ある鎮守府のエンゲル係数 (ねこまんま提督)
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鎮守府のモーニングセット

エンゲル係数とは、ドイツの統計・経済学者エルンスト・エンゲル(1821-1896)が提唱した、家庭の支出に占める飲食料費の割合であり、エンゲル係数が高いほど一般的には生活水準が低く、貧富の差を示すバロメーターになるというのがエンゲルの理論である。




美しき山野に清き川が流れ、生命の母たる豊かの海に注ぐ。

春は様々な草花が淡く萌え、夏は眩いばかりに青葉がきらめく。

秋は鮮やかに紅葉が彩り、そして冬は全景が白く染まる。

 

とある地方の漁港の隣に設けられた、小さな鎮守府。

美しい自然に囲まれ、どこよりも小さく、ほのぼのとした鎮守府。

 

複雑に入り組んだ海岸線の合間に、ぽっかりと袋型に開いた狭い湾。

 

湾内にはいくつかの港が点在するが、湾の奥には、海岸まで迫る急な傾斜の山を背にして、双子のように小さな港が二つ並んでいる。

 

海から見て、右側の港がこの鎮守府の施設で、左側は地元の漁港だ。

当然、横須賀や呉の鎮守府のような、大規模な施設などない。

 

もともとは第三セクターの水産加工場だった、大型プレハブ建ての工廠。

 

同じように漁協事務所だった、無味乾燥な鉄筋コンクリート2階建ての鎮守府庁舎。

駐車場や冷凍倉庫の跡地に建てられた、小さめの赤レンガの倉庫群。

 

鎮守府庁舎の扉は、両開きのフロントサッシの引き戸。

そして漁協の組合長室を流用した、提督の執務室も狭くてボロい。

 

いいのです。執務室で戦闘するわけではないですし!

 

それに妖精さんたちが、たまに謎のテクノロジーで楽しい模様替えもしてくれる。

執務室に居ながらにして温泉に浸かったり、浜茶屋やバーを開店したり、スイカ割りやアイススケートまで楽しめる。

 

工廠には必要最低限の設備しかないが、それでも大和や武蔵といった超々弩級の艦娘の建造に成功している。

 

小さな倉庫群も容量が少なすぎて資源の大量備蓄ができないが、それでも甲勲章をいくつか授かるほど戦果を出す……こともある。

 

 

そんな量より質がモットーの辺境の小さな鎮守府だが、艦娘たちが暮らす寮だけは非常に大きい。

 

昭和初期に建てられたという、山際(やまぎわ)の木造の大きな温泉旅館。

これを山ごと買収し、さらに妖精さんたちが違法建築で縦横に建て増しに増したものだ。

 

もと収容人数80人だった旅館に、今では200人近い艦娘が寝起きしている。

 

増築された別館には200人が余裕で座れる大食堂や200畳の大広間があるし、離れとして弓道場や茶室など。

地下には各種の食品製造施設まで備えるようになっているのだから、その無茶苦茶な拡張ぶりが分かるだろう。

 

そして、この鎮守府にはもう一つ、他に誇れるものがあった。

 

朝6時、寮全体に『総員起こし』のラッパが鳴り響く、という鎮守府は多い。

しかし、この鎮守府では起床ラッパは鳴らさない。

 

そんなもの鳴らさなくても、この鎮守府の艦娘たちはさっさと起き出してくる。

 

秘密は間宮さんの大食堂から漂ってくる匂いにある。

 

特に、今日の朝食はパンらしい。

小麦粉とバターが焼ける、かぐわしい匂いが寮全体に広がる。

 

この毎朝の料理の素晴らしい匂いに誘われ、艦娘たちは布団から自発的に出てくるのだ。

 

しかし、この鎮守府では前夜23時の消灯時間から朝の6時40分までは、任務や当番、緊急事態以外、寮本館から出ることを禁じられている艦娘たち(特に、とある5500トン級軽巡)。

 

起きればまずは布団をたたんで押し入れにしまい、洗面やトイレを済ませて身支度を(その日に出撃や遠征、演習の予定がある艦娘はその準備も)整え、自室を含めた寮内の清掃をしながら6時40分の外出解禁を待つ。

 

そして6時50分までには、別館の大食堂に特別任務中以外の全ての艦娘が勢ぞろいする。

質素で飾り気もない昭和の学生食堂のような何の特徴もない大食堂だが、大勢の艦娘で華やかな活気に満ち溢れる。

 

「おはようございます、祥鳳さん」

「おはよう、初霜ちゃん。今日は対潜哨戒よろしくね」

 

今日の出撃や遠征予定が一緒な艦娘たちが、挨拶しつつ同じテーブルに着いたりする。

 

そこからは食事当番と連係プレーで流れるように配膳を整え、7時ちょうどの提督の「いただきます」の声を合図にして、一気呵成に朝飯に挑みかかるのだ。

 

 

旬の寒玉キャベツや人参、ブロッコリー、パプリカ、トレビスを使った色鮮やかなサラダ。

上質なオリーブオイルをベースにした、絶品の自家製ドレッシングでいただく。

 

湯気を立てる優しい味のオニオンスープ。

有機栽培の契約農家から直送された、甘味の強い玉ねぎを使っている。

 

外はサクサク、中はフワフワのクロワッサン。

一口かじれば、濃厚なバターの風味が口いっぱいに広がる。

 

カリカリのバゲットや、ふわふわのライ麦パンはおかわり自由。

種類が豊富な鎮守府自家製のチーズやジャムで食べる。

 

ジューシーに焼き上げられた粗挽きソーセージ。

これもドイツ艦娘たちが仕込んだ、この鎮守府の自家製だ。

 

飲み物には、近所の牧場から届けられたばかりのミルクと、搾りたてのグレープフルーツジュースがつく。

大人の艦娘たちには、サラトガとイタリアがコーヒーやカプチーノを淹れて振る舞っている。

 

そう、この鎮守府の自慢は『鎮守府エンゲル係数全国一位』。

食の充実こそを誇りにしている。

 

美味しいものを食べれば誰もが自然と笑顔になり、他愛もない話に花が咲く。

 

「ヘーイ、サラトガ! こっちにもコーヒーをお願いしマース!」

「姉さん、お口の周りにクリームチーズがついていますよ」

「今日の演習、単冠湾でしょ? うわ、うちより寒そぉ~」

「雪かき当番の子は、マルハチフタマルに第二倉庫前に集合だからねー!」

「空母のお姉さんたちのところのパンが足りませ~ん!」

 

騒がしくも楽しげな食事風景を見守りながら、提督も食事をすすめる。

 

それなりに背が高くて整った顔立ちをしているのだが、陽向(ひなた)でくつろいでいる猫のような柔和な細目のせいで、軍装があまり似合っていない。

 

肩には大将の階級章をつけているが、新任の主計少尉とでも言われたほうがしっくりくる。

 

「アドミラール、その黒パンは私が焼いたのだが……どうだ?」

「しれぇ~! そのジャムの苺、時津風と雪風が摘んできたんだよ!!」

「クズ司令官、昨日の書類の計算間違ってたでしょ!?」

「提督さん、名古屋への海上護衛のおみやげ、何がいいですか?」

「司令官! コーヒーを頂いてまいりましょうか? いつでもお命じ下さい!!」

 

提督の周りに艦娘たちが群がり、騒がしさはさらに加速する。

 

これは食にこだわった提督と、彼に率いられる人間臭い艦娘たちの物語。

 

深海棲艦から海の平和を守りながら、提督と艦娘たちは今日も楽しくご飯を食べる。



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長門とカレーライス

朝は大食堂で全員いっせいに食事をとるこの鎮守府。

 

しかし、昼は出撃や遠征、演習などで各自の食事時間がバラバラになる。

この日も昼の大食堂には艦娘の姿がまばらだった。

 

「長門さん、どうかしたんですか?」

 

一人でポツンと食事をしている暗い表情の長門をめざとく見つけ、自称ジャーナリストの青葉が駆け寄って、真ん前の席に陣取る。

 

長門は日本が誇るビッグセブンと呼ばれた戦艦娘。

常にその言動は堂々とした武人然と自信に満ち溢れていて、こんな落ち込んだ姿は珍しい。

 

「何か悩み事ですか? 青葉、聞きたいです!」

 

好奇心丸出しで長門に迫る青葉。

手にはしっかり「取材メモ」と書かれた手帳とエンピツ。

 

「別に……ただ最近、提督が私を使ってくれないのがな……」

「スクープの匂いです! それは、提督との夜の営みが減…イタッ!」

 

無理矢理にスクープをねつ造しかねない青葉の後頭部を、相方の衣笠がどつく。

 

衣笠も自分の食事トレイを置き、青葉の隣に座った。

ちなみに、昼食は各自好きなメニューを注文することができる。

 

「長門さんの考え過ぎじゃない? 連合艦隊編成でB環礁に出撃した時は、旗艦に選ばれてたでしょ?」

「それは去年の話じゃないか」

 

「先週、南方海域前面に出撃してましたよね?」

「あそこへの戦艦群での出撃は毎月恒例だ。それまで外されたら、私は精神的に轟沈するぞ」

 

衣笠と青葉がなだめるが、長門の悩みは深刻なようだった。

長門は、この鎮守府では最古参の部類に入る、提督が最初に建造に成功した戦艦娘だ。

長く艦隊全体のリーダーとして鎮守府を支えてきた自負も強い。

それだけに、編成に組み込まれないのは辛いのだろう。

 

「ウォースパイトさんが入ったから、その練成を優先してるとか?」

 

あわてて衣笠が、思いついた理由を口にしてみる。

イギリスの戦艦娘ウォースパイトが鎮守府に加入したのは昨年の夏。

新規艦の集中練成のため、編成の枠が埋まってしまうのはよくあることだ。

 

「ウォースパイトの件は分かっているし、それは納得もしている。しかし、私が納得できないのは……」

「今度こそスクープの匂いです!」

 

青葉の目がキラーンと光り、エンピツをなめる。

 

「提督は、陸奥のことは頻繁に使っているんだ」

 

「ふむふむ……提督の偏愛が姉妹の友情にヒビを……イタッ」

 

話を脚色してメモしようとする青葉の頭を再びどつく衣笠。

 

長門の姉妹艦である陸奥の練度は、長門と肩を並べるほどに高く、今さらスパルタの集中練成が必要なわけではないが……。

 

「青葉は昨日、陸奥さんとカレー洋に行ってきました」

「そういえば、一昨日はむっちゃんとアルフォンシーノ海域に出撃したっけ」

 

青葉と衣笠にも思い当たるふしがあった。

 

「ほら見ろ、巡洋艦の枠は姉妹艦で交代させているのに、提督は私は呼ばず陸奥ばっかり……」

 

いじけてしまった長門を見て、青葉と衣笠は目を合わせる。

このままでは、青葉がメモしようとした、姉妹の友情の危機が事実になりかねない。

 

そこに諸悪の根源(?)である提督が現われた。

 

風呂に入って整髪料も落とし、軍装も脱いで部屋着として量販店の激安スウェットの上にドテラを着込んでいるので、寮住みの北国の大学院生ぐらいにしか見えない。

真冬だというのに、春の眠り猫のような呑気さを全身に漂わせている。

 

「ああ、長門。ちょっと頼みたい任務があるんだよ」

 

優しい声で提督が長門に話しかける。

今まで暗かった長門の表情が、一瞬にして期待に満ち溢れ……。

 

「明日の金曜カレーの買い出しと製作指揮を頼めないかな?」

 

星のように輝いていた長門の瞳が、一瞬で死んだ魚のようになる。

 

「五十鈴と江風、涼風をつけるから……って、イタタタ」

 

無神経に言葉を続ける提督の足を、衣笠がグリグリと踏んづける。

 

「この乙女の敵っ!」

「恐縮ですが、インタビューよろしいですか?」

「ぼ、僕が何かしました!?」

 

 

「何だ、そんなことを考えていたのかい?」

 

青葉と衣笠から事情を聞いた提督は、ほがらかに笑った。

そして、キッパリと言い放つ。

 

「長門は昔も今も、うちの総旗艦、艦隊の要です」

 

「じゃあ、何で長門さんを編成に組み込まないの?」

「それは長門を出すまでもない海域だからだよ」

「なのに陸奥さんは使うんですか?」

「あー、それはね……衣笠なら分かるだろ?」

 

まだ半分涙目の上目づかいでこっちを見ている長門を気にしつつ、提督は衣笠にウィンクした。

 

「えっ、この衣笠さんなら?」

 

一瞬キョトンとした衣笠だが……。

 

「あー、そういうこと!?」

 

ポンと手を叩いた。

 

「明石の改修工廠があるだろ? アイオワが持ってきてくれた16inch三連装砲Mk.7を改修する素材として、大量の41cm連装砲が必要なんだよ」

 

「つまり、むっちゃん牧場してるの?」

「そう、41cm連装砲搭載の陸奥の艤装は比較的量産しやすいからね。そのままでも素材になるけど、実際に陸奥に使ってもらって艤装の霊力を上げてから改修素材にした方が効率がいいんだよ」

 

「そういえば、衣笠や三隈も新しい艤装ができる度にそっち使わされて、3号砲を量産してましたね」

「うちには今、予備の陸奥の艤装が4つも溜まってるんだ。倉庫の置場にも困るし、改修素材に使えるまで陸奥に一気に鍛えてもらってたんだよ」

 

お茶を啜ってから、提督は細い目を精一杯開き、じっと長門の瞳を見つめた。

 

「陸奥には負担をかけて済まないと思っているよ。長門にも手伝ってほしいけど、知っての通り、長門の艤装は新規に造れたことがないだろ?」

「あ、ああ……」

 

「僕は好運なことに、最初の戦艦建造で長門を引き当てた。そのバチが当たってるのかと思ってるけど……とにかく、僕は陸奥と同じように長門のことも愛しているよ」

 

「青葉、聞いちゃいましたっ!」

「やーん、提督? 衣笠さんのことはどう思ってるのぉ?」

 

青葉が猛烈なスピードでメモを始め、衣笠は提督ににじり寄る。

 

「あ、いや……今のはその……自慢の艦娘という意味でね?」

 

しどろもどろになる提督の横で、長門は顔を真っ赤にしていた。

 

 

そして30分後。

 

「全艦、この長門に続けぇ!!」

 

迷いが吹っ切れ、元気に買い出し部隊を率いる長門の姿があった。

 

 

翌日の夜の大食堂。

演習から戻ってから、ゆっくり風呂に浸かった陸奥は、やや遅めに食堂に着いた。

朝は艦種ごとの指定席制だが、夕食は到着順に席に着くことになっている。

今日は金曜日、食堂内には恒例のカレーの香りが充満している。

 

「伊勢、私のカレー持ってきてくれない?」

 

陸奥は向かいの席に座る伊勢に頼んだ。

出撃や演習から帰ってきて疲れている艦娘の夕飯の配膳は、非番や軽い遠征任務だった艦娘がやってあげるのが、暗黙のルールになっている。

 

しかし、頼まれた非番組の伊勢はニヤニヤと笑いながら、首を横に振った。

さらに、陸奥が座った席の隣にいた阿武隈が、あわてて自分のトレイを持って席を立つ。

 

「なに!? 私、ハブられてる?」

 

軽くへこむ陸奥のもとに、駆逐艦娘の江風がカレーを運んできた。

 

「ほいほい~、陸奥さん用特盛カレーお待たせぇ!」

 

陸奥の前に、ドカンと山盛りのカレーライスが置かれる。

 

「赤城や大和じゃあるまいし、私はこんなに……」

 

「いいから全部食え」

 

文句を言いかける陸奥の隣、阿武隈が空けた席に、長門がカレーライスをのせたトレイを持って座った。

 

「がんばっているお前のために、私と五十鈴、江風、涼風、そして提督で作ったカレーだ」

 

そして、陸奥の頭をポンポンと優しく撫でる。

 

「今日もお疲れ様だったな、陸奥」

 

「青葉、ベストショットいただきました!」

 

 

【提督のひとりごと】

 

巨大な寸胴鍋で、水から鶏ガラ、玉葱、ニンジン、セロリ、ニンニク、マッシュルーム、しめじ、野菜くずを煮込んでブイヨン(ダシ汁)を作る。

一方で、大量の玉ねぎのみじん切りをあめ色に炒め、肉はいったん塊ごと赤ワインで柔らかく煮込んでおく。

 

うちの鎮守府のカレーの旨さの秘訣といえば、これぐらい。

手間を惜しまず、基本の仕事を丁寧にやること。

この基本さえしっかり押さえておけば、味の調整はどうとでもなる。

 

今回はゴロッと切ったニンジンと玉ねぎ、ジャガイモを入れ、市販のカレールウにカレー粉とガラムマサラ、ウスターソース、はちみつ、すりおろしリンゴ、隠し味に由良が名古屋みやげに買ってきてくれた八丁味噌を加えて、長門好みの甘めよりに仕上げてみた。

 

陸奥も長門も、笑顔で美味しそうに食べてくれている。

 

しかし、もう少し艦隊全体に気を配らなくちゃなあ。

心から反省です。

 

新人が鎮守府に馴染めるかや、幼い駆逐艦たち、陸奥のように特定の艦に負担をかけていることには、特に気にしてフォローしてきたつもりだけど。

 

逆に長門のように、気心が知れるし頼りになるからと、今まで上手くいっていた経験から安心しすぎて目が届かなくなっていた、現状に悩んでいる大きな子が他にもいるかもしれないね。

 

艦娘全員と、もう一度きちんと丁寧に接し直してみよう。

そう、人間関係も料理と同じ、手間を惜しまないことが大事なんだと思う。

 

それはそうと、僕もカレーを食べようか。

カレーだカレーだ、みんな大好きカレーライス。

 

いただきます!



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天龍と龍田とコロッケパン

元が漁港であるこの鎮守府には、荷物の積み降ろしを行うクレーン設備などない。

そこで荷物の積み降ろしに活躍するのが、軽トラックの荷台に設置されたミニクレーンだった。

 

「おーいチビども、もう少し離れろ」

 

ミニクレーンを器用に操り、定期輸送で本部から送られてきた補給物資を海から吊り上げているのは、軽巡洋艦娘の天龍だ。

 

この作業を業務として行うには「玉掛け特別教育」という講習を修了して、「玉掛作業者」という国家資格を取得する必要がある。

艦娘は人ではなく、名目上「海軍の兵器」となっているので、無資格で操っても問題はないのだが、天龍はこの講習をきちんと修了してきた有資格者で、実際に操作も鎮守府で一番上手い。

 

「全物資、陸揚げ完了。第八駆逐隊、これより作業艇の返還に向かいます」

 

第八駆逐隊のリーダー朝潮が天龍に報告し、作業艇を曳航して湾外に待機している補給艦へと返却しに行く。

 

「しっかし今回も少ねーなー」

 

大手の鎮守府では山のような物資が届けられるのが日常だそうだが、天龍は着任以来、この鎮守府にそんな大量の資源や資材が届いたのを見たことがない。

 

本部からの補給量は、任務達成や遠征成功の報酬で加増される。

ここの提督は任務や遠征を積極的にこなさないから、補給は毎回すずめの涙だ。

 

「たくさん届いても置いとくとこが無いけどねぇ。天龍ちゃん、出すわよ~」

 

軽トラの運転席で、天龍の姉妹艦娘である龍田がアクセルを踏み、荷台にいた天龍はバランスを崩す。

 

「わっ、急に発進させんな!」

「え~?」

 

ガクン!と軽トラが急停止し、天龍がつんのめる。

 

「急ブレーキもやめろ! 龍田、絶対わざとだろ!?」

「うふふ~♪」

 

 

天龍と龍田は倉庫への搬入を終え、報告のため鎮守府庁舎に向かった。

 

フロントサッシの引き戸を開けると、応接ソファーが置かれた狭いロビーがあり、横には病院の受付のような小窓のついた小さな事務室がある。

 

「足柄さん、終わったぜ」

 

天龍が事務室に詰めていた当番の足柄に声をかけ、倉庫のカギを返却する。

 

「はーい、ご苦労様」

「お疲れ様です。天龍さん、龍田さん」

 

足柄の脇から、提督のサポート役である軽巡洋艦娘の大淀が2人に声をかける。

普段、大淀は2階の会議室や通信室にいるのだが……。

 

「大淀さんがここにいるってことは、今日の出撃もう終わりか?」

「ええ、バシー島沖で2回連続、敵の補給艦も空母も捕捉できなかったので、もう任務達成は諦めるそうです」

 

「あらあら、羅針盤妖精さんたちイジワルね~」

「根性ねえなあ、よその鎮守府ならオリョールに潜水艦出して、何とかすんじゃねーの?」

「こないだ演習で会った佐世保の子の話だと、補給艦も空母もサーモン海域で東京急行作戦のついでに沈めるのがトレンドらしいわよ」

「あ、そりゃ無理だ。うちは南方海域なんか滅多に行かないからなぁ」

 

「それで、奥で提督がお呼びですよ。港湾作業のご褒美があるそうです」

 

大淀がそう言いながら、ヤレヤレといった調子で肩をすくめる。

 

2階へと上がる階段の向かいにはトイレと艦娘の入渠施設である特別な霊薬が張られたお風呂場があり、さらに奥には、4人がけテーブルが2つ置かれたキッチンがある。

 

忙しくて寮の食堂に行けない時や、夜勤当番が夜食をとるためキッチンなのだが、任務放棄した提督がストレス発散の料理をする場でもある。

 

「仕方ないわねぇ、傷心の提督につきあってあげましょ」

「八駆のチビどもが帰ってきたら、あいつらも呼んでやってくれよな」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 

天龍と龍田がキッチンに入ると、軍装の上にエプロンをした提督が揚げ物をしていた。

 

「すぐに揚がるからね、待っててよ」

 

油の香りとともに、ジュージューと食欲を刺激する音が爆ぜている。

 

「ほい、ほい」

 

菜箸で提督が鍋からキッチンペーパーをしいたまな板に取り出したのは、コロッケだった。

 

「おぉ、旨そう!」

「ちょっと待ってね」

 

手を伸ばそうとする天龍を笑顔で制して、提督が包丁を入れる。

 

サクッという音とともにコロッケの断面から湯気が立ちのぼり、香ばしい肉とジャガイモの匂いが周囲にたちこめる。

龍田でさえ、思わずゴクリと音を立ててつばを飲んでしまった。

 

「もちろん、そのまま食べても美味しいけど……」

 

提督はあらかじめバターとマスタードを薄く塗っておいたコッペパンにコロッケを挟み込み、とんかつソースをたらしかける。

 

「コロッケパン~」

 

国民的人気アニメの青い猫型ロボット(初代)の声真似で、提督が高らかに宣言する。

ストレスが溜まっているとき、ここの提督は若干ハイテンションでウザくなるのだ。

 

「いいから、とっとと食わせろ!」

 

提督の手から奪うようにコロッケパンを取り、一口ほおばる。

 

「うんめぇー!」

 

思わず天龍が吠える。

 

「提督、私にも早く……ね?」

「はいはい」

 

我慢できなくなった龍田が提督に薙刀を突きつけ、提督は慌てて龍田の分のコロッケパンを作る。

 

龍田もそれを奪うように提督から受け取り、口にほおばった。

 

まず口内に広がるのは甘辛いソースの味、そして絶妙な加減で揚げられた熱々のコロッケからジュワッと良質の油で揚げられた衣と、肉とジャガイモ、そして細かく刻まれた玉ねぎの旨味が広がり、ふわふわもちもちとしたコッペパンがその熱と味をしっかりと受け止める。

 

薄く塗られたバターとマスタードも、ほのかな甘みとアクセントとなる辛味を提供して、上手にコロッケとコッペパンの仲立ちをしている。

 

「んんぅん~」

 

龍田が声にならない歓声をあげ、頭の上の艤装の輪っかがギュルンギュルンと高速回転する。

見れば、天龍の頭についた耳のような艤装もピョコピョコ蠢動している。

 

そんな2人の喜ぶ姿を見て満足した提督は、細い目をさらに細めて、後からやってくる駆逐艦娘たちのために新しいコロッケを揚げ始めるのだった。



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吹雪とモツ煮込み

鎮守府庁舎の2階に上がると、階段の前には給湯室とトイレ、6畳の休憩室がある。

その右手、建物の陸側の奥には、会議室と無線室。

そして左手の海側には、漁協の組合長室を流用した提督の執務室がある。

 

コンコンと、半開きになっているベニヤ板製の安物ドアを軽くノックし、装備改修の報告のために明石は執務室に入ろうとしたが……。

 

提督の執務室は、たくさんの艦娘と重苦しい雰囲気で埋められていた。

 

「あっ」

明石は、提督の背後の壁に掛けられた図上演習セットが、沖ノ島沖のものであるのを見て察する。

 

ここ数日間、沖ノ島沖に戦闘哨戒に出撃した艦隊はことごとく、同島北西に展開する深海棲艦隊が形成した闇のような空間に引きずりこまれて夜戦にいたり、大破する艦が続出していた。

 

今日は妙高型四姉妹の第五戦隊と利根、筑摩姉妹という、全員第二改装までしている非常に強力なメンバーで挑んでいたのだが、室内の重い空気からして、また大破撤退となったらしい。

 

さらに……。

 

「北周りのルートは諦め、南から戦艦と正規空母主体で攻めよう。この長門が必ず敵を殲滅してみせる!」

「一航戦、いつでも出られます」

「あぁ……あの海域ですか? 鎧袖一触です」

 

「いや、それだと資材を使いすぎる。中央突破だ。大丈夫だ、俺を信じろ」

「提督さんのためなら、夕立まだまだ戦えるっぽい!」

「艦隊の防空は僕に任せろ、心配するな」

 

「私の計算では、次は北ルートでも敵主力まで到達できます」

「提督がもう一度……三隈を選んでくれるなら、活躍できます。入渠中のモガミンも、きっとそう思ってますわ」

「おぉ、目が冴えてきた。力がみなぎってきたよ!」

 

作戦修正を巡って、様々な意見が対立しているらしい。

 

 

「提督、装備の改修が終わりました。吹雪ちゃんに手伝ってもらって、61cm三連装酸素魚雷の雷撃力が増加しましたよ」

「ああ、ありがとう」

 

一応、明石が吉報を伝えるが、提督は力なく答えるだけだ。

 

「ここは譲れません」

「赤城や加賀に負けないかなって……そりゃ~無理か~…あははははは……」

「提督、ぜひ四戦隊に名誉挽回の機会をください」

 

「司令官、どうかしましたか?」

 

明石に続いて執務室に入ったきた、今日の秘書艦である吹雪が尋ねると、ワイワイと論争を続ける艦娘たちの合間から提督はそっと顔を出した。

 

「お腹が空いた」

 

悲しげなか細い声でつぶやく。

 

またもや大破撤退となり、さらに様々な意見を突きつけられて、もともと豆腐のように脆い提督のメンタルが、ついにグッチャリ潰れたのだろう。

 

「お昼にしましょう、司令官!」

 

初期艦であり、素の提督を最もよく知る吹雪は、こういう状態になった提督が猫より役に立たないのを熟知している。

 

「美味しいものを食べてから、また考えましょう。皆さん、いったん解散でお願いします!」

 

 

吹雪は提督を引っ張るようにして、大食堂にやってきた。

吹雪と提督は周囲の艦娘に挨拶しながら食堂の奥に進み、窓際の席に着く。

昼食は注文方式なので、とりあえず日替わりのメニュー表を確認。

 

「司令官は何にしますか?」

「うーん……」

 

メニューを追う提督の目が、吹雪が見ているのと同じところで止まった。

 

「「モツ煮込み定食」」

 

2人の声がピタリとハモる。

 

「それじゃあ私、注文してきますね」

 

間宮のいるカウンターに注文に行く吹雪。

吹雪が勢いよく立ち上がったため、スカートがめくれて何か白いものが提督の目に入った。

 

慌てて目を背けながら、提督は吹雪と初めて対面した日を思い出していた。

(あの日の吹雪も敬礼しながら、風でスカートがめくれてたっけ……)

 

やがて吹雪が、水の入ったアクリルのコップを2つ持って戻ってきた。

 

「吹雪、初めて建造をしたときのこと覚えてるかい?」

「司令官が資材を全部つぎ込んじゃったから、せっかく初雪ちゃんを建造できたのに、しばらく出撃も何もできませんでしたよね」

 

吹雪が楽しげに笑う。

吹雪と初雪、そして「はじめての編成」任務のご褒美に、妖精さんが召喚してくれた白雪。

提督と4人で、今と比べれば狭いとはいえ、元旅館だった広い寮の掃除に明け暮れていた。

 

「それから初めての出撃で、湾を封鎖していたイ級を撃沈したとき、深雪を見つけて……」

「あの時、中破した私を見て、提督ってばすごく慌ててましたね」

「当たり前だよ。こんな小さな女の子が、服も艤装もボロボロにして帰って来たんだから」

 

「人間と違って、憑代である艤装が完全に壊れるまでは、艤装がダメージや熱を吸収して体の方には傷がつかないから平気だって、ちゃんと説明しようとしてるのに」

「あの時はすまなかった」

「話も聞かず、私の服を脱がそうとするんですもん」

 

「本当にごめん、って」

 

てっきり吹雪が大ケガをしていると勘違いした提督は、大淀から入渠施設と聞いてた霊薬のお風呂に、吹雪を慌てて放り込もうとしたのだ。

 

実際のところ、吹雪が言うように艦娘の身体自体には傷はないし、霊薬の風呂は深海棲艦の攻撃で受けた穢れを禊ぎ落とすためのもので、艤装の傷は工廠で修理するしかないのだが。

 

「まったく、僕は何もかも分からないまま、提督になってしまったからなあ」

 

提督になる条件は、たった一つ。

資格も経験も学歴も年齢も性別も、国籍どころか人間かどうかすら関係ない。

 

妖精さんに選ばれることだけ。

 

ここの提督も、ある日突然部屋の中に現れた妖精さんにチョコをあげてみたら、提督として選ばれてしまった民間人だ。

深海棲艦や艦娘のことをよく知らないままにだ。

 

「でも、あの時決めたんだよ。提督としては未熟な僕だけど、がんばる艦娘たちのために、少しでもたくさん楽しい生活を送らせてあげられるよう、鎮守府をみんなが帰るべき家にしようって」

 

「はい、この鎮守府での生活は、とっても楽しいです。あ、モツ煮込み定食、できたみたいですよ司令官」

 

 

トレイに載って出てきたのは、大きな深い器に盛られた、たっぷりの牛のモツ煮込みと、丼に大盛りのご飯。

さらに間宮手作りの、なめらかな豆腐の冷奴と、白菜と茄子の漬け物の小皿がつく。

 

まず吹雪は、レンゲでモツ煮込みのスープをすすった。

味噌をベースとしながらも、醤油の風味も色濃く、その配分からくる後味が絶妙だ。

 

週末に寮内で居酒屋を開く鳳翔の店でも、モツ煮込みは冬の看板メニューだ。

鳳翔の豚モツ煮込みは濃厚で甘辛い味噌味で、酒を飲めない艦娘でもご飯がすすむと評判だが、あくまでも基本は酒のツマミとして濃い目に味付けされている。

 

こちらのモツ煮込みは、昼食として米との相性を追求したのだろう。

じんわりと心に染み渡るような優しい味だ。

 

そしてもう一つ、鳳翔の豚モツ煮込みと異なるのは、メインとなっているのがトロトロに煮込まれた、大きな牛すじ肉だということ。

口の中でホロホロにとろけ、ご飯との相性が抜群なのも、昼食向けとした間宮の策だろう。

 

「ビールの合間にチビチビやる鳳翔のモツ煮込みも絶品だけど、これとご飯の組み合わせは箸が止まらなくなるね」

 

提督の言葉に、吹雪もうんうんとうなずく。

 

プルプルで甘味のある白モツと、脂ののった牛の第四胃ギアラが、それぞれ別の角度から牛モツ肉の魅力をアピールしてくる。

モツ肉の合間に浮かぶ、たっぷりと旨味をすった、ごぼう、人参、大根、コンニャクも、ご飯の友として絶大な威力を発揮する。

 

時々、冷奴と漬物で舌をリフレッシュしながら、ひたすらモツ肉と根野菜とコンニャクを、甘く熱々の米とともに口に運ぶ。

しばし無言で、提督と吹雪はモツ煮込み定食を食べすすめた。

 

「ご飯、おかわりしてこようかな」

「それじゃあ私、お水くんできますんで、私の分もお願いします」

「もちろん」

 

おかわりご飯を武器にモツ煮込みをさらに食べすすめ、最後はモツ煮込みの汁をご飯にかけて、渾然とした全ての旨さを口に放り込む。

 

提督と吹雪は、身も心も温かくなり、ただ満足しきって水を飲んでいた。

 

「ありがとう、吹雪」

「はい」

「執務室に帰ったら、みんなを集めて作戦を立て直そう」

「はい!」

 

2人の間に、それ以上の言葉は必要なかった。

 

 

 

【吹雪のひとりごと】

 

あの後、司令官はみんなの主張をグループ分けして3つの攻略部隊を編成し、それぞれのリーダーにくじ引きさせることに決めました。

 

くじ引きの順番で出撃し、どのグループが攻略成功しても恨みっこなし。

鎮守府全体で祝勝会を開くことを発表しました。

 

くじ引きで最後を引いてしまった木曽さんは最初は悔しそうだったけれど、今は楽しそうにまるゆちゃんと祝勝会用の野菜の皮むきをしながら、先行組の結果報告を待っています。

 

とっても、この鎮守府らしいやり方だと思います。

司令官、この鎮守府での生活は、本当にすごく楽しいですよ。

 

司令官も艦娘のみんなも大切な家族で、この鎮守府は私達の帰るべき家です。

 

 

 

だけど、司令官は知らないでしょうが、お水を汲みに行ったときに……。

艦娘たちの一部で噂される『正妻戦争』の一端を垣間見てしまいました。

 

涼しげな顔をしつつも物凄いオーラを漂わせて間宮さんのモツ煮込みを食べていた鳳翔さん。

そんな鳳翔さんをニコニコ見つめながらも同じぐらい強烈なオーラを発していた間宮さん。

 

鳳翔さんの隣の席でハンバーグランチを食べていた、初雪ちゃんの(もうヤダ……帰りたい)という心の声が確かに聞こえた気がします。

あの青葉さんでさえ、冷や汗をかきながら窓の外に視線を逃がしていました。

 

司令官、次に鳳翔さんの居酒屋に行く時は気をつけてくださいね……。

あまりに鈍感すぎると、不意に爆撃の嵐に襲われるかもしれませんよ?




ついに冬イベが始まりましたね。
提督の皆さん、温かいものを食べて健康に気をつけながら、攻略がんばりましょう!
ちなみに作者自身は、ここの提督のような自然回復教徒にはなれない小心者です。


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球磨とサンマーメン

東方系の名前が出ますが、店名や会社名などを考えるのが面倒で拝借しただけです。
クロスオーバー作品ではありません。


雪は降りやんでいたが、底冷えのする朝。

7時、鎮守府で朝食が始まったのと、ちょうど同じ時間。

競りが終わったばかりの活気が残る、この地方でも最大の中央卸売市場の水産部。

 

漁協や市場の関係者や、買出人の間を、奇妙なモコモコが動き回っていた。

オレンジのマフラーを巻き、ブラウンの厚手のファー付ダウンジャケットを着込んだ、私服の球磨である。

 

食のプロにとっての戦場である市場。

そんなところを素人がウロチョロすれば、邪魔だと怒鳴られるのがオチだ。

だが、球磨を見て文句を言う人間はいないし、球磨の動きも市場の流儀や動線を心得ている。

 

もう4年以上、球磨は鎮守府からほど近い、この市場で定期的に買い付けをしている。

胸元に下げているのは、年季の入った「買出人章」。

 

漁師が獲った魚介類は、いったん漁協に集められ、卸売市場で大きな単位で競りにかけられる。

これを競り落として小分けし、買出人(小売店、飲食店、ホテル等)に小口で売るのが仲卸だ。

 

いったん全ての仲卸の店先を見て回り、どの店にどんな品が競り落とされているかを覚えた球磨は、間宮や鳳翔から頼まれていた頭の中のリストと照合し、買うべきものを決める。

 

「とっつぁん、ヤリイカ15箱と、ブリを5尾、しじみ20Kg欲しいクマ」

 

馴染みの仲卸のところへ行き、流れるように注文する。

 

「それからマダラ5箱、そこのキチジとスズキも2箱ずつもらってくクマ」

「やっぱり目ぇつけてやがったか」

 

仲卸のおじさんは苦笑いしつつ、電卓をはじいて値段を出す。

 

「ホタテあるけど、いらねぇかい?」

「ホタテは寅丸のとこの方が身ぶりが良かったクマ」

 

ペロリと舐めた指で紙幣をはじいて数えながら、球磨が答える。

 

「本当、よく見てやがるな」

「こっちも遊びじゃねえクマ」

 

再び苦笑し、代金を受け取るおじさん。

 

「ん!?」

 

球磨の目が、店の奥でおかみさんが絞めている、季節外れに大きな鮭に止まる。

 

「ありゃ売れないぜ。紅魔館ホテルの注文で競り落とした一番見事なやつだ。接待ゴルフで泊まる常連客の社長が、大の鮭好きらしくてよ」

 

「別に……いいクマ。今日は、鮭は安いフライ用の切り身で頼まれてるクマ」

「なら村紗んとこだな。今日も手頃な鮭を競り落としてたぞ」

 

仲卸にはそれぞれ固定客と得意分野があり、競り落とす魚の種類や傾向、客に渡す前にどこまでの処理に応じるかにも差がある。

 

よだれを垂らさんばかりの球磨の表情を見て、大笑いしたおじさんは店の奥に行き、おかみさんがギリギリで尾を切り落とした鮭から、さらに一切れの刺身を切り出してきて、球磨の口に放り込んだ。

 

「へへ、こんだけの鮭はなかなかねぇだろ?」

「クマー!」

 

上品な、うっすらと脂ののった天然鮭の味に、球磨は歓声をあげる。

 

最初は奇異の目で見られていた球磨だが、今ではなかなかの目利きとして一目置かれている。

それに、奇妙な語尾を取り去れば、気風の良い“男前”だと市場でも評判だ。

こうして顔を売っておくと、電話注文でも余り物やハズレを押し付けられることもない。

 

「いつも通り、配送は八雲商会で頼むクマ」

「あいよ」

 

それぞれの仲卸から買い付けた品は、まとめて運送会社の専用トラックで運んでもらう。

 

「魚をとっとと終わらせて、青果部と食肉部も回らなきゃいけないクマ」

「ところで嬢ちゃん、本業は大丈夫なのかい?」

「自分でも時々、何が本業か分からなくなるクマ」

 

 

すべての買い付けを終えた球磨は、大きくのびをして市場を出た。

雪の積もった外の空気は冷たく、吐く息は白い。

球磨はマフラーをしめなおした。

 

「早く帰って飯だクマ」

 

朝は鎮守府を出る前に、間宮が握ってくれたおにぎりを2つ食べただけだ。

市場の前の通りには、食のプロを相手にするだけあってレベルの高い飲食店が並んでいる。

それでも、球磨は鎮守府に帰って食べるのを選ぶ。

 

一度だけ、評判の寿司屋に入ってみたことがある。

新鮮な良いネタを使っていて、鳳翔の寿司にも勝るとも劣らぬ旨さだった。

 

けれども、独りで食べるそれは何となく味気なく、鳳翔の居酒屋で妹たちと食べた寿司にあった何かが欠けていた。

 

「それに今日は、提督が作ってくれるって約束だクマ」

 

球磨は駐輪場に停めておいたスーパーカブにまたがり、ヘルメットをかぶる。

 

「スノーチェーンは巻いてるけど、用心してゆっくり行くクマ」

 

それでも鎮守府まで40分もかからない。

 

独特のカブの排気音を響かせながら、球磨は雪が薄く積もる白い県道に走り出した。

 

 

「帰ったクマ~。北上、バイクを拭いて車庫に入れとくクマ」

「え~」

「姉ちゃんの言うこと聞くクマ。駆逐艦の子に押し付けたらメシ抜きだクマ」

 

こうして、球磨のハードでワイルドな時間は終わる。

球磨は鎮守府庁舎に駆け込むと、キッチンへ直行した。

 

「ただいまだクマ!」

 

そこでは、朝に約束したとおり、提督が球磨のために遅めの朝食を準備してくれていた。

 

「お疲れ様。もうすぐできるけど、先に熱いシャワーでも浴びてきたらどうだい?」

「いいクマ。もうお腹ペコペコだクマ」

 

あたりには、ゴマ油の香ばしい匂いが漂っている。

球磨はダウンジャケットを脱ぎながら、提督の横に行き、コンロを覗き込む。

 

「そっか。じゃあ一気に仕上げちゃおう」

 

提督が振る中華鍋の上では、色とりどりの具材が鮮やかに舞っていた。

挽き肉、もやし、白菜、人参、ニラ、チンゲン菜、きくらげ、しいたけ。

 

くぅ~、と食欲が刺激されて球磨のお腹が鳴る。

 

提督は隣のコンロで沸かしている熱湯の大鍋に、生麺を放り込む。

中華鍋には鶏がらスープを加え、炒めた具材を軽く煮ながら、砂糖、醤油、オイスターソース、すりおろし生姜、塩こしょう、で味を足していく。

 

水溶き片栗粉でとろみをつけ、熱湯からザルですくった茹で麺を入れたら、酢をひと垂らしして、大きく混ぜて器へと注いで完成。

 

「はい、サンマーメンの出来上がり」

 

とろみのついた琥珀色のスープの中に、たっぷりの具材と麺が泳ぐサンマーメン。

横浜中華街の料理店のまかない飯が発祥とされ、漢字で書けば「生馬麺」となる(諸説あり)。

 

横須賀鎮守府との合同演習の打ち合わせの帰りに横浜で食べて以来、提督は気に入って冬になるとよく自分で作っていた。

 

「提督、こっち来るクマ。今日はここで食べるクマ」

 

提督を椅子に座らせ、球磨は提督のひざの上にチョンと乗って食べ始める。

 

サンマーメンのとろみのついたスープは熱々で、よく具材や麺にからむ。

一口すすれば、口の中に広がるのは素朴ながらも奥深いコクと旨味。

ほのかな酢の香りと、生姜の風味もあわさり、内側から身体がポカポカとしてくる。

 

嬉しそうに麺をすする球磨の髪を、提督が優しく撫でる。

 

「なでなでしないでほしいクマー、ぬいぐるみじゃないクマー」

 

足をバタつかせて抗議しつつも、球磨はさらに嬉しそうにサンマーメンを食べすすめる。

 

「ほら、ほっぺにスープがついてるよ」

「拭いて欲しいクマ」

「球磨は甘えん坊だなあ」

 

「クゥ~マ~、クマ、クマ♪」

 

しばらく、球磨は提督のマスコットとして、ご褒美の時間を楽しむのだった。




僕の個人的な球磨像ですが、楽しんでいただければ嬉しいです。


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【番外編】日常とバレンタイン

この鎮守府では、自前の漁船を保有していた。

廃業した老漁師がタダで譲ってくれた、何年も野ざらしにされていた木製50フィート(15メートル強)船。

 

地元造船所で40年以上前に製造されたようだが、その造船所はすでに無くなっていて正確な型式や年式は不明だ。

 

そのレストアの面白さにとりつかれたのが、明石と一部の軽巡洋艦娘たちである。

 

錆を落とし、塗装をはがしてボロボロの船体を修復し、バウに入った亀裂を埋め、キールを補強し、新たにプロペラを作り直し、マスキングしてスプレーガンで再塗装。

エンジンは不稼働だったため、廃棄する艤装まで流用して修理した。

 

こうして、ボロいというより廃棄物に近かった船は、外見だけはピカピカになって蘇った。

 

名前は「ぷかぷか丸」。

 

嵐の外洋などに出るのは危険だが、沿岸での釣りでは大活躍していた。

釣り手12人と、操船者1人の13人が定員だ。

 

一応、書類上の建前では「作業艇」ということになっていて、提督の演習見学や標的ブイの設置などにも使われる。

 

 

真冬は魚の活動が鈍って釣果が落ちるので、陸に上げての整備作業はこの時期に行われる。

 

「パネルの取り外し終わったニャ」

 

操船席のパネルを外し、船上から下ろす多摩。

 

「受け取った。もう手ぇ離していいぜ」

 

そのパネルを妹の木曾が地面から受け取る。

 

「今度はハンドルを油圧式に改造するんだって?」

「本当、ただの道楽だよね~」

 

作業を大井と北上が呆れ顔で見ている。

 

そんな大井と北上を、球磨型姉妹の次女である多摩がジロッと睨み付け……。

 

「球磨がさっき、提督のとこから戻るまでにイケスの掃除が終わってなかったら昼飯抜きだクマ、って言ってたニャ」

 

長女の名前を出されたとたん、船のイケス掃除を命じられていた大井と北上は慌てて走り出した。

 

「当番の第二一駆逐隊、モップ持って急いで集合!」

「二一駆って……初春型だっけ? 駆逐艦、多すぎてウザい」

 

「フジツボ、覚悟っ!」

 

船底についたフジツボをこそぎ落としているのは川内だ。

 

「多摩ちゃ~ん、油圧ステアリングキット持ってきたわよ」

 

工廠から出来たばかりの改造キットを持ってくる夕張。

 

「夕張、遅いニャ」

「しょうがないじゃない、パーツが重いんだから」

 

「いいぞ、アリだな!」

「いいじゃーん!」

 

新品パーツに目を輝かせる木曾と川内。

 

「でしょでしょ、明石さんと図面から起こしたワンオフものよ」

 

よその鎮守府では、工廠はフル稼働で大忙し、明石も毎夜遅くまで泊地修理に追われているという噂を聞く。

 

しかし、ここの鎮守府では、建造や開発の数は本部の求めるノルマの1/4以下、修理にしても艤装が少しでも傷ついた艦娘は即入渠、小破以上は迷わずバケツ(高速修復材)という方針なので、明石も普段は暇を持て余している。

 

「お、やってるやってる」

 

遠征から戻った長良が様子を見に来た。

長良が行っていたのは「警備任務」。

県内の漁港をいくつか回って、深海棲艦の目撃情報を聞き込んだが本日は「目撃0」。

 

「よーし、手伝うよ。昼には五十鈴も戻るから、陽のあるうちに一気にやっちゃおう」

 

五十鈴は「対潜哨戒任務」のため、隣県の沖まで出ている。

 

あとは鬼怒が、大湊に物資を届けに行く補給艦の「海上護衛任務」についている。

それが本日の公式な遠征任務の全てだ。

 

 

当然、軽巡洋艦たちも暇を持て余しており、自分達で非公式な任務を作っては、様々な活動をしている。

 

神通と矢矧は、駆逐艦娘の自主練の指導。

球磨は市場に食材の買い出し。

名取と由良は洗濯。

阿武隈と酒匂は寮の掃除の監督(不適任)。

 

 

そして、天龍と龍田は早朝から軽トラックを出していた。

 

この地方で唯一の政令指定都市である隣県の街まで、バレンタイン用の材料やラッピングを大量に仕入れに行くためだ。

センスに不安がある2人なため、買い物要員として陸奥と鈴谷が軽自動車で同行している。

 

ちなみに、隣県のその街まで車で片道3時間半もかかるが、県内で一番大きい街(それでも東京の大半の区より人口が少ない)に行くのにも3時間はかかるため、この鎮守府で「街に行く」と言えば隣県のその都市に行くことを指していた。

 

夕方からは鎮守府をあげてチョコ作りの予定だ。

那珂、阿賀野、能代がお菓子作りに必要な道具の準備を始めている。

 

 

「それじゃあ、行ってくるね。向こうは始発で出るから、明日の昼には戻るよ」

 

そう大淀に告げると、昼前に提督は軍令部へ出頭するために東京へと発った。

片道で約6時間、もちろん今日中には戻れない。

 

名目は大規模作戦の発令書受領のためだが、わざわざ提督自ら取りに行くほどの書類ではない。

代理の艦娘を派遣したり、東京から連絡将校を呼び寄せてもいいのだが……。

 

この狭い鎮守府の中で“提督に内緒でバレンタインのチョコを用意する”と思っている艦娘を意識して避けるよりは、東京に出張する方がよほど気が楽だ。

 

そして明日はバレンタイン……。

 

思い出しただけで胸焼けしそうな昨年のバレンタインの記憶が脳をよぎったが、提督は忘れるように頭をふる。

 

(明日のために、身体と胃を休めよう。今夜は雑炊、朝は駅のかけそばにしよう)

 

200人近い艦娘たちからのチョコを完食する決意を固めつつ、提督は列車の座席に身をゆだねて眠りにつくのだった。



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伊勢と日向とジャガバター

雪が舞い散る日々が続き、鎮守府の周囲は白く染められていた。

そんな、ある日の朝……。

 

朝食前のザワつく大食堂の隅では、提督と大淀、長門、霧島が何事かを熱心に話し合っていた。

提督がうなずくと、霧島が壁際に向かい、スピーカーのスイッチを入れてマイクをとった。

 

「マイク音量大丈夫…? チェック、1、2……。よし」

 

お決まりのマイクチェックをしてから、霧島は伝達を始める。

 

「傾注!! 天気予報によると、本日夜半より寒波による大雪が予想されます!」

 

透き通る明瞭な発音の声で、食堂全体に情報を伝達する。

 

「よって、本日の課業予定は全て中止! 朝食終了後、我が鎮守府は全力をもって、第一種雪害対策体制へと移行します!!」

 

食堂内が一斉にざわめく。

 

「静粛に! 提督、訓示をお願いします!」

 

ピタリと静まった無音の食堂内にペタペタと間抜けなスリッパの音を響かせて、提督が霧島の隣に向かいマイクを受け取る。

 

「あーあー……うん、まあ、細かいことは朝ご飯を食べてからで」

 

髪に寝ぐせがついた部屋着姿のまま、提督がしゃべる。

 

「とりあえず……ね? いただきます!」

 

「「「「いただきます!!!!」」」」

 

食堂内に大合唱が響いた。

 

 

この鎮守府の『雪害対策体制』には、三段階がある。

 

頻発される『第三種雪害対策体制』は、出撃に必要な設備への融雪剤の散布といった降雪対策と、雪が降った後の周辺の一般的な雪かきを示す。

この段階だと、鎮守府の日常業務と並行して行われる。

 

その上の段階の『第二種雪害対策体制』となると、寮や倉庫などの屋根の雪下ろしといった二次災害防止が加わる。

 

さらに、町内から県道までの除雪作業や、町内各所の電柱などの安全点検作業による、インフラ確保も行うので、人員を割くためにシフトの変更が行われる。

 

そして、『第一種雪害対策体制』というのは……。

 

町内全体の雪かきや雪下ろしの手伝いと、いざ町内が大雪に閉ざされた時の、お年寄りの公民館への避難誘導や、炊き出しなどが加わる。

 

ほぼボランティア活動が8割を占めるのだが、とにかく必要な人員が多すぎて、並行して普通の鎮守府業務などやっていられない。

 

こうして、この鎮守府は開店休業状態となる。

 

 

「提督、呉鎮守府より入電。我が作戦部隊、屋久島の南南西80海里にて、軽空母ヌ級からのものと思われる空襲を受く。各鎮守府、警戒を厳重にされたし」

 

「屋久島かあ……あ、それより霧雨商店さんの雪下ろしは? あそこに潰れられたら、町内で何も買い物ができなくなるからねえ」

 

「提督、横須賀鎮守府より入電。我が海上護衛部隊、輸送部隊とともに小笠原諸島父島沖に進出するも、空母棲姫を中核となす強力な通商破壊機動部隊と接敵、被害甚大にて撤退す!」

 

「空母棲姫かあ……ま、横須賀なら何とかするだろうね。そうそう、飲料水とおむつは公民館に届いたかな? 重いものとかさばるものは、先に届けておかないとね」

 

 

いいのです。どうせ地域密着型の辺境鎮守府なのですし!

 

 

伊勢と日向は、艦娘寮の屋根の雪下ろしを行っていた。

 

普段の雪下ろしは、金剛や比叡、武蔵、ビスマルク、アイオワといったお祭り好きの戦艦が豪快に行うのだが、今日は建物の下で多くの艦娘が活動している。

 

提督は、安全第一で地道に作業できる2人を選んだのだろう。

 

「それっ」

 

伊勢はスノースコップで雪をかくと、うまく体をひねって海の方へと投げ出した。

武蔵などと比べたら地味でも、そこは戦艦娘のパワーだ。

放られた雪の塊は綺麗な放物線を描き、100メートルほど先の海面に没する。

 

「やるじゃないか……」

 

日向も、伊勢に続けて雪の塊を投擲する。

姉妹艦だけあって、日向の放った雪の塊も、伊勢とほぼ同じ距離の海面に着水した。

 

 

一昨年、雪下ろしをしていて調子に乗った比叡が、大量の雪を一気に蹴散らしたことがある。

その結果、屋根の上の雪全体が雪崩的に滑り落ち、比叡と、比叡と一緒に作業していた榛名が屋根から滑り落ちる事故となった。

 

幸い、下には誰もおらず、比叡と榛名も無事だったが……。

 

「あの時の提督、珍しく怒ったよね」

 

伊勢が、前置きもいつの出来事かの説明もなく日向に声をかける。

 

「ああ、そういう奴だからな」

 

日向も、以心伝心で自然に答える。

 

「そうそう、あれは覚えてる?」

「もちろんだ」

「提督さー、鼻血出しちゃったよね」

「…まあ、そうなるな」

 

他の人間や艦娘が聞いても、絶対に理解できない会話を続けながら、伊勢と日向は雪下ろしを続けていく。

 

 

雪の塊が飛んでいく、その下の埠頭。

提督が焚き火をしていた。

 

軽く下茹でしたジャガイモに塩こしょうをふり、濡らしたキッチンペーパーで包み、さらにアルミホイルで二重にくるんで、焚き火の中へと入れる。

 

そのまま30分。

雪下ろしが終わったとき、冷え切って屋根から下りてくる伊勢と日向が喜ぶよう、絶妙な焼き加減になるように。

 

軍手をしたまま2人が熱々のアルミホイルをむくと、ホクホクと湯気を立てるジャガイモ。

その上にバターの塊をたらして、割り箸を渡してあげる。

 

伊勢は素直に歓声をあげるだろう。

日向は……うーん、ちょっと予測が難しいな。

 

提督はその時のことを想像しながら、焚き火に木をくべるのだった。



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大鳳と肉まん

艦娘寮の本館1階。

大きく突き出した堂々たる玄関口は、高野山金剛峰寺の門構えを模している。

 

もともと、昭和初期にマグロの遠洋漁業で莫大な財をなした網元が、道楽で金に糸目をつけず全国から名工を招いて建てさせた旅館というだけあって、日本建築の粋が込められている。

 

艦娘たちが気軽に靴を脱ぎ散らかしている沓脱石(玄関の土間と板間の段差を埋める石)も、さる大名屋敷に使われていた銘石だ。

 

『靴はきちんと靴箱に!』とか『玄関に靴は一人一足!』とか『ストーブで服を乾かすな!』とか『舞風ここで踊るべからず!!』とか無粋な標語がベタベタ貼られた柱や壁にしても、今では寺社の補修に用いるなど、特別な許可がなければ伐採できないランクの天然国産木材が惜しげもなく使われている。

 

もちろん、そんなことは艦娘たちには無関係。

ここはあくまで『我が家』であって、愛着はあっても生活の舞台でしかない。

 

だから、ミカンの箱で手がふさがった摩耶が足で玄関を乱暴に開けたりするのも、数寄屋大工が丹精込めた透かし彫りの欄間にポケモンシールが貼ってあったりするのも、仕方ないことだ。

 

玄関から館内に上がると、大正ロマンを感じさせる和洋折衷のロビーがゆったり広がり、正面奥に2階へ続く大きな階段がある。

また、ロビーの奥の片隅は、囲炉裏のある小座敷になっている。

 

洋風のロビーと和風の小座敷という二つの異なる雰囲気の空間。

これを、片面から見ると和箪笥、もう片面から見ると洋書棚という、特注の両面家具を壁代わりとし、上手に隔離しているという凝りようだ。

 

だが、そんな有形文化財に指定されてもいい和箪笥には、夕張が妙に精巧に作り込んだガンプラ(しかもなぜか量産型ザク)が置かれているので、いろいろと台無しになっている。

 

 

玄関の左手横には、江戸の裏店に見立てた遊び心ある帳場(ちょうば)と土産物売り場があり、艦娘寮となった現在では酒保として活用されていた。

 

趣のある小間物屋という風情の空間だったが、うまい棒シリーズやキャベツ太郎、蒲焼さん太郎、よっちゃんイカ、麩菓子、モロッコヨーグルなど、今ではケバケバしい箱やケースが並び、完全に昭和の駄菓子屋のようになってしまっている。

 

この酒保と小座敷の間を通り抜けて、さらに左手奥に進んでいくと温泉大浴場があり、さらに別館へとつながる。

 

その温泉への通路脇にある、もとは従業員室だった2つの部屋が、提督と、明石・大淀の部屋になっている。

 

 

玄関から右手には、旅館の正面に沿って畳廊下が続くが、廊下沿いの窓は意図的に小さく、そして視線よりもはるかに低く作られている。

 

畳廊下の壁沿いには小さくも見事な坪庭があしらわれ、薄暗く演出された廊下の中に、外界から隔離された幽玄の世界を表している。

 

この旅館を建てた網元は、建築や造園など学んだことはないし、小学校さえまともに通ったことがなかったというが、独学とセンスだけでこれだけのものを作ったというのだから立派だ。

 

だが廊下には、大洗鎮守府からもらった「干しいも」のダンボール箱が無造作に放置されていたり、空になったビールのケースが重ねられていたり、生活臭が漂い過ぎてせっかくの芸術性が台無しになっている。

 

 

それはともかく、この廊下沿いに、今は鳳翔が居酒屋として使っている、老舗の鮨割烹(すしかっぽう)といった風情の食事処がある。

 

さらにまっすぐ進むと、五十畳の広さの和室。

この寮が温泉旅館だった頃には、宴会場として使われていた大部屋で、食事処とは厨房を介してつながっている。

 

艦娘の人数が少ないうちは食事処を食堂とし、季節の行事や宴会などはこの部屋で行っていた。

 

しかし、1年もすると艦娘の数が60人を超えて本館が手狭になり、新たな艦娘を受け入れるための新館や、大食堂と大広間を備えた別館が増築された。

 

そして、新館と別館の完成以来、本館1階は公共スペースとして使われることになり、この大部屋にも『休憩室』の看板がかけられ、艦娘たちのたまり場となっていた。

 

室内には、いくつものコタツやストーブがあって温かいし、ここに来れば話し相手や遊び相手(一部の艦娘たちの場合は飲みに誘う相手)にも困らない。

 

夕食後は寝巻き浴衣に着替え、冬は綿入りの袢纏(はんてん)を羽織って、温泉に行きつつ本館1階をブラブラするのが艦娘たちの日常の過ごし方だ。

 

 

今日も室内では、多くの艦娘がおしゃべりや遊びに夢中だった。

 

「ゆで玉子のBLTサンドも捨てがたいですが、定番のミックスサンドは外せませんわ」

「妙高さん、ここってどう縫ったらいいんですか?」

「島風、その「うまい俸」って何味? え、そんなのあるの!?」

「ふぁ、おもち焦げてる!」

 

「ねぇ、誰か夜戦しよっ!!」

「早霜、風呂まだだろ? 清霜も行くぞっ! 帰ったら『ニムト』やろうぜ!」

「誰か麦くれない? 土あげるからさ」

「僕のこのカードは……カメムシ「本当っぽい!!」」

 

そんな喧騒の中、部屋の中央のコタツだけは比較的静かだ。

そこでは、提督が大規模作戦の編成表の作成を行っていた。

 

「横須賀や佐世保からの情報だと、潜水艦に複数の機動部隊がいるらしいね。大発やドラム缶を欲張って大量に積むのは止めようか……」

 

今回は輸送が主目的なので、提督は戦力の維持と輸送力のバランスに悩んでいた。

 

提督の横では、今日の秘書艦である大鳳がミカンを剥いてあげている。

他に参謀役を任されたグラーフ・ツェッペリンもいるが、コタツの中で眠ってしまっている。

 

 

「見いつけた!」

「提督~、飲みに来いよ!」

 

酔っぱらいの軽空母どもが提督にからみにくる。

 

「まだ編成が決まらないからダメだよ」

「もう、そんなこと言わずに♪」

 

千歳が提督の背中に、けしからん豊満タンクを押し当てる。

 

「くっ」

 

大鳳の口から、何やらうめき声が漏れる。

 

「コホン!」

「やっべ、ずらかるか」

「それじゃあ、がんばってくださいね」

 

大鳳がわざとらしく咳払いすると、軽空母たちは退散していった。

 

 

と、その騒ぎで目が覚めたのか、グラーフが起き上がってきた。

浴衣が完全にはだけていて、豊かな双丘がこぼれかかっている。

 

「提督、編成は決まったのか?」

 

「ダメダメ!」

 

そのまま提督にしなだれかかろうとするグラーフを大鳳が引き離し、浴衣の胸元を直す。

そんな大鳳を無視して、ミカンの入った篭に手を伸ばすグラーフ。

器用にミカンを剥いて食べ始める。

 

「うん、日本の冬はやはりコタツーでミカーンだな」

「それより、ブラジャーぐらいしなさい。お風呂上がりだからって……あなたの場合、はみ出るものがあるんだから」

「だが、プリンツが日本の着物には下着をつけないと……」

 

「まさか!? ちょっと!!」

 

グラーフの言葉に危険を感じた大鳳が、あわててコタツ布団をチラッとめくる。

直後、大鳳は猛烈な勢いで、グラーフの浴衣をギチギチに締め直していく。

 

「だが、トネやチクマも……」

「黙りなさい!!」

「タイホーはブラジャーは? 浴衣の下のそれはTシャツじゃ……」

「黙れ!!」

 

何とか、大鳳はグラーフの「大開帳」を防いだ。

 

 

あらためて大鳳が室内を見渡すと、けっこう「やばい」姿の子が何人もいた。

特に、そもそも浴衣のサイズが小さすぎるアイオワ。

 

「アウトオォォォォッ!!」

 

大鳳はアイオワに駆け寄り、浴衣を締め直そうとしたが……。

 

「What?」

「くっ、こんなのどうやって格納するの……?」

 

あまりの立体感に悪戦苦闘する。

 

 

大鳳の奇行を目を丸くして見ていた陽炎と不知火だが……。

続けて提督を見て、大鳳の意図を察した。

あわてて自分たちの浴衣を直す。

 

(その時、不知火は大鳳の魂が乗り移ったかのように「くっ」とつぶやいたが……)

 

そして室内を見回し……。

 

「浜風、アウト!」

「アクィラさん、完全アウトです!!」

 

大鳳を手伝い「やばい」姿をさらしている艦娘を矯正していく。

 

こうしてR-15タグの危機は回避された。

 

 

 

「提督、にゃっほいっ★ 」

「よっ!  提督、頑張ってるねー!」

「みてみて~、この輝く肌。あはっ、もっと近くで見てよ」

「ぴゃ~ん♪ 司令、遊んでくれる?」

「司令官に手紙が来たわ。見てもいい?」

 

その後も駆逐艦(一部、軽巡洋艦)娘たちが提督にちょっかいをかけてくる。

中には浴衣が開いちゃってる子や、きわどいアプローチをする子もいたが、まあ可愛らしい子供のやることなので、提督も大鳳も自然にいなした。

 

「最低でも、大発3とドラム缶5つは積みたいよね」

「そうね。でないと、出撃回数がかなり増えるわ」

 

真剣に議論する中、提督にボスンと抱きついてきた問題児が現れた。

 

「提督ぅ。ポーラ、お風呂頂きま~す」

 

入浴前から飲み始め、すでにベロベロになったパスタの国のアル重だ。

 

「脱ぐのはやめようね、ここはお風呂じゃありません」

 

提督が止めにかかるが……。

 

「あれ? 提督ぅなんで邪魔するのぉ!? ポーラ暑いのぉ!」

 

艦娘の馬力の前に、簡単に跳ね飛ばされる。

 

「えへへ~、脱いじゃいました」

 

上着を脱ぎさり、ブラジャーにまで手をかけるポーラ。

 

たゆん、と白い美乳が重力に解放される直前、大鳳は間一髪で自分の袢纏(はんてん)をポーラにかぶせるのに成功した。

 

そのまま押さえつけ、騒ぎを聞きつけ飛んできたザラに引き渡す。

 

 

「何だかドッと疲れました」

 

大鳳にとっては、精神的にもかなり「持ってかれた」気がする。

 

「でも、ひらめいた」

 

ふと見れば、提督が手を開け閉めし、宙をモミモミしている。

 

(乳!? やっぱり乳なの!? そんなに脂肪の塊が揉みたい!?)

 

般若のような顔になりかけた大鳳に、提督がにっこり笑いかける。

 

「夜食は中華まんにしよう」

「え、ええ……?」

 

冬場、提督は料理のできない艦娘でも蒸すだけですぐに食べられるようにと、皮も餡も自作した大量の様々な中華まんを、急速冷凍して冷凍庫にストックしている。

 

「中華まんを蒸すけど、欲しい子はいるかーい?」

 

提督の言葉に、辺り中から大反響があったのは、言うまでもない。

 

 

「はい、どうぞ。これは五目肉まんだよ」

 

提督が差し出した大皿から、大鳳は一つの中華まんに手を伸ばした。

 

手の平に余るほどの、大きめの五目肉の中華まん。

大きさと熱さに戸惑いつつ、両手でしっかり押さえて、口に運ぶ。

 

二段発酵させた、もっちりふわふわした皮をかじると、ジュワッと溢れ出す肉汁。

 

熟成した銘柄豚を使用し、バラ肉は大きめに角切りに刻み、肩ロースは細かくミンチにした、二種類の肉の濃厚な味わい。

 

豊かな滋味と深い旨味を加えるホタテ貝柱、風味と歯触りの幅を広げるキャベツ、玉ねぎ、椎茸、たけのこ、といった具材。

そこに、醤油ベースに生姜の香りを加えた、特製ダレの旨味が足される。

 

「やっぱりこれ、寒い夜には最高だよねえ」

 

様々な味の中華まんにかぶりつき、とっかえっこをしている笑顔の艦娘たちを見ながら、提督が嬉しそうに笑う。

 

大鳳は胸のあたりに、キュンという小さな痛みを感じた。

 

(グラーフやポーラほどじゃなくても、せめてこれくらいあったら提督も喜んで……)

 

肉まんのふくらみを真似て、自分の胸に手で架空のふくらみを描いてみる。

 

(いや、何やってんの、私?)

 

あわてて手をしまい、提督に気付かれなかったのを確認して安心する。

 

 

「大鳳、方針は決めたよ。やっぱり駆逐艦の子達に無理はさせたくない。空母主体の機動部隊編成で、出撃回数で押していこうかと思う」

 

じゃれつく朝霜と清霜をあやしつつ、提督が静かながらハッキリと決意を込めて言う。

 

「はい! 大鳳の機動部隊、全力で参ります!」




【業務連絡】            責任者:大鳳

1.寝間き浴衣は季節に応じて生地の厚みが違います
・春夏用は、白に紺の『たてかん柄』
・秋冬用は、白に黒の『三本くさり柄』

2.サイズは5種類あります
きちんと適正サイズを選びましょう

3.浴衣の交換について
上記、交換を希望する子は、妙高または羽黒まで

4.浴衣の下には下着を着けましょう
絶対です!
Watch out! You must UNDERWEAR!


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加賀と鱈鍋

午後6時半過ぎ。

いつもなら大食堂で夕飯をとっている時間帯。

 

艦娘寮本館1階、ロビーの奥の小座敷で、提督は加賀と囲炉裏を囲んでいた。

大規模作戦「小笠原諸島哨戒線強化」での活躍に対する、加賀の慰労のためだ。

 

この鎮守府は数次に及ぶ出撃の末、空母棲姫との決戦に勝利し、ついに規定の揚陸量を達成した。

 

その中、加賀は常に艦隊の防空の要として戦闘機隊を満載して制空戦を指揮し、艦隊の空を守り続けていた。

いや、この作戦だけでなく、ずっと以前から加賀は艦隊の守護神だった。

 

MVPに輝くことができなくても文句ひとつ言わず、黙々と戦闘機隊を繰り出し、敵機動部隊を封じ込めてくれる加賀があればこそ、艦隊はここまで勝利を積み重ねてくることができたのだ。

 

その貢献に応えたくて、提督はMVPの表彰とは別に、大きな作戦の後には加賀と2人きりでの晩酌をして感謝を伝えることにしていた。

 

 

「まずは鍋の準備と、おめでとうだね」

 

提督が囲炉裏の鉤棒(かぎぼう)に、用意しておいた小鍋をかける。

さらに純米酒の瓶を取り出し、自分と加賀の盃に冷酒(ひやざけ)をくむ。

 

「加賀、よくやってくれたね」

「ありがとう……良い作戦指揮でした」

 

まずは冷酒をグッとあおる2人の周りでは、手の平サイズの数人の航空妖精さんが、身振り手振りで、何事かを提督に訴えかけていた。

 

加賀と同じく、提督が感謝を伝えるために呼んだ、妖精さんたちの代表だ。

 

「加賀、村田さんは何て言ってる?」

 

妖精さんの姿は見えても、その声を聞けない提督は、妖精さんの言葉を伝えてくれるよう加賀に頼む。

 

「空母棲姫を雷撃で仕留められたのは、守ってくれた護衛の戦闘機隊のおかげです……五航戦の姉の方のようなことを言っているわ」

 

村田さんと呼ばれた長い銀髪の妖精さんの横で、ハチマキを巻いた銀髪のポニーテールの妖精さんは、さらに激しい身振りで何かを主張している。

 

「ええと、岩本さんは何だって?」

「提督が大量の戦闘機隊を投入してくれたおかげだと。あと……五航戦のうるさい方のことを何か話しているわ。そう……」

 

なぜか顔を赤らめて、加賀が岩本さんの口に指を押し当てて黙らせる。

 

編み笠をかぶり、侠客スタイルの妖精さんが、提督の眼前で歌舞伎のような見得を切る。

基地航空隊の一式陸攻を率いた野中親分だ。

 

「野中さんは?」

「当たれば火を噴く弾幕に、飛び込む度胸の漢道! 一天地六の賽の目に、命を張った大勝負! 憎きツ級に一撃を、喰らわしたるは我が一家! 以下略よ。どうやら……提督からご褒美が欲しいようね」

 

さらに、皮のジャンパーを着た緑髪の妖精さんが進み出る。

 

「“少佐”は何だって?」

「んっ……さすがにドイツの妖精さんの言うことまでは……」

 

フォッケウルフ隊を率いるその妖精さんは、周りの妖精さんを指差し、手でヒューンと飛行機が飛ぶような仕草を見せた。

 

その後、その手をポンと爆発のように開き、もう一度手で飛行機が飛ぶような仕草を見せるが、先ほどよりノロノロとぎこちない動きになっている。

 

「どうやら……みんな乗り慣れた機体を撃墜されて熟練度が落ちた、と言いたいみたい」

 

うんうんと頷く、緑髪の妖精。

 

「妖精さんたち、お疲れ様。熟練度が回復するまで、しばらくは難関海域は避けるよ」

 

提督は妖精さんたちの頭を一人一人撫でる。

 

「今日は、酒保から好きなだけお菓子を持って行っていいからね。他の妖精さんたちにも伝えておいて」

 

提督にそう言われると、妖精さんたちはワーッと喜んだ様子で走り去っていった。

 

 

提督はその後ろ姿を見送ると、残った冷やをあおった。

米の甘みが生きている、柔らかく優しい石川県の酒だ。

 

瓶に残っていた酒を、南部鉄の燗瓶(かんびん)へと注ぎ、囲炉裏の火にかける。

 

それから、湯気をあげ始めた小鍋の蓋をとる。

しっかりと上等な昆布からダシをとったダシ湯の中で、(たら)の切り身と白子、豆腐、椎茸、しめじ、人参、白菜の芯が煮えている。

 

(たら)の切り身と白子は、鍋に入れる前に塩を振り、一度熱湯にサッとくぐらせ、冷水で引き締めてある。

そうすることで、余分な水分と生臭みが落とされ、鱈の繊細な味わいを堪能することができる。

 

香りの良い湯気がたつ鍋に、提督が別皿に用意しておいたネギと白菜の葉、春菊を加える。

葉野菜のシャキッとした食感を残すため、完成直前にほんの少しだけ熱を加える。

 

鍋を仕上げる提督を見ながら、加賀が燗瓶(かんびん)を取り、提督の盃に酒を満たす。

 

「ありがとう。さ、加賀も」

 

提督は加賀の手から燗瓶(かんびん)を受け取り、加賀の盃にも酒を注ぎ返す。

 

加賀が盃をチビリと舐め、「ふぅ」と吐息を漏らした。

燗によって味が開き、甘みと旨みが増した酒が、すぅっと身体へと染み込む。

 

「冷えてきたなあ。また雪が降るかな」

「ええ、そうかもね」

 

提督ののんびりとした問いに、加賀は静かに答える。

左手の薬指にはめられた、提督から贈られた指輪を見つめて微笑みながら。

 

いつも、二人きりになると口数が減ってしまう提督と加賀。

 

しかし、その短くも静かな時間は、とても心地よいものだった。

 

食べ頃となった(たら)鍋を、提督が取り皿によそっていく。

 

外では、雪が落ち始めていた。



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松風とモンブラン

現在(2017.02)進行中のイベント報酬艦「松風」が今回のメインです。
新規艦娘ですので、ネタバレや余計な脚色を見たくない方は回避して下さい。




この鎮守府の週末は、のんびりとしている。

 

金曜日の消灯時間は、いつもより1時間遅い24時。

土曜日の始業も平日より1時間遅い9時で、終業は12時の半ドンだ。

 

土曜日は近海警備や対潜哨戒、簡単な訓練を行うだけで、基本的に出撃や演習はしない。

その翌日の日曜日は完全休業と、理想的な労働環境だ。

 

その代わりと言っては何だが、土曜14時から月曜の朝まで、間宮の大食堂も休業してしまう。

(仕込みの都合と、自炊にも慣れてもらいたいという、提督と間宮の親心によるものだ)

 

 

車や電車で買い物に行くついでならともかく、鎮守府外に食べに行くのはあまり現実的ではない。

 

鎮守府のある漁港から徒歩10分圏内には、観光客を相手にした鮮魚割烹の店や寿司屋ぐらいしかない。

駅前まで20分歩いても、まずい蕎麦屋か、汚い中華屋か、軽食しかない喫茶店か、の3つが候補に加わるだけだ。

 

食品を購入するにしても、町内の一番マシな補給処は「キリショー」と艦娘たちが呼ぶ、老夫婦が営む個人商店「霧雨商店」だ。

 

米に調味料、飲料、菓子、缶詰、レトルト食品、インスタント食品といった食料品から、トイレットペーパーやティッシュ、ゴミ袋、洗剤、電池、文房具などの生活雑貨、さらには軍手やバケツ、肥料、ペットフードまで広く扱っている。

 

昭和の時代に取り残されたような典型的な田舎の「何でも屋」だが、こんな辺鄙な町に進出してくるスーパーやコンビニもないので、平穏に営業を続けている。

 

近くには肉屋、魚屋、八百屋、酒屋、本屋、電気屋、薬局、郵便局もあり、キリショーこそが町内の商業の中心地と言っても過言ではない!

 

この鎮守府とも懇意で、時々、鹿島などの艦娘が店番の手伝いをしている。

 

 

一方で、都会的なチェーン店となると……。

 

最も近いコンビニは、徒歩だと40分かかる海水浴場前の県道沿い(冬季は休業)。

牛丼屋やファストフード店は、電車で3駅離れた大きな駅に行かないとない。

 

そんな陸の孤島な環境の中、この鎮守府が是とする『自治・自炊・自足』の精神が育まれた。

 

月・水・金・土の週4日で居酒屋を開いている鳳翔をはじめ、鎮守府の食糧事情の維持発展のために尽力する艦娘は多い。

 

だから間宮の大食堂が閉まる毎週末は、ちょっとした文化祭のような熱気に包まれ、あちこちに仮設店舗が組まれる。

 

 

「あの埠頭の工事は、何をやっているんだい?」

 

先日の大規模作戦の出撃海域で発見され、新たに艦隊に加わった神風型駆逐艦娘の松風が、鎮守府を案内している那珂に尋ねる。

 

松風の視線の先では、数人の艦娘がテントを張り、祭りの屋台のようなものを設置していた。

 

「軽空母の龍驤さんが鉄板焼き屋さんをやるから、そのお店を作ってるんだよ」

「ごめん……何を言っているのか、ちょっと分からない」

 

 

「あの貨物自動車は、何を運んでいるのかな? 弾薬?」

「天龍ちゃんが軽トラで、(焼き鳥を焼く)炭を買ってきたんだよ」

 

「そうか、石炭か! 天龍型もキミも混焼式機関だから、僕みたいに石炭を食べるんだね?」

「ごめん、那珂ちゃん何を言ってるのか、ちょっと分からないなぁ」

 

松風は発見後しばらく昏睡状態で、今日ようやく艦娘として覚醒したばかり。

艦である自分が「食べる」ということが、まだピンときていない。

 

 

「松風ちゃん、得意料理は?」

「いや、料理なんて作ったことあるわけ……」

「ダメ! そのリアクション、0点だよ!」

 

那珂が松風の肩をつかみ、ガクガクとゆする。

 

「松風ちゃん! ボクっ子ごときじゃ、全然キャラが立たないよ! もっと自分からアピールしていかなきゃ、この鎮守府で生き残れないよ!?」

「僕……どんな鎮守府に来たんだろう……」

 

 

そして松風は那珂に案内されるまま、鎮守府庁舎のフロントサッシの引き戸を開け、安っぽいウレタン塗りの廊下と階段を経て、提督の執務室にやって来た。

 

那珂がベニヤ板製の安物ドアをガンガンとノックすると同時に、

 

「艦隊のアイドル、那っ珂ちゃんだよー☆」

 

豪快にドアを開いて名乗りながら、テヘッと片目をつむり笑顔でポーズを決める。

 

(どう? これがアイドルのアピールだよ!)

 

と言わんばかりに、ドヤった顔でチラチラ振り返ってくるのが鬱陶しい。

 

室内はネオンが灯り、バーカウンターが備え付けられ、カラフルなテーブルや椅子が置かれ、とても提督の執務室とは思えない雰囲気になっていた。

 

「驚かせちゃったかな? 明日、アイオワたちがここでカフェをやりたいって言うから、妖精さんに模様替えしてもらったんだよ」

 

陽だまりの中の眠り猫のような、のんびりした空気をまとった提督が言う。

 

「Oh! Beautiful、KIMONO!」

 

提督の隣には、提督に腕をからめて巨大な胸を押し付けながら、背の高い米国の艦娘が立っていた。

その後ろにいる艦娘は、おそらく英国と仏国の艦娘。

 

松風が起工された時、日米英仏は第一次世界大戦の戦勝国として同じテーブルを囲んでいたし、まだ栄光の日英同盟も失効していなかった。

 

だから陸式のように「鬼畜米英」などと視野の狭いことを言うつもりはないし、艦娘として転生した時に、艦としての自分が沈んだ後の歴史や、「ここ」は全人類と艦娘が共闘して深海棲艦に立ち向かっている世界なのだと、頭に入ってきていたが……。

 

まさか、鎮守府の中枢たる提督の執務室までが、米英仏に貸し出されるとは夢にも思わなかった。

 

だが……。

 

「そういうの有りなんだ。へ~ぇ良いね。僕も嫌いじゃない」

 

頭のハットを触りながら、松風が笑う。

 

戦後恐慌を経て経済が傾き、暗雲が立ち込め始めていたとはいえ、松風が生まれた時代の日本はまだ……国産初のウィスキー工場が建設され、アメリカ人建築家ライトの設計した帝国ホテルが落成し、新宿にフルーツパーラーが開業し、モダンボーイ、モダンガールという言葉が流行した、親英米の国家だった。

 

「僕が神風型駆逐艦四番艦、松風だ。キミが僕の司令官か」

「うん、この鎮守府の提督だよ。これからよろしくね」

 

何の気負いもなく、自然に握手を求めて手を差し出す提督の仕草に、松風は好感を持った。

提督の手をしっかりと握る。

 

 

「Hi! MeがIowa級戦艦、Iowaよ」

「Queen Elizabeth Class Battleship二番艦、Warspiteです」

「Bonjour! 自由・平等・博愛の国からまいりました、水上機母艦Commandant Testeです」

 

海外艦たちとも挨拶を交わした松風を、提督は赤いクロスが敷かれたテーブルに案内した。

 

「松風はまだ、目覚めてから何も口にしていないそうだね」

 

そう言って提督がうながすと、コマンダン・テストが松風の前に一皿の菓子を出す。

 

「これは……モンブラン?」

「Oui,MontBlanc aux Marrons(そう、栗のモンブランよ)」

 

パリのカフェで生まれたモンブラン山をモチーフにした菓子で、日本では1933年(昭和8年)創業の東京自由が丘の菓子店「モンブラン」が看板商品として発売し、昭和の世に広めた洋菓子の定番だ。

 

松風は、かつて自分に乗り込んでいた菓子好きの士官の記憶を、おぼろげながら思い出せた。

 

 

まず目を引くのは、鮮やかに輝く、黄金のような一粒の栗。

それが、絹糸の束のような茶色いマロンペーストの上に、白い雲のようなホイップクリームを台座として乗っている。

 

松風はスプーンで一口、モンブランを口に運んだ。

 

マロンペーストは想像よりもクリーミィで、濃厚な栗の風味が口いっぱいに広がる。

その下には、口の中で淡く崩れるフワフワのスポンジと、スポンジに包まれたたっぷりの甘い生クリーム。

 

舌の上で甘く溶ける生クリームの余韻に浸っていると、ウォースパイトが紅茶を出してくれた。

 

「ありがとう」

 

渋みとコクの強い茶褐色の紅茶で口を洗い流し、今度は栗とホイップクリームに手をつける。

 

甘く甘く丁寧に煮詰められた栗の、ほっこりとした食感。

ホイップクリームは、下の層の生クリームより甘さが押えてあり、ふわふわと滑らかに煮栗の味と食感を引き立てている。

 

松風はあっという間にモンブランを食べ終えた。

 

そこに、ウォースパイトが二杯目の紅茶を淹れてくれる。

今度はミルクティーだ。

 

ずっしりとしていた渋みが和らいでいるが、その中にもしっかり紅茶の香気とコクが残っている。

モンブランを食べながらでは感じにくかった、芳醇な甘味も今度は味わえた。

 

ふぅ、と一息ついた瞬間、松風はあることを思い出した。

 

(そうだ……あの人は、お菓子好きなんかじゃなかった。婦人に求婚する日、似合いもしないのに、精一杯気取ってあの洋菓子店に入ったんだ)

 

艦内に流れ込む黒い濁流に飲まれていった、顔も思い出せない士官。

だが、何となくこの鎮守府の提督と雰囲気が似ていた気がする。

 

溢れそうになる涙をこらえ、自分が艦娘として人間の身体を手に入れ、こうして食べ物を口にできることの意味を考える。

 

(守ろう。この平和な……人間達の世界を、提督と仲間のみんなと……)

 

「司令官、いいね。僕の背中は任せたよ!」

 

松風は髪をかきあげ、提督に向かって迷いのないさわやかな笑顔を見せ……。

 

 

 

(そうそう、そういうアピールが大事だよ!)

 

とでも言わんばかりに、良い笑顔で親指を立ててみせる那珂のことは無視しておいた。




【裏話】
最初のプロットでは、わが天使・文月ちゃんも登場させようとしていました。
しかし、「文月……なのか?」という松風のセリフを一行書いた瞬間、涙腺が崩壊し、激重なシリアスストーリーを書きそうになったので、即修正しました。

それでも少し重さが残ってしまいましたので、次回は明るいキャラに登場願いたいと思います。(でも、那珂ちゃん連投は書いてて胃もたれしそうなんで回避)


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潜水艦隊と特製お弁当

現在(2017.02)進行中のイベントのE-3攻略中のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


日本各地の鎮守府から多くの艦娘が集まる、トラック泊地。

西太平洋カロリン諸島に属する、約250の島からなる周囲200Kmに及ぶ世界最大級の大環礁である。

 

「うちの鎮守府、完全に出遅れてるでち」

 

艦娘宿舎の中を歩き回り、自分たちの割り当ての部屋に戻ってきたゴーヤが仲間に言う。

 

彼女たちが、分解した偵察機・彩雲の海中輸送任務を行うためにトラックに到着した時には、他のほとんどの鎮守府はとっくに彩雲の展開を終え、敵泊地への攻勢に移っていた。

 

「大っきい戦艦さんが、たくさんいますって」

 

ゴーヤに同行していた、ローが必死に大きさをアピールしようとピョンピョン飛び跳ねる。

 

「潜水艦娘がいなくて苦労したわ」

 

こちらもゴーヤに同行していた、イムヤが疲れたように言う。

 

この鎮守府が、大規模作戦を積極的に進めないのはいつものことである。

 

提督が「先行組」と呼ぶ、戦意が高く先鋒を買って出る他の鎮守府の試行錯誤を参考に、情報を集めてから後発で作戦を開始するのが、この鎮守府のいつものやり方だ。

 

ゴーヤたちも提督から、他の鎮守府の艦娘へ聞き込みをする時のために、鎮守府で作った安納芋プリンやチーズロールケーキ、ミートパイ、牡蠣の燻製、たたみイワシの佃煮など、多くの手土産品を持たされていた。

 

大規模作戦時、外洋の泊地に長逗留して攻略にかかりっきりになっている「先行組」の艦娘たちには、これが効く。

 

本部が用意する泊地宿舎で出される食事は、寂れた観光地のやる気のない食堂のように、味気なくてレパートリーも少ない。

 

艦娘のソウルフードたるカレーライスでさえ、レトルトカレーで済ませる怠慢ぶりだが、実はこのレトルトカレーが一番美味しいメニューだったりする。

 

普段なら、手土産を配ればすぐに、情報が山のように集まるのだが……。

 

今回は二段階作戦であり、敵泊地偵察のためにトラック島に分解した偵察機を輸送する作戦前半組と、敵泊地への攻撃を行う作戦後半組とでは、編成が異なる。

 

ゴーヤたちは前半作戦を行っている「同業者」を見つけられず、情報収集に苦労した。

 

それでも、ゴーヤたちは手土産を餌にしつこく食い下がり、方々の鎮守府にヘコヘコと頭を下げて無線通信までしてもらい、今後の作戦の主要な情報や注意点をすべて聞き出してきた。

 

「さすが潜水艦娘で最古参のイムヤとゴーヤなの♪」

「ハッちゃん、尊敬します」

 

こちらも古参潜水艦娘のイクとハチが称賛する。

 

「あれ、シオイはどうしたの?」

「南の海にドボーンしてきまーす、って遊びに行っちゃったのね」

「あとで説教でち」

 

 

「……というわけで、シオイの積んでる晴嵐だけじゃ、重巡棲姫の艦隊を見つけられない可能性が高いでち」

 

ゴーヤが聞き込んできた情報を説明する。

 

「重巡棲姫の艦隊をやっつけないと、彩雲をまた運ばされるんですって!」

「!? これ以上、彩雲を分解したら、提督泣いちゃうのね!」

 

「しかも、重巡棲姫の艦隊を倒すまでは、トラック島の滑走路も貸してくれないんだって。本部も意地悪よね」

「それじゃあ、支援艦隊を連れてこないとだめですね」

 

「だから、今回はここで進撃中止でち」

「お弁当を食べたら、彩雲を持ったまま帰りましょ」

 

泊地の食事に我慢できない、この鎮守府の艦娘たちは、いつも弁当を持参する。

 

「マミーヤのお弁当、楽しみ。ね、でっち!」

「今日は何かなぁ、ワクワクするね!」

「シオイは、まだ足崩していいって言ってないでち! あと、「でっち」じゃねえでち!」

 

 

イムヤたちは、ワクワクしながら、長距離遠征の時などにしか作ってもらえない、普段より豪華な間宮のお弁当を開く。

 

弁当箱は縦長の二段重ね。

まず上の段の蓋を開くと、和風のおかず。

 

主菜は、レンコンと海老のはさみ揚げに、山芋の磯部揚げ。

煮物は、さつま揚げと人参、ごぼう、しいたけの甘煮。

脇には、たくあん、柴漬、豆きんとんが添えてある。

 

三つに仕切られた下の段は、もちろん米飯。

 

牡蠣の炊き込み飯。

イクラと錦糸卵をのせた酢飯。

梅干しをのせた、シンプルな白米。

 

 

「いただきます!!」

 

 

ゴーヤはまず、レンコンのはさみ揚げをかじった。

冷めても味が落ちていない薄い衣の下に、シャキッとしたレンコンの歯ごたえ。

その中から、すり身にされた濃厚な海老の味が湧いてきた。

 

イムヤは、山芋の磯部揚げに手を伸ばした。

全体を巻いている海苔の塩気がきいた風味と、揚げられてもサクサクしている山芋。

薄い醤油の味付けとともに舌を楽しませるのは、少しだけ含まれた辛子明太子だ。

 

イクは、煮物の中から、さつま揚げを箸にとった。

淡白で上品ながらも、主張の少ない鯛のすり身を使ったクセのない身。

それが逆に、染み込んだ絶品の煮汁の味と合わさると、確かな自己主張をする。

 

ハチは迷わず、牡蠣の炊き込み飯に箸を伸ばした。

予想通り、凝縮された牡蠣の旨味が、それを吸い込んだもち米とともに、口の中で大爆発する。

 

炊き込み飯の中に混ざる、細かく刻まれた海苔の陰ながらの仕事ぶりに、ハチはうっとりと目を閉じた。

 

ローは、イクラと錦糸卵をのせた酢飯から食べ始めた。

口の中でプチプチと崩れ、その度に濃厚な味を振りまくイクラ。

うっすらと甘く、滋味にあふれる錦糸卵。

その二つの味を、酢飯が優しく包み込む。

 

シオイは、真っ先に梅干を口に入れ、酸っぱさに顔をゆがめた。

そのまま嬉しそうに、白米を口に頬張る。

ホッとする甘い米の恩恵をたっぷりと感じながら、おかずへと箸を伸ばす……。

 

 

お弁当を完食し、鎮守府への帰路につく潜水艦娘たち。

 

艦娘(と深海棲艦)だけが通れる、海の「門」をいくつもくぐり、本土へと向かう。

 

「もう夕暮れになってしまったって」

「もうすぐ夜だねぇ。はー、疲れたぁ、晩御飯なんだろう、ねぇ?」

 

「作戦後半の情報、どうします?」

 

ハチが、先頭を泳ぐゴーヤに尋ねる。

 

重巡棲姫や、その西にいる離島棲姫が率いる艦隊が、深層部の主力艦隊への補給路を守っており、それらを完全撃破すれば、主力艦隊が弱体化するのではないかという噂。

 

深海棲艦と艦娘の戦いは、単なる軍事力のぶつかり合いだけではない。

ある意味、「呪い」と「祓い」の関係でもある。

 

特定の針路や特定の行動で「縁起を担ぐ」ことにより、艦娘の「祓い」の力を増強することができたり、深海棲艦の「呪い」の力を弱められることは、これまでにも確認されている。

 

「提督に伝えるかは、提督の態度次第でち」

「そうだよね。帰還したとき、私達を大切に扱わないなら……」

 

「タダで教えてあげる必要はありませんね」

「提督のご褒美、期待しちゃうなのね!」

 

彼女らの帰るべき鎮守府の灯りは、もうすぐ目の前に見えていた。




艦娘は「門」を使って、いわゆるワープのように短時間で長距離を移動しているので、トラック島も日帰り可能という独自解釈です。
好き嫌いあると思いますが、「8時~17時勤務の鎮守府」というコンセプトを守るためですので、お許しください。

泊地の宿舎のモデルは、学生のとき部活の合宿で泊まった某所の国民宿舎です。
昔の公共の宿って食事が本当にひどかったですよね……。


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摩耶とカップ焼きそば

天龍は車庫の前で、この鎮守府が誇る最強の輸送戦力「ヴァイスドラッヘ(白龍)号」の洗車をしていた。

 

天龍以外は普通に「ハイゼット」と呼ぶ、軽トラックのことだ。

 

そこに、摩耶がやって来た。

 

「洗車手伝うからよ、後でちょっとキリショーまで乗せてくれ」

 

キリショーとは、町内の何でも屋「霧雨商店」のことだ。

 

「キリショーぐらい歩いてけよ」

「ガキどもの菓子とコーラを箱買いすんだよ」

 

「そっか、じゃあ乗せてやる」

 

ガキだのチビだの言いながら、摩耶と天龍は小さな駆逐艦娘たちの面倒をよく見る。

 

「あと、バゴ○ーンも箱で買ってこないと」

「庁舎のキッチンに置いとくと、すぐ無くなるよなあ」

「間宮さんや提督のメシは旨いけど、バゴ○ーンは夜中とか妙に食いたくなんだよ」

「分かる!」

 

ちなみに、バゴ○ーンとは某大手食品メーカーから1970年代に発売されたが、全国区の知名度を得るには及ばず、リニューアルを重ねながらも現在ではこの地方向けのローカル商品として販売されている、カップ焼きそばの商品名だ。

 

キリショーには他のカップ焼きそばは売っていないので、この鎮守府の艦娘たちはバゴ○ーン=カップ焼きそばの定番だと思い込んでいる。

 

 

「でもよ、キリショーってすごいよな」

 

天龍を手伝い、軽トラックにホースで水をかけながら、摩耶が言う。

 

「何が?」

「あそこ、食品店て書いてあるくせに何でもあるじゃん」

「そうかあ?」

 

「じゃあ、ないと思うもん言ってみろよ。ただし、あくまでも日用品だぞ。でかい家具とか、間宮さんの料理道具とか、夕張が持ってるようなマニアックなのとかナシだぜ」

 

「ていうか……まず、酒とタバコを置いてないだろ?」

「バカ、目の前に酒屋と、バアさんのタバコ屋があるだろ? あの親父は縄張り荒らしみてえな真似はしねえんだよ」

 

「そっか……」

「電球とか、電気系は消耗品しか置かないのも、電気屋に気ぃ遣ってんだぜ、きっと」

 

そう言われてしまうと、町内にある他の店が扱うものは言えなくなる。

それ以外で何とか霧雨商店にない商品を言おうとする天龍だが……

 

「傘……売ってるな。洗剤もタワシもアルミホイルもあるし、洗濯ばさみも物干し竿も売ってるよなぁ……」

 

鎮守府内の様々な情景を思い浮かべ、そこに置いてあるものを思い出していく天龍だが、霧雨商店で売っていない品物を見つけられない。

 

辺りを見渡すが、ホース、バケツ、スポンジ、タオル、モップ、ほうき、ちり取り、スコップ……目に入るもの全て、霧雨商店で売っているものばかりだ。

 

「ほらな? 売ってねえもんないだろ?」

 

そんな天龍の様子を見て、摩耶が胸を張る。

 

「やべえ! 本当だ、すげえ!」

 

当然である。

この鎮守府にある日用品のほとんどが、霧雨商店かその周辺の店で買ったものだ。

この鎮守府にあるもので、他の店以外の品とは、ほぼイコールで霧雨商店の商品だ。

 

 

「それでな、こりゃアタシの推測なんだけど……」

「うんうん」

 

「スーパーやコンビニって、キリショーの商売の仕方パクッたんじゃねえかな?」

「マジか!」

 

「ぶふぉっ」

 

通りがかって2人の会話を聞いた鈴谷が、飲んでいたイチゴ牛乳を噴き出す。

 

「だってよ、キリショーの方がコンビニとかできる、ずっと前からあるんだろ? あんなスゲー商売の方法、小ずるい奴等が知ったら絶対マネすっだろ?」

「大企業ってやつは、やっぱりやり方が汚ねえな!」

 

摩耶の言葉に、天龍が拳を握りしめる。

 

「ゲホッ……ゴホッ」

 

イチゴ牛乳が気管に入ってしまい、鈴谷がむせ込んでいる。

 

「あそこの親父、きっと特許とかとってなかったんだぜ」

「ああ、あの親父じゃな……そういうこと気がつかなそうだもんな」

 

「ハ……ァ……ヒッ……フォ」

 

2人が話し続けるので、変な笑いが止まらずに呼吸のできない鈴谷が、お腹をよじらせながら足をバタバタさせる。

 

「ん、鈴谷じゃねえか」

「変な顔して、何してんだ?」

 

摩耶と天龍に問いかけられても、しばらく鈴谷の笑いは止まらない。

 

「ハーハー……あんたら、バカな田舎の男子中学生の会話じゃないんだから!」

 

少しして、ようやく笑いが収まってきた鈴谷が、肩を震わせながら2人に怒鳴る。

 

しかし、この鎮守府が所有している漁船「ぷかぷか丸」のデッキ掃除に来ていた鈴谷も、制服のスカートの下にエンジ色のジャージを着ていて、十分に田舎の女子高生っぽかった。

 

というより、この鎮守府があるのは、本当にド田舎だし……。

 

 

その後、霧雨商店での買い物から戻った摩耶は、鎮守府庁舎のキッチンで提督と鉢合わせした。

 

「よ! 提督、頑張ってっかあ?」

 

だが、摩耶に声をかけられた提督は、少し疲れているようだった。

 

「んだよ、シケてんなあ。そんなに攻略ヤバイのか?」

「うん……」

 

現在、この鎮守府は大規模作戦として、トラック島の西北、ウルシー環礁の深海棲艦泊地に攻撃を続けている。

 

しかし、周辺海域を守る敵機動部隊の強力な防空網と、敵主力艦隊の旗艦たる「深海双子棲姫」の化け物じみた耐久力のせいで、決定的勝利を得られずにいた。

 

その間にも、見る見るうちに鎮守府の備蓄資源は減り続け、あと数回の攻勢を行うのが限界となっていた。

 

 

「提督、バゴ○ーン食おうぜ。今作ってたの、半分やるから元気出せよ!」

 

摩耶が提督の肩をバンと叩き、お湯を注いで3分がたったカップ焼きそばを傾け、お湯を切る。

テーブルに座った提督の前にカップ焼きそばの容器を置き、箸を2人分取り出しながら……。

 

「こ、小皿とか洗うの面倒だしよ、このまま……一緒に食えばいいだろ?」

 

頬を赤らめながら、提督の横の席に摩耶が座る。

 

そして、摩耶と提督はカップ焼きそばを食べ始める。

 

なめらかで弾力のあるちぢれ麺に、ウスターと中濃をミックスしたフルーティーで甘めのブレンドソースが絡まる。

 

他の全国区のカップ焼きそばも知っている提督からすれば、ややパンチに欠ける少し垢抜けない味だが、素朴なザク切りキャベツのかやくも合わせて、飾り気のない独特の魅力がある。

 

バゴ○ーンという尖ったネーミングで全国的に売り出しながら、いつの間にか地方限定のローカル商品として、まるでここがあるべき場所だったかのように落ち着いていた、不思議な商品。

 

提督は、目の前のカップ焼きそばと、摩耶の顔を見比べた。

 

「な、何だよ……あの、スープも飲めよ……な?」

 

バゴ○ーンには、わかめスープの素もついてくる。

カップ焼きそばを茹でたお湯は、お椀やマグカップに入れたスープの素に注ぐのがこの地方の流儀で、シンクに流し捨てるなど論外だ。

 

自分が一度口をつけたスープのマグカップを、顔を赤くしながら摩耶が提督に差し出す。

 

「ありがとう」

 

提督は、スープをそっと飲み込む。

ほっとするような、これまた素朴なわかめスープが体を温めた。

 

「摩耶」

 

突然、提督が摩耶の名前を呼ぶ。

 

「あ、ぅふ……う、うん……何だよ? んっ」

 

すすっていた焼きそばを、あわてて飲み込んで答え、むせる摩耶。

 

「はい、これ飲んで」

 

そんな摩耶にマグカップを渡しながら……。

 

「次の出撃、妙高と秋月の代わりに、摩耶一人で二役をやってもらえないかな?」

 

顔を真っ赤にしながら、両手で大事そうにマグカップを抱え、そっと口をつける摩耶。

 

「それなら、雪風を切り札に入れられるんだ」

「ふぅ……うん、いいぜ」

 

スープを飲み、摩耶が顔を伏せたまま答える。

 

そして、提督の制服のすそを指でつまみ、一つ深呼吸すると……。

 

「当ったり前だろ!? あたしは摩耶様だぜ!!」

 

ガバッと満面の笑みを浮かべた顔を提督に見せるのだった。



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那珂と川内流とんこつラーメン

この日、関東にも春一番が吹いたという。

しかし、この鎮守府の地方では風はまだ穏やかで、空気も冷たかった。

 

昼前、那珂は少し疲れた様子で大食堂に顔を出した。

 

那珂の後ろをついてくるのは、野分、嵐、萩風、舞風、朝雲、山雲の第四駆逐隊と第九駆逐隊の面々。

 

全員、那珂の率いる第四水雷戦隊の構成員だが、別に出撃や遠征に行っていたわけではない。

 

那珂を含めた全員、エンジ色の体育ジャージを着ていて、その所々が汚れている。

提督から、特別任務として「アジの干物作り」を命じられていたのだ。

 

作業は朝の6時から始まった。

 

大量のアジを開いてエラと内蔵を取り出し、腹の中を綺麗に洗う。

そして、開いたアジを塩水に浸し、冷蔵庫で漬け込んでから遅めの朝食。

 

朝食を食べたら、塩漬けしたアジを一枚一枚丁寧に拭いて水気をとり、干し網の中に入れて風通しのいい日陰に干していく。

 

その作業がようやく終わった。

 

これから早めの昼食をとり、昼寝をする。

起きたら、厨房で野菜の皮剥きを手伝いながら、アジの干し加減を確かめ、ちょうど良いタイミングで一斉に取り込む。

 

那珂の第四水雷戦隊には、妙な小器用さのせいで、この手の任務がよく回ってくる。

 

艦隊のアイドルを自称する那珂にとっては、不本意な裏方(しかも磯臭い)作業だったが……。

 

「萩、ゼイゴ(尾の固い部分)の取り方うまくなったよな」

「お塩、あんなに入れて健康的にどうなのかなぁ……」

「那珂ちゃんさんの塩梅を信じなって!」

「うふふ、二水戦や三水戦の干物には負けたくないわ~」

 

配下の駆逐艦娘たちが、変にノリノリなのだ。

 

「そうだよ♪ 四水戦謹製の干物で、鎮守府のみんなを唸らせちゃおうね!」

 

そして那珂自身も、アイドルの職業病として、笑顔で周りを盛り上げてしまう。

 

 

「二水戦のイチゴ畑や、三水戦のイモ畑に対抗して、こっちも何か農作物を作りたいよね」

「町で農家のおっちゃんに聞いたけど、トマトがいいらしいぜ」

「ネギもよく育つみたいよ」

「トマトにネギ……ふふっ、いいですね」

 

那珂はメニュー表を眺めながら、何となくアイドルからまた一歩遠のく気配を感じた。

 

 

(せめて、お昼ぐらいアイドルらしいものを食べなきゃ)

 

夕食には、那珂たち自身が作った、アジの干物がメインに出てくるに決まっている。

朝食は、目玉焼きと納豆の定食だった。

 

大食堂の昼のメニューは、日替わりで毎日だいたい5品ぐらいが登場する。

 

・新作ハヤシライス

・銀ダラの煮付け定食

・豚しょうが焼き定食

・川内流濃厚とんこつラーメンセット

・PIZZAセット【野菜ローストのジェノバ風】

 

(ここは、ハヤシライスかピザに決まりだよね。ううん、ピッツァ?)

 

那珂が注文を決めかけた瞬間……。

 

「すいませーん! こっち、ラーメンセット7つ!」

 

嵐が、勝手に注文をした。

 

「えっ?」

 

「もちろん、みんな川内さんのラーメンだよな!」

「明後日はうちも昼食当番だもんね」

「はい、負けられません」

「三水戦のお手並み拝見ね~」

 

キラキラとやる気を出している駆逐艦娘たちの手前、那珂も嫌だとは言えなかった。

 

 

出てきたラーメンからは、強烈な豚骨の匂いがした。

 

ごってりと脂が浮かんだ、乳白色のスープ。

具材は、三枚のチャーシューときくらげ、青ねぎだけとシンプル。

すり胡麻が少々振られていた。

 

高菜のたっぷりのったライスと、三個の餃子、搾菜がセットに付いている。

 

すでに持ち手にまで脂が付着しているレンゲで、まずはラーメンのスープを一口。

 

漂う豚骨の匂いの割には、スープには豚特有の臭みがほとんどなく、まろやかで上品な味わいに仕上がっている。

 

箸でスープの中から麺を引き上げる。

コシのある、極細で硬めに茹でられた少量のストレート麺。

 

小麦の風味は強いが、スルスルと食べられてしまい、物足りなさも感じる。

 

敷波と綾波がラーメンを運んできた際に置いていった、川内直筆らしい『麺の替え玉、お申し付け下さい』という短冊が示すように、替え玉を前提として、麺が汁と絡まることよりも吸い込みの良さと舌触りを重視しているらしい。

 

チャーシューは箸で簡単に崩せるほどトロトロに煮込まれていて、これがまた次の麺のすすりを早くする。

 

「こっち、替え玉7つお願いします」

 

周りの駆逐艦娘たちも麺が無くなりかけているのを感じ、那珂はキャラ作りも忘れて、低い声で注文をした。

 

「ハイハーイ、ありがとうございます!」

 

それを聞きつけ、川内自らドヤ顔で替え玉を給仕に来る。

 

「川内ちゃん、スープにトビウオの煮干し使ってる?」

 

那珂は小声で川内に聞いた。

 

「あははっ、那珂には敵わないなぁ。ほんのちょっと、隠し味にしか使わなかったのに」

 

川内が苦笑する。

 

「博多風とんこつに徹するなら邪道だけど、あたしの名前の元になってる川内川が流れる鹿児島県は、トビウオの漁獲量日本一だからね」

 

それを聞きながら、那珂はアイドルではなく料理職人の顔つきになり、明後日の四水戦による昼食当番のメニューを真剣に考え始めていた。



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大井と牛にんにくの焼きめし

現在(2017.02)進行中のイベントのE-3攻略のお話です。
ネタバレというほどのものはありませんが、見たくない方は回避して下さい。


「春も、もうすぐなのかなあ」

 

出撃していた艦娘を待つ埠頭で、提督が小さくつぶやいた。

 

この鎮守府も、大規模作戦としてウルシー環礁に発見された敵大規模泊地への攻撃を行っていた。

 

そして、そのほとんどの攻撃を跳ね返されて資源も尽き、攻略をあきらめかけていた最後の出撃によって……。

 

ようやく、「深海双子棲姫」を撃沈した。

 

この鎮守府では、他の有力な鎮守府が敵撃破に成功した後に、完全復活していない状態を狙って攻撃する「乙作戦」での作戦遂行だったが、ともかく一応の作戦成功となった。

 

 

まず、最初に鎮守府に帰還したのは、支援艦隊の艦娘たち。

超長距離から、見事な支援砲撃を決めた、大和、武蔵、イタリア、ローマ、夕立、時雨だ。

 

「提督が改修してくださった46cm三連装砲、とても照準しやすかったです」

「この試製51cm連装砲、よくここまで改修したな。当たるとは思わなかったぞ」

「アメリカの砲はすごいわね。初めて支援で直撃できました」

「このドイツのレーダー……もらっちゃダメかしら?」

 

犬のようにまとわりつく、観測用レーダーを満載した駆逐艦娘2人をあやしながら、提督は戦艦娘たちに慰労の言葉をかける。

 

 

次に、連合艦隊の第一艦隊が帰還する。

金剛、榛名、アイオワ、ビスマルク、千歳、千代田。

 

「うー……日頃の無理がたたったみたいデース……」

「被弾してしまいました……申し訳ありません」

「oh shit! うぅ…」

「私が一番ですって? 何言ってるの、あたりまえじゃない!」

 

(一隻を除いて)満身創痍の戦艦群。

それに続いて、盛大に被弾してほぼ半裸状態にまで艤装が引き千切れた、千歳と千代田が埠頭に上がってくる。

 

「飛行甲板、やられちゃいました」

「痛たたたたぁ……後で、提督の膝枕を差し出すのよ!」

 

「ともかく、金剛と千代田は即入渠! バケツを使って、次はビスマルクと千歳!」

 

提督があわてて修復の指示を出す。

 

「ほいさっさー!」

 

埠頭で待機していた漣が、手押し台車の上にバケツ型の容器に入った高速修復材をのせ、お風呂場へと運んでいく。

 

 

さらに帰還したのは、連合艦隊の第二艦隊。

 

「阿武隈、ご期待に応えました!」

「やったなぁ!」

「雪風、また生還しました! 司令のおかげですねっ」

「や~りま~した~」

 

阿武隈、摩耶、雪風、綾波だ。

ほとんど無傷な4人に安心し、提督は上着を千歳に被せようとするが……。

 

「まあ風呂もいいよね~。ね、大井っち?」

「そうですね、北上さん♪ 提督、人が激戦から帰って来たのに、千歳さんと何イチャイチャしてるんですか? 魚雷、撃ちますよ。いいですね?」

 

千歳、千代田に負けず劣らずの半裸状態にまで被弾しているハイパーズ。

 

「あ、北上、お疲れ……わ、待って、大井、これは違うよ?」

 

そして、千歳に上着をかける提督の手を、微笑みながら大井がねじ上げた。

 

ボロボロになり、かろうじて自分の手で押さえていた大井のスカートが、提督に手を出したことで風に舞う。

 

「痛い、痛いし、大井! スカート落ちてる! 見えてるから、千歳よりマズイことになってるから手で隠しなさい!」

 

 

ようやく落ち着かせ、ジャージに着替えさせた大井に、提督は庁舎のキッチンで食事を作っていた。

 

「ごめんなさ~い、提督。私ってば、早とちりして♪」

 

「いや、それより、今回は本当にありがとう。北上が夜戦の始めに大破って無線があったときは、もうダメかと思ったよ」

 

今回の戦いで「深海双子棲姫」を撃沈したのは大井だ。

 

「雪風ちゃんが、先に物凄い雷撃を叩きこんで、動きを封じてくれたおかげですけどね」

「あ~……うん、大井には申し訳ないけど、MVPは雪風かなぁ……」

 

「いいんですよ♪ MVPが他の子でも、提督が私と北上さんの他に何十人とケッコンしてようと、別に気にしてませんから♪」

 

あ、これはダメなやつだ、と察した提督は恐ろしくて振り返れない。

ちなみに、今回の出撃艦隊は支援も含めて全員がケッコン艦だ。

 

中華鍋を弱火にかけ、スライスしたにんにくをゆっくり炒め、油に香りを移したら取り出す。

続いて牛のこま切れ肉を入れ、肉の色が変わったら、みじん切りにしたねぎを加える。

 

「けど、この鎮守府の艦娘以外に浮気したら……酸素魚雷40発いきますからね」

 

提督は鍋にご飯を加え、一気に鍋をふるってご飯をほぐしながら、炸薬490kg×40発の威力を計算する。

 

TNT火薬換算で20トン以上の爆発力……。

この鎮守府ごと消し飛ぶだろう。

 

「そんなことしないってば」

「ならいいですけど」

 

鍋に酒をふり、濃厚な再仕込み醤油をまわしかけ、塩こしょうで味を調え、にんにくを戻して混ぜ合わせる。

 

「はい、牛にんにくの焼きめし完成」

「ありがとうございます♪」

 

大井はスプーンをとり、焼きめしを食べ始める。

 

にんにくの香りをたっぷり吸いこんだ牛肉の旨味と、それに負けない濃い目の味付けの米の味を堪能する。

 

そこに、大淀がやって来る。

 

「提督、持ち帰った「深海双子棲姫」の残骸を基に建造を行ったところ、イ13とイ14が建造できました」

 

「え? 新しい艦? …ちっ、また邪魔な娘が……」

 

大井が小さく舌打ちする。

 

「ん、何か言った?」

「いえ、なんでもないの」

 

大井は提督の問いにしらばっくれて、焼きめしにスプーンを戻すのだった。




ようやく冬イベントの攻略、掘りともに完了しました。
連合艦隊に基地航空隊、支援マシマシでの掘りで資源が吹き飛びました。


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【番外編】鎮守府の祝勝会(2017冬)

底冷えこそするが、昨日も気温は零度を下回らなかった。

山中や日陰にはまだ白いものが残っているが、漁港付近の雪はすっかり熔けだしてきている。

 

この鎮守府は先の大規模作戦で備蓄資源を使い果たし、軍事施設としては開店休業に陥っていた。

それでも、祝勝会とひな祭りの準備で、鎮守府の中は朝から割とあわただしい。

 

 

「ビールの追加注文は50ケースでいいかな?」

「瓶ビールは30ケースでいいから、お昼のバーベキュー用に缶ビールを30箱」

「ヴァイツェンやシュバルツも注文してよね」

 

特に酒飲みどもの活気たるや凄まじい。

 

「ひな祭りもあるんだから、肝心の白酒(しろざけ)の注文を忘れないでよね」

 

瑞鳳が注意するが、のん兵衛たちはあまり聞く耳を持っていない。

 

「今回は、陸奥八仙、南部美人、雪の茅舎、高清水、手取川をそろえてみようか」

「何や北の酒ばっかやなぁ。七ツ梅とか亀泉も入れようや」

「霧島の赤黒と佐藤、あと兼八は外せないよな」

「ストリチヤナのウォッカと、ワイルドターキー、あとカンパリもお願い」

 

あれやこれやと日本酒や焼酎、洋酒の銘柄選びに真剣になっている。

 

「ポーラ! ワインの注文数30を80に書き換えたの、あなたでしょ!」

「ザラ姉さま、それは……あ、あの~。あの~……。」

 

 

料理の準備も各所ですすんでいる。

 

「那珂ちゃん、アンコウが届いたからさばくのお願い」

「神通ちゃん、それアイドルの特技として相応しくないから大きな声で言わないで」

 

「海老の下処理をするから、七駆は集まってくださーい」

「暁ちゃん、第六駆逐隊はホタテの殻むきをお願いします。はい、殻むきヘラ」

「任せて、ホタテむきは得意なんだから!」

「ヒモと赤いところは集めておいて、鳳翔さんのところに運んでね」

 

 

一方、堤防では釣り部隊が組織されていた。

 

「第十七駆逐隊、堤防釣りに出撃するぞ!」

「五水戦、出るわよ! みんな準備はいい? 松風、釣れなかったら、後で笑ったげるわ!!」

「今日はヒラメがきてるニャ。あの辺を狙って投げ入れるニャ」

 

 

また、昼のバーベキューパーティーの準備を始める海外艦娘たちもいる。

 

「アイオワさん、試製一六式野外焼架台改(バーベキューグリル)の設置、手伝って」

「オフコース! No BBQ,No Life」

 

「ビスマルク姉さん、一三式自走炊具のバーナーの燃料が切れてますって」

「ふふん、灯油ポンプの使い方を教えてあげるわ」

 

 

夕張が製作した試製一六式野外焼架台は、1メートル×50センチのバカでかい焼き台を2つ備え、片方の焼き台は中の溶岩石を過熱し遠赤外線で肉を焼き上げ、もう片方は6基のガスバーナーで高火力を発揮でき、六分割されているフードを閉めれば個別に蒸し焼きも可能、さらに煮炊き用コンロ2基と、調理台に配膳テーブルまで引き出し可能に装備している、変身ロボのようなギミックに満ちた高性能バーベキューグリルだ。

 

当初、火加減の調節が難しく、火の通りやすいものがすぐ焦げるという欠点があったが、ガス量を五段階に調節できる調整レバーと、焼き台から距離をとれる低温用の網棚が追加されて、“改”仕様となった。

 

しかし、いまだ欠点は多い。

 

まず、巨大でものすごい重量があるくせに、移動用の車輪がついていない。

そのため、運ぶのには大和、武蔵、アイオワなどの高パワーの戦艦娘の協力が不可欠だ。

 

次に、これでアイオワにバーベキューをやらせると、参加人数の計算などお構い無しにノリノリで100人分ぐらいの大量の肉を焼きまくってしまう。

 

さらに、大量のプロパンガスをあっという間に消費し、燃焼コストが非常に高い。

 

というわけで、初号機が作られた時点で早くも失敗作と断定され、より小型で汎用性の高い、旧型の一四式野外焼架台(ただドラム缶を真っ二つにして足をつけただけの炭火用グリル)の量産が行われている。

 

それでもやはり、試製一六式野外焼架台改のインパクトはスゴイので、鎮守府全体での祝勝会などを盛り上げる賑やかしには最適だった。

 

すでに、深雪や嵐、江風、朝霜、新人のイヨことイ14などが、目をキラキラさせて試製一六式野外焼架台改の設置と展開に歓声をあげている。

 

 

一三式自走炊具は、明石が製作したもので、こちらは堅実な作りだ。

 

陸自の野外炊具1号・2号をお手本に(公式にはそう言っているが、実際は陸自のものより20年以上は先進的なドイツ軍やフランス軍のフィールドキッチンシステムを参考に)、40分以内に100人分の米飯と、50人分のおかずを作れる灯油バーナーと給水タンク、発電機を、2トントラックのガルウィング式開閉の荷台に格納している。

 

炊飯用の固定窯に加えて、調理用途に応じて、焼き物用の鉄板、煮物用の寸胴鍋、炒め物用の大鍋、揚げ物用のフライヤー、4種類の装備から2種類を選択・交換して搭載できるユニット構造を採用しているのも使い勝手がよい。

 

さらに、冷蔵・保温スペースには、すでに調理した数十人分の料理や弁当を収納しておくこともできるし、ガルウィング式に開いた荷台の壁は二段伸長が可能で、悪天時の雨避けにもなる。

 

県内のイベントなどに出動すると、自治体の防災担当者から問い合わせが殺到する、この鎮守府の名物装備だ。

 

 

提督は空っぽになった備蓄倉庫にテーブルを出し、一心不乱に様々な肉を一口大に切っていた。

次々と切られてボウルにたまる肉を、野菜を交えながら夕雲、巻雲、風雲、長波が串に刺していく。

 

「巻雲、この作業初めてだっけ? 同じボウルの肉ばっか連続で刺しちゃダメだぜ」

「え、どうして?」

「巻雲さん、提督はね、お肉の質や脂身の多さで、分けてボウルに入れているの」

 

「最後に刺す先端の肉が、最初に口に入る肉でしょ? だから、こっちの旨味が強い上等なのを使うのよ」

「巻雲さん、こういう脂身が多いものは、真ん中にして野菜で挟むのよ」

「ふわわぁ~、知りませんでした」

 

 

「司令! バーベキューソースの味、これでいい?」

 

陽炎が、調合したソースを自分の指に塗って、提督の口にもってくる。

 

ペロリ、陽炎の指を舐めてソースを味見し、提督は細い目をさらに細めると……。

 

「ハチミツの甘味が強すぎるかな。レモンの酸味も目立ってるから、ケチャップじゃなくて中農ソースを増やして、ちょっとだけ味噌を加えてみて。あと、こしょうでもう少しパンチを」

「うん、やってみる!」

 

 

「提督、埠頭に白熱電灯20灯、設置完了しました」

 

照明の設置を命じていた、第六一駆逐隊の照月が報告にくる。

 

「うん、今日のバーベキューは夕方は片付けだけだから、それで十分だね。照明用の発電機はガソリン式だから、灯油との区別はしっかり頼むね」

「はいっ!」

 

 

大規模作戦中、出撃には直接関係なかった艦娘たちでも、様々なストレスを感じていた。

だから、今日はそれを一気に発散する日。

 

勝利を祝い、新たにこの鎮守府の家族に加わった艦娘たちを歓迎し、一昼夜思いっきり楽しむ。

 

それぞれの艦娘が、それぞれの準備に、真剣に楽しく全力で取り組む。

 

この鎮守府は今日も平和です。



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【番外編】バーベキューと秋月

鎮守府の祝勝会の第一弾、昼のバーベキューパーティー。

 

試製一六式野外焼架台改を駆使し、ノリノリで肉を焼くアイオワ。

ただ、そのバーベキューは、日本人が考えるそれよりも、はるかに豪快だった。

 

牛の肩ロース肉の塊に、岩塩とスパイスを塗り込み、そのまま一枚肉として焼く。

 

(アドミラルの料理は繊細だけど、シャイすぎるわ。ホァイ、肉を細かく刻むの?)

 

アイオワの知るバーベキューとは、ビッグでグレートでワンダフルなものだ。

 

巨大な一枚肉に焼き目をつけたら、水で薄めたバーボンを少量振りかけ、グリルの蓋を閉める。

 

(オーケー、これで3ミニッツ)

 

 

3分後、アイオワは蒸し焼きにされた、デカ肉をグリルから取り出す。

 

「うわっ、スゲッ」

「超弩級の肉だよ、あれ」

「ろーちゃん、食べたいですって。がるるー」

 

周囲の歓声に気を良くし、巨大な肉にナイフ(テーブルナイフではない、人間に刺したら一発で〇せるようなマジなナイフ)を入れる。

 

巨大な肉の内側から、ホクホクとした煙とともに、素晴らしい香りが立ち昇り、ジューシーな肉汁がこぼれ出す。

 

(Yes! This is the real BBQ!!)

 

切り分けた肉(それでも日本のステーキ並)を、周囲の艦娘の皿にトングでのせるアイオワ。

 

「アキヅゥキ! ハイ、ビーフね!」

 

アイオワから、切り分けた牛肉を給仕された秋月は……。

 

「あ、ありがとうございますっ! 妹たちと、大事に食べます!」

 

それを聞いたアイオワは、こう判断した。

 

(Oh,No! シスターズとシェアして食べるには、これじゃ足りませんね)

 

そして、秋月の皿の上に、さらに二枚の巨大な肉がのせられる。

 

 

「で、でいどく……どうじたら……」

 

対処しきれない幸福に、脳がショートした秋月が、涙声で提督に駆け寄る。

 

「あ、あぁ……うん……」

 

何となく事情を察した提督は、優しく秋月の頭を撫でる。

 

「ほら、こうしてごらん」

 

提督が、普通のテーブルナイフで、キコキコと肉を一口大に切り分けてあげる。

 

秋月の涙目が次第に収まり、顔に食欲の色が浮かんでくる。

 

「ね、照月と初月と、それでも食べ切れなかったら、他の子たちと食べなさい」

「ありがとうございます! 司令官!」

 

何度もペコペコと頭を下げながら、秋月が妹たちを探しに行く。

 

(うん、幸せだな)

満足げに缶ビールに口をつけた提督だが……。

 

「ちょっと、そこ! 止まりなさい」

 

ワインの瓶をラッパ飲みしながら歩く、パスタの国の重巡に声をかけるのだった。




他の方達の二次創作が元ネタなので申し訳ないのですが、この状況なら絶対ありえそうなので文章化してみました。


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睦月型と深川めし

提督の私室は、艦娘寮本館1階の奥、温泉大浴場へと続く通路わきにある。

温泉旅館だった頃には、女将の部屋として使われていたようだ。

 

独立した家屋のような造りになっており、玄関風の入り口を入ると土間があり、応接間を兼ねた四畳半の次の間、トイレと洗面台、浴室、そして稽古事もできる広さの十二畳の和室の本間へと続く。

 

本間の押し入れ内に隠されたドアは、隣の事務室へのもので、大淀と明石が使っている元従業員仮眠室が事務室の奥にある。

 

最初、提督は広いこちらの部屋を大淀と明石に使わせ、自分は八畳の元従業員仮眠室を私室にしようとしたが、男性である提督には浴室もついている部屋の方がいいだろうと説得された。

 

結局、提督の私室には大淀や明石も含めて、多くの艦娘が入り浸るようになっているので、広い部屋にしておいたのは正解だった。

 

 

この日も、コタツは睦月、如月、弥生、卯月に占領されている。

 

長距離航海練習で行った千葉県銚子のお土産、「ぬれ煎餅」と「あさり」を届けにきた、という口実で上がり込み、コタツでゲームを始めてしまったのだ。

 

ちなみに、睦月たちがやっているのは「ゲット・ビット」という、迫りくるサメから逃げる海外のボードゲームだ。

 

プレイヤーは1~7の手札から1枚を出し、数字が他と()()()()()()()プレイヤーの中で、数字の小さい者から最前列へ移動でき、最後尾の者のプレイヤーコマは身体の一部をサメに食べられてしまうというルール。

 

このプレイヤーコマは両手足が着脱式で、サメに食べられるたびに片方ずつ手足が食いちぎられたものとして外していき、コマの手足をすべて失うとゲームオーバー。

 

最終的に、自分だけが生き残ることを競う、ブラックユーモアあふれるゲームだ。

 

でもご安心を!

 

サメに食べられているのは「ロボット」という設定です!(ここ大事)

 

決して残酷な描写タグが必要な内容ではありません。

 

 

ここの提督はなぜかボードゲームやカードゲームを大量に持っていて、艦娘たちの娯楽に一役買っている。

 

(その代わり、この鎮守府に電源系ゲームは、ほとんどなかったりする)

 

 

「また如月ちゃんとかぶったにゃしぃ!」

「弥生は……サメは…苦手」

「負け犬はサメに食べられるといいぴょん」

「司令官、如月サメさんに両足食べられちゃったわぁ」

 

ゲームで盛り上がる艦娘たちを優しく見守りながら、提督はパットに塩水をはり、あさりの塩抜きをする。

 

「弥生ちゃん、食べられるにゃしぃ!」

「あたしの腕が……怒ってなんか…ない、けど」

「うーちゃんもヤバくなってきた気配ぴょん」

「司令官も如月の足、タ・ベ・ル?」

 

「そのゲームは、最後の2人になった時に、先頭にいる人が勝利だからね」

 

提督があさりの入ったバットに新聞紙をかぶせながら、チラチラとスカートをめくって誘惑してくる如月を華麗にスルーし、ゲームのヒントを伝える。

 

「弥生、卯月のヤバイはブラフだよっ」

「そう……ね、卯月はまだ1のカード使ってない」

「司令官、助言はズルぴょん。ぷっぷくぷー」

「司令官たら、照れちゃってカワイイ」

 

そこに、ガラガラッと玄関が開く音がし、ドヤドヤと大勢の駆逐艦たちが上がりこんできた。

 

近海の警備任務に出ていた、皐月、水無月、望月。

防空射撃演習に出ていた、文月、長月、菊月、三日月だ。

 

「みんな、お疲れ様」

「ふわっ、わっ、わぁ~!? く、くすぐったいよぉ~っ」

「しれーかん、えへへ」

「うぅっ……なんなのさ、一体……」

 

提督は帰ってきた皐月たちに抱きつかれながら、彼女達の頭を撫で回す。

 

大規模作戦の消費で備蓄資源がなくなり、開店休業中のこの鎮守府だが、ある程度は活動しているアリバイを作っておかないと、補給物資が減らされてしまう。

 

そこで、消費の軽い睦月型の駆逐艦娘を使っての、最低限の遠征任務をこなしているという、本部へのアピールなのだ。

 

あとは夜に「夜戦!夜戦!!」とうるさい軽巡を放り出して出撃1回の報告書をあげる。

 

『長良型主催 お昼の第一倉庫バトミントン大会 毎日開催・賞品アリ』なんて張り紙が消えるぐらいに補給で倉庫が埋まるまでは、この手で回復を待つのが、提督の方針だ。

 

 

しかし、小さな駆逐艦娘とはいえ11人もやってくると、12畳の部屋でさえ一気に狭く感じる。

 

「まぁ、とりあえず、寝よっかぁ?」

望月など、勝手に押し入れから布団を出しているし。

 

駆逐艦たちは提督の部屋に気軽に遊びに来るが、中でも睦月型は日ごろから遠征でフル活用されている分、特に遠慮がない。

 

「うーちゃんのカードに狙ってかぶせてきてるしー!」

「1を出さない限り、最後尾でサメのエサにゃしぃ」

「うふふふふ(このまま2番手キープしてたら勝てそうね)」

「……(そろそろ、如月を潰さないと……)」

 

「ふみちゃん、バトルラインやりましょう!」

「え~、あれは考えるの大変だから嫌だなぁ」

「ならば、この長月が相手しよう」

 

三日月と長月は別のカードゲームを始める。

 

「うっ、急に眠くなってきたかも」

「菊月、入ってくんなよぉ~」

 

菊月が、望月の敷いた提督の布団にもぐり込む。

 

「さっちん、提督んとこのお風呂入ろっ」

「司令官、一緒に入ろうよ! ボクが背中流してあげる♪」

「あん、それなら如月も入りたいわぁ」

 

皐月と水無月も、勝手に浴室を使い始める。

 

睦月型に完全に乗っ取られた室内は放っておいて、提督は昼食の準備を続ける。

 

塩抜きしたあさりと、ざっくりと切ったねぎ、刻みしょうが。

それだけのシンプルな具材を、酒、みりん、味噌、醤油でさっと煮込み、熱いご飯にぶっかけ、海苔をちらす。

 

これが、「深川めし」だ。

 

江戸前で魚貝類を採っていた、短気な漁師たちが発祥の生活料理だ。

漁の合間に手元の材料で短時間に作れ、しかも一気にかっこめる。

 

今回は、江戸味噌と信州味噌の合わせ味噌と、濃い口の房州醤油で作った。

 

 

「望月と菊月。布団から出て、鳳翔さんのとこから、お新香を大皿でもらってきて」

「え~、マジめんどい」

「いや、輸送任務も大切なミッションだ……」

 

提督に命じられ、文句を言いながらも望月と菊月がモゾモゾと動き出す。

 

「睦月、ゲームオーバーなら、お茶を用意してくれる?」

「はいにゃしぃ!」

 

「如月、勝ったみたいだね」

「はぁーい♡」

「それじゃあ、特別に盛り付けの手伝いをさせてあげるよ」

「やったわぁ!」

 

「弥生も……手伝います」

「それじゃあ、そこの海苔を手で細かく千切ってね」

 

 

そうして、みんなの分の深川めしが用意される。

 

プリプリとした肉厚の身を噛めば、ジュワッと染みだす新鮮なあさりの濃厚なエキスが、混ぜ味噌と醤油、そしてねぎの風味と、口の中で絶妙なマッチングをする。

 

さらっと、上からかけただけの海苔だが、それも磯の味の調和に役立っていた。

 

味が濃く、汁けも多いので、ご飯もさらさらとかっ込める。

 

鳳翔からもらってきた大根のお新香も、いいアクセントになる。

 

 

「ああっ、ズルイ! 先に食べてる!」

 

お風呂場から飛び出してきた皐月が、タオル一枚の姿で提督に飛びつく。

 

「はい、皐月と水無月の分もちゃんとあるから、せめて浴衣を着なさい」

 

提督は皐月に抱きつかれたまま、押し入れから予備の浴衣を放り出す。

背中でパラリと、皐月のタオルが落ちる気配がする。

 

「はーい」

 

皐月に続いてお風呂を出てきた水無月も、部屋の中でタオルを脱ぎ捨てて真っ裸になり、浴衣を着はじめる。

 

睦月型にとって、提督の部屋は自室と変わらないプライベート空間なのだ。

 

「あの……そういうのは……」

 

蒼白な顔色になった、提督の視線の先。

 

「あらあら。うふふふふっ」

 

何かの書類を届けに来たのだろう、部屋の入り口で防犯ブザー(型の探照灯?)に指をかけながら、荒潮が妙にニコニしながら立っている。

 

提督には、その背後に「ゴゴゴゴゴ」というジョジョ風のオーラが見えたのだった。



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ヒトミとイヨとスナック菓子

題名のように、2017冬イベの報酬・掘り艦である、イ-13とイ-14が登場します。
新規艦娘ですので、ネタバレや余計な脚色を見たくない方は回避して下さい。


先の大規模作戦の結果、この鎮守府には4人の新人が加わった。

松風、藤波、ヒトミ、イヨ。

 

新人が入ると、この鎮守府内の様々なことを教えたり、私服や身の回りの品などを買い揃えたり、町内を案内したりと、艦娘としての業務を始める前にも、やらなければならないことが多い。

 

昨日は、陸奥がヒトミとイヨを連れ、軽自動車で30分かかるショッピングセンターまで買い物に行って、私服と下着類をそろえた。

 

予想通り、ヒトミはおとなしめのフェミニン系、イヨは元気なボーイッシュ系の服を中心に選んできた。

 

提督自身は、艦娘の買い物についていくのには懲りている。

 

初期に、文月と隣町に軽自動車で買い物に行った際、ちょうど県道でシートベルト違反の取り締まり検問をやっていたのだが、誘拐の疑いをかけられたらしく、照会や車内捜索などに30分以上を要した。

 

また、MVPのご褒美に鈴谷と隣県の街まで行った際には、平日の昼間にラブホテル街の近くを通ったのも悪かったのだが、巡回中の警察官に呼び止められ、青少年育成条例違反の疑いで、派出所に連行され延々と職務質問を受けたのだ。

 

提督の年齢と童顔から艦娘とは親子には見えないし、かといって兄妹や単なる恋人に見てもらえるほどには、提督も若くはない。

 

 

今日は人口4000人にも満たない狭い町内での買い物なので、提督も安心して同行できる。

 

ヒトミが昨日の初めての外出で人の多さに(東京の人ごみに比べたら大したことはないのだが)人酔いしたらしく、鎮守府の外に出るのを不安がり、提督の服のすそをつかんだまま動かず、出発までに時間がかかったりしたが。

 

「大丈夫、優しいおじいさんとおばあさんばかりの町だから。ね?」

 

そう説得すると、小さくうなずいて、提督の服をつまんだまま、おずおず着いて来た。

 

町の外だったら事案発生即通報な光景だと、提督も我ながら思う。

 

「んっふふ~、提督、手をつないで。姉貴ばっかりかまってズルイよ」

 

イヨが強引に手をつないでくる。

 

松風と藤波の場合は、先に姉妹艦が着任していたので、ある程度そちらに任せっきりで済んで、楽だったのだが。

 

「あ、なに? なによ、姉とやる気? 上等じゃない。私、手加減しないからね!」

「あっは、姉貴すぐ怒るよな!」

 

提督たちとは逆に、町の方から、荷物を抱えた朝風と松風が口げんかしながらやって来る。

 

「あ、司令官! 聞いてよ、松風のやつが……」

「いいのかなぁ~、あの話、神風姉にしちゃっても」

「ムーッ、姉をおどす気!?」

 

「うん、馴染んでるようだし。大丈夫だろう」

 

晩冬の穏やかな陽射しを浴びキラキラと輝く静かな湾内を眺めながら、海と山とに挟まれた、湾に沿った狭く曲がりくねった道を歩く。

 

漁港近くにあるのは、ほとんどが漁師の家だ。

 

ぽつぽつと観光客(ほとんどが釣り人)相手の民宿や鮮魚割烹、寿司屋もあるが、それらも大体は漁師の身内が営んでいる。

 

提督が歩いていくと、皆がニコニコと挨拶してくれる。

 

漁港の町と言っても、ホタテ、カキ、わかめ、こんぶ等の養殖業が中心で、その他もカニやタコを狙うカゴ漁、ヒラメやカレイの底魚を狙う刺し網漁、イワシやサバ等の小魚や季節により河口に向かってくるサケやマスを狙う定置網漁をしている漁師たちが主に住んでいる。

 

湾外に出るイカ釣り等の漁師にしても、繁忙期以外には釣り客を乗せる遊魚船として営業する者が多く、とても穏やかな気質が漂う港町だ。

 

 

「提督さん、今日はぬっくいな。どさ行ぐ?」

 

庭先で干物を干している老婆から声をかけられる。

 

「こんにちは、霧雨商店さんまで。こちらの方はね、干物作りの名人で、那珂ちゃんのお師匠さんだよ」

 

天然の干物作りは、決まった時間干せばいいというような、単純なものではない。

太陽の出方、風、気温、湿度を読み、適確な干し時間を判断するには、長年の経験とともに、その地元に語り継がれる風土の知識が必要となる。

 

那珂は、鎮守府で干物作りを始めるにあたって、この老婆のもとに通い、みっちりと修行を積んだのだ。

 

それからも研究を重ね、那珂の作る干物は、売り物としても十分通用するレベルにまで達している。

 

アイドルらしくない、などと文句を言いながらも、何事にも本気で取り組む那珂のプロ根性を、提督は高く評価している。

 

(うん、嵐がやりたいって言ってたネギ畑、那珂に任せてみようかな)

 

と、提督はまた那珂のアイドル生命を狂わせる決断をしたのだった。

 

 

20分近く歩いて、ようやく町の中心である駅前の商店街へと出る。

 

鎮守府の補給線である霧雨商店の他にも、肉屋、魚屋、八百屋、酒屋、本屋、電気屋、薬局、蕎麦屋、中華屋、喫茶店、土産物店、床屋、美容院、歯科医院……あとは……自転車屋と畳屋があり、北には町役場や公民館、簡易郵便局もある、まさにこの町のメインストリートだ。

 

駅の年間平均乗車人数は10年以上連続で1日100人以下ですが、それが何か問題でも?

コンビニなんかありませんが、それがどうかしましたか?

 

繁華街と言ったら、繁華街なのです!

 

ヒトミとイヨが使う細々とした品を買うため、霧雨商店に入る。

 

「提督さん、いらっしゃいませ」

 

今日は鹿島が店番のバイトをしていた。

 

「おやじさんは、また具合悪いのかい?」

「はい、腰が痛むらしくて」

 

高齢で腰痛もちの主人に頼まれ、よく非番の艦娘をバイトに貸し出している。

この町には、コラボできる店なんて他に無いし、何よりこの店に休まれると鎮守府の兵站が死ぬ。

 

スリッパ、魔法瓶、歯ブラシ、タオル、ハンガー、洗濯ばさみ……ヒトミとイヨに買い物かごを持たせて、必要なものを見繕っていく。

 

「自室用のマグカップは、陸奥に選んでもらったって言ってたよね。バスタオルは寮に予備が大量にあるし……あ、うちの鎮守府では軍手は必須だね」

 

今回は定員割れの部屋で間に合ったが、新たに部屋を用意しなければならない時は、さらに家具や家電製品などの準備も必要になる。

 

と、提督のすそをイヨがグイグイと引っ張る。

振り返ってみれば、お菓子コーナーの方に目が釘付けになっているイヨ。

 

「イヨ、酒保のお菓子気に入っちゃってさ、外のお菓子も食べてみたかったんだよね!」

「イヨちゃん……提督におねだりしちゃ……駄目…駄目だから、ね?」

 

「いや、いいんだよ。お菓子も買って行こう」

「いやったー!」

「あ……ありがとう、ございます」

 

間宮や伊良湖の作る和菓子や洋菓子は絶品だが、子供には時々、気楽な菓子をつまみながら友達と過ごす時間が必要だと、提督は思っている。

 

だから酒保にも昭和の駄菓子を色々とそろえているが……。

 

「酒保にはない外のお菓子といえば、やっぱりコレだよね」

 

提督は、チーズ味のスナック菓子を手に取る。

 

ドロボウひげを生やした田舎のおじさんキャラクターが目印の、半世紀ちかいベストセラーのノンフライ菓子。

 

最初はノンフライなのにスナック状態になっている、そんな独特の製法が売りだったらしいが、ほとんどの人にとっては、おじさんキャラのイメージの方が強い、そんなスナック菓子。

 

噛めば、サクフワッとした食感の中から、チーズの旨味が口いっぱいに広がる。

 

提督も袋を見ただけで、子どもの頃に友達の部屋でおしゃべりをしながらつまんだ、その時の味を鮮明に思い出せる。

 

 

「途中の道から山側に登ると、神社があるんだよ。帰り道にお参りしながら、3人で境内で食べようか」

 

「いいねー、美味しそー! んっふふ~♪」

「はい……提督と一緒なら……どこ…でも」

 

(毎月お小遣いはあげるから、次……いや、そのまた次には自分たちだけで買いに来れるようになってくれるとなぁ)

 

提督は2人の頭を撫でながら、鹿島に会計をお願いするのだった。



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鳳翔の菜の花の味噌汁

提督がヒトミとイヨの買い物から鎮守府に戻ると、執務室では鳳翔が待っていた。

 

「名入れ、できましたよ」

 

艦娘に配っている 袢纏(はんてん )は、久留米の老舗に特別注文している手作り品で、伝統製法にのっとりながらも赤地にピンクの可愛らしいチェック柄のものだ。

 

さらに黒地の(えり )には鳳翔がピンクの糸で、一人一人の名前を刺繍して入れている。

 

寒い時期の、この鎮守府の家族の証だ。

 

「まだ寒さも残っているので、手袋も作ってみました」

鳳翔が手袋を提督に見せる。

 

松風、藤波、ヒトミ、イヨ、それぞれの制服の色や艤装の形などをモチーフにした、凝った複雑なデザインがほどこされた、手編みの手袋だ。

 

「さすがだなぁ、鳳翔さん」

「うふふ、喜んでくれるといいんですけど」

 

「それと、枕カバーとお弁当袋も」

誉められて嬉しい鳳翔は、さらに作ってきた手芸品を披露する。

 

寮内で居酒屋をやりながら、いつ寝ているのか心配になってしまうほど、鳳翔は他の艦娘たちのために様々な手芸品を作ってくれる。

 

「本当に鳳翔さんは、艦隊のお母さんだなあ」

 

艦隊初の軽空母として序盤海域の攻略を支え、前線に出ることが少なくなった今でも、こうして物心両面から艦隊を支えてくれている鳳翔。

 

そんな鳳翔を、提督は一度だけ怒らせてしまったことがある。

 

それは、3年前の今日、冬が終わろうとしている時だった。

 

 

「鳳翔さんは、()()()お母さんみたいだなあ」

 

今までの貢献にも感謝したくて、提督はそれまで言ったことがないことが不思議なぐらいな、しかし絶対に口に出してはいけなかった感想を、初めて口にした。

 

ピシッ!

 

執務室内の空気が一気に氷点下にまで下がり、ドア前まで報告書を持ってきていた飛龍が、あわてて回れ右をして逃げ出したのに、その時の提督は気付いていなかった。

 

その晩、鳳翔の居酒屋に行ったら、お通しに「皮付きのままの生のジャガイモ」がでてきた。

ジャガイモは洗われておらず、土もちょっとついていたし……。

 

「私は提督のお母さんじゃありませんから、提督のために料理なんか作ってあげません」

 

ようやく失言に気付いて申し分けない気持ちになったが、同時に、すねて涙目になっている鳳翔が、とても可愛らしいと思った。

 

 

提督がその時の話を持ち出すと、鳳翔は顔を赤らめて頬に手を置いた。

 

その左手の薬指には、提督が贈った指輪が光っている。

 

直前に始まった『ケッコンカッコカリ』の制度。

任務で手に入れたものの、誰に渡すか迷っていた指輪を、鳳翔に贈ったのだ。

 

しかし、プロポーズがすんなり上手くいったわけではない。

 

 

「鳳翔さん、僕のためにお味噌汁を作ってください」

 

提督のベタ中のベタなプロボーズの言葉を、そのままの意味にとったのだ。

 

まだ怒っているんだぞ、と頬をふくらませてアピールしつつ、無言で厨房に引っ込んで、本当に味噌汁を作ってきたのだ。

 

春の足音を教える菜の花の味噌汁。

 

使われている味噌は、あっさりとした口当たりの信州の麦味噌で、麦の良い香りが漂う。

手間を惜しまず、薄く飾り切りした人参を熱湯にくぐらせ、彩りに添えてある。

 

ダシこそ濃厚だが、低塩の麦味噌により味は軽い仕上がりで、菜の花のほろ苦いが、さわやかな風味が活きている。

 

もちろん、日本人にとって、味噌汁だけというのは殺生だ。

 

続いて鳳翔が出してくれたのは、塩むすび。

 

炊き立てのふっくらとしたご飯でむすぶ、ツヤツヤとした塩むすび。

ふくよやかな米の甘味と、絶妙な塩加減。

 

提督はその味噌汁と塩むすびを、プロポーズの了承だと勘違いして喜んで食べたのだった。

 

 

もう一幕ドタバタがあったものの、二人は晴れてケッコンすることになった。

 

「今年は仙台味噌で作ってみます」

 

以来毎年、この日には鳳翔が菜の花の味噌汁と塩むすびを作ってくれるのが恒例になっている。

仙台味噌は、辛口だが、まろやかな風味が特徴だ。

 

「楽しみだなあ」

 

それから、ふと思い出したように鳳翔が言った。

 

「でも、提督……提督のお話に一つだけ間違いがありましたよ」

「え?」

 

ぷぅっ、と頬をふくらませて、上目遣いに提督を見てくる。

 

「私を()()()()怒らせてしまったことがある、とかおっしゃいましたね?」

 

「鳳翔……さん?」

 

「提督が今までに買われた指輪の数、いくつですか?」

 

ドア前まで報告書を持ってきていた蒼龍が、あわてて左手を隠し、回れ右をして逃げ出したのに、今回は提督も気付いた。

 

今日もこの鎮守府は……平和です?



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【番外編】鎮守府のひな祭り

灯りをつけましょ ぼんぼりに お花をあげましょ 桃の花

五人囃子の 笛太鼓 今日は楽しい ひな祭り

 

 

ひな祭りは、言わずと知れた女の子のお祭り。

女の子だらけの鎮守府にとっては、一大行事である。

 

ひな祭りの料理に欠かせないものといえば、まずは『ちらし寿司』だ。

 

提督は朝から大食堂の厨房に入り、大量の仕込みに追われていた。

 

タケノコを水煮し、ニンジンを飾り切りし、干しシイタケを水で戻す。

かんぴょうは塩でもんで洗ってから、水に漬けて戻す。

 

 

エビは長寿の象徴。

車エビを使い、背が曲がらないよう、竹串に刺して茹でる。

冷ましてから竹串を抜き、背ワタをとり、殻をむき、尻尾を落として、二等分に切る。

 

「金剛、比叡、この通りにどんどんやってね」

「Yes! 私の実力、見せてあげるネー!」

「まっかせてー!」

 

「……比叡、くれぐれも、“この通り”にやってね?」

「アッ、ハイ!」

 

 

レンコンは、先の物事を見通せる、という意味の縁起物。

3ミリ厚に切りそろえ、花形に切り飾り、水にさらす。

そして、さっと茹でて、合わせ酢に漬ける。

 

「榛名、霧島、この通りにお願いね」

「はい、提督。お任せください!」

「霧島、レンコン調理参ります!  飾り切りよーい、始め!」

 

 

健康でマメに働ける、という意味で枝豆。

さやごと薄い塩水で茹でてから、さやをむいて豆を取り出しボウルに溜めていく。

 

「速吸、このまま続きを頼めるかい?」

「はい! 速吸、いつでもどうぞ」

 

 

間宮もフル回転で働いている。

 

たこをさばいて酢だこにし、するめいかをさばいて刺身にする。

 

大きなマグロの切り身から、トロと赤身の刺身を切り出していく。

 

ズワイガニを茹でて身をほぐし、ホタテを刺身に。

 

イクラと飛び子(トビウオの卵)、錦糸卵も彩りに欠かせない。

 

才能の芽が出るように、と最後に三つ葉を飾るのも忘れてはいけない。

 

そして、大量の炊き立てのご飯に酢、砂糖、塩を混ぜ加え、しゃもじで切って酢飯を作る。

 

1万8000人分の食料を3週間分貯蔵できる冷凍・冷蔵庫に、それらの調理室、アイスや羊羹、豆腐やこんにゃくの製造設備まで搭載していたという、給糧艦の間宮。

 

艤装を展開し、艦娘としての能力を発揮した間宮は、熟練の調理師が束になっても敵わないほどだ。

一人で(正確には調理妖精さんたちの協力を得て)膨大な量の作業を次々とこなしていく。

 

ただし、艤装を展開している時の間宮の弱点は……。

 

「卵を取りたいんだけど、冷蔵庫を開けてもいいかな?」

 

提督の問いに……間宮の動きがピタリと止まる。

そして、羞恥に頬を染めながら……。

 

「は、はい……どうぞ」

 

覚悟を決めたように目を閉じて、背中を向けて艤装を提督に差し出す。

 

その反応はおかしいだろう、と提督は思うのだが、とりあえず艤装を開けて中に手を突っ込む。

 

「ん……ぁっ」

提督が卵のパックを取り出すたびに、間宮が身悶えする。

 

金剛が包丁を握ったまま、ジト目でこっちを見てくるし。

 

(何だかなぁ……)

 

夏には大胆な水着を披露した間宮なのに、提督に艤装の中を見られたり、手を入れられる方が恥ずかしいらしい。

 

「提督って、私の格納庫もまさぐるし、変態だよね」

白酒に浮かべる桜の塩漬けを準備している瑞鳳からは、変態の認定を受けてしまった。

 

(冷蔵庫から卵を取り出しただけで、どうして……)

 

何か反論したいが、艦娘ばかりの環境の中、こういう時の提督の立場は弱い。

しかも今日は女の子のお祭り、ひな祭りだからなおさらだ。

 

「ありがとう」

取り出した卵パックを抱えて、提督はそそくさと退散する。

 

 

「はぁ……、伊良湖ちゃん。 さあ、頑張りましょうね」

「間宮さん、はい。伊良湖も頑張ります」

 

伊良湖も、デザート用の菱餅風三色プリンと、ひなあられを作っている。

 

食紅をほんの少し入れ、桃色に染めたのは、魔除けのため。

生クリームをふんだんに使った白は、清らかさの象徴。

抹茶を混ぜた緑は、厄除けと健康祈願のため。

 

三色が重なれば、雪の下に緑が芽吹き、桃の花が咲く春の情景となる。

 

桃、緑、黄、白の4色でそれぞれ四季を表している、ひなあられ。

切り餅を揚げ、砂糖とイチゴのドライパウダー、抹茶、黄色の食紅で色をつける。

 

 

鳳翔も居酒屋の厨房で、ハマグリのお吸い物を作っていた。

 

ハマグリの貝殻は、対になっている貝殻でなければぴったりと合わない。

 

このことから、一生一人の人と添い遂げるように、という願いが込められた縁起物だ。

 

冷たい状態から時間をかけてじっくり火を入れ、微妙な加減を見極めて塩をふり、昆布とハマグリのダシがきいた、上品な潮汁の吸い物を作る。

 

 

遠征や演習を早めに切り上げた艦隊も、次々に母港に戻ってくる。

 

着物をきかえて 帯しめて 今日はわたしも 晴れ姿

春の弥生の このよき日 なにより嬉しい ひな祭り



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足柄のロースかつ定食

数年前、突如として世界中の海に現れ、人類から制海権を奪った災厄……。

かつて沈んだ艦船の怨霊と噂される、深海棲艦。

 

人類の兵器を一切寄せ付けない深海棲艦に対抗し得る唯一の存在は、妖精さんの協力により顕現した、在りし日の戦船の魂を宿す乙女、艦娘のみ。

 

この鎮守府の提督も、艦娘達と海の平和を守るために戦いながら、今日も飯を食う。

 

 

提督は、鎮守府庁舎の2階に設けられた、通信室にいた。

外洋での作戦指揮を行う、鎮守府の最重要施設の一つだ。

 

この鎮守府に協力してくれている妖精さんたちには、悪癖がある。

妖精さんたちの近くにある最新の機器類はすぐ壊れるという法則(グレムリン現象)だ。

 

そのため、この鎮守府の通信室には、半世紀以上前の旧式送受信機と、真空管を使った電子演算機が室内にどでかいスペースを占めている。

 

人類の生存を賭けて戦う最前線だというのに、ここではトランジスタさえ使っていない(使えない)のだ。

 

 

今、提督はある任務達成のために送り出した艦隊へ、針路指示を行おうとしていた。

 

妖精さんによって選ばれた、提督の権限は大きい。

 

司令本部である軍令部の立てた作戦を放棄することすら許されるほど、提督は独立した指揮権を持っている。

 

人類は妖精さんに力を貸してもらっている立場上、妖精さんの選んだ提督に対して、直接命令に従わせる権限を有しないからだ。

これを通称『妖精統帥権の独立』というそうだ。

 

そこで軍令部が、提督たちをある程度コントロールするために作ったシステムが『任務報酬』と『戦果褒賞』の制度だ。

 

軍令部が定めた様々な任務を達成したり、優れた戦果を挙げることで、提督とその鎮守府は報酬として、装備や資源などをもらうことができる。

 

 

そんな任務の一つに、南西諸島海域作戦というものがある。

 

定期的に発令されるこの作戦は、南西諸島海域の制海権を維持するために、同海域の敵主力艦隊を撃破せよというもの。

 

深海棲艦は沈めても沈めても再び湧き出してくるため、定期的な掃海作戦が必要になるからだ。

 

練度の上がった、この鎮守府の艦隊にとって、南西海域に出現する深海棲艦は、それほど脅威となる敵ではない。

適切な編成と装備で出撃すれば、ワンサイドゲームも珍しくない。

 

事実、数度にわたって繰り出した艦隊は、全て勝利をつかんでいる。

だが、それなのに……今回の南西諸島海域作戦がまったく達成できない。

 

 

『最大の敵は羅針盤なり』

 

提督の最も重要な仕事の一つに、妖精さんが羅針盤を回して決定した航路を、艦隊に伝えることがある。

 

何を言っているか分からないと思うし、提督も何(以下略)。

 

羅針盤はそもそも回すものじゃないのだが、それでも羅針盤を回して進路を決定しなければならないのだ。

 

作戦海域では、妖精さんが羅針盤を回して決めた方角以外に、艦隊を進めてはいけない。

 

それが妖精さん達との神聖な約束だ。

それを破った時、どうなるのかは誰も知らない。

 

最悪、妖精さん達の加護を失ってしまうのかもしれない。

どの提督にも、それを試す勇気はない。

 

だから提督は今日も羅針盤に従う。

従うのだが……。

 

アホ毛を生やしリンゴの髪飾りをしている妖精さん。

彼女は羅針盤妖精さんの1人。

 

妙に気合いの入った表情で、提督に羅針盤を回していいかと催促してくる。

 

「じゃあ、回してくれるかい?」

「よーし、らしんばんまわすよー! えいっ」

 

提督にも聞こえる「声」を出せる、珍しい妖精さんの一人。

彼女は人生ゲームのルーレットのように勢いよく羅針盤を回す。

 

「ここっ」

 

そして、狙った一点で両手で押さえ、ピタッと停止させた。

羅針盤の針が指したのは……。

 

 

「バシー島沖出撃の結果報告です。敵運送船団、重巡リ級2及び輸送ワ級4を撃沈、当方の損害なし。完全勝利です」

 

艦隊指揮に特化した軽巡洋艦・大淀が受信文を読み上げてくれるが……。

提督は大淀の報告を、真っ白に燃え尽きたボクサーのポーズで聞く。

 

連続で敵の主力部隊を取り逃がしている。

 

やっと敵に遭遇したと思えば、補給艦主体の敵運送船団ばかり。

こんな時に限って、補給艦に対する撃沈任務が発生しておらず、何の報酬にもつながらない。

 

 

「どうして、任務を引き受けると途端に羅針盤が荒ぶるのかな?」

提督はいつもと同じ疑問を、大淀と羅針盤妖精さんにぶつける。

 

「任務の有無と針路に、統計学的に有意な関係性は認められません」

大淀からはいつもと同じ返答。

 

羅針盤妖精さんも我関せずとスルーしている。

 

羅針盤を自由に制御できないものか。

 

お菓子による賄賂や、泣き落とし、はたまた神社での祈祷だの、様々試してきたが全て無駄だった。

泣く駆逐艦と羅針盤妖精さんには逆らえない。

 

「お腹がすいた」

 

今日も、提督は思考を放棄する。

 

 

大食堂に行き「足柄特製ロース勝つ定食」を注文した。

 

生パン粉のサクサクした揚げ衣に包まれた、ロースかつ。

 

最初は岩塩をかけて一口かじる。

口の中でとろける、豚の甘い脂身。

 

王道の旨さに、ご飯の旨味も一段と引き立てられる。

 

なめこの味噌汁に、豆腐、お新香、大根の煮物、ほうれん草の胡麻和えの小鉢類がつく。

 

たっぷり添えられたキャベツの千切りとともに、ロースかつにソースをかける。

あとは、いさぎよく一気に食べ進めるだけだ。

 

「ロースかつで勝つか……」

 

(本当は南西諸島海域作戦なんか捨ててもいいけれど、げん担ぎをしておこうかな)

 

提督は午後、足柄を含めた第五戦隊を、沖ノ島沖の戦闘哨戒に出そうと決めたのだった。



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大和のオムライス

もともとは第三セクターの水産加工場だった、大型プレハブ建ての工廠。

 

衛生管理のための入室管理室を流用したのが、明石が詰めている整備オフィスだ。

乱雑に積まれたダンボールの間をすり抜けると、ネズミ色の質素な事務机がある。

 

高度経済成長期というかバブル前夜というか、見事なほどに昭和のスチール机だ。

イスももちろん、キャスター付きのネズミ色の事務用だが、鳳翔が手縫いした扇紋様の紫の薄い座布団がしいてある。

 

「ハイカラで機能的な机ですよね」

明石は、この机を気に入っているらしい。

 

「陽炎と睦月の艤装は、藤波の近代化改修の素材に。多摩の艤装は解体、曙の艤装は一応キープしておいて」

提督は建造結果表に目を通し、今日の改修予定を伝える。

 

「開発結果は……零戦21型、出なかったかぁ」

装備改修や任務で、零戦32型(熟練)や零戦52型(熟練)にするための、零戦21型(熟練)を強化するのに使う、零戦21型を狙っていたのだが、結果はゼロだった。

 

(ゼロだけにゼロ、マジパナイ)

 

心の中でだけ鬼怒のようなダジャレをつぶやき、提督は工廠から執務室に戻り、今日の秘書艦である吹雪を連れて食堂へ向かった。

 

執務室で床掃除をしてくれていた吹雪の白いパンツが丸見えだったのだが……。

提督は“何もなかった”ようにスルーしておいた。

 

 

提督の対面に座る吹雪。

またもやスカートがめくれて、白いものが見え隠れしている。

 

「さて、今日のメニューは何かな?」

 

またも“何もなかった”ことにして、提督は「本日のお品書き」に目をやる。

一番目立つところには、「大和特製オムライスセット」と書かれていた。

 

昼のメニューは、その日の食堂の手伝いに入っている艦娘や、仕入れの具合により毎日変化する。

戦艦大和で士官のみに供されたというオムライス、このレアメニューを避ける理由はないだろう。

 

「わあっ、今日は大和さんが食堂担当なんですか?」

吹雪も大和のオムライスにする気満々のようだ。

 

提督が資源節約を気にして大和をほとんど出撃させずにいたら、吹雪は気の毒がって大和を勝手に遠征に連れ出したことがある。

 

結局……その遠征で得られた燃料と、大和一人が遠征に消費した燃料が同程度だったが……。

 

 

「お待たせしました」

やがて、手伝いの矢矧がオムライスを運んできてくれた。

 

大和特製のオムライスセット。

ドミグラスソースがたっぷりかかった、大和の名に相応しいどでかく美しいオムライス。

 

そして、コンソメスープとサラダ、小さなコロッケ、フルーツの盛り合わせがついてくる。

まさに王道の洋食だ。

 

「いただきます」

 

まずは、コンソメスープを一口。

刻んだベーコンとタマネギ、具材たっぷりで熱々のスープが身体を温めてくれる。

 

サラダも色鮮やかで新鮮シャキシャキ、定番のフレンチドレッシングは手作りで、素朴だがまろやかに野菜の味を引き立てている。

 

そして本命のオムライスにとりかかる。

スプーンでプリプリの黄色い衣を割れば、中から色鮮やかで匂い立つチキンライスが飛び出してくる。

 

茶褐色のドミグラスソースのキャンパスと合わせ、まるで絵画のような光景に見とれつつ、スプーンを口に運ぶ。

 

卵の甘味とバターの風味が絶妙に調和した衣の味が口いっぱいに広がり、続けてドミグラスソースの濃厚なコク、チキンライスのさわやかな酸味と塩気、そして旨味が追いかけてくる。

 

チキンライスはケチャップが前面に出しゃばらず、鶏肉とタマネギ、人参、キノコ、そして主旋律たる米の旨味を優しくまとめ上げて、上手に衣とソースの音色との橋渡しをしている。

 

まさに味覚の交響楽団、ケチャップは控えめな名指揮者だ。

 

そしてコロッケに手をつけてみれば、サクサクの衣の中身は、嬉しいことにカニクリーム。

 

提督と吹雪は目を合わせ、ちょっと笑った。

これだけ美味しいものを前に、言葉はいらない。

 

提督たちは一心不乱にスプーンを動かし、大和のオムライスを削っていった。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

食事を終え食堂を出た後、提督は吹雪に尋ねてみた。

「来週、リランカ島沖に大和を出撃させるんだけど、随伴艦やるかい?」

 

返ってきた答えはもちろん……。

 

「さて、お腹いっぱい食べたし、午後は吹雪を見習ってがんばりますか」



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雷ときのこ餃子

珍しく、執務室の電話機が鳴った。

 

ダイヤル式の古い黒電話。

ファックスはもちろん、着信履歴だの電話帳保存だの、そんな機能は一切ない。

 

提督は受話器を取り、端的にこの鎮守府がある地名だけを伝える。

 

「木更津だ」

相手からも、聞き覚えのある男の声で、鎮守府のある地名の返答がある。

 

「桃」

「あなたのとりこ」

 

保安手順に則った、今月の花言葉による合言葉の確認なのだが……。

 

「君に、あなたのとりこ、なんて囁かれると鳥肌が立ちます」

「安心しろ、言った俺も虫唾がわいてる」

 

ここの提督と、木更津の提督とは、何の因果か高校の同級生だ。

 

「どうかしましたか?」

「うちの雷ちゃんが、お前のところの雷ちゃんと文通しているのは知っているな?」

「もちろん知っていますが……お互い忘れ去りたい事実ですね」

 

想像してみてもらいたい。

 

「元気ないわねー、そんなんじゃ駄目よぉ!」

「司令官、私がいるじゃない!」

「司令官! これからも、もっともっともぉーっと私に頼っていいのよ!」

 

などと甘やかされている鎮守府生活を、ノロケ交じりに互いの雷を通じて旧友にバラされるのだ。

しかも、互いの雷に話した、高校時代の想い出話は、すぐに相手の雷にも伝わる。

 

嫌いあっているわけではないが、互いに目をそらして接触を最低限にするのは、当然の流れだった。

 

「お前のところの雷ちゃんから、ひな祭りのことを書いた手紙が届いた」

「それが何か?」

 

「潮汁を飲んだ、ということなんだが……そのな、潮ちゃんの汁って……どんな……」

 

モゴモゴと言う旧友の言葉に、提督の目が細くなる。

 

潮汁。

確かに読み方も「うしおじる」だが、断じてこの電話の向こうの変態が考えているものではない。

 

「ハマグリのお吸い物のことですが、それが何か?」

「………………」

「………………」

 

「いやー、そうだよなー。美味しそうだよな!」

「で、それが要件ですか?」

 

「バッ、んなわけないだろぉ? ははは、冗談きついな、お前」

「……この後、横須賀に電話する用事がありましてね」

 

「妹は関係ねェだろぉ!」

あらかじめ耳元から離しておいた受話器から、悲鳴が聞こえる。

 

木更津提督の妹は、横須賀の提督だ。

漫画の剣道娘キャラを地でいくような質実剛健で潔癖な女子だ。

 

今の話が伝われば、普段から兄に向ける生ゴミを見るような視線が、ドブネズミを見るようなそれに変わるだろう。

生ゴミとドブネズミ、どちらが彼女の内で評価が高いのかは不明だが……。

 

 

「司令官、ご機嫌ね。どうしたの?」

提督が鼻歌交じりに料理を作っていると、キッチンに雷が入ってきた。

 

「今月は東京急行を多めにやろうと思ってね」

「珍しいじゃない、どうしたの?」

 

ここの提督は南方海域が嫌いだ。

 

毎月毎月、南方海域に進入する「門」を開けるために南方海域前面に戦艦群を投入して大量の資源を使わされるのも嫌だし、毎週のように発生する珊瑚諸島沖での装甲空母姫との殴り合いも嫌いだ。

 

深海棲艦の作り出す特殊な闇に常に閉ざされ、四六時中夜戦が発生するサブ島沖など、思い出しただけで寒気がする。

 

そしてショートランド泊地の近く、サーモン海域北方に生息している、恐怖の戦艦レ級。

 

弾着観測射撃や熟練航空隊の運用などの戦術がまだ確立していなかった頃、長門、陸奥、大和、武蔵、赤城、加賀という精鋭が次々に返り討ちにされ、その修復に膨大な資源が必要だったトラウマが残っている。

 

一年に一度だけ、武蔵の要望で雪辱戦をしかけているが、提督個人としては二度とお目にかかりたくないのがレ級だ。

 

この鎮守府では、他の戦果や報酬を求める鎮守府なら「天国」と呼んで日々繰り返す、東京急行作戦にさえ、サーモン海域というだけの理由でほとんど参加していない。

 

それなのに、提督がこんなことを言い出したのはもちろん……。

 

「今月は南方海域の露払いを、ずっと木更津鎮守府がやってくれるんだ」

 

東京急行は、敵前衛部隊や機動部隊を粉砕し、敵補給部隊本体を叩く攻勢作戦と、その間隙をついてドラム缶を満載した味方水雷戦隊が鼠輸送遠征を行う補給作戦の、二本柱からなる。

 

戦闘は他に任せ、遠征ばかり行って報酬だけ稼ぐのは「タダ乗り」として提督仲間に嫌われるが、自発的に木更津の提督が「やらせてください」と言うのだから仕方ない。

 

しかも、妹の横須賀鎮守府がレ級を倒しに行く日も聞き出してくれるというから、安心して艦隊を出すことができる。

 

 

「これも雷のおかげだよ」

「何だか分からないけど、お役に立てて嬉しいわ!」

 

「ご褒美に、餃子を味見させてあげるからね」

「え、餃子……?」

 

雷の顔が曇る。

時間はまだお昼の真っ只中。

匂いのきつい餃子は食べたくないのだろう。

 

「大丈夫、ニンニクやニラは入ってないから」

「そういえば、形も普通のと違うわね」

 

提督がフライパンで蒸し焼きにしている餃子は、半月型に餡を包んだものでなく、円形の皮をそのまま二枚重ねて閉じ合わせた、パイのような形をしている。

 

「はい、このゴマダレをつけて食べてみて」

「いただきます」

 

香ばしくパリッと焼かれた皮だが、内側はモチモチして食べ応えがある。

 

そして中の餡は、しいたけ、シメジ、エリンギ、キクラゲと、香り豊かなきのこ類。

そこに、叩いた芝エビの身と、刻んだ長ネギを混ぜ合わせ、水溶き片栗粉で練ったものだ。

 

複雑な甘味のあるゴマダレは、酒、醤油、酢、ラー油をベースに、香り立つゴマ油を加え、砂糖と白胡麻ペーストを混ぜて味に深みを出したものだ。

 

「中まで熱々で美味しいわっ!」

「うん、遠征帰りの皆のおやつにちょうどいいと思ってね」

 

喜んで餃子を食べる雷を見ながら、提督はふと思う。

 

そういえば雷って、誰かに似てるなぁ……。

もちろん、電のことじゃなくて、どこかで見た顔とソックリなような……。

 

「雷、司令官のためにもっともっと働いちゃうね!」



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大和と白魚

もとは旅館の食事処だった、老舗の鮨割烹(すしかっぽう)といった風情の、鳳翔の居酒屋。

 

大食堂などには部屋着のスウェットやTシャツ姿などで顔を出すこともある提督だが、ここに来るときには、制服か着物、少なくとも浴衣で来るように心がけている。

 

今日も提督は夕食後に、自室に一度戻り、秘書艦である大和の手伝いで着物に着替えてからやってきた。

 

重厚ながらも控えめで豪華すぎない内装。

落ち着いた調度品に、四季折々に目を楽しませる器。

 

この店内の素晴らしい雰囲気を、無粋な服装で壊したくないからだ。

 

 

例え、大食堂での夕食をすっ飛ばして飲み始め、もうすでに出来上がって「ヒャッハー!」と奇声をあげる軽空母娘がいたり、辺り構わず服を脱ぎ始めるアル重がいても。

 

提督が着替えている間に、厨房の奥でつながっている大広間に遊びに来たらしい艦娘たちが、提督のトランクス(物干し場からくすねてきたらしい)を丸めてドッヂボールを始めているようで、

 

「うっふふ、やってきたわね」

「ちょっと、こっち投げんじゃないわよ!」

「我が索敵機から逃げられるとでも思うたか!」

 

「これが……これが提督のパンツ……ですよね?」

「そこの駆逐艦っ、ジロジロ見ないのっ!」

「おっそーい!」

 

「無駄無駄無駄ぁ~!」

「那珂ちゃんはアイドルだからぁ、顔はやめてー!」

「いやぁ!? やだ…、当ててくるのね……」

 

なんて喧騒が聞こえてきても……それでも己の美学を貫くのが、男であろう。

 

(駆逐艦の子たちはともかく、それ以上の大きな子は後で叱っておこう)

 

 

「お通しです、佐渡から届いたアオリイカを、イクラで和えてみました」

 

気をとりなおして、鳳翔が出してくれたお通しに箸をつける。

イカとイクラの、ともにプチプチした食感と、淡白と濃厚な相反するのにマッチする旨味。

 

大和にお酌してもらいながら飲むのは、まろやかな酸味と軽快なのど越し、フルーティーな香気が漂う、北陸の酒だ。

 

そして、鳳翔が次の料理が出してくれる。

 

「白魚とエビの椀物です」

 

塩をふった芝エビを薄く平らになるまでたたき、軽く茹でた数尾の白魚をのせて片栗粉をふり、また芝エビ、白魚、芝エビ、白魚、芝エビと、段を重ねて蒸し物にする。

 

この蒸し物を椀に入れ、別に茹でた菜の花と、柚子の皮を添えて、薄く上品に味を調えた熱いダシ汁を注ぎ、桜の花の塩漬けを飾る。

 

繊細ながら濃密な旨味と、かぐわしい柚子の香り。

 

「春の訪れを感じる味だね」

「はい、提督」

大和の絹のような白い肌が、ほんのりと桜色に染まる。

 

この白魚で一緒に飲みたくて、大和を今日の秘書艦に選んだのだ。

 

 

白魚(しらうお)はシラウオ科の半透明の小さな魚で、江戸時代には春告げ魚とも呼ばれ、かの徳川家康も大変好んで、江戸前の佃島で獲られた白魚は将軍家に献上されたという。

 

よく、踊り食いで有名な、素魚(しろうお)と名前と姿が似ていて混同されるが、素魚はハゼ科のまったくの別種で、白魚は繊細で網にかかって水揚げされるとすぐに死んでしまうため、生食には適さない。

 

 

 

「提督……大和、少し酔ってきました……」

大和がしなだれかかり、提督の肩に頭をのせる。

 

サラサラとした大和の髪から薫る匂いに、提督がドキッとした瞬間。

 

「次のお酒です!」

新しいお銚子を、鳳翔がドンッと提督と大和の間に置く。

 

「お料理もお出ししていいですか?」

「アッ、ハイ」

 

「こちら、白魚とごぼうの卵とじです」

大和が提督から身を離したの確認してから、鳳翔が次の料理を差し出した。

 

ダシをはった小鍋で、塩洗いした白魚と、ささがきにしたごぼうを煮、溶き卵を回し入れて蒸し、仕上げに三つ葉を散らす。

 

こちらに合うのは、キレ良くも米本来の旨味が芳醇な関東の酒。

 

また、大和が提督の肩に頭を預けてくる。

 

箱入り娘な大和には、白魚のような繊細さとともに、秘書艦の日ぐらい提督に甘えまくっても構わないだろうという、お嬢様的な発想がある。

 

「大和、大丈夫かい?」

提督が大和の髪を優しく撫でる。

大型建造で苦労して大和を手に入れた提督にも、大和を少し特別扱いしてしまう悪癖がある。

 

(アカン、鳳翔の見えんとこでやれ!)

近くの座敷席にいた龍驤が必死に、提督に向けて奥座敷の方に移動するように指指すが……。

 

挨拶されたとでも勘違いしたのか、ニコッと笑って龍驤に手を振る提督。

 

(こいつアホや。火薬庫の前で焚き火しとるような状況が分かっとらん。つーか金剛も金剛や、こんな時こそ居って「時間と場所をわきまえなヨー!」って真っ先に突っ込むべきやろ)

 

「さすがにYAMATOは特別扱いなんですね……ハァ……よし! 頑張ろう!」

「バカめ!と言って差し上げますわ!」

「わはははは、高雄もキレ始めたぞぉ」

「妙高姉さん? 落ち着いて、いや……そういう意味じゃ……」

 

「うちは早めに帰っとくわー」

 

危険な香りを察知し、龍驤は鳳翔の居酒屋から足早に逃げ出すのだった……。



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武蔵と黒鯛

本当にひどい、二日酔いだった。

 

「あの、そろそろ……起きてください。第一艦隊、もう出撃しますよ?」

 

ああ、そうか。

僕は寝坊したのか……。

 

かすかに聞こえる声に、朦朧とした意識で提督は思った。

 

それにしても何かが重く、まだ春先のはずなのに布団の中がひどく暑い。

 

「ん……誰か抱きついてきてるから?」

 

提督は慌てて飛び起き……ようとしたが、胸の上と足に誰かが乗っかっている。

おまけに右腕にも、誰かがしがみついている。

 

自分も含め、布団の周りに漂うのはアルコール臭。

提督の私室なのは間違いないのだが……。

 

「うっ」

ひどい頭痛とともに、提督の脳裏に、昨夜の記憶が段々とよみがえってきた。

 

 

鳳翔の居酒屋で大和と飲んでいる最中、武蔵がやって来て、突然に提督の頭を自分の胸にうずめた。

 

怒った大和が提督を奪い返して、その頭を自分の胸に埋め……。

 

後は何やら乱入してきたメンツに次々と酒を飲まされ、混沌とした大宴会に突入した気がする。

 

 

そして、提督は自分の胸の上に突っ伏して寝ている人物を確認する。

昨夜、ブランデーベースの度数の高いカクテルを勧めてきたサラトガだ。

 

「私と同じ名前のカクテルなんですよ」

などという言葉に、ノンアルコールの「サラトガ・クーラー」を連想してしまい、口休めにと飲んでワンパン大破させられた。

 

スヤスヤと涼しい顔で眠るサラトガを横にどかし、腕に絡みつく人物を確認する。

足柄だった。

 

腕を引き抜こうとすると……。

「姉さん、もうよして……提督を酔い潰しても、何の解決にも……」

 

などと、悪夢を見ているのか苦悶の表情で寝言を言う。

 

そういえば妙高に、わんこ蕎麦のように際限なく日本酒をお酌され続けた気が……。

 

 

何とか足柄から腕を自由にし、布団の中にその手をつこうとしたら……。

 

「うわっ」

何やら、やわらかいものに手がぶち当たった。

 

布団の隙間から、見覚えのある色の髪がはみ出している。

一度店内で脱ぎ始め、ザラに強制送還されたはずのポーラだ。

 

この布団をあけるのは、相当まずい。

昨夜のおぼろげな記憶の中、宴会の後半、戻ってきたポーラは何も身に付けていなかった。

 

サラと足柄、そして足元の方から掛け布団を寄せてきて、見え隠れする白い物体をイモ虫のようにくるむ。

 

 

そうしながら、自分の足に乗っかる人物を見れば……高雄だった。

高雄も、相当に浴衣が乱れているが、幸いなことに、大破したときに比べれば大した露出ではない。

 

だが、高雄の豊満なバストに一晩押しつぶされたせいだろう、足の感覚が全くない。

 

提督は何とか足を引き抜こうとするが、痙攣した足がビクッと動くだけで、その度に高雄が変な声を上げる。

 

 

入り口の方を向けば、起こしに来てくれたのは吹雪だった。

その足元には、一升瓶を抱えたまま隼鷹が寝転がっている。

 

「吹雪、高雄をどけてくれないかい」

「駆逐艦1隻じゃ、高雄型重巡の曳航は無理ですよぉ」

「いや、普通に転がしてどけるか、高雄を起こすだけでいいから」

 

艦としての記憶を持つ彼女たちは、とっさに艦の基準で物事を判断することがある。

いや、艦としての想いを根底にしながらも、普段は娘として自然に過ごしているのが、ふとした瞬間や思い詰めた時などに……。

 

「あっ……うぅ」

提督はうめいた。

 

吹雪が高雄をどかしてくれ、血行が戻りつつある足に、痺れを覚えただけではない。

 

昨夜の騒乱の「きっかけ」を思い出したのだ。

 

 

鳳翔の居酒屋で大和と飲んでいる最中、武蔵がやって来て、突然に提督の頭を自分の胸にうずめた。

サラシを巻いただけで、ほとんど隠せていない超々弩級の胸にだ。

 

「武蔵! 今日は私が秘書艦で、私が提督に可愛がってもらう日よ」

「なに、提督の甲斐性なら、我ら大和級2隻の相手だろうと容易いさ」

 

(その瞬間、店内で複数のプツンという、「何かがキレる」音を聞いたと証言する艦娘が多いことが、後日の青葉調べで分かっている)

 

「もう、そういう問題じゃなくて、今日の提督は私だけのものなの」

怒った大和が提督を奪い返して、その頭を自分の胸に埋める。

 

「ケチケチするな、大和。サーモン海域出撃の前夜祭なのだぞ!」

 

「ふぇ?」

大和に頭を抱きしめ、顔面を胸に押し付けられながら、提督は間抜けな声を出した。

 

「熊野が暁から聞いたそうだ。今月は南方海域に全力出撃し、レ級とも対決するとな!」

「本当ですか、提督? もちろん、大和も使っていただけますね?」

 

自信満々、不敵な笑みを浮かべる武蔵。

期待に満ちた表情で、提督を見つめてくる大和。

 

(あー……伝言ゲームって怖いなぁ)

雷→暁→熊野→武蔵という伝達ラインの中で話が膨らんでいく様子が、容易に想像できる。

 

どう言い訳するか戸惑い、無言のままの提督に、二人の顔が曇る。

 

「何か問題か? 大丈夫。この武蔵に、全て任せておけ」

 

強い言葉とは裏腹に、捨てられそうな子犬のように、すがる瞳を向けてくる武蔵。

 

「この武蔵、提督のためならば、いつ沈んでも構わない」

「いや、備蓄資源がね……」

「資源が足りなければ、大破したまま放置しても、補給せずに解体してもいい」

 

「武蔵……」

「前のように、戦果も残せず最期の時を迎えるのは……いや、それよりも提督の役に立てない、不要な艦でいることが……何より嫌なんだ」

 

今度は、武蔵と大和が提督の胸に顔をうずめてくる。

 

提督は消費を気にして、大和と武蔵をあまり編成に組み込んでいなかった。

定期的な演習や、大規模作戦での決定打として使うだけで、他は買い物や日曜大工での駆逐艦の引率など、地上任務ばかり。

 

提督としては、切り札として大事に扱ってきたつもりだが、艦としての志を受け継ぐ艦娘である彼女たちにとって、そんな日々から感じる想いはどうだったのか……。

 

「不安にさせて、ごめん」

 

提督は、二人を抱きしめながら言った。

 

「武蔵も大和も、とても役に立ってくれているよ。この鎮守府の子達全員が、僕の誇りの艦娘で、誰一人欠かせない。誰も絶対に沈ませないし、誰も見捨てたりしない」

 

 

 

「ヒャッハー! よっ、熱いねえ!」

 

そう、その時だった。

空気も読まずに隼鷹が乱入し、提督の口に一升瓶を突っ込んだのだ。

 

そして妙高から連続お酌を受け、サラトガに強いカクテルを飲まされ、高雄からはロックの焼酎をすすめられ、ワインの瓶を持ったポーラが舞い戻ってきた。

 

だから……サーモン海域出撃をあきらめさせるタイミングを失ったし、ベロベロになった頃に隼鷹にけしかけられ、支援艦隊も投入する全力出撃の命令も出してしまった。

 

そういえば、隼鷹も出撃すると言っていたが……一升瓶を抱えたまま、ゆすっても起きる気配がない。

 

「これは木更津を利用しようとしたバチがあたったかなぁ……」

 

あきらめた提督は、とにかく武蔵たちの出撃を見送るため、フラフラした足取りで埠頭へと向かうのだった。

 

 

祥鳳(隼鷹の代理)を旗艦に、大和、武蔵、アイオワ、翔鶴、瑞鶴からなる決戦艦隊が、港の外へと海上を滑っていく。

 

それに続くのは、道中支援艦隊の金剛、比叡、榛名、霧島、大潮、荒潮。

そして、決戦支援艦隊の扶桑、山城、雲龍、天城、江風、霞。

 

帰ってきた後の補給と入渠にかかる資源量は莫大なものになるだろうし、遠征用に絶好調なコンディションにしていた駆逐艦たちも、半数近くを投入してしまった。

 

それでも、大和と武蔵が自信を深めてくれるなら安いものだ。

 

備蓄倉庫がまた空になれば、艦娘たちもバトミントンやバレーを楽しめるし……。

 

 

「気が早いけど祝勝会の準備をしようか。球磨、今朝の仕入れでは、何か良い魚はあった?」

「季節的に珍しいとこだと、黒鯛が買えたクマ」

 

黒鯛は「磯の荒武者」などと呼ばれる荒々しさの一方、警戒心が非常に強く繊細な魚でもある。

 

釣りたてをしっかりと〆て刺身にすれば、身はほんのり甘く、癖のない脂が乗って美味いが、真鯛に比べて非常に足が早く痛みやすいので、料理人からは敬遠されて真鯛より値段も下がる。

 

けれど、丁寧な下処理をし、手間を惜しまなければ、竜田揚げやパン粉焼きにして美味しく食べられるし、アラからは濃厚な出汁がとれて、ホクホクとほお肉が美味い兜煮や、味噌と抜群の相性のアラ汁にすることもできる。

 

「うん、いいね」

どことなく武蔵を思わせる黒鯛。

 

それをメインにしようと、提督はレシピを考えていくのだった。



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長良とかき揚げ蕎麦

三寒四温とはよく言ったもので、日に日に暖かくなってきたと思った矢先、肌を刺すような寒気が吹き込み、また雪が降り始めた。

 

「今日の走り込み、終わりました!」

 

提督は、今日の秘書艦に長良を指名していた。

この元気一杯な軽巡洋艦娘は、こんな寒さの中でも日課の走り込みに行っていた。

 

「着替えるなら外に出ているよ」

ジャージを脱いで着替え始めようとする長良に、慌てて提督が言うが、

 

「下は艤装のブルマとスポーツブラだから平気ですよ」

 

(平気……なのか?)

確かに長良のブルマとスポーツブラなら、中大破した時に何度も見ているが……。

 

「あー、汗かいちゃった」

長良から甘酸っぱい匂いがして、提督の鼻をくすぐる。

 

青春時代、夕陽に染まる放課後の教室。

バレー部に所属していた、部活帰りの隣の席の女子が、荷物を取りに来て一言二言挨拶した。

その時の匂いを思い出した。

 

「…………長良」

提督が席を立ち、着替え中の長良に近づいた。

 

「え、何ですか?」

 

まだスカートしか履いておらず、上半身はスポーツブラのみの長良。

いくら自分でスポーツブラだから平気と言ったとはいえ、こう近づかれると照れる。

 

(汗……くさくないかな?)

 

そんな長良の心配をよそに、提督は長良の首筋あたりに顔を近づけ、あろうことか長良の汗の匂いを嗅ぎなおした。

 

(ふぇええええ~んっ)

心の中で妹の名取のような悲鳴をあげつつ、これから提督に何をされるのか、不安と期待とに胸を高鳴らせる長良。

 

そんな長良に、提督が言ったのは……。

 

 

「昼はかき揚げ蕎麦にしよう」

 

 

提督はその時の思い出話をしながら、長良をともなって大食堂に向かっていた。

 

大食堂の厨房には、麺ビジネス成功支援会社・大和製作所様のそば製麺機「坂東太郎」が設置してある。

 

ちなみに、同社のラーメン製麺機「リッチメンⅠ型」も導入したが、うどん製麺機「スーパー真打」も買いたいと言ったら、間宮に反対された。

 

当時は大食堂も建っておらず、間宮が設置場所に困ると言うので、ならば真打より小型の「スーパー若大将」もある、とパンフレットを見せて説得していたら、予算帳簿を持った大淀が入ってきて、そのこめかみには青筋が浮かんでいたので、提督も「アッ、ハイ」と言って退散するしかなかった。

 

この鎮守府に公務用の普通車が無いのは、その購入費を提督が厨房施設の購入に流用してしまったからだ。

 

この鎮守府の提督は「自動車が無くても電車やバスで十分」という、都会育ちの最近の若者感覚だったが、あの時に大淀が「スーパー若大将」の購入を阻止し、代わりに軽自動車タ○トに予算を振り分けていなかったら、今頃大変なことになっていただろう。

 

駅まで歩いて20分、路線は単線、非電化。

電車は1日に12本、基本的に1両編成。

ローカルバスも1日3便。

 

この陸の孤島で生きていくのに、車が無いのは首が無いのといっしょである。

 

しかし、大食堂が完成し、厨房が広くなった今、何とかして「スーパー若大将」いや「スーパー真打」を購入できないか、提督は虎視眈々と狙っている。

今年度出る庁舎整備費あたりが狙い目だ。

 

何しろ「スーパー真打」は、職人の作る手打ちのうどんを科学的に分析、数値化することで……。

 

 

「ストップストップ!」

「え?」

「もう、司令官が厨房器具フェチなのは十分に分かりました」

 

長良が提督の脱線しまくった話を遮る。

 

「それより、そのクラスメイトとの甘酸っぱそうな青春の思い出話がどうやったら、かき揚げ蕎麦に着地するの?」

 

「ああ、それはね……」

「それは?」

「その帰りに駅前の立ち食い蕎麦屋で、かき揚げ蕎麦を食べたことも思い出したんだよ」

 

「その子と一緒に?」

「いいえ、一人で」

 

「ええと……その子とはその後どうなったの?」

「どうなったって?」

 

「あるじゃないですか、付き合ったけど別れたとか、片想いのまま告白できずに終わったとか」

「いや、別にその子には、好きとかそういう感情は無かったよ」

 

「じゃあ、その子の方は司令官のことを意識してたとかは……」

「さあ……無いと思うよ。彼女、野球部の先輩と付き合ってたし」

 

「じゃあオチは?」

「そんなもの無いよ。龍驤や黒潮じゃあるまいし、必ず話にオチを求めるのは、テレビ文化に毒された悪しき風習だと僕は……」

 

また脱線しそうな提督を、長良が手で制する。

 

「最後に聞くけど、あたしの汗の匂いをかぎ直したのは何でです?」

「うん、その後何を食べたか、ここまで出かかってたんで、ちゃんと匂いをかぎ直せば記憶がより鮮明に……」

 

 

バチーン!

 

長良の鍛えられた脚腰が繰り出す、鋭いローキックが提督の太ももに決まった。

 

 

提督は、時おり長良に蹴られた太ももをさすりながら、厚めに削ったたっぷりの鰹節と、薄く削った宗田節、少量の昆布で濃厚な出汁(だし)をとった。

 

血合いの多い宗田鰹からとる出汁(だし)は香りが強く、鰹節の旨味に芳香を加える。

鰹節だけを使った家庭料理では、蕎麦屋のような出汁(だし)の香りが出しにくいのはこのためだ。

 

だが、昆布と宗田鰹は火を入れすぎてはいけない。

昆布は沸騰させるとぬめりが出て風味を損ない、宗田鰹は長く煮ると苦味を出す。

 

沸騰前に昆布を引き出し、鰹節をある程度煮出してから、宗田節を加える。

そして、火を止めてもまだ一仕事。

 

「長良、1分たったら漉してくれるかい」

「はい、司令官」

 

火を止めた後も蒸らすことで、温度が下がりながら、絶好の70℃~50℃の温度帯で、鰹節と宗田節から出汁が出続ける。

しかし、温度を下げて50℃以下にすると、今度は逆に鰹節が出汁を吸い始めるので、時間厳守でつきっきりが必要だ。

 

「そっちは、大丈夫?」

提督は「坂東太郎」を操作している、朝雲と山雲の様子を見る。

 

「まぁいいんじゃない? うんうん」

「そうね~」

通りかかりに声をかけ、手伝わせているのだが、喜んで蕎麦を打っている。

 

捏ね(こね)括り(くくり)延し(のし)切り(きり)という蕎麦打ちの工程を、「坂東太郎」は半自動で行ってくれる。

 

「誰でも」「簡単に」「美味しい」麺を「安全」に作ることができるのが「坂東太郎」の売り文句。

水分量の微調整を見てあげるだけで、あとは駆逐艦娘にも安心して任せられる。

 

使い方をマスターした後は、そば粉の種類やつなぎの割合などにこだわり、オリジナルの蕎麦を追求する艦娘も多い。

 

(ぜひ「スーパー真打」も導入して、うどんブームも起こしたいなぁ)

 

そんなことを思いながら、提督はかえし作りに取り掛かる。

 

鍋に濃口醤油、酒、みりんを入れて火にかけ、沸騰したらすぐに火を止める。

煮切り、と呼ばれる余分なアルコール分を飛ばす作業だ。

 

そして、コクを深める溜まり醤油を少量加え、よく混ぜる。

後は加水した出汁と合わせれば、絶品の関東風蕎麦つゆの完成。

 

 

「ねえ、司令官? その時、どうして司令官は放課後も教室に残ってたの?」

長良が提督に質問する。

 

「僕も部活帰りだったんだよ」

「へぇ~、司令官の部活動って何だったんですか?」

 

「料理研究部。男子は僕だけだったけど」

「あー……納得」

 

 

完成したかき揚げ蕎麦は、期待通りのクオリティだった。

 

茹でたての蕎麦をすすれば、香り高い醤油の旨味と、鰹の風味がふわっと口に広がる。

やや塩気が強めだが、コシのある生麺の蕎麦粉の香りがそれをしっかりと受け止める。

 

間宮の揚げてくれた、人参と玉葱と三つ葉の野菜かき揚げ。

衣がサクサクでそのまま箸でつまんでザックリいってもいいが、つゆに浸してジュワッと染み込んだところを食べるのも、また美味しい。

 

濃い目の芯の強いつゆは、かき揚げから溶け出した油にも負けず、味の主張を曲げない。

トッピングの刻みねぎとわかめも、良いアクセントだ。

 

フウフウ言いながら蕎麦をすすり、蕎麦の香りを堪能しつつ、長良は考えた。

 

(司令官、料理研究部に男子は一人だけだったって……)

 

絶対、部の中には提督に想いを寄せていた女子がいたのではないか。

さらに提督は、「()()()()()、好きとかそういう感情は無かった」とも言っていた。

 

(これは明日、長良型緊急会議が必要ね)

 

蕎麦に七味唐辛子をふり、少し変化をつけつつ、長良は姉妹艦の招集を決定した。




作者は上記企業の関係者でも、ステマ業者でもありません(笑)
今後も、食現場で働くメカは実名紹介するかもしれません。


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【番外編】重巡洋艦娘と飲み会

鳳翔の居酒屋の奥座敷。

妙高型の4姉妹は、これから提督と飲む約束をしていた。

 

先日、妙高が提督にひたすら酌をしまくり酔い潰した上に、足柄が提督の部屋に泊まり込んだことに対するお詫び、というのが名目だ。

 

妙高自身、途中から記憶が無く、気付いたら提督の部屋で寝ていたので、足柄や高雄、サラトガは見捨てて慌てて逃げ出した。

 

その時、玄関近くで寝転がっていた隼鷹を踏んでしまったり、後で聞いたところによると全裸のポーラが提督の布団に潜り込んでいたらしいが、それはどうでもいい。

 

妙高がプッツンと切れてお酌マシーンと化した直接の原因は、提督と大和、武蔵とのイチャイチャを見せつけられたからだが、問題の根底は別にある。

 

それは、この鎮守府の重巡洋艦たちの、ほとんどに共通する焦りを伴った疑問。

 

「重巡艦娘で初のケッコン艦は誰になるのか?」

 

順次、練度99に達した者からケッコンできると、当初は誰も順番にはこだわっていなかった。

 

提督は艦種ごとに均等にローテーションを組むので、その時期にも大きな差はないだろう。

 

しかし、ある日の「青葉タイムズ」に重巡艦娘とのケッコンに関する、提督への突撃インタビュー記事が載った。

 

そこには、提督の重巡洋艦娘たちへの、感謝やねぎらいの言葉が並べられていて全体的に良い記事だったが、最後に「極秘スクープを入手したが、提督との約束により発表できない。」という一文があった。

 

「はいはい、いつもの青葉」

と誰も相手にしなかったのだが、やがて「その極秘スクープとは何か?」という雑談の中から、一つの噂が流れ始めた。

 

「提督は、一番頼りにしている重巡を、ケッコン一番乗りにしようとしている」というものだ。

 

これも最初は「ないない」と否定的な意見が大半だったが……。

実際に、摩耶とプリンツ・オイゲンが練度99に達したが、提督はケッコンを申し込まなかった。

 

一時、摩耶とプリンツの落ち込み様は相当なもので、高雄、愛宕とビスマルクが提督を締め上げたものだ。

 

それにより「重巡艦娘で初のケッコン艦は誰になるのか?」が、鎮守府での大きな話題となった。

 

摩耶には申し訳ないと思いながらも、他の多くの重巡たちは胸を撫でおろすと同時に、自分が選ばれることを想像しては頬を染め、他の娘が選ばれることを想像しては落ち込み、落ち着かない日々を過ごしていた。

 

現在、残りの日本重巡17人は錬度98で横並びになっている。

つまり、全員に等しく可能性がある。

 

高雄は「どうせ改二じゃない私は選ばれませんよーだ」とヤサグレ始めているが……。

 

 

やがて、提督がやって来たが、席に着こうとした瞬間に、追ってきた大淀に呼ばれてしまった。

 

「ゴメン、ハンコを押し忘れた書類があるって。すぐに戻るから、注文しておいてくれるかい」

「はい、お待ちしています」

 

提督を見送り、店の手伝いをしている瑞鳳を呼ぶ。

 

「それじゃあ、1人3品ぐらいずつ適当に頼みましょう」

妙高は提案し、自分の注文を組み立てる。

 

お通しは、ホタルイカと長ネギのぬただった。

こういう季節ものを提督は好む。

 

(はまぐり)の時雨煮、ホッキ貝のサラダ、アスパラガスの土佐揚げ」

 

妙高は自分のチョイスに満足した。

蛤とホッキ貝で貝がかぶってしまったが、どれも提督が喜びそうな旬のはしりものだ。

 

今日は先日の非礼をわび、妙高型に対する提督の印象を高めないといけない、と妙高は気負っていた。

 

「那智はどうするの?」

次女に尋ねると……。

 

「とりあえず生中5つとダルマ、タン塩、車海老の塩焼き、若鶏のから揚げを頼む」

 

(おっさんか!)

龍驤がいたら、迷わずツッコミを入れただろう。

 

妙高も、陸海空そろい踏みしたタンパク質中心の、あまりにも色気のないチョイスにクラッときた。

さらに全員分の生ビールの他に、自分用のウイスキーを最初から用意しておく酒豪の貫録。

 

 

「足柄は? 言っておくけど、ロースカツとヒレカツは駄目よ」

妙高は続けて三女に尋ねつつ、定番ネタを封じようと釘を刺した。

 

「ふふふ、大丈夫よ妙高姉さん。ハムカツ、海老カツ、カツオの酒盗」

勝ち誇ったように足柄が宣言する。

 

(トンチか!)

龍驤がいたら、迷わずツッコミを入れただろう。

 

もう駄目だ、と妙高は思った。

自分が選ばれなかったとしても、せめて妙高型の姉妹からと姉心で思っていたが……。

 

この次女と三女は見捨てよう。

残る希望は、四女の羽黒だけだ。

 

「羽黒はどうするの?」

コーンバターとか、可愛いものを注文してくれることを期待しつつ、妙高は羽黒に尋ねた。

 

「ええと……白子ポン酢と、生筋子、あとは子袋刺しを」

 

龍驤がいたら……赤面しただろう。

白子は魚の精巣、筋子は魚の卵、子袋は豚の子宮だ。

 

(羽黒……露骨に“そっち方面”を提督にアピールしようというの? おそろしい子!)

 

自分の考え過ぎで、単に好きなものを頼んだだけだろうと妙高もすぐに思い直すが……。

上三人に飲兵衛な姉を持ち、しょっちゅう居酒屋に連れて来られるうち、こういう珍味好きになったのだとしたら、それはそれで申し訳ない気持ちになる。

 

殿方である提督同席では控えた方がいいと、少なくとも三品同時だけは止めてくれと、妙高が羽黒に意見しようとしたとき、提督が戻ってきてしまった。

 

「じゃあ、ビールからすぐにお持ちしますね~」

瑞鳳も、鳳翔に注文を伝えに行ってしまった。                                                                   

「ただいま。ケッコン書類にハンコを押し忘れるなんてダメだね」

席に着いた提督が、屈託なく笑う。

 

「ケッコン?」

「うん、摩耶とプリンツのね。今日は居酒屋を重巡洋艦娘の貸し切りにしてもらって、みんな来るけどいいよね?」

 

「どういうことですか?」

「最近、重巡たちの間に変な空気があっただろ? 僕が重巡たち全員と同時にケッコンしたい、と言ったのを青葉が変な風に書いたから」

 

厨房から、ドスッと包丁を振り下ろす音が聞こえたが、この際無視しておく。

 

「もうすぐ全員練度99だから、あとちょっとだけ秘密にと思ってたんだけど。青葉にもう限界だからやめた方がいいって言われてね」

 

空気を読めない提督が、のんきに笑ってしゃべっている頃。

 

鳳翔の居酒屋に、笑顔の摩耶とプリンツ・オイゲンと……。

ヒクヒクと怒りをこらえている高雄、頬を膨らませている最上、天使のような笑顔が消えた古鷹、半ベソの利根など、重巡艦娘たちが続々と居酒屋に入って来ていた。

 

「鳳翔さん、すぐに日本酒お願いします」

妙高もビール後の日本酒を早々に用意することにした。

 

この鎮守府の今日の飲み会は、とても荒れそうです。



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那珂と牡蠣の味噌鍋

艦娘寮の本館1階、ロビーの奥にある小座敷。

ここは夕飯時の大食堂の喧騒を避け、課外活動の会議をするときにも重宝されている。

 

囲炉裏を囲んで集まっているのは、川内型三姉妹に名取、阿武隈、能代、そして武蔵と最上だ。

 

「えー今回、鎮守府農志会に、うちの妹の那珂が参加することになりました。皆さん、よろしくお願いします」

川内が那珂を紹介する。

 

「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー。よっろしくぅ~!」

とは言っても、すでに4年以上にわたって、この挨拶を聞き続けてきた参加者たち。

当然、拍手はまばらだった。

 

「うむ、歓迎するぞ」

「ヨロシクね!」

「あ……こ、これで全水雷戦隊がそろいましたね」

「あたし的にはとってもOKです」

 

それでも気を使い、温かい歓迎の言葉をかけてくれるメンバー。

 

(とうとう農業デビューかあ)

歓迎されて嬉しいが、ちょっと心中は複雑な那珂だ。

 

 

この鎮守府の艦娘寮は、遠洋漁業で莫大な財産をなした、隣町(現在では市になっている)の大きな漁港の網元が、昭和の初期に道楽で建てた温泉旅館だ。

 

その温泉は裏山から湧き出しているので、旅館を建てるにあたって網元は山全体を買い取った。

さらに、旅館から山を挟んだ反対側の一帯の台地も、山と一続きの土地として登記されていた。

 

その一帯は荒地だったらしいが、網元の知り合いの農業を始めたいという者に貸し出され、きちんと借地契約も登記され、農地として開墾された。

 

戦後、網元の家が破産し、東京の観光会社や不動産会社などの手を転々としたこの旅館だが、付属する山向こうの土地は貸し出されたまま、借り主の一家が代々暮らし農業を営んできた。

 

しかし今回、この鎮守府を作るために裏山を含む土地を海軍が取得することになり、この農家の立ち退きが決まった。

 

海軍としては、一応は軍事施設である鎮守府の土地を民間人に貸していて、万一空襲で被害でもあったら大変な責任問題になる、というのが理由だ。

 

本当に空襲があれば、距離的には真横にある漁港の方がヤバイのだが、そこは純粋な民間の土地だから、他省庁から出向してきた本部管理部門の役人連中にとっては知ったこっちゃないのだろう。

 

こうして、この鎮守府にはけっこうな広さの農地が付属することになったが、『自治・自炊・自足』の精神を是とするこの鎮守府が、これを放っておくわけがない。

 

 

高齢となり、妻と息子には交通事故で先立たれ、嫁に出した娘が産んだ孫の顔も見れた。

すでに農地全体には手が回らなくなり、利益も出ず半ば道楽と惰性だけで続けている農家なら、もう自分の代で廃業してもいい。

 

と、立ち退きに同意したおじいちゃんのところに押しかけ、農業指導をお願いしたのだ。

提督と艦娘のみんなは苗字の一字をとってミヤ爺と呼んでいる。

 

そして、この農地を「訓練地」と称し、勝手に農業サークルを立ち上げてしまった。

 

 

「それじゃあ、まずは恒例、アクティの使用日調整から」

 

この鎮守府には、2台の軽トラックがある。

 

天龍が「ヴァイスドラッヘ号(白龍号)」と呼んでいる、運送用のダイハツのハイゼット。

そして、「農道のフェラーリ」こと、ホンダのアクティだ。

 

このアクティ、通常時は後輪駆動、滑りやすい悪路になると自動で4輪駆動に切り替わるリアルタイム4WDを採用し、重いエンジンを車体中央に配したバランスに優れるミッドシップエンジン方式と合わせて、悪路走破性はバツグンだ。

 

この鎮守府のアクティは、運転席もドロ汚れOKというルールで運用されていて、春から秋は農作業、冬は除雪作業の専用車と化している。

 

 

「一水戦としては、3月のこことここでキャベツの種まきを2回予定してます」

「二水戦は3月末にイチゴの平畝作りです」

「うちの三水戦はこの日がジャガイモの畝作り」

 

「あの、五六水戦のピーマンときゅうりは……まだ先なんですけど、古鷹さんの桃の剪定のお手伝いに借りられたらな……と思ってます」

「阿賀野型の柿も剪定だけなんで、その後で脚立とハサミさえ道具箱に残しておいてもらえれば」

 

「よし、戦艦勢の大根とトウモロコシもまだ先、最上型の栗も剪定だけだから、これで後は那珂の四水戦だけだな」

武蔵の声に、全員の注目が那珂に集まる。

 

「えっと、四水戦ではネギを作りたいと思っています。種まき予定は6月、これがミヤ爺のとこで聞いてきたことをもとに逆算で作ったスケジュールです」

 

那珂が几帳面に書き記してきた、除草や石とり、土作り、肥料作りなどの予定表を示す。

 

「ううむ……」

「うわあ、いっぱいいっぱいだね」

「あたし的には無理かなぁって……」

 

「那珂ちゃん、最初から全部をやらなくてもいいのよ」

「とりあえず、今年の肥料はもう間に合わないから、あたしと神通んとこのを使いな」

 

「あ、あのっ、五六水戦は3月、4月は手が空いてますから、声をかけてください」

「うちも阿賀野型全員で手伝うし、那珂ちゃんが遠征や干物作りの時は、私か矢矧が監督するから安心して」

 

「人手が足りないときには、夕雲に声をかければ夕雲型の子たちを派遣してくれるよ。ボクや古鷹に言ってくれれば、重巡も手を貸すし」

 

「那珂ちゃん、これ耕運機や芝刈り機の使い方と使用ルールをまとめたものです。最初のうちは必ず、誰か経験者と使うようにしてね」

 

「それからコレ、阿武隈がまとめた農作業後の衛生ルールブックです。これを破ると、間宮さんにすっごく怒られるから」

 

神通と阿武隈が、自家製のマニュアルを那珂に渡す。

続けて他のメンバーからも、注意すべき過去の事故事例集などの安全基準や、農耕に関する資料集などが渡される。

 

「みんな、ありがとーー!」

「那珂、うるさいっ!」

「ええっ、それを川内さん……が?」

 

こうして、那珂と四水戦の農志会デビューが決まった。

 

 

打ち合わせの後は夕食。

囲炉裏にかけた牡蠣の味噌鍋をつつきながら、油揚げと大根の炊き込みご飯を頬張る。

 

産卵をひかえて身がのった牡蠣はプリプリと肉厚で、凝縮されたミルクのような味が口いっぱいに広がる。

 

大根は武蔵が収穫したもので、間宮謹製の油揚げとともにホクホクの炊き込みご飯にされたそれは、素朴でやさしい味がする。

 

 

そして、自然と始まる農業トーク。

 

「那珂ちゃん、本当はネギよりトマトの方が良かったんだけどなぁ」

 

「最初からトマトはハードル高過ぎるって。ボクたちもトマトは一回失敗してるんだ」

「ネ、ネギだって初心者向けじゃないんですよ?」

 

「那珂ちゃんたら、ミヤ爺にもネギは土寄せが大変だから、最初はニラにしておけばいいって言われたのに聞かなかったんですよ」

「神通がそれ言う? イチゴのハウス栽培は大変だって言われてるのに、まったく聞く耳持たなかったじゃん」

 

「ニラは簡単だぞ。一昨年、毎日のようにニラ料理が続いたのは、この武蔵のおかげだ」

「あたし的には、あれは作りすぎじゃないかなって……」

 

「夕張ちゃんのきゅうりも一年目は全滅だったけど、次の年はうまくいったし。とにかく、やってみる姿勢は素敵だと思うわ」

「能代ちゃん、ありがとう。大丈夫、アイドルは絶対へこたれないんだから」

 

那珂は牡蠣の味噌鍋に入っていた、長ネギをかじった。

味噌が染み込み、熱されて甘味の増したネギの風味。

 

これを自分で作ったのなら、さらに美味しく感じるのだろうか……。

 

(よーし、那珂ちゃん燃えてきたぞ!)

 

 

後日、パパラッチ青葉が農作業する那珂の姿を写し、それが「青葉タイムズ」どころか地元新聞に掲載されることになり、さらには那珂のアイドル人生の一大転回点になるとは、この時の那珂はまだ知らない。




・3月11日によせて


3月11日をもって、この作品の初投稿から丸1ヶ月となります。
その間、多くの方に読んで頂き、たくさんのご支持を賜り、大変感謝しております。

それと同時に東日本大震災から6年目を迎えることになります。

この鎮守府とその周辺は、すでにお気付きの方も多いかと思いますが、三陸方面がモデルの地域です。
作品内では大震災はなかったものとして普通の日常を描いていますが、現地にはいまだご苦労が続いている方も多いかと思います。

震災でお亡くなりになった多くの方のご冥福を祈るとともに、美しい三陸の景観と平穏な暮らしが戻りますよう、心から願います。


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金剛と助六寿司

珍しく、執務室の電話機が鳴った。

 

ダイヤル式の古い黒電話。

提督は受話器を取り、端的にこの鎮守府がある地名だけを伝える。

 

「横須賀です」

相手からも、聞き覚えのある女性の声で、鎮守府のある地名の返答がある。

 

「アカシア」

「……秘めた愛」

 

保安手順に則った、今月の花言葉による合言葉の確認を済ます。

 

「あなたから電話をくれるなんて珍しいですね」

「先生こそ、珍しく5-5に出撃しましたね」

 

横須賀の女性提督は、ここの提督の旧友である木更津提督(「雷ときのこ餃子」参照)の妹で、学生時代に家庭教師をしてあげたことがあるので、いまだに「先生」と呼んでくれる。

 

5-5とは、提督間でのサーモン海域北方の通称である。

 

「珍しく愚兄から電話があり、5-5の出撃計画を聞かれたかと思えば、直後に先生の艦隊が出撃。先生が戦果争いにやる気を出したのかと思えば、また引きこもる……少し不思議に思ったので、理由をお尋ねしてみようかと電話しました」

 

優れた戦果を挙げた提督には、本部である軍令部から特別な報酬が出る。

特に横須賀は、常に戦果首位を争っている強豪だ。

 

「戦果争いは一度でこりました。あんな忙しい毎日はごめんです」

「ではなぜ5-5に一度だけ? ご存知とは思いますが、勲章が欲しいなら5回撃破が必要ですよ」

 

難関海域の敵主力旗艦を一定数撃破することで、勲章も授与される。

この鎮守府に大和型を含む決戦艦隊を、複数回出撃させるような備蓄資源など無いが。

 

「そうですね……レ級の顔が久しぶりに見たくなっただけです」

「そうですか……はい、先生はお優しいですからね」

 

どうやら、艦娘におねだりされて出撃を許可したのを見抜かれたらしい。

 

「では、愚兄に横須賀の出撃計画を聞かせたのはなぜですか?」

「ううん……」

 

「潮汁」の話をしたくなったが、木更津提督との約束もある。

提督が口ごもるが……。

 

「……結構です。何か邪なものを察しました。後で制裁しておきます」

 

受話器の向こうで、ドブネズミを見るような目を、東京湾を挟んだ対岸の木更津に向ける、横須賀提督の姿が容易に想像できた。

 

「よく分かりますね」

「不本意ながら20年以上、あの汚物の妹をやっていますから」

 

心の中で、木更津提督に「ごめん」と誠意のない謝罪をしておいた。

 

「それでは失礼します。私と長電話をしていると先輩も困ったことになるでしょうから」

 

謎の言葉を残し、素っ気なく電話が切れた。

横須賀提督は高校と大学の後輩でもあり、ときどき「先輩」と昔の呼び方をしてくれる。

 

 

提督が受話器を戻した途端……。

 

「目を離さないでって言ったのにィー! 提督ぅー、何してるデース!?」

 

今日の秘書艦である金剛が怒っていた。

 

「何って、電話してたんだろ?」

「秘書艦の私を放っておいて、横須賀の提督と楽しそうに長電話なんて……ひどいデース!」

「いや、楽しそうだった? それに長くもないよ」

「提督にはそうじゃなくても、横須賀の提督にはきっと楽しくて長い時間だったネー!」

 

(金剛も意味不明なことを……。というか、よく横須賀が相手だって分かるな)

 

秘書艦といっても、今日は休日で特に出撃もなく、金剛は提督とずっとイチャイチャしてられると期待していたのだ。

 

そこに、この鎮守府の艦娘たちにとって「要注意人物」である横須賀提督から電話がかかってきたのだから、面白くないのは当然だ。

 

「じゃあ、お詫びにお昼はデートに連れてってあげるから」

「本当デスカー? すぐに行くネー!」

「ちょっと待って、まずはこれに着替えて。それからお弁当を買ってからね」

 

提督が差し出したのは、ジャージとジャンパー、そしてゴム長靴だった。

 

 ・

 ・

 ・

 

休日は大食堂が休みになるので、提督や艦娘たちは自炊をする。

その自炊ついでに、文化祭感覚でお店を開く艦娘も多いのだ。

 

伊勢と日向が、ケバブ屋台を出していた。

焼いて吊るした大きな肉の塊を回転させ、ナイフでそぎ落とし、ピタパンに包んで野菜やソースと食べる。

 

食欲はそそられるが、これから向かう場所にはそぐわない。

 

瑞鶴が口笛吹きながら焼き鳥の屋台を出していて……。

赤城と駆逐艦たちが美味しそうに串を頬張っているが、加賀が冷たい視線を瑞鶴に向けている。

 

あそこに近寄るのは危険だ。

 

あきつ丸はおでん。

串に刺したりパックに入れたりして、持ち帰りもできるようだ。

 

だが、汁ものは持ち運びが難儀だ。

 

「あ、あれがいいかな」

提督は速吸がやっている、助六寿司の移動販売に目をつけた。

 

 

弁当を買い終えると、提督は金剛を伴って、艦娘寮の裏山へとやって来た。

ここが温泉旅館だった頃に整備された、林道の散歩コースがあるのだ。

 

雪解けから間もないので、所々ぬかるんでいるが、歩き難いというほどではない。

木と土の匂いに囲まれ、なだらかな登りを歩いていく。

 

「これってデートじゃなくって、ただの林道点検デース!」

雪が積もる間は封鎖していた林道が、どこか痛んでいないか点検するのが早春の恒例行事だ。

 

15分ほど歩くと、湾を望める見晴らしのいい場所に小さな池があり、屋根とベンチがある休憩所がある。

 

ここが散歩コースの折り返し地点。

二又に分かれる道を下れば、旅館のプライベートビーチである海岸へと出る。

 

プライベートビーチと言うと聞こえはいいが、実際は砂利の磯場が300メートルほど続いているだけの海岸で、海水浴に適するのは夏の一時期に過ぎない。

それでも、バーベキューをしたり磯遊びをしたりと重宝している。

 

この海岸沿いを歩いて旅館へ戻る、30分ほどの道のりが散歩コース。

 

二又の道をさらに登ると、本格的なハイキングコースになる。

標高300メートルちょっとの小山だが、さらに頂上まで登るとなると提督の足では1時間はかかるし、この季節に軽装備では万が一のとき危険だ。

 

「今日はここまでにしよう。来月には、散歩コースは解禁していいかな」

「それじゃあ、休憩デスネー。お茶を出しマース」

 

魔法瓶に入れてきた温かいお茶を飲み、助六寿司を広げる。

稲荷寿司と、太巻き寿司の組み合わせ、助六寿司。

 

「ところで、どうして助六寿司って言うデース?」

 

「江戸時代の人気の歌舞伎の演目、助六所縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)のヒロインが、揚巻(あげまき)という花魁だからだよ。稲荷寿司の油揚げの揚と、太巻きの巻、合わせて揚巻」

 

「だったら、揚巻寿司デース」

「そこは江戸の人たちの教養ある洒落だと思うな。他には、太巻きの海苔を助六の頭のハチマキに見立てて助六と揚巻が一緒だから、という説もあるけど」

 

「私はそっちの方が好きデース。私と提督みたいに、いつも一緒ネー!」

 

提督は金剛のストレートな愛情表現に照れて、稲荷寿司を頬張った。

 

ジンワリと甘じょっぱい味の染み込んだ油揚げの中から、さわやかな酢飯が顔を出す。

油もくどすぎず、シンプルにただ旨い。

 

「では、私は提督をいただくデース」

 

その言葉にドキリとしたが、どうやら太巻きのことのようだ。

 

かんぴょうと椎茸を甘く煮付け、きゅうり、厚焼き玉子とともに酢飯で巻いた、シンプルな太巻き。

控えめな酢の加減が、素材そのものの良さを引き立て、食べ飽きない味を生み出している。

 

提督と金剛は助六寿司を食べた後、手をつないで仲良く海岸を散歩し、鎮守府の庁舎へと戻った。

 

 

提督が執務室に入ると、そこはなぜか寝室風に模様替えされていた。

金剛が妖精さんに指示したのだろう。

 

一組の煎餅布団がしかれ、枕が2つ置いてある。

しかも、昭和が誇る下ネタグッズ「YES/NO枕」だ。

 

いや、提督は枕をひっくり返してみたが、そちらも表記はYES。

伝説の「Yes/Yes枕」だった……。

 

「あっ、提督ぅ! なぜ逃げるデース!?」



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叢雲とマーボー豆腐

風は弱く、穏やかな陽光に照らされた海面がゆらゆらと揺れている。

 

鎮守府の沖合10Km、2級小型船舶操縦士免許の航行区域である5海里をわずかに外れた位置に、艦娘たちが深海棲艦領域への出撃や、他地域への遠征航海などに使う「門」がある。

 

青い猫型ロボットの国民アニメに出てくる「()()()()つながる()()」のように物理的な「門」が存在するわけではなく、艦娘や妖精さんにしか感じることが出来ない空間的・観念的な存在だ。

 

また、この「門」から別の海域に出るには、出口側にも「門」が存在していることが必要で、門同士が術的につながっていなければ、向こう側に出ることはできない。

 

新規の鎮守府の仕事は、まず移動できる範囲を広げるため、出口となる「門」を設置していくことであり、これは「海域攻略」と呼ばれる。

 

提督の間で通称2-4と呼ばれる沖ノ島沖や、3-2と呼ばれるキス島沖、4-4と呼ばれるカスガダマ沖などが、「門」設置の難所として新人提督の前に立ちふさがる。

 

そして通称5-1、南方海域前面。

南方海域進出作戦を成功させ、この海域に橋頭堡たる「門」を設置しても、最前線であり深海棲艦の瘴気が強いこの海域では、「門」の術的効果が1カ月もすると失われてしまう。

 

そこで毎月、本部から新しい「門」を設置するために「水上打撃部隊で南方海域へ進出、敵艦隊を撃滅せよ!」という命令が、各鎮守府に下されることになるが、妖精さんによって選ばれた提督の権限は大きく、本部の立てた作戦を放棄することも許される。

 

一方で本部が、提督たちをある程度コントロールするために作ったシステムが『任務報酬』と『戦果褒賞』の制度で、この作戦を成功することで鎮守府は結構な報酬を得ることができる。

 

その合間で、この鎮守府では毎月のように、南方海域大嫌いな提督がジレンマに陥ることになる。

 

 

こと食に関すること以外には、基本的に優柔不断でのんびり者の、ここの提督。

 

横須賀提督のような計画力や、呉提督のような精神力、佐世保提督のような行動力をもって、提督らしい毅然とした決断を素早く下すことなど、なかなかできない。

 

大破撤退と羅針盤のリスクを考えては止めようかと思い、報酬は捨てがたいと思い直すが、消費資源と比べると……と堂々巡りの思考を続けている。

 

 

どうせ毎月、最後は結局出撃するのだからスパッと決めればいいのに、と大淀は思う。

 

しかし、それは言わない。

それを言っていいのはただ一人……。

 

「あんた、いつまで考えてんのっ!?」

安物のドアを勢いよく開け、叢雲が執務室に乱入してくる。

 

「とっくに長門たち第一艦隊の準備は出来てるわよ! 行くんでしょ!?」

「アッ、ハイ」

「じゃあさっさと出撃命令を出しなさい! それから第三艦隊が戻ったら交代して、私と川内、吹雪たちで北方鼠輸送に出るから手配しなさいよ!」

 

提督たちの間で「主夫提督」とか「美食王子」とかあだ名される、ここの提督。

 

そんな提督が鎮守府を潰さず、まがりなりにも大将まで昇進し、全ての大規模作戦を何とか成功させてこれたのは、ひとえに叢雲のおかげである。

 

叢雲は五番目にこの鎮守府に着任した艦娘だ。

吹雪たちの留守を守り、秘書艦として提督を叱咤し、お尻を叩いて提督業務をこなさせてきた。

 

初期艦でこそないが、ある意味では提督と最も長い時間を過ごしてきた艦娘であり、その功績から「永世秘書艦」や「栄光の五番」などと呼ばれることもある。

 

 

「五月雨、あなたもあなたよ!」

「ひゃい?」

叢雲に怒鳴られて、返事が噛んでしまう今日の秘書官の五月雨。

 

「あなたも秘書艦経験は多いんだから、この司令官が南方作戦のことで考え事してるのなんて単なる時間の無駄だって分かるでしょ」

「そ、そんなことは……提督は提督なりに……」

「無駄なの! さっさと決めること決めさせて、厨房に押し込んどきなさい」

 

五月雨は叢雲に続いて、六番目にこの鎮守府に着任した。

この順番が入れ替わっていたら……。

 

明るく前向きだが、どこか微妙にズレているドジッ子の五月雨と、のんびりしていて危機感のない提督の組み合わせの下で、この鎮守府は初期の内に壊滅していたかもしれない。

 

 

怒られて涙目になっている五月雨の耳元に、叢雲がヒソヒソ声でささやく。

 

「それより、今日はホワイトデーの用意をするから、あなたが秘書艦に選ばれたんでしょ?」

「あ、……そうでした」

「早く準備始めなきゃ、朝までに終わるか分からないわよ」

「そ、そうですよね、一生懸命がんばります!」

 

叢雲は提督の人選のマズさに内心ため息をつく。

どう考えても、五月雨がボウルをひっくり返したり、砂糖と塩を間違える未来しか見えてこない。

 

「いい? 漣と初春にお菓子作りを手伝うよう言っといたから、あなたは準備が終わったら、執務室に戻って書類の方を片付けちゃいなさい」

 

「えっ、でも、みんなでお手伝いした方が……」

「いいから、書類仕事を終わらせるの!」

 

 

五月雨にホワイトデーのお菓子作りを手伝わないよう念を押してから、叢雲は大食堂にやって来た。

 

遠征前の腹ごしらえだ。

今日のメニューから叢雲が注文したのはマーボー豆腐。

 

大皿にたっぷり盛られたマーボー豆腐は、妙に本格的過ぎない、日本風にアレンジされたとろみのついたオーソドックスなもの。

 

これを丼いっぱいのご飯にかけて食べろというのだろう。

香辛料の効いたピリ辛さと、絶妙なとろみの織りなすハーモニー。

 

ご飯の相棒として、悪くない。

いや、いいに決まっている。

 

中華風の卵スープとサラダ、ザーサイの小鉢、二つに切った春巻、デザートに杏仁豆腐がつく。

 

寄り道無用の満足超特急だ。

 

 

早々に定食を平らげ、遠征の準備に向かおうとした叢雲だが……。

 

お菓子の材料を抱えて厨房に向かう、提督と五月雨にまとわりついている赤城を発見した。

 

戦場では頼もしいウォーマシーンぶりだが、食が関わると一気に残念美人ぶりを発揮する腹ペコ空母。

頭の中から明日がホワイトデーだなんてことはスッポリ抜けて、目の前の食材に反応しているのだろう。

 

「赤城、出撃予定の変更について伝達があるから、ちょっとこっち来て!」

叢雲は、赤城とともに予想できるトラブルの種を全て摘んでおくことにした。

 

赤城と隼鷹とポーラをMO作戦、千歳と千代田と夜戦バカを水上機基地建設遠征に派遣するよう予定を書き換え、明日の朝まで帰ってこれないようにした。

 

大切な行事前の鎮守府の平穏を守るのも、叢雲にしかできない重要な仕事なのだ。



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【番外編】海風と妹たちとホワイトデー

この鎮守府の沖合では三つの潮流がぶつかり混じり合う。

複雑な潮境の中で、多様性が極めて高い豊かな生態系が形成される、世界有数の漁場となっている。

 

この日、海風たちの第二十四駆逐隊は漁場の警備任務についていた。

 

艦娘が深海棲艦領域に出撃するのに欠かせない「門」だが、副作用として、深海棲艦も「門」を通って本土近海にも出現してしまうことになる。

 

人類側が設置した「門」は、結界を施すことで姫や鬼を含む大物の深海棲艦が通れないようにしてあるが、駆逐艦のような小物は結界の網をすり抜けてしまう。

 

しかも、深海棲艦の側でも「門」を開いて潜水艦隊や軽空母部隊などを送り込んで通商破壊戦を仕掛けてくるから、本土近海といえども油断はできない。

 

 

結局は、毎日のように通称「1-1」と呼ばれる、はぐれ深海棲艦狩りなどの掃討作戦を行いつつ、パトロールを強化するしかないのが現状だ。

 

海風に従うのは、江風、山風、涼風。

警備は3人で十分なのだが、姉妹の中で錬度のやや劣る山風との隊列訓練を兼ねて、駆逐隊全員を連れてきている。

 

早朝に、飛鷹を旗艦とする五十鈴、夕張、島風の艦隊が、通称「1-5」と呼ばれる対潜哨戒作戦を実施していたので、鎮守府の周辺に残敵はおらず静かなものだった。

 

「第二四駆逐隊、母港に戻ります。皆さん、最後まで気を抜かないで!」

海風が帰投の指示を出す。

 

「ほいほい~。山風、涼風、帰りは競争な!」

「がってんだ! 涼風の本気、見せたげるぅ!」

「江風……と涼風も、もう油断してるし……うるさいし」

 

 

「艦隊、無事母港に帰投しました。大変お疲れ様でした。ふぅ……」

 

簡単な遠征の場合、港に着いたらホースの水で艤装の潮を洗い落とし、自分で工廠に返却するのが、この鎮守府のルールだ。

 

「うわっはーい!」

「やったな、江風の姉貴!」

「やめて…冷たいから。……冷たいでしょー!?」

 

元気のいい駆逐艦娘たちがホースの水で遊び出すのもお約束。

 

「きゃあっ、やめな……きゃっ」

水かけっこが始まり、海風もしっかりズブ濡れにされてしまった。

 

もう冬は終わったとはいえ、春が来たわけではない。

屋外で水を浴びれば、とにかく寒い。

 

 

艤装をとっとと返却して、着替えの下着とジャージを受け取り、寒さにガタガタ震えながらみんなで庁舎に向かう。

 

フロントサッシの引き戸を開けると、狭いロビーの横には病院の受付のような小窓のついた小さな事務室。

 

「筑摩さんっ、風呂は空いてるかい!?」

涼風が事務室詰めの今日の当番、筑摩に尋ねる。

 

「ええ、今は誰も入ってませんよ」

「ラッキー♪」

 

早速、江風と涼風がビショビショの服を脱ぎながら、風呂場へと向かう。

この鎮守府庁舎は、もと漁協事務所で漁師の休憩所も兼ねていたので、水には強い。

床は滑り止め加工の防水タイルだ。

 

海風も濡れて張り付く服から早く解放されたいが、さすがに提督がいつ現れるか分からない廊下で脱ぐ勇気はなく、脱衣所までガマンする。

 

大人しい山風も、海風の後をとぼとぼとついてくる。

 

 

庁舎のお風呂場は本来、深海棲艦から攻撃を受けた際の穢れを落とす霊薬の張られた入渠施設であり、本来は傷ついた艦娘のためのものだ。

 

もっとも、霊験あらたかな霊薬という触れ込みで毎月本部から配布される、入渠用の入浴剤だが、数ヶ月この風呂に入り続けた艦娘は気付くことになる。

 

「これ、ただの季節の薬湯だ」と。

 

3月は「よもぎ」、先月は「すずしろ(大根の葉)」、1月は「しょうよう(松の葉)」だった。

少なくとも「高速修復材」のような未知の力を感じることはない。

 

それでも、血行促進の効果があるよもぎ湯に浸かるとポカポカと温かく、深い自然の香りに癒やされるから、メリットはあるのだが。

 

この薬湯がなぜ鎮守府に配られるのかについては、軍令部の妖精さんが粋な計らいをしてくれているという説と、軍令部総長が変な宗教家にだまされて法外な値段で買わされているのだという説があるが、真相は闇の中である……。

 

 

「おう、いい湯だったぜ。さぁ、次に行こっかぁ!」

「あっ、涼風!?」

ほんの少し湯船に浸かっただけで風呂からあがり、身体も拭かずに飛び出していく涼風。

 

「よし、こっちも出るぜ! 山風、ついてきな!」

「……まだ入ってる」

「えー? 提督に髪拭いてもらいに行こうぜ」

「え……ぅ…行く」

 

続けてお風呂から出て、タオルで身体を拭くのもそこそこに、下着だけ着けて脱衣所の外に行こうとする江風と山風。

 

「ちょっと、提督にご迷惑を……せめて服は着なさい! あ、行っちゃった……ほんとうに、お姉さんは心配です」

 

提督が入っているお風呂にも、平気で「ぽいぽーいっ」と入っていく上の姉に似てしまったのか……。

 

 

心配になり、手早くジャージを着て2階の執務室に向かってみれば、妹たちが下着姿のまま提督に髪を拭いてもらっていた。

おかげで、執務室の床のカーペットや提督の制服も濡れてしまっている。

 

「提督、妹たちが申し訳ありません。私、床を拭きます」

「大丈夫、この部屋はそんなヤワじゃないから」

 

提督の言葉通り、カーペットをしいた木製だったはずの床が、いつの間にか白タイルに変わり、モップを持った小さな妖精さんたちが水滴を掃き取っていく

 

「はい、涼風はおしまい。湯冷めするから、早くジャージを着ちゃいなさい」

「こいつぁいけねえ、風呂場に置いてきちまったぜい」

慌しくまた下着姿で駆け出していく涼風。

 

「江風と山風もおしまい。ジャージは……ちゃんと持ってきてるね」

「ありがっとさン」

「……ぅん、ありが……とう」

 

「海風も髪を拭いてあげるから、こっちへおいで」

海風の頭に、ポスンと柔らかいタオルがのせられる。

 

髪をワシワシと拭かれる、少し乱暴でくすぐったいのに、妙に嬉しい感触。

鎮守府のお母さん、鳳翔が髪を拭いてくれるときのフワフワ感とはまた違う感覚だ。

 

 

その後、提督がそれぞれにホワイトデーのお菓子をくれた。

 

「提督、こちらを海風に? あ、ありがとうございます。大切にいただきます……嬉しい♪」

素直に応える、海風の横では……。

 

「ン? 提督、チョコのお返しかい? 義理堅いねえ結構結構」

生意気な口を叩く妹のお尻を、ギュッとつまむ海風。

「イタッ!」

 

「これ……いい、の……!?  ……ありがと……ありがとぉ……ッ」

感極まって泣きはじめる山風を、提督が優しく抱き上げる。

 

「んん、何だってぇ? ホワイトデー? よせやい、照れくせぇ……でも、まぁ……もらっとくかい!」

顔を真っ赤にしながら、大切そうにお菓子を抱きしめる涼風。

 

妹たちの幸せそうな顔を見ながら……。

 

(お父さん……ありがとうございます)

海風は心の中でだけ、つぶやいてみるのだった。



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不知火と鶏がら飯

鎮守府の裏手の山を北の陸側に回り込むと、隣の山との間に細長い竹林がある。

法律的には隣山にある神社の所有ということになっているが、古くから集落の共有財産として守り育まれてきた竹林だ。

 

その竹林のさらに奥には小さな洞窟があり、岩清水が湧き出している。

 

周囲の山々に積もった雪融け水が、長い年月をかけて地下に浸透しながら自然にろ過され、澄み切った地下水として溜まったもので、口当たりが非常にまろやかだ。

 

現在の艦娘寮になっている旅館を建てた際に、旅館のオーナーである網元が寄進したという立派な鳥居に守られながら、洞窟の奥から引かれた水道管を通じて各家庭や鎮守府に、清らかな水の恵みをもたらしてくれている。

 

この辺りの家庭では戦後になってダム水から水道が引かれた後も、料理や飲用にはこちらの水を使い続けており、一家庭に二水道が常識となっているほどだ。

 

鎮守府でもこの水を利用させてもらい、代わりに地元対策予算を使って老朽化していた水道管と配水網の工事を行い、水源の維持管理も引き受けている。

 

提督も週に一回、動物や虫などの侵入対策に張られたフェンスやフィルターの点検を行っている。

 

「よし、異常なし」

チェック用紙に記入し、鳥居に向けて二礼二拍一礼、水神様に感謝を捧げる。

 

そして振り返る提督の視線の先には……。

 

「ふふっ」

「……不知火に落ち度でも?」

 

ついてこなくていいと言ったのに、ローファーの靴を履いたままついてきて、盛大にすっ転んだ不知火が、泥だらけで憮然(ぶぜん)とした表情を浮かべていた。

 

自慢の白い手袋も、手をついたときに泥まみれになり、それで顔をこすったものだから、白いほっぺたにも茶色い線が描かれてしまっている。

 

「何ですか? その……不知火の顔に何か?」

殺し屋のようなすごい眼光を向けてくる不知火。

 

「さあ、戻ってお風呂に入ろうか」

「司令……言いたいことがあれば言ってください。司令?」

 

 

鎮守府庁舎に戻り、不知火を風呂場に押し込んだ後、提督はキッチンで朝から仕込んでおいた鶏ガラスープの味を見た。

 

一晩水にさらしアク抜きした丸ごと三羽分の鶏がらを、昆布を浸しておいた水で、長ネギ、しょうが、ニンニクとともに、トロ火で3時間じっくりと煮込んだものだ。

 

途中、浮かんでくるアクを丁寧に取り続けてやるのが、手間はかかるが澄んだ味にするポイント。

 

水源の検査に行く直前まで煮込まれ、粗熱がとれた今……旨味が炸裂するスープとなっていた。

 

「よしよし」

満足し、スープをザルで漉して(こして)、鶏がらと分ける。

 

このスープに、別に夜通し煮込んで作っておいたゲンコツスープと、煮干しとサバ節のダシ汁、醤油ダレを混ぜてブレンドすれば、味に奥行きのあるラーメンスープの完成だ。

 

 

「提督。手伝っていただいて、ありがとうございます」

キッチンに顔を出したのは神通だ。

 

先日、提督は神通から、食堂で第二水雷戦隊が出す「華の煮干しラーメン」の相談を受けた。

 

神通たちの試作品では動物性ダシが負けて魚臭さばかり目立ってしまうので、神通が目指す煮干しの芳醇さに負けない、旨味が非常に強い鶏がらスープを作ってあげたのだ。

 

「しかし、手間がかかるものを、あえて選んだね」

「川内姉さんの“濃厚とんこつラーメン”や、那珂ちゃんの“嵐巻き起こすナカチャンポン”に、麺勝負で引けをとりたくなかったので……」

 

「ああ、那珂の牡蠣チゲとチャンジャの入った韓国風チャンポンは美味しかったね」

 

「私には、那珂ちゃんのような、()()()()()()()()()()()()はありませんから……せめて味だけは妥協なく同じ水準で戦いたいんです」

 

(あれ、遠まわしに妹のこと芸人扱いしてる……?)

 

それはともかく、立ち居振る舞いは大人しいのに、神通は何事にも強い闘志を秘めている。

前に提督が「ボーナンザ決闘(BOHNANZA DAS DUELL)」というドイツのカードゲームで神通と遊んであげたら、勝つまで放してくれなかったし。

 

「うん、精一杯美味しいラーメンを作ってきてね」

メニュー当番は料理勝負ではないが、全力で切磋琢磨するのもいいことだ。

 

「はい。神通、参ります!」

スープの入った寸胴鍋を抱えて、神通は帰っていった。

 

 

「不知火は、二水戦のラーメンの手伝い……は?」

不知火が風呂場から出てきた気配を感じ、振り返って声をかけようとして提督が止まる。

 

そこには、てっきりエンジ色の体操ジャージにでも着替えていると思った不知火が……。

雪風の服を着て立っていた。

 

「ッ……し、不知火に落ちゅ度でも?」

言いつつ、不知火の顔面は真っ赤に染まっている。

セリフ噛んでるし。

 

「秘書艦がジャージ姿では示しがつきませんから、物干し場から妹の制服を借りました」

 

ただでさえ丈の短い雪風のワンピース、雪風より背の高い不知火が着ると……。

完全に下半身を隠すという機能を放棄していた。

 

その……島風よりも色々とひどい……。

 

「な、何か問題でもありますか?」

必死にスカートを引っ張り、何とかして下着を隠そうとしている不知火だが、全くもって丈が足りていない。

 

「問題しか見つからないというか……借りる相手を間違ってるよ。黒潮とか親潮とか、せっかく姉妹多いんだから、他にいくらでもいるだろうに」

 

「分かっています。しかし、雪風の制服しか物干し場になかったんです」

見るな、という強い殺気のこもった視線を向けてくる不知火。

 

「いつものスパッツは?」

「雪風の制服と拒絶反応が出て、履けませんでした。名誉のため付け加えておくと、雪風より先に夕雲型の服を着れないか試しましたが、ブラウスの袖さえ通せませんでした」

 

艦娘が艤装の装着時に着る制服は、単なる服でなく霊力が宿った艤装の一部である。

陽炎型と夕雲型は、準同型艦なので試してみたが、艤装の霊力に拒絶されたということだ。

 

「時々、雪風は私たちの妹なのか疑問に思っていましたが……本当に陽炎型だったんですね」

(この姉も何気にひどいこと言ってるなぁ……)

 

「雪風のスカートが伸びちゃうから、もう諦めて引っ張るのをやめなさい。後でサイズの合うものを誰かから借りてくるから」

不服そうにしながらも、不知火が下着を隠そうという無駄な努力をやめる。

 

とりあえず、提督は先に昼飯を作ることにした。

鶏がらから、こびりついてる肉を落としていく。

 

「不知火も手伝って。いっしょに小骨を剥がさないように注意してね」

わずかな肉とはいえ、大量の鶏がらからこそぎ落としたそれは、かなりの量になる。

 

干し昆布と干し貝柱でダシをとり、少し残しておいた鶏がらスープに混ぜ、軽く沸騰させてから醤油を一たらし。

 

熱々のご飯の上に、集めた鶏がら肉と卵黄をのせて、小ネギを散らしてスープを注ぎかける。

 

「さあ、食べよう」

「はい! ッ……ぬぅ」

 

不知火も目の前の鶏がら飯に目を輝かせているが、座る場所に迷っている。

提督の向かいと横、どちらの席が下着を見られる被害が少ないか考えているのだろう。

 

やや間があって、諦めたように提督の隣のイスに不知火が座る。

 

鶏がら飯は、パンチのある鶏がらスープの脂の旨味に、昆布と貝柱のダシが深い奥行きを与え、ほんのり漂う醤油の香りが食欲を誘う、絶品の味となっていた。

 

柔らかい鶏がら肉が熱々のご飯とともに口の中でとろけ、それをスープでさらっとかきこむと、何ともいえない余韻が口の中を通り過ぎる。

 

卵黄を割れば、これまたトロッとした黄身がご飯と鶏がら肉に絡まり、卵かけご飯と親子丼を融合させたような不思議な味わいを生み出す。

 

まかない飯、最高。

 

 

「……一つだけ……そのパンツも、雪風の?」

意識して視界に入れないようにしつつも、やはり目に入ってしまう白い布について尋ねる提督。

確か、不知火はいつも緑色の下着を着けていたはずだ。

 

「…………はい」

「うん……」

後は無言で、鶏がら飯をサラサラとかきこんでいく2人。

 

 

食べ終わった食器を片付け、さて不知火のために制服を借りに行くか、と考えていたら。

 

「不知火姉さん、それ雪風の制服ですっ!」

「犯人見つけたーっ!」

キッチンに、裸にタオルを巻いた雪風と、時津風が飛び込んできた。

 

「ちょっと借り…」

「返してくださいっ!!」

「さぁ、脱がすよ!」

不知火に飛びかかって押し倒し、服を脱がそうとする雪風と時津風。

 

「雪風、後で返すからやめなさい!」

胸まではだけたワンピースを、必死に守り通そうとする不知火と……。

 

「今返してください!」

タオルがほどけるのも気にせず、今度は下着を脱がしにかかる雪風。

 

「ドロボーはねー、いけないんだよ。ねっ、しれー?」

「やめろ、やめろっ! 司令、助けてください!」

「司令官、不知火姉さんが人の服をとるのが悪いんです!」

 

提督はそっと姉妹たちの争いに背を向けた。

 

「っ! 司令、不知火を見捨てるおつもりですか!?」

「ほら司令官、ちゃんとパンツに雪風の名前が書いてあります!」

「カンネンしろ、不知火ねえ」

 

(何も聞こえない、何も見えない)

背後では、謎の光がかかっていなければ、マンガやアニメでは絶対に描写不可能な光景が展開されているだろう。

 

振り返れるわけがない。

 

助けを求める不知火の声を非情に無視して、提督はキッチンを出て行くのだった。



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間宮の羊羹

この鎮守府の艦娘寮の庭の奥には、木々の間に溶け込むようにして、鄙びた(ひなびた)田舎屋のような風情の藁葺き(わらぶき)屋根の茶室が建っている。

 

玄関を入ると三畳の次の間、八畳の書院造りの和室と水屋があり、三畳半の茶室につながる。

 

通常の水屋は茶室の隅に設けて、茶事の用意をしたり茶器を洗ったりする所だが、ここの水屋は広めで台所としても使えるし、水屋の奥には内風呂があり、トイレも備えられている。

 

艦娘寮を増改築する際に、昭和中期に火事で焼失したままという茶室を、昔の資料や白黒写真をもとに、建築妖精さんたちに再建してもらったものだ。

 

 

再建してみて分かったことだが……。

 

ここは、茶室に名を借りた「離れ」であり、男女の逢い引き(あいびき)に使われていたのではないかと推測できた。

 

家族サービスとか観光旅行なんて言葉もなく、交通網も貧弱だった戦前に、何ら名所もない辺境の高級温泉旅館に、わざわざ高額を払ってまで泊まりにくる客とは……。

 

この旅館全体に言えることだが、要するに政治家や豪商、高級軍人や官僚、著名な文化人が、愛人や芸者を連れて人目を避けて泊まりにきていたのが、初期の常連客らしい。

 

その中でも、この茶室付きの離れはVIP用の高級室だったらしい。

鄙びて(ひなびて)いるのは外観だけで、建物の中身は質素どころか豪華絢爛(ごうかけんらん)

 

ワビとかサビとかの境地には程遠く、吉原の遊郭を思い起こさせる豪奢(ごうしゃ)艶やか(あでやか)な凝った造りになっている。

 

一見、日当たりのいい明るい居間風の書院だが、雨戸を閉め切って行灯(あんどん)に火をともしてみれば、陽光の下では焦げた茶色に見える巧妙な色使いの窓枠が朱色に浮かび上がり、透かし彫りの妙技による鯉の陰影が金箔を張った天井を泳ぐ、一気に妖しい空間となる。

 

玄関を上がった次の間、そこから書院(とは名ばかりの淫らな寝室)に続く(ふすま)には、もう一枚木戸を閉めることができる。

 

つまり、宿の従業員に対する「今はアレだから入ってくるな」の合図である。

 

 

提督は意外とこの離れを好んでいて、艦隊指揮につかれた時、たまにこの離れでくつろぎながら読書や思索にふける。

読書といっても読むのは厨房機械器具のカタログ、考えているのはこの後何を食べるかというくだらないことだ。

 

この日も、提督は飛龍に膝枕をしてもらいながら、業務用製餡機器のカタログを読んでいた。

全システムを導入すると、豆煮から皮むき、製餡、絞り、脱水まで自動で行える製造ラインが構築できる優れものだ。

 

「あ、提督、ちょっと動かないで!」

「ん、何?」

「いいから動いちゃメッ! 蒼龍、耳かき取って」

 

沖釣り専門誌『つり丸』を読んでいた蒼龍が、江戸火鉢についている引き出しから耳かきとティッシュを取り出して飛龍に手渡す。

 

「ほら、ここ。気持ちいいでしょ?」

飛龍が耳かきを提督の耳に突っ込んでくる。

提督の耳の奥で、ペリペリッと耳垢がはがされる、こそばゆい感触がする。

 

「明日の演習相手、小田原鎮守府でしょ? 相模湾、アジとキンメダイが熱いらしいよ」

蒼龍が話しかけてくる。

 

「んー……じゃあ、明日は蒼龍旗艦で、多摩、夕張、曙、夕雲、あきつ丸で演習行って」

「ドラム缶は何個持ってく?」

演習には無関係なはずの、ドラム缶装備が当然のように装備にあがるのが、この鎮守府。

 

「夕張と夕雲に2個ずつ。多摩には熟練見張員、曙には九三式と三式ソナー、あきつ丸に零式ソナーを持たせて、夕張とあきつ丸はキンメ狙いで、他の子はアジを狙って」

「オッケー」

 

演習そっちのけで、ドラム缶いっぱいに釣る気まんまんである。

 

 

離れには、他に最上と日向の姿もある。

 

「トマトの合体栽培かぁ……やってみたいなあ」

寝っ転がって最上が読んでいるのは、JAグループ家の光協会発行の『隔月刊やさい畑』。

 

火鉢で煎餅を焼きながら、日向が読んでいるのは農山漁村文化協会発行の『季刊地域』。

特集は「農家の土木・基礎講座 みんなで挑む「むら強靭化」」だ。

 

この鎮守府は、一体どこに向かっているのか……。

 

 

「提督、反対の耳も見せて」

「こう?」

提督が寝返りをうって、飛龍のお腹の方に顔を向ける。

 

「あったあった、こっちにも」

提督の頭を抱きかかえるようにして、耳を覗き込む飛龍。

 

「提督!? 何をしているんですかっ!」

そんな体勢で飛龍に耳かきをしてもらっていたので、気付くのが遅れた。

 

障子を開け放っている縁側に立っていたのは、間宮だ。

 

「ひどい、提督……私というものがありながら……」

間宮は非常にやきもち焼きだ。

 

ただし、飛龍の膝枕や耳かきなどは気にしない。

慌てて提督が製餡機器のカタログを隠すが、手遅れだ。

 

「私の餡に飽きたんですか?」

やきもちの相手は厨房機器だ。

 

「そんな機械なんかより、私の方がずっと提督に美味しい餡を作ってあげられるのに……」

特に、間宮自身が有している機能と競合する機械に対しての嫉妬心はハンパない。

 

「いや、ただ見てただけ! 見てただけだから!」

「ウソです……本当はもうその子を買う気で……うぅっ」

「買わないから大丈夫。間宮と伊良湖さえいてくれれば十分だから」

 

「……本当ですか?」

「本当です。いくら機械が進化しても、まだまだ間宮には追いつけてないなあ、って見てただけだから」

 

当然である。

間宮の艤装の中には、大きな和菓子工場に匹敵する製餡所があって、そこで熟練の職人妖精さんたちが匠の技術を駆使して餡を作っているのだ。

 

「この大型機械よりすごいことを、こんなコンパクトな艤装でできちゃうんだから、間宮はやっぱりすごいなあ」

 

「まあ♪」

照れたのか、間宮の艤装の通気筒からシュポッと煙があがる。

 

「ちょうど、お茶うけにと思って持ってきたんですが……」

間宮がお盆にのせて持ってきたのは、たくさんのどら焼き。

 

「うん、みんなでありがたくいただくよ」

「あの……提督?」

「うん?」

 

「はしたない給糧艦だと思わないでくださいね?」

間宮が頬を赤らめモジモジする。

 

「今の提督のお言葉で……できちゃいました」

「ぶっ!」

間宮の言葉に、蒼龍がお茶を吹き出す。

 

「セキニン……とってくださいね、提督」

間宮の艤装の一部が開き、クレーンが中から何かを吊り上げる。

 

大きな籠いっぱいに盛られた、お約束の間宮羊羹だった。

 

「まあ、そうなるな」

 

 

「提督どうすんの? この大量の羊羹」

「とりあえず一本は、ミヤ爺におみやげにしよう」

「焼け石に水だがな」

「まあ、まずは一本食べようか」

 

提督は一度、『海軍五等主厨厨業教科書』のレシピに従って、羊羹を作ってみたことがある。

くやしいぐらい、間宮の羊羹には味も食感も及ばなかった。

 

というか、『海軍五等主厨厨業教科書』のレシピは、レシピになってないし。

 

「まず小豆を汁粉の製法のごとく柔らかく煮て漉し絞りて……」

 

はい、ストップ!

この一行目の途中までだけで、大量の情報が欠落している。

 

小豆への加水は、水かぬるま湯か熱湯か? 加水時間は?

豆を炊く温度と時間は? 渋切り(湯切り)のタイミングと回数は?

漉すときの目の粗さは? 皮はどの程度残す? 絞り後の水分量は?

 

もちろん、そんなこと教科書に書けるわけがない。

 

小豆のできは、品種によっても、地域によっても、年によっても違う。

さらに作業日の温度や湿度でも、時間やタイミングの前提条件が変わってくる。

 

つまり、最後に物を言うのは職人の腕、経験とカンだ。

 

また、別の『海軍主計兵調理術教科書』には、羊羹の参考記事の欄にこんな一文がある。

「羊羹は色々の材料を応用して種々の名前があり製法も大同小異である」

 

 

間宮の羊羹……。

つるんと舌触りがなめらかで、とろけるような濃密な甘味が後をひく、まさに逸品。

 

どら焼きは、しっとりとしたきめ細かいスポンジの生地に、さらりとした甘さのつぶ餡が入っていて、小豆の風味が口いっぱいにフワッと広がる。

 

提督にベタ惚れっぽい間宮だが、この羊羹やどら焼きの作り方を尋ねても「ふふふ」と笑うだけで、決して教えてくれない。

 

「やっぱり、間宮には勝てないか」

提督のぼやきを聞き、飛龍と蒼龍が笑う。

 

「提督、当たり前じゃないの」

「間宮さんのお菓子には、海軍75年の歴史が詰まってるんだから」

 

 

この後、この鎮守府では当分の間、全艦娘がキラキラしていたという。




【誤字報告のお礼】
活動報告にも書きましたが、今日になってはじめて、誤字報告があったのに気付きました(というか、この機能の意味をはじめて理解しました)。

誤字報告をくださっていたレミレイ様、SERIO様、お礼や対応が遅れ、申し訳ございませんでした。

またお気付きの点がありましたら、よろしくお願いいたします。


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霞とポテトサラダのコッペパン

この鎮守府に協力してくれている妖精さんたちには、悪癖がある。

妖精さんたちの近くにある最新の機器類はすぐ壊れるという法則(グレムリン現象)だ。

 

そのため、この鎮守府には、パソコンがない。

本部から送られてきた1ダースのパソコンは、初日にただの箱と化した。

 

平成生まれには馴染みがないだろう、5インチフロッピーの98パソコンやワープロ専用機も試してみたが、やはり即日に壊れてしまった。

 

電卓も次々と壊れた。

ICチップがいけないのかと、トランジスタ式や真空管式の古いものに変えてみてもダメだった。

 

テレビは液晶はダメだが、ブラウン管のものなら艦娘寮でだけ映る。

トランジスタラジオは鎮守府全域で聞けないくせに、真空管ラジオと、なぜかICチップ搭載のデジタルオーディオは普通に使える(パソコンがないので意味半減だが)。

 

携帯電話やスマートフォンも、圏内のはずなのに使えない。

厨房機器はどこでも平気に使えるのだが、電子レンジだけは工廠でしか使えない。

 

意外なところではサイクロン掃除機も普通に稼動する。

 

ちなみに、鎮守府に一台だけある「ダ○ソン」のサイクロン掃除機は、2016年新春の提督懇親会の余興のビンゴの景品としてもらったものだが、この空気の読めない景品を用意した木更津提督は、戦艦棲姫にトラウマを植え付けられた周囲の提督からタコ殴りにされていた。

 

エアコンと洗濯機(ドラム式を除く)は艦娘寮でのみ使え、一方で電気カミソリや電動歯ブラシは単純なモーター式のものですら鎮守府内の全域で動かない。

LEDライトは電気を通した瞬間に破裂する。

 

ともかく、何が大丈夫で何が駄目なのか、どの場所なら大丈夫でどこでは駄目なのか、明確な一律の基準など存在しない。

苦い経験とジャンク品の山を積み重ねながら、ギリギリの線を探ってきたのが現在の状態だ。

 

 

さて、執務室にパソコンもワープロも電卓もないということは、全ての書類作成が手書きであり、全ての計算が人力であって、頼りの綱が算盤であることを意味する。

 

この鎮守府は設立以来、報告書の文字数の少なさと計算ミスの多さでは、全国三位以内を譲ったことがない。

 

計算の方はともかく文字数の少なさは、報告書に「特になし。」とか「昨日と同じ。」とか、小学校の連絡ノートにも通用しなさそうな文を、臆面もなく書ける提督の性質も関係しているが……。

 

 

午後の8時を少し回った執務室。

しかし、明日の朝一で本部に郵送(ネット送信できないから)しなければならない年度の書類が、まだ完成していない。

 

「ったく…どんな計算してんのよ! 本っ当に迷惑だわ!」

今日の秘書官の霞に計算ミスを指摘され、提督は「ごめんねえ」と頭をかく。

 

まだ夕食はとっていない。

 

「何か、鳳翔さんとこに食べに行こうか?」

「はぁ!? ここで止めるつもり? だらしないったら!」

「ごめんなさい」

 

算盤を弾き、カリカリと書類にペンを走らせる音が室内に甦る。

 

「あと、どのぐらい残ってるかなあ?」

「三分の一は残ってるわよ、クズ司令官のせいでね!」

「ごめんね」

 

また、黙々と書類に取り掛かる二人。

 

「この収支計算、合ってるかな?」

提督が差し出した書類に、霞が目を走らせる。

 

「ふん、やればできるじゃない」

「良かった」

「毎週ちゃんと書いとけば、こんな苦労しないんだからね!?」

「はい……霞、ここのデータはあるかな?」

「あぁ情報を取るの? 待ってなさい。今、整理してあげるから」

 

時計は、すでに午後9時を回っている。

 

クゥ、と小さく霞のお腹が鳴る音が聞こえた。

 

「あ……何よ? ク、クズ司令官のせいだわ!」

「うん、ごめんね。霞」

 

提督は執務机の下のキャビネット型の冷蔵庫を開けて、ビニール袋とタッパを取り出した。

中に入っているのは、コッペパンとポテトサラダ。

 

「な、何よ?」

 

提督が制服のポケットに常備しているチタン製のキャンプ用万能ナイフの刃で、コッペパンに切れ目を入れてから万能ナイフの刃を収め、スプーン部分でポテトサラダを挟みはじめる。

 

ナイフ、スプーン、フォーク、缶切り、栓抜き、コルク抜きと、食に関する最低限の機能しかないが、シンプルなだけに頑強で各機能が使いやすい、明石が作ってくれた提督のお気に入りグッズだ。

 

 

「夜食だよ」

「まあ、お礼は言わないわ」

 

提督が差し出したパンを、そそくさとかじる霞。

 

ほんのりとした甘みはあるが、素朴なコッペパン。

間宮や伊良湖、海外艦娘が焼き上げたような、濃厚な風味や芳香はない。

いかにも平凡なコッペパン。

 

ポテトサラダも手作り感が漂う、野暮ったくて洗練されていない味。

 

美味しいことは美味しいのだが、間宮の作るそれのような抜群のバランス感や、鳳翔の作るそれのようなほっこりした優しい味、あるいは、マックスのクリーミーなポテトマッシュや、コマンダン・テストの本場パリ風のようなインパクトはない。

 

「これ……買ってきたパンで司令官が作ったんでしょ?」

「そうだよ。どうだった?」

「本当に普通ね。美味しくないわ」

 

「そうだよねぇ……」

提督が苦笑する。

 

だが、霞にも分からないことが一つ……。

 

「このポテトサラダの味は? クズ司令官でも、もっと美味しく作れたんじゃない?」

 

言いながら、霞は自分に嫌気がさした。

どうして素直に「前に司令官が作ってくれた、スパイシーなポテトサラダの方が美味しかった」と言えないのか。

 

ちっとも「美味しくない」なんて思っていない。

ただ「提督が本気で作ったら、もっと美味しいはず」と思っただけなのに、口をつく言葉は……。

 

「このポテトサラダね、僕が子供の頃に、うちの母親が作ってくれた味なんだ」

「えっ、あ……ご、ごめん……司令官……」

 

「いいんだよ、確かに塩気と酸味が全然足りなくて、ボケた味だもん」

「……っ、そうじゃ、なくて……ごめんなさい」

 

この艦隊で、霞と満潮だけが知っていた。

提督の母親は、提督が中学生の時に……。

 

自分の言葉を後悔し、下を向いて涙をこぼしそうになる霞の髪を、提督が撫でる。

 

「いいんだよ。霞だから食べて欲しかったんだ」

言いつつ、勝手に霞の膝に頭を預けてくる提督。

 

「霞ママ……」

「……この、クズ司令官。今度……あたしがポテトサラダ作ったげる」

「う、ん……」

 

「本当、だらしないったら」

安心しきった表情で寝息をたて始める提督の髪に触りながら、霞が優しくつぶやく。

 

 

鎮守府の黎明期、提督はあきらかに霞のことを苦手にしていた。

 

「用があるなら目を見て言いなさいな!」

「ったく…どんな采配してんのよ、本っ当に迷惑だわ!」

「何度言わせんのよ、このクズ!」

「○ねばいいのに!」

 

言いたい放題だった自分のせいでもあると、今の霞は思う。

しかし、当時は提督に好かれたいとは露ほども思わなかったし、嫌われて結構と思っていた。

 

提督の艦娘への優しく寛容な態度も、艦娘に料理を作ってくれるのも、ただ上辺だけを取り繕っている軟弱者のパフォーマンスだと思っていた。

 

それが変わったのは……。

3年前、南方戦線を視察中の提督が戦艦レ級に襲われて遭難し、霞と満潮だけで朝まで提督を守り通した、あの無人島の一夜からだ。

 

ボンッ!

 

その夜のことを思い出した瞬間、霞の顔は瞬間湯沸かし器のように沸騰して赤くなった。

 

(誰かにしゃべったら沈めるから!)

霞と満潮の間で交わされた、今も守られている固い約束だ。

 

あの日から、霞は提督を守ることを誓い、提督の「ママ」になった。

 

「…冗談じゃないったら」

言いつつも、また提督の髪を優しく撫でてしまう。

 

 

ガンガンガンッ!と、安物のドアが激しくノックされる。

 

「Hey、提督ぅー! 何してるデース!?」

「榛名! お手伝いに参りました!」

 

「もう~! この私を放置するなんて、貴方も相当偉くなったものね! 書類作りとか付き合ってあげたっていいのよ!?」

 

「霞ちゃーん、足柄姉さんが手伝ってあげましょうかー?」

「満潮よ! まだ終わってないの!? 手伝ったげる、一応!」

 

「あいたっ!」

今にもドアを開けて乱入してきそうな気配を感じて、霞が提督を床に突き飛ばした。

 

「あーもう! バカばっかり!!」



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村雨とアジフライ

昨日の冷え込みが嘘だったかのように、ぽかぽかと陽光が降り注ぐある日。

 

村雨の率いる第二駆逐隊は、鎮守府から裏山を挟んだ反対側にある「訓練地」に、農作業にやって来ていた。

 

全員、鎮守府で配布されているエンジ色の体操ジャージに、鎮守府名の入った黄色い蛍光色のウィンドブレーカー、手には軍手、足下はゴム長靴。

腰には汗拭き用のタオルをぶら下げ、まるで田舎の中学校の農業体験実習のような姿をしている。

 

「ここが夕立たちの畑っぽい?」

夕立が、広大な畑の中の一角に、ロープで区切られた区画を見つけた。

 

「そうですね、ここです」

春雨がロープに「四水戦」という札がついているのを確認する。

 

「他のとこより狭い?」

春雨が周りの自分たちの区画を比較する。

ビニールハウスが建っている二水戦の区画は、こちらの10倍ほどの広さがある。

 

「空いてるところ、いっぱいありますけど……」

五月雨も辺りを見回すが、遊んでいる土地はまだまだある。

 

「うー、ケチッぽい!」

夕立が怒るが、後ろから頭をコツンと叩かれた。

 

「そういう生意気なことは、この1(たん)ちゃんと耕してから言いなさい」

「無理はあかんでぇ。ウチらは最初の年、いきなり3(たん)から始めてホンマ地獄見たわ」

二水戦に所属する、陽炎と黒潮だった。

 

「この広さが1(たん)?」

「そっ。約10アールよ」

「素人には分からんわなぁ。約1000平方メートル、坪数だと約300坪や」

 

春雨の問いに陽炎が答え、黒潮が苦笑しつつ解説を入れるが、まったく想像がつかない。

 

「あっちで作業してるから、分からないことあったら聞きに来なさい」

「ほな、気張りや~」

 

立ち去っていく陽炎と黒潮だが、2人ともタオルを首に巻いて麦藁帽子もかぶっている。

 

「なんか、慣れてるっぽい」

「こっちも真似して、カッコから入っとく?」

腰にぶら下げていたタオルを首に巻く村雨たち。

 

「それじゃあ、草刈り開始よ」

「はーい」

「ぽいっ」

 

三角ホーという、その名のとおり長い柄の先端に三角形の鋭利な鉄板がついた除草用の農具で、地面を掃いて雑草を刈っていく。

 

「こう、しっかり押さえて、斜め45度に手前に刈り取るのよね」

「ぽいぽいぽい~」

「わわわ、夕立姉さん、危ないからホウキみたいに左右に振らないでください」

「刈るだけじゃなくて、根っこごと削り出せって、那珂ちゃんさんが言ってましたよ」

 

「お~う、やってるね、おチビちゃんたち」

巡回に来た鬼怒が声をかけてきて、「春雨ちゃん、もっと土を撫でるように引いて」などとアドバイスをしてくれながら、手にした道具でプチプチと雑草を引き抜く。

 

「鬼怒ちゃん、さん? それ、村雨たちの道具と違うみたい?」

鬼怒が使っているのは、長い柄の先に(あぶみ)のような輪っかが付いた道具だった。

 

「こっちの方が、農作物を植えた後の畝の間とか、狭いとこの作業がしやすいんだよ」

「へえ~」

「その名も『けずっ太郎』!」

 

「……うふふふっ♪」

「ぽい~?」

「あ、あの、面白かったです…よ?」

「あははは……」

 

「いや、ちょっと待って! ダジャレとかじゃないから! これの商品名!」

 

「はいはい」

「本当だって! そのスベッた子を見るような生温かい視線はやめて!」

 

 

※“信頼をお届けするハサミのパイオニア”株式会社ドウカンの『けずっ太郎』は、全国の園芸店、ホームセンター、アマゾン通販で実際にお買い求めになれます。

 

 

お昼前まで作業を続け、村雨たちは陽炎と黒潮の言葉の意味を実感していた。

 

実際に中に入って作業を始めてみると、1(たん)というのは非常に広い。

何しろ、六畳の部屋に換算すると約100室分もあるのだ。

 

午後には、那珂と野分たち第四駆逐隊が応援に来るとはいえ、本当に今日中に終わるのだろうか?

雑草を除去した後には、小石を取り除く作業もあるのに……。

 

だが、そんな心配より、まずはお腹が減っていた。

 

 

お昼は大鯨が、明石が製作した一三式自走炊具で出前に来てくれた。

2トントラックの荷台がガルウィング式に開くと、移動中にすでに炊き上がっていたのだろう、ご飯の甘い匂いが漂ってくる。

 

大鯨が揚げ物用のフライヤーでフライを揚げていく横で、デニムのオーバーオールにネルシャツを着て、頭にバンダナを巻いた見慣れない艦娘が、ご飯や味噌汁を用意している。

 

陽炎と黒潮が手慣れた感じで農具小屋からパイプ椅子や折り畳みテーブルを運び出し、食事場所を設営してくれた。

 

メニューは「アジフライ定食」だ。

 

千切りキャベツの上には、揚げたての大きくて身が厚いアジフライが2枚と、おまけのカキフライ。

1枚のアジフライにはたっぷりの自家製タルタルソース、もう1枚には何もかけられておらず、ソースや醤油を自分で選べる。

 

まずはタルタルソースの1枚。

箸がザクザクと入る熱々の衣の下には、脂ののった肉厚のアジ。

ふわふわの身がほぐれ、じんわりと濃い味が広がる。

タルタルソースはそれに負けないよう、酸味がしっかりと効いている。

 

「アジは味が良いからアジって言うんだよ」

鬼怒が言うが、みんなアジフライに夢中で聞いていない。

 

鬼怒の名誉のために付け加えるが、教科書にも名前が出る新井白石が、江戸時代の語源辞典の中で書いている説で、断じて鬼怒の創作ダシャレではない。

 

ふっくら粒だちがよく、甘みと旨味が強いご飯が、さらにアジフライの旨味を押し上げる。

すぐに、あちこちから「おかわり」の声が上がる。

 

ご飯をおかわりしても、キャベツが口の中を新鮮にしてフライがいくらでも食べられるし、濃厚なアサリの味噌汁と、大鯨が漬けたお新香もご飯にピッタリで、またすぐに一膳ペロリといけてしまう。

 

「う~ん、美味しい」

「ご飯が止まらないっぽい」

 

村雨は、もう1枚のアジフライには辛子をつけ、醤油をかけた。

箸を入れると、やや薄い衣がサックリと割れる。

衣の分量と揚げ具合をタルタルソース用とは変えてあるらしい。

 

アジの旨味に、醤油の芳香が溶けあって新たな味になる。

ピリッとした辛子のアクセントも応援し、さらにご飯が足りなくなる。

 

夕立はウスターソースをジャブジャブと、春雨と五月雨は中農ソースで食べているが、みんな食べっぷりは変わらない。

さらには、ギュッと旨味が凝縮したカキフライも待っている。

 

 

「うーん、食べ過ぎちゃったかな」

「お腹いっぱいいっぱい」

「美味しかったです、はい」

「あぁ、3回もおかわりしちゃいましたぁ」

 

農作業の後、青空の下で土と緑に囲まれて食べる食事。

やばいほどに食が進む。

 

 

食器を返しに一三式自走炊具に行ったとき、村雨はオーバーオール姿の艦娘の正体に気付いた。

潜水艦娘のイムヤだ。

 

「イムヤちゃん、トラックの運転できたの?」

「これぐらいの戦闘以外の特技がなきゃ、潜水空母が当たり前の潜水艦業界じゃ生き残れないわ」

村雨の問いに、イムヤは当然といったように答える。

 

そういえば、陸軍のまるゆと、元ドイツ艦であるローちゃんを除けば、イムヤは潜水艦たちの中で唯一、瑞雲や晴嵐などの航空機を運用することができない艦だ。

 

(村雨も、何か資格とってパワーア~ップしようかしら)

 

姉妹の中で、すでに提督とケッコンしている時雨や夕立は別格としても、江風にも改二改修で差をつけられてしまったし。

 

この後、村雨は那珂を誘って日本農業技術検定という資格を受け、ともに3級を取得することになる。

 

しかし、那珂が実技試験をともなう2級の取得にすすんだのに対し、村雨は裏切って野菜ソムリエという女子力の高そうな資格に転向するのだが、それはまた別のお話……。



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霞と真・ポテトサラダのコッペパン

今回は題名から分かるように、前々話「霞とポテトサラダのコッペパン」の後日談です。
未見の方は、できればそちらを先にお読みください。




とある休日の夕方、鎮守府庁舎の提督の執務室。

執務室という概念が崩壊するぐらいに、妖精さんによる模様替えが行われていた。

 

床には青畳がしかれ、麻雀卓のコタツが出され、窓は消え失せて障子戸になっている。

コタツでは、大淀、足柄、伊勢、日向が麻雀をしていた。

 

計算に基づくデジタル派の大淀。

感性によるアナログ派の足柄。

行き当たりばったりだが、運に恵まれる伊勢。

目立たないが、たまにボンと大きな手を炸裂させる日向。

 

ギャンブルは好まないが、ボードケームが大好きな提督としては興味をそそられる対決だ。

 

提督自身は石油ストーブの近くで暖まりながら、霞、清霜、朝霜とカードゲームのウノをやっていたが、清霜と朝霜が絶好調で、ほとんど何もさせてもらえないままに終わった。

 

もっと悲惨なのは霞で、直前の清霜のリバースから、提督のドロー2に重ねた朝霜のドロー4を食らったりと、何回もフルボッコにされていた。

 

 

「ツモ、メンタンピン三色」

「うわー、間に合わなかった―! 飛んだっ!」

麻雀で、日向がアガッたらしく、伊勢が悲鳴をあげている。

 

麻雀にはローカルルールが大量に存在するが、ここの鎮守府では基本的に「飛び」、つまり誰かが持ち点0点以下になると終了となる。

金銭を賭けているわけではなく、敗者に罰ゲームを課すのが目的だから、負け犬さえ決まれば十分なのだ。

 

「伊勢にはこの後の飲み会中、ずっと頭に猫耳を着けていてもらおうか」

「ひぇ~っ!」

「ほら、観念しなさい」

高速戦艦のような悲鳴を上げる伊勢に、足柄が三毛柄の猫耳を着けた。

 

意外と似合う。

 

「そっちのビリは誰でしたか?」

「わ、私よ」

大淀の問いに、霞が憮然と答える。

 

「よっしゃー、霞にも猫耳着けさせようぜ」

「そうだね、そうしよう」

「ちょ、意味わかんないったらっ!」

 

「ダメですよ、罰ゲームは神聖なルールです」

大淀が楽しげに笑いながら、霞の頭に黒い猫耳を着ける。

 

「くっ、大淀、後で覚えてなさいよ!」

「さあ、飲みに行きましょう!」

霞の腕をとって、連れ出そうとする足柄。

 

「先に行ってて。クズ司令官と部屋の片付けしてから行く」

 

足柄の手を振りほどき、霞が言うと……。

 

「ほお?」

「へぇ~」

「うしししっ」

「ふ~ん」

 

「何、ニヤニヤしてんのよっ!! 蹴るわよ!?」

すでに清霜のお尻を蹴りながら霞が怒鳴ると「わーっ」と逃げ散る足柄たち。

 

礼号組は今日も仲良しです。

 

「じゃあ、間宮さんとこ先に行ってるね」

「伊勢、語尾はニャンだ」

「誰がそこまでするかっ!」

 

 

提督が麻雀牌を片付けていると、霞(猫耳Ver.)がモジモジと寄ってきた。

 

「こないだは、ごめん……なさい」

 

一瞬、何のことか分からずにキョトンとした提督の目の前に、ラップに包まれたコッペパンが差し出される。

具は、もちろんポテトサラダだ。

 

「お詫びも兼ねて、作ってみたわ。約束もしたし……」

 

「ありがとう、霞ママ!」

「バカッ、声大きい!」

 

霞が作ってくれた、ポテトサラダのコッペパン。

 

コッペパンは、この鎮守府がある県では定番の有名店が作る、ふわふわで素朴な味のもの。

県内では学校給食に採用されたり、学校の購買やスーパーなどでも売られているため、全国チェーンの有名ブランドと錯覚している県民もいるほどの人気ぶりだ。

 

ポテトサラダの主役、芋はホクホクの男爵芋を、芋らしさが残るように潰しすぎず、熱いうちに酢と塩とこしょうで味付けをする。

 

キュウリとタマネギは塩水でしんなりさせつつ、しっかり下味をつけてと工夫したが、ハムは気取らずスーパーで買った普通のロースハムを細切りにした。

 

マヨネーズも市販のものを使ったが、ゆで卵をすり潰してコクをアップさせた。

 

塩は控えめだが、味の輪郭をハッキリさせるために、粒マスタードをほんの少量隠し味にし、リンゴの絞り汁をちょっとだけ加え、生パセリを刻んで混ぜ合わせた。

 

できるだけ、提督の母親が提督に作ってあげたポテトサラダと同じような姿で、けれど味だけはしっかり上回る出来になったと、霞は自負している。

 

試行錯誤の途中、背後で大淀が「間宮さんのポテトサラダには砂糖も入っているそうですが、リンゴの絞り汁にしても美味しいらしいですよ」とか、足柄が「あ、こんなところに伊良湖ちゃんがいつもポテトサラダに入れてるゆで卵が!」とか白々しいアドバイスを与えにきた結果だが……。

 

朝霜は、身体の前後に「具材とマヨネーズの」「黄金比は10:2」とか書いた紙を貼り、何度も霞の視界内を行ったり来たりしていたし。

 

清霜は武蔵に頼んで軽自動車を出してもらい、隣の市のスーパーでコッペパンを買ってきてくれた。

 

(まったく、バカばっかり!)

 

 

提督の味への感想は……。

その笑顔を見れば聞かずとも分かるが、霞はじっと提督の言葉を待つのだった。

 

 

 

【おまけ】

 

提督と一緒に、足柄たちが待つ間宮の居酒屋に向かう霞。

 

廊下ですれ違おうとした青葉が「あ、いい顔ですね」と何故かカメラを構えた。

上機嫌だった霞は、ついそのままカメラに笑顔を向けた。

 

カシャッ、とカメラに収められる提督とのツーショット。

後でこっそり焼き増ししてもらおうか、などと内心考えながら歩き出し……。

 

ハッ、と気付いた霞の手が、自分の頭へと伸びる。

もちろん、しっかり猫耳が着いたままだ。

 

「青葉! 待ちなさいっ!」

 

その後10分間、霞と青葉の追いかけっこが続いたという。




礼号組が大好きです。


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秋雲とスパゲッティナポリタン

【注意】
今回は題名から推測できるように、薄い本ネタ、腐女子ネタが満載です。
また、「秋雲」の文字がゲシュタルト崩壊するかもしれません。


この鎮守府に協力してくれている妖精さんたちには、悪癖がある。

妖精さんたちの近くにある最新の機器類はすぐ壊れるという法則(グレムリン現象)だ。

 

そのため、この鎮守府には、パソコンがない。

 

陽だまりでうたた寝している猫のような顔をした、のん気な提督は「パソコンぐらいなくても、別に困らないよね」と、本部の管理部門に多大な迷惑をかけながら平然と言い切るが……。

 

この世には、パソコンがないと死ねる人種がいる(そう、特にオタクだ)。

 

国際的なインターネット網は深海棲艦の出現により、海底ケーブルの寸断や通信衛星との交信不能などで壊滅したが、それでもネット上に溢れる情報は多大だ(特にオタク界の)。

 

だからオタク的嗜好を持つ一部の艦娘たちは、非番になるとネット通信ができる環境を求めて、この鎮守府から外出する。

 

 

しかし、この辺境の鎮守府の周辺には、ネットカフェなど存在しない。

 

東京の新宿駅周辺でネットカフェを探せば、この鎮守府のある県内のネットカフェの総数と同じぐらいの数がすぐに見つかる、と言えば分かりやすいだろうか?

 

…………。

 

はい、真実をオブラートに包もうと、裏返った余計に分かりにくい言い方をして申し訳ありませんでした。

 

正直に言えば、このド田舎の県にある全てのネットカフェを足しても、新宿駅1Km圏内のネットカフェ総数に全然及びません!(逆ギレ)

 

ちなみに、この鎮守府がある県は、全国の都道府県でも有数の面積をもつことを自慢の一つにしているのだが……。

 

 

鎮守府のある駅から一番近いネットカフェがある駅までは、電車で片道1時間以上かかる。

鎮守府から最寄駅までの徒歩20分と、1時間に1本さえ来ないこの路線の電車の待ち時間を考えれば壮大な遠征だ。

 

だが、そんな辺境鎮守府に救いの神が!

 

鎮守府最寄の駅前にある喫茶店「アリス」。

駅前というか、朽ちかけた木造の駅舎を改装した喫茶店で、駅の切符発売も委託されている。

 

深海棲艦の発生で傾いた商社を脱サラして都会からUターンしてきたコーヒー通のマスターが奥さんとともに経営しており、水出しコーヒーとアップルパイが看板メニューだが、農家と漁師ばかりに囲まれた立地柄、朝6時から開店して始めるモーニングセットと、昼ランチのスパゲッティセットが稼ぎ頭である、そんな店だ。

 

鎮守府ではコーヒー豆の買い付けをこの店にお願いしており、そのお礼に艦娘がこの店に来ると、パソコンを自由に使わせてくれるのだ。

 

 

秋雲は、いつもの奥の席についてノートパソコンを持ってきてもらうと、マスターに水出しコーヒーを注文した。

 

長居する者の礼儀として、せめてマスターご自慢のメニューを頼んでおこうという心配りだが、そのまま飲んだ方が美味しいというマスターの意見は断固拒絶し、ガムシロップをたっぷりと入れる。

 

ネットにつなぎ、暗記しているサイトのアドレスを手動で入力する。

認証画面にIDとパスワードを打ち込むと出てくるのは……。

 

『秋雲による秋雲のための秋雲の会議』

 

ログイン:ようこそ Akigumo-11 さん

 

全国の鎮守府に棲息する同志が書き込む秘密の画像投稿型掲示板だった。

 

 

まずは新着を巡回。

「お、01さんの新作漫画がきてる」

 

この掲示板のハンドルネームは全員が「Akigumo-01」や、ここの秋雲のように「Akigumo-11」なので、入会順の数字のみが識別のカギになる。

 

「Akigumo-01」は最古参の漫画描きで、躍動感ある動きの表現と大胆なアングルを得意とする、横須……おっと、どの鎮守府の秋雲なのかは追及しないのがここでのマナー。

 

この掲示板に参加している秋雲の総数は、全鎮守府数にわずかに1人足りない(ことになっている)。

 

どこかの鎮守府には同志がネット上で「なりそこない」と呼ぶ、オタク趣味を発現しなかった秋雲がいるからだ(という設定で、04が2人いるのは公然の秘密だが……)。

 

一切個人は特定せず(特定できてもスルーして)、演習や遠征先で秋雲同士で顔を合わせても、互いに「なりそこない」として振る舞い、この掲示板の話題には一切触れないのが、淑女のたしなみとなっている。

 

「ふぅ……。01さん、あいかわらずオニチクだわ」

 

内容は、巻雲が提督にダイナミックに凌辱されるR-18漫画だった。

ここでは巻雲のラテン語学術名から「シーラス本」と呼ばれ、秋雲間で一定の需要がある。

 

秋雲もUSBメモリーに保存しておいた。

 

「14は……エンジンかかってんなぁ」

 

「Akigumo-14」は繊細で美麗な塗りのカラー絵を得意とするイラスト描きだ。

 

美しい幻想的な桜の下で、着物をはだけた秋雲自身が「くぱぁ」して提督を誘っているイラストだ。

自分を題材にしつつも、手加減やためらいが一切感じられない。

ここでしか公開するつもりがないからなのだろうが「消し」がないし……。

 

「けしからん、もっとやれ」

これも保存。

 

「02さん……相変わらずブレないなぁ」

 

「Akigumo-02」は、リアルタッチのデッサン画に定評があるが……。

大量に投稿されているのは、見る人が見れば○提督と断定できるほどリアルに描き込まれた男性提督の半裸~全裸のイラスト。

 

中には、こちらもどこの提督か特定できる、他の男性提督に組み敷かれている○提督のイラストもある。

 

個人を特定するのは野暮だが、○提督は02の提督である。

自分のとこの提督を「うちの提督は絶対に総受け」と身バレも気にせず声を大にして主張し続ける02は、秋雲間でもかなり突き抜けた存在だ。

 

「そこにシビれるが、ちっともあこがれねぇ」

そんなこと言いつつ保存。

 

筋肉美にこだわる04A、歴史上の人物を絡ませたがるマニアックな09、お姉ショタのパイオニア13……。

 

厳選して全部保存。

 

そして秋雲は、自分が描いてきたイラストを、USBメモリーからアップする。

 

秋雲が描くのは、主に自分のところの提督の逆レ○プもの。

今回は、大和と武蔵の超々弩級姉妹に襲われ、手籠めにされる提督を描いてきた。

 

パソコンを使ってペンタブで描ける他の秋雲と違い、紙原稿をコンビニのスキャナーで取り込んだものなので修正が効かず、秋雲としてはクオリティに自信がないのだが、他の秋雲たちからは「味がある」として好評だ。

 

画像のアップ直後に、「Akigumo-10」から賞賛のコメントが寄せられる。

ああ、描いて良かった、と全ての苦労が報われる瞬間だ。

 

 

追加注文した、スパゲッティナポリタンを食べつつ、チャットルームに同志が数人いるのを見つけて移動。

 

提督間のカップリング論争や、互いの鎮守府にいる準同志であるメロンやリプル(夕張や漣)について同時並行で語り合う。

 

ナポリタンの味は……良い意味で普通の昔懐かしい喫茶店のナポリタン。

 

ここの提督が作る妙に完成度の高いホテル風のナポリタンや、鳳翔がたまに作っては毎回なぜかベチャッとした仕上がりになってしまう、おかん風のナポリタンとも違う。

 

ケチャップの旨味を残しつつ、まろやかに丸められたマイルドな出来上がり。

 

最初から甲など狙っていないが、乙な味。

 

「こういうのでいいんだよ、こういうので」

 

秋雲はスパゲッティナポリタンにセットでついてきたクリームソーダを飲みつつ、チャットでの新たな話題「秋雲合同・鹿島オンリー本」の製作計画にのめり込んでいった。



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曙と釣り船料理

鎮守府の目の前に広がる湾の先端、東の半島からゆっくりと日が昇ってくる。

淡い黄色に染まっていく空の下、穴を開けた灯油缶で焚き火をする「手あぶり」で暖をとりながら、F作業の準備にいそしむのは、阿武隈率いる第一水雷戦隊の面々。

 

第六駆逐隊の、暁、響、雷、電。

第十七駆逐隊の、浦風、谷風、磯風、浜風。

第二七駆逐隊の、白露、時雨。

 

そして提督(仕事はいいのか)と、秋刀魚漁からドハマリし、非番の日にもF作業(要するに釣り)に同行するようになった曙。

 

ほとんどの艦娘がいつものごとく、鎮守府で配っているエンジ色のジャージ姿とゴム長靴の上に、厚手のオレンジ蛍光色の防水防寒ブルゾンという実習スタイルだが、曙だけは本格的な釣りウェアに身を包んでいる。

 

一水戦の残り、初春たち第二一駆逐隊は朝食後、長距離練習航海と称して伊豆半島沖にアオリイカを釣りに行く予定だ。

 

 

ドルルゥルッと、低い不安定なエンジン音が響く。

 

この鎮守府が誇るレストア漁船「ぷかぷか丸」。

岸壁に係留されていたのを、阿武隈が操船してきて桟橋へと横付けした。

 

みんなでリレーして釣り道具や食糧、炊飯器を積み込み、焚き火の火に気をつけながら「手あぶり」を船に移して、全員船に乗り込む。

 

今日は朝食前から出船しマダラ釣りの予定だ。

 

穏やかな朝の潮風に吹かれながら、「ぷかぷか丸」が湾内をゆっくり進んでいく。

頭上には舞い飛ぶ海鳥の鳴き声。

 

そんな中で食べるおにぎりは最高だ。

定番の塩鮭と、ネギマヨをつけた唐揚げ、そして野沢菜を混ぜ込んだ俵にぎりの三種類。

 

包装は海に落としても汚染しないようにと竹皮を使っているが、エコばかりでなく見た目も美しく、天然の抗菌性と通気性にも優れるメリットがある。

 

おにぎりを食べ終えた頃、最初のポイントへ船が近づいてきた。

 

駆逐艦娘たちが釣竿の準備をはじめ、提督は操舵室に入って、まだ朝食をとっていない阿武隈に、おにぎりの包みを渡した。

 

「ありがとう」

「舵は浜風に見てもらうから、食べちゃいな」

「うん」

 

提督は船舶免許を持っていない上に、ひどい平衡感覚音痴なので操船はできない。

今も悪気や下心はないのだろうが、横揺れに倒れかけて、浜風の腰にしがみついている。

 

(駆逐艦より、軽巡の方が凌波性がいいんだから、あたしにつかまればいいのに……)

情けない提督の姿を見ながら、阿武隈は朝食のおにぎりを口に押し込んだ。

 

 

「零式水中聴音機に感あり。静粛航行にて接近します」

浜風が魚群を感知し、ポイントを決定してエンジンの回転を落とす。

 

珍しく提督が「戦果稼ぎ」をした時に本部から報酬でもらった装備だが、そもそも対潜攻撃に向かない大型艦用のソナーという使い所の難しい装備であり、普段は「ぷかぷか丸」の専用装備と化している。

 

シーアンカー(水中で開くパラシュートのような、イカリの一種)が落とされ、エンジンが切られる。

 

ポイントに到着し停船すると、それぞれ仕掛けを準備しながら待つ。

 

「目標海底、水深180メートル。潮流遅め、準備いいですかー?」

情報を伝達しつつ、船頭役の阿武隈が全員の準備を確認する。

 

「皆さーん、投下してくださーい!」

阿武隈の合図で一斉に仕掛けを海中に軽く投げ入れていく。

 

タイミングを外すと、他人の糸と絡まったり、せっかく食いに来ている魚を驚かせて逃がしてしまうおそれが増えるからだ。

 

今日のターゲットであるマダラは大型の冷水性魚で、通常は水深200メートル以上の深海に生息しているが、この時期は産卵のためにより浅い海底へと接岸してくる。

 

深海竿を使い、複数の針にサンマやサバ、イカなどのエサをつけ、オモリを海底に着底させて波に揺れる船の上下の浮き沈みに合わせて海底をオモリでトントンと叩きながら、エサをヒラヒラと揺らしてアタリを待つ。

 

提督は……軽い船酔いにおちいり、雷に膝枕されて「私がついてるじゃない」と介抱されている。

 

普段ならそんな姿を見れば「クソ提督、だらしないのよっ!」とか罵声を浴びせる曙だが、今はオモリを動かすのに熱中していて脇目もふらない。

 

単にボーッと待っていては、良い釣果は期待できない。

小魚にエサをとられていないか、海底の状態がどうなっているのか、鋭敏な感覚と想像力が必要となる。

 

アタリが来たら、すかさず糸を追加で送り出して海底を這わせながら、他のマダラにも別の針のエサを「追い食い」させるのがセオリーだが、すでに海底いっぱいまでオモリが沈下している状態での送り出しは海底の岩や障害物に引っかかる、根掛かりのリスクもある。

 

(なお、この鎮守府では海底にオモリを残してしまった際の環境への配慮から、鉛のオモリは使用せず、鉄のオモリを使用しています)

 

投げ入れと違い、引き上げのタイミングは各自の判断。

次の追い食いを狙うか、この一尾を確実に釣り上げるか。

 

 

「やったー! 白露、イッチバーン!」

真っ先にアタリが来たのは白露。

 

「むっ、これは大きい」

続けてアタリがきた響が、大物と判断して即座にリールを巻き上げる。

 

「はわわっ、こっちも……でももう少し待つのです」

「こっち側、群れが来てるわよ! 雷、雷のも引いてる! 早く戻って!」

 

「ボクのも食ったけど、これは……違う小さな魚かな? でも、とにかく送り出してみる」

 

「ぷかぷか丸」の左舷、第六駆逐隊と白露、時雨が竿をたらす側で次々とアタリが続く。

一方、第十七駆と曙のいる右舷には、なかなかアタリがこない。

 

だが、焦りは禁物。

この船の下に魚群がいることは確かなのだ。

 

「ほら来た」

曙の竿にもアタリがくるが、反応の小ささからメバル類だと判断する。

 

「当然、倍プッシュよ!」

曙はあくまでもマダラを狙い、続行を決定する。

 

「響ちゃんが、70Cm級のマダラをあげましたー!」

左舷から歓声とともに、阿武隈の声が届く。

 

と、曙のところに強烈な魚信がきた。

ガツンという腕をとられるような力強い引きは、マダラに違いない。

 

猛烈に抵抗するマダラを、リズミカルにリールを巻き上げて海面へと引きずり上げる。

 

「こっち、ギャフお願いしまーす」

「うん、いつでも上げていいよ」

 

曙は阿武隈に声をかけたつもりだったが、船酔いで青白い顔をした提督が、ヨロヨロしながらもギャフを持ってきてくれた。

 

ギャフとは、網で取り込めないような大型の魚などを引っかけて船上に上げるための、鉤爪のついた棒だ。

 

水面下に白い魚影が見え、さらにリールを巻き上げると、フッと重みが消え……。

ボンッと海面に浮き上がる、1メートル近い巨大なマダラ。

これぞ大物釣りの醍醐味。

 

「やったね、曙」

「どうよ、クソ提督っ♪」

提督がギャフで曙の釣ったマダラを引き上げる。

 

鋭い歯に気をつけて針を外したら、すぐさまエラにナイフを入れ、血抜きをして〆る。

そして海水氷を張ったイケスに入れれば、網漁で捕れて放置されたようなものより、ぐっと鮮度良く味が保たれる。

 

 

 

この日、昼近くに雲がかかり天候が傾いてくるまでポイントを変えながら数投した結果、大型のマダラが12尾と、中型マダラが10尾釣れた。

 

外道では、メバル類が48尾と、アイナメが17尾、カサゴが3尾。

 

釣り上げた総数では磯風がトップだったが、最大のマダラは曙が最初に上げた92Cmのものだった。

 

料理を始めたら途端に元気になった提督が、メバル類を簡単にさばいて煮つけを作ると、船上に良い匂いが広がった。

 

あっさりとしながらも、うっすら甘味がのったメバル類の白身に、はっきりした味付けの甘辛い汁がよく絡む。

 

釣りたてで身がぷりぷりのカサゴは、薄造りの刺身にしてポン酢でいただく。

 

あとはビンに入れて持参した、ふきのとうの味噌和えだけで、業務用2升炊きの炊飯器で炊いた米が、きれいに無くなってしまった。

 

海原の上で食べる陸の恵みも贅沢だ。

 

 

提督が食器などの後始末をしていると、そっと横に曙がやって来た。

 

「あの……それ、半分やるから貸しなさいよ」

「ありがとう、曙」

「……べ、別に構わないし」

 

 

暁のオモリが根掛かりし、どうしても取れずに切断したり。

浦風と谷風が互いの糸をからませて、俗にいう「おまつり」になったり。

色んなトラブルもあった。

 

釣れたマダラは、クセがなく、あっさりとした味わいが特徴。

夜は冷えそうだから、玉ねぎとジャガイモと合わせて、グラタンの具にするのが良さそうだ。

 

鳳翔さんの居酒屋では、白子ポン酢が出せるだろう。

 

今日の釣りについて、帰った後の夕食について……。

にぎやかな談笑を乗せながら、「ぷかぷか丸」は母港を目指していった。



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雲龍とウニ尽くし

2014年夏、深海棲艦の出現による大災厄から1年半。

 

深海棲艦の後を追うように発生して人類に味方を始めた妖精さんと、妖精さんの協力により顕現した艦娘の活躍により、ようやく生存圏の後退を押しとどめ、初期の混乱を脱した日本。

 

時の政府の圧力により、無謀な作戦が推し進められたのは記憶に新しい。

 

北方AL海域攻略という大規模陽動作戦を行いつつ、深海棲艦が潜む未知の異空間領域の真っただ中、MI海域に殴り込みをかけて大規模決戦を挑むという、AL/MI作戦である。

 

結果、作戦最終盤になり深海棲艦の別働隊が本土近海に来襲、作戦は中止となった。

暗号を解読し、鎮守府側の動きを読んでいた深海棲艦勢が、人類の裏をかいてきたのだ。

 

おかげで口うるさかった内閣は総辞職となり、庁扱いだった海軍は省に昇格し、本部も軍令部として権限が強化された。

 

あれ以来、海軍と各鎮守府の独立性がより高まり、鎮守府運営がやりやすくなったのは確かだが、そういう結果論がまかり通るのは、深海棲艦の別働隊の本土近海での迎撃に成功したおかげである。

 

そして、本土近海防衛戦の最大の功労者の一人が……ここの、のほほん鎮守府の提督だった。

 

 

当時、ほぼ全ての鎮守府は、AL/MI作戦に持てうる限りの戦力を投入しているか、まだ発展途上で未熟であり、本土近海に接近した深海棲艦の組織的大攻勢を跳ね返せる余力がなかった。

 

例外的に戦力を本土に残存させていたのは、AL/MI作戦に当初から反対し、断固としてボイコットを決め込んだ頑固な老“犬”提督の率いる舞鶴鎮守府と……。

 

本部のある東京への出張時に食べた生レバーからO-157に感染し、悶絶して作戦参加を放棄していた、食い意地の張った提督の鎮守府だけだった。

 

人類の灯火は、一匹の聡明な犬と、一人の食中毒患者によって守られたのだ。

 

軍令部への組織昇格作業に忙殺されながら、本部の幹部官僚たちは頭を抱えた。

 

海軍の功績を大々的に国民にアピールし、世論を背景に権限をより強化するため、どうしても「英雄」が必要だった。

 

しかし、妖精さんに選ばれた者とはいえ、犬の英断が日本を救ったなどと言うのは、いかがなものか。

 

そこで渋々、本当に渋々、軍令部総長は苦虫を1ダース噛み潰したような顔で、ベッドに横たわるマヌケな食中毒患者(公式発表では深海棲艦との近接戦による名誉の戦傷)の胸に、当時最高の勲章を授与した。

 

すぐに後悔したのか、数日後にはより高位の勲章を制定して、横須賀提督と呉提督に授与し、準国営放送や大手マスコミ、電○、博○堂の力を駆使して「日本の鎮守府の顔」として大々的に宣伝し、ここの居眠りする猫のようなマヌケ面提督のことは黒歴史化しようとしてきたが……。

 

 

ところで、ベロ毒素に苦しみながら点滴を受けていた提督自身は、深海棲艦の本土来襲について、おぼろげにしか覚えていない。

 

指揮を執った記憶は全然ない。

 

「提督は立派だった。悶え苦しみながらも、私に常に適確な指示を出し続けておられた。うん、私と提督は以心伝心、心が繋がっているからな。なに、言葉など不要だ」

 

目を泳がせながらそう言った長門が、代わりに全ての命令を出してくれていたのだ。

 

さらに長門は余力を使って、AL/MI海域で新たに発見されたという艦娘たち、春雨、時津風、磯風、早霜、清霜の捜索までしてくれていた。

 

あまりにも至れり尽くせりで、最後に雲龍を探し出すのに大変な苦労をしていなかったら、提督はその後も長門に任せっきりのダメ人間になっていたかもしれない。

 

(現在でもちょくちょく、長門に指揮を任せて遊び歩いているので、けっこうダメではあるが……)。

 

 

そんなことを考えながら、今日の秘書官である雲龍を見ていたら、その視線に気付いた雲龍が提督に近づいてきて、たわわな胸を押し当ててきた。

 

「何ですか? 色々してほしいの?」

 

艦隊内でも上位にくる豊満なバストの持ち主で、露出の多い服装の雲龍。

しかも性格が雲のようにつかみどころがなく、身構える間なく突然こういう意外な誘惑をしてくるので、提督もとっさの対応に困る。

 

「も、もう夕飯の時間だね、執務は終わりにしようか」

「そう……」

少し残念そうな表情を見せる雲龍をやんわりと押し放し、提督は立ち上がろうとして……。

 

「あ、ウニ!」

提督の食欲センサーがピコンと反応し、今一番食べたいものを告げていた。

 

 

終業と同時に食堂には寄らず、雲龍とともに鳳翔の居酒屋へとやって来る。

 

「あら、今日はお早いんですね」

仕込みを行っていた鳳翔が顔を上げる。

 

客の入りもまだで、カウンターには手伝いの目印のエプロンをつけた大鯨がいるだけだ。

 

「うん。ウニが食べたいんだけど、あるかな?」

「ちょうど、潜水艦の子たちがたくさん獲ってきてくれたんですよ」

大鯨が厨房の方を指すと、そこには網籠に大量の殻付きウニが並べられていた。

 

「こちらで少し待っていてくださいね。カワハギの細作りです」

鳳翔がお通しと日本酒を出してくれる。

 

細切りにしたカワハギの刺身の束に、醤油とワサビ、そしてカワハギの肝を和えた細作り。

「海のフォアグラ」とか「カワハギは肝から食べろ」などとも言われる珍味、肝の濃厚な味が淡白な刺身にからみついて口に入ってくる。

 

鳳翔が選んでくれた日本酒は少し冷やしてあり、おだやかな香りとまろやかな口当たりで、主張しすぎず飲み飽きしないものだった。

 

「まずはこれを、ヤリイカの松笠焼きです」

ウニと頼んだのに、鳳翔が出してきたのは、松の実のように包丁を入れて炙られたヤリイカの切り身。

 

不思議そうな顔をする雲龍に、提督は説明した。

 

「ヤリイカは味が淡白すぎるから、タレを塗って焼くことがあるんだ」

「はい、ウニをすり潰して、卵黄とお酒、みりんでのばしたタレを塗って炙りました」

 

淡くも炙られて甘味が増したヤリイカの土台に、濃厚なウニの香りと卵黄のコクがのっかる。

 

 

続けて、大鯨が小さな陶製の炭火コンロに金網をのせて出してくれた。

そこに鳳翔がのせてくれるのは、アワビの貝殻を器にした、たっぷりのウニの剥き身。

 

「焼けるまで、つなぎにタラの昆布締めをどうぞ。お酒も替えますね」

 

あっさりとしつつもコクがあるのに、さらに昆布の旨味を吸収し、味わいが増したタラの刺身。

合わせられた日本酒は、さらりと柔らかい口当たりに上品な甘味の、この地方の地酒。

 

「ウニは、生のものを海胆、手を加えたものを雲丹って書くんだよ」

提督がウンチクを披露する。

 

「さすが鳳翔さん。僕の食べたいのが雲丹の方だとすぐ分かってくれた」

「提督のことですから、雲龍の名前から雲丹を連想したんだと、すぐ分かりました」

 

鳳翔の指摘に苦笑しながらも、提督は焼きあがってきたウニを雲龍に取り分けてあげる。

 

「う……ん、美味しい」

それを口にした雲龍が顔をほころばせる、クセのない磯の香りと、凝縮された旨味。

 

雲龍が提督の左手に、そっと自分の左手を添える。

その薬指には、もちろん指輪の輝きが……。

 

「私も鳳翔さんのように、ずっと提督の隣にいますから。大丈夫です」

言いつつ、提督の左腕を自分の胸元の深い谷間に運ぶ雲龍。

 

「提督、続きを頂く前に、お風呂は?」

「あ、ああ……そうだね」

鳳翔の刺すような視線を感じつつ、提督が答えると……。

 

「今日“も”執務室の温泉に行きません?」

「……っ、ん!」

雲龍の言葉に、提督が思わずむせる。

 

建築妖精さんが作ってくれた、執務室に出現する温泉岩風呂。

混浴というか、2人用というか……。

 

「……どうぞ? 美味しいウニご飯を炊いてますけど、まだまだ時間がかかりますから。ゆっくり……温泉に入ってらしてください、ね?」

 

穏やかながら、重圧のかかる鳳翔の言葉に首をすくめながら、提督はちょっと前のクレジットカードのCMにあった、人生の選択のカードを思い出すのだった。

 

「開き直る」

「言い訳」

「逃げる」

「あきらめる」

 

どうする、提督?



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神風と豚汁

今回は町の人のセリフの方言を調べるのにすごく手こずり、時間がかかりました。
地元の方が見て、間違っている方言がありましたら、ご指摘くださると嬉しいです。


先日、ふとしたことから鎮守府のお母さんである鳳翔さんのご機嫌を損ねてしまった提督。

その噂は翌朝には鎮守府全体に広がっていた。

 

赤城には「別に鳳翔お母さんも私も、雲龍と温泉に入ったこと自体を怒ってるんじゃありません。鳳翔お母さんや私を温泉に誘ってくださったのは、いつが最後か思い出せますか? ケッコンしている艦娘の扱いに不公平があるのがいけないんです。大体、飛龍、蒼龍とも、ひんぱんに温泉に入ってるみたいですし、加賀さんとは石川まで温泉旅行に行ってカニを食べたとか……」と朝食後に正座で説教され、赤城にカニをご馳走する約束をさせられた。

 

鎮守府のお父さんである長門からは「理非はともかく、和を乱した罰だ」と噂を広めた青葉とともにゲンコツを喰らい、瑞鶴、瑞鳳、葛城には「このハレンチ提督!」と執務室を爆撃され、大井には「別に気にしてませんけど、ムシャクシャするんで一発いっときますね」と酸素魚雷型バットでお尻を叩かれた。

 

 

鎮守府を出た提督は、町の何でも屋キリショーこと霧雨商店の二階の住居部に逃げ込み、居間のコタツで読書にふけっていた。

 

奥の寝室のベッドでは腰を痛めている老主人が寝ていて、下の店舗の店番はバイトにきた鹿島がやっている。

 

「んで、浮気魔の提督は居場所がなくなって、涙目でここに来てるってわけさ。きひひー」

 

こちらもバイトに来ていた江風が、コタツで老婦人相手にお茶を飲みながら、わざわざ人聞き悪く事情を説明している。

 

「殿様もうざねへぇてしまたごど」

江風の話を聞いた老婦人の言った言葉は、方言で「殿様も難儀でしたね」という意味である。

 

提督は、商店街の人からは殿様と呼ばれている。

身長が高くて細身の見栄えのする体格に、穏やかな顔貌、おっとりとした性格、それなりの教養の高さ。

 

そして、この商店街で遊び歩いている間、居ても居なくても藩(鎮守府)が回るあたり、良い意味でバカ殿っぽい。

 

「あっぱさうんといるさ、むつけらがしたらおっかねなぁ」

ベッドから起き上がった老主人がボツリとつぶやくのは「嫁さんがたくさんいるから、機嫌を損ねたらおっかないな」という意味である。

 

「ごんけへぁでばりでなんにもでぎねぁだぐせに。こんかばねやみが」

 

すかさず老婦人が返した言葉は「威張ってばかりで、何もしてないくせに。この仮病者」という意味で、「かばねやみ」には「本当はできるのに病気などと理由をこじつけて何もしない怠け者」といったニュアンスがある。

 

老主人はわざとらしく腰をさすりながら、また布団をかぶってベッドの中に潜り込んでしまう。

だらしない夫にとって、嫁さんというものは、一人いるだけでも十分おっかないのだ。

 

 

「司令官、いるんでしょ?」

階段を上がってきた神風が、遠慮なく襖を開けて部屋に入ってくる。

 

「神風、どうしたんだい?」

「これを長門さんが。司令官がお世話になってるお礼に、キリショーさんに持って行けって」

 

キリショーは鎮守府とツーカーなので、提督の隠れ家はバレバレなのだ。

 

「永世秘書艦」の叢雲に言わせれば「叱られた子供がベソかいて庭の物置に隠れてんのと一緒よ。放っときなさい」ということだ。

 

神風が持ってきたのは、県内の養豚場から贈られてきた銘柄豚肉だった。

鎮守府には、この手の贈り物がよく届く。

 

 

年をとってそんなにたくさん豚は食べられないから、と断る霧雨商店の老夫婦を説得し、神風が特製の豚汁を作って、バイトを含めてみんなで食べることになった。

 

「おやじさん、後で倉庫からコーラとウーロン茶の箱もらってくから」

 

買い物に来たジャージ姿の天龍も、下の階で買った「ガ○ガリくん」をかじりながら、勝手に2階にあがってくる。

 

「さむがら、こだつさへぇたらば、ぬぐだまってけ」

「お、サンキュー」

 

老婦人にすすめられ、コタツに入ってテレビを見ながら「ガ○ガリくん」を食べる天龍。

キリショーは、イートイン空間まで完備しているのである。

 

 

「んじゃ、倉庫から箱もらって帰るから!」

天龍がコタツから立ち上がりつつ……。

 

「これ、昼飯の後で読めよな」

提督のふところに手紙をねじ込んて帰っていった。

 

 

江風が八百屋で買ってきた根菜やきのこをたっぷり入れて、神風特製の具だくさんな豚汁が完成した。

 

野菜を均一の厚さに切って火の通りを一定にすること、肉と豆腐は先にゴマ油で炒めて水気を飛ばし旨味を閉じ込めておくこと、細やかなアクとりをすることが美味しさの秘訣。

 

高原の清らかな水と空気の中、広々とした厩舎でストレスなく、植物性飼料のみを与えられ大切に育てられた、雑味のない豚肉。

 

上品な豚の脂と根菜ときのこのダシが溶けあい、合わせ味噌のコクとともに絶品の汁を作る。

 

麦を白米に混ぜた麦飯は、少量の塩としょうがの搾り汁を加えて炊いてある。

 

「司令官、ほら、あ~んして?」

「提督さん、おかわりは? 私、よそってきます」

 

神風と鹿島がやたらと提督の世話を焼いてきて、それを見た老婦人が同じように食べさせてあげようとしたら、「おしょすい(恥ずかしい)」と言って顔を赤くしていた老主人。

 

江風も元気な食べっぷりで、豚汁を3回もおかわりした。

 

楽しい食事を終え、「私がやりますから」という鹿島を制して、食器を台所に持っていく。

提督は流しの前で、天龍の入れた手紙を開いてみた。

 

「由良さんたちが鮎を釣ったそうです。今夜は鮎ご飯をお出しします。 鳳翔」

 

正妻の鳳翔さんから、夜までには帰って来なさい、というサインだ。

 

 

「おすずかに、おぎゃありらんせ」

老婦人に「気をつけて帰ってね」と見送られ、提督は神風と鎮守府に帰ることにした。

 

湾と山林に挟まれた漁師町の狭い道を歩いていると、色々なところで声をかけられる。

 

「けぇ(食べて)」

ホタテやワカメなどを、新聞紙に包んで渡されることもある。

その新聞紙のほとんどが、この県の地元新聞だ。

 

あまりにも地元密着すぎて、この鎮守府の出撃記録やケッコンさえ記事になっている。

摩耶、プリンツ・オイゲンとケッコンした際にも記事になり、近隣や県内からたくさんの祝電と贈り物が届いた。

 

鎮守府と隣の漁港を隔てている突堤では、深雪と敷波が釣りをやっていた。

近づいてクーラーボックスを覗き込むと、40Cmほどのカレイが5~6尾と、アイナメが入っている。

それなりに長い時間釣りをしていたようだ。

 

「お、司令官! 鳳翔さんのお怒りは解けたの?」

「一部の娘ばっかりひいきするから怒られるんだよ。ま、いいんだけどさ……ぅん」

 

さっき、「かがが、ごしょっぱらげたんやと?」と漁港の顔役であるベテラン船長に声をかけられた理由が分かった。

 

ここの「かが」は「加賀」ではなく「おかみさん」、「ごしょっぱらげた」は「腹を立てた」という意味だ。

情報源はこの子たちだろう。

 

「やがねるかがには、ちゃちゃど謝るしかねっぺよ」

(焼き餅焼いてるかみさんには、さっさと謝るしかないぞ)

 

含蓄ある人生の大先輩のお言葉を噛みしめながら、提督はつかの間の「家出」から、鎮守府に帰っていく。

 

「大丈夫よ、司令官。みんなに謝る時、付いててあげるから。私だって伊達に長く……あっ、長くない! 私、何にも長くないからね!」



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満潮と鶏チリ丼

薄い雲がゆっくりと流れていく春の青空に、カモメが漂う。

緑濃き姿を表わした湾を囲む丘陵地帯の山々の後ろには、まだ雪化粧が残る高い山峰がある。

 

今日の鎮守府は、「門」を越えて近海に出没したイ級駆逐艦の駆除に叢雲が出動した以外は、全て休業。

 

湾内のあちこちのポイント、鎮守府の防波堤、桟橋、隣の漁港とを隔てる突堤、湾に突き出した灯台、湾内に浮かぶ鎮守府のレストア漁船「ぷかぷか丸」や、チャーターした遊魚船。

様々な場所で艦娘たちが釣り糸を垂れ、釣り大会が行われていた。

 

「おーい、誰か河口まで2人乗ってけ。五十鈴がヒラメあげたってよ!」

天龍の軽トラが、離れたポイントへの送迎を行っている。

 

ジギング、という釣り方がある。

 

ジグという魚型の金属の疑似餌を使い、これを上手く動かして魚に針を喰わせる。

ジグの操作に必要なテクニックとスポーツ性、そして釣果の高さで近年人気になっている釣り方だ。

 

満潮は大潮とともに、軽トラの荷台にジギング竿とクーラーボックスをのせると、ジャンケンをした。

勝った大潮が助手席、負けた満潮は荷台に乗る。

 

この田舎の漁師町、軽トラの荷台に1人乗っていても止める警察官などいない。

都会の警察官だと、道交法に貨物看守のための荷台乗車の例外規定があるのを知らなかったりするが。

 

それに、湾奥の河口までは漁港を挟んで1Kmほどしか離れていない。

漁港をグルッと迂回して、湾に注ぐ川の河口へと出る。

 

河口の防潮堤前の砂浜で、五十鈴と名取とウォースパイトが竿を握っている。

投げ入れている方向や距離から、五十鈴は砂場のヒラメ狙いで、名取とウォースパイトは湾内の岩礁域に根付いているアイナメやクロソイを狙っているようだ。

 

 

「大潮もアゲアゲで参ります! いっきますよぉ~!」

大潮はカレイを狙っているのか、遠投でジグを深場へと投げ入れる。

 

「こっちは近場狙いなんだから、静かにしてよね」

満潮は五十鈴に習い、砂場のヒラメを狙うことにした。

 

ジギングもルアーフィッシングの一種。

狙う対象となる魚によって、適した大きさと形のジグを選び、その魚の興味を引く動きをさせなければならない。

 

といっても、ヒラメのジギング釣りは運の要素が大きく、ヒラメの頭上をジグが通過しないことにはほとんど喰ってくれず、ヒラメが興味を示すようなジグの動きというのは……。

 

「来たっ!」

アタリがあり、満潮はリールを回すが、表情はさえない。

 

「ああ……マゴチだわ」

 

マゴチはカサゴの仲間だが平べったく、ヒラメと同様に砂地に生息し、エビや小魚を捕食している。

白身の高級魚で味もいいから釣れて嬉しくないわけではないが、やはり「釣った」という実感はなく、どこか「邪魔された」という気がしてしまう。

 

マゴチを〆てクーラーボックスに入れたら、気を取り直してジギングを再開。

そういえば名取は最初、餌の虫に触れなかったり魚が〆られずに泣いていたが、今ではブリやタラの解体もできるぐらいに、立派な軽巡洋艦らしく(?)成長した。

 

姉の五十鈴は、ハイパーズを除くと軽巡洋艦初のケッコン艦娘で、防空から対潜、登山の引率から船頭まで駆逐艦を率いてくれる頼もしいリーダーだ。

 

「満潮ちゃん、水温が低いみたいだから、ジギングなら深場でカレイ狙いの方がいいかも……」

「うん、そうね。私もマハゼを餌にして1尾は釣れたけど、他はマゴチとスズキばっかり」

 

「分かった。昼までやってダメなら、カレイに切り替えるわ」

名取と五十鈴のアドバイスを受け、満潮もヒラメ釣りの断念を早々に検討し始める。

 

もともと夜行性で、冷たい水温下ではさらに活動が鈍るヒラメ。

疑似餌の動きだけで注意を引いて喰いつかせるジギング釣りには、環境が悪過ぎるかもしれない。

 

「そーれ、どっかーん!」

大潮が、マコガレイを釣り上げた。

マコガレイの他にも、マガレイにナメタガレイ、複数種を同時に狙えるカレイ釣りの方がいいか……。

 

「き、来てます、リールを巻いて、そこで竿を上げてっ!」

「Yes,I get it!」

初心者のウォースパイトには、名取が教えているようだ。

 

雑食のアイナメは貪欲にエサに喰いついてくるし、クロソイはメバル属の魚のうち沿岸に棲み体色が黒いもの(一番美味しいと言われている)のことで、他のメバル属の仲間も同時に複数狙えるので、面白いように釣れている。

 

 

湾内のあちこちにあるワカメの養殖棚には、数人乗りの小さな漁船が取り付き、刈り取りの作業をしている。

 

そちらの方から、水着姿の潜水艦娘、ゴーヤこと伊‐58と、ローちゃんこと呂‐500が泳いでやって来た。

 

「潜れない可哀想な水上艦に、ウニを恵んでやるでち」

 

ここの鎮守府の潜水艦娘たちは、養殖ワカメを食べて穴を開けてしまうウニやアワビを捕獲駆除し、お礼にそのウニやアワビをもらってくる。

 

「さっさと寄こしなさい。爆雷喰らわせるわよ」

「オリョールのリ級ごときにやられるようなオンボロ軽巡がすごんでも、まったく怖くないでち」

 

五十鈴とゴーヤは、いつも口喧嘩しながらもなぜか仲が良い。

 

「ローちゃん、後で釣りもしたいですって。はい」

「Tha……Thank You」

 

ローちゃんからウニをもらいながらも、少し身構えているウォースパイト。

Uボートへの苦手意識は、イギリス艦であるウォースパイトにとって、まだ完全に払拭できていないらしい。

 

 

先日、提督がプチ家出をした。

 

“稀によくある”ことなので、満潮などはまったく気にしないが、朝潮や潮などのように心配症の艦娘や、ウォースパイトなど鎮守府に来てまだ日が浅い新参の艦娘たちは不安がっていた。

 

2015年の夏、当時の大規模作戦、第二次SN作戦を終了させて疲れた提督が、フラッと京都の(はも)を食べたくなり、黙って鎮守府を出て旅に出たことがある。

 

あの時の鎮守府のパニック。

たった8時間後の提督の電話まで、艦娘たちは「捨てられたのではないか」と絶望に包まれた。

満潮も、ガラにもなく半ベソで裏山で遭難していないか、提督を探しに行ってしまった。

 

その時は提督も帰って来てから全員に大いに謝り、二度と黙って居なくならないと誓ったが……。

 

だから毎回、プチ家出などのトラブルがあった後には、もう心配はいらないよ、という証でこういったイベント事が開かれ、夜は宴会になるのが通例だ。

 

ご近所さんに平常運転をアピールする狙いもあるし、副産物として、普段は任務などで一緒にならない艦娘同士の新たな交流のきっかけにもなる。

 

(そういう気配りできるんだったら、最初っから面倒起こさなきゃいいのに。本当にバカな司令官……)

 

ゴーヤからもらったウニを割り、オレンジ色の鮮やかな身を指ですくう。

口いっぱいに広がる、磯の香りととろける濃厚な甘味。

 

「Oh! So,good!!」

「喜んでもらえて、ローちゃんも嬉しいって!」

 

ウォースパイトとローちゃんも、打ち解けてきている。

そういえば満潮自身も、いつの間にか第八駆逐隊の仲間以外とも普通に話したり遊んだりするようになっていた。

 

 

「みんなー、お昼ご飯持ってきたよー」

提督が軽自動車で、昼食を届けに来た。

 

「はい、満潮」

「どうも」

竿を収めてクーラーボックスに座っていると、プラスチックの丼を渡される。

中は鶏のチリソース丼。

 

「…………ありがと」

大潮に丼を渡しにいく提督の背中に、ギリギリ届く小さな声で感謝の言葉を伝える。

 

真っ赤なチリソースに、万能ねぎの緑が栄える鶏チリ丼。

 

下味と片栗粉をつけて焼かれた鶏胸肉は、柔らかくてジューシー。

 

鎮守府で主に仕入れている鶏は、県内の清流が流れる山里の村で、広葉樹の樹液と海藻粉末を加えた飼料で育てられている。

生臭さがなく、コクが強い良質の鶏肉だ。

 

豆板醤をベースにしたピリ辛のチリソースだが、舌に痛いというほどのことはなく、奥にケチャップと蜂蜜の甘味も感じられる。

 

ご飯によく合う味付けだ。

 

今日の提督は朝から、鳳翔さんとずっとみんなの昼食の仕込みを行っていた。

 

この分なら、本当にきちんと仲直りしたのだろう。

 

(まったく、心配かけるんじゃないわよ。でも……良かった)

 

大切な家族が元通りになったことを確認し、満潮は嬉しげな表情で鶏チリ丼を食べるのだった。



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那珂と石窯ピザ

「あっさりーしっじみーはーまぐーりさーん♪」

 

鎮守府の農地の一角、農具小屋の脇。

吹雪が珍妙な歌を歌いながら、貝殻をトンカチで叩いている。

 

深雪がハンマーで叩いて乾燥させた貝殻を砕き、その破片を吹雪がトンカチでさらに細かく割り、白雪と初雪がすりこぎですり潰していく。

 

ちなみに、叩いている貝はカキとホタテで、吹雪の歌詞の貝は使用していない。

 

「これを畑にまくの?」

吹雪たちの作業を見学していた那珂が質問する。

 

「はい、磯波ちゃんと浦波ちゃんが作ってる、にがりと10対1で混ぜて」

「私たちのジャガイモは酸性の土壌でも育つんですけど、那珂さんたちのネギは、土が中性に近くないといけないんです」

 

雨が多い日本では、土の中のカルシウムやマグネシウムが流失し、土が酸性に傾きやすい。

野菜が育ちやすい土壌濃度になるよう、こうしてアルカリ性の有機石灰を作り、中和させてやることも必要になってくる。

 

磯波と浦波が海水を煮詰めて作ってるにがりも、マグネシウムの補給になる。

 

「ごめんね、手伝ってもらっちゃって」

「いえ、気にしないでください」

「お礼は……間宮さんのアイスで」

「もうっ、初雪ちゃん!」

 

「いいよいいよ、アイスぐらい那珂ちゃんがおごっちゃう♪」

 

那珂の率いる第四水雷戦隊は、土起こし器という巨大フォークに持ち手がついたような農具を使って、土の掘り返しを行っている。

 

下の土が上になるように掘り返し、小石や雑草、木切れなどを拾い、水や空気、養分をしっかり蓄えられる粒状の土になるように砕いていく。

よく耕された土の層が深ければ深いほど、植物の根はよく伸びてくれる。

 

那珂は吹雪たちにお礼を言うと、農具小屋からポリタンクを取り出して畑へと向かった。

 

ポリタンクの中身は、宮ジイに作り方を教えてもらった、納豆菌の土壌改良液。

 

沸き水に、ミキサーにかけた納豆と、さとうきび糖、豆乳を加え、熱帯魚飼育用のミニヒーターとエアレーションで30℃の温度を保ち、菌を増殖させたものだ。

 

納豆菌が土中の悪い菌を殺し、有機酸や分解酵素、ビタミンB群や成長ホルモンに似た物質を分泌して、土の力をアップさせてくれる。

 

納豆菌はチーズの発酵に必要な菌とは相性が最悪なので、鎮守府の地下の倉でチーズ作りをしているイタリア艦娘たちからは「悪魔の水」と呼ばれ恐れられているが……。

 

他に、米のとぎ汁に牛乳、乳酸菌飲料を加えた、乳酸菌による消毒薬の作り方も宮ジイに教えてもらった。

あくまでも菌が由来の病気の予防にしかならないが、市販の農薬はほとんど使わずに植物を育てることが出来る。

 

良い農作物を作るには、まず良い土作りから。

20リットルのポリタンクの重みに耐えながら、那珂は懸命に納豆液を運んでいった。

 

 

農具小屋からパイプ椅子や折り畳みテーブルを引っ張り出して、食事の準備をする那珂たち。

 

初代は土の上に直接、簡単な木の骨組みを建ててポリカーボネートの波板を張っただけの、粗末で小さかった物置小屋。

 

鎮守府のDIY能力が上がるにつれて立て替えや改修をされてきて、バージョン3.5となる現在、コンクリの基礎に漆喰塗りの壁と板張りの床を張り、壁棚や明かり取りの窓までつけた、立派で大きなものとなっている。

 

そして、物置小屋の隣には、レンガと耐火モルタルで手作りした、ドーム型の石窯。

 

ピザ焼き用の窯も、ドラム缶を流用した初歩的なものに始まり、コンクリートブロックの上にレンガを四角形に積み上げて固めたものを経て、今では熱が対流するドーム天井のものでも大した苦もなく作れるようになった。

 

さらに鎮守府には、燃焼室と調理室が分かれた二重構造で、扉と煙突を備えたパン焼きにも使える石窯もある。

 

「那珂ちゃん、ピザ入れま~す!」

駆逐艦たちの歓声を浴びながら、朝から火入れしてよく温まった石窯に火かき棒でスペースを作り、打ち粉をした金属性のピールで窯の中にピザを入れる。

 

ピザはイタリア艦のザラが作ってくれ、愛宕が軽自動車で届けてくれた。

最初はザラ自身が出前しようとしたが、「悪魔の水」をまいていることを知り、納豆菌がつくことを嫌って愛宕に任せたらしい。

 

炉の床材には、蓄熱率の高いセラミックを使用していて、温度は500℃近くにまで達する。

1分もするとピザがフワッと膨らんでくる。

 

「は~い、おっ待たせ~♪」

 

ピールにのせてピザを取り出し、テーブルの木板へと移すと、萩風がピザカッターで切り分けてくれる。

 

モッツァレラチーズ、トマト、バジルの葉、イタリアントリコロールが美しいマルゲリータ。

 

「さあ、どんどん食べてねっ!」

 

那珂も、すぐに2枚目、3枚目を焼きにかかる。

窯からの熱気は相当なものだが、アイドルは笑顔を崩してはいけない。

 

菜の花とサルシッチャ(生ソーセージ)のビアンカ(トマトソースなし)。

4種類のチーズにハチミツをかけたコク深いクアトロフォルマッジ。

 

裏山から切り出してきた木で作った薪を追加しながら、額に汗してピザを焼き続け、4枚目にまたマルゲリータを焼いたところで、ようやく嵐と交代した。

 

切り分けられた熱々のピザをとると、ネットリとしたチーズの香りが鼻をつく。

口にすれば、あふれ出すトマトのさわやかな果肉が、チーズの旨味とバジルの苦味ととろけあう。

生地は薄く柔らかいが、ふちだけは太く盛り上がり、モチモチとした食感と小麦粉の風味をたっぷりと感じさせるのが、ザラの作るナポリ風ピザの特徴だ。

 

ローマが作ってくれると、生地はもっと薄くてサクサクのクリスピーなものになる。

 

 

ローマ風はもっと低温で焼くので、同時に焼けるようにピザ窯を艦娘寮の庭に増やす計画もある。

 

山城と足柄が、夏前には薪小屋を大きく建て直したいとか話をしていた。

洗濯物が乾くのが追いつかないと間宮が愚痴をこぼしていたので、テラス囲いの物干し場も増やさないといけないし。

 

農作業や釣りと並行して、鎮守府のDIYは今年も熱を帯びそうだった。



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阿賀野と牡蠣の燻製粥

その夜、鳳翔さんの居酒屋は賑やかだった。

 

「妙高姉さんと高雄に続いて、古鷹のケッコンにカンパーイ」

「カンパーイ!」

足柄の音頭で、乾杯する艦娘たち。

 

提督は姉妹艦を均等にレベリングする癖があり、特にザラとポーラを除く重巡洋艦娘の場合は全員が錬度98で横並びになっていた。

 

そのため、摩耶とプリンツ・オイゲンとケッコンして以来、ここのところ立て続けにケッコンが続いている。

 

「フルターカ、やったね! ザラからもお祝いさせて。おめでと♪」

「テイトクー、ポーラとザラ姉様のこともちゃんと一生養ってくださ~い」

 

「次は吾輩と筑摩の番なのじゃ」

「ちょっと待ってよ、そこはボクでしょ?」

 

「あの、提督さん、練習巡洋艦の育成計画はどうなってますか?」

「秋津洲も、もっと出撃させて欲しいかも!」

 

酒が入り、賑やかさが加速する。

 

「おうおう、今夜はお熱い夜戦かい?」

 

ドバシッ!

下品なセリフとともに、卑猥なハンドサインを作って古鷹と提督に絡もうとする隼鷹の頭を、横から飛鷹が手加減無しでブッ叩く。

 

「はい、皆さん。アイナメの煮つけですよ」

グリリッ

「あイタタタタタタッ!」

大皿料理を運んできた鳳翔が、ついでに隼鷹の足を踏んでいく。

 

 

喧騒から少し離れたテーブルでは、阿賀野型の四姉妹が料理をつついている。

 

「このカサゴの唐揚げ、美味しいっ」

「ぴゅー♪」

 

そこには、いい食べっぷりの長女と四女を、冷たい視線で見る次女と三女がいた。

 

「酒匂はいいけど……阿賀野姉、自分の置かれた立場が分かってるの?」

能代が重い声で問いかける。

 

「へ!?」

「分かってないみたいね。阿賀野姉も錬度98、もうすぐケッコンなのよ?」

やれやれと頭を振りながら、矢矧がさらに続ける。

 

「そうだよ、もうすぐ! その時は、みんなもいっぱいお祝いしてね!」

「ぴゃーあ!」

ヘラヘラ笑う阿賀野と、歓声をあげる酒匂。

 

「……球磨型から川内型まで、日本海軍には水雷戦隊旗艦として傑作といえる5500トン級軽巡がいました」

「え?」

 

「しかし、対米英戦が迫る中、すでに旧式化していた5500トン級軽巡に代わる、より大型で重武装、重装甲の水雷戦隊旗艦が求められ、私たち6650トン級の阿賀野型が生まれたのよ」

「ヒュゥ! やったぁ♪」

 

「それがどうかしたの?」

突然、自分たちの艦としてのルーツを語りだす妹達に、阿賀野がキョトンとする。

 

チッ、と舌打ちを一つし、矢矧はこの察しの悪い長女に対して、オブラートに包んで言うのを諦めた。

 

「その軽巡離れしたボディ、今からダイエットが間に合うのか、って聞いてるのよ」

 

「ダイエット? 阿賀野に、そんなの必要ないし。まだ慌てるような……」

「慌ててよ! そのお腹、どう見てもプニプニが育ってきてるでしょ、阿賀野姉!」

能代が、阿賀野のお腹をつまみにかかる。

 

「私も、長門さんと大和から真顔で、阿賀野姉が妊娠してるんなら特例でケッコンを早めるから急いで申告させろ、って言われたときは恥ずかしくて死にそうだったわよ」

 

「そんなこと言われてたの!?」

「ぴゃあ? 阿賀野お姉ちゃん、赤ちゃんできたの?」

阿賀野はスレンダーな酒匂から目をそらし……。

 

「さ、酒匂はともかく……能代や矢矧とは大して変わりは……ぅっ」

自分と、あらためて妹達の身体を見比べていた阿賀野の声が詰まる。

 

「どうして? 同型艦だし、食べてる量もそんなに変わらないのにっ!」

 

「阿賀野姉は非番の時はグータラして、私たちより圧倒的に動いてないでしょう」

「しかも、その間にポテチやバゴ○ーンを間食してるし」

 

「ともかく、ケッコン時に“デキ婚”だとか噂されたら、姉妹艦の縁を切るからね」

「それがいいわね、能代姉。能代型って呼び方、私も嫌いじゃないわ」

「えーと……酒匂は阿賀野型? 能代型? どっち?」

 

「能代、矢矧、酒匂、見捨てちゃイヤ~!」

 

 

朝の大食堂。

基本的にどの席に座るかは自由だが、朝一から出撃予定の艦隊のメンバーだけはミーティングを兼ねて、最前列のテーブルに集まることになっている。

 

阿賀野、三隈、秋月、サラトガ、隼鷹、藤波。

 

カレー洋で錬度上げと新入りの藤波の育成を行いつつ、空母や補給艦の撃沈ノルマを稼ごうという、ルーティンワーク的な出撃編成だ。

 

「阿賀野、今日の旗艦は、藤波ちゃんに譲ろうと思います」

旗艦を任されていた阿賀野が、いきなり告げる。

 

「え!? 待ってください、藤波、まだ改になったばっかりで……」

 

「もちろん、旗艦の仕事を体験してもらうためで、実質的な指揮や撤退の判断、サポートはするから。お願い、助けると思って! くまりんこもOKだよね?」

 

ダイエット成功までケッコンを保留しようと、錬度評価の計算が1.5倍になってしまう旗艦を避けたい阿賀野は必死だ。

 

「三隈は別に構いませんけど……サラトガさんと、隼鷹さんはどう思います?」

「Practice makes perfect.(習うより慣れろ)。サラもGood ideaだと思います」

「あー……気持ち悪ぃ……何でもいいよ」

 

「秋月ちゃんもいいよね?」

「はい。藤波、防空は秋月に任せてください」

「あ、ありがとう……」

 

 

朝食は、 牡蠣(かき ) 燻製粥(くんせいがゆ )を中心とした中華セット。

 

炒めて水気を飛ばしてから 燻し(いぶし )、さらにオイル漬けにして熟成させた牡蠣の燻製。

凝縮した旨味と燻煙が香ばしい牡蠣の濃厚さに負けない、鶏と干し貝柱でダシをとった深い味の染み渡っている米粥。

 

おかずは、青梗菜の炒め物と、大根の中華風漬物。

 

「あれ、阿賀野さん、もやしの卵炒めとシュウマイは?」

「いいの、阿賀野はこれだけでいいの。何なら、秋月ちゃんが食べて。ピーナッツゼリーは藤波ちゃんにあげるね!」

 

雨が降った翌日には、まだ肌寒さが残る朝。

じんわりと身体を温める、クリーミーな熱いお粥。

 

味の詰まった燻製牡蠣と、青梗菜そのものの味が生かされた薄味の炒め物、ピリ辛でポリポリの食感の漬け物。

量を減らす分、一口ずつしっかりと味わいながら……。

 

(ちょっとだけ待っててね、提督さん。阿賀野の洗練された体……今度はゼッタイ本領発揮しちゃうからね)



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榛名と綿飴

この鎮守府がある県には、百貨店が2軒ある。

もちろん、天下の三○とは何の関係もない地元ローカル系だ。

 

だから、本部が「三○コラボ」なんてやっていても、ここの鎮守府は平常運転だ。

とはいえ、ここの鎮守府だって辺境にあるだけで、外界と隔絶していたり社交性が皆無なわけではない。

 

地域交流として、県内で行われる「 互市(たがいち )」に露店を出していた。

 

互市とは、もとは村々の物々交換の場であったという、この地方の各地で江戸時代から続く伝統ある露店市だ。

近隣の市でも春と秋に3日間ずつ、駅前の大通りを歩行者天国にして開かれる。

 

主に取引されるのは、花や植木、苗などの園芸品に、木工品、竹細工、金物などの日用品。

人出と観光客を目当てにした食べ物の屋台も出る。

 

この鎮守府では毎回、間宮の羊羹と海軍土産を出品して好評を得ていた。

 

 

艦娘寮のロビーの奥、囲炉裏がある小座敷。

近日に迫った互市の打ち合わせのため、提督は実行委員役の艦娘たちと打ち合わせを行っていた。

 

「保健所には明日、営業許可書を受け取りに行ってきます」

まず、鳥海が一番の目玉である間宮羊羹の販売に必要な、営業許可書について確認する。

 

例え短期のイベントでの出店だろうと、第三者に飲食物を提供するには、食品営業に関する許可や模擬店開設の届出が必要になる場合がある。

 

この鎮守府ができた最初の年、町内の秋祭りの屋台でカレーを無許可(厳密には無届)で振る舞ってしまい、保健所から注意を受けた。

 

以来、鳥海が許可申請や届出の仕組みについて勉強し、毎回しっかり書類の手配をしてくれるようになった。

 

ちなみに、海軍の本部に提出する書類は、提督自らが由緒正しい金釘流の達筆で書いているが、県内の役所への書類は全て艦娘に任せている。(金釘流とは、世界で最も盛んな書道の流派である。※アンサイクロペディアより)

 

「羊羹のシールは、初風と天津風が貼ってくれています。スプーンのシール貼りは、浦風と浜風が」

神通が、商品の準備について説明する。

 

羊羹には食品表示法により、原材料や製造者、賞味期限を記したシールを貼らなければならない。

最中やクッキー、せいべい、ジャム、厚揚げ、かまぼこ、鎮守府名物として売ってみたいものは多いが、これが面倒なので食品は羊羹にしぼっている。

 

 

海軍土産のカレースプーン。

金属加工の街、新潟県燕市の食器メーカーに注文した、柄に海軍のシンボルである桜錨の刻印が入ったものだ。

 

手にしっくりくる柄の太さ、カレーをすくいやすい先端の緩やかなカーブ、唇への当たりのよい滑らかな皿の浅さ、それでいてあくまでも自然なフォルムを……こだわって、散々わがままを重ねて作ってもらった、自慢のカレースプーンである。

 

厚紙の箱に入って納品されてくるスプーンに、一箱ずつ鎮守府の写真と桜錨のマークが入ったシールを貼っていく。

 

写真は、立派なレンガ造りの呉鎮守府のものを使わせてもらっているので、やや誇大広告なのだが、元は漁協の事務所でしかなかった、ここの鎮守府の写真などはショボすぎて使えないし……。

 

「さて、初日の露店の設営だけど、悪いけど榛名に手伝ってもらうよ」

提督が初日の売り子役の榛名に、設営状態の予定イラストを出して説明する。

 

「はい、榛名にお任せください!」

 

 

当日の朝、提督は軽トラで榛名と互市が開かれる街にやってきた。

人口が10万人を超える市の中心だけあって、鎮守府のある小さな町とは比べ物にならない店と車の多さに、榛名が「わぁ」と小さく歓声をあげる。

 

駐車場に軽トラを入れ、地図と見比べて露店の設置場所を確認する。

 

「あの電柱の横だね。まずはテントを張ろうか」

全身ユ○クロの提督が、軍手をはめながら言う。

 

「榛名、全力で参ります!」

 

榛名も動きやすいジーンズにスニーカー、白のパーカーの上に、鎮守府名が入った黄色い蛍光色のウィンドブレーカーという格好で、軍手をはめる。

 

「すまないねぇ。都会の榛名たちは、お洒落な格好でデパートのイベントに参加してるみたいなのに……」

「いいえ、提督とこうして一日ご一緒できるだけで、榛名感激です!」

 

鎮守府の名前が入った、イベント用の青いワンタッチテント。

榛名のように気合いを入れなくても、すでに天幕がついた軽量骨組みの脚を2人で両側に引っ張るだけで、自然と展開される仕組みだ。

 

後は天幕のたるみをとり、天幕から出ている紐を骨組みに縛り付け、重しを付けるだけだ。

 

「榛名、重しをつけてくれるかい。無理せず、1つずつでいいから」

Uの字状の穴が開いた円盤型の15Kgの重しを、テントの各脚に差して取り付ければ、転倒防止となる。

 

提督は、その間にテント内に商品の入ったダンボール箱を運び込み、パイプテーブルと、パイプ椅子2つを広げた。

 

「重し、全部取り付けました」

「それじゃ、次はテーブルクロスを」

 

前の目隠しの部分に、白い碇のマークが入った水色のテーブルクロスをしき、小さな日章旗と、軍艦の方の榛名の写真を飾る。

 

商品を並べてキリのいい値段をつけた値札を置き、手提げ金庫をセットし、釣り銭を補充する。

 

こうして手馴れているのも、県の産業会館に時々何かを売りに行く秋雲が、セッティングのノウハウを指導してくれた賜物だ。

 

「そうだ、お隣の店に挨拶しておかないと」

これも秋雲から徹底するように注意されている。

 

提督は、隣で竹細工の露店を広げるおじいさんに挨拶に行き……。

後で米研ぎザルと、竹しゃもじを何本か買うことに決めた。

 

 

互市の来訪者は年配の人が多い(もともと県の高齢化率が3割を超えているが……)。

 

人出は多いが、スポーツイベントやお祭りの時のような熱気はなく、食べ物の屋台の客呼びも控えめで、独特の牧歌的な雰囲気が漂う。

 

間宮羊羹の評判は知れ渡っているし、カレースプーンの食べやすさも口コミで広がっているので、鎮守府の露店にもお客さんは多いが、人が押し寄せるようなことはなく、ぽつりぽつりとお客さんが来ては淡々と売れていく感じだ。

 

だが、一つ一つの買い物の交流は浅くない。

 

世間話もあれば、榛名が「めんこい」と誉められたり、果物や野菜の差し入れをもらうこともある。

 

提督より年上だろう「孫」に車椅子で押されて来て、手も震え気味なのに、見事にモールス信号で挨拶をしてくれる旧海軍のおじいちゃんもいる。

 

買い物の方でも、提督はさらに、小座敷の囲炉裏のすす払いに丁度いい 長箒(ながぼうき )と、離れの縁側の日よけにできそうなよしずを見つけた。

 

周りのお店を見に行った榛名も、薄紅の花が咲くという桜草の植木鉢を買ってきたのと……。

 

「提督、榛名……わがままを言ってもいいですか?」

 

榛名が提督におねだりしたのは、綿飴。

 

「秋祭りの時、駆逐艦の子たちが買ってもらうのを見て、本当はうらやましかったんです」

「綿飴ぐらい、お安いご用さ」

 

提督が露店で買ってきた綿飴を、とても嬉しそうにかじる榛名。

雲のようにフワッとした綿飴が、甘味と香りを残して舌の上でジワッと溶ける。

 

榛名の微笑ましい様子に、提督も笑顔になる。

 

「提督、榛名はとってもとっても幸せです!」



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北上と露店のたこ焼き

ここの鎮守府も参加している、この地域独特の露天市、互市(たがいち)

その2日目の売り子役は、北上だった。

 

「本当だって、おばちゃん。このスプーンすごく食べやすくて、これでカレー食べると美味しいからさあ。あ、買ってくれる? ありがとね」

 

年上相手にも気さくな北上は、けっこう売り子に向いていた。

 

「おじいちゃん、北上様とかって拝むのはやめてよぉ」

 

この県内には北上の名前の由来となった北上川が流れている。

流域の穀倉地帯を潤して豊かな恵みを与えつつ、時には水害や水不足で人々を苦しめてきたその大河は、この地の生活や歴史と切り離せない存在となっている。

 

その縁で北上は地元民からの知名度というか親密度が高く、ここの北上が大規模作戦で活躍すると、地元新聞の一面は、広島カープが勝った翌日の中国新聞のような状態になるし、地元のテレビやラジオにも何度も呼ばれている(那珂ちゃんェ……)。

 

年配者が多く、賑やかながらも、のんびりした雰囲気が漂う、細い大通りを歩行者天国にして行われている、こじんまりとした市場。

 

無地の白いセーターの上に袢纏(はんてん)を羽織った北上は、ゆるく接客しながら妙に地元に馴染んでいる。

 

「え、これくれるの? まいったなぁ。ありがと、おじちゃん」

 

大葉の苗木とか、山菜、干物、昆布茶、ほろほろ漬けなど、渋い物をプレゼントされることが多い。

 

「おじいちゃーん……まあ…これは……そう、まあ…そうねぇ……」

木工職人の老人から、手作りの贈り物を渡されて困惑する北上。

 

市内の山に鎮座する子宝祈願で有名な神社の、男根を模した御神体をかたどった、木彫りのお守りだ。

 

「あんちゃんこ、いっつもかっつも夜よっだぐれておったら、おぼっこさなさねぇぞ」

 

提督も老人に「いつも夜酔っ払ってばかりいたら、赤ちゃんはできないぞ」と、「アッ、ハイ」としか答えようのないお叱りを受ける。

 

 

そういう御神体を祀る神社や、子授け信仰を集めている道祖神が県内には多数ある。

 

ケッコン記事が出た後などたまに、普通の子宝・安産のお守りに混じって、キーホルダー化された指先ぐらいの小さなものから、身長を超えるような立派なものまで、鎮守府に贈られてくることがある。

 

今回のは、こけしサイズなだけ置き場所に困らないで助かる……御神体ということで、無碍にも捨てられないし。

 

 

「でもねぇ……私、母親とか絶対向いてないじゃん? こういうのはさ、昨日の榛名とか、明日来る千歳が貰えばいいんだよ」

 

老人が去った後、指でつんつん、と“お守り”をつつく北上。

 

「そうかなぁ。駆逐艦からも大人気だし、意外といいお母さんになるかも」

「えー、駆逐艦ウザイ……ってか、提督は私に子供産んで欲しいわけ?」

 

「え!?」

いきなり直球な質問をされ、提督が返答に詰まる。

 

「…………」

「…………」

いきなり訪れる沈黙。

 

「あ、あー、困ってやんの♪」

北上も自分の質問を後悔したのか、笑いながら茶化して幕引きを図る。

 

「…………」

「…………」

再びの沈黙。

 

「何か買ってこようか」

恥ずかしくて間が持たないので、提督は食べ物の露店を回りに行った。

 

 

大井がいたなら「そういうヘタレな所がダメなのよ!」と激怒すること間違いなしだが、とりあえず提督が、たこ焼きを1パック買って戻る。

 

「いいねぇ、しびれるねえ! ありがとね♪」

透明なプラスチックに入った、ソースにマヨネーズ、かつおぶし、青のりのかかった、何の変哲もない露店のたこ焼きだが、北上は喜んでくれる。

 

「はふはぅ……あつっ」

外はそれなりにカリッと、中は少しトロリ。

 

良くも悪くも期待を裏切らない平凡な味だが、さすが漁師も訪れる市だけあってタコはしっかり一個に一つ入っていて、味が濃い。

 

何より、熱々を外で食べるソース味のたこ焼きは、何だか胸がワクワクする。

 

「ほれ、提督も。あーん……」

北上が不意に、たこ焼きを刺した串を提督の方に向けてくる。

 

「……って、提督ぅ、照れないでよぉ。こっちも……照れる、じゃん? それに、お客さんも遠慮して待ってるよ?」

 

周囲からの生温かい視線を感じながらも、照れを振り払い、たこ焼きを食べさせてもらう。

 

「熱っ……つ」

ポイと提督の口にたこ焼きを放り込むと、北上は待っていたお客さんの接客に戻る。

 

「はーい、お待たせ、間宮羊羹2本ね? うーん、晴れて良かったよねぇ」

 

 

日が傾いて市が終わる時間となり、片づけをする提督と北上。

 

「提督と会って、もうすぐ4年なんだねぇ」

北上がボツリと言った。

 

「うん、そうだね。長かったような、あっという間だったような」

 

「ほらさ、私って……鳳翔さんみたいな落ち着きとか、榛名とか翔鶴みたいな可愛げとか……あと、千歳や鹿島みたいなお色気もないじゃん?」

 

貰い物をダンボール箱に仕舞いながら、北上が続ける。

 

「でも、一応は私も嫁として、提督の……」

 

ちょうどそこで、老人に貰った“お守り”を手にしていた北上。

 

「あっ! いや、今のナシ! てか、もう、そういう話じゃなくってさぁ!」

 

赤面し、慌てて“お守り”をダンボールの奥に乱暴に投げ込む。

 

「うっ」

御神体をかたどったものだから罰当たりとか以前に、形が“アレ”なので、箱の奥でゴンッとか音を立てられると、男である提督は思わず身がすくんでしまう。

 

そんな提督をよそに、北上はさっさと残りの貰い物を詰め込み、ダンボール箱を持って軽トラへと歩き出した。

 

残った商品を仕舞いこんだ提督も、急いで北上の後を追う。

 

「戦艦や空母みたいなことはできなくてもね……」

軽トラの直前で提督が追いつくと、待っていたように北上が言葉を再開した。

 

「戦艦水鬼でも空母水鬼でも夜戦でやっつけちゃうしさ!」

 

北上はそう言うと、ダンボール箱を軽トラの荷台に押し込み、“由緒正しき雷巡のポーズ”を決める。

 

「提督が困ったら……ね、いつでもスーパー北上様を呼んでよ。多分、何とかしたげるから」

 

笑いながら立ち上がり、軽トラの助手席に乗り込む北上。

提督も運転席に座り、左の助手席の北上を見ると……。

 

露店のパイプ椅子に座っていたときと並び位置が変わったことで、北上の唇のすぐ右に、ソースがついているのを見つけた。

 

「んぉー? 何ぃ~? 提督…………」

 

提督と北上の顔が重なる。

甘辛いソースの味がするキス。

 

「……っ、もう何なのさぁ……いいけどさぁ」



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比叡と焼きそば

提督が互市(たがいち)に、北上と露店を出していた頃。

 

鎮守府の艦娘寮では戦艦組によって、露天風呂作りの計画が行われていた。

大部屋に集まった艦娘たちが、思い思いの理想の露天風呂のデザインを描いている。

 

「提督と入る温泉を考えさせられるなんて……はぁ、不幸だわ……うふふ、ふふふふ……」

 

不幸だ、不幸だ、と連呼しながら、妙なニタニタ笑いを浮かべてコタツの上のデザイン画にペンを走らせる山城。

 

「不幸だわ……ここをこうすれば……ふふっ」

 

招聘された特注家具職人さんがコタツによじ登り、山城を不気味がりながらも図を確認して……。

 

「あら? 家具職人さん、どうしたの?」

激しくかぶりを振る特注家具職人さんに、隣の扶桑が尋ねる。

 

特注家具職人さんが扶桑に向けて必死に腕をバタバタさせ「倒れる! 倒れる!」とアピールする。

 

山城のデザイン、それは自身が艦だった時の大改装後の艦橋のように、前のめりに傾斜した14層の巨塔がそびえ建っているものだった。

 

扶桑のようにジェンガじゃないだけマシだが……こんな塔の上の露天風呂、怖くて誰も入りたくない。

 

「却下だ! 誰がピサの斜塔を建てろと言った!」

「ひどいこと言うのね……不幸だわ」

見回りに来た責任者の長門に叱られ、不幸アピール全開になる山城。

 

「ふふ……どうかな?」

自信満々に自分のデザイン画を披露する伊勢。

 

「まあ……悪くないな」

「伊勢、日向には負けたくないの……」

まんざらでもない顔をする日向と、対抗心を燃やして鬱陶しい嫉妬のオーラを振りまく扶桑。

 

扶桑の肩では、特注家具職人さんが、腕を大きくバッテンさせている。

 

「どれどれ?」

長門も、伊勢のデザインに目を通し……。

 

「却下だっ! お前、寮を押し潰す気か!」

 

すでに四階建てに達している木造の寮。

その屋根の半分が、伊勢型の航空甲板のような形の屋上にされており、そこに広がる大パノラマ風呂。

 

「これならロクマルも積め……」

「積むな!」

 

「批判はダメよ、長門、特注家具職人さん。自由奔放に考えてもらって、たくさんのアイデアを出すためにやってるんだから」

陸奥が長門と特注家具職人さんをたしなめる。

 

自由に制限なく沢山のアイデアを集めることで、発想の連鎖を生み出し発展させていく、ブレインストーミングという手法だ。

アイデア出しの最中には、自由な発想を阻むような批判や結論付けをしないのがルールの一つだ。

 

「む、そうだったな……すまん、山城、伊勢」

長門と特注家具職人さんが頭を下げる。

 

「ところで長門のは?」

長門が描いていたデザイン画を覗く陸奥。

 

「これは……温泉が妖怪の群れに襲撃されてるの?」

「何を言う! 壁一面に動物が描かれてるのが分からないのか?」

長門に絵心が無さすぎて、まったく分からなかった。

 

 

「比叡お姉さま、それは樽のお風呂ですか?」

金剛四姉妹もコタツを囲んでいたが、比叡のデザインが気になった霧島が声をかける。

 

「そうよ、霧島。提督と熱海鎮守府に出張に行ったとき、泊まったホテルの部屋に檜の樽の露天風呂が付いてて……」

 

「ヘーイ、比叡? その話、初耳デース!」

「比叡お姉さま、詳しく! 榛名にも詳しくお聞かせくださいっ!」

血相を変えた金剛と榛名が、比叡に詰め寄る。

 

「ご飯は? その時は2人だけで何を食べたんですか!?」

「ひえー!」

突然沸いて出た赤城が比叡の腕をがっちり掴み、比叡が悲鳴を上げる。

 

今回、こういう不公平への不満を和らげるために、数人一緒に提督と入れる家族用の露天風呂を新たに作ろうという計画が持ち上がったのだ。

 

 

昼食は休日で大食堂がやっていないので、比叡による手作り。

 

使うのは3食パックのチルド焼きそばの大定番「○ルちゃん焼そば」だ(カップ焼きそばの「焼そばバゴ○ーン」も含めて、○ルちゃんの焼きそば商品は「やきそば○当」を除いて全て「焼そば」と表記されている)。

 

比叡は独自のアレンジを加えて酷い味の料理を作ることに定評があるが、「○ルちゃん焼そば」だけは失敗しない。

 

比叡に余計な手出しをさせないほど完成度の高い、王者の貫録を持つ、粉末のソースの素。

 

具は、豚のコマ切れ肉と、もやし、ザク切りキャベツのみ。

かんすいが多く使われた黄色っぽいチルド麺は、もちもちとした独特の食感。

甘じょっぱい、濃い味付けで香りの強い粉末ソースが、野菜から出た水気を吸って溶けながら麺とよく絡む。

 

 

焼きそばを食べながら、露天風呂のイメージをまとめていく。

 

「山城や伊勢の天空の露天風呂ってアイデアはいいわね」

焼きそばをすすりながら、陸奥が言う。

 

「ここなど、どうだろう?」

日向が、寮と裏山の地形図の一点を指す。

 

もともと旅館だった艦娘寮は、津波の被害を多く受けてきたこの地方の知恵として、港より一段高い山裾に建てられていた。

 

だから本館の1階でも、海抜からの換算ではマンション5階分ほどの高さがある。

さらに大食堂がある別館は、軍艦の背負式砲塔のように、裏手のより高い高台に建てられていて、別館の1階は本館の3階と同じ高さだ。

 

その別館の2~3階の部分と同じ高さの斜面に、家が一軒建つぐらいの平地がある。

海抜からの換算では8~9階ほどの高さにも相当するから、眺めもバッチリだ。

 

「別館の2階から渡り廊下をかけて、ここに階段を作れそうですか?」

 

霧島が特注家具職人さんに尋ねると、チッチッチッと家具職人さんが否定し、ペンを持って白紙の上を走り回り、スケッチを描き始めた。

 

別館の2階から、稜線に沿って緩やかに登っていく屋根付きの渡り廊下の先には、本館と造りを似せた古民家風の休憩所と、樹木や庭石が配された坪庭。

木々の中には、4本の柱に支えられた切妻屋根があり、そこに檜の大樽風呂。

 

休憩所の中には、8畳の和室にトイレ、板敷きの脱衣所と小さな内風呂、温泉を汲み上げるポンプと、お湯を温め直すボイラーが置かれている。

 

「胸が熱くなるな」

「帰ってきたら提督、ビックリしちゃうかな?」

「機械のことは、明石と夕張も呼んで相談しましょうか」

 

俄然、具体的になってきた露天風呂計画。

提督不在のまま、実行まで秒読みとなっていくのだった。



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那珂とニシンの塩焼き

いったん落ち込んでいた気温が戻り、春の気配が色濃くなってきた昼下がり。

 

今日は那珂の率いる第四水雷戦隊による、長ネギの種まきの日。

と言っても、畑に来ているわけではない。

 

春の大規模作戦に備えて備蓄に入っているとはいえ、まだまだ空きに余裕のある、元は水産物の冷凍倉庫だった資源倉庫の中。

 

セルトレイという、格子状に穴が連なっている樹脂製の容器に種をまく。

発芽するまでは日陰で土の乾燥を避けながら、発芽してから苗として十分な草丈になるまでは日に当てつつも雨が降ったら屋内に退避させながら育てるのだ。

 

セルトレイの穴に、二水戦からもらった元肥え入りの腐葉土を入れ、指先で各穴をつつき、まき穴を作る。

各まき穴に種を2~3粒まき、湿った腐葉土でおおい、表面を手で軽く押さえて平らにする。

 

まずは那珂が見本として、朝雲と山雲、手伝いに来てくれた秋月とともに、1つ目のセルトレイの種まきを行った。

 

今回用意したセルトレイは、10×20の200穴のもの。

これを20トレイ用意し、10トレイずつ別の種をまく。

 

品種は宮ジイのすすめにより、病気に強いというホワイトタイガーと、折れにくく育てやすいという夏扇3号という、メジャーで初心者向けなものを選んだ。

 

18トレイ分、3600本の苗を植え付け予定で、2トレイ分は予備としている。

 

「丈夫に育ちますように」と願いながら、タネをまいては腐葉土で覆っていく。

 

「あー、そんな一穴ずつやってたんじゃ時間かかるにゃ」

ところが、作業を見に来ていた多摩が口を挟む。

 

ツンツンツンツンッと、手首にスナップを効かせてセルを連続で突っつき、まき穴をどんどん開けていく。

 

「全部穴を空けてから端から種をまいてって、一気に土をかぶせれば早いにゃ。土をならす時は、上から空っぽのセルトレイで押すと簡単にゃ」

「う、うん。ありがとう、多摩ちゃん」

 

「ネギはまだまだ収穫まで先が長いから、気負いすぎず頑張るにゃ」

そう忠告すると、猫のように大きくのびをしながら、倉庫を出て行く多摩。

 

「多摩さんて、たまに貫禄がすごいよな……」

嵐がボツリとつぶやく。

 

 

その後の種まきはスムーズに進んだ。

 

多摩に教えられたように、どんどんまき穴を作っていく駆逐艦娘たち。

腐葉土の入ったフワフワの土をつつくと、感触が何だか気持ちいいのでクセになる。

 

「あっ、4粒入った……1粒取らなきゃ」

「のわっち、神経質すぎ」

「おらおら、早くまき終わらないと土かぶせちゃうぞぉ」

「もうっ、嵐はふざけないの!」

 

「ふふ、元気にやってますね。美味しいネギ、期待してますよ」

第四駆逐隊の野分、舞風、嵐、萩風が種をまいているのを、赤城が覗き込んだ。

 

「赤城さん! と、あれ? 満潮も見に来たの?」

赤城に抱きついた舞風が、その後ろにいる満潮に気付いて声をかける。

 

「これから赤城さんと出撃だけど、まだ時間あるから……ちょっと、様子見てこうかって」

モジモジと小声で言う満潮。

 

「満潮姉さ~ん♪」

「うもぅ、心配して見に来なくてもいいのに」

「だ、誰も心配なんかしてないわよっ!」

妹の朝雲と山雲に見つかり、声を荒げる満潮だった。

 

 

「きらりーん☆ 阿賀野、南方海域より戻りましたっ!」

 

赤城たちと入れ替わりで倉庫に現れたのは阿賀野。

小破しているらしく、艤装や服が所々痛んでいて、入渠待ちらしい。

 

「那珂ちゃん、畑仕事手伝うから阿賀野にも、絶対絶対に声かけてね」

「え、あ、うん……ありが……、ありがとーー♪」

突然、阿賀野に手をつかまれて真剣に言われ、思わず素になりかける那珂ちゃん。

 

「あのね、少し……すこぉ~しダイエットするまで、ケッコンは待ってて欲しかったんだけどぉ。提督ったら待ちきれないみたいで、今日も旗艦にされちゃった♪」

阿賀野がクネクネしながら惚気るが……。

 

(あー、南方の水上打撃部隊任務、本部の指示で軽巡1が必須だし、潜水艦が出るもんね……)

那珂は冷静に思う。

 

ここの提督は装備の変更指示を面倒がってあまりしないので、一度対潜装備を付けられた軽巡はしばらく対潜任務にばかり駆り出されるのは、よくあることである。

 

「提督のために早くダイエット成功させなきゃ♪ 畑も呼ばれたらバンバン働くから、阿賀野に期待しててね! えへへっ」

「きゃはっ♪ 阿賀野ちゃんたら、ごきげェん!」

 

 

種をまき終わった20のセルトレイを、ヒーターと換気扇内臓の育苗棚に収め、保温のためのビニール扉を閉じていく。

 

「作業しゅーりょー! みんな~、おつかれさまぁ!」

那珂は(主に阿賀野のハイテンションに合わせていたせいで)疲れ切りながらも、種まきの作業を完了させた。

 

「それじゃあ、みんなでお風呂にレッツ・ゴー! 川内ちゃんの第三水雷戦隊が、畑にジャガイモの植え付けに行ってるから、早くしないと混んじゃうよぉ!」

 

疲れてもキャラを守り通す、那珂のプロ根性だった。

 

 

寮の大浴場で汗と汚れを落とし、大食堂へ。

 

空いてるテーブルに陣取ると駆逐艦娘たちが、ご飯のおひつ、水やお茶をもらいに手分けして散る。

那珂も、お茶碗と味噌汁、漬け物、小鉢がのったトレイを人数分用意するのを手伝う。

 

「うーん、おかずはのってないんだぁ?」

 

「那珂ちゃんさん、今日はニシンの塩焼きだってさ。焼きあがったら出すから、これでつないでてくれって」

江風と山風が、大皿に盛られたがんもの煮物をもらってくる。

 

みんなのお茶碗にご飯を山盛りでよそい……。

 

「それじゃあ、第四水雷戦隊。いただきます」

「「いただきます!!」」

 

コクがたっぷりの熱々なシジミの味噌汁に、ほかほかのご飯。

あっさりした大根ときゅうりの浅漬けに、小鉢には苦味の効いたほうれん草のおひたし。

 

上品な甘さの煮物のタレをご飯にからめ、ふんわりしたがんもと一緒に口に運んでいくと、大盛りにしたお茶碗がもう残り少なくなっている。

 

「セル穴から何本も芽が生えてきたらどうするのかな?」

「丈夫そうな1本を残して、他は間引くんだって」

「えー、なんか可哀想っぽい」

 

「那珂ちゃんさん、苗を畑に移すのはいつ頃なんですか?」

 

「うーん……今年のお天気によるけど、6……ううん、7月……でーす♪」

海風の問いに、思わず素で考えてしまい、笑顔とキャラ作りを忘れそうになった。

 

「お待たせー、まずは8皿ね」

ちょうどタイミングよく、厨房を手伝っている由良が、ニシンの塩焼きをワゴンにのせて持ってきてくれた。

 

大きな瀬戸焼の長角皿から、頭と尾がはみ出るほど立派なニシン。

脇には、玉子焼きと大根おろし、みょうがたけが添えられている。

 

ニシンも2~4月によく獲れる春告げ魚の一種だが、北海道の漁師は、ニシン漁に適した雲が低く垂れこめたどんよりとした空模様を「鰊曇り(にしんぐもり)」と呼び歓迎するそうだ。

 

まだジュウジュウと音を立てるこんがりした皮に、パリッと箸を入れる。

小骨は多いが、身がギッシリと詰まっていて食べ応えがあるニシン。

身は柔らかくふっくらな食感で、脂がのりながらもくどさがない。

 

そして、お腹を割れば、プリプリッとした火の通った白い数の子。

 

「いよっ、那珂ちゃん、アタリだねっ。ちょっとばかし分けてくれよ」

「いいよ、代わりに白子も少しちょうだいね」

 

産卵期のニシンを食べるときの特典。

メスには卵である数の子、オスには精巣である白子が入っている。

 

涼風に数の子をあげ、お返しに白子をご飯にかけてもらう。

ねっとりとクリーミーで、濃厚な白子もたまらない。

 

「ほら、山風、こうやってほぐしてみなさい」

「う……ん……」

隣では、海風が山風に小骨のよけ方を教えている。

 

「夕立姉、後でガイスターやろうぜ」

「江風には負けないっぽい」

江風と夕立は、すでに夕食後の遊びの相談。

 

「春雨ちゃん、おかわりよそってくれる?」

 

充実感を感じながら、那珂はお茶碗を春雨に差し出すのだった。




多摩がドロップして、語尾が「ニャ」じゃなく「にゃ」なことに気付きました。


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瑞鶴とオニオングラタンスープ

大食堂での朝食。

提督は昨日の秘書艦だった、イタリアとともに席に着いていた。

 

「あら~、いいですね、いいと思います」

 

アスパラガスのベーコン巻き焼きが2本に、春キャベツのサラダ。

なめこの味噌汁、冷奴、ひじきの煮物。

 

イタリアと一緒に見事な和洋折衷の朝食をとっていると、空けておいた右隣の席に、今日の秘書艦である瑞鶴がやって来た。

 

「瑞鶴、寝坊かい?」

「うん、ごめん。翔鶴姉と五十鈴と夜戦バカと一緒に、アグリコラやってたら……」

 

アグリコラとは、数々の国で賞を受賞した名作ボードゲーム。

農場を開拓したり家畜を育てたりしながら、家族を増やして豊かにしていくという、ある意味でこの鎮守府に最も似合ったゲームである。

 

「夜戦バカがリベンジだとか騒ぎ出して、2ゲーム目が終わったの夜中の1時過ぎでさぁ」

欠点といえば、4人プレイで2時間以上かかるゲームボリュームだろうか。

 

瑞鶴が川内への愚痴をこぼしながら、提督やイタリアのトレイにはない柄の小鉢をかきまぜる。

 

「!?」

ガタッ、とイタリアが立ち上がり、自分のトレイを持って逃げていく。

 

「瑞鶴、イタリア艦の前で納豆はやめなさい」

「美味しいのに」

 

美味しいかの問題でなく、納豆菌がつくと鎮守府の地下で行っているチーズ作りの発酵に影響が出るのだ。

 

「で、提督さん。今日の方針は?」

「特になし。例の露天風呂造りで戦艦組も忙しそうだから、遠征と演習主体でいくよ」

 

などと、やる気の無い発言をする提督の椅子がガツンと蹴られた。

振り返れば、不機嫌そうに目を細めた叢雲がいる。

 

「アンタ……」

 

じーっと提督を見る叢雲。

お小言が始まるかと身構える提督だったが……。

 

提督はまだ制服に着替えておらず、4年前から部屋着にしている裏起毛のスウェットセットを着ているのだが、叢雲はその生地を一撫でした後、スウットの中に手をつっこんで裏地をまさぐった。

 

「な、何だい、叢雲?」

「ま、いいわ。今日の指揮は私がやっといたげる」

 

いともたやすく艦娘に奪われる指揮権。

ここの提督に威厳などない。

 

「アンタ、今日は自分のタンスの整理をしなさい。そういう毛玉だらけになったのとか、みっともないのは捨てること」

 

まるで、オカンのような口調で命令する叢雲。

 

「言っとくけど……雷、浦風、夕雲は遠征に出すから。ダメ提督製造機に頼ろうなんて思うんじゃないわよ? 瑞鶴、ちゃんと提督を見張っといてね」

 

言うだけ言うと、叢雲はズカズカと歩いて行ってしまった。

 

 

「じゃあ、一番下の段からやってこうよ。ここは何入ってんの?」

「こういうスウェットとか寝間着だね」

 

瑞鶴に促され、しぶしぶタンス整理にとりかかるが……。

 

「まったく、たたんでないじゃん」

「洗濯から返ってきたら、そのまま放り込んでるから」

 

「これ夏物じゃない?」

「うん、夏が来ればまた……」

「うるさい、これは仕舞う!」

 

「提督さん、奥にセーター入ってるよ?」

「ああ、どうも見ないと思ったら、ここに入ってたんだね」

「虫に食われてるから捨てる!」

 

 

「二段目は?」

「ここは下着類だね」

 

「ちょっとぉ、パンツもアンダーシャツも靴下もハンカチも、全部ゴッチャにしてんの?」

「ここの段だけで全部そろって便利だろ?」

 

「ほら、これとこれは夏物……ああんっ、せめて靴下はペアでそろえときなよ」

「生き別れになって片方しかないのも結構あるんだよね」

「分かってるなら捨てなさいっ!」

 

瑞鶴が次々とタンスの棚を開けて、古くなったものや、いらなそうな服を捨てていく。

 

「このシャツ着てるとこ見た事ないよ。捨てなよ」

「でも、いつか……」

「いつかは99%来ないのっ!」

 

 

ようやくタンス整理が終わったのは昼過ぎ。

 

「何か作るね」

色々と文句をつけながらも、一生懸命に手伝ってくれた瑞鶴のため、提督はキッチンに立つ。

 

薄切りにした玉ねぎをバターでじっくり炒める。

そこにチキンスープを加えて煮たものを耐熱皿に移し、バケットパンを入れてチーズとパン粉をのせて、予熱したオーブンに。

 

チーズはイタリア艦娘が作ったパルミジャーノ・レッジャーノ風、バケットはフランス艦娘のコマンダン・テストが焼いたものだ。

 

 

「はぁ……あったかーい。さーんきゅっ!」

 

熱々のスープに、焦げ目のついたチーズのコク。

玉ねぎの甘味と、チキンスープの旨味がジュワッと染み込んだバケット。

心がほっとする優しい味だ。

 

「提督さん……この後、どうするの?」

瑞鶴が眠そうな声で尋ねてくる。

 

提督もソファに座り、あくびを一つした。

瑞鶴が右隣に座って、指を絡めてくる。

 

その左手の薬指には、提督が贈った指輪がある。

 

肩を寄せあって、お昼寝タイム。

 

何でもない一日が、こうして過ぎていく。

 

今日もここの鎮守府は平和です。

 

 

ちなみに、叢雲は大量の任務を達成しつつ張り付き遠征をこなし、この一日で各資源を大幅に純増させた。



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白雪とチキン南蛮

桜のつぼみも大きくなり、開花も間近な暖かい日。

提督は久しぶりに真面目に艦隊指揮に勤しんでいた。

 

本部から「鎮守府海域警戒を厳とせよ」という任務が発令されたからだ。

低難易度海域の敵主力を撃滅するだけの簡単任務の割に報酬が良い。

 

阿賀野率いる対潜部隊が近海の敵潜水艦隊を撃滅し、鈴谷率いる打撃部隊が南西諸島防衛線で空母ヲ級を見事撃沈した。

 

あとは南西諸島沖の敵水雷戦隊と、製油所地帯沿岸の戦艦ル級を倒せばいいのだが……。

 

南西諸島沖には、朝から3つの水雷戦隊が出撃していたが、いまだ敵主力と会敵できていない。

現在、4つめの水雷戦隊、川内と吹雪たちが出撃している。

 

「それじゃあ、やってくれるかい」

提督が羅針盤妖精さんに、羅針盤を回すようにお願いする。

 

「えいえいえーいっ」

頭にヒヨコをのせたポニーテールの妖精さんが、勢いよく羅針盤を回す。

 

艦隊の針路を決める、神聖な儀式。

 

「とまれーっ」

羅針盤が指し示したのは……。

 

 

「ごクロワッサ~ン」

 

敵主力に会敵出来ずに帰還し、執務室に顔を出した川内たちに、提督がおやつのクロワッサンを差し出す。

ここの提督はストレスが溜まるとダジャレを言い始めたりしてウザくなる。

 

(あ、これはマズイかなぁ)

 

初期艦で提督と一番付き合いの長い吹雪には、提督のストレス度が大体読める。

吹雪は今のダジャレから、提督の状態は次に失敗したら、やる気を失って今日の出撃を止めてしまいそうなレベルだと判断した。

 

「司令官、初めて南西諸島を攻略した時のことを覚えていますか?」

提督のやる気を取り戻そうと、懐かしい話題を振ってみる。

 

「確か……天龍を旗艦に、吹雪と白雪、初雪……深雪は中破してたから、代わりに睦月だっけ」

 

(よし、食いつかせた!)

吹雪は“ダメ提督”に隠れて、グッと握り拳を作った。

 

「同じメンバーで出撃してみるのはどうですか?」

 

どうしてもダメなら叢雲か霞を呼んでお尻を蹴ってもらうが、できれば提督に自発的に仕事をしてもらいたい。

吹雪の提案に対して提督は……。

 

「うん、それはいいね! そうだ、あの日の昼食は……ちょっと待っててね」

提督は急に明るい顔で1階のキッチンへと走って行く。

 

「……おつかれさま」

初雪のボソッとした呟きが、その背中にかけられた。

 

 

鶏のもも肉に塩こしょうをし、生姜汁をかけ、卵液に絡めて小麦粉をまぶす。

砂糖、醤油、みりん、米酢に、細切りにしたニンジン、ピーマン、玉ねぎを加えて小鍋で温めて南蛮酢を。

 

「司令官、こちらは切っておきます」

途中から手伝いに来てくれた白雪の手を借り、下ごしらえを済ませていく。

 

油でカラッと揚げた鶏肉に、南蛮酢をかけて馴染ませ、皿にのせてタルタルソースをたっぷりと。

たっぷりのキャベツの千切りと、プチトマトを添え、わかめの味噌汁と、きんぴらごぼうの小皿を加える。

 

「司令官……もう4年前のことなのに、覚えていてくださったんですね。嬉しい……ありがとうございます」

「こちらこそ、4年間ありがとうだよ」

 

宮崎県生まれのチキン南蛮定食。

 

 

天龍、吹雪、初雪、白雪、睦月、そして4年前は入渠中で出撃できなかったが、深雪。

南西諸島沖への出撃メンバーが鎮守府庁舎のキッチンに集まる。

ついでに、先ほどの旗艦だった川内と、任務を管理している大淀。

 

「あぁ~、コレだよコレ! 大淀、覚えてっか?」

「はい、確か1-2の攻略成功は、8回目の出撃の時ですね」

 

「あはは、あの時も苦労しましたねぇ」

「司令官は、建造運とドロップ運は良いけれど、羅針盤運は……」

「呪われてる」

「うん、呪われてるよね」

 

タルタルソースに覆われたサックリした衣の下には、ジューシーな鶏肉に染み込んだ、軽い甘味と酸味、ほのかな生姜の香り。

文句なくご飯に合う、ガツンと元気の出る定番の味。

 

合わせるお米は、香りとツヤが強く、旨みと粘りも強いコシヒカリ。

チキン南蛮の濃厚さにも負けない、がっしりしたボディの王道の白米だ。

 

「あの頃はまだ、お米はコシヒカリしか使ってなかったよね」

提督がしみじみと言う。

 

その後、料理に合わせて米や肉、魚、野菜、調味料の仕入れ先をどんどん細分化していって、会計を預かる大淀と喧嘩になったり。

 

「もう提督に飼い慣らされちゃいました」

今では数百の仕入れ先からの伝票を処理させられている大淀が、涼しげな顔で言う。

 

「夜戦のお供のおにぎり用に、ミルキークイーンを入れてくれたから提督は大好きだよ♪」

「相変わらず夜戦基準……」

 

 

「白雪も、ますますお役に立てるよう頑張ります。はい、お任せ下さい!」

 

楽しい腹ごしらえが終わり、天龍や吹雪、白雪たちの艦隊は出撃した。

 

「えー? らしんばん、まわすのー?」

ウサギのぬいぐるみを引っ張る、眠たげな羅針盤妖精さんが尋ねてくる。

 

「お願い」

回さなくていいもんなら回さないで、という言葉を飲み込み、提督がお願いする。

 

「……ん……あい」

やる気なさそうな短い回転の後、すぐに止められる羅針盤。

 

羅針盤が指し示した方角に向けて、艦娘たちが針路を向ける。

おそらく、敵の主力ではなく、別働隊のいる方向へ……。

 

提督はマイクをとり、艦隊に向けて穏やかな声で通信を送った。

 

「ハズレでもいいよ。また美味しいご飯を食べて、もう一度行こう」



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ドイツ艦娘たちとお好み焼き

鎮守府の活動が休みの土曜の昼。

雨音に混じり、鎮守府の裏山の雑木林が風で鳴っている。

 

提督はこの日、秘書艦であるレーベのいるドイツ艦娘たちの部屋に遊びに来て、コタツを囲んでいた。

大人数でやると面白い、ドイツのカードゲーム「お邪魔者」。

 

プレイヤーたちはドワーフの「金鉱掘り」となり、みんなで協力して金塊目指して坑道を掘り進める(道のカードをつなげていく)のだが、プレイヤーの中には「お邪魔者」という妨害役が混じっている。

 

「お邪魔者」は「金鉱掘り」が金塊に到達できなくすれば勝利となる。

 

「ビスマルク姉さんのその道のつなげ方、怪しくないかな?」

「何を言ってるのよ! 金塊は一番上なんだから、こう曲げるのが当然でしょ?」

レーベに指摘されて、ビスマルクが反論する。

 

実は、ビスマルクにお邪魔者疑惑をかけたレーベ自身が、お邪魔者だったりするのだが。

 

「ろーちゃんはお邪魔者確定として、ビスマルクも怪しいわね。さっき地図カードを使って見た金塊の位置も、嘘をついてるかもしれない」

「ちょっと、グラーフ!?」

 

「ろーちゃんもビスマルク姉さんも、お邪魔者じゃないですって!」

 

初手から妨害工作に出て、お邪魔者だとバレてしまったろーちゃん。

だが、一人ぐらいは積極的に序盤から動いていかないと妨害が手遅れになることもあるし、無実の人間を仲間のように見せかけるフェイント技も時に有効だ。

 

「まだビスマルクは疑惑段階だからなぁ……まだ様子見かな。とりあえず、ろーちゃんの動きを封じておこうか」

 

ろーちゃんの道具を壊すカードを出して攻撃しつつ、さりげなくビスマルクの信用を落とす、実はお邪魔者の提督。

 

「オイゲン、十字路カードは持ってる?」

「うん、持ってるけど?」

「なら、ビスマルクの道は念のために壊しておくわ」

 

マックスが、次の手番のオイゲンが十字路を作れることを確認して、ビスマルクの作ったL字路を破壊するカードを出す。

 

ビスマルクがお邪魔者で、ビスマルクの引いた道が金塊から遠回りさせるためのものだった時の保険だが、無駄な一手だ【3つの伏せられたゴールカードのうち、金塊が描かれたカードに到達した時だけ、金鉱掘りグループの勝ちになっている】。

 

誰が裏切り者なのか、疑心暗鬼の中で進めるサスペンス性のあるゲーム展開が面白い。

 

1回のプレイ時間はそれほど長くないが、第三勢力の役割を追加した拡張版もあったり、ついつい繰り返しプレイしてしまう。

 

 

昼時になり、昼食の準備にかかる。

 

「それじゃあ、焼こうか」

 

部屋に来たときに最初に準備しておいた、小麦粉とダシ汁と水、長芋の摩り下ろしと少量の牛乳を混ぜて寝かしておいたものに、粗みじん切りにして水気を切っておいたキャベツを加える。

 

そう、お好み焼きのタネだ。

 

元が温泉旅館である、ここの木造の艦娘寮。

各私室での火の取り扱いは厳重に制限されている。

 

許可されているホットプレートを使って美味しく焼けるお好み焼きは、大食堂が休みとなる土日の定番人気メニューだ。

 

まずは定番中の定番、豚バラの薄切り肉をのせ、豚たまを。

 

空気を含んで焼けてきたお好み焼きはコテで押し付けず、しかし、最初にかけたソースは裏返して鉄板で焼き、香ばしい匂いを立ち込めさせて。

 

再び裏返し、下品にならない程度にソースとマヨネーズをビュルビュルとかける。

サクフワに焼きあがったお好み焼きに、カリッカリの豚肉、かつお節と青のり。

 

「ビールどうぞ。注ぐの……僕でいいかな?」

レーベが、グラスに黄金色の冷えたビールを注いでくれる。

 

ドイツ艦娘向けのビールには、大食堂のキ○ン・ラガーや、鳳翔の居酒屋のサ○ポロ赤星ではなく、モ○ツ・ザ・ドラフトを支給している。

 

「はい、ビスマルク姉さまも、ビールですよ」

「いいわね! ビールとお好み焼きの組み合わせは最高よ!」

 

「Admiral、これは……ウラカーゼのものとは違うが、また……良いものだな」

「でっちが言うには、長芋をすりおろすのが“ミソ”ですって♪」

「でも……確か、味噌は入っていないはず……」

 

「はい、おかわりどうぞ」

「ふふーん。提督、あーんですって♪」

両脇から提督にビッタリと張り付いてくるレーベと、ろーちゃん。

 

「つ、次のお好み焼きを焼く前に、席替えをしましょう! それがヤーパンのしきたりよ! そうよね、オイゲン!?」

「え……アッ、ハイ……」

 

ビスマルクの提案により、強制的に席替えが行われる。

「お邪魔者」のカードを引いて、それぞれ指定されたコタツ位置に移動する。

 

「ぬうぅ」

ビスマルクが歯ぎしりする。

提督の左右には、グラーフとオイゲンが来ることになった。

 

次は、イカ、タコをたっぷりと、キャベツの代わりに葉ネギとニラを入れて焼き、ゴマ油とラー油で調理した、韓国のチヂミ風のもの。

 

「うん、これもいい……Admiral、bierをどうだ?」

「あぁ、ありがとう」

グラーフが提督のグラスにビールを注ぐ。

 

「提督、オコノーミヤキーを切りますね。ん、ちょっと待って……」

オイゲンが、いそいそとお好み焼きを取り分ける。

 

ビスマルクがうらやましそうに提督側に近寄るが、間にいるグラーフにブロックされてしまう。

 

「むぅ……」

不機嫌そうなビスマルク。

 

ホットプレートの端で、器用にえのきバター炒めを作りながら、マックスは考える。

 

(次の“もんじゃ”には、まだ提督の隣になっていない、私とビスマルクが提督の隣に座れるように主張しようか……)

 

「Admiral、もう一杯……そうか、飲むか」

「提督、はい♪ あーんです」

「むぅ……!」

 

(そうじゃないと、ウチのお姫様がヘソ曲げそうだし……)



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【番外編】鎮守府のお花見2017【桜】

艦娘寮の庭のしだれ桜の老木が、前日の雨に洗われ淡い紅色の花を輝かせていた。

 

今日はお花見。

鎮守府は普段の艦隊活動とは比べものにならない喧騒に包まれていた。

 

広い芝生の庭に大きなブルーシートを何枚も敷き、その上にクッション性のある厚手の断熱シートでお花見会場を作っていく。

 

「そこ、シートが飛ばされないように押さえておいて。今、ガムテープ持って行きます」

「ガキどもは重いもん運ばなくていいからな。テーブルなんか重巡以上に任せとけ」

鳥海と摩耶が、準備をしている艦娘たちの間を飛び回る。

 

「舞風さん、野分さん、ブランケットを配ってもらえる?」

香取と鹿島が寒さ対策に、たくさんのカラフルなブランケットを持ってくる。

 

「おーそーいー!」

「待ってよ島風ちゃん。っていうか、島風ちゃんもそれを羽織って!」

島風と夕張も毛布を持ってきていたが、島風は相変わらずの露出の多い格好だ。

 

本格的な寒さが去ったとはいえ、風が吹けばまだ肌寒い北方の鎮守府だ。

 

「神通、袢纏(はんてん)着てなかったり、薄い服装の駆逐の子たちは一度、部屋に服を取りに戻らせたほうがいいよ」

「はい、姉さん」

 

「やだっ、夜戦バカが昼間からマトモなこと言ってる」

「阿武隈、名取、あなた達も駆逐の子達の服に気を使いなさいよ」

「あ、はい、長良姉さん」

 

こういう時は頼りになる軽巡組の長女たち。

 

「ぱんぱかぱーん! 鳳翔さんから煮卵が届いたわよっ!」

「瑞鳳の玉子焼きも食べる?」

「隼鷹、クーラーボックス運ぶの手伝って」

「さすが長門、ビールケース3つでも余裕ネ!」

 

大量の飲み物と食べ物も運ばれてくる。

 

「しおいさん、このオレンジジュースは酒入り?」

「赤いシールが貼ってあるのはウォッカ、黒には焼酎が入ってるよ」

「イヨちゃん、飲み過ぎは……ダメだからね」

 

いちいち割る手間がかからないよう、ジュースやお茶のペットボトルに、あらかじめアルコールを混ぜたものを用意してある。

 

 

あらかた準備を済ませ、ようやく落ち着いたのは正午を過ぎた頃だった。

 

「うーんと……まあ、いつもお疲れ様、今日は楽しんでね。乾杯」

提督のしまらない乾杯の合図で、宴会が開始される。

 

 

茨城県産の春ピーマンを使った、炒めポン酢のかつお節がけ。

 

「春……桜、か…なに、綺麗なものだな」

「武蔵さーん、これ夕雲姉さんたちと作ったんだよ♪」

武蔵の背中に抱きついて甘える清霜。

 

みんなの憧れ、戦艦のお姉さんたちの周りには、駆逐艦娘たちが集まってくる。

 

「うん、美味しい。そう、藤波も手伝ったの。偉いわね」

「いっひひっ」

大和に頭を撫でられ、藤波が顔をほころばせる。

 

ちくわの穴に、チーズやきゅうりを詰めて輪切りにしたおつまみも、乾杯のビールの供に。

 

「羽黒、新しいビールお願い」

「はい、足柄姉さん」

「私はそろそろダルマにしようかな」

「割りもの用の氷はそっちのクーラーボックスよ」

 

大量の酒瓶を備蓄した重巡組の陣地。

今はまだ後半戦に備えて、まだ大人しく飲んでいるが……。

 

イカとセロリの塩炒めも、ビールの苦みと絶妙な組み合わせだ。

 

「いやー、今月のほっぽちゃん退治も苦労したよねぇ」

「瑞鶴さん、ほっぽちゃんの『カエレ』で大破して、ほぼ全裸にさせられてましたよね」

苦労話に話を咲かせる、瑞鶴と葛城。

 

イタリア艦娘が作った、タコやマグロ、ホタテなど数種類のカルパッチョ。

 

「あらあら、桜もだけど、これも綺麗ね」

「リベもいっぱい食べて、大きくなろっと」

陸奥と一緒の毛布にスッポリくるまれているリベッチオ。

 

 

ドイツ艦娘が作った、ソーセージをカリカリに炒め、カレー粉とケチャップをあえたカレーヴルスト。

 

「提督、僕のカレーヴルストどうかな?」

「うん、美味しいよ」

レーベが提督にソーセージを食べさせるのを見て……。

 

「閃いたっ! いやぁ、はかどるわ~♪」

「はわわわわぅ!? 生やすな、このバカ雲!」

邪な笑みを浮かべてネタ帳にデッサンを書き込む秋雲の頭を、顔を真っ赤にした巻雲が殴りつける。

 

 

鶏ささみ肉の大葉とチーズ挟み焼き。

定番の、アスパラのベーコン巻き。

 

「阿賀野姉、どうどう」

「ここで大食いしたら水の泡よ。ケッコンまで、あと3~4出撃しかないんだからね」

「う、うぅー……」

「ぴゃー、美味しい!」

 

目刺しの塩焼きに、ほこほこのホウボウの干物、味がのったサバのみりん干し。

 

「春は、春風の春。風が気持ちいいですね」

「ちょ、ちょっと、春風! 何、司令官のこと膝枕してるのよ!?」

「あは、姉貴、嫉妬してる」

「もう! 朝風、松風、こんな時までケンカしないの!」

 

 

「ほーら、龍驤さん特製の串揚げやでー。1本100万円」

「なんでやねん!」

龍驤と黒潮が、厨房で揚げた串揚げの山をトレイにのせて現われる。

 

他にも、鶏唐揚げにタコ唐揚げ、コーンクリームコロッケ、金剛とウォースパイト合作のフィッシュ&チップスなど、揚げ物も充実している。

 

「赤城さん、ソースをたっぷりつけるのね」

「ソースは飲み物ですから♪」

 

耳を落とした薄切りの食パンに具材を乗せ、そのまま食品ラップフィルムで巻き上げた簡単ロールサンド。

 

「オハーナミー、気に入ったわ! 」

「Polaもオハーナミー、とってもとぉっても楽しみにしてたんですぅ。飲みホーダイ最高でーす」

 

「オイゲン、オハーナミーって言ったら笑われたわよ!? セッツブーンの時といい、また何か間違ってない?」

「えええっ、そんなハズは……ない、です?」

 

「こ、これは……何?」

「ピッツァ……なの……?」

「パンは苦手だけど、これは美味しくてビールに合うわ」

 

イタリアとローマが眉をひそめ、サラトガは美味しそうに食べている、サラミ、ベーコン、ピーマン、コーンが具材で、ケチャップたっぷりのピザトースト。

 

 

じゃこやゆかり、刻み沢庵など、様々な具と混ぜ合わせたご飯を握った、ミニおにぎり。

 

「明石さん、いつも修理……ありがとうございます」

「潮ちゃん、ありがとう」

「あの、翔鶴さん。このおにぎり……朧がにぎりました。美味しいと思います。多分」

 

体が冷えてきたところに、温かい干しダラと大根の卵スープ。

 

「鳳翔さん、味どうですか?」

「ええ、とっても美味しいわよ」

「やったね♪」

 

今日は鳳翔を休ませようと、代わりに厨房でスープを作っていた飛龍と蒼龍。

鳳翔から味のお墨付きをもらって大満足だ。

 

桜葉と色素で染めた桜色の餡を使ったワッフルに、ホイップクリーム入りのどら焼き。

スイーツもたくさん準備されている。

 

 

風が出てきて気温が下がりつつある中、あちこちに出来ていた毛布の固まりが、中央に寄り始めていた。

 

みんな、毛布でくるまった簡易テントの中で飲食や会話を楽しんでいる。

 

「燃えるゴミはここ、プラ系や発泡スチロールはここクマ」

「瓶はこっち、缶はあっちにゃ」

後片付けの準備も、一部で始まっている。

 

「ちょっと、お邪魔するよ」

提督が、最上と敷波の毛布にもぐりこむ。

 

「提督は寂しがり屋だなぁ」

「へっ? いいのかよ、あたしとか構ってもさ。なんも出ないよ?」

 

この後、さらに日が傾いて来れば、あまり酒を飲まない艦娘たちは寮に引き上げていく。

そして、飲兵衛たちの宴、修羅場の後半戦が始まるのだが……。

 

「うん、ごめんね……おやすみさせて」

「……別に、い、嫌じゃないけどさ」

提督は敷波の太ももに頭をのせながら、しばしの眠りにつくのだった。




鎮守府のお花見2017の1という題名で『変な題名ですが、飲兵衛にとっては「桜なんて口実です。偉い人にはそれが……」なので、お花見は鎮守府全体でないにしろ椿やら梅で繰り返される予定です。』という前書きを入れてましたが、分かりやすく【桜】に変更しました。
桜の花見って、個人的には天候に恵まれたことが少ないです……。


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高雄と手打ちうどん

【注意】今回は秘書艦(ケッコン済)に対する露骨なセクハラがあります。


ぼんやりと空に留まる窓の外の雲を眺めながら、提督は執務室で艦隊指揮に就いていた。

 

敵東方艦隊主力の撃滅任務と、補給艦を狩る「ろ号作戦」が同時に発令された薔薇色の期間。

 

カレー洋では、敵主力を取り逃がしても、補給艦がいる部隊と会敵できる。

提督にとって、最大の敵である羅針盤に翻弄されない、心休まる時間だ。

 

「提督、午前中の報告書が出来ましたよ」

 

気は楽だが、出撃回数がかさむと書類仕事も多くなる。

今日の秘書艦には、そういう面で頼りになる秘書艦経験が豊富な、高雄を選んでいた。

 

実艦の均整の取れた細身の船体に、天守閣のような重厚な艦橋という姿が影響しているのか、グラマラスでなまめかしい姿態の高雄。

 

そんな高雄の肉体を半日、間近で見ていた提督は欲望の限界に達した。

 

「もう、提督……こんな昼間から……」

スカートの上から高雄のお尻を揉みしだく。

 

「あ、提督……そんなに……ダメ、です」

 

その肉体の感触を確かめた提督は、当然のように言い放った。

 

「うん、うどんが打ちたくなった」

「馬鹿め!と言って差し上げますわ!」

 

 

もとは漁協の事務所だった鎮守府庁舎の、1階のキッチン。

麺鉢に盛った中力粉に食塩を加え、水を回しかけながら、粉を混ぜて一つにまとめていく。

 

「うーん……高雄、ちょっと水を足して」

「はい」

憮然とした表情のまま、横から高雄が水を加える。

 

「もうちょっと……」

粘度を増した粉の状態を確かめながら、さらに水を加えるよう指示。

 

粉っぽさが減り、しっとりとしてきたら、手の平で捏ね(こね)回し、生地をまとめていく。

 

「うーん、これぐらいだね」

「何で、私のお尻を見ながら言うんですか!?」

 

「この生地を寝かせれば、ちょうど高雄の……」

「言わなくていいですっ!」

 

「愛宕の胸だとパンが……」

「言わなくていいって言ってるでしょ!」

 

高雄に怒られながら、まとめた生地をビニール袋に入れ、足で踏む。

平らになった生地を折り重ねて、さらに2~3度足踏みし、タオルでくるむ。

 

「これ、ストーブの近くの暖かいところに置いてきて」

「どうしてですか?」

「生地が冷えると、熟成が進まないから」

 

 

2時間、生地の熟成を待つ間に、帰還した艦隊を出迎え、次の出撃と遠征の予定を決め、建造と開発の指示を出し、書類を作成する。

 

戻ってきた生地を再び手で捏ね(こね)、丸めて少しの間休ませる。

その間に工廠に行き、開発結果を聞いて解体や廃棄を行う。

 

「今日は、提督が活き活きしてますね」

珍しく頻繁(ひんぱん)に工廠を訪れる提督に、明石がビックリしていた。

 

休ませた生地をビニール袋に入れ……。

 

「提督、艦隊が帰投しました」

作業しようとしたところに、大淀が報告に現れる。

 

「高雄、これ丸く広げといてくれる? 無理に潰そうとしないで、ゆっくり体重で押すだけでいいから」

「もう……制服着てると、すごくマヌケなんですけど……」

高雄に任せて、入渠の指示を与えに行く提督。

 

高雄が手の平を押し当てて軽く体重をのせると、ムニュッと抵抗をしながらも押し潰れていく生地。

 

 

 

戻ってきて、さて次は……と取り掛かろうとしたところで、提督が立ちすくむ。

 

「どうかされました?」

 

「あ、そうだ……この感触が味わいたくて始めたのに……」

悲しげに、広がった生地を見つめる提督。

 

「何度でも、馬鹿め!と言って差し上げますわ!」

 

 

後は、麺棒で生地を延ばし、打ち粉をしてたたんで、包丁で中太に切る。

 

大きな鍋にたっぷりのお湯で麺を茹で、狭いキッチンに湯気がモクモクと沸く。

提督がうどん作りを思い立ってから、すでに3時間以上。

 

時刻はもう午後5時。

 

昼食を食べたばかりなのに何を言ってるんだこの馬鹿は、とも思っていた高雄だが、さすがに小腹が空いてきて、うどんの茹で上がりに期待してしまう。

 

「あー、お腹減ったー」

最後の出撃艦隊で旗艦を務めていた陽炎。

 

「おうどんですの? いただきますわ」

「助かるのう……苦しゅうないぞ?」

「提督、気が利くじゃーん?」

熊野、初春、北上もキッチンに入ってくる。

 

「入渠前にうどんか、いいよねー」

「ありがとう。頂きますね」

航空戦を支えた、飛龍と千歳。

 

 

茹で上がった麺を軽く水で絞めて丼に盛り、新鮮でプリプリな生卵と、たっぷりの万能ねぎ、白ごまをかけ、香川県から取り寄せたイリコ出汁のうどん醤油をぶっかける。

 

ズルルルーッ

 

「うんっ!」

 

陽炎の一声が示すように、ツルツルと口に滑り込みながら、噛めばシコシコと弾力のある麺。

ねぎやごまと、濃厚で奥深い専用醤油の風味。

 

生卵を割れば、さらなるコクが麺に絡みつく。

 

「んぅ……美味しいですわ」

「うむ、のど越しが絶品じゃのう」

「はぁ~、しびれるねぇ」

 

「いいねぇっ♪」

「うふ、ちょっと……熱燗も欲しくなっちゃいました」

 

好評な中、ちょっと浮かぬ顔の提督。

 

ズルズルーッ

 

高雄も豪快に啜りこみ、コシのある麺を味わう。

ほんの数時間前まで、ただの粉だったとは思えない、繊細な味わいの麺。

 

チュルッと、最後に唇に吸い込まれる麺の滑らかさも素晴らしい。

 

提督に強引に付き合わされ、苦労した分までも美味しさに加わってくる。

 

「あぁ~」

高雄は小さくため息をついた。

 

「提督……後で私の部屋に来てくださいね」

惚れた者の弱みか、つい提督に小声で言ってしまう。

 

「あの……うどんの代わりに……私のお尻、押していいですから」




【申し開き】
すいません、本当に出来心です。
うどんの手打ちをしてた時、不意に高雄を思い出したことから作ったネタです。
反省はしているが後悔は……。


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那智と棒ラーメンとツナチャーハン

艦娘寮の玄関に、何人かの重巡艦娘たちが集まっていた。

 

「どうして同じものを着て、こうも雰囲気が違うのかしらねぇ」

那智と提督の服装を見比べて、足柄が首をかしげる。

 

紫のウィンドブレーカーに、ワインレッドのトレッキングパンツ。

足元もワインレッドとカーキを組み合わせたトレッキングシューズ。

スラリとした体形で、凛々しい那智によく似合っている。

 

赤のウィンドブレーカーに、ターコイズブルーのトレッキングパンツ。

足元は赤と黒のトレッキングシューズ。

提督も細身の体形でよく着こなしているが……。

 

色違いだが、2人が着ているのは同じトレッキングウェアだ。

それなのに、アウトドア雑誌の表紙を飾れそうな那智と、(おか)サーファー的ななんちゃってファッションにしか見えない提督。

 

「そもそも、提督にアウトドアというのが、水と油なんですわ」

熊野が辛辣(しんらつ)なコメントをする。

 

「熊野、それはひどいよ。鈴谷は似合ってると思うなぁ。自分探しとか言って軽装で登山に来て遭難する若者って感じじゃん」

 

「あ、落ち込まないでよ、提督。大丈夫、いくら提督でも裏山ぐらいで遭難なんかしないって」

「いざという時は私が貴様を守る。安心しろ」

鈴谷の言葉にダメージを受ける提督に、天然で追い討ちをかける最上と那智。

 

「まあ、行こうか」

提督が山用の保温ボトルを肩からかけ、玄関を出ようとする。

 

「ああ」

置いてあった大きなザックを背負い、後に続く那智。

 

「まあ、レディにだけ荷物を持たせるなんて」

「いいんだって。那智が騎士(ナイト)で、提督はお姫様なんだから」

 

「ぶぅわっはははははっ」

山ガールファッションに女装化された提督を想像してしまい、足柄の腹筋が崩壊した。

 

そう、これから提督と那智は裏山にトレッキングに行くのだ。

 

先日、那智が錬度99に達し、ケッコンした。

その記念に、裏山でいいから2人で登りたいと言われたのだが(最初は那智山の熊野古道(くまのこどう)を提案されて提督が断固拒否した)、出発前からこの有様だ。

 

「野次馬など気にするな。頂上でこれを食べるんだろ?」

玄関を出た那智が、後ろで落ち込んでいる提督に棒ラーメンの袋を振って見せる。

 

シャカシャカという乾麺の音に、提督が嬉しそうに那智についていく。

その様は、まるでドッグフードに釣られる犬のようだったと、後に目撃者の証言を青葉タイムズが報じている。

 

 

艦娘寮の裏山には、寮が温泉旅館だった頃に整備された、林道の散歩道がある。

 

雑木林の中を続く、なだらかな登りを15分ほど歩くと、小さな池と休憩所があり、道が登りと下りで二又に分かれる。

 

さらに登れば、標高300メートルちょっとの山頂まで続く、本格的なハイキングコースだ。

 

基本的にはゆるやかな傾斜で、四季の草花が顔を見せるのどかなコースだが、所々には獣道のような狭い悪路や急傾斜があるし、旅館時代と違って道が万全に整備されているわけでもない。

 

運動不足で平衡感覚が悪い提督にとっては、なかなかの大冒険だ。

 

「そこは泥濘(ぬかるみ)だ。ほら、手を貸してやる」

那智に手を引かれながら、恐る恐る次の岩場へと足をかけていく。

 

「うわっ」

突然、足元に出てきた大きな蛇に提督が驚いても……。

 

「貴様、こんなものが怖いのか? ただの青大将だぞ」

那智はまったく冷静だ。

 

「男前すぎて、危うく惚れそうになるよ」

提督が軽口を叩くが……。

 

「む? 聞き捨てならんな、貴様、私に惚れてないのか?」

「えっ? そういう意味じゃ……」

「なら、きちんと言葉にしてくれ」

 

「ええと……惚れて、ます」

 

それを聞くと、那智は提督を抱き寄せ、いきなりキスをした。

 

「ならいい」

唇を離して、微笑む那智。

 

提督は心の中で、どこぞのお笑い芸人のように「惚れてまうやろー!」と叫んでいた。

 

 

休憩所から山頂まで、1時間以上かけてやっと辿り着いた。

 

山頂といっても、より高い隣の山へと続く尾根伝いに開けた台地なので、けっこうな広さがあり、鎮守府全体のピクニックにも利用される。

 

提督は疲労困憊しているが、那智にはまったく疲れの色がない。

那智がザックを下ろし、キャンプの準備を始める。

 

「ほら、汗はちゃんと拭いておけ」

またもや男前なセリフとともに、まず提督にタオルを渡す。

 

超小型の折り畳み椅子とローテーブルを取り出し、座席を確保。

提督が持ってきた保温ボトルのお茶で一息つく。

 

一杯飲むと、すぐに軍手をはめてケロシン(灯油)ストーブの着火にかかる那智。

 

着火が簡単で、取り扱いも容易でコンパクトな、良いところだらけのガスカートリッジやガスボンベではなく、あえてのケロシンストーブ。

 

ケロシンストーブも、燃料が入手しやすくてランニングコストが安いが、そんなもの現代の日本においては微々たるメリットでしかない。

 

それでも、半世紀以上生産が続く真鍮製のアンティーク品を思わせる美しさと、“あえての一手間の苦労”が、わざわざ食事するためだけに山に行こうとするような物好きの心を揺り動かす。

 

このケロシンストーブも、最初は提督が学生時代に道楽で買ったものだ。

 

本当は一手間どころでなく、給油口のキャップを開けてタンクに燃料を入れ、バーナーヘッドを接続してレンチで締め、調節弁を緩めて、ヘッドの予熱カップにアルコールを入れて火をつけてプレヒート(予熱)、ヘッドが暖まってきたら調節弁を閉めて、ポンピングでタンクを加圧することにより灯油を送り込んで火勢を増してプレヒート続行、十分にヘッドが熱されたらさらにポンピングして火力を強めていく……。

 

と、クソ手間がかかるため、さすがに酔狂な提督も公園や河原で数回使っただけで、長年放置していた(アウトドアグッズは好きだが、山には登らないあたりがしょっぱい……)。

 

引越し荷物にまぎれて鎮守府に来ていたものを、押し入れから島風が引っ張り出してきて、駆逐艦娘たちにせがまれて使って見せたら、一部の大人艦娘たちが異常に食いついてきた。

 

今では鎮守府に100台以上あり、完全にガス式より優位に立っている。

 

 

ちなみに、花見のお供からバイクツーリング、トレッキングやキャンプ、本格登山まで、とりあえず何か一個携帯バーナーが欲しいなら、おすすめは定番であるプリムス社の「153ウルトラバーナー」だ。

 

小型で軽量、高火力、高耐久、風にも強く、組み立ても着火も超簡単。

スウェーデンの会社だが、日本ではイワタニと組んで合弁会社を設立しているので、カートリッジの入手にも困らない。

 

次点でおすすめなのは、新潟県三条市が世界に誇るスノーピーク社の「ギガパワーストーブ (Chi)」。

胸ポケットに入るほどの小ささ(タンクはコッヘルに入れられる)の大ヒット商品で、75.0gという驚きの軽さを達成している。

余談だが漫画「山と食欲と私」の主人公が使っているのがそれだ。

 

 

などと、寄り道するぐらいの時間をかけて、ようやく火力が安定するケロシンバーナー。

 

だが、それだけに“育てた火”とでも言うべき愛着がわく。

この感覚だけはワンタッチ着火の「153ウルトラバーナー」では絶対に味わえない。

 

那智がアルミの鍋をバーナーにかける。

2~3人用の1.6リットルの大鍋は荷物としてかさばるが、鍋の中にウォーターキャリーを入れ、水を運んできたりと工夫をしている。

 

お湯を沸かし、マルタイの棒ラーメン「醤油とんこつ味」を2人分一気に投入。

さらに、シャウ○ッセンを1袋丸ごと。

 

メーカー指定の茹で時間は、ともに3分。

 

提督が鍋を火から下ろし、那智はケロシンバーナーの火力を弱める(これまたちょっと一手間)。

 

スープの素と調味油を入れてかき混ぜると、山の上に漂うラーメンの匂い。

 

提督がポケットに入れてきた小タッパから、刻んでおいた青ねぎをふりかける。

無駄な皿や丼など持ってきていないので、そのまま鍋から直接食べる2人。

 

レンゲは一本しか持ってきていないので、スープは交代で飲む。

意外にあっさりとしながらも、コク深いスープ。

 

パキッとした歯応えでジューシーな肉の旨味が際立つシャウ○ッセン。

 

 

ラーメンを食べ終わったら、再び火力を上げたバーナーにフライパンをかけ、ツナ缶の油でごはんを炒める。

ごはんは、昨日の食堂の余りものの冷蔵品をタッパに詰めてきた。

 

ごはんをほぐしたら、ツナ缶と青ねぎを入れて炒め、これまた提督がポケットに入れてきたプラボトルから塩こしょうをふる。

 

最後にフライパンを火から下ろし、弁当用の醤油さしで、醤油をまわしかけて混ぜ合わせれば、簡単ツナチャーハンの出来上がりだ。

 

 

「うん、旨いな」

「こんな場所でこんなものが食べられるなんて贅沢だねぇ」

 

木々が風に揺れ、どこからともなく小鳥がさえずり、蝶が舞う。

眼下には湾の景色が一望できる。

 

「ほら、新妻らしく食べさせてやる」

那智がレンゲにすくったチャーハンを提督の口に運ぶ。

 

提督も、照れながらそれに応じるのだった。



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神通と春弁当

ポカポカと春らしい日差しが降り注ぐ。

農場の外れで、那珂は加古からトラクターの運転方法を教わっていた。

 

「何だかレバーやボタンが沢山あるんだけど……」

 

「マニュアル車の運転とほとんど変わんないよ。違いは、変速レバーが3つに、アクセルとブレーキが2つずつあるのと、デコンプ(圧抜き)とロータリ関係の操作レバーがおまけで付く……ぐらいかな」

「それって、すごく違くない?」 

 

「ま、運転だけにしぼって一個ずつ。まず、変速ね。左手のこのレバーがメイン、こっちがサブ。基本、農作業中はメイン2速のサブ低速だけでいいから」

「うん、その隣のPTOっていうのは?」

 

「それはロータリの回転速度だから後回しなんだけど……まあ2にしとこ」

加古がロータリ回転のギアを切り替える。

 

「あとは……ハンドルの左脇、それが前進と後退の切り替え。止めとく時は真ん中のニュートラルにしてね」

「うん」

 

「次、ハンドルの右脇が手動アクセル。動かしたとこで固定されるから、畑での農作業中は2500回転ぐらいにしたらそのまんま。右足のこの小さいのがフットアクセルで、車と同じ踏んでる間だけ回転が上がるんだけど、まあ、道路を走らなきゃ使わないかな」

 

そこで、加古がしばし考え込む。

トラクターのエンジンパワーは車と違ってロータリを回すのにも使われるため、エンジンの回転数はロータリの回転速度とも関わってくるのだが……。

 

すでに余裕がなさそうな那珂を見て、とりあえず動かしてみるほうが先だと、その説明はやめておく。

 

「それでブレーキは右と左、車輪ごとで独立してて……畑とか田んぼの終わりまで行ったらターンするでしょ? そん時に軸になる片側だけブレーキかけるわけ」

 

加古が手でトラクターが進む様子を示し、親指をブレーキに見立てて、親指を軸にしてクルッと手を回転させて見せる。

 

「分かった、右にターンするなら右ブレーキをかけるんだね。完全に止まるときは両方いっぺんに踏むの?」

 

「踏んでもいいけど、畑ならクラッチ切るだけで十分。どうせ歩くぐらいのスピードしか出てないし、土の摩擦ですぐ止まるから」

「そっか……」

 

「それじゃ、まずはエンジンかけてみよっか」

「いきなり!?」

 

 

「うわー、緊張した―」

「那珂ちゃん、お疲れ様でした」

 

試運転を終えてきた那珂に、神通が声をかける。

 

「あんなの、どこから持ってきたの?」

「業者さんからのレンタルよ」

 

鎮守府の畑では、いよいよ田起こしが始まろうとしていた。

 

冬の間、水を抜かれて乾いて固くなっていた田んぼの土を、深く掘り起こしながら細かく砕き、肥料と刈り残した稲の切り株を養分として土中に混ぜ込みながら、雑草を駆除する作業だ。

 

水田を人力で深く耕すのは非常に困難で、トラクターが必要となる(昔は冬も水を抜かなかったり、牛馬の力を使っていた)。

 

最初、戦艦や空母の艦娘たちが、艦娘ならではのパワーを発揮して耕してみたこともあったが、特にその年度の初回、固く凝り固まっている土を深く掘り返すのは大変な苦労だった。

 

トラクターのレンタル価格が1日あたり3~4万円だと分かると、一気にやる気が失せ、年度初回の田起こしにはトラクターを借りてくるのが当たり前になった。

 

水田の広さは5(たん)

トラクターなら1日で耕し終わる面積だが、サッカーコートの半面とほぼ同じ広さと言えば、苦労して人力でやるのがバカらしくなるのが分かるだろう。

 

 

日差しに照らされてキラキラと輝く、畑の横を流れる小川を眺めながら、那珂と神通はお弁当を広げた。

 

(たけのこ)とひじきの混ぜ込みご飯に、(さわら)の西京焼き、鶏肉と人参、里芋、蓮根、いんげんの煮物、山菜の天ぷら、海老入りの玉子焼き、桜餅。

 

自然の恵みがたっぷりと詰まった春弁当だ。

 

「あっちは何やってるの?」

西京味噌とみりんに漬けられた、甘く上品な味に仕上がった鰆を食べながら、那珂が神通に尋ねる。

 

那珂の目線の先には、畑の一角に張られた木組みの骨格があり、その周辺では、何人かの艦娘が土をふるいにかけている。

 

「あれは苗代(なえしろ)作り。稲の苗はとてもデリケートだから、ああして温度管理ができるビニールトンネルを作って、枯れ葉なんかも取り除いた綺麗な土に種もみをまいて、大事に育てるの」

 

具材は素朴だが、しっかりと味のついた炊き込みご飯。

米粒を噛みしめながら、豊かに実った稲穂の姿を想像してみる。

 

「種もみも、全部まけばいいってものじゃないのよ。塩水につけて、浮かんでくる軽いものは捨てて、しっかり実が詰まっているものだけを選ぶの」

 

鶏肉と砂糖と醤油の味を吸った根菜の滋味。

 

「それから木酢液(もくさくえき)……ええと、炭焼きの時にできるタールを薄めた液で種もみを消毒してから、水に浸けて種もみの冬眠を解くの」

 

青い空、白い雲、緑の山。

山菜の天ぷらの苦みを感じながら、いつもより饒舌な神通を前に、那珂は聞き役に徹する。

 

「ただ浸けっぱなしじゃだめで、温度を測りながら、時々種もみを水から上げて呼吸をさせてあげながら。けっこう大変なのよ」

 

風に乗って花の香りが流れてきた。

甘い玉子焼きに、プリプリの海老の風味が重なる。

 

「ビニールトンネルも、発芽して丈夫な苗に育つまで1ヶ月以上、温度を調節しながら開けたり閉めたりして」

 

苦労話なのに、嬉しそうに話す神通。

 

「神通ちゃん、まるで自分の子供のこと話してるみたいだね」

「え? ……そうね、いつかは本当に子供も産んで育ててみたいけど……今はここのお米やイチゴが私の子供みたいなものかも」

 

大人びた表情を見せる姉に戸惑いつつも、デザートの桜餅をかじる那珂。

 

「そういえば一昨日、ハルナが赤ちゃんを産んだそうね」

「はぁ!?」

 

いきなりの神通の言葉に衝撃を受け、アイドルにあるまじき顔をしてしまったが、すぐに宮ジイが飼っている牛のハルナ(ジャージー種8歳)のことだと気付く。

 

「神通ちゃん、どうしてこの話の流れでハルナが出てくるかなぁ?」

「?」

 

不思議そうな顔をする神通。

 

「ま、いいや。後でハルナの赤ちゃん見に行こうか」

「そうね。駆逐艦の子たちも誘ってあげましょう」

 

小川で水をかけ合って遊ぶ、島風と天津風に視線を向けながら、神通が優しく微笑んだ。



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戦艦組とビスマルク風ハンバーグ

「誰よ、手作りしようなんて言い出したの」

山城が愚痴をこぼしつつ、檜の板材に(かんな)をかける。

 

そう、戦艦組は露天風呂に設置する、樽風呂の制作に入っていた。

 

「仕方ないわ、山城。業者さんに作ってもらうと、200万円もするんですもの」

扶桑も鉋がけをしているが、山城の使っている鉋とは種類が違う。

 

樽や桶を作るには、合わせると円形になる曲面のついた側板が必要だ。

内丸鉋と外丸鉋という特殊な鉋を板の内外で使い分けて、板に必要な丸みをつけていく。

 

樽の大きさや使う板の枚数に合わせて側板の曲面を適正にするには、熟練の経験と勘が必要になる。

 

誰かが、自分達で大樽を作ってみないか、と言い出したときは無理に決まっていると思ったが……。

 

「意外と思い出せるものね」

 

山城が艦だった頃、自分に乗り込んでいた樽職人の弟子の記憶と、彼の技術と知識。

 

今作っている風呂よりも、さらに大きい醤油の仕込み樽を兵役前に作り、親方からようやく一人前と認められた彼も、日本に帰ることなく山城とともにスリガオ海峡に没した。

 

今回、樽風呂を買おうとして調べて分かったのは、今では酒や醤油の醸造も金属タンクが主流になり、大きな樽や桶を作る職人や会社は、もう残り少なくなっているという現実だった。

 

「不幸だわ……」

「ところで、山城。確か最初に、自分達で作ろうって言い出したのは、あなたよ?」

 

 

直径2メートル、高さ75センチ、4人が同時に入れる大樽の風呂。

何をやるにも、作業のスケールが大きくなる。

 

側板を巻くタガを作るのだが、樽の円周は6メートル以上。

今では木のおひつなどに銅やステンレスのタガが使われているが、温泉の湯を入れておけば錆びて水圧に耐えられなくなるおそれがある。

 

山城は伝統的な、丈夫な竹を編んだタガを使うことにして(明石の「銅に防錆加工しましょうか? 現代ならいい表面処理の方法が……」という言葉は無視)、大和に竹探しを依頼した。

 

「15メートル以上の真っ直ぐで丈夫な竹を数本……ええ、ありましたか、良かった」

 

大和があちこちに聞き込んでたどり着いたのは、日本一の真竹の産地である大分県。

佐伯湾泊地に電話して、地元の竹材業者への注文を仲介してもらう。

 

「はい、次の演習の際、取りにうかがいます。ええ……こちらこそ、お手柔らかにお願いしますね」

 

こういう場面では、さすがに大和のネームバリューが活きる。

 

 

長門、陸奥、伊勢、日向、金剛四姉妹は作業着姿で、露天風呂と休憩小屋の基礎を造っていた。

 

熟練見張員の妖精さんを助手にして、設計図に沿って仮の杭や板を打ち、その間に糸を張って縄張りをする。

 

そして、艦娘のパワーでバックホー(シャベルカー)並みの根伐(ねぎ)りという掘削をし、地盤の状態を確認しながら、割栗石という小さな砕石を敷き詰めて、ランマー(よく工事現場で「ダダダダダダダッ」と音を響かせて地面を叩いているやつ)で押し固めて地盤を強固にしていく。

 

熟練見張員の妖精さんを助手にして水準器で測り、きちんと水平になっているかを確認しながら微調整して、地面からあがる湿気を防ぐための防湿シートを敷く。

 

霧島がモルタルミキサーで、モルタルと砂利、砂、水を混ぜてコンクリートを練っている。

捨てコンと呼ばれる、下地となるコンクリートを流し込むためだ。

 

ミキサーは、隣の市の建設業者が壊れたので捨てるというものを貰ってきて、明石がレストアしたものだ。

 

以前、某所の提督が東京での会議の後、ここの提督を誘って六本木のキャバクラやクラブをハシゴし、あまつさえ酔い潰れたここの提督をソープランドにまで連れて行こうとしたことがある。

 

尾行していた榛名と霧島が未然に取り押さえ、拉致した某所提督の口をガムテープで塞いでドラム缶に押し込み、埠頭で霧島が無言のままコンクリを練ってやったら、二度とここの提督を飲みに誘わなくなってくれた実績がある、頼りになるマシーンだ。

 

 

武蔵とアイオワ、イタリア、ローマ、ウォースパイトが、人間ならとても1人では運べない重さの建材を担ぎながら、寮からの渡り廊下を上がってくる。

 

今は仮設の足場に滑り止めシートを敷いただけの渡り廊下だが、露天風呂の工事が全て終われば、木製の床や屋根に本格的に組み直す予定だ。

 

「しかし、お前たちまで手伝ってくれるとは思わなかったな」

作業の手を休めた長門が、海外艦に声をかける。

 

「NipponのFleetは仕事熱心ね……でも、Love&Peaceのmixed bathing,not so badよ」

「日本の文化、コンヨーク! なんて地中海的な!」

「テルマエ建設には興味があるし……」

 

「これ、私も入っていい、のね……? Admiralと一緒に……うっ」

「ウォースパイト、鼻血、鼻血が出てマース!」

 

 

艦娘寮の厨房では、ビスマルクが「戦艦の会」のための昼食を用意していた。

 

合挽き肉に、バターで炒めた刻み玉ねぎと、パン粉、牛乳、塩こしょう、ナツメグを加えて混ぜ合わせてタネを成形する。

 

フライパンでこんがりと焼き色をつけ、さらにじっくり蒸し焼きにしてから、赤ワインとソースを加えて煮詰めていく。

 

肉汁あふれるハンバーグの完成だが、これだけではビスマルク風とは言えない。

 

ビスマルク風とは、ビスマルクの名前の由来となった、ドイツの鉄血宰相ビスマルクその人の好物にさらに由来する、目玉焼きがのせられた料理のことだ。

 

手伝いのオイゲンが鉄板に次々と卵を割り、ドイツ的にはありえない日本ならではの半熟具合になるように、目玉焼きを丁寧に焼いていく。

 

レーベがフライヤーでポテトを揚げ、マックスが鍋で付け合せのブロッコリーとニンジンを茹でている。

 

「パンは、本当にこんなに少しだけでいいの?」

オーブンでライ麦パンを焼いているグラーフが尋ねるが……。

 

「いいのよ。ハンバーグに半熟玉子といったら、白いご飯に決まってるでしょ!」

 

と鼻息を荒くして答える、「真田()」と筆書きされたトレーナーを着たビスマルク。

 

炊飯器からは、お米が炊ける甘い香りがプーンと漂ってくる。

 

ここの鎮守府は今日も平和です。

 

 

 

【おまけ】

鎮守府のレストア漁船「ぷかぷか丸」に揺られながら、曙たち第七駆逐隊は昼食を食べていた。

 

甘辛い豚ロースの肉巻おにぎりが2個に、彩りの良いエビとグリーンピースの炒め物、そして赤と黄色のプチトマトが入った、潮の手作り弁当だ。

 

午前にはメヌケが何尾も釣れ、曙はご機嫌。

 

メヌケとは、メバル属のうち赤く大型で、釣り上げた時に水圧で目が飛び出るほどの深海にいたものの総称。

東京の割烹店などで「時価」と書かれたメヌケを頼むと、それこそ目が飛び出るほどのお勘定になることがあるので注意が必要だ。

 

「しっかし、戦艦たちも迷惑なもん作ってくれるわよね。クソ提督と混浴の露天風呂なんて冗談じゃないわ」

 

「翻訳すると、戦艦のお姉さんたち、素敵なお風呂を作ってくれてありがとう。提督と……」

「勝手に訳すなっ! そんなんじゃないわよ!」

 

「図星だ」

「図星じゃない!」

 

漣と朧にからかわれ、顔を赤くして怒る曙。

 

「わ、私も……混浴って、胸とか見られちゃったら恥ずかしいかなって……」

テレテレと潮が言った瞬間……。

 

「せいやっ!」

スパパパーン!

漣の掛け声とともに、3人が潮の胸を連続してはたく。

 

「痛っ、何で叩くのぉ!?」

 

「見せつけられるもの持ってる子に言われると腹が立つのだよ」

「ふんっ、どうせクソ提督に見せるくせに」

「朧は、陽炎型の浜風に負けないように激励」

 

などと騒がしい七駆の隣では、砂をかんだような表情の大鳳が、豆乳でサンドイッチを流し込むのだった。



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鈴谷と熊野とチーズフォンデュ

日間ランキングで3位になっていて驚きましたが、それもこれも読んでくださっている皆様の応援のおかげです。
ありがとうございます。

あと、今回は53話「那智と棒ラーメンとツナチャーハン」の続きのような位置づけになります。


南西海域、沖ノ島沖。

同島北西に展開する深海棲艦隊が形成した闇のような空間の中、激しい戦闘が行われていた。

 

漆黒の闇の中、右手にチカチカと新たな発砲光が光るのを鈴谷は感じた。

直感で面舵を切る。

 

右へと傾いた鈴谷の髪を砲弾がかすめ、左手に轟音と共に水しぶきが上がる。

 

「いいじゃんいいじゃ~ん」

額に脂汗をにじませながらも、腕に持った砲塔を固定し、砲術妖精さんが発射諸元を確定させるのを待つ。

 

「あー、重い」

 

この海域の独特のジンクス。

ドラム缶を一定数装備していると羅針盤が安定し、海域の北側だけを通り抜けることができる。

 

それに従って装備しているドラム缶の束が抵抗となり、鈴谷の足かせになっていた。

 

「でも、文句ばっか言ってられないじゃん? 妙高型には、負けてらんないし」

 

肩に登ってきた砲術妖精さんに言うと、妖精さんもウィンクを返して砲撃許可の旗を振ってくれた。

 

「うりゃぁ!」

妖精さんからの合図で、20.3Cm(三号)連装砲と、オイゲンから借りているSKC34-20.3Cm連装砲が火を噴く。

 

「弾着……今っ!」

鈴谷と砲術妖精さんの叫びと同時に、敵の重巡リ級に猛火が上がる。

 

喜びかけた瞬間、足元へと迫る青白い雷跡を確認し……鈴谷は砲術妖精さんを手でかばいながら、迫りくる魚雷に背中の艤装と飛行甲板を向け、防御姿勢をとった。

 

 

「えむぶいぴぃ。それは今時のレディの嗜みの一つでもありますわ。ありがたく頂戴いたします」

 

鼻高々で提督からMVPのご褒美をもらう熊野の横で、鈴谷は服が破れて胸と下半身を、手とボロボロの飛行甲板で隠していた。

 

「鈴谷、早く入渠を……」

「そんなの後でいい!」

 

提督が制服をかけてこようとするが、鈴谷は拒む。

 

「それより先に、渡すものがあるでしょ?」

「いや、こんなとこで、こんな恰好のまま?」

「いいから早くっ!」

 

「仕方ありませんわ。飛行甲板、持っておきますわね」

熊野に下半身を隠している飛行甲板を持ってもらい、空いた左手を提督へと突き出す。

 

提督がアタフタしながら制服のポケットを探ってケースを取り出し、その中の指輪を鈴谷の左手の薬指へとはめた。

 

「はは、提督、サンキュー♪」

指輪と提督の顔を交互に見つめながら、鈴谷が笑う。

 

「それでは、次は私が指輪をいただく番ですわね」

「ああっ、熊野! まだ手を離しちゃダメ―!!」

 

 

鎮守府の裏山の山頂。

この間、那智と登ったばかりの場所で、提督はグッタリとしていた。

 

鈴谷と熊野が、ケッコン記念にここに来ることを希望したのだ。

今度はテント休憩の予定で荷物も多く、提督もザックを背負わされた。

 

「ていとくー、頑張ったじゃん?」

「相変わらずエスコートはレディ任せでしたけれど」

 

鈴谷も熊野も、明るい色使いとカジュアルさを取り入れた、女の子らしい山ガールファッションだ。

(そもそも標高300メートルちょっとに過ぎないので、天候と気温さえ安定していれば過剰な装備は不要だ)

 

「熊野、さっきはありがとう」

「何てことありませんわ」

 

先ほど、ヤマカガシという毒蛇がいた岩に提督が不用意に手をついてしまい、噛まれそうになったところを、熊野が「とぉお~おお~!」と気合一閃、尻尾を持って遠くへ放り投げたのだ。

 

ヤマカガシは日本中に棲息する見慣れた蛇で、長く無毒の蛇と思われて危険視されていなかったが、戦後になって実は奥歯(後牙)に日本最強の猛毒を持っていることが分かった。

ヤマカガシは臆病なので、こちらの存在を先にアピールして逃げる時間を与える、出会ってしまったら刺激せずに静かに立ち去る、といった対策が有効だ。

 

 

「ほらほら、ご飯の用意しようよ。提督もテーブルセットお願いね」

今回、提督が運ばされたのはミニテーブル2個と椅子3個。

 

スノーピーク社の、A4サイズのテーブル面を二つ折りに畳める携帯テーブルの定番「オゼン ライト」と、他社の「トリポッドチェア」という、三本脚と三角の座面を持つ折り畳み椅子。

 

重量は全部で3.5Kg弱だ。

 

鈴谷がケロシンバーナーで面倒な着火をする一方、熊野はテントを張っていく。

 

「テーブル出来たから、下準備するね」

提督が熊野のザックを開けて、前菜の食材や調理器具を準備していく。

 

ザックのポケットに刺してきたバケットパンを薄く切り、ガスカートリッジ式のバーナーの上に、組み立て式の網焼きトースターを設置する。

 

バケットをカリカリに焼き、ニンニクをすりつけてオリーブオイルを塗り、タッパで持ってきた具材を盛り付ければブルスケッタの完成だ。

 

保温ボトルに入れてきた熱々のコンソメスープをカップに注ぐ。

 

トマトとバジルのブルスケッタには粉チーズ、スモークサーモンのブルスケッタには塩こしょうと、ポチ袋に入れてきた調味料をふりかけて最後の味付けを。

 

ケロシンバーナーの他にガスバーナーも使うのは、着火・消火が簡単で、手軽に火の数を増やせるからだ。

 

 

では、本命のケロシンバーナーでは何を作るのか?

 

アルミのクッカーに、後始末を簡単にするためにアルミホイルを敷き、ペットボトルの白ワインを注いでアルコールを飛ばす。

 

ブルスケッタをかじり、余った白ワインを回し飲みしながら、ビニールパックしてきた食材を広げる。

 

切って下茹でしておいた、アスパラ、ニンジン、ジャガイモ、ヤングコーン、剥きエビ、ソーセージ。

そして、小さく切ったバケットに、刻んでトースターで炙った切り餅。

 

チーズフォンデュ用のとろけるチーズをトロトロに溶かして、串に刺した食材をからめて口に運べば、深く濃厚なチーズのコクが素材の旨味を引き立てる。

 

「はむ、ん~ん~♪ 意外といけますわ~♪」

切り餅もチーズにとてもマッチする。

 

 

「てーとくぅー! ちょっとマジメに話するけど……」

食材とともに保冷材で冷やしてきた、追加の白ワインのペットボトルを開けながら、鈴谷が話しかけてくる。

 

それは、ケッコンにあたっての、鈴谷から提督への感謝の言葉だった。

 

「……これからもよろしくね!」

最後にそう言うとワインをあおり、鈴谷はボトルを提督に押し付けてきた。

 

 

食事の後片付けをし、テントに潜り込む。

仮眠をして、疲れた身体に回ったアルコールを抜くためだ。

 

3人用なのに本体2Kgを切る超軽量のテント、スノーピーク社の「ファル」。

折り畳んで収納できるマットや枕も、空気を入れて膨らませれば、快適な寝心地になる。

 

「提督とこの鎮守府、わたくし、嫌いではなくってよ? ……ふぁ~」

そっと抱きついてきた熊野だが、そのまま提督の腕を枕にして、まどろみ始める。

 

「提督、熊野、まさか新婚旅行で本当にグッスリ寝るつもりじゃない……よね? んぅ、どうする? ナニする~?」

 

鈴谷が足を絡ませてくるのを感じつつも、提督も眠りに落ちていった。

 

 

「てぇーとくぅー……くーまのー…………。なーんかマジ退屈なんだけど……」




空母改装後の鈴谷には大変お世話になっていますが、航空巡洋艦の鈴谷も恋しくて2人目を探しています。

53話の那智回の後、冒頭の提督いじりが面白くなかった、というコメント付きの評価をいただきました。
あの回の鈴谷と熊野の言動はジェラシーによるもので、今回への伏線だったのですが、その方をはじめ、他にも不愉快に感じられた方がいらっしゃいましたら、お詫びいたします。


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最上と焼きおにぎり

※今回は「鎮守府 THE ORIGIN」といった感じの回想編で少し毛色が違うお話になります。


鎮守府の正門から続く町内の細い道。

季節はずれの暑さから一転、夜に降った雨と強い風が暖気を押し流していった朝。

 

「おはようございます」

ご近所さんに挨拶しながら、半ズボン姿の最上が道に落ちた花弁や葉を掃除している。

 

「おめでどうごし」

地元新聞に、この鎮守府のケッコン情報が載るせいで、最近ケッコンした最上などは、地元の人から祝いの言葉をよくかけられる。

 

「あはは、ありがとう!」

 

照れ隠しに振り返って見る、山裾の高台にある艦娘寮。

元温泉旅館だった艦娘寮には、広く立派な和風の庭園がある。

 

「あの松、剪定しないとなあ」

 

松、楓、犬柘植、桜、梅、椿……。

四季折々に目を楽しませてくれる庭の樹木だが、その手入れも大変だ。

 

「お寺さんのとこまで掃いて、徳さんにも挨拶してこよっ」

 

戻ったら庭木の手入れをすることに決め、最上は近くの寺へと続く道の掃除にかかる。

その寺には、徳さんという、宮ジイに並ぶ鎮守府の恩人が眠っていた。

 

 

2013年の夏。

南方海域強襲偵察での激闘を終えて一息ついた提督と艦娘たちは、自然の力に圧倒されていた。

 

春には美しかった桜や梅は当然のように散り、きちんと掃除しなかった花弁は生ゴミとなった。

ろくに手入れしていなかった樹木は伸び放題となり、芝生には雑草が混じっていた。

健康を害した枝葉には大量の毛虫が湧いて、それを狙って来る鳥たちがフンを落とす。

 

数か月、人の手が入らなかっただけで、一幅の絵画のようだった日本庭園はその調和を崩し、原始の森へと逆行の一歩を踏み出していた。

 

 

そんな時、親しくなってきた町内の霧雨商店の主人から、庭師の親方だった徳さんの存在を耳にした。

 

数年前にガンの手術で引退するまで、この旅館の庭園の管理を長年取り仕切っていたという。

 

提督と最上は庭の手入れのアドバイスをもらおうと、間宮の羊羹を手土産にして、徳さんの家を訪れた。

 

「何だね、物売りなら間にあっとるよ」

 

杖をついて玄関先に現れた徳さんは、大俳優の三國連太郎さんのような渋いご老人で、何人もの職人を手足のように使って様々な大庭園の仕事を手掛けてきたという。

その貫録に提督も最上もビビッたのだが……。

 

スーツ姿の提督が自分たちの素性と来訪の意図を告げると、徳さんは突然杖を捨てて地面に正座し、深々と頭を下げた。

 

「司令長官自ら……誠に、もったいないことです。知らぬこととはいえ、大変失礼なことを申しました」

 

(いやいや、うちの提督はそんな大したもんじゃないから)という言葉を飲み込んで、徳さんを立ち上がらせた最上。

 

「お恥ずかしい。私らのように下っ端で戦争に行っていたもんにとっては、大将などは雲の上の神様のような存在で……」

 

照れる徳さん。

 

「病気にかかり艦を降りる私に艦長が、治療に専念し次に乗る艦でご奉公するようにと……激励の言葉をかけてくださった思い出も、もう恐れ多くて、ただ有り難くて……いや、何十年もたっているのに……」

 

戦後は、独立開業するまで15年ほど東京や京都で修業をしていたというせいか、この地方の訛りもほとんどない。

 

「お呼びくだされば、飛んで参りますのに」

「呼びつけるなんてとんでもない」

 

提督が杖を拾って渡すと、徳さんは殿様から刀を授けられた武士のように、両手で杖を受け取った。

 

「そうだよ。お願いがあるのは、こっちなんだからさ」

最上が、徳さんの服についた埃を落としてあげる。

 

「あなたは……艦娘さん、ですか」

「うん、ボクが最上だよ」

 

最上の名を聞いた徳さんの顔がこわばった。

その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

「ど、どうしたの?」

心配する最上に、涙を流しながら拝むように頭を下げる徳さん。

 

「ええっ!? なんでボクにまで?」

「あの時、自分は赤痢にかかり、ブルネイで最上を降りてしまいました」

 

「あの時の……ブルネイ?」

「お許しください……」

 

振り絞るような徳さんの声。

 

1944年10月22日にブルネイを出撃した最上を含む西村艦隊は、3日後、スリガオ海峡で時雨ただ一艦を残して全滅した。

徳さんの言葉に出てきた最上の艦長、藤間大佐も艦橋への命中弾を受けて戦死している。

 

「お供出来ずに、申し訳ありませんでした」

 

徳さんは戦後ずっと、時雨と同じ心の傷を抱えていたのだ。

 

 

徳さんのお墓参りから戻り、最上は三脚の脚立を持ち出した。

三脚なら平らでない地面でも安定するし、木にギリギリまで近づける。

 

樹木の剪定は、重なった枝を適度に切り落として、葉への日当たりや風通しを良くする作業だが、この「適度」が難しい。

 

基本の理屈は簡単で、例えば大きな枝から5本の小枝が櫛のように伸びていたとする。

真ん中と両端の枝3本を残して、中間の枝を2本切り落とし、バランスよく間隔を開ければいいだけだ。

 

だが、実際の枝は規則正しく整列しているわけでも、全て真っ直ぐに伸びているわけでもない。

一本一本形も大きさもバラバラな枝から、仕上がりの見栄えをイメージして切り落とす枝を選ぶのだが、なかなか上手く行かない。

 

切り落としてしまってから、後悔することもある。

 

 

「医者から再発だと言われました。今度は駄目でしょう」

 

昨年の秋、最後に鎮守府を訪れた徳さんは穏やかな口調で言った。

徳さんは始めて会ったときより、一回りも二回りも痩せていた。

 

「生かして頂いた間に身に付けたことが、皆さんのお役に立てたなら心残りはありません」

 

幸せそうに笑った徳さんは10日後に倒れて、そのまま目を覚ますことなく亡くなった。

 

道具の使い方、手入れの仕方、安全のための注意、多くのことを教わった。

 

庭木の手入れだけでなく、庭池の掃除、裏山の林木の伐採、薪の切り出しと使い方、炭焼きの方法、石の切り出し、庭石の敷き方、石垣や石窯の組み方、土壁の塗り方、様々な小屋の建て方……。

 

そして、囲炉裏の再生も。

 

 

まだまだ未熟だと思うが、何とか及第点だと思える剪定が出来た。

最上は徳さんに教えられたとおりに丁寧に道具を片付け、きちんと手を洗うと、寮の中へと向かった。

 

艦娘寮のロビー奥。

小座敷にある囲炉裏は、バブル期に旅館を所有していた東京の不動産会社が、煤汚れや火事の危険性を嫌って、掘り炬燵(ごたつ)に換えてしまっていた。

 

それを徳さんに教えてもらい試行錯誤しながら、自分たちで再生したのだ。

 

最終的に、囲炉裏の下の石組みを作り直し、木枠を組み直して、隙間には自作の藁入りの粘土を詰め、灰を入れた。

 

吹き抜けの天井の煙抜きを開け直し、現代風に小さな静音換気扇も取り付けた。

 

出撃や遠征の後、湾の奥に戻ってくると見える、この囲炉裏から出てたなびく煙が、最上は大好きだ。

 

ポカポカと暖かい囲炉裏端。

最上は薪の炎の横に、「ワタシ」という半月状の格子になった道具を置いた。

 

炎の中から熾した(おこした)炭を火箸で転がしてワタシの下に移動させる。

徳さんに教えてもらい、囲炉裏で使う薪や炭も自分達で作るようになった。

 

おひつの米を優しく握っておにぎりを作り、ワタシにのせてじっくりと焼く。

 

両面に焼き色がついたら、みりん醤油をハケで塗りつけてワタシに戻す。

別のおにぎりには、みりんで溶いたネギ味噌を塗りつける。

 

追加で、新しいおにぎりもどんどん握っておく。

 

「あらぁ~、いい匂い」

「荒潮、食べてくかい?」

「うふふ、いいのぉ~?」

 

「最上さーん、おにぎり食べたいですっ!」

「雪風、おいでよ」

「ありがとうございます!」

 

「お、うまそう……」

「加古も食べてくかい?」

「へへ、これも焼こうよ。間宮さんにもらった厚揚げ」

 

醤油と味噌の焼ける香ばしい匂いに誘われ、艦娘たちが集まってくる。

 

カリッと表面が焦げ、中はふっくらの焼きおにぎり。

焦げた醤油と味噌の風味が、際限なく食欲を誘う。

 

畑のこと、釣りのこと、春の草花や野鳥、虫のこと、あと少しだけ仕事の話。

話題は尽きない、鎮守府の家族が集まる囲炉裏端。

 

最上はふと座敷の隅に目をやった。

和箪笥には、夕張が作ったガンプラと並んで、徳さんの写真が飾られている。

 

「たらの芽を摘んできたんだけど……僕も、いいかな?」

「もちろんさ、時雨」

 

偉大な恩人に見守られながら、ここの鎮守府は今日も平和です。



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大淀と香取とぶりの照り焼き

その日、大淀は香取から相談があると言って、鳳翔の居酒屋の奥座敷に呼び出されていた。

「貸切り」の木札がかけられた奥座敷の前、一声かけて障子を開ける。

 

「すいません、ちょっと書類整理にてまどって遅れました」

「お忙しいところ、ごめんなさいね」

 

すでに机には、香取が頼んでおいたのだろう料理が、何品か並んでいる。

胡麻豆腐、めかぶ酢、イカの木の芽和え、アジのなめろう、ミル貝の味噌漬け焼き。

 

「さ、まずは……」

香取がお銚子を差し出してくる。

 

普段の鎮守府の飲み会では、控えめに舐める程度にアルコールを楽しんでいる印象の香取。

それが、これだけ日本酒向けの陣立て……。

 

(これは何か、面倒くさい相談な気がしますね)

 

「ありがとうございます、おっとっと」

大淀は警戒しながら、香取のお酌を受けたのだった。

 

 

1時間後。

大淀の予感は的中し、香取はベロベロに酔っ払っていた。

 

「らって、おかしいじゃないですか!」

ろれつが怪しい香取だが、その言い分を要約すると次のようになる。

 

自分は妹の鹿島より、9ヶ月も前にこの鎮守府に来た。

鹿島が新入りの時、自分は錬度70であった。

 

そして現在、自分の錬度は94であり、鹿島は錬度97である……。

 

「絶対に不公平れす!」

「あぁ……」

 

大淀には、大体理由が分かっている。

ここの提督は、頻繁な装備の変更を面倒くさがる。

 

鹿島は着任以来、ずっと三式ソナーと爆雷の対潜セットを装備していて、リランカ島への練成出撃や、潜水艦相手の演習に頻繁に参加している。

 

たまに提督が装備変更をしようとしても「提督さんに初めて頂いたこの装備、ずっと大切に使っていたいんです」と言って放さないあたり、鹿島もしたたかだが……。

 

それに最近、高射装置付の12.7cm高角砲を倉庫から借りパクしているので、ますますリランカ出撃に呼ばれることが多い気がする。

 

「この差は一体、どこから来るんですか!?」

 

「婚活に対する、真剣さの差じゃないですかねえ……」

大淀が香取に聞こえないよう、小声でボソリと言う。

 

鹿島は、強化型艦本式缶も1個持って帰ったままだと、明石がこぼしていた。

 

「今まで姉より先にケッコンした艦娘っているんですか?」

香取が身を乗り出して聞いてくる。

 

「いっぱいいますよ? 大井さん、北上さん、摩耶さん、阿武隈さん、雪風ちゃんや時雨ちゃん、夕立ちゃん……最近だと鬼怒さん」

「みんな、鎮守府を代表する一芸持ちじゃないですか!」

 

「そうですねえ……姉妹艦で性能が横並びなら、提督は均等にレベリングしますからね。このまま鹿島さんが香取さんより先にケッコンすれば、初の快挙ですよ」

「めでたくありません!」

 

「なめろう、美味しいですねえ」

 

なめろうとは千葉沿岸の郷土料理で、青魚や貝に味噌と薬味などを乗せ、粘り気が出るまで細かく叩いたものだ。

 

「真剣に聞いてくれてますか?」

「はい、聞いてますよ?」

 

大淀は追加注文した、ブリの照り焼きに箸を伸ばした。

 

ふっくらと柔らかく、脂ののった身。

旬は少し外れているが、トロッとした甘辛いタレの旨味が、それを補って余りある。

 

「聞いてましゅ?」

「はい、ちゃんと聞いてますよ」

 

と言いつつ、大淀は伊良湖に運んでもらったアサリの味噌汁に口をつける。

深い深い滋味に癒される。

 

「それでですね……」

 

香取の愚痴はまだまだ続くが、大淀は適当な相槌を打つだけで、まともに聞いていない。

意識のほとんどは、鳳翔の手書きのメニュー表に。

 

蕪のソテー。

焼けばトロッとして甘味が増す、大淀の好物だ。

 

「せっかくの私の特技の遠洋練習航海だって、数回しかやらせてもらっていませんし……」

「提督は、駆逐艦の子たちに長時間勤務をさせるのを嫌がりますからねえ……」

 

最後のしめには、豆ご飯を頼もう。

香取の言葉を適当に聞き流していた大淀だが……ふっと、ある企画が頭に浮かんできた。

 

 

『香取先生と行こう! キッズ2017』

-外洋体験学習、参加者随時募集中♪-

 

 

翌週、そんな張り紙が鎮守府の各所に貼られたのだった。



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大淀と秋津洲とパラオ料理

その日、大淀は秋津洲から相談があると言って、鳳翔の居酒屋の奥座敷に呼び出されていた。

「貸切り」の木札がかけられた奥座敷の前、一声かけて障子を開ける。

 

「すいません、提督が仕事をしてくれなくて遅れました」

「忙しいのに、来てくれて嬉しいかも!」

 

机の上には、まだ料理はない。

 

伊良湖がお通しに、うどの酢味噌和えを持って注文を取りに来た。

大淀は生ビールに、ブロッコリーのチーズ焼きと合鴨のつくねを注文した。

 

秋津洲は梅酒のソーダ割りに、メバルの塩焼きと、いきなりご飯を注文する。

そういえば秋津洲が好んでお酒を飲んでいるのを見たことがない。

 

(これまた、面倒くさい相談な気がしますね)

 

 

10分と待たずに大淀の予感は的中し、秋津洲はベロベロに酔っ払っていた。

 

「秋津洲、もうしゅぐ着任して2年なのに……ぜんぜん提督のお役に立ててないし、もう見捨てられてるのかも」

 

現在、秋津洲の練度は50。

今年2月の新入り組にも抜かれ、練度の低さはダントツのワースト1だ。

 

最近、装備は二式大艇3個で固定。

実戦への参加も、もう半年ほどない。

 

そもそも秋津洲には二式大艇の移動整備工場としての能力ぐらいしかなく、戦闘能力は非常に低く、他の水上機母艦のように甲標的や大発動艇を積むこともできない。

しかも燃費が悪く、速度は低速、装甲は紙同然で駆逐艦にもワンパン大破させられることも……。

 

ああ、茹でたブロッコリーにチーズをかけて焼いただけなのに、どうしてこんなに美味しいのだろう。

 

「このままじゃ秋津洲、ケッコンできるまでに何年かかるか分からないかも」

「世の中には、秋津洲さんを優先して超高練度に育てたり、全艦ケッコン達成している、変た……愛に溢れた提督もいるみたいですが……現在のうちのペースだと秋津洲さんのケッコンには、あと15年はかかりますね」

 

合鴨つくねは、軟骨も混ぜてすり身にしているので、コリコリした食感が楽しめる。

 

「そんなの嫌かもぉ」

「別にケッコンしなくてもいいじゃないですか、どうせカッコカリなんですから」

 

ケッコンカッコカリの制度とは無関係に、提督と事実婚のような関係にある艦娘も多い。

間宮や明石が代表だし、今でこそ練度が上がってケッコンしたものの、戦場に出ることがなかった頃の大淀もそうだった。

 

特に間宮が提督と伊良湖と3人で寮の離れに泊まっている姿など、まるで子連れ再婚したかのようで、正妻感が半端でない……。

 

ポーラとアクィラも、まだ練度99に達していないが、何度も提督の部屋に泊まり込んでいるし。

 

「それは分かってるけど……秋津洲、提督が大好きだから、ちゃんとケッコンしたいかも」

「すいませーん、カンパチのお刺身と冷や酒お願いしまーす」

 

「大淀さん、聞いてるかも?」

「はいはい、聞いてますよ。あ、しらすポン酢もお願いしまーす」

「大淀さんっ、見捨てないで欲しいかもー」

 

 

アクアグリーンの透き通った海に浮かぶ、小さな島々。

白い砂浜に、美しい珊瑚礁。

 

ここはパラオ諸島、パラオ共和国。

太平洋戦争開戦前から日本の委任統治領に属し、戦後はアメリカの信託統治を経て独立を果たしたが、いまだ住民には日系人が多く、経済的にも日本との結びつきが強い。

 

深海棲艦の出現により一時は海上連絡が途絶したが、2013年夏の南方海域強襲偵察を機に人類が航路を奪還し、艦娘が寄港できる泊地が置かれるようになった。

 

リゾートホテルを買い取って整備されたパラオ泊地の宿舎は、部屋やお風呂も広くて清潔、そして何より食事が美味しくて、艦娘の「泊まりたい泊地ナンバー1」の栄冠に輝いている。

 

だが、今回泊まるのは、その宿舎ではない。

泊地が、通信塔と電探設備を設置するために借り上げた無人島の一つ。

 

大淀プロデュースで始まる、香取の外洋体験学習、長距離航海を体験した後の無人島での一泊キャンプの下見のためだ。

遠征メニューにある遠洋練習航海の独自アレンジだが、同等の勤務評定をもらえるように本部と交渉した。

 

初回の参加者は、旗艦の香取、大淀、明石、秋津洲と速吸に、護衛兼取材役の青葉だ。

秋津洲と速吸には今後、ツアーの補助と荷物持ちの役目が期待されている。

 

「懐かしいなあ……」

自分の最期の地であるパラオの風景に、明石が目を細める。

 

「恐縮ですっ、今の心境を一言!」

すぐさま明石にインタビューしようとする青葉のスネを大淀が蹴る。

「イタッ!」

 

 

ドーム型の大型テントを設営してから、食事の準備に取り掛かる。

二式大艇を全て降ろした秋津洲と、補給艦である速吸は、かなりの調理器具と食材を運んでくることができた。

 

泊地から調達した食材、マングローブガニを綺麗に洗って蒸し焼きにする。

ガザミの一種で、濃厚で独特な甘みがある、とても美味しい蟹だ。

 

 

「殻を割るのは大変でしたけど、食べ応えがあって美味しいですね」

「特にハサミに詰まった身は絶品ですよ」

速吸の言葉に、青葉が同意しながら写真を撮る。

 

「小さいのは、ダシをとるのに使うといいって間宮さんが言ってましたね」

「明日の朝カレーのダシ、これでとってみましょうか」

香取がメモ帳に記してきた間宮からのアドバイスを披露し、大淀が提案する。

 

 

こちらも泊地から調達した、パラオ名物である世界最大の二枚貝、シャコ貝の刺身。

淡白ながら、ちょうど良い厚さに切れば、絶妙な歯ごたえを感じさせてくれる。

 

「薄く切り過ぎると、味気ないかも?」

様々な厚みに切ってみた刺身のうち、かなり薄いものを食した秋津洲が微妙な顔を見せる。

 

「これは、バター醤油で炒めても美味しいかも?」

「現地の人は、野菜やココナッツミルクと一緒にスープにもするみたいですけど……」

秋津洲と明石が、アレンジに頭をひねる。

 

 

そして現地の主食であるタロイモと、日本から持ってきた黒豚のひき肉で作ったコロッケ。

ほんのりと甘みがあるが、それに負けないコクがあって、とても美味しい。

 

「味は文句なしですが、これは黒豚の貢献が大きすぎる気が……」

「他の調理方法も要研究ですね」

香取と大淀が、気付いた点などをメモに記していく。

 

「茹でて潰してから、パスタ用の明太子ソースかけてみます?」

「青葉さん、それは地雷かも……」

 

 

空にはまだ青さが残るが、黄金色の太陽が水平線へと落ち始めている。

それを写して美しく輝く海面。

 

大好きな鎮守府だが、そこでは決して見られない風景。

 

「秋津洲、がんばるかも!」

普段、なかなか遠方までは来れない駆逐艦の子達のために、様々な外洋の体験をさせてあげる。

支援艦としての使命感に、メラメラと火がついてくる。

 

タピオカを潰して砂糖と練り、バナナの皮に包んで蒸した、ビルンというおやつを焚き火の周りでつまみながら、乙女心に鈍感な提督の悪口で女子トークが盛り上がる。

 

だんだんと暗さを増していく空には、パラオ国旗の元となった満月こそ見えなかったが、数多の星が煌めき始めている。

パラオの夜は、ゆっくりと過ぎていった。



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足柄とカツ丼

朝食後の7時半、戦艦や重巡を中心にした数人の艦娘が倉庫前に並んでいた。

全員、安全ヘルメットに作業着姿、もちろん出撃のためではない。

 

「腕を大きく上にあげてぇ、背伸びの運動ぉ~!」

 

お馴染みのラジオ体操を終えて、長門が本日の作業の説明のため前に出る。

 

「本日の午前の作業予定は杉林、葉枯らし材の搬出1本、曲がり木の処理1本、枝打ち3本」

 

杉の葉枯らし材とは、秋の新月の日に伐採した杉の木を山中に放置して、翌春から初夏に回収し、さらに屋内で半年以上、自然乾燥させるものだ。

 

切り倒されて枯れた杉は、冬の間に自然に水分が抜けて、きめ細かい木肌の色艶がよい木材となる。

水分が抜けたことで山から下ろす労力も減るし、冬は虫食いの心配もない。

 

そして、なぜ新月の日に伐採するのかといえば、虫害や腐りに強い木が得られるからだ。

まだ学術的には研究途上で証明はされていないのだが、大昔の職人はこれを経験的に知っていたのか、世界最古の木造建築物である法隆寺には「闇伐りの木」、つまり新月伐採の木材が使われたと伝えられている。

 

 

「焦るな急ぐな気を抜くな、安全確認最優先! それでは装備点検!」

長門がスローガンに続けて、装備の点検を指示する。

 

「ヘルメット、よし」

「アゴ紐、よし」

「安全帯、よし」

「足元、よし」

2人一組で指さしながら、互いの装備をチェックする。

 

「それでは、今日も一日安全に!」

 

 

現場に到着すると、扶桑と三隈がまずは葉枯らし材の搬出にかかった。

足柄は、長門、羽黒、摩耶とともに曲がり木の状態の確認に向かう。

 

雪によって弓反りに倒れかけている木は、伐採が難しい危険な木だ。

 

通常の伐採は、まず木を倒したい方向にナタで受け口という三角の切れ込みを作っておいて、反対側からチェーンソーを水平に入れて追い口という切断を行っていく。

 

割り箸を割るのを想像すると分かりやすいが、下手に追い口を入れてしまうと、突然一気に木が裂けて、裂けた木が追い口にいる伐採者の方に跳ねてくる可能性がある。

 

「V字に切るかい?」

摩耶が提案したのは、木が倒れる方の受け口を2つ、V字に木が残るように開ける方法。

V字の先端を圧し潰すように倒すことで、木が倒れるスピードを遅くして退避しやすくする方法だ。

 

「これは……突っ込み切りするしかないわね。まずはロープを巻きましょうか」

足柄が裂け防止のためのロープを幹に巻きつけていく。

 

今回、足柄が行う突っ込み切りは、受け口を作った後に一度、真横からチェーンソーの刃先を木の真ん中部分に突き入れる方法。

追い口を入れる前に木の芯を断ち、不意の倒木を防ぐ方法だ。

 

ただし、技術的な難易度は高くなる。

特に刃を無闇やたらに突っ込んでしまうと、木に刃が入らずに弾き返され、操作者の方に暴れてくるキックバックという現象を起こすことがあり危険だ。

 

綺麗に水平を保ってまっすぐ突き入れていけないと、余計に重心を不安定にしてしまい、目的とは逆に木が裂ける原因を作り出してしまうことにもなる。

 

「姉さん、大丈夫ですか?」

妹の羽黒が、心配そうに尋ねてくる。

 

「任せて、勝利が私を呼んでいるわ!」

 

足柄はチェーンソーの操作には自信がある。

整備は欠かさず、刃先も万全に手入れし、木の構造についても勉強を重ねた。

 

常に木の筋がたてる音に注意し、木が裂ける兆候を見逃さないようにしながら、丁寧に慎重にチェーンソーの刃を入れていく。

 

長門たちも後方に退避しながらも、木の傾きに変化がないか注視している。

 

「よし」

足柄は見事、木の姿勢はそのままに綺麗に刃を貫通させた。

 

突っ込み切りの穴と受け口の間には、数Cmほどの木(ツル)を残してある。

追い口を作って突っ込み切りの穴まで繋げてやれば、残ったツルに木の重みがかかり、木は受け口の方へと倒れていくはずだ。

 

だが念には念を。

少しだけ切り入れた追い口にクサビを打ち込んで、木の重心を変えて自身の重みで倒れていくように促してやる。

 

「さあ、いい子だから……!」

 

足柄が数打目のハンマーをクサビに打ちつけると、ミシッと木が鳴いてガクッと受け口の方へと傾いた。。

 

足柄も木から離れるが、木はゆっくりと、しかし確実に大きく傾き始める。

木がイメージ通りに倒れていくこの瞬間が、足柄は大好きだ。

 

 

曲がり木の処理を終え、足柄たちは枝打ちにかかる。

枝打ちとは、観賞用の樹木でいう剪定のことで、不健康な枝を落として、葉の日当たりや風通しを良くしてやる。

 

林業用のスパイク付き地下足袋をはき、木に登って樹上で作業を行う。

 

万一の落下事故に備えて、林業用の安全帯をしっかりと使う。

 

そういえば、以前に足柄が20メートルクラスの木から足を滑らせて安全帯に救われた時、その姿を見て「立体機動装置だ!」と目を輝かせた夕張がやたらと使いたがっているが……。

何やら心配なので、夕張にはまだ使わせていない。

 

長門は先ほど切り倒した曲がり木を、邪魔にならない場所に移動させている。

足柄の力では、あの乾いていない木を1人で動かすのは難しい。

 

適材適所。

重火力・重装甲、重パワーでは戦艦に劣るが、機動性と両立していることこそが重巡洋艦の取り柄だ。

 

木の上を器用に動き回りながら、ノコギリで余分な枝を切り落としていく。

チェーンソーは好きだが、野鳥を驚かせてしまうので最小限しか使わない。

 

それに、しっかりとヤスリをかけ、目立てをしてあるノコギリの気持ちいい切り味。

流れる汗に吹く、山の風も心地よい。

 

 

昼の弁当を平げながら、休憩をとる。

 

「姉さん、今日は……出撃組に回らなくてよかったの?」

羽黒が声をかけてきた。

 

足柄の練度は98、今日の出撃でバシー島沖に同行していれば、練度99に達してケッコン可能になるのだが……。

 

「羽黒、私のケッコンは華々しい勝利で飾りたいの」

 

足柄の狙いは明日の、深海東洋艦隊漸減作戦。

港湾棲姫を撃破するイメージトレーニングを続け、明日の秘書艦も予約してきた。

 

「そのための、勝利のカツ丼よ!」

 

弁当には不向きそうなカツ丼だが、足柄もそこは工夫をしてきている。

たっぷりの米に切ったとんかつをのせただけのタッパとは別に、玉ねぎと溶き卵の入った汁を保温ボトルに入れて持ってきている。

 

煮ていないカツはもちろんサクサクのまま、汁は熱々で出来たてのように。

 

白いご飯に、カツの脂と濃い味付けの汁が染み込む。

同じく汁を吸い、少ししんなりしたところに卵をまとったカツはジューシー。

勝利が約束された、王道の美味。

 

「みなぎってきたわ! 明日は餓えた狼の実力、見せてあげる!」




17/4/24
感想でいただいたご意見をもとに、伐採方法について修正できました。
半月様、ありがとうございました!


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赤城と焼き餃子

鎮守府の提督執務室は、肌色に溢れていた。

 

「これ、どんな状況よ?」

遠征から戻った叢雲が室内の惨状を見やった。

 

上半身ほぼ裸になりタオルを羽織っている瑞鶴。

スーツがお腹から破れて、隠し切れない下乳がはみ出している愛宕。

 

スカートがビリビリに千切れた飛鷹。

豊かな双丘を腕で隠しているのかアピールしているのか分からない鹿島。

セーラー服型の制服が破れて、ブラや下着をのぞかせて涙目の名取。

 

駆逐艦らしからぬ胸部装甲がうらや……けしからん浜風。

もし提督と2人きりなら、通報やむなしなヤバイ姿をさらす谷風。

 

そして死んだ目をして窓の外を眺める提督。

入渠用のお風呂は、すでに赤城、加賀、夕張、磯風で満員だ。

 

 

北方海域戦闘哨戒で、ほっぽちゃんこと北方棲姫が月末恒例の荒ぶりをみせた。

「カエレッ!」と、お約束のように瑞鶴が半裸にされ、やむなく撤退。

その前の空母戦で中破、小破になっていた赤城と加賀の修復にも時間がかかっている。

 

「装甲空母になったとか散々自慢していたくせに……しばらく反省していなさい」

と、小破の加賀は、大破している瑞鶴より先にお風呂に入ってしまった。

 

同時に、リランカ島周辺での潜水艦狩り(4-3)を行っていた艦隊は、敵戦艦タ級に遭遇して真っ先に飛鷹が中破させられ、あとはタコ殴りにされた。

 

なぜか、こちらが用心棒の戦艦や正規空母を連れて行かない時に限ってタ級が出てくる気がするのは……気のせいだろうか……。

 

鎮守府近海航路での船団護衛作戦では、毎度おなじみの空襲の後に重巡リ級の待ち伏せがあり、浜風と谷風が甚大な被害を受けた。

磯風が先にお風呂に入っているのは、損害が軽微で、すぐに入渠が終わりそうだからだ。

 

 

「みんな、ごめんね。今日はもう休んで、明日仕切り直そう」

提督は本日の閉店を決定した。

 

「艤装の修理は、高速修復材も使ってすすめるから、みんなは空いたらどんどんお風呂に入っちゃって」

 

 

深海棲艦の攻撃により受けた穢れを祓うという、ありがたい霊薬が張られた入渠用のお風呂。

 

提督には、どうしてもただの季節の薬湯にしか思えず、軍令部総長がタチの悪い自称霊能者に引っかけられているだけだと思うのだが、一応浴びてくるように指示する。

 

軍令部総長は、海自時代に深海棲艦に乗艦を沈められた経験がある。

艦娘に出遭ってスピリチュアルな世界に目覚めてしまったが、本人は妖精さんを見ることができない霊的センス0のおじいさんだ。

 

4月は桜湯が張ってある。

提督が、本部からお風呂に浮かべろと指示のあった霊薬の袋を一つ、バチあたりに開けて中を覗いてみたところ、やっぱり刻んだ桜の葉と乾燥させた桜の樹皮が入っているだけだったが……。

 

「お風呂から上がったら、夜は寮の大広間でお疲れ様会をしよう。叢雲、間宮さんや他のみんなにも伝えてくれるかい?」

 

 

寮の別館3階には、200人が入れる宴会場の大広間がある。

 

現在、鎮守府の人口は提督、間宮、伊良湖を入れて195人。

別館を増築した当時は、200は大げさだと思っていたのが、いつの間にかギリギリの広さになってきてしまった。

 

1階の大食堂から配膳用エレベーターを引き、その分3階の厨房を半減させて広間を広げるという、建築妖精さんから出ている改築案を実行しなければならない日も近いかもしれない。

 

 

「提督、お手伝いに来ました」

早めにお風呂を出た赤城が、大広間の厨房に顔を見せる。

 

「今日のは僕の完全なミス、慢心しちゃったなあ……」

 

5月に大規模作戦があるのではないか。

そんな噂から、今のうちに出来る作戦は「パパッと片付けてしまおう」などと思ったのだが、完全に驕りだった。

 

「そうですね。しかし、実戦部隊にも緩みがありました。私達、鎮守府全体のミスです」

赤城が、端正な表情を崩さないまま静かに言う。

 

赤城が言っているのは、瑞鶴のことだろう。

報告書を見る限り、瑞鶴は護衛要塞から発進した敵艦攻の雷撃を避けることができたのに、装甲に頼って受け止めようとした。

結果、動きを止めたところを、北方棲姫の艦爆による急降下爆撃にやられてしまった。

 

しかし、きちんと航空隊の戦力を整えておけば制空権を奪えたし、艦隊に防空巡洋艦である摩耶を加えておけば、敵艦載機の動きを封じることもできた。

 

北方棲姫をなめて、惰性のローテーション編成のまま出撃させてしまった、提督の責任だ。

よく鎮守府に遊びに来て、埠頭で平和にアイスを食べてるけど、本気を出されるとやっぱり姫なんだと実感させられる……。

 

「明日は、戦闘機隊も厳選して確実に制空権を奪えるようにしよう」

「はい。明日は不覚をとりません」

 

鎮守府で最高の練度を誇る赤城。

真面目で日々の自主練に余念がなく、休日に畑作業の手伝いに行く前にも、弓道場での射行を欠かさない。

その分、よく食べるが……頼もしい鎮守府の支柱の一人だ。

 

「それで、今日は何を作るんですか?」

赤城が目を輝かせて訪ねてくる。

 

赤城から、間宮が夕飯のために用意しておいた食材のリストを見せられ、提督はあるメニューを思いついた。

 

 

白菜とキャベツを粗みじん切りにして塩を振り、水けを抜く。

さらに、ニラ、ニンニクと、しょうがを絞った豚ひき肉、背脂と混ぜ合わせ、調味料を加えて粘りのある餡を作る。

薄力粉と強力粉を合わせ、お湯を加えながら混ぜ捏ねて生地を作る。

 

そう、今日は餃子パーティー。

 

広間の入り口に大きなテーブルを2つ出し、生地を麺棒で皮に伸ばすのと、餡を包んで餃子の形にするのを自分たちで体験してもらう。

 

カレーと同じく、餃子も本場中国式から魔改造を施された日本人の国民食の一つだ。

中国では餃子の中にニンニクを入れないし(タレにスライスしたものを添えることはある)、ご飯と合わせることもなく、餃子を焼くのも元は前日の水餃子や蒸し餃子の残り物を消化するためだった。

 

しかし、白いご飯や冷えたビール(これも中国人は好まない)には、油でパリッと焼いた、ニンニク入りの焼き餃子が一番。

 

「北上さん、餡のついた手で前髪触らないでください!」

「気合! 入れて! 行きます!」

 

「不知火、不器用やな~」

「不知火に何か落ち度でも?」

 

「サラっち、ほら、こうやって皮を人差し指で軽く押してヒダを作って、つまんで……」

「Oh my god……」

 

キャーキャー言いながら、不揃いな餃子を作っていく艦娘たち。

大切にしたい、家族の風景だ。

 

業務用の餃子焼き機と、中華鍋をフル動員してどんどん焼いていく。

 

ピータン豆腐、トマトとネギの中華サラダ、スナップエンドウの鶏肉炒め、カジキマグロの中華風ソテー、おつまみはもう全部のコタツに運んである。

 

「提督、味見は大切です」

カリッと焼き色のついた餃子を大皿に盛ると、早速、赤城が横から箸を伸ばしてくる。

 

皮の表面はパリッと香ばしく、そしてプリッとした弾力を噛み切れば、餡は肉汁をこぼさないように食べるのが難しいほどジューシー。

 

「餃子、美味しいです」

赤城がニッコリと微笑む。

 

「はい、みんなの所に持って行って」

提督も微笑みながら、次の餃子を焼きにかかる。

 

大広間からは艦娘たちの笑い声が聞こえてくる。

失敗もするけれど、今日もここの鎮守府は平和です。



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那珂とそら豆のごはん

黄色く花咲いていたタンポポの群生の中に、白い綿毛が混じってきた。

那珂の率いる第四水雷戦隊は、今日は倉庫の横で肥料混合機と格闘していた。

 

リヤカーを使って畑から運んできた土に、 苦土石灰(ドロマイト)(マグネシウムとカルシウムを多く含んだ、鉱物を細かく砕いたもの)と 堆肥(たいひ)、肥料を混ぜ合わせる。

 

肥料混合機は明石の手作りで、台座に遠征用のドラム缶を斜め45°に設置し、内には不要になった艤装のスクリューの羽根を、折り曲げて取り付けてある。

手回しのハンドルでドラム缶自体を回転させて、中のものを混ぜるのだ。

 

 

堆肥には、土壌を改良して土をやわらかくしてくれる効果がある。

 

原料は、庭園や裏山の落ち葉と、刈り取った雑草、厨房から出た野菜クズ。

秋から半年、畑の端に囲ってある木枠に入れて発酵させ、そこに牧場から買った発酵牛糞を混ぜたものだ。

 

「うわぁ、重いです……あ、きゃーっ」

「意外とくさくないっぽい?」

堆肥の桶を持ったまま転ぶ五月雨に、牛糞の臭いを気にする夕立。

 

 

肥料も、発酵用の木枠に入れて2ヶ月ほど発酵させた、鎮守府自家製の天然肥料。

 

原料は、米ぬかと油かす、魚粉にエビ殻、すり潰した牡蠣殻、わらを燃やした灰、菌のついた落ち葉、そして水。

 

「俺、ただのゴミ箱だと思ってたから、何で陽炎姉が時々かき混ぜてんのか分かんなかったよ」

嵐が言うように、発酵を促すために定期的にかき混ぜてやらなければならない。

 

那珂たちも、堆肥や肥料を使わせてもらう分、新しい肥料作りを体験してきた。

つまり、生ゴミっぽい物質を木枠に入れてかき混ぜる作業だ。

 

(アイドルとしてはNGっぽい仕事だったけど、菌の力と、昔の人の発想ってすごいよね……)

 

身の回りの廃棄物から、植物の栄養になるものを取り出す先人の知恵だ。

 

 

「それじゃあ、回しますね」

野分がハンドルを回す。

土を入れて重くなった混合機を回すのは、なかなか骨が折れる。

 

「那珂ちゃんセンター、一番の見せ場!」

交代でハンドルを回しながら、那珂も戦隊長のメンツとして駆逐艦たちの二倍は長く回す。

 

混ぜ込んだ土を手にとってみるが、フカフカに柔らかい。

ほんの一つまみの中にも、落ち葉についていた菌が数億にも増殖して発酵を促した結果だ。

 

葉を肥えさせるチッ素、実を肥えさせるリン酸、根を肥えさせるカリが豊富に含まれた、豊饒な養土となっている。

 

大量生産の時代にはナンセンスなのかもしれないが、自然界にあるものだけを使って植物を育てるのが、この畑の方針だ。

 

 

こうして混ぜ込んだ土をプランターに入れ、10日ほどして土の状態が落ち着くのを待つ。

そして、セルトレイで発芽しているネギの種苗を移し替えて、畑に定植できる丈夫な太さにまで育てるのだ。

 

セルトレイを使わずにいきなりプランターに種をまいてもいいし、セルトレイから一気に畑に苗を植え替えることもできるが……。

 

今回は那珂たちにとって初年度の栽培。

宮ジイと川内と相談し、急な天候や気温の変化に左右されないようにと、いつでも屋内に退避させられるプランターを使うことにした。

 

芽吹いた長ネギはすくすくと成長してネギらしい形になってきて、もうすぐ草丈も10Cmほどに達する。

 

芽を間引くとき、春雨や山風が泣いてしまったほど愛着が湧いている。

慎重に慎重に大事をとって育てていく予定だ。

 

プランターに混合した土を積め、混合機の掃除と片付けを終えて……。

 

「今日はちょっと大変だけど、那珂ちゃんについてきてねぇ!」

 

 

那珂たちは畑に戻り、他の農作物の手伝いに参加する。

 

ニンジン、ゴボウ、サヤエンドウ、カブ、レタス、チンゲンサイ、ブロッコリー……。

今週、種まきや植え付け予定の野菜は多い。

 

那珂は、大和と武蔵を手伝って、大根の種まきをした。

 

あらかじめ幅を60Cmとった畝が、わら紐で区切られて並んでいる。

まずは、こちらも手伝いに来ている島風が、畝の中央に木の棒を押し付けて、溝を作る。

 

大和と武蔵が、その溝に沿って、25Cm長の木の棒を置いて間隔を測りながら、空き缶の底をカットしたものでペタペタと土に種のまき穴をスタンプしていく。

 

えんじ色ジャージを着て、地味で細かい作業をする超々弩級戦艦。

なかなか見れないレアな姿だ。

 

そのまき穴に、手伝いの那珂と摩耶が、X字を描くように5粒の種をまく。

品種は、低温でも育ちやすく、葉が少なく広がらないので密集してまける、春青大根だ。

 

「おーそーいー!」

その穴を、溝を作り終えた島風が、土をかぶせて埋め始める。

 

 

川内の三水戦は、すでに育ってきたジャガイモの芽を間引きする芽かきという作業や、サトイモ用の畝作りをやっている。

 

玉ねぎや大豆ももう芽吹いているし、小麦も新緑の草を伸ばしてきた。

冬の間は一面霜のはった土だけだった東京ドーム2個分の広大な土地が、だんだんと田畑らしい姿を取り戻してきた。

 

大規模作戦が始まって忙しくなる前に、できるだけ春の作業を終わらせておきたい。

艦娘たちは、頑張って畑仕事に精を出すのだった。

 

 

お昼はあきつ丸が、明石が製作した一三式自走炊具で出前に来てくれた。

 

働いた後の美味しいご飯。

王道のわかめと豆腐の味噌汁が、やさしく身体に染み渡る。

 

メインのおかずは、鶏と新玉ねぎの塩麹焼き。

塩麹に漬け込んだだけのシンプルな味付けが、九州からお取り寄せした地鶏の上品な旨味を存分に引き出している。

 

よほど美味しかったのか、普段は大人しい荻風までが、一口噛みしめただけで足をジタバタさせている。

 

 

ご飯は昆布とともに炊き、塩茹でしたそら豆を混ぜ込んだ、ホクホクのもの。

自然な甘味と塩気が、絶妙なバランスをとっている穏やかな味。

 

「はぁ…、癒されますぅ……感謝ですね…」

三水戦の綾波の言葉が耳に入った。

 

まさに、自然の恵みに感謝したくなる味だ。

 

今食べているそら豆は九州産のものだが、6月を過ぎればこの畑で育てているそら豆も食べ頃になるだろう。

 

 

ちくわの磯部焼きは、あきつ丸が昨日の九州での演習の帰りに獲ってきた飛び魚を使い、間宮が練ったものだという業物(わざもの)の逸品。

とにかく味の奥行きが深い。

 

しらす入りの玉子焼きに、あさりと椎茸の佃煮、ひじきの煮つけ、蕪の浅漬け。

山の幸、海の幸がたっぷりの食事を、土の香りがする畑で食べられる幸せ。

 

 

「よーし、みんなー! 午後もノリノリで那珂ちゃんについてきてねっ!」

「はーい!」

 

美味しい食事で気合いも体力も十分回復。

 

「あ、ちょっとその前に、舞風ちゃん、春雨ちゃん。ゴールデンウィークのライブの振り付けだけ確認しとこう」

 

那珂は今度、公民館でライブを披露することになっていて、舞風と春雨はそのバックダンサーだ。

 

ライブといっても、吹雪たち特型駆逐艦がやる演劇『おむすびころりん』と、鳳翔と加賀の演歌ショーの前座の賑やかしなのだが……。

 

「ステップ1、2、3で、那珂ちゃんがセンターでターン、はいっ、そこで左右立ち居地を入れ替わって。頭からもう一回だけやってみよう!」

 

農業だけじゃなく、アイドル業も手抜きはしません!

那珂ちゃんは絶対、路線変更しないんだから!



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翔鶴の愛妻弁当

海の安全を脅かし、人類に仇なす深海棲艦。

 

……は後回し。

今日の艦娘たちは町内の安全のために、スズメバチと戦っていた。

 

キイロスズメバチ。

体長は2Cmほどで、攻撃性が強い。

民家や倉庫の軒下、天井裏に巣を作ることも多く、そのくせ人間が巣に近づいただけで攻撃してきたり、要注意な種類だ。

 

コガタスズメバチ。

攻撃性はそれほどではないが、キイロスズメバチより一回り大きい。

徳利を逆さまにしたような形の巣を民家の軒下や庭の樹木などに作ることがあり、放置しておくとバレーボール大にまで巣を大きくしてしまう。

 

軽巡洋艦娘たちが手分けして町内をパトロールしながら、スズメバチやその巣を見かけたら通報してくれるように、町民にチラシを渡していく。

 

特に天龍と龍田は日頃、商店街の御用聞きとして買い物に困っている高齢者住宅への配送サービスをしたり、商店街への送り迎えを行っているので顔が広い。

 

「それじゃバアちゃん、近所で巣があるって話が出たら教えてくれよな」

「わがた。いつもどうもねぇ」

 

注文の日曜品を届けて去っていく天龍の軽トラに、両手を合わせて拝む、足腰を痛めている一人暮らしのお婆ちゃん。

 

時々、駆逐艦娘も訪問して散歩に連れ出し、寝たきりになってしまわないように注意している。

 

この鎮守府は、地元の平和と安心も全力で守ります!

 

 

鎮守府から裏山を挟んだ反対側にある、広大な畑と、広々とした果樹園、ちょっとした水田、貯水池、そのさらに先の山裾に近い奥まった一角。

そこには、季節ごとに色とりどりの花が咲き乱れる。

 

菜の花やチューリップの間を、一匹の蜂が飛び回っていた。

花の蜜をたらふく吸い、そろそろ巣へと帰ろうとする彼女。

 

彼女に名前はないが、仮にアイと呼ぼう。

アイは、人間が呼ぶ「ニホンミツバチ」という種類の蜂だ。

 

アイの属する一群は近年、「ヨウセイ」という存在に仲介されて、「カンムス」という「ニンゲン」に似た大きな動物に庇護されることになった。

 

「ヨウセイ」が言うには、「カンムス」は「テイトク」という女王蜂のような存在を守りながら(「ニンゲン」のオスらしいが、なぜ交尾以外に役割のないオスなどを守るのかはアイたちには意味不明だ……)、「チンジュフ」という巣を作っているという。

 

その「チンジュフ」で食べるために、アイたちが集めた蜂蜜の一定量を分けて欲しいというのだ。

見返りとして、アイたち一群が巣にするのに適した箱を用意し、その巣箱の維持管理を請け負うという。

 

アイたちの祖母の世代は半信半疑ながらも、試しにその誘いに乗ってみた。

ニホンミツバチは不快になれば、すぐに巣を捨てる。

祖母たちも、一年限りのお試しのつもりだったのかもしれない。

 

ところが、「カンムス」たちは想像以上の貢献をしてくれた。

巣箱はアイたちの一群が働きやすいように内部の準備も最初から整っていて、群の成長に先回りして拡張もしてくれた。

 

塔のような数層の、いくつもの似たような巣箱が建ち並ぶ居住区。

それぞれ、アイたちの一群のように、「カンムス」に庇護されることを選んだり、その一群から枝分かれした群が棲家にしている巣だ。

 

木の板に「カ」と書かれた巣箱を旋回し、「ス」という木札の巣箱を飛び過ぎた、その先。

アイは「シ」と書かれた木板が張られた、自分の帰るべき巣箱を見つけた。

 

アイは巣への穴の前に取り付けられた、「カンパン」と呼ばれる板に着地する。

そして、狭くて通り抜けるのは厄介だが、頼もしい城門をくぐる。

 

この城門は、あの憎い天敵の大きさでは通り抜けることができず、アイたちの巣を守ってくれているのだ。

 

オオスズメバチ。

世界最大で最強のスズメバチであり、体長は3センチ前後、大きいものでは4センチにも達する、あの凶悪なならず者ども。

 

夏から秋にオオスズメバチは集団でミツバチの巣箱を襲い、成虫を殺した上、蜂児をさらって自分たちの幼虫の餌にしてしまう。

 

アイはまだ見たことはないが、夏になると「カンパン」の上に「ホサツキ(捕殺器)」という、上へと飛ぼうとするオオスズメバチの習性を利用した、奴らだけが吸い込まれて二度と出て来られなくなる檻が設置されるのだという。

 

他にも、オオスズメバチが仲間を匂いで襲撃場所に呼び寄せる習性を利用した「ネンチャクシート」や「ペットボトル」という罠を、巣から離れた場所に置いてくれるらしい。

 

オオスズメバチは気温が低下する秋以降は活動がにぶり、冬になるとほとんどは死んでしまう。

その間、女王バチだけが木の(うろ)などで冬を越し、今ごろから女王バチ一匹で新たな巣作りを始めるのだが、「カンムス」たちはそれを山に狩りに行ってくれるという噂も聞く。

 

それでも、アイたちの母の世代が、オオスズメバチの集団襲撃を受けた。

 

その時、この巣箱の守護者である「カンムス」の「ショウカク」は、「ムシトリアミ」という伝説の武器を振るって奴らを捕まえた上、相手の巣まで攻め込んで「ビニールブクロ」という不思議な道具に捕獲し、「レイゾウコ」という温度を操る道具に閉じ込めて、オオススズメバチどもを女王蜂ごと一網打尽にしたという。

 

それ以来、アイの一群は「ショウカク」に絶大な信頼を置いている。

 

特に、「ショウカク」は捕獲したオオスズメバチやその幼虫を、「ショウチュウ」という液に漬けこんで、「テイトク」に「セイリョクザイ」として食べさせたとか……。

 

「セイリョクザイ」というのが何なのかアイには分からないが、多分、女王蜂だけが口にするロイヤルゼリーと似たようなものだろうから、アイたちも「ショウカク」に親近感が湧く(でも、やっぱりオスなどを大事にする意味が分からないのだが……)。

 

 

アイは再び蜜を吸いに出かけ、キラキラと光る小川の近くで「ショウカク」と「テイトク」を見つけた。

 

「カンムス」たちが多く集まっている畑からは、透明な不思議な膜に覆われた「ビニールハウス」という沢山の建物(中はいつも暑くて南国の草花が咲く楽園だというが、入ったまま二度と出て来れなかった仲間もいる危険な場所だ)で死角になっている。

 

 

「はい、提督。あーん」

「あ…、あーん」

 

翔鶴が箸を向けて、お手製の弁当を提督に食べさせている。

 

タコと浅葱(あさつき)の酢味噌和え。

わざわざ別のタッパに、保冷剤を巻いて入れてきた、季節感あるおかずだ。

 

「浅葱はガン予防にも効果があるそうですよ」

「そうか、健康まで気を使ってくれて、ありがとう」

 

二度揚げで香ばしくサクッと仕上げた、長芋の素揚げ。

二度目の揚げの時には一緒にニンニクも揚げていて、うっすらとパンチも効いている。

 

「うん、ホクホクで絶品だね」

「嬉しい!」

 

和風に2球放っておいて、次は洋風。

内角にえぐり込むメインの、海老とアスパラのマヨ炒め。

 

マヨネーズには醤油が混ぜてあり、それが和風からの舌の橋渡しをするとともに、マヨネーズのコクを引き立てる。

良い加減に炒められてプリッとした海老も味濃くて、翔鶴の料理上手さが現れている。

 

「提督、お気に召しましたか?」

「うん、とっても美味しいよ」

「ふふっ……そう…ですか。良かった、良かったです!」

 

今度は箸ではなく、手でおにぎりを提督の口に運ぶ翔鶴。

 

ご飯に刻んだ大葉を混ぜ、ごまを振って軽く炙った、香りの立つおにぎり。

 

提督の胃袋をつかむべくMO作戦を続行しながら、翔鶴はベッタリと身体を密着させていく。

 

「あ、あの……翔鶴? そんなにくっついたら、た、食べにくいかなぁ」

「うふふ……提督……はい、あーんっ」

「あ、ちょ……翔鶴、まって……」

 

(これなら、「チンジュフ」という巣も安泰だろう)

 

役立たずのオスをリードする、たくましい守護者の姿に満足しながら、アイは花弁から飛び去り、巣箱へと戻って行くのだった。



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【番外編】大規模作戦とあさりリゾット

夕闇が迫る東京湾。

 

大規模作戦の発令を受けて、横須賀にある軍令部の直轄施設は喧騒に包まれていた。

定期航路の護衛計画変更による民間船舶の誘導に、各地の鎮守府への最終補給。

猫の手も借りたい忙しさだ。

 

しかし、横須賀鎮守府は静けさを保ったままだ。

一時は米海軍横須賀基地司令部となっていた、鎮守府の会議所の大ホールに、制服に身を包んだ艦娘たちが勢ぞろいしている。

 

至誠に悖る(もとる)なかりしか

言行に恥づるなかりしか

気力に欠くるなかりしか

努力に憾み(うらみ)なかりしか

不精に亘る(わたる)なかりしか

 

大きく五省が貼られた壇上。

元帥の階級章をつけた若い女性提督が堂々と立った。

涼しい切れ長の瞳には、一点の迷いもない。

 

「これより大規模作戦を実行します」

提督が言葉を発するが、眼前の艦娘たちは身じろぎもしない。

 

ほとんどの艦娘が錬度100を超えるまで練成を積み重ね、装備を極限まで改修し、最大限の備蓄を行ってきた。

この鎮守府にとって、大規模作戦さえ日常の一環でしかない。

 

提督からも、今さら言うことはない。

日頃、ともに努力する中で培ってきた信頼の絆こそが全てだ。

 

ここにいる誰もが信じている。

この横須賀鎮守府に、十個目の甲勲章がもたらされることを。

 

横須賀の女性提督は、怜悧な顔貌に一瞬だけ笑みを浮かべ、そして宣言した。

 

「暁の水平線に勝利を刻みなさい!」

 

 

同時刻。

 

呉鎮守府では、埠頭で熱血提督を中心に艦娘たちが円陣を組み、勝利への気持ちを一つにし、鬨の声を上げる光景が見られた。

 

佐世保鎮守府では、プロテインをこよなく愛する筋肉提督と艦娘たちが、道着に身を包んで武道場で瞑想し、精神を統一させていた。

物音ひとつないが、道場の壁には提督直筆の「一日入魂」という魂の叫びが吠えている。

 

 

一方、我らが鎮守府。

 

こちらでは、温泉上がりの浴衣姿の艦娘たちが、大広間で食事会をしていた。

春めいてきたとはいえ、夜は冷え込むのでコタツはまだ撤去されていない。

 

一応、大規模作戦前の壮行会という名目なので酒は控えめのはずだったが、一部の艦娘が予定外(想定内ではある)の大量持ち込みをして、場は宴会状態となっていた。

 

すでに〆のリゾットが出されているのに、宴会が収束する気配はない。

 

粘り気の少ないイタリア米をオリーブオイルで炒め、くつくつと煮立てた、あさりとポルチーニ茸のリゾット。

味付けは岩塩とパルミジャーノチーズのみだが、あさりとポルチーニ茸から出たダシが、豊かな風味を提供している。

 

シンプルだからこそ、凝縮された素材の旨味が舌を楽しませてくれる。

 

 

「ええと、大規模作戦が発令されました。田畑も忙しい時期で大変だけど、何とか田植えまでには終わらせよう。とにかく安全第一、無理はしないように」

 

提督の最後の挨拶も気の抜けたものだったし、すでにカラオケが始まっていたので、ほとんどの艦娘の耳には届いていない……。

 

けれど気持ちは一つ。

甲勲章はもらえなくても、絶対に未帰還者を出さず、新たな仲間とともにここで再び宴会を開く。

 

「おら、ちゃんと歯を磨いてから寝るんだぞ」

消灯時間を前に、部屋に戻る駆逐艦たちを誘導して行く天龍。

 

「鯛が残ってるから、ソテーしてトマトソースをかけますね」

まだ飲み続ける気の飲兵衛どもにせがまれて、追加のつまみを作りに厨房へ向かう大鯨。

 

提督は、上半身裸で抱きついてくるポーラを器用にかわし、おねむになっていた 子日(ねのひ)を抱き上げた。

 

「んぅ……提督? もう 子の刻(ねのこく)?」

時報を言いたくて、眠いのを我慢して残るつもりだったらしい。

 

まだ22時45分。

子の刻までは15分ある。

 

「いいから、今日はもう寝なさい」

優しく諭し、そのまま初春型の部屋へと子日を運んでいく。

 

ま、今回の大規模作戦も何とかなるでしょう。




いよいよ春イベント開始ですね。
のんびりまったり頑張りましょう!


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天龍とビーフジャーキー

現在(2017.05)進行中のイベントのE-3途中までのお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


昼には春めいた陽射しが降り注ぐのに、夕方になると急に冷え込んでくる。

北東方面での大規模作戦の数日目。

 

この鎮守府では、お土産作りに大忙し。

 

自家製ハチミツを練り込んだ、しっとりフワフワの焼き菓子。

裏山で朝に掘ったばかりの(たけのこ)を使った中華ちまき。

鎮守府のレストア漁船「ぷかぷか丸」で釣ってきたクロソイの干物。

 

祥鳳と瑞鳳が、竹と手漉きの和紙で作った団扇(うちわ)

隼鷹と飛鷹が登り窯で焼いた、陶器の湯呑み茶碗や酒器。

 

なぜそんなものを作っているかといえば、前述のように、数日前から大規模作戦が発令された。

北海道沖合及び南千島列島に敵艦隊の出没が確認されたのだ。

 

大湊警備府に急行した各鎮守府の艦隊は即座に出撃した(この鎮守府では様子見のために一晩出撃を遅らせたが……)。

 

敵艦隊の戦力はそれ程強大ではなかったものの、とにかく敵旗艦の潜水棲姫が硬かった。

 

伊勢、朝潮、夕張、那珂、ヴェールヌイ(響)、リベッチオ。

鎮守府でも指折りの対潜エキスパートたちが、最大限の対潜装備を満載し、2日がかり追い掛け回してようやく仕留めることに成功した。

 

 

お次は、敵勢力の北方での活動の活発化に対抗するため、艦隊を単冠湾(ひとかっぷわん)に集結させろという命令が来た。

 

駆逐棲姫と駆逐古姫が率いる艦隊を追い払い、単冠湾に物資を揚陸させて、迎撃準備を整えた。

 

そして泊地襲撃部隊の旗艦である、お馴染みの顔となった重巡棲姫との決戦。

こいつと、護衛の軽母ヌ級改flagshipもまた硬かった。

 

出撃メンバーは、木曽、鈴谷、霞、時雨、加賀、葛城。

何度も夜戦を挑み、何度か時雨の痛撃が重巡棲姫をあと一歩のところまで追い詰めたが、なかなか撃沈に至らない。

 

そこで加賀の艦載機を艦戦一色にして制空戦専門とし、葛城に代えて高速戦艦・榛名を投入して打撃力の向上を図った。

そうしたら一度、索敵力が不足して重巡棲姫に逃げられたのはご愛嬌……。

 

最後は、支援艦隊に大和と武蔵まで繰り出し、重巡棲姫にトドメをさした。

 

試行錯誤を繰り返しているうちに、新しい仲間である海防艦娘・国後(くなしり)と邂逅できたので結果オーライではあるが。

 

 

そして現在、千島列島沖に進出して輸送作戦を行いつつ、発見情報があった新艦娘・神威(かもい)の捜索を行っている。

 

こうした戦果の陰には、先行して攻略を行っている他の鎮守府の艦娘たちからの情報が欠かせない。

毎回、この鎮守府では艦娘たちが集まる泊地にお土産を大量に持って行き、先行組から情報を聞き出しているのだ。

 

 

残り資源も、今のところ問題なさそうだ。

 

たまに大破撤退の連続でストレスが溜まった提督が「サバをさばいちゃうよ」とか、うざいテンションでダジャレを飛ばすようになってきているが……。

 

「提督、ここどうぞ」

大鳳が耳かき片手に、提督を膝枕に誘う。

 

「お疲れみたいね! そんなんじゃダメよ!」

雷が提督のこった肩をマッサージしてあげる。

 

「提督~、ちょっと『ガ○ガリくん』買ってきてよぉ」

北上が提督を気分転換のおつかいに出す。

 

「囲炉裏の薪が足りないんですけど、薪割りを手伝っていただけませんか?」

妙高も提督のストレスを発散させようと薪割りを手伝わせた。

 

「今日はうどんにしてくれるかしら。はぁ? 何言ってるの? 急いで!」

叢雲も提督に、うどんの手打ちをさせてあげる。

 

艦娘たちの硬軟合わせた気配りにより、提督のストレス値は許容範囲内に留まっていた。

 

 

今日も提督は張り切って作務衣(さむえ)を着込み、燻製作りに精を出している。

 

水、塩、三温糖を基本に、素材に合わせた香草や香辛料、酒を調合したピックル液に長時間漬け込んだ食材たち。

 

地鶏の骨付きもも肉、豚バラのブロック肉を丁寧に水洗いして塩抜きし、温度計とにらめっこしながら殺菌のためにぬるま湯でボイルし、冷蔵庫で乾燥させる。

 

新しく仕込んだ鶏肉と豚バラを、物干し台やネットを取り付けてある燻製専用に改造した冷蔵庫に吊るし、すでに乾燥が終わっている鹿のすね肉とホタテを取り込み、燻製器へと。

 

「んだよ、ニヤニヤ気持ち悪いなあ」

 

どんな燻製チップを使おうか考えていたら自然とにやけてしまい、手伝いの天龍に呆れられた。

しかし、天龍だって頬がゆるんでいる。

 

「ホタテはナラで燻そうぜ」

「うん、鹿はサクラとヒッコリーに、ウイスキーオークを混ぜてみようか」

 

燻製器に食材とチップを入れて燻製を始めたら、温度計に気を配りつつウィスキーをチビチビやる。

つまみは以前に燻製にした牛タンのビーフジャーキーと、薫香をつけたクリームソースを塗ったクラッカー。

 

発色材や色素など当然使っておらず、完全に乾いて黒々とした自家製ビーフジャーキーは見た目こそ悪いが、味は折り紙つき。

 

噛めば噛むほど、じんわりと牛タンの旨味と、スパイシーに味付けされたタレの余韻が染み出してくる。

強いピートの香りも、ウィスキーによく合う。

 

 

道中の事故率を下げるため、艦隊には航空巡洋艦と先制雷撃ができる阿武隈を入れ、さらに基地航空隊の支援も道中に出す。

 

考えてみれば単純だが効果的な作戦を、他の鎮守府の艦娘が教えてくれたおかげで、輸送作戦は非常に安定するようになり、占守(しむしゅ)との邂逅にも成功した。

 

お礼の美味しい燻製をお届けするため、提督は連日、燻製作りにいそしんでいる。

 

何だか間違った方向の努力を重ねつつ、この鎮守府も大規模作戦に全力で挑んでおります。




ゴールデンウィーク中に前段作戦と掘りまで終わらせたいです。


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ゴーヤと汁なし担担麺

現在(2017.05)進行中のイベントのE-4のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


陽だまりでまどろむ猫のような細目をして、空になった瓶ビールのケースに腰掛けながら、提督は艦娘寮の裏手で調理用具の手入れをしていた。

 

中華用の大きな鉄鍋を焚き火にかけ、コゲを炭化させて紙やすりでこする。

クレンザーで磨いて水洗いし、薄く油を塗って、さらに軽く焼いてやる。

玉虫色の被膜ができ、ピカピカの中華鍋が 甦る(よみがえる)

 

竹で編んだ 蒸籠(せいろ)と木のまな板を風に干し、スプーンやフォークの曇りを消すように綺麗に磨いていく。

 

 

もちろん、現実逃避のためだ。

 

 

敵である深海棲艦勢力が、千島列島の 幌筵(ばらむしる)方面に来襲し、 占守(しむしゅ)島に上陸を開始した。

そこで、この敵 橋頭堡(きょうとうほ)(前進拠点)を攻撃し、占守島を防衛するようにと、軍令部から新たな作戦が下されたのだが……。

 

最初の出撃こそスムーズに進み、敵旗艦である北端上陸姫を撃破して、新規艦娘の 択捉(えとろふ)との邂逅も済ませた。

そこで「これは楽なんじゃないか」と思ったのが甘かった。

 

道中でも、重巡リ級のクリティカルヒットに、戦艦タ級の苛烈な砲撃が襲ってくる。

利根、筑摩、大淀、秋月、夕立、大潮からなる攻略部隊は、度重なる大破撤退を続けていた。

 

火力も今一つで制空力も危うい。

航空巡洋艦である利根と筑摩を、航空戦艦の扶桑と山城に置き換えてみたら羅針盤が狂って、修羅のようなルートへ叩き込まれた。

 

(甲作戦での攻略は諦めようか)

 

提督の喉まで、そんな言葉が出かかっている。

それを察しているので、長門、赤城、叢雲たち艦隊幹部も提督の逃避を見てみぬふりをし、何も言わないでいる。

 

利根が竹を削って作った、先の細い繊細な 菜箸(さいばし)

色々な料理の盛り付けにも重宝する。

 

筑摩が(うるし)を塗って作った、小ぶりの茶碗。

手の平にすっぽり収まり、味噌汁や吸い物を飲むのにちょうどいい。

 

大淀が編んでくれた、麻の 布巾(ふきん)

使いやすくて、速乾性も抜群だ。

 

そう、この大切な仲間を失うことに比べたら、勲章や報酬を諦めるぐらい、どうってことはない。

愛する艦娘たちの安全のためなら、自身のプライドなどいつでもドブに捨てられる。

 

ただ、この鎮守府の艦娘たちが優秀であることを示せない、その一点だけが残念だが……。

 

「乙作戦にしよう」

 

提督は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

軍令部に連絡し、受け持ちの海域をより難易度の低いところに替えてもらう。

そうすれば、すんなりと攻略に成功するはずだ……。

 

そんな提督に突然、抱きついてくる水着姿の艦娘がいた。

 

 

「ゴーヤの 内火艇(ないかてい)はお利口さんでち」

 

利根、筑摩、翔鶴、瑞鶴、大鳳、そしてゴーヤことイ-58。

 

今までの苦労が嘘だったかのように、楽々と道中を突破し、数度目の痛撃を北端上陸姫に加えていた。

特にゴーヤの積んでいる(どこに?)特二式内火艇の大暴れがすごい。

 

当初の作戦計画では、陸軍から借りた(そして返すつもりはない)妖精・池田さんの率いる戦車第11連隊を上陸させるはずだった。

 

だが、空母艦娘3人からの大規模爆撃と、三式 焼霰(しょうさん)弾、ドイツから借りパクしたロケットランチャー WG42(Wurfgerät 42)(ヴルフゲレート)の焼夷攻撃だけで、かなりの効果が出ている。

とどめは水陸両用車である特二式内火艇で十分だった。

 

「こんな攻略法があったなんて……」

 

ゴーヤが演習相手から情報を仕入れてくれた、ルート固定法。

潜水艦娘を1人編成に入れただけで羅針盤が安定し、空母を投入しても修羅ルートに飛ばされずに済むのだ。

 

空母からの先制爆撃と、潜水艦の先制雷撃で大幅に敵を削れるので、道中の大破撤退もほとんどない。

 

この編成を考えついた提督には、ぜひ特上の酒を奢りたい。

 

 

提督は帰還してきたゴーヤたちのために、鎮守府庁舎のキッチンで中華鍋をふるっていた。

 

花椒に熱した大豆油をかけ、辛みと香りを油へと移す。

たっぷりのひき肉と干しエビ、唐辛子を炒め、濃厚な芝麻醤(チーマージャン)(練り胡麻の調味料)と 豆板醤(とうばんじゃん)、スパイス、ラー油で味つけして肉みそダレを作る。

 

花椒の麻味と、唐辛子とラー油の辣味に、胡麻の甘味が加わり、深い味わいが生み出される。

が、くやしいことにスパイスの調合や自家製ラー油の製作は間宮任せで、何をどうしたらこんなに複雑な味わいを出せのか、提督にも分からない。

 

肉みそを麺にのせ、刻んだ青ネギを散らし、茹でた青梗菜と千六本に切ったキュウリを添え、すり潰した花椒と白胡麻をまぶしたら、汁なし担担麺の完成だ。

 

入渠のお風呂から上がり、5月の薬湯である、 菖蒲(しょうぶ)湯の匂いをさせたゴーヤたちが食堂に顔を見せる。

 

「これ、大好きでち!」

「提督さん、気が利くねー♪」

 

ガンッとした衝撃の辛さの後に、ピリッと舌が痺れるような花椒の風味。

上質な赤身だけを粗挽きにし、しっかり味付けした豚ひき肉の旨味と、コクのあるクリーミーな胡麻ダレ。

その奥からは、干しエビや落花生、八角、丸鶏のダシスープなど、様々な味がゲリラ的に奇襲攻撃をかけてくる。

 

それにからむのは、表面はツルツルだが、中はモッチリとした中太の自家製縮れ麺。

のど越しのいい面をすすり、小麦のじんわりした甘味を感じたら、そこにまた辛さと痺れが襲ってきて、また麺が欲しくなる無限スパイラル。

 

「ぢぐまぁ~、水が欲しいのじゃ!」

お子様舌の利根が悲鳴を上げるのを想定して、キンキンに冷やした冷水とウーロン茶をピッチャーで用意してある。

 

デザートの杏仁豆腐も、冷蔵庫でしっかり冷えている。

 

 

「ごちそうさまでち!」

 

ゴーヤが、額に吹き出した汗をぬぐいながら笑顔で言う。

 

さあ、次は最終局面。

占守(しむしゅ)島の再奪取のために侵攻してくる、深海北方艦隊を迎撃、補足殲滅する。

 

ボーキサイトの残量には不安があるが、燃料と弾薬には多少の余裕がある。

戦艦主体の水上打撃編成の連合艦隊なら、10回は出撃できるだろう。

 

さっさと終わらせて、来週は鎮守府総出の田植えだ。

 

海の平和を守るため、あとひと頑張り。

ゴーヤにハンカチで額の汗を拭いてもらいながら、提督も決意を固めるのだった。




E-4のこの編成に、マジで救われました。
考えついた人には感謝してもしきれません。


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朝潮とチキンマカロニグラタン

大規模作戦の最終局面。

北方水姫に、あと一撃を加えるのみとなった、ある日。

 

攻略のためには、ボーキサイトがやや足りない。

主力部隊の休憩を兼ね、ボーキサイト集めの遠征に集中していた、ある日。

 

この日、鎮守府の提督執務室では、ちょっとした騒動があった。

長門が壁ドンして開けた大きな穴を、建築妖精さんたちが必死に修復している。

 

 

長門が書類を届けるために執務室に入った時……。

 

「朝潮と 子作り」

 

執務室の壁にかけてある黒板ボードの提督の予定表。

昼の予定欄に、そう書いてあったのだ。

 

 

「長門、机がゴリゴリ削れてるからやめなさい」

 

早とちりして壁ごと提督をぶち壊しかけた長門が、ごにょごにょと言い訳しながら提督の机に指先で「の」の字を書いている(というより掘削している)。

 

以前、養殖わかめの飼育作業の予定として「第六駆逐隊、種付け」と黒板に書いてしまった時にも、榛名が大丈夫じゃなくなって大変だった。

 

 

黒板には今日の秘書官の朝潮が、辞書を片手に「螺」という漢字を書き込んでいた。

そう、朝潮が漢字に自信を持てずに空欄にしていた部分を埋めた、今日の正しい予定は「朝潮と 螺子(ねじ)作り」だ。

 

螺子(面倒なので以後はネジと書く)は、鎮守府にとって非常に重要な戦略物資の一つだ。

艦娘が使う装備を強化する「装備改修」に欠かせないのだが、本部からの支給も少ないし、偶然に手に入れられる機会も少ない。

 

しかも、大規模作戦にかかりきりで日常任務をほったらかしていたから、定期分の支給も削られている。

 

ただし……。

提督が私財を投げ打って妖精さんに「ゴニョゴニョ」すると、数個ほど増産することができる。

 

提督は不足してきたネジを補うため、初めて身銭を切ってネジを補充しようとしたのだ。

 

提督と長門の目が合う。

 

 

思い出される、ついさっきのやりとり。

 

「提督よ、恥ずかしいと思わないのか?」

「恥ずかしいとは思わないな。後ろめたさは多少あるけど……」

 

「真昼間に、堂々と宣言してまですることか?」

「ああ……ゴメン。気にする子もいるかな?」

「いるに決まってるだろ!」

 

「でも、そろそろ切実に必要だと思うんだ」

「た、確かに、そろそろ……誰かと作ってもいい頃だとは、思う……が、今まで“授かりもの”だから、そのうち自然に出来るのを待つとか言っていなかったか?」

 

「まあ、それが理想なんだけど……やっぱり、みんなには隠して作った方がいいかな?」

「ん……!? いや、その前に、初めて名指しして作る相手が駆逐艦というのはどうなんだ……?」

 

「朝潮のことかい? 朝潮なら(秘書艦の)経験豊富だし、いいと思ったんだけど」

「あ゛!? そ、そうなのか……ああ、朝潮は提督のお気に入りだしな……いや、しかし……」

 

赤面してグルグルと目を回した長門だが、意を決して提督ににじり寄る。

殺気にも似た気迫に、たじろいた提督が逃げようとするが、逃がすまいと長門が飛びかかる。

 

「まずは連合艦隊旗艦たる、この長門にこそ……!」

 

ドッシャーン!!

 

そして、世界のビッグ7たる超弩級戦艦の壁ドンにより、元漁協の組合本部だった安普請の壁には大穴が開いた。

 

「提督! 螺子の漢字、分かりました!」

そこに漢字辞書を抱えた朝潮が帰ってきたのだった……。

 

 

提督と再び目があった長門は、機関が暴走したかのような赤さになって、第一戦速で執務室から逃げ出して行った(その先々で破壊音や悲鳴がするが……)。

 

「長門さん、どうされたんですか?」

「なんだかなぁ~」

 

今さら、お金を使ってまでネジを作る気も失せてしまった。

 

「とりあえず、お昼でも食べようか」

 

 

鍋にバターを熱して薄力粉を加えて炒め、牛乳を少しずつ加えて混ぜのばしながら、塩胡椒とコンソメで味を調えてホワイトソースを作る。

 

フライパンで、薄くスライスした玉ねぎをバターでしんなりとさせ、鶏肉とマッシュルームを加えてさらに炒めながら、茹でたマカロニとホワイトソースの一部を加える。

 

そして、バターを薄く塗った耐熱皿にフライパンの具を入れ、残りのホワイトソースをかけまわし、チーズをのせてオーブンに。

 

チーズが焼ける香ばしい匂いがキッチンに充満し、それに正比例して朝潮の瞳のキラキラが増していく。

 

「はい、チキンマカロニグラタンだよ」

 

テーブル前に行儀よく着席しながらも、バッサバッサと目に見えない尻尾を振りまくっている朝潮。

その前に、綺麗に焦げ目がついたグラタンを出して、刻みパセリを振ってあげる。

 

「司令官、感謝いたします!」

 

こんがり焼けたチーズに、とろりまろやかなホワイトソースのコク、バターで炒めた具材の旨味、マカロニのやわらかい食感が重なる。

 

「司令官、朝潮は司令官のためなら何でもいたす覚悟です。どんなことでもお申し付けください!」

 

さすが、鎮守府でも忠誠度ナンバーワンと噂される朝潮。

提督がお願いごとを切り出すか迷っているのを素早く見抜き、先回りしてきた。

 

「朝潮には大規模作戦でも頑張ってもらったのに申し訳ないんだけど……1-5の潜水艦狩りを頼めるかな?」

 

手つかずにしていた定期任務。

近海に出没する敵潜水艦を一定数狩ることで、ある程度ネジの供給が受けられる。

 

「この朝潮にお任せください!」

 

頼もしく言う朝潮の、綺麗な黒髪を撫でてあげる。

 

長門に、朝潮がお気に入りと言われたが、ひいきするつもりはなくても、ついつい朝潮に頼ってしまう。

改二丁になって、対潜水艦要員としては駆逐艦首位だし、大発動艇も積める上にいつもキラキラしているので遠征要員としても大活躍してくれる。

 

(子供かあ……もし子供を授かって、それが朝潮みたいな女の子だったら……)

 

提督は朝潮の髪を撫でながら、ちょっと父親気分の妄想をふくらませてみる。

 

「駄目だ、朝潮を嫁になんかやらないぞ」

「え?」

「いや……何でもないよ」

 

つい、妄想がふくらみ過ぎて、花嫁の父になるまで十年も育ててしまった。

 

「朝潮はどこにもお嫁になんて行きません。ずっとずっと、司令官だけの朝潮です」

「朝潮……」

 

父親気分全開、目頭が熱くなり、涙目で朝潮を抱きしめてしまう提督。

そんな提督を優しく抱きしめ返し、今度は逆に提督の頭をナデナデしてあげる朝潮。

 

「うわっ、キモッ!」

「ウザイのよッ!!」

「うふふふふっ」

 

そして、キッチンを通りかかってその光景を目撃し、ドン引きする鈴谷と満潮、微笑みながら防犯ブザー(型探照灯?)に指をかける荒潮がいたのだった。



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【番外編】鎮守府の祝勝会(2017春)

夕刻になり、そろそろ仕事を終えようとした時に、執務室の電話機が鳴った。

 

ダイヤル式の古い黒電話。

 

提督は受話器を取り、端的にこの鎮守府がある地名だけを伝える。

 

「はーい、天草だよっ♪」

幼女風のアニメ声で、相手の鎮守府がある地名が告げられる。

 

「さつき」

「ズバリ節約だよ、お兄ちゃん!」

 

保安手順に則った、今月の花言葉による合言葉の確認なのだが……。

 

「お早う! どう、毎日元気に嫁とヤッてる?」

 

無駄なテンションの高さと、ハスキーな地声に戻ったとたんの躊躇いのない下ネタ。

確かめるまでもなく、天草の腐女子提督(元声優志望)だ。

 

彼女の外見を伝えるには一言で済む。

集積地棲姫とそっくり。

 

「進○の巨人」ではないが、集積地棲姫が登場した時、彼女が深海棲艦に変化したのではないかと、軍令部がパニックに陥ったほどだ。

 

面倒な性格はしているが、大洗や酒田、横須賀の提督と並んで、非社交的なここの提督と仲良くしてくれる提督の一人だ(木更津は腐れ縁過ぎて除外)。

 

「燻製、うまかったよ~! 北方水姫、倒せたらしいねぇ。おめっと~!」

 

大規模作戦の攻略情報をくれたお礼に、燻製を送ったことへの返礼と、作戦終了のお祝いの電話らしい。

 

「うん、ありがとう」

「うちの間宮が色々詰め合わせた戦勝祝い、そっち送っといたからさ。着いたら、みんなで食べてよ、お兄ちゃん」

 

天草提督の正確な年齢は知らないが(各提督の個人情報や過去の詳しい経歴は、海軍によって厳重に保護、隠ぺいされている)、ここの提督よりは少しだけ年下らしい。

それを強調するためか、ことあるごとに「お兄ちゃん」と呼んでくる。

 

「いつもすまないねぇ」

「それは言わない約束だよ、お父っつぁん」

 

天草提督の冗談めかした会話はいつも、ちょっとした息抜きになる。

 

天草は九州の熊本県にある、青い海に囲まれ、緑豊かな山々を擁する美しい島だ。

 

春はムラサキウニやカレイ、初夏にはイサキやアジ、イシダイ。

夏にはアカウニやハモ、イワシ、マダコ。

秋は伊勢エビやアオリイカ、冬にはブリやカンパチ。

 

魚介類の他にも、四季折々の火の国・熊本が誇る、豊かな大地と水の恵みに育まれた素晴らしい食材や酒を送って来てくれる。

頼もしい友好鎮守府だ。

 

もちろん、こちらからも北の海で採れた珍しい魚介類や、寒い地方ならではの食材を定期的に送っているし、互いの地元の業者を紹介し合うことで仕入れ先の充実にもつながっている。

 

「こっちは雨すごかったよ。もう夏が来ちゃうの!?って思わせといてさ、いきなりドバーッと!」

 

会話のキャッチボールが得意ではないここの提督だが、天草提督のリードで、しばらくは楽しい会話を続けたのだが……。

 

「でさぁ、お兄ちゃ~ん。ちょっと言ってみて欲しいセリフがあるんだ♪」

 

突然、幼女声に切り替わる天草提督。

天真爛漫な幼女声なのに、その裏に隠しきれない邪悪さが満ち溢れている。

 

「一言『ねえ、僕の“ピーー”が欲しいんでしょ?』ってネチ攻めのノリで言って! その後は『○○(呉の熱血イケメン提督)君の“ピーー”の中は熱いね……』って」

 

ガチャン!

 

提督は叩きつけるように電話を切った。

 

セクハラ、ダメ絶対。

 

 

天草提督の電話で精神的にドッと疲れさせられたが、提督は風呂に入って(汚された)魂の洗濯をしてから、艦娘寮別館の宴会場に向かった。

 

今日は、大規模作戦の勝利と新人の歓迎を祝うための、大宴会の日だ。

 

関東では夏日が記録されたらしいが、こちらの方では気温はまだそれほど上がっていない。

さすがに真冬に活躍した毛布一枚は外され、電気のスイッチを入れることは少なくなったが、コタツ自体はそのまま置いてある。

 

温泉上がりの艦娘たちの浴衣や袢纏 (はんてん)にも、まだ秋冬物が混じっている。

完全に衣替えが行われるのは、田植えが一段落した6月になるだろう。

 

宴会場には、艦娘たちがギッシリ。

200人収容のこの宴会場も、今回新たに6人の艦娘たちが加わったことで、とうとう満員になってしまった(提督も加えると定員オーバーだ)。

 

各コタツ席の上に出ているのは、藻塩とゴマ油で味付けしたじゃこ豆腐、大根おろしとポン酢ベースのタレをかけて大葉をふったナスの素揚げ、新ジャガのひき肉あんかけ。

 

お手伝いの駆逐艦娘たちが忙しげに運んでいる大皿には、カツオ、タイ、アイナメ、シマアジ、ホタテの刺身。

 

奥の厨房では、鳳翔が細切りにした山芋の束を海苔でくるんで、パリッとした磯辺揚げを揚げている。

 

一階の食堂では、間宮と伊良湖がメインの鶏鍋の最終準備。

青森シャモロ○クの胸肉ともも肉、つくねに、ニンジン、ネギ、ゴボウ、シャキシャキの水菜、えのき、しいたけ、春雨、そしてコクを加える油揚げ。

 

大規模作戦のおかげで鎮守府の資源はスッカラカンになったが、代わりに作戦中に北海道と青森で仕入れた食材のストックは大量にある。

 

日本最北端の酒蔵が作った北海道 留萌(るもい) 国稀(くにまれ)の大吟醸や、青森の地酒の魅力が詰まった 田酒(でんしゅ)の山廃など、深海棲艦のおかげで運送料が高騰している昨今、手を出しにくい価格になっていた酒も現地価格で色々と集めてきた。

 

 

「みっなさーん、乾杯用のグラスは行き渡ってますかー? きゃはっ、準備オッケーですね♪ そっれじゃあ開会の挨拶はぁ、新しく鎮守府の仲間に加わった戦艦ガングートさんにお願いしたいと思いまーす! みなさーん、たっくさんの拍手をお願いしまーす!!」

 

キレの良い那珂の司会と、一瞬にして部屋を暗くする川内の照明操作、その瞬間にガングートを照らし出す絶妙な神通のスポットライトさばき。

 

今日の宴会も楽しくなりそうです。




みなさん、おつかれさまでした。
E-2まるゆ掘りを続けたかったですが、母港枠の関係で私の春イベは完全終了です。
次の夏は地獄になるかもという予想もありますし、低燃費錬成と備蓄、そしてこの話の執筆の日々に戻ります。


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【番外編】鎮守府の田植え・前編

さわやかな風に、ツバメが舞う。

(あぜ)に仕切られた四枚の水田が、キラキラと日の光を照り返していた。

 

米作りの秘訣は水管理。

水温は気温より変化しづらく、昼夜の温度差や天候の急変からデリケートな稲を守ってくれる。

さらに水を張ることは、多くの有害な微生物や雑草が繁殖できない環境にする効果もある。

 

田んぼの土を引き鍬(ひきぐわ)で土寄せし、畦の土壁に塗り付けて割れ目や穴を防ぐ畦塗り(あぜぬり・くろぬり)という作業をしてから、水を引き込む。

 

その水は畑の横を流れる小川から水車で引き上げ、ため池に溜めておいたものだ。

 

宮ジイが若かった頃は、今の畑や果樹園の部分も含めて、辺り一面に水田が広がっていたという。

 

国の減反政策で徐々に水田を減らすうち、本格的に野菜農家へと転向し、米は自家用の分しか作らなくなったという。

鎮守府が出来たときには、もうごく小さな水田の跡地ぐらいしか残っていなかった。

 

「米か……胸が熱くなるな」

 

畑仕事の休憩中、宮ジイからそんな話を聞き、米も作ろうと思えば自分たちで作れることに気付いてしまった艦娘たち。

 

大和魂を惹きつける魔性の力が、米には宿っている。

 

まず、戦艦組のハイパワーで、土手切り(畦を作る作業)をして、四枚に仕切った五反(ごたん)(国際的なサッカーコートの半面以上)の水田を造り出した。

水車を自作し(「モーターで汲み上げましょうか?」という明石の提案は黙殺され)、水田用に温度管理が出来るため池を掘削し、米作りを始めたのが3年前。

 

トラクターで田起こしして雑草を除去しておいた田んぼに、ため池の水を引き入れるための、木や竹の(とい)も自作した。

 

水を入れたら、土と水をよくこねながら、田の底を平らにしていく代掻き(しろかき)を行う。

 

初回の荒代(あらじろ)では、戦艦や空母たち大パワー組による、馬鍬(まぐわ)引きのトーナメントレースが恒例。

馬鍬は名前のとおり、本来は馬や牛に引かせて土を耕すための農具だ。

今年はアイオワ(昨年は着任直後のため見学だけだった)が、前回の覇者・瑞鶴や強豪の武蔵を破って優勝した。

 

いったん水を抜いた後、肥料を入れての二回目の代掻き、中代(なかじろ)の際は、ガチャガチャのカプセルに景品を書いた紙を入れたものを、いくつか田んぼの中に埋めておく。

艦娘たちに早い者勝ちで探させるゲームをするのだ。

 

カプセルを探して土を掻き分けたり、ドダバタと走り回っている内に、自然に土と水と肥料、そして空気が混じって、栄養豊かな泥水が出来ていく。

 

最後の植代(うえじろ)は、田植え前に土をならす作業。

柄振り(えぶり)という、T字の農具を引いて土の表面を丁寧に平らにしていく。

 

また、代掻きの時には、それまで田んぼの土に住んでいた虫などが水から一斉に逃げ出すので、それを目がけて鳥たちが餌をとりに来て、空も大騒ぎになる。

 

特に毎年、水面すれすれまで急降下して虫をキャッチするツバメの姿が見られて、これが九九艦爆のようだと空母たちに大人気だ。

 

 

そうして田んぼの準備が進み、ビニールをかけた苗代(なわしろ)で大切に見守った稲の苗が十分な大きさに育ったら、いよいよ田植え。

 

田んぼに苗の束を投げ入れる、苗打ち(なえうち)は提督の仕事だ。

あらかじめ全体に均等に配っておき、足りなくなったと声がかかれば追加を投げ入れるのだが、ノーコンな提督なので思うように飛んでくれない。

 

誰かに代わってもらおうにも「苗を配るのは殿方の役目です」と、大和に妙に古風なことを言われてしまって、毎年苗打ちをやらされている。

同様に「殿方が植えたのでは稲は丈夫に育ちません」と、植え付けはやらせてもらえず、そちらは艦娘全員が体験することになっている。

 

苗を縦横の間隔を一定に揃えて植えるために、田植定規という道具を使って田面に跡をつけておき、横一列に並んだ6人の艦娘たちがその跡に従って植えていく。

一度に6人ずつなのは、いつも単横陣(たんおうじん)を組むので慣れているからだ。

 

だが、最初の6人には艦隊行動の経験が少ない、間宮、伊良湖、明石、速吸が入っているので、やや単横陣が乱れている。

今日ばかりは正妻戦争を休戦して、鳳翔も間宮のフォローをしている。

 

あとの一人は水上機母艦娘の瑞穂。

田植えの一番手に相応しい、縁起の良い名前を買われて昨年から抜擢されている。

 

 

苗は浅く植えると浮かんできてしまうし、植えるのが深すぎると稲の枝分かれである「分げつ」が土に阻害されてしまい、葉の成長が悪くなる。

深さ3Cmに真っ直ぐに植え付けていかなければならない。

 

鎮守府には200人もの艦娘がいるから、行事感覚で手での田植えを行えるが、より少ない人数で仕事として行ったら、かなりの重労働に感じるだろう。

 

しかも、苗を植えたら田んぼに水を増すので、一枚の田は必ず一日のうちに植え付けを終わらせなければならない。

 

機械がなかった頃には、今よりもずっと大変な一大仕事だったはずだ。

それでも代々、米を作り続けてきた先人達に感謝と尊敬の念が絶えない。

 

 

交代で田植えを続けながら、先に田んぼから上がった艦娘たちは手足を洗って、夜の宴会の準備のために寮へと戻る。

 

田植えの最後には、田の神に御神酒を上げて今年の豊作を祈り、酒を飲んでお祝いをする 早苗饗(さなぶり)がしきたり。

今日もまた大宴会だ。

 

ちなみに、稲苗を意味するや早苗や、ここの艦娘の皐月、五月雨などの語源の頭の「さ」は、穀物を守護する田の神を意味するという。

桜も、田の神(さ)の宿る座(くら)から名づけられたという説もあり、花見の宴会も大切な神事の一つなので大いに飲み明かすべきなのだ(某軽空母談)。

 

 

伝統にのっとった田植えの昼食(小昼から転じて「コビリ」と呼ぶ)は軽く、塩むすびと赤飯のおにぎりに、きゅうりのからし漬け、まめぶが出るぐらいだ。

 

まめぶとは、この鎮守府より少し北の辺りの、伝統的なハレの日の郷土料理(らしい)。

黒砂糖とクルミを入れた小麦の練り団子と、ごぼう、人参、豆腐、油揚げ、しめじなどをダシ汁で煮て、しょう油で味付けしたものだ。

 

鎮守府ができた当時にやっていた、ここの県を題材とした国民的朝のドラマで取り上げられたのでメニューに採用したが……。

宮ジイもそれまで食べたことはなかったと言うし(江戸時代、地域により異なる藩に属していた文化圏の相違とかがあって)、全県民の認知度的にはイマイチだったりする。

 

それはともかく、最初こそ甘すぎる醤油味の煮物ということで「おかずなのか、おやつなのか」と論争が広がったが、味付けのバランス感覚が分かってくると、素朴な味わいの中に優しい甘味が広がる労働食として定着していった。

 

ただ、それだけでは足りない海外の燃費悪い組が、石窯でピザを焼いたり、バーベキューを始めたりしているのはご愛嬌。

一昨年は昼食の量が足りなくて、宴会が始まるまでずっと腹の虫を鳴らしていた某世界最大の戦艦と赤い空母がいたので、昨年から海外艦に追加調理を積極的にお願いしている。

 

先日の大規模作戦の際、北海道でホワイトアスパラガス(シュパーゲル)の仕入れルートを開拓してきたビスマルクが、鼻高々にソーセージとホワイトアスパラの串焼きを配っている。

 

そんな艦娘たちの楽しげな昼食風景を横目に、提督は天秤棒にくっつけた竹製の 苗籠(なえかご)を担ぎ、苗を供給して回ってヘロヘロだ。

 

それでも、数少ない提督の男の見せ場(本来の職務的にはどうなのか……)。

いつになく猫のような細目を険しくし、額に汗かきながらも水田中を働き回る。

 

夕刻が近づいてきた頃、最後の6人組である今期の新艦娘たちの田植えとなった。

 

幼げな容姿ながら熱い闘志を秘めた、ロシアの弩級戦艦、ガングート。

まさに幼い特設航空母艦、春日丸。

アイヌ語を操る銀髪の給油艦娘、 神威(かもい)

そして、海防艦娘の 占守(しむしゅ) 国後(くなしり) 択捉(えとろふ)

 

神威を除いて、豊穣を祈願するにしてはどうかというロリ艦ぞろいだが……。

 

「終わりっしゅ!」

 

占守の手で最後の苗が植え込まれ、田植えが終了する。

 

「それでは、放水するぞ」

長門がため池からの水門のバルブを開き、水田へさらに水を注入する。

 

苗を痛めないようにと、しっかり水温を計りながら日光に当て続けてきた温い水が、水田へとゆっくり流れ込んでいく。

 

その光景を眺め、春日丸が注いでくれたお茶を飲みながら、提督も塩むすびをかじる。

 

米粒のふくよかな食感と心地よい粘り気、豊かな甘み。

腹を満たすのではなく、心を満たす塩むすび。

 

やはり日本人にとって、米は特別な食べ物だ。

 

「春日丸も初めてなのに、よくがんばってくれたね」

「褒めていただいて、あの……ありがとうございます。お役に立てて、私、嬉しいです」

 

「長良たちはランニングで帰ったんだな? じゃ、次でラストか。龍田にワゴンで迎えに来させるから、ちょっと待っててくれ」

寮への送迎で軽トラを往復させている天龍の声が聞こえる。

 

黄昏を増していく空に、巣へと帰るカラスたちの鳴き声も聞こえていた。




初の前後編になってしまいました。
米作りは調べれば調べるほど大変で、大仕事なんだなと思います。


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【番外編】鎮守府の田植え・後篇

一面に稲が植えられ、夕日に黄色く染まる田んぼ。

鳥が稲を食べに来ないように張り巡らされた、鳴子があちこちでカラカラと音を立てている。

 

田植えをしている間に、手が空いた艦娘たちによる畑作業も進んでいた。

トマト、ピーマン、キュウリ、ナス、カボチャなど、いくつもの野菜の苗を畑に植える、定植が行われ、ここの鎮守府が田畑として利用している土地のほとんどに若芽が萌えている。

 

夏になれば、一面青々とした光景になるだろう。

提督は龍田の運転する軽自動車タ○トに揺られ、田畑を後にした。

 

 

提督は鎮守府の寮に戻り、まずは自室へと直行しようとした。

とにかく風呂に入りたい。

 

寮のロビー奥にある小座敷には、海外艦が集まっていた。

新入りのロシア戦艦娘ガングートと、イギリス戦艦娘ウォースパイトが、ドイツ戦艦娘のビスマルクと、ドイツ巡洋艦のプリンツ・オイゲンと、 袢纏(はんてん)姿で囲炉裏を囲んでいる。

 

ほっこりしたのも束の間、オイゲンの「日本にはヨバイーという習慣があって……」とか不穏当な発言が聞こえてきた。

 

会話に割って入りたくなったが、そんな気力もなく自室に向かう。

 

 

苗打ち(なえうち)でもうクタクタ。

湯船にゆったり浸かりたいが、そうしたら寝てしまいそうだ。

 

誘惑を断ち切り、シャワーだけで我慢する。

それでも温かい湯を頭から浴びると、とても爽快だった。

 

さっぱりして浴室を出、タオルを腰に巻いて部屋に戻ると……。

 

「提督」

「うわっ」

 

儚げな女性の声が突然耳に入り、提督は思わず飛びのいた。

さらに白装束と長い黒髪が目に入り、背筋にゾワゾワッと悪寒が走る。

 

「提督……? お風邪ですか?」

「部屋にいるだけで怖がられた……不幸だわ……」

 

扶桑と山城だった。

黙って部屋に入ってきて、気配なしで待っているのはやめて欲しい。

 

「お疲れになられただろうと思って……どうぞこちらへ。仰向けになってください」

 

扶桑が敷いたのだろう、布団の横で三つ指をつく。

巫女風だがミニスカートの衣装でそういうことをされると、いかがわしいお店のような雰囲気になるので、それもやめて欲しい……。

 

言われるまま、提督は布団に仰向けになる。

 

「ええと、山城も……?」

「私じゃ不満?」

「いや、そんなことないけど……」

 

扶桑の華奢な指が、提督の首筋に触れる。

そこから撫でるように指を下げていき、鎖骨のリンパ節を軽く押す。

 

扶桑のマッサージに、うっとりと目を閉じるが……。

足に、山城の指が当たる。

 

(来た……ぐぉおおおっ)

 

グリグリグリッと、足裏に山城の指がメリ込む。

扶桑の優しいリンパマッサージに対して、山城が得意なのは指圧、特に足つぼマッサージ。

 

「そ、そこは!?」

「胃のつぼです。弱ってるんじゃないですか?」

 

苦しいのだが、すごく痛気持ちいい。

 

「提督、今度はうつ伏せで」

 

組んだ腕を枕に、布団にうつ伏せになる。

扶桑に太ももの裏をさすってもらいながら、山城に腰のつぼを押される。

 

これまた気持ちよく、疲れが抜けていく。

そのまま、提督はまどろみに落ちていった。

 

 

「今日は一日、本当にありがとう。乾杯!」

 

艦娘数が200人に達し、やっぱり満員を実感するようになった艦娘寮別館の宴会場。

扶桑と山城のマッサージで身体が軽くなった提督は、元気に宴会に出席することができた。

 

ふきの煮浸し、絹さやの胡麻和え、タニシの酢味噌和え、(たけのこ)とニシンの煮物、数の子。

田植えの後の宴会には、最初に伝統的な旬の料理が出される。

 

青臭さが残るが、大地の恵みを実感させる、ふきの濃厚な旨み。

酒によく合う(飲兵衛たちはともかく、駆逐艦娘たちには少し不評だったが……)。

 

シャキシャキした食感に、黒ゴマの甘味が広がる絹さや。

盃を傾ける合間にちびちび食べるのによい。

 

農薬によって減少してしまった田螺 (たにし)だが、昔はどこの田んぼにも住んでいた。

冬の間は田んぼの泥土の中に身を潜め、春になって温い水が入ると這い出してくる。

コリッとした食感に、酢味噌の爽やかさがよく合い、これまた酒の供にピッタリだ。

 

どこか懐かしい、筍とニシンの煮物。

ニシンの出汁が筍に染みると、こんなにも美味しくなると最初に発見したのは誰なのだろう?

もちろん、酒がすすむ。

 

子孫繁栄を願う、縁起物の数の子。

今年こそはと子宝を願う嫁艦たちがやたらすすめてくるので、塩っ気で喉が渇き、ついつい杯を重ねてしまう。

 

どれも、よく日本酒に合う。

米から作られる日本酒が、田植えの祝い料理に合わないわけがない。

 

 

続けては、小さな駆逐艦娘たちにも好まれる料理が出てくる。

コーンバター、トマトのチーズ焼き、オクラの牛肉巻き、肉じゃが。

 

つい先日、九州 天草(あまくさ)の鎮守府から大量のおすそわけをもらったので、寒い地方のこちらから見ると季節を先取りしたような新鮮野菜がふんだんに使われている。

 

酔いですでにボーッとしながら、提督はゆっくり宴席を見渡した。

料理をつまみながら、今日の体験を嬉しそうに語り合う艦娘たち。

 

不耕起(ふこうき)栽培ってどうなの? 冬の間も田んぼに水を張っとくと、色んな生き物が増えてすっごい良い田んぼになるんでしょ?」

「ここの土質じゃ難しいだろうな……もっと粘土質が強ければいいんだが」

「それに、嫌気性菌の増殖という弊害もあるから、一概にメリットばかりじゃないのよ」

 

「じゃあ、 不織布(ふしょくふ)シート使った、お布団農法は? 除草の手間がいらないんでしょ?」

 

農業に目覚めてきたのか、那珂ちゃんが武蔵や神通に質問をぶつけまくっている。

 

うん、幸せな光景だ。

 

「では、僕はこれで……」

 

そろそろ眠気を感じ、名取の真似をして、こそっと席を立とうとするが……。

 

「提督、次は何をお飲みになりますか?」

「今日は特別な日だな。今夜ばかりは飲ませてもらおう。貴様と共にな」

「提督、いつもお疲れ様だな。今日くらいは一緒に飲もう」

「パーッといこうぜ~。パーッとな!」

「提~督~も飲みます~?  身体熱くなりますよぉ~♪」

 

いつもの包囲網に、あっけなく退路を断たれる。

 

今日もまた、提督は幸せに(?)酔い潰されていくのだった。



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新艦娘たちとのんびり弁当

「さっちん、ながなが、見て見て! もうすぐ産まれそうだよ」

 

真っ直ぐな日差しの中、皐月と長月の手を引っ張り、農具の倉庫の軒下についた飴色の塊を見せようとする水無月。

 

「ほら、ピクピク動いてない?」

 

秋に産み付けられたカマキリの卵鞘(らんしょう)だ。

孵化したカマキリたちは、害虫退治の頼もしい用心棒になる。

 

「宮ジイが、カマキリは雨の降った次の日に孵りやすいって言ってたよね」

「うむ、明後日が雨の予報だったな」

 

ほとんど農薬を使わないここの田畑では、多くの生き物たちが暮らすことになり、小さな艦娘たちのよい遊び相手になってくれる。

 

やって来たときは色白で引っ込み思案だったU-511ことユーちゃんも、他の艦娘たちに引っ張りまわされて自然の中で遊んでいるうちに、明るい性格の日焼けっ娘ローちゃんになってしまった(ドイツから苦情が来なければいいけど……)。

 

田植えした苗が落ち着いたら、(ふな)泥鰌(どじょう)も水田に放流して繁殖させる。

直接雑草を食べて駆除してくれるのに加え、泳ぎ回ることで水が濁って雑草が育ちにくくなるし、糞も水田の養分になると、いいことづくめ。

 

もちろん、増えた鮒や泥鰌は最後に美味しくいただきます。

 

 

「そこの石と木の隙間を狙ってごらん」

「ほら、クナ、がんばるっしゅ!」

 

提督は今日は新入りの海防艦娘たちに、小川でザリガニ釣りを教えていた。

 

タコ糸にスルメや煮干しを巻きつけ、割り箸から垂らすだけの簡単な仕掛け。

ザリガニが勝手にハサミで挟んでくれるので、針さえ不要だ。

 

「着任してから毎日遊んでばっかりじゃない……ふんっ」

「あ、引いてるよ?」

「え!? ちょっ、どうすればいいのよっ?」

 

艦娘として顕現する元となった艦が、駆逐艦よりはるかに小型な海防艦の艦娘たち。

小回りが利いて対潜水艦戦は得意だが、低速で火力や耐久性は低く、燃費は良いが大発動艇は乗らずに、雷撃戦にも参加できない。

 

もとは沿岸警備が主任務だった彼女たち。

どのように艦隊に組み込んでいくか、ゆっくり考えていくつもりだ。

 

ザリガニ釣りで遊ぶ提督たちの後ろではピクニックシートを敷き、鳳翔さんと春日丸がお弁当の準備をしている。

 

貨客船から建造途中に改造された特設航空母艦という、特殊な背景を持つ春日丸。

搭載できる航空機は多くなく、機種にも制限がかかる。

 

こちらも運用法を考えつつ、まずは鎮守府に慣れてもらうために鳳翔さんに預けて料理を手伝ってもらっている。

 

間宮に伊良湖ちゃんがいるように、鳳翔さんにも春日丸という娘ができたことで、正妻戦争が激化するのではないかとの一部情報筋の見方もあるが……。

 

 

少し離れた場所では補給艦娘の 神威(かもい)と、ロシアの戦艦娘ガングートが、新しい掘っ立ての堆肥小屋を建てる手伝いをしている。

 

青葉の指導で、移動式(かまど)を使った柱の木材の炭化作業。

柱の土に埋め込む部分は、そのままでは腐ってしまうので、表面を焼いて焦げ目をつけ防腐処理するのだ。

 

大規模作戦の後、今月はほっぽちゃんが大人しかったかと思えば、リランカ島の港湾棲姫が荒ぶったおかげで、残り少なかった鎮守府の資源も吹き飛んだ。

 

先日、港湾棲姫が鎮守府に遊びに来たときは、ワンコのように大人しく温泉に浸かって、喜んで豆乳鍋を食べていたのだが……。

 

悪ノリした隼鷹とポーラが例のセーターをめくり上げたり、酔って目が据わった大鳳があの爆乳をバインバイン揉みしだいたのが逆鱗に触れたのだと思う。

 

とりあえず月末まで、遠征と近海航路の輸送船団護衛で資源を稼ぎながら、ほとぼりが冷めるのを待つつもりだ。

 

今月は畑に定植しなければいけない作物も多いし、湾では養殖のコンブやワカメ、ウニの収穫も始まるから忙しい。

あまり提督業ばかりやっているわけにもいかない(おい)。

 

 

「はーい、お昼ですよー! 手を洗って集まってくださいね!」

「ふひひ。ありがとっしゅ!」

 

里芋の煮物に、ふきの佃煮、がんもどき。

ひじきの煮つけ、(かつお)の時雨煮。

 

大きなタッバで広げられる、家族の味。

 

旬の姫竹(根曲り竹)の豚肉巻き。

歯ざわりはよいが淡白な姫竹に、適度に脂がのった豚肉を巻き、それを濃い味のタレで焼いている。

姫竹は食感がアスパラに近いので、豚肉との相性は抜群、もちろん美味しくないはずがない。

 

時鮭(ときしらず)を使った、鮭おにぎり。

時鮭は、時不知と書かれることもあり、秋ではなく春から初夏に日本近海に帰って来る珍しい白鮭だ。

単に、秋に故郷のロシアに帰ろうとしていたら、途中の日本で捕まえられてしまったロシア鮭らしいが……まだ産卵期を迎えていない成長途中の魚体なので身の脂のりが良く、ギュッと凝縮された旨味が楽しめる。

 

「美味しいですね」

「フクゥースナ!(ロシア語で美味しい)」

 

「食」という字は、人を良くすると書く。

愛情のこもった良いものをたくさん食べて、良い艦娘になってもらいたい。

 

鳳翔さんが名札を縫い付けてくれた、新品のえんじ色のジャージを着た新人艦娘たちを見守りながら、提督はそう思うのだった。



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秋雲とチョコレートミントアイス

※タイトルの人物名から想像できるかと思いますが、普段と毛色の違う回です。


ある日、島風がはぐれヲ級を拾ってきました。

こちらの世界での戦闘で頭の上の触手帽子を失ってしまい、深海棲艦として闇の世界に帰還することも、沈んで成仏することもできずに、さまよっていたようです。

 

「ダメだ、元いた所に帰してこい」

しかし、艦隊のお父さん、長門さんは冷たく言い放ちます。

 

「狭い鎮守府に閉じ込められたら、ヲ級も可哀想でしょ?」

艦隊のお母さん、鳳翔さんも島風をなだめます。

 

ギロリ

鎮守府には、自分と北上さんと提督と(おまけで球磨、多摩、木曾)さえいればいいのに、これ以上邪魔な子が増えるのかと、大井さんがにらんできます。

 

「そんなことより夜戦しよう!」

夜戦バカの頭には夜戦のことしかありません。

 

「おぅ」

「ヲ」

 

ヲ級を飼う許可をもらえず、泣く泣く島風はヲ級を海に放そうとしました。

せっかく、お友達になれたのに……。

 

「どうしたんだい?」

そんな島風に、ぽわんしたのん気な声をかけてくれたのは、猫目の提督でした。

 

「かくかくしかじか、おっおっおっ!」

島風が事情を話すと、何も考えていない提督はすぐにヲ級を飼う許可をくれました。

 

「ただし、島風が責任をもって面倒を見るんだよ?」

「おうっ!」

 

とは言ったものの、飽きっぽい島風は、すぐにヲ級の面倒を見なくなりました。

今日も任務が終わった途端、天津風と駆けっこをするために遊びに行ってしまいました。

 

「ヲ……」

散歩に行きたくて、ヲ級が提督の自室の押し入れで泣いています。

そう、ヲ級は提督の部屋に匿われているのです。

 

可愛そうに思った提督は、ヲ級を散歩に連れ出しました。

 

首にはちゃんと艦娘と同じハート型のネックレスをはめ、飼い主の責任としてリードも付けました。

提督は喜ぶヲ級を白い軽自動車に乗せて、街に連れ出しました。

 

体のライン丸出しの白くて薄い全身タイツに、ロングブーツを履いているだけの美少女ヲ級の首にリードです。

 

もはやマニアックな高等プレイの図、AVの撮影かと道行く人がザワつきますが、のん気な提督は気にしません。

 

デ○ズニーストアでぬいぐるみを買ってもらい、サーテ○ーワンでチョコレートミントのアイスを食べさせてもらうヲ級。

 

ずるい、艦娘よりも好待遇です。

 

そして2人を乗せた軽自動車は、深海の竜宮城のような建物の中に消えていきました。

 

 

海と波をモチーフにした室内に、小洒落たインテリアの数々。

貝殻のイメージの浴槽に、青白い照明に照らされたダブルベッド。

 

淫らに絡み合う裸体の提督とヲ級……。

 

「んぅ~、これパースずれてない?」

 

ダボダボのシャツを事務用腕輪でしばった巻雲が、裏返した原稿用紙を掲げて蛍光灯に透かし、濡れ場のコマを凝視している。

 

「そんなこと言ったって、背景描くだけでも精一杯なんだからさあ……あ、ズレてる」

 

目の下にクマを作った秋雲が、巻雲にほっぺたをくっつけるように一緒に原稿用紙を見上げ、パースずれを認め……そのまま床に崩れ落ちる。

 

ここは鎮守府庁舎の会議室……を占拠した同人誌作成工房、スタジオ・オータムクラウド。

 

「あ、あの、やっぱりホテルの描写に凝り過ぎたのがスケジュール的にまずかったんじゃ……」

メガネっ子艦娘の沖波が、おずおずと意見を言う。

 

「うっっくぅ~、なんもいえねぇ~……」

「うん……凝り過ぎた。懲りた……」

 

「リプル、バカ雲、弱音吐くんじゃねぇです。せっかく同志メロンが潜入取材して資料を提供してくれたんですよ!」

 

作業台に突っ伏すP.Nリプルこと漣と、床で眠りかける秋雲に、巻雲が写真の束を投げつける。

(ごく一部の)駆逐艦娘たちにとっての夢の国、街のラブホテルの内部写真。

 

同志メロンこと夕張が、出不精な提督を無理矢理誘い、車で片道2時間かけて撮ってきた、貴重な宝の山だ。

 

だが、この写真に大興奮して、今回の原稿では背景を丹念に描き込み過ぎたのが、消耗の原因になっている。

 

「入稿日……いつだっけ?」

「あと2日です」

「ムリ……1ページの背景だけで半日かかる……おやすみ」

「バカ雲、寝たら死ぬですよ!?」

 

「24時間、寝なくても大丈夫」

そう言いながらも、眠気で指定のワク外にトーンを貼っている若葉。

 

スタジオ・オータムクラウドは、絶賛修羅場中。

ヲ級の面倒な触手を省略すれば何とかなると思っていたが甘かった。

 

これが夏冬向きの腐った本だったなら、特型や白露型、軽巡、それに海外艦からもう少し手伝いが集まったのだが……。

 

 

「差し入れですよ」

 

会議室にサーテ○ーワンの袋を持った女性が入ってきた。

美しい銀髪に白く透き通った肌、ミントブルーの澄んだ瞳。

 

ここの鎮守府に住んでいる、はぐれヲ級だ。

 

さすがに白の全身タイツの深海コスチュームではなく、ギンガムチェックのお嬢様風ワンピースの私服を着ているし、提督の私室の押し入れに住んでいるのではなく、ちゃんとした部屋ももらっている(最初は本当に押し入れに隠れていたが、怒った加賀に引きずり出された)。

 

 

スーッとする爽やかなミントの香りに、チョコチップの甘味が映える。

好き嫌いは分かれるが、好きな人にはたまらないチョコレートミントアイス。

 

ヲ級が提督と初めてお出かけした時に食べた、一番のお気に入りアイスだ。

 

「ありがてぇ~」

「アイス、ウマーーー!」

「ヲ級さん、巻雲感謝です」

「ありがとうございます」

「歯磨き粉みたいだが……悪くない」

 

疲れ切っていた駆逐艦娘たちにも元気が戻ってくる。

 

だが……。

描きかけの原稿にヲ級の目が留まる。

 

「ヲヲォッ!?」

思わず人語を忘れて叫ぶヲ級。

 

R-18タグ無しには描写できない行為の絵に、淫猥な効果音。

 

「ヲ、ヲヲヲッ!」

 

顔を真っ赤に染めたヲ級が、涙目で逃げて行く。

 

「萌えリアクション、キタコレ!!」

「ふふふ、今の表情いただき。創作意欲がメラメラ燃えてきた」

「秋雲屋、お主も悪よのお」

 

漣、秋雲、巻雲がゲスな笑顔を浮かべる。

 

この後、ヲ級の通報を受けた不知火がやって来て、めちゃくちゃ怒られるのだが……。

 

ここの鎮守府は今日も平和です。



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由良の昆布と、神通のイチゴ

この地方では、薄雲に覆われた少し肌寒い日が続いた5月末。

数日ぶりに、ようやく日の光が顔を見せた。

 

鎮守府は活気に満ち溢れている。

もちろん、出撃のためではない(出撃しようにも、長門の改二改装で驚異の弾薬8800、鋼材9200を消費し、備蓄倉庫はスッカラカンになっている)。

 

埠頭では、養殖 昆布(こんぶ)の水揚げと加工が行われていた。

 

3月の養殖ワカメ漁に続く、この鎮守府の海の大事業の一つだ。

ここの鎮守府では地元の漁港の手伝いをしながら、ワカメや昆布、海苔の養殖を少量、自前でさせてもらっている。

 

 

3月のワカメ漁も大変だった。

刈り取った(まさに刈るという言葉が相応しい、水中での農作業のような重労働により得られた)ワカメを、メカブと葉の部分に切り分け、湯通しをしてから葉はさらに塩漬けにする。

 

採れたばかりのワカメは茶色いが、サッと湯通しすると鮮やかな緑色に輝く。

メカブは酢の物などにして食べるし、塩漬け保存したワカメは1年間の味噌汁の具などとして重宝される。

 

この地域のワカメは、肉厚の高品質でブランド性も高い。

だが、ワカメ漁は時間との勝負であり、収穫から加工までを紫外線の少ない時間帯に行わなければならないため、一極集中労働となるため負担は大きい。

 

その養殖に携わる、多くの漁師家庭の高齢化が進んでいる現状については提督も憂慮していて、鎮守府として何か貢献できないか模索している。

 

4月に県庁を表敬訪問した後の懇親会(その後の私的なハシゴ酒)でも、農林水産部の小野塚さん(この鎮守府が信頼を寄せる、漢気溢れた江戸っ子気質の地方官僚)とも、何とかこの地方の活性化のため新しい対策を打てないかという活発な議論(双方ともにロレツが回らず何を言ってるか分からなかったが……)を行った。

 

 

ええと……あ、今回は昆布の話でした。

 

暖流で育てられるワカメとともに、寒流が流れ込むために昆布も同時に育てられるのが、この地方の特色だ。

 

その特性を活かしたアピールがどうのこうのと小野塚さんと語り合い、これから誰かを殴りに行こうかみたいな世代感を丸出しにした歌をスナックで肩組んで一緒に熱唱した記憶は封印……。

 

昆布は様々な料理のダシにも使われるため、鎮守府にとっても重要度が高い。

 

鎮守府のレストア漁船『ぷかぷか丸』で養殖場へと向かい、がっちりと岩に根を下ろしている長大に育った昆布を、かぎ棹ですくい上げる。

海中から水分を含んだ長い昆布を引き上げるのは、大変な肉体労働だ。

 

昆布を獲ったら(植物だし、養殖してるんだから漢字的に採るだろ?という奴がいたらぶっ飛ばしたいぐらいの重労働の後)、すぐに港へと戻る。

 

船から下ろした昆布を 干場(かんば)へ運び、根を切り落として、昆布の頭を上にして天日に干していく。

さらに、昆布には裏表があり、美味しくするためには、最初は表側を上にして干さなければならない。

 

その後、まんべんなく何度も手間をかけて表裏を返すのだが……。

 

「言っとくけどな、お前んちにあるような、しけた切り昆布じゃねえぞ!? 何メートルって長さの濡れたままのよぅ……」とかスナックで小野塚さんが隣の客に絡んで喧嘩になりそうになった思い出も封印。

 

昆布の厚さの違いによっても取り扱いを変えるとかコツがあるらしいけど、そんなのもう提督には分かりません……。

 

この作業に慣れてる、由良にぜ~んぶ任せます。

 

「提督さん……由良、がんばりますねっ、ねっ」

 

 

鎮守府から裏山を挟んだ反対側には、広大な畑が広がる。

 

「提督、大丈夫か?」

「うん、大丈夫……」

「大丈夫って言う奴が大丈夫だったことないんだよなぁ……」

 

天龍の軽トラで、畑に送ってもらった提督。

こちらでは、ハウスイチゴの今年最後の収穫が行われていた。

 

間宮に納品する極上品を採り終えたハウス内は、他の艦娘たちに自由解放されている。

キャッキャと騒ぎながら、イチゴを採っては食べて喜ぶ艦娘たち。

 

神通の率いる第二水雷戦隊が育てているイチゴ。

品種は『 章姫(あきひめ)』と『さちのか』といい、ハウスでは時期をずらして 播種(はしゅ)しながら、年明けから5月末まで長く収穫されている。

 

何というか……イチゴ狩り園が始められそうな、プロ級の凝りようと品質だ。

 

天下泰平の江戸時代、幕府の家来である御家人たちは家計を助けるため、植木や鯉、金魚、鈴虫などの養殖を、無駄に広い屋敷を利用して始めたという。

 

東京・入谷の朝顔市は有名だが、あれも御家人たちが組屋敷で共同栽培した朝顔を売り出したのが発祥だという。

 

よく時代劇で貧乏浪人がやっている、傘張りや提灯作り、竹細工などの内職も、当初は武士にあるまじき下等な仕事として敬遠していたが、後には地域毎に組織だって行い、江戸の消費を支える一大職人集団になったとか……。

 

 

神通のこだわりのおかげで、この鎮守府ではイチゴと、それを使った菓子の材料には不自由しない。

イチゴジャムも通年、ほとんど買う必要がない。

 

やわらかくジューシーで甘味たっぷりの『章姫』。

甘味と酸味の調和に優れ、果肉の淡い赤色が美しい『さちのか』。

 

露地栽培では、両者の交配品種の『紅ほっぺ』を作っており、そちらは6月に収穫予定だ。

 

そこからも、多数の艦娘の努力により、ビワ、サクランボ、スイカ、桃、梨、ブドウ、リンゴ、栗、柿と、次々と果実が収穫期を迎えていく。

余った分は、干したり缶詰などに加工して保存し、冬の楽しみとする。

 

うん、幸せだなあ……。

 

 

などと他人事のように思いつつ、ペタンと地面にしりもちをつく。

 

コンブ漁の朝は早いが、港にコンブを引き揚げてからの加工は、主に陸で待っていた女性たちの仕事。

コンブの引き揚げを終えた漁師さんたちの祝い酒に付き合う内に、提督はすっかり酔っ払っていた。

 

漁師さんたちの名誉のために付け加えるが、ただの祝い酒だ。

一杯飲んで飯をかき込んだら、すぐに女性たちの仕事の手伝いに回る。

 

それなのに提督の腕を引きずり「今日ばかりは飲ませてもらおう!」「コンブゥフェ~ス? Grazie、Grazieで~す♪」と、あちこちで乾杯を重ねて回った某重巡洋艦娘たちのせいで、トータルではものすごい酒量になったのである。

 

世界がぐるりと回っている。

 

「提督?」

 

心配そうに、顔を覗き込んでくる艦娘がいた。

神通だ。

 

神通に抱きかかえられ、起き上がらされる。

 

儚げな雰囲気の中にも凛とした決意を感じさせる、心の強い艦娘。

その神通の瞳が、今は自分を心配して曇っている。

 

「みんなのために……イチゴ、ありがとうね。神通、大好きだよ」

 

「え、いえっ、こんな私でも、提督のお役に立てて……本当に嬉しいです!」

神通が頬を染めながら、自分の心臓を押さえるように胸に手を当てている。

 

そう言葉を紡ぐ神通の唇がイチゴのように可愛らしい。

 

「神通は本当に可愛いなぁ」

「あのっ……提督、ここではいけません。駆逐艦の子たちにも見られますっ」

 

キスをしようとしたのに、神通に避けられてしまうが……。

 

「あのっ、……夜、部屋でお待ちしていますね」

 

囁きとともに、神通の熱い吐息が耳に吹きかかって、提督の酔いが少し醒めた。

まとまりのなかった思考が、急にすっきりしてくる。

 

 

「忠告だが、酒はほどほどにしろ。お前は酔っ払うと……その……少し、変わる」

 

頭の中に、長門の言葉が浮かんできた。

 

「んっ、なっ……!?  い……いや……き、嫌いでは……ない……が、どうせ明日には忘れているんだから……いつか誰かに撃たれるぞ?」

 

本心ではある……が、穴を掘って埋まりたくなるような歯の浮くセリフを長門にかけたのを思い出した。

 

そういえば、さっき埠頭で由良にも……。

それに、今夜は長良型姉妹の部屋に泊まりに行く約束もした……気がする……。

 

「提督、酔い醒ましにどうぞ」

 

神通が、イチゴを口に運んでくれる。

それはとても甘かったが、しっかりした酸味が感じられた。

 

(天龍、やっぱり大丈夫じゃなかった……)

 

さて、今夜の鎮守府は修羅場です?



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衣替えとケールカレー

提督は大食堂の厨房で、畑から摘んできたケールを洗っていた

 

ケールは地中海原産のキャベツの仲間で、結球(葉が玉状に巻きあがること)をしない葉野菜だ。

ビタミンやミネラルが豊富だが、非常に苦味が濃く、あの「青汁」の原料ともなっている。

 

暑さ寒さに強くて育てやすく、収穫も株本体を残して1~2枚の葉を摘み取るだけなので、長い期間収穫が続けられる便利な野菜だ。

 

イタリア艦やドイツ艦は塩茹でしてサラダに入れたり、肉と野菜の煮込み料理に加えたりしているが、やはり提督や日本艦の舌には苦味が濃すぎる。

 

間宮がケールを調理する際は、カレー粉を使ったスパイシーな料理(もちろんカレーライスも)に刻んで入れてバランスをとっていた。

 

 

提督が大量に作っているのは、みんなのおやつに出すケールジュース。

 

もちろん、ケールだけでは苦いので、様々なものを加えて業務用ブレンダーにかけ、飲みやすく美味しいジュースにする。

 

遠征艦隊が、途中で立ち寄った沖縄で買ってきた、今年初物の島バナナ。

青森県の誇る特殊貯蔵技術CA冷蔵により、一年中出回っているリンゴ。

契約農場から毎朝送られてくる、新鮮で濃厚な牛乳。

鎮守府の自家養蜂で採れた、自慢のハチミツ。

 

うん、間違いなく美味しくて健康にいいだろう。

 

続けて、提督は那珂ちゃん用の一杯を作り始める。

 

同じく畑から摘んできた、大麦の若葉と小松菜……などブレンドしない、自家製ケール100%の本格派青汁だ(要するに苦味を緩和する副材料は一切なし)。

 

うん、間違いなく不味くて健康にいいだろう。

 

「アイドルはぁ、青汁が飲めなきゃいけないんだよ?」というリクエストで作ったものだ。

 

確かに駆け出しアイドルがバラエティの罰ゲームで飲まされているのを見たことがあるが……昭和テイストだよなあ。

 

 

今日は出撃や演習は中止して、全員で一斉に衣替え。

これを期にコタツも撤去するし、寝具や小物類の入れ替えも行う。

 

200人が暮らす艦娘寮だが、元は温泉旅館。

各部屋の収納スペースは小さい上に、姉妹艦などでの2人~最大12人の相部屋制だ。

限られた空間に何をどう収納するか、各部屋は朝から大変な騒ぎになっている。

 

昼は握り飯の戦闘糧食、夜はケールを加えた野菜たっぷりのカレーライス。

間宮や伊良湖もクリーニングに追われ、今日は凝った料理など作っていられない。

 

こういう日に、提督に居場所はない。

 

自室でお泊まりに来た磯波、浦波、綾波、敷波と寝ていたら、早朝から鳳翔と叢雲がやってきて冬布団を剥ぎ取られ、コタツを没収された(この大家族鎮守府にプライバシーとかプライベート空間などという概念は存在しない)。

 

猫の手も借りたい忙しさだが、猫より役に立たない提督。

せめてこうやって食堂でおやつを出すぐらいしか……。

 

「ゴファッ!」

「うわっ、那珂ちゃんさん!?」

「毒霧だ、カッケー!」

何か騒ぎが聞こえるが、そこはスルーしておく。

 

 

「夏用の野良着よ。これからジャージじゃ暑くなるけど、畑では怪我するから肌は出しちゃダメよ」

「これが、新しい 袢纏(はんてん)と、夏用の浴衣なのです」

「ふむ、この植物の柄は美しいな」

「それは朝顔だよ」

 

食堂内では、新入りのロシアの戦艦娘ガングートに、同室の第六駆逐隊が季節の服のことをレクチャーしていた。

ロシアの艦娘はガングート一人だけなので、ロシア語が分かる響と同室ならと思って、第六駆逐隊と一緒にしたのだが、上手くやっているようだ。

 

今も、暁や響たちとおそろいで「第六駆逐隊」と書かれたTシャツを着ているが、もちろん発注は駆逐艦基準でしているので、身体にフィットしすぎてピッチピチになっている(そういえば昔、ピチTとか流行ったなぁ……)。

 

 

「ヘーイ、提督ゥ! 今年の水着、どっちの柄が良いデスカ―!?」

「司令官、この浴衣もう新しいのに替えるから、切って手拭いに使う?」

「提督さん、前に無くなったって言ってた書類、出てきたかも!」

 

この鎮守府に、提督が一人きりになれるプライベート空間など、トイレの中以外に存在しない。

 

しかも、戦艦組の露天風呂造りも最終工程に入っている。

露天風呂が本格完成したら、艦娘たちに一緒に入ろうとせがまれて、さらに提督のプライベートは無くなるだろう。

 

が、そこは家族の幸せとトレードオフだと諦めている。

 

それに、こうして半日放っておかれた後に、たくさんの声をかけられると……。

もう、一人きりの生活には戻れないし、戻りたくないと感じる。

 

 

おやつタイムが終わり、提督は一人で厨房に立つ。

 

間宮と伊良湖がほとんどの仕込みを終えたケールカレーは、悔しいほどに味が絶妙だった。

ケールの苦みに、甘みを引き出された玉ねぎ、全てを引き受けるジャガイモの滋味、やや刺激的なスパイスの調合ながらも、それを優しく調和させる隠し味のヨーグルト。

 

ここに手を加える必要も、そんな資格も何もない。

せめて、添えるサラダぐらい、暇人の手で作ろう。

 

黙々と野菜を洗っては刻んでいきながら……提督はとても幸せだった。



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季節外れの塩ちゃんこ鍋

「ハイ○ースはやっぱいいねぇ。普段はラブホ代わりにも使えるし、買っちゃおうか?」

 

開幕から絶好調に下ネタを飛ばす隼鷹。

彼女と飛鷹はレンタカーを駆り、片道10時間かかる提督の母方の田舎、岐阜県からの帰り道にあった。

 

後ろのシートを倒した荷室では、積み上げられた段ボール箱の合間で 占守(しむしゅ) 国後(くなしり) 択捉(えとろふ)が毛布をかぶって眠っている。

運転手が提督だったら事案発生の絵面だが、提督は年に一回も田舎に帰らず、今回も同行していない。

 

提督の祖父の家、美濃窯の窯元に土や釉薬を分けてもらいに行き、新入りの艦娘を紹介するのは、もっぱら隼鷹と飛鷹の役目になっている。

 

「あの瀬戸黒、何度見ても素敵よねぇ」

「提督の好みじゃないけどねぇ……もったいないなぁ」

 

提督の祖父の家の蔵に、まさに秘蔵されている、桃山時代作の千利休好みの瀬戸黒茶碗。

 

世に出せば重要文化財候補になりそうな逸品だが、祖父が提督に蔵から一つ好きな器を譲ってやると言った時、提督は真っ先に瀬戸黒茶碗を「これはいらない」と切り捨てたという。

 

提督が好むのは、日常の食事や飲酒に使えるような雑器だ。

その時に提督が選んだのも、素朴なシルエットに、外側に細かい筋彫りが幾重にも入った、白い千段 飯椀(めしわん)だ。

 

その飯椀は提督の祖父が若い頃に焼いたもので、祖父も実は嬉しかったのか「あいつは見る目がない」などと言いながら、隼鷹たちが来ると毎回その話をする。

 

隼鷹と飛鷹は提督の祖父の手ほどきを受け、今ではけっこうな大作も焼ける陶芸家に育っている。

それだけに毎回2人は、祖父から「早くひ孫の顔が見たい」というプレッシャーも受けている。

 

「この車、返却は明日だよね?」

「うん、明日の夕方」

「明日……提督拉致る?」

 

提督をハイ○ースしてダンケダンケする計画を立てながら、2人は高速道路を巡航していくのだった。

 

 

一方、鎮守府では今日は久しぶりに、大広間でのお泊まり会の予定だった。

 

衣替えをしたものの、翌日から雨が降り出して気温が急激に下がり、夜には10℃を下回っていた。

 

秋冬物の布団をクリーニングに出し、コタツをしまったばかりのところに、この寒さは身に染みる。

人間がたくさんいる部屋は暖かいし、一ヶ所に集まれば冷暖房費も節約できる。

 

というわけで、零下にまで気温が下がる真冬や、猛暑の真夏にはよく大広間に集まるのだが、まさか6月に寒さしのぎで大広間でのお泊まり会を開くことになるとは、提督も思いもよらなかった。

 

巡洋艦娘と駆逐艦娘が大広間に布団を敷きつめている間に、大食堂では夕飯の準備が進められている。

 

リクエストをとったところ、圧倒的に多かったのは季節外れながらも「鍋」。

 

そこで今日の艦隊行動の計画は、鍋の具材の収集を第一に組み立てた。

 

まずは、北海道の毛ガニとニラ。

海上護衛作戦を3回も行い、市場に立ち寄っては良いカニを買い集めてきた。

 

午前は天草鎮守府との演習で、熊本の大根とニンジンを仕入れた。

天草の腐女子提督から「マジでまだそっちは寒いの!? あたしが暑さダメなの知ってるでしょ? 夏の間、鎮守府交代してよ、お兄ちゃん!」と電話がかかってきたので、丁重にガチャ切りした。

 

午後は、延岡鎮守府との演習で宮﨑の夏ホウレン草と、大洗鎮守府との演習で茨城の白菜、木更津鎮守府との演習で千葉房総の(あじ)も仕入れた。

 

ここの提督と元同級生である木更津提督からも「テメェ、今晩艦娘みんなとお泊まり会ってマジか!? 憲兵さん、こっちです! どさくさに紛れて、浜風ちゃんや潮ちゃんのおっぱ(以後、自主規制)」と電話があったので、録音して木更津提督の妹である横須賀提督に送っておいた。

 

明日の深夜には北野た○し監督映画のように、椅子にくくりつけられてバッティングセンターの打席のど真ん中に置かれる木更津提督がいるだろうが、知ったこっちゃない。

 

県内では、 椎茸(しいたけ)農家と地鶏の養鶏場を、天龍に軽トラで回ってもらった。

もやしは鎮守府で年中自製しているし、畑からは今年最初の水菜も採れた。

 

 

とにかく、そうやって集めた食材で塩ちゃんこ鍋を調理する。

 

鯵は叩いて団子にし、毛ガニと、地鶏の手羽、椎茸とともにダシのベースにする。

間宮謹製の油揚げからも、豊かなコクが染みだしてくる。

 

「さすがに気分が高揚します」

「塩加減よーし! アク取りよーし! 私の計算では、これは美味しいはずです!」

「うむ、これはよい香りだのぅ」

 

毛ガニを煮る匂いは強烈で、それだけで寒さに沈んでいた鎮守府の雰囲気が解凍され、活気が戻ってくる。

 

季節を先取りした、火の国・熊本の根野菜。

太陽の恵みと、高冷地の気候を活かした宮崎の夏ホウレン草。

甘味や旨味こそ秋冬からはやや劣るが、シャキシャキした食感が魅力の茨城の春白菜。

たっぷりと入れた地鶏肉の滋味深さ。

 

そして、昨年採れたジャガイモで自家製してみた春雨(もちろん駆逐艦娘の方じゃない)も加えて作った、素材にこだわった塩ちゃんこ鍋。

 

霧島の言うとおり、美味しくないわけがない。

 

他には、ピーマンの煮びたしに、ひじきの煮物、そして宮崎で仕入れた、らっきょうの天ぷら。

 

身体が温まるだけでなく、一足早く夏の足音が訪れている地域の旬の食材を口にすることで、心も温かくなってくる。

 

 

今夜も冷え込みが予想されるが……。

布団を寄せ合い、身を寄せ合い、今日もここの鎮守府はみんな仲良しです。



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清霜とホヤの刺身

「そこ、水糸ずれてるデース。ちゃんとピンと張ってクダサーイ」

 

鎮守府では、シャッター付ガレージを設置しようと基礎工事が行われていた。

 

というのも、久しぶりに新しい車、ハイエ○スを買うことになったからだ。

先日、キラキラ状態の隼鷹と飛鷹が、なぜかゲッソリした提督を連れてディーラーに行き、即決してきた。

 

新設するガレージは3台用。

一応2トントラックにも対応するようにした。

 

そこで提督が、鎮守府で一番運送に携わっている天龍に、追加で2トントラックが欲しいか聞いたところ……。

 

「畑への往復回数が減って楽になるかなぁ。資源とか資材は……まあ、うちが貰える量だと軽トラでも十分。うちの埠頭から倉庫なんて距離ないからさ、まだフォークリフト増やしてくれた方が役に立つと思うぜ」とのことだったので、2トントラックの導入は検討中になっている。

 

現在、鎮守府にあるフォークリフトは、リーチ式と呼ばれる立ったまま運転する小型のものだが、とりあえず座って運転するカウンター式のフォークリフトを買い足すことにした。

 

どこにそんな金があったかというと、天草の婦女子提督に指摘されるまで気付かなかった、車両購入費申請という制度が(かなり前に)新設されていて(制度導入時、大淀が書類をくれて説明もしたが、ここの提督は読まずに捨てて聞き流した)、業務用車両の購入にはちゃんと専門の予算がつく。

 

鎮守府という制度の黎明期、用途不問の全体経費を渡されて、それを遣り繰り(という名の好き勝手な運用)をしていた時代に比べて、今では予算制度も洗練されているようだ。

 

「この機会に、他の予算制度についても説明しましょうか」と意気込んだ大淀が分厚い資料の束を持って執務室にやって来たが、提督は「今でも十分やってけてるんだから、無駄に税金を使うのはよそうよ」と断った。

 

言葉どおりに公僕の鑑(ただし「提督」という身分は公務員ではない)なのか、単に提督が面倒くさがっただけなのか、真意は不明だが……。

 

 

さて、今日の本題。

ここの鎮守府の工廠横には、トタン屋根のついた小規模の立ち飲みスペースがある。

 

艦娘寮を改修した際に余った、長さ3メートルちょっと、幅60センチほどの杉の一枚板を使ったカウンターと、伊勢が作った扉付きの食器棚だけがある。

 

食器棚の中にあるのは、日本酒の瓶、コップ、小皿と小鉢、箸、そして缶詰ぐらいと、いわゆる角打ちの雰囲気。

 

その日最後の出撃、特に特別海域で姫級の深海棲艦との戦いから戻った艦隊が、夕食前にちょっと労いの一杯をやるための場所。

別に利用資格があるわけではないが、普段、遠征や低難易度の海域への出撃しかしない駆逐艦娘たちには近寄りがたい場所の一つだ。

 

今日、清霜はようやくこの憧れの場所に来ることができた。

 

カスガダマ沖での敵東方中枢艦隊の撃滅作戦。

敵艦隊に潜水艦がいるのと、ルート固定と呼ばれる羅針盤を安定させる呪術的要素のため、この海域への出撃には駆逐艦娘が2人選ばれる。

 

いつか戦艦になりたい清霜は、この大激戦に参加したくて提督に陳情を繰り返していた。

提督の自室のお風呂場に突入して背中を流したり、提督の布団に潜り込んで枕を半分占領して意気込みを語る枕営業(?)をしたり、地道な努力を続けて、ついに2回目の艦隊編入のチャンスを得た。

 

半年前に参加させてもらった前回は、何もできないうちに大破して朝潮と交代させられてしまったが、今回は最終戦まで残り、敵の潜水艦を沈める貢献ができた。

 

戦果報告の際の「お疲れ様、よくがんばったね。バナナのパウンドケーキを焼いてあるよ」という提督の言葉に後ろ髪を引かれたが、断って庁舎を出る。

 

提督はちょっと寂しそうだったが、一緒に出撃した防空駆逐艦娘の秋月とその妹たちが代わりに食べてくれた。

 

 

「あら、あなたも飲みたいの?」

 

立ち飲みスペースに行くと、加賀が声をかけてきた。

建造時は戦艦として起工されただけあって、加賀には独特のオーラがある。

 

「い、いいですか?」

「別にいいけれど……」

 

他には、一緒に出撃した伊勢、日向、愛宕がいる。

 

「清霜ちゃん、はいコップ」

「まずは半分ね」

愛宕がコップを渡してくれ、伊勢が酒を注いでくれる。

 

ここに置いてある酒は、剣菱。

精米歩合とか吟醸香とか隠れた地酒とか、そんな能書きなしの定番の美味しい日本酒だ。

 

わずかな甘みにキリッとした後味、芯のある味わい。

 

 

「清霜、今日はよくやったな」

日向がコツンと、自分のコップを清霜のコップに合わせて乾杯する。

 

清霜も、チビチビとコップの日本酒を舐める。

 

美味しい……?

普段から飲み慣れているビールやサワーに比べると、アルコール度数が高くて、鼻につく独特の匂いがある。

 

「これ、よかったら食べなさい」

加賀から勧められたのは、小皿に載ったホヤの刺身。

 

海のパイナップルとも呼ばれる、この地方の名産品ホヤ。

一見ナマコ(あとクト○ルフ神話的生物)にも似ているし、海中植物のようにも見えるが、 脊索動物(せきさくどうぶつ)という、独立したジャンルの海中動物だ。

 

プリプリと肉厚な貝のような食感で、味は鮮烈な磯臭さ。

そして、ほのかな甘みが口の中に広がる。

 

珍味に分類される一般受けしない味だが、ここに日本酒を合わせると評価はガラリと変わる。

 

「ん!?」

 

ホヤの味を洗い流そうとクピクピと飲んだ日本酒の味に、清霜はビックリした。

酒だけでは重すぎた印象が、実に軽やかに変わっている。

 

「死んだホヤはどんどん苦みと臭みが出て不味くなってくけどさ、そこの漁港で生きたまま貰ってきたんだ。ね、美味しいでしょ?」

「日本酒と相性バツグンだろ?」

 

伊勢と日向に尋ねられ、清霜はブンブンと首を縦に振った。

 

「ふふ、戦艦にまた一歩近づけたな」

「清霜は頑張り屋さんだから、いつかきっと戦艦並になれマース」

 

いつの間にかガレージの基礎工事から戻ってきた、武蔵と金剛に頭を撫でられる。

 

日が落ち始め、まだ蒼さの残る空の中に、湾の片隅だけがオレンジ色に染まっている。

ふわりと吹く、優しい潮風。

 

希望に燃える駆逐艦娘を優しく見守りながら、今日もこの鎮守府は平和です。



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6月の収穫と幸せな夕食

鎮守府から裏山を挟んだ反対側の扇状の台地に広がる田畑。

 

北東から南西に向けて流れる小川を挟んで、西には町道に面した入口に、野菜と穀物の畑、東には米作りの水田と溜池、そして北東の斜面には段々畑を利用したビニールハウス群と果樹園、梅林がある。

西南にも広い空き地があるのだが、そこは山陰になりやすくて農耕に適さず、堆肥作りや野菜の土中保管場所として利用している。

 

約7ヘクタール、2万1000坪。

さらに周辺の雑木林や竹林、草花の野生地なども加えると約10ヘクタール、東京ドーム2個分以上の広さになる。

 

艦娘たちが多少広げた部分もあるが、ほとんど宮ジイの一家が昭和初期から長年をかけて開墾してきた土地だ。

宮ジイに見せてもらった、この地に来たばかりの写真(その中では宮ジイは背負われた赤ちゃんだった)の背景には、ただの山林だけが写っていた。

 

木を切り倒して根を掘り起こし、斜面を崩して整地して、石を取り除き、田畑に向いた土壌に改良する。

 

「おらほ(うちの所)で初めてまともな米が育ったのは、昭和10年だね。次ん年に、うざねへて(やっとのことで)家族全員分の米が採れた。白米は正月にしか食べんべ。アワや麦を足したり、ダイコンやイモを入れんだ」

 

昭和10年は、実艦の初雪が台風による艦首切断を起こした「第四艦隊事件」の年。

翌11年は陸軍青年将校によるクーデター未遂「二・二六事件」の起こった年だ。

 

たばこ時(この地方の方言で、おやつ休みのこと)には宮ジイの話を聞きながら、今日もありがたく農作業。

 

 

那珂たち第四水雷戦隊は、長ネギの土寄せを行っていた。

 

長ネギで食べるのは 葉鞘(ようしょう)という、茎を包んで保護している部分だ。

この葉鞘部が成長(毎月10cmほど)した分、葉のすぐ下まで肥料を追加した土を寄せ上げてあげる。

 

土に覆われることで、ネギはまっすぐ長く育ち、紫外線に当たらなかった葉鞘部は白く柔らかく育つ。

さらに、これからの梅雨の時期、畝の高さがしっかり確保されることで畑の水はけもよくなる。

畝間に水が溜まらないよう、土には勾配をつけて排水口に水が流れるようにしていく。

 

長ネギは特に手間がかかると脅されてはいたが、本当だった。

植え付けの際も深い溝を掘って、酸素が十分に土中に残るように隙間の空いたワラ束を根の横に入れる一手間が必要になる。

 

だが、それだけ手間をかけた分、逆に収穫の喜びは増すだろう。

 

「だから提督も、あきらめずがんばってね」

 

新任務「増強海上護衛総隊、出撃せよ!」。

軽巡洋艦1、駆逐艦または海防艦2、航空巡洋艦または軽空母1、自由枠2という編成で南西諸島海域を転戦する任務だ。

 

その出撃先の中には提督のトラウマの一つ、沖ノ島海域、通称2-4が含まれる。

 

もうね、羅針盤が荒ぶりまくりですよ。

せっかくボス確定コースに入ったと思ったとたん、育成のため入れていた低練度の海防艦に、戦艦ル級の無慈悲な一撃が突き刺さるし……。

 

「提督には精をつけてもらわないとな。今週、ケッコン艦が最低4人は出るぞ」

 

武蔵が大量のニラを刈り取ってきた。

ニラは植えっ放しでほとんど手間いらず、刈っても刈っても根元から何度も新しい葉が生えてくる。

 

旗艦にしている軽巡洋艦枠は阿賀野型の能代、矢矧、酒匂がローテーションで入っているが、もう何巡もして3人とも練度99目前になっていた。

艦隊の防空のため駆逐艦枠をローテーションしている秋月型からも、次女の照月の練度が99に達しようとしている。

 

「もう、嬉しい悲鳴で困っちゃう」

「今日は夕食の準備、秋月、豪華に頑張ります!」

こちらは大量のタマネギを収穫してきた阿賀野と秋月だ。

 

野菜の品種は育成に必要な期間の長さによって、大きく 早生(わせ) 中生(なかて)晩生(おくて)に分類される。

タマネギは主に露地栽培で「ターボ」というカレーや肉じゃがに合う中生品種を育てている。

この地方での本来の収穫期は6月末なのだが、梅雨入り前に成長の良いものを前倒しで収穫したのだ。

 

梅雨越えは野菜作りの難関の一つ。

一部だけでも先に収穫することで全滅のリスクを避けられるし、栽培密度を下げることで風通しがよくなり、梅雨対策にもなる。

 

タマネギは収穫後、天日で乾燥させて保存性を高めるのだが、今日は週で唯一晴天のワンチャンス。

名取と駆逐艦娘たちがブルーシートを広げてタマネギを干しているところに、阿賀野と秋月が嬉しそうに新たなタマネギを届けに行く。

 

「提督のお給料、今月も指輪代で無くなっちゃうね」

「どうせ余っても、鳳翔さんが取り上げるけどな」

 

ボンヤリと2人を見送りながら那珂がつぶやくと、武蔵が虫に食われたニラを選別しながら答えた。

 

駆逐艦娘たちの平均錬度も90を超えた。

そう遠くない将来、駆逐艦娘たちとのケッコンラッシュがやって来る。

 

その時に備えて、鳳翔さんが提督の給料を没収して積み立てを行っていて、提督の手元には毎月3万円のお小遣いしか残らない。

それも、艦娘や妖精さんたちにお菓子を買ってあげれば、すぐに無くなる。

 

けれど、提督が文句を言ったことは一度もない。

 

畑では、他にもアスパラガスやサヤエンドウ、キャベツなどが続々と収穫されている。

業務連絡用の短波ラジオから聞こえてきたのは、21回目の沖ノ島海域作戦失敗を告げる大淀の声。

 

「提督、採れたて野菜で元気出してくれるといいね」

 

武蔵のニラの選別を手伝いながら、那珂はしみじみと言うのだった。

 

 

畑から農作物を収穫した日には、やはり鎮守府全体のテンションが上がる。

駆逐艦娘たちも嬉しそうに走り回り、温泉大浴場や調理場も大騒ぎ、慌ただしい夕方が過ぎていく。

 

そして、大食堂のテーブルには、畑から採れた野菜をふんだんに使った料理が並んだ。

 

シャキッとした食感に、みずみずしさが魅力のレタス。

玉レタスは冷涼な空気と清らかな水を好む野菜で、ここの風土にも合っている(より高原ならベストだが)。

 

生のままサラダにするのも定番だが、今日は塩茹でした小エビとアスパラとともに、ニンニクの香りを移したオリーブオイルで軽く炒めた。

 

「エビのプリプリした食感と、レタスのシャキシャキが合うわねぇ」

「レタスは炒めすぎないのがコツよ」

 

このレタスを育てた長良と五十鈴。

虫に食われやすいレタスを、マルチ(土を覆う被覆フィルム)と防虫ネットで守り、雑草をとって大事に育ててきた結果が、今口の中にある。

 

 

スナップエンドウは、チーズ焼きで。

 

びっくりするほどの甘味のある立派な鞘と実が出来るまで、鳥や虫からネットで守り、乾燥に気を配り、支柱を立ててつるを誘引し……。

その思い出に、スナップエンドウを育ててきた名取が涙ぐんでいる。

 

チーズは、宮ジイが飼っている牝牛のハルナ(ジャージー種8歳)のお乳からイタリア艦娘たちが作ったものだ。

 

 

「このシャッキリ感、マジ、パナイ!」

 

鬼怒が育てたシャキシャキの水菜は、ワカメと干しシイタケとともに、生姜の風味を利かせた、中華スープの具材に。

 

あっさりしたスープだが、鶏ガラをベースにしながら、ワカメとシイタケのダシも加わり、複雑で奥行きの深い味がする。

仕上げに間宮が一椀ずつに振った、少量の白ゴマもピッタリと味を決めていた。

 

 

メイン料理は、ニラとキャベツ、タマネギをザク切りにし、豚挽き肉と厚揚げとともに、味噌と豆板醤でピリ辛に炒めたもの。

直球勝負の、ご飯のお供だ。

 

白いご飯を、毎日食べられる幸せ。

 

提督は、宮ジイから教えられたことを思い出す。

 

失敗してもいい、また次に成功すればいい、いつか成功すればいい。

でも、人間の命は有限だから、今も次にも全力を尽くす。

その結果、きっといつか成功する。

 

(よし、明日も頑張るか!)

 

と、そこに阿賀野が妹たちを連れてやって来た。

 

「提督さん、来週末の予定だけど、2泊3日で阿賀野型との新婚旅行でいいよね?」

「あっ、阿賀野さん、ずるいです! 照月もケッコンするんですから!」

「ちょっと、うちの羽黒の新婚旅行もまだよ!?」

「吾輩と筑摩も、早く新婚旅行に連れて行くのじゃ!」

 

今日もワイワイガヤガヤと、鎮守府の夜は過ぎていくのだった。



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初雪とプリン

いやらしい雨雲だった。

ザーッと降られれば諦めもつくが、シトシトと地面を濡らし、やんだかと思えばまた降り始める。

 

元漁協の本部だった粗末な鎮守府庁舎のキッチン。

提督はシャツを腕まくりして、畑で採れたキャベツをざく切りにしていた。

この雨を思えば、先日の収穫はベストタイミングだった。

 

15玉ものキャベツを一心不乱にざく切りし、5玉分ずつ木の樽に放り込む。

一緒に入れるのは、針生姜と塩昆布、すった白ゴマに荒塩、そしてゴマ油を回しかけて手で揉み回す。

 

蓋をして石で重しをし、夕飯に食べる浅漬けの準備完了。

 

「よし、できた」

「ん……」

 

提督の声に、テーブルで足をブラブラさせながらマンガを読んでいた初雪が反応する。

初雪は今日の秘書艦だ。

 

 

提督は新品の中華鍋を空焼きしていた。

よく洗った中華鍋を中火にかけ、十分に温まったら強火でまんべんなく焼き、錆止めに塗られたニスを焼き切る。

 

カンカンに熱くなった中華鍋を冷ますため、「熱い、触るな!」という張り紙をして執務室に戻る。

その後ろを、初雪がトテトテとついていく。

 

 

しばらくして……。

出撃を終えた提督はキッチンに戻り、熱のとれた鍋をお湯で洗った。

また火にかけ、煙が出始めたらたっぷりの油をしいて鍋肌に馴染ませていく。

油を馴染ませたらタワシで洗い、またカンカンに熱する。

 

「ふう、行こうか」

「ん……」

 

鍋を冷ますため、また張り紙をして放置し、初雪と執務室へ。

 

 

察しのいい方はもうお気づきだと思うが、先日からの新任務「増強海上護衛総隊、出撃せよ!」。

第一艦隊はすでに30回、沖ノ島海域、通称2-4で敵主力撃破に失敗しており、提督はその度に気分転換の家事をしている。

 

こういう時、気持ちを察して(あるいは面倒くさがって)何も言わないでいてくれる初雪は秘書艦に適任だ。

 

 

33回目の作戦失敗。

 

「あの時みたい……だね?」

 

今日初めて、初雪が提督にちゃんと言葉をかける。

そういえば、初めて沖ノ島海域に挑んだ時もこんな感じだった。

 

長門、伊勢、高雄、赤城、鳳翔、龍驤。

当時考えられる最強の艦隊を組んで、それでも戦艦ル級や空母ヲ級に簡単に大破させられた。

たまに上手く戦闘を乗り越えても、羅針盤が狂った……。

 

それでも、あの時は楽しかった。

 

この海域で拾った敵の残骸を核にして新たな建造をすることで、今まで出会えなかった数多くの艦娘の顕現に成功した。

 

金剛、蒼龍、利根、筑摩、鬼怒、島風……。

沖ノ島海域で邂逅できた、たくさんの家族。

 

でも、今ではこの海域で新しく仲間にできる艦娘はいない。

ここで戦うことに意味を見いだせない提督に向けて……。

 

「あの時は……駆逐艦は呼んでもらえなかった……し、怖い場所だと思ってたけど……今、駆逐艦を入れて行くんなら……私も……提督のために働き……たい」

 

提督はその言葉に驚いて初雪を見た。

 

見つめられ、最初はオドオドした初雪だが、やがて胸を張って「や、やれば……出来るし」と鼻息を荒くする。

 

その健気さに、提督は初雪を抱きしめて頬ずりする。

 

「いやぁだ、触らないで……」

 

けれど無視。

部活の顧問の先生だったら言い訳無用で懲戒免職になるぐらい、たっぷり初雪にスキンシップしました。

 

 

「明日から本気だす……から見てて?」

 

夕暮れの埠頭。

艤装にベコベコと穴が開き、セーラー服風の制服を何か所も千切れさせた初雪。

 

今回の出撃、旗艦である初雪の大破で、あえなく2戦目での撤退だった。

 

「いいよ、何度でも挑戦しよう」

提督は優しく初雪の頭を撫でる。

 

「初雪の大好きなプリン、用意しといたよ」

 

卵黄と牛乳、砂糖、少量のバニラエッセンスと生クリームを加えてオーブンで焼き、冷蔵庫で冷やしただけのシンプルなプリン。

 

素朴だが、とても優しい味のするプリン。

 

「これは……嬉しい。ふつうに、嬉しい……」

 

明日も、がんばりましょう!



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天龍と龍田の串揚げ屋台

日が落ち始めてきた夕刻。

もともとは第三セクターの水産加工場だった、間口20メートル、長さ50メートルの大型プレハブ建ての工廠の中……。

 

「明日は絵付けをするから、汚れてもいい恰好で来てね」

飛鷹が、エプロンをかけた第六駆逐隊に言っている。

 

「千歳さん、これで(うるし)を塗ってもいいですか」

瑞穂が削り出しの終わったケヤキのお盆を、千歳に見せている。

 

ただでさえ小さな工廠だが、その五分の二は本来の用途外に使用されている。

陶芸、木工、型染め、紙漉きのための工房としてだ。

 

壁際の戸棚には、(のみ)(かんな)(のこ)(きり)などの道具類がびっしりと並ぶ。

陶芸用の電気窯(裏山に伝統的な登り窯も掘ってみたが、余りにも薪と時間を消費するので、普段はこちらで焼いている)や電動ロクロ、土練機もあるし、染色槽などもそろっている。

 

何だかんだで500万円以上かかったが、艦娘たちの生涯学習費として強引に予算を分捕ってきた。

 

提督が本部に対して腹が立つことが一つ。

本部の役人連中、こういう細かい経費には渋い顔をして、円単位であれこれと指導修正してくるくせに、ハコモノは大好きなところだ。

 

工廠や庁舎を鉄筋コンクリートに建て替えるだの、埠頭にガントリークレーンを設置しようだの、億単位の話を頼みもしないのに向こうから何度も持ちかけてくる。

 

体育会系の佐世保鎮守府には、3階建てのプール付き体育館が建っている。

どこぞの鎮守府では、艦娘出撃用のド派手で大袈裟なギミックを作り上げ、イージス艦1隻分に相当する予算を使ったとかいう噂もあるし……。

 

「お兄ちゃんもさあ、役人どもの喜ぶ予算の使い方を勉強しなよ」

などと偉そうなことをロリボイスで言う、元声優志望だった、天草の婦女子提督。

 

「あいつらはさ、自分はこういう仕事しましたよって、成果写真が撮れるようなものが好きなんだって」

 

彼女は、「インタラクティブ・マルチメディア室」という空虚で胡散くさい名称のオタク部屋や、カフェテリア風の小洒落た食堂がついた、全個室の高層艦娘寮を建てたりして、予算をジャブジャブ使っている。

 

それに服飾費の限界まで服を買い漁って艦娘を着せ替え人形にして遊んでいる(本人は年中同じようなダボダボのパーカーを着ているが……)。

 

だが確かに、「軍」というマイナスイメージを払拭したい広報部の刊行物には、よく天草鎮守府の施設や艦娘が登場する。

 

秋の恒例イベント・北方漁場警備の際。

広報誌の表紙に載っていたのは、漁師さんにサンマを焼いてもらっている天草の艦娘たちの私服写真だった。

 

うちなんか全部自前で調理したし、冷凍保存も缶詰加工も全て自分たちでやったのに、と愚痴を言ったら……。

 

「そこだよ。あんたんとこは漁の警備でも支援でもなくて、マジで自分たちの漁業だったじゃん。大漁旗はまだしも製氷機まで用意してくるし、トン単位でサンマ獲ってりゃ、そりゃ広報も引くわ!」

 

ロリ声から地声に変わって、辛らつな言葉を浴びせられた。

 

「でも、県内の小中学校にサンマを配って、子供たちに喜んでもらえたよ? 県知事さんからも表彰状もらったよ?」

「んもぉ……だからねぇ、予算とりたきゃ喜ばす相手が違うんだって……でも、そんな不器用なお兄ちゃん、大好きだよっ♪ もし、あたしが……」

 

提督の子供じみた抗議に、再び甘いロリ声を作る天草提督。

 

「男だったら、絶対チン……」

 

ガチャン!

 

『言わせねぇよ!』

 

間一髪、セクハラをかまされる前に受話器を叩きつけ、某芸人トリオのネタを心の中で叫ぶ提督だった。

 

「まったく……」

 

ちょっと(のみ)の10本セットを買い足しただけで、経費申請のために大量の書類を書かされたと愚痴話を始めたのがきっかけで、ついつい長電話になってしまった。

 

今日は休日。

少し食べ歩いてみるかな。

 

提督は天草提督を笑うことができない、グレーのパーカーとスウェットパンツのだらしない姿(そして髪には寝ぐせ)のまま、執務室を出た。

 

 

「あらぁ~、提督。1本50円よ?」

 

元漁協の本部を流用した、しょぼい鎮守府庁舎の出口前では、天龍と龍田が串揚げの屋台を出していた。

 

「じゃあ……豚ネギと、うずらの卵……あと、そのビール」

 

瓶ビールの空箱を重ね、上面にダンボールの切れ端を当ててガムテープで補強しただけの、粗末な椅子に座って注文をする。

 

串を2本ぐらい食べるだけで、ノンアルコールで済まそうと思ったが、龍田がクーラーボックスから出した缶ビールをゆらゆらさせている。

缶に描かれた黄色い幻想動物さんに誘われて、つい頼んでしまう提督。

 

天龍と龍田には鎮守府の最初期から、遠征や内部運営でお世話になり続けている。

誰一人欠いても今の鎮守府はないが、天龍と龍田がいなかったなら、その鎮守府は今ここにある鎮守府とは大きく姿を変えていただろう。

 

プシュっと缶ビールを開け、夕方の早めの一杯をいただく。

舌から喉へと浸み込んでくる、あの冷えた苦味。

 

ジュワ~ッパチパチと揚げ音が響き、香ばしい匂いが広がる。

 

 

「ほら、豚ネギに、うずら卵。それとキャベツな」

 

天龍がステンレスの皿に、串揚げとキャベツの葉を出してくれる。

串揚げは目の前のソース皿には二度漬け禁止。

その代わりにソースが足りなければ、キャベツの葉でソースをすくってかけるのが、関西風の流儀だ。

 

ちょっと固めだが、肉の旨味が詰まった豚肉に、鎮守府の畑で採れたばかりの甘いタマネギ。

ソースに浸した薄い衣を破ると、次にまた薄い白身、そしてジワッと黄味の味が続く、うずら卵。

 

天龍の串揚げの(ころも)はすごく薄いサクサク系で、胃に全くもたれない。

それなのに、ビールはもう半分無くなってしまった。

 

「ささみチーズ、アスパラベーコン……あと、こんにゃく」

ついつい、追加の注文をしてしまう。

 

黄昏を増していく埠頭では、アイオワとサラトガのハンバーガー屋台や、最上型のおでん屋台も出ている。

 

「あの匂いは反則よねぇ」

 

龍田が顔を向ける先からは、イタリア艦娘が石窯でピザを焼くチーズの焦げる香りが漂ってくる。

 

「ほい、先にササミチーズ」

 

対抗したわけではなく、火の通り具合の問題だろうが、天龍がステンレス皿にササミチーズの串揚げを載せてきた。

 

串を持ち、たっぷりとソースに浸して、そのまま口に。

あくまでも薄くカリッとした衣に、淡白な鶏ササミ。

そこにトロッと熱をもって流れ込んでくるクリーミーなチーズ。

 

グビグビッ、とビールで流し込んで飲み終えたところへ……。

 

「これがアスパラベーコンな。こんにゃくは、もうちょい待ってくれ」

「提督……お飲み物は?」

「うん、またビール」

 

新しく出された缶ビールに口をつけながら、串揚げ界で黄金の組み合わせのアスパラベーコンを頬張る。

 

「提督。おつかれさまです!」

「せっかく、お姉と2人っきりだと思ったのに……」

 

隣の空箱の椅子に千歳が座り、なぜか提督を挟んだ反対側に妹の千代田が座ってくる。

 

「千歳の向こうの隣も空いてるよ」と言おうとした瞬間、千代田が軽空母とは思えない胸をボニョンと押し付けてくる。

 

「これ、アスパラベーコンでしょ!? 半分ちょうだい!」

 

当然、否応もなく千代田に手から奪われる、残りのアスパラベーコン串。

 

「とりあえず、瓶ビール2本にコップ“3個”。適当にお任せで串10本」

「はいよ……提督が、こんにゃく頼んでるけど、合わせるか?」

 

千歳の流れるような注文に、渋く答える天龍。

 

「ええ~、こんにゃく、もう頼んじゃったんですか?」

「ずるいよ、提督!」

 

群馬県産の極上こんにゃくを絶妙な火加減で揚げた串は、この屋台でも大人気メニューだが……。

先に頼んだからずるいとか、おかしいよね?

 

「あたしとお姉にも、こんにゃく! さっきの10本とは別カウントで!」

千代田が提督の腕をグイグイ引っ張りながら勢いよく注文し、龍田から渡された瓶ビールをコップに注いでくる。

 

「提督、綺麗な夕暮れですね」

妹とは対照的に、千歳はそっと静かに腕を絡めてくる。

しかし、その結果として軽空母界最強のものが、腕に押し当てられるわけで……。

 

今夜は……長くなりそうです。



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長門と岩牡蠣の燻製オイル漬け

提督は珍しくビシッと制服を着込み、朝食の席についていた。

 

オクラと麦味噌の味噌汁、トビウオの一夜干し、高菜の油炒め。

天草鎮守府からもらった熊本の食材が並ぶ。

 

他に、鎮守府の畑で採れた、水菜のサラダ、ニラ入りの玉子焼き、自家製養殖の海苔を使った佃煮と、ワカメの酢の物。

 

朝から食べ応えのある内容だ。

今日は、手付かずでいた長門と熊野の、改二実装にともなう関連任務を達成するため、連続出撃する予定でいる。

 

長門も、丼に生卵を割り入れてモリモリご飯を食べている。

昨夜はキラ付けと称して提督の部屋に泊まりに来たが、朝早くには自主錬に出かけていった。

長門もかなり気合が入っている。

 

大和と武蔵も……今日の出撃予定はないが、山盛りの丼ご飯。

元気そうで何よりです。

 

 

まずは、小手調べ。

リランカ島沖の港湾棲姫を討伐しに行く。

 

長門、陸奥の第一戦隊を基幹とし、赤城、加賀、ザラ、ポーラ。

長門の火力がものを言い、危なげなく港湾棲姫を倒した。

 

続けて、熊野、鈴谷、最上、三隈の第七戦隊を召集。

翔鶴と瑞鶴を支援につけ、火力面の不安を瑞鶴の噴式戦闘爆撃機・橘花改で補いつつ、再び港湾棲姫を撃沈した。

 

「熊野たちには連闘ですまないけど、次は大鳳と北上をつけるからMS諸島沖に出撃して」

「よろしくてよ」

「んま~、やっちゃいましょ」

 

こうして午前中は快勝を続け、熊野の任務も達成できた。

 

新型砲熕兵装資材をもらい、これで41cm三連装砲改が作れるようになるらしいが……。

最大改修した試製41cm三連装砲を素体にして、さらに46cm三連装砲を2つも生贄に捧げないといけないというので……保留。

 

「さてと、いよいよ5-5だね。1回でとはいかないだろうから、まずは様子見のつもりで肩の力を抜いて行ってきて」

 

次は長門を旗艦に、サーモン海域北方への出撃。

長門、陸奥、翔鶴、瑞鶴に、軽空母枠として祥鳳、対潜要員の軽巡枠としては酒匂を加えた。

 

「分かった。だが……別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

「ぴゃあ、長門さんカッコイイ!」

「え、あ……うん」

 

 

「っ……敵艦隊もなかなかやるな……」

 

長門が、制服が破れて剥き出しになった胸を隠しながら、長門が不敵に笑う。

案の定、初戦は長門がレ級に一撃で大破させられ、あえなく撤退となった。

 

「うぅっ、やられた……これじゃ、戦えないよ……」

祥鳳もレ級の開幕雷撃で中破に追い込まれていた。

 

「分かってたけど、あいかわらず元気だなぁ……レ級」

 

提督の最大のトラウマ、戦艦レ級。

沈めても沈めても、すぐ直後の戦闘にもパワーアップして復活してくるし、しばらく顔を見せないで放置していると、向こうから鎮守府まで乗り込んでくるし(※この鎮守府だけの現象です)、本当に手が負えない。

 

「さあさあ、どくぴょ~ん!」

「別に……重くて怒ってるんじゃ……ない」

卯月と弥生が倉庫から工廠へと、油圧式のハンドパレットトラックを引っ張って資源を運んでいる。

 

修理と補給に使われる、パレットに山盛りの資源量を見て、提督はため息をついた。

 

「長門、お風呂に行ってきなよ。それで、いったんお昼にしようか。午後は支援艦隊もしっかり出そう」

「すまない。艦隊決戦は万全の状態で戦いたいからな」

 

 

昼食は、岩牡蠣の燻製を使ったスパゲッティー。

鎮守府の畑産のレタスとオニオンスライスのサラダに、同じく鎮守府産スナップエンドウとその他の野菜、ハーブをすり潰し、豆乳とミキシングしたスープ。

 

主に日本海側で獲れる岩牡蠣は、この鎮守府の地方で秋から冬に獲れる真牡蠣とは別種の牡蠣で、旬も春から初夏と異なる。

 

塩洗いして軽く茹でた牡蠣を、水に砂糖と塩、黒胡椒、オイスターソース、ニンニク、ローリエを加えたソミュール液に浸して一昼夜。

 

ネットに入れて陰干しをして乾かし、さくらチップで熱燻して、冷蔵庫に寝かせて燻煙をなじませた後(つまみ喰いで1割ほど損耗したが)、上質のオリーブオイルに鷹の爪とともに3日漬け込んだ。

 

手間はかかるが、とにかくバカウマ。

旨味が凝縮した冬の真牡蠣もいいが、ボリュームある岩牡蠣の燻製オイル漬けも食べ応えがあっていい。

 

今回は、芳醇なオリーブの香りと薫香をまとったプリプリの牡蠣を、漬けていたオリーブオイルとともに温め、茹でたスパゲッティーに絡めた。

 

もちろん、そのまま食べても美味しいし、パンにもご飯にも合う。

刻んでチャーハンの具にしても、良い味を出す。

 

しっかりした個性を確立した燻製オイル牡蠣は、どんな場所でも味の中心となり、周囲の食材をまとめてくれる。

 

「うん、うまい! 提督の作る飯は、大和とも張り合えるのではないか? 大した物だ」

「あら。あらあら♪」

 

誉めてくれるのは嬉しいが、この料理は良い素材を準備して、手間さえ惜しまなければ誰にでもできる。

そこは、提督業と同じかもしれない……。

 

 

埠頭では、ハンドパレットを引っ張り、駆逐艦娘たちが慌しく行きかっている。

 

「この兵装は…うむ、さらに強くなるな」

長門には試製51cm連装砲を積んだ。

 

「陸奥の第三砲塔には注意して、そっとね」

「ば、爆発なんてしないんだから……もう」

 

アイオワから借りていた16inch三連装砲Mk.7を全て外して支援艦隊に回し、扶桑姉妹の持っている改修がすすんだ試製41cm三連装砲と交換。

 

惰性で持たせていた九一式徹甲弾も、大和とウォースパイトに預けっ放しだった一式徹甲弾と交換する。

 

「友永さんの隊は村田さんの隊と入れ替え。それから、瑞鶴、加賀から烈風改を借りてきて」

「げぇっ、加賀さんから?」

翔鶴と瑞鶴の航空隊を、鎮守府最強の布陣にする。

 

「岩本さん、祥鳳を守ってあげてね」

装甲が薄い祥鳳には「零戦虎徹」こと岩本さんの隊を載せ、艦隊の制空に寄与させながら、個艦防衛も充実させる。

 

「嬉しい! 私を強化してくれるなんて!」

喜んだ祥鳳に抱きついてきたが、その拍子に片肌脱いだ祥鳳の上着がズリ落ち……。

さらし一枚、半裸状態の祥鳳に抱きつかれる提督を、横から由良と夕張がジト目で睨んでくる。

 

「ゆ、由良、夕張? どうしたのかな?」

 

「……お取込み中、すみません。倉庫が空いたら、少しバドミントン教室を開かせてもらいたかったんですけど……ふんっ」

「同じく、ミニ四駆大会で倉庫借りますね……ふんっ」

 

「いいよ、好きに使ってくれて」

全力支援を出す今回の出撃、どうせ資源倉庫はスッカスカになる。

 

許可をもらった由良と夕張だが、プイッとした顔のまま、礼も言わず帰ってしまう。

多分、軽巡枠の人選に不満があるのだろう……。

 

「酒匂、あの戦争の時は生まれるのが遅すぎて、あまりお外には行けなかったから……いつも出撃させてくれる提督のこと、あたし大好き!  ぴゃあああああ!!」

 

「女神さん、酒匂のことよろしくね」

錬度が99に達した酒匂には、ケッコンの指輪とともに増設補強を贈って、応急修理女神に乗り込んでもらう。

 

確かに、最強艦隊での出撃を目指すなら、祥鳳と酒匂の人選には考慮の余地がある。

しかし、効率だけを求めるなら、ここの鎮守府が存在すること自体に意味がない。

 

開戦間もなく珊瑚海で沈んだ祥鳳と、終戦後の核実験でビキニ環礁に消えた酒匂。

2人には、今こそ南の海で大暴れしてもらいたい。

 

最善とか最良とは言わないが、そういう……こだわりの気持ちで勝つことこそ……。

やっぱり気持ちいい、と提督は思う。

 

 

「それじゃあ長門、任せたよ」

「うむ。改装されたビッグ7の力、侮るなよ!」

 

雲間からこぼれる昼の陽光に艤装を艶光りさせながら、長門たちが湾内に滑り出していく。

続けて、思いきって選んだ、大和、武蔵、アイオワ、ウォースパイト、赤城、加賀、飛龍、蒼龍……超豪華な支援艦隊。

 

 

さあ、気が早いけど祝勝会の準備もしておくかな。

出撃艦隊を見送った提督が、そう思って振り返ると……。

 

「提督、バーベキュー用の炭、あれぐらいで足りますか?」

「石窯にも火を入れるから、手伝ってよね」

 

由良と夕張が、すでに準備を始めてくれていた。

 

多くの駆逐艦娘たちも、長良や神通の指示に従って、埠頭にテントやテーブルを広げるお手伝いをしてくれている。

 

「天龍、龍田、ええと……これをお願い」

すでに軽トラを出して買い出しの指示を待っていた天龍たちに、走り書きした買い物メモを渡す。

 

「あぁ!? う……ったく、相変わらず汚ぇ字だなぁ。読みにくいじゃねぇか」

けっこうな書道の腕前の天龍に、文句を言われてしまったが……。

 

よし、今夜は祝勝会。

長門が吉報とともに、みんなを無事に連れて帰って来るのを待ってます。



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休日のポトフ

梅雨入り宣言もないまま、激しい雷雨が降り注いだ後。

曇り空が続きながらも雨は降らない、不思議な天気の中。

 

久しぶりに太陽が顔を見せ、ここの鎮守府は勝手気ままな開店休業に入っていた。

先日の出撃任務で備蓄資源も枯れたし、提督の緊張の糸も切れた。

 

梅雨入り前に6月産野菜の本格収穫をしたいし、スズキも釣り頃だし、沖ではタラも獲れそうだ。

 

地元を守る遠征任務、近海警備と対潜警戒を済ませたら、後は本部へのボーキサイト申請の際に実績アピールをするのに必要な防空射撃演習と、釣りのついでの海上護衛任務と北方鼠輸送、買い出しを兼ねた演習を回していく。

 

完全に備蓄モードの、ゆったりした一日が過ぎていく。

 

 

艦娘寮の日本庭園の奥。

木々に囲まれて、藁葺き(わらぶき)屋根の茶室が建っている。

 

玄関を入ると三畳の次の間、八畳の書院造りの和室と水屋(台所)があり、三畳半の茶室につながる。

 

玄関先では新聞紙を敷いて、提督が間宮に髪を切ってもらっている。

艦内に理髪師を乗せて泊地を回り、小型艦の乗員たちの散髪も請け負っていたという間宮。

腕前はなかなかだ。

 

提督はパンツ一丁。

寝巻き代わりのスウェットシャツを朝からそのまま着ていたのだが……。

雲の合間から太陽が顔を見せた途端、洗濯本能に突き動かされた伊良湖にはぎ取られた。

 

和室では、飛龍と蒼龍が 大鷹(たいよう)(春日丸から改装された)に竹細工の作り方を教えている。

 

「あの……こう、ですか?」

「そうそう。だけど、竹には表裏があるから気をつけてね」

「ほら、こっちが表で、こっちが裏よ」

 

器用に竹皮を編んで、天日干しに使う 平籠(ひらかご)の底を作っていく。

 

木枠を取り付けて完成した四角い平籠は、大根や椎茸、海産物を干したり、茶葉を乾燥させるのに使ったりと、用途が広い。

 

そして、もうすぐ梅の収穫期。

梅干し作りをはじめとした、梅仕事と呼ばれる梅の加工にも大活躍する。

 

梅雨、と書くぐらい、この時期の雨が梅を育ててくれる。

鬱陶しい梅雨だが、その後には楽しい梅干し作りが待っているので、あまり梅雨入りが遅いのも困りものだ。

 

水屋では鳳翔と祥鳳が、一足先に摘んできた若くみずみずしい青梅を使って、梅酒を作っている。

 

青梅を丁寧に洗い、水に浸けてアク抜きをする。

水気を切って乾かしたら、やわらかい布で優しく拭い、竹串でヘタやホシ(軸)を丁寧にとり除く。

 

後は殺菌した保存瓶に青梅と氷砂糖を入れて、焼酎を注ぐだけ。

 

龍鳳と瑞鳳は、青梅にフォークで穴をあけ、焼酎でなく自家製のハチミツに漬け込んでいる。

ハチミツに浸かった梅とシロップはゼリーの材料になるし、シロップを炭酸水で割って、さわやかな梅ジュースにもできる。

 

昨年から、この鎮守府の恩人である庭師の親方、徳さんの指導で植えた新しい梅の木にも、立派な梅の実がなるようになってきた。

その木々の周りには、最上と三隈がネットを張り、いつ完熟して実が枝から落ちてもいいように準備を整えている。

 

「あ、今のちょっとタンマ」

「待ったは無し」

 

奥の茶室では、隼鷹と飛鷹が昨年につけた梅酒を飲みながら、将棋を指している。

 

幸せに昼下がりの時間が過ぎていく。

 

 

大食堂では、夕飯のポトフ作りの準備が行われている。

 

畑から収穫したキャベツにタマネギ、演習ついでに箱買いしてきた熊本のジャガイモに、千葉のニンジン、青森のブロッコリー。

 

大鍋では、地元産の骨付き鶏でダシスープが煮込まれている。

 

「鹿児島でソーセージ、仕入れてきたクマ」

演習から戻った球磨と多摩が、厨房にソーセージの詰まったドラム缶を運び込む。

 

「いい色のソーセージですね、ダンケダンケ♪」

「演習は勝てた?」

 

戦利品を取り出すドイツ重巡プリンツ・オイゲンが喜ぶ横で、ドイツ空母グラーフ・ツェッペリンが尋ねるが……。

 

「ドラム缶しか積んでない球磨と多摩だけで勝てるわけないクマ。あいつら、戦艦4、正規空母2のガチ編成だったクマ」

「今、潜水艦を仕返しに行かせたにゃ」

 

ポトフに深い味わいを加えるローリエの葉も、畑で採って乾燥させたもの。

欠かせないアクセント、粒マスタードは畑近くの小川で採れた(少し種を播いたら勝手に自生して繁殖した)、からし菜の種を使った自家製。

 

この季節、日が落ちると、空気は一気に冷たくなってくる。

 

野菜たっぷりで栄養満点。

ポトフの香りが鎮守府を優しく包み込むまで、あと少し。

 

とろけるようなキャベツとタマネギ、ほくほくのジャガイモ。

ローリエと野菜の甘味でまろやかになった鶏骨のダシに、肉汁の詰まった粗挽きソーセージ。

 

温かいポトフを食べながら、食卓で今日はどんな話をしようか……。

のんびりと、日は落ちていく。



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夕張といちご煮

鎮守府には、いくつかの倉庫がある。

 

もともとは漁協事務所だった小さな鎮守府庁舎と、第三セクターの水産加工場だった、大型プレハブ建ての工廠。

その間にあった駐車場と船揚げ場を半分潰して建てられた、間口17メートル、奥行き35メートルの、背の高い赤レンガ倉庫。

 

第一倉庫と呼ばれるそこには、鎮守府の備蓄資源や資材が蓄えられている……こともある。

資源が吹き飛んだ際には倉庫内はガラガラになり、バドミントンやミニ四駆をやる遊び場と化す。

 

工廠の裏手にある冷凍倉庫の跡地には、冷凍倉庫の骨組みと鋼板外壁をそのまま流用した、間口8メートル、奥行き16メートルの小さな倉庫。

 

第二倉庫と呼ばれるそこには、頻繁に使う装備や修理待ちの艤装、当座で使う資源・資材(燃料・弾薬も含むので安全管理上、大変よろしくない)などが置かれている。

 

工廠前の左手から海へと突き出している、防潮堤を背にした幅広の突堤には、間口15メートルに対して、奥行きが8メートル足らずしかない、いびつな横長で、門の大きさに似合わぬ規模の小さな赤レンガ倉庫。

 

第三倉庫と呼ばれるこの倉庫は艤装と装備の保管庫なのだが、提督は立ち入らないように妖精さんから言い渡されていた。

 

この倉庫の奥は、深海棲艦の支配する闇の海域とも性質が近い異世界につながっており、四次元ポケット的な無限大の広さを誇る迷路空間となっているらしい。

 

ここには、妖精さん製の謎家具や、季節外の家具・衣類・食器その他生活雑貨、釣り道具やキャンプ用品、農工具、木材、炭、灯油、さらに開発失敗の時に出てくる正体不明のヌイグルミ(?)なども放り込まれており、中はかなりのカオス状態になっていると思われる。

 

たまに取り出したいものも出るのだが……方向音痴で羅針盤運のない提督のこと。

中で迷ったら確実に死ねる自信があるので、言いつけを守って自分では絶対に入らないことにしている。

 

今日は装備に詳しい夕張に倉庫内に入ってもらって、 棚卸(たなおろし)と呼ばれる保有装備の確認作業を行っていた。

 

「ぅわぁ~、梅雨の季節って機械が錆びやすいから、少し嫌かも。でも、頑張ろっと!」

 

いよいよ、この鎮守府の地方でも梅雨入りとなった。

雨で畑仕事や釣りが出来ない日には、溜まった難関任務を消化しようかと考えているので、その前の戦力チェックだ。

 

特に、軽空母へと改装された鈴谷の関連任務。

「改装攻撃型軽空母、前線展開せよ!」では、KW環礁沖海域での勝利が要求されるのだが、ここの鎮守府はまだその前面にあるピーコック島の再攻略をしていないので、KW環礁沖に通じる門を設置をしていない。

 

ピーコック島は、2014年春に提督にトラウマを植え付けた、離島棲姫(当時は離島棲鬼だった)が支配している島だ。

 

当時のトラウマの主な原因だった、随伴の戦艦棲姫はいないようだが、代わりに島は砲台小鬼で要塞化され、集積地棲姫が居候している。

 

昨年3月、ピーコック島の再攻略に向かって惨敗して以来、ずっと放置してきたのだが……。

今回の任務を機に本腰を入れて攻略する気になったのだ!

 

……というのは表向きの理由。

離島棲姫が鎮守府にご飯を食べに来ては「……コナイノ?」とダダをこねていたし、つい先日には、朝まで帰らず提督の布団の中にいるところを、青葉にスクープされてしまった。

 

ちょっと一度、ピーコック島を焼け野原にしないことには、色々と収まりがつかない雰囲気が鎮守府に漂っている……。

 

 

「提督、ヴルフゲレートは5個ありますって」

 

夕張に連れられて、Uボート潜水艦娘のローちゃんが報告に来る。

かの国のロケットランチャー、WG42は対地攻撃に威力を発揮する。

 

「上陸部隊の陣容だけど、こういうのって陸軍に帰さなくていいの?」

リストを見ながら、夕張が尋ねてくるが……。

 

「陸軍? あきつ丸、まるゆ、戦車妖精さん、みんなウチの子だよ?」

 

借りパク常習犯の提督のこと、上陸戦力に不足はない。

戦車第11連隊を乗せた特大発動艇に、改修がすすんだ特二式内火艇、そして大発動艇に乗った八九式中戦車と陸戦隊が2隊。

 

 

「二式大艇ちゃんは降ろしたくなかったけど……がんばるかも!」

 

水上戦闘機をフル搭載して攻略部隊に加わってもらう、水上機母艦娘の秋津洲。

強風改に、二式水戦改が2部隊。

他にもRo.44水上戦闘機bis、Ro.44水上戦闘機と数はそろっているが……。

 

「あ、二式水戦改は……、まだ熟練部隊にしてないんだったね……」

 

二式水戦改の改修をすすめ、熟練搭乗員妖精さんに乗ってもらう精鋭部隊を作ろうという計画があるのだが、ネジ(改修資材)と素材が不足して進捗が遅れている。

 

「それと提督、倉庫内の有効スペースが不足してますよ」

夕張が愚痴を言う。

 

「46cm三連装砲と41cm連装砲、各種機銃、零式艦戦、瑞雲を貯め込んでるせいですね」

 

内部の空間は無限大だが、その内安全に利用できるスペースには限りがあるらしい。

使わない装備はどんどん廃棄すればいいのだが、改修のための素材を大量に確保しておこうとすると、倉庫の容量がすぐに足りなくなってくる。

 

「寮の拡張もしたいし、妖精さんに頼んでみるか……」

 

妖精さんたちにお願いすれば、謎の超技術で寮の増築を一瞬で行ったり、倉庫内の空間を整理して使えるスペースを広げてくれたりする。

ただし、それには対価が必要で……。

 

「寮に、これぐらいの増築を……」

提督はピンクの髪に白いリボンを結んだ妖精さんを呼び、増築や倉庫内拡張の計画を伝える。

 

それを聞き終えた妖精さんが右手を突き出し、指を3本突き立てる。

対価として要求されたのは、うまい棒換算で3万本分のお菓子だった。

 

「あと……補強増設改修を4人分やってもらったら?」

 

妖精さんの指が2本足され、右手がパーの形になる。

 

「うーん……さらに、ネジを20本作ってもらったら?」

 

妖精さんは左手の人差し指を立て、一拍おいてから、人差し指から小指までを立てて見せた。

1.4という意味だろう。

 

しめて、うまい棒換算で6万4000本分のお菓子。

提督の夏のボーナスの大半が消えていった……。

 

 

夕飯時の大食堂。

提督は明日、ピーコック島の攻略作戦を行うことを宣言したが、盛り上がりはイマイチだった。

 

提督の膝の上に、ほっぽちゃんこと北方棲姫が乗っていたからかもしれないが……。

 

小鉢には、タコの酢の物。

今日は、静岡県の浜名湖から仕入れた、味の濃いタコを使っているそうだ。

 

海水と淡水が入り交じる 汽水湖(きすいこ)の中で、最も豊富な生物相を誇る浜名湖。

それ自体が名産品となるエビやカニを餌として育ったタコも、また濃厚な旨味を誇っている。

 

「コレ、オイシイ」

喜ぶほっぽちゃんに、笑顔で提督がタコを食べさせる。

 

水菜とツナのサラダに、カンパチの刺身。

 

カンパチは、九州の佐伯湾と四国の宿毛湾の間の海域で行われた演習大会のついで(だが気合いは釣りメインで)獲ってきた新鮮なものだ。

ほどよく脂がのっているが、くどさや臭みが全くない。

 

「はい、提督。いちご煮ですよ」

夕張が熱々の椀を渡してくれる。

 

いちご煮とは、青森県は 八戸(はちのへ)の伝統料理。

ダシ汁でウニとアワビを煮た、贅沢な吸い物だ。

汁に沈む橙色のウニが、まるで「野いちご」のように見えることから名づけられたという。

 

香り豊かな磯の風味に、飯でも酒でも、いくらでもすすむ濃密な旨味。

 

「どう?美味しい?」

「うん。美味しいよ、夕張」

「提督の好きなメニューのデータは、ぜぇーんぶ揃ってます」

 

嬉しそうに微笑む夕張。

いちご汁を作るため、ドラム缶を満載して各地の漁港を巡って食材を調達してくれたのは夕張だ。

 

そんな頑張りに応えたくて、大淀を入れた方が有利と知りつつ、夕張をピーコック島攻略のメンバーにした。

 

実艦の夕張は、3000トン級の船体に、5500トン級と同等の武装を施そうとした意欲作。

夕張のバイタリティは、艦隊に元気をくれる。

 

「夕張、明日は旗艦として頑張ってね」

「もちろん、任せといて!」

 

 

そして翌朝……。

 

「出撃よ!…ってやだ、私が一番遅いって……お、置いてかないでよぉ!?」



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由良とそうめん

紫陽花をモチーフにした、白地に水色や薄紫淡色が配された、爽やかな季節の壁。

 

そんな壁紙との相性も抜群のナチュラルウッドのフローリングと、紫陽花モチーフの季節の特注カーペット。

 

部屋の片隅には、特注施設の水風呂。

「ジメジメする日には水風呂でさっぱり汗を流したい!」と、村雨と夕立が水着で遊んでいる。

 

村雨の手によるテルテル坊主が飾られた半開きの窓からは、やかましいウミネコの鳴き声とともに、気持ちのいい海風が入ってくる。

 

壁に飾られた掛け軸には「瑞雲魂」の熱い文字。

 

そんな休日モードの執務室に、由良の声が響いている。

 

「ちょっと、提督さん……あんまりベタベタ触らないでください! あんっ、夕張、そんな所に指を入れちゃダメ!」

 

由良の抗議の声を無視して、提督と夕張が弄ぶのは……。

 

零式水上偵察機11型乙

 

由良が改二改装で持参した新装備で、対潜用の磁気探知機を備えているのが特徴だ。

 

三式爆雷とソナーのセットに、二式爆雷を搭載した夕張に、さらにこの機を搭載すれば(夕張は水上機を飛ばすことはできないが)、対潜先制爆雷攻撃能力を維持しつつ索敵値を稼げる……。

 

「もう返してくださいっ! この子は私のよ?」

 

提督と夕張の思惑に気付いた由良が、あわてて零式水上偵察機11型乙を取り返して背中に隠すが……。

 

「やだ、ベタベタしてるっ!」

「あ、ゴメン。枝豆を食べた手でそのまま触ったから……」

「提督さん、怒りますよ!?」

 

竹ザルに盛られた、鎮守府の畑で採れた枝豆の塩茹で。

地下のドイツ艦工房で内密に作られた、冷えて泡立つ麦ジュースによく合う。

 

 

「フコウダワ……」

 

提督の膝に寝そべりつつ、新たな対潜兵器を見て、山城のような不幸オーラを振りまく美しい白髪の深海棲艦。

 

大規模作戦の度に毎回、艦娘たちに爆雷を投げつけられ悲鳴を上げ続ける、悲劇の潜水棲姫だ。

 

最初に邂逅した2015年秋には、連合艦隊で押し包んで(グラーフ・ツェッペリンを見つけるまで)エンドレスで凌辱した。

昨年初頭のカンパン湾沖では、ガチガチの対潜装備艦隊で叩きのめした。

 

可哀想に思った提督が昨年夏、マレー沖での海水浴に誘ってあげたのだが……。

それ以来、潜水棲姫は提督に妙になついている。

 

 

提督の膝を奪い返そうとするものの、天敵の潜水艦が怖くて「ぐぬぬ……」となっている、イギリス戦艦娘のウォースパイト。

 

「そうか……ウォースパイトは瑞雲を運用できないか。単なる戦艦の時代は終わったな…」

 

「瑞雲魂」と書かれた緑の法被を着て、哀れみの表情を向ける日向の態度に、ウォースパイトがさらに「ぐぬぬ……」となる。

 

「Admiral、Cherryをどうぞ」

 

せめてもと、果樹園で摘んできたサクランボを提督の口に運んで、自分の存在をアピールするウォースパイト。

 

さわやかに甘酸っぱく、優しい香りが口内に残るサクランボ。

 

「村雨の、ちょっといい水着、どう?」

「提督さん、提督さんも水風呂入るっぽい!」

「キャアッ! ヤメテヨォォッ」

 

村雨と夕立が竹細工の水鉄砲を撃ってくるが、その水が思いっきり潜水棲姫にかかってしまう。

 

そういえば昨年、夕立の水着を見て、由良が「由良も来年こそ……」と言っていたので、夏が楽しみだ。

 

 

「サメノエサニナレ」

「頭にきました」

 

空母棲姫と加賀は、ボードゲーム『アイランド(旧題:サバイブ)』でタイマン勝負中。

 

プレイヤーは自分の冒険者コマを、沈んでいく島からボートやイルカを使って安全な浜辺へと脱出させるゲームだ。

 

だが、ボートを破壊してしまうクジラや、海上に投げ出された冒険者を食べてしまうサメ、

ボートに乗っていようといまいと冒険者を食べてしまう海竜、周囲の全てを飲み込む危険な渦潮、脱出できていない冒険者を全滅させてゲーム終了となる火山の噴火と、様々な困難が襲い掛かる。

 

そして、これらトラブルはプレイヤーの手によっても、ある程度コントロールが可能で、他のプレイヤーへの妨害手段とすることが出来る。

 

「海竜をワープさせます」

「イイノカ、コノボートニハ、オマエノコマモノッテイルゾ?」

「そのコマ、高得点と見ました。逃がさないわ」

 

コマの裏には1~6の数字が書かれていて、それがそのコマの脱出成功時の得点となる。

 

2~4人プレイ用のゲームだが、タイマン勝負は自分の低い点数のコマを犠牲にしてでも相手のコマを「絶対コロス」という殺伐とした作戦がとりやすく、人間関係破壊ゲームと化す。

 

空母棲姫と加賀の場合、元の人間関係がマイナスから始まっているので、今さら壊れるものもないが……。

 

 

お昼は由良が茹でてくれた、そうめん。

畑からミョウガ、シソ、大葉、オクラを摘んできて薬味に。

 

つるりと滑らかなのどごしと、薬味のさわやかさが、梅雨のうっとうしさを払ってくれる。

 

そもそも、潜水棲姫と空母棲姫を呼んだのも、梅雨明けの恒例行事、流しそうめんとバーベキュー大会の打ち合わせのためだ。

(ついでに、KW環礁での作戦の際に、基地を空襲してくるの止めてください、とお願いしてみたがやっぱりダメだった)

 

「今年こそ、私の台でもそうめん食べてもらうんだから」

 

毎年、イロモノの巨大流しそうめん台作りに情熱を傾けている夕張。

 

2014年の初登場時はジャンプ台やトリプルループなどのギミックに凝り過ぎ、麺がこぼれまくって失敗。

2015年は高さにこだわって庁舎の屋上から滝のような台を作ったが、高低差のために麺が加速しすぎて全くすくえずに失敗。

2016年は長さにこだわって全長300メートルのものを作ったが、そうめんが上流で全滅して下流にはまったく流れてこず敗北判定。

 

今年はどんなネタを提供してくれるのだろうか。

 

 

こうして、週末をのんびり過ごせるのも、由良のおかげだ。

 

由良の改二任務で、東部オリョール海と南方海域前面への出撃を行ったのだが、どちらもストレートで攻略できた。

この鎮守府には昔から、由良を旗艦にしていると羅針盤がボスを向くというジンクスがある。

 

南方海域前面の敵主力艦隊に含まれていた潜水艦も、きっちりと由良が始末してくれたので全滅させられた。

 

「由良、おかわり」

「提督さん……私のそうめん、そんなに好き?」

 

今日もここの鎮守府は平和です。



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川内と夜釣り

豊後水道に大きく口を開いた四国・高知県西部の宿毛(すくも)湾。

 

面前には、黒潮の恵みと松田川が運ぶ山々からの栄養を受けた豊かな漁場が広がり、干潟では数多くの生物が営みを見せる自然の宝庫だ。

 

戦前には帝国海軍の「宿毛湾泊地」が置かれ、太平洋での演習から戻った艦隊の、集結・休養地点とされていた。

 

現在でも、豊後水道を挟んだ対岸、九州・大分の佐伯(さえき)湾とともに、艦娘たちの宿泊施設として「泊地」と呼ばれる宿舎が置かれている。

 

以前、トラックで述べたように、この「泊地」制度に対する艦娘の評価は、おおむね低い。

多くの「泊地」は昭和の国民宿舎のような、お役所経営のやる気のなさで、施設はボロいし、食堂のご飯は不味い。

 

さらには、3-2-1最寄りの幌筵(ばらむしる)や、5-4面前のショートランドなどでは、疲れた表情の艦娘たちが、無言で飯を食い、泥のように眠っては、鎮守府に何日も帰らずに連続出撃を繰り返すという姿が見られる。

 

奇跡的に質の高いサービスを誇り、保養所として人気の高いパラオを除けば、好き好んで「泊地」に泊まりたがる艦娘はほとんどいない。

 

そのほとんどの例外、わざわざ内地の「泊地」に泊まろうという物好きが、この鎮守府の艦娘たちだった。

 

 

日の暮れ始めた宿毛湾内を、小型船舶がゆっくりと航行している。

船上では波音を掻き消すかのように大騒ぎする人物の姿が。

 

「ほら、夕日! もうすぐ夜だ! 夜だよ、夜! 待ち遠しいね。ワクワクするよ!」

 

泊地の12トン級交通船を借り出して宿毛湾に繰り出した、川内たち。

第三水雷戦隊の艦娘たちと、便乗してきたアングラー曙が、釣り竿の準備をしている。

 

自分たちの鎮守府の演習用門から異世界の海を渡って演習海域に出れば、宿毛湾内の島にある泊地桟橋まで、わずか30分。

 

 

だが、この「各鎮守府と演習海域付きの泊地をつなぐ門のネットワークを構築し、演習の活性化と泊地の利用促進を図る」などという官僚的な計画が、逆に国内泊地の利用を激減させた。

 

確かに演習は活発化した。

わざわざ演習海域で待たなくても、そこから相手の鎮守府につながる門に入れば、相手の鎮守府に直接行って演習を挑むことができる。

 

すると泊地で演習相手を探し、演習海域の予約をとり……と段取りを踏む手間も、演習海域が空くのを待つ時間も必要ない。

 

自然発生的に大手の鎮守府では「留守番組」という演習用艦隊を組んで常時演習を受け付けるようになり、時には高錬度艦を教官にして戦技指導も行うようになった。

 

結果、親睦会を兼ねたリーグ戦など、特別な大会でもなければ演習海域に艦娘が集まることも、演習のために泊地に宿泊していくこともなくなった。

 

しかし、宿毛湾と佐伯湾は釣りの名所。

そんな絶好の宿に、釣り船(あくまでも交通船ですby泊地職員)付きで泊まれて無料なのだから、利用しない手はない!

 

と、教えてくれたのは釣り好きの下田鎮守府の提督。

残念ながら人間である提督は、艦娘のように「門」をくぐって他の海域に行くなどという芸当はできない。

 

下田提督は、嫁の高雄が厳しいらしく、月に一度しか泊まりがけの釣り旅行に行かせてもらえない、と嘆いていた。

 

という世間話を提督が鳳翔さんにしたら「でも偉いですよねぇ。それでも奥さんの言いつけをきちんと守るし、浮気もなされないんですから」と笑顔で言われてしまい、もうすぐケッコン艦が100人に迫ろうとしている提督としては、そそくさと逃げるしかなかった。

 

 

話を戻して。

川内たちはポイントの磯場近くに交通船を停めた。

 

「ついに来たね、夜の時間が! 夜だよ、夜!」

 

今日の狙いはイサキ。

イサキは初夏から夏に産卵期を迎えるが、産卵直前の梅雨時が最も美味といわれている。

自分たちの鎮守府の沖にはいない、南の魚だ。

 

夜行性で、昼は海底に隠れているが、夜には浅い岩礁帯へ上がってきて小魚やカニ、エビなどの餌を求める。

 

竿をしゃくってコマセ(撒き餌)を撒いてイサキをおびきよせ、コマセに紛れ込ませたサシエ(釣り針に付けた餌)を食わせる。

 

コマセは少しずつ自然にパラパラ撒くようにするように竿を動かし、コマセとサシエの深さをあわせるのがコツだ。

 

「今日はケミホタル付けてみたわ」

曙が私物の竿を振り、颯爽と仕掛けを海に投じる。

 

ケミホタルとは、コンサートでもお馴染みケミカル発光スティックの大御所・株式会社ルミカ様の集魚用マーカーだ。

 

「曙って形から入るよな」

敷波があきれたように言う。

 

曙はバリバリのアングラールック。

他のみんなは下はいつものエンジ色のイモジャージ、上は三水戦特製の長袖Tシャツだ。

 

「曙ちゃんは、すごく頑張り屋さんなのよ」

「な!?」

 

敷波に言い返そうとする前に、綾波にそう言われ、曙が赤面する。

綾波は曙と同じ特Ⅱ型のネームシップだ。

 

普段は気にしていないが、突然、不意打ちで姉らしいことを言ってくるから困る。

 

「ふんっ」

照れ隠しに鼻を鳴らし、慌てて竿を動かし出す曙。

 

みんなもそれ以上は深く追及せず、水深を探りながらイサキがいるだろうタナを狙っていく。

 

釣りはやっぱりいいな、と曙は思う。

あの夜戦バカでさえ、竿を出してからは静かになったのだから……。

 

 

最初は磯波の竿にゴマサバがかかり、続けて深雪がアジを釣り上げた。

 

川内がまるで水中を凝視するように暗い海面を覗き込みながら、指先から伝わる感触で水中の様子を探っていく。

 

どこかの深度に必ず、イサキが群れ泳いでいる層がある。

 

「来たっ、イサキの引きだ!」

一気にウキが海中に消え、糸が走る。

川内がリールを巻き上げていくと、すぐに緑がかった輝く魚体が姿を表わした。

 

川内が浅いタナで最初のイサキを釣り上げ、みんながその深さに合わせると次々とアタリが連発していった。

 

「夜だよ、夜! 何度でも言うけどさ、夜はいいよね。夜はさ!!」

 

 

「ふぁ~、よく寝た」

 

朝まで爆釣を続けて、鎮守府に帰った途端に眠ってしまった川内が、ようやく起きてきた。

 

提督と鳳翔は朝から、キッチンでひたすらゴマサバやアジなど、外道で連れた魚を捌き続けている。

 

「あれ~、提督、イサキは?」

「大食堂で間宮と伊良湖が調理してるよ」

 

30cm超えのものだけでも二百尾以上も釣れてしまったイサキ。

あまりに数が多すぎて手がつけられず、プロに任せた。

 

身は柔らかく、独特の磯の香りと甘い脂をもつイサキ。

刺身に塩焼き、あら汁、ムニエル、アクアパッツォ、どんな食べ方でも美味しくいただける。

 

ただ、あまりにも量が多くて、大食いの艦娘たちでも食べ切れるか……。

 

「あー、昨日の晩はせっかく静かだと思ったら、この夜戦バカ! 途中で切り上げるとか、加減てもんを知らないの!?」

「鳳翔さん、このお魚はどう捌いたらいいんですか?」

 

川内に向かって悪態をつきながら黒鯛の硬い骨に悪戦苦闘する瑞鶴と、60cmを超える大物のメジナにうろたえる翔鶴。

 

「姉が……ご迷惑をおかけします」

 

テーブルでゴマサバの切り身に片栗粉と小麦粉をまぶしながら、神通が細い声で謝る。

そう言いつつ、来週には二水戦で今回の三水戦の記録を超してやろうと内心燃えていそうなところが怖い。

 

「那珂ちゃん、どんなにこき使われても、くじけないもん」

 

大量のアジの身をすりこぎですり潰し、つみれを作っていく那珂。

那珂には、この後アジとイサキの開きを干物にする作業も待っている。

 

「悪い、提督。漁港でイサキ配ってきたけど、お返しで逆に増えちまった」

「スルメイカが大漁だったらしいのです」

 

出て行った時より多い、魚介類の入った発泡スチロール箱を持って帰って来る天龍と駆逐艦娘たち。

 

「朝はスキップしちゃったし、あたしもイカで何か作ろうか。ふふっ」

 

悪びれる様子もなく、天龍の持つ発泡スチロール箱を覗き込む川内。

 

「イカめしと、ゲソわた焼きなんかどう?」

 

器用にイカを捌いていく。

 

「どうよどう? 意外と私女子力高いよね?」

「うん、そうだね」

「じゃあ今夜は夜戦しよう?」

「あーはいはい」

 

まったく脈絡のない川内の誘いを軽く受け流し、提督はカワハギを捌きにかかる。

 

今日はもう艦隊運営はお休み。

昼から大宴会だ。

 

深海勢にも声をかけたが、戦果争いをしている他の鎮守府からの攻撃が続いていて防衛に忙しいらしく、ニート状態の泊地棲姫だけが遊びに来た。

 

「絶対夜戦してよね、約束だよ?」

「あーもー、かわう……川内うるさい!」

 

ここの鎮守府は今日も平和です。




※5-2を思い出し、遊びに来た深海勢から南方棲(戦)姫を外しました
泊地棲姫もアニメやアーケードで再登場したし、本当のニートは飛行……


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霧島と露天風呂での寿司御膳

飽きることなく雨を落とし続ける、のっぺりとした灰色の空とは対照的に、 軒先の庭には雨露に濡れた色とりどりの紫陽花が咲き誇る。

湾を見下ろす山の高台に艦娘たちが作った、木々と草花に囲まれた野趣溢れる大樽の露天風呂。

提督は広々とした湯の中に、ゆっくりと手足を伸ばした。

雨に濡れた空気の中、まだ新しい大樽や屋根、すのこの木材の匂いがプンと香る。

目を遠くにやれば、山々の緑と母港が雨に煙っている。

いつもは賑やかな海鳥たちの声も聞こえない。

「はい、提督。どうぞ」

湯に浮かべた盆から、ガラスの徳利(とっくり)をとり、霧島がキリッと冷えた日本酒をお酌してくれる。

「昼間っから露天風呂でお酒。いいのかなぁ、こんな贅沢」

 

「いいじゃないですか、提督」

比叡も手酌で猪口(ちょこ)に酒を注いでいる。

夕張が作ってくれた湯に浮かぶ盆は、二重構造になっていて浮力があり、徳利が倒れないようにはめ込める穴もついている。

徳利自体も二重構造で、酒を薄めずに氷を入れて冷やせるようになっていた。

「やっと、あの任務を達成したんだもん、これぐらいのご褒美がなきゃ」

長良も気持ちよさそうに、健康的な引き締まった手足を伸ばしている。

「毎月1回挑戦し続けて、1年以上かかりましたねぇ……」

霧島が肩まで湯に浸けながら、しみじみと言った。

 

キラキラと輝く透明の湯の中で、霧島と比叡の形の良いバストが揺れているが、自然の中の開放感、いやらしさは全く感じない。

 

「露天風呂に突撃よっ」

「走ってはダメなのです」

 

ガヤガヤと騒がしくなったと思ったら、後ろに建つ休憩所の内湯で身体を洗い終えた第六駆逐隊の艦娘たちが、庭の玉石をジャリジャリと踏みしめながら、露天風呂にやって来た。

 

「司令官、後で髪を洗ってあげるわね」

雷が風呂内に飛び込んでくる。

 

樽風呂は大人8人まで入れるように作ってあるらしく、さすがに手足をのびのびと…という訳にはいかないが、小さな駆逐艦娘たちが4人入ってきたぐらいでは、まだまだ余裕があった。

 

「みんな、お疲れ様だったね」

提督は、第六駆逐隊の艦娘たち、暁、響(ヴェールヌイ)、雷、電の頭を撫でてあげる。

 

「私も……いいのかい?」

響が少し申し分けそうにしているが、構わずワシワシと頭を撫でた。

 

 

軍令部は時に、意味不明な任務を発令してくる。

特定の編成で特定の海域を攻略することで、深海棲艦に対して何やら呪術的な効果を発揮する……だのと説明しているが、中には嫌がらせとしか思えない任務も混じってくる。

 

『海上突入部隊、進発せよ!』

 

過去、軍令部が出してきた任務の中で、史上最低の凶悪任務だった。

 

「比叡」「霧島」「長良」「暁」「雷」「電」の艦隊で、南方海域進出作戦を実施、敵を撃滅せよ!

 

昨年5月、この任務を最初に受領したときは「ふーん」としか思わなかった。

 

ここの鎮守府では、ほぼ全員を横並びで育成している。

当時でも、第六駆逐隊の錬度は80を超えていた(響だけはケッコン目前だった)。

 

数回挑戦すれば楽勝だろう……考えが甘かった。

 

道中には、潜水カ級flagshipの雷撃、戦艦ル級flagshipの弾着観測射撃、軽母ヌ級elite最大3隻の開幕航空爆撃と、事故要因が溢れている。

 

この海域に装甲の薄い駆逐艦娘を3人も入れるなんて、正気の沙汰じゃない。

大破させてくれと言っているようなものだ。

 

しかし、この任務の本当の恐ろしさはそこではなかった。

 

敵の主力に到達できても、駆逐艦娘が3人も入っていては、空母ヲ級flagshipや戦艦タ級flagshipと対決するには、圧倒的に火力が足りないのだ。

 

敵主力編成には潜水カ級flagshipが混ざることもあり、任務の達成条件である「敵の全滅」のためには、対潜装備も欠かせないので、さらに火力は下がる。

 

夜戦に持ち込もうにも、タ級の攻撃を食らった駆逐艦娘は簡単に大破して、夜までの継戦能力を失ってしまう。

 

支援艦隊を出して火力を補っても、敵主力と出会えるかは羅針盤次第。

そう、真の敵は羅針盤。

 

大破撤退やルート逸れで、大和と武蔵の支援が空振りになった時のあの虚しさ……。

 

大破撤退6回、ルート逸れ5回、敵主力の全滅に失敗3回。

大量の資源を消費しつつ、ようやく15回目にして敵を全滅させたと思ったら……。

 

疲れて注意力が散漫になった提督、うかつにも響を編成に入れていました。

 

 

そこでプッツリと緊張の糸が切れた提督は、この任務は月に一回だけ、宝くじ気分で出撃する方針に変更した。

 

以来、13ヶ月。

やっと解放された。

 

「はぁ~っ」

 

なみなみと溢れて流れ出す、温泉から引いた湯。

適温の湯にくるまれて、安らぎを感じるひと時。

 

他愛もないおしゃべり、触れ合う柔らかい肌に、喉を潤おす冷や酒の甘露。

疲れが吹き飛んでいく。

 

 

たっぷりと露天風呂を堪能した後、内湯で駆逐艦娘たちに背中と頭を洗ってもらい、お返しに一人ずつ頭を洗ってあげた。

 

それを見ていた比叡、霧島、長良が自分たちもと言い出したので、仕方なく洗ってあげたが、さすがに大人艦娘の髪を洗ってあげるのは変な気持になる。

今日の三人はみんな髪も短めなので、綺麗な背中のラインも丸見えだし……。

 

良い匂いのする、ふかふかのバスタオルで身体をふき、パリッと糊のきいた新しい浴衣へと着替える。

 

休憩所の広間には、清々しい青畳(あおだたみ)が香り、開け放した障子から優しい風が入り、風鈴を涼やかに鳴らす。

 

武蔵が張ってくれた、無垢の檜材の竿天井に天井板。

明るくも落ち着いた亜麻色の珪藻土(けいそうど)の壁は、伊勢が塗ってくれた。

 

 

食卓に並ぶ、鳳翔さんが用意してくれた膳に並ぶのは、様々な小鉢と天麩羅、牛のタタキ、寿司に茶碗蒸し。

そして氷の張った桶に入れられた、キンキンに冷えているだろうビールの大瓶と、ジュース、麦茶。

 

「いいのかなぁ、昼間からこんな贅沢」

「いいじゃないですか。今日はもう出撃の予定もないんですし」

 

また同じようなことを言いながら、霧島にビールを注いでもらう。

 

「霧島、見事な弾着観測射撃だったよ。あらためまして、乾杯」

 

戦艦タ級を2隻とも撃沈してくれた、殊勲者の霧島をねぎらい、みんなで乾杯する。

 

「しじみ汁もありますよ」

 

比叡が部屋の端に置かれていたコンロ上の鍋から、素朴な木彫りの椀に汁物を注いでくれる。

香り豊かなしじみ汁を飲むと、優しい滋味が身体の中に広がっていくように感じられた。

 

「このお刺身、何かしら?」

「それはマダイの皮霜造りだよ、暁」

 

マダイは皮の下に強い旨味があるので、皮に熱湯をかけて生臭さと硬さをとり、皮付きのまま食べると美味しい。

 

「この胡麻豆腐は甘くて美味しいのです」

 

長崎では胡麻豆腐を甘く味付けする習慣があり、名物となっている。

第六駆逐隊向けに、鳳翔さんがそのレシピで作ってくれたのだろう。

 

酢の物の小鉢も、タコとキュウリ、長芋をコロコロのさいの目に切り、枝豆を加えて酢で合えた、子供に喜ばれる見た目ものだ。

 

「キスの天麩羅って美味しいよねぇ」

「気合い、入れて、サイマキを食べます!」

「ナスの天麩羅、甘み、食感、ともに完璧です」

 

楽しい食事。

やっぱり家族サービス用の露天風呂を作って良かったなあ、と提督はしみじみ思う。

 

寿司も絶品。

さっと湯ぶりされた、クセのない青柳(バカ貝)。

ワサビが透き通って見える新鮮なスルメイカ。

コリコリした身に上品な脂がのったシマアジ。

絶妙な締め加減に、生姜の香りが効いたイワシ。

 

「こっちはイサキだね」

「きっと、まだ川内さんたちが釣った分が残っているのです」

 

イサキの刺身は、ほんのりと磯の香りがしてさわやかな旨味がある。

そして、それ以上の磯の香りと濃厚な旨味をもたらす、ウニの軍艦巻。

 

フワッフワで舌でとろけるような、柔らかく煮られた穴子。

強い甘みとプルンとした食感のボタンエビ。

 

あえてマグロやカツオの刺身が無いのは、代わりに牛のタタキがあるからだろう。

タレでビールにも合うが、わさび醤油をつけて、その濃密で繊細なとろける脂を日本酒で洗い流すのもいい。

 

最後は、甘い玉子焼きの寿司を頬張り、茶碗蒸しに。

 

「ごちそうさまです」

 

満ち足りた気分で、畳にゴロンと横になる。

 

「いいのかなぁ、このまま昼寝しちゃうような贅沢」

 

目を瞑り、極楽至極につぶやくが……。

 

「ダメですよ、提督!」

霧島の鋭い声が飛ぶ。

 

「そうよ、提督にはゲームで遊んでもらうんだから!」

「この人数なら、ニムトがいいわね」

「ワードバスケットもやりたいのです」

「お邪魔者もやろう」

 

「提督、夜は金剛型の部屋に泊まりに来てくださいね」

「金剛お姉様も、榛名も楽しみに待ってますよ」

 

左右から、霧島と比叡が胸を押し付けてきた。

今度は……いやらしく感じられる。

 

「明日のお泊まりは、長良型の部屋だから! ジュウコンしまくった責任、ちゃんととってよね」

 

提督の家族サービスは、まだまだ終わりそうにない……。



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ポーラとそら豆のオリーブオイル炒め

梅雨の切れ目、ジメジメとした湿気の強い日。

 

鎮守府の一角に、さらにジメッとした陰気さを漂わせる一角があった。

もともと漁協事務所だった、無味乾燥な鉄筋コンクリート2階建ての鎮守府庁舎。

フロントサッシの引き戸を開けると、応接ソファーが置かれた狭いロビーがある。

 

そこに集まった4人の艦娘たちが原因だ。

 

ポーラ、山城、秋津洲、鹿島……一様に死んだ魚のような目をして「不幸だ不幸だ」とブツブツ連呼しながら、昼過ぎから缶ビールをチビチビやっている。

つまみは柿の種だった。

 

「あいつら、どうしたんだ?」

 

ロビーの横には病院の受付のような小窓のついた小さな事務室がある。

庁舎を訪れた長門が、事務室にいた鳥海に尋ねる。

 

「はあ……どうやら、編成に不満があるようですね」

「ふむ。それなら艦隊総旗艦として捨て置けないな」

「あまり関わらない方がいいかと思いますが……」

 

「不満があるなら聞こう。言ってみろ」

鳥海の忠告を無視し、空いたソファーにドッカリと座る長門。

 

ポーラと山城、秋津洲が拗ねたような目で長門を見るが、なかなか口を開こうとしない。

鹿島はモジモジしている。

 

「鹿島。まず、お前からだ」

 

らちが明かないので、長門の方から発言者を指名する。

 

そこに、演習から艦隊が戻ってきた。

 

「北上さん、MVPおめでとうございます。呉鎮の大井、見事に大破させましたね」

「あの呉の大井っち、日本初の実戦投入艦娘で練度155あるんでしょ? まあ、私と大井っちと組めば、敵じゃないけどね♪」

 

「お腹すいた~。蒼龍、艤装解いたら、すぐ間宮さんとこ行こっ」

「今日のカレーは何カレーかなぁ。まるゆちゃん、囮になってくれたから奢るよ」

「あ、ありがとうございますっ」

 

メンバーはまず、牧場組の大井、北上、飛龍、蒼龍、まるゆ。

当然、練度の上がっていない、予備の艤装を使っている。

 

大井と北上の艤装は、改二改装をする時に五連装酸素魚雷が付いてくる。

それ自体でも強力な装備で数が欲しいが、五連装酸素魚雷の高度改修には「共食い」が必要なため、さらに需要が高い。

 

飛龍と蒼龍に懐いている妖精さん、友永さんと江草さんは教練の名人。

この2人が育てた飛行妖精さんたちで編成された九七艦攻と九九艦爆の部隊は、最新鋭機に負けない働きをしてくれる。

 

まるゆ……。

何故か、彼女の白スク水着風の艤装は、近代化改修の素材にすると艦娘の「運」の因果律を上げてくれる。

 

北上がメインで使っている高練度の艤装も、まるゆ改修のおかげで相手の弱点への致命的命中が発生しやすく、雪風並の驚異的な夜戦撃破率を誇っている。

 

 

そして、育成艦枠だろう神威(かもい)

アイヌ衣装風の艤装を纏った補給艦だ。

 

「艦隊、無事帰って来れました。みなさん、お疲れ様。ふぅ」

 

補給艦→水上機母艦→補給艦(水上機搭載可能)と、変則的な改装過程を経る神威。

練度はすでに十分だが、どのように運用するか提督も決めかねて、まだ水上機母艦の状態で改装がストップしている。

 

「うぅ~……二式大艇ちゃんは絶対あげないんだから」

秋津洲が小声でうなり、ビールをクピクピとあおる。

 

「あぁ……」

長門は秋津洲が拗ねている原因を察した。

 

神威が最終形態に改装されると、秋津洲の唯一無二のアイデンティティであった「二式大艇搭載可能」が侵されてしまう……。

 

同時に長門は、鹿島も神威に対して嫉妬の視線を送っているのに気づいた。

 

こちらの原因も、おおよそ見当がつく。

最近は神威ばかり出撃や演習に呼ばれている。

 

ここの提督は同艦種はだいたい練度をそろえて、交代で育成していくタイプだ。

提督は神威を、同じ水上機母艦として一線級を張っている、千歳、千代田、瑞穂、コマンダン・テストと同等の練度まで速成しようとしている。

 

その際、水上機母艦の育成枠は編成上の制約(リランカの潜水艦ルートに出撃できない)や戦力バランスなどから、鹿島のような非戦闘艦の出番に影響を与えやすい。

 

「提督さん、もう鹿島のこと飽きちゃったんじゃ……」

鹿島が涙目になる。

 

最近の装備の棚卸しで、借りパクしていた改修済み対潜三式セットと12.7cm高角砲+高射装置を明石に没収された鹿島。

リランカにも呼ばれなくなり、練度の向上が滞っている。

 

長門は編成上の理由を説明しようとして、言葉に詰まった。

 

「神威の集中練成が終われば出番が戻ってくるさ」と言うのは簡単だが、秋津洲は二線級レベルのまま放置されている……。

「あたしこそ見捨てられてるかも~!」と、今度は秋津洲が泣き出すだろう。

 

とりあえず回答は保留にして、長門もソファー脇に置かれたクーラーボックスから缶ビールを取り出してあおった。

 

舌と喉を冷たいビールが潤す爽快感。

柿の種は少し湿気ていたが、これはこれで味がある。

 

次の山城に目を向ける。

 

「お前はどうしたんだ?」

「姉様と一緒に出撃させてもらえなかった……不幸だわ」

 

梅雨装束の着物をまとった扶桑は、法被(はっぴ)姿の伊勢、日向とともに、南方海域前面攻略のマンスリー任務に出撃している。

 

「今は「瑞雲祭り」だ、我慢しろ。私だって涙を呑んで伊勢と日向に出番を譲ったんだ」

 

南方海域前面攻略の任務で編成に入れられる戦艦は、羅針盤の制御を加味すると3人のみ。

長門、扶桑、山城の3人で出撃するのが恒例だったが、今月は「瑞雲祭り」という正体不明の催しのため、提督は伊勢、日向を編成に組み込んだ。

 

随伴艦として、レインコート姿の最上と、第二改装をしたザラも、瑞雲や晴嵐を積んで出撃している。

今頃、南方海域前面の空は賑やかだろう。

 

根の浅い山城の悩みは放置して、最後はポーラ。

 

「ポーラ、提督に嫌われてしまいました。もうおしまいで~す」

「ふむ、確かに最近、ザラばかり出撃しているようだが……」

 

姉のザラは練度98後半でケッコン目前なのに、妹のポーラの練度は97になったばかりで止まっている。

 

「きっとポーラ、このまま提督に捨てられちゃいま~す」

 

「確かに提督は姉妹艦を同等に育成するが、ザラには第二改装がきたからな。私と陸奥も練度に差が生じたが、陸奥は陸奥で41cm連装砲の牧場に励んで提督に尽くしているし、提督からの寵愛にも差はない」

 

「ポーラの場合は、陸奥さんとは違いますぅ。ダメダメな悪い妹ですぅ」

「何かあったのか?」

 

「提督がかまってくれないから、先週、提督が隠してたオーブリオン飲んじゃいましたぁ。なのに、怒ってさえくれませ~ん。ポーラのこと無視するぐらい嫌いになったんだと思いますぅ……絶望です」

 

シャトー・オーブリオン。

フランスのボルドー地方の第1級格付けワイン。

日本での小売価格は、年代にもよるが10万円前後。

 

「ビールなど飲んでないで、今すぐ謝ってこいっ!!」

 

 

翌日、昼の大食堂。

 

「えへへ、提督ったらワイン飲まれたのに気付いてないだけでしたぁ」

相変わらず昼から生ビールのジョッキをあおリ、酔っているポーラが報告する。

 

もともと酒にプレミアだのステータスだのを求めない、ここの提督。

ただの貧乏性で飲む機会が無く、貯め込んでおいただけなので、飲まれても怒りはしなかった。

 

「でも、いっぱいお仕置きされちゃいましたぁ、でへへぇ」

 

今日もザラは出撃でポーラは留守番だが、不幸オーラは全くなく、逆にキラキラしている。

お仕置きという名のイチャコラしてきたのが一目瞭然だ。

 

「わざと悪いことしてお仕置きされる、そんなのもあるの(かも)!?」

 

鹿島と秋津洲がガタンと椅子から立ち上がるが、長門が「座ってろ」と肩をつかむ。

 

「提督にお仕置きされるなんて……不幸すぎる……でも、姉様と一緒なら……ふ、うふふふっ……」

変な妄想にトリップした山城は放っておく。

 

 

「私からも今朝、提督に進言して、牧場艦枠を減らしてもらうようにした。育成が停滞している艦にも、きちんと出番を回してもらう。全員が鎮守府の家族だ。つまらない嫉妬などは捨てろ」

 

「はい、淋しい思いや不安な思いをさせたのを、提督も謝ってくれましたぁ……けどぉ、今回のギンバイ(物資泥棒)の罰として、夏の大規模作戦が終わるまでポーラのケッコンはおあずけだそうで~す」

 

ケッコンのおあずけの前に、禁酒をさせてはどうかと長門は思うが……。

ポーラがビールのつまみにしている、そら豆を盛った皿に目をやる。

 

「これは?」

「そら豆のオリーブオイル炒めでーす。ビールやワインに合いますよぉ」

 

一粒つまみ、焦げた皮をむきながら長門も食べてみる。

ホクホクとしているが、茹でたものよりさらに柔らかくて、また違った食感。

 

塩胡椒も効いていて、確かにビールがすすみそうだ。

長門がゴクリと喉を鳴らす。

 

「伊良湖! 生ジョッキを1つ頼む!」

「あ、2つでお願いします」

「3つかも!」

「4つよ」

「ポーラもおかわり、5つでお願いしま~す♪」

 

とある梅雨の暇な日の出来事……。



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龍驤とエスニック料理

相変わらずの雨曇り。

 

洗濯ものが乾かないと、間宮や鳳翔さんが嘆いている。

業務用のガス式乾燥機があるし、伊良湖の艤装にはクリーニング機能もあるので何とかなっているが、やはり天日干しの気持ち良さには敵わない。

 

てるてる坊主を作る駆逐艦娘たちも増えてきて、そこら中に吊るしてある。

龍驤は寮の休憩室で畳に寝ころび、「あずきバー」を食べているところを加賀に呼ばれた。

 

「悪いけれど、提督と露天風呂に入ってくれないかしら?」

「ん? 風呂やて? 汗かいとるし、別にええけど……」

 

「実は、北方棲姫が遊びに来てて、提督と露天風呂に入りたいと言ってるのよ」

「何や、ほっぽちゃんかいな」

 

「念のため監視役が必要だけど、あなたは懐かれているでしょ?」

「おう、ええで。お安い御用や」

 

そこに、トテトテと北方棲姫がやってくる。

手に持っているのは、お風呂に浮かぶアヒルのおもちゃ。

 

「おーし、龍驤お姉ちゃんと露天風呂行こかっ!」

「ウン、イク!」

 

「ワタシタチモ……ハイル」

「ロテンブロ……イクノカ?」

北方棲姫の後からやって来る、2人の長身巨乳の深海棲艦。

 

「待たんかい、加賀! 港湾棲姫と港湾水鬼までおるんかい!」

龍驤が思わず叫ぶ。

 

実は嫉妬深い加賀。

ほっぽちゃんはともかく、まさか提督と大人の深海棲艦たちの混浴を許すとは思わなかったのだが……。

 

「那珂ちゃんさんがマグロの解体ショーやるって!」

「見に行こうっ!」

「カニも沢山あるみたいよ!」

駆逐艦娘たちが大騒ぎしながら、休憩室から飛び出していく。

 

「加賀……提督のこと売ったな?」

「あなたの分もとっておくわ……それじゃ、頼んだわよ」

 

加賀は龍驤から目をそらして答えると、加賀岬の鼻歌を歌いながら立ち去ってしまった。

 

 

「何やコレ……何の拷問?」

 

「……にじゅういち、にじゅうに、にじゅうさん」

「……ニジュウイチ、ニジュウニ、ニジュウサン」

 

北方棲姫を膝上に乗せて肩まで湯に浸からせ、一緒に百まで数を数えている提督。

「赤の他人」という事実に目をつむれば、平和な親子の入浴風景にも見える。

 

それより……提督の左右を陣取っている、港湾棲姫と港湾水鬼。

凶悪な爪のついた手先を風呂に入れないように、腕を風呂樽の外に出している。

そのため浅く湯に浸かっていて、水面に提督の頭ほどもある白く巨大な4つの「ブツ」がプカプカと浮かんでいる。

 

「バレーボールかっちゅーねん」

小声で毒づく龍驤。

 

「タノシイナァ」

アヒルのオモチャをお湯に浮かべて泳がせている港湾水鬼。

戦闘時の目つきは霧島並に恐ろしいが、声と内面はけっこう幼い。

 

「クルナト……イッテイル」

泳いでいったアヒルが、港湾棲姫のドタプンとした胸に当たって弾き返される。

こちらも巨体のくせに、非常におっとりした性格をしている。

 

性格はいいのだが……。

深海棲艦中で、いや、艦娘を含めても最大のバストを誇る、港湾棲姫と港湾水鬼。

それに対して深海棲艦最小の幼女である北方棲姫と、駆逐艦にも劣る艦娘最小候補のりゅ……。

 

だからって、100対0ではない!

(100+100+0+0)÷4=50。

この場の平均は50だから、50対0……。

 

「って、誰がゼロやねん!!」

自身の脳内言い訳に、思わずツッコむ龍驤だった。

 

 

風呂上りには、露天風呂の奥にある更衣所を兼ねた休憩所で、港湾棲姫と港湾水鬼が作ってくれたエスニック料理をいただいた。

 

青パパイヤ、いんげん、ミニトマト、パクチーを使った、タイのサラダ、ソムタム。

魚醤のナンプラーやニンニクの風味に、すり潰したピーナッツやココナッツの香りも加わった、不思議な味わいがするサラダだ。

 

「こりゃ、ええなぁ」

 

「リュウジョウ、モットクエ!」

「タベ…ナサイ……デショ?」

北方棲姫の言葉づかいを、港湾棲姫が優しくたしなめる。

 

カレーによく似た、スパイスを使ったミャンマー(旧ビルマ)のスープ、ヒン。

タマネギとトマト、チェッター(鶏肉)を炒めた煮汁をベースにスパイスが加えられているが、辛さは控えめで油っぽさが多い。

現地では米粉の麺にからめることが多いが、茹でたジャガイモに合わせると、日本人的つまみに最適だ。

 

「うわあ、美味しいねぇ」

 

味には喜びながらも、刺激系の食材を食べるとすぐに汗をかく提督。

せっかくの風呂上りなのに、額に粒のような汗を浮かべている。

 

「ダイ……ジョウブ?」

少女のような声で港湾水鬼が提督を抱き寄せ、手拭いで額の汗をぬぐってあげる。

鋭く禍々しい爪のせいで、処刑しようとしているように見えて、龍驤は一瞬ヒヤッとしたが……。

 

ボヨヨンとした谷間に頭を預ける提督を見て、龍驤は次の料理に注目を移した。

 

メイン料理のスリランカカレー。

港湾棲姫はスリランカ島トリンコマリー、港湾水鬼は同島コロンボの裏側にある異世界に棲んでいる。

 

バナナの葉に盛られた、カレーライス。

ただし、ライス(サフラン風味)は少なめ。

 

ライスの他にも、タマネギとココナッツのフレーク、ナスをチャツネ(東南アジア~インドで使われる調味料)で煮詰めた煮物、オクラの炒め物、パパダム(豆粉の揚げクラッカー)など、多種のカレーのお供が盛られていて、それらがどれもカレーに絶妙にマッチする。

 

「いつからカレーは米やナンだけで食べるものだと錯覚していた?」と言われているようだ。

 

「カラサ…オサエタ。テイトク、スキ?」

港湾棲姫が、港湾水鬼の胸に抱かれている提督の口に、スプーンでカレーを運ぶ。

 

(イラッ)

 

「よっしゃ、ほっぽちゃん。食べ終わったら、駆逐艦の子らとゲームしに行くか?」

「ゲーム? ヤルッ!」

 

龍驤は、もう提督は置いていこうと決定していた。

港湾棲姫と港湾水鬼の耐久力は大和型の5倍ほどあるが、艦娘を100人近くも嫁にしている節操なしな提督だ。

頑張って、この2人の相手もしてもらおう。

 

 

「ほんなら、ほっぽちゃん。マグロとカニもあるし、行くで~」

「ゲーム、ゲーム♪」

 

「あの……りゅうじょ……ん、んぅっ」

後ろから声をかけてきた提督だが、何者かに唇をふさがれたようだ。

 

「死して屍、拾う者無し……や」

 

余談だが、この後のリランカ島沖の深海東洋艦隊漸減作戦(4-5)では、キラキラ状態になった港湾棲姫が無敵の強さを誇り、撃退される艦隊が続出したという……。



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七夕の宴会

7月7日、空が白み始めた頃。

七夕の朝の鎮守府の埠頭には、出撃艦隊が待機していた。

 

航空戦艦、伊勢。

巡洋艦、摩耶。

軽巡洋艦、五十鈴。

駆逐艦、照月。

軽空母の隼鷹と飛鷹。

 

出撃先は近海での輸送船団護衛作戦(1-6)。

 

いつもは燃費重視の水雷戦隊で行うのだが、今日は最大限の重編成だ。

この鎮守府にしては珍しい早朝からの作戦開始といい、気合が入っている。

 

何しろ今日の護衛対象は、艦隊のアイドル(真)の給糧艦、間宮と伊良湖だ。

 

七夕祭りの食材を買い出しに行く間宮と伊良湖を、無事に築地市場に送り届けるためなら、燃費収支などと眠たいことを言っていられない。

 

念を入れて、近海の対潜哨戒も事前に行っておいたし、海上護衛任務の遠征を名目として、神通が率いる水雷戦隊(エース駆逐艦の時雨、夕立も含む)を並行させる。

 

「行ってらっしゃーい!」

「間宮さん、気をつけてねー!」

 

提督も浴衣姿のままだが、見送りに来ている。

提督と大勢の艦娘たちに見送られながら、間宮たちは出港していった。

 

 

艦娘が鎮守府近海の「門」から、東京湾などにある別の内地の「門」に出るのは簡単なのだが……。

なぜか、輸送船や給糧艦などが編成に含まれている場合には、深海棲艦たちが潜む異世界の海を通過しなければならなくなる。

 

敵潜水艦隊の待ち伏せをかわし、東京湾から勝鬨橋のたもと付近に上陸した艦隊はようやく、築地の場外市場へと到着した。

 

活気に満ち溢れる日本の台所、築地市場。

流れるように顔見知りの店を回り、短い世間話の合間に、次々と注文を入れていく間宮だが……。

 

第一の目的は、魚介類を仕入れることではない。

魚介の流通に携わるプロたちが持っている、生きた“現在(いま)”の知識を仕入れることだ。

 

「今年の○○のアジは脂がのってません。△△港がおすすめですわ」

「鮎ですかい……へへ、ここだけの話、この夏は××川が一番です」

「イワシ? あいあい、スーパーや回転寿司の連中に買わせるにゃもったいない出物があるんだなあ……内緒だぜ?」

「日にちの猶予はもらえるかい? 最高のハモが入ったら、おたくに流すよ」

 

鼻の下を通常より5ミリ以上伸ばしたおっちゃんや爺ちゃんたちから、貴重な情報や商談を仕入れていく間宮と伊良湖。

 

深海棲艦の出没以来、一時は築地の集魚能力も下がり、全国の市場への分散傾向も広がっているのだが……。

それでも、世界最大の集魚場である、この市場にしかない何かがある。

 

それが、間宮が最低でも月に一回は築地を訪れる理由だった。

 

 

帰り道も、空母群による空襲や、重巡リ級が率いる打撃部隊の攻撃にさらされた。

しかし、艤装内の四次元ボックスに、大量の魚介類を詰め込んだ間宮と伊良湖は無傷。

五十鈴が中破したが、輸送任務の目的は無事に達成した。

 

そうして、楽しい七夕のお祭りが始まる。

宴会場に集まった、200人を超える艦娘たちと提督。

 

周囲は、艦娘たちの手により七夕の笹の飾り付けがされている。

願い事が書かれた、色とりどりの短冊。

 

脂たっぷりで味は濃厚、それなのに、あっさりとした口当たりのイワシハンバーグ。

大葉と紫蘇、大根おろしの和風醤油ソースがよく合う。

 

七夕に合わせた、星形の飾りニンジンとオクラが入った、春雨の中華スープ。

 

飲兵衛たちのためには……。

端麗な味わいのスズキの洗いに、さわやかな酢漬けのコハダ、イワシのなめろう。

カツオの酒盗と、イカの塩辛。

 

ご飯が食べたければ、イワシの蒲焼き丼もある。

 

酒からの締めには、笹の若葉の粉末を混ぜ込んだ、笹切り蕎麦。

 

ささの葉 さらさら のきばに ゆれる

お星さま きらきら きんぎん 砂子

五しきの たんざく わたしが かいた

お星さま きらきら そらから 見てる

 

 

今日のこの地方は、幸いなことに晴れ。

今夜は、織姫と彦星が幸せな夜を過ごせることを祈って。

窓から夜空を見上げながら、楽しい宴会の時間が続いていく。



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大鳳と江戸前料理

夕飯を待つ、鎮守府寮の休憩室。

入渠から戻ったり、早めの風呂に入って浴衣姿でくつろいでいる艦娘も多い。

 

執務を早々に終わらせた提督も、艦娘たちとゲームをやっている。

 

『キャッチ・ザ・ムーン』

 

各プレイヤーは手番にダイスを振り、ダイスに指定された「木製のハシゴ」を土台の上に、天空に浮かぶ月(を見立てた上方に)向けて、バランスをとりながら組み上げていく。

 

指定通りにハシゴをかけられなかったり、バランスが崩れてハシゴが落ちたりしたら、涙もろい「月」は悲しみの涙を流す……。

全てのハシゴが使われた時点で、この「月の涙」を受け取った数が最も少なかったプレイヤーが勝ちという、非常にシンプルなゲームだ。

 

段々と組み上げられていくハシゴが生み出す、オブジェのような美しさ。

高くなったハシゴの山に、新たにハシゴを積む時の息を飲むサスペンス感。

絶妙なバランスでハシゴの追加に成功した時の盛り上がり。

 

そして、プレイヤー全員で共有できる夢に溢れた世界観。

ファミリー向けボードゲームの世界に、新たな境地を開いた意欲作だ。

 

序盤の下地から重心が崩れ、どんどん傾いた方に曲がっていくハシゴの山も、また楽しい。

(つい最近、ホビージャパン様が日本語版を出してくださったので、気になる方はぜひどうぞ)

 

「もぅ……」

風呂から上がってきた大鳳が、眉の間を微かに曇らす。

 

提督と一緒にゲームをしている艦娘、深雪と電、漣は風呂場に向かう途中の下着姿。

観戦している睦月と暁は風呂上りにタオル一枚巻いただけだし。

 

真面目な大鳳は、この鎮守府の風紀の緩さが気になっていた。

 

半裸で寮をうろつくのが平気だったり(これは暑い時期、一部身体的なコンプレックスさえなければ大鳳も真似したいのだが……)、当然のように提督と一緒にお風呂に入ったり、全員でお泊まりしたり……。

 

なぜ、こうも緩いのか?

 

大鳳も似た性格の、規律に厳しそうな艦娘たちに尋ねたことがあったが……。

加賀に聞いても「私が来る以前から、赤城さんがそうしていたから」とのこと。

陽炎や不知火に聞いたら「着任時からこうだったから、普通だと思っていた」という返答だった。

 

「提督……少し、お尋ねしたいことがあるのですが」

 

そして今夜、大鳳は禁断の扉を開いた……。

 

 

鳳翔さんの居酒屋で、提督は昔話を始めた。

 

あれは……この鎮守府ができて、まだ半月も経たなかった頃。

 

初期艦の吹雪に、白雪、初雪、深雪、後に永世秘書艦となる叢雲……の特Ⅰ型駆逐艦たち。

唯一の軽巡洋艦である天龍と、他には睦月、暁、朝潮、ドジッ子の五月雨。

鎮守府の最大戦力は、試しに挑んだ初の戦艦建造挑戦で顕現した長門。

 

当時の艦娘メンバーは、その11人だけ。

大淀は鎮守府の運営と任務管理、明石も工廠の整備にかかりっきりになっていて、まだ間宮も鳳翔さんもいなかった。

 

「大鳳は遠征に行かないから、練習航海用の「門」には入ったことがないよね?」

居酒屋奥の個室で、提督は静かに語り始めた。

 

「はい、ありませんね……」

艦娘が遠くの海域まで出撃や遠征、演習のために航海する際には、妖精さんが開けてくれる「門」を通る。

 

次元通路、虚空航路、概念空間……特に決まった正式の呼称はないが、とにかく一瞬にして長大な距離を航行できるワープ航路だ。

 

艦娘たちは深海棲艦と戦ったり、深海棲艦たちの妨害を避けて効率的に物資を運ぶことを目的としているので、戦略的に必要な、ほぼ特定の「門」と「門」を日々航海している(羅針盤という要素により、望みの航路が得られる確証はないが……)。

 

「五月雨が練習航海中(たった15分間のお散歩中)に迷子になってね……。「門」と「門」の間の異世界空間のさらに奥に、誰も知らなかった新しい「門」を見つけたんだよ」

 

提督はいったん話を区切り、鎮守府の畑で採れたナスの煮びたしに箸をつけた。

 

「この「門」のことは、いまだに軍令部にも報告していないし……うちの鎮守府以外の誰も、その存在を知らないと思う」

 

大鳳としては、提督の節操なさを正し、説教の一つもしようと始めた面談なのだが……。

話が何やら妙な方向に転んでいく。

 

「その「門」の先には、素晴らしい海域が広がっていてね。全く汚染されていない東京湾、つまり昔の江戸前が再現されたような海があったんだ。築地に揚がったら最高級になるような魚介類がバンバン獲れてねぇ」

 

「失礼しますね」

そこに、鳳翔が次々と新たな皿を持ってくる。

 

アナゴの白焼きに、蒸しアワビ、キスと梅紫蘇を大葉でくるんで素揚げしたもの。

どれも、江戸前の旬の食材だ。

 

「誰もいない海だし、喜んで食材集めをしたんだけど……やっぱり、そんな都合よくはいかないよねぇ……」

 

一応、目の前の料理に箸をつける大鳳だが、味の情報がまともに頭に入ってこない……。

 

 

ある日……。

 

長門、天龍、吹雪、睦月、暁、朝潮。

蒼白な顔をした6人が、慌てて鎮守府に逃げ帰ってきた。

 

「しれいかーん!」

「怖かったにゃしい!」

「あぅ……ひっ……泣いて……なんか、ないもん」

「ぐすっ……司令官……」

 

状況が分からないながらも、吹雪と睦月は泣いているし、暁と朝潮がおもらししていたので、提督はみんなをなだめながら、入渠場である風呂へと連れて行ったのだが……。

 

「て、提督、一緒にいてくれ!」

そこに、天龍まで服を脱いで入ってきて、提督が出ていくのを押しとどめた。

思いっきりの涙目だった(後で分かったが、おもら……)。

 

「み、みんな、安心しろ! こ、この長門が側にいるぞ!」

長門もだった。

駆逐艦娘たちを励ますふりをしながら、ひたすら提督に抱きついて震えていた。

 

とにかく訳が分からないまま、みんなと狭いお風呂に入った。

 

 

要するに……その海域の陸地に近づいた際、川べりの柳の木の下に着物姿の女性が「出た」のだという。

 

夏の風物詩、ヒュ~ドロドロ~の「アレ」が。

 

その日から数日間、夜は提督を含めた全員が一室に集まって身を寄せ合うようにビクビクしながら眠ったし、風呂もトイレも複数人で行くのが当たり前だった。

 

提督は提督としての貫録に欠け、女性と親しく会話した経験も少なく、艦娘には優しく接して食事の支度をしてあげていたものの、まだどこかぎこちない関係が続いていた鎮守府。

 

それが一気に、家族のような距離感ゼロの鎮守府に生まれ変わるきっかけだった。

 

 

「あの戦争の恩讐から、艦娘や深海棲艦という存在が生まれたのなら、他にも怨霊が棲む霊界が……」

「ワーワーワー! キーコーエーナーイー!」

 

提督の言葉を、必死に大鳳がかき消す。

当然、思いっきりの涙目だ。

 

さて……と、さりげなく提督は座敷から立ち去ろうとするが……。

ガシッと、その足にしがみつく大鳳。

 

(やっぱりなぁ)

 

叢雲に始まり、大和も武蔵もビスマルクも、この話を打ち明けた後は丸3日間ぐらい、風呂でもトイレでも寝る時でも、決して離れてくれなくなった。

だから、未だにこの件を話していない子もけっこういる。

 

「て、提督ぅ……もしがして、この食材も……!?」

「あー、よしよし大丈夫、これは築地で間宮さんが買ったものだよ。あの「門」はとっくに妖精さんに封印してもらったから」

 

妖精さんによる結界の施工費は、うまい棒換算20万本分のお菓子だった。

封印前日に、着任したての赤い正規空母が慌ててホンマグロを乱獲してきたので、十分にモトはとれたと思うが。

 

「ところで……提督はどうして、私から離れようとしてるんですか?」

 

ギクッ

実は提督、今夜は先約があったのだが……。

 

「テイトク、オソイジャナイ」

「ひっ!」

 

奥座敷の襖を開けて、セーラー服の襟“だけ”を身に付けた、ほぼ全裸の女性が入ってきた。

「出た」のかと一瞬ビックリした大鳳だが、自分を押しのけて提督に抱きつくその女性が、深海棲艦……装甲空母姫だと気付いた。

 

何にも隠されていない、円錐型のふくらみが提督の腕に押し付けられている。

同じ装甲空母なのに、この装甲力の差は何だ!?

 

「提督! そういうところもです、今夜話し合いたかったのは!」

「ヤカマシイ、コムスメネ……」

「小娘じゃありません! この破廉恥棲姫!」

 

提督がそろりと逃げ出そうとするが……。

 

「逃げるなっ! 提督はそこで正座です!」

「ホッテオイテ、タノシイコトシマショ」

「あなたは離れなさいっ!」

 

「テートクー、飲んでまーすか?」

また新たな頭痛のタネ、服を脱いだポーラまで飛び込んでくる。

 

「ポーラも正座!」

 

鳳翔さんが止めにくるまでしばらく、奥座敷に大鳳の説教が荒れ狂ったのだった。




【おまけ】
この話を初めて聞いた艦娘たちの反応

鳳翔「またまた、怖がらせようと思って冗談を……ふふっ。はい? ……え、……あの? ご冗談ではないんで……すか? ……っ(無言で提督の制服の裾をつかむ)」

龍驤「ゆ、ゆ、幽霊なんて……そんな非科学的なもん信じるわけないやろ……きっと見間違えや。この科学万能の時代に何言うとるねん……。か、仮にそんなんがおったとしてもな……うちの式神で絶対に追っ払ったるわぁ(震えつつ)」

川内「幽霊退治? なら夜戦だよね!? 行こう、夜戦!」


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木曾と黄味トロハンバーグ

ウィーン、ガガッ。

木曾が手慣れた様子で、インパクトドライバーでネジを壁に埋め込む。

 

鎮守府のほど近くの町の外れ。

商店街(といっても十軒ほどの店舗しかない狭い通りだが……)での買い物帰りに杖が滑って転んでしまった、片足の不自由なおじいさん。

 

たまたま通りがかり、すぐに助け起こして家まで送って行った木曾だが、おじいさんの家の玄関には手すりが無かった。

これでは、出入りが危ない。

 

木曾はすぐさま鎮守府に戻って資材と工具を持ってきて、手すりを作ってあげたのだ。

 

「よし、こんなもんだろ」

 

額の汗をぬぐい、お礼を言うおじいさんとその家族に照れて手を振りながら、家を出ると……。

 

「青葉、見ちゃいました! 恐縮です、今日のMVPとして一言いただけますか?」

「優しい妹を持って、お姉ちゃんとしても鼻が高いクマ」

「卯月がおじいさんを送ってくところを見かけて、報告したぴょん! うーちゃん優秀!」

 

テカテカした顔の、青葉、球磨、卯月が道で待ち構えていた。

 

「こっち見んな! て、提督には言ってないよな!?」

 

 

言われてました。

 

「木曾はえらいんだにゃ」

 

まるでタカラト○ーアーツさんの「のほ○ん族」のように、のんびりと目を細め、ゆ~っくり首を縦に振りながら、多摩からの報告を嬉しそうに聞く提督。

 

さっきまでサーモン海域での大破撤退で廃人のようになっていたが、ほっこりする話に生気が戻ってくる。

 

「よし、今晩は木曾の大好きなメニューにしようか」

「さすが提督にゃ。きっと、木曾も喜ぶにゃ」

 

 

提督は早速、間宮と鳳翔さんに声をかけ、夕飯メニューの製作に取りかかった。

 

「木曾ちゃんも、きっと喜びますねぇ♪」

鳳翔さんが完全にお母さんの顔になって、飴色に炒めたみじん切りの玉ねぎに、粗挽きの合挽き肉、卵と調味料を捏ねてハンバーグのタネを作っていく。

 

「提督、鳳翔さん、出来た分からこちらにください」

間宮が、提督が大量に茹でた半熟玉子を薄力粉でカバーして、鳳翔さんの作ったタネで包んでいく。

 

包む際に上手に空気を抜き、最後にさらに薄力粉で薄く表面をカバーし、軽く焼いてからオーブンで加熱するのが、この変わり種ハンバーグを崩れさせないコツだ。

 

 

「ふんふ~ん♪」

 

先日、妖精さんによる拡張工事でやや広くなった大食堂。

昭和の学生食堂風の殺風景さは相変わらずだが、大井が鼻歌混じりに、木製の質素なテーブルに白いクロスをかけて周っている。

 

「北上さん、ここに花飾りを付けたいんだけど、手が届かないんだよ。手伝って」

「あーもー……駆逐艦、うざい」

 

睦月型の望月に頼まれ、口ではそう言いながら望月を抱っこし、食堂の壁に貼られた画用紙に手が届くようにしてあげる北上。

 

「木」「曾」「さん」「ス」「テ」「キ」「!」という画用紙の縁に、紅白のティッシュを丸めた花飾りを、金色の画鋲で刺していく望月。

 

折り紙を切って、輪飾りを作って食堂を飾り立てていく名取と第五水雷戦隊(皐月や文月など)。

 

最近はホームパーティーでも、カラフルなカードやピン、マスキングテープなどで色々とお洒落に飾り立てるらしいが……。

 

昭和で時間が止まっているこの町の何でも屋、キリョー(霧雨商店)にそんなものは置いてない。

 

いいのです! どうせ家族だけで祝う身内のパーティーなのですから!

せめてもと、祥鳳が手漉きした美しい和紙のナプキンを、木曾と提督の席に敷いておく。

 

那珂は「本日の主役」と書かれたパーティーグッズのたすきを用意している。

 

「木曾が今日の昼のMVP!? じゃあ、夜戦で頂上決せ……」ガンッ!

夜戦バカの後頭部に、神通が15.5cm三連装副砲(絶賛改装中)をブチ当てて黙らせる。

 

「戦艦や空母どもは食い意地が張っておるからのぅ。肉ばかり食われてはたまらん」

初春が妹艦たちとともに、キノコともやしの炒め物などの低コスト低カロリーの料理を、軍隊式の巨大鍋で大量に作っていく。

 

 

ナイフや箸を入れれば、プリュッとした白身の抵抗があり、それが破れてトロトロと半熟の黄味が流れ出してくるハンバーグ……。

ソースは小麦粉をバターで炒め、コンソメスープでのばし、自家製ケチャップと赤ワイン、隠し味に少量の醤油を加えて煮込んだものだ。

 

ある水上機母艦が腕によりをかけて自慢のお米で作ったライスコロッケもある。

 

「それでは皆さん、いただきますの前に、今日のMVP木曾さんに大きな拍手を!」

マイクを握った霧島が夕食前の場を盛り上げる。

 

どちらも木曾の大好物だが、大食堂中の艦娘たちからの賞賛と拍手が大きすぎて、羞恥心でまともに前が見れない。

 

「木曾、いいことをしたんだから恥ずかしがる必要はないよ」

「そうだクマ。木曾は自慢の妹だクマ」

提督と球磨が頭を撫でてくるので、ますます木曾の顔が赤くなる。

 

「それでは、いただきます!」

「「いただきます!!」」

 

今日はレ級の開幕魚雷で大和が大破し、大量の修理用資源が吹き飛んだが……。

気分よく締めくくれた、いい一日でした。



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サラトガのBLTサンド

ここ何日か、雨が降りそうで降らない、はっきりしない天気が続いていた。

そんな中でも気温はしっかり上がり、湿度も高くて蒸している。

 

畑で草むしりをしていた那珂の背中にもジワリと汗が浮かび、体操着が張り付いてくる。

 

鎮守府で配られている、白地にエンジ縁の体操着と、エンジに白いラインが入ったブルマ。

昭和のスクールテイスト溢れる、ある意味で変態チックな日常着。

 

提督は「艤装もそうだけど、指定したのは僕じゃないからね」と必死に言い張っている。

 

実際、これら衣装を用意しているのは妖精さんたちなのだが、妖精さんたちが提督の隠れた趣味を暴きだした可能性も、あながち捨て切れない。

 

(あ、提と……ぶっ……)

 

そんな提督だが、熱さでダウンしたらしい。

ブルマ姿の扶桑が太ももに提督の頭をのせて介抱しているのが目に入り、思わず吹き出しそうになる。

 

色々な方向でアウトすぎる絵面だ。

 

必死に笑いをこらえていたら、「しさむ」と名札が貼られた体操着が目の前をふさいだ。

 

「那珂、喰ってみろ」

ある部分が突出した、どう考えても既製品じゃないサイズの体操着を着た武蔵が、真っ赤な中玉のトマトを差し出してくる。

 

「えー、でも那珂ちゃん、草とりしてたからぁ……」

土に汚れた手を見て、どうしようか考えていると……。

 

「なら、ヘタを持っててやるから、齧りつけ」

「じゃあ……」

 

一口で食べられるゴルフボールほどの手頃な大きさの中玉トマト、フルティカ。

 

「んっ……甘~い!」

トマトとは思えないほど糖度が高く、皮が薄くて食べやすい。

 

「今朝の摘みたてだからな」

トマトは日中の光合成によって葉が養分を蓄え、夜の間に実に送られ、実はその養分を翌日中の成長のために使う。

つまり、朝一番の状態の実を摘み取るのが、最も美味しいトマトを収穫するコツだ。

 

「あー、那珂ちゃんさんばっかズルーイ!」

「武蔵さーん、夕立も食べたいっぽい!」

 

那珂がトマトを食べるのを見た駆逐艦娘たちが集まってくる。

 

一人一人に、ヘタを持ってあげてトマトを食べさせてあげる武蔵。

手が汚れていない子も、憧れの武蔵から食べさせてもらえるとなれば、自分でトマトを取ろうとはしない。

 

お店で売られているような形も大きさもそろった野菜に比べると、不恰好で見劣りするが、この畑で採れた野菜はどれも自然の恵みが凝縮された味がして、文句なく美味しい。

 

「いつも野菜を見守って、存分に手入れする。んでも、甘やかしちゃいげね」

ここでは宮ジイに教えられたとおり、肥料も水やりも控えめにしている。

野菜自身が努力して深く根っこを張り広げて、懸命に養分を集めてきた生命力に溢れる野菜。

 

 

「那珂っ、見てよこれっ!」

珍しく昼からテンションの高い、姉の川内に声をかけられる。

川内と、その後ろの吹雪たちが持つカゴには、見事なジャガイモが山盛りになっている。

 

「すごいね、川内ちゃん」

「今夜は肉じゃがだよ」

 

ジャガイモの原産地は、トマトと同じく南米のアンデス。

日本には戦国時代、オランダ船がインドネシアのジャカルタ(ジャガタラ)を経由して持ち込み、そのためジャガタライモが変化してジャガイモと呼ばれるようになったという説がある。

 

鎮守府で主に栽培しているのは、ホクホクした食感の男爵いも。

メークインの方が煮崩れせず、肉じゃがやカレーに向くというのが一般的な意見だが、煮崩れした男爵いもの肉じゃがやカレーもオツなものだ。

 

それに太平洋戦争中、政府の食糧統制により食用の馬鈴薯(ジャガイモ)は男爵いもに統一されていたので、艦娘たちにとっては圧倒的に馴染み深い味なのだ。

 

「しれーかんにぃー、文月のあまいトマトあげる」

「司令官っ! どうだ、この深雪様のスペシャルイモ!」

「白露のナスがイッチバーン!」

「クソ提督、ちょっとこのキュウリ齧ってみなさいよ」

 

「提督さん、リベのバジル欲しい?」

「夏バテ対策に、イクのニンニクを食べるといいの♪」

「提督、吾輩のホウレンソウも見るのじゃ!」

「どう、立派なブロッコリーでしょ? さ、誉めていいのよ?」

 

トマトやイモの他にも、様々な野菜を収穫して、提督に見せに行く小さな(?)艦娘たち。

 

肉じゃがに、ナスとピーマンの味噌炒め、ホウレンソウの卵炒め、ブロッコリーのチーズ焼き……今夜のメニューの相談にも熱が入る。

 

「Hi! 皆さん、lunchですよ~。サラ特製のBLTサンドウィッチです」

 

サラトガとアイオワが、アメリカンサイズのボリューム満点なBLTサンドを、体操着姿でみんなに配り回っているが……。

ブラをしていないのか、日米不平等っぽいアメリカンサイズなものが体操着の下でユサユサと揺れ、一部の艦娘にダメージを与えている。

 

「これ食うとったら、ああなれるんか!?」

同じく(とは見えない体操着とブルマに身を包んだ)龍驤が自棄っぽく、大きく口を開けて分厚いBLTサンドに齧りつく。

 

カリッサクッと小気味良い食感のトースト。

新鮮シャキシャキのレタスに、みずみずしい厚切りの完熟トマト、ピーマンとキュウリも加えて。

 

アイオワ特製の上等のベーコンはジューシーに焼いたものをたっぷりと挟み、さらにサラミソーセージでダブルミートに。

みんな大好き、パルメザンチーズを効かせた濃厚シーザードレッシングは、サラトガとアクィラによる手作りだ。

 

生で食べるだけで美味しい新鮮野菜で、肉々した旨味を挟み込み、絶品ドレッシングをかけて焼きたてのトーストでサンドする。

これが美味しくないはずがない。

 

笑顔と、幸せな歓声が辺りに満ち溢れる。

 

梅雨が明けたら、流しそうめん大会をやって、海に遊びに行き、バーベキューをして……。

そして夏の大規模作戦が始まる。

 

那珂もBLTサンドを頬張りながら、今月の地方巡業(遠征)スケジュールを頭に思い浮かべる。

夜間の鼠輸送作戦やボーキサイト輸送任務、南方への水上機前線輸送……。

 

提督は今回、過酷な作戦を予感して、危機感を持っているのかもしれない。

 

「サラちゃ~ん、あっりがとーーーっ! すっごく美味しかったよぉ~!」

 

アイドルらしく明るい声を張り上げながらも、那珂は静かに闘志を燃やしていくのだった。



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阿賀野と長波と炒飯おにぎり

活気に溢れた大食堂で艦娘たちが朝食を採っている。

 

提督は早朝から別行動。

庁舎のキッチンで、新しい戦闘糧食の試作に挑んでいた。

 

と言っても、下準備はすでに阿賀野が済ませてくれている。

実は、ここの阿賀野は新潟の長岡ラーメンの名店に半月ほど、修行に行ったことがある。

 

東京の半国営テレビ局が持ち込んできたドキュメンタリー企画で、艦娘が艦名の由来となった縁のある地域の飲食店に弟子入りし、ご当地料理の製法を本気で修得するという番組だった。

 

まだ鎮守府の数も少なかった頃、艦娘という存在の物珍しさも手伝って、けっこうな人気番組になったのだが、他の鎮守府は番組協力に消極的で、ほとんど毎回艦娘はここの鎮守府が派遣していた。

 

おかげさまで、ここの鎮守府の巡洋艦たちの料理スキルは、かなり高い。

 

ラーメンだけに限っても、鬼怒が佐野ラーメン、熊野が和歌山ラーメン、川内が熊本ラーメンと、各地に修行に行っている。

さすがに横浜ラーメンは横須賀に、尾道ラーメンは呉に話が行ったのと、神通を富山ブラックラーメンに派遣する前に番組が終了したのが残念だった。

 

おかげで那珂ちゃんも大洗でアンコウの捌き方をマスターし、念願の全国放送デビューを果たしたのだが……。

カメラアピールはことごとく「そういうの、いらないから」とディレクターに止められ、アニ○ル浜口に似た猛烈テンションの親方のもとで歯を食いしばり、ガチでアンコウ料理を短期集中マスターする姿を全国にさらすことになったのは、また別のお話。

 

 

そんなわけで、阿賀野に3 日がかりで大量のチャーシュー、本格的な炭火焼豚を仕込んでもらった。

特製ダレに一昼夜漬け込んだ大量の塊肉を寸胴のステンレス釜に吊るし、炭火でジックリ焼き上げたプロ仕様の逸品。

 

「阿賀野の本領、発揮するからね」

そのまま厚切りにして口に放り込みたいぐらいの立派なチャーシュー。

食べたいのをガマンし、阿賀野と協力してチャーシューを小さく切り刻んでいく。

 

「補給こそすべての基本だなぁ」

もう一人のお手伝い、長波サマには煮卵を大量生産してもらっている。

 

半熟の絶品味付け煮卵をご飯で包んだ、大きなゲンコツおにぎり。

バカウマ間違いなしだ。

 

もう一つは、食べ応えのある主力オブ主力の、大きな炒飯おにぎりを作ろうと考えている。

 

緊張しながら中華鍋に油をしき、炎にかける。

鍋が十分に熱したら、溶き卵を入れてかき混ぜ、ご飯を投入。

具は潔く、卵とチャーシュー、小ねぎのみじん切りのみ。

 

塩コショウし、中華のたまり醤油を鶏ガラスープで割り、各種調味料を加えた炒飯ダレを鍋肌に回しかける。

タレの煮立つジュワッという音とともに、香ばしい香りが立ちのぼる。

 

「おおっ、いいねぇ」

 

手早く皿に盛りつけて、まずは阿賀野と長波に味見してもらう。

チャーシューの香ばしさと濃厚な肉汁、タレの旨味が染み込んだパラパラの炒飯。

 

「うん、阿賀野は大好きよ」

「おぉ! 提督、チャーハンつくるの上手だなぁ~、ありがたい!」

 

確かに美味しい炒飯が出来た。

しかし問題は……。

 

「やっぱりパラパラの炒飯じゃ、おにぎりにすると崩れやすいねぇ」

 

油に包まれた米粒が滑り、どうしても形がまとまらない。

コンビニのおにぎりなら、増粘剤を添加して固められるが……。

 

「要は粘度があって、米が油でコーティングされ過ぎなければいいんだよね」

 

「ちょ……提督、触り過ぎ……」

 

おにぎりを握り固めるイメージをあれこれ想像していたら、つい無意識に長波の駆逐艦離れした胸を揉みしだいていた。

 

 

「じゃあ、試作第二段」

 

まずは、具材だけを油でなくマヨネーズで炒めて、炊き立ての粘り気がある温かいご飯に混ぜ合わせる。

おにぎりがベチャャつかないように、タレは濃い目に煮立てて少量だけ。

 

おにぎりの形に押し固めたら、フライパンで表面に一度軽く焼きを入れて……。

 

「試作段階としては、こんなものかな?」

「あぁ、いいじゃないの~」

 

厳密には炒飯ではないが、何とかそれらしいおにぎりが完成した。

タレを減らした分、味が薄まったが、マヨネーズのコクがそれを補っていて、これはこれでB級グルメな味わいがある。

 

次はご飯を炊く時点から下味などを調整すれば、もっと完成度を高められるだろう。

 

「よし、今日はここまで。この戦闘糧食を持って、がんばってきてね」

「いよいよ阿賀野の出番ね。えへへ、待ってたんだから」

 

新任務、「前線の航空偵察を実施せよ!」。

中部海域グァノ環礁沖に艦隊を展開させ、航空偵察作戦「K作戦」を反復実施するというものだ。

 

軽巡洋艦枠には阿賀野と、瑞雲法被を羽織った由良。

駆逐艦枠は長波と、長波と仲の良い雪風、島風。

そして偵察の要、水上機母艦には瑞穂。

 

「いいじゃない、寄せ集め軍団最高!」

 

長波の言うように、寄せ集め艦隊だ。

もっと効率を追求した編成もできるが、いつも特定の艦娘ばかりでは面白くない。

提督としては、せっかく練度を上げた多くの艦に活躍の場を用意してあげたい。

 

「提督、瑞穂さんの艤装の準備できました」

「皆さんの準備もできていますよ」

 

瑞雲法被を羽織った、明石と大淀が出撃を促しにやってくる。

明石の艤装にそびえ立つ、謎の鉄骨番長オブジェ。

 

「提督さん、これが新しい戦闘糧食ですか?」

「あの……提督、ちょっと味見を……」

 

補給艦の速吸も、いつもの白ジャージではなく、瑞雲カラーになっている。

おにぎりの味見を所望しに顔を出した赤城も、もちろん瑞雲法被を着ている。

 

「なんか最近増えたな、瑞雲」

 

長波の感想が示すように、着実に鎮守府は瑞雲祭りに浸食されている気がする……。

まあ、夏の大規模作戦が始まるまでは、楽しくまったり行きましょう。



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赤城とスペアリブ

弱い雨がシトシトと降り、まだ梅雨の明けないこの地方。

 

提督の執務室には、そんな梅雨の季節を彩る家具職人入魂の紫陽花の壁紙が貼られている。

梅雨の季節を楽しく過ごすため、家具職人が腕によりをかけて作った梅雨の緑カーテン窓には、睦月と如月のてるてる坊主が揺れる。

 

心も安らぐ香りが爽やかな、い草の畳に風流な職人和飾棚。

掛け軸には「申し訳ありません。反省致します。」と、提督の胸中が語られている。

 

実は提督は昨日、横須賀鎮守府の見学に行き、すでに梅雨が明けた関東の蒸し暑さにやられて夏バテになっていた。

 

 

気合いの入り過ぎた横鎮の熱気を目の当たりにしたのも悪かった。

 

深海棲艦の発生により撤退した、在日米軍横須賀基地を丸々流用した広大な敷地。

莫大な物資がオートメーション化された配送レールに乗り、仕分けされながら近代的な倉庫や工廠の間を行き来する。

 

うちでは、管理係の愛宕姉妹が大学ノートに手書きで管理してるのだが……。

 

沖合いで遠征の艦娘たちを回収したホバークラフトが帰還すると同時に、新たな遠征組のホバークラフトが埠頭から発進していく。

 

出撃艦隊も同様、1秒たりと無駄にしない山手線のダイヤのように精密で効率的な艦隊運用。

 

艦娘たちは鎮守府内を定期巡回する無人カート車を乗り継いで迅速に移動する。

コンピュータが配送レールの経路網を操り、艤装や装備が生き物のように物資の波をかき分けて出撃艦隊の元へと届けられていく。

 

F1のピット作業のような無駄の無い動きで艤装や装備を換装していく、艦娘と妖精さんたち。

うちのダラッとした妖精さんたちと、何か違う……。

 

「資源や資材、装備は全てバーコードにより、1個単位でコンピュータ管理されています。提督からの指示は全てイントラネットを通じてリアルタイムで……」

 

鎮守府設備について説明してくれる、スーツ姿の横須賀の青葉。

自分たちの鎮守府の青葉に比べて、何というか……プロの広報官のようなキャリアウーマンっぽい大人びた艦娘だった。

 

震電改、試製南山、F6F-5、熟練聴音員+後期型艦首魚雷(6門)などという、噂にしか聞いたことのないレア装備。

16inch三連装砲Mk.7+GFCS(☆Max)、32号対水上電探改(☆Max)などという、改修に狂気じみたネジを消費する贅沢装備。

 

戦艦レ級を圧殺し、ストレートで(それでも2回はE風に流されていたが)サーモン海域北方を容易に攻略する化け物じみた一軍の機動部隊。

 

二軍でさえ、全艦娘がケッコンカッコカリと増設補強済みで、ローテーションを組みながら1時間に5回以上も高難度海域に出撃していく。

 

「今月は大規模作戦前ですし、出撃は少し控えめです。最大時は1時間に10出撃、過去の時間最大戦果は30を……」

 

あまりにも次元の違う、意識が高い系の鎮守府運営に圧倒されてクラクラしていたら……。

 

「気にすることナイデース! 提督だって、もう100人とケッコンしてマスネー! 横須賀に次ぐ、ケッコン数では第2位の鎮守府デース!」

「増設補強の数は負けてても、提督だってほとんどの子に穴開けてますしね。性的な意味で……」

 

と、同行していた金剛と北上が励まして(?)くれた。

 

「北上さん、下品よ。けれど提督、それは私も同意見。私たちは戦果やレア装備はともかく、錬度でも提督との絆でも、決してここの子たちに引けをとりません。ケッコンも、その絆の証……信じて欲しいものね」

 

そう、加賀が言ってくれ、提督も気を取り直した。

ちなみに、うちの鎮守府では提督が「ケッコン」の後に「カッコカリ」をつけたら、魚雷40発の刑だと公示されている(「今さら逃げたら○しますよ?」by某雷巡)。

 

 

気を取り直し、夕方は羽田空港への乗り換え途中に、京急蒲田で楽しく飲み食いしたつもりだったのだが……。

暑さにイチコロでやられてしまったらしく、帰りのUS-2の機内で吐いて、微熱を出してしまった。

 

やはり、横須賀の凄さに圧倒されて、心が少し凹んでいたのかもしれない。

だって、艦娘たちの質はともかく、提督の質ではどうしても負けるし……。

 

 

しっかり猛反省して、夏は態勢を建て直します。

という思いを込めて反省の掛け軸をかけているが、赤城の膝枕に寝そべる提督の顔に深刻な色は無い。

 

「また私を置いてきぼりにして、加賀さんと美味しいものを食べに行くからバチがあたったんですよ?」

 

提督の耳かきをしながら、赤城が頬を膨らませる。

本当は今回の随行、赤城が行く予定だったのだが、急遽加賀に変更した。

 

「おみやげは買ってきただろ? それに……小破でもないのに、出発直前に入渠4時間超えになった赤城のせいじゃないか」

「修復材を使ってくださればいいのに」

「大規模作戦の前に、そんな無駄遣いはできません」

 

「それで……本当のところ、横須賀は……うらやましかったんですか?」

赤城が、提督自身で何度も自問自答したことを尋ねてくる。

 

「そうだなぁ……戦果首位になるより、こうして艦娘と触れ合ってた方がいい」

「もう、どこを触ってるんですか! はい、耳掃除終わりです」

 

提督は赤城の膝から頭を起こすと、ちゃぶ台の前の座布団に座った。

 

ちょうど執務室のドアがノックもなく開けられ、霞が大皿にいっぱいのポテトサラダを持ってきてくれた。

 

「ほら、た……食べたいかな……と思って。な、何よ!?」

ガツンと、ちゃぶ台に置かれる大皿。

 

「うっふふ♪  提督、こちらもどうぞ」

続けて、夕雲が(はも)茄子(なす)の揚げだしを冷やした鉢料理を持ってきてくれた。

涼やかで艶やかな一品。

 

「提督、甘えてくれても、いいんですよ?」

鉢をちゃぶ台に置きつつ、にじり寄って太ももを当ててくる夕雲。

 

「ふふっ……提督といい、巻雲さんといい、スキンシップ大好きで……」

 

「ほらほら、どいたどいた! 司令官、夏バテなんかに負けちゃダメよ!」

提督に太ももを触らせる夕雲を蹴散らし、雷が料理を持ってくる。

 

「豚肉と茄子とピーマンを、味噌で炒めたわ! スタミナつけなきゃ!」

「茄子とピーマンは、さっき畑から採ってきたのです」

「ハラショー。夏バテに効くかと思って、六駆のみんなで作ったんだ」

 

「ああ、これは美味しそうだね」

「ほら、食べさせてくれてもいいのよ?」

提督の膝の上には暁が乗り、ちゃぶ台には艦娘たちが作ってくれた料理が並んでいく。

 

「提督が、貴方がいるから、今の私は安心してます。ほんとです」

大鳳が持ってきてくれた小アジの南蛮漬けは、アジの旨味が濃く、タマネギ、ピーマン、ニンジンと野菜たっぷりで、さっぱりした酢の風味に、ピリッとした唐辛子の辛みが絶妙。

 

その後も、次々と艦娘たちがやって来る。

 

「はい、これも美味しいですよ」

赤城が、スパイシーなスペアリブを口に運んでくれる。

 

誰が作ってきてくれたのだろう……。

タレだけでも美味しいのに、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出して、無限スパイラル。

 

「鳳翔さんから浮気者の旦那様へ、寛大な差し入れですよ」

耳元に唇を寄せ、赤城がそっとスペアリブの作者を教えてくれた。

 

うん、日本首位の鎮守府も、別に羨ましくはない。

うちはうちで最高に幸せですから。




投稿が空きましてすみません。

実は今、今回の話の真逆で、久しぶりにランカー挑戦しております……。
ですが、前にやった時よりもっときつく感じる……毎日5-4回ってちょっと良い装備もらうより、色々と妄想してここの話書いてる方が絶対に楽しい……

のは確かなんですが、今さら止めるわけにもいかないので、月末までちょっとご無沙汰かもで失礼します


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大鯨の鰻料理

全国ニュースからは猛暑の知らせが飛び込んでくるが、まだまだ30℃を超える日は珍しく、夜には20℃さえ下回るような日もある、ここの鎮守府。

 

夏の大規模作戦を前にした節約モードに入り、普段以上にゆっくりした時間が流れていた。

ほとんどの艦娘は畑仕事と釣りに従事し、一部の低燃費艦や牧場艦で、デイリーやウィークリーと呼ばれる定期任務の消化をこなす日々。

 

鎮守府全体としてはのどかな日々が続いているが、一方で出撃続きの艦娘たちもいる。

低燃費で任務消化に適している、潜水艦娘たちによる東部オリョール海への反復出撃。

いわゆる、オリョクルが最近の出撃の8割を占めていた。

 

今日の提督の家族サービスは、その潜水艦娘たちへ。

 

「露天風呂、また行きたいなー。提督、連れて行ってほしいかもーって」

 

ろーちゃんのお願いを聞き、みんなで露天風呂にやって来た。

夏草の薫りをのせた風がそよぎ、小鳥のさえずりがあちこちからする。

 

「司令官と一緒のお風呂、嬉しいな♪」

「ゴーヤ、潜りまーす!」

「イクも潜水なら負けないの!」

「はっちゃん、お背中流しますね」

 

提督が初めて手に入れた潜水艦娘イムヤ。

そして次に鎮守府に来たのが、お風呂に来てまで潜水しているゴーヤとイク。

そしてドイツ帰りのハチ。

 

長くオリョクルで鎮守府を支えてくれた、歴戦の潜水艦娘たち。

 

「お風呂直行! どぼーん!」

「どぼーん。どぼーん!」

「ねえねえねえ、見て見て見て! 提督、オオルリよ」

 

樽風呂に飛び込んでくるシオイと、それを真似するユーちゃん改めろーちゃん(そして先に潜っていたゴーヤを踏んずける)。

木の上に青く美しいオオルリの姿を見つけてはしゃいでいるニム。

 

人数が増えて南方海域や中部海域の潜水哨戒をする戦力もそろったし、オリョクルも交代で行けるようになった。

 

「あっ…提督、そこは…。あの……そこは晴嵐の……だから…丁寧に、お願いします……」

「あっ、んぁあ…! もう! あんまり格納庫触っちゃダメ! 結構デリケートなんだから」

 

そして先の冬に、ヒトミとイヨが家族に加わった。

今ではオリョクルは三交代制。

全く疲労なしのローテーション体制が完成した。

 

「私もあの…晴嵐とか……あっ…なんでも…ない……です…」

 

まるゆも、戦力としては心もとないが、時々オリョクルを手伝ってくれている。

 

「みんなのおかげで、空だった倉庫にも、それなりの資源が貯まったよ」

 

あと数日で夏の大規模作戦が発動される。

大規模作戦中は、彼女達にはゆっくりお休みをあげたいのだが……。

 

「最近の期間限定作戦は潜水艦の出番もあるから油断できないでち」

「そしたら姫級とか、大物食っちゃうからね。提督、期待してて!」

 

 

と、休憩所の座敷の方から、食欲をそそる良い匂いの煙が流れてきた。

 

今日は土用の丑の日。

潜水母艦の大鯨が、(うなぎ)を焼いてくれているのだ。

 

「ドヨーのウシさんの日、この間終わったのに、って」

 

ろーちゃんが不思議そうに聞いてくる。

確かに先日の土用の丑の日にも鎮守府全体で鰻を食べたが、今年は二の丑があるのだ。

 

そもそも、天然の鰻の旬は晩秋で、夏は味が落ちる。

夏の売り上げ不振に困った鰻屋に相談された平賀源内が、「本日土用丑の日」と書いて店先に貼ることをすすめ、その店が繁盛したことから、夏の土用の丑の日に鰻を食べる風習が広まったという説がある(異説あり)。

 

そもそも、土用とは陰陽五行に由来する暦の上で1年を5つに分け、木を春に、火を夏に、金を秋に、水を冬に当てはめ、残りの土を季節の間の移り変わり、立春、立夏、立秋、立冬の日の前の期間に割り振ったものだ。

 

つまり土用の期間は年に4回、それぞれ約18日ずつある。

 

一方で暦の日には子丑寅……の十二支も割り振られているが、約18日ある土用の期間にはいくつか重複した十二支が表れることになる。

 

というわけで、今年の夏の土用丑の日は2回あるのだが……。

 

「ろーちゃんには、難しいかもーって」

「デスヨネー」

 

説明はあきらめ、ろーちゃんに上がり湯をかけてあげる。

 

「ところで提督、夏が本当は鰻の旬じゃないなら、この時期に食べても美味しくないんじゃ……?」

 

さすが理論派のはっちゃん、良いところを突いてくる。

 

「ところが今の養殖鰻は、夏の土用の丑の日が出荷のピークだから、この時期に味が落ちないようにエサや水温も管理して育てられてるんだよ」

 

この鎮守府の鰻は他の食材同様、良質な鰻を育てようという志のある養殖業者さんを探し出し、直接買い付けてきている。

ええ、そりゃもう他の鎮守府が攻略海域の固定ルートを探すぐらいの懸命さで、良い業者さんを探し回ってますよ。

 

「イヨちゃん…ビショビショのまま畳に上がっちゃ……」

「こら、シオイも、ちゃんと浴衣を着るでち!」

 

ワイワイとみんなで浴衣に着替え、休憩所の食卓に向かう。

 

「お新香と、おつまみを出しておきました。お味噌汁もよろしかったらどうぞ」

 

潜水艦娘たちのお世話をしてくれている、大鯨。

改装空母の龍鳳としても対潜哨戒に参加し、海防艦娘たちの面倒も見てくれる、鎮守府のお母さんの一人だ。

 

気取らず大皿にどっさり盛られた、自家製野菜のお新香。

鰻の蒲焼きを玉子焼きで包んで、色鮮やかなう巻き。

本わさびが添えられた、鰻の白焼き。

 

そして、高知のお酒、酔鯨(すいげい)の瓶が置かれている。

 

「よーし! ちょこっと飲んじゃお! んっふふ~」

「あまり羽目を外しちゃ……駄目…駄目だから、ね?」

「司令官、イムヤがお酌してあげるね」

 

しっかりとした米の旨味が感じられる、芯の強いお酒だ。

それでいて華やかながらも香りは控えめ、後味もすっきりとキレがよく、食事の邪魔にならない。

 

大鯨が選んでくれたのだろうが、大鯨にも日頃のお礼をしなくては……。

 

 

ふっくら甘く焼けた玉子焼きに、鰻の旨味が追加された、贅沢な味のう巻き。

関西風の蒸さない炭火による地焼きで、表面はサックリと中はふっくらに仕上がった白焼きに、おろしたての本わさびをつけ、生醤油をたらして食べれば……強い脂の旨味が流れ出す。

 

シャキシャキのお新香と酒で口を洗い流し、さらにつまみに手をつける。

 

味噌汁の具は土用しじみ。

こちらは鰻と違って、夏が本当の旬の真っ盛りで、旨味も栄養もたっぷりだ。

 

鰻の捌き方は、東京は背開き、大阪は腹開き。

武家の地である江戸では、腹開きが切腹を連想させて嫌われたから、とも言われる。

 

さらに東京では頭や尾を落として竹串に刺すが、大阪では頭も尾も付けたまま金串に刺す。

 

そして、東西最大の違いは、蒸すか蒸さないか。

江戸から続く東京風の鰻の蒲焼きと言えば、素焼きした後、強い脂を落としつつ柔らかく蒸すのが定跡。

 

それを甘辛いタレに何度もからめては軽く焼きなおし、フワフワに仕上げる。

やや硬めに炊いた極上の米にのせれば、タレがご飯に染み込んで至福の……。

 

「いかん……うな重への期待がフライングしている。焦るな、俺」

 

某グルメ漫画の主人公の真似をしてみる提督。

 

いっそ、その主人公のように下戸ならば、酒のペースを気にせず心静かにメインのうな重を待つ……のも無理か。

蒲焼きが焼きあがっていく、脂と醤油の焦げる暴力的な香りがたちこめている。

 

酒はそこそこに、そわそわしながらうな重の完成を待ち、一気に平らげました。

 

「ごちそうさまでち!」

 

 

食事の片付けをしてから、もう一度風呂に入ってきたらすっかり夕暮れ。

 

「夜に向けて準備なの~!」

「まるゆ、お布団も最後までちゃんと運ぶから!」

「夜ですって。がんばるー、がるる~」

「伊26、残敵(蚊)を追撃します!  逃・が・さ・な・いー!」

 

布団を敷いたり、蚊帳を吊るしたり、騒がしく寝る準備をする潜水艦娘たち。

そんな中、ヒトミが静かに手を握ってきた。

 

「提督、夕陽が……七尾湾の夕陽も、綺麗だった……。また今度、行ってみましょう……いい?」

 

もちろん、と提督はヒトミの頭を優しく撫でるのだった。




先月はランカー入りを目指し、月末の追い込みで少し死んでいました。
半日で戦果上昇150超とか、5-5砲を残してなかったら引きずりおろされるとこでした。
大規模作戦に向けた備蓄しながら、また執筆に戻ります。


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浜茶屋間宮の棒棒鶏

青く透き通る海に、どこまでも続く白い海岸線。

波打ち際で遊ぶ、水着姿の大勢の艦娘たち。

 

もとは漁協の事務所だった、無味乾燥な鉄筋コンクリート2階建ての鎮守府庁舎。

その庁舎の狭い提督執務室に、匠の職人の卓越した技術によって、波打ち際の砂浜がダイナミックに再現されていた。

 

砂浜に砂のお城を作っている第六駆逐隊の面々と離島棲姫。

天龍のジェットスキーに曳かれる駆逐イ級型フロートに乗って遊ぶリベッチオとほっぽちゃん。

駆逐艦娘たちとともに魚雷棒で西瓜割りをする、最上と三隈。

 

ビーチバレーで接戦を演じる、長門・大鳳と南方棲戦姫・装甲空母姫。

神通と軽巡棲姫は、他の軽巡洋艦や軽巡棲鬼を巻き込んで、真剣勝負のビーチフラッグ大会を繰り広げている。

 

みんなの喧騒からちょっと離れたパラソル。

 

「集積ちゃん、望月ちゃん、パラソルの下にばっかりいないで遊びに行くっぴょん!」

「ヤメロヨォ……ワタシハ、イイヨォ」

「まぁーいいんだよ、動くとしんどいから。ぼーっとしてよ?」

「ダメダメ、この夕張特製のジェット推力付き浮き輪もあるから、試してみて」

「ゼッタイ……バクハツスルダロ、ソレ……ヤメロッテェ」

 

卯月と夕張に引っ張り出され、海へと連れて行かれる望月と集積地棲姫。

リゾートチェアに身を横たえてフローズンカクテルを飲む五十鈴と龍田と潜水夏姫が、それを笑顔で見送る。

 

今日は馴染みの深海棲艦たちも招いて、鎮守府総出で夏休み。

夜はバーベキューに盆踊り、花火と予定も盛りだくさんだ。

 

 

「ヘーイ、提督ぅー! 深海棲艦と遊ぶのもいいけどさぁ、時期と相手はわきまえなよぉ!」

 

金剛から抗議を受ける提督も、リゾート感満載の夏季特別仕様のハンモックにごろんと寝そべり、夏を満喫している。

 

金剛の怒りの原因は、その横で提督に抱きついて身をくねらせる、ヒップラインを丸出しにした扇情的な紐ビキニの2人の黒髪の女性……。

 

「大規模作戦の前だってのに、戦艦夏姫にキラづけしてんじゃないわよ、このクズ司令官!」

 

ただでさえ普段より高い耐久力を誇る夏モードの戦艦棲姫が、キラキラ状態になった艦娘のように、フラッグシップの黄色いオーラを纏っている。

さっき提督にサンオイルを塗ってもらって、戦意高揚(キラキラ)したのだ。

 

怒る金剛と霞を、提督に抱きついたまま振り返り、フフンと挑発的に笑う戦艦夏姫たち。

 

「Oh、Shit!!」

「○ねば良いのに!」

 

「提督、榛名にもサンオイルお願いします!」

「私にも塗りなさい! レーベとマックスにも塗ってあげたんでしょ!?」

「テイトク……コレ、ワタシニモ」

 

どさくさ紛れに、自分達もサンオイルを塗ってもらおうとする榛名とビスマルク、港湾夏姫。

 

「ブスイナ……ヤツラ……メ……ッ! カエレ…ッ!」

「何ですって!? 帰んのは、あんた達でしょうがっ!」

 

その横で額を突き合わせ、サンオイルを手に睨み合う重巡夏姫と足柄。

 

「みんな、今日は休戦なんだから仲良くしなさい」

 

などと、のん気なことを言って、港湾夏姫の差し出すサンオイルを受け取ろうとする提督だが……。

ガシッとその腕を水着姿の大和と武蔵につかまれた。

 

「提督、あちらまでご一緒しましょうか」

いつも通りの美しい笑顔だが、大和の目が笑っていない……

 

大和が腕を引っ張り、提督をハンモックから下ろそうとするが、港湾夏姫が提督を取られまいと反対側の腕を引っ張り返す。

 

「ちょっと、痛いから……そんな力で引っ張ら……武蔵まで!?」

「あっちでは防空棲姫がキラキラしていたぞ? 提督よ、2年前の夏の地獄を忘れたのか?」

「でも、今日は彼女たちはお客さんなんだから……痛っ、本当に痛い!」

「不公平ですっ! 私たちにもちゃんとキラづけしてください!」

 

全力で提督の腕を引っ張り合う大和・武蔵と港湾夏姫、そこに他の艦娘や深海棲艦も加わり……。

やがてビーチに提督の悲鳴が轟いた。

 

「バカね、天罰よ」

「こうして悪の提督は滅び、海に平和が戻りましたとさ……うふふふふっ」

 

リゾートチェアに横たわったまま、五十鈴と龍田が笑うのだった。

 

※提督はこの後、艦娘&深海棲艦(スタッフ)が美味しくいただきました。

 

 

一方、提督争奪戦には興味を示さず、ひたすら浜茶屋で飲食を繰り返す、赤城と加賀と空母棲姫。

 

間宮と伊良湖も水着モードだが、艤装も装着していて料理提供力にぬかりはない。

定番のカレーライス、ラーメン、焼きそばの他にも、様々なメニューが並んでいる。

 

契約農家から送られた味が濃い地鶏に、鎮守府の畑で採れた夏野菜、キュウリ、トマト、ショウガ、ニンニクをたっぷり使い、ゴマダレをかけた特製棒棒鶏(バンバンジー)

 

棒で叩き、やわらかくして丹念に蒸しあげた鶏肉と新鮮野菜に、絶品ダレがからむ。

 

「さすが間宮さんですね、素晴らしい味です」

「気分が高揚します」

「ウマイ……ウマイゾ」

 

「次はローマさん作の鰻のトマト煮込みを頼んでみましょう」

「良い案です、赤城さん」

「ヨシ……マカセタ」

 

こっちはこっちで勝手にキラキラしている。

 

余った鶏皮は、ピーマンとともにカレースパイスで炒め、飲兵衛組のおつまみに。

 

「いや~海でのビールは格別だねえ。かっははー!」

「ポーラは、お酒に使っちゃったから、今年は新しい水着はパスですぅ。だから全部脱ぎま~す」

「コレ、オイシイノレ」

「今日は休戦だ、遠慮なく飲んで食え。私も今日ばかりは飲ませてもらおう」

「ヤァダ、カライジャナイ! ……コワレチャウ…ウフフッ!」

 

浜茶屋の周りでは、夜のバーベキューの準備を進めるアイオワたち。

盆踊りのために瑞雲櫓(謎)を組み上げている日向たち。

花火の準備をする陸奥たち(危険が危ない)。

 

たくさん遊んで、たくさん食べて、敵も味方も夏期大規模作戦に向けて英気を養っております。



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神風型と香港風焼きそば

※2017年夏イベント前段作戦のネタバレを少し含みます。


鎮守府の桟橋に、4人の駆逐艦娘、神風、朝風、春風、松風が到着した。

バケツ(高速修復材)集めのための、長距離航海練習から帰還したのだ。

 

遠征任務の中には、達成時に本部から高速修復材が貰えるものがある。

ただし、遠征任務に成功したからといって確実に貰えるわけではなく、その審査の基準はハッキリしていない(本部にいる妖精さんがサイコロを振って決めているという説もある)。

 

ついに始まった夏の大規模作戦。

この作戦中に、彼女たちの姉妹艦である旗風を顕現させるチャンスがあるらしい。

 

少しでも鎮守府に貢献し、作戦を成功させて旗風を艦隊に迎えて欲しいと、作戦直前の最後の遠征に志願したのだ。

 

鎮守府庁舎のフロントサッシの引き戸を開けると、狭いロビーの応接ソファーで、提督が小さなドイツ艦娘たちとアイスを食べていた。

 

「司令官、艦隊帰投よ」

 

報告しながらも、提督をジト目で睨む神風。

 

ろーちゃんやレーベ、マックスの格好というのが……今回の西方再打通作戦で、欧州への里帰りのために用意した(意味不明)、露出度の高いビキニの水着なのだ。

 

「みんなも羽織袴だと暑いでしょ? みんなの水着タイプの艤装も用意してあるけど……」

 

「え、今年の夏は水着でって……嫌よ、嫌! そんなのやるわけないじゃない。私は嫌よ!」

「そ、そんな恥ずかしいの着れるわけないでしょっ!?」

「そうですね、大正の頃はそんなに肌を……いえ、そうではなくて、最近の水着はその、何と申しますか……破廉恥ではないかと」

「朝風の姉貴、110番て何番だっけ?」

 

「そっか……みんな、お腹空いたでしょ? 何か作ろうか」

 

水着タイプ艤装にヒンシュクを受けながら、ご飯を作るために台所に向かう提督。

 

「あ、ありがとう」

「ふーん、いい心がけね司令官」

「感謝いたします。司令官様」

「頼んだぜ」

 

神風たちが、提督の後をトコトコとついていく。

 

艦隊は現在、先遣の警戒隊を出して、リンガ泊地周辺の哨戒及び後方兵站線の安全確保を実施している。

リランカ港湾部に拠る敵戦力を撃滅、西方方面へ進撃開始する予定だ。

 

「横須賀の艦隊はとっくにスエズ運河を突破して、マルタ島に上陸したみたいだねぇ」

 

先を越されても焦る様子はなく、淡々と調理の準備をする提督。

 

蝦子(シャーズ)という海老の卵が練りこまれた麺を釜で茹でる。

中華鍋にゴマ油とラードをしき、しょうがと青ねぎを熱して香りを引き出す。

ニラ、もやしを加え老酒(ラオチュウ)をふって火を立たせて素早く炒める。

 

普段ののんびりした提督からは想像もつかない、手早く豪快に調理する姿に、うっとりとした視線を送る神風たち。

 

「お、朝風の姉貴まで乙女の顔してる」

「はぁ!? し、してないわよっ!」

 

茹でた麺を投入して焼き目をつけたら、オイスターソース、醤油、塩、こしょうで味付け。

オイスターソースと醤油の焦げた、香ばしい匂いが食堂に充満する。

期待を煽るように、鉄勺(ティエシャオ)(鉄のお玉)で中華鍋をカンカンと鳴らしながら、一気に4人分のお皿に盛り付ける。

 

「はい、香港風焼きそばの完成」

 

シンプルであっさりとした味付けだが、無性に何度でも食べたくなる、香港の屋台の味。

ぷつぷつとした食感と、口の中にほんのり広がる海老の香りが特徴の蝦子麺も、好き嫌いは分かれるがハマるとたまらない。

 

満足げに焼きそばを食べる神風たちを見ながら、提督は先の作戦に思いを馳せていた。

 

ワイン、ブランデー、スコッチ、チーズ、オリーブオイルにホールトマト、レンズ豆、デュラム小麦、ハーブや欧州野菜の種子……。

 

新艦娘とともに、欧州で絶対に手に入れたいものがたくさんある。

あわよくば、あちらに直通の門を設置して、いつでも買い出しに行けるようにしたい。

 

あとは、港湾夏姫や戦艦夏姫たちと地中海で遊ぶ約束もしているし……。

 

「提督ー! 潜水新棲姫に逃げられたにゃ!」

「ごめん、司令官。でも、招待状を渡したら、また別の所で来るって言ってたよ」

 

リンガ沖での作戦から戻ってきた多摩と皐月が報告してくる。

 

今回の作戦から登場した、新たな敵の幼女姫。

彼女を鎮守府に招待して、ご飯を食べさせたい。

 

「それから、特Ⅱ型駆逐艦の狭霧を顕現させる方法があるらしいよ。深海空間のここのポイント、現実世界では艦の狭霧が沈んでる海なんだけど、ここに通じる門を開ける方法が……」

 

旗艦を務めて情報収集にも当たっていた伊勢が、新艦娘に関する情報を説明してくる。

 

作戦は始まったばかりで、先は長い。

今年の夏は忙しくなりそうだ。



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長門とスリランカカレー

現在(2017.08)進行中のイベントのE-2攻略中のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


ここの鎮守府では、夏らしくない肌寒い日が続いている。

寒流である親潮の上を吹いてきた、北東からの冷たく湿った風が、山を背にして吹き下りて気温を下げる「やませ」という現象。

 

元気のない水田の稲穂を心配しながらも、提督と艦娘たちは夏の大規模作戦に追われていた。

 

数年前、突如人類の前に敵として出現した艦艇の怨念、深海棲艦。

その詳しい生態は分かっていないが、この現実世界とは異なる紅く染まった異空間の海に棲み、門と呼ばれる時空の歪みから湧き出るように、この世界の海に姿を現しては船や陸地を襲撃してくる。

 

艦娘たちの反撃と封印により、深海棲艦による現実世界への侵攻を食い止められたのが2013年。

 

以来、各鎮守府は深海の空間が現実世界を侵食しないよう、常日頃から異空間の海域へと出撃して深海棲艦を倒し、怨念と憎悪に紅く染まった海を、協和と慈愛の蒼く美しい海へと戻している。

 

没してなお再びこの世界に姿を現し、人類の盾として戦う艦娘たち。

深海棲艦が何度も水底から蘇り、ひたすらに人類に敵対してくるのも、この世界への強い執着の念ゆえだ。

その想いの方向は違えど、艦娘と同じく健気な存在に思える。

 

だから提督の中には、出撃のことを除霊と呼んだり、鎮魂と呼んだりする者もいるし、ここの提督のように深海棲艦にも愛情を注ぐことだって、決して間違ってはいない。

 

「はぁ、それで言い訳してるつもり!?」

「いいから素直に吐け! 貴様、港湾夏姫を何回抱いた?」

「…………!」

 

霞と長門が提督に詰め寄り、霧島が無言で執務室の壁に拳を叩きつける。

 

霧島、天城、瑞鳳、龍譲、島風、霞。

この攻略部隊が、リランカ島の港湾夏姫の撃破に向かったところ、夏姫がキラッキラに輝いていて、霧島たちはあっさりと返り討ちにされてしまった。

 

聞けばこの前の休戦日に鎮守府にお泊まりし、提督に夜這いをかけて夜戦(意味深)したから絶好調なのだという。

 

「三重キラ付けですって!? このバカ! クズ! エロ犬!」

「大和、武蔵、翔鶴、夕立、時雨、この長門に続け! 全力で支援攻撃をかけなければ、絶対に仕留められんぞ」

「提督、私たちのキラキラが剥がれたら、責任をとって再度キラ付けしてもらいますからね!」

 

艦娘は想いの力によってこの現実世界に顕現しているだけあって、その戦闘力には精神状態が強く影響する。

キラキラと呼ばれる戦意高揚状態のオーラをまとっている時には、命中率や回避率がわずかだが統計的有意に上昇するし、赤疲労と呼ばれる負のオーラをまとっている時には、はっきりと戦闘力がダウンする。

 

他の鎮守府では、弱い敵と戦わせて意図的にMVPをとらせて表彰したり、特別な間宮のアイスを食べさせたりと、色々と苦労して艦娘の戦意高揚に努めているらしい。

ここの鎮守府では、もとからストレスがなく食事が美味しい環境のせいか、それとも特別妖精さんの加護が厚い提督の特殊能力なのか、日々のスキンシップだけでお手軽にキラキラ状態を保てている。

 

それでも過酷で消耗の激しい大規模作戦の最中には、キラキラの付いた有力艦は貴重な存在だ。

深海棲艦にまで安易にキラ付けする提督のせいで、いきなり無駄が発生する鎮守府だった……。

 

 

「もう、バカばっかり!」

大破して破れた服を押さえるのも忘れて、霞が罵倒の声を上げる。

 

「わ、私も悪いが、元をただせば提督のせいだ」

椅子に座り、憮然と腕を組んで霞から視線をそらす長門。

 

「そうよ。提督が悪いのよ、スケベな提督が」

大破姿で床に座り込み、口をとがらせる瑞鳳。

 

勢い込んで出撃した支援艦隊だが、長門がルートを間違え、現在攻略中のリランカ島ではなく、カレー洋西方に緊急展開する敵主力機動部隊の方に向かって門をくぐってしまったのだ。

もちろん、支援を得られなかった瑞鳳たちは、港湾夏姫に返り討ちにされた。

 

「もう一度整理します。敵主力機動部隊に至る最後の門の前面には、潜水カ級flagshipを擁する強力な潜水艦隊が待ち伏せしています」

 

中破状態の霧島が、執務室の海域図に情報を書き込む。

 

「しかし、リランカ島港湾基地を強襲して港湾夏姫を倒すことで、手前の門から一気に敵主力機動部隊へ到達できるようになり、潜水艦隊を素通りできるそうです」

 

他の先行する鎮守府からもたらされた、貴重な情報だ。

ギミックやルート固定と提督たちが呼ぶ、何らかの呪術的な法則。

 

「潜水艦隊さえ相手にしなければ、敵主力艦隊の旗艦はしょせん重巡。後は火力で押し切るのみです」

「ありがとう、霧島。よし、リランカ島攻略は明日また万全の体勢で決行しよう。その後、一気に敵主力を撃滅して海域を突破する」

 

提督はとりあえず本日の作戦終了を告げる。

損傷した艦娘たちを入渠させなければならないし、キラキラの剥がれた艦娘を回復させるための家族サービスも必要だ。

 

「何か食べたいもののリクエストはあるかい?」

 

 

コリアンダー、クミン、フェンネル、カルダモン、マスタード、ブラックペッパー、ランペ、シナモン、アニス、クローブ、ナツメグ、ターメリック、フェネグリーク、カレーリーフ……。

 

長門が嫌そうな顔をしながら、すり鉢に入れた香辛料をすり潰していく。

 

帰り際に、龍驤が港湾夏姫から渡されたというドラム缶。

中には港湾夏姫からのプレゼントである、様々な香辛料が詰まっていた。

 

最近、リランカ島周辺の異界の海が真紅に染まり、現実のスリランカ島周辺航路にまで深海棲艦が頻繁に出現するほど侵食を強めていた。

おかげで艦娘のソウルフード、カレーに欠かせない香辛料が高騰して困っていたところだ。

 

浮気者の提督に魚雷を撃ち込むとか執務室を爆撃するとか騒いでいた大井と瑞鶴も、これで本格的なスリランカカレーが作れると言ったら、急に掌を返して港湾夏姫を誉め始めた。

 

スリランカカレーに欠かせないのが“トゥナパハ”と呼ばれるカレーパウダー作り。

 

トゥナは「3」を、パハ「5」を表わし、要するにたくさんのスパイスが混ざっているという程度の意味だが、絶対に欠かせないのはトゥナと呼ばれる由来であるコリアンダー、クミン、フェンネルの3つだ。

 

これら多様な香辛料を粉状にすり潰して焙煎し、香りを引き出す。

 

辛味をつけるのは赤唐辛子か青唐辛子、そしてニンニクと生姜。

その分量で辛味は調節できるので大丈夫だからと、提督が辛いカレーが苦手な長門を説得する。

 

スリランカカレーは、店でも家庭でも多種類のカレーを出すのが特徴。

食卓に多くのカレーやおかずを並べて、甘いカレーと辛いカレーを混ぜたり、色々なおかずと組み合わせてみたり、家族団欒で楽しむのがスリランカ流。

 

提督がお湯で戻してフードプロセッサーにかけている黒いゴラカは、ガルシニアというオトギリソウ科の常緑樹の乾燥果皮で、ペースト状にして入れることで、カレーに甘酸っぱい酸味を加える。

 

龍驤がすり潰しているのは、海外版かつお節とも言えるモルディブ・フィッシュ(現地語では「ウンバラカダ」)。

日本のようにダシをとるためではなく、魚の旨味を加えるためにすり潰して直接入れられることが多いが、これの風味が日本人の舌によく合い、主食が日本と同じく米ということもあり、味に親しみを感じさせるのもスリランカカレーの特徴の一つだ。

 

また、カレーにココナッツの実などを使うのもスリランカ流。

長門や小さな駆逐艦娘たちのために、一品目は細切れにした玉ねぎやニンジン、ジャガイモなど野菜の甘みを引き出し、ココナッツミルクの味をベースにしたマイルドな野菜カレーにした。

 

二品目は、海老とイカを使ったシーフードカレー。

ゴラカで甘酸っぱさを加え、レモングラスをすり潰した汁でさわやかな香りをつける。

 

三品目はチリパウダーとニンニク、生姜を多くし、若鶏のもも肉をバターで炒めてゴロゴロ入れた、スパイシーなチキンカレー。

 

これらの香辛料の配合や材料を変えた複数の味のスープカレーを、米や野菜、おかずにかけながら、好きに混ぜ食べて楽しむのだ。

 

 

刺激的な香辛料の香りが漂う食堂。

思い思いに久しぶりの本格カレーを楽しむ艦娘たちの喧騒の中、長門は冷や汗をかいていた。

 

一見具がないかのような一品目の赤黄色のカレーは、溶かし込まれた野菜の旨味と甘みが豊かで、それがココナッツミルクの風味と絡み合って、サフランライスがよく進んだ。

 

二品目の海老やイカが入った茶色いカレーも、複雑なスパイスが前面に押し出してきているが、それでも茹で野菜や卵の力を借りて美味しく食べられた。

意外に、レンコンやナスの素揚げ、キノコの炒め物とともに食べるのもいい。

 

問題は、三品目の脂が浮かんだ赤茶けたチキンカレーだ。

スプーンでゴロッと浮かんだ鶏肉をすくい、一口食べた瞬間……。

 

「ひゅほっ」という変な言葉が口をついた。

 

あわてて水を飲み、それがさらに辛味を際立たせ、額から冷や汗が流れ落ちた。

マッシュポテトやサラダに逃げ、何とか平静を取り戻そうとする姿を、陸奥がニヤニヤと眺めている。

 

「オゥッ!? かっらーい!」

「夕立には辛すぎるっぽい!?」

 

いっそ、駆逐艦娘たちのような素直な反応ができたらいいのだが……。

そこは艦隊総旗艦としての矜持が邪魔をする。

 

すがるような瞳を提督に向けると、陸奥と同じようにニヤニヤと長門を観察していた提督が助け舟を出してくれた。

 

「島風、夕立、こうやって食べてごらん」

 

自分の皿にサフランライスをよそい、そこに一品目と三品目のカレーをかけてスプーンで混ぜ合わせる提督。

そのまま、スプーンを島風の口へと運ぶ。

 

「あっ? これなら、食べられるよ」

「あー、いいなー。提督さん、夕立も食べさせてもらいたいっぽい!」

 

その光景を見て、長門もそれを真似て一品目と三品目のカレーを7:3で混ぜてみた。

とがった辛さが和らぐだけでなく、鶏の旨味と野菜の旨味が混ざり合い、それをココナッツミルクの風味が一つにまとめ上げることで、新たな味のカレーが生まれていた。

 

今度はホロホロと口の中で崩れるチキンを、ゆっくりと味わう余裕も出来た。

 

夕立にカレーを食べさせながら、提督が長門の方に微笑みを向けてくる。

「ね、長門でも食べられたでしょ?」と言いたげな顔に妙に腹が立ち、長門はすぐに仕返しを考えついた。

 

ゴホン、と咳払いをひとつ。

 

「提督よ。昼に霧島が言ったように、お前に責任をとってもらうぞ。今日の一件で、私と霧島、翔鶴、瑞鳳、霞、時雨のキラキラが剥がれたからな」

「え?」

 

そして、提督に向けて浴衣の胸元をチラリとめくる。

驚いた顔をする提督に満足し、長門は笑みを浮かべながら宣言した。

 

「提督。今夜は眠れると思うなよ?」





ようやく夏イベクリアできました。
E-7は丙で逃げましたが、全艦娘コンプ継続です。

今回の元ネタ、道中ギミック相手に決戦支援……は2度やらかしました。


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第七駆逐隊としろくまアイス

暦の上では残暑の候だというのに、気温20℃を下回る肌寒い日々。

空は鈍色に曇り、鎮守府の埠頭には小雨までパラついている。

 

だが、出撃に向かう艦娘たちの士気は高く、その熱気は夏の太陽の輝きのように熱い。

 

「航空戦艦日向、推参!」

瑞雲魂と書かれた緑の法被を羽織り、瑞雲を満載して出撃していく日向。

 

「五十鈴、出撃します!」

対潜装備をフル装備して出撃していく五十鈴。

 

「綾波型駆逐艦、朧、行きます!」

「曙、出撃します!」

「駆逐艦漣、出るっ!」

「潮、参ります!」

 

主砲と対潜装備、対PT子鬼用の機銃をバランスよく装備して出撃していく、第七駆逐隊の面々。

 

彼女たちが出撃していく先は、作戦目標方面とは別のリンガ泊地東方。

特Ⅱ型(綾波型)駆逐艦の、狭霧をサルベージするための、いわゆるドロップ狙いだ。

 

艦娘をこの世界に顕現させるためには、あの戦争の特別な「想いのカケラ」を感じる何らかの素材、建造資材と呼ばれる触媒が必要になる。

 

建造資材は日々の本部からの補給や、出撃先の海域でも簡単に得ることができるが、特定の「想い」と強く結びついた建造資材からは、特定の艦娘を顕現させやすい。

 

現実世界の狭霧が沈没した場所に対応する、深海棲艦が支配する異世界の海。

その海域に出現する、PT子鬼に守られた駆逐艦の残骸から、狭霧を顕現させることに成功したという報告が他鎮守府から多数寄せられている。

 

カレー洋の要衝リランカを強襲して敵拠点を無力化し、緊急展開してきた敵主力艦隊を撃滅して、さらなる西方ステビア海への進撃を可能とした鎮守府だが……。

 

とある“大人の事情”によって提督が赤疲労状態に陥り、作戦指揮が困難になった。

 

そこで今日は、日向が比較的安全なこの海域での現場指揮を一任され、徹底的な狭霧掘りを行っている。

 

「いや~、安い女の集まりですなぁ」

「しっ、聞こえちゃうわよ」

 

漣のボヤキに、曙が注意する。

 

「艦載機を放って突撃。そうか……やはりこれからは航空火力艦の時代だな」

 

時代の最先端を往くマルチロールファイターたる瑞雲を大量に大空に放ち、敵水雷戦隊を爆撃した後に強力な試製41cm三連装砲の砲撃を叩き込んで撃破していく、航空戦艦娘の日向。

 

「それで隠れたつもり? 五十鈴にはお見通しよ!」

 

待ち伏せする敵潜水艦隊に先制爆雷を投下し、圧倒的な制圧力で潜水艦を狩っていく五十鈴。

 

思う存分に自分の得意技を披露してMVPを連発する2人は、朝からの連続出撃でもずっと戦意高揚のキラキラを保ったままだ。

 

そして、漣たち第七駆逐隊も疲労状態に陥ることなく、メンバー交代なしで出撃を重ねている。

 

 

「ご主人様? 駆逐艦にもキラ付けを受ける権利があると思うのですが? えっへへへっ♪」

 

さすがに午前の連続出撃で疲れを感じ始めた昼食の際。

食堂の奥から疲労艦の気配を察知して様子を見ている間宮の視線(通称、間宮点灯)を感じ、漣が提督におねだりをしてみたところ……。

 

「アイス(゜∀゜)キタコレ!」

 

間宮が作ってくれた、かき氷に練乳をのせ、イチゴやパイン、みかん、さくらんぼなどの果実と小豆をトッピングした、九州は鹿児島の伝統的氷菓子「しろくま」。

 

シャキシャキしたかき氷の食感に濃厚な練乳と小豆の甘み、そして宝石のようで目と舌を楽しませる、凍らせたたくさんの自家製の果実。

 

「えへへっ。美味しかったよね、間宮さんのしろくま」

「元気百倍になったかも」

「……はぁ~、やっすいわぁ。ボノなんか、一口でキラッてるし」

「そういう漣もでしょ! あと、ボノって呼ぶな!」

 

結局、みんなキラキラしてしまった。

 

 

そして……。

 

「来たわよっ! 右舷前方、PT小鬼群接近!」

「ほいさっさ~♪」

 

第七駆逐隊は姉の狭霧を探すため、再び戦いへと突入していくのだった。

 

 

【おまけ】

 

艦娘寮の夜。

休憩室の片隅に、海外艦たちが集まり欧州救援作戦について話をしていたが、ふとしたことから気候の話題となった。

 

「Japanの夏は、かなり暑いと聞いていたけど……寒いわ」

 

えんじ色の芋ジャージを着たイギリス戦艦娘のウォースパイトが、身を震わせながら言う。

この冷夏に夏物の浴衣では寒いので、ジャージを寝巻き代わりにしているのだ。

 

「ふっ、無様ね。兵站をおろそかにするからよ」

 

こちらは綿入りの袢纏(はんてん)を引っ張り出して着ている、ドイツ戦艦娘のビスマルク。

 

「気になっていたのだけれど、どうして!? 袢纏は衣替えのときに、ムラクーモに没収されたはずじゃ?」

「ふふふ、これは自腹で買った私物よ。ドイツ(うち)の部屋には、自前のコタツーもあるわ」

 

「自腹……そんなものもあるの?」

「それでは、365日コタツーを出しっ放しにできるのか? 恐ろしい……もし、貴様のような奴がドイツ陸軍にいたら、我々はスターリングラードで負けていたかもしれない……」

 

ビスマルクの言葉に、無駄な衝撃を受けるウォースパイトと、同様に芋ジャージを着ているロシア戦艦のガングート。

特にガングートは着任直後に衣替えがあったため、コタツと出会ってすぐに引き離されることになり、コタツに未練たっぷりだった。

 

「皆さん、お茶を淹れましたよ」

 

ユ○クロのスウェットの部屋着を着たフランス水上機母艦娘のコマンダン・テストが、木のお盆に湯呑み茶碗をいくつも載せて台所から戻ってくる。

 

「Oh、コンブチャ! Niceね!」

 

畳に寝そべって漫画を読んでいたアイオワが起き上がり、ノーブラの胸元が浴衣の中でブルンと揺れる。

 

欧米では以前「Kombu-cha」の名前で発酵茶(紅茶キノコ)が流行したことがあったが、もちろんここで出されているのはそんな流行の品ではなく、戦前からの伝統ある赤い缶に入った玉○園の粉末の昆布茶だ。

 

「ふはぁ~」

 

深い旨味の昆布茶を飲んで温まる海外艦娘たち。

ここの鎮守府では、海外艦娘たちの干物化が深刻です。



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時雨とゴーヤチャンプルー

現在(2017.08)進行中のイベントのE-3攻略中のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


小雨が煙る中、艦娘寮の大広間では宴会の準備が進められていた。

 

「卓毎に、取り皿12枚と刺身皿6枚、乾杯用のビールコップ6個をあらかじめ用意します。最初から出すお料理は、お通し三種盛に、サラダと肉じゃがの大皿……この黒板の図のように置いてください」

 

お手伝いの駆逐艦娘たちに、軽巡洋艦娘の名取がテーブルセッティングを説明する。

普段、出撃や遠征で駆逐艦娘たちを指揮する時とは違って、自信のある堂々とした話し方をしている。

 

階下の大食堂の厨房では、同じように軽巡艦娘たちが駆逐艦娘たちに、下ごしらえの手順を説明していた。

 

「畑からミョウガが届いたら、表皮だけ軽く洗い流して。こすらず、水につけ過ぎず。すぐに乾かしたら、この味噌を塗ってトースターの板に並べてください」

 

「これワンタンの皮ね。ここにスティック状に切ったチーズを入れて、この調味料をひとつまみふったら、こうやって巻いちゃって。揚げるのは鬼怒たちがやるから、こっちも気合い入れて1000本巻いてくよ!」

 

神通と長良が、手本を見せながら手順を説明する。

 

「おい、羽黒。天龍が追加で買ってきたビールはどうした?」

「あ、はい、食堂の冷蔵庫に5ケース……地下に10ケース運んでおきました」

「あのぉ、ポーラの頼んだワインは……」

 

各所で、それぞれ宴会の準備を進める艦娘たち。

 

 

鎮守府の艦隊は、深海領域のステビア海に進出していた。

現実世界でいう旧イギリス領オマーンのサラーラ港付近に橋頭堡を築き、反復輸送により紅海方面への進撃用物資を大量に揚陸した。

 

この橋頭堡撃破のために南方より迫ってきた、重巡夏姫の率いる迎撃集団に決戦を挑み、ステビア海の制海権を完全なものとするのが、本日の出撃の目的だ。

 

基幹となるのは、天城、葛城、龍驤の空母機動部隊。

高速戦艦の比叡を筆頭に、鈴谷、三隈、足柄からなる打撃部隊。

阿武隈に率いられた、霞、島風、時雨の水雷戦隊。

遊撃要員として、重雷装巡洋艦の木曾が随伴している。

 

今回の大規模作戦海域の門には、深海棲艦たちによる呪いが数多くかけられている。

ある海域の門を通過した艦娘は、離れた別海域の門を通過することが困難となるのだ。

 

つまりは今作戦中、一度作戦に使用した艦娘は、別の海域の作戦には使用できなくなる。

その制約の中で、提督としては現状で出し得る、最大限の手札を思いきって切ったつもりだ。

 

すでに軽空母としての改二艤装を手にしている鈴谷は、育成中である新たな航空巡洋艦の艤装を、阿武隈も練度が低い予備の改二艤装を使用している。

 

深海棲艦の門への呪いは、どうも艤装に対してかかるらしいので、艤装を切り替えれば別海域への出撃も可能となる。

 

そういうやりくりをしつつも、代替の効かないかなりの戦力をこの戦場に投入した。

 

輸送作戦に参加していた皐月に替えて、夜戦での一撃必殺の成績に定評がある時雨を切り札としてメンバーに加えたのも、重巡夏姫を危険視してのことだ。

 

「撃ち漏らしは避けたいな……」

「誰かが思い切り重巡夏姫にキラ付けをしたから大変ですけどね」

 

執務室の机に向かい、某特務機関のグラサン司令官風に渋くキメてつぶやく提督に、横に立つ大淀が嫌味を言う。

 

「足柄さん、ビーチでの決着をつけてやるって張り切っていました。期待しましょう」

 

そう言って提督の机にお茶の入った湯呑みを置く、正妻の鳳翔さん。

 

提督の額を冷や汗がこぼれ落ちる。

ほがらかに笑いながらも鳳翔さんが出してきたのは、滋養強壮にはいいが、とてつもなく苦い蜂の巣茶だった……。

 

 

那珂は雨が降る中、朝から畑に出ていた。

長ネギの様子を見つつ、今晩の宴会に使う食材を調達するためだ。

 

長ネギ畑には、マルチというシートが敷いてある。

表面は白色で、日光を反射することで地熱の上昇を抑えつつ、葉に下からも反射光を当てて日照不足をおぎない、白色を嫌う害虫の接近を抑制する。

裏面は黒色で、その遮光効果によって他の雑草の発芽を妨害する。

 

「いやぁ、これ考えた人ってすごいよねぇ」

 

この白黒マルチの助けを借りて、那珂たち第四水雷戦隊の長ネギは冷夏の中でも何とか順調に育っている。

 

病気や害虫が発生していないことを丹念にチェックする。

 

葉の表面にサビのような赤褐色の斑点ができる、さび病。

葉に淡黄色の紋ができる、べと病。

ネギを齧って倒してしまう、ネキリムシ。

放っておくと株ごと枯死するまでネギを食べ、ウィルスも媒介する、ネギアブラムシ。

 

安全を確認したら、食材調達へ。

 

みょうがは、開花前のまだ締まっている蕾を収穫するのが理想だが、なかなか見つけるのが難しい。

薄黄色の花が開き出しているのを見つけ、その周りのまだ開いていない蕾を、地下茎を痛めないよう注意しながら手でねじり採る。

 

ゴーヤは、収穫時期の判断が難しい。

形も大きさも不ぞろいのため、どれが食べ頃なのか……。

 

「こことここの列のやつから、これぐらいの大きさでイボが丸くなってるのを。もう黄色くなり始めたのは、後は味が落ちるだけだから大きさに構わず全部採るでち」

「はい、ろーちゃん、がんばりますって」

 

潜水艦娘の方のゴーヤが、収穫するゴーヤをろーちゃんに指示している。

那珂は周りの駆逐艦娘たちに聞こえないよう、小さな声でゴーヤに話しかけた。

 

「今日、勝てるかなぁ? 宴会の準備、無駄にならないといいけど……」

「さぁ……。ゴーヤたちの仕事は、資源や食べ物を集めて準備をすること。無駄になったとしても、また集めるだけでち」

「そうだよね。よーし、那珂ちゃんもでっちを見習ってがんばろーっと!! キャハッ♪」

「キンキンと声がうるせーでち。あと、でっちって呼ぶなでち!」

 

 

「いきなり鈴谷が大破したときは負けるかと思いましたわ」

「前の艤装だったら、あんなの絶対避けられてたんだよ!? 提督、大規模作戦が終わったら鈴谷の訓練もお願いね!」

 

「天城姉ぇ、駆逐古姫への雷撃、お見事だったね」

「いいえ、龍譲さんが庇ってくださったおかげです」

「ウチは攻撃用の艦載機はほとんど積んどらんかったし、貧乳軽空母の被弾で巨乳正規空母を守れたんなら安いもんやろ、アハハ」

「「………………」」

「自虐ネタふっとんやから、フォローせいや!」

 

「比叡お姉様、素晴らしい弾着観測射撃でした!」

「さすが比叡ネ! 私も鼻が高いネー!」

「気合い、入れて、撃ちました!」

 

「足柄、後でお話があります」

「妙高姉さん、お説教は勘弁してよ?」

「まったく、夜戦前に大破して置物状態とは情けない」

「でっ、でも……足柄姉さんもツ級と新型の敵駆逐艦を撃沈しましたから……」

 

「予備隈ぁ、何で木曽っちと同じ敵に開幕雷撃するかなぁ?」

「北上さん、前髪触らないでぇ! それと変なアダ前つけるのやめてよっ!」

「大井の姉貴、抱きついてくんな! 球磨と多摩の姉貴、頭を撫でんなっ!」

 

「本当に僕が……MVPを貰っちゃっていいのかな……?」

「いいんじゃない。重巡夏姫を沈めたのは、あんたなんだし」

「昼は島風が対空射撃で守り、夜は霞が探照灯で敵の攻撃を引き寄せてくれたから、僕もあそこまで接近できたんだ。あの雷撃は、みんなのおかげだよ」

「そうだよ、連装砲ちゃんもがんばったんだから!」

 

重巡夏姫を撃破し、ステビア海の制海権を完全確保した連合艦隊。

次はスエズ運河を目指して、紅海へと突入する。

 

その前に、今は一時、みんなで楽しく祝勝会。

 

「時雨、MVPすごいっぽい!」

「やっぱり白露型がイッチバーン!」

「時雨姉さん、おめでとうございます!」

 

時雨の周りに、料理を持った姉妹艦たちが集まってくる。

 

「はいはーい! 那珂ちゃんと採ってきたゴーヤで作った、村雨のちょっといいゴーヤチャンプルーよ。食べてみて?」

 

炒り卵の甘みとゴーヤの苦味がマッチした、ゴーヤチャンプルー。

スパムの塩気が全体にほどよい味付けをしており、ゴマ油の香味が食欲を増す

間宮謹製の木綿豆腐も食感がよく、濃縮された大豆本来の味にカツオダシの風味を含んだ絶品のもの。

 

「うん、美味しいね」

「それじゃあ、白露型姉妹でもう一度乾杯だよー!」

「はーい、かんぱーい!」

 

ゴーヤの後味を楽しみながら、時雨は姉妹達と乾杯のビールを飲み干した。

 

強力な敵にも、みんなで支えあい立ち向かって、ここの鎮守府は何とか進撃を続けております。

 

 

 

【おまけ】

 

「恐縮です、青葉タイムズです! MVPのインタビューお願いします。時雨さんは重巡夏姫の撃破の瞬間、何を考えましたか?」

「え……」

 

青葉の取材を受け、返答に困る時雨。

 

「近づいたら、あの女からね……提督の匂いがしたんだ……」

「はい?」

 

「それで、ついカッとなって……気付いたら魚雷が全部命中してて……」

「……青葉、聞かなかったことにします」



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照月と姫様と牛丼

現在(2017.08)進行中のイベントのE-4攻略中のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


小さな漁港の隣にある、鎮守府のささやかな埠頭。

プロパガンダ放送で流されている、艦娘による軍楽隊と大勢の市民に見送られて大型輸送船で出撃していくような光景とは無縁の、こじんまりとした出陣。

 

「オーライ、オーライ、はい、天龍ちゃんストップ」

 

龍田の誘導で、4トントラックのクレーンを天龍が操作し、水面に立つ大和に46cm三連装砲装備の背負い式艤装を受け渡す。

 

「装着しました。フックを外しまーす!」

「おーう、念のため引き揚げる前に離れてくれよ!」

 

クレーン付の中型トラックは、大規模作戦遂行のために国道沿いのガソリンスタンドから借りてきた。

いつもの鎮守府の軽トラックに積んでいる貧弱なミニクレーンでは、戦艦級の艤装の上げ下げには時間がかかってしまい、大戦力での連続出撃には不便なのだ。

 

「えー、今回の出撃にあたり、有限会社○○牧場様より黒毛和牛50kg、農事組合法人△△△様よりコシヒカリ米1俵の御献納をいただきました」

 

提督の言葉に合わせて、「報國」と書かれた桐箱を龍田が掲げて中身を見せる。

細かいサシの入った見事な霜降り肉に、出撃前の艦娘たちから歓声が上がる。

 

「夕飯はこれを使って牛丼にするよ」

「やったね、提督! 明日はホームランだ!」

 

提督の牛丼宣言に、最上が牛丼チェーンの古いCMキャッチコピーを叫ぶ。

 

「最上、艦隊の状況をしっかり見て、損傷が激しい子がいたら撤退させてね。戦力は、基地航空隊の支援で十分足りるから、無理する必要はないよ」

「はーい! 任せてよ、提督!」

 

艦隊司令部施設を搭載した最上を旗艦に、羽黒、飛龍、蒼龍、千歳、航空艤装に切り替えて前海域に続けて出撃する鈴谷が、第一艦隊を形成する。

 

第二艦隊には、由良、古鷹、吹雪、照月、綾波、プリンツ・オイゲン。

吹雪には大破艦が出た場合、それを護衛して戦場を離脱する役目が課せられているように、それぞれに先制雷撃や対空射撃、フィニッシャー(トドメ)としての役割が振られた、チームワーク重視の編成だ。

 

前衛支援艦隊は、金剛、榛名、大和、雲龍、夕雲、秋雲。

火力とともに、キラキラ具合で選考した絶好調のメンバーだ。

特に昨夜提督は金剛型の部屋に泊まったのでラブがバーニングしているし、秋雲も有明海域への遠征で持ち帰った戦利品により限界突破でキラキラしている。

 

向かう先はソコトラ島南方、アデン湾の橋頭堡を撃破するためにソマリアから北上中の、空母夏鬼が率いる機動部隊群の迎撃が目的だ。

 

 

中東から欧州方面にかけての深海領域での活動が活発化し、現実世界への大規模浸食が目前となったために急遽実施された今回の西方再打通作戦。

 

海外には妖精さんが見える提督適格者が少なく、全世界でも日本の鎮守府のような組織は数えるほどしか存在しない。

日本の鎮守府が救援に赴いて掃海を行わなければ、欧州全土が異世界に没する破滅的事態にもなりかねない。

 

中枢棲姫を倒して以来、平穏が続いていた太平洋方面と違って、欧州の現状は危機的だ。

そして、この方面の敵の首領の、執念深く一筋縄でいかない作戦指揮からは、強烈な「人類への憎悪」が感じられる。

 

あの横須賀鎮守府でさえ、北大西洋で大敗北を喫して進撃を停止してしまった。

天草鎮守府からも、スエズ運河の維持が困難なので急ぎ救援に来るようにと矢の催促がある。

 

今回ばかりは、いつものように他の鎮守府をあてにして、のんびりしている訳にはいかないかもしれない。

 

「ちょっと独自に情報収集しておくかなぁ……」

 

提督はつぶやき、大淀に命じて一本の暗号電文を発信した。

 

発:国境なき食堂

宛:ワルヅキ

本文:コンヤ、ギュウドンナリ

 

 

艦隊を見送ったら、肝心の牛丼の調理。

 

いくら頂きものとはいえ、ブランド黒毛和牛ばかりをガツガツ食べられて、それを日常の味と思われたらたまらない。

大食艦対策に、無銘和牛の切り落としと、国産牛のバラ肉も買い足してきた。

 

バラ肉は牛脂で軽く焼き、赤ワインにダシ汁、醤油とみりん、裏技のコーラを混ぜて、玉ねぎ、にんにく、生姜とともに柔らかく煮込んで、しっかり味を染み込ませていく。

 

和牛の肉は最後にさっと熱を通して混ぜるだけ。

赤身の旨味と絶妙な脂の味をそのまま楽しんでもらうためだ。

 

このまま夕方まで、しっかり丁寧に煮込んでいって味を調整し……。

 

「提督、小鉢はこんな感じでどうですか?」

 

間宮が牛丼と一緒に出す小鉢の試作を持ってきてくれる。

 

斜め薄切りにされた、キュウリ、ナス、みょうがと、青じそ、刻み梅が塩もみされた、色鮮やかな柴漬け。

しつこくもなりかねない牛丼の脂を、さわやかに流しつつ、さらに肉の旨味を引き立ててくれるだろう。

 

茹でたオクラに削り節をまぶし、薄く醤油で味付けしたシンプルなおかか和え。

シンプルだが、自家製の自慢のオクラを丁寧に下処理し、加減よく茹でたそれは大地の味が濃く、肉にも負けないパワーを持っている。

 

味噌汁は、ごく当たり前の豆腐とワカメの味噌汁。

だが、その日の料理や具材、天候などに合わせて、ダシと味噌の加減を毎日変えている間宮の味噌汁。

今日の牛丼にビッタリとはまる味付けに、一口すすると魂が持ってかれそうなほどに美味い。

 

「さすが間宮、絶品だなあ。いつも間宮の料理が食べられて、僕もみんなも幸せだよ」

「提督、もう……口がお上手なんですから」

「いや、本当だよ。いつもありがとう」

 

提督が褒めて額にキスすると、瞬間でキラキラ輝いた間宮が嬉しそうに身をくねらせる。

と同時に……。

 

「紅生姜を漬けてきたのですけど、お味見よろしいですか?」

 

牛丼に欠かせない紅生姜を漬けて厨房にやってきた鳳翔さんから、ズモーンと重い空気が流れ出してきて……。

 

第252次正妻戦争勃発を予感した厨房妖精さんたちが、慌てて持ち場から逃げ出して行くのだった。

 

 

「今日もみんな、お疲れ様。いただきます」

 

提督の挨拶で始まる夕食。

食堂内には牛丼の香りが満ちている。

 

「コレガ……ギュウドン?」

「すごい牛丼……た、食べても、いいんですよね?」

「うん、美味しいよ」

 

提督の右の座席には、鎮守府に招待された防空棲姫。

左の席には今日のMVPだった防空駆逐艦の照月。

 

防空棲姫は、まず味の染み込んだバラ肉の部分をご飯とともにつまんだ。

あっさりとしながらも、ダシや野菜、調味料の旨味を含んだ甘く複雑な味が、肉とご飯に染み込んでいる。

 

照月は、まず黒毛和牛のサシ肉をつまんだ。

あっさりとしながらも、濃密な肉の旨味が舌を驚かせ、さらに極上の脂が口いっぱいに広がる。

 

「おっ、美味しいです! 秋月姉さんと初月も、ちゃんと食べてますよね!?」

「コレハ……シュゴイ……」

 

猛烈に牛丼を食べ進める2人の嬉しそうな表情を見て、満足げに微笑む提督。

 

ただ、いつもの猫のような細目の下には、微妙なクマができていた。

第252次正妻戦争の火消しのため、昼から夜戦(意味深)を強いられていて、けっこう疲労しているのだが……。

 

「提督さん、今日も元気じゃねぇ~♪」

 

お茶を給仕しに来た浦風が言うように、照月の健康的な太ももと、防空棲姫の大胆にはみ出した下乳を眺めているうちに、提督の元気も回復していた。

 

「ご飯を食べ終わったら露天風呂に行こうか」

「え、えぇー!? えぇー……い、いいんですか?」

「ソ……ソレハ……私モイイ……ノ?」

 

宵の空には、美しい三日月が照っている。

防空棲姫様には尋ねたいことがたくさんあるが、夜はまだまだ長い。

 

「まぁ、ゆっくり……ね?」



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摩耶と居候と鯵ごはん

現在(2017.08)進行中のイベントのE-4攻略中のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


早朝の7時、鎮守府庁舎の狭い事務室で電話が鳴った。

当直をしていた、高雄がゆっくりと受話器を上げる。

 

この電話は基本的に官公庁や業者との日常的な連絡用であって、9時前に鳴ることはない。

その一方、ここの電話番号はある程度民間に流出しているので……。

 

「私は、さる御山で修業を積んだ密教僧でござる。そちらの鎮守府の上に邪悪なる暗雲が立ち込め、その呪いが提督殿のご健康に大いなる差し障りをなしておるのを見過ごせず……」

 

この手の山師からの電話が、稀によくある(誤字ではない)。

 

「それはご親切にありがとうございます。それで、我々の提督のご健康に差し障りがあるとは、具体的にはどのようなことでしょうか?」

 

意識1%で電話に応対しながら、今日の食材の納入リストをチェックする、秘書検定1級の高雄。

 

「邪鬼に憑かれておりまするぞ。そのために提督殿は、おいたわしくも食が細くなり、精力も減退なされておられるかとお見受けする。ぜひ拙僧に加持祈祷を……」

 

グァッシャーーン!!

 

ついつい、電話機を粉砕してしまった。

 

確かに今週、地元TVの夕方のニュースに映った提督はやつれて見えた。

世間一般では、作戦遂行の過酷さのせいだとか思っているのだろうが……。

 

「あの種馬男が精力減退!? バカめ、と言ってさしあげますわ!」

 

 

「お前、キラキラなのに赤疲労とか器用なことやってんなあ」

 

大食堂で遅めの朝食をとる、浴衣姿の防空棲姫。

その隣の席に、ジャージ姿の摩耶が腰を下ろす。

 

提督に朝まで尋問(意味深)されて、防空棲姫はキラキラしつつも極度の疲労状態。

 

「提督の方は、三杯もおかわりして作戦指揮に行ったんだろ? あいつ、見かけによらず本当タフだよなぁ……」

「ソレニ……ケッコウ意地悪ヨ……アノ人……」

 

拗ねたようにチュルチュルと冷やしうどんをすする防空棲姫。

中東から欧州にかけての深海棲艦隊の配置や戦力、門の位置など、知っている情報を洗いざらい提督に聞き出されてしまい、自己嫌悪に陥っているところだ。

 

今朝のうどんは富士山名物の吉田うどん。

太くて非常にコシが強く、もっちり硬いのが特徴だ。

噛みしめるたびに、鎮守府の畑から収穫された小麦の香りが、口いっぱいに広がる。

 

つゆは昆布、鰹節、煮干からとったダシに、三種類の醤油と酒、みりんを加え、さらに追いがつおで旨味を増した濃厚な黄金スープ。

 

トッピングは揚げ玉とワカメだけとシンプルだが、刻み海苔とワサビだけでも十分なほどに、うどん自体が美味しい。

 

「ほらよ、鰺ごはんも食えよ。アタシが作ったんだ」

 

摩耶が茶碗を差し出す。

下味をつけて香ばしく焼いた(あじ)をほぐし、大葉と白ゴマと、酒と醤油で信州味噌を溶いたタレとともに、熱々ご飯に混ぜ込んだものだ。

 

「ン……クゥッ……モグッモグッ」

 

脂ののった鯵の旨味が熱いご飯に染み渡り、素朴で優しい素材の味で、もりもり食べられてしまう。

 

「昼はイタリア艦たちがピザ焼くってさ」

 

防空棲姫の食べっぷりについ浮かんでしまった笑みを消そうと、摩耶はわざとぶっきらぼうに言って席を立つ。

 

「お客様扱いは1泊2食まで。3食目も食うなら、居候(いそうろう)扱いで掃除なんかも手伝わせるけどよ……昼、食ってくか?」

 

摩耶の問いかけに、防空棲姫は少し迷って左手薬指の指輪を見つめた後……コクリと頷くのだった。

 

 

ビキニブラの上に白いパーカーを羽織り、ヘッドフォンをした眼鏡の美女。

グロテスクな深海生物に腰掛けて携帯ゲームをやりながら、ショートパンツから伸びた細い脚をブラブラさせている。

 

戦闘用の籠手(こて)も外し、バカンスモードの集積地夏姫。

配下のPT小鬼群が敵の接近をキーキーと知らせてくるが、サンダルをぶつけて黙らせる。

 

「迎撃……シナイノ? アレハ、艦娘ドモヨ?」

 

飛行場姫がヘッドフォンをむしり取って聞いてくるが、集積地夏姫はダルそうに首を横に振る。

 

目の前の艦隊は、この集積基地を素通りしようとしている。

集積地夏姫の任務は、あくまでもこの集積基地の防衛。

いけ好かない高慢な異国の深海棲艦のために、わざわざ給料分以上の仕事をする義理はない。

 

それに……。

 

せめて爆撃機だけでも発進させようと主張している飛行場姫を無視し、キンキンに冷えた缶ビールを開ける。

 

ドラム缶型の亜空間ポケットから、鶏の唐揚げ、シューマイ、フライドポテト、ソーセージ、ミートボール、玉子焼き……ラップにくるまれたビールによく合うオードブルの皿を次々と取り出して広げていく。

 

「アラッ……ソレハ……?」

「サッキ、“アイツ”カラ届イタ」

 

このドラム缶は亜空間を通じて、鎮守府にあるもう一つのドラム缶とつながっている。

食べ物の配達用にと、夕張とかいう艦娘が作ってくれたものだ。

 

オマケでドラム缶に入っていた、“アイツ”の軍帽を飛行場姫に投げる。

慌てて軍帽をキャッチし、愛おしそうにクンカクンカしている飛行場姫に呆れながら、集積地夏姫は鶏の唐揚げに手を伸ばした。

 

その左手の薬指には、“アイツ”から貰った指輪が光っている。

 

「サア、花火ケンブツダ……」

 

 

戦艦仏棲姫は焦りの表情を浮かべていた。

 

前衛の潜水艦隊が消息を絶ってから、警戒警報を何度も出していたというのに、今度の敵は何の妨害も受けずに最終防衛ラインまで悠々とやって来た。

 

太平洋方面(へんきょう)からの増援組は、今日は何一つ仕事をしていない。

戦艦仏棲姫は役立たずな同朋どもを呪いながら、目前の敵へと目を向けた。

 

「アレハ……ナン……ナノ? マサカ……ウソデショ……」

 

横に並ぶ英戦艦ウォースパイトの主砲が小さく感じられるほどの、見たこともない巨砲を備えた黒い戦艦が迫ってくる。

 

「大和型戦艦二番艦、武蔵。参る!」

 

試製51cm連装砲二基が猛然と火を噴き、空は閃光に染まり、海が割れた。

 

 

防空棲姫から、スエズ運河を守る戦艦仏棲姫が超重装甲を誇ることを聞かされ、艦隊一の頭脳である霧島が立てた作戦は、2年前に防空棲姫を倒したときと同じ。

 

「相手が最強の防御力を持つなら、こちらも最強の攻撃力でブン殴りましょう!」

 

さすが名軍師・霧島の策。

武蔵たちとの最初の砲雷撃戦が終わった時には、敵艦隊はすでに壊滅、戦艦仏棲姫も大破していた。

 

闇夜のような暗黒空間に逃がれようとした戦艦仏棲姫に、由良、羽黒、照月、綾波、プリンツ・オイゲン、そして雪風からなる第二艦隊が猛追して夜戦を挑んだ。

 

必死の形相で最後まで抵抗をした戦艦仏棲姫だが、とどめは雪風が刺してくれた。

 

「雪風、また生還しました! 司令のおかげですねっ♪」

「アァッ、白イ悪魔……アレ…ウゴカナイ……アハハハ……ウミトソラガ、綺麗……」

 

MVPの表彰を受けている雪風を見て2年前のトラウマが甦ったのか、ガクガクと震えて昇天しそうになる防空棲姫。

 

「綾波型駆逐艦、六番艦の狭霧です。あまり多くの戦いを経験してはいませんが、お味方のために……尽くしたいと思います」

 

「綾波型駆逐艦、五番艦の天霧だ。さあ、行ってみよう!」

 

「神風型駆逐艦……旗風、参りました。お供させて頂きます。よろしくお願い致します」

 

新たに加わった艦娘たちの自己紹介から、祝勝会というよりは歓迎会に突入しようという趣旨なのだが……。

 

戦艦仏棲姫の残骸から顕現した……というか、その転生としか思えない重厚な胸部装甲を持つフランス戦艦娘のリシュリューへとマイクが渡った。

 

「Je suis vraiment ravie de vous rencontrer amiral」

 

一瞬、日本語でOK?という空気が食堂に漂う。

 

「J’ai toujours pensé à toi. Vivons ensembre」

 

提督が発音だけは流暢なフランス語(ただし、語彙は大学時代の必修語学でのうろ覚え)で歓迎の言葉を伝える。

その言葉を直訳してしまうと「僕はずっと君のことを考えていたよ。一緒に暮らそう」で、完全にプロポーズだ。

 

「Merci...Mon amiral(嬉しい、私の提督)」

 

顔色を変えるコマンダン・テストの横で、大淀が冷静に対妖精さん(ここの鎮守府の妖精さんたちは電子機器が大嫌い)防御済みの高性能携帯翻訳機を操作する。

 

大食堂が修羅場に包まれる、3分前の出来事であった……。



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松輪と速吸と炊きたてご飯

現在(2017.08)進行中のイベントのE-5~E-7攻略中のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


深海領域のスエズ運河の完全確保に成功した鎮守府では、欧州再打通作戦の後段段階、地中海突破作戦を計画していた。

 

その上で重大な障害となるのが、暫定で地中海四人衆と呼ばれている姫たち。

 

アフリカの北岸を守る、集積地夏姫。

マルタ島に展開する深海機動部隊を率いる、港湾夏姫。

サルディーニャ島沖合いに陣取る、深海地中海艦隊東部方面旗艦の、戦艦夏姫。

ジブラルタル海峡を封鎖する深海機動部隊主力の、空母夏姫。

 

横須賀、呉、佐世保の三大鎮守府がそれぞれ一度ずつ、ジブラルタル海峡の強行突破に成功しているが、その際はいずれの艦隊も甚大な損害を被ったらしい。

 

「そりゃあ、これだけの敵を力技で突破しようとしたら、戦力がいくらあっても足りないよねぇ……みんな、無謀な作戦立てるなあ」

 

他の鎮守府の作戦報告を読みながら、呑気にお茶をすする提督。

大規模作戦が始まる前に地中海四人衆をキラ付けした戦犯だという自覚はないらしい。

 

(すみません、提督に悪気はないんです。ただ、どうしようもなくダメな人なだけで……犬に噛まれたとでも思って諦めてください)

 

大淀が心の中で、他の鎮守府の提督たちに謝罪する。

 

「さてと……まずはココとココを潰そう」

 

提督が地図に印をつける。

先日、集積地夏姫にビールとおつまみを差し入れしたお皿が、深海側拠点の詳細な情報と座標を記したメモとともに返却されてきた。

 

港湾夏姫からは「マルタ島ハ物資不足デ……アフリカカラノ補給ガナクナッタラ……モウ戦エナイ(チラッ)……欧州司令官ハ嫌ナヤツデ艦隊移動モ自由ニサセテクレナイシ……コノママジャ各個撃破サレチャイソウ(チラッ)……アア、早ク家ニ帰ッテゴ飯ヲ食ベタイワ……」というビデオレターが届いた。

 

「港湾夏姫の言う家って、ここの鎮守府のことじゃないでしょうね?」という加賀の懸念は置いておいて……。

 

空母夏姫も今回の作戦指揮を執っている欧州棲姫という新型深海棲艦の情報をリークしてきた。

 

隠し撮りしたらしい写真には、巨大な弩のようなカタパルトを構えた姫騎士風の欧州棲姫が写り、写真のあちこちに「性悪王室船」とか「シズンデシマエ……!」とか悪口が書かれている。

 

さらに、欧州棲姫が進めている、欧州各地に呪いの結界を施して深海領域を現実世界に侵食させ、人類絶滅の拠点とする途方もない計画の概要も記してあった。

 

増援を求められてバカンス気分で応援に行ったいつもの面々だが、作戦があまりにも厨二計画だったことにドン引きし、もう帰りたがっているようだ。

 

深海棲艦たちの憎悪の根源は、あの戦争での苦痛や無念だ。

人類に同じ苦痛や無念を味わわせることで一時的な爽快感に浸ることはできても、本当の意味の救済は、その苦痛や無念を誰かに理解してもらうことでしか得られない。

 

人類を滅亡させてしまったら、その誰かもいなくなり、自分たちの存在も忘れ去られてしまうことに欧州棲姫は気付いていないらしい。

 

提督にとって欧州棲姫は、かつて戦ってトラウマを刻み込んでくれた強敵(とも)たち、中間棲姫や戦艦水鬼、中枢棲姫たちと比べると、その強さはともかくとして、手段と勝利目的を履き違えた三流のゲームマスターにしか思えない。

 

「早く終わらせて、悪い子にはお尻ペンペンしないとね」

「オー、提督……カードゲームで極悪コンボ撃つ時みたいな悪い顔してるネー」

 

まず提督が狙ったのは、リビアの港湾都市トブルクに設けられた野営集積地と、ギリシャのナフプリオ港に設けられた秘密補給基地。

集積地夏姫を破り、中東・アフリカ方面から引き揚げ中だった戦略物資を焼き払って、マルタ島への補給を断った。

 

ビスマルク、ローマ、グラーフ・ツェッペリン、翔鶴、秋月、夕立の艦隊でサルディーニャ島沖の戦艦夏姫を攻撃し、これを撃沈。

 

一発で新艦娘の松輪を引き当てる幸運にも恵まれた。

 

そのまま勢いに乗り、一気に空母夏姫を攻めてジブラルタル海峡を突破しようとしたのだが……。

 

「提督、港湾夏姫から平文で緊急入電。大変なことを言っています!」

 

大淀が珍しく、血相を変えて報告に来た。

 

渡された電文には「今宵24時ヲモッテ、ガリポリノ呪イガ成就スル。同地ハ深海ニ没シ、冥府ノ蓋ガ開ク。提督ト艦娘ドモヨ、今サラ止メヨウトシテモ無駄ダ。己ノ無力ヲ嘆キ悲シムガイイ」と書かれている。

 

「えーと、要するに……ガリポリで呪いの結界が作動しそうなんで日付が変わって間に合わなくなる前に止めてきてね、ってことか……」

 

小学校低学年からすでに海外ボードゲーム好きのひねた子供だった提督は、特撮ヒーローもののテレビを見ては、悪の組織の幹部がわざわざ自慢げに手の内を明かすのはおかしいと思っていた。

 

そうか……あの幹部はヒーローと内通していて、自慢に見せかけて組織の計画を暴露していたのか……と、さらにすれた感想を抱く。

 

「妖精さんに頼んで、護符を用意。連合艦隊を編成しよう」

 

狡猾なゲーマーの顔つきになり、命令を下す提督。

 

アイオワ、瑞鶴、大鳳、赤城、加賀、コマンダン・テスト。

大淀、利根、大井、北上、ヴェールヌイ、朝潮。

 

惜しみなく戦力を投入してガリポリに上陸、発見した結界に護符をありったけ投入し、一応妨害する素振りを見せて出撃してきた港湾夏姫を撃退した。

 

 

新しく鎮守府にやって来た幼女艦娘、松輪を膝にのせて、眠り猫のような顔でのほほんとお茶を飲む提督。

 

「すごく固い結界だったねぇ」

 

途中から編成を変えて輸送量を増やしても、結界を完全沈黙させるまでにかかった出撃回数は20回。

 

「提督、続けて空母夏姫を撃沈し、ジブラルタル海峡を制圧しましょう。北大西洋への進撃が可能となります!」

 

輸送作戦中、陸上型深海棲艦である港湾夏姫相手に、WG42ロケットランチャー二連装備で桁外れダメージを量産しまくり、ピカピカに戦意高揚している大淀が進言してくる。

 

「……無理だよ。大淀、君らしくもない……倉庫に行って見てごらん」

 

鎮守府の資源は底を尽き、提督のやる気も燃え尽きた。

 

欧州棲姫を退治する役は、特撮ヒーローのような熱血漢の呉提督にでも任せよう。

昼行燈は昼行燈らしく、燃え過ぎた闘志を静かに消す。

 

「松輪、お腹すいただろう。ご飯を食べに行こう」

「はい、提督。助かり、ます……」

 

 

さっぱりした生姜風味の、瓜の鶏そぼろ餡かけ。

優しい味の、小松菜と油揚げの煮びたし。

ピリリと刺激的でゴマ油の風味が香る、青唐辛子の佃煮。

酸味がさわやかな、海老とオクラとミニトマトのゼリーよせ。

 

「あの……はい、とっても……美味しい、です」

 

嬉しそうに料理を食べて無邪気な笑顔を見せる松輪に、最近は大規模作戦優先の性活(誤字?)に浸っていた提督も、日常と家族の大切さを取り戻していく。

 

明日はこの地方では珍しく、30℃を超える真夏日となるらしい。

艦娘寮になっている旅館のプライベートビーチ(実際は砂利の磯場が300メートルほど続いているだけの海岸)で、駆逐艦娘や海防艦娘たちに磯遊びをさせてあげよう。

 

そうだ、松輪や狭霧、天霧、旗風、リシュリューたち、新しく家族になった艦娘たちに、水田や畑も見せてあげなくては。

 

コリコリした歯ごたえの、カンパチの刺身。

素朴ながら心に染みる定番の味、イカと里芋の煮っ転がし。

甘じょっぱくて腹いっぱい食べりゅううううと言いたくなる、瑞鳳の玉子焼き。

赤味噌が効いた、茄子の味噌汁。

 

どれも奇をてらわない当たり前の品だが、ご飯に合うものばかり。

松輪が恥ずかしそうにしながらも、三杯目のおかわりを速吸に願い出ている。

 

「はい、松輪ちゃん。いっぱい食べてねっ!」

 

速吸が、茶碗にご飯を大盛りにして松輪に渡す。

 

「速吸はおかわりはいいのかい?」

「ええと……毎年この季節になると、少しお腹が痛くなるんです。うひひ…なんででしょうね……?」

 

速吸は、ヒ71船団の護衛作戦中に松輪とともに撃沈された過去がある。

それは1944年の8月の今頃……。

 

「あ、けど大丈夫です! 美味しいご飯を沢山いただいて、いつだって艦隊と提督さんをサポートします、はい!」

 

心配そうな顔を見せた提督に、速吸が慌てて笑顔を作り、自分のご飯を勢いよくかきこむ。

ふくよかな香りと、もっちりした甘みのある、粒の輝く炊きたてご飯。

 

「司令、あの……松輪も、みなさんとご飯が食べられて、とても……幸せです。お仕事、がんばります」

「うん、期待してるよ」

 

提督が優しく松輪の頭を撫でる。

 

これで終われば、めでたしめでたしだったのだが……。

 

 

「何これ?」

 

翌日、艦娘たちと磯場で遊んでいた提督は、長門と加賀から、先行鎮守府による北大西洋での戦闘報告書を突きつけられた。

 

「警戒隊に駆逐棲姫、群狼群に潜水新棲姫、輸送船団に駆逐水姫、ブレスト港の出撃拠点には港湾夏姫と集積地夏姫、チャンネル諸島の北に空母夏姫、ドーバー海峡に戦艦夏姫……」

 

欧州棲姫は全く諦めていないらしく、頑強な抵抗を続けていた。

 

「呉は7出撃で欧州棲姫への到達1回のみ、佐世保は8連続大破撤退……」

 

横須賀は航路に何らかの呪いがかけられていると踏んだのか、解呪方法を探すために海域中の様々な場所に出撃を繰り返している。

 

「うちとしても、このまま何もしないわけにはいかん」

「とはいえ出撃しようにも、先立つ資源がありません」

 

そして渡されたのが、緻密な24時間体制の遠征スケジュールと、同じくらいハードな提督のキラ付け予定表……。

 

提督の夏はまだ終わらないようだ。



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鳳翔さんのネバトロ丼

現在(2017.08)進行中のイベントのE-7攻略中のお話です。
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よく晴れた、さわやかな朝。

スズメがチュンチュン鳴いている。

 

「ゆうべは おたのしみでしたね」

 

埠頭にフラフラと姿を表わした提督に、物資の荷揚げ作業を行っていた漣がニヤニヤ顔で挨拶(?)する。

 

再攻略に必要な資源を集めるため、24時間耐久で遠征に挑み続け、わずか1日で大規模作戦開始前の30%ラインまで資源量を回復させた。

 

「こりゃぁ~マジパナイ」

「ありがたいですねっ、ねっ?」

「大潮、アゲアゲで鼠輸送に活躍しましたっ! はいっ!」

 

「提督、如月ちゃん、目標達成おめでとうにゃしぃ!」

「ホント、司令官にはかなわないや! えへへっ♪」

「え? 私の輸送量が、la meilleureなのですか? 嬉しいです。Merci beaucoup.」

 

「ま、世界水準軽く超えてる俺様にかかりゃ、これぐらい朝飯前だけど……次から、もっと余裕もって資源貯めるようにしろよな」

「あ~あ~、すっごく疲れちゃった……後でイロイロと埋め合わせしてもらわないと。うふふっ」

 

キラキラ、大発マシマシでの海上護衛任務、北方鼠輸送、東京急行(弐)のガン回し。

直接遠征に行かない子たちも炊き出しやマッサージ、遠征組の休憩時間やキラ付け中に長距離練習航海や防空射撃演習を行ったりと、鎮守府一丸となって取り組んだ。

 

「みんなで何かを成し遂げるっていいよね! 青春だよね! 遠い夢~……」

 

長良が、某24時間放送するテレビ番組の感動テーマソングを歌い始める。

 

提督の瞳がうるむが、別に長良の歌声に感極まったわけではない。

キラ付け(意味深)のしすぎで、太陽が黄色く眩しいだけ。

 

 

今回、姫だらけの道中をいかに突破するかが作戦の焦点になる。

鎮守府一の頭脳、霧島が立てた作戦は明解だった。

 

「姫の攻撃も、当たらなければどうということはありません。気合いで避けましょう」

 

そして、欧州棲姫の本陣までたどり着けば、後は支援攻撃と基地航空隊で取り巻きを薙ぎ払い、囲んで殴って夜戦で沈めるだけの簡単なお仕事だ。

 

第一艦隊に、加賀、アイオワ、翔鶴、瑞鶴、大鳳、秋月。

第二艦隊に、阿武隈、ビスマルク、朝潮、大井、北上、雪風。

前衛支援に、金剛、ウォースパイト、サラトガ、グラーフ・ツェッペリン、吹雪、霞。

決戦支援に、長門、大和、赤城、飛龍、綾波、叢雲。

 

全員、三重キラキラのケッコン艦。

航路にかけられた呪いを解除して最短ルートを固定したし、集積地夏姫たちの手引きで欧州棲姫を護っていた強力な防御結界も逆転作動させ、下準備は万全。

 

おまけに先駆けは他の鎮守府に任せ、撃沈から復活した直後の弱体化した敵を襲う丙作戦で行くつもりなので、霧島の主張も慢心ではない。

 

「手を焼かせてくれたけど、これで決着だ」

 

24時間耐久キラ付けで赤疲労の提督は、出撃していく艦隊に弱々しく手を振って見送ると、いそいそと正妻の待つ鎮守府庁舎の台所に向かった。

 

「お疲れ様です。夕べはお楽しみでしたね……ふふっ、冗談ですよ」

 

漣に入れ知恵されたのか、ドキリとすることを言ってくる鳳翔さん。

提督の驚き顔に満足そうに微笑み、遅い朝食を出してくれる。

 

納豆、山芋とろろ、オクラの三大ネバネバ食材をご飯にかけ、卵黄を落としたネバトロ丼。

疲れた胃にもスルスル入っていく格好のスタミナ補給食。

 

ズルズルとネバトロをかっ込みながら、大規模作戦中ずっと陰ながら鎮守府を支えてくれた鳳翔さんに、何かお礼をと考え……。

 

「来週、一緒に欧州旅行に行こうか」

「えっ、欧州にですか?」

「港湾夏姫と地中海で遊ぶ約束してるんで、リベッチオとローちゃんも連れて行くんだけど……」

「もう……愛人との浮気旅行に妻と子供を連れてくなんて、何を考えてるんですかっ」

 

プウと頬をふくらませながらも、内心ウキウキしているのか、そわそわと浮き足立っている鳳翔さん。

しきりに、洋服じゃないといけませんよね、とか、新しい水着も買った方がいいでしょうか、とか聞いてくる。

 

もう大規模作戦を終えたつもりで、ゆったり鳳翔さんとの夫婦の会話を楽しんでいた提督だが、イタリア艦娘と潜水艦娘たちがドタバタと大挙乱入してきた。

 

「提督、すぐに来て!」

「地中海で新しいイタリアの潜水艦娘が発見されたわ」

「連合艦隊掘りよ、また資源を貯めないと」

「提督さん、急いで遠征部隊のキラ付けお願いしますね」

 

キラ付けは間宮スイーツでするようにお小遣いを渡して逃れようとするが、すでに財布が軽くなっていて……呆気なくドナドナされていく提督。

 

提督の夏は、まだもうちょっとだけ続くのじゃ。



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川内型と揚げ茄子のおろし和え

一緒に野球をした、あの小さい○○君が結婚、月日の流れの速さを感じます。

笑い合い、励まし合い、時に喧嘩をすることがあっても、いつも相手のことを思いやる、

そんな優しい温かな家庭をお二人で育んでいかれますように……

 

 

なんて祝辞電報を、同日に100人目を超えてジュウコンする従兄弟からもらっても嬉しくないだろうと思い、提督は従兄弟の結婚式にはご祝儀だけを贈ることにした。

 

「ローちゃんも、とうとう練度99でケッコンですって! ダンケダンケ!」

「提督さん、新婚旅行は本当にイタリアに連れてってくれるの? グラッチェ!」

 

憲兵さん、全力でこっちです……。

 

 

イタリア潜水艦ルイージ・トレッリも無事に発見し、この鎮守府の長かった大規模作戦も終わりを告げた。

現在は、開店休業を通り越して、閉店ガラガラ状態。

 

艦娘たちも作戦のために手が回らなくなっていた、農作業に精を出している。

 

黄金色の陽射しに、水田がキラキラと光る。

雨や曇り続きで生育が遅れていた稲穂も、8月後半から夏らしい気候が戻ったことで、力を振り絞って懸命に成長しようとしていた。

 

「食べながらでいいので聞いてくれ! みんなも知っていると思うが、来週、提督と鳳翔さんが欧州に旅行に行く」

 

昼食でみんなが休憩場所に集まったところに、長門が声をかけた。

 

「呂500とリベッチオも新婚旅行を兼ねて同行するが、他にも戦艦、空母、重巡、軽巡、駆逐、補助艦から1人ずつ、計6人の護衛艦隊を随伴させたいと思う」

 

長門の発表に、周りの艦娘たちがざわめく。

 

「まず、戦艦枠は全体のリーダーかつ、通訳としても働いてもらいたい」

「Oh,それならBattle ship枠はKongoがいいんじゃない?」

 

無邪気に提案するアイオワに、帰国子女(ただしバイリンガルとは言っていない)の金剛の額に汗が浮かぶ。

 

「ミーは鎮守府のホームセキュリティーをしなきゃいけないネー、ベリー残念デース」

 

ルー語を加速させながら金剛が言い訳をする。

 

「うむ、金剛には提督の留守中、何かと相談にも乗ってもらいたいからな」

 

金剛の語学力を察している長門としても、ここは欧州艦に任せるつもりでいる。

 

海外戦艦で最先任ならば、ビスマルクだが……。

練炭でトウモロコシを焼き、バター醤油で食べている日本に馴染みすぎたビスマルクを見ると不安になる。

 

パスタの国のだらし姉や、着任したばかりのリシュリューを除くと、結局はウォースパイトかローマの二択。

ウォースパイトには、着任したアーク・ロイヤルの世話役を任せるので……。

 

「ローマ、頼めるか?」

「そう言われると思ってたわ……」

 

 

「次に、空母枠だが……」

 

「一航戦、赤城。立候補します」

「大規模作戦の総合MVP、この瑞か……ぐぇっ!」

「赤城さんの手を煩わせるまでもないわ。私が行きます」

「はいはいはいーい! 鈴谷にお任せぇ!」

「語学なら、神戸生まれのお洒落な航空母艦、熊野にお任せいただいてよろしくってよ」

「ビールにワインにブランデー、ウィスキー、パーッといこうぜ~。パーッとな!」

「うふふ、提督と欧州旅行……悪くないわね」

「千歳姉、自分だけズルイよー!」

「水上機母艦も空母枠に入るかも?」

「アクィラの出番ですか? いいですとも」

「欧州は私の庭だ。案内なら、このグラーフ・ツェッペリンに任せろ」

「誰の庭だと? 今は友軍とはいえ、聞き捨てならない」

 

懸念していた通り、長門が話し終わらないうちから手を上げて立候補する艦娘が多数となった。

瑞鶴と加賀、グラーフとアーク・ロイヤルなどは喧嘩を始めそうだし……。

 

「やっかましいー!!!」

 

長門から、あらかじめ人選を相談されていた龍譲が一喝する。

 

「空母枠は大鷹(旧・春日丸)でもう決めとる。今回の旅行は鳳翔に楽しんでもらうためのもんや。他のケッコンしとる空母は遠慮しとき?」

 

鳳翔のためと言われ、しーんとなる空母艦娘たち。

軽空母、正規空母で、新入りのアーク・ロイヤルを除けば、まだケッコンしていないのは大鷹だけだ。

(水上機母艦は空母枠には入らないかも?)と首を傾げる秋津洲を除き、みな納得した顔をする。

 

「重巡枠も同様の視点で、こちらで決めさせてもらった」

「あれぇ~? もしかして、ポーラですかぁ?」

 

重巡でケッコンしていないのはポーラだけなのだが……。

 

「ケッコン前から提督の部屋に裸で入り浸るアル重を行かせると思うか?」

「デスヨネー」

 

「重巡枠は愛宕。今回の旅行、港湾夏姫など深海勢も合流するが……負けないためだ」

「ぱんぱかぱーん!」

 

愛宕が腕を振り上げて気勢を上げると、体の一部がブルルンと暴れる。

これなら深海勢にも易々と負けないだろう。

 

「軽巡枠には子供達の引率を頼みたい……こちらから指定はないが、希望者はいるか?」

「きらりーん☆ それなら、この阿賀野が……」

「却下」

「ぴゃー、じゃあ酒匂が……」

「却下」

 

「よーし、この川内が……」

「却下。川内型は行動が心配なので3人とも却下だ」

「ちょ……姉さんや那珂ちゃんは分かりますが、私までですか?」

「じ、神通……?」

「神通ちゃん、ちょっと今夜は真面目に家族会議しようか?」

 

「俺と龍田は遠征の監督があるから行けないぜ」

「球磨型には市場の買い付けと漁の仕事があるクマ」

「長良型は鎮守府対抗バレーに向けた練習があるから無理よ」

「あ、あたしも工廠の手伝いと……深夜アニメとかあるし……」

「この大淀が何日も鎮守府を留守にするわけにはいきません」

 

「うふふ♪ それなら、練習巡洋艦から……」

「お前らには店番のバイトと遠洋航海の引率があるだろう」

「あうぅ」

 

「残るは能代と矢矧だけか」

 

長門が視線を向けると、露骨に顔を背ける矢矧。

先ほどの金剛のように冷や汗をかいている。

 

「だだだ、大統領だってぶん殴って見せるわ。でも飛行機だけは勘弁よ……」

 

今回の旅行は現実世界の空路で行くのだが、航空攻撃で撃沈されたトラウマのある矢矧には飛行機に乗るというのが怖いらしい。

 

「阿賀野姉ぇ、私がいない間ちゃんと生活できるかしら……?」

 

というわけで、軽巡枠は残る能代に決定した。

 

 

「駆逐艦枠と補助艦枠も悪いがこちらで決定した。まず、補助艦枠は伊良湖。帰路は駆逐艦を護衛につけるので、艤装を使って海路を通り、買い付けた食材やお土産を輸送してもらう」

「みんなのために遠路航海を頑張ります」

 

駆逐艦娘たちのざわめきが大きくなる。

通常、この鎮守府の至宝ともいえる給糧艦が航海するのに、護衛が駆逐艦娘1人だけというのはあり得ない……。

 

「みんなの心配は分かるが、駆逐枠は……こいつに頼むから安心してくれ」

 

長門にうながされ、みんなの前に進み出たのは……。

 

「駆逐艦、防空棲姫ダ」

 

「「「「お前のような駆逐艦がいてたまるか!!」」」」

 

居候を続けている防空棲姫に、大量のツッコミが注がれるのだった。

 

 

「長門さんも神通ちゃんもひどいよ。川内ちゃんや神通ちゃんはともかく、この那珂ちゃんに心配なんてないのに」

「あたしのどこが心配なのよ!?」

「どうせ地中海で夜戦するでしょ?」

「決まってるじゃん! 夜戦しないなら、何のために行くの?」

「夜戦バカ……」

「言ったな、このアイドルバカ! どうせ向こうで街頭ゲリラコンサートとか計画してたくせに!」

「当たり前じゃん! 那珂ちゃんの魅力を世界に知ってもらうチャンスなんだよ?」

 

口げんかしながら、川内と那珂が大食堂の調理場で、畑から収穫してきた大量の大根を洗っている。

 

「あのぉ……だから、どうして私まで長門さんに心配されるのかが……」

 

その隣で茄子を洗う神通が口を挟む。

 

「神通は旅先でも朝の訓練しようとするでしょ?」

「それはもちろん、訓練は1日欠かしたら取り戻すのに3日は……」

「訓練バカ……」

「那珂ちゃん、バカなんてひどいです!」

 

 

茄子は輪切りにし、水に漬けてアク抜きをしたら、よく水けを切る。

茄子を素揚げしたら、大根おろしをたっぷりと。

ダシ汁に砂糖、酒、みりん、醤油を合わせて軽くすだちを絞った調味料をかけて、冷ましながら味を染み込ませ、大葉とネギ、ゴマをのせる。

 

とろとろっと柔らかくなった茄子に、甘みと酸味を帯びた、さっぱりとした大根おろし。

薬味が程よいアクセントをつける。

 

材料費は安くて美味しいが、本気で丁寧に作ると手間と時間がかかり、それでも目立つことはない、揚げ茄子のおろし和え。

今日の夕飯の中でも、小鉢の一品として脇役に置かれ、決して主役に立つことはない。

 

それでも、様々な席で食事中の話題にふっとのぼる。

 

揚げ茄子のおろし和えなどというものは、軽巡洋艦と同じで、そんなぐらいが調度いい。




※おまけ
「ねえ、ちょっとぐらい……味見してもいいでしょ?」
「寄らないで、ヘンタイ!」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「誰かっ! Help Me!」

この日の夜、新型の「“夜間”戦闘機F6F-3N」を受領したサラトガの寝床を、夜戦仮面なる謎の人物が襲撃したとかいう噂が……


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天霧と狭霧と中華そば

夏が足早に去りつつある、9月のある日。

天龍は新人の駆逐艦娘、天霧と狭霧に製麺機の使い方を指導していた。

 

天龍も、最初に提督が勝手に購入した時には「バカヤロー!」と怒鳴って首を絞めた、本格業務用製麺機。

当初は本当に無駄な、業務用調理器具フェチの提督の趣味を満たすだけの機械だと思ったのだが……。

 

長門に赤城、加賀……いわゆる大型艦が着任するようになって、この製麺機「リッチメン」は大活躍を始めた。

 

一日100杯売れれば繁盛店と呼ばれるラーメン業界だが、ここの鎮守府で一日平均100杯のラーメンが食べられるようになるのに半年もかからなかった。

 

現在ではラーメン用麺玉は毎日コンスタントに200玉を消費しているし、ラーメン同好会の巡洋艦娘たちが特別メニューを出す日には、この製麺機のほぼ限界性能である1000食超えの提供も珍しくない。

 

「参ります……間宮券1枚をタップ。酢豚定食大盛りを注文し、本日の出撃勝利効果を使い、定食の中華スープを中華そばにチェンジ。演習MVPを発動、定食のライスを墓地に落として炒飯をメニューから引いた後、演習S勝利の効果を使って、全メニューの量を2倍にします」

 

「さすが赤城さんね、見事な展開よ。では、間宮券をタップ。注文はB定食大盛り……まず、演習S勝利の効果を使って、定食のお味噌汁を中華そばに変更してから、出撃MVPを発動して間宮券を手札に戻して出し直します……」

「む、その動きは無限ループですね?」

 

などと、提督が流行らせた某カードケームの影響を受けたローカル注文ルールが大食堂に蔓延し、爆盛りメニューや狂気じみた数の注文が、連日当たり前のように通された時期もあった。

 

まあ、食べきれないところまで注文競争がエスカレートして『間宮の怒り』(効果:全ての大食艦(クリーチャー)を破壊する。それらは再生できない。)が発動されそうになってブームは終焉したのだが……。

それでも、(食べ切る覚悟があるのならば)大食い注文OKの風潮は今も残り続けている。

 

『職域奉公 銃後の護りは炊事から! 決死増産! 胃袋粉砕!』

 

厨房に貼られている、勇ましいスローガン。

 

出撃後の空腹時には、大型艦どもは相撲取りのような牛飲馬食をするし、駆逐艦娘でさえ食べ盛りの高校球児並みの食欲を見せ、厨房は戦場となる。

 

「ま、今は腹ペコ軍団が押し掛けてきて修羅場になることはねえ。落ち着いて手順を覚えてくれ」

 

現在、提督は鳳翔さんたちと欧州旅行中。

出撃や演習、遠征も一切ストップし、ただ本部からの定期補給を受け入れるだけの日が続いている。

 

「基本の中華そば用の麺で教えるぞ。麺は使う小麦、加水率、太さ細さ、丸や平、ちぢれの有無で向いてるラーメンのタイプが分かれる。こいつはオーストラリア産の強力粉と、国産小麦の中力粉のブレンド、中加水で中細ストレートの丸ちぢれ麺」

 

天龍が麺用熟成庫「寝太郎」から、見本の麺を取り出して天霧と狭霧に見せる。

 

「大食堂でいつも出してる中華そばは、東京風の醤油ラーメンだ。ああいうのは、こういう麺が合う。こっちは俺が今度の特別メニューの日に、背脂味噌ラーメンで使う、低加水の太ちぢれ麺の見本。使ってる小麦の配合とかん水で色も違うけど、見た目の形から全然別物だろ?」

 

「あ、天龍がラーメン幼稚園を開いてるっぽい!」

「ちっ、夕立! さんを付けろよな!」

「嫌っぽい? 天龍は天龍っぽい。龍田さんが待ってるから、もう行くっぽい」

「何で龍田にはさん付けなんだよ!?」

 

天龍に茶々を入れ、食材の詰まったダンボール箱を持って駆けていく夕立。

 

「ちぇっ、ラーメン幼稚園て何だよ……えーと、まずはとにかく粉をこねるとこから始めっか。狭霧、緊張すんな。大丈夫、この機械に任せるだけで、ほとんど自動でやってくれるから」

 

何だかんだ言いつつ、とても面倒見の良い天龍だった。

 

 

天龍の指導開始からしばらく経ち……。

製麺機から、カットされた麺がウニウニと押し出されてくる。

 

「よし、こいつを束ねて玉にしたら完成だ。本当は少し寝かせた方が旨いんだが、すぐに食ってみたいだろ?」

 

天龍の言葉に、天霧と狭霧がコクコク頷く。

小麦粉の香りを嗅ぎながらの作業をしていたので、無意識にお腹が減っている。

 

「中華そばのダシは、鶏がら、豚げん骨、しいたけ、玉ネギ、長ネギ、ニンジン、生姜を煮込んで一晩寝かせてから、別にとった鰹節と煮干し、昆布のダシ汁と混ぜてるんだ」

 

2人が打ったラーメン玉を茹でながら、ラーメンの(どんぶり)に醤油ダレを加え、手早く熱々のダシを流し込む天龍。

湯気とともに、醤油スープの匂いがブワッと立ち登る。

 

馴れた手つきで湯きりをし、スープに麺を投入。

やや乱暴な手つきで素早く、しかし精確に具材を盛り付けて……。

 

「ほらよ、中華そば2つ、お待ち」

 

煮玉子にチャーシュー、メンマ、ナルト、のり、刻みネギと定番の具が浮かび、ほんのわずかに柚子の香りがする、澄んだ飴色の醤油スープ。

 

「おわっ、きたきた! いっただっきまーす!」

「い、いただきます」

 

スープをレンゲにすくって口に運べば、脂分は少ないが風味豊かで芯のはっきりした動物系と魚介系の旨味が広がり、すっきりした醤油の後味にほんのりと野菜の甘みが残る。

 

「んっ、美味い!」

 

そんなスープをまとわらせて、ちぢれた黄色っぽい細い麺が唇の中に滑り込む。

ちょうどいい歯応えの麺を噛みしめると、主張しすぎず、しかし優しい小麦の味がじんわりと伝わってくる。

 

「とっても美味しいです。そうだ……後で、潮ちゃんや、綾波姉さんたちにもご馳走していいですか?」

 

シンプルだが、それゆえに絶対に食べ飽きない、大食堂が誇る定番の中華そば。

 

「天龍の姉御、特別メニューの日に出す背脂味噌ラーメンってのは、どんなのなんだい?」

 

「豚骨をガンガン炊き込んで、こってり濃厚ダシをとってな、三種類の赤味噌をブレンドしたタレに、背脂をたっぷり浮かべて……」

 

「うおっ、それも美味そう!」

「あったり前だろ。軽く世界水準超えてっからな」

「私たちで、お手伝いできることがあれば、なんでも仰ってくださいね」

 

「おう、頼むぞ狭霧、天霧」

「はい」

「任せとけっ!」

 

提督が留守でも、ここの鎮守府はみんな仲良くご飯を食べています。



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【番外編】提督と鳳翔さんの欧州旅行 ローマ編

辺境の鎮守府を出てから成田空港まで、車で8時間半。

その後も長い搭乗手続きと待ち時間を過ごして、やっと国際線に乗り込み、提督一行は永遠の都ローマを目指す飛行機に搭乗していた。

 

離陸前からずっと、初めて飛行機に乗る鳳翔さんは落ち着きがなかった。

怖がって隣の座席の提督にしがみついてくる。

せっかく落ち着いたベージュのワンピースを着ているのに、行動がまるで子供だ。

 

「空母なのに……」

「く、空母は自分で空を飛びませ……ん、ああ、あ……動き出しましたよ? ひゃっ、飛びますか? もう飛んじゃうんですか?」

 

そんな調子で大騒ぎをし、離陸後もしばらくグッタリ放心していた……。

せっかく窓側の席にしてあげたのに、シートベルトサインが消えた途端、通路側の大鷹と席を交換してしまった。

 

「私は大丈夫です」

 

赤いスカートに白のシャツ、春日丸だった時の巫女服風艤装を思い出させる服装の大鷹は、落ち着いていて緊張の色はない。

 

提督たちの前の3列シートには、能代、ろーちゃん、リベッチオ。

こちらも初めての飛行機に臆することもなく、キャッキャと盛り上がっている。

 

後ろの3列シートには、ローマ、愛宕、伊良湖。

ローマと愛宕はさすがに大人の余裕でおしゃべりを楽しんでいた。

提督と間宮と何度も飛行機に乗って国内外の食材買い付けに行っている伊良湖も、慣れた様子で購入品リストをチェックしている。

 

もう1人の随伴艦、防空棲姫は異世界の海を航行して地中海を目指し、シチリア島で落ち合うことになっている。

他の鎮守府の艦隊と出くわさず、無事に着いてくれるといいが……。

 

まあ、空母水鬼と軽巡棲鬼、潜水棲姫(夏姫モード)も一緒だと言っていたから、連合艦隊が相手でもなければ負けることはないだろう。

 

うん……他の鎮守府の艦隊が出くわさないことを祈ろう。

 

 

着陸1時間半前の機内食には、チーズとハム、サラミを挟んだパン、フルーツゼリー、コーヒーの軽食が出た。

 

少し物足りないが、到着の現地時間は夜7時。

飛行機を下りてから、美食の街ローマでゆっくり夕食を食べろということなのだろう。

 

いいでしょう。

 

「それなら見せてもらおうか、ローマ料理の実力とやらを」

 

提督が小さな声で某赤い人の声真似をするが、提督にしがみつきながら眠っている鳳翔には届かないのだった。

 

 

食事開始30分経たずに白旗、全面降伏でした。

 

まず出された前菜の薄切りパン、炭火で炙ってカリカリに焦がしたブルスケッタ。

ニンニクをこすりつけ、新鮮なオリーブオイルで炒めた湯剥きしたトマトとパプリカのザク切りがカラフルに載っている。

 

炒められた完熟トマトと、肉厚で野菜本来の滋味が凝縮されたパプリカの旨さに、ほんのりと漂うバジルの香り。

カリッサクッとした食感に、ニンニクとオイルの染み込んで深い味のブルスケッタ。

 

次の生ハムは、ねっとり濃厚で深い味わい。

機内食にも生ハムがついていたが、味の深みが全然違う。

 

平たくサックリモチモチした食感のパン、フォカッチャ。 

日本のファミレスで出される同名のもののように砂糖やバターを使ったりせず、ぶっきらぼうな、ただの素朴なパンなのだが……。

 

刻んだローズマリーをかけて石窯で焼き上げた熱々のフォカッチャから漂う、豊かな香り。

それを一口大に切り分け、オリーブオイル、バルサミコ酢、岩塩をかけて頬張ると、大地の恵みを受けた小麦の味が口いっぱいに広がる。

 

トロトロのカマンベールチーズが入ったライスコロッケ、スップリ

中身のライスは前もってコンソメでリゾット状態に煮込まれていて、それをさらに衣に包んでカリカリに揚げて、その中にトロッとしたチーズですよ?

美味しくないわけがない、日本人も大好きな味だ。

 

卵とチーズのスープ。

チーズスープということで、とろけるような濃厚なチーズ味を想像したら、良い方に裏切られた。

一番舌に訴えてくるのは野菜の滋味、次に肉の旨味……。

 

なのに皿のどこを探しても、野菜や肉は見当たらず、イタリアンパセリが散らしてあるぐらい。

これは……大量の野菜と牛骨を煮込んだスープを濾して、チーズと卵で色ととろみをつけたもの。

ラーメンスープにも通じる、ダシを味わうものだ。

 

それで、ここまでハイレベルに攻め込まれても、まだ前菜パートが終わったばかり。

 

 

調子っ外れのカンツォーネを謳いながら、その巨漢を見ただけで料理が3割増ぐらい美味しく見える、熊のようなシェフが持ってきてくれた「第一の皿」は、カルボナーラ。

 

塩漬け豚肉パンチェッタがゴロゴロしていて、卵黄とすり立てのパルミジャーノチーズの黄金ソースが、大盛りのスパゲティにねっとり絡んでいる。

 

そこに、熊シェフがぶっとい指でゴリゴリとミルを回し、黒胡椒を粗挽きにかけてくれる。

もうね……反則でしょう。

 

裏ごししたジャガイモに、卵と薄力粉、チーズ、塩こしょうを混ぜて練り、棒状に伸ばしてフォークで跡をつけながら親指で一口大に押し切って茹でる、ソースの絡みやすい形状で、ぷるんとした食感のニョッキ。

 

ポルチーニ茸とトマト、玉ネギ、ニンニク、赤唐辛子、生クリームのコクのある絶品ソースがたっぷりかかり……この頃にはもう赤ワインも何本目かが空いていて、無条件降伏やむなし。

 

そこに熊シェフが「第二の皿」とかおかしいことを言って、牛フィレ肉の生ハムのせ、サルティンボッカの皿を持ってくる。

 

そりゃ提督もイタリア料理でパスタなどをプリモ・ピアット(第一の皿)、肉や魚料理をセコンド・ピアット(第二の皿)と呼ぶことは知っている。

けど「メインはうち自慢のトリッパ(牛の第二胃ハチノスのトマト煮込み)を出してやる」とか言っておいて、その前にそんなヘビーなもの出すのはおかしいだろうと。

 

悔しい……でも…食べちゃう! ビクンビ(ry

 

そもそも日本人には、白米のご飯を中心としながら、全ての副菜をバランスよく食べたいという、根源的な米食民族の欲求に基づく弱点があるが……。

出てくる料理を全て「つまみ」ととらえると、何だろうとフラットに酒の肴に出来るという強味もある。

 

「よし、これ……ポーラがお薦めしてたワインだ、これも1本頼もうか」

 

日本の提督と艦娘たちだと分かったのだろう、欧州救援のお礼とばかりにサービスの料理が次々と出てくる。

ワインの力を借りて、そんな大量のローマ料理に挑んでいく提督。

 

「リベ、もうお腹いっぱーい」

「ろーちゃん、まだがんばりますって、がるるー」

 

「やだ……阿賀野姉ぇみたいなお腹になっちゃうよ……」

「ダイエット? 大変ねぇ♪ 私? 私は必要ないわぁ♪ あんっ、提督ったら……メッ♪」

 

「提督……少しワインをお召しになり過ぎでは……?」

「まだらいじょーぶ、らいじょぶ」

「提督、大丈夫じゃ……さっきから、ずっと愛宕さんの……お、お尻を触ってますよ? 鳳翔お母さんが……その……」

 

「伊良湖は口に合わない? 難しい顔をして食べてるけど」

「逆です。舌に味を覚えさせて、全ての食材を買って帰って、この味を再現したいんです」

 

「あの、提督……本当に、鳳翔お母さんがそろそろ怒……あっ……」

「てーいーとーくー?」

 

 

このあと滅茶苦茶Dogezaした。

 

 

欧州旅行 ローマ編 提督の無条件降伏にて敗北



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【番外編】提督と鳳翔さんの欧州旅行 ナポリ編

この地方の短い夏。

それも、例年より寒かった異例の夏が去りつつある。

 

艦娘寮の本館1階、『休憩室』の看板がかけられた五十畳の大広間。

提督が旅行で留守のため出撃などもなく、暇を持て余した艦娘たちが集まっていた。

 

「これが秋冬用の厚手のユカター。こちらが綿が入ったハンテーンよ、アーク・ロイヤル!」

「ふははははっ、コタツーだぞ! 入ってみろ、同志リシュリュー」

 

衣替えに伴って、支給品の秋冬服やコタツが解禁となり、妙にテンションが上がっているウォースパイトとガングート。

新入りのアーク・ロイヤルとリシュリューに、堕落の誘いをかけている。

 

その隣のコタツでは、すでに日本文化に毒されまくったドイツ組が袢纏(はんてん)姿でぬくぬくし、酒保で買った「カットよっちゃん(当たり付)」を齧りながら、崩し将棋に興じていた。

 

 

部屋の隅では、那珂ちゃんが振り付けを練習中。

 

今度、茨城県の大洗でご当地アイドルをやっている大洗鎮守府の那珂ちゃんとコンビを組み、大洗のアウトレット施設でライブを行うのだ。

 

「那珂、うっとうしいから自分の部屋でやれよ」

「やだよ、部屋にはアレが転がってるもん」

 

摩耶から文句が出るが、那珂ちゃんは断固拒否。

自室には、元5500トン級軽巡娘だった、黒いオーラをまとった生ゴミが2つ転がっている。

 

提督が留守に際して、二水戦の訓練と三水戦の夜戦を厳禁して、神通と川内の艤装を封印していったのだ。

たった一日で禁断症状が出始め、三日目には投資で全財産を溶かした人のようになっていた。

 

「提督が帰って来るまでに、腐り始めないといいけどな……」

 

そう呟く摩耶は、海防艦娘たちにアジのサビキ釣り用の仕掛けの作り方を教えている。

 

サビキ釣りは、魚を寄せるコマセエサを拡散させて魚の群れを集め、それを「サビキ」と呼ばれる擬餌バリで釣り上げる方法。

この時期はアジの群れがエサを求めながら湾内を回遊しているので、条件さえ合えば鎮守府の埠頭から糸を垂らすだけで、初心者の子供たちでも大漁が期待できる。

 

提督と鳳翔さんの留守に小さな艦娘たちが寂しがらないよう、きちんと面倒を見るのも留守番のお姉さん艦娘たちの大事な役目だ。

 

「多摩、明日は何時ごろがいい?」

 

摩耶は足でコタツの中で丸まっている多摩をつついた。

 

「……昼なら10時ごろと14時ごろがいいにゃ。明日は小サバも来ると思うにゃ」

 

多摩の読みはベテランの漁師にも匹敵する。

お昼ご飯を挟んで、ちょうどいい釣りの時間を楽しめそうだ。

 

留守番中の鎮守府は今日も平和だった。

 

 

一方、提督たちはローマに一泊して、翌日は軽い市内観光をした。

 

観光といっても、コロッセオやトレヴィの泉などの名所に行ったのではなく、コルネット(チョコなどの甘い具の入った三日月パン)とカプチーノの簡単な朝食を済ませ、青空市場の朝市で食材を買い込みながら、露店や屋台の食い歩きをしただけだ。

 

新鮮な野菜やハム、チーズなどをアイデア次第で組み合わせて包み焼いた、様々な種類のパニーニ。

単品の具にチーズをかけただけの、屋台のシンプルなローマ風薄焼きピザ(提督は世代的にピッツァという言葉に拒否反応を示すおっさんだ)。

生搾りのフレッシュジュース。

 

 

満足した後、高速鉄道でナポリに向かった。

ローマからナポリまでは約225km離れているが、物珍しいイタリアの車窓に目をやっていれば、あっという間の1時間強。

 

観光客相手のスリやひったくりで悪名高いナポリ市内は素通りして、手近な郊外の食堂でカプレーゼとペスカトーレを食べたら、すぐにタクシーで港へと移動した。

輝く地中海を望む、美しいナポリの港風景さえ見られれば、それで十分だ。

 

港からは、提督が留学時代に親友となった「石油王の坊ちゃん」から借りた、全長30メートルの超豪華クルーザーで地中海に乗り出した。

 

今回の大規模作戦を成功させるまで、紅海や地中海への深海領域の浸食が激しく、連日のように地中海で駆逐イ級の目撃情報が連発していたらしく、「今は誰もクルージングなんてしたがらないから自由に使ってくれていいよ」とのことだった。

 

 

シェフを雇ってパーティー料理を饗させることも考えて設計された、合理的で機能的なクルーザー内のキッチンで、提督は嬉しそうに料理の下ごしらえをしている。

 

思えば「石油王の坊ちゃん」から初めてかけられた言葉は、「お前は中国人か? だったら卒業後に、パパのクルーザーでコックとして雇ってやるよ」というものだった。

 

「え? コックが要るほどのクルーザー? 何人乗り? 厨房施設と客室の規模は? 日本人でもいいの?」と食いついてきた提督に、金目当てにちやほやしてくる取り巻き連中にうんざりし始めていた「石油王の坊ちゃん」が毒気を抜かれ、そこから会話を続けるうちに、2人は親友と呼べる仲になった。

 

 

「あいつが本当にこの船に雇ってくれてれば、あんな会社で嫌な経験することもなかったんだけどなぁ……」

 

提督は甘い学生時代の記憶と、苦い社会人時代の記憶を、ともに笑いつつ……。

ピカピカに光る大きなボウルで、タイム、セージ、ローズマリー、ニンニクのみじん切りとパン粉を混ぜ合わせ、塩こしょうとオリーブオイルをふったカジキマグロの切り身にその衣をまぶしていく。

 

これに、さらにオリーブオイルを回しかけてオーブンで焼き、レモンの切り身とイタリアンパセリを添えれば、カジキマグロの香草焼きの完成だ。

 

「提督、いつまで待たせるんですか? もう上は暴動寸前ですよ?」

 

上層のパーティールームから階段を駆け下りて、能代がキッチンに飛び込んでくる。

 

「これをオーブンで焼いたら、メイン料理が……」

「料理はどうでもいいんです! 戦艦夏姫とか空母夏姫とかが暴れたら、私たちには止められないんですから! リベとろーちゃんも言うこと聞いてくれなくなってきてます! とにかく、みんな提督を待ってますから、すぐ上に来て乾杯だけでもしてください!」

 

階段に向けて能代に背中を押されながら歩く通路、その脇の丸窓から見えるのは、地中海に落ちていくオレンジ色の夕陽。

 

今、この先で自分を待ってくれているのは、大勢の愛すべき艦娘と深海棲艦たち……。

 

「やっぱり、この船に雇われなくてよかったんだね」

「はあ?」

「何でもないよ」

 

提督は心の中でだけ親友に感謝を述べ、能代に引っ張られながら階段を上がるのだった。



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【番外編】提督と鳳翔さんの欧州旅行 ティレニア海編

ナポリからシチリア島へと向かう海上。

提督の友人から借りた超豪華クルーザーで航行している一行だったが……。

 

「艦娘からの停船命令?」

 

クルーザーの操船を担っていた能代に呼び出され、やや疲れた顔の提督がコクピットに顔を出した。

戦艦夏姫姉妹や空母夏姫たちが合流し、大量のスパゲティを作り続けているのだが、生産が需要に追いつかないでいる。

 

「はい、境港(さかいみなと)鎮守府の艦隊です。編成は、高雄、青葉、名取、矢矧の4隻。ヘロイン、コカインの密輸船を取り締まる、哨戒活動中だそうです」

 

深海棲艦の出現頻発によって航行に危険がある海域であっても、犯罪組織はハイリスクハイリターンでおかまいなしに密輸船を出す。

本部経由で各国の海上警察などから、そういう危険海域での哨戒任務の依頼がよく届く。

 

ただ、こういった編成が重く、時間拘束が長く、苦労の割に報酬の少ない出稼ぎ遠征任務は、普通は敬遠される。

 

「境港……鳥取の鎮守府かあ」

 

それでも、稼ぎの効率がいい「鼠輸送作戦」や「水上機基地建設」などの人気の遠征任務は大手や古参の鎮守府で埋まってしまうので、地方の弱小鎮守府は泣く泣くこういう不人気任務ばかりを引き受けることになる。

 

 

「これは提督のバカンスのための船だと伝え、味方識別暗号も発信したんですが……ナポリを出た後に漁船と接触したのが怪しいので、念のために船内を捜索させろと主張して接近中です」

 

数時間前、地元の漁師の船に横付けしてタコや貝を売ってもらったのだが、それが監視の目を引いたらしい。

 

船内に積んでいる粉といえば、デュラム小麦のセモリナ粉(パスタの素材として最良)ぐらいなので別に積荷の捜索は問題ないのだが……。

 

「提督ヲ困ラセル艦娘?」

「ナラ、沈メル?」

「火ノ塊ニシテヤル」

 

食堂から出てきた戦艦夏姫姉妹と空母夏姫が、物騒な提案をしてくる。

うん、絶対に船の中は見せられない。

 

「しー」

 

提督は唇に人差し指を立てて姫たちを黙らせ、通信機のマイクを手に取った。

 

「あーあー……あめんぼ赤いなあいうえお。マイクチェック、ワン、ツー。そちら“島根”の境港鎮守府の艦隊ですか? どーぞー」

「境港は“鳥取”です!」

 

相手は艦隊旗艦の高雄。

小粋なジョーク(と言う名のおちょくり)に対し、速攻で激怒した返信が寄せられた。

 

提督はなぜか、高雄のような生真面目な委員長タイプは、からかわないと気がすまない病気にかかっている。

 

「貴船の船内捜索を行います。失礼ながら、貴方には……色々と黒い噂がありますし」

 

黒い噂、と言われて提督はギクッとした。

 

この超豪華客船を貸してくれた学生時代の親友である「石油王の坊ちゃん」。

彼のパパのタンカーを個人的に護衛して、謝礼を貰っちゃったりしている。

 

その謝礼は『国境なき食堂』の名義で世界各地の食糧ボランティアに寄付していて、私腹は肥やしていないのだが……疑われる要素には自覚がある。

それとも、もっとストレートに深海棲艦とつるんでることが噂になっているのだろうか……。

 

「聞き捨てならないね。僕にどんな噂があると?」

「……貴方は、艦娘たちを畑で強制労働させたり、手当たり次第に手篭めにしている鬼畜だと、天草の提督から忠告されました。そんな人物なら、麻薬の密売に手を出していても不思議ではありません」

 

天草ェ。

弁解とかを考える前に、提督の精神力が根こそぎ0まで持ってかれた。

 

「黙って聞いていれば……ひどい言いぐさですね」

 

隣から響く、正妻の声。

鳳翔さんが提督の手からマイクを奪い取った。

 

「うちの鎮守府の子たちはみんな、誇りを持って畑を耕し、お米や野菜を作って、自分たちの家を住みよくしようと頑張って暮らしているんです。それを強制労働だなんて、私たち家族への侮辱ですよ!」

 

いいぞ、鳳翔さん。

他鎮守府の艦娘だろうと、このまま鳳翔さんに叱ってもらえば……と思ったのだが。

 

「それに、提督は無理に女性を手篭めにするような、そんな人ではありません! 確かに酔うとセクハラがひどいですが、こんなオンボロ空母でも大事にして可愛がってくださる、とても優しい方です。むしろ誰にでも優しすぎる所が困るといいますか、女癖が悪く、どうしようもない浮気者ですが……やだ……あの、私……何を言っているのかしら。やっぱり……私のような者が若い子たちに嫉妬なんて、みっともないですよね?」

 

ものすごく話が変な方向に迷走してるんですが……しかも最後はなぜか疑問形。

さらに、ろーちゃんとリベッチオも反論に参加する。

 

「そうですって! ろーちゃんも、提督さんが大好きで、お嫁さんにしてもらってダンケダンケですって!」

「リベも幼妻として昼も夜もがんばってるよー!」

「ブスイナ……ヤツラ……メ……ッ! カエレ…ッ!」

 

「お願い、黙ってて」

 

提督は不本意ながら、愛する家族の手からマイクを取り上げてスイッチを切った。

今の絶対に逆効果だよね?

 

しかも最後のは、声だけじゃバレないだろうけど重巡夏姫だし。

 

その時……。

 

 

「!?」

 

うなじがチリチリとするような、猛烈なプレッシャーを感じた。

 

深海領域から、強力な脅威が接近している。

その波動の大きさは、封印された門の隙間を潜り抜けてくるような、はぐれイ級……なんかの比じゃない……。

門の封印や次元の狭間そのものを蹴散らして突進してくる、こいつは……。

 

その正体に心当たりがある提督は、急いでマイクに向けて大声を張り上げた。

 

「境港艦隊に告ぐ! ヤバイ奴が来るから、すぐに逃げてくれ! とにかく、轟沈ダメ絶対!」

 

 

紅く不気味に輝いた海面から、漆黒のレインコートをはだけさせ、青白い肌を露出させた、少女の姿をした悪魔が現れた。

 

 

「Kapa o pango kia whakawhenua au i ahau!(黒の戦士たち、この世を統べさせよ!)」

 

空間を切り震わせるような、少女の叫び声。

 

「人型の深海棲艦?」

「迎撃用意! 単縦陣を組んで!」

「強そうだけど相手は一隻、落ち着いて対処しよう」

「はい、最悪でも夜戦にまで持ち込めば……」

 

せっかく提督が忠告したのに、初見の敵へと向かっていく境港艦隊。

 

「Ko Aotearoa e ngunguru nei!(白く長い雲のたなびく世界こそ我らのもの!)」

「Au, au aue ha!」

 

少女の叫びに合わせて、レインコートから伸びた、おぞましく醜悪な尻尾が賛美の咆哮をあげる。

 

その尻尾型の艤装から繰り出された、多数の獰猛な攻撃機が空を舞っていく。

 

「何、こいつ空母なの!?」

「散開! 輪形陣に……きゃあああっ」

 

命令を下す暇もなく、百機以上からの猛烈な爆撃にさらされ、一瞬にして高雄が業火に包まれる。

 

「Ko Kapa o Pango e ngunguru nei!(それが我ら黒の戦士たちの証!)」

「Au, au aue ha!」

 

爆発音の中でもはっきりと聞こえてくる、魂を掴むような少女と獣の雄叫び。

少女のレインコートの中から、海中に凶悪な魚雷の群が放たれ、矢矧を貫いた。

 

「ふぇええっ、何で空母が雷撃してくるのっ!?」

 

世の全てを嘲るように大きく開けた口から舌を突き出し、熱狂に彩られた瞳を愚かな敵へと向ける少女。

 

「Ko Kapa o Pango e ngunguru nei!(我々は黒の戦士!)」

「Au, au aue ha!」

 

そして、大和級に匹敵する“戦艦”の巨砲が火を噴き、鋼鉄の豪雨が名取を叩き潰す。

 

「I ahaha! Ka tu te ihiihi,Ka tu te wanawana!(我々が支配し、我々は勝利を得る!)」

「Ki runga ki te rangi e tu iho nei,tu iho nei,hi!」

 

戦艦としての当然の権利とばかりに、容赦なく吐き出される二順目の火焔が空間を震わせ、最後に残っていた青葉を水柱の中へ……そして海中へと叩き込んだ。

 

「Ponga ra! Kapa o Pango, aue hi!」

 

青白い細い肢体を自らの手で打ち叩き、勝利の歓喜に震えながら、首をかき切るジェスチャーをする少女。

猛獣のような尻尾もまた、海面を激しく打ち叩きながら咆哮する。

 

 

 

「相変わらず、デタラメな強さだなあ……」

 

戦艦レ級の勝利の雄叫びが響いている。

ラグビーのニュージーランド代表、通称「オールブラックス」が試合前に披露する舞い(HAKA)

 

厨二病を発動させた天龍が第六駆逐隊に仕込んでいた時は可愛らしかったので、提督が面白半分でレ級にも教えてみたのだが……どうしてこんな邪悪な仕上がりになった?

 

一応、マオリ族にとって「舌を出す」というのは相手への敬意を表す行為であり、「首をかき切る」ジェスチャーは自分の命を懸けるという決意の表れなのだが、やっているのがレ級なだけに、SATSUGAI予告にしか見えない。

 

これだけ好き放題やったのに、まだ雷撃戦パートの攻撃が残ってるし……。

 

「戦闘中止、おすわり! ご飯あげるから、早くこっちに来なさい」

 

大破している境港の艦娘たちに追い打ちをかけないように釘を刺し、彼女らが意識を失っている間に急いで船に乗るようにレ級に指示する。

 

 

「だから逃げろって言ったのになぁ」

 

提督と妖精さんの加護がある限り一戦で轟沈することはないはずだが……。

 

半裸姿で気を失って海面に浮いている境港の艦娘たちを気遣って見ていたら、鳳翔さんに「よその女の子の裸をジロジロ見てはいけません」と船内に引っ張り込まれてしまった。

 

念のために、レスキューボートと着替えの服を投下してあげるよう、能代に指示を出す。

 

「尻尾は邪魔だから深海領域に置いてきなさい」

「エー」

「えー、じゃありません」

 

鳳翔さんに怒られ、渋々と尻尾型艤装を切り離したレ級が船に乗り込んでくる。

 

「ゴハン!」

 

食堂に駆け込んで提督の背中に抱きつくなり、早速ご飯を要求してくるレ級。

 

そんなレ級に「お着替えが先ですよ。はい、バンザーイしましょうね」と、上手に提督の背中の上で深海チックな服を脱がせて、パジャマへと着替えさせる鳳翔さん。

 

提督も慣れたもので、背中に乗ったレ級の着替えを邪魔しないよう、コンパクトな動きで食事の準備をする。

 

「集積、このサイズのお皿を並べて。愛宕、テーブルの真ん中に焦げ防止のマットを敷いて」

 

みんなにテーブルセットの指示を出しながら、どんどんと料理を並べていく。

 

レモンとオイルのさわやかな香りが際立つ、タコと真鯛のカルパッチョ。

白ワインで蒸したアサリとムール貝に、サンマルツァーノ種のトマトソースをあえた蒸し煮。

 

挽き肉のミートソースにベシャメルソース、そしてモッツレラとパルミジャーノチーズをたっぷりとかけてオーブンで焼き上げた、みんな大好き濃厚なラザーニャ。

 

メインは、途中で手が放せることを重視して仕込んでおいた、各種の串焼き。

 

豚肉には、ほのかに甘みのある芳香を持つ香草フェンネルの種と、ニンニク、塩こしょうを揉み込んだ。

 

牛のランプ肉は、肉と肉の間に交互に玉ねぎを挟んだだけで、そのままシンプルに焼き上げ、バルサミコ酢と赤ワイン、ハチミツを煮詰めたソースをからめた。

 

「いただきます」

「イタダクレ!」

 

作戦期間が終われば、ノーサイド。

敵味方なく楽しくものを食べるのがここの鎮守府の流儀。

家族で囲む、楽しい食卓。

 

柔らかいランプ肉に歯を立てれば、じゅわっと肉汁と脂が溢れ出し、甘酸っぱいバルサミコソースと調和する。

 

「欧州棲姫ガムカツク奴ジャナカッタラ、今回出張シテヤッテモヨカッタノレ」

「今回ハ、ツ級ト空襲ノ数ガ足リナカッタト思ウ」

「やめてくださいしんでしまいます」

 

肉を頬張りながらおしゃべりするレ級と空母夏姫の言葉に、提督が白目をむく。

 

明日はシチリア島に上陸し、港湾夏姫や防空棲姫たちとも合流して海水浴。

今回の旅行のメインイベントだ。

 

「じゃじゃーん。鳳翔さん、これが明日の決戦水着です♪」

「ちょっと、愛宕さん? これ、どこに布が? ただの紐とリボンですよ!?」

「鳳翔さんの分もありますけど、一緒に着ますかぁ?」

 

楽しい旅行は、もう少し続く。



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【番外編】提督と鳳翔さんの欧州旅行 シチリア編

時を遡ること1ヶ月前。

 

東京で行われた大規模作戦に向けての提督会議の後。

提督は天草鎮守府の元声優提督と、別室に移ってカードゲームをした。

 

マジック:ザ・ギャザリング。

ジャンルの代名詞ともいえる、世界最大のプレイヤー人口を誇る人気トレーディングカードゲームだ。

 

なぜ会議に出るのに、そんなゲームのデッキを持ってきているのか?

それは提督としての当然の嗜みだからだ。

 

だって艦娘はカードから(それ以上はいけない)。

 

 

「僕の先手だね……マリガン」

「こっちはキープだよ♪」

 

自分のライブラリー(山札)から手札を7枚引いて、その手札が気に入らなければ、シャッフルし直して最後に引いた枚数より1枚少ないカード(つまりマリガン一回目なら6枚)を引ける、引き直しのルールがマリガンだ。

 

「再度マリガン」

「あらら~? 日頃の行いが悪いからじゃない、お兄ちゃん?」

 

今度は5枚の手札を引いてきて……。

 

「うん、日ごろの行いが良かったのかなぁ……今度はキープ。それじゃ、お願いします……と」

 

元から細い目をさらに細めて満足しながらゲームを始めようとする提督に、天草提督が露骨に胡散臭そうな顔をした。

 

一応、少女ボイスを作るのだけは忘れずに……。

 

「あれれ、お兄ちゃん、ライブラリートップは見ないでいいの?」

 

マリガンして手札が少ない状態でプレイを始めるプレイヤーは、自分のライブラリーの一番上のカード(つまり最初に引くことになる)を確認して、それをライブラリーの一番下に送るか選択できる。

 

「ああ、忘れてました」

 

白々しく、めくったカードに目をやってそのまま元に戻す提督だが。

 

山札の確認に意識がいかなかったということは、今そこに握っている手札5枚だけで相当有利にゲームを進められる自信があるからだと、天草提督は警戒する。

 

普通ここで「アンタップ、アップキープ」と宣言してプレイを開始する。

しかし、提督の宣言は別のものだった。

 

「ゲーム開始時に《別館の大長》を公開」

「はあ?」

 

見慣れないマイナーカードに、天草提督が思わず地声になり、慌ててカードを確認する。

一応強いことは強いが、呼び出すコストがかなり高く、あまり役立ちそうにもないクリーチャーのカード。

 

だが、カードの特殊効果に変なことが書いてある。

 

『あなたはあなたのゲーム開始時の手札にあるこのカードを公開してもよい。そうした場合、各対戦相手がこのゲームで最初の呪文を唱えたとき、そのプレイヤーが(1)を支払わないかぎり、その呪文を打ち消す。』

 

このゲーム特有の分かりにくい直訳文。

それを頭の中で整理していくと……。

 

「ヤバッ」

 

このゲームでは、クリーチャーを召還したり、相手を攻撃や妨害したりする呪文を唱えるのに、マナというコストが必要になる。

相手の最初の呪文に対する、そのコストを増加させるということは……。

 

「そう。これで、あなたは0マナ呪文が使えません」

 

提督たちがやっているフォーマット(ルール環境)には、マナ不要で使える妨害呪文もあり、天草提督も当然のように手札に握っていたのだが……。

 

「それでは、アンタップアップキープ。《金属モックス》で黒1マナを出し、《暗黒の儀式》を唱えて黒3マナに増やします。《猿人の指導霊》を手札から墓地に追放して赤1マナ、これで黒を含む合計4マナ」

 

チェシャ猫のように意地悪くニヤニヤ笑う提督。

このコンボを途中で妨害する魔法もあるのだが、ムカつくことにさっきの《別館の大長》で封じられている。

 

「4マナで《欄干のスパイ》を場に出し能力発動。能力の対象にとるプレイヤーは僕自身。ライブラリーの一番上から、土地カードが公開されるまでカードを公開し続け……ますが、当然このライブラリーに土地は入れていません。よって全て公開して墓地に落とします」

 

「"Oops! All Spells"」

 

天草提督が呻く。

それが、この友達なくす系コンボデッキの名前(日本ではそのキーカードの名前から"ザ・スパイ"とも呼ばれている)。

 

 

「ライブラリーから直接墓地に落ちたので《ナルコメーバ》の能力が誘発、4体復活し……3体を生贄に捧げて墓地から《戦慄の復活》を唱え、《栄光の目覚めの天使》を戦場に戻します。栄光の目覚めの天使が戦場に出たので能力誘発、墓地にいるヒューマンの《研究室の偏執狂》と《巻物の君、あざみ》も目覚めて戦場に出ますよ」

 

「お兄ちゃんて、提督になってなかったら詐欺師になってたと思うな♪」

 

提督の胡散臭いプレイを見ながら、嫌味たっぷりに笑う天草提督。

 

《研究室の偏執狂》のカード効果は、『あなたのライブラリーにカードが無いときにあなたがカードを引く場合、代わりにあなたはこのゲームに勝利する。』という電波系。

 

そして《巻物の君、あざみ》の効果は、『カードを1枚引く。』というもの。

 

「これで僕の勝ちですね。それじゃあ、また今度」

 

 

天草提督も《ライオンの瞳のダイアモンド》という生贄にして墓地に落とすと3マナを生み出すカードを捨てて、それを即座に《オーリオックの廃品回収者》というコスト2マナで墓地にあるカードを手札に戻せる回収カードで戻し、また捨てて拾い……という詐欺臭い無限マナ増殖コンボを仕込んでいた。

 

最終的に膨大に溜まったマナを使い、相手プレイヤーのライフにダメージを与える《黄鉄の呪文爆弾》を投げては回収し投げては回収し、また投げつけ……。

 

相手を爆殺するフィニッシュ手段から、コンボについた名前は"ボンバーマン"。

 

天草提督は「この手順を9999億9999万9999回繰り返す♪」と大人気ない決め台詞も用意していたのに、それが不発に終わった。

 

しかも、天草提督は自分が勝ったら提督に夕飯を奢らせてやろうと思っていたのに、マイホーム主義の提督は一勝するなり、さっさと帰って行ってしまった。

 

 

腹立ちが収まらない天草提督だったが、そこに仲の良い境港鎮守府の提督がやって来た。

 

提督歴1年ちょっと。

推定年齢は20歳未満。

前職無し、おそらく不登校の引きこもり。

 

せっかくの整ったアイドル級の美形を、腰まである長い髪で常に隠しているコミュ障の女提督だ。

 

「ん、なに?」

「……こ……これ……」

 

視線を外したまま、天草提督にグイグイとお土産を押し付けてくる。

境港が生んだ大漫画家による、国民的知名度の某妖怪ヒーローやその仲間のキャラクターをモチーフにした、妖怪饅頭。

 

天草提督はそれを受け取ると、スマホを取り出してコミュニケーションアプリを起動した。

 

天草:ありがとう

境港:先輩ちっすちーっす

境港:(●´∀`)ゞ

 

超無口でコミュ障なだけで、一度心を開いた相手にはネットでなら距離感0でグイグイ接してくる。

 

天草:今度の作戦、あんたも出る気なの?

境港:むーりぃー

境港:有明海域が最優先です!

境港:新刊のために、もう3日寝てません(゚∀゚)ノ

 

天草:なら何で来たの?

境港:男性提督たちの筋肉の『ス・メ・ル』を嗅ぎに(๑❛ᴗ❛๑ )

 

色々とこじらせている上にかなり腐っていて、人としてもうダメなほど過激な薄い本の描き手だったりするが、(可愛い……?)妹分だ。

 

天草:聞いてよ~、さっきここで○○の提督にひどいことされたぁ

境港:!?

天草:いきなり抵抗できないように手を縛られて……

境港:(@o@ !!

天草:目の前で一人でするところを延々見せつけられたった

境港:なんて高度なプレイ(*/▽\*)

天草:あの変態、気持ちよさそうにすっげー出し続けてた

境港:にゃは、リア充爆発しろ☆

 

嘘は何一つ言っていないが、真実を全く説明していない。

 

天草:部屋の匂いを嗅ぎまくるな!

境港:大きさは? 形は? 色は?

天草:その反応はどうなのよ……

境港:非リアの自分は興味津々であります!

境港:(*゚▽゚*)ワクワク

 

面倒くさくなってスマホはしまったが……。

もう少しサービスで色々と語ってやるか。

 

「そもそもね、あいつは、この“ねずみ男”みたいに卑劣で最低な奴で……いや、それどころかラ○スを超える鬼畜王だね。あいつの鎮守府の艦娘の子たちも気の毒にさあ……」

 

境港提督の持ってきたお土産の妖怪饅頭を食べながら、鬱憤晴らしに提督の悪口を脚色し続ける天草提督。

それを食い入るように聞き続ける境港提督(正座して机に長髪に隠れた顔だけを乗せているのが、ちょっと貞子チックで怖い)。

 

そして……。

 

 

シチリア島南西部の都市シラクサ。

 

古代から幾度となく世界史の重要場面に登場した地中海の要衝であり、かのプラトンを生み、太宰治の小説「走れメロス」の舞台となった地でもある。

 

ギリシャ時代の巨大な劇場や闘技場、アポロ神殿の跡。

それらの建築のための巨石を切り出した跡の洞窟、ディオニュシオスの耳。

バロック様式の壮麗な大聖堂や宮殿。

 

目を引く観光名所は多いが、提督が最も気に入ったのは、海に突き出したアルティージャ島に広がる旧市街。

くねくねと曲がる狭く砂と埃にまみれた石畳の路地、日に焼けてすすけた家々の壁、魚介や野菜の匂いが漂う市場……洋物RPG好きのオッサンにはたまらない。

 

「提督って、本当に変人よね。まったく意味が分からないわ」

 

美しい教会を無視し、その裏手の細い道に入っていき、ギリシャ調の鉢植えの横で眠る黒猫を喜んで写真に収めている提督に、護衛のローマが呆れている。

 

「ランチの時間よ。鳳翔さんたちが待ってるから行くわよ」

 

提督を石造りの建物が並ぶ海岸沿いのレストランへと引きずっていくローマ。

店内は高い丸天井に向けて巨大な石柱が建ち並び、まるで迷宮の奥のような空間。

 

「遅イジャナイ」

 

港湾夏姫がプンスカしている。

 

時間ぎりぎり。

もう前菜が運ばれてきているところだった。

 

サーモン、エビ、タコ、ムール貝が盛られた、さっぱりとした魚介のサラダ。

カリフラワーを小麦粉、水、塩、卵、パルメザンチーズの生地に浸して揚げた、フリッテッラ。

 

水も有料なので、ここは白ワインを合わせて。

 

パスタはシンプルな、トマトソースをからめたマッケロンチーニ。

要するに短く切っていないホース状のマカロニ。

 

イタリア人はとにかくトマトにこだわる。

野菜売り場には当然のように何種類ものトマトが並び、同じ種類でも産地で細かく分けられるぐらいだ。

 

トマソソースだけという、そのシェフの自信満々さを裏切らないシチリア産完熟トマトの芳醇な味。

上質なオリーブオイルと、バジル、オレガノ、タイム……いくつものハーブの複雑な香りがそれを支えている。

 

聞けば、オリーブオイルもハーブも、素材は全てシチリア産だという。

 

魚料理は、イワシの開きで松の実、レーズン、ケッパーなどを混ぜたパン粉を巻き、オリーブオイルをかけてオーブンで焼いた、イワシのベッカフィーコ。

 

肥沃な大地でなければ収穫できない小麦は、シチリア島では貴重品だ。

そんな小麦から焼かれるパンも、古くなっても決して捨てられることはない。

 

そんな環境の中から必然的に生まれた、独特のサクサクとした食感の最高のパン粉。

 

そこに染み込むのは、太陽に溢れる島シチリアの魅力が凝縮したような、鮮魚と果実の味。

 

口に入れた瞬間、笑顔がほころぶ味。

 

 

素晴らしい旅行を楽しむ提督はまだ知らない。

 

境港:金ちゃんやきそば食べながらラグビー中継を性的な目で観戦してたら

境港:地中海を哨戒中のうちの艦隊が○○提督の船を見つけました

 

境港:そんで艦隊を臨検に行かせてみたら……

境港:いきなりオニチクな言葉責めされたった

境港:噂通りのドSなお方(灬ºωº灬)

 

境港:しかも沢山の嫁に囲まれてバカンス中だとかいうメシマズ展開

境港:自分との落差に軽く吐きそうんなったっス

 

境港:うちの艦娘はいきなり服剥かれてボロボロんなって帰ってくるし

境港:喪女がリア充様に関わろうとか100億年早かったんや!

 

この時、嘘は何一つ言っていないが、ものすごく誤解を招くメッセージが、怒涛の勢いで送信されていることを……。



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台風と芋煮会議

提督たちが鎮守府に帰って来た。

周囲には、たくさんの駆逐艦娘や潜水艦娘、海防艦娘たち。

提督たちにお土産話をせがみながら、わいわいと騒いでいる。

 

だが、無邪気に喜んでいられるのは子供たちだけ。

大人組は提督への挨拶もそこそこに、台風対策のために走り回っていた。

 

屋根に上って瓦を点検し、雨戸を補強し玄関のガラスにはシートを貼り、危険物や可燃物はしっかりと倉庫に。

雨どいやドブの落ち葉を取り除き、停電に備えて発電機や防災グッズを点検する。

 

畑や水田にも……気休め程度だが、台風対策を施す。

 

長門が妙に張り切っているが、夜に「ちょっと用水路の様子を見に」行かないように注意しようと、提督は心に決めた。

 

 

そんな台風対策の作業に参加しない者たちも、大事な会議を始める。

提督たちの周りの喧騒から離れた、大食堂の一角がその舞台。

 

「さて、能代も帰ってきたし。毎年恒例……来月の芋煮会、大鍋の味を決定するよ」

「芋の子会だけどね」

「鍋っ子の間違いでしょ?」

 

最上の言葉に、即座に反論する北上と能代。

そう、この地方の人々が愛する秋の風物詩、野外で里芋メインの鍋料理を食する宴会、芋煮会。

 

便宜的に、最も全国的にメジャーな山形の芋煮会という名前を使うが、北上や能代がそれぞれの郷土愛を発露したように、名称や調理方法にも地域差がある。

 

そして、その芋煮会のメインとなる一番大きい 直径2メートルの大鍋の調理権を賭けて、熱いバトルが繰り広げられるのも、この鎮守府の毎年の恒例行事。

 

 

「まずはボクからいくよ? 当然、味のベースは醤油だと思うんだけど!」

「はいっ」

「あり得ません、味噌です」

「お、お味噌……がいい……です」

「まだ初手だし保留」

「別にどっちでもいーよー」

「あたし的には……両方混ぜてもOKです」

 

それぞれ、最上、羽黒、鳥海、名取、能代、北上、阿武隈の発言。

醤油派2、味噌派2、中立3。

 

「お肉は……牛肉が……」

「遺憾ながら豚肉です」

「あの……ごめんなさい……豚さんです」

「鶏肉」

「あ、鶏いーねー」

「えーと……豚でいいんじゃないかなーって」

「豚肉でしょ?」

 

それぞれ、羽黒、鳥海、名取、能代、北上、阿武隈、最上の発言。

豚肉派4、鶏肉派2、牛肉派1。

 

「……最上さん、醤油同盟……維持のために牛肉にきて、くれませんか?」

「うっ……分かったよ、その代わり甘口の醤油はなしだよ?」

「最上さん、鶏肉に来てくれるなら醤油に一票入れますよ?」

「能代、悪いけど鶏肉はあり得ない」

 

「羽黒っち、あたしも鶏と鱈と貝も一緒に入れていいなら、牛肉派に移ってもいいよ?」

「そ、それは……」

「待って! 北上さんの寄せ鍋化を阻止できるなら、あたしが牛肉に移りますっ!」

「ちぇー」

 

最上と阿武隈が牛肉に移り、豚肉派2、鶏肉派2、牛肉派3。

 

こうして多数決で味や具を決めようとするのだが……。

 

「それでは、厚揚げの有無は?」

「こんにゃく入れていいですか?」

「きりたん……『ないわ!』」

「昆布と豆腐『ないわ!』」

「醤油と味噌を混ぜ『ないわ!』」

 

一通り、それぞれのこだわりを提案し、そして結局は絶対に相いれないのを確認して……。

 

「コホン……何でもよくない?」

『むっちゃんは黙ってて!』

 

芋煮空白地帯の青森代表・陸奥の仲裁を蹴って、ゲームで決着を着けるのが毎年恒例の流れになっている。

 

プレイするのは、手頃に短時間でプレイでき、単純なルールでありながら、思わぬ展開から様々な盛り上がりを生み出すカードゲームの傑作『ニムト』。

 

本当にルールは単純。

 

牛の頭の図柄に1~104の数字が書かれたカードを、プレイヤーにそれぞれ10枚ずつ配り、4枚を場に並べる。

 

例えば、場に「13、25、47、69」とカードが並んだとする。

 

プレイヤーは出す札を選び、それを一斉に公開する。

出されたカードは、数字が小さいものから順に、そのカードの数字より小さいもののうちで最大のものの後ろに置かれる。

 

例えば、最上が一番小さい数時15を出したら、13の後ろに置かれ、次に小さい数として能代が18を出していれば、最上の出した15の後ろに置かれる。

 

こうしてカードを置いていき、カードの列に6枚目のカードを置いてしまったプレイヤーは、その6枚目のカードを残して、列にある前のカード5枚を全て引き取らされる。

 

最終的に10枚の手札を出しきった時、引き取ったカードの点数が「最も少ない」プレイヤーが勝者となる。

 

ちなみに、すでに場に出ているカードより小さい数字のカードを出すと「任意」の列を引き取ってそのカードを場に残すことになるので、今の例のような場合に手札に一桁カードが来たならば、速攻で出して13の引き取りを目指すのも有効だ(ただし、同じことを考えた他のプレイヤーがより小さい数字を出しているかもしれないが)。

 

今回のように7人もプレイヤーがいれば、カードの列は思いがけない変化を繰り返し、そこにドラマが生まれていく。

 

「ああっ、もうこの列5枚になっちゃったよ!」

「名取ちゃん、いきなり104出すなんてエグイ。ここ、もう置けないよぉ」

「私の計算では……こんな事あり得ない…!」

「いやいや、鳥海っちの計算は霧島さんぐらいよく外れるじゃん」

 

ギャーギャーと騒がしい喧騒に、提督は「我が家」に帰ってきたことを実感する。

熱々のご飯に、納豆、卵、海苔、豆腐とワカメの味噌汁という、久しぶりの「我が家の味」を楽しんでいた。

 

懐かしく感じる醤油と味噌の香りに、ご飯がどんどんすすむ。

 

「卵かけご飯、美味しいですって!」

「ん……それと、カレーも貰えるかしら?」

「リベ、ラーメンが食べたいっ!」

 

ろーちゃんやローマ、リベッチオ、旅行に同行していた海外艦も、「我が家の味」を堪能している。

 

はてさて、今年の芋煮会の大鍋は、どんな味になるんだろうか。



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間宮の鯖の味噌煮定食

「ヤセン、ヤセン……ウフフッ、タノシイネ……」

「あの稲妻みたいな雷撃がこんなになっちゃて……こんな見る影もないほどボロボロに……」

 

「これを那珂ちゃんの艤装に取り付けてみて。ヘ級の回路を参考に開発したの」

「こんな古い物を……神通ちゃん……訓練欠乏症にかかって!」

 

提督が旅行に行っていた一週間、艤装を封印されていて夜戦や訓練ができなかった川内と神通。

那珂ちゃんも巻き込み、あてつけがましい昭和アニメネタで禁断症状をアピールしてくる。

 

「分かったよ、今月の『水上反撃部隊、突入せよ』は、阿武隈の代わりに川内が行っていいよ」

「やったー! 待ちに待った夜戦だ―!」

 

「神通には『防空射撃演習』の監督を……今日中に10回頼めるかな?」

「どういうことでしょう……身体が、火照ってきてしまいました……」

 

「那珂ちゃんは『ボーキサイト輸送任務』をお願いね」

「地方巡業も大事なお仕事ですね!」

 

命令を下す提督だが、執務室の床に正座させられていた。

 

首には『私は資源を浪費した無能です』というプラカードがぶら下げられ、横から龍田が薙刀の切っ先でツンツンしている。

 

サラトガの予備艤装を欲しがって、旅行中に自然回復で貯まっていた資源を大型建造にブッ込んで溶かしたのだ(もちろんサラトガは出なかった)。

 

「秋刀魚漁の直前に何してくれてんのよ!」と永世秘書艦の叢雲様にメチャクチャ折檻された。

 

「司令官、今日の潜水艦隊のお風呂掃除当番、手伝ってよね」

「しれぇか~ん、駆逐のみんなでガリガリ君が食べたいぴょん。大人しくサイフを出すぴょん」

「クソ提督、今期の釣竿の購入予定書、印を押しといてね」

「提督、私はHGのザクⅡC型が欲しいんですけど、いいですか?」

「あのぉ提督、このワインも「ポーラ!!」痛っ、痛いですザラ姉様ぁ」

「あら、足が痺れたの? 夕雲が揉んであげましょうか? ふふ、仕方ない子♪」

 

そんなわけで、今の提督に指揮権はあっても人権はない。

 

 

防空射撃演習から戻った第十七駆逐隊の面々、浦風、磯風、浜風、谷風が大食堂に現れた。

 

「神通さん、活き活きしとったねぇ」

「うむ、良い訓練だったな」

「久しぶりに動いたから、お腹すいたわね」

「今日はサバミソがあるのかい!? かぁー! これで勝つる!」

 

間宮の作る『鯖の味噌煮定食』。

 

『煮込み』や『肉じゃが』と並ぶ“正妻戦争”の決戦料理であり、大食堂の看板料理の一つだ。

 

第十七駆逐隊は全員がサバミソ定食を注文し、お茶やご飯、味噌汁、副菜をセルフサービスで手際よく準備する。

 

味噌汁は、小松菜と油揚げ、しめじが具になっている。

昆布と鰹節の基本ダシに、油揚げのコクとしめじの深みが加わったもの。

 

副菜の小鉢や小皿には、鎮守府の畑で採れた自家製大根の漬物に、目の前の湾で採れた昆布とひじきの炒め煮、これまた自家製の海と山のコラボであるワカメとキュウリの酢漬け。

 

これだけでも、ご飯一膳は軽くいけてしまう重要な資源だ。

 

そして、メインの『鯖の味噌煮』が運ばれてくる。

 

 

丁寧に下処理し、じっくりと水煮してアクをとったサバの切り身。

下味を付けたら、さらに冷蔵庫で一晩寝かせて、味や脂ののり、身の状態を確認して味付けしてから再度煮込む。

 

最終的な味の決め手は、上品な白味噌の甘さ。

柔らかく、骨の髄までホロホロと煮込まれた鯖の身に、優しい味わいの白味噌が染み込んでいる。

 

ともすれば、くどさのある脂ののったサバが、丸く丸く上手に削られて、ご飯にピッタリの味に研ぎ澄まされている。

 

少しだけ硬めに炊かれたツヤツヤご飯に鯖味噌をのせ、グイッとかっ込めば……。

 

「ぶち美味い!」

「もふぅ……これは凄いぞ」

「うーん、幸せな味ね」

「てやんでい、ご飯おかわりだチクショーめ!」

 

午後もまた、神通の監督下で2本目の防空射撃演習。

そんな厳しい訓練も、この昼食があれば乗り越えられる。

 

ここの鎮守府は、今日も(提督はバカだけど)メシウマで平和です。



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サラトガと秋祭りのアメリカンドッグ

「翔鶴姉、やるよ! 艦首風上、攻撃隊…発艦、始め!」

 

燃焼噴射推進器(ジェット)の轟音を響かせ、瑞鶴と翔鶴の試製甲板カタパルトから噴式戦闘爆撃隊が発進していく。

 

「サラの子たち、岩本さんの言うことをよく聞くのよ、いい? アタック!」

 

旗艦を務めるサラトガの試製甲板カタパルトからも、岩本隊の零戦に守られながら、戦闘爆撃機F4U-1Dや雷撃機TBFアベンジャーが次々と飛び立っていった。

 

サーモン海域北方の最深部。

艦娘たちの攻撃により、駆逐イ級が猛爆に包まれて轟沈し、空母ヲ級も火炎を上げて大破した。

嬉々とした笑みを浮かべ、報復の「飛び魚艦爆」隊を発進させる戦艦レ級。

 

続けて「深海烏賊魚雷」(というふざけたコードネームからは想像もつかない恐ろしい威力がある)を発射しようとしたレ級に、支援射撃として武蔵から放たれた46cm砲弾が直撃した。

 

爆撃を受けて翔鶴が中破、阿武隈が小破したが、戦闘力は失っていない。

昨夜、徹底的にキラ付けしたおかげで、味方の回避能力は格段に上がっている。

 

「隙ありっぽい!」

 

こちらもレ級に負けず劣らずの狂暴な笑みを浮かべ、夕立が敵艦隊の中へと飛び込んでいく。

 

本部が出してきた新任務『精強大型航空母艦、抜錨!』。

 

なぜ、この極悪海域に軽巡と駆逐2を入れた編成で挑まされるのか……提督は何度も文句を言いながら連日挑戦を続けて、その度に道中でしつこく絡んでくるレ級に泣かされ続けた。

 

「こちらヴェールヌイ、敵潜の撃沈を確認」

「阿武隈の魚雷、イ級に命中です! イ級、急速に沈没しつつあり」

 

最終的に出した結論は、資源を投げ捨てた全力支援と、噴式戦闘爆撃隊の投入、そして全艦への惜しみないキラ付け。

ようやく今、それが報われようとしているが……。

 

「も、も~ばかぁ~! これじゃあ戦えないっぽい!?」

「きゃっ! やっぱあたしじゃムリ……?」

 

夕立は敵の随伴ヲ級に止めを刺した代償に、レ級の砲撃を受けて大破。

阿武隈は旗艦のヲ級から飛来した艦攻から雷撃を受けて大破。

翔鶴と瑞鶴の第二次攻撃隊が、反復攻撃でレ級の撃沈に成功したが……。

 

「ちょっと待った、これはマズイ……S勝利逃がしちゃう?」

 

本部が出してきた任務成功条件はS勝利、敵の完全な全滅。

 

まだ旗艦のヲ級が残っているのに、こちらの動ける夜戦要員はヴェールヌイ1人になってしまった。

しかし、ヴェールヌイは対潜装備しか積んでいない。

 

使った資源の量を考え、カ○ジのように「ぐにゃあっ」となりかけた提督の耳に、通信が飛び込んでくる。

 

「提督、夜間戦闘を行っていいですね?」

 

夜間作戦空母に改装されたばかりの、旗艦のサラトガからだ。

まだサラトガの夜間戦闘力を試したことはなかったが、ここはサラトガに賭けるしかない。

 

「頼むよ、サラトガ」

「はいっ! 艦隊前進、追撃戦に移行します! サラに続いて!」

 

 

「提督、作戦成功しました。さすがです」

「お疲れさまでした」

 

大淀に作戦成功を祝われ、鳳翔さんがお茶を淹れてくれたが、提督は素直に喜べないでいた。

 

「資源の消費、燃料が1000、弾薬が1500超えてるって、間違いじゃなくて?」

「はい。本隊の燃料消費分の正確な集計は、修理が終わってからになりますが……何か急ぎの遠征に行かせましょうか?」

「いや、いいんだ」

 

提督は鳳翔さんの淹れてくれた、香ばしいほうじ茶を飲んで気持ちを切り替え、報告書を片付けた。

 

今夜は楽しい鎮守府の秋祭り。

そんな中、誰かを遠征に行かせる気にはなれない。

貧乏には慣れているし。

 

「それから提督、今月のお給料です」

 

大淀が、なかなかの厚みがある封筒を渡してくれる。

提督は一応拝んで受け取るが、封も切らずにそのまま鳳翔さんへと手渡す。

 

鳳翔さんがそれを開け、生活費や貯金、保険、積み立て……と様々なことに回す分を別の封筒に入れ分けていく。

 

「はい、提督。どうぞ、お小遣いです」

 

まだけっこうな厚みがある封筒が提督の手元に戻ってくるが……。

 

「提督、酒保から集金に来ました~」

 

笑顔で明石がやってくる。

 

「ケッコン書類一式と指輪が4セット、補強増設1、家具職人さんへの特注1、天才明石の元気が出るクスリ(精力剤)6ダース、ご褒美用間宮特別券300枚、ガリガリ君(ソーダ味)7ケース……」

 

封筒はすぐに明石の手に渡り、お釣りだけが返ってくる。

 

「はい、大淀さん。今月の売り上げです」

 

明石から大淀の手元へと戻っていく厚い封筒を見ないようにしながら、提督はのそのそと薄い空っぽ寸前の財布に、その2万6052円を注ぎ足した。

 

いいんだ、貧乏には慣れているし……。

 

 

妖精さんたちの力でだだっ広く拡張された執務室を、祭り提灯が赤く照らす。

鎮守府秋祭りの幟旗(のぼりばた)が立てられ、祭囃子のBGMが響く中を、浴衣や法被姿の艦娘たちが行き交う。

 

「はい、これは今日分の別のお小遣いです。みんなにちゃんと、ご馳走してあげるんですよ」

 

提督も鳳翔さんの選んでくれた、白地にかすれ縞の爽やかな浴衣に着替えて祭りに参加し、艦娘たちに声をかけて回っていた。

 

設置された屋台では木曽が鉄板で焼きそばを焼き、まるゆが忙しくパックに詰めている。

 

焼きトウモロコシ、いか焼き、たこ焼き、焼き鳥、味噌田楽、リンゴ飴、綿飴、かき氷、チョコバナナ……。

 

定番ニューから、ソーセージ、ジェラート、ポップコーン、フィッシュ&チップスといった海外艦のものまで、様々な屋台料理が並んでいる。

 

醤油やソースが焼ける匂いに、菓子類の甘い香りがあたりに漂う、あの祭りの匂い。

 

射的台では浦風と綾波が腕を競い合い、天龍が海防艦たちやほっぽちゃんにヨーヨーすくいを教えている。

 

名取が手に持つ金魚を入れたビニール袋に、イ級の稚魚が混じってるんですがそれは……と思ったら、金魚すくいの水槽を運営しているのは南方棲戦姫とレ級だった。

 

隣では戦艦棲姫と装甲空母姫がクジ引きの屋台を出している。

 

「1人1枚タダ、2枚以上引クナラ、2枚目カラハ1枚300円ヨ」

「よし、あたしは10枚」

「こちらも10枚もらいます」

「私は20枚」

 

J鷹とA城とY和が思いっきりカモられてるが、棚の上の方にこれ見よがしに飾られた豪華商品、銘酒とか高級食材とかに目が眩んだのだろうから、同情できない。

 

子供たちは普通に1枚引き、残念賞の玩具を貰って喜んでいるので、放っておくことにする。

 

 

「これがこの国のFestival? 良いわ。好きよ、この雰囲気。Très bien」

「ほぅ、この艦隊のAutumnもいいな。まさに収穫祭のようだ。チンジュフ・アキマツリィ、悪くない」

 

新しく鎮守府に加わった海外艦のリシュリューとアーク・ロイヤルも、祭りを楽しんでくれているようだ。

 

「サラトガ、今日はありがとうね」

 

提督は球磨が揚げていたアメリカンドッグを買ってきて、今日のMVPであるサラトガに渡した。

 

「Oh,Corn Dogs.ありがとうございます、提督」

 

日本のアメリカンドッグは一般的に衣として小麦粉の粉を使うが、アメリカではトウモロコシの粉が使われ、Corn Dogと呼ばれている。

 

たっぷりとつけたケチャップとマスタードの味を感じながら、サクモフとした衣を齧れば、ジンワリと油の香りが鼻に抜け、プリッとしたソーセージが弾けて旨味のある肉汁が染み出してくる。

 

「その浴衣、とっても似合ってるよ」

「嬉しいです……この柄、加賀さんが選んでくれたんですよ」

 

青や紫系統の色を華やかに重ねた、牡丹柄の浴衣を着ているサラトガ。

提督の言葉に、嬉しそうに頬を染めてはにかんでいる。

 

「提督ー! 聞いてくださいっ、ポーラが、ポーラがー!」

 

そんな良い雰囲気ブチ壊しで、イタリア重巡艦娘のザラが突入してくる。

どうせ、ポーラが泥酔したとか、そんな泣き言かと思ったのだが……。

 

「ポーラが、今日はお酒を控えるって言ってるんです!」

「はっ!?」

 

「あ、は~い。ポーラ、覚えましたよぉ~。アキマツリーは子供のためのお祭りで、今週の飲み会の本番はイモニーですよね? ポーラ、ちゃんと体調を整えてイモニーにもサンマツリーにも参加します♪」

 

言うとおり、確かにお酒を控えて(それでも水準以上の酔っ払った状態で)食材運びなどを手伝っているポーラ。

帯はほどけて浴衣がはだけ、大胆に下着を開けっ広げているのだが、そこはザラの評価ポイントではないらしい……。

 

「あー……うん、がんばってね」

 

確かに、今週の“飲み”の本番は芋煮会だ。

そして、その翌日からは怒涛の第三次秋刀魚漁が始まる。

 

「サンマツリー? 提督、もうすぐ何が始まるのですか?」

 

前々から何かを感じていたらしいサラトガから質問が上がるが……。

 

「ま、始まれば分かるよ」

「あ、提督……せっかく着付けた浴衣が……後にしてくださいねっ。お願いします」

 

まあ、今日もまたここの鎮守府は平和です。



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【番外編】鎮守府の芋煮会

良く晴れた青空に、涼しい風が流れていく。

 

鎮守府の畑を流れる小川沿いの、木々に囲まれた空き地。

たくさんのレジャーシートやござが敷かれ、クーラーボックスやビールケースが並べられた中央には、直径1メートルの大鍋が設置されている。

 

今日は鎮守府の芋煮会。

飲めや歌えの大宴会が繰り広げられていた。

 

 

急遽設けられた舞台では、宴会芸もやっている。

 

『細かすぎて伝わらない艦娘モノマネ選手権』

 

「リランカ島周辺での潜水艦狩りに護衛として参加するも水上艦と一切遭遇せず、手持ち無沙汰な一航せ……」

 

舞台袖から駆け上がってきた瑞鶴が、一気に長セリフをまくしたてるが、言い終わらないうちに舞台下へと落下していく(妖精さんの超技術により安全には十分留意しております)。

 

「これは見てみたかったのですが」

「絶対落とされる分かっとって、よう毎度出てくるな」

「早く次に行きましょう」

 

舞台の脇では、司会の霧島と解説の龍驤が笑う横で、落下ボタンを操作する加賀が澄ました表情をしている。

 

「重雷装艦スターシリーズ。まずは、“キャプテン”の愛称でお馴染み、鎮守府のイケメン番長、木曽」

 

舞台に上がった眼帯をつけた鬼怒が前口上を放ち、雷撃を行う仕草を見せた後……被っていた帽子の角度を直し、「フッ」とニヒルに笑う。

 

「俺はあんなことしねーし!」

「よくやってるにゃ」

 

「続いては“奴の前では姫も泣いて土下座する”鎮守府の切り札、北上様」

 

眼帯と帽子を外し、今度はおさげ髪のカツラを被って、鬼怒が雷撃ポーズをとり……その射線の先を見て不思議そうに首を傾けてから……「んっ、当たった」と一言。

 

一部の艦娘たちから爆笑が上がる。

 

「これは何でしょう?」

「あー、北上のよくやるやっちゃな。違う敵に当たったのを、さも狙ってたように誤魔化すんや」

「狙いを外しても当てるあたり、天性のスナイパーですね」

 

「最後は皆さんお待ちかね……うわっ!」

 

鬼怒が続けようとしたところを、司会席に駆け寄ってきた大井がボタンを奪って落下させる。

 

「おーっと、変な角度で落ちましたが大丈夫でしょうか?」

 

 

提督も艦娘たちの宴会芸に笑いながら、今年の大鍋の芋煮をいただく。

 

豚肉と里芋、人参、大根、ごぼう、長ねぎ、しめじ、こんにゃく、油揚げ……と具沢山な名取の芋煮。

辛口の仙台味噌の風味と、豚肉を炒める際に加えられた生姜の香りが特徴的だ。

 

この畑で採れた、ほくほく柔らかい里芋や根菜類に、手でちぎった間宮製こんにゃくの食感がアクセントを加え、しめじと油揚げも深いコクを生んでいて美味しい。

 

500杯分を超える大調理。

使った里芋はダンボール10箱分で、豚肉は50kg。

水はポリタンクで運び、酒とみりんも一升瓶からドバドバ注ぎ、味噌や砂糖は業務用の大袋から直接投入した。

 

普段は気弱で大人しい名取だが、今日は必死に頑張っていた。

 

「名取、美味しいよ」

「あ、あの……。ありがとうございます」

 

手伝いながら「これ、豚汁とどこが違うんだ?」と口を滑らせた天龍を眼光一発で黙らせたり、勝手にかんぴょうを加えようとした妹の鬼怒に無言で腹パンしたりと、普段見られないワイルドな面も見せてくれた。

 

「提督っ、ボクのも食べてよ」

「うちのは、きりたんぽ入りで美味しいですよ」

「あ、あたしのも食べてみてっ」

 

もちろん、大鍋の調理権争いに敗れた艦娘たちも、ただ指をくわえて見ていただけではない。

それぞれ小さな鍋(とはいえ余裕で100杯作れる寸胴鍋)を持ってきて、それぞれのこだわりの芋煮を作っていた。

 

明日の夜からは、いよいよ秋刀魚漁が始まる。

 

大漁祈願も兼ねて、提督と艦娘たちは今日はいっぱい食べて飲んで、宴会を楽しむのだった。



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鎮守府の秋刀魚漁2017

日の落ちた、薄暗い鎮守府の埠頭。

ドラム缶で焚き火をしながら、出撃を前に装備の点検に余念がない艦娘たち。

 

「さんま~! 秋刀魚は任せておくぴょん! うーちゃんの奥義、ダブル探照灯で挑むぴょん!」

 

紺地に白で「さんま」という文字と、赤で秋刀魚の絵を描いた手作りTシャツ。

その上に緑の「鎮守府秋刀魚漁」法被を羽織った、妙に大物感を出した卯月が張り切っている。

言葉どおり、足には2つの探照灯……。

 

「意味? 意味は特にないぴょん。ファッションぴょ~ん♪」

 

提督には大破オチが見えた気がしたが、楽しそうなので何より。

そのまま行かせることにした。

 

 

「提督。秋刀魚漁は、今年は大変そうだ。僕も本気で行くよ!」

「秋刀魚漁支援も択捉にお任せください! はい!!」

「あの……択捉ちゃん……私も…頑張ります……」

 

ベテランの時雨に、新人の択捉や松輪もやる気十分だ。

 

「秋刀魚漁支援任務ですね? 能代、了解いたしました。探照灯、熟練見張員っと。あと魚群探知機は……ふふ、これでいいかしら?」

 

三式水中探信儀を魚群探知機と言い切れるあたり、かなり訓練されている能代。

 

「サンマ漁のsupport. 今年も任せてね!」

 

ウォースパイトも、自ら玉座型艤装に大型の探照灯を装着している。

 

 

「SANMA…だと…っ!? どういうことだ…「Hunterkiller(対潜作戦)」ということか? ある意味そう、だと? しかし、その艤装では……え、それがベストなのか? 解らんな」

 

それに引きかえ、アーク・ロイヤルはまだ事態を飲み込めていないらしい。

 

「ごめんなさい、Mon amiral. 言っている意味がよく分からないわ。秋刀魚がどうしたって? 魚の? もう一度説明して」

 

リシュリューにいたっては、「買い物」の手伝いを頼んだら、何を思ったのかオシャレな私服を着込んできた。

 

「炭の買い出しに行くのに、何でそんな格好してくんだよ」

 

天龍に文句を言われながら、軽トラに押し込まれていくリシュリュー。

 

 

「なにぃ、秋刀魚?! ああ、あの細長いサーベルのような魚か。いいだろう。秋刀魚漁も私に任せておけ。それで、装備はなんだ? …なんだとぉっ?!」

 

「魚群に接近したら、複縦陣右列の探照灯だけを照射してサンマを艦隊の右側方に誘導するであります。この間に左側方に網を展開し……」

 

納得がいかないらしいアーク・ロイヤルとガングートに、あきつ丸が棒受け網漁のやり方を説明している。

 

この鎮守府の沖、敵のはぐれ艦隊や通商破壊艦隊が出没する門の周辺には、国内最大級の秋刀魚の漁場が形成される。

漁場警備による漁業支援も全力で行うが、自分たちでも秋刀魚を獲る気満々でいる、ここの提督と艦娘たち。

 

鎮守府のレストア漁船「ぷかぷか丸」には、レンタルしてきた大型製氷機を搭載するほどの気合いの入れようだ。

 

 

だが、漁業権がある現実の海では秋刀魚を大量に獲ることはできない。

鎮守府にとっての最大の漁場は、モーレイ海やアルフォンシーノ方面などの深海領域。

 

ほっぽちゃんからの情報によると、今年はAL海域にも秋刀魚の群れが来ているらしい。

 

「今季のサンマ漁は不振が予想され、厳しい漁となりそうですが……くれぐれも安全第一でお願いします」

 

近所の神社で頂いてきた「航海安全」「大漁祈願」の御守を大淀が配っていく。

 

 

炊き出しも万全。

 

扶桑、山城が主導して用意しているのは、オーソドックスなおにぎり弁当。

 

鰹節のおかかを、軽く醤油をたらした熱々ご飯に混ぜ、白ごまをふって握るだけ。

 

もう一品は、酒、砂糖、みりん、醤油で甘辛く煮込んだ昆布の佃煮を、同じく熱々のふっくらご飯でそのまま握り込んで、海苔を巻きつけた。

 

その2つのおにぎりに、陸奥が漬けた白菜のお新香と鎮守府自家製の味噌玉を添え、鎮守府の裏山の竹林から作った竹皮の包みにくるんでいく。

 

「ちょっと、お姉様にあんまりベタベタくっつかないで!」

「提督、もう少しで作り終わりますから……待っていてくださいね?」

 

いつものごとく、扶桑にセクハラして作業を邪魔していた提督だが……。

 

「提督、お忙しそうなところ申し訳ありません……」

「秋刀魚の蒲焼きの缶詰、今年の味はどうしましょうか?」

 

左右から、正妻の鳳翔さんと間宮に話しかけられて凍りついた。

 

鳳翔さんの蒲焼きは身が柔らかく、全体の味付けもフンワリとしていて上品。

一方、間宮の蒲焼きはしっかり焼かれた香ばしいボディに濃い目の醤油味が絡み、ご飯がすすむ。

 

どちらも美味しくて人気なのだが、缶詰にするという作業工程の負荷から、どちらか一方だけを選ばざるを得ない。

 

「今年こそ、ジャンケンではなく提督の舌で選んでいただきたいのですが」

「提督のお好きな方でよろしいんですよ?」

「ええと、それは……ちょ○したとマ○ハ、どっちの蒲焼き缶詰が好きかってぐらい難しい問題で……ねえ?」

 

しどろもどろになった提督が周囲に助けを求めるが、扶桑と山城はもとより近くにいる艦娘たちは全員視線をそらして、聞こえないふりをしている。

 

 

埠頭の端の方では、磯風が秋刀魚の炭火焼きの練習をしていた。

着実に炭化していく秋刀魚を見て、不安げに声をかける旗風。

 

「あ、あの、ちょっと焼きすぎでは……」

「声をかけないでくれ。もう少しで、コツを会得できそうなんだ」

「あ、すみません。頑張って……ください」

 

 

そして、いよいよ19時30分。

艦娘たちによる秋刀魚漁の解禁サイレンが鳴り響く。

 

「第一艦隊、出撃してください」

「各員、奮励努力せよ!」

 

正妻戦争の渦中にいる提督を無視して、大淀と長門が出撃命令を下す。

 

「卯月、秋刀魚漁に出撃でぇ~す! がんばるぴょん!」

 

こうして今年の秋刀魚漁が始まるのだった。



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サラトガのクラムチャウダー

田畑を飛んでいたトンボも姿を消し始め、いよいよ冬の訪れを感じさせる頃。

ここの鎮守府は、秋刀魚漁に向けての全力出撃中。

 

特に北方海域アルフォルシーノ方面への出撃が多いが、基本編成には空母2隻が必須。

必然的に休憩室には、次の出撃を待つ空母の艦娘たちがたむろしていた。

 

「よーし、今日こそ勝つぞ。≪草むした墓≫をショックイン、緑1マナから≪極楽鳥≫を出してエンド」

「アンタップアップキープ……≪山≫を置いて赤1マナで鳥に≪稲妻≫。エンドよ」

 

コタツを挟み、瑞鶴と加賀が『マジック:ザ・ギャザリング』の対戦をしている。

 

戦場に出した途端、加賀に呪文で焼かれる瑞鶴の≪極楽鳥≫。

世界中で数えきれないほど繰り返されてきただろう、1ターン目の定跡の攻防をしている。

 

「この焼き鳥製造機……」

「鳥は見たら焼け、よ」

 

この緑の≪極楽鳥≫というクリーチャー、カードを使うコストである“好きな色のマナ”を生み出す強力な特殊能力がある。

こいつ自体は非力だが飛行の能力もあるので、強化されてブロック不能な意外な一撃を放ってくることもあり、出てきたら即座に叩くべしという格言がある。

 

さらに瑞鶴が最初に出した≪草むした墓≫という土地は、出して即使うにはライフ2点を犠牲にしなければならないデメリットはあるが、緑か黒の選んだ方のマナを出せるカード。

黒のマナを必要とするカードには、ゲスな呪文や厄介なクリーチャーが溢れている。

 

「さーて……とりあえず、≪沼≫を置いて黒1マナ、≪思考囲い≫で加賀さんの頭の中を覗いちゃおうかなー♪」

 

相手の手札を公開させて1枚捨てさせるという呪文を唱えて、(加賀視点で)ゲスな笑いを浮かべる瑞鶴。

 

「……これだから黒は……どうぞ」

「う、グロい手札……これだからトリコは……えーと……≪瞬唱の魔導師≫を捨てて」

 

加賀のデッキのカード色は、青白赤のトリコロール。

妨害手段に優れたカードを連打して(瑞鶴視点で)陰険に相手の動きを封じ、盤面を制圧しながらチクチクと相手のライフを削って勝つという(瑞鶴視点で)姑息なデッキだ。

 

 

「2人とも仲が良いですねぇ」

「本当の姉妹みたいで、少し妬けちゃいます」

 

加賀と瑞鶴の横のコタツで、こちらも対戦しながら赤城と翔鶴がほっこりしている。

 

「すみません、私のエンドで止まってましたね」

「はい、では……アンタップアープキープドロー……≪平地≫を置いて、≪尖塔断の運河≫から青で計2マナ、≪光り物集めの鶴≫です」

 

こちらのゲームにも、要注意の鳥が出てきたが……

 

「あら、今は焼く手段がありません」

「≪光り物集めの鶴≫の能力でライブラリーの上から4枚を引いて……手札に加えるのは≪飛行機械の鋳造所≫。すぐに2マナで戦場に出し……通れば≪オパールモックス≫で1マナ出して≪弱者の剣≫を生贄に捧げます」

 

≪飛行機械の鋳造所≫は、色指定なし1マナとアーティファクト(魔法具や機械等のカード)の生贄により、『飛行機械』というパワー1/タフネス1のトークン(カード外の)クリーチャーを製造して戦場に出せ、さらにプレイヤーのライフを1点回復させる。

 

そして、生贄により墓地に置かれたアーティファクトである≪弱者の剣≫は、戦場にパワー1/タフネス1のクリーチャーが出ると、墓地から戦場に戻って、そのクリーチャーにノーコストで装備されて、+1/+2の修正を与える。

 

「うふふ、このターンはこれでエンドです」

 

この先、翔鶴にターンが移れば、出せるマナの数だけ『飛行機械』が増殖し、翔鶴のライフもどんどんと増えていく……。

 

一番の対策としては≪飛行機械の鋳造所≫を破壊することだが、赤城が使うデッキのカード色である赤は、この手の置物対策に無力だ。

 

「さっきの鶴は焼けませんでしたが、翔鶴さんを焼き殺せば私の勝ちですね」

 

物騒なことを笑顔で言う赤城だが、これこそ直接打撃できる炎のパワーこそが最強と信じる赤の思考。

盤面が『飛行機械』で埋まり、翔鶴のライフが増大しきる前に、そのライフを0以下に削ろうと決意する。

 

「全力で行きますよ」

「はい、望むところです」

 

 

「赤城さん、翔鶴と遊んでいると楽しそうね」

「うん、翔鶴姉も赤城さん相手だと妹気分になれて嬉しいんでしょ」

 

赤城と翔鶴の対戦に目をやり、ニンマリする加賀と瑞鶴。

 

「……で、こっちの妹鶴の方はそろそろ投了しないの?」

「いやいやいや、押してるのこっちでしょ? 無限頑強コンボは阻まれたけど、この戦場に並んだクリーチャーが目に入らないなんて、加賀さん老眼?」

 

「無礼な鶴ね……石鍛冶で≪梅澤の十手≫を拾ってきて殴りたいわ」

「そういう禁止カードやファッキンジャパニーズウェポンに頼るのいくない」

「そうね……でも頭に来たので≪神の怒り≫よ」

「ぎゃああああっ、あたしのクリーチャーたちがー!」

 

“全てのクリーチャーを破壊”して戦場をリセットする加賀に、瑞鶴が悲鳴を上げる。

 

 

「また加賀さんと瑞鶴がイチャついてる」

「甘々だね~。それより、ご飯ご飯」

 

北方海域での秋刀魚漁から戻った、二航戦の飛龍と蒼龍は台所に向かう。

 

木の温もりがある床や壁に、タイル張りの流し台、石の竈。

懐かしい昭和レトロの台所では、割烹着を着けたサラトガが料理をしていた。

 

「お帰りなさい。クラムチャウダーが出来てますよ」

 

サラトガがかき混ぜている黄金色のアルマイト鍋からは、白い湯気と芳醇な香りが立ち登っている。

 

ホンビノス貝を白ワインで蒸し、バターと小麦粉で炒めた玉ネギ、セロリ、ニンジンと合わせて、貝の煮汁、牛乳、ホワイトソース、チーズとともにじっくり煮込んだ、アメリカ版お袋の味だ。

 

ホンビノス貝はアメリカ東海岸でよく食べられる異国の貝だが、東京湾に定着して繁殖範囲を広げている。

 

「うわ~、あったまるぅ」

 

木椀に注がれた、濃厚な貝の旨味が溶け込んだ熱々のスープを口にして、飛龍が喜びの声を上げる。

 

「美味しい……あ、グラーフ、Fw190T改ありがとうね。しっかり仕事してくれたよ」

 

蒼龍もスープの滋味に舌鼓を打ちながら、ソーセージを焼いているグラーフ・ツェッペリンに借りた艦載機のお礼を言う。

 

「そうか、それは良かった。焼きあがったぞ、ニュルンベルガー・ローストブラートヴルストだ」

 

炭火でカリッと香ばしく焼けた、小ぶりで爽やかな香辛料の風味のするニュルンベルク名物のソーセージ。

 

「瑞鶴、次の出撃はあなたの番でしょ!」

「あ、いっけなーい! ん……加賀さん、今晩のお月見……カボチャのお団子を作っといてくれる?」

「……言われなくても作るから、早く行ってらっしゃい」

「よーし、行ってくるぞー!」

 

ここの鎮守府は、今日もみんな仲良しです。



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ガングートとカジカ鍋

秋も深まり、朝の冷気が冬の近づきを告げる。

遠くに広がる峰々は紅葉に染まり始め、田んぼでは黄金色の稲が重たげに揺れる。

 

今日は鎮守府の稲刈りの日。

この日ばかりは秋刀魚漁もお休みだ。

 

鋸鎌(のこぎりがま)を手に、稲を刈り取っていく艦娘たち。

刈った稲束は藁でしばって束ね、畦や刈り取り後の田んぼに立てた稲架(この地方では「はさ」という呼び方だが、はざ、はせ、はで……など地方により様々)へとかけていく。

 

稲架かけという工程で、木の柱や竹の三脚に横梁を通した稲架に稲束をかけて、天日と風で干して米の水分量を減らすのだ。

 

最近ではコンバインで稲を刈り取りながら同時に脱穀し、乾燥機で乾燥させるのが主流だが、せっかく趣味でやっている農作業。

手刈りのうえ自分たちで稲架を組み立てて、伝統農法を体験している。

 

昨年は島根県石見地方に伝わる、ヨズクハデという全長5メートルにも達する巨大な稲架を立てるのにも挑戦している。

「ヨズク」とはフクロウを意味し、X字状に立てた稲架に稲束をかけていった姿が、羽根を休めたフクロウに似ていることからつけられた名前だという。

 

稲束を運ぶための田舟(たぶね)(泥地用のソリ)や荷車も、裏山の木材で自作した。

 

 

「けっこう早く終わりそうだな」

 

稲架に稲束をかけて一息ついたガングートが、首筋にかけたタオルで額の汗を拭く。

もちろん周囲の艦娘と同様、鎮守府で配布されたエンジ色のジャージ姿。

 

「人数が多いからね。だけど、白いゴハンになるまで、まだまだこの後の作業も大変なのが待ってるよ」

「内側と外側の稲を入れ替えながら、2~3週間干すのだが……強風で稲架が倒れてしまったりな」

「一昨年は大雨が降って稲が水を吸って重くなってバタバタ倒れてさぁ、あの時は地面もズブ濡れだったからビッショリになっちゃって、また干し直しだったよね」

「去年はヨズクハデが倒れて大変だった。ここは山陰の島根と違って海からの強い南風が吹くし……まあ、そうなるな」

 

伊勢と日向が、何が楽しいのか苦労話で笑いあっているが……ガングートにも、少しその気持ちが分かる気がした。

 

昔ながらの方法で手間も掛かるが、仲間と力を合わせて助け合い、収穫を得たときの喜びは戦闘での勝利にも匹敵する。

 

ここの鎮守府では全員が協力して労働に従事し、食べ物と提督はみんなの共有財産。

そういう原始共産制に通じる雰囲気も、ガングートが好ましく感じているところだ(同志ヴェールヌイに言ったら、それは何か違うと反論されたが)。

 

 

「飯だクマー!」

「お昼やでー! 手ぇ洗って集合してやー!」

 

給食係の球磨と黒潮が、大声を張り上げて飯時を告げる。

親潮が、大鍋からお椀に汁をどんどんよそっていく。

 

身体を温めてくれるのは、内蔵もアラも豪快にブツ切りにして、大根や人参とともに味噌で煮たカジカ鍋。

 

使っているのは、北海道や東北の冷たい海で獲れるトゲカジカ。

見た目はグロテスクだが、弾力のあるキメの細かい白身の魚で、身肉は上品で淡白な味わいをしている。

 

漢字で書くと棘鰍、魚へんに秋と書くだけあって、この時期の鰍は旬まっさかり。

 

そして、この鍋の最大の特徴は、頭の骨やアラから出た強烈で濃厚な出汁の旨さ。

特にオレンジ色の肝を潰して溶いた味噌汁は、他にないコク深い甘みがある。

 

あまりに美味しくて箸でつつき過ぎて鍋を壊してしまう、という意味から別名「鍋壊し」(異説あり)。

 

 

「この鮭おにぎり美味しいです」

「サクッとしたサツマイモの天ぷらも最高ですね」

 

秋鮭のおにぎりを頬張り、鳳翔さんが次々と揚げてくれるサツマイモの天ぷらに箸をのばす大和と赤城。

 

大鯨が配っているのは、裏山で拾った栗ともち米で作った、ほくほくの栗おこわのおにぎり。

夏の間も肥料をやったり剪定したり害虫を取り除いたりと、大事に育ててきた果樹からの恵み。

 

豊かな実りが集まる、食欲の秋。

 

「夕方からは宴会ですヨー! あとワン踏ん張り、ハッスルして続きをお願いしますネー!」

 

金剛の号令で、午後の作業が始まる。

ガングートも土埃を払って立ち上がり、田んぼへと戻る。

 

その途中、柵に貼られた『祥鳳先生が優しく教える染物教室~初心者歓迎~』とか『飛鷹・隼鷹の入門陶芸講座』、『砲雷撃戦徹底復習コース:足柄ゼミ』などのチラシが目に入る。

 

休憩中に酒を飲み過ぎたのか、愛しの夫であるはずの提督は補給艦娘カーモイの太ももに顔をうずめて沈没したまま、駆逐艦娘ムラークモとカスミーに蹴られている光景も目に入るが……。

 

「やはり、私はここが好きなようだな」

 

ガングートは誰にも聞かれないよう、そっと呟くのだった。



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武蔵のトルコライス

複雑な出入りをする海岸線に、ぽっかりと開いた湾の奥。

空を低く覆う灰色の雲の下、ウミネコの群れが騒がしく舞っている。

 

鎮守府の埠頭で、秋刀魚漁から戻った艦娘たちが秋刀魚を水揚げしていた。

ウミネコたちはその際にこぼれ落ちる秋刀魚を狙っているのだ。

 

今年の秋刀魚漁の応援リーダーである朝潮が、その情景を思い詰めた顔で見つめていた。

 

思うように秋刀魚が獲れない。

すでに漁期は終盤を迎えているが、現在の漁獲量は目標の8割に届かない。

それなのに、めぼしい猟場の秋刀魚は枯渇し始めている。

 

新しい漁場を求めたいところだが、夏の大規模作戦で大量の資源を失った鎮守府に負担をかけるわけにはいかず……。

 

バンッ!

 

いきなり誰かに背中を強い力で叩かれ、朝潮は海に向けてカタパルトで打ち出されるかのような恐怖を味わった。

 

「どうした、暗い顔をしてっ!」

「きゃっ! あ……、む……武蔵さん?」

 

朝潮の背中に優しく手を置き、微笑む武蔵(あくまでも武蔵主観)。

実際には「ドババアァーン」とジョジョ風擬音がつきそうな風格ある登場の仕方だ。

 

「あの……今年の秋刀魚……なかなか獲れなくて……雷先輩や阿賀野さんたちが頑張ってきたのに、今年は私のせいで……目標を達成できないんじゃないかと……」

 

武蔵の雰囲気に押されたのか、生真面目な朝潮にしては珍しく、たどたどしい言葉で本音を打ち明けた。

 

「ふっ……やはり、そんなつまらない事で悩んでいたのか」

「なっ?」

 

いくら武蔵が相手とはいえ、つまらない事と言われてカチンときた朝潮だが……。

反論しようとした朝潮の面前に、武蔵が大きな掌を出して黙らせる。

 

「お前を責任者に選んだのは提督だ」

「え?」

「あの男は台所と布団の中以外では猫の手ほども役に立たんが……それでも、あの恥ずかしがり屋の大和を見つけ出し、この武蔵を鉄底海峡から救い出してくれた男だぞ?」

 

武蔵が世界最強の戦艦だけが成し得る、不敵な笑みを浮かべる。

 

「お前を選んだ司令官を信じろ。司令官に選ばれた、お前自身を信じろ! 倉庫の資源なんぞ、全て使ってしまえ!」

「……はいっ!」

 

笑顔で答える朝潮の頭をワシャワシャと乱暴に撫でまわしながら、武蔵がふと思いつく。

 

「よし、景気づけに今宵はトルコだ!」

 

「ト、トルコ……ですか? 分かりました! 朝潮、大切な資源を使わせていただくお礼に精一杯、司令官にご奉仕いたします!」

 

「……1980年代に同国からの抗議で“泡の国”に名称変更された“そっち”のトルコのことじゃないぞ?」

「!?」

 

武蔵の指摘に耳年増な朝潮が固まり……自分の誤解に気付いた後、真っ赤な顔で自沈しようとするのを止めるのが大変だったのは、また別のお話し。

 

 

直径1メートル半の巨大なパエリア鍋を業火の上で揺すり、巨大しゃもじで米の山を混ぜ炒める武蔵。

お手伝いの島風と清霜がS&Bの赤缶カレー粉を投入していく。

 

霧島と鳥海が具の玉ネギ、ピーマン、赤ウィンナーとともに鉄板で炒めているのは、マ・マーの「ゆでスパゲッティ イタリアン5食入」×50セット。

 

スパゲッティ風ソフト麺を炒めて粉末ソースをかける、という暴力的な調理方法にイタリア艦娘たちが目を白黒させているが、そんなの無視。

 

ケチャップの焼ける風味が、カレー粉の香りとともに食堂に充満する。

 

ひたすらにトンカツを揚げまくる足柄と、それにかけるデミグラスソースを煮込む羽黒。

 

どでかい皿にドカンとカレーピラフをよそい、ボリューミーなサクサクのトンカツをのっけ、おまけにオイリーなスパゲッティナポリタンまでドカッと盛り付けられたら……。

 

武蔵たちが生まれた長崎のローカル名物食、大人のお子様ランチこと、トルコライスの完成だ。

 

今日はおまけで、軽空母たちが焼いたオレンジ色の目玉焼きまでのっかっている。

こんなん食べたたら、誰だって元気が出るよね?

 

「Turkish rice? Wh~y?」

 

アイオワがトルコライスという名前を不思議がっているが……。

 

ネーミングについては、カレーがインド、スパゲッティがイタリアを指し、トンカツがその架け橋になることから、両国の中間に位置するトルコのライスなったとか……。

 

前出の“そっち”のトルコに行く男性客に精をつけてもらうためのボリュームメニューが由来だとか、様々な説を霧島が披露する。

 

一応、ピラフの起源であるトルコの「ピラウ」から「トルコ風ライス」の名が生まれたのだろうが、どうしてカレー味にしたりトンカツやナポリタンがついたのか、元祖トルコライスがどこで生まれたのかは定かではない。

 

「このソフト麺をナポリタンと呼ぶのも意味不明だわ……」

「でも、これは九州ローカルのナポリタンで、他では普通の乾麺のスパゲッティを茹でてからケチャップソースで炒めるんですよ」

 

不可解そうな顔をしているローマに、追加情報を与えて余計に混乱させる鳥海。

 

 

しっとり炒められたカレーピラフ。

油、肉、肉、脂、油と訴えかけてくるロースカツ。

懐かしい昭和風味の古典的ナポリタンスパゲッティ(風ソフト麺)。

半熟とろとろの目玉焼き。

 

カロリーの塊、タンパク質+脂質on炭水化物+炭水化物。

胃袋に向けた弾着観測射撃。

 

栄養バランスの悪さに苦笑した鳳翔さんと間宮が、優しい味のセロリスープとさっぱりしたサラダを作ってセットにしてくれた。

 

パワーフードをモリモリ食べて、元気をつける艦娘たち。

連続出撃で浮かんでいた疲労の色もすぐに消えていく。

 

 

「朝潮、明日からは中部海域にも出撃しよう。空母棲姫のいるKW環礁に秋刀魚の群れがいるらしい」

 

提督がデカ盛りトルコライスに悪戦苦闘している朝潮に話しかける。

 

「中部海域? しかし、資源が……」

「どーん! 秋刀魚漁の総仕上げもアゲアゲでまいりましょう!」

「アゲアゲ?」

「そうです、揚げ揚げです!」

 

資源のことを心配して不安げになる朝潮を、大潮が盛り上げる。

提督も秋季作戦が近いという噂に資源備蓄を気にしていたのだが、武蔵のおかげで、せっかくのお祭りを最大限に楽しむ踏ん切りがついた。

 

「はい! 朝潮、司令官のために秋刀魚漁を必ずやり通す覚悟です!」

 

「千歳を旗艦に、古鷹、大淀、神通、由良、瑞穂で北方AL海域の下ルートにも挑戦してみようか」

「ちょっと提督、お姉たちの中大破した姿を見たいだけなんじゃない?」

 

期間限定で浴衣や着物を着ている艦の名前ばかりをあげ、千代田にジト目を向けられて「ナンノコトデスカー」ととぼけている提督。

 

トルコライスを食べて元気アゲアゲ。

鎮守府総出で、秋刀魚漁のラストスパートがんばります。



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第七駆逐隊とカワハギ料理の宴会

秋の日はつるべ落としといわれる位に早く暮れ、そぞろ寒い夜も長い。

艦娘たちは綿入りの長袖袢纏(はんてん)を着るようになり、大量のコタツムリも発生している。

 

秋刀魚漁も一段落し、鎮守府は弛緩モード。

提督も早々に執務を切り上げた後、休憩室のコタツでぬくぬくしていた。

 

太く黒々とした梁が高い天井を支える、五十畳の休憩室。

敷波が提督の隣でミカンを剥いてくれ、磯波と浦波はコタツのテーブルの上でチェッカーの対戦、コタツから顔だけ出した初雪は座布団を枕にうたた寝し、深雪は提督の背中に寄りかかってマンガを読んでいた。

 

吹雪、白雪、綾波は隣のコタツで、扶桑から伝統的な藁細工である卵苞(たまごつと)の作り方を教えてもらっていた。

 

舟型に編んだ卵を載せて、さらに藁で編み込んで卵を固定していく。

取っ手状に編んだ部分を持って歩いても卵は落ちない、プラスチックやダンボールの容器などなかった時代に、貴重だった卵を運ぶための農家の知恵の固まり。

 

ザラとポーラも一緒になって、応用編のワインボトル用の藁の編み方を習っている。

イタリアでも伝統的な”フィアスコボトル”という藁で包まれた丸底瓶があったが、藁を編む職人の減少により生産量が大幅に減っているそうだ。

 

 

台所では第七駆逐隊が、鳳翔さんの指導を受けながらのチクワ作りを終えていた。

 

今日は曙の発案で宿毛湾にカワハギ釣りに出かけ、4人で50尾以上のカワハギを釣ってきたのだ。

 

カワハギは餌盗り名人で、他の魚を狙っているときは餌を盗んで邪魔をするし、いざカワハギを本命で釣ろうとしてもアワセが難しくて釣り難い、誠に厄介な奴。

 

その秘密はカワハギの泳ぎ方と口の形にあって、カワハギは縦に泳ぎ、水中でホバリングしながら、細い口で餌をツンツンとつつきながら食べる。

横からバクンと食いつくようなサバと違って、なかなか針を飲み込んでくれない。

 

それだけに竿先や糸の動きを慎重に見極め、上手にアワセてカワハギを釣り上げた喜びはひとしお。

 

それには敏感でフィット感がある専用竿が必要なのだと散々にプレゼンし、シマノのステファーノ180という5万円超のカワハギ用の竿をクソ提督に買わせて、やる気満々で挑んだ曙ちゃん。

釣果は、第七駆逐隊の4人で最下位の9尾でした。

 

下から順に……。

3位は漣11尾、使用竿はダイワのカワハギX、お値段は1万円前後。

2位は潮18尾、使用竿はプロマリンの極仙カワハギ、お値段は5千円強。

 

そして釣果1位は、朧20尾。

使用竿は曙が以前使っていた、シマノのカワハギBB、お値段は1万円台前半。

 

「竿の性能の違いが、戦力の決定的差ではないことを教えてやる(キリッ)」

「うるさいわね! あんただって3位でしょ!?」

「しかし二桁と一桁には大きな差があるとは思いませんかねぇ、曙さん?」

 

面白がって漣が煽る煽る。

 

「今回の罰ゲームはメイド服で提督にお酌だったよね」

「ちょっと、朧! こんなトコで脱がそうとしないでよっ!」

「えへへ、これ可愛いでしょ?」

「こら、潮! 自分が着んじゃないと思って……」

 

狭霧が第七駆逐隊のやり取りをハラハラして見守っているが、いつものことなので他の綾波型姉妹はスルーだ。

 

 

強制的にメイド服に着替えさせられた曙が、提督のところにカワハギの薄造りと日本酒を持ってくる。

 

「あ……あの、高い竿買ってもらったのに……あんまり釣れなくてゴメン」

「また次回がんばればいいよ」

 

殊勝に頭を下げる曙に、提督が微笑む。

正直、曙のようにせっかちな子に敏感すぎる竿を与えても、最初は苦労するだろうと思っていた。

試行錯誤しながら、新しい竿の感触に慣れてもらうしかない。

 

というわけで、曙にお酌してもらってカワハギの薄造りをいただく。

 

緑磁の丸皿に美しく盛られた、半透明の薄造り。

紫蘇の葉に、スダチとカワハギの茹でた肝も添えられている。

 

カワハギは何といっても肝が美味い。

熱燗をチビチビやりつつ、上品な甘味のあるコリコリの身をこっくりした肝醤油でいただく。

 

「ああっ、いいもの食べてますねぇ……提督?」

「ポーラも、それちょっと味見してみたいです~」

 

すぐに明石とポーラが寄ってきた。

 

「あらっ、それカワハギ? カワハギの肝って美味しいのよね~」

「貴様、水臭いぞ。そういう珍味を食べるなら、なぜ誘ってくれん?」

 

陸奥に那智……。

運悪くというか必然というか、今日の業務を終えた艦娘たちが休憩室にやって来ては、カワハギと酒を見つけて騒ぎ始め、それぞれ勝手に酒を開け始める。

 

こうなっては仕方ない。

すぐに食堂の間宮に連絡して、今晩の夕食は大広間での宴会に変更してもらう。

 

「もう、そういうことは早く連絡してくださいね」

 

文句を言いつつも、もともとのメニューだった鮭とイクラの親子丼の他に、カツオのタタキや里芋の煮っ転がしなど、手早くつまみを用意して大広間に運んでくれる間宮。

 

鳳翔さんの方も、第七駆逐隊と作った旨味濃厚なチクワを焼きながら、カワハギの骨でダシをとって肝を溶き込んだチリ鍋などを用意してくれる。

 

「艦隊のアイドル那珂ちゃん、この前干した金目鯛を提供しちゃいま~す♪」

「朝採ってきた白菜、お塩とバターと鍋で火にかけるだけで煮物になりますよ」

 

続々と集まるつまみたち。

 

「ご主人様、あんまり調子に乗ってるとぶっ飛ばしますよ? ボノのライフはもうゼロですから、続きは戦艦や空母のお姉さんたちにしてください」

 

いつの間にか酔いが回り、曙のメイド服のスカートに手を突っ込んで堂々とセクハラしていた提督も、漣に警告されて大広間へと誘導される。

グッタリしている曙は、潮と朧が肩を貸して連れて行く。

 

特別な日ではないけれど、何となく宴会が始まる今日も平和な鎮守府です。



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料理の鉄娘 ‐秋刀魚対決‐

煮詰めたバルサミコと赤ワインの香り。

それを満足そうにひと嗅ぎすると、コマンダン・テストはソースの入った鍋を一度火から離してバターを加え、最後に強火で一気に沸騰させた。

 

そのソースを、バターとオリーブオイルとでカリカリに焼き炒めた秋刀魚の切り身の上に回しかける。

秋刀魚の下には、別に用意した季節のラタトゥイユ、茄子と玉ネギとズッキーニ、椎茸とエリンギ、トマト缶、香草のワイン煮込みが敷き詰めてある。

 

「秋刀魚のポワレ ラタトゥイユ添え」の完成だ。

 

 

ついに終わった今季の秋刀魚漁の締め、鎮守府秋刀魚祭り。

その賑やかしとして行われているのが、この秋刀魚漁中にケッコンを迎えた艦娘同士による料理対決イベント『料理の鉄娘』だ。

 

「私の記憶が確かならば……このイベントはN○SSAN自動車とは何の関係もありません」

「私、このイベントの一切の中継を任されました、福井……もとい青葉です」

 

色々な権利関係にギリギリ内角というかデッドボール上等で切り込んでいく、司会の霧島と実況の青葉。

霧島はもちろんパプリカを齧っているのだが、何のことか分からない平成生まれの坊やはここでは切り捨てていく。

 

いよいよ定義が怪しくなる執務室に設けられたキッチ○スタジアムのセットは、明石と夕張が妖精さんたちの協力を受けて作り上げた(もちろん提督の財布で特注家具職人さんも招聘)。

 

 

「さあ、挑戦者が姿を現します! 自由・平等・博愛の国から来た水上機母艦! 着任から1年未満にして練度99に達した実力者! コマちゃん!」

「Commandant Testeです!」

 

元ネタも分からないまま、挑戦者としてイベントに引っ張り出されるコマンダン・テスト。

 

「今日、貴方が戦うのは日本が誇る大和撫子です……甦るがいい! Ir○n Chef!」

「さあ、いよいよ和の鉄娘が姿を現します!」

 

ノリノリな霧島と青葉の進行の下、妖精さんたちの超技術により何もないはずの床から、舞台がせり出してくる。

 

「2年前に期待の水上機母艦として着任して以来、常に季節感あふれる装いで我々を楽しませてくれた……」

 

上昇した舞台の上には、嘘企画で待機させられていた会議室から妖精さんによる次元転送で急に引っ張り出され、状況が分からないままにオロオロしている瑞穂がいた。

 

「片や鎮守府中堅の日本水上機母艦、片や新進の海外水上機母艦。そんな二人がこの同時期にケッコンを迎え、互いに料理の腕を競い合う……」

 

芝居がかった霧島の司会に、自分たちだけ何も知らされていなかった瑞穂とコマンダン・テストも、やっとこれが料理対決なのだと察する。

 

「今日の対決に相応しいテーマはアレしかありません。それでは発表します、今日のテーマはこれです!」

 

霧島が、中央の台に置かれていた布をババーンと剥ぎ取る。

そこに盛られている食材は、もちろん……。

 

「今日のテーマは、秋刀魚!」

 

 

盛り上がる会場の熱気に気おされつつ、瑞穂も料理に取りかかろうとするが……。

 

何も思いつかない。

 

瑞穂とて、料理は不得意ではない。

いや、むしろ得意な方だが……。

 

こんな風に料理対決だと言われて、とっさに出せるような華やかな秋刀魚料理に心当たりがない。

 

謝って辞退しようかとも考えたが、ワクテカして見守る観衆(特に海外艦娘たち)の視線を裏切るのも心が痛む。

 

とにかく包丁を握り、秋刀魚をおろし始め……ようとするが、会場を盛り上げようとする青葉のナレーションが心をかき乱す。

 

ぶんぶんっ、と顔を左右に大きく振り、雑念をかき消す。

 

「み、瑞穂。参りますっ!」

 

 

三枚におろし、丁寧に骨を取り除いて皮をひいた秋刀魚の身を、生姜、長ネギ、酒、味噌とともに包丁で粗みじんに叩いていく。

さらに、醤油、みりんで味を調えながら手で混ぜ潰し、大葉の葉に貼り付けてフライパンできつね色に焼き、大根おろしを添えれば……。

 

「房州名物 秋刀魚のさんが焼き」の完成だ。

 

秋刀魚の食感が残る粗挽きの魚ハンバーグに、香味野菜と田舎味噌。

魚臭さと風味とのギリギリのバランスを、野田醤油のほのかな香りが取り持つ。

 

提督に以前出したら、とても美味しいだと言ってくれた秋刀魚料理だ。

 

 

「緊張の糸が張り詰めるキッチ○スタジアム。今日の対決は、我々に和洋それぞれの家庭の味を教えてくれました。さあ、両者の料理を食べ終えた提督は、どのような判断(ジャッジ)を下すのか!?」

 

例の緊張感あるBGMの中、青葉がナレーションで盛り上げ、霧島が発表前のタメを作って……。

 

「引き分け!」

「うん、どっちも美味しかったよ」

 

霧島の発表に、目を細めて笑う提督と、安どに胸を撫で下ろす瑞穂とコマンダン・テスト。

両者の健闘を讃える盛大な拍手と歓声とともに、日和見で八方美人な提督に向けて罵声と物が乱れ飛ぶ。

 

明日は大本営の都合で夕方まで出撃できないそうだし、このまま朝まで宴会です。



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那珂と根深汁

小雨がパラつく秋冷の朝。

提督と那珂は第三水雷戦隊や応援の艦娘たちを連れ、畑へとやって来ていた。

 

那珂たちが育ててきた長ネギの、ついに第一回目の収穫。

土寄せを繰り返すうちに、こんもりと高くなった畝から青々とした葉が密集して伸びている。

 

「株を傷つけないように畝を崩して掘り下げていくんだよ」

 

提督に促されて、クワやシャベルで畝を崩していく那珂たち。

ちなみに、いつもの臙脂色ジャージに透明なビニール雨合羽にゴム長靴、軍手という農業実習感溢れるスタイルだ。

 

丹念に耕し続けてきた畑の土はふわふわで、すぐに長ネギの白い葉鞘部(ようしょうぶ)が姿を現してくる。

だが、長ネギはまだまだ下まで深く埋まっている。

 

ネギを傷つけないようにと、慎重に土を掘っていくとどうしても時間がかかる。

見学させてもらったネギ農家のおじいちゃんはサクサク掘り出していたが、そういう名人芸には程遠い、つたない作業。

 

五月雨が転んで泥だらけになるのも、もはやお約束。

 

土を十分に取り除いてネギを露出させたら、根元を手で持って手前に倒すように引き抜く。

 

立派に太々と育った長ネギの下にも、サンタクロースのあごひげのような根が大地に力強く張っていて、引き抜く抵抗となるが……その感触が嬉しい。

 

大根を引き抜いた艦娘たちの間から歓声が上がる。

長い時間、苦労をかけてきたからこその収穫の喜び。

 

「見て見て、すっごいの! とっても長くて太……って、那珂ちゃんは、そういう路線はNGなんだからねっ!?」

 

雨はいつの間にか上がり、低い雲の合間からは鈍色の光が射していた。

 

 

収穫した長ネギのうち、近日中に食べる分は根と葉先を切り落として束ね、青いプラスチックの収穫コンテナに詰めてリヤカーに載せた。

残りは根に泥がついたままの状態で新聞紙にくるみ、根を下にして物置小屋に入れておく。

 

提督はみんなが楽しそうに作業をするのを眺めつつ、白露と時雨に手伝ってもらいながら、昼飯の準備をしていた。

 

「提督、これぐらいの長さでいいかな?」

「うん。切ったら、炭火で軽く炙ってね」

 

白露と時雨が、泥を洗い落してひと皮剥いた長ネギを、小銃の薬莢ほどの長さに切りそろえ、練炭の上の金網に載せていく。

軽く焦げ目をつけたら、水と酒、昆布、油揚げの入った大鍋の中へ放り込む。

 

コンロにかけて煮立った大鍋には、少しずつ味噌を溶き込んでいく。

 

この畑で採れた大豆から仕込み、二年寝かせた自家製の田舎味噌。

食堂や鳳翔さんの居酒屋で仕入れる一級品には完成度や洗練度で引けを取るが、味わい深さでは絶対負けていない我が家の「手前みそ」。

年明けの新たな味噌仕込みには、那珂たちの第四水雷戦隊も参加する予定だ。

 

「お、根深汁(ねぶかじる)?」

「提督、あたし達も飲みたーい」

 

台風対策でミツバチの巣箱を補強しに来ていた飛龍と蒼龍が、匂いにつられてやって来る。

根深は深谷ネギや下仁田ネギなど関東の長ネギの江戸時代の通称、それだけを具にしたシンプルな味噌汁だが、これが寒い日にはめっぽう美味い。

 

今回は外で調理するため、鰹だしはとるのを省き、代わりにコクを増すため刻んだ油揚げを加えてある。

 

「第八駆逐隊、昼食を持ってまいりました!」

 

朝潮たちの八駆が、間宮が作ったご飯やおかずの食缶を、台車に積んで運んできてくれた。

台車といっても、ちゃちなキャスターがついた倉庫で使うようなものでものではなく、太いノーパンクタイヤを装備した屋外用のものだ。

 

野分と舞風が折り畳みのテーブルやイスを用意し、萩風が食器を並べていく。

 

銀杏と舞茸の炊き込みご飯に、鶏と根菜の炊き合わせ、茄子の漬物。

畑の片隅に、秋の味覚たっぷりの食卓が登場する。

 

「嵐、カボチャ畑の方にザラとリベ、果樹園に最上と三隈がいるはずだから、呼んできて」

「了解、任せとけ!」

 

嵐が物置小屋から出してきたのは、幅広のタイヤを着けた折り畳み自転車。

東京ドーム約2個分という広い農場内での連絡用に役立っている。

 

 

昼食を済ませたら、午後は台風対策だ。

風で落ちてしまいそうなリンゴや梨、柿などを前もって収穫し、田んぼに干してある稲を鎮守府の倉庫へと避難させる。

 

台風が通り過ぎたら、乾燥させておいた蕎麦を脱穀して新蕎麦を打ち、月末にはハロウィンのお祭りをする。

 

そして11月になったら……。

提督は、そっと時雨と満潮の手を握る。

 

今度の秋の期間作戦は、運命のスリガオ海峡が舞台となるという噂がある。

 

「今度は……みんなを守ってみせるよ」

「なに、司令官? 別に優しくして欲しいわけじゃないし! 大丈夫よ!」

 

言葉はそれぞれだが、二人とも強く手を握り返してくる。

提督と目があった最上も、笑顔で頷いてくれた。

 

大丈夫、うちの強い娘たちは、どんな困難にも絶対に負けやしない。

 

「さあ、那珂ちゃん。いただきますをしようか」

「はーい! みんな、長ネギ作りお疲れ様でした! いただきます!」

 

那珂ちゃんの合図で、みんな湯気を立てる熱々の根深汁に手を伸ばす。

田舎味噌の滋味に、火の通ったネギの甘み。

身体の芯から温まる。

 

銀杏と舞茸の香りに胸を躍らせ、味の染みたご飯をかき込めば、なかなか箸が止まらなくなる。

そんな秋の畑の幸せな一時でした。



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満潮と田舎蕎麦

鎮守府の裏山の炭焼き窯から、青白い煙がたなびく。

火入れから炭が焼きあがるまで三昼夜ずっと窯の火加減を調節し、さらに窯が冷えて炭を取り出すまでに四日、炭小屋に泊まり込んで窯の番をする必要がある。

 

今日は大和と矢矧が窯の番についていて、そんな2人に差し入れの笹団子を持っていこうと、雪風と初霜が裏山を登っている。

 

 

いまだにスカスカな鎮守府の倉庫の片隅では、ジャージ姿の数人の艦娘たちが縄を()っていた。

 

「ね、こうしてよじりながら……指でこう絡ませるのよ?」

 

阿武隈がアークロイヤルに教えているのだが……。

 

縄を綯うためには、長さをあわせた数本ずつの藁の束を二つ、手のひらの中でコヨリを作るように同時にねじり回して絡ませながら、その二つの藁の束を左右の指先を使って、ねじりとは逆方向に()る。

 

慣れてしまうと簡単だが、縒りながら親指で藁を押さえていたりと、実際は手の中で複雑な動きが必要で、見ただけでは簡単に真似できない。

 

「フンッ……やっぱり英国艦は手先が不器用なようね」

「Say that one more time! I will shoot……(もういっぺん言ってみろ! 撃ち殺……)」

「もうっ、喧嘩しないでくださいぃー!」

 

縄を縒るには、硬いままの藁では作業できないので、水を含ませてゴザに包んで置いておき、しんなりしたところを岩の台の上で叩き棒で叩いて柔らかくする。

 

木の幹に柄を刺し込んだ叩き棒で、藁の束をバンバン叩いていたビスマルクの一言がアークロイヤルを怒らせ、阿武隈が慌てて止めに入る。

 

「貸してみなさい? 私がお手本を見せてあげるわ」

 

アークロイヤルの手から藁束を奪い取り、ビスマルクが器用に縄を綯っていく。

ちなみに、アークロイヤルは椅子に座ってやろうとしていたが、ビスマルクは床に直接あぐらで足で縄の端を押さえつけている。

 

「こうやって足で押さえないから難しいのよ」

「ほう、なるほど……」

 

ビスマルクを真似て、アークロイヤルも床にあぐらをかくが、そこに……。

 

「がおー! お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃいますって♪」

「Oh,My god! U-boat!! アブクーマ、Help me!」

 

ハロウィンの衣装を着たローちゃんこと呂500、元U-511の登場にアークロイヤルのトラウマスイッチがオンになる。

 

 

飛龍と蒼龍は倉庫の軒先で石臼を回し、そば粉を挽いていた。

 

そばは収穫までの期間も短く、荒れ地でもよく育つ植物(受粉にはミツバチなど昆虫の手助けが必要だが、ここの鎮守府は養蜂もやっているのであまり苦労しない)だが、収穫してから食用にするまでに幾重にも手間がかかる。

 

畑で刈り取ったそばはを茎ごと束にして天日で干し、板に縄を巻きつけた脱穀板にこすりつけて実を落とし、ふるいにかけて大きな異物を取り除いたら、適切な水分量(約15%)になるよう穀物庫で乾燥させる。

 

乾燥した実も、そのままでは汚れていて食用に使えない。

ふるいにかけて葉や茎などの混じり物を省き、唐箕(とうみ)という羽根車による風を利用した農機具で軽い異物を吹き飛ばし、手箕(てみ)という竹かごでふるって埃や砂などを落としながら、石などの重い異物や目に見えたゴミを丹念に取り除く。

 

さらに、研磨機にかけてそばの実をブラッシングして泥土を落とし、またふるいや唐箕にかけて割れたものや砕けたものなどを省き、目の異なる何枚もの網にかけて粒の大きさをそろえて、やっと石臼で挽くことができる。

 

本当は白いそばを挽くためには脱皮機という機械を使って、そば殻を取り除き、皮を剥く作業もあるのだが……。

自家製そばは、挽きぐるみの黒っぽい田舎蕎麦でいいと割り切って、いったん殻ごと粗く挽いてからふるいにかけて殻と皮を捨て、さらに細かく挽いて絹のふるいでそば粉を得る、昔ながらの製法でやっている。

 

ゴリゴリと1分間に十数回、ゆっくりと石臼が回る音が鳴る、のどかな昼下がり。

近くでは天龍と睦月が柿を干し、那珂と夕立、春雨が釣ってきたメカジキを解体している。

 

ローちゃんに追い回されるアークロイヤルの悲鳴だけが、けたたましく響いていた。

 

 

そんな頃、提督は露天風呂に浸かった後で、休憩所の和室でくつろいで酒を飲んでいた。

酒は奈良・今西清兵衛商店の春鹿、切れの良い辛口。

 

近くでは同じく湯上がりの満潮が、浴衣姿で鳳翔さんに髪を乾かしてもらっている。

 

今日は、新任務の『「第八駆逐隊」、南西へ!』に挑んだ。

朝潮、満潮、荒潮、大潮らの第八駆逐隊を含む艦隊で、南西諸島沖とバシー島沖の敵主力を撃破するという、比較的簡単なものなのだが……。

 

バシー島沖で羅針盤が荒ぶって、高速建造材がプカプカ浮かぶだけの謎の海域に飛ばされまくり、任務達成までに8回も出撃を要し、疲れたので業務は終了。

 

冷気にさらされた身体に、熱々の温泉はありがたい何よりのご馳走。

 

ただ、提督自身は執務室にいただけなのに、改二になったばかりの満潮や、朝潮、荒潮、大潮らの少女艦娘たちと温泉に入り、夕方前から酒を飲んでいる。

 

提督がつまみにしているのは、瑞鳳の玉子焼きと、龍鳳(大鯨)の味噌田楽など。

多忙に追われる社会人からすると絞め殺したくなるが、一緒に出撃と温泉をこなした鳳翔さんが我慢しているので、皆さんにも何とか我慢して欲しい。

 

「うふふふっ♪ 玉子焼き、あーん……してくれる?」

 

浴衣をはだけさせた荒潮がおねだりし、提督が箸で玉子焼きの切れ端を食べさせてあげるのを、鳳翔さんが満潮の次に大潮の髪を乾かしながら、ジトーッと冷たい目で見ている。

 

 

しかし、提督はそんなの気にしていない。

間宮が作ってくれた、風味抜群な湯葉(ゆば)の刺身に舌鼓を打っている。

 

「朝潮、お蕎麦がまだか聞いてまいりますっ!」

「おっと、危ないなあ!」

 

険悪な雰囲気を感じた朝潮が浴衣を乱して走り去ろうとしたが、玄関先でそばを持ってきた最上とぶつかりそうになってしまった。

 

最上が持ってきた盆の上には、竹編みのザルに盛られた黒みがかった十割の田舎蕎麦。

ザルの端にはたっぷりと大根のおろしが盛られ、添えられた猪口の汁からは匂い立つような鰹節の香りが漂ってくる。

 

「最上、お風呂は?」

「僕は食べてからでいいよ。残り、みんなの分も持ってくるね! 提督、先に食べててよ!」

「運ぶの、お手伝いします!」

「はいっ、アゲアゲで参りますっ!」

 

提督の問いに爽やかに答えて身をひるがえす最上と、それを追っていく朝潮と大潮。

最上もバシー島沖への出撃を繰り返していたのだが、まったく疲れを感じさせない。

 

「はい、どうぞ」

 

荒潮を押しのけた鳳翔さんに注いでもらった春鹿をクイッとあおり、太めのそばを手繰る(たぐる)

喉から鼻へと抜けていくのは、甘辛い汁と辛味の強い大根のおろし、そして野趣に溢れた荒々しくも濃厚な「蕎麦」そのものの香り。

 

障子越しに差し込む、優しい午後の日差し。

外から聞こえるヒヨドリやモズの鳴き声に、木々の揺れる音。

 

「幸せだなあ……」

 

提督が鳳翔さんの胸にもたれかかり、その頭を鳳翔さんが優しく抱き止める。

 

「夜はハロウィンのお祭りだそうですから、あまり酔いすぎてはいけませんよ?」

「うん……」

 

「朝潮、ただいま戻りました! はい、おそばです」

「あと、間宮さんが食後にお汁粉を作ってくれるってさ。提督には、鴨のネギ焼きも持ってきたよ。あと、雪雀の大吟醸もあるよ?」

 

提督が最上の声にムクリと起き上がる。

 

「もう、本当に飲み過ぎないでくださいね?」

 

心配そうな鳳翔の声をよそに、最上の持ってきた銘酒へと手を伸ばす提督。

 

 

この後、酔っ払ってセクハラ魔人と化した提督に、満潮を生贄にして一同撤退してしまい恨み言を言われまくるのだが……。

当の満潮自身がキラキラしまくっていたので、説得力はなかったそうです。



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アイオワのブロックステーキ

提督は「音」について考えていた。

耳を澄ませば、様々な音が聞こえてくる。

 

埠頭の波のせせらぎ、海鳥の鳴き声、裏山の木々のざわめき。

足踏み脱穀機「號光國新式ダヨチ」のリズミカルな回転音に、薪を割る小気味よい乾いた音。

朝の釣果で浜焼きをしようとしている艦娘たちの賑やかな声。

 

この農林水産鎮守府らしい、自然と生命の営みを感じさせる音ばかりだ。

 

果たしてこの幸福な音に満ち溢れた空間に、あえて無粋な音を響かせる必要などあるのだろうか……。

 

 

「御託はいいので、とっとと羅針盤を回してください」

 

大淀の冷たい声が提督を咎める。

 

「えー?らしんばん、まわすのー?」

「ほら、羅針盤妖精さんだって回したくなさそうだし……」

「提督!」

「はい……お願い、回して」

 

「……ん……あい」

 

眠たそうな顔の羅針盤妖精さんがやる気のない動作で羅針盤を回し、シャ……シャッとこれまた気だるそうに羅針盤が動く……。

 

 

 

「ごめんねー……」

「ううん、君のせいじゃないよ」

 

南方海域前面。

最深部を前に北へと逸れていった艦隊からの「不幸だわ」という無線通信に耳を背け、提督は落ち込む羅針盤妖精さんの頭を優しく撫でる。

 

「今日は何を食べようかな」

 

あまりの羅針盤運のなさに、提督のやる気も尽きた。

 

 

提督は執務を強制終了させて温泉に浸かりに行こうかとも考えたが……。

大淀のこめかみにピキピキと青い筋が浮いていたので、午後は秋季作戦についての雑務に充てることにした。

 

明石には最近手に入った駆逐艦娘用の「12.7cm連装砲C型改二」2本を最高度を目指して改修しておくように指示。

 

遠征は今さら焼け石に水だが、駆逐艦娘たちにローテーションしてもらい、海上護衛任務や鼠輸送など効率のいいものを高回転する計画を立てた。

 

倉庫に眠っている不使用装備の廃棄、キス島前方やリランカ島前方での自主訓練、兵棋演習など、艦娘たちから提案された計画書に「よきにはからえ」とばかり決済印を押していく。

 

 

続けて、次々回の冬季作戦の分も含めた新しい艦娘たちのお迎え計画。

 

すでに200人以上が住む艦娘寮、もともとが楼閣造りの温泉旅館だった建物には松竹梅と3つのグレードの元客室がある。

提督は帝国海軍の艦艇一覧や編成表を照らし合わせながら、あらためてグレード順に部屋割りを確認していく。

 

まず番外としては、元は従業員が使っていた8畳から10畳の質素な部屋。

大淀と明石、間宮と伊良湖、天龍と龍田、夕張と島風という組み合わせの4室で、ここはこのままで問題ない。

 

 

客室だったうち一番広いのが、12畳半か15畳の本間に8畳の次の間、6畳ほどの広さの板の間と4人掛けのテーブルが楽に置ける広縁(ひろえん)、内風呂を備えた松の部屋。

 

このグレードの部屋は主に、大姉妹の駆逐艦娘や潜水艦娘たち、ドイツ、イタリア組が使っている。

 

すでに姉妹が全員そろっている白露型の10人はいいとして、朝潮型の10人にはまだ夏雲と峰雲という姉妹が加わる可能性がある。

吹雪型と七駆(曙たち)を除く綾波型の部屋も、天霧と狭霧が来たことで11人になった。

 

そろそろ、末妹の夕月を待っている睦月型の部屋のように、ほとんど使っていない内風呂を潰して板の間を大きく広げる改築をしてあげた方がいいかもしれない。

 

夕雲型10人と秋雲が使っている部屋も、そろそろ限界。

夕雲型が全員そろえば19人になるし、英米の艦娘の大家族化も予想されることから、将来的にはこのグレードの部屋数の不足も避けられない。

 

あきつ丸、まるゆ、秋津洲、瑞穂、速吸、神威と海防艦たちの10人で使っている部屋も手狭だし、再編成することも考えなくてはいけないが、あきつ丸たちには部屋割りの度に引っ越しばかりさせていて申し訳ない気になる……。

 

 

次に広いのが、10畳の本間に6畳の次の間、2人掛けのテーブルが置ける広縁を備えた竹の部屋。

 

ここは基本的に、四人姉妹の重巡艦娘や阿賀野型にあてがっているので悩みは少ない。

球磨型の五人姉妹には少し手狭で申し訳ないが、姉妹仲もいいしすでに姉妹全員そろっているので、これ以上人数が増える心配もない。

 

雲龍、天城、葛城の三姉妹には一応まだ妹がいるが……現実世界で建造中止となっているため、顕現できる可能性は低いだろう(グラーフやアクィラの例があるので何とも言えないが)。

 

問題は神風型の5人。

あと4人の妹が残っているし、もし2人ぐらい同時に顕現してきたら部屋を変えるか分けてあげる必要がある。

 

 

最後が、10畳か12畳の本間に2人掛けのテーブルが置ける広縁を備えた、シンプルな梅の部屋。

 

赤城と加賀、長門と陸奥のような空母・戦艦組や利根姉妹の2人部屋、川内型や長良型の軽巡3人部屋、駆逐隊を基本単位にしている暁型などの駆逐4人部屋は安定している。

 

同型艦の姉妹がいない同士ということで龍驤と大鳳を同部屋にした時、「なんやー、ムカムカするわぁ。他意はないと分かっててもムカムカするわぁ」などと苦虫を10匹ぐらい噛み潰したような顔をしていた龍驤と、某アイドルのような9393顔を浮かべて無言だった大鳳も今では仲良くやっている。

 

香取と鹿島のところも、妹の香椎が来ても同部屋で済むだろう。

 

だが、次の作戦はレイテらしい。

秋月(秋月自身はレイテで沈んでいる)型の涼月の顕現が噂されているし、戦艦などのアメリカ艦娘が来る可能性も十分にあるがアイオワとサラトガの部屋に入れたら狭すぎないか。

 

暁たちの押し入れで寝起きしているガングートをいつまでもそのままにしておくわけにもいかないし、鳳翔さんと同部屋になっている大鷹の妹たちや、神鷹、海鷹、松型の駆逐艦娘が顕現する可能性もある。

 

 

別館に竹と梅の部屋が2室ずつ空いているが、深海棲艦たちがよく泊まっていくのに使うし、やはり部屋不足になるのは確定だ。

 

提督は建築妖精さんたちを呼び出し、別館を本館並の部屋数にするための増築の見積もりを頼もうとしていたら……。

 

窓の外からやたらと陽気な音楽が響いてきた。

 

 

埠頭の浜焼き会場の一角に掲げられた星条旗と「Welcome to Leyte Gulf!」という横断幕。

華やかなジャズの名曲『In The Mood』をBGMに、アイオワが1メートル×50センチのバカでかい焼き台を2つ備えた試製一六式野外焼架台改を持ち出して巨大な肉の塊を焼き始めていた。

 

鉄板の上で豪快に肉が焼ける音に、立ちのぼる煙と容赦なくばらまかれる良い香り。

 

その隣ではダイナーガール姿のサラトガがコーラやビールを配っている。

 

「Hi! Admiral、Victoryの前祝いよ!」

「大規模作戦、楽しみね♪」

 

ああ、そうですよね……。

日本にとってはレイテが悲壮な戦いでも、そっち側から見れば歴史的大勝利の最大の見せ場ですもんね。

 

浮かれるのも分かります。

 

秋月、照月、初月がワンコのようなキラキラした瞳で肉が焼き上がるのを待っている。

一方、能面のような表情で肉の香りを無視し、黙々とイカゲソを齧っている扶桑姉妹が妙に痛ましいんだけど……。

 

 

曲がThe Andrews Sisters(戦場慰問で大人気だった米国のセクシー三姉妹歌手)の『Rum and Coca-Cola』に変わったところでアイオワが炭火グリルに肉を移して蓋を閉じ、一息つこうとコーラの瓶を栓抜きを使わず台に打ち付けて開けてラッパ飲みする。

 

“ヤンキーがトリニダードにやって来て、熱狂した若い娘たちにモテまくり。娘たちはヤンキーが来て、ここがまるで楽園のように変わったと言う”

 

原曲は旧英国統治領トリニダード・トバゴでのカリプソ(黒人奴隷たちによる非言語的音楽コミュニケーションに由来する音楽スタイル)による自虐的反米ソングだ。

 

“ラムとコーラを飲みながら海水浴場に行こう。母も娘もヤンキーのドル札のために働いてる”

 

本当は売春をほのめかす内容なのだが、USA版はThe Andrews Sistersの明るい歌声と歌詞改変により軽快なポップス曲に仕上がっている。

 

「まったく、ヤンキーは品がないわね」

「うむ、退廃的資本主義の見本だな」

 

などと文句を言いつつ、しっかりビールを飲みながら、肉が焼けるのを待っているビスマルクとガングート……。

 

だが……今はみんな、この艦隊の仲間だ。

過去の歴史のことなんか、どうでもいい。

 

過去はどうでもいいんだけども!

今現在、アイオワの背後に積み上げられている肉の量に関してだけは物申したい。

 

「1人分、どれぐらいの量で計算して買ってきたの?」

「20オンスよ」

「わーい、600グラム以上だー(棒)」

「Don't worry. リブとランプで二種類あるから食べ飽きないし、ソースにはオニオンとガーリックを摩り下ろしてパプリカパウダーも入れてるからベジタブルでヘルシーよ!」

 

自信満々に宣言し、次に焼く肉の塊をウッドテーブルにのせて、塩こしょうを塗り込み始めるアイオワ。

反論したいことがいっぱいあるのに、思わず生唾がゴクリとしてしまう。

 

「さあ、焼き上がったわよ!」

 

観衆の心を見透かしたかのように宣言し、ゆっくりと手についた塩こしょうを払ってグリルの蓋を開くアイオワ。

モワッと煙と香気とが溢れ出す。

 

アイオワがウッドテーブルに下ろした巨大な肉の塊を、豪快にナイフで切り分けてそのまま秋月たちの皿にのせてあげ、石鍋で温めていたソースをかける。

 

秋月たちの嬉しそうな歓声。

 

その餌付けされてる姿に淋しさを覚えつつも、切り分けられてもまだ肉、肉、肉、圧倒的に肉、どこからどう見ても肉という分厚さと、中はミディアムレアで切り口からジューシーな肉汁が垂れてくる暴力的なビジュアル、漂ってくるガーリックソースの匂いに、くやしいほど食欲を刺激された。

 

特に音、言葉では説明しにくいが、ボワッとグリルから立ち昇る煙とブスブスと燻る肉の音が物凄く……良い。

 

胃袋も無条件降伏、喜んで提督もステーキをもらうことにした。

 

表面はこんがりと焼けているが中はまだ赤みが残る肉。

ナイフで切り分け、フォークに刺した厚みのある肉を口に運ぶと……鮮烈なガーリックソースの奥から溢れ出す濃厚な旨味と肉汁。

 

肉だ、まごうことなき肉の味だ。

 

ビスマルクやガングートも、美味しそうに肉を頬張っている。

 

「ほら、扶桑と山城も一緒に食べよう」

「Hey,フソー、ヤマシーロ、Battle shipならSteakを食べなきゃ!」

「きゃっ」

「ちょっと、艦橋を触らないでよ!」

 

まだイカゲソを齧っている扶桑と山城を提督が呼び、アイオワが2人の肩を組んで強引に連れてくる。

 

激闘が予想されるレイテだが、多国籍軍で一丸となって頑張ります。




艦娘寮の梅の間(川内型の部屋イメージ)

【挿絵表示】

艦娘寮の一室の間取りを描いてみました
左上板の間と畳の間が白くなっているのはソフトの操作ミスです
右下のクローゼットは、広縁の一部にDIYしたという脳内設定です


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決戦前の激安宴会

「此れの所を(いつ)磐境(いわさか)と祝い定め祓い清めて()ぎ奉り()せ奉る」

 

艦娘寮の別館増築のための地鎮祭。

提督が祝詞(のりと)を奏上している。

 

「掛けまくも綾に畏き大地主大神、産土大神、屋船豊受姫神、屋船久々能遅大神、木匠祖手置帆負大神、彦狭知大神、石土毘古神、石巣比売神、大戸日別神、天之吹男神、大屋毘古神、風木津別之忍男神、瀬織津比売、速開都比売、気吹戸主、速佐須良比売、少彦名神、高皇産霊神、神皇産霊神、木花咲耶姫、味耜高彦根神、天穂日神、神大市姫神、事代主神、塩土老翁……」

 

普通は土地神様と建築を司る神々に呼びかける奉書を読み上げるのだが、ジュウコン提督らしく神様相手にも八方美人。

家を守る神様六柱、農業や航海の神など、やたらめったら神様達の名前を羅列し始めた。

 

「これじゃ落語の寿限無(じゅげむ)じゃない……」

「どうして提督にやらせたの?」

「神主さんがギックリ腰じゃなかったら、提督になんかやらせなかったわよ」

 

斎主が祝詞を奏上している間は一同沈黙して頭を下げ神様に敬意を表すのだが、艦娘たちの間から私語が漏れ始める。

 

「……事の由告げ奉り拝み奉る様を平らけく安らけく聞こ食して……禍事罪穢を残る隅なく祓い清め給いて……風吹き荒ぶ氷雨降るとも崩え損なうことなく……」

 

ようやく工事の無事を祈る本筋に戻ったかと思えば……。

 

「大野の原に生ふる物は甘菜、辛菜、青海の原に住む物は鰭の広き物、鰭の狭き物、奥つ藻菜、辺つ藻菜に至るまで……秋の御恵賜ふを謝び奉らんと……」

 

五穀豊穣と豊漁を感謝するものに脱線した。

 

「……強者共を神誉で給い慶み給いて……戦の弾より守護り恵み給えと……」

 

最後は秋季作戦に向けた戦勝と艦娘たちの無事祈願。

これでは神様達も誰に何を言われているのか訳が分からないだろう。

 

 

「ひどい祝詞じゃったのう」

 

長い長い欲張り祝詞が終わり、利根がボツリとつぶやく。

 

「し、しかし、司令官も決戦に挑む私たちのことを心配なさって……」

「信者乙」

 

提督を擁護しようとする朝潮を、漣がからかう。

 

 

夜は恒例の前祝いの大宴会。

 

ただ、この間アイオワが大量のステーキ肉を焼き、それに対抗した大和が神戸牛のすきやき祭りを開催したため、予算とカロリーが大変なことになっている。

 

なので今日は低予算、低カロリーを目指した献立となった。

 

まずは、白菜と茄子の漬物と、ゆず大根。

もちろん野菜は鎮守府の畑で採れたもの。

 

塩ベースのあんかけ豆腐。

豆腐は間宮の手作り、具のカニ肉は漁で獲ってきたものをほぐして少量、ほうれん草や白胡麻は自家製。

しめじだけは近所のきのこ農家から買ってきた。

 

さっぱり黒酢味でヘルシーな、鶏ささみにもやしの中華サラダ。

丸鶏ともやしは養鶏場と農家から直接大量購入しているので、いつでも激安だ。

 

そんな鶏皮を使った中華煮込みスープ。

生姜で臭みを消し、ゴマ脂と白煎りゴマの風味に、ピリッとラー油が効いている。

春雨(食べる方の)でかさましし、鶏皮から出た脂のコクもあって食べ応えもある。

 

またまた鶏の砂肝のニンニク塩炒め。

長ネギとニンニクは、もちろん自家製。

 

手羽の唐揚げは甘辛ダレで。

精肉の出荷時に余った手羽も格安で譲ってもらって大増量。

 

後日、胸肉やモモ肉はテリヤキや唐揚げに、鶏ガラはラーメンのダシに、鶏レバーはペーストにと使えるので、一皿あたりの原価はかなり安くついている。 

 

フライドポテトには畑で採れて冷凍保存していたジャガイモを使用。

 

節約しまくりのケチケチメニューだが、みんな美味しそうに食べて飲み、話に夢中になっている。

 

提督も伊勢や五十鈴とともに昔の別館を新築した時のアルバムを見ながら、思い出話に花を咲かせていた。

夕雲型の駆逐艦娘たちが提督の背中にひっついてきて、アルバムを覗き込む。

 

「この四つん這いんなってる司令の顔、最高だな!」

 

朝霜が梁木の上でガクプルしている提督の写真を見つけてケタケタ笑う。

 

「提督、下りてくるまで2時間もかかったのよ」

「四階まで登ってみたら、思ってた以上に高くて足がすくんじゃったんだよ」

 

「これは……どうして?」

「ああ、泣き顔の提督ね」

 

早霜の問いに、伊勢がニヤニヤ笑う。

 

「それは……コンクリ打っちゃった後で、排水管を勾配つけずに埋め込んでたのに気付いた時だね」

 

当然のことながら、水は高いところから低いところに流れる。

泣く泣く固まったばかりのコンクリを破砕して、再び排水管を埋め直した。

 

「ねえねえ、こっちは何で武蔵さんに怒られてるの?」

「あの時の提督の失敗はひどかった!」

「……大黒柱を立ち上げてもらったんだけど……僕のミスで上下逆さまだった」

 

簡単な失敗に聞こえるが……。

 

想像してみて欲しい。

艦娘たちが掛け声とともに総出で縄を引き、樹齢四百年を超える巨木が天高くそそり立つ。

映画のワンシーンのような感動の場面に、小声で「逆だった」と呟いた提督。

 

それ以前から売り切れていた提督の威厳だが、再入荷が絶望的となった瞬間だった。

 

「はーい、もう飲まない人たちには〆のお食事ですよ」

 

間宮が和風パスタを運んでくる。

畑で採れた野沢菜と唐辛子を具材に、埠頭で養殖した昆布のダシが香るさっぱり醤油味。

 

これもお金がかかっていない料理だが、手間と愛情はたっぷりとかかっている。

 

「提督、そろそろ腰をすえて飲もう。私が燻したスモークサーモンがあるぞ」

「ヘーイ、提督ぅ! 高速戦艦のお相手もして欲しいネー!」

 

パスタに引き寄せられた五十鈴や清霜たちと入れ替わりに、那智や金剛が寄ってくる。

 

 

決戦を前にしても、ここの鎮守府ではいつも通りに夜を越していくのだった。




さて、明日からいよいよ秋イベですね。
実は自宅PCの電源とグラボを入れ替えたら画面が映らなくなり、原因解明と正常化に3日を費やしました。
イベに間に合ってよかったです。


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捷号決戦と飛竜頭

現在(2017.11)進行中のイベントのE-1攻略中のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


「い~やぁ~だぁ~」

 

寝間着代わりのスウェット姿のまま、休憩室の畳に寝転んで駄々をこねる提督。

 

「やだって言ってもしょうがないじゃない」

「ほら、早く着替えて執務室に行きなさい」

 

満潮と叢雲が仕事をうながしても、提督は子供のように手足をジタバタさせるばかり。

その姿にイラッときた満潮が提督を蹴るが、蹴られた提督はわざとらしく畳の上をごろごろと転がっていく。

 

「まったく、いつまでもウジウジしてんじゃないわよクソ提督!」

「早く命令してくださぁいー!」

「我が志摩艦隊、すでに出撃準備は出来ているぞ!」

 

痺れを切らした曙と阿武隈、那智が提督に詰め寄るが、提督は駄々っ子のように首を振るばかり。

 

いよいよ発動された秋季作戦『捷号決戦!邀撃、レイテ沖海戦』だが……。

ここの鎮守府では初日の朝から提督の心が折れ、まだ一回の出撃さえしていなかった。

 

「しばらく仕事で留守にする」

 

そう書き置きを残し、鎮守府の居候が姿を消したのだ。

 

彼女の名は防空棲姫。

 

甦る2015年夏『FS作戦』のトラウマ。

しかも台湾沖に戦艦棲姫が出張ってきているという情報まで入ってきた。

 

今さら『決戦』という言葉の重みに怖気づいた提督が出撃を渋っているのだ。

もっとも、確固たる信念や不屈の闘志など、ここの鎮守府の提督にあるはずもないし、艦娘たちも期待していない。

 

「怖くない怖くない、さあ行くぞ!」

 

那智が笑顔で提督の襟首をふん掴み、執務室に引きずっていくのだった。

 

 

翌日の提督執務室。

 

「また敵主力艦隊を発見できなかったか……敵の艦載機が飛んで来る方向からして絶対、ここら辺にいるはずなんだけどなぁ」

 

そこには一転してやる気に満ちた表情になり、作戦地図と対峙する提督の姿があった。

 

「よし、もう一回出撃しよう。那智と潮は入渠、代わりに足柄と曙が入ってくれ。近海で空襲してくるこの艦載機群、こいつらを枯らせばこっちの出撃を通報されることもなく、敵主力に肉薄できると思うんだ」

 

一晩にして、提督の態度がここまで変わった理由。

それは昨夜、作戦を先行している天草の提督からかかってきた一本の自慢電話だった。

 

「な~んか新しい海防艦の子、2人も見つけちゃった♪」

「ファッ!?」

「この可愛さを見せられないのが残念だなぁ。もう、撫で回しまくりだよぉ」

 

即座に電話を叩き切り、出撃計画を練った提督。

今日は早朝から猛烈な出撃を繰り返していた。

 

これぐらい柔軟かつ豪快に掌を回転させられなければ、提督業は務まらないのだ。

(あくまでも、ここの鎮守府提督の個人的感想です)

 

 

やる気になった提督は、艦娘たちに支給する美味しい食事にも妥協がない。

 

鳳翔さんと伊勢、飛龍に頼んで、三重県のとある名店の味を再現した飛竜頭(ひりょうず)を大量に作ってもらっていた。

 

「ひりょうず」とは、関東でいう「がんもどき」のことで、ポルトガルの油で揚げた菓子の「フィリョース」が語源だという。

ちなみに、関東名の「がんもどき」の由来は、鳥の(がん)の肉に似せた料理だかららしい。

 

水気を切った崩し豆腐に白身魚のすり身や卵白のつなぎを加えて練り、にんじん、ごぼう、たけのこ、枝豆、ひじき、わかめ、きくらげ、といった具材をちりばめて、とある飛び道具を埋め込んでから子供の握り拳ぐらいはある大きなボール状に成形して、油くどさを感じさせない米油で揚げていく。

 

大きさのインパクトもさるものながら、最大の魅力はその食感。

サクフワのがんもを食べたはずなのに、歯が次々と掘りあてる具材のコリコリ。

そして中央部に埋まっている、丸ごとのうずらの玉子のワクワク。

 

味は素朴ながら、健康食材たちの合同パーティーに恥じない滋味深くて心と体に染みわたるもの。

 

この味に慣れているここの鎮守府の艦娘たちは、出撃や遠征、畑や建築の仕事場から帰ってきたら自然体で受け取り、何気ないおやつとして食べて特に感嘆の言葉など発しないが……。

 

ほとんどの子が、黙って2個目以上に手を伸ばす。

 

 

「あの……とっても美味しいです、」

「Delicious!」

「うぁっ! うずら玉子まで入ってんのかよ」

「あの、提督……もう一つ……よろしいですか?」

「エンリョスルナ」

 

松輪、アークロイヤル、天霧、狭霧たち……。

執務室に出したコタツに入りながら、初めて食べるこの鎮守府の飛竜頭に感嘆の声を上げる、秋の新人たち。

 

彼女たちの笑顔を見て、猫のような目をさらに細めて嬉しそうに微笑みながら、提督は作戦地図上に新たな一点を書き加えた。

 

敵の前衛軽空母群の旗艦である軽空母ヌ級のflagshipをついに発見した。

複数の戦艦棲姫に守られているらしいが、臆さず打ち倒すのみ。

 

「阿武隈の入渠が終わったら、また出撃しよう。コマンダン・テストは対空装備の初春に交代。那智の零式水偵は夜偵に、初霜の電探は六連装魚雷に積み替えて夜戦で決着をつけよう」

 

まだ見ぬ新たな艦娘たちを家族に加えるため、飛竜頭の油にまみれた手で地図をベタベタ触りながら作戦計画を立てるのだった。

 

飛竜頭があると聞いて、ちゃっかり食べに帰ってきている防空棲姫から目をそらしつつ……。



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大井と豆乳鍋

現在(2017.11)進行中のイベントのE-3攻略中のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


遠くの峰々を彩っていた紅葉が白く染まり始めたと思っていた矢先……。

この鎮守府がある海辺の地域にも雪が降り始めた。

 

妙高と初風が、倉庫の軒先で水に浸しておいた凍み餅(しみもち)を干している。

 

凍み餅は、江戸時代に大量の餓死者を出したといわれるこの地方に伝わる保存食だ。

米やアワ、キビなどの穀物を、乾燥させたゴンボッパと呼ばれるゴボウの葉に似た植物の繊維をつなぎに餅にして蒸し、軒先で冬の寒風にさらして凍らせる。

 

「そんなに美味しいの?」と問われれば返答に困るが、なければ淋しい鎮守府で冬から春に食べる名物おやつだ。

(ゴンボッパの綿毛のついた葉は春に採れるので、春からもう次の越冬準備を始めるのもこの地方らしい)

 

「……妙高姉さん?」

 

初風は妙高の眉がピクリと動いたを見て、声をかけたが……。

妙高が小さく微笑んだのに気づいて、黙って凍み餅を干す作業に戻る。

 

やがて予想通り、埠頭の方から歓声が聞こえてきた。

それは、那智、足柄、龍驤、阿武隈、霞、初霜、潮らによる、ルソン島への輸送揚陸作戦成功の喜びの声だった。

 

 

艦娘寮の休憩室、曇りガラスの外には今日も雪がちらついていた。

まだ積もるほどではないが、この地方の長い冬が確実に近づいている。

 

龍鳳(大鯨)は編み物の手を止め、毛布にくるまった新入りの艦娘たち、佐渡と対馬に目を向けた。

 

鎮守府に慣れるため、天龍や駆逐艦娘たちの山芋掘りを手伝っていたので疲れたのだろう。

可愛い寝息を立てていた。

 

「チビたち、よく眠ってるねぇ」

 

コタツに寝そべり、『自然農薬のつくり方と使い方』(農山漁村文化協会)を読んでいた北上が声をかけてきた。

 

「ええ、本当に可愛いですね」

「眠ってる時だけはねぇ。駆逐艦と海防艦は……やっぱウザイ」

 

北上は普段から、自分より小さい艦娘たちを嫌いだと公言している。

しかし、それは実艦だった時に二度と還らぬ特攻兵器「回天」を装備させられたトラウマからくる、自分より弱い者たちに向けた優しさの裏返しだ。

 

だから龍鳳も特にその言葉には触れず、鎮守府で噂になっている編成について尋ねてみた。

 

「次は、北上さんも出撃するんですか?」

 

現在、鎮守府は捷一号作戦を本格発動し、その初動としてフィリピン・ルソン島沖の防空棲姫撃破を目指している。

 

提督に餌付けされ、鎮守府に居候して丸くなった防空棲姫。

しかも明石の工廠に艤装の一部を預けたまま出奔したので、かつて猛威を奮った2015年夏ほどの絶望感はない。

 

が、それでも強敵に変わりはないし、ラスボスとして君臨していた当時と違って、今回は前座で登場している彼女一人の撃破のために、どこまで戦力と資源をつぎ込んでいいのか、提督は頭を痛めていた。

 

今までの数回の防空棲姫との戦闘では大井が決戦役を買っていたが、艦隊戦に勝利して結界の力を弱めこそすれ、まだ防空棲姫の撃沈には一回も至っていない。

 

そこで最終決戦には、北上を編成に加えるという噂が出ているのだ。

 

とはいえ北上の予備艤装は提督の甘い見通しから、奄美群島沖ですでに使用してしまった。

予備艤装は出撃門に施された呪いによってこの海域では使用できず、本艤装をここで使えば、次の別系統の門の先にある海域には北上は出撃できなくなる。

 

「まだ悩んでるみたいだね。さっき執務室覗いたら、扶桑さんの胸に顔うずめて何かブツブツ言ってた」

 

北上という切り札をここで使い切っていいのか、いや北上に頼らなければ防空棲姫は倒せない、でも北上は……と、提督の思考は堂々巡りの負のスパイラルに陥り、まだ結論を出せていない。

 

「ま、どこで出るか決めるのは提督だから……出ろって言われたら、そこに行って敵に魚雷をブチ込むだけだよ。少なくとも……大井っちと一緒なら、防空ちゃん相手でも負ける気しないっしょ?」

 

傲慢ともいえる言葉を発する北上だが……。

そこには気負いも何もない、数々の難敵を沈めてきた自信に裏打ちされたこその涼しい顔だけがある。

 

頼もしく感じる一方、龍鳳もそんな北上をここで使ってしまっていいのか、提督と同じ迷いを感じた。

 

そこへ……。

 

「北上さーーーーーん!! 邪魔よ、提督っ! 北上さんはどこ!? やったわよぉ!!」

 

聞き間違えようのない、大井の叫び声が聞こえてきたのだった。

 

 

拡張工事で少し広くなった艦娘寮の大宴会場。

高天井に220畳敷きという広大な空間も、鎮守府のみんなが集まると狭く感じる。

 

上座に座っているのは文句なしで今日のMVP、大井。

夜戦で強烈な連激を叩き込み、まだ中破でしかなかった防空棲姫を見事に沈めたのだ。

 

その夜の戦勝祝いは、酔った長門が佐渡と対馬を抱き寄せて頬ずりし、那智がポーラの口に一升瓶を突っ込むバカ騒ぎの宴となった。

 

大井は抱きついてくる提督を邪険にしつつも、振り払うまではせずに触られるがままにしている。

 

大根おろしとなめこの酢の物。

椎茸、しめじ、えのきのバター炒め。

山芋の磯辺揚げ。

かぼちゃと豚肉の甘辛煮。

白菜たっぷりの豆乳鍋。

 

晩秋の山の幸をふんだんに使いながら、ストレスで胃が弱っている提督を気遣った料理が並んでいる。

 

酢の利いた大根おろしにのって、つるつると口に滑り込むなめこの気持ちよい食感。

バターでコクを増した、きのこの豊かな味わい。

カリカリの衣と、とろとろの山芋がマッチした磯辺揚げ。

かぼちゃと豚肉の意外な相性が、ご飯にも酒のつまみにも合う煮物を作り出している。

 

そして、寒い夜に嬉しい、優しい味の温かい豆乳鍋。

 

「もう、子供みたいに世話がかかるんだから」

 

などと言いつつ、ちゃんと提督にお鍋をよそってくれる大井。

 

トロリと蕩けた白菜と、鶏ときのこのダシをたっぷり含んだ旨味たっぷりの豆乳スープがまろやかに口を満たし、優しく胃に落ちていく。

 

「次は輸送作戦か」

「阿武隈っち、チビども連れてしっかりやんだよー」

「もうっ、何ですぐに私の前髪崩すの!?」

 

だが、一難去ってまた一難。

次の輸送作戦中、提督は敵の猛烈な空襲に苦しめられるのだった……。




E-2まで3日では攻略したのに、その後E-3に何日いたんだろう……
完全防空……う、頭が……


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深雪とブリ照り焼き定食

鎮守府が大きな作戦を行っている最中、多くの艦娘たちは暇になる。

 

出撃や支援のために艦隊枠が埋まって普段の遠征スケジュールが機能しなくなり、他鎮守府との演習参加もキラ付けのために作戦遂行中の艦娘が優先されるからだ。

 

そんな暇な時間を活かし、艦娘たちはそれぞれに暮らしに役立つ活動を楽しく行っている。

 

毛糸を編んだり漁網を編んだり。

麦を挽いたり漁網を曳いたり。

縄を()ったり畳を縫ったり。

炭を焼いたり陶器を焼いたり。

 

間伐材で割り箸や焼き鳥用の串を作ったり。

和紙を()いて年末の(ふすま)の張り替えに備えたり。

大豆を発酵させて納豆を作ったり、牛乳を発酵させてチーズを作ったり。

米や麦やブドウを発酵させて不思議な飲み物を作ったり……。

 

一方で提督は……。

連合輸送艦隊が物資を運んでいる最中に無防備な航空隊基地が空襲を受けまくったり。

索敵値が足りずに敵主力を取り逃がして揚陸物資を破壊されたり。

やっとたどり着いた敵主力艦隊にレ級がいてニタニタ笑っていたり。

 

吹き飛んでいく資源に「あうあうあー」しか言えない状態になっていた。

 

「提督、少し休んでくださいな」

 

そんな煮詰まった提督を見かねて、鳳翔さんがお茶を淹れてくれた。

 

「あうあう……ふぁ~っ」

 

丁寧に湯を注ぎじっくりと蒸された、高価ではないが上質なお茶。

提督の荒んでいた心も、優しいお茶の温もりに少し落ち着いた。

 

「次の出撃はご飯の後にしようか」

 

焦っての出撃は取り返しのつかない失敗を起こしかねない。

とりあえず、そういう時は落ち着いてご飯がこの鎮守府のモットー。

 

提督は初心に帰り、鳳翔さんと休憩室の厨房に向かうのだった。

 

 

鎮守府の田んぼで育て、精米も杵と臼を使って自分たちで行った、ふっくらと優しい甘味のある自慢の新米。

それに3割ほどツヤと薫りの強い石川県産コシヒカリをブレンドし、丹念に研いで1時間ほど吸水させて竈で炊く。

 

その間に、おかずや味噌汁を用意。

 

球磨が市場で仕入れてきたブリを解体して、切り身を照り焼きにする。

 

関東ではワカシ、イナダ、ワラサ、ブリ、関西ではツバス、ハマチ、メジロ、ブリ、この地方ではコズクラ、フクラギ、ハナジロ、ガンド、ブリと、成長に応じて名前が変わる出世魚だ。

その脂身の多さからアブラ→ブラ→ブリと名前がついたという説があるほど、成長したブリは脂がのっている。

 

甘辛いタレにしっかりと漬け、さらにタレを塗り足しながらじっくりと焼き絡めたブリの照り焼きは、ご飯がすすむ。

 

脇を固める副菜もご飯に合うものばかり。

鳳翔さん自慢のキュウリとナスの糠漬け、自家製の梅干し、昆布と椎茸の佃煮、たっぷりの大根おろし、まろやかな芋の味噌汁。

 

ほとんどの食材が自分たちの畑や裏山で採れたもので、それを自分たちで調理する。

 

レンジにかければ2分で食べられる弁当もある時代に、スローフードもいいところだが、これこそ本当の贅沢だと提督は思う。

 

「あのさぁ……次の出撃、あたし抜けようか?」

 

味噌汁の鍋に味噌を溶かし入れながら、エプロンに三角巾姿の深雪が声をかけてくる。

 

「どうして?」

「大発を積める子が行けば、あと2回で終わるじゃん」

「深雪は出撃したくないかい?」

「出撃は……したいけどさ」

 

提督はポンポンと深雪の頭を撫でる。

 

「それなら頑張って行ってきて」

「しょうがないなあ。ドラム缶満載の深雪スペシャル見せてやるぜ」

 

時間をかけるからこそ、こういうコミュニケーションも生まれる。

効率よりも優先したいものが提督にはある。

 

 

やがて、炊き立てのご飯の香りが休憩室を満たす。

 

しっかり食べて、残りの作戦も頑張ろう。

いただきます。




E-3輸送長かったのに、レ級に遭ったのと深雪を入れて攻略したこと以外驚くほど覚えてなくてネタに困りました……。
そして一度書き上げたものを上書き保存して消してしまう痛恨のミス発生。
なので今回、内容がスカスカ気味ですがお許しください。


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山城とおでん

強い憎悪と怨念に蝕まれ、時空の狭間に迷子のように取り残された常闇の海。

紅い狂気の月に照らされたその不気味な海面を、砲撃の衝撃波が叩き割る。

 

「邪魔だ…! どけえぇぇぇぇぇぇっ!」

 

気迫のこもった山城の砲撃が敵戦艦ル級を砕く。

朝雲と山雲が海面を滑るPT子鬼群に機銃を掃射し、満潮の酸素魚雷を浴びた敵駆逐ナ級が火達磨と化した。

 

「通してもらう」

 

立ちふさがる戦艦ル級を連撃で沈めながら、時雨が敵旗艦を探して疾走する。

その時雨の艤装の上では緑髪のポニーテール妖精さんが、ここを撃ってこいとばかりに探照灯の光を振り回していた。

 

「トオサナイッ…テ…イッテルノニ……。シニタイ…ノォッ!?」

 

かつて扶桑、山城、最上、満潮、朝雲、山雲、時雨によって編成された西村艦体が突破を試み、そして時雨を残して全滅した、因縁のスリガオ海峡。

そこを護る深海棲艦隊の旗艦、海峡夜棲姫は山城に生き写しのような姿をしていた。

 

負の感情を源として現世に顕現した、戦艦山城のもう一つの姿。

怨み、妬み、嫉み、苦しんで、悲しんで、そして全てに絶望した空虚な心が、希望を抱いて立ち向かってくる艦娘たちにかき乱される。

 

「マップタツニナリタイノォ!?」

「きゃぁぁっ! や、山城、突破するのよ!」

 

海峡夜棲姫の砲撃を受け、半身を水中へ沈めながらも扶桑が叫ぶ。

 

「くっそぉ、直撃かよぉ……。冗談じゃないよっ」

 

動きを封じられた扶桑を庇った最上も、敵戦艦ル級らの一斉射撃に防御結界を破られて艤装から火を吹きはじめた。

 

「ココ…ハ…トオレナイシ……トオサナイ……ヨ…ッ! 」

 

だが、山城の心は折れない。

時雨の探照灯が照らし出す海峡夜棲姫を、闘志に燃えた瞳で見据える。

 

そんな山城を後押しするように、終わるはずのない異世界の夜が明けようとしていた。

 

東方の海にわずかな白みが射し、そこから一気に海と空の境が分かれていく。

広がる払暁の空に、味方の基地航空隊のエンジン音が響き始めるのだった。

 

 

艦娘寮の大宴会場。

舞台(小中学校の体育館の舞台並なので艦娘たちの演奏や演劇の発表会にも使える)上で艶めかしく腰を揺り動かしてベリーダンスを披露しているのは、中間棲姫と南方棲戦姫、装甲空母姫。

 

そんな舞踏を盛り上げる川内の音響技術に、七色を操る絶妙な神通の照明操作。

那珂ちゃんも緞帳の陰でタイムキーパーをこなし、次の演目の潜水艦娘たちに手信号で登壇の準備を促している。

 

西村艦隊がスリガオ海峡突破を成し遂げて秋期作戦も終わった。

ここの鎮守府では深海勢とも一時休戦して、お疲れ様会を開催中だ。

 

「ハナセッ」

 

長門と戦艦棲姫たちに鹵獲された潜水新棲姫が、可愛がり倒されてもがいているのはご愛嬌。

 

「いい加減離れてよ」

 

提督に抱きつかれて迷惑がっているのは海峡突破MVPの山城。

だが、もちろん提督に聞く耳などなく、湯上がり浴衣姿の山城に容赦なくセクハラを続けている。

 

「司令さぁ~ん、満潮姉さんも触って欲しそうにしてますよぉ~?」

「そんなわけないでしょ! こっち見んな、ウザイのよ!」

 

各所のコタツで湯気を立てているのは、おでんの鍋。

今日のために待機組の艦娘たちが、みんなで準備をした。

 

面取りや隠し包丁、下茹でといった処理を丁寧に施した肉厚の大根。

上質な大豆で作った豆腐を三度揚げした、こだわりの厚揚げ。

山芋や卵白を加えて石臼で練った、ヨシキリザメのはんぺん。

グチとキンメダイの身を多く使った濃厚な食味のちくわ。

 

関東圏以外の人にはあまり受け入れられないが、提督が大好きなので必ず入れるちくわぶ(小麦粉をこねてちくわ型にして茹でたもの……成人してから初めて食べた人は大概拒絶反応を示す)。

 

定番の卵とじゃがいも、こんにゃく、しらたき、結び昆布、ごぼう巻き、牛すじ、つみれ、たこ等、具の種類は充実している。

子供たちに人気なのはウィンナー巻きやチーズ巻き、もち巾着。

 

それら多様な具から染み出したエキスが他の具に染み込んで、味の奥行きを深めていく。

 

 

 

「提督、どうして泣いてるの? え、揚げボールと間違えて紅しょうが天を一気にかじっちゃった? あははっ、提督はドジだなぁ」

「セクハラのバチがあたったのよ」

 

温かいおでんを食べながら、コタツでじゃれあう家族の団欒。

 

迫る冬に負けず、また明日からも頑張るために。

今日はゆっくりお休みです。




代休日がメンテ日……ネトゲあるある
秋イベおつかれさまでした


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鎮守府のクリスマス2017

年の瀬も押し迫り、寒さも一段と厳しくなってきた今日この頃。

 

鎮守府は月末の任務消化のかたわら、クリスマスパーティーの準備で大忙しだった。

 

秋季作戦の終了後も、煤払いの事始め、冬至のゆず湯とイベントが続いた。

クリスマスの後も大掃除(近所のお寺や神社、公民館などにもお手伝いに行く)に餅つき大会、お正月の飾り付け、年越し蕎麦とおせち作り、大晦日の大宴会が待っている。

 

「メリクリっぽ~い! 海峡の夜戦も大勝利っぽい! これはもう、ステキなパーティするしかないっぽ~い♪」

「メリークリスマっしゅーー!」

 

サンタやトナカイのコスチュームに身を包んだ艦娘や深海棲艦が、鎮守府のあちこちを飾り立てている。

みんなの衣装は、鳳翔さんをはじめ軽空母勢が足踏みミシンを駆使して製作してくれた。

 

艦娘寮の大食堂の各厨房もフル回転で、料理やケーキの製作にも力が入っている。

特に今年は秋季作戦直後から風邪をひき、弱っている提督のために艦娘たちも張り切っていた。

 

普段は提督に辛辣な霞や曙でさえ目に見えて心配するほど、昨日の提督は憔悴していた。

 

ようやく風邪が治ったところに、東京の大手企業からITを活用した資源管理の営業提案があって、その熱心(強引)な売り込みを断るために精神力を猛烈に消耗したのだ。

 

イノベーション、ソリューション、コミット、アジェンダ、コンバーション、シナジー、タスク、リソース、スキーム、メソッド、プライオリティー、アサイン、ナレッジ、サマリー、アライアンス、イシュー……。

 

提督の嫌いな言葉の上位百選を次々と踏み抜きながら、ろくろを回すような手つきで自信満々にプレゼンをかます営業担当氏に、「もうやめて! 提督のライフはとっくにゼロよ!」となるまで半時もかからなかった。

 

最新機材が嫌い(興味があり過ぎて分解せずには気がすまないという説もある)な、ここの鎮守府の妖精さんたちがプレゼン用のパソコンとプロジェクターと営業担当氏の最新スマホを壊してくれ、「こんな環境じゃIT化なんて無理だよね~」と営業も無事に(?)断れたのだが……。

 

今日の提督は寝間着に袢纏姿のまま、執務室の煎餅布団で『土を喰う日々』(水上勉著)とか『農家に教わる暮らし術―買わない 捨てない 自分でつくる』(農山漁村文化協会編集)とか『あしたも、こはるびより。83歳と86歳の菜園生活。はる。なつ。あき。ふゆ。』(つばた英子,つばたしゅういち共著)とか、心のバイブルを読んで心を落ち着かせている。

 

なぜ執務室に煎餅布団が敷きっぱなしなのか、そこは深く詮索してはならない。

 

「司令官、帰ったぞ!」

「作戦完了だよ。おつかれっ!」

「おつかれさま~。司令官、なにしてるの?」

「あ、みかん発見。頂くね♪ にひひっ」

 

長距離練習航海から戻った、長月、皐月、文月、水無月が執務室に入ってくるや、脱衣棚に制服を脱ぎ散らかして部屋着に着替えたり、提督の布団に滑り込んだり、コタツのみかんを剥き始めたり、それぞれ勝手にくつろぎ始める。

 

「外は寒くなかったかい?」

「ふわっ、わっ、わぁ~!? く、くすぐったいよぉ~っ」

 

艦娘たちと触れ合って、提督の元気も少しずつ回復していった。

 

 

クリスマス一色に飾り立てられた大宴会場には様々な料理が並び、大量の酒とカラオケセットが持ち込まれて活気に満ちていた。

 

クリームチーズを塗ったクラッカーに、ミニトマトと茹でブロッコリーをのせた彩りのあるカナッペ。

 

鎮守府の畑で収穫した蕪は、ハーブソルトで揉み込み、生ハムと刻みニンニクをのせてオリーブオイルを回しかけた洋風サラダに。

 

多摩が釣り船を仕立て、大量に釣ってきたカサゴとメバルは、アサリを加えてトマトと白ワインで煮たアクアパッツォに。

骨とアサリから良いダシが出ていて、絶品のスープが出来上がっている。

 

しかし、やっぱり今日の主役は七面鳥の丸焼き。

 

2日前に下処理し、塩水と白ワインに野菜ダシ、ハーブ、スパイスを加えた液に一晩漬け込んだ丸ごとの七面鳥。

腹にバター、ハチミツをたっぷり塗り込み香味野菜を詰め込んで、オーブンで焼くこと4時間前後。

 

皮はパリパリで身はジューシー。

ハーブの香りと野菜の旨味が行き渡り、臭みの全くない、しっとりした美味しい肉に仕上がっている。

 

「司令さぁ~ん、今日は特别な日ね~。ご一緒できて、山雲、嬉しいです~。えへ♪」

「提督、一緒にケーキ食べよ。はい、どうぞ。メリークリスマス、提督」

 

あのスリガオ海峡を突破し、心に負っていた影が晴れたような顔をしている時雨。

扶桑と山城も、艦橋をツリー代わりに飾りつけられてもニコニコと笑っている。

 

一方で……。

 

「私、ぜ~ったい食べないから。いらないってば~!」

 

また今年も瑞鶴の叫び声が聞こえてきて、提督に肩を寄せていた時雨がクスリと笑う。

 

「止まない雨はない。僕は……信じていたよ。ありがとう」

 

来年は、瑞鶴のトラウマも払拭してあげられる事を神様に祈って……。

メリークリスマス。



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多摩と凍み豆腐

うっすらと雪化粧に覆われた鎮守府では、年末の大掃除が行われていた。

 

「さぁ、師走大掃除頑張りましょ。赤城さんそちらを、加賀さんはその窓をお願いします」

「格納庫も大掃除しなくちゃ、って…手を突っ込むなバカっ!」

 

「さあ、師走の大掃除も張り切っていきましょう! 箒よーし! 塵取りよーし! 霧島、まずは掃き掃除から参ります! 掃き掃除戦、よーい、はじめっ!」

「提督のお机、榛名がお掃除します。はい、引き出しの中もきちんと整理しておきますので、お任せ下さい! ……え、提督? ……あの、引き出し……提督?」

 

「クソ提督そこどいて! 掃除の邪魔! 邪魔―っ!」

 

手伝っているのか邪魔しているのかよく分からない、猫の手より役に立たない提督。

とうとう艦娘寮を追い出されて、すでに掃除が終わっている離れの茶室に隔離された。

 

 

「さぁ・・・夕雲型の皆さん、大掃除の季節です。主力オブ主力の働き、今こそ見せるときです」

「雑巾がけか? この長波様に任せろ、やってやるぜ! とぉりゃぁ~!」

 

「もう……なんだって年末年始はこう忙しいのかしら……」

「この季節はドタバタしてるにゃ。仕方ないから隅っこで寝るにゃ……にゃ~」

「多摩姉、障子を張り替えるからどいたどいた! 窓全部開けるぜ!」

「ふにゃー」

 

休憩室の隅で丸くなっていた多摩も、大井と木曾に窓を全て開け放され、寒さに耐えかねて提督について茶室にやって来た。

 

もう一つのお供は、つい先日地元の酒蔵から贈られてきたばかりの、今年一番最初に醸造されたしぼりたての生原酒。

新酒らしい爽やかさの一方、濃厚なコクのある味わいが堪能できる逸品を、白地に青で山水画が描かれた陶器の二合徳利に注ぐ。

 

煮込んだ杉皮とコウゾをすり潰した繊維にヤマアジサイの粘りを加えて、祥鳳の指導の下で漉いた天然和紙を張られた茶室の障子。

提督はそれを開け放ち、庭の雪景色が目に入るようにする。

 

「さてさて、チビチビやりながら何かつまみの支度をしようか」

「にゃ~」

 

提督の酔狂に付き合えず、多摩はコタツの中へと潜っていく。

 

軒下に縄で吊り下げられている凍み豆腐(高野豆腐)を二つ三つとり、重曹を加えたたっぷりの湯に浸してもどす。

にごり汁を捨てて丁寧に搾ったら、何度も何度も水に浸けては絞りを繰り返す。

 

今時スーパーで売られているものはそんな手間は不要で便利なのだが、間宮が昔ながらの製法で作った、この天然凍結の凍み豆腐には独特の深い味わいがある。

 

もどした凍み豆腐は、昆布だしに砂糖、醤油、味醂でゆっくりコトコトと気長に煮含め、これを飴色の美濃焼椀にもり、庭に咲いていた冬越しの木の芽を一つ飾って風流人を気取ってみる。

 

その合間に炭火を起こし、最近仲良くなった鳥取の境港鎮守府から贈ってもらった、エテカレイの干物を焼いていく。

 

余計な解凍などせず、わずかに酢を塗りつけて焦げを防止したら、凍ったまま遠火にかけてじんわりを味を引き出していく。

 

そんな調理の熱が、部屋の中にくつろげる温もりを生んでいく。

 

「にゃあ♪」

 

部屋の中の温もりと、美味しそうな干物の匂いに釣られたのか、多摩がコタツから這い出してくる。

逆に提督がコタツに足を突っ込みながら、お姫様抱っこのような態勢で多摩を抱きしめる。

 

手の平に干物の身をほぐし、猫舌の多摩にあげながらクイッとお猪口をあおる。

提督が常温の酒を飲むのに好む、薄口でやや外に開いた白磁のお猪口。

 

続けて、ふわふわの食感に濃密な味を湛えた凍み豆腐を口に運ぶ。

行儀は悪いが、そんな提督の汁に濡れた口元をピチャピチャと舐める、人懐っこい多摩。

 

目の前には、雪の白さと樹木や石が織りなす、静かなモノクロの世界が広がっている。

 

大掃除をさぼって、ちょっと贅沢な一時をいただいちゃいました。



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海防艦娘と年末のお餅

年末の年越し準備もいよいよ佳境。

大掃除が終わった鎮守府では門松としめ縄を飾り、フル回転でおせち作りを行っていた。

 

カタクチイワシの幼魚を甘辛く煮絡めた田作り。

昔は田んぼの肥やしとしたことから田作りというが、別名「五万米(ごまめ)」ともいい、五穀豊穣を祈願した正月に欠かせない縁起もの。

 

来年も健康でマメに働けるようにと祈って、じっくりと時間をかけて煮込んだ黒豆。

子孫繁栄を祈って、丁寧に塩抜きして追い鰹で上品に味つけした数の子漬け。

ここまでが、これさえあれば正月が越せると言われるほど関東のおせち料理に欠かせない、祝い肴三種。

 

めでたい紅と神聖な白で祝い事を彩る、紅白のかまぼこ。

勝利祈願の縁起物である栗を、さらに黄金色に輝く財宝のようにクチナシで色づけて財運を祈願する栗きんとん。

巻物の形に似ていることから学問成就の縁起物とされる伊達巻き。

 

出世魚で縁起の良いブリを照り焼きに。

先を明るく見通せるようにと、穴の開いた蓮根を酢漬けにする。

喜ぶの言葉にかけて、(にしん)の昆布巻きを作る。

 

腰が曲がるまで長生きできるようにと、長寿を願う海老料理。

定番の車海老の艶煮だけでなく、伊勢海老の黄味煮も作る。

 

ごぼう、蓮根、人参、しいたけ、こんにゃく、厚揚げの煮しめ。

炊き合わせのように、材料をすべて別々に一度下茹でする手間が、最後の仕上がりの味を大きく変える。

 

第五艦隊(なちせんたい)より入電、ズワイガニを大量ゲット!」

「ふぐちりの〆は雑炊として、牡蠣キチム鍋の〆ラーメンは誰が作る?」

「このわた、からすみ、くちこも用意したぞ」

 

「鳳翔さんが肉団子作ってくれるって。四駆、ひき肉調達任務に出動よ」

「カルピスとポンジュースが届いたんだけど、宴会場に運んじゃていいのかな?」

「のり塩、ハッピーターン、ポッキーの備蓄はこれぐらいで足りる?」

 

大晦日の大宴会の準備も進んでいる。

飲兵衛どもや子供たちも張り切り、朝から買い出しの遠征(おつかい)艦隊が入れ替わり出入りしていた。

 

ちなみに、東京の某イベントに参加していた駆逐艦たちと集積地棲姫は深夜バスで県内に帰ってきて、陸奥がハイエースで迎えに行った。

 

 

提督も新人の海防艦娘たちを連れて、ご近所に年末のご挨拶回り。

占守(しむしゅ)国後(くなしり)択捉(えとろふ)、松輪、佐渡、対馬……。

 

「一年って本当に早いっす。え、占守が着任してまだ半年ちょっと? 細かいことはなしっしゅ」

「司令、足を滑らさないように気をつけてよね。そうじゃなくてもそそっかしいんだから!」

 

「司令、お寺の住職さんに、きなこ餅をいただきました!」

「私、択捉お姉ちゃんのいも……え? 占守、ちゃんの……? えっと、あの……ぁ、すみません、わかりません……」

 

「シ・レ・イ! お婆ちゃんから豆餅もらっちゃったよ!  ひひっ」

「お餅たくさん……ふ、ふふふ……」

 

総人口は1万人に届かず、その半数以上が65歳以上の老齢、15歳未満は1割を切っている、過疎化の止まらないこの田舎町。

年少の艦娘たちをゾロゾロと連れて歩いていると、行く先々で声をかけられ、色々な物を貰ったりする。

 

特にすぐ隣の市が江戸時代から、冠婚葬祭や祝い事はもちろん、季節の行事や農作業の節目など、年に数十日も餅をついて食べるという独自の「もち文化」を誇っているため、何かと餅を貰うことも多い。

 

そして、その餅も正月にしか餅を食べない地方では考えられないほど、四季折々でバリエーションも多い。

その影響で、この鎮守府で半年も過ごせば、艦娘たちはすぐに餅好きになる。

 

鎮守府と懇意のキリショー(霧雨商店)の二階で、奥さんが淹れてくれたお茶を飲みながら、みんなで貰ったお餅を食べる。

 

優しい甘さのきなこ餅と、黒豆と黒胡麻が練り込まれた塩分控えめで香ばしい豆餅。

 

「帰ったら、お雑煮の準備もしないとね」

 

この地方のお雑煮は、にぼしだしのすまし汁に焼いた角餅と鶏肉、ひき菜を入れる。

ひき菜とは、人参、大根、ごぼうなどの野菜を湯がき、夜に干して凍らせたものだ。

 

大晦日までにひき菜を準備するのは、元旦早々から「切る」のは縁起が悪いから、さらに、幸せを引き込むように、との(げん)担ぎだそうだ。

 

そして、別皿には「くるみだれ」を用意して、餅につけながら食べるのが、この地方の正義。

鎮守府でも大晦日の宴会前には、家族みんなでくるみを割り、すり潰して「くるみだれ」を作るイベントが欠かせない。

 

この後はみぞれが降り始め、夜はまた零下まで冷え込むらしい。

全員母港に帰投させて、仲の良い深海勢もお招きして、温かくしてみんなで年越し。

 

今年の年末も、ここの鎮守府は平和に過ごしています。





本年はご愛読ありがとうございました。
来年もまたよろしくお願いいたします。


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【番外編】鎮守府の七草粥

殊に美しい満月が夜空を染めた今年の新春。

 

「今夜は月が綺麗だね」とか某文豪の『アイラブユー』の和訳っぽい感想を漏らした提督が、新たに十件ほどの『プロポーズカッコガチ』を認知させられたりしたが、全体的には平和な日々が過ぎていた。

 

かつおと昆布ダシに醤油と味醂のあっさり甘口すまし汁に、焼いた角餅、鶏肉、小松菜、かまぼこ、なると、三つ葉のシンプルな具材。

提督の生まれ故郷である東京下町風のお雑煮。

 

焼いた角餅とひき菜(前話参照)に、凍み豆腐を加て芹を散らし、くるみだれを別皿につける、この地方のお雑煮。

 

かつおと昆布ダシに白醤油と砂糖、味醂の薄色のすまし汁、煮た丸餅に牡蠣、大根、人参の具材、柚子で香りをつけた広島風お雑煮。

 

かつおと昆布と干し椎茸のダシに薄口醤油、煮た丸餅に“するめ”、里芋、ちくわ、ほうれん草、水田ごぼうの具材が独特な、天草鎮守府に教えてもらった熊本風お雑煮。

 

見た目はお汁粉、境港鎮守府に教えてもらったあずき汁の鳥取風お雑煮(ダシが入っているので、断じてお汁粉やぜんざいではない)。

 

お雑煮の他にも、味噌ダレをつけて食べるしそ巻き餅、旬のゆり根を具材にした餅入り茶碗蒸し、ピザ餅や餅ーズリゾットなど洋風な食べ方も含め、全国各地の餅料理が新春の日々を彩る。

1月11日には鏡開きもあるので、餅の供給はまだまだ続く。

 

ちなみに、西日本では丸餅が主流なのに東日本では角餅なのは、江戸時代に人口増加の激しかった江戸での餅需要を賄うため、大量生産に向いた板状の「のし餅」を切って使うようになったからだという。

 

 

提督の執務室には新春の壁紙が貼られ、鏡餅や門松が飾られている。

紅白の垂れ幕に飾られているのは、軽空母と海防艦たちが参加した迎春書初め大会の力強い作品。

いつも頑張ってくれる艦娘を労うために、年末年始はご馳走したい!と、提督が大奮発した寿司や豪華おせちが和テーブルに並ぶ。

 

羽子板、凧揚げ、独楽回し、けん玉、めんこ、福笑い、すごろく、かるた……伝統的な遊びを楽しむ、晴れ着姿の艦娘たち。

「瑞雲出初式」という謎のイベントを開催する日向師匠。

 

そんな賑やかさの中にぼんやり身をおきつつ、提督は風呂上りの浴衣姿で一人晩酌に向かう。

 

酒は秋田の地酒、天の戸。

奥羽山脈に端を発する皆瀬川と成瀬川の恵みが育んだ酒米が、清々しくさらりとした口当たりに、ほのかな甘味を生み出している。

それを愛妻の鳳翔さんが程よく人肌のお燗にしてくれて、いっそう香りが開き、味がふくらんだのを、お気に入りの白磁の盃でちびちびと飲む。

 

すっぽんの煮こごり、かにみそ、針ごぼうのうに和え。

小鉢に盛られた、気の利いた肴に舌鼓を……。

 

「那珂ちゃんさん、稲妻落としってこれで出来てる!?」

「わーっ、天龍さんの独楽強ーい!」

 

そんな情緒を打ち壊し、艦娘たちの遊ぶ声が飛び込んでくる。

 

提督が晩酌を楽しむ八畳ほどの和室の奥に広がる、大寺院風の大広間にその庭先の庭園景色。

妖精さんが造り出した広大な異次元空間で、多くの艦娘たちが好き勝手に遊んでいる。

 

目の前の和テーブルにちょこんと置いた、木の盆の中の小さな世界。

実は、この盆の中だけが提督に許された、唯一の不可侵(プライベート)領域だ。

 

「ほら、司令の番よ? 早くサイコロ振ってよね?」

「しれぇー! お風呂出たからパンツ履かせてー!」

「司令、このお魚なーにー?」

「んもぉー、海防艦のちっこいのウザイ!」

「うわー、那智さん、またぶつかるー!」

「あらぁ…提督? 荒潮のこと、忘れられちゃったのかしらぁ……困ったわねぇ…」

「なに!? 着付けしてるとこ見んじゃないわよ、クソ提督!」

「五航戦、ちょっと来なさいっ!」

「おぅっ! 天津風、おっそーい!」

 

盆の中から目を離して意識を現実に戻すと、大家族の喧騒が待っている。

 

「霧島さーん、今晩のヒメハージメの予定表できましたー?」

「私とウォースパイトの名前がないんだけど?」

「黙りなさい、この即落ち英空母! 着任4ヶ月でケッコンなんて、ふしだらなのよ!」

「1時カラ、ワタシトタ級……イイ…デショウ……」

 

深海勢込みだと130人を超えるジュウコンをしている以上、文句を言う資格もないのだが……。

嫁たちに勝手に決められていく夜の予定(意味深)。

 

「はい、月の輪のぬる燗です」

 

正妻の鳳翔さんが、結界内の盆の中にお酒の徳利を追加してくれる。

穏やかな香りと、ふくよかな味わい、提督もお気に入りの県内の銘酒だ。

 

「でも、飲み過ぎたらいけませんよ。明日の朝はちゃんと起きて、七草粥を食べてくださいね?」

 

一年の無病息災を願って1月7日の朝に食べる、七草粥。

セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ(蕪)、スズシロ(大根)などの野草を入れた粥を食べる風習で、正月の飲み食いで弱った胃腸を癒やすとも言われる。

 

この地方では気候的に七草が用意できないことも多いので、人参、ごぼうを代用に入れたり、餅、凍み豆腐、かまぼこ、油揚げなどを加えたりもして具沢山だ。

 

提督も子供の頃は特別美味しくもない、ただの慣習食としか思わなかったが、鶏ガラと干し椎茸、干し貝柱の重厚なダシをとって、それぞれの具材をきちんと下ごしらえして作った七草粥は、滋味深くて身に染みるような玄妙な味わいがあって好物だった。

(単に提督が中年になり、日々の不摂生で弱った舌と胃腸が健康によい食べ物を喜んでいるだけという説もあるが……)

 

明日の朝はそういう健康食を食べるのだから……。

何かつまみを追加しようかと考えた提督の腕が、川内に掴まれる。

 

「テーイトク、布団を敷こう、ね!」

「今夜はお相手は、私達からだそうです」

「提督、今夜も那珂ちゃんとお仕事頑張ろう。オー!」

 

晩酌を強制終了され、夫婦の寝室に強制連行(ドナドナ)されていく提督。

 

新春もここの鎮守府は艶やかに平和です。




※おまけ※


提督は自室のコタツで、ほっぽちゃんと潜水新棲姫、駆逐棲姫と陣取りボードゲームのブロックスをやっていた。

港湾棲姫と港湾水姫が、提督の両脇に寄り添ってゲームの成り行きを見ている。
敷きっぱなしの提督の布団には、寝そべって薄い本を読んでいる集積地棲姫と軽巡棲鬼。

山の緑と青い海に囲まれた豊かな自然、やすらぎとくつろぎの宿。
美味しいお料理に、高身長の深海棲艦にもちゃんと合うサイズの浴衣や布団を用意しておく、心づくしのおもてなし。

居心地の良さに昨年末から長逗留している深海一行。
各海域の深層部がガラ空きになっているが、代わりに防空棲姫や戦艦水姫、中間棲姫などの普段が暇なニート組に留守番をお願いしてあるので、(他の鎮守府の都合はともかく深海側に)問題はないはずだ。

「はーい、カニ鍋ですよ~」
「ヲッ♪」

鳳翔さんと鎮守府に居候しているはぐれヲ級が、熱々の鍋を運んでくる。

お正月の休戦期間(大本営や他鎮守府とは無関係に、ここの鎮守府が勝手に締結しているだけだが……)が過ぎれば、またしばらく敵同士として戦わなければならない日々が続く。

だから今日ぐらいは、楽しく宴会。
平和な海に乾杯です。


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五十鈴とイカワタの味噌汁

海岸線にぽっかりと開いた湾の中ほど。

鎮守府のレストア漁船「ぷかぷか丸」が闇夜の海に揺れている。

 

今日は五十鈴の主催で夜のヤリイカ釣り。

蛍光の防寒作業着に身を包んだ艦娘たちが手馴れた様子で釣りの準備を始めていく。

 

「鹿島はこのシマノの電動リールを使いなさい。楽々モードに設定しとけば、巻き上げスピードの調整は自動でやってくれるから」

 

まだ不慣れな鹿島には、大井が釣り方の指導をしている。

 

イカ釣りにはイカヅノと呼ばれる、尾の部分に開きかけの折り畳み傘のように針が付いている、棒状の疑似餌を使う。

このイカヅノを鯉のぼりのようにいくつも釣り糸に並べ、ヤリイカの泳ぐ海底近くへと沈めていく。

 

そして小刻みに竿をシャクってヤリイカの興味を誘い、イカヅノに抱きつかせるのだが、今日狙っているヤリイカは神経質で臆病。

警戒されたり、群れが逃げ散ってしまったりしないように、繊細で優しい誘いが必要になる。

 

「だからって、そんなヤワな動きじゃダメよ。水深100m以深で誘うんだから 手元ではしっかり……これぐらいは動かさないと」

「名取は今日はどんなイカヅノにしたの?」

 

イカの種類や季節、その日の潮の色や月光の量で、イカヅノの形状や色、その並べ方にも工夫が必要になり、なかなかに奥深くて面白いイカ釣り。

この鎮守府にもファンが多い。

 

そして醍醐味は何と言っても、数本のイカヅノの仕掛けにそれぞれイカがかかり、鈴なりになって釣れてきた瞬間だ(初心者のうちは掛かっても巻き上げている間にバラして逃げられてしまったりするが……)。

 

釣り上げられ、興奮して赤黒い攻撃色に染まっているヤリイカの眉間にイカ締めピックを突き刺すと、イカの体がスーッと透き通る。

活締めにしたイカを丁寧にザルに並べてから氷水に入れると透明なままで持ち帰ることができ、魚屋に並ぶような氷焼けした白濁イカとは、鮮度と美しさに格段の差が出る。

 

今日も五十鈴、名取、大井、卯月などが顔をイカ墨で汚しながら、大量のヤリイカを釣り上げては次々と活締めにしていた。

 

 

「あ、あのっ、これ何ですかー!?」

 

釣り糸が突然に暴れ出し、鹿島が悲鳴を上げる。

 

「ああっ、鹿島先生! それサバだっぴょん!」

「もうっ、仕掛けを沈めるのにモタモタしてるからよ! 急いで上げなさい!」

 

海底近くに棲むイカの層に届く前に、サバが泳ぐ層を仕掛けが通る。

その時に、サバがイカヅノに反応して呑み込むことが多々あるのだ。

 

「きゃー! こっち来たーっ!」

 

そして、イカヅノを呑み込んでパニックに陥ったサバは「横走り」といわれる水面近くでの大暴れをし、他人の竿の仕掛けを巻き込んで「おまつり」を発生させる。

 

五十鈴と大井の糸を絡ませながら暴れ回る鹿島の釣り糸。

ようやく引き上げられたところで、名取が引っかかっていたサバを取り外す。

 

取り外すと言えば簡単だが、イカヅノを深く呑み込んでしまったサバは……基本的に頭から切り落として、スプラッタな解体作業をするしかない。

 

(最近、木曾が釣り雑誌で紹介されていた『一発サバはずし!』というアイデア商品を試してみて成功を得ているが、まだ鎮守府全体には普及していない)

 

「サバがまた食いついてくるようなら、仕掛けを直結に換えてみてください」

 

名取が包丁でズバズバと豪快にサバを分解し、血まみれのイカヅノを取り出して鹿島に返す。

 

「あ、ありがとう」

 

血の気の引いた顔でイカヅノを受け取る鹿島の隣では、大井と五十鈴が慣れた手つきで絡まった仕掛けをほどいている。

 

 

「提督、お待ちかねのサバが出たぴょん!」

 

卯月が分解されたサバをバケツに回収して、船室の提督に渡しに行く。

 

釣り気より食い気で船に乗っている提督としては、船上でのイカ料理も楽しみだが、外道としてかかるサバも宝物だ。

 

サバの生き腐れという言葉があるほどに足の早いサバ、その調理は鮮度がキモだ。

 

その点、たった今解体されたばかりのサバは刺身で食べられるほどの鮮度を誇る(ただしアニサキスという寄生虫が怖いので、念のため熱は通す)。

 

提督がサバの血を洗い流し、切り身に捌いて薄く塩を塗ってキッチンペーパーにくるんでいく。

 

鎮守府に戻ったら、サバのしゃぶしゃぶ鍋で一杯やるつもりだ。

 

昆布とカツオの合わせだしに、島根から取り寄せた甘醤油を加えたつゆを煮立て、薄切り大根や玉ネギ、水菜、豆腐をクツクツと煮る。

 

ふわりと甘醤油の香りが漂ったら、肉厚でプリプリしたサバの身を軽くしゃぶしゃぶ。

野菜とともに口に運べば、甘い脂が舌の上に溶け出す。

 

そこにすかさず辛口の熱燗などグイッと煽れば、もう天国。

 

 

「提督、まかないの準備もお願いね」

 

爆釣が続く中、五十鈴がヤリイカの入ったクーラーボックスを船室に持ってきた。

イカを取り出し捌いていく提督だが、ふと一言……。

 

「このイカをいかに食べるかなあ」

 

「バッカじゃないの?」

「あまりの寒さに凍え死ぬぴょん」

 

提督のギャグは家族からは大不評でした。

 

胴体は刺身に、頭とゲソは細かく刻んで味噌汁の具に。

そして、そのどちらにも欠かさず加えたいのが、新鮮で濃厚な内臓(ワタ)の甘みだ。

 

提督がキラキラと透き通る刺身を一枚つまみ、黄土色のワタを醤油で解きほぐしたものにつけて味見する。

 

「ううん」

 

柔らかく甘いヤリイカの刺身に、思わずうなってしまうほどの反則な美味さ。

 

「ちょっと、あたしにもっ!」

「うーちゃんも食べたいぴょん!」

 

同じように、刺身をつまんで五十鈴と卯月の口に入れてあげる。

 

「美味しーい!」

「最高ぴょん!」

 

そしてイカワタの味噌汁は、イカワタから出た特濃のダシが自家製田舎味噌の風味に深い奥行きを与えている。

 

新鮮な刺身に熱々の味噌汁、炊き立ての白いご飯。

船上で冷えた身体に染み渡る、何よりのご馳走。

 

明日はイカフライに、里芋と大根との煮付け、ゲソのバター焼き。

明るいおしゃべりと大釣果を乗せて、「ぷかぷか丸」は母港へとゆらゆら戻るのだった。



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羅針盤と提督の独り酒

現実世界とは異なる理に支配された異界、深海領域。

その領域の奥地、南方海域のさらに最深部を艦娘たちの艦隊が単縦陣で進んでいる。

 

一見最も危険だが、妖精さんの加護により強力な防御を与えられる先頭、通称「旗艦」の位置を進むのは軽空母艦娘の隼鷹。

 

「パーッといこうぜ~。パーッとな!」

 

景気よく巻物状の甲板を広げ、そこから白紙の式札を飛ばしていく。

甲板を進むうちに色を帯び始めた式札は、打ち出された時には艦上戦闘機・烈風改へと姿を変えて大空へと飛び立っていった。

 

艦隊の後方では瑞鶴と大鳳も、それぞれ弓とボウガン型の艤装を使い、制空権を確保すべく艦載機群を発進させていく。

 

「さあ、来やがった。防空戦開始だ!」

 

艦隊前方の空でいったん集結した味方戦闘機隊106機が、分散して飛来してくる180機の敵爆撃機群の針路を塞ごうと再展開していく。

 

「ったく、戦艦のくせにウジャウジャ飛ばしてくんじゃないわよ!」

「それよりアレ、爆撃機のくせに熟練零戦隊と互角に戦うのが腹立つわ」

 

すぐさま上空では激戦が始まり、空母艦娘たちは防空戦に忙殺される。

戦艦たちも必死に増設機銃を撃ちまくり、敵機の急降下爆撃を阻止しているが……。

 

海面にスッと浮上した潜望鏡が、不気味に艦娘たちの姿を覗く。

レ級から発進した特殊潜航艇だ。

 

「YAMATO! Your right side,torpedo’s path!(大和、右舷側に雷跡!)」

「取り舵一杯!」

 

アイオワの警告により大和が回避行動を始めるが、避けきれなかった魚雷の一本が大和の装甲結界を突き破る。

続けて砲撃が艦隊へと降り注ぎ、武蔵の艤装から爆炎が吹き上がった。

 

「くっ、いいぞ、当ててこい! 私はここだっ!!」

 

開幕爆撃、開幕雷撃、大和型に匹敵する砲撃二回、ここで仕留められなければ雷撃戦のオマケ付き。

サーモン海域北方、レ級との壮絶なサドンデスバトルの中、その分厚い装甲で砲撃を受け止めた武蔵が不敵な笑みを浮かべる。

 

「ヒャハハハ! サスガ武蔵ッ!」

 

こちらも強敵と相対する歓喜に、尻尾型艤装を海面に叩きつけながら嗤うレ級。

 

武蔵の46cm三連装砲とレ級の16inch三連装砲が、互いに同航する相手を見据えて指向される。

南の海に化け物同士の咆哮が交錯するのだった。

 

 

ここの鎮守府は珍しいことに、今月の戦果の順位争いに参加している。

お正月に新年の抱負で、長門、陸奥、金剛、赤城、加賀が艦娘たちを代表して、ぜひ鎮守府一丸となって上位に挑戦したいと言い出したのだ。

 

1月の農作業には「寒起こし」といって、畑の土に有機物をたっぷりと入れたうえで裏返し、病原菌や害虫を寒風にさらして死滅させる大切で人手も必要な作業予定があり、提督も迷ったが艦娘たちの熱意に負けて許可した。

 

普段から一応それなりの戦果は上げて大将に叙せられているここの提督だが、戦果稼ぎでは比較的楽な三群に滑り込んだことが3回ほどあるだけだ。

 

開設以来ずっと全国首位をひた走る戦果お化けの横須賀は別格として、佐世保や呉、天草、木更津といった有力鎮守府がしのぎを削る一群、二群の順位争いに参加するのは、正直恐ろしい。

 

毎日5-4をグルグル回り続けながら、5-5、6-5、Z作戦……全ての特別任務をやり遂げるとか、どれだけの資源とバケツが飛び散るの!?

 

というわけで、豆腐メンタルの提督は精神衛生上の理由から、今月は艦隊指揮を長門に一任している。

 

畑仕事や家事を手伝い、駆逐艦娘や海防艦娘たちとお昼寝し、おやつを作り、湯上がりの晩酌を済ませたら、夜は嫁たちのキラ付け(意味深)に専念する……。

 

ある意味、髪結いの亭主状態の半ヒモ生活を送っていたが、たまには艦隊の針路を決めるための神聖な羅針盤を回さなければならない。

完全ルート固定の5-4と異なり、5-5には羅針盤による針路分岐地点がある。

 

そう、通称「E風」と呼ばれる、敵主力の前に立ち塞がるレ級以上の最強の壁。

ようやくレ級を倒しながらも、艦隊は敵主力から逸れて何もない海域へと去っていくのだった。

 

 

「見事に外したな」

「外したわね」

 

長門と陸奥に冷た~い視線を向けられた提督。

わざとらしく身震いをして「う~寒い寒い」とかつぶやきながら、ちょうど海峡警備から帰投した松風、旗風、佐渡、対馬を誘って露天風呂へと向かう。

 

ゆったり温泉に浸かり、温まった身体をウール混の着物に包んで小ざっぱりしたら、子供たちにお小遣いをあげて酒保に行かせ、自分は5時ピッタリに鳳翔さんの居酒屋へ。

 

お手伝いの瑞鳳が、今まさに「呑食処」と書かれた濃紺ののれん(ちなみに夏期は白)を店先にかけようとしていたところ。

 

瑞鳳の元気な挨拶に迎えられて開店直後の清々しい店内に入り、長年の使用で擦り減り丸みを帯びた味のある桧板のカウンター席に腰を落ち着けて、鳳翔さんから笑顔でおしぼりを手渡される。

 

「まずはビール……瓶でもらおうかな」

 

夏ならキンキンの生ビールをグビグビいくが、冬は瓶ビールでじっくり立ち上がりたい。

コップに注いでもらってグイッとやり、ビールとともに出てきたお通しを一箸口に入れた。

 

店側のおしつけともとられかねない「お通し」という慣習には賛否両論あるし、提督もチェーン居酒屋のパック詰めの業務用食材をただ皿に入れただけのような、つまらないお通しには否定的だ。

 

しかし、例えば初めて入った店などで、ちょっと気の利いたお通しをサッと出されたりすると、その後の酒食に対する期待がグンと高まるし、お通しがあるので慌てて料理を注文する必要もなく、お通しが良い店にハズレなしとニンマリしながら落ち着いて品書きに目を通せる。

 

今日の鳳翔さんの居酒屋のお通しは、海鼠《なまこ》酢の山かけ。

海鼠はひと手間、食感に触るお腹の膜を取り除いてあり、山芋も擦りたて、わずかに柚子の香りが漂う。

 

海鼠のコリコリした食感と、山かけのネバリのコントラストを楽しみながら、目の前のネタケースを偵察する。

 

真鯛に目鯛、ヒラメ、クロムツ、ししゃも、ハタハタ、ヤリイカ、クルマエビ、ホタテ、ホッキ貝……。

さて、何をどんな風に料理してもらうか……いきなり迷う。

 

カウンターに並んだばかりの大皿では、小松菜とさつま揚げの煮びたし、肉豆腐などが湯気を立て、バットには舞茸や平茸、金茸、銀茸など美味そうな天然の冬きのこ類、頼もしい那珂ちゃんの干物たちも並んでいる。

 

冷奴やエイヒレの炙り、目刺し、串カツなんて定番メニューに、半紙に筆書きしてさりげなくアピールされている「奥久慈軍鶏竜田揚げ」や「志津川蛸刺し」なんて限定メニューも見逃してはならない。

 

「どうしようかなあ……」

 

静かで落ち着いた空間で、たゆたう時を愉しむ。

孤独だが寂しくない、前向きではないが後ろ向きでない、独り酒の素敵な時間。

 

そんな注文の組み立てに迷う一時も楽しいのだが、優柔不断な浮気者提督には決断力がないので、どうしても長考になり過ぎる。

 

「これでも召し上がりながら、ゆっくり考えてください」

 

心得ている鳳翔さんはお通しがなくなるのを見計らい、新しい小皿を出してくれる。

 

牛かっぱの燻製、わさび添え。

牛の脇腹の皮の下の肉で、雨合羽を着ているかのように胴体の脂身を覆っているのでそう呼ばれる。

 

甘み、旨みが強いのだが、硬くて変色しやすいため扱いにくく、単独で流通に乗ることは少ない稀少部位だ。

 

隠し包丁を入れて軽く炙っただけなのに、口いっぱいにジュワッと広がる上質な脂の旨味がビールにピッタリ。

 

嬉しそうにビールを飲む提督を見て微笑みながら、鳳翔さんは刺身の盛り合わせを作り始める。

この後、ビスマルクの主催で高速戦艦たちの飲み会が入っているのだそうだ。

 

「提督……ビールなくなるけど、どうすりゅ?」

 

噛み気味に瑞鳳に尋ねられ、瓶ビールを追加する。

すると、刺身用にホタテを捌いていた鳳翔さんから嬉しい提案が。

 

「ヒモを平茸と一緒にバター焼きにしましょうか?」

 

当然、これまたビールに合う絶好の料理だ。

ぼんやりビールを飲みながら、コクのあるバター焼きをちょびちょびとつまむ。

 

そうしていると、溜まっていた一日の仕事の澱を洗い流して頭を空っぽにできる。

仕事場である鎮守府と、家族の家である艦娘寮の、そのどちらでもない中間地点にある大切な空間がこの居酒屋だと提督は考える。

 

(ただし、一日の仕事などと格好つけているが、提督自身は羅針盤を一回回しただけなので騙されないように)。

 

ビスマルクたちがやって来て店内がいよいよ活気づき、提督の今夜の酒肴のイメージも固まってきた。

 

「ホッキ貝、炙ってもらおうかな。それと……お酒を」

「由利正宗、雪の茅舎(ぼうしゃ)はどうですか?」

 

提督が秋田名物ハタハタをチラ見しているのに気付いてか、鳳翔さんが秋田の酒を勧めてくれる。

 

放っておいてくれるが、目が届いていてくれる絶妙な距離感が心地よい。

 

注文していたホッキ貝の炙り焼きが、黒織部の長角皿で出されてきた。

 

ホッキ貝は別名「うば貝」。

うばは「姥」と書き、老婆の意味だ。

貝殻の白い模様が白髪を連想させるからというが……。

 

その身に熱を通すと、紅く色づいた美しい姿になる。

適量の良質な塩をふって、よい加減で炙られたホッキ貝の身は、(たえ)な酒の肴になる。

引き立つ上品な甘味がたまらない。

 

それを追って飲む、鳳翔さんお奨めの酒もまた素晴らしい。

秋田の酒蔵、由利政宗。

 

秋田の水質の良さを背景に、杜氏たちが永年こだわりの技を磨き続け、さらに昨今は酒造米にも改良の手を入れ続け、その結果生まれた現代最高峰の日本酒の一角を形成する秋田の地酒たち。

 

うちの鎮守府でもいつか、これぐらいの高品質の日本し……げふんげふん、素晴らしい米ジュースを造ってみたい。

我が県にも、熱意をもって最上の酒米を生み出そうとしている有志たちがいるし。

 

戦後には、鎮守府の倉庫を酒蔵にして(酒って言っちゃった)、漁で得た水産物と自前の畑で育てた農作物を肴に自家製の酒を飲ませる、そんな温泉旅館を……うーん、無理かなあ……。

 

酔ってとりとめもないことを夢想しつつ。

まだ夜は長いし、もう少し腰をすえて飲みますか。




今月、二群を狙ってみましたが辛すぎて挫折しましたw
来月はイベントまで静かに執筆に専念します。


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【番外編】鎮守府の節分

長門主導による一月作戦も終わり、鎮守府ではのんびりした日々を……というわけにはいかなかった。

月が替わって早々、2月3日は鎮守府にとっても大切な行事、セッツブーンだ。

 

町内を回って豆まきをする時は「鬼は外、福は内」の掛け声だが、鎮守府内では「福は内、鬼も内」。

仲の良い深海棲艦たちに招待状を配って回り、宴会の食材調達に遠征艦隊を多数派遣し、準備に大忙しだった。

 

「フッフフフ!! これがセッツブゥーンか!」

「はい? セッツブゥーン? ノンノンノン!! ”せつぶん”っすよ! せ・つ・ぶ・ん!!」

「台湾では、節分はやらないんだけど……え……? セッツブーン? ますます…やらないんだけど……」

 

リシュリューが、海防艦娘たちに発音の誤りを指摘されている。

 

「フッ知っているぞ! セツブゥーン!!だろ? 既にあいつらから情報は入手済みだ!」

「これが、あの子達が言ってた、セツブゥン? 奥深さを感じる素敵な文化です。素晴らしいわ!」

 

英艦娘のアーク・ロイヤルに、仏艦娘のコマンダン・テスト。

独艦娘たちから伝播するうちに、様々な発音バリエーションが生まれているようだ。

 

「司令官、節分ですね!お任せ下さい! この朝潮、豆まきも全力でかかります! えーい! えいっ! そーれ!」

「司令官、節分です! もちろん、節分もアゲアゲです! ほら、朝潮お姉さんが、お豆全力射撃中です! 大潮も参加します! えいっ、えいっ!」

「だから!  豆を全力で投げるのやめなさいよ!  鬼役の神通さんがいつまでもっ……ほら……ほらあ……っ!  わ、私知らないったらー!」

 

「フッ……、イタイ…イタイワ……ウッフフフフフフ……!」

「泊地水姫、キモイ……」

 

全力で挑んだ一月作戦の打ち上げということもあり、セッツブーンは大いに盛り上がった。

 

ほっぽちゃんとレ級が、長門と武蔵を豆を投げつけながら追い立てている。

駆逐艦娘たちに大量の豆を投げつけられながら、回避演習と称して猛烈な反撃に転じた鬼役の神通。

第五戦隊の面々が、沖ノ島沖から遊びに来た重巡リ級3姉妹と壮絶な豆砲撃戦を繰り広げている。

 

まあ、本当の節分は中大破するまで全力で豆をぶつけ合う行事ではないはずだが……多少のアレンジはご愛嬌だ。

 

宴会に出される料理も、節分に合ったものが多く出された。

 

こんにゃくの甘辛煮。

「砂下ろし」や「胃のほうき」などと呼ばれる程、体の毒素を排出して身を清めてくれる、健康食材のこんにゃく。

 

里芋の煮っ転がし梅肉和え。

甘めに味付けた煮汁に、爽やかな梅の香りが不思議とマッチする。

 

イワシの生姜煮。

甘辛く炊いて、生姜の風味をピリッと効かせた定番の味。

昔から煙は邪気(鬼)を払うとされ、脂がのっていて煙が出やすいイワシは鬼が嫌うとされている。

そこに魔除けに良いといわれる生姜を加え、さらに棘が鬼の目を刺すという柊の枝を皿に飾る。

 

それに、豪華な刺身の盛り合わせ。

中トロ、真鯛、カンパチ、ヒラメ、タコ、ウニ。

 

恵方巻きは、穴子、ズワイ蟹、海老、玉子、きゅうり、椎茸、かんぴょう。

縁を切らないために、無言で一本丸のまま食べ切らなければならないとかいう風習は無視して、普通に一口サイズにカットして提供している。

 

何より美味しく食べるのが一番という提督のポリシーと、「もともと恵方巻きってのはさぁ、大阪の遊郭で男のアレに見立てて遊女に食べさせたのが……」などというピンク情報を一昨年に隼鷹が流したから丸かじりは止めたのだ。

 

冬季の大決戦が迫る中、みんなで楽しく盛り上がった一日。

 

バレンタインのイベントも終われば、いよいよ捷一号作戦の後段作戦が発動される。

雪にも負けず、美味しいものを食べて健康維持に努めましょう。




節分回、遅刻しました。
先週いきなり腹痛に襲われ、ちょっと入院して盲腸を切って本日帰ってきました。
本当はもっと色々な艦娘や深海勢同士の豆ぶつけ合戦を描きたかったんですが……


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明石と甘鯛の味噌漬け焼き定食

冬季の大規模決戦が迫る中、ある日の執務室。

朝からのルーチンワークが終わり、少し落ち着いた頃。

 

いつもは陽だまりの猫のように目を細めてほんわかしている提督が、わずかに険しい表情で資料に目を通していた。

 

ここの提督とて、料理をする時以外にもたまには真面目な顔をするのだ。

 

端的に言うと、次の作戦に向けての備蓄資源が不安なのだ。

バケツこと高速修復材さえ貯めれば何とかなると考えていたが、今日になって武蔵改二の改装情報が流れてきた。

 

天下の大和型の改二だ。

かつて長門を改二にした時の弾薬8800、鋼材9200を超える消費を要求されるのは確実だ。

さらに、その運用となれば毎回の出撃で吹き飛ぶ資源量も莫大だろう……。

 

そんなわけで、備蓄に関する己の慢心に気付いて冷や汗が垂れてきたのだ。

 

「提督、第三艦隊が遠征から帰投しましたよ?」

 

本日の秘書艦、明石が声をかけてくる。

一月作戦では寝る間も惜しんで泊地修理を行い、バケツ節約に努めてくれたらしい。

そんな明石を労いたくて、久しぶりに秘書艦にしたのだ。

 

提督は「うん、出迎えに行こうか」と答え、いくら見ていても数字が変化するわけでもない資料をしまい込んで席を立った。

 

 

埠頭に戻ってきた第三艦隊。

今回の編成は、天龍、睦月、如月、望月で、苫小牧から来た輸送船団を東京(正確には途中の茨城沖、大洗鎮守府への引き継ぎ地点)まで海上護衛する、定番の遠征任務に就いていた。

 

「ふきのとう♪ じゃじゃーん!」

「青ナマコよ。太いわよね~」

 

睦月、如月、卯月が牽引するドラム缶や大発動艇には、大洗鎮守府留めで発注しておいた千葉・茨城県産の食材が満載されている。

もちろん、逆航路の東京発苫小牧の船団を護衛する時は、日高鎮守府(日高町は苫小牧市の近隣町で、多くの競走馬の牧場やトレーニングセンターがある)留めで発注しておいた北海道の食材を積み込んでくる。

 

龍田が手伝いに出てきて、天龍とおしゃべりしながら遠征艦隊の艤装をハンドパレットに積み込み、補給のために工廠へとガラガラと運んでいく。

 

食材の方は、厨房から給糧艦娘の伊良湖が受け取りに来ていて、睦月たちにお駄賃のたい焼きを渡していた。

 

「おぉー。いいねぇ」

「もらっちゃって、いいの? え…? 弥生、怒ってなんかないですよ? ……すみません、表情硬くて」

 

望月を迎えにきた同じ第三十駆逐隊の弥生もたい焼きを貰ったが、伊良湖に怒ったのかと誤解されてしまったようだ。

 

「うふふっ、弥生ちゃんはもっと表情を柔らかくしないとね~♪ ほらほら、こうほっぺを上げてぇ」

「如月、やめ……ちょっと…本当に……今は、怒ってるからね?」

 

もし、こういったタイムロスとなる遠征ついでの食材仕入れを止めて、補給なども横須賀のように効率よく行い、分刻みで次の遠征艦隊を繰り出していけば……いや、無理無理無理。

 

「提督、今日の演習に行ってくるぜ」

 

と、妙に気合いの入った木曾に声をかけられた。

他の艦隊メンバーは、球磨、長良、夕張、陽炎、不知火で、「主砲、ソナー、ドラム缶(夕張は2個)」という謎装備。

真剣に勝とうという気が見当たらない編成だ。

 

実は球磨、全国各地の知り合いの漁師さんから定期的に、魚介を直接仕入れているのだ。

 

「仕入れのキモは人脈にありクマ」

 

といわけで、その荷受けを自分たちで行って輸送費を節約し、ついでに現地の釣りをしてこようという下心で、近くの鎮守府との演習を組んでいた。

 

何かが間違っている気もするが、それでいいのかと問われれば、提督としては「それでいいのだ」とバカボンのパパの真似をして答えるしかない。

 

「今日は福井の敦賀(つるが)鎮守府か……あっちは大雪で大変みたいだから、ご迷惑にならないようにね」

「うん、ちゃんとお土産も持ったって」

 

普段からこんな感じでやっているのだ。

今さら備蓄が少ないのを嘆く方が間違っているだろう。

 

球磨たちを見送りながら、提督はさっさと気持ちを切り替え、お昼は何を食べるか考え始めるのだった。

 

 

明石とともに食堂に入り、提督が注文したのは「甘鯛の味噌漬け焼き定食」だった。

 

この甘鯛は先日、曙たち第七駆逐隊が「長距離練習航海」という名目で相模湾に行き釣ってきたものだ。

 

「門」を使用した転移を訓練するだけの短時間かつ低報酬の遠征任務なのだが、その転移先で釣りをしていれば半日がかりの長時間遠征になる。

 

……これじゃ備蓄にいいわけないよ、分かっちゃいるけどやめられね~♪

 

「先月は泊地修理が多くて大変だったろ?」

「そうですねえ、でも機械をイジってるの大好きですから」

 

などと明石とお茶を飲みながら話しているうち……。

 

「よっ、提督。待たせたねぇ~」

 

魚が焼きあがり食堂当番の谷風が定食を持って来てくれた。

 

大きめの角皿に、香ばしく焼かれた頭付きの甘鯛の半身がどっしりと。

酢の物、香の物、煮物と小鉢が3つ。

ご飯と味噌汁もたっぷり、湯気を立てて頼もしい。

 

食べ始める前から、おかわり確実だ。

 

ひとまず味噌汁に口をつける。

ジャリジャリと殻つきの寒しじみが音を立て、熱々の味噌汁が流れ込む。

深い旨味と、五臓六腑に染み渡るような「身体に良さそう」なしじみの滋味。

 

愛嬌のある頭をした甘鯛くん。

もちろん正式な鯛の仲間ではなく、スズキ目の鯛とは全く別種の魚。

 

しかし、「あやかり鯛」の中でも甘鯛くんのステータスは妙に高い。

 

関西では「ぐじ」と呼ばれ、昔から京料理に欠かせない高級食材だ……などと騙された関東人がありがたがって金を払うから、見る見る間に高騰してしまった。

 

ぐじの語源は、屈折した頭で屈頭(ぐず)から、“ぐじ”に変わったという外見から説がある一方で、身が柔らかくて“ぐじぐじ”しているから……という悪い意味の説もある。

 

他の西日本でも、ビタ、クズナ、鍋腐らしなどとあまり良くない地方名を持っていて、ビタは「ビタ一文まからない」というように使われる「欠けた貨幣」の意味、クズなどは説明するまでもないし、鍋腐らしにいたっては……。

 

そもそも甘鯛の身自体は水っぽく、そのまま食べたのでは最高の美味とは言いにくい。

若狭(現代でも若狭ぐじは最高級)で獲れたぐじを京に運ぶため、保存用にひと塩して干したことが、その美味さを引き出して京人の心をつかんだのだと提督は思っている。

 

だから、甘鯛が普通に獲れるその他の地方の人々にとっては、別段どうということのない……。

 

あ、ごめんよ、甘鯛くん。

別に君の事を嫌って言っているんじゃなく、宣伝におどらされて現地価格の何倍ものお金を払わされてるのにも気付かずに、しかも君の食べ方として適してない刺身なんかをありがたがったりしちゃう東京人をバカにしてるだけだからね。

 

ええと、本来は何が言いたかったかというと、ひと塩して干したりと、少し手間を加えたほうが甘鯛くんは格段に美味しくなるということだ。

 

そこで今回の味噌漬け。

京料理にも上品な西京漬けがあるが、提督の舌には間宮が作ってくれる濃厚味噌で漬けたものの方が合っている。

 

信州味噌、仙台味噌、庄内味噌を独自配合でブレンドし、味醂でのばした間宮の味噌は、そのまま舐めさせてもらっただけでメチャ旨だ。

それに漬け込んだら美味しいのは当然として、甘鯛くんの身から余計な水分が抜けて旨味が凝縮し、身が引き締まる。

 

などという提督の無駄に長い理屈を、明石の一言で現すと……。

 

「バカ旨ですね!」

 

うん、旨くて旨くてご飯がすすむ。

味噌汁→甘鯛→ご飯の黄金トライアングルが成立してしまった。

 

しかも、食べ飽きることを許さない、名脇役たちが周りを固めている。

 

ホタテとワカメの酢みそ和え。

程よい酢加減と、ホタテの食感のアクセントが食事に変化をもたせてくれる。

 

白菜の浅漬け。

濃厚な旨味がくどくなりかけたとき、口をさっぱりとリセットさせてくれる。

 

大根の煮物。

だし汁で薄味に煮た厚切り大根に、粉山椒をふっただけ。

だが、それが素晴らしく旨い。

甘鯛から浮気して、ご飯の上にのっけてメインにして食べたくなってしまうほどだ。

 

「よーし、おかわりは大盛りにしちゃおうかな♪」

 

明石の言葉に、提督も自分もそうしようと思う。

 

そして、食後には明石とゆっくり温泉にでも浸かろうか。

それから鳳翔さんの居酒屋に2人で飲みに行って……。

今日は精一杯、明石にサービスしよう。

 

冬季作戦では、また明石の不眠不休の協力が必要になるのだから。




投稿時には気づきませんでしたが、連載開始からちょうど一周年でした
みなさん、この一年応援ありがとうございました
これからも、どうぞよろしくお願いいたします!


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ほっぽ退治と蓮根入り鶏団子鍋

2018.02.05に実装された新任務に関するネタバレが含まれます


北からの寒気の影響で気温こそ低いが、頭上にはのどかな青空が広がり、綿菓子のような雲がふわりと浮かんでいる。

 

眼前の湾は陽光を浴びてキラキラと輝き、遠方に見える山脈はともかく、鎮守府の裏山の木々にはもう雪の白さは残っていない。

 

いまだ大雪に襲われる日本海側の人々には申し訳ないが、ここの鎮守府では少しずつ春が近づくのを実感していた。

 

「行ッテキマス、提督」

 

鎮守府の埠頭から居候の深海棲艦が、本来の仲間たちに合流するために出港していく。

もし提督になっていなかったら、捨て猫を拾いまくってご近所迷惑な猫屋敷を作っていたに違いないここの提督が、餌付けしている子の一人だ。

 

白銀の髪をアンバランスに伸ばし、金に輝く左目だけを覗かせる美少女。

胸元には艦娘たちと同じ提督から貰ったハート形の首輪をつけて喪失(LOST)対策は万全、左手の薬指にはケッコン指輪もしている。

 

重巡ネ級flagship。

一般のネ級と異なり、鬼クラスに匹敵する火力や装甲、耐久を誇る上、重巡のくせに射程は超長で砲戦を二回するわ、艦攻を搭載して航空戦に参加してくるわ、こちらの潜水艦に爆雷を撃ってくるわ、レ級と双璧をなす恐ろしい深海棲艦だ。

 

提督から強奪したドテラに山風と一緒にくるまっていた潜水新棲姫や、那智や高雄と飲んだくれていた重巡棲姫、加賀と囲碁を打っていた空母棲姫も、この日いつの間にか姿を消していた。

 

間もなく、冬の大戦(おおいくさ)が始まろうとしている。

 

 

提督としては、冬季の大規模作戦が発動される前に、どうしても片付けておきたい任務があった。

 

『新編「四航戦」、全力出撃!』。

伊勢、日向、大淀を固定メンバーとし、駆逐艦1とその他2を追加した編成で、鎮守府近海航路、沖ノ島及び北方AL海域戦闘哨戒、カレー洋リランカ島沖の4作戦に勝利せよ、というもの。

 

達成すると、報酬として新型装備「12cm30連装噴進砲改二」が貰えるのが魅力的だ。

 

鎮守府近海航路は、伊勢と日向に水上戦闘機を積み、駆逐艦枠に対空要員の秋月と対潜要員の朝潮を入れて、楽勝で乗り切った。

 

沖ノ島では毎度のことながら、重巡リ級3姉妹との夜戦どつきあいで事故が起こったり、突破したと思ったら索敵をおろそかにしすぎて敵主力を取り逃がしたり、いきなり羅針盤が荒ぶったりと、いくつか失敗はあったものの、最後はドラム缶を装備した最上と三隈の協力を得て、敵主力の殲滅に成功した。

 

カレー洋リランカ島沖では、噴式戦闘爆撃機・橘花(きっか)改を装備した翔鶴に制空権を確保してもらい、三式弾装備の伊勢と日向が全力で港湾棲姫に殴りかかる作戦で、港湾棲姫の撃破こそできなかったが取り巻きを一掃して勝利を得た。

 

しかし、残る一海域が……。

 

「カエレッ!」

 

北方AL海域、ほっぽちゃんがノリノリである。

 

最近は五航戦+αの空母3人で完全に制空権を奪い、摩耶が完全防空を達成し、高雄と愛宕が三式弾でぱんぱかぱーんとお仕置きするスタイルで、毎月ほっぽちゃんを抑え込んでいたのだが……。

 

「ふっざけるなぁ! また狙い撃ちやがって!」

「摩耶、カエレッ♪」

 

こちらが空母を出せず(空母を入れると海域内を迷走する全5戦ルートとなる)、自由に航空戦ができるようになった途端に、水を得た魚のように暴れはじめた。

 

鎮守府では摩耶がほっぽちゃんのしつけ係なのだが……今回の作戦では完全になめられっぱなし、集中攻撃を受けて何度も大破している。

 

「不幸だわ……」

 

応援に駆り出された山城も、ほっぽちゃんにとっては玩具。

ビシバシ痛撃を叩き込まれて涙目になっていた。

 

 

提督は鎮守府庁舎のキッチンに立ち、帰還する艦隊のために鍋を準備しようとしていた。

 

蓮根を粗みじんに刻み、下味をつけた鶏ひき肉と合わせてよく練り混ぜて、ゴルフボール大の鶏団子を作る。

 

ラーメン用にストックしている鶏ガラスープを鍋に入れて、酒と海水塩、醤油、おろし生姜でスープの味を調え、白菜、長ネギ、人参、椎茸、えのき茸、豆腐、そして鶏団子と具材を入れる。

 

あとは火にかけて、具材が煮えるのを待つだけ。

炊飯器のスイッチが入っているのを確認しつつ、打っておいたうどんに包丁を入れていく。

 

しょうがの効いた熱々スープで温まり、ガッツリ鶏団子とたっぷり野菜でご飯を食べてもらったら、〆にはうどんを入れてダブル炭水化物にしようという寸法だ。

 

なにしろ、北方海域はこちらとは比べものにならないぐらい寒い。

提督にできるせめてものことをして、みんなの疲れを癒してあげたい。

 

おっと、忘れるところだった。

入渠用の湯の温度を少し上げておくため、提督はお風呂場へと向かうのだった。

 

 

「ちくしょー、ほっぽの奴、好き勝手やってくれたぜ!」

「あの、すさまじい数の艦載機を何とかしないといけませんね」

「ごめんなさい、あまり撃ち落とせなくて……」

 

摩耶、大淀、照月が今日の戦いについて反省している。

 

「やっぱり三式弾を持ってくべきなのかなあ?」

「だが、その代わりに水上戦闘機を降ろすのか?」

「偵察機を降ろして、弾着観測を捨てた方がいいんじゃないの?」

 

伊勢、日向、山城の航空戦艦が、装備の是非について議論している。

 

こうやって活発な議論が出るのも、鍋で身体が温まったから。

埠頭に帰ってきた時は、みんな青白い顔で無言だった。

 

身体の芯から温めてくれる、ピリッと生姜の効いた鶏ガラスープ。

加熱された生姜からは、血管を拡張して血流を良くする、ショウガオールという成分が出る。

 

シャキシャキと蓮根の食感が混じる、ふわっとジューシーな鶏団子。

これをムシャムシャ食べて、バクバクとご飯をかっこむ。

 

クタクタに煮られた野菜ときのこを、熱々の豆腐とともにハフハフ食べる。

もうね、元気が戻らない方がおかしい。

 

次回の攻略に向けた艦娘たちの熱心な議論に目を細め、提督は昔ながらのアルマイトの薬缶からお湯を注いで番茶を淹れ、ズズーッと湯呑みをすする。

 

「弾着観測射撃は諦めて、代わりに大淀に夜間偵察機を入れて敵主力との夜戦……」

「いやいや、あたしも三式弾を持つから、山城さんぐらいは水偵を載せて……」

 

議論は白熱している。

ああしろこうしろ、提督から言うことも言えることも何もない。

 

この自主性こそが、うちの鎮守府の強さだ。

きっと次はほっぽちゃんを倒して、お尻ぺんぺんできるだろう。

 

みんな、よろしくお願いします。

〆のうどんを出すタイミングを見計らいつつ、提督はそっと呟くのだった。




おまけ

【某聖なる日の大本営】


東京霞ヶ関の一角に、往時の姿のまま再建された赤レンガの海軍省。

会議室には海軍軍令部総長の他、全国の主だった諸提督と高級官僚らが着席し、横須賀提督が首相との会談を終えて来着するのを待っていた。

全国戦果首位の提督筆頭にして階級は元帥、海軍大臣と海上護衛司令長官を兼ね、絶大な権力を持つ横須賀鎮守府の女帝。

「さっきの戦果更新見たか? あいつ、こんな月に1万ペースで稼ぐとかアホかっての」

木更津のスチャラカ提督が、戦果首位をひた走る実の妹の高過ぎる戦果値をぼやく。
首位の横須賀鎮守府単独で、2~5位の鎮守府の戦果総数とほぼ同等値を叩き出しているのだ。

この島国の命脈を握る制海権は、その1/4が彼女の鎮守府に依存しており、それこそが横須賀提督の権力の源泉となっている。
彼女が海軍大臣を辞任するだけで、内閣も総辞職を余儀なくされると噂されている。

「あいつよぉ、彼氏もいねえ永久処女だから、夜も戦果稼ぐ以外にやることねえんだぜ。寂しい女、ケヘヘヘッ」

横須賀提督の配下の特警妖精さんたちが冷たい視線を向ける中、“女スターリン”とも評される妹を相手に暴言を吐き、下卑た笑い声をあげる木更津提督。

「あたしも1万稼ぐなんて絶対無理だなあ。深夜アニメ見れなくなったら生きてられないもん」

天草提督が指にマニキュアを塗りながら、無責任に合いの手を飛ばす。

全国戦果2位、プロテインをこよなく愛する佐世保のマッチョ提督は、我れ関せずと会議室の隅で裸の上半身から湯気を立て、親指のみで腕立て伏せを繰り返している。
ちなみに昨夜は「セガールと闘う夢を見たが……まだ、あの人には勝てなかった」とのことだ。

「妖精さん統帥権独立の原則」によって絶対的な身分と安全を保障されている提督たちとは異なり、権力にその身を翻弄される一般人の官僚たちは一切聞こえないふりをして、能面のような表情を崩さないでいる。

木更津提督も、自分に味方する妖精さんたちによって提督の座を保証されており、それは横須賀提督でさえ侵せない絶対的身分なのだが……。

妖精さんたちは「兄妹喧嘩」にまでは干渉してくれない。

木更津提督が中学二年の文化祭の時に、妹のセーラー服の上着とブルマを無断借用してコミックバンドの演奏を行ったり……。
あるいは、高校時代に妹がそっと机にしまいこんでいた書きかけのラブレターに避妊具を入れて勝手に投函して以来……。

彼は政治とは別な方面で妹から粛清対象として認識されている。

そして今日も、現に木更津提督の背後には木刀を手にした横須賀提督がいつの間にか立っていて……。

突如、周囲の人間の視覚が【海軍特別警察隊 第四種機密事項】と黒塗りにされる。
ただ、激しい打撃音と悲鳴だけが耳に入ってくる(生温かい液体が飛んできても大人はスルーだ)。

他の提督や官僚たちは、その慣れた時間を黙って潰す。

「お待たせしてすみませんでした」

大部分の黒塗りが解かれ、視界の一部……床の上に人間大の黒い空間が残るだけとなった。

汗一つない涼しい顔で議長席につく横須賀の美女提督。
幸い、冬物である濃紺の第一種軍装には、赤黒い液体の染みはさほど目立たない。

その横須賀提督の涼しい切れ長の瞳が、某辺境鎮守府の提督の席へと向かい……。
そこに立てられた「欠席」の札を見て固まった直後、その横の席でニヤニヤと笑っている天草の腐女子提督の視線と絡む。

「それでは、これより……」

すぐにその視線を振り払い、低い声で会議の開始を告げ始める横須賀提督。

彼女が慌てて書類の束を崩してしまい、そこから菓子箱を入れるのにちょうどいいぐらいの茶色い紙袋が転がったのを見て、天草提督がさらに意地悪く笑うのだった。


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愛宕と決戦前の大宴会

提督は執務室の机につくと、まずは水差しから冷水をコップに注ぎ、一息に飲み干した。

バレンタインから食べ続けている、大量のチョコによる胸焼けがひどい。

 

ともかく、今季の大規模作戦について史実をもう一度おさらいしようと、戦史書を紐解いていく。

 

1944年10月17日、フィリピン・レイテ島への上陸を開始した連合軍に対し、翌18日、帝国海軍はかねてからの作戦計画に基づき、フィリピンでの決戦を企図した捷一号作戦を発動させる。

 

ただし、先日行われた台湾沖航空戦により、作戦の中核を担うはずだった第一・第二航空艦隊(基地航空隊群)は壊滅的打撃を受けており、基地航空部隊の支援の下で水上艦隊が突入するという、当初の作戦計画と全く異なったものになっていくのだが……。

 

10月22日、大和、武蔵、長門、金剛、榛名らの強力な水上戦力を有する第一遊撃部隊主力はブルネイを出撃、パラワン水道を通過するルートをとり、一路レイテを目指した。

 

作戦目標はレイテ湾の敵輸送船団。

陸軍の反撃と呼応し、敵上陸部隊を水際で撃滅するのが主目的であった。

 

10月23日へと日付が変わった頃、第一遊撃部隊主力はパラワン水道の入り口に達したが、すでに艦隊は敵潜水艦によって発見・通報されていた。

 

そして黎明、艦隊旗艦の愛宕が敵潜水艦からの魚雷を受けて30分と経たずに沈没。

同様に高雄も魚雷により航行不能に陥った。

 

愛宕と高雄の被弾を受けて回避行動を行っていた艦隊だが、続けて摩耶に魚雷4本が命中、被雷からわずか数分で摩耶は海中に没する。

 

こうして瞬く間に高雄型からなる第四戦隊は壊滅、唯一被害を免れた鳥海も25日のサマール沖海戦で被弾し(金剛による誤射という説もある)、藤波の手で雷撃処分された……。

 

 

「提督、何か用か?」

 

提督に急に呼び出された高雄型四姉妹。

摩耶を先頭に安っぽいベニヤ製のドアを開けて執務室に入ると……。

 

「うわっ、何だ!? こら、やめろっ! 抱きつくな! 何でこいつ泣いてんだ!? オイ、泣きながら変なとこ触んじゃねえ!」

「あのっ、これも、何かの任務なのですか?」

 

感極まった提督、高雄たちを呼び出して、ケッコンしていなかったら訴えられても仕方ないぐらいのセクハラの限りを尽くし始めた。

 

「うふっ、どうしました? んもぅ、意外と甘えん坊なのですね♪」

「提督、高雄がついていますから……安心して」

 

このあと滅茶苦茶スキンシップした。

 

 

夕方、鎮守府寮の別館の宴会場。

大規模作戦を前にした、恒例の大宴会。

 

今宵も気温は零下まで下がる。

200畳を超える大広間に、コタツ仕様の冬の宴会机が並ぶ。

 

まず、各自の席の前には、小松菜とちりめんじゃこの煮びたしと、山芋たたきの明太和えの小鉢が出されている。

 

大皿には、カニ脚のほぐし身、ツナ、ワカメをあしらった海鮮黒酢サラダ。

各テーブルにドンと置かれた木桶には、新鮮なマグロぶつがたっぷりと盛られている。

 

「今夜は楽しんでくれ。明日からは決戦だ! 各員、一層奮励努力せよ! では、乾杯!」

 

長門の簡潔な乾杯の音頭。

提督による「スピーチは1分以内!」運動のたまものだ(昼にあった軍令部総長の訓示放送も1分で切った)。

 

宴会の開始を見計らって、揚げだし豆腐が熱々のまま供される。

衣はカリッ、中はフンワリ、じんわりと優しいつゆが染み込んでいる。

 

続けて、牛すじと大根の小皿。

丁寧に下処理して臭みを抜いた牛すじを、関西風の上品な昆布だしで大根とともにじっくりトロトロに煮込んだ、寒い夜に嬉しい一品。

 

そして、その煮込み汁を濾して味を調え、生海苔を流し入れた椀もの。

この生海苔、潜水艦娘たちもお手伝いをして、朝に目の前の湾で刈り取ったばかりの超新鮮なもの。

海の恵みをそのまま呑み込むような贅沢さが味わえる。

 

絶品料理に舌鼓を打ちながら、提督は艦娘たちの様子を見まわした。

決戦を前に思うところがあるのだろう、珍しい交流が見られる。

 

鳥海と藤波。

高雄と長波、朝霜。

妙高の隣には潮がいる。

何か語り合っている早霜、沖波、不知火……。

 

「提督さん、邪魔しに行っちゃダメだよ」

 

駆逐艦娘たちを抱きしめに行こうとしたら、瑞鶴に止められた。

確かに水を差しては悪いし、バレンタインのチョコを貰った時に潮のことは思いっきり揉んでおいたし、今日のところは我慢することにする。

 

ん、そういえば翔鶴と一緒にいない瑞鶴も珍しい。

 

「提督さん……うん…。解ってる」

 

瑞鶴は、ミッドウェーで赤城たち、マリアナで大鳳と翔鶴を失った後、最後の日本機動部隊を率いてレイテの決戦へと挑んだ。

史実のその戦いは、満足な搭乗員も与えられず、水上部隊突入のために米機動部隊を遠方におびき出す囮としての役目でしかなく……強大な米機動部隊の前に、日本最後の機動戦力はエンガノ岬沖で消滅した……。

 

「うわっ、ちょっと……やめて、何で泣きながら抱きついてくるのっ!?」

 

 

その後も、マグロのかま焼きに、博多風もつ鍋と宴会の料理は続いた。

 

箸を入れるとほろほろと骨からほぐれる、柔らかいマグロのカマ肉。

甘い脂がたっぷりのっていてボリュームたっぷりなのに、トロなどの部位に比べれば激安。

今朝、焼津港に遠征艦隊を立ち寄らせ、市場で大量に買い付けてきたものだ。

 

豚もつは、安く仕入れた県内産の牛の小腸(マルチョウ)第一胃(ミノ)、そして脂身を、たっぷりのキャベツとともに鶏がらスープで煮込んだもの。

濃口醤油と薄口醤油、みりん、砂糖、おろしニンニクをブレンドしたスープの味付けは、福岡の女・千歳が自信を持って担当した。

 

ニラとモヤシも大量投入、野菜たっぷりで元気モリモリ、コラーゲンでお肌プルプルだ。

〆は鍋に入れるラーメンに、ピリッとする高菜の炊き込みご飯。

 

デザートはお取り寄せの「好事福廬(こうずぶくろ)」。

大きめの紀州みかんの中身をくり抜き、その果実ジュースに砂糖、リキュール、ゼラチンを加え、もとの蜜柑の皮へと詰めてゼリーとして冷やし固めた、京都の老舗菓子店考案の名物菓子だ。

 

素朴な蜜柑の甘みに、上品な香りが漂う。

 

3時間あまりの大宴会。

贅沢でゆっくりとした時間が流れた。

 

後片付けを見守りながら、提督はゴロリと横になった。

 

明日は朝から出撃開始だ。

まずは先鋒、水雷戦隊の出番なら旗艦は能代に任せるつもりでいる。

 

そして、もし重巡を出すことになるのならば……。

 

「提督、ホットミルク作ってあげましょうか? うふっ♪」

 

愛宕に膝枕されて甘えながら、提督は明日の編成を夢想するのだった。




いよいよ冬イベですね。
今日中にちゃんとメンテ明けるかなあ……。


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ガングートとプリメニ

現在(2018.02)進行中のイベントのE-1攻略中のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


いよいよ発動された冬の大規模作戦。

案の定、パラワン水道では敵の潜水艦隊がウヨウヨと待ち伏せしていた。

前路哨戒を厳とすべく、まずは対潜部隊を投入しての潜水艦狩りだ。

 

「第一遊撃部隊、第一部隊、……第二水雷戦隊。出撃準備、始めてください」

 

予定通り、旗艦は能代。

決戦を前に鉢巻を巻いてやる気満々だ。

 

先制対潜の要として、この海域との因縁がなく、後で針路の固定などに影響を及ぼさないであろう、村雨(レイテ沖海戦の前年にコロンバンガラ島沖で戦没)、ヴェールヌイ(レイテ沖海戦の前に台湾沖で触雷、修理中だった)、リベッチオ。

 

そして、鉢巻を巻いてやる気を出していたので、勢いで浦波も艦隊に加える(浦波は志摩艦隊で別ルートに必要になりそうなので悪手)。

 

駆逐古鬼が率いる敵の水雷戦隊の接近も報告されているので、用心棒に戦艦も投入。

ガングートを編成に加えることにした。

 

と、軸になる編成が決まったのだが、先制対潜に必要な装備を海峡警備行動の遠征艦隊が持って行ってしまっていたりで、本格的な攻略が始まったのは昼を過ぎてからという、しまらないスタートとなった。

 

 

「アナタタチ…ハ……。トオ…サナイ……カラ……」

 

海域の奥で敵の潜水艦群を率いていたのは、やはりというか潜水新棲姫。

複数の艦隊によって結界を張り、主力艦隊を潜み隠れさせるという、ここ最近の深海勢の定番戦術に少してこずったが、ようやく結界を解呪して居場所を見つけ出した。

 

もうね、対潜作戦なのに軽巡洋艦娘がいると辿り着けない地点に結界を解く鍵があるとか、盲点もいいところでしたよ。

 

だが、居場所さえ分かれば後は制圧するのは簡単。

とどめの艦隊を出撃させ、提督は頑張る艦娘たちのために、おやつ作りを開始した。

 

 

よくふるった強力粉に、牛乳、溶き卵、バター、塩を混ぜ、よく捏ねて冷蔵庫(外気温より温かい)で寝かせておいた弾力のある生地。

この生地に打ち粉をふって薄くのばし、円形にくり抜いて皮を作っていく。

 

シベリア風水餃子、ペリメニを作るのだ。

 

牛の挽き肉に塩こしょうし、玉ねぎのみじん切りとおろしニンニクを加え、粘りが出るまでよく混ぜ合わせて、先ほどの皮に包んでいく。

アダムスキー型UFOのような、真ん中が膨らんだ形にするとそれらしい。

 

艦隊が帰ってくる時間を見計らって鍋にお湯を沸かし、すぐに熱々のペリメニを出せるように準備する。

鍋には塩をひとつかみ振り、ローリエの葉を一枚放り込んでおくのが味に深みを出すコツだ。

 

「提督。艦隊が帰投しました! パラワン水道、制圧完了です!」

「やったー!! リベが一番だって? うひひ~♪ 提督さん、褒めてよー! うんうん!褒めてー!!」

 

と、お湯が沸騰しはじめたドンピシャのタイミングで、艦隊が庁舎に戻ってきた。

 

「すぐに温かいおやつを出してあげるから、手を洗ってきなさい」

 

深刻な損傷を受けている艦娘がいないのを確認し、提督が促す。

 

「よし、同志ちっこいのたち! 手を洗いに行くぞ!」

「Ура!」

「はいは~い」

「浦波、了解です!」

 

昨年の5月に鎮守府に合流したばかりのガングートだが、秋には裏山でのキノコ狩りの引率をしてくれたり、すっかり子供たちの人気者だ。

 

用意しておいたペリメニを、沸騰した湯の中に投入して茹で始める。

 

茹で上がったペリメニは浮かんでくるので、湯きりですくい上げて手早く皿に盛り、溶かしバターとサワークリームのソースをかけて、刻んだ生パセリを散らしたら完成。

 

「ん、ペリメニかっ! さすが、我がмилый」

 

手を洗い、キッチンに戻ってきたガングートに褒められる。

милыйとは、ロシア語のダーリンとかハニーみたいな意味で……はい、ガングートとも先日ケッコンして、新婚ホヤホヤです。

 

「いただきまーす!  Grazie!」

「司令官、美味しいです」

「いい感じ、いい感じ。村雨、ちょっと感激」

 

熱々でプリプリモチモチの皮を噛み切ると、芳醇なバターの風味とともに、口の中にジュワッと広がる濃厚どっしりな肉の旨味。

だが、サワークリームの爽やかな酸味が重さを感じさせず、続けてチュルチュルと食べられる。

 

「これはいいペリメニだ」

 

ヴェールヌイこと、響もその味を噛みしめながら、そっと瞳を閉じる。

かつて自分に乗っていた、ソビエト軍人たちの記憶を思い起こしているのだろうか。

 

「貴様、特別に私が食べさせてやる。感謝しろ」

 

言い方はきついが、要するにガングートが「アーン」して食べさせてくれる。

はい、新婚ホヤホヤの甘々です。

 

「えーと……能代、浦波、こういう食べ方もあるよ」

 

照れ隠しに、裏ワザっぽくペリメニに酢醤油を垂らして、和風でいただく方法を披露する。

もとは餃子と起源を同じくするモンゴルあたりが発祥の料理らしいので、無理なく日本の味にもってこれる。

 

「これ、阿賀野姉ぇにも作ってあげ……られる自信はないんで、提督……お願いできます?」

 

もとは漁協の管理事務所だった、この鎮守府庁舎。

今いるここのキッチンは、目の前の湾で貝や海藻を養殖している漁師さんたちが集まり、昼食をちょいと準備して茶飲み話をしていた、共同炊事場だった。

 

古めかしく、かといって昭和レトロなんてプレミアもつかない、ただただボロいキッチン。

緑のビニール表皮が張られた(そして一部破れて黄色いスポンジがはみ出している)パイプ足の丸椅子とか、もう貧乏ったらしいとしか言いようがない。

 

それでも……。

 

「そういえば、冷蔵庫にスモークサーモンがあったな? 祝杯にウォッカを開けよう」

「Хорошо(ハラショー)!」

 

鎮守府業務の合間に、ここで家族と過ごす団欒の時間。

すごく幸福な宝物です。



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武蔵改二とブリーチーズ

北からの寒気が吹き込み、急激に冷え込んだ夜。

 

提督は早めに執務を切り上げると、艦娘寮の休憩室の隅っこに寝床を定めて、オフトゥン執務を行っていた。

オフトゥン執務とは文字通り、ぬくぬくと布団にくるまりながら、ダラダラと提督業の続きを行うことである。

 

五十畳の広さの休憩室だが、提督の布団の周りでは多くの艦娘たちがおしゃべりしたり遊んだり、いくつかのコタツでは酒を傾ける艦娘たちもいる。

 

要するに、大学の貧乏サークルあたりの合宿状態と何ら変わらない、カオス空間。

 

しかも……。

 

「なんか…さぶいなあ…へ、へっくしゅん! 提督の布団に避難だ!」

「何か...やるの? 何を?」

「うっふふふっ♪ ボクの出番はあるのかな?」

「夕立もどこかで出撃させてもらえるっぽい!?」

「司令官、不知火が必要なら、いつでもお呼びください。ん……不知火に何か落ち度でも?」

「はぎぃ、やめなって! くすぐったいから! おほっ! ……お、おお……? って司令かよ!」

 

次から次へと、入れ代わり立ち代わりで駆逐艦娘たちが提督のオフトゥンに来襲してくるし、それにいちいち提督がかまったりセクハラするので、落ち着かないこと嵐の如し。

 

「エンガノ岬沖には、ちゃんと千歳姉ぇと組んで出撃させてよね? ね、聞いてる?」

「うわぁ~、寒くなってきたぁ。こんな時はお酒を飲んで体を温めないとぉ~」

「提督、あたしと北上さんの出番はいつ!? 魚雷を撃ちたくて、ウズウズしてるのよ」

「夜戦は? 夜戦する? ねーねー、やーせーんー!」

 

大人組もやかましいこと、この上なし。

 

しかし、こういう環境でこそ、ここの提督の集中力は逆に高まる。

 

下敷き代わりの古新聞の上で、「京大式」の情報カードに鉛筆で色々と書き込んでは試行錯誤し、消しゴムで消しては書き直していく……。

 

今日は、扶桑たち西村艦隊により、再びスリガオ海峡への攻撃を実施し、深海棲艦たちの呪いの力を弱めた。

提督は、これから続くシブヤン海、エンガノ岬沖、サマール沖、それぞれの戦いに出撃させる艦隊の編成を割り振っている。

 

時々、手を伸ばしては、クラッカーにブリーチーズをのせ、ハチミツをかけたお菓子をかじる。

お菓子と言い訳しているが、これがまたロックのウィスキーをチビチビやるのにもってこいだ。

 

ここの鎮守府の作戦は大体こんなイージーな雰囲気の中で決まっていくのが常なのだ。

 

 

ブリーチーズはフランスのブリー地方で作られる白カビのチーズで、「チーズで出来たお菓子」とか「チーズの王様」とか称されたりする。

日本でも馴染み深いカマンベールチーズも、このブリーチーズから派生したものだという。

 

熟成し、舌でとろけるトロリとしたクリーミーな食感が特徴。

濃厚なミルクの風味が味わえるが、カマンベールよりもまろやかでクセは少ない。

そのままでも十分に美味しいが……これに上質なハチミツをかけると、極上のお菓子兼つまみとなる。

 

かのルイ16世がフランス革命後、連行中に何か食べ物が欲しいかと訊かれ、「ブリー・ド・モー(第一級とされるモー村のブリー)」を欲した、とか、ヨーロッパ中の代表が集まったウイーン会議の際のチーズ品評会で満場一致で「チーズの王様」に選ばれた、などという逸話があるほどだ。

 

 

「Hey、提督ぅ? 艦隊の編成は決まりましたかー?」

 

浴衣姿で布団に潜り込み、背中に抱きついて何かを押し当てながら質問してくる金剛。

 

「うん、大体まとまったよ」

 

提督が金剛から逃れつつ答え、カードに最後の書き込みを加える。

 

 

「よし、まずはシブヤン海。第一艦隊の旗艦は愛宕。随伴艦は、金剛、榛名、利根、筑摩……そして航二艤装の熊野」

 

「Yes! 私の実力、見せてあげるネー!」

「榛名、感激ですっ!」

「熊野? あたし、呼んでくるっ!」

 

編成に選ばれたことに喜びの声をあげる金剛と榛名に、この場にいない熊野を呼ぶために飛び出していく鈴谷。

 

「第二艦隊は矢は……ぎぶっ!」

 

続けて第二艦隊の人事を発表しようとした提督が、飛び込んできた大柄な艦娘に押し潰される。

良い子は絶対に真似してはいけない、満載排水量72,809トンの武蔵による全力ダイブだ。

 

「なぜ、この武蔵を決戦に呼ばない!? 水臭いぞ、相棒!」

 

その相棒をトラックにひかれたカエルのようにしつつ、武蔵が雄叫びを上げる。

 

「提督が大破! 明石さん呼んできてー!」

「大鷹さん、武蔵さんをなだめてくださ~い(※大鷹は貨客船「春日丸」だった時に、佐世保港内で新造されたばかりの武蔵の目隠し役をしていた)」

 

「大体、私の改二改装はいつ行うんだ? 今日は、ずっと工廠の前で待ってたんだぞ!?」

 

武蔵が提督の襟首を掴んで引き起こし、その細い目を覗き込もうとするが……。

提督はツィーッと目を背ける。

 

武蔵の改二には弾薬8900、鋼材8600に加え、多くの希少資材(日本語がおかしい)が要求される。

提督としては、武蔵の改二は保留したいのだが……。

 

「提督? 連合艦隊一の旗艦能力を備えた、この武蔵の改二……“乗り心地”を試してみたくないか?」

 

ブリーチーズにかかっていたハチミツを小指ですくい、その指を舐めながら淫靡に笑う武蔵。

サラシに隠された、汗ばむ褐色の双丘が提督に押し付けられる。

 

そんな甘~い誘惑に耐えられるほど、ここの提督の精神力は強くない。

改装の許可証に、ついついサインしてしまう。

 

「よし、明石の所に行ってくる! ふふっ、帰ってきたら可愛がってやるぞ。今夜は寝かさないからな?」

 

許可証をすぐさま奪い取ると、不敵な笑みを浮かべて休憩室を出ていく武蔵。

 

「Oh、提督! 何やってるデース! 武蔵に搾り取られる前に、他の嫁艦への“補給”を済ませるネー!」

「提督、榛名でよければお相手しましょう」

 

オフトゥンごと、提督を自分たちの部屋に引きずって行こうとする金剛と榛名。

 

 

決戦の最中にあっても、ここの鎮守府は平和で仲良し(?)です。



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加古と天龍のモツ焼き

もとは温泉旅館だった、ここの鎮守府の艦娘寮には、いくつかの温泉風呂がある。

 

木の温もりを感じさせる、檜張りの広々とした浴室の和風大浴場。

黒御影石の湯船には、こんこんと湧き出る豊かな湯が注ぐ。

開放感のある大きなガラス戸の外には、大浴場から続く小さな露天の岩風呂があり、落ち着いた趣の庭園が小世界を作っている。

 

それと対をなすのは、スペイン風漆喰と精緻な色彩美に満ちたタイル張りの内装の洋風大浴場。

彫刻の施された円柱を中心に、楕円形に広がる大理石の湯船。

秀逸な美的センスで配されたステンドグラスの窓から、柔らかくも荘厳な光が降り注ぐ。

大正浪漫が溢れる、芸術的な空間。

 

そして艦娘たちが裏山に自作した、大樽の露天風呂と休憩小屋。

前方に広がる湾の絶景に、きらめく木漏れ日と野鳥のさえずり。

自然に抱かれた癒やしの湯。

 

庁舎の方にも入渠用の霊薬を張った小さな浴室があるが、やはり命の洗濯といえるような気持ちの良い入浴ができるのは、断然に寮の数々の温泉風呂の方だ。

 

もう一つ、バブル期にこの温泉旅館を買った東京の会社によって地下に増設された中浴場もあるが、こちらは特筆することが何もない、どこにでもある現代的な浴場で、ジェットバスやサウナといった付帯設備が目当ての艦娘ぐらいしか利用しない。

 

そして、これら浴場の維持・管理は主に巡洋艦娘たちが協同して行っていたが、今回の大決戦では多くの重巡洋艦娘たちに同時多発的に出番があるため、残った艦娘たちは鎮守府のお風呂生活を守るために、てんやわんやの苦闘をしていた。

 

 

「長良姉さん、そろそろ大浴場の逆洗をした方がいいんじゃないですか?」

「え……? ちょっと待って、どっちの大浴場?」

 

逆洗とは、濾過器の詰まり防止のために、定期的に水流を逆流させて濾過機に溜まったゴミを押し流すことだが、名取に作業の是非を尋ねられたが、他の清掃作業の指揮だけですでにいっぱいいっぱいの長良。

 

温泉の循環路の清掃スケジュール管理は、五十鈴と由良がよく把握しているのだが、五十鈴はエンガノ岬沖に小沢艦隊として出撃中、由良も東京急行の遠征に行っていて留守だ。

 

「那珂ちゃん、調子が悪い二番のボイラーの部品交換のことでちょっと……」

「えー? 那珂ちゃんはボイラー取扱者の資格しか持ってないから! 修理ならボイラー技士の資格を持ってる、摩耶さんか那智さん、それか鬼怒ちゃんに訊かないと分からないよお!」

 

こちらでも、神通から相談を受けた那珂が頭を抱える。

摩耶はサマール沖に栗田艦隊として出撃中、那智と鬼怒は志摩艦隊の訓練に出かけてしまっている。

 

長良と名取はともに1944年8月、本土天草沖とサマール沖という違いはあれど、ともに米潜水艦の雷撃を受けて沈んだ。

神通は1943年7月のコロンバンガラ島沖海戦で、那珂も1944年2月のトラック島空襲で沈没している。

 

皆、レイテ沖海戦は体験していない。

それだからこそ……。

 

「五十鈴がつけてたチェックノートは? あ、訊きに行かなくていいから! よし、やらないよりはやっとこう!」

「分かった、神通ちゃんはどいてて。うーん……那珂ちゃんの手にかかれば、これぐらい何てことないんだよ~」

 

今この時、レイテ沖の大決戦に挑んでいる家族のために、それぞれの持ち場で出来る限りの努力をしている。

 

みんなが帰ってきたとき、あったかいお風呂に気持ちよく入れるように。

 

 

同じように、食べ物の屋台を準備して仲間を労おうとしている者たちもいた。

 

埠頭の片隅、スポーツ用具や運動会用の備品などを入れてあるプレハブ倉庫。

その脇に木の支柱を立ててトタン屋根をのせ、風除けにブルーシートを張っただけの、傍目にはホームレスの住み家にも見える、みすぼらしい仮設店舗。

 

加古と天龍が、出撃メンバーの慰労のために始めたモツ焼きの仮設店舗だ。

 

4つあるテーブルとイスのセットだが、唯一の四人掛けアウトドア用セットはまだマシな方。

残る3つは、ダンボールと酒瓶などのケースをガムテープで補強し、テーブルとイスの形に組み上げただけのチープなもの。

照明だって、裸電球が3つばかりぶら下がるだけ。

 

調理スペースもコンパクトで、業務用とはいえガスコンロが一口と、炭火の七輪のみ。

食器やコップもそう多くは用意できないし、洗いものはタライに入れて溜めておき、後で大食堂の厨房に持って行って洗うしかない。

 

だが、料理はセットメニューのみ、飲み物は缶ビールとトリスのハイボール、キンミヤ焼酎のチューハイ(+そこに〔梅果汁や梅エキスは入っていません〕と書かれた謎の『梅エキス』を足した下町ハイボール)しかない、この店にはそれで十分。

 

 

まず出てくる料理は、お通しのもやしのナムルに、センマイの刺身。

牛の第三胃を流水で丹念によく洗い、下茹でした上で細切りにし、ピリ辛のコチュジャン入り酢味噌をかけたセンマイ刺しは、コリコリとした食感と、さっぱりした味わいだ。

 

次に、モツ煮込み。

牛の大腸と小腸に、第一胃であるミノと第二胃のハチノス、肺のフワを甘辛の醤油ダレで煮込んだ、東京下町風B級グルメだ。

やわらかな肉の食感と脂の甘みに、クチュッと心地よい噛み応えのハチノス、文字通りフワッフワに崩れるフワに、牛の生命の源を全て混沌としたダシにして詰め込んだ醤油ダレ。

 

「鳥海さん、お疲れ様。はいよ、摩耶もモツ煮込み」

「おい、天龍? 何であたしは呼び捨てで、妹の鳥海に「さん付け」なんだ?」

「摩耶は摩耶で、鳥海さんは鳥海さんだからだ。それに、本当は摩耶が末っ子だろ?」

「あぁっ!?」

 

「あたしと天龍は、第八艦隊で鳥海にお世話になったからねえ」

 

加古が団扇でパタパタと七輪を煽りながら苦笑する。

ちなみに、摩耶は進水日が鳥海より早いことから「高雄型3番艦」を自称しているが、起工順と書類上では「高雄型4番艦」である。

 

続く料理は、串焼きが四本。

コリコリした心臓肉のハツと定番のタンは塩味で、濃厚な味わいのレバーはタレと脂肪が多いほほ肉のカシラはタレだ。

 

エンガノ岬沖への出撃から戻った瑞鶴も、妹分の葛城、瑞鳳を引き連れて串を食べながら缶ビールを飲んでいる。

 

「空母棲姫のあのウザったいサイドテール、思いっきり引っ張ってやりたいよね。大体、ああゆう髪型してるのは大抵が陰け……んぐっ!」

 

酔って気勢を上げていた瑞鶴が、サイドテールの青い正規空母に髪をグイッと引っ張られ、思いっきり仰け反る。

 

「鶴も泣かずば撃たれまい」

 

そう呟き、トリスハイボールを静かに傾ける日向。

加賀が後ろを通りかかったのを見て、わざわざ余計なことを言うのだから、瑞鶴も自業自得だ。

 

「加賀に構って欲しくてしょうがないんだよ」

 

伊勢がハツの串を引きながら笑う。

串焼きは豪快に横に引いて食べるのが呑兵衛の流儀、チマチマと串から外すなど、ここでは許されない。

 

「空母棲姫を撃破し損ねたそうね。きちんと航空優勢に持ち込まないから……あ、天龍。下町ハイボールをちょうだい」

「あいよ」

 

加賀が瑞鶴の隣に一升瓶用のケースにダンボールを敷いただけのイスを置いて座り込み、お説教を開始する。

飲み物も注文し、持久戦の構えだ。

 

炭に落ちたタレが燻され、香ばしい煙が立ちのぼる。

風は肌寒いが、そんなものを吹き飛ばす熱気に溢れた鎮守府の埠頭。

 

冬の大決戦、鎮守府一丸で意気揚々と遂行中です。




甲甲甲乙乙丙とE6まで攻略しましたが、掘りがまだジャービスしか……
E7は乙でいきたいですが、まず掘りでどれだけ資源消費するか見てから考えます


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鈴谷と熊野とふぐ料理

現在(2018.02)進行中のイベントのE-4攻略中のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


現在、鎮守府の作戦計画は順調に遂行している。

 

瑞鶴たち小沢艦隊が第一遊撃部隊のレイテ突入を援護するため、空母棲姫の率いる敵機動部隊主力をレイテ方面から北方へ誘引した。

あの戦争で行われた、悲劇的な囮作戦の繰り返しなどではない。

 

「我が機動部隊はその熟練艦載機部隊と共に健在です。これは翼なき空母の囮部隊にあらず! 機動部隊「小沢艦隊」、全力出撃!」

 

自身も小沢艦隊に参加し、目の前で次々と仲間を喪った大淀の作戦説明にも熱が入り、感極まった提督の涙腺を崩壊させて作戦開始が遅れたりしたが……。

 

決戦用に新たに仕立てた陣羽織に身を包んだ、雄々しい瑞鶴。

改二への改装で実力を大きく開花させた瑞鳳。

水上機母艦から空母に改装された千歳と千代田、航空戦艦の伊勢と日向。

そして、史実ではすでにマリアナで喪われていた翔鶴も、装甲空母として健在。

 

黒い新型艦載機を搭載した空母棲姫との戦いには多少手こずったが、これに痛烈な打撃を加えて撃沈し、復活までの時間を稼ぐことに成功した。

 

「レイテ方面の敵戦力は護衛空母群と侵攻支援の旧式戦艦群のみです!」

 

今こそが好機。

スリガオ海峡方面から進撃する扶桑、山城らの「西村艦隊」に援護され、大和、武蔵、長門を擁する主力部隊「栗田艦隊」がサマール沖を抜けてレイテ湾に突入する。

 

「西村艦隊より入電! 我、敵戦艦群を完全撃破。スリガオ海峡を突破せり!」

 

今こそ機は熟した。

 

全艦、レイテ突入! 連合艦隊、暁の水平線に勝利を刻め!

 

 

執務室の床に倒れ込んだ提督が、虚ろな目をしている。

 

「提督、何で天城姉ぇの真似してコテンてしてるの?」

「返事がない、ただの屍のようだっぴょん」

 

秋の戦い、スリガオ海峡で海峡夜棲姫(闇城)と5隻もの戦艦ル級を打ち破った。

そして先ほど、西村艦隊が残存していた戦艦ル級たちを再び撃破した。

 

それなのに……。

 

レイテ湾に突入しようとした栗田艦隊の前に、またしても戦艦ル級が6隻立ち塞がってきて、容赦ない砲撃で大破艦を続出させてくれやがったのだ。

 

「あのル級たち、復活速度が異常だよ」

 

深海領域とそこに棲む深海棲艦は、過去の怨念や憎悪、恐怖、悔恨といった負の感情から生み出される。

 

レイテ湾の目前に6隻の戦艦が出没するのは、西村艦隊を葬った米戦艦ミシシッピ、ウェストバージニア、カリフォルニア、テネシー、メリーランド、ペンシルベニアのメタファーだ。

そして、戦艦群旗艦のミシシッピを除く5隻は、ハワイ真珠湾攻撃で損傷を受けながら、修理と改装を受けて復活してきた戦艦たち。

 

「やっぱり……レイテ突入は無理なのかしら?」

「ふふふ……栗田艦隊も私達と同じ苦労を味わえばいいのよ……うふふふっ」

「ごめんなさい。あの時……私達が慢心せず、第二次攻撃隊を発進させて確実にトドメを刺していれば……」

 

トラウマモードに入って思いっきり負のオーラを発し、敵の復活を助けちゃってる子たちもいるし。

 

「仕方ない、あそこの戦艦たちには基地航空隊の陸攻を送り込むとして……」

 

その前のサマール沖で空襲とともに足止めを仕掛けてくる、飴玉護衛空母III群も厄介だ。

 

スプレイグ少将旗下の第77任務部隊第4群第3集団、コードネーム「タフィ3」(タフィとは、バターと牛乳を使った砂糖菓子)。

史実で、貧弱な護衛空母群にもかかわらず、肉薄する栗田艦隊相手に逃走しつつも猛反撃を加えて出血を与え、栗田ターンの一因を作った部隊だ。

 

史実での栗田艦隊の損害は、鈴谷、筑摩、鳥海が沈没、熊野が大破、筑摩の救助ために海域に残った野分も後に撃沈されている……。

想像しただけで、提督の豆腐メンタルが潰れそうになる大惨事だ。

 

「鈴谷と熊野を呼んで。それから鳳翔さんに……」

 

目を瞑り何事かを考えていた後、ムックリと起き上がって大淀に指示を出す提督だった。

 

 

夕刻、提督は鳳翔さんの居酒屋の奥座敷で、鈴谷、熊野と卓を囲んでいた。

 

「ごめんね」

 

珍しく制服のままの提督が席に着くなり、鈴谷と熊野に頭を下げる。

 

「ま、しょうがないじゃん?」

「いいんですのよ。(みそぎ)は、もうさせていただきましたわ」

 

控えめに雪割草の柄が施された漆塗りの黒卓には、すでに最初の料理が出されている。

鈴谷と熊野は提督の謝罪を軽く受け流し、それに箸をつける。

 

黒瑠璃の小皿の上で輝く、フグ皮の煮こごり。

コラーゲンでプルプルに固まった煮こごりの中にシャリッとした独特のふぐ皮、ゆずの香りがほんのりと薫る。

 

鈴谷と熊野、航空母艦として運用できるようになった史実栗田艦隊組の2人を、制空要員として今回の作戦に投入したのだが……。

 

「うちの村田さんたち、道中で全滅してたしね」

「私も大破して、退避で磯風さんにご迷惑をかけてしまいましたわ」

 

艦載機の運用数が少なく、耐久力も大きくない2人では、この海域の戦いでは戦力たり得なかったのだ。

史実で栗田艦隊に参加した艦娘には、攻撃面で強化の加護が働くという噂もあるが、攻撃機隊を全滅させられて置物と化した空母には、そんなものは何の役にも立たない。

 

「制空は加賀に任せて、第一艦隊の旗艦には筑摩を置くよ。筑摩なら強風改を9機積めるし、司令部施設を筑摩に載せれば、戦艦4人が徹甲弾と偵察機の弾着観測射撃装備ができるだろ?」

 

続けて運ばれてきた、伊万里焼の大皿に重ねられたてっさ、ふぐの薄造りを贅沢に箸ですくいながら、提督が次の作戦計画を披露する。

 

「ほれでいいとおもふ」

「はむ、はんぺきでふわ」

 

鈴谷と熊野も、返事も上の空にてっさをごっそりとすくい上げ、ふぐの上品な旨味を定番のもみじおろしとポン酢で堪能していき……。

あっという間に、大皿が空になる。

 

鳳翔さんがそそくさと置いていった、ふぐ唐揚げの皿の寿命も瞬く間に尽きる。

身がきめ細かく、ふぐの旨味が凝縮されている唐揚げの美味さ。

 

「あら、提督……お酒をどうぞ」

「ありがとう。鈴谷と熊野も……おっとっと」

 

ここらでようやく、ほとんど量が減っていない日本酒に気付いて、互いにお酌をしあう。

ぬる燗につけられた徳利(とっくり)の中身、新潟は久保田の千寿だということだが……せっかくの銘酒も、ふぐ料理の時には随伴艦の役割しか与えられないので可哀想だ。

 

徳利が空いたところで、ふぐの白子焼きとともに、熱々のひれ酒が出てくる。

 

ひれ酒の中の酒……もちろん、徳利と同じ久保田が使われている……なんて贅沢はないはずだ。

なにしろ、ひれからダシを出すためにガンガンに熱され、アルコールはほとんど吹き飛んでいるのだから。

 

超濃厚かつクリーミー、口の中に幸福が満ちる、絶品の白子焼き。

冬の白子は反則に美味い、美味すぎる。

 

この後は少し落ち着いて話をしながら、ふぐちりをつつく。

 

ふぐちりの主役はふぐの切り身ではなく、ふぐのアラから出たダシを吸った野菜たち。

そして、最後に投入され、全ての旨味をその身に吸い込んだ米こそ……至高。

 

雑炊なくして、ふぐちり食うべからず。

 

「雑炊の出来に影響するから、アクは丁寧に掬ってね」

「分かってますわ。鈴谷、そろそろお野菜を」

 

艦隊編成から外すという気が重い通達をしても、こんなに朗らかに後腐れなく済んでしまう、冬のふぐが持つ美食パワー。

 

レイテ湾突入に成功したら、今度は艦隊みんなで、ふぐコースだ。

ただし、提督のポケットマネーではなく、福利厚生費でお願いします、大淀さん。




ようやく新艦娘を全員掘りました!

が……E-7を乙に変更してクリアできるかの判断が難しい(バケツ270、油7万)
新しい友軍艦隊の編成に期待です

1月作戦で無事に500位以内に入り、46cm三連装砲改をもらえたんで、51cm連装砲はいらない……のかな?


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【番外編】合同演習と雛祭り

現在(2018.03)進行中のイベントの新艦娘や敵深海棲艦の名が出ます。
ネタバレを見たくない方は回避して下さい。


高知県の西南端に位置する宿毛湾。

湾内に浮かぶ小島の周囲に、二百を優に超える多数の艦娘たちが集まっている。

 

今日は全国から多くの鎮守府が参加する、合同演習会が開かれていた。

 

「あれ、チビの数が足りない!? 鹿島、点呼もう一回!」

「は、はいっ」

 

オルモックに増援部隊を送りこむ輸送作戦「多号作戦改」を成功させ、残敵と増援もことごとく撃破した、我らが鎮守府からも実に25人もの艦娘が参加しているが、引率役の北上と鹿島は大忙し。

 

戦艦は、リシュリュー、ガングート。

空母は、アーク・ロイヤル、大鷹(元春日丸)、新人のガンビア・ベイ。

潜水艦は、伊400、伊504(元ルイージ・トレッリ)。

補給艦は、神威。

 

駆逐艦は、旗風、天霧、狭霧、涼月、そして新人の3人、ジャーヴィス、浜波、タシュケント。

 

海防艦たちの数も多く、占守、国後、択捉、松輪、佐渡、対馬、それに新人の日振と大……。

 

「ああっ、いないの大東だ!」

「よーし、えと、まつ、探しにいこうぜっ!」

「佐渡ちゃんたちはじっとしてて!」

 

まだ雛祭りを体験していない着任1年未満の新人たちを飾り付けの準備中、合同演習に連れ出しておくように言われた北上と鹿島だが、チョロチョロ動き回るクソガキどもに振り回されっぱなしだ。

 

 

北上が艦娘たちで大混雑する海域を走り回り、涙目で迷子になっていた大東を保護した。

 

「ったく、自分たちの旗は、ちゃんと覚えとかなきゃダメっしょ」

 

各鎮守府はそれぞれの地元の大名や武将などに由来した軍旗を、集合場所の目印として浮標の上に立てている。

 

ここの鎮守府の場合は「南部鶴」。

丸の中に翼を広げた対い鶴(むかいづる)の意匠が施され、二羽の鶴の胸には白抜きで九曜紋が浮かぶ。

 

 

大東は、競い合うようにはためく各鎮守府の旗に見とれて見物しているうちに、帰る場所と自分たちの鎮守府の旗が分からなくなってしまったのだ。

 

「お、覚えてたつもりだったんだよぉ」

 

北上に手を引かれながら、涙声で大東が言い返す。

だが、大東が見覚えがあると思った旗の下に行ってみると、それは直江津鎮守府の「竹に二羽飛び雀」で、当然知らない艦娘たちがいた。

 

敦賀(つるが)鎮守府の「対い蝶」とかもうちと似てるし、よその鎮守府同士も似てるとことか多いから。漠然としたイメージじゃなく、しっかり覚えるんだよ」

 

似た紋を使っている鎮守府は多いので、慣れるまで識別はやっかいだ。

 

丸の中に、丸と途切れて三本の極太横線が引かれた「三浦三つ引両」は、かつて三浦半島を支配した三浦氏の紋で、横須賀鎮守府。

 

丸の中に、丸と一体化して二本の中太横線が引かれた「丸に二つ引両」は、房総の雄・里見氏の紋で、木更津鎮守府。

 

黒丸の中に白で二本の線が引かれた「足利二つ引両」は、海道一の弓取りと謳われた今川義元も用いた足利氏の紋で、清水鎮守府。

 

北上が周りの鎮守府の旗を説明する。

 

「演習で目立つ、強いとことかの旗は自然と覚えるけどね。あれは瀬戸内海の村上水軍の旗「丸の内に上の字」、呉鎮守府のだよ」

 

その旗の下には、錬度が極限に達しているであろう、ただ佇んでいるだけで強さが溢れ出す、呉の赤城がいた。

 

「あっちは松浦水軍の「三つ星」。佐世保鎮守府」

 

その旗の下には「ゴゴゴゴゴ」と擬音が浮かび上がりそうなド迫力の佐世保の武蔵。

まだ練習航海しか体験していない錬度1の大東は、そんな赤城や武蔵の凄まじいオーラにブルッと震える。

 

 

そして、大東は頼もしい北上の手を握り直し……。

 

「あ、あのさ……迷子になったこと、提督には内緒だぜ?」

「はいはい。泣いてたことも内緒にしといたげるよ」

「泣いてないって!」

「何だよぉ、イタイってば……お、天草じゃん」

 

ポカポカと叩いてくる大東の抗議にくすぐったげに笑う北上が、今日の演習で対戦する天草鎮守府の旗を見つけた。

 

京都東山にある八坂神社のお守りを基に図案化したという「中結祇園守(なかむすびぎおんまもり)」。

よく見ると紋の中に巧みに十字架が隠されている、禁教令後の小西行長の家紋だ。

 

大東に離れて少し待つように言うと、北上は天草鎮守府の艦隊に近づき、相手旗艦の霧島に話しかけていく。

 

「最初は強く当たって流れでお願いします」

「対空はなしで、爆撃するだけ爆撃させて装甲で受け止めて最終的には右に回って同航戦から弾着射撃あたりがベストだと思いますよ」

 

などと怪しげなヒソヒソ話が交わされる。

鎮守府の闇は深い……。

 

 

鎮守府では雛祭りの飾り付けと、料理の準備がすすめられている。

 

普段は見た目より味重視で、料理の飾り気も少ないこの鎮守府だが、今日ばかりは特別。

女の子のお祭りを祝うために、華やかに、鮮やかに、そして可愛らしく。

 

陸奥は、新人の子達に着せる振袖の支度中。

戦艦棲鬼たちに拉致されてきた潜水新棲姫は、一足先に北方棲姫と一緒にお着替え中。

 

深海棲艦たちとは、ここの鎮守府だけ勝手に休戦。

先日、サマール沖東方で激戦を繰り広げたばかりの、水母棲姫、戦艦水鬼、空母水鬼も今日はお客様。

 

 

お内裏様に扮した長門と、お雛様に扮した陸奥、2人の親玉飾り(一段飾り)から始まった等身大雛人形。

 

お内裏様とお雛様が、それぞれ武蔵と大和に代わってからも、三段、五段、七段とエスカレートし、ついに今年は終着点の八段飾りに到達した(大宴会場の天井は、妖精さんたちが一時的に空間を歪めて高くしてくれているが、もう今年の高さが限界です)。

 

川内型三姉妹による三人官女。

向かって左から、川内、那珂、神通。

それぞれが、急須に似た|提子、盃を載せた島台、長い柄がつい銚子と、祝い酒を注ぐ縁起物の酒器を携えている。

 

ちなみに、三人官女の中央は最年長で、唯一の既婚者という設定なのだが……。

 

「那珂ちゃん、センターは好きでもここは嫌っ!」

「仕方ないね、それなら長女のあたしが!」

「いえ、ここは華の二水戦旗艦の私が!」

「じゃあ、那珂ちゃんが……」

「「どうぞどうぞ」」

 

というのが、毎年恒例のネタになっている。

 

五人囃子は、世代交代が見られる潜水艦娘たち。

向かって左から、太鼓のニム、大皮鼓(おおかわつづみ)のヒトミ、小鼓(こつづみ)のシオイ、笛(酸素魚雷型)のイヨと並び、そして扇を持った(うた)い手のローちゃん。

 

今年の随身(ずいじん)役は、異文化体験の海外艦娘。

 

黒の闕腋の袍(けってきのほう)を纏った左近衛中将(通称では左大臣だが、四位の武官束帯の服装からこの身分と推定される。ただ、あまり細かく突き詰めると、随身という役目はもっと下の階級の仕事だったり、ややこしくなるが……)は、サラトガ。

 

紅の闕腋の袍を纏った、若く勇ましい右近衛少将は、アイオワ。

 

その下の雑用係の3人、大和の日傘や15m二重測距儀、150cm探照灯を持たされた仕丁(しちょう)たちは、観光地にあるような顔の部分に穴が開いた等身大パネルで、穴から顔を出して記念撮影ができるようになっている。

 

この仕丁たちは、平安時代の律令により、50戸につき2人を中央での労働に駆り出す、力役という税によって働かされている者たちで、当然ながら一般庶民。

そのため、3人の顔はそれぞれ、怒り顔、泣き顔、笑い顔と喜怒哀楽に富んでいる。

 

記念撮影では、どれだけ表情を豊かに作れるかがミソ。

卯月が弥生を連れてきて、笑い顔を作らせようとしているが……どう見ても怒り顔になっている。

 

楽しい楽しい雛祭り。

 

 

提督もデザート作りの仕上げを手伝い、菱餅カラーのカップケーキに、苺と生クリーム、花の形の砂糖菓子、お内裏様とお雛様が描かれたチョコレートをのせていく。

 

さあ、合同演習から帰ってきたら、みんなは驚いて……そして喜んでくれるかな。

 

提督はニヤけながら、一つ一つのケーキを丁寧にデコレーションしていくのだった。




作中のように全新艦の掘りが完了しましたので、E-7は乙にしてみます。

【2018.3.7 ちょっと加筆しました】


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最終決戦と朝ごはん

氷点下の風が吹き荒ぶ、まだ陽が遠くの海に顔を見せ始めたばかりの、薄暗い払暁の海。

 

高速で疾走する空母艦娘の後を、小さな駆逐艦娘が必死に追っていた。

 

機関は絶好調、滑らかな巡航から鋭い加速まで望みの出力を得られる。

舵の働きには一貫性があり、思い通りの航跡を描ける。

弓を握る一本一本の指先から、荒波を蹴る足の爪先までが、まるで一本の芯でつながったかのような充実感。

 

自由自在に身体と艤装が動く。

思わず笑みを浮かべ、翔鶴が後ろを振り返ると……必死の形相で遅れまいと喰らい付いてくる、曙の姿が映った。

 

慌てて機関出力を低下させる翔鶴。

ここ数日昼夜を問わず、翔鶴の艤装の調整のための練習に、曙が護衛として同行してくれていた。

 

そのおかげで翔鶴の艤装は、明石による入念な整備によって最高の状態に仕上がった。

一方で、忙しい明石に遠慮して自己メンテのみで連続出撃を続けた曙の艤装は、酷使によって性能が大幅に低下している。

 

それでも護衛の任を全うしようと、決して離れまいと必死に力を振り絞る曙が、自分を待とうと出力を落とした翔鶴を睨み付けて叫ぶ。

 

「絶対に離れませんから! 全力でテストを続けてください!」

 

曙に頷き返し、翔鶴が再び出力を上昇させる。

悠々と先行していく翔鶴に懸命に追いつこうとしながら、曙は遠ざかって行くその力強い背中を眩しそうに見つめる。

 

そんな2人と同様に、目を輝かせた清霜を従えながら、武蔵がタービンと新型缶の増設による高速航行のテストを行っている。

 

今日、鎮守府は敵深海棲艦隊主力との、最後の艦隊決戦に挑もうとしていた。

 

 

艦娘寮の大食堂。

その厨房も、決戦前の朝食の準備で慌ただしい。

 

磯波が菜の花を手早く下処理して、熱湯たっぷりの大鍋に入れて茹でる。

浦波が茹で上がった菜の花を引き上げ、冷水で流して絞り、几帳面に長さを切りそろえていく。

敷波がそこに、ツナと塩こしょう、醤油、中華だしをあえて、なかなか繊細な味付けをする。

綾波が中華鍋にゴマ油をたらし、それを豪快にゴマ油でファイアー!と手早く炒める。

 

第十九駆逐隊のお得意料理、ツナと菜の花の炒めもの。

花かつおを散らせば、ほっこり優しいご飯の供。

 

わかさぎの天ぷらを大量に揚げていく、吹雪、白雪、初雪、深雪らの第十一駆逐隊。

特別な技などはない普通の家庭的な仕上がりの天ぷらだが、わかさぎは塩水でひと洗いし、面倒でもしっかりと一尾ずつ水気を拭き取ってから、油の温度を変えないように少量ずつ揚げてある。

 

そんな小さな誠意が、仕上がりの味に少しだけ……ちょっぴり贅沢な差をもたらす。

香ばしい薄い衣の下に、ほんのりと塩気がのった、旬のわかさぎが閉じ込められている。

サクリとそれを噛み切ると、衣の油とわかさぎの脂が混ざり合う。

 

間宮が神風たち姉妹を指導し、塩洗いした(しじみ)を、酒、砂糖、だし汁、薄口醤油に、針生姜を加えて炊いている。

汁けがなくなるまで炒りつければ、京風の「炊いたん」と呼ばれるおばんざい(おかず)の完成だ。

 

陽炎、黒潮、親潮が作った、椎茸とひじきの和風シューマイ。

夕雲、巻雲、朝雲が漬けた、からし菜の浅漬け。

千歳と千代田の手による、春が香るつくしの卵とじ。

 

そして伊良湖と瑞穂は味噌汁を。

天草から仕入れた熊本産の新玉ねぎはトロッと柔らかく、甘みが強い。

地元の採れたてワカメが、昆布と鰹節に更なるダシの旨味を加えている。。

 

どれもこれも、白いご飯を素晴らしく引き立たせる。

 

 

今日炊いているのは、作戦遂行に必要な戦力と資源が足りずに攻略を断念するので後は任せたと、お隣の塩釜鎮守府から贈られてきたお米。

 

かつては全国の作付面積でコシヒカリに次ぐ2位に輝いた品種ながら、栽培の難しさと新品種の台頭により栽培農家が減り、今では全国の作付面積の0.5%を切る稀少品種となってしまったササニシキ。

 

モチモチして粘り気が強く甘いコシヒカリに対して、さらさらと粘り気が少なくさっぱりとした食味のササニシキ。

とはいえ、ササニシキも品種交配上はコシヒカリの甥っ子にあたり、その根幹にあるものは同一。

 

日本人が大好きな、魂に刻まれた「The 米」の味。

万全の布陣で挑む、朝ごはん。

 

 

「第一艦隊は、武蔵、金剛、大鳳、翔鶴、瑞鶴、加賀。第二艦隊は、速吸、秋月、潮、阿武隈、北上、瑞鳳……」

 

デザートのマンゴーヨーグルトが出されたのを見計らい、長門が改めて今日の布陣を読み上げ、作戦会議を開始する。

 

「打ち合わせ通り、敵主力海域への直通門を捜索する駆逐隊は、門を発見したら最寄りの戦艦部隊を呼ぶように。くれぐれも、先走って駆逐隊だけで突入しないように……いいな、綾波?」

「あ、はいっ! 前回は申し訳ありませんでした!」

 

深海棲艦が緊急の指揮・連絡のために増設した、短期間で消滅する臨時の門。

 

それを消滅前に見つけ出すことにより、敵の主力艦隊に向けて近海に待機させておいた援軍艦隊を送り込むことができる。

 

今季から導入された新戦術だが……。

 

先のレイテ湾突入で、門を発見しながら西村艦隊の到着を待たず、バーサークして吶喊した綾波に長門が釘を刺す。

 

連合艦隊本隊に支援艦隊、決戦予備の複数の援軍艦隊、門の捜索部隊を含め、今回一斉に出撃する艦娘は、過去最大の80人以上。

 

 

彼女らの艤装を倉庫から運び出し、それらに燃料、弾薬を供給して出撃準備を整えるだけでも、この鎮守府の狭い埠頭では大混乱になるのは必至だ。

 

その点について、鎮守府最古の軽巡洋艦たち、鋼鉄の下士官団と提督が頼みにする天龍、龍田、球磨、多摩、長良、名取が、準備のための綿密な運用計画を発表する。

 

帰投した出撃部隊を迎える風呂や食事、酒宴の準備も含めれば鎮守府の全員が参加する、総力を挙げた大プロジェクト。

 

目的はただ一つ。

 

『ウミノソコハネ……ツメタクテ……ヒトリハ、…サミシィイイイッ!!』

 

孤独に哭く姫を鎮魂すること。

 

「それでは、出撃の前に提督から……」

 

長門に促され、提督が立ち上がり、艦娘たちに言葉を発する。

 

もろん、「暁の水平線に――」なんて、ここの鎮守府に似合わない台詞ではない。

 

大決戦を前にしても、いつもと変わらない提督の穏やかな一言。

 

「ごちそうさまでした」

 

 

これは食にこだわった提督と、彼に率いられる人間臭い艦娘たちの物語。

 

深海棲艦から海の平和を守りながら、提督と艦娘たちは今日も楽しくご飯を食べる。

 

また、明日もみんなで……いただきます!と笑うために。

 

 

【第一部 完】




これでFinish? な訳無いデショ!
食らいついたら離さないって、言ったデース!

本家第一部の節目に敬意を表して一区切りしましたが、普通に続きますので今後ともよろしくお願いいたします。

イベは乙で終了、記念の51cm連装砲と、色違い用のサラトガとルイージも入手できたので大満足でした。


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那珂と春を告げる畑の昼食

 

3月に入り、週に2、3日は最高気温が10℃を超える日が出てきた、この地方。

2月後半に降った大雪の雪解けがすすむ一方、県内各所で道路の破損が大量に報告されていた。

 

水は、凍れば体積が膨張し、融ければ体積が元に戻る。

そんな当然の自然現象が、アスファルト内に染み込んだ水分に起きることにより、アスファルトは膨張と伸縮を繰り返して劣化していく。

 

そこを車が走ると、ゆるんだアスファルトに亀裂が入り、さらに水が染み込みやすくなり……。

 

特に今冬は寒暖差が激しく、大雪と雪解けとを何度も急激に繰り返したことで、道路の破損が例年にない異常な速さですすんだ。

 

「……ドライバーの皆さんは運転に十分注意し、破損箇所を発見したら県の土木……」

 

寝間着代わりのユ○クロのスウェットの上に綿入り袢纏(はんてん)を着込み、足元を毛糸の長靴下で武装した那智が、熱い番茶をすすりながら、「フム、私も気をつけよう」などと大食堂に流れている地元テレビ局のニュース番組相手にうなずく。

 

「その葉の形が、禅宗の開祖である達磨大使の姿に似ていることから……」

「あ、ザゼンソウですね」

 

隣では、フリース裏地の冬用ジャージ(もちろん学校……もとい鎮守府指定の臙脂(えんじ)色に白ライン)姿の足柄と羽黒が、頭を寄せ合ってクロスワードパズルを解いている。

 

「那智、今夜は第七次祝勝会やるぜ~」

「ぱんぱかぱーん! 蔵元さんから戦勝のお祝いに、南部美人の大吟醸が届いたわよ~♪」

「そうか……今夜ばかりは飲ませてもらおう!」

 

冬の大決戦は終えたものの、まだまだ冬の寒さに包まれた、北の辺境鎮守府。

すっかり緊張が抜けた艦娘たちは、寮に引きこもったまま、連日連夜の祝勝会を続けていた。

 

 

第十次まで続いた祝勝会は一段落したが……。

提督は執務室を和室に改装して執務を大淀に丸投げし、寝間着姿のまま高雄に甘えて膝枕をしてもらっている。

 

要するに「ダメな大人」の姿を晒していた。

 

提督に代わって文机で執務をとる大淀も、提督のリクエストでバニーガール姿になっている。

 

他にも、翔鶴、プリンツ・オイゲン、夕雲、港湾棲姫が、膝枕の順番待ちをしながら、コタツでデコポンを食べている。

 

ちなみに、「デコポン」は熊本県果実農業協同組合連合会が商標登録している柑橘類の名称であり、頭の部分が出っ張っている品種「不知火」等のうち、連合会の定めた基準(糖度13度以上、クエン酸1%以下など)を満たす高品質のものだけが「デコポン」の名前で流通している。

 

「入るわよ……って、もう! いつまでも甘やかしてんじゃないわよ!」

 

遠征の報告に執務室に入ってきて、クズ提督にダダ甘対応をしている仲間たち+αにキレる霞だが……。

 

「霞ちゃん、提督に膝枕してあげたいなら順番制ですよ。整理券いりますか?」

「しないったら! あんたもバカな恰好してんじゃないわよ!」

 

眼鏡をクイッと持ち上げて余計なことを言うバニ淀に、さらに霞がキレる。

提督を高雄から引きはがし、「もう昼なんだから服ぐらい着がえなさいよ!」とお尻を蹴るが、提督は畳の上でグダグダしたままだ。

 

もう少し気温が上がって畑が本格稼働するまで、提督はだらけ続けていたいようだったが……この後、永世秘書艦の叢雲さんに、こっぴどく叱られました。

 

 

朝早くから、エンジ色の体操ジャージにピンクのヤッケ、足元はゴム長靴姿の那珂が、鎮守府の畑で(うね)づくりの下準備をしている。

 

朝晩は零下の冷え込みだが、ワークマンで買った高性能なヤッケとインナーウェアが、冷たい風を防ぎつつ、汗ムレのない快適な作業をさせてくれている。

 

(余談だが、ここの鎮守府の家族はみんな、ユ○クロとともにワークマンが大好きだ。)

 

レディース用のゴム長靴の内側に、さりげなく小花の柄を入れてくれるサービス心を持ちながら、お値段1280円。

農園帽や腕カバーなど、農家の女性の定番商品にも多くのカラーを用意してくれているし、女性用軍手も1ダース426円とお買い得だ。

 

 

さて……。

 

厳冬期に掘り起こして凍結乾燥させておき、冬季作戦中に何とか時間を作って石灰をまいた畑に、先週、堆肥、腐葉土などの有機物を混ぜ込んでよく耕した。

 

そして畝を立てるのは、今年の畑の設計図に従って、決められた場所に。

 

同じ土で、同じ種類や近い種類の作物ばかりを続けて育て続けると、土の中から特定の栄養素だけが失われてバランスが崩れたり、その種に特有の病害虫が増殖したりする。

 

そうした連作障害を避けるために、毎年新しく畑の設計図を作り、作物の場所をズラしてローテーションさせている。

 

那珂たち第四水雷戦隊が今年挑戦するのは、アブラナ科のカラシナ、タカナ、ブロッコリー、チンゲンサイ、マメ科のエンドウマメ、ウリ科のズッキーニ、昨年に続いてユリ科の長ネギだ。

 

今日の準備は、アブラナ科の植物を植える区画の縄張り。

その中でも、来週にでも種まきの予定でいる、カラシナ用の畝の場所から決めていく。

 

設計図を参照し、区画の基準点の標識からメジャーで距離を測りながら、カラシナの成長に必要な栽培スペース、一列60cmずつ、列ごとに30cmの間隔を開けながら、予定の列分の縄を張る。

 

続けて、すでにポッドに種をまいて倉庫に保管してあるブロッコリー用の列、5月に種をまくチンゲンサイ用の列、初夏に種をまくタカナ用の列……と縄を張っていく。

 

この一帯、昨年は初挑戦の長ネギ栽培に使っていた思い出の場所だ。

 

そこから作業路を兼ねた60cmの間隔を開けると、神通の第二水雷戦隊が育てる同じアブラナ科のミズナの予定地に、設計図通りにぶつかることを確認し、縄張り作業は完了。

 

明日は配下の駆逐艦娘たちを何人か連れてきて、ここをもう一度耕し、畝を立てていく段取りだ。

 

 

作業が早く終わったので、川内や夕張たち第三水雷戦隊がやっている、ソラマメ用の支柱立てを手伝いに行く。

自分たちもエンドウマメ用に同じ作業をすることになるので、その勉強も兼ねてだ。

 

ソラマメは、漢字では「空豆」や「蚕豆」と書く。

(さや)が天を向いて実るから、(かいこ)が繭を作る時期に美味しくなるから、などと言われる……。

 

という夕張のウンチク話を聞きながら支柱立てを終え、お待ちかねの昼食タイム。

 

 

香ばしく、甘く焼き上がった、(さわら)の田楽味噌焼き。

 

サクフワの揚げたてで、この季節ならではの甘みが舌に嬉しい、桜えびと新玉ねぎのかきあげ。

 

よく味が染みた若竹の煮物に、菜の花のからし和え。

 

春めいたおかずの数々を受け止めるのは、ひじきの炊き込みご飯と、絹さやと玉子のお吸い物。

 

まだ目覚め始めたばかりの北の大地の匂いに包まれながら、一足早く旬の食材を頬張る贅沢さ。

 

と、那珂は昼食の準備時にはいた、提督の姿が見えないのに気がついた。

 

「あれ、提督は?」

 

と近くにいた吹雪に尋ねてみると……。

 

顔を赤らめて言いにくそうにしながら、「モンペ姿の古鷹さんを見た途端、何だか興奮してハイエースのほうに連れて行っちゃいました」との返答。

 

古鷹の昭和レトロな野良着姿が、何やら提督の琴線に触れたらしい……。

 

「うん、春だねえ」

 

この地方の長かった冬も、終わろうとしています。



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ガンビア・ベイとキーマカレー

艦娘寮のあちこちの軒先に吊るされた、藁縄で十字に縛られた謎の球体。

 

3週間ほど前……。

提督が艦娘たちと一緒に、例年のように仕込んだ「味噌玉」だ。

 

まず、よく洗った黄色大豆を一晩水に浸けて、十分に水を吸わせる。

 

翌日、この大豆を朝一番から昼過ぎまで、鍋で水を少しずつ継ぎ足しながら、じっくりとコトコト煮出していく。

 

豆が指でつまんで潰せるほどまで軟らかくなったら水の継ぎ足しをやめ、お湯を捨てて軽く煎るように水気を飛ばす。

 

そして、臼に入れた大豆を杵で粉々にすり潰した後、直径15cmほどの球形に丸めたもの。

それが「味噌玉」だ。

 

 

「はわわ、こ……これ、食べ物? Eww!」

 

軒先に吊るして、約3週間。

乾燥してヒビが入り、白カビや青カビを生やしながらコチコチに固まった味噌玉を、ガンビア・ベイが気味悪げに見つめている。

 

「ホコリやカビはちゃんと(表面だけ)洗い落とすから平気だよ。黒カビや赤カビは味が落ちるから、見つけたら削ってたしね」

 

嘘ではない嘘をつきながら、提督が味噌玉を何玉か回収し、乗り気でないガンビア・ベイを連れて厨房に向かう。

 

表面を洗い流した味噌玉を、また臼と杵で粉々に砕いて、青カビの塊は取り除いてから、麹菌と塩水を加えて練る。

 

これを味噌樽に詰め、雑菌や新しいカビの侵入を防ぐために「ふた塩」という塩を表面にばらまき、熱湯で消毒済みの布をかけてやる。

 

重しの石を載せたら蓋をして、縄で縛って再来年の新春まで寝かせるだけ(決して混ぜたりしてはダメだ)。

古来の製法で作る、この鎮守府名物の田舎味噌。

 

「今日の日付と、君の名前をこの樽に書いておくからね」

「Th…Thank you」

 

2年後、この味噌が完成する頃には、ガンビア・ベイもここの食生活に馴染んで、気にせず食べられるようになっているだろう。

 

 

と、埠頭の方から大音量のサイレンが響いてくる。

 

「Admiral, な、何ですか?」

 

次に出撃する艦娘たちへ、埠頭への集合を知らせるためのものだ。

艦娘たちが任務に慣れ、出撃には時間厳守で集まるようになっているので、ここ3年は普段は鳴らさなくなっているのだが……。

 

今日はこのガンビア・ベイが初めての実戦、近海航路の輸送船団護衛作戦に赴く。

こういう新人の初出撃の際には、鎮守府全体が初心を取り戻すために、大きな音で鳴らすようにしているのだ。

 

「埠頭で艦隊の仲間が待ってるから、行っておいで。初陣のお祝いに、ご飯を作っておくから」

「あ、あ、はい! 了解。I'm doing well, thanks」

 

 

ちょっとした書類仕事を片付けた提督は、鎮守府庁舎のキッチンで料理にとりかかった。

 

タマネギとニンジンを細かいみじん切りにし、フライパンにバターをしいて、弱火で時間をかけて甘みを引き出したら……。

 

豚ひき肉を加え、パパッと酒をふったら中火で炒め、こしょうを少々。

 

そして、2年前に仕込んだ例の味噌を、加減しながら加えていく。

 

塩はいらない。

この味噌自体にかなり強烈な塩気があるので、最後に味見して必要なら少し加えるだけでいい。

 

「五十鈴よ、戻ったわ」

 

引率役の五十鈴の元気な声に続いて……。

 

「The mission is completed(作戦完了)! Whew…」

「提督、艦隊、戻りました! 無事な航海で、何よりです」

「はぁ~。艦隊帰投だぜぇ! いいよなー港って! なんだかんだで、ほっとすんだよ。へへっ!」

 

狙った時間に、ガンビア・ベイと、新人の海防艦娘である、日振、大東が戻ってくる。

 

提督は、バサッとカレー粉を追加した。

キッチン中に一気に広まるカレーの香りに、艦娘たちが喜びの声を上げる。

 

そんな歓声に、提督は細い目をさらに細めながら、隠し味のナンプラーを少量ふりかけ、全体を混ぜ合わせる。

 

水気少な目に炊いたご飯にかければ、味噌のコクが追加された簡単キーマカレーの完成だ。

 

 

対潜・上陸支援が主任務の護衛空母にしては、戦艦(しかも大和)や重巡たちに追い回されて砲撃により撃沈されたという、激烈な最期がトラウマになっているらしい、ガンビア・ベイ。

 

「本当に……私なんか戦力にならないし……」

 

装甲も耐久力も回避力も、(言葉は悪いが、鳳翔さんにさえ劣る)貧弱な防御面。

繰り出せる艦載機の数も、最低レベルでしかない。

確かに、強力な戦力ではない、ガンビア・ベイだが……。

 

「対潜哨戒なら、本来の仕事だから……これぐらいはできるかも……?」

 

ずっと使い道がなく死蔵していた、零式水中聴音機を積んで出撃したガンビア・ベイ。

先制対潜攻撃できちんと仕事をしてきてくれた。

 

「It’s good!」

 

美味しそうにキーマカレーを頬張るガンビア・ベイの、クセッ毛を優しく撫でてあげる提督。

 

投入する戦場の選び方は難しそうだが、今後の活躍が楽しみな、可愛い家族が増えました。




ちなみに、この鎮守府ではもう一種類。
麹菌を蒸し米にかけて発酵させた自家製米麹を使い、比較的大量に作る田舎味噌を、地下室で伊勢と日向が中心になって仕込んでいます。


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春の大破祭りと鯛めし

あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!

「おれは御城プロジェクトをお試しプレイしたと思ったら
いつのまにか一週間が過ぎていた」

な…何を言っているのか、わからねーと思うが(ry


いよいよ桜のつぼみも開き始めた、この辺境の地。

 

提督は執務室で段ボールをカッターで、幅5cm、長さ50cmに細長く切り、それをガムテープで格子状に組み上げて、お花見用の使い捨て座布団を製作していた。

 

「提督、その作業は後にしませんか?」

「提督さん、止めておいた方がいいと思いますよ。ねっ?」

 

座布団作りに没頭する提督に、大淀と由良が声をかける。

 

というのも、執務室には入渠待ちの駆逐艦娘たち、浦風、磯風、浜風、谷風、暁、山風、江風が、中大破した半裸の状態でいるのだ。

 

そこに、カッターとガムテープを持ち、作業着に軍手、防塵マスクをした提督……。

 

絵面の組み合わせが非常に悪く、通報待ったなしの事案発生中にしか見えない。

 

 

鎮守府では現在、新任務『精鋭駆逐隊、獅子奮迅!』のために、数度目のキス島撤退作戦に挑んでいる。

定期的にキスカ島撤退作戦の成功を疑似再現することで、霊的に何やかんやの効力があるらしいが……できれば二度と関わりたくない海域の最右翼が、このキス島沖。

 

何しろ、ここの提督には羅針盤運が全くない。

 

ただでさえ、駆逐艦娘しか編成に加えられない(旗艦にのみ軽巡洋艦娘も可)のに、敵には戦艦ル級が出現して大破撤退が頻発するこの海域だが、それ以上の難敵が海域全体に立ち込める、呪いを帯びた濃霧。

 

何とか敵の攻撃をかいくぐっても、羅針盤が安定しないことこの上なく、全く敵主力にたどり着けないでいた。

 

 

現実逃避のため、提督は段ボール座布団作りに没頭しているのだが……。

 

「同志提督、艦隊、戻ったよ。ふぅ! ……同志提督だよね?」

「ごめん、リ級の魚雷を避けそこね……って、何なのよ、この変質者は」

 

タシュケントと、大破した霞が出撃から戻ってきて……。

背後にいる大量の半裸の少女たちとの組み合わせから、悪質な性犯罪者にしか見えない提督の姿を見て顔をしかめる。

 

「ごめんね、お風呂(入渠)は満員だから、しばらく待ってて」

 

再びダンボールを補強しようと、ガムテープをビリビリする提督だが、霞に「余所でやんなさいよっ!」と蹴とばされました。

 

 

「えー、みんなの頑張りのおかげで、今回のキス島撤退作戦……第三十二次出撃をもって成功しました。ありがとう」

 

ようやく作戦を終了させての夕飯の席。

疲れ切った提督の挨拶に全然熱がこもっていないのを責めるのは、可哀想というものだろう。

 

駆逐艦娘たちもほとんど全員が出撃に参加して疲れていたし、他の艦娘たちも本格シーズンに入った畑仕事に精を出していたので、お腹が空いている。

余計な挨拶より、早くご飯にありつきたいとみんなが思っているので、提督の味気ない挨拶にも特に不満の声は出なかった。

 

食堂に漂っているのは、香ばしい鯛めしの香り。

 

産卵期を迎え、綺麗に色づいた愛媛の桜鯛を一尾丸ごと焼き、土鍋で米とともに昆布だしで丁寧に炊き上げた、松山風の絶品「鯛めし」だ。

 

神功皇后が朝鮮出陣(西暦200年頃)の途上、戦勝祈願のために立ち寄った鹿島明神で、地元の漁師から献上された鯛料理が起源だという鯛めし。

 

桜鯛の上品な風味と優しい旨味が染み込んだ、ふっくらホクホクのご飯。

一口食べれば、自然に笑顔が浮かぶ至福の味。

 

めかぶの酢の物、ブロッコリーの甘酢漬け、きんぴらごぼう、こんにゃく煮、枝豆入りのさつま揚げ、そら豆とたらの芽の天ぷら、たこの竜田揚げ、車海老の塩焼き、厚焼き玉子、ふきのとう味噌。

 

主役の鯛めしを邪魔せず引き立てるように、薄味に調理されたおかずたち。

そんな中で、春の息吹を感じさせる、たらの芽の天ぷらや、ふきのとう味噌のほろ苦さ。

 

どうしても祝杯を上げたい呑兵衛たちのために、愛媛の地酒『石槌』も用意してある。

 

とにかく、これで一仕事完了。

 

安心してお花見に挑めそうです。



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龍驤と唐揚げ弁当

「近江の国の中央には琵琶の(うみ)あって、四海の水、みな之に帰す」
と、物の本に記されてあるように、戦国の世にあっては、近江を圧することが、すなわち天下を制することへの必須の条件であったといってよいほどだ。
                   池波正太郎『散歩のとき何か食べたくなって』より


この小さな鎮守府の北側には大小の丘陵が鋸状に連なり、弧を描くように海へと伸びている。

そして、海を挟んだ南の対岸も、やや穏やかな稜線であるが同様に海へと弧を描いて伸びており、全体として丸い(かめ)のような湾を形成していた。

 

その湾口、潮風が吹き寄せる海にいっそう突き出した岬の部分には、南北両岸ともに高角砲陣地が設けられている。

 

陣地といっても、設置してあるのは妖精さんが操るサイズの対深海棲艦用兵器なので、その規模は小さい。

 

南岸には小さな無人灯台があり、その灯台の基部に10cm連装高角砲(砲架)が2基、灯籠の天辺(てっぺん)に25mm連装機銃1基と13号対空電探が備え付けられている。

 

北岸にはプレハブの漁具小屋に偽装した陣地が設けられ、その小屋の天窓から8cm高角砲2基と毘式40mm連装機銃2基、探照灯1基が空を睨んでいる。

 

……ぶっちゃけ、気休め程度の火力でしかなく、使い道がない(けれど廃棄するには惜しい)余剰装備の展示場所と化していた。

 

そんな小屋だが、演習相手を待つ間の休憩場所などとしては、結構重宝されていたりもする。

 

今日も龍驤が一人、小屋の脇でオプティマスのガソリンストーブを焚き(小屋内は火気厳禁ですby妖精さん)、インスタントコーヒーを淹れていた。

 

 

単独で演習を行って勝ちを譲る、いわゆる「単艦放置」の接待編成。

 

朝一番には「蛇の目」と呼ばれる太丸の紋に、「南無妙法蓮華経」と筆書きした旗を引っさげ、熊本鎮守府の戦艦娘6人が演習を挑んできて、ちょっぴりガンビア・ベイの気持ちを味わえた。

 

(ちなみに、熊本鎮守府と天草鎮守府は、同一県内に複数の鎮守府がある珍しい例だが、その対抗意識のせいか、提督同士が非常に仲が悪いことで知られている)

 

 

続けては、中央の小さめの黒丸と、その中央に向けて線を生やした五つの黒丸が五角形に配されている「梅鉢紋」を旗印にする、石川県の七尾鎮守府が水雷戦隊編成で挑んできた。

 

キラ付けが捗ったお礼にと、能登半島の隠れた名物、真イカの内臓を発酵させた(能登町のみで作られている珍しい)魚醤「いしり」のケースを置いていってくれた。

 

(ちなみに、日本三大魚醤として有名な方の「いしる」は、能登半島の広い範囲でイワシ、サバから作られている)

 

 

お昼には、釣り好きで高雄嫁の提督が率いる、伊豆下田鎮守府の重巡打撃部隊。

紋は背の低い二等辺三角形が三つ合わさった後北条氏の「三ツ盛鱗」だ。

 

沖ノ島海域での任務「第五戦隊、出撃せよ!」のためのキラ付けだそうだが、それにしては妙高、那智、足柄、羽黒の第五戦隊に加えて、嫁の高雄と、その妹愛宕を編成に加えている。

 

空母である龍驤はそれほど詳しくないが、確か重巡主体の北ルートは、重巡4(内1を雷巡に変更可)+航巡2で、ドラム缶2つを装備するのが、呪術的に羅針盤を安定させる定石だったはずだが……。

 

聞けば、どうしても嫁の高雄を出撃させたいし、第五戦隊から足柄を抜くのも嫌で、不利は承知で毎月この編成で挑んでいるらしい。

 

「うちの提督みたいな浮気者の八方美人もどうやと思うけど、そういうプレッシャー、ウチなんかは胃が痛ぅなるなぁ……って、単婚派提督やったら、ウチなんか選ばれとらんか、あははははは……」

 

伊豆下田鎮守府の面々を手を振って見送り、昼食に戻ろうかと思ったところで新たな演習申し込みがあった。

とりあえずインスタントコーヒーとクッキーで小腹を満たしながら、相手の到着を待つ。

 

 

大淀の通信妖精さんから相手が門をくぐったとの連絡を受け、湾を出て演習海域へと向かい……。

 

黒丸を小さな八つの黒丸が取り囲んだ図案の「九曜紋」と「大一大万大吉」の文字の軍旗をはためかせた、佐和山鎮守府のあきつ丸と邂逅した。

 

「一人が万人のために、万人が一人のために尽くさば、天下の人々みな吉となる」という意味の「大一大万大吉」は、関が原の合戦に挑んだ佐和山城主、かの石田三成が陣幕などに使用したスローガンだ。

 

さて、この滋賀県の佐和山鎮守府。

琵琶湖の哨戒活動と、国内の連絡中継だけが任務の内陸鎮守府で、所属する艦娘も、あきつ丸ただ一人しかいない。

 

そもそも佐和山自体が彦根の裏山なので、湖の水面にさえ面していないという、かなり変わった鎮守府だ。

 

「ええと……注文通り航空機積んできとるけど、ええんやな?」

「もちろんであります。一対一なら、手加減は無用。勝ちは譲られるものではなく、文字通り勝ち取るものであります!」

 

その心意気やよし。

だけど、開幕爆撃だけで龍譲が圧勝しました。

 

 

「龍驤さーん、お昼の出前に来ましたー」

 

体操着の上にジャージ(瑞雲mode)を羽織り、下はスカートにハイソックス、ローファーの革靴という、マネージャー風の艤装の速吸が、海からお弁当を届けにきてくれた(この岬への陸路は海岸に沿って幾重にも曲がりくねっている上、途中から舗装されていないアップダウンの厳しい林道になる)。

 

「今日は唐揚げ弁当ですよ」

 

小屋の中に入り、ホカホカと温かい保温容器の弁当箱を龍驤に渡すと、速吸が持参した魔法瓶から熱々の味噌汁を注いでくれた。

 

(速吸は、そのマネージャー姿が何やら提督の甘酸っぱい記憶でも刺激するのか、やたらとセクハラ被害を受けまくっているが、いつも明るく元気に裏方業務に励んでいる。)

 

弁当箱を空けると、油の香ばしい匂いが立ち登ってくる。

 

油でテラッとキツネ色に輝く、一口大の唐揚げが末広がりのたっぷり八個(もも肉とむね肉の半々ミックスだ)。

 

地元産の新鮮な若鶏を使用し、塩こしょうをしっかり揉み込んで半日寝かせた上、しょうが、にんにく、たまねぎ、りんご、パイナップルを摩り下ろして、酒、醤油、みりん、蜂蜜、オイスターソース、ゴマ油を加えた特製ダレに一晩漬け込み、一度骨付きの丸鶏を揚げてから漉した油を使って揚げた、間宮食堂自慢の特製唐揚げ。

 

大分県の誇る唐揚げの聖地「中津」の名店の唐揚げを食べ比べながら、提督と間宮と伊良湖、そして速吸が研究を重ねて辿り着いた味だ。

 

生まれながらの大分っ子である、杵築(きつき)鎮守府(馬具の装飾に用いられた杏葉(ぎょうよう)がモチーフの「大友抱き花杏葉紋」が旗印)のプロレス大好き提督に試食させたら、「うおっ、中津で店開けるレベルですよ、コレ。でもパイセン、何を目指してるんすか?」と誉められた(?)ほどだ。

 

フワフワした春キャベツの千切りがたっぷりと別容器に盛られ、あっさりしたレモン風味のドレッシングが薄めにかけられている(ここの提督は、唐揚げに直接レモンをかけるのを嫌う)。

 

あとはツヤツヤに炊かれた大盛りの白いご飯に梅干がのり、ちょいと黒ゴマがかけられ、たくあんが三切れ添えられているのみという潔さ。

 

だが、それで十分。

 

唐揚げ、唐揚げ、唐揚げの全面唐揚げ大攻勢で、ご飯を平らげていく快感。

 

粉の配合にもこだわったカリッとした揚げ衣に包まれた鶏肉は、もちろんジューシー。

噛めば噛むほどに、肉汁と下味、特製ダレが絡まった深い味が染み出してきて、ひたすらに美味い。

 

食感を変えて油を洗い流す、キャベツの千切りと、なめこの味噌汁の援軍も頼もしい。

 

「いや~、いくらでもいけてまうやん」

 

龍驤の食べっぷりに微笑みながら、速吸がコップに冷たい麦茶を注ぎなおしてくれる。

 

と、大淀から新たな演習の申込みがあったことを伝える通信が入るが、すぐに長門から……。

 

「龍驤、少し待て。私も援軍を率いて向かう」

 

と連絡が入った後、大和、武蔵、摩耶、秋月を呼び出す通信が立て続けに発せられた。

資源消費を無視した、ガチ編成だ。

 

「こりゃ、相手は卍紋やな」

 

その長門の気合いの入り方から、別に仲が悪いわけではないが、地元のマスコミの注目度合いから「絶対に負けられない戦い」である、津軽鎮守府との演習なのだと察する。

 

「よーし、うちも準備せんとな」

 

龍譲は弁当の残りをかっこむと、使用許可が下りた、零戦岩本隊、烈風改隊、パスタの国のRe.2005改隊、そして彩雲隊に集合をかけた。

 

「赤城や加賀みたいにっちゅう訳にはいかんけど、やってみよかー!」

「はい、速吸、全力で応援しますっ!」

 

速吸の声援を受けながら龍驤が小屋を出ると、気持ちのよい潮風が頬を撫でていった。



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アメリ艦と居酒屋『鳳翔』

今年は本当に気温の乱高下が激しい。

 

先週、初夏並みの陽射しが射し、気温も25℃に届きそうになったかと思えば、今週は冷たい雨が降り始め、今朝は1℃まで冷え込んだ。

 

例年より早くほころび始めた桜も、寒さに震えて縮こまるかのように、花弁の開きを遅らせている。

 

そんな中、艦娘寮の各部屋には艦娘たちの衣類が溢れていた。

春物の衣類を引っ張り出したものの、冬物がまだまだ手放せないのだ。

 

この艦娘寮はもとが温泉旅館であるため、ただでさえ収納には苦労する。

 

特に、アイオワ、サラトガ、イントレピッド、ガンビア・ベイの四人部屋(10畳の本間に2人掛けのテーブルが置ける広縁を備えただけの、シンプルな梅の部屋)。

 

もともと私物の多いアメリカ艦娘のアイオワとサラトガが住んでいた二人部屋に、急に新人空母が二人も転がり込んだため、手狭感が尋常でない。

 

クローゼットや押し入れに収まらなかった制服やジャージ、作業着、ミニスカポリスやバドガールのコスプレ(ナニに使うんですかねえ)が板の間に張ったロープにハンガーで吊るされ、それでも足りずにコタツの周りにも私服が散乱している。

 

現在、寮では増築工事がすすんでおり、広い松の部屋が完成次第に引っ越し予定でいるが……工事は遅れている上、完成前に新しいアメリカの駆逐艦娘が来るのではないかという噂がある。

 

四人でコタツに入り、甘夏みかんを食べながらの雑談タイム。

全員、いまだに仕舞えない冬用の綿入り袢纏を羽織っている。

 

「ZUIUN-FESTIVAL? What is it?」

 

増築工事が遅れている原因についてサラトガから聞かされた、イントレピッドとガンビア・ベイが首を傾げている。

 

「Don’t think... feel!」

 

瑞雲祭りが何なのか、言葉で説明しても疑問符が増えるだけ。

昨年の祭りの体験者であるアイオワとサラトガは、あえて多くは語らない。

 

そして……。

まるで古刹の山門のように風雅な寮の正門前に、日向の発注した2018年瑞雲法被と瑞雲modeジャージ(全員分)を積んだ、ヤ○ト運輸のトラックが今まさに到着しようとしていた。

 

また鎮守府に衣類が増えます。

 

 

夕刻、アメリカ艦娘たちは温泉に入って羽を伸ばした後、浴衣に袢纏姿で、鳳翔さんの居酒屋へと気晴らしにやってきた。

 

せっかく春の訪れに合わせ、瀟洒(しょうしゃ)な麻生地の白暖簾に掛け換えたばかりなのに、気候が冬に逆戻りしてしまいガッカリした鳳翔さん。

 

お客様には、せめて気持ちだけでも春本番を感じてもらおうと、店の入り口の横に信楽焼の鉢を置き、会津から取り寄せた花つきのいい桜を一枝挿してある。

 

「Oh, beautiful!」

 

そんな心配りに喜び、はしゃぐアメリ艦たち。

 

「いらっしゃいませ。カウンターの方がよろしいですよね?」

「はい、おしぼりです。本日も、お疲れ様でした」

 

暖簾をくぐると本日のバイト艦、瑞穂と春風が優しい笑顔で席へと案内し、温かく良い匂いのするおしぼりを手渡してくれる。

 

と同時に、シュンと清潔な白木のカウンターに、人数分の箸と醤油皿をスッと置いていくのも忘れない。

 

匂い立つように華やかだが、豪奢ではなく。

凛と清廉な空気が漂うが、堅苦しくはなく。

 

「いらっしゃいませ。まずは梅酒と、鯛の煮こごりをどうぞ」

 

カウンターの向こうから鳳翔さんがアメリ艦たちに声をかけ、人数分のリキュールグラスと、ガラスの小皿を用意する。

 

甘く薫る琥珀色の梅酒。

同じく琥珀色の煮こごりと、散らされた葉ネギの緑。

 

梅酒のさわやかな甘みと、煮こごりにされた鯛の凝縮した甘み。

肩肘を張らずにすむ、春の木漏れ日のような穏やかで温もりのある接客。

 

食前酒とお通しを楽しむアイオワたちに、鳳翔さんが今日はどんなものを食べたいか尋ねると……。

 

「春らしいもの」とのこと。

 

 

それならまず、と鳳翔さんが出したのは、若竹椀。

筍とわかめの春の出会いが、上品な味わいをもたらす。

 

最初に合わせる日本酒は、静岡の『開運』の冷や。

クセがなく、すっきりした味わいで海外艦にも飲みやすい。

 

逆に刺身は、少しクセのある光物を味わってもらおうと……。

半透明の身が美しく盛られた、サヨリの姿造り。

 

敷波が釣ってきてくれたアイナメがあったのでブツ切りにして、新ごぼうとともに煮付けにする。

北の海で育った締まった身に、甘辛い汁がしっかりと染み込む。

 

柔らかくて、皮ごと食べられる新じゃが芋は、串に刺してバター焼きに。

ほっくり熱々、大地の恵みが詰まった味。

 

そして、もっともお酒がすすむのは、春野菜の天ぷら。

 

ふきのとう、独活(うど)、菜の花、つくし、矢生姜、青紫蘇。

力強い野の草の生命力、その歯応えやえぐみを楽しむ、日本の食文化。

 

「Oh,Japanese WABI & SABI!」

 

菜種油とコーン油に、少量の胡麻油をブレンドした、すっきりした揚げ油に、薄い衣。

あくまでも素材の持ち味を活かし、抹茶塩でいただく。

 

合わせるのは、福井の『(ぼん)』の純米大吟醸を、ぬる燗で。

 

『梵』には、政府専用機の機内酒にも採用されている『日本の翼』などもあり、すっきりとした飲み味としっかりした旨味を基礎として、華やかな香り、ほどよい甘味、さっぱりした酸味……様々な日本酒の魅力となる諸要素が、高い水準でバランスよくまとまっている。

 

それでいて特別に高価でもなく、贅沢ではあるが、自然と手を出せる価格。

大吟醸だから冷やで、なんていう古臭い固定観念にはとらわれず、少し温度を上げてあげると、この地力のしっかりした酒は本領を発揮する。

 

 

途中に自慢の漬物を挟んで、口をさっぱりさせたら、天ぷらの第二段。

海老、穴子、イカ、なす、かぼちゃ。

 

今度は大根おろしを添えた、濃い口のつゆで。

揚げ油も、先ほどより胡麻油の割合を増やして香り高く、衣も少し厚めにしてある。

 

油の爆ぜる音をBGMに、宮城の『浦霞(うらがすみ)』を、ひと肌燗で提供していく。

少し甘めでしっかりした味わいが、濃厚な天ぷらをどっしりと受け止める。

 

おしゃべりに花が咲き、気持ちよく酔いが回った頃、〆に桜海老と新玉ねぎでかき揚げを。

 

「天茶漬けにしましょうか」

 

こまやかな心遣い。

濃いめのお茶と、わさびの爽やかさが、油のくどさをまったく感じさせない。

 

「OMOTENASI……Hyuga said,It's the ZUIUN spirits.」

「Yes,Now I see.」

 

アメリ艦たちを喜ばせながら、居酒屋『鳳翔』の夜は更けていくのだった。



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【番外編】鎮守府のお花見2018【桜】

平安時代のイケメン歌人・在原業平(ありわらのなりひら)は「世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」と詠んだ。

 

まったく、桜という花は日本人にとっては特別な存在で、我々の心を騒ぎ立ててくれる。

 

つぼみが開くのは今日か明日かと、そわそわし。

満開はまだか、雨で散ってしまわぬかと、やきもきし。

卯月も半ばとなり、やっと艦娘寮の庭の桜も花盛りとなった。

 

待ちに待ったお花見です。

 

 

もとは温泉旅館だった艦娘寮、野趣溢れる草木が生い茂る日本庭園の池の端に、しだれ桜の老木が枝を垂らしている。

 

その老木の周りが定番のお花見会場。

巡洋艦娘たちが連携してブルーシートと断熱シートを一面に敷き詰め、駆逐艦娘たちがミニテーブルや座布団、ブランケットを持ち込んでいく。

 

提督が執務中のストレス解消に作っていた、段ボール紙を再利用した使い捨て座布団も、各所に置かれている。

 

 

「日向、次はガラスケースを付けるから手伝って」

「分かった。滑り止めの軍手をした方がいいな」

 

提督が準備を見回っていると、伊勢と日向がプロの的屋(てきや)のような手際の良さで大型の屋台を設営していた。

 

今年の目玉は、伊勢が豪快な藁焼きを実演する「鰹のタタキ」。

空洞のある乾燥した藁は、瞬時に超高温に燃え上がり、鰹の表面だけを炙るのに適している。

 

パリッと香り高く炙られた皮と、新鮮モッチリな身のコントラストを、たっぷりの薬味を載せて、土佐から取り寄せたポン酢ダレか天日塩でいただく。

 

昨年は火災防止のために企画段階でボツになったが、明石が耐火ガラスの囲いがついた調理台を作成してくれたので実現した。

 

「山城、これはどこにつなげばいいのかしら?」

「こっちです、姉様」

 

その横のテントでは、扶桑と山城が数台のビールサーバーを運び込み、ビア樽やガスボンベを装着しようとしている。

大和と武蔵が次々に運び込んでくる、瓶ビールのケースや焼酎の入った箱の数も相当だ。

 

「もう、みんなお酒のことしか考えないんだから。長門、生クリームはそんなに力任せに混ぜないで!」

 

可愛らしくピンクに飾られた陸奥のクレープ屋台からは、甘い匂いが漂ってくる。

 

 

少し離れた所では、速吸と神威がテント内にフライヤーを設置して、唐揚げを揚げる準備を始めている。

食堂版より小ぶりで、味付けも薄い塩味にし、衣の配合も変えて、冷めても美味しい味を心がけていた。

 

瑞鳳と祥鳳は、玉子焼きの詰まった重箱を、何段にも積み重ねて運んでいる。

瑞鳳の話だと、具に生の桜エビと小ねぎを入れたというので楽しみだ。

 

千歳、千代田、瑞穂の水上機母艦娘たちが作ってきたのは、いなり寿司。

提督も一つ味見させてもらったが、絶妙な甘さと酢加減に、プチプチした白ごまの食感と香ばしさと、しょうがとゆずの爽やかさが薫る、上品な味わいだった。

 

 

鳳翔さんは、龍驤、大鷹、秋津洲に手伝ってもらい、にぎり寿司を大量に仕込んできた。

目利きの球磨と多摩が集めてきた魚介類、美味いに違いない。

 

「提督、少しつまみますか?」

 

物欲しそうな顔をしていたのか、風呂敷を開いていた鳳翔さんが、寿司桶を一つ差し出してくれた。

漆塗りの寿司桶に美しく並ぶ姿を崩さぬよう、端の方からとり貝の握りをもらう。

 

ふんわりしながらプリッとしたとり貝の歯ごたえ、上品な磯の香りと甘みが舌の上でとろけ、ハラリとほどけるようにシャリが口に広がってネタと渾然一体になる。

 

一言で言うと、バカ旨。

 

後でバーナーを使って、炙りサバと炙りサーモンも食べさせてくれるそうだ。

 

 

「かぁ~っ、こんなん作れるなんて家庭的ないい女だなぁ、自分に惚れそうだよぉ!」

「もうっ、下ごしらえはほとんど私がやったんじゃない!」

 

隼鷹と飛鷹が作ってきたのは、ほっとする味の筑前煮。

鶏肉にさといも、たけのこ、しいたけ、こんにゃく、ごぼう、人参。

確かに、こんなの食べさせられたら、日本男子なら惚れずにいられない。

 

「提督、こっちもあるから楽しみにしててくれよ~♪」

 

隼鷹の周りには、色とりどりの日本各地の地酒の瓶が。

『南部美人』『十四代』『飛路喜』『〆張鶴』『天狗舞』『神亀』『磯自慢』『長珍』『諏訪泉』『白鷹』『獺祭』『美丈夫』『旭菊』。

 

本当の通なら絶対にやらないだろう、日本全国地酒トリップ。

いいんです、ただの呑兵衛ですから。

 

 

「加賀さん、バクバクつまみ食いしないでよ!」

「失礼ね、ただの味見よ」

「もう3個目じゃん! ほら、赤城さんもっ!」

 

正規空母たちは、おにぎりやサンドイッチを作ってきた。

 

梅酢と刻んだ桜の塩漬けを、ご飯に混ぜ込んで握った、美しい桜にぎり。

他にも、ちりめんじゃこと鰹節、昆布と大葉、焼鮭と(せり)

 

薄い12枚切りの食パンにくるまれた、タマゴ、ツナ、ハム&きゅうり、苺ジャム。

定番のロールサンドイッチ群も美味しそうだ。

 

 

 

 

「お花見にはやっぱり、ウィンナーですよね!」

 

プリンツ・オイゲンが言うように、ドイツ艦娘たちはお花見の定番、ウィンナーソーセージを大量に作ってきていた。

市販のウィンナーではなく、文字通り作ってきたのだ。

 

「提督、褒めてくれてもいいのよ?」

 

肉を挽き、岩塩とスパイス、ハーブで味付けし、自分たちで腸詰めとスモークもした本格派のウィンナーを自慢気に見せながら、ビールジョッキを片手にしたビスマルクが胸を張る。

 

提督が「偉い偉い」とその頭を撫でてあげると、グラーフやプリンツ、レーベ、マックス、ローちゃんも撫でて欲しそうに寄ってきたので、順番にナデナデしてから次の見回りに。

 

 

イタリア艦娘たちも張り切っていて、彼女らの屋台には迫力ある生ハムの原木が何本も吊るされ、ガラスの保冷ケースにはホールのままのチーズが何種類も置かれている。

 

他にも、モッツァレラチーズとトマトのカプレーゼ、エビとタコのブロッコリーサラダなど、彩りがよくワインに合いそうな前菜も用意して、宴会に向けて気合い十分だ。

ポーラが鼻息荒く運んでいる、ワインの箱も何箱あるのやら……。

 

フランス艦娘たちは、ブルーチーズやサーモン、レバーペースト、マリネなどをのせた各種のカナッペと、お洒落なオープンオムレツ。

ロシア艦娘たちは、ビーツでピンクに色づけしたマッシュポテトと、クラッカーにキャビア。

アメリ艦娘たちは、もちろんノリノリでバーベキュー。

 

「Darling! ぜひ食べてみて、うちのFish&Chips」

 

イギリス艦娘たちの屋台に近づくと、駆逐艦娘ジャーヴィスが体当たりするように抱きついてきた。

 

「GUINNESSもあるぞ。飲むだろう?」

 

アークロイヤルがクーラーボックスからギネスビールの瓶を取り出し、『パーフェクトパイント』となるように丁寧にグラスに注いでくれた。

日本のようにキンキンに冷やさず、濃厚な風味と苦味、そしてほのかな甘みを楽しむギネス。

 

鎮守府内の文化の多様性も、どんどん広がってきている。

良いことだ。

 

「テイトク……」

「ああ、よく来たね。屋台やお皿から、好きな食べ物や飲み物を貰ってね」

 

戦艦水鬼を先頭に、招待した深海棲艦ご一行様が到着した。

 

「ほっぽちゃん、陸奥の焼いたクレープ食べるかい?」

「タベル!」

 

春の青空に桜が美しく咲き誇る。

今日もここの鎮守府は平和です。



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五周年任務と海鮮クッパ

法事と旅行でバタバタし少し投稿間隔が空いてしまいました。
お待ちいただいた方々、申し訳ございません。


「海猫も 波間にたゆたう 瑞雲日和」

 

謎の瑞雲祭りの最中、湾に浮かべておいた1/1瑞雲の周りに遊ぶ海猫を眺めながら、日向師匠が謎の句を詠んだ。

 

「ウミネコって、季語になるのかなあ?」

「提督、何を言っている? 季語は瑞雲だぞ」

「瑞雲って、春の季語だったの?」

 

尋ねる提督に、瑞雲法被を羽織った日向師匠がヤレヤレと肩をすくめる。

 

「瑞雲に季節などという縛りはない。一年中使える」

 

師匠が何を言っているのかはちょっと分からないが、それでも楽しい春の瑞雲祭りが続いていた。

 

(鎮守府の五周年祝いも同時並行なのだが、何となく瑞雲にもっていかれた感がある)

 

 

 

さて、そんな瑞雲祭りのために……じゃなかった、鎮守府五周年記念の任務のために、鎮守府近海対潜哨戒(1-5)に出かけた佐渡と対馬が大破し、泣いて戻ってきた。

 

鎮守府開設から、もう五年。

艦娘が大破しても落ち着いて対処できるようになった提督だが、さすがに幼い海防艦娘が泣き顔で帰ってきたら慌ててしまう。

 

「大変だ、すぐにお風呂に行って寝んねしよう」

 

佐渡と対馬を両脇に抱え上げ、入渠用のお風呂場に連れて行こうとする提督の腕を、引率していた龍田がハッシと抑える。

 

「提督、この腕が肩からバッサリ落ちても知らないわよ~?」

 

「動くなロリコン」

「提督の落ち度について何か弁明は?」

「誰のせいで大破したと思ってんのよ、このクズ!」

 

背後では、陽炎と不知火、霞も、10cm高角砲や12.7cm連装砲D型を構えて提督に狙いをつけている。

 

龍田、陽炎、不知火、霞、佐渡、対馬……。

あれ、鎮守府近海対潜哨戒って軽空母等が含まれてなかったり4人をオーバーしてたりすると……。

 

ご安心ください。

鎮守府近海航路の輸送船団護衛(1-6)編成と間違えて出撃させた無能なロリコン提督は追い払われ、佐渡と対馬は龍田がお風呂に入れました。

 

 

 

そんなわけで、提督は土下座謝罪の後、お詫びの昼食作り。

 

アサリを塩抜きしながら、大根、人参、ネギ、ニラ、椎茸を切ったり刻んだり。

もやしも洗って、ワカメも水で戻す。

 

そして、メインの具材であるトゲクリガニを塩茹でにする。

この季節、青森などで愛好される、磯の風味と甘い繊細な身の蟹だ。

そして濃厚な味わいの蟹味噌やメスのもつ内子がたまらない。

 

ホタテの干し貝柱でダシをひき、日本酒と塩、こしょう、みりんで味を調えてスープを作り、アサリと野菜類を煮込んで蟹を加え、溶き卵を混ぜ入れて、白ゴマをパラパラとふれば……。

 

絶品海鮮クッパの出来上がり。

 

お風呂から上がってきた皆を台所の席につかせ、熱々のクッパを次々と配膳し、ご飯とキムチを添える。

まずはスープを味わい、お好みでご飯とキムチを投入して食べるのが流儀だ。

 

ほうれん草ともやし、ぜんまい、大根、人参の五色のナムルと、クレソンをゴマ油と塩で揉んだサラダも付け合せに。

 

「ったく、こういうことだけは手際が良いんだから……まぁ、美味しそうだけど……」

 

悪態をつきながらも、クッパの湯気から漂う良い匂いに抗えず、真っ先にスプーンをとる霞。

提督がニヤリとしたら、足を蹴られた。

 

この具だくさんの海鮮クッパ、海の幸と山の幸の旨味が溶けあい、深い味わいがある。

しばらく、無言でスープを飲む音だけが台所に響く。

 

「うん、やっぱり美味しい!」

 

やがて、栗の甘さからその名がついたという説もある、トゲクリガニの身を食べた陽炎が歓声を上げる。

みんなも口々に美味しいを連呼するが……。

 

「んっ……う」

 

濃厚なメスの内子を深い味わいのスープとともに口に運ぶと、しばし声が出なくなる。

 

そして、後はもう笑うしかなく、ご飯を投入してただただ貪り食べるだけ。

提督の編成ミスも、どうやら許してもらえそうだ。

 

「いひっ、ごっちそ~さまっ!」

 

この後、佐渡と対馬は寝んねさせて、龍田と()()が大東と日振を従えて1-5を攻略しました。

 

適編成で羅針盤さえ固定すれば、1-5なんて楽勝ですよ。

 

 

「軽巡クラスを旗艦に配備、駆逐艦か海防艦()()()()()()()五周年艦隊で……と申し上げたはずですが?」

 

大淀の冷たい声。

龍田に薙刀でツンツンされながら、さて今度はお詫びに何を作ろうかと提督は考えるのだった。




本編のミスは実際に両方やりました。
忙しい時、慌てながら艦これ(特に出撃を)やるのはダメですね。


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合同演習と青森グルメ

陸奥湾は周囲を山々に囲まれ、そこから流れ込む無数の川が、栄養豊富な森の水を湾へと運ぶ。

 

また、まさかりのような形の下北半島の地形効果で、津軽海峡から流れ込む海流は一定量に抑えられ、海流も湾内を穏やかに周遊して再び津軽海峡へと戻るため、ホタテの生育に適した水温が年間を通じて保たれる。

 

そのため、陸奥湾はホタテの名産地として知られていた。

 

さて、その陸奥湾がある青森県。

西側の津軽地方と東側の南部地方には、ここで深くは触れないが、長い歴史的な確執があり、方言、文化の壁がある。

 

今日は、そんな青森県の津軽鎮守府との、合同演習五番勝負があった。

旗印は卍紋であり、名前の通りに津軽地方にある青森港に鎮守府を置いている。

 

埠頭に戻ってくる両艦隊を眺めながら……。

 

「提督さん、やへえね(残念だね)」

 

結果は2-3の敗北。

青森の南部地方から取材に来ていた、デ○リー東北のスポーツ記者さんがへとむ(へこん)でいるのを見ると、提督も申し訳なくなってしまう。

 

そう、津軽地方と南部地方の間には新聞とテレビの壁もあり、南部民は津軽ではなくこちらの鎮守府びいきなのだ。

 

「その……もちろん、最後の戦いで勝てなかったのはとても残念ですし、制空権を失ったのが痛かったですが……内容自体は互角でしたし、砲戦力ではまだまだこちらが上なので、次は……」

 

記者さん相手に、敗戦した野球監督のような弁明コメントをしている提督の後ろでは……。

 

「わい、めぇ!(わあ、美味しい!)」

 

おもてなしのお菓子(銘菓「かもめの玉子」)を出されて喜ぶ、津軽提督。

 

ゆるふわセミロングに、カワイイ系のフェミニンな衣装、そして津軽弁という天然ギャップ萌え。

明らかにキャラ作ってんじゃね?(他人のことをとやかく言う資格のない天草提督談)という、女子提督だ。

 

演習では宿敵同士であっても、両鎮守府の仲が悪いわけではない。

秋田県の土崎湊(つちざきみなと)鎮守府とともに、大湊警備府の詰番や北方海域警備を三交代で行っているので、任務の引継ぎなどでの連絡や艦娘同士の交流も多い。

 

そういえば以前、木更津提督が「あんまり津軽の提督と仲良くし過ぎるなよ。女提督相手に浮気なんかしたら、東北がうちのメンヘラ処女に核攻げぅ……」という途中で切れる電話をかけてきていたが……。

 

そんな心配をされなくても、津軽提督と会うときには必ず、両腕を金剛と榛名ががっちりホールドしているし、制服のすそをふくれっ面の敷波がつまんでいるので、浮気の可能性などない。

それに、遠くの木陰から北上さんが見てるし……。

 

ちなみに、木更津提督の妹である横須賀提督は、兄が大学の宴会芸で、自分の下着を使って変態仮面のコスプレをしていたのを知ったときから、兄の執務机に埋め込んだC4爆薬を起爆することに全くの躊躇がない。

 

それはさておき……。

 

「かみさいぎすな……けら。け。まんだ、来るはんで~♪」

 

ニコニコとしゃべる津軽提督だが、圧縮言語の津軽弁なので意味不明だ。

デ○リー東北の記者さんに来てもらったのは、その通訳のためでもある。

 

要約すると……。

東京(かみ)へ向かう途中に、演習観戦を兼ねて立ち寄ったよ。

これから県の特別観光大使として、東京のアンテナショップで広報活動をするんだ。

大型ヘリに、たくさんの青森の物産を積んできたので、お土産をたくさんあげる。

食べてね(津軽弁で「け」)。

また来るね~(分かれの言葉には語数を惜しまず標準語より長く)。

 

 

嵐のように(文字通り大型ヘリの二重ローターで突風を巻き起こして)津軽提督が去った後。

 

記者さんをタクシーで見送ったら、提督はさっそく艦娘寮の食堂に向かい、もらった食材(全部で米軍規格パレット3個)を使って艦娘たちにおやつを出し始めた。

 

「提督ー、津軽の提督の胸を見てたデース!」

「榛名は…大丈夫です……」

「可愛い女提督さんと話してデレデレしてさ。ふん!」

「北上さん、魚雷庫の鍵持ってる?」

 

津軽提督と会った後は、艦娘達の機嫌がすこぶる悪くなる。

とにかく食べ物で気を静めないといけない。

 

 

まずは、バターを塗った食パンに、さらに「りんご味噌」を塗りつけ、しらす干しとチーズをバッサリのせてトースターで焼く。

 

リンゴの甘酸っぱさと自然の甘みが、意外にも味噌のコクと塩気にマッチして、しらす干しという超ミスマッチな食材の旨味さえも受け止められる、懐の深い調味料となる「りんご味噌」。

 

さらにバターとチーズでコクをアップして、熱々カリカリのトースターとして食べれば、そりゃもう美味しいんですよ。

 

さらに、しょうがの風味とも相性がよいらしく、しょうがを少し加えて肉を漬け焼きにしてもいいらしい。

 

もともと明治政府が、廃藩置県で職を失った士族たちに仕事を与えるべく、新たな地域産業を興す狙いで、各地に文明開化で輸入された新しい果樹の苗木を配布した。

青森県にも、西洋りんごの苗が配布され、旧津軽藩士たちがりんごを植栽して、苦労の末に生産量を増大させていき、やがて「日本一のりんご産地」になったのだという。

 

「胸を見たいなら、艦娘のにしなヨー! 人間相手にセクハラすると、訴えられるネー」

「あの、榛名でよろしければ、いつでも……」

「食べ物でつれると思っちゃって……もぐもぐ……乙女はそんな単純じゃないんだからね?」

「北上さん。はい、あーんして?」

 

かなり風当たりが弱まってきた。

 

「よーし、今夜は十三湖(じゅうさんこ)シジミで醤油漬け、明日は五所川原風シジミラーメンかな」

 

提督はわざとらしく大きな声で言う。

 

青森県五所川原市の北西部にある十三湖は、水と淡水が混ざった汽水湖。

ここで採れる大和シジミは、身が太って旨みが強く「日本一美味しいシジミ」とも言われる。

 

そのシジミをふんだんに使った、あっさりしながらシジミの旨みいっぱいの白濁スープが特徴の、五所川原名物シジミラーメン。

 

津軽提督のおかげで美味しいものが食べられると現金なもので、艦娘たちの不満も小さくなっていく。

中には、また津軽提督が来てくれないか、などと言い出す子もいた。

 

とりあえず火消し完了。

 

 

艦娘たちが落ち着いたので、提督は鎮守府の庁舎へと引き返す。

そろそろ、出撃艦隊が次々と帰投してくる頃だ。

 

「い号にろ号 今日も今日とてオリョール泳いで 汗と涙が海に溶けても 魚雷を投げる潜水艦(おんな)の仕事 泣いてくれるな提督さん 耐えることなら慣れている~♪」

 

自作演歌を歌いながら、交代での連続出撃から帰ってきたゴーヤたち潜水艦娘。

 

最近、備蓄重視のために出撃がオリョクルばかりになってたいたのが申し訳なく、何か喜ぶものを食べさせてあげることにした。

 

庁舎の1階、4人がけの木製テーブルが2つ置かれたキッチンに、丸テーブルを4つ運び込み、12人の潜水艦娘たちを集める。

 

青森名物「ホタテの味噌貝焼き」。

 

本当は大きな18cmクラスの専用の貝殻を鍋代わりに使うのだが、貰ったホタテは15cmクラス(それでも大きい!)なので、おやつ程度で量も丁度いいだろう。

 

土鍋に水と日本酒を張って火にかけ、陸奥湾産イワシの焼き干しでダシをひきアクをとり、その汁を綺麗に洗った貝殻に注ぐ。

 

ひもと柱に分けて塩水で洗い、食べやすい大きさに切ったホタテを加え、炭火の七輪にのせて少し煮込んだら、味噌で味付けをして、溶き卵を流し込む。

最後に万能ねぎを散らして完成。

 

青森の多くの家には貝焼き用の大きな貝殻が用意してあるほどの、お袋の味だという。

家庭ではホタテの身を使わずに具が豆腐だったりグリルで焼いたり、観光用にはより豪華に多くの具材を盛ったりと、バリエーションも豊富だ。

 

ちなみに、焼き干しでダシをひく下北地方(東の南部文化圏に属する)では「ホタテの味噌貝焼き」と呼び、他の地方では「ホタテの貝焼き味噌」と呼ぶらしい。

 

シンプルだが滋味に溢れた味が、プリプリのホタテによく絡む。

子供が風邪を引いたときなどによく出されるというので、オリョクル疲れにも効くだろう。

 

「イムヤ、お茶入れるね?」

「また作ってくれるなら、ゴーヤ、明日もオリョクル頑張るよ」

「これは日本酒が欲しくなるなぁ。あるんでしょ、提督~? いぇい!」

「ダンケダンケ」

「ふにゅふにゅ♪」

 

喜んで貝焼きを食べる潜水艦娘たちに目を細め、やり切った感じの提督だったが……。

 

「あー! 何か美味しそうなもの食べてるー!?」

「んふふっ♪ 睦月ちゃん、きっと私達にもあるわよ」

「うーちゃんたちにも食べさせてくれなきゃ、呪ってやるぴょん」

「……別に……津軽の提督さんが来てたからって、怒らないです……」

 

東京急行(弐)の遠征から帰ってきた第三十駆逐隊に、ご馳走の現場を見つかってしまった。

キッチンの入り口から、無表情の神通と、ガルルーッと唸る夕立もこっちを見ている。

 

「もちろん、みんなの分もこれから準備するから」

 

提督は潔く、内線電話に手を伸ばした。

 

この狭いキッチンでは、追加の調理は難しい。

かといって余所で調理して他の子達に知られれば、どうせみんな食べたいと言い出すに決まっている。

 

まずは埠頭に大量の炭焼き台を用意して、間宮に食堂のホタテを出すようお願いして……。

大量に炭を熾す(おこす)以上は、他のものも焼かなきゃもったいないし。

 

今夜は鎮守府の浜焼きパーティーになりそうです。



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浜波ともんじゃ焼き

提督は花バサミを手に、もとは温泉旅館だった艦娘寮の庭の手入れをしていた。

植え込みのつつじを筆頭に、紅紫翠白(こうしすいはく)、様々な花が色とりどりに咲き競い、若葉の匂いが立ちこめている。

 

いまだに朝晩の寒気が強いこの地域だが、陽気のよい日中にはそれなりに気温も上がる。

一通りの剪定を終え、箒で落ち葉をゴミ袋5杯分も掃き集めて回ると、紺のジャージの下にはけっこうな汗をかき、シャツが肌に張りついていた。

 

艦娘寮に戻って自室でひとっ風呂浴び、いつものようにパンツ一丁で艦娘寮をうろつく提督。

 

ここの提督、けっこう汗っかきなので、湯上がりはいつもポーラに負けず劣らずの裸族で過ごす。

艦娘たちももう慣れてしまい、特に気にしないが……。

 

「…ん? 司令? なっ、なに…? あたしは別に…、でも…、平気。平気、だから…」

 

鎮守府にやってきたばかりの浜波が、重そうにメロンの箱を運んでいたので、手伝おうとしたら逃げられてしまった。

いつもオドオドして藤波の後ろに隠れている浜波とは、いまいち親睦が深まっていない。

 

いつも髪で表情を隠し、声も小さくて早口でどもるくせがある浜波。

他の艦娘たちとも、なかなか打ち解けていない気がする。

 

鎮守府全員みな家族と思っている提督としては……。

これは良くない、良くないですぞ。

 

提督、今日は浜波と夕飯を食べて交流しようと、勝手に決定するのだった。

 

 

というわけで夕方。

 

「提督、来たわよ」

「あ、あの……何で、司令の部屋…?」

「なーに、司令?」

「おっ!?」

 

能代に頼んで、自室に問題の浜波と、藤波、島風を連れてこさせた。

提督の私室は広く、独立した家屋のような造りになっており、玄関風の入り口を入ると土間があり、応接間を兼ねた四畳半の次の間、トイレと洗面台、浴室、そして稽古事もできる広さの十二畳の和室の本間へと続く。

 

4人ともお風呂上りの浴衣姿で、石鹸の良い匂いがした。

 

「今日は、もんじゃでも食べながら浜波たちとゆっくり話してみたくてね」

 

提督の方も、瑞雲柄に染められた越後木綿の着流しを着用している。

本間の畳の上には、業務用の鉄板焼きテーブルもセット済みだ。

 

もんじゃ焼きは東京下町を中心とした関東のローカルフードで、ゆるく水溶きしたドロドロの小麦粉生地に直接ソースなどの調味料を加え、鉄板で糊状に焼いて食べる。

 

焼くときにタネで文字を書いて遊んだことから「文字(もんじ)焼き」と呼ばれ、それが「もんじゃ」に転じたという説があるが、提督が子供の頃には近所の駄菓子屋にも鉄板があり、学校帰りにもんじゃで絵を描いたりして遊んだ思い出がある。

 

緊張している浜波をテーブルの向かいに座らせ、能代と自分にはビール、駆逐艦娘たちにはサイダーの瓶を配った。

みんながコップに飲み物を注いだところで、まずは軽く乾杯。

 

「まずは、オーソドックスに焼こうか」

 

たっぷり粗みじんに刻んだキャベツに、桜えび、揚げ玉。

ゆるく溶いた小麦粉には、だし汁とユニオンソース(ペンギン印の栃木県のソースメーカー)で薄く味付けをしている。

 

「はーいっ! あたし焼きたいっ!」

 

すでに、もんじゃを何回も経験している島風が手をあげるので、任せることにした。

 

まずは具だけを鉄板に広げ、その上に生地を少しずつ注ぎ込むのだが……そこは島風、全部の生地を一気に流し込んだ。

提督も溢れて急に周囲に広がった分をヘラで押し戻して手伝いながら、生地がブクブクと泡立ってくるのを待つ。

 

「うー、まだかな?」

 

落ち着きのない島風をなだめながら、ビールをチビリ。

生地が泡だってきたら、かつお節と青のりをかけ、中央に押し戻しながらまとめていく。

 

「よーし、もう食べられるよ」

 

島風は提督の言葉が終わらないうちに、小さなヘラでもんじゃをこそぎ取り、鉄板にジューッと押し付けて焦げを作ったらそのまま口へ。

 

「あづっ!」

 

島風は冷まさなかったので熱いのも当然であるが、鉄板から直接、各自のへらですくって食べるのが下町流。

観光地化した月島あたりのもんじゃ屋はいざ知らず、取り皿にちまちま取り分けるなんて、水臭いことはここではなしだ。

 

鉄板を囲み、わいわい騒げば少しは浜波の殻も破れるんじゃないか、というのが提督の作戦だ。

 

ちなみに、今日のメンバー。

藤波は同じ第三十二駆逐隊の同僚。

能代はその第三十二駆逐隊を指揮した、二水戦旗艦。

島風は藤波と能代の喪失後、二水戦旗艦を引き継いで浜波とともに戦った縁がある。

 

「こうやって鉄板にこびりついてる膜も、へらでこそぎ落として集めて食べるんだよ」

「は……はい……こう?」

 

そういう配慮に気付いているからか、浜波の方も提督が話しかけるたび、どもりはするが何とか会話を続けようと努力してくれる。

 

もんじゃを食べ終わったら、いったんイカ、エビ、ホタテ、タマネギ、ナス、ジャガイモをバターで焼く。

 

ビールが無くなったので藤波に冷蔵庫からとってくれるよう頼むと、藤波もビールを飲みたいと言い出した。

ついでに浜波にもすすめてみると……。

 

「す、少し……ならっ。…はい」

「はーい、あたしもー!」

 

というわけで、全員ビールに。

鉄板焼きには、やっぱりビールでしょ。

 

続くもんじゃ第二弾は、もちと明太子にチーズを入れて。

第三弾は、ウィンナーとベビースターを入れてカレー粉をふり、ジャンクな味で楽しむ。

もんじゃ焼きは、お好み焼きと違って腹にたまりにくいので、じゃんじゃんいける。

 

 

「次は黒毛和牛を焼いちゃうもんね」

 

牛脂をひいて上等の牛肉を焼き、上手に切り分けていく提督を、浜波も頼もしそうに見るようになってくれた。

 

「あ……あの、っ…司令……ど、どうぞ」

 

ビールから下町の名脇役「キンミヤ焼酎」のレモンサワーに代わった提督のため、浜波がたどたどしくグラスに氷を入れてくれる。

 

「このレモンサワーはね、鳳翔さんが生レモンを絞ってブレンドしてくれてるんだ。すごく爽やかで飲みやすいよ」

 

「んっ、これ美味し…っ!」

「はわぁ~っ♪」

「うっまーい!」

「はい……美味し…ぃです」

 

とろけるような牛肉を口に入れ、笑顔を見せる艦娘たちに提督は目を細める。

浜波とも、たわいもない話の最中に、なごやかな視線を交し合えるようにもなった。

 

さあて、〆はオーソドックスなタコ足に、余った具材やトッピングを全部加えたミックスもんじゃにしようか。

 

次の焼き物のため、ほろ酔いのまま鉄板を掃除しながら……。

確かな家族の絆が生まれていくのを感じ、提督は幸せだった。



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サミュエル・B・ロバーツとチリ・コン・カルネ

朝からどんよりした鈍色の雲の下に、シトシトと冷たい雨が降っていた。

さらに吹き寄せる北風が肌を指す。

 

春だというのに……。

こんな日には勤労意欲が全く湧かない。

 

そこで、ほっぽちゃんや港湾棲姫などに聞き込みしたところ、深海側でも当分大きな作戦の予定はないとのこと。

 

「なら、今日は休戦!」

 

提督の一声で、この鎮守府に関する限り、全ての出撃や遠征は中止になった。

 

暖房を焚いた艦娘寮では、温泉上がりの艦娘や深海棲艦たちが浴衣姿でくつろぎ、和気藹々と半休日を楽しんでいた。

 

提督もまた休憩室で、浴衣姿も艶やかな陸奥の膝枕に頭をのせて寝そべっていた。

 

休憩室は艦娘たちがくつろぐための五十畳の和室で、コタツがいくつも出ており、茶と菓子はもちろん、漫画や雑誌、将棋やトランプなどのゲーム(ただし非電源に限る)まで用意してある。

 

奥には鳳翔さんの居酒屋につながる厨房もあり、それなりの酒食も用意できる。

提督の前に出された御膳には、湯豆腐と日本酒の小瓶が並んでいた。

 

間宮謹製の絹ごし冷奴を、上等な昆布をひいた小鍋で軽く茹でた、深奥な旨味の湯豆腐。

合わせる酒は、淡雪のように優しく柔らかな、島根県の銘酒「十(じゅうじ) 旭日」。

 

目の前のコタツでは、新しく鎮守府に加わったばかりのアメリカ駆逐艦娘、サミュエル・B・ロバーツ(長すぎるので、以下は愛称のサム)が、大和、金剛、鳥海、利根、羽黒、能代、おまけの清霜を前にして、身ぶり手ぶりを交えて自身のサマール沖海戦での奮戦を語っている。

 

隣のコタツでは、サマール沖海戦を思い出して涙目になっている、ガンビア・ベイと護衛棲水姫(いつの間にか復活して、鎮守府にも遊びに来るようになった)を、改装されて空母の気持ちが分かるようになった鈴谷と熊野が慰めていた。

 

ブリキ艦と称されるほど貧弱な護衛駆逐艦の身でありながら、栗田艦隊の自分より大きくて強い艦たちを相手に、タフィ3の護衛空母群を守り抜いた(ガンビア・ベイは沈没したけど……)サムの頑張りは素晴らしい。

 

「ねえねえ、あたしもサムみたいに、戦艦になれるっ!?」

 

サムの“戦艦の如く戦った駆逐艦”という異名に、戦艦になりたい清霜は何か感じるものがあったらしい。

しつこく戦艦になる方法を尋ねている。

 

(よかったね~、さっそく友達が出来て)

 

と、微笑ましい光景に提督がもとから細い目をさらに細めていたら……。

 

「ちょっと、ごめんね」

 

陸奥がカレーを作っている長門に手伝いに呼ばれ、立ち上がって行ってしまった。

ごとん、と畳に頭を落とされても、そのまま目を細めている提督。

 

「なに? 寂しいの? OK! 私、相手してあげる!」

 

放置されている提督に気付いて、優しいサムがコタツを出てすぐに駆け寄ってくるが……。

 

「あぁぁーっ!!」

「うわぁあああっ!」

 

【教訓】 服に貼りついた湯豆腐は、とても熱い。

 

 

最近、艦娘たちの増員に対応して、大幅に増築された艦娘寮。

新館に新たな部屋をいくつも増やし、別館の大食堂と大広間もスケールアップして250人収容可能となった。

 

その工事の一環として、バブル期にこの温泉旅館を買った東京の会社によって地下に増設されていた中浴場にも手が入った。

どこにでもある現代的な浴場で、ジェットバスやサウナといった付帯設備が目当ての艦娘ぐらいしか利用しなかったのだが……。

 

小奇麗なだけのモダンタイルを引きはがし、下町銭湯風の内装に改造した。

もちろん湯船の上の壁面には、富士山がタイル絵で描かれている。

桶や椅子も、黄色のケ○リンにしてやったもんね。

 

この新しい中浴場に関しては、アイデア出しの段階から色々関わったこともあり、提督はダダをこねて混浴OKを認めさせていた。

 

「セントー…裸のつきあい……ふぁっ!? …No problemですっ!」

 

というわけで、湯豆腐をかぶってしまったので、サムを連れてお風呂にやってきた提督。

湯豆腐の汁に濡れて気持ちの悪い浴衣を脱ぎ捨て、掛け湯の作法をサムに教えて、一緒に広い湯船に手足を伸ばすと心地よかったが……。

 

「提督、くっつきすぎよ」

 

提督が“不適切”なことをしでかさないようにと、大和の命令で矢矧と磯風が追跡してきている。

 

「…No, no problem!」

 

かつてのサマール沖海戦で重巡相手に獅子奮迅の戦いを見せたサムだが、ついに刀折れ矢尽き……そこに最期のとどめを刺したのが矢矧と磯風たち第十戦隊だ。

なので、サムも何だかソワソワ落ち着かず、矢矧と磯風から距離をとろうと逆に提督の方へと逃げてくる。

 

しかし、サムと磯風では、同じ駆逐艦でも圧倒的に排水量が違うというか何というか……軽巡の矢矧にも引けをとらない……。

 

「マジマジと見比べるな!」

 

その後も色々と矢矧と磯風に怒られたりイエローカードを出されたけど、楽しくお風呂に入り……。

 

「こうやって、足は肩幅に開いて目線は斜め45度、空いてる方の手はしっかり腰にあてる。ほら、軽巡棲鬼がやってるのを真似してごらん」

 

仕上げに、サムにフルーツ牛乳を奢ってあげ、由緒正しい銭湯での牛乳の飲み方を伝授しました。

 

 

湯豆腐をぶちまけたお詫びと、日本式の銭湯入浴法を教えてもらったお礼にと、サムがお返しに得意料理を作ってくれることになった。

 

休憩室に戻ってコタツに入って待っていると、食欲をそそる、スパイシーな香りが厨房から漂ってきた。

 

「さぁ、食べて! サム風特製Chili con carne! 召し上がれ!」

 

チリ・コン・カルネ。

日本ではチリ・ビーンズという名で呼ばれることもあるが、本来はスペイン語で「チリと肉(カルネ)」という意味で、豆(ビーン)は必ず入れるものではない。

特にサラの故郷、テキサス州ではチリ・コン・カルネに豆類を入れることはほとんどない。

 

今日作ってくれたのも、炒めた牛挽き肉に、タマネギとニンニク、トマトペースト、チリパウダーなどのスパイス、ハーブ類が入っているだけで、豆の姿は一切ない。

 

しかし、真っ赤で刺激的な香りを放つチリ・コン・カルネに、浴衣とコタツはすごく似合わないなあ……。

 

「飲み物はcoffeeで良い? えっ…beer?」

 

バドワイザーの小瓶をもらい、チリ・コン・カルネを口に運ぶ……。

 

きた!

早速、脳天にピリッときた。

 

額に汗がじんわりとにじむ。

あわててビールを飲んで口の中を中和するが、やはり辛い。

 

だが、辛美味い。

辛さが美味くて止まらない。

 

ついつい次のスプーンが出てしまう。

お風呂上りなのに、また汗だく決定だ。

 

矢矧と磯風、それに浦風、雪風、清霜も頬を上気させ、額に汗をかいている。

 

「ほう、美味しそうだな。だが、辛そうだ……」

 

覗き込んできた長門に、そんなに辛くないからと無理矢理に味見させる。

結果、長門も駆逐艦娘たち以上に赤面して、ダラダラと汗をかき始めた。

 

よーし、食べ終わったら、またみんなでお風呂に行こうか。



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漣とにんたま丼

梅雨に入りかけた今日この頃。

 

太陽が顔を見せた日には、鎮守府内には様々な音が交錯する。

 

明石の工廠で、新規の艤装を造っている建造音。

出撃や遠征に赴く艦隊の艤装を運び、あるいは畑へと向かう、軽トラックのエンジン音。

 

艦娘寮の増築に合わせて、様々な家具を作る電動工具の音。

新たな艦娘たちのために衣服や小物を縫う、ミシンの音。

 

雨露に濡れた庭を、小鳥たちが遊び回って囀る音。

 

そんな中……。

 

焼却炉が、すごい勢いで轟々と音を立てて燃えていた。

 

提督が、執務机の鍵付き引き出しに5年間隠し続けてきた写真集(誰の写真集かは秘密だが、プレミア価格で数万円で取り引きされるブツとだけ記しておこう)が、酒がないかと漁りに来たポーラと隼鷹に見つかってしまったのだ。

 

そして運が悪いことに、今日の秘書艦は榛名だった。

 

すぐに写真集を持って焼却炉へ向かおうとする榛名から、提督は何とか写真集を取り戻そうと力いっぱいに引っ張ってみたが……。

 

榛名は笑顔のままだが、そこは戦艦娘のパワーなので、もちろん写真集はビクとも動かない。

それどころか、ミシッと音を立てて榛名の指が、それなりの厚みのある上質紙の束に食い込んでいく。

 

「いや、榛名さん。これは……そう、芸術的なもので……」

 

榛名が、言い訳する提督相手に不思議そうにキョトンと首を傾げ、左手を顔の前へと掲げた。

その左手の薬指にはケッコン指輪が光っている訳で……。

 

艦娘や深海棲艦、二次元が相手であれば、提督がどんな浮気をしても大して気にしないここの艦娘たちだが、相手が生身の人間となると途端に嫉妬の炎をメラメラと燃やす。

 

食堂でテレビの天気予報を見ていて、お天気お姉さんを「可愛いね~」と提督が褒めただけで、食堂中から殺気のこもった視線が飛んでくるぐらいだ。

 

「金剛お姉様ー、大和さーん!」

 

榛名が仲間を呼ぼうとするにいたり、ついに提督も諦めて写真集から手を放した。

 

かくして、サラセン人の都市を焼き払う十字軍の将軍のような清々しい笑みを浮かべ、ガソリンをぶち込んだ焼却炉の前に立つ榛名の姿が見られたのだった。

 

 

「おお、ていとく! しんでしまうとは なさけない…」

 

休憩室でボケーッと体育座りで放心していた提督に、漣がイラッとする表情で話しかけてきた。

 

プイッと横を向く提督の背中に、漣が抱きついて小さな胸を押し当ててくる。

 

「旦那……あの写真集の画像データなら、あちきのUSBメモリに入ってますぜ?」

 

そっと耳元でささやく漣。

 

みなまで聞く必要もなく、提督は第七駆逐隊のために何か美味しいものを作ろうと、急いで厨房に向かうのだった。

 

 

四国は徳島県の鳴戸鎮守府。

 

旗印は、菱形を三つ縦に重ね合せた塔のようなマークの下に、中抜きの菱形が波状に五つ並んだ、三階菱に五つ釘抜。

ともすれば、戦国の覇者になっていたかもしれない、三好家の家紋だ。

 

鳴戸鎮守府は、もとは同県駐屯の自衛隊幹部だったという、俳優の故・夏八木勲さん似の渋い中佐提督と、料理上手な愛妻、愛猫2匹の他に、駆逐艦娘が3人だけの、こじんまりとした近海警備専門の鎮守府だ。

 

海岸から数Km引っ込んだ吉野川流域に民家同然の鎮守府を構え、近隣の引退農家の田畑を買い取って、ここの提督でさえ羨むような完全自給自足&アウトドア生活(愛車は三菱のパジェロ)を送っている。

 

それはともかく……。

 

その鳴戸鎮守府からもらった、徳島名産の春ニンジン。

トンネルと呼ばれる大型だが背の低いビニールハウスの中で大事に越冬栽培された、柿のように甘くて柔らかい逸品。

 

これをたっぷりと短冊切りにして、豚肉のこま切れとピーマンとともにゴマ油で炒めて、塩こしょうして味を調え、卵を落とし込んでしばらく蒸らしてご飯にのせ、最後にちょこっと醤油を垂らせば……。

 

提督特製「にんたま丼」の出来上がりだ。

ニンジンと卵でにんたま……安直なネーミングではあるが、ニンジンさえ良いものを使っていれば絶品の味になる。

 

サミュエル・B・ロバーツに丼のご飯を用意してもらったが、天龍などの教育がいいのか、ふっくらと綺麗にご飯を盛ってきてくれた。

 

ここの鎮守府では、TPOに合わせたご飯の盛り方、カレーの注ぎ方、肉ジャガの盛り付け方、この三つをマスターすることが、まず一人前の駆逐艦娘への道だと教えられる。

 

甘くて美味しい春ニンジンに半熟玉子焼きを絡め、炊きたてのふっくら熱々ご飯とともに頬張る喜び。

 

「うむ、苦しゅうない。これを進ぜよう」

 

にんたま丼に満足し、USBメモリをそっと提督に渡す提督。

喜んで立ち去る提督だが、この鎮守府の妖精さんたちはハイテク機器を壊してしまうので、USBメモリを開けるようなパソコンは一台もない。

 

「あれ……本当に中に写真集のデータが入ってるの?」

 

おずおずと尋ねる潮だが……。

 

「うんにゃ。著作物の無断複製は犯罪ですぞ」

 

当然とばかりに漣は首を横に振る。

 

「あんた、クソ提督にバレたらどうすんのよ?」

「提督、可哀想なんじゃ……」

 

「あのねえ、ボノたん、ボーロ。嫁が100人以上もいて毎日色々と搾り取られてる提督が、わざわざ外出してパソコンでアレを開く元気なんかあると思う? どうせずっと、引き出しにしまったまんまだよ」

 

「だったら、何でクソ提督はあんなに喜んでたのよ?」

「要は、思い入れのある品は手元に“持ってる”ことがオタクにとっては大事なのだよ。ま、非オタにこの気持ちは分からないだろうけどねえ」

 

納得いかない表情の潮、曙、朧を無視し、漣はズズズーッと食後のお茶をすするのだった。

 

今日もここの鎮守府は平和です。



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扶桑と山城と真鯛の塩焼き

もとが温泉旅館だったこの鎮守府の艦娘寮には、四季折々の景色が広がる見事な日本庭園がある。

今の時期は、新緑の中に燃えるように咲くつつじ、大輪の豪華な花を咲かせた牡丹(ぼたん)、幻想的で可憐な石楠花(しゃくなげ)などが庭園を彩っている。

 

ただし、この美しさは自然が勝手に生み出したものではない。

 

鎮守府の恩人の一人であり、今は亡き庭師の親方・徳さんから教わったことを守り、提督と艦娘たちみんなで愛情込めて手入れを続けているのだ。

 

さて、その徳さんの孫娘の沙希ちゃん(28歳、看護師さん)が今度、結婚することになった。

 

これは鎮守府としても、何かお祝いしなくてはならない。

 

そこで、結納の日に尾頭付きの鯛を贈ることにしたのだった。

 

 

雄大な桜島を背にした波静かな錦江湾(きんこうわん)

 

良型の大型真鯛が釣れるというスポットで、扶桑、山城、最上、時雨の4人が釣り糸を垂れていた。

 

「あの、今日は演習の予定ありましたっけ?」

 

通りがかった「丸に十文字」の紋をつけた指宿(いぶすき)鎮守府の艦娘たちが、不思議そうに尋ねてくるが……。

 

「お構いなく。ただ釣りをしに来ただけです」

 

素っ気なく答え、鯛ラバの仕掛けを海へと投げる山城。

 

鯛ラバとは、ラバージグという種類の疑似餌を使った釣り方だ。

 

ヘッドと呼ばれる波動を起こす特殊なオモリとフック(針)に、スカートとネクタイと呼ばれる波に揺れる細いゴムやシリコンのひもと短冊が付いたラバージグは、海の中でユラユラとイワシ、エビ、タコ、イカなどの小型生物のようなナチュラルな動きをして、鯛の注目を誘う。

 

このラバージグの選択が難しく、またそこに頭を悩ませるのが楽しい。

 

山城が使っているのは、玄界灘の釣り船「セブン」の船長が開発した、遊動式ラバージグの「セブンスライド キミドリ」。

 

オモリ、フック、スカート、ネクタイが分離可能なそれぞれ別の部品で構成されているのが遊動式で、フックに掛かった真鯛が逃げようと激しく暴れても、ヘッド部分が分離して動くため、ヘッドの重みによる遠心力でフックが外れてしまうという問題が少ないのが特徴だ。

 

また、状況に応じてスカート、ネクタイの形状や色のチェンジもしやすい。

「カラーを変えたら釣れたは単なるオカルト」と言う人(加賀など)もいるが、短気な山城は頻繁にカラーを変えていくタイプなので、遊動式がお気に入りだ。

 

 

一方、扶桑が使っているのは、大手釣り具メーカー・シマノの固定式ラバージグ「炎月 神楽 ケイコウオレンジ」。

 

名前のとおり、ヘッド、フック、スカート、ネクタイが一体型になっているのが固定式だ。

遊動式に比べてバレやすいというデメリットはあるが、遊動式で発生するヘッドの摩擦によるライン切れの心配や、海底での根掛かり等のトラブルが少ない、安定感のある仕掛けだ。

 

扶桑は自分の不幸さをわきまえているので、しょっちゅうライン切れや根掛かりする(あくまでも扶桑の主観です)遊動式は好まないのだ(その隣でよく、ライン切れや根掛かりした山城が「不幸だわ……」と呟いているという事実はあるが……)。

 

 

そして、最上はシーフロアコントロールという会社の「アンモナイト」というラバージグを使用し、「攻め鯛ラバ」というアグレッシブな釣りに挑んでいる。

 

側面にエグレが入ったヘッドによってイレギュラーな動きを生み出して真鯛へのアピール力を高め、(従来の常識である、引きがあっても完全に掛かるまで待つのではなく)引きがあれば即座に合わせて、特許取得の専用フックにより必ず掛けるという、新スタイルの鯛ラバ釣りだ。

スカートを廃し、狭い幅のネクタイのみで真鯛を誘うのも特徴の一つ。

 

このようにスタイルの差がある上、ヘッドの重さや形状によっても、沈下と反応の速度や、スカートやネクタイを動かす波動も異なる。

さらに、そのスカートとネクタイの形状や色をどうするか、糸のラインをどのように構築するか、どんな糸を使うか、どんな竿を使うか、リールは……選択肢の幅が物凄く広い。

 

それだけに、自身が選んだ仕掛けで良型の真鯛を釣り上げた時の快感は、他には代えがたいものがある!

 

 

ですが、結論から言うと……。

 

少し離れた場所で伝統的なコマセ釣り(コマセという冷凍オキアミ、イワシやサンマのミンチなどの寄せ餌を播いて対象魚を引き寄せ、そのコマセの中に隠した針付きの餌を喰わせるスタンドードな釣り方)をしていた時雨が、当日一番の大型真鯛を釣り上げましたとさ。

 

 

鎮守府に帰ってきた4人と一緒に、大樽の露天風呂に入った提督。

 

「結果的に良い真鯛を沙希ちゃんに届けられたんだし。何よりも尊いのは、みんなの沙希ちゃんを祝ってあげようとした心と努力だよ」

 

そう言って、落ち込んでいる扶桑と山城の背中を流してあげた。

最上は大型サイズの真鯛こそ逃したが、全体の釣果数ではナンバー1だったので機嫌がよく、提督の背中を流してくれた。

 

風呂上りには、間宮に頼んでおいた鹿児島名物の「つけ揚げ」でビールを。

 

さつま揚げの名前で全国に知られているが、新鮮なイワシやトビウオ、春ニンジン、春ゴボウを使って丁寧に作ると、また格別な味になる。

 

続けて、山城が外道としてフックに引っかけた、アオリイカの刺身をいただく。

身が厚いのに軟らかく、旨みと甘味がいっぱいだ。

 

「こんな美味しいものを引っかけられたんだから、山城はついてるよ」

 

提督の言葉に、ビールでほんのり頬を染めた山城が、ポスンと提督の肩にもたれかかってくる。

 

箸休めには、桜島大根の粕漬け。

釣りの途中に、指宿鎮守府からタッパで差し入れられたもので、サクサクした食感と甘味に富んだ、クセになる味だ。

 

続いての料理は「こが焼き」。

カステラのような外観で、甘さが口いっぱいに広がるお菓子系の味だが、魚のすり身と豆腐を入れた卵焼きだ。

 

そろそろビールにも飽き、日本酒を飲み始めたところで……。

 

鯛の塩焼き、もちろん尾頭付き。

 

本日、扶桑が釣り上げた、50cmサイズの良型だ。

時雨の特大サイズの釣果がなかったら、これを贈り物にしても恥ずかしくはなかった。

 

「うふふ……時雨のおかげで、私の釣った鯛を提督に食べていただけますね。はい、あーん♪」

「そうだねえ。僕も嬉しい……よ、っ」

 

扶桑に身がほろりとほぐれる旨味の強い鯛を食べさせてもらって相好を崩しながら、時雨にお尻をつねられる提督なのでした。



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春の主計科任務、開始です!

現在(2018.05)進行中のミニイベントのお話です。
今回は特に独自設定と深海との馴れ合いが多めです。


まるで夏のような陽気の中、提督たちは汗をかきかき、田植えの準備に勤しんでいた。

 

すでに田起こしを終えて肥料を入れた田んぼに水を張り、土を砕いて均等にならしていく、代掻き(しろかき)という作業だ。

 

今年は新たに、山裾の傾斜地に棚田を8枚開いたので、ロータリーの入れない棚田では、大和と戦艦棲姫が、馬鍬(まぐわ)を押して戦艦パワーで田んぼを掻いている。

 

この陽気に、溜め池から引いた水も幾分ぬるんでいる。

小さい艦娘たちやほっぽちゃん、潜水新棲姫が、喜んで裸足で田んぼを駆け回っていた。

 

妙高と那智は、重巡棲姫にレンタルしてきたロータリーの操作方法を教えている

 

もちろん、みんな体操着や、エンジに白線が入ったジャージ姿だ(一部瑞雲modeの子たちもいるが)。

 

瑞鶴が空母棲姫と空母水鬼にカエルの卵を見せて驚かせていたり。

那珂ちゃんとのお尻相撲に負けて泥んこになった軽巡棲鬼に、軽巡棲姫がホースで水をかけてあげていたり。

 

武蔵と南方棲戦鬼が畑からアスパラガスを収穫してきて、それを鳳翔さんの指示で港湾棲姫と港湾水姫が、大釜で塩茹でにしていたりと、平和な光景が広がっている。

 

 

赤城と加賀は、昼食のおにぎりの準備中。

 

ふっくらと炊きあげた新潟県産こしひこりに、たっぷりの日の光を浴びて完熟した紀州南高梅の梅干しを包み、備長炭の炭火でパリッと焼き上げた海苔で巻く。

 

いい食材で丁寧に作った握り飯は……美味しい!

まさに、日本人に生まれて良かったという、魂に染み渡る味だ。

 

日向と最上、三隈は瑞雲力を駆使して、近隣の山から山菜を採ってきた。

うど、ふき、わらび、たらの芽、こごみ、大地の息吹を感じる春の恵み。

それを一生懸命、鈴谷と熊野、ネ級が天ぷらにしている。

 

長良型姉妹が早朝に裏山の竹林で掘ってきた筍は、鎮守府で養殖したワカメとともに、自家製味噌で味噌汁にする。

 

瑞鳳が離島棲姫とリコリス棲姫に玉子焼きの作り方を伝授していて、甘い匂いも漂ってくる。

 

平和で微笑ましいが……。

 

レイテでの戦いが終わってから、どうも敵味方ともに気が抜けて、緊張感に欠けまくっている気がする(平常運転と言う説もあるが)。

 

そこで提督、考えました。

久しぶりに鎮守府に遊びに来ていた中枢棲姫様と、長門、陸奥、大淀、明石に相談して、深海勢とのミニイベントを立案したのだった。

 

 

「今日はみんなに、ちょっと殺し合いをして貰います」

 

みんながおにぎりを頬張っている時に突然、提督が拡声器を使って宣言した。

 

バト○・ロワイヤルなんて昔のサブカル作品、知らない艦娘と深海棲艦たちがポカーンとする中、漣と集積地棲姫が即座に「どうしてみんな、簡単に殺し合うんだよー!」と藤原○也のマネをしたので、意味が分からないでいる周囲にさらに動揺が広がる。

 

「提督、ハウス!」

 

陸奥の一喝で、面倒くさい提督は一発退場処分。

 

代わって長門が、深海勢力との戦闘訓練を行うことになったと説明する。

 

そして大淀が、訓練の内容を発表した。

 

「深海棲艦通商破壊部隊によって、我が後方補給兵站が急襲され、大切な兵站物資が強奪された! 特に主計科の補給倉庫が軒並み強襲されたことは、艦娘そして艦隊戦力の死活問題……直ちに特務捜索艦隊を編成! 強奪された補給物資回収にあたれ! 各海域の強奪された【食材】を回収せよ!」

 

ハッとした表情で立ち上がる赤城を、加賀が「赤城さん、訓練の設定ですから落ち着いて」となだめる。

 

しかし、次に拡声器を握った明石から……。

 

「えーと、工廠で新規に開発した、内部の【食材】の劣化を防ぐ特殊な補給木箱の中に、マジで鎮守府の糧食を詰めて深海側に渡しちゃいます! 回収できないと食糧事情が本当に悪くなるので、みなさん心して戦闘訓練に挑んで下さいねー!」

 

思わず真顔で立ち上がった加賀が、「這回の役 資源全滅すとも恨みなし」と、日露戦争を前にした秋山好古のような決意で宣言する。

 

「それから、回収した食材で作った料理を工廠に差し入れてくれたら、ちょっと嬉しい新装備のプレゼントがあるかもしれませんよー」

「ねえねえ、サブ島は? サブ島には行くの?」

「まずは順当に、ほっぽの所から攻めるか」

「摩耶、クルナッ♪」

 

かくして、過去最大規模(当鎮守府比)の春の大戦が始まるのであった。

 

 

 

余談ですが……。

 

翌朝、提督の自室で深海鶴棲姫が寝ていたのを、提督を起こしにきた瑞鶴が発見し、ちょっとした騒動になったとさ。



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名取の味噌ラーメン

人間は、他の動物と同様に、
「食べなくては、生きていけない……」
ようにできている。

私どもが食物に対して、なみなみならぬ関心をしめさざるを得ないのは当然だろう。

                 池波正太郎『散歩のとき何か食べたくなって』より


「第百一戦隊、大東! 出撃だぁ! ついてきなぁーっ!」

「わーい♪」

「こらー、待つかも! 旗艦はあたしかもー!」

「3人とも、埠頭で走るんじゃないわよっ!」

 

元気よく海に向かって駆ける大東とリベッチオを、慌てた秋津洲が追いかけ、それを五十鈴が叱る。

 

手を振って見送る提督の横には、グアノ環礁沖から帰還した神通が木箱を抱えて控えている。

 

さて、中身を拝見……。

 

提督がおそるおそる木箱を開け……ガックリ膝をつく。

 

「知ってたし」

 

中身はもちろん、お米だった。

 

 

鎮守府は現在、ミニイベントの真っ最中。

 

提督としては、各地の姫クラスが守る(強奪されたという設定の)食材を奪還しつつ、最終的には敵本拠地である【深海中枢泊地】に乗り込んでいく的なノリを想定していたのだが……。

 

あろうことか中枢棲姫、渡した食材を500個の補給木箱に詰め、北はアルフォンシーノ方面から南はサーモン海域、東はKW環礁から西はカスガダマまで、広大な海域に散らばる深海艦隊にバラまいてくれた。

 

「世界中ニ散ラバッタ宝ヲ探スゲームダト聞イタ。サスガニ私ノ管轄デナイ、欧州ニハ送レナカッタ……」

 

残念そうに中枢棲姫が、夕張から見せられたドラゴンボールの単行本を開く。

確かに、ドラゴンボールがビューンと散らばるシーンだけど、それは7つだから!

 

「私はこう、リランカ島とかほっぽちゃんの基地に、高く積み上げるイメージで木箱をたくさん作っただけですよぉ」

「ドラゴンボール集めって例えが分かりやすいだろう、って言ったのは明石さんじゃない!」

 

恨みがましい目を向ける提督に、明石と夕張が企画意図が上手く伝わらなかった責任をなすりつけ合う。

 

かくして太平洋に散らばった500個の木箱を回収すべく、艦隊は西へ東へ。

息抜きのミニイベントのはずが、阿鼻叫喚の大規模作戦となってしまった。

 

 

そんな食材の中でも、稀少なものから先に回収したいのだが、米ばかり出る。

 

やたらと米ばかり出る。

 

とにかく米ばかり出る。

 

超大事なことなので三度書きました。

 

「保存が効くものを優先して渡しましたから、お米が全体の7~8割ですかねぇ。あっ、工廠特製の補給木箱は、2~3週間ぐらいは絶対に中の食材を劣化させませんから安心してください!」

 

明石の言葉に、提督は全然安心できない。

 

2~3週間以内に、全ての木箱を回収できる自信が全くないのだ。

 

稀少食材を優先回収しようにも、開けてみるまで中身は分からず、今回みたいに米ばっかりだし……。

 

 

しかし、艦娘たちの反応は違う。

 

「わーい、お米だー!」

「ハラショー!」

「明日はご飯が食べられそうなのです」

「司令官、やったじゃない!」

「Gut! 私は親子丼が食べたいわ!」

 

食糧庫の米を全て放出してしまったため、しばらくパンやパスタ、ラーメンの食事ばかりが続いていた(鳳翔さんと間宮には「食べ物で遊ぶんじゃありません!」と物凄く怒られ、代替のお米購入は否決された)。

 

美味しい和食に慣れきった、ここの艦娘たち(日本の艦娘かどうかは問わず)にとって、お米のご飯がない食生活は辛かっただろう。

 

提督も気持ちを切り替え、お米の入った木箱を大切に抱えて大食堂へと向かった。

 

 

今日までにそれなりの量のお米を回収できたのに免じて、明日からご飯メニューを復活させるという、間宮のお許しが出た(提督がコメツキバッタのように頭を下げまくったおかげもある)。

 

艦娘たちが大喜びし、青葉がそんな喜びの声を「ども、恐縮です」と取材して回っているが……。

 

明日は明日。

まずは今日の食事も楽しまねば。

 

提督が昼食として注文したのは、名取が作った「味噌ラーメン」。

 

本当に素っ気なく、メニュー表にただ「味噌ラーメン」とだけ几帳面な字で書いてあるが……。

 

提督は、名取のラーメン技術に一目も二目も置いているし、一昨日に出撃を頼もうとしたら、「ご、ごめんなさい……明後日の食堂当番があるので、できれば……他の子に……」と言って断られたばかりだ。

 

名取が、ゲンコツと豚足と鶏ガラを下処理から始めて一昼夜煮込み続け、大量のチャーシューを仕込み、寝不足の中で手打ち麺の仕込みを行っていたのを、提督は知っている(提督たるもの、艦娘の努力は陰日向なく見届けねばならない)。

 

そして、期待を全く裏切らない一杯が着丼した。

 

上から、一味唐辛子をかけた白髪ねぎ、迫力ある分厚い炙りチャーシューと二つに割った半熟卵、ニラともやしと刻み玉ネギ、これらの具材が迫力ある山を為している。

 

その下には、仙台の赤味噌と長野の白味噌をブレンドして熟成させた味噌ダレが、長時間煮込まれた動物ダシのスープ、おまけに背脂と刻みニンニクと渾然一体となって、凶暴なまでに食欲をそそるドロドロの茶色い海が広がっている。

 

さらに、その海に潜っているのは……。

 

まずはニンニクの香る極濃スープをレンゲですすり、背脂の甘みと味噌の風味、旨みとコク、塩気の絶妙なバランスを確かめ……箸を具材の中に突き入れて、太いちぢれ麺をほじくり出す。

 

たっぷりとドロドロスープを麺にからませて、わざとらしく白髪ねぎを巻き込んだまま口へと運べば……。

 

これだよ!

 

さっき、すでに完成していたと思ったスープが、太麺のモチモチした食感としっかりした小麦粉の香り、唐辛子の辛さをまとった白髪ねぎを正面から受け止めて、さらなるハーモニーを紡ぎ出す。

 

そして、これだけ濃厚ドロドロの味噌ラーメンなのに、後味は驚くほどにあっさりとしてくどくなく、勝手に次の箸が動き出す。

 

「もし、私を倒せる者がいるとしたら……それは妹の名取かもしれない」

 

鎮守府最強のラーメンマスター・長良の台詞が甦る。

まさに、長良の超繊細な「塩ラーメン」とは真逆からのアプローチだが、甲乙つけがたい完成度だ。

 

「よしっ」

 

すぐに汗が吹き出してきた。

汗っかきの提督は白い第二種軍装を脱ぎ捨てて、シャツのボタンを外していく。

 

今はとにかく、このラーメンに正面から向き合おう。

 

食材の回収数とか、残り資源とかバケツのことなんて後で考えよう……ズルズルーッ。



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福江と春のお昼ご飯

おだやかに晴れわたった、春のうららかな日。

 

もとは温泉旅館だった艦娘寮の庭の奥、藁葺き(わらぶき)屋根の離れの茶室。

 

その縁側で、白細縞の小紋の着物を着た提督が日向ぼっこしながら、秘書艦の瑞穂に足の爪を切ってもらっていた。

 

縁側の先には土が香り立ち、(すみれ)や桜草、勿忘草(わすれなぐさ)、淡い白紫や鮮やかな青の花々が目を引く。

 

先頃まで庭を色とりどりに染めていたつつじは散り始め、そこかしこに黄色の彩りを添えていたタンポポも、今は大半が白い綿毛を飛ばしている。

 

次は菫が散り始め、紫陽花(あじさい)がつぼみを開いて、春が終わりゆくのを知らせるだろう。

 

茶室の周囲には、松、梅、桜、椿、桐、楢、欅、楓、八手など、高低様々な樹木も植えられており、今では桐の木が清らげな紫の花をつけている。

 

そんな四季の移り変わりを繊細に映す庭園を眺めながら、ふわあっと猫のようなあくびをする提督。

 

別に退屈なわけではない。

ここしばらく、鎮守府は食材集めのミニイベントで大忙しだったが、それもようやく一段落。

 

膨大な資源と高速修復材(バケツ)を消費したものの、食材をあらかた回収し終わり(回収する端から「腹が減っては戦になりません。ね、加賀さん?」とか言う艦娘たちにどんどん食い尽くされていったが……)、提督も久しぶりにのんびりした休日を送っていた。

 

ちなみに、ほとんど空になった備蓄倉庫は、田植えを待つ稲苗や、芽吹いたばかりの野菜の種を大切に納めておく、育苗庫(いくびょうこ)として有効活用されている。

 

「はい、お疲れ様でした。お茶を淹れますね」

 

提督の足の爪を切り終えた瑞穂が、太ももに置かれていた提督の足をそっと縁側の床に置き、水屋へと向かう。

 

茶室に備えられる水屋は本来、お茶のための水を汲んだり、茶道具を洗うためだけの場所だが、宿泊を前提としたこの離れの茶室には、台所といって差し支えない広さの水屋が備わっている。

とはいえ、機能的には薪で炊く竈が二つと、石造りの流し台と水瓶があるだけだ。

 

薄暗い水屋の中で、竈に薪をくべる着物姿の瑞穂が火に照らされ、実に絵になる。

 

提督も卓袱(ちゃぶ)台に向かったが……。

 

「司令、来たぞ!」

「ぼっ!」

 

縁側から急に声をかけられ、卓袱台の足に、自分の足の小指をぶつけた提督が奇声を上げる。

 

「司令、どうかしたか!?」

 

慌てて茶室に上がってきたのは、花浅葱(はなあさぎ)の鮮やかな青髪を、右に小さく結わいた年少の艦娘だった。

 

今回のミニイベントの出撃中に拾った建造資材から、偶然にも顕現させるのに成功した、海防艦娘の福江(ふかえ)だ。

 

福江に心配ないと手を振りながらも、畳の上で涙目で身悶える提督。

 

今日はこれから、艦娘としての心得とか話そうと思っていたのに……。

艦娘たちの範となるべき提督が「卓袱台に足の小指をぶつけて大破した」とか、さすがに情けなさ過ぎる。

 

そんな間抜けな提督をよそに、湾の潮騒や海鳥たちの鳴き声に負けじと、庭の木々を行き交う小鳥たちが賑やかに歌っていた。

 

 

「お昼でも食べていきなさい」

 

ようやく痛みから立ち直った提督だが、あまりの気まずさに間が持たず、福江にそう告げると水屋に立った。

 

ミニイベントで回収した米を丁寧に研いで、(ざる)に入れてしばらく置く。

 

その間に、たらの芽を茹でてアクを抜き、胡麻味噌和えを作っておく。

 

そして、竈に米を入れた羽釜をかけて、ご飯を炊く。

 

始めチョロチョロ、中パッパ、ジュウジュウ吹いたら火を引いて、赤子泣いても蓋とるな。

やがて、湯気から漂うご飯の良い匂いがしてくる。

 

同時に、目の前の湾で育ったコンブを土鍋にしき、間宮謹製の豆腐を茹でる。

このいたってシンプルな湯豆腐を、酒と醤油、みりん、酢のタレ、青ネギと削り節の薬味、そして粉山椒を振って食べるのが最近の提督のお好みだ。

 

最後に藁を一握り、羽釜をかけた竈に投げ入れて、パッと燃え立ちゃ出来上がり。

 

粒立ちよくキラキラ光るご飯をふんわりと茶碗によそって、福江の前に出す。

 

お米の甘みと豊かな風味、これぞ日本の心。

 

ホクホクしたたらの芽も、もうすぐ食べ納め。

また来春、その香りを味わえるのを楽しみに。

 

大豆香る豆腐は、昆布の旨味と合わさってさらに濃密な味が楽しめる。

 

あとは梅干と海苔、それに鳳翔さんの漬け物があれば、他のおかずは不要。

 

質素だが、贅沢極まりない昼餉を、福江と瑞穂とともに囲む、豊かな時間。

 

障子を開け放した縁側から、心地よい風が吹いてくる。

 

食べ終わったら、お昼寝でもしようか。



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川内型と食堂の晩酌セット

朝、鎮守府の庁舎に向けて艦娘寮を出た提督と、今日の秘書艦である神通の前を、(つばめ)がかすめるように飛んだ。

 

燕が低く飛ぶのは、雨の兆しだ。

はたして提督が空を見上げると、西にどんよりとした鈍色の雲が見える。

 

「那珂と、ウミタナゴの一夜干しを作ってただろう? 早めに取り入れたほうがいいかも、って伝えておいて」

「はいは~い!」

 

提督が玄関に振り返り、那珂が率いる第四水雷戦隊所属の村雨(ジャージ姿)に告げると、ちょっと良い返事が返ってきた。

 

今年は例年より早く梅雨の季節が近づいてきている。

 

 

今日の艦隊業務は、遠征任務が中心。

 

陽炎と不知火が、新人のサミュエル・B・ロバーツを連れ、鎮守府担当海域にある深海領域へつながる門へとパトロールに向かう。

 

門には結界が張ってあり、はぐれ深海棲艦が通常海域に流出してくることは滅多にないのだが、そこはそれ……異常なしを常に確認し続けるのが安全管理の鉄則だ。

それに艦娘が海域をパトロールしている姿は、地元の漁師さん達の安心にもなる。

 

地域密着型のこの鎮守府にとって、一番大事な仕事だ。

 

朝風、春風、松風、旗風の第五駆逐隊は、外海での長距離練習航海へ。

よい練習報告書を本部に提出すると、ご褒美に高速修復材(バケツ)がもらえることがあるので、鎮守府にとって欠かせない重要な遠征任務になっている。

 

白露とジャーヴィス、占守(しむしゅ)国後(くなしり)は、根室海峡の警備行動。

これまた世のため人のためになる遠征任務だし、海峡突破を図る敵潜水艦を発見できたりすると高速修復材(バケツ)のご褒美があるので、提督も期待を込めて白露たちを送り出した。

 

遠征で高速修復材(バケツ)がもらえるような大成功を収めるには、艦娘たちのコンディションが良いことが不可欠だ。

 

提督もゴーヤたちオリョクル艦隊の出撃(すまぬすまぬ)を見送ると、神通に書類整理をお願いし、台所でおやつ作りを開始した。

 

メレンゲを丹念に泡立て、塩、砂糖、バニラエッセンスなどを加えて焼く。

 

焼いた生地で生クリームとイチゴ、ラズベリー、ブルーベリーを巻いて、「ムラング・ルーラード(メレンゲ・ロールケーキ)」を作るつもりだ。

 

「イギリスで美味しいものを食べたいのなら、朝食を一日三回食べよ」という、作家サンセット・モームの言葉は有名だが……。

 

「一日何回もティータイムをとれ」と言い換えてもいいぐらい、イギリス人の茶菓子にかける情熱はすごい(あっ、すでに、アーリーモーニングティー、ブレックファーストティー、モーニングティー、アフタヌーンティー、ハイティー、アフターディナーティー、ナイトキャップティーって一日何回もティータイムをとる習慣があるか……)。

 

オーブンからバニラの甘い香りが漂ってきた頃、まずは陽炎たちが帰ってきた。

報告書作成のために陽炎を残し、代わりに霞と霰を加えて、防空射撃演習へと向かわせる。

 

その後戻った第五駆逐隊も、朝風には報告書作成を命じ、代わりに神風を加えて二度目の長距離練習航海へ。

 

台所のテーブルで報告書を書く陽炎と朝風を背に、提督は焼きあがったメレンゲの生地をオーブンから取り出した。

 

文章に詰まり、ブツブツ言いながらエンピツで頭をかいていた陽炎と、唇にエンピツをのせて足をブラブラさせていた朝風が、パッと顔を輝かせる。

 

「味見、味見」とうるさい二人を無視して、荒熱をとるため濡れたナプキンの上に型を置く。

 

「一口だけでもっ、ケチー!」

 

さらに提督が生クリームを泡立て始めると、二人はガタガタと椅子を揺すって騒ぎ始めた。

 

「……っ!」

 

と、背後でピーピーガタガタとやかましかったのが、突然ピタリと止まる。

提督が振り向くと、予想通りに神通が台所に姿を現していた。

 

「いったい、何の騒ぎですか?」

 

陽炎と朝風は、報告書に覆いかぶさるような姿勢で下を向いて固まっている。

 

(自習の時間、騒いじゃって隣のクラスの先生が来たときみたいだな~)

 

提督は、のほほんとした微笑みを浮かべ、青春時代を思い出す。

 

結局、「ムラング・ルーラード」が完成し、全遠征部隊が帰還するまで、神通は陽炎と朝風の背後に無言で立ち続け……。

書き上がった二通の報告書には、ところどころに汗のシミが滲んでいた。

 

 

まだ薄日が残るうちから、提督は神通と大樽の露天風呂に入っていた。

 

あの後、おやつを食べていると、音もなく雨が降り始め、ザーッと激しい本降りになったかと思うと、一時間ほどで急に止んだ。

 

その後、晴れ間が顔をのぞかせたのだが、南風も吹き込んできて蒸し暑い午後となり、かなり汗をかいた。

 

出撃12回で敵輸送艦を3隻以上撃沈、遠征13回成功。

ある程度まとまった資源をもらえる目標を達成し、提督は17時きっかりで業務を終了させたのだ。

 

「ふぅ……っ」

 

神通がため息をついた。

 

湯けむりの中に浮かぶ、神通の白く細い肢体。

くっきりとした鎖骨のラインに浮かぶ、珠のような汗。

 

提督の心に思わず邪な気持ちがムクムクと芽生えてきて、神通にそっと手を伸ばしかけた瞬間……。

 

「やっほーい!」

「那珂ちゃん参上! でも残念、アイドルだから水着だけど……ポロリもあるよ♪」

 

全裸にタオル一枚でジャンプする川内と、紐ビキニを身に着けた那珂が露天風呂に乱入してきて、R-18タグの危機はギリギリ回避されたのだった。

 

 

もとが温泉旅館だった艦娘寮には、三段階のグレードの部屋がある。

 

その中で一番狭い、梅の間と呼ばれるグレードの、10畳の本間に2人掛けのテーブルが置ける広縁を備えただけの、シンプルな川内型三姉妹の部屋。

 

 

【挿絵表示】

 

 

提督は神通たちとともに、夕食をこの部屋でとることにした。

提督含め、四人ともが風呂上りの浴衣姿だ。

 

 

間宮の大食堂から晩酌セットの出前を運んできてくれた黒潮と雪風に、お礼にミナツネの「あんずボー」をあげる。

 

棒状のビニール袋に入った、あんずの果肉入りシロップを冷凍庫でシャーベット状に凍らせて食べる、関東定番の駄菓子だ(冷やさずにチュルチュル吸ってもいいが、常温だと脳天直撃の甘さが際立つ)。

 

提督たるもの、この手の子供心をくすぐる駄菓子を、いつでもサッと渡せるようにしておきたいものだ。

 

さて、間宮が作ってくれた晩酌セットのメニューは……。

 

すり潰した枝豆が入っているのだろう、緑がかった朧豆腐がガラスの小鉢に。

他には、蕪の浅漬け、きんぴらごぼう、マカロニサラダ、ニラ玉、そばつゆをかけた小海老のかき揚げ。

 

あくまでも甘味処兼食堂としての建前を崩さず、酒の肴はあまり作らない間宮だが、頼めば酒に合うつまみメニューだけを、まとめて出してもくれる。

ただし、それらは全て食堂で出すメニューの付け合せや、残りものの流用だ。

 

栓を開けたビールの大瓶と冷やしたグラスが人数分、そして「下町のナポレオン」こと、麦焼酎いいちこ(もちろん普通バージョン)の一升瓶と氷がついてくる。

 

提督のグラスにビールを注ぎながら……。

 

「うーん、鳳翔さんの居酒屋と差別化しようって意識を感じるよねー」

 

提督も思ってはいたが、口に出しにくいことを、川内がズバリと指摘した。

あえて聞こえなかったふりをして、乾杯してビールに口をつけただけで、すぐに箸をとる。

 

「おーいーしーいー!」

 

隣でミ○ター味っ子風の大袈裟な口調で那珂が叫ぶ(耳にキンキンくる)が、本当に美味しい。

 

まろやかながら濃厚な豆の旨味を主張する枝豆入り朧豆腐に、蓮根、人参、ごぼうへの包丁の入れ方が絶妙でまさにプロのきんぴらごぼう。

 

それらをつまみながら、ビールを飲み、いいちこを注ぎ……。

 

「サブ島沖の夜戦はさ、バルジで耐えるより、やっぱタービンの高速で切り抜けた方が……」

「駆逐隊の訓練メニューですけど、最近は雷撃がおろそかになっている気が……」

「畑の北の方のPH値なんだけど、少し酸性に偏ってない?」

 

何となく、仕事の話(?)を侃侃諤諤(かんかんがくがく)とするのが、間宮の晩酌セットには似合っている。

 

 

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この後は、鳳翔さんの居酒屋でしっぽり静かに飲むもよし、海外艦のバーに繰り出して騒ぐのもよし。

それとも、那珂ちゃんのウミタナゴの一夜干しで秘蔵の日本酒をクイッとやり、早めに電気を消して夜戦(意味深)突入するか……。

 

さあて、今夜はどうしようかな。




食材イベント、2つ目のカタパルトもらうのにてこずって更新遅れました。
どんどん出なくなっていく仕様は、社会人には(特に精神的に)辛かったです。
カタパルト3つ目は諦めたけど、あとは高級おにぎり1つ(ネジ3)追加で欲しいなぁ。

◎今回の部屋のイメージ図、「fire-cat」さんが作ってくださいました!感謝です!


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梅雨入りと間宮のおもてなし

春のイベントで食材を回収しつつも田植えを済ませ、衣替えを終えたこの鎮守府。

つい先日、この地方にも梅雨入り宣言が出された。

 

まだ雨は降り出していないが、曇り空が広がっている。

 

間宮と伊良湖は今のうちとばかりに、倉庫に仕舞い込むコタツ布団をフル回転で洗濯し、干しまくっている。

 

毎年、コタツを撤去しようとする大淀・叢雲ら管理派閥と、その他の艦娘たち(主に海外艦娘たち)との攻防があるが、今年の抵抗運動は一味違った。

 

「コタツ死守闘争、断固完遂!」

 

ガングートとタシュケントの部屋の抵抗は、昨年までのコタツにしがみついて駄々をこねるだけの、ビスマルクやイタリア、南方棲戦姫の抵抗とは迫力が違った。

 

新人の大東やサミュエル・B・ロバーツ、ガンビア・ベイ(巻き込まれて涙目)、おまけに集積地棲姫と潜水新棲姫、同志ちっこいのまで引き込み、自室の前にバリケードを張って、完全に立て篭もったのだ。

 

たまりかねた長門や叢雲、アイオワ(『世界の警察』の腕章付き)、戦艦水姫らが、強行突入を主張して提督に決済を求めたが……。

 

「うーん……まだ寒い日もあるからねぇ……。ガングートの言い分も分かるし、実力行使は認めないから、みんなで説得してごらん」

 

ぬくぬくとコタツに入りながら、他人事のように言う提督。

 

「提督よ! そんなことで、艦隊の秩序が保てると思うのか!」

「アンタ…っ、酸素魚雷を食らわせるわよ!?」

「RedやTerroristの要求を聞いちゃNo! If you give a mouse a cookie, he's gonna wanna glass of milk!」

「ヤクニタタヌ…イマイマシイ……テイトクメッ!!」

 

艦娘たち(+α)に更なる不満をぶつけられても、むしろ艦娘たちの動揺を愉しむかのように、素知らぬ顔でお茶をすすっていた提督だが……誰かに強引にコタツから引っ張り出された。

 

「では、提督? ガングートさんたちに、今コタツを撤去する理由を述べて、説得すればいいんですね?」

 

その意外な人物の言葉に、一瞬で顔面蒼白になり「アッ、ハイ」と頷く提督。

 

そして……。

 

ガングートたちの部屋を訪れた間宮。

 

その背後に、ゴオオオオオッと怒りのオーラが見えて、ガングートたちも (ll゚д゚ll) な顔になった。

 

「今のうちにコタツを仕舞わないで、長雨が降ってきたらどうするんです?」

「雨が降れば寒くなる日もある! それこそコタツが必要ではないか! これはプロレタリアートの当然の権利であって……」

 

震えながらも、間宮に反論するガングート。

 

「雨の日に、洗濯物が乾くと思いますか?」

「え、いや……それは別の話……」

 

「仕舞う前の大量のコタツ布団の洗濯は誰がするんですかねえ?」

「ごめんなさい!」

 

「それから日向さん、榛名さん! いつまで表の瑞雲や飛び降り台を飾っておくんですか!? 洗濯物を干すのに、邪魔なんですけど?」

「う、うむ。すぐに撤去する」

「はひっ!」

 

流れ弾が飛んできた日向と榛名も、慌てて瑞雲祭りを終わらせに駆け出した。

 

こうして、鎮守府のコタツ(及び瑞雲)の撤去は6月13日に断固として行われ、ガングートらは牛殺し(デコピン)の刑に処されたのだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

提督は、間宮と伊良湖の私室にお呼ばれした。

 

元温泉旅館の住み込みの従業員用の部屋なのだが、掃除が行き届いた清楚な六畳の和室とトイレだけを残し、後は全てが台所とその付帯設備に改修されている。

 

今日は食堂もお休みで、鳳翔さんの居酒屋や、艦娘たちが自発的に開く屋台などが鎮守府の胃袋を支えている。

 

とりあえず卓袱台の前の座布団に座ると、伊良湖がビールを出してくれた。

 

幻想上の生物を商標にした定番の瓶ビールと、グラスが程よく冷えている。

付き出しは手長海老の串焼きに粉山椒をふったもの。

 

香ばしく焼けた海老と粉山椒のピリッとした組み合わせが、ビールの苦味によく合う。

 

続けて、雲丹(うに)が入っているのだろう、オレンジがかった饅頭と、じゅんさいの入った椀物。

椀物に入っていた饅頭の中身はやはり雲丹で、チュルンとしたじゅんさいの爽やかさの裏で、豊かな磯の風味が口に広がる。

 

こうなると、日本酒が欲しくなる。

 

お燗を頼めば、秋田の「雪の茅舎(ぼうしゃ)」が出てきて文句のつけようがない。

 

マグロの中トロ、イサキ、イワシ、タコ、青柳(あおやぎ)のお刺身も美しく盛りつけられている。

 

青柳は正式名称を「バカ貝」と言い(もっと正確に言うと、関東で寿司ネタにする「舌」の部分だけを青柳と呼ぶのが正しいらしいが)、調理が難しくて腕の差が出やすく、クセもあって好き嫌いが分かれる貝だ。

 

青柳という名前は、江戸時代にバカ貝の集荷場だった、現在の千葉県市原市の青柳村からついたという。

そんな青柳の刺身がまた、ツルリとした食感と甘みがあって絶品だった。

 

この時期のイワシも脂がのって美味しいし、中トロも冷凍ものとはいえ、この鎮守府の仕入れの眼鏡にかなっただけあって、味がしっかりしている。

 

卓上のものを食べ尽くしかけ、ほんのりと良い心地に酔いが回ったところで……。

 

伊良湖が、続く料理を持ってきてくれた。

 

鶏と人参、椎茸、いんげんの煮物。

梅肉と大葉をキスで包み揚げた天ぷら。

 

「それでは……曙ちゃんと潮ちゃんと、屋台を回る約束をしているので。少し出てきますね」

 

エプロンを外して、伊良湖がそそくさと外出していく。

 

「はい、提督。どうぞ」

 

と、間宮がお酒の追加を持ってきて、お酌してくれる。

 

「うーん、コタツがないと、やっぱり少し寒いなぁ」

 

ちょっと恨みがましそうに言う提督に、間宮がそっと寄り添った。

 

「こうすれば……寒くないですよ?」

 

パラパラと、雨が窓を叩き始めた。

 

梅雨もいいものかもしれません。




春イベントで最後の最後で欲をかき、カタパルト3枚目入手のため寝不足の日々を過ごしましたが、駆け込みで何とかGETしました

それから挿絵用にMMDに手を出してみました
まだ使い方ほとんど飲み込めてませんが……

○お借りした素材
閑杉さま「間宮ver1.20」
KEITELさま「普通の撮影ポーズ2」
怪獣対若大将Pさま「防波堤」「雲が多い青空 Z3」


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アナゴ釣りとウミヘビの竜田揚げ

憂鬱な梅雨の季節だが、辺境のこの鎮守府では日々、最低限の遠征と任務、お付き合いの演習だけを行う、平穏な日々が続いている。

 

執務室も模様替えで梅雨モード。

提督の机には紫陽花が置かれ、窓にはてるてる坊主がぶら下がり、傘立ても準備されている。

 

鮎をモチーフにした壁紙が張られた季節の壁には、『阿武隈お姉さんとキス島に行こう。初心者大歓迎♪』とか『求む! 三一駆、鉄底海峡突入の高速戦艦1、空母3』とか、任務の参加者を募る手書きのチラシや、何者かが名残を惜しんで飾った瑞雲旗。

 

「いいね? 残念ながら制空権を奪われた……ような感じで、上手く負けるんだよ」

 

提督は演習に向かう伊勢、サラトガらに、八百長を指示していた。

 

 

最近9戦連続で、ここの鎮守府がお隣の塩釜鎮守府との演習に勝利している。

 

サーモン海域のレ級や、KW環礁の空母棲姫の討伐のため、大和、武蔵、アイオワ、翔鶴、瑞鶴、摩耶、北上、秋月といった、鎮守府の虎の子を毎日、惜しげもなく第一艦隊に編成していたためだ。

 

この間、回収した食材で作った鳳翔さんの和膳定食を、大本営の妖精さんたちに差し入れしたところ、試製甲板カタパルトが支給される際に、なんと3枚も送ってきてくれた。

 

これで、伊勢を改装航空戦艦にした上、さらに翔鶴と瑞鶴、サラトガの予備艤装を別バージョンの改二仕様にできる……と喜んだのも束の間、設計図が足りなかった。

 

大本営から特別な改装に使う設計図をもらうには、特別な武勲を挙げて得られる勲章を、4つ集めなければならない。

 

普段は、ほっぽちゃんや港湾棲姫までは撃破しても、レ級や空母棲姫と戦わなければならない南方や中部の深海領域奥地はスルーしていたこの鎮守府だが、勲章欲しさに今月は全力出撃をしたのだ。

 

そんなところに演習を挑んできて、ガチ編成相手に連日ボコボコにされ続けたのが、塩釜鎮守府というわけだ。

 

塩釜は提督と艦娘の絆が日本一薄い、まるで会社のような雰囲気の鎮守府とも言われている。

日々、中間管理職とOL的なドライな関係の中、艦娘たちからの陰口と突き上げにより、元信用金庫の職員だった中年提督さんの頭髪と胃がヤバイことでも有名だ。

 

こちらとの演習で大量のボーキを溶かし、秘書艦以外からは完全に無視されているという噂も聞こえてきた……。

 

今日は演習に是非とも負けてあげたいのだが、竹に雀の紋の塩釜鎮守府との演習もまた、地元が盛り上がる注目カード。

手抜きしてあっさり負けました、では世間様が納得しない。

 

「梯形陣で反航戦に持ち込んで、膠着した砲雷撃戦から、相手の夜戦突入で押される感じで……」

 

「はいっ! 気合い、入れて、行きます!」

「長波サマに任しとけ! さーいくぞ、オーッ!」

 

「ああっ、もう……比叡と長波はバ可愛いなぁ……だから、気合い入れ過ぎちゃダメなんだってば!」

 

なので、綿密に美しい負け方をシミュレート中です。

 

 

無事に(?)、塩釜鎮守府との演習に負けた後……。

 

提督は淡い夕闇の下、多くの艦娘たちが釣り糸を垂れている埠頭に顔を出した。

 

今晩は多摩神様の「アナゴの動きが活性化するニャ」というお告げにより、釣り大会となったのだ。

 

アナゴは、ウナギ目アナゴ科の総称で、主に釣りと食用の対象になるのは、その中でも「マアナゴ」だ。

 

その「マアナゴ」のことを、この地方では「ハモ」と呼んでいる。

もちろん西日本で食用に好まれる本家ハモ(ウナギ目ハモ科)とは別種であるが、この湾でも本物のハモが釣れることがあり、その呼び名もハモだ(ややこしいが、食べればどっちも美味しいからいいんだよ)。

 

湾内の泥底に住み、日中は泥の中や岩の隙間に隠れているが、日没後は活発に浅瀬を回遊して貪欲に餌へと食らいつく。

 

岸壁からすぐ近くの足元に、イソメ(青虫)や、サンマ、サバ、イカなどの冷凍切り身といった餌をつけた釣り糸を垂らすだけで、簡単にホイホイと釣られてくるので、初心者や子供でも楽しめる。

 

ただし、外道として、尾に毒針を持つアカエイなどがかかって刺される危険や、素人には見分けがつきにくいクロアナゴ(味と食感がマアナゴより落ちる)や、外見が似たウミヘビ(揚げれば食べられないことはない)などを持ち帰ってしまい不味い思いをすることがあるので、最初は慣れた人と釣るのがおすすめだ。

 

「釣れたよー! ほらほらぁ♪」

「ああ、これはギンアナゴ。そっちの、天ぷら用のクーラーボックス行き」

 

今も大東が釣ってきたアナゴを、北上が分別してあげていた。

 

「ビスマルク、ウナギが釣れたぞ。ゼリー寄せを作ってやろうか?」

「バカッ、もったいないことするんじゃないわよ! ウナギは蒲焼きに決まってるでしょ!」

 

みんな仲良く(?)釣りを楽しんでいるようだ。

 

 

「ヒャーッ、こいつ頭落とされてもまだ元気に暴れてるぜ!」

「これ、ワインに合いますかねぇ?」

「ワインより、芋焼酎か泡盛だな。石垣島の『八重泉』があるぞ」

「んっふふ~、楽しみだね!」

 

呑兵衛どもは天ぷら鍋を囲み、外道のウミヘビをもらってきて酒盛りをしようとしていた。

 

ウミヘビと聞くと、爬虫類のウミヘビを想像するかもしれないが、ここで釣れてくるのはウナギ目ウミヘビ科のホタテウミヘビ。

 

血抜きして皮を剥ぎ、ブツ切りにしたら焼酎と酢でよく洗い、山椒醤油に漬け、片栗粉をまぶしてカリカリの竜田揚げすると、いいつまみになる。

この時期、裏山で採れる山椒の実を醤油に放り込んだ山椒醤油は、一年分作り置きしてあって、様々な料理に活躍してくれる。

 

提督も呑兵衛どもの輪に加わり、逆さにしたビール瓶のケースに座って、ウミヘビの竜田揚げをいただいた。

 

衣はサクサク、身の味はウナギそのもので、山椒醤油がピリッと効いて美味い。

 

美味い……が、どうしてこれを食べる人がほとんどいないかと言えば……。

とにかく骨が多い……多いというか、骨太過ぎて熱が通りきらずに硬いままなのだ(ハモやアナゴに通用する骨切りの技術も気休めにしかならないし、そんなことすると包丁が欠ける)。

 

ちびっと食べては太い骨を吐き出し、かろうじて揚がっている小骨を噛み砕き、酒で口を洗ってはまた食べる。

 

「えっへへー、これはお酒がすすみますなぁ。提督も、もっと飲んで飲んで」

 

イヨがコップに泡盛をドプドプと注いでくる。

確かに、ほんの一個の竜田揚げを食べる間に、(口の中を洗い流すので)コップが3回は空になる。

 

「提督ぅ、じゃんじゃん食べなよお。まだまだ、いーっぱいあるからさあ」

 

隼鷹が、新たなブツ切りを天ぷら鍋に放り込み、ジュワァという揚げ音が響いた。

 

「何だ、もう空か……次は久米島の『久米仙』にしよう」

 

那智が新しい泡盛の瓶を開ける足元には、数本の空瓶が転がっている。

 

「うへへへへ、ていとくぅ~、」

 

危険な流れを感じながらも、ポーラが抱き着いてきて宴席から逃げ出せない。

 

今夜はすごく……酔いそうです。



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タシュケントのボルシュ

連日シトシト雨に見舞われていたが、梅雨の中休みに入った、この鎮守府。

 

とはいえ、湿りを含んだ南風が吹き込み、ジメッと蒸し暑く、爽快さとは程遠い。

先日、コタツ闘争をしたばかりのガングートも、トレードマークのコートを脱ぎ捨て、ジャージ姿で腕まくりしている。

 

ガングートは、休憩室でアイオワと囲碁の対局中。

 

艦隊の中では、実艦の艦歴では最古と最新、戦後冷戦時の陣営では東側と西側と、水と油のような二人が仲良く対局している姿は微笑ましい(もし喧嘩になったら即座に両成敗するため、大和とウォースパイトが近くで待機しているが…)。

 

何より、畳の上に置いた卓上盤を挟み、蒸し暑さにうだって寝そべっている二人の姿は……。

昔、友人の家で飼っていた、ゴールデンレトリバーとシベリアンハスキーを思い出させる。

 

 

提督もまた、タシュケントと将棋を指しているが、こちらは脚付きの盤。

提督は着流し姿であぐらをかき、タシュケントは浴衣で座椅子に座っている。

 

ボードゲーム好きのこの提督、最初期から囲碁も将棋も鎮守府へ持ち込んでいたのだが、吹雪たちを相手に互角の対局を楽しめたのは、ほんの短期間だった。

 

ここの艦娘たちは、実艦だった時の乗組員の記憶や技能をおぼろげながら思い出せる。

 

駆逐艦でさえ二百人、戦艦に至っては千人以上の乗組員がいたのだから、町内の強者程度の者は掃いて捨てるほど各艦にいたし、中には相当の腕前の猛者もいて、艦娘たちはすぐにその者らの記憶を思い出し、メキメキと強くなった。

 

そして、ここの提督は単なる下手の横好きで腕前の方はヘボ中のヘボだったから、すぐに全敗街道まっしぐらとなった。

 

戦後に生まれた、ミニ中国流、ゴキゲン中飛車などと、艦娘たちが対応できない新戦法で攪乱しても、最後は地力で叩き潰されるし、艦娘たちが囲碁や将棋の戦術本や問題集などを本格的に読み始めると、もうお手上げだった。

 

そんな提督に希望の光が差したのは、囲碁や将棋の経験者を乗組員に持たない、海外艦の顕現だった。

 

今日も楽しく、提督はまだ初心者のタシュケントと将棋を指していた(少し情けなくないですかねえ)。

 

が……提督は今、猛攻にさらされ、王手をかけられている。

チェスプレイヤーを乗組員に持っていた海外艦は、将棋の上達が早いのだ。

 

「うーん」

「下手の考え休むに似たりじゃ」

 

腕組みして長考する提督の後ろから、盤面を覗いた利根が言う。

 

「横から口出すのもアレだけどよ……それ、2二玉に逃げても、角打たれて終わりだからな」

 

隣で敷波と天霧を相手に花札をしつつ、観戦していた天龍が投了を促してきた。

 

「逃げないで、と金を取ったら?」

「同志提督、5三歩成、下がれば4二金を打って詰みだよ」

 

「なら、そこで逃げないで5三のと金をさらに取るのは?」

「同志、それは……」

「アホか、そこは飛車が効いてんだろ?」

 

「負けました……タシュケント、お腹がすいた」

 

ここの鎮守府は今日も平和です。

 

 

昨夜からタシュケントが、得意のボルシュ(ボルシチ)を作ってくれている。

 

骨付きの牛肉を大鍋で一時間、アクをとりながらじっくりと茹でる。

そして、一度肉を取り出し、キャベツ、にんにく、ベイリーフ、炒めたニンジンとタマネギ、ジャガイモを煮て、さらにトマトとビーツ、一口大に切った先ほどの牛肉を加えて一時間煮る。

 

まだ完成にあらず。

火を止めて冷まし、粗熱がとれたらまた一時間煮て……を三度ほど繰り返し、さらに味を馴染ませるために『盗み食いは銃殺刑』と紙を貼って、一昼夜おく。

 

火を入れて温めながら、レモンを絞って酸味を加え、塩コショウで味を調える。

そして、皿によそって別に手作りしておいたスメタナ(サワークリーム)をのせれば、ウクライナ発祥のロシア家庭料理の定番ボルシュの完成だ。

 

えらい手間がかかるが、本来は数日分を作り置きして家族でゆっくり食べるもの(ここの鎮守府では瞬く間に食い尽くされるが……)。

 

この料理に欠かせない真っ赤な野菜ビーツは、昨年の欧州遠征の際に、本場の種子を買ってきて畑で栽培し、昨日収穫したばかりだ。

 

ちなみに、刻んで入れているニンニクも、自分たちの畑で越冬栽培し、晴れ間を狙って昨日収穫したものだ。

梅雨の雨を吸って大きく成長したニンニクは、とう(花をつける茎)を出す。

 

養分がそちらに取られてしまわないよう、雨の中でも「とう摘み」の手間を惜しまず、たっぷりと芽に養分と水を貯えさせ、満を持しての収穫だ。

昨年の秋に植えてから9ヶ月の努力と愛情が詰まっている。

 

キャベツも、近隣の農家が品種改良した夏向けの新品種で、収穫が始まったばかり。

寒暖差により、みずみずしく、甘みが強く育っている。

 

そうした野菜がゴロゴロとたくさん入り、牛骨肉の旨みとコクが凝縮したスープの豊かな味。

ほんのり爽やかなレモンの風味と、スメタナの香りが、梅雨の憂鬱を追い払ってくれる。

 

またよく合う滋味に溢れる素朴なライ麦パンを齧りながら、

 

「週末はずっと晴れそうだね」

 

梅雨の中休みには、裏山にピクニックに行くのが毎年の恒例だ。

早めに日程を決め、お弁当の準備をして、仲の良い深海棲艦たちも招待しないと……。

 

しばらくは、平和でのんびりした日が続きそうです。



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梅雨の合間のピクニック

7/1の投稿を予定していたのですが、遅れてしまいました。
日曜日のお休みという感じでお読みください。


寮内がガヤガヤと騒がしい。

提督が自室の布団の上でぼんやり目を開けると、雨戸の隙間から朝の光が漏れている。

 

昨夜、一緒に寝ていた雲龍型三姉妹とヲ級の姿は、すでに部屋にない。

時計の針は5時50分を指していた。

 

「三日月、龍田んとこ行って、先に朝飯食っちまうように伝えてくれ。俺は畑までトラック出して、陽炎たち迎えに行くからよ」

「ロゴスの氷点下パックが見つからないのね」

「それなら、もうシオンたちに持ってかせたでち」

 

「誰か、ガンビア・ベイがどこ行ったか知らんか!?」

「違う、ザラ姉! これはジュースだから……あぅ、ごめんなさいー!」

「そこの装甲空母姫、服を着なさい! せめて下着だけでも!」

 

普段は6時起床、6時40分まで基本的に外出禁止、当番や朝練、釣りなどで外へ出る場合も、できるだけ音は立てないという規則があるが……。

 

今日のような日は仕方ない。

鎮守府総出のピクニックなのだ。

 

布団をたたみ、身支度を整えていると……。

 

「よっしゃあー! 6時ジャスト! 司令、起きてっかー!」

「いひっ、朝だーっ! 食堂、もう開いてるぜ!」

「テイトク、アサゴハン!」

 

ドアを蹴破るような勢いで乱入してきた朝霜と佐渡、ほっぽちゃんに飛びつかれ、そのまま腕を引っ張られて食堂に連れていかれる提督だった。

 

「山城、水筒の数はこれで足りてるかしら?」

「足柄姉さん、レジャーシートの入ってるダンボール、どこに置いたか知りませんか?」

 

廊下や玄関付近ではジャージ姿の艦娘たちが、荷物を持って慌ただしく行き交っている。

 

大人艦娘たちは大忙しで猫の手も借りたいだろうが、提督は猫の尻尾よりも役に立たないから、邪魔にならないよう子守をしつつ、おとなしく朝食を食べているのが一番だ。

 

朝食は手軽に済ませられるよう、すでに配膳台に伏せた空の茶碗とおかずを載せたトレイがいくつもセットされており、その横には湯気をあげる雑炊の鍋が置いてあって、セルフでよそえるようになっていた。

 

おかずは、イワシの丸干しが二尾、卵焼き、わらびの醤油漬け、蕪の浅漬け。

 

昨夜の夕食に使った鯛のアラと骨で濃厚なダシをとった、温かくて優しい味の雑炊。

薄塩と天日で旨味がぎゅっと凝縮した旬のウルメイワシ、さやえんどうの入ったシャキシャキ食感が楽しい卵焼き、春の残り香のお漬物。

 

山歩きを前に、あくまでも軽く消化よく、それでいて栄養豊富な朝食だ。

 

厨房からは、肉を焼く良い匂いに、大量の麦茶を煮出す香りも漂ってくる。

 

と、朝潮と浜波が急ぎ足にやってきた(寮内は走るの禁止です)。

 

「司令官、長門さんから出発時間の最終確認です。8時半でよろしいでしょうか?」

「あの…あの……司令、や、大和さん……が、倉庫…の、す、炭を……あの…持ち出す……きょ、許可を……」

 

ここの鎮守府には携帯電話などないので、寮内でも急ぎの連絡は伝令を出すことが多い。

浜波にも、上手に伝令ができるぐらいドモリ癖を治してもらいたいが……まだまだ難しいかもしれない。

 

提督はそれぞれに許可を出し、頭を撫でてご褒美の駄菓子『モロッコヨーグル』を渡してあげた。

 

熱気に包まれた朝が過ぎていった。

 

 

風は少し強いものの、良く晴れた絶好のピクニック日和。

 

地域の気温は30℃の夏日を記録していたが、緑に覆われた裏山の林道には、涼しい空気が流れていた。

 

鎮守府の裏山は標高300メートルちょっと。

中腹の池の周りには紅紫の花菖蒲が群生していて、目を楽しませてくれる。

 

金剛に比叡、大鳳、足柄、アイオワ、サラトガ……etc。

そして今年は新たにイントレピッド。

 

明るくノリの良い引率役たちの盛り上げのおかげで、楽しく山を歩くことができた。

 

「Hey! 皆さ~ん、よく頑張りましたネー!」

「提督、おっそーい!」

 

8時半の出発から休憩を挟んで2時間少しで、全員が山頂にたどり着いた。

 

山頂といっても、より高い隣の山へと続く尾根伝いに開けた台地なので、けっこうな広さがあって、200人を超える鎮守府一行でも、雑然とはするが十分に荷物を広げられる。

 

「ダカラ……留守番シテルッテ言ッタノニ……ッテ、寄ッテ来ルナヨー!」

 

提督とともに最後尾で到着し、荷物を下ろした途端にへたりこんだ引きこもり体質の集積地棲姫だが、礼号組にじゃれつかれて悲鳴を上げている。

 

 

山頂でみんなで食べるお弁当。

 

おにぎりは2種類。

枝豆と塩昆布、天かすの握り、ちょっぴり麺つゆで味付けしたものと、刻んだ梅と大葉に、じゃこ、塩ごまを振って握ったもの。

 

おかずは、ひじき入りの豆腐ハンバーグに、オクラの豚肉巻き、ブロッコリーのおかか炒め、きゅうりの漬物。

 

枝豆や大葉、オクラ、ブロッコリー、きゅうりは、早朝に畑で収穫したばかりの新鮮なものだし、梅も鎮守府で漬けた自家製だ。

 

ついでに、間宮謹製の豆腐も、鳳翔さんが煮出してくれた香ばしくふくよかな麦茶も、畑で育てた大麦を刈り入れたものを使っている。

 

戦艦娘たちが手分けして運んできた焼き台では、目の前の湾で昨夜釣ったばかりの、脂ののった鯖の切り身が焼かれている。

これに自家製マヨネーズをかけ、朝採りのレタス、トマト、玉ねぎとともにバゲットに挟めば、絶品の鯖バーガーの出来上がりだ。

 

おしゃべりしながら、嬉しそうに舌鼓を打つ艦娘や深海棲艦たちの笑顔を見て、提督の顔も自然とニヤける(決して港湾棲姫が胸を押し付けてきているからではない)。

 

 

ここには最新のテーマパークも、話題のショッピングモールも無いが、豊かな自然がある。

 

澄んだ空気に綺麗な水、美しい景色、さわやかな草木の香りに、美味しい食材。

あとは大切な家族がいれば、他には何もいらない。

 

「寮に戻ったら、温泉に入って宴会だぞ」

「週末にも七夕の宴会があるから、それまで泊っていったらどう?」

「ソウサセテモラオウカ」

 

と、長門と陸奥が戦艦水鬼を誘い、何やら提督の意思とは無関係に深海勢のお泊まり延長が決まってしまった。

 

「そして互いに英気を養い、夏は存分に戦おう。姫級6との艦隊決戦……胸が熱いな!」

 

やめてください、そんなことになったら死んでしまいます。

 

拳を握りしめる長門の言葉に、提督は白目を剥くのだった。



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夏野菜の七夕パーティー

 

今日は7月7日、残念ながら空は薄く曇り、小雨が降っている。

 

艦娘寮の玄関ロビーでは、裏山から切り出してきた大きな笹に、浴衣姿の艦娘たちが願い事を書いた短冊や、手漉きの折り紙で作った七夕飾りを吊るしていた。

 

裁縫や織物の上達を願う、着物の形に折った「紙衣(かみごろも)」。

商売繁盛や金運を願う「巾着」。

大漁祈願に漁網を模した「網飾り」。

家族の健康と長寿を祈願した「折鶴」。

清潔と倹約の象徴「屑籠(くずかご)」。

 

そして、織姫の糸を象徴したのが「吹流し」。

願い事を書く短冊の起源は、そもそも中国で七夕のお供えの目印として、神聖な笹に五色の糸をかけたものだという。

 

笹は昔から、その葉に抗菌作用があるため邪気を払うと考えられ、天に向けて真っ直ぐ育つ姿から、天に届く聖なるものと考えられていたのだろう。

 

笹は、竹とよく似ているが違う植物。

間違って持ってこられた竹は、那智と最上が鉈で割り、玄関脇に大釜を出して茹でている。

 

茹でて油や水分を抜いたら天日で一月ほど乾燥させ、細長く切り、丁寧に削って磨いて、箸にするのだ。

 

妙高、羽黒、白露、時雨が、畑から収穫してきた蚕豆(そらまめ)を茹でるため、大釜が空くのを待っている。

 

「茹でておいてあげるから、お風呂に入って浴衣に着替えちゃいなよ」

「提督、お風呂一緒に入る? 背中流してあげよっか!」

 

お風呂を勧めた提督に、白露がキラキラした瞳を向けてくる。

 

最近、白露のサービスが非常に過剰だ。

白露を改二にする計画が事前に漏れてしまって、何というか……クリスマスプレゼントを事前に知った子供のように、はしゃぎながら毎日ベタベタ甘えてくる。

 

「はいはい、いいから行こう、姉さん」

 

時雨が白露を引っ張って温泉に連れていく。

ふぅ、と一安心した提督が、籠いっぱいのキュウリを運んできた艦娘たちに声をかける。

 

「あ、夕立と春雨もお風呂行っちゃいなさい。雨、冷たかった? 顔色が悪いよ?」

「この子は、春雨じゃなくて駆逐棲姫っぽい」

「あ、ゴメン」

 

春雨と駆逐棲姫はよく似ているので、制服姿ならともかく、ジャージ姿に麦わら帽子をかぶられると見間違えてしまう。

 

ぷうっと頬を膨らませている本物の春雨と駆逐棲姫をなだめ、お風呂に行かせると……。

 

「提督……」

 

今度は浴衣姿の山風が、ギュムッと抱きついてきた。

 

「江風が……ね、今年は雨だから、織姫と彦星が会えないって……年に一度しか、会えないのに……あたし…だったら、あたし……っ」

 

いかん、山風が泣いている。

 

「大丈夫だよ。本当の七夕は旧暦の7月7日だから、今年は8月17日。今日が雨でも、問題ないんだよ」

「……ホント? 良かっ……た」

 

安心したように、山風が泣き止んでくれた。

 

 

夕方になったら、宴会場に集まって、みんなでお食事。

 

平安時代の宮中の儀式や作法をまとめた延喜式には、索餅(さくへい)(そうめんの原形とされる、中国の麺料理)が、七タの儀式に供えられたという記述がある。

 

なので、七夕料理にそうめんは欠かせない。

 

大皿のそうめんの上に、薄切りにしたキュウリと錦糸卵を並べて天の川に見立て、オクラと、星形に型抜きしたパプリカ、ハムを散りばめる。

 

レタスと水菜のサラダには、茹でてすり潰した蚕豆と鮭フレークを混ぜたマッシュを添えて。

 

ほうれん草は胡麻和えに。

茄子、玉ねぎ、しし唐は、海老やキスとともに天ぷらに。

 

スズキとヒラメの刺身には、茹でたブロッコリーとカリフラワーを添え、みょうが、大葉、貝割れ菜の薬味をたっぷりと。

牛のたたきにも、たっぷりと玉ねぎのスライスをのせて。

 

お気づきのように、鎮守府の畑では夏野菜の収穫が絶好調。

今日の野菜で、買ってきたものはオクラだけ(畑のオクラが食べ頃になるのは1ヶ月ほど先になりそうだ)。

 

 

演台では比叡と青葉が、短冊に書かれた面白い願い事を披露している。

 

「提督、夜は分かっているな? 織姫たちはみんな、彦星を待っているからな」

 

長門に小声でささやかれ、提督はひきつりながら頷いた。

 

織姫との逢瀬は、彦星にとっての最大の喜びだろう。

 

問題は、提督には逢いに行かなければならない織姫が百人以上いることだが……。

明石が「とりあえず5ダース準備しときましたよ♪」と妖精さん印の魔法の精力剤を届けにくる。

 

七夕の夜は、始まったばかりです。




西日本の大雨に遭われた方々のご無事と一日も早い日常のご回復をお祈りします。


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夏の始めの堤防釣り

キラキラと陽光が輝き、抜けるような青空に、白い雲が大きく盛り上がっている。

沖合には、鎮守府のレストア漁船『ぷかぷか丸』が浮いていた。

 

夏です!

 

提督は鎮守府前の防波堤で、駆逐艦娘の浜波と、海防艦の福江(ふかえ)とともに釣り糸を垂れていた。

 

特に対象を選ばない、ちょい投げ釣り。

2~3m程の長さの竿を使い、虫エサをつけて近場に投げ込むだけのお手軽な釣りで、ハゼやキス、カサゴ、メゴチ、コッパ(スズキの幼魚)あたりが釣れる。

 

そんな釣りの様子を、私服や体操着姿のガンビア・ベイ、天龍、白露、択捉など数人の艦娘たちが、かき氷を食べつつボンヤリと眺めていた。

 

実は全員、入渠待ち。

 

 

いつもは珊瑚諸島沖(5-2)に棲んでいて、南西海域沖ノ島沖(2-5)の北ルート(夜戦エリア)に出張してくる重巡リ級flagship。

先日の七夕パーティーの夜に提督がキラ付けしたせいで、彼女が今月は鬼のような強さを発揮し、第五戦隊任務と水上反撃部隊任務で大破撤退を量産してくれた。

 

それから、東方海域リランカ島(4-4)に棲んでいる戦艦タ級flagship姉妹。

港湾棲姫と戦いに(4-5)行こうとすると道中で邪魔をし(時には2回も)、リランカ島の前方(5-1)で潜水艦を狩ろうとした時まで前衛部隊に混じってくる、あの一発大破が得意な仕事熱心なセーラーパンツ姉妹。

 

あの姉妹、北方AL海域(3-5)の増援(こちらも時には2回)に出向いたり、南方海域(レ級が仕切っているサーモン海域北方を除く)全域で空母や輸送艦の護衛をしたり、中部海域で駆逐棲姫を守っていたり、もう仕事熱心すぎて涙が出てくる。

 

それから、鎮守府近海を荒らしに来る潜水ヨ級flagshipと潜水カ級flagshipと、中部北海域ピーコック島沖に棲む潜水ソ級flagship。

今月はキラキラと爆雷を避けまくるので、反撃がすごく痛い。

 

それに比べたら、カレー洋の奥にデデンと鎮座するだけで、滅多に動かない戦艦ル級flagshipのキラキラなど些細な問題だろう(確実に中大破を発生させてくるワンパンマンだが、まあボス戦なので我慢……)。

 

当然、ほっぽちゃんは大はしゃぎだし、港湾さんもすごくキラキラしていた。

 

さらに白露改二の記念任務で向かったサーモン海域北方。

戦艦レ級の無双っぷりはもう諦めるとして(でも、一戦闘で3人大破させるのとか勘弁してください)、その友達の雷巡チ級flagshipが攻撃を避けまくって雷撃戦まで生き残っているのも地味にキツかった。

 

この後、同じく白露改二記念任務でKW環礁沖(6-5)……空母棲姫の所にも行かなければならないのだが……。

 

もう高速修復材(バケツ)の余裕がなく、入渠と泊地修理待ちの列は30人に達している。

 

しばらく作戦は中止して、今日は新人の子たちを相手に海釣り教室です(釣りも囲碁と将棋と同じで、艦娘たちの腕前はすぐに万年ヘッポコ釣り師の提督を追い抜いていくので、提督が得意げに教えられる相手は新人しかいない)。

 

紺のポロシャツに白の七分丈ジーンズ、足元はビーチサンダルと、提督の服装も完全にオフ仕様だ。

 

 

堤防などから20~30メートルまでの比較的近場を狙う、ちょい投げに使う竿は極端な専用竿でなければ何でもいいが、初心者や女性、子供には短いものがおすすめ。

 

提督が今日、浜波と福江に持たせているのも、シマノのホリデーパック20-240という、2m40cmの船竿だ。

 

ちょいと投げて錘が海底に到達したら、海底の様子を探りながら仕掛けを引き寄せてくる。

砂地の起伏がある場所など、魚の溜まりそうなところで竿を止め、餌をユラユラさせていれば……。

 

浜波の持つ竿がブルブルッと震え、竿先がククッとしなった。

 

「あ……あの、これ……」

「うん、食ってるね。もう少し待って……よし、竿を立てて……」

「あっ……きゃっ!?」

 

提督がアドバイスしかけた瞬間、浜波の手が思い切り竿に引っ張られた。

 

「天龍、タモを取って!」

 

慌てて浜波の竿に手を添え、ヘルプを求める提督。

 

おそらく、浜波が釣ろうとした小魚に、何か別の大物が針ごと喰い付いたのだ。

 

タモ網、魚を取り込むための柄の付いた網を持って、天龍が駆け付けてくる。

釣り始める前に最初にタモを用意しておく習慣がないあたりが、提督のヘボさを物語っている(だってヘボにはタモが必要な大型魚なんて滅多に釣れないんだもん)。

 

「一気に寄せようとしたり、水から引き上げて浮力がなくなったら、この糸じゃ切れちゃうから。無理せず、ゆっくり岸に近づけて……タモに入れるんだよ」

 

それから、しばらく悪戦苦闘。

 

釣れたのは40cmほどのヒラメ。

 

産卵後で身が痩せていたので、急いで針を外して逃がしてあげた。

幸い針が小物用だったため、あまりダメージを受けていなかったようで、元気に逃げて行った。

 

 

みんな(外道である毒持ちのゴンズイしか釣ってない提督を除いて)、それなりの釣果をあげているし、福江は小型ながらアイナメも釣り上げた。

 

「ヘチ釣りっていって、こうやって足元の岸壁ギリギリを狙っても意外と釣れるんだよ」

 

最後に、提督が違う釣り方を紹介しようと足元に釣り糸を垂らすと、すぐに強い引きが。

 

「ほら、ねっ? あ……」

 

釣り上げたのは、外道中の外道であるクサフグ。

背後から天龍の大きなため息が聞こえた。

 

プクーッと膨らんでいるクサフグちゃんを海に帰して……。

 

 

さあ、ご飯の時間だ!

 

ゴンズイとクサフグを釣り上げただけの提督としては、ここで甲斐性を見せるしかない。

 

鎮守府庁舎の台所に戻ると、まずカサゴのウロコを取って口からアラを抜き、洗った後で塩をふり少々置く。

 

その間にアイナメ。

アイナメは煮つけると美味いが、そこまでの大きさがないので、頭やアラごとぶつ切りにして、野菜や豆腐とともに煮込んでプチ鍋に。

 

アクを小まめにとらないといけないが、アラや皮まで一緒に煮込むと、すごく濃厚な旨みで出てくる。

この汁だけでも、ご飯が一膳ペロッといけちゃうぐらいだ。

 

鍋のアクをとりながら、ハゼ、キス、メゴチを次々さばいていって天ぷらのタネにする。

 

カサゴを洗って臭みのついた塩を流したら、再度塩をして金串に刺して炭火にかける。

 

炊飯器からご飯の炊ける良い匂いが漂う中、ジュワーッと天ぷらを揚げる音が響く。

 

「浜波、天ぷら用の食器を用意してくれるかい? 福江、ご飯と味噌汁をよそっておいて」

「あ……はいっ」

「司令、了解だ!」

 

浜波と福江の信頼も、若干増したように感じる。

 

浮気者で深海棲艦も次々キラキラさせちゃうし、台所と布団の中以外ではあまり役に立たない無能提督ですが……。

 

小さな艦娘たち相手に、お父さん業も頑張っています!




投稿間隔が空いてしまいました。
活動報告にも書きましたが、先ほど避暑地に遊びに行って熱中症で救急車呼ぶという……今年の暑さは侮れませんね。
皆さまも、お気をつけください。


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那珂ちゃんと足柄のトンカツ

草木の緑はいっそう色濃くなり、蝉の声が響き渡るようになった。

 

この鎮守府は、海と山とに挟まれた、人口1万人に満たない小さな町にある。

 

鎮守府のある漁港から町の中心へと向かう山沿いの小道を、「夜戦」と筆書きされた変な手ぬぐいを頭に巻き、作業着姿の川内が大小の石を積んだ猫車(工事現場などで使う一輪車)を押していた。

 

川内が石を運び込んだのは、那珂が干物づくりを習っている、近所のおばあちゃんの家。

 

昔から津波の多かったこの地域では、山の斜面を切り開いた高台に集落が作られた。

 

だが、その斜面を昔から支えてきた土留めの石垣が、補修されずに傷んだまま放置されている家が多くなってきている。

若者の流出により、住民の高齢化と石積み技術の伝承途絶が起こっているからだ。

 

次の「少し大きめの中規模」だという晩夏作戦まで暇な鎮守府では、棚田作りで学んだ石積みの技術を生かして、町内の石垣の補修サービスを始めました。

 

 

石垣は、五種類の石によって構成されている。

 

まず、石垣の一番下で土に突き込まれた、土台となる大きな「根石」。

その上に徐々に小さく積んでいく表面の「積み石」。

その積み石同士の隙間を埋めるための「飼い石」。

表からは見えないものの、斜面との緩衝と排水の役目をする大量の小石「裏込め石」。

石垣の一番上に置かれる、平らで大きな「天端(てんば)石」。

 

石垣の補修では、「根石」は地盤沈下が起こっているなどの特別な問題がない限りは、絶対に動かしてはいけない。

 

「積み石」は、基本的に最初に積んだ時点で抜けにくく崩れにくい積み方がされているはずなのだが……。

 

「ここ、拝み石になっていますよね」

 

川内が石を運び込むと、石垣の草刈りをしながら石の状態を観察していた神通が、二つの長方形の石が手を拝むように「ハ」の字に合わさった箇所を指した。

 

「うん、この辺が歪んでるのは、ここのせいだね」

 

お城や寺社などは別にすると、日本の石垣積みには、石を斜めに差し込んでいき、石同士の重さがかかり合う「谷」を作って自重の均衡で安定させていく「谷積み」が多い。

 

その中でも、地域的に石材が豊富で同程度の大きさの石を大量に用意できる地域では、規則的な配列の「矢羽根積み」が用いられるが、一般的には大きさの不規則な石を積み込む「乱積み」の手法が採られる。

 

もちろん「乱積み」だからといって適当に積むわけはなく、どの石も必ず三点以上で支えられるように石を積む。

だが、その後の地震や風雪で石垣が傷んでいくうちに、石同士の力の均衡が崩れる箇所が出てくると、三点支持の原則が破られて、石垣の崩壊がゆっくりと始まっていく。

 

今回の場合、何らかの原因で積み石同士の隙間を埋めていた「飼い石」が失われてしまい、その空間に倒れこんだ2つの石が、「拝み石」という互いを支えあわない形のまま落ち着いてしまったようだ。

 

そのため、その2つの石は上からの石の重みを互いに逃がすことが出来ずに、少しずつ石垣の前方に押し出されてきている。

 

さらに、その2つの石が「ハ」の字になった下の空間にある石は、上部からの重みが十分かからずに緩んできている。

もし次の地震などの際、この石が抜け落ちることになれば、一気に周囲が崩れることになる。

 

この一帯の石を全てどかして積みなおすか、新たな石を差し込むだけで対処できるか……。

 

「あたし達じゃ判断できないね。那珂ちゃんに見てもらおう」

「それがいいですね」

 

那珂ちゃんはアイドル修行の一環(?)として、『石材施工技能士(石積み作業)2級』を習得しているのだ。

 

来年は伊勢、日向、最上と同じ1級に挑戦だよ。やったね、那珂ちゃん!

 

 

川内と神通が昼食のために鎮守府に戻ると、ちょうど食堂前で那珂と顔を合わせた。

 

「ばっちゃんとこの石垣、見てもらいたいんだけど、午後は空いてる?」

「……うん、那珂ちゃん、オッケーだよー♪」

 

元気に答えるものの、返答に一瞬の間があり、顔が少しやつれている、ジャージ姿の那珂。

 

「どうかしたの、那珂ちゃん?」

「あー……提督がね、堤防でサビキ釣りを始めたら小アジが爆釣で……駆逐艦の子たちも面白がって、どんどん釣り上げるもんだから……」

 

神通の問いに答えながら、那珂がそっと手を差し出すと……。

 

「うわっ、アジ臭っ」

 

豆アジとも呼ばれる、手のひらにチョンと乗るような小さなアジは包丁を使わず、指をエラに差し入れてワタごと引きはがしてさばく。

 

那珂は午前中、みんなが釣った山のような小アジを、ひたすら手で引きちぎり続けていたのだ。

 

 

「那珂ちゃん、お肉が食べたいっ! 絶対、お昼は魚じゃなくてお肉! 憎らしいほど肉らしい肉がいい! 二人もあたしの前で、魚なんか食べないでよね! あと、ハンバーグとメンチもNGだからね!」

 

鼻息荒く宣言してテーブルに着くと、食い入るようにメニューを凝視する那珂だが、注文すべき一品は「本日のオススメ」の一番上に太字でデカデカと書いてあった。

 

『足柄特製トンカツ横綱定食』

 

食堂ではいつでも、間宮さんのトンカツを注文することができる。

 

ヒレにしろロースにしろ県内産の銘柄豚を使用し、フライ専用に配合した自家製の生パン粉をまぶして、綿実油(めんじつゆ)をベースにゴマ油などをブレンドしたフライ用オリジナル油で香ばしく揚げた、それはそれは名店に負けない上質な味の逸品だ。

 

だが、足柄のトンカツと聞いては、頼まないわけにはいかない。

 

数日前から熟成させた極厚のロース肉に粗挽きの生パン粉をまぶし、ラード100%の油で低温から時間をかけてジックリ揚げた、カロリーの暴力といった尖ったメニューなのだ。

 

「足柄さんのトンカツお願いします!」

 

アイドルとしての矜持を投げ捨て、横綱まっしぐらなカロリーメニューを注文する背徳感。

 

そんな那珂の注文に顔を見合わせた姉妹だが、後を追うように足柄のトンカツ定食を注文した。

 

 

まず、食堂当番の駆逐艦娘、神風が小皿などを運んできた。

 

キュウリの漬物と、ポテトサラダ、味噌汁の具は生揚げとワカメ。

ご飯はふっくらツヤツヤで、大きめの茶碗にたっぷりと。

 

オーソドックスだが、鉄壁の布陣だ。

 

そして、トンカツがドーンと登場。

 

皿には、たっぷりと山のようなキャベツの千切りが盛られ……。

それに負けない、圧巻のビジュアルの巨大なトンカツ様がデデンと鎮座している。

 

熱々の歯切れのよいザックリとした衣の下には、柔らかくてジューシーな、うっすらピンクの宝石のような輝きの(あくまでも肉食人の主観です)分厚いロース肉。

 

噛みしめれば、ほとばしる肉汁。

肉の旨味を、ラード脂たっぷりの衣がワッショイワッショイ盛り上げる。

 

三人は思わず無言のまま、ライスとキャベツを2回もおかわりしたのだった。

 

 

「これは積みなおさないとダメだよ。ほら、ここ見て」

 

那珂がスッと指差したのは、一見すると何でもない石垣の部分。

 

実は「八つ巻き」という、一つの石を八つの石が取り巻いていて、中心の石に過度な力がかかっている箇所だ。

「六つ巻き」という、一つの石を六つの石が取り巻いている状態が最も好ましく、五つか七つが許容範囲だ。

 

問題のある部分と関連する石(当然、その上にある石も)をはがし、周辺の石垣との均衡を作りつつ、新たにその部分を積みなおす。

 

そして、全体に裏込め石を補充し、十分な水はけを確保して……。

 

「これは大仕事になるよね。那珂ちゃん、頑張らなきゃ♪」

 

鬼怒のポーズをとりつつ、那珂が明るく言うが……。

 

「那珂ちゃん、ポーズと口調はともかく……武蔵さんみたいな表情になってるよ?」

「ええ……頼もしいですが、アイドルのスマイルではないと思います。それと、お口の周りがテカッてますよ?」

 

ガテン系の仕事にも励みつつ、みんな今日も元気です。



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矢矧と五目中華セット

朝焼けに染まる鎮守府前。

 

明石と夕張が建設中の、巨大なウォータースライダー流しそうめん台が威容を誇る。

 

早朝から提督はL字堤防の先端から沖目に向かい、竿を振って仕掛けを投げ込んでいた。

 

「提督さん、何を釣ってるっぽい?」

「しれー、何釣ってるの!? ねーねー、なになに?」

「司令官、遠投カゴ? 珍しいじゃない。何釣ろうとしてるの?」

 

「うーん……何が釣れるかなー」

 

朝の散歩の途中、興味を示した駆逐艦娘たちが寄ってくるが、その度に提督は曖昧な返事。

 

そんな提督の隣で、クーラーボックスに座って海を眺めていた矢矧が、提督を冷ややかに見つめる。

 

今日の秘書艦である矢矧は知っている。

提督が狙っているのが真鯛だと。

 

湾の奥まで真鯛が入ってきているという多摩神様のお告げで、まだ夜も明けない内からダイワの『剛弓マダイ』という、そのものズバリな真鯛専用の遠投竿を持ち出しているのだ。

 

遠投カゴ釣りとは、普通のウキ釣りでは届かないような遠距離に向けて、餌をつけた針と撒き餌とを収納したロケット型のカゴを飛ばし、着水したカゴが狙いのタナで針と撒き餌を放出するというもの。

 

(本気で真鯛を狙うなら、堤防の外の磯場から投げた方がいいのだが、チキンな提督は足場の悪い磯には滅多に行かない)。

 

この遠投カゴ釣り、竿も仕掛けもなかなか重く、何度も遠投していると結構疲れる。

 

そして、とうとう朝マズメ(日の出の前後1時間ほど)が終わろうとしているのに、まだアタリはない。

 

遠投カゴ釣りのメリットの一つに、エサ取りのカワハギやクサフグのいる上層をカゴでガードしたまま通過できるというものがある。

が、代わりに本命のアタリがないと「誰からも相手されない」ような寂しい気分になる。

 

疲れもあり、段々と仕掛けを遠投する距離も出なくなってくる……。

 

矢矧は感づいている。

 

提督が意図的に、真鯛を探る遠目のポイントから、メジナやベラがよく釣れる、お手軽ポイントにシフトしようとしているのを。

 

しかし、姑息にポイントを移して目標をチェンジしても、釣れないものは釣れない。

 

 

無言で提督が竿を納め、仕掛けを外し始めた。

 

「諦めた?」

 

矢矧の問いには答えず、お高い『剛弓マダイ』様をロッドケースに仕舞って、違う竿を伸ばし始める提督。

 

シマノの『ホリデー磯 3号300』、ちょっとした近場の投げ釣りに向いた短めの入門者用万能竿だ。

 

2017年にモデルチェンジされた現行品は、モノトーンの落ち着いたカラーだが、提督が使っているのは旧モデルのケバケバしい黒、茶、金、銀のグラデーションで、少しばかり安っぽい雰囲気がする(事実、シマノの磯竿の価格順では当時下から二番目、『剛弓マダイ』様の数分の一の値段)。

 

だが、非常に使いやすくて、必要かつ十分な性能を備えた、コストパフォーマンスに優れた名竿だ。

 

そして、提督がタックルボックスから出した新しい仕掛けは……。

 

株式会社ささめ針の『ボウズのがれ 元祖波止釣りの巻』。

 

仕掛けの商品パッケージには「釣るまで帰らん!」「釣れない時の道具だのみ」「いろんな魚が同時に狙える!」という身もふたもないキャッチコピーとともに、メバル、アジ、カサゴ、カワハギ、ハゼ、アイナメ、キス、カレイ、そしてフグ(はあ!?)のイラストが節操なく並んでいる。

 

対象を選ばぬ五目釣りに超特化した仕掛けだ。

 

「そういうところよね、提督」

「何が?」

「うちに丙勲章ばかり溜まってく理由」

 

矢矧の嫌味はスルーして、新しい仕掛けを投げ入れるが……。

 

あれ、釣れない。

 

いつもは邪魔な、餌泥棒のカワハギやクサフグちゃんまで、全然姿を見せてくれない。

 

「………………」

 

提督が再び仕掛けをチェンジする。

 

同じくササメ針の『ボウズのがれ コマセ地獄』。

 

商品名と「魚がいなけりゃ、寄せりゃエエがな!」のキャッチコピーの通り、プラスチックのカゴに入れた撒き餌を海中にバラ撒きながら、寄ってきた“何かの魚“を釣ろうという仕掛けだ。

 

「これでダメなりゃ、とっとと帰りましょ。」と書かれたパッケージ。

 

この仕掛け、基本はサビキ仕掛け(撒き餌で寄せ、疑似餌のようなサビキ針を表層から中層の魚に食わせる)なのだが、サビキ針3本の他に、プラカゴの下にさらに底魚用の針が2本出ている。

 

そして、光を反射して魚の関心を引くダイヤカットや夜光玉でキラキラ装飾。

 

プライド? 何それ美味しいの? これが丙提督の意地だ。

 

矢矧(遠投キス釣りの名人)がさらに冷たい視線を向けるが……。

 

ん?

 

何やらBGM(提督の口笛)が……。

 

仕掛けを投入してゆらし、プラスチックカゴに仕掛けられたコマセをまくや、すぐに竿にアタリがきた。

 

完全に流れ変わったな。

 

「よし、アジだ。お、下の針にはハゼまでかかってる」

 

小アジの群れが、堤防の周りに群がり始めたのだ。

 

サビキ釣りというのは、アジの群れさえ寄ってくれば、後は提督だろうと猫だろうと竿を出してりゃ勝手に釣れまくる。

 

面白がった駆逐艦娘たちが、次々に竿を持ってきて小アジ釣りに加わり始める。

 

 

提督、完全勝利!

 

 

……なわけなかった。

 

この『ボウズのがれ』は諸刃の剣で、様々な魚種を同時に狙える一方、仕掛けが冗長すぎてすぐに絡まるのだ。

 

提督の本日の釣果、小アジ1、ハゼ1で終了。

 

そして那珂ちゃんが、駆逐艦娘たちが釣った小アジの山をさばかされることになるのだった。

 

 

遠投竿を振りまくったので、お腹が空いた提督。

 

お昼は食堂で……。

 

「あ、これがいいな」

 

優柔不断な提督が、メニュー選びに苦悩した末に指差したのは、バラエティー豊かな具材と三種の味付けを同時に楽しめる「五目中華セット」。

 

あんかけ五目焼きそば、五目チャーハン、五目中華スープの定食セットだ。

 

「そういうところよね、提督」

「何が?」

「うちにケッコン艦が100人以上いる理由」

 

矢矧の嫌味はスルーして……。

 

 

あんかけ五目焼きそばは、自家製の蒸し麺にクリスピーな焼き目をつけたもの。

 

エビ、イカ、ホタテ、白菜、キャベツ、人参、青梗菜、キクラゲ、フクロダケ、ヤングコーン、そしてウズラの卵……。

 

たっぷりの具材の上から、あっさりシャバシャバの塩味ベースの餡がかけられている。

 

熱々の餡を具材と麺にからめて食べれば、あっさりながらもシャープな塩味の餡が、シンプルな具材そのものの旨味、薫り高い麺の風味を引き立てる。

 

 

五目チャーハン(什 錦 蛋 炒 飯(シュージンダン・チャオファン))は、金華ハムを贅沢に使い、干し海老と干し椎茸が良いダシを効かせ、エンドウ豆と刻みネギが彩りを添えている。

 

中華醤油とウスターソースの香りが食欲を誘う。

 

そして、もちろん卵と香味油がしっかり絡んだご飯は、黄金色のパラッパラに炒められている。

 

口の中に広がる、混然とした美味しさ。

 

 

五目スープは、鶏ささみと豆腐、エノキ茸を具の中心に、卵、椎茸、人参、絹さや、白髪ねぎが美しく色とりどりに咲き乱れる。

 

とろみのついたスープは、干し貝柱のダシが加わった鶏ガラスープに、酢とラー油が加わった酸 辣 湯(サンラータン)風。

 

汗がブワッと吹き出すが、夏だからこそ、それがかえって心地よい。

 

 

そして、三つの味、三つの食感を交互に味わう贅沢な食べ方。

 

嬉しそうな提督を眺め、矢矧は呆れたように肩をすくめた。

 

この気の多い提督の貪欲さのおかげで、矢矧は今ここにいるのだ。

 

5年前、多くの提督が矢矧の捜索を諦める中、ここの提督は鉄底海峡へ通じる門が閉じる寸前まで、血眼になって矢矧を探し続けた。

 

そして、残り数分で……ついに提督は矢矧を見つけ出した。

 

 

「もうすぐ晩夏作戦が始まるみたいだけど、準備は大丈夫?」

「うん、ボチボチ。バケツが少し心配だけど……何とかなるよ」

 

甲勲章に固執しない、ここの提督ならではのホワワンとした答え。

 

それでも、新規の艦娘だけは絶対に全員確保するつもりだ。

 

この夏はどんな新しい娘が家族に加わるのだろうか。



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海岸バーベキューとスペアリブ

輝く太陽の光に、心地よい潮風。

止むことのない潮騒と蝉の声の中、多くの笑い声が響き、飛来した海猫たちが喧騒に輪をかける。

 

切り立った岩肌に沿って続く、長さ300メートルほどの玉砂利の浜と、干潮時に姿を現す平らな磯場。

海に向かって回廊のように突き出した磯場の先端は巨大なエリンギ茸のように隆起していて、その隆起の上にある数本の松の木と、航行祈願のために建てられた赤い鳥居は、満潮時には海面ギリギリに浮かぶことになる。

 

鳥居の先にも、同じように長年の波浪に削られて沖に取り残された岩礁があり、さらに沖合いには海に取り残されたかつての山が小島となって多くの海鳥たちの住処となっている。

 

南国のリゾート地のような美しい白浜は無いが、多くの自然と触れ合える、野趣あふれる海岸線。

 

ここは鎮守府のプライベートビーチ。

 

北のこの地方では、海水浴に適するのは夏のほんの一時期に過ぎないが、それは……。

 

今でしょ!

 

明日は終戦の日(8月15日は日本がポツダム宣言の受諾を公表した日で、正式な終戦は日本が降伏文書に署名した9月2日だという連合国艦娘たちの言い分は措いといて……)ということで、深海棲艦たちとも一時休戦して夏休み。

 

海で泳ぎ、磯で遊び、そして食べる、水着姿の艦娘と深海棲艦(+謎の浮き輪さん)たち。

 

バーベキューや浜焼きの焼き台はもちろん、カキ氷の屋台も出し、急造ピザ窯(撤収も急いでしないと次の満潮時には水を被ってしまう)も設置した。

 

「酒匂、早く運んじまえよ」

「ぴゃあっ、天龍ちゃん待ってぇ~」

 

この海岸には遊歩道が通っているだけで、車両は乗り入れできない。

追加の食材や酒などは、駐車場に停めた軽トラからキャリーカートで運ぶことになる。

 

「ケンGからピートロとハラミが届いたぜ」

 

天龍が追加の豚肉を持ち込み、バーベキュー会場が盛り上がる。

 

ちなみにケンGとは、県内の養豚場の三代目社長のアダ名だ。

若い時ラッパーになると上京した後に何やかんやの紆余曲折があって、今でも金髪のままだが、立派に家業を継いで美味しい豚を生産しながら、バツイチのシングルファーザーとして小5の息子を育てている、テレビの実録密着番組が作れそうなナイスなブラザーだ。

 

ピートロは、トントロとも呼ばれる、豚の首の周辺肉のこと(ただし、正式な食肉の部位ではなく、焼肉業界などから勝手に広まった名称なので、解釈は各業者に委ねられる)。

ケンGのところのピートロは、やわらかい肉質に上質な脂肪が霜降りに入った、舌でとろけるような逸品だ。

 

ハラミは横隔膜で、脂は控えめなのに肉汁たっぷりでジューシー。

鎮守府のワガママを聞いてくれ、こうしたバーベキューの日にちを伝えておくと、それに合わせて事前に切り出して清掃した横隔膜を、細かくカットせずに指定した特製ダレに漬け込み、塊の状態で届けてくれる。

 

「Good! ステキね! いいじゃない!」

「はわわ…鉄板からはみ出しちゃう」

「あ、すごいいい! さすが、Ken-G’s Pork!」

 

バーベキューの本場、アメリカの艦娘たちにもケンGの豚肉は好評だ。

 

あ、ちなみにケンGというアダ名の由来は、もちろん本名の「賢治」だ。

郷里の生んだ偉大な童話作家にあやかって、養豚場の先々代社長である祖父が名付けたものだが、ケンGは中学の時にその作家の豚を主人公にした作品を読んで以来、豚が食べられなくなり家を出ることを決意した……とか、色々と興味深いエピソードがあるのだが、それはまた別の話。

 

「スペアリブ、ダ」

 

天龍と酒匂に続いて、どでかいダンボール箱を軽々と抱えた戦艦棲姫がやってきた。

ホットパンツにタンクトップという姿で、何がとは言わないがバインバインしている。

 

「どうだい、ケンGは面白かったでしょ?」

「変ナ人間ダ。突然、早口デ訳ノ分カラナイ歌ヲ歌イナガラ、自己紹介シ出シタ」

 

提督の問いに、ケンGから肉を受け取ってきた戦艦棲姫が怒ったような困ったような顔で答える。

社長になった今でも金髪でラッパー魂を忘れない、それがケンGという男だ。

 

「君も、ちゃんと挨拶できた?」

「ウン、私ハBB-67”モンタナ”」

 

照れたように、提督からもらった偽名を名乗る戦艦棲姫。

 

まあ偽名など使わず深海棲艦だと打ち明けても、ケンGなら「問題ないぜ深海棲艦。元の女房はナースで正看。昔ボラれた池袋(ブクロ)の性感」とか(ライム)を踏んで答えてくれるだろうが。

 

「うん、よく言えました」と、服を脱いで水着になった戦艦夏姫の頭を撫でる提督。

 

「提督、戦艦棲姫ばっかりズルイですっ!」

 

ムーッとふくれっ面の水着の大和が二人の間に割って入り、争奪戦が発生して提督が圧死する。

 

 

そんな、いつもの夏の光景を横目に、長門が届いたばかりのスペアリブを焼き始める。

一四式野外焼架台(遠征用のドラム缶を真っ二つにして足をつけただけの炭火用グリル)に焼き網をかけ、ゴロゴロと骨付き肉を並べて焼いていく。

 

豚の解体後、すぐに下茹でして汚れと余分な脂を落とし、ニンニク、玉ねぎ、リンゴの擦りおろしに、赤ワインとハチミツ、醤油、味噌などからなるタレに浸して、真空パックしたスペアリブ。

 

最初は、提督が大量発注の際に「下処理して、このタレに漬け込んでから真空パックして」という、超ワガママ注文をしたのが始まりだ。

 

さすがに面倒くさそうな顔をしたケンGだが、間宮の特製ダレを舐めたケンG、すぐにレシピを教えてもらって商品化し、一般向けの直販事業を開始した。

これが絶好調で、さらに鎮守府の試食意見を参考にハラミなどホルモン系の商品開発も次々と成功させ、今では通販部門だけで年商1億円を稼ぐようになっている。

 

お礼に安く肉を用意してくれるし、ワガママな細かい注文にも応じてくれるので、鎮守府とはWin-Winの関係だ。

 

「長門、肉ッ!」

「スペアリブ~♪」

 

香ばしい匂いに誘われ、南方棲戦姫と戦艦レ級が焼けたスペアリブをもらいにくる。

 

深海勢はこの後、帰ってから引っ越しを計画しているらしい。

海域の長である南方棲戦姫はともかく、戦艦レ級が南方から出てきたら……。

 

「鉄風雷火の艦隊決戦か、胸が熱いな。よし、いっぱい食えよ」

「レ?」

 

戦艦レ級の皿にスペアリブを特大に盛ってやる長門。

 

その後ろでは、イタズラをしたPT小鬼群を霞が追いかけまわし、空母棲姫が何やら深海鶴棲姫に小言を言っていて、それを加賀と瑞鶴が苦虫を噛みつぶしたような顔で眺めている。

 

ここの鎮守府は今日も平和で、みんな仲良しです。



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提督会議と青春の半チャーハン

群青色に染まった夏の夕暮れ空に、うっすらと白い月が浮かんでいる。

風に揺れる水面の先には、休むことなく白煙を吐き続ける巨大な煙突や、天を衝く巨大なクレーンが見える。

 

ここは横須賀、うみかぜ公園。

 

ボーダー柄のカットソーに、ユ〇クロのストレッチジーンズ、足元は白のデッキシューズ。

夏を楽しむ民間人にしか見えない服装で、辺境から来た提督が竿を出していた。

 

昔は実家から、赤い電車に乗ってよく釣りに来たこの公園。

ここでの釣りの特徴は、提督もよく知っている。

 

この釣り場では、それほどの大物は狙えないが、一方で東京湾の速い潮の流れに流されない、重めの錘が必要になる。

 

そこで用意したのが、黒地に青いラメの差し色が入った、ダイワの「小継せとうち」。

中小物の釣りに特化した万能竿で、普通の磯竿より重い錘が背負えるし、仕舞い寸法も短いので楽に電車に持ち込める。

 

 

そんな提督の横で竿を出すのは、西海岸風の派手な柄のポロシャツにショートパンツ、サンダルをつっかけた茶髪の男。

 

東京湾の対岸から来た、木更津の提督だ。

 

中高大と同級生の腐れ縁で、昔はよくこうして一緒に釣りをしたものだ。

 

木更津提督が使っているのは、シマノの「ホリデースピン」。

入門用の投げ竿だが、バリバリの硬い投げ専門竿とは違って、万能竿としての適性も高い。

 

チョコチョコと探る繊細な釣りが好きな提督。

とにかく仕掛けを投げ飛ばすのが好きな木更津提督。

そんな釣りの好みは昔と変わらない。

 

「オリョール海にイ級後期型とか酷いよね~」

「それより5-4にツ級なんか置くんじゃねーよな」

「道中の評価、かなり渋くなったからキス島で練度上げが出来なくなっちゃったしねえ」

「そのくせ任務の達成条件は据え置きとか、アホかっつーの。駆逐艦入れてWレ級相手に突撃しろとか、どんだけ鬼畜なんだよ」

 

よくテスト開けの学校帰り、テスト問題への愚痴をこぼしながら、二人で釣り糸を垂れたものだ。

その昔のままのノリで、各海域で戦力を配置転換した深海勢と、それに伴って評価の計算式を変更した大本営への恨み事をこぼす。

 

 

本当に先月の提督業は大変だった。

 

海水浴に浜焼き、花火大会、流しそうめんと忙しい中、各海域に新しい門を設置して回り。

 

大本営が8月すでに各拡張海域での戦果を得ていても、再攻略すればもう一度戦果をくれるというから、町内の夏祭りの準備を手伝いながら、珍しく参加した戦果争いのために港湾棲姫やレ級と再度戦ったり。

 

ホタル観賞や登山キャンプに出掛けたり、新編三川艦隊の任務やZ作戦を完遂したり……。

 

連日連夜の自主的サンマ漁に、ブルネイ泊地沖への出撃の連続……。

 

「おい、存分に夏を満喫してんじゃねーか。テメーもいっぺん、1位目指してみろ」

「むーりぃー……って、引いてるよ」

「おっ、強ぇ引き! タモは?」

「持ってきてるわけないよ」

「マジかー」

 

などとバカ話をしながら釣りを楽しんだ後は、いつものように駅前の中華屋で半チャーハンとギョーザでビールを。

 

ベシャッとした何というところのない普通の町の中華屋のチャーハンに、焦げ目が破れたりするのもご愛嬌のギョーザだが、忘れられぬ青春の味だ。

 

久しぶりに食べる……。

 

久しぶり……?

 

「あっ」

「ヤベッ」

 

学生の頃の習慣に従い、当たり前のように駅へと向かう道を歩いていた提督2人。

 

これから横須賀鎮守府で会議なのを思い出し、慌ててタクシーを止めようと海岸通りに戻るのだった。

 

 

「あんたら、その服はナメてんの?」

 

私服で会議室に入った途端、天草の女提督から辛辣な言葉が飛んできた。

 

なかなか空車をつかまえられず、何とか会議の開始前には到着できたものの、制服に着替える時間までなかったのだ。

 

確かに、格調高く厳粛な雰囲気の漂う、巨大鎮守府の重厚な会議室に、2人の私服姿はものすごく浮いているが、浮いているといえば、他にも……。

 

天草提督の隣の席、熊本鎮守府の元少女小説家提督が、いつものようにゴスロリ服を身にまとっている。

 

「服? なら……んぐ」

 

木更津提督がそこに触れようとしたので、提督は慌てて彼(自走式地雷踏み器)の口を手でふさいだ。

 

同県なのに(だからこそ?)、天草提督と熊本提督は犬猿の仲。

下手に熊本提督(毒舌キャラ)を巻き込むと、猫の縄張り争いの百倍やかましい、収拾不可能な女の戦いが勃発してしまう。

 

まだ何か言いかけるバカの口をふさいだまま、天草提督と熊本提督から距離を取ろうとするが……。

 

「センパイたち、ちーっす!」

 

と、高知県の浦戸鎮守府の元フリーター提督が割り込んできた。

オレンジの長髪に皮ジャン、高校中退後コンビニでバイトしながら路上ミュージシャンをしていたという分かりやすい経歴の、この二十歳そこそこの若い浦戸提督も、木更津提督並みに地雷を踏む特技を持っている。

 

現に「センパイたち」という言葉に、年齢が気になるお年頃の、天草提督と熊本提督(そして少し離れた位置にいた三重県の鳥羽鎮守府、元サーファー女子提督)の眉の角度が少し上がっている。

 

そして熊本提督が小声で「ちっ、三馬鹿トリオがそろいやがった……」と言ったのが気になります……。

 

「見てくれましたかぁ? 最終日のうちの戦果!」

 

ビシッと妙なビジュアル系のポーズを決め、ニヤニヤ笑ってくる浦戸提督。

そういえば先月の最終日15時の時点で、ボーダーギリギリにいたところ、浦戸鎮守府が追い上げてきていた。

 

それでも、戦果値は220離れていたし、さらに22時の締め切りまでに50ほど積み増ししたので、抜かれることはないと思うが……。

 

「俺、あの後に撃っちゃいましたからね! 人生初のZ砲、イェーーーーーイ!!」

 

浦戸提督の絶叫に、会議室内が静まり返る。

 

通称Z砲。

季節任務のZ作戦を遂行することで、戦果+350を稼げるが……。

 

任務達成による戦果の加算は14時が締め切りである。

 

 

「彼は……どうかしたのですか?」

 

議長である横須賀提督が現れ、全員が着席したが、浦戸提督だけはポカンと立ち尽くしている。

 

「着席してください」

 

と横須賀提督が促しても、ボーッと天井を見つめたままの浦戸提督。

これが提督でなく、ただの軍人や役人だったら、ガダルカナルでドラム缶を数えるだけの簡単なお仕事に回されるところだが……。

 

「放っておいてやれ」

 

という佐世保の筋肉提督の言葉もあり、横須賀提督は彼を無視して会議をすすめる気になったようだ。

 

「まず、9月7日より開始する”初秋作戦”について……」

「センセェー、”晩夏作戦”じゃなかったんですかー!?」

 

横須賀提督の第一声に、すかさず嫌味を被せていく天草提督。

 

「だれが先……」

「センセェー、舞鶴のおじいちゃんがオシッコしてまーす」

 

横須賀提督が声を荒げかけたところに、福岡鎮守府の女子高生提督が手をあげて報告する。

横須賀提督が大学生の時、福岡提督の在学していた小学校に教育実習に行ったので、彼女が先生と呼ぶのは嫌味ではない。

 

あ、ちなみに舞鶴のおじいちゃん提督は犬です、念のため。

 

さすがに元教え子の訴えと、最長老である舞鶴提督の粗相を放っておくわけにもいかず、横須賀提督が議事進行を中断したとたん……。

 

「今日はなんか釣れた? 俺さ、こないだ和歌山にイカ釣り行ってさ、かぁー……もうさ、君も夏にランカーなんかやっとる場合じゃないよ? こうさ、(おか)っぱりから軽く投げただけで餌木(えぎ)にガンッとイカちゃんが喰い付くわけよ! 分かる? こう、ガンとさ!」

 

提督の所に、丸々と太った釣り好きのおっちゃん、静岡の清水提督が近づいて話しかけてくる。

 

日南(にちなん)の旦那。明日はアキバに狩猟に行くでござるか?」

「ああ、もちろんだ。確保しておきたいNゲージの再販モデルがいくつかある」

「お……俺も、行こう……かな」

 

秋田県土崎湊のアニオタ提督が、宮崎県日南の鉄オタ提督に話しかけ、佐賀県唐津のゲーオタ提督がのっかる。

 

「あしたなっとばへでぐはんで」

「にふぇーやいびーん」

 

こちらは女同士、青森県の津軽提督が、沖縄県のうるま提督を明日、池袋乙女ロードに連れてく約束をしているようだが……なぜ会話が成立するのか不明だ。

 

ざわざわとカオスになっていく会議室に「学級崩壊……」という熊本提督のクスクス笑う声。

 

人類の未来は、不本意ながらこの人たちにかかっています。



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初秋作戦の準備です

暦の上では、今日から白露(はくろ)

 

一足先に秋を感じさせる涼しい風が吹き、朝夕には肌寒ささえ感じる北の大地。

この辺境鎮守府でも、本日夜から開始される初秋作戦に向けての準備が進められていた。

 

収穫してから風通しの良い日陰に2週間保管し、でんぷんが糖へと変わって甘みがグッと深まった、立派なカボチャ。

 

「熱っ」

「皮をむくのは由良がやるから、そっちの種を取ってくれる?」

「はーい」

 

大食堂の厨房で、大量のカボチャの裏ごしをする由良を、白露(しらつゆ)が手伝っている。

種を取り除き、茹でたら熱いうちに皮をむいて、こし器で丹念にこす。

 

「卵のカラザはちゃんと取らないとね」

「生クリームを泡立てるのは、これぐらいでいいかしら?」

「ビスケット叩くの面白いっぽい!」

 

時雨と村雨、夕立もお手伝い。

 

裏ごししたカボチャに、砂糖、卵、牛乳、クリームチーズ、生クリーム、薄力粉を加えてよく混ぜ、砕いたビスケットとバターを底に敷いた型に流し込んで、オーブンで焼く。

 

大規模作戦恒例、先行している他の鎮守府から情報を聞き出すためのオミヤゲ作りだ。

 

 

阿武隈と、暁たち第六駆逐隊は枝豆をむいて、枝豆のポタージュスープを作っている。

 

枝豆の香りもさわやかな、この冷製ポタージュスープ。

スラバヤやシンガポール、モルディブなどの熱い海域では人気になるはずだ。

 

え? 何で次の作戦海域が分かるのか?

 

ご存知の通り、ここの鎮守府には深海棲艦も大勢出入りしている。

こないだ深海勢がバカンス用の水着を見せびらかしに来た後、提督の執務室の地図に、意味ありげに浮き輪型のマグネットが貼り付けてあったのだ。

 

作戦海域の下見で買ってきたという、集積地棲姫のおみやげもマンゴーだったし……。

 

 

イタリア艦娘たちは、蜂蜜とトマトを使ってジェラートを作っている。

 

蜂蜜もトマトも、もちろん自家製。

 

雨と暑さに悩まされたが、艦娘たちの努力で鎮守府の蜂たちに大事はなく、今年もいい蜂蜜がいっぱい採れた。

夏のお日様の力をいっぱいに取り込んだトマトも完熟、濃厚で甘みたっぷりだ。

 

 

妙高と羽黒は、今夜の酒宴用のお通し作り。

畑で朝に採れたばかりのシシトウとナスを使い、豚ひき肉とともに中華風の甘辛炒めに。

 

長良と五十鈴が、サンマの塩焼きに添える大根おろし用に、大量の大根の皮を剥いている。

 

「おい、提督はどこ行ったんだ?」

 

酒屋から届いたビールケースを運んできた天龍が、五十鈴に尋ねると……。

 

「睦月型を連れてホタテ買いに行ったわよ」

 

鎮守府のあるこの湾では、ホタテの養殖が盛んだ。

 

中には味と新鮮さにこだわり、一度水揚げしたホタテを手作業で綺麗に掃除してから、カゴに入れていったん海に戻し、生かしたまま出荷待ちをしている養殖者もいる。

 

もちろん機械で大量に一斉に掃除して死なせてしまったものより美味しいし、市場で買ってくるより新鮮な状態で売ってもらえる。

 

間引いた小さなホタテ(いわゆるベビーホタテとして流通するもの)も、大量に安く売ってくれるので、天ぷらにしておつまみにできる。

 

 

「か~ら~す~ なぜ鳴くの~ からすは山に~♪」

 

ホタテが入った青い発泡スチロールの箱を抱え、歌いながら歩く提督と、その後ろをカルガモの親子のような列を作って歩く、睦月型の駆逐艦娘たち。

 

さあ、いよいよだ。

 

大本営の都合で1週間延期となった作戦発動。

 

おかげで月末の稲刈りに支障をきたさぬよう、迅速な作戦遂行が求められることになった。

 

それでも今回、新たに5人の艦娘との出会いがあるという噂。

 

北欧生まれの5500tクラス艦娘。

異国の目を持つ、日本育ちの艦娘。

超弩級戦艦娘。

夕雲型の駆逐艦娘。

 

もちろん今回も全員、家族にお迎えしなければ!

 

「か~わい~い な~な~つの 子があるからよ~♪」

 

そう決心しながら、提督は楽しい我が家に向かって歩くのだった。



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【特別編】初秋作戦と社会科見学のお弁当

現在(2018.09)進行中のイベントのお話です。
ネタバレや新艦娘(たいした内容ではありませんが)を見たくない方は回避して下さい。

また、今回は投稿初、具体的な食べ物が出てきません。


9月9日未明。

 

東京霞が関の海軍省・軍令部地下に設けられた、海軍中央情報制御所。

通称、大本営。

 

新しい大規模作戦の開始のたび、各鎮守府の情報共有システムの更新作業により、ここは修羅場となる。

 

そもそも、妖精さんに提供された謎のテクノロジーを多用した、異世界間通信システムなどというブラックボックスな代物と、多規格の通信手段(辺境にはパルス回線の黒電話しか連絡手段がないという、ふざけた鎮守府もある)を繋ぐ調整をするのだから、常に不測の事態がつきまとう。

 

海軍大臣としてここにいる横須賀提督にもそれが分かっているから、例え作業に遅れが出て数時間待たされようと、決して不機嫌さを顔に出さないようにしているのだが……。

 

彼女がいるだけで周囲が委縮しているのが、彼女自身にもよく分かって辛い。

 

これまで、多くの政治家や官僚、公務員、政治運動家を、汚職、クーデター、スパイ、密通、テロ等の容疑で、(罪状を公開せず)、処刑、投獄、罷免、左遷、暗殺してきたせいか、どうも周囲から必要以上に恐れられている。

 

軍令部総長が持病のリウマチを悪化させて入院したのも、彼女が毒を盛ったと噂されているようだし……。

 

「問題を発生させておりました不良個所の特定と対処に成功、システムの安定化を確認し次第、【最終準備段階】に入るところであります」

 

進捗を報告しに来た技師も、額に脂汗を浮かばせ、報告書を持つ手を震わせているが……不明瞭な報告に、彼女の感情を押し殺していた端正な顔が少しひきずった。

 

「シ、システム再開放の予定時刻ですが……」

 

このままでは、ガダルカナルでドラム缶を数える仕事に回されるとでも思ったのか、蒼白な顔で技師がさらに付け足そうとした時……。

 

「天草鎮守府より緊急電! さ、最優先指定とのことです。繋ぎます!」

「ね~、作戦開始まだぁ~?(チンチン)」

「消せ」

 

ブチッ。

 

横須賀提督は衛星通信のモニターに写し出された、茶碗を箸で叩きながらニヤニヤ笑う不快な女の映像を、一瞬でシャットアウトさせた。

 

「……そ、総理官邸からも確認の通信が……」

「待たせておきなさい」

「はい」

 

疲れた表情を見せた横須賀提督のために、等身大の大きな妖精さんが、猫を持ってきてくれた。

モフモフしろ、とばかりに猫の腹を見せてくる。

 

思わず手を伸ばしかけた横須賀提督だが、部下たちの手前、寸前で思いとどまる。

 

その瞬間、周囲にホッとした空気が流れたのは……。

 

まさか、猫を殴ろうとしたとでも思われたのか?

 

コツン、コツン、と横須賀提督が不機嫌な時の癖である、指で机を叩く仕草を始めたため、周囲の者たちは一様に首をすくめるのだった。

 

 

「ヘーイ、提督ぅ~! “大人の遊園地”って何ネー!?」

「どこに行ってきたんですか? 榛名、気になります!!」

「Mon amiral! さっさと白状なさい!」

「Admiral、少し躾がいるみたいね。そこに座って」

 

同時刻、我らが北の辺境鎮守府でも修羅場が勃発していた。

 

「しっ、寝てる子たちが起きちゃうよ」

 

茨城県の大洗鎮守府、そこの女性提督から作戦開始の遅延を知らせる連絡網の電話があった。

その切り際に「次回の“大人の遊園地”も楽しみにしていてくださいね♪」という言葉があり、それを地獄耳の金剛に聞かれたのだ。

 

ここの提督は先日、横須賀での作戦会議の翌日、元高校の物理教師である科学マニアな大洗提督の案内で、同じ横須賀にあるJAMSTEC (海洋研究開発機構)を視察……。

 

という名目で物見遊山してきた。

 

同機構が誇る、深海潜水調査船支援母船「よこすか」とか、有人潜水調査船「しんかい6500」とか。

見どころがいっぱいだし、海軍省の軍需局長を兼ねている大洗提督の顔により、一般人の入れないとこまで見放題だったので、ものすごく楽しめた。

 

次回は茨城県にある、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の筑波宇宙センターを案内します、というだけの話なのだ。

 

が、“普段は絶対に見せられないトコまで、バッチリ全部お見せしますから”という頼もしい言葉が、何だか壮大な誤解を招いている。

 

「ほら、ここに連れてってもらうんだよ」

 

執務室に押し掛けてきた戦艦や空母たち大人組に、筑波宇宙センターの見学用パンフレットを見せて弁解する提督だが……。

 

H-Ⅱロケットが実機展示してあって記念撮影できるとか、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟の実物大モデルの中に入ってみようとか、宇宙食が買えるミュージアムショップとか、一般公開されているものだけでも十分面白そうだ。

 

「酸素魚雷ほどじゃないけどロケットも素敵だと思いませんか、北上さん?」

「提督だけズルーイ! あたし達も行きたいよね、翔鶴姉!?」

「宇宙食……どんな味がするんでしょうね、加賀さん?」

 

「フフン、日本のロケット技術がどの程度のものか、このビスマルクが見てあげてもいいのよ?」

「宇宙のことなら、世界初の有人宇宙飛行を成し遂げた我々ソビエ……」

「アポロキーック!!」

 

などという盛り上がりに、執務室のソファーで眠っていた、初雪と谷風、占守まで起きてきてしまい……。

 

「ん……? ここ、行くの?」

「おぉーっ!? 何だい、こりゃー!!」

「すごいっしゅ! きっと、佐渡なんかも喜ぶっしゅ!」

 

などと騒ぎ始めた。

何というか……もう連れて行ってもらえる気でいる。

 

「提督ぅ~、みんなも連れてって欲しいデース!」

 

そして、全艦娘を代表して金剛にこう言われてしまっては、提督には断ることなどできない。

 

「バスの手配とか、色々と考えないといけないよねえ」

 

困ったような、嬉しいような。

提督が複雑な表情でそう答えると、執務室に歓声が湧き上がった。

 

というわけで、初秋作戦と稲刈りが終わったら、みんなで社会科見学に行くことになりました。

 

 

9月9日午後。

ついに始まった初秋の、少し大きめの中規模作戦。

 

抜錨! 連合艦隊、西へ!

西方作戦を発動するにあたり作戦後方兵站の安全を図る!水雷戦隊等を中核とした警戒部隊で哨戒を実施せよ!

 

まずは斬り込み隊長の那珂が、叢雲、浦風、夕雲、朝霜を連れてバリ島沖に出撃。

バカンスmodeの潜水新棲姫を倒した。

 

 

9月10日。

三隈、羽黒、鬼怒、千歳、文月、荒潮がマラッカ海峡に進出、お馴染み重巡夏姫の妨害を排除して、北スマトラ島メダンの前線へ輸送作戦を実施。

 

 

9月11日。

文月に代えて防空駆逐艦である涼月を投入した艦隊は、マレー半島の要衝ペナンを強襲。

バカンスmodeの集積地棲姫を倒し、深海前線集積地本部を粉砕した。

 

さらに、新艦娘である岸波とあっさり邂逅。

あまりの喜びに、この夜は夏の残りの花火をやりながらバーベキューをして、ビールを飲みまくった。

 

思えばこれが、慢心の始まりでした……。

 

 

9月12日~13日。

艦隊による西方打通作戦を開始!

 

金剛、榛名、古鷹、加古、利根、赤城の本隊と、祥鳳、筑摩、阿武隈(予備艤装)、霞、霰、初月の第二部隊からなる、水上打撃編成の連合艦隊が、セイロン島の港湾夏姫と、モルディブの泊地水鬼を撃破。

 

圧倒的じゃないか、我が鎮守府は!

 

さらに、蒼龍、北上(予備艤装)、木曽、初月と、戦力の逐次投入こそあったものの、モルディブに籠っていた護衛独還姫を仕留めることに成功し、欧州へと繋がる西方航路を打通し、新艦娘である神鷹を入手。

 

 

9月14日~15日午前。

艦隊は地中海へと進出し、北アフリカ・トリポリへの輸送作戦に突入。

 

他の鎮守府が敵を完全撃破した直後の弱体化している隙を狙う、高度な戦術的駆け引きの丁作戦を反復実施。

同地で邂逅できるという噂の、新たな艦娘の入手のためなら、卑怯者と罵られても構わない。

 

祥鳳、鈴谷(航空母艦)、最上、ザラ、ポーラ、天龍、龍田、由良、照月、睦月、如月、皐月、白露、村雨、リベッチオ……そして二回だけ(二回とも大破撤退の原因を作った)ガンビア・ベイ。

 

交代で疲労を抜きながら、輸送と新艦娘の捜索に明け暮れ……。

 

 

9月15日午後~9月16日。

結局、丁作戦の輸送段階では、新艦娘との邂逅は絶望的に確率が低いことが判明しました。

 

提督の臨機応変かつ柔軟な采配により、艦隊は乙作戦の遂行に目的を変更。

ザラ、由良、照月、リベッチオ、ヴェールヌイ、村雨という選抜艦隊で、(輸送そっちのけで)ひたすらに敵ボスである戦艦夏姫の撃破を繰り返した。

 

そして、いよいよ最後の輸送となってしまった時……ついに新艦娘、北欧スウェーデンの軽航空巡洋艦娘ゴトランドと邂逅することができたのだった。

 

 

9月17日午前。

余勢を駆った艦隊は、ジェノヴァに立て籠もる新たな敵、船渠棲姫を撃破。

リベッチオの姉である、マエストラーレを新たな仲間に加えた。

 

さらに北大西洋へと進出した艦隊は、堂々と甲作戦を選択。

 

アークロイヤル、瑞鶴、翔鶴、大鳳、摩耶、鳥海、多摩、大井、神通、秋月、朝潮、ジャーヴィスという惜しげもない戦力を投入して、戦艦夏姫と重巡夏姫が率いる北大西洋深海通商破壊主力部隊を、圧勝のうちに打ち破った。

 

慢心ここに極まれり。

 

そして、地獄の蓋が開く……。

 

 

9月17日午後~9月19日。

ドイツのキール軍港から北海を抜け、フランスのブレストを目指す、新ライン演習作戦の本格段階になって、急に雲行きが怪しくなった。

 

例の、筑波宇宙センターへの社会科見学。

さすがに深海棲艦を国の施設には連れていけないのだが……。

 

連れて行ってもらえないと知った潜水新棲姫がすごく荒ぶった。

スカゲラク海峡を抜けて北海に出た途端、嫌がらせの雷撃(かなり痛い)を仕掛けてくる。

 

そして、お留守番をお願いした、鎮守府在住の空母ヲ級と重巡ネ級が、プチ家出して猛襲してきた。

イギリスに置いた基地航空隊も、拗ねたヲ級ちゃんの空襲で積み木崩し状態。

 

彼女らの攻撃によって大破が続出。

応急修理女神を駆使して、ようやくブレスト港に到着できても……。

 

激おこプンプン丸な港湾夏姫と飛行場姫がガードしていて、ボスである戦艦仏棲姫の完全撃破には至らない。

 

乙作戦に難易度を落としても、この鎮守府の艦隊だけをターゲットにして、空母夏姫と水母水姫が追撃を仕掛けてくる始末。

 

さらには……。

 

「フフ……ツレテッテクレナインダァ……? ヘーエ……クレナインダァ……」

「チッ…。 シカタナイナァ……」

 

鎮守府の居候、防空棲姫と深海鶴棲姫が、ついにアップを始めた。

 

このままでは、資源がマッハで溶ける。

高速修復材(バ ケ ツ)の底も見えてきたし、来週は十五夜の月見、芋の収穫、稲刈りの準備で忙しくなるし……。

 

「負けました」

 

作戦遂行中、当社比105%でわずかにキリリと見開かれていた提督の目が、いつもの眠り猫のようなものに戻った。

 

 

「お弁当は、みんなで食べたほうが美味しいもんね」

 

そういえば……。

作戦遂行に忙しすぎて、昨日何を食べたのか思い出すのも一苦労な毎日が続いていた。

包丁もしばらく握っていない。

 

これはいけない。

腹の虫の加護がなくて、うちの艦隊が真の力を発揮できるわけがない。

 

初秋作戦の最終段階は、乙でさっさとケリをつけよう。

そして、大切な稲刈りを済ませたら……。

 

横須賀提督と大洗提督には上手く言い訳して、深海のみんなも連れて社会科見学に行きましょう。

美味しいお弁当をたくさん持って。

 

さあて、どんなお弁当にしようかな。




E5甲の二本目ゲージ、ラスダン8連続失敗に心が折れました。
本日朝に乙に変更して二本目一発クリア、先ほど三本目をクリアしました。

運営ちゃん、これ……中規模ちゃう……。


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葛城とグラーフのサツマイモご飯

遠方の峰々は紅く色づき、青々としていた水田も黄色く熟した。

けたたましかった蝉たちの合唱が消え、昼はトンボが舞い遊び、夜は鈴虫が鳴く。

 

収穫の秋。

鎮守府の畑では、芋掘り大会が行われていた。

 

「駆逐艦の皆さん、行きますわよ! とぅおおぉ~っ!」

「三十一駆、全速前進!」

「いよーっし、岸姉。行くぞー!」

「ちょっと、朝ちゃん待って。熊野さんも沖姉も、何でそんなにはしゃいで……」

 

「リベ、これ何? Patata?」

「ふひひ♪ リベとキヨシモが教えてあげる!」

「同志、この紫の物体は本当にкартофель(芋)なのか?」

「そう、ヤポンスキーの誇るサツマーイム、Сладкий картофель(甘い芋)だ。ヤキーイムにすると美味いぞ」

 

ジャージ姿の艦娘たちの楽し気な笑い声が、移動式の簡易ビニールハウスの中から響く。

 

熱帯原産のサツマイモは雨に弱く、身に水分が溜まりすぎると腐りやすくなる。

今日掘るのも、前もって雨除けの簡易ビニールハウスをかけておいた、テニスコート程の広さの区画だけ。

このビニールハウスは、次の10月に収穫する分の区画へと移動させる。

 

サツマイモは傷をつけると味が落ちてしまうので、道具を使って掘るのは要注意。

慎重に手掘りし、一株まるごと引き抜くのが好ましい。

 

蔓に連なったサツマイモが、ズルズルと土中から姿を現す、楽しい作業。

この後には、サツマイモの炊き込みご飯も食べられるし。

 

ただ、サツマイモの甘みを十分に引き出すには、冷暗所に貯蔵しての熟成が必要。

今日の料理に使われるのも、一週間ほど前に掘り出して地下倉庫で寝かせておいた、先行収穫のサツマイモだ。

 

 

航空母艦娘の葛城とグラーフ・ツェッペリンが、一三式自走炊具(2トントラックの荷台に調理施設を搭載したもの)の中で、大量のサツマイモを皮付きのまま角切りにし、大鍋に張った水にさらしていく。

 

一三式自走炊具には、一度に100人前の米(10升)を炊ける炊飯窯が固定搭載されているが、鎮守府全員分の炊飯にはまだ能力不足。

普段は調理用途に応じて、焼き物用の鉄板や、煮物用の寸胴鍋など、4種類の装備から2種類を選択・交換して搭載できる追加ユニット部にも、炊飯窯がドンドンとセットされていた。

 

300人前の炊き込みご飯。

 

その下準備たるや大変なものだが、グラーフが責任者に立候補したのを見て、葛城もそれを手伝うことにした。

 

先の新ライン演習作戦。

ビスマルク、プリンツ・オイゲンとともに作戦に参加したグラーフ・ツェッペリンだが、強力な敵(鎮守府をプチ家出した空母ヲ級flagship)相手に制空力の不足が目立ち、葛城へとバトンタッチすることになった。

 

その葛城も苦戦を強いられ、加賀へと後を託した。

作戦で十分に貢献できなかった分、何か鎮守府の役に立ちたいと思うグラーフの気持ちは、葛城にもよく分かった。

 

と、一三式自走炊具の隣に、加賀の運転するハイエースが滑り込んでくる。

あらかじめ鎮守府の厨房で下ごしらえしておいた、大根、人参、しめじ、豆腐と、味噌汁の具を運んできたのだ。

 

加賀もまた制空戦に手いっぱいとなり、打撃力を発揮できないことから、鎮守府最強の空母艦娘イントレピッドへと役を譲った。

 

ハイエースの助手席には、葛城たちを退けた空母ヲ級flagshipが笑顔で乗っている(社会科見学に連れて行ってもらえることになったので機嫌が直った)。

加賀も、はしゃぐヲ級相手に優しく微笑んでいる。

 

隼鷹、飛鷹は、味噌汁用の巨大な寸胴鍋をセットしている。

鳳翔は大鷹と神鷹に手伝ってもらい、秋茄子で味噌炒めを作ろうとしている。

 

目立つ場所で、華々しい戦果を挙げるだけが艦娘の仕事ではない。

 

台風に備え、田んぼに防風ネットを張っている明石、夕張、あきつ丸。

収穫をしたカボチャを貯蔵庫へと運ぶ、水上機母艦娘たち。

 

みんなが少しずつ力を出し合い、この鎮守府を、大切な家族を支えている。

 

「よぉし、そろそろお米と混ぜましょうか」

「よろしい。塩加減は任せておけ」

 

新潟から贈られてきた新米と、黄金色のサツマイモ、裏山の澄んだ湧き水。

その素材の良さを最大に生かすために、あとは岩塩を少し加えるだけ。

 

「それじゃあ……」

「うむ。楽しみだな」

 

やがて漂ってくるだろう、極上の秋の香りを思い浮かべながら……。

 

葛城とグラーフは、炊飯窯に火を入れるのだった。



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ネルソンとフーカデンビーフ

ご注意。
新艦娘ネルソンとゴトランドの台詞バレがあります。


「Enemy ship is in sight…. 各々方…さあ、始めるぞ!」

 

波濤を蹴立てて進む、豪奢な超弩級戦艦が宣言する。

新しく鎮守府に加わった仲間、英国のネルソンだ。

 

前方から迫りつつある演習相手の艦隊は、島根県稲佐の浜(いなさのはま)鎮守府所属。

 

旗印は中の空いた四角形を四つ正方形に配した、平四つ目結(ひらよつめむすび)

出雲の戦国武将、尼子氏の家紋だ。

 

稲佐の浜は出雲大社、建御雷神(タケミカヅチ)大黒主神(オオクニヌシノカミ)と対面した国譲り神話の舞台であり、毎年旧暦10月に全国の神様が一堂に会する神議り(かむはかり)の際に出雲上陸の地とする神聖なパワースポットでもある。

 

その稲佐の浜鎮守府の提督は、長い黒髪の美しい巫女様で、こと霊力に関しては提督中随一、戦闘海域に支援艦隊や友軍艦隊を送り込む新たな門を開くための術式を完成させたのも彼女だ。

 

「各艦! 複縦陣で敵の中央に突撃する!  聞こえなかったか?複縦陣だ! 行くぞ!!」

 

そして、我が方の旗艦ネルソンが指示したのは、ネルソン・タッチと呼ばれる新戦術。

彼女の名前の由来であるネルソン提督が、トラファルガー海戦でナポレオンのフランス艦隊を壊滅させた、複縦陣による敵中央突破、分断各個撃破戦法である!

 

とか、そういうフンワリどうでもいい知識は横に置いておいて……。

 

稲佐の浜鎮守府の艦隊は、軽空母1、駆逐艦2、海防艦1。

どう見ても近海の対潜掃討を行ったついでに、演習に応じてくれた接待編成だ。

 

「ナガート、ムツー! 遅れるな!」

 

それを相手に世界のビッグセブンたる艦娘が3人も揃って、大人げなく一斉射撃を……。

 

「主砲、1番!2番! 行くぞ、もう一撃だ!」

 

やっちゃった。

 

後ほど鳳翔さんがお詫びに、鎮守府の果樹園で採れたリンゴから作った100%生搾りジュースと、手作りごぼう茶を届けに行きました。

 

 

5~6月の食材集めイベントに、8月の戦果争い、少し大きめの中規模(嘘やん)な初秋作戦と、つい魔が差して参加してしまった9月の戦果争い。

 

ここ半年ほどフル回転(ゆとり鎮守府にしては)していたが、今はのんびりモード復活。

 

阿武隈と第一水雷戦隊は、畑の除草作業。

神通と第二水雷戦隊は、稲刈りして干しておいた稲穂を、台風から守るために貯蔵庫へ輸送中。

川内と第三水雷戦隊は、裏山へ柴刈り(低木を伐採したり、落ち木を拾って薪の材料を集める)に。

那珂ちゃんと第四水雷戦隊は、川へ洗濯……ではなく、海で海苔や昆布の養殖棚の補強作業。

 

そして名取と第五水雷戦隊など、残る多くの艦娘たちは、来たる秋刀魚漁支援任務に向けて漁具の手入れ。

サンマTシャツを着た卯月が、こっそり秋刀魚漁装備に爆雷を混ぜようとして飛龍に怒られていたり。

 

 

第六水雷戦隊旗艦の夕張は、大淀に執務室へと呼び出されて正座をさせられている。

 

「この領収書は何です?」

 

ちょっとした買い物用にと、ウォースパイトが購入した折り畳み小径自転車(ミニベロ)の傑作ブロンプトンを、夕張がパンク修理のついでにカスタムしてあげた時の部品代。

 

シュワルベ社のタイヤ2本とチューブ2本で7000円、これはいい。

 

手組みの軽量ホイールに交換、というのが余計なお世話だが……。

 

それにしても、フロントホイールを組むのに使ったハブ(軸)が、GOKISO(航空機のジェットエンジン部品も製造する、愛知県名古屋市御器所(ごきそ)町の超精密工作機械メーカー『近藤製作所』のブランド)で、税別80000円也というのは……。

 

「これ本気で経費で落ちると思ったんですか?」

 

さすがに大淀さんの眼鏡も光り、こめかみに筋が浮いてしまう。

 

「あーん、そこは格納庫じゃなくって……。あ、ダメだから! 提督、そこは危ないです!」

 

そちらには構わず、提督は今日の秘書艦にした軽(航空)巡洋艦娘のゴトランドの格納庫に興味津々。

 

「私、正直スキンシップは嫌いじゃないですから。できればもっと自然に……お願い、かな?」

 

などと、イチャコラしてやがるが……。

 

「提督にも欧州で買ってきた自動車について、お話がありますからね」

「え?」

 

先の欧州救援作戦のついでに、欧州艦娘たちの足になればと中古車を買い漁ったのだが……。

 

1969年式のモーリス・ミニクーパーS。

シティーハンターでお馴染みの、イギリスの小型車。

 

同じく1969年式のフィアット500(チンクェチェント)

ルパン三世でお馴染みの、イタリアの小型車。

 

奇しくも1969年式のシトロエン2CV(ドゥーシボ)

カリオストロの城でお馴染みの、フランスの小型(?)車。

 

もう確信犯だろうという1969年式のザポロージェツ、西側輸出ルノーエンジン搭載モデル。

日本では馴染みがないが、旧ソ連ウクライナの小型車。

 

ビスマルクたちがレストアして乗っている1969年式フォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)も合わせ、どれも自動車史に燦然と名前を残す名車であるが……。

 

20世紀少年の“ともだち”のように、昭和愛をこじらせた提督の道楽。

 

他所の提督の中には、ロールスロイスやフェラーリ、あるいは外洋ヨットやジョット機を買った者もいるので、それらに比べればささやかな贅沢だが……。

 

ここ最近で買い足した実用車が、2トントラック、ハイエース、エブリィ(スズキの商用軽ワゴン)だけだというのに。

 

と、矛先が提督に向いている隙に……。

 

「あっ、逃げるな! ダメロン!」

 

 

ダメロンともども、たっぷりと大淀のお説教を喰らった提督。

 

そこに、演習からホクホク顔で帰ったネルソンがやってきて……。

 

「さぁ、そろそろ夕食の時間だな。My Admiral、今夜のメニューは何だ?」

 

期待に満ちた顔を向けてくるので、フーカデンビーフを作ってあげることにした。

 

聞きなれない、フーカデンという料理。

フランスの田舎料理fricandeau(フリカンドー)が、明治43年に大日本帝国陸軍が制定した『軍隊料理法』にフーカデンと記されたため、その名で定着してしまったものだ。

 

牛ひき肉に炒めた玉ねぎとパン粉を加え混ぜ、塩こしょうとナツメグをふり、ゆで卵を包むように型に入れてオーブンで焼く……うん、どこかでイギリスのスコッチエッグの製法が混ざり、魔改造されているところも日本らしい。

 

さあて、これを食べたらネルソンはどんな反応をするかな?

 

フーカデンにかけるソースを作るため、トマト缶を開けながら提督は微笑むのだった。



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鎮守府の秋刀魚漁2018

静寂に包まれた黎明に突如……。

普段は『総員起こし』を行わない辺境の鎮守府に、起床ラッパが大音量で鳴り響いた。

 

「祭りの朝だぴょーん!」

「40秒で支度しなっ!」

 

スピーカーから轟く、うーちゃんと朝霜の声。

それと同時に、部屋から飛び出して工廠や倉庫へと走る艦娘たち。

 

「何だと? この騒ぎは何だ!? おい、Ark、何事だ?」

 

困惑する新人のネルソンが、同室のアーク・ロイヤルに問いただすが、アークはニヤリと笑うばかり。

ウォースパイトやジャーヴィスも、何か隠しているのか、ニヤニヤしながら「埠頭へ行こう」と背中を押すだけ。

 

埠頭に出ると、五十鈴の動かすフォークリフトに載せられ、ネルソンの艤装が運ばれてくるが……。

 

昨日まで装備していた20連装7inch UP Rocket Launchersが、96式150cm探照灯に勝手に換装されているし、S9 Ospreyの乗員妖精さんたちが、熟練見張り員さんと交代している。

 

「灯りよし! 水中探信儀……よし! 大淀、装備は万全です!」

「その装備は一体!?」

 

自分の艤装の改変だけでなく、日本艦娘たちのおかしな装備に困惑するのは、ネルソンだけではなかった。

 

「秋刀魚漁用装備、あれは、良し。これも、良し。よ~し、満載! ここは私が頑張るところ。今年もやるわー!」

「Are you a……何張り切ってるの? え? ニッポンの伝統……それはSearchlightでは? え……」

 

イントレピッドも、大漁旗を掲げながら、三式水中探信儀と探照灯2基、ドラム缶を積んでいる夕張を見て目を丸くする。

 

「来たか……またこの季節が……しゃーない。大井っち、私も魚雷降ろして頑張っちゃいましょうかねぇ」

 

そうです、今年も来ました、サンマ祭りです!

 

 

まずは小手調べに、鎮守府正面海域の近海警備に、対潜哨戒。

 

「しれぇ~! しれぇー! しれぇー!! たんしょーとー満載したー!! あとは何ぃ? 爆雷でいいのー? ねーえ!?」

「うん、私も頑張る! 武器はHedgehog(対潜迫撃砲)でいい?」

「日振型にお任せください。大ちゃん、行くよぉ。え、その爆雷は何……何する気!?」

 

漁場が荒れるから、爆雷を使ったドッカン漁は禁止です。

それから、九三式などの水中聴音機では、潜水艦のスクリューじゃあるまいし秋刀魚は補足できないので置いてくこと。

あと、時津風は声が大きすぎ!

 

「うーん……」

 

提督は小さい艦娘たちの世話を焼きつつ何度も艦隊を出撃させ、師匠や扶桑姉妹の瑞雲を投入して空からも捜索してみたが……。

 

今年は、近海の秋刀魚の群れが少ないようだ。

 

 

となれば、定番の漁場は北方海域、アルフォンシーノ方面。

 

「今秋の秋刀魚も上々ね!」

「大切な漁場、ここは譲れません!」

 

制空と打撃の主軸となる正規空母1にガチ装備。

 

「あの…あまり触られると、艦載機が発進できないです……全機発艦してからで、いい?」

「んっ、提督? 格納庫まさぐるの止めてくれない? んっ。っていうか、邪魔っ」

 

軽空母1はギリギリの戦闘力を維持しつつ、Swordfishやカ号観測機など、秋刀魚を探すのに有効そうな艦載機を多く積めるよう、搭載バランスを調整。

そのために熱心に格納庫をまさぐる提督。

 

「Sanma Operationでしょ? 任せておいて。この優秀なソナー(ASDIC)があれば……えっ、それだけじゃダメ? 難しいわね……ダーリン、教えて!」

 

航路を固定するために、駆逐艦娘は2人必要。

1人は秋刀魚3点セットを積むとして、もう1人は渦潮対策も兼ねて対空3点セット。

 

「ああ、北方の漁場なら俺が護るぜ。第五艦隊の斬り込み隊長を信じろ。行くぜ!」

「さあ、愛宕! 私達の漁場を守るわよ! 四戦隊出撃! 秋刀魚漁支援作戦を、実施します!」

「秋刀魚漁も那珂ちゃん、もちろんセンター☆ 漁場のアイドル那珂ちゃん、お仕事頑張りまーす!」

 

残る自由枠2には、各種巡洋艦から自由に2人。

 

装甲空母や改二駆逐艦、雷巡が多少有利だが、せっかく敵が強くないので、ここは交代で全員出撃。

大漁旗を持つ姿が可愛い多摩や、語尾の「クマ」を取り除くと妹よりイケメンな球磨など、見どころ聴きどころ満載だ。

 

 

スピーカーから流れる、祭囃子。

艤装や補給物資、水揚げされた秋刀魚を載せて走る、軽トラ、フォークリフト、ハンドフォーク、リヤカーの喧騒。

 

焼きトウモロコシ、焼きそば、ホットドッグ、りんご飴。

工廠の脇には、小腹を満たすための屋台。

 

いくら祭りとはいえ、出撃させると鎮守府の資源にダメージが入ってしまう、大和、武蔵、アイオワが伊良湖の協力で運営しているのだが、その屋台から漂う食欲を刺激する香りが、さらに腹を空かせていく。

 

そして、『秋刀魚漁対策本部』と書かれたテントの裏。

並べられた多くの七輪から、もうもうと高く空へと立ち昇る、秋刀魚を焼く煙。

 

テントに入った提督に……。

 

「ほら、焼けたわよ」

 

ジャージの上にエプロンをつけた満潮が、ぶっきらぼうに秋刀魚の塩焼きが載せられた皿を突き出してくる。

 

「うん、ありがとう」

 

いただいた秋刀魚の皿を、自分で炊飯釜からよそった炊き立ての新米ご飯とともに、ベニヤ板製の折り畳みテーブルに置いてビールケースを重ねた椅子へと腰掛ける。

 

皮目がバリッと焼けながら、身崩れも黒焦げもない、絶妙な焼き加減の秋刀魚。

炭火で焼いた秋刀魚はハラワタに遠赤外線の熱が通って美味しく焼けるが、脂が炭に落ちると火が立って焦げやすい。

この綺麗な焼き上がりは、こまめに焼き加減を見ながら、丁寧に焼き上げた証拠だ。

 

大根おろしに、すだち、はじかみ生姜。

シンプルだが、消化を助ける理にかなった付け合わせ。

 

そして、はじかみ生姜は、生姜を筆の形に削って整形し、湯通しして塩をふり、粗熱をとってから甘酢に漬けるという、実際に手作りしてみれば手間のかかるもの。

 

まさに、おもてなしの心が詰まった一皿。

 

箸でその身を崩して、醤油をかけた大根おろしをのせ、炊き立てのツヤツヤの新米のご飯とともに口に運べば……。

 

毎度のことながら、日本人に生まれてよかったと感じる、しみじみとした美味さが口いっぱいに広がる。

後から来るハラワタの苦みも、郷愁とともに舌と心に染み渡っていく。

 

そして、モジモジとこちらの様子をうかがっている満潮は……。

 

頭の三角巾と、第八駆逐隊と書いた緑の腕章が、文化祭の出し物で働く女子生徒のようで可愛らしい。

 

「何よっ、言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!」

 

提督の視線を感じ、頬を赤らめる満潮。

 

「ありがとう。秋刀魚は美味しかったし、満潮も可愛いよ」

「……ッ、バカじゃないの!?」

 

言いたいことをハッキリ言ったら、顔を真っ赤にして逃げて行った。

 

 

さらに秋刀魚を食べ続ける提督の所へ……。

 

「提督! 中部海域、KW環礁に大規模な秋刀魚の群れを発見したかも!」

 

二式大艇ちゃんを出して長距離偵察をしていた秋津洲が報告に来る。

 

空母棲姫の縄張りであるKW環礁は危険な難関海域だが……。

 

「岩本さん、伊勢を呼んできてくれる? 野中さんは、基地航空隊の出撃準備をお願い」

 

空母並みの制空力を誇る伊勢改二と、今日まで築き上げてきた基地航空隊の力、そして……。

 

「違う! 腕の角度はこうじゃ!」

「む……こ、こうか?」

 

利根にバ〇イーグルのポーズを教え込まれているネルソン。

うん、新必殺技トネルソンタッチがあるから、空母棲姫も怖くない。

 

装備搭載量に余裕がある、大淀とタシュケントに秋刀魚漁3点セットを持たせて、伊勢と利根に瑞雲12型、秋月に対空3点セット。

問題はネルソンから熟練見張員さんを降ろして、水上機を載せるべきか……。

 

提督はKW環礁攻略の作戦を練りつつ、秋刀魚と新米をかっ込むのだった。




【プレイ記録】
昨晩から半日で30尾集まりました。今年はかなり出やすい印象ですね。
周回結果を載せておきますので、参考になれば。

1-1B     5尾/11S
1-1ボス   2尾/11S
1-5ボス   2尾/11S

3-3G     5尾/10S(+1A)
3-3ボス   5尾/8S

6-5F     2尾/7S(+2A)
6-5I     4尾/8S(+1A)
6-5J     3尾/4S+1A(+3A) ※夜戦マス、A勝利でも出るようです
6-5ボス   2尾/2S(+1A)


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那珂ちゃんへの葱油餅

色づいた木々が池の水面に写り込む、艦娘寮の庭。

 

初雪と深雪が、掃き集めた落ち葉の山に芋を仕込んで、落ち葉焚きの準備をしている。

木曾とまるゆは、柿の木の様子を見て回り害虫の駆除。

マエストラーレとリベッチオは、ハロウィンのためにカボチャを彫ってランタン作り。

 

庭の離れの茶室のコタツでは、新入り艦娘のネルソンとゴトランドが、提督の誘い(罠)に乗ってしまって惚けている。

 

そんな平和な秋の一日。

 

昭和レトロな木箱を逆さにした舞台(ジャイアンのアレ)に乗り、那珂ちゃんが歌と振り付けを練習していた。

明日、隣接市の「働く婦人の家まつり」で披露するコンサートのための予行練習だ。

 

『働く婦人の家』とは、勤労婦人福祉法(現在の男女雇用機会均等法)の規定に基づいて地方公共団体が設置した公共施設であり、職業相談や講習、実習等のほか、レクリエーションの場を提供することも目的の一つとしている。

 

そして、練習中の那珂ちゃんが、ちょっと涙目でいる理由……。

 

明日は、市民体育館で「産業まつり」という催しも同時開催(というより「産業まつり」がメインのイベントで「婦人の家まつり」はおまけ)されるのだが、そちらのステージイベントから今年は締め出されてしまった。

 

毎年、地元高校の吹奏楽部と、地元出身シンガーらのつなぎ役として好評を博し、それなりにFランクアイドルの地盤を確固なものにしていると自負していたけれど……。

 

今年は超S級アイドルである『ピ〇チュウ』様が来て、ステージショーが行われることになったのだ。

 

そりゃあね、Fランに勝ち目はありませんよ……。

 

 

それでも腐らず、振り付けを再確認する那珂ちゃんのプロ根性。

 

今日は第四駆逐隊のネギ畑の収穫作業もあったので、泥のついたジャージ姿のまま頑張る那珂ちゃん。

 

離れの茶室のコタツから、那珂ちゃんの姿を眺めていた提督も感動し、元から細い目をさらに細めて微笑んでいた。

 

そんな提督も、ちょっと涙目。

 

夕立に最大限の改修をした12.7cm連装砲B型改二を積み、10cm連装高角砲5個と94式高射装置を廃棄して生贄に捧げる『駆逐艦主砲兵装の戦時改修【Ⅱ】』という儀式任務をこなした提督。

 

装備の廃棄を第一艦隊旗艦の明石に命令した後で、夕立か時雨が「旗艦」でなければならなかったことに気づいた提督。

 

「任務で旗艦を指定している以上、二番艦の夕立ちゃんが12.7cm連装砲B型改二を持っていても、それは達成と認められませ……っ、きゃあぁーっ!」

 

大淀にお目こぼしをお願いしたけど、断られてムシャクシャしたので、腹いせにスカートのスリットに手を突っ込み、メチャクチャ強制猥褻しておいた。

 

「よし、那珂ちゃんのために何かおやつを作ってあげよう」

 

提督がコタツから立ち上がる、その横には完全に融けきった表情のネルソンとゴトランドがいるのだった。

 

特にゴトランドは温泉上がりの浴衣姿に綿入り半纏(はんてん)を羽織って、梅こぶ茶をすすってて……あれ、この子が日本に来たの、最近じゃなかったっけ……。

 

 

まずは、薄力粉と塩に、水を少しずつ加えながら混ぜこねて生地を作る。

中力粉と溶き卵をお湯で混ぜ、さらに生地を寝かせるとより"らしい"食感になるのだが、ここはお手軽に。

 

そして、那珂ちゃんが収穫した立派な長ネギを、緑の葉の部分をたっぷり多めに粗みじん切りにしたら、ピーナッツ油で弱火からじっくり熱してネギの香りを出す。

この葱油(ツォンヨウ)が唯一の具であり、ここでどれだけ香り高く仕上げられるかがカギだ。

 

麺棒で薄く伸ばした生地に、芝麻香椿(チーマーチャンチン)という練り胡麻と香椿を使った台湾の調味料を塗り、葱油を満遍なくのせて塩こしょうを振る。

 

それをクルクルと渦巻き状に丸めていき、一本の棒となった生地を立てて縦方向に押しつぶし、麺棒で円盤状に広げる。

こうすることで、生地と葱油が何層にも重なり、焼き上がりに軽い食感を生み出す。

 

そして、コタツの上に出したホットプレート(よりお手軽にはフライパンで可)にゴマ油をひいたら、両面を弱火でこんがりきつね色になるまで焼いて完成。

 

台湾の屋台料理の定番、葱油餅(ツォンヨゥピン)だ。

 

黒酢をつけてもいけるが、今回はウスターソースに、酒、砂糖、醤油、豆板醤を混ぜて火にかけた、甘辛ソースを添えて。

 

最初に焼き上げた一枚はネルソンとゴトランド(提督が何を作っているのか台所が気になっていたが、ついにコタツから脱出できずに首を伸ばして覗いてくるだけだった)にあげて、那珂ちゃんを呼びに行く。

 

カリフワッとした軽い食感に、濃厚な葱の香りとゴマの風味。

チープなソース味がよく合うが、それだけではない奥深い味。

 

小吃(シャオチー)(台湾の屋台B級グルメ文化)が生み出した傑作料理だ。

 

(そうだ、那珂ちゃんを責任者にして、鎮守府小吃祭りでも開催するかなぁ)

 

那珂ちゃんが望んでいるのとは若干異なる、輝くステージを夢想する提督であった。



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【番外編】鎮守府のハロウィン祭り

秋も深まり、多摩がコタツで丸くなっていることが多くなった今日この頃。

北の辺境鎮守府では、ハロウィンのお祭りの準備がすすんでいた。

 

ハロウィンは、ケルト民族の大晦日の祭りを起源とし、キリスト教の「万聖節(All Hallows)」の前夜祭として定着した祭りだ。

 

11月1日に新年を迎える古代ケルトの世界では、大晦日にあたる10月31日の夜に祖先の霊が戻ってくるという、日本のお盆に似た信仰があった。

しかし、同時に悪霊もこの世界にやって来るため、これら悪霊が家人や家畜、農作物に災いをもたらさないうちに追い払うよう、仮面や仮装、魔除けの焚き火が行われるようになったという(同時に、収穫祭として無礼講にハメを外したい気持ちもあったのだろう)。

 

というわけで、ここの鎮守府でもハメを外すべく、海外艦娘たちが埠頭に色んな屋台を用意していた。

 

 

まずは、ハロウィンに一番乗り気なイタリア艦娘たち。

用意しているのは、馬車に模した屋台で供する「ランプレドット」。

 

ランプレドットとは、しっかり下処理した牛の第4胃であるギアラを、セロリ、人参、玉ネギ、ニンニクなどの香味野菜と共にコトコト煮込んだ、透明なスープ。

基本的な味付けは塩コショウのみだが、「サルサ・ヴェルデ」という、パセリ、ローズマリー、ケイパー、アンチョビ、ビネガー、オリーブオイルなどを混ぜた、緑のソースをかけるのが一般的。

 

この、トリッパ(牛の第2胃であるハチノスに、トマトソース)に並ぶイタリア風モツ煮込み。

作るのに手間暇はかかるが、本当に美味しい。

 

長時間の煮込みによってクセが抜け、香味野菜の芳醇な香りが染み込んだ、やわらかギアラ。

さっぱりとした緑のソースが、とろける肉の旨味を引き立てる。

 

これを、パニーノ(具を挟んだパン)にして、お好みで唐辛子オイルで辛みを追加して提供するのだ。

 

「うん、ヴォーノ」

 

一皿の肉料理としても完成しているが、これをパンとともに堂々と口に頬張るのが、屋台ならではの快感。

試食した提督も、思わず頬がゆるむ味。

 

「美味しい? えっへへっ、やったぁ!」

「もうム゛リですぅ~」

「あと30分はそのままよ!」

 

新入りのマエストラーレも、違和感が仕事しないまま艦隊に溶け込んで仲良くやっているし、ワインをくすねようとした某重巡も、姉がしっかりと取り押さえて正座の刑に処してる。

 

魔女の仮装をしたローマも、黙々とカボチャのランタンで辺りを飾り立てているし、アクィラは多摩を化け猫に、木曽を眼帯ゾンビへと仮装させるべくメイク中。

 

「こっちの方が数を作りやすいし、食べやすいと思うのよねぇ」

「でもでもっ、それじゃサンマー祭りに屋台でやったスパボーと変わらないよ?」

「だから、ハロウィンらしく砂糖とココアをまぶして甘く……」

 

イタリアとリベッチオは、フライヤーで揚げて提供するパスタプリッツ(揚げパスタ)のスパゲティを、細めの乾麺を長いまま揚げるか、中太の生麺を巻いて揚げるかを熱心に議論中。

 

イタリア艦娘たちと、手慣れた様子でビアガーデンを設置中のドイツ艦娘たちは、放っておいても大丈夫だろう。

 

 

イギリス艦娘たちは、インド料理の屋台に挑戦している。

 

「焼き過ぎだぞ、ネルソン。タンドール窯は火力調節が難しいんだ。鶏を入れる前に焼き時間を推量しろ」

「ビッグセブンたる余に、こんなことをさせるとは……」

 

鬼教官と化したアーク・ロイヤルがネルソンに、タンドリーチキンの焼き方を伝授していた。

 

タンドール窯は、ドラム缶の中に野焼粘土製の窯を入れ、耐火セメントで塗り固めた自作(にしては大きすぎる)のものを使っている。

 

「火傷しないように注意してね」

 

日夜、深海棲艦との戦いをくぐり抜けている彼女らが、今さら炭火ごときでダメージを負うとも思えないが、そこは女の子たちが相手。

提督も一応注意しておく。

 

「My Admiral,Arkの教え方がひどいのだ。なぁ、Admiralが教えてくれないか?」

 

そんな提督の優しさに、ネルソンが妙に媚びた艶っぽい表情で甘えてくるが……。

 

「人間の僕だと、手が炭化するから無理」

 

ブスブスと黒焦げたチキンを素手で灼熱の窯から引き出すネルソンに言われても、甘い空気など漂うはずもない。

 

 

「Darling! これ食べてみて!」

 

と、英駆逐艦娘のジャーヴィスが、隣のタンドール窯からウォースパイトが引き出した串焼きを持ってきてくれた。

 

インドの屋台料理、パニールティッカ。

パニールというインドの水牛や牛の乳のチーズを、玉ねぎ、ピーマンを挟みながら串に重ね刺し、マサラ(混ぜた香辛料)などを染み込ませ、窯で焼いたものだ。

 

「どう? ウォースパイトが作ったのよ! 美味しいでしょ!?」

 

今回パニールティッカは、市販のガラムマサラとカレー粉に、ヨーグルト、砂糖、岩塩、ニンニク、玉ネギ、生姜、クミンシード、小麦粉を加えたマリネ液に漬け込み、味の複雑さと風味、食べやすさを増したもの。

提督が、創意工夫が行き過ぎる某日本製の高速戦艦のような失敗を恐れていたウォースパイトに泣きつかれ、事前に教えた絶対失敗しない日本人好みの王道味。

 

後は、初秋作戦中にウォースパイトがジャパニーズ土下座して港湾棲姫から横流ししてもらった、本場の極上パニールをとろける直前まで焼けば完成だ。

 

多重層な刺激が舌を次々と襲うが、そのどれもが心地よく、チーズと野菜の汁気がジュワッと舌に流れ出して、それら刺激を優しく包み込んでいく。

 

「うん、美味しいね。さすがは英国の至宝、ウォースパイトだよ」

 

このパニールティッカの味が決まるまでの、大人のやり取りは心に秘めつつ、提督は目を細めて微笑むのだった。

 

 

フランス艦娘とゴトランドたち(なぜか、戦艦仏棲姫とほっぽちゃんも混じっている)は、小粋なパラソルを差した屋台で石焼きのマロン・グリエ(焼き栗)。

 

生の西洋栗が手に入らず、裏山で採れる和栗は渋皮が剥きにくくて焼き栗に向かないため、やむなく中国栗を使っているため……天津甘栗の屋台に見えてしまうのはご愛嬌。

 

いったんそういう目で見てしまうと、赤と黄色のお洒落なパラソルも、中華街のケバケバカラーに見えてきてしまうから不思議だ。

 

 

で、アメリカ艦娘たちはハロウィンのデコレーションをしたドーナツ。

 

みんな手先が器用で、パンプキンドーナツにチョコで目と口を描いたジャック・オー・ランタンや、チョコドーナツにホワイトチョコの目と髭を描いた黒猫、ホワイトチョコに砂糖菓子の目玉をくっつけたミイラ男など、非常に可愛らしい。

 

ガンビア・ベイが黙々と作っているのは、無駄にクオリティの高い色とりどりの深海浮き輪ドーナツだが……。

これは放っておこう。

 

そして、アイオワが意外と不器用で……。

 

「これはゾンビ?」

「No~! Vampireね!」

 

吸血鬼、右の目玉が飛び出してるんだけど……口から溢れてるジャムは臓物ではなく、血のつもりだったらしい。

 

あと気になるのは、サラトガの着ている胸に「ユー.エス.エー」とカタカナで書かれたTシャツと、サムが着ている河童と海老のキャラクターとともに某商品が描かれたユ〇クロの赤い企業コラボTシャツ。

 

うん、本人たちが好きで着ているんだから触れないでおこう。

 

 

一方、魔女の仮装で何か呪文のようなものをボソボソと詠唱しながら、掘っ立て小屋のような屋台の中で大釜を囲んでいるロシア艦娘たち。

 

覗いてみると、大釜の中身はトウモロコシだった。

聞けば、茹でたトウモロコシに塩を振り、バターをのせものはロシアの公園などに出る屋台の定番料理だという。

 

呪文の詠唱のように聞こえたのは、ソ連国歌の「インターナショナル」や「聞け万国の労働者」「もしも明日戦争が起これば」「聖なる戦い」などの労働歌、革命歌、軍歌(防衛歌)を歌っていたのだという。

 

何で小声で歌っているのか尋ねようとしたが……うん、聞かなくても分かった。

「世界の警察」という腕章を着けたアメリカン娘が16inch砲を構えてこっちを警戒してますね。

 

「くっ、米帝め」

「安心しろ、同志タシュケント。超弩級戦艦ソビエツキー・ソユーズ顕現の暁には、アメリカ艦娘なぞあっという間に叩いてみせる」

 

ええと、ガングートの言葉に、タシュケント(1942年戦没)は目を輝かせているが、何というか優しくて悲しい嘘だなぁ……。

 

「ハラショー……」

 

ヴェールヌイは帽子を深く被って下を向いちゃったし。

 

いたたまれないので、茹でたトウモロコシを一本もらって退散する。

トウモロコシは甘くて普通に美味しかったです。

 

 

最後に提督が訪れたのは、鳳翔さんと龍驤の屋台。

 

「提督もいかがですか、おひとつ」

 

ダシを張った鍋でさっと茹でた山形名物「玉こんにゃく」を竹串に刺し、甘い味噌を塗った味噌田楽。

 

プニュプニュ楽しい食感に、ほっこりした優しい甘み。

 

「こっちも腹に溜まるもんやないから、いってみ?」

 

鎮守府の畑で採れた、新鮮な大根の真ん中の甘い部分を贅沢に使い(皮とともに剥いた部分は漬物に利用しています)、砂糖醤油をつけて炭火でじっくり焼いた、大根の照り焼き。

 

ハロウィンと何の関係も見いだせないが、ヘルシーで慈愛たっぷり、いと美味き。

 

 

ふと気が付けば、だいぶ陽が傾いてきた。

目の前の湾がオレンジ色に染まっていくのに従い、次々とランタンに火が灯され、仮装した艦娘と深海棲艦たちがワイワイと埠頭に集まってきた。

 

さあ、今夜は楽しくハロウィン祭りです。



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七駆の鮭釣りとカップヌードル

澄んだ水色の空にヒツジ雲が流れている。

県内でも有数の大規模河川は、朝日によって川面をキラキラと輝かせていた。

 

「鮭釣り、始めて結構でーす!」

 

ハンドマイクを持った係員のおじさんの合図で、次々と仕掛けやルアーを川面に投入する釣り人たち。

その中には、本格的な釣り人ルックに身を包み、ゼッケンを着用した曙をはじめ、第七駆逐隊の姿もあった。

 

「ほら、潮調査員も早く投げなさい!」

 

日本国内の河川では、一般人が『鮭』を釣ることは法令により、全面的に禁止されている。

 

しかし、一部の河川で一定期間だけ募集される「有効利用調査」に応募して承認された者は、「調査のための採捕事業従事者」という名目で、鮭を釣ることができるのだ。

 

「調査」の規則は、例えば……。

 

〇×川本流左岸側、〇×橋下流200メートル地点から〇△支流との合流点までの区間。

午前8時から午後3時まで。

シングルフック(一本鈎)によるエサ・ルアー(メタルジグ、ワームは禁止)・フライ釣りのみ許可。

竿は1人につき同時に1本まで、持ち帰りは1日1人シロザケ3尾まで。

 

……等というように、各実行委員会により細かく定められており、これを遵守するのはもちろん、参加費を支払う必要もある。

ちなみに、参加費は1日5000円前後(北海道では3000円前後)が相場だ。

 

「こらっ、漣調査員! 膝より深いとこまで川に踏み込むのは禁止よ! 朧調査員! キャストする時は後ろと左右を必ず確認!」

 

秋刀魚漁での活躍と、南西諸島での任務達成のご褒美に、提督がポケットマネーで第七駆逐隊の面々を連れてきたのだが……。

調査隊長のボノたんが楽しそうで何よりです。

 

「それじゃあ、車で待機してるからね」

 

提督はみんなに手を振り、駐車場へと妙にウキウキした足取りで向かうのだった。

 

 

ついに220人を超えた、この鎮守府の艦娘たち。

その半数以上とケッコンしている提督に、一人きりになれる時間などほとんどない。

 

こういう送迎の間の待ち時間は、貴重な自由時間。

軽空母たちのDIYによって、荷室をフルフラット化した車中泊仕様のハイエースなら、手足を伸ばして寝ることもできる。

 

そしてここなら、多摩や夜戦忍者が潜り込んできたり、駆逐艦や海防艦が大挙して飛び乗ってきたり、戦艦や巡洋艦の胸部装甲に押し潰されたり、空母同士の航空戦やビスマルク追撃戦が発生して流れ弾を食らうおそれもない。

 

提督は久しぶりに一人で布団を占領し、ゆっくり昼寝を楽しむのだった。

 

 

朧の投げていたスプーンに、強烈な当たりが出た。

 

誤って湖に落とした食器のスプーンに魚が食らいつくのを見て発明されたという、扁平な金属片にフックを取り付け、彩色しただけの単純な構造のルアー。

 

魚にスプーンがどのように見えているのかは分からないが、これを水中で一定速度に巻いているだけでも、なぜか魚がヒットする。

 

「曙、どうしたらいい!?」

「ドラグ締めて、走らせないで! ネットですくうから、こっちに寄せて!」

 

うねるような鮭独特の抵抗をいなしながら、慎重に川岸へと鮭を寄せようとする朧だが……。

 

「あっ、逃げる逃げる!」

 

ドラグ(リールの負荷機構)がジィイイイイーッと鳴り、鮭が走って深みへと逃げようとする。

 

「させるかーっ!」

 

ジャボンと川に突っ込み、曙が鮭を頭からすくい上げる。

 

水面はギリギリ膝より下、ルールの範囲内。

 

係員に計量してもらい(調査ですから)、持ち帰り許可を証明する検査済鑑札を取り付けてもらう。

 

体長56センチメートルの綺麗な雌鮭を胸に抱え、漣に記念撮影してもらう朧。

 

「曙ちゃ~ん、こっちもきちゃったー!」

 

離れた場所で、へっぴり腰で竿を握る潮が悲鳴に似た声を上げる。

 

「ああっ、もう、待ってなさい! 今行くからっ!」

 

みんなが楽しそうで何よりです。

 

 

ハイエースの車内コンセントに電気ケトルをつなぎ、お湯を沸かす提督。

 

ワクワクしながらフタを剥がすのは、カップヌードル。

 

間宮や鳳翔さんの手前、いつもは手を出しづらいが……。

たまに無性に食べたくなる、あのジャンクな味。

 

謎肉にしっかり当たるように熱湯を注ぎ入れ、しっかりフタを閉じる。

 

フタと容器の隙間から流れ出す湯気、ほのかな醤油の香りに膨らむ期待。

 

3分。

 

至福の待ち時間。

 

七駆のみんなには、間宮印のお弁当を渡してあるが。

釣りが終わったら、彼女たちにもカップヌードルを食べさせてあげよう。

 

あさま山荘事件の中継で、寒い中で機動隊員が美味しそうにカップヌードルを頬張る姿が映し出されたことが、前年に発売されたものの売り上げ不振だったカップヌードルの全国的ヒットにつながったという。

 

水辺で冷えた身体には、熱々のカップヌードルは嬉しいだろう。

わざと車の外で立ち話しながら食べるのもいいかもしれない。

 

そして鎮守府に戻ったら、ゆっくりと温泉に入って、釣れた鮭でクリームシチューとマリネを作って……。

 

すでに人恋しくなってきた提督は、もう3分たったのにも気付かず、鎮守府に戻った後のことを夢想するのだった。



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長良の塩ラーメン

朝の冷え込みも厳しくなってきた今日この頃。

 

養鶏場から戻ってきた五十鈴のMD90にも、革製のぶ厚いハンドルカバーが取り付けられている。

 

MD(Mail Delivery)90は郵政カブとも呼ばれ、その名の通り郵便局の郵便配達に使われる特別仕様の紅白カブで、民間では払い下げによる中古車のみを購入することができるバイクだ。

 

球磨と多摩が市場との行き来に使っているスーパーカブ90と比べると、エンジンは旧式設計を採用し続けているため古いが信頼性と整備性が高く、足回りやダンパーが強化されており、この地域に合わせた電装系の寒冷地対策も施されていた。

 

荷台の郵政集配用ボックスの容量は通常でも110リットル、ボックスの蓋をスライドさせることで、最大168リットルにも達する。

 

『自主・自炊・自足』をモットーとしているこの鎮守府、艦娘寮や漁船、田畑を維持・運営して生活の質を向上させるため、艦娘たちには多くの当番活動が割り振られている。

 

明石のモトコンポ、アクィラのベスパ、大井と北上の排気量(ボア)アップにより原付二種登録したスーパーカブ50改、木曾のCT110ハンターカブ、阿武隈のモトラ、川内のゴリラ、阿賀野のジョルノ、夕張のチョイノリ……。

 

鎮守府には数々の優れたバイク(ただし夕張、テメーはダメだ)があるが、こと中規模の買い出し活動に関する限り、五十鈴と名取が使っている郵政カブと互角の勝負が出来るのは、鬼怒と由良が使うベンリィ110だけだろう。

 

運び屋としてのプライドを胸に、五十鈴は今日も養鶏場から直接仕入れてきた大量の新鮮卵を運ぶのだった。

 

 

艦娘寮の大食堂。

 

その厨房が一番忙しくなるのは昼前時だ。

朝食の片付けと並行して昼食の準備をしなければならない上、昼食のメニューは複数からの注文式。

朝食のように全員分を一斉に準備するのとは、また違った大変さがある。

 

今日の日替わりメニューは3種類。

 

妙高と羽黒が用意しているのは、ニシンの煮つけ定食。

 

鎮守府のレストア漁船「ぷかぷか丸」で獲ったニシンを、圧力鍋で生姜、ネギ、大根とともに、骨までとろけるように煮た一皿がメイン。

ニシン独特の臭みは、酒と酢を加えることで煮飛ばすことができるし、ニシンの身から出た脂が染み込んだ大根も絶品だ。

 

しめじの味噌汁、イシモチのかまぼこ、豆腐、切り干し大根、白菜の漬物、サツマイモの甘煮と、小鉢も充実している。

 

 

リシュリューとコマンダン・テストが用意しているのは、ミックスフライ定食。

 

ヒレカツ、ホタテフライ、クリームコロッケに、大ぶりの海老フライがそそり立つ。

オニオンスープ、大盛りサラダの他、カクテルグラスに美しく盛られたリンゴのムース。

 

 

そしてラーメン枠としては、鎮守府最強のラーメンマスター・長良の「塩ラーメン」が登場していた。

 

丁寧に下処理した地鶏の首ガラとモミジ、手羽元を、十種類以上の野菜・きのこ類、昆布、貝柱とともに、沸騰させないよう弱火で長時間じっくりと炊きだした清湯(チンタン)スープがベース。

 

そこに、えぐみが出ないよう短時間だけサンマ節を加えて魚介ダシを抽出して一晩寝かせ、モンゴル岩塩と沖縄の天日塩をミックスして鶏油で溶かした塩ダレと合わせる。

すっきり淡麗で繊細ながら、コク深さと芯の強さがある絶品の塩スープ。

 

それに合わせる麺は、スープとの絡みとツルリとした吸い込み感を目指してブレンドした低加水の極細麺。

製麺機で伸ばした後、2日間寝かせて熟成させたものだ。

 

具材には、スープの淡麗さから一転して濃厚な醤油の風味が染み込んだ鶏ハム、鶏の旨味が溢れる手捏ねの鶏つくね。

旬の時期に瓶詰め加工しておいた地元産の味付き姫竹(根曲がり竹)の爽やかな歯応えと、しっかりと温めてからのせるシャキシャキの刻みネギが、食感にアクセントを与える。

 

そして、魚介のあら炊きスープと天日塩のタレに一晩漬け込んでおいた、トロットロの半熟味玉子。

 

定食に比べるとラーメン一杯ではボリューム感で劣るという問題も、白ダシで炊いたご飯で作った、げんこつ大の焼きおにぎりを添えることでクリアーしている。

この焼きおにぎり、シメに投入して茶漬け風に食べるのとまたハマるのだ。

 

3年前の秋刀魚祭り直後に長良がメニューに登場させて以来、あまりに完成度が高すぎて、塩ラーメンの分野に挑戦する他の艦娘が現れなくなったほどの逸品だ。

 

「ラーメン一つ満足に作れないうちは、一人前と認められない」

 

そんなローカル常識が支配する、この鎮守府の軽巡業界。

 

「ラーメン作りって、こんなにも大変なのね……」

 

長良に弟子入りし、ここ2日ほとんど休まずに塩ラーメン製作を手伝っていたゴトランドが蒼い顔をしている。

 

「あー、そうビビんな。長良型のラーメンは別格だから」

「そうだクマ。軽巡全員が毎回こんなガチ仕込みしてたら、艦隊業務が詰むクマ」

 

見学に来ていた、天龍と球磨がゴトランドを慰めるが……。

 

こいつらも、一昼夜かけて炊き上げた豚骨スープに特製マー油を加えたオリジナルラーメン、名付けて「武烙龍(ブラックドラゴン)」(敵は死ぬ。)とか、豚の旨味が凝縮されたバターのように濃密なコクの白濁トンコツラーメン(煮込み時間17時間以上)とかを出してくる、ラーメン王者を狙う猛者たちだ。

 

鎮守府の軽巡洋艦(ラーメン)バトルは熱いです。

 

 

大食堂に新鮮タマゴを運び入れた五十鈴は、その内の半分をカウンターに置いてある籠に並べ始めた。

 

もう半分は、今日の食堂当番である駆逐艦娘、海風と山風が厨房の奥へと運んでいく。

茹で卵を作るためだ。

 

ランチでは、ご飯と味噌汁、海苔とふりかけ、各種パンとバター、ジャム、チーズ、それに生or茹で卵は、おかわり自由の取り放題になっている。

もちろん、無駄に取り過ぎて食べ残そうものなら、間宮の牛殺しの刑(デコピン)が待っているが……。

 

五十鈴の妹である由良も、大根の葉のみじん切りとカツオの削り節をゴマ油で炒め、白ゴマをまぶした自家製ふりかけをカウンターに並べている。

 

いよいよ厨房から香る匂いも強くなった11時半過ぎ、任務や遠征、演習、各種の当番活動から戻ってきた艦娘たちが大食堂にバラバラと姿を現し始める。

 

 

 

出撃任務から帰還した名取が、皐月、水無月、文月、長月の第二十二駆逐隊を連れて大食堂へとやってきた。

タウイタウイ泊地沖に跋扈する敵潜水艦隊を制圧するため、セレベス海の戦闘哨戒に出かけていたのだ。

 

「名取、疲れてるみたいだけど大丈夫?」

「あ、五十鈴姉さん……実は……」

 

過去の出撃報告から、敵は潜水艦ばかりと思ってソナーと爆雷中心の装備で出撃したところ、初めて遭遇に成功した敵主力には水上艦も混ざっており、火力不足で苦戦させられた末の辛勝だったという。

 

初めて進出した海域ならではの悩みだが、何事も試行錯誤。

今回の名取の報告が、次の出撃を大成功させる糧となる。

 

「みんな、長良姉の塩ラーメンでいい?」

「あ、うん、私はそれで……」

「ボクも長良さんのラーメンがいいっ!」

「長良さんの塩ラーメン、すごく美味しいよね~」

「えへへ、久しぶりだなぁ」

「あの塩ラーメンか……悪くない」

 

五十鈴が厨房に注文を伝えに行くと、入れ替わるかのように提督がやってきた。

皐月たちが喜んで提督にまとわりつく。

 

「ごめん、司令官。補給艦を見つけたけど、逃がしちゃった」

「さっちんは悪くないよ、主砲持ってなかったんだもん」

「あのねあのね、駆逐ロ級の後期型が2隻もいたんだよ」

「私は敵の旗艦ソ級を沈めたぞ。eliteのやつだ」

 

皐月たちの話を目を細めて聞き、彼女らの頭を撫でていた提督は、最後に「ご苦労様」と名取の頭も撫でてくれた。

 

「午後は由良と朝潮たちに行ってもらうから、名取たちはゆっくり昼ごはんを食べて休んでね」

 

時間の限られた期間作戦の時でもなければ、連続出撃はできるだけ避け、小破どころかかすり傷でも入渠させる、ここの提督。

その優しさは嬉しいが、名取としては装備を調整して再出撃してハッキリとした勝利を掴みたい思いがあった。

 

そんな名取の気持ちを察してか……。

 

「大丈夫、明日またお願いするから。次はS勝利を期待してるよ」

 

通りがかった白スク水の伊504をだっこしながら、提督は笑うのだった。

 

 

長良の塩ラーメンがテーブルに到着した。

透明感のある輝くスープの中に、繊細な極細麺の束がたなびく。

 

スープを一口飲むと、口の中に広がるのはまろやかな塩の風味に包まれた、鮮烈な鶏の旨味の結晶。

その味の衝撃は大きいのに、尖らず、刺さらず、じんわりと舌に染み込み、さっぱりと上品。

 

続けて麺をすすると、よくスープの絡む絹のような細麺がツルツルと唇の上を滑り、口内に躍り込む。

細いがコシのある麺をプチリと噛むと、ほんのり小麦の味が広がり、スープの余韻を受け止める。

 

名取が得意としている味噌ラーメンが、幾重にも色を重ねながら輪郭と陰影を明確にしていく重厚な油彩画だとすれば、この長良の塩ラーメンは水墨画。

 

輪郭をぼかしながらも、明暗により生み出されるコントラストは鋭く、静止の中にダイナミックな動きがある。

 

 

「「美味しい~っ!」」

 

皐月たちの声が響く。

姉の長良のラーメンが作り出す、みんなの本当に嬉しそうな喜びの笑顔。

 

味の方向性は違えど、そんな笑顔の輪を自分でも作ってみたくて、名取もラーメン作りにのめり込んだ。

 

軽巡洋艦娘としても、もっと提督のために、仲間のために活躍したい。

 

以前は弱気で臆病で、旧式でダメダメな自分に自信が持てなかった名取。

 

だが、提督から多くの任務を与えられて戦いを重ね、みんなのために様々な仕事をこなすうち、みんなのためにラーメンを作り続けるうちに、少しずつ自分に自信が持てるようになった。

 

「うん……明日も頑張ろう」

 

名取が小さく呟く。

 

ここの鎮守府では、一人がみんなのために、みんなが一人のために、毎日頑張って生活しています。



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岸波と卵かけご飯

一年の収穫物に感謝を捧げる新嘗祭(勤労感謝の日)が過ぎ、カレンダーも12月の一枚だけを残すようになった。

 

次第に冷え込みが厳しくなり、雪の気配が近づいてきた北の辺境。

台風による塩害に耐えて、美しい彩りを見せてくれた山々の紅葉も散り始めている。

 

提督はワークマンの防水防寒スーツに身を包み、冷え込む朝の埠頭で釣り糸を垂れていた。

着替えるとき、朝潮がまるで仮面ライダーの変身シーンを見るように目を輝かせていたが、実際にワークマンの「イージスオーシャン」シリーズは防寒性能はもちろん、デザインがすこぶるいい。

 

そんな朝潮も、釣りガール御用達のブランド「シップスマスト」のターコイズカラーのマリンジャケットを着ていて、とても可愛らしい。

 

「大潮は寒くないのかい?」

 

ジャージ姿で釣りをする大潮を心配するが、下に地元漁師さん御用達のブランド「ひだまりチョモランマ」のインナースーツを着ているから大丈夫だという。

 

3人がやっているのは、サビキ釣り。

仕掛けの一番下に錨型の鎮守府特製オモリをつけ、その上に無数の疑似餌に見せかけた飾り付きの鈎を漂わせ、上段のコマセ袋(またはカゴ)に詰めた撒き餌(コマセ)をバラ撒いて魚をおびき寄せる。

 

朝のマヅメ時(空が明るんできた頃)はプランクトンが動き始め、それを食べに小魚が、さらに小魚を狙って回遊魚が接岸してきて、埠頭前の海中は弱肉強食の修羅場となる。

そんな興奮状態の中に撒き餌の幕を張ってやると、ただ飾りが付いただけの鈎でも、イワシやアジ、サバなどがバンバンと食らいつく。

 

「司令官、今日はマアジが多いみたいですね」

「そうだねえ。今日は晴れるみたいだし、干物を作ろうか」

「はいっ、大潮アゲアゲでお手伝いしますっ!」

 

艦娘たちの旺盛な食欲によるエンゲル係数の上昇を緩和するためには、こういう地道なF作業が欠かせない(あと、非電源ゲームしかないこの鎮守府では、釣りと干物作りは艦娘たちの士気を保つ大切な娯楽でもある)。

 

 

新入りの岸波は、少し離れた場所でジグサビキに挑戦中。

 

撒き餌は使わず、オモリに代えてメタルジグという小魚型のルアーを泳がせる。

すると他の魚からは小エビや小魚(サビキ鈎)の群れをメタルジグが追いかけているように見え、餌を横取りしようと、または、捕食に夢中で隙だらけのメタルジグを食らおうと、様々なサイズの魚が追いかけてくるという、魚たちの食物連鎖本能を利用した釣り方だ。

 

「カマスです! 鳳翔さんに幽庵焼きにしてもらったら美味しいかな?」

 

岸波はルアーロッドを小脇に挟みながら左手で器用にリールを巻き、右手でタモを出して釣り上げたカマスを回収している。

 

岸波は自分で釣った秋刀魚を食べた時(いわく、魂に直撃する味)からいたく釣りが気に入ったらしく、すぐに艦隊の空気に馴染んでくれたのはいいが、あまりに手がかからな過ぎて……提督ちょっと寂しいです。

 

 

釣りを終えた提督たちは、朝食前にひとっ風呂浴びようと銭湯へ向かった。

 

銭湯には当直明けの霧島と愛宕や、長良の朝の走り込みに付き合った艦娘たちもいて、朝から盛況だった。

 

「朝酒の後の朝湯は最高だな~、おい」

「はぁ……ふぅ。Grazieですねぇ~」

 

こういうダメな奴らもいますが……。

 

「あら~、岸波ちゃ~ん♪」

「ちょっと、愛宕さんっ」

 

何やら岸波が愛宕にぱんぱかぱーんされている。

 

そういえば、岸波はレイテ沖海戦の際に、パラワン水道で被雷沈没した愛宕の乗組員を救助した縁があった。

 

普段は沖波や浜波、朝霜などの夕雲型姉妹とばかり一緒にいる岸波。

愛宕に可愛がられての困り顔は新鮮な魅力がある。

 

よし、今週は岸波に色々な艦娘と艦隊を組ませて、反応を見てみようかな。

 

そんなことを考えてニマニマしていたら……。

 

「何見てるの!? バカみたい!」

 

岸波の裸を見てニヤけてると勘違いされたのか、霞様にご褒美をいただきました。

 

 

今日の朝食は、卵かけご飯(TKG)

ふっくら炊きあがったツヤツヤの新米ご飯、醤油の雲に黄身の月。

 

醤油はTKG専用にブレンドし、スモーキングガンで冷燻した、旨味が強く香ばしい燻製醤油。

これを、緑豊かな山麓の農場で放し飼いに育てられた、健康な銘柄鶏の朝一生みたて卵にかければ……。

 

そりゃもうTKGの世界観が変わります。

 

添えられるのは、ほうれん草と油揚げの熱々味噌汁に、わかめと白ネギの酢の物、しらすと大葉の煎りゴマ和え、ポリポリ食感が楽しい大根のたくあん漬け。

 

それでも足りない大食艦には、関西風の昆布ダシと薄口醤油が上品に香る、きつねうどんが付いてくる。

 

「今日はよろしくっ! 制空と攻撃は天城さんと鈴谷、それに僕と日向師匠が責任持つから。対空も初月ちゃんに任せて、岸波……うん、きっしーは対潜に専念してね!」

 

風呂を出てすぐに、今日の出撃編成を書き換えておいた成果。

さっそく、岸波が南西海域セレベス海に一緒に出撃する最上にアドバイスを受けている。

 

みんなで一緒にお風呂に入り、同じものを食べる、全員が家族のようなこの鎮守府。

 

せっかくなら、艦娘たちに史実を超えた交流を持たせてあげたい。

 

元から細い眠り猫のような目をさらに細めて、岸波を優しく見つめながらも……。

 

提督はTKGを一気にかきこむ幸せを満喫するのだった。



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ビスマルクのアイントプフと日向の?鍋

「真っ赤なお~は~な~の~♪ トナカイさ~んが~♪」

 

県民会館の舞台で、第六駆逐隊とサンタ衣装の鬼怒、そしてトナカイの着ぐるみ姿の阿武隈が可愛く歌っている。

 

今日は地元の自衛隊部隊によるクリスマスコンサート。

一般市民の皆さまに、海軍と自衛隊の協力体制をアピールするためゲスト招待された提督たち。

 

山形の酒田鎮守府を率いる音大出身提督のように、艦娘交響楽団や艦娘JAZZバンドを編成するような音楽的素養もないので、このような学芸会レベルの出し物でお茶を濁している。

 

さて、帯刀した日向を従え、(珍しく)第二種軍装に身を包んで凛々しく姿勢を正している提督。

 

だが……。

 

周囲に居並ぶ自衛隊のお偉方の緊張感がヒシヒシと伝わってきて……。

 

帰りたい。

 

 

海軍と自衛隊は、かつて一戦交えたことがある。

 

鎮守府がまだ十もなく、海軍という組織も正式に存在しなかった頃のこと。

 

提督や妖精さんに不信感を抱く一部の自衛隊が武装蜂起し、鎮守府を解体して新たに設立する国防軍の名の下に艦娘を管理しようとしたのだ。

 

元自衛官である呉提督が青臭いラノベ主人公のごとく人間と艦娘との板挟みに煩悶し、佐世保の筋肉提督が特殊戦闘群を相手に伝説のコックのような大立ち回りを演じ、舞鶴の老犬提督が「わんわんお!」している中……。

 

横須賀提督はこの蜂起部隊を「賊軍」と認定。

太平洋上の米軍原子力空母内に指揮所を移して、即座に武力討伐を開始した。

 

そして、当時はまだ提督でなく、警視庁公安部に所属していた木更津提督が、それはそれでハリウッド映画一本になりそうな大活劇の末に、深海棲艦対策大臣を保護。

大臣の名の下に横須賀提督に治安維持に必要な全権限を与えるという、超法規的な戒厳令が布告された。

 

法律的に穴だらけの戒厳令だったが、首相以下多くの閣僚、国会議員は、国会議事堂を占拠した賊軍に捕らえられていたので、どこからも異議は唱えられなかった(余談だが、後に正常化した国会で、戒厳令の違法性が与野党から追及された際、横須賀提督は「海上護衛活動の無期限停止」を一方的に宣言し、総理を衆議院解散の決断に追い込んだ)。

 

そんな中央の激変をよそに、県民がよく「全国ツアーがスルーする我が県」と自虐する辺境のこの鎮守府は、近くに武装蜂起に加担するような自衛隊の主要部隊も存在せず、フリーハンドが与えられていた。

 

横須賀提督からの要請で、「賊軍」に加担している()()()()()()駐屯地や基地を三式弾で殲滅するよう依頼されたが(疑わしきは全て滅するスターリン的潔い思考が実に横須賀提督らしい)、さすがに人間を撃つのはためらわれたので……。

 

金剛に頼んで三式弾の代わりに、小麦粉を詰めた訓練弾を一発だけ、沈黙籠城をしている多賀城駐屯地に撃ち込んでおいた。

 

これが、横須賀提督が木更津駐屯地を「石器時代に戻した」直後だっただけに、「降伏せよ。さもなくば次弾は通常弾に非ず」という脅しにでも思われたのか(すっとぼけ)、各地で自衛隊の降伏と無血開城が相次ぎ、動乱は収束に向かったのだ。

 

 

そんな過去があるだけに、周囲の自衛隊の皆さんの恐れと媚びの混じった、ジットリとした緊張感も分かるのだが……。

 

そういう居心地の悪さとは別に、提督は意識して忘れようとしていた『あること』を思い出してしまい、背中にいやな汗をかいていた。

 

 

横須賀提督が発布した戒厳令の内容。

 

提督の黒歴史、中学生の時に書いた「ぼくのかんがえたさいきょうのかくめい」的な妄想ノートの、戒厳令の条文そのままなのだ。

 

家庭教師をしていた時、横須賀提督を自分の部屋に呼んだことも何度かあるので、彼女があのノートを読むことは不可能ではない。

 

絵に描いたような「銀〇伝にハマッた男子中学生の浅薄な政治思想」が堂々と開陳された厨二病ノート……。

 

それだけでも、今すぐ仰け反って「アバババババババババー!」と叫び出したくなる。

 

その上、家庭教師をしていた大学時代に、あのノートを隠しておいた場所を思い出してしまった。

 

除湿器の空き箱に入れ、クローゼットの奥に仕舞っておいたのだ。

 

LO、脚フェチ、姉妹丼、異種姦、断面図……。

あまり表沙汰にできないデイープな嗜好にマッチする、四天王とも呼ぶべき珠玉のエロマンガ5冊とともに!

 

今すぐ首を激しく振りながら「オボボボボボボボボボー!」と叫び出したくなった。

 

 

帰りのハイエースの中。

 

「君が偏愛狂(フェチ)な変態性愛者だということぐらい、周知の事実だから気にするな」

「その5冊だって、とっくの昔に榛名さんたちに公開焼却されたじゃない」

 

運転席の日向師匠と、助手席の鬼怒の言葉が刺さるが……。

 

「一人前のレディーは、司令官がエッチでも平気よ」

「私の脚も触っていいのよ」

「よしよしなのです」

「でも、流石にこれは、恥ずかしいな……」

 

開き直って2~3列目をフラットにした後部座席(この状態での運転は道交法違反です)で、第六駆逐隊に甘える変態(ていとく)さん。

 

さらに、その魔の手は阿武隈へと向かった。

 

「着ぐるみのチャック引っ張るのやめてくださぁいぃーっ!」

 

このあと滅茶苦茶トナカイした。

 

 

鎮守府に帰ると、すっかり夜も更けていた。

 

グロッキーな阿武隈を鬼怒に部屋へと送ってもらい、おねむな第六駆逐隊の寝かしつけをガングートに任せると、堅苦しい軍装を脱ぎ捨てて、ユ〇クロのルームウェアと綿入り半纏(はんてん)に着替えた提督。

 

途中のサービスエリアで、県民のソウルフード「じゃじゃ麺」をみんなで食べ、バジル風味のウィンナーが入った名物パンの「こびる焼き」もつまんできたが……。

 

何か物足りない。

 

「ま、そうなるな。キッチンにアレがあるだろ?」

 

元漁協の管理事務所であるボロい鎮守府庁舎のキッチンで何か食べようかと思ったら、ハイエースを車庫に停めた日向がついてきた。

 

 

4人がけの質素なテーブルが2つ置かれただけの、忙しくて寮の食堂に行けない時や、夜勤当番が夜食をとるため簡易なキッチン。

 

狭い分、トヨトミの石油ストーブ一つで暖が足りるので、すでに暖房が消された大食堂よりこちらを選んだのだ。

 

キッチンにいた先客は、ネルソンとビスマルク、プリンツ・オイゲンだった。

特にネルソンは、もふもふのフリースパジャマに、ぶ厚いどてら、ふわもこスリッパという、長門譲りのビッグセブンらしい姿。

 

「あれ、ネルソンも当直かい?」

「うむ。初めてなので、ビスマルクたちに教えてもらっている」

 

ここの鎮守府では毎晩、戦艦・空母~重巡・水母クラスの3名が、夜間当直として提督の執務室で寝ずの番をすることになっている。

 

夜間の敵襲や緊急連絡など不測の事態に備える、というのが建前だが、夜間哨戒のために別に水雷戦隊(特に三水戦)が出動しているし、無線室には大淀の司令部施設妖精さんたちがスタンバッているので、実質的にやる仕事はない。

 

唯一この当直任務に求められる役割が、帰投する夜間哨戒部隊のための夜食作りである。

 

ビスマルクが何やら作っているのは鍋料理。

 

「これは何?」

「ふふん。我が偉大なるドイツの伝統料理、アイントプフよ」

 

ビスマルクが美しいバストラインを誇るように胸をそらせ、得意げな顔で宣言する。

 

塩漬けの豚すね肉を香味野菜や香辛料とともにボイルしたアイスバインに、ソーセージやベーコン、大きく切ったジャガイモ、ニンジン、タマネギ、キャベツといった野菜を、薄いコンソメスープで煮込んで黒胡椒で味付けしたシンプルな鍋料理。

 

名前は「一つの鍋」の意で、別名「農夫のスープ」という。

 

「アイントプフの日曜日」という、ご馳走の代わりにアイントプフを食べて、節約したお金を冬季の助け合い運動に募金する、などというゲッベルスらしい国民団結キャンペーンに使われた料理でもある。

 

ほろほろに煮込まれたアイスバインから出る塩気と旨味が味の決め手で、寒い季節にピッタリ。

ライ麦パンやビールによく合うし(当直も飲酒可)、〆には肉のいいダシが出たスープに米を入れて洋風おじやを楽しむのも一興だ。

 

「コタツーで食べるなら、鍋料理が最高よ」

「ふむ、美味しそうだな。余の国の鍋料理であれば……ランカシャー・ホットポットなど作ればいいのか?」

 

いささか困り顔のネルソン。

この人、すっかりコタツにも馴染んだものの、いまだ料理の腕の方はヒエーな状態なので……。

 

羊の肉や内臓とペコロス(小さなタマネギ)、マッシュルームを鍋(ホットポット)に入れ、スライスしたジャガイモで表面を覆い、低温のオーブンで1日かけてじっくり煮込む、ランカシャー・ホットポットを作るのは荷が重いだろう。

 

「ネルソン、簡単で美味しい日本の鍋料理の作り方を教えてやろう。次回の宿直の時に挑戦してみるといい」

 

思わぬ日向の助け舟。

 

鶏肉と長ネギをぶつ切りにして軽く炒め、白菜と木綿豆腐を食べやすい大きさに切り、椎茸の石づきをむしって……。

 

「盛田 鴨だし鍋つゆ」を張った土鍋に入れて、点火するだけ。

 

『コクのある日高昆布の風味で鴨の味と香りを引き立て、さらにかつおとむろあじの旨味をバランスよくブレンドしました。具材には、鴨肉はもちろん鶏肉を入れていただいてもコクのある味わいをお楽しみいただけます。鍋のしめは雑炊やうどんが一般的ですが、本商品のしめには鴨の旨味と相性のいい「そば」を提案いたします。そば屋の人気メニュー「鴨南蛮」「鴨せいろ」を思わせる、鴨だし鍋つゆならではの味わいです。 by株式会社盛田HP』

 

「むっ、これなら余にも……いや、ビッグセブンたる余に任せろ!」

 

さっきまでの不安を感じさせぬ、ドヤ顔のネルソン。

 

「あー、寒かったぁ」

「うひぃ~、早くコタツ入ろうぜ~」

「おなかへったぁ。あ、何かいい匂いがする!」

 

ちょうど、哨戒活動に出ていたらしい、阿賀野と長波、初風の声が廊下から聞こえてくる。

 

「よし、鍋を執務室に運ぼうか」

 

 

 

このあと滅茶苦茶コタツ鍋した。



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引きこもり提督とブリしゃぶの宴会

本格的な冬がやってきた。

 

鎮守府の裏山もすっかり雪化粧をした朝。

提督は「おフトゥンから出れない病」にかかっていた。

 

「うわあっ、マ、マジか!」

「南方航路は危険がいっぱい…。鎮守府も危険が……いっぱい?」

 

起こしにきた佐渡と対馬を布団に引きずり込み、豪華ダブル抱き枕にしてさらに惰眠を貪ろうとする提督。

 

「うふふふふ♪ 面白いことになったわぁ~♪」

 

季節の変わり目に指揮権を放棄し、提督が引きこもるのはここの鎮守府の恒例。

なので、布団に引きずり込まれるのを警戒して、当たり判定の範囲外で待機していた荒潮。

 

艦隊のみんなに自由行動を告げるため、食堂へと向かうのだった。

 

 

南方海域珊瑚諸島沖。

 

「ベーイッ!」

 

泣き顔のガンビア・ベイに向けて、数多の敵航空機が襲い掛かろうとしていた。

 

「ガンビーちゃん、噴進砲を撃つかもっ!」

「は、はひぃーっ! ファイアーッ!」

 

ガンビア・ベイに装備された12cm30連装噴進砲改二が火を噴き、空に爆炎の幕を形成した。

1発につき60個の焼夷弾を炸裂させる、帝国海軍が誇る究極の対空兵器12cm噴進砲の洗礼を浴びた敵機が、次々と爆散していく。

 

随伴の秋津洲と神威(かもい)も、噴進砲と機銃を撃ちまくって敵に対応している。

 

通称「5-2開幕空襲レベリング」。

 

グータラ提督の下では遅々として練度が上がらない護衛空母や水上機母艦も、一日で一線級のレベルまで育ちます(メタな話、3人編成だと陣形選択の時間も省ける)。

 

 

他にも、レ級や空母棲姫と戯れるために出撃準備を進める大和と武蔵、未消化の任務を検討する長門と大淀、サボ島沖への出撃を主張する川内など、提督不在をいいことに自由な出撃計画を立てる艦娘たちで、鎮守府は活況を呈するのだった。

 

 

春風、初霜、浦風、浜風、長波、照月、択捉&松輪、多摩と、次々と抱き枕を代えて眠り続けていた提督。

 

叢雲と霞に叩き起こされたのは、すでに空が薄暗くなってからだった。

 

ようやく起きた提督を待っていたのは、楽しげで活気ある宴会の準備。

発泡スチロールやダンボール、ビールケースが積み上げられた、見慣れた光景。

 

宴会場には『祝 平均練度110達成』の垂れ幕がかかっている。

 

キラキラが剥がれているのに、妙にスッキリした顔の戦艦たち。

 

寝ている間に何があったのか、毎度のことなので素早く察した提督。

精神衛生上、資源と高速修復材(バケツ)の備蓄書類を確認するのは明日にした。

 

今日はもう、とにかく宴会です。

 

 

まず出されたのは、千切りにした白蕪と、炒ったしらすの小鉢。

そして、紅白が美しいユリネのイクラ和え。

 

コリコリの白蕪と、カリカリのしらす。

ほくほくねっとりのユリネと、プチプチさっぱりのイクラ。

 

食感の妙が舌を楽しませたところで、もみじおろしを載せた、大粒の生ガキ。

うっすらとしたポン酢に彩られた、磯の香りが口いっぱいに広がる。

 

そして、ブリ、アジ、カレイの刺身。

脂ののった冬の代表魚ブリに、遠征部隊が高知沖で釣ってきた刺身の王様シマアジ、絶品の呼び名も高い北海道のマツカワカレイ。

どれもが、うっとりするような味。

 

長芋の磯部揚げ、九条葱と金時人参のかき揚げ、わかさぎの天ぷら。

油が入った料理に酒が進み……。

 

ドーンと登場する、ブリのカマ焼き、ブリの中落ち。

寒ブリという言葉があるぐらい、この時期のブリは全身が美味い。

 

舌休めに、大根の一本漬け。

この地方の名産品で、大樽に低温で漬け込んだ大根の、梨のようなシャクッとした食感と甘み。

 

真打ちは、ブリのしゃぶしゃぶ。

 

白菜、長ネギ、人参、水菜、椎茸、しめじ、えのき、舞茸。

山の幸と昆布ダシのスープが張られた鍋に、ささっと薄切りのブリをくぐらせ、口へと運べば……。

 

加熱されてぐっと増したブリの旨味が、口いっぱいに広がる。

 

「提督、秋津洲もケッコンできる練度になったかも!」

「聞いてください、提督! 私、空母ヲ級改を一撃で沈めたんですよっ!」

「余もネルソンタッチでKW環礁の夜襲部隊に完勝してやったぞ!」

「横須賀提督から電話があったネー。提督は昼寝中で、『敵襲以外は起こすな』と命令されてるって言って切ったデース!」

「あぁ~、ヤバいぃ~、そろそろヤバいぃ……。もう普通の早割は間に合わないよぉ~」

 

そして何より、みんなで身を寄せ合い、同じ鍋をつつく楽しさと温かさ。

 

しめにご飯と卵を入れて熱々おじやを食べたら、明日からは冬modeでちゃんと起きられそうです。



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狭霧とカツカレーうどん

先日の引きこもりの際の艦娘たちの出撃で、鎮守府の資源と高速修復材(バケツ)は激減。

 

クリスマスの後には大規模作戦があるので、今は出撃は控えて遠征中心の鎮守府運営。

提督はコタツとストーブが据えられた執務室で年賀状書きに勤しんでいた。

 

食材や酒を注文したり、艦娘が修行させてもらったり。

色々とお世話になった、地元はもとより全国各地の皆さんに向けて。

 

提督が金釘流の達筆でスラスラとお礼の言葉を走らせ、後でそれぞれ縁のある艦娘たちに一言添えてもらう。

 

「秋農園さんの紅はるかは道の駅以外では小売りしないって言われたけど、味に惚れた阿賀野が10回も通って頼み込んで、ようやく売ってもらえるようになったんだよね。風間浦村のあんこうは、那珂ちゃんが捌き方まで習いに行って……」

 

今年一年の感謝を込めて、相手のことを思い浮かべながら一枚一枚書く年賀状。

 

「提督、ジョバァーナさんへのネンガージョ、これでいい?」

「このコタツとタタミー……この組み合わせは……余をダメにする。土足で歩く絨毯の上なら、こんな風に寝転ぶことは……できないのに……」

 

欧州向けの年賀状を手伝っていたローマとネルソンだが、片方は睡魔を相手に轟沈しようとしていた。

 

 

……と、北方鼠輸送作戦の任務から艦隊が帰投してきた。

 

「提督、帰って来たぜぇ~!」

「艦隊、戻りました。はぁ、これで安心……」

「Darling! ただいまっ!」

「みんな、お疲れさま~」

 

天霧と狭霧、ジャーヴィスとマエストラーレが、元気に執務室に入ってくる。

 

「多ぁ摩は、ドックで、丸くなるぅ……にゃ、天霧と狭霧は練度上昇の申請ができるから、カードを出すにゃ」

「はぁ~、大発を満載で疲れちゃったよ。はい、提督。これ、頼まれてたおみやげ」

 

旗艦を任せていた多摩と、輸送量アップの要である大発動艇を担いでいた皐月も戻ってきた。

 

ジャーヴィスにおみやげの『脱獄犯』と書かれたシャツを着せられて「これは力強さを感じる」などとご満悦のネルソンを横目に、マエストラーレにまとわりつかれながら、皐月に頼んでセイコーマートで買ってきてもらった「ソフトカツゲン」のパックを開ける提督。

 

「提督ぅ、キタキツネを見たの! あの子、飼いたいなぁ」

「うちにはもう提督がいるでしょ。ペットも獣もオークも、十分間に合ってるわ」

「そっかぁ……提督のお世話だけで大変だもんね」

 

ローマ(とマエストラーレ)の酷い言葉に耳をふさぎ、ヤ〇ルトよりも濃い乳酸飲料を口に流し込みながら、天霧と狭霧の出したカードを受け取る。

最近になって大淀が作ってくれた車検証のような艦娘の現状データを記録したカードで、一定の経験度を満たした艦娘には練度上昇の認定の証に、提督が『よくできました』のハンコを押してあげ……。

 

提督、気付いちゃいました。

狭霧のデータの『運』の欄にある数字に。

 

 

艦娘には、艦だった時の前世から背負った、固有の『運』がある。

 

国語的な意味で使われる日常の「運」とは無関係(なはず)だが、夜間精密雷撃などの特別攻撃の成功率に、統計学上有意に影響する値。

 

雪風や綾波、プリンツ・オイゲンのような、夜戦に強い幸運艦の値には敏感だったが……。

 

ワーストの方は史実のしがらみから、大鳳、扶桑、山城あたりが低いのだろうという認識だけで、それほど気にしないでいた。

 

(友軍機の誤爆が原因で戦没した)レーベリヒト・マースは、改造してケッコンしたら普通の『運』になっていたし、(開戦半年にして勝浦沖で雷撃を受け、人知れず夜の海に沈んだ)山風に関しては「構わないで……。放っておいてよ」という、逆に放っておけなさに世話を焼いて構い続け『運』を上昇させていた。

 

けど、狭霧は出会って一年以上も経つけど、艦隊で一番の『運』の低さだったなんて気づきませんでした!

 

 

調べたら、狭霧は開戦から一月足らずのボルネオ攻略作戦中に、オランダ潜水艦の雷撃を受けた際、搭載爆雷の誘爆や火薬庫への引火という不運が重なり爆沈していた。

 

狭霧のために、運気を上げるご馳走をしようと、スペシャルメンバーを招集した提督。

 

「何で私と姉様が? はぁ、不幸だわ」

 

とか愚痴をこぼす山城(ケッコン後の『運』は17)に、狭霧の『運』のデータ、7という数字を見せてやる。

 

「うっ……分かったわよ。手伝います」

「そうよ、山城。私たちも提督やみんなに幸せにしてもらったんですもの、次は誰かのために何かをする番よ」

 

とても良いことを言う扶桑(ケッコン後の『運』は18)と山城には、うどんを打ってもらう。

 

扶桑姉妹はテレビ番組の企画で『日本一周うどん修行の旅』に行っていた。

山城の名から京都の老舗うどん店に始まり、香川の讃岐うどんや秋田の稲庭うどん、群馬の水沢うどんといったメジャーな名店はもちろん、五島列島の手延うどんを打つ親父さんや、埼玉の秩父の山奥に住む名人おばあちゃん、大阪難波の立ち食いうどん店の頑固職人などにも弟子入りし、全国のうどんに通じている(ローカル放送局の深夜枠番組だったが、地味にカルト的人気を博してシーズン2まで作られたのだ)。

 

二人に依頼するのは、やや太めだがコシはほどほどに、喉越しはいいがツユとの絡まりがいいリフト力のあるうどん。

 

「……群馬の水橋さんとこの小麦粉、まだ残ってた?」

「そうね、あれなら水加減を……」

 

一方、大鳳(ケッコン後でも『運』は9と実質ワースト1)と、速吸(『運』は8だが、まだケッコン前)に手伝ってもらい、提督自らカレー汁を作る。

 

厚く削った鰹節、いりこ、干し椎茸、昆布で、黄金色のダシをひく。

加熱した酒と濃口醤油に、砂糖とみりんを加えて寝かせ、かえし醤油を。

これらに甘口でありながら奥深いスパイシーさを感じられるように配合したカレー粉を混ぜ合わせ、炒めた小麦粉とすりおろしたジャガイモで、うどんと一緒に食べる際の悲劇を避けるために重めのドロリとしたとろみをつければ……。

 

ダシが香り、かつおと昆布のまろやかな旨みが出た、お蕎麦屋さんのカレー汁が完成。

 

カレーの具は、豚バラ肉、玉ネギ、長ネギに、彩りとしてグリーンピース。

特に長ネギは、多摩が埼玉の深谷から良いものを取り寄せてくれた。

 

そして、『運』に「勝つぞ!」と、足柄と鳥海にカツを揚げてもらう(狭霧は鳥海の直衛艦だった)。

 

そうです、狭霧に食べてもらうのは『カツカレーうどん』です!

 

「了解よ。厚みは食べやすく1センチで、衣はサクサクよりも汁の染み込み具合を重視したいわね」

「大葉の葉を一緒に揚げてみるのはどうでしょう?」

「うん、ナイスアイデア。黒谷さんとこの豚が合うと思うから、すぐ電話してみるわ」

 

とっても頼もしい艦娘たちだ。

 

一人はみんなのために、みなは一人のために。

そして、全角各地の食のプロのみなさんの力を借りて。

 

待っててね、狭霧。

もうすぐ、最高の『カツカレーうどん』を食べさせてあげるから!



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鎮守府のクリスマス2018

あまりの忙しさに香取先生も走る師走。

 

鎮守府はクリスマス会の準備に追われていたが、猫の手よりも役に立たない提督は子供たちと離れに隔離。

ほっぽちゃんと潜水新棲姫、海防艦娘たちを連れて、のんびり温泉に浸かっていた。

 

「今年の夏は、何が楽しかった?」

「カブトムシ採りっ!」

「花火大会が楽しかったです」

「ナガシソーメン」

 

今年の思い出を振り返りながら洗いっこをして、楽しい入浴タイム。

温泉から上がったら、提督自ら一人ずつスキンシップしながら、時間をかけてクリスマスの衣装を着せてあげる。

 

あ、これはクリスマスプレゼントの搬入を、子供たちに見つからないようにするための重要な足止め作戦であります。

決して提督の邪な欲望でやっているのではないので、勘違いして通報などしないように。

 

 

厨房では、クリスマスの料理の製作が順調に進んでいる。

今年は海外艦もぐんと増え、国際色豊かな料理が用意されている。

 

アメリカ組はもちろん、ローストターキー。

これがなければクリスマスといえない(アメリカでは11月の第四木曜日の「感謝祭」に食べる方が一般的だが)。

 

「みんな、準備はいい? Are you Okay? じゃ、行きましょう!」

 

並行してイントレピッドは、数人のお手伝いを連れ、スパイラルハムの燻製作りに庭へ。

豚の骨付きもも肉を丸ごとそのまま何個も燻製にするので、多くの人手が必要なのだ。

(コストコでも数kgの巨大なスパイラルハムが買えますが、一般家庭の手に余ります)。

 

「良い香りですねぇ~。これはワインが……」

「ポーラッ!」

「心配しないで、ザラ姉様。まだ二本しか空けて……イタ、イタタッ」

 

イタリア組が作っているのは、芳醇な香りのポルチーニ茸のポタージュスープに、あんこうのロトロ。

ロトロとは「巻いたもの」という意味で、あんこうのすり身とトマトソース、ブラックオリーブ、ローズマリーなどをラザニアの皮で巻いて焼き上げ、赤ワインソースをかけていただく。

 

「イタリアのピザだけがピザじゃないことを、日本艦たちに教えてあげなさい!」

「はい、ビスマルク姉様。あ、ツヴィーベル(玉ねぎ)はもっと薄く切ってくださいね」

「任せなさい!」

 

ドイツ組が石窯で焼こうとしているのは、フラムクーヘン。

アルザス地方の薄焼きのピザ料理で、サワークリームのソースに、ベーコン、玉ねぎなどの具材がのる。

 

グラーフ・ツェッペリンと、レーベリヒト・マース、マックス・シュルツは黙々とアーモンドの皮むき。

クリスマスのドイツの定番お菓子、ゲブランテ・マンデルン。

アーモンドを水飴、シナモンなどで煮詰めた、焼きアーモンドを作るのだ。

 

「Joyeux Noël! いいわね、楽しいわ。この艦隊のFestival好きは良いことよ。フフフ♪」

 

フランス組は、ニンジンのラペ(すりおろし)のサラダと、雪のようなホワイトチョコのムースがかかった大作ケーキ。

シュークリーム制作時にも発揮された、リシュリューのお菓子作り能力はパティシエ並みで期待できる。

 

「同志、これはブルジョワ的な料理ではないか?」

「口より手を動かせ、同志。この労働の過酷さの、どこがブルジョワ的だと言うのだ?」

「テーブルの上で大きなパイを平等に切り分ける、実に家庭的でプロレタリアートだよ」

 

ロシア組は、生地作りと具材の下ごしらえに2日かかっているクーリビヤック。

鶏肉と鮭の身、茹で卵、みじん切りにして炒めたエシャロットやマッシュルーム、カーシャ(蕎麦の実)、米といった具材を、数層のクレープ生地に積み重ねていき、さらにブリオッシュ(卵、牛乳、バターをたっぷり使った発酵パン)の生地で包んで焼く、という非常に手の込んだパイ料理だ。

 

「……ロシア正教のクリスマスは、1月7日に祝うものだと思うが?」

「同志、お前は宗教を信じているのか? それは党に対する重大な裏切りだぞ?」

「いや、私はもちろん無神論者だ」

「なら何も問題ない」

「ハラショー」

 

 

「Ark……それは象? あ、星……えっ、クリスマスツリー?」

 

イギリス組が作っているのは、ハリー・ポ〇ターも大好きなミンスパイ。

カップ状のパイ生地にドライフルーツやナッツ、シナモン、ナツメグなどを詰め、星や十字、ツリー等の形に飾った生地でフタをしてパウダーシュガーをかけて焼いた、イギリスのクリスマスに欠かせない食べ物。

味は……うん、まあ……そうねえ……。

 

「余の着任を祝して仕込んだクリスマスプディング、味が楽しみだな」

「ヒイラギの枝もちゃんと用意してあるわよ」

 

ドライフルーツや柑橘類、ナッツ、香辛料など最低13種類の材料をブランデーやラム酒などに漬け込み、生地を混ぜる日曜日(「Stir-up-Sunday」と呼ばれる)には家族そろって願い事を唱えながら交代で生地をかき回して、下準備から長い時間を費やし、やっと蒸し上げた後にも、さらに数週間から数ヶ月は冷暗所で寝かせて熟成させた、伝統的なクリスマスプディング。

 

蒸しなおしたらブランデーをかけて火をつけフランベし、ラム酒入りバターを添えて食べる、隼鷹や千歳も興味津々のお菓子だ。

ちなみに、飾られるヒイラギの枝はキリストの茨の冠、その赤い実はキリストの血を象徴しているという。

 

「モガミン、アンチョビを少し手でちぎっておいてくれるかしら?」

 

そして期待の新人、サンタクロースの本場スウェーデンの艦娘ゴトランド。

彼女が最上と三隈に手伝ってもらい作っているのは「ヤンソンさんの誘惑」という郷土料理。

一言で言うとニシンのアンチョビを使ったポテトグラタン、独特のクセはあるけど美味しいです。

 

 

「あまりハイカラな料理は得意でなくて……申し訳ありません」

 

そんな国際色豊かなメニューに加えるべく、鳳翔さんが用意したのは豚キムチ鍋と手まり寿司。

キムチとサーモンの赤、豆腐とホタテの白、ほうれん草とキュウリの緑が、どことなくクリスマスっぽいです。

それに、サーモンは桜チップで軽くスモークしていたり、ホタテはオリーブオイルでマリネしていたり、酢飯にワインビネガーを使っていたり、さりげなく和洋折衷の味に仕上げているのがさすが。

 

間宮と伊良湖は、クリスマスリースのように綺麗に飾ったサラダや、様々な国旗や飾り付きの串で色とりどりの具材を刺したピンチョス、ホワイトソースとプチトマト、ブロッコリー、そしてサンタの人形でホール丸ごとのショートケーキ風に飾り立てた巨大ハンバーグ、さらに大量のカップケーキを用意してくれた。

 

「うわー、インスタ映えするー!」

 

サンタコスの鈴谷が喜んでいるが、もちろんこの鎮守府にスマホやネット環境はない。

言ってみたかっただけです。

 

 

「ビール届いたぞー、重巡何人か来てくれー!」

「戦艦棲姫、ツリーの上のリボンが曲がっちゃったの直したいから、脚立を押さえといて」

「そこの南方棲戦姫っ! 人ん家に来るなり全裸でコタツに潜り込むなっ!」

 

「加賀、ヲ級、S物資(サンタ任務用のクリスマスプレゼント)、チビどもに見つからずに運び込めたんか?」

「ええ、五航戦とアメリカの護衛空母が騒がしくて危なかったけれど、何とか手はず通り2番倉庫に」

「S任務開始ハ、マルマルマルサンカラ」

 

「秋雲っ、観念しなさい! クリスマス会は全員集合よ!」

「陽炎姉、あと、あと1ページ、いや……1カットでいいから待って!」

 

今日は聖なる日、クリスマス。

敵も味方も仏教徒も無神論者も、超スーパー修羅場も関係なく、みんなで楽しく祝いましょう。



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【番外編】冬イベ遅延の夜

楽しかったクリスマス会も終わり、深海棲艦たちもキラキラして帰っていった。

もっとも、またすぐ冬の大規模作戦と、大晦日の宴会で顔を合わせる予定だが……。

 

「ル級見た? いつもは顔色悪いのに、すごくテカテカしてた」

「装甲空母姫と戦艦タ級姉妹に三重キラ付いてるから、しばらくカスガダマ島には近づかない方がいいわね」

「酔った集積地棲姫がラバウルがどうとか言っていたが、次の決戦海域は南方か?」

「重巡棲姫の奴、間違ってあたしのショーツ履いてってるじゃない! ネ級、追いかけて!」

「ちょい待ち! 新館のトイレで、提督に襲われた軽巡棲鬼が轟沈しとったでー!」

 

一晩のうちに町内や艦娘寮を駆け巡り、子供たちに見つからないようプレゼントを送り届け、(こちらはもちろん)鎮守府内(だけ)の大人たちにキラ付け(意味深)して回ったサンタ提督は、今は疲れて爆睡中。

 

ちなみに、グリーンランド国際サンタクロース協会が定めた、多くの子供たちにプレゼントを届けることができる、公認サンタとしての能力の選考基準は……

ソリから50mを走ってターゲットの家に接近、はしごで煙突に登って家に侵入、家人に気づかれぬように暖炉から這い出て、(もみ)の木の下にプレゼントを設置、サンタへのお礼として置かれているクッキー6枚と牛乳を完食し、再び暖炉から煙突へと這い出し、煙突の上で笑顔で国旗を振って、はしごを降りて50m疾走してソリに戻る……これを2分以内で行えること。

 

きっと本物のサンタさんたちには、どこかの伝説の蛇英雄並みの潜入工作能力か、ここの提督のように時間を操る妖精さん(+「天才明石の元気が出るクスリ」)の加護があるに違いない。

 

そんな提督が寝ている自室に……。

 

「提督ー! 朝起きたら、あたいの枕元にプレゼントがー!」

「大東、ダメだよ。提督はまだ寝てるんだから……」

「う~ん……ああ、大東。サンタさんからプレゼントが来たのかい? きっと、いい子にしてたのを、サンタさんも見てくれてたんだよ」

「うん! あたい、いい子さっ!」

 

そして、サンタさんの最大の資質は、いつも笑顔でいられること。

寝不足のところをジャンピング・ボディプレスで叩き起こされようと、部屋の片隅にヌチョッとした全裸のポーラや、置き忘れられたネッチョリした北端上陸姫が寝ていようと、ニコニコ顔を崩さない提督。

 

大東と日振の頭をナデナデしながら、そのまま二人を抱き枕にして、もうひと眠りしようかと考えたが……。

 

(気配もなく)枕元に、正妻の鳳翔さんが立っていた。

その手にある提督の制服の、「起きろ」という無言のプレッシャー。

ジュウコンで疲れてるから……とか言える雰囲気でないのは、背後の『ゴゴゴゴゴゴゴ!』というオーラで分かる。

 

冬の大規模作戦が間もなく始まるし、買い出しに障子の張り替え、正月用の飾り付け、カラオケ大会、餅つき、蕎麦打ち、Z砲の発射……。

年末には、やるべきことも多い。

 

観念して、提督はノロノロと布団から出たのだった。

 

 

買い出しの計画表を作り、重巡艦娘たちによる障子の張り替えを手伝った提督。

 

ほっと一息をつきに、鳳翔さんの居酒屋に顔を出した。

 

もとは旅館の食事処だった、老舗の鮨割烹(すしかっぽう)といった風情の、鳳翔の居酒屋。

重厚ながらも控えめで豪華すぎない内装。

落ち着いた調度品に、四季折々に目を楽しませる器。

 

そして何より、優しい笑顔で出迎えてくれる鳳翔さんに、その手により生み出される数々の肴の秀逸さ。

 

まずは「とりあえずビール」と言いたくなるのをグッとこらえて、お通しを確認してから、宮城の『一ノ蔵』の大吟醸を注文。

華やかな香り高い日本酒に、お通しの生牡蠣の酢の物がよく合う。

 

半紙に書かれた『おすすめの品』に目を走らせながら、これと思ったあん肝を頼むと……。

 

「そうだと思ってました」

 

即座に鳳翔さんが、葉ネギを散らしたプリッとしたあん肝の蒸し焼きを九谷焼の器で出してくれた。

ネットリと舌に絡みつくような、濃厚でクリーミーな深い味わい。

 

そして次の酒、伊勢は桑名の『上げ馬』をお燗にかけながら、炭火で蛤を焼き始めてくれる。

しし唐に紅鮭のフレークを詰めたものなんかも、焼く用意をしてくれているのも嬉しい。

 

お隣の那智のように、小鉢の海鼠腸(このわた)だけで何杯もの冷酒を飲み干すのは、呑兵衛として粋かもしれないが……。

 

意地汚いハーレム提督としては、色々な酒と肴をちょびっとずつでも、できるだけ沢山とっかえひっかえ味わいたいのだ。

 

と……居酒屋の前がガヤガヤとし始めた。

 

「提督! 大本営の都合で、作戦開始が3時間半延長になった!」

「今日中の作戦発動は不可能ですね」

 

長門と大淀の報告に、ふと目を合わせる提督と那智。

 

ならば……。

 

「宴会場に移って、今日もみんなで飲もうか?」

「よし、今夜ばかりは飲ませてもらおう!」

 

みなさん、明日から頑張りましょう。



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新人歓迎と四水戦の釣りもの料理

現在(2018.12)進行中のイベントのE-1と新艦娘のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。

※また、E-3で特効のある艦娘をE-1で使用してしまっています


大本営の不測のトラブルにより、深夜まで発動が遅れた冬季作戦。

酒盛りしながら待っていたような、不謹慎なこの辺境鎮守府での開始はさらに遅れて、翌朝になっていた。

 

「提督、ブイン防衛作戦が発動されました! 深海棲艦各艦隊の活動が中部ソロモン海域において、活発化している模様です」

 

執務室で大淀が作戦説明を始め、香取が机の上に地図広げる。

が、長門にムリヤリ起こされて連れてこられたばかりの、飲み過ぎで頭の重い提督。

 

「我が最前線基地であるブイン基地及びその周辺エリアの防衛体制を強化する必要があります。軍令部より、軽快な駆逐艦などの小艦艇を主力とした強行輸送部隊を編成、中部ソロモン海域への鼠輸送作戦を実施せよ!と……」

「輸送ルートは、このブラケット水道になります。戦史では1943年3月にビラ・スタンモーア夜戦が発生した海域で、米軍の夜間レーダー射撃により、村雨と峯雲を喪失した……」

 

説明がまったく頭に入ってこない。

 

「うん……しばらく様子見て、週末にで……うぐっ!」

 

作戦を棚上げしようとした提督の首に、長門が斜め45度から鋭くチョップ。

眼鏡を拭きながら、何も見ていなかったふりの大淀と香取。

 

そのまま、悶絶する提督の口元に耳を寄せた長門はしらじらしく……。

 

「どうした提督、何? 耳を貸せ? うん……フムフム……なるほど。提督は、こうおっしゃっている! 村雨と夕立を護衛とし、大発動艇を満載した江風と皐月に鼠輸送を実施させる。道中は警戒陣を使用して敵の攻撃をやり過ごせ! さらに我が輸送部隊を包囲殲滅せんと敵水上艦隊が接近した場合には、電探装備の川内と天霧が合流し、夜戦により逆にこれを撃滅する!」

 

"提督の命令を精密"に伝達してくれる、頼もしい総旗艦の長門。

 

「さすがは提督、見事な采配ですね」

「すぐに村雨ちゃんたちに伝えます」

 

「提督、顔色が悪いぞ? 羅針盤を回す時まで、少し休んでいたらどうだ?」

 

ここの提督の指揮権はいともたやすく奪われる……。

見事な平常運転だった。

 

 

「村雨の、ちょっといいとこ見てくれた?」

「夕立もお手伝いしたっぽい!」

 

新しい敵、深海雨雲姫を夕立の協力を得て見事に打ち破った村雨(メタな話、壊状態になった雨雲姫はHPが高いので、夜戦連撃が強力な夕立と、特効がつく村雨は5~6番艦に置いてトドメ役にした方がいい)。

 

「二人とも、よくやってくれたね。江風と天霧も存分に暴れて随伴艦を撃ち減らしてくれたし、皐月も道中の対潜で頑張ってくれた。それに川内、みんなを守ってくれてありがとう」

 

そして、深海雨雲姫を倒したことで、この海域に囚われていた魂が解放され……。

 

「朝潮型駆逐艦、その八番艦の峯雲(みねぐも)です」

 

ふんわりした髪を三つ編みにした、可愛らしい子だ。

何はともあれ、まずは歓迎会をしなければ。

 

 

「峯雲ちゃん、あの時はありがとうねっ!」

 

歓迎会の料理の食材のほとんどは、那珂ちゃんと第四水雷戦隊が釣りで調達した。

実艦の峯雲は那珂が率いる第四水雷戦隊に所属し、那珂がクリスマス島攻略作戦で被弾した際には、名取に曳航される那珂を峯雲が護衛したのだ。

 

マイワシは刺身につみれ汁、カワハギは煮付け、クロソイは唐揚げ、ヤリイカは大根とともに煮物に。

地元の海の冬の恵みが、贅沢に並んでいる。

 

やわらかく、甘い脂がたっぷりのマイワシ。

だが、小骨も多い魚なので、これだけの量を刺身用に捌くのは大変だったろう。

つみれ汁も味が濃厚で美味い。

 

カワハギの煮付けは身がふっくら。

冬の肝が肥えたカワハギは絶品だ。

 

クロソイの唐揚げは、揚げ方で味が決まる。

160℃の低温でじっくりと、手間を惜しまずに頭や骨はさらに二度揚げするのがコツ。

高温で一気に揚げてしまっては、骨までホクホクのこの食感は出せない。

 

そして、ヤリイカのやわらかい歯応えと、優しい甘さ。

味の染み込んだ大根も、イカの旨味をたっぷりと吸っている。

 

「はぁ~、美味しい。峯雲、感激です」

「峯雲もみんなと釣りに行けるように、これをあげるよ」

 

新人への定番の贈り物、シマノのコンパクト竿「ホリデーパック」を渡す。

 

「釣り方が分からなければ、僕の部屋に入門書が……」

「峯雲、酔った提督とは絶対に二人きりになっちゃダメだからね」

「三秒で煎餅布団に引きずり込まれちゃうわよ~」

 

姉の朝雲と山雲が、慌てて峯雲を提督から引き離す。

 

 

そして、峯雲の歓迎会が終わった途端……。

 

「あっれぇー!? サークルチケットと夜行バスの乗車券どこ!?」

「秋雲のバカ、それは私が持ってるから! 司令官様、夕雲姉さん、行ってきますー!」

「提督、それじゃ行ってきます!」

「うわー、待って待って! 行ってきまーすっ!」

 

あわただしく、秋雲先生と巻雲、風雲、夕張が『有明の祭り』に参加するため飛び出していく。

 

今年もあとわずか、無理せず頑張っていきましょう。




※川内、江風、夕立はE-3で特効があるようなので、温存が吉かもしれません


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鎮守府の年越し宴会

艦娘寮の玄関脇には門を向いて、大きめの招き猫が置かれている。

福を招く縁起物といわれるが、ここの招き猫は提督に似た超のんびり顔で、小判も持っていないので、いまいち有難みがない。

 

だが、左手を上げているだけあって、人を招く効能は抜群。

大晦日の今夜も、大勢の深海からのお客さんがやってきている。

 

え? 人じゃないんじゃないかって?

それを言い出したら、ここに住んでいるのも艦娘たちですしおすし。

 

 

昼にはソロモン海で壮絶な撃ち合いをした、長門と陸奥、深海棲姫姉妹も、今は協力して宴会場へコタツ運び。

 

設置されたコタツに並べられていくのは、多くの大皿料理。

紅白なます、ほうれん草のおひたし、海老とブロッコリーのサラダ、じゃこと大根のサラダ、牛すじ肉とピリ辛コンニャク、ごぼうの唐揚げ。

 

「こらーっ、マンガ読むのは手伝いが終わってからにしなさいっ!」

 

秋雲たちが有明海域から持ち帰った戦利品を回し読みしてて、陽炎に怒られる子たち。

 

「あー、もう。忙しいのに」

「し、司令……う、うー……」

「いい覚悟だほら! 壁に手ぇつきなよ!」

 

早波(夕雲型12番艦)掘りに疲れた提督が運気を高めようと、藤波(11番艦)と浜波(13番艦)に抱きつき、朝霜(16番艦)に蹴りを入れられる。

 

厨房からは、天ぷらを揚げる香ばしい匂いが漂ってくる。

海老、イカ、メゴチ、人参、蓮根、春菊、舞茸。

冬の旨さをカラリとして衣に閉じ込めて。

 

そして、輸送部隊は福井から越前ガニを大量に仕入れてきた。

さっと茹でたカニ脚にポン酢をつけてチュルッと……。

蟹味噌の甲羅焼きで熱燗とかも……たまりません。

 

「菊姫の大吟醸はないか?」

「そんなもん、いくら年末とはいえ大宴会で出すわけないでしょ」

「おおーっ、伝心があるぞー」

「ちょっと一口……」

 

酒瓶を手にあれこれと品定めする呑兵衛たち。

 

「那智姉、何してんの!」

「千歳姉、料理運ぶの手伝ってよ!」

「隼鷹っ!」

「イヨちゃん、まだ飲んじゃダメ」

 

そして、いつも通り姉妹艦たちの怒声が飛び、どんどん騒がしさを増す宴会場。

 

「レ級が着いたんだけど、あいつマグロ獲ってきちゃった!」

「那珂ちゃん、マグロ解体してもらっていい?」

「あたし、もうステージ衣装着ちゃってるよー」

 

年末には新しい艦娘たちを迎えるために、新しい布団も買ってきた。

これからも、どんどん鎮守府の家族は賑やかになっていくだろう。

 

今年も一年、大変お世話になりました。

来年もよろしくお願いいたします。

 

よいお年を!




早波掘りに時間をとられ、やっつけ気味になり申し訳ないです
20Sしましたが、まだ出ません……


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とある鎮守府の三が日

現在(2018.12)進行中のイベントと新艦娘のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


元は漁協の管理棟だった鎮守府の、ボロい入渠施設(おフロ)

 

「あれ? 先に誰か入ってる……もしかして、お姉ちゃん? あ、あたしも入るー! よいしょ……」

 

勘違いで提督のいるお風呂に入ってしまった新人の早波を、ケダモノと化した提督が襲う。

うん、夏の新刊はこれだっ!

 

「ちょっと! うちの妹で変な妄想しないでよ!」

 

冬の有明での祭を乗り越えた、我らがオータムクラウド先生。

大破してもキラキラしたドヤ顔のままお風呂に浸かり、夏に向けての新たな構想を練っている。

 

妹をネタにされそうになった藤波が、怒り顔で冷水を秋雲にブッかけた。

 

「うおー、冷たっ! かけるなら高速修復材(バケツ)にしてよー!」

「今、うちは深刻な高速修復材(バケツ)不足なの!」

 

長門、陸奥、最上、三隈、鈴谷、衣笠、からなる第一艦隊。

大晦日はステージショーが一転、マグロの解体ショーになった那珂を旗艦に、古鷹、加古、大井、照月、夕雲、からなる第二艦隊。

 

PT小鬼群対策に、重巡や航巡には攻撃の威力や弾着観測射撃を捨ててまで副砲や機銃、熟練見張員の妖精さんを積み、鬼門である戦艦棲姫(ダイソン)は長門と陸奥の胸が熱い一斉射と基地航空隊でなぎ倒し……。

とにかく、敵主力にさえたどり着ければ、大和を含めた支援攻撃と基地航空隊の力を借りて、敵を押しつぶすのは簡単。

 

そう、対策さえちゃんとすれば、S勝利するのは簡単なんですよ。

 

問題は、早波ちゃんを見つけ出すまでにかかった回数と、そのたびに消し飛んでいく資源と高速修復材(バケツ)

 

元旦の朝、ようやく早波と邂逅した提督は嬉しさと解放感から涙をこぼし、夕雲ママの膝に甘えまくったという。

 

 

そして鎮守府総出の初詣や羽根つき大会、妖精さん出初式、謹賀瑞雲の新年任務を済ませ、1月2日をもって進出した、中部ソロモン海ブーゲンビル島沖。

潜水新棲姫ちゃんの(お年玉をあげたことなど意に介さない)無慈悲な雷撃と、止むことのないリコリス棲姫の空襲が待ち受けていた。

 

「元旦にお賽銭以外のお金を使うことは、一年を通して浪費することにつながるから慎むべきとも考えられていたから、昔から三が日はお店も休業するのが当たり前だったんだけど……今では年中無休のコンビニなんかが当たり前になっちゃって(ただし、この近所にはない)、便利にはなったけれど正月の風情が失われた気がするね」

 

艦娘寮のロビーのソファーで、駆逐艦娘や妖精さんたちにまとわりつかれながら、正月ウンチクを披露する、浴衣に半纏姿のだらけた提督。

 

「それと元旦には、包丁を使っちゃいけないんだよ。これは、『縁を切る』につながるのを嫌ったんだね。お雑煮は例外として、それ以外の煮炊きや水洗いはせずに、おせちを食べて過ごすという風習も、もともとは竈や台所に宿る火や水の神様を敬い……」

 

そんな長くて面倒くさいウンチク話を聞いて……。

あ、提督の豆腐メンタルが潰れたんだな、と察した初期艦娘の吹雪。

 

「丙作戦に変更しますか?」

「……うん」

 

壁にぶつかったら壁に沿って迂回する。

ここの鎮守府は今年も平常運転です。

 

 

丙で行くなら、もう勝ったも同然。

慢心提督は昼間から温泉に浸かり、陽が落ちる前からおせちをつまみに、ゆっくりと酒を飲むことにした。

 

大晦日からコタツを出しっぱなしで、おせちとお雑煮、寿司が常時セットされている大宴会場。

 

まずは、ブーゲンビル島への輸送作戦で頑張ってくれた、朝潮、大潮、満潮、荒潮らが入っているコタツに行って労をねぎらい、作戦難度を下げることを詫びる。

 

続けて、敵主力への直通航路を開くため、制空権奪取に尽力してくれた、赤城、加賀、大鳳、サラトガらがいるコタツへ行き、同じく感謝と謝罪の言葉を。

 

そして……。

端っこのコタツに陣取り、あきつ丸、ネルソン、伊勢、ザラを呼び出す。

 

「提督、何か企んでるでしょ? 悪い顔してるよ?」

 

伊勢にはすぐ見抜かれてしまったが、とりあえずは皆に料理と酒を勧める。

途中、多摩がまとわりついてきたが、あごの下を撫でてあげると気持ちよさそうにコタツの中に入って眠ってしまった。

 

定番のおせちの他にも、殻付きアワビの蒸し煮、蟹と豆腐の揚げしんじょ、鴨肉の肉団子。

ちょっと豪勢な料理をつまみながら、「君臣是愛 輝威徳自」と書かれた、ありがたく縁起のいい樽酒から酒を注いでグビグビと。

 

勝手な解釈ながら、提督はこれを「提督と艦娘が互いを愛して尊重する鎮守府には、自ずから威徳が宿る」と解釈している(例え、それが丙提督だろうと)。

 

まるゆと共に地道に、漁業権のない海域を巡って大量のアワビを集めてきてくれた、あきつ丸。

あきつ丸には、秘技「烈風拳」という、戦闘機しか積んでいないのに敵艦を攻撃できる波紋の技がある。

 

越前ガニを仕入れるため、福井まで反復航行する輸送艦隊を護ってくれた、ネルソンと伊勢。

複縦陣のまま敵中に突入し、敵を分断しつつ縦横無尽に砲撃を浴びせるネルソンタッチ。

戦艦の砲撃力と、軽空母並みの制空力を併せ持つ伊勢。

 

日本の正月料理には、豚や牛の肉はタブー。

それを尊重して鴨肉で、さっぱりしながら濃厚な味わいの肉団子を作ってくれた、ザラ。

彼女は一級の重巡洋艦としての戦闘力を持ちながら、水上戦闘機の運用にも長けている。

 

そしてここに、日本が誇る不沈戦艦の武蔵と、艦隊の盛り上げ役であり世界一の水上機運用能力を誇る利根を加えて、第一艦隊を編成する。

空母がいると航路が迷走するらしい海域に対応するための、提督なりの最適解だ。

 

「さ、まずは一杯。いっしょにやろう。やりながら、さて、相談だ」

 

敬愛する池波正太郎先生の、作中の台詞を借りつつ。

明日以降の出撃計画を語り出す提督。

 

窓の外では、湾港が夕闇に溶けつつあった。




とりあえずE-3は丙で攻略し、日進ちゃんをお迎えしました。
あとは、また掘りか……


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新人への鎮守府案内と豆すっとぎ

年明け初の金曜カレーも食べて、正月ムードも徐々に薄れつつある今日この頃。

冬季の大作戦を(最後は丙難易度で)早々に終えた北の辺境鎮守府では……。

 

支給されたばかりの体育ジャージと、ワー〇マンの防寒着に身を包んだ、新入りの艦娘たち。

日進、峯雲、早波、ジョンストン、の4人を連れて、天龍が鎮守府の施設を案内して回っていた。

 

もともとは第三セクターの水産加工場だった、大型プレハブ建ての工廠。

同じように漁協事務所だった、無味乾燥な鉄筋コンクリート2階建ての鎮守府庁舎。

駐車場や冷凍倉庫の跡地に建てられた、小さめの赤レンガの倉庫群。

 

「戦艦以外は、自分で艤装を運ぶことになってっから。ここの倉庫から順に、自分の艤装と、提督に指示された装備、必要分の弾薬・燃料を取り出していって、忘れず備え付けの入出庫台帳に……」

 

天龍が、ハンドフォークリフトを使って艤装を運搬する第五駆逐隊(春風、朝風ら)の行動を見本に、動線と紙台帳の記入法を説明する。

 

「……で、最後に使ったハンドは、置き場のラインに沿ってちゃんと停める。ま、細かいことは実際やってみて、分からないことは明石さんか倉庫の妖精さんに聞くのが一番だな」

 

「ひとつ質問いい?」

「何だ、ジョンストン?」

「あそこの、「出たら叩け」って書いてある鍋は何?」

 

ジョンストンが指差すのは、車庫の横の干物干し場にぶら下げられ、ボコボコに変形している昭和レトロの金物鍋と、それを叩くための木の棒。

 

「あ、深海棲艦の接近を知らせる鐘ですかぁ?」

「それとも幽霊や物の怪の類でも出るんかのう?」

「Ghost!? Really……?」

「怖い……お姉ちゃぁ~ん……」

 

日進の言葉に怯える駆逐艦娘たちだが、天龍はポリポリと頭をかいて……。

 

「熊と猪。たまに、裏山から干物を盗みに出てくるから」

 

ここは、とっても田舎です。

 

 

鎮守府庁舎のフロントサッシの引き戸を開けると、応接ソファーが置かれた狭いロビーがあり、横には病院の受付のような小窓のついた小さな事務室がある。

 

「次は鍵の管理な。日中、ここの事務室には、管理当番の巡洋艦クラスが詰めてるから。倉庫や車の鍵を使うときは、この表に鍵の番号と使用者を記入して、当番から鍵を受け取って使用。返却したら返却欄に当番の印を押してもらえ」

 

2階へと上がる階段の向かいにはトイレと、艦娘の入渠施設である特別な霊薬(という名目の単なる季節の薬湯)が張られたお風呂場。

 

「深海棲艦の攻撃を受けた時は、ここで穢れを落としながら、艤装の修理が終わるまで待つ……ってことなんだが、まあ長時間になるようなら、飯を食いに行くのも休憩室で寝てるのも自由だから」

 

艦娘としての出撃に必要な動き方をひとしきり教え……。

 

 

入渠施設の奥には、4人がけテーブルが2つ置かれた、もとは漁師さんたちの賄い場だったキッチンがある。

 

「やあ、みんな歩き回ったからお腹が空いたでしょう」

 

ユ〇クロのスウェットパーカにエプロンを着けた、眠った猫のように細目でほわわんとした提督が待っていた。

 

「大間のクロマグロの初競り、3億円を超えたってねえ。ニュースで重さ278キロって言ってたけど、大晦日にレ級が獲ってきた300キロのマグロだったら、いくらついたかなあ」

「レ級の尻尾の歯形がザックリついてたから買い叩かれただろうな……ってか、大晦日は本当は禁漁日だろ?」

 

テーブルの上で何やらこね回しながらバカ話をする提督に応じつつ、天龍も手を洗ってそれを手伝い始めた。

 

提督、一晩水につけておいた自家製の青大豆を茹でてすり潰し、餅米の米粉と砂糖、少しの塩を合わせてこねている。

天龍などの古参にはお馴染みの郷土料理、「豆すっとぎ」を作っているのだ。

 

県北では「豆しとぎ」と呼ばれ、青大豆と餅米の粉を使うのが一般的だが、地域ごとに黒大豆や茶豆、(あわ)を加えたものなどのバリエーションもある。

この鎮守府がある町では「豆すっとぎ」を食べる習慣があまりない(代わりに「凍み餅(しみもち)」や「ずんだ餅」を食べることが多い)が、北に六つの湾をまたいだ町(当時は村)から嫁いできたという近所のおばあちゃんに作り方を教えてもらった。

 

生米をこねた神前に供える古来の餅を指す「しとぎ」が名前の由来と思われ、「豆しとぎ」→「豆すとぎ」→「豆すっとぎ」と変化しながら南に向かって伝播してきたが、山野草を混ぜる「凍み餅」や、枝豆を使う「ずんだ餅」の文化圏とぶつかったことで、その伝播が止まったのではないかなど、文化人類学的な研究欲をそそられる。

 

茹で汁を加えながらしっとりと、程よい柔らかさになるようにこね、かまぼこ形に整えて、1cm程の厚さに切り分ける。

 

「一晩寝かせると粉っぽさがとれて、味も馴染むんだけど……すぐ食べるなら、生よりこれだね」

 

フライパンを軽く熱して、溶かしバターで「豆すっとぎ」を焼く提督。

ぷーんと、バターと砂糖の香りが漂う。

 

「ええ匂いがするのぉ」

 

日進が期待に満ちたキラキラした瞳でフライパンをのぞき込むが……。

 

豆すっとぎは、もともと神様にお供えする食べ物。

焼きあがった最初の一個は、わらわらと集まってきた妖精さんたちに。

 

そして、新しく家族となった艦娘たちを護ってくれるよう、心の中で妖精さんたちに祈願する。

 

「はい、みんなの分もできたよ」

 

素朴な甘さの田舎のお菓子。

だが、それがいい!

 

喜んで「豆すっとぎ」を食べる新人たちを、細い目をさらに細めて眺める提督。

 

「今夜は歓迎会で、明日からは練習航海や近海警備に出てもらうからね」

 

それと並行して、野菜の皮むき、ご飯の配膳、魚釣りに下処理、ボイラーと給湯管の点検……。

雪下ろしの作業も覚えてもらわなければならないし、生活のために覚えてもらうことはたくさんある。

 

「それから、これ。鳳翔さんが編んでくれたマフラーと手袋に、名前入りの半纏だよ」

 

不便な田舎の鎮守府に着任させちゃって申し訳ないけど……。

外の気温が寒くても、人間関係と温泉は温かい、うちの鎮守府に来てくれてありがとう!



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真冬のあったかミルフィーユ鍋

まことに小さな鎮守府が、開化期を迎えようとしている。

「小さな」といえば、開設当初のこの鎮守府ほど小さな鎮守府はなかったであろう。
艦娘といえば吹雪しかなく、人材といえば3年のあいだニートであった提督しかなかった。


真冬のある日、提督は夢を見た。

 

真っ黒闇の中、重く生ぐさい泥道を必死に駆けている。

提督の他にも何人も何十人もが、全力で駆けている

 

その全員が汗だくで駆けながらも、足元の泥に手を突っ込んでは、埋まった砂金の粒をすくおうとする。

 

背後からは、邪悪な瞳や牙を持った数字や罫線表の怪物たちが追いかけてくる。

怪物に捕らえられれば、醜悪にゆがんだその口の中で貪り食われるのが分かっているのに、誰も砂金を拾うのを止められない。

 

断末魔の叫びを聞きながら、自分でなくてよかったと安堵し、怪物から逃げながらも、また泥の中に手を伸ばす。

 

そこに、喰われかけた者の手が伸びてきて自分の脚を引っ張り……。

数字の怪物たちが追いついてきて、圧し潰される。

 

 

という、投資信託会社で働いていた頃、頻繁にみていた悪夢。

 

目が覚めて分かったのは、自分が本当に暗闇の中で圧し潰されているということ。

 

休憩室の大部屋で、提督とお泊まり会をしていた駆逐艦娘たち。

提督が被った布団の中で、早霜が枕元で頭を包み込むようにベッタリと張り付いているし、胸の上ではト〇ロに乗っかるメイのような格好で清霜が寝ているし、脇腹には山風がガッツリとしがみついているし、背中には白露のイッチバーンな胸部装甲が当たっている。

 

そして、さっきの悪夢の一因だろうが、誰かが浴衣の足元を割りながらパンツに手を伸ばしてきて、必死に足を引っ張っているし。

「川」の字で寝ていたはずが、いつの間にか「側」の字になっていたぐらいの混沌っぷり。

 

そして最大の寝苦しさを作っているのが、周囲に過剰なまでにこんもりと盛られた布団。

布団の上にも卯月がいるようで、その上にも布団がかかっている。

 

きっと、提督にひっついて布団からはみ出している駆逐艦娘たちが寝冷えしないように、夜中に鳳翔さんがそれぞれの上にかけていってくれたのだろうが……。

 

それらの冬用羽毛布団が何重にも密集して、ぶ厚いミルフィーユのように提督を押し包んでいる。

「おかん」というのは、布団からはみ出している子供を見たら、布団をかけ直さずにいられないものなのだろうが……。

提督と駆逐艦娘たちの体温と汗で、布団の中は冬だというのに高温多湿の蒸し風呂状態。

 

提督は何とか布団から脱出しようとモゾモゾ動くが……。

提督はしばらくの間、逃がすまいとしがみつく力を強める山風と、意地になってパンツを引っ張り寄せる荒潮相手に奮闘して余計に汗をかくのだった。

 

 

朝、洗面所で駆逐艦娘たちと並んで歯磨き。

背後では、提督の足から奪い取ったパンツを死守しようとする荒潮と、それを洗濯機に持って行こうとする朝潮の争う声。

 

文明人の証たるパンツを奪われて、ちょっと足下はスースーしているが……。

毎日毎日ノルマとチャートに追われ、都心のマンションで独りで暮らしていた時とは雲泥の差の、幸せな朝。

 

ストレスで精神を衰弱して味覚障害になりかけた時、会社はきっぱり辞めた。

 

次の就職先にあてがあったわけではないし、ある日空から女の子が降ってきて大冒険が始まったり、異世界に転生してチート級の能力を得られる算段があったわけでもない。

 

まあ、面構えにティンときた社長によってアイドルのプロデューサーに抜擢されるワンチャンぐらいはあるさと、開き直って会社を辞め、引っ越した東五反田のボロアパート(怪奇現象が起こるという噂の事故物件)でお菓子を食べていたら……。

 

押し入れの中から妖精さんが現れ、お菓子をあげたら提督にしてくれました。

 

 

「何度聞いても、いい加減な着任理由よねぇ」

 

夕飯の席で鍋のアクをとりながら陸奥が笑うが、提督は眠そうにアクビ。

今日は大して提督としての執務は行わなかったが、艦娘たちと野球と縄跳びで遊んだので非常に疲れた。

 

もうね、おっさんに外野手とか、はやぶさ跳びさせるとか拷問ですよ。

 

でも、いっぱい汗をかいて、富士山のタイルが張られた銭湯風の大風呂で、艦娘たちと背中を流しあうのは楽しい時間。

 

そして、さらに大食堂での楽しい夕飯。

 

今日の夕飯のメインは、豚肉と白菜のミルフィーユ鍋。

昆布ダシの鍋の中にニンニクと生姜の欠片を放り込み、塩コショウした豚バラ肉と白菜を交互に、切り株のような円周状に並べたて煮立てる。

アクをとったら白髪ねぎと水菜をのせて、ひと煮立ち。

 

それだけの簡単鍋なのだが、これがべらぼうに美味い。

白菜の甘みを吸った豚肉と、豚肉のコクを吸った白菜の相性は、翼くんと岬くんのゴールデンコンビのように素晴らしい。

 

「教員免許も持ってたんだし、もし学校の先生を選んでたら……」

「あー、史上最悪のセクハラ教師として死刑判決が出てたね。間違いない」

 

提督の呟きに北上がつっこみ、同席していた陸奥と大鳳が笑う。

 

鍋が煮えるのを待ちながら……。

自家製の梅干しと蜂蜜で、甘酸っぱく煮つけたタコを食べながら、ビールをちびりとやる提督。

 

煮立った豚バラと白菜を器にとり、たっぷりの大根おろしと、ポン酢をかける。

ポン酢は「ゆずの村」ともよばれる、高知県の馬路(うまじ)村産。

 

トロリとした白菜に包まれた豚バラ肉。

その相性の良さは先ほど語ったとおりだし、ほのかに香るニンニクと生姜が素晴らしい引き立て役。

そこにアクセントを加える最高品質のポン酢の爽やかさ。

 

「ちあわちぇ」

 

小雪がちらつく夜。

家族と囲む、あったかい団らんの食卓。

 

本当に今は毎日が幸せです。



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霧島と焼そばバゴ〇ーン塩味

もとは漁協事務所だった、無味乾燥な鉄筋コンクリート2階建ての鎮守府庁舎。

漁師たちの賄い場だったくたびれたキッチンに、ピカピカに磨かれた鍋が並んでいる。

 

さっきから提督が、紙やすりまで持ち出して熱心に磨いているのだ。

 

どうしても解けない難しい問題に直面した時とか……。

無心になれる単純作業に逃げたくならない?

 

先のブイン泊地を巡る冬の戦いで、ブーゲンビル島沖にパワーアップして再登場した南方棲戦姫さま。

あの時は水雷戦隊を率いていたので(彼女が得意な夜戦になる前に決着することも多く)、大した脅威と思わなかったが、その強化の恐ろしさは本拠地サーモン海域北方に戻ってこそ本領発揮となった。

 

随伴が双子のエリレだったりすると、もうお手上げ……。

 

さらに、そんな難所に駆逐艦2を編成に入れて突っ込めとか、無茶振りしてくる鬼畜眼鏡!

 

「誰が鬼畜眼鏡ですか。私は大本営の作戦を伝達しているだけです」

 

鍋を磨きながら嫌味を言うが、提督に背を向け編み物をしている大淀には通じない。

 

「それに、作戦任務への参加は任意です。嫌ならやらなくても結構ですよ?」

 

とか言いつつ、任務達成ごとに「節分の豆」をくれ、一定数集めると強力な装備をくれるとか、目の前に巨大なニンジンをぶらさげて意欲を煽って来るし……。

 

 

「ところで提督、いただいた名刺、仕舞わないとどんどん汚れてしまいますよ?」

 

机の上には、無造作に放り出された多数の名刺が散乱している。

これも提督のイライラの原因。

 

先日、東京で開かれた海軍省の賀詞交歓会に参加させられた。

 

会場は一流ホテルとあって、7メートルの高い天井に豪奢なシャンデリアが煌めく。

そこに照らし出された、シェフの腕前が光る色彩豊かなビュッフェ料理の数々。

 

まずはスモークサーモンのミモザ風サラダと黒毛和牛のローストビーフ、きのこのキッシュ、フォアグラのポアレと食べ進め、甘鯛のロースト、牛頬肉の赤ワイン煮込み……。

 

などと満腹食べ尽くしプランを立てながら、長い開会の挨拶や祝辞を聞き流していた提督。

ところがどっこい、正装のために勲章類を胸に飾り立てた海軍大将の姿は、人目をひき過ぎた。

 

国土交通省海事局安全政策課、海上保安庁海洋情報部、一般社団法人日本船主協会、特別法人船員災害防止協会、公益財団法人日本海事センター、独立行政法人海技教育機構……。

 

次から次へと名刺を持った招待客が絶え間なくやってきて、ご歓談とやらを強制された。

 

経済産業省貿易経済協力局安全保障貿易管理政策課、とか早口言葉かよとつっこみたくなる名刺に目を落とし、「ハァ」とか「マァ」とかぼんやりした返事をしつつ、横目で美味しそうな料理をチラチラ見ているだけで、賀詞交歓会は終わってしまった。

 

しかも、まだ大量に残っていた食べ物は、すべて廃棄されるという。

 

もったいないから部屋に持ち帰りたいとホテルマンに言ったら、衛生上それはできないと断られた。

その上、ご希望ならルームサービスをご利用いただけます、とかトンチンカンなことを言う始末。

 

腹が立ったのでホテルには泊まらず、制服を脱いで紙袋に詰め、東京駅のラーメンストリートで「六厘舎」のつけ麺を食べて、高速バスでふて寝しながら帰ってきた。

 

鎮守府に帰ってきて焼きそば「バゴ〇ーン」を食べようと台所に入り、机の上に放り出した名刺の束。

「バゴ〇ーン」を食べている最中に抱きついてきた大東によりこぼされた付属の「わかめスープ」や、雪風と時津風が食べこぼしたポテチのカスで汚されている。

 

見ていると捨てられていった料理たちが思い出されたので、逆恨みとは知りつつ、かたき討ちにゴミ箱に放り込んでやった。

 

 

さて、ひとしきり鍋磨きの現実逃避をして、少しモチベーションを回復させた提督。

 

艦隊の頭脳である霧島を台所に呼び、昼食をとりながら作戦会議することにした。

 

時間がないので料理はせず、お湯を沸かして「焼そばバゴ〇ーン塩味」を作ることにした。

 

キャベツ主体の具にお湯を注ぐと、プーンと揚げ麺の香ばしい匂いが広がる。

ちなみに、昨年のリニューアルにより、イカとカニかまぼこは姿を消し、代わりに量多めで大粒の味付ひき肉が入ることになり、これによって貝柱風かまぼこを擁する「俺の塩」の下位互換という地位を脱することに成功した。

 

フタを閉めて3分のワクワクタイム。

マグカップに「わかめスープ」の素を入れて待機。

 

「前は「バター風味塩味」だったパッケージの表示が、「ほんのりペッパー塩味」に変わりましたね」

「粉末ソースからはバターの香りが消えて、スパイシーな方向に振ってきていますね」

 

大淀と霧島がリニューアル前後の違いを分析していると、3分を知らせるタイマーが鳴る。

 

「わかめスープ」の素が入ったカップにヤカンから熱湯を注いだら、流しに向かって麺の湯切りをし(北海道の「焼きそば弁当」とは、戻し湯を再利用しない点が異なる)、粉末スープと調味油を投入。

 

「いただきます!」

 

やや太めの麺をかき混ぜてソースに馴染ませ、ズゾゾッとすする。

パンチのある鶏ベースの濃厚な塩ソースにガーリックの香りが立ち、スパイシーな黒コショウがアクセントとなり、ややオイリーな麺がガッツリと食べられる。

 

やや攻撃的になった本体の焼そばを、ホッとする味のわかめスープが以前のように変わらぬ優しさで出迎える。

豪華さや高級さという言葉とは程遠いが、100円ちょっとというコスパで味わえる、この満足。

 

 

そして、節分の拡張任務については……。

 

「まずは敵の弱体化を図るのが先決です」

 

さすが艦隊の頭脳、霧島が明快な答えをくれた。

 

「重量編成の艦隊で上ルートからレ級ごと南方棲戦姫を全力でしばき続け、敵が弱ったところを、武蔵を先頭にした駆逐艦入り編成で下ルートからブン殴りましょう。これが編成案です」

 

攻略本隊:長門、大和、アイオワ、瑞鶴、翔鶴、サラトガ

最終本隊:武蔵、伊勢、利根、筑摩、タシュケント、雪風

道中支援:ビスマルク、リシュリュー、山城、大鳳、陽炎、不知火

決戦支援:陸奥、ネルソン、ウォースパイト、飛龍、夕立、綾波

 

「ボクシングに例えれば、ガードを無視してヘビー級の右ストレートを5連発叩き込み、たまらずガードが崩れたところに、右ハイキックの一閃で倒すようなものです。これなら必勝が無敵です!」

「イイサクセンダナー」

 

霧島の作戦説明を聞く提督の目が、ぐるぐるの渦巻き状になっていく。

大淀は提督を残し、この作戦に必要な大量の資源を倉庫から運び出すため、2トントラックの手配に向かうのだった。



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南方棲戦姫とトコブシ焼き

「星弾射撃、行きますっ!」

 

大和の副砲から発射された照明弾が南洋の星空に吸い込まれ……。

やがて炸裂したそれは、激烈な閃光で夜空を光に染めた。

 

逆光の中に浮かび上がる、禍々しい南方棲戦姫の艤装。

彼女を護っていた2人の戦艦レ級は、すでに昼のうちに海へと沈んでいた。

 

「よし! 艦隊、この長門に続け!」

「Name shipは伊達じゃないのよ! うふふ、やっちゃうからね!」

「全主砲、薙ぎ払えっ!」

 

降り注ぐ巨砲の雨に曝され、南方棲戦姫の艤装が次々と打ち砕かれる。

 

「ワタシハ…モウ……ヤラレハシナイ!」

 

それでもなお耐え続け、怨念の咆哮とともに反撃の砲火を撃ち返してくる、南洋の荒ぶる姫神。

その呪詛の火力は絶大で、最強を誇るはずの大和の装甲障壁がただの一撃で砕かれた。

 

それでも、艦娘たちは怯まずに攻撃を続行する。

 

「サラの子たち、お願いします!」

 

サラトガが銃床のついた飛行甲板を構えてトリガーを引く。

満を持して発進していく、F6F-5N、TBM-3D、零戦62型(爆戦/岩井隊)の混合夜襲部隊。

 

深海棲艦戦Mark.IIの防空網を食い破り、雷爆撃を加えていく。

 

空襲の業火に包まれながら、静謐な笑みを浮かべた南方棲戦姫……。

周囲の瘴気が薄まるのと同時に、ゆるやかに沈む艤装に引きずられながら、波間へと消えていった。

 

 

南方棲戦姫の完全撃破成功が伝えられた鎮守府。

その時、提督は寒風の吹きすさぶ防波堤で、揺れる波間に沈んでいく夕日を眺めていた。

 

その相貌は仏陀のような健寧と慈愛に満ちている。

全ての煩悩から解放され、物欲センサーすら素通りできそうな明鏡止水の境地に提督はいた。

 

支援艦隊の戦艦群に大量キラ付けして精も根も尽き果てた、壮大な賢者タイムに過ぎないのだが……。

 

おかげで、大破で帰還した大和の露出された白い肌を見ても、アイオワのテヘペロお色気中破姿を見ても、その修理のために天龍の軽トラが運んでいく山盛りの燃料と鋼材……を見ても、提督の心は穏やかなままだ。

 

「マタシバラク、オセワニナリマスヨ」

「うん、いらっしゃい」

 

何度も繰り返し撃沈され、霊力を著しく失った南方棲戦姫が、休養を兼ねて鎮守府に遊びに来た。

冬だというのにビキニに髪で胸を隠しただけという、非常に目のやり場に困る露出度なのだが、賢者モードの提督は穏やかな表情のまま出迎える。

 

とにかく、これで節分任務が楽になって、節分の豆を2つ追加でゲットできそうだ(物欲センサーさん「ピクッ」)。

 

 

旅館の食事処を改装した、鮨割烹といった風情の鳳翔さんの居酒屋に、温泉上がりの提督と南方棲戦姫が来店した。

濡れた髪を戦鬼時代と同じツインテールに結び、艶っぽい浴衣姿の南方棲戦姫。

 

「いらっしゃいませ」

 

提督と南方棲戦姫の距離感に眉をピクリとさせたものの、(表面上は)にこやかに迎える鳳翔さん。

 

「食堂には行かなかったんですか?」

「あまり食欲がないし……今夜は寒いから、最初からお燗をつけてくれるかな?」

 

提督の注文に、心得ている鳳翔さんはすぐに燗の準備をする。

選んだお酒は、地元の酒蔵が作る「浜千鳥」の特別本醸造。

口当たりがよく、出しゃばらない控えめな味と香りの、晩酌に向いたバランスの良い酒だ。

 

そして手早く、淡い黄に彩られた瀬戸焼の小鉢で、お通しを出してくれた。

 

冬菜(とうな)のおひたしの濃い緑が、小鉢の中で輝いている。

 

ここでの冬菜(とうな)は、冬菜(ふゆな)(冬に出回る菜類、京菜や小松菜などの総称)のことではなく、新潟の薹菜(とうな)の異字表記だ。

薹とは、「(ふき)のとう」などと言うように植物の「(くき)」の部分のことで、新潟では特にアブラナ類を中心に薹を食するための多くの菜類の品種がある。

 

ちなみに、薹が成長し過ぎると固くなり食用に適さなくなることから、人間(特に婚期を過ぎた女性)に対してもよく「とうが立つ」などと……いかん、こんなことを言っていると今のご時世、どこぞのフェミニスト団体から刺客を放たれてしまう。

 

とにかく、出てきたのは新潟の伝統野菜、女池菜(めいけな)の茎の部分のおひたしだ。

新潟の寒く厳しい冬に耐えながら、雪の下で茎にしっかりと栄養をため込んだ、ほろ苦さと甘みの混じる大地の滋味。

 

その生命の力強さを味わい、人肌のお燗をゆっくり口に含めば、生き返ったかのように身体の内から元気が湧いてきて、食欲も呼び覚まされた。

 

それを見越していたかのように、厨房からバターの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。

 

「トコブシをバターと醤油で焼いてるんですが、もっと軽いものが良かったですか?」

 

いたずらっぽく笑う鳳翔さんに、ブンブンと首を振る。

 

(ちなみに、同じミミガイ科に属し、アワビの子供といった風情のトコブシだが、本物の小さいアワビとトコブシの見分け方は簡単。貝殻にある呼吸のための穴が、アワビは4個~5個で、トコブシは6個以上である)。

 

平皿に出された熱々のトコブシを箸でつまみ、弾力のある身をガブリとかじれば、バター醤油の香ばしさと、トコブシのほんのりとした甘みが口いっぱいに広がる。

 

アワビとの違いは、ここにもある。

トコブシなら一口に丸かじりでき、その生命の力を丸ごといただける。

 

隣を見れば、南方さんも浴衣をはだけさせ、煽情的な双丘をチラつかせながら、懸命にトコブシにかじりついている。

 

提督も、元気というか……、何だか煩悩ゲージが回復してきた。

 

「鳳翔さん、お燗もう一本つけて。それから美味しいもの、もっと出してくれると嬉しいなあ♪」

 

酔いが回り、賢者から遊び人にジョブダウンしていく提督に呆れながらも、そこは懐の広い正妻の鳳翔さん。

旬のヤリイカを合わせた里芋の煮物を盛り付けて出し、続けてスズキの白子に薄く塩をふって炭火にかける。

 

そして……。

 

「おお、()っているな。どれ、今月の勇戦を祝して乾杯しようではないか!」

「レ級は留守番か? 明日、余がネルソンタッチで挨拶しに行ってやる」

「日向も改二になったらさ、一緒に南方ちゃんと戦いに行こうよ。あ、瑞雲はボーキ消し飛ぶから置いてきなよ?」

 

食堂での食事を終えた艦娘たちが、騒々しく居酒屋にやってきた。

 

人々の怒り、恐れ、恨み、嘆きといった負の感情が海に流れ込み続ける限り、すぐに深海の姫は力を取り戻し、再び荒ぶる神となる。

 

だが、その日までは、この温泉旅館を改装した艦娘寮で、羽を伸ばして楽しく過ごしていってください。



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鎮守府の節分2019

「節分、か。鬼役を買って出てもいいが……何度も言うが、これは角ではないぞ!」

 

長門が鬼のお面を被る。

今年も騒々しい節分の日がやってきました。

「……たっ、くっ、こら、もう投げてる駆逐艦が……仕方ないな……がおー!」

 

季節を分ける立春の日に、炒った(=射った)豆(=魔滅)を投げて新春の幸福を祈る。

鬼を退け、穢れを祓い、災難を避ける、鎮守府にとっての大切な伝統行事だ。

 

「セッツブーン。いいな、異文化を楽しむのは好きだ。これをナガートにぶつければいいのだな? よろしい、任せておけ!」

「セッツ・ブーンでしょ? 聞いてる聞いてる。私もやるよ! 目標は……ガングート! いっくよぉー! たーっ!」

「セッツブー? ブーって何、ブーって? この豆セットをこう掴んで……こう、投げるっと!」

 

ネルソンやゴトランド、サミュエル・B・ロバーツら節分初体験の海外艦たちにも、おおむね正しい作法が伝わったようで(?)、艦娘寮の節分バトルロワイヤルは一層の激しさを増している。

 

「鎮守府の節分……それは隙を見せることのできない水上打撃戦のよう……ふっ、そこだーっ! ……やるなぁ、さすが長姉」

 

すでに達観した岸波が、長波と熱い戦いを開始する。

ちなみに、この子……あまりにも鎮守府に馴染み過ぎて、しれっと練度91に達しています。

 

 

提督は間宮と伊良湖とともに大食堂の厨房に逃れ、恵方巻きの量産体制に入っている。

 

穴子、マグロ、イクラ、海老、玉子、椎茸、きゅうり、かんぴょう、桜でんぶ。

オーソドックスな具材の、何の変哲のない恵方巻きだが、それだけに逆に手間がかかる。

 

穴子は甘辛いタレをつけてふっくらと煮て、海老は頭と背ワタを除いて塩水でサッと茹でて殻を剥き、ふんわりした玉子焼きを焼いて、甘辛く煮た椎茸とかんぴょうを切りそろえ……。

 

そして、自家製の桜でんぶ。

タイとヒラメの身を茹で、血合いや汚れを取り除いてすり潰し、調味料と食紅を合わせてフライパンで丁寧に炒る。

ふわふわで風味豊かな作りたての桜でんぶは、決してただの飾りではない美味をもたらす。

 

提督が味見した桜でんぶの出来栄えに目を細めていると……。

 

「提督、新しい豆をいただけますか?」

「那珂ちゃんにも豆の補充お願いしま~す♪」

 

うわ、ビックリ。

気配も感じさせず、鬼のお面を被った神通と那珂が隣に立っていた。

 

可愛らしいお面に隠れて、2人の表情は見えないが……。

 

「マメ、チョウダイッ!」

「オノレ、イマイマシイ……カンムスドモメッ」

 

ほっぽちゃんと泊地棲姫も激おこで豆の補給にやってきた。

 

これは熱い激戦が予想されそうだ。

 

 

寮のあちこちには、小っちゃい子たちの服が脱ぎ散らかされていた。

 

和歌山県北山村で作られた、希少なかんきつ類「じゃばら」。

 

花粉症の症状改善効果があるという口コミで秘かな注目を集める、この果実。

さらに、邪払、邪を払うと書くことから、最近一部の銭湯などでは節分にじゃばら湯を提供している。

 

艦娘寮でも今年は銭湯型の浴場に導入してみたのだが……。

 

一部の鬼さんたちに捕まると、悪い子は身ぐるみはがされ、じゃばら湯にブチ込まれます。

 

神通棲鬼と那珂棲鬼が左右から挟み撃ちにし、背後に回った夜戦棲姫がトドメをさす。

大人げない3対1の包囲戦で駆逐艦や海防艦のクソガキを狩っていく川……いや、鬼さんたち。

 

「松風ー、旗風ー、助けなさいよー! あっ、逃げるなーっ!」

 

今もまた、妹たちに見捨てられた朝風が着物をはぎ取られ、神通棲鬼に担がれて湯ぶねの方へ……。

 

ドボーン

 

 

里芋、人参、大根、ごぼう、ふき、長ねぎ、しめじ、こんにゃく、油揚げ、豆腐。

直径2メートルの巨大な大鍋では、具だくさんのけんちん汁が湯気をあげている。

 

スキー用の曇り止めゴーグルをし、大鍋を巨大しゃもじでかき混ぜているのは、2人の戦艦棲姫。

 

唐辛子でピリ辛に煮た、(かみなり)こんにゃくの鍋を揺すっているのは、戦艦水鬼。

 

「コッチハ……デキタワァ」

 

昆布豆をコトコトと煮ていた、水母棲姫と駆逐古姫が報告に来る。

離島棲姫と飛行場姫たちに任せておいた、赤貝の佃煮、カボチャの煮付けの盛り付けも終わりそうだ。

 

「テイトク、エンカイジョウニ、コタツヲナラベテキタ」

 

宴会場のセットに向かっていた空母棲姫、泊地水鬼たちからも、完了の報告。

港湾棲姫と港湾水鬼も、大量の酒類を軽々と運び終えた。

 

「それじゃあ、そろそろ鬼も内。みんなで乗り込んで、まだ遊んでる子たちを全員お風呂に叩き込もうか」

 

お手伝いを終えた深海の姫たちに、鬼の面と豆を配っていく提督。

ひとっ風呂浴びたら、夜は楽しく宴会です。



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雪風と大根餅

もとは温泉旅館だった、ここの艦娘寮の庭園には、多くの椿(つばき)の樹々が植えられている。

 

日本でも『古事記』や『日本書紀』にもその名を表すほど、古くから人々に愛されてきた椿だが、素朴な一重咲きのものから、豪華な八重咲のものまで、その品種は様々だ。

椿は世界に6000品種も存在するそうで、品種改良により新種が産まれるだけでなく、今もチベットなどの秘境で新品種が「発見」されたりするという。

 

作業着に鉢巻きと足袋(たび)、この鎮守府の『対い鶴に九曜紋』が入った半纏を羽織った、庭木職人姿の提督が脚立を立て、剪定鋏(せんていばさみ)を使っている。

 

今日、提督が手入れしているのは、これから開花期を迎えようとしている、可憐な五花弁の藪椿(やぶつばき)

ヨーロッパでは「カメリア」と呼ばれ、椿油の原料として生活に密着してきた品種群に属する。

 

鎮守府から2つ離れた湾には、樹齢1400年と伝えられる日本最古の藪椿の神木が立つ神社や、藪椿をはじめとした約1000本の椿がリアス式海岸を飾る美しい椿園もある。

 

また、藪椿と同じように、これからの時期に目を楽しませてくれるのは侘助椿(わびすけつばき)

花は一重で小さく半開状に咲き、白、桃、紅色などの淡い色合いが特徴の、茶木として好まれる品種だ。

 

すでに半数が散っているのは、年末に花をつけた寒椿(かんつばき)

極寒の中に八重咲の濃い赤い花をつけるのが魅力だが、今年は暖冬のせいで、雪中の凛とした美しさは数えるほどしか鑑賞できなかったのが残念。

 

そういえば、日本海側を中心に、日本各地の椿の自生地には八百比丘尼(やおびくに)伝承が広く伝播している。

 

若狭(現在の福井)で人魚の肉を食べて不老不死となった娘が、周囲がみな年老いて死んでいくなか歳をとらない我が身を憂い、百二歳の時に仏門に入り、尼となって人びとに神仏への信仰を説きながら全国行脚を続け、その際に各地で椿の植樹を行ったという話だ。

 

ちなみに、八百比丘尼は最後、八百歳で故郷の若狭に戻り、洞窟にて入定(永遠の瞑想に入ること)をしたという。

この洞窟の脇には彼女が愛した椿が植えられており、「この椿の花が枯れたら、私が死んだと思ってください」と言い残したというが、その椿は今もまだ咲き続けている……。

 

そんな椿の樹々の間から、ヒー、ヒーという、おっとりしたウソの鳴き声が聞こえてくる。

高山で繁殖し、山々が冬の雪に閉ざされる前に、この鎮守府がある海岸線へと降りてきた漂鳥だ。

 

春になればウソは山へと去り、今度はコムクドリがやって来てキュル、ピピッと囀り始める。

 

花の色や鳥の声に四季の移ろいを感じる、自慢の庭園。

 

節分任務で銀河も手に入れたし(壮大!)、大仕事である畑の寒起こし(土の上下を入れ替えて土中の害虫を凍死させる)も終わったし、しばらくのんびり引きこもろう……。

 

 

庭仕事の汗をシャワーで落とし、中華風の料理衣(昔の某テレビ番組の鉄人を意識したもの)に着替えた提督。

 

大食堂の厨房に行き、鬼怒、磯波、浦波、敷波、綾波からなる遠征艦隊が、おみやげに持ち帰った食材の加工にとりかかった。

 

それは、今が盛りの神奈川県は三浦半島の名物、三浦大根。

 

中太りのふっくらした三浦大根を擦りおろし、干し海老、干し椎茸、干し貝柱などの乾物を水でもどしてフードプロセッサーで砕き、水溶きした米粉と調味料を練り混ぜながら煮て、そのドロドロになったペーストを型に入れて蒸しあげる。

 

中華の点心料理の一つ、蘿蔔糕(ルオボーガオ)(大根餅)。

 

みずみずしくも煮崩れしにくい身質の三浦大根は、日本料理の煮物などに最適で味も濃い。

しかし、中国の大根を使う前提である大根餅には使いにくい。

 

提督は、横浜中華街で店を出している三浦出身のシェフから教えてもらったレシピで水分量と材料比を調整し、三浦大根ならではの凝縮された旨味と、大根餅のプルプルモチモチした食感を両立させて蒸しあげた。

 

「提督、何を作っているんですか?」

「なにか~、ビールに合いそうな匂いがします~♪」

「司令! 菜頭糕(チャイタオガゥ)(大根餅の台湾名)ですかっ!?」

 

大食艦やアル重、さすがは台湾で暮らしたことのある幸運艦に嗅ぎつけられたが……。

後で食べさせるからと約束して冷蔵庫にしまい込み、第二段、第三弾の仕込みを手伝わせる。

 

大根餅は蒸したてより、しばらく冷やして味を馴染ませた後に、フライパンで表面をカリッと焼いて食べた方が美味しいのだ。

 

「ナ~シホォフンゲビュライ~ェシ~、カ~ティアングンシ~ライ~ピァーイ♪」

 

大根餅の素を練りながら、雪風が台湾の歌を口ずさみ始めた。

 

若是黄昏月娘要出來的時 加添阮心内悲哀

夕暮れ時に月が出るたび、私の胸には悲しみがつのります

 

太平洋戦争が終わった後の1946年に大ヒットした、戦争から帰らぬ夫を嘆いた妻の心情を描いた曲だ。

 

本来は悲しい曲なのだが、雪風の歌声は明るい。

そこには、再会を信じる力強さが込められていた。

 

雪風の頭をそっと撫でてから、提督はまた大根の皮を剥き始める。

 

午後には……。

口当たりはプルッと柔らくて、モッチリした身を噛めば大根の素朴な甘さと滋味が舌の上にじんわり広がる絶品おやつを、家族のみんなに披露できるだろう。



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秘密基地とカムジャタン

バレンタインの喧騒が過ぎ、立春の候も終わろうとしているが、寒風は肌を刺すほどに痛く、春はまだ少し遠い。

 

それでも、海の平和を守るため、鎮守府は動き続けなければならない。

特に日本海や北海道では猛烈に降る雪のせいで視界が悪く、現地の鎮守府からは対潜作戦の応援要請がひっきりなしに届いている。

 

「……み、みなさん、どうぞよろしくお願い致します」

「はーい、行ってきまーす!」

「島風ちゃん、ちょっと待ってよー!」

「抜錨……うっふふ」

 

今も、神鷹、島風、夕張、対馬からなる対潜掃討部隊が、五芒星のような軍旗を靡かせながら出港していく。

 

猫のような細目をしているだけあって、猫のように寒さに弱いここの提督。

スノボ用ウェアに身を包み、埠頭で縮こまりながら小さく手を振り、艦隊を見送っていた。

 

山形県飛島(とびしま)沖に、深海領域からの浸食を受けている海域があると、海自のP-3C哨戒機から通報があったのだが……。

秋田や山形の鎮守府は、悪天候下での連続した対潜哨戒による疲労で即応が難しく、『奥羽越列府同盟』の盟約の下に応援要請が入ったのだ。

 

新潟は直江津鎮守府の、男装歴女提督(重度の厨二病)の発案で生まれた、この『奥羽越列府同盟』。

 

軍閥化だの日本分裂のおそれだのと、一時は洒落の分からない国会やマスコミがアホのように騒いで批判してきた(そうした声にいちいち、時の首相のことを「長賊の末裔」とか、某野党党首のことを「売国奴」とか、直江津提督がバカ発見器(ツ〇ッター)を駆使して不穏当な呟きを返し炎上を煽る確信犯だったせいも多分にある……)が、今ではこの地方の鎮守府互助会として有効に機能している。

 

 

艦隊を送り出して、もとは漁協の管理事務所だった、コンクリ建てのボロッちい鎮守府庁舎に戻ろうとすると……。

 

「提督~、寒くない? こっち来れば?」

 

資材を溜めている小さな赤レンガ倉庫(もとは漁師さんたちの駐車場だった場所に建っている)の横。

木枠をブルーシートとビニールカーテンで囲っただけの、パッと見はホームレスの住居にしか見えない「秘密基地」から、潜水艦娘の伊14(イヨ)が声をかけてきた。

 

この寒風の下、さすがは艦娘というべきか、水着っぽい艤装姿のままで元気に手を振ってくる。

 

誘われるまま中に入れば、四畳半ほどの狭いスペースに、隼鷹、千歳、那智、ポーラ、イヨ……あっ、察し。

 

案の定、大火力の灯油バーナーを炊き、鍋を囲んで酒盛りを開いていた。

 

「提督、これに座るといい」

 

那智が自分の座っていたパイプ脚の丸椅子を提督にすすめ、自分は重ねたビールケースに座りなおす。

提督を立ててくれているのは分かるのだが、その丸椅子にしても緑のビニール張りが一部破れて、中の黄色いスポンジが見えている粗末なもの。

 

鍋は、韓国のカムジャタン。

骨付きの豚の背肉を、ネギやニンニク、ショウガ、エゴマの葉といった香味野菜、ぶつ切りのジャガイモ(カムジャ)とともに、ピリ辛スープで煮込んだ(タン)だ。

 

それをシュゴーッと頼もしく加熱しているのは、屋台文化の本場である韓国で作られた『SHC-88』というバーナー。

大きな鍋のスープも素早く沸かせる大火力で、煮込み料理に絶大な威力を発揮する。

おかげでブルーシート内は暖かい。

 

折り畳みテーブルには、韓国風の宴会を意識した大量のつまみの皿が並ぶ。

葉を一枚まるまる漬け込んだ白菜のキムチ、大根のカクテキ、春菊、もやし、人参のナムル。

韓国春雨の炒め物チャプチェ、チョ(酢)コチュジャンを絡めたイカの刺身(フェ)

コチュジャン味の青ネギソースをかけた焼き鯖(コカルビ)に、おぼろ豆腐(ズンドゥブ)

 

ブルーシートの中に充満する、ニンニクと唐辛子の匂いとバーナーの熱気。

こういうドヤ街の路地裏屋台のような猥雑な空気は嫌いではないが……。

 

寒がりであると同時に汗っかきでもある提督の額に、つつーっと汗の雫が零れた。

 

「さあさあ、飲みなよぉ♪」

 

隼鷹の乱暴なお酌でドボドボと注がれるのは、韓国焼酎チャミスル(もちろんラベルだけの日本版ではなく、ちゃんとした本国版)。

それも日本ではなかなかお目にかかれない、1.8リットルの徳用ペットボトル版だ。

 

資源輸送任務の合間に密かに行っている、日本海でのドラム缶による『瀬取り』貿易の賜物だろう。

 

みんなと乾杯した焼酎のロックをグビリと一杯、甘みはあるが強い酒を喉に流し込み、千歳がハサミで切ってくれた白菜キムチをかじると……。

 

ブワッと汗が噴き出してきた。

 

「貴様は本当に汗っかきだな」

「何しろ、提督はチンチン代謝がいいからさぁ」

「もうっ、隼鷹ったら」

「ぎゃはははは、下ネタ! んっふふ~」

「ブラ~ヴォ~♪」

 

箸が転げただけでも笑い声をあげる(よっぱらい)たち。

……は放置して、本命のカムジャタンをいただく。

 

唐辛子を大量に加えた真っ赤なスープは一見いかにも辛そうだが、韓国唐辛子のマイルドで尖りのない辛みなので意外とスッと飲むことができる。

だが、そこはやはり唐辛子、熱々に煮込まれていることもあって、体中の汗腺がフルスロットル。

 

香味野菜のおかげで豚骨を煮込んだ時の特有の臭みは消されているが、スープには確かに豚骨から出た濃厚なエキスが感じられる。

辛さと熱さと旨さとが混然一体となり、スープだけでもグイグイと焼酎がすすむ。

 

お次は具に……。

 

手づかみした骨付き肉に豪快にしゃぶりつき、とろけるような肉をじゅるりと食す。

続けて、豚骨の旨味をたっぷりと吸ったゴロゴロのジャガイモを頬張ると、肉ミーツ炭水化物の夢心地。

 

クタクタに煮られた、ネギやエゴマの葉は良い口休め……いや、熱さや辛さによるものとは違う、香味野菜による身体の中心からジンワリ染み出してくるような汗がたれてきた。

 

これは温まります。

というか、バーナーから勢いよく吹き出す炎がすごく熱い。

 

 

額にこぼれる汗を拭きつつ、甘辛ソースとともにふっくら蒸し焼きにされた鯖を箸でつつき、さらに吹き出す汗にたまらず……。

提督はスノボ用ウェアを脱ぎ捨て、半袖のTシャツとパンツ姿になり、グイグイと焼酎をあおった。

 

「あははは~、いい脱ぎっぷりですぅ。ポーラも脱いじゃいます~♪」

「おう、脱げ脱げ~。パァ~ッとな!」

「飲みっぷりもいいぞ、もっと飲むといい」

「お肉も焼きましょうよ」

「んっふふ~、ちゃんとサムギョプサル用の焼肉プレートもあるんだなぁ」

 

 

なんて具合に、しばらく楽しい宴会をしていたら……。

 

脱ぎ捨てた提督のウェアにバーナーの炎が引火し、さらにブルーシートに燃え移り……。

 

「倉庫の隣で火遊びしてた悪い子は誰!?」

 

すぐに消火したものの、甲種防火管理者である陸奥さんにメチャクチャ怒られました。

 

教訓:子供や酔っ払いだけで火を取り扱うのはやめましょう



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ジョンストンとわかめおにぎり

鎮守府庁舎の二階、提督と大淀と艦隊メンバーのギリギリ8人が着席できる、小さな会議室。

 

作戦会議や座学学習に使われていた部屋だが、今やケッコン艦が過半数を占め、駆逐艦や海防艦の平均練度も90を超えたこの鎮守府では、綿密な打ち合わせや教育の機会も減り、本来の用途に使われることは少ない。

普段はボードゲーム大会や、金剛姉妹のお茶会、秋雲たち同人部の執筆、祥鳳先生の折り紙教室など、趣味の活動に使われるばかりだ。

 

今日は珍しく、新入りの日進、ジョンストン、峯雲、早波の4人のために、まじめな勉強会が行われていた。

 

照明が消され、窓には暗幕がかけられた室内。

椅子を並べた4人の前、ホワイトボードに張り付けたプロジェクタースクリーンには、学習画像が映し出されている。

 

「成熟期を経たわかめには成実葉、通称「雌株(めかぶ)」が形成され、6月から7月にかけて胞子が放出されます。これは実際に胞子が海中に放出されているところの写真ですが、この胞子を遊走子と呼びます」

 

画像に合わせて、わかめの生態を説明するナレーターの古鷹。

 

「この遊走子が海中を泳いで海底に付着し、夏頃には発芽して配偶体となりますが、この配偶体には雄性と雌性があります。秋頃に雌雄それぞれの配偶体が卵と精子を作り、これが受精して芽胞体(がほうたい)となり、さらに成長して10月から11月頃、ようやくわかめの赤ちゃん、幼葉(ようよう)となるんですね」

 

すでに多くの生徒を育ててきただけあり、古鷹の解説はスムーズに進む。

 

「さて、養殖においては、あらかじめ雌株を磯場から採取して確保しておき、海水を張ったタンクに雌株を入れ遊走子を放出させ、この中で種糸(たねいと)という紐に遊走子を付着させます。このタンクに種糸を張ったものを採苗器と呼び、ここで効率よく種糸に遊走子を付着させ、海中に戻した種糸の上で幼葉(ようよう)となるまで、わかめを育てます」

 

この鎮守府がある地域は、わかめの一大養殖地であり、鎮守府でも自前の養殖場を持っている。

ここで艦娘として生きていくためには、わかめの養殖に関する知識は不可欠なのだ。

 

「10月から11月頃、1~2cmに育った幼葉を養殖縄に巻き付けて、本養成に移ります。これが実際の養殖風景で、たくさんの浮球が一直線に海面に浮いていますね。この浮球の間に養殖縄が張られていて、もちろん浮球は流されないように海底のコンクリートブロックにつながれています。この養殖縄で育っていくわかめを、適度に間引きながら……」

 

今日も鎮守府は平和です。

 

 

三方を山に囲まれ、三つの川から雪解け水が流れ込む栄養豊富な湾には、数多の養殖棚が並ぶ。

鎮守府の眼前では、今まさにわかめの収穫が最盛期を迎えていた。

 

わかめは日光に弱いので、収穫は午前1時頃から日の出までの暗がりの中で行われる。

3メートルほどに成長したわかめを、海中から引き出して刈り取るのは、なかなかの重労働。

 

だが、漁師さんたちの仕事はまだ始まったばかり。

港に水揚げされたわかめは、すぐに雌株をカットして、海水を沸かした釜で湯通しされる。

 

刈り取ったわかめは、そのまま放置しておくとどんどん傷んでいくので、時間との勝負だ。

日中でも5℃にしかならない寒さの中、どこの漁師さんも、家族・親戚が総出となり作業に勤しんでいる。

 

日が昇る頃には、鎮守府を含む漁港の周辺は、わかめを茹でる濃密な磯の香りに包まれた。

 

海の中では茶色いわかめだが、茹でられると一瞬で鮮やかな緑色に変わる。

だが、茎までしっかりと緑色になる加減の見極めは難しく、職人技が必要な真剣勝負だ。

 

「峯雲ちゃん、茎の中の方は、まだ茶色いままだからジッと我慢。95℃を保つように水温計にも注意してね」

 

鎮守府の埠頭でも、那珂ちゃんが峯雲に熱心に指導中。

茶色い部分が残れば、わかめの「等級」はガクンと落ちる。

鎮守府のわかめは売り物にするわけではないが、職人気質なこの鎮守府のプライドが半端な仕事を許さない。

 

茹でたわかめは、続けて冷却される。

この冷却が甘いと、わかめの色や塩の絡みが悪くなる。

電動ポンプで海水をくみ上げ、水を循環させて、わかめを泳がせながら丁寧に冷やす。

 

冷やし終わったわかめの一部は、天日干しにされる。

こうして茹でて冷却、水抜きされた状態が「生わかめ」だが、これでは日持ちはしない。

 

 

大部分のわかめは塩漬けにされ、「塩蔵わかめ」として流通していくことになる。

 

塩蔵用の塩絡め機(回転ドラム)にわかめを入れ、大きなボウルいっぱいの塩をふっていく能代。

 

「よし、バッチリ。みんなー、これタンクに持ってって」

「はい、能代さん。浜ちんも手伝って」

「う、うん……は、はーちゃん……」

 

能代の指示を受けた、藤波と浜波、早波の第三十二駆逐隊が、塩絡めの終わったわかめを、塩漬け用のプラスチックタンクに運んで行く。

ポンプで汲み上げた海水が循環するタンクで、塩がまんべんなく行き渡るように、一昼夜じっくりと塩漬けにする。

 

この時の塩加減、塩の入り具合の均等さ、その後の漬け時間、ひとつひとつの作業が完成度を左右する。

漁師さんの家ごとに、それぞれこだわりの塩漬けのやり方がある。

 

翌日、タンクから引き揚げられたわかめは、カゴに移され、重しを乗せて軽く脱水される。

そして、異物の混入をチェックしながら大きさや色を選別し、固い元茎や、葉のプランクトンに喰われた部分などをカットする。

 

そして、最も手間のかかる「芯抜き」の作業には、熟練の技が必要とされる。

茎から葉をシュルシュルと引き剥がすだけなのだが、下手な素人がやると時間がかかるし、茎の一部を葉と一緒に剥いてしまったり、葉が途中で千切れたりして、わかめの商品価値を落としてしまう。

 

多くの家では、これはお年寄りの仕事。

この地域を歩けば、家の作業場で自分の身長よりはるかに長いわかめを、素早く器用に剥いているおばあちゃんたちをよく見かける。

 

「ううむ、いたしい(難しい)のぅ」

「そんなに力を入れなくていいですから。ほら、こうして葉と茎に裂け目が出来たら、そのまま自然に……」

 

日進が、古鷹に教えられながら芯抜きに挑戦している。

 

隣では、青葉が複雑そうな表情をしているが……。

 

そういえば1942年10月11日、青葉の率いる第六戦隊は、レーダーを装備したアメリカ艦隊を、日進のいる味方輸送部隊と勘違いして接近してしまい……。

青葉は集中砲火を受けて大破、青葉をかばった古鷹が撃沈され、吹雪も沈み、援軍に来た叢雲も空襲で失わるという、サボ島沖夜戦の負け戦となった。

 

「ほら、青葉! 手が止まってるわよ!」

「あ、はぃっ!」

 

後ろで見ていた叢雲に叱責され、慌てて手を動かす青葉だが、葉をちぎってしまっている。

このトラウマを払拭できた時、青葉にも第二改装が待っているのかもしれない。

 

 

どこもかしこも猫の手も借りたいような忙しさなので、猫以下の提督はジョンストンを連れて町内を散歩していた。

 

「港のみんな、毎日朝から働きっぱなしなのに、賑やかで楽しそうね」

「うーん、そうだね……」

 

わかめの収穫がすでに始まっていた1月に鎮守府に着任したジョンストンは、普段の静かな湾を知らない。

黙々とわかめを育て続け、一年かけてようやく収穫できる喜びは、農作業にも通じるものがあるが……ジョンストンはまだ農業も未経験だし。

 

と、杖を突いたおじいちゃんが、よろめきながら提督に近づいてきた。

 

「だからさぁ、拝むのはやめてよ」

 

提督を仏様のように拝みながら、歯のない口でモゴモゴと念仏を唱えるおじいちゃん。

 

四年前、お孫さん夫婦の乗ったわかめ養殖漁船のスクリューが養殖縄に絡まって転覆したとき、近くをパトロールしていた曙たち第七駆逐隊が救助したのだが……それ以来、おじいちゃんには、このように崇められてしまっている。

 

「ねまらい(ちょっと寄って座っていきなさい)」

 

いつものように、おじいちゃんに袖を引かれて、自宅に引っ張って行かれる提督。

とにかく提督や第七駆逐隊の顔を見たら、何かご馳走しなくては気が済まないのだ。

 

おじいちゃんの家に行き、ジョンストンとともに縁側に腰かける。

 

提督とジョンストンがきても、縁側の日の当たる場所で寝たまま、ピクリと耳を動かしただけの茶虎の老猫。

庭に干された、たくさんの緑に輝くわかめ。

裏の作業場から聞こえてくる、バスンという圧縮機でわかめから水分を抜く音。

 

おじいちゃんが出してくれたのは、生わかめのおにぎり。

 

炊き立てのホカホカご飯に、ほんのり醤油と白ゴマの風味。

生わかめのシャキシャキした歯ごたえと、朝採りしたばかりの新鮮な磯の香り。

素朴な味わいだが、自然の恵みを口いっぱいに感じる。

 

「あなたが守りたいのって、こういうものなのね……」

「……ん?」

 

ジョンストンの小さな呟きに、老猫の肉球をプニプニするのに熱中していた提督は気付かなかったが……。

 

「うん、あたしが守ってあげる!」

 

後に駆逐艦娘四天王の一角に食い込む、新たな幼な妻が誕生した瞬間であった。



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雛祭り翌日のコッペパン朝食

眼前に雄大な太平洋が広がる鹿島灘。

遠浅で広大な砂の海底は、太玉の外洋性ハマグリが獲れる好漁場となっていて、近年は鹿島灘ハマグリの名でブランド化がすすんでいる。

 

ハマグリが欠かせないのが、雛祭り。

だが、雛祭りの当日、あいにくの雨雲と強い風により、海面は暗く不気味に荒ぶっていた。

 

その沖合いでは、二つの艦隊が激闘を繰り広げている。

 

『三浦三つ引両』の紋は、全国最強を誇る横須賀鎮守府。

『竹の丸に二羽飛び雀』の紋は、RTA最速軍団と呼ばれる新潟の直江津鎮守府。

 

地元の大洗提督が雛祭りにちなんで、女性提督を集めた『親睦演習会』なんてものを企画したため……。

 

不倶戴天、混ぜるな危険の決勝戦が実現してしまった。

 

海軍大臣と海上護衛司令長官を兼務し、大本営を掌握する横須賀提督。

奥羽越列府同盟の発起人であり、鎮守府独立派の最先鋒である直江津提督。

イデオロギー的に相容れない二人。

 

そして何より……。

 

「兼続×政宗」と「兼続総受け」、「青火」と「火黒」、「カラチョロ」と「一カラ」【←検索注意】。

カップリングの好みが絶望的に噛み合わない二人。

 

武蔵の51cm連装砲(ご丁寧に★10)から放たれた砲弾が巨大な水柱をあげ、震電改や噴式景雲改が空を裂き、ゴーヤの熟練聴音員+後期型艦首魚雷(6門)が雷撃の機会を窺い、それをHF/DF+Type144/147 ASDICで探知する秋月。

 

親睦や資源(及び大量のネジ)を水平線のかなたに投げ捨てた、大人げないガチ勝負が展開されるのだった。

 

 

あくびを噛み殺しながら、洗面台の鏡の前に立った提督。

髪は寝ぐせでボサボサ、頬にくっきりと畳のあとがついている。

 

昨日の雛祭りの宴会は大盛り上がりだった。

 

海防艦と護衛空母たちによる艦娘雛飾りに、長門と陸奥のお内裏様(本当は最上段の男雛と女雛の2人が「お内裏様」で、その他の三人官女や五人囃子なども含めた()()()()()が「お雛様」なのだと、最近チ○ちゃんに叱られて分かった)。

 

海鮮ちらし寿司に、ハマグリのお吸い物、鯛の桜揚げ、子持ちカレイの煮付け、菜の花の茶碗蒸し、新玉ネギとブロッコリーを入れたポテトサラダ、菱餅型ケーキ、桜餅、雛あられ……。

 

華やかな料理に、美味しいお酒。

これで飲み過ぎるなというのも、無理というもの。

 

今日は月曜日だけど、午後からの始業にして正解だった。

 

「もうっ、司令官! ひどい頭してるわ! そんなんじゃダメよ!」

 

歯を磨いている提督の寝ぐせを見つけ、背伸びして直そうとしてくれる雷。

うん……頭の中身のことでなくて良かった。

 

 

ゆっくりめの朝食は、県民のソウルフード「福○パン」をリスペクトし、ふんわり、しっとり、もちもち、その最高の食感バランスの再現を目指して試行錯誤した、鎮守府特製コッペパン。

 

中に入れる具も、「福○パン」を見習って多種多様なメニューから選べるようにしてある。

 

調理系なら、タマゴ、カレー、コロッケ、メンチカツ、ごぼうサラダ、焼きそば、スパゲッティナポリタン……。

甘い系なら、ピーナツバター、ジャム、ジャムバター、シュガーマーガリン、ホイップクリーム、ずんだあん、抹茶あん、クッキー&クリーム……。

 

目の前に大量のコッペパンを積み上げている戦艦や空母たちの胃がうらやましくなるが、厳選するのもまた楽しみの一つ。

 

「コンビーフにタマゴのトッピングと、粒あんとホイップクリームのミックスで」

 

調理系と甘い系を一つずつ、カウンター当番の大鯨にお願いする。

注文してから、目の前で具を入れてくれるのを見ていると、ワクワク感がさらに増す。

 

コッペパンをトレイで受け取ったら、セルフのドリンクコーナーでコーヒーと牛乳を注いで席に向かう。

今日の出撃を予定している二航戦や妙高型姉妹に挨拶し、まずは調理系のコッペパンから……。

 

からしマヨネーズが塗られたコッペパンに、うっすら塩気の効いたコンビーフ。

茹で卵のすり潰し加減と、マヨネーズの絡まり具合が絶妙な、ふわとろのタマゴ。

朝食向けの、絶妙な組み合わせだ。

 

「飛龍たちのは、それ何?」

「野菜サラダにツナのトッピング」

「その前にハンバーグとチーズを食べたから、さっぱりしたのがいいじゃない?」

 

妙高はれんこんしめじ、那智はチキンミート、足柄はとんかつにカレーのトッピング、羽黒はスパゲティナポリタン。

 

お互いのチョイスや感想を聞きながら、楽しく会話が弾む。

 

 

さて、今日は直江津鎮守府との演習が予定に入っているのだが……。

 

直江津の艦隊は、ガチ演習の時はその決意を示す、白地に『龍』の一字を記した『懸かり乱れ龍』の旗を掲げる。

平常運転の際の、毘沙門天を表す『毘』の一字を記した『刀八毘沙門』の旗で来てくれることを祈るばかり。

 

コーヒーで口をうるおし、粒あんとホイップクリームのミックスを頬張る。

コッペパンのふかふか大地に、黄金比率の甘みが降り立ち、舌の上で手を取り合って踊り出す。

 

さらに絶妙な相性を見せるのが、朝搾りの新鮮牛乳。

酔いの気怠さはどことやら、体中の細胞が活性化するような高揚さえ覚える。

 

「よしっ……今日は、恒例の第五戦隊での沖ノ島沖戦闘哨戒と並行して……」

 

艦娘たちに指示を出し始める提督。

この鎮守府も、マイペースに頑張っています。



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春の予感とタケノコの若竹煮

台風並みの暴風雨が抜け、早春の陽光がさわやかに輝いている。

 

昼には鎮守府の畑の一角にブルーシートが敷かれ、ジャガイモの種イモが干されるようになった。

植え付ける前に光に当てることで芽を発生させておく、種イモの「芽出し」と呼ばれる作業。

 

3月や4月にはまだまだ冷えて、霜が降りることもあるこの地方。

まずはジャガイモを植えることから、1年の農業が始まる。

 

エンジ色のジャージに、カーキ色のヤッケを羽織った伊勢と日向がクワを振り、熱心に土を耕している。

脇が突っ張らないアクティブカットだから腕上げが楽々スムーズで、撥水加工までされたワー○マンのヤッケは、嬉しい580円(ズボンは別売りだが、わずか499円)。

 

ジャガイモは酸性の土壌が好きなので石灰は入れず、赤土に堆肥(たいひ)を混ぜて畑に撒き、よく耕して土に混ぜ込んでいく。

 

霧島が農林水産省の土壌医検定2級試験に合格し「土づくりマスター」の資格を、長良と川内が同3級試験の「土づくりアドバイザー」の資格を持っているので、野菜ごとに合わせた土づくりの計画は、この3人が宮ジイと相談しながら行っている。

 

生ゴミ堆肥を積んだ猫車を押すローマが着ているのは、キャメルの綿カブリヤッケ、ワー○マンでお値段1954円。

綿100%で火に強く、二重袖にポケット、ペン差しなどの機能性バツグン、安くて焚き火ジャケットとして最適とアウトドアキャンパーの間で密かな人気アイテムになっている逸品だ(似たようなものをアウトドアブランドで購入すると、諭吉先生が簡単に討死する)。

 

そして、畑に到着した牛糞堆肥満載の大型ダンプカーから颯爽と降り立つのは、黒のナイロンヤッケツナギ(1500円)を着た、威風堂々とした武蔵。

 

「戦艦のお姉さんたちは格好いいな~」

「リベもいっぱい食べて、大きくなろっと」

 

清霜とリベッチオがジャージの上に羽織っているのは、ライム色のお洒落なレディースジャケット。

2900円するものを買ってもらっているのだが、子供たちの憧れは戦艦娘たちが着る男性用作業服に向いている。

 

そんな二人の横を口笛を吹きながら歩いていく、グレーの迷彩柄ヤッケを着た摩耶(田舎のヤンキーって何故か迷彩柄が好きだよね)。

清霜とリベッチオからも「あぁ、これだから巡洋艦は……」というような、白けた視線を向けられるのだった。

 

 

鎮守府のある漁港から県道(と呼ぶには気恥ずかしい時速40km/h制限の二車線道路)に出て西に500メートル、杉林に囲まれた神社の高台の(ふもと)に、信号もない小さな交差点がある。

 

ここを左折して川を渡れば、駅前商店街(一日平均乗降数50人ほどの民間委託駅と、個人経営の商店や飲食店が数軒ある程度だが……)に出るし、直進すればオフィス街(町役場と郵便局、公民館、診療所、農協の出張所……ええと、あとガス設備の会社がある)を抜けて、国道へと出られる。

 

そして、この交差点を右折して神社の裏手に出て、お寺の脇の曲がりくねった坂道を1kmほど進んだ先が宮ジイの家であり、宮ジイに譲ってもらった鎮守府の田畑が山沿いの台地に広がっている。

 

この町がまだ村だった昭和30年代。

この山に国道を通すので、農地を立ち退いてもらいたいと国に言われたそうだ。

 

「立ち退き料にはおっだまげたが……ここはトンネルさ掘り始めるんに按配がよが、こんな開げた土地は滅多にねぇ。田んぼにしとくのはいだましぃ(勿体ない)と……」

 

宮ジィの家族が昭和初期に移り住み、苦心して原生林を切り拓き、長年かけて険しい山の斜面をならして……ようやく出来上がった農地。

それを、まるで最初からなだらかな土地だったかのような言い草をする担当者に、ごしょっぱらげて(腹が立って)、宮ジイはその申し出を断固拒否したという。

 

結局、国道は大きく迂回して町外れを通ることになったが、そのことで「村の衆」に遠回りの不便をかけることには、今でも「おもさげねぇ」のだそうだ。

 

宮ジイの家のコタツでお茶しながら、宮ジイの昔話を聞く飛龍と蒼龍。

テレビの前では日振と大東が、ご当地ヒーロー「鉄神ガ〇ライザー」のDVDに見入り、縁側では大井と北上がタケノコを洗っている。

 

実のおじいちゃんの家に来たかのような、安心のくつろぎ感。

 

台所では割烹着姿の鳳翔さんが、春の香りがする若竹煮を作っている。

 

タケノコは、お寺の脇の竹林で採れたもの。

 

秋に竹林を間伐して日射量を増やし、切った竹をその場で砕いてチップ化し、20cmほど堆肥とともに敷き詰めた。

ふかふかの竹チップの中では菌の発酵が起こり、その発酵熱がタケノコの成育を早め、さらにチップの層がタケノコを日光から遮ってくれる。

 

本来この地方では4~5月の早朝に芽を出す孟宗竹のタケノコ。

タケノコは、猪などによる食害から身を守るため、土から芽を出して日光を浴びた瞬間から、糖質をエグミに換えながら固くなっていく。

 

タケノコは漢字で書くと「筍」で、一旬の間に立派な竹木になってしまうことから。

 

やわらかく美味しいタケノコの収穫できるタイミングは、朝のごくわずかな時間に限られるのだが……。

 

県の林業技術センターの研究員にこの竹チップ農法を教えてもらってから、3月から十分な大きさに成長したタケノコを、日中でもやわらかいまま安定的に収穫できるようになった。

 

「北上ちゃん。若竹煮ができたから、ご住職様にも差し上げてきて」

「ほ~い」

 

届け物のタッパを受け取りながら、大皿に盛られた若竹煮をつまみ食いする北上。

 

シャクッとした歯応えに、深い甘みを内包したタケノコ。

そこに、生ワカメのほのかな磯の香りがまとわり、まさに山海の滋養が身に染みる。

 

北上はその自然の恵みに感謝して手を合わせてから……。

コキコキと肩を鳴らしながら、スーパーカブへと向かう。

 

「さ~て、提督と和尚さんのヘボ碁、そろそろ終わってますかね~」

 

ここの鎮守府は今日もやっぱり平和です。



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ローマと春のお彼岸のぼた餅

日本各地から桜の開花の便りが届いているが、北の辺境は今日も寒い。

 

ここの鎮守府があるのは、1,000~1,700m級の峰々が連なる山岳域を西の背景に、東の太平洋に向けて口を開いた、険しいリアス式海岸の湾の町。

 

湾の北側には山裾から続く大小の丘陵が鋸状に連なって、弧を描くように海へと伸びている。

そして、海を挟んだ南の対岸も、やや穏やかな稜線であるが同様に海へと弧を描いて伸びており、全体として丸い(かめ)のような湾を形成していた。

 

周囲を小高い山々に守られた湾内は波風が静かで、栄養豊富な川の水が流れ込み、魚介類を育むのに絶好の環境となっている。

 

だが一方で、山がそのまま海に沈みこむような地形は、この町の発展を妨げる足枷でもある。

海と山とに挟まれた、曲がりくねった狭隘で起伏の激しい土地には、平野のような産業の発展性はない。

 

高速道路のインターチェンジからは遠く、国道も町の北部の山中をかすめるだけ、町内に3つある鉄道(単線、非電化、ダイヤは1日12本)駅のうち2つは無人駅で、町営のローカルバスも日に3便という交通の便の悪さから、辺鄙な陸の孤島とも化している。

 

さらに、ただでさえ4800人弱(約1800戸)、高齢化と過疎化がすすむ小さな町の人口は、湾内の6カ所に分かれる漁港群や、山間の農耕地などの各集落に分散して住んでいる。

 

ええ、つまり何が言いたいかというと……。

 

225人もの艦娘(+提督と居候の深海勢多数)が住んでいる鎮守府は、この町最大の人口密集地であり、鎮守府の地域社会への参加が果たす役割も大きい。

 

「というわけで、今年もご町内の皆さんに、ぼた餅を配ります」

 

昼と夜がほとんど同じ長さになる、春分の日。

その前後の彼岸には先祖の墓にお参りし、ぼた餅を食べて春の訪れに感謝するのが日本の風習。

 

鎮守府総出で作ったぼた餅を、和紙を敷いた竹籠の箱に詰めていく。

ぼた餅の「ぼた」は漢字で書けば「牡丹(ぼたん)」、秋分の日の彼岸に食べるおはぎ(萩)より、丸く大きめにするとそれらしい。

 

「私と陸奥は桃櫛(ももくし)を回る。金剛たちは嘉渡(かど)浜に……」

 

地図を広げて長門が指示し、艦娘たちが散っていく。

 

 

湾の南岸の東、最も湾口に近いのが、嘉渡浜という大きな漁港だ。

湾外に獲物を求める、イカ釣りや、延縄(はえなわ)漁(サケ、タラ、アイナメなど)、サンマの棒受け漁(鎮守府でもやっている、例年の集魚灯を使ったアレである)の船が多い港でもある。

 

町内最大の19トン漁船11隻のうち、7隻がこの漁港の所属だ(ちなみに、鎮守府のレストア漁船「ぷかぷか丸」は4.9トンです)。

 

集落は、昭和の津波被害の教訓から高台へ密集しているが、昔はカツオの一本釣り漁やブリ漁が盛んだったことから、漁業で財を成した漁師さんの大きな邸宅が数多くある。

漁港の奥には一面一線の無人駅があり、数少ない学生の通勤の足となっている。

 

 

次に、南岸の中央に位置するのが、見石(みいし)浜という漁港。

港の規模は小さいが、漁港内には3トン未満の小型船が数十隻、所狭しと並んでいる。

 

名前の通りに漁港の前には石や砂利の海底が広がっており、そこに棲むカニやタコを狙うカゴ漁が盛んに行われているのだ。

 

 

湾の南西の奥にあるのが、桃櫛(ももくし)漁港。

桃櫛川と小輪(しょうりん)川という、サケやマスが遡上する自然豊かな二本の水系が、この湾へと注ぎだす出口でもある。

 

ホタテ、わかめ、こんぶの養殖が盛んなのはもちろん、サケやマス、サバ、イワシを狙う定置網漁をしている漁師たちも多く住んでいる。

また、桃櫛川と小輪川に沿った山間部には農地も多く、シイタケ栽培や畜産、養蜂も盛んだ。

 

 

鎮守府があるのは、湾の最奥の北西部に位置する、姫舞里(きぶり)という漁港。

まるで双子のような南北対称形の港が並び、そのうちの北側の海軍に買収された部分が、ここの鎮守府のエリアとなっている。

 

ホタテ、カキ、ホヤ、わかめ、こんぶ、海苔、ひじき等の養殖が中心だが、ウニやアワビの採貝、カニやタコを狙うカゴ漁、ヒラメやカレイ、アイナメなどの底魚を狙う刺し網漁にも最適で、海産物の水揚げに困ることのない極楽のような港だ。

 

湾全体の名前にもなっている、姫舞里という地名は、元は「鬼舞里」といったらしい。

鬼と呼ばれた蝦夷(えみし)、朝廷の権威にまつろわぬ者たちが、昔は楽しく舞い暮らせた土地だったのかもしれない。

 

姫舞里漁港の西北には織姫(おりひめ)川という川の流れに沿って、山に向かう緩やかな傾斜面に市街地が形成されており、この町の中心部でもある。

 

また、港の東北の高台には、元は温泉旅館であった鎮守府の艦娘寮が、(度重なる増改築の甲斐もあって)天守閣を誇る御城のような、堂々とした威容でそびえ立っている。

 

鬼舞里駅は一面二線(上下線がすれ違う際のタブレット交換が見られるぞ!)で、朽ちかけた木造の駅舎を改装した喫茶店「アリス」が、駅の切符発売も委託されており、この喫茶店で借りるパソコンが、ここの鎮守府で唯一のネット環境だ。

 

 

そんな鎮守府のある姫舞里から湾の北岸を東に3kmほど向かうと、一面一線の小さな無人駅の前に広がるのが、真砂(まさご)浜。

名前のとおり美しい砂浜が広がる遠浅な地形と、湾内でも一段と穏やかに寄せる波を活かし、ホタテ養殖とアサリ漁が盛んな漁港がある。

 

そして、夏場は海水浴客で賑わうことから、この町唯一のコンビニエンスストアが存在している。

営業時間は夏期の海水浴シーズンは7時~19時で、その他は9時~18時30分。

 

24時間営業じゃなくて本部から怒られないのかって?

ご安心ください、チェーンに加入していない、ただの個人商店(もとは土産物屋さん)です。

おにぎりもサンドイッチも麺類も、すべてお店の手作り。

「うど味噌のおにぎり」とか「スモークニシンのオープンサンド」とか、大手コンビニでは絶対に味わえないぞ。

 

 

そして湾の東北、険しい丘陵と断崖に隔絶された先、切り立った崖の合間に海賊のアジトのようにあるのが鬼籠津(おろつ)という漁港。

 

鬼が籠もる津(港)という名前だけあって、こここそ僻地オブ僻地。

町の中心に出るには海岸に沿って幾重にも曲がりくねった道を車で20分。

すぐ近くに見える真砂浜に行くのでさえ、山中の林道をM字に遠回りしなければたどり着けない、キング・オブ・陸の孤島。

 

だが、湾外へのブリ、タラ、スズキ、サメ漁の絶好の基地であり、近くの岩礁帯にはアイナメ、カレイ、タイの魚影も濃い。

鎮守府からも、わざわざ釣りに通う艦娘がいるほど

 

ローマの運転するフィアット500(チンクエチェント)で鬼籠津にやってきた提督。

アップダウンの激しい斜面に50軒ほどの家が点在する集落にぼた餅を配って回っていたら、途中で漁師さんに「サクラマス」を貰った。

 

桜の花が咲く頃に回遊してくるカラフトマスのことも、この地方では「サクラマス」と呼んだりするが、貰ったのは本当のサクラマス(真マスや本マスとも呼ばれる)。

 

漁協では桃櫛川上流の渓谷に、大量のヤマメを放流している。

そのヤマメが海に降り、サクラマスに成長して生まれ故郷へ戻ってくるのだ。

 

一本釣りされ、船上で活〆にされた新鮮なサクラマス。

脂が乗っているのに、あっさりとした味わいが特徴だ。

 

「これ、帰ったらどうするの?」

 

車に戻るなり、ワクワクした表情で訊ねてくるローマ。

 

「塩焼きが定番だけど、塩蒸しにするのもよさそうだね~」

「クリームパスタにするのはどう?」

「うん、それも美味しそうだなぁ」

「ブロッコリーやトマトとも合うと思うわ」

 

心なしか、フィアットのエンジン音が大きくなっていく。

 

帰ったら温泉でひと風呂浴びたいけど、許してもらえず台所に直行なんだろうな……。

 

「とりあえず、お疲れ様。これどうぞ」

 

様々な料理法を思いつくままに述べるローマの口に、ぼた餅を差し出す提督。

 

眼鏡越しに、数秒そのままぼた餅を見つめるローマだが……。

 

そろそろ林道のカーブに差し掛かって危ないと思った時、ローマは提督の手にあるぼた餅をかじって、ハンドルを切ってくれた。

 

その食べかけのぼた餅を、自分もかじる提督。

 

こし餡のほんのりした甘さと、もち米とうるち米のつぶつぶ食感。

優しいポカポカとした気持ちが広がっていく、不思議なお菓子。

 

今日もここの鎮守府での暮らしは平穏で幸せです。



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第二十一駆逐隊と卵とじうどん

人類は滅亡の危機にあった。

 

「お前、ここでエピデミックを引くか!?」

「ああっ、姉さんたち、ごめんなさいっ!」

「山札の一番下から引いたカイロにマーカーを3個のっけて……隣のバクダッドもマーカー3個で危ないよぉ……」

「子日、そういうのは"ふらぐ"と言うのじゃ……ほれっ、バクダッドを引いてしまったではないか!」

 

バクダッドで黒の病原体がアウトブレイク(爆発的感染拡大)し、カイロでもアウトブレイクが連鎖、中東全域に病原体コマが溢れ出していく。

 

「一気に5度目のアウトブレイクか……だが、悪くない……」

「悪いですっ! まだ青の抗体しか完成してないのに……」

「救護兵の子日だよ~っ! 香港の病気を駆逐するよ! くらえ、うりゃあ~っ!」

「アジアはしばらく大丈夫そうだし、中東を何とかするのが先決かのぉ。よし、通信指令員の能力で、わらわのターンに子日をイスタンブールまで直行便で移動させるぞ」

 

初春たち第二十一駆逐隊がやっているのは、協力プレイ型ボードゲームの傑作『パンデミック』。

 

世界中で次々と発生する病原体を、医療研究チームに扮したプレイヤーたちが協力して封じ、青・赤・黄・黒の4つの病原体に対する治療薬の完成を目指すゲームだ。

 

毎ターン、プレイヤーは感染カードを2枚めくり、そこに書かれた都市に病原体コマを1個ずつ追加する。

この病原体コマが同一都市に3個溜まり、4個目が置かれるとアウトブレイクが発生し、ルートが通じている都市にも同色の病原体コマが1個ずつ拡散する。

このアウトブレイクが8回起きるか、病原体コマの在庫が無くなったら、プレイヤーたちの敗北というルール。

 

そして、このゲームをスリリングにしているのが、プレイヤーカード(治療薬を作ったり移動の補助のために使用する都市名カードや、各種イベントカードなど)の山札の中に数枚含まれる、エピデミックというカード。

 

このカードを引いてしまうと、一都市に3個の病原体キューブを置く、すでに出た感染カードをシャッフルして感染カードの山札の"上"に戻す(つまり、すでに病原体キューブが置かれた都市の感染カードを再び引きやすくなる)、感染率マーカーが上がり段々と一回に引く感染カードの枚数が増えていく、という鬼畜な事態が発生する。

 

このエピデミックカード、難易度に合わせて4~6枚使用するのだが、プレイヤーカードをその数の均等な山に分けてからエピデミックカードをそれぞれの山に加えてシャッフルし、その山を重ねて山札にするというルールにより、ある程度バランスよく(そして一定期間内に必ず)出現するようになっている親切設計。

 

「初霜、黒の都市名カードを2枚渡せば治療薬を作れるか?」

「はい、若葉姉さん。手元に2枚ありますから、2枚もらえれば科学者の能力で(通常5枚必要なところ4枚のカードで)治療薬を作れます」

「うむ、ならばチャーター便で初霜のいるサンパウロに移動だ」

 

中盤からの加速度的に病原体が世界を覆っていくスピード感と絶望感の中、他プレイヤーと知恵を絞り、力を合わせながら世界中を飛び回るダイナミックでスリリングなゲーム展開は、一度プレイすると病みつきになる楽しさだ。

 

まあ、いくら頑張ってプレイしていても……。

 

「ひゃあっ、またエピデミックカード!」

「子日ーっ!」

 

けっこう簡単に人類滅亡するんですけどね、このゲーム。

 

 

提督の執務室は、すっかり春の装い。

 

穏やかな春の雰囲気と彩りが部屋の中を明るく演出する、優しい桜色の壁紙。

ガーリーで暖かい色調の早春の窓と、桜の和のアレンジメント。

 

なのだが、いまだにコタツをしまえないでいる。

何しろ、この北の辺境の鎮守府では雪が降っているのだ。

 

コタツに潜りながら、初春たちの奮闘むなしく人類が滅亡していく様子を眺めていた提督だが……。

 

「……ハクション!」

 

唐突に大きなくしゃみをした。

 

「なんじゃ? 貴様、カゼを引いたのかや?」

「む、確かに熱があるようだな……」

「まあ、大丈夫ですか?」

「ねのひ、明石さんを呼んでくるねっ!」

「うん、少し風邪気味みたいだけど……温かいものを食べて薬を飲めば大丈夫だから」

 

心配そうに顔を覗き込んでくる初春たちに微笑み、とりあえず子日の襟首をつかむ提督。

たかが風邪ごときで分解修理とかされたら、たまったものじゃない。

 

なのだが、さっきまで『パンデミック』をやっていて、気分が昂っている初春たち。

 

「よし、提督看護作戦を開始するのじゃ!」

「病気を根絶するよー!」

「私が、守ります!」

「安心しろ。きっと、助ける」

 

長女の初春をまとめ役に、強い団結力を誇っているが、初春が暴走した時のツッコミ役やブレーキ役が存在しない第二十一駆逐隊。

 

「うん……よろしく(いつも魚雷発射管の角度を直すフリして初霜をもふもふしてたバチが当たったのかな)」

 

説得をあきらめた提督は、彼女らに身を任せるのだった。

 

 

家具職人さんたちの手により素早く設置された、診療台セットのベッドに横たわる提督。

 

服も初霜によって、薄青色の患者さん用パジャマに着替えさせられている。

 

「提督、病は軽いです。安静にしていれば必ず助かります。気をしっかり持ってくださいね」

「うん、病は気からって言うけど、本当に重病な気分になってくるよね」

 

「提督、配置箱を取ってきたぞ!」

 

ドヤ顔の若葉が持ってきたのは、農協の「クミアイ家庭薬」事業の配置箱。

あらかじめ薬がセットされた配置箱を預かり、配置員が補充のために定期訪問する際に、使った薬の分だけ代金を支払うというシステムだ(農協の組合員でなくても利用できます)。

 

鎮守府でただ一人生身の人間である提督の健康を守る、重要アイテムだ。

 

「葛根湯を出してくれるかい?」

「いや、提督。ここは全戦力を一挙投入して病を駆逐すべきだ。かぜカプセル「ゴールド」S、かぜぐすり「カプセルエース」、解熱鎮痛錠、新せき止錠「エス」、鼻炎カプセル、ビタエース「ゴールド」錠、寿煌誕ロイヤル……」

「提督っ、タオル濡らしてきたよー!」

 

そして突然、ビチャッと顔全体にかけられるズブ濡れタオル。

 

「げほっ……若葉と子日は僕を永眠させたいのかな? あとね、若葉、それ封を開けたら代金が発生するんだから、あんまりバリバリと箱を開けないで」

「なんじゃ、やかましいのう。とっとと薬を飲んで寝るがよいぞ」

 

「初春、薬を飲む前に、うどんか何か食べたいんだけど」

「そうじゃな、食は大切じゃ。…はあ? わらわが? ふん。腹が減っておる。冗談は後にせよ!」

「子日もおうどん食べたいーっ!」

「うどんか……悪くない」

「ですよねー」

 

ノロノロとベッドから起き上がると、自分が作ると申し出る初霜(尊い)を押しとどめ、家具妖精さんたちにキッチンを用意してもらい、エプロンを身に着ける提督。

寝たきりで病人扱いされているより、思いっきり料理した方が心と体に良さそうだ。

 

大小2つの鍋に水を入れて火にかけ、長ネギを斜め切りし、カニかまをほぐし、生姜をおろす。

小さな方の鍋が沸いたら、お手軽にダシ汁入りの市販の麺つゆで味付けし、長ネギ、カニかま、生姜汁を加え、片栗粉でとろみをつける。

 

いったん小さな鍋の火を止め、大きな鍋で扶桑印のうどんを茹でたら……。

丼を5つと家具妖精さんたちへのお礼用の椀を1つ用意し、タイミングを見計らって小さな鍋の火を再点火。

ボウルに次々と卵を割り入れて菜箸で溶き、小鍋が煮立ったら溶き卵を少しずつ静かに回し入れて、大鍋で茹で上がったうどんを玉網でザルにすくい上げて水でしめ……。

 

流れるような動作で丼にうどんをよそい、そこに卵あんをかけていく提督。

ホカホカと湯気を立てるフワフワのあんかけ卵に、そっと飾りの三つ葉を載せたら、卵とじうどんの完成だ。

 

ピッタリ計算通りに仕事が決まると、ものすごく爽快。

これで熱々のうどんを食べれば体もポカポカ、風邪なんか吹き飛んでしまうだろう。

 

「うむ、良き味じゃ♪」

「子日、カンゲキぃ!」

「ありがたい、これは温まるな」

「提督、ありがとう」

 

それに、みんなのこの笑顔。

 

「あ、葛根湯と水をお願い。それからベッドは寝にくいんで、煎餅布団を敷いてくれるかな?」

 

この笑顔のためなら、提督は病なんかには負けません。



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長波サマとパワーランチ

艦娘寮の庭の桜の木に、ようやく数輪の淡い花が開いた日。

 

質素で飾り気もない、昭和の学生食堂のような何の特徴もない大食堂。

夕飯時、眠り猫のように柔和な細目の提督が、さらに目を細めて机に広げた"売り上げ報告"を眺めていた。

 

近隣の市で春と秋に開かれる、伝統の互市(たがいいち)

江戸時代以前からの物々交換市を基礎とする古き良き郷土市場に、ここの鎮守府は毎年出店している。

 

定番の間宮羊羹に、カレーの食べ心地を追求して新潟県燕市の業者に発注した特製スプーン、鳳翔さんの意見を採り入れて試行錯誤して製作した桜材の洗濯板、丁寧な細工の光る木工瑞雲根付(ねつけ)、隼鷹と飛鷹が窯で焼いた徳利とお猪口、木曾のこだわりが詰まった手作り餌木(えぎ)に、ウォースパイトの手作り毛針(フライ)……。

 

最初から儲けるつもりはない値段設定なので利益は微々たるものだが、完売の報告が並ぶ表を眺めながら、買ってくれた人たちの笑顔を思い出すのは、やはり心地いいものだ。

ここら辺、オータムクラウド先生の気持ちがよく分かる。

 

また、周囲の店を見回って購入してきた戦利品の数々。

切れ味抜群の手打ち包丁に、鍬や鋤、草刈り鎌などの農具、使い勝手の良さそうな様々なサイズの木桶に竹ざる、畳の多いの艦娘寮の掃除に欠かせない竹ぼうき、山椒の木のすりこぎ、鮫皮張りのわさびおろし、百日紅(さるすべり)の苗、金魚草の鉢植え、掘りたての山芋、干し小エビ、地酒……。

 

今年もまた、いい買い物が出来ました。

 

 

「おう、バシーから帰って来たぜ。待たせたなっ!」

「作戦完了じゃ。ほんまに疲れたのう」

「……なに? その緩んだ顔、気持ち悪いんだけど?」

 

ニヤニヤしている提督のもとに、昼食を約束していた長波、高波、沖波、清霜が、引率の日進、五十鈴とともにやってきた。

 

「みんな、お疲れ様」

「きゃあっ!」

「ちょ……コラッ!」

 

(ねぎら)いの言葉をかけながらも、失礼な五十鈴の胸と、ついでに比較のために長波の胸をもんでおく提督。

 

「君ぃ! 公共の場で何をバインバインやっとんねん!」

 

五十鈴と長波だけではなく、通りがかりの某軽空母さんにも怒られました。

 

 

お昼を食べながら、午後の打ち合わせ。

欧米のデキる人たちは『パワーランチ』とかいって、仕事に関するミーティングを兼ねた昼食会をするとかテレビの情報番組で観たので、真似してみた。

 

今日の日替わりメニューは『青椒肉絲(チンジャオロース)定食』。

 

青椒はピーマン、肉絲は細切り肉。

中国では豚肉を使い、味付けもあっさりなのが一般的だそうだが、ここではしっかり下味をつけた牛肉を使い、紹興酒、砂糖、オイスターソースなどで作った、とろみのあるタレを絡めてある。

 

そして、日本式のお馴染みレシピに欠かせないのが、たけのこ。

艦娘寮の裏山やお寺脇など、近所の竹林を整備しまくったので、今年も鎮守府では立派なたけのこが豊作だ。

 

ピーマン、牛肉、たけのこ、三種の異なる風味と食感が楽しく、白いご飯がよくすすむ。

 

「清霜、ピーマンも食べないと戦艦になれないぞ」

「わ、分かってるもん! 残さないってば!」

 

長波がちゃんとお姉さんしているのが微笑ましい。

 

 

鶏ガラベースの中華スープは、干し椎茸(しいたけ)と春雨(艦娘ではない)が具。

ここの鎮守府の地元は椎茸の原木栽培が盛んで、肉厚の良いものがよく手に入る。

 

しかも、その椎茸を丁寧に天日に干してやると、元から含まれる旨味成分のグルタミン酸が濃縮された上に、日光との反応でグアニル酸も新たに生成され、旨味の相乗効果が起こる。

その干し椎茸の戻し汁に良いダシが出まくっていて、非常に奥深い味わいだ。

 

 

副菜は菜脯蛋(ツァイフータン)

菜脯(ツァ・イフー)という、切り干し大根の中華風醤油漬けを入れた玉子焼き。

プチプチした大根の食感と、ほんのりした甘みが混じり、素朴に美味しいのだが……。

 

一般的に追加する青ネギの他に、白菜の塩漬けとニラの細切れ、鶏ひき肉も加えてある、この鎮守府の菜脯蛋。

ミニお好み焼き的な、食べ応えと美味しさがある一品だ。

 

 

さらに、春キャベツの浅漬けに新ショウガと塩昆布を和えた漬物の小鉢と、搾菜(ツァーサイ)が盛られた小皿。

搾菜は日本でも「ザーサイ」と呼ばれ、青菜頭(チンサイトウ)というアブラナ科の植物の茎から下のコブ状の部分を使った、お馴染みの漬物。

 

こいつらの、程よい塩っ辛さがご飯をすすませ、そのくせチンジャオロースの油っこさを打ち消して、エンドレスなご飯地獄を作り出している(ここの食堂では原則、ご飯と味噌汁、パンとスープのおかわりは自由になっている)。

 

 

「高波姉さん、ご飯のおかわりなら、私が行きますっ! あ、司令官のも沖波が、お持ちします」

「このデザートの豆花(トウファ)、お姉ちゃんたちにあげるから、イチゴパフェ頼んでいい?」

 

「午後の、サーモン沖への、出撃の、打ち合わせにきましたっ!」

「おう、比叡の持っとるA定食も美味そうやのぅ……よし、うちも追加注文じゃ! サボ島の夜戦に行くんやし、これくらいええやろ?」

「あ、それなら……あたしも午後にタウイタウイに行くんだから、宇治ミルク金時を追加していいでしょ?」

 

「提督、伊勢の代わりに来たぞ」

 

ワイワイと騒いでいるテーブルに、改二を迎えた航空戦艦の日向師匠がやって来た。

 

「赤城からも岩本隊を借りてきたから、これと強風改を積めばいいんだな? 瑞雲を置いていくのは少し寂しいが……ん? イタリアン定食は……前菜は新玉ネギサラダと椎茸のゴルゴンゾーラ焼き、春キャベツのベーコンパスタに、たけのこと鶏肉のトマト煮込み、デザートはパンナコッタ……これにするか」

 

「ちょっと、日向さん? そんなのメニューにありました!?」

「あっ、こっちの方では抜けてます……」

「おい、提督と姉妹でシェアすれば、もう一定食ぐらい食えるよな?」

「由良ー、阿武隈ー! ちょっとこっち来て!」

「ずるいぞ、おぬしら……あ、瑞穂! ええ所にっ!」

 

こうして、食はすすむが、会議は踊らず。

 

今日も、鎮守府のエンゲル係数は無駄に増加していくのだった。



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ゴトランドとメスティンのご飯

ジャリジャリジャリ……バリバリバリ……カリカリカリ……と、摩擦音が響く執務室。

 

提督と秘書艦のゴトランドが一生懸命に紙やすりをかけているのは『メスティン』というアルミ製飯ごう。

 

薄い四角形のシンプル&無骨なデザインなのだが、狙わずとも奇跡のように米の炊飯にバッチリ合った熱伝導率と密閉性により、美味しいご飯が炊ける(さらに把手(とって)の台座を留めてるビスの位置がちょうど一合炊きの水加減の目印になる奇跡)。

さらに、炊飯の他にも煮る、茹でる、揚げる、蒸す(焼くと炒めるのは少々苦手だけど使えなくもない)と様々な料理に使える万能性を誇りながら、お安くリーズナブル。

 

そんな魅力で日本のキャンパーにも大人気な優秀アイテムだ。

 

ただし、日本製では考えられないような、製造時の仕上げの粗さがあり……。

(ふち)の金属バリがひどく、紙やすりでのバリとりが必須なのだ(筆者基準の感覚です)。

 

また、無垢のアルミ材そのままなので、金属臭を消し、変色や腐食を防ぐために、米のとぎ汁(野菜汁でも可)での、シーズニング(慣らし加熱)が欠かせない(筆者基準の感覚です)のだが……。

 

その『一手間かけて自分のものにした感』も愛着を湧かせてくれる。

 

 

ここの艦娘寮の庭の桜も八分咲きとなった。

間近に迫ったお花見に向けて、アウトドアグッズの準備を始めた提督だが……。

 

手慣れた様子でメスティンのヤスリがけを手伝ってくれる(左手にケッコン指輪をつけた)ゴトランドを見て、彼女が来てまだ7ヶ月しか経っていないのに驚き、そして同時に何となく納得した。

 

提督が鎮守府に着任して数日後。

初期艦の吹雪と白雪、初雪、深雪とともに、第十一駆逐隊結成の記念に裏山で、今磨いているのと同じメスティンを使ってキャンプをした。

 

このトランギア社のメスティンは、ゴトランドと同じスウェーデン生まれ(ただし、「メスティン」自体は直訳すると「食時缶」という商品一般の名称なので、他国他社製のものもあります)。

 

あの時使ったオプティマス社のガソリンストーブ「No.123Rスべア」もスウェーデン製。

遠征先での手軽な調理に欠かせないプリムス社のガスストーブ「153ウルトラバーナー」もスウェーデン製。

提督が野外泊に愛用している、スカンジナビアの先住民族サーミ人のティピテントを参考にした、円錐形のテンティピ社のテント(一番大きいサイズだと連合艦隊編成の艦娘たちと夜戦できるほど広い)もスウェーデン製だ。

 

そうだよ、ゴトは最初から僕らと共にいたんだ!(錯乱)

 

 

メスティンのシーズニングを済ませたら、今すぐこれを使って野外料理をしたくなった提督。

 

ゴトランドと鎮守府のプライベートビーチにやって来た。

 

プライベートビーチと言うと聞こえはいいが、実際は砂利の磯場が300メートルほど続いているだけの海岸で、海水浴に適するのは夏の一時期に過ぎない。

 

だが、デイキャンプなどには最適で、艦娘たちの職人技なDIYにより、数棟の東屋(あずまや)とピザ窯付きの炊事場まで整備されている。

 

まずは1.5合の米をシェラカップで研ぎ、お米をメスティンに移し、給水のために水に浸して30分放置。

 

提督お気に入りの米研ぎ用シェラカップは、新潟県三条市のアウトドアブランド、キャプテンスタッグの630mlの黒。

 

目盛りが細かくて計量しやすく、ブラック加工で研ぎ汁の色の変化が分かるし、米の量に対して容量にかなり余裕がある上、同メーカーから出ているピッタリサイズのザルで米をあげることもできるので、水を捨てる際に米を流してしまうというアウトドアではリカバリー不能な失敗を防げる。

 

……失敗を笑い話にできる若い駆逐艦娘たちと違い、おっさんという生き物は失敗を恐れるのだ。

 

 

ゴトランドが、ガスストーブを使ってサッと淹れておいてくれたコーヒーを飲みながら(スウェーデン人のコーヒー消費量は世界でも有数)、ゆったりと会話を楽しむスウェーデンの伝統文化"フィーカ"の時間。

 

「私も水上機母艦の会に入ったんだよ? お花見にはね、Slottsstekを焼くわ」

「ス、スロトスステ……?」

「あー……ローストビーフみたいなもの。ウォースパイトたちのとは、少し炙りのやり方やソースが違うんだけど。つけあわせはHasselbackspotatisよ、楽しみにしててね?」

 

日本でもハッセルバックポテトと呼ばれ、最近広まっている料理。

スウェーデンの首都ストックホルムのハッセルバックホテルで考案された料理で、皮むきジャガイモにアコーディオン状につながったまま無数の切れ目を入れ、オリーブオイルを塗ってハーブを散らし、スキレットに載せてオーブンで焼いたものだ。

 

「プリンツが似たのを作ってたんだけど、皮を剥いてないのよ? それにベーコンやチーズを切れ目に挟んだり、あれじゃダメよ」

 

などと楽しくおしゃべりしている内に、30分以上が経過。

 

メスティンと同じトランギア社のアルコールストーブ「TRB25」を、三枚のステンレスプレートを△に組み合わせた五徳にセットして点火、メスティンを載せる。

 

 

アルコールストーブは点火直後の炎こそ頼りないが、熱でアルコールが気化するうちに火勢も強くなり、はじめチョロチョロ中パッパ……という火加減を再現しやすいので、メスティン炊飯との相性がいい(……気がする)。

 

手のひらサイズのコンパクトなアルコールストーブは燃焼時間が30分弱と短いが、ご飯を炊くには必要十分。

 

ジュウジュウ吹いたら火を引いて……という続きの歌詞の火力調整は、ペンチでスライド扉を半開きにした消火・火力調整蓋を被せてやり、吹き出す炎を少なく調整してやることで対応。

 

固形燃料を燃やしっ放しにして、火加減関係なく炊いても美味しく炊けるけれど、おっさんな提督は自己満足したい年頃なのです。

 

それに、やることないとゴトランドとイチャイチャしだして、デイキャンプの趣旨が変わってしまう。

 

赤子泣いても蓋とるな……吹きこぼれ対策の重しに、メスティンのフタには缶詰を載せてある。

こうすれば、おかずも同時に温めることができて一石二鳥。

 

 

炊き始めから15分ほどで、パチパチという音に変化してきたら、メスティンを火から降ろしてタオルで包み、裏返して10分蒸らす(ここらへん、やり方の流儀は人それぞれ)。

 

その蒸らしの10分間を活かし、別のメスティンでサッと一品。

 

小房に切り分けたブロッコリーと水を1カップ入れ、アルコールバーナーを全開にして強火で加熱。

2分ほどしたらフタをとり、ウィンナーを数本放り込み、水気が飛ぶまで炒めたら、お皿代わりにフタへと移して軽く塩コショウをして完成。

 

 

「さあ、食べようか」

 

メスティンのフタと、いっしょに温めていた缶詰(自己満足を高めるプチ贅沢な「家バル 砂肝のアヒージョ」)を開ける。

 

フワっと漂うご飯の匂いと、ニンニクと香辛料の効いたオリーブオイルの香り。

青い空に白い雲、打ち寄せる潮騒の調べがBGM。

 

ふっくらツヤツヤの炊き立てご飯に、ムチッとした砂肝をのせて……パクッ。

 

メスティンで炊いたご飯の100万パワー+砂肝のアヒージョの100万パワーで200万パワー!

 

そこに外で食べる解放感でいつもの2倍の快感が加わり、200万×2の400万パワー!!

 

そして、新妻ゴトの笑顔が加われば……その美味しさは無限大!!

 

自己満足の外ご飯、ヤッパリ最高です。



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神鷹のドイツ式ランチ

桜が散り、緑の瑞雲が映える春のある日。

 

提督は大鷹とともに、神鷹の初めての採蜜作業を見守っていた。

 

グラーフ・ツェッペリンから分蜂してもらい、養蜂に挑戦したばかりの神鷹。

鎮守府でよく使われている、正方形の重箱を何段にも重ねたような縦長の塔型ではなく、長方形の横長の箱型だが、それでいてボリュームは大きな巣箱に近づいていく。

 

大鷹や赤城たち、日本空母が育てている小型のニホンミツバチに対して、神鷹やグラーフ・ツェッペリンたち欧米空母が育てているのは大型のセイヨウミツバチ。

ニホンミツバチは集める蜜の量が少なく、基本的に秋1回の採蜜しかできないが、セイヨウミツバチは集蜜力が高く、年間を通して複数回の採蜜ができる。

 

現在、巣箱の中に集められているのは、ソメイヨシノや山桜、菜の花、サクランボなど、様々な春の花から集めた、百花蜜と呼ばれる蜂蜜。

 

この最初の百花蜜を回収したら、休耕畑を借りて作ったレンゲの花畑まで巣箱を移動し、本格的な単花蜜の採蜜期に入っていく。

 

花を見つけたセイヨウミツバチの探索蜂は、巣に帰ると仲間に8の字ダンスで花の場所の情報を伝え、巣の蜂たちは皆で同じエリアに飛んで、その花の蜜がなくなるまで集中的に蜜を集めようとする。

この習性を利用し、蜂たちに一種類の花の蜜だけを集めて蜂蜜を作らせたのが、単花蜜だ。

 

蜜が不足してくると偵察鉢が別の場所に新しい花を探しに行ってしまうが、あたり一面の花畑には必要十分以上のレンゲを植えてあるので、蜂たちに純度の高いレンゲの単花蜜を作らせることができるのだ。

 

ちなみに、日本空母が飼育してるニホンミツバチは、各自がそれぞれ個別に蜜源を探す習性が強いし、採蜜できるまで巣箱内の蜂蜜が溜まる期間も長いため、彼女たちの巣箱からは桜やレンゲはもちろん、艦娘寮の薔薇や百合、果樹園のリンゴや栗、畑の蕎麦やローズマリー、畦道のタンポポやシロツメグサ(クローバー)、裏山に自生する藤やアカシアなどからコツコツ集めた、年間を通した百花蜜が秋に採蜜できる。

 

 

「神鷹、蜂たちをまったく怒らせずに採蜜してるね」

「はい、神鷹ちゃんは筋がいいと思います」

 

離れて観察しながら、提督と大鷹もニコニコ顔。

 

昨日初めての採蜜に挑戦したガンビア・ベイは「ムリムリィー!」とか騒ぎまくって余計に蜂たちを怒らせ、さんざん追いかけまわされていたが……。

 

 

無事に巣箱をレンゲの花畑に移し終わり、花畑の側のアイオワが作った丸太のベンチでお弁当タイム。

 

「提督、大鷹姉さん、お昼をご用意しました。ソーセージと、ジャガイモと、ドイツパンも焼いてみたんです。それと……」

 

そう言ってガスバーナーに小鍋をかける神鷹。

前菜に用意してくれたのは、ヴァイス・シュパーゲル。

 

今が旬の、ホワイト・アスパラガスだ。

ドイツ人にとっては、日本人にとってのタケノコと同じぐらい、春の訪れを感じさせる食材なのだという。

 

根や皮を丁寧に取り除き、その根や皮ごと砂糖と塩と少量のレモン汁を加えて茹で、オランデーズソース(卵黄とバターに塩コショウで味付けし、レモン風味を効かせたソース)をかけて頂く、さわやかな春の恵み。

 

優しい甘さが舌を駆け抜ける。

 

「択捉さんたち、海防艦の皆さんと今朝、北海道で買ってきました」

 

ケッコンして練度100を超えた神鷹は、大鷹とともに海防艦たちのまとめ役として、近海の潜水艦狩りで大活躍してくれている。

 

 

そして、神鷹が出してくれたソーセージは、やわらかい半生サラミのようなメットブルスト。

メット(脂身なしの豚ひき肉)を腸詰めにして冷燻し、乾燥させたもの。

 

これをロッゲンブロートフェン(小さなライ麦パン)に載せ、潰してペースト状(むしろ見た目的にはネギトロ状)に塗り付け、刻んだ玉ネギと黒胡椒をかけてパクリ。

 

玉ネギと黒胡椒の刺激に、豚肉の臭みを消すためにメットに練り込まれたハーブと香辛料の香り、そしてほのかな燻香が鼻に抜けていく。

そのあとに残るのは濃密な豚の旨味と、噛めば噛むほど広がるライ麦パンの豊かな風味。

 

 

つけあわせは、ダンプフ・カルトッフェル(蒸かし芋)。

 

春とはいえ風が吹けば肌寒い屋外、ほくほくのジャガイモは大御馳走。

とろけたバターの甘みと塩気が、芋の味を絶妙に引き立ててくれる。

 

そして、花畑に目をやれば……。

神鷹の蜂たちが嬉しそうに、紅紫色のレンゲの花の間を飛び回り、春を謳歌している。

 

のどかな空に目をやりながら、提督は神鷹の膝枕でお昼寝させてもらおうと心に決めるのだった。




令和もエンゲル係数の高い提督と艦娘たちをよろしくお願いいたします


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田植えとベーコン・エクスプロージョン

いよいよ田植えが始まった。

 

冷たくぬかるんだ泥に足をとられながら、元気に駆けまわる駆逐艦娘たちの笑い声。

 

今年は田植えと春季の大作戦の日程が重なるのではとヒヤヒヤしたが、溢れる瑞雲力のおかげで駆け込みセーフの田植えとなった。

 

横一列の単横陣を組み、まっすぐ規則正しく等間隔に、一本一本の苗を大切に植えていくジャージ姿の艦娘たち。

苗をバラバラに植えてしまうと、除草や収穫が大変になるし、日光や風も均等に当たらず成育にバラつきが出て収量が落ちてしまう。

 

手植えでは大変だけど、この整然とした田んぼこそが日本の美。

 

「ニッポンの田んぼは緑に囲まれてて、So cuteでしょ!?」

「Miniature garden(箱庭)みたいで、本当に綺麗で緻密よね」

 

などとアイオワとサラトガが、新入りのジョンストンに言っている。

 

うちの田んぼは平地4枚に棚田を合わせても7反(約0.7ヘクタール)しかないが、アイオワたちの故国では、一販売農家(農家といっても実質的に企業だが)当りの平均収穫面積が約182ヘクタールもあって、地平線まで見渡す限りの水田に飛行機から種を播いたりするらしい。

 

スケールが違い過ぎて比較のしようもないが、提督としては、やはり草木のざわめきや鳥の声を聞きながら、家族みんなで笑いながらやる田植えが好きだと思う。

 

例え、苗打ち(なえうち)が重労働だろうと。

 

苗はあらかじめ田んぼ全体に均等に配ってあるが、目分量なので田植えが進めば不足も出てくる。

そんな時、追加の苗の束を投げ入れる苗打ち(なえうち)は、古来より男性の仕事(という大和の主張)により、全ての苗打ちは提督に任されている。

 

台所と布団の中以外では猫の手ほども役に立たん(武蔵談)提督の、年に一度の見せ場なのだ。

 

「提督、こっちに苗をください」

「はいよっ!」

「ありがとうございます。上々ね」

 

赤城の求めに応じて、その手前に苗を投げ込んだ提督。

最初はノーコンだった提督も、苗打ち歴5年となり、かなりの精度で苗を投げられるようになった。

 

「提督、こっちにも一束ちょうだい!」

「はいよっ!」

 

飛龍の求めに応じ、颯爽と苗を投げたのだが……。

 

「…っ……頭に来ました」

 

加賀さんのサイドテールに直撃……慢心、ダメ絶対。

 

 

労働の後は、待ちに待ったお昼タイム。

 

伝統にのっとった田植えの昼食(小昼から転じて「コビリ」と呼ぶ)は軽く、塩むすびと赤飯のおにぎりに、きゅうりのからし漬け、まめぶ。

 

それでは足りない大食艦たちのために、海外勢がピザやバーベキューを用意しているのだが……。

 

「頑張ったAdmiralに、あーげる♪ 」

 

夕立と時津風にじゃれつかれながら、塩むすびを頬張っていた提督に、イントレピッドが何かを持ってきてくれた。

 

両手持ちのトレイに載せられたアメリカンフットボールのような"ソレ"。

夕立と時津風が、興味津々にイントレピッドに寄っていく。

 

「Bacon explosionよ♪」

 

ベーコンという言葉は分かる。

その巨大な物体が、編み細工のように重ねられた何十枚ものベーコンで構成されていることは一目瞭然だ。

 

だが、エクスプロージョン(爆発)という不穏当な言葉……。

 

目の前に差し出された"ソレ"に、恐る恐るナイフを入れてみれば……。

 

「やっぱりね!」

 

ベーコンの中から出てきたのは、ブロックベーコンとイタリアンソーセージの具材。

 

肉&肉in肉……Hahaha、ベーコン大爆発! 神々しいまでに肉肉しいぜ!

 

イントレピッドの後ろで、ビスマルクやアクィラがドヤ顔しているところを見ると、夢の米独伊三国同盟による競作のようだ。

 

カロリーと栄養バランス的に明らかにヤバイ食べ物だが、この誘惑の前に食べないなんて選択肢はない。

男心をくすぐること、イントレピッドの胸のごとし。

 

「ん……美味しい!」

 

バーベキューソースをかけられカリッと焼かれた表面のベーコン。

薫香をまとったボリューミィなブロックベーコン。

肉汁ほとばしりハーブ香るイタリアンソーセージ。

 

三種の異なる肉の魅力を一度に味わえる幸福。

そして、それらが舌の上で混ざり合って新たな味を生み出した瞬間、何か脳内麻薬がドバドバ出てきた気がする。

 

脇では夕立と時津風も、野犬のように猛烈に肉にガッツいている。

 

だが同時に……。

 

「おかわりする?」

「いや、遠慮しとく……」

 

その圧倒的スケールの肉的幸福感の前に、満腹中枢が一皿で全面降伏。

 

提督はレジャーシートの上にゴロンと横になった。

夕立と時津風も横になり、ポスンと頭を提督のお腹に乗っけてくる(ウプッ)。

 

苗を植えたら田んぼに水を増すので、一枚の田は必ず一日のうちに植え付けを終わらせなければならない。

 

午後も苗打ちを頑張るために、提督はしばしまどろむのだった(胸焼けの不安に怯えながら……)。



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第二次ハワイ作戦前段とスタミナ丼

令和元年五月二十一日朝。

 

夜半から降り始めた鬱陶しい雨の中を、凛々しく鉢巻をしめた飛龍が出撃していく。

 

大規模作戦前の恒例行事、鎮守府正面の敵はぐれ艦隊を撃滅しての戦意高揚(キラづけ)

一番槍は、決戦支援での航空打撃の要、飛龍と決まっている。

 

飛龍に付き従うのは、前回の大規模作戦で鎮守府に新たに加わった、峯雲と早波。

彼女たちも練度93となり、すっかり一人前になってくれた。

 

備蓄はいつも通り心もとないけど、戦力は十分そろっている。

 

さあ、(もう5月後半だけど……)春のイベント開始です!

 

 

中部太平洋ハワイ諸島に展開する友邦が救援を求めているそうだ。

 

精鋭機動部隊を同方面へ遠征、友軍艦隊の救援準備を実施するのが、今回の作戦骨子。

それに先立ち、ハワイ遠征艦隊集結及び出撃根拠地となる、南千鳥単冠湾泊地周辺海域の哨戒警備を実施せよとのこと。

 

「はぁーいっ! 那っ珂ちゃんだよーっ! 那珂ちゃん、デビュー六周年です! 七年目もますます可愛いっ!」

 

ということで艦隊の斬り込み隊長、那珂ちゃんさんが第百四戦隊を編成して北方に出撃。

 

津軽海峡、北海道沖、南千島沖と、ハードスケジュールな地方巡業を次々こなし、単冠湾泊地の安全を確保してくれた。

 

叢雲、雷、電、舞風、高波、占守、国後とローテーションで出撃した随伴艦たち(バックダンサーズ)はいいとして……。

 

木曾と霞、潮、響(ヴェールヌイでないのが救い)までここで投入してしまった提督。

 

大規模作戦特有の、一つの特別海域の門を通った艦娘の艤装では、別の特別海域の門が通れなくなる現象、通称「お札」に後で苦しめられていくのだった……。

 

 

「提督、我が岩川基地航空隊の航空偵察により、南西諸島方面において敵艦隊の策動の報がもたらされています。同方面に救援物資を輸送、同方面防備を固める必要があります」

 

北方の次は南西諸島の防備拡充を行え、と提督使いの荒い大淀。

 

大淀の胸をワシワシしながら文句を言ってやった後、三隈、矢矧、睦月、涼風、早波、涼月で出撃。

 

「提督が三隈を選んでくれたから、活躍できました。お礼、申し上げますね」

 

戦艦棲姫が姉妹編成でいてビックリしたが、基地航空隊の援護のおかげで輸送作戦を完遂。

 

「戦艦大和。推して参ります」

 

さらに来襲した空母棲姫率いる敵の増援に対しては、迎撃のために大和を基幹とする第二艦隊主力を出撃させた。

 

大和、矢矧、初霜、磯風、浜風、涼月という因縁の坊ノ岬沖組に、ありったけの対空兵装を装備。

艦上戦闘機を満載した飛鷹を随伴させたこともあり、史実とは全く異なる余裕ある艦隊防空戦を展開できたのだが……。

 

しかし、最後に空母棲姫にトドメを刺すには、決定打に欠ける気がする。

 

そこで提督、艦隊の全員に鎮守府正面の敵はぐれ艦隊を撃滅させて、戦意高揚を図ろうなんて策を立てたが……。

流星改を満載して正面海域に出撃した飛鷹を、装備そのままに南西諸島沖に出撃させてしまう無能ぶり。

 

しかし何と!

 

「全機爆装! さあ、飛び立って!」

 

ボーキサイトは盛大に吹っ飛んだけど、飛鷹が敵主力艦隊の随伴艦を次々と吹っ飛ばし、丸裸になった空母棲姫を大和らがタコ殴りにして簡単に決着がついた。

 

「実はこれが狙いだったんだよ」

 

なんて言った提督ですが、ちゃんと鳳翔さんにお説教されました。

 

 

南西諸島沖で出会ったハチこと海防艦の八丈をペロペロ……じゃなかった、八丈と一緒にペロペロキャンディを舐めながら、敵戦力牽制を目的とした北方作戦「第二次AL作戦」を開始。

 

第一艦隊にイタリア、大鳳、グラーフ・ツェッペリン、古鷹、加古、そして神威。

第二艦隊にガングート、プリンツ・オイゲン、ポーラ、ゴトランド、ヴェールヌイ、照月。

 

「ふっはは! 痛快だな。突撃する、我に続け! Ураааааааа!」

「よく狙って……Feuer!」

「いいですか~? 撃ちますよ~? Fuoco!」

「うにゃにゃにゃ!」

 

多国籍な機動部隊編成の連合艦隊が、見事にアリューシャン列島沖でほっぽちゃんの妹・北方棲妹を撃破した。

 

 

しかし「第二次ハワイ作戦」の前段作戦は、ここからが本番。

 

南西諸島沖で見つかるという新艦娘、石垣ちゃんを求めて出撃を始めた提督たち。

 

先の坊ノ岬沖組から、大和アウト、朝霜インの編成でダブルダイソン攻略に挑んだが……。

うん、勝つこと自体は何とかなるけど、高速修復材(バケツ)が飛び過ぎて、続けるのは無理。

 

「まるゆ、がんばりま~す!」

 

そこで、まるゆ、ユーちゃん(来日時のお古の艤装に着替えたろーちゃん)、ルイ(同じくお古に着替えたごーちゃん)でミニミニ潜水艦隊を編成。

道中の空襲は潜水でくぐり抜け、敵の水雷戦隊は基地航空隊と先制雷撃で粉砕、石垣ちゃん捜索だけに専念し、戦艦棲姫たちが出撃してきたら急いで逃げ帰るコソコソ作戦。

 

 

そして出撃すること70回を超え……。

 

「隊長っ! まるゆ、まだまだ頑張れます!」

「あいあい♪ また出撃する~?」

「ユー、もっと頑張るね」

「もうム~リィ~」

 

完全勝利続きのまるゆたちは、潜水艦隊史上最高に戦意高揚(キラキラ)していたが、提督の豆腐メンタルが砕けた。

 

「いったん石垣ちゃんの捜索は……」

「それより提督、お腹が空いてるんじゃありませんか?」

 

提督の言葉を遮ったのは、疲労している艦娘がいないか見回りに来ていた間宮だった。

 

「疲れてお腹が減っていては、良い指揮が出来ませんよ」

 

 

やや強引に提督の手を引き、食堂へと連れて行った間宮が出してくれたのは……。

 

お盆をテーブルに置くとき、ドンッて音がした。

 

「スタミナ丼、戦艦盛です」

 

大量の豚バラのスライスにニラ、玉ねぎ、もやしの具が、洗面器のような大きな丼鉢に山盛りになっている迫力のビジュアル。

すり下ろしニンニクの、パンチのある香りも鼻孔を挑発してくる。

 

「残さず召し上がってくださいね、提督」

 

仕上げに肉の山頂に生卵を3個割り落としながら、間宮がニッコリ微笑む。

 

「い、いただきます……」

 

お盆に添えられているのは、箸ではなく大きめの先割れスプーン。

この肉のチョモランマを攻略するのに、箸なんかでチマチマやっていられないということだろう。

 

量はともかく、味は至極まっとうだ。

高級というわけではないが質の良い豚肉をニンニク醤油で漬け込み、オイスターソースとピリリとくる豆板醤を加えて、濃い目に味付けしてある。

 

身体の芯から元気が奮い立たせられるような味だ。

 

だが、発汗作用のある食材の多用で汗がドバドバと出てくる。

 

生姜のしっかり効いた豚肉が、ほかほか白米と出会うと新たな味覚のビックバンが起きる。

 

それでも、脂っぽい豚バラ肉の波状攻撃が満腹中枢を攻撃してくる。

 

いや、生卵のマイルドさが増すし、ニラと玉ねぎのほのかな甘みと、サッと湯がいたもやしのシャキシャキ感が、適度に怒涛の肉ラッシュの衝撃を和らげてくれている。

 

だが、量が多い……多過ぎる。

 

美味しいものをたらふく食べられる幸福感と、これだけの量を食べなければいけないという義務感の間で、精神が揺れ動く。

 

こんなに食べても、まだ半分しか減ってない……。

 

そんなネガティブな感情に囚われそうになった瞬間、提督はフッと気付いた。

 

違う。

 

もう半分も食べられたんだ。

 

 

「提督、お水っしゅ」

 

心配そうに汗だくの提督を見守っていた占守(しむしゅ)が、コップに水を注いできてくれた。

 

そう、これは占守の妹である石垣を探している、新艦掘りと同じなのだ。

 

どんなに底なし沼に思えようと、着実に歩み続けた先に終わりがある。

 

間宮は、それを諭そうとしていたのだろう。

 

ならば、今は一時だけ石垣ちゃんのことは忘れ、この目の前の圧倒的物量の飯に全身全霊を傾け、完食するのみ!

 

ガツガツとスプーンを動かし、その味の全てを一心不乱に味わい、そのカロリーの全てを我が血肉とする。

 

おおっ! 後半は肉不足になって米ばかり食べなきゃいけないのかと思ってたら、丼の真ん中あたりに肉が敷き詰められていた。

 

しかも、嬉しいことに生姜醤油で漬け込んだ豚ロース肉と、味付けと肉質に変化をつけてくれているので、新鮮な感覚で食べ進めることができる。

 

そのうちに丼鉢は空となり、スプーンの上に最後の小さな肉片と、汁を吸った少量の米だけが残った。

 

その至高の最後の一口をすすり込み……。

 

「間宮、占守……僕はきっと……!」

 

 

しかし、決意を込めた提督の叫びは、バタバタと食堂に乱入してきたミニミニ潜水艦隊の歓声にかき消された。

 

「隊長ー! やりましたよー!」

「Danke、Danke!」

「工廠に石垣ちゃん来たよーっ! はにゃはにゃ」

 

提督が無心にスタミナ丼を食べている間に、まるゆたちが76回目の掘りで石垣ちゃんをGetしました。

 

 

今回の教訓:最大の敵は物欲センサー




●甲甲甲甲丙でクリアし、ちまちまフレッチャー掘ってます(友軍来たら本気出す)


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掘り出撃とハワイのアヒポキ

現在(2019.06)進行中のイベントのE-4新艦掘りのお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


関東では梅雨に入ったとかいうニュースが流れる中……。

 

提督と艦娘たちは春の大規模作戦を遂行中。

 

春です。

春といったら春なのです!

 

中枢棲姫に制圧されていたハワイの奪還に成功し、太平洋深海棲姫の下に再集結した敵の反攻をも(丙作戦で)打ち砕いた。

 

だが、この海域で邂逅できるという、アメリカの駆逐艦娘フレッチャーの発見に至っていない。

 

「ねえ、大淀。どうしてハワイを奪還したのに、まだ中枢棲姫がハワイにいるの?」

「奪還といっても、現実世界への浸食を食い止めたという呪術概念的なものであって……」

 

「ねえ、大淀。どうしてル級は中破してる子を狙い撃ちしてくるの?」

「ル級は3人、その3人のうち1人がこちらの第一艦隊6人から中破している艦娘を攻撃対象にしてくる確率は、単純計算でも34.72%あり……」

 

「ねえ、大淀。どうして加賀はいつも何もできず棒立ちになっちゃうの?」

「加賀さんは基本設計が戦艦とはいえ、装甲面ではやはり空母に過ぎませんから被弾した際の損害は大きいですし、航空隊の発艦に時間がかかりますからその間に攻撃を受けることも多く……」

 

「ねえ、大淀。サムとジョンしか応援が来なかったんだけど……」

「旗艦のガンビア・ベイが海図を読み違えて阿武隈隊との合流に失敗し、さらに麾下の駆逐艦たちともはぐれたため……」

「はわわ……ご、ごめんなさいぃ!」

 

「ねえ、大淀。どうして大淀は対地攻撃要員なのに、戦艦水鬼に向かってったの?」

「それは集積地棲地への針路上に戦艦水鬼が割り込んできたため仕方なく……」

 

「ねえ、大淀。あと何回出撃したらフレッチャーに出会えるの?」

「仮に敵主力に勝利した際の邂逅率を1%とすると、期待値は50回の勝利で39.5%、69回で50%に達し、100回で63.4%、200回で86.6……」

 

「ねえ、大淀……」

「いい加減にしてください! それと、出撃回数を私の太ももに正の字で書きこむのも止めてください!」

「現状、連合艦隊自体の火力と防空力が不足しているわ。比叡と霧島、秋月を第一艦隊に戻した編成を練り直しましょう。それから提督を執務室から叩き出して」

 

 

大淀と加賀に怒られ、執務室を追い出された提督。

 

埠頭でいじけながら、神風が八丈と石垣にイノシシ(裏山によく出る)の避け方を教えている様子を、ぼんやり眺めていると……。

 

「お腹が空いているイノシシはイライラして攻撃的になるから……」

 

そんな神風の言葉が、ふと耳に入った。

 

終わりの見えない連続出撃と相次ぐ大破撤退や敗北、そして消えていく大量の資材。

そんなイライラから、つい大淀に絡んでしまったが、気が付けば昼食をとるのも忘れ、お腹も減っていた。

 

慌てて鎮守府のトイレに行き、鏡に映った自分の顔を見てみれば……。

頬がこけ、いつもは眠り猫のような細いたれ目が、釣り上がってきつね目になっていた。

 

「……大淀に謝って、みんなでご飯を食べよう」

 

お腹いっぱい美味しいものを食べて、嫌な気分を吹っ飛ばそう。

 

「おーい、アイオワー、サラトガー、イントレピッドー!」

 

今こそ食べるべき、うってつけの料理を作ってくれそうなアメリ艦たちを探しに行く提督であった。

 

 

椰子の木やプルメリア、ハイビスカス、ブーゲンビリアで彩られた室内に、マホガニーやラタンの温もりのある家具。

 

天井でゆっくり回るレトロなシーリングファンに、ゆったりした波音と優しいウクレレの音色がBGM。

壁に飾られたレインボー柄のサーフボードにはALOHAの文字が踊る。

 

執務室はすっかりハワイアンダイニング風に模様替えされていた。

 

「はーい、お待ちどうさま」

 

サラトガが木製のお皿に盛って出してくれたのは、ガーリックシュリンプ。

 

カリカリに揚げられながら、プリップリでジューシーな太い殻つき海老。

そこに、ガツンとニンニクが利いたレモンバターソースがよく絡む。

 

つけ合わせはマッシュポテトとパイナップル。

 

「ガンビーが食べてるのは何だい?」

「これはAhiPokeです、Admiral、あーんします?」

「あーん♪」

 

Ahi(アヒ)はハワイ語でマグロ、Poke(ポキ又はポケ)はハワイ語で刺身のこと。

タマネギとアボカド、海藻が入り、ゴマ油とわさび醤油、ハワイアンソルトで味付けされた、日系移民文化が生んだハワイ版鉄火丼。

 

そのバリエーションも豊富で、最近はマヨネーズ味や、激辛スパイシーなものなんかも流行っているとか。

ちなみに、タコのポキはTakoPokiで、ハワイではShoyu、Miso、Soba、Mochi、Bento、Sensei、KumiaiなどのNikkeiが持ち込んだ言葉が現地語化してるそうです。

 

「加賀さん、おかわりをどうぞ。これ、瑞鶴が作ったんですよ?」

「そう……ありがとう……」

 

給仕に来た翔鶴に、加賀が照れくさそうに答えている。

(無能提督は気付かなかったけれど、温存したまま出番がなかった翔鶴にジェット機隊を載せ、制空と攻撃力を同時に稼ぐのもE4S勝利目指すには有効みたいです)。

 

「……ん……ご、五航戦……」

 

突然、顔を赤くして肩を震わせる加賀。

 

「え、加賀さん、どうしたんですか?」

「ふふ~ん、どうですかー? ハバネロソース入りのスペシャルポキはぁ?」

「いい度胸ね……」

「え~? 何がですか~? ちゃんとレシピ集(の激辛コーナー)通りに作りましたよぉ?」

 

あ、加賀の他に、瑞鶴の作ったポキを食べちゃった長門が涙目になってる。

 

この楽しい食卓に新しい家族を迎えるために、もうとひと踏ん張り楽しく頑張りましょう。




【E4甲掘りについて】

フレッチャー、75回目のA勝利でドロップしました
他にS勝利5回、C敗北10回以上、大破撤退30回以上

強友軍を狙って比叡と霧島を抜き、駆逐を陽炎と霰に変えたら道中大破とC敗北が急増したので中止
A勝利狙いに集中して無心で回しました

下記編成で制空値は300弱、基地航空隊の拮抗2回で補って加賀、最上を攻撃に参加させてます
村田さんやF4Uの熟練度は、最低でも黄色い斜め線1本

熊野(鈴谷も)は増設補強に8cm高角+増設機銃を入れることで主砲1本で弾着観測射撃が可能です
日進は連撃仕様で第一艦隊でもいいですが、そこはハイパーズや阿武隈のお札と相談で

加賀は旗艦にして庇ってみましたが、どちらにしろ中破で置物になることが多かったので最後尾に
第二艦隊の並び順は色々と試行錯誤しましたが、A狙いに集中するなら撃たれ弱い艦を守る方が良さげ


筑摩 20.3cm3号、20.3cm3号、三式弾、紫雲、【墳進砲改二】
比叡 35.6cm連装改二、16inch三連Mk7、一式徹甲弾、零偵11乙(熟練)
霧島 16inch三連Mk7、16inch三連Mk7、三式弾改、紫雲
熊野 20.3cm3号、三式弾、FUMO、零偵11乙(熟練)、【8cm高角+増設機銃】
最上 20.3cm3号、20.3cm3号、二式水戦改(熟練)、強風改
加賀 天山(村田)、零戦(岩本)、F4U-1D、烈風改二、【Bofors40mm】

日進 甲標的丙、特二式内火艇、特大発+11連隊、FUMO、【墳進砲改二】
利根 20.3cm3号、20.3cm3号、三式弾、WG42、【Bofors40mm】
大淀 15.2cm改、15.2cm改、WG42、WG42、【10cm連装高角+増設機銃】
大井 甲標的丙、61cm6連装酸素魚雷、GFCS37
秋月 10cm+高射、10cm+高射、GFCS37、【Bofors40mm】
浦風 四式水中聴音機、試製15cm対潜、5inch単装砲+GFCS

第一 一式戦隼(64)、零戦21(熟練)、一式陸攻三四、一式陸攻三四
第二 一式戦隼(54)、零戦21(熟練)、銀河、銀河
第三 烈風改(三五二)、烈風改、雷電、雷電

入渠、基地航空隊の修理を含めた燃料消費が1000~2000、バケツ平均消費が7個ぐらいでした

S狙い編成の場合
金剛、榛名、イタリア艦(空襲+1回でいいなら高速化ネルソン)から2隻、ともに三式弾(←徹甲でなく大破増える)
霞or霰を対地要員(←対潜を諦めるから初手で大破増える)
陽炎or不知火を10+10+WG(←秋月型の対空カットインがなくなり空襲で大破増える)
大井を連撃仕様(←先制雷撃力が減って徹子の部屋で大破増える)
基地航空隊の零戦は陸攻に変更し劣勢2回、最上は艦戦キャリアーにして本隊制空値を340に
大淀を申し訳程度に対空カットイン仕様+WGにして少しでも防空を稼ぎます
決戦支援(できれば道中支援)も出した方がいいです

S狙いでC敗北が増えた理由の一つはタフィー3幼稚園(たまに保母さん迷子)の来援も増えちゃったこと
ジョンストンを入れて米艦隊を弾けるなら強友軍を狙うのも有効だと思います


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軽空母たちと晩酌セット+α

雨こそ降っていないが、暗い梅雨空が広がっている。

 

春の期間限定作戦を(丙で)完遂し、日常生活に戻った北の辺境鎮守府。

 

主要艦娘ほぼ全員を出撃させる大激戦のどこが「中」規模なのかという疑問は残しつつ……。

失った資源を回復させながら、雨の合間に釣りや農作業に精を出す日々。

 

提督も連日、労いの家族サービスに大忙し。

祝勝会やバーベキュー、大小の宴会はもちろん、作戦や遠征で頑張った艦娘たちに希望を聞いては、その望みをかなえていた。

 

「長門と陸奥はどこか行きたいとこはあるかい?」

「網戸を張り替えたいから、サ〇デー(東北ローカルのホームセンター)に行きたいな」

「あら、長門、それなら国道沿いのコ〇リも覗いてみましょうよ」

「いや、そういう話じゃなくて……」

 

大和たち坊ノ岬組と花巻温泉に行ったり、金剛姉妹と隣県の三〇デパートにショッピングに行ったり、一航戦と隣県のコ〇トコまでハイエースがパンパンになるほど買い物に行ったり、重巡洋艦娘たちと裏山キャンプに行ったり、白露型の子たちと河原でフリスビーで遊んだり、朝潮型の子たちとファミリー牧場に行って動物と戯れたり、陽炎型の子たちとパジャマパーティーしたり、中枢棲姫ら深海勢とワイキキビーチでダイヤモンドヘッドを眺めたり……。

 

「何で那珂ちゃんへのご褒美は近場の道の駅巡りで、深海の子たちはワイキキビーチなの!?」

「牛乳ラーメンと柿アイスが食べたいって言ったの、那珂ちゃんじゃないか」

「那珂ちゃんもワイハでパンケーキが食べたいー!」

「あー、無理。第百四戦隊で北海道に行った那珂ちゃんは、ハワイへの深海門は使えないよ」

 

などという一幕もありましたが、おおむね皆に喜んでもらえている。

 

 

そして、軽空母組へのご褒美アンケート。

 

『食堂で晩酌を一杯やりたい』

 

「え、本当にこれだけでいいの?」

「私は大和さんたちと温泉に連れて行ってもらいましたから、隼鷹と千歳さんに任せたら……」

 

今回、軽空母で一番の活躍を見せたのは、大和たち坊ノ岬組を航空援護し、激しい空襲を跳ね除けた飛鷹。

その飛鷹は先日、大和たちの温泉行きに同行していたので、軽空母組の希望を決めるのを呑兵衛組に委ねてしまったらしい。

 

まあ、隼鷹もハワイ攻略部隊の航空援護、千歳も第二次AL作戦での敵戦力の牽制に役立ってくれたから、十分に希望を出す資格はあるし……。

 

「鳳翔さんと龍驤はそれでいいの?」

「私はお留守番していただけですから」

「ウチも留守番やからなぁ。祥鳳や瑞鳳も食堂の晩酌セットはよく頼んどるし、ええんやないか?」

 

 

というわけで、今日は食堂で晩酌です。

 

木造で天井が高く、昭和で時間がストップした学生食堂か、あるいは鄙びた観光地の食事処兼お土産物屋っていう風情の、ここの艦娘寮の大食堂。

 

あくまでも食堂としての建前を崩さず、酒の肴はあまり作らない間宮だが、頼めば酒に合うつまみメニューだけを、まとめて出してもくれる。

ただし、それらは全て食堂で出すメニューの付け合せや、残りものを流用しているところに、居酒屋『鳳翔』との差別化とポリシーが感じられる。

 

最初に出てきたのは、そら豆の醬油煮の小皿と、鶏皮煮込みの小鉢。

 

昼の食堂メニューにあった「そら豆の炊き込みご飯」や「若鶏とパプリカのクリームシチュー」からの流用だろう。

そら豆の醤油煮からはニンニクの香りがするし、鶏皮の煮込みは生姜の効いた甘辛いタレで煮込んであるらしく、つまみ向けに一手間加えてくれているのが嬉しい。

 

栓を開けたビールの大瓶と冷やしたグラスが人数分、そして「下町のナポレオン」こと、麦焼酎いいちこの一升瓶と氷がついてくる。

 

ただし、それ以上のお酒の追加注文は1人3杯まで(セットを頼まず単品でも5杯まで)と制限が厳しい。

晩酌以上に腰を据えて飲みたいのならば、鳳翔さんの居酒屋や自室で飲め、というのが間宮の方針だ。

 

続けて、今日は串焼きが3本ずつ、いずれも塩で出てきた。

 

「やった! あたし、これ大好きなんだー」

 

すぐに千代田が手に取ったのは、ぼんじり(ぼんぼち、さんかく、などと呼ぶ地方も)。

鶏の尻尾の付け根のお尻の部分の肉で、ぷりぷりした食感と噛みしめるとジュワッと出てくる脂がたまらない。

 

毎日、丸ごと何十羽も鶏を仕入れているここの鎮守府では、ぼんじりは希少というほどの珍しい部位ではないが、骨から外したり脂壷と呼ばれる脂の分泌器官を切り落とす下処理に手間がかかり、単品としてメニューに載ることはない。

 

こういう嬉しい遭遇があるのも、晩酌セットの人気の秘密だ。

 

「あたしはこれ。コリコリがいいのよ」

 

瑞鳳が手に取ったのは、ナンコツ。

瑞鳳の言うとおり、絶妙の火加減で焼いたナンコツは歯応え最高だ。

 

焼き鳥などに使われるのは、鶏の胸骨の下方にある、ヤゲン軟骨という部分。

漢方薬などを混ぜる際に使う薬研(やげん)(時代劇なんかで薬をゴリゴリやってるアレ)に形が似ていることからそう呼ばれているが、現代ならアブローラー軟骨とでも呼ぶべきだろうか……。

 

「あたしはハツが好きなんです」

 

祥鳳が手に取ったのは、ハツこと心臓(ココロ、などと呼ぶ地方も)。

心臓の部位と聞くと多少グロテスクに感じる人もいるかもしれないが、ジューシーな旨味が詰まったB級グルメの王道だ。

 

ちなみに、間宮は(ハツモトと呼ばれるハツとレバー(肝臓)をつなぐ部位も加えて)丁寧に血管を除き、ハツとともに湯引きの下処理をして串に刺してくれている。

その手間がないと、臭みばかり感じるハツ焼きが出来上がるので、ハツの味と値段でその焼き鳥屋の良心が測れると言っても過言ではない。

 

「いや~、こりゃ酒がすすむねぇ」

「もう、隼鷹……みっともないわよ!」

 

飛鷹にたしなめられている隼鷹はと見れば、3本の串を一口ずつ順に食べ、その度に焼酎をグビグビとあおっている。

 

「そんなピッチで飲んだら、すぐお酒が頼めなくなっちゃうよ」

「ええ~、今日は"イッパイ"飲んでいいんでしょお?」

「提督、ありがとうございます」

 

隼鷹の企みに気付いて止めにかかったが、すかさず千歳に抱きつかれて動きを封じられてしまう。

 

「間宮さーん、今日は提督のお許しで無制限でボトル追加ねー!」

「牛筋カレーのライス抜き5つと、焼きサバ定食とミックスフライ定食のご飯味噌汁抜き5つずつお願いしまーす」

「ちょっと、千歳姉!?」

 

「ポーラもニシキスイセーンを飛ばしたから、ほとんど軽空母ですよね!? ワインを赤と白で注文ですぅ」

「んっふふ~、水上戦闘機ならイヨも(提督の誤采配で)飛ばしたから軽空母だもんね。前から食堂のおかずをつまみに好きなだけ飲みたかったんだー♪」

「あ…イヨちゃん……迷惑かけちゃ……」

 

こうして一部の自称軽空母な呑兵衛たちまで勝手に加わり、晩酌とは名ばかりの宴会が始まり……。

 

提督は後で間宮に謝るのが大変でした。




2019春イベ、残り20時間を切りましたね。

目標達成の方はお疲れ様でした。
「まだだ!まだ終わらんよ!」という方は応援してますので最後まで頑張ってください!


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択捉とオイルサーディン丼

雨が降ったり降らなかったり、何かと鬱陶しい梅雨の時期。

 

それでも熟した梅で梅干しや梅酒を作ったり、みんなで恒例のてるてる坊主を作ってみたり、雨の合間に鳳翔さんの洗濯物干しを手伝ったり。

梅雨ならではの楽しみもある。

 

さて、新調してもらった梅雨対応艤装で帰投した、海防艦娘の択捉(えとろふ)ちゃん。

随伴には同じく海防艦娘の八丈と石垣、監督役に軽巡洋艦娘の龍田お姉さん。

 

「龍田さん、ありがとうございました!」

「択捉ちゃん、見事なMVPだったわよ。特にソ級を一撃で仕留めたのは立派よぉ」

 

工廠に戻り、借り物のGFCS Mk.37レーダーを外しながら、お礼を言う択捉を龍田が褒める。

 

照れる択捉に、海防艦娘の佐渡と松輪が近づいてきた。

 

「えと、その顔はMVPみたいだなっ」

「択捉ちゃん……おめでとう」

 

近海の対潜哨戒でMVPをとりキラキラした海防艦娘たちで、海峡警備行動に出かけるのが最近の鎮守府の定番遠征。

先に失ったバケツの回復が急務なのだ。

 

「司令がお昼御馳走してくれるってさ、はちといしも早く来いよっ」

 

佐渡に手を引っ張られるように工廠を出ようとして……。

龍田にもう一度ペコリと頭を下げる、律儀な択捉だった。

 

 

お米が炊ける良い匂いが溢れる鎮守府庁舎のキッチンでは、エプロン姿の提督が海防艦娘たちを待っている。

 

今日のメニューは、マイワシのオイルサーディン丼。

 

曙たちが大量に釣ってきた肉厚なイワシを手開きにして骨をとり、塩水に浸した後、良質のひまわり油と、鎮守府の畑でとれた赤唐辛子、ニンニク、ローリエ、タイム、粒コショウとともに、じっくりじんわりと遠い弱火にかけた、自家製オイルサーディン。

 

ただでさえバカみたいに美味いこのオイルサーディンをですね、熱々の炊き立てご飯にかけるわけです。

 

後は、酒を少し足した醤油をタラタラッと回しかけ、小口切りにした万能ねぎをちらすだけ。

 

この時期のイワシは入梅イワシと呼ばれ、とにかく身に脂がのっていて美味しい。

 

食堂の地下では、間宮と鳳翔さんとゴトランド、イタリア艦娘たちなどが競ってオイルサーディンの缶詰量産体制に入っている。

 

イワシの種類や骨の有無、塩加減、オイルの種類などで、艦娘によって様々なオイルサーディンが出来上がるが、例えるなら間宮のは万人に愛される安心のマルハニチロ、鳳翔さんのは豪華で上品な天の橋立、イタリア艦娘たちのは地中海風な味わいがワインに合うK&Kフーズ缶つま……という具合だ。

 

それはいいのだが、着任から1年せずに世界の名門キングオスカー風のオイルサーディン缶詰の量産に着手してるゴトランドの適応力に驚かされる。

 

海防艦娘(こども)たちが喜んでガツガツとオイルサーディン丼を食べる姿を想像して微笑みながら、提督は窓際につるされたてるてる坊主をつつくのだった。

 

 

鎮守府庁舎に入ろうと雨傘をたたもうとする択捉に、入れ違いに出て行こうとする春風がふと声をかけた。

 

「択捉さんの傘、とても可愛いらしい飾りがついているんですね」

「え、あ……はい」

 

確かに択捉の傘には、択捉ともう一人……誰かを模したてるてる坊主が吊り下げられている。

 

「梅雨は苦手な方が多いですけれど、私は……好き。傘が似合うこの季節、大好きなんです」

 

そう言って微笑むと、和傘をさして雨に煙る屋外へと歩いていこうとする春風。

 

その背中に、恥ずかしそうに、小さな声で択捉が告げる。

 

「あの……これ、司令とご一緒に手作りしたんです」

「あら、あなたも大好きなのね」

 

春風の言葉に、択捉の顔が赤くなる。

 

うっとうしい梅雨でも、毎日が楽しい仲良し家族の鎮守府です。




提督版に近い味を再現するなら、ローソンストア100で売っているオイルサーディンでお試しください。
料理酒と醤油を米1合に対して大さじ1ずつ目安の量混ぜ合わせてかけ、万能ねぎか乾燥ねぎをちらしてください。


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海の家の塩焼きそば

連日の雨にも切れ目が見えてきて、晴れた日には初夏の陽光がまぶしい。

 

鎮守府のプライベートビーチも海開き。

 

プライベートビーチと言うと聞こえはいいが、実際は切り立った岩肌に沿って続く、長さ300メートルほどの玉砂利の浜と、干潮時に姿を現す平らな磯場。

 

水温はまだ冷たいが、水着姿の駆逐艦娘や海防艦娘たちが、元気に海に走り込んでいく。

 

海に向かって回廊のように突き出した磯場の先端は巨大なエリンギ茸のように隆起していて、その隆起の上にある数本の松の木と、航行祈願のために建てられた赤い鳥居。

その先には長年の波浪に削られて沖に取り残された岩礁があるが、すでに軽巡洋艦娘の威信をかけて長良と神通がどちらが先に着くかのクロール合戦を繰り広げている。

 

 

一方、海の家を建てている戦艦娘たち。

裏山で伐採・乾燥させた木材が大量にあるので、建築資材には困らない。

 

低速戦艦組が手慣れた手つきで柱と梁を組み上げ、そこに登った高速戦艦組がトタンの屋根材を張っていくと、あっという間にそれらしい形が出来上がった。

 

設備もけっこう充実。

 

ボイラー技士免許を持つビスマルクは、石油給湯器式の温水シャワー室を施設。

アイオワが厨房に鉄板とバーベキューコンロを設置し、イタリアとローマもピザ窯を組んだ。

給水装置工事主任技術者(要実務経験3年)を目指しているウォースパイトが水回りを、電気工事士の資格を取ったリシュリューが電気設備を整備した。

 

「コロラド、丸ノコでそこの板材を6枚、長さ1200に揃えておいてくれ」

「え……ナガト、Marunoko? What?」

「そこにあるCIRCULAR SAWのことよ。え、無理……?」

 

テーブル用の木材に墨付けしながら無造作に出した長門の注文に、見学していたコロラドが目を白黒させる。

リヤカーでビールサーバーとかき氷機を運んでいたネルソンが、助け舟にと丸ノコを英語訳してあげるが、そういう問題ではない。

 

「ガンビーじゃあるまいし、こんなことも出来なくちゃBIG7失格よ」

「まあ誰でも最初は素人だしな……よし、日向師匠に一から仕込んでもらおう」

「Why!?」

 

仕事内容は先輩がOJTでしっかり指導。

各種資格取得支援制度ありの働きやすい鎮守府です。

 

 

「提督、水着に着替えるから、覗かないでね!」

「覗かないでよ?」

 

海の家の更衣室で着替えをしようとする風雲と朝雲に言われ、そんな「押すな押すな」みたいに言われたら絶対に覗くに決まっているので、ビール片手に「うんうん」と生返事するポロシャツにショートパンツ姿の提督。

 

そういえば、今年は冷夏とか言いつつ暑いじゃないか!という文句を最近よく聞くが、気象庁のいう冷夏とは「6~8月の平均気温」が平年より-0.5℃以下(東日本地域の場合)になることなので、これからどんなに暑くなろうと6月、7月前半の気温がグンと下がっていた今年は文句なく冷夏なのだそうだ。

 

更衣室を覗いて怒られた(風雲と朝雲ってば大人げなく妙高にチクるんだもん)後、提督はそんなウンチクを語りながら、鉄板で塩焼きそばを作っていた。

 

目の前の海で採れた新鮮なホタテとイカをバターで焼き、鎮守府の畑で収穫したばかりのニンジン、タマネギ、ピーマンをたっぷりと炒める。

 

鶏ガラスープをかけて麺を蒸し焼きにし、岩塩と胡椒を振って具材と混ぜ炒めると、ジュウジュウという鉄板の音色に合わせて、食欲をそそる芳香が立ち昇っていく。

 

ここで刻んだ青ネギを投入し、とどめにゴマ油を回しかける。

 

塩気とネギの風味が魚介の旨味にベストマッチな、自慢の塩焼きそばの完成。

海から上がってきた艦娘たちを手招きする。

 

冷えた身体を温める、熱々のできたて焼きそば。

これがたまらない。

 

お次はサザエを壺焼きにして、トウモロコシも焼いて、よーし提督フランクフルトも焼いちゃうぞー。

 

高く青い空に真っ白な入道雲、ねりねりと動く深海浮輪さんたち。

大和がラムネを配り、重巡洋艦娘たちはスイカ割りの準備中。

 

いつもの夏がやって来ました。



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夏の盛りの朝カレー

鎮守府の朝は早い。

夏暁(なつあけ)の中、艦娘たちが畑や釣りに向かい、厨房からは煙が昇り始める。

 

田舎なので夜やることもなく、早寝早起きが習慣づいている(一部のノンベーズや夜戦狂を除く)艦娘たち。

だが、提督は重婚者の務めとして、寝室海域での夜戦がすごく大変(昨夜も「航空母艦11、戦艦2、巡洋艦3、巡洋艦もしくは駆逐艦1」という大本営発表のような撃破数だった)なので、グダグダと寝ていたい派だ。

 

しかし今日は、駆逐艦娘たちの朝のラジオ体操に付き合う約束をしていたので、島風に「おっそーい!」と容赦なく叩き起こされてしまった。

 

ラジオ体操は6時半から。

朝っぱらだというのに、元気にはしゃいで港に向かう駆逐艦や海防艦たち。

 

「苦手な夏だけど、やっぱり朝はいいわねぇ♪ 松風、朝から全開でいくわよ!」

「分かった、分かったから姉貴引っ張るなって!」

 

「ハチ、皆勤賞なんだよ。えへっ、提督ぅ、褒めてくれちゃっても、いいんじゃない?」

「この石垣も皆勤賞です。頑張ります…見ていて……ください…」

 

出席カードに1日1回押してもらえるスタンプを7個溜めれば、間宮アイスがもらえるので子供たちの出席率は非常に高い(当番や畑仕事で参加できなかった子は、8時40分からの再放送回で押してもらえます)。

 

すでに隣の漁港も稼働しているので「うるさい」とクレームを入れてくるような近隣住民も、この田舎の漁師町には存在しない(海鳥たちはピアノの音色に反応するのか、甲高い鳴き声をあげて大騒ぎを始めるが)。

 

「提督、チンタラやってんじゃねえぞ? チビたちも見てんだからな」

「司令官、さっきから五十鈴や名取の胸ばっかりジロジロ……ちゃんと真面目に体操してよねっ!」

 

お付き合い程度にダラダラと体操していたら、天龍と長良に怒られちゃいました。

 

で、ラジオ体操って真剣にやってみると、けっこういい運動で汗ばみますよね。

 

特に提督は汗っかきだし、昨夜の大激戦もあったので、朝風呂に入ることを考えたが……。

大食堂から漂ってくる香りに、どうせまたすぐに汗をかくと思いなおし、風呂は後回しにすることにした。

 

そう、この匂いは朝カレーです!

 

 

裏ごししたペースト状のトマトの酸味と、バターの濃厚なコクの見事な調和。

ニンニクと生姜の風味に、甘いシナモンの香りが食欲を呼び覚ますインド風トマトスープ。

みじん切りにした玉ねぎや、ニンジン、ナス、ピーマン、ズッキーニなどの夏野菜もたっぷり入って超ヘルシー。

 

「このスープにチャイを合わせると、インド洋にいた時のことを思い出すわね」

「うーん、これは冷えた白ワインも欲しく……あ、いや、何でもないですよ、ザラ姉様」

「ピーマンがいっぱい。ふぅん…、ふふふ。大東ちゃん……よけちゃダメ」

 

こってり濃厚で、全身が活性化するようなスパイシーさの、真っ赤なチキンカレー。

一見すると具はゴロッとした鶏肉だけに見えるが、強めの火加減で揚げるように炒めたフライドオニオンと、ヨーグルト、香菜、赤と青の唐辛子をミキサーにかけたソースが入っているのが、このカレーのミソ。

 

「これは全身の毛穴が開くニャー!」

「ぢくまー、ぢぐまーっ!」

「あ、長門……ほら、ハンカチ」

 

もう一つはインドの国民的カレー「ダルタドカ」。

ほこほこに煮た二種類の「ダル(豆)」をたっぷり使い、完成直前に熱々のスパイスとバターを加える北インドの調理法「タドカ」で香りを存分に引き出した、優しくまろやかな味の黄色いカレーだ。

 

「こっちは、そんなに辛くないっぽい?」

「でも香辛料とニンニクがしっかり効いてて、じんわり汗ばむ……って、雲龍姉! 脱いじゃダメだって!」

 

これらを交互に、全粒粉と塩と水で作る発酵させないシンプルな生地を、鉄板で薄焼きにしたチャパティにつけて食べる。

つけ合わせには、さっぱりとしたゴーヤのアチャール(インド風漬物)。

 

何で今日は朝からこんなに手の込んだ朝食を……と考え、今日が8月15日だったことに思い当たった。

 

熱さと辛さにワイワイ騒ぎながら、朝から汗をかきかきカレーを楽しむ。

終戦記念日の暗いムードにならないようにと、間宮なりの気遣いなのだろう。

 

「ほっぽちゃん、ラジオ体操のスタンプ何個溜まったの?」

「じゃあ、3時にみんなでアイスもらいに行くのですっ♪」

 

「コロラド、タ級と車を出すから欧州バカンス用の服を買いに行かない? 」

「Thanks. リシュリュー、助かるわ」

 

平和な時間に感謝しながら、美味しくカレーをいただく。

 

あー、でも汗だく。

この後、山風と潜水新棲姫を連れて朝風呂に行こうっと。



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睦月と如月とメンコロ定食

艦娘寮の本館1階、『休憩室』の看板がかけられた五十畳の大広間。

窓辺では風鈴が涼しげな音色を奏で、常滑(とこなめ)焼の豚さんの口からは蚊取り線香の煙が上がっている。

 

夏恒例の「欧州方面作戦」を控えて、ほとんど出撃をしていないこの鎮守府。

多くの艦娘たちが暇を持て余し、艤装や釣り具の手の手入れをしたり、読書や裁縫を楽しんだり、ボードゲームに興じているのに交じり……。

 

涼し気な白い麻のシャツに、インディゴのハーフパンツ。

夏休み中の学生のような格好で熱心にカードを並べている提督と、それを覗き込む駆逐艦娘の睦月と如月がいた。

 

横須賀で開かれている提督会議を「暑いから行きたくない」と言って、仮病で欠席した提督。

それで遊んでいても、横須賀提督などの女性提督たちと会わないことの方が艦娘たちには嬉しいらしく、今日は不思議と叱られずに済んでいるのだ。

 

「まず最初のターンは平地から白1マナ、《幸運な野良猫》か《癒し手の鷹》を出して、絆魂(はんこん)でライフゲインできる体制を作るんだ」

 

提督がドヤ顔で説明しているのは、毎度おなじみのカードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」のデッキ。

何やら『猫エンジェルズ』という名の怪しげなデッキを組み上げたらしい。

 

「《幸運な野良猫》の絵が可愛かったから、何かその能力を活かせるデッキをと思ってね」

 

ちなみに《幸運な野良猫》と《癒し手の鷹》は1マナで召喚できるが、パワー1、タフネス1の弱いクリーチャー。

ただし絆魂という能力持ちで、相手に与えたダメージと同じポイントだけプレイヤーのライフを回復させられる。

 

さらに《幸運な野良猫》は戦場に出る匹数が増えるとパワーとタフネスが+1/+1されて(ほんのちょっとだけ)強くなるし、《癒し手の鷹》は飛行の能力もあって攻撃をブロックされにくいという特徴がある。

 

「次に、2マナで《アジャニの群れ仲間》。素では2/2で何てことないクリーチャーだけど、すぐに大きくできる。《磨かれたやせ地》や《アジャニの歓迎》、《奨励》とも相性がいいでしょう?」

「巨大ニャンコの爆誕にゃしい!」

 

《アジャニの群れ仲間》(猫というよりライオン獣人なクリーチャー)の「あなたがライフを得るたび、あなたはアジャニの群れ仲間の上に+1/+1カウンターを1個置く。」という能力が鍵。

猫と鷹のライフ回復や、出したターンにはすぐマナを出せないがライフが1点回復する土地《磨かれたやせ地》、新たにクリーチャーが出るたびライフが1点回復するエンチャント魔法《アジャニの歓迎》、1ターンの+2/+2修整にライフ回復が付いたインスタント魔法《奨励》で、強力クリーチャーに育てようというのが狙いなのだ。

 

さらに、1ターンの+2/+2修整に絆魂付与がついたインスタント魔法《勇壮の時》で、《アジャニの群れ仲間》に自家発電させたり、付けたクリーチャーに飛行能力を与えるエンチャント魔法《天使の贈り物》で空飛ぶスーパーニャンコに進化させることも可能だ。

 

「でも、序盤に《アジャニの群れ仲間》が引けなかったらどうするの?」

 

如月の指摘に、提督の顔が一瞬引きつる。

 

ルールでは、デッキは最低60枚のカードで構成される。

その中に基本の土地以外のカードは、同じカードを4枚までしか入れることができない。

 

キーカードである《アジャニの群れ仲間》は当然4枚差しするが、その内1枚を最初の手札を含めて5ターン目までに引ける確率は60%程度。

リアル運命力の低い提督にとって、そんなの外すことは稀によくある。

 

「む、《群れの力、アジャニ》も2枚入ってるから……」

 

黄金のたてがみを持つイケメンの獣人、プレインズウォーカー(MTGの世界の魔法使い)である《群れの力、アジャニ》。

4マナという比較的低コストで召喚でき、《アジャニの群れ仲間》のトークン(カードではないが、同等の能力を持ったコピー)を呼び出す能力を持っているので、5ターン目までに間に合う確率は75%程度にアップするというのが、提督の震え声での言い訳だ。

 

まあ、75%でも外す時は外すんですが……。

 

「それと《アジャニの群れ仲間》は除去耐性が低いのが心配かにゃ?」

「そっ、それには保険として、戦場にいるとライフゲインが+1レートになる上に、ライフが25以上だと+2/+2の修正を受けられる《生命力の天使》を4枚と、《セラの天使》2枚に《セラの守護者》2枚、《軍勢の光》2枚の天使軍団と、天使が出るとライフが4回復する《翼の司教》を3枚入れてあるから、ライフの削り合いに持ち込めば飛行クロックと総ライフ量でこっちの勝ちだし……」

 

睦月に指摘され、焦った早口で弁明する提督。

要するに、アジャニをデカニャンコにできない展開だったら、ブロックされにくい飛行がついた天使たちで相手を囲んで殴るプランBがあり、だからデッキ名が『猫エンジェルズ』なのだが……。

 

「3マナで出せてライフ回復と相性がいい《生命力の天使》や、6マナでも教導(自分より弱いクリーチャーを+1/+1できる)の能力がある《軍勢の光》はいいとして、《セラの守護者》の6マナは重すぎないかしら?」

「うーん……じゃあ《セラの守護者》を《敬慕されるロクソドン》に代えて、招集で+1/+1カウンターを配るのも……お、これなら《天使の贈り物》でフライング象さんにも出来るから手札が腐らなそうだし、《セラの天使》も教導持ちの《ベナリアの軍司令》に代えて……」

 

「もう一つ勝ち筋が欲しいわよねぇ。あっ、この《ロクソドンの生命詠み》のタップ能力を見てよ!」

「なになに……ターン終了時まで、ロクソドンの生命詠みは+X/+Xの修整を受ける。Xは、あなたのライフ総量に等しい……これは《軍勢の光》なんか入れてる場合じゃないぞ!」

「でしょでしょ、すぐに+30/+30ぐらいの、おっきな象さんが生えちゃうわよ♪」

 

デッキを修正して盛り上がる提督と如月だが、横で心配そうに睦月が呟いた。

 

「だんだん、デッキから天使さんたちの要素が薄く……」

 

「他に白のライフ回復があるカードなら、《情熱的な扇動者》と《軍団の上陸》なんかどうかしらぁ?」

「それは噛み合いそうだね。うん、2枚ずつ入れたいなぁ……そしたら代わりに抜くのは……」

 

《情熱的な扇動者》は2マナ2/2、さらに新たにクリーチャーが出るたびライフを1点回復させる能力持ち。

《軍団の上陸》はたった1マナで戦場に出せ、登場時に絆魂を持つ1/1の吸血鬼・クリーチャー・トークンを呼び出す。

 

さらにクリーチャーが3体以上で攻撃したとき、《軍団の上陸》は《一番砦、アダント》という土地へと変身し、この土地に3マナを注ぐことで何回でも絆魂持ちの1/1トークンを生産できるから……。

さすがに気付いたのか、提督と如月が顔を見合わせる。

 

「どう見てもいらなくなるのは、4枚の《幸運な野良猫》かにゃ」

 

諦めたように、睦月が告げるのだった。

 

デッキに修正を加えていったら、最初のコンセプトカードが抜けた……すごくよくあると思います!

 

 

カードを仕舞い、食堂に向かった提督たちが頼んだのは、今日のおすすめランチ「メンコロ定食」。

 

きゅうりのお新香にピリッと辛い高菜漬け、オクラのおひたし、茄子と豆腐の味噌汁、大盛りの丼ご飯。

メインを飾るのは、たっぷりの千切りキャベツに乗っかった、大きな大きなメンチとコロッケ。

 

「おぉー、このぶ厚いコロッケ! 睦月、感激ぃ!」

 

そう、メンチとコロッケのセットで「メンコロ」なのだ。

 

定食を運んできてくれた時の間宮の一言「まずは一口そのままのお味でどうぞ」に従い、ソースをかけずにコロッケをパクリ。

 

揚げたて熱々のサックリした香ばしい衣の中から、ホクホクゴロゴロのジャガイモの素朴な甘みと、上品な牛肉の旨味が口いっぱいに広がってくる。

 

食堂では大量の牛肉を塊で仕入れているが、他の料理用の肉を切り分ける際に出た細かい切り落としや、そのままでは固いスネ肉などの部分は、こうして挽き肉にされてメンチやコロッケなどに利用される。

当然、余分な部分の挽き肉といえど新鮮なものだし、その肉質は折り紙つき。

 

そして、間宮がメンコロを選ぶ以上、今日はジャガイモと玉ねぎの品質にも自信があるのだろうし、塩コショウの加減も絶妙で、ご飯のおかずにピッタリの濃さ。

うん、これはソースは最後までいらないかもしれない。

 

 

続けて握りこぶしのようなメンチに箸を突き立てると……。

 

「や~ん、溢れちゃう」

 

たっぷり詰まったキメが細かい牛挽き肉の一粒一粒から肉汁がジュワッと溢れ出し、ザクザクと刻み込まれている玉ねぎが濡れ輝いていた。

 

そのまま口に運んで、いざ実食。

ふわとろに口の中で溶けゆく凝縮された牛の旨味と、シャキッとした噛み心地と強い甘みで、力強く肉を引き立てている玉ねぎ。

ジャガイモの優しい旨さを、肉が控えめに引き立てていたコロッケとは、また違った関係だ。

 

これだけでも抜群に美味いが……。

 

さらに、肉汁に混ぜ合わせるようにソースを垂らしてみると、肉汁とソースと衣の油が溶け合って強烈なシナジー効果を生み出してくる。

ご飯がバクバクすすんで仕方がない。

そして、口の中が油っぽくなったら、お新香やキャベツの力で口をさっぱりさせ、新たな気持ちでメンコロを頬張ると、またエンドレスで食べ続けられる。

 

1+1+1が5にも10にも化ける、「マジック:ザ・ギャザリング」の名デッキのようだ。

 

「そういえば司令官。メンコロで思いついたんだけど、デッキのキーカードに、似て非なるものを組み合わせてみるのも面白いと思わない?」

「ん? キーカードっていうと《アジャニの群れ仲間》かい?」

「黒には、《血に飢えた曲芸師》がいるじゃない」

 

《血に飢えた曲芸師》は「あなたがライフを得るたび、血に飢えた曲芸師の上に+1/+1カウンターを1個置く。」という点で《アジャニの群れ仲間》と似通ったカード。

黒の2マナを含む3マナがかかるが、素の能力が2/3で飛行まで持っている。

 

「《凶月の吸血鬼》も入れたりして、猫と美女たちデッキも作ってみない?」

 

これは午後も忙しくなりそうです。



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キスとナスの夏天丼

つまりはそういうことだ。
人生は地獄だというのに、天どんを食えばうまい。

           『満腹どんぶりアンソロジー お~い、丼』 (ちくま文庫)より


爽やかな朝日に照らされる盤洲(ばんず)干潟。

千葉県木更津市小櫃(おびつ)川の河口一帯に広がる、東京湾最大の干潟。

 

数年前に深海棲艦の砲撃で破壊されたアクアラインの残骸を日除けにしながら、その盤洲干潟の海浜公園沖で竿を繰り出す四人の艦娘がいた。

 

兵站強化任務の遠征に来ている、羽織袴姿の駆逐艦娘・神風と、占守、八丈、石垣の海防艦娘たち。

兵站強化任務は、横須賀や佐世保などの主要港湾施設の強化に協力するという、比較的時間がかかる割りに報酬の低い、いわゆる美味しくない遠征。

 

しかし、ここ東京湾は60もの河川と太平洋からの海流が作り出す、江戸前の豊かな海。

そこで釣りができる、文字通り「美味しい任務」として、ごく一部の鎮守府では人気があるのだ。

 

北の辺境の地元にはヒラメやカレイがバンバン連れて、「幻の魚」などと言われるアイナメも堤防から狙えるような魚の宝庫の素晴らしい湾が広がる。

が、逆に地元ではほとんど釣れない魚もいる。

 

その一つが、夏の江戸前天ぷらの定番ダネとなるシロギスだ。

 

東京湾ではビギナーでも簡単に釣れ、船釣り入門や親子の夏休みの思い出作りにもピッタリなお手軽ターゲット。

船宿常連のベテランともなれば束(100匹)釣りも夢ではないのだが、地元ではツ抜け(10匹釣り)した阿武隈が「キス名人」と呼ばれるほどに魚影が薄い。

 

今日も提督に「キスを釣ってきて欲しい」とおねだりされ、東京湾にやって来た神風たち。

 

「2時から3時の方向、至近距離、水深6メートルの海底に感あり! ガッキ、ハチ、美味しいのいっぱい釣るっしゅ!」

 

魚群探知機(三式水中探信儀)を操作していた占守の言葉に、狙いをその方角に定める。

 

竿は遠征時の標準装備となりつつある、シマノの『ホリデーパック』。

カバンやバッグに入るほどコンパクトに収納でき、堤防でも船でも小物釣りなら幅広く対応してくれる万能竿だ。

 

海上から15号(55g強)錘のついた片テンビンをチョイと投げ込み、海底をトントンと探れば……途端にククッと小気味のいいアタリがくる。

 

「うん、いいわね。よしっ!」

 

リールを巻いて竿をあげれば、輝く透明感のある美しい魚体がピチピチと跳ね上がってくる。

俗に30cm以上のキスを「ウデタタキ」とか「ヒジタタキ」などと呼ぶが、それに迫る立派なキスだった。

これなら刺身にしてもムニエルにしても、食べ応えがあるだろう。

 

「うーん、でも……司令官が欲しがってるの、こういうのじゃないのよねぇ、多分……」

 

素早く釣れたキスから針を外し、エサのアオイソメを付けなおして再投入する神風。

キスは群れで行動しているので、いったん釣れ始めれば数釣りが期待できる魚だ。

 

「しむ姉、見て! また釣れたよ♪」

「釣れた……みたい」

 

次々とアタリを連発していく手返しの良い神風(練度98)はもちろん、シロギス釣りが初めての八丈や石垣もすぐに2匹、3匹と釣果を増やしていく。

 

「お、外道だけどメゴチっしゅ!」

「それなら司令官も喜んでくれるわね」

 

釣りに熱中する艦娘たちを、ひしゃげたアクアラインの街路灯からカモメたちが見守っていた。

 

 

同じ頃、提督は朝風、春風、松風、旗風の神風型姉妹と国後(全員エンジ色のジャージ着用、手には軍手)を連れて、鎮守府の畑に来ていた。

 

冬には茶色の土だけが広がっていた閑散とした一画が、今は幾重にも生い茂る緑のカーテンに覆われていた。

畑の中には驚くほどに涼しい風がそよいでいる。

 

「よーし、それじゃあナスを収穫するよ」

 

支柱に沿って伸びたナスの株に近づき、枝を一本一本確かめながら、食べ頃の実を藤原産業株式会社の「千吉 キャッチ付園芸鋏」で(ざる)に収穫しながら、枝葉に手を入れていく提督たち。

 

ナスは収穫時期がとても長く、適切な剪定と追肥で株を元気に保ってやれば、毎日収穫が楽しめる。

 

ナスは、1本の枝に2つ花がついてたら、その先の葉を1枚だけ残して先っぽは切ってしまい、栄養を分散させないようにする(摘芯という)。

その花がナスの実となり、食べ頃になったら収穫し、根元に近い葉2枚とわき芽を残して枝は切ってしまう(整枝という)。

すると、わき芽から新しい枝が伸びてきて花が咲き、またナスの実がなるのだ。

 

ちなみに「親の意見と茄子(なすび)の花は千に一つも(あだ)はない」ということわざがある。

 

茄子の花が咲けば必ず実をつけるように、親の意見もすべて子のためになって無駄がないということだが……。

ところが実際のナスの花は、けっこう実をつけないまま落ちることも多いので、実がなりそうにない枝は栄養の無駄にならないように早めに切り落とした方がいい。

 

余分な葉っぱをパチン、紫色が美しく、皮の張った弾力のある実を選んでパチン、収穫の終わった枝や実をつけそうにない枝をパチン。

しばらく辺りにパチンパチンと鋏の音が鳴り続ける。

 

「あ、ボケナス」

 

旗風の言葉に一瞬、自分の悪口かとビクリとした提督。

だが、すぐに本当に「ボケナス」を見つけたのだと気づいてホッとした。

 

収穫が遅れて、皮に張り艶がなくなった食べ頃を過ぎたナスのことだが、そのまま放っておくと種を成長させるために株の栄養を使ってしまうので、切り落として捨てなければならない。

 

昼が近づいてくると、太陽の光に焼けるような草の匂いが漂い、気温が一気に上がってきた。

ナスにはトゲがあるので、収穫時は夏でも長袖に軍手が欠かせないので、こうなると汗が噴き出してくる。

 

「ふー、暑い」

「司令官様、汗をお拭きしますね」

「ちょっと待っててください。お茶を淹れて、冷やしておいたんです」

 

「ボクは姉貴の汗を拭いてあげるよ」

「オデコに触るんじゃないわよっ! やーめーてーよー!」

 

汗びっしょりになりながら、収穫に勤しんだ提督たち。

 

「もうすぐ神風たちも帰ってくるだろうし、帰ってお風呂入ろう」

 

軽トラの荷台に春風たちと大量のナスを載せ、提督は鎮守府へと戻っていくのだった。

 

 

お風呂に入ってさっぱりしたら、Tシャツとジーンズに着替え(本日の執務終了のお知らせ)、ウキウキしながら食堂へ。

 

神風たちが釣ってきてくれたキスとメゴチに、とれたての新鮮なナス。

そして、南西諸島離島防衛作戦のついでに現地で仕入れてもらった沖縄県久米島のマキ(10cm台前半の車海老)に、収穫から半月かけて追熟させたカボチャ。

 

提督はもう、朝から食堂で天丼を食べると心に決めていたのだ。

 

そう、食堂の天丼。

鳳翔さんに頼めば、銀座か日本橋あたりの名店のように、目の前で一品ずつ上品で繊細な天ぷらを揚げてくれるが……。

食堂で間宮が揚げてくれる天ぷらは、学生街で長年愛された天丼屋さんのような庶民派の味で、別ベクトルでまた絶品なのだ。

 

大きめの丼に水少な目でパラリと炊いたご飯をたっぷりと盛り、揚げたての具材を豪快に盛り付けて、辛く濃いタレを控えめに注ぎかける。

タレを浴びた熱々の天ぷらからジュワッと油が爆ぜる音がし、胡麻油の香ばしさがプーンと一気に漂う、あの感動の瞬間。

 

ボリューム満点の天丼の手にズシリとくる重みも、食欲を大いに昂らせてくれる。

 

財布には1000円ぐらいしかなくても、古本を買って天丼を食べられれば、それで天国気分だった学生時代を思い出し、おっさん提督は少し感傷的な気分になるのだった(なお、今でも財布の中身は寂しい模様)。

 

決してサクサクの極上の揚げ具合ではなく、カラッと揚げられた厚めの衣に黒いタレが染みた、ともすれば野暮ったい昭和の匂いがする天ぷら。

だが、それがいい。

 

ふわっふわで淡雪のような繊細なキスに、同じ白身でも旨味が凝縮したメゴチ、プリップリのみずみずしいマキ(10cm以下のサイマキは天ぷら単品で食べるにはいいが天丼にするとちと寂しいし、20cmを超えるような大物車海老では出しゃばり過ぎるので、天丼にはマキかブラックタイガーこそ最適だと信じている)、ジューシーにとろけるナス、ホクホクのカボチャ。

 

それぞれの素材の旨さを堪能しながらも、気取りなく、しじみの味噌汁と柴漬けをお供に、ご飯と一緒にバクバクと素早くかっこんで食べるのが正しい流儀。

 

天丼の美味さは天ぷらとタレと白飯の調和にこそある。

決して甘ったるくないキレ味のある濃いタレが、ビシャビシャにしない程度に白米の上にまだら模様を作っているのが最高だ。

 

最後は海苔の天ぷらで、丼に残ったご飯を一粒残さず拭うようにして口の中へと放り込み、揚げ衣と白米が混ざり合う最後の余韻を楽しむ。

そして、少し熱い濃い目の緑茶で締めたら、笑顔で感謝を込めて……。

 

「ごちそうさまでした」

 

 

さあ、お腹は一杯になった。

 

いよいよ【欧州方面反撃作戦】が開始される。

 

我々は夏を諦めたりしない

最後まで遊ぶつもりだ

我々はフランスで遊ぶ

そして数多の海で遊ぶ

自信と力を増して空でも遊ぶ

 

我々はどんなに資源を使おうとこの夏を楽しみきる

我々は海岸でも遊び、我々は上陸地でも遊ぶだろう

野でも遊び、街でも遊び、丘でも遊ぶ

我々は決して退屈しない

 

期間限定作戦前の恒例、夜の大宴会で酔っぱらった提督。

チャーチルの歴史的演説のパロディを披露し、ネルソンにメッチャ怒られたのだった。



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山風となめろう丼

「最初にさぁ、《リックス・マーディの歓楽者》を出したら《略式判決》で殺されて、《火刃の芸術家》を出したら《牢獄領域》で捕まって……」

「うん、うん……」

 

「そっから、《軍勢の戦親分》を出したら《拘留代理人》でタイーホ、《騒乱の落とし子》を出したら《議事会の裁き》で追放されるわ、こっちの火力カードは《否認》で打ち消されるか、《強迫》と《思考消去》で捨てられるし…」

「まぁ、青と黒まで触られてたら、そうなるか……」

 

「何とか合間を縫って出したクリーチャー達も《集団強制》で全部コントロール奪われて逆にこっちが殴られるしさぁ……」

「うん、大変だねぇ」

 

「何とか逆転の道筋は残してたんだけどね、最後は《法ルーンの執行官》でこっちのブロッカーを寝かされて、《絞首された処刑人》に3ターンかけて殴り殺されたのよ!?」

「そうかぁ……」

 

電話の向こうの天草提督の愚痴に、いちいち首を振って相槌を打つ提督。

 

こないだ提督が欠席した東京の会議の際、天草提督は横須賀提督に『マジック:ザ・ギャザリング』の対戦を挑んだ(一流の提督たるもの胸にデッキの一式は忍ばせておくのは嗜みだ)が、何もさせてもらえないまま返り討ちにされたそうだ。

 

物騒な名前のクリーチャーたちを並べて、直接攻撃魔法で一直線に圧殺を狙う天草提督と、それを淡々と権力的な除去魔法で排除して手足をもぎ、最後は丸裸にして嬲り殺しにした横須賀提督。

 

ちなみに最後の《絞首された処刑人》、パワー1/タフネス1の弱いクリーチャーだが、相手が強いクリーチャーを出して防御しようとしても「絞首された処刑人を追放する:クリーチャー1体を対象とし、それを追放する。」という能力で相打ちに持ち込める、いやらしいクリーチャーだ。

 

……うん、実に赤単VS白青(+黒補助)らしい戦いだ。

青と黒は害悪の色、はっきり分かんだね。

 

「ああ、それでね……電話したのは他でもない、ブレスト沖に出す艦隊の編成についてなんだけど……」

 

天草提督のストレスが緩和したのを見計らって、情報収集を開始する辺境提督であった。

 

 

東京霞が関の海軍省・軍令部地下に設けられた、海軍中央情報制御所。

通称、大本営。

 

例のごとく、欧州方面反撃作戦の第二段階を前にして、ここは修羅場となっていた。

 

「後段作戦の投入、同再開放シークエンスにいます……」

 

空調の効いた部屋の中で、脂汗で髪を額に貼り付かせた技師が報告を行う相手。

 

自衛隊のクーデター事件の事後処理の際に士官4万人の処刑を提案し、「万単位の人間を殺すなんて国会や世論が黙っていないだろう」と軍令部総長にたしなめられ、涼しい顔で「では9900人なら?」と聞き返したという噂が、まことしやかに囁かれる横須賀提督。

 

《略式判決》とか《牢獄領域》とか《強迫》とか《集団強制》なんてカードを好んで使う、横須賀提督。

 

そんな横須賀提督の冷ややかな瞳から目を逸らしつつ……。

 

「申し訳ありません。複数のサーバで問題となる現象が確認されたため、再度……」

 

そんな上ずった声の技師の言い訳を手で制して、横須賀提督は澄んだ声を発した。

 

「ある鎮守府では……提督自ら鍬を握って田畑を耕し、艦娘たちも遠征や演習の合間に魚を釣り、自分たちの手で鎮守府を修繕し、乃木大将のごとき晴耕雨読、崇高なる清貧の志をもって、不敗の長期継戦態勢を整えようとしています。彼らの努力に恥じぬよう、我ら中央も……」

 

突然に始まった横須賀提督のありがたい訓示に、周囲の人間は一様、青ざめた顔に微笑を貼り付かせたまま直立不動して傾注する(しかない)のだった。

 

 

さて、その崇高なる清貧の志、言い換えれば「D○EAM CLUB」に入店を許されてもいいぐらい“ピュアな心”を持った辺境提督。

 

休憩室で水着の山風を抱き抱え(漣から「これ絶対入ってるよね」などとからかわれ)ながら、ちゃぶ台に広げたノートにあれこれ編成案を書いては、遅ればせながらの第一段階出撃計画を練っていた。

 

周囲では、レーベ、マックス、マエストラーレ、リベッチオが、ドイツの子供向けすごろくボードゲーム『魅惑の森(原題「ENCHANTED FOREST」)』をやっていたり、最上、ゴトランド、ガリバルディ、タシュケントが、パズル盤ゲームの決定版『ウボンゴ!』をやっていたり(テトリス的なパズルを最初に解けた者がスワヒリ語で脳を意味する「ウボンゴ!」と宣言して報酬の宝石をゲットする)で騒がしい。

 

だが、提督は昔っから、静かな部屋の勉強机の前に座っているような状況が大の苦手で、畳の上のちゃぶ台で生活音に包まれている方が頭がよく回るのだ。

 

「海風と江風は、申し訳ないけどジブラルタルまで温存かなぁ……」

「……別にいいけど」

 

初戦のブレスト沖への出撃に、山風たち二十四駆での先陣を計画していた提督と、それに少しワクワクと期待していた山風だが……。

その次のジブラルタル方面の作戦で、対地能力に優れた艦娘が必要だと天草提督から教えられ、海風と江風を出せなくなってしまったのだ。

 

気にしてない素振りをしながらも、明らかに落ち込んだ表情でポリポリと胡瓜を食べる山風。

 

ちゃぶ台の皿には、串に刺して砂糖と甘酢、塩昆布で味付けされた胡瓜の一本漬けが、氷でキンキンに冷やされて置かれているのだ。

他のちゃぶ台にも、茹でたてのトウモロコシに枝豆、スイカやほおずきトマトなど、畑で採れた自然の幸が贅沢に盛られた皿が置かれている

 

「てやんでぃ! なに、しけたツラしてんだい!」

「じゃっ、じゃ~んっ!! 編成は変わっても、一番乗りは白露型で譲らないかんねっ!」

「この作戦…僕も一緒に行っていいかな?」

 

山風と同じく二十四駆で妹の涼風に、山風の姉である白露型一・二番艦の白露と時雨と……。

もう一人の軽巡洋艦娘が乱入してきた。

 

「那珂ちゃんセンター、一番の見せ場です!」

 

艦隊の斬り込み隊長、那珂ちゃんさん。

 

「提督、山風ちゃん、このメンバーで『リシュリューさんwith四水戦 夏のフランス公演』に向かうからねっ♪」

 

高らかに宣言する那珂ちゃん。

その手がアイドルらしからぬ匂いを発しているのは、さっきまで遠征帰りに三浦沖で釣った魚を捌いていたからだ。

 

「このRichelieuが先陣を切るわ。ナカの言うとおりに編成なさい、Amiral」

「敵の航空戦力が出てきたら、私も出ますね」

 

なぜか喜色満面で那珂ちゃんを推すリシュリューと千歳。

聞けば二人は那珂から、フランスでは「サンピエール」と呼ばれ最高のムニエル素材とされているマトウダイと、マダイの味が落ちる夏場に逆に旬を迎え、煮付けやこぶ締めにすると日本酒によく合う、鯛業界の大関チダイを献上されたそうだ。

 

「僕には何かないの?」

 

拗ねたように言う提督に、那珂ちゃんが少し考えこみ……。

 

「しょうがない、カイワリだけど、これぐらいの型のいいヤツを提督にあげるよ」

 

両手の間の空間を30cm弱に広げて、獲物のサイズを示して見せる那珂ちゃんに、「へへ~っ」と思わず頭を下げる提督。

 

貝割(カイワリ)はアジ科の魚だが、マアジよりも白身魚に近く、身のきめは細かく甘味があり、その刺身は最上級クラスの味わいがある。

 

超余談だが、神奈川の三浦では「カクアジ」と呼ばれることも多い、このカイワリ。

だが、東京湾を挟んだ千葉の房総では「カクアジ」というと沖鯵(オキアジ)のことを指す。

また、このカイワリのことを、福岡や大分、熊本など北九州では「メッキ」と呼ぶことがあるが、関東で「メッキ」といえば一般的にロウニンアジやギンガメアジの幼魚のことをいう。

 

たまに、ネットの掲示板で地方がバラバラだろう人たちが「これ何の魚だろう?」「カクアジ(カイワリ)じゃない?」「カクアジ(オキアジ)とは背びれの形が違う」「メッキ(カイワリ)だね」「いや、メッキ(ギンガメアジ)なわけない」という論争をしているのを見たりすると、アンジャッシュ的な笑いがこみあげてきたりします。

 

それはともかく……。

 

那珂ちゃんからカイワリをもらった提督。

背中にベターッと貼り付いてくる山風を連れたまま台所へ。

 

三枚におろしたのを細かく刻んで、しょうが、ネギ、青じそと、自家製味噌に少しの醤油を加えて、包丁でねばりが出るほどに叩きまくる。

 

それをあったかご飯にのせた、なめろう丼。

 

きっと丼を舐めちゃうほど美味しいに決まっている。

落とした頭や尻尾、中骨は、湯通しして丁寧に洗って、昆布だしの上品な潮汁にしてね。

 

台所から響くトントントンとリズミカルに包丁がまな板を叩く音に、やがて提督と山風の鼻歌が交じり出す。

 

清く貧しく、とても食いしん坊で豊かな時間がここにはあります。



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けしからん夏の地中海料理

現在(2019.09)進行中のイベントの話が少し。
ネタバレや余計な脚色を見たくない方は回避して下さい。


陽光が燦燦と降り注ぐ碧い海に囲まれ、「ザ・ロック」と呼ばれる巨大な石灰岩の一枚岩を背負った小さな半島の港町。

山頂からは海峡を挟んだ先のアフリカ大陸モロッコが望め、絶壁に沿った狭い台地に、パステルで描いたような淡い色彩の美しい町並みが並ぶ。

 

ここは地中海の玄関口、ジブラルタル。

スペインの南端にありながら、スペイン継承戦争の結果300年に渡ってイギリス領となっている、海運の要衝だ。

公用語は英語、通貨はジブラルタルポンド、町中にはイギリスのレストランやスーパーが多くある。

 

そんなジブラルタルに、チャーターしたパーティー客船でやって来た提督たち。

 

横須賀提督から「危険を顧みず最前線に赴き自ら陣頭に立って指揮を執る。その率先垂範の精神、まさに提督の鑑です」などと称賛され、イギリスの航空母艦『クィーン・エリザベス』を海上指揮所として使えるよう手配しようかと申し出を受けたが、丁重にお断りした。

 

だってこれ、ただの家族旅行ですから。

 

 

船が港に着いたら、町中で軽く買い物をしてビーチに。

 

美しい浜辺にビーチパラソルを立て、テーブルやイスを並べてお茶を飲んだり読書をしたり、ゆったり過ごすのが地中海流の大人の海水浴。

 

提督もビーチチェアに寝そべり、カクテルを飲みながら洋書を……なんて自由時間が、この超ジュウコン提督にあるわけなかった。

 

あちこちで艦娘たちにサンオイルを塗り、けしからん水着を褒め、ビーチボールや浮輪をふくらますようお願いされ、砂浜を駆け回る子供たちに飛びつかれ、砂のお城を作るのを手伝わされ、うーちゃんに砂に埋められ、バーベキューの焼き係を務め、迷子になったガンビア・ベイを探し出し、重巡夏姫を岩陰で「ヴェアヴェア」鳴かせ、「モウ……トベナイノ……」などとアンニュイな雰囲気の泊地水鬼にクリームソーダを届け……。

 

そう、もちろん港湾夏姫や集積地棲姫、潜水新棲姫たち深海勢も一緒にバカンス。

 

 

と、何やらビーチバレーをやっている辺りが騒がしくなってきた。

 

本日のメインカード、長門&陸奥VS戦艦夏姫2人。

 

負けたチームは今回の作戦期間中、電探の使用禁止という罰ゲーム付き。

勝って、マジ勝って!

 

「ヤメロヨ……CICニサワルナヨォ!」という集積地棲姫の抗議を無視し、彼女のメッシュ地の水着に手を突っ込んでサンオイルを全身にネッチョリ塗りたくりながら、ビーチバレーを観戦する提督だった。

 

 

夕食は船のパーティー会場に戻り、スペインで仕入れた食材をふんだんに使った地中海料理。

 

余談だが、ジブラルタルは英国面に堕ちているので、食材の買い出しにはスペイン本土まで行く地元民も多いそうだ。

この時、自動車で「国境」を越えようとすると検問所の渋滞に引っかかる(スペインはジブラルタルの返還をイギリスに要求しており、断続的に検問を強化して嫌がらせしたりするらしい)ので、おすすめの越境手段は徒歩とのこと。

 

広い会場にはビュッフェ形式で色とりどりの料理が並んでいる。

 

スペインの串に刺したお手軽前菜ピンチョス。

茹でた芽キャベツと小海老に、バルサミコ酢をかけたもの。

ペコロス(ミニキャベツ)のマリネと、しっとりしたイベリコ豚の生ハムで、蕩けるようなクリームチーズを包んだもの。

ブロッコリーとサラミに、燻香が香るスモークチーズを合わせたもの。

 

「うん、このスモークチーズの美味しいね」

「ソウネ……ワルクナイワ」

「それは、ガリシア州のサン・シモンっていうチーズよ」

 

時雨と、時雨にブレスト沖でコテンパンにされた戦艦仏棲姫、そして彼女の化身ともいうべきリシュリューが、仲良くピンチョスに舌鼓を打っている。

 

 

フレッシュなオリーブオイルで作られた、タコとマッシュルームの熱々アヒージョは、パリッと香ばしいバゲットにつけていただく。

 

「うーん、ボーノ♪ これは、白からかしら?」

「えっへへぇ~、これはワインに合う、すごく合いますよ~♪」

 

ああ、イタリアとポーラはアンツィオ沖の出撃が残ってるから、飲み過ぎないようにね……。

 

 

イワシのエスペトは、オリーブの枝に連ねて刺した小イワシに、塩をふって炭火焼きにしたもの。

添えられた香草やレモンの彩りこそ違えど、まるで日本料理のような素材の新鮮さを活かした提供の仕方で親近感を湧かせる。

 

ふっくら柔らかく焼かれたイワシは手づかみで、頭からバクッと。

 

「ホッポ、エライエライ」

 

うちの食卓の魚料理で鍛えられたほっぽちゃんも、骨も残さずに丸ごとムシャムシャ食べて、港湾夏姫に褒めてもらって得意顔。

 

 

パドロンという、ガリシア州産のピーマンの、シンプルなオリーブオイル炒め。

しし唐の煮びたしにも似たその皿にフォークを伸ばすと……。

 

「ぢくまーっ! ぢくま゛ーっ!」

「ヤァダァ……コワレチャウ♪」

 

うん、しし唐と同じように時々「アタリ」があるらしい。

猛烈なピリ辛が舌を襲うやつが混じってる。

 

 

「提督、これも食べてみてくださいね? よしよし」

 

スペインだけでなく、イタリアからも料理が参戦。

 

アクィラが持ってきてくれた、ラム肉のタリアータ。

外は香ばしく中はレアに焼いた肉を薄く切って皿に盛りつけたシンプルな料理だが、ペコリーノ・サルドというサルデーニャ島原産のイタリアの羊乳チーズを削りかけ、ルッコラを添えてある。

 

クセがなくてジューシーなラム肉、いと美味し。

 

 

見た目にも華やかなオマール海老の香草焼きは、オレンジとハーブの香りが地中海の爽やかな風を感じさせる。

 

「見て、提督ー! すごく綺麗ネ!」

 

大きく割られた実の間には、細かく刻んだパプリカやタマネギが詰め込まれていて、その彩りの美しさもさることながら、野菜の旨味が海老の上品な甘さと見事に融合していて、舌が幸せに包まれる。

 

金剛は今回、深海地中海棲姫との戦い……というより、その後しばらく続いたグレカーレの捜索で、疲れて腐りそうになるところを明るく和ませてくれた。

 

「テートク、Ciao、Ciao♪」

「モー、提督ぅ! なに、小っちゃな子相手ににデレデレしてるデース!」

 

あぁ~心がチャオチャオするんじゃ~!

本当に感謝です。

 

 

「ねえ、ダーリン。これ美味しいよっ!」

 

最近ケッコンした新妻ジャーヴィスが、リゾットを持ってきてくれた。

いや、アサリのリゾット、と見せかけて米ではなく丸い粒粒のショートパスタが入ったスープだった。

 

「ああ、それは……」

 

新しく艦隊に加わったイタリア軽巡洋艦娘ルイージ・ディ・サヴォイア・ドゥーカ・デッリ・アブルッツィ(長い!)の説明によると、クスクスに似た丸い形と、米のようにしっかりした歯ごたえが特徴の、フレグラというサルデーニャ島を代表するショートパスタで、米がなかなか採れないサルディーニャ島では、伝統的にリゾットやパエリアに米代わりに入れられてきたそうだ。

 

アサリの濃厚なダシにフレグラによく馴染み、バジリコとサフランの香りが漂う、とても美味しい一皿。

 

実はジャーヴィスやローマ、ザラ、プリンツ・オイゲン、ガリバルディといった面々をジブラルタル沖で出撃させてしまっていて、それが次の戦いにどう響くか気になるけど……。

 

まあ、美味しいものを食べて笑っていれば、その内どうにかなるでしょう。




イベントは甲甲乙でクリアしました。
E-3、甲で装甲破砕までやってみたんですが、特効艦の面子が足りな過ぎて沼ってあきらめました。
ちなみに、装甲破砕ギミックを解除した後に難易度を下げても、アンツィオ姫はオレンジ色で柔らかいままでした。


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秋刀魚&鰯漁と鮭はらこ飯

屋根を穿つかのように激しく叩く大雨に、吹き荒れる暴風が裏山の木々を轟々と揺らす。

夜半に鎮守府の上空を通過した超大型台風。

 

近くの川の氾濫や土砂崩れに備えて、三階にある大宴会場に布団を敷き並べて、提督を中心にした輪形陣の警戒態勢で眠った艦娘たち。

 

一夜明けて、厳重に対策をしておいた鎮守府や艦娘寮の被害は軽微だったが、畑や田んぼなどはかなりの被害を受けていた。

 

アスパラガスのビニールハウスが吹き飛ばされたり、リンゴの樹の枝が折れたり、棚田の土手の一部が崩れたり、炭の貯蔵小屋が雨漏りして何俵もの炭がダメになったり、ホタテの養殖棚が流されたり……。

 

それでも鎮守府はもちろん町内に人的被害はなかったし、米の収穫が終わっていたのも不幸中の幸いだった。

 

「さあ、片づけを始めようか」

 

提督は柔和な笑顔を崩さぬままだ。

 

「それが一段落したら、恒例の鎮守府秋刀魚祭りだよ」

 

雨風をしのげる屋根が健在で、畳に布団を敷いてぐっすり眠れる。

甚大な水害被害に遭った各地の被災者の方々の苦労に比べれば、これぐらいの被害で愚痴など言っていられません。

 

 

などと遅れて始まった、今年の秋刀魚漁。

 

執務室に出されたコタツで、袢纏(はんてん)姿のウォースパイトが、秋刀魚の歴史的不漁を告げる漁業新聞を穴が開きそうなほど睨みつけている。

 

「今年はSANMAが不漁のようだな。なに、案ずることはない。我がSwordfish隊にかかれば、多少の不漁など……」

「爆雷とかは禁止だピョン」

 

今年の日本近海の秋刀魚、本当に数が少ないし実も細い。

 

「今年は不漁ですか? 大丈夫、お任せください」

「赤城さんと一緒なら……不漁でも今年は気分が高揚します」

 

北方海域を回ってもなかなか秋刀魚が採れず、ガングートやゴトランドも苦い顔をしているが、さすが一航戦は余裕の構えだ。

 

「今年は秋刀魚は不漁……でも大丈夫、私達には鰯があるじゃない!」

「今年は鰯は豊漁なのです!」

 

それに、たくましい艦娘たちは自分達で鰯のパッチ網漁まで会得してくれた。

 

パッチ網漁は、網を引く2隻の網船で八の字に展開しながら、ももひき(パッチ)型の網の中に群れを囲い込む漁法で、艦隊運動の練習にはもってこいだ。

 

「秋の味覚は、秋刀魚だけじゃないからねぇ」

 

提督も間宮と相談して、不漁の憂鬱を吹き飛ばす昼食メニューを考えた。

 

「そうだクマ。これを忘れちゃ困るクマ」

 

球磨に頼んで市場で仕入れてきてもらったのは、地元の誇る「南部鼻曲がり鮭」。

産卵のために川を遡上してくるこの地方の、鼻が大きく曲がった雄のシロサケは、抜群に味が良いことで知られている。

 

また、雌の持つイクラは、海のルビーと呼ぶに相応しく、大粒で味が凝縮している。

 

丁寧にアクをとりながら、酒、醤油、みりんの煮汁でふっくらと煮込んだ鮭の切り身。

 

その煮汁で炊いた、優しい味の炊き込みご飯に、鮭の切り身を並べたら、これでもかと醤油漬けにした輝くイクラをたっぷりのせる。

 

いや、ここはイクラではなく、はらこと呼びたい。

 

鮭のはらこ飯。

ほうれん草としめじの副菜に、鮭のアラ汁と、生姜の甘酢漬けを添えて。

 

「いただきますっ!」

 

まずは鮭の切り身を一口。

ノルウェーサーモンなどのように脂がのっているわけではないが、鮭本来の繊細で奥深い味わいは数段上をいく。

 

炊き込みご飯を頬張れば、さらに鮭の旨味が広がる。

そして、はらこがはじけた瞬間の、口いっぱいに広がる恍惚感。

 

自然は時に残酷で、時に気まぐれだが、その自然の恵みが我々を生かしてくれている。

 

「午後も元気に秋刀魚&鰯漁に全力投球しよう」

 

北の辺境鎮守府は、たくましく元気に頑張っています。




自然災害により被災された地域の皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

千葉をネタにした話を書き終えた直後に台風15号
福島をネタにした話を書き始めた直後に台風19号

次の投稿どうすべきか迷っているうちにずい分と時間が経ち……

そうこうしている内に、僕自身も仕事で千葉に行って冠水に遭遇しまして、
この被害に触れないのも何か違う気がしたので、こういう話になりました。

次回は平常運転で早いペースで投稿したいと思います。


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浜風のミルクワンタン

不振が続いていた秋の秋刀魚漁だが、10月末になって秋刀魚の群れが北海道沖までやって来た。

対潜哨戒にかこつけて海防艦たちをフル動員した結果、鎮守府秋刀魚祭りに必要な数の秋刀魚も手に入った。

 

それに今年は鰯が豊漁。

お刺身に握り寿司、つみれ汁、しょうが煮、南蛮漬け、カルパッチョ、そして鎮守府名産のオイルサーディン缶。

 

そのおかげで秋刀魚&鰯+ハロウィーン祭りは大成功。

 

しかし、磯風の作ったパンプキン秋刀魚パイを食べた提督が、原因不明の腹痛で寝込むことになってしまった。

 

「うーん……ポンポン痛いよぉ」

 

情けなく毛布にくるまって、一昼夜は布団でのたうち回っていた提督。

 

雷に「大丈夫よ、私がついてるじゃない!」と励まされ、夕雲に「はいはいなんですかぁ? 提督といい、巻雲さんといい、スキンシップ大好きですね」と甘えまくり、アクィラに「よしよし」で癒され、「はい、ふーふーして食べてくださいね。え、私が…ですか? ふーふー。はい、あーん」と、大鯨の特製おじやを食べられるぐらいには回復してきた頃……。

 

「金剛、比叡、プリンツ・オイゲン、摩耶、赤城、加賀。西方海域カレー洋リランカ島沖に出撃、港湾棲姫を撃滅してくれ」

「任せてくだサーイ!」

「ヤヴォール、ヘルナガート」

「一航戦、推して参ります!」

 

「日進さんと第二駆逐隊の皆さんは、私と一緒にグァノ環礁でK作戦を実施しましょう」

「わしの出番か? 仕方ないのう」

「がるるーっ、さあ、素敵なパーティーするっぽーい!」

「合点承知よ!」

 

鎮守府の庁舎や工廠は大賑わい。

 

提督がいないと執務がはかどり、長門と大淀の指揮の下に任務や特別海域が次々と片付けられていき、月初から鎮守府の戦果はうなぎのぼりになっている。

 

「なあ、鳥海さん! 今月は鉄底海峡に行くんだろ!? 絶対、俺を外さないでくれよなっ!」

「なあ、カレー洋の敵機ってどれぐらいおったっけ? うちの烈風 一一型がおれば、龍鳳はアメちゃんの夜戦機と零戦五二型で足りるかぁ?」

「秋津洲さんっ、ネルソンさんとピーコック島への出撃だそうです! アゲアゲでいきましょーっ!」

 

日頃、農林水産業やモノづくりに喜びを見出していても、そこは隠しきれない艦娘の本性。

 

「那珂ちゃんさん、今回の南1号作戦は秋刀魚漁支援じゃないから、探信儀(ソナー)と探照灯は置いてっていいんですってば!」

「利根姉さん、妙高さんたちと沖ノ島沖に行くんですから、ドラム缶を忘れちゃダメですよ?」

「鎮守府近海の対潜哨戒を10回ですか……致し方ありませんね。鳳翔、出撃致します」

 

いざ艦隊総出の出陣となれば、加賀でなくても気分が高揚してしまうのだ。

 

「ンフフ、良いものだなぁ。戦果を期待していろよ、提督」

 

不敵に笑う武蔵の眼前、軽トラックの荷台を沈ませながら倉庫から運び出される、51cm連装砲と46cm三連装砲改。

サーモン海域北方でレ級と戦うため、大和と武蔵もスタンバッている。

 

もちろん、提督が寝込んでいる現在、資源消費のことなど心配する者は誰もいない……。

 

 

鎮守府が活気に沸く中、磯風を除く第十七駆逐隊の面々、浦風、浜風、谷風は提督に付き添っていた。

 

「提督の直衛看護なら、この磯風も……」と張り切る磯風は、陽炎と不知火に強引に水上機基地建設の遠征メンバーとして南方海域に連れて行かれた。

看護どころか、トドメを刺しかねないからだ。

 

「提督さん、すまんかったねぇ。えらいもん食べさせて」

「いや、磯風が悪いんじゃないよ」

 

提督の額ににじむ汗をタオルで拭きながら、妹の行動を謝る浦風。

そんな浦風に、提督は優しく答えた。

 

「秋刀魚の苦味に気をとられて、黄ニラっぽいものが生のまま傷んで変色しただけのニラだと気づかなかった僕が悪いんだ」

「そもそもパンプキンパイに、焦げた秋刀魚や非加熱のニラが入っている時点で磯風の落ち度満点な気が……」

「浜風の、それを言っちゃあお終めぇよ!」

 

谷風が某昭和の国民的映画ヒーローの口癖を真似するが、恐ろしいことに今の若い子は○さんを知らなかったりするらしい……知ってるよね?

 

「提督さん、少しは胃が落ち着いた? お昼は何が食べたいんけぇ?」

「そうだなぁ、何か温かい……」

 

少し迷っていた提督は、謎のパワーワードを吐き出した。

浜風の胸を揉みながら「ミルクワンタン」と。

 

「ミルクワンタンだってぇ? あの有楽町の伝説が本当だったとは……」

「知っとるんか谷風!?」

「〆のミルクワンタンを注文するまでコース料理が延々と出てくる、ガード下のお店は関係ないと思いますよ」

 

小芝居を始める谷風と浦風に冷静にツッコミつつ、胸をまさぐり続ける提督の手をつねって撃退する浜風。

 

「ミルクワンタンですね。分かりました。少しお待ちください」

 

ご家庭でも簡単にできるミルクワンタンは、弱ったお腹にも優しい料理。

 

300mlのお湯を沸騰させたら、マルちゃん『トレーワンタン 旨味しお味』と牛乳200mlを加えて、弱火で3分煮込んで添付のスープの素を溶かして軽くかき回すだけ。

煮込む際に、白菜や青梗菜などの葉物や、しめじや椎茸などのキノコを加えれば、なお良し。

 

浜風の作ってくれたミルクワンタンをテュルンとすすりながら、ホウッと人心地ついている提督だが……。

 

もうすぐ、大本営からの秋季作戦の通告が、資源枯渇の報告とともに届くのであった。



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阿武隈の喜多方朝ラーメン

日に日に冬の足音が近づいてくる今日この頃。

 

「提督さん、起きるっぽい!」

「しれー! 朝の散歩行こうよー! しれぇー!!」

「提督ー、チャオー♪」

「うぅ……あと5分……」

「ねぇ司令官! …え? 寒いから窓閉めろぉ?」

 

駆逐艦娘たちと週に一度行っている、朝の散歩がきつい季節になってきた。

 

「起きなさーい! Get up!」

「ご主人様、あんまりグスグスしてるとしばき倒しますよ」

「ほら、早く着替えてください!」

「おーそーいー!」

「もう、そんなんじゃダメよ! 靴下履かせてあげるわ!」

 

もちろん提督に拒否権があるわけなく……。

艦娘たちにパジャマを脱がされ、渋々とワー○マンのイージス防寒スーツに着替える寝ぼけ眼の提督。

 

元は温泉旅館だった艦娘寮の風雅な庭。

その裏山には、ここが温泉旅館だった頃に整備された、林道の散歩コース。

 

元気いっぱいな駆逐艦娘たちに手を引かれ、ドナドナされるようになだらかな林道を歩く提督。

特に元気が有り余っている島風や夕立などは、ムスタング式(足の遅い爆撃機を護衛するために、P-51Dムスタングがジグザグ飛行で移動距離を合わせた飛行方法)に、提督たちの周りを走り回っている。

 

朝の清涼な空気を吸いながら15分ほど歩けば、湾を望める見晴らしのいい場所に小さな池がある。

池の縁には廃材を利用して、東屋風の屋根とベンチがある休憩所が設けてある。

 

提督はベンチに座って一息つきながら、屋根の羽子板(はごいた)を見上げて、懐かしい思い出に浸っていた。

 

羽子板は、柱と梁にL字に2本のボルトを通して固定するための金物なのだが、組み上げた梁に垂直のボルト穴を開けるのに難儀した。

柱と梁が交わる直近に穴を開けたいのに、インパクトドライバの本体が柱に当たってしまい、どうやっても穴の位置が際から1cm以内に近づかず、羽子板の穴の位置と合わないのだ。

 

猿のようにムキーッと顔を赤らめて四苦八苦する提督と長門に、陸奥が言った冷静な一言は……。

 

「要するに、組み上げる前の木材の段階で穴を開けとかなきゃいけなかったんじゃない?」

 

そのコロンブスの卵的発想(建築の常識)に、提督と長門はハニワのような顔で互いを見つめ合うしかなかった。

 

まだ鎮守府の建築スキルが日曜大工の域を出なかった頃の、苦くも懐かしい思い出である。

 

ちなみに、長門は何も聞かなかったフリをして、金属製の羽子板を腕力で捻じ曲げて、遠いボルト穴の位置に強引に合わせたのだった……。

 

それはそうと……腹が減った。

 

「司令官、何か物思いにふけって……はっ、来たるべき南方作戦の戦略を練っておられるんですね。さすが司令官です!」

「うふふ、違うんじゃないかしら~?」

 

 

「提督、喜多方って漢字で書いてみて? ……ん゛んっ! 違いますぅ!」

 

むくれて「喜太方」と書かれた紙をクシャクシャにまるめる、軽巡洋艦娘の阿武隈。

朝食は、阿武隈の作った喜多方ラーメン(半ライス付き)だ。

 

日本三大ラーメンの一つ、喜多方ラーメンを生んだ福島県喜多方市は、人口一人当たりの店数が日本一とも言われる程にラーメン店がひしめき、朝にラーメンを食べる「朝ラー」文化でも有名だ。

 

阿武隈が修行して体得してきたのは、そんな喜多方の誰からも愛される老舗食堂の一杯だ。

 

あっさりした豚骨醤油ベースの黄金色に透き通ったスープ。

独特のもちもち感とつるつるしたのど越しの、多加水の手もみ平打ち太縮れ麺。

適度な脂身でトロトロと柔らかく煮込まれた自慢の豚バラ叉焼。

他の具はシンプルに、刻みネギとメンマのみ。

ふっくらと炊きあがったラーメンと相性抜群の半ライス。

 

そこには、天龍の超濃厚魚介豚骨つけ麺のようなインパクトや、龍田のJ郎系のような中毒性、夕張のほうれん草を練り込んだ麺を使った翡翠冷やし中華のようなアイデアはない。

だが、絶対に飽きることがない、毎日でも、それこそ朝にでも食べられる日常ラーメンの究極の完成形。

 

「阿武隈……おそろしい子!」

 

鎮守府のラーメンマスター長良をしてそう言わしめる、長良型の末っ子の実力。

 

レンゲで澄んだスープを口に運べば、ジンワリと広がる優しい味。

文字通り手間をかけて手もみした縮れ麺の、瑞々しい弾力感に心が踊る。

口の中でトロけていく豚バラ叉焼は、ご飯に合わせても極上の旨味。

刻みネギのシャキシャキ感と、コリコリとしたメンマの食感が良いアクセント。

おまけのピリ辛な漬物の小皿も、何気に嬉しい。

 

ほっこり心と身体が温まる、美味しいラーメンを食べてみんな朝から笑顔に。

 

「よーし、それじゃあ嵐、萩風、舞風、野分、それからジェーナスはドラム缶を持って、俺と東京急行だ」

「今日の長距離練習航海、冷凍サンマでノドグロ狙ってみない?」

「二水戦はほうれん草の収穫に行きます。各自道具を用意して玄関に集合してください」

「扶桑さん、大浴場のボイラーの調子がおかしいんで見てもらえます?」

 

さあ、今日も一日がんばりましょう。



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那珂ちゃんとパースのネギ一本焼き

現在(2019.12)進行中のイベントのE-3までのお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。

(!)はその海域で使わない方が良かった艦娘です。


12月に入り、風もいよいよ冷たくなってきた。

 

コタツとやかんストーブが常設されるようになった執務室で、提督は焼き芋の皮を剥きながら、蘭印部隊からの報告を受けていた。

 

朝潮、大潮、満潮、荒潮で構成された第八駆逐隊のバリ島攻略で幕を開けた、秋の第二次作戦「南方作戦」。

続けて愛宕、高雄、由良(!)らがジャワ島沖の重巡棲姫をいつものようにヴェァヴェァ言わせた後……。

 

妙高四姉妹と神通、那珂ちゃんを中核とした蘭印部隊は、千代田の艦載機と強力な基地航空隊の支援の下、スラバヤ沖で戦艦水姫と雌雄を決した。

 

「実際に戦ってみれば案外弱い」

 

上杉謙信が手取川の戦いの後、織田信長を評した言葉のように、戦艦水姫は見掛け倒しだった。

 

というか、随伴艦に空母も戦艦もいないので、制空権をとられたまま周囲の柔らかい味方を次々と沈められ、そのくせ自身の戦艦能力のせいで無駄に砲戦を二巡させるものだから、妙高(!)四姉妹の集中攻撃を一身に浴びて、昼の内に沈んでいった。

まあ、夜までもったとしても、探照灯を照射した神通のキッツイ追撃が待っているんだけど……。

 

そんなわけで、我が蘭印部隊は戦艦水姫をすでに「50回」は沈めている。

 

「デ・ロイテルが出ナイテル」

 

提督のつまらないダジャレも、すでに20回は繰り返されているので、笑う者やツッコミを入れる者は誰もいない。

 

代わりに、提督の頭にズシリと重い感触が乗っかった。

だるそうに提督に寄りかかる千代田の、大破してこぼれた見事なバインバインが提督の頭上で弾んでいる。

 

「これ、そこは乳置き場じゃありませんよ」

 

そう言いつつ、頭上の双丘のさらに上にあるであろう千代田の口あたりに焼き芋を差し出す。

焼き芋を頬張る感触が伝わってくるが、重い塊が頭から離れてくれる気配はない。

 

こうも連続出撃が続くと、焼き芋ぐらいでは千代田のご機嫌取りが難しくなってきた。

 

対潜要員として大活躍している山風や潮、村雨はともかく、夜戦のとどめ役として第二艦隊の末尾に入れたものの、一回も出番のない雪風(!)も退屈そうにしているし……。

 

こういう時に無理に作戦を繰り返すと、事故につながりかねない。

 

「千代田は高速修復材(バケツ)を使ってお風呂に入ってきなさい。ちょっと、軽くお腹に入れようか」

 

提督はいったん、作戦の中止を命じた。

何か美味いものを食べることを思いついたらしい。

 

「那珂ちゃん、パースを連れて……」

 

 

「軽巡パース、いつでも抜錨できるわ」

「あー、ダメダメ、そんな格好じゃ。すぐにジャージに着替えて! 昨日は雨が降ったから、ゴム長も忘れないでね」

 

このスラバヤ沖で新しく仲間になった、初のオーストラリア艦娘パース。

せっかく艦隊に加わってくれたのに、デ・ロイテル掘りが難航して、ほとんど構ってあげられていない。

 

演習や遠征ばかりでは可哀想だろうと思った提督。

那珂ちゃんに、畑から今回の主役であるネギをとってくるのに同行させるよう伝えたのだ。

 

「あの、これはどういう……」

「さっ、急いで行くよっ!」

 

「農道のフェラーリ」と異名をとる、ミッドシップエンジンを搭載するホンダの軽トラック、アクティに訳も分からないまま押し込まれるパースであった。

 

 

採れたての泥つきネギをよく洗い、大きめのフライパンに入るように青い部分の方をカット。

しかし、根元は食べる時まで切り落とさないのが、甘み成分を逃がさないコツだ。

 

フライパンにゴマ油をしいて強火で熱々に熱したら、ネギを入れてすぐに蓋をする。

素早く一気に高温にすることで、酵素の働きを抑えられて辛みが出にくくなる。

 

しっかり焼き目を付けたら、ネギをフライパンから取り出して、アルミホイルで包んでオーブントースターか魚用のグリルへ。

今度はじっくり10分ほどかけて熱を通していく。

 

すると……。

 

まるで炭火で焼いたかのように、外側はパリパリに焦げ、内側はみずみずしくトロットロな、ネギの一本焼きが完成する。

 

「ふぉいひー♪」

 

ハフハフ言いながら、自然な甘さをたっぷり備えたネギにかぶりつく贅沢。

これで停滞感なんか一気に吹き飛ばせる。

 

「Oh…wonderful!」

 

パースも、とろけるネギの甘い食感に驚いているようだ。

特に、自分の手で畑から採ってきたネギなのだから、その感慨もひとしおだろう。

 

すぐに、自分で植えて、世話をして育てた野菜を収穫した時の、あの最高の食べる喜びも教えてあげるからね。

 

細い目をパースに向け、提督は密かに微笑むのであった。




すぐに次話を投稿するつもりだったのが、こんなにかかっちゃいました。
それもこれも掘りのせいです。

今日やっと秋霜も出て(E-5は掘りのために丙にしました)、E-6に入りました。


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五十鈴と平戸とプレーンオムレツ

長らく投稿が空いたどころか、ご挨拶もなく申し訳ありませんでした

実は12月に逆流性食道炎で胃がすごく痛く、病院に行ったところ胃と大腸のガン検査も受けさせられ…
しかも年明けに、すい臓と肝臓に加えて、胃の再検査が必要だと?

年末年始はパソコンつけてはガン関連の情報ばかり見て
「辞表」とか「別れの挨拶」なんて暗いこと考えながら鬱々としてました

が、結果は全て陰性で、何かすごい命拾いした気分です
食道炎の方もだいぶ落ち着きました

ああ、でも新艦娘たちのレベルが全然上がってないです(泣)




もとは漁協事務所だった、無味乾燥な鉄筋コンクリート2階建ての鎮守府庁舎。

フロントサッシの引き戸を開けると、応接ソファーが置かれた狭いロビーがあり、横には病院の受付のような小窓のついた小さな事務室がある。

 

旧JIS5号と呼ばれる、昔懐かしいネズミ色の事務机が3つあり、全ての業務を紙媒体で処理しているため書類の束が山積みされた、昭和テイストに溢れる空間だ。

 

その事務室に珍しく、提督がやって来た。

 

ユ〇クロのスウェットの上下に、綿入り袢纏(はんてん)を羽織ってサンダル履きという不精な格好で、手には花の写真が大きく印刷された懐かしのジャ○ニカ学習帳を持っている。

こんな男が小学校の近くに現れたら、間違いなく事案になるだろう。

 

その時事務室に詰めていた五十鈴は、捨てられた子犬のような寂しげな視線を向けてくる(面倒くさい)提督と目を合わせないようにして、さっさと書類の束に目を落としたが……。

 

露骨に「クゥ~ン」と小声で犬の鳴き真似をする提督に、さすがに哀れみを感じて再び顔を上げた。

 

だいたいの用件は分かっている。

 

「宿題のこと?」

 

五十鈴の問いに情けない表情で頷いて、『さんすう』という表題と、『いちねん・ひらと』と名前が書かれたジャ○ニカ学習帳を差し出してくる提督。

新しく艦隊に加わった眼鏡っ子の海防艦娘、平戸(ひらと)(現在の地名「ひらど」と異なり濁らないので注意)に出された宿題を見てあげようとして、分からなかったのだろう。

 

駆逐艦娘や海防艦娘は見た目や言動こそ幼いが、その頭脳の奥には戦時の艦長たちの航海や海戦に関する知識が眠っている。

 

それを呼び覚ますために鎮守府の先輩達によって行われている算術教育は、いくらノートに『さんすう』や『いちねん』と書いてあっても、私立文系コースを選択して高2から数学と生き別れしてような提督に太刀打ちできるはずがないのだ。

 

これまで何度も艦娘たちの宿題を見てあげようとして痛い目に遭っているのに、この提督は懲りもせず……。

 

『問1.6隻の輸送船A、B、C、D、E、Fの排水量は、うち4隻が1000t、1隻が2000t、1隻が3000tだクマ。B、C、Dの排水量の和と、E、Fの排水量の和が等しく、A、C、D、Eの排水量の和よリも B、Fの排水量の和が大きいとしたら、2000tの船と3000tの船はそれぞれAからFのうちどれクマ』

 

『問2.潜行しつつある潜水艦がその西南1800米の海上を北に向かって毎分300米の速さにて航行中の敵運送船を認め、毎分150米の潜行速度にて直進して速やかに敵船の東方(正横)600米の攻撃点に近付かんと企図す。その時、潜水艦が進むべき方角を示すでち』

 

『問3.先行艦A、左翼艦B、右翼艦Cを各頂点とする三角形の重心点に旗艦Dを置いた艦隊陣形において、∠ADCが90°であってAC間の距離が800米であるときの、BD間の距離を求めよ』

 

「それで、どれが分からないの?」

「問3が全然……問2は説明できないけど何となく西かな」

 

やっぱり、と思いながらも五十鈴は……。

 

「問1はすぐに解けるわよね。4隻の船の排水量の和は最低でも4000tだから、後半の条件から、BとFの排水量の和は5000t以上。必然的に、BとFのいずれか一方が2000t、もう一方が3000t。前半の条件が、B+2000t(C+D)=F+1000t(E)なんだから、2000tの船はB、3000tの船はFになるわ」

 

内心の焦りを隠し、涼しい顔で問1の説明から始める。

語尾からは想像できないほど理論派な球磨らしい、ストレートに論理的思考力を試す、頭の体操問題だ。

 

「問2は、要するに潜水艦をA、敵船をBとして、潜水艦から南への線と敵船から東への線が垂直に交わる地点をCとした、直角三角形があると想像すると計算が簡単ね」

 

問題は問3だ。

問2の図を実際に描いて時間を稼ぎつつ、五十鈴は必死に問3の計算方法を考える。

 

「三角形の斜辺が1800米で、敵船が西南にいるということはAとBの内角は45°、三角関数で求めればACとBCの長さ、つまり潜水艦と敵船の、それぞれ南北と東西の距離は現在約1272米」

 

まず、旗艦Dが位置するという三角形の重心(通常の数学問題ならGと表記される)とは、三角形の頂点と、その対辺の中点を結ぶ3つの線(中線)が交わる1点だ。

 

「敵船は北上を続けるんだから、その線の東方600米とは、現在の潜水艦の地点より西に約672米の線上……」

 

とりあえず、AB間にO、AC間にP、BC間にQと、仮に中点を足してみる。

重心は各中線を必ず2:1に内分するという三角形の重心の定理から、回答が求められているBDの距離は、DPの2倍に等しいのが分かる。

 

「ゴーヤもいやらしい問題出すわね……潜水艦が単純に真西に進むと、4分20秒で650米移動できるけど攻撃点まで約22米足らず、敵船は1300米移動して……すでに北に約28米ほど通り過ぎてるわ」

 

ということは、BDの距離はBPの2/3でもあるから、パップスの中線定理を使ってBPが求められれば簡単なのだが、それには先にABとBCの距離が分からなければならないし、中線定理は『いちねん』の範囲を超える高等数学で出題意図から外れる気もする……。

 

(ナイスよゴーヤ。提督が細かい計算をしてるうちに、問3の解法を……)

 

問題文に「∠ADCが90°」というのだから、三平方の定理から、ACの2乗=ADの2乗+DCの2乗となるし、中線連結定理から、OQがACの1/2である400米であることなどが分かるので、そこから辿るべきか……。

 

「くっ、何これ……」

 

提督は問3の出題者だと勘違いして五十鈴のところに訊きに来たらしいが、五十鈴は今週の教育当番の一人ではあるが、この宿題作成に関わっていない。

 

五十鈴は今週の他の教育当番の顔を思い浮かべ……。

 

(夜戦バカか!)

 

出題者に気付いた。

 

問題文で開示されている情報が、求められている回答のヒントとしては遠く少ない。

そのため、三角形に関する定理という、一つ一つは基礎的な数学知識ながらも、幾重にも積み重ねつつ取捨選択し、各所の数値を求めながら回答に近づいていかなければならない。

 

「あのー、五十鈴?」

「ちょっと黙ってて!」

 

かくもシンプルでありながら、かくも奥の深い問題を作ったバカに敬意を表しつつ、もはや五十鈴は提督そっちのけで問題に取り組むのだった。

 

 

五十鈴に無視されてしまった提督は、庁舎の奥にある小さなキッチンへとやって来た。

 

平戸ちゃんが何かと「司令、司令」と懐いてくれるから、良いところを見せたかったのだが、やはり提督では宿題のお役には立てません。

 

それなら、得意なことで。

 

冷暗所に置いてある、朝採りの新鮮な卵を取り出して、贅沢に6個ボウルに割る。

塩、胡椒して掻き立て、しっかり予熱したフライパンにバターを溶かしたら、一気に卵液を流し入れ、手早く箸でかき混ぜる。

 

半熟の部分がまだ残るうちに弱火に落とし、フライパンの縁に寄せて包み込むようにオムレツの形にととのえて皿へと移す。

 

バターの香る、ふわふわトロ~リのプレーンオムレツ。

ソースは手軽に、トマトケチャップにウスターソースと砂糖を混ぜただけでいいだろう。

 

さて、平戸ちゃんも事務室に呼んで、五十鈴先生に解説を聞きながら食べるとしましょうか。




問1の元ネタ:ラサール中学の入試問題
問2の元ネタ:海軍兵学校の入試問題
問3の元ネタ:天下の開成高校の入試問題、筆者自身はいまだに解けていません


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アトランタときらずだんつ

節分の大合戦も終わり、立春だというのに激しい寒波が襲ってきた。

鎮守府の裏に広がる山々も、すっかり雪化粧に覆われている。

 

艦娘寮の駐車場脇にも、しっかりと雪が残っていた。

 

「ちっ、提督さんたら……夜戦はパスって言ったら、こんな雑用をおしつけて……」

 

吐く息も白く、猫車(一輪の手押し車)を押してきたのは、この1か月ですっかり鎮守府暮らしに慣れ、ドカジャンにゴム長靴の作業着姿も板についてきた、新入りの防空巡洋艦娘アトランタ。

 

その周りに、「アトランタと遊び隊」の駆逐艦娘たちが子犬のようにまとわりついている。

 

駐車場の脇に設置された、1.5坪のプレハブ保冷庫。

アトランタが保冷庫の断熱扉を開けると、中から温かい空気が漏れ出してきた。

 

もちろん錯覚で、保冷庫の中は6℃。

ただ、外気温が氷点下なので一瞬温かく感じるのだ。

 

お察しの通りこの保冷庫、冬場には食材を冷やすためではなく、凍結防止のために使われている。

 

「扶桑さんに届けるのは、小麦粉2袋でいいっぽい?」

「はわわ、そっちの袋はローマさんのデュラム小麦だから違うのです」

「指定は"さぬきの夢"だね。あと、おやつ用にうちの小麦粉も少しもらっていこうよ」

 

1袋25Kgもある業務用の小麦粉袋は、けっこう重い。

おまけで、鎮守府の畑で採れた小麦を挽いた小麦粉200gの小袋を一つ。

 

「もう、ちゃんとバランスを考えて積まないと雪道でフラフラするじゃない。そんなんじゃダメよ!」

「暁が熊野さん直伝のレディーらしい猫車の押し方を教えてあげるわ」

 

駆逐艦娘たちにワイワイと囲まれながら、猫車で小麦粉を運ぶアトランタ。

鎮守府は今日も平和です。

 

 

「2っぽい」

「トトマト」

「トトマトマトトよ」

「トトマトマトトトマトマト」

「トトマトマトトトト……っ」

「わーい、間違えた」

 

小麦粉を厨房の扶桑に届けた後、暁たちにせがまれて第六駆逐隊の部屋で遊ぶアトランタ。

 

やっているのは『トマトマト』というカードゲーム。

 

1~3の目があるダイスを振って、その出目の数だけ各プレイヤーがカードを引いて場に並べていく。

カードには基本的に「トマト」「マト」「マ」「ト」の四種類があり、プレイヤーは並べたカードを続けて読み上げていくのだ。

 

「ママトトマトトマトトマト」

「あっ、リバースなのです」

「マトトトマトトマトマトマ」

 

場に並ぶカードの数は誰かが言い間違えるまでどんどん増えていくし、「トマト」ばかりに意識を集中していると意表を突かれる「ポテト」や、逆順から読まなければならない「反転矢印」のカードもある。

 

一応、誰かの失敗時に、他のプレイヤーは場に出ているカードから早い者勝ちで指定した1枚を取り(指定が被るとどちらも取れない)、集めたカードで「トマト」という言葉を多く作れたものが勝ち、というのが勝利条件だが……。

 

単純に「トマトマトトマトトマトママトトマトマトマトポテトマト……」なんてカオス状態で早口言葉を言い合っているだけで、大人も子供も妙に笑えてくる、おすすめパーティーゲームだ。

 

 

そして、ゲームでひとしきり遊んだら、おやつタイム。

 

アトランタが、不思議そうにきつね色の煎餅のような平べったい物体を見つめている。

 

「それは、きらずだんつよ」

「キラーズダンス?」

「きらずだんつ!」

 

間宮が作ってくれたのは、きらずだんつ。

この地方の郷土おやつで、きらずとはおからのことで、だんつとは小麦粉に水や湯を加えずに練ったもののこと。

 

おからは、豆腐を作る際の大豆の搾りかすだが、おからのからが「空っぽ」を連想して縁起が悪いというので、卯の花や雪花菜(せっかさい)などの異名がある。

きらずもその異名の一つで、包丁で切らずに料理に使えるから、というのが由来らしい。

 

きらず、小麦粉、砂糖、塩を混ぜ合わせ、刻んだクルミを加えて熱湯で茹でる。

きらず(おから)から出る水分で小麦粉をこねるので、きらずも小麦粉も本来の風味が強く残るのが特徴。

そして、クルミの素朴な香りが重なり、温かい美味しさに大地の恵みを感じる。

 

「今晩は扶桑さんが肉ぶっかけうどんを作ってくれるっぽい」

「ぶっかけ?」

「うどんに直接、濃いダシをかけたものなのです」

「温玉をのせても美味しいのよ」

 

あんまり海には出ないけど、今日も艦娘たちは鎮守府暮らしを元気に楽しんでいます。



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梅雨イベ前のタコ飯

梅雨の中晴れというには、いささか厳しすぎる、まるで夏のような猛暑日。

 

東京湾の湾奥ではそんな蒸し暑さをものともせず、タコ釣りに熱中する艦娘たちの姿があった。

 

もちろん、戦果争いの首位を独走し、休む間もなく北方海域全域に空母機動部隊を派遣し続けている、横須賀鎮守府の艦娘たちではない。

 

昨年に続いて爆湧きしているという東京湾のマダコの噂を聞きつけ、ただの海上護衛任務に連合艦隊編成でやって来た、北の辺境鎮守府の暇な艦娘たちだ。

 

彼女たちを率いる眠り猫のような細目の提督は、先週までは資源備蓄量を記した書類とにらめっこしてウンウンうなっていたが……。

 

やにわに書類に謎の数字を足したり引いたり、色々と書き足したと思ったら……。

まるで鋼材の優先配分と引き換えに日米開戦への協調を承諾した嶋田海軍大臣のような面持ちで「この際、戦争の決意をなす」と重々しく言って見せた。

 

近くにいた大淀と吹雪には、提督が「戦争」という言葉の前に小声でボソッと「丙」と言ったのが聞き取れた。

どうやら提督は、きたる梅雨と夏の大規模作戦では、新たに10人規模で邂逅できるという艦娘たちをお迎えすることを最優先とし、全て丙作戦で挑むことも辞さない覚悟(?)をしたらしい。

 

こうして後ろ向きな決意を固めた提督は、新艦娘たちのための艦娘寮拡張工事に邁進し、鎮守府は開店休業状態になっている。

 

 

さて、東京湾のタコ釣りといえばテンヤを使った手釣り。

 

木枠に巻いた丈夫な糸の先に、テンヤと呼ばれる(おもり)に2つ鈎のついた仕掛け(地方により色々な形があるが、東京湾では羽子板型と呼ばれる板状のものがメイン)をつけ、カニやイワシ、サンマの切り身などの餌をテンヤに縛りつけて投入する。

 

テンヤが海底に着底したら、手で糸を軽く引き、海底を小突くように小幅に周囲を探っていく。

根(海底の隆起)の凹んだあたりにタコはいるので、周囲を探り、タコの反応がなければ凸を乗り越えて隣の凹みへとテンヤを落として再度探り……。

 

東京湾奥のような深い根や障害物が多い場所では、這うように鈎先だけを海底につけて繊細に状況を探るコツをつかめれば、手釣りは根掛かりしにくく有利だ。

 

タコが餌に反応して、アタリがあっても即合わせは厳禁。

 

最初は用心深く足でつついて餌を確かめているだけなので、慌てて合わせようとすると逃げられてしまう。

 

ムニューッとタコが餌に乗ってきた重みを指先に感じてから、ここで鈎をタコに突き刺すつもりで、一気に糸を大きく引っ張る。

 

一度捕食モードに入ったタコは、新艦掘りをしている提督並みに執念深い。

逃げる餌を絶対に逃すまいとテンヤに必死に抱きつき、鈎はより深くタコに突き刺さるので、後は糸をグングン手繰り寄せれば自然にタコが釣れる。

 

ただし、鈎を突き刺してからはスピード勝負。

下手にモタついて時間をかけると、捕食モードからお持ち帰りモードや逃亡モードになったタコが、岩の隙間に潜り込んでしまう。

 

吸盤を使って岩にベッタリ貼り付いてしまったタコは、冬のコタツに潜った初雪並みに引き剥がすのが困難となるのだ。

 

「ああーっ、胴体に上手く刺さってないかも? ズリュズリュって引っ張られてるかも?」

「足に引っ掛けただけかしら? タモを用意するから、ゆっくり引き上げてね。ね?」

 

鈎の刺さり具合や刺さった場所によっては、海面にあげる時にバレてしまうこともあるので、かかりが弱いと感じたら周囲の人にタモ網を用意してもらう必要もある。

 

こうした海面下の状況を指先で感じ取る、そこが手釣りのだいご味だ。

 

「やっぱり足に刺さってたかもー!」

「今すくうから、そのまま海面から上げないで」

「おおっ、こいつぁ威勢のいい大ダコだねぇ! はいよっ、洗濯ネットだ」

 

釣り上げたタコはスカリというメッシュ網に入れて生かしたまま海に漬けておくのだが、スカリの数が足りないので100均の洗濯ネットも使用している。

 

「んっ、まーた掛かったぜ! 手羽先ありありー!」

 

そしてタコ釣りの面白さの一つは、その時々に応じての多彩な工夫。

 

例えば、爆釣を続けている江風が餌にしている手羽先や、鶏肉、豚の脂身、カマボコ、ラッキョウ、果ては発泡スチロールにタコが群ってくる日もある。

 

そして、タコにアピールするためにテンヤの上につける飾り物、集寄(しゅうき)

 

ヒラヒラしたヒモやテープ(あるいはゴムやシリコン)の吹き流しや、キラキラ光るビーズ玉、魚の形を模したブレードなど、割と簡単に自作できるし、その色や組み合わせも、潮や陽光、時間帯によってよく釣れるものが変わって奥深い。

 

ちなみに、今日の好成績を収めている集寄は、派手な金とオレンジのビーズと、小さなタコ型を模して吹き流した赤と黒と金のテープの組み合わせ。

本物のタコに「ここは俺の縄張りだぜ、この餌は渡さないっ!」と思わせるのか、テンヤへの寄り付きと餌への食いつきが良い。

 

とは言ってもね……。

 

「また釣れちゃいましたーっ!」

 

竿頭ならぬ指頭を独走する雪風が喜びの声をあげる。

 

タコ釣りの最大の問題は、テンヤを落とした近くにタコがいるか。

基本的にタコは根付く生き物で、広範囲を泳ぎ回らない。

いくらアピール力の強い仕掛けで上手に周囲を探ろうと、タコがいなければ釣れるわけがないのだ。

 

その点、雪風はほとんど無駄な投入のない豪運ぶりを見せている。

 

結局、この日は12人の艦娘で200杯近いマダコを釣り上げました。

 

海上護衛任務(3倍の人数と半日を費やしたけど)大成功です。

 

 

大正時代に建てられた木造の温泉旅館に、建築基準法を無視した増築に次ぐ増築を重ねて限界に達し、ついには妖精さんたちの力を借りて(提督の執務室のように)次元の向こう側にまで拡張してしまった艦娘寮。

 

外観にこそ大きな変化はないが、部屋数が大幅に増加し、大食堂や宴会場、大浴場も(なぜか建物の全幅を超えて)広くなった。

 

そんな大食堂には、白ダシと酒で炊いたタコ飯の、上品な磯の香りが漂っている。

プリップリで旨味の強いタコと、その旨味をたっぷり吸ったご飯の黄金コンビに、おかわりは必至。

鎮守府のささやかな家庭菜園(と言い張るには広すぎる東京ドーム2個分の田畑)で採れたショウガが、さわやかな香りを添えている。

 

おかずはサクラマスの塩焼き。

鎮守府に隣接する漁港で4月~5月に水揚げの全盛期を迎えていた、サケマス類の中でも特に美味とされているサクラマス。

サクラマスはそろそろ今年の食べ納めだが、今度はメジマグロ(クロマグロの幼魚)やブリが揚がり始めていて、年間通して美味しい魚に困ることはにない。

 

味噌汁に入っているワカメも、目の前のミネラル豊富な湾で丹念に養殖された地元の名産品だ。

 

畑で採れたさやえんどうと、厚揚げの煮びたしも美味しい。

間宮が作ってくれる豆腐や厚揚げは、この地の水の良さもあって絶品だ。

 

「うーん、楽しみだねぇ」

 

新しくこの鎮守府にやって来る子たちに、早く美味しいご飯を食べさせてあげたい。

 

提督はワクワクが止まりません。



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叢雲とホッケの一夜干し

現在(2020.6)進行中のイベントのE-1、E-2と新艦娘のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。

※以降にも使い場所のある艦娘の名前は【 】で囲んでいます


空は鉛色に重く、大粒の雨が叩きつけるように降っている。

 

しかし、鎮守府の空気は明るい。

 

海防艦たちが傘や紫陽花を描いてくれた明るい壁紙に、特製の梅雨飾り。

高品質の畳の上に、職人が腕によりをかけて作り上げた梅柄のカーペット。

 

筏のミニチュアと、ある伊号潜水艦のぬいぐるみが置かれた新作窓。

気合い、入れて、観葉植物を育てているある高速戦艦が愛用している雑貨棚。

 

そんなオシャレ空間にも意外と馴染む、昭和の香りがするちゃぶ台と、民宿風の安っぽい座布団。

座布団の上に狸の置物のようにボケーッと座っているのが、この北の辺境鎮守府を率いる提督である。

 

大本営の地下に某特務機関のような指揮所を設け、最先端の戦術モニターに映し出される刻一刻と変わる戦況を、微動だにせず注視し続ける横須賀提督。

海自の護衛艦を借りて自ら戦闘海域の近くまで出向く、熱血野郎な呉提督。

冬季であろうと、修行僧のように滝に打たれながら艦娘に念を送り続ける、どことなく世紀末覇者にも似た風格の佐世保提督。

 

色んな艦隊指揮のスタイルがあるが、ここの提督は日露戦争の大山巌を真似て「海の上のことは全て艦隊旗艦と大淀さぁにお任せもす」と、隣の通信室にいる大淀に丸投げして(ツーラーじゃないよ!)、執務室では艦娘とスキンシップをとることのみに全力を注いでいる。

 

そんな提督だから、この梅雨の大規模作戦はしばらく様子見し、情報が出そろってから出撃しようかと考えていたのだが……。

 

「はい、ご飯は大盛りにしといたから。秋になったら、鎮守府(うち)の田んぼのお米も食べさせてあげるわよ」

 

錨のマークが描かれた有田焼風の飯茶碗に、木のおひつからいそいそとご飯をよそうのは、駆逐艦娘の叢雲。

叢雲は五番目にこの鎮守府に着任した艦娘だ。

 

吹雪たちの留守を守り、秘書艦として提督を叱咤し、お尻を叩いて提督業務をこなさせてきた。

初期艦でこそないが、ある意味では提督と最も長い時間を過ごしてきた艦娘であり、その功績から「永世秘書艦」や「栄光の五番」などと呼ばれることもある。

 

「これはね、幌筵(ぱらむしる)への出撃の前に、羅臼沖で釣れたホッケを一夜干しにしたの。昨日は雨が降らないでホント良かったわ」

 

叢雲が嬉しそうにちゃぶ台に載せるのは、長角皿からはみ出すような見事な極厚のホッケの開き。

 

新鮮なホッケを丁寧に下処理してから急速冷凍し、手間はかかっても一枚ずつしっかり吊るし干しで干物にすると、まさにご馳走と呼べるような味になる。

 

特に北海道近海の間ホッケ(マボッケ)は今が旬だが、釣れたてでもいったん急速冷凍するのが旨さをアップさせるコツ。

ホロホロとした独特の食感に深い味わいは、ご飯にもお酒にもピッタリ。

 

「あっ、そのお茶碗もお皿も、鎮守府(うち)の窯で焼いたのよ」

 

だが、提督の向かいに座る艦娘は、ホッケの美味しさに驚くより先に、叢雲の言葉に「?」といった表情を浮かべている。

 

そりゃそうだろう。

ただでさえ艦娘として転生したばかりで混乱しているのに、田んぼだの釣りだの窯だの言われても。

 

「うちの鎮守府は、農林水産や工芸が盛んなのが自慢でね」

 

提督の説明が、余計に新入り艦娘の顔に「?」を増やす。

 

 

特型駆逐艦七番艦の薄雲。

同じく五番艦の叢雲の妹であり、長らく叢雲ただ一人だった第12駆逐隊を構成する『雲級』の艦娘だ。

 

もうね、第一海域のボス・深海千島棲姫がその薄雲の魂を持つ深海棲艦だと聞いて、提督、叢雲のために即座に出撃を決意しました。

 

戦力も出し惜しみせず、ケッコン艦である叢雲の他に、薄雲沈没時の「キ504船団」の僚艦だった曙と潮、先制雷撃で敵を蹴散らせる水上機母艦・千歳と阿武隈(ただし艤装は予備のもの)の大盤振る舞い。

 

輸送作戦の終了後は、千歳を【那智】に交代させ、【ヴェールヌイ】を加えて、怒涛の連続出撃で深海千島棲姫を撃沈除霊した。

 

「このお味噌汁のじゃがいもと、漬け物のキュウリは吹雪たちと育てて……あっ、後で畑見に行く? それとホタテの養殖場もっ!」

「叢雲、落ち着きなさい」

 

妹との再会がよほど嬉しいのか、叢雲はずっとこのハイテンションである。

 

「薄雲っ、カボチャの素揚げを持って来たわっ! 今ね、カボチャがすっごい豊作なの!」

「あのあの、去年漬けた梅干しです。今年の分はもう漬けちゃったけど、来年は一緒に出来るといいなっ……て思います」

「曙と潮も落ち着きなさい」

 

助けられなかった僚艦との再会がよほど嬉しいのか、ぼのたんと潮もこの通り。

 

「薄雲ちゃん、間宮さんにイチゴ大福を作ってもらったから食べて!」

「そのイチゴは、電と一緒に摘んできたんだ。神鷹は出撃中だけど、もうすぐ果樹園でサクランボが摘めるようになるから、みんなで行こう」

 

キスカの奇跡の仲間との再会がよほど嬉しいのか、阿武隈とヴェールヌイ(ひびき)もこの調子。

 

ヴェールヌイは、深海千島棲姫を護っていた(取り憑いていたとも言える)潜水ヨ級を沈めるのに活躍してくれたが……。

後の海域での出番のことを考えると、同じキスカ組から初春を出した方が良かったかもしれない。

 

ちなみに薄雲は1944年の1月には、響、電とともに神鷹らを護衛してシンガポールに向かう予定だったが、機関故障した神鷹に付き添って日本に留まり、その結果として第五艦隊に組み込まれることになり、「キ504船団」の編成へとつながっていった過去がある。

 

「提督、大宴会場の準備は着々と進んでいるぞっ! 今夜ばかりは飲ませてもらおう!」

「梅雨……晴れの日は少ないですが、こんな日はお部屋で"軽く"飲むのもいいですね。うふ♪」

「はい~、お酒いっぱいいっぱい注文しちゃいました~」

 

その第五艦隊を率いていたのが重巡洋艦娘の那智であるが、千歳や後ろのアル重は特に薄雲と縁はない。

 

縁はあっても無くっても。

今日は嬉しい新人歓迎会です。




その頃、ひと足早く梅雨明けした沖縄では、集積地棲姫が燃やされ続けていた……。

〔E-2乙 1ゲージ目攻略&迅鯨掘り編成〕
神鷹、朝霜、涼月(対空CI)、霰(あられ)、如月、コマンダン・テスト(制空&接触補助)
夕張(先制雷撃&対潜)、三隈(三式弾)、朝潮(先制対潜)、大潮、満潮、荒潮

〔E-2乙 2ゲージ目攻略・水上打撃部隊編成〕
イタリア、最上、加古、矢矧(特効)、コマンダン・テスト、千代田(航二で射程長に調整)
夕張、涼月(特効)、朝潮、大潮、朝霜(特効)、北上(予備)

※ヴェールヌイはE-2に特効ありなので、甲を狙うならここに出すべき
※夕張は後段まで残したかったけれど、掘り効率優先で採用

※霰と間違えて霞ママを使っちゃダメ絶対


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日向と最上と鉄板焼き

現在(2020.07)進行中のイベントのE-3攻略中のお話です。
話題がややメタ寄り、あとがき部にE-4編成が載っています。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


梅雨の島嶼防衛強化作戦。

千島列島方面への兵站輸送を実施し、沖縄方面の防衛と瀬底島に沈む潜水母艦・迅鯨のサルベージにも(86S勝利+3大破かかったけれど)成功した。

 

だが、戦いはまだまだ続く。

五島列島沖に尋常ではない海流の動きと謎の発光現象が観測されたという。

 

「本当やんなるわね、うちの目の前よ。何だってこんなに本土付近まで深海化してきてんのよ」

「ここ半年、大規模な浄化をしてなかったからねえ」

「こっちは大雨で出撃どころじゃないってのにさぁ」

「そうだねぇ」

 

熊本県の天草提督からの愚痴電話に相槌をうちながら、沖縄土産のサーターアンダーギーをかじった、北の辺境提督。

一気に口の中の水分を持っていかれ、慌てて秘書艦のアブルッツィに片手拝みし、お茶を淹れてくれるように頼む。

 

さんぴん茶で一息つきながら、先行攻略している天草提督から、新海域の情報収集。

 

異変が起こっているのは、終戦後に伊58など24隻の潜水艦が海没処分された「ローズエンド作戦」の行われた海域。

この異常事態を引き起こしているのは、その時処分された潜水艦が深海棲艦化した、五島沖海底姫だという。

 

そして謎の現象に呼応するように敵深海機動部隊も接近しつつあり、これらを撃破しないと五島沖海底姫のいる海域へのルートが開かれないという。

 

敵の航空攻撃を防ぎつつ水上打撃にも威力を発揮し、潜水艦とも渡り合える艦娘といえば……。

 

「ああ、鉄板焼きでステーキが食べたくなった」

 

航空甲板は盾でも鉄板でもないのだが……まあ、そうなるな。

 

 

というわけで、七夕飾りを外したばかりの執務室で、鉄板焼きを囲みながら作戦会議。

 

鉄板焼きは執務室で浜茶屋や秋祭りの屋台をする時の必須装備、手入れは欠かしていません。

それを「流しそうめん」の机に職人さんが匠の技で合体させた、鉄板焼き机。

お好み焼きやもんじゃ焼きにも対応する優れものだ(実装を切に希望)。

 

 

「対潜攻撃のメインは不知火。アスディックの一番良いやつと、フレッチャーの何とかっていうロケット弾、それと合同艦隊作戦任務で貰った対潜魚雷を載せてって」

「落ち度だらけの指示ですね」

 

提督が言っているのは、HF/DF + Type144/147 ASDIC、RUR-4A Weapon Alpha改、対潜短魚雷(試作初期型)。

合計対潜値+52の最強装備群だが、こんな長い名前は鳥頭の提督には覚えきれません。

 

 

「対潜攻撃のサブはリベッチオ。四式ソナーと、三式爆雷投射機の最大改修したやつと、二式爆雷で」

「いいよ♪ イタリア駆逐艦の魅力、教えてあげるね?」

 

四式ソナー、正確には四式水中聴音機(三式は水中探信儀)。

HF/DFの付かないただの Type144/147 ASDICと比べて対潜値が1低いが、改修可能なので☆4にすると総合面で有利になる(らしい)。

 

そして、ソナー+爆雷投射機+爆雷の、いわゆる三種シナジーの効果は、シナジーのない微妙な上位装備(三式爆雷投射機集中配備)を凌駕する(という)。

 

いつもガバガバ装備な提督ですが、今回はRTA勢の新潟県・直江津鎮守府の提督に勉強させてもらいました。

 

(実プレイ時は、Z3(マックス)に三式爆雷投射機集中配備を載せてってボスにカスダメしか出ず、あわてて三種シナジーに換えたら先制対潜に1足らなくなりリベッチオに交代させたという無能っぷり)

 

 

「ジョンストンはレーダー付きの5inch単装砲を2つと、最大改修した三式ソナーを」

 

5inch単装砲 Mk.30改+GFCS Mk.37。

ジョンストンに2つ積むと、秋月型並みの固有対空カットインが発動するとか初めて知りました。

 

しかも1スロット余るからソナーを積んで先制対潜も可能。

あまりに優秀過ぎて、提督思わず絶対領域をナデナデしちゃいます。

 

「こら! 調子に乗るな!」

 

 

「アブルッツィはとにかく、残った対潜装備で良いものを満載して」

 

ルイージ・ディ・サヴォイア・ドゥーカ・デッリ・アブルッツィ級(コピペじゃないと無理)軽巡洋艦、アブルッツィ。

せっかく4スロットなのに素の対潜値が低いため、妹のガリバルディともどもケッコンしないと先制対潜と三種シナジーの両立が難しいのが珠に瑕。

 

「というわけで、アブちゃん、ガリちゃんとケッコンします」

「不知火に載せた装備をどれか譲れば解決するのでは?」

 

不知火(練度97)がジト目で睨んでくるが……。

 

「……それはそれとしてケッコンします」

 

極度のジュウコン提督だからちかたないね。

 

 

「最上は主砲3に紫雲で、敵水上艦への対処をお願い」

「うーん、3号を2本に、1本はプリンツからSKC34を借りようかなぁ」

 

最上に瑞雲を載せると対潜攻撃をしてしまう。

敵の水上随伴艦を無傷にしておくと、雷撃戦で損害が増えるおそれがある。

 

 

そして真打ち。

 

「日向は主砲2に六三四空隊とS-51J隊、それと索敵用の彩雲隊」

「うむ、艦載機を放って制空権を確保し、先制航空攻撃と先制対潜掃海、さらに弾着観測射撃で突撃。これからはヘリ搭載型航空火力艦の時代だな」

 

実はさっき、天草提督から「駆逐艦or軽巡1、海防艦3、空母2」というお手軽楽勝編成を聞いてしまったのだが……。

日向師匠のドヤ顔を見ると、やはりこの直江津提督に習った編成を選んで良かったと思う。

 

「そして、道中突破のための秘策……不知火、アブルッツィ、リベッチオ、日向、最上、ジョンストン。この隊列で警戒陣を使う」

 

なぜこの隊列なのか即答出来たら有段者。

万年級位者の提督、警戒陣センパイの特性と4番艦の重要性なんてまったく理解していませんでした。

 

 

「敵機動部隊とは連合艦隊で戦えるということなんで、ガングート、アーク・ロイヤル、ポーラ、デ・ロイテル、パースを加えて編成を組む。その時は日向、最上も制空補助に加わって欲しい」

 

後段作戦に備えて外人部隊で手札を温存しつつ、この五島列島の戦いは一気に駆け抜けたい。

 

 

「さあ、作戦も決まったし、焼き始めようか」

 

お中元で頂いた前沢牛のステーキセット。

うっすら脂の入った、赤身の旨みが濃厚なランプ(腰からお尻、ももにかけての部位)だ。

 

しっかり常温に戻しておいた肉を、熱々の鉄板に牛脂を引いて……。

 

「いくよ」

 

ザジュワアァァァ!

 

肉を置いた途端、美味しそうな音を立てて脂が爆ぜた。

 

「不知火、味付けをお願いね」

「お任せください、司令」

 

こういう良い肉をいただく時、特に一枚目にはシンプルに岩塩と胡椒をかけるだけ。

ミルでゴリゴリと粗めに挽きながら、鉄板の上で直接味付け。

 

汗をかくように表面に肉汁が浮かんできた肉を、コテとフォークを使って一気に裏返す。

再び猛烈な音と、芳しい匂いが立ち昇る。

 

ステーキらしい焼け目の付いた肉の神々しさ。

そこにさらにミルを挽いて追い塩胡椒。

 

ゴリゴリという音が、ジュウジュウという焼き音に重なり、雰囲気満点。

焼けた肉の香ばしさに、思わず唾を飲んでしまう。

 

ひっくり返した肉は、もうあまり焼かないでいい。

 

フォークで切り分け……って、驚くほどにスッとナイフが通ってしまう柔らかさ。

切り口は鮮やかに赤いレア状態。

 

「さあ、もういいよ」

 

一口大に切った肉をフォークで刺し、口に運べば……。

 

「ふぉっ」

「わあぁ?」

 

不知火とリベッチオの口から変な声が漏れたが、その気持ちもわかる。

 

ジューシーな肉汁に、あっさりした脂と上質な赤身の美味しさ。

 

みんな恍惚とした表情を浮かべている。

うん、一度この味を知ってしまったら、絶対に菜食主義者になんかなれない。

 

「提督、ワインを開けましょう!」

「それなら次はシャリアピンソースをかけましょ?」

「じゃ、リベが玉ねぎ摺りおろすね」

「最後はポン酢醤油で日本酒もいいな」

「日本酒なら、ホタテのバター焼きと長芋も合うね」

「ここにご飯が無いのは落ち度です。急いで厨房でもらってきます」

 

ワイワイ賑やかな家族の食卓。

天気暗雲なれども士気高し、です。




※E-4は掘りを考えて乙で攻略しました。
この編成で甲だと、友軍が来ない限りラスダンで沼ると思います。
乙は開幕から敵がどんどん溶けていき、こちらの空母や陸奥が一発中大破させられる確率が低いのでヌルゲーです。


E4-1(輸送護衛部隊)
鬼怒、霞、山雲、深雪、睦月、瑞鳳
阿武隈、足柄、ザラ、秋月、初月、野分

E4-2(水上部隊)
陸奥、長門、ザラ、鬼怒、霞、瑞鳳
野分、足柄、秋月、初月、阿武隈、木曽

E4-3(機動部隊)
長門、陸奥、大鳳、赤城、瑞鳳、ザラ
足柄、初月、野分、阿武隈、木曾、霞

*E7甲を目指すなら長門、陸奥、赤城、瑞鳳は温存推奨です


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アワビと囲碁と箸休め

江戸っ子にとって湯屋は、暮らしに欠かせぬ大切な場です。
体を洗うだけでなく、
コミュニケーションを深めるオープンスペースでした。
町内の人々が集まる湯屋では、
噂話に花が咲き、広い二階座敷は、さながら公民館の自習室。
囲碁将棋、読書、居眠りetc...。
のんびりとした時間が流れていました。

             杉浦日向子著『お江戸風流さんぽ道』より


「オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ…オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ…オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ…」

 

執務室の奥に設けられた護摩壇の前で真言を唱え続ける、黒衣の女性提督。

薄暗い室内、ゆらめく炎に照らされるのは、白地に『毘』と『龍』を描いた一対の軍旗と、丸の内に(くちばし)を阿・吽とした二羽の雀が対い(むかい)あっている上杉家の家紋。

 

「為せばなる 為さねばならぬ 何事も……」

 

ここは日本海の荒波に面した、新潟県の直江津鎮守府。

 

「成らぬは人の……」

 

全国鎮守府の提督たちに恐れられ、また崇められる、RTA最強の軍団。

 

「為さぬなりけり」

 

その総帥であり、天草提督が評するに「不治の厨二病」を患っている「ボクッ娘歴女提督」。

 

「我が艦隊は降魔の軍なり……」

 

あの戦果お化けである横須賀提督(直江津提督とはカップリング趣味で相容れない不倶戴天の強敵(とも))でさえ即時攻略を諦め、全艦隊を撤収して睡眠(ねおち)に入っているというのに……。

 

「神仏に代わりて全ての不義を討つ!」

 

南太平洋海戦の最終決戦に際し、枯渇している燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト……全て軍札(借金)で賄う決意を固めた瞬間であった。

 

 

さて、いつもの北の辺境鎮守府。

 

例年のように青や紫から咲き始め、雨に打たれるうちにピンクや白の花弁が咲き乱れた庭の紫陽花。

 

もとは温泉旅館だった、ここの鎮守府の艦娘寮には、いくつかの温泉風呂がある。

 

木の温もりを感じさせる、檜張りの広々とした浴室の和風大浴場。

それと対をなす、スペイン風漆喰と精緻な色彩美に満ちたタイル張りの内装の洋風大浴場。

大浴場から続く庭園に設けられた、小さな露天の岩風呂。

 

もう一つ、バブル期にこの温泉旅館を買った東京の会社によって地下に増設された中浴場。

ジェットバスやサウナといった付帯設備が目当ての艦娘ぐらいしか利用しない、どこにでもある現代的な浴場だったのが……。

 

何ということでしょう!

 

匠の手で昭和の下町銭湯風な浴場に大変身。

もちろん、湯船の上の壁面には富士山がタイル絵で描かれているし、桶や椅子も黄色のケ○リン。

 

この中浴場は提督も入っていい混浴浴場だったのだが……。

 

最近一気に新入りの艦娘が増えたため、彼女たちを驚かせないようにと、一時的に提督の入浴が禁止されてしまった。

 

 

そんなわけで、ちょっと拗ねている提督。

せめて温泉気分だけでも味わおうと、浴衣姿で休憩室に入り浸っている。

 

休憩室は艦娘たちがくつろぐための五十畳の和室。

茶と菓子はもちろん、漫画や雑誌、将棋やトランプなどのゲーム(ただし非電源に限る)まで用意してある。

 

お風呂上りに気ままにゴロゴロ寝そべったり、遠征の出番を待ちながらかりんとうを齧ってアズール(タイル配置系ボードゲーム)に興じたり、仲間とたわいのないおしゃべりに花を咲かせたり。

 

あるいは、てるてる坊主作りを習ったり、園芸、手芸、陶芸、染め物に始まり、カメラや紅茶の淹れ方など様々な教室が開かれたり、畑仕事の人手や釣り要員を募集する張り紙が貼られていたり、この休憩室は各種サークル活動の中心地でもある。

 

「うーちゃんEatsだぴょん♪」

 

鎮守府の埠頭には、遠征や出撃に出かける艦娘や工廠で働き詰めの明石のために、いつも何がしかの屋台が数店は出ている。

寿司、蕎麦、茶飯、おでん、天ぷら、串揚げ、焼き鳥、モツ焼き、みたらし団子、五平餅、コロッケ、ヴルスト(ドイツ語でソーセージ)、パニーノ、ハンバーガー、ホットドッグ、クレープ、フィッシュアンドチップス、ミートパイ、ピロシキ、ニシンサンド、ケバブ……定番はこのあたりで、おつかいのついでなどに手軽にパクつける。

 

さらには、うーちゃんのように艦娘寮の方にも出張販売に来る売り子役がいるので、この鎮守府ではいつでも食に困ることはない。

 

さっそく、浜風がアワビの串焼きを買っている。

肉厚のアワビをやわらか~く煮込み、たまり醤油と砂糖、みりんで甘じょっばく味付けして、最後にさっと炙り焼いたもの。

 

その美味しさは、浜風の顔を見ているだけで想像がつく。

 

 

思い思いにくつろぐ艦娘たちを眺め、提督がニマニマしていると……。

 

「おっ、司令、暇してんのか? 碁盤空いたし、せっかくだし一局打とうぜ~♪」

 

酒保で買ったミナツネの「あんずボー」を齧りつつ、碁盤の方で手招きするのは夕雲型16番艦、朝霜様だった。

 

忘憂清楽、深奥幽玄。

 

黒と白の石を交互に、盤上の線と線の交わった交点に打つ。

相手の石の周囲を自分の石で囲めば、その相手の石を取れる。

 

石を打った瞬間、周囲を囲まれてそのまま取られる状態になってしまう場所(着手禁止点)には打てない。

ただし、そこに打つことで相手の石を取り、囲まれた状態を破れるなら着手禁止点にも打ってよい。

 

着手禁止点を2つ以上持て(持てることが確定すれ)ば、その石の集団は活き(いき)

活きた石の集団で囲った陣地の内側の交点が多い方が勝ち。

 

基本的なルールはたったそれだけの、いともシンプルなゲーム。

だが、単なる二色の石の凌ぎあいが、脳漿を絞りつくす千変万化の戦いを生み出し、二千年以上に渡って人類を魅了してきた。

 

提督も囲碁は大好きで、有段者なんだけど……。

 

 

 

ここからの提督(黒)VS朝霜様(白)の戦いの様子は、某名曲の替え歌でお楽しみください。

 

 

白のオキがいま 隅の急所叩いても

大場だけを見つめて 微笑んでる提督(あなた)

 

コスミツケられて 逃げることに夢中で

一眼さえまだできない いたいけな欠け眼

 

だけどいつか気付くでしょう そのサガリには

ダメを詰めて殺すための ハネがあること

 

残酷な死活のテーゼ

花六で やがて潰れる

 

サルスベリ ノゾキを利かせ

連絡をズバギルなら

 

捨て石を放り アテコミ

オイオトシ 頓死になれ

 

 

「負けました」

 

盤上には黒石が死屍累々。

ダンボーのような顔になった提督が投了を告げる。

 

「はっやーい!」

「あたしも碁打ちの提督を沢山見てきたけど、そこまで弱い提督は…いないぞ」

 

いつの間にか碁盤を覗いていた島風と長波から、キツーイ言葉が。

そう、提督は初段を名乗っているが、実は新聞の認定問題で免状をもらっただけの、なんちゃって有段者なんです。

 

しばらく沈黙していた提督だが、休憩室に新たに現れた艦娘を見て……。

 

「福江もーん! 朝霜に囲碁でイジメられたよー!」

「なにっ、よし、司令の仇はとってやる」

「うわっ、コイツ、海防艦に泣きつきやがった!」

 

大規模作戦は甲乙甲乙甲乙丁、ストレスレスなここの鎮守府は今日も平和です。



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梅雨明け間近の新人歓迎会

題名のとおり、新艦娘やそのセリフが登場します。
ネタバレを見たくない方は避けてください。


艦娘寮の本館1階。

大きく突き出した堂々たる玄関口は、高野山金剛峯寺の大玄関を模した、本格的な寺社建築様式。

 

特に、匠の職人妖精さんたちが手を加えてからは、破風飾りの迫力ある龍に、麒麟、玄武、鶴、虎、唐獅子といった宮彫りも凝りに凝って精緻に施され、荘厳さに磨きがかかっている。

 

しかし、そんな有難みもどこ吹く風。

 

収穫した枝豆のコンテナやビール瓶のケースを抱えたまま、今日も足で玄関の戸を開ける艦娘たち。

おかげで左側の戸には一か所、ちょうど靴のつま先がはまる窪みが出来てしまっている。

 

いつもはお行儀のよい名取も、一瞬の逡巡の後、足で玄関の戸を開けていく。

両手で抱えているのは、埠頭から運んできた、段々重ねにした大きな発泡スチロール箱。

遠征組が伊豆大島沖で釣り上げてきたイサキがどっさり詰まっている。

 

今日は新人歓迎の大宴会です。

 

 

厨房の中を、手慣れた様子で宴会の準備に走り回る日本の艦娘たちを見て、アトランタはため息をつく。

 

彼女が艦隊に合流して、まだ8ヶ月足らず。

 

その間に、アトランタたちの新人歓迎会、クリスマス、忘年会、大晦日の大宴会、新年会、節分のお祭り、桃の節句の雛祭り、春のお彼岸、昭和の日のお祝い、端午の節句のお祭り、田植えの打ち上げ、大規模作戦前の壮行会、七夕祭りと、すでに13の全員参加の大宴会があった。

 

その他にも、梅の花見、桜の花見、つつじの花見、バーベキュー、窯焼きピザ会、山開きのピクニックと、野外イベントも多数あったし、中宴会、小宴会は数えきれない。

 

「あれ、どうかした?」

「ううん。ま、いいけどね……」

 

あきらめたように呟き、手慣れた様子でスケトウダラをさばくゴトランドから渡される身を、すりこぎですり潰していくアトランタだった。

 

 

ついに250人を超えた鎮守府の家族を余裕で収容できる、改装工事によって拡張された大宴会場。

 

各所のテーブルには大皿に盛られた、枝豆の塩茹で、ごぼうの唐揚げ、甘エビの唐揚げ、焼き立てのちくわ(近海で大漁のスケトウダラをすり下ろした自家製)、白瓜の塩もみとナスの漬け物が山盛りに。

 

各自の席には、ワカメとキュウリの酢の物に蟹肉を散らした小鉢。

そして、キンキンに冷えた犯罪的なおビール様。

 

「えー、みんなお疲れさまでした。今日は新しい仲間を迎えられたことを祝って、楽しくやりましょう。それじゃグラスを持って……カンパーイ」

 

提督のまったく威厳のない挨拶で宴会のスタート。

 

畑から野菜を収穫してきて茹でたり揚げたり漬けたり。

暑い中を一日、一生懸命立ち働いて渇いた喉に、冷たいビールが染みわたる。

 

そして、枝豆の濃い大地の味と香りがビールとまたよく合う。

 

どうでもいいけど、さやを捨てるために鳳翔さんが作ってくれた、不要になったカレンダーやチラシを折った紙のゴミ箱、昔よくお祖母ちゃんも折ってたなぁ……。

 

「これって、フライドポテトとはまた違った美味しさよね」

「このほのかな甘み、クセになる~」

 

ごぼうの唐揚げに夢中になっているのは、アイオワとイタリア。

今作戦では、比叡、霧島とともに鉄底海峡に突入させてみたが、高速戦艦3だとルートが逸れるため(高速戦艦2+高速"化"戦艦でないとダメ)、結局はタービンを積んだ武蔵にバトンタッチすることになった。

 

「寿司ネタだと甘エビは甘ったるくて苦手だが、唐揚げは別だな」

「うむ、サクサクして美味だ」

 

その武蔵や、ネルソンの特殊砲撃をもってしても容易に倒せなかった、南方戦艦新棲姫(特に甲の-壊-)。

 

「Admiral、ビールついであげるわ」

「うん、ありがとうコロラド」

 

噂のコロちゃんタッチも、乗るしかないこのビッグウェーブ!と思って何回か試してみたけど……やっぱアカンね。

試行回数で撃破できる気もしたが、猛烈な対空砲火で毎回基地航空隊が壊滅するのに耐えきれず、提督はそそくさと乙作戦に切り替えた。

 

「チクワ? これをアトランタが作ったのか? どんな味なんだ?」

「えぇと……食べれば分かる」

 

青髪に赤白の星条旗カラーの染め分けが入ったド派手なルックスのサウスダコタ。

この立派な胸部装甲と素敵なおヘソに出会えただけで良しとしましょう。

 

 

「提督ぅ! 刺し盛デース!」

 

テンション高く金剛が運んできてくれたのは、萬古焼の大皿に美しく盛られたカツオ、イサキ、イワシ、マダコ、アオリイカの刺身、生ウニとネギトロも添えられているのが嬉しい。

 

「うん、梅雨時期にたっぷりと脂が乗ったイサキは絶品だね」

「提督、そろそろ焼酎になさいますか?」

 

霧島に勧められて、白霧島の水割りに。

ふくよかや芋の味わいと、ほのかな甘みのバランスが良く、様々な食べ物にマッチして飲み飽きない。

 

「あぁ、もう、リベたち! 今からそんなにイワシでご飯ばっかり食べないでよ!」

「だって、美味しいんだもん。ねーっ?」

「ウン、オイシイ……」

「んん~美味し♪」

 

ニューブリテン島東沖でバカンスしてたところを、リベッチオにバンバン爆雷をぶつけられ、かなりオコだった潜水新棲姫。

続くソロモン諸島の戦いでは、仕返しとばかりにグレカーレばかりを狙っては、何度も大破撤退させてくれた。

 

が、作戦が終って(ここの鎮守府が勝手に)休戦した今は元の仲良し。

境港鎮守府との演習の際に仕入れてきたカタクチイワシの刺身で、ご飯をバクバク食べている。

この時期の境港の、新鮮な獲れたてイワシは本当に美味しいのだ。

 

 

「妙高姉さん、このカツオ、ニンニク醤油と『亀泉』でやると最高よっ!」

「生ウニの磯の香りに『男山』の組み合わせもなかなかだぞ」

「私は……イサキのさわやかさに『醸し人九平次』が合うかなって……」

「ちょっと、あなたたち! 少しはセーブしなさい!」

 

今回の作戦で大忙しだった重巡たち。

すでに日本酒を何本も開けて飲み比べを始めている。

 

「ポーラはぁ、タコさんに『鳳凰美田』が好みですね~」

「ポーラ! それ何本目なのっ!」

 

そんな喧騒の中、小皿を取り分けたり、醤油をまわしたりと、小まめに働いているのは……。

鎮守府の居候、重巡ネ級。

 

君、今回は重巡棲姫の代打でツルブ急襲部隊の旗艦やってたけど、「改II 夏mode」は滅茶苦茶強かったね……。

頑張り屋さんで気が利くのは良いけど、あちこちでホイホイ随伴艦を務めたり、あまつさえ分身しちゃうのは、提督どうかと思うなー。

 

「集積さん、ネギトロ美味しいですよ」

「ほら、三浦沖で釣ってきたイカ。甘くて美味しいんだから」

「イイヨ、カマウナヨ!」

 

朝潮と満潮に世話を焼かれて困っている集積地棲姫みたいに、あちこち出てくるたびに「ごっつぁん」と思えるならいいんだけどねぇ(今回もよく朝潮隊に燃やされてくれました)。

 

 

「ツユの焼いてくれた、このしらす入りの卵焼きうめぇなぁ!」

「これ有明、食べながらしゃべるでない。白露、時雨、妹が迷惑をかけてすまんのぉ」

 

想像以上にフリーダムな性格だった、初春型五番艦の有明。

素晴らしい順応力を見せて、鎮守府の生活に馴染んでくれている。

 

「あら、あなたたちは……? アキグモ、マキグモ、だったかしら? モデルを? うぅん……考えておくわ」

「ねえ、パース、デ・ロイテル……明日はあなた達とコメリ遠征だって言われたんだけど、コメリってどこの島かしら? え……ハウス資材? ボーチューネット? 分かる分かる……って、全然分からないわ」

 

アメリカ艦娘のホーネットとヘレナは、まだ戸惑いがあるようだが……。

まあ、すぐに馴れるだろう。

 

「お次は、豚しゃぶおろしポン酢やでー」

「ほら、五航戦。南太平洋作戦では空母夏姫と戦うのを避けて軽母ヌ級相手に楽(丁作戦)したんだから、あなた達が運びなさい」

「そう言う自分も五島列島じゃ大した航空戦してないくせに!」

「でも甲作戦よ。その差は大きいわ」

「むきーっ!」

 

「はい、いーっぱい食べてね」

「清霜さん、ありがとうございます!」

「たっくさん食べて、いっしょに戦艦になろうね」

「え……戦艦……ですか? 駆逐……いえ、丁型駆逐艦には難しいかなー……」

「なれるよ絶対!」

 

新しい家族を迎えて、鎮守府暮らしはますます賑やかです。

 

 

鎮守府の埠頭では、沖縄土産のアロハシャツに短パン姿の提督が新入りの第四号海防艦(よつ)の手を引きながら、友軍援護のための艦隊出撃を見送っていた。

 

「我が心の友、木更津提督が小笠原諸島で駆逐林棲姫を撃破できず、大変面白……もとい、心苦しい状況になっている。千葉名物「ピーナッツ最中」の菓子折りをもらったことだし、みんなの力でどうか助けてやって欲しい」

 

しらじらしい訓令を発する提督だが、あそこの難敵である戦艦棲姫改2人を宴会に招待してうなぎをおごり、キラ付けしたのはこの男だ。

 

「はい提督、私、いけます。潜水母艦迅鯨、出港です」

「第十五潜水隊、伊47。出撃。戻って、くるからね」

「これ、木更津提督が憤死する編成(やつ)でち」

「ならなら、よーつと、松のあねごぉも…出撃しちゃいますかぁ?」(←最大素火力28)

 

ゴーヤの言葉から逃れるように視線を外した先、提督の目に入るのは19本のドラム缶。

サンタ・クルーズ諸島沖で南太平洋空母棲姫を撃破できずにいる天草提督からの贈り物、天草諸島の海の幸の詰め合わせだ。

 

(こっちには全力の艦隊を送ってあげなきゃなあ……)

 

迅鯨たちを見送ると、提督は二航戦の他に誰を送り込むか、編成を思案するのだった。



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秋の栗ご飯と太刀魚のムニエル

 下弦の月に照らされ、左前方にうっすらと島影が見える。

 

「夜戦演習か……嫌なんだよね。悪い予感しか、しないけど……」

「護衛空母が夜間に島嶼部に侵入なんて……無理無理無理、こんなの無理ぃ」

 

 単縦陣の二番手を進むアトランタと、四番手に位置するガンビア・ベイから不安の声が漏れる。

 

「……ま、夜の戦いは気をつけるようにするわ。SGレーダーに反応はないわ」

「よし、艦隊針路このまま」

 

 三番手を進むヘレナの報告に頷くと、先頭を進む旗艦サウス・ダコタは毅然と言い放つ。

 

「まじかー? やっばーい……」

 

 艦隊の最後尾を行く五番手、デ・ロイテルは合衆国の艦娘たちと自分に降りかかるだろう近未来の災難を予測し、ため息をつくのだった。

 

 

 熟練見張員妖精さんは闇夜の中(島によって反射波が拡散されて探知距離の落ちていたヘレナのレーダーよりも先に)、演習相手である連合国の艦娘たちの姿を発見していた。

 

「右舷、砲雷撃戦用意」

 

 先頭を進む神通の命令に、麾下の駆逐艦娘たち、嵐、萩風、谷風、浦風、浜風が一斉に砲と魚雷を右舷へと向ける。

 

「目標、敵の先頭艦。これより帝国海軍伝統の夜戦により、敵戦艦を撃滅せんとす」

 

 彼女たちの顔に浮かぶのは笑み。

 夜戦で戦艦を討つことこそ第二水雷戦隊の本懐であり、そのために血反吐を吐くような猛訓練を重ねているのだ(たまには遠征も手伝ってくださいby睦月型一同)。

 

「距離9000、魚雷戦開始! 方位角……」

 

 神通が魚雷を向けるべき方位と雷速を指示する。

 やがて、圧搾空気によって発射管から押し出された九三式酸素魚雷が、次々と真っ暗な海へと飛び込み、航跡もなく敵の未来予想位置へと疾走していった。

 

「電波統制解除。22号対水上電探改四(後期調整型)、探知開始!」

「敵、針路変更。予想通り、こちらの頭を押さえて同航砲戦に持ち込む企図です」

「面舵いっぱい! 魚雷次発装填! 敵艦隊に肉薄しつつ一斉反転、魚雷到達と同時に探照灯を照射し、至近より魚雷第二射を行います!」

 

 この後、メチャクチャ夜戦した。

 

 

 風は段々冷たくなり、季節はもう秋。

 提督の執務室も柿をモチーフにした落ち着いた色合いの壁紙に包まれ、窓辺に飾られたすすきが揺れ、すっかり秋らしい装いになっている。

 

 もっとも……。

 

「剥いた栗、間宮さんのとこに持ってくっしゅ!」

「……ふ、ふふふ……こんなにいっぱい」

「くっりごーはんー♪ くっりごーはんー♪」

 

 やんちゃ盛りの海防艦たちのために特注で準備された海防艦向けの汎用円形机は、栗拾いで拾ってきた栗をみんなで剥いていたので散らかり放題。

 床はチビッコたちのラクガキだらけ、壁にはド派手な大漁旗、階下のお風呂に直行ドボーンできるようにまさかの脱衣所まで完備。

 

「勝浦沖のカワハギ、なかなか渋かったけど、鳳翔さんとこに出せそうなのがポツポツ交じったかな」

「こっちの太刀魚班は館山から出て、猿島から走水(はしりみず)でドラゴン級がバンバン揚がったわ」

「外房のショウサイフグ、今日は入れ食いだったよ。トップの山雲ちゃんなんて72匹も釣ったんだから」

「ここもグリスを塗ればいいの?」

「ん、そこはオイルだな。龍田ぁ、パースにオイル渡してやってくれ」

「はぁ~、疲れたクマァ。ムロアジを泳がせてたら、こ~んな化け物みたいなカンパチが釣れたクマ」

 

 本藍染めの作務衣姿で季節の趣を感じようとしていた提督だが、釣り遠征から帰った軽巡艦娘たちが釣り具の手入れをしながら釣果自慢の大騒ぎをしていて、しっとりした空気はここにはない。

 

 前回の大規模作戦の際、ドサクサに紛れて五島列島と小笠原諸島、そして「強い友軍艦隊を出してくれ」と泣き土下座を入れてきた木更津提督の「好意」に甘えて千葉県の各所に、釣り遠征用の「門」を多数設置させてもらったため、釣り場も対象魚も豊富になった。

 

 元は漁協の事務所だった鎮守府庁舎の横には、竿や仕掛けがビッシリ並んだ大きな小屋が建ち、その壁には「本日の釣りもの:ロックフィッシュ船:ビシアジ・サバ:カワハギ:テンヤタチウオ:カットウフグ:父島泳がせ五目:その他4名以上で出航確定」なんて遠征要員を募集する看板がかけられ……鎮守府の埠頭はまるで船宿状態です。

 

「う~ん」

 

 本業のちゃんとした遠征で集めた燃料も、どんどん釣りの燃料として右から左に消えていくので備蓄がまったく進まず、先の大規模作戦の痛手からいつまでも回復できないでいるのだが……。

 

「まあ、美味しい魚が毎日食べられるんだし、いいか」

 

 提督は深く考えず、七福猫の置物のように目を細めて笑うのだった。

 

 

 夕飯時の食堂はいつものように賑やかだ。

 

 メインはバター醤油で香ばしく焼かれた、太刀魚のムニエル。

 ふわふわの白身に、じゅわりと上品な脂がのった旬の味。

 

「明日はルアーでカツオを狙うから、アトランタ行くっぽい?」

「どうしてこの艦隊、こんなに釣りが好きなんだよ」

 

 昨夜の演習ではレーダー管制射撃で次々と駆逐艦娘たちを小中破に追い込んだものの、到達した第一波の魚雷により一撃大破して真っ先に脱落したアトランタが、憮然とした表情で味噌汁を飲み……。

 

「!?」

 

 フグの中骨でダシをひいた極上の味に目を白黒させている。

 いい味するんだ、これが。

 

「おお、神通! 何だあの攻撃は? あれが噂のジハツゥーソーテンか?」

 

 演習では、主砲で探照灯をつけた神通を血祭りにあげたものの、第一波魚雷の集中命中で中破され、速力が落ちたところをさらに次発装填魚雷で撃破されたサウス・ダコタ。

 

 その隣では、乱戦の中を右往左往するうちにいつの間にか中破していたガンビア・ベイが、小松菜の煮びたしをおかずに、幸せそうに栗ご飯をパクついている。

 

「ヘレナさん、このレンコンの天ぷらどうっすか? へへっ、美味いでしょ?」

「こっちの舞茸の天ぷらも、ぶち美味いけんね」

 

 嵐と浦風が妙にヘレナになついている。

 この二人、演習でヘレナと壮絶な近距離砲撃戦(どつきあい)を演じて仲良死したのだ。

 

 ちなみに、文筆家で江戸風俗の第一人者だった故・杉浦日向子さんによれば「天ぷらは、調理法ではなく、魚貝の揚げものを示す名詞だから、レンコンの天ぷらといったものは存在しない。(大江戸美味草子より)」とのことだが……まあ、許してつかぁさい。

 

「だからシーバスってのは提督と一緒なのよ。活性の高い時なら浜風のバイブレーションな下着姿を見せれば一発で喰いついてくるけど、喰いが渋い時は萩風みたいな控えめなアクションのシンペンで逆に気を引いて喰わせたりするわけ」

「わかるわかるー」

「「陽炎姉さん、ルアーを私たちに例えるのやめてください!」」

 

 ここの鎮守府は今日も美味しく平和です。



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年末鎮守府と、お餅の白菜ロール

鎮守府のある海辺よりも、もう少し山側に行った地域には、昔から餅文化が根付いている。

季節の折目や祝い事など、ことあるごとに餅を食べる(「もち暦」とまで呼ばれる)風習があるのだ。

 

例えば、元旦に鏡餅を食べるのは当然、1月7日の七草粥には餅を入れるし、農始めの1月11日には神棚からさげたお供えの餅を「ふくとり餅(きなこ餅)」にして食べる。

桃の節句や八十八夜にはよもぎ餅、春の彼岸には牡丹餅、丹後の節句には柏餅、お盆には先祖に供える土産餅、仲秋の名月に月見団子、菊の節句に九日餅、秋の彼岸にずんだ餅、稲刈りも終わった10月1日には新殻を天地神に供えてお刈上餅、年末の大掃除には煤掃き(すすはき)餅……。

 

より細かいものになると、2月1日に家の門柱や神棚に蔦を飾る「蔦この正月」には歳の数だけ小さな餅を食べ、4月8日のお釈迦様の誕生日には小豆ご飯と餅を供え、田植えが終ったときには植え上がり餅を食べ、11月24日には弘法大師に果報餅を供える……などなど。

より狭い地域単位のローカルな風習も含めると、その日数は年に60以上に達するほど。

 

というわけで……。

 

「ぱんぱかぱーん! コ〇リに良い感じのケヤキの臼が売ってたから、衝動買いしちゃったわ♪」

 

この辺りでは、国道沿いのホームセンターの軒先に、立派な餅つき道具が当たり前のような顔して売られています。

 

「そこの新しいちっこいの、餅つきをやってみるか?」

「なに~? アタシがやるのぉ~? うん~!」

「よーし、筑摩ぁ! 餅米を持ってくるのじゃ!」

「あら、それなら大根をおろさなくちゃ」

 

自宅での餅つきはステイタスであり、大切な家族の儀式。

おかげで、ちっこいのからでっかいのまで、ここの鎮守府はみんなお餅好きになってしまった。

 

 

さて、師も忙しく走り回るという12月だが、ここの提督はコタツで丸まっている。

 

ハロウィンには野分(のわっち)に大冒険をさせて楽しみ、ついに来た雪風の更なる改装に大喜びした。

 

そして、欧州での船団輸送作戦に挑み、地中海はマルタ島を通り、バレンツ海からノルウェー北岬沖へと船団護衛を繰り返し、新たにシロッコ、シェフィールド、ワシントンを仲間にし……。

 

なぜか欧州から一転して「台湾方面への輸送船団護衛を完遂後、比島方面の防衛強化のため多号作戦を実施、機を捉え、反撃作戦を実施せよ!」という、大本営の突然の命令にも従い、ルソン島沖やオルモック沖でも勇戦を続けたのだが……。

 

「もう空襲イヤ。おんなじこと何回もしなきゃいけないギミックもイヤ。ナ級の先制雷撃キライ」

 

提督は相次ぐ大破撤退のストレスで、すっかり拗ねきっていた。

 

「あっ、司令官! 後で龍鳳さんと速吸さんが、新しいクリスマスの服を見せに来てくれるそうですよ?」

 

吹雪が何とか提督の機嫌を回復させようとするが、ピクッと反応するだけで、あまり効果はないようだ。

 

「よし、駅を建てるわね。これでサイコロを2個振れるようになるわ」

「大淀が税務署を建てたのが怖いな……」

「納税は市民の義務ですよ、マグロ漁船で荒稼ぎを狙ってる長門さん」

 

グダった提督がとる行動はもう大体読めているので、叢雲、大淀、長門の首脳陣は提督を放置し、コタツの上で『街コロ』をプレイ中。

「麦畑」と「パン屋」しかない小さな街を、段々と発展させていく日本産ボードゲームで、2015年の「ドイツ年間ゲーム大賞」にもノミネートされた名作だ。

 

真剣な駆け引きが楽しめる割に、(割と)のんびりムードで進行し、(比較的)ギスギスしないのが『街コロ』の良いところ。

 

「うーん……」

 

提督の方は手元に置いたA4のコピー用紙に何度も目を落としては、アホ犬のように唸っている。

 

パソコンを自由に使わせてくれる、鎮守府最寄の駅前にある喫茶店「アリス」で印刷させてもらった、陸上攻撃機「深山」のwiki情報。

 

この日本海軍最大の四発機とその改良機が、今回の最終海域の作戦報酬。

外見的には凄そうなのだが……史実の評価を見る限りは……エンジンを強化した「深山改」も含めて……。

 

「見てくれよ、この大玉の白菜。エンドウさんとこの無人販売所で100円で売ってたぜ」

 

提督の耳に、近くの農家で買ってきた見事な白菜をまるゆに見せる木曾の声が届いた。

 

ポキっ、と提督の心が折れる音を、確かに吹雪は聞いた気がした。

 

ここの鎮守府の畑で育てている白菜もなかなか立派に実っているが、苗を1株110円で買ったものだったりする。

今年は長梅雨と猛暑のせいで、種からうまく育たなかったのだ……。

 

「提督、そろそろ腹は決まったか?」

 

サイコロを2個振り合計10の目を出し(港カードの効果で出目に+2して12達成)、マグロ漁船カードの効果でさらにサイコロを2個振った出目と同じ7コインを獲得しながら、長門が訊ねてくる。

(マグロ漁船は拡張セット『街コロプラス』のカードだけど強過ぎるので、何かハウスルールで縛らないと漁船祭りになるので注意)

 

「うん……やっぱり、深山いらないや」

「あっ、大淀……9!?」

「ギャーー!」

 

提督の言葉と、大淀の振ったサイコロが税務署の効果を引き起こし、10コイン以上を持つ叢雲と長門の資産の半分を没収したのは同時だった。

 

「納税ありがとうございます。このまま何も建設をせずに終了して、空港の効果でさらに10コイン追加。次のターンに電波塔を建てたら大都市達成で勝利です」

 

税務署には逆らえないから仕方ないね。

 

 

物欲を捨て、難易度を丁に落とした提督。

 

「ねぇ、お腹すいたー」

 

サラトガ、ホーネット、イントレピッドを基幹とした空母機動部隊を送り出し、すでに勝っ風呂モードである。

 

「お餅の白菜ロールが残ってますよ」

 

吹雪が出してくれたのは、お餅を白菜とベーコンでくるみ、おでんのスープでコトコト煮たもの。

 

シャクっと白菜を嚙み切ると、中からトロ~リもっちりの搗き立ての熱々お餅が顔を出す。

ほっこり優しい味の、寒い季節に嬉しい料理だ。

 

「大淀、お前がアサシンじゃないのか?」

「まさか。長門さんこそ裏切り者の匂いがしますよ?」

「あんた達、どっちも怪しいのよねぇ……」

「大丈夫です、友情パワーで乗り切りましょう!」

 

長門たちのゲームは松を加えて「ニャーメンズ」に変わっている。

 

ネコのマスク「ニャー面」をかぶった仲良しグループ「ニャーメンズ」。

北極へと冒険に向かうが、通信機とスノーモービルが壊れてしまい、まさかの遭難。

無事生還するため、全員協力して修理しなければならないのだが、メンバーにはアサシン(殺し屋)が紛れ込んでいるかもしれない……、という「裏切りの協力ゲーム」だ。

 

シンプルながらも、適切なジレンマが働く絶妙なゲームバランスに、人狼ゲームの要素が上手く編み込まれた、2019年発売の新鋭国産ゲームだ。

 

窓の外では4姉妹がそろったマエストラーレたちが雪だるま作りに興じ、シェフィールドがアーク・ロイヤルからソードフィッシュを押し付けられ、ワシントンがサウス・ダコタと何やら言い争っている。

 

「平和だねぇ」

 

今年は色々あったけど、何とか年を越せそうです。

 

来年は良い年になりますように。




【オマケ】

お正月です。

提督の執務室の窓枠は、ミニ門松と干支の(うし)をモチーフにした置き物、華やかな飾り立てられている。
壁にも丑年の鎮守府新春飾り、そして部屋の隅にはどでかい門松。

今年も書き初めをしていた海防艦ズの、筆が勢い余った畳を雑巾がけする空母ヲ級。
肝心の海防艦ズはお片付けもそこそこに、北上とガンビア・ベイの手を引いて羽根つきと凧あげに行ってしまっている。

「あけましておめでとうございます!」
「Happy New Year! Admiral、オトシダマーは?」

提督はちゃぶ台で磯部餅を頬張りながら、着飾った艦娘や深海棲艦から新年の挨拶を受けている。

鎮守府に集うものにとって大事な家具、それが鎮守府ちゃぶ台。
四季折々の食べ物、そして蜜柑も配備済み!の特注家具だ。

火鉢の炭火でパリパリに焼いた磯部餅は、こんがりと香ばしい。
砂糖醤油の甘じょっばさに、新鮮な海苔の風味に包まれて、凝縮された米の味がもっちりと広がる。

「提督、デザートに甘いお餅はいかがですか?」

瑞穂とコマンダン・テストが作ってきてくれたのは、お餅のバターフレンチトースト。

卵液をたっぷりつけてバターで焼いた薄切り餅に、小倉あんとホイップクリーム、イチゴをのせ、粉砂糖をふりかけてある。

これ絶対に美味しいやつでしょう。

ちょっとカロリーが気になるけど、お正月なんだしいいよね。

「いただきまーす!」


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寒春の二航戦サンド

北風がビュービューと吹きつける朝。

 

ワー〇マンの防寒ウェアで完全武装した提督が、埠頭で出撃艦隊のお見送りをしている。

 

通称「着るコタツ」と呼ばれる電熱式ヒートベストの上に、耐久撥水ウォームジャケット。

雪に強いスノー防水防寒パンツに、防寒ノルディックブーツ。

 

三寒四温とはよく言ったもので、ちょっと春のおとずれを感じさせる暖かい日があったかと思えば、すぐに身を切るような寒い日が戻ってくる。

 

「対潜掃討に出撃致します。……み、みなさん、どうぞよろしくお願い致します」

「神鷹の姉ちゃん! 今日もよろしくな! いひひっ!」

「日振型、今日もめいっぱい、頑張りますっ!」

「今日もよろしくな! さ、いってみよー!」

 

神鷹に引率される海防艦たちは寒さに負けず元気にハシャギ回っている。

 

「それじゃこれ、休憩の時に食べなさい」

「ダンケ! ありがとう、ございます」

 

提督が神鷹に渡すクーラーボックスに入っているのは、バターでジューシーに焼いたサバの切り身と、食パン、チーズ、レタス、それに自家製のピリ辛マヨネーズソース。

 

これをホットサンドにして食べると、もうバカウマなのだ。

 

佐渡様にホットサンドメーカー、日振にシングルバーナーと燃料缶、大東に白菜のクリームスープが入ったスープジャーを預け、艦隊を送り出す。

 

そんな提督の横を、大井の乗ったスーパーカブが走っていく。

走り去るカブのキャリアに積載された、ダンボーのコンテナキャリアと目が合う。

 

釣られたようにダンボーと同じ呆けた顔であくびをしながら、執務室へと戻る提督だった。

 

 

 

 ●     ●

    ▲

 

 

 

執務室に戻ると、コタツで秘書艦の飛龍と蒼龍が何やら言い争いをしている。

 

防寒装備を脱ぎ、ユニクロのルームウェアに着替えながら内容を聞くと、釣ったカサゴを晩酌でどう食べるのかで揉めているらしい。

 

たっぷりの濃い目のだしで、白ネギや春を感じさせるフキと一緒に甘辛に煮つけ、芋焼酎で一杯というのが飛龍の案。

ネギとフキにはカサゴから出るうま味がたっぷり染みるだろうし、どっしりとした濃い味を芋焼酎で洗い流すのは確かにたまらないだろう。

 

一方、三枚におろして身は刺身や握り、炙りにし、パンパンの肝は湯がいてワサビ醤油で和え、日本酒に合わせようというのが蒼龍の案。

 

カサゴの刺身は淡泊だがコリコリとした食感が楽しめるし、酢飯と握れば米の力で微妙な風味も強調されて楽しめ、さらに炙れば香ばしく、肝和えにいたっては日本酒に合わないはずがない絶好の珍味。

 

どちらも甲乙つけがたい、と思った提督だが、蒼龍の主張には続きがあった。

さらに残った頭と中骨で、大根、人参、ネギ、シメジ、お野菜たっぷりのアラ汁を作り、〆としてどんぶり飯を食らうという。

 

普段から「多聞丸、多聞丸」と言っている飛龍の陰に隠れているが、蒼龍も真珠湾攻撃時の二航戦旗艦。

山口多聞のDNAを受け継ぐ、酒豪にして食いしん坊万歳なのだ。

 

「うっ……」

 

うめき声とともに飛龍のお腹がグゥと鳴ったので、勝負ありだろう。

 

飛龍と蒼龍の間にムニュムニュと潜りこんで二航戦サンドになりながら、提督は昼寝のまどろみに落ちるのだった。




ご時世で外食もままならずネタと意欲が枯渇していましたが、鬱々としていても仕方ないので活動再開!
とりあえず3月に書きかけてた分を季節が完全に変わっちゃう前に(汗)


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軽巡たちのラーメン狂想曲

縁が優美に切れ上がった桂林丼のラーメン鉢から、甘みを帯びた濃厚な醤油の香りがうっすらと漂っている。

 

京都の二段仕込み醤油を使ったという黒いスープに浮かぶのは、厚みのある黒ずんだ煮豚、白くツルッとした煮卵、刻んだ長ネギ、メンマ。

ラーメン鉢の縁には5枚の大き目の焼き海苔が屏風のように立てられていて、レンゲはついていない。

 

着丼の瞬間から、審査員である天龍、那珂の顔が曇った。

もう一人の審査員、鎮守府のラーメンマスターである長良は自然な表情だが、その視線は鋭くラーメンの細部までを走査している。

 

黙って箸をとった面々が、具の下から麺をすくい上げる。

チュルチュルとした多加水のストレート中太麺からは、スープがタラタラと滑るようにこぼれている。

 

「………………」

 

麺を咀嚼しながら、天龍は険しい表情になり、海苔を邪魔そうにどけ、丼鉢を掴んでスープをズズズッと飲み始めた。

隣では一口で麺を啜るのをやめた那珂が、一つ一つ具を箸でつまみ上げては、麺とスープに丹念に絡ませながら少量ずつ口に運んでいる。

長良はというと、ポーカーフェイスを保ったまま、淡々と一定のペースで麺や具材を口に運んでいる。

 

そんな審査員たちの様子を、このラーメンを作った矢矧が緊張の面持ちで見つめる。

 

この某テレビ番組の一流料理人ジャッジ企画のような重苦しい雰囲気が漂うのは、食堂で出す新作ラーメンメニューの試食会。

 

軽巡たる者、駆逐艦娘たちに熱烈に支持される看板ラーメンの一つも持っていなければいけない、というのがこの鎮守府の風潮。

 

姉の阿賀野は背脂チャッチャな東京屋台風の超濃厚豚骨醤油ラーメンで不動の人気を誇っているし、先に改二になった能代もハマグリ出汁とカキ油の澄んだお吸い物のような上品な味の端麗醤油スープの中華ソバで独自の境地を切り開き、妹の酒匂は酒匂で「ぴゃーっ!」と脳天まで強烈に刺激する激辛タンタンメンで一部から熱狂的な支持を集めている。

 

ところが、生真面目な矢矧は今までラーメン作りに興じることがなかった。

 

海外艦であるゴトランドが、水と骨だけで炊きだした極濃度の豚骨スープと、バラ肉の炙り叉焼(チャーシュー)が絶品のド直球160km/hなドロドロ豚骨ラーメンで「まるで豚を丸かじりした味だクマ!」「よし、名誉九州艦の称号をあげよう」と球磨と川内を唸らせ、L.d.S.D.d.アブルッツィとジュゼッペ・ガリバルディのイタリア姉妹も、太陽と海の恵みが香るトマトとアサリのボンゴレロッソラーメンで新風を巻き起こし、アトランタがローストビーフを載せた牛骨ラーメンの開発に着手しているというのに、看板ラーメンの一つも持っていなくては日本最強軽巡の名が泣く、と提督と阿賀野から理不尽なお説教をされた矢矧。

 

皆が美味しいというラーメンぐらい簡単に作ってみせるわ、と短期集中特訓をしてきたのだが……。

 

 

「この麺と煮豚は阿武隈に習ったのか?」

「そうよ、鎮守府で年間一番食べられているのは阿武隈の喜多方ラーメンでしょ? 喜多方ラーメンには塩味バージョンもあるし、漆黒ラーメンっていう七尾の醤油を使った人気のお店もあるみたいでアレンジの幅も広いし、阿武隈に教えてもらうのが成功への一番の近道だわ」

 

天龍の問いに対する矢矧の返答に、那珂がバンっと箸を置いた。

 

「矢矧ちゃん! このラーメンからは、矢矧ちゃんの顔が見えないよ!? 神通ちゃんなんか蹴落として、二水戦を乗っ取ってやる!っていう意気込みがゼンゼン感じられないよ!?」

「いや、そんなこと思ってないし……」

 

そこに長良が、小さく優しいが、良く通る張りのある声で質問を重ねた。

 

「どうしてレンゲをつけなかったの?」

「え、私は普段からあんまりレンゲは使わないから……」

 

質問に戸惑う矢矧の瞳を、長良がしっかりと見据える。

 

「うん、スープは美味しかったよ。でも、その再仕込みの二段熟成醤油を使ったスープがキーなのに、レンゲがないから一口目にスープから味わえないよね。かと言って麺と一緒に口に運べるかっていうと、表面がツルツルしてスープの染みにくい多加水のストレート麺じゃこの低粘度スープに対してリフト力と浸透力が弱すぎるし、丼に口をつけてスープを飲むには海苔が邪魔。この海苔、有明産の初摘みの極上品で美味しかったとは思うけど、スープや麺と相性が良いわけじゃなし、家系ラーメンみたいに海苔に合うライスがセットになってるわけじゃなし、飾り以外に何のためにあるのか分からないっていうか、正直ここにコストを割くぐらいなら刻みネギを何とかしてほしかったなぁ。鎮守府の畑で採れた長ネギよりも薬味やラーメンの具に向いた品種の長ネギっていくらでもあるし、このネギを育てた那珂ちゃんだって自分の『焦がしネギラーメン』には千葉の矢切ネギを使ってるよ。このスープにはタマネギの甘みも合うと思うし、京都醤油を使うならそれこそこだわって九条ネギとか色々と試した上で一番相性の良いネギを選んで欲しかったかな。で、煮豚は阿武隈に教わった製法を9割ぐらいは習得できてるとは思うけど、このスープと同じ醤油で仕込んだせいでやや硬くて濃すぎる味になってるし、何よりラーメン全体の味が平坦になっちゃっててスープ自体の感動が薄れるよね。厚みがあって最初から味のある煮豚や叉焼なんかより、例えば低温調理したローストポークを薄くスライスしたやつなんかにスープが自然に染みた状態なんて方が、この醤油スープの風味と豚の旨みの双方を純粋に味わえると思うよ。次に煮卵、那珂ちゃんも気になってたみたいだけど、どうしてトロトロの半熟にしたのか。この麺には卵黄の風味が合うわけじゃないし、さっき言ったみたいにライスがついてるわけでもないし、矢矧がどう食べて欲しくて入れたのかが全く見えてこないよね。どうせなら、煮豚じゃなくて煮卵の方こそ同じ醤油で煮てみたら面白かったのに。メンマは普通に美味しかったけど、ちょっと塩気が強かったから、具材関連の調理とバランス感覚に関しては長良型(ウチ)の由良がピカ一なんで、色んな仕込み方を聞いて微調整するとなお良しかな。スープにもう少し魚介系のダシを入れた方が味の奥行きがさらに広がると思うんだけど、エグみの処理が難しいんで、そこらは多摩ちゃんが詳しいから聞くといいね。それから桂林丼だけどさ、口が広がり過ぎてる器じゃあ、せっかくの醤油の甘く濃厚な風味が逃げちゃうから、切立丼か多用丼にした方が香りが鼻を直撃していいと思うよ。それで最後に……肝心の麺なんだけどさ、確かに阿武隈の喜多方ラーメンは軽くて毎日でも食べられるから人気だけど、それは軽妙な鶏ガラスープやシンプルな塩スープと、ツルツルとクセなく食べられる麺の組み合わせが絶妙なんで、このスープのコクと合わせた時はどうなのかな。阿武隈から習った平打ち多加水の中太麺が、本当にこの醤油スープのラーメンに一番適した麺だって、今でも自信を持って言える?」

 

矢矧さん、ラーメンマスターの前にあっけなく轟沈でした。

 

 

「泣いてる?」

「タマネギを刻んでるからよっ!」

 

提督の執務室にむせ返るような醤油の匂いを漂わせながら、リベンジに燃えてラーメンを再試作している矢矧。

執務室の大部分は家具妖精さんが設置したキッチンに占領されてしまったので、提督は部屋の端っこにチョコンと座っている。

 

京都の九条ネギに埼玉の深谷ネギ、そして兵庫県は淡路島産のタマネギ「七宝」など。

様々なネギを様々な切り方で試している矢矧。

 

麺も試行錯誤の末、低加水による吸水率と毛細管現象でスープの吸い込みが良い、硬めのストレート細麺へとたどり着いた。

 

大豆と小麦の麹に、火入れしていない生の状態の醤油である「生揚」を塩水の代わりに加えて「再仕込み」を行う、つまりは一度できた醤油を仕込み水にして再び熟成させることで得られる二段仕込み醤油。

 

その芳醇でまろやかな醤油ダレをベースに、豚骨と鶏ガラ、宗田ガツオ、昆布でダシをとった漆黒のスープに、ほんのり小麦の香る純白の細麺の束が染まり、表面がザラついてコシのしっかりした細麺にはスープが絡まりやすく、しっかりとスープをリフトする。

 

口へと入れば、舌に濃密に絡みつく贅沢な風味と、プチプチと嚙み切れる細麺の快感的な食感、そしてスープのインパクトに負けない小麦味の力強い味が、一杯のラーメンとしての完成度を格段に上げている。

 

そして、神通から提供された丼鉢は、ブランデーグラスのように口がすぼんだ"香り返し"の構造になっていて、このラーメンの濃厚な風味を逃さずに食べる者の鼻へと届ける。

 

「ねえ、提督。こっちが肩ロース、こっちがバラ肉。どっちが合うと思う?」

 

低温調理した2種類のローストポークが載った皿を提督に差し出す矢矧。

 

そういえば神通も最初はラーメン作りに興味がなかったが、長良にケチョンケチョンにされて火がつき、海老殻ダシと白醤油の海老ソバと、焦がし魚醤が香ばしいブラックラーメンの二枚看板をモノにし、理想とする丼鉢まで自作するようになった。

 

「二水戦旗艦の血かなぁ……」

「え? 何か言った?」

「ううん、何でもないよ~」

 

新たなラーメニストの誕生を喜び、提督は眠り猫のような細目をさらに細めるのだった。




【おまけ・2018年7月(改二実装時)の天龍ちゃん】

「龍田、大事な話がある」
「なぁに、天龍ちゃん」
「3年ぐらい前まで、2人で何度か、間宮さんの食堂のラーメン食べてただろ?」
「そうねぇ。軽巡の皆の作る新作ラーメンを追うのに忙しくて、最近は食べてない気がするけど……」

「あの時オレ……"ファミリー向け" "ピンと来ない"とか言ってクサしたろ?」
「ええ、私は嫌いじゃなかったけどね」
「…………」
「…………」

「あれからオレたちは、星の数ほどラーメンを味わってきたよな。あの頃のオレたちのラーメン経験値が300だとすると、今は1300ぐらいだろ?」
「そう……ねぇ」

「でな、この前ひさびさに六駆のチビどもと、前に食べたのと同じ「ねぎ味噌ラーメン」を食べたんだが……これがなんと……」
「?」
「うまかったんだ」
「……へぇ」

「味は同じなのに評価が変わった。……要するに、オレの舌がようやく"追いついた"んだ」
「なるほど……」
「オレは昔から自分がラーメンを評価する感覚……特に「うまい」か「否」かのジャッジについては絶対的なセンスがあると思っていた」
「…………」

「ところが、そこがブレていた……残念ながら昔のオレは練度不足だったってことだ。よくもまぁ"ファミリー向け"なんて形容したもんだ。いや、そもそも"ファミリー向け"が誉め言葉でもあることすら分かってなかった」
「あの頃の天龍ちゃんは"エキストリーム系"に肩入れしまくってて、傍から見ててもトガり(厨二病を発症し)まくってたもんねぇ」

「若い頃の自分を怒ってやりたいよ。龍田は昔からそこそこ穏健な物言いをしてた気がするが、こっちはイケイケすぎて、いたるところで"本音"という名の悪態をつきまくってた」
「…………」

「今となってはどこで何を言ったかも思い出せないが……あの頃キッパリと明確に否定してたネガティブ評価のいくつかは、オレの練度不足からくるミスジャッジの可能性がある」
「…………」

「そう思ったらゾツとして脂汗がどんどん出てきてな……」
「…………」
「龍田、俺たちもそろって改二になったが、まだ今の味覚を信じすぎるなよ」
「……はーい」

「ああ、でも夕張のメロンラーメンとキウイラーメンな……あれは「否」だ」
「そこは全力で同意するわよぉ」


今回の審査で、天龍ちゃんが大人しかった理由です。
元ネタは漫画『めしばな刑事タチバナ』の第76ばな「ねぎ味噌ラーメン」

●各艦娘のラーメンのイメージリスト
阿賀野  千葉県本八幡「こってりラーメンなりたけ」
能代   埼玉県朝霞台「中華そば 幻六」
酒匂   東京都湯島「四川担担麺 阿吽」
ゴト   東京都中野「無鉄砲」+東京都中板橋「愚直」
イタ艦  東京都錦糸町「太陽のトマト麺」
アト   東京都門前仲町「牛骨らーめん ぶるず」【閉店】
阿武隈  福島県喜多方「坂内食堂」、同「喜一」
長良   東京都新小岩「麺屋一燈」
名取   東京都江戸川橋「三ン寅」
由良   東京都高田馬場「渡なべ」
多摩   東京都世田谷「せたが屋」、同「中華そば ふくもり」
那珂   千葉県松戸「麺割烹 亀壱」
白神通  東京都高田馬場「二代目けいすけ」 
黒神通  富山県射水「麺家いろは」
天龍   千葉県船橋「麺屋あらき竈の番人」、首都圏各地「麺屋武蔵」
龍田   神奈川県秦野「なんつっ亭」
間宮   「くるまやラーメン」「ラーメンショップ」「ラーメン大学」など


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龍鳳とタケノコバーベキュー

生気に溢れた緑色の山が笑う五月(さつき)

 

鎮守府の近くのお寺の脇には、孟宗竹と淡竹(はちく)の交じる竹林があり、この時期には淡竹のタケノコがたくさん採れる。

艦娘たちが秋から竹林を間伐して日射量を増やし、切った竹をその場で砕いてチップ化して堆肥とともに敷き詰め、しっかりと手入れをしているおかげだ。

 

淡竹は地下茎が浅く、すぐに地面から顔を出してくるが、孟宗竹に比べてエグミが強くないので、地面から出たものを鎌で切り採るだけで、そのままアク抜きせずに食べることができる。

 

その点、掘り出した瞬間からアクが回り始めるために「掘り始めたら(あるいは、掘る前に)湯を沸かせ」と言われる孟宗竹とは異なる。

 

とはいえ、3台の一四式野外焼架台"改"(ただドラム缶を真っ二つにして足をつけただけの炭火用グリルだったノーマル版に対し、スーパーカブで牽引するためのフックと台車が装備されている!)をお寺の境内に置かせてもらって、たっぷりの炭火を(おこ)し、しっかりと調理の準備をしている提督と伊400(しおん)伊401(しおい)

 

焼き台の周りでは、鹿番長ことキャプテンスタッグの折り畳みテーブルとチェアを、呂500(ローちゃん)伊504(ごーちゃん)がトテトテと設営している。

 

ホームセンターなどで1個1000円ちょいで買える、ひじ掛けにコップホルダーが付いた定番のアウトドアチェアは、錨マークをプリントしたものが倉庫に大量にストックされている、この鎮守府の標準装備だ。

 

ほら、ヘ〇ノックスとかエ〇ライトとかの高級チェアで大家族の分を大量に揃えようとすると、提督の財布が討ち死にするから……。

 

そこに、タケノコが山盛りになった籠を持った迅鯨(じんげい)伊47(ヨナ)、まるゆがやってくる。

後ろには、割った竹(淡竹は繊維が細かく弾力性があって、竹細工などの原料に適している)をリヤカーで運んでくる伊168(イムヤ)伊58(ゴーヤ)、さらに伊19(イク)伊26(ニム)に背中を押された龍鳳。

 

今日は潜水艦隊による、龍鳳の改二を祝ってのタケノコバーベキュー。

 

「提督、すみません……こんな事をしていただいて。本当にありがとうございます」

 

恐縮する龍鳳だが、とんでもない。

潜水母艦・大鯨として潜水艦たちのお世話をしたり厨房の手伝いをしつつ、軽空母・龍鳳として機動部隊の出撃もこなし、さらには対潜護衛や夜間航空攻撃まで覚えてくれた働き者の龍鳳には、こちらこそ「ありがとう」を百篇言っても足りないぐらいだ。

 

本当はもっと早くお祝いしたかったけど、4月〜5月にかけては養殖ホタテの種付け作業のため、潜水艦隊は大忙しで今日まで延び延びになってしまった。

 

 

空になった修復バケツに汲んだ水で、細身の柔らかい淡竹のタケノコを水洗いして泥を洗い流す。

皮に切れ目を入れて濡らした新聞紙に包み、アルミホイルでくるんだら、炭火の中に直接放り込んでそのまま放置。

 

タケノコに火が通るまでの間に、同時進行で他の焼き物も。

 

伊14(イヨ)がカブのリアボックスの採集コンテナ(緑とか黄色のメッシュタイプのプラスチック箱)から、食材を持ってきてくれる。

 

焼き台に網をかけ、その上に畑から採ってきたばかりのアスパラガスを、軽く粗塩をふっただけでON!

鎮守府の裏山で重巡洋艦娘たちが原木栽培している旬の椎茸は、石づきの先端の硬い部分だけをカットし、笠を下にして(ここ大事)丸ごと網の上へ。

 

「すぐに焼けるから、飲み物の準備してね」

「はーい、提督。皆さん、ビールを配るから回してくださいねー」

「イヨちゃん……の、飲みすぎはダメ……だから」

 

伊8(はっちゃん)伊13(ヒトミ)がクーラーボックスを開け、氷水に漬けられている缶ビールを取り出していく(安心してください。帰りは、速吸と秋津洲の運転代行サービスを頼んであります)。

 

「乾杯! 龍鳳おめでとう!」

「大鯨……じゃなくて今日は龍鳳だね、ニムもお祝いするね。おめでとう♪」

「かんぱーい! おめでと……ぷは~っ、でち」

 

乾杯してビールを一口飲んだ時には、もうアスパラガスが食べごろ。

 

「この太いの、いただきますなのね!」

 

こんがり焼かれた焦げた皮は香ばしくて、輝く身はみずみずしくてジューシーで、噛みしめると熱々の汁の自然な甘みがたっぷりと口の中へと溢れ出す。

そこに、キンキンに冷えたビールを一気に流し込むと、もうたまらんのですよ。

 

水分がしみ出して汗をかいてきた椎茸に塩を少々ふる。

その塩が汁気と混じりあい、溶けてきたらもう食べごろ。

 

醤油を軽くかけると、醤油の焼ける香ばしい薫りが立ち昇る。

あとは旨味をたっぷり含んだ醤油汁をこぼさないように、石づきを慎重につまんで丸ごとパクリ。

 

「ふあぁっ、おいしーい。はにゃはにゃ」

 

炭火の遠赤外線でふっくら焼かれた、椎茸のシンプルにして絶品の味。

椎茸王国と呼ばれるほど、椎茸の生産が盛んなこの県の沸き水の良さが、椎茸の旨さになって表れている。

特に、春の椎茸は「春子」といい、冬の厳しい寒さのなかで旨味をたっぷり蓄えていて、肉厚で美味しい。

 

焼き網の上がかたづいたら一度網を外し、トングでタケノコを包んだアルミホイルを回転させる。

 

タケノコの前に、もう一品。

野分、嵐、萩風、舞風の第四駆逐隊が千葉の勝山沖で釣り上げ、那珂ちゃんが朝雲、山雲に手伝わせて一夜干しにした、四水戦印の黄金アジの干物。

 

身の面から焼き始めると、脂がのったアジはすぐにジュウジュウと音を立てる。

もう、この音だけで肴になりそうだ。

 

カップ麺を作るほどの時間もいらず、皮がめくれてきたら即座にひっくり返す。

ひっくり返した身の面はうっすらと狐色に染まり、旨そうな脂がじんわりと浮き上がってキラキラ輝いている。

 

ゴクリ、としおいが唾を飲み込む音が聞こえた。

 

その脂が滴って炭火にあたり、ジュージューと音がしてきたら焼けた合図。

 

皿に上げて身をほぐして醤油を垂らしかけたら、皆でパクパク。

皮までパリっと、身はふっくらジューシー、噛めば噛むほどに凝縮されたアジの旨味の大爆発。

 

「くーっ、ビールがすすんじゃう」

「おかわり、助かりますって。ダンケ!」

 

そして、いよいよ真打ちのタケノコを取り出す。

 

「あちちっ」

 

軍手をしてアルミホイルを開け、黒く焦げた皮を剥いてやると、(なま)めかしい綺麗な美肌が姿を現す。

 

よし、鎮守府に戻ったら龍鳳とお風呂に入ろう。

 

「司令官、今エロいこと考えてたでしょ!?」

「そうなんですか、提督?」

 

イムヤの鋭い指摘と、ジト目で睨んでくる迅鯨から視線を外し、タケノコを急いで切り分ける。

 

 

「これは最初、刺身醤油とワサビで食べるのがいいかな」

 

ちなみに、醤油メーカー最大手であるキッコーマンさんの『御用蔵醤油』は、どうせ大メーカーのものだから量産品だろうと侮るなかれ、国産原料を使用して木製の桶で熟成させたという、伝統製法を守った非常に美味しい野田醤油ながら値段もバカ高いわけではなく入手も比較的容易で、バーベキューの際などのプチ贅沢を彩るのにピッタリです。

 

「うーん」

 

シャキシャキの歯ごたえと、ほのかな苦味。

そして春を謳歌する生命の息吹きが生んだ、繊細ながらしっかりした甘み。

 

ちょっと感動的な味わい。

 

「これは日本酒が欲しくなるでしょー」

 

イヨがどこからともなく、栃木の『惣誉(そうほまれ)』の一升瓶を取り出し、杯を勧めてくる。

 

「次……ですか? ……あの……ぉ……お味噌で食べるのはどうですか?」

 

ヒトミも、七尾市の鳥居醤油店さんから取り寄せた『能登づくし』のマイ田舎味噌を差し出している。

 

「今度はアスパラをベーコンで巻いちゃうよー、あぃ!」

「はっちゃん、海老も焼いちゃいますね」

「イク、じゃがバターが食べたいの!」

「そろそろ前沢牛もどぼーんしちゃいます?」

「提督は……焼き餅は、好き、ですか? ……そう、ですか」

 

バーベキューもどんどん盛り上がる中、お酌をしたり皿を取り換えたり、主賓だというのに龍鳳も忙しく立ち働いている。

 

「少し座ってればいいのに」

「いいえ、皆のお役に立ててると、私も嬉しいんです」

 

うーん、本当に頭が下がります。

後でお風呂に入ったら、優しく背中を流してあげなくっちゃねぇ。

 

『菖蒲湯に 鯨とつかる 春の宵』

 

季語が三重(しかも鯨は冬の季語)という、夏井〇つき先生にボロクソに酷評されそうな句を詠んでしまう、才能ナシ提督であった。



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第三一戦隊と中華ロールキャベツ定食

現在(2021.05)進行中のイベントのE-1のお話です。
ネタバレや攻略法を見たくない方は回避して下さい。


姉さんピンチです!(平成生まれにゃ分かるまい……)

 

もう春の大規模作戦が始まっているのだが、鎮守府の空気はダラ~ンと弛緩(しかん)している。

 

艦娘たちはジャージ姿で釜揚げしたしらすを干したり、田植え直前の田んぼの害虫防除に出かけたり、軽トラやスーパーカブの整備をしていたり、朝から温泉で蕩けていたりで、まったく緊張感がない。

 

練習航海に出たはずの藤波、早波、浜波の第三二駆逐隊も、埠頭から見える湾内に錨をおろして、カレイを釣っている。

 

それもこれも、埠頭で正座させられているヘボ提督がすべて悪い。

 

「南方への戦力展開に先立ち、台湾方面より南沙諸島へ第四航空戦隊を展開、さらに比島方面防備を固めるため、第三十一戦隊を同方面に投入します!」

 

大淀が作戦概要を発表し、作戦に参加する艦娘の名を呼ぶ。

いよいよ作戦開始という最高に盛り上がる瞬間……。

 

「あ……」

 

基地航空隊を中部海域から引き揚げておくのを忘れるという、凡ミスを犯していたのだ。

 

当然、銀河部隊が帰還してくるまで作戦開始は延期。

 

ただでさえ、作戦前夜は宴会を開いてそのままぐっすり眠り、横須賀や佐世保などの有力鎮守府がルートを切り拓いてから、ゆっくりと金魚の糞で作戦参加する鈍行鎮守府なのに……。

 

これじゃあ、やる気が出るわけない。

提督の株はストップ安のかからない大暴落を起こしていた。

 

正座でしびれる足をモゾモゾさせる提督の横を、大井がこれみよがしに舌打ちして通り過ぎていく。

 

 

でもね、提督も言い訳させてもらいたい。

前夜の宴会の食べ過ぎで、お腹が重く頭も鈍っていたのですよ。

 

3日前にも端午の節句の大宴会があったばかり。

すき焼き、天ぷら、刺身、かつおのたたき、鯛のかぶと焼き、サクラマスの味噌焼き、ちまき、笹餅……。

間宮も、鯉のぼりの図柄が美しい、特製ばらちらしなんかを出してくれていた。

 

そんな和な宴会の直後だったので、大規模作戦に向けた士気高揚の料理はアメリ艦娘たちに任せたところ……。

アイオワに加え、サウスダコタ、ワシントン、コロラドが、これでもかというほど肉を焼いた。

 

ニンニクバターの香るTボーンステーキに、肉汁のしたたるランプの3ポンド(1.3kg超)ステーキ、まるで斧のような骨付きリブロースのトマホークステーキ、山のようなスペアリブ、丸鶏を豪快に蒸し上げたビア缶チキン、鶏の手羽を素揚げにしたピリ辛いバッファローウィング、ソーセージとポテトフライの盛り合わせ、塔のようにそそり立つスモークベーコンチーズバーガー、超弩級なホットドッグ、サラミとハラペーニョのシカゴピザ、デザートには焼いたマシュマロとチョコレートをクラッカーで挟んだスモアに、マンゴーシロップがかかったアロハな味のシェイブアイス……。

 

そして、絶望的なほどに野菜が足りなかった。

 

「肉だけで大丈夫! だって動物たち(肉)が野菜を食べてるから!!」

「何を言ってるの、ここにフライドポテトがあるじゃない! HAHAHA~♪」

 

うん、あの時は間宮の頭に角が生えてるのが、はっきり見えたような気がする。

 

そもそも、その前の昼食も、足柄の手仕込みカツカレーだったんだよなぁ。

玉ネギを丹念に長時間焙煎し、たっぷりの豚コマとともに原型がなくなるほど煮込んで寝かせた、神保町すずらん通りの洋食の名店を思わせる暗褐色のポークカレーの海に、上質な揚げたてサックサクのロースカツ大陸が浮かぶ。

 

お皿の隅に、申し訳程度だが千切りキャベツがのっていたのが、今となっては嬉しい良心だった。

 

 

朝には間宮が、十勝産のえんどう豆と、米、もち麦を、水と昆布、みりん、塩少々で味付けした素敵なお粥と、青菜のおひたしを出してくれたので、ずいぶんと胃のあたりも軽くなってきた。

 

日が昇り、春と呼ぶにふさわしいポカポカ陽気になっていくにつれ、正座をしていた提督の傾斜も深くなり……。

 

土下座のような「ゴメン寝」の姿勢で、気持ちよく昼寝に落ちていく提督だった。

 

 

お昼を過ぎ、ようやく最初の出撃が終了した。

 

「五十鈴に任せておきなさい。第三一戦隊、対潜戦闘は十八番(おはこ)なんだから!」

「パーフェクトうーちゃんの防空戦闘も刮目して見るぴょん!」

 

対潜装備に身を固めた五十鈴。

5inch単装砲Mk.30改+GFCS Mk.37を2基に、FuMO25レーダーという豪華装備をつけてもらった卯月も鼻息を荒くしている。

 

それに続くのは、潮、皐月、松、そして甲標的と魚雷を満載にした北上様(と、その雄姿を写真に撮りまくっている大井もいる)。

 

日本の敗勢も濃くなった1944年8月。

猛威を振るうアメリカの潜水艦に対抗するため、積極的に潜水艦狩りをおこなう対潜機動部隊として、五十鈴を旗艦に編成された第三一戦隊。

 

その第三一戦隊のかつての仲間であった、神風、旗風、雪風、響、初霜、涼月、竹も、笑顔で五十鈴たちの武勇伝を聞いている。

 

「北上さんも、先制雷撃でル級を大破させたんですよね♪」

「まあ私はやっぱ、基本雷撃よね~」

 

第三一戦隊は最終的には、人間魚雷回天の母艦として改装された北上を主力とする、本土決戦用の海上挺進部隊に改変されて終戦を迎えたのだが……。

 

そんなこといいんです!

 

艦娘と深海棲艦との戦いとは、過去をなぞるものではなく、過去にやりたかったことをやり直すためのものだ。

 

大艦巨砲で敵戦艦を撃ち砕き、アウトレンジで敵機を完封し、我が物顔でうろつく敵潜水艦に爆雷の雨をお見舞いし、酸素魚雷の長い槍で大物を喰らってやってこそ、海に沈んだ多くの無念の具現化である深海棲艦への鎮魂にもなる。

 

そうそう、集積地棲姫が比島に物資を集めてるらしいから、それも派手に燃やしてあげないとね(ゲス顔)。

 

 

遅くなったお昼ご飯は、間宮の作ってくれた中華ロールキャベツ定食。

 

絶品のロールキャベツは、やわらかい春キャベツの葉に、鶏ひき肉とザーサイの具を包み、優しい味の白湯(パイタン)スープでコトコトと煮たもの。

 

副菜は四川の家庭料理家常豆腐(ジャチャンドウフ)

揚げた木綿豆腐に、ピーマン、ニンジン、長ネギ、絹さや、椎茸、タケノコ、キクラゲの入ったピリ辛な醤油餡をかけて煮たもの(ご家庭によりレシピは様々)で、ご飯がすすむ味だ。

 

控え目ながらも丼に盛られたご飯は、ふっくらツヤツヤの炊きたてで、肉とはまた入るとこが別で、日本人にはこれがなくちゃダメなんだと実感させられる。

 

そんなご飯のお供に、ポリポリ食べだすとやみつきになる中華定食の大定番、醤蘿蔔(ジャンローポウ)

短冊に切った大根を干し、ゴマ油、ニンニク、花椒、八角、赤唐辛子、紹興酒、醤油で軽く炒め、その炒めダレに一晩漬けたものだ。

 

そして、血がさらさらになるという新玉ネギを干し海老と蒸して、黒酢の酸味が身体に染みわたる中華ダレをかけた温サラダ。

 

こういう栄養バランスのとれた、心と体に沁みる滋味豊かな食事はやっぱりいい。

そして、それを愛する家族と一緒にとるのは、もっといい。

 

「もう、提督。ご飯粒がついてますよ。本当にしょうがないんだから……」

 

あんなにツンケンしていた大井も、何だかカドがとれて優しくなった。

 

「ふぅ。お腹いっぱいだよ。ありがとう!」

「食べ終わったら、もう一度出るわよ!」

「さぁーって、やっちゃいますか!」

 

艦隊の士気も大きくⅤ字回復してきた。

 

「よおし! 午後も頑張ろう!」

 

この時、提督はまだ気がついていなかった。

 

さっき長時間遠征に出した大潮と満潮が、この後に続く比島での作戦に必要になる、対地装備を積んだまま出港してしまったことに……。




下記は【ネタバレ】ですが

E-1攻略完了しました。



〇第2ゲージ
軽巡1、駆逐4で最短ルート
集積地棲姫の改Ⅱ&分身(2体出現)はこけおどしです
皐月に特二式内火艇と大発動艇(八九式中戦車&陸戦隊)を積めば、一発で燃えます
それより道中と随伴のPT小鬼群を確実に始末するため、機銃と見張員をしっかり準備しましょう
 
〇第3ゲージ
軽巡1、雷巡1、駆逐4で最短ルート……ですが、索敵がきつい
索敵が足りないとボスに行かないのはもちろん、十分でないとUマスにも寄り道します
甲作戦では索敵値の合計が310ぐらい必要なので、電探3ぐらい積みましょう
それから最大の障害になるのがIマスの空襲、対空要員をしっかり用意すべき(涼月の使いどこかも?)
潜水棲姫改IIは(東海隊で随伴潜水艦を落としとけば)対潜先制&シナジー艦3~4で余裕に撃破可能です


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寒干しタラと後段作戦

現在(2021.05)進行中のイベントのお話です。
ネタバレや新艦娘の話を見たくない方は回避して下さい。


「敵潜水艦隊を捜索、同捕捉撃滅に成功せり!」

 

五十鈴の率いる第三一戦隊は、南沙諸島沖の敵戦艦ル級を危なげなく撃破した。

さらに、比島に橋頭堡を築きつつあった集積地棲姫とキャンプファイアーし、比島沖に出没する潜水棲姫と爆雷で戯れてきた。

 

「鎮守府被害者の会」

 

そんな言葉が提督の脳裏を一瞬よぎるが、気のせいだろう、多分、絶対。

 

 

「はーい! ここからは、航空巡洋艦と軽空母のお姉さんが案内してくれますよ♪」

 

「鎮守府案内中」と書かれた、バスツアーのコンダクターのような三角旗を持った練習巡洋艦の鹿島の後に続く、幼い感じの桃色の髪の艦娘が一人。

 

「ここを登った先が果樹園で、もう少しするとサクランボ、ブルーベリーがいっぱい採れるし、秋からはリンゴ、ブドウ、柿、栗……もうっ、好きなだけ食べ放題だよ! 樹を育てるのって楽しいんだよ!」

「あっちは養蜂場になってて、近いうちに採蜜があるのよ。春の花の蜜が楽しめるから楽しみにしててね? それから、炭焼き場と陶芸小屋も案内しなきゃ……あっ、機織り(はたおり)なんか興味ある!?」

 

その艦娘に、食い気味で色々と説明&勧誘をしようとする、最上と祥鳳。

 

もう恒例になった、新人艦娘への鎮守府案内の一コマだ。

 

 

案内されているのは、丁型駆逐艦・松型の四番艦である、桃ちゃん。

 

事前に用意してあったエンジ色に白線が入った名札付きのジャージを着せられ、長靴と軍手着用で、漁港からここまで連れまわされている。

 

途中まで同じ新人のフーミィこと伊203も一緒だったが、そちらはイムヤたちに海の中の案内に連れていかれている。

 

ワカメ、コンブ、ヒジキ、ホタテ、カキ、ウニ、アワビ。

鎮守府の養殖産業は拡大の一途をたどっており、潜水艦娘は海中の貴重な労働力として期待されているから仕方ないね。

 

ソロモン海レンネル島沖でフーミィに邂逅できると分かった瞬間、我らが潜水艦隊は獲物に群がるピラニアのごとく、対潜攻撃なんて出来るはずもない空母棲姫相手に、大人げなく魚雷を山盛りぶつけてきてくれた。

 

うちの子たちがご迷惑をおかけして本当にすみません……。

 

 

「おーい! そっちの案内が終わったら、今度の田植えの説明したいから、田んぼに来てくれっ!」

「わっ!? あ、あれって武蔵さん…?」

 

メガホンを使ったかのような大声で呼びかけてくる超々々弩級戦艦の迫力にビビる桃。

 

鎮守府の田んぼも、力を持て余した戦艦組が棚田を次々に切り拓いているので、当初の3倍ほどの面積になっている。

 

山の斜面に作られた棚田は、日当たりや風通しが良くて美味しいお米が育つ一方、きつい斜面であれば当然コンバインなどの機械は入れられないし、区画が小さくて形が揃っていないために作業効率も悪くなるので、全国的に減少傾向にある。

 

それでも、棚田の広がる美しい里山は、東京育ちの提督であっても郷愁を誘われる、日本人の心の原風景。

 

「田植えまでに、戦を片付けなきゃねえ」

 

すでに水が張られた田んぼを見ながら、戦国武将のようなことをつぶやく提督であった。

 

 

さて、桃ちゃんといえば、艦隊に合流するなり『アイドル』を名乗り、あろうことか『私がセンター』なんて発言をして、とある艦娘から目をつけられている。

 

「あっ、那珂ちゃん先輩っ!  夜だけど、おはようございます! うん、はい!  桃はちゃんと言いつけ守って……丁型のアイドル、してます!」

 

廊下で元気のいい挨拶をする桃ちゃん。

 

かつての上司であった五十鈴や、戦艦である伊勢や日向さえ「パイセン」呼ばわりする怖いもの知らずの桃ちゃんだが、「那珂ちゃん」にはきちんと「先輩」をつけて礼儀正しく接している(芸能界って厳しいね)。

 

「ちょうどいい所で会ったね♪ さっき遠征でスケトウダラをたくさん獲ってきたから、寒干しタラの作り方を教えてあげるよ!」

「えっ……かんぼ…し? 棒タラ?」

「棒タラは真鱈(マダラ)で作るもの! 寒干しタラは明太魚(めんたい)で作るんだよ。ほら、こっちこっち♪」

 

うん、この地方でアイドルやるなら、寒干しタラぐらい作れないとね。

 

ちなみに、明太魚は朝鮮半島から伝わった、スケトウダラの江戸時代までの呼び名。

だから、その卵巣を唐辛子で調味したものが、明太(めんたい)子。

 

スケトウダラと呼ばれるようになった由来は諸説あるが、漁獲するのに人手が必要だという事で、(そう)(村落)で手助けするほど助っ人が必要だから「助っ人鱈」、やがてスケトウダラになったと言われている。

 

一方で、スケトウダラを漢字で書くと助惣鱈であるし、スケ"ソウ"ダラという名で覚えている人も多いが、このスケソウダラというのは戦後にNHKラジオの誤読(あるいは、そのアナウンサーの出身地方の訛り)で全国的に間違ったまま広まってしまったものだという……が、信じるか信じないかは、あなた次第です!

 

で、その助惣鱈(スケトウダラ)を塩漬けして、風通しの良いところで数日干したものが、寒干しタラ。

 

寒干しという名から冬だけの品と誤解されがちだが、スケトウダラは北海道遠征のついでに、極寒の津軽海峡でまだまだ獲れる。

 

「雪は解けて~も~花さえ咲かぬ~♪ 津軽~ホニャララ~遠いーはーるー♪」

 

著作権に配慮した那珂ちゃんの歌声とともに、桃ちゃんがドナドナされていく。

 

「オラッ、提督! ボサっとしてんじゃねーよ!」

「いいですか? ラバウル方面には【遊撃部隊】【第二艦隊】【第三艦隊】【輸送部隊】の編成が必要なんです」

「第二艦隊……長波たちは使える?」

「それはルンガ沖に出した【二水戦】です! いいですか、もう一度作戦計画を説明しますよ!?」

 

摩耶と鳥海に両腕を掴まれ、提督も会議室へとドナドナされていく。

 

「あ、ちょっと……干しタラで一杯とかして休まない?」

「そんな暇あっかよ!」

「ソロモン諸島ガダルカナルにはリコリス棲姫の敵航空基地があり、ニューギニア島ラエの揚陸予定地には重巡ネ級の水雷戦隊が防衛線を張っています。これらを早急に除去しなければ、東方から迫る深海海月姫が率いる大規模な機動部隊、さらに姫級の新型戦艦が率いる主力部隊と、敵の制空権下で戦うことになってしまいます」

 

早口で言った後、提督の低容量な脳みそがオーバーフローでプスプスと音を立てているのを感じた鳥海。

 

「安心してください。武蔵さんと霧島さん、私と大淀ですでに完璧な作戦案を立てています。順番にこっちから乗り込んで全てブッ潰します!」

「そうか……うん、安心したよ……」

 

「大丈夫。ファミ〇の攻略本だよ。」という帯を見たときと同じぐらい安心した提督。

 

素直にズルズルと引きずられていくのだった。




前段は甲甲甲、堀り完了。
後段はRTA勢の戦いを見て乙乙と決定しました。


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ガダルカナルと砂鍋魚頭

現在(2021.06)進行中のイベント後段のお話です。
ネタバレや(ガバガバな)攻略法を見たくない方は回避して下さい。


現在、鎮守府の艦娘たちはガダルカナル島を巡って、深海棲艦たちと激しい戦いを繰り広げている。

 

では、史実におけるガダルカナル戦とは、何だったのか。

 

提督が思うに、全ての発端は1942年5月のMO作戦の失敗、つまり史上初の空母海戦である珊瑚海海戦で、祥鳳沈没と翔鶴大破という損害を被り、ポート・モレスビー攻略を断念してしまったことにある。

 

その結果、ソロモン諸島は日本の制空権の及ばない海域として取り残されてしまった。

連合艦隊は一部の航空兵力をブーゲンビル島のブインや、ショートランドに進出させたが、この海域における本格的な航空根拠地はニューブリテン島ラバウルにしかなく、そのラバウル自身もポート・モレスビーと対峙し続ける最前線基地であり、ここに配属された台南空の超人的技量を持つ零戦パイロットたちも、日々無駄に損耗していった。

 

ミッドウェーで勝利した米軍が、次の戦場としてソロモン諸島を選んだのは、あまりにも当然だった。

 

米軍は日本が飛行場を建設しようとしていたガダルカナル島に、新設されたばかりの第1海兵師団を上陸させて占領し、突貫工事でヘンダーソン飛行場(日本名:ルンガ飛行場)を完成させた。

 

後はご存じの通り、この島を奪い返すために日本の陸海軍は多大な戦力を、この制空権なきソロモン諸島に突っ込ませて泥沼の死闘を繰り広げ、そしてついに成すことなく撤退した。

 

ガダルカナル戦というのは、太平洋戦争における最も激しい戦いであると同時に、日本にとってみれば最も無為な戦いであったといえる。

 

日本が失ったのは兵器や人命だけではなく、1942年後半から1943年前半という、日米の戦力が拮抗していた日本にとって最も貴重だった時間を、一つの島をめぐる局地的な戦いに浪費したのだから……。

 

 

「朝潮、司令官の歴史的洞察に感服いたしました。それはそうと、司令官! ご命令を!」

「ちょっとぉ! この大事な時に艦隊を待機させるって、どういう事なの? ねえってば!」

「出るんなら出る、出ないんなら出ない、はっきりしなさいよ!ったく……」

「まだ編成決まんねえのか~。おせぇなぁ、ちゃっちゃとやれよ~」

「長考しすぎなので提督に20発、撃っていいですか?」

 

歴史考察なんかして現実逃避していたが、艦娘たちの抗議で現実に引き戻された提督。

 

大規模作戦特有の、一つの特別海域の門を通った艦娘の艤装では、別の特別海域の門が通れなくなる現象、通称「お札」の配分に悩んでいて、なかなか編成が決められないでいるのだ。

 

学校の教室風に模様替えされた執務室の黒板には、【第三十一戦隊】【第六艦隊】【第三艦隊】【二水戦】【第八艦隊】【連合艦隊】【遊撃部隊】【第二艦隊】【輸送部隊】と、9枚ものお札の名が書かれ、その横にそれぞれが向かうべき海域と敵旗艦が記され、下には艦娘の名前が書かれたネームプレートが貼り付けられている。

 

【第八艦隊】各所お手伝い

葛城、アクィラ、ポーラ、デロイテル、ガリバルディ

水無月、初雪、深雪、若葉、子日、シロッコ

 

【遊撃部隊】ガダルカナル島 リコリス棲姫

大淀、加古、摩耶、白露、朝潮、荒潮、藤波 (予備 ジェーナス)

 

【輸送部隊】ニューギニア島ラエ 重巡ネ級改

由良、文月、有明、大潮、満潮、千歳

天龍、龍田、ジャーヴィス、綾波、霞、タシュケント (予備 ゴトランド)

 

【第三艦隊】ソロモン諸島沖 深海海月姫

瑞鶴、サラトガ、瑞鳳(乙)、鳥海、最上、鈴谷

比叡、アトランタ、谷風、浦風、早波、大井

 

【第二艦隊】ガダルカナル島沖 南方戦艦新棲姫

霧島、ワシントン、サウスダコタ、瑞鳳、利根、筑摩

夕張、妙高、北上、時雨、沖波、フレッチャー

 

(第二艦隊予備)

長門、陸奥、伊勢、榛名、龍驤、隼鷹、羽黒、熊野、パース、シェフィールド、秋月、グレカーレ、秋津洲

 

【二水戦】

長波、高波、海風、江風、山風、陽炎 (予備 神通、矢矧、天霧、黒潮、雪風)

 

 

この状態のまま、黒板はさっきから1時間、ずーっと動いていない。

ガバガバで穴がある編成なのは分かっているが、いざそれを修正しようとしても動かせる艦娘が少なくて、なかなか修正案など出てこない。

 

だから提督は、ただ冷や汗をかきながら黙考したり、先ほどのような毒にも薬にもならない話を垂れ流すばかりだ。

 

最初は部屋いっぱいに集まっていた艦娘たちも、大部分は食事やお風呂に行ってしまった。

 

「そんな攻撃、二式大艇ちゃんには当たらないかも!」

「お、せ、ん、べ、お、せ、ん、べ、や、け、た、か、な♪」

「むっちゃん、このスカートよくな~い?」

 

残った者も、一部が提督を囲んでいる他は、えんぴつ倒し戦争(飛行機を模した「士」と砲台を模した「凸」を書いた紙の上で立てた鉛筆を滑らせ、その筆跡の線が相手に当たったら撃破という、とても昭和の香りがするゲーム)や、おせんべやけたかな(手のひらを煎餅に見立てた昭和ど真ん中な歌遊び)に興じたり、ファッションセンターしま〇らのチラシを眺めながらお菓子を食べたり……。

 

大して広くもない執務室には、提督の煩悶などお構いなしに、艦娘たちの華やかな笑い声や話し声が響いている。

 

そんな執務室にズカズカと足音高く入ってきたのは、泥がついたままの長靴にツナギ姿の武蔵。

首には地元の農協でもらったタオルを巻いていた。

 

鎮守府最強の戦艦であるがゆえに、戦力温存策の中で出番がなかなか巡ってこない武蔵。

最近は最終局面になってお呼びがかかるまで、作戦会議にも参加しなくなっていた。

 

「田植えは3日後にする!」

 

有無を言わさず決定事項だけを大声で告げる武蔵。

 

うむ、と鷹揚(おうよう)に頷いたつもりなのだろうが、提督は壊れたからくり仕掛けの人形のように、ただコクコクと首を振るのだけで精一杯だ。

 

そんな提督の呆けた表情に一瞥(いちべつ)をくれると、武蔵は来た時と同様ズカズカと部屋を出て行った。

 

田植えは鎮守府の最優先事項。

例え、ラストダンスの最中だろうと資源が枯渇していようと、全ての人手はそちらに取られる。

 

その掟の前には提督の指揮権など、道端の雑草よりも存在価値がない。

 

「大淀、遊撃部隊すぐに……」

 

提督がそう言った時にはもう、大淀以外の遊撃部隊編成メンバーはすでに、摩耶を先頭に室外に駆け出していたのだった。

 

 

出撃が始まり、艦娘の減った執務室。

 

そこには、懐かしい昭和タイプの学校机に向かい合ってお弁当を広げる女学生のような風情で、食事をしている一航戦の赤城と加賀の姿がある。

 

ただ奇怪なのは、机の上に置かれているのがイワタニ産業さんの誇る、木目調パネルを施した和モダンな空間にも合うコンロ『カセットフー かぐら』であり、その上には、やわらかい石灰色の九寸(約27cm)の土鍋が温められていること。

 

こいつら、ガチで食事を満喫してやがる!

しかも、出撃編成にまったく呼ばれていない、この場で堂々と!

 

「支援艦隊に空母が必要なら、いつでも出撃しまふよ?」

 

提督の内心を察知したのか、赤城がキラキラとした健康的な笑顔で、鍋の具と山盛りご飯をいっぺんに頬張りながら笑って言う。

 

ガダルカナル戦に先立つ、ミッドウェー海戦で前世を終えた彼女らにとって、この戦いにおける自分たちの役割が脇役でしかないことは十分に自覚しているのだろう(そして、それでも堂々と席を陣取って土鍋で飯を喰らい始められるのが、さすが世界最強を自負していた一航戦のプライドなんだろうなあ……)。

 

「珊瑚海海戦に加賀も出撃してたら、どうなってたかなあ?」

 

実は当初の計画では、MO作戦を担当する予定の空母は加賀であった。

 

諸般の事情により、五航戦の翔鶴、瑞鶴と交代することになったのだが、もし加賀が五航戦に加えて珊瑚海海戦に参加していれば……というのは、ずっと言われているif戦記の一つだ。

 

もし日本が1942年5月にポート・モレスビー攻略に成功していたなら、同年6月のミッドウェー海戦など起こらず、戦略的劣勢に立たされたアメリカは、史実とは逆に日本の制空権下にあるソロモン諸島に当時はまだ乏しかった戦力を逐次投入しなければなくなり……。

 

「一緒に食べたいなら、早くしないとなくなるわよ」

 

奥飛騨のさわら材を使った扶桑謹製の五合お櫃(おひつ)から、自分の大きな丼にドカドカと飯を盛り付ける赤城に微笑みながら、加賀が答えたのはそれだけだった。

 

 

イシモチ。

 

名前の由来は、ひときわ大きな耳石(じせき)(平衡感覚を保つのに役立っているカルシウム結晶)を頭の中に持っているから。

釣り上げると「グゥグゥ」と浮袋から音を出すことから、グチ(愚痴)とも呼ばれている魚。

 

顔つきや魚体がぽっちゃりしていて端正でなく、歯もギザギザしていて怪獣っぽく、釣りでも特別に面白い駆け引きが楽しめるわけでないし、数釣りにも向かないのでターゲットにされづらい、マイナー魚ではあるけれど……。

 

「うん、美味しい!」

 

砂鍋魚頭(サークオユイトー)

 

砂鍋(土鍋)に、豆板醤スープと白菜、椎茸、春雨、豆腐、その他の旬の野菜やキノコなどと、別の鉄鍋で油で揚げた尾頭付きの開き魚を入れて、煮込むという中華の鍋料理。

 

油で揚げて魚の旨味をギュッと身肉に閉じ込めつつ、それでも骨から染み出す濃厚なエキスと野菜の風味が絡まって凝縮された、絶品のスープの味。

 

中国の沿岸部でもイシモチを使った砂鍋魚頭は人気だし、横浜の中華街でも有名店のものを食べられるが、無礼を承知で断言すると、春夏のアジ釣りの外道として釣れたイシモチを船上で絞めて持ち帰り作った砂鍋魚頭は、それよりも絶対に美味い!

 

イシモチの不人気の理由の一つが傷みやすさだが、釣ったイシモチを即座に血抜きをしたものは別格だ。

 

特に第四駆逐隊(野分、嵐、舞風、萩風)が遠征に行った今朝の東京湾では、アジの回遊の前にイシモチがバクバク入れ食い状態になったらしい。

即座にターゲットをイシモチに絞り、舞風が締めと血抜き役に専念して、鮮度抜群のイシモチを大量に持ち帰ってきてくれた。

 

「何事も、時機が大事なのよ」

「大淀より入電! "我、ガダルカナルに艦砲射撃を敢行中。上陸部隊はルンガ川東岸を占領しつつあり"」

「続報! "リコリス棲姫、加古の三式弾を受けて沈黙"」

 

おかわりの椀をよそいながら加賀がぼそっと呟いた言葉は、相次ぐ勝利の入電と艦娘たちの歓声にかき消されて、提督の耳だけに届いたのだった。




今回のイベントは甲甲甲乙乙で終了し、掘りも完了しました。
涼波掘りは攻略含めE5Zマス、26S、5A、8撤退でしたが、撤退は過半数がラスダン中で、全体的な難易度は低かった感じです(面倒でないとは言っていない)。


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アレキサンドリアのターメイヤサンド

現在(2021.08)進行中のイベントのお話です。
ネタバレを見たくない方は回避して下さい。


今年の夏は暑かった。

 

冷涼な気候帯に属するはずの、この北の辺境鎮守府でさえ連日のように真夏日に見舞われ、さらには35℃を超える猛暑日も地域の過去最多記録を塗り替えた。

 

今日も今日とて太陽はやる気満々だ。

つい昨日にはバケツをひっくり返したような大雨が降ったのだが、その水分を全て蒸発させてやるとばかりに、まばゆい陽光がたっぷりの熱量とともに降り注いでる。

 

さらには、そこに湿った高気圧の南風が流れ込み、ベトついた不快な熱気が肌にまとわりついてくる。

 

「艦隊、水着で浜辺に集合だ!」

 

そんな長門の掛け声とともに、アリに運ばれるアリノスコブエンマムシのようにズルズルと、炎天下に遊びに引っぱり出された提督。

 

暑さをものともせず、ビーチボールを追っかけて元気にはしゃぎまわる艦娘たちに振り回され、すっかり汗だくになった。

 

少しは涼しい木陰に隠れてお昼寝しようと寝そべっても、ハダカデバネズミの「布団係」のように、海防艦娘たちにギュウギュウに押しつぶされて余計に汗をかくだけだった。

 

ハダカデバネズミは、アフリカ大陸の地下にトンネルを掘り、女王を頂点とした高度な階層社会を作って生活しており、働きネズミの仕事の一つ「布団係」は、文字通り肉布団になって子供たちを温める役割なのだが、間違っても真夏の日本に必要なものではない。

 

「おまえ、どこに目をつけてる! 今のはアウトに決まってるだろ!」

「テメエ、なんだコラ! やんのか! 上等だ!!」

 

突然の大声に何事かと思えば、ビーチバレーの判定をめぐって、ワシントンとサウス・ダコタが激しく言い争っている。

 

ハダカデバネズミの「王様」は、女王と子作りするのだけが仕事という、大変うらやましいヒモ人生を送れるのだが、女王の座をめぐるメス同士の抗争に巻き込まれてよく死ぬというので、賢明な提督はさっさと戦艦娘たちから目をそらして見なかったふりをする。

 

何にしても、とにかく蒸し暑い。

 

「そうだ、バカンス行こう」

 

提督は亜熱帯化したような日本からの逃避行を決意したのだった。

 

 

カタールのドーハ国際空港に隣接する、ハマド国際空港で旅客機を乗り継ぎ、エジプト北部のボルグ・エル・アラブ空港に降り立った提督。

 

その間に艦娘たちは深海領域を経由してスエズ運河を越え、大本営に承認させた(そうして旅行費用を経費扱いにさせた)地中海への増援作戦を展開中だ。

 

さっさと作戦を終わらせ、後はのんびり深海棲艦たちと合流してバカンスを楽しむ腹積もりだ。

 

ティレニア海ストロンボリ島の火山を背景に、ジェラートを食べているほっぽちゃんのフォトレターに「クルナ!」と書いてあったから、芸人解釈すれば「来て!」というお誘いだろう。

 

クレタ島にいた重巡棲姫、もとい重巡夏姫にも「カエレッ!」と怒鳴られたそうたが、同様に歓迎されていると解釈しておく。

 

「テイトク、コッチ!」

 

ほら、こうして空港まで地中海棲姫がタクシーでお出迎えに来てくれてるし。

 

まあ、文月ちゃんが「ねえ、こいつら()っちゃっていい?」という暴言とともに集積地棲姫を盛大に爆破したという件については、謝らなければいけないと思うが……。

現実世界のトルコでも地震計が揺れた程だというから、それはそれは見事な大爆発だったらしい。

 

そんなことを思いながらタクシーへと向かい、地中海棲姫の隣に座っている小さな深海棲艦の存在に気がついた。

髪の毛と首をヒジャーブと呼ばれるスカーフで覆っている、イスラム教スタイルのため最初誰だか分からなかったが……。

 

彼女が誰か分かり、マジック:ザ・ギャザリングで多色デッキを使っている時に《血染めの月》を出されたような気分になる。

《血染めの月》を出されると、基本でない土地カードは全て赤属性の基本土地カード《山》の扱いになり、他の色のマナが枯渇して……要するに……軽く吐きそうです。

 

"陰惨な光が見渡すかぎりにあふれ、すべてを深紅に染め上げた。"という《血染めの月》のフレーバーテキストが脳内でリフレインしていた。

 

 

さわやかな風が頬をなでる、アレクサンドリアの港町。

 

アレクサンドロス大王が紀元前332年にエジプトを征服した際に建設し、ギリシャ文明と東方のオリエント文明が融合したヘレニズム文化を支えた世界初の百万都市、ローマ帝国のアフリカ大陸における重要拠点、イスラム世界の学問都市、中世香辛料貿易の中継港、大航海時代の綿花の積み出し港、と時代によって様々な表情を見せてきた巨都で、今でも北アフリカ随一の国際貿易都市として繁栄している。

 

「ガンバリマクリ、カラマリマクリ」

 

見事な口ひげと分厚い胸板の、まるで海賊の親分のような風貌の屋台の主に向かって提督が口にした言葉は、別に変な日本語の呪文ではない。

 

ガンバリはエビ、カラマリはイカ、そしてマクリは揚げ物を意味する立派なアラビア語であって、ちゃんとした注文だ。

 

揚げてもらったエビフライとイカリングを受け取り、地中海棲姫の待つベンチへと戻る。

 

「コレ、カッテキタ」

 

地中海棲姫が差し出してくれたのは、ターメイヤのサンドイッチ。

 

ペースト状にひき潰したそら豆に、玉ねぎのみじん切り、パセリを混ぜ、クミン、コリアンダー、ニンニク、塩こしょうを加えて揚げた、衣なしのコロッケのような食べ物。

 

サンドイッチといっても食パンで挟むのではなく、ピラミッドが作られた時代から主食として食べられてきた「アエーシ」という円形の空洞パンを半月状に切り、そこにトマト、レタス、キュウリなどのサラダとともに包んで食べるのがエジプト流だ。

 

「これ、好きなんだよねぇ」

 

皮自体は薄いのに濃厚に小麦粉そのものの味を感じさせるアエーシの中に、表面はカリカリっと香ばしく揚がり、中身は豆のホクホク感、そこにスパイシーな風味がたまらないターメイヤ。

 

シーザー風ドレッシングがかかったサラダも手伝い、軽くさっぱりと食べられ、この風土に合った味なのが実感できる。

 

「ウムッ、ハフッ」

 

隣には羊肉のシャワルマ(トルコ料理でいうケバブ)をたっぷりと詰め込み、こんもり膨らんだアエーシをヒジャーブの中に入れて、豪快にかぶりついているレ級がいる。

 

誰だよ!

レ級ちゃんを地中海に連れてきちゃった大バカは!

 

自分自身、地中海旅行にレ級を同行させた過去の戦犯行為を忘れて、運命の営み(運営)に心の底からの恨みをぶつける提督。

 

しかもレ級ちゃん、夜戦部隊を率いているという。

ヤバイよヤバイよ!

 

「ソレナニ?」

 

レ級がキラキラした瞳で手元のフライがのった紙皿をのぞき込んでくる。

 

「絡まりまくったカラマリマクリ」

 

つながったイカリングをつまんでオヤジギャグを飛ばし、そのままヒジャーブを少しまくって(イスラム圏では絶対NG)レ級の口に入れてあげる。

 

サクサクとイカリングを噛みしめるレ級を微笑ましく見ながら、提督は丙作戦への移行を考え始めたのだった。




イベントは甲、丙で完了、長鯨ちゃんの捕鯨にも成功しました。
え、まだ後段がある? お腹いっぱいです……


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惰眠提督と豚みぞれうどん

お正月気分も吹き飛ばす寒気が日本列島を襲い、いよいよ冬本番となってきた頃。

 

北の辺境の自堕落提督はホカホカの布団にくるまり、惰眠をむさぼっていた。

 

一応6時には、駆逐艦娘たちが起こしにきたのだが、この時期の早朝に布団から出るなんて、まるで銃弾飛び交うオマハビーチで遮蔽物から飛び出して駆け出すような気概が、ここの提督にあるわけがない。

提督は布団から出てこないばかりばかりか、夕雲型の五女・巻波を捕まえて抱き枕にして籠城の構えをとってしまった。

 

「仕方ないわね。もう少し寝かせておいてあげましょう」

「お、おう、夕雲姉がそう言うなら……」

「ちょっと、長波姉、沖波、助けてよっ!」

「巻波姉さん、がんばって耐えてくださいね」

「こりゃ薄い本が捗るわ~」

 

提督を甘やかすためなら妹も平然と生贄にしていくスタイルの夕雲の一言で、哀れな巻波は被害担当艦として見捨てられた。

 

 

さて、そんなダメ提督がいても(いなくても)回っていくのが、ここの鎮守府。

当番表に従って、遠征や買い出し、畑仕事やF作業、厨房のお手伝い、掃除、洗濯に精を出す艦娘たち。

 

それでも、出撃だけは提督がいないと成り立たない。

羅針盤を回すという、妖精さんとの神聖な共同作業は、提督にしか行えないのだ(しかし羅針盤は回すものじゃないと何度・・・)。

 

そして今日の出撃目標は、イヤーリー任務の『精鋭「十九駆」、躍り出る!』の達成。

 

綾波と敷波を含む艦隊で広範な海域を戦い抜く必要があるが、報酬で家具職人さんが特注家具を作ってくれたりするので見逃せない。

 

「アンタ、いつまで寝てんのよっ! 初雪でさえ、もう東京急行に行ってるわよ!?」

「はぁ!? 寒いから布団から出たくない? だらしないったら!」

「しゃんとしなさいよっ! このクソ提督!」

「ほら提督、布団の外は寒いから。靴下を履かせてあげるわね」

「うわぁ……巻波姉、汚宅部屋で長年愛用された抱き枕のようにグッショリベタベタに……提督、いい覚悟だほら! 壁に手ぇつきなよ!」

 

10時4分、ついに叢雲たち「提督叱り隊+α」が踏み込んで提督から布団を引っぺがした。

 

 

 

とりあえず顔を洗って歯を磨き、ひどい寝ぐせはそのままに、雷ちゃんの着せてくれたモコモコのベンチコート姿で埠頭に立つ提督。

 

羅針盤を回すのと同様、出撃艦隊の見送りは提督の大切な仕事だ。

 

「加賀、龍驤、十九駆のみんなをよろしくね」

「鎧袖一触よ。心配いらないわ」

「おぉう、任せといてや。ウチと加賀の先制爆撃でパーッと道を切り拓いたるわ」

「彩雲の偵察隊もいるよね?」

「ちょっと、格納庫を触らんといてや! 載せとる、載せとるからっ!」

 

「夕張、ちゃんとタービンは積んだ?」

「もちろん! もう遅いなんて言わせないんだからね」

 

制空や索敵が足らなかったり、艦隊の高速運動ができず、敗退や針路制限で何度も泣かされてきた経験から、艦娘たちに声をかけながら装備を指さし確認するのが常になった。

 

「綾波、敵の中枢は戦艦部隊だから、昼戦は空母に任せて、夜戦までは決して無理をせずに防御に徹して。それに、たまにヲ級が里帰りしてるみたいだから、対空見張りも油断なくね」

「はい、司令官。分かりました~」

 

ほわわんと答える綾波だが、これが実戦になると一番に突っ込んで行きそうだからなあ……。

 

「浦波、敷波、しっかり綾波を抑えておいて」

「はい、司令官」

「ん、分かってるって」

 

 

そうやって艦隊を送り出してから、食堂へと向かう提督。

 

もちろん、こんな時間に朝食は残っていない。

間宮に頼んで、少し早めだが昼食のメニューを出してもらう。

 

提督が頼んだのは、大根おろしをたっぷりのせた、千歳の豚みぞれうどん。

【博多の名店の冬限定メニューを再現】という、千歳が書いたらしい売り文句にひかれたのだ。

 

千歳が作る福岡系メニューは、牛もつ鍋やモツのすき焼き、アラ鍋、水炊き、うなぎのせいろ蒸しなど、主に鳳翔さんの居酒屋で出されることが多い。

 

しかし、昼の食堂を手伝っているときの、うどんメニューもなかなかだ。

 

ゴボウ天うどん、とり天うどん、肉うどん、極厚しいたけうどん、今まで出されたどれも美味しかった。

かしわめし、高菜ごはん、明太子おにぎり、山菜いなり、といった気の利いたご飯ものの一品が付いてくるのも嬉しい。

 

 

「提督、お待たせしました。こちら、豚みぞれうどんに、かしわめしです」

 

割烹着(かっぽうぎ)姿の千歳が、料理を運んできてくれた。

 

うどんの丼鉢は、白くみぞれのような大量の大根おろしに覆われ、その上を刻みネギの緑と、おろし生姜の黄色が彩っている。

 

その下には、茹でた豚バラ肉と、コシの強い讃岐うどんとは違った、フワフワでモチモチの博多うどんが、みっしりと詰まっていることだろう。

 

スープは、昆布にカツオ節、サバ節、ウルメ節、焼アゴ(トビウオ)と、魚介のダシをガツンと効かせた、パンチのあるもので、やや甘い九州醤油をふんだんに使っていることもあって、関東人の提督にも馴染みやすい。

 

そして、九州地方では鶏肉のことを「かしわ」と呼び、鶏肉、椎茸、ゴボウ、ニンジンなどを、酒、醤油、みりんで甘辛く米と炊き込んだ「かしわめし」が、うどん屋のサイドメニューとして定番になっている。

 

うん、遅めの朝食として申し分なしの布陣。

 

「いただきます」

 

午後はちょっとマジメに仕事しましょうか。

 

提督の遅い一日が動き出そうとしているのだった。




ここ一年、コロナからくる仕事の影響で執筆時間がとれずに、何かのネタで書き出したはいいけれど季節が移り変わってしまい、途中で間に合わなくなる射程ズレで、なかなか投稿できずにいました(今回も二週間は季節遅れです)。
しばらくは遅ペースだとおもいますが、まだまだ艦これある限りは書き続けたいと思いますので、よろしくお願いいたします。


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飛鷹の赤天

釣りが好きになるには二つ資格がいる。

一つは気が短いこと。

もう一つはスケベなこと。

 

映画『釣りバカ日誌』(1988年、松竹)で、浜崎みち子(伝助の妻)役の石田えり子が、そんな意味のセリフを、スーさん役の三國連太郎に言うシーンがある。

 

「だから、のんびり屋の司令官は釣りが下手なのね」

「釣れないポイントで3時間もねばってたもんね」

「司令官様は、おっとりしていらっしゃるから……」

「でも、夜の方は……い、いえっ!そういう事ではっ! ちっ、違うんです! 別に夜戦はっ! 違いますから!」

 

提督の私室でVHSビデオを見ながら、遠征帰りの朝風、松風、春風、旗風が騒いでいる。

 

そんな様をニコニコと眺めつつ、提督は仕掛け作りに精を出す。

 

ちなみに提督の服装は、宗谷とおそろいのオレンジに白字で「南極」と書かれたTシャツに、ホワイトジーンズという組み合わせだ。

 

釣りは下手だけど、釣りの仕掛けを作るのはそこそこ上手い提督。

今作っているのは、和歌山県沖で使うためのカワハギ仕掛け。

 

和歌山県の日の岬沖は、関西圏でもっとも水深の深いカワハギ釣り場。

海底は砂利底主体で根掛かりが少なく、ベラやトラギスなどのエサ取りも少ない。

 

一方、同じ和歌山県でも白崎沖や由良湾沖は水深が比較的浅い。

海底も起伏のある岩礁帯で根掛かりも多いし、エサ取りの魚影も濃い。

 

東京湾の浅場でも同様、神奈川県側の潮が速い剣崎沖と、千葉県側の潮が緩い竹岡沖では、釣り場の特徴が異なる。

 

カワハギ釣りでは一般的に、オモリが一番下にくる幹糸から3本のハリス(針のついた糸)が出ている胴付き仕掛けを使う。

 

同じ和歌山県用でも、日の岬沖用なら一番下のハリスをオモリ近くまで下げられるし、白崎沖や由良湾沖用なら根掛かりやエサ取りを避けるため、ハリスが海底から離れるように高めにする。

 

このように釣り場に合わせた細かいセッティングができるのが、手作り仕掛けの魅力だ。

 

それに何より、市販の仕掛けを毎回使い捨てにしていては、お財布に優しくない。

使える針は回収して研ぎ直し、金具も使いまわしすれば、糸代だけで済むのだ。

 

なお、昼間には猫の手ほども役に立たない提督の労働原価はゼロとして計算するものとする。

 

あと……大井発案による、マズメ(日の出、日の入りの周辺の時間帯)に合わせて艦隊を出すなど、毎日喰いが立っている時間帯にだけ集中して釣りをする……という釣法は、漁師さんじゃあるまいし、ロマンがなさすぎるので球磨姉のゲンコツで却下されてます。

 

 

昼食も忘れて、かなりの時間を仕掛け作りに精を出していた提督。

日が傾く頃には、港へと足を向けた。

 

この鎮守府では休日は大食堂が休みになるので、休日の自炊ついでにお店を開く艦娘も多かった。

そして、艦娘の数が増えて非番で暇になる割合も増えるにつれ、平日の出店もどんどん増えていった。

 

今では鎮守府庁舎と工廠の間の一角は、いつ行っても誰かが何かしらの屋台を出している、屋台村のような状態になっている。

 

鎮守府に居候している重巡ネ級がなぜか、トウモロコシ粉をバターと牛乳で練り、フライパンで平べったく焼いた「アレパ」というベネズエラのパンを売っていた。

 

聞けばザラの手伝いだそうで、ザラは具材の追加のために厨房に行っているという。

 

具材は、トマト入りのスクランブルエッグ「ペリコ」と、黒豆を砂糖と煮たデザート風の「カラオタ・ドゥルセ」の二種類。

これを「アレパ」に載せたり挟んだりして食べるそうだ。

 

ホノルルの、アボガド&スパムむすび。

宗谷の、しらすホットサンド。

日進の、お好み焼き。

迅鯨と長鯨の、くじら焼き。

 

どれも興味を惹かれるが、今食べに行きたいのは……。

 

元漁協の本部を流用した、しょぼい鎮守府庁舎の出口前。

調理台付きリヤカー屋台が停まっていて、その前には二組の折り畳みテーブルが向かい合わせに置かれている。

 

このリヤカー屋台ではよく、天龍と龍田が串揚げ、龍驤がホルモン焼き(誰がじゃりン子やねん!)、大鯨がおでんを、酒とともに提供している。

 

「こんな時間じゃ、まだお酒は出せませんよ」

 

瓶ビールの空箱を重ね、上面にダンボールの切れ端を当ててガムテープで補強しただけの、粗末な椅子に座った途端、今日の店主である飛鷹にくぎを刺された。

 

まだ点灯していない赤ちょうちんに達筆で書かれた屋号は『いづも』。

 

「分かってるよ。赤天が食べたくて来ただけなんだ」

 

屋台の骨組みにセロハンテープ止めされた厚紙のメニューを目で追いながら、お目当ての品を探す。

 

『甘鯛(笠松焼・塩焼・酒蒸し)、川海老の唐揚げ、しじみ酒蒸し』

 

『枝豆、塩らっきょう、焦がし玉ねぎ、かぶ漬け』

 

『お酒はお一人様三本まで(厳守)』

 

『赤天あり〼』

 

あった。

 

ここは飛鷹が不定期に開く、隠れ家的な路地酒場。

 

まだ仕込みの時間だろうが、松江鎮守府へのおつかい帰りの朝風たちから、飛鷹に頼まれて赤天を買ってきたと聞いて、夕方が待てずに来てしまった。

 

赤天は、魚のすり身に唐辛子を練りこみ、パン粉をつけてサクッと揚げた、魚カツに分類される島根県の名物だ。

炙ったものにマヨネーズをちょっとつけて食べると、ピリリと辛い中に魚の旨味がじんわりと広がって、しみじみと美味しい。

 

鳥取県に親戚が多数いる提督にとっては、なじみ深くて懐かしいながらも、いざ実食する機会となると限られているレア食材なのです。

 

「まだ暑いよねぇ」

「もう……ちょっと早いですけど、ビールなら出します」

「飛鷹、大好き。ケッコンして」

「とっくにケッコンしてますよ」

 

赤天に冷えたビール。

経験がない人に言いたいが、この世にある最高の組み合わせの一つです。

 

「んっふ~♪」

 

思わず鼻歌も出てくる提督だが……。

 

「お部屋(執務室)に帰りたくないんですか?」

 

飛鷹の鋭い質問が飛んできた。

 

 

梅雨の大規模作戦の喧騒は去った。

鎮守府はいつもの平穏を取り戻した。

 

はずだった……。

 

梅雨作戦の末期、連日秘書艦を務めた大和改二の超巨大な艤装のせいで、作戦地図も読めないほど狭苦しくなっていた提督の執務室。

 

でも今は、海防艦仮設プールや、流しそうめん台が広げられている。

いや、ちょっと前まで、広げられていた……。

 

現在、欧州での大規模反攻上陸トーチ作戦、アレキサンドリア攻略のために、大和と武蔵が執務室にスタンバイしている。

 

また、地図を読むスペースがなくなっているのだ。

まだ前段作戦なのに、大和タッチ使えとか正気かよ!

 

 

ま、今だけはどうでもいいか。

 

サクっとかじった赤天の辛味に、じんわりと汗が浮く。

それを洗い流す、シュワ~ッとしたビールの清涼感と苦み。

 

ちょっと至福の時間。

 

 

と、ビールに酔いしれていたら、エプロンを外したネ級が挨拶に来た。

これから、地中海ロード島(深海棲艦側の)防衛に戻るらしい。

 

帰っちゃ嫌だと言っても、ネ級は困ったような微笑みを見せるだけだろう。

 

なので、ネ級の首に一発轟沈防止の呪力が詰まったハートの首輪が着いているのを確認し、笑顔で送り出す。

 

美味しいものをたくさん食べさせているせいか、額から生えている角が、どんどん立派に育っている(ぶっちゃけ、チョロイン枠の重巡棲姫より何倍もヤバイ敵に成長している)。

 

チリン、と風鈴が北風で鳴った。

 

夏もそろそろ終わりそうです。



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キス釣り特製のり弁当

やはり大和と武蔵の破壊力は圧倒的だった。

 

アレキサンドリアを進発した連合艦隊は、まずは深海勢に包囲されていたトブルクを解放。

 

イタリアはタラント軍港の泊地水鬼を瞬く間に撃破し、返す刀でリビアの首都トリポリで集積地棲姫と飛行場姫を大爆発させた。

 

チュニス湾沖で迎えた、新型・高速軽空母水鬼との決戦にもストレート勝利したが……。

 

その代償もまた大きかった。

 

燃料と弾薬がピンチです。

 

 

というわけで、備蓄のために作戦は一時中止。

艦隊は遠征任務に専念している。

 

そんな中、提督は「ぷかぷか丸」に乗り、東京湾の木更津沖にいた。

 

廃業した老漁師がタダで譲ってくれた、何年も野ざらしにされていた木製50フィート(15メートル強)船を、艦娘たちがレストアしたものだ。

 

そして2020年、「ぷかぷか丸」は妖精さんたちの協力のもと、艦娘たちと同じ深海門通過機能を得て、いわゆるワープ航行が可能になった。

 

これは、横須賀提督の揚陸指揮艦「ブルー・リッジ」、呉提督の護衛艦「こんごう」、天草提督のメガヨット「アンドロメデー」(あのカル○ス・ゴーン被告が所有していた「SHACHOU号」より金がかかっているという噂だ)に次ぐ、人類で4隻目の偉大な能力を持った船だということなのだが、なぜか周囲から称賛されたり、羨望のまなざしを向けられたことはない。

 

「あ、浦安の吉○屋さんの船ニャ」

「あれなら、30人はお客さんを乗せられそうだね。うーん、キャビンも広そうだなぁ」

 

むしろ、東京湾最大手の遊漁屋さんの緑色の船に、羨望のまなざしを向ける多摩と提督。

さすがに釣り客の多い東京湾の船だけあって、船体も大きいし装備も豪華。

 

こちらは釣り手12人と、操船者1人の13人が定員。

トイレは一つだけだし、こだわりで付けた調理場もワンルームアパートのキッチン並みの狭さだ。

 

だが、そういう狭い調理場で、工夫して様々な料理を作るのには、キャンプのような楽しさもある。

 

それはさておき、今日は東京湾のキス釣り。

 

燃料が足りない時に?と思われるかもしれないが、これには事情がある。

 

全力遠征に入る前、提督は「10回だけ」とアラビア海での新艦娘捜索を行った。

その結果、あんまり運が良くないここの提督にしては珍しく、1回目の出撃で海防艦娘・鵜来ちゃんを引き当てたのだ。

 

というわけで、左舷の胴の間(船の中央部)、提督は鵜来ちゃんに付きっきりでキス釣りをレクチャーしている。

 

夏のベストシーズンは過ぎてしまったが、まだまだキスは釣れている。

釣り初心者や子供でも簡単に楽しめ、必ず魚が釣れるのが船のキス釣りだ(堤防や砂浜のちょい投げのキス釣りもファミリーフィッシングの定番だが、陸からでは釣れるとは限らない)。

 

そして右舷の胴の間では、朝雲、山雲、そして峯雲が、新しく鎮守府に着任した姉妹艦の夏雲を挟んでいる。

 

新人の2人に、小気味よいキスの引きを味わってもらいたい、というのが目的の一つ。

 

「釣り船は船首を風上に向けて停めるからね。右舷なら竿は右側、風上に置いて餌付けすると糸が絡みにくいよ」

 

シロギス釣りは餌付けが勝負。

餌はアオイソメで、1~5cm(この長さも活性や潮加減により要調整)垂れるように切って、丁寧に真っすぐ、シロギスが吸い込みやすいように針に刺す。

 

仕掛けは、天秤と胴付きの二種類があるが、初心者におすすめなのは胴付きの一本針。

これを船下に落とすだけでも、しっかりと海の底に錘を着けて7~8秒キープすることさえできれば、初心者だろうとそこそこの数が釣れる。

 

「10秒待ってもアタリがなかったら、竿をあおって錘を数十cm浮かせてから、ゆっくりとおろす。底をとったらリールを軽く巻いて糸をピンと張って、また待つんだ」

 

シロギスは海底近くを泳いでいる。

その目の前にフワリと餌を落とすことで、シロギスの食い気を誘う。

 

「それから、錘で海底を軽く小突くように、トントンするのも有効だからね。砂煙が立つとシロギスが興味を持つし、餌が踊ってアピールになるんだ」

「はい、提督……あ、プルプルッてしました!」

 

初心者や子供は、アタリがないまま放置してしまうことが多いが、それでは釣果アップは望めない。

 

簡単な方法でいいので、しっかりとシロギスを誘い続ける。

 

そして時々、餌がとられていないか、仕掛けが絡んでいないか、仕掛けに異物(ヒトデやクラゲの触手)が付いていないかチェック。

 

そこをしっかりやっていれば、ククンと竿が震える歓喜の瞬間が待っているのだ。

 

 

そしてもう一つの目的……。

 

左舷ミヨシ(船首側)では、鎮守府のキス釣り名人・阿武隈が時速15匹オーバーのハイペースでキスを釣り上げている。

天秤仕掛けの2本針に、両方ともキスがかかっている一荷で釣れることも珍しくない。

片方の針にキスがかかった後も、阿武隈はしっかり2匹目の追い食いを狙っているのだ。

 

右舷ミヨシには、胴付き1本針のペンシル持ち釣法で、手返しよく着実に1匹1匹を狙う木曾。

手首の可動域の広さをフルに使い、竿を細かく動かすチョンチョン誘いから、大きく竿を持ち上げて仕掛けの位置を動かす広い誘いまで、技の引き出しが多い。

 

左舷トモ(船尾側)の島風も、キスを釣り上げてから一瞬で針を外し、餌を付け直して仕掛けを海に再投入するまでの、すべての動作が「はっやーい」。

鵜来ちゃんが釣り上げたキスが呑み込んでいた針を、1分以上かけてモタモタと外し、その間にもう1本の針が天秤と錘にこんがらがってしまって、アタフタしている提督とは大違いだ。

 

右舷トモは霞。

最初は姉の夏雲の世話もしていたが、今は目を三角にしてキスを狙っている。

そもそも竿がダイワの『極鋭キスH』なあたり、遊びじゃない真剣な釣りだ。

 

鎮守府の今年のキス釣りダービー、四強による決勝プレーオフが主目的だ。

 

 

「うーん、アタリが無くなっちゃったねえ。潮止まりの時間だから仕方ないか」

 

提督は釣れない時間を活かすため、昼食の準備にとりかかった。

 

今釣ったばかりのキスをさばき、IHヒーターでフライに揚げる。

同時に揚げるのは、あらかじめタチウオ、イシモチ、エソのすり身で作っておいた、自家製ちくわに青のりをかけたもの。

 

炊飯器から炊きたてのご飯を弁当箱によそい、おかかをかけて、海苔をしく。

手早くタッパから、きんぴらごぼう、柴漬け、瑞鳳の玉子焼きを盛り付ける。

 

熱々のキスフライとちくわの磯部揚げをドーンと置き、海上のり弁の完成。

 

海の上で揚げたてキスをいただく贅沢の極み。

鵜来ちゃんも夏雲も、きっと喜んでくれるだろう。

 

「ふんふ~ん♪」

 

思わず鼻歌が出てくる。

 

 

ある意味、提督の時間の使い方は上手いと言えるのだが……。

 

ここら辺に、ベストコンディションの日に48匹のキスを釣ったのが最高記録である提督と、潮が良ければ100匹、200匹とキスを釣り上げるのはもちろん、どんなに激渋の最悪なコンディションでも30匹以下には釣果を落とさない阿武隈達との差がある。

 

例えアタリがなくなっても、魚探を見ている船長(多摩)がこの場に船を留めている以上、船の周囲にキスはいる。

 

だから諦めずに錘で海底をトントン叩いて誘いをかけてから、キスに食べる間を与えるために竿を止め、ジッと静かに待つ霞。

 

軽さは感度。

自重62gの『極鋭キスH』の竿先が、ピクンと動いた。

 

午前中の元気に餌を吸い込み、一気に針掛かりするような、プルプルしたアタリではない。

竿を持つ指先に、ピリッと違和感を覚える程度の、ごく些細なアタリだが、霞には餌をくわえたまま、活性低く動かずにいるキスの姿がはっきりとイメージできた。

 

そのまま5つ数えてから、キスを驚かせないように、ゆっくりゆっくりと腕を上げて竿先を立てていく。

道糸をピンと張って針掛かりさせるためで、リールを巻いたら逃げてしまいそうな魚にも違和感を与えずに道糸を張れる。

 

頭上高く竿を上げたところで、最初はピクピクと、次にプルンプルンという激しい感触が手に伝わってきた。

キスの重みが一気に乗って、竿がギュンとしなる。

 

悦っ!

 

アタリを待つのではなく、アタリを取りに行く上級者の釣り。

 

反対側のトモの島風も、錘を海底につけない宙釣りで、キスの泳層である海底から20~30cmの水深を積極的に攻めて釣果を伸ばしている。

 

阿武隈は元気にピョンピョン動いているアオイソメの尻尾の方の部分を長めに切って餌とし、活性の低いキスにも反射的に口を使わせ、モゴモゴとしか吸い込まないのも気長に呑み込むまで待つ、ゆっくりしていってね釣法。

 

木曾は遠くに投げて広く誘いをかけ、比較的食い気のあるキスを自分から探していく釣り。

 

シロギス釣りは奥が深い。

鎮守府キス釣りダービーも佳境、熱いデッドヒートが繰り広げられています。



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新艦掘りと豚ナスピーマンみそ炒め

艦娘寮から山を挟んだ反対側の一帯の台地。

鎮守府の田畑は、繁忙期を迎えていた。

 

まず、何よりも田んぼの稲刈りが始まる。

稲は刈ったら終わりでなく、乾燥、脱穀、籾の選別、精米と作業は続く。

 

畑でも夏野菜の収穫と、秋野菜の種まきが重なり、多くの作業が並行する時期。

果樹園もブドウ、ナシ、リンゴがシーズンを迎え、ニホンミツバチの採密も近い。

 

「那珂ちゃん現場入りまーす! 四水戦のみんな、今日はピーマンの収穫だよ! もし収穫中にアブラムシを見つけたら、すぐに報告してねっ♪」

「主力of主力の夕雲型、集合! 巻雲さん、これからホウレンソウの種まきを始めますよ」

「二一駆、やっと揃ったかや? 苦しゅうない! それでは防風シートの点検じゃ」

 

今日も多くの艦娘たちが忙しげに働いていた。

 

そこにホンダの軽トラック、アクティで乗りつけた扶桑と山城。

リアルタイム4WDにミッドシップエンジン搭載、悪路でのキレのある走りから、「農道のフェラーリ」という異名で呼ばれている。

 

「あっ」

 

運転席から降りようとした山城は、長靴のかかとをフロアマットのフチの盛り上がりに引っかけてしまった。

別に痛いわけでも何でもないが、ちょっとしたストレス。

 

この鎮守府のアクティは、運転席もドロ汚れOKというルールで運用されているが、残念ながら足元のフロアマットは残念ながらメーカー純正品を使っている。

 

何が残念かって、もう一台の軽トラックであって、主に買い出しや資材運搬に使われているダイハツのハイゼットはもちろん、軽ワゴンのスズキのエブリイも、ホームセンター『コ○リ』の大人気バケットマットを敷いているのだ。

 

マットのフチが高くてドロ汚れに強い一方、乗り降りするドア側だけは一部フチが無く、長靴がひっかかることもなく、小石や木くずを簡単に掃き出せる、かゆい所に手が届く設計。

それなのに、お値段は驚異の1000円以下!

 

しかし……売ってないんです、アクティ用は。

 

しかも、2021年4月をもってアクティの生産が終了した今となっては、今後販売される可能も期待できな……いや、農家のコンビニ『コ○リ』ならワンチャンやってくれるかも、と山城は珍しくポジティブな思考をし、その『コ○リ』で買った300リットルの水タンク(真水入り)を降ろし始めた。

 

戦艦娘以外がやると腰を痛めるどころか、押しつぶされて最悪命にかかわるので、絶対に真似しないようにしましょう。

 

 

艦娘寮から田畑までは、直線距離なら約1km。

しかし、実際は山すそを迂回するので、移動距離は2kmを超える。

 

艦娘寮の前の道路を町側に直進、お寺さんの先の十字路を右折、公民館の前を通り、イトウさん()の前のY字路を右に、そのまま登り坂を道なり。

 

あきつ丸が()くリヤカーに乗せられた提督は、体操服にブルマ姿の駆逐艦娘・清霜を背後から抱きしめるいう事案を感じさせる姿で、ボーッと高く澄んだ空を見ていた。

 

清霜の胸の名札には、夕雲の丁寧な字で『まさちゅーせっつ』と書かれている。

 

大和と武蔵を主軸にした連合艦隊での、サウス・ダコタ級3番艦マサチューセッツの捜索作戦はすでに95回目、攻略中を合わせると100回を超える。

 

燃料を10万以上溶かし、動悸、息切れ、めまい、吐き気が止まらない。

清し……じゃなくて、『まさちゅーせっつ』をモフモフして気を紛らわせる提督。

 

 

そんな壊れ気味の提督たちのリヤカーを、コロラドが運転するジープが追い抜いていく。

 

1969年式の三菱ジープJ3R。

メリーランド、ガンビア・ベイ、サミュエル・B・ロバーツが同乗している。

 

ジープは第二次大戦中、ドイツ軍のキューベルワーゲンに対抗するために開発された傑作四輪駆動車「ウィリスMB」と「フォードGPW」の総称。

 

戦後、アメリカは朝鮮戦争で必要となるジープを日本で調達するために、中日本重工業(後の三菱重工業、三菱自動車)にノックダウン生産を開始させた。

この日本製ジープは保安隊(自衛隊)にも採用され、一般販売モデルも人気を博し、その製造・販売は2001年まで続いていた(だったら最近の比較的新しい中古車もあるのに、提督の昭和愛があえて古い、倉庫の奥でぶ厚いホコリをかぶって眠っていた車体を選ばせた)。

 

ジープの名前の由来は諸説あり、”General Purpose”(多目的、万能)の略称“GP”から来たという説が有力だが、陸軍新聞の連載漫画に登場する兵士の愛犬”Jeep”のように忠実に働くから、という説が個人的には好きだ。

 

 

続けてアイオワの運転する、シボレーC10ピックアップトラック。

こちらも1969年式で、助手席にはサラトガ、荷台にはヒューストン、ノーザンプトン、ヘレナ、アトランタ、ホノルル、ブルックリンの巡洋艦娘たちが乗っている。

 

さらにホーネットの運転する、フォードF100レンジャー。

もちろん1969年式のピックアップトラックで、助手席にはイントレピッド、荷台にはレンジャー、ラングレー、ジョンストン、フレッチャー、スキャンプが乗っている。

 

そしてサウス・ダコタが運転する、ハーレー・ダビッドソンXLCH。

言うまでもなく1969年式で、リアシートにワシントンを乗せている。

 

アメリカの艦娘、本当に増えたなぁ……。

 

でも……。

 

「あうあうあー、1人足りなぁーい!」

 

錯乱した提督の叫び声が響くのだった。

 

 

新鮮野菜を大量に持ち帰った鎮守府の夕食は、豚ナスピーマンみそ炒め。

 

甘辛いみそダレで、柔らかジューシーな豚バラ肉、とろとろのナス、シャッキリしたピーマンという、どれも油にマッチする食材を炒め合わせた、ご飯がモリモリ食べられる王道のおかず料理だ。

 

「ヒャッハー! かんぱーい!」

「ビール? ビールでいっちゃいますぅ?」

 

うん、ビールに組み合わせても美味いことこの上ない。

 

山盛りにされた、トマトと玉ねぎのマリネも新鮮そのもの。

イタリアンと思わせて実はマリネ液にはこんぶダシが加わっているし、塩と黒胡椒がしっかりきいていて、単なるサラダ枠を超えて、ご飯やお酒の良いお供になる。

 

きゅうり塩こんぶ和えも、ポリポリと箸が止まらなくなる一品。

みずみずしく張りのある乱切りきゅうりと、鎮守府の養殖棚で育てられた旨味たっぷりこんぶとの、絶妙なコラボレーション。

 

「この鎮守府の畑の美味しい野菜を食べると、心が洗われるわよね」

「うん、みんなで大事に大事に育てた野菜だからね」

 

たっぷり野菜の夕食をとりながら、提督はゴトランドからカウンセリングを受けている。

 

「ねえ、提督。鵜来ちゃんは1回で見つかったし、ブルックリンもたった6回でお迎えできたでしょ? ということは、102回の出撃で3人中2人も新人が見つかった、ってことよ。平均したら34回、提督は運が良いわ」

「そ、そっか……」

 

ゴトランドの声を聞いていると、心が安らいでくる。

というか、頭の中が真っ白くなっていくような……。

 

「でも、いくら運が良い提督でも、34回ぐらいの出撃じゃ、見つからないこともあるって分かってるわよね?」

「そうだね、最低50回はやる覚悟を持たないとね」

「そうよ、その意気よ。明日、頑張って16回出撃しましょ」

「よーし、提督やっちゃうぞー」

 

燃料は残り1万6200ですが、ここの鎮守府は今日も平和です。



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新艦掘り(続)とてっちり

普段、堤防などの(おか)っぱりで釣りをしていて、一番邪魔に思えるのはフグだ。

 

歯が鋭いので糸は切られるし、釣れたとしても毒があるので食べられない。

釣ったフグを自分でさばいて自分一人で食べる分には何の罪にも問われませんが、素人は絶対にさばくのはやめましょう。

特に家族だろうと他の人の口に入れるの、ダメ絶対。

 

この鎮守府では県の「ふぐ取扱責任者」免許を持つ艦娘が何人もいるが、堤防で一番よく釣れるクサフグは小さいので調理を面倒がられ、結局海に捨てられることが多い。

 

しかし、さばいてくれる人がいるのであれば、サイズのあるフグは船釣りの格好のターゲット。

主に狙うのはショウサイフグ、時期によってアカメフグ(※)、次点でコモンフグ、サバフグ。

 

※関東の釣り人がこう呼ぶのは「ヒガンフグ」のことで、標準和名で「アカメフグ」という別の種類のフグもいて毒がある部位も違うので注意。

 

フグ界の王様トラフグや、フグの女王とも呼ばれるマフグを狙うことも多少はあるが、豪華ゲストとしてたまたま釣れたことの方が多い。

 

 

まだ陽も昇らぬ暗がりの中、鎮守府のレストア漁船『ぷかぷか丸』が向かっているのは、千葉県外房の太東(たいとう)崎沖。

夏の禁漁期を経てコロコロに太ったショウサイフグを求め、近くの大原漁港から何隻もの遊漁船(船宿の人がフグの調理免許を持っていて、帰船後さばいてくれる)が出てくる好ポイントだ。

 

今日の船長である木曾が操舵室の無線を入れると、同じポイントに向かっているだろう、遊漁船同士の朝の挨拶が飛び込んできた。

 

釣り座で朝食のホットサンドを食べているのは、天龍、龍田、長良型の六姉妹に、ホノルルとブルックリン。

そしてFXで全財産を溶かした人のような顔をしている提督(150周回したがマサチューセッツはまだ出ていない)。

 

新人の軽巡洋艦娘ブルックリンの歓迎と、これからしばらく資源集めの遠征三昧で忙しくなる、軽巡洋艦娘たちの慰労、という建前で魂が抜けてしまいそうな提督をリフレッシュに連れ出したのだ。

 

ホットサンドの中身は、食堂の朝食スパゲッティミートソースから流用したミートソースと、同じくサラダから流用した千切りキャベツのマヨネーズ和え、そしてスライスチーズ。

 

こんがり焼けたサクサクのパンの中から飛び出してくる、熱々のミートソースと溶けたチーズ、そこに清涼感を与えるキャベツの甘み。

それを完熟トマトを丸ごとミキサーにかけ、豆乳と蜂蜜を加えた自家製ジュースで流し込む。

 

食事が終わるのを待っていたかのように、水平線が明るく輝きはじめ、船のエンジン音もトーンダウンしてやがてアイドリング状態になる。

 

「水深23メートル、直下にフグの反応多数。砂地底で根掛かりの心配はなさそうだ。準備できたら始めてくれ」

 

木曾のアナウンスが入る。

 

外房のフグはカットウ仕掛けで釣るのが一般的。

エサ針の下に、カットウ針という錨のような形の掛け針を付け、エサを食いにきたフグを引っ掛けて釣り上げる。

フグの歯は鋭いので、食わせ釣りだとハリス(針をつけた糸)が切られやすいからだ。

 

フグを寄せるエサは、アオヤギやアカガイ、10cm程度のサイズのエビ類。

アサリなどのもっと小さな貝類や、小型エビ、魚肉ソーセージなどもフグは食べにくるが、外道のアタリも増えてしまう。

 

仕掛けを投入し、着底したら糸フケをとる。

そして投入直後には明確なアタリがなくても、即座に空アワセのシャクリを入れるのがポイント。

もしフグがいれば引っ掛かるだろう、ぐらいの算段でとにかくシャクリを入れる。

 

「かかりましたー!」

「きゃー、何これ!?」

 

フグの腹にカットウがムニュリと食い込む、独特の感触。

船中に阿武隈の歓声と、ブルックリンの悲鳴が響く。

 

フグはホバリングするように止まってエサを食うことができるので、アタリが出にくい魚だ。

そしてフグは落下してくるエサに興味を示し、とても目がいい魚でもある。

仕掛けを落とした直後から、すぐに食べに来ている可能性があるのだ。

 

ただし、大きいシャクリはフグを散らしてしまうので、シャープに小さく。

しっかりとアワセを入れるのは、カットウ針が刺さったのを感じてからで十分。

 

フグがかからなければ、再び仕掛けを海底に下ろすが、この下ろすスピードが大事。

ゆっくりゆっくりと自然沈下するエサを装って海底にソッと下ろし、糸は張らず緩まずのゼロテンション……。

 

「今日は活性が高いみたいだし、3秒でやってみようか」

 

その時の状況により数秒~数十秒の間隔で、またシャクリを入れるだけ。

この繰り返しが外房のフグ釣りの基本「タイム釣り」だ。

 

小さなシャクリが、海底でエビが跳ね上がるような動作に見えて、フグの食い気を誘う。

そして同時に、ゆっくり沈下させるうちにカットウ針は潮に流されて錘よりも潮下に位置することになり、基本的に潮下側からエサをついばみにくるフグの腹下をとらえやすくなる。

 

堤防などで、リリースしたフグがまた釣れてきたという経験があるように、フグはエサに対して執着心が強い。

エサを見失わない限り、しつこく何度もエサに食いついてくるので、一定間隔で小さなシャクリを繰り返していれば、いずれはカットウの餌食となる。

 

この釣りは簡単なのでヘボな提督でもそこそこの数が釣れる。

とはいえ、コツコツッとかチョンッというような、フグの繊細なアタリを竿先で感じて、即アワセで掛けられた時の快感はひときわ大きい。

 

釣れたんじゃない、釣ったんだ。

船上に引き上げられ、プクーッと体を膨らませて怒っているショウサイフグちゃんに、思わず頬ずりしたくなる。

 

「五十鈴ー、タモ! 名取がデカフグ掛けた!」

「ト、トラフグ見ゆ!…って、ほんとにトラ!?」

 

ショウサイフグに交じって、トラフグが上がると船内が沸き立つ。

 

「提督さん、マコガレイが掛かったから煮つけにしましょ。ね?」

 

そしてフグ釣りは外道も高級魚が多い。

カワハギ、ホウボウ、マゴチ、ヒラメ、カレイなどがたまに掛かる。

 

「アイエエエエ! イナダ!? イナダナンデ!? こりゃぁ~マジパナイ!」

 

時々、大型の青物(ブリ、カンパチ、ヒラマサなど)も食いついてきます。

提督もいつの間にか心から楽しみ、普段のような福猫顔になっていた。

 

今日のショウサイフグ遠征、大成功です。

 

 

帰港後、フグ調理の免許を持つ艦娘たちが、フグを選別してさばいてくれる。

 

提督も選別ぐらい手伝おうとしたら、秋津洲に「シャーッ!」と砲台小鬼のような声で威嚇されてしまった。

 

TBDと間違えてTBFを廃棄してしまうような提督。

提督への信頼は日和山(ひよりやま)よりも低い。

 

特に怖いのがサバフグ。

シロサバフグは唐揚げにすると美味しい無毒なフグだが、近縁種のクロサバフグ(地域により毒性あり)は全身猛毒のドクフグと見分けがつきにくく、うっかりミスの死亡事故が起きやすい。

 

ジャージ姿で黙々とサバフグを選り分けている大井からも、ゴミ箱を漁る野良犬を追い払う板前のような鋭い眼光で「あっち行け」とあごをしゃくられた。

大人しく、食堂に行って素直に料理が出てくるのを待つことにする。

 

 

フグといえば、やっぱり「てっちり(フグ鍋)」。

毒にあたると死んでしまうから江戸時代には「鉄砲」と呼ばれ、それで作るちり鍋(昆布だしの鍋)だから「てっちり」。

毒の処理が済んでいる身欠きのフグを使えば、家庭でも手軽に作れる。

 

「よし、昆布を取り出してフグをしゃぶしゃぶしよう」

「いいねぇ、これをつまみに飲み飲みタイムと行きましょう! 」

 

おすすめの食べ方は、まず昆布と骨身のダシ汁でしゃぶしゃぶして、フグの身肉だけをポン酢で食べること。

ポン酢に、小ネギやもみじおろしを足すのもいい。

 

この時、鍋にいっしょに入れる具は、ダシを出す意味でせいぜいシイタケぐらい。

普通の鍋のように具沢山でいっしょくたに煮込んでしまっては、せっかくのフグの身に熱が通り過ぎてもったいないし……。

 

「ちょっとアクをすくうから、待ってて」

 

長良が鍋奉行っぷりを発揮している。

アクはこまめに丁寧に除去、これが後段作戦に効いてくる。

 

ひとしきりフグの旨味を堪能したら、ここで鍋に白菜や長ネギ、豆腐やしらたき、えのき茸やシメジなどの具材を加える。

 

しゃぶしゃぶでフグの旨味がたっぷりと溶けだした鍋の中で、具材が煮込まれていく。

そこに、フグのつみれを投入。

ここからが鍋本番だ。

 

鍋の汁がたっぷりと浸み込んだ白菜とか、ちょっと感動もの。

 

「あたし的には、とっても美味しいです!」

「アリだな」

「さっ、提督~? beerもう1本いくよね? 冷えてるよ~!」

 

さらに拡張作戦、おじやがまた格別。

 

「よーし、溶き卵を入れるよ」

「これからは、もうかき混ぜちゃダメだからね」

 

肌寒くなってきた今日この頃。

みんなで囲む鍋が温かい。

 

 

一方、フグ料理の双璧をなす「てっさ(鉄砲の刺身)」は皿の柄が透き通るほどに薄く切る独特の「薄造り」に、相応の道具と腕が必要で、あまり家庭向きではない。

フグの身は弾力が強いので、厚く切ったら食感が悪く、淡泊な旨味を十分に味わえない。

 

家庭でフグの刺身を食べるなら、湯引きしてから氷水で締めたり、粗塩や昆布で締めたり、醤油ダレに漬けたりする方がおすすめ。

どれも厚く切っても、むしろ厚く切った方が美味しい食べ方だ。

 

明日の遠征艦隊のお弁当には、一晩たって適度に水分が抜けて旨味が凝縮したショウサイフグの塩締めと、一夜干ししたシロサバフグの唐揚げが入るだろう。

燃料不足で小破の修理さえできずにいる武蔵のためにも、みんな遠征がんばってください。

 

燃料とボーキサイトは枯渇したが、フグ並みの執着心でマサチューセッツを追い続ける提督であった。



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アジご飯と芋の子談義

複雑に入り組んだ海岸線の合間に、ぽっかりと袋型に開いた狭い湾。

 

鏡のように静かに凪いだ湾内を、艦娘たちがワカメやホタテの養殖棚を避けながら、スイスイと航行している。

大淀、夕雲、浜波、あきつ丸からなる第二艦隊が、海上護衛任務遠征のために出発していくのだ。

 

埠頭では作業着姿の夕張が、トヨタのフォークリフト7FB15を操作し、巨大な大和の艤装を小さな赤レンガ倉庫に運び入れている。

 

工廠の方では、矢矧の運転してきた軽トラの荷台に、艤装倉庫に返却する電探と九三式酸素魚雷を積み込んでいる、雪風とジャーヴィス。

各国の空母艦娘たちも集まり、貸し借りした航空機とパイロット妖精さんを返還しあっている。

 

一時は完全に枯渇した燃料。

基地航空隊の補給さえできなくなったボーキサイト。

 

それでも勲章をたたき割り、プレゼント箱を開けて出撃を繰り返し……。

ついに掘り出撃156回目にして、マサチューセッツとの邂逅に成功した。

 

長かった大規模反攻上陸作戦……というか、そのオマケの戦いが終わった。

 

ようやく日常運転に戻りつつある鎮守府。

 

「特務艦宗谷、無事、戻ることが出来ました。皆さんのおかげです」

 

そして宗谷もまた、探照灯と照明弾、応急修理女神を外し、彼女の本来の仕事場である艦娘寮の食堂へと戻ってきた。

 

当初、間宮だけで賄われていた食堂も、伊良湖、速吸、神威と常任のスタッフを増やし、昨年からは宗谷も、この大食堂の欠かせないメンバーとして忙しく働いていた。

 

マサチューセッツを加えて283人(提督と居候の深海棲艦は除く)となった、この鎮守府の大家族を支える最重要施設。

 

「アジ900尾、ニンジン120本、玉ねぎ150個、しょうが60個、しめじ6箱、舞茸4箱、えのき茸2箱……」

 

検収室に積まれた、鮮魚用発泡スチロール容器に収穫コンテナ、農協の段ボール箱。

宗谷は今日も精一杯、夕飯用の食材の検品を始めるのだった。

 

 

艦娘寮のロビーの電話が珍しく鳴った。

 

「何なの? 車が側溝にはまってパンクしたですって? 場所はどこ?」

 

新しくお迎えしたフランス戦艦娘ジャン・バールの買い物のためにシトロエンの2CV(ドゥーシボ)で町へと向かったリシュリューが、タバコ屋の公衆電話から救難要請を送ってきた。

 

最初に電話を受けた暁から受話器を渡されて、風呂上がりで浴衣姿のビスマルクは面倒くさそうに、電話の向こうで大げさに喚きたてるリシュリューの言葉を聞き流すことにした。

タバコ屋の角なら、この鎮守府から1Km程度だ。

 

「イタリア艦、引き上げに行ってあげなさい」

「嫌よ、フィアット500(うちの車)は19馬力よ。それに先月の大雨からキャブの調子がおかしいの」

 

リベッチオにソファーで肩を揉まれながら、ローマが熱意なく返答する。

 

「あなた、ふ・ざ・け・な・い・で! いいから、日本艦かアメリカ艦に電話を替わって、トラックかジープをよこしてちょうだい!」

 

イタリア車の出動という冗談のような提案に、電話口の向こうのリシュリューは声を荒げるが、それがビスマルクの闘争心に火をつけた。

ふん、と鼻息荒く電話を切ると、ビスマルクは着替えのために自室に向かうのだった。

 

「キューベルワーゲンを真似た、あんなアメリカの偽物に頼るとはね。いいわ、我がドイツの誇る国民車(フォルクスワーゲン)の実力を見せつけてあげるわ」

 

その後ろ姿を見ていた陽炎は後に語る。

まるで意気揚々とガダルカナルに向かう、一木支隊のようだった……と。

 

リアエンジン、リア駆動の空冷車であり、何より1969年式の骨董車である、フォルクスワーゲン・ビートル。

そんな車で他車を引っ張り上げようと、無理にエンジンベタ踏みすれば、どうなるか……。

 

オーバーヒートを起こしたビスマルクからの二次救難要請の電話がかかってくるまでに、そう時間はかからなかった。

 

 

夕飯時、罵りあっているビスマルクとリシュリューの姿があったが、ワイワイガヤガヤと騒がしい大食堂の中ではあまり目立たない。

 

「ヒャッハー! かんぱーい!」

「んっふふ~、今日14回目の乾杯いっちゃうよー!」

「Trattoriaマーミヤ、最高で~す。お酒もお料理も美味し~い♪」

 

という具合に、いつものノンベーズが気炎を上げているのだ。

食堂でスタートダッシュを決めて、鳳翔さんの居酒屋に繰り出すつもりなのだろう。

 

今晩のメニューは、アジご飯。

刻みしょうがの風味によって臭みなく、ふっくらと蒸されたアジの切り身。

 

酒、醤油、みりん、塩を少々の最低限の味付けながら、ニンジン、ごぼう、しめじ、舞茸から出る旨味が混ざり合ってたっぷり染み込んでいる、秋の炊き込みご飯。

 

残ったアジの頭と中骨からは出汁をとり、豆腐とえのき茸の味噌汁にしてある。

おかずは、蓮根のはさみ揚げ、甘辛の大根ステーキ、蕪の漬け物。

 

 

「はぁ~、染みるわぁ」

「ねぇねぇ、北上さん、芋の子会いつやるのぉ?」

「おいしい食い物、よろしくねー! 楽しみ楽しみ~♪」

「うわ、海防艦たち、寄ってくるなよぉ」

 

海防艦娘も数えてみれば、鵜来ちゃんで19人目。

北上の名の由来となった地方でとれる、強い粘り気ととろけるような食感を持ちながら煮崩れしにくい里芋を、鶏ガラと醤油の汁で、ニンジン、大根、ごぼう、きのこ、豆腐、こんにゃく、鶏肉等と煮込んだ汁料理を、稲刈り後などのごちそうとして振る舞う「芋の子会」は秋の風物詩。

 

「北上さん、豆腐とこんにゃくは間宮さんに頼んでありますよ」

「宗谷っち、そういうの言わなくていいから!」

「照れ隠しにあたしの前髪崩さないでくださいーっ!」

 

一部の艦娘たちと川原でやっていたのを海防艦娘・大東に見つかって以来、海防艦娘たちが大挙して押しかけてくる。

困り顔をしつつ、それを楽しみにしている北上であった。

 

「むぐぐ……」

「もがみん、嫉妬はみっともないですわ」

 

おかずの蓮根のはさみ揚げを噛みしめつつ、苦い顔をしている最上のほっぺについた米粒を、三隈がとってあげている。

 

「大丈夫、ボクは最上の芋煮も好きだよ」

「も!? 今、時雨、ボクのもって言った? 芋煮と芋の子は全然違うから! こっちが本物、鶏肉を使うなんて邪道なんだから!」

 

同じく醤油ベースの里芋の汁料理ながら、豚肉を使うのが最上流。

そして、自分の地域の芋煮文化こそが元祖だという矜持がある。

 

「鍋っこには、きりたんぽを入れなきゃ始まらないでしょ」

「い、いえ……あの、それはどうかと……」

 

かなり異端派に属する絶対きりたんぽ入れたい教の能代と、東北以外の地域の人が芋煮と聞いて思い浮かべるだろう最もスタンダードな芋煮ながらも、声が小さいために毎年十分に主張できずにいる醤油・牛肉派の羽黒。

 

ちなみに、芋煮の起源は江戸時代、最上川で荷を運ぶ船頭たちが、付近の村で手に入る里芋と積み荷の棒ダラの鍋を囲んで宴会を開いていたことに由来するそうなので、どれが元祖だとか本家だとか、あまりこだわらないほうがいい。

 

「だから何でもよくない?」

『むっちゃんは黙ってて!』

 

青森県で芋煮文化が薄いのは、里芋が収穫される10月の青森は寒すぎて野外で鍋なんかする気が起きない、という説があるが……どうなんだろう?

 

 

そんな喧騒をBGMに、提督も目を細めてアジご飯を頬張っている。

 

食堂のアジご飯は、子供たちも食べるため塩分控えめな薄味。

おかずの蓮根のはさみ揚げの鶏ひき肉にしっかり下味がついているし、甘辛い大根ステーキもあるから、物足りないことはない。

ほっこりやさいしい、素材から染み出す素朴な味でまず一膳。

 

次は別皿で出ている香ばしい焼きアジの身と皮を追加して、梅干しと大葉をのせ、白ごまをかけて醤油をひと垂らしして。

味にエッジが立ち、大人の味になる。

 

味噌汁もいい。

湯通しして丁寧に血を洗い流してあるので、青魚とは思えない上品な出汁が出ている。

昆布とえのき茸も良い仕事をしていて、出汁の三重奏。

これも塩分控えめなはずだが、それを感じさせない力強い味。

 

身体の奥から、心の底からポカポカしてくる、真心のこもった手作りの味わい。

人にはこういうものを、自分のペースでゆっくり食べる、一人の時間が必要だ。

 

(どんぶりで四杯のアジご飯を食べた上に、ミックスフライ定食大盛りととろろ月見そばを別注文している大和は、できるだけ視界に入れないようにする。156回の出撃、お疲れさまでした)

 

そして三膳目のアジご飯は、ちょっとお行儀悪く。

熱々のアジご飯に生卵をオン!

薬味の青ネギをドッサリのせ、一気にかき混ぜる。

さらに焼き海苔を手でちぎってパラパラと。

 

これは飛ぶ美味さだ。

アジと野菜、きのこの味を、卵のふくよかな旨味が包み込んでいる。

 

アジご飯が華麗なパス回しをするサッカーチームなら、卵かけアジご飯はガッチリとスクラムを組んだラグビーチーム。

いぶし銀の味を出している焼き海苔は、さしずめベテランのスクラムハーフか……ふふっ。

 

 

「あの提督さん、何だか気持ち悪いんだけど……」

「今日ぐらいは自由にゆっくり食べさせてあげてくださいね」

「提督はSo tiredだから」

「明日、明石に修理してもらいましょ」

 

『孤独〇グルメ』ごっこを楽しんでいる提督を気味悪げに見るマサチューセッツと、その掘りで大活躍したサラトガにイントレピッド、アイオワ。

 

「ブルックリン姉さん、今度私もラーメン作りに挑戦するから手伝って」

「どうしてこの艦隊の軽巡はみんなRamen noodlesを作るの?」

「うーん……それがcoolだから?」」

 

ホノルル、ブルックリン、ヘレナ。

さて、ブルックリンがここの流儀に染まるまで、どれぐらいか。

朝昼晩とおやつを手作りしてくれ、さらには夜にはビールを勧めてくるあたり、その時は意外と早いかもしれない。

 

「ふぅ」

 

いい夕飯だった。

 

卵かけアジご飯に満足した提督は、お茶碗と箸をおいて、胸ポケットから一枚のマジック:ザ・ギャザリングのカードを出した。

 

提督のもっとも好きなカードのうちの一枚《Happily Ever After》。

直訳すれば「いつまでも幸せ」。

 

『あなたのアップキープの開始時に、【中略】あなたはこのゲームに勝利する。』と書かれた、条件こそ厳しいが問答無用で勝利可能なロマン溢れるカードだ。

 

そのカードの日本語訳名は……。

 

 

 

《めでたしめでたし》



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秋祭り前のポークチャップパン

最近めっきり寒くなった。

 

ユ〇クロのフリースジャケットを着た提督は、所在なさげに埠頭をブラついていた。

鎮守府の執務室は、鎮守府Halloween秋祭りへの改装真っ最中で、しばらく入ることができない。

 

カボチャを大量に積んだピックアップトラックや、業務用の砂糖袋をリアキャリアに満載したスーパーカブなどが走り抜けていくので、猫の手より役に立たないと評判の提督は、みんなの作業の邪魔にならないように端に寄る。

 

艦娘寮の方も、冬物の衣類や布団を出したり、もう仕舞ってしまう夏物の一斉洗濯の衣替えで忙しいというので、鳳翔さんから夕方まで戻らないように宣告されている。

 

なので、ぼんやりとレストア漁船『ぷかぷか丸』の掃除を眺めているだけ。

蛍光イエローの水産用合羽(サロペット)を着たパースが、高圧洗浄機で甲板やイケスを洗っている。

 

手入れの行き届いた『ぷかぷか丸』は、いつも綺麗で清潔、気持ち良く釣りができる。

それに『ぷかぷか丸』が深海門を使った航行能力を得たおかげで、提督が遠方の釣りに行く際、艦娘たちが提督をドラム缶に詰める……という不穏当な絵面もなくなった。

 

今朝は房総沖で戻りガツオを釣ってきたそうで、Halloween秋祭りには藁焼きの屋台が出るという。

 

 

「よっ! 提督、暇そうだねー!」

「第十七駆逐隊、浜風。F作業に出撃します!」

「うちがいっぱいイカを釣ってくるけんね」

「この磯風に戦闘以外の事を期待されても。努力はするが」

 

谷風、浜風、浦風、磯風の第十七駆逐隊。

これから、北海道・苫小牧沖まで防空射撃演習の名目で、秋祭りの焼きイカにするためのスルメイカを釣りに行くのだという。

 

プラヅノという光の反射効果や蓄光性が高い棒状のプラスチックに、イカを掛ける逆さ針のカンナが付いた疑似餌を複数本並べ、主にイカの視覚効果に訴える仕掛けで釣るのが一般的だが、鉛製のスッテという疑似餌でボトム層のイカを動きで誘って釣るイカメタルと呼ばれる釣り方も流行している。

 

そしてイカ釣りといえば欠かせないのが、連装ロケット砲を思わせる投入機。

複数のプラヅノやスッテを、絡まないように順次海に投入するための器具を艤装に取り付け、クーラーボックスを担いで出撃していく浦風たち。

 

 

「よし。リールも問題なし、リーダーもOK、っと。餌木も……大丈夫、これなら!」

「親潮姉、豚バラなんかて本当に釣れるの?」

「ほな、提督はん、行ってくるで~」

「由良、初めてデビルパラシュートを使ってみるんです」

 

たこ焼きの具にするマダコを求めて、海上護衛任務の名目で宮城県の牡鹿半島沖に向かうのは、親潮、早潮、黒潮の第十五駆逐隊と由良。

 

普通、オモリに餌木というエビの形をした擬似餌を2~3個つけて海底のマダコを狙うのだが、餌木にサンマの切り身や豚バラ肉などの生エサを糸で巻きつけておくと食いが良くなる(ような気がする)。

 

一方、由良が使おうとしているのは関西方面で人気が出たデビルパラシュートという仕掛け。

形状としては畳みかけの折り畳み傘を逆さにしたようなもの。

傘でいう先端、つまり一番下にはパラシュート・フローターという浮力のあるボールが付いていて、柄の部分にザリガニなどの形をしたゴム製のワームをつける。

 

すると、パラシュート・フローターの浮力で仕掛けはユラユラと落下傘のように海底に落ちていき……このユラユラした動きが、どうやらタコの食欲をすごく刺激するらしい。

うん、そりゃあ由良由良していたら抱きつかずにいられない。

 

ニコニコと出港する由良たちに手を振り見送っている提督の背後では、あきつ丸、神州丸、山汐丸が、リヤカーやハンドフォークで、秋祭りに使う機械類を輸送中。

綿菓子機にポン菓子機、焼き栗機。

 

その後ろにはバナナチョコのリヤカー屋台を牽いた、秋津洲が続いている。

パソコンやハイテク機器は一台も無いけれど、こういう機材だけは充実しているのが、ここの鎮守府。

 

 

「北ぁの~漁場はヨ~ おぉとこぉの~仕事場さぁ~♪」

 

妙にコブシを利かせて歌いながら近づいてきたのは、ホッポちゃんや港湾棲姫たちにハロウィン招待状を届けるための艦隊編成を依頼していた瑞鶴。

 

「提督、これでどう?」

「うーん……」

 

北方AL海域  翔鶴、瑞鶴、ホーネット、最上、北上、時雨

リランカ島沖  リベッチオ、加賀、雲鷹、矢矧、霞、朝潮

サーモン海域  大和、武蔵、利根、阿武隈、夕立、ジョンストン

グアノ環礁沖  由良、ジェーナス、浜風、磯風、雪風、コマンダン・テスト

ピーコック島沖 扶桑、山城、タシュケント、大潮、満潮、秋津洲

KW環礁沖   伊勢、日向、熊野、アトランタ、フレッチャー、綾波

 

戦力的にはどれも十分だが、資源とバケツの消費量がすごく心配になる。

それでも、楽しみに待っているだろうホッポちゃんたちのためなら仕方ないと了承することにした。

 

「執務室の改装が終わったら出撃しようか」

 

 

それまでに、戦意高揚のための戦闘糧食を作ることにした提督。

 

県民のソウルフード「福○パン」をリスペクトし、ふんわり、しっとり、もちもち、その最高の食感バランスの再現を目指して試行錯誤した、鎮守府特製コッペパン。

 

中に入れる具は……。

 

この料理はタレが肝心。

味付けの基本はケチャップとウスターソース(ちゃんとした洋食店ではデミグラスソースを使うところも多いが、ご家庭ならこれでいいのです)。

比率は2:1というのが、何回か作ってみてたどり着いた結論だ。

 

玉ネギ、ニンニク、リンゴをすりおろして加え、日本酒でのばす。

顆粒ブイヨンと砂糖、塩こしょうで味を整えたら、豚のこま切れ肉を投入して漬け込む。

 

あとはフライパンで炒めれば、濃厚なケチャップ風味が美味しい、ポークチャップの完成だ。

 

似た名前の料理に「ポークチョップ」があるが、あれは豚の骨付きロース肉を焼いたアメリカ料理で、チョップは骨付き肉を叩き切る動作からきている。

 

対してこちらのチャップは、ケチャップからきたダジャレ。

もちろん日本で生まれた、由緒正しい庶民のための洋食メニューだ。

 

コッペパンにグリーンリーフレタスを挟み、ポークチャップをのせてアルミホイルでくるんでいく。

 

30個ほどくるんだところで、大淀が執務室の改装完了を告げにきてくれた。

大淀にもポークチャップパンをあげて、順次出撃艦隊を呼び出してくれるように頼む。

 

さあ、B級グルメで小腹を満たし、ホッポちゃんたちを呼びに行きましょう!



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アブとガリィと鰤照焼き定食

秋も日に日に深まってきた。

野山も華麗な織物をまとったように紅葉している。

 

鳳翔さんが出してくれた、綿入りの袢纏(はんてん)を着て、潜水新棲姫をおんぶした提督。

新米が大量に収められた、3坪のプレハブ冷蔵庫を眺めてはニマニマしている。

 

たい肥や稲わらのすき込みによる徹底した土作りと、清らかな水、澄んだ空気、そして艦娘たちの惜しみない愛情が、今年も美味しいお米を育ててくれた。

 

資源を貯めている赤レンガ倉庫群の方は、もともとミニサイズにもかかわらず空っぽだが……。

 

いいんです、鮭を陰干しして燻製を量産したり、エリンギを栽培したり、バドミントン大会を開いたり、新年のカウントダウン用の打ち上げ花火を製作したりと、空いてるスペースは有効活用されている。

 

今日も千歳と千代田が赤レンガ倉庫の中で、手ぬぐいの手捺染(てなせん)と呼ばれる染色方法を、新入り空母のレンジャーとラングレーに教えている。

 

柄や輪郭、文字などをカッティングした型紙を型枠板に貼り、布に染料を流しこんでヘラで均一に塗っていく。

 

一色に対して一枚の型枠を使い、繊細な柄や色合いを表現できるが……。

例えば三色で構成された模様を塗るには、三枚の型枠を使って一色ずつ乾くのを待ってから順番に染めていくので時間がかかる。

 

その上、染料を均一に染めるためには高い技術が必要だし、型枠板は使い捨て。

同じ柄をまた染めたいときは再度型紙を作って型枠板に貼り直す必要がある。

 

「グハァ! Shit!」

まだ練度の低いラングレーは色ムラを作ってしまっている。

 

「塗るときの力の入れ方とスピードは一定にしないと」

コツを教えながらも、千歳自身がやっているのは、もっと難しい大漁旗の刷毛(はけ)引き染め。

 

まずは(のり)置きという工程。

図柄がデザインされた型紙を生地に置き、防染剤の入った糊をヘラで生地に塗っていく。

糊置きをした後は、生地の裏から水糊を刷毛で引き、糊を生地にしっかり染み込ませる。

こうして糊が置かれた部分の生地は、染料に染まることがない。

 

そして、色ごとに刷毛を使い分けて染料をのせ、細やかなデザインで大漁旗を色鮮やかに仕上げていく。

 

今季のサンマは、過去最低だった2021年よりはマシだが、依然として豊漁にはほど遠いとの予測が出ている。

 

しかし、この鎮守府はサンマ漁を諦めていません。

それにサンマがダメでも大丈夫、今年はカツオが豊漁なのです!

 

 

裏山の間伐(かんばつ)枝打(えだうち)、下草刈りなど、山林の維持管理は鎮守府の大事なお仕事。

大事に手入れされた山は、大雨でも多くの雨水をたくわえて洪水や地崩れを防ぎ、平時にはミネラル豊富な湧き水を届けてくれる。

 

イタリア軽巡洋艦娘のL.d.S.D.d.アブルッツィと、ジュゼッペ・ガリバルディが、山水配管の中継タンク清掃から帰ってきた。

 

ちょっとした人家ほどの大きさがある中継タンクは、山中の水源から(ふもと)の艦娘寮にいたる中間の高台に、現場打ちしたコンクリートで造られている。

 

中継タンクがあると、水を使用しない夜間の湧き水も貯蔵しておくことができ、水の供給量が安定する。

また、山の水にはどうしても泥や砂が混じるが、これを中継タンクが簡易処理してくれる。

 

中継タンクは内部に壁があり、前室と後室に仕切られている。

この中継タンクにいったん注ぐことで、ほとんどの泥や砂は前室に溜まり、上澄みの水だけが仕切りを超えて後室に流れ込む。

後室から次の濾過槽へと向かう配管の流出口も、後室の中間位の高さにあるので、残っていた泥や砂も後室内に沈殿して留まる仕組み。

 

前室と後室の最下部の横には、泥抜きをするためのドレイン穴が開けてあり、この穴の栓を定期的に抜いて泥水を捨てている。

が、どうしても底に溜まってこびりついてしまう泥もあり、その本格的な掃除を季節変わりごとに軽巡艦娘がペアで行っているのだ。

 

ハシゴをかけて水を止めた中継タンクの中に入り、泥水をチリトリでかき集めてバケツリレーで外に出し、壁や床をモップ洗いする、なかなかの重労働だ。

初めての中継タンク清掃を終えたアブとガリィも、なかなかにオレンジ疲労していた。

 

「二人とも、お疲れさま。軽くシャワーを浴びてきたら、間宮ランチにしようか」

 

ニコニコと提督が二人を出迎える。

この仕事をしてきた艦娘には、提督がランチをおごるのが慣例。

 

そして、中継タンクのコンクリートを打ったときの苦労話をするのが、提督のひそかな愉しみなのだが、その話を何度も聞き飽きている日本艦娘だとまともに相手してくれないので、最近は提督も寂しかった。

 

 

お昼のメニューに選んだのは、食べ応え満点な『(ぶり)の照焼き定食』。

潮流の速い五島列島から仕入れた、丸々と脂がのったブリの切り身を、甘辛い照り焼きのタレでいただく。

 

一口食べれば、身がホロッホロで味がよく浸み込んでいて、ご飯が一気にすすむ。

そして、山の湧き水で炊いた新米の、一粒一粒がふっくらもっちりとした旨味と食感が、ブリ本来の甘みある脂を受け止める。

 

 

「あの中継タンク、実は三代目なんだ。初代はコンクリの水と砂の配合率が悪かったのと、型枠を組むのが甘くて、途中で型枠が外れて巨神兵みたいにデロデロに溶けていっちゃって……」

 

今日も間宮食堂はサービス抜群。

小鉢・小皿が、冷やっこ、ほうれん草のゴマ和え、しらすおろし、たくあん漬け、と4品も付いている。

これはもう、ご飯が足りなくなるのは確定だ。

 

「二代目はね、そりゃもう慎重に型枠をしっかり組んで、カッチンコッチンのコンクリートが打てたんだけど……」

「おう」

 

提督は嬉しそうに話しているが、適当にあいづちを打ってご飯をかっこむガリィ。

さすがに鎮守府暮らしももう3年以上、この話のオチはすでにローマやイタリアなどから聞いて知っている。

 

前室と後室の仕切りを、外壁の高さと同じにしてしまったのだ。

つまり、水が仕切りを超える=中継タンクから水がこぼれる。

 

「そしたら長門が、強引に仕切りのコンクリートを削り始めてね……」

「ええ」

 

こちらも適当に聞き流しながら、濃厚なアラ汁に舌鼓を打つアブ。

 

今日の定食のために大量に出たのであろうブリのアラと、フグ釣りでは身だけが餌に使われるためにこちらも大量に出る赤エビの頭、そして鎮守府のみんなが釣るのに夢中になっているが刺身を肝和えにするのが一番人気なため残りやすく、でもそこから出る出汁が絶品のカワハギの頭と中骨のアラ。

 

美味しい要素が混然と溶け合った、このアラ汁は贅沢で無敵だ。

 

「で、何とか水は流れるようになったんだけど、気づいたら泥抜きのドレイン穴がなくて、また長門が強引にドリルで……」

 

この鎮守府も初期はDIY練度が低く、何か作るたびに失敗を繰り返していた。

初めてレンガ積みの五右衛門風呂を作ったときは排水口がなかった。

駐車場にブロック塀を建てたときは鉄筋を埋め込むのを忘れていた。

畑の仮設トイレに水道を通したときは配管の継ぎ手を間違えて蛇口が天を向いていた。

 

さて、コンクリートに穴を抜くには普通、厚紙製のボイド管や、塩ビ製のスリーブ管という筒をあらかじめ型枠に入れて穴用の空間を残しておいて、そこにコンクリートを流し込む。

逆に言うなら、穴にしたい部分には、最初からコンクリートを流し込まないのが正しい。

 

だが、例えば家のコンクリ壁に後からエアコンの配管を通したくなったり、提督たちのようにミスで穴を開け忘れていた場合には、コア抜きというドリル工法で穴を開けることになる。

そして、分厚いコンクリートに正確に真円形の穴を穿つコア抜きは高度な建築技術であり、決してホームセンターのハンドドリルで出来るような作業ではない。

 

「ふーん、楽しいお話をしてるのねぇ。提督、本当にこの話が好きみたい~」

「あ、アタシご飯おかわり!」

「失礼して、私もおかわりを」

 

うふふ~、と笑う龍田が提督の隣の席に座り、この話の結末を知っているガリィとアブはご飯のおかわりをよそいに行く。

 

「それで、オチはどうなるんだったかしら~? 二人が戻ったら、ちゃあんと聞かせてね」

 

ある古参の軽巡二番艦娘の発案で、14cm単装砲撃ち抜き工法というトンデモ計画が実施され、一発大破の爆発オチに終わるのだが……。

 

薙刀の切っ先でつんつんされつつ、提督は返答に困るのだった。



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香取と鹿島と囲炉裏晩酌

東は起伏に富んだ海岸線が静かな湾を囲み、西に連なる山々はツツジで真っ赤に染まり、まるで山が燃えているかのよう。

 

艦娘寮の本館1階。

大きく突き出した堂々たる玄関口は、高野山金剛峯寺の門構えを模している。

 

玄関から館内に上がると、大正ロマンを感じさせる和洋折衷のロビーがゆったり広がり、正面奥に2階へ続く大きな階段がある。

 

また、ロビーの奥の片隅は、囲炉裏のある小座敷になっている。

この艦娘寮が温泉旅館だった頃は、単なる掘り炬燵(ゴタツ)だったのだが……。

 

この鎮守府の農業指導をしてくれている宮ジイの家で現役の囲炉裏を見てしまい、囲炉裏を使いたくて仕方なくなってしまった提督たち。

 

最初は掘り炬燵を改造すれば素人でも簡単にできる「なんちゃって囲炉裏」を制作した。

 

掘り炬燵を撤去し、炬燵穴の板に耐熱シートを張って、この穴より少し小さい寸法の内炉(四方に耳をつける)を落とし込んで、穴の四方を(かまち)(床の間や玄関などの端の化粧板)で囲むだけで完成。

 

内炉を自作、というとレベルが高いように聞こえるが、実は簡単。

ホームセンターで買ってきたガルバリウム鋼板(耐熱性、防錆性にすぐれ、屋根などに用いられる)を、木材を噛ませてトンカチでひっぱたいて折り曲げ、四方をネジ止めしただけだ(ところどころにできた隙間は耐火パテで埋めておいた)。

 

要は、内炉の四方の耳の部分が、炬燵穴に引っかかって、内炉が吊るされた状態になればよいだけなので、ガバガバでよい。

 

むしろガハガバの方が、炉がピッタリはまって耐火シートに密着しているよりも、発火の心配をしなくていい。

熱効率は悪いかもしれないけれど、火事を起こすよりはガバガバの方がマシ。

いや、マジックで引いておいた折り曲げ線の太さ分だけ実際の折り曲げ位置が内側にずれていき、気づいたら設計より縦横1cmほど寸法が小さくなって、かなりガバガバになってしまったことの言い訳をしているわけではないですよ……。

 

内炉に木灰(きばい)を流し込み、五徳と鉄瓶、火箸を置けば……。

あれ、憧れの囲炉裏の完成なんだけど、何かが足りない。

 

「そうだ、アレが無いんだ。あの天井からぶら下がってるやつ」

「え? ああ、自在鉤(じざいかぎ)ね」

 

飛龍に名前を言われて気付いた提督。

鉄鍋を吊るし、高さを自在に変えて火加減を調節するための自在鉤。

あれこそ囲炉裏の顔と言っては過言ではない。

 

翌日、提督と飛龍はダイハツ・ハイゼットで自在鉤を探しに行き……。

自在鉤、どこにも売ってない問題に直面した。

 

スーパー、コンビニは当然、あちこちのホームセンター、金物屋を回ってもダメ。

あそこなら……と、隣県の政令指定都市のデパートを訪ねても無かった。

 

せっかく都会に来たならと、ネットカフェに入って電子の海を探してみると……。

10万円、20万円、果ては50万円なんて値段に絶望した。

 

後で知ったが、現代で自在鉤を買う人のほとんどの用途は、茶道の釜を吊るすため。

そのため芸術性・鑑賞性が高く、高価なものも多い。

 

「あれ? 無かったの?」

ションボリと鎮守府に戻ってきた提督に、北上が意外そうな顔をした。

 

「おっかしいなー、互市(たがいいち)で鋳物屋のおっちゃんが何個も売ってたのに」

 

互市とは、もとは村々の物々交換の場であったという、この地方の各地で江戸時代から続く伝統ある露店市だ。

 

近隣の市でも春と秋に3日間ずつ、駅前の大通りを歩行者天国にして開かれる。

その互市で、売られているのを見たというのだ。

 

はい、提督たちは探す店を間違えていました。

この地方は鋳物の名産地、まだまだ現役で自在鉤を作っている鋳物職人さんはいっぱいいる。

 

さらに翌日、近隣の市の鋳物屋さんに行ってみた結果……。

鋳物屋さんの新品は、茶道向けでやや高いものの、前日ネットで見たものに比べたら手頃な価格の品が多く売っていた。

 

しかもデザインに凝らない実用品なら2万円ほどで作ってあげる、という嬉しい申し出に加えて、〇〇市の古道具屋に行けば安い中古品があるんじゃないか、と商売っ気もなく教えてくれた。

 

おかげさまで、なかなかに渋いものを古道具屋で5000円で購入することができました。

(さらに付け加えると、後日、近所の物置にあったものはタダでもらえた)

 

 

その後、数度の寮の拡張を経て囲炉裏もグレードアップしてきた。

 

コンクリートで基礎を造り、耐火レンガを張ってモルタルで仕上げ、明石が作った鉄板製の内炉をピッタリと埋め込んだ。

 

小座敷の頭上には木材を格子状に組んだ火棚を置いて目隠しにし、ぱんぱかぱーんと建築板金技能士2級、配管技能士1級の愛宕が、排気ダクトと換気扇を設置してくれた。

 

ただ、いくら換気扇があったにしても、木造平屋建ての古民家暮らしでない限り、炭火だけでがまんしておき、薪での焚き火はしない方がいいのを学んだ。

一度焚き火をやったら、真上の部屋が煙と煤ですごいことになって、鳳翔さんに怒られてしまった……。

 

でも、やっぱり鉄鍋は、赤々と燃える焚き火にかけると映えるし、宮ジイの家の囲炉裏みたいに、囲炉裏の上に麦わらを縄で束ねた「弁慶」を吊るし、小魚や貝類などを串刺しして燻製を作っているのを見ると憧れるんだよなぁ。

 

 

などと悩んでいたところで、この鎮守府のもう一人の恩人・庭師の徳さんの指導で第三次改修が行われた。

囲炉裏の下の石組みを本格的に作り直し、木枠を組み直して、隙間には自作の藁入りの粘土を詰め、灰を入れた。

 

さらに二階部屋を取り壊して、吹き抜けの天井の煙抜きとして開け直して、囲炉裏から出る煙が、玄関の上からたなびくように仕上げた。

おかげで、今では薪を使った焚き火も(鳳翔さんの顔色をうかがいながら)できる。

 

この建物に使われている古い柱と梁は太く剛直で、囲炉裏の煙に燻されてから渋く黒光りし、さらに元気を取り戻したようにさえ思える。

 

 

と、前置きが長くなってしまったが、今日は練習巡洋艦娘の香取と鹿島と、演習計画の打ち合わせを兼ねた囲炉裏晩酌。

 

障子行燈(あんどん)にぼうっと照らされた、ほの暗い座敷。

囲炉裏の灰はきれいに掃かれ、五徳の中には炭火が赤々と(おこ)っている。

 

五徳の横にあるのは銅壷(どうこ)、誰が考えたのか日本酒お燗文化の傑作品だ。

銅壷は銅でできた飯盒(はんごう)のような形で、円筒形の穴が二つ開いている。

この穴の一つに徳利(とっくり)やちろりなどを入れ、もう一つの穴には水を注ぐ。

銅壺と五徳は、この水を循環させる細い銅パイプでつながっていて、炭火の熱がじっくりと伝わり、優しく酒をお燗してくれる。

 

 

隼鷹の焼いた白磁の徳利。

(すすき)が茂る水辺を飛ぶ雁の染め付けが、なんとも秋らしい。

 

お燗するのは、秋田の飛良泉(ひらいずみ)・山廃純米酒。

銀閣寺が建立された頃から500有余年、日本でも三本の指に入る長い歴史を持つ蔵元の酒だ。

 

五徳にかけたスキレットで、鹿島がパチンパチンと殻を割ってくれた銀杏を塩炒りする。

塩をしいたスキレットをゆすりながら、じっくりと炒っていく。

 

燗がつくのを楽しみに待ちながら、車エビとシシャモの串を、五徳の周りの灰に刺していく。

バーベキューや焼き肉と違って、動物性の食べ物はできるだけ側面の火で炙るのが、囲炉裏調理で無駄な煙を出さないコツ。

 

しばらくすると、ぷーんと銀杏の香りが漂ってくる。

 

「はい、提督」

 

浴衣姿の香取が徳利を取り上げ、楚々とお酌してくれる。

提督も、香取と鹿島のお猪口に酒を注ぎ返す。

 

さしつさされつ、あえて言葉にするのが苦手な日本人だからこそ生まれた、無言で好意を伝えるコミュニケーション。

 

お猪口も隼鷹が焼いたもので、錨のマークと薄い桜の模様が散りばめられているが「作品」ぶったところは一切なく、フォルム自体は酒造会社が販促で配る大量生産品そのものといった感じで、酒を飲むための道具に徹しているのが素晴らしい。

軽くお猪口を掲げて、キュッと……人肌の燗酒が五臓六腑に染みわたる。

 

飛良泉、力強くどっしりしたお酒だ。

酒銘は江戸時代、良寛和尚に「飛びきり良い白い水」としたためて贈ったことに由来するとか。

 

「銀杏もできましたよ」

 

「アチ、アチッ」などと言いながら指で残った殻をむく。

フワッと湯気立つ翡翠のように輝く銀杏は、秋のお宝。

もちもちした身を口へと運べば、ほっこり熱い銀杏のほろ苦さと、わずかな塩気が舌に広がる。

 

「秋だねぇ」

「秋ですねぇ」

「朝夕はかなり冷えるようになりましたものね」

 

香取の言うように冷えが一段と厳しくなった今日この頃だが、炭からじんわりと伝わってくる温もりがありがたい囲炉裏端。

 

 

シシャモは皮目が香ばしく色づき、皮と身の間の脂がフツフツし始めたら食べごろ。

ほのかな苦みの身肉とあっさりした脂、たっぷり抱えた卵のプツプツ感がたまらない。

 

はい、これはカラフトシシャモです。

実は日本でシシャモとして食べられている魚のほとんどは輸入品。

太平洋や大西洋で広く獲れ、アイスランドでは貨幣のデザインになるほど親しまれている、このカラフトシシャモ(正式名称カペリン)。

 

北海道の太平洋沿岸の一部だけで獲れる、上品な脂の味がする本シシャモは確かに美味しいが、このカラフトシシャモだって立派な日本の秋の味覚だ。

 

他に、凍った湖に穴を開けて釣るので有名な繊細な味のワカサギ、そして、この鎮守府の近くでもいっぱい釣れる淡泊でクセのないチカという魚も、同じキュウリウオ科の魚。

キュウリウオ科の魚は、それぞれ多少の味の差はあるものの、どれもあっさりと美味しい。

 

「だけど、キュウリウオだけは食べたことがないんだよなぁ」

 

いくら打ち合わせを兼ねているからといって、飲み始めからいきなり仕事の話をするのは無粋というもの。

まずは、その場の食べ物の話などから入りたい(やだよね、乾杯直後からいきなり「うちの会社はそもそも〇〇がダメなんだよ……」とか七面倒な話を始めちゃう奴)。

 

「ほっぽちゃんに頼んで、案内してもらうのが良いんですかねぇ?」

 

北海道でも多少の水揚げがあるが、果ては北極海に住むというキュウリウオ界の総帥、本キュウリウオ。

積極的に輸入されないところをみると、あまり味に期待はできないのかもしれないが……現在、提督の食べてみたい未食魚トップ3にランクインしている。

 

 

「マサチューセッツさんとジャン・バールさんは、お互い切磋琢磨(同士討ち)しながら順調に練度を上げています」

「レンジャーさんも頑張っていらして、もうすぐ改装可能の予定です」

 

酒も適度にすすみ、香取と鹿島のやわらかい声に耳を傾けながら、しっかり焼いた車エビを頭ごとカリッとかじる。

殻の香ばしさと塩っ気、やわらかくも弾力ある身の甘さとコク、まさに絶好の酒の肴だ。

 

「早潮はそろそろ演習引退でいいかなぁ?」

「はい、もう通常海域で戦える力があります」

「香取がそう言ってくれるなら安心できるね」

 

「ブルックリンはサンマ漁に連れてっても大丈夫そう?」

「はい、提督さん。ブルックリンさんなら、北方海域も十分に務まります。でも、念のため増設バルジか高圧缶を装備させてあげると安心だと思います」

 

美味い酒と肴にすっかりくつろぎ、ふむふむ、と鹿島の意見を聞きながら……。

 

五徳の上に焼き網をのせ、鶏ささみに山葵(わさび)を塗ったサビ焼きと、汁がたれないように注意して包丁を入れて出汁をかけたホタテの貝焼きをセット。

この、大人のおままごと感もたまらない。

 

「どもっ、恐縮です! 今後の演習計画と艦隊編成について、取材をお願いします!」

 

福井県の地酒、黒龍・純米吟醸の一升瓶を抱えた青葉が突撃してきて、囲炉裏晩酌はまだまだ終わりそうにない。



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磯風と秋刀魚祭り2022

はためく大漁旗の上を、ウミネコたちが舞っている。

 

「ハーイ、お疲れ様デース! Wow! 大漁ネー!」

 

漁から帰還した速吸が牽引していたドラム缶を陸揚げし、ドラム缶の中の海水氷から網で豪快に秋刀魚をすくい上げ、トロ箱に入れていく金剛。

地面にこぼれ落ちた秋刀魚には、すかさずウミネコたちが群がってくるが、見張りの多摩に睨まれているのでトロ箱に手(嘴?)を出してくることはない。

 

長靴にゴム前掛け姿の榛名と霧島が、秋刀魚が入ったトロ箱に素早く手鈎を引っかけて引き寄せ、ハンドフォークに積み上げていく。

 

工廠の前にはいくつもの炭火七輪が並び、五升炊きの羽釜でご飯が運び込まれる。

埠頭のあちこちで、ござを敷いて宴会の準備をすすめている艦娘たち。

 

「艦隊が帰投です。おつかれさま」

「矢矧、日進、ご苦労だったな。まあ瑞雲を飲め」

「ありがとう、いただくわ」

「おお、ありがたいのう」

 

法被姿の伊勢と日向が、葦簀(よしず)を張った漁師小屋で、瑞雲(ずいうん)ラベルの自家製四斗樽(しとだる)から桝酒を出撃艦娘たちに振る舞っている。

 

ラベルはオリジナルだが、樽の中身はどこかの酒造メーカーから買ってきたものですよ、多分(我が国の酒文化を一切顧みない酒税法という大悪法により、日本酒製造の免許取得には、年間6万リットル以上の製造が必要という、非常に高い参入障壁がある)。

 

「提督、そろそろ焼き始めるか」

 

セーラー服型の制服の上に割烹着、右手には「単縦陣」と書かれた団扇を握り、やる気のみなぎっている磯風に、うなずいて返事。

 

毎年のように秋刀魚を炭化させ続けて、とうとう間宮に怒られた磯風。

みっちりと特訓を積んできたという腕前を見せてもらおう。

 

 

「秋刀魚……この大井、秋刀魚を三枚におろすくらい、造作も無いこと。どんどん持ってきなさい! ええ、やってやるわ!」

「うるせぇクマ! 口より手を動かせクマ!」

 

一三式自走炊具(2トントラックを改造した炊飯車)の周りに机を出し、秋刀魚を一心不乱に捌いているのは、球磨、大井、長良、川内、能代ら軽巡洋艦娘たち。

 

名取と由良は、刺身を皿に盛り付け、生姜やネギの薬味、殺菌作用のある菊を添えている。

 

北上と木曾は、切り身を受け取ったら、さっと酢で締め巻き()で巻き固めて棒寿司作り。

阿賀野が棒寿司に、刻んだしその葉と、白ごまをふりかける。

 

那珂とゴトランドが小鉢に用意しているのは、秋刀魚のぬた。

切り身を青ネギとともに甘い酢味噌で和えたもので、独特のコクが楽しめる。

 

五十鈴と鬼怒はさらにバーナーで炙りを作っており、これはぽん酢でいただく。

刺身とは一味ちがった香ばしさと、皮から染み出た脂が旨い。

 

天龍と龍田、酒匂が、天ぷら鍋でジャージャーと音を立てさせているのは、生姜醤油味の竜田揚げと、梅しそ揚げ。

梅しそ揚げのさわやかな酸味には、抹茶塩を添えて。

 

海外の軽巡艦娘たちが作っているのは、秋刀魚とキノコ三種のキッシュに、秋刀魚とトマトのアヒージョ。

秋刀魚は洋風の味付けもなかなか美味しい。

 

「ねえ誰か、もっと大根おろし持って行ってよ!」

 

夕張は……木製の垂直軸風車を設置して、その動力で大根おろし器を前後運動させるという壮大に無駄な労力をはらって大根おろしを量産していたが……。

すぐにバケツ数杯分の大根おろしが出来てしまい、途方に暮れている。

 

そして大淀と神通の指揮の下、出来上がった料理はジャージにエプロン姿の駆逐艦娘たちが次々に運んで配膳していく。

 

「料理とビールが届いたら、どんどん始めちゃって」

 

法被姿の提督(居酒屋の呼び込みバイトみたいだと評判)は、木桶の氷水で冷やしておいたビール瓶の栓を次々と抜いていた。

 

トンカチ並みにガッチリした木製の柄がついた、業務用の栓抜きは抜き心地抜群、ポンポンポンポン、リズミカルに栓を抜いていく。

 

妙高姉妹セレクトの日本酒は、北海道の北の(かつ)、青森の陸奥八仙、岩手の赤武(あかぶ)、宮城の萩の鶴、福島の大七(だいしち)と、秋刀魚漁の盛んな地域から。

 

 

でも、やっぱり秋刀魚祭りの主役は、焼き秋刀魚。

 

今年の秋刀魚を焼く主役は、提督がノックダウンされた世界一の焼き魚を食べさせる店、気仙沼の「福よし」さんの名物の大囲炉裏の構造にヒントを得た『試製二二式秋刀魚焼成器』。

 

長角型の七輪には、大量の炭が縦に高く積み上げられ、真っ赤な火が熾っている。

その手前側、幅10cmほどの通称"お濠"という水を張ったプールと、串を保持する筒状の穴が並んでいるのが特徴。

 

串刺しにした秋刀魚を手前からプールに向けて斜めに立てて焼くことで、理想的な強火の遠火を実現しつつ、秋刀魚からポタポタ落ちる脂は全てこの水が受け止め、脂が炭火に落ちて煙が上がることもない。

 

常に一尾一尾の焼き加減から目を離さず、じっくりと熱を入れていく磯風。

目指すは「福よし」さん並みの芸術的な焼き加減。

 

「出来たぞ、司令。食べてみてくれ」

 

栓抜きを終え、一息ついた提督のもとに、磯風が秋刀魚を持ってきた。

葉生姜にカボス、大根おろしが添えられ、良い感じにこんがりとした焼き秋刀魚。

 

パリッと焼けた皮を噛めば、ほろほろの身が舌に躍り出す。

秋刀魚のワタと小骨は遠赤外線の輻射熱で溶け、腹の中で脂とともに豊麗なシチューのようになっている。

 

ワタ=苦味という既成概念を打ち砕く、秋刀魚に惚れ直すような価千両の味。

 

「んぅっ、んまい!」

 

これには断然ビールだ。

日本酒の冷やをクイッとやるのもいいが……、いや、ご飯もかっこみたい。

 

「うっまそうだな、Meにもくれよな! んぐ……ん、うまいよ!ガチで!」

 

さすがは超短期間で綿入り袢纏(はんてん)とコタツミカンが似合うようになってきた、有望新人のラングレー、この味の良さを一発で分かってくれる。

 

「うん、美味しいにゃ。磯風は第五艦隊に来るといいにゃ。神通は工廠裏に呼び出して話つけとくにゃ」

 

この焼き秋刀魚には、多摩先生も絶賛だ。

でも喧嘩になるから引き抜きはやめなさい。

 

「提督っ、秋刀魚祭りって楽しいですね! レンジャー!」

 

新しい家族も増えて、鎮守府の秋刀魚祭りは今年も大盛り上がりでした。



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那珂ちゃんのマグロ五色丼

現在(2023.03)進行中のイベントの話です。
編成等のネタバレを見たくない方は回避して下さい。


楽しい時間というのは本当に早く過ぎていく。

 

クリスマスの大騒ぎ、大掃除に年賀状書き、年末の餅つき、年越しの大宴会に初詣、凧揚げに羽根つき大会、1月7日の七草がゆに11日の鏡開き……。

 

そして毎年恒例の季節のマイルストーンたるセッツブーンで盛り上がったと思えば、いつの間にかバレンタインも過ぎ去った。

 

執務室にレンジャーが持ち込んだ、人間をダメにするもちもちクッションに身をうずめながら、提督は雛飾りの片付けをする艦娘たちをボーッと眺めていた。

 

長波と高波のお内裏様に、巻雲、夕雲、風雲の三人官女。

そんな夕雲型雛人形二段飾りのあとに置かれたのは、修羅場のお供、風雲の原稿支援物資庫。

可愛らしい択捉型桃の節句壁飾り棚の代わりに、物々しい二水戦の小物壁棚。

 

「提督、編成を真剣に考えてくださいね」

「う……ん」

 

分厚い作戦計画書を抱えた大淀の声に、あいまいにうなずく。

 

2月28日の深夜というか、3月1日の早朝から久しぶりの特別作戦「小笠原兵団救援」が始まっている。

 

だが、大本営からの事前情報がほとんどなかった今回の作戦。

全体の規模が不明だったり、前段最終海域の開放は週末まで保留だったり、後段作戦の実施時期が明かされていなかったり(これはいつもの事か……)、全体像が謎過ぎていまいち動きづらい。

 

さらに、先行勢の有力提督たちが、いきなり第二水雷戦隊と大和・武蔵を第二海域に投入した上、それでもなお大苦戦したとあっては……。

 

「雛祭り優先」という言い訳で出撃拒否していたここの提督だが、そろそろ大淀からの視線が痛い。

 

レンジャークッションも片付けられてしまったが、場所をとっていた雛人形豪華四段飾りが撤去され、いつもの家具も戻ってきた。

鎮守府に集うものにとって大事な家具、それが鎮守府ちゃぶ台。

 

ちゃぶ台脇の座布団に座り直すと、すぐに対面に座った大和がお茶を淹れてくれた。

ここ数日、散歩が待ちきれない犬のように、そわそわと提督についてまわっているのだ。

 

「まあ……お昼を食べたら、特別海域に出撃してみようか」

 

提督もいよいよ観念し、重い腰を上げるのだった。

 

 

今日のお昼の食堂はにぎやかに盛り上がっていた。

那珂ちゃんがマグロの解体ショーをやっているのだ。

 

「はーい、立派なカマがとれたよー♪ 誰か、カマ焼き定食を頼む人いる?」

「よし、この長門が注文しよう!」

「長門さんからカマ焼き定食入りましたー!」

「はいよっ、カマ焼き定一丁!」

 

全国有数の天然マグロの水揚げ基地として知られる塩釜魚港で、仲買人からも「那珂ちゃんさん」と一目置かれる、目利きのアイドルが選んできたメバチマグロ6本。

 

「ほらっ、ここが赤身、ここが中トロ、そしてここが大トロだよ~♪ 中落ちとネギトロもオマケした五色丼で、それぞれの味を食べ比べてみてね!」

「こっちの心臓(ホシ)は、尾の身と一緒にバター焼きになるっぽい?」

 

トークを交えつつ、流れるようにマグロをバラバラにしていく那珂ちゃんと、それを補助しつつ次々と切り分けられた食材を厨房へと運んでいく四水戦の駆逐艦娘たち。

 

提督も那珂ちゃんおすすめの五色丼を注文した。

 

「提督、できましたよ~」

 

間もなく五月雨によって運ばれてきた五色丼は、(ここの鎮守府ではいつものことだが)無料の食堂で出すには原価が心配になる豪華なものだった。

 

でかい丼のご飯の上には、厚めに切りとった赤身が4枚、中トロ3枚、大トロ3枚、イカ刺、ホタテ刺、甘エビが放射状に並び、中央には贅沢に中落ちとネギトロが盛ってある。

 

小松菜のお浸しの小鉢。

桜大根漬け、貝ひもの佃煮、玉子焼きというカラフルな小皿。

豆腐と海苔の味噌汁がついている。

 

「これ、お店で食べたら3000円はいくよなぁ……」

 

とはいえ、四水戦は干しナマコやフカヒレ作りの内職(?)で色々と稼いでいるらしいので、ここは素直に那珂ちゃんさんにご馳走になろう。

 

まずは美しい宝石のように輝く赤身から。

鉄分の混じったマグロらしい風味に、ねっとり濃厚に広がる旨味。

少しだけ酢で味付けされたご飯がすすむ。

 

これは良いマグロだ。

 

その確信に、さらなる期待を抱いて次は白い脂が多く混じった中トロ。

先ほどの魚らしい濃厚な旨味は減った分、良質な脂が舌の上へと広がっていき、これまたご飯とよく合う。

 

そして霜降りのような大トロ。

箸で千切れそうなやわらかいそれを口に入れると、その瞬間から脂がトロトロと溶けだして、口の中が幸福になる。

もちろん、ご飯に合わないわけがない。

 

中落ちは三枚におろした際、中骨に残った身肉をかき出したもの。

綺麗に柵で切り出した赤身には見栄えで劣るが、その味わいはより濃厚に凝縮されていて、マグロの旨さの本質が詰まっている。

これもご飯に(以下略)。

 

そしてネギトロ。

皮に残ったトロ身をかき落としたもので、その脂の美味さは大トロに負けずとも劣らない。

ご飯に混ぜ混ぜして醤油をちょいと垂らし、一気にかっ込むともう絶品だ。

 

小鉢や小皿、味噌汁もローテーションに加えつつ、あとはもう黙々と丼を食べすすめる提督だった。

 

 

「旗艦は那珂ちゃん。駆逐艦は五月雨、初月、桃、レーベ、シロッコ。途中で重巡と軽空母が必要になるらしいから、愛宕と千代田はスタンバイをお願い」

 

マグロの五色丼で鋭気を養った提督。

頼もしい那珂ちゃんを先頭に、いよいよイベント海域に足を踏み出します。




○3/5現在のイベントの進捗ご報告

話の中の編成でE-1【甲】クリア

E-2【乙】1ゲージ目は下記編成でストレートクリアしました
ラスダンだけ道中支援と決戦支援、霞も退避してましたが朝霜カットインで終了

矢矧(遊撃司令部)、伊13(高速化)、冬月、金剛、朝霜、霞、瑞鳳(改二乙)


甲は敵編成からして激ムズそうですが……
乙は敵の先制雷撃も少なく、敵の装甲値・制空値がゆるくなった分を対潜・対空装備に割り振れるため、遊撃司令部と高速潜水デコイ+警戒陣で道中も安定でした


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誤出撃と矢矧とどて煮

現在(2023.03)進行中のイベントの話です。
編成等のネタバレを見たくない方は回避して下さい。


提督が見事な土下座を披露している。

 

那珂ちゃんの活躍により、潜水棲姫改IIを退治して大成功したS21作戦(E1)。

 

続けて沖縄南西諸島方面に襲来した敵侵攻部隊の兵站を分断するため、矢矧の率いる精鋭第二水雷戦隊が、海上遊撃戦を展開した。

 

とはいっても、ここの提督に超難関と噂される第二海域に甲で挑む気概はなく、選択したのは乙作戦。

 

囮役のイ13と打撃支援の金剛を加えた編成で、戦艦棲姫改が護衛する敵兵站補給部隊を難なく撃滅(E2-1)。

 

次にイ13を戦車隊満載の神州丸に交代させ、いつの間にか沖縄に上陸していた集積地棲姫IIIを大爆発させた(E2-2)。

 

そして、なぜか日本近海に出張ってきていた欧州装甲空母棲姫の機動部隊を、大和と武蔵が超遠距離艦砲射撃で捕捉。

北上、雪風、初霜が必殺の夜戦を仕掛けてトドメを刺した(E2-3)。

 

「圧倒的じゃないか、我が軍は!」

 

思えば、このあたりで提督の慢心が始まっていた……。

 

前段最終海域は甲を選択。

 

佐世保から再出撃した第二水雷戦隊が、九州沖の敵機動部隊Ⅳ群を撃退(E3-1)。

 

さらに、呉から出撃した天城、葛城を主力とする連合艦隊が、四国沖の空母機動部隊I群と戦闘を開始した(E3-2)。

 

最終局面こそ壊モードになった空母棲姫IIに粘られるかと思ったが、潮が雪風ばりの見事なカットインを発動して一発で仕留めてくれた。

 

後はもうウィニングラン(お慢心MAX)。

 

長門、陸奥、翔鶴、瑞鶴、隼鷹、コマンダン・テスト。

 

必勝を確信しつつ、提督は第一艦隊を出撃させた!

 

……そう。

第一艦隊を……。

 

母港には、利根、長良、大井、木曾、冬月、竹ら第二艦隊の面々が取り残されていた。

 

はい、連合艦隊を編成するのを忘れていたのでち。

 

長門たちには見事に「第二水雷戦隊」の札がつき、作戦難易度を丙に落とすしかなくなった提督は、今こうして全力で艦娘たちに土下座謝罪している。

 

今日もここの提督はへっぽこです。

 

 

日本が世界に誇る発酵食品である味噌。

その中でも、最も歴史が古いと言われる豆味噌。

 

この鎮守府でもよく、大豆と塩と米麹を水で練って丸めた味噌玉を、艦娘寮の潮風が当たる軒下に吊るして発酵させ、自家製の豆味噌を造っている。

 

愛知県岡崎の八丁味噌も、この豆味噌の一種。

夏の暑さが厳しく、矢作(矢矧)川をはじめとした多くの川に挟まれた高温多湿な八丁村で、腐敗せずに安定した麹造りができるようにと考案された、大豆だけで大きな味噌玉を作って、大豆に直接麹菌を付けた後、塩水を加えて大樽で長期熟成させるという独特の製法が特徴だ。

 

1942年6月のミッドウェー海戦の大敗を受けて、大量の航空機搭乗員の養成のために矢作川のほとりに建設された「海軍岡崎航空基地」。

戦後、その格納庫や兵舎の払い下げを受けて味噌蔵として利用し、天然醸造の味噌を守り続けている老舗の味噌蔵元がある。

 

第三十一駆逐隊、岸波、沖波、長波、浜波をおつかいに出し、そこの八丁味噌を買ってきてもらった提督。

 

「矢矧、どて煮を作ったから食べる?」

 

今回、最もくたびれ損をさせられたのが、第二水雷戦隊旗艦・矢矧。

第三海域でも「ギミック」と呼ばれる呪術解除のために、あちこちを甲難易度で転戦したのに……。

 

むくれている矢矧に謝ろうと、提督は矢矧の好物の名古屋メシを作ってみた。

 

しっかり下茹でして臭みをとった牛スジと豚モツを、大根、こんにゃく、ネギ、生姜とともにひたひたの水を張った鍋に入れ、一気に強火で沸騰させて、ブクブクと出てくるアクを必死にすくいとる。

 

アクが一段落したら中火に落とし、そこに八丁味噌とみりん、たっぷりの黒糖を入れて、さらに出てくるアクを丁寧にとり続けながら、途中でゆで卵も投入して煮込んでいくこと2時間。

八丁味噌は煮立てても風味が飛ばず、むしろコクが増す。

 

火を止めたらしばらく冷まして味を染み込ませた後、さらにもう一度煮て熱々にする。

 

もとは漁協の事務所だった無味乾燥な鉄筋コンクリート建ての鎮守府庁舎1階、下町の大衆食堂にありそうな安っぽいベニヤ板の4人がけテーブルが2つ置かれただけの、夜食用キッチン。

 

そこから艦隊に指揮を出しながら、匂いに釣られてつまみ食いに来た雪風と朝霜から鍋を守り、ようやく完成させた名古屋風どて煮。

 

「ふふっ、いい気配りね。嫌いじゃないわ」

 

提督に呼ばれた矢矧はビニール張りの丸椅子に座り、目の前で湯気を立てるどて煮に挑み始めた。

 

ほろほろと柔らかく崩れながらも、はっきりと牛肉を主張する牛スジに、ふわふわと美味しい脂の旨味を振りまく豚モツ。

そして肉から出た味をたっぷり吸い込んだ大根を、八丁味噌の濃厚な甘辛さが包み込む。

 

「ご飯! もちろん炊いてるんでしょ?」

 

そう、これはお酒や、熱々のご飯とともに食べるべきもの。

提督はすぐに丼飯を矢矧に渡してあげる。

 

矢矧はお礼も忘れ、白いご飯にどて煮をドバッとかけて、一気にかき込み始めた。

 

味噌を吸い込んで茶褐色になった茹で卵を割れば、白と黄色の美しい断面が現れる。

それすらも味噌の汁にたっぷり浸して、米とともに食べる至福。

 

「ほら、もうこっち来て食べてもいいよ」

 

矢矧の機嫌が直ったのを確認して、廊下から様子を窺っていた雪風と朝霜を呼んであげる。

 

こんな丙提督だけど、とりあえず前段クリアいたしました。



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ワカメ収穫とガンボスープ

現在(2023.03)進行中のイベントの話です。
編成等のネタバレを見たくない方は回避して下さい。


東南アジアに生息するジャコウネズミ。

ネズミといいつつ正確にはモグラの一種なのだが、奇妙な習性を持っている。

 

子供が親のお尻をくわえ、その子のお尻をまた別の子がくわえ……と家族が一列になってヘビのようにウネウネと行進するキャラバン行動。

 

提督の水産合羽のすそを倉橋がつまみ、倉橋のレインウェアのすそを鵜来がつまみ、その鵜来のレインウェアのすそを第三〇号海防艦(み と)がつまんで……ジャコウネズミのように埠頭を歩いていく提督たち。

 

鎮守府の目の前の湾では、ワカメの収穫シーズンを迎えている。

ミネラル豊富な山の雪解け水で肉厚に育った立派なワカメが、次から次へと引き揚げられてくる。

 

この時期はどこの家も、家族・親戚総出でワカメ加工にかかりっきりになる。

 

養殖ロープの引き揚げ、ワカメの刈り取り、メカブの切り落とし、湯通し、水切り、塩まぶし、漬け込み、脱水、芯抜き、脱塩……ワカメの塩蔵加工というのは、とても短期労働集約的な家内制手工業なのだ。

 

もちろん、自前の養殖場を持っているここの鎮守府も例外ではない。

 

「提督、お電話はもう済んだんですか?」

 

フォークにたくさんのワカメをぶら下げたフォークリフトを運転しながら、ツナギ姿の香取が声をかけてきた。

 

「うん、大した用じゃなかった」

 

この猫の手も借りたいほどの忙しい時に、欧州装甲空母棲姫との戦いに友軍艦隊を送ってくれ、などという木更津提督の要請に応えている暇はない。

 

しっかり受話器も外したままにしておいた。

 

「睦月、皆を連れてきたから、海峡警備は任せたよ」

「はりきって、まいりましょー!」

「はい、了解です。倉橋にお任せを」

「はい! 頑張ります!」

「皆さんをお守りします」

 

遠征前のお昼寝から起こしてキャラバン行動で引率してきた海防艦娘たちを、旗艦の睦月に託してお見送り。

 

そして、とりあえずジャージ姿になっているものの、何を手伝っていいのか分からずに戸惑っている新人艦娘たちの面倒を見ることにする。

 

八丈島沖の戦い(E3-3)で編成ミスを犯し、長門と陸奥に第二水雷戦隊のお札がついてしまい、丙作戦への変更を余儀なくされた、ここの鎮守府。

唯一の救いは、戦標船改装棲姫-壊を撃破したと同時に、駆逐艦娘のヘイウッド・L・エドワーズと邂逅できたことだ。

 

続く小笠原方面及び硫黄島の防備を固めるための伊号輸送作戦(E4)は、乙作戦以下しか選べないので乙で難なくクリア。

 

硫黄島の防衛戦も、深海重巡水姫との決戦(E5-3)に長門と陸奥が出せないので乙作戦を選択。

 

赤城、加賀、イントレピッド、サラトガ、多摩、浦風という空母4隻の第一艦隊に、アイオワ、長良、ジョンストン、皐月、時雨、竹という第二艦隊の日米合同機動部隊で攻略し、重巡洋艦娘のタスカルーサをお迎えした。

 

「2人ともアメリカの艦娘だから、ワカメの養殖なんて言われても馴染みがない食材だから面食らうよね。少し前まではカキの水揚げをしてたんだけどねえ」

「It's unbelievable……どうして鎮守府で……」

「ほら、あれがカキの養殖棚で、その向こうがホタテ、あっちがアワビだよ!」

 

ちなみに別の新人、陸軍の揚陸艦娘である熊野丸は、あきつ丸たちと山菜採りの手伝いに。

 

潜水艦娘たちには、この時期の岩場でしか獲れない天然のマツモ(アカモク)、フノリの収穫に行ってもらっている

 

うん、適材適所。

 

 

さて、こういう時に食べるのは、パパッと一気にかっ込める漁師めし。

 

例えば、江戸前の漁師たちがアサリとネギを、醤油や味噌で煮込んでご飯にぶっかけた、深川めし。

あるいはスペインの、貝、海老、イカなどの魚介類をふんだんに入れ、色と風味をつけるサフランとともに、生米から煮込んで炊き上げるパエリア。

 

そして今日用意したのは、アメリカ合衆国南東部からメキシコの沿岸部で食べられている、ガンボスープの丼飯(どんぶりめし)

 

ガンボ(ゴンボ)とは、フランス語やイタリア語でのオクラのこと。

ちなみに、オクラはよく日本語だと勘違いされやすいですが、れっきとした外来語であって、アフリカ原産の植物です。

 

最初に鍋にバターを溶かし、そこに小麦粉を入れて、焦がさないように木ベラでかき混ぜながら、時間をかけてブラウンルーを作るのが、深みのある味を出すコツ。

 

食べるのは手早くでも、料理自体にはたっぷり手をかけるのが、ここの鎮守府の流儀。

ノーザンプトンとヒューストンが、根気強く大鍋を木ベラでかき混ぜ続け、トローリきつね色のブラウンルーを作ってくれた。

 

そして、オクラと、セロリ、ピーマン、玉ねぎ、ニンニクを細かく刻んで炒め、先ほどのブラウンルーと海老、イカ、ホタテ(鎮守府の養殖場で間引きされたベビーホタテ)とともに、トマト缶を加えた鶏ガラスープでじっくりと煮込む。

 

最後に塩、黒胡椒、赤唐辛子、チリパウダー、クミン、オレガノ、タイムなどの各種スパイスとハーブで味を整えたら完成。

それを炊き立てのご飯にぶっかけてみました。

 

オクラのトロッとした優しいとろみと、スパイシーなピリ辛と野菜の甘みのコントラストが深い味に、どんどんご飯がすすむ。

 

「今年はウズマキゴカイが発生したから焦ったよね」

「由良さん、芯抜きのコツ教えてください」

「ワカメの炊き込みご飯に、シラスを入れてみるのも美味しいんじゃないかしら」

 

ワカメの話題でワイワイ盛り上がる艦娘たちに囲まれ、提督もニコニコ顔でご飯を食べつつ、大規模作戦のことにもちょっとだけ思考を傾ける。

 

硫黄島逆上陸作戦(E6)は乙難易度でチャチャッと攻略をすすめて……。

 

なかなか撃破が難しいという噂の、深海擱座揚陸姫に手こずるようなら、天草か直江津の鎮守府に友軍派遣を要請すればいいや。

 

「困ったときはお互いさまって言うしね」

 

さっき木更津からの要請を断った自分を棚に上げる提督であった。



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ウニ畜養と早春作戦完了

現在(2023.04)進行中のイベントのお話です。
ネタバレや新艦娘(たいした内容ではありませんが)を見たくない方は回避して下さい。


この鎮守府は、複雑に入り組んだ海岸線の合間に、ぽっかりと袋型に開いた狭い湾にある。

 

周囲を小高い山々に守られた湾内は波風が静かで、四方の川から栄養豊富な水が流れ込む。

そんな湾の特性から、周囲では養殖業が盛んだ。

 

この鎮守府でも見よう見まねで、ワカメ、コンブ、海苔、ひじき、カキ、ホタテ、アワビ、ホヤの養殖に手を出している。

 

そんな鎮守府に力を貸してくれたのが、県庁農林水産部の小野塚さん。

提督より少し年上で、9年前に初めて会った時より頭髪の戦線後退が大分すすんで絶対国防圏に近づきつつある気もするが、頼りになる兄貴だ。

 

県の水産技術センターからマニュアルや資料を取り寄せたり、養殖具の販売業者や、技術指導してくれる養殖漁業者を紹介してくれた小野塚さんの協力なしに、鎮守府の養殖場は成功しなかったろう。

 

今回の話題とはそれるが、小野塚さんとその人脈には、食材の仕入れや食品加工、田畑や果樹園に植える種苗の入手、病害虫の予報や駆除方法、養蜂やキノコ栽培、林業など幅広い分野で助けられている。

 

 

さて、そんな小野塚さんに紹介され、新たに鎮守府が手を出したのが、ウニの畜養(ちくよう)

畜養とは、自然界から捕獲してきた魚介類に、餌を与えて大きくすること。

 

当初ウニは漁業権に遠慮して、人間では潜れないような場所にいるものだけを、潜水艦娘たちがこっそりと採っていた。

その内に漁協の方から、養殖海藻を食害するウニを駆除して欲しいと相談を持ちかけられ、大手を振ってウニを採れるようになった。

 

そして近年では「磯焼け」と呼ばれる、ウニ(だけじゃなく他にも食害の犯人が複数いることが分かってきた)によって海藻類が全滅状態になってしまう、海の砂漠化が問題となってきた。

 

いったん磯焼けが起こって海藻の森がなくなると、そこに隠れ住んでいた小魚や海老、カニがいなくなり、海域の多様性は失われてしまう。

後には飢餓耐性に優れたウニだけが残って、再生しようとする海藻(どころか岩肌まで)を片っ端から食いつくし続けるという負のスパイラルが続く。

 

そこで、潜水艦娘たちは湾内外の磯焼けした海域のウニを、ハンマーで「割る」という駆除活動もしていた。

この海域にいるのは温暖化により関東以南で大繁殖して問題になっているガンガゼ(毒あり、非食用)ではなく、キタムラサキウニというれっきとした高級ウニなのに、磯焼けした海域で育ったものは飢餓状態のため身がスカスカで不味く、ただ割り砕いて魚の餌にするしかなかったのだ。

 

以前、こういった痩せた間引きウニに、廃棄野菜を食べさせて太らせ、身をパンパンにして食べよう、という企画を某男性アイドルグループの番組でやっていた。

 

この鎮守府でも真似をして、ウニを数百匹育ててみたのだが……。

身はパンパンになったけれど、番組で使っていたような大量の春キャベツを与え続けられなかったので味が良くはならず、B勝利に終わっていた。

 

しかし、全国的には間引きウニの畜養に成功し、商業ベースに乗せる団体がいくつか出てきている。

 

小野塚さんが大分や山口での畜養現場を視察してきて、県内でも漁協や大学と協力して試験的な間引きウニの畜養実験を始めることとなり、その話に鎮守府も一枚嚙ませてくれたのだ。

 

「ろーちゃん、いっぱい集めてきましたって」

「いい子でちねー」

 

ウニをたくさん詰めたネットを持って海面に浮上してきた呂500の頭を、長鯨が撫でている。

こうして集めたウニは海中の生簀(いけす)に入れて育てる。

 

ウニは4~6月にかけ産卵に向けて食欲旺盛になるが、3~4月にはワカメ、6月にはコンブの収穫があるのでこの時期には養殖場に大量の海藻がある。

その中にはウニの食害にあって穴があいたり、収穫の際に脱落したり傷がついたりしたものも、文字通り捨てる程にいっぱいある。

 

この地方では春キャベツはあまり育てていないのに、廃棄される春キャベツを利用するという三浦半島で行っていた番組の方法を真似しようとしたのが、前回の失敗のもとだった。

そう、この地方でこの時期に育てている、そもそも普通にウニの好物を与えるだけでよかったのだ。

 

そして、ウニを間引きした後の磯焼けの現場には、アマモやアカモクといった海藻、間引きされる養殖コンブを移植し、海藻の森を復活させる計画だ。

 

数さえコントロールできれば、キタムラサキウニ様は高級食材。

数年後には磯焼けから回復した海で、身がたっぷり詰まった天然物が採れることを期待している。

 

さて、前置きを長々と書きましたが、そんな鎮守府の一大プロジェクトだが、スケジュールに若干の遅れが出ていた。

 

その原因が現在遂行中の、硫黄島逆上陸作戦。

 

深海擱座揚陸姫-壊がなかなか倒せず、出撃要員の伊201(フレイ)伊203(フーミィ)が作業に戻れないのだ。

 

最短ルートでボス艦隊に向かおうとすると武蔵が使えず、アイオワ、ビスマルク、リシュリューには他作戦の札がついているため、大和の特殊攻撃が発動できず、夜戦時に敵の随伴艦が残り過ぎる。

 

大和とサウスダコタでは、削り中に深海擱座揚陸姫を撃沈できたのは2回だけ、そして敵を全滅させてのS勝利は1回もなかった。

 

最短ルートでの潜水艦後略は諦めて、遠回りして大和と武蔵のコンビ攻撃にかけるか(※攻略時、大和武蔵ルートには潜水艦を入れられないと勘違いしてました)。

 

「乙作戦とはいえ、これは厳しすぎる……いっそ丙に落として、アイオワを出そうか」

 

珍しくシリアスに、呻くような苦悩の声を発した提督に対して、横から大淀があっけらかんと……。

 

「この海域では、乙作戦でも札制限はありませんよ?」

 

数秒の沈黙の後、スカートのスリットに手を突っ込む強制猥褻の刑に処された大淀の悲鳴が、執務室に響くのだった。

 

(大本営(うんえい)さん、そういう大事な情報はちゃんと大淀に言わせるか、回覧板(ツィッター)に明記しましょう!)

 

 

お札を気にせず自由に編成が組めるなら、もうこっちのもの。

 

第一艦隊に、大和、アイオワ、イントレピッド、ザラ、ポーラ、アトランタ

第二艦隊に、矢矧、ジョンストン、時雨、雪風、伊201、伊203

 

乙作戦のメリットを活かして、道中対策もしっかりした艦隊で一発撃破した。

夕暮も深海重巡水鬼(E5-3)のとこで見つけたし、これにて2023早春作戦完了。

 

「神州丸先任、あきつ丸先任、山汐丸、まるゆ、提督。……乾杯っ! ……かぁーっ、いいなあ!」

 

その晩の大規模作戦慰労会。

お通しには、近くの竹林で採ってきた筍と、採れたてワカメを使った若竹煮が出た。

 

上品な薄味ながら、お互いの魅力を最大限に引き出し、舌に春を感じさせてくれる。

 

「この山菜は神州丸先任殿をお助けし、俺が採ってきたんだ。貴様も食ってみろ、美味いぞ」

 

熊野丸たち陸軍組が山で採ってきてくれた、うど、ふきのとう、たらの芽の天ぷら。

まさしく芽吹きの春ならではの味覚。

 

 

「提督、こっちの肉、いけるぜ。あ、三日(みか)! そのネギはまだだ。豆腐食え豆腐」

 

豆乳鍋を仕切っている鍋奉行の有明を、相方の夕暮が嬉しそうに見つめている。

 

「白露、時雨、第二七駆逐隊全員での初任務として、今週の金曜カレーの福神漬け作り当番を頼むね」

「えっへへ、まっかせてくれちゃって!」

「うん、やってみせるさ」

 

 

「提督ぅ~、ザラ姉様の作った、ホタルイカと春キャベツのガーリック炒め、食べませんかぁ? ワインにとっても合いますよぉ」

「ホタルイカ、七尾湾を思い出すよね。イヨがこれに合わせるなら富山の酒、満寿泉 (ますいずみ)だな、んっふふ~♪」

 

ノンベーズに捕捉されたので、酔う前にヤボ用を済ませておかないと。

 

「フレッチャー、明日はサウスダコタとワシントンを連れて、木更津の友軍支援に行ってあげてくれるかい?」

「はい、お任せください」

 

木更津提督から、千葉県銚子の「灯台キャベツ」というブランド春キャベツが山のように届いたので、心の友として援軍を送ってあげる気になったのだ。

 

「おい、提督!」

「どうしてフレッチャーに言うの!?」

「ん、お前、前に出るなよ!」

「うるさいわね、あんたが下がりなさいよ!」

 

だからなんだよなー。

 

「マサチューセッツ、あの2人止めなくていいの? えっ?そうなの!?」

「そんなことより飲むぞ! ……って、いや! お前は飲まなくていい! タスカルーサ、止めてくれ!」

「レンジャー!」

 

新しい家族が増え、鎮守府はますます賑やかです。



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二航戦のポテトチップス

告訴状

告訴人
住所  〇〇〇鎮守府
氏名  ねこまんま
職業  提督

被告訴人
住所  住所不詳
氏名  ヌ級改elite
職業  軽空母

第1 告訴の趣旨
被告訴人は下記犯罪(罰条,無敵空母罪)を犯し,犯状悪質であり再犯のおそれもあるので,厳重に処罰されたく,ここに告訴する。

第2 告訴事実
被告訴人は,令和5年3月16日午後13時30分ころ,三宅島―八丈島航路上を告訴人の艦隊が航行しているのを見つけると,告訴人の艦娘を大破撤退に追い込まんと企図し,告訴人の艦隊に対して先制航空攻撃を仕掛け・・・
《中略》
自身は戦闘圏外の後方より無敵状態で一方的な航空攻撃を執拗(しつよう)に繰り返したことは極めて悪質であり・・・


濡れた紫陽花(あじさい)の葉を、蝸牛(かたつむり)が這っていたのは、ちょっと前。

 

もう夏だと言わんばかりに、太陽がギラギラと燃えている。

艦娘寮のあちこちにあった、てるてる坊主も片付けられた。

 

昔は温泉旅館だった艦娘寮の立派な玄関から館内に上がると、大正ロマンを感じさせる和洋折衷のロビーがゆったり広がる。

左手横には、江戸の裏店に見立てた遊び心ある帳場(ちょうば)と土産物売り場がある。

 

艦娘寮となった現在では、ここは酒保として活用されていた。

 

趣のある小間物屋という風情の空間だったが、今では、うまい棒シリーズやカットよっちゃん、ハートチップル、すもも漬、きなこ餅、ココアシガレットなど、ケバケバしい箱やケースが並び、完全に昭和の駄菓子屋のようになっている。

 

マ〇カワのフーセンガムを嚙みながら店番をしているのは、重巡洋艦娘の摩耶。

最近は新人のタスカルーサと最上の予備艤装で重巡の出撃枠は埋まっているが、日常の仕事はけっこう多い。

 

庭園の手入れに館内の掃除、お風呂のボイラー管理なども含め、300人もが暮らす艦娘寮の維持にはかなりの労力がいる。

 

ほうきにはたき、ちり取りを持った曙たち第七駆逐隊も、忙し気に駆けていく。

 

ロビーでは提督が、無駄な法学部出身の知識を活かして、ヌ級への告訴状を書いている。

 

「・・・来たる夏の戦いでの再犯防止を望み,告訴するものである。以上」

 

書き上げた告訴状は、通りががった海防艦娘たちに、すもも漬の酢液や、きなこ餅の粉のついた手でベタベタ触られていて、あちこち汚れている。

 

提督はその告訴状を握りしめ、お目当ての人物が温泉から戻ってロビーを通るのを待つ。

やがて、浴衣姿のその人物がやってきて、酒保でコーヒー牛乳を買い求めた。

 

提督はおもむろに立ち上がると、その人物に近づいた。

 

その相手とは、休戦中で温泉旅行に来ている、深海棲艦たちのボス、中枢棲姫。

浴衣の腰に手を当てた伝統的なスタイルでコーヒー牛乳を飲んでいる。

 

後ろには同じく湯上り姿の南方棲戦鬼と南太平洋空母棲姫、そしてフルーツ牛乳を飲むほっぽちゃん。

 

そこに、殿様に直訴する農民のように、告訴状を突き出す提督。

 

「お願いします中枢ちゃん、夏の大規模作戦には、あのヌ級は出さないって約束してください!」

「………………」

 

中枢棲姫は渡された告訴状を読み終え、ゆっくりとコーヒー牛乳を飲み干すと、無言のまま告訴状をビリビリと破ってしまった。

 

「あうう……」

 

せっかく書いた告訴状を破られ、泣き崩れる提督。

ほっぽちゃんだけが、ポムポムと提督の頭に手をのせて慰めてくれる。

 

「今日ノ間宮ノAランチハ何ダッタ?」

「ゴーヤチャンプルー定食ノハズダ」

「ホッポ、行クゾ。提督ハ放ッテオケ」

 

中枢棲姫たちが立ち去ると、提督はクレヨンし〇ちゃんのような「ニヤッ」という笑みを浮かべた。

 

さすが中枢棲姫は眉一つ動かさなかったが、後ろの南方棲戦鬼と南太平洋空母棲姫は違った。

告訴状をのぞき見して、2人で視線を合わせた後、そんなことを言われても困るといった様子で中枢棲姫の顔色をうかがったのだ。

 

「こりゃあ、やっぱり夏は欧州バカンスみたいだねえ」

 

次の大規模作戦の舞台はノルマンディーという噂がある。

彼女たちの態度からしても、次の大規模作戦の舞台は、中枢棲姫が管轄する太平洋ではないようだ。

 

まんまと情報を手に入れ、夏に向けた備蓄のための遠征案を練り始める提督。

 

「おっやつのじっかんー♪」

 

そこに飛龍と蒼龍が、ポテトチップスを山盛りにしたバケツを持ってやってきた。

 

鎮守府の畑でとれたジャガイモで作った、二航戦のポテトチップスは大人気だ。

提督の周りに、艦娘たちが寄ってくる。

 

「あっ、この遠征、うちらの新編二駆に任せてよ!」

「明日の七駆は防空演習? ほいさっさ~♪」

「対馬海峡の警備には……つ・し・ま。…うっふふ」

 

パリポリとポテチをかじりながら、艦娘たちがあれこれと遠征案に口を出してくる。

そのたびにポテチ油のついた手で触られ、遠征計画表は汚れていくのはご愛敬。

 

夏本番がすぐそこまで近づいています。



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2023夏作戦前のバーベキュー

緑々(あおあお)しい木々のトンネルを抜け、カーブを曲がると海が現れ、全身で温かい風を感じた。

梅雨明けの明るい空に吹く南風を、白南風(しらはえ)という。

 

提督は、岬と入り江が連続するリアス海岸の曲がりくねった細道を、白いスーパーカブで走っていた。

 

2018年式のJA44型スーパーカブ110、クラシカルホワイト。

 

一時期、中国へと生産拠点を移し、海外市場のトレンドを受けて角目ライトとなってしまっていたスーパーカブ。

それが日本の熊本工場へ、伝統の「カブらしい」デザインとなって戻ってきたのを喜んだ提督が即買いしたものだ。

 

滑らかで静粛性が高いのに力強いエンジンと、洗練されたサスペンションによるキビキビとした走り(あくまでも従来のスーパーカブ比)。

狭い道で対向車とすれ違うのも、小さく軽い車体のおかげで苦にならないし、抜群の安定性と足つきの良さのおかげで、未舗装の林道や砂利道にも臆さず入っていける。

 

農道の脇にある竹藪の前でスーパーカブを止めると、提督はカブの前カゴ(荷物の飛び出し防止にバネ付きバーがついたホンダ純正の優れもの)に入れておいた紙箱から、豆銀糖(まめぎんとう)とミカンを取り出した。

豆銀糖は、地元名産の青豆のきな粉に、もち粉、水飴、砂糖を加えて、棒状に練り固めた郷土菓子だ。

 

それを、地元の人の話によれば日清戦争の頃にはもう建っていたという、お地蔵様の前に置いて手を合わせる。

月に一度、鎮守府の周辺に無数にある(ほこら)やお稲荷(いなり)様などを巡っては、お供え物をして回るプチツーリングが提督の習慣になっている。

 

そのご利益(りやく)があってか、これまで10年間の期間限定海域で、新たな艦娘を漏れなくお迎えしてきた。

 

もうすぐ始まる夏の大規模作戦。

また新たな家族をお迎えできるよう、提督は熱心にお地蔵様に祈るのだった。

 

 

提督が鎮守府に戻ると、プライベートビーチではバーベキューの準備がだいぶ進んでいた。

期間限定海域が開く前恒例の

 

プライベートビーチと言うと聞こえはいいが、実際は切り立った岩肌に沿って続く、長さ300メートルほどの玉砂利の浜だ。

浜には多くのタープが張られ、焼き台やテーブル、椅子のセッティングに艦娘たちが走り回っている。

 

「提督、邪魔よっ」

「ごめんね、提督」

 

巨大なクーラーボックスを運ぶ山城の声に、提督は慌てて横にどく。

ズカズカと歩いていく山城に続いて、ビールケースを運んでいる時雨に謝られた。

 

提督は笑顔で2人を見送る。

きっとクーラーボックスは氷がいっぱいで、提督には持ち上げることすらできない。

猫の手程も役に立たない提督としては、せめて邪魔にならないように気を付けるだけだ。

 

この10年で、鎮守府のバーベキューレベルは、格段に上がっている。

アクリルコップや紙皿に、名前を書いたマスキングテープを貼って目印にするとか、あらかじめ焼酎を入れてあるジュースやお茶のペットボルは一目で区別できるように、キャップをマジックで塗りつぶしておくとか、肉や具材は1テーブル6人分ぐらいを目安にタッパーやビニール袋で小分けに保冷しておき、進行に応じて配って食中毒を予防するとか……小技も満載だ。

 

手際のいい艦娘たちのおかげで、準備はあっという間に終わった。

 

「それでは提督、乾杯の挨拶をお願いします」

 

赤城にうながされ、提督がビールの注がれたコップを手に立ち上がる。

 

「うん、まあ……僕も頑張るんで、皆もいつも通りよろしく。じゃ、かんぱ~い!」

「「「「カンパーイ!!!」」」

 

挨拶が苦手な提督の、いつも通りの覇気のない挨拶で、楽しいバーべーキューが始まる。

 

乾杯の前から、ドイツ艦娘たちが作ったソーセージを最初に焼いておくのが、いつの間にか伝統になっている。

火の通りが早くて乾杯直後にも食べられるし、にじみ出てくる脂で焼き網がコーティングされて、次からの食材が焦げにくくなるからだ。

 

そして、豚肩ロースの塊肉を載せてじっくり焼きつつ、その間に牛のタン、ハラミ、カルビ、鶏の手羽先、そして海老やホタテの海産物などを、季節の野菜で挟みつつ連発するのが王道。

焼き順や下味の付け方は、その回を仕切るためにくじ引きで選出されるバーベキュー実行委員会に任されるが、特に委員長となった艦娘のプレッシャーは相当なものだという。

 

などと思いながら、すりおろしたリンゴとニンニクが入っているであろう、醤油とコチュジャンで味付けされた絶品のカルビ肉を頬張っていると……。

 

「提督、水母水姫さんから、大事なお話があるそうです」

「中枢棲姫カラ、伝言ダ」

 

大淀に連れられてきた、水母ちゃんが言うには……。

 

 

「生食もできる広島牛に、お酒とお塩をかけてあります。軽く火を通して、わさびでお召しあがりください」

 

今回のバーベキュー実行委員長の能美ちゃんが、次の肉を持ってきてくれた。

先の期間限定海域で春にお迎えしたばかりの新人海防艦娘なのに、くじ運悪く今回の委員長に選ばれてしまったのだ。

 

提督もそれを聞いたときは心配したが、どうやら杞憂(きゆう)だったようだ。

 

「うん、とっても美味しいよ」

 

舌の上でとろけるような食感の、上質な和牛からこぼれ出す肉汁の旨味を、さわやかな本わさびの風味が引き立てつつ、若干の脂くどさという弱点を見事に覆い隠してくれている。

 

「ふわぁ、美味しいのです!」

「あ、秋月姉さん! 涼姉とお冬が泣き出したぞ!?」

「Oh,Excellent!」

「Molto buono!」

「コノ……私ガ……ココデ……コンナ肉ニ……」

 

日本のみならず、海外艦娘や深海勢たちからも高い評価を得ているようだ。

 

 

豚の血を使った腸詰めブーダン・ノワール、サーモンとズッキーニのホイル焼き、つぶ貝とミニトマトのアヒージョ、最強ナ級串(のどぐろの赤ちゃんの串焼き)、なんていう酒のつまみも充実している。

 

小さい子たちには、新鮮な採れたてのトウモロコシ焼きや、マシュマロ串が人気を得ている。

 

 

それはともかく……。

 

内地及び同隣接海域や周辺航路の海上護衛作戦を主軸とした前段作戦の作戦海域規模は、「四作戦海域」構成!

その第三作戦海域は、八戸から三陸沖方面(この鎮守府の正面海域)。

 

作戦開始前日にもなって、今さらの情報に慌てたり怯えても仕方ないが……。

 

オラ、ドキドキしてきだぞ!




皆さん、今回も厳しい大規模作戦になりそうですが、頑張りましょう!


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第三十二駆逐隊と豚冷しゃぶサラダ

一面の田んぼでは新緑色の稲穂がそよぎ、絵に描いたような入道雲の夏空に、なだらかな裾野を引く優美な山がそびえている。

 

そんな日本らしさ全開の風景の中に何となく溶け込んで、青い三角屋根に白壁のお洒落なガラス工房が建っていた。

 

高校の美術教師を定年退職し、こちらに移り住んできたという、某黄色いクマのキャラクターのような優しい雰囲気のご主人が淹れてくれたアイスコーヒーを飲みながら、提督は涼波、藤波、早波、浜波ら第三十二駆逐隊が吹きガラスのコップ作り体験をしているのをぼんやり眺めていた。

 

「はい、吹き棒をゆっくり回してるから、強めに息を吹き込んでみてね」

「浜ちん、がんばれー」

「ん……ふーーーーっ!」

 

今日は、制作を依頼しておいた品々を受け取りに来ただけなのだが、提督は急いで鎮守府に帰りたくないため、涼波たちにコップ作り体験をすすめて一緒に連れてきたのだ。

 

鎮守府に居候している重巡ネ級改が、夏モードになって近海で大暴れしている。

 

先に欧州に行ってなさいと言って送り出したのに、飼い主のあとをついて回る犬のように艦隊を追跡し、キャンキャンとじゃれついてきたのだ。

 

夏のネ改は、レ級と同じ深海烏賊魚雷(雷装+18、命中+5、先制雷撃)と、深海対空レーダーMark.III+FCS(驚異の対空+19、命中+16)を持っているので、本人は遊びで甘噛みしてるつもりでも、こちらの被害が尋常ではない。

 

矢矧や長門でさえ先制雷撃でワンパン大破されたし、昼は的確にフィニッシャーの北上や初霜を潰しにくるお上手プレイで、鎮守府のバケツを大量に溶かしてくれた。

 

そんな苦戦の中で提督は、支援艦隊として編成した金剛、ビスマルク、ワシントン、サラトガ、時雨、夕立を、誤って戦闘海域に出撃させて札をつけるというPONをやらかして、みんなの足を引っ張った。

 

前回春の作戦でも、連合艦隊を組み忘れて誤札をしている提督。

 

艦隊指揮能力に関する提督の信用度は、CCC(トリプルシー)(重大な不安要素あり)。

提督株はもとから底値安定していて、今さら暴落することもないが、問題はそこではなく……。

 

後段の札が見通せない現状で誤札をやらかした以上、提督としては海域攻略を一度中止したいのだが、一部の艦娘たちが進撃続行を熱望している。

 

具体的には、姉妹艦との邂逅が待ち遠しい、第四号海防艦(よつ)第三〇号海防艦(みと)、鵜来ちゃん、吹雪型駆逐艦娘たち、そして自らと同じ英国で建造された大先輩の朝日を探したい金剛。

 

彼女たちが期待を込めた目でキラキラと見つめてくるのが、提督が鎮守府に居づらい理由。

 

アメリカ潜水艦娘のサーモンが見つかった時の、アメリ艦や潜水艦娘たちの喜びも見ているだけに、早く希望をかなえてあげたいし、でも「史上最大の作戦」となるかもしれない後段の情報が出るのを待ちたいし……と、提督は悶々としていたが。

 

「それじゃあコップの口を広げていくよ。棒を転がしてコップを前後にコロコロ回転させるから、口穴に鉄箸を入れたらコップの動きに合わせながら、だんだんと鉄箸を開いて口を広げてみてね」

「はーい」

「や、やって……みます」

 

楽しげにコップ作り体験に興じる娘たちを見て、提督も心を決めた。

 

やっぱり新しい子たちを一刻も早くお迎えしたい!

 

後段情報なんて待ってられるか、我慢できねーぜ、ひゃっはー!!

 

 

ガラスは急激な温度変化に弱いので、完成した作品は、徐冷炉という温度管理ができる釜で、ゆっくり時間をかけて冷まさなければならない。

 

涼波たちが作ったコップは明日取りにくると約束して、鎮守府へと戻った提督。

 

工房で作ってもらった品々の中に、泡ガラスの綺麗な大皿があったので、夏らしい豚の冷しゃぶサラダで腹ごしらえすることにした。

 

しっとりとした、美味しい豚しゃぶを作るには何点かコツがある。

 

まず、豚肉は冷蔵庫から出したら、一枚一枚広げて塩をふり、常温に戻しておく。

手間はかかるが、これで仕上がりが大きく変わってくる。

 

お湯には臭みとりに、日本酒、しょうが、青ネギを入れる。

さらに砂糖を加えると、砂糖が豚肉のタンパク質が硬くなるのを防いでくれる。

 

グツグツと煮たてると豚肉が硬くなってしまうので、お湯がフツフツするぐらいの弱火で。

豚肉を広げて泳がすように茹でるのが大事。

 

そして、茹で上がった豚肉は流水で冷やすと旨味が流れてしまう。

ザルにあげてしばらく粗熱をとってから、冷蔵庫で10分ほど冷やす。

 

 

提督が豚肉を茹でている間に、涼波たちもご飯を炊いて、サラダの準備をしてくれている。

たっぷりのもやしに、トマト、レタス、しゃきしゃきの水菜、香り高い大葉。

 

「お姉ちゃん、タレはどうしようか?」

「藤波はネギダレがいいかなー。司令、浜ちん、どうかな?」

「提督、ゆで汁はもち捨ててないでしょ? すず特製の卵スープ作るからさ♪」

 

食べようと思った瞬間、すぐに出来るレトルト食品は世の中にたくさんある。

でも、多少の時間はかかっても、こうやってみんなで料理をして、ご飯を食べる時間は大切だと、提督は思っている。

 

うん、そこに新たな家族を迎えるべく、これを食べたら海域攻略がんばろう。

 

「いただきます」



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ビスマルクとハロウィンのご飯

鎮守府10周年の秋。

 

9度目となった鎮守府の米作りは、猛暑に悩まされながらも、何とか無事に収穫を迎えた。

田んぼでは、稲架(はさ)に掛けられた稲穂が静かに揺れている。

 

近所で飼われているヤギが、草を()みながら「メェ~」と鳴くので、ジャージ姿の提督も「メェ~」と返事をしておいた。

 

数年ぶりに甲種勲章を得た提督だが、威厳はやっぱりない。

首にタオルを巻き、家庭菜園をいじる日曜のパパのような風貌で、駆逐艦や海防艦にじゃれつかれている。

 

「提督、南瓜(カボチャ)は積んだわよ。そろそろ帰りましょう?」

 

今日の秘書艦、ビスマルクに声をかけられて振り返る。

ビスマルクの横には、ドゥンケルゲルプ(ダークイエロー)の地色に、ロートブラウン(レッドブラウン)と、オリーフグリュン(オリーブグリーン)の迷彩塗装が入ったアルミ製のリアカー。

 

南瓜を満載しているその車体に、誇らしげに白く描かれた数字は「007」。

 

ドイツの誇る戦車エース、前人未到の敵戦車138両撃破の英雄、ミヒャエル・ヴィットマンが最期に搭乗したティーガーⅠの車体番号だ。

図書館で借りた『タイガー重戦車塗装マニュアル』(月刊モデルアート発行、絶版)を手に、夕張とあーでもないこーでもないと言い合いながら、3日がかりで塗装したのだ。

 

そうそう、東部戦線仕様の冬季迷彩した「S04」号車や、伝説のヴィレル・ボカージュの戦いでの「222」号車(諸説あり)の塗装もいつか……。

 

「もう~! この私を放置するなんて、貴方も相当偉くなったものね!」

 

と、ついリアカーに見惚れてうっとりしていたら、ビスマルクの声が荒くなってしまった。

 

「ごめんごめん。わあ、いっぱい南瓜を持ってきてくれたねぇ」

「そう? もっと誉めてもいいのよ?」

「うん、すごいすごい」

「ふふん♪」

 

頭を撫でてあげると、"大きなレディ"の機嫌はすぐに直った。

今日はプリンツが南西諸島離島防衛作戦の遠征で留守。

フォロー役がいないから大変だ。

 

「じゃあ、南瓜を持って帰ろうか」

 

艦娘らが丹精込めて作った、美味しい"南瓜"。

食べるとなぜか"運"が上がるという都市伝説もあり、この鎮守府では昨年は長門と陸奥、今年は最上と夕張にもりもりと食べさせている。

 

大淀の記録によると、今年の長門と陸奥の特殊砲撃の発動率は70%を超えているというので、効果があったと信じたい。

 

「ドイツ語でパンプキンスープは何て言うの?」

「キュゥァービスズッペよ」

「ドイツには、ホッカイドーっていう南瓜もあるみたいだね」

「そうなの? 私は食べたことないわ(※戦後に日本から伝わった品種です)」

 

などとビスマルクと他愛のない話をしながら、リアカーを引いて鎮守府へと帰る。

周囲の木々は色づいており、どこかの家の庭からは金木犀(きんもくせい)が香った。

 

 

お風呂に入ってから、間宮食堂での夕食。

 

湯上りにはなぜか、榛名が百貨店遠征で買ってきた、鹿の子の長袖ポロシャツを着せられた。

 

肌触りはいいし、エンジ色の上品な色合いは艦娘たちの評判も上々だ。

だが、こんな2万円もするような上等な新品を、わざわざ食事前に着なくても……と思わなくもない。

 

「提督の今日の席はここでーす!」

「私が秘書艦なんだから、隣は私の席よ! どきなさい、ネルソン」

「むぅ……」

 

なぜか座席も指定され、戦艦娘たちの真ん中に座らされる。

戦艦娘たちも全員、いつものような浴衣やジャージ姿でなく、きちんと艦娘の衣装を身にまとっている。

 

「今日、何かあるのかい?」

「それは後のお楽しみでーす!」

「提督。さあ、私のエスシュテープヒェン(お は し)を用意してきても良いのよ?」

 

今日の夕飯は……。

 

焼きほぐしたサバの身を、オリーブオイルとニンニク醤油、鷹の爪で、ペペロンチーノ風に炒め合えたもの。

 

しめじ、えのき、舞茸、タマネギを、コンソメを隠し味に、バターとポン酢でさっぱりと炒めたもの。

 

(いわし)のチーズフライ。

(かぶ)の酢漬け。

 

そして、鶏ひき肉の旨味をたっぷり吸った、ホクホクの南瓜のそぼろ煮。

 

「南瓜って、意外にも肉と合うよね~。豚バラと豆板醤で炒めたやつも美味しかったな」

「提督、食べながら他の料理の話でヨダレを垂らすなんて、大和や赤城みたいよ」

「ちょっと、誰が赤城さんみたいなんですか!?」

 

ワイワイと賑やかな、家族の食卓。

 

「ところで提督、一式徹甲弾改への改修、進捗はいかがですか?」

 

突然、霧島がそんな話題を出してきた。

みるみる、提督の顔色がドヨーンと暗くなる。

 

久しぶりに甲難易度で最終海域に挑み、欲しくなった一式徹甲弾改だが……。

一式徹甲弾改を作るには、一式徹甲弾☆10が素材として必要になる。

 

今、鎮守府にある一式徹甲弾は、☆6が2本と、☆4が1本。

そして、一式徹甲弾を☆7以降にするには、いわゆる共食い、一式徹甲弾を素材にする必要がある。

 

その一式徹甲弾は、九一式徹甲弾☆10が素材として必要に(以下略)。

 

とにかく、完成までにとんでもない労力とネジを要するのだ。

 

「そんな提督に、私たち戦艦組からHalloweenのPresentsネー!」

「ヘソクリのネジを集めて、気合!入れて!作りました!」

 

金剛と比叡の言葉に目を丸くしていると、榛名が三方(さんぽう)(瑞穂がいつも手に持っているアレ)を持ってきた。

その上には赤い徹甲弾が……そして清霜に似た妖精さん!

 

「提督、喜んでいただけましたか?」

「最高でーす!」

「ほら、この企画を考えた私にも感謝するといいわ!」

「最高でーーす!!」

 

霧島やビスマルクの言葉に、もちろんノリノリでそう答える。

今が"最高"であることを表すのに、これ以外の言葉があるだろうか、いやない。

 

「ども、青葉です。今のお気持ち、教えてください」

「サイコーでぇーす!!」

「ほな改めて、前回の夏イベント振り返ってくれへんか?」

「サイコーでえ~す!!!」

「艦隊の状況、司令はんから見てどんなもんや?」

「最高でーーーーす!!!」

 

さすがは青葉や龍驤、黒潮。

お約束を分かって、嬉々として質問を投げてくれる。

 

が、それを聞いていた比較的最近の駆逐艦娘たち(具体的には、早潮と梅)の間から「ん、何? 何かのマネ?」「この前やっていたWBCで……」などというヒソヒソ話が聞こえてきた。

 

おじさんの背中に冷や汗が流れた。

鈴木誠也のヒーローインタビュー……もう7年前……だと!?

 

そうか、最近の子って、WBCでの岡本和真の淡々とした「最高です」しか知らないんだ。

 

てことは、元ネタを知らない子たちの目には、とち狂ったテンションで似てない岡本のモノマネをし始めた、痛いおっさんとして……。

 

う、急に胃が痛くなってきた。

 

しかも、すかさず次の質問をして「超!サイコォーウ!!!」と叫ばせてくれる、と勝手に思い込んでた心の友、日進だが……。

 

うん、日進もいまいち分かってない感じで、苦笑いしてる。

当然で、冷静に考えると日進の着任って2018年12月じゃないか。

 

いつの間にかおじさん、あの2016年6月18日、日進と一緒にマツダスタジアムで赤いメガホン振ってる記憶まで捏造してたよ……。

 

「ふぅ、仕方ないわね……最後に提督、みんなへのメッセージは?」

「え、あ……さ……最高でぇーす! あ、ありゃじゃしたー!!」

 

〆の質問をしてくれたビスマルクのおかげで、尻すぼみながらもオチをつけることができました。

 

 

その夜、提督は嬉しさと恥ずかしさの感情がゴチャマゼになったまま、"大きなレディ"に背中を撫でられながら、静かに酒を飲んだのだった……。



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提督のオリョクルラーメン

男旅駆琉(おりょくる)

チベット系騎馬民族の()氏族で、かつて行われていた成人と認められるための儀式。
この氏族では、男子は15歳になると、馬一頭と刀剣一本のみを携えて氏族を去り、猛獣が跋扈(ばっこ)する荒野で2年間の放浪を行わなければならない、男旅駆琉が義務付けられていた。
生還した者のみが戦士として再び氏族に迎え入れられるが、この2年間で命を落とす男子は多かったという。
現代でもバックパッカーとなる者の多くには、この氏族との遺伝的つながりがある、というミスカトニック工科大学の研究結果がある。

    民明書房刊『世界の通過儀礼〜一人前になったら友だち100人できるかな〜』より


駆逐艦や軽巡洋艦のいない海域は、彼女たちの独壇場であった。

 

敵の潜水艦や空襲は、彼女たちにとっては驚異とならない。

たまに出没する駆逐艦にさえ気をつければ、損害も発生しようがない。

 

伊47、伊201、伊203、スキャンプ、サーモン、UIT‐24(カッペリーニ)

鎮守府に帰投した潜水艦娘たちが、桟橋に内火艇やドラム缶を陸揚げしている。

 

昭南本土航路の潜水艦哨戒。

南方資源地帯の燃料やボーキサイトも持ち帰れる、提督お気に入りの出撃だ。

 

インドネシアのスマトラ島東岸とリンガ島に挟まれた重要航路を守る、リンガ泊地がある南西海域は宝の宝庫。

 

天然資源に恵まれたボルネオ島(カリマンタン島)北岸の小さな港湾国家、ブルネイ。

ボルネオと、インドネシアにも近い、フィリピン諸島南西のタウイタウイ島。

東南アジアからインドへと通じるマラッカ海峡の要衝(ようしょう)ペナン。

国際物流の一大ハブ拠点である、マレーシア南端の昭南(シンガポール)。

ジャカルタ、スラバヤの二大貿易都市を擁するジャワ島。

 

この海域への出撃や遠征は、どれもリターンが美味しい。

 

「ammira……違う、提督さん。艦隊帰投だお」

「あ、あたしにBattle star? まあもらっとくけど……そんな働いたっけ?」

「お疲れ様、」

 

出迎えた提督も、資源のプラス収支にニコニコ顔。

嬉しそうに潜水艦娘たちにお菓子を配っている。

 

「最近の潜水艦は甘やかされてるでち」

 

一方、ほぼ同時に、北方海域キス島の前面から単独で帰投した伊58(ゴーヤ)

提督指定の機能美あふれる水着も、あちこち破れてボロボロだ。

 

応急修理要員(ダメコン)を積んで単艦出撃し、敵の水雷戦隊に叩かれまくって大破しながらも、ダメコン進軍して弾薬を持ち帰ってくるという、過酷な"キス島クルージング"。

 

使い捨てにできる予備艤装(ぎそう)が豊富にある、伊168、伊58、伊19、伊8だけが頼まれる、ちょっと(?)ブラックな出撃だ。

 

「ゴーヤも早く入渠ドック(おフロ)入っちゃいなよ」

「提督のラーメン、期待しちゃうなのね~」

「はっちゃん、楽しみ! うふふっ」

 

鎮守府庁舎に向かうと、そのキスクル仲間たちはすでに入渠を終えていた。

このキスクルメンバーはその昔、南西諸島オリョール海の潜水艦周回も行っていたメンツでもある。

 

時には単艦・赤疲労・無補給のままに周回を重ね、ブラック出撃の代名詞となりながら、鎮守府の稼ぎ頭だった旧オリョクル。

 

だからこそ、彼女たちは色々と優遇されていた。

掃除当番が免除されたり、寿司ネタがランクアップしたり、酒保の駄菓子が1つ無料だったりと、ささやかなものばかりだが。

 

そんな優遇の中に、提督が週に一度は手作りする『オリョクルラーメン』があった。

 

最初は軽い慰労のつもりで作り、潜水艦娘たちが喜んでくれて、次もせがんでくるのでずっと同じものを作り続けているが……。

その正体は、提督が独り暮らし時代によく食べていた、インスタントラーメンでしかない。

 

「提督、お腹すいたでち」

「イクもなのねっ」

「はいはい、今作るからね」

 

使うのは『明☆チャ〇メラ』のしょうゆラーメン。

ホタテと香味野菜の旨味が溶け込んだ、ホッとする優しい味わいの、透明感ある醤油スープに感じる昭和ノスタルジー。

 

これをほぼ指示書きの通りに作るだけだが、少しだけ独身男の涙ぐましいライフハックが加わる。

 

まず、古典的な揚げ麺にスープ粉という古典的インスタント袋麵の弱点である、本物のラーメンの脂分の浮いたコクのあるスープが再現できない点を補うため、チューブ入りの豚ラードを3~5cmほど丼に出しておく。

この手の豚ラードはスーパーで手軽に手に入り、真夏以外は冷暗所で常温保存しておけるし、チャーハンの炒め油に使うと味が別次元に昇華するので、独り暮らし時代は常備・愛用していた。

 

昔は茹で汁を捨てて、別に沸かしたお湯で粉スープを溶いて、揚げ麺から出る油を抜いたクリアなスープを作る、という小ワザも併せて使っていたが、ここ数年はもうやっていない。

 

ノンフライ麺に液体スープの新興インスタント麺が進化しており、さらにはその上位互換である半生麺の名店再現系の箱入り商品にいたっては、麺もスープもほぼ90%以上の輪郭で「本物のラーメン」を再現してきている。

 

それらを食べてしまった後では、茹でた揚げ麺を湯切りしてラーメン屋ごっこをして悦に入っていた若き日の自分が恥ずかしくなった。

そして我に返ってみると、逆に揚げ麺ならではのスペックを殺してしまっていたことに気づいたのだ。

 

「チ〇ンラーメン」のような味付きの揚げ麺にお湯をかけるというスタイルに、粉スープを別添するスタイルを1962年に初めて採用して殴り込んだ元祖が「スープ付明☆ラーメン」で、その後継者こそが『チャ〇メラ』である。

 

一方の業界の雄である『サッ〇ロ一番』シリーズは、みそ・しお・しょうゆで使用している麺が異なり、それぞれ味噌・山芋粉・醤油が練り込んであって、それらが溶けだした茹で汁で粉スープを溶くことにより、味が完成するように設計されている。

 

その貴重な『サッ〇ロ一番』の茹で汁を、わざわざ捨てたことが何回あったか。

そもそも、揚げ麺から出る油を抜いたクリアなスープ、とか言っておきながら、豚ラードで脂分を補強するという自己矛盾……。

 

罪悪感に(さいな)まれたことさえあったが、落ち込んだ肩をポンと優しく叩くかのように、『チャ〇メラ』様も2022年9月5日、新たにホタテだしをねり込んだ麺にリニューアルして、「さあ、もう一度、茹で汁で粉スープを溶いでみなさい」と励ましてくだされた。

 

おっと、話がそれたが、第二のライフハック、それは煮豚(チャーシュー)。

提督はひまを見つけては、ブロック肉で煮豚を仕込んでいるので、それをスライスして具を用意しておく。

独り暮らしの頃はスーパーで買ったものを使用することも多かったが、それでもコスパの良さからブロックのものを買っていた。

 

独り暮らしでは食べきれずに冷蔵庫で転がしているうちに悪くしてしまうのでは、と心配する方には、まず開封したとたんに半分に切って、後半使用する分を厳重にラップで巻いて空気抜きしておく技をおススメします。

 

さらにはブロックの煮豚を切りだしてサイの目にし、長ネギをみじん切りにして、さっきの豚ラードをたっぷり使って、手早くチャーハンを作ったりすると、ちょっとした中華屋ごっこ気分で休日の昼食が一大エンターテイメントになってストレス解消に……。

 

ええと、また話がそれたが、第三のライフハック、それは小口切りにしたネギの常備。

ネギを切るのは一度に大量にやってしまい、2~3食分ごとに小さなジップロックに入れて冷蔵庫と冷凍庫へ送り込んでおくと、手軽にインスタント麺を食べる時などにもさっと投入できて色々と捗る。

 

それも手間だと思うなら、スーパーで売っているプラスチック瓶入りの乾燥ネギでもいい。

とにかく、独りで何の彩りもないインスタント麺を機械的にすするだけのような日々は、若い内はまだいいが、やがて心を荒ませるので気をつけていただきたい。

 

おおっと、またしても話がそれたが、第四のライフハック、これが最後です。

その名もズバリ『拉麺胡椒 ラーメンコショー』。

スーパーによっては扱っておらず、ちょっと探す事になるかもしれないけれど、赤の缶に黒字でド直球な名前が書かれた卓上調味料。

 

「ブラックペパー、ホワイトペパー、ガーリック、オニオンを絶妙にブレンドした、ラーメン専用のブレンドコショーです。ラーメンに一振りするだけで、風味豊かなスパイシーさがお楽しみいただけます。 ~メーカーHPより~」

 

『チャ〇メラ』にはすでに秘伝のスパイスの小袋がついているので、ちょっと遠慮がちにパラパラと。

 

こいつの真価は、鶏ガラベースに鰹が香る『昔ながら〇中華そば』にかけて昭和の町中華ラーメンを家で再現したり、チャーハンを作ってイマイチ味が決まらなかった時に開き直ってバサッとかけることで"それらしい"味と香りにまとめることにあるので、備えておいて損はない。

 

以上、料理というのもおこがましいが、これが『オリョクルラーメン』である。

 

「うん、美味しいっ!やっぱり出撃の後はこれよね」

「これが一番落ち着くでち」

「天龍さんの魚介豚骨つけ麺も食べたけど、ああいうのは、たま~にだけでいいのね」

「はっちゃん、明日もキスクル頑張ります」

 

もう一度繰り返すが、ただの『明☆チャ〇メラ』のしょうゆラーメンである……。

 

一気に寒くなってきた今日この頃。

この鎮守府の兵站は、安上がりに維持されています。




【お知らせ】
活動報告の方にも書かせていただいたのですが、ツィッター(X?)はじめました

@NekoManma_DX

まだまだ不慣れですが、ボチボチと艦これのことなど呟いてます


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