ジョージ・ジョースターの拳 Street Fighting Men (ジョジョX蒼天/北斗の拳) (ヨマザル)
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プロローグ
1915年 イギリス:
メシリ……
爆撃による振動で、天井がきしむ音がした。
今は第一次世界大戦の真っただ中だ。イギリス本土は連日のドイツ軍によるツェッペリン飛行船からの空爆を受け、荒廃していた。
「あぁ……もうっ、イヤになってしまうわね」
エリナ・ジョースターは立ち上がり、腰を叩いた。
立ち上がったエリナの目に、自宅の居間が映る。
そこは典型的なイギリスの邸宅であった。少し古臭いがシッカリとした分厚い板で作られた床、6人が一緒に食事がとれるテーブル、派手さは無いが気品があり機能的なシャンデリア……20年近くを暮した部屋なのだから、目に映るすべてに何かしらの思い出が残っている。
壁のコーヒーのシミが見える。あれはお父さんがカップをもったまま歩き回り、転びかけたあの朝に付けたものだったはず。
このテーブルのひっかき傷は、息子がまだ小さかった時にイタズラでガリガリと引っかいた時にできた傷だ。
フフフっ……
エリナは思わず微笑んだ。
過ぎ去った懐かしい思い出たち……
エリナ・ジョースターは今年46歳であった。地元の高校で国語教師として働いており、生徒からの信頼も厚い教師として忙しい毎日を過ごしていた。
だが今日は休暇を取っていた。エリナは一人アパートにこもり、あちこちの部屋や倉庫から荷物を引出し、分類し、ホールに積み上げ、荷札を付ける作業を朝から続けていた。
もうすぐ高校の最終学期が終わる。その後エリナは戦地となったイギリスを離れ、幼少期を過ごしたインドに疎開するのであった。
額に汗を浮かべながら荷造りを進める。子供も授かり、年齢を重ねているにもかかわらず、未だにエリナは凛とした美しさを失わずにいる。汗を拭うしぐさも、美しかった。
軍隊に行った息子の写真は、自分の手荷物に。
父がインド土産に買ってきた神像は、バザーに出すための品として、ひとまとめにまとめておく。
息子のジョージが10歳のころに来ていた服は、もったいないがバザーに出してしまおう。
と、一枚の黄ばんだハンカチがトランクケースの隅から出てきた。
「あっ……」
その白いハンカチをの隅には “Jonathan Joestar” と刺繍が入っていた。
ハンカチを持つエリナの手が止まった。震える手で、そっとハンカチを頬に押し当てる。
それは、彼女が幼い頃、後にエリナが愛し、夫とした少年からもらったものだった。後で聞いたところ、その刺繍は彼の亡くなった母親が縫い付けてくれたもので、母親の数少ない形見だと聞いたことがある。
そういえばこのハンカチの刺繍を見て、初めて彼の名前を知ったのだっけ……
切ない気持ちで胸がいっぱいになり、エリナは目を閉じた。
目をつぶると、何年たっても思いだす例の光景がよみがえる。
爆発する船の中で、大事そうに『あの男の首』を抱きかかえたままこと切れている夫、ジョナサンの姿が……
エリナはしばらくの間、ただ体をぎゅっと丸めていた。
そして、再びグイッと立ち上がった。落ち込みそうになる気分を必死に奮い立たせる。
「さて……さっさと荷造りを終えてしまいましょ!」
そう、再びインドへ行こう。
インドで息子:ジョージ・ジョースターが無事に帰ってくるのを待つのだ。
(とは言えあの子……いつ帰ってくる気かしらね)
気まぐれで自由奔放な息子を思い、エリナは苦笑した。
(まったくあれじゃあ、リサリサさんも苦労するわよねぇ)
◆◆
1919年: チベット山脈中腹のとある高原
高原はがれきで覆われ、わずかな灌木が所々に生えているだけだ。太陽に近いこの地の空はどこまでも青く冷涼で、冷たい風が山を吹き抜ける音が延々とこだましている。この厳しい土地に住む者は少なく、ゆえにこの地は静けさに満ちていた。
人々の数少ない娯楽と言えば、チベット各地にある寺院をお参りすることであった。お参りの際も人々は余計な口を利かなかったため、参内者が多い寺院であっても、中は静かであった。
その静寂が不意に破られた。
ガガガガガッ!!
「オラオリャオリャッ!!!!!」
「ギャハハハハッ!」
チベットのとある寺院に突然無法者が襲いかかったのだ。
無法者集団を率いるのは、特徴的な髪形の大男だった。大男はスキンヘッドの頭頂部にわずかに残した髪を、赤く染め逆立てていた。
「ヒヤッホォ―――ッ! お前たちに鉛弾のプレゼントだぜぇ〰〰!」
ガガガッ
大男は大人二人分はある巨大な機関銃を振り回し、目をつけた個所を片っ端から破壊していく。
「ヒャッ、天朝を信じない不届きものメッ、邪教の神像、建物ッ、それを信じている豚どもッ、どれも公平に、がれきに変えてやるぜぇぇ!!」
覆面をした大勢の男たちが大男の背後につき従っていた。『覆面の男』たちも手にした拳銃を振り回し、そこらじゅうに発砲していく。
大男が叫ぶ。
「皆殺しだッ! チベット野郎は一人も逃がすんじゃねェ――ッッ、特に女、子供ッ! コイツラは子供を産む、大人になるッ、次世代の平和のため、根絶やしにしろぉぉぉぉ―――ッ」
ガッガガガガッ!!
ギャシャッ!
それまで平和に祈っていた寺院の参拝者・修行僧たちは、突然の凶悪な襲撃者にパニックになった。
「なッ、何だッ」
「嘘だろっ?」
「いやぁぁああああっ」
人々は泣き叫び、飛び交う弾丸から必死に逃げようとする。
その中……
一人の子供が、逃げる途中で床のでっぱりに足をひっかけた。
少年はバランスを崩しもんどりうって地面に転がった。
「にっ、にぃちゃあああンン!」
少年は叫び、遠ざかる群衆へ向かって必死に手を伸ばす。
群衆の中から少年の兄が振り返り、叫んだ。
「リクッ! 待ってろッ 今にぃちゃんがッ」
「ばかやろッ、お前は逃げるんだよ」
弟の元へ駆けよろうとするその少年を、近くの僧侶が羽交い絞めにした。暴れる少年を必死に押しとどめる。
「でも、リクが、リクがァァ!」
兄が叫ぶ。
その叫びは、最悪の結果を生んだ。
床に突っ伏している弟 ――リク少年―― を大男が見つけたからだ。
「おっ……さっそく獲物ダァッ!」
大男は嬉しそうに、ろくに狙いもせずにリク少年に向かって銃を構え……
ガッ!
大男の機関銃が火を噴いた。直撃こそ免れたものの弾丸は近くの石像を砕き、弾かれた石像の破片がリク少年の下半身を砕くッ
「ウッ!!!」
リク少年は悲鳴を上げ、ばったりと倒れた。
「うっ……ウソだろ……ウウウゥゥゥゥ!!!!」
羽交い絞めを振りほどき、兄がリク少年のほうへ駆け寄っていく。
だが兄のその行く手は、大男によって妨げられた。
「ヒャッヒャッヒャッ、次はお前ダァ」
大男はおどけた表情で兄を揶揄して見せる。
「クッ、クッソォオオオオオ」
兄は泣きながら大男に殴りかかる。
「ぶひゃひゃはっ、けなげだねェ」
大男は、手加減抜きで兄を思いっきり蹴り飛ばしたッ!
「げぶっ!」
兄はまるで車にはねられたように吹っ飛び、寺院の壁にひどく背中をぶつけた。その首がガクガク動き、だがすぐがっくりとこうべ垂れた。
大男はへらへらと笑いながら、兄に向かって機関銃を向けた。
「うっへっへっへぇぇぇええええっ! 死んじゃいな、ガキィッ!」
男の子は、大男をにらみつける。
「リクッ……くそぉ……」
その時……
大男が、いきなりぶっとんだ。
「おりゃっ!」
大男をブッ飛ばしたのは黒髪の精悍な目つきの男であった。
黒髪の男は被っていたマントを脱ぎすて、大男を睨みつけた。
……『波紋法の師範代』ストレイツォだッ!
かつて『波紋法の仲間』老師トンペティ、高弟ダイアーそして……ウィル・A・ツェペリと共に、イギリスの地でジョナサン・ジョースターと肩を並べて吸血鬼と戦った男、ストレイツォ。
そのストレイツォが、機関銃を持つ大男の前に立ちふさがっていた。
コォォォォオオオオオッ!
ストレイツォの口元からは、不思議な呼吸音が響く
「この外道がッ 喰らえッッ!オーバードライブッッ」
ストレイツォは渾身のアッパーカットを放つ!
「ヒェィツッ」
大男は機関銃を投げ捨てると後方へ大きくバック転を決めた。
回転による動きをうまく使って、ストレイツォの一撃をかわす。
巨体に似合わぬ俊敏な動きだ。
大男は明らかに武術の心得がある足さばきで、ストレイツォの周囲を回りはじめた。
「フフフ、恐るべき一撃よな……マトモにあたっておれば、俺は一撃で昏倒させられていただろう。さすがは 波紋の一族ウゥゥッ!この地に来るまではその名を聞いたこともなかったが、恐ろしい力だッ!」
「……」
「だが、ショセンは山奥のド田舎拳法よ……我が『泰山寺天狼拳』の敵ではないわッ」
大男は、ストレィツォの周りをまわりながら、腕を動かし始めた。ゆったりとした奇妙な軌跡だ。
「……笑止ッ!」
ストレイツォは軽やかな動きで大男に近づいていく……
大男の間合いに入る……
バシュッ!
次の瞬間、突然ストレイツォの右手首に『小さくえぐれた穴』が開いた。
「なっ……」
ストレイツォは驚愕のあまり数歩後ろに下がった。
「……馬鹿な、貴様のあの軽く振った『指』が触れた個所が、え……えぐれているッ……痛みはない。だが、つッ……冷たいッ!」
「フフフ……泰山寺拳法最強の我が拳、『泰山寺天狼拳』をまともに喰らったな? 我が『泰山寺天狼拳』のえぐる動きは、あまりの速度ゆえに流血の間もなく凍気を呼び、傷口に冷気を感じさせるッ」
「……なっ、なんだとォ?」
やがて、ストレイツォの右手首の穴から、ゆっくりと血が浸みだしてきた。
出血はどんどんひどくなり、あっという間にストレイツォの足元に血だまりを作る。
「その出血では戦えまい……俺の勝ちだ」
ブヒャヒャヒャヒャ
大男は下品な笑い声を上げた。
ストレイツォは多量の血を失い、どんどん青白い顔になっていった。だが普通の人なら出血多量で失神していてもおかしくないほどの血を噴出させながらニヤリと笑い返す。
「フッ……これきしのかすり傷で、何を誇っている」
そして、ストレイツォは『奇妙な呼吸』を続けた。
コォォォォオオオオ
すると、次第に手首から噴き出る血が弱まっていく……
「なんだと、奴の傷口の出血がどんどん止まっていく……そうか、これが、この地の原住民がひた隠しにしていた『波紋』か…………」
大男は、ストレイツォの傷口が完全に治る前にとどめを刺そうとしかけ……その手を止めた。
「!?ッ」
「ブッ!」
「ゲボゥッ」
突如、『覆面をした男たち』が『まるで電気ショックを受けたかのように』身をよじらせ、昏倒していったのだ。
覆面をした男を昏倒させたのは、新たに現れた長髪の若い女性であった。
波紋法を学ぶ新たな俊英、リサリサだ。
リサリサは手にしたリボンの様なものをくるくる回しながら、『覆面をした男たち』の間を駆け回っていく。
不思議なことにそのリボンに触れた男たちは、まるで電気ショックを受けたかのように硬直し、昏倒していく。
そして、リサリサの後を追って、チベット族の男たちが新たに現れた。明らかに戦闘訓練を受けていると思われる男たちは、軽やかな動きを見せ、『覆面をした襲撃者』に対抗していく。
男たちには、リサリサが指示を出す。その指示の元、チベット族の男達はどんどん覆面の男たちを倒していく。
素晴らしいチームワークであった。
リサリサが叫ぶ。
「ロギンズッ、メッシーナッ、残党どもの掃討は任せたわよッ」
「了解だ、リサリサッ」
だがロギンズとメッシーナの返事も待たず、リサリサは覆面の男たちに突っ込む!
「このぉっ!」
「遅いッ!」
リサリサは巧みなステップで、周囲を飛び交う弾丸や、無法者たちの手をかいくぐっていく。素早く集団を突き抜け、奥にいたストレイツォの元に駆け寄る。
「リサリサか……よくやった。修行僧を連れてきてくれたか。お手柄だ」
ストレイツォが、ほんの少し顔をほころばせた。
「ストレイツォ先生ッ!こやつらは?」
「わからん、こやつ等が突然襲ってきたのだ」
「ハッ! こんなところで集団をつくっている貴様らが悪いッ」
大男は、ペッとつばを吐いた。
「貴様らッ! 罪のない人々を相手に、なんてことを」
リサリサが大男を睨みつけるッ
「私と先生が貴様を踏み潰すッ! 虫けらのようにィッ」
「ハハハハハッ! 元気のいい御嬢さんだ……」
大男は、上機嫌に笑った。と、急にその笑顔を引っ込めた。懐中時計を確認し、急に真顔になる。
「だが……フッ、『アイサツの時間』は終わりだな。撤収するか」
大男は身をひるがえし、ベランダに向かって走るッ
その大男をリサリサが追うッ!
「待てェッ、この野郎ッッ」
「ハッ……遅いぜッ!」
だが大男は、追いすがるリサリサを容赦なく蹴り飛ばした。
ドガッ!
「げぷっ……」
その一撃をまともに腹に喰らい、リサリサはよろめく……
「女よ、今は生かしてやる……だが次にまた小生意気にワレの前の顔を出したら、殺すぞ……」
崩れ落ちるリサリサにそう言い捨てると、大男は悠然とストレイツォに向かって言い放った。
「ストレイツォよ、今は引いてやろう……だが、忠告する。お前ら全員、『チベット』から出ていけ。さすればお前たちのクソッ垂れた命ダケは助かるだろうぜ」
「貴様、何者だ?」
ストレイツォの問いに、大男はにやりと笑った。
「貴様に名乗る名など持ち合わせておらん……我らは中華の平和を目指す『マルクス主義研究会』よ……争いは好まんが……我が道を遮るものあれば、叩き潰すのみッ」
そう言い捨てて、大男はベランダの淵から岸壁に向かって身を投げた。
◆◆
「ハッ……」
大男の一撃で気を失っていたリサリサは、全身に流された冷たい波紋の衝撃に息をふき返した。すると目の前に師、ストレイツォの後ろ姿があった。
ストレイツォはリサリサに背を向けたまま、彫像の下敷きとなった少年のかたわらにしゃがみこみ、その手をそっと握っていた
「……あ……スト様…」
ボロボロの少年が、ストレィツオを見て微笑んでいる。
「動くなよ、リク……」
そう言いながら、ストレィツオは優しく少年の手を握りつづける……そして……
コォォオオオオッ
ストレイツォは、砕けた少年の足に『波紋』を送り込みつづけていた。
すると、見る見るうちに砕かれた少年の足のむくみが消え、肌の血色がよくなっていく。
やがてリク少年はまぶたを開いた。
「リクッ!よかった……」
傍らに寄り添っていた兄が、泣きながら弟に抱きつく。
「これで良し、だがしばらくは無理するんじゃないぞ」
ストレイツォがニヤリと笑った。
「ウンッ!ありがとう、スト兄ィッ」
抱き合って喜ぶ兄弟をストレイツォは優しく見守った。その目の端で、リサリサが目覚めた事に気づく。
「リサリサか……あんな奴にやられおって、まだ修行不足だな」
先ほど少年に向けた微笑みをさっと消して、ストレィツオはしかめっ面をする。
「……すみません、先生……先生……でもそれで、奴らは……」
「逃げた……だが、奴がまた現れた時には、このストレイツォ 、容赦せんッ!」
銃弾によって寺院の壁にうがたれた穴からは、眼下に迫る山々が見える。雪を抱いて輝く、勇壮かつ神聖な山々は、チベット人の心のよりどころである。
そんな山々を親の仇のようににらみつけながら、ストレィツォは苦々しげに言った。
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突撃
1919年:インド半島南端の町、ゴア
そこはニッパヤシが茂り、石造りの奇妙な神々が彫られた神殿が立ち並ぶ大都市であった。
肌を焦がすほどの熱気の中、大勢の住人は精力的に街を歩き回り、あれこれと売り買いをしている。その売り買いの喧騒はただことではなく、商人たちの交渉の声で耳が割れそうなほどだ。
そんな町のとある食堂で、大柄な日本人の若者が一人で食事をとっていた。
若者は一人で店のテーブルを一つ占領して、カレーをうまそうに食べていた。
テーブル中に広げられたバナナの葉には、山盛りに飯が盛り付けられている。若者は、その飯の上にあれやこれらのカレーをかけ、黙々と口に運んでいた。
その量は、優に周りの大人の5人前はあった……あったはずだ、だが、見る見るうちになくなっていく。
「ふぅむ。この長っ細くてパサパサしているインド米ってぇ奴も、慣れればなかなかいけるな」
若者はうそぶいて、自分の前の大量の食事間に腹に収めていく。
「だがしかしよぉ……今日も蒸し暑いぜ……まったくよぉ。ほんとに、ここにわが師、霞鉄心の行方が分かる手掛かりがあるってのかよォ」
長い人類の伝説・歴史・英雄譚の陰に、北斗神拳と言う最強の暗殺拳の存在があるッ!その北斗の歴史の中で最強と謳われし男が、第六十二代伝承者 霞拳志郎である。
このカレーを食べている男こそ、霞拳志郎その人であった。
のちに彼は、正式に北斗神拳を伝承し、魔都上海を舞台に壮絶な死闘を繰り返すことになる。だが今の彼はまだ18歳。伝承者候補とは呼ばれてはいるが、好奇心いっぱいのただの若者であった。
拳志郎はうまそうにカレーを食べ終え、テーブルを立った。
「ところで親父ィ、この量でその値段はないだろぉ? 確かにうまかったが少しはまけろよ」
「旦那何を言っているんです。アンタ……いったい何杯食べたと思っているんですか? 『適正』な値段ですよ『適正』なッ」
「バッカヤロウ親父ィ俺が食べたのは5人前だろうが? こりゃあ30人前の料金じゃねぇか」
「何言っているんですかッ! アンタあんなに食べて5人前ですって?」
店の親父と拳志郎は、ギャァーギャァーと口げんかを始めた。
その時……突然、店の外から大きな音がした。
ガラッ!!
グッシャァアアアア―――ッ!
店の親父と値段交渉をしていた拳志郎は、その物音を聞きつけて口を閉じた。
「なんだぁ? 何の音だ?」
店を出て、外の様子を調べる。
パォ―――ンッ
「……獣くせぇな……」
拳志郎はクンクンと空中に漂う匂いを嗅ぎ、顔をしかめた。
まだ色々喚いている店のオヤジに無理やり10人前の料金を握らせ、食堂から出る。
そこで目にした光景には、さすがの拳志郎もあんぐりと口を開けた。
「おいオイオイ、さすがインドだぜ」
パォ―――ンッ
バォ―――――ンッ!
意外ッ!それは『象』だッ!
『象』が暴走し、町の中を走り回っているのだ。
バリバリバリッ!
泥を跳ね散らかし、周囲の建物を踏み潰し、象が走る。
象に追われた皆が逃げ惑う。
「ウワァアアアアア―――ッ!」
「助けてッ」
「馬鹿野郎ッ、手を伸ばせよ」
「うわァアアア!孫がッ!誰か助けてくれぇ」
と、拳志郎の耳に幽かに老人の悲痛な叫びごえが聞こえた。
そこに向かって全速力で走りだすッ!
そこにあったのは、幼児が周囲を気にせずボールを追って遊んでいる姿!
夢中で遊ぶ幼児にはボールしか見えていない。
暴走している『象』が、幼児めがけて突っ込んでくるッ
「ウォォオオオオッ! クッ、間に合えェェッ!」
幼児を救うべく 飛び込む拳志郎 ッ
だがその指は……わずかに『届かないッ』
(あと少し……ダメか? クッソォオオッ)
「エィィッ!」
だが間一髪ッ!幼児は象に踏みつぶされる直前に、他の人物によって助け出された。
拳志郎に代わって、暴れ狂う『象』の進路から幼児を救い出した男。その男は、拳志郎とほぼ同じくらいの体格の、『金髪』の青年であった。
青年は幼児を抱きかかえたままクルッと前転をして、衝撃を吸収した。そして何が起きたのか理解できずポカンと口を開けている幼児を、『そっと』降ろす。
「よしよし、もう大丈夫だよ」
青年は、幼児の方をポンと叩いた。そして振り向くと、拳志郎に向かって大声で叫びかけた。
「君ッ、後ろに『象』がっ!」
「あぁぁ~~ん?」
拳志郎が振り返ると、はたして『象』がぐるりと方向転換し、再び突進してくるところであった。
『象』の目は、すんでのところでおもちゃをかっさわれた『怒り』に満ちていることが見てとれた。
巨大な角が、振り立てられる。
「オッとォォッ……オレの、カッチョピィーところを、見せつけちゃるかぁ?」
拳志郎は笑い、突進してくる『象』に正面から立ち向かった。
「ヘッ! とち狂ってんじゃねーぞ、この『鼻長』野郎ッ」
象が突っ込むッ!
バゴォォォッ!
……拳志郎は、いとも簡単に
『象』に『跳ねられた』ッ
だが空中の拳志郎は平然とした様子であった。
「へっ、『予想どおり』かよッ!」
拳志郎は空中でクルリと一回転した。
そして何事もなかったかのように、暴れている『象』の背中に乗り移る。
「さぁて……おとなしくしろよ」
『象』の背中に乗り移った拳志郎は軽く『象』の脳天を数か所、叩く。
「バォオォォ―――ン………」
すると急に、暴走していた『象』がおとなしくなり、静かに膝をついた。
拳志郎は、愛情込めて象の鼻をぴしぴしとたたいた。
「ハッッ……お前は、なかなかおとなしい、イイ奴じゃぁないか。こうしてみると、なかなか男前の象だな……よし、決めたぞ。いまから俺とお前は朋友だ。いいか?」
すると、象が嬉しそうにすり寄ってきた。 先ほどまでの、狂って突進してきた様子とは打って変わったおとなしい態度だ。まるで、拳志郎の言葉の意味が解っているかのような態度だ。
「パオっ」
象はその鼻を伸ばし、拳志郎の顔を嘗め回す。
「……よしよし、朋友になってくれるか。じゃあ、友としての証に、お前に新しい名をつけてやるかッ。そうだな、ゾオウっってのはどうだ?」
拳志郎はそう言いながら、ゾウの鼻を優しくなぜた。そして再び周囲を見渡す……
「!?……ッてオイッ」
パォーン
なんと、暴れる象は『もう一頭』いたのだッ!
新たに現れた象も、周囲の街を破壊しながら突進してくる。
再び現れた象によって、落ち着きを取り戻しつつあった町の人々が、再び悲鳴を上げて逃げ始めた。
みな、必死に逃げるッ!
「みんな、逃げろッ! 僕が時間を稼ぐッ」
その象の行く手に、一人の若者が立ちふさがった。
先ほど、拳志郎にかわって幼児を助けてくれた青年だ。
拳志郎はチッと舌を鳴らした。
ヒーローぶっているのか何か知らないが、ただの素人だとしたら無謀着まわりない。
「オイ、アンタ……さっさと逃げろッ」
「大丈夫さッ」
その青年は、チラリとさわやかな笑みを拳志郎に向けた。
そして、拳志郎と同様に、象が突進してくるのを悠然と待ち受けた。
バォォオオ――――ンン
象が青年に向かって牙と鼻を打ち下ろすッ
シュルルルルッ
青年は『すり抜けるように』して、その象の初撃をさけた。
象が打ち下ろす鼻の勢いを利用して、鼻にからみつく。
そして、流れるような動きで鼻を伝い、象の背中に移動すると……
象の脳天に拳を突き入れたッ!
バォゴオオオオ――――ンン
さほど力を込めたとも思えない一撃。だがそれでも象は悲鳴を上げ、倒れた。
(ん? 何だ? 象の脳天に食らわせてやった時、一瞬アイツの体が『光った』ように見えたぞ……)
拳志郎は目をこすった。ジョージの背後に一瞬何かが『見えた』ような気がしたのだ。
「フゥ―――ッ」
青年は倒れた象にしゃがみ込むと、しばらく難しい顔で象の呼吸や眼球の動き、心臓の鼓動などを調べた。そしてほっとしたような笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。大きな怪我はないし、もう少ししたら落ち着くだろう」
拳志郎は ゆっくりと青年に近づいていった。握手もそこそこに興味津々、話しかける。
「ありがとうよ、あの子をたすけてくれて。ところでアンタは何者だ? さっきアンタの体が『光った』のを見たぜ……何か格闘技でもやっているのか」
「キミこそ僕以外にも真正面から『象』に立ち向かう男がいるなんて……びっくりさ。よかったら名前を聞かせてくれないか」
男はさわやかに答えた。
さわやかすぎて胡散臭いほどだ。キラリと、真っ白の歯が光るのが見えるような気がする。
拳志郎は、男の前で両こぶしをコツンとぶつけあわせてみせ、軽く会釈した。
「オレの名前は霞 拳志郎……見ての通り、日本人だ……第62代、北斗神拳の伝承……予定者だぜ」
予定者 と付け足した声は、少し小さかった。
「ほくとしんけん?東洋の武術かい」
「ああ、中国を源流とし日本で発展した武術だゼ」
「日本……では僕らは同盟国の出身だね。僕の名は……ジョージ・ジョースター。英国空軍のパイロットさ」
「よろしくな、ジョージ……」
「こちらこそ、拳志郎……」
二人の男は、グッと握手を交わした。
その二人の背後に、一人の老人が姿を現した。
老人はヨロヨロと二、三歩歩き、倒れた。苦しげにうめく。象の襲撃にやられたのだ。
「!?ッ」
「大丈夫か、じ――さん」
二人はあわてて老人に駆け寄った。
拳志郎は老人を優しく抱えた。シャツの袖をまくり、老人の怪我の様子を丁寧に調べた。
「ああ、アンタ大丈夫か……あっりゃあああ〰〰こりゃあ、腕が折れているね……結構ぽっきりいっちゃっているぜ、これ」
「そ れはたいへんだ。手当をしよう、この添え木を使って……」
ジョージは象が破壊した建物の木材を拾ってきて、老人の腕にしばりつけた。
拳志郎は老人の折れた腕をまっすぐに伸ばした。あっという間の技ではあったが、老人には激痛が走ったはずだ。
老人は脂汗を流しながらも、気丈に痛みに耐えていた。
「ガッ……あ、ありがとうございッ……ま、す……」
老人の手当てをしながら、ジョージは、幼き日、幼馴染のリサリサと共に『波紋』を教わった事をチラッと思い出していた。
チクリとジョージの胸に罪悪感が広がる。
(もし、僕がリサリサの様な『才能』があって、波紋が使えたなら……そうしたら大した痛みもなく、こんな骨折すぐに直してあげられるのに………)
ジョージは下唇をかみしめた。頭をよぎるのはストレイツォに波紋の呼吸方法を初めて教わった時の、苦い記憶だ。
それは幼少の時、幼馴染のリサリサともに波紋の簡単な手ほどきをうけたときの記憶だ。ついに念願の『波紋』をまなべる。そう思ってわくわくしていたのをよく覚えている。はじめだけ……
ジョージは、そのとき『何もできなかった』のだ。
もちろん、ジョージも精いっぱい頑張った。だが、何度挑戦しても、波紋については一片の可能性も感じられなかったのだ。
一方、ちょっと教わっただけで簡単に波紋を操って見せた幼馴染の姿は、今でも眩しく覚えている。
その屈辱の記憶は、今もジョージの胸をうずかせていた。
拳志郎が、ジョージの手当てをほめた。
「おっ、オマエなかなか手際よいな……じゃあ俺は」
拳志郎は老人を優しく抱きかかえ……
グサッ!
いきなり老人の首、背骨、そして腰骨の辺りに連続して指を突き入れたッ‼
ヒィツッ
老人が悲鳴を上げる。
「!?ケンシロウ、何しているんだ」
「なにって、俺なりの治療だよ」
拳志郎は首をすくめた。
「……消毒もしていない指を、ご老人に突き入れるのが『治療』だと」
なんて奴だ。
ジョージはイライラと言った。
そのすぐ横で『拳志郎に指を突き入れられた』老人がピョンと立ち上がった。
「!?あれっ、ずうっと、何年も、悩まされていた腰痛が………」
立ち上がった老人は驚き、困惑しながらも嬉しそうに言った。
「フフフ、気分はどうだね、ご老人? 悪いが勝手に腰の気脈の流れを直す『秘孔』を突かせてもらったぜ」
拳志郎が満足そうに話しかけた。
「俺たちの起こしたドタバタに巻き込ませて悪かったな。その骨折はまだ治るのにしばらくかかるだろうが、まっ 代わりにあんたの腰痛を直してやったぜ。………だから、これでオアイコってことで許してくれないか?」
老人はブンブンと首を振った。
「許すなんて、とんでもない! 貴方たちが助けて下さらなかったら、あのゾウにもっと酷くやられていたに決まっています。アンタがたは恩人です。何でも言ってくださいッ、お礼せねば」
「ご老人、俺たちは、ただこの辺りをぶらついていただけだ。何も気にしないでくれ」
「そうですか……」
老人は目を伏せ、すぐに二人にしがみついた。
「お二人ッッ、でっ、ではッ、その腕で我らを助けてくれませんか?」
「ご老人、何を言っているんですか?」
「お願いします、今の王を、追い払ってくださいッ。今の王が即位されてからのこの何年かと言う物、税は暮らしていけないほどに上がり、税の献上を断れば、あの王が気まぐれに暴走させる象や、放火、それから……」
ウッウウウッ……
話しているうちに、老人は泣き始めた。何か、嫌なことを思い出したのだろう。
ジョージは少し後ろめたい気持ちで、老人をいたわった。
「ご老人、気持ちはわかります。きっと、その苦労もいつかは終わるよ……」
嘘だ。
ジョージはこの国の宗主国、イギリス空軍の男だった。
そして、この地の残虐な王の地位を保証しているのは、間違いなく宗主国である大英帝国だということが、重々わかっていた。
「あっ、ありがたいことデス」
老人は感激して、ジョージにしがみついた。
そんな様子を見て、拳志郎は鼻を鳴らした。
「おいジョージ、お前はただ慰めるだけなのか?それでいいのか?」
「……もちろんよくないさ」
「だったらグダグダ言ってんじゃぁねェ。ここまできたら行動あるのみだろう―がよォッ!」
「拳志郎、少し話をしよう………でもここは話をするのに向いてないから僕の家に来いよ、ついでにこの辺りの案内もしよう」
ジョージは老人に「これで美味しい者でも食べてください」と、手にしたコインを手渡した。そして拳志郎を自宅へと案内した。
◆◆
ジョージの家は、それは立派なコロニアル様式の邸宅であった。フットボールができそうなほど広い庭には赤やピンクのバラ、熱帯の派手な植物などが品よく植えられており、その庭の真ん中に高級なマホガニーの木材がふんだんに使われた2階建ての邸宅が
建っていた。
だがそんな豪邸を見た拳志郎は、感心しない……というふうに鼻を鳴らしただけであった。
「こりゃあ豪勢な家だな」
「母の実家がこの国で医師をやっていてね……それから、国から少し恩給をもらっているからね」
ますます拳志郎は、大きく鼻を鳴らす。
「……なるほどねぇ〰〰ご立派なもんだ………こんな豪邸に住んでいたら、この土地に暮らす奴らの気持ちも、生活の苦しさも、全然感じねぇ―だろうなぁ」
「……確かに、僕たちは恵まれている。それはいつもそう思っている……痛感しているよ。だから僕たちには責任があるってことを理解しているつもりさ」
「
「そうだ」
ガチャッ
ジョースター亭の扉が開き、中から満面の笑みをたたえた妙齢の女性が顔を出した。
ジョージの母、エリナ・ジョースターであった。
エリナは今にも飛びつきそうなほど息せき切ってジョージに駆け寄った。
「ジョージッ待ってたのよ。長旅ごくろうさま……あら、この方は」
「母さんッ、元気そうで何より。それで彼は……ええとぉ……?」
ジョージは、さっき知り合ったばかりの年若い友人を母に紹介しようとして、口ごもった。
そういえば、拳志郎の事をあまりよく知らないのだ。
困っているジョージをしり目に、拳志郎は如才なくエリナに微笑みかけた。
「初めましてマダム。私は霞拳志郎と申します。日本人です」
エリナは笑みを浮かべる。
「えぇと、ケ……ケ…ンシ・ロ……ウさんね。わかったわ。お会いできてうれしいわ」
「こちらこそ美しいマダム」
意外なことに、拳志郎は愁傷な態度であった。先ほどの粗雑な態度とは打って変わった立ち振る舞いあった。。
深々と頭を下げる拳志郎に、エリナはすっかり好意を抱いたようである。
エリナと拳志郎は、和気あいあいと談笑しながら歩く。ジョースター家の門をくぐり、庭を抜けた。
そこでエリナは庭に咲くバラを拳志郎に見せ、拳志郎は礼儀正しくバラの香りを嗅ぎ、品種を当ててみせた。その後ろを、ジョージが黙ってついて行く。心なし、苦虫をかみつぶしたような表情に見える。
まさに拳志郎が屋敷に足をふみ入れる直前、拳志郎の訪問に異議を唱える者が三人の前に現れた。
文句を言っているのは、ノーマンという名のジョースター家の召使い頭であった。
ノーマンは玄関の前に立ちふさがり、建物に入ろうとした三人を押しとどめた。そして胡散臭げに拳志郎を睨みつけながら宣言した。
「奥様、申し訳ございません。あろうことか、アヘン臭い東洋人がかってに神聖なるご邸宅に侵入するなど、あってはならぬこと……すぐ叩きだします」
「ノーマン……」
エリナは顔をこわばらせた。
「奥様ご心配なさらず」
ノーマンは、そんなエリナの表情を見て、さらにイケダカな口調で言った。
「オイそこの東洋人、わが由緒あるジョースター家の玄関を、お前の様な薄汚いアジアンのガキが足を踏み入れられると思っているのかッ! さっさと出ていけ。臭いにおいがお屋敷に移ったらどうするんだッ」
シッ
ぶしつけに拳志郎の手を掴もうとしたノーマンの手をエリナがつかんだ。
「……奥様、お手をお放しになってワタシにお任せください。心配はご無用です。すぐに下賤な輩はたたき出しますから」
慇懃無礼なノーマンの口調に、エリナの顔がゆがむ。そして尚もなにか口を開こうとしたノーマンの横顔を、問答無用に張り飛ばしたッ!
「ノーマン……心配するのはあなたよッ! 我が息子が連れてきた『友人』を叩きだそうなどと言語道断ッ。たった今あなたはクビよッ、即刻出ていきなさい」
エリナは、はいつくばるノーマを冷たく見おろし、そう言い捨てた。
「なッ……そんな、奥様……」
ショックを受けたノーマンが、エリナに向かって手を伸ばす。
だがエリナは、その手をステッキで弾き飛ばすッ!
「うるさいッ……ジョージ……この男をたたきだしなさい!」
すっかり激昂したエリナがジョージに命令した。
「了解だ、母さん」
ジョージは嬉々として、ノーマンを羽交い絞めにした。そのままずるずると玄関の外へ引っ張り出す。
「よせっ、やめてくれッ、おっ、奥様ぁぁぁあああああぁぁぁお慈悲を」
ノーマンが啜り泣き始める。
「早くジョースター家から出て行けッ!」
ジョージはノーマンにこれまでの給料を無理やり握らせると、哀願する声を無視して邸宅の門を乱暴に閉めた。
パタンッ!
門を閉めると、ジョージはまた爽やかな笑顔を見せ二人のところに戻ってきた。
「よし、片づけ終わった。待たせたね、拳志郎」
「いやいや、面白いものを見させてもらったぜ」
うそぶく拳志郎に向かって、エリナが深々と頭を下げた。
「お客人、このたびは『召使だったもの』が失礼しました。ご無礼、どうかご容赦してくださいませんか」
「いやぁ、気にしないでください。なんとも思っていませんよ。この程度を気にしていたら、大英帝国の統治領にアジア人の身で入ってはいけないですからね」
拳志郎が皮肉たっぷりに言った。
「……」
エリナとジョージは返答に困り、ちょっと黙り込んだ。
誰に指摘されるでもなく、自分たち英国人がこのインドの地にいる事の不自然さは、二人とも十分にわかっていたのだ。
「拳志郎、とにかくここは自分の家だと思ってくつろいでくれよ。遠慮はいらないさ」
沈黙を壊すように、ジョージが勤めて明るく言った。
◆◆
その夜、夕食の場で:
「まぁ、ではアナタがジョージを助けてくれたのね」
エリナが拳志郎の両手を握りしめた。
「イッヤァアーそういう訳ではないんですがね。むしろ俺の方が息子さんに助けてもらったようなもので……」
「あら、そうですか……なんにせよ、あなたはジョースター家の客人です。ここでは自分の家のように、くつろいでくださいね」
エリナはそう言った直後、呼びに来た別の執事に呼ばれ、パタパタパタと音を立てて食堂から出て行った。
後には、ジョージと拳志郎の二人が残った。
「……いいお母様だな」
「そうだね、でもいい年して子離れしてくれなくてね」
ジョージは手にしたワインをグイッと一飲みにして言った。
「なるほどな……でも、うらやましいぜ。俺には母親がいなかったからな」
「そうか………実は僕には父親がいない。僕がおなかの中にいるときに、僕と母さんを守るために命を投げ出してくれたんだそうだ。」
「そうか………ジョージよ、お前には父親の記憶が無い。おれも母親の記憶はないって訳か。俺たちにも少しは共通点があったってぇ訳だ」
「ハハハそうだね」
ジョージはさびしそうに笑い、拳志郎にマンゴーをすすめた。
「ここのマンゴーは絶品だよ。絶対試すべきだ」
「へぇ……」
拳志郎は勧められるがままに皿の上に載った山盛りのマンゴーに手を付け、目を輝かせた。
「ほぉ、俺にはちょっと甘すぎる気もするが、確かにうまい」
「今の季節は、うまいんだよ」
二人は少しの間黙って、テーブルに乗せられた料理を食べることに集中した。
その静寂を破ったのは、拳志郎であった。
「……ところでジョージ、質問がある」
「何だい?」
「お前が放ったさっきの拳の話だ。あの光る拳はいったい何だ?」
「光る拳?」
「オイオイ……ジョージ隠すなよ。なぁ……お前、どんな『力』を持っているんだ?」
「何を言っているんだい?……僕に『特別な』力?そんなモノは……ないよ」
ジョージは少し困惑しながら答えた。
『特別な力』と聞いて思い出すのは自分ではなく、『特別な』才能を持つ幼馴染、リサリサの姿だ。自分ではない。
(亡き父や……幼馴染のリサリサのように、僕にも波紋の才能があったなら、あの怪我した老人も、もっと助けてあげられたのに………)
ほろ苦い思いが、胸につく
「ところで、キミこそさっきあのご老人に施したのは何だい? 君があの老人の体を『押し』たら、あの老人の腰痛が『治った』。あれは、一体どういう技なんだい? もしかして……」
ボリボリッと拳志郎が首の裏をかいた。
「あぁぁ~~~、なんつぅーーか、あれは『経絡秘孔』って奴だ……つまり、ヒトの体には、体の動きや治癒、成長をつかさどる機能があるだろ? 『経絡秘孔』っってぇのは、その機能を動かす、スイッチみたいなものだ……わかるか? 俺の『北斗神拳』はその『秘孔』を操ることが出来るのさ」
「『北斗神拳』?」
ジョージは首をかしげた。正直、そんな名前の拳法は聞いたことがない。
拳志郎は、自慢げに言った。
「ああ……『北斗神拳』だ。俺が学んでいる、不敗・無敵の一子相伝の暗殺拳だぜぇ!」
「不敗?無敵? それはすごいね。すげーうらやまし――」
「そうだろ?……ところで、あの象があばれた理由がわかったぜ。………あの助けた象なゾオウって名付けたんだ。で、ゾオウの健康状態を調べたところ、高濃度の『アヘン』が打たれた形跡を見つけたゼ………つまり、ゾオウはわざと錯乱させられ、あの村に放たれたのだ。暴れたのは、ゾオウのせいじゃねーぜ」
「なんだってぇ!」
ジョージは顔をしかめた。
「なんて酷いことを……」
「幸い、ゾオウも、お前が気絶させた象……カイゾウって名前にしたぜ……も、まだ致命的な中毒にはいたっていなかったぜ。だから、しばらくすれば元に戻るだろう。俺が『経絡秘孔』を突いて解毒しておいたからな」
そう言うと、拳志郎は唐突に立ち上がった。
「!?どうした拳志郎? 」
「……ジョージよ、世話になったな。飯、うまかったぜ。エリナ婦人にも飯の御礼を、伝えてくれ。アイサツもせずに出ていく非礼も、わびておいてくれ……俺は、行くぜ」
「ここを……でていくのか」
「なに、ちょっとばかり、『落とし前』をつけにね……ヤボ用だぜ。それに、やはりアジア人の俺には、ここが相いれないことは良くわかったぜ。悪いが、この支配者然とした建物が鼻についてしょうがねぇ」
「…………」
「ハハハッ気にすんなよ。アバヨ、ジョージ」
拳志郎がそう挨拶して、客間のノブに手をかけた。
1人で、マハラジャの元へ乗り込もうというのだろう……
ギュッ……
まさに出て行こうとするその背中に向かって、ジョージが声をかけた。
「待て、ケンシロウ」
「なんだ、怒ったか?」
「僕もやる……」
「フッ……」
決意に満ちたジョージの顔を見て、拳志郎は満足げにうなずいた。
◆◆
屋敷の外に出ると、そこには解毒され、すっかり元気になったゾオウとカイゾウがまっていた。
「パオ―――ン」
二頭は拳志郎とジョージの姿を見て、のそっと立ち上がり、二人にすり寄ってきた。
「おお、ゾオウ。お前も一緒に来てくれるのかッ! ありがとよぉ……じゃあ、お言葉に甘えて、背中にのせてもらうとするかい」
拳志郎はイタズラ好きの子供のように、ククク と笑った。
◆◆
ゴアを治めるマハラジャ(王)の邸宅は、町を見下ろす丘の上にあった。
それは高い城門に囲まれた、家と言うよりも城というのがふさわしい、豪奢な建物であった。 城内には100名以上の衛兵が住んでおり、マハラジャの身を守っている。
ガッシャァアア―――ン
突然、その邸宅に大きな音が響いた。
何事かと見張りの兵が見に行くと、巨大な二頭の象の背に乗った男が二人、邸宅の正面に突撃してくるところであった。
にわかには信じがたい光景だ。
慌てた兵隊たちが、口々に叫びだす。
「!?何だ?なにが起きた?」
「報告いたします……なッ、なんと……象が、先ほど町に放った象が戻ってきて暴れていますッ! 今の音は、主門が象二体に破壊された音ですッ」
「なんだってェ! すぐに王様と……クーラ様に連絡しろッ!」
ガシャァアアアンッッ!!
慌てふためく兵士達をしり目に、城門はあっという間に完全に破壊された。
壊れた城門を二頭のゾウが潜り抜けた。
象は礫をまき散らしながら走り、城内を破壊する!
その象の背に乗っている拳志郎は、すっかりご満悦な様子であった。
「ワッハハハッ、ゾオウッ、それからカイゾウッ! ありがとうよッ。さすがは哺乳類最大種のパワーだぜェ! あんなでっけぇ門が、紙クズみてぇにぶっとんじまった。楽しいなぁ、オイッ」
「ブァオオオオ――――ンン!」
ゾオウ・カイゾウ、二匹のゾウが力強く吠えた。
一方、楽しそうな一名と二匹を横目に、もう一頭の象の背に乗っている男、ジョージは頭を抱えていた。
「……何も考えず正面からの突撃ってぇ〰むちゃくちゃだ」
「ふっ……これは操象戮狟闘法 (そうぞうりくかんとうほう)って奴よ、象を操り戦闘に利用する技をつかって、この城をうばうって料簡よ。なぁ、お前も聞いたことあるだろ? 操象戮狟闘法のうわさはよォ」
拳志郎は偉そうにそういうと、煙草に手をやりかけ……その煙草を道に投げ捨てた。自分が象の上に載っていることに気が付いたのだ。象の背中を焦がす訳にはいかない。
「そうぞうりくかんとうほうぉ??そんなの聞いたこともないぞ?」
「馬鹿野郎、お前勉強しろよッ、こりゃあ、ものの本に書いてある由緒正しい戦い方だぜェ~~ッ」
「ほんとかよ? 信じられないな」
拳志郎は踏ん反りかえっている。
「ははは、本当だぜ。ついひと月前に、知り合いのインド人に教わった技なんだぜェ~~」
操象戮狟闘法 (そうぞうりくかんとうほう)
――――――――――――――――――――
陸上最大の生物・象は 、最大の破壊力をもつことで有名である。
象の欠点とし 鈍重な動きがあるが 、それを特殊な訓練法により 恐るべき敏捷性を身につけさせ 、これを数々の秘技をもつ戦闘法として確立したのが古代インド人である。
古代インドでは 戦争の時 、象の多寡で勝敗が決するとさえ言われた。
ちなみに 英語で象をエレファントというが、これは 当時象の訓練を 、インド洋上のエレファン島で行っていたことが語源といわれる。
――――――――――――――――――――
民明書房刊「闘う動物大百科」より
一方、衛兵たちはようやくパニックから回復しかけていた。
「くっ、今からでも遅くはないッ! 被害を最小にとどめるんだッ!」
「ハイっ!」
「ヨシ、撃ち方準備だッ!」
そこに、ようやく見張りの兵士たちも城門に顔を見せ始めた。
ブンッ
そのうちの一人が、拳志郎に向かって矢を放った。
「甘いぜッ! 2指真空波だッ!」
拳志郎が右手を振りまわした。
すっと二本の指で矢を掴むと、グルッと手を回して矢を射かけた見張り兵に投げ返す。
「!?」
言葉にならない悲鳴を上げ、見張りの兵が倒れた。
拳志郎はトントンと象の背を叩いた。
「よぉし! ゾオウ・カイゾウ、ようやく見張り兵が出てきたから、お前たちはここまででいいぞぉ……奴らがお前たちに毒矢でも放ったら、ことだからな。だから、ちょっと城を出て、この先の森で待っていてくれや……だがいいか、その前に俺達を……」
拳志郎が、イタズラっぽく象に向かって囁いた。
「パォオオンッ」
ゾオウとカイゾウが、承知したというように鼻を高く上げた。
まずはゾオウの鼻がくるくると動き、拳志郎を抱え上げたッ!
つづけてカイゾウの鼻が、ジョージの胴体に巻きつけられた。
ジョージは自分がグイッと持ち上げられ、足が地面からはなれたのを感じて大いにあわてた。
「えっ?? オ……オイ、よせッ」
「パォオオオオンン!」
カイゾウ(ジョージが倒した象)は、鼻で大きく振りかぶると、掴んでいたジョージを一気にマハラジャの居城の奥へ、放り投げたッ!
同時に、拳志郎もゾオウによって投げられるッ!
「うぉおおおおおおッ!」
象に投げ飛ばされ、宙を舞う二人ッ!
空中で拳志郎はジョージに向かって拳を突き出す。
「ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、さすがすごいパワーだねェ。面白いな、ジョージィ」
「ワハハハハッ、拳志郎、なんてめちゃくちゃな奴だッ! だが、付き合うぞッ」
なぜか、少し楽しい気分になってきたジョージが笑みを浮かべた。
拳志郎が突き出した拳に自分の拳をコツンとぶつける。
ザシュッ
ジョージと拳志郎の二人は、城壁を越え無事に着地した。
二人は、ジャリジャリと音と土埃を立てて地面を滑った。硬い地面の上を砂埃を立ててゴロゴロと転がり、投げられた勢いを殺す。
二人が放り投げられたのは、どうやら城の三階にある中庭の様な所であった。
二人は埃を払いながらゆっくりと立ち上がると、グルグルと肩を回したり、ポキポキと指を鳴らした。
「さぁジョージィ、もう後戻りはできねーぞぉ」
「めちゃくちゃな奴め……だが、わかっているさ……こうなったらとことん行くしかないッ、このまま上まで突っ切るぞ」
「そうこないとねぇ」
男たちは不敵に笑い……すぐに真剣な顔に戻った。
「☆X@$SGTH!」
「&^VHGTH@!」
中庭のあちこちから怒鳴り声が響いたのだ。すぐに、武器を手にした兵士たちがバラバラと中庭に姿を現し始めた。
兵士たちは、拳志郎とジョージを遠巻きに取り囲んでいく。
だが、二人の男は、悠然としたたたずまいで、その光景を眺めていた。
「ほうら、さっそくやってきたぜ。ジョージ、気合い入れろよォお」
「お前もなッ、拳志郎ッ!」
絶体絶命の状況の中、なぜか二人の漢たちは楽しげに笑いあっていた。
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光拳
ブォンッ!
「おっりやぁあぁぁぁぁッ! 北斗百裂拳ッッ」
襲い掛かる兵士に向け、拳志郎が超高速の連打を放つ。
そのあまりの拳速が、まるで無数の拳を同時に放ったかのような残像を残すッ! まるで百本の腕を持つ阿修羅のような、様相だ。
アタタタタタタタタタタタタタタァァァァァッ!
拳志郎が叫ぶ。
残像を伴う無数の拳
その拳をまともに喰らったマハラジャの兵が、『まるでおはじきを弾いたかのように』次から次へとぶっ飛んでいく。
「やるなッ、拳志郎ッ」
にやりと笑い、ジョージは拳志郎に話しかけた。
そのジョージの背後に敵がせまるッッ
敵が槍を振り上げるッ
「キィエェェェーーイッ!」
ジョージは振り向ざま、背後の敵に回し蹴りを喰らわせるッ!
そのまま一回転し、続けてかかってきた別の敵の顎を、蹴り飛ばす。
「ウギィィィッ」
敵がぶっ飛ぶッ!
「止めだッ!」
ジョージは高速の蹴りを次から次へと放つ。
ジョージの連続蹴りを喰らったマハラジャの兵が、バタバタとぶっ飛んでいくッ!
その蹴りの鋭さ、力強さを見て、今度は拳志郎がピュッと口笛をふいた。
負けじと周囲の敵をなぎ倒し続けながら、拳志郎はジョージに話しかけた。
「フフフ、ジョージ。お前もやるじゃねぇかッ!……ところでよォ、面白い拳をつかうな、お前」
バシッ‼
拳志郎は、背後から突き出された槍を、ろくすっぽ見ずに無造作に掴んだ。
槍の柄をもっていた大柄なインド人ごと、それを窓の外へほうり出す。
そして何事もなかったように話を続けた。
「何て流派だ?その拳は……始めて見る動きだぜ」
「フランスのサバットを、僕なりにアレンジしたものさ」
ジョージが拳志郎の問いに答えた。
話しながらも襲い来る人々を蹴り飛ばすスピードは、いささかの代わりも無い。
ジョージもまた、こと喧嘩に関してはかなりの手練れであった。
ジョージの返事を聞いて、拳志郎は少し拍子抜けしたようであった。
「さばっとぉ? おフランスの奴か、マジか?……その、ぴかっと光る奴もか」
ダッダッ!
迫りくる敵を容赦なく撃退しながら、ジョージは頭をひねった。
「ぴかっと光る? 何を言っているんだい?」
パシッ
蹴り上げた爪先を敵の喉笛に食い込ませる。それはまさしく靴を履いての戦いを基本とするサバットの技法だ……
「オイオイ、お前……本当に気づいていないのかよ。その光る拳に」
ドガァッン!
拳志郎が最後に残った敵をまとめて殴り飛ばし、呆れたように言った。
「その拳、絶対に西洋の技じゃあねェぞ……なぁ、本当のことを言えよ」
困惑したジョージは、ただ首を振った。
「拳志郎、やめてくれよ。ぼくの使っているのは正真正銘のただのサバットさ。何も隠していないよ」
(僕はリサリサのような天才とは違うッ! 波紋の拳は持ってないんだッ)
「そんな話よりも、今は一刻も早くマハラジャの居室にいく事が大事だ。そうだろ?」
ジョージはそういうと、マハラジャの居室めがけて走って行った。
◆◆
中庭であらかたの兵士を片付けた為か、二人はほとんど人がいない広大な屋敷を簡単に駆け抜けることが出来た。
そして二人は、いともたやすく屋敷の一番奥に到達した。真鍮製のひときわでかい扉が二人の前にそびえたつ。
マハラジャの居室の前だ。
ジョージの目が険しくなった。
「拳志郎、ここがマハラジャの居室だよ……前に一度、拝謁したことがあるから、覚えているんだ」
「へぇ……ここが目的地ってわけだな」
拳志郎はドアを開けようとして、すんでのところでその手を止めた。
ジョージを振り返る。
「……なぁジョージ………本当にいいんだな……お前、この先に踏み込んだらもう引き返せねーぞ………お前の『母上』も巻き込まれるかも知れねー」
ジョージは首をふった。
「何をいまさら……ぼくのことはどうでも良いさ。それに、『母様』のことも大丈夫さ。あの人は強いひとだよ。……それに、もうとっくに安全な場所に動いてもらっているんだ」
フッと拳志郎が笑った。
「そうか、じゃあ問題ないってワケだな……いくぜ」
「ああ……」
バンッッ
二人は扉を蹴り飛ばし、その奥の豪奢な部屋に踏み入った。
すると、部屋の真ん中の王座に座っていた男が悲鳴を上げた。
「ひぃぃいいいいっ」
あわてて逃げようとするその男の首根っこを、拳志郎が掴みあげた。
「お前がこの地の王様か……ずいぶん貧相な奴だな。拍子抜けだぜ」
その部屋は、まさに豪奢と言う言葉がふさわしかった。一面を美しく磨き上げられた大理石が覆い、その上にはふかふかのペルシャじゅうたんが敷かれている。さらに壁や家具のあちこちに宝石や黄金があしらわれている。
悪趣味ではあるが、見るからに金がかかっていそうな部屋だ。
甘くて、だがどことなく腐ったような香水の匂いが部屋中に漂っていた。
拳志郎に首根っこを引っ掴まれ、王はガタガタと震えている。
「王よ……あなたが面白半分に象をけしかけた結果、どれだけの人々が苦しんだか……その落とし前、つけてもらうぞッ」
ジョージが凄む。
「ひっ……たすけてッ……」
ブンッ
首根っこを掴まれた王は、目の前の床に放り投げられた。
「ブギィッ!」
王は、カエルのようにべちゃりと床に顔を打ち付けた。が、すぐに跳ね起き、アタフタと二人の前から逃げ出そうとする。威厳などかけらもない。
「オイオイ、逃げられると思っているのかぁ……!?」
拳志郎が王を再び再び捕まえようとしたその時、不意に殺気が二人をおそった。
触れられれば斬れそうな、危険な殺気だ。
拳志郎とジョージは王を無視し、身構えた。
敵がやって来たのだ。
その様子を見て、王が、目に見えて安心したような表情を浮かべる。
「もっ、もしや……クーラ様ッ!お助けをッ」
王が叫ぶ。
バリンッ!
王の呼び声を引き金にして、部屋の窓ガラスを突き破って入ってきたものがいた。
女だッ!
女は身に着けたサリー (インドの女性がまとう伝統衣装で、豪華に装った一枚の長い布を巧みに体に巻きつけたもの) をヒラリとひるがえし、華麗な体さばきで部屋の中心に降り立った。
目鼻立ちがくっきりとしたインド系の超絶美人だ。
女は軽蔑したように王を見下げ、鼻をならした。そして拳志郎とジョージを睨み付ける。
「拳志郎、北斗神拳の伝承者候補よ、そしてジョージ・ジョースターよ……この馬鹿者がしでかしたこと、ただ謝るしかない……だが、この男も悪いだけの男ではない……評価すべき良い所もあるのだ………ここは、この私に免じて許してくれないか?」
尊大な口調だ。クーラはしがみついてきた王を張り倒し、二人に頭を下げた。
「あぁぁ〰〰、謝って住む程度の事か? コラッ」
拳志郎がすごむ。
クーラが肩をすくめた。拳志郎とジョージの二人を前にしても怯むことがない、堂々とした態度だ。
「そうだな、わかっている……せめて元斗皇拳伝承者としてお前たちのお相手しよう。一人の拳士としてな」
そういうと、クーラは羽織っていたサリーをスルリと脱いだ。
そのサリーの下には7分袖にたちきった活動的なデニムの上下が見えた。
クーラは腰を落とし、両手を奇妙な形にゆらゆらと動かし始めた。
心なしかその手が、ぼうっと光を放っているように見える。
「……元斗皇拳?」
聞きなれない言葉を聞いてジョージは首をかしげた。だが、臆せずにクーラに話しかける。
「なぁ、君……その男を僕たちに引き渡してくれないか……!?ッ」
ジョージは襲ってきた殺気に、本能的に回避行動をとった。ほぼ同時に、つい先ほど自分がいた空間を、確かにクーラの抜き手が貫いていく。
恐るべき速度だ。
バシュッ
「フフフ……良く避けたな……だが安心しろ。お前は後だ……まずは北斗が先……キサマの相手はその後で、ゆっくりしてやるぞ」
クーラが言った。
気づけばジョージが被っていた帽子がすっ飛ばされていた。床に落ちた帽子は、真っ二つに断ち切られている。
「ウッ……なんて切れ味だ……これをクーラがやったのか……これが、元斗皇拳か……」
「あぁぁ……元斗皇拳っつうのは亜細亜の支配者、天帝を守る『太極星』を宿星とする拳法よ……今の伝承者が女だとは聞いていたが……まさか、こんな所で出会うとはな」
「それはこちらのセリフだ。北斗の……元斗、北斗は互いに関わりを持たないのが習い……だが………」
クーラはニヤリと笑った。
そして、拳志郎の前にたち両手で円を描いていくような、流麗な構えをとった。
「だが、せっかくここで出会ったのだ。手合わせを願おうッ!」
拳志郎はボリボリと頭をかいた。拳は、握らない。
「……悪いが女に向ける拳はねぇ………」
その言葉を聞き、それまでは悠然と落ち着き払った態度を見せていたクーラが、怒りの表情を見せた。
「な、なんだとぉ?………私をあなどるなよ」
クーラは拳志郎に突進し、連続突きを放つッ!
拳志郎は素早く引き下がり、その突きをまともに受けないッ!
「逃げるなッ!」
クーラの再度の追撃。
だが拳志郎は、巧みな足裁きでクーラと距離を取り続け、まともに向き合わないッ
「はぁ……はぁ………どうあっても、戦わないつもりか……」
クーラはしばらくの間、逃げ回る拳志郎を追い続けた。だがやがて、荒く息をつきながらその足を止めた。
「……くそぉ……キサマ……私をぐろうしおって……」
「ヤァ――……悪いな……だが、アンタを馬鹿にしたわけじゃあねェンだ……許してくれねぇかな」
「……ならば、立ち会えッ!」
「だから、俺は女とはたたかわんと言ったろう」
拳志郎の言葉に、クーラは唇をかみしめた。その唇から一筋の血がこぼれる。
「……ギリッ……」
「……おい、拳志郎………」
見かねたジョージが口を開きかけたその時、クーラが破った窓から、またもや飛び込んでくるものがあった。今度は男だ。
「ねぇちゃん ッッ 、もういッッ! 後は俺がやるよ」
その男は、飛び込みしな、拳志郎に向かって飛び蹴りを放つッ!
ドガッ-!
「オイオイ行儀悪いぜ。オタク」
さすが拳志郎は蹴りを簡単に受け止めていた。
「クッ……さすが、こんな不意打ちの蹴りなど効果はないか……」
飛び込んできた男は、拳志郎からの反撃を避けようと、あわてて床を転がるようにして距離を取った。
その男にむかって拳志郎が悠然と挑発した。
「いやいや、中々、面白い蹴りだ………楽しかったぜぇ……サーカスの余興としてはなぁ」
「何だとォ!」
その男は歯噛みした。
そこに、つかつかとクーラが歩み寄った。
「!? クリスピアンッッ」
「姉さんッ」
「クリスピアン一体なぜ出て来たのよッ、安全な所に居なさいって言ったでしょ」
クーラは腰に手を当てて、クリスピアンに向かって説教した。
「……僕は、姉さんだけを矢面に立たせて、自分はその後ろに隠れているような弱虫じゃないッ」
クリスピアンがむっとした口調で答える。
その姉弟の会話を、興味深そうに 拳志郎が聞き入っていた。
「なんだぁ?シスコンかぁ? まぁ、マザコンのジョージといいコンビかもしれねぇがよォ」
「拳志郎……勝手に言っていろ」
ジョージが苦虫をかみしめたように言った。
やがて姉弟の話し合いが終わり、クリスピアンと呼ばれた若者が二人の元へ意気揚々とやってきた。
その背後では、クーラがヤレヤレと言うように頭を振っている。
「……拳志郎、俺と闘えッッ………言っておくが、クーラ姉さんは俺より強いッ! 俺に苦戦するようじゃあ、元斗皇拳の正統伝承者には歯も立たないぜッ」
クリスピアンは二人に向かって颯爽と拳を構え、クィクィッと手のひらを曲げてみせた。
『コッチに向かってこい』と挑発しているつもりなのだろう。
だが悲しいかな、クリスピアンの構えからはクーラが放っていたような必殺の気合が徹底的に欠けていた……
ふーっと拳志郎がため息をついた。
「オイオイ、ずいぶん礼儀を知らないガキのようだねぇ。あ俺が礼儀作法を叩きこんでやらなきゃならねぇか」
迷惑そうな口調だ。
だがその顔は、ニヤニヤと少し嬉しそうだ。
「ふざけるなよ……余裕ぶった顔をしているのも、今の内だけだぜ」
クリスピアンは頬を紅潮させた。
そして拳を構える……軽いが、中々いい構えだ。
「ハハハハ。オタク、元気イイねェ。こっちも望むところだぜ。実は俺も元斗皇拳とは、一度手合わせしたかった……悪いねぇ、気ィつかってくれて」
ポキポキ
拳志郎は指を鳴らしながら、無造作にクリスピアンに近づいていく。
「……ふざけるなッッ……そして喰らえィ!元斗流輪光斬ッッ」
クリスピアンの両手が光る。
そして、クリスピアンは、光る手をまるで円を描く様にユックリと回していく……
「こいっ、元斗の男ッッ」
拳志郎が足を止めた。
「フッ……喰らえッッ」
クリスピアンが両手を交差させる。
すると、緑色の光る 車輪が、その両手から飛ぶっ!
『光る 車輪』が、拳志郎を襲うッ!
ゼシュツッッ!
拳志郎のわき腹から血が噴き出るッ!
「!?やったか?、イヤダメだ、まだだ…… 浅いッッ…… クリスピアンッッ、気を付けろ!」
二人の背後から、クーラが叫んだ。
姉のアドバイスに、クリスピアンがコクリとうなづいた。
心なしか、その顔は少し青ざめていた。
「……ああ、わかっているよ。だが、僕の一撃は直撃したはずだ。それでも、ダメージをほとんど与えられていないなんて……やはり、北斗は強いッ」
「 いや、 アンタこそ流石だねぇ……この 俺に血を流させるとは、それが元斗皇拳の威力って奴かい…………その光る手を武器にした、円を描くような攻防一体の動きはおもしれぇな」
拳志郎は脇腹に手をやり、手についた血をプッと吹き飛ばした。
クリスピアンの攻撃が、わずかにかすっていたのだ。
かすかにかすっただけでも、拳志郎の鋼の肉体をえぐるような破壊力……
初めて目の当たりにする元斗皇拳の威力に、ジョージは驚愕した。それは、ジョージが知っているあらゆる格闘技の破壊力を、はるかに超越した物であった。
「拳志郎、奴の手の威力は驚異的だッ!奴が攻撃できるような隙を与えず、一気に攻めろっ」
「 フッ……そりゃあ違うぜ、ジョージ……俺は北斗の男として、『やつの技をすべて受け止めきった上で』、勝たにゃならんぜ。それが、北斗の務めよ」
拳志郎は微笑み、首を振った。
「……………それはそうと、元斗皇拳の『光る手』を受けてみたが、やっぱりお前の『光る拳』とは違うものだってことを改めて確信したぜ……実はさっきまで、お前の拳は元斗に連なる流派かと推測していたんだが、どうやら違うようだな………失礼した。で……ジョージ、あんた、やっぱり何者だ?」
ジョージは呆れたように言った。
「だから、何を言っているのか、わからないよ。それに、今はそんなことを気にしている場合か? 元斗の『手』から、目をはなすんじゃあないっ!」
「へっ!戦いの最中におしゃべりかよッ。余裕ぶりやがってッ!」
再びクリスピアン が流れるような動きを見せた。
すっと間合いに入り込み、流麗な体さばきで拳志郎の懐に潜り込むッ
「フッ……」
拳志郎が、両拳でジャブに似た連弾を放った。
近寄ってくるクリスピアンを迎撃するためだ。
「!?」
拳志郎の連打を、クリスピアンは『弧を描く動き』ではねのけた。
さらにその『弧を描く動き』を殺さず、拳志郎の懐深くに入り込む。
そのまま、流れるように攻撃ッッ!
バシュッ
ダダッ
二人の体が錯綜したッ!
そして、再び距離を取って構えるッ!
「……いいねぇ、俺にここまでのダメージをおわすとは、さすがだねぇ、元斗のぉ……」
拳志郎は満足そうに言った。
何と、クリスピアンの『光る手』に触れた拳志郎の肌が、肉が、赤くただれているのだッ!
「はっ……元斗皇拳は天帝の剣ッ!まだまだこんなものではないわッ」
クリスピアンの手が、さらに強く光るッ!
「次は、お前の体をハンバーグにしてやるッッ」
「へぇ……やって見ろよ」
ドガッッ
パシッ
ザッシュッッ
再びクリスピアンの円を描くような攻撃が襲ってきた。
拳志郎はその攻撃を受け止め、弾き返すッ
反撃の拳ッ!
拳志郎の拳も、蹴りも、クリスピアンはいなしていくッ
二人は、まさに互角の攻防を繰り広げているように見えた。
だが……
均衡は、拳志郎が放ったたった一発の拳によって、あっけなく崩れた。
「フンッッ」
「クッ……」
脇腹に正拳をまともに喰らい、クリスピアンがぶっとぶ。
その一撃は、強烈だった。
クリスピアンは派手な音を立てて床を滑って行き、『王の玉座』にぶつかり、破壊した。
なんとか立ち上がったが、すでに足はヨロヨロであった。
その様子を見て、拳志郎がクルリとクリスピアンに背を向けた。
「元斗皇拳、噂通り恐ろしい拳だったぜ……だが、クリスピアン、お前は拳士としてまだ未熟ッ、基礎能力が足りていないね。後十年は基本からやり直せ」
拳志郎はそう言い放つと 、今度は部屋の隅っこでガタガタ震えている王の方へ、目を向けた。
「さて、邪魔ものもいなくなったところで、そろそろここに来た目的を果たそうかね」
「ひっ」
王が悲鳴を上げ、後ずさった。
グジュッ、ポタリ……
ポタ……
ポタ……
と、王の元へ向かう拳志郎の腕から、血が流れおちていた。その肌はグジュグジュに荒れ、白い肉が見えている。
そう、その怪我をした場所は、拳志郎がクリスピアンの攻撃を『受け止めたていた』部分だ。
(いててて……気合いでクリスピアンの小僧は何とかやっつけたぜ。だが奴の言葉通り、奴の拳を受け止めた肌がやけに傷むぜ……ヤロウ、未熟者のクセに、なんて威力だ)
拳志郎は、平然とした顔の裏で、必死に痛みに耐えていた。
歯を食いしばり、脂汗を流しながら、拳志郎がポキポキと指を鳴らす。
その様子を見ていたジョージは、いつしか『拳志郎の強さ』に、すっかり魅せられていた。
(拳志郎……恐ろしい拳士だ……あの、円を描くクリスピアンの動きを逆手に取ったってワケだな。クリスピアンの攻撃を誘導し、自分は一直線に拳を撃ちこむ……円の弧を描く動きは、当然直線的な軌道よりも長い距離を動く……ほぼ同時に撃てば、最短距離を行く直線の動きの方が早いのは道理ッ)
ジョージも腕っぷしにはそこそこ自信があるッ! 幾多の戦場を生き延びてきた自負もある。この、目の前にいる漢の『強さ』に、どうしても刺激されずにはいられないのだ!
(だが、まだ『本気』を出していないようにも見えるな……僕だったら、どうやって彼と戦う?)
いつしかジョージは自分が拳志郎と戦った場合を想定して、その動きを追っていた。
逃げ惑う『王』を部屋の隅に追い込み、拳志郎が言い放った。
「アンタが『王』だってぇ? 『王』ってのはなぁ、民の為にあるものだろうがぁ、あああぁん?」
「まっ、待ってくれッ……助けてくれっ、なっ……金なら出すッ! アンタを実質の王のようにしてやろう……女はどうだ? 絶世の美女を思いのままにさせてやるッ」
「……アンタ、救いがねぇなぁぁ」
「う…ウッ……クーラ様ッ、お助けをッ」
呆然としていたクーラがハッと我に返った。
「!? 拳志郎ッ待てッ」
クーラは拳志郎の後姿に話しかける。
「何だね?」
「まってくれ、まだ元斗が北斗に敗れたわけではないッ。拳志郎、私と戦えッ」
必死な口調だ。
「……断る。何度も言って悪いが、女に向ける拳は持ってない」
「貴様、この後に及んでも尚、私を侮辱するのかッ」
……ギリギリギリ ……
少し離れた位置にいるジョージにまで聞こえるのかと思うほど、クーラが歯をきしませる。
「まいったね」
拳志郎がボリボリと頭をかいた。
「貴様がやる気がなくともッ、私には戦う理由があるッ」
ブンッ!
クーラの拳、その拳を……拳志郎は避けもせず、ただ正面からまともに喰らった。
「痛ててて……やるね、イイ突きだ」
拳志郎が、クーラの腕をつかんだ。
「……でも、悪いが俺の方が上だ。アンタとやっても俺が勝つ…………が、オレは女とは戦わん」
「なっ……元斗の闘気を込めていないとはいえ、私の拳をよけもせずにただ耐えるだと」
クーラは本気の第二撃を放とうと手を光らせ……だがその光を止めた。
拳志郎の哀しみに満ちた目に気が付き、毒気を抜かれたのだ。
「……なぁ、クーラ。あんなヤツの為に、お前程の拳士が体を張ることはない……奴は見捨てろ」
「なっ……だが、しかし……」
悔しさと怒りのあまり涙を流すクーラに背を向け、再び王に向かって歩み始める拳志郎。
その拳志郎の前に、ジョージが立ちふさがった。
「……なんだ、ジョージよ」
「……拳志郎、これでは彼女に失礼だ……」
「……わかってるぜ………だが、俺は女に手を上げん」
「……君のその考えかた、それもわかるつもりだよ……だから、キミの代わりに、僕が彼女の相手をしようと思う」
「……なんだと?」
「拳志郎、君は見ていろ」
ジョージは拳志郎に背を向けると、クーラに向かって構えた。
元斗皇拳、それや細胞を滅する闘気を操る、恐れるべき強大な威力を持つ拳だ。
拳志郎は、無理だ……とジョージを引き留めかけ、その手を止めた。
(ジョージの奴……だが、奴も俺とクリスピアンのコゾーとの戦いは見ていた。それでもやるって言うんだ。奴には勝算があるに違いない……か。これでヤツの本気がみれるか?)
「貴様……」
クーラの目が激しい怒りに燃えた。
「貴様……、貴様ごときがなぜ元斗皇拳を侮る……」
「僕の名前は、ジョージ・ジョースター……クーラ……君の相手は僕がしよう。退屈はさせないよ」
ドドドドドドド……
「貴様……許さんッッ!」
怒りに燃えるクーラが、ジョージに向かって、必殺の拳を放つッ!その拳速は、先ほどのクリスピアンとは比較にならないッ!
触れれば触れたところを焼き尽くす、元斗の拳がジョージを襲うッ
「ウォォォォッ」
ジョージはその拳をすり抜けるようにしてかわすっ、
そしてタックルッ
そのジョージの容赦のなさに、拳志郎はあんぐりと口を開けた。
(オイオイ、ジョージ。女にいきなりタックルだとぉ?相手を寝転がらせて、どーするって言うんだ……アイツ、普段の爽やかぶった言動はダミーで、本質的にはエグイ奴なのか?)
「!?ッ」
クーラはタックルに合わせて、カウンターの蹴りを放つッ。
ジョージはとっさに途中でタックルを止め、勢いを殺すために地面に寝転んだ。
クーラが放った迎撃は、ジョージの後頭部をむなしくかすめるッ
「!?」
ジョージは地面に手をつくと、そこから、跳ね上がるように回転しながら蹴りを放つッ!
「生意気なッ」
クーラが宙を舞う。
弧を描くように空中で体をひねる。
今度はクーラがジョージへ、カウンターの『反撃の一撃』を打ちこもうとするッ!
クィッ
と、ジョージの蹴りが軌道を変えた。
軌道を変えた蹴りは、クーラの左肩を狙うっ
ガシッ!
クーラは、すんでのところで蹴りを受け止めた。
蹴りの威力で大きく後方に吹き飛ばされたが、無事であった。
「ウォォォォッ……なんて変幻自在の蹴りなの、まるで雲のようにとらえどころのないわ………融通無形の拳、それがあなたの力ってワケ?」
「今の蹴りをノーダメージでさばくなんて、やるじゃあないかッ」
(へぇ、なかなか………………確かにジョージの奴の拳は、サバットとか言う奴を大元としているようだな。だがその本質は、全くとらえどころない『無形の拳』ってワケか……あの攻撃は、雲のように定まった形を持たず、ゆえに先を読むことが著しく困難だぜ………加えてあの体格が生み出すスピード、攻撃力……へっ、これは厄介だな……)
拳志郎は、嬉しそうにモゾモゾと体を揺らせた。
(クーラは、さすがだな。あのクリスピアンの若造とは比較できない腕だ……さすがは、一子相伝の元斗皇拳を史上初、女ながらに最年少で伝承者となっただけの事はあるッ……その噂は北斗にも聞こえていたからな…… だが惜しいナ。奴が漢ならな……)
ジョージが吼えた。
「せめて短時間で終わらせるッ」
バッバババッ!
ジョージが右回し蹴りを放つ
その直後に、時間差で左からの回し蹴りを放つッ!
まるで、左右から同時に放たれるかのような、強烈な回し蹴りだ。
どこにも逃げ場がないッ!
「甘いッ!」
クーラはくるっと空中にのがれ、ジョージの回し蹴りを避けた。
「なんだってェ、僕の、この双龍脚を避けただとっ」
「ジョージこれでよくわかっただろ。元斗の強さをッ」
拳志郎が言った。
「ジョージ、この辺りが止めどころだッ!引けッ!」
「いや、大丈夫さ……確かに僕の拳には、確かに君たちのような不思議な威力はない……だが、拳力では負けてないよ」
ジョージはフックを放つ。
その拳が、またしても途中でありえない角度で軌道を変えた。
クーラのガードをかいくぐり、顎を跳ね上げるッ!
「正直……キミを殴ることには抵抗があるよ。でも、これがキミの望む事ッ! 僕は……心を鬼にして君と戦うッ!」
ガッ、ドッ、ドッ!
「クッ……ウッ!うわぁあああッ」
クーラがその光る手を回転させ、ジョージの攻撃をガードする。
その『光る手』が触れると、相手の細胞を一瞬で消滅させることが出来る。
それは、元斗の攻防一体の防護ッ!
その『光る手』が、ジョージに触れる……
だが、クーラの『光る手』はジョージを焼かないッ!
「なっ……どうして? どうして元斗の拳があなたには効かないの?」
「いや、効いてるよ……キミの攻撃を受けるたび、キミに拳をふるうたび、痛いよ………心が」
ジョージが言った。普通の男が口にしたらドン引きするほどクサイセリフだ。
「……英国紳士として、女性に手を上げるのは不本意ッ、だが本来闘争とはシンプルなものっ、戦う相手の性別など関係ないものッ」
続けざまのワン・ツーッ!
ブッ!ドッ!
クーラは、その高速の拳をかろうじて受けた。
「クッ、こっ……こんな、南斗、北斗、元斗につらなわぬ素人の拳に、私が押されているッ?」
認めないわッ!
そう叫ぶクーラに、ジョージが首を振った。
「一対一の戦いに、素人もくそもあるものか……虎や獅子が修行することなど無しッ、技術など無粋ッ! あるのはただ、強さだけッ!」
バーンッ
「言うねぇ……確かにジョージの言うことも間違っちゃあいない。確かにな。とはいえ……」
拳志郎は、少し興ざめしたようにつぶやいた。
「どんなに努力しても、結局人は獅子に勝てないってぇことか?そんなことはねぇだろ。人は獅子に勝てるさ。そもそもそうじゃなきゃ、つまらなぇ……」
「調子に乗るなぁッ!」
ジョージの一瞬のスキを見つけ、クーラが拳を放った。
バシュッ!
完全には避けきれず、ジョージはその拳を、まともにみぞおちに喰らった。
「ウッ、さすがスゴイ攻撃だ。」
拳志郎は懸念の色を浮かべて、その様子を見ていた。
「そうだ……無形の拳は受けに回ると弱い。さて、どうするんだ、ジョージ?」
「先手必勝っ!元斗光烈脚ッ」
クーラが、光をまとった無数の蹴りをジョージへ叩き込むッ!
「アマィッ!」
だが、ジョージは、クーラの蹴りを巧みにブロックしつつ、懐に踏み込んでいくッ!
コォォォォッォオォッ
懐に潜入したジョージが、クーラの体に肩をぶつける。
クーラの体勢が崩れるッ!
「ゴラゴラゴラゴラゴラァァァッ」
ジョージの渾身のラッシュが、クーラを襲うッ
「!?何だってェッ」
だが、あることに気が付き、ジョージはムリヤリ途中でラッシュを止めた。
「………ハーハーハ――」
ジョージの突き出した拳の上に、クーラが直立しているのだッ
「あれが元斗の奥義、天衝舞か……」
拳志郎がつぶやいた。
「ヨシッ、クラエッ!『破の輪』ッ」
クーラの光る手がその光を強める。
そして、巨大なオーラをまとった光る手が描いた二つの輪が、ジョージに襲い掛かった。
「ウォォッ」
あわてたジョージは、拳を引き戻す。
そしてカウンター気味にサイドキックを放つッ
ジョージの操る無形の拳のもととなっている武術サバット、その神髄は『靴を履いた状態を想定して戦う事』にある。
つま先を使ったサイドキックは、ジョージのもっとも得意とする攻撃なのだッ
その足が、『輝いた』。
ジョージの蹴りが、クーラが生んだ一つ目の輪を切り裂く。
だが、残るもう一つ手が生み出す『光る輪』が、より輝きを増して、ジョージを襲うッ!
「キィエエエイイ一ッ」
「ゴラァァッ!」
グワシィッッ
二人は同時に弾き飛ばされ、床に崩れ落ちた。
「これ……これくらいの痛みッ……それが何だッ」
クーラはジョージのサイドキックをまともに肩口に喰らった。
だがそれでも、膝をガクガクさせながらなんとか再び立ち上がった。
まさに一瞬の攻防。
だが拳志郎の眼には、二人が激突した瞬間に何が起こったのか、はっきりと見えていた。
(ほう……あの相打ちの瞬間、またジョージの体が光ったぜ。その光が、クーラのオーラが込められた攻撃から、ジョージを守りやがった……どういう理屈だ?)
「ハ―ッ、ハ―――、恐ろしい攻撃だった……あっ……危なかった……」
ジョージは片膝を突いた姿勢で、身を起こした。
拳を固め、ゆっくりと立ち上がる。
「だが……もう君には手が無いハズだ………まだやるかッ!?」
「キサマこそ……こんな程度の拳で何を誇るッ! そんな覚悟の定まっていない『なまっちょろい』拳で、我が元斗皇拳の底が測れるかッ!!」
二人はヨロヨロしながらも、まだ戦いを続けようと拳を構え、むかいあった。
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才能
「……だがキサマ、どういうことだ?我が『破の輪』をまともに食らったにもかかわらず、アザひとつ無いだとォッ!?」
クーラが、忌々しげに尋ねた。
「『破の輪』?さっきの空手チョップのことかい?」
空手チョップ……
厳しい修行の末に身につけた、闘気をまとった手刀だ。クーラは忌々しげな顔をした。
「クッッ……たとえキサマが我が『手』を防ぐことが出来たとしても、私は……イヤ……元斗は負けないッ!」
クーラはガクガクする足を無理やり抑え込んだ。
そして、ジョージに向かって再び拳を構えた。
拳志郎は、眉をひそめた。
(ケッ、口ほどにもねぇな。クーラの奴、足に来てやがるか……だが、それはジョージも同じ……!?じゃねぇッ。アイツ、ぴんぴんしてやがる?……だが『破の輪』をまともに喰らったッてぇのに、どうしてだ。………んんっ??なんだぁありゃあ、ジョージの奴は内功を高めていやがるのか?あれが、野郎の『光る拳』のヒミツか?)
「コォォオオオオオオ―――ッ」
ジョージは『奇妙な』呼吸を行っていた。その呼吸のたびに、どんどんジョージの怪我が……治っていくのだ。
「こいっ!ジョォオオ――ジィィッ!!」
クーラが叫んだ。
そして、両手で空中にクルクルと円を描きはじめた。
両手のひらの中心に漂う空気をこねまわすような動きだ。
その手が青白く輝く。
元斗特有の、破壊の力を秘めた闘気が込められた『手』だ。
ほとんどの対戦者は、その破壊力のある『手』から注意をそらすことができない。
そして、その動きに幻惑され、間合いを読み間違える。
そこを、狙いさました『手の一撃』が襲う……と言う訳だ。
だがジョージは、並の格闘技者ではなかった。必殺の闘気を込めた『手の動き』に、一切注意を払わないのだ。
かわりに、ジョージはまるでボクシングのように拳を固めた。
「……クーラ、次に僕が放つのは、この……左の正拳突きだ。僕の全力、魂を込めた一撃を放つッ!これでキミを……キミと決着をつけるッ!」
クーラの顔が真っ赤に染まる。
「次の攻撃方法を宣言するなど、キサマ侮るのかッ!そんなもの、迎撃してやるッッ!」
二人から離れたところで、戦いを観察している拳志郎は、ボリボリと頭をかいた。
(オイオイ、ジョージのヤロウ何でもありかよ?ただ立っているだけでダメージがダンダン回復していきやがる。何だぁ?ありゃぁ……しかも、あの様子じゃあ、本人は自分の身に起こったことにきがついてねぇぞ)
やがて二人の『気』が満ちた。にらみ合いが終わる。
ジョージとクーラは、力を振り絞って激突するッ!
「ウォォォォォオオッ!!」
バシュッ!
ドゴゴゴゴッ
拳志郎は二人の戦いを冷静に見守っていた。
(あぁぁぁ……ジョージの奴も、クーラもボロボロだな。すべての力を振り絞ってやがる。もう『光る手』も『光る拳』もねーな。ただ殴りあっているだけだ)
ドガッ!
ボゴッ!
腫れ上がったクーラの顔を見て、拳志郎は首を振った。
(クーラも頑張りやがる……あの馬鹿でかいジョージを相手にして真っ向から殴りあうなんてよ……。それにしてもジョージの奴は、女を相手に一切手加減がねーな……とんでもねぇ野郎だ……俺はぜってぇあんなことはやらないねェ)
◆◆
一方その頃、クリスピアンはようやく拳志郎にやられたダメージから回復しつつあった。
立ち上がったクリスピアンの目に入ったのは……
それは、カーテンの裏に潜んでいる二人の男であった。
一人はガタガタと震えながら、クーラに向かって拳銃を構える王。
そしてもう一人は、いつの間に現れたのか、その王を支える元ジョースター家の執事、ノーマンの姿であった。
「王さまッ!奴らですッ……とんでもない奴らなんですッ!奴らに正義の鉄柱を与えてくださいッ、私がお持ちしたアレで、奴らを……」
ノーマンは王に囁いていた。 身なりこそジョースター家で執事をやっていたころと同じパリッとした服装だ。だが、その目はうつろで、きょどきょどと動いている。
ノーマンは、まるでしがみつくようにして王を鼓舞した。
そのノーマンの『狂喜』が移ったのか、王の目もまた、正気の色を失っていた。
「グッ……ギギギィ……余をないがしろにしおって」
王の手が、動く。その手にあるのは、巨大なマシンガンだ。
「そうじゃ、あの野蛮人共も、これさえあれば……クヒヒヒヒッ」
クリスピアンとほぼ同時に、拳志郎も王とノーマンに気が付いた。、
「!?マシンガン……ジョージたちに向けてやがるッ!何だとォ、あのチンチクハゲめ」
伏せろッ!
拳志郎はそう大声で叫びながら、王の方へ飛び込んだ。
クリスピアンも、叫びながら飛び出した。
「ねェちゃんッ!何やっているんだ。油断するなッ」
クリスピアンと拳志郎、二人の大声が、必死で戦っていたジョージとクーラの耳に入った。
ジョージとクーラが戦いの手を止めたッ!
だが……
ババババッ!ガガッ!!
次の瞬間、王のマシンガンの銃口から火が噴いた。
「ブヒャヒャヒャヒャッ」
王が、笑うッ!
体力の限りを尽くして戦っていたクーラは、なんとか回避しようと踏ん張り、足元を踏み外した。
バランスを崩し、床に体を叩きつけられる。
そこに、銃口が向いた。
逃げられないッ!
「ッ!」
思わず目をつぶったクーラが再び目を開けると、拳志郎の顔が目の前にあった。
思わず赤面した。
クーラは、拳志郎の腕の中で抱っこされていたのだ。
しかも、いわゆる『お姫様抱っこ』の格好だ。
「放せ……北斗のぉ」
クーラはあわてて拳志郎の腕を押しのける。
「フゥウッ……大丈夫かぁ、嬢ちゃん……助けてやったんだぜ、そんなに怒るなよ……そんなんじゃぁ、彼氏の一つもできねーぞ」
拳志郎がニヤッと笑った。
クーラは、何とか動揺を抑え、つとめて冷静に答えた。
「抜かせ……だが、礼を言っておく……ジョージの奴に集中しすぎていて、奴の動きを見逃していたわ………………ところでジョージは?」
「あそこだ…………」
指差した拳志郎の顔が、歪む。
「チッ……なんてことだ」
「なによ?」
その視線を追ったクーラには、その目に入ったもののがなんだか、一瞬理解できなかった。
ようやく現実を認識すると、立っていることもできずしゃがみこんだ。
(……嘘でしょ)
目の前に見える現実を、信じたくない。
現実感覚が、消えていく……
コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ ……
拳志郎に抱きかかえられたクーラが目にしたのは……血だらけの胸を抑えてしゃがみ込む最愛の弟、クリスピアンの姿であった。
クリスピアンのすぐ隣には、しかめっ面をしたジョージが立っていた。だがジョージは無傷であった。重症なのは、クリスピアンだけだ。
「……」
ジョージは、クリスピアンの手をそっと握り、地面に横たえた。
ジョージの無事な姿を見て、ノーマンがペッと唾を吐き、悪態をついた。
「くっ、しょんベンくさいガキが邪魔をしおって。だだだだ……だが、復讐はこれからよ。薄汚い愚民よッ、よくも俺をぉぉ」
「ハッ……よ、よ、よ、よッ……余をないがしろにするからじゃッ、拳法家だぁ?素手で銃に勝てるかッ、おっ、お、お、おっお前たちもぉおお」
半分錯乱した王が、ジョージに向かって引き金を引こうとするッ!
だが、銃口が『先ほどまでジョージがいた場所』に向いたとき、すでにそこにはジョージの姿はなかった。
銃口が向く一瞬前、ジョージは素早くノーマンと王へ飛び掛かっていったのだッ!!
「この……ド外道ガッ!」
ジョージは、鬼の形相でノーマンと王に飛び掛かるッ
パーン
ジョージは、自分に向かって発射された弾丸を、横っ飛びでかわす。
床をゴロゴロと横にに開店すると、すぐさま片膝を立てた状態で起き上がった。
そのまま、再び突進するッ!
「王さまッ!奴がまた来ます。奴をやってしまってくださぃぃぃっ!!」
ノーマンが、あわてて悲鳴を上げた。
「余に任せておけぃッ」
王は再び銃口を向けるッ!
バババババッ!!
だが、着弾したのはまたしても、誰もいないただの大理石の床だ。
ジョージがいち早く、再び回避行動をとったのだ。
「この卑怯者がァああああッッ!!!」
ジョージは拳を固めるッ!
バゴッ
左手でショットガンのような連打を放つッ!
「ゴラゴラゴララァァッ!」
ドガッ!ドガドガッ!
「ブギィ」 「ウゲェツ」
まともに喰らった王とノーマンは、まるで紙人形のようにぶっ飛ぶ。
……王・ノーマン:二人仲良く再起不能 ……
「……この、ドグサレがッ!」
ジョ―ジはそう毒づくと、二人に背を向けた。
その時
ゲボッ
クリスピアンが激しく吐血した。
その血をぬぐいクーラの方を向くと、青ざめた顔に無理やり笑みを浮かべる。
「チッ……ドジこいたぜ。へへっ、でも姉ちゃん……こ、これであの時の借りは……か、かえし、たぜ」
「あん時の借りって……バカね、あんた、そんなことどうでもいいのに」
だいぶ昔の話だが、思い当たる節はある。
クーラは拳志郎の腕から抜け出し、弟の元へ駆けよった。
バタンと弟が倒れ掛かる寸前、クーラは弟の体を抱きかかえた。
「……ねーちゃん、北斗なんかに負けんなよ」
つっかえ、つっかえ、震え声で、 クリスピアンがささやいた。
「なっ……クリスッ、ダメよ……しっかりしろォッ!あの時の事って……そんなこと、まだ気にしてたの……」
クーラとクリスピアンの脳裏に、昔の思い出がよみがえる……
10年前のある日、デカン高原のとある岩山でその事件は起こった。
◆◆◆◆◆
その日、クーラは興奮したクリスピアンにつれられ、自宅から少し離れた岩山を登っていた。
「へへっ、お姉ちゃん……こっちこっち。ボクが見つけた、とっておきのヒミツ基地さっ。お姉ちゃんにだけ、とくべつに教えてあげるよ」
まだ7歳のクリスピアンは、すっかり興奮していた。よせばいいのにアチコチをパタパタパタ、パタパタと走り回りっている。そうやって無駄に走りながら、自分が見つけたとっておきの『秘密』の場所のことをつっかえ、つっかえ説明する。クーラに褒めてほしいのだ。
クーラは、そのあどけないクリスの笑顔をみて、自分もつられて笑いながら、岩山を登っていた。
「フフフ、待ちなさい、クリス」
「こっちだよ。このオカを登ったところにあるの……ほら、あそこっ!あそこの岩山に洞窟があるんだッ、ボクが見つけたんだよッ」
クリスが興奮して、ピョン、ピョンとジャンプした。息せききって、母親代わりのクーラに、自分の見つけた洞窟がいかにすごいのか、あらためて力説する。
「ハイハイッ、そりゃあよかったわね……!?」
と、ニコニコしていたクーラの顔が、急にこわばった。
クリスピアンの背後にいるものに、気が付いたのだ。
「クリスッ、すぐそこから離れなさいっ!」
クーラは、務めて声を抑えてクリスピアンを呼んだ。
ザサッ
そこにいたのは、血に飢えた巨大なトラであった。
虎は、まさに『舌なめずり』して、クリスピアンを見ていた。
「えっ?なに言っているの?」
そんなことより、早くいこうよ。クリスピアンは笑った。自分の身に危険が迫っているとはかけらも思っていない、能天気な笑い顔だ。
「早くッ!」
クーラが真剣な顔で、囁く。
と、クリスピアンが後ろを振り向いた。
トラと、目が合う。
「えっ……トラ?……スゴイ牙だ。え……ボクにむかって来ているのッ??」
クリスピアンが戸惑ったように言った。
「クリス……落ち着いて、ゆっくりこっちに来るのよ。焦っちゃダメ、ゆっくり、落ち着いて。虎から目を離さないで。大丈夫よ、落ち着いて……」
だが、7歳の子供に、人食いトラを目の前にして落ち着けと言っても、無理な話だ。
すぐにクリスピアンが泣きだした。
「うわぁぁぁぁぁぁあ!お姉ちゃんッ助けてぇ」
「大声出しちゃダメッ! ハッ?」
クーラの叫び声を聞いて、興奮した巨大なトラがいきり立った。
トラは、クリスピアンに向かって飛び掛かるッ!!
「ギャルルルッ」
「!クリス危ないッ!!!」
バシュッ
おもわずクリスピアンとトラとの間に分け入ったクーラの背に向かって、トラが爪を立てるッ!
血しぶきと絶叫を上げて、クーラが吹っ飛ばされるッ!
吹っ飛ぶクーラを追いかけ、トラが前足を振り下ろすッ
「うわぁぁぁぁぁああっ 姉ちゃんッ、姉ちゃんがァ」
クリスピアンが泣き喚いた。
バシュッ!
「!?ギャゥああああっ」
次の瞬間、トラの前足が吹っ飛んだ。
間一髪、クーラの『光る手』が前足を切り落としたのだ。
痛みに狂い荒れるトラに、クーラが渾身の一撃を与えるッ!
「ウウッ……喰らえ、元斗白華弾ッ」
バシュッ!
クーラの渾身の一撃は、みごとに虎に直撃した。
そしてトラは、頭部と腹部を無残に切り刻まれた。
「Gyiaaaaaa!」
トラは強烈な吼え声をあげ……死んだ。
クーラは、弟が傷一つ追わなかったことを確認し、微笑んだ。
「………ああ……よかった。と……と、虎は逃げたわね。もう心配ないわよ、ク…リ……ス」
クリスピアンは、泣きながら姉にしがみついた。
「姉ちゃん……どうしよう、ボクをかばってこんなケガを……血がいっぱいでてる……」
姉の体に回した手が、血に染まる……
クーラは、泣いている弟の頭をそっとなぜた。
「フフフ……クリス、心配いらないわ……泣き虫ねッ、そんな事では修行にも差し支えるわよ……あ、アンタは、早く大きく、強くなって、今度はワタシをまもってね」
そう言い終えると、クーラはすべての力を使い果たし、気を失った。
◆◆◆◆◆
「フフフ、俺ってば、なかなか強くなれなくて……でも、これでようやく約束を守って姉ちゃんを守れた……か、な?」
クリスピアンは満足げにそういうと、がっくりとこうべを垂れた。
「クリスピア~~ンッ!」
クーラは、クリスピアンを抱きかかえて、号泣した。
「うぁあああああああああ」
その隣に立ったジョージが、クッと拳を握る。
「クッ……、僕がもっと早くコイツラに気が付いていたら」
「クーラ……」
泣き叫ぶクーラのかたわらに、拳志郎がそっとより添った。
クーラは拳志郎を睨みつけた。
「なんだ、北斗のぉ、私を笑いに来たか?」
クククク……
クーラは、自虐的に笑った。
「天帝の守護星、元斗皇拳も血に落ちたものよな。見失った天帝を探して各地をさまよい……情報を得るためには、その土地に巣くう悪にさえ目をつぶり……挙句に一門のものは『北斗』に負け……伝承者など、『拳法の素人』に敗れかける始末……まったく情けない」
フフフ……ハハハハハッ!
血まみれの弟をかき抱き、クーラは己の不甲斐なさを嘲った。
拳志朗は膝をついた。クーラの肩に手をかける。
「お前はいい拳士だ。誰も笑ったりしねぇ」
「ハハハ……では、お前に一片の情が残っているのなら、私たちを放っておいてくれ。せめて、残された時間を二人で過ごしたい」
悲痛な顔で言い募るクーラにむかって、拳志郎は首を振った。
「おいおい、まだあきらめるには早いだろうが~~」
「えっ?」
「よく考えろ、お前の目の前にいるのは『北斗神拳』の伝承者(候補)だぜぇ?」
そう言うと、拳志郎はクーラの目の前にしゃがみこんだ。
しゃがみこむと、今度は意識を失っているクリスピアンに向って、話しかける。
「クリスピアンよぉ……、お前なかなか漢じゃねぇ~~か……見直したぜ。きっとあと十年も修行すりゃあよ、相当な使い手になれるぜ。お前は……ここで死ぬには、惜しい奴だ」
トンッ
拳志郎は、気絶しているクリスピアンの胸の中心を、人差し指でついた。
「拳志郎?貴様、何を……」
「心央点……血止めの秘孔をついたぜ………これで血は止まったから、ちゃんと手当をして……後はジョージがその『不思議な力』を使えば、クリスピアンは助かるだろうぜ」
クルリと、拳志郎がジョージの方を振り向いた。
「何っ、本当かッ!」
クーラの目が輝いた。
「えっ?」
ジョージは、一歩後ろに下がった。
「ジョージ……お前、何かクリスを助けられるような、『不思議な力』があるのか?……ハッ、そうか、それで私の闘気(オーラ)をまとった攻撃を受けても、大丈夫だったのか」
「いや、クーラ、誤解しないでくれ………拳志郎!?何を言っているんだ? でたらめを言うのはよせッ。僕に特別な力など……ないよ」
ジョージは焦って、もう一歩後ずさった。
希望に満ちた顔で迫るクーラから顔をそらし、拳志郎に助け船を求める。
「ふっ……ジョージよ……お前は、闘気をまとい細胞を滅する『元斗皇拳の光る手』を平然と受けられる男だ……そんなこと、この俺様でさえできねぇ……そんなやつが、何を言っているんだぁ?」
「なっ……あれは……あれは『違う』んだッ!買いかぶりだよ」
「たっ、頼むッ……弟を……ッ」
なおも否定するジョージに、クーラがすがった。
ジョージは、力なく首をふった。
「拳志郎、君がやればいい。君の『経絡秘孔』とやらでクリスピアンを助けてやれッ」
「……そりゃあ無理なんだよ。俺の使う『経絡秘孔』は確かに施術者の身体を操作する物よ……だから、能力を一時的に高めたり、血を止めることは出来る……だがよぉ、悔しいがマシンガンの銃創は治せねぇ~~」
「……」
「なぁジョージ、お前の『本当の力』を見せろよ?………知ってるぜェ、お前の『光る拳』は、『北斗神拳』や『元斗皇拳』とは真逆の『活人拳』……そうだろう?」
お前ならやれるぜ。
拳志郎の言葉は、ひどくジョージの心を動かした。
(『活人拳』って、『波紋』のことか……ぼッ……僕が?人の命を助ける?……『波紋』でェ?)
コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ ……
だが、いくら拳志郎が励ましても、ジョージはまだ悩んでていた。これまでに何度も『波紋を練ろうとして』失敗し続けた苦い記憶が、なおもジョージの行動を引き留めているのだ。
(もし、僕がリサリサやストレイツォ先生のように『波紋』を練れるのならば……もしかして……いや、無理だ、出来っこない)
「ジョージ、お願い……」
クーラのすがるような目が、痛い。
(いやだ……でも、姉をかばったこの男は見捨てられないッ)
ジョージは、覚悟を決めた。
(!?…………ええい、一か八かだッ)
コウォゥオゥォウォゥ……コウォゥオゥゥゥォウゥゥゥゥ……
見よう見まねで覚えた『波紋の呼吸』を行う。
目を閉じ、『波紋の呼吸』で得た波動を、指先に集中させるようにイメージするッ!
集中終了ッ!
「オーバードライブ(波紋疾走)ッ!」
ジョージは、クリスピアンに両手で触れたッ!
……パチ
ほんの少しだった。
波紋は、ほんの少しだけ放出され、微かな音をたてた。
だが、クリスピアンはピクリとも反応しなかった。
「どっ……どうだ?」
クーラは、希望に満ちた顔をしている。
「……ダメだった……ごめんよ。精一杯やってみたけど、やっぱり僕には波紋は使えないよ……そっちの才能は僕にはないんだ……」
ジョージは肩を落とした。ジョージの足元には、先ほどと変わらず、クリスピアンがぐったりと倒れていた。
チラリとジョージの脳裏に、幼馴染(リサリサ)と小父(ストレイツォ)のがっかりした顔が浮かぶ……
拳志郎は首を振った。
「そうじゃない……ジョージょお……それじゃないだろう?お前の『本当の才能』……俺には観えたのは、そいつじゃない」
クーラはジョージの二の腕にしがみ付いた。
「ジョージ………さっきまで拳をかわしていたお前に頼むのは、おかしいことかもしれない……だが、たのむッ! もう一度やってくれッ、クリスピアンは私の唯一の家族なんだッ!」
「ウウッ」
いたたまれなくなったジョージは、もう一度『波紋の呼吸』を行い、クリスピアンに触れるッ!
だが、やはり『何も』おこらない……
「ゴメンッ……やっぱりダメなんだ」
ジョージは、再び肩を震わせ、うつむいた。
「やっぱり僕には出来ないんだ……もうわかっただろ、僕には才能がないんだよっ」
うなだれるジョージの肩を、ゴツンと拳志郎が叩いた。
「だぁからよぉ……そうじゃねぇだろ、ジョージ……お前の『光る拳』のヒミツはそれだけじゃねぇだろ。お前のその本気、俺にもう一度見せろよ。その、内功じゃねぇッ……さっきからお前が必死になって隠そうとしてる奴だよ……それを使え」
ジョージは、ビクッと身を震わせた。
「なんだって拳志郎……君は、君には『観えている』っていうのか?」
コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ ……
「フッ、さあねぇ」
「……ずっと秘密にしてきたんだ……」
「おいジョージ、おまえが『それ』を秘密にしたいのはいい。だが、お前、ここでクリスピアンの小僧を『見捨てる』のか?」
「……そんなこと出来ない。わかっているよ」
ジョージは、大きくため息をついた。
「……クーラ……実は、もう一つだけ手があるんだ。でも、これは一か八かの賭けになる……もしかしたら、『クリスピアンの命を奪う』事になるかもしれない……かけてみるかい」
クーラは、ゴクリと唾をのみ、うなずいた。
「このままでは、クリスは絶対に死んでしまうッ!何でもいいわッ、何か、何か……」
「わかった」
ジョージは微笑み……自らのスタンド(幽波紋)を出現させた。
「The thornッ!」
バリッ!
ジョージはスタンドの名を呼び、自分の手をクリスピアンに向って伸ばしていった。
すると、伸ばした手から、『茨の塊でできた腕』がゆっくりと現れた。続いて頭と胴体が現れていく。
ゆっくりした動きだ。だが、力強い。
ジョージの腕から延びた『スタンドの腕』は、ノロノロと動きつづけ、ついにはクリスピアンの体に触れた。
すると、『スタンドの腕』がほぐれ、茨の塊になった。その茨が、クリスピアンの体をゆっくりと覆っていく。
そして、茨から花が咲き、種が実り、その種がクリスピアンの体に根をはった。
茨に包まれたクリスピアンは、幸せそうに眠り続けている……
ジョージは、ふぅっ と大きな息を吐いた。
「……クーラ、拳志郎、すんだよ」
拳志郎が、満足げにジョージの背中をたたいた。
「ジョージ、それだぜ。その変な闘気だ。さっさとそいつを使えばよかったんだ」
「なんだ、このジョージの闘気は?『茨』?……こんな『奇妙な』闘気は、始めてみた」
クーラは目を丸くして、ジョージのスタンドを見ていた。
「ジョージ、それでどうだ、クリスピアンは直ったのか?」
「彼は僕がこの能力を解除するまで、もう目を覚まさない」
「なんだって?」
「だから、彼はボクが許可するまで、目覚めることは無い」
「!?貴様ッ、だましたのか?」
クーラの手が禍々しい緑色に光りだす……
「違うッ、誤解だよ。聞いてくれ……僕のThe Thornに触れた人間が、昏睡状態になる。この状態なら、まるで木のように、ずっと変わらぬまま眠り続けることができるんだ」
「つまり?」
「つまり、クリスピアンはまだ『死なない』……このまま数か月、ゆっくり体を回復させた後で、目覚めさせればいい」
「それを先に言ってくれ」
クーラが『緑色に光る手』を消した。だが、ある事に気が付いて、素っ頓狂な大声を上げた。
「ちょっと待てッ、つまりこの『植物状態』のクリスピアンを数か月、守り切れってことぉ?」
「他に手はない……大丈夫。僕の母に任せればいいよ」
「なるほど……お前の満点ママなら何の心配もないな」
拳志郎がうなずいた。
「クーラ、それはいい手だぞ。お前の弟を、ジョージの家に運ぼうぜ」
「しかし、いいのか?」
「もちろん」
ジョージはサワヤカにうなずいた。
「そうか、悪い……この借りは返す……むっ?」
拳志郎、ジョージ、クーラの三人が一斉に同じ方向をむくッ、
三人の背後に、ジョージに『再起不能』にされたはずの元ジョースター家の執事、ノーマンが立ち上がっていたのだ。
「ふっ!ハッハッハッ!!貴様ら、もう終わりだ。貴様らを守るものは何も無いッ!すでに北斗神拳伝承者は我の手にあるッ!そして、『波紋の里』もだッ!ハハハハハッ……」
ノーマンは何が面白いのか、大声で高笑いを始めた。
バゴォ――ン!
「ブギィッ!」
嗤うノーマンを、拳志郎が素早くなぐりつけた。
「ヒッ……」
ノーマンは、部屋の隅にぶっ飛び、四つん這いになって拳志郎から逃げ出した。
「オイオイ、北斗の文句は俺に言えッ!かんけ―ない奴にあたるなッ!」
「ブッ……偉大なる大英帝国の臣民たる私を、白人の私を、思いっきり殴りやがって。この、トイレのドブ水臭いサルの分際で……『神』が、『私』が許さんぞォォォ」
四つん這いの無様な格好で、ノーマンが吼え……
「ガッ……あれっ?痛くないぞ……それどころか、体が絶好調だァッ!アハハハハハッ!絶好調になったのならァ!この力を利用して、『あのお方』の、『我らの神』のために、お前たちをぉぉおおお」
調子に追ったノーマンが ピョンと跳ね、立ち上がった。近くに倒れていた王の手に会ったサブマシンガンをひったくる。
ノーマンは、そのマシンガンを嬉々としてジョージたちに向けた。
「……」
拳志郎、ジョージ、クーラは、ノーマンを無表情に眺め、クルリッと背を向けた。
「貴様らぁ、なぜ背を向けるッ! 許さんぞォ~~一人一人殺ってやるぞォ~~、このサブマシンガンでぇぇ~~。フフフ、ハハハハハッ」
カチッ
カチッ
ノーマンは首をかしげた。
「!?アレッ?引き金を引いても弾が出てこないよ?アレッ?どうしてだぁ?」
スカッ
ノーマンはサブマシンガンの引き金を引こうとした。だが、ピクリとも動かない……
「ハハハハハッ!なぁぁああんんだぁ! そっ、そうか。なんで弾が出ないか、り り り 理由がわかったぞッ……」
「そうかい、ごくろうさま」
拳志郎が、背中越しに言った。ポケットに手をやり、葉巻を探している。
「理由は、いつの間にか、お お お お 俺の指がッなくなっているぅぅからだったぁぁぁあああああああ!!これで、どうやってあのお方のために奴らをぶっ殺せるんだぁぁ?」
ようやく煙草を探し出した拳志郎が、もう一度振り向き、ノーマンへ言った。
「安心しろ、今から、オタクはそんなことで悩む必要がなくなるぜ」
「えっ?」
ぷはぁ――ッ
拳志郎は煙草をくわえ、煙を吐きつけた。
「だって……お前はもう、死んじまっているのだからよぉ」
「ええっ?ハハハハ、何を言ってるんだ」
「……もう一度教えてやる。『お前はもう、死んでいる』」
「……ハッ」
ノーマンは、その言葉を鼻で笑い飛ばしかけ……急にきょとんとした表情になった。
「……なんだ、体がどんどん気持ちよくなってくるぞ、そっ……それに、なんでか体がくすぐったいぞォ?ブヒャヒャヒャヒャ」
ノーマンのきょとんとした表情が、だんだん恍惚に染まっていく……
「経絡秘孔のひとつ、牽正(けんせい)をついた。せめて死の直前に、天国を感じながら逝け」
ピッ
拳志郎はたばこの抜け殻を指ではじき、ノーマンにぶつけた。
それが引き金となった。
「アベシッィ!」
ノーマンは、両手の怪我から噴水のように血をまき散らした。
次の瞬間、ノーマンの腕が、そして肩から心臓にかけて、まるで『内部から爆弾を爆裂させたかのように』、弾け飛んだ。
「うっ……物凄いな」
顔をしかめ、ノーマンの体を調べるジョージ。
そのジョージから少し離れたところに立つ拳志郎に、クーラが話しかけた。
「フッ……北斗神拳、相変わらずの破壊力ね……もちろん私には通じないけどねッ」
「へっ、元斗も……『東斗』も、北斗には勝てんぞ」
拳志郎が胸を張った。
「!?今、何て言った?」
クーラが怪訝な顔をした。
「……『東斗』と言ったのさ、じきにお前にも分かるさ。しばらくアイツと一緒に行動してればな」
「……拳志郎、何を考えている。あの『イギリス人』が『西斗』、『東斗』の伝説と関係あるとでも?」
「フッ、やはり、元斗にも伝わっているのか?古の秘拳『西斗月剣』と『東斗仙道』の物語を……」
「拳志郎……あれは、ただの伝説じゃないの?」
「いや、……本当の話さ……多分な」
◆◆
一方、ジョージは拳志郎とクーラの話には参加せずに ノーマンの持ち物を探っていた。
そして、『あるもの』を見つけた。
「!?これはッ?」
それは、一枚のふるぼけた白黒写真であった。写真には、巨大な山脈をバックに二人の漢が映っていた。
写真の中の二人は、歳こそ離れてはいたが、とても仲がよさそうに笑い合っていた。
「おっ、親父じゃないか?……元気そうだな……それで、隣の男は誰だ」
拳志郎が、ひょいッとジョージの肩越しに写真を見ながら言った。
「彼は、『老師トンペティ』……確か、5年前に亡くなったはずだよ……」
「なるほど、これは昔の写真ってワケだな。どおりで親父が若々しい顔なワケだぜ。……それで、この写真の場所はどこだ?なんで、このクソ野郎がオヤジとその『老師』の写真をもってやがる?」
「ここは、『波紋の里』だ。忘れるものか……それで、この人が君の父さんだって?」
「ああ、そうだぜ。コイツは『霞 鉄心』第六十一代北斗神拳伝承者で、俺の親父だ」
ふむ……ジョージは腕組みをして考え込んだ。
(『北斗神拳伝承者?』彼が『波紋の里にいた?』その写真をなぜこの男が持っていたんだ? いったい何が起こっているんだ?」)
コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ ……
(このままじゃ何もわからない……チベットへ行ってみるか……エリザベスの……妻の下へ……)
ジョージはそう決めると、1人蒼天の空を眺めた。
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狩猟
インドの南西部の海岸線には、密林が生い茂る湿地帯が広がっている。その湿地帯には5Mにもなる大型のヌマワニが、さらに海水と淡水がまじる汽水域には、6Mにもなる世界最大のワニ、イリエワニが巣くっている。さらには豹、各種の猿、極彩色の鳥が数多く住む、野性の大国だ。
バオーン
その密林の中を、二頭の象が進んでいく。
一頭の象の背には拳志郎が、もう一頭の背にはジョージとクーラが揺られていた。
バリ
バリッ
泥を跳ね散らかし、小川を突っ切り、ゆく手を遮る木々をへし折りながら、象は力強く進む。そうやって象の背に揺られて進む旅を、もう10日は続けているであろうか。
ジョージはハヤル気持ちを紛らわすため、象の背中をそっとさすった。ちくちくした象の皮膚が、手のひらを刺す。
(ああ、チベットは、波紋法のみんなは、無事かな……)
ジョージの脳裏には、美しいチベットの景色が思い起こされていた。
神々しくきらめく山々、轟音を轟かせて渓谷を流れ落ちる川、滝……
波紋法を学ぶ者たちが集う、太古からの寺院。その寺院に張り巡らした綱の上に、無数にひるがえっている、色とりどりの無数の小旗たち。
そして、いたずら好きな子供達、優しく微笑む老師、高弟たち……最愛の妻、エリザベスの姿。
まるで昨日見てきたように、ハッキリと思い出せる。だが最後に訪れたのは、世界大戦の前だ。
あの牧歌的な地が、果たしてまだそのままに保持されているのであろうか。
と、象が行く足を止めた。追憶にふけっていたジョージは、ハッと我に帰った。
ジョージの前で象を進ませていた拳志郎が不意に象を止めたのだ。そして、ヒラリとその背中から飛び降りた。
拳志郎は辺りを見回し、ほっと息をついた。長い移動ですっかりこわばってしまった体を、大きく伸ばす。
ついに、目指す川のほとりに到達したのだ。
ゴアから北に抜ける道は、この間の嵐で完全に崩れ、ひどいぬかるみにおおわれていた。
ゴアから北へ向かう道は、この先100Km、ひたすら泥道だと言う話をきき、三人はジャングルを突っ切って、このテレコール川のほとりに進むルートを取ることにしたのであった。
拳志郎は、ここまで自分たちを運んでくれた象の鼻をさすり、その労をねぎらった。
「おぉ、ゾオウよ、カイゾウよ、お前達が助けてくれて、助かったぜぇ」
ゾオウ、カイゾウは鼻をさすられて、嬉しそうだ。まるで子ブタのようにぶぅぶぅと唸りながら、拳志郎の体にその巨体をこすりつけている。
「おぃっ、くすぐってぇぞッ!」
普通の人間ならば、二体のゾウに体をこすりつけられたら、その圧力でペシャンコになってしまうだろう。しかし、拳志郎にとってはまるで犬にじゃれ付かれた程度のことだ。
拳志郎は迷惑そうに、だがちょっと嬉しそうに二頭を突き放した。
「よしよし、名残惜しいがお前達とはここまでだな……達者で暮らせよ」
拳志郎が腕を差し出す。するとゾオウ、カイゾウが、その鼻で拳志郎の腕をパチンと叩いた。
最後に、二頭は拳志郎に頬をこすりつけた。そしてクルリと三人に背を向けると、背後に広がる密林の中に入っていった。
「……もう、馬鹿な人間に捕まるんじゃぁないぞ」
二頭を見送りながら、ジョージがぼそっと言った。
「ちっ……」
拳志郎は、二頭に背を向けた。ジョージとクーラに見えないように、こっそりと袖口で目元をぬぐう。
そして、二人の方に向かって話しかけた。少しワザとらしげな快活な口調だ。
「フッ……奴らはアヘンの禁断症状にも耐えきったんだぜ。強えぇ奴らだ。……ゾオウたちは何があっても大丈夫だろうよ」
「そうだな……」
「ちょっとォッ、そこのカッコつけて密林を見ている『漢』二人ッ!」
腕組みをして象を見送る二人に向かって、クーラが声をかけた。不機嫌そうな口調だ。
「あのかわいそーだったゾウを助けたのは良かったけれど、この後はどうやって進むのよッ!……まさか、このジャングルを、何の装備も持たずに行くわけじゃないでしょうねッ!」
ハッと、拳志郎が肩をすくめた。
「細けぇこたぁいぃんだよ。クーラァ……元斗の伝承者様ともあろうものが、つまんねーことを気にすんなよ?」
「細かいことぉ?何を言っているのよッ!」
そう言うと、クーラはイラタダしげに手をパタパタさせ、あたりを飛び交う虫を追い払った。
「ああっ、スゴイ蚊ッ」「これ、この後もっとひどいことになるんじゃあないの?……あんまり蚊に刺されたら、マラリアやデング熱になるかもしれないのよ」
「まぁ、蚊にはやられるだろうな」
拳志郎も、ボリボリと蚊に刺された箇所を掻いた。クーラと同じように一匹、二匹……とやって来た蚊を手で追い払っていたが、すぐにあきらめる。
「だが、気合だよ。キアイィッッ。フンッ!」
拳志郎は全身から闘気を一瞬放出した。不意に吹き出した闘気にやられ、周囲の蚊がパタパタと落ちる。
「しかもクーラよぉ……こりゃあ、『気を練る』為のいい訓練になるんじゃあねェか?」
「まぁ……確かにそうやって薄く気を貼っていれば、蚊も寄ってこないけどね」
メンドクサイのよ。
「僕はそんなに悪くないと思うけれどなぁ……ものは考えようだよ」
うんざりした様子のクーラに、ジョージがニコニコと話しかけた。
特に『気を張っている』様子もないのに、なぜかジョージはまったく蚊に刺されていないようだ。
「そうだ。カヌーを作ろうよ。それで、川を下って海まで進むんだ。カヌーをこいでしばらく北に上がっていけば、次の町に出るから、食糧とか何かを調達して、また進めばいい」
「はぁ?かぬぅ――?」
ジョージの提案に、クーラは露骨にいやそうな顔をした。
「嫌よ、この沼にカヌーを浮かべるなんて。ここ、まさに蚊の巣窟じゃあないの」
「イヤイヤ……君たちは気合いで蚊を吹っ飛ばせるじゃあないか。僕は蚊にはやられない体質だし……楽しいと思うよ。それにたった700Kmぐらいの行程じゃあないか。700Kmも行けば大きな町がある。そこからは、陸に上がって陸路でチベットに入るつもりだよ」
「嫌なら引きかえしてもいいんだぜぇ、クーラぁ?お前が逃げ出したことは、言わないでやるからよォ」
拳志郎があおった。
「あぁぁ?」
「おおっ?闘りたいかぁ?だが元斗の正統伝承者どのとは言え、おりゃあ女とは闘らねぇぞぉ」
「くっ……わかったわよ。行くわよ。行けばいいんでしょ?」
クーラが、やけくそ気味に言った。
◆◆
それから半日、三人は悪戦苦闘しながらカヌー作りに取り組んだ。ジャングルの木を切り倒し、中をくりぬく。ようやく中々に立派なカヌーを作り上げることに成功した時には、すでに夕方に近くなっていた。
本来なら、ここで夜を明かし、朝を待ってから次の行動に移るべきであった。だが蚊の襲来にすっかり嫌気がさしていたクーラがすぐに出発することを強硬に主張した。結局その意見に従い、三人は早速カヌーに乗ってテレコール川を下り始めることにした。
ジョージ達を乗せた丸木舟が、茶色い水が満ちた川に浮かんだ。ゆっくりと流れる川の流れに乗って、カヌーは進みだす。時折、ギャァギャァとけたたましい声を出しながら、極彩色の鳥が川を渡って飛んでいく。
周囲にはうっそうと生い茂った木々や蔦が絡み合い、先をふさいでいた。
三人は、木と蔦のわずかな隙間を探しては、丸木舟の先端を突っ込み、進んで行った。まさに、『冒険』と言う言葉にふさわしいやり方だった。
拳志郎は直ぐに楽しそうに鼻歌を歌い始めた。ジョージも満足そうだ。ずうっと文句を言っていたクーラも、時折笑みを浮かべる。
三人とも、わくわくしていた。
だが道中ほとんど変化がなかった。そのため早くも数時間後には、拳志郎はすっかり退屈していた。
退屈するのも無理はない、見えるのはどこまで漕いでも茶色の川と、川岸までべったりと生える緑の樹々、曇り空 といった代わり映えしない景色なのだ。しかも、モウモウと絶え間なく襲い掛かってくる、蚊の集団のおまけつき……だ。
「ジョージっ!あとどれくらいだ?チベットまで」
とうとうオールを放り出し、拳志郎はカヌーの船底にゴロリと横になった。
蒼い空を見上げると、川の対岸へ向かって猿が飛ぶのが、ちょうど目にとまった。
「後3週間だッ……」
ジョージは答え、一休みするか、と自分もオールを引き上げた。
漕ぎ手不在のまま、カヌーは川の流れに乗ってゆっくりと流れていく。
「フ―――ッ たまらないねェ……お前、パイロット何だろ?飛んで行こうぜ……どっかに飛行機が落ちてねーかな」
「そんなの落ちてるわけないでしょうが、馬鹿ね」
「……オイ、クーラ……なんだ?なんでお前ひとりだけ、何もしねーでただカヌーに乗ってやがる?」
「はぁ??アンタたちみたいな馬鹿でかい男達がいるのに、なんで女の私が汗水かいてカヌーを漕がなきゃいけないよの。ふざけないでよ」
それに、今はアンタだって休んでいるじゃない。
「キミ……初めて会った時は女性だからって特別扱いされるのをあんなに嫌っていたじゃないか」
「!?ジョージッ、もちろん冗談よ。ただちょっとこの筋肉ゴリラをからかっていただけ。もちろんチャンと漕ぎますわよッ」
バシャッバシャッ
クーラはカヌーの底に一本だけ残っていたオールを掴み、川面をチョコチョコとかき混ぜ始めた。
ジョージが、二人を慰めた。
「二人とも、楽しんでいこうぜッ。よく見りゃ、きれいな景色じゃあないか。なんかこう、雄大でさ…………それに、このあたりのマングローブの森の中はワニはいるし、毒蛇や毒虫、それから……なにかもう色んなものがウジャウジャいるんだ。ここは、とっとと抜け出したほうが、賢いぜ」
「このつまんねー景色を見て楽しめるお前が、羨ましいぜ。だがまぁ、お前の言うことも一理あるっちゃああるか。仕こうなりゃぁこの旅をできるだけ楽しんでやろうじゃねーか」
拳志郎が、再びオールを手に取った。
「ホレッ、リズムを合わせてこぐぞ」
気を取り直した一行は、カヌーを進めようと真面目にこぎ始めた。
「……って、ジョージ、オメ~のリズムが一番むちゃくちゃだぞ。合わせろ」
「……人に合わせるのは苦手なんだ。大嫌いなんだ」
ジョージが仏頂面で答えた。
ビシャツ。
ジョージの漕いだオールが、クーラと拳志郎のオールにからまった。
「オイオイ、何やってんだよ」
「お前がボクに合わせればいいじゃないか」
「ふざけんなよ。お前が俺に合わせろよ」
「わ……私は構わないわよ。私がジョージに合わせるわよ。拳志郎、アンタもよ」
「クーラ、すまないね。ボクは回りに合わせるのが苦手なんだ。助かる」
ハッ
拳志朗が首をすくめた。
「なぁに言っているんだよお前。だいたいお前は軍人なんだろ?人に合わせるのが苦手な奴が兵士としてやっていけるのかよ……っていうか、お前もいい年こいたオッサンなんだから、若者に合わせろよ。それが、いい大人って奴だろうが」
「……パイロットは大勢で息を合わせて行動したりしないからね……それから言っておくが、ボクはオッサンじゃあない。まだ20代なんだからな、訂正しろッ!」
ブッ、拳志郎が吹いた。
「20代……ウソだろ? 英国紳士たる者ウソはいけないぜ、嘘は」
「なっ!ぼくは29だッ!」
ジョージが口をとがらせた。
へぇ……と、クーラと拳志郎が顔を見合わせた。
「そうなの?お……大人っぽく見えるのね……」
「おりゃあ、……アンタは40くらいだと思っていたぜ。だが、俺にとっては、やっぱりオッサンだぜぇ~~19の俺と比べたらなッ」
得意げに言った拳志郎に向かって、今度はクーラが吹きだした。
「じゅうきゅうッッ!?アンタ、私より3歳しか年下じゃないっての?もっとガキだと思っていたわ」
「ガ、ガキィ?俺がか?」
「ハッハッハッ!極東アジア人は、幼く見えるからなぁ?……それとも、精神的にガキだからかな?」
形勢逆転のチャンスと見たジョージが、拳志郎をからかった。
むうっ……形勢不利とみた拳志郎は、ぷぅ とむくれ、再びオールを手に取った。
「うっせぇ!さっさとこぐぞッ!オッサンとババアッ」
プチッ!
「あぁぁあああッ?何だと、クソガキッ!」
親しい中にも言って良いことと、悪いことがある。
次の瞬間、クーラとジョージは見事に息のあった動きを見せた。
二人は時間差で拳志郎に跳びかかった。
始めに飛びかかった自警団
あっという間に組伏せた。そして、なおも抵抗する拳志郎を二人がかりで抱えあげ、船縁から放り出した。
バシャッンッ
派手な水しぶきをあげ、拳志郎は頭から川に突っ込んだ。
「クッ……卑怯だぞ、二対一なんてよぉ」
ブシュツ
川面から頭をだし、拳志郎が抗議した。
「ウッサッ!川に放り投げただけで許してやったんだから、感謝してさっさと上がってきなッ」
その拳志郎の顔面に、クーラが水をかけた。
「……大体、アンタ生意気なのよッ、一介の『候補者』ごときが、正式の『伝承者』さまに対して……、何て口をきいてるのよッ」
「この海には、マーダー・クロコダイルがわんさかいる。ワニにかじられたくなければ、早く上がったほうがいいぜ」
ジョージは、ニヤニヤしながらオールを拳志郎に差し出した。 大人しくオールに掴まった拳志郎を、一気に持ち上げる。
「ちょっとォ、もっとゆっくり上がってきなさいよ。水を跳ね散らかさないの。濡れちゃうでしょうが」
泥水が服にチョッピリかかり、クーラは眉をしかめた。
(この、アマ……)
拳志郎は、せめてもの当てつけに、まるで子犬のように盛大に体を震わせ、体の泥水をはねちらかした。
ブルブルブルッ
「ウワッ、わざとやったわね……。かわいくないねェ」
「うるせ―― ……チッ、お前達のせーで泥だらけになっちまったじゃネーかよ」
「ちょっとぉ、綺麗に泥を流してから戻ってきなさいよ。臭いじゃない」
(このヤロ――)
向かっ腹をたてた拳志郎は、暴れるクーラを強引に小脇に抱え込んだ。そして、もう一度、クーラもろとも川の中に飛び込んだ。
◆◆
カヌーは川の流れに乗って順調に進み、夕方になる前に海までたどり着いた。
三人の拳法家たちは、力をあわせてカヌーを漕ぎ、日が沈むギリギリまで海岸沿いを北上していった。
その晩は、マングローブの森の中に見つけた小さな泥の島に、カヌーを止めた。
他にちょうどいいところもなかったので、三人は一晩をこの島で過ごすことにしていた。
幸い、軍隊の特殊訓練を受けていたジョージは、このような場所でもキャンプをする術を心得ている。
三人はジョージの指示で、マングローブの木によじ登り、その枝を束ね、木の上にいごこちの良いシェルターを作った。その上に網をかぶせ、簡易的な蚊屋とする。
熱帯雨林の森には、恐ろしいほどのヤブカが巣くっているのだ。
それから、ジョージは、泥を掘り返して小さな竈を作った。
ジョージは一本の木を切り倒し、器用にたきつけを作った。そのたきつけを竈に押し込める。
泥だらけですべてが湿っているマングローブの密林の中、あっという間に竃に火を起こしてみせた。
その日の夕方……
クーラと拳志郎は、連れだって、なにか食べられるものがないか、探しに出かけた。
ジョージはひとり、火の番をしながら、物思いにふけっていた。
パチッ
「ふぅ、なんとか今日はここで寝れそうだね。あの調子なら食料も簡単に調達できそうだ」
パチッ
(波紋の里が、襲撃された?だって?なぜ、何のためにだ)
パチッ
ジョージは、揺らめく焚火の奥に、懐かしいチベットの景色を思い起こした。
あれは、世界大戦が始まる数年前のことだ。チベットの寺院の近くで、エリザベス――リサリサ――と、彼女を養育したストレイッォ叔父と、三人で焚火を見つめていたことがあったっけ。それは、懐かしくも心温まる思い出だ。
(リサ……エリザベス……どうか、無事で……)
バキボキボキッ
と、ジョージの物思いは騒々しくキャンプに戻ってきたクーラと拳志郎によって破られた。
「ジョージ、泥を掘ってカニをとってきたわ。おいしそうよ」
クーラがほうってよこしたズタ袋の中を開けると、そこには丸々と太ったマッド・シェル・クラブが詰まっていた。
「フフフ……大量よ。それに、たまたまそこに寝ていたでかいワニと、帰りがけに見つけた大蛇を一匹、捕まえてきたぜぇ」
拳志郎が、肩に担いだ獲物を二匹、自慢げに見せた。
「どうだ、うまそうだろ……どうやって食うんだかわからねぇがよぉ」
「……皮をはいで、内臓を掻きだすんだ。海の水をかけると塩がをつく。でかい木の枝を突き刺して、火にかけて焼こう」
「おお、いいねぇ。それで、誰が料理するんだ」
「……僕がやろう。ここで処理すると何か肉食の獣が寄ってくるかも知れない……海の近くまで持って行って、処理するよ。こっちの火も安定してきたし、薪もあるしね」
「お願いねッ、おいしく焼いてねぇぇ〰〰!」
「ハイハイ……君たちはカニのほうを頼むよ」
◆◆
マングローブの密林、外洋との境目にて:
ジョージは解放された気分で、日が沈みかけ、紅くそまる水平線を眺めていた。水平線の上には、雲が黒々と伸び、紅い色は海と雲の間に挟まれている。ふっと、海から風が吹き、ジョージの襟を揺らした。
確かに三人での旅は楽しい。だが、根っからの一匹狼気質のジョージには、この、『一人の時間』がたまらなく嬉しく感じていたのだ。
周囲をアブや蚊がブンブンと飛び回っているが、不思議とジョージをさす虫はほとんどいない。湿地帯の密林の中で、ジョージは快適な時間を過ごしていた。
ジョージは、海沿いの砂州に竈を作り、キャンプから持ってきた種火をもとに、豪快に焚火をしていた。その焚火に、落ちていた木を丸々一本使って巨大な串をつくり、下処理したワニと大蛇の串焼きをしていた。
どちらも大きな獲物なので、一通り火を通すのにも時間がかかるだろう。
パチパチパチ
竈から火がでると、周囲にいるトビハゼが、驚いて一斉に ピョン、ピョンと跳ねて逃げ出した。
(チベット、波紋の里 か……ストレイツォ小父さん、リサリサ……以前あったのは何年ぶりだろう?久しぶりに会えるといいな)
ゴウゴウと轟く波の音に、ジョージは嬉しくなり、調子はずれの歌を歌いだした。
その脳裏に、最愛の妻との思い出がうかぶ。
ジュワッ
ジュワァアアアア――――
焼き肉が香ばしい匂いと音を立て始めた。
「おっと、焼けたかな。どれどれ、ワニってどんな味だ?……おっ、うまいな…」
ジョージは、焼けた大蛇とワニを火から離した。ちょっと味見をしてみて、近くに生えていた植物の葉をちぎり、獲物を覆った。
「……………後は、コイツを持って帰るだけか」
そのとき……突然『人声』が聞こえた。
「!?誰だッ」
表情険しく、周囲を探っていたジョージは、不意に大慌てで海に飛び込んだ。
抜き手を切って、近くで転覆しかかっていたカヌーまで泳いでいく。そして、カヌーの船べりをつかみ、岸まで引っ張り上げた。
そのカヌーに乗っていたのは、10歳になるかならないかと言う年齢の、少年、少女たちであった。
「助けてくださいッ!」
子供たちの中で、一番年長と思われる少女が、ジョージに懇願した。
◆◆
再びマングローブの密林、ジョージ、拳志郎、クーラのキャンプ地にて:
ジョージが突然連れてきた子供たちの話が、終わった。
ジョージ、クーラ、そして拳志郎は、その衝撃的な話に、しばし言葉を失った。
黙り混んだまま、クーラが子供たちを抱き締める。
コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ ……
「つまり、人狩りだとぉ?」
拳志郎はこぶしを震わせた。
「そっ……そうなんですッ。ワタシたちのお父さんも、お母さんも、みんな奴らにやられて……ウゥゥッ……」
リマと名乗った、子供たちの代表格の女の子が、そう答えた。リマの目には涙がいっぱいに溜まっており、その声はひどく震えていた。
クーラが、リマの涙をそっと拭った。
「かわいそうに、怖かったでしょ。でも、もう安心よ」
「うわぁあああん」
クーラの優しい声をきっかけにして、子供たちが一斉に泣き出した。
「ヨシヨシ……よくお前たちたちだけでここまでこれたな。偉かったぞ」
拳志郎が、そっと子供たちの頭をなぜた。
「道中、この子たちに聞いた話だと、そのヤクザ者どもがやってきたのは、一週間前のことだそうだ……」
ジョージが言った。
「奴らは、村の長老を殺し、村の備蓄をすべて取り上げ、たわむれに適当に選んだ村人たちを 『追跡して殺す』 殺人ゲームをしているらしい……」
「なんてヤツラ……許せないわね」
子供たちを抱きかかえた、クーラの目が怒りに燃えた。
「すぐ、ぶっ潰すしかないわね。そんな奴らは」
「そうだなクーラ。だが、まずはこの子達を 休ませないとな……」
ジョージは、一番年長の子供に、そっと優しく語りかけた。
「狭い、みすぼらしいキャンプで申し訳ないけど、もう君たちは安全だよ。まずは少し休むといい。ほら、肉もある。腹ペコだろ?」
だが、子供たちはモジモジとして、出された肉に手を出そうとしなかった。
「どぉーした、ガキども。うっめぇゾォッ!」
拳志郎が、元気よく子供たちに勧める。だが、それでも子供たちは肉を手に取ろうとしなかった。
「あの……その…」
「ほら、遠慮すんなよ」
「!? あら、あなたたちもしかして……」
さすがに気が付いたクーラが、なおも肉を進めようとする拳志郎とジョージを止めた。
「そうです……ワタシたちにはそれ、ちょっと食べられないんです……あの……スミマセンッ!」
ペコリ、とリマが頭を下げた。
「わかっているわ。神様が禁じている食べ物ですものね……じゃあ、水でも飲む?」
「ありがとッ!おねェちゃん」
子供たちは、パッと晴れやかな顔をして、ゴクゴク ゴク ゴク と差し出された水を飲み始めた。
そのかたわらで、ジョージと拳志郎はちょっと恥じ入ってうつむいた。
「……そうか、これは、君たちにとって『悪い食べ物』なんだね、それは悪いことをした」
「……」
「仕方ないわよ。知らなかったんだから……インドの文化の奥深さを理解するには、何年もかかるわよ」
「いや……でもボクは、子供たちに無理やり食べさせようとしてしまった……」
「俺もだ……」
「大丈夫、アンタ達に悪気がなかったってことは、この子たちもわかっているわよ」
クーラは、二人の肩をポンポンと叩いた。
やがて、ようやく安心したのか、子供たちがうつらうつらとし始めた。ついには全員が、地面にごろりと横になり、寝入ってしまった。
「あら、寝ちゃったのね。フフフ」
拳法家たちは、子供たちを一人一人ゆっくり抱きかかえ、蚊帳の中に優しく寝かせていった。安心したのか、子供たちの寝顔は少しだけリラックスしたように思えた。
その様子を確認した拳法家たちは、再び蚊帳の外に出ていった。
やるべきことは、わかっていた。
「……ところでクーラ、俺たちは『用事が出来た』から、ちょっとここから離れるぜ……」
拳志郎は、岸に上げていたカヌーをもう一度水に浮かべた。
ジョージが、クーラの肩をつかんだ。
「その間、子供たちの面倒を頼んだよ」
クーラは不承不承うなづく。
「……そうね、わかったわ、でも次はあんた達二人の内どっちかが留守番役だからね」
「わかっているよ。任せくれ」
そういって立ち去ろうとするジョージと拳志郎に、クーラが背後から声をかけた。
「……ジョージ、拳志郎、私に代わってヤツラをシッカリぶっ潰してやってよね」
――――――――――――――――――
ある村近くの、ジャングルの中:
ガサガサガサッ
バキッ ガサッ
泥だらけのジャングルの中を、十数人の男たちが必死に走っていた。
「みんなッ!走れッ 苦しくても立ち止まるなッ」
一行のリーダー格の男が、皆を励ます。
だが、皆疲れ切っていた。
「そ……そんなこといっても、もう……走れない」
そう言って、一人の男が立ち止った。
「馬鹿野郎ッ! 足を止めるなッ」
「もう、疲れたよ、ほっといてくれ……」
グサッ
走ることを止めた男の胸に、不意に矢が突きたった。
男は声もなく倒れた。見る見る間に、その周囲が血に染まっていく。
矢を放ったのは、見るからに裕福そうな白人たちであった。白人たちは、逃げる男たちを見渡せる位置に作られた櫓の上に立ち、双眼鏡と弓を片手に、楽しそうにワインをがぶ飲みしていた。
その背後には、巨大なオリが作られ、櫓から吊り下げられていた。そこにはジャングルを走る男たちの家族 ――妻や幼い子供たち―― が閉じ込められていた。
男たちの家族は、オリにしがみつくようにして、逃げる男達を見守っている。
愛する家族が人間としての尊厳さえもはぎ取られ、無残にも狩られていく。その光景を見せつけられている彼らの目は、憤怒と絶望に歪んでいた。
ワインを片手にした白人たちは、倒れた男を見て、悦に入った歓声を上げた。
「ウヒャヒャハハハハハハッ! ほれほれ、必死に走れッ! お前たちが必死に逃げねーと狩りができねーだろっ?」
「さっさと逃げろッ!あと30秒したら、この庭にマーダ―・クロコダイルを放つんだからなッ!5頭の腹ペコのマーダ―・クロコダイルたちだッ!」
「ほれっ!真剣味が足りないんじゃないか? いいのかぁ? い いの か ぁ??? お前達の家族が おっ チんじゃう ぞぉぉぉおおお?」
「ぶっヒャッヒャッヒャヤヤヒャァァッ」
「ウォォォおおおおッ」
人でなしどもの笑い声を聞き、『獲物』とされた男たちが走る速度をあげた。だが……
バビュンッ!
またしても、人でなしどもが射った矢が、一人の男に突き立った。
「ァ……おれ、なんで……クソッ、これじゃあ 子どもに、つまに……」
「アナタッ!」「オトォーーサァアアンッ!」
オリの中で見ていた男の妻と子が、悲痛な悲鳴を上げた。
あまりにあっけない死……その元凶の人でなしどもは、しかし、不平を漏らしていた。
「オイオイオイッ!すぐやられやがってッ!これじゃあ、つまらねーぇじゃネーかッ」
「おっ!いい『代わり役』がいたぞッ!」
「えっ?」
父親の死に嘆き悲しんでいた妻と子は、不意に手荒く檻の外へと連れ出された。
「ブヒャヒャハヒャヒャッ! だらしがねー父親に代わって、家族のお前らが責任を取るんだよォォッ! オイ、コイツラを叩き落とせッ」
「イェッサ……」
兵士たちが、二人の腕を背中に向けてねじり上げた。
「お願いです……お慈悲を……」
「うわぁぁぁ―――ン。怖いよぉぉッ! オドウザンッ!だずげでぇぇッ」
恐怖に震える妻と子に、人でなしの一人が、ブヒャヒャヒャっと醜く笑いながら、言い放った。
「フフフ、じゃあな、お前たちをこっから突き落としてやるッ!落ちたらしっかり走れよォォオオオ 首の骨を折らずにいられたらなぁぁぁッ!」
抵抗むなしく、二人は見張り台から下に、ほうり落とされた。
バッ!
「キャッ………………えっ?」
見張り台から突き落とされた妻と子供が、恐る恐る目を開けると、二人は屈強な白人の男に抱きかかえられていた。
「あなたは……?」
「お兄ちゃんが助けてくれたの?」
「……もう安心さ、よく頑張ったね。あとは僕たちに任せて」
その男、ジョージは優しく二人を地面に下した。膝をついて少年の頬を撫で、母親の体を気遣う。
そして、背後に控えていた拳志郎に話しかけた。その顔は、憤怒の表情に代わっている。
「拳志郎、アイツらは僕がたっぷりと制裁するッ!キミはジャングルを逃げる男たちを頼むッ」
「……わかった」
ジョージは見張り台に飛びついた。台を支える柱を蹴り、その反動で反対側の柱へ、そしてまた次の柱へ……と言うように見張り台の柱を順繰りに蹴り、登って行く。あっという間に階上の見張り台にとりつくッ!
バッ!
ジョージは、階上に登り切ったとほとんど同時に、檻の中に銃を向けていた兵士たちに襲い掛かった。
「この、クソヤロォォォッ!ウォォオオオッ!」
バキッ!
ゴキィッ!
ジョージはめまぐるしく動き、あっという間に見張りの兵士を倒していく。
不健康にワインを飲みながら、人狩りを楽しんでいた『ひとでなしども』がハッと我に返った時には、遅かった。
ジョージはすべての兵士を無効化し、人質を解放していた。
コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ コ¨ ……
「ヒッ、ヒギッ」
状況を理解した『人でなし』どもが、衝撃を受けて、ざわめく。
一方で、『あるもの』を目にしたジョージもまた、激しいショックを受けていた。
「貴様ら……その制服、まさか、まさか」
それは、栄えある大英帝国軍の制服ッ!
┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨……
「スッ……”スター”どの……」
目の前にいる男が誰だか認識した『人でなし』どもが、こびへつらうように笑い、ジョージの、『戦闘機乗りのエース』としての、通称を口にした。
それが、ジョージの怒りにさらに火をつけた。
「貴様らが、僕をその”通り名”でよぶなぁッ」
「ピギィッ」
動揺した『人でなし』の一匹が、手にしていたクロスボウを『英国空軍のエース』 ”スター” ジョージに向け、放つッ!
だがジョージはいとも簡単に、そのクロスボウから放たれた矢をはたき落した。
「この、馬鹿者どもが……」
「おっ……お許しをぉぉ」
「許さんッ! ゴラゴラッゴラゴラゴラゴラッッ」
怒りに燃えるジョージは、一人残らず『人でなし』どもをぶちのめした。
「この、大英帝国軍の恥さらしがッ」
だが……たった一人だけ、ジョージの攻撃を防いだ男がいた。
「情けねぇ奴らだぜ。まるでアリンコがテーブルから払いのけられるように、簡単に落とされちまってよぉ」
その男は、階下に払い落とされた仲間を嘲笑った。下に向かって唾を吐きかけ、ジョージをにらみつけた。
「ハハハハハ……はっ!栄えある 英国空軍の”エース” ジョージ卿が 腕っ節の方もここまでとは、聞いていなかったぞッ! だがッ!」
その男は再び繰り出したジョージのこぶしを、またしても『簡単に』抑えて見せた。
この蒸し暑いのにワイシャツの上にベストを重ね着した、リーゼントの男だ。
「キサマ……『拳法使い』か?」
いかにも、とその男は笑う。
「俺の名はセンッ! ”スター”殿、戦争の腕ではあなたにかなわぬ。だが、素手の『拳法』ならば、俺は、アナタにも引けを取らんッ!我が、『南斗紅雀拳』の極意、その身に受けてみるがいいッ!」
センと名乗る男は、自信満々に両手を高く掲げた。
まるでクジャクのように上から下へ、下から上へ、手のひらをヒラヒラと動かす。
対戦相手を幻惑させるための、動きだ。
「我が南斗紅雀拳は、南斗聖拳の中で最も華麗かつ残忍といわれている拳ッ! 覚悟しろよぉ、”スター”どのぉッ」
「ああ、そうかいッ!」
ジョージは、自分の言葉も終わらないうちに、超高速のタックルをセンに見舞うッ!
まるで地面を這うような超低空からの、伸びあがるようなタックルだ。
ザシュッッッ
そのタックルが、センに 決まった。
「!?ウォッ」
センの顔が、ゆがむ。
「口だけか、もらったっ」
ジョージは、タックルから寝技に移行し、センの腕をねじり上げた。
一方、そのころ……
◆◆
「さて、どこにいったかな? ……ぬっ?」
救出した妻と子を安全な場所に待たせ、自分は男たちを追おうとジャングルを走り出した拳志郎が、不意にタタラを踏んで立ち止まった。
そこには、凶悪なマーダ―・クロコダイルが三頭もいたのだ。
巨大なクロコダイルであった。拳志郎の身長の優に3倍はありそうな怪物だ。
三頭のクロコダイルが、拳志郎に襲いかかるッ!
「フンッ!」
ボガッ
拳志郎はその恐るべき腕力を見せつけた。襲いかかってきたクロコダイルを、拳一つで吹き飛ばしたのだ。
「オイオイ、ゾウの次はワニかよ……俺はム〇ゴロ―じゃねぇーし、動物使いでもねェ――……俺は、拳士なんだぜぇ」
拳志郎はぼやいた。
だが、いくら拳志郎のこぶしといえども、強力な甲冑のような鱗を持つマーダー・クロコダイルを一撃では、倒せなかった。
クロコダイル達は、巨大な口を開け、拳志郎を一飲みにしようと再び襲い掛かった。
ワニの噛む力は1平方センチ当たり約260キログラム、それは地球の歴史上最大、最強の肉食動物であったティラノサウルス・レックスに匹敵する恐ろしいほどの力だッ!
しかも、瞬間ではあるが走力は最大で時速60Kmに達し、その分厚い鱗が持つ防御力は、チャチナ銃弾など簡単に跳ね返すッ!
拳志郎は、巧みな足さばきをみせ、襲いかかるクロコダイルの牙を、爪を、尻尾の間をすり抜けた。
「フフフッ 良く避けたな……。この酷い足場でよくそこまで動けるものだ。だが、まだまだ甘いな」
「何だとォ?」
クロコダイルをひきつれて現れたのは、三叉戟を手にしたやせぎすの男だ。赤いバンダナを頭に巻いたその男は、三叉戟を構えて拳志郎を挑発した。
「俺の名はマット!そしてコイツラは我が可愛い マーダ―・クロコダイルよ」
マットは、ヒラリと跳躍し、一頭のクロコダイルの背に乗った。
「我が秘術、驚鞉操鰐術 (きょうとうそうがくじゅつ)の秘儀を喰らえィツ」
「ああぁ?キョウトウソウガクジュツだぁ?」
「フフフフ、俺は、4体のマーダ―・クロコダイルを、自分の手足のように操ることが出来るッ! ……一匹、どこかにほっつき歩いているようで、少し気分が悪いがな」
驚鞉操鰐術 (きょうとうそうがくじゅつ)
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南アジア一帯には 野生のマーダー・クロコダイルが 多数生息しているが、一八世紀初頭 かの地ではこれを飼い慣らし、操る術が発達した。
この術を応用し、村人は村の周囲に堀をつくり、その中に飼育したワニを放ち、外敵の侵略を撃退したという。
このためワニは守護神として人々に大切にされた。
現在でも 南アジア某国には、ワニを殺したものは死刑との法律が残存しており 、昨年 うかつにも、ワニ皮のハンドバッグを所持していた日本人女性が、終身刑となったのは周知の事実である。
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民明書房刊
「クロコダイル・ダ ンディ―爬虫類よもやま話―」よ り
拳志郎が、『やれやれだぜ』と言わんばかりに首を振った。
「あぁああん?ワニをけしかけて戦わせるだとぉ? この卑怯者めッ。こんなうまそーなワニ、片っ端から喰ってやるぜッ!」
「ばかが、ワニのえさになるのはお前の方だッ!幾多の人間をその腹に収めてきた、血に飢えたマーダ―・クロコダイルの強さを特等席で体感するがィィィッ」
マットの指示にこたえ、ワニたちが一斉に襲い掛かるッ!
ワニの強大な体躯からくる恐ろしい圧力が、拳志郎を襲う。
「ハッ!くだらねぇーぜッ」
拳志郎は飛び掛かってきた最初の一頭をかわす。
かわしざま、むき出しのワニの腹に正拳を叩きこむべく、拳を引く。
そこへ、マットの三叉戟が襲う。
「ああぁぁ?物足りねぇーーなぁ、スローすぎるぜッ」
拳志郎は後方に飛びさすり、三叉戟の突きを躱した。
三叉戟が引き戻される動きに合わせ、再びマットの懐に飛び込む。
同時に、噛みついてきた二頭のクロコダイルを、ぶっ飛ばすッ
ドガッ!
マットは引き戻した三叉戟の柄で、拳志郎の拳をギリギリのところで受け止めた。
吹っ飛ばされたワニたちも、すぐさま平然と身をおこし、再び拳志郎に向かって突撃してきた。
「ウォッ!さすが爬虫類最強だぜ。俺の一撃をまともに喰らっても襲ってくるだとぉ?」
ガブっ!
ガリっガリッ!
ブワンッ
避けきれずにワニの尻尾の一撃をまともにくらい、拳志郎が吹っ飛んだ。
「……やるねェ、さすがワニ、恐ろしい威力だぜ」
「ブヒャヒャヒャッ、勝った。どうだッ!貴様の北斗神拳は通用せんぞぉッ!どうだ、ワニに経絡秘孔があるか?ウワッハハハハハ……ハハハ」
「ヘッ!ワニ公なんざ俺にとってはただの飯の種だぜッ!たった今も、馬鹿でかいワニの丸焼きを喰らってやったところだぜ。お前たちもまとめて食ってやるゼ」
その言葉を聞き、マットが手を止めた。
「……オイ、まさかとは思うが……そのワニ、6Mぐらいの大きさで、黒っぽい背中に白っぽい傷がある奴だったか?」
「……おう、そういえば、そんなだったかもしれねぇーな」
律儀に拳志郎が答えた。
「きッ……キサマ」
その答えを聞いたマットが体をわなわなと震わせ、怒り出す。
「キサマッ!喰らったなッ!俺のカワイイ鰐を『喰いやがった』なァァァァ」
「なんだってぇ、あれはお前の飼っていた鰐だったのか?……そりゃ~~あ 悪いことをしたな。だが、おいしくいただいたぜ」
「………」
「まぁあれだ。ちゃんと成仏したと思うから、許してくれや」
「貴様らッ 殺してやる。殺して、お前達をワニのえさにしてやるぜェェェ!!!」
「あぁあああ、何だとォ 上等だこのヤロォ――― 俺が食ったモンに文句があるなら、俺にかかってこいやぁッ」
バゴッ!
ブギッ!!
ボゴォォッ
ワニ公の、尾っぽを鞭のようにしならせた一撃ッ
太い前足の、振り下ろし攻撃ッ
拳志郎は、二体のワニの攻撃をいなした。
続けて放たれた三叉戟の連続突きも、簡単に払いのける。
だが……
残った一頭が、拳志郎の二の腕に噛みついたッ!
ワニのその噛み千切る力は、数トンにも及ぶッ!
しかし、そんな強力な力を持つワニの牙が、拳志郎の腕を通らないッ!
「ほらよっ!」
拳志郎は軽々と拳をふるい、自分の二の腕に噛みついていたワニの顎を砕いた。
まるで、雪のように白い破片が飛ぶ。
ワニの牙だ。
続いて、残り二体のワニが、驚異的な速さで襲い掛かってきた。
拳志郎はさらに素早い動きで迎い撃ち、二頭とも吹っ飛ばした。
「ブッゴォオオオッ」
ワニはピクピクとその体を痙攣させ……やがて、その動きも止まった。
残るは、マットただ一人になった。
「バッ……馬鹿な、なぜワニにかまれたのに、奴の腕は何ともないんだ。」
「うるせぇな、気合いが違うんだよ、気合いがッ!」
バーンッ
「オイッ!こんなかわいいワニ公を殴らせやがってッ!……てめー、この動物好きの拳ゴロ―さんを怒らせたなッ!ゆるさねぇ」
ドガッ
「ウワァタァッ」
ボゴボゴボゴッ!!
(そんな……さっき、ワニを見てうまそうだっていってたじゃん……)
マットは、瞬時に拳志郎にボコボコに殴られた。
「フンッ」
ブスッ
そんなマットの頭側部に、拳志郎の親指が突きささった。
「『頭維』と言う秘孔をついた……お前はこの指を抜いてから、三秒後に、死ぬ」
冷静な死刑宣告にマットは冷や汗をかき始め、拳志郎に懇願する。
「へッ……いやぁあああ、抜かないで、抜かないでッ」
「ぁあああん?お前のワニに喰われた犠牲者も、今のお前と同じように命乞いしただろうに」
「……ダメだ」
ヌタッ
「そッそうだ、じ……自分で指を入れればいいんだ……へへへへ」
ブスッ と、マットが自分の頭に空いた傷口に、自分の人差し指を差し込んだ。
傷口に再び自分の指を入れる。そのあまりの痛みに、マットは脂汗を流した。
「いっ、痛ってぇぇ。だ、だがこれで大丈夫だァ……」
そんなマットに向かって、拳志郎は無慈悲に宣告した。
「……ご苦労様だが、残念なことに秘孔は指でついただけじゃあ効かねぇんだよ。秘孔をはたらかせるためにゃあ、一ミリの間違いもなく指を突き入れたうえで、相手の命脈を乱すように、正確無比に気をおくりこまなくてはな……」
「え……そっそんなッ…………イやっ、やだぁッ」
マットの顔が、恐怖のあまりどす黒く染まる。そしてボコボコと膨れ上がっていく
エブシィッ!!
ブシャッ
マット:頭維と言う秘孔をつかれ、三秒後に死亡
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鉄拳
その頃、見張り台の上では南斗紅雀拳のセンとジョージが、激しい戦いを繰り広げていた。
「喰らえィ」
再びジョージがタックルに行くッ
シュルルルルッ
だが今度は、そのタックルを見切られた。
ジョージの攻撃をかわしたセンは、ホッと息をついた。
「クッ、でかい図体の割に、なかなか早い動きだな……。だが、まずタックルを選択したこと、これでアナタが憲法家でないことははっきりしたッ!我が、南斗紅雀拳の敵ではないッ!喰らえイっ」
キィエエエエエィツ
センは奇声を上げた。ユラユラと腕を動かし、異様な構えを取る。
(何だ?なにをしようとしているんだ?……ええぃッ、ここは度胸一発、先手必勝だッ)
センに向かって、ジョージが再びタックルをしかけ、突っ込む。
「フン……下らんッ!」
センは、にやりと笑った。
タックルに来たジョージを迎撃しようと、腰を落とし、腕を構える。
その時、二人の間に太い枝が落ちてきた。
階下から投げつけられたものだ。
バシュッ
その枝に、センが腕を伸ばす……すると、木が瞬く間に削れていくッ!
ジャルルルルルッ
枝は、どんどんその身が削られていく。
そして床に落ちる前に、まるで、蒸発したようにその姿はなくなった。
そして床には、木クズがまるで雑草のようにばらまかれていた。
その光景を見たジョージは、冷や汗を浮かべた。
「馬鹿な……木が……木クズになっちまった。まるで、ニホンの鰹節のように削られるなんて……コイツがやったのか?」
木を投げたのは、拳志郎であった。
拳志郎は地面から見張り台を見上げ、ジョージに大声で警告した。
「ジョージッ!今のでわかったろ……南斗をナメルなッ!南斗は、手足を必殺の武器と化す、恐ろしい破壊力を持った拳法だッ」
「……ああ、良くわかったよ」
「フッ……わかったからどうだというのだッ!我が『南斗紅雀拳』の威力、とくとあじわうがいいッ!!!」
センは両腕を広げた。
その腕を、まるでクジャクの尾びれのようにヒラヒラト舞わせ……今度は宙を舞うッ。
「啄殺乱破(たくさつらっぱ)!」
バシュッ
センは空中で見張り台の天井を蹴った。
そして、無数の突きを繰り出しながら、ジョージに向かって突っ込んでいくッ。
「死ねぇぇイイイッ」
「!?ッウォォオオオオッ!」
ジョージは、とっさに床板を剥ぎ取り、センに向かって投げつける。
同時に必死に床を転がり、センの突進をかわすッ
ぼごぉぉぉっ!
衝撃音とともに、周囲の床材が飛び散るッ!
「フッ……良くかわしたな、だが二度目は……無いッ」
「ハッ!貴様こそ、この俺をナメルなァァァッ!」
センに追撃の構えをとる間も与えず、今度はジョージが動いた。
「ゴラッ!」
センの頭部への回し蹴りだッ
「フッ……下らん攻撃だ……なッ?」
センは片手をあげ、ジョージの蹴りを防御しようとした。
その時……
不意にジョージの脚が 消えたッ!
次の瞬間、消えたジョージの脚が、四方から同時にセンを襲うッ!
「ブギィィイイイッ!」
マトモにジョージの蹴りを受けたセンが、見張り台からぶっ飛ぶ。
無様に地面に這いつくばるセン。
その様子を、少し離れた所から拳志郎が満足げに見つめていた。
(やるじゃねーか……ジョージィ……だがもちろん、元斗皇拳の伝承者と、まともにやりあって無事だったお前だ。こんな、南斗百八派の末席に引っかかっているような拳法じゃ、とーぜん相手にはならんか)
「クッ……こんな、ハズは……」
ヨロッ とよろけながらも、何とかセンが立ち上がった。
「へぇ……僕の蹴りをまともに喰らって、それでも何とか立てるのか、キミ、なかなかタフだね」
それを見て、ジョージがひらりと見張り台から飛び降りた。
「こいッ!」
「クッ……こうなっては、南斗紅雀拳、最大奥義で葬ってやるわ……喰らえ」
センは、緩やかな動きで腕の本数を多く見せるような構えをとり……
「全身を切り刻まれて死ねッ!雀紅千波(じゃこうせんば)ッ!」
その腕から、同時に周囲を切り裂くナイフの群れの様な手刀が飛ぶッ!
「甘いッ!」
だが、ジョージはその『ナイフの群れ』のような手刀をすべてさばき切り……
代わって自分の拳をセンに叩き込むッ!
「ゴラゴラゴラゴラッ!」
ボッゴォオオオ!
セン:ジョージの連撃をまともに喰らい、気絶
「ふぅ、これで片が付いたかな」
爽快にセンをブッ飛ばしたジョージが、額の汗をぬぐった。
そんなジョージに向かって、拳志郎が文句をつけた。
「オイオイ、ジョージ。ズルくないか?お前はまともな拳法家と勝負ができて、俺はワニ公との戦いかよ……不公平だぜ」
「ハハハ、花をもたせてくれて、ありがとう……でも、コイツラは僕が『処分』すべきゴミだったからね」
まさか自分が属する英帝国軍に、こんな極悪非道な事をする部隊があったとは……ジョージは、肩を落とした。
せめて、この非道を告発し、関係者がもしまだ生き残っていたら、しかるべき保証をしなければならない。ジョージはやりきれない思いで、非道の証拠をつかもうと、自分が処刑した敵の遺留品を調べ始めた。
すると、見張り台の下に、鉄板が埋められているのを見つけた。その鉄板は、分厚く、何かの蓋として使われているようであった。
拳志郎とジョージは、鉄板に指をかけた。
「ほら、行くぞジョージ。息を合わせろよ、せぇえのぉぉッ!」
だが、屈強な大男が二人がかりで頑張っても、その鉄板はピクリとも持ち上がらなかった。
「だめか、重すぎる……いや、溶接されているのか?……ならば……」
速度を必要としない力仕事ならば、自分のスタンドの独壇場だ。ジョージは、スタンドを呼び出した。
「ザ・ソーンッ!」
ヴォ――ンンッ
ジョージの隣に、茨でできた大男のヴィジョンが現れた。
ジョージのスタンド、ザ・ソーン。
改めてそのスタンドをマシマジと見て、拳志郎が尋ねた。
「ああ、闘気を使うのか。なるほどな……ところで、お前の闘気、おもしろいな。スゴイ力じゃねぇか……なぁジョージ、なんでさっきはその闘気を戦いに使わなかった?」
「使えないんだ。動きが遅すぎるからね……僕の能力は『植物のようにゆっくりとした破壊と眠り』を相手に与える能力さ。戦闘には使えないんだ」
「へぇ~~なるほどな」
拳志郎が、納得した。
「そうだよな。世の中、そんなに便利なものは、ねぇよなぁぁ」
「安心したかい?」
ジョージが意図したように、ザ・ソーンは、ゆっくりした動きで、ゆっくり、ゆっくりと鉄板をたわませ、引きはがした。
バリッ!
ベリッ
ボゴォッ!
やがて、ジョージのスタンド:ザ・ソーンは、ゆっくり、ゆっくりと鉄板をまるで紙のように引きちぎった。
するとその奥には、人ひとり、かろうじて入れるぐらいの洞窟が口を開けていた。
「へぇ……なんじゃこりゃ?」
興味津々にのぞきこもうとした拳志郎を、ジョージがひき止めた。
「あわてるなよ。有毒ガスがたまっているかもしれないんだからな」
「わかってるよ……で、どうする !?オッ?」
拳志郎は、ジャングルの奥からある気配を察知し、ニヤリと笑った。
「村人が戻ってきたみたいだね」
同じく気配を察知したジョージが、晴れ晴れと笑った。
「これで、一件落着……かな?」
二人の予感は正しく、やがてジャングルの密林をかき分け、人狩りの対象とされていた男たちが恐る恐る顔を出した。村人たちを理不尽に狩りたてた者共は、すべてジョージが倒していた。
男たちは、『人でなし』どもがいなくなった事に気が付き、狂喜乱舞した。
「#&★☆#! お前達ッ」
「ああっ、アンタッ ……無事でよかった」
「うわぁーーん、お父さんッ!」
「……よしよし、泣くんじゃない。もう大丈夫だ」
男たちは妻と子供と、それに年老いた両親を。人質にされていた家族は父親の名を、それぞれに涙を流して呼びあい、抱きしめあった。
やがて、逃げていた男達が拳志郎とジョージにむかって、口々に礼を言った。
「ああ、あんた達、ありがとう……ありがとう……」
「ありがとう……あんた達の事は忘れないわ。アンタたちは私たちの救世主様よ……」
「にぃちゃんたちッスゲェ―――ッ カッケェ――――ッッ。どうしたら、そんなに強くなれるのぉ?」
手放しの称賛に、二人が顔を赤くした。
「!?ぉおおお、まっ、気にすんなよ」
「僕たちは暴れたくて暴れただけさ……」
と、その時だ。
「隙ありッ!」
キャァッ
いつの間に目を覚ましたのか、センが再び立ち上がっていた。
拳志郎とジョージを取り囲んでいた村人たち、その輪の外れにいた二人の子供が、センに両腕をねじりあげられていた。
「近寄るんじゃねぇッ。このガキどもを、五体満足でいさせたかったら、なぁぁぁ」
「なんてことだ……」
ジョージが歯噛みをした。
センは、嫌がる子供を両脇に抱えた。
「ブヒャヒャヒャヒャッ!お前達ッこの人質の命が惜しければ、降参しろッ」
「ちっ……」
拳志郎は、一歩センにむかって歩みだしかけ、その足をとめた。
「……いやぁぁ……?もっといいことを思いついたぞォオオオ。……お前達、『二人で死合え』や」
キシシシシ……。ゲスな笑いが、センの口から漏れた。
「キサマ……なにを言っているんだ」
プッ……。拳志郎が、失笑した。
「オイオイ、死合いだぁ?冗談はよせよォ……こんなオッチャンが、俺のあいてになるかよ」
「……何だって?クソガキ」
ジョージが、聞き捨てならぬとばかりに、拳志郎をにらみつけた。
「あぁあああ?」
よせば良いのに、拳志郎がジョージを煽った。
「オマエ、拳力がおれより劣るから、嫉妬してんじゃないのか」
「何だと……」
拳志郎とジョージはにらみ合い……
ボゴォッ
ドガッ!
バゴォッ!
真正面から殴り合った!
互いの拳が、ちょうどボクシングのクロスカウンターの形で、交錯する。
「……お……おい……」
取り残されたセンが戸惑うなか、二人はまるで子供のように殴りあった。
互いの拳を、さけることも、ブロックすることもせず、ただ真っ正面から打ち合っている。
それは、まさしく子供の喧嘩であった。
「オッサン、なかなか痛てぇじゃねーか」
すっかり顔を腫らした拳志郎が、フガフガと言った。唇が腫れ上がり、まともに話せないのだ。
「ケン、君は働きもせず、拳法ばっかりやってた男だろ?なのに『コンナモノ』なのか?がっかりだよ」
ジョージが応えた。その声も、フガフガしている。
もちろんジョージの顔も、まるで赤い風船を膨らましたかのように、パンパンに腫れていた。
「アタァッ!」
拳志郎は、ジョージの挑発に、連打で応えた。
「ゴラッ!」
ジョージも対抗する。
二人のラッシュがぶつかり合う!
バゴッ!
ボゴォォッ!
ドガガガッ!
「アタタタタタタタタタタタタタタタタタタァァァッ!!」
「ゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴララララァッッッ!!」
「そんな手打ちのジャブで、ボクが倒せるかッ」
ジョージは、防御を無視した攻撃に出た。
アッパー気味の右を、拳志郎めがけてフルスイングで放つッ
バゴッ
「ゲボゥ」
拳志郎が、体をクの字に折った。
ジョージの拳が、拳志郎のみぞおちをえぐるッ
(クッ、こいつナチュラルに重たい拳だぜ……危うくさっき食べたワニ公を、フル リバースする所だったぜ。 あっぶねェ―――。 だが、ここは平気な顔でハッタリをかますぜ)
拳志郎は、歯を食い縛り、努めて平気な顔で、ジョージをあおった。
「あぁああん?テメーこそ、そんなスローな拳で、よくもこの霞拳志郎さまの前に立てたもんだな、コラァ」
ドガッ
お返しとばかりに、拳志郎の膝蹴りが、ジョージの脇腹を抉るッ
ジョージも、体をクの字に折った。
左手で口をおさえ、朝食をなんとか胃のなかに押し止める。
(ウプッ……クッ、拳志郎……『拳法家』っていうのは、こんなにも鋭い攻撃をするのか……これだけ早い一撃だと、出所が抑えられないッ)
「こんな攻撃っ、くらえぃ!!」
だが、ジョージも止まらない。
崩れ落ちると見せかけ、ジョージは拳志郎の腕をとりながら足を払った。
二人が、地面に倒れ込む!
「上等だ、このやろーッ!」
拳志郎が、ジョージの襟を掴んだ。
「うぉおおおおおっ!!」
ジョージは、隙をついて拳志郎の上に馬乗りになるッ
二人は、互いに馬乗りになりながら、地面をゴロゴロと転がっていった。
互いの襟を掴み、殴り合い続ける。
ボガッ、ボゴッ
「痛てぇなッこのやろー……」
バゴっ
「はっ、そんなものか?下から無理やり打ち上げた手打ちの拳なんかで、ボクが倒せると思っているのかい」
「あぁぁぁ?いってろ、このタコ野郎」
ポカポカッ
まるで子供のような喧嘩に、センがしびれを切らし、わめいた。
「……オイッ!舐めてんじゃねェ~~ッ ガキの喧嘩か、テメーら。奥義を使えッ!秘孔を突けッ このやろぉ」
「うるせぇッ!! 引っ込んでろバカヤロォッッ!」
完全にキレた二人は、逆にセンを怒鳴り付けた。
二人の剣幕に、センは思わずたじろぎ、口ごもった。
そんなセンをしり目に、二人はいったん少し距離をとり、にらみあった。
コォオオオオオオ………
ジョージが奇妙な呼吸を始めた。
その呼吸にあわせて、ジョージの体から『茨のようなもの』が、顔をだした。
ジョージのスタンド、ザ・ソーンだ。スタンドの茨は、ジョージの呼吸に合わせてゆっくりとジョージの体を覆っていく。
「ふぉぉぉぉぉ――ッ」
拳志郎も異様な構えをとり、鬪気を溜めていく。
その鬪気がオーラとなり、拳志郎の背後に『戦の女神』の姿を形づくった。
「ぶひゃ……やっ、奴等が本気をだすぞ。ふぷぷぷ……」
ようやく、奴ら二人が本気で潰しあうか。
ほっとしたセンは、自分の足元に伸びる『茨』に気がつかなかった。
「痛っ!……なんだぁ?」
センは、不意にチクリとした鋭い傷みを足元で感じた。
足元を見ると、自分の足に茨の刺が刺さっているのを見つけ……
「あぁ、なぁんだ。棘のある植物を踏んだのか か カ……」
白目をむき、ぶっ倒れた。
ジョージは、横目でセンが倒れたことを確認し、ニヤリとした。
「よし、邪魔者はボクのスタンド: ザ・ソーンで始末した。……これでもう、うれいはないよ」
「……おお、良くやったぜ。オッサン」
「…………」
二人の漢の視線がぶつかった。
ニヤリ、と漢たちの唇が、ゆがむ。
「ふっ、では 『死合うか』」
「ああ、逝くかッ」
「蒼龍天羅(未完成Ver)っ!」
拳志郎が叫ぶ。
その声に呼応し、拳志郎の背後にたたずんでいた『戦の女神』が両腕を広げた。女神が、二人を抱擁するっ
女神の懐にいだかれた二人の体が、宙に浮いた。
二人の体が、女神の胎内に包まれる。
「なんだ、ここは……急に、まるで、別の空間に閉じ込められたような……まるで、晴天の蒼い空の中にいるような……」
ジョージは、周囲をキョロキョロと見回した。
二人の周囲を取り囲むのは、どこまでも続く深い蒼。蒼天の空の中とも、海のそことも知れぬ、奇妙な空間であった。
拳志郎が、胸を張る。
「ヘッ……これぞ我が北斗神拳の秘拳、蒼龍天羅だ……まだ、未完成な業だがな」
「ソウリュウテンラ……なんだかわからないが、なんて……不思議な空間だ……」
「もう、誰も俺たちを邪魔しないぜ」
拳志郎は、両手でゆっくりと円を描き、左手の平を立てた。
その左手に、そっと右拳を添える。
「この構えは『北斗天帰掌』、真剣勝負って時の『礼』の構えさ。……もし誤って相手の拳に倒れようとも、相手を怨まず、悔いを残さず、ただ天に帰るっつー意味よ」
「へぇ……いいね、こうかい?」
ジョージも、見よう見まねで拳志郎の動きを真似た。
「そうだ、それでいい」
拳志郎は二カッと笑い……
「ウォオオオおおっ」
二人が、吠えた。
「このヤロォオオオおッ」
ドガッ!
ゴギィッ!
二人の拳が、互いにぶつかり合うッ
「うぁたぁっ!」
蹴りをまともに喰らいながらも、拳志郎が右フックをジョージのあごに決めるッ!
「プッ……こんなナマッチョロイ拳で、ボクが倒れるかッ」
プッ
ジョージは、血が混じった唾をプッと吐き捨てた。そして、その攻撃などまるで効いていない という風に、平然と殴り返すッ。
ジョージのタックルからの関節技を、拳志郎が打ち返す。
拳志郎の連打を、ジョージの蹴りが迎撃する。
一進一退の攻防の果てに、ついに、拳志郎が覚悟を決めた。
「北斗神拳の秘孔を味わえッ! 喰らえッ」
拳志郎は、ジョージの左わき腹をつくッ
「ガブッ……」
「はっ、勝負あったな。新膻中(しんたんちゅう)と言う秘孔をついた。……お前は、俺の声がかかるまでこの秘孔縛から逃れられねェ …… ?」
勝ち誇った拳志郎は、息を飲んだ。
秘孔縛をまともに食らったはずのジョージが、平然と動いているのだ。
「コゥォオオオオオ」
ボゴォッ!
(クッ、バカな……コイツ、拳をふるいやがったぞ)
ジョージの拳をかろうじてブロックした拳志郎は、混乱していた。
これまで、秘孔をついて、破られたことなど、ただの一度もなかったのだ。
「拳志郎、ハッタリは意味ないよ。ボクの動きは、のろくない……ボクに『秘孔』を打つなんて、出来るもんか」
ジョージが拳志郎の周りでステップを踏み始めた。
軽快なフットワークで、拳志郎の周囲をグルグル回る。
「けっ……俺の攻撃を喰らって痛いくせによ。やせ我慢すんじゃねぇぞ」
憎まれ口を聞きながら、拳志郎は次の一手を必死に考えていた。
(オイオイ、コイツ、秘孔が効かねぇぞ。うっそだろぉおおおお………で、次はどうするか)
ジョージが、不意に腰を落とした。
次の瞬間、超高速のタックルに来るっ
拳志郎は、とにかく迎撃のために拳を固めた。
(ままよッ!とにかく、この拳で正面からぶっ叩いてやるぜぇッッ)
バシュッ
その時、蒼龍天羅(未完成Ver)の空間の一部が突然発光した。
発光した空間が『震え』、ひびが入り、そして崩れ落ちていく。
まるでガラス窓のように、蒼龍天羅は崩れた。空間の向こう側、発光する部分の先に、別の空間が見えた。
そこから現れたのは……クーラだ。
「なぁああに、味方どうして死合ってるんだ、この……ドバカッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
パッシィイイインン
クーラの手が、禍々しく発光する。
その光が、拳志郎の創り出した蒼龍天羅(未完成Ver)が創り出した空間を、完全に砕いた。
◆◆
そして気が付くと、拳志郎とジョージの周囲が、元に戻っていた。
『人狩』の餌食にされかけていた村人たちが、二人の周りを取り巻き、顔をのぞきこんでいた。村人たちは、二人が目を開けると、ワッと歓声を上げた。
「よかったぁ~~、あんた方、無事じゃったかぁ……」
「あの光る繭に、この人達が包まれて、空に上がって言った時は、びっくらこいたなぁ」
「ホントにのぉ、クーラ様があの繭を切り裂いてくれなけりゃ、一体どうなっていたことかのぉ」
ニコニコ笑う村人たちに取り囲まれ、拳志郎とジョージは、ギコチナイ笑みを浮かべた。
拳志郎は、落ち着かなげに煙草を取り出し、すぱすぱと吸って見せた。
ジョージは、まぁまぁと村人をなだめるために両手を上げた。
その両手に合わせ、村人たちが『万歳』の掛け声をかけた。
「ウワァアン。おねーちゃん、怖かったよォおおお」
解放された村人達を見て、先日ジョージの元に現れた少女:リマが涙ぐんだ。
「もうだめだと思ったのに、み……みんな、ブジだっだよ" ぉ" お" おお」
クーラは剣呑な表情を一変させ、リマを優しく抱き締めた。
「ヨシヨシ もう大丈夫よ……良く頑張ったね」
ギュっ
幼子を連れて村を脱出し、カヌーに乗ってマングローブの海を越え、ジョージ達の元に助けを求めに来た少女は、クーラの胸に顔を埋め、小刻みに体を震わせた。
「ほんと、よく頑張ったよ。……キミが、本当のヒーローだよ」
クーラは、優しくリマの背中を撫で続けた。
ジョージが、コホンと咳払いして、クーラに話しかけた。
「いゃあ、クーラ……来てたのか」
「あぁぁぁ?」
クーラは再び表情を一変させ、鬼の形相になった。
「ヒッ……」
その顔を見て、リマが怯えたように後ずさりした。
◆◆
10分後
「………… !!」
「……あっ、あれぇ?」
センは、なにやら喧しい怒鳴り声をきいて、ようやく目を覚ました。
「アンタたちっ、バカなの?本当のバカなの」
「……面目ない」
見ると、怒り狂った女と、その前で神妙に正座をしている男たちが見えた。
正座をしているのは、突然殴り込んできて、自分たちを壊滅させた恐るべき男たちだ。
そんな男たちが、しょんぼりとして怒られている。まるで、悪戯が見つかった5歳児のような風体だ。
「本ッ当に信じられないわ。ねぇ……アンタ達は、この子達の村を救いだす為にここに来たんでしょ! それが、『ついウッカリ腕試しをしたくなった』ですってぇ………」
「………」
「 !!!※※※………!!」
「 !◎@★〇・※※※|……!」
「 !ちょっと、アンタ達はホントに反省してるのぉ!!※※※……!!(以下リフレイン)」
(ジョージと拳志郎の奴が女に怒られてやがる……。何だかわからんが、こりゃあ逃げ出すチャンスかぁ……。うへへへ)
センは、こっそりと退却を試みた。腹這いの姿勢のまま、そっと、もの音をたてないように慎重に、動いていく。
カサカサ
(へっ……へへへへ……な……何とかここから逃げ出しちまぇば、こっちのモンだ。……おれはもう、あの阿呆のショウゴに見つかるようなヘタはうたねぇ)
だが……
ゴツン
地を這っていたセンは、頭を何かにぶつけた。頭をあげ、なにとぶつかったのか確認したセンの顔が、絶望にゆがむ。
バーンッ
顔を上げたセンが見たのは、腕組みをしながら仁王立ちしている拳法家たちであった。
「うびっ、うへへへへぇ………」
「ようやく目覚めたか……ザ・ゾーンを解除してから10分も気を失っているなんて、のんきな奴だ……だが、すぐに覚悟を決めるんだ」
ジョージが、奇妙な呼吸を始めた。
「お仕置きの時間ね……。この元斗皇拳の『光る手』に滅せられぬものなしッ」
クーラは、手刀を顔の横に上げた。その右手が、青白く光った。
「北斗神拳の前に立つもの、『死』あるのみ」
拳志郎は、ポキポキ と指を鳴らした。
そして、知らない子供が、拳志郎の隣に、仁王立ちしていた。
「ウヌメッ……この、南斗の面汚しがッ」
その子供を見て、ジョージが、クーラが、そして拳志郎が、首をかしげた。
太眉の、いかにもキカンボウといった風情の男の子だ。
その少年を見たセンは、激しく取り乱した。
「シ……ショウゴ……どうして」
「ウハハハ、俺にも訳がわからんッ!俺を閉じ込めていた穴蔵の鉄板が、突然無くなったのョッ!。だが、こうやってワレが解放されたからには、わかっておるな……」
ショウゴは豪快に笑った。
そして、嬉しそうにセンに向かって、一歩、踏み出した。
「ひっ……」
「ゲロウめッ、だがウヌの命もこれまでよ。天に滅せいッ!」
止める間もなく、ショウゴはセンに飛びかかり、その顔を殴りつけた。
「ウォォォォォッ!」
たった一発の拳をくらったセンが、後方にぶっ飛ぶッ
ふっとばされたセンの体は、砲弾のように飛んでいった。見張り台の柱にぶつかり、柱をへし折った。
その上に、音を立てて見張り台が崩れ落ちた。
セン:『鉄拳』で 顔面を陥没させられ、死亡
センの体を調べた拳志郎が、へぇっっと感心したような顔で、ショウゴを覗き見た。
(へぇ………このガキ、中々の拳じゃあねーか。センのヤローの顔が、まるでハンマーで殴り付けたようにベコッてるぜぇ)
「ウハハハハ、同然の報いよッ。ワレを騙し、監禁した罪、死すら生ぬるいワ」
ショウゴはひとり、悦に乗った笑い声を上げ続けていた。
「……あ--、お前は誰だ?」
「俺の名はショウゴッ!南斗聖拳の伝承者よ」
「嘘ッ!キミがぁ?南斗聖拳のォッ?」
クーラが、こめかみを抑えた。
「なんだ、何がおかしい?」
そんなクーラに、ショウゴが詰め寄った。
「だって……アナタまだ15才ぐらいでしょうが、そんな年で………」
「拳法家に年齢などかんけー無ぇしッ、カンジンなのは拳力のみッ」
キリッ と、キメ顔でショウゴが言った。
(メンドクサイ感じの小僧だな……)
ジョージは苦笑しながら、生意気な少年に向かって質問した。
「……それで、どうして君がここにいるんだい?」
「誰だ、キサマは?……まぁいい。いい質問ダナッ。話してやろう」
ショウゴは胸を張った。
◆◆◆◆
ショウゴの話を聞いた三人の拳法家は、げっそりとした。
それは、バカらしいほど、間抜けな話だったのだ。
話は、元々武者修行を兼ねて、一人で旅をしていたショウゴが、南斗の裏切り者、センの行方を追うよう密命を受けたことから始まる。
だが、旅慣れていなかったショウゴは、旅の途中で路銀が付き、飲まず食わずの旅になったのだそうだ。
ついに、腹が減って行き倒れかかっていたところを、英国軍に拾われ、食事をごちそうすると言われたのだそうだ。
腹が減ったショウゴは、ノコノコと英国軍についていった。この村の地下シェルターで、ふるまわれたご飯を喜んで食べていたら、食事に眠り薬が仕込まれていた。うとうとしたところにセンが現れて、まんまと閉じ込められた……というわけであった。
「ウム……どうした。何故両手をついて膝まずいておる?」
「何でもないわ。ちょっとクラッとしただけよ」
「なんと……元斗の、修行が足りんのじゃないか、キサマ」
「……そうね、私まだ修行が足りないみたい」
クーラが、ゲンナリと言った。
「それで、『ショウゴ』クンよぉ~~。お前は南斗のどの一派なんだ?」
拳志郎が尋ねた。
「俺は北斗のモンだ。だから南斗聖拳のことはよぉ--く知ってるぜ。その伝承者達とも、顔見知りの奴等がおおいぜ。………だが、お前のことは知らね--」
ショウゴが眉を上げた。
「つまり貴様は、南斗のものは、ミナ北斗に挨拶をしなければならぬ……『北斗の貴様が知らぬ我を、南斗とは認めぬ』……と、でも言いたいのか?」
「そう言う訳じゃねーがよお……。だが、腑におちねぇんだよ。……お前のこのハンマーで殴ったみてぇな剛拳、確かにすげぇ威力だ。だが、こんな拳が南斗にあったかぁ?」
クーラが、鼻を鳴らした。
「ハッタリなのよ、だから言えないのよ。だって、南斗の拳は、その『切れ味』が脅威な拳よ。外部から高速で拳を突き入れ、『切り裂いたり』、『突き刺したり』するのが、南斗の拳の味よ……こんな風に、不器用に『ただ叩き潰す』拳じゃあないわ」
「クーラの言う通りだぜ。お前、本当に南斗聖拳かぁ?」
「なんだとぉ……俺を愚弄する気かッ……ならば言ってやるわ、聞いておののくがいいッ! 我が宿星は慈母星ッ!拳は南斗六聖拳が一つ、南斗蒼鸞拳よっ」
「!?」
クーラと拳志郎は、顔を見合わせた。
「……なんとそうらんけん? 知らねェーなぁ……クーラ、お前は知ってるか?」
「悪いけど、元斗の私も、聞いたことが無い拳法だわ……」
「ワハハハ、無理もないな。ワガ南斗蒼鸞拳は南斗六聖拳の伝承者と、その高弟たち以外には存在を秘されておるからな………だが、心してきけッ!」
ショウゴは体を大きくそらし、誇らしげに笑った。
「そうよ、ワガ南斗蒼鸞拳こそが、南斗百八派すべての基礎であり、真髄ッ!……我が拳に小手先の技などは無い。南斗の特徴たる外功を、ただひたすら高めていくことこそが全て。その神髄は外功を極めた、『鉄壁の盾』よ」
「へぇ、要は『護身術』かよ……それでぇ?」
「浅はかなッ!『鉄壁の盾』は、『鉄拳』でもあるのよッ!我がコブシに砕けぬものなど無しッ!……しかも……おっと」
「おっと……何よ?」
「ウハハハハ、それ以上のことは言えヌ」
「…… 」
クーラが、額に青筋を立てた。
その様子を見て、ジョージが三人の間に入った。北斗・南斗・元斗の関係を知らないジョージは、にこやかに三人を仲裁した。
「……まあ、いいじゃないか。僕らはここをつぶした。もう村人が、おぞましい『人狩り』にあう事はない。……ボク達は目的を達したってわけだ」
ジョージの言葉通り、村人たちが歓声を上げ、4人の拳法家達に頭を下げた。
「アンタ達ッ!ありがとうございましたッ!!」
「ウム。貴様等も、タイギであった」
「なんでアンタが一番偉そうなのよ……」
「ハハハハ……楽しいヤツじゃないか。ボクは好きだね」
ジョージは、楽しそうに言った。
「アンタねぇ……」
拳志郎は、タバコをくわえながら、その様子を見ていた。
(しかし、ジョージのヤロウ。何故、秘孔がきかねえ………ありゃあ、『北斗の秘孔封じ』じゃねえ……一体なんだ?)
「なんだい?拳志郎……ボクの顔に何かついているのかい?」
拳志郎の視線に気が付いたジョージが、尋ねた。
「いや、なんでもないぜ」
拳志郎は、ジョージから視線をそらし、タバコを踏み消した。
┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨ ┣¨……
(秘孔封じ……奴は気づいてねぇ、だが……やはり、ヤツの『波紋法』ってぇのは、伝説の……)
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