪魔されたのである。実際に彼女を叩き起こしたのはレ級ではないのだが、不機嫌な原因がレ級にあるというのも否めない。

 何せレ級は失態を犯しているのだから。

 

「……マタナノ」

 

 自分の挙動にいちいちピクリと反応するレ級に飛行場姫がため息を吐いた。怒りより呆れの方が強く出たため息だ。

 

「オマエ以外全滅……貴重ナ戦力ヲ」

 

 駆逐ハ級二隻と空母ヲ級二隻、さらに戦艦ル級一隻を失う大失態だ。問題はそこだけではなく、相手の艦娘を一隻も轟沈させることが出来なかったと言うではないか。戦場で寝ぼけていたのではないかと吐き捨てたくなる結果だ。

 一応言い訳は聞いてやった。

 しどろもどろで聞くに堪えないものだったが、纏めるとこうだ。艦娘一人一人の練度が高く、連携が凄い。それに只者ではない駆逐艦がいた、というもの。

 

 言い訳をするならもう少しマシなものにしてほしかったが、仲間を売らなかったことだけは評価出来る言い訳だった。

 ただ気になるのが一つ。只者ではない駆逐艦という話だ。

 少し前にも同じような話を聞いた飛行場姫。あれは重巡リ級の話だっただろうか。敵の水雷戦隊をもう少しのところで全滅させれるところに突如現れた駆逐艦。ル級の砲弾を刀で弾き飛ばし、一刀の下にル級を斬り殺したというものだ。

 

 戯言をとは言えない飛行場姫。

 何故なら話に出てくる駆逐艦に心当たりがあるからである。過去にこの周辺の人類と艦娘を撃滅するために海上に敷いた包囲網。それを突破して逃げていったのが空母と駆逐艦だ。あの駆逐艦も刀を持っていた。確かにあの駆逐艦のスペックはデータだけでは測れないものだった。

 人類側が時々口にする大和魂とかいう精神が肉体や物量などを凌駕するという、馬鹿な言葉をあの時は信じてしまいそうになったものだ。

 

 ここでふと何かを思い出しかけた飛行場姫は頬に切り傷が入ったレ級を見る。レ級は何を言われるのかと直立したが、飛行場姫はそれを無視して思考した。

 そこで思い出したのはこのレ級がその駆逐艦を過去に一度逃したことがあるという事実。

 

「オマエ、マタナノ……」

 

 もう一度呟いたその言葉だが、最初のとは意味が違っていた。最初のは、またお前だけ生き残った上に艦娘を一人も撃破出来なかったのか、という意味。後のは、同じ駆逐艦をまた逃したのかという意味だった。

 さらに言いたいこととしては、どうしてその駆逐艦の話をした時初めて戦ったみたいな言い方をしたのかだが、単純に覚えていなかっただけだろうということで心の奥底にしまっておいた。それを口にして指摘するのが面倒くさいのである。

 

「サテト……オマエノ処分ヲ如何シヨウカシラ」

 

 処分という単語にレ級が縋るように飛行場姫を見つめる。

 飛行場姫としては解体処分だの何だのをする気はなかった。レ級は非常に優れた存在なのである。戦いを遊びとでも思っているのか敵を舐めてかかったり、いたぶったり、手加減したりするきらいがあるけどそれを差し置いても強いのだ。レ級をむざむざと解体処分などすれば喜ぶのは敵だけであった。戦線が非常に拡大しつつある現在において、有能な逸材を簡単に消すことなど出来ない。

 だけれど何もしないというのもそれはそれで問題な気がする。別に深海棲艦には規律や軍規何てものは存在しない。それを守れるほどの知能が大半の深海棲艦には欠けているからだ。だからと言って何もしないのは……。

 

 どうするか悩んだ末に飛行場姫が出した結論は、何か手柄を立てさせて罪を帳消しにするというものであった。何時の時代だと言いたくなるが、与えれる罰など掃除でもしろ、ぐらいしかない。しかもレ級はその掃除も碌に出来ない可能性があるのだ。というか出来ないだろう。

 飛行場姫は出入り口を顎で示しながら、冷めた声で言った。

 

「オマエニハ新タナル戦力ヲ与エルワ……分カッテルワネ? 次ハナイ」

 

 レ級は息を呑むと拙い敬礼をしてから逃げるように部屋から出て行った。その様子を満足そうに飛行場姫は見送る。

 どうやらレ級に焦りというものが生まれたらしい。今度失態を犯せば殺されるとでも思っているのだろう。その恐怖はレ級から慢心と遊びを失くし、彼女を完全なる悪魔へと変貌させる。別にまた失態を犯したとしても飛行場姫としては苛立つぐらいで殺す気はないのだが、レ級がそう思うのならそう思ってくれていた方が都合が良い。

 飛行場姫はほくそ笑んだ。

 

「ソレニシテモ……」

 

 レ級の様子を嬉しがると同時に、飛行場姫には懸念があった。レ級やリ級の話や飛行場姫の記憶に残っている駆逐艦のことである。そいつを何とかしなければ、こちらの被害が甚大になることは間違いない。ああいうのは、一人いるだけで戦局を大きく左右するものである。

 だがレ級の話を聞いて確信したことがあった。その駆逐艦は自分の腕にはかなりの自信を持っているのと、血の気が多いこと、そして精神的支柱な面があることだ。

 特に最後のが重要であった。つまりその駆逐艦を轟沈させてしまえば、今自分たちと対峙しているところの人類や艦娘の士気が大いに下がる。自分たちは駆逐艦を轟沈させた勢いに乗って敵を撃滅、これにより人類側は力を大きく落とし、深海棲艦側はさらなる勢いを得るのだ。

 

 正直なところ飛行場姫にはその駆逐艦を轟沈させる算段がついていた。レ級の話を聞いたからこそ思いついたものだった。

 

「ソノ勇猛サガ弱点……」

 

 飛行場姫はニッと笑うと出入り口の方へ歩き出した。彼女の頭の中には既に勝利した後のことがあった。最早自分たちが負けることなど微塵も思い描いていない。

 

「来ル……イヤ、戻ッテ来ルガ良イワ……コノ、ソロモンヘ……海ノ屑ニ変エテヤルワ、ウフフ」

 

 最後には声を出して笑いながら部屋を後にするのであった。

 

 



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悪夢と悪魔 その②

更新遅れまして申し訳ありません。

私事と言いますか、就活との兼ね合いでかなり更新が遅くなったのです。これからも遅くなると思いますが、必ず完結させますのでこれからもよろしくお願いします。


 レ級と激突し、長良が新たな同胞として参入してから一週間が経過した。この一週間は平穏ではなかったものの、戦争中とは思えないほど静かなものであった。

 特筆することと言えば――長良が新しい鎮守府に上手く馴染んだこと、まだまだ一週間足らずではあるものの神通の指導によって武蔵がそれまでより飛躍的に向上したこと、明石が夕立の刀を完成させたことなどである。特に新しい刀に関しては、夕立がその出来栄えを見てしばし言葉を失ったほどだ。

 

 これならレ級などものの数ではない。直ぐにでも深海の怪物どもからこの海を解放することが可能だ。早く出撃し奴らに正義の鉄槌を食らわせてやる。などと逸る気持ちを抑え切れずに言動に表していた。

 そんな夕立の思いが天に通じたのであろう。彼女がこの力を発揮する時が早々と訪れたのである。

 すなわち――深海棲艦に動きがあるという報が鎮守府に入って来たのであった。

 

 

 

 

 深海棲艦、詳しくは戦艦レ級が大方の予想通り一週間で再び動き出したという情報を夕立が耳にしたのは、執務室で提督と将棋をやっていた時である。

 新しい刀を手にした喜びで闘争心を剥き出しにしながら廊下を歩く夕立に恐怖を覚えた駆逐艦娘の一人が、提督にそれを伝えてどうにかしてほしいと頼み込んだのだ。提督は了承し、夕立の気を静めるために執務室に誘ったのである。それから将棋をしようということになったのだ。

 夕立と提督はともに将棋を嗜んでおり、しばしば相手をする関係であった。

 

「夕立よ。逸る気持ちはよく分かるが落ち着くのだ」

 

「申し訳ありません。これを目にした時、どうにも自分を抑えきれなくなってしまったのです」

 

 そう言って、夕立は腰に差した刀の鞘を撫でる。

 

「駆逐艦娘たちが怖がっておったぞ」

 

「……っぽい」

 

 ついもれてしまった口癖に夕立は片手で口元を覆った。別に提督は気にするなと言っているが、夕立としてはこれはなくしたい。戦闘中だけでなくせめて提督と話をする時は特に。

 口元を覆っていない方の手で駒を動かすと、提督はニヤリと笑った。

 

「お前らしくもないミスだな」

 

「あっ」

 

 口癖を気にしすぎて思わぬミスを犯してしまった夕立。これはなかなか痛いミスであったが、取り返しがつかないほどのものではなさそうだった。

 夕立は一瞬、二瞬考えると将棋盤の駒を動かした。

 それを見て勝ち誇っていた提督の表情が変わる。形勢が逆転したのだ。

 

「むぅ……」

 

「閣下がお相手と言えど、私は手加減はしません」

 

 だが提督とてただでは終わらない。次の提督の動きは見事夕立の攻撃を回避し膠着状態に持ち込む。以後これを繰り返し一進一退の攻防が続いた。

 結果。

 

「閣下、王手です」

 

「ぬぅ……参った」

 

 勝負は夕立の勝ちである。

 その時、扉の奥から声が聞こえてきた。

 

「提督、私です」

 

 女性らしい高音でありながら、凛として男らしさも併せ持つ非常に耳触りの良い声だ。提督が「入って来い」と言うと声の主はその姿を現した。

 引き締まった筋肉質の肉体――秘書艦の長門がそこにいた。

 

「失礼します」

 

「うむ」

 

 長門は敬礼してから視線を将棋盤に移した。

 勝負のついた将棋盤を覗いて、感心するように勝者である夕立を見る。

 

「ほう。提督に勝ったのか?」

 

「そうだ」

 

「やるではないか。今度時間があったら私ともしよう」

 

「望むところっぽい」

 

 続けて長門は提督に自身の目的を述べた。彼女は深海棲艦についての新しい情報を入手したため、至急提督の耳に入れる必要があると判断し来たというのである。

 何やら穏やかなものではなさそうだと夕立は睨んだ。

 そしてその情報は、夕立の抑えていたものを表に出すのに十分なものであった。

 

「レ級が再び姿を現しました」

 

 瞬間、長門に重圧が襲い掛かった。

 部屋全体が軋んでいる錯覚すら覚えるそれに、長門は微笑む。これほどの威圧感を放てる存在が同胞なのは大変喜ばしいことである。が、今この威圧感を放つのは勘弁してほしかった。

 

「夕立」

 

 長門がゆっくりと首を横に振った。

 

「済まん」

 

「よい。気持ちは分かる」

 

「詳細を申せ、長門」

 

「はっ」

 

 提督に促された長門が自身の得た情報を語る。

 情報によれば、レ級は先に現れた場所と同じ海域に姿を現したらしいのだが、中身はまったく異なっていた。先の戦いで姿を現した時、レ級は駆逐艦二隻、空母二隻、戦艦一隻の隊を率いての出現であった。だが今回は明らかに規模が違う。

 さらに別動隊らしきものも確認されており、レ級は二方面から鎮守府に進行しているようだった。とうとう深海棲艦が攻勢に打って出たということである。

 

 確かに緊急で一大事だった。

 

「なるほど……」

 

 長門が話を終えると、提督は顔髭に手を当てながら表情をこわばらせた。

 いきなりの深海棲艦の動き。これの対応を誤ればなし崩し的に壊滅の恐れがあるため下手なことは出来ない。しかし、これを上手く乗り越えることが出来ればその時は――提督は決断した。

 

「長門。今から言う艦娘たちを集めるのだ」

 

 指示を受けた長門が放送で提督が口にした名前を告げていく。

 十分もしないうちに、名前を呼ばれた十人の艦娘たちが執務室に集結した。放送時の長門の声音、部屋の空気を感じ取った艦娘たちの表情は固い。

 呼ばれた理由はおぼろげながら予想はついた。

 提督が一人一人の顔を確認する。

 

「諸君も薄々は感づいておると思うが、深海棲艦に大きな動きが見られた。儂らは二方面より攻め寄せる奴らを迎撃し、これを殲滅する」

 

「二方面? 閣下、私たちも隊を二つに分散するのですか?」

 

 集められた艦娘の一人である長良が首を傾げた。前の提督と区別するために夕立を真似て閣下と呼び始めたが、すっかり馴れを感じさせる。

 提督は頷いた。

 

「うむ……あまり長々と話は出来ぬな。早急に出撃してほしい。長門よ」

 

「私はどちらに? まあ、聞くまでもないとは思いますが」

 

「そういうわけだ。では、健闘を祈る」

 

「はっ!」

 

 長門及び五名の艦娘たちが執務室を後にした。部屋に残っているのは夕立を筆頭にして、長良、赤城、加賀、響、武蔵の六名である。金剛と長良が入れ替わったのを除けば、先の戦いでレ級と対峙したメンバーであった。金剛は長門と一緒である。

 提督は夕立を真っ直ぐと見つめた。

 

「レ級は任せたぞ」

 

「はい」

 

「お前たちも、一隻残さず殲滅する勢いでやるのだ」

 

「了解です」

 

 代表して赤城が答える。

 それから夕立たちも執務室を出て行った。その後姿を見送ると、提督は自分に言い聞かせるように呟いた。

 

「……この戦いに勝利すれば……儂らも動き出す時が来るのだ」

 

 

 

 

 執務室を出て行った後、廊下を歩く夕立に長良が話し掛けてきた。

 

「夕立、気合入ってるね?」

 

「勿論だ。これまでの二度に渡る屈辱を返す時が来たのだ。私は高揚している」

 

 夕立の言葉通り、頬が興奮で赤く染まっていた。必死に抑えようとしている胸の内に溜まっているものが爆発しそうな感じだ。

 長良がポンポンと夕立の肩を叩いた。

 

「そう力を入れてちゃ肝心な時に失敗するよ」

 

「それはないっぽい。私は成功を確信している」

 

「まっ、そうかもね」

 

 後ろを向いて長良は笑った。

 

「夕立がいて、赤城がいて、他にも頼もしい仲間たちがいっぱいいる。それに何より――私もいるから」

 

「うむ」

 

 夕立は信頼しているとばかりに深く首を縦に振った。

 その瞳は、これから三度目の戦いをすることになるレ級を、睨み殺さんばかりの鋭さがあった。

 

  

 

 

 

 



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お知らせ

 どうも『私はソロモンの悪夢』の作者であるフリートです。

 読者の方々には、私の小説を読んでいただき感謝を申し上げます。さらに続きを待っていただいた読者の方々には、続きがこれであることを先ずは謝罪します。

 

 

 早速ですが本題に入ります。

 『私はソロモンの悪夢』を完全にリメイクすることにしました。

 

 

 どうしてなのかと言えば、少々行き当たりばったりが過ぎたのと、もう少し主人公にガトー少佐らしさを付与したいと思ったからです。

 私のミスと我儘です。申し訳ありません。

 

 

 一応は本作品も読み比べていただければ、と思い残して置くつもりです。

 

 

 今まで読んでいただきありがとうございましたというお礼と、勝手な真似をして申し訳ありませんでしたという謝罪の二つを読者の皆様に送らせていただきます。

 また、リメイク版は確実に本作品より出来の良いものになる筈です。

 

 良ければ読んでいただけると、感謝感謝です。リメイク版のプロローグだけは直ぐにお届けできます。

 

 最後に、重ね重ね謝罪の言葉を送らせていただきます。

 

 本当に申し訳ございませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここにどの辺りをどういう風にリメイクするのかを少し記しておこうかと思います。気になる方はどうぞ、読んでいってください。

 

 〇主人公を憑依モノではなくす。そもそもこの設定を上手く使いこなすことが出来ず、別に憑依モノにしなくても、というよりは中身が現代人ではない方が、よりガトー少佐に近づけるのではないかと思ったから。戦争を知らないただの現代人では、ガトー少佐を真似た上で日常生活を送るのには無理があると思いました。

 

 〇地の文の一人称を無くす。上記の憑依モノではなくなったということで、必然的に改善されるのであるが、一人称の地の文が少し緊張感が足りない。ガトー少佐を表現する上で、やっぱりお堅い感じの方が良いのではないだろうか、という事です。プロローグだけ、リメイクは一人称です。

 

 〇キャラクターの意味。これは、出てくるキャラクターにきちんとした肉付けをしようということであります。このキャラクターを出したのは良いけどあんまり出てくる意味ないよね、的なキャラクターが多数見受けられまして、どんな脇役でも必ず意味がある筈なので、リメイク版ではそれを何とかしていく所存です。つまりは、前作で出て来たキャラクターがいなくなったり、リメイク後で新しいキャラクターが出て来たりというやつです。

 

 他にも多数ありますが、だいたいはこの三つです。まあ、ストーリーも少々というか結構変わっていますが、最終的な終わりとしては、変わりません。

 

 それでは、これで失礼いたします。

 

 



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