四葉家の死神 (The sleeper)
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オリキャラ紹介など

話は次からで今回はキャラ説明です。



タグに『オリ主』と『主人公最強クラス』がある時点で拙い自己満作品であることは覚悟しておいてください。


 四葉(よつば) 董夜(とうや)

 

 

 四葉真夜が大亜連合に連れ去られるより以前に、冷凍保存していた卵子を使って、司波深夜が代理出産する事で生まれてきた。

 容姿は整っていて真っ黒な黒髪。美形レベルで言ったら深雪の男版(顔が似ているわけではない)

 

 

 沖縄戦にて大亜細亜連合の戦闘部隊と対峙し、これを多数殲滅。日本国内からは『沖縄の英雄』や『四葉の死神』と称えられ、大東亜連合からは荒々しい殺戮の神として『迦利(カーリー)』と恐れられている。

 

 四葉らしく頭のネジが数本外れている。(どの程度外れているかは記載しない)

 

 

 

 

 

 固有魔法

 

 

 全反射(フルカウンター)…相手の放った魔法のエイドスをフルコピーして相殺、全く同じ魔法を威力調整して返す。

(調整できる威力には、放たれた魔法によって限度がある)

 

 重力干渉…その名の通り重力に干渉し、指定した範囲の重力を操作できる。

 

 観察者の眼(オブザーバー・サイト)…周囲の情報を保管することができる。達也の『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』と性能はほとんど変わらないが、周囲を補完する事においては優っている。

 本人しか知らない秘密があるそう。

 

 

 

 戦略級魔法

 

 荷電粒子砲…荷電粒子を亜光速まで加速させて打ち出す魔法。破壊力は達也の【質量爆散】には劣るが、それでも艦隊を容易に壊滅させるほどの威力を持つ。

 

 ブラックホール…【重力干渉】によって重力を限りなく歪めてブラックホールを人為的に作り出す。

 四葉家が秘匿としている魔法であり、一話の時点で存在を知っているのは真夜、深夜、葉山、達也、深雪、董夜のみである。

 

 

 『戦略級魔法を二個も使えると言う設定は流石にやり過ぎた』この小説の初回投稿から三年経った後、作者はこう思った。

 

 

 

 司波(しば) 深雪(みゆき)

 

 

 大体は原作通り。

 達也とは『追憶編』で沖縄に行くより以前に一度命を【再成】により救われており、敬愛している。

 

 昔は董夜に対して苦手意識を持っていた。

 

 高校入学後は、恋のライバルが急増した事により、董夜に対する想いが危ない域にまで達することが増えた。

 

 

 

 

 

 司波(しば) 達也(たつや)

 

 

 ほとんど原作通り。

 董夜の事を信頼している。

 FLTで技術部長をしており、『トーラスシルバー』のソフト面を担う「シルバー」として活躍している。

 

 

 

 

 

 (ひいらぎ) 雛子(ひなこ)

 

 

 昔、犯罪組織に仕えていた腕利きの暗殺者。

 董夜が犯罪組織を壊滅させた際に腕を買われ、今は董夜の専属メイド兼私兵になっている。

 

  本人曰く、『四葉家』にではなく『四葉董夜』に仕えており、魔法師としての腕も相当でメイドとしてのスキルも一流。

 普段董夜の身の回りの世話をしている。

 

 脱出を望んでいた犯罪組織から董夜に助けてもらい、兄のように慕っている。その董夜も雛子をメイドというより妹のように接している。

 

 董夜と雛子の関係は『契約』で成り立っており、董夜は雛子を日常(プライベート)では『妹』として、仕事では『私兵』として扱う事になっている。

 

 董夜に仕えるだけあって、やはり頭のネジが何処か外れている。戦闘狂。

 

 出番が少ない

 

 

 

 

 

 四葉(よつば) 真夜(まや)

 

 

 いつもは冷たいが、重度の親バカ。

 深夜との仲は和解もあり良好。

 

 

 

 

 

 司波(しば) 深夜(みや)

 

 

 四葉家の分家である司波家の現当主。

 四葉真夜との仲は和解もあり良好。沖縄戦では兵士がアンティナイトを使用する前に董夜が阻止、命を救われている為に存命。

  現在は体が弱いこともあって療養中。

 

 原作にはない秘密を董夜とのみ、共有している。

 

 

 

 

 七草(さえぐさ) 真由美(まゆみ)

 

 

 ほとんど原作通り

 昔、十師族交流会のパーティーにて董夜に出会い一目惚れ、それ以来董夜に恋をしている。

 最近、董夜への気持ちを泉美と香澄に知られ、泉美と『恋のライバル』になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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序章
1話 デート


 1話 デート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  旧山梨県の山間部。

 

  そこには国内のみならず、世界中から『触れてはならない者達(アンタッチャブル)』として恐れられている四葉家の本邸がある。

  その本邸の最深部。四葉家当主 四葉真夜の書斎にて、その部屋の主はとある少年と、束の間のティータイムを楽しんでいた。

 

  その少年こそ、今作の主人公 四葉 董夜である。

 

 

「董夜さん、明後日の入学式の準備は大丈夫かしら」

 

「もちろんですよ、楽しみにしてましたから」

 

 

  世界中から『極東の魔王』と恐れられている彼女の問いに、董夜は特に臆した様子もなく落ち着いた様子で答えた。

 

 

「達也さん達の事も頼みましたよ」

 

「勿論です」

 

 

  ここ数日で何度も繰り返された問答に、両者から苦笑が漏れた。

 

 

「ここからだと学校に行くのも不便でしょうから、達也さん達の家の近くに住居を用意しておいたわ」

 

「お気遣いありがとうございます。一層明日が楽しみになりました」

 

「それは良かったわ。それと四葉家(こちら)から一人メイドも出しておくわ」

 

 

  董夜は、四葉家に所属している国家公認の戦略級魔法師。つまり四葉の最高戦力にして最終兵器である。安全、そして監視のために、本家が董夜にメイド()を付けるのは当然だろう。

 

 ーーーーしかし

 

 

「必要ありません。あちらには雛子だけを連れて行きます」

 

「あらそう。まぁ雛子さんなら大丈夫ね」

 

 

  董夜は毅然とした表情でこれを断った。

  彼としては、四葉の息のかかったメイドより自分で獲得して、尚且つ自分を信頼してくれている雛子の方が都合がいいのだ。

  さらに、董夜は他人には見せられないような資料などを家に保管する予定であり、自分が学校に行っていて家を空けている間、家の警護を任せられるのも雛子の他にいない。

 

 

「母さんと毎晩続いたこのティータイムも、今日で最後ですね」

 

「あら、寂しいのかしら?」

 

「あはは、勘違いなさらず。葉山さんの紅茶を飲めるのが当分先になるのが寂しいんですよ」

 

 

 感慨深そうに紅茶を飲む董夜に、真夜がとても高校生になる息子がいるとは思えない美貌で微笑む。しかし、董夜はそれを軽くいなした。

 身贔屓を抜いても葉山の紅茶は絶品である。これを飲むために、董夜は今まで毎晩真夜の愚痴を聞きに来ていたと言っても過言ではない。

 

 

「もう、最後まで素直じゃないのね」

 

「え、いや、本当に…」

 

「なにかしら?」

 

「いえ、なんでも」

 

 

 世界最強クラスのプレッシャーを受けた董夜は、ティーカップの中身を一気に口の中へと流し込んだ。

 

 

「ありがとう葉山さん、美味しかったです」

 

「恐縮でございます」

 

 

 董夜の言葉に、真夜の後ろで控えていた葉山は恭しく頭を下げた。葉山としても、いつも微笑ましく思いながら聞いていた二人の会話を聞けなくなるのは寂しいのかもしれない。

 

 

「それじゃあ、俺は明日の為に早めに寝るとします」

 

「そう……おやすみなさい」

 

 

 空になったティーカップを置いた董夜が、扉へと歩いていく。その背中にかけられた母親の声が、いつもより暗い事を感じながら。

 

 

「巣立ち………ですな」

 

 

 董夜が部屋を出ていき、足音が部屋から遠のいていくと同時に葉山が呟いた。

 

 

「えぇ、思ったよりも寂しいものね」

 

 

 真夜は幼い時に大亜連合に拉致されて生殖機能を失い、人生に価値を見いだせていなかった。

 そんな彼女に届いた『冷凍していた卵子を使って人工授精することができる』という知らせは人生最大の歓喜を彼女にもたらした。

 

 拉致事件によって拗れていた姉の深夜との仲を元通りにしたのも、何を隠そう董夜である。そんな董夜が自分の元を離れて行こうとしている現実に若干涙ぐみ、鼻をすする真夜。

 そんな彼女に、葉山はそっとハンカチを手渡しした。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 その頃、司波家では夕食を終えた達也と深雪がいつも通り居間でコーヒーを飲んでいた。

 何気ない日常の雑談をして過ごす、兄妹だけの時間。そして、その話題は達也がなんの前触れもなく突然切り出した。

 

 

「あぁ深雪、明日董夜がこの近くに越してくるから。夕食はウチで食べるらしい」

 

 

「はい、わかりましt……………………へ?」

 

 

  一瞬頷きかけた深雪の顔は固まり、ピクリともしなくなった。そんな様子を見ていた達也は流石にここまでの反応をされると思っていなかったのか、少し呆れたような口調で続けた。

 

 

「落ち着け、実はさっき叔母上から連絡があってな。第一高校に通うことになったらしい」

 

「は、初耳です!それに受験の時もそんな話」

 

「混乱を避けるために別室で受験していたらしい、気付かないのも当然だろう」

 

「な、なるほど」

 

 

 何故、彼は自分に知らせてくれなかったのか、と不満そうな顔をした深雪だが、その頬はほんのり赤く染まっていた。

 

 

「それで、董夜に気持ちは伝えたのか?」

 

「うっ…!」

 

「あいつは鈍いんだ、生半可なアピールじゃあ気付かれもしないだろう」

 

「う、うぐぅっ!」

 

「それにあいつも四葉の次期当主候補だ、お見合いの話も頻繁に来るだろう」

 

「う、うぅ〜〜っ!」

 

 

 実の兄に恋愛事情を指摘され、深雪がどよん、と暗い雰囲気を纏って俯く。そんな妹に達也は一度ため息をついた。

 

 

「感情のほとんどない俺が言うのも可笑しな話だが、まぁ深雪は深雪のペースd「お兄様!」……ん?」

 

 

「明日、董夜さんをデートに誘います」

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 明朝 四葉家本邸 正面玄関前

 

 

 朝も早いこの時間。四葉家の正面玄関前には、黒塗りの車と黒服の男が一人待機していた。そして玄関では真夜と董夜が言葉を交わしている。

 

 

「それじゃ、いってきます」

 

「いってらっしゃい………、たまには帰っていらっしゃいよ!」

 

「はいはい、了解です」

 

 

 珍しく見ない真夜の慌てた顔に、董夜と葉山は顔を見合わせて笑みを浮かべる。真夜の目が少しだけ赤く腫れていることから、恐らく夜な夜な泣いていたのだろう。しかし、この場でその事に触れる無粋な人間はいなかった。

 

 

「雛子さんも、董夜さんの事お願いね」

 

「はい、お任せください」

 

 

 最後に雛子と真夜が言葉を交わすと、董夜たちは玄関をくぐって、車に乗り込み出発していった。

 二人を乗せた車が見えなくなるまで、真夜は目で追い続けていたのだった。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 数時間後

 

 

「着いた〜!」

 

「意外と早くついたな」

 

 

  道路が意外と空いていたこともあり、予想していたよりも早く董夜と雛子は新しい家に着いた。

 

 

「広いな………これは掃除が大変かもしれない」

 

「大丈夫っ!これぐらいで根を上げる私じゃないから!」

 

 

 家の中は現代風な家具が揃えられており、古風な外見とのギャップで董夜と雛子はしばし面食らった。

 

 

「さて、次は地下だな」

 

「そだね」

 

 

 董夜が階段を降りて地下に行ってみると、そこは地上階よりさらに近代的な空間が広がっており、演習場まで完備されていた。

 

 もうすでに引越しの荷物は全て運び終わり、キチンと整理されていたので、その後二人は司波家に向かった。

 おそらくここからだと歩いて五分もかからないはずである。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 数分後 司波家 玄関前

 

 

 

「予想よりも達也たちの家近かったな」

 

「ほんとだね、歩いて5分かからなかったぐらいかな」

 

 

 真夜から達也たちの家と近いと言われていたが、まさかここまでとは思わなかった二人は少しだけ玄関の前で固まった。

 

 

「さて、早い事入っちゃおう」

 

「そうだな」

 

 

 四葉の次期当主筆頭候補である董夜が、司波家に訪れていると知られてしまったら達也たちの正体がバレてしまう危険性があるため、二人は高密度の認識阻害術式をかけている。

 しかし、念には念を入れて早く入ろうと董夜がインターホンに手を伸ばそうとした瞬間。

 

 

「いらっしゃいませ、董夜さん!!雛子!」

 

 

 ドアが開き、満面の笑みの深雪が出て来た。

 

 

「あ、ありがとう」

 

「お、お邪魔します」

 

 

 深雪の余りに絶妙すぎるタイミングに、董夜と雛子が若干引いていると奥から達也が顔を出した。

 気配に敏感な達也よりも早く深雪が出て来たことに驚愕する二人だったが、取り敢えず中に入った。

 

 

「長旅ご苦労様です。さ、お茶をどうぞ」

 

 

 リビングで董夜と雛子がすすめられた椅子に腰をかけていると、深雪が自分も含めた四人分のお茶を持って台所から出て来た。

 それと同じタイミングで達也が深雪と雛子にアイコンタクトを送り、2人はそれに頷いた。

 

 

「あー、すまん董夜。言い忘れていたが俺と雛子はこの後九重寺に行って先生に稽古をつけてもらう予定なんだ」

 

「そう言うわけで二人はお留守番ね」

 

 

 実は昨夜、深雪の決意を元に、達也が雛子に連絡。3人は口裏を合わせていたのだ。

 

 

「稽古?それなら俺も見学ーーー

 

「いや、今回は先生に長時間稽古をつけてもらう予定だ。そんな時にお前を付き合わせるわけにはいかないだろう」

 

「まぁ、達也がそう言うなら」

 

 

 董夜が頷くと、達也は早速雛子を連れて、九重寺に向かってしまった。

 玄関から出て行く際、雛子に『深雪、二人きりだかって董夜と変なことしてちゃダメだよ』とニヤつき顔で言われて深雪は顔が真っ赤になった。

 

 

「あの、董夜さん」

 

「ん?」

 

 

 達也と雛子に取り残され、どうしたもんか、と考える董夜に深雪が強い決意を込めた眼差しを送る。

 

 

「この後、私とデー、…………()()()()に行きませんか?」

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 その頃九重寺では

 

 

「いやぁ〜雛子ちゃんも、強くなったねぇ〜」

 

「その割には全然当たらないですけど…………………ねっ!」

 

 

 達也と雛子が二人がかりで九重八雲と対峙していた。

 しかし、二人の全力の体術も武術も、八雲にことごとく避けられるのだった。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「んー、なんかいい店はないもんかね」

 

「沢山あると迷ってしまいますね」

 

 

  お買い物(デート)先のアウトレットに着いた二人は、お昼を済ませるために案内マップが表示された仮想型の端末を片手に歩いていた。

 

 

「それにしても董夜さん、そのメガネは?」

 

「あぁ、これ?」

 

 

  顔を横から覗き込む深雪に、董夜がメガネを軽く持ち上げる。

 

 

「沖縄の一件以来、だいぶ顔が世間に晒されるようになってきたからさ、割と声かけられたりするんだよ」

 

「なるほど、とてもお似合いです!」

 

 

 ありがと、と笑う董夜に、深雪は自身の顔が熱くなるのを感じていた。しかし、そんな深雪も絶世の美女。必然的に二人には視線が集まっていた。

 

 

「もうここの洋食屋さんにしよう。お腹空いたし」

 

「そうですね、ここにしましょう」

 

 

 散々マップ片手に迷っていた二人だったが、周囲からの視線が多くなり、結局目に付いた洋食店に入った。

 

 

「いらっしゃいま………せぇ」

 

「あのー?」

 

 

 入店音を聞き、元気よく迎えた店員だったが。入店してきたのが余りの美男美女だったため、だんだん尻すぼみになり、固まってしまった。

 

 

「あの、?」

 

「は、はいっ!こちらのお席にどうぞ!」

 

 

  正気を取り戻した店員に窓際の席に案内され、二人は椅子に座りすこし休憩するとメニューを開いて店員に注文をして、料理がくるまでの間雑談していた。

 すると深雪が意を決した様に董夜を見つめた。

 

 

「あの、董夜さん、その……………今日は一日恋人のフリをしてくださいませんか?」

 

「なんで?」

 

 

 真っ赤な顔で俯く深雪を、董夜は首を傾げながら見つめた。

 

 

「いや、その、交際している殿方と休日に二人でデートすることに憧れていて………………そのダメでしょうか?」

 

 

 上目遣いで董夜を見つめる深雪に『あぁ』と納得すると、一度うなずいた。

 

 

「デート……、深雪もそんなお年頃か」

 

「と、董夜さんと同い年ですっ!」

 

 

 涙目で抗議する深雪に、董夜はいつも通りの表情で受諾した。

 そこに注文していた料理が運ばれ、取り敢えず昼食をとることになった。

 

 

「このステーキ、割と美味いな」

 

「はいっ、このオムライスも美味しいです」

 

「確かに、ふっくらしてて美味しそうだね」

 

 

 董夜と二人きりの外食に、深雪が嬉しそうに微笑む。周りから見れば交際を通り越して、夫婦のようにすら見える雰囲気が、深雪をいつもより少しだけ大胆にさせた。

 

 

「それなら、すこし食べますか?」

 

「いいの?それじゃあ」

 

 

 董夜が深雪の皿に、新しくとったスプーンを伸ばすより早く。深雪が自身のスプーンでオムライスを一口分すくった。

 

 

「ど、どうぞ………あ、アーン」

 

 

 フー、フー、とオムライスを冷まし、真っ赤な顔で董夜にスプーンを伸ばす深雪に、董夜は一度軽く息を吐くと差し出されたスプーンを咥えた。

 

 

「う、うぅ」

 

「…………」

 

 

 董夜がスプーンを咥えた瞬間、深雪の肩が跳ねたが。董夜は気にせずオムライスを咀嚼した。

 

 

「んん、美味しいね」

 

「…………………も」

 

「ん?なに、聞こえない」

 

 

 オムライスに舌鼓を打ち、再び自分のステーキを食べ始める董夜に、深雪が俯き加減で何かを呟いた。

 

 

「………………………たし、も」

 

「もうちょっと大きく」

 

「わ、私にもアーンしてください!」

 

「ちょ、声おっき」

 

 

 深雪の声が店内に響き渡り、周りの客が驚いた顔で二人を見つめる。

 

 

「はい深雪、アーン」

 

 

 熟れたトマトのような深雪は、さっきの恥ずかしい発言を周りに聞かれた羞恥心と、董夜から『アーン』をしてもらえている歓喜でものすごい顔になりながらフォークの先のステーキを口に入れた。

 何故か、周りからは『オオォーーー』と声が上がった。

 

 その後は料理を食べ終わるまで、深雪が終始無言だった為。少し気まずい雰囲気なったが、そろそろ店員がデザートを運んでくるだろう頃にはいつも通りに戻っていた。

 

 

「はい!カップル限定パフェです!おまたせしましたー!」

 

 

 ショートケーキとチョコレートケーキを注文していた董夜たちに、店員から頼んだ覚えのない品が運ばれてくる。

 

 

「サービスです!!」

 

 

 満面の笑みで去っていく店員を、絶句しながら見送った董夜たちはお互いに顔を見合わせた。

 

 実は、窓際に座っていた董夜たちの甘い雰囲気に誘われ、いつもよりも店内が繁盛していたのだ。

 パフェは、無意識とはいえ店の売り上げに貢献した董夜たちに対する、店長の粋な計らいだった。

 

 

「まぁ、下げて貰うのも悪いし、食べるか」

 

「そ、そうですね」

 

 

 そんなこんなで美男美女が二人で一つのパフェを食べてる姿により、このパフェも周りの客から飛ぶように売れたのはまた別の話。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  会計を済ませ、長蛇の列が出来ている店を後にし、董夜と深雪は早速ショッピングに向かった。

 

 

「本当にいいのですか?服まで買っていただいて」

 

「いいよ気にしないで、俺としても綺麗な服を着た深雪が好きだから」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 さりげない董夜の言葉に、深雪の顔がまたも赤く染まる。

 

 

「はい、深雪」

 

「…………?」

 

 

 手を差し出す董夜に深雪がコテン、と首を傾げた。すると今度は董夜の頬が赤くなる。

 

 

「デートなら手ぐらい繋ぐかと思ったけど、繋がないならいいや」

 

「え、あっ!董夜さんっ!」

 

 

 差し出した左手をポケットにしまい、恥ずかしそうに歩き出す董夜に、深雪がハッとする。

 

 

「繋ぎます!董夜さんッ!手ッ!繋ぎましょうッ!」

 

 

 早足で歩き去る董夜の背中を、深雪が慌てて追いかけた。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

  数時間後、買い物を済ませた二人はコミュターに乗って司波家に向かっていた。

 

 

「明日の入学式楽しみですね」

 

「そう?俺はスピーチ頼まれてて憂鬱だよ」

 

「私は聞きたいですよ、董夜さんのスピーチ」

 

「こんなことなら少し加減して成績落としとけば良かった。そうすれば深雪が総代だったろうに」

 

「いけませんよ、真剣な方々の中で手を抜くなんて」

 

 

 言語道断ですッ、そう言う深雪に董夜は静かに笑った。

 

 

「それにしても、お兄様が二科生だなんて」

 

「しょうがないよ、第一高校は『魔法師のライセンス取得』を主に置いてる高校だから」

 

 

 達也は自身の魔法演算領域の殆どを『再生』と『分解』で埋められているため、他の魔法が得意ではない。

 

 

「それでも」

 

「深雪の言いたいことはわかる。もし達也が武術を主に置いてる高校や、魔工師育成を主に置いてる高校なら主席だったろうけど、俺達が通うのは一校だからね」

 

 

 深雪はあまり納得していない様子だったが、コミュターが司波家の最寄りに着いたため。二人は会話を切り上げてコミュターを降り司波家に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  運命の歯車が回り始めるまで、あと一日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 、






はよ原作ストーリーいけや


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入学編
2話 エンゼツ


修正しました。


 2話 エンゼツ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法大学付属第一高校 入学式。

 

 桜の散る中、新入生たちは心を躍らせながら新たな学校に向かっていた。その中でも一際胸を躍らせている女子学生がいる。この物語のヒロインの一人、司波深雪である。

 

 

「(と、董夜さん?!)」

 

 

 いまコミュターの中では深雪の隣に董夜が座り、董夜の正面には達也が座っている。そして董夜は自分の頭を深雪の肩に預けて惰眠を貪っていた。

 昨日は早朝まで雛子に深雪とのデートの事を根掘り葉掘り聞かれ。さらにそれを真夜に報告されて、真夜からも尋問を受けていたのだ。

 

 

「昨日遅かったのでしょうか?スピーチが心配です」

 

「雛子の話によると、叔母上から昨日のデートの事で尋問を受けていたらしいぞ」

 

「デ、デ、デ、デートだなんてそんな!?」

 

 

 珍しく達也から揶揄われ、深雪がアタフタと手を振る。そんな妹の愛らしい姿を見て、達也は頬を緩めた。

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、俺はスピーチの打ち合わせがあるから行くわ」

 

 

 三人が第一高校に到着して講堂の前まで着くと、董夜はスピーチのリハーサルに向かう為、足を深雪達とは別の方向へ向けた。

 

 

「頑張ってくださいね!董夜さん!!」

 

「うん、ありがとう深雪」

 

 

 振り返った董夜は深雪の頭を撫でた。気持ちよさそうに目を閉じて、それを受け入れる深雪の傍で、達也は集まりつつある周囲の視線に気づいた。

 

 

「董夜、周りの目が集まってるぞ」

 

「ああ、ホントだ。んじゃあ深雪に達也、また入学式後に」

 

 

 そう言って董夜は、もう振り返る事なく真っ直ぐ講堂に歩いて行き、その背中が曲がり角を曲がって見えなくなるまで、深雪はその姿を目で追い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 董夜が講堂に入ると中はまだ設営の準備が終わっていないのか、在校生が椅子を並べていた。

 どこに行けばいいのか分からずに周囲を見回す董夜に、かなり小柄な女子生徒が近づいていく。

 

 

「四葉董夜くんですね、リハーサルが始まるのでこちらに」

 

 

 董夜に声を掛けた女子生徒は、見た目に似合わずしっかりとした口調で喋り、董夜のエスコートをし始めた。自身の前を歩いている女子生徒の背中を見て、董夜が学年を推測していると、まだ名前を聞いていない事に気付いた。

 

 

「あの………貴女は?」

 

「あ、申し遅れました。生徒会会計の中条あずさと申します」

 

「(中条、あずさ?はて、どっかで…)」

 

 

 中条あずさと名乗った女子生徒を見て董夜が首をひねる。初対面であることは間違いないのだが、その名前をどこかで聞いたことがあったのだ。

 そしてその答えは、そう時間がかからずに判明した。

 

 

「あーちゃん?」

 

「なな、なんでそのあだ名を!?」

 

 

 董夜が唐突に発した言葉に、今まで毅然とした態度で前を歩いていたあずさが顔を赤くして、勢いよく振り返った。

 

 

「あぁ、やっと思い出しました。この間、真由美さんに聞いたんですよ。可愛い後輩がいるって」

 

「か、会長ォ!!」

 

 

 悲鳴をあげているあずさを他所に、董夜は少し前に招待されたパーティーでの真由美との会話を思い出していた。董夜はちょうどその場であずさの名前とあだ名を聞いていたのだ。

 

 

「もう、会長は!……………それより早く来てください!」

 

「はいはい、了解です」

 

 

 不機嫌なのか、頰を膨らませて先ほどよりも早い足取りで歩くあずさを、董夜は苦笑いを浮かべながら追いかけた。

 

 

「何やら騒がしいですね」

 

 

 二人が舞台裏に着くと何やら生徒たちがあたふたしている。

 その様子にあずさが首を傾げて、そばにいた男子学生に問いかけていた。

 

 

「なにかあったんですか?」

 

「会長が見当たらない。どこかに行ってしまわれたみたいだ」

 

 

 あずさの質問に、傍に立っていた如何にもプライドの高そうな男子学生が答える。その男子学生の様子を見ながら、董夜はまたもや真由美との会話を思い出していた。

 

 

「(特徴からして『はんぞーくん』かな?)」

 

 

 真由美に教えてもらった特徴と名前を重ね合わせながら董夜はその服部を見つめていたが、結局真由美を捜索するのに協力する事にした。

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 董夜と別れた達也たちは、一旦落ち着くために近くのベンチに腰を下ろしていた。先ほどと同じ情報端末で読書をする達也の隣で深雪が顔を赤くしているのは、もしかしなくても董夜との買い物(デート)を思い出しているのだろう。

 

 

「ねぇねぇ、あの子ウィードじゃない?こんなに早く来て張り切っちゃって」

 

「でも隣の綺麗な子、ブルームじゃない?」

 

 

 と言った感じで一科生と二科生が一緒にいる事を疑問に思う声が聞こえてくるが、達也は気にせず、深雪は妄想に必死で聞こえていないようだ。

 それから達也は、しばらくの間読書に没頭していた。すると入学式の時刻を知らせるアラームが鳴ったため深雪を正気に戻らせて講堂に向かおうとしたが、そんな達也の背中に後ろの方から声がかけられた。

 

 

「新入生ですね?開場の時間ですよ」

 

 

 達也と深雪が振り向き、声のした方向を向くと女子生徒が立っていた。そして、その女子生徒はCADを携帯している。

 

 

「(CADを携帯できるのは特別に許可を得た者と風紀委員会、生徒会役員のみのはずだ)」

 

 

 達也としては地位のあるものに目をつけられるのはあまり好ましいことではない。一応、学校で董夜とは小中学校の同級生ということになっているが、怪しまれないに越したことはないのだろう。

 よって、早々に退散する事に決めた。

 

 

「わざわざありがとうございます、これから向かいます」

 

 

 深雪も達也の意向を理解したのか、お辞儀をしてすぐに達也の後を追う。二人はそのまま講堂へ向かおうとしたが。

 

 

「関心ですね。スクリーン型ですか」

 

 

 達也がしまい損ねた端末を指差してしきりに頷く女子生徒。生徒会役員かそれに順ずる役職についている優等生と、あくまで補欠である達也が積極的に関わるべきでは無いと達也は思っていたのだが、如何やら彼女はそうではなかったようだ。

 

 此処で漸く達也は目の前に立つ女子生徒の顔を見た。顔の位置は達也から25㎝は下にある事を考えると、彼女の身長は150前半、155は無いだろう。

 

 

「(随分と小柄な女性だな……)」

 

 

 達也よりも年上だと言う事を考えると、達也の中で、その印象は更に強まった。深雪もそこまで大きくは無いが、彼女よりは身長がある。そう考えると彼女が小柄なのは、遺伝か何かなのだろうと達也は結論付けたのだった。

 

 

「当校では仮想型ディスプレイ端末の持込を認めていません。ですが仮想型端末を利用する生徒は大勢います。それに引き換え、貴方は入学前からスクリーン型を利用してるんですね。関心します」

 

「仮想型は読書には不向きですから」

 

 

 達也の端末は相当年季が入っているのは誰が見ても分かる事なので、彼女もそれ以上質問する事は無かった。

 だが、そのまま達也たちを解放するつもりも無かったようだ。

 

 

「動画では無く読書ですか、ますます関心ですね。私も映像資料より書籍資料の方が好きだから嬉しくなるわね」

 

「はぁ……」

 

 

 別に読書派が希少って訳でも無いのだが、如何やらこの上級生は人懐っこいのだろうな、と達也と深雪は思い始めた。口調が砕けてきたり、徐々に近づいて来ていることから見ても、きっとそうなのだろう。

 

 

「あっ、申し送れました。私は一高の生徒会長を務めています。七草真由美って言います。『ななくさ』と書いて『さえぐさ』って読みます。よろしくね」

 

 

 何だか蠱惑的な雰囲気を醸し出していて、入学したての普通の男子高校生なら勘違いしそうだが、達也と深雪はその事とは別の事が気になっていた。

 

 

「(数字付き(ナンバーズ)……しかも『七草』)」

 

 

 遺伝的な素質に左右される魔法師の能力。そしてこの国において魔法に優れた血を持つ家は、慣例的に苗字に数字を含むのだ。

 達也は自分が持つコンプレックスに、唇を噛み締めたくなる衝動を覚えたが、なんとか我慢して取り敢えず名乗る事にした。

 

 

「俺は、いえ自分は司波達也です」

 

「妹の司波深雪です」

 

「え!?貴方たちがあの、司波兄妹なの!?」

 

 

 彼女の言う『あの』とは、妹は優等生なのに兄は劣等生であるアンバランスな兄妹の『あの』だろう、と達也は判断した。しかし、実際は違ったようだ。

 

 

「先生たちの間では貴方達の話題で持ちきりよ!」

 

 

 真由美はなにかスイッチが入ったのか、熱弁を始めた。『この人会長なのにリハーサルはいいのだろうか』と達也と深雪が思い始める。

 

 

「入試七教科平均、100点満点中98点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学ね。合格者の平均が70点にも満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点! 前代未聞の高得点を叩きだした達也くんに」

 

 

 よく、こんな長ったらしいセリフを噛まずに言えるものだ、と達也が感心の目を向けていると。真由美は今度、深雪に目を向けた。

 

 

「総代の子には及ばなかったものの、それでも総合成績は歴代二位の深雪さん」

 

「いえ、そんな」

 

 

 深雪は自分が褒められたことより董夜の成績が歴代一位だったのが嬉しかったのか満面の笑みである。

 一向に話が終わらない真由美に、達也が話を切ろうとした瞬間。

 

 

「あなた達が入学してくれて、私もうれs『prrrrrrrr』ごめんなさい、電話みたい」

 

「はぁ」

 

 

 真由美の懐に入っていた携帯電話が鳴り、真由美が達也たちに申し訳なさそうな顔を向けながら電話に出た。

 

 

「はぁーい、なにかしら董夜くん」

 

 

 その言葉に深雪の眉がピクッと揺れる。

 真由美が耳に当てている携帯からは音声が漏れ、董夜の声が達也たちに丸聞こえになっていたのだ。

 

 

『なにやってんですか真由美さん。皆探してますよ、とっとと戻ってきてください』

 

「はぁ〜い、ごめんなさーい」

 

 

 真由美はそのまま通話を切ると、心底ご機嫌な様子で達也たちの方へと向き直って。

 

 

「ごめんなさい、達也くんに深雪さん。彼氏に呼ばれちゃった☆」

 

「……………ハ?」

 

「もう行かないと、それじゃあね!」

 

 

 そう言って、小走りで立ち去っていく真由美の背に、達也はため息をついて講堂に向かおうとするが周囲の気温が急激に下がり始め、地面に霜がおりているのに気づき、勢いよく深雪の方を向いた。

 

 

「かれし、カレシ、枯れし、華麗死、彼氏?董夜さんが彼氏とはどういうことでしょう」

 

 

 達也の目に映る深雪は、暗い顔で俯き。人を殺してしまいそうな程さっきの籠った眼だけを、走り去る真由美に向けていた。

 

 

「なにか知りませんか、オニイサマ」

 

「そ、そういえば前に董夜が『七草の長女と仲が良い』と言っていた気がする」

 

「『気がする』?」

 

「言っていた、確実に言っていた」

 

 

 普段なら達也に向けられることなどあり得ないほどの高圧的な態度に、完全に達也は気圧されてしまっていた。

 

 

「何故それを早く言わなかったのですか、あの人(邪魔者)の◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎が遅れたじゃありませんか」

 

「い、いや、深雪。さっきの会長の『董夜が彼氏』というのは十中八九嘘だぞ」

 

「……え」

 

「あぁ、だから落ち着け」

 

 

 おおよそ想像もつかない言葉が深雪の口から発せられ、取り敢えず達也が深雪に真由美の嘘を教えると周囲の気温は元に戻り始め、深雪の機嫌も元に戻り始めた。

 

 

「なんだぁー、もう!お兄さまったら。そんなことなら早くおっしゃっていただければ良いのに!!」

 

 

 さっきの高圧的な深雪が一瞬にして消え去り、いつも以上に上機嫌な深雪が顔を出した。

 

 

「さ、お兄さま。早く講堂に行きましょう!」

 

「あ、ああ」

 

 

 先ほどの真由美と同じように小走りで講堂に向かう深雪を追いながら、達也は深く、深く息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 達也と深雪が講堂に着くと、席はほとんど埋まりかけており。さらに一科生と二科生で、席がくっきりと別れていた。

 

 

「なんて下らない」

 

「もっとも差別意識が高いものは差別されている者だ、とはよく言ったものだ」

 

 

 下らない風潮に流される深雪と達也ではないが、ここで流れに逆らって変に注目されるのはマズイと思ったのか二人は前と後ろにバラバラになって座った。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 その後、入学式は着々と進んでいった。

 達也は席が隣になった西城レオンハルト、千葉エリカ、柴田美月と話をする仲になり、深雪の方も北山雫と光井ほのかと名前で呼び合う仲になっていた。

 途中、在校生代表の挨拶で七草会長が出てきた時、深雪のいる席から不穏な空気が流れてきたが、それも次のアナウンスで収まった。

 

 

『新入生代表の挨拶。新入生総代 四葉董夜くん。おねがいします』

 

 

 四葉董夜の名前が出た途端、会場内がざわつき始める。

 それもそのはず、董夜はこの国の国家公認戦略級魔法師であり、沖縄戦の英雄でもあり、さらにあの『四葉』である。

 いまや董夜の名は魔法師界だけでなく人間界にも広がっていた。

 それは今日の朝、正門で記者が大量に待ち構えているほどである。

 

 董夜が舞台裏から出て来ると、女子からはうっとりとしたため息が。男子からは董夜の高校生が放つとは思えない雰囲気に感嘆の声が漏れていた。

 

 

「若い草の芽ものび、桜の咲き始める、春らんまんの今日ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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3話 シュラバ

 3話 シュラバ

 

 

 

 

 

 

「はぁ、疲れた」

 

「あ、四葉くん!」

 

「さっきの演説、かっこよかったよ!」

 

 

 入学式が終わり。校長である百山への挨拶を終えた董夜は、一人で講堂から出てきた。

 そんな彼を見かけた女子生徒が二人、董夜に話しかける。

 

 

「あぁ、ありがとう」

 

「あ、四葉くん!」

 

「えっ、四葉くん?」

 

「ねぇねぇ、四葉くんがいるよ」

 

「四葉くん!」

 

「お、ちょ、ちょいタンマ」

 

 

 女子生徒が董夜と話しているのを見かけた別の生徒が歩み寄り、一人二人とその数を増やしていく。

 そして、あっという間に董夜の周りには人だかりができ、身動きが取れなくなってしまった。

 

 

「四葉くん!握手してもらってもいい?」

 

「え、ズルイ!」

 

「わたしも!わたしも!!」

 

「ちょっと押さないでよ!」

 

「ちょ、ちょっと苦しいんだけど」

 

 

 董夜の存在が公表された時、世間からは董夜に二つの意味で注目が集まった。

 一つ目は当然『四葉家当主の息子』としてだ。こちらの方は主に魔法師界が彼に注目した理由である。

 そして二つ目の理由が『ルックスの良さ』である。公表当時まだ幼い年齢にもかかわらず、端整な顔つきをしていた董夜は、瞬く間に一般人の間で人気が増していった。

 そんな董夜が、触れることのできる距離にいることに興奮している女子生徒たちが、いよいよ収まりの効かない状況になった時、董夜から見えない後ろの方で声が上がった。

 

 

「何をしているの!」

 

「さ、七草会長」

 

「真由美さん…………?」

 

 

 董夜の位置から真由美の場所まで、人が避けていき、一つの道ができる。女子生徒(暴徒)たちから助けてもらったことに、董夜がお礼を言おうとした、その時だった。

 

 

「董夜くんッ…………!」

 

「…………え?」

 

 

 董夜の身体に、真由美の体が食い込む鈍い衝撃が走った。

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「う、暑苦しいし、鬱陶しい……………!」

 

「深雪っ………大丈夫?!」

 

 

 真由美が董夜に突っ込む数分前

 董夜が出てくるであろう講堂の出口から数十メートル離れた場所で、深雪とほのかと雫は、深雪とお近づきになりたい男勢に囲まれていた。

 そして、いよいよその数が多くなってきた時。深雪は講堂の出口から董夜が出てくるのを辛うじて見つけた。

 

 

「あ!董夜さn………………」

 

 

 しかし、すぐに董夜の周りにも人だかりができ、深雪が諦めて自身の周りの男子をどうにかしようと考え始めた時。

 董夜の後ろから来た真由美が並み居る女子たちに道を開けさせて、董夜に飛び込んだのだ。

 

 一瞬にして深雪の周りの気温が下がり。冷気が立ち込め、濃厚な殺気が充満し始める。

 

 

「み、みゆき?」

 

 

 周囲の有象無象やほのか、雫が急激な雰囲気の変化に戸惑い、離れていく。

 それは数十メートル離れたところにいた達也が殺気を感じとり、先ほどのトラウマで顔を青くする程の殺気だった。

 

 

「董夜さん、いま……」

 

 

 深雪から董夜&真由美まで道ができた瞬間、深雪は自身に自己加速術式をかけ董夜に向けて飛んで行った。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「グッ!?ま、真由美さん」

 

 

 真由美に感謝の言葉を伝えるため、董夜が振り向こうとした瞬間に走った衝撃が治まってきた頃。董夜はようやく状況を理解した。

 

 

「と・う・や・く〜ん」

 

 

 自身の背中に張り付いている真由美を見て、董夜がため息をつく。その瞬間、前方から濃厚な殺気が走ったが、今の董夜はそれどころではない。

 この時、少しでも殺気の方を気にしていれば、董夜に悲劇は訪れなかったかもしれない。

 

 

「真由美さん、離れてくれmグフッ」

 

 

 董夜が真由美を引き剥がそうとした瞬間、董夜の鳩尾のあたりに何かがめり込んで来た。

 真由美の時の何倍もの衝撃に董夜の意識が消えかけたが、何とか耐え、自身の前方へ目を向けると。

 

 

「ぐ、ゲホゲホ。お、お前は何を……。」

 

 

 深雪が自身のお腹に張り付いていた。

 それも濃厚な殺気を含みながら。

 

 

「七草会長、董夜さんから離れてくださいませんか?苦しそうです」

 

 

 深雪が董夜に張り付いたまま、暗殺者のような殺気を真由美に向ける。

 しかし、真由美も負ける様子もなく、背中に張り付いたまま同等の殺気を深雪に向けた。

 

 

「あらあら深雪さん。貴女が董夜くんとどんな関係かは知らないけど、離れるのは貴女の方よ?苦しそうだし」

 

 

 濃厚な二つの殺気の塊に両方から抱きつかれている董夜は、余りにもカオスな状況に考えることをやめていた。

 

 そんな董夜たち周囲には、一人の美男子を巡る二人の美女の争いに観衆が集まってきており、その中には達也もいた。

 

 

「達也。た、助けt」

 

 

 達也を見つけた董夜が呆けていた意識を取り戻し、必死に助けを求める。しかし、達也から帰ってきたのは非情な知らせだった。

 

 

「(諦めろ)」

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「うひゃあ、何この状況」

 

「おい達也、何事だ?」

 

「俺も知らん」

 

「すごい、ドラマみたい」

 

 

 達也が董夜に無言のメッセージを伝えたすぐ後、達也の後ろからレオ、エリカ、美月が駆け寄って来た。

 

 

「あ、あのっ!!」

 

 

 そこへ突然かけられた言葉に、達也がそちらの方を向くと、そこにはほのかと雫が立っていた。

 

 

「ん、君達は?」

 

「わ、私は、深雪さんと仲良くさせてもらってます。光井ほのかです!」

 

「同じく北山雫」

 

「そうか、深雪の兄の司波達也だ。よろしく」

 

「はいっ!」

 

「ん、よろしく」

 

 

 その他のエリカ、レオ、美月もほのか達と挨拶を済ませると全員が董夜の今の状況に目をやる。

 

 状況は大して変わらず董夜の背中に抱きついてる真由美と、お腹にめり込んでいる深雪が睨み合っているという感じだ。

 そして当の董夜はこちらに助けを求めている。

 

 

「しょうがない、助けに行ってくる」

 

 

 結局、達也が董夜の救出に向かった。

 

 

「それにしても司波兄妹と四葉くんの関係って?」

 

 

 達也を見送ったエリカの疑問に、レオと美月が頷いた。『司波』など無名の家出身である達也や深雪と、十師族で七草家と双璧を成している『四葉』の出身である董夜。この三人がどうして知り合いなのか気になっていたんだろう。

 

 

「さっき深雪から聞いたんですけど、小中学校の同級生で仲が良かったみたいですよ」

 

「あぁなるほど」

 

 

 ほのかが入学式の際に深雪から聞いたことを、そのままエリカ達に話すと、エリカ達は納得したように頷いた。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 いい加減周りからの視線が痛くなって来た董夜が、深雪と真由美を力尽くで引き剥がそうとする。しかし、最早『抱きつく』から『めり込む』の域に達している二人を剥がすことは叶わなかった。

 そこへ救いの手が差し伸べられる。

 

 

「深雪、そろそろ落ち着け」

 

 

 流石に放って置けなくなって救出に来た達也と。

 

 

「真由美、お前は下級生相手に何をしてるんだ」

 

 

 騒ぎの知らせを聞いて、原因の一部が自身の親友であることを知り、駆けつけた風紀委員長の渡辺摩利だ。

 二人の登場に深雪と真由美はようやく董夜から離れて行き。

 

 

「お前はこの後仕事があるだろ!」

 

「ああっ!董夜くん助けて!」

 

 

 真由美は摩利にヘッドロックをかけられて、そのまま連れ去られて行った。

 

 

「ふうー災難だった。ありがとう達也」

 

「いや、構わない」

 

 

 背中とお腹をさすりながら『出来ればもう少し早く助けて欲しかった』という言葉を飲み込んだ董夜に、達也の後ろからエリカ達が駆け寄って来た。

 

 

「私たちこの後近くの美味しい喫茶店に行くんだけど、四葉くんもどう?」

 

「え、まぁいいけど」

 

 

 というわけで、董夜、達也、深雪、ほのか、雫、エリカ、美月、レオの八人で喫茶店に行くことになった。

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 一行が喫茶店に向かう道すがら、董夜以外の全員は既に自己紹介を済ませていた為、深雪と達也を抜いた全員が董夜に簡単な自己紹介をしていた。

 

 

 

「ふむふむ、ほのかに雫にエリカにレオに美月ね。うんうん、了解」

 

 

 全員の名前をもう一度口に出して覚える董夜は数回頷くと、次に自分の紹介を始めた。

 

 

「さっき入学式で言ったけど、四葉董夜だ。気軽に名前で呼んでくれ」

 

「おう、よろしくな董夜!」

 

「よろしくね董夜くん!」

 

 

 董夜が自己紹介を終えると、丁度一行は喫茶店に着いたので全員店に入り席に着いたのだった。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 店に入った一行は、それぞれが空いている席に座り、マスターにコーヒーとケーキの注文を終え、それを待つ間、しばし雑談をしていた。

 

 

「それにしても董夜くんはモテモテだねぇ〜」

 

 

 それまで話していた話題から急に変わり、エリカがイタズラ好きの笑みを浮かべて董夜を見つめた。

 

 

「はは、これでも生まれてこの方、女性と交際したことはないよ」

 

「そりゃーねー」

 

 

 苦笑いの董夜に、エリカが深雪の方へ目線を向ける。そんなエリカに、深雪は口だけ笑って、無言の圧力を送った。

 

 

「なんでもないわよ、それにしてもまさかあの四葉董夜と同じ学年だなんてねー?」

 

 

 流石に不味いと思ったのか、話題を変えたエリカの呟きに、達也と深雪以外の全員が頷いた。

 

 

「本当ですよね」

 

 

 今一緒にエリカ達と同じテーブルを囲んでいるのは、戦略級魔法師であり、高校生にして【世界最強の魔法師】とまで呼ばれている男だ。

 

 しかし、当の董夜はどこ吹く風である。

 

 

「あぁ、何か世間では俺のことを色々呼んでるけど、こっちとしてはいい迷惑だよ」

 

「そうはいっても今や董夜さんは教科書にも載っているんですよ」

 

 

 迷惑そうに手を振る董夜に、美月がすかさずフォローをいれ、周りの人間も然りに頷いた。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 数分後、マスターが配膳用のカートに全員分のケーキと紅茶、コーヒーを乗せて持って来た。

 一旦中断していた雑談も、マスターがケーキを配膳して下がっていくと自然に再開された。

 

 

「それにしても、さっきの修羅場で周囲にいた男子みんなが董夜に怨めしそうな視線を送ってたぞ」

 

 

 そうレオが笑いながら話を切り出し、エリカ達も先ほどの光景を思い出して笑みを浮かべた。

 

 

「代わってもらえるんなら代わってもらいたいよ」

 

「まだ痛いの?大丈夫?」

 

 

 腰とお腹を交互に触りながら苦笑を浮かべる董夜に、雫が無表情ながら僅かに心配そうな目線を向けた。

 

 

「まったく!あの人は遠慮というものが無さすぎです!」

 

 

 董夜が大丈夫だよ、と雫に笑顔を向けると、深雪が怒ったような口調でそう言ったが、すぐさま白い目線が集まる。

 

 

「腰よりも、誰かさんが自己加速術式までかけて飛び込んで来た鳩尾の方がよっぽど痛いんだが」

 

「ウッ………それは、その、申し訳ありませんでした」

 

 

 それもそのはず、ただ走って背中に飛び込んで来た真由美とは違い、鳩尾に自己加速術式のかかった深雪の頭部がめり込んで来たのだ。

 普通の人間なら泡を吹いて失神ものである。

 

 

「そ、そんなことより、みんなのクラスは何だった?」

 

 

 なにやら気まずい空気になったのを察したのか、エリカが話題を変えて、その後は皆で楽しく談笑したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4話 カンユウ(リメイク)

 4話 勧誘

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 

 入学式が終わり、エリカやほのか達との喫茶店での交流も解散になり、董夜が自宅の玄関をくぐったのは時刻が午後六時を回って辺りが薄暗くなってきた頃だった。

 

 

「お帰りなさい董夜、ご飯にする?お風呂にする?それとも、ワ・タ・シ?」

 

「先風呂入るから、ご飯の準備しといて」

 

 

 も〜、ノリ悪いな〜、と口を尖らせて怒り出す雛子を無視して、董夜は荷物を置きに行くために自分の部屋へと向かった。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「董夜〜、部屋着ここに置いておくからね〜」

 

「おー、ありがと」

 

 

 髪や体全体をきれいに洗い終わり、湯船に浸かっていた董夜に脱衣所の方から雛子の声が聞こえてくる。

 

 

「あ、お背中お流ししましょうかー?」

 

「…………………」

 

「な、なんか言ってくれてもいいじゃん!!!」

 

 

 ーーーもお、いいよ!

 と先ほどと同じように怒りながら脱衣所を出ていく雛子に、董夜は小さくため息をついた。

 そして、湯船に入った時から考えていたことに、意識を向けた。

 それは国立魔法大学付属第一高校という環境が、達也と深雪にどの様な影響を与えるか。良くも悪くも達也はトラブル体質なのだ。

 

 

「(平穏な学生生活とはいかないだろうな)」

 

 

 達也や董夜自身たちが高校に通っている間、世間は大き変わるだろう。それどころか世界情勢すらも変わるかもしれない。と、そこまで考えた所で董夜は一度頭を振った。確かに先見の目は必要だが、あまりに先のことを見ても仕方がないと思ったのだ。

 頭の中をリフレッシュさせた董夜は、直近のスケジュールを頭の中で確認し、ボソッと呟いた。

 

 

「明日は、七草か」

 

 

 董夜は明日の夜、七草家に夕食の招待を受けていた。董夜は四葉として七草家に行き、言動に色々気を使わなくてはいけないのが面倒だったのだが、七草家の当主である

 

 

「董夜〜!まだー?」

 

「あ、あー!今上がる!」

 

 

 リビングの方から聞こえてきた雛子の声に、董夜の思考が現実に引き戻され、ふと時計を見ると、湯船に入ってから既に三十分以上が経過しており、董夜は慌てて風呂場から出た。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「………お、電話だ」

 

 

 董夜と雛子が夕食を食べ終わり、リビングでコーヒーを飲んでいると、部屋に電話の着信を知らせる音が響いた。

 余談だが、董夜の家にはテレビ通話をするための部屋が二箇所ある。そのうちの一つは友人や知り合いと特に隠す必要のない会話をする時に使う部屋。そしてもう一つは四葉本家からの電話や、達也たちと知られたくない内容を話すときに使う秘匿回線専用の部屋である。

 

 

「この音って事は…………本家から?」

 

「ん、多分母さんからだな」

 

 

 そして、今回リビングに流れてきた音声は

 秘匿回線専用の電話に着信が入ったことを知らせる音声である。

 

 

「んじゃあ、行ってくる」

 

「はーい、コーヒーのおかわり作っとくね」

 

 

 重い腰を上げてリビングから出て行く董夜に、雛子が元気よく手を振った。

 その元気を少しでも分けて欲しいと思う董夜であった。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

『夜遅くにごめんなさいね、董夜さん』

 

「いえ構いませんよ、それで明日の件でしょうか?」

 

 

 董夜が部屋を移動し、真夜の個人番号からの着信に応じると、相変わらず年齢不詳の美貌を持つ母親、四葉真夜の顔が画面に表示された。その後ろには専属の執事である葉山が直立不動で控えている。

 

 

『ふふっ』

 

「……?」

 

 

 そして、その真夜の表情が、董夜以外の人間と会話するときよりも柔らかいことに、董夜は気付いているだろうか。

 

 

『もう、せっかちに育ったわね。ですが、まぁ正解です。貴方のことだから大丈夫とは思うけれど、あの狸には気を付けなさい』

 

「はい、ご忠告ありがとうございます」

 

 

 実は数ヶ月前、董夜は七草家のパーティーに参加した際に自分を取り込もうと近づいてきた七草弘一を軽く論破してあしらっており、その一件が各家に広まり、董夜の政治力の高さが広く認知されたのだった。

 その事で真夜から忠告を受け、董夜はしばし頭を下げ、頭を上げた後は真夜の次の言葉を待った。

 

 

「……………」

 

『……………』

 

「……………えっ」

 

『……………えっ?』

 

 

 董夜が真夜の次の言葉を待ち、真夜の方は何故か何も喋らない。そのまま四十秒ほど無言の時が過ぎた。

 

 

「あの………他には?」

 

『いえ、先ほどの要件で終わりよ』

 

「そうですか、それでは失礼します」

 

『えっ?』

 

「えっ?」

 

 

 早くリビングに帰って、まったりしたい董夜が電話を切ろうとすると、真夜の戸惑った声がその手を止めた。

 

 

「あの、何かあるのなら言ってくれると助かるのですが」

 

『え、いや、何かあるというわけではないのだけれど』

 

 

 中々要件を言い出さない真夜に董夜がもどかしさを感じ、多少敬語が雑になる。そして真夜の方は何故か下を向いてモジモジしている。本当に見た目は二十代といっても余裕で騙せるレベルである。

 

 

『えと…………学校はどうだった?』

 

「(………あぁ、そういうことか)」

 

 

 ここでようやく董夜は真夜の様子がおかしい理由を察した。

 真夜は今まで毎晩董夜と自室で談笑をしていた。しかし、今ではそれが無くなって寂しくなったのだろう。しかし、当主という立場から『寂しいから、お話しましょ☆』など言える筈もないのである。

 

 

「はい、達也も深雪も良き友人と知り合って、とても楽しそうでしたよ」

 

『そ、そう。それは良かったわ』

 

 

 本当は達也や深雪のことではなく、真夜は董夜について聞きたいのだが。董夜はあえて自分から話題をそらした。

 

 

『達也さんと深雪さんもなのだけど』

 

「………? 他に誰か………あぁ、雛子ですか、今日も夕食を作ってくれましたよ」

 

『え、えぇ雛子さんもだけど』

 

 

 珍しくモジモジしている真夜に、董夜の口が悪い笑みの形になる。自身の母親であり当主、つまり目上の人間である真夜を揶揄う事など滅多にできないのだ。その時を董夜が逃すはずもない………が、少し歯止めが効かなかったようだ。

 

 

「え? 具体的に言っていただかないと分かりませんよ」

 

『……………』

 

「………………あ」

 

『…………董夜』

 

「はい」

 

 

 頬を赤く染めていた真夜の顔から表情がだんだん消えて行き、後ろに控えている葉山が段々と画面からフェードアウトして行くことに、董夜は気づくのが遅れてしまった。そして一切感情のこもっていない、極寒の視線と口撃に、董夜の背筋が伸びた。

 

 

『なにを椅子に座っているの、立ちなさい』

 

「は、はい」

 

『…………正座』

 

「はい」

 

 

 楽しかった董夜の時間も十数秒で終わり、その後二時間もの間、優雅に紅茶を飲む真夜の前で、董夜は正座を続ける羽目になるのだった。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 董夜が真夜からの電話に出る数十分前、まだ夕食をとっていた時間とほぼ同時刻。

 七草家のとある部屋で、当主の七草弘一と、その娘の真由美と泉美、香澄が夕飯を口にしていた。

 今日もいつもと変わらず父の質問にあたり触りのない返事をしていた三人だったが、次の言葉で真由美と泉美の顔色が変わった。

 

 

「急ですまないが明日、真夜の息子を夕飯に招くことになっている」

 

「「………え!?」」

 

 

 あまりにいきなりのことで董夜に気がある真由美と泉美は驚愕で顔が固まっていたが、そうではない香澄は驚きこそすれ直ぐに平常運転に戻り、弘一に質問を返した。

 

 

「夕飯ということは、もしかして泊まるのですか?」

 

「ああ、そうしてもらう予定だ」

 

「「……………………っ!?」」

 

 

 せっかく平常運転に戻りかけていた真由美と泉美の頭がまた真っ白になり、声にならない叫びをあげる。

 一方の香澄は董夜のことを恋愛の対象には見ていないものの、実際の兄以上に慕っているので嬉しそうだった。

 

 

「ん、真由美と泉美。急いでどこへ行くんだ?」

 

「いえ、ちょっと」

 

「勉強をしようかと」

 

「そうか、励みなさい」

 

 

 その後、真由美と泉美は自分の部屋を徹底的に掃除し、明日の部屋着はいつもよりちゃんとした物を着よう、と決めたのだった。

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 翌日、董夜が学校に行くためにコミューターに乗り込もうとすると、ちょっど深雪と達也が董夜の後ろから歩いてきた。何故か今日の深雪の顔は僅かにムッとしているが、とりあえずいつも通り董夜が声をかけた。

 

 

「おはよう二人とも」

 

「おはよう董夜」

 

「おはようございます董夜さん、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

 

 四人用のコミュターに三人が乗り込み、発車すると達也が、未だにムッとしている深雪に視線を向けた後、董夜に『聞いてやってくれ』とアイコンタクトを送った。

 

 

「ところで深雪。何か機嫌悪いみたいだけど、どした?」

 

 

 達也のアイコンタクトを正しい意味で受け取った董夜が指摘すると深雪は『よくぞ聞いてくれました!』と言わんばかりに身を乗り出して話し始めた。

 

 

「聞いてください董夜さん!昨日私のところには『あの人』から入学祝いの電話があったのに、お兄様にはなかったんですよ!!叔母上さまはお兄様にも電話をくださったのに!!」

 

 

 深雪が興奮してきて段々周囲の温度が下がり始め、気温の低下を感知したコミューターの天井から暖房の風が流れてきた。

 彼女の言う『あの人』とは、間違えようもなく、彼女が毛嫌いしている実の父親である「司波龍郎」の事だろう。

 

 

「まあまあ落ち着きなよ深雪。あの人がそういう性格だって知ってたろ?」

 

「それはそうですけど!」

 

 

 董夜が深雪を何とかなだめていると深雪の隣に座っている達也がいつも通りの無表情ながら僅かに柔らかい顔で深雪に語りかけた。

 

 

「それに深雪、俺は気にしてないから大丈夫だよ」

 

「……………お兄様」

 

 

 深雪は納得していない様子だったが、コミューターが学校の最寄駅に着いたので三人は会話を中断してコミューターから降りた。

 もしかして達也は自分が言い終わったらコミュターが学校に着くようにタイミングを計ったのだろうか?と董夜が達也に感心していたのは本人しか知らない。

 

 

「あれ?深雪たちじゃない」

 

 

 コミューターから降りると丁度降りてきたのかエリカとレオと美月が立っていた。

 

 

「すげぇ、朝のニュースで流れてた奴が目の前にいる」

 

「まぁ慣れてくれ、これからずっとこうだぞ」

 

「あはは」

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 第一高校の最寄りで董夜たちがエリカたちに遭遇した数分後、まだ学校に向かう途中のこと。

 

 

「達也くんたちは七草会長と知り合いだったの?」

 

「いや、董夜はそうだったろうが俺は昨日が初対面だ」

 

 

 通学路を歩いている途中、なぜエリカがそんなことを聞いたかというと、董夜たちの後ろから真由美が手を振り、走りながら駆け寄ってきたのだ。

 

 

「董夜く〜〜〜ん、達也く〜〜ん」

 

 

 という決して小さくない声も含めて。

 無視するわけにもいかない達也と董夜は立ち止まりそれと一緒に深雪達も止まって振り返った。

 

 

「董夜くんに達也くんオハヨー、深雪さんもおはようございます」

 

「「七草会長、おはようございます」」

 

「おはよう、真由美さん」

 

 

 二人の雰囲気からして、どうやら真由美と深雪は昨日のことを水に流したようだ。そして、それを見た董夜が胸をなでおろした。

 

 

「七草会長は、お一人ですか?」

 

「ええ、この時間はいつも一人なの」

 

「寂しいですね」

 

「ナニカイッタカシラ?」

 

「いえ、なんでも」

 

 

 達也が暗に『付いてくるのか』と聞くと真由美は肯定した。そして董夜がボソッと呟いた一言に、真由美は目の笑っていない笑みを向け。すぐに董夜が目だけでなく、顔全体を逸らした。

 

 

「それで、実は今日の昼休みに董夜くんと深雪さんと達也くんに生徒会室まで来てほしいのよ」

 

 

 と、いうわけで達也と深雪と董夜の昼休みの予定は埋まったのだった。

 ちなみに、エリカたちも誘われていたが断っていた。

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「何故俺と深雪が呼ばれるんだ?」

 

 

 昼休み、生徒会室に向かっている時に達也がそうぼやいた。

 その年の新入生総代を務めた生徒は、毎年生徒会に入っている。その事は達也達も承知の上だったため、総代である董夜以外の自分達が呼ばれるのか理解できていなかった。

 

 

「真由美さんに気に入られたんじゃない?…………ドンマイ」

 

「まぁまぁお兄様、いいじゃありませんか」

 

 

 深雪としては達也と董夜と一緒にお昼を食べれるのが嬉しいようで少しだけ浮き足立っていた。そんなこんなで生徒会室前。

 董夜が生徒会室のインターフォンに話しかける。

 

 

「一年A組の四葉です」

 

『どうぞ〜』

 

 

 董夜が話しかけた数秒後に真由美の声がインターホンから聞こえ、ドアが解錠される音がした。

 

 

「改めまして、一年A組の四葉董夜です」

 

「同じく、司波深雪です」

 

「一年E組の司波達也です」

 

 

 ドアを開けて中に入り、挨拶をした董夜に続いて達也と深雪も挨拶をする。深雪の完璧なまでのお辞儀に、室内にいた四人は少したじろいだが、いち早く真由美が回復した。

 

 

「ご飯は和食と洋食と精進があるけれど、どれがいい?」

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 機械から料理が完成した事を知らせる音が部屋に響くと、一番近くの席にいたあずさが機械から料理を取り出した。しかしその手には二つの精進料理しか乗っておらずその二つは達也と深雪に配膳された。

 当然『俺も精進料理をお願いします』と先程言ったにも関わらず、目の前に料理が運ばれてこないことに、董夜が少なからず動揺する。

 

 

「え、いや、あの、俺のは…?」

 

「あ、それなら大丈夫!私が作ってきたから!」

 

 

 董夜の戸惑いを含んだ声に、真由美が顔いっぱいに笑みを浮かべて側にあったバスケットを取り出した。

 

 

「あ、どうも、いただきます」

 

「めしあがれ!」

 

 

 ハートマークが付きそうな程上機嫌な真由美に、側にいた摩利と(服部を抜く)生徒会メンバーは『誰だこいつは』という表情を真由美に向けた。偽りの表情で異性と話すことはあっても、ここまで本心から話している顔はあまり見たことがないのだろう。

 

 

「………………」

 

「ひぁ……………!」

 

 

 幸せそうな顔でバスケットを渡す真由美と、まだ少し戸惑いながらもそれを受け取る董夜。側から見たらお似合いの美男美女カップルのようだが。

 しかし、董夜の隣の席、そこには董夜の持つバスケットを、無表情で見つめる深雪がいた。

 そして、ふと深雪が真由美の方へ顔を向けた時、勝ち誇った表情の真由美と目があい、深雪の表情に殺気がこもった時、深雪の顔を見てしまったあずさが小さく悲鳴をあげた。

 

 

「七草会長、明日からは私が董夜さんのお弁当を作ってくることになってるので、持ってきていただかなくても結構ですよ」

 

 

 そして満面の笑みのまま真由美に言った。当然この言葉に真由美の眉間がピクッと動く。

 

 

「あら、それは本当なの?董夜くん」

 

「あれ?そんな話あったっk「そうですよね?」…………ハイ、ソウデスネ」

 

 

 その後部屋の気温が異常に下がったりなど、色々あったが話が進まなくなるので何とか董夜達によって丸く収められた。ちなみに董夜のお弁当は深雪が作ることになった。

 その後は真由美による生徒会メンバーの紹介をし、話は董夜達の勧誘の話に移った。

 

 

「それでね、董夜くんと深雪さんには生徒会に入ってもらいたいの」

 

「はい、謹んでお受けいたします」

 

「わ、わたしもですか?」

 

 

 真面目な顔で小さくお辞儀をして快諾した董夜の隣で、深雪が戸惑ったような表情をする。入試主席未満も生徒会に勧誘されるなど思わなかったからだろう。

 

 

「司波さんの成績は四葉くんにこそ劣るものの、例年のデータを見れば十分過ぎるほど優秀な成績です。それに『二人勧誘してはいけない』規則などありません」

 

 

 真由美に変わって、深雪を勧誘することになった経緯を鈴音が説明する。しかし、当の深雪は浮かない顔である。

 

 

「………………皆様は、兄の成績をご存知ですか?」

 

「深雪っ!?」

 

「(あーあ)」

 

 

 ここまでの話の流れからして、自分は関係ないとばかり思っていた達也は、急に深雪の口から自分の名前が出てきたことに驚いて深雪の方を見た。

 となりの董夜は表情にこそ出さないものの、達也に同情の視線を向ける。

 

 

「ええ存じています。素晴らしい成績だと思います」

 

「生徒会では実技より事務作業が重視されます、お兄様も生徒会に入れていただくことはできませんか?」

 

 董夜とともに生徒会に入れば、董夜と接していられる時間も長くなり、自身にとっての危険分子真由美から董夜を守ることができる。しかし、そんなチャンスを与えられても、兄を差し置くことなど、深雪にはできなかった。

 

 

「深雪、確か生徒会に2科生は入れなかったはずだ。ですよね市原先輩」

 

「え、なんでリンちゃん?」

 

「はい、確かに規則として存在しています」

 

「ねぇ董夜くん、なんで私じゃなくてリンちゃんに」

 

 

 董夜の言葉に、鈴音が頷く。もはや空気となった真由美を置いて、深雪の生徒会入りが決定し。董夜は会計に、深雪は書記となった。

 一方、達也は自分が面倒ごとから免れた事に心から安堵していた。しかし、董夜が黒い笑みを浮かべている事に気づけなかったのが、彼にとっての不幸だった。

 

 

「渡辺先輩、実は達也は構築途中の魔法式を読み取り、どんな魔法が使われたか分かるんですよ」

 

「なっ!?」

 

「それは本当か?」

 

 

 完全に油断していた達也は董夜のカミングアウトを止めることなど出来ず、数瞬固まってしまった。一方、渡辺先輩は新しいオモチャでも見つけたかのような興味津々な顔をしている。

 

 

「ええ、つまり達也が風紀委員会に入れば今まで曖昧になっていた罪が明確になります」

 

「なるほど!……………よし、じゃあ達也くんを生徒会推薦枠で風紀委員会に入ってもらいましょうか」

 

「ちょ、ちょっとまってくだs「私も賛成です!!」………………深雪」

 

 

 そこで昼休み終了五分前のチャイムがなった為、放課後にまた生徒会室に集まることになった。当然、生徒会室を出ると達也がものすごいドスの効いた声で董夜を睨みつけ、董夜は全力で教室まで逃げた。(校則違反)

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 放課後、また生徒会室に向かう三人だが、達也の肩は昼休み以上に下がっていた。

 

 実はつい先ほど、達也がA組の前で深雪と董夜を待っていると、2科生に対して差別的思考を持っている「森崎」という少年に絡まれたのだ。

 その時は董夜が何とかしたが情報によると「森崎」が風紀委員に教師推薦枠として入るらしい。

 

 

 

 そんなこんなで3人は生徒会室に入るとそこには昼休みにはいなかった影があった。

 

 

「生徒会にようこそ、司波さんに四葉くん。僕は副会長の服部だ」

 

 

 明らかに達也を無視した挨拶に深雪がムッとするが、それよりも先に摩利が話し始めた。

 

 

「やぁ来たな。それでは達也くん、ついて来たまえ」

 

「ちょっと待ってください渡辺先輩、俺はそこの『ウィード』を風紀委員会に入れるのは反対です」

 

 

 摩利が達也を風紀委員室まで案内しようとすると、服部がそれを遮った。その言動に摩利と深雪が眉をひそめる。

 

 

「ほう、風紀委員長である私の前でその言葉を発するとは、覚悟はいいか?」

 

「いまさら取り繕っても仕方ないでしょう。それとも全校生徒の三分の一を摘発するつもりですか」

 

 

 それだけ言うと服部は達也の方を振り返えった。その目は達也に何か恨みがあるかのような目つきである。

 

 

「風紀委員は違反した生徒を取り締まらなくてはならない、こんな雑草にそれが務まるわけがない」

 

「お兄様を侮辱!許せません」

 

 

 兄を侮辱されたのが許し難かったのか、深雪の周りのサイオンが荒れ、生徒会室の気温が下がりテーブルに置いてあったコップとその中身が凍り始める。

 

 

「み、深雪さんはよっぽど自然干渉力が強いのね」

 

 

 サイオンが暴走すると言うことは、まだ未熟だと言うことを証明している。しかし、それと同時に魔法力の高さも表す。

 その魔法力に真由美を始めとした生徒会メンバーが驚いていると、今まで何もしゃべっていなかった董夜が突然右手の指を弾いた。

 

 

「なっ!?」

 

「えっ」

 

 

 深雪の暴走した想子を、顔色一つ変えることなく弾き飛ばした董夜だが、その後も何か喋ることはせず、服部に話を続けるよう促す目線を送った。

 深雪の魔法力もとんでもないものだが、それを簡単に抑えるほどの魔法力を持ち、尚且つそれを完全に制御している董夜に、もはや摩利たちは呆れていた。

 

 

「う、申し訳ありません」

 

「いや、いいよ」

 

 

 深雪が自分の未熟さを恥じ、董夜にお礼を言う。すると董夜はいつまでたっても続きを喋らない服部に変わって話し始めた。

 

 

「それでは、『はんぞーくん』先輩。達也と模擬戦をしてみては?」

 

「模擬戦だと?…………………………というか誰が『はんぞーくん』だ!?」

 

「まぁまぁ、それよりはんぞーくん先輩は達也の実力が認められないのでしょう?それなら模擬戦が1番手っ取り早いはずですよ」

 

 

 そういって董夜は真由美に視線を向けた。

 服部はこの学校の中でも実力がある方である、そのことを知っている真由美にとって、董夜の意思は分からなかったが反対する理由も特に見つからなかったため首を縦に振った。

 

 

「それでは、今から30分後に第3演習室にて模擬戦を行います。達也くんは事務室に行ってCADを持って来てね」

 

「力の差を教えてやる」

 

 

 自信満々なはんぞーくんに対し、達也はまた面倒ごとに巻き込まれたと董夜を軽く睨んでいた。

 



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5話 モギセン(リメイク)

 5話 モギセン

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、私が生徒会役員だなんて務まるでしょうか」

 

「大丈夫だろ、深雪なら何でもこなせるだろうし」

 

 

 達也と服部の模擬戦が決まり、事務室にCADを取りに行った達也に付き添っていた董夜と深雪は、演習室に向かっていた。

 

 

「それにしても大丈夫か?服部はこの学校でも五指に入る実力だぞ?」

 

 

 あまりに緊張感の感じられない董夜と深雪の会話に、途中から合流した摩利が不思議そうに問いかけた。

 

 

「真っ向からでは勝ち目がありませんが、やりようはあります」

 

 

 達也が摩利に向けて、自信があるとも取れないが、負けるつもりもない意思を伝えた時、丁度四人は演習室に到着した。

 

 

「お待たせしてしまい申し訳ありません」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 

 董夜たちが演習室に入ると、既に董夜たち以外の面々はすでに到着していた。

 達也は真由美に軽く侘びを述べ、すぐにCADの準備に取り掛かった。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 達也、服部共に模擬戦の準備が終わり、今は摩利が細かいルールを説明し、それ以外の面々は壁際によってその様子を見つめている。

 

 

「達也くん大丈夫かしら」

 

「まぁ、大丈夫でしょう」

 

 

 その董夜の言葉に真由美が軽く首を傾げた。董夜と小さい頃から交流があった真由美だからこそ、董夜がこの模擬戦に興味が微塵もないことを感じたのだろう。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「審判は私がする。フライングや反則をした場合には私が力尽くで止めるから覚悟しておくように」

 

 

 服部は自信に満ち溢れていた。

 先程から何度も、勝負が開始されるとともに基礎単一系移動魔法を展開、達也を十数メートル後ろに吹き飛ばして戦闘不能にするイメージを繰り返す。

 彼は相手が2科生だからと言って、油断も手加減をする気もなかった。

 

 

「それでは……………始め!!」

 

 

 摩利の合図とともに服部は………………………地に伏せた。

 

 

 

「……しょ、勝者司波達也」

 

 

 チラリと達也に目を向けられ、摩利が慌てて判定を下す。その勝ち名乗りを受けた達也は一礼してCADを片付ける為にトランクの場所まで歩き始めた。

 

 その姿に深雪は満足げであり、董夜は今回の模擬戦の提案者にも関わらず、最初と変わらない表情である。

 

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

「何か?」

 

 

 CADを黙々と片付ける達也に、今まで呆然としていた摩利が慌てた様子で話しかけた。

 

 

「今のは自己加速魔法なのか?」

 

「いえ、身体的な技術ですよ」

 

「だが……」

 

 

 達也の発言が信じられないのか、摩利は食い下がろうとする。よほど今の動きが魔法じゃないと言う事実が受け入れられないのだろう。

 

 

「私も証言します。お兄様は九重八雲先生の弟子なんですよ」

 

「忍術使い、九重八雲か。身体技能のみで魔法並の動き…さすが古流……」

 

 

 八雲の名前に聞き覚えがあった摩利は、それで達也の動きに納得がいったように頷いたが、真由美はまだ首を傾げている。

 

 

「それじゃあはんぞー君を倒した魔法も忍術ですか?」

 

「いえ、あれはただのサイオン波です」

 

「でもそれじゃあ、あのはんぞー君が倒れてる理由が分からないのだけど」

 

 

 達也が言ったように、達也が使った魔法は単一系統の振動魔法だ。だがそれだけの説明では納得が行かないようで、真由美は次々と質問を達也にぶつける。その中で鈴音が自分の中で結論が出たかのように口を開いた。

 

 

「波の合成ですね」

 

「リンちゃん?」

 

 

 自分の推論を淡々と披露しながらも、鈴音は次の疑問が頭に浮かんでいたのだが、その事は今は気にしてないようだ。

 鈴音の言った言葉の意味が分からず、首を傾げる真由美とは違い、達也は苦笑い気味に笑いながら頷いた。

 

 

「さすが市原先輩、お見事です」

 

「ですが、あれだけの短時間で三回の振動魔法の発動…その処理速度で実技評価が低いのはおかしいですね……」

 

 

 達也の処理速度は一科生としてのラインを十分クリアしてるのに、何故達也が二科生なのかと首を傾げる鈴音だったが、ひょっこりと現れたあずさのおかげでこの疑問は解決した。

 

 

「あの~、これってひょっとしてシルバーホーンじゃないですか?」

 

「シルバーホーン? シルバーってループキャストを開発したあのシルバー?」

 

 

 真由美の疑問に、あずさが嬉々として話し始めた。デバイスオタクと揶揄されているらしいのだが、これなら言われても仕方ないなと達也は内心でため息を吐いた。

 

 

「でもおかしいですね、ループキャストは全く同じ魔法を連続発動する為のシステム、波の合成に必要な振動数の異なる複数の波動は作れないはず……もし振動数を変数化しておけば可能ですが、座標・強度・魔法の持続時間に加えて四つも変数化するなんて……まさかその全てを実行してたのですか!?」

 

 

 鈴音の独り言のようなこのセリフは、演習室に居た全員が息をのむような内容だった。だが聞かれた達也だけは苦笑いのような笑みを浮かべながら淡々と答えた。

 

 

「学校では評価されない項目ですからね」

 

「なるほど、司波さんの言っていた事はこう言う事か……」

 

 

 達也が答えたのと同時に、倒れていた服部が起き上がった。

 すると今まで黙っていた董夜が労いの言葉をかけた。

 

 

「大丈夫ですか、はんぞーくん先輩?」

 

「大丈夫だ………………って!!だから誰がはんぞーくんだ!?」

 

「あっ、そう言えば振動波の前にはんぞー君のお腹に何かが当たってたように見えたのですが……」

 

 

 服部の抗議を完全にスルーして鈴音が問いかけた。

 

 

「確かに……あれも君の魔法か?」

 

「いえ、あれは高速移動によって空気が圧縮され服部先輩の腹部に衝撃を与えただけです」

 

「つまり、あれも身体的な技術……さすがは古流だ」

 

 

 この後あずさが達也のCADを弄ろうとしたり、服部が達也に謝らなかった事で深雪の機嫌が悪くなったりと些細な問題はあったのだが、無事達也の風紀委員入りの障害は無くなったのだった。

 しかし

 

 

「ふむ、中々面白いものを見せてもらった」

 

「十文字君!?」

 

「十文字?」

 

 

 一応のため保健室に行った服部と入れ替わりで演習室に入って来たのは、第一高校の部活連会頭であり十師族十文字家の次期当主 十文字克人だった。

 

 

「克人さんお久しぶりです」

 

「あぁ、董夜久しぶりだな」

 

 

 当然互いに師族同士である董夜と克人は知り合いである。そして、董夜との軽い挨拶を終えた克人は改めて達也の方へ向き直った。

 

 

「司波、先程の模擬戦、見事だった」

 

「ありがとうございます」

 

 

『七草』だけでなく『十文字』とも知り合ってしまった達也は心の中で苦い顔をしていたが当然表には出さない。

 

 

「それで十文字君はどうしてここに?」

 

「あぁ、そうだ。董夜、お前に用がある」

 

「なんですか?」

 

 

 未だに克人が演習室にきた理由がはっきりしない為、真由美が聞くと克人は思い出したように董夜の方を向き、董夜は首を傾げた。

 

 

「新しく生徒会に入った生徒の実力を確かめたい」

 

「ああー、つまり」

 

「四葉董夜。お前に模擬戦を申し込む」

 

 

 高校生とは思えない程の圧力(プレッシャー)を持った克人の視線がさらに鋭さを増して董夜に向けられる。そして、董夜も同等に克人に向けて鋭く冷たい視線を向けた。

 側では『新しく生徒会に入った生徒』という条件に当てはまる深雪が若干体を固くし、達也を除くそれ以外の面々は、董夜たちを緊張した面持ちで見つめている。

 しかしーー

 

 

「それで、本音は?」

 

「ふっ……………お前とは一度手合わせをしてみたかった。それで十分だろう」

 

 

 鋭く冷たい雰囲気を一瞬で霧散させて放った董夜の言葉に、克人も同様に霧散させて小さく笑った。

 

 

「分かりました、今からでも構いませんか?」

 

「あぁ、演習場の使用時間延長申請はしてきた」

 

 

 最初からそのつもりだった、とでも言うような克人に、董夜が挑発的に微笑む。結局、本人たちの意見だけで事は進んでいき。模擬戦をする運びとなった。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ーーーーーーーーー殺傷ランクA以上の魔法の使用は禁止。もし、フライングや反則をするようなら、私が力尽くで止める……………事など無理だな、頼むから抑えてくれ」

 

 

 先程と同様に審判をすることになり、苦笑いをする摩利だが、その表情は先ほどよりも固い。それもそのはず、現在演習室の中は先ほどとは比べ物にならないほどの緊張感と圧力(プレッシャー)が渦巻いていた。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 その中心にいる二人。克人と董夜は互いに鋭い目線を一瞬でも相手から外す事なく、CADを持って佇んでいる。

 

 

「それでは…………はじめっ!」

 

「………っ!」

 

 

 試合開始の合図の直後、克人は十文字家の十八番(おはこ)とも呼べる魔法【ファランクス】を展開し、董夜に向けて一直線にタックルをする。

 

 

「なっ!?」

 

 

 驚きの声が真由美たちの中の誰かから漏れる。

 まさに巨体とも言える克人が、鉄壁の障壁魔法を展開しながら突っ込んできているにも関わらず、董夜はその場に立ち尽くしたままだった。しかし、それは克人に圧倒されて動けなくなっているわけではない。

 

 

「!?…………グッ」

 

 

 ついに克人が展開した【ファランクス】と董夜が接触した瞬間、ガラスが割れたかのような音と共に克人の魔法が跡形もなく消滅した。

 そして、自身が展開した物ではない【ファランクス】とぶつかり、克人の身体は数メートル後方に飛んだ。

 

 

「ふっ…………!」

 

 

 すると次の瞬間、人間の動体視力を軽く超えた速度の董夜が克人に迫り。至近距離で基礎単一系の移動魔法を放ち克人は地面に伏せてしまった。

 

 

「しょ、勝者! 四葉董夜!」

 

 

 そうして、四葉史上最大の傑物。四葉董夜は高校最初のデビュー戦を勝利で飾った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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6話 フォロー(リメイク)

 6話 フォロー

 

 

 

 

 

 

 

「さて、答えられる範囲で質問を受け付けます」

 

 

 克人を下し、勝利の審判を受けた董夜が、未だに驚いている真由美たちの方へ向き直った。真由美たちが驚いているのは当然、鉄壁で破られることの無いと言われていた【ファランクス】の攻略である。

 

 

「なぜ【ファランクス】は消えた」

 

 

 今まで地に伏せていた克人が起き上がり、若干震える声で董夜に目を向けた。十文字家の十八番(おはこ)、克人の【ファランクス】は多重移動防壁魔法、そこに克人の干渉力も加わり、『防御不能』とまで言われてきた。それが一瞬で崩れ去ったのだ。

 これは十文字家にとっては由々しき事態だった。

 

 

「克人さんの魔法を消したのは俺の固有魔法の【全反射(フルカウンター)】です」

 

「フル、カウンター」

 

 

 董夜の言葉に、真由美は確かめるように小さく呟いた。そして近くにいた深雪と達也は内心で少なからず驚いていた。まさか董夜がこのタイミングで自身の固有魔法の一つを明かすとは思わなかったのだ。

 

 

「詳しくは話せませんが、この魔法は自分に向けて放たれた魔法を自分の好きな方向へ反射できます」

 

「なっ!そんな魔法があるなんて」

 

 

 董夜が言った魔法が本当なら、それは最強の防御魔法にも攻撃魔法にもなるのだから、全員が驚くのも当然である。まぁ達也と深雪が驚いている理由は別だが。

 

 

「それって、戦略級魔法も反射できるの?」

 

「戦略級魔法を打たれたことがないのでわかりませんが、母親の【流星群(ミーティアライン)】程度なら」

 

 

 真由美の問いに董夜はさらっと答えた。しかし、その言葉に克人を含む真由美たちの顔がさらに驚きに染まる。

 董夜の言う『母親』。つまり四葉 真夜は世界最強の魔法師の一人で【極東の魔女】と、呼ばれる程の実力者である。その彼女の代名詞とも呼べる固有魔法を董夜は『その程度』と言い切ったのだ。

 

 

「よし、それじゃあ生徒会室に戻りましょうか、克人さん失礼します」

 

「あぁ」

 

 

 ここで詰まることなく返答できた克人は流石というべきだろう。董夜が去り、深雪がそれを追いかけ、その後を達也が追った後。残された真由美と克人は十師族として、改めて董夜の異質性を再認識したのだった。

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」

 

 

 生徒会の初仕事を余裕でこなし、少しお茶を飲み休憩していた董夜と深雪に、同じく休んでいた真由美が声をかけた。どうやらあずさの仕事がようやく終わったようだった。

 

 

『1-Eの司波達也です、妹を迎えに来ました』

 

 

 真由美の言葉に董夜が頷いたのとほぼ同時にインターホンが鳴り、達也の声が聞こえてきた。

 

 

「それでは、今日はこれで解散としましょう」

 

「それじゃあ、董夜君行きましょうか」

 

 

 全員が帰りの身支度を済ませ、鈴音が真由美に変わって解散を宣言したところで、真由美が今日一元気な声で董夜に歩み寄った。

 

 

「私の家に!」

 

「……はぁ」

 

「そうですね」

 

「えっ!?」

 

 

 真由美の言葉を『嘘』と断定してため息をつき、帰り支度を続けていた深雪が、董夜の言葉に驚愕の声と顔で向き直った。

 

 

「董夜さん、今日は会長のご自宅に行かれるのですか?」

 

「ああ、招待されててね。行ってくる」

 

「へ、へぇ。そうですか」

 

「泊りがけでねッ」

 

「なぁ………!」

 

 

 四葉家の次期当主候補の仕事としてしょうがない、と半ば無理やり自分を納得させた深雪だが、真由美の言葉でついに崩れ落ちた。

 

 

「それで明日はそのまま二人でデートをするのよねー」

 

「泉美と香澄も一緒ですけどね………後、デートじゃなくて買い物です」

 

「あら、私ったらうっかりしてたわ」

 

「あ、あぁ、そ、そんな」

 

 

 口に手を当てて上品に笑っている真由美だが、その目は未だに崩れ落ちたままの深雪を勝者の目で見下ろしている。

 

 

「それはそうと、どうした深雪」

 

 

 ようやく董夜が床に崩れ落ちている深雪に歩み寄った。なぜ彼女が崩れ落ちているか、検討も付いていない彼は深雪を心配そうな目で見つめる。

 

 

「アハハハ…………トウヤサンガ…………デート…………トマリガケ……アハ、アハハハハハハ」

 

「え、ちょ、深雪?」

 

 

 何かを小声でブツブツ呟き、目が虚になっている深雪がフラフラと立ち上がり、自分の荷物を持って、おぼつかない足取りで生徒会室を後にした。

 

 

「ああなったらもう知らんぞ」

 

「え、た、達也?」

 

 

 そう言って達也も深雪を追い生徒会室を出て言ってしまった。後には達也たちが出て行った扉に力なく手を伸ばした董夜が残されるのみだった。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

『深雪が完全に拗ねている、何かフォローのメールを入れてくれ。雰囲気が重い』

 

 

 董夜と真由美が校門で待機していた七草家の車に乗り込み、七草邸に向かっている途中、董夜の携帯端末に達也からメールが届いた。

 

 

「(原因もわからんのに、フォローなんて何をすれば)」

 

 

 先程まで休むことなく董夜に話しかけていた真由美は、ただ静かに外の様子を眺め、董夜は一人で携帯を片手に頭を悩ませている。

 

 

「(と、取り敢えず料理とかに触れとけばいいか?)」

 

『今度そっちにご飯食べにいくから、その時はよろしく』

 

 

 取り敢えずとして董夜の送ったメールは、フォローなどではなくなっていた。しかし、まぁ相手が深雪なら及第点といったところだろう。

 

 

『任せておいてください』

 

任務完了(ミッションコンプリート)

 

「(まぁ、これでいい、かな?)」

 

 

 深雪の文面が、どういうテンションで打ち込まれたかは分からないが、達也からのメールを見る限り悪くはなかったのだろう。

 まだ七草邸に付いていないにもかかわらず、一仕事終えたつもりの董夜は息を吐き、背もたれに深く体を預けた。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 もう少しで七草邸に到着するであろう頃、真由美はずっと拗ねていた。

 せっかく(運転手を抜いたら)二人きりなのに、董夜との会話は先程から何もない。その間、董夜はずっと携帯で誰かにメールをしていた。

 

 

「(もう、つまんないわ)」

 

 

 すると自分の携帯に、何故か隣にいる董夜からメールが入った。何かと思い董夜の方を見ると何食わぬ顔で窓の外を見ている。

 そしてメールを開くとーーー

 

 

『七草邸に着いたら、俺のいない所で弘一さんにさっきの克人さんとの模擬戦の事を話してください。勿論このメールの事は話さずに、メールもすぐに削除してください』

 

 

 完全に利用されている、と悟った真由美は呆れた顔で董夜の方を向いた。するといつの間に近づいていたのか、目の前には董夜の顔があった。一瞬にして真由美の顔は赤く染まる。そんな真由美を他所に、董夜は小声で真由美に話しかけた。

 

 

「(お願いします。真由美さん)」

 

 

 董夜自身は自覚していないが、はたから見れば董夜が真由美を落としに行ってる様にしか見えていない。

 こんなことをされなくても、最初から父親に話す気でいた真由美はこれを快く受諾した。そして、それを見た董夜は内心でガッツポーズを決める。

 

 

「(穂波さんの言う通りにしたら本当に効いたな。すごいな穂波さん、この前達也に使った時は何故か投げ飛ばされた後メッチャ引かれたのに)」

 

 

 そう数ヶ月前に董夜が四葉家の別荘で療養している深夜に会いに行った際、董夜は穂波から『成功しやすい交渉術』と言われて教わっていた。

 それを数週間前に司波邸で達也に怒られた際に試してみると、達也は董夜を投げ飛ばしたのちに出来る限り距離をとって全力で引いていた。そしてその場面を見てしまった深雪が『お、お兄様?まさかソッチの気が?』と震えていて、董夜のせいで勝手な誤解を受けた達也は必死に弁解をしていた。

 

 

『お待ちしておりました、四葉董夜様』

 

 

 そんなこんなで七草邸に到着。

 使用人と思われる人の後を董夜が真由美と共についていくと約十数か月ぶりの七草邸の玄関が見えて来た。そうして使用人が玄関を開ける。

 

 

「いらっしゃい董夜君。歓迎するよ」

 

「董夜兄ぃ、いらっしゃい!」

 

「と、董夜お兄様!い、いらっしゃいましぇ!!あっ!」

 

 

 弘一と香澄と泉美が董夜を出迎えた。弘一は本心から董夜を歓迎しているような雰囲気を醸し出しているが、恐らく内心は董夜に探りを入れる気でいるのだろう。泉美に関しては董夜に会えた嬉しさと照れ臭さで噛んでしまい、顔が真っ赤になっており、そんな光景を見て董夜は微笑んだ。

 

 

「(そう言えば香澄ってエリカがわんぱくになった感じだな)」

 

「今回はお招きいただきありがとうございます弘一さん。泉美も香澄もお邪魔するね」

 

 

 軽く頭を下げる董夜の纏う雰囲気は学校でのソレとは全く異なり、十師族として、四葉家の魔法師としての雰囲気に変わっている。そんな董夜に真由美は感心していた。

 

 

「お父様、少しお話が」

 

「あぁ、分かった。泉美、香澄、董夜君を客間に案内してあげなさい」

 

「「はい!」」

 

 

 董夜が七草の使用人と泉美と香澄に連れられ客間に移動する際、真由美が弘一を連れてどこかの部屋に入って行った。先程の克人と董夜との模擬戦の事を伝えるのだろう。

 

 

「(ありがとう、真由美さん)」

 

 

 四葉董夜という人間は、四葉真夜の実の息子で高い社交性と優れた魔法力を有している。ということしか今まで世間には伝わっていなかった。しかし、今回【全反射】をあえて使用したことは、董夜が固有魔法を有しているということ、そしてそれが十文字家の【ファランクス】を下すことのできるレベルである事を広める狙いがあった。

 

 

「ここだよ!董夜兄ぃ!」

 

「お姉さま達が来るまでお話でもしませんか?董夜お兄様」

 

「そうだね、なんの話をしようか」

 

 

 董夜を部屋に招き、満面の笑みで笑う香澄と泉美に、董夜も同じく笑いかえすのだった。

 



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7話 デート?(リメイク)

  7話 デート

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、深雪。もうそろそろ元気出せ」

 

 

  時刻は午後七時、一般家庭では夕食を口にしているであろう時刻に、達也は深雪の部屋の前で中にいる妹に声をかけていた。

 

 

「シャワーでも浴びて来たらどうだ?スッキリするぞ」

 

 

  あれこれ声をかけて見るが、一向に深雪から返答がない。達也の眼には深雪がベットの上でぼーっとしているのが見えているが、やはり心配なのだ。

 

 

「あぁもうこんな時間、夕食を作って来ますね」

 

 

  突如として部屋のドアが開き、いつも通りの気分(に見える)深雪が出てきた。先程、董夜からのフォロー(紛い)が効いたのか、最初よりかはまだマシな様子だが、それでも達也の目には、深雪が黒い笑みを浮かべているようにも見えた。

 

 

「さぁお兄様、たくさん召し上がってください」

 

「あ、あぁ」

 

 

  その日の夕食は達也から見て、いつも以上に美味しかったが、何だかその美味しさに恐怖を感じる達也だった。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「董夜くん、お味はいかが?」

 

「ええ、とても美味しいです」

 

「お姉様が作ったわけじゃありませんが」

 

「泉美ちゃん?」

 

「なんでしょうか」

 

 

  七草家の客間では真由美、董夜、泉美、香澄、弘一(席順)が円卓のテーブルに座り、夕食を口にしていた。

 董夜を挟んで火花を散らす真由美と泉美に董夜は苦笑を漏らしている。

 

 

「そういえば董夜君、今日学校で十文字克人くんを倒したと聞いたが?」

 

「え、ホント!?董夜兄ぃ!」

 

「流石董夜お兄様!」

 

 

  弘一の言葉に、真由美と笑顔の攻防を交わしている泉美も、それを呆れた目で見ていた香澄も、勢いよく董夜の方を向いた。

 

 

「はい、流石に十文字殿は強くて、なんとか勝利を収めることができました」

 

 

  『なんとか』という言葉を真由美は心の中で否定した。真由美から見て、先の模擬戦で董夜は勝ち方を選ぶ余裕があったようにすら見えたのだ。

 

 

「そして、【全反射(フルカウンター)】と言う魔法について聞いても良いかな?」

 

「ええ、構いませんよ。まぁ流石に詳しくは秘匿ですが」

 

 

  相手の魔法について追求するのはマナー違反だがこれも予想の範囲内だったため董夜は咎めず、どの様な魔法かについて説明した。

 

  その間、弘一だけでなく真由美や泉美や香澄も熱心に聞いていた。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「では私は仕事があるので失礼するよ。董夜君ゆっくりしていきなさい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

  夕食も終わり、使用人が食器類を片付けている際、一人の執事が弘一に何かを耳打ちし、二人で共に部屋を出て行った。

 

 

「お客様をほったらかして仕事だなんて」

 

「仕方ありませんよ、多忙なのでしょうし」

 

 

  もう、と呆れる真由美に董夜は愛想のいい笑みを浮かべる。しかし、意識だけは鋭く弘一を見つめていた。

 

 

  執事が、弘一に何かを耳打ちする十数分前、四葉家が魔法協会と各師族にとある通達を出していた。

 

『四葉董夜の固有魔法【全反射】について』

 

  耳打ちの内容も、大方この通達に関してだろう。

 

 

「董夜お兄さま!この後は私の部屋でお茶などはいかがですか?」

 

「良いのかい?」

 

「はい!董夜お兄さまなら大歓迎です」

 

 

  席を立って董夜の側まで移動し、袖を軽くつまんで見つめる泉美。『別にさっきの客間でも』なんて無粋なことを董夜は言わなかった。

  誘われている以上、断るのは泉美を傷付けてしまうかも、と思ったのだろう。

 

  ちなみに、この時に真由美が自身の部屋に董夜を誘わなかったのは、前日に泉美とのとある勝負で負けたからである。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「へぇ、おしゃれな部屋だし、掃除も行き届いているね」

 

「ありがとうございます!」

 

 

  泉美の部屋に入り、その清潔さに董夜が素直に驚く。しかし、董夜の後ろにいる真由美と香澄は部屋に入った時、何故か部屋にあった筈の椅子が全て片付けられている事に気づいた。

 

 

「失礼いたします、お茶とお菓子をお持ちしました」

 

「ありがとう」

 

 

 董夜たちが部屋に入り少しすると、若い女の使用人がお盆に乗った紅茶と洋菓子を置いていった。

 

 

「さぁ、お兄さま。私の隣に」

 

「えっと………」

 

「ちょっ!泉美ちゃん……!?」

 

 

  泉美の部屋ということは、当然そこには泉美のベッドがある。そして、そこに腰をかけた泉美が、董夜に嬉々とした目を向けながら誘う。

  そんな泉美に董夜は困ったように頬をかき、真由美が慌てた。

 

 

「もしてかして、お嫌でしたか?」

 

「いや、でも…………お邪魔するよ」

 

「はいっ!」

 

 

  涙目で見上げてくる泉美に董夜は断る事ができず、隣に腰を下ろした。

  妹の明らかに演技であろう、あざとい行為に唾を吐きかけた真由美は何とかそれを堪える。

 

 

「ええと、私たちの椅子が無いんだけど」

 

「あ、ごめんなさい、お姉様」

 

 

  そう、ベッドに腰を下ろした泉美と董夜はいいが、真由美と香澄は立ったままである。

  その事を指摘された泉美は大袈裟に手を口に当て、おもむろにベッドの上にあったクッションを二つ、真由美と香澄の近くの床に置いた。

 

 

「…………え」

 

「申し訳ありません、私の部屋には椅子が無いものですから、そのクッションの上にでも座っていてください」

 

「………ッ!」

 

 

  隣に座る董夜に全身を預けながら、泉美が不敵な笑みを浮かべて真由美を見る。

  因みに香澄は過去に、真由美と泉美の(董夜を巡った)争いに口を出して痛い目を見た経験があるため、大人しく床に置かれたクッションに座っている。

 

 

「椅子が無いなら私も董夜くんの隣に失礼しようかしら」

 

「なっ!?」

 

 

  妹の横暴で額に青筋を浮かべた真由美が、董夜を挟んだ泉美の反対側に腰をかけようとし、今度は泉美が焦る。

  しかしーーー

 

 

「いや、流石にそれはちょっと」

 

「え」

 

 

  おもむろに董夜の隣に腰をかけようとした真由美を、寸前のところで董夜が止めた。

 

 

「泉美は妹みたいなものだからベットに座っても抵抗ないですけど、流石に学校の先輩である真由美さんはチョット」

 

「そ、そんなっ…!」

 

「い、いもうと……ですか」

 

 

  真由美は董夜に拒絶された事に。そして、泉美は恋愛対象として見られていない事に、それぞれダメージをくらい。ただ一人、香澄だけが遠い目でお茶を飲んでいた。

 

 

「アアー、オ茶ガ美味シイナー」

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  真由美と泉美がダメージから復活すると四人は第一高校のことや、泉美と香澄が通う中学校の話で盛り上がっていた。

 

 

「ところで真由美さんは『ブランシュ』を知っていますか?」

 

 

 香澄と泉美が、無くなったお茶のおかわりを取りに部屋を出た時、唐突に董夜が真剣な表情で真由美に問いかけた。

 

 

「ええーと、国際犯罪シンジケートだっけ?それがどうかしたの?」

 

 

  突然の質問に目を白黒させた真由美だったが、董夜の表情を見て同じく真剣な表情になる。しかし。

 

 

「いえ、最近テレビで見かけたので、真由美さんがちゃんとニュースをチェックしているかテストしただけです」

 

「なぁーんだ、真剣な話かと思ったじゃ無い」

 

「(反応からして真由美さんはまだ一高内に【エガリテ】が入り込んでるのに気づいてないのか)」

 

 

  真由美が本当の意味で董夜を理解するのは、まだ先になりそうだ。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  翌日、司波邸でいつも通り目を覚ました達也は、目の前にあった深雪の嬉々とした顔に困惑した。

 

 

「お兄様!今日は私のショッピングに付き合っていただけませんか?」

 

 

  深雪のお願いに達也は一瞬『いいよ』と言って深雪の頭を撫でようとしたが、頭の中に昨日の董夜と真由美の言葉がフラッシュバックした。

 

『それで明日はそのまま二人でデートをするのよねー』

 

『泉美と香澄も一緒ですけどね………後、デートじゃなくて買い物です』

 

 

  董夜と真由美の今日の予定はデー……買い物。そして急にショッピングに行きたいと言い出した深雪。

 

「(二人を尾行する気か)」

 

  ショッピングに行ったところで、そこに董夜たちがいるとは限らないのだが。

  どちらにせよ止めた方が、後々の落胆が少ないと判断した達也は心の中で深雪に謝りながら妨害を決行した。

 

 

「すまないが深雪、今日俺はFLTに顔を出さなくてはいけないんだ、そこでお願いなんだがCADの性能テストをしたくてな、深雪にも来てほしい」

 

「うっ、ぐ。わ、分かり、ました」

 

 

  自分の勝手な都合で、兄のお願いを無下にする事など出来ない深雪が渋々了解し。

  達也は起きて三分足らずの頭で、自身の功績を労った。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「それじゃあ3人とも行こうか」

 

 

  達也が自分の危機を止めたことなど全く知らない董夜は、七草邸で朝食を終えて真由美たちと玄関を出た。

 

 

「董夜お兄さま、今日はどこに連れて行ってくださるのですか?」

 

「泉美ちゃん、ちょっと近すぎじゃないかしら、董夜くんも歩きづらそうよ」

 

「はは、大丈夫ですよ」

 

「……だそうです」

 

「くっ…!」

 

 

  今更だが、七草と四葉の当主である四葉真夜と七草弘一の仲は険悪にも関わらず、その子供である董夜と真由美たちの仲は良好だ。

 

 

「(俺が当主になっても、壊したくないな)」

 

 

  真由美は小悪魔の様なところもあって困るときもあるが、董夜は真由美に信頼を置いている。もちろん香澄と泉美にも。

 

 

「渋谷に新しいファッションビルが出来たらしいから、そこに行こうと思ってるよ」

 

 

  董夜の言う通り、百年以上前から「若者の街」として有名な渋谷に、有名なファッションブランドの入ったビルが建ったのだ。

 

 

「董夜兄さまは何でもご存知なんですね!」

 

「ホントに昔からなんでも知ってるイメージだよね」

 

「は、ははは、ありがとう」

 

 

  泉美と香澄がキラキラとした目を董夜に向けるが、これは別に董夜が調べたわけではない。

 

『女の子とデートならここがいいよ!!』

 

  一昨日、雛子が作成した『デートスポット イチオシ情報!!』というリストの中の一つだ。つまり調べたのは雛子である。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  四人がファションビルに着くと、出来たばかりということもあって大勢の人がいたが、動けないほどではなかった。

 

 

「何時もお世話になってるお礼に今日は全部俺が持ちますよ」

 

「えぇ!?そんな悪いわよ」

 

「董夜お兄さまにお支払いしていただくなんて」

 

「そうだよ董夜兄ぃ」

 

「真由美さんに出してもらったら男として情けないし、泉美と香澄には年上として立つ瀬がないから、ね」

 

 

  それに董夜は中学時代、将来のためと言われて真夜に、当主の仕事の三分の一を与えられ(押し付けられ)ていた。

  三分の一というと大したことなさそうだが、十師族当主である四葉真夜の仕事量は普通のサラリーマンの比ではない。

  そして三分の一でもサラリーマンより多いぐらいである、しかし董夜は別に手が回らなくなる事もなく完璧にこなしていた。

  それにより董夜の懐はかなり温かい。一回の買い物ごときで響くような財政状況ではなかった。

 

 

 

「それで?真由美さん達は今日何を買うんですか?」

 

「えーと今日はこれから夏に着る服と、水着を新しくしようかなって」

 

「了解、それじゃあ、買うのが決まったら呼んでください。そこの、カフェで時間潰してるんで」

 

「え、ちょ、ちょっと!」

 

 

  何ともない風に近くのカフェに向かう董夜に、真由美が慌てた様子で止める。

  董夜がいなくなれば、普段と変わらない三姉妹での買い物になるからだろう。

 

 

「董夜兄ぃも一緒に行こうよ」

 

「そうですよ董夜お兄様にも服を見てもらいたいです」

 

「わ、わかった、わかった」

 

 

  三人にに一斉に反論されてしまい、董夜も真由美たちの服選びを手伝うことになった。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

  その頃FLTでは

 

 

「おおー何か鬼気迫るものがありますね」

 

 

  CADの試験室で深雪が一心不乱に魔法を放っていた。

 

 

「御曹司、何かあったんですかい?」

 

 

  トーラス・シルバーの『トーラス』としてCAD のハード面を担当している牛山が、何か恨みでも晴らすような表情の深雪を見て、顔を引きつらせながら達也に問いかける。

 

 

「ストレスが溜まってるんですよ、色々と」

 

 

  そんな達也も妹の姿にため息をつくしかなかった。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 同時刻、四葉本邸

 

 

「葉山さんの紅茶は相変わらず美味しいわね」

 

「恐縮でございます」

 

 

  四葉当主の執務室では【極東の魔王】と呼ばれている真夜と【忘却の川の支配者】と呼ばれている深夜が向かい合って座っていた。

 

 

「それで真夜、董夜さんの婚約者の事とかちゃんと考えているの?」

 

「そりゃ考えてるわよ姉さん」

 

 

  真夜としては、大事な息子にお嫁ができたら、もしかしたら自分に冷たくなるのではないかと心配があるが、世間を見ればそんなことは言っていられない。

 

 

「候補としては七草の真由美さんと泉美さんが董夜さんに好意を持ってる様だけど、深雪さんの気持ちも考えると、ねぇ」

 

 

  余り関係が良いとは言えない七草弘一の家の者と董夜を一緒にしたくはないのだが、それにより不安因子が一つ消えるかもしれないのも事実である。

 

 

「深雪さんも早く告白してしまえばいいのに」

 

 

  深夜としても董夜には沖縄で命を救われており、信用もしている。娘の婚約相手として申し分ないのだが、やはり魔法師の血が重要視される今、従兄弟同士で婚約となると恐らく他の家がうるさいだろう。

 

 

「「どうしたものかしらねぇ」」

 

 

  悩みは消えない魔女と支配者であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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8話 ワルモノ(リメイク)

 8話 ワルモノ

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ董夜くん、どんな服がいいかなぁ」

 

「そうですね、真由美さんには性格的に落ち着いて欲しいので、まずは服装を落ち着かせて見ましょう」

 

「それじゃあ僕のは?」

 

「香澄はもっと橙色で活発な方がーーー」

 

「董夜お兄さま!これはどうでしょう」

 

「うん、似合ってて可愛いと思うよ」

 

 

  買い物を手伝うと言っても董夜には物凄くファションセンスがあるわけではない、だからこうやって三人が選んできた物を見て感想を言うだけの時間が続いていた。

 

 

「それじゃあそろそろお昼にしよっか」

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

「予約していた四波(よつなみ)董士(とうじ)です」

 

「はい四波董士様ですね、お待ちしておりました」

 

 

  真由美たちの服選びもひと段落つき、時間もちょうどよかったため、董夜たちは最上階にあるレストランに来ていた。

 

 

「董夜兄ぃはなんで偽名使ってるの?」

 

 

  渋谷を一望できる席に案内され、店員が去っていくと香澄が首を傾げた。

 

 

「四葉なんて珍しい苗字だからね、【あの】四葉家だと知られると接客がよそよそしくなって嫌なんだよ」

 

「でも、私達は偽名使ってませんよ?」

 

「まぁ四葉家には色々と悪い噂が多いからね」

 

「あっ………」

 

 

  少し気まずくなったところで店員がやってきた。何ともタイミングのいい店員である。

 

 

「お飲み物はお決まりでしょうか」

 

「あぁ、じゃあ俺はーーーー」

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「お兄さま、今日はありがとうございました」

 

「ありがと、董夜兄ぃ!」

 

「どういたしまして」

 

「本当にありがとね、董夜くん」

 

 

  昼食を済ませて、水着も買い終わった董夜たちは帰るために一階に降りるエスカレーターに乗っていた。

  満面の笑みの泉美と香澄の頭を董夜が撫で、二人とも気持ちよさそうに目を閉じる。

  しかしーーー

 

 

「こりゃまた、めんどくさいことになってきた」

 

「え?」

 

 

  董夜が僅かな想子(サイオン)の揺らぎを察知し【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】で一階の広場を観ると、何やらフードを被った男が小学生くらいの女の子にCADを突きつけていた。

 

 

「行きましょう、董夜くん」

 

「了解です」

 

 

  董夜の言葉に急いでマルチスコープを展開した真由美が、冷静に董夜を見る。

  一方で広域を視覚する能力を有していない香澄と泉美は落ち着かない様子で真由美と董夜を交互に見ていた。

 

 

「急ぎましょうか」

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

  董夜たちが広場に着くと、先程と変わらずにフードをかぶった男が小学生くらいの女の子を捕まえて、頭にCADを突きつけていた。そして、捕まっている女の子は涙が溢れ、顔が恐怖に歪んでいる。

 

 

「いい大人が何やってんだか」

 

「董夜兄ぃ!女の子を助けに行こう!」

 

 

  呆れる董夜を他所に、顔を怒りに染めた香澄がついに堪えられなくなって、周りの人混みの中へ飛び込んで行った。

 

 

「あ、香澄ちゃん!」

 

「あぁ、もうっ!」

 

 

  冷静さを失っているであろう香澄の後を追い、泉美と真由美も走り出す。幸いなことに香澄のお陰で、人混みに道ができており、二人はすぐに香澄に追いついた。

 

 

「さっさとその女の子を離せよ!」

 

「あぁ?」

 

 

  群衆から抜け出し、睨みつける香澄にフードの魔法師は目を細める。

 

 

「なんだ、テメェ」

 

「香澄ちゃん!」

 

「なにやってるのよ!」

 

「テメェら………あぁ、七草の三姉妹か」

 

 

  遅れて駆けつけた真由美と泉美を見た魔法師の言葉に、群衆の中にざわめきが広がる。

 

 

「解放しなければ、十師族としてあなたをこの場で処断します!」

 

「ハッ、やってみろよガキが」

 

 

  真由美たち三人はそれぞれCADを構えてフードの魔法師を威圧する。しかし、魔法師は臆することなく、むしろ余裕の笑みで挑発した。

 

 

「ならやってやるよ!………あれ?」

 

「うそ」

 

 

  相手挑発に乗り、香澄が魔法を発動させようとするが、一向に何も起こらない。顔が驚愕に染まった真由美も泉美もCADに想子を流し込むが、何も起こらない。

 

 

「………まさか」

 

「はっ!今このフロアには俺の領域干渉が働いてる!ガキ風情で破れると思うな!」

 

「そんな、そんな高位魔法師な訳が」

 

 

  ファッションビルで人質事件などを起こす魔法師が、十師族の直系である真由美たちよりも魔法干渉力がある訳がない、と真由美たちも冷静さを失う。

  一方でフード魔法師の方は、自身の力が氏族直系を超えているのが愉快なのか、笑みで顔が歪んでいた。

 

 

「もういいや、死ね」

 

 

  ひとしきり笑ったフードの魔法師が急に無表情になり、真由美たちにCADを向ける。真由美たちも生まれて初めて訪れる死の危険に絶望してしまった。しかし

 

 

「おい」

 

 

  決して叫ばれたものではない。ただボソッと呟かれただけの声に、魔法師の中で時が止まった。そして、初めて周りの群衆が自分ではなく、別の方向を見ている事に気付いた。

 

 

「誰にCAD(それ)を向けてる」

 

 

  フードの魔法師や真由美たちを遠巻きに囲んでいた群衆の中に道が形成されていき、一人の青年がこちらに歩いてくる。

 

 

「董夜………くん」

 

「『トウヤ』?…………テメェ、四葉董夜か……っ」

 

 

  フードの魔法師の言葉に、群衆の中に先程よりも大きなざわめきが広がった。『あの一族』の直系であり、若き身にして日本で二人目の戦略級魔法師に数えられる。

 

  世界最強の魔法師

 

 

「ふ、ふふっ、ははは」

 

 

  人質一人助けられない無力さに、崩れ落ちていた真由美たちのところまで董夜が着き。歩みを止めたところで急にフードの魔法師が笑い出した。

 

 

「戦略級のお前が、コレで最期を迎えるのも一興か」

 

 

  そう言ってフードの魔法師が懐から取り出したのは、八口径の拳銃。どうやら董夜にも自身の領域干渉が効いてると思っているようだ。

 

 

「死ね」

 

 

  銃弾が発射され、魔法を使えない魔法師には致命傷となる凶弾が董夜に迫る。

 

 

「はははッ………は?」

 

 

  しかし放たれた銃弾は董夜に当たることはなく、彼の足元の床に埋まった。

  口を開き、唖然としているフードの魔法師が続けて銃弾を撃つが、結果が変わることはない。

 

 

「なんで、俺の領域干渉の中で魔法が使えんだよぉ……!!」

 

「はぁ」

 

 

  無様に喚き散らすフードの魔法師に、今まで黙っていた董夜が深いため息をついた。

 

 

「なら、お前も魔法使ってみたらどうだ」

 

「は……………あれ?」

 

 

  董夜の言葉に一瞬呆然としたフードの魔法師が、懐のCADに想子を流し込む。しかし、魔法が発動することはなかった。

 

 

「今この空間に働いてるのはお前の領域干渉じゃない」

 

「……………まさか」

 

「俺のだよ、ひ弱な雑魚が」

 

 

  信じられないといった顔をしていたフードの魔法師を、董夜が睨みつけた瞬間。董夜は人の動体視力を超える速度で間を詰めた。

 

 

「ガ………ァ……!」

 

 

  自己加速術式により、通常よりも威力の乗った拳がフードの魔法師の鳩尾に食い込み、フードの魔法師は数メートル飛ばされて崩れ落ちた。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ふぅ、終わったね」

 

 

  意識を失ったフードの魔法師の拘束を終え、人質となってた女の子を親御の元へ帰した董夜に、周りの群衆から拍手が巻き起こった。

 

 

「と、董夜君?」

 

 

  自身に向けられた拍手に、董夜が一通り周りを見渡した後、群衆に向かって深く頭を下げた。

 

 

「この度はお騒がせして申し訳ありませんでした、これも我々十師族による統制が甘いせいです。これからは一層尽力していきますので、どうかご理解とご協力をお願いします」

 

 

  振動魔法を使い、自身の声がフロア全体に聞こえるようにして。未だに頭を上げない董夜に、真由美たちも慌てて頭を下げた。

  そんな四人に、先程よりも大きい拍手が巻き起こり、労う声も多数上がった。

 

 

「(動画を撮ってる人もいるみたいだけど、むしろ好都合だな)」

 

 

  ようやく頭を上げ、駆けつけた警備隊にフードの魔法師を引き継いだ董夜だが。彼に限って喋ったことが本音ではなかった。

 

 

「(スゴイ、襲撃を利用して魔法師のイメージアップに繋げるなんて)」

 

 

  しかし、そんな董夜の内心もつゆ知らず、真由美たちは鎮圧に助力できなかった虚しさと、董夜との力の差に打ちひしがれていた。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  その夜司波宅には、夕食を済ませた後、一心不乱に情報端末を操作する深雪がいた。

 

 

「(と、董夜さんの勇姿が動画サイトに………!)」

 

「(やっぱりかっこいi……いやダメよ深雪、私はまだ怒ってるんだから…!)」

 

 

  董夜の勇姿が一般の目に広がった誇らしさと、昨日のことを引きずってる深雪が、複雑な心境を抱えていた。

 



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9話 シュウゲキ(リメイク)

 9話 シュウゲキ

 

 

 

 

 

「Twotterトレンド一位オメデトー!」

 

「あぁ、はいはい」

 

 

  その日の夜、真由美たちを家に送り届けた董夜が家に帰ると、嬉々とした表情の雛子が駆け寄ってきた。

 

 

「いやー、暇つぶしにTwotter見てたら董夜が出てきたからビックリしたよ!」

 

「それにネットニュースでもすごい取り上げられてるよ!」

 

「動画サイトに動画も回ってるし!」

 

「さっきテレビのニュースでもやってたよ!」

 

「……それより、夕飯をたのむ」

 

 

  怒涛の勢いで詰め寄ってきて、先程のファッションビルでのことが取り上げられている端末の画面を執拗に見せてくる雛子の話しを、董夜は何とか妨げた。

 

 

「あ、あと真夜様から電話来てたよ」

 

「うるさ………りょうかい」

 

 

  雛子はどうでもいい話題の後に本題を話すことがある。その事に董夜は疲れたのかため息をついた。

  その後、特段急いだ様子はなく董夜は洗面所で手を洗い、自室で部屋着に着替えてから真夜に電話を掛けた。

 

 

「それで、今日の件ですよね」

 

『えぇ、魔法師のイメージ向上に助力したとして魔法協会から感謝状が来ました』

 

「そうですか、魔法師のイメージが良くなったのは嬉しいことですね」

 

『フフフ、貴方は魔法師のイメージ向上なんて、なんとも思っていないでしょう』

 

「さぁなんのことでしょうか」

 

 

  真夜の言葉に董夜は愛想のいい笑みを崩さずに答える。確かに真夜の言う通り、董夜にとって『魔法師全体のイメージ向上』などどうでもいい。

  全ては自分が当主になった時のためのお膳立てである。

 

 

「それを言うためにわざわざ連絡を下さったのですか?」

 

『もう、無愛想なんだから。まぁいいわ、実は一校にブランシュの下部組織【エガリテ】が紛れているのが分かったの』

 

「あぁ、そのことでしたか」

 

『え、知ってたの?』

 

 

  十師族の当主らしく、余裕のある笑みを称えていた真夜の顔が、董夜の言葉を聞いて唖然となる。

 

 

「はい、少し前に雛子から」

 

『………そう』

 

 

  董夜の言葉に、真夜の両頬が少しずつ膨らむ。四十を過ぎている女性がやってもイタイだけなのだが、見た目の若い真夜だからこそできることだろう。

 

 

『雛子さんがいるなら、今後私から何か情報を伝えなくても大丈夫そうねっ…!』

 

「いえ、雛子が調べた情報が全てではありませんから、それは困ります」

 

 

  キチンと丁寧に対応している董夜だが内心は面倒臭がっていた。そんな董夜の心境にも気付かず、真夜は頬を膨らませたまま明後日の方向を向く。

 

 

『いーえ、もう教えてあげませんっ。後、当分帰ってこなくても大丈夫です、貴方がいなくても一緒に紅茶を飲む相手ぐらいいるんですから』

 

 

  口調も四十代とは思えないものへと変わっていき、心なしか拗ねた時の深雪のようになった。

 

 

『(フフフ、こうすれば董夜さんも必死になって謝ってくるはず!雛子さんにばかり頼って、私を袖にした事を後悔しなさい董夜さん!)』

 

「分かりました」

 

『えっ…?(えっ…?)』

 

 

  頰を膨らませながら器用に喋る真夜の思惑を知ってか知らずか董夜が慌てることはなく、悲しそうな表情と視線をディスプレイ越しの真夜へと送った。

 

 

「お互いのために当分顔を合わせるのは控えましょう。そうですね次回の慶春会までは連絡を取ることも同様に」

 

『えっ、えっ…?』

 

 

  悲しそうに俯く董夜に、真夜は軽くパニックになりうまく言葉が出てきていない。

 

 

「僕としては来年の正月まで会えないのは寂しいですが、母さんは僕の代わりがいるから大丈夫なんですよね」

 

『えっ、ちょ、と、とう』

 

「それでは来年まで御機嫌よう、体にはお気をつけて」

 

 

  完全にパニックに陥った真夜を置いて董夜は電話を切る。ふぅ、と息を吐いて背もたれに体を預けた後、彼はすぐに風呂場へと向かった。

 

 

  その後風呂場を上がった董夜に、何故かやつれた雛子が『真夜様から数百件の着信がきてる』という事を聞いて、結局董夜の方から先ほどの言葉を撤回したのだった。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「そんな訳なんだけど、達也も聞いた?」

 

 

  翌日、一校に向かうコミュターの中で董夜は昨夜真夜に聞いたことを達也に話していた。

  正直言ってブランシュの話より、真夜の話の方が達也は気になったが、何とかスルーした。

 

 

「ああ、俺も昨日風間大尉に聞いた」

 

「矮小組織だけど、一応気にかけておこう」

 

「何があるかわからないからな」

 

 

  そして昼休み、董夜が達也たちと昼食を摂り終わり、深雪たちと共にクラスに戻ると放送スピーカーからけたましい音が鳴り響いた。

  どうやら『2科生の待遇改善を求める有志連合』を名乗る学生が放送室に立てこもっているようだ。

 

 

「面倒くさい、深雪、任せた」

 

「ほら、行きますよ董夜さん!」

 

 

  せっかく食堂からクラスに戻って椅子に座ったばかりなのに、面倒ごとを起こされた董夜は睡眠に入ろうとしたが、難なく深雪に引きずられて行った。

 

 

「摩利さん克人さん、状況は?」

 

「どうやら鍵を無断で持ち出したようだ」

 

「と、いうことは」

 

「未だに立てこもったままだ」

 

「なるほど」

 

「何をするつもりだ四葉」

 

 

  現場に到着し、状況を聞いた董夜は一切躊躇することなく放送室の方を見て想子(サイオン)を活性化させる。そして、克人が止める暇もなく魔法は発動された。

 

 

「よし、達也鍵を開けて。責任は俺が持つから」

 

 

  董夜の言葉に無言で頷いた達也は携帯端末をいじり始める。

  そして数秒後ドアから鍵の空いた音がした。

 

 

「な、なに、なにが起きたの?」

 

 

  ゆっくりとドアが開き、中の様子が明らかになる。そこには、倒れ伏す数人の男女と、唯一意識のある壬生が状況を飲み込めないでいた。

 

 

「………四葉」

 

「放送室を占領する、という暴挙に出た時点で説得は困難、もしくは時間がかかると判断しました」

 

「それでも性急だと思うが」

 

「遅いよりはマシでしょう」

 

 

  克人と摩利の鋭い視線に一切臆する事なく、むしろ高圧的に返す董夜。

  生徒会の一員に過ぎない董夜と、部活連と風紀委員会のトップである克人と摩利と睨み合い、場の空気が極限まで張り詰めていく。

 

 

「はい、ストーップ」

 

「………真由美」

 

「………七草」

 

「……………」

 

 

  その後有志連合の生徒たちは真由美が引き取り、明日討論会が開かれることになった。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 《四葉董夜君、四葉董夜君、校長室まで至急来てください》

 

 

  董夜たちが放課後生徒会室で仕事をしていると、恐らく教頭であろう声がスピーカーから聞こえてきた。当然、仕事をしていた全員の視線が董夜に向かう。

 

 

「まぁ、昨日の魔法使用の件と今日のハッキングの件でしょうね」

 

「頑張ってねー」

 

 

  真由美の気の抜けた応援に、小さく笑みを返した董夜はそのまま部屋を出て行った。

 

 

「…董夜さん、大丈夫でしょうか」

 

「気になるから、のぞいちゃいましょうか」

 

 

  心配そうに胸の前で手を置き、董夜の出て行ったドアを見つめる深雪に、真由美が黒い笑みを向ける。

  そして、真由美は学校の管理システムに侵入して校長室の監視カメラの映像を生徒会室のモニターに表示した。

 

 

「「「……はぁ」」」

 

 

  真由美が学校にハッキングを仕掛けるのは初めてじゃないのか、側にいた鈴音とあずさと服部が同時にため息をついた。

 

 

「ハッキングで叱られている生徒の様子をハッキングして見るんですか?」

 

「それじゃあ深雪さんは見ない?」

 

「うっ……………………見ます」

 

 

  真由美に用事があったのか、克人と摩利が生徒会室のドアを開けて入ってきた時、ちょうどモニターの中で董夜が校長室のドアを開けて入ってきた。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「失礼します 四葉董夜です」

 

「入れ」

 

 

  特に緊張した様子もなく、いつも通りの調子の董夜を迎えたのは、校長の百山と教頭の八百坂だった。

 

 

「四葉、なぜ呼ばれたか分かるか」

 

「はい、昨日の魔法師のイメージ向上に貢献した件と今日の立てこもり犯を取りおさえるのに貢献した件ですね」

 

 

  過剰に自身の行動を評価した董夜に、百山は董夜を睨みつけ、隣の八百坂は部屋の空気がピリついた事に落ち着かない様子だ。

 

 

「あれ、違いましたか。それでは何故自分は呼び出されたのでしょうか」

 

「わからんか、昨日の魔法使用の件と今回のハッキングの件だ」

 

「そのことに関しては反省しています、しかし昨日も今回もそれが最善の手でした」

 

「最善、だと?」

 

「はい、昨日の実行犯は魔法師でした。そして人質の女の子も野次馬も全員が非魔法師。あのままでは魔法師のイメージが下がるのは目に見えていました」

 

 

  一切悪びれる様子のない董夜に、百山の眉間のシワが深くなる。

 

 

「それに昨日の件では魔法協会から非難ではなく感謝状が贈られて来てます、文句なら僕ではなく魔法協会にどうぞ」

 

「はぁ、もういい。それで今回の件に関して申しひらきはあるかね?」

 

「それこそ文句を言われる筋合いはありませんね、学校側の尻拭いをしただけですので」

 

「なん……だと……っ!」

 

「ひっ……!」

 

 

  昨日の件には一応納得した百山が董夜の言葉に激昂し、拳を机に叩きつけた。

  拳の木の机がぶつかる大きな音が校長室に響き、八百坂が怯えてしまった。

 

 

「今回の有志同盟を名乗る生徒は、放送室の鍵を無断で持ち出して立て籠もっていた。これは立派な占領行為です」

 

「………」

 

 

  淡々と話す董夜を依然として百山が睨みつける。

  余談だが、その頃生徒会室では校長室の様子を見て、あずさが怯え、服部が冷や汗を流し、鈴音と克人が無表情で見つめ、深雪と真由美が心配そうに見入っていた。

 

 

「本来ならこれは学校側が対処すべき事態、それを生徒に任せた時点で何かを言われる筋合いはありません」

 

「我々が対処すべき事態?…ふっ、生徒の悪戯だろう」

 

「何かを啓発するような勧誘活動もあったようですが?」

 

「貴様…!減らず口を「ちょ、ちょっと!」

 

 

  董夜の言葉が段々と強くなっていき、校長の眉間のシワが限界まで達した時。八百坂が慌てて間に入った。

 

 

「と、とにかく、今回は不問にしますが、次回からは何か一声かけてください」

 

「八百坂………何を勝手に」

 

「了解しました。では」

 

 

  百山が八百坂を睨みつけたが、董夜は気にした様子もなく八百坂に一礼し、部屋にあった防犯カメラに一瞥してから部屋を出た。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

「ば、バレてたみたいね。私たちが見てるの」

 

「そ、そうみたいですね」

 

「俺はそろそろ戻る」

 

「わたしもそうしようかね」

 

 

  生徒会室では真由美たちが気まずそうにしていた。

  そして、いまの映像は服部やあずさ、鈴音にとって董夜がただの『好青年』ではないという事を知らしめるものだった。

  一連の映像を無表情で見ていた克人と摩利がその場から出て行った数分後、生徒会室のドアが開いた。

 

 

「ただいま戻りましたー」

 

 

  開いたドアから意気揚々と董夜が入ってくる。生徒会メンバーは急いで書類をかたずけてる風を装った。

 

 

「お、おかえりなさーい」

 

「あれ、まぁまぁの時間席を外していたのに、書類が一文字も進んでませんね」

 

「と、董夜くん?」

 

 

  帰ってきた董夜の言葉に、生徒会の全員が苦笑いを浮かべる。そして、董夜はおもむろに真由美に近づき机の上にあったパソコンをいじり始めた。

 

 

「えと………その」

 

 

  最初は董夜と自分との距離の近さに赤面していた真由美だが、パソコンで董夜が何をしているのか覗くと、その顔が赤から青に変わった。

 

 

「ハッキングしたら証拠は消すべきでしょう。ねぇ、真由美さん?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 

  その後、董夜は食堂で買ってきた差し入れを真由美以外に振る舞い。仕事を再開した。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  次の日の放課後

 

  討論会では有志連合の主張を真由美は完璧に論破し自分が引退するまでに2科生と1科生の隔壁改善に尽力するという、もはや演説が始まっていた。

 

 

「あー、きたきた」

 

 

 そして真由美が演説を終えた瞬間。窓ガラスが割れ、中に催眠弾が入って来た。

  しかし、事前に『何かが起こるかもしれない』と、忠告を董夜から受けていた服部がそれを処理した。

  その後、ハイパワーライフルを携えた兵士が入ってくるが達也が軽く対処する。

 

 

「真由美さんとはんぞーくんとあーちゃんとリンちゃんと摩利さんはここで生徒達を纏めてください。それと風紀委員を何人か実技連に向かわせてください。生徒達が対処しているようだけど少し押されてるみたいなので。んで達也と深雪はついて来て」

 

 

  董夜は【観察者の眼】で瞬時に学校中の戦況を把握、得た情報の最適解を編み出して全員に指示を出した。

 

  一瞬服部が『誰がはんぞーくんだっ!』と言いそうになったが、何とか空気を読んで堪えた。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

  敵の本命が図書室だと看破した董夜が、途中でエリカを拾い、四人で図書室へと向かっていた。

 

 

「階段の下に一人、階段を昇った所に一人」

 

「後、特別閲覧室に四人だな」

 

 

  【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】と【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】で敵影を確認した董夜と達也がエリカと深雪に情報を共有する。

 

 

「スゴイ、董夜君と達也君には待ち伏せなんて意味ないね!」

 

 

  そう言うとエリカは飛び出し、階段の下から出て来た兵士と対峙する。

 

 

「ここは任せて、三人は上に行って」

 

「サンキューエリカ」

 

 

  エリカに礼を言うと董夜たちは階段を使わず二階へ向かった。

 

 

「止まれェ貴様らァ」

 

 

  急に現れた董夜たちに驚いた兵士が声を荒げるが、董夜はそれを見ることすらせずに魔法を使った。

 

 

「ぐああああああああ」

 

 

  重力が下ではなく、横に働いているかのように、兵士は奥の部屋の扉めがけてとんでいった。

 

 

「な、なんだ⁉︎」

 

 

  電子キー式の扉が突破されるレベルの勢いで衝突した兵士が血反吐を吐いて倒れ、中からは驚愕の声が漏れた。

 

 

「はいはい襲撃者、神妙にお縄につけ」

 

「壬生先輩、これが現実です、差別のない世界など存在しません」

 

「し、司波君」

 

 

  驚く三人の兵士の後ろで縮まっていた壬生が達也がいることに目を見開いた。

 

 

「壬生逃げろぉ!」

 

 

  兵士の一人が地面に何かを投げ、辺り一面に煙幕を敷いた。壬生が深雪達の隣を走り抜けていくのを達也と董夜はワザと見逃す。

  そして達也が煙幕の中襲ってくる敵を平然と無力化した。

 

 

「お兄様良かったのですか?」

 

 

  壬生が走り去って行った方向を見て、深雪が達也に問いかける。

 

 

「ああ、あの人にはエリカの方がいいだろう」

 

「ですが董夜さんがいません」

 

「……………」

 

 

  そのことを聞いて達也が周囲を見渡し、董夜がいないことを確認すると眼で建物内を探った。

 

 

「はあ、エリカと壬生先輩の様子を見に行ったのか」

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

「はっ…!」

 

「くっ…」

 

 

  達也が制圧を終えたのと同じ頃、一階では壬生とエリカが対峙しており、その様子を二階の手すりに腰かけた董夜が見つめていた。

 

 

「(さーて、千葉の娘相手に壬生先輩はどこまで耐えられるかな?)」

 

 

  気配を消し、足を投げ出してリラックスした態勢で観戦している董夜の心底楽しそうな視線にエリカたちは気付かず、二人の戦いはエリカの勝利に終わった。

 

 

「先輩は誇っていいよ、千葉の娘に本気を出させたんだから」

 

「おぉ、決め台詞も決まったなエリカ」

 

「うひゃあああ!!?と、董夜君、見てたの?!」

 

「あぁ『こんにちは先輩、1ーEの千葉エリカでーす』から」

 

「一番最初じゃん!」

 

 

  口に出してはいないが、エリカが驚いたのは董夜が急に出てきたことではない。剣客として自信のあった自分が、董夜の気配に気づかなかったことだった。

 

 

「そんじゃあ怪我してる壬生先輩を運ぶのは任せようかな」

 

「誰に?」

 

 

  董夜の言葉に首を傾げたエリカだが、董夜の目線の先を追って行くと、柱の陰から達也が出てきた。

 

 

「気付いていたなら早く言え」

 

 

  そうして達也は軽々と壬生を抱え、董夜たちもそのあとを追って保健室に向かった。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「私の勘違い…………っ」

 

 

  数十分後、克人と摩利、エリカとレオと達也を含む生徒会役員は意識を取り戻した壬生から事情聴取をしていた。

  どうやら壬生の凶行は摩利との行き違いが原因だったようだ。

 

 

「それじゃあブランシュの本拠地を叩きにいきますか」

 

 

  壬生が悔しそうに拳を握りしめ、保健室の中に重たい空気が充満する中、董夜がその場の空気に似合わない声とともに立ち上がった。

 

 

「しかし、場所は分かるのか?」

 

「ええ、ここですよ」

 

 

  董夜は克人の言葉に笑みを向けたあと、懐の携帯端末に第一高校周辺の地図を表示し、とある場所を指で指した。

 

 

「意外と近くにあったんだな」

 

「舐められたものね」

 

「それじゃあ、レオ、エリカ、深雪、達也、克人さん………それに、扉の外にいる先輩にも助力願いましょう」

 

「き、桐原君!?」

 

 

  董夜の言葉に首を傾げた一同だが、ガタッと揺れ、開いたドアから入ってきた桐原に壬生が驚いた声をあげた。

 

 

「桐原先輩もブランシュのリーダーに思うところがあるでしょうし」

 

「ああ、助かる」

 

 

  こちらを驚いた顔で見つめる壬生に、桐原は何か決意を固めたように拳を握りしめた。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

  ブランシュの掃討に向かうため、克人が用意した車に乗った一行の間に緊張のような空気が流れる。そんな中、無言を最初に破ったのは克人だった。

 

 

「アジトの情報は四葉がもたらしたものか?」

 

「いえ、僕の私的な部下に調べさせたものですよ。ですから今度ケーキでも奢ってもらえればチャラで構いません」

 

「そうか」

 

 

  やはり緊張感の感じられない董夜の言葉に克人は驚いたように眉をあげた。達也と深雪は、彼が驚いた理由が『董夜に私的な部下がいたこと』だと察したが、どうやら違ったようだ。

 

 

「甘党なのだな」

 

 

  その言葉に全員が「そっちかよ!!」と突っ込みたくなったが何とか堪えた。

 

 

「はい!!大好きです!」

 

 

 まるで子供のように微笑む董夜に、これから犯罪組織の殲滅に行く車の中を柔らかい、和やかな雰囲気が包んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『Twotter』の読み方はお任せします。


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10話 シュウマク(リメイク)

 10話 シュウマク

 

 

 

 

 

 

  先ほどまで和やかな雰囲気だった車内も、いよいよブランシュのアジトが近くなると先程とは全く違う雰囲気が流れる。

  それは緊張などではなく、特殊部隊のそれだった。

  すでに先ほどとは違い、冷たく鋭い雰囲気を漂わせている達也、克人、董夜、エリカ、深雪に触発され、レオと桐原の表情も『高校生』から『戦士』へと変わって行く。

  そしてアジトの門が見えてくると董夜が指示を出し始めた。

 

 

「レオ、この車全体に硬化魔法を。中に入ったら克人さんと桐原先輩は裏口に回ってください。レオとエリカは門で逃げて来た人を撃退、達也と深雪は俺と正面から」

 

「了解!パンツァー!!!」

 

 

  董夜が指示を出し終え、全員が頷くのと同時にレオが硬化魔法をかせた。そして克人の運転する車は門をぶち破り、中に入ると全員が車を降りて董夜の指示通りに展開した。

 

 

「待っていたよ四葉董夜君に司波達也君!僕はブランシュの日本支部リーダーの司一だ!」

 

 

  董夜達が正面から建物の中に入ると、待ち構えていたかのようにメガネの男が数人の部下を連れて立っていた。

 

 

「さぁ!僕の手足のなりたまえ!」

 

「あぁ、そういうカラクリか」

 

「な、なんだと!?」

 

 

  司一が董夜たちに放った魔法を、董夜が纏めて【全反射】で弾いた。

 

 

「こ、殺せぇ!!!!」

 

 

  雑魚メガネは直ぐにに化けの皮が剥がれ、部下に指示を出すと奥の部屋へと逃げて行った。

 

 

「しっ、死ねぇ………ぐ、がぁぁぁっ!!?」

 

 

  何人かの兵士が董夜達に銃を向けたが、すぐに銃を持った手を抑えてうずくまった。見るとどうやら深雪によって腕ごと銃を凍らされたようだ。

 

 

「ここは私に任せて、お兄様と董夜さんは先へ」

 

「あぁ頼んだぞ深雪」

 

「任した」

 

 

  董夜達が奥の部屋のドアの向こう側へ消えて行くのを確認すると深雪は凍てつくような視線を兵士達に向けた。

 

 

「愚か者、お兄様と董夜さんに向けられた害意を私が見逃すはずが御座いません!!」

 

「こ、これはまさか!?に、ニブルヘイ…………!」

 

 

  腕を抑えてもがいていた兵士たちが足元から凍っていき、表情を驚愕に染めた兵士の言葉が終わる前に彼らは生を終えた。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

「ふっふっふっ、どうだ魔法師!!純正のアンティナイトだぞ、魔法師といえど魔法が使えなければただの子供だ!!」

 

 

  董夜と達也を兵士たちが取り囲み、その正面でヒステリーのように叫ぶ司一が勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

 

「ほら達也、せっかくだから魔法が使えなくなった演技を」

 

「必要ない」

 

「でも、こんな矮小組織がわざわざ希少鉱石をゲットしたのに、役に立たないで終わるとか」

 

「必要ない」

 

「き、さまらぁ!殺せ!」

 

 

  激昂した司一が部下に命令を出すが、達也が【分解】で敵の銃をただの部品に分解した。

 

 

「お、いいタイミングだ」

 

 

  武器を無力化されて慌てている兵士が、董夜の魔法により糸切れ人形のように崩れ起きる。そんな兵士たちをよそに、董夜は自分たちが入ってきた扉とは別の扉に目を向けた。

 

 

「ひ、ひぃ!!!」

 

 

  ついに一人になった司一が情けない声を出して、董夜の目線の先にある扉へと走りよった。しかし、彼がドアの取っ手に手をかけるのと同時に外から扉が切られ、克人と桐原が入ってきた。

 

 

「てめぇか、壬生を誑かしやがったのはぁぁぁ!!!!」

 

 

  走り込んできた桐原が床に倒れ込んでいる司一を視界に入れるとすぐに激しい怒気を放って、彼の左腕を高周波ブレードで切り落とした。

 

 

「手がぁぁぁ、僕の手がァァァァ!!!」

 

 

  腕を切り落とされ、あまりの激痛に泣き叫ぶ司一の左腕からドンドンと血が流れる。すぐに克人が焼いて止血したが、司一は余りの痛みに気絶してしまった。

 

 

「今回の件は十文字家が処理する」

 

「はい、お任せします」

 

 

  克人が董夜に後始末をすることを伝え、これで今回の件は終幕した。

  克人と董夜が話している内容が大して気にならないのか達也は董夜たちに背を向けて、深雪のいる部屋へと向かった。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

  その日の夜、血なまぐさい一日を過ごした董夜と雛子の姿は司波家にあり、食卓を共にしていた。

 

 

「董夜さん!!今日は董夜さんの好物をたくさん用意してますよ!」

 

「おぉ、ありがとう。やっぱり深雪のご飯は美味しいな」

 

「そ、そんな!毎日食べたいだなんて!」

 

「いや……………言ってないけど」

 

「深雪も末期だね」

 

 

  董夜の言葉に都合のいい編集を加えて脳で認識した深雪が、頬を染めて身をくねらせる。そんな彼女に董夜は困惑の表情を浮かべ、雛子と達也は苦笑を浮かべた。

 

 

「今だから言えるが、まさか深雪と董夜がこんなに仲良くなるとはな」

 

 

  全員で楽しそうに会話をしながらの夕食はいつもより早く終わり、今は四人で深雪と雛子が淹れた紅茶と、達也と董夜が買ってきたケーキを食べていた。

 

 

「ああー、昔の深雪は俺の事嫌いだったもんな」

 

「え、そうなの深雪ちゃん!?」

 

「うぅ、黒歴史です」

 

 

  達也の言葉に深雪は頭を抱えてうずくまる。そんな深雪をみて雛子は目を輝かせて身を乗り出した。

 

 

「その時の話聞きたいなー」

 

「あれは叔母上達の沖縄旅行に俺が付いて行った時だな」

 

「あぁ、もうかなり昔のことのようだな」

 

「あの、思い返して頂かない方が助かるのですが」

 

「えぇー、いいじゃん!」

 

 

  遠い目をし始めた董夜と達也に、深雪は慌てて話をさえぎろうとするが、それを雛子は抱きついて阻止する。

  そう、今でこそ董夜に好意を寄せている深雪だが、今からは考えられない程董夜を避けていた時期があった。

 

 

「最初は空港だったな」

 

 

  これより語られるのは今より数年前の事。まだ雛子が董夜に拾われるより前の記憶。

  これは深雪と董夜の関係が一新した出来事であり。達也と董夜が【魔神】【死神】と呼ばれるようになった出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学編. Fin



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追憶編
11話 ナンゴク(リメイク)


 11話 ナンゴク

 

 

 

 

  追憶編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  深雪side

 

 

「当機は間も無く那覇空港に着陸いたします。ベルトを締め、席からお立ちにならないよう、お願い致します」

 

 

  飛行機のアナウンスが聞こえてくる。私は飛行機が離陸する前からずっとお兄様とお話をしていた。

  話といっても私が一方的に喋っているだけなのに、お兄様は文句ひとつ言わずに私の一言一言に相槌を打ってくれる。

  やはりお兄様は優しい方です。

 

 

「深雪、続きは着陸してからにしよう」

 

「はい、お兄さま!」

 

 

  私は一度席に座り直し、お兄様の言いつけ通りに大人しく着陸を待った。

  先ほどから私は体の底から湧き出てくるワクワクを抑えるのに必死だった。なんといっても今日からお母様とお兄様と沖縄旅行なのです!!

  お兄様達と旅行ができるなんて、本当に嬉しいです!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  そう、私の従兄弟である四葉董夜(あの人)が一緒でさえなければ。

 

 

  深雪side end

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

  達也side

 

  アナウンスが聞こえて来た、どうやら飛行機が空港に近づいて来たようだ。

 

 

「深雪、続きは着陸してからにしよう」

 

「はい、お兄様!」

 

  やはり、今回の旅行が楽しみだったのか深雪は俺の言葉に満面の笑みで頷いた。そんな深雪の頭を撫でると、深雪は気持ちよさそうに目を閉じる。

  そして董夜の方をひと睨みしてから大人しくなった。

  なぜそんなに董夜の事を毛嫌いしているのかは分からないが、どうにかならないものか。

 

 

  董夜は本家で俺が使用人達から【出来損ない】として扱われている時も、俺を一人の血の繋がった従兄弟として接して来た。そして深雪の警護しか一日のやる事が無かった俺にCADの技術取得を勧めてくれた。信用に足りる人物だ。

  本当に何故深雪は董夜が嫌いなのだろうか。

 

 

  達也side end

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  董夜side

 

 

  アナウンスが聞こえてから数分後、飛行機の窓が開いてCAが俺達の案内を始めた。達也は深雪達の荷物を取ってくるみたいで先に行ってしまった。よく働くな、あいつは。

 

  現在四葉家で達也を使用人ではなく【四葉深夜の息子】として扱っているのは俺と深雪、黒葉家の文弥と亜矢子、津久葉家の夕歌さん、深夜さんのガーディアンである穂波さんだけである。

  達也曰く、数年前に深雪と深夜さんとで旅行に行った時に深雪からの態度は急変したそうなのだが、深夜さんは相変わらずである。

 

 

「それで、董夜さんは何か沖縄(こっち)でしたい事はあるのかしら?」

 

「いえ、二週間も滞在するのでゆっくり決めようかと」

 

 

  飛行機を降りて空港の中に入り、長い通路を歩いていると、俺の隣を歩いていた深夜さんが話しかけてきた。そのまま会話をしながら歩いていると、後方から視線を感じ、見ると深雪がこちらを睨んでいた。

 

 

「(何でこんなに嫌われているんだか)」

 

 

  今まで深雪と会うのは慶春会とその他で数度だけ。やはり余り話したことがないから警戒されているのだろうか。

  そんなことを考えていると前方で達也が荷物を持って待っていた。

 

 

「荷物をお持ちしました」

 

「ご苦労さま」

 

 

  俺と達也は深夜さんの前であまり話さない事にしている。それは俺が達也と対等に接していると、深夜さんが余りいい顔をしないからだ。

  それに深夜さんとの関係が悪くなると、これから不都合になる。そこらへんも達也は分かっているようだ。

 

 

  本当に、面倒くさい一族だ。

 

 

  董夜side end

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  深雪side

 

 

  空港からは車での移動。車の中でも私はお兄様と飛行機での話の続きをしていた。ふと後部座席に目をやると、あの人がお母様とずっと話していた。

 

 

  私はあの人、四葉董夜が苦手だ。

  いつも飄々としてる癖に、私よりも社交的。それにニコニコしている顔とは別に、飄々とした顔もあり、状況に応じて切り替えている。そして、たまに見せる極寒の目をした顔。一体どれが本当のあの人なのかわからない。

 

  だから私はあの人が苦手(嫌い)だ。

 

 

「目的地に到着いたしました」

 

 

  車が停車し、運転手が機械的な声で話しかけて来た。

  今回私達が滞在するのは恩納世良垣に買ったばかりの別荘だ。お母様は人の多い所は苦手だから、という理由で父が急遽手配したものだが、別荘を購入した資金はお母様を娶って手に入れた物。

  相変わらずあの人は愛情をお金で贖えると思っているらしい。

 

 

「いらっしゃいませ、奥様。深雪さんに董夜くん。達也くんもよく来たわね」

 

 

  別荘で出迎えてくれたのはお母様のガーディアンであり、【桜】シリーズの第1世代の桜井穂波さんだ。

  穂波さんは調整体で、生まれる前から四葉に買われた魔法師だけど、そんな生い立ちを感じさせないほど明るい性格をしている。

 

 

「達也くん、荷物を運ぶのを手伝いますよ」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「いいのいいの、こういうのは達也くんより私の方が得意だから」

 

 

  確かに運ぶだけならお兄様の方が適任だろうけど、その後の荷物整理は穂波さんの方が得意のはず。

  そのことを察したお兄さまは穂波さんに荷物を預け、穂波さんは荷物とともに消えていった。

  あれ、そういえば。

 

 

「(あの人はどこに行ったのかしら)」

 

 

  周囲を見渡してもあの人の姿は見えず、影も形もなくなっていた。

  そう考えているとお兄様が私の方を見て微笑んでいる、おそらくお兄様はあの人がどこに行ったのか分かるのだろう。

 

 

  お兄様とあの人は仲がいい、お母様が居る場所ではあまり話さないけれど、この前親しげに話して居るのを見かけた。

  あの人がお兄様と話して居ると嫉妬してしまう。もちろんお兄さまとお話しできているあの人に。

 

  そんな事を考えながら部屋で荷物の整理終え、ベッドに身体を預けていると、数回のノックの後、ドアが開いて穂波さんが入って来た。

 

 

「深雪さん、昼食にはまだ時間があるから近くを散歩でもして来たらどうかしら」

 

 

  穂波さんの提案で私は周りを散策する事になった。穂波さんに異常なぐらい丁寧に日焼け止めを塗られ、何か大切なものを失った気がする。

  外出用の服を来て、つばの広い帽子を持ってリビングに降りるとお母様が椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。

 

 

「あら深雪、どこかに行くの?」

 

「お昼ご飯まで時間があるので、周囲の散策に行って来ます」

 

「あらそう、それじゃあ達也を連れて行きなさい」

 

「はいっ!」

 

 

  一瞬声が弾んでしまい、お母様が眉を潜めたけれど、すぐにため息をついてコーヒーを飲み始めた。

  やった!ただ散歩するだけだったのにお兄様と出かけられるなんて!!

  そして、 私とお兄様は別荘を出ると、取り敢えず海辺沿いの道を歩いてみる事にした。

 

 

「お兄様と沖縄を散策できるなんて私!夢見たいです!!」

 

「大袈裟だよ深雪」

 

 

  そう言って困ったように笑うお兄様、私はお兄様のこの顔が大好きです!!

 

 

「あら?あそこにいるのは」

 

 

  そんな時、ふと私は海辺の砂浜でデッキチェアに座り、パラソルを立てて本を読んでいる男の人を見つけた。

  本で顔は見えないけど、何となくカッコいいと思った私は、ついその人の方へ見入ってしまい、前を見るのを怠ってしまった。

 

 

「深雪、危ない!」

 

 

  そういってお兄様が私の腕を引っ張って抱き寄せた。

  私は一瞬何が起こったか分からなかったけれど前に立つ大柄な男を見て、彼にぶつかったのが分かった。

 

 

「どこ見て歩いてるんだ、あ?」

 

  その大男は軍服をだらしなく着崩した黒い肌の軍人だった。その後ろにも同じような風の軍人がいる。

  彼らは恐らく20年戦争が激化した際に沖縄に駐留していた米軍が、ハワイへ撤退した際に置き去りにされた【取り残された血統(レフト・ブラッド)】と称される人達だった。

 

 

「詫びを求めるつもりはない、来た道を引き返せ」

 

 

  お兄様が私を庇うように前に立ち、およそ少年とは思えない程落ち着いた声で言い放った。カッコいいです。

  私は、自分の不注意にお兄様を巻きこんでしまった事に罪悪感を抱きながらも、お兄さまに守られているという現実に頬が緩んでしまう。

 

  そして次の瞬間、何の前触れもなく大男が殴りかかって来た。私はとっさに目をつぶってお兄様の背中をキュッと握った。

 

 

  深雪side end

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  董夜side

 

 

 

「ああー、海風が気持ちいいな」

 

 

  別荘についてすぐ、俺は自分の部屋に荷物を置くだけ置いて浜辺を歩いていた。右手には今は珍しい紙媒体の本を握っている。最近の俺のマイブームだ。

 

 

「どこかに椅子ないかなー」

 

 

  本が読めそうな場所を探して海辺を歩いていると海の家を見つけた。どうやら飲食物販売の他にも、デッキチェアに小型の机、パラソルが貸し出されているようだ。

 

 

「おおー丁度いいところに」

 

 

  俺はデッキチェアと小型の机、パラソルを借りた。ついでにトロピカルジュースを買って海の家を出る。せっかくだし俺も南国を満喫して見たいのだ。

 

 

「よいしょっと、あぁ〜さすが沖縄」

 

 

  一式を浜辺にセッティングして横になり、本を読み始めると予想以上の快適さだった。

  強すぎない風に暑すぎない空気。そして絶え間ない波の音。

  快適な環境で本を読み始めると、すぐに集中してしまった。すると後ろの方から誰かの声が聞こえてきた。

 

 

「どこ見てんだ?あ?」

 

 

  野太い声に、気配からして恐らく軍人だろう、絡まれたやつは可哀想に。

 

 

「(ま、俺には関係ないけどね)」

 

 

  俺は基本的に興味のある事にしかやる気が出ない。人助けなんて柄じゃないし、俺は【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】でその状況を確認しようともせずに本に目を落とした。

 

 

「グァ!!」

 

 

  さっきの野太い声の主が倒れる音がした。軍人が倒されたのか?

  少し興味が湧いて来た俺はそちらを見ると、達也が軍人四人を返り討ちにしているところだった。

  その後ろで何故か深雪が得意げな顔を浮かべている、

 

 

「あれは【取り残された血統(レフト・ブラッド)】か」

 

 

  何となく呟き。このまま知り合いを無視するわけにもいかずに俺は取り敢えず拍手を送った。

 

 

  董夜side end

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  深雪side

 

 

「グアッ!!」

 

  さすがはお兄様です。身長が倍はありそうな軍人四人を返り討ちにしてしまいました。カッコ良かったです!

  そして私が思わず得意げな顔を浮かべていると、浜辺の方から拍手と共に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

「流石だね」

 

 

  楽しいものを見かけたような、けれど何処か冷めているあの人の声に、私は自分の顔が微かに歪んだのが分かった。

 

 

「お前にもこれくらいは出来るだろう」

 

「いやいや、魔法無しで体術のみだったら無理だよ。俺が体術苦手なの知ってるだろ」

 

 

  お兄様は最初からそこにあの人が居るのを知っていたのか、ため息をつきながら返事をした。

 

 

「そんなところで何をしてるんですか?」

 

 

  『お兄様と二人きりで海辺を歩く』というロマンティックな状況を邪魔された私は、つい不機嫌そうに言ってしまった。しかしあの人は気にした様子もなく。

 

 

「浜辺で本が読みたくてね、いい場所を探してたら、向こうにある海の家であれ貸し出してあったんだよ」

 

 

  この人はそう言って少し離れた浜辺にあるデッキチェアとパラソルを指差した。恐らく横にある小さな机も貸し出してあった物だろう。

 

 

「そうですか、それでは失礼しますっ!」

 

 

  私は不機嫌そうに言い放ち、お兄様を連れて立ち去ろうとしたけれど後ろからあの人に呼び止められた。

 

 

「ここ、すごく気持ちいいよ、せっかく沖縄に来たんだから海でもみt「失礼します!!」……………さいですか」

 

 

  やってしまった、向こうは友好的に話しかけて来て居るのに。これじゃあまるで性悪女だ。

  罪悪感が湧いて来て、あの人の方を振り向くと何故かとても残念そうな顔をして立っていた。

 

 

「行きましょうお兄様……………あれ、お兄様?」

 

 

  今度こそお兄様を連れて立ち去ろうとしたけれど、いつの間にかお兄様は居なくなっていた。慌てて周りを見渡すと海の家の方からお兄様がパラソルとデッキチェアとトロピカルジュースを持って歩いて来ていた。

 

 

「?何処かに行くのか?」

 

 

  本当は早くあの人の近くから何処かに行ってしまいたかったけれど、折角お兄様が用意してくださったものを無駄にするわけにもいかず、結局あの人の隣で横になる事になった。

 

 

「(あ、思ったより気持ちいい)」

 

 

  デッキチェアに横になると、私が思っていたよりも心地よい風が吹いて来た。

  心地よい風と心地よい音に囲まれ、私の意識が睡魔に負けかけた時。

 

 

「董夜、あの件はどうなったんだ?」

 

「あぁあれね、母様に交渉して今のところは順調だよ」

 

 

  隣でお兄様とあの人が何か話をしていた。これじゃあ気になって、とても眠れない。

 

 

「何の話をしているんですか?」

 

 

  そう聞くと、あの人は私が話しかけたのが意外だったのか、少し驚いた顔をした。本当にコロコロ表情が変わる人だ。

 

 

「少し前に達也からCADの技術に興味があることを聞いてね。達也に魔工師の勉強を勧めたんだけど、それだと深雪の護衛が疎かになるからって母様に反対されたんだ、それで俺が交渉してるって話だよ」

 

 

  やはり、この二人は仲がいい。

  お兄様は幼い頃に四葉の実験によって私以外の事に激情を抱かなくなってしまった。友情すらも抱かないお兄様が私以外の誰かと仲良く話しているのを、私はこの人以外で見たことがなかった。

 

 

「(羨ましい)」

 

 

  そんな事を思いながら私は結局睡魔に負け、ゆっくりとまぶたを下ろした。

 



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12話 ゲキコウ(リメイク)

 12話 ゲキコウ

 

 

 

 

 

 

 

 

  深雪side

 

 

  私は今、とても憂鬱な気分で部屋にいる。部屋着からカクテルドレスに着替えている最中も憂鬱で仕方がない。

  理由は簡単、お母様が招待されていた黒羽家主催のパーティーに、私が代役として参加する事になったから。

  お母様は今体調を崩していて、大事をとって部屋で安静にしている。

 

 

「あの人と一緒じゃないといけないなんて」

 

 

  そう、憂鬱な理由はもう一つある。今回招待されているのはお母様だけではなく、四葉家の次期当主筆頭候補のあの人も当然招待されている。

  でもっ!その代わりにお兄様がいます!!深雪はお兄様がいらっしゃるだけで幸せです!

 

 

「深雪、車来たけど準備できた?」

 

 

  せっかくお兄様のことを考えて幸せに浸っていたのに、あの人の声で水を差されてしまった。

 

 

「今準備しています!女の子の準備を急かすだなんて不愉快です!」

 

 

  つい大きな声を出してしまいまった。

  やはり昼間に砂浜でお兄様とこの人が親密そうに話していたのが未だに気に入らない私だった。

 

 

「すまん、悪かったよ」

 

 

  わざわざ呼びに来たのに怒鳴られるなんて、怒ってもいいのにあの人は少し寂しそうな声で去って行った。その事に少し罪悪感を覚えた私は早めに準備を済ませて後を追いかけた。

 

 

「そんな不機嫌そうな顔をされては折角のお召し物が台無しですよ」

 

「分かりますか?」

 

 

  玄関に行くと穂波さんがお見送りに来ていた。どうやらあの人とお兄様は既に車に乗っているようだ。

 

 

「良いですか深雪さん。どんなに上手に隠したつもりでも、気持ちというものは目の色や表情の端々にあらわれてしまうものですからね。必要なのは自分の気持ちを上手く騙せるようになる事、でしょうか。建前というものは、まず自分自身を納得させる為のものなんですよ」

 

「建前……………。」

 

 

  穂波さんの助言を心の中で思い返しながら、私はあの人とお兄様が乗っているコミュターに乗り込んだ。

  ちなみに叔父様………………黒羽貢叔父様は早くに奥様を亡くした事が原因なのか、超が付くほどの親バカです。

  それでも、私と同じ年の子供の自慢を私にするのは如何いうつもりなのだろうか。

  多分あの人は何も考えていないんだろうな。ただ単純に子供の自慢をしたいだけなのだろう。そういう事は大人同士でやってもらいたいのに。

 

 

「お、着いたな」

 

 

  会場の敷地内に入り、無駄に派手なエントランスが見えてきた。あの人の言葉を無視して私は気持ちを切り替える。

 

 

「はぁ」

 

「どうした董夜、ため息なんかついて」

 

 

  コミュターを降り、目の前に広がる屋敷を見てあの人が深いため息をついた。それを見たお兄さまがあの人の顔を覗き込む。

  無視してしまえばいいのに。

 

 

「いや、あの人に会ったら絶対亜矢子と文弥の自慢してくるんだろうなーと思って」

 

「まぁそう言うな」

 

 

  それに俺のこと目の敵にしてくるし、とボヤくあの人を私は小さく鼻で笑ってから正面扉へと向かった。

 

 

  深雪side end

 

 

 

  黒羽 貢

 

  四葉家の分家である黒羽家の現当主。

  早くに妻を亡くしていて、子供である亜矢子と文弥に愛情を注いで育てた結果親バカになった。

  黒羽家から四葉家当主を出したいらしく、亜矢子か文弥を次期当主としたい。その為、次期当主筆頭候補である董夜を目の敵にしているが外には出していない……つもりらしい。

 

 

 

 

  董夜side

 

 

  憂鬱だ憂鬱だ憂鬱だ憂鬱だ。

  ついに、あのあの人(親バカ)の主催しているパーティー会場に着いてしまった。

  行きたくない行きたくない行きたくない行きたくない。

 絶対あの人はまず子供自慢をしてくるはずだ、それに俺のことを目の敵にしてくる。

 

  その事を達也と深雪に言うと

 

 

「まぁそう言うな」

 

 

  と、達也は返事をしてくれたが深雪はこちらを見て笑みを浮かべた後、無視してとっとと会場に向かってしまった。

 

  なんだか鼻で笑われた気がする。いや、そんな事はないはずだ。

  そんなこんなで深雪の代わりにドアを開けると。

 

 

「やぁ深雪ちゃん、よく来たね……………あぁ董夜くんもよく来たね」

 

 

  はい、叔父様(親バカ)の登場である。明らかに深雪に対する態度と俺に対する態度が違う。

 

 

「ご、ご無沙汰しております叔父様。今日はお招きありがとうございます」

 

「良く来てくれたね、深雪ちゃん。深夜様の調子は大丈夫かい?」

 

「お気遣い畏れ入ります。少し疲れが出てるだけだと思いますが、本日は大事を取らせていただきました」

 

 

  よし、深雪の挨拶もあらかた終わったな。メンドクサイが便宜上、挨拶だけはしなくては。

 

 

「貢叔父様、本日はお招きありがとうごz、ゴブァァァ!!」

 

 

  深雪の後に続いて俺も内心で舌打ちをしながら挨拶をする。

  いや、しようとした。叔父様に向かって軽く頭を下げようとした途端、叔父様の後ろから黒い物体が俺めがけて飛んできたのだ。

  俺の鳩尾に食い込み、何故か引っ付いて離れない黒い物体を撫でるとそれはモゾモゾと動き出した。

 

 

  董夜side end

 

 

 

  黒羽亜夜子

  四葉分家の黒羽家の当主黒葉貢の娘。弟の文弥とは双子である。

  董夜に気があり、超が付くほど大好きである。それに対して貢はいい顔をしていない。

  深雪に敵対意識を向けているが、それは深雪が次期当主候補の一人だから、というわけではないようだ。

 

  黒羽文弥

  黒羽亜矢子の双子の弟。

  董夜や深雪と同じく四葉家次期当主候補の一人。

  董夜の事を尊敬しており、実の兄のように慕っている。

 

 

 

  深雪side

 

 

「やぁ深雪ちゃんよく来たね………………あぁ董夜くんもよく来たね」

 

  明らかにこの人のことを疎遠している叔父様。そのことに特に反応することなく、私は頭を下げた。

 

 

「ご、ご無沙汰しております叔父様。今日はお招き頂き、ありがとうございます」

 

「良く来てくれたね、深雪ちゃん。お母様の調子は大丈夫かい?」

 

「お気遣い畏れ入ります。少し疲れが出ているだけかと思いますが、本日は大事を取らせていただきました」

 

 

  緊張して少しだけ噛んでしまったけれど、お手本通りのことはできたはずだ。

  そして、私に続いてこの人が頭を下げようとした時、叔父様の後ろから弾丸のように女の子が走ってきた。

 

 

「貢叔父様、本日はお招きありがとうごz、ゴブァァァ!!」

 

 

  女の子がこの人の鳩尾に突撃し、苦しそうなこの人を気にせずお腹に頬ずりをしている。

 

 

「董夜兄様!!お待ちしておりましたわ!!」

 

 

  真っ黒な服に身を包んだ女の子の正体は、あの人を睨みつけている叔父様の娘である黒羽亜夜子ちゃんだった。

 

 

「おねぇちゃん!こんな所で抱きつくなんて勘弁してよ!!董夜兄様も迷惑して………る………ょ」

 

 

  亜夜子ちゃんの後ろから文弥君が走って来た。社交的な場でも遠慮しない自分の姉に文句を言うが亜夜子ちゃんの一睨みで封殺されてしまった。

 

 

「亜夜子ちゃんに文弥君、お久しぶり」

 

「深雪姉さまお久しぶりです」

 

「お姉さまもお元気そうで何よりですわ」

 

 

 私が声をかけると、文弥君も亜夜子ちゃんも何時もの笑顔で迎えてくれた。

 亜夜子ちゃんと文弥君は私より一学年下の小学六年生。私と兄とは違い本物の双子なのだ。一学年下と言っても私が三月生まれで二人は六月生まれなので歳は同じ。

  それも原因の一つなのか、昔から亜夜子ちゃんは私に対してライバル心を抱いているようだ。

 

 

「あの、深雪姉さま」

 

 

 叔父様の自慢話を我慢して聞いていると、文弥くんがそわそわと周りを見渡し始めた。

 

 

「……………達也兄様はどちらに?」

 

「お兄様ならあそこにいらっしゃるわ」

 

 

  そう言って私は入り口近くの壁際に寄りかかり、こちらの様子を伺っているお兄様の方に目線を向けた。

 

 

「あ!達也兄様!!」

 

「っもう!仕方ないわね」

 

 

  文弥くんはお兄様を見つけると、嬉しそうに駆けていき、亜夜子ちゃんは困ったように追いかけたが、その内面から嬉しさが滲み出ている。

  ふ、流石は文弥くんと亜夜子ちゃんね、お兄様の素晴らしさをよく分かっているわ。

 

 

「まったく」

 

 

  唯一、貢叔父様だけが苦い顔をしている。私と同じく次期四葉家当主候補である文弥君に、ガーディアンであるお兄様と親しくするなと言いたいのでしょうけど。お兄様と文弥君に亜夜子さんは再従兄弟同士、叔父様が気にし過ぎな点も否めない。

 

 

「ご子息がガーディアンと親密そうにするのは気に入りませんか?」

 

 

  私は一瞬誰が喋ったのかわかりませんでした。なぜならあの人がお兄様を社交的な場で庇ったことなどなかったからです。

 

 

「董夜君もあのガーディアンと仲がいいようだね」

 

 

  『あのガーディアン』

  吐き捨てるように言った叔父様の言葉を聞いた時、私はカーっとなるのを感じた。けれど、私が叔父様に不満を言おうとした時、あの人が叔父様に耳打ちをした。

 

 

「貴様!!どこでそれを!!!」

 

 

  耳打ちを終えたあの人が叔父様から離れる。すると叔父様の顔がどんどんと赤く染まっていき、パーティーの最中だという事も忘れてあの人に向かって怒鳴りつけた。

 

 

「おや、いまさら罪悪感に苛まれているわけでも無いでしょうに。何をそんなに焦っているのです?」

 

 

  もはや殺気すらも放っている叔父様の激昂にあの人は一切萎縮した様子もなく喋っている。

  遠くでは来賓の人たちに加え、文弥くんや亜夜子ちゃんも驚いた顔でこちらを見ていた。

 

 

「董夜さん………………?」

 

 

  私はこの人が兄を庇ってくれたのが無性に嬉しくて、周囲の空気がピリついているにも関わらずこの人を見直しまった。

  果たして、この人の名前を口に出して呼んだのはいつぶりだったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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13話 パーティー(リメイク)

 13話 パーティー

 

 

 

 

 

  董夜side

 

 

「ご子息がガーディアンと仲良くするのがそんなに気に入りませんか」

 

 

  文弥と亜夜子が達也の所に向かうのを苦い顔で眺めている貢叔父様に無性に腹が立ち、少しだけ挑発気味な事を言ってやった。

  すると何故か深雪が驚いたような顔でこちらを見て来た。俺が達也を庇おうとするのがそんなに珍しいだろうか。

 

 

「董夜君もあのガーディアンと仲がいいようだね」

 

 

  貢叔父様が非難めいた目を向けて来る。

  仕方のないことだが、やはりこいつが達也を【あのガーディアン】呼ばわりするのはカチンとくる。

  これを言うつもりは無かったがしょうがない。こんなカード、今切ったって構わないのだ。

 

 

「彼が生まれたばかりの頃、あなた方分家が彼を殺そうとした事をまだ引きずっているのですか?」

 

 

  耳打ちするために近づいていた叔父様から数歩離れる。近くでは深雪が首を傾げていた。

  あぁ、深雪の白さ()を見ると、自分がどれだけ黒く汚れているかがよく分かる。

  今更な事を考えていると、呆然としていた叔父様から殺気が漏れ始めた。

 

  まさか、魔法は使わないよな。

 

 

「貴様!!!どこでそれを!!!」

 

 

  あーあ、魔法は使わなかったけど、完全に冷静さを失っているな。

  ほらほら亜夜子に文弥、挙句には来賓の客までこっち見てんじゃないか。

 

 

「おや、いまさら罪悪感に囚われているわけでも無いでしょうに。何をそんなに焦っているのですか?」

 

 

  これ以上ヒートアップさせると後で深夜さんと母様に怒られそうだ。一旦引こう。

  当然深雪をマジギレオヤジのそばに置いていくわけにもいかない。

 

 

「ゴメン深雪、行こう」

 

 

  深雪が何かを言っていたが、それよりもまずは離脱が先だ。行儀よく握られていた深雪の手を取り、達也たちのいる方へと向かった。

 

 

「董夜兄様、どうしたんですか?」

 

 

  達也たちのそばに行くと文弥が心配そうに聞いて来た、後ろの亜夜子も同じような顔をしている。

 

 

「いやいや、なんでもないよ。あと達也、悪いんだけどさっきこの会場の近くで不穏な気配を感じた。ちょっと外を巡回して来てくれない?」

 

「ああ、深雪は任せたぞ」

 

「あ、達也兄様!僕も行きます!」

 

 

  俺の意図を察してくれたのか達也が会場の外に向かい、まだ話し足りないのか文弥がそれについていった。やはり、巻き込まれただけとはいえ、事の発端である達也を叔父様と同じ空間に置くのは悪手だろう。どうやら亜夜子は残るようだ。

 

 

「ごめんな、達也を追い出すような事をしちゃって」

 

「いえ、董夜兄様の意図は分かりますわ」

 

 

  達也が外に出た事を確認し、深雪と亜夜子の方を振り向いて謝罪する。

  亜夜子はともかく深雪にはこれでまた好感度が下がったんだろうな、ただでさえ嫌われているのに。

 

 

「董夜さん……………さっきは叔父様に何と言ったんですか」

 

 

  ま、まさか『董夜さん』?初めて名前で呼ばれた、なんで!?…………………ああそっか達也を庇ったからか。

  なるほど、達也を庇うと深雪からの好感度が上がるのか、参考までに覚えておこう。

 

 

「ゴメンね、母様に口止めされてるんだ。でも時が来たら深雪にも亜夜子にも言うつもりだよ」

 

 

  そう言うと深雪は「そうですか」と言って何処かに行ってしまった。方向からして恐らくお手洗いだろう、とりあえず俺は亜夜子を連れて来賓の人たちに挨拶に向かった。

 

 

「先程はおさわがせして申し訳ありませんでした」

 

「お父様がご迷惑をおかけしました」

 

「おおこれは董夜殿に亜夜子さん!いやはやお気になさらず」

 

 

  この人は四葉のスポンサーの一つである貿易会社の会長さんだ。会社は大きく、さらに一代で立ち上げたのだから大したものだ。

 

 

「そう言って頂けると僕としても助かります」

 

 

  その後はあたり感触のない会話をしてその場を離れた。

 これでも四葉家次期当主候補である。来賓の人には一人一人挨拶をしなくてはならない。それは主催者の娘である亜夜子も同様なのだ。

 

 

「はぁ」

 

「さぁ董夜兄様!エスコートをお願いしますわ!」

 

 

  挨拶を全て終え、どこかの椅子に腰掛けようとすると、亜夜子が目を輝かせて服の袖を引っ張ってきた。どうやら休むのはまだ先になりそうだ。

 

 

  董夜side end

 

 

 

  深雪side

 

 

  董夜さんと別れた後、辺りを見渡すと叔父様はいつの間にか会場からいなくなっていた。振り返ると、その事に気付いているのか分からないけれど、董夜さんは来賓の方々の方へと歩いて行った。

 

  あ、そういえば私…………………いつの間にかあの人のことを董夜さんと頭の中で改めている。

 

  その事実は驚くほど自然に心へと溶けていき、不快感を感じることはなかった。

 

 

「あ、お兄様」

 

 

  何となく夜風に当たりたくて、会場のある建物の周りを回っていると、反対側からゆっくりと歩いて来たお兄様と合流できた。

 

 

「あら?お兄様、文弥君は」

 

「ああ、文弥ならさっき会場に戻って行ったよ」

 

 

  元々文弥くんがいても良かったのだけれど、お兄様と二人きりなら好都合です。

 

 

「深雪、どうかしたのか?」

 

 

  何も喋らない私をお兄様が気遣ってくださいました。やはりお兄様は優しいお方です。

 

「董夜さんが先程、叔父様になんと言ったのかが気になって」

 

「董夜さん?………………そうか」

 

 

  私の言葉を聞いたお兄様が優しそうに微笑みました。そのことに私はハッとして先程の言葉を思い返した。

 

  たった一度、董夜さんがお兄様を庇っただけで、『あの人』から『董夜さん』へと呼び名が改められる。そんな単純な私に、ため息をつきたくなりました。

 

 

「俺も董夜がなんと言ったのか気になっていたところだ、文弥も『お父様があんなに怒っているのを見たことが無い』と言っていた」

 

「そうですか……………」

 

「あいつは四葉に頼らずに独自の情報網を構築しているからな。それにあいつは俺達より………………下手したら分家の当主よりも四葉の深いところに関わっているのかもしれない」

 

 

  この日は私が董夜さんに少しだけ心を許して、そして少しだけ恐怖心を抱いた一日でした。

 

 

  深雪side end

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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14話 クルージング(リメイク)

14話 クルージング

 

 

 

 

 

董夜side

 

 

「達也も始めた頃に比べて結構上達して来たよね」

 

 

太陽がまだ上りきらない頃、俺は別荘の庭で達也のトレーニングを見学していた。

トレーニングに集中している達也は俺の問いかけに反応しない。まぁそれを分かってて話しかけてるんだけど。

 

 

「さて、俺も少しトレーニングしようかな」

 

 

トレーニング中の達也から少し離れたところに立って、CADを使わずにサイオンを活性化させる。CADを使えばもっと正確に魔法をコントロールできるけど部屋に置いてきちゃったし我慢しよう。

 

 

「なるべく木とか焦がさないように、っと」

 

 

周囲に電気を発生させて、それを泳いでいる魚をイメージして動かす。

 

 

「お、深雪も起きたんだ」

 

 

ふと誰かの視線を感じて別荘の方に目をやると、丁度今起きたのか深雪が驚いた顔で俺を見ていた。

そういえば余り深雪の前で魔法を使ったことがなかったな。

深雪にどんな顔を向ければいいかわからなくなった俺は取り敢えず笑顔を向けた。

どうやら達也はトレーニングを終えたみたいだ、よし俺もここらで切り上げようかな。

 

 

董夜 side out

 

 

 

 

深雪side

 

 

昨日は遅くまで黒羽家のパーティーがあって、ベットに体を預けたのは真夜中だった。

疲れていた私は直ぐに寝てしまったけれど、習慣からか朝は太陽がまだ昇りきる前に起きてしまう。

 

 

「んーーーーっ!……………………よしっ」

 

 

深呼吸をしてベッドから起きあがり、カーテンと窓を開けると目の前の庭でお兄様が武術のトレーニングをなさっていた。見たことのない型だけれど、お兄様のまるで舞っているような動きに私は見惚れてしまった。

 

 

「はぁぁ。さすがお兄様……………………あ」

 

 

お兄様の舞に感嘆の声を漏らしていると、少し離れた木陰に董夜さんが座ってお兄様に何か声をかけていた。そして、さらに離れたところに行く。

 

 

「あの人は何を……?」

 

 

そんなことを考えていると、あの人のいるところから膨大なサイオンを感じた。ビックリして発生源に目を向けるとそ董夜さんの周囲に電気が発生し始めている。

 

 

「あの人が魔法を使っているのを見るのは初めてだけど、CADも使わずにこんな、、、!!」

 

 

董夜さんの周囲に発生していた電気は6つの塊に収束し、魚のような動きで漂い始めた。

 

 

「…………キレイ」

 

 

私はいつの間にかあの人の魔法に見惚れていた。先ほどのお兄様の舞以上に魅入っていることに気付かずに。そんな私を、お兄様が嬉しそうに見ているのにさえ気付かずに。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「奥様、深雪さん」

 

 

私が董夜さんとお母様と朝食を食べていると、配膳をしていた穂波さんが話しかけてきた。ちなみにお兄様はドアの横でずっと立っている。

 

 

「今日のご予定は決めていらっしゃいますか?」

 

「暑さが和らいだら船で沖に出るのもいいわね」

 

「ではクルーザーを?」

 

「ええ………余り大きくないセーリングヨットが良いわね」

 

 

そんなお母様の提案から、午後の予定は四時からヨットで沖に出ることに決まった。

 

 

「深雪さんも午前中はビーチに出られてはどうですか?寝転んでいるだけでもリフレッシュできますよ」

 

「あ、じゃあ行ってきます」

 

「俺も行ってこようかな。俺は向こうでお昼食べるけど深雪はどうする?」

 

 

私は午前中はビーチに行って、お昼は別荘で食べて午後は出港の時間になるまで部屋でのんびりしていようと思っていたけれど外で、しかもお母様のいない所でお昼を食べることに新鮮さを感じた私はお母様に視線を向けた。

 

 

「そうね…………達也さんと董夜さんがいるのなら大丈夫でしょう。向こうで食べていらっしゃい。あと四葉と悟られるような言動はよしてくださいね」

 

「りょーかいです」

 

 

と、いうわけで朝食を食べ終わった私は部屋で外出用の格好に着替えている。

お兄様とお出かけ&昼食は勿論嬉しいけれど、私は以前のように董夜さんと出かけることに抵抗を抱かなくなっていた。まだ苦手意識はあるけれど。

 

 

「そんじゃあ行ってきますねー」

 

「はい、行ってらっしゃいませ」

 

 

董夜さんの覇気を感じない声に穂波さんが返事をして私達はビーチに向かいました 。

ビーチには既に家族連れの人たちが10人ぐらいいて、おもいおもいに楽しんでいた。

 

 

「達也〜、折角だし遊ぼうぜ」

 

「いや、俺には深雪が…………。」

 

 

私がお兄様の用意してくださったデッキチェアに腰をかけてパラソルの下で飲み物を飲んでいると、董夜さんがどこから持ってきたのか、ボールをお兄様に(ほう)った。

ボールを受け取ったお兄様は困った顔で私の顔を伺って言う。

 

 

「そういう輩が来ても俺とお前なら『視える』から大丈夫だろ」

 

「折角ビーチに来たんですから、お兄様も楽しんでください!」

 

 

董夜さんと私の言葉に観念したのか、お兄様があの人を追って海へと入っていく。

それにしても『俺とお前なら視える』?董夜さんにもお兄様のような特殊な【眼】があるのだろうか。

 

 

「グッ………!」

 

 

そんなことを考えていると視界の中央でお兄様が比喩なしに吹き飛んだ。

 

 

「あーーっははははは!!達也が石みたいに水切って飛んでったアハハハハ」

 

 

おそらく董夜さんがボールに加速術式をかけたのでしょう、とんでもないスピードでボールがお兄様にぶつかっていました。

 

 

「な、なんてことを!!………え?」

 

 

魔法が苦手なお兄様に魔法で攻撃するなんて!!そもそもこんな遊びに魔法を使うなんて!

私が董夜さんに怨めしい表情を向けているとお兄様が立ち上がりました。

私が驚いた理由はお兄様が立ち上がったことではなく、そのお兄様がとても楽しそうな顔をしていたから。

 

 

「やってくれたな董夜」

 

「はっはっは、いくら筋肉のある達也でもそこからじゃあ威力はn、グボッ!!」

 

 

今度は董夜さんがお兄様が投げたボールに当たって飛んで行く。

 

「お兄様があんなに楽しそうに………。」

 

 

董夜さんとお兄様が楽しそうにキャッチボールをしているのを見ていると、何故か参加しているわけでもないのにとても楽しい気持ちになった。

その後お兄様たちはどんどん沖の方へ離れていく。2人のキャッチボールで偶に水柱が上がるので見失うことない。

すると

 

 

「お!この子かわいい!ねぇねぇちょっとこっちでお茶しよーぜ」

 

 

2人のキャッチボールを見ていた私に、横合いから誰かが話しかけて来る。

見るとガラの悪そうな金髪色黒の男が3人立っている。

 

 

「け、結構です!兄と従兄弟が遊んでいるのを見てるだけですから!」

 

「まぁまぁそんなこと言わないで、ほら」

 

「きゃっ!」

 

 

ハッキリ断ったのに、男たちは私の腕を掴んで引っ張って来ます。後ろの男も私の身体を見てニヤニヤと口元を歪めていました。

その男達に生理的な恐怖を抱いた私は、沖にいるお兄様達に助けを求めようとした瞬間ーーーーーー。

 

 

深雪 side out

 

 

 

 

四葉董夜 補足

董夜は加重系魔法で重力操作をしたり、放出系魔法により周囲の電気を発生させて操作するのを得意としています。

この2系統の魔法のみが得意というわけではなく、加重系放出系が特出して得意であり他の系統魔法も高位魔法師よりも使いこなしています。

補足説明でした。

 

 

 

董夜side

 

「あーーっははははは!!達也が石みたいに水切って飛んでったアハハハハ」

 

 

俺はボールにありったけの加速術式をかけて達也に向かって放った。普通の人間なら死ぬが、達也ならこれぐらい屁でもないはずだ。

と、思ったのだが、不意をついたのが功を奏したかボールにぶつかった達也はそのまま後方へ飛んで行った。

 

 

「あー深雪の冷たい視線が痛い」

 

 

ビーチからの極寒の視線に耐えていると達也が起き上がって来た、良かったそれなりに楽しそうだ。

すると達也がボールを投げるモーションに入った。しかし、ここは水上であり魔法が不得意な達也は自力でボールを投げなければいけない。しかも達也が吹っ飛んでいる間に俺は達也から離れたから距離は20メートルぐらい離れている。

ハッハッハ、下衆の極みである。

 

 

「はっはっは、いくら筋肉のある達也でもそこからじゃあ威力はn、グボッ!!」

 

 

たかをくくっていると達也から信じられないスピードのボールが飛んで来た。嘘だろトレーニングで鍛えられているとはいえ20メートルあるのにこの威力って、チートすぎだろ。

 

 

「くそったれ!!くらえ!」

 

 

骨が軋んだ痛みをこらえて少し離れたところに浮かんでるボールを掴み、俺は達也に向かって加速術式のかかったボールを投げる。

しかし今度は不意打ちではない、あっさりかわされてしまった。

 

 

「2度も同じ攻撃は食らわん」

 

 

これでボールは自分のはるか後方に飛んでいく、そう思った達也はボールを取りに行こうと振り返った。

そこに軌道を変えて戻って来たボールが、振り向いた達也の顔面に直撃。

 

 

「あーっハッハッハ、残念今回は加速術式だけじゃなくもう1つ魔法をかけてベクトルの向きを変えたんだよ!!」

 

 

そう叫びながら俺は達也から離れて沖の方へ泳ぎ始める、深雪の事以外に激情を抱かない達也でもそれなりに頭にきているはずだ、ふと後ろを見ると水泳選手顔負けのスピードで追いかけてきた。

 

 

「董夜、許さん………深雪?」

 

「うひゃああああゴメンナサーイ!!………あれ?」

 

 

ふと俺と達也の『眼』が深雪の異変を感知した、俺たちはふと深雪の方を見るとガラの悪そうな男達に絡まれている。

 

 

「どうする達也、ボールに加速術式と硬化魔法をかけて投げてもいいけど」

 

「いや、それはまずいな」

 

 

確かに、もしそうしたら確実にあの男達は骨が折れて内臓が破裂し即死である。あまり大事にすると騒ぎで俺たちの正体がバレかねない。

 

 

「んじゃあこうしようか」

 

 

俺はCADが入った防水カバーを水着のポケットから取り出して魔法を放つ。ここから深雪のところまで100メートルは離れているだろうが、まぁ大丈夫だろう。

 

重力操作で男達にかかる重力を5倍にする。慣れない力に男達は訳もわからずに地面に倒れてしまった。そこで放出系魔法を使い電気を発生させて、気絶しないレベルの量の電撃を男達に浴びせた。誰にやられたのか、訳も分からない男達は一目散に逃げてしまった。

 

 

「ありがとう董夜、助かった」

 

「まぁ俺がやったほうが早く穏便にできたからね。俺としても達也がキレる前に事が終わって良かったよ」

 

 

そう言って2人で深雪目指して泳ぎ始めた。

 

 

董夜 side out

 

 

 

 

 

 

深雪side

 

 

「えっ?」

 

「ぐあっ!な、なんだ」

 

 

男達に腕を掴まれて連れていかれそうになったその瞬間、急に男達が倒れた。

私が足をつけている砂がかすかに振動していることからおそらく重力系の魔法が放たれたのだろう。

 

 

「い、いったい誰が」

 

「く、くそがっ………があ!!」

 

 

なんとか起き上がろうとする男達に、今度は電撃が浴びせられた。

 

 

「ひ、ひいっ!!」

 

 

さほど威力が強くなかったのか、気絶しなかった男達は怯えてどこかへ逃げてしまった。この電撃の魔法には見覚えがある。たしかあの人が朝に使った魔法と似たものだった筈。

ふと、お兄様たちが居る方を見ると、私がいるところから100メートルぐらい離れたところであの人が浮かんでいた。

 

 

「あんな遠くから、こんなに正確に魔法を当てるなんて」

 

 

私があの人の魔法技能に驚愕して居ると、視線に気づいたのか、私に手を振ってきた。私はつい振り返してしまい急いで手を引っ込める。

 

 

「もうそろそろいい時間だしお昼食べようよ」

 

「そ、そうですね」

 

 

あの人とお兄様が戻って来て、私がお礼を言うと、あの人は照れ臭そうに手を振った。

 

 

深雪 side oit

 

 

 

 

 

海の家『なるくるないさぁ』

 

董夜達がお昼を食べに向かった店。

10話で董夜達がデッキチェア・パラソル・机を借りたのもこの店。

御年75歳の元気なオバちゃんが看板娘を務めて居る。

厨房に立つのは、その夫であるオッちゃん。海の家を営んで居るのに泳げない。

オススメはゴーヤチャンプルーだが他にもたくさんメニューがありどれも美味しい。

このシーズンは客が絶えない。

 

 

 

深雪side restart

 

海の家に入ると元気そうなお婆さんが迎えてくれた。店内は賑わっていましたけれど、幸運な事に端っこの4人がけの座敷が空いていて私たちはそこに腰かけた。

 

 

「なんでも好きなものを頼んでいいよー。母様にお土産代でそれなりのお金もらってるし、あの人へのお土産なんて落ちてる貝殻でいいんだから」

 

「え、えぇ……。」

 

「いや、流石にそれはマズイだろう」

 

 

私とお兄様からしたら、董夜さんのお母さんは四葉家の当主であり。私達の抱いて居る畏怖の対象である。

そんな人にお土産代をもらっておきながら落ちてる貝殻をあげるなんて、この人のメンタルはどうなって居るのだろう。

 

 

「すいませーん、このゴーヤチャンプルーと焼きそばとお好み焼きを4人前ずつ。あとグレープフルーツジュースを2つとパイナップルジュースを1つください」

 

 

わたしとお兄様が食べたいものを董夜さんに伝えると董夜さんが注文をしてくれました。

 

 

「あの、改めて先ほどはありがとうございました」

 

 

ナンパ男達から助けてもらったお礼を言うタイミングを見失っていた私は、注文した品が来るまでの間に言うことにしました。

 

 

「あぁ全然いいよ。怪我がなくてよかった」

 

 

そういって董夜さんは屈託のない笑顔を私に向けてきました。不覚にも私はドキッとしてしまいました。

そういえば私は董夜さんに対する苦手意識が、先程助けてもらった瞬間にどこかに飛んで行ってしまっていました。

 

 

「深雪が何で俺に苦手意識を持ってるのかは知らないけど、偶には頼ってもいいんだよ」

 

「は、はい」

 

 

そのどこか寂しそうな笑顔に私は胸が締め付けられるような感情に襲われた。

この気持ちは何だろう。罪悪感でも嫌悪感でもない。私が体験したことのない感情だった。

 

 

「ここのゴーヤチャンプルー美味しいな」

 

「焼きそばも美味しいですよお兄様」

 

「よくこんな周りに人がたくさん居る場所でアーンし合えるな」

 

 

注文していたご飯が来ると私とお兄様で食べさせあいっこをしました、横で何か言ってる人がいましたがスルーです。

 

 

「お兄様」

 

「ん?なんだ深雪」

 

「おもいっきりお腹いっぱいになってくださいね」

 

「え?ちょまっ達也?そんな食べないよね?」

 

「深雪のお願いだからな」

 

「そ、そんな」

 

 

私の意図を理解してくださったのかお兄様が董夜さんに同情の目を向けました。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「お会計7,200円になります」

 

「は、8,000円でお願いします」

 

 

お兄様がご飯をたくさん食べて、私がデザートをたくさん食べました。

食べてる途中、董夜さんの顔がだんだん青くなっていく様は最高に面白かった!

 

 

「あら、お帰りなさい3人とも。あら?董夜さんどうしたの?」

 

 

別荘に戻るとお母様が、元気が無くなって居る董夜さんを心配していました。

 

 

「い、いえ、大丈夫ですよ、ハハハ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

穂波さんが手配したクルーザーは7人乗りの電動モニター付きの帆走船だった。

私たち5人と操縦士、その補助をする人の7人で船に乗り込む。

 

 

「お兄様!海がこんなに綺麗ですよ!!」

 

「あぁそうだな、さすがは沖縄だ」

 

 

私とお兄様は船尾で、お母様は船内で海を見つめていました。

そんな中、董夜さんは静かに船首でただ海を見つめていました。

 

「董夜さん……?」

 

一体何を見て居るのだろうか。

 

 

深雪 side out

 

 

 

 

 

 

 

董夜side

 

 

穂波さんが用意してくれた帆走船で俺たち一行は沖を漂っていた。

うん、深雪も達也も楽しそうだ。深夜さんも寛いでるみたいだ。

よし!俺が『あれ』をなんとかしようか。

海の深いところで動いている『あれ』にやっと気付いたのか達也がこちらを見ている。

 

 

「船長、深夜さん!潜水艦が魚雷を発射した!俺が対処するから海岸まで引き返して!」

 

「潜水艦!?なんで日本の海に!?」

 

「船長!!早く引き返しましょう!」

 

 

ふぅ、役立たずだな。こんな時に。

俺は潜水艦の撃ってきた魚雷のベクトルを変えて推進力を奪って停滞させて、潜水艦に全方位から超重力をかけて消滅させた。我ながら呆気ない。

 

 

「達也ー、魚雷これなんだけど。どこの国のか分かる?」

 

「き、君!?な、何をして居るんだ!?」

 

「と、董夜さん!?あ、あ、危ないですよ」

 

 

発射された魚雷を船の横に浮遊させる。みんなが驚いているが、まぁいいだろう。

 

 

「この文字は………大亜連合の物だな」

 

「ん、オッケー」

 

 

それさえ分かればこの魚雷に用は無い。俺は魚雷を海底に思いっきり打ち込んだ、もちろん珊瑚とかがない岩だらけのところに。

さてさて、国防軍は何をやってるんですかね?こんなにあっさり領海侵入を許した上に一般人を巻き込むなんて。

 

 

董夜 side out

 

 

 

 

 

 

深雪side

 

 

私はいま、驚愕しています。

まさか沖にクルージングに来たら潜水艦に魚雷を撃ち込まれるなんて。しかもその魚雷を董夜さんが浮かせて私たちの目と鼻の先に持って来て、お兄様と分析を始めるなんて。

 

それに重力操作なんて高難易度の魔法を魚雷を打たれた緊迫している状態で平然とできるなんて。

 

 

「深雪、大丈夫か?」

 

「あ、あんな近くに魚雷を………危ないのを分かってないんですかあの人は!!」

 

 

もし爆発していたら私は確実に死んでいました。私だけでなくお母様や董夜さんや船長さんや、もしかしたらお兄様まで。

董夜さんがこんな異常者だったなんて!!

 

 

「大丈夫だ深雪、あの魚雷は潜水艦から起爆信号がでない限りただの鉄の塊だ。それを知っていたから董夜は魚雷が発射された直後に潜水艦を消滅させた。それにあれは発泡魚雷と言って爆発するタイプじゃない」

 

「え、董夜さんはあの時間でそれだけの判断を?」

 

「ああ、あいつはいつもは飄々としてるが有事の際には誰よりも冷静に指示や処理が出来る人間だ」

 

 

あの一瞬でそれだけの判断をして、尚且つ高難易度の魔法を放つなんて、それにお兄様がここまであの人を信頼してるなんて………。

 

ふと目を向けると、董夜さんは船尾でいつまでもいつまでも魚雷が撃ち込まれた地点を見つめていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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15話 ホウモン(リメイク)

 15話 ホウモン

 

 

 

 

 

 

 

  深雪side

 

 

  結局クルージングは途中で中止になり、私は自室のベッドで休んでいる。どうもさっきから董夜さんのことが頭から離れない。

 

  先程の襲撃で、彼の的確な判断と高等魔法を目の当たりにした時の衝撃は今も忘れられない。

 

  前々から董夜さんのことは【出来る人】とは思っていた。上流階級の大人に引けを取らない政治力、どんな相手にも好感を持たせる社交性、そして整ったルックス。さらに、有事の際の的確な判断、超越した魔法センス。もう、董夜さんが私と同い年とは思えなくなってきた。

 

 

「はぁ、また私は董夜さんのことを」

 

 

  あの人のことが頭から離れない、胸が締め付けられる、会うと直接顔を見れない。

 

  こんな初めての感情に私は戸惑いっぱなし。そんなことを考えていると扉がノックされて穂波さんの声が聞こえてきた。

 

 

『お休みのところ申し訳ありません、。国防軍の方がお話を伺いたいとのことですが………。』

 

「え、私にですか?」

 

 

  穂波さんの戸惑いがちな声に、私はドアを開けながら問い返した。だって、お母様や董夜さんならともかく、私に用だなんて想像もつかない。

 

 

「ええ、私と達也君で訊きたいことには答えると言ったのですが………その………。」

 

「な、何かあったんですか?」

 

 

  いつもの穂波さんとは違い、なんと言っていいのか分からないような表情で苦笑いを浮かべている。

 

 

「董夜君が出てきて、その………少し、雰囲気がピリついてしまって」

 

「と、董夜さんが?」

 

 

  いつも飄々としている董夜さんが出てきて、なぜ雰囲気がピリピリするのだろう?

  いよいよわからなくなった私は、穂波さんに連れられてリビングに降りた。

 

 

「ですから士官殿、僕が聞きたいのは謝罪じゃないんですよ」

 

「え、ええ。その件に関してはーーー」

 

 

  なにやらいつもより怒気を含んだ雰囲気を浮かべながらも社交的な笑みを崩さない董夜さんと、冷や汗を浮かべて弁解している軍人らしき人がいた。

 

 

「あ、あぁ!いらっしゃったようですな」

 

 

  軍人さん達は私を見つけると董夜さんから逃げるように自己紹介してきた、どうやら風間大尉と言うらしい。私が座ると早速本題に入った。

 

  ちなみに董夜さんは先程から目が一切笑っていない。

 

 

「では………潜水艦を発見したのは偶然だったのですね?」

 

「はい、僕が船首で海を眺めていたらたまたま大きな影を見つけて、船長に知らせたらレーダーに映ってたんですよ」

 

 

  風間さんの問いに、董夜さんは淡々と中学生とは思えない雰囲気で答えている。

  私が来るまでに何があったかは何となく聞かないことにしよう。

 

 

「何か船籍の特定につながるような特徴はありませんでしたか?」

 

「潜航中でしたからね、それに僕達は素人ですからたとえ浮上していても無理でしょう」

 

「魚雷で攻撃されたそうですね、何か心当たりは?」

 

「あるわけないじゃないですか!!」

 

 

  穂波さんはかなりイライラしていた。元々穂波さんは国防軍の対応にかなり不満があるようだ。

 

  今の『何か余計なことでもしたんだろう』と言わんばかりの質問には私もムカッときたから、穂波さんが怒っても無理はないだろう。

  まぁ実際に、董夜さんが潜水艦を消滅させて余計な事をしたのだけれど。

 

 

「ーーー君は何か気付かなかったか?」

 

 

  穂波さんに睨まれた大尉さんはお兄様に質問の矛先を変えた。

  それは特に深い意味はなく、刺々しい雰囲気を和らげようと目先を変えただけに過ぎないだろう。

 

 

「目撃者を残さないために我々を拉致しようとしたのではないでしょうか」

 

「ほぅ、拉致」

 

「クルーザーに発射された魚雷は発泡魚雷でしたので」

 

「発泡魚雷か………。」

 

 

  発泡魚雷に関しては海岸に戻る船内でお兄様と董夜さんに説明してもらった。

  確か『化学反応で泡を作り出し、船を停止させる魚雷』だったはず。

 

 

「クルーザーの通信が妨害されていましたから。事故を偽装するためには通信妨害の併用は必須だからね」

 

 

  董夜さんのフォローに、お兄様が小さく頷く。

 

 

「兵装を断定する根拠としてはいささか弱い気もしますが」

 

 

  お兄様には使わなかった敬語を董夜さんには使っている、風間さんは完全に董夜さんを怖がっているみたいだ。本当に私が来るまでに何をしたんだろう。

 

 

「他にも根拠があります」

 

「ほう、それは?」

 

「回答を拒否します」

 

 

  お兄様の言葉に興味を示した風間さんをお兄様はバッサリと切り捨てた。

  風間さんも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 

 

「大尉さん、そろそろいいんじゃないかしら?私たちに答えられることなんてもうありませんよ」

 

「そうですね、、それでは失礼します、ご協力ありがとうございました」

 

「チッ………。」

 

「ッ………。」

 

 

  お母様の落ち着いた、かつ明確な拒絶の意思を含んだ一声で聴取は終わった。

  去り際に董夜さんが本当に小さく舌打ちをした時に風間さんの肩がビクッと震えていた。

 

 

「深雪さん、玄関まで送って差し上げなさい」

 

「はい、わかりました」

 

 

  私とお兄様で玄関まで風間さんを送り届けると、風間さんを待っていたのか先日、私たちに絡んできた軍人がいた。

 

 

「なるほど、司波達也くん。ジョーを倒したのは君だったか。絵垣上等兵!!」

 

  そのあとは風間さんと絵垣さんがお兄様に謝罪をして和解していた。すると風間さんは別れ際に。

 

 

「司波達也くん、私は現在恩納基地で空挺魔法師部隊の教官を兼務している。都合がついたら是非基地を訪ねてみてくれ」

 

「はい、都合がつきましたら」

 

 

  これでようやく風間さん達は帰るのかと思いきや、もう一度振り向いてバツの悪そうな顔で言いました。

 

「あ、ああ。もう1人の男の子も誘っておいてくれ。今回の件で彼にも迷惑をかけたからね」

 

 

  もう1人の男の子とはおそらく董夜さんのことだろう。本当にこの人と董夜さんに何があったのだろうか。

 

 

「董夜と何かあったのですか?」

 

 

  私の心中を察してかお兄様が代わりに聞いてくださいました。それにしてもお兄様なら知っていると思ったのですが。

 

 

「いやーあはは、彼にはこってり絞られてしまってね」

 

 

  それだけ言い終えると風間さんは足早に車に乗って帰って行った。

 

  その後、夕飯の場で私がお母様や董夜さんに。

 

 

「ーーーーーーーということがあったんです」

 

「…………別に基地なんて興味ないんだけど」

 

「それにしても董夜さん、あそこまで彼を追い詰めるなんて、深入りされたらどうするんですか?」

 

「別に母様からは素性を隠せなんて言われていませんからね。達也たちが公表されるのはNGでしょうけど、俺の名前と顔は十師族や一部の師補十八家や軍の上層部には知られてますし、母様もそろそろ公表するつもりでしょうから」

 

 

  さして問題ありませんよ。と笑う董夜さんに、お母様は何か言いたげな顔をしていたけれど、その話はそこで終わった。

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

  バカンスの3日目は雨模様だった。

  どこのニュース番組でも今日はマリンスポーツは避けたほうがいいと言っているけれど、こんな日に海に行く人なんかがいるはずがない。

 

 

「今日のご予定はどう致しますか?」

 

「こんな日にショッピングもちょっとねぇ」

 

 

  穂波さんから受け取ったパンをちぎりながら、お母様が首をチョコンとかしげる。実年齢よりもだいぶ若く見えるお母様はこんな仕草をすると、少女みたいでやはり可愛らしく映る。

 

 

「何かあるかしら?」

 

「そうですね………琉球舞踊なんていかがですか?あっ!衣装を着けて体験も出来るそうですよ!」

 

 

  手元のコントローラーをちょこちょこ動かして琉球舞踊の案内を見る穂波さん。

 

 

「面白そうね……深雪さんはどう思う?」

 

「そうですね!とても面白そうだと思います」

 

「では、お車の手配をしておきます………しかし1つ問題が」

 

 

  私とお母様が頷きあうと、穂波さんが顔を曇らせました。どうしたのだろう?

 

 

「この公演は女性限定なんです………達也くんと董夜くんは如何致しましょう」

 

 

  確かに案内画面の端っこには【尚この公演は女性限定になります。】の文字が。

  その事にお母様はパンをかじりながら考えています、そこに、董夜さんが。

 

「それじゃあ達也、折角だから誘われてた基地に行こう………」

 

 

  今まで眠そうにスープを口に運んでいた董夜さんが相変わらず眠そうな口調で提案した。

 

 

「あ、あの!私も行ってよろしいですか?」

 

 

  私は考えるよりも前に言葉が出てしまっていた。

  董夜さんのことがもっと知りたい。何となく離れたくない。そんな気持ちが心の中で渦巻いている。

 

 

「まぁそうね、達也さんと董夜さんがいるなら大丈夫でしょう。深雪も行ってらっしゃい」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「それじゃあご飯食べたら準備して出発しようか」

 

 

  私がついて行く事に董夜さんは嫌な顔1つせずに、むしろ少し嬉しそうだった。そんな小さな事に私は心の中でホッとしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

  恩納基地

 

 

 

  私たち3人はバカンスとはいえ、国の機関を訪れるのだからある程度失礼のない格好で基地を訪ねた。

 

 

「国防陸軍兵器開発部の真田です」

 

 

  出迎えてくれた軍人さんはそう名乗った。階級は中尉だそう、それを聞いたお兄様が驚いた顔をしていました。

 

 

「如何かしましたか?」

 

「いえ、まさか士官の方にご案内していただけるとは思っていませんでしたので。それにここは空軍基地と聞いていましたから」

 

 

  真田さんはお兄様の言葉にすこし頰をほころばせた。どうやらお兄様の態度に親密感を抱いたみたいだ。

 

 

「軍のことに詳しいんですね。君は」

 

「格闘技の先生が元陸軍なんです」

 

「あぁなるほど。さっきの質問ですが、本官の専門が少々特殊でして。人材が足りていないんです」

 

 

  そう言って笑う真田さんの笑みは爽やかで、ハンサムではないものの人に警戒感を抱かせないような人好みの顔をしていた。

  ちなみに董夜さんはずっと外面用のスマイルです。

 

 

「風間大尉、司波達也くんたちが来てくれましたよ」

 

「おおそうか。昨日の今日で来てくれたということは、軍に興味を持ってくれたということかな?」

 

「い、いえ私は兄達の付き添いです」

 

「興味はあります、ただ軍人になるかどうかは決めていません」

 

「深雪に同じく」

 

 

  説明するまでもありませんが上から私、お兄様、董夜さんです。董夜さんは昨日とは違い、爽やかな口調ではあるものの、目はしっかりと風間さんを見つめていた。

 

 

「そ、そうか。興味を持ってくれて何よりだ」

 

 

  ふと訓練中の軍人さん方の方を見ると昨日の不良軍人がいました。絵垣さん………でしたっけ?

 

 

「君も参加して見るかい?」

 

「いえ、自分はあまり魔法が得意ではありませんから」

 

「あのっ!!どうして兄が魔法師だと分かったのですか?」

 

 

  お兄様は魔法が苦手で、いままでも初見で兄が魔法師だと見抜いた人はいなかった。それでふと、考えるより先に言葉が出てしまう。

 

 

「ふむ…………勘、ですかな。沢山の魔法師を見ているとそれが魔法師か否か。強いか否かがわかるものです」

 

「な、なるほど」

 

 

  風間さんは『強いか否か』の辺りで明らかに董夜さんを意識していた。その董夜さんは何故か私の方を見て、小さくため息をつきながら困った顔をしていました。

 

 

「ところで、何故そのような疑問を?」

 

 

  風間さんの質問に私の心臓は飛び出そうになった。ここで私はようやく董夜さんのため息の意味を、私が墓穴を掘ったことに気付きいた。

  余計な詮索をしたせいで風間さんに変に思われてしまった。

 

 

「あの、その………。」

 

 

  何か言わなければと思うほど焦って来て、心臓の動きは速くなり始めました。頭が真っ白になる。

  そこへ董夜さんが私の肩に手を置いて。

 

 

「深雪は魔法が不得意な達也を気にかけてるんだよね。風間大尉、深雪はあまり大人の男性との会話に慣れていないんです、考慮していただけるとありがたいのですが」

 

「ああ、これは失礼しました。なるほどいい妹さんですな」

 

「はい、自慢の妹です」

 

 

  董夜さんのおかげで何とかこの場を凌ぐことができた。

  私は董夜さんの言葉に頼もしさと同時に、少し白々しさも抱いてしまった。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「どうかね、君も参加してみては」

 

 

  それは私たちが軍人さんの柔道のような訓練を見学している時に、私が退屈しているのをみた風間さんの言葉でした。

 

 

「そうですね、よろしければ」

 

 

  そういってお兄様は軍人さん達の集まりに混ざって行った。

  その後はまさに【お兄様無双】

  昨日の不良軍人も他の国体出場経験のある方もお兄様の敵ではなかった。

 

 

「ほう………ここまでとは」

 

 

  風間さんは驚いたような、何か興味深いような口調で呟きました。

  当のお兄様は軍人さん達に囲まれて「やるじゃねえーか」と、人気者になってる。

  お兄様の技術が正当に評価されている現実に、自然と笑みがこぼれる。

 

 

「それで、君はやらないのかな?」

 

「いえ、僕は体術がからっきしでして。魔法でなら」

 

「ほう、それならあの訓練がいい」

 

 

  そう言った風間さんは私と董夜さんとお兄様を連れてテニスコートくらいの大きさの演習場に行きました。

  そこには軍人さん達8人が魔法で戦っていました。

 

 

「この訓練に味方はいない、自分以外は全員敵だ。どうだい?」

 

「面白そうですね、参加させていただいてもよろしいですか?」

 

「ッ!?」

 

「勿論だとも」

 

 

  そう言った董夜さんは演習場に入って行き、他の方々に挨拶をしていました。

  入る直前。董夜さんがいつもとは別人のように貪欲な笑みを浮かべていたことに気づいたのは私だけのようだ。

 

 

「それでは………始め!!」

 

 

  審判の真田さんが合図をすると全ての軍人さんが董夜さんに向かって魔法を放つ………筈だった。

 

 

「な、なんだこれは!?」

 

「ま、魔法が発動しない」

 

「キャストジャミング?いや、なんだ」

 

 

  誰もが魔法を発動できずに動揺している。外から見ている私や風間大尉、他の軍人さんも何が起こったのかわからずに唖然としている中。董夜さんだけが笑みを浮かべていた。

  そして次の瞬間、糸切れ人形ように軍人さん達が崩れ落ちた。

 

 

「そ、そこまで」

 

 

  動揺している真田さんを後に、董夜さんは演習室から出て来た。

 

 

「な、何をなさったのですか?」

 

 

  全員を代表して私が質問すると、董夜さんは何でもないように。

 

 

「領域干渉だよ。開始と同時に演習室全体に展開したんだ」

 

「な!?これだけの範囲に!?」

 

 

  董夜さんの言葉に風間さんを含む軍人さん達が驚愕していました。領域干渉はかなりレアなスキル、それもこの規模を補完できるほどとなるとかなりすごいのだろう。

 

 

「その後は皆さんの体の中に微弱な電気を入れ、軽い感電を起こして神経を麻痺させました、以上です」

 

「ほう………魔法力だけでなく制御までも、規格外とはまさにこのことだな」

 

「失礼ですが、名前を伺ってもよろしいですか?」

 

 

  風間さんの感嘆の声の後に真田さんが董夜さんに名前を聞いた。そういえばまだ董夜さんは名乗っていませんでした。

 

 

「四葉………四葉董夜です。風間大尉殿、以後お見知り置きを」

 

 

  董夜さんは、ただ静かに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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16話 キモチ

 16話 キモチ

 

 

 

 

 

 

 

  恩納基地から数キロ離れた場所では、司波深夜とそのガーディアンである桜井穂波が琉球舞踊を体験していた。

 

 

「ふ、ふぅ、かなり疲れるわね」

 

「そ、そうですね、大丈夫ですか奥様」

 

「ええ、楽しいから大丈夫よ」

 

 

  普段運動しない深夜はもちろんのこと、普段鍛錬を欠かさない穂波まで息が上がってることから琉球舞踊はそれなりに体力を使うのだろう。

 

 

「それにしても向こうは大丈夫かしら?」

 

「深雪さんですか?それなら達也くんがいますから大丈夫ですよ」

 

「いえ、董夜さんの事よ」

 

「董夜くんですか?」

 

 

  穂波が深夜の言葉に疑問を抱く理由、それは彼に対して心配する点が見当たらないからだ。

 

 

「ええ、まぁあの子は戦闘を楽しむ節があるから。まぁ相手が自分より弱いとすぐに飽きちゃうんだけどね」

 

 

  因みにその頃、数キロ離れた基地では董夜が意気揚々と兵士たちとの訓練に参加し、その弱さに落胆していることを2人は知らない。

 

 

「それにしても何故奥様と真夜様はそこまで董夜くんを気にかけるのですか?」

 

 

  四葉の本家内で真夜が董夜を溺愛し、董夜が家を出る際には物凄く心配していたことは使用人の間では有名な話である。

 

 

「そうね、彼が私と真夜の仲を治してくれたから、恩でも感じているのかしら」

 

 

  深夜はどこか遠い目をして数年前の彼の言葉を思い出した。

  それは真夜と深夜が初めて董夜に激昂し、完膚なきまでに言い負かされ【あの事件】後初めて2人一緒に笑った日である。

 

 

「さてそれじゃあ続き始めましょうか」

 

 

  ちなみにそれは董夜がまだ小学一年生の頃の話である。

 

 

 

 

 

  深雪side

 

 

  お茶でも、といわれたが出されたのはコーヒーだった。こちらはお兄様と私。あちらは風間大尉と真田中尉、そして誕生日席に座る董夜さんの合計五人でのコーヒータイム。

 

  この時間は、私にとって奇妙な感じがしていた。大尉さんが話しかけるのはお兄様と董夜さん。中尉さんが話しかけるのもお兄様と董夜さん。

  私はお兄様の妹として、思い出したように相槌を求められるだけ。ここではお兄様が主役で、董夜さんは付き添い。私はその付属品だ。

 

 

「……見たところ司波君はCADを携行していないようですが、補助具は何を使っているんですか?」

 

 

  司波、という名を呼ばれた時。それはお兄様を指していて、私は「司波君の妹」。家とは違って、お兄様が主役であることに私はこの上ない幸福感を覚えていた。

 

 

「特化型のCADを使っていますが、なかなかフィーリングに合う物が無くて……僕はCADを使った魔法の使い分けが苦手ですから」

 

「ほぅ、そうですか。あれだけサイオンの操作に慣れていれば、CADも難なく扱えそうだが」

 

 

 話題はお兄様が先ほど訓練で使った無系統魔法から、CADへと移っていた。

 

 

「司波君、良かったら僕が開発したCADを試してみませんか?」

 

「真田中尉はCADをお作りになっているんですか?」

 

「僕の仕事はCADを含めた魔法装備全般の開発です。ストレージをカートリッジ化した特化型CADの試作品があるんですよ」

 

 

 お兄様が目を輝かせている……気がする。普通の人と比べれば随分と控えめな表現だけど、お兄様がこれ程はっきり好奇心を示すのは珍しいのではないだろうか。少なくとも私はあまり記憶にない。

 董夜さんは先ほどから質問されても軽く答えるだけで、今はお兄様と真田さんの会話を聞いている。

 

 

「試してみたいです」

 

 

 お兄様が董夜さん以外にこれ程ハッキリ自分の願望を述べるところも、初めて見たのではないだろうか……そんな事を考えながら、私は「司波君の妹」としてお兄様と董夜さんと一緒に真田中尉さんに案内された。

 

 案内された先は、基地の中とは思えない、綺麗で整頓された研究室だ。

 軍の基地なんて汚れて散らかってるか、物が無くて殺風景な物だとばかり思っていた私はきっと、意外感を隠し切れてなかったのだろう。風間大尉と真田中尉が微笑ましげに私の事を見ていたのは、きっとそんな理由だと思う。

 お兄様は感心したように、あるいは感動したように、部屋の中を見回している。

 董夜さんも何か感心したような顔で部屋を見渡していた。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 初日から波乱含みだった沖縄のバカンスも、昨日は平穏を取り戻した。今日も今のところ無事に過ぎている。

 私たちは沖縄到着四日目から漸く、南国の休日を満喫出来るようになったという訳だ。……ただ、その「私たち」にお兄様が含まれるかはどうかは疑問だった。

 現時刻は午後一時。お昼寝代わりにただ今部屋で読書中。桜井さんが見つけてきてくれた珍しい紙の魔法書を、机に広げてボンヤリ眺めているところだ。

 何故ボンヤリ眺めているのかというと、完全に理解など出来ないからだ。中学一年生の私が一度読むだけで理解出来るなんて考え方が自惚れだというものだ。

 

 

「あの人ならわかるのかしら」

 

 

 何でもこなしてしまう私の従兄弟。

 勉強もできて運動神経も良く、魔法も得意で社交性もある。

 いつの間にか私は董夜さんの事をもっと知りたいと思うようになっていた。

 

 

「き、きちゃった」

 

 

 そんなわけで、今私がいるのは董夜さんの部屋の前だ。

 あれこれ考えているうちに、気付いたら部屋まできてしまった。

 

 

「よしっ!」

 

 

 気合を入れて私はドアノブに手をかけた。何の気合かはわからないけれど。

 

 

「ん?深雪どしたの?」

 

 

 中で董夜さんは椅子に座って机の上で何かを書いていた。

 今時紙媒体なんて珍しいのに、あれは昔流行った手帳というものだろうか。

 

 

「あの………少しいいですか?」

 

「うん、いいよ。椅子一個しかないからベッドに座ってもらうけど、いい?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 

 こ、ここでいつも董夜さんが寝てるんだ………って私は何を考えているの!

 

「それでどうかした?」

 

 

 何となくドキドキしてる私に董夜さんはいつもの調子で問いかけてきた。

 何か明確な目的があってきたわけじゃない私は少ししどろもどろになってしまう。

 

 

「あの、董夜さんとあまり話したことがないから、少し話したくて」

 

 

 後半になるにつれて声が小さくなっていく私に董夜さんは少し驚いた顔をした。

 

 

「たしかに、達也にはよく会ってたけど、深雪と会うのは春会ぐらいだったもんね」

 

 

 四葉家では毎年、正月に叔母様が主催して分家の当主とその子供が招かれる会がある、それが【慶春会】である。

 昨年は宗家である四葉家の叔母様と董夜さん。分家では司波家・椎葉家・真柴家・新発田家・黒羽家・武倉家・津久葉家・静家の当主と子供が集まった。

 

 

「それで、その、董夜さんに何か苦手なことはありますか?」

 

 

 私から見た董夜さんはまさに【完全無欠】である。そんな董夜さんに何か弱点がないか探ってみることにした。

 

 

「んーそうだね、武術は本当に素人レベルから少ししか上達しなかったね、達也と魔法なしでやったら5秒立てたらいい方だよ」

 

「え!?そうなんですか!?」

 

 

 あの董夜さんに素人レベルの何かがあるなんて意外だったし、それよりも自分の弱点をすんなり教えてくれた方に驚いた。

 

 

「そだよ、あと興味のないことに取り組むのは苦労するね」

 

「それは誰でもそうですよ、あはは」

 

「それもそうだね、ははは」

 

 

 私はこの人と話す事を心の底から楽しいと感じている自分がいることにも驚いた。

 それに年相応の顔で声で雰囲気で笑う董夜さんにも新鮮さを覚えた。

 

 

「董夜さんは小さい頃何をどんな事をしていたんですか?」

 

「んー、そだねー、【四葉真夜の息子】として色々とパーティーに出ることも多かったからね、魔法の訓練に礼儀作法の取得に勉強だね、ここまでは深雪と変わらないかな」

 

 

 そこで一旦董夜さんは、言葉を切った。

 董夜さんのいうとおり、私も魔法の訓練に礼儀作法の取得に勉強を小さい頃からよく叩き込まれたものだ。

 

 

「母様の仕事の手伝いをしたり後は……まぁ、四葉の裏の仕事をしたりしてたね」

 

「裏の仕事、ですか?」

 

 

 少しだけ声のトーンを落として、けれど雰囲気は柔らかいままの董夜さんに私は少しだけ身構えた。

 

 

「深雪も知ってるかもしれないけど四葉家は他の十師族に比べて【いつでも自由に使える魔法師】が少ないんだ」

 

「はい、知っています」

 

 

 その事はお兄様から聞いたことがあるがそこまで、それからの知識はあまりない。

 

 

「だけど国家に反逆したりしようとしたりする人や、日本の魔法技術を国外に流出させようとしてる人の始末を国や国防軍から依頼される量は四葉が一番なんだよ」

 

 その情報は初耳だった、てっきり【万能】と名高い七草家が一番だと思っていた。

 やはりこの人は四葉の中枢に深く関わっているのだろう。

 

 

「それは何故ですか?」

 

「反逆者を影で消すのが四葉は一番うまいからだよ、それでその仕事を俺もたまにやってるんだよ」

 

「そ、それはお兄様もですか?」

 

「うん勿論、だけど俺よりは少ないはずだよ」

 

 

 ここで私は1つだけ疑問が湧いてきた。

 なぜ四葉家内で【司波深夜の息子】ではなく【司波深雪のガーディアン】として、使用人として扱われるお兄様よりも【四葉家次期当主筆頭候補】の董夜さんの方が危険な仕事が多いのか。

 

「それは………お兄様は魔法の才能がないからですか?」

 

 

 私の中で、お兄様が仕事ですらも差別されている嫌悪感と、お兄様の危険な仕事が減っている安堵感が渦巻いていた。

 

 

「うーーん、確かに俺の方が達也より魔法技能は高いけど、これに関してそれは関係ないかな」

 

「え………?」

 

「達也と俺では裏の仕事の得意分野が違うんだよ、達也の【分解】は証拠に限らず対象の遺体すらも消し去るけど、それじゃあ困る時があるんだ」

 

「………」

 

 

 私はいつの間にか董夜さんの話に聞き入っていた。

 お兄様や董夜さんは四葉の闇に深く関わっているのに私だけ知らないのは、何だか置いてかれているような気になっていたからだと思う。

 

 

「そこで出てくるのが俺。俺は対象を自然死に見せかけるのが得意だからね」

 

「なるほど」

 

 

 確かに証拠が残った方がいい場合もあるのかもしれない、そんな時にお兄様がしたいすらも消し去ってしまったら困ってしまうのだろう。

 私は自分でも驚く程、残酷な事を平然と考えていた。

 

 

「はい、暗い話はここでお終い何か他のこと話そう」

 

「はい…………董夜さんはお兄様のことをどう思っているんですか?」

 

「そうだねぇ………一番今の所俺の中で1番信頼してる人だよ、達也は深雪の事にしか激情を抱けないから、深雪が俺に敵対して来てきたら困っちゃうけどね」

 

 

 いつも飄々としてる董夜さんが私の質問に真面目に答えてくれる、そのことが何だか嬉しくて私はどんどん質問する事にした。

 

 

「そ、それじゃあ、私は?」

 

 

 何故か私は緊張して胸がドキドキしている、何故私はこんなに緊張しているのだろうか。それに、数日前から抱いている董夜さんに対するこの感情はなんなのだろうか。

 

 

「本人の前で言うのは緊張するな」

 

「正直にお願いします!」

 

 

 董夜さんは少し困った顔をした後、私の真剣な顔を見て一つ息を吐くと話し始めた。

 

 

「昔から深雪とはこんな風に気軽に話したかったんだけどね、何故か深雪に避けられてて。だから今回深雪達の旅行に同行できると分かった時は嬉しかったなぁ」

 

「私と仲良くしたかったんですか、な、何故?」

 

 

 私は今まで董夜さんは私に興味がないと思っていたからその言葉を聞いた時は驚いた、だけど理由がわからない、お兄様と友好的にするための手段としてだろうか。

 もしそうだったら……………悲しい。

 

 

「そりゃあ、こんな綺麗な子と仲良くなれたら嬉しいよ」

 

「き、綺麗!?わ、わ、わあああ!」

 

 

 私は照れ臭くて驚いて嬉しくて、部屋を出て行こうとしてベットから立ち上がった、けれど急いでいたからか足元がふらついてしまって倒れ込んでしまった。

 

 

「ッ………!」

 

 

 頭に響くであろう衝撃を覚悟して目を瞑ったけれど、いつまで経っても痛みはなかった。

 

 

「いつつつ、大丈夫か深雪?」

 

 

 目を開けると、董夜さんが私の下敷きになって衝撃を抑えてくれていた。

 私の胸の鼓動はさらに早くなって顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。

 そこへ………。

 

「大きな音がしたが大丈夫か!?」

 

「深雪さん?」

 

「深雪さん?どうかしましたか?」

 

 

 私たちが倒れる音を聞いて驚いたのかお兄様とお母様と穂波さんが駆けつけてきた。

 

 

「「「………」」」

 

「いや、これは、ちが………ッ!」

 

「え?」

 

 

 何故かお兄様とお母様と穂波さんは固まって、董夜さんの顔が青くなっていく。

 そして私は今更自分と董夜さんの状況を確認した。

 床で寝そべる董夜さんの丁度腰の部分にまたがっている私の姿を。

 

 

「邪魔したな」

 

「あらあらお取り込み中でしたか」

 

「董夜さん………お話があるから降りてきなさい」

 

 上からお兄様、穂波さん、そして怖い顔で董夜さんを見るお母様。

 

 

「いや!これは違うんですよ深夜さん!」

 

「そ、そうです私が倒れ」

 

 

 私が言い終わる前にお兄様達はもうリビングに降りてしまっていた。

 私と董夜さんは固まったままだ。

 

 

「と、とりあえず深雪、降りてくれない?」

 

「ご、ごめんなさい!私のせいで!」

 

「いや、いいよ。それより首、少しすれて火傷してるよ」

 

「え、あっ」

 

 

 そう言って董夜さんは私の首筋に手を伸ばして、首筋を優しく撫でる。

 今の私たちの状態は、お互いに向かい合って正座をして。董夜さんは私の首筋を片手で撫でて、私は顔を赤くして目を瞑っている。

 

「何をしているのかしら董夜さん、降りてこいと言った筈y………。」

 

 

 そこに又してもお母様が襲来。

 もはや殺気すら漏れているお母様に、董夜さんはいつもの猫の皮すら剥がれ、白い顔で笑っている。

 

 

「きなさい」

 

「…………はい」

 

 

 そう言って董夜さんはお母様の後に付いて行った。

 

「(ご、ごめんなさい!董夜さん!)」

 

 心の中で謝りながら董夜さんの後ろを付いていく私だった。

 

 

 深雪 side out

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 その頃、四葉家本邸では

 

 

「ふーーー」

 

「お仕事ご苦労様で御座います、真夜様」

 

 

 執務室で仕事を終わらせた真夜と、そんな真夜を労い紅茶を淹れる四葉家筆頭執事の葉山がいた。

 

 

「あーー、私も姉さんや董夜さんと一緒に海行きたかった………行っちゃおうかしら」

 

「董夜様がご旅行中の間、今までなさっていた仕事も真夜様がなさると董夜様から聞いております」

 

 

 そういって真夜が今日一日で終わらせた仕事量と相違ない量の書類を机に置いた。

 当然真夜は絶句している、

 

 

「そ、そんな………あ、あの子はぁぁぁぁあ!」

 

 

 そんな、真夜の声を聞きながらおかわりの紅茶を用意する葉山だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 董夜side

 

 

 何故だ………何故さっきまで深雪と楽しく会話をしていた筈なのに、今は深夜さんの怒りの眼差しを受けているんだ。

 

 

「それで?私の大事な深雪に手を出した理由を聞かせてもらえるかしら?」

 

 

 今はリビングで俺と深雪が横に並んで座って、深夜さんが俺の正面に座っている。

 達也と穂波さんは深夜さんの後ろで俺を見ながら笑いをこらえていた。

 

 

「(あ、あいつら………覚えてろ)」

 

「どうかしたのかしら?何かやましいことでもあるから黙りこくっているのかしら」

 

 

 達也と穂波さんに怨念を飛ばしても、今はその前で怒りの眼差しを向けてくる深夜さんの誤解を解くのが先だ。

 

 

「いや、決して下心はなく!カクカクシカジカでして」

 

「ほんとでしょうね」

 

「わ、私も証言します!元を辿れば私が足元をふらつかせたのが原因です!」

 

 

 その場は何とか深雪が助けてくれて誤解は解けた、だけど何故か深夜さんの俺を見る目が以前より冷たくなった気がする。

 それよりも

 

 

「2人とも帰ったら仕事量増やすから」

 

「な、何故ですか!?」

 

「…………横暴だ」

 

 

 達也と穂波さんに仕返しをした。

 数日後に波乱な場面に巻き込まれることになるとは、この時は誰も思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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17話 カイセン

17話 カイセン

 

 

 

 

 

 

深雪side

 

2週間のバカンスも残りあと7日、最近では董夜さんともよく話すようになってきていた。今まで話したことが少なかったから気付かなかったけど私と董夜さんは話しが合うことが多かった。

けれど董夜さんと仲良くなるに連れて胸の痛みは増してきていた。

 

私達が丁度朝食を食べ終えた頃、すべての情報機器から緊急警報が流れた。

情報の発信源は国防軍、つまり外国からの襲撃ということ。私達は食い入るようにテレビを見た。

そこには耳慣れない情報が羅列されてパニックになっていたが、私は1つの単語に引っかかった。

 

「潜水艦ミサイル?」

 

クルージングの最中に襲ってきた潜水艦は、もしかしたら今日の前触れだったのだろうか。

 

「避難しましょう、ここから近い避難所は、、、」

 

穂波さんが携帯端末で避難所の検索を始めた。

さすがの穂波さんも焦っているようだ、私もさっきからパニックで背中に嫌な汗が流れていた。

 

「ーーーーーーーはい、わかりました。ありがとうございます」

 

そんな中董夜さんは部屋の隅で携帯を耳に当てながら誰かと会話をしていた。

 

「深夜さん、軍の基地に避難できるように母様に便宜を図ってもらいました」

 

「そう…ありがとう」

 

このタイミングで電話が終わったということは、董夜さんは緊急警報が鳴ってすぐに電話をかけたことになる。そんな冷静な判断ができるなんて。

 

「今、恩納基地の風間大尉から電話がありました、迎えの車が来るそうです」

 

「よし、それじゃあ準備しようか」

 

外国の軍が攻めて来てもしかしたら命を落とすかもしれない中、何故か董夜さんは楽しそうだった。

それは慢心ではなく、好奇心に私は見えた。

 

 

 

 

 

 

 

予想していた通り、迎えにきたのは絵垣上等兵だった。

 

「達也、待たせたな」

 

「ジョー、わざわざありがとう」

 

「おう!いいってもんよ」

 

絵垣上等兵はすっかり友人に向ける笑顔でお兄様と話し、お兄様も多少遠慮がちだけど親しげな雰囲気だった。

 

「風間大尉の命令により、皆様を迎えに参りました!」

 

「ご苦労様、案内をお願いします」

 

「はっ!」

 

必要以上に張り切った口上で述べた絵垣上等兵に少し辟易とした顔で穂波さんが答えた。

絵垣さんもそれを気にした様子はなかった。本音を言えば少し気にして欲しかったけれど今はそれよりも基地に連れて行ってもらう方が先である。

 

「……………」

 

董夜さんはお母様の後ろで何か考え事をしているようだった、その口が少し歪んだ笑みを作った時、私は董夜さんが何か恐ろしいものに見えた。

 

 

 

 

軍の連絡車輌に乗った私達は、検問に止められることもなく敵の攻撃にさらされることも無く無事基地に到着した。

意外だったのは基地に避難した民間人が私達だけではなかったこと。100人いないにしても、それに近い数の人がいた。

 

私達が案内されたシェルターは【国防軍 恩納基地 第五シェルター】と書かれた部屋だった。

中は殺風景で何も置いていないただの空間だった。大体大きさはテニスコートぐらいだろうか、そこには民間人が5人いてオドオドした様子だった。

 

(もしかしたら私達も、私も戦わなくちゃいけない場合があるのだろうか)

 

私達は魔法師、国では兵器という扱いになっている。もしかしたら緊急時に私もあの、人を殺さなくては自分が殺される場に立たなくてはいけないのだろうか。

お兄様は懐に拳銃型のCADを二丁携えている。もしもの場合でもお兄様の【再成】があれば大丈夫だけど、あれはお兄様にとてつもない負荷をかけてしまう、できれば、、いや絶対に使って欲しくない。

 

董夜さんはCADを持ってはいないけど、どこかいつもの董夜さんと違う感じがした。

 

「大丈夫だよ深雪」

 

ふと董夜さんと目が合ってしまった、そのとたん董夜さんの雰囲気がいつもの調子に戻る。

 

「何があっても深雪が戦うことはない、深雪は俺と達也で守るからね」

 

「は、はい、ありがとうございます」

 

何だか私の不安を読み取ったようなタイミング、いや実際に分かったのだろう。何だか私の不安な心に董夜さんの優しい言葉が染み渡って行った。

 

 

 

 

「達也、気付いた?」

 

あれから数分経ったころ董夜さんがいきなり言葉を発した。一体何に気付いたのだろうか。

 

「ああ、銃声だな、拳銃では無くフルオート型のアサルトライフル」

 

「え!?」

 

達也さんと董夜さんの言葉に穂波さんが動揺している、当の私も内心パニックになりつつあった、だってここは安全な基地のはず。

 

「2人とも状況はわかりますか?」

 

「いえ、ここからでは…この部屋の壁には魔法を阻害する効果があるようです」

 

「右に同じ」

 

お母様が少しだけ動揺した声でお兄様と董夜さんに問いかけた。

お兄様が【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】という先天的異能を持っていることは知っていたけど、やはり董夜さんも持っているのだろうか。

 

「だけど部屋の中で魔法を使う分には問題ないみたいだね」

 

?、一体何で確かめたのだろう。

私がそんなことを考えていると自分の体が浮くような奇妙な浮遊感に襲われた、いや実際に浮いていた。

 

「なっなっなっななな!!」

 

「あははは、大丈夫だよ落とさないから」

 

そして私の体はゆっくりと地面に着地した。

 

「深雪にかかる重力を操作して浮かせたんだよ、楽しかった?」

 

「こ、怖かったです!!何か言ってからにしてください!!」

 

「ごめんごめん、それに緊張解けたみたいだね」

 

「あっ…」

 

最初はこんな時にふざけているのかと思いイラっとしたけど、その真意を知って改めて胸が温かくなる。

 

「君たち、外を見てきたまえ」

 

董夜さんの優しさに浸っていた私の思考になにやら中年声が土足で踏み入れてきた。

 

「理由を尋ねてもよろしいですか?」

 

穂波さんを制して董夜さんが柔らかい口調で答える。口調こそ柔らかいものの董夜さんと付き合いがそれなりにある私たちには彼が心の底では苛立ってるのが分かった。

 

「君たちは魔法師で我々人間の道具なのだ、当たり前だろう」

 

「はぁ、あなた山極運輸の常務理事の長谷川 重政さんですよね」

 

「ふん、その通りだが」

 

やはりこの人も富裕層の人だった、大方権力を使って軍に保護を求めたのだろう。

それよりも私達は董夜さんの次の言葉に驚いた。

 

「いやぁーやっぱり!あっ申し遅れました。僕は山極運輸を束ねる山極グループの株の3割を保有しています四葉董夜と申します」

 

「四葉?董夜?…ま、まさか、そ、そんな、そんな訳が」

 

「長谷川さんの話はよく聞きますよ、例えばーーーーー」

 

そして董夜さんはおじさんに耳打ちをした、声が小さくてとても私たちには聞き取れなかったけれど明らかにおじさんは動揺している。

 

「こ、これはとんだご無礼を、し、失礼します!!」

 

顔から汗を流して動揺しているそのおじさんは元の場所に引っ込んで行った。

 

「はぁ、董夜さんにも困ったものね。達也さん外の様子を見てきなさい」

 

「はい…董夜、深雪を頼むぞ」

 

「ん…りょうかい」

 

お母様は最近お兄様が私を深雪と呼んだり、董夜さんを董夜と呼ぶことに対してなにも言ってこなくなっていた。

そして何故かお兄様が部屋から出ていくのを董夜さんは苦い顔で送っていた。

 

「この選択、悪手じゃありませんかねぇ」

 

いつもの董夜さんとは思えないほど喧嘩腰の口調でお母様に話しかけた、先程といい今日の董夜さんはどこかおかしい気がする。

 

「ええ、私も嫌な予感がするけれど、その時は貴方に…頼ってもいいかしら」

 

「はぁ、わかりましたよ」

 

お母様の少しだけ勝手な物言いに董夜さんは頭を掻きながら同意した。

 

 

 

 

 

 

部屋の外から爆竹の様な音が鳴り響いたのはそれから数分後。もちろん外でお祭りが行われている訳ではなく本物の銃声である。

しかも近づいてきたのは銃声だけでない、人の足音も近づいてきた。

そしてその足音は部屋の前で止まった。

 

「深夜さん、キャストジャミングの感受性強かったですよね?」

 

「え、ええ、まさか」

 

「まだわかりませんけど、嫌な予感がする」

 

董夜さんの言葉にお母様の頰から汗が流れる。

私とお母様は穂波さんの後ろに行き、穂波さんの前では董夜さんが立っている。

その背中からは珍しく緊張感が漏れていた。

 

「失礼します!空挺第ニ中隊の金城一等兵であります!」

 

警戒を持ちつつも少しだけ緊張感が緩んだのが穂波さんの背中から伝わってきた、しかし董夜さんは何故か一層警戒感を強めていた。

開かれたドアの向こうには4人の若い兵士がいた。全員が「レフト・ブラッド」の二世の様だけど、この基地はそういう土地柄なのだろう。

 

「皆様を地下のシェルターにご案内します、ついてきてください」

 

予想通りのセリフだったけれど、私は躊躇わずにはいられなかった。今この部屋を離れればお兄様とはぐれてしまう。

ふと董夜さんを見ると先程よりも苦い顔をしている、そしてそれはお母様も同様だった。

 

「すみません、連れが一人外の様子を見ていまして、先にそちらの方の移動からお願いします」

 

「あ、あぁ頼む」

 

董夜さんの言葉に先程のおじさんは恐縮した様子で頷いた。

そして金城一等兵は長谷川さんたちを連れて部屋から出て行った。

 

「フフフ、貴方でも達也さんを利用するのね」

 

軍人さんたちが出て行った後、お母様が放った言葉に私は驚いた。

董夜さんは本当にお兄様を心配していると思っていたのに!

しかし、董夜さんはお母様を相手に凄い目つきで睨みつけた。

 

「勘違いしないでいただきたい、俺は貴女とは違ってそれを良しとしていない」

 

「ま、まぁまぁ、それより今の状況ですよ」

 

何だかギスギスしてきた2人の空気を察して穂波さんが入った。

すると董夜さんがお母様とは何か別のものに苛立った様子で、

 

「達也には悪いけど、あそこであいつらに付いて行くのは不味い」

 

「そうね、私のカンもそうだったわ」

 

何だかこの2人は気が合うのか合わないのかよくわからない、そんなことを考えながら私は何気なく董夜さんの後ろから出て左に五歩歩いた。

それに特に理由はなく、本当にただ何と無くだった、けれどそれが最悪の選択だった。

 

 

 

「申し訳ありませんがあなた方をここに残しておくことはできません、お連れの方は我々が責任を持って案内しますので」

 

もう一度ドアを開けて入ってきたのは先程の金城一等兵だった、どうするのだろうと董夜さんやお母様の方を見ると同時にまた1人部屋に入って来る影があった。

 

「ディック!!!」

 

突然のことだった、部屋に入ってきた絵垣上等兵に向かって金城一等兵が発砲したのだ。

そして軍人の1人が何か石の様なものを手に握って前に突き出した。

 

「させるかよ!!」

 

とっさのことに反応できなかった私や穂波さんと違って董夜さんはすぐに右手を前に突き出し、魔法を発動する。

するとアンティナイトを持っていた兵士が地面に倒れる。

 

「チィッ!クソガァ!!」

 

それで激昂したのか金城一等兵が懐から銃を取り出して銃を乱射し始めた。

 

「ヒステリーかよ……っ!!??」

 

董夜さんや穂波さんやお母様に向かって行く弾丸は全て董夜さんが弾き落とした。

しかしここで董夜さんは初めて私が董夜さんの背中から離れていることに気づいたみたいだ。

 

「なんでそんなところにっ!!」

 

私の視界は不思議とスローモーションの様になっていた、董夜さんは急いで金城一等兵を撃退する。

でも私は見てしまった、金城一等兵が倒れる前、彼の銃口が私に向かっていることに。

私は死を覚悟して目を閉じた。

 

(ああ、こんなことならもっとお兄様と旅行を満喫すればよかった)

 

(あぁ……董夜さんとも……)

 

 

 

 

ダァン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃声がして少ししてから私はまだ自分に意識があることに気づいた、どうやら銃弾は外れた様だ。

ゆっくりと目を開くとそこには。

 

「何やってんだよ、離れたら…守れないだろ」

 

董夜さんの笑顔があった。

 

「董夜さん……」

 

(ああ、数日前から私の胸にある痛み、その正体がようやくわかった………)

 

 

 

 

 

(これは…………恋だ…)

 

 

 

私の、胸の痛みは消えさり、それは高鳴りへと変わっていた。

私はその高鳴りを抑えきれずに董夜さんに抱きつく。

 

ああ、これが恋なんだ。

 

 

 

だけどおかしい、何で董夜さんは喋らないのだろう、そして何だろうか董夜さんの背中に回した私の手にこべりついた……この……赤い………ドロっとしたような……。

 

 

 

「深雪に怪我が無いのなら…よかっ……た……」

 

 

そう言って董夜さんは床に倒れた、背中から大量の血を流しながら。

 

 

「キャアアアアアアアア!」

 

そんな!やっとこの気持ちに気づけたのに!これからもっと仲良くしていきたいのに!そんな!そんな!

 

思考がままならない私はいつの間にかあの人の名前を叫んでいた、使わせてはいけないと思っていた魔法の為に。

ありとあらゆる事象を改変するあの神の如き魔法の為に、、、、。

 

 

 

「おにいさまぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく深雪を守ってくれた、この恩は忘れないぞ董夜」

 

 

声がした方を見上げる、そこにいたのは左手に握った拳銃型CADを董夜さんに向けいつも通りのポーカーフェイスで、けれど少し悲しそうな顔をしたお兄様だった。

 

 

深雪 side out

 

 

 

 

 

 



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18話 セントウカイシ

18話 セントウカイシ

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪side

 

「ありがとう達也、後ごめん」

 

「何故謝る、お礼を言うのは俺の方だ」

 

私を庇って撃たれる前と同じ状態に戻った体を起こしてお兄様と話し始めた。

 

お兄様の魔法【再生】は死んでいなければどんな傷でも、例え腕が消えても復元できる。けれどその代わりに本人が受けた痛みの記憶を何百倍にも凝縮したものがお兄様に訪れる。

 

「董夜さんっ!よかった」

 

「あなたに貸しは作りたく無かったのだけれど、ありがとう」

 

私は感動のあまり董夜さんに抱き着き、お母様は少し離れたところでお礼を言っていた。

もしあの時、董夜さんがアンティナイトを持った兵士を撃退しなければ、感受性の強いお母様は危険だったかもしれないのだ。

 

「申し訳ない、軍に裏切り者がいることに気づけなかった、罪滅ぼしではないが何でも言ってくれ」

 

そんな私たちから少し離れた扉のそばで風間大尉と絵垣上等兵が頭を下げている。どうやら絵垣上等兵も無事だったようだ。

 

「敵は大亜連合か?」

 

「はい、間違いないかと」

 

ゆっくりと立ち上がった董夜さんが今まで以上に高圧的な雰囲気で風間さんに問いかけた、董夜さんは今、初対面でも分かるぐらい苛立ちを表に出している。

 

「じゃあ深雪達をこの基地の統合司令室に連れていけ、どうせ軍のことだ、ここよりも頑丈で安全な作りになっているんだろう」

 

その言葉に風間さんは驚きで目を見開き少し苦い顔をした。おそらく董夜さんの予測が当たっていたのだろう。

 

「あとアーマースーツと歩兵装備一式を貸してください。貸すと言っても消耗品はお返しできませんが」

 

「何故だ?」

 

そこに入って来たお兄様の言葉に風間さんは疑問を覚え、私は驚愕した。

まさかお兄様は戦場に行こうとしているのか。

 

「妹をここまで危険な目に合わせておいて黙って見ているわけにも行きません」

 

「俺はこの格好のままでいい、歩きづらそう」

 

「了解した、2人には一時的に戦闘に参加してもらう」

 

「あ、俺はたまたま戦闘に巻き込まれた民間人ということで、アンタ達の指図は受けないから」

 

「俺は風間大尉の指揮下で構いません」

 

2人とも目に怒りを燃やしているのは同じなのに言っていることはまるで違った。

 

「き、気を付けてくださいね!」

 

この2人に限ってないと思うけど、それでも2人は中学一年生、まだ子供である。

もしたしたら怪我をするかもしれない最悪死んでしまうかもしれない。そんなことを思った私の口から自然と声が出ていた。

 

「あぁありがとう深雪」

 

「…………」

 

え?お兄様は振り返って返事をして下さったのに董夜さんは何も言わずに立ち去ってしまった。

もしかして私のせいで怪我をしたから怒っているのだろうか、そうだったら嫌だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

防空司令室は装甲扉を五枚通り抜けた先にあった。窓がない、どころか直接外に面している壁がない。

学校の教室四個分くらいの大きさのフロアで、中には30人ぐらいのオペレーターが三列に並んだコンソールに向かって座っていた。

前面には大型スクリーンが備えられていて戦場の様子が見て取れた。

 

 

 

オペレーター達にどよめきが広がった、スクリーンを見るとお兄様が戦場を闊歩していた。

 

「な、なんだよ…あれ」

 

オペレーターの1人が困惑の声を上げる。

モニター内ではお兄様が右手に握ったCADを敵に向けるとその敵は霞の如く消えていき、左手のCADを倒れている味方に向けると、今度はその傷が、霞の如く消えた。

さながらお兄様は戦場に降り立った神のようだった。

 

「お兄様…」

 

私が恍惚の表情を浮かべていると室内にさらなるどよめきが広がった、先程声をあげたオペレーターも言葉を失っている。

彼らがお兄様に向けていた感情が畏敬だとしたら、あの人に向けられた感情は恐怖だった。

 

モニターの中で董夜さんが歩いている。それだけ見ればお兄様とさして変わらないようだけどその顔は笑っていた。大きく口を三日月の如く歪め、手をポケットに入れて歩いている、そしてその体は異常なほど敵の返り血で染まっていた。

 

「と、董夜さん……?」

 

董夜さんはただ歩いているだけなのに、それだけで彼の周りにいる敵兵は時には口から大量の血を吹き、時には腹部のみが中心に向かって収縮し胴体が切断状態になったりなど、いつもの優しい彼からは想像もできない残虐さであった。

 

「はぁ、これだから彼を出したくなかったのだけれど」

 

隣でお母様が心底困ったように頭に手を当てていた。

 

モニターでは董夜さんが30人ほどの敵兵に囲まれている。

敵兵は全員鬼気迫る顔をしているが、董夜さんの表情からは笑みが消え、ただつまらなそうな顔をしていた。

まるで数日前の国防軍の兵士との訓練の時のように。

 

「なっ!?」

 

オペレーター達のさらなるどよめきが広がる、それもそのはず董夜さんを囲んでいた兵士が全員消えたのだ、いや正確には消えたのではなく一瞬で上空まで舞い上げた。

おそらく敵兵にかかっていた重力を軽減したのだろう

 

そして董夜さんの周りをサッカーボールぐらいの光の塊が30個ほど浮かんだ。

次の瞬間、その塊からレーザーのようなものが上空で身動きが取れない敵兵に目にも留まらぬ速さで照射された。

レーザーは敵兵全員の体を正確に貫通して飛んで行く。

董夜さんはつまらなそうだ。

 

深雪 side out

 

 

 

 

 

董夜side

 

あーつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらない。

 

「こんなもんかよ大亜連合ってのはァ!」

 

俺がまっすぐに伸ばした右手を横に振るう、それで俺を囲んでた敵兵の体が全てネジ切れる。

 

「它,帮助!!!」

 

目の前に男が1人腰を抜かして地面に尻をついていた。

 

「请教!它帮助我! !」

 

大陸の言語だろうか?

俺は英語とヨーロッパの数カ国の言葉はわかるが、一族の者が大亜連合を忌み嫌ってるためそこの言語に勉強はおろか触れることすら許されなかった。

従って俺にはこの男が何を言っているのか分からない。

 

とりあえず殺す。

 

降参の意を示しているものに対して攻撃することは虐殺を意味するが、俺にはあの男が何を言っていたのか分からなかった。もしかしたら挑発していたのかもしれない、だからこれは虐殺じゃないよねぇ。

 

董夜 side out

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

風間の指揮する恩納空挺部隊に同行した達也と董夜は、侵攻軍を水際まで追いつめていた。普通なら「達也と董夜が同行した恩納空挺部隊は」と表現すべきかもしれない。

だが、わずか一個小隊の歩兵集団の先頭に立つ、フルフェイスのヘルメットとアーマースーツに全身を隠した小柄な魔法師とラフな服装を赤く染め、笑みを浮かべながら立っている魔法師が侵攻軍を潰走させているのは、この場にいる、敵の目にも味方の目にも明らかだった。

 それは戦闘と表現するには一方的に過ぎる殺戮だった。

 

全身を隠した魔法師の歩いた後には、血が流れない。肉が、飛び散らない。血肉を焼く臭いすら、五体を引き千切る爆音すら存在しない。

そしてその隣にいる死神のような笑みを浮かべた魔法師の歩いた後には死体死体死体死体死体死体死体、そう死体の山である。

 

 

 

 

 潰走する侵攻軍の戦線は崩壊と表現して差し支えのない状態にあったが、侵攻軍の指揮系統まで崩壊してしまっているわけではない。

侵攻軍の指揮官は、最早橋頭保を維持出来ないと判断し、海上への撤退を命じた。我先にと上陸舟艇へと乗り込む侵攻部隊の兵士たち。一歩、一歩、着実に歩み寄ってくる魔人と死神から逃れるために。

逃げ出すのに忙しくて反撃が止んだ侵攻部隊を前に、達也の足も止まった。急に自分たちの役目を思い出したのか、恩納空挺隊が斉射陣形を作り上げる。

だが、「撃て!」の命令が下されるより早く、達也から景色を歪める「力」が放たれた。

視界、つまり光波に余波を及ぼすような強い干渉力が放つ魔法師がいない訳ではない。本当に優秀な魔法師は意図した事象改変以外に「世界」を乱すような力は使わないものだが、パワーに比して熟練度に劣る若手の優秀な魔法師は時々そのような意図せざる事象改変を引き起こす。しかしこの場において生じたのは、全くの物理的副次作用だった。

小型の強襲上陸艇が中に呑み込んだ兵員ごと塵となって消えた。景色が歪んで見えたのは、上陸艇の一部がガスとなって拡散した所為で空中に密度の異なる気体層が形成され、光の屈折減少が発生した事によるものであろう。

 

次の艇で逃走しようと先を争って乗船していた敵兵が揃って動きを止めた。手にしていた武器を次々と海に投げ捨て、白い旗が上がる。降参の意思表示である。

だがそんな事を、魔人は気にしない。達也は右手を白旗を掲げた艇に向ける。

 

「虐殺はマズイからストッープ」

 

自身の残忍さに反して理性の働く死神が魔人の一瞬の隙をついて手からCADを叩き落とす。

本来達也の手からCADを叩き落とすなど並の人間にはできないが、それを可能にするのが董夜の【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】と反射神経である。

 

「スマン」

 

「気にすんな、気持ちはわかるさ」

 

声だけ聞けば美しい友情物語だが、俺らの容姿は片や全身を黒いスーツで隠し、片や全身返り血だからけで爽やかに笑っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上陸部隊の投降により、直接武装解除に当たる風間の部隊だけではなく迎撃に出動していた部隊の間にも安堵感が広がったのは仕方の無い側面があるにしても、些か早すぎた。

 

「司令部より伝達! 敵艦隊別働隊と思われる艦影が粟国島北方より接近中! 高速巡洋艦二隻、駆逐艦四隻! 僚軍の迎撃は間に合わず! 二十分後に敵艦砲射程内と推測! 至急海岸付近より退避せよとの事です!」

 

後方に控えていた兵士が焦った口調で風間大尉に伝えてくる。

それと同時に董夜と達也は【眼】を使って確認する。

 

風間は部下から受け取っていた通信機を離すと、一つ息を吸い込んだ。

 

「予想時間十二分後に、当地点は敵艦砲の有効射程内に入る! 総員、捕虜を連行し、内陸部へ避難せよ!」

 

ヘルメットを脱いだ風間の顔に、苦渋や懊悩は窺われない。断固とした指揮者の威厳が鉄の仮面を作っている。だが彼が捕虜連行の命令を苦々しく思っているのは他心通など使えなくても明白だった。

 

「特尉、それに董夜君。君達は先に基地へ帰投したまえ」

 

だが董夜と達也としてもそれだけの艦隊が攻めて来て、果たして深雪が無傷で済むとは限らない状況で引くわけにはいかないーーーーだったら殲滅しかない。

 

「敵巡洋艦の正確な位置は分かりますか?」

 

達也は風間の指示に従う代わりにヘルメットを被ったまま質問した、董夜はジッと沖を見つめている。

 

「それは分かるが……真田!」

何故だ、とは問わなかった。その代わりに戦術情報ターミナルを背負った部下の名を呼んだ。

 

「海上レーダーとリンクしました。特尉のバイザーに転送しますか?」

 

「その前に」

 

真田の風間に対する質問を、達也が途中で遮った。

 

「先日見せていただいた射程伸張術式組込型の武装デバイスは持って来ていますか?」

 

真田がバイザーを上げて、風間と顔を見合わせた。風間が頷き、真田は達也へ視線を戻す。

 

「ここにはありませんが、ヘリに積んだままにしてありますから五分もあれば」

 

「至急持って来ていただけませんか」

 

「おー、達也あれをやる気なんだね?」

 

「ああ、それしかない」

 

真田のセリフをぶった切って達也は少年らしい性急さでそうリクエストした。そして達也は風間へと顔を向け、顔を隠したままのヘルメットから有線通信用のラインを引っ張り出し差し出した。

風間は眉を顰めただけで何も言わずにヘルメットを被り直し、同じようにラインを引き出してコネクターの端子を噛み合せた。

 

『敵艦を破壊する手段があります』

 

部下の見ている前で持ちかけられた内緒話は、思いがけない爆弾発言で始まった。

 

『ただ、部下の皆さんに見られたくありません。真田中尉のデバイスを置いて、この場から移動していただけないでしょうか』

 

風間から達也の表情は見えない。有線通信越しでは音声も上手く伝わって来ない。判断の材料となるのは、口調と、わずかな付き合いから読み取った為人のみ。

 

『……いいだろう。ただし、俺と真田は立ち合わせてもらう』

 

『わかりました』

 

風間がヘルメットを外すと董夜と目があった。

 

「あれ?風間さんは残るの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

武装デバイスの準備を終えた達也に、真田が猶予時間を告げた。

 

「敵艦はほぼ真西の方向三十キロを航行中……届くのかい?」

 

「試してみるしかありません」

 

真田の問い掛けに達也はそう答えて、武装デバイスを仰角四十五度に構えた。

銃口の先にパイプ状の仮想領域が展開される。通り抜ける物体の速度を加速する仮想領域魔法。仮想領域の作成に時間がかかっているものの、構築された仮想領域のサイズに、真田は満足して頷いた。

だが、達也が展開している魔法はそれで終わりではなかった。物体加速の魔法領域のその先に、もう一つの仮想領域が発生した。

 

「「なっ!?」」

 

真田と風間が信じられないものを見るような目で達也を見る。それに対して董夜は達也の方を見ずに依然として沖を見つめていた。

 

「す、すごい」

 

真田の呟きは、狙撃銃の発射音にかき消された。見えるはずの無い超音速の弾丸を目で追いかけるようにして沖を見詰める達也。やがて彼は落胆したように首を振る、そんな達也の代わりに董夜が。

 

「ダメだね、20キロしか届かなかった。もっと近づかないと」

 

「しかしそれでは、こちらも敵の射程内に入ってしまう!」

 

「分かっています。お二人は基地に戻ってください。ここは自分と董夜だけで十分です」

 

「バカな事を言うな! 君も戻るんだ」

 

「しかし、敵艦を撃破しなければ基地が危ない」

 

「だったらせめて、この場から移動しよう」

 

「ダメです。今から射撃ポイントを探している時間はありません」

 

 真田の精一杯の譲歩は、彼自身にも分かっている理由で却下された。

 

「我々では代行出来ないのか?」

 

 黙って二人の会話を聞いていた風間が、沈んだ声で達也に訊ねた。

しかし帰って来たのは同じく黙って二人の会話を聞いていた董夜の無慈悲の一声だった。

 

「無理だね」

 

「では、我々もここに残るとしよう」

予想外だったのはこの答え。達也にとって、風間の即答は思いもよらないものだった。

 

「正気?失敗すれば逃げる間も無く死ぬよ?」

 

董夜が珍しく少しだけ目を見開いて尋ねる。

 

「百パーセント成功する作戦などあり得んし、戦死の危険性が全くない戦場もあり得ない。勝敗が兵家の常ならば、生死は兵士の常だ」

 

何の力みも無く、風間はそう語った。葉隠の有名な一節に通ずるそのセリフは、説得を断念させるには十分な威力を有していたのだった。

 

「はぁ、どうなっても知らないからね」

 

「右に同じです」

 

董夜は深いため息をつきながら再び沖に向き直り、達也は相変わらずの無表情だった。

 

ナレーションside end

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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19話 マジントシニガミ

19話 マジントシニガミ

 

 

 

 

 

 

沖合で水柱が何回か上がる。

敵の艦砲射撃の試し打ちだろう。最早達也も風間も真田も何も言わないが董夜はどこか楽しそうだった。

 

そして達也は武装デバイスを構える。銃弾の飛行時間や落下速度などを考慮すれば敵艦はすでに射程圏内だ。

達也は仮装領域魔法を展開し、引き金を4回引いた。

4回とも僅かに銃口をずらし、照準誤差を補うように撃っている。

 

「風間さん達はそこで映画でも見るように鑑賞してていいよ」

 

緊迫した場にもかかわらずその場に合わないほど気楽な声をあげたのは董夜だ。

達也が大規模な魔法を使うことを察知し、少し離れたところにいた風間達の緊迫した心情は董夜により少しだけ余裕が生まれた。

 

「君は本当にkーーーーーーーーー

 

風間が何処までも気楽な董夜に呆れ声を発し終わる前に衝撃音がひろがる。

達也の射程圏内に敵艦が入ったということは自分たちも敵艦の射程圏内に入ったということだ。

 

「なっ!?一体これは!?」

 

風間と真田が驚愕したのも無理はない。

雨のように飛んでくるが敵の砲弾が全て、達也の手前10メートル付近で直角に落ち、水面に水柱を立てているからだ。

 

「詳しいことは言えないけど風間さん達に砲弾が飛んでくることはないから安心しててくださいね」

 

砲弾の弾道が直角に曲がる理屈がわからずにいた風間達は達也の隣で両手をズボンのポケットに入れて敵艦を凝視している董夜を見る。

 

「こ、これを全て彼が………………!」

 

敵艦から絶えず雨のように飛んでくる砲弾を全て捌ききっている董夜に風間と真田は驚きが止まない。

こちらから敵艦の様子は水面の水柱で全く見えなくなっているが達也はバイザーに表示されている情報と自身の【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】による情報で十分なのか大して動じていない。

 

達也は自分が魔法の調整をしている間に、敵の攻撃を全て防いでいる董夜に安心感を感じながら自分の銃弾が敵艦隊のちょうど上空に到達したのを【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】で認識した。

そのまま手を前に突き出し、掌に力を込めて開いた。

 

銃弾がーーーーエレルギーに 分解される。

 

質量分解魔法【質量爆散(マテリアル バースト)】が初めて実戦でしようされた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が魔法を放った瞬間、水平線の向こうに閃光が生じた。空を覆う雲が白い光を反射する。日没には程遠いいのに水平線が眩しく輝き爆音が轟く、誘爆する間も無く全ての燃料が爆ぜた音だ。

衝撃が収まり不気味な鳴動がつたわる。

 

「津波だ!!にげろ!!」

 

風間が叫んで真田も慌てている。

しかしそれに対して達也も董夜も冷めたものだ。

 

「だから言ったでしょ?『映画でも見るようになって鑑賞してろ』って」

 

董夜がそういうと風間と真田は彼のあまりの冷静さに疑問を覚える。

水平線を見ると既に津波が十数秒で到達するまでに来ていた。

 

「もう少し離れましょう」

 

いつの間に董夜から離れたのか達也が風間と真田にもう少し下がるよう忠告して、自身も離れる。

 

「よし、少しだけ頑張ろうかな」

 

達也達が自分から離れたことを確認した董夜の周囲に電気が発生し始める。

そして董夜が海に足をつけるとーーー

 

「!?」

 

董夜に迫っていた津波も含めて広範囲の水面に電気が走り、けたましい音が鳴ったと思うと津波もろとも海の水が砂浜から10メートルの地点まで跡形もなく消えた。

風間も真田ももはや言葉が出ずに口をパクパクさせている。

そこへ風間の無線機から着信を知らせる音が鳴った。

 

「な、なんだ………………………な、なに!?それは本当か!?」

 

まだ動揺が抜けていない風間がさらに動揺して顔が面白い感じになっていく。

 

「どうやら先ほどの達也くんの魔法を宣戦布告と判断したのかここから40キロのところに先程の3倍の量の艦隊が現れたようだ」

 

「ええ〜?あれに懲りずにまだ来るのか」

 

風間の新しい情報に董夜と達也は呆れ、真田は動揺で卒倒しそうになっていた。

 

「どうする?董夜」

 

「うーん、今から逃げてもさっきと変わんないから………………今度は俺が迎え撃とうかな」

 

董夜の思い切った発言に達也は驚き、風間と真田は『も、もう君達にまかせる』と疲弊した様子だ。

 

「叔母様からの許可は大丈夫なのか?」

 

「帰ってから怒られるから大丈夫だよ」

 

全然大丈夫じゃない状況に達也は溜息を吐き董夜は艦隊がいる方向を【眼】で確認してそちらに数歩歩いた。

 

 

 

 

深雪side

 

司令室で戦場の様子を見ていた私は…………………いや私だけじゃなくお母様を抜いた全ての人の顔が驚愕に染まった。

 

まずお兄様が武装デバイスを構えている間に襲いかかる敵の砲撃を全て捌ききった董夜さんもそうだし、敵艦の頭上に現れた光球が艦隊を飲み込むほどの爆発を起こしたお兄様にも一同驚きが去ることはない。

 

「す、すごい」

 

もしかしたらこの2人がいるだけで世界、いやこの星でさえも壊せるのではないか。

そんなことを思わせるほどのインパクトがあの2人にはあった。

 

「な、なに!?」

 

私が2人に恍惚とした表情を浮かべていると頭上のアラームが鳴り響き、赤い光を灯して緊急事態を知らせていた。

 

「沖合40キロ地点に先程の3倍の規模の敵艦隊を発見!!こちらに近づいています」

 

オペレーターの1人がアラームにも負けない声量で叫んだ。

先程のお兄様の【質量爆散(マテリアル バースト)】で敵が怯んで、もう終幕かと思っていた私も当然驚く。

モニターでは今の情報を聞いたのか風間さんと真田さんが慌てているが董夜さんとお兄様に動揺した様子はなかった。

 

「まさかあの子!…………真夜の許可は得ていないでしょう!!!」

 

今まで涼しい顔でモニターを見ていたお母様が突如驚いたような声をあげた。

モニターを見ると董夜さんがお兄様達から離れて、ゆっくりとした歩調で海へ歩を進めた。

先程の董夜さんの魔法で消えていた水は今となってはいつもと変わらないように存在している。

 

「董夜さん……………?」

 

ここ数日、彼とはよく話した。

そしてさっき彼に好意を抱いていることを自覚した。

そして私は彼の事を分かった気でいた。

 

董夜さんは一体幾つの秘密があるのだろうか。私が彼の全てを理解する日は来るのだろうか。

 

深雪 side out

 

 

 

 

 

 

 

 

董夜side

 

四葉董夜、それが俺の名前だ。

物心がついたのがいつだったかは覚えてないが俺の記憶では母様は俺に沢山の愛情を注いでくれてた。

けれどそれは俺に甘かったというわけではない。俺は幼少期から魔法の訓練や礼儀作法、勉学など様々な物を叩き込まれてきた。

武術だけはいくらやっても素人レベルから対して上がらなかったが、それ以外はどんどん上達していった。

 

成長するにつれて四葉の裏の仕事もするようになってきた。

四葉は国から反逆者の始末を依頼されることが多いらしく、俺もよくその仕事を手伝ったりしていた。

異変に気付いたのは小学校の5年の時。誰かを始末する仕事が入るのを楽しみにしている自分がいることに気づいた。

俺は裏の仕事を手伝うまで、幼少期から習得してきた魔法の技術をどこで使えばいいかわからなかったからかもしれない。

それに今まで俺には自分から守りたいと思える人間はいなかった。

だけど今日深雪が撃たれそうになった時、俺の体は頭で考えるよりも早く動いていた。

達也の魔法で一命をとりとめた俺に泣きながらすがりついて来る深雪を見て俺は『深雪を守る』と決めた。

 

「達也達は俺から10メートルくらい後ろにいてね」

 

そして今、俺は1人で相手するには多すぎる規模の艦隊を迎え撃っている。

さっき津波を防いだせいでサイオン量がヤバイけど俺の後ろには守るべき人がいる。

だから俺は負けるわけにはいかない。

 

 

董夜 side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

董夜が腕輪型CADをはめた右腕を前に突き出すと彼の背後に

5つの光球が浮かんだ。

 

「達也ー!これ打ったら多分サイオンの量がヤバイから意識失うと思うけどよろしくー!」

 

董夜が大声で後ろにいる達也に向かって叫ぶと達也は無言で頷いた。

その後ろでは風間が動揺から『次はどんな魔法を見せてくれるんだ?』という好奇心に染まった顔に変わっている。

 

「よしっ!敵の位置はっと」

 

董夜は自身の持つ【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】を発動して敵の正確な位置を補完。魔法の調整をする。

そしてーーーーーーーーーーーーーー

 

「荷電粒子砲!発動!!」

 

董夜が突き出した手を握りしてると全ての光球がまばゆいほどの光を発し始めた。

 

放たれた5つのビームは董夜から100メートル程離れると合流し、太さ10メートルほどの巨大な柱のごとき姿に形を変えた。

そして【荷電粒子砲】はそのまま艦隊に直撃。艦隊を薙ぎ払った。しかし【質量爆散(マテリアル バースト)】程の爆音は無く大した衝撃も董夜達を襲うことはなかった。

【荷電粒子砲】に触れた敵の艦隊や海の水は全てその高温によって蒸発している。

それによって津波は起こることはなく。見た目ほどの衝撃もない。

 

「こ、これほどとは」

 

風間が感嘆の声を漏らすと同時に董夜の体は力なく崩れ落ちた。

それもそのはず大量の海の水を蒸発させた直後に大規模な魔法を放ったのだ。いくら莫大なサイオン量を誇る董夜でも限界がきたのだ。

 

「………………今日はお前に助けられてばかりだったな」

 

崩れ落ちる董夜の上半身が地面に触れるよりも早く受け止めた達也が既に意識のない董夜に向かって囁いた。

 

 

衛星から今回の顛末を見ていた大東亜連合はそれ以降董夜を、ヒンドゥー教で荒々しい殺戮の女神として知られる【迦利(カーリー)】と呼び、それは瞬く間に世界中に広がっていった。

これが世界中から【四葉の死神】と呼ばれるようになった所以である。

 

そして同じく衛星で見ていた日本政府や十師族により彼は【沖縄の英雄】と呼ばれ、そのなは日本中に広まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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20話 ゴジツ

20話 ゴジツ

 

 

 

 

 

 

 

後日談というか今章のオチ

 

俺が沖縄で倒れたのち、目を覚ましたのは2週間後だった。

起きるとそこは四葉本邸の俺の自室だった。

 

「あなたが実名で戦略級魔法師として登録されたわ」

 

俺が起きたと知って全力疾走で俺の部屋まで来た母様は息を整えるとそう切り出した。

 

「そうですか…………………達也はどうなりましたか?」

 

あれほど大規模な魔法を使ったのだ、こうなることは予想できていた。

それよりも達也である、四葉としては達也を目立たせたくないだろうにどういう措置を取ったのだろうか。

 

「達也さんは【大黒竜也】として国防陸軍の第101旅団 独立魔装大隊という部隊に戦略級魔法師として配属されることになったわ」

 

これには少し驚いた、達也を戦略級魔法師にするだけでもリスキーなのに軍人として軍隊に配属させるとは思わなかったからだ。

それにしても四葉が1人いるだけでも強力な戦略級魔法師を2人も有するなんて。【五輪家】が十師族になっている最も強い理由は【五輪澪】という戦略級魔法師がいるからだ。それ程力が無い家でも戦略級魔法師がいるというだけで十師族となる。

 

ただでさえ強い魔法師を有して、十師族の中でも序列がトップタイになっている四葉が戦略級魔法師を2人も有するなんて、十師族内のパワーバランスが崩壊しかねない。

 

「そういえば深雪さんが貴方の心配をしていたわ。1週間前に帰るまで付きっ切りで看病していたのだから」

 

なんと、それは悪い事をしたな、今度会った時にお礼を言っておこう。

次に会うのは慶春会だろうか。

 

「それに、姉さんもお礼を言っていたわ。ありがとね姉さんも助けてくれて」

 

そういえば基地でアンティナイトを持った兵士を撃退したな。まぁ深夜さんが無事ならよかった。

深夜さんはアンティナイトの感受性が強いからな、もろに食らってたら命も危なかったかもしれない。

 

 

 

それにしてもお腹が空いた、2週間寝込んでいる間は点滴を打たれていたから空腹感を覚えることはないが何だか気持ち的に口に何かを入れたい気分だ。

 

「それならいい時間だし、お昼にしましょうか。使用人達も貴方のことを心配していたから、一度顔を出してあげなさい」

 

そういうと母様は部屋から出て言った、時計を見るとして午後の12時半だ、なるほど確かにちょうどいい時間だ。

それにしても使用人の皆が心配してくれていたなんて、心配させてしまったことに罪悪感を覚えるけど、慕われているという事実に幸福感も抱いていた。

 

「おっとと………と」

 

久しぶりにベッドから立つと足元がふらついてしまった、おぼつかない足取りで服を着替えて俺は部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というのが沖縄での顛末だよ」

 

「へぇーーそんなことがあったんだね」

 

「あの時は私のせいで董夜さんが怪我をしてしまって………………うぅ」

 

なにやら深雪が申し訳なさそうにしているが別に何年も前の事なのだからいいのに。

 

「それよりも、最近深夜さんはどうなの?」

 

「あぁ近頃は容体も落ち着いてきているらしい」

 

深夜さんは達也達が高校に入学をして深雪と達也の二人暮らしを始めてから確かにどこかの別荘で療養中のはずだ。

 

「そっかあよくなるといいな」

 

深夜さんが元気になることを願いながら、俺はとっくに食べ終わった夕食の皿を台所に運ぶのだった。

 



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九校戦編
21話 ジュンビキカン


21話 ジュンビキカン

 

 

 

 

 

七月半ば、季節は夏に入り最高気温が30度を超える日が当たり前になっていた頃、国立魔法大学付属第一高校では定期試験も終わり九校戦に向けての気迫が高まり、校内の雰囲気は何処か浮ついていた。

ちなみに定期試験の順位はこんな感じだ。

 

総合成績

 

1位、四葉 董夜

2位、司波深雪

3位、光井ほのか

4位、北山雫

 

 

このように上位4人をA組で独占していた。

1位の董夜と2位の深雪の差は僅差で、少し離れてほのか、そして雫といった感じだ。

今回の成績で職員室内でのA組担任が鼻を高くしたのは職員室のストレスの一因となっているが校内を騒がせたのは違った理由だった。

 

「お兄様!流石です!!」

 

「あ〜、また達也に勝てなかった」

 

そう理論での成績で2科生である達也が1位になったのだ、これには全校生徒どころか職員まで驚愕に染まっていた。

しかし、いつまでも驚いているわけにはいかない。

 

九校戦―――正式名称、全国魔法科高校親善魔法競技大会。

毎年、全国にある九つの魔法科高校から、それぞれ選りすぐりの生徒たちが集い魔法競技を競う大会である。九校戦は毎年魔法関係者だけでなく一般企業や海外からも大勢の観客とスカウトが集まる大舞台だ。当然、全国の魔法科高校はこの競技に力を込めており、それはこの第一高校も例外ではない。

 

そんな大規模な行事に普通はテンションが上がるものかもしれないが、学校を仕切る立場、すなわち生徒会はそうも言ってられない。大会までは後半月以上もあるのに、その仕事の多さはもう殺人的だ。それは、あの真由美が軽口を叩くこともなく黙々と仕事に取り組んでいることから理解してもらえると思う。正確には黙々と仕事に取り組んでいるのではなく軽口を叩く暇さえないということなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

董夜side

 

生徒会室には達也と摩利さんを含めた生徒会メンバーが集合していた。

 

「……今年の九校戦は、このメンバーなら負けることはないでしょう。それだけの人材が揃っているわ」

 

「そうですね、今年は一年生も優秀ですから。ですが……」

 

「エンジニアか」

 

鈴音の言葉を引き継ぐように摩利が発した言葉で、その場にいる達也以外の面々がため息でも吐きそうな様子を見せた。

 

「私と十文字くんがカバーするっていっても限度があるしなぁ……」

 

「はぁ。俺も達也みたいにCADの調整ができればなーー。…………………………達也みたいに」

 

「おい、何故2回言う」

 

「そりゃ大事な事だからね」

 

無表情からだんだん焦ったような表情に変わる達也とは逆に、うな垂れていた真由美さんの顔に笑顔が戻った。

 

「盲点だったわ……!」

 

ガバッと勢いよく身体を起こした真由美さんは獲物を見つけた鷹のような視線を達也に送る。視線を向けられた達也は俺のことを恨めしそうに睨むが、俺はそっぽを向いて素知らぬふりをした。

 

「待ってください、俺にエンジニアなんt「深雪はどう思う?」おい、俺の話を」

 

達也はなんとか逃げようとするが、そんな事させるわけにはいかない。こんな時には深雪に振るのが1番だ。

 

「お兄様!やりましょう!!」

 

当然深雪が否定的な意見を出すわけがない。深雪のキラキラとした視線を向けられた達也のエンジニア入りは確定したのだった。

 

(フッ、チョロいぜシスコン)

 

俺が心の中で悪態をついたら達也に思いっきり睨まれたが偶然だろう、うん偶然だよね?

 

 

 

 

 

 

その日の夜、俺と雛子が夕食を食べていると母さん(最近【母様】から【母さん】に呼び名を変えた)から電話があった、どうやら九校戦の会場である富士演習場の南東エリアで国際犯罪シンジケートの【無頭龍(ノー・ヘッド・ドラゴン)】の構成員らしき人が現れたらしい。その事を達也に電話で言うと同じように風間少佐から連絡が来たらしい。

 

「うーん、四葉の命令なしに殲滅に動くと国防軍の妨害になりそうだからなー」

 

「要請があるまで動かなくていいんじゃないの?」

 

達也は国防軍所属の非公式戦略級魔法師だが、俺は国防軍には所属していない戦略級魔法師だ。ここは雛子の言う通り要請があるまで大人しくしていよう。

 

 

 

 

 

 

2時間後の司波家

 

「お兄様、お茶をお持ちしました」

 

「ちょうどよかった、入って」

 

部屋に入って来た深雪を見た達也は一瞬固まったが直ぐに思考を取り戻す。

 

「あぁ、フェアリー・ダンスのコスチュームか?似合ってるね」

 

「正解ですお兄様。よくわかりましたね」

 

深雪が出場する九校戦の【ミラージ・パッド】の別称である【フェアリー・ダンス】

妖精のようなコスチュームで競技を行うことからそう呼ばれている。

 

「それでお兄様、お茶g……………………飛行術式……………………常駐型重力制御魔法が完成したんですね! おめでとうございます、お兄様!!」

 

達也が床から浮いた状態であることに気付いた深雪のテンションはうなぎのぼりに登っていった。

 

「牛山さんやFLTの面々が急いでくれたおかげで予定よりもずっと早く完成したんだよ」

 

この達也の言葉により董夜と雛子は深雪に司波家まで呼び出され遅くまでお祝いムードが続いた。(ノリノリなのは深雪と雛子だけ)

 

 

 

 

 

「一昨日の夜ぶりですね母さん」

 

『ええほんと、何で昨日電話に出なかったのかしら』

 

深雪に呼び出されて深夜までお祝いに付き合わされた日の次の日の夜。俺は電話の前で冷や汗をかいていた。

 

「いや、昨日は達也の家に行ってまして」

 

『なるほどねぇ〜、私よりも深雪さんを取るのね』

 

「いえそういう訳では」

 

はっきり言ってここまで怒っているなんて俺も予想外だった。たしかに昨日は深雪の家でお祝いに付き合わされて母さんからの電話に出れなかったのは悪いとは思っていたが、そんな事でここまで不機嫌になるなんて。

 

(我が母ながらメンドクセェェェェ!!)

 

『今何か失礼な事を思わなかった?』

 

「いえいえそんな滅相もございませんよ!!」

 

『はぁ、もういいわ、それで飛行魔法の件なら達也さんから報告を受けたわ』

 

「いえ、少し確認したいことがあって」

 

俺の言葉に母さんは僅かに目を細める。

本当に僅かだが、長い付き合いだからわかるこういう時の母さんは何かを見極め試そうとする表情だ。母さんは日常の会話の中でもこういった試しをすることがある。母さんの意にそぐわない回答をしなければその人物は使えないと判断される。だから、こういった質問をするときはよく考えないといけない。母さんの納得できる質問でなければ不興を買うのは目に見えている。

 

「今度の九校戦で俺がスピードシューティングとアイスピラーズブレイクに出場することが決まったんですが、どこまでやっていいですか?」

 

『ふふっ、そうねぇ……全力でいいわ』

 

「は?ーーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 



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22話 シュッパツ

22話 シュッパツ

 

 

ついに九校戦の会場に向かう日が来た、トイレに行けるのはいつになるか分からないので先に校舎内で済ませていた董夜が会場行きのバスに戻ると達也がバスの入り口で立っていた。

 

「あれ、達也どした?」

 

「七草会長が家の事情で遅れてるらしくてな、出欠確認の為にこうして待っている」

 

「なるほどね………………あぁそうだ、昨日の事忘れてないよな?」

 

「あぁ、もしもの時は深雪を任せたぞ」

 

そう達也の返事を聞いた董夜はバスに乗り込みながら昨日の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

前日ーーー司波家ーー

 

 

「先日、母さんから九校戦の会場の近くで【無頭龍(ノー・ヘッド・ドラゴン)】の構成員が目撃された話を聞いたんだけど」

 

「あぁ、俺も風間少佐から連絡を受けた」

 

今日董夜がわざわざ深雪の留守を見計らって達也を訪ねて来たのは他でもない【無頭龍(ノー・ヘッド・ドラゴン)】のことだった。

もともと達也と董夜の敵ではないが、もしもの事が起きて達也の正体が露見するわけにはいかない。

 

「今回の九校戦に奴らが手を出してくるのはもう、確定だろう」

 

「そう、それで明日の会場に向かう途中に厄介ごとが起きないとも限らない」

 

無頭龍(ノー・ヘッド・ドラゴン)】がどういう意図で九校戦に手を出すかは定かではないが第一高校が標的ではないとも限らないのだ。

 

「それで、もし明日の移動中に何かが起きた場合は俺が対処するから達也には大人しくしていて欲しいんだ」

 

「理由を聞いてもいいか?」

 

「いつもだったら達也に任せるんだけど、今回は真由美さんに克人さんまで居るからね」

 

 

 

 

 

 

董夜side

 

 

「ーーーーーやさん!董夜さん!!」

 

「んっ!あぁごめん、考え事してた」

 

バスに入ると何やらほのかと雫が必死な形相で詰め寄って来た。

すごいな2人とも。そんな顔見た事ないよ。

 

「私たちにはもう無理です!深雪をお願いします!」

 

「ん?深雪?」

 

ほのか達の言葉を聞いてバスの奥を見ると深雪が何やら暗いオーラを放ちつつブツブツ何かを呟いていた。

バスの前の方に座っている克人さんと摩利さんを見ると「やれやれ」といった顔をしていた。

 

「どした深雪、なんかあった?」

 

「あっ!董夜さん!それがですねーーーー」

 

俺が深雪の隣に座って話しかけると一瞬嬉しそうな顔をした後にまた暗いオーラを出し始めた。

どうやら家の事情で遅れている真由美さんを待つために達也が炎天下の中バスの外で待機しているのが気に入らないらしい。

このまま暗いオーラを浴び続けるのも嫌だから携帯電話を取り出し。

 

「しょうがないなーーーーーーあ、もしもし真由美さん?後どれぐらいで着きますか?、、、、はい、、、はい、、了解です、気をつけてくださいね」ピッ

 

「董夜さん?誰に電話を掛けたんですか?」

 

「ん、真由美さんに掛けたんだよ。よかったな後5分ぐらいで着くってさ」

 

ふぅ、これで深雪の機嫌も少しは良くなってくれる事だろう。

ドヤ顔でほのかと雫の方を見ると何かに怯えるような顔を向けてきた。

ん?あれ?後ろから殺気が。

 

「ヘェ〜そうですか。いつの間に会長のプライベートナンバーを登録していたんですか?」

 

その後会長がバスに到着して発車してからも数十分は深雪の機嫌が直ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ない!」

 

そんな声にボーッとしていた俺の意識は強制的に現実へと引き戻された。

他の人達に倣い窓の外を覗くとそこには空中を舞いながらこちらに向かって突っ込んで来る車だった。

 

(マジかよ、ホントに厄介ごとが起きちゃったよ)

 

ふと周りを見ると何人もの生徒が魔法を発動しようとしていた。

そして摩利さんが大声で全員に魔法をキャンセルするよう叫んでいた。

 

(エリートといっても学生だね、非常事態には弱いのか)

 

「深雪は火を消して。克人さん!障壁で車を止めてください!」

 

そう言いながら俺は直ぐに全員の魔法式を吹き飛ばした。

そのあとは深雪と克人さんが冷静に対処してくれたおかげで車がバスに激突することはなかった。

【観察者の眼】で達也を見ると魔法を使った形跡がなく、どうやら俺を信頼して任せてくれたようだった。

 

「みんな大丈夫?」

 

真由美さんの声に混乱していた生徒達はハッと我を取り戻したようだ。

 

「十文字くんありがとう、董夜くんと深雪さんも素晴らしい魔法だったわ」

 

「光栄です、会長」

 

「でもここまでスムーズにいったのは鈴音さんがバスに減速魔法をかけてくれたおかげですよ。鈴音さん、ありがとうございました」

 

そう言ってお辞儀する俺と深雪に周囲は驚愕を露わにするが鈴音さんは平然とした表情のまま会釈をしてーーー

 

「確かに私はこのバスに減速魔法を行使しましたがそれも董夜くんがみんなの魔法をどうにかしてくれたおかげですよ」

 

「そうね董夜くん、ホントにありがとね!」

 

そう言って俺に飛び込んでくる真由美さんを深雪が受け止めてその後一悶着あったが、その場の事情聴取を受けたあとは何も問題なくホテルに着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではあれは事故ではなかったのですか?」

 

ホテルに着いて自分たちの荷物をホテルに運び込む中、俺は深雪と達也と行動を共にしていた。もちろん他の集団から離れた所で。

 

「あの自動車の飛び方は不自然だったからね。調べてみたら案の定魔法が使われた痕跡があったよ」

 

「俺もあの時車内から魔法が使われてるのを視た」

 

「車内から?それはつまり、、、、、、」

 

深雪が予想を始め、だんだん顔を不快そうに歪めていく。おそらく深雪が今思い描いているので正解だろう。

 

「魔法が使われたのは三回。最初はタイヤをパンクさせる魔法。二回目が車体をスピンさせる魔法。そして三回目が車体に斜め上方の力を加えて、ガード壁をジャンプ台代わりに跳び上がらせる魔法。何れも車内から放たれている」

 

「恐らく魔法が使用されたことを隠す為だろうな。現に、達也と深雪も含めて優秀な魔法師がいたのにあの時は誰も気が付かなかった。俺も反射的に【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】で車を視ていなければ気が付かなかっただろうな」

 

「では、やはり魔法を使ったのは……」

 

「犯人の魔法師は運転手。つまり、自爆攻撃だよ」

 

「卑劣な……!」

 

深雪は肩を震わせ怒りを発露する。

人間としてはいいことだが、四葉の後継者候補としては一々反応していてはきりがないことだろう。

達也が深雪を慰めるようにポンポンと肩を叩くと俺たちから離れて再び荷物を運び出した。

 

「四葉の後継者として生きていればあんな輩にたくさん会うと思う、それでも深雪には『卑劣だ』と思う感性を捨てないで欲しいな」

 

「董夜さん、、、、、!」

 

あれ?なんか感動してるけど、、、、、俺そんないいこと言ってないような。まぁいいか、四葉家の上層部の中でまだマシな感性を持ってる深雪には余り汚れて欲しくないのは本音だし。

 

(母さんみたいな腹黒ギツネにはなって欲しくないしね)董夜 side out

 

 

 

 

 

その頃、四葉本邸ーーーーーー

 

 

「……………っくしょんっ!!」

 

「奥様、室内の温度を上げましょうか」

 

「いえ、大丈夫よ葉山さん。もしかしたら誰かが私の噂をしているのかもしれないしね」

 

「「ハハハハハハ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

董夜side restart 数時間後ーーーホテル

 

 

 

荷物運びを終えたあと、ホテルのスタッフとして来たエリカ達に会ったが一言二言話して別れた。その後は部屋で仮眠をとっているといつの間にか夕方になりパーティーの時間になっていた。

家の都合上パーティーにはよく参加していたが、猫を被らなくちゃいけないから余り好きじゃない。

 

「董夜さんパーティー会場まで一緒に行きませんか?」

 

そんな事を考えているとドアをノックする音が聞こえて深雪が少し後ろめたそうに言って来た。おそらくパーティーでは他の男子から注目の的になるだろうから俺の近くにいてそれを避けたいのだろう。

俺も四葉という苗字のせいで注目されるだろうから深雪が一緒にいてくれるとありがたい。

 

「パーティー中も一緒にいてくれると俺としては嬉しいかな」

 

「ほ、ほんとうですか!」

 

お、おう。そんなに嬉しかったのだろうか。

まぁ俺も人払いの為に深雪を利用するのだから若干後ろめたい気持ちもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パーティー会場のドアを開けると思ったよりも音がたってしまい、会場内にいた学生達の注目を浴びてしまった。

 

(クソ、目立たないようにしようと思ったのに)

 

ふと【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】で会場内を見渡すと達也がいないことに気づいた。部屋で機器の調整でもしているんだろうか。

 

「董夜さん、行きましょう!」

 

なぜだかよくわからないけど深雪がいつもより楽しそうだ。深雪に手を引っ張られながら俺は飲み物を運んでいた人から俺と深雪の分の飲み物を受け取った。

 

「深雪、人が多いから壁際に行こう…………………あぁ、あそこらへんが空いてる」

 

四葉のネームバリーューや深雪を連れてることも相まってか周囲からの視線が痛い。深雪の手を引いて壁際に行き談笑してると「自分は名家出身だ」と言うような雰囲気を漂わせた男女に話しかけられたが、何とか猫を被ってやり過ごした。

 

「四葉、パーティーは楽しんでるか?」

 

「十文字殿、深雪のおかげで嫌いにはならなそうです」

 

他の生徒達とは違って落ち着いた雰囲気の克人さんが話しかけて来た。

普段は「克人さん」と呼んでいるが今は周囲の目もある為「十文字殿」と呼んでいる。おそらくそれは克人さんも分かっているのだろう。

 

「俺も他の生徒のように四葉の次期当主候補とは仲良くなっておきたいからな」

 

「十文字殿とは仲良くさせていただいてると思っているんですがね、、、それに僕としても十文字殿は勿論のこと十文字家ともこれから先仲良くして行きたいと思っていますよ」

 

これはまぎれもない本音だ、七草や他の家の当主は嫌味ったらしい人が多いが、十文字家の当主代理である克人さんとは仲良くして行きたい。それは俺が四葉の当主になった後でも。

 

「そうか、それはありがたい限りだな……………………俺はそろそろ行こう、パーティーを楽しめよ」

 

もうちょっと何か話すのかと思ったら克人さんは何かを見て直ぐに何処かに行ってしまった、克人さんが見てる方を見るとそれなりに周囲の注目を浴びてる真由美さんが近づいて来た。

 

「ーーーーチッーー」

 

あれ?深雪?今舌打ちした?してないよね!?

 

「こんにちは董夜くん、随分と注目を集めてるようね」

 

学校で俺と会話するときとは違って猫を被った真由美さんが大人な雰囲気をまとって話しかけて来た。近くにいた男子生徒はそれを見て顔を赤らめているが、俺は何と言うか母さんでもう、慣れてしまっていた。

 

「苗字の2文字だけで注目されるなんて困ったものですよ」

 

「そんな!深雪は董夜さんの全てに注目してまs「そんなことより外は星が綺麗よ2人きりで見てこない?2人きりで」人の言葉を遮るなんて失礼じゃありませんか会長?」

 

この2人はなんでこんなに仲が悪いのだろうか、俺の見る限りでは顔を合わせれば高確率で険悪なムードになっている気がする。

とりあえず面倒ごとには巻き込まれたくないので喧嘩している2人を置いて料理を取って食べていた、もちろん食べている途中もチームメイトや他校の生徒やどこぞの一条家の将輝とかに話しかけられたが、不快な感情を抱かせない程度に対応した。(将輝は昔から交流があったので別)

 

 

 

 

 

そろそろ九島烈の挨拶が始まる時間になるに連れて余りは静かになっていた。九島老師には小さい頃に母さんや深夜さん同様に少しだけ魔法を習ったことがある。ここ一年は顔を合わせてないが、会場まで足を運ぶと言うことは元気なのだろう。

 

(悪戯好きな性格だけは直っていてほしいけどな)

 

そしてついに九島烈の名前が呼ばれ、会場の全員が息をのんで檀上を見つめる。そんなとき、俺は自分の精神に魔法が干渉しているのに気づいた。少し驚きながら魔法を解析して、解析結果に呆れたようなため息を吐く。それと同時に檀上のスポットライトが金髪の女性を照らし出した。だが、檀上にいるのは女性だけではない。その後ろに一人の老人がたっていた。それこそが九島烈。成る程、確かにかつて最功と呼ばれた魔法師なだけはある。俺の視線に気が付いたのか、九島烈は視線をこちらに向けてニヤリと悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。

 

(俺は引っかかってないけどな!!)

 

九島烈が女性に囁き、女性がスッと脇に退くとライトが九島烈を照らし出した。同時に大きなどよめきが沸き起こる。

 

 

 

 

 

その後は長ったらしい挨拶が続いて、それがやっと終わった頃に部屋に戻って惰眠を貪ろうかと考えているとホテルのスタッフが話しかけて来た。

 

「四葉様、最上階のVIPルームで九島様がお待ちです」

 

(呼び出されたァァァァ!!行きたくねえ!!!)

 

しかしここでサボると多分部屋まで押しかけてくる可能性がある。夜な夜な老人に部屋を訪ねられるよりかは今行った方がマシだろう。

 

 

 

 

 

懇親会も終わりそれぞれが好きに行動をする中、俺はホテルの最上階にあるVIPルームに足を運んでいた。普通なら学生がこの階に入った時点で止められるのだが、俺は何の問題もなく目的地に到着した。恐らくはこれから会う人物が手を回しておいたのだろう。目的の部屋の扉の前で一つ息を整えるとインターホンのチャイムを鳴らす。数秒の沈黙の後、インターホンから90歳の老人とは思えない若々しい声が発せられた。

 

「入りたまえ」

 

「失礼します」

 

中に入ると景色がいい窓辺に2つのイスとそれに挟まれるように配置された机があり、この部屋の主人はその片方に腰を下ろしていた。

 

「久しぶりだな、董夜。まぁかけたまえ」

 

「失礼します。ご無沙汰しております九島閣下」

 

俺が腰を下ろすと老師は挨拶の時の厳しめの顔から、すこし和らいだような顔になった。

この人は母さんと深夜さんの魔法技術の親のような人だからな、もしかしたら俺は孫だと思われてるのかもしれない。

 

「実はな君をここに呼んだ理由は特にないのだよ」

 

「そんなことだろうと思いましたよ。昔と変わってませんね」

 

「今回の九校戦、君が全力の何%で挑むのかは知らないが手は抜かないでもらいたいものだ」

 

「母からは『全力で良い』と言われております」

 

俺がそう言うと老師はすこしだけ眉を上げた後直ぐに戻して少しだけ楽しそうに口角を上げた。90にもなって本当に元気なものだ。

 

「全力を出すのは構わんが、会場を壊したら失格だぞ」

 

「そこまで暴君になったつもりはありませんよ」

 

その後は本当に談笑だけをして俺は部屋に戻るためにエレベーターに乗り込んだ。

最初は面倒臭かったが意外と充実した会話ができていた。

 

「ふぁぁぁぁ…………さっさと寝よ……………ん?」

 

俺の部屋があるフロアに着き、あくびをしながら廊下を歩いていると男子部屋しかないはずのフロアから女性の声が聞こえて来た。

 

「まさか……………………はぁ〜、、嘘だろ」

 

猛烈に嫌な予感がして部屋の中を視てみると案の定顔見知りが部屋にいた。

幸い俺は部屋が一人だったから良かったものの勘弁してほしいものだ。

ドアを開けて今自分が出し得る最高に気だるそうな声で言い放った。

 

「ほぉんとにぃ、今から寝るんで勘弁してくれませんかねぇぇぇ〜〜」

 

なにか言い争いをしていたのか知らないが二人は俺が入って来たのに気づくと完全にハモった状態で言った。

 

「「あ!董夜さん(くん)!私今日ここで寝ます(寝るからね)!!」

 

「あは?」

 

さっき会場で二人に『部屋にだけは来るな』と言わなかったことを全力で後悔することになるまで残り0,5秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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23話 九校戦二日目

九校戦1日目、2日目と日にちごとに投稿していくので文字数が少ない回があると思いますけどご了承ください。


23話 九校戦二日目

 

 

 

 

 

 

 

九校戦編2日目。アイスピラーズブレイクで花音先輩が三回戦進出を決めた試合を観戦した俺達は、その花音先輩に続いて天幕に入った。

中ではスタッフの放つ重苦しい雰囲気が充満しており俺達は思わず眉を潜めた。

 

「何かあったんですか?」

 

全員が思っている事を代表して五十里先輩がスタッフの中で比較的平静を保っている鈴音さんに問いかけた。

 

「男子クラウドボールの結果が思わしくなかったので、ポイントを見直しているんですよ」

 

「思わしくなかった、といいますと……」

 

「一回戦敗退、二回戦敗退、三回戦敗退です。来年のエントリー枠は確保しましたが、計算外でしたね」

 

確かに他の競技に比べて男子クラウドボールでは実力者が不足していた。しかし、それでも優勝は十分に狙えるだけの布陣ではあったはずだ。

なのに一、二、三回戦で敗退するというのは偶然とは言いがたい。もちろん組み合わせのくじ運が悪かったというのが理由なのだろうが、【無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)】がこの九校戦に何らかのコンタクトを取ってくるだろうことを感知している身としては、何か奴らが仕組んだのではないかと疑心暗鬼になってしまう。

そんな事を考えていると計算を終えたのか、作業スタッフが重苦しい表情で話しかけてきた。

 

「新人戦のポイント予測は困難ですが、現時点でのリードを考えれば、女子バトルボード 男子ピラーズブレイク ミラージ・バッド モノリスコードで優勝すれば安全圏と思われます」

 

作戦スタッフの計算が報告されるが、その計算は少し甘いと言わざるをえないものだった。克人さんや真由美さん、摩利さんが優勝することを信じているのだろうが、その三人に何かアクシデントがあった場合、今の作戦はすぐに総崩れになってしまう。

正直いって第一高校の布陣は先程の3人に頼ってしまっている面がある気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間はまだ夕食前、なんとなくホテルの周りの散歩を終えて自分の部屋に戻ると深雪が待っていた。

 

あれ?部屋番号教えてないはずなんだけどな………。

 

「生徒会の権限があれば自分の高校の生徒が何号室に泊まっているか調べるなんてお手の物です」

 

……らしい。というか俺も生徒会だったのを思い出した。

 

「そういえば、ここに戻ってくる前に達也がレオ達と歩いてたけどこんな時間に何処に行くんだ?」

 

そう俺がここに戻ってくる途中ホテルのロビーで達也がレオを含むE組メンバーと一緒に歩いているのを見かけていた。

話しかけようかと思ったけど深雪がいなくて且つE組しかいないことから彼らだけで何かやりたいことでもあるのか、と考えて敢えて声をかけなかったのだ。

 

「お兄様でしたら『レオにCADを見せに行く』と言ってましたけど」

 

「あぁ、なるほどね」

 

達也がレオに見せに行ったCADとは、昨日の摩利さんの試合後に達也が作っていたものだ。あの武装一体型CAD………武装デバイスはレオと相性がいいだろうしな。

 

「それで?深雪は何しに来たんだ」

 

達也の話題が出てすっかり忘れてたけど問題は深雪だ。何故か椅子にではなくベットに靴を脱いで腰をかけている。

 

(これ誰かが入って来たら不味いな)

 

「いえ………その。もしお邪魔でなければ夕食の時間までお話がしたいなぁ〜…………なんて…」

 

何だかすごく後ろめたそうにこっちをチラチラ見てくる。まぁこの後別に用事はなかったし俺も暇だったからいいけどさ。

 

「ん、いいよ。でも別にそんなに面白い話なんて俺にはないけどな」

 

「いえそんな!私は董夜さんと話しているだけで…………!」

 

ん?深雪は何を見てびっくりしているんだ?

あれ!?なんで俺は靴脱いで深雪と同じベッドに登ってんの!?

 

(しまったぁぁぁぁぁ!!中学の時はよく、深雪と部屋で話すときにベッドに座ってたからクセが出タァァァ!!)

 

もうベッドに上がってしまった手前いまさら下りる事も出来ずに結局俺はベッドの上に腰を落ち着かせた。とっさに【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】で周囲を見るが廊下には誰も人はいなかった。

 

「それにしても俺が2人部屋に1人でよかったな。もし誰かいたらお前これないだr………ちょいまちメールきた」

 

なんとなく黙ったままも気まずいかと思ってテキトーに話題作って話そうと思ったらポケットに入っていた携帯端末にメールが届いた。

 

「むぅ、誰からか聞いてもいいですか?」

 

「ん?あぁ深雪も知ってる人だよ会ったことはないと思うけど。五輪 澪さんっていえばわかるかな?」

 

「へぇ…………やっぱり女性ですか」

 

あれ?びっくりするかと思ったら呆れられてしまった。ん?呆れられているのか?半眼で睨まれてる気がする。

 

五輪 澪さん……俺と同じ日本に2人しかいない国家公認の戦略級魔法師だ。

海面を陥没させる戦略級魔法【深淵(アビス)】の使い手。大した人数も家の力もない五輪家が十師族でいられるのは澪さんが居るからと言ってもいい。

ちなみに俺の事を弟のように面倒を見てくれて優しい人だ。

 

「それで?どこで澪さんと知り合ったんですか?」

 

「仕事でね、顔を合わせる機会があったんだよ。それからはよく連絡を取る仲だ」

 

仕事。それは四葉の仕事ではない。かといって戦略級魔法師として国防軍に要請されて出征するような任務でもない。

戦略級魔法師には一年の中でそういう仕事がよくある。

そのうちの1つが戦略国防会議。十師族の当主と国防軍のトップ、防衛大臣と内閣総理大臣そして俺たち戦略級魔法師が出席して開かれる会議だ。

この前防衛大臣が俺にケチつけて突っかかってきたからそれを論破してやった時のアイツの顔は傑作だった。ちなみにこの会議に非公式の戦略級魔法師である達也は出席しない。というより召集されない。

 

「それで?その会議が初対面だったと?」

 

「い、いや。この1つ前にあったもう1つの仕事が初対面だ」

 

あれ?なんで俺ベッドに正座して深雪は俺の眼の前で仁王立ちしてんの?位置的にスカートから下着が見えちゃってるんだけど…………………言わないほうがいいな。

 

 

もう1つの仕事は……………あれ?あの会の名前ってなんだっけ。まぁいいや。もう1つの仕事は春と秋に開かれる会だ。

誰と何をするかというと俺と澪さん、つまり戦略級魔法師が天皇皇后両陛下と皇太子ご夫妻と、1日皇居でご飯を食べたり皇居内を散策する会。

最初は緊張したけど、皇族の方々は優しい人ばかりで、最近では全く緊張しなくなった。澪さんは未だに緊張してるけど。

 

「まぁこの会が澪さんとの初対面だよ」

 

「ホントに後ろめたい関係ではないですよね?」

 

「そうだよ…………てかさっきから下着が見えてる」

 

「え………………………」

 

言ってしまった。別に後ろめたいことは何もしてないのに疑われてるからついイラっとして言ってしまった。

おうおう深雪の顔がどんどん赤くなっていく。

 

「董夜さんの………………スケベ!!!」

 

「なんでだよ……って。うおっ!あぶなっ!」

 

顔を真っ赤にさせた深雪が思いっきり蹴りを入れてきた。俺は間一髪で避けられたけど深雪と俺がいるのは不安定なベッドの上。

当然蹴りを入れて体を支えられる足が一本になった深雪は倒れこんできた。

 

 

 

 

 

 

 

結果から言って俺が深雪をベッドに押し倒してるような体制になった。

なんで深雪が上から倒れこんできたのに俺が深雪を押し倒してるんだよ。まるで可笑しいほどtoLOVEるな毎日を過ごしてるどこかの男子高校生のような状況になってしまった

 

「は、はわわわわわ」

 

「いたたたたたた、って深雪。顔赤いけど大丈夫か?…………どれ?」

 

この時の俺はバカだった。なんで深雪を押し倒した状況をどうにかしようとしなかったのか。それか【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】で周囲に人がいないか確認しなかったのか。

しかも熱の測り方もそうだ俺は自分と深雪のオデコをつけて熱を測った。

側から見たら完全に俺が深雪をベッドに押し倒してキスをしてるようにしか見えない。

 

「熱はないみたいだな………………どした?深雪」

 

深雪に熱がないのを確認した俺は深雪から顔を離した。しかしこの時の俺は部屋のドアを開けて入ってきていた達也やエリカ達がこちらを見ていることに気づかなかった。

そんな中深雪の顔を見ると何故か目の焦点が合っておらず、惚けていた。

 

「と、董夜さんなら……………私は………いいですよ」

 

(おぉっとぉ!何だかこのまま進むと取り返しがつかないような気がしてきたぞぉ!)

 

なんとか深雪の正気を取り戻そうと思った俺は深雪の頰を叩く。そして段々冷静になってきた俺は部屋の入り口に複数の気配があることにようやく気付いた。

 

「スマン…………邪魔したな」

 

「やっぱり2人ってそういう関係だったんだね」

 

深雪と俺を含めたほぼ全員が固まる中、達也とエリカが最初に声を発した。

その夜、第一高校が宿泊しているホテルの中で十師族の次期当主候補ともあろう者の叫び声が響き渡った。

 

 



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24話 九校戦三日目

24話 九校戦三日目

 

 

 

 

 

 

 

 

九校戦3日目。今日はピラーズブレイクとバトルボードが行われる。たしか摩利さんがバトルボードに出る予定のはずだ。

 

(おぉ、噂をすればなんとやら)

 

摩利さんの競技を観戦する前に一度第一高校の天幕に顔を出そうと思って向かっていると控え室に入っていく摩利さんが見えた。そしてなんとなく声をかける。

 

「おつかれさまです」

 

「あぁ四葉か、『おつかれさま』って私はこれから競技なんだぞ?」

 

「ははっ、それもそうですね」

 

「はぁ、まったく」

 

「それにしても摩利さんは緊張してないんですか?いつも通りに見えますけど」

 

虚言だ。摩利さんが緊張しているのはなんとなくわかっていたがそれを払拭してあげたくて俺は雑談を始めようとする。

 

「そんなことはないさ、やはり九校戦は3回目といっても緊張するものだな」

 

その後も何分か摩利さんと雑談をした。話が終わった頃には摩利さんの緊張もいくらか和らいだようだった。そして俺が部屋を出て行こうとすると後ろから摩利さんが。

 

「ありがとう。助かったよ」

 

どうやら雑談の意味に気付いていたみたいだ……………………………なんで真由美さんと摩利さん同い年なのにここまで大人っぽさに差が出たのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴール近くの席がいい!」

 

「コーナー近くの席がいいに決まってるわ!」

 

「「ぐぬぬぬぬぬぬ」」

 

摩利さんとの話を終えて競技を観戦するために会場の中に入ろうとすると入り口のところの座席表を見ている女の子2人が言い争いをしていた。ていうかあの2人って。

 

「何やってんの?泉美、香澄」

 

「「と、董夜お兄様(兄ぃ)!?」

 

やはり予想通りだった。この2人は七草泉美と七草香澄、真由美さんの妹の双子である。

それにしても香澄……その『兄ぃ』って………俺別に君のお兄さんじゃないしお義兄さんでもないよ?それに泉美もなんか深雪を思い出してしまう。

 

(まぁ以前これを言って速攻で本人たちに却下されたんだけどね)

 

「それで?今回は何が理由で喧嘩になったんだ?周りの人たちが皆見てたぞ」

 

「「泉美(香澄)がコーナー(ゴール)近くの席がいいって言うから!」」

 

(おぉすげぇ。やっぱ双子だとこんなことがあるんだな。めちゃくちゃハモってんじゃん)

 

「そんじゃあじゃんけんで決めればいいだろ?はいじゃーんけーん」

 

ポン!

結局泉美が勝ってコーナー近くの席で競技を見ることになった。………………………………あれ?いつの間に俺泉美達と観戦することになってんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『知り合いと観戦するからそっちに行けない、後で連絡する』っと」

 

「あの……………もしかして約束があったんですか?」

 

俺達がコーナー近くの最前列の席に座りこの会場のどこかにいるであろう深雪に合流できない旨をメールで伝えると隣の泉美が申し訳なさそうに俺の顔を伺ってきた。ちなみに泉美とは俺を挟んで反対側に座っている香澄はそんなこと気にした様子もなく飲み物を飲んでいる(会場に入る前にお腹が空いたと言うから2人に飲み物と簡単な食べ物を買ってあげた)

 

「お前はそんなこと気にしなくてもいいんだよ」

 

そう言って俺が泉美の頭を撫でてやると泉美は気持ちよさそうに目を閉じた。

さっき飲み物や食べ物を買うために店で並んでいた時に聞いた話だが香澄と泉美は明日用事があるらしく今日の夕方には帰らなくてはならないらしい。深雪達とは明日以降も観戦できるからやはり優先度では泉美達の方が上だった。

 

(深雪もだけど頭を撫でられるのってそんなに気持ちいいのだろうか…………………今度誰かにやってもらお)

 

そんなくだらないことを考えていると急にどこからか殺気を含んだ強い視線を感じた。【無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)】の存在をすっかり頭から外していた俺は瞬時に警戒心を高める。

 

(っ!?まさか無頭龍か!?くそっ油断した!どこだ!?)

 

そう言って俺が【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】を展開して周囲を探るとそれはいた。

まるで虚ろのような、全てを飲み込んでしまいそうな程ドス黒い瞳をし、顔から一切の感情が消えたと思ってしまう程、というより実際に感情が消え去った顔をした……………深雪が。

 

(おーーーーーーい!!なんであいつ怒ってんだよ!しかもどうやって俺の事見つけたんだよ!!…………………………はっ!)

 

ふと気がついた俺は自分の左手に目を移す。その手は未だに泉美の頭を撫で続けており泉美も先程と変わらず目を閉じてそれを受け入れていた。

 

(…………………………いかがわしいことをしてると勘違いしてんのか?)

 

とりあえず泉美の頭から手を離して深雪を誤魔化すためにメールで『摩利さんの試合楽しみだな!』と送った………………俺誤魔化し下手じゃね?

俺が頭から手を離すと泉美は名残惜しそうな顔をしていたがそんなことに構っている場合ではない。

 

「泉美はホントに董夜兄ぃのこと好きだな」

 

「ち、ちょっと香澄!何言ってるの!?」

 

「アッハッハ、オレモ イズミガ ダイスキダゾー」

 

「フェッ!?」

 

このとき自分の深雪に対する誤魔化しの下手さに呆れて何も考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

少し時間は戻り深雪一行。深雪は今達也を含むいつものメンバーで【バトルボード】の会場の席に座っていた。深雪の右隣には達也が座って降り左隣の席はこれから来るであろう董夜のために空けてある。

 

「それにしても董夜くん遅いね」

 

「何かあったんでしょうか」

 

「大丈夫です!董夜さんは絶対に来ますから」

 

心配そうな声で話すエリカとほのかに深雪は自信たっぷりで答えた心の中は「あの董夜さんが私との約束を破るはずがない」という心境でいっぱいだった。

この時点で達也は何か嫌な予感を感じ取っていたのだがその原因がわかるのに時間はかからなかった

深雪の携帯端末からメールの着信を知らせる音が鳴り、深雪が内容を確認した瞬間空気が凍りついた。

 

「『知り合いと観戦するからそっちに行けない、後で連絡する』………………董夜さん…………来ないそうです」

 

喋りながらどんどん声のトーンとテンションが落ちていく深雪に他の人たちは何とか慰めようと必死になる。

 

「ま、まぁそういう時もあるって!」

 

「だ、大丈夫ですよ!」

 

「元気出して深雪!」

 

「女……………………だったりして」

 

女子勢が深雪を必死で慰める中空気を読めないレオがポツリとこぼした言葉に深雪の顔から一切の表情が消える。

 

「ちょっとレオ何言ってんのよ!深雪あんな奴の言葉なんて聞かなくていいのよ………………深雪?」

 

エリカがレオを睨みつけたあと深雪の励ましを再開するが深雪の目は一方向に固定されていた。

 

「お兄様、あそこにいるの……………………董夜さんですよね」

 

「?……………………………!確かに董夜だな」

 

深雪の言葉に達也が同じ方向を見ると何やら中学生ぐらいの女子2人と楽しそうに話している董夜がいた。

そして次の瞬間董夜の手が1人の女子の頭を撫で始めた。

 

「ヒッ……………深雪」

 

エリカ達が深雪から放たれる殺気に軽い恐怖を抱く中深雪の目はずっと董夜と董夜に頭を撫でられている女子に固定されている。そして董夜が深雪の視線か殺気に気付いたのか深雪と目が合い顔が驚愕に染まっていく。

 

「フフフ、何で私と目があってそんなに驚くんですか?何かやましいことでも『ピリリリリリ』……………?」

 

携帯からまたメールを知らせる音が鳴り画面を確認すると差出人は董夜だった。

 

『摩利さんの試合楽しみだな!』

 

(((誤魔化すの下手くそかっ!!!) ) )

 

(はぁあいつは昔から深雪のことになると誤魔化しが雑になるな)

 

全員が心の中で董夜にツッコミを入れ達也は呆れている中深雪周りの雰囲気が柔らかくなることはなかった。

 

 

深雪 side out

 

 

 

 

 

董夜side

 

 

「と、董夜お兄様!?どうして泣いているんですか!?」

 

「いや、なんでもない。この後ホテルに帰ったら殺されるなぁと思って」

 

トホホと項垂れる董夜の横で心配そうに董夜を見ている泉美と董夜達の会話には全く興味がなく試合開始を今か今かと待っている香澄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、そろそろ始まるみたいだな」

 

バトルボードのスタートラインに選手達が並び終えた。

そしてレディの意味を示すブザーが鳴った。観客席が静まり返る。そして二回目のブザーが鳴り、スタートが告げられた。

 

摩利さんが先頭に躍り出る。しかし今までと違うのは摩利さんのすぐ後ろに二番目の選手がついていることだ。

 

「お、七校がしぶといね」

 

「さすがは海の七校ですね」

 

「去年の決勝カードだよね、これ」

 

二人が魔法を打ち合い水面が激しく揺れる。差は開かぬまま、ついに鋭角コーナーへと差し掛かる。

 

「あ!?」

 

鋭角コーナーに差し掛かる直前七校の選手が大きくバランスを崩した。

 

「オーバースピード!?」

 

誰かが叫ぶ。事実、確かにそう見える。七校選手のボードは水を掴んでいない。止まることができない七校選手はフェンスに突っ込むしかないように見える。――――前に摩利さんがいなければ、だが。

自分に突っ込んでくる七校選手に気が付いた摩利さんの対処は素晴らしいものだった。前方への加速をキャンセルし、水平方向の回転加速に切り替える。水路壁から反射してくる波も利用して魔法と体さばきを上手く使いボートを反転させる。さらにマルチ・キャストを使い、突っ込んでくるボードを弾き飛ばす為の移動魔法と、自分が相手を受け止めた衝撃を緩和する為に加重系・習慣性中和魔法の二つの魔法を行使する。

これで助かる。誰もがそう考えた瞬間、水面が不自然に沈み込んだことがエイドスに記録されるのを俺の眼が捉えた。

小さな変化ではあったが、ただでさえ百八十度ターンという高等技術を駆使した後だ。摩利が無理に行った体勢変更は、浮力が失われたことにより大きく崩れた。それにより魔法の発動にズレが生じる。

七校選手のボードを吹き飛ばすことには成功した。しかし慣性中和魔法を発動するよりも早く、七校選手が摩利に衝突した。そのまま二人はフェンスに向かって吹き飛ばされる。観客席から大きな悲鳴が上がる。

 

「チッ!」

 

ここでやっと柄にもなく呆気にとられていた俺の体と頭が冷静さを取り戻した、なんの不幸中の幸いか摩利さんと七校の選手は俺たちの席のちょうど正面にあるフェンスに向かって飛んできていた。

 

「クソッ!間に合えぇ!!」

 

自己加速術式を展開して素早くフェンスの前に移動する、そして【重力操作】をして受け止める。しかし最初に呆気にとられていたのが仇になり2人の威力を十分に殺し終わる前に2人は董夜に到達してしまった。

 

「クソッタレが!」

 

結局受け止めることには成功したものの受け止めた際に七校の選手は右手を、摩利さんは左足をフェンスに強打してしまった。見た目の腫れ具合などからみて恐らくは粉砕や複雑とまでは行かないまでも骨折はしていた。

自分の方向に飛んできた摩利さん達を、無傷で助けられたはずの摩利さん達に怪我をさせてしまったという事実は俺の心の中を罪悪感や虚無感で満たすには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也たちがいる部屋にノックの音が響く。深雪が応じてドアを開くと、そこには五十里と花音が立っていた。深雪の案内に促されて部屋に入った二人は、この部屋に自身を呼んだ達也の前で立ち止まる。

 

「わざわざすみません」

 

そう言って頭を下げる達也に五十里は問題ないと気安げに手を振る。そんな五十里に達也はもう一度頭を下げた。

 

「董夜くんは?」

 

「今は渡辺先輩に付き添っています。もうそろそろ眼を覚ますと思うのですが」

 

心配そうに訪ねてくる五十里に達也も全面的には顔に出さないものの心配そうに返す。

救急班や達也が董夜達の元に着いた時には董夜が摩利と七校の選手を【重力操作】で浮かせてそのまま搬送する所だった。女子生徒2人が空中に浮いて搬送されていく光景は異様を極めたものだったが董夜の放つ鋭い気配で誰も異論を唱えようとはしなかった。

 

「それで、何か分かったの?」

 

早速本題に入る五十里に達也も応じて情報端末に身体ごと向く。

 

「一通り検証してみました。やはり、第三者の介入があったと見るべきですね。五十里先輩、確認していただけますか」

 

「了解。……さすがに司波君は仕事が早いね」

 

「董夜にも手伝ってもらいましたから」

 

「董夜くんが?」

 

「ええ、まぁ検証が終わるとすぐに渡辺先輩の元に行ってしまいましたけど」

 

五十里は達也と董夜に感心を表現しながら椅子に座る。そして慣れた手つきで脳波アシスト付モノクル型視線ポインタを装着するとキーボードに手を持っていき、親指をクリックボタンに置く。五十里の操作によって卓上の小型ディスプレイに映る、実写映像とシミレーション映像が同時に動き出す。そして事故の場面に差し掛かったところでタイムゲージによって映像がスローダウンする。シミュレーション画面の上部に水面の変化に影響を与える数字が表された。そして問題の水面が陥没した瞬間、項目に《unknown》が表示され、水面に何かしらの干渉があったことを明確に示していた。

画面を止めた五十里が振り返る。

 

「……予想以上に難しいね、これは」

 

「啓、どういうことなの?」

 

「花音も知っている通り、九校戦では外部からの魔法干渉を防ぐ為に厳重な監視網を引いている。でも司波くんの解析によれば水面を陥没させた力は水中に生じている。外部から水路に魔法式を転写すれば間違いなく監視装置に引っかかるからあり得ない。可能性としては水中に工作員が潜んでいた、ってことくらいだけど……それこそあり得ないしね……」

 

「司波君の解析が間違っているんじゃないの?」

 

「それはない」

 

一瞬、花音の言葉に深雪の顔色が変わるが五十里がそれを否定したことで元に戻った。

 

「司波君の解析は完璧だ。少なくとも僕のスキルでは、これ以上のことはできないし間違いも見つけられない」

 

「実は水面に干渉した方法には心当たりがあるんです」

 

達也の急な言葉に俯いて考え込んでいた五十里と花音は弾かれたように顔を上げた。

 

「ちょっとそれ本当!」

 

「落ち着いて、花音。それで、どういうことだい達也君」

 

「それを話す為に友人を呼んでいるのですが……そろそろか?」

 

俺が呟いた直後、狙ったようなタイミングで再びドアがノックされた。深雪が来訪者の対応に向かい、そしてすぐに戻ってくる。戻ってきた深雪の後ろには美月と幹比古の二人が付いて来ていた。

 

「ご紹介します。俺のクラスメイトの吉田と柴田です。二人とも知っているとは思うが、二年の五十里先輩と千代田先輩だ。二人にはさっき俺が言った通り、水中工作員の謎を解く為に来てもらったんですよ」

 

当然、これだけでは言葉が足りない為に分かるはずもないので説明を続ける。

 

「俺たちは今、渡辺先輩が第三者による魔法的妨害を受けた可能性について検証してる」

 

幹比古たちへの説明に幹比古と美月は顔を不快そうにしかめた。幹比古達にとっても自分たちの先輩である摩利の競技が誰かによって妨害されたのだとしたらそれは許しがたいことだった。

 

「渡辺先輩が体勢を崩す直前、水面が不自然に陥没した。この水面陥没はほぼ確実に水中からの干渉によるものだ。コース外から気付かれることなく水路内に魔法を仕掛けることは不可能だ。だとすれば、魔法は水中に潜んでいた何者かによって仕掛けられたと考えるべきだ、というのが俺の見解だ」

 

達也がそこまで説明したところで幹比古の目に鋭い光が帯びる。

 

「しかし生身の魔法師が水中に潜んでいたと考えるのは荒唐無稽だ。ならば、魔法を行使する人間以外の何かが水路内に潜んでいたと考えるのが合理的でしょう」

 

五十里と花音は顔を見合せ、お互いに戸惑いの表情を浮かべる。二人が問いを返してくるのには少しの時間を要した。

 

「司波君たちは精霊魔法の可能性を考えているのかい?」

 

五十里の言葉に達也は同時に頷く。

現代魔法を行使する魔法師は通常、サイオンの波動によって魔法を知覚している。だが、霊子は活性化しているものでなければ現代魔法師には知覚が難しいものだった。つまり、現代魔法の魔法師にとって、潜伏状態のSBを見つけ出すのは困難なのだ。つまり、活性化させてないSBを水路に潜り込ませたとしても現代魔法を使う魔法師にはばれない為、発動する時だけ活性化させてしまえば水中を陥没させたとしても摩利は気づけない。

 

「吉田は精霊魔法を得意としている魔法師です。また、柴田は霊子光に対して鋭敏な感受性を有しています」

 

「だから二人に来てもらったんだね」

 

達也は五十里の確認に対してもう一度頷くと視線を幹比古へと向けた。

 

「幹比古、専門家としての意見を聞きたい。数時間単位で特定の条件に従って水面を陥没させる遅延発動魔法は、精霊魔法によって可能か?」

 

「可能だよ」

 

「それはお前にも可能か?」

 

「準備期間による。今すぐやれと言われても無理だけど、半月くらい準備期間をもらって会場に何度か忍び込む手筈を整えてもらえれば、多分可能だ」

 

こうして達也と幹比古の質問と応答は打てば響くように続けられた。幹比古に聞きたいことが聞き終わった達也は次に美月の方へと向き直る。

 

「美月、渡辺先輩の事故のとき、SBの活動は見なかったか?」

 

「えっと、突然のことだからよく見えなかったんですけど、渡辺先輩が体勢を崩したときに水中で何かが光ったように見えました」

 

残念ながら事故が起きたとき、七校選手のCADは見ていなかったようだが美月は十分な成果は見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「摩利さん……………………」

 

董夜は会場から重力操作を使い七校の選手と摩利を搬送し途中で達也や五十里がいる部屋に行き大まかな検証と自分の意見を述べて早々に処置を終え未だに目が覚めない摩利が寝ている部屋に戻ってきていた。つい数分前に真由美も来て今は董夜と真由美の2人で摩利の様子を見ていた。

 

「董夜くんのせいじゃないわ。それに董夜くんがいなかったら2人ともフェンスにぶつかってもっと大怪我になってしまったかもしれないのよ?」

 

「それでも俺はちょうど摩利さんが飛んで来た所にいました」

 

「それでも………よ。摩利も董夜くんに感謝こそすれ責めることなんて絶対にしないと思うわ」

 

(何が【四葉】だ。何が【戦略級魔法師】だ。そんな肩書きがあったって結局身近な人1人守れてないじゃないか!!)

 

董夜は昔から自分ではなく自分の事を心から気に入ってくれている人が傷つくのが大嫌いだった。それに自分の思想を勝手に他人に押し付けて傷を負わせる人も大嫌いだった。

だから董夜は今回の首謀者であろう【無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)】と摩利を無傷で助けられなかった自分に同じぐらいの怒りを感じていた。

 

「あ!そうそう今日泉美ちゃん達のお世話もしてくれてたんでしょ?それになんか飲み物もご馳走になっちゃったみたいでありがとね!」

 

「あぁそういえばあの2人に何も言わずに来ちゃいましたね。メールの一本でも入れておきます」

 

董夜はいつもでは考えられないほど暗い声を出しながら携帯端末を取り出して何か操作を始めた真由美が画面を覗き込むとそこには泉美と香澄に送るメール画面が出ていた。

 

(い、いつのまに泉美ちゃん達のプライベートナンバーを…………)

 

姉妹の中で董夜のプライベートナンバーを持っているのが自分だけだと思っていた真由美は自身の妹達がいつの間にか董夜と連絡先を交換していたことに顔を引きつらせた。

 

「げ、元気出して董夜くん!明日から新人戦なんだから!ね?」

 

「ハハッ、国を守る戦略級魔法師が身近な人1人守れないんですよ?いい笑い者です」

 

「何を言ってるんだ」

 

未だに自嘲的な事しか言わない董夜の頭にそれなりの強さのチョップが飛んでくる。それは今まで寝ていた摩利のものだった。

 

「摩利(さん)…………」

 

「お前のおかげで今私は足の一本が折れただけで済んでいるんだ。それに見たところ粉砕骨折ではなく軽いものなんだろう?九校戦に出れなくなったのは辛いが生きてるだけでめっけものさ」

 

「それでも………………俺は……………………」

 

「いつまでそんなにメソメソしているんだ!明日から君には活躍してもらわなくちゃならんからな!そんな調子では困るぞ」

 

黙って真由美が部屋から出て行った事に摩利と董夜は気付かずそのまま話を続けた。

 

「それになにか私に償いをしたいのならば新人戦でいい成績を残して優勝に貢献しろ」

 

「………………………はい!」

 

幾分か気が楽になった董夜はその後も償いと称して摩利の夕飯の世話などをし董夜自身もその部屋で夕飯を済ませた。

その夜は董夜が摩利に「明日競技があるのだから早めに寝ろ!!」と喝を入れられるまで楽しそうな笑い声が部屋から響いていた。

 

 

 



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25話 九校戦四日目

25話 九校戦四日目

 

 

 

 

やっと今日から新人戦が始まる。ここまでの成績は一校が1位で320ポイント、2位に三校で225ポイントとなっている。一校と三校のポイントは100ポイント近く差があるが、新人戦の結果によっては大きく変わる可能性がある。本来の予定ならもっとポイントに差がある予定だったけれど、摩利さんの怪我によって予定が大きく崩れてしまった。つまり、一校の優勝は新人戦の結果次第と言っても過言ではない。

そんな新人戦だが、競技の順番は本戦と同じだ。

今日行われる競技はバトルボードの予選、さらに午前中には女子スピードシューティングの予選と決勝。そして午後には男子スピードシューティングとなっている。バトルボードはほのかが出場していて女子スピードシューティングには雫が、そして男子スピードシューティングは俺が出場する。

俺は自分でCADを調整できるのでエンジニアは付いていない。一応、手の空いているエンジニアがフォローに入れるようにはなっているが、試合について来たりはしないので本当に念の為のものだ。CADの調整は既に終わっているし、体調も十全。

とは言っても俺の試合は午後から、先ずは雫のスピードシューティングを応援するために会場に向かった。

 

 

 

会場に着いた俺と深雪はエリカたちが空けてくれていた席に座ると既に選手たちが入場していた。俺が雫に目を向けようとすると隣からエリカが話しかけてくる。

 

「董夜くん昨日はすごかったじゃん!結構ネットニュースとかでも話題になってるよ!」

 

と俺に携帯端末の画面を見せて来た。もしかしなくても『昨日のこと』とは俺が摩利さんと七高の選手を受け止めたことだろう、そう思ってエリカの携帯端末の画面を見ると『2人の女子生徒の命を救った四葉家の御曹司』と書かれていた。どうやら俺の意図しないところでイメージアップに繋がってしまったらしい。

 

「いや、たまたま摩利さん達の先に俺がいたって話だよ。2人とも無事でよかった」

 

嘘だ。2人は『無事』じゃなかったし俺も『よかった』なんて毛ほども思ってない。けれど俺がここでウジウジ引きずるわけにはいかない、昨日摩利さんと話してもうけじめをつけて切り替えると決めたのだ。

 

「……………………董夜さん」

 

ふと達也と深雪を見るととても心配そうな顔で俺を見ていた。参ったなやっぱり2人に嘘はつけないか。それでも昨日のことを引きずって今日結果を出せないんじゃ目も当てられない。

 

「そろそろ始まるみたいだぞ」

 

試合開始の時間になり雫が構えを取った。スタートのランプがともり始め全てが点灯すると同時にクレーが空中に飛び出した。

クレーが有効エリア内に入った瞬間、それは粉々に粉砕された。それに続いて飛んでくるクレーも有効エリア内で粉々に砕け散る。

大勢の観客席から感嘆の声が漏れ、俺たちも感嘆と安堵を含めた息を吐き出す。

雫の視線にブレはなく、真っ直ぐ正面だけを見ていてクレーを見てもいない様子だ。

 

「うわ、豪快」

 

「……もしかして有効エリア全域を魔法の作用領域に設定しているんですか?」

 

エリカがシンプルな感想を述べ、反対では美月が自信なさそうに質問をする。

 

「そうですよ。雫は領域内に存在する固形物に振動波を与える魔法で標的を砕いているんです」

「より正確には有効エリア内にいくつか震源を設定して固形物に振動を与える仮想的な波動を発生させているのよ。魔法で直接に標的そのものに振動させているのではなく、標的に振動波を与える事象改変の領域を作り出しているの」

 

ほのかと深雪の解説に美月は感心したように頻りに頷いていた。

 

「知ってると思うがこの競技の有効エリアの範囲は一辺十五メートルの立方体だ。雫の魔法はこの内部に一辺十メートルの立方体を設定し、その各頂点と中心の合計九つの場所に震源を配置するものだ。欠点として効果範囲外にクレーが通った場合に対応ができないということが上げられるが、さすがに学生の競技で死角を突くような意地の悪い軌道は設定されていないだろうと踏んだわけで……どうやらアタリだったようだな」

 

さらに達也が付け加えると、今度は美月だけでなくよく意味の分かっていなかったエリカやレオたちも達也の作った魔法に感嘆の声を漏らしていた。

そんな俺たちの視線の先で雫は最後のクレーを破壊し、準々決勝進出を確実なものとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時間は経ちついに俺の出番になった。ちなみに雫は決勝まで順調に勝ち上がり先程決勝戦を迎えた。相手の三高の選手も優秀で大したものだったが結局雫が勝ち、雫が女子のスピードシューティングの優勝を飾った。

 

「さてと、次は俺の番だね」

 

「頑張ってくださいね!董夜さん!」

 

「ん、ありがと」

 

深雪達の激励を受けて控え室に向かう。俺の一回戦に何人の人が見にくるかは定かではないがそれでも九校戦はテレビで全国放送される、さすがの俺もそんな大人数の前で何かをすることがなかったため少しだけ緊張していた。

 

「あ、董夜くん」

 

「真由美さん、どうしました」

 

緊張を何とか振り払いいつも通りの調子で控え室の所まで来ると控え室の扉の前に真由美さんが立っていた。心なしか顔が固い気がする。

 

「董夜くんのことだから緊張とかしないかもしれないけど…………………頑張ってにぇ」

 

意を決したような表情で噛まれるとこちらとしても少し恥ずかしいのだが。噛んだことで顔を真っ赤にして手で顔を覆っている真由美さんに俺はいつも通りの調子でいつも通りの口調で話しかけた。

 

「失礼ですね俺だって緊張ぐらいしますよ。実際にさっきまで緊張してましたから」

 

「そっか………………………それじゃ四葉董夜くん頑張ってね!」

 

「はい。行ってきます」

 

それだけ言って俺は控え室の中に入った。最後のはおそらく『真由美さん』ではなく『七草会長』としての発言だろう。

 

「フーーー。……………」

 

深く深く息を吐き俺は競技開始の時刻を待った。

 

 

 

 

 

 

「ほい、パーフェクトっと」

 

俺が最後のクレーを破壊し相手がミスったところで試合終了を告げるブザーが会場に鳴り響き会場に収まりきっていない観客の人が歓声をあげた。今の準決勝の結果は100ー52で俺の圧勝だった。正直言って一回戦から準決勝まで骨のある相手じゃなかった、その分次の相手には期待が募る。

学生の身にして基本コードである【カーディナルコード】の1つを見つけたことから付けられた名は【カーディナルジョージ】。そう吉祥寺真紅郎である。

 

(この前将輝と電話した時に自慢されたな………………。)

 

 

 

時は遡り1週間前ーーーーーーー

 

「それで、董夜は何の競技に出るんだ?」

 

「ん?俺九校戦には出ないぞ」

 

「なっ!?嘘だろ!?」

 

「嘘だよ」

 

「…………………」

 

今俺の部屋の通信画面で顔を真っ赤にして怒っているのは十師族一条家の次期当主一条将輝だ。

 

「そんなに怒るなよ俺とお前の仲だろ」

 

「こんなことなら最初に会った時の距離感を保っていたかった」

 

こいつは十師族とは言っても克人さんのように巌のような雰囲気はなく真由美さんのようでもない。というか父親で一条家の剛毅さんのような雰囲気もなく純情なのだ、おそらく母親に似たのだろう。

 

「それで?何の競技に出るんだ?」

 

「あぁ『スピードシューティング』と『アイスピラーズブレイク』だよ」

 

「そうかならアイスピラーズブレイクで俺と当たるな」

 

「ん?そか、それじゃあスピードシューティングは退屈しそうだな」

 

俺が欠伸をしながら心の底から退屈そうにいうと将輝は顔に笑みを浮かべた。

 

「ふっふっふ」

 

「キモい」

 

何となくイラっときたからそう切り捨てると驚いた顔をした後に少し凹んだ顔をしてすぐに怒った顔になる。

 

(顔に出やすすぎるだろ)

 

こんなんで将来十師族の当主などやっていられるのか心配だ、こちらとしては扱いやすくて助かることこの上ないのだが友人としては少し心配してしまう。

 

「う、うるさいっ!それに油断しないほうがいいぞ『スピードシューティング』には我が三校が誇る【カーディナル・ジョージ】が出るからな」

 

「ほぉ……」

 

俺が少しだけ驚いた顔をすると俺を驚かせたことが嬉しかったのか将輝の顔が喜一色になり自慢げに話し始めた。

 

「【カーディナル・ジョージ】とは学生の身にして「いやそんぐらい知ってるよ」…………そうか」

 

「まぁそれなら退屈はしなさそうだなーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

時は戻って現在ーーーーーー

 

 

いや別に自慢してなかった、というより自慢する前に俺が切り捨てたんだった。

 

「決勝戦まで………………まだ後ちょっとあるな」

 

そういって俺は控え室のソファに気だるそうに横になる。俺が控え室にいる際には精神集中のために誰も部屋に入らないように言ってある。まぁ『精神集中』なんてのは建前で本音はただ1人になりたいだけだ。

 

「…………………どうやって勝つか決めとこうかな………………ん?」

 

そこでふと携帯を見るといつの間にかエリカ達からメールが来ていた。中を見て見るとエリカもレオも美月もほのかも雫もみんなが激励をくれた。

 

「達也からは来てないのは想定内だけどね…………………相変わらず可愛げがねぇ」

 

想定内とはいえやはりあいつの性格には苦笑を禁じ得なかった。

深雪に関してもまた然り『親しい仲に言葉などいらない』というやつだろう。あいつからのメールはないが今会場で必死に祈っているのが脳裏に簡単に浮かんで来た。

会場で祈っている深雪を想像していると部屋のドアが来訪者を告げるノックの音を鳴らした、時間的にも俺を呼びに来た大会委員とかだろう。

 

「はい、どうぞ」

 

「失礼します、四葉董夜君競技の時間ですので準備をお願いします」

 

そして決勝戦が幕を上げた

 

 

 

 

閑話

 

「ねぇねぇ董夜君にみんなで応援のメールでもしようよ」

 

「それいいですね!」「俺も賛成だぜ」「賛成」

 

「うん、決まりね。深雪もやるでしょ?」

 

「………………」(祈っていて何も聞こえてない)

 

「すまん、今はそっとしておいてやってくれ」

 

「そ、それじゃあ私たちだけでやりましょうか」

 

「う、うん」

 

閑話終了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ

 

会場の入り口から会場内に入ると…………いや入る前から会場内の歓声は凄いものになっていた、俺が入場するとその歓声はさらに高くなる。まぁ話題性の強い人間が出てくればこうなるのは必然的だ。だがまさかこれほどの人数とは思っていなかった俺は多少面食らってしまった。

 

「お、達也達見つけた」

 

やはりこういう時は知り合いを見つけたくなるものである。俺は【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】を使ってどこかに座っているだろう達也達を見つけて手を振ると会場に取り付けてある大モニターに映像を送っているであろうカメラが俺の顔をズームアップで写した。

 

(こういうのはノリよく何かしたほうがいいのだろうか)

 

そう思った俺はとりあえず軽く微笑みながらウィンクをした、会場の女性から黄色い声が上がったからまぁ掴みは上々だと思ったら達也達が全員呆れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手の吉祥寺深紅郎が入場を終えついに試合開始の時間になった。吉祥寺は緊張しているのか顔が硬かったが今まで俺が予選で戦って来た相手ほどの緊張は無いようだった。

一方の俺は最初こそ多少緊張していたがそれよりも会場を埋め尽くさんばかりの観客が自分に注目しているという高揚感を抑えられなかった。

 

そしてついに試合開始を告げるブザーが会場に響き渡った。俺は瞬時にCADを構えて集中力を研ぎ澄ませ臨戦態勢に入る。

そして最初のクレーがお互いのコートに射出された。

 

「最初から攻めるよ」

 

俺はクレーが得点有効エリアに入るとCADの引き金を引く、するとエリア内にあった全てのクレーが砕け散った。そして観客席から大歓声が上がる。流石に俺もこれには驚いたが俺は予選を含めて今まで全てパーフェクトで駒を進めている、そして自分で言うのも何だが顔もある程度良くネームバリューもある俺は今やスターのような状態になっていた。

 

「……なっ!?」

 

観客とは違い相手のコートからは悔しさを含めた驚愕の声が上がった。吉祥寺のコートに射出されるクレーは速度を上げたり急に減速したりまた急加速したりと不規則な速度で動いている。

 

「くっ!そういうことかっ!!」

 

ようやくタネに気付いたようだがもう遅い。俺が使った魔法は【定速干渉】。【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】でクレーを捉え速度に干渉している。

吉祥寺の【不可視の弾丸(インビジブル・ブレッド)】は確かに脅威だがクレーが見えていないんじゃしょうがない。

 

5……4……3……2……1……

 

「はい、俺の勝ち」

 

最後のクレーを俺が破壊し、吉祥寺が外したところで試合終了のブザーが鳴り、62-100という圧倒的な得点差で新人戦男子スピードシューティングの優勝者は俺に決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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26話 九校戦五日目

26話 九校戦五日目

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁ…………あ……………あ」

 

九校戦5日目の朝…………朝…の筈だ。ふと外を見ると窓の外はもう明るくなり太陽の位置は決して低くはない位置にあった。

部屋の壁に取り付けてある時計に目をやると時刻は10時過ぎ…………………完全な寝坊である。

 

「あーーーーーー。やっちまった……………まぁ特に約束もないしいっか」

 

そして俺はベッドから起き上がり少しだけ掻いた汗を流すため部屋に取り付けてある簡易的なシャワー室に向かう。

確か今日俺のアイスピラーズブレイクの一回戦の試合開始時間はまだまだ先だし、悪いけど深雪と雫の一回戦には行けない旨のメールを送っておこう。

 

 

 

 

 

「おぉ昨夜からすごい連絡が来てる」

 

シャワーを浴びて携帯端末を開き誰かから連絡が来てないかを見ると1人の女性から何本も連絡が入っていた。

 

「そんな緊急性の高いことなんだろうか」

 

そう思い取り敢えず電話をすることにした。

そして電話に出たのは深雪でもなく雛子でもなく、ましてや学校の知り合いでもなく………。

 

『昨日はすごかったね!優勝おめでとう!董夜くん!!』

 

「あ、ありがとうございます………………テンション高いですね………澪さん」

 

そう昨夜から俺にすごい数の連絡をして来ていた女性は日本が誇るもう1人の【国家公認戦略級魔法師】にして【五輪家が十師族たる所以】の五輪澪その人である。

 

『そりゃ董夜くんが優勝したんだもの!』

 

「はぁ………体調は大丈夫なんですか?」

 

そう、澪さんは体の調子が良くない。俺が五輪家に招待された時や戦略国防会議や春と秋に皇居で開かれる会の際には車椅子で出席している。

毎回毎回元気そうにしているが本当のところはどうなのかわからないから心配になる。

 

『大丈夫だよ!それに董夜くんに心配されるほどヤワじゃないわ!」

 

「そうですかお元気そうで何よりです」

 

ヤワじゃない、なんて嘘ですよね。という言葉を俺は飲み込んだ。

おそらく彼女にも年上としてのプライドがあるのだろう。

 

『それにしても昨日の夜から連絡してたのに何で出なかったの?』

 

「いや、昨日は早く寝て今日も今起きたんですよ」

 

電話越しでも分かるぐらい澪さんが拗ねているのが分かる。てゆうか昨日俺の優勝が決定した時からこのテンションだったのか…………………すごい元気じゃん!

 

『へぇあの董夜くんでも疲れるんだね』

 

「あれだけの人の前で何かするなんて初めてでしたからね、さすがに疲れました」

 

『今日のアイスピラーズブレイク大丈夫?』

 

「そりゃもちろん、将輝に負けるつもりはありませんよ」

 

『将輝って言うと一条家の次期当主の子だよね、それに優勝候補の子に負けるつもりは無いってことは」

 

「もちろん優勝するつもりですよ」

 

前も言ったが九校戦は全国ネットでテレビ放送される。俺の存在が発表されたのは生まれた一年後だがこうして一般人にも見える形で表舞台に立つのは今回が初めてだ、だからここで四葉董夜が『どういう人間でどれ程の実力なのか』を知らしめる必要がある。

 

『でも一条家の【爆裂】ってアイスピラーズブレイクで有利じゃ無い?』

 

「おや、よくご存知で」

 

『それは毎年全ての競技を見ているんだもの!分析ぐらい当然だわ!』

 

知り合いの中で九校戦マニアなのって雫だけだと思ったらまさかこの人もそうだとは思わなかった。

 

「まぁ将輝とは決勝で当たるでしょうから、予選はーー『やめて!!』…………え?」

 

澪さんになら大丈夫だろうと予選と決勝で使う魔法を言おうとしたら澪さんらしくないヒステリックな声で遮られた。

 

「ど、どうしたんですか澪s『ネタバラシなんてしないでよ!!面白みがなくなるじゃ無い!!!』す、すみません」

 

その後も九校戦について熱く語り始めた澪さんから逃げるため「よ、用事があるので失礼します」と一方的に切る形になってしまった。今度会うときに何か埋め合わせの品を持って行こう。

 

「さて、そろそろ行こうかな」

 

あと2時間ぐらいで俺の一回戦が始まる時間だ。ちなみに雫と深雪には『ごめん、ちょっと休みたいから観戦には行けそうに無い』という旨のメールを送って2人から了承を得ている。まぁあの2人ならよっぽどのことがない限り大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふぅやっとついた」

 

ホテルの部屋から会場の控室まではそれなりに距離があり尚且つ道に少しだけ迷ってしまって余計に時間を食った。

今控室に到着して試合まで後30分、意外とギリギリだ……………………って1時間半も彷徨ってたのか。

 

「董夜いるか?」

 

あと30分を切ったことだし、いつもはしない精神集中でもやってみようかと思ったら控室のドアがノックされ返事をすると達也が大きなダンボールを持って入ってきた。

 

「どしたの?まさか激励に来たわけでもなかろうに………………てかその荷物何?」

 

「いや、預かりものがあってな」

 

そう言って達也はそばに置いていたダンボールを俺に手渡してきた。ダンボールは50×50×20ぐらいの大きさで両手で持たないと落とすほどの大きさだった。

 

「な、なにこれ。嫌な予感しかしないんだけど」

 

「さぁな俺は雛子から預かったものだから中身は知らん」

 

「え、あ、ちょ、達也!」

 

俺の呼びかけ虚しく達也は振り向くことなく部屋から出て言った。残されたのは呆然とする俺と大きなダンボール。てゆうか雛子め、あいつ最近出番が少ないからってこんなところでブッ込んでくるなよ。

 

「んで中身はっと………………………………まじか」

 

近くにハサミやカッターが無かったから【重力操作】でダンボールの上面を歪めて取り払うと中に入っていたのは……………………黒を基調とした浴衣だった。

 

「はぁぁぁぁぁ!?。アイスピラーズでコスプレするのって女子だけじゃないのかよ!!……………………ん?」

 

誰得だよ、と愚痴っていると中に一枚の紙が入っていた。雛子からのメッセージでも入っているのかと思ったら『この髪型にセットしろ!』と書かれていて横にどこかのモデルの写真が入っていた。

 

「いや、まずワックスないし俺セットできないs「任せてください董夜さん!」……………なんでいんの?」

 

余りにも不自然すぎるほどのタイミングでワックスを手にした深雪が部屋に入ってきた。

あれ?時間的に深雪ってさっき競技終わったばかりだよな?

 

「終わった後飛んできました!!」

 

………………………そうですか。

 

「それで?この浴衣はなに?」

 

「あ、それは雛子が用意した衣装です!」

 

「いや、それはわかってるんだけど………………何で?」

 

「それはですね。ーーーーーーーーーー

 

 

 

数日前 司波家にて

 

「それで?雛子が1人でくるなんて珍しいな」

 

現在司波家のリビングでは達也と深雪と雛子が座っている。今日は日曜日、董夜に夕飯の買い出しを強要した雛子は自分が董夜の【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】の有効距離を離れたことを確認すると達也にアポを取り司波家にて来ていた。

 

「実は……………………九校戦のアイスピラーズブレイクで董夜にこれを着せて欲しいの!!」

 

「……………これは」

 

「ゆ、浴衣ですね。ーーーーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけです!!」

 

「いや説明短い」

 

思わず突っ込んでしまった。

いやもっと雛子がこれを持って来た動機とかそこら辺の説明とかあると思ってたら、分かったことは『雛子が俺に隠れて浴衣を用意してた』ぐらいだ。思い返せば最近買い物を強要されたことがあった気がする。

 

「取り敢えずこれは着ないよ、雛子に送り返しといて」

 

「え!?……………………着ないん………ですか?」

 

「うぐっ!!」

 

適当にあしらってやはり制服で出場しようと思ったら深雪が悲しそうに涙目で上目遣いというほとんどの男子の理性を崩壊させそうなダブルコンボを入れて来た。

 

「ぐ………そんなことしても無理なものは無理」

 

「…………………」

 

「………………………………わぁかったよ!!着ればいいんでしょ着れば!!」

 

「はい!それでは本番楽しみにしてますね!!」

 

そういって深雪はスキップでもしそうな勢いで部屋から出て行った。

我ながら余りのちょろさに涙が出て来そうになる。それにしても深雪はあのダブルコンボをわかっててやっているのだろうか?無意識だとしたらそれなりに脅威だが、意識してやっているとしたら家で何か教育上よろしくない物を見ている可能性がある…………………達也は後で説教が必要だな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話の質問コーナー!!

Q:あれ?最近雛子の出番少なくない?

 

「董夜さん、雛子は九校戦見にこないんですか?」

 

「俺が家を開けるのが1日ぐらいなら連れて来ても良かったんだけど3日以上も家を開けるとなると留守中家を守ってもらわなくちゃいけないんだよ」

 

「家で1人なんて…………可哀想です」

 

「まぁあの家には四葉の機密情報がそれなりにあるからね、それでもこういう時には必ず埋め合わせするようにしてるよ」

 

A : と言う設定にはしていますが余りにも雛子の出番が少なすぎるとは私も思ってます。皆さん雛子の名字を覚えていますか?柊ですよ?ひいらぎ。

雛子をメインにした小話でも書こうかと思っているんですが中々アイデアが思い浮かばないです。『こんな話を書いて欲しい』とかあったらメッセージでも感想でも良いですから言ってくれると助かります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「に、似合ってるんだろうか」

 

髪のセットをせずに出て行った深雪を連れ戻しセットしてもらい着付けは自分でした。俺は今控え室を出て会場に続く通路を歩いている。部屋を出る前に鏡で一応確認したが「見てくれは悪くない」程度だった。

 

「でもそれは主観的な意見だしな〜客観的に見たらダサい可能性も………………」

 

やばい今すぐにでも控え室に戻って制服に着替えたい。だがそんなことをすれば深雪が悲しむ………………いやもしかしたらキレられるかもしれない。

 

「うわ〜澪さんにいじられるんだろうなー」

 

テレビで九校戦をチェックしているであろう澪さんが今回だけを見逃すわけがない。

そしていよいよ会場の選手用入り口についた。あと数メートル進めば今の自分の姿が会場の観客に晒され大型モニターにも映されるのだろう。

 

「……………………よし!ここまで来たらとことんやってやろう!!」

 

ハハハハハハハハハハ……………と俺は吹っ切れることにした。恐らく昨日のスピードシューティングの観客の入りからして今日も満席なのだろう。だったらとことん【四葉董夜】を世間に見せつけてやろうではないか。

俺は堂々とした足取りで会場に入った。

 

 

 

 

 

 

 

その頃 五輪家本邸

 

「フフフフやっと董夜君の出番だわ」

 

私こと五輪澪は今現在、ベッドに入り上体を起こして側にある机に冷たい飲み物と果物の盛り合わせをセッティングして目の前には九校戦の会場が映されているテレビを見ている。

私は元々体が弱くて病弱だったがそんな私の楽しみの1つが毎年開催される【九校戦】だった。そして今年は弟のように慕っている董夜くんが出場するのだ。

 

そして遂に董夜くんが選手入場口から入場して来た。さぁ董夜くんはどんな魔法を見せてくれるのだろうか。

 

「フフフ、楽しみね………………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 九校戦 第一高校天幕内

 

「うん!深雪さんも北山さんも順調に勝ち進んでるわね」

 

「ホントに今年の一年は心強いな」

 

「まったくだ」

 

現在、第一高校の天幕の中では生徒会長である私と摩利と十文字くんが会場の様子が映っているモニターを見ている。

 

「董夜くんは…………………大丈夫ね!!」

 

「戦略級魔法師の実力を見せてもらおう!」

 

「七草ではないがアイツなら大丈夫だろう」

 

私も摩利も十文字くんこれから始まる董夜くんの試合を楽しみにしているが誰も彼が勝利することを疑っていない。

 

「あ、来たわよ!」

 

そして近年稀に見る大歓声とともに董夜くんが選手入場口から入って来た。

しかしーーーーーーー

 

「………………………」

 

「何をやっているんだ?あいつは」

 

「ろ、録画………………しゃ、写真撮らなきゃ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選手入場口 数歩手前

 

「ちょっと待てよ…………何この歓声」

 

気持ちも吹っ切れていよいよ入場!!というところでいきなり会場内に大歓声が起こった。あまりの歓声に少しだけ狼狽えたがいつまでもこうしている訳にもいかない。

 

「ふーーーーーー…………………よし」

 

気持ちを整えて会場に入ると大型モニターに俺の姿がドアップで映された。そしてあれ程大きかった歓声が一瞬にして静まり返った。

 

(ウソだろ………まさか白けたか?)

 

うわ〜やってしまったぁ〜。と思っていると先程の歓声が霞むほどの大歓声が会場を埋め尽くした。どうやら掴みは悪くないようだ……………さっきの静寂が気になるけど。

 

「よし…………切り替えよう」

 

 

 

 

 

 

 

アイスピラーズブレイク会場 観客席

 

「いや〜深雪もだけど、董夜くん似合い過ぎ」

 

「ホントですね〜」

 

「深雪は何をやっているの?」

 

観客席では現在いつものE組とA組のメンバーがこれから始まる董夜の試合を観戦していた。

全員が董夜が浴衣で登場したことによる大歓声に圧倒されてる中、深雪はこの日のために購入した最新型超高解像度カメラで董夜を撮影していた。

 

「お兄様!見てください!!」

 

「あぁ見ているから落ち着きなさい」

 

そして何故かノリノリな董夜は自身の姿を大型モニターにも映しているカメラに向かってウィンクをしたり投げキッスをしたりしている。その度に会場の女性からは黄色い声が上がりエリカは笑い、美月は顔を赤らめ、レオは男として尊敬の眼差しを送り、ほのかは歓声に圧倒され、雫は無表情で、深雪は身悶えている。

 

「………………何をやっているんだ?あいつは」

 

雛子から頼まれたものを董夜に届けはしたがまさか本当に着ると思わなかった達也は只々呆れたようなため息をついていた。

 

 

 

 

そして遂に試合が始まる時間になり試合開始の合図をするポールに青い光が灯る。そして青い光が黄色い光に変わった瞬間相手選手が董夜の氷柱を破壊しようと魔法を発動しようとするが董夜がそれよりも早くーーーーー

 

「董夜くんも………」

 

「【氷炎地獄(インフェルノ)】……………!!」

 

董夜が発動したのは深雪が使った魔法と同じ振動減速魔法。この系統の魔法に関しては深雪の方が得意なため、董夜の発動時間は深雪に僅かに劣るもののそれでも一般選手には十分脅威になり得る。

領域を二分し、運動エネルギーや振動エネルギーを減速、もう一方のエリアにその余剰エネルギーを逃がすことで冷却と加熱を行う高難易度魔法。

 

「やっぱ深雪にはちょっと届かないか」

 

一回戦で董夜と当たった不運な選手の運命が決まるのにそう長い時間は必要なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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27話 九校戦六日目 1

27話 九校戦六日目

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日と同じ朝がやって来た。今日で九校戦も6日目。

 

 

「……………明日で1週間か早いもんだな」

 

 

今日はアイスピラーズブレイクの第3試合から決勝までが行われる。順番は深雪が第1試合で俺が最終試合だ。

昨日ホテルに帰る際に九校戦の運営委員が立ち話しているのを聞いたがどうやら『選手のコンディションを考えて四葉選手を第1試合にしようとしたが視察に来ている魔法関係者の為に最後に回すハメになった』らしい。

 

 

「朝ごはん食べよ………………あれ?」

 

 

話は変わるがこのホテルでは九校戦に出場する選手とそれを支える技術スタッフの為に売店や食堂、それに上層階にあるレストランは早めに開店して普通より遅めに閉店している。

昨日レオに『食堂の『朝定食』が結構美味かったぞ!』ということを聞いた俺が誰かを誘って食堂に行こうと携帯端末を開くと一件のメールが入っていた。

 

 

「『今日は絶対に負けないからな!覚悟しろよ!!』……………はぁ」

 

 

律儀なやつだ。将輝から送られてきたメールの内容を見て思わずため息が出た。

おそらくこのメールの内容は純粋で真っ直ぐな本心なのだろう。とても十師族の次期当主とは思えない真っ直ぐさだ。

 

 

「まぁ宣戦布告にはキチンと応えるけどね」

 

 

そう言って1人部屋で着替えながら不敵な笑みを浮かべる 側から見たら気持ち悪い以外の何者でもない自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、結局達也だけか」

 

「悪かったな」

 

 

朝ごはんを誘おうといつものメンバーにメールを送ったが深雪とほのかと雫はもうすでに済ませてしまったらしく3人で深雪の部屋にいるらしい。

エリカとレオと美月は『仕事』らしい。あの3人はエリカの千葉家のコネを使って九校戦の会場に従業員として来ており、おそらくその仕事だろう。

幹比古に関してはメールアドレスを知らないことを今日初めて気付いた。

 

 

「それで?どうよ動きは」

 

 

「このまえ渡辺先輩に仕掛けられてからは動きなしだ」

 

 

「慎重になったかな?」

 

 

本来ならいつ人が来るかもわからない食堂で【無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)】のことを話せるはずもないのだが今は俺が遮音結界を張っている、達也もそれに気づいているのか喋りにためらいがなかった。

 

 

「さすがに【四葉】を名乗ってる俺には直接何かしてこないだろうけど深雪たちには何かあるかもしれないね」

 

 

「そのことで引っかかるんだが【無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)】はどうやって会場に魔法を仕掛けたと思う?」

 

 

「ん?そりゃ開催前に侵入して…………………内通者か」

 

 

たしかに考えてみればおかしな話だ。この九校戦の会場は国防軍の富士演習場の近くにあり普段から警備もそれなりに厳重の筈だ。しかも開催数日前となれば警戒度も上がる。そんなときに警戒されずに会場に入れるなど大会の運営委員以外にありえない。

 

 

「警戒度を上げた方が良いだろうな」

 

 

おだやかな朝食の時間を過ごすつもりが少しだけピリついた朝食になった、まぁ内通者の存在を知れたのは収穫ではあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ〜、俺も成長したつもりだったけどあいつも凄かったな」

 

 

深雪の試合が終わり観客の興奮が一向に下がる気配を見せない中俺は自分の控え室に向かっていた。少しだけ汗ばんでいるのは深雪の試合を見た後に急いで控え室に向かった為だ、今は途中にある自動販売機でお茶を買っている。

 

 

「本来ならこんなに急がなくても良いんだけどね」

 

 

俺の試合が開始されるまでまだ30分ある、それなのに何故こんなに急いで控え室に向かっているのかというとーーーー

 

 

「まだ浴衣をスムーズに着られないんだよな」

 

 

一回戦が終わった後に深雪からメールで浴衣の着方や髪のセット方法を教わったが昨日は疲れていたからそれを試す前に寝てしまった。そのため早めに控え室に向かってセットするのだ。

 

 

「間に合わなくて制服で出たら後で深雪と雛子が怖いからな………………ん?」

 

 

お茶のキャップの部分を人差し指と中指で挟みユラユラと揺らしながら歩いていると控え室の前に高校生とは思えないほど屈強で巨漢な…………………克人さんがいた。

 

 

「あぁ董夜か」

 

 

「『あぁ董夜か』って俺の事待ってたんじゃないんですか?そこ俺の控え室ですよ克人さん…………………もしかして心配してるんですか?俺が負けるんじゃないかと」

 

 

「そんなわけがない……………と普段ならいうんだが、このまま勝ち進んで行けば十中八九『一条』に当たるからな」

 

 

まぁそれだけあいつの【爆裂】は強力だからからな、克人さんが心配になるのもわかる、それでもーーーーー

 

 

「俺は負けませんよ、絶対に。それに浴衣まで来て注目を集めてるのにそれで負けるなんてダサすぎるでしょ?」

 

 

「フッ、それもそうだな。それにしても今年は十師族の者が4人も出るとはな」

 

 

「そのうちの3人が一校ですけどね」

 

 

正確には(技術スタッフも入れて)6人なのだが、そんなことを知る由も無い克人さんはそれだけ言うとどこかに行ってしまった。方向からして恐らく一校の天幕だろう。

 

 

「さて、急いで着付けしなきゃ」

 

 

結局着付けと髪のセットが終わったのは時間を知らせに来た大会の運営委員が董夜を呼びに来たのとほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして遂に始まったアイスピラーズブレイク第三回戦最終試合。

舞台に上がった俺はカメラ目線で前髪を後ろに搔き上げる。その瞬間会場は女性陣の黄色い声に包まれた。一方の相手選手は余りのアウェー感に緊張がさらに高まっていた。

 

 

「まさかポーズまで指定されるとは、雛子の着せ替え人形みたいだな、これじゃ」

 

 

会場の観客席から達也達を探していると顔を真っ赤にさせた深雪が達也に支えられ雫にうちわで扇がれていた。

 

 

「あいつ熱中症じゃねぇの?ちゃんと水飲んでんのか?」

 

 

少しだけ心配になっていると飲み物を買いに行ってたのかほのかが戻って来て深雪に水を渡し、それを飲んだ深雪の顔色は幾分か落ち着いたようだった。

そんなこんなでポールが青い光を灯し後数秒で試合が開始されるのとを告げる。観客席が静寂に包まれそして黄色に変わり、最後に赤に変化したと同時に俺はCADの操作を開始する。

 

 

「さて、お返しだよ将輝」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず凄いね〜」

 

 

董夜が入場してくると同時に会場からはアイドルのコンサート並みの歓声が響き渡った。それを聞いたエリカの言葉にこの場にいる全員が賛成する。

 

 

「ほのか、遅い」

 

 

「恐らく自販機が近くになかったんだろう。もうそろそろ帰ってくるさ」

 

 

雫は飲み物を買いに行ったきり戻ってこない友人を心配し、【無頭龍(ノードラ)】の事が頭によぎった達也が安心させるように返事をした。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ董夜さん」

 

 

顔を真っ赤にさせながらカメラのシャッターを切っている深雪に関しては達也を含めて全員スルーを決め込んでいた。しかし

 

 

「はうっ………………!」

 

 

董夜が前髪を後ろに搔き上げ、会場の歓声が何倍にもなったタイミングで深雪はさらに顔を赤くさせぐったりとなった。

 

 

「だ、大丈夫!?」

 

 

そして全員から溜息が漏れる中、ちょうど飲み物を買いに行っていたほのかが戻って来た。

 

 

「はぁ、ほのか。その水を一本もらって良いか?」

 

 

「あ、はい!どうぞ」

 

 

ほのかが念のためにジュースと水を買って来ているのをみた達也は了承を得てほのかから水を受け取り深雪に飲ませると深雪は落ち着いたようだった。

 

 

「あ、始まるみたいよ」

 

 

ポールに青い光が灯りそして黄色に変わる。会場内は先程とは打って変わりシンとしておりどこからか飛行機のエンジンの音が聞こえてくる。

そしてついに光が赤くなり試合が始まった。

 

 

「なっ……………………………!?」

 

 

それは誰の声だったか。董夜と対峙している選手か、それとも観客の誰かか、それか全員か。

ポールが赤くなり董夜がCADを操作すると同時に相手選手の氷柱がある空間が歪み始めたのだ。

観客から、そして選手から見ても氷柱はねじ曲がって見えている。そして歪んだのは一瞬、すぐに全ての氷柱が砕け散る。

呆然とする観客と相手選手を置いて試合終了の合図が鳴り響き、会場が静まり返ったまま董夜は退場して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宣戦布告にはキチンと答えたぞ………………………将輝」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後の董夜の魔法の解説としては「相手の氷柱に強い重力をかけて押しつぶした。歪んで見えたのは大きすぎる重力に空間が歪んだから」ということです。

ツッコミどころは満載ですけどある程度は目をつぶっていただけると幸いです。


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28話 九校戦六日目 2

28話 九校戦六日目

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その映像は日本の……………いや、世界中の軍上層部の会議で見られていた。

董夜が一条将輝からの宣戦布告を受け、それに応じた九校戦アイスピラーズブレイク第三回戦の映像。

『空間を捻じ曲げるほどの加重系魔法の使い手』ここまでならまだそこまで大ごとにはならない。いや、多少大ごとにはなったかもしれないが世界中の軍が緊急会議を開くほどでは無かったかもしれない。問題なのはこの先。

『四葉董夜はブラックホールを再現出来る可能性がある』だ。この知らせに世界中の軍が慌てた。現在彼の【荷電粒子砲】はUSNA の戦略級魔法師 アンジー・クドウ・シールズの【ヘビィ・メタル・バースト】に破壊力こそ劣るが貫通力などは勝ると言われている。そんな超強力な魔法を有する四葉董夜が国を………いや惑星すら破壊しかねない魔法を有しているかもしれないのだ。

 

 

そして他の国より焦ったのはUSNAだ。USNAは 極秘裏に2095年11月、つまり今から3ヶ月後に余剰次元理論に基づくマイクロブラックホール生成・蒸発実験を行おうとしていたのだ。これから始まる実験の完成形を日本の…………しかも四葉の次期当主(実際は次期当主最有力候補だが国内外問わず事情を知る殆どの人間が董夜以外に当主はあり得ないと考えている)が使用出来る可能性があるなど想定外中の想定外、これによりUSNA は実験の完成を急ぎ、日本をも巻き込む事件を起こすことになるとはこの時はまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方 九校戦の控え室ではアイスピラーズブレイクの決勝を1時間半の後に控えた董夜が達也と2人で話していた。普段なら控え室に入れるのは競技開始の30分前なのだが、次が決勝ということもあり控え室に空きができて入れたというわけだ。

 

 

「ックシュン!!……………世界中の軍の関係者が俺のことを噂している気がする」

 

 

「あたりまえだ……………それに良かったのか?」

 

 

「ん?」

 

 

「さっきの魔法についてだ。あれでお前がブラックホールを再現出来る可能性は世界中に広まっただろう。まだ可能性の段階だが」

 

 

董夜が実際にブラックホールを再現出来ることを知っているのは真夜、深夜、葉山、達也、深雪、董夜のみである。

今回の件については流石の達也も想定外だった。一緒に見ていた深雪は今はいないが衝撃を受けていた。そして達也も深雪も董夜が何も理由がないのに自身が秘匿としている事を公にする人間だとは思っていない。それだけに今回の事に驚いたのだ。

 

 

「大丈夫だよ、達也も言ったけどまだ『可能性の段階』だ。少しは牽制されるだろうけど大きな問題は起きないよ」

 

 

「そうか………………まぁお前の言うことなら信じよう」

 

 

「ありがと」

 

 

「それじゃこれ決勝用の衣装だ」

 

 

「あいよー」

 

 

それだけ言って達也は控え室を出た。

数秒後、控え室の中から響いた絶叫に口元を緩ませ達也は会場の観客席に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて衣装に着替えなければ。さすがに着るのも3回目で慣れているとは言え今回着るのは予選と違い決勝用の衣装だ、もしかしたら浴衣より着替えが厄介な代物かもしれない。

 

 

「ん…………?……………決勝用の衣装?」

 

 

確か達也はそんな事を言って出て行った気がする。嫌な予感がして首をギギギギギとならしながら部屋の中央にある机に顔を向けるとそこには………………………………見たことのある包みが置かれていた。

 

 

「なんで決勝用まであんだよォォォ!!」

 

 

中を開けるとそこには教会などで結婚式の際に新郎が着る真っ白いスーツが入っていた。同封されている手紙には見たことのある我がメイドであり家の用心棒をしてくれている雛子の文字で『決勝Fight!!!…………………………あと髪はオールバックで』と書かれた手紙が。

 

 

「………………………………決勝がんばろ」

 

 

もういいや…………………………そういえばそろそろ女子アイスピラーズブレイクの決勝が行われるはずだ。俺の競技まで1時間以上あるのだから見に行けばいいと思われるかもしれないが今回は控え室に取り付けてあるテレビから中継を見る事にした。そう深雪と雫の決勝戦を。

 

 

「勝敗は見えてるんだけど………………それでも」

 

 

青いライトが点った。そして開始の合図となる赤い光に変わっり、両者から同時に魔法が打ち出された。

 

雫のエリアに【氷炎地獄(インフェルノ)】が襲い掛かる。熱波が氷柱を溶かしに掛かるが氷柱は未だに形を保っていた。雫の情報強化がかけられているためだ。

深雪の氷柱を地鳴りが襲う。だがその振動は共振が起こる前に鎮圧された。【共振破壊】を抑える対抗魔法を深雪が発動しているからだ。

 

両者共に譲らぬ一進一退の攻防、と試合を見ている大半の観客たちは思っているのだろう。しかし董夜から見て一見互角に見える戦いは確実に優劣が決まっていた。雫の情報強化は氷柱に対する深雪の【氷炎地獄(インフェルノ)】の改変を防いでいたが、魔法によって生じた物理的なエネルギーの影響は避けられない。氷柱に対する加熱の改変は防げても、空気が熱せられたことによって氷が溶けるのは時間の問題だった。

このまま押し切られてしまうのか。そう思った時、雫の次の一手が打たれた。雫が袖口に手を突っ込み取り出したのは二つ目のCAD。拳銃型をした特化型CADは達也が授けた物だろう。

 

【フォノンメーザー】

超音波の振動数を上げ熱線を起こす高等魔法。それにより、今まで一度たりとも傷つかなかった深雪の氷柱にダメージが入った。

しかし雫の攻勢もここまで、すぐさま立て直した深雪は新たな魔法を発動した。魔法名は【ニブルヘイム】振動減速系統魔法で、威力は使用者によって前後するが、深雪が発動するとなればその威力は当然最大限に高められている。液体窒素すらも凍らせる冷気によってできた霧が雫の陣を覆い尽くす。

そして直ぐに深雪は魔法を切り替えた。再度発動された【氷炎地獄(インフェルノ)】の熱が雫の陣を襲う。瞬間、起こるのは大爆発。【ニブルヘイム】によって付着した液体窒素が熱されたことにより一気に気化、その膨張率は七百倍。当然氷柱が耐えられるはずもなく、雫の氷柱は轟音を立てて崩れ落ちた。

 

 

「えげつないな」

 

 

深雪の魔法に関してもそうだが、まさか雫が深雪の氷柱に傷をつけるとは思わなかった。そこも踏まえて雫は善戦した方だろう。

 

 

「健闘を称えよう北山雫」

 

 

さて、そんなことより俺の試合だ。相手は一条将輝、いくら俺でも気を抜けばすぐに【爆裂】の餌食になるはずだ。

 

 

「それでも俺は絶対に負けない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すごい人ね。これは」

 

 

「あぁ、まぁ注目が集まるのも無理はないだろう」

 

 

現在、第一高校の天幕の中で試合開始の合図が鳴るのをモニターで見ているのは真由美と摩利と数名の技術スタッフだ。

 

 

「どうだ?お前の予想ではどっちが勝つ?」

 

 

「そりゃ董夜くんに勝って欲しいけど……………それでも……………」

 

 

「一条の【爆裂】は強力………………か」

 

 

「えぇ」

 

 

2人とも董夜の勝利を心の底から願っていた。それでも不安が残るのは相手が同じ十師族であり、尚且つアイスピラーズブレイクで無類の強さを誇る【爆裂】がある。

 

 

「それでも…………………私は董夜くんを信じるわ!!」

 

 

「ふっ…………同意見だ」

 

 

それでもモニターを見る2人の目から不安の色が消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、こりゃまたすごい人だ」

 

 

選手入場口から会場の中に入ると董夜の白いスーツ姿を見た満員の客から大歓声が上がる。今までは女性の歓声が多かったが今回は董夜のノリの良さが好評を得たのか男性陣からも歓声が上がっていた。

そして対面からついに将輝が入場してきた。お互いに多少緊張しながらも挑発的に笑う。

 

 

「さぁ、悪いな将輝。圧倒的に、完膚なきまでに潰させてもらう」

 

 

ポールが青、黄色と変わり最後に赤くなったその瞬間……………………………会場を【夜】が包んだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

会場中の誰もが目を疑った、いやテレビ中継でその様子を見ていた全ての人が目を疑った。太陽が照っていたはずの会場にもはや太陽は見えずただ暗闇が支配し見えるのは董夜と将輝の姿のみ。

 

 

「くそっ………………!!」

 

 

この異常事態に将輝はすぐさま対抗しようとCADを操作するがそこである異変に気付く………………………………魔法が発動しない。

それは将輝の心の中を焦燥で埋め尽くしどんどん余裕をなくしていく。

 

 

「お、おいあれ!!」

 

 

それは誰の言葉だったか誰かが暗闇の上の方を指差して叫んだ。会場中の全員が上を向き、テレビの取材班やカメラマンもカメラを上に向ける。

 

 

「な、なんだよ……………………あれ」

 

 

そこには夜空に瞬く星の如し光をもつ光球がいくつか光り輝いていた。

そして次の瞬間全ての光球が眩い光を放つ。

 

 

「沈め、歴戦の猛者よ」

 

 

そして董夜がいつの間にか将輝の方へ伸ばしていた右腕を下げた瞬間、夜空を切り裂く様な(いかずち)が光球から発せられ将輝の氷柱を全て打ち砕いた。

 

 

「ふぅ……………流雷群(サンダー・ライン)ってとこか……………………………厨二臭いな」

 

 

董夜がため息をつくと同時に夜空は晴れ、会場にはいつも通りの明るい太陽の光が戻ってきた。それと同時に観客からは爆発の如き歓声が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場から出た将輝は関係者用通用口で一人立っていた。

先程の一戦、相手である四葉董夜が魔法を展開し周囲が夜に包まれてからCADに想子サイオンを流しても魔法が発動することがなかった、恐らくあの夜の空間には董夜の領域干渉が働いていたのだろう。

そして何より将輝にとって大きかったのは自分が最初に【爆裂】を発動させようとする前に董夜の魔法が発動したことだ。

それはつまりーーーーーーーーーーー

 

 

「俺より彼奴のほうが…………………魔法の発動速度が速い………………………っ!!!」

 

そして将輝が悔しそうに壁に拳を打ち付けた。幸い廊下には将輝以外の人はいなかったため誰もその姿を見た者はいなかった………………………筈だった。

 

 

「ヒューー将輝くんコッワーイ」

 

 

「っ!!董夜!!」

 

 

数メートル先の曲がり角から出てきた董夜が誰が見ても演技だとわかる様に出てきた。

 

 

「それで?何しにきたんだ?俺は今忙しいんだ」

 

 

「悔しがるのに?」

 

 

「う、うるさい!」

 

 

文字だけ見ると将輝が董夜を疎んでいる様に見えるが2人の付き合いはすでに5年を超えている。こんな事でこじれる様な仲ではなかった。

 

 

「いやいや、ただ一言言いにきただけだよ」

 

 

「は?一言?」

 

 

董夜の言った言葉に将輝は多少訝しむ様子を見せる。それを見て董夜は若干の微笑を浮かべ。

 

 

「お前じゃなければあの魔法は使ってなかった。それだけ」

 

 

それだけ言うと董夜はクルッとUターンして立ち去って行った。その背中が遠くなってから将輝はその言葉の意味を理解した。董夜も将輝を強者と認めているのだ。

 

 

「次は絶対に負けないからな!!」

 

 

その背中に投げかけられた言葉を受けて董夜が嬉しそうに笑ったのを見る者は誰もいなかった。

 



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29話目 九校戦七日目

29話 九校戦七日目

 

 

 

 

 

 

 

「クソッタレ…………」

 

 

第一高校天幕内で摩利さんと真由美さんとモニターの映像を見ていた俺の額に青筋が浮かぶのが自分でも分かる。幸い今のは小声だったのに加え摩利さんと真由美さんが状況が理解できずに呆然としてくれていたおかげで聞こえていなかった様だ。

 

今日は九校戦7日目、新人戦のモノリスコードが行われる予定の日だ。そして予定通り実際にモノリスコードは開始された。そこまでは良かったのだが開始された直後に森崎たちがいた廃ビルが崩れたのだ。

 

 

「一体何が…………!!」

 

 

「フライング!………それにあの魔法は」

 

 

「【破城槌】、屋内で使えば殺傷性ランク違反ですね」

 

 

2人が状況を把握しだした頃、ようやく俺も怒りが静まり発動した魔法を分析して森崎たちを心配できる程度には落ち着いてきていた。

 

 

「七草会長、渡辺委員長」

 

 

「「 ! 」」

 

 

俺がいつもの名前呼びではなく役職名で呼んだことで内容が真剣な物だと気付いた2人も真剣な面持ちになる。

 

 

「おそらく森崎たちは無事だとしても競技を続けられる状態ではないでしょう。十文字会頭を呼んで代役について協議する必要があるかと」

 

 

『競技を続けられる状態ではない』という言葉に2人の顔が多少こわばる、しかしそこは流石三巨頭と呼ばれるだけあり直ぐに顔のこわばりを直して頷いた。

 

 

「そうね、董夜くんも(競技に)出てくれるかしら」

 

 

「えぇ勿論僕も(協議に)出ますよ」

 

 

誤解とは怖いものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?俺は出ませんよ?というか出れませんよ」

 

 

「「え!?」」

 

 

「それは何故だ?」

 

 

現在天幕の中にある一室では俺と真由美さんと摩利さんと克人さんの4人が集まっている。そこで摩利さんが『それでは董夜の他の2人を決めなければ』という言葉に対する俺の返事がこれだ。

真由美さんと摩利さんは「じゃあさっきの言葉は何なのよ」といった顔をしている。

 

 

「これでも戦略級魔法師ですからね、3種目以上に出ちゃうと色々まずいんですよ」

 

 

元々戦略級魔法師の俺が高校生の身だとしても『普通より少し上のレベル』の学生の大会に出れるはずはなかったのだ。

この前の週刊誌にも【戦略級魔法師と3人の十師族を有する第一高校は史上最強布陣か?】などと書かれてしまった。あれで批判されなかったのが奇跡と言える、これで俺がモノリスコードにまで出てしまったらそれこそ批判ものだろう。

これでも統合幕僚会議にワイロを送って(がんばって)やっと出場できたのだ。

 

 

「それでどうするんだ?」

 

 

「「え?」」

 

 

俺が出場できない理由に3人が納得した時、克人さんが俺に布陣をどうするのかと訪ねてきた。俺に采配を一任するとしか取れない言葉に真由美さんは不思議そうな顔をする。

 

 

「俺たち3人を集めたのはお前だ、まさか呼んだだけではないのだろう?」

 

 

克人さんの言葉に俺は思わずフッと笑いがこみ上げてきてしまった。思い返せばこの人とも十師族の中では将輝と真由美さん並みに長い付き合いだ。

 

 

「えぇ勿論です、出場できない分1番勝てる布陣をお教えしますよ」

 

 

「ほぉそれは誰だ」

 

 

「まぁ布陣をお教えすると言っても決まっているのは1人だけ、そしてそいつに采配を任せるするつもりです」

 

 

俺の言葉に3人が少し眉をひそめた、今回は俺が布陣は任せてくれと言っている以上責任は全て俺にあることになる。そしてその采配を任せることはその人間を余程信用しているということだ、3人ともそれを理解したのだろう。

 

 

「それで其奴は誰だ?」

 

 

「布陣を任せるのはーーーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、俺が呼ばれたというわけですか」

 

 

「そゆこと、それで任せてもいい?」

 

 

数分前、作戦室に呼び出された達也は自分が選ばれた理由を問い説明を受けて今に至る。後ろでは付いてきた深雪が達也をキラキラした目で見つめている。

 

 

「しかし、自分が出場するとなると他の一科生から反感が出ると思いますが」

 

 

おお、達也が完全に俺を視界から外して真由美さんたちに話してる。巻き込んだことは悪いと思うけどさ。

だがそんな事でへこたれる俺じゃない。無理やり会話に入ろう。

 

 

「勝てば誰も文句は言えんさ、まぁ十師族間では問題になるかもしれないけど」

 

 

まぁ良い活性油になるさ、と笑う俺に後ろで真由美さんと克人さんが少しだけ複雑そうな顔をする。十師族とは全ての魔法師の見本であり最強でなければならない、その十師族の次期当主が(表向きには)普通の学生である達也に負ければそりゃ問題にもなる。

おそらく新人戦が終わった後の克人さんの試合にもプレッシャーがかかるだろうが正直知った事ではない。

 

 

「………………それでは残りの2名は登録選手外から選んでもよろしいですか?」

 

 

と、いうわけでようやくモノリスコードの選手が決まったというわけだ。

最後まで克人さんたちは俺に難しい顔を向けていたがさっきも言ったけど知った事ではない。

今の十師族ははっきり言って非常に慢心が過ぎる。九島烈は『互いが牽制しあい、切磋琢磨して技術の向上を目指す』という理由で今の体制を作ったのだろうが今となっては『互いの不祥事を探り合い、蹴落とし合う』という散々なものだ。

そんなクソみたいなもの

 

「俺が………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ、どういうことだ!?」

 

とあるビルの一室、その中央に置かれたテーブルを囲む男の内の一人が手下からの報告に外面を取り繕う余裕もなく悪態を吐いた。

 

「大会委員に潜り込ませた工作員が行方不明! これでは電子金蚕を使うことができないではないか!?」

 

もう一人の男が叫び怒りを露わにする。もはや彼らには冷静な思考をする余裕など欠片も残されていなかった。

 

 

「もはや手段を選んでいる場合ではない」

 

 

「その通りだ、観客が大勢死ねば大会どころではないだろう」

 

 

「ではジェネレーターを送り込むということに異論はないな?」

 

 

誰かも反論の声は上がらない、この場に彼らを止める者は存在しなかった。

 

 

「念の為に行動を起こすジェネレーターは三体にするべきだ」

 

 

「そうだな、それなら誰も止めることなどできないだろう」

 

テーブルを囲む男たちは狂気を含んだ笑みを浮かべる。それは生への渇望、今の精神状態ならば男たちは生きるために核兵器の発射ボタンを躊躇いなく押すことだろう。傍から見ると滑稽な彼らの醜い足掻きは留まるところを知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新人戦モノリスコードは達也の巧みな作戦によって順調に勝ち進み、ついに新人戦モノリスコード決勝。

選手の登場に観客たちは困惑の雰囲気を漂わせている。それも当然のことで幹比古とレオの二人がマントとローブという何とも言えない不思議な恰好をしていたからだ。そんな観客たちの中で周りとは違った反応を見せる人物が一人、エリカは幹比古たちの恰好に大爆笑していた。思いっきり周囲の注目を集めていても気にしないエリカだった。

 

 

「ちょっとエリカ、もう少し静かにしないと」

 

 

「いや、だってあれは面白すgアッハッハッハ!!」

 

 

深雪の注意をまるで意にかえした様子のないエリカにほのかと雫と深雪と美月の4人はため息が出るばかり。しかしすぐに深雪はどこか心配そうに、そして何かが起こっているのを感じながら空を見上げ、先程から連絡が取れない人物に想いを馳せる。

 

 

「董夜さん、一体どこに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プフッ、これは確かに面白いね」

 

 

『ホントだねー、ちゃんと家で録画してあるよ〜』

 

 

どこにでもありそうな男女の会話、しかし違うのは俺が立っている場所ともう1人の声の主が俺の隣にいない事だろうか。

 

 

「それで?動きはあった?雛子」

 

 

『う〜〜ん……………………ん、今ところはないよ董夜』

 

 

そう、俺は今誰もいないホテルの屋上に立っている。そして耳についている無線機からは雛子の声が聞こえてくる。

なぜこんなところにいるかというとモノリスコードの試合開始直前に【無頭龍(ノー・ヘッド・ドラゴン)】について調べてもらっていた雛子から連絡が入ったのだ。

 

『無頭龍の工作員がCADに細工をしようとしている』

 

送られてきた顔写真から工作員を探し出し先程九島烈に引き渡した後ジェネレーターが三体送り込まれたのを聞いてホテルの屋上に待機しているというわけだ。

そんなこんなしていると携帯端末から歓声が聞こえてくる。

 

 

「うーーん、流石の達也も将輝相手じゃ【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】無しじゃ無理か、老師は気付いたかな?」

 

 

『一条将輝ってそんなに強いの?』

 

 

「お前と五分五分ぐらいじゃないか?あいつも本番の戦闘に参加したこともあるし」

 

 

『ふーん』

 

 

あ、顔は見えないけどこいつ今絶対不敵な笑み浮かべてるな、恐らく戦いたくて少し疼いたのだろう。こういう好戦的なところが無ければなー。

初めてあったときだって最初の一言が『ちょっと一対一(サシ)でやらない?』だからなー。あんなやつは雛子が最初だし最後にしてほしい。

 

 

『ん、董夜。ジェネレーターが動いたみたいだよ』

 

 

「おっけ」

 

 

そんなことを考えていると耳についている無線機からは余り緊張感のない声が聞こえてくる。そして俺はそばにあった黒を基調として黄色いラインが入った拳銃型のCADを持ち、構える。

 

 

「さて、ジェネレーターが人目につかないところにいる間に片付けるか」

 

 

俺は引き金を引いた。

人間の反射神経の限界に迫る速度で発動した魔法は、ジェネレーターが無意識に張っている情報強化を易々と貫いた。

 

 

雷爆(ボルテッカー)

 

 

ジェネレーターが自身の内部に魔法の発動を感知した瞬間内部で高圧の電撃が発生、高温によりジェネレーターは爆発することなく一瞬で蒸発した。

 

 

「後はそれを三回繰り返すだけ」

 

 

『………………うん、目標の消滅を確認。目撃者もいない模様』

 

 

「おっけ、それじゃあ大元の掃除は達也と藤林さんに任せよう、てことでお願いしますよ?藤林さん」

 

 

そう言って俺は無線を切った、最後にこの無線をハッキングしていた達也の上司(まじょ)に一言メッセージを添えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、一体いつから」

 

 

国防軍某基地の内部にある国防陸軍第101旅団のオペレーションルームでこの旅団のトップの風間玄信の副官であり、旅団自体の幹部も勤めている藤林響子少尉は薄暗い室内で1人電子機器が多数並べられている席に座っていた。

 

 

「それにしても【雷爆(ボルテッカー)】。恐ろしい魔法ね」

 

 

九校戦の会場で【無頭龍(ノー・ヘッド・ドラゴン)】が何かアクションを起こしてこないかと監視していると四葉董夜が大会委員に成りすました構成員を確保したとの情報が入り、より入念に監視を続けているとホテルの屋上にその四葉董夜を見かけたので無線をハッキングして盗聴していたのだがまさか気づかれているとは思わなかった。

 

 

「こりゃ【電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)】も返名しなくちゃいけないかな」

 

 

そうふとため息をつき、最近ため息の量が増えてきたな、とまたため息をつく魔女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近ルビを振ることを覚えたんですが見にくくないですか?大丈夫ですか?


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30話目 九校戦九日目



九校戦の8日目は特に書くことも無かったので飛ばしました。


30話 九校戦九日目

 

 

 

 

 

 

今日からはやっと何も暗いことは考えずに大会を観戦できるというものだ。

その理由として昨日のうちに達也が一昨日の後始末をしてくれた。

昨日の夜に達也の部屋に一応お礼を言いにいったら「国防軍の仕事としてやっただけだが……………………まぁ貸しというならありがたく受け取っておこう」と言われた。女顔の男だったらまだしも見た目が大学生で無表情の達也のツンデレとかほのかしか喜びそうにない………………………………あ、エリカの笑いの種になるか。

 

そして今日は深雪がミラージパッドで優勝して見事第一高校の総合優勝が決まった。余談だが総合優勝が決まった際に将輝の後をニヤニヤしながら無言で付いて行っていたら危うく殴られそうになった。いや、実際に拳は飛んできたのだが間一髪で躱した。その後将輝は半泣きで『来年こそはぁぁぁぁぁぁ!』と言いながら走り去って行った………………………何とも可哀想なやつだ。

 

 

「ああああぁぁぁぁ………………っかれた」

 

 

一昨日、俺がジェネレーターを消したという報告はおそらく藤林さんから風間さんにされている頃だろう。今回の九校戦で十師族や国防軍は四葉の戦力に関して危機感を強めたはずだ。現在十師族内では四葉と七草の二強体制になっているがそれでも戦力的には四葉の方が優っているのは誰の目に見ても明らかだ。最悪『四葉排斥』の動きが起きるかもしれない。

 

 

「そうならない為にもちゃんと働かないとね」

 

 

そしてシャワーを浴びた俺は特に何もするわけでもなくベットに倒れこんでそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてついに九校戦最終日

今日行われるのはモノリスコードのみだがこれも恐らく克人さんがいることで圧倒的な結果に終わるはずだ。

 

 

「でももしかしたら十文字先輩負けちゃうかもよ〜?」

 

 

モノリスコードの決勝 第一高校対第三高校の試合会場。試合開始まで残りわずかというところでエリカがイタズラ好きな子供のような笑みで問いかけてくる。

現在俺を含むいつものメンバーでモノリスコードの会場に観戦に来ていた。

 

 

「俺も普段はこういう勝負事で断言とかはしないんだけど、でもこればっかりは勝つよ」

 

 

まぁ何かハプニングがあったらキツイね。

と笑う俺に達也も微笑を浮かべる。ハプニングとは【無頭龍(ノー・ヘッド・ドラゴン)】のことを指し、それはもう既に駆除されている。つまり勝ちは安泰というわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、ついに試合開始を告げる音が会場に鳴り響いた。

 

第一高校対第三高校

宿命の対決とでも言うべきこの試合は誰の目から見ても分かる程に一方的なものになっていた。

先ほどから相手は氷の礫を飛ばしたり、崖を崩して岩を落としたり、沸騰させた水をぶつけたりと地形を利用した多種多様な攻撃を克人に向かって繰り出している。だが、それらの攻撃は全て克人の張った障壁魔法に阻まれていた。様々な攻撃に対して克人は対応する障壁を幾重にも張り、全てを防ぎ、悠々と敵陣に向かう。

 

 

「多重移動防壁魔法【ファランクス】相変わらずエグいな」

 

 

「それを一撃で消したやつが何を言ってる」

 

 

俺が引きつった笑みを浮かべるとすかさず達也がツッコミを入れて来た。それに深雪もクスッと笑う。

レオ達は試合に夢中で聞こえてなかったみたいだが。

 

 

【ファランクス】

この魔法は何種類もの防壁魔法を途切れさせることなく更新し続けるという高度な技術による持続力が強みで、俺には克人さんのような高度な真似は不可能だ。元々、俺が障壁魔法があまり得意ではないことも理由の一つだが、それを抜きにしても感嘆するほどに克人さんの魔法は洗練されている。

 

 

「お?」

 

 

そして三高の選手は克人の歩みを止めることはできず徐々に距離は縮まっていき、そしてお互いの距離が十メートルを切ったところで克人さんが歩みを止めた。

否、止まったのではない。一瞬の停滞は次の行動に向けての溜めだった。一歩、そして勢いよく地を蹴った。加速・移動魔法が掛かった克人さんの身体は水平に宙を飛ぶ。そのままショルダータックルで相手選手めがけて突っ込み自身の周囲に張ったままの対物障壁で相手を吹き飛ばした。克人さんは吹き飛ばした相手には目もくれず、次のターゲットめがけて跳躍する。相手がどんな魔法を行使しようとも、克人さんはそれを真っ向から叩き伏せる。なすすべもなく三人目の選手が吹き飛ばされ、圧倒的な結果でモノリスコードの優勝は一高に決まった。

 

 

 

 

 

 

「凄いですね……あれが十文字家の【ファランクス】ですか……」

 

 

観客席で手を叩きながら呟く深雪の感想はありふれたものだった。ただそれだけ衝撃を受けている証拠だろう。実際、俺もこの試合、いや克人さんの魔法に圧倒されていた。

もし俺が【全反射(フルカウンター)】を使えなかったら、克人さんを抑えるのは苦労しそうだ。少なくとも、俺がモノリスコードのレギュレーションの中で勝つのは至難の技だろう。

 

 

「違うな……あれは多分、本来の【ファランクス】じゃない。最後の攻撃……あれは【ファランクス】本来の使い方ではないように思える」

 

しかも達也が言ったように未だに本気ではないのだから恐れ入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に表彰式も終わり、閉会式の挨拶やその他諸々も終了した。それならば早く帰りたいところなのだが、そういうわけにもいかない。開会前と同じくパーティーが開催されるからだ。幸いなのは開会前の懇親会とは違って本当の意味で親睦を深める場だということか。

それに他校の生徒や大会関係者、挙句の果てにメディアの関係者まで纏わりついてくるので、うんざりとした気分になるのにはあまり変わりがないかもしれない。

 

 

「TBCです。それで今回初の九校戦となりましたが2つの種目で優勝と快勝でしたね、参加してみてどうでしたか?」

 

 

「そうですね、学校で練習に付き合ってくれた同級生や指導していただいた先輩方のおかげだと思ってます。また来年も参加したいですね」

 

 

と、いうわけで絶賛マスコミにたかられ中である。

四葉家の、しかも戦略級魔法師が参加しているのだからこの展開は予想していたがまさか記者の数がここまで多いと思わなかった。

遠くでは一校や他校の生徒が物珍しいような目で見て来ている。

 

 

「書売新聞です。戦略級魔法師が学生の大会に参加することには反感も予想されましたが、そのことについてはどう思いますか?」

 

 

「そうですね…………それでもこの九校戦の為に切磋琢磨して練習して来た同学年の人たちに対して手を抜くなんて失礼なことをする考えは最初から頭にありませんでした」

 

 

「NNKです。ーーーーーーーーーーー」

 

 

あぁそろそろめんどくさくなって来た、夕食を食べるのはこの後のマスコミや他校の生徒が出てからの第一高校の優勝パーティーで良いのだが、それでもずっとマスコミに囲まれるのは疲れる。

ふと辺りを見回すと真由美さんと目が合った、手を『オイデオイデ』と振っていて、恐らく『こっちに避難して来たら?』という意味だろう、この機会を逃すわけにはいかない。

 

 

「あ、先輩に呼ばれたんで、そろそろ失礼します」

 

 

俺が立ち去ろうとするとここぞとばかりに様々なことについての感想を求めて来た。しかしそんなマスコミも俺を呼んだのが真由美さんだと気づくと『四葉董夜は七草真由美嬢と懇意があるのか?』などという声に変わった。

 

 

「助かりました真由美さん、なんか変な事書かれそうですけど」

 

 

俺と真由美さんが一緒にいるのを見かけた深雪がすごい形相でこっちに来ようとしているのを達也が止めているのが視界の端で見えた。

 

さすがに他校の人やマスコミがいる中で深雪と一緒に行動したら俺と深雪の関係がさぐられてしまう…………………そう今の俺と真由美さんみたいに。

 

 

「フフフ董夜くん、『七草家の長女と四葉董夜が婚約か?』ですって」

 

 

「そうですね、誤解は早くとかないと」

 

 

この中では真由美さんと行動する方が1番無難なのだ、いや克人さんといた方が無難なのだがさっきから見当たらない。

 

 

「それより真由美s「なにかしら?」……………近いです」

 

 

話しかけようとしたら速攻で返事をして来た、しかも俺の右腕をホールドして。あぁほら、そんなことするから周りから注目を集めてる、記者たちも慌ててカメラを探してるがこの会場では撮影禁止でカメラは没収されている。

 

 

「すこし夜風にあたりに行きませんか?」

 

 

人目を避けたいので。

と言う俺に真由美さんは一層強く俺の腕をホールドして

 

 

「それは2人っきりで暗がりに行きたいっt「注目をされたくないので」…………もう」

 

 

そんなこんなで2人で会場を出て少し通路を進んだところにあるバルコニーにやって来た。

俺たちが会場を出ると記者たちが後を追おうとして来たがホテルの従業員さんが俺たちが会場を出てすぐに扉を閉めてくれた。これで一時的にだが記者たちは会場に閉じ込められたことになる、あの従業員さんには帰る前に何か差し入れをしよう。

 

 

「夜風が涼しいわね」

 

 

「そうですね」

 

 

夜風を浴びて涼しそうにしている真由美さんの言葉をつい素っ気なく返事した。すると真由美さんは怒った(ように見せる)ように頰を膨らませてこちらに顔を向けた。

 

 

「なんだか私にだけ素っ気なさすぎない?」

 

 

「そんなこと………………あるかもしれないですけど。でもそれは真由美さんだから素が出せてるって意味ですよ」

 

 

「ありがと………………ハッ、今のってまさかプロポーズ!?」

 

 

「もしそうだったら俺は克人さんにも将輝にもプロポーズすることになりますよ」

 

 

小悪魔みたいなところがあって腹のなかが黒気味な真由美さんでも一応将輝と克人さんと同じぐらいの付き合いだ、これでも信頼はしているのだ。ただ………………

 

 

「それで?数あるお見合い候補の中から誰を選ぶのかしら?それとも複数?」

 

 

この話題だけは苦手だ。まぁしょうがないのはわかっているのだが真由美さんは2人きりになると必ずこの話題を出してくる。

まぁ俺がこの話題を苦手としているのを知っててからかっているのだろうが。

 

 

「重婚は絶対にありませんよ、弘一さんを非難するつもりはありませんけど、この先何を強いられても妻を複数娶ることは絶対にありません」

 

 

「………………そう」

 

 

俺の宣言とも取れる言葉を聞いて真由美さんはすこし嬉しそうな顔をした。まぁ夫が自分以外の女性を愛していてもいい、なんて人は稀だろう。

 

 

「それなら婚約に関しては高校を卒業してから決定すると………………………てかこの説明何回めですか」

 

 

そう、この説明は四葉家に俺宛のお見合いの申し出が来るたびにしているのだ。いい加減この台詞も飽きて来た。

 

 

「フフフ、そうねごめんなさい」

 

 

「はぁ」

 

 

まったく悪びれていないのが声色から丸わかりだ、まぁこの人はこういう人だとわかっているからいいのだが。

 

 

「会ったばかりの時はこんな人じゃなかったのに」

 

 

「あら?そうだったかしら?」

 

 

「え?だって初対面であいさつする時に思いっきり何もない廊下で転んだり、お茶を持って来た時もまた転んで俺にお茶を「わああああああああ!!!!」…………………すみません、耳元で大声出さないでくだs「董夜くんが変な事を言うからじゃない!!」…………ホントの事じゃないですか」

 

 

ほとんど最後まで言わせてもらえなかった。でも隣で真っ赤になって息を切らしている真由美さんを見たらそんな事がどうでもよくなって面白く思えて来た。

 

 

「もう、そんなに笑わないでよ」

 

 

「いや、今の真由美さんとのギャップが凄くて」

 

 

その後は2人とも無言になって夜空を見上げた、今まで気づかなかったが夜空には満天とまではいかないものの東京よりは格段に多い量の星が瞬いていた。「これはいい雰囲気」とでも思ったのだろうか、真由美さんが目を閉じてーーー

 

 

「董夜くん……………いいよ」

 

 

「ハッハッハ、真由美さんがよくても俺がダメです」

 

 

「………………いけず」

 

 

「それにこんなことしてたら泉美と香澄に怒られますよ『はしたない!』って」

 

 

「そ、そうね。泉美ちゃんには殺されちゃうかも」

 

 

「?」

 

 

確かに泉美も怒るだろうが何故香澄を外したのだろうか?それに真由美さんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。泉美と何かあったのだろうか?

 

 

(クッ…………!まさか泉美ちゃんまでも董夜くんのことが好きだなんて、確かに思い返してみれば家で董夜くんの話をする時泉美ちゃんだけ無表情だったわね)

 

 

「それじゃあそろそろ戻りましょうか、そろそろ一校の優勝パーティーが始まりますよ」

 

 

真由美さんは何か怖い顔で考え事をしていたがこのままここにいるわけにもいかない、俺が話しかけると真由美さんはハッとして慌てて立ち上がった。

 

 

「そ、そうね!そろそろ戻りましょうか………………………あ、最後に写真撮らない?」

 

 

「え?なんでそんなこと……………………………はぁ、余計な人には見せないでくださいよ。面倒ごとは御免です」

 

 

普通に断ろうかと思ったが「そうよね」と悲しそうに俯かれたら敵わない。これで涙目で上目遣いとかだったら確実に演技だから無視していたが。

 

 

「はい!チーズッ!」

 

 

結局写真を撮ることになった。昔に流行ったらしい『自撮り』と言うやつで写真を撮った。写真を見ると顔を近づけて写っている俺と真由美さんがいた。

 

 

「それじゃあ戻りましょうか!」

 

 

明らかに上機嫌になった真由美さんの後を少し小走りで追いかける俺だった。

 

 

 

この時、この写真のせいで少しだけ面倒なことになるとは俺は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と長いこと夜風に当たっていた様ですね」

 

 

「…………………………はぃ」

 

 

おかしい数十秒前まで嬉しそうにしている真由美さんの後をため息をつきながら追いかけていたはずなのに、何故いまパーティー会場の入り口の前で深雪に怒られているんだろうか…………………………うわ深雪顔怖っ!!

 

 

「女の子の顔が怖いだなんて、随分とデリカシーが無くなりましたね」

 

 

「あれ、俺口に出してt「まさか本当に思っていただなんて」………すみません」

 

 

やばいマジで深雪が泣きかけてる、長年の付き合いからあれは演技じゃなくてガチなやつだ、俺の後ろにいる達也の殺気がマズイことになってる。てゆうか真由美さんは何で何も弁解してくれないのだろうか。

 

 

「あ、あの、真由美さんも何か言ってくださいよ」

 

 

「まさか董夜くんが暗がりであんな…………………!」

 

 

「アハハ、ちょっと黙ってもらっていいですか?」

 

 

やばい真由美さんのくだらない嘘のせいで深雪の顔を直視出来なくなった。ていうか見なくても怖いのがわかる。

 

 

「七草会長、そろそろ全体のパーティーが終わって一校の優勝パーティーの準備があります、戻った方が良いかと」

 

 

深雪から目配せをされた達也が真由美さんをこの場からどかそうとして真由美さんもそれに乗じて「そうね、ありがとう達也くん」と速攻で会場に入って行ってしまった。

 

 

「え、あ、ちょ、真由美s「董夜さん」…あ、はい」

 

 

「あの部屋に入りましょうか………………幸い誰も人がいない様ですし」

 

 

その後、俺は悪い意味で忘れられない時を過ごした。時間にして10分にも満たなかっただろうがそれでも俺の体感時間では優に10時間を超えていた。

 

この後一校の優勝パーティーで様々な人と踊り、何故かそれに対抗した深雪と真由美さんに絡まれたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の終盤での真由美と董夜との会話でも触れていましたが董夜が将来的に複数の妻を持つ【重婚】をすることは絶対にありません。



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夏休み編
31話 オデカケ


今回の番外編に【四葉】や【七草】などの策略は一切ありません。

男子高校生の董夜と女子中学生の泉美とのお話です。


31話 オデカケ

 

 

 

 

十師族、それは日本での最強の魔法師の家系であり、二十八家の中から四年に一度の【十師族選定会議】にて選ばれるたった十家の事を表す。

日本の魔法師界に君臨する一団であり。日本国内の魔法師は古式魔法師であれ現代魔法師であれ十師族を頂点とする【コミュニティ】に属しており、その自治に従っている。

 

そしてその十師族の中で取り分け強い力を持ってる二家の内の一つである【七草家】

その広い豪邸の中の一室で一悶着起きていた。

 

 

「それでお姉様、この写真はなんですか?」

 

「ええっとね泉美ちゃん、それは、その……………違うの!」

 

「へぇ、これは興味深いですね何が違うのでしょう」

 

 

七草家の長女である真由美の携帯を持った泉美がベッドの上で仁王立ちし、当の真由美は床で正座している。

そして部屋の外では香澄と七草家の当主である弘一が震えながら部屋の中を覗き込んでいる。

この2人は先ほど泉美を落ち着かせようと部屋に突入したが一睨みで部屋から退出させられたばかりである。

弘一曰く『真夜より怖い女性を初めて見た』らしい。

 

 

「随分と楽しそうな写真ですねぇ」

 

 

「うっ…………!」

 

 

話を戻すが部屋の中で泉美は荒れている。

持っている真由美の携帯の画面には真由美と董夜が九校戦最終日にパーティーから抜け出した際に撮った写真が映っている。

 

 

「『緊急事態だから』と私たちを帰らせた後にこんな事をしていただなんて、確かに摩利さんの件は緊急事態でしたが、それでも私は董夜お兄様と夕食をとる約束を諦めてまで帰ったんですよ………………まさか私達が帰った後こんな………………こんな」

 

 

プルプルと肩を震わせる泉美に真由美は『失敗した』というような顔になる。

董夜との『余計な人には見せない』という約束の元に撮ったあの写真、もともと自分以外の人に見せるつもりは無かったのだが家の廊下でその写真を見たら少し…………いや、かなり気が緩んでしまい後ろから近づいて来る泉美に気づかなかったのだ。

 

 

「ご、ごめんね泉美ちゃん。何でもするから許して……………!」

 

 

「『何でも』……………ですか…………へぇ」

 

 

ここで真由美は自分が何を言ったか…………言ってしまったか自覚した。泉美は何故か香澄とは違い真由美に似て少しお腹の中が黒いところがある。『何でもする』何て言おうものなら何を要求されるかわかったものではない。

 

 

「それなら私と董夜お兄様とのデートをセッティングしてください」

 

 

「……………………………え!?」

 

 

ガタッ

部屋の外で泉美の言葉を聞いた弘一が驚きで体勢を崩し、扉にぶつかった音が室内に響いたが真由美はそんな事を気にしている暇などない、なにせ自分が好きな人と自分の妹の(泉美曰く)デートをセッティングしなくてはならないのだ。

 

 

「そ、そんなの無理よ!」

 

 

「そうですか、それなら仕方がありません。『この写真をお姉様が自慢して回っていた』と董夜お兄様に知らせます」

 

 

「そ、そんな…………!」

 

 

「大方『余計な人には見せないでくれ』とでも言われているのでは?その約束を無下にされたと知った董夜お兄様は悲しむでしょうね」

 

 

「」

 

 

もはや反論の余地はなかった、自分の妹はいつの間にこんな策略家になってしまったのだろうか?一体誰の影響だろうか……………………私か。

と頭の中がこんがらがっている真由美はついに言ってしまう。

 

 

「わ、わかったわ」

 

 

その言葉を聞いた時に泉美が浮かべた身の毛もよだつほど黒い笑みを真由美は忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、董夜お兄様!お待たせしてしまいましたか?」

 

 

「いや泉美、今来たところだよ」

 

 

そのデート前の男女のありきたりなやり取りに泉美の頰がだらしなく下がる。

 

 

泉美が脅迫紛いの方法で真由美にデートをセッティングさせたのが4日前。その日は魔法科第一高校が終業式を終え夏休みに入ってから3日目のことだった。

董夜は夕食を食べている際に来た真由美からの『泉美ちゃんと2人で出かけて見ない?』という申し出に警戒を覚え断ろうとしたが、なにやら真由美の只ならぬ気配で断るに断れず結局泉美とデート紛いのお出かけことをすることになったのだ。

 

 

(まぁ別に嫌じゃないからいいんだけど)

 

 

これで見ず知らずの人間だったらいい対応(猫かぶり)をしなくてはならない為面倒だったが、泉美なら大丈夫だろうと心が少しだけ楽な董夜だった。

 

 

「それより董夜お兄様!どうですか?」

 

 

「うん、よく似合ってて可愛いと思うよ」

 

 

董夜の前でクルッと一回転した泉美に董夜が正直な感想を言うと『可愛い』という言葉に泉美の頰が赤く染まった。

 

ちなみに今の2人の服装は泉美が前回真由美と香澄と董夜と一緒にショッピングをした際(7話・8話)に董夜に買ってもらった水色のワンピースに帽子はキャペリンという夏にぴったりの格好をしていて、董夜がワークキャップにメガネという格好だ。

 

 

「いままではメガネだけで大丈夫だったんだけど最近それだけじゃバレ始めてね」

 

 

人に顔が知れると大変だよ。

と苦笑いする董夜だが泉美は聞いていないのか顔のニヤケを抑えるのに必死なようだった。

 

 

(なんだかこれって芸能人のお忍びデートみたい)

 

 

などなど………………

そして今更ながら今回のお出かけ(泉美曰くデート)に董夜が選んだ行き先はここ【書売(かきうり)ランド】である。最近改装したことでデートスポットとして再注目されているテーマパークだ。そして【書売動物園】なるものが隣接されていることもあってか夏休み真っ盛りである今日は恋人だけでなく家族連れも目立っていた。

 

 

「それじゃあ先ずは動物園に行こうか」

 

 

「はい!………………………あのチケットは…………?」

 

 

董夜が自分だけのことをエスコートしてくれている現実に泉美の頰は相変わらずだらしなく下がるが、チケット売り場を通過してそのまま入場口に向かう董夜に泉美はハテナマークが浮かぶ。

 

 

「あぁ、もう買ってあるから大丈夫だよ。暑い中並ぶの嫌でしょ」

 

 

「董夜お兄様………………!!」

 

 

『私の体のことまで気遣ってくださるなんて』と目をキラキラさせて感動している泉美を余所に董夜は入場口に向かい、その背中を慌てて追う泉美だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

董夜side

 

 

「久々の動物園も楽しいものですね!」

 

 

「そうだな〜前回来たのいつだっけか?」

 

 

一通り動物を見て回り、お昼時になったので俺と泉美は近くにあった喫茶店のようなところでゆっくりしながらお昼を食べていた。

今回の泉美からのお誘い(正確には誘って来たのは真由美さんだが)にはすこし【七草】の策略など色々考えたが今の所【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】で周りを見ても尾行らしき影は見当たらない。

出かける時雛子との

 

 

 

 

 

『はぁ……………今日も【おデート】だなんて。最近の高校生はお盛んですねー』

 

 

『デートじゃねぇよ…………………ていうか泉美はまだ中学生だぞ』

 

 

『まったく董夜はわかってないなぁ、最近の中学生はオトナなんだよ?』

 

 

『はぁ………知らんが、とにかくデートじゃないよ』

 

 

『へぇ、デートじゃないなら深雪にこのこと言ってもいいよね?』

 

 

『別に言ってもいいし、何でここで深雪が出てくるんだよ』

 

 

『フフフ、帰ったらのお楽しみだよ』

 

 

 

という会話があったことを除けば今の所順調だ。それにしてもなぜ深雪が出て来たのだろうか?よくわからんが一応達也と深雪と雛子の3人分のお土産は買って行こう。

 

 

「あの…………………董夜お兄様」

 

 

「ん?…………んぐぅ…………!?」

 

 

考え事をしてた為か急に呼ばれた俺は特に何も考えずに泉美の方を向くと口の中に何かが押し込まれた。そしてそれが泉美の注文していたサンドイッチだと気付くのにすこしだけ時間がかかった。

 

 

「お、美味しいですか?」

 

 

そう言って来た泉美の方を見るとそれはもうリンゴのように顔が真っ赤になっていた。

なぜ深雪も泉美も恥ずかしいと分かりながらもやるのだろうか。

 

 

「うん、美味しいよ」

 

 

「それで……その…………私にも」

 

 

言葉がだんだん尻すぼみになって行く泉美に俺は短くため息をついて自分のサンドイッチを泉美の口元に近づけた。

 

 

「はい、アーン」

 

 

「っ!!!!!!!あ、アーーン……………………………お、おいひいです」

 

 

真っ赤になりながらも口をモグモグさせる泉美に『妹が居たらこんな感じなのかな』と思って思わず笑みがこみ上げてるのが自分でも分かった。

 

 

「それじゃあ午後は遊園地の方に行こうか」

 

 

「はいっ!」

 

 

その後は2人でコーヒーを飲みながら談笑してお互いのお腹が落ち着くのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、予想よりも凄かったですね」

 

 

「ひ、久々に乗ったけどビックリしたな」

 

 

泉美が『あれに乗りたいです!』と言うからあまり得意ではないジェットコースターに乗ったが思ったよりも動きが凄まじくて只今絶賛フラフラ中である。

 

 

「それで、さっきは、その…………わ、悪い」

 

 

「と、董夜お兄様もわざとじゃ無いの分かってますから!」

 

 

そうジェットコースターの途中で急降下の際に泉美のワンピースがまくれ上がり、ジェットコースター自体に絶叫していてそれどころでは無い泉美に変わって俺がワンピースを押さえようとしたのだがタイミングがずれて泉美の太もも(素肌)を鷲掴みしてしまったのだ。

 

 

「そ、そう言ってくれると助かるよ」

 

 

「さ、さぁ!もう夕暮れ時ですしあれに乗りましょう!!」

 

 

俺のことを気遣ってくれたのか泉美が指差した先にあったのはそこそこ大きな観覧車だ。確かに後すこしで太陽が沈みそうな時間だ、観覧車の天辺辺りではさぞ綺麗な夕日が見れるのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ〜!これは乗った甲斐があったな!」

 

 

「すごい綺麗な夕日ですね……………!」

 

 

俺たちが観覧車の天辺近くに着く頃には太陽は半分ほど山に隠れており景色一面が赤く染まっていた。

 

 

「ホントに……………綺麗です」

 

 

そう言いながら右耳にかかっている髪を後ろにすくった泉美の横顔は夕焼けで赤く染まっており、俺は不覚にもドキッとしてしまった。

そんな俺の視線に気づいたのか泉美は首かしげた。

 

 

「………?、私の顔に何か付いていますか?」

 

 

「いや、泉美もいつの間にか大人になったなぁと思ってさ」

 

 

ふふふ、それは良かったです。

と笑う泉美に俺は何だか泉美の成長が嬉しいような寂しいような複雑な感情に襲われた。

俺が初めて七草邸に訪れた日、それは初めて真由美さんや泉美、香澄に会った日でもあった。

初対面で泉美と香澄に『お姉ちゃんは渡さない!』と言われた時は面食らったりもしたものだが、今やこんなに大人になってしまって。

 

 

「董夜さん」

 

 

「ん………んっ?」

 

 

そんな人親のような感慨深い思いにふけっていた俺は泉美に話しかけられハッとして返事を返した。

 

 

「その…………………………今日は楽しかったです!久しぶりに【七草】とか【魔法師】とかそういうのを忘れて1人の【女の子】として遊べた気がします」

 

 

「そっか、そりゃ良かった。俺も結構楽しかったし、色々なしがらみから解放された気分になれたよ」

 

 

 

こちらこそありがとう。

そう本心から伝えた俺の言葉に泉美は本当に嬉しそうな顔をした。こんな顔を見られるのだったら今日1日色々なところを歩いた甲斐があるというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、観覧車から降りた俺と泉美は特に目立った会話をすることもなく別れた。家の近くまで送ろうかと伝えると『いえ、迎えの車が来ているので』と断られてしまった。

 

 

「ふぅ〜帰ったら風呂入ってご飯食べてさっさと寝よ」

 

 

その後もなんだかんだあり、結局おれが家に着いたのは夜の9時ごろになってしまった。

何気な〜く俺が家のドアノブに触れ、ドアを開けようとすると俺の直感が最大級の警鐘を鳴らした。

慌てて【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】で家の中を確認すると雛子と達也、そして…………………………………なにやら強大な殺気が蠢いていた。

 

 

「た、ただいま帰りました〜」

 

 

家の前で30分もの間【このまま家に入る(しけい)】か【今日は逃げてどこかに泊まる(しけい)】で迷った末、結局諦めて家に入った…………………………………そこに待っていたのは。

 

 

「や、やぁ深雪…………………………た、ただいまです」

 

 

「ふふふ、おかえりなさいませ董夜さん。こんなに遅くまで随分と楽しかったんですね………………………………………さぁ今夜は眠らせません(色々聞かせてもらいます)よ」

 

 

 

「あ、アハハハハハハハ」

 

 

こんなに怖い『今夜は眠らせませんよ』は初めてだ。

その後なにがあったかは語れないが、とりあえず雛子と達也が司波宅に避難したことだけは伝えておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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32話 ウミ

32話 ウミ

 

 

 

 

 

「……そうだ、海に行こう」

 

 

「……………………え?」

 

 

「もしかして?」

 

 

今は夜の9時半、深雪と雫とほのかはテレビ電話をしている。

たわいない話をして、話題が日中の暑さになった際に雫がポツンと漏らした番組のタイトルのような言葉に深雪ははてなマークを浮かべ、ほのかは雫が何を言わんとしているかを理解したような顔をする。

 

 

「うちで保有している別荘にみんなを招待しようかと思って」

 

 

「雫の家はプライベートビーチを持っているの!」

 

 

「あぁなるほど」

 

 

なぜ雫の家のことをほのかが自慢気に言うのだろうと疑問に思った深雪だが、まぁ幼馴染で親友とはそう言う者だろうと少しだけ2人の関係が羨ましく思っていた。

 

 

「それで?いつにする?」

 

 

「まだ決めてない、達也さん達の予定も聞いてからでないと」

 

 

「お兄様達?」

 

 

きっと女の子の集まりだからお兄様や董夜さんは誘えないだろう、と少しだけ憂鬱になっていた深雪の顔が若干歓喜に染まる、しかしそれは長年付き添っている達也や董夜が感じ取れるかどうかの変化で当然まだ付き合って半年経っていない雫とほのかは気づいていない。

 

 

「うん、お父さんが『新しい友達に会わせろ』って五月蝿いんだ」

 

 

「今年も小父さま来るんだ………………」

 

 

今のほのかの発言の真意は『小父さまは毎回お小遣いをくれるから心苦しい』と言う意味であって『えぇ〜?あの人くんのぉ〜?苦手なんだよねぇ〜』では決してない、そしてそのことを理解している雫は気分を害した様子もなく、むしろ少しだけ笑って答えた。

 

 

「大丈夫だよほのか、仕事が忙しくて最初の1時間くらいしか居られないらしいから」

 

 

その言葉にほのかは少しだけホッとしたような顔になるが、深雪はそんなことを聞いて居ない。先ほど雫が言った『お父さんが新しい友達に会わせろって五月蝿いんだ』とはもしかしたら董夜との親睦が目当てかもしれないのだ、しかしそんな深雪の考えは次の雫の言葉で杞憂に終わることになる。

 

 

「それでその後に『新しい友達ってなると董夜さんも来るかも』っていったらお父さんビックリしてた」

 

 

「それは誰だってビックリするよー」

 

 

どうやら雫の新しい知り合いに董夜がいることを知らずに雫のお父さんは私たちを誘ったようだ、と董夜が出汁に使われて居ないことに安堵する深雪はようやく日時決めの話に意識を戻した。

 

 

「それで?誰を誘うの?」

 

 

「うーん、いつものメンバーを誘いたいんだけど私たちエリカ達の連絡先を知らないんだ」

 

 

「分かったわ。そっちは私が聞いておくから」

 

 

とりあえず話がまとまりそうだと安心した雫とほのかはふと、深雪の顔が優れないことに気づいた。さっきまではあんなに楽しそうだったのが急変したのに二人は首をかしげる。

 

 

「深雪………………その、どうかしたの?」

 

 

「…………………………と、董夜さんは色々と忙しいから。予定が合うかと心配になって」

 

 

「そっか〜。色々な立場があるもんね」

 

 

そう、董夜は四葉家の次期当主候補や戦略級魔法師など、様々な肩書きの様なものがある。それに伴い、関連した仕事も付いて回る為、何かと忙しいのだ。

 

 

「董夜さん……来てくれるといいね」

 

 

「大丈夫、董夜さんならきてくれるよ!」

 

 

「えぇ……そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけで海に行くことになりました」

 

 

『そう、それは良かったじゃない。楽しんできなさい』

 

 

 

深雪がほのかと雫から旅行に誘われた2日後。深雪から話を聞いた董夜は2つ返事で「行く」と返事をした。もともと董夜は四葉家の次期当主候補という肩書きが付きまとい、深雪や達也、他の名家の人以外とあまり遊んだことがない。その遊びも遊びと呼べるものではなく、パーティーなどで話をする程度だ。

そのため董夜は『友達と旅行』というものに憧れていたのだ。

 

そして今は自室にて電話で真夜にそのことを報告している。

 

 

「本当に………行ってもいいんですね?」

 

 

『えぇ、もちろんよ……………………なにかしら?嫌な予感がするのだけれど』

 

 

何故か真夜にしつこく確認をとった董夜は息を吐いて椅子に寄りかかった。

 

 

「ははは、ありがとうございます……………………………というわけで葉山さん、よろしくお願いしますね」

 

 

そして何故か董夜は電話相手の真夜にではなく、真夜の後ろに控えているであろう執事に話しかける。そのことに真夜は首をかしげるがこの時点で真夜の嫌な予感は予感から現実へと変わりつつある。

 

 

『了解致しました…………………それにしても流石はご当主様』

 

 

『えっ?』

 

 

『董夜様のためとは言え7月8月間のご自身の仕事量を倍になさるとは、全くもって感服いたします』

 

 

『……………………これはどういうことかしら?董夜』

 

 

葉山の言葉を聞いた真夜は凄まじい威圧を待って電話の画面に映る董夜を睨みつける。

電話を挟んでいるとはいえ普通の人間なら失神するレベルの威圧を向けられても董夜はどこかスッキリしたような顔をした。

 

 

「当然でしょう、友人と旅行に行くということはその間仕事は当然できません。したがって夏休み期間に限り、母さんの仕事の半分を受け持つという約束も無かったことになります」

 

 

それとも友人の前で四葉の機密情報を扱えと仰るのですか?

と微笑を浮かべる董夜に真夜の笑みがひきつる。

 

 

『あ、あら。四葉の次期当主候補ともあろう者が約束を放棄してもいいのかしら』

 

 

「あっはっは、それに許可を出したのは母さんですよ?それに僕は確認しましたよ?『行ってもいいんですね?』と」

 

 

『そ、そ、そ、そんな………………私のや、休みが』

 

 

真夜の顔にもう先ほどの威圧は見られず、今はスケジュール表を見ながら涙目でプルプルしている。

 

『お、お願い董夜!すこしだk「あぁっと!そろそろ準備をしなければ。それでは母さん、オヤスミナサイ」ま、まっt』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後ーーーーーーー

 

 

 

「董夜〜、そろそろ起きないと遅刻しちゃうよー」

 

 

夏休みとはいえ俺の起床時間が変わることはない、それは何故か?そう雛子が毎回毎回起こしにくる。もう長いこと聞き慣れた雛子の声で俺は目覚まし時計がなくても自然と目が覚めるようになっていた。

 

 

 

「んん…………………ふぅ。おはよう雛子」

 

 

「おはよう、朝ごはんはサンドイッチ作ったから、車の中で食べてね」

 

 

「あぁ、ありがと」

 

 

そう今日は雫の別荘にお泊りに行く日だ。深雪に『一緒に待ち合わせ場所まで行きませんか?』と誘われたが断った。流石にそこまで一緒にいると関係性を疑われてしまう。

 

というかそんなことより俺が泉美とテーマパークに行ったのが深雪にバレていた。

『仕事で本邸に行く』と嘘をついたのだが、明らかに俺と泉美がいるところのみを切り取った写真と母さんの証言で簡単にバレてしまった。

まさか母さんの仕事の逆襲がここでくるとは思わなかった。

 

 

「それじゃあ私はもう行くから、後よろしくね」

 

 

「ん、いってらっしゃい」

 

 

そして今日から2日間、雛子は日頃の疲れを取るために温泉に行く。まぁ日頃のささやかな感謝ということでこの前俺がプレゼントしたのだ。

一応今回の雫の別荘にも誘ったのだが『うーーーん、私は1人で温泉に入る方が好きだからいい』と断られた。

それなりに長い付き合いだからわかるが、あれは遠慮などでは無く本音だった。もともと俺が雛子を組織から救うまでは1人で暗殺などの仕事をしていたのだから昔の感性がなかなか抜けないのだろう。

 

 

 

 

「はぁ…静かだな」

 

 

雛子がいない家。この家に越してきてから俺が家に帰るといつも雛子が迎えてくれた。

そういえばこの家で1人になるのは今が初めてだ。そのせいかどうしても家の静けさが気になってしまう。

 

あと十分ほどで四葉の車が俺を雫たちとの待ち合わせ場所まで運ぶために家の前まで迎えにくる。それまでに支度をしなければ。

 

 

「よし、準備準備」

 

 

後から考えれば、俺はこの時…………………寂しかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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33話 クルージング 2

33話 クルージング2

 

 

 

 

「フレミング推進機関か………………エアダクトが見当たらない、電源はガスタービンじゃないな。光触媒水素プラントと燃料電池か?」

 

 

 

「……………………なにやってんの達也(アイツ)

 

 

母さんが出してくれた車に乗り、家から1時間弱揺られていると集合場所である港に着いた。

車から降りて先ず目に入ったのはおそらく雫の家が所有しているであろう船、そしてそのエンジンを観察しながら何やらブツブツ呟いている達也の姿だった。

 

 

「あ、董夜さんきた」

 

 

「董夜さん!」

 

 

声のした方を見ると雫と深雪を先頭に達也以外の全員がこちらに歩いてきていた。どうやら俺が最後のようだ。ちなみに達也はまだエンジン部分を見ている。

とりあえず適当に挨拶を済ませると後ろから車の運転手の声がした。

 

 

「それでは董夜様、私はここで失礼します」

 

「おつかれさま。帰りも気をつけて」

 

 

「恐縮です。では」

 

 

去って行く車を目線で送り雫たちの方を振り返ると雫たちが何やらオォーと息を漏らしていた。

 

 

「?、どした?」

 

 

「いや、ああいうやりとりを見るとやっぱり董夜さんって凄いところの人なんだなと思って」

 

 

「あぁ………………そうかな」

 

 

雫の後ろでほのかやエリカたちがうんうんと首を振っている。確かに友人の前で様付けで呼ばれたのは初めてかもしれない。

というか十師族や師補十八家、百名家以外の友人が出来たのも初めてかもしれない。

 

そしてふとエンジン部分を観察していた達也が男性と話をしていた。そしてその男性は俺たちの方へ歩いてくる。

あぁそういえばあの人…………

 

 

「初めまして四葉董夜君。私は北山潮、雫の父親だ」

 

 

「初めまして。ご高名はかねがね承っております」

 

 

「いやいや。【沖縄の英雄】ほどじゃあないよ」

 

 

久々に聞いたな、そのアニメとかに出てくる二つ名みたいなやつ。

そして俺は差し出された右手に反応して握手をする。失礼のないように浅く握るつもりが相手にがっしりと握られてしまった。

 

 

 

「ふむ、この仕事をしていると初見でも大体どんな人間かわかるものだが。なかなかどうして、君は全くわからん」

 

 

「ははは、それは褒められてると取っても宜しいですか?」

 

 

「もちろんだとも」

 

 

ジロジロと見られるが、それを不快に思わせない技術がこの人にはある。

それにしてもこの人があの【北方 潮】か……………思ってたイメージとだいぶ違うな。

 

 

「それでは失礼して……………おお!君達も娘の新しい友達だね!私は一緒に行けないが楽しんでくれたまえ!」

 

 

ひとしきりエリカたちに絡んだ後、潮さんはもう一度俺に会釈をしてから車に乗り込んで去っていった。

どうやら仕事が山積みだったというのは本当らしい。

 

 

「少しでも船旅の気分を味わいたかったみたい」

 

 

雫がポツリとこぼした言葉に俺たち一同が苦笑を浮かべる。

ギリシャ帽にパイプまで咥えて船長の雰囲気を醸し出したのはそういう事情なのだろう。

仕事に追われる潮さんを見て、俺はふと帰ったら母さんの仕事を手伝うか。と思った。

 

 

「それじゃあ、そろそろ出発しよう。黒沢さん、お願い」

 

 

雫がそう言うと、クルーザーの操舵手でもあり、別荘で世話などをしてくれる黒沢女史が深々と頭を下げた。

ハウスキーパーというよりももっと適切な言葉がありそうな見た目だが、格好はスーツとキッチリしているのでその表現もあまりハズレではなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁ〜!やっぱりこれが船旅の醍醐味よねぇ」

 

 

「オメェはホント女っぽくねぇな」

 

 

「あによ!アンタだって思ってるくせに!」

 

 

「俺は別に男だから良いだろ!」

 

 

「男女差別はよくないわよー」

 

 

「テ、テメェ」

 

 

「はいはい、せっかくの旅行なんだから、喧嘩しない」

 

 

いつものように口喧嘩を始めたレオとエリカの仲裁に董夜が入りとりあえず落ち着かせた。

そんな三人余所に達也は少しのんびりとデッキに佇んでいた。

 

 

「ご気分が優れないのですか?」

 

 

「いえ、昨日ちょっと遅くまで起きてまして、その疲れが出ただけです」

 

 

「中で休まれますか?」

 

 

「いえ、平気です。ご心配かけてしまって申し訳ありません」

 

 

 普段から大人の中で揉まれている達也は、並の高校生では出来ない対応をあっさりとやってのける。その対応に黒沢女史は関心を抱いた。

 

 

「では、もし休みたくなりましたらお声をかけてください」

 

 

「分かりました。それじゃああっちで気持ち悪そうにしている美月と幹比古の世話をお願いしても?」

 

 

 達也が視線を向けた先で、美月と幹比古が気持ち悪そうにしゃがみこんでいた。それほど揺れは大きくないが、如何やら船酔いしたらしいのだ。

 

 

「畏まりました」

 

 

「手伝いますよ」

 

 

 自分で言った手前、達也は幹比古を船内に連れて行くのを手伝う事にした。さすがに美月の身体に触れるのは憚られたのだろう。

 

 

「お兄様、どちらへ?」

 

 

「ん、幹比古と美月どうした?」

 

 

幹比古と美月を運んでいる所に董夜たちがやってきた、董夜は何となく察していて他の人はいまいち状況が分かっていないようだ。

 

 

「美月と幹比古が気持ち悪そうにしてるからな。黒沢さんとで二人を船内の横になれる場所に運ぶだけだ」

 

 

「吉田君と美月は、船苦手だったんですね」

 

 

「でもそんなに揺れてないよ?」

 

 

「それだけ弱いんだろうさ。あの二人はどこか似てるからな」

 

 

 人込みでも似たように気持ち悪そうにしていたので、達也はそんな事を言った。その発言が思春期女子にとって盛り上がるネタになるとは、達也自身思って無かったのだが……

 

 

「確かにお似合いだよね、あの二人」

 

 

「美月も吉田君も互いを意識してるっぽいもんね」

 

 

「でも吉田君はエリカと幼馴染なのよね? もしかしてエリカも?」

 

 

 深雪がある程度確信して言った事に、ほのかと雫は更に盛り上がる。達也はそんな深雪を呆れ顔で見て、董夜はテンションについて行けないと判断したのかその場を離脱してどこかに歩いて行った。そして達也は幹比古がそろそろ限界に達しそうだったので早急に船内に運び込んだ。

 

 

「ゴメン達也……」

 

 

「気にするな。苦手は誰にだってあるものだ」

 

 

「ゴメン……」

 

 

 気持ち悪そうにしている幹比古の背中を摩り、達也は船室まで幹比古に肩を貸していた。その前では黒沢女史が同じように美月の背中を摩りながら肩を貸している。

 

 

「司波様、こちらです」

 

 

「分かりました。それから、自分の事は達也で構いません。妹と区別がつかないでしょうし」

 

 

「分かりました。では達也様、吉田様は此方の部屋に運んで下さい。柴田様は此方の部屋で横になってもらいますので」

 

 

 これが真由美とかなら、面白がって同じ部屋に寝かすのだろうが、さすがに心得ているようだと、達也は黒沢女史の対応に感心していた。

 

 

「幹比古、もう少し我慢しろよ」

 

 

「うん……」

 

 

 顔が真っ青になっている幹比古に声を掛け、達也はベッドまで幹比古を運んだ。漸く横になれてスッキリしたのか、幹比古はそのまま大人しくなってしまった。

 下手に動かして吐かれるのも困ると思ったかは兎も角、達也はそのまま部屋から出た。

 

 

「美月は?」

 

 

「柴田様はお休みになられました」

 

 

「やっぱり……こっちもすぐに寝てしまいました」

 

 

 二人で苦笑いを浮かべながら、達也はデッキへと戻る。そろそろ島に着く頃なので、自動操縦から手動へと切り替える為に、黒沢女史は操舵室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………いい天気だ」

 

 

操縦室の屋根の上、このクルーザーで1番高い所に董夜は仰向けになって横になっていた。

下では深雪やエリカたちが未だに幹比古と美月の関係で盛り上がっているのか声が聞こえる。

 

 

(そういえば、少し意地悪しすぎたかな?)

 

 

この旅行に来る前、董夜が母親である真夜に旅行に行く許可を取った際、最初はこの旅行に行く許可は出ないと董夜は思っていた。

しかし結果としてあっさりと許可は取れ、それに驚いた董夜はついうっかり自分が手伝うはずだった仕事を擦りつけてしまい、葉山が悪ノリした結果我が御当主様の今夏の仕事量が倍増してしまったのだ。

 

 

(はぁ。まさか友達と旅行に来るなんて……………………いや、それより達也と深雪以外に友達ができるなんてな)

 

 

小中学校には行かず、四葉家の本邸で教育を受けていた董夜は【友達】という物がおらず。あの頃は達也にも深雪にも分家の人達にもどこか壁を作っていた。そして裏の仕事を手伝い、仕事になれば人を殺すのにも何も感じなくなっていた。

 

 

(そんな冷たい人間が、まさか友達と旅行に……ね)

 

 

……………………………だからと言って今は人を殺せないというわけではない。董夜はこれでも【四葉】の人間だ、自分でもどこかネジが外れている事ぐらいは分かっている。

 

 

(それでも…………………………今は)

 

 

 

人殺し、戦略級魔法師、次期当主候補、高校生、様々な四葉董夜が混ざり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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34話 コオリノバカンス

34話 コウリノバカンス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ありがとう達也。助かったよ」

 

 

「あぁ気にするな」

 

 

「幹比古ってそんなに船弱かったのな」

 

 

早朝からの船移動で疲れたのか、初日の午前中は全員部屋で過ごす事にした。実際に重症だったのは幹比古と美月だけなのだが、その二人を置いて遊ぶわけにも行かないと、達也が提案しての事だった。

 

 

「まぁでもこの後は嫌でも運動することになるぞ」

 

 

「え?」

 

 

董夜が笑いながら向けた視線の先ではレオが泳ぎたそうにウズウズしている。それを見た幹比古は何だか嫌な予感に襲われるのだった。

 

 

「幹比古、レオの相手は任せたぞ」

 

 

「やっぱり僕!?」

 

 

「良かったじゃん。いい運動になるぞ」

 

 

それなら董夜と達也だって、とボヤく幹比古を董夜達はスルーするー、その間もレオは只々ウズウズしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を済ませ、少しのんびりしてから全員でビーチへと繰り出した。達也の予想通りレオは遠泳を申し出て、幹比古はそれに付き合うことになってしまった。

そして達也は砂浜でパーカーを羽織ったままパラソルの下で仰向けに横たわっている。

 

 

(こんなにのんびりするのは何時以来だろう)

 

 

 此処には深雪に危害を加える輩は存在しない。その為、達也も普段よりは気を張らずに済んでいる。後は誰かが溺れるなどの事件が無ければ、この二泊三日はのんびり過ごせるだろうと達也は思っていた。

 

 

「達也くーん、泳がないのー?」

 

 

「お兄様、水が気持ち良いですよ」

 

 

 波打ち際で達也を呼ぶエリカと深雪。達也はその二人に視線を向け軽く微笑んだ。

 

 

(レオは兎も角、幹比古が居たら逃げ出してただろうな)

 

 

 達也の中でも、レオはそれほど異性を意識してるようには見えないのだ。一方の幹比古は良くも悪くも歳相応といった感じだと思っているのだが。

 

 

「達也さん、考え事?」

 

 

「いや、別に大した事ではない」

 

 

 覗きこむように雫が達也に話しかけると、漸く達也の視線は傍に来ていた五人に移った。

 

 

「せっかく海に来たんですから、達也さんも泳ぎましょうよ」

 

 

「そうですよ、お兄様。ずっと水平線を眺めるなんて、三年前じゃないんですからね」

 

 

「三年前? 中一の時に何かあったの?」

 

 

 深雪の発言にエリカが興味を示したが、深雪には答える事が出来ない事情があった。深雪はあの時の董夜を苦手としていた自分をもの凄く恥じていて、また家の事情も話さなければいけなくなるので、三年前以前の事は極力話したがらない。それが分かってるので達也もその事を話さないのだが……

 

 

「何でもないさ。そうだな、泳ぐか」

 

 

羽織っていたパーカーを脱いでから、達也は自分の行動が軽はずみだったと後悔した。

 

 

「達也君、それって……」

 

 

 達也の身体は鍛えてあるだけあってかなり引き締まっており、綺麗な肉体をしていた。ほのかも雫も美月でさえも、その肉体に見蕩れていた。だが達也の身体には、それ以上に目を引くものがあるのだ。

 無数の切り傷、その次に多いのが刺し傷、火傷の痕もくっきりと残っている。不思議と骨折の痕は見られなかったが、普通に鍛え上げただけでは、こんな痕は残らない。血のにじむ努力ではなく、実際に血を流した結果でしかないのだ。

 

 

「達也君、貴方いったい……」

 

 

「すまない、あまり見ていて気持ちがいいものではないな」

 

 

 脱ぎ捨てたパーカーを拾おうと手を伸ばしたが、しかし達也が脱いだパーカーは一足早く深雪に拾われており、今は大事そうに胸に抱かれている。妹とはいえ異性の胸に手を伸ばすのは憚れた達也は、伸ばした右手を宙にさまよわせた。だが幸いな事に、そう長い時間さまよう事は無く、彼の腕は深雪によって抱きしめられた。

 

 

「わっ!」

 

 

 美月が驚きの声を上げたが、他の三人は声を上げるまではいかなかった。

 

 

「大丈夫ですよお兄様。この傷痕の一つ一つは、お兄様が強くあろうとした証である事を、深雪はちゃんと知っています。たとえ世界中の誰もが、お兄様のお身体を見て気持ち悪がっても、深雪はそんな事思いません。お兄様のお身体は立派であり、また誰にも侮辱される事はないと、胸を張って言えます」

 

 

 自分の胸に、布地一枚挟んで達也の腕がある事に、深雪は顔を赤らめている。だがそれ以上に、達也の肉体の事を熱く語っているのだ。

 右腕に深雪の感触を感じていた達也だったが、不意に左側にも似たような感触が来た。

 

 

「わ、私も気にしません! だって達也さんには何か事情があってこんな痕があるって分かってますから。その事情を話してはもらえないでしょうけども、それでも私は達也さんを信じます」

 

 

「私も。ほのかや深雪のように、達也さんを信じる」

 

 

「そうか、ありがとう」

 

 

そこでふと達也はいつも見かけるはずの男がこの場にいないことを思い出した。深雪とほのかはすでに達也の腕からは離れており、達也を海に連れて行こうとしている。

 

 

「ところで董夜はどこに行ったんだ?」

 

 

達也がそう聞くと全員が海の方を向いた。達也がそちらの方向を見ると海辺から10メートルぐらい行ったところで董夜が浮かんでおり、その数メートル上空には直径5メートルほどの海水でできた巨大な水玉が浮かんでいた。

そしてその形は立方体やら三角錐やらに形を変えている。

 

 

「なんか才能の無駄遣いって感じね」

 

 

「す、すごいですね」

 

 

エリカが若干呆れ、美月が驚いていると、巨大な水玉をひっさげた董夜がこちらに近づいて来た。九校戦が終わってから重力操作を隠そうともしてない事に達也が何かを思う前に強烈な嫌な予感が襲う。

 

 

「お、おい董夜」

 

 

「あ、達也〜。ほいっ!」

 

 

「え、えぇっ!」

 

 

そんな拍子抜けな掛け声とともに浮かんでいた巨大な水玉から直径30センチほどの水柱が達也に迫り来る。達也は【術式解散(グラム・ディスパージョン)】で魔法式を吹き飛ばして衝突を回避することも出来るが、それをすると【重力操作】の恩恵で浮かんでいた水が容赦なく砂浜とそこにいる深雪たちを襲う。それにまさか【分解】を使うわけにも行かない。

絶妙に悪質な攻撃である。

 

 

「くっ!」

 

 

そして水柱が達也まで後数センチというところで水柱は水玉ごと凍りついた。

そしてそのまま落下し氷玉は海へ、氷柱は砂浜に落下して砕け散った。

 

 

「せっかくお兄様が海に行かれようとしていたのに………………………何をしているんですか?董夜さん」

 

 

「み、深雪………………………さん」

 

 

暑いはずの夏の砂浜が真冬のような極寒へと姿を変える。満面の笑みを顔に張り付かせながら目は笑っていない深雪がゆっくりと董夜へ迫っていく。

そして当然水着姿の達也たちの体感温度の低さは尋常ではない。

そこで董夜が動いた。

 

 

「た、達也!?大丈夫か?」

 

 

「お兄様!?」

 

 

董夜が深雪の後ろにいる達也に慌てた様子で問いかける。しかし当然達也は夏の砂浜で寒さを感じている事以外は至って正常だ。ほのかたち全員がはてなマークを浮かべる中、深雪だけは顔色を変えて達也の方を振り返る。しかし視線の先には只々立っている達也しかいない。いよいよ深雪の額に青筋が浮かぶ。

 

 

「どういうつもr………………………………」

 

「あ、あわわわわわ」

 

そして董夜の方へ振り返った深雪の顔を水鉄砲ぐらいの威力の水が当たる。

深雪が両拳を握りしめ、目を開けるとそこにもう董夜の姿はなく。いつの間にか沖の方に董夜の姿があった。

本人は安全圏に来て安心しているのか笑みを浮かべているが、どうやら董夜は深雪の実力を測れていなかったようだ。

 

 

ゆっくりの海の方へ深雪が歩いて行き、足が水に触れた瞬間、深雪の周りの想子(サイオン)が荒れ狂う。そして深雪のいる場所から董夜のいる沖まで一直線に海水が凍っていった。

 

 

「………………………………え?」

 

 

ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ………………………………

夏休みのバカンスで上げてはいけないレベルの絶叫が北山家所有のプライベートビーチに響き渡った。

当然達也を含め、ほのかたち全員は自業自得だ、と思う反面深雪の反撃の強さに無表情になってしまっていた。

 

 

「…………………さ、お兄様!遊びましょう」

 

 

「あ、あぁ。そ、そうだな」

 

とても数秒前に人を1人氷漬けにした人間とは思えないほど純粋な笑みを浮かべる深雪にほのかたち兎も角、兄妹愛しか持たないはずの達也でさえ顔がヒクついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとした董夜氷漬け事件(ハプニング)はあったが、その後は特に何も無く達也は海に浮かんでいた。ほのかが泳げないと言っていたのが少し気にはなっていたが、何かあれば達也にはすぐに分かる。

深雪の気配を掴むついでに、ほのかや雫たちの気配もしっかりと掴んでいるのだ。問題があればすぐにかけつける事が出来る。

あとは董夜(トラブルメーカー)が余計なことをしないければ平和で、そして安全なはずだ。

 

 

(レオと幹比古は随分と遠くまで泳いでるんだな)

 

 

動きたくてウズウズしていたレオ、そして達也にレオを任された幹比古は微かに確認出来る程度の距離まで離れていた。

 

 

(レオの体力についていってるあたり、幹比古も並々ならぬ鍛錬を積んでいるのだろう)

 

 

 海に浮かびながらそんな事を考えていると、不意に悲鳴が聞こえてきた。美月を除く女子陣は今ボートで遊んでいたはずなのだが、如何やらそのボートがひっくり返ったらしい。冷静に考えれば普通にひっくり返る事などありえないのだが。

 

 

(また董夜アイツが何かしたのか?)

 

 

そう思って周りを見るが董夜は砂浜で体を温めている。どうやら先程深雪に氷漬けにされて体の芯まで冷え切ったのだろう。

それよりも達也はさっきほのかが泳げないという事を耳にしていたので、慌てて水の上を疾走する。魔法を知らない人間が見たらかなり衝撃的な光景だが、達也は一歩毎にフラッシュ・キャストで【水蜘蛛】を発動していたのだ。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 ほのかたちの傍まで来て、達也は【水蜘蛛】を発動するのをやめ、そのまま溺れているほのかの腰に手を回し上に引き上げる。

董夜が【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】でこちらを見ているのが【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】でわかったが今はそれどころではない。

 

 

「ちょっと、達也さんまって! お願いですからまってください!」

 

 

 何か慌てるようにほのかが懇願してきたが、達也はそのままほのかをボートの上に持ち上げる。それと同時に達也は重力に従い海の中に沈んでいった。

 なんとほのかの水着のトップがずれており、その全容が露わになっていたのだ。達也はすぐに目を瞑っていたし、その後は海の中に沈んでいったのではっきりと見られたわけではないのだが、ほのかは先ほどとは違う理由で悲鳴を上げたのだった。(ちなみに董夜もすぐに【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】を解除した)

 

 

「うわ! ほのかって大きいだけじゃなくって形も良いのね」

 

 

「エリカ、冗談でも今言う事じゃないと思うけど?」

 

 

「そりゃね。深雪はもっと綺麗な形してるものね」

 

 

「ヒック……」

 

 

 泣きじゃくるほのかを見ながら、雫は複雑な表情を浮かべている。実はボート転覆を企んでいたのは雫とほのかなのだが、予想外の出来事でほのかは混乱している。そして雫はというと、ちょっぴり黒い事を考えていた。

 

 

(ほのか、見られたのは予想外だけど、これはチャンスだよ)

 

 

(チャンスって?)

 

 

(達也さんと二人っきりになるチャンス……あと、見られてもほのかなら良いじゃない。おっぱい大きいんだから)

 

 

(関係無いよね!?)

 

 

 こうして雫に入れ知恵と嫉妬の言葉をもらったほのかは、達也に今日一日付き合ってもらう事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間も距離も長かった遠泳から戻ってきたレオは、達也の姿が無い事に首を傾げた。目の前には水着の美少女たちが居るのにも関わらずだ。

 

 

「達也は如何したんだ?」

 

 

「あそこよ」

 

 

「あれは……光井?」

 

 

 レオが二人の姿を見つけたのと同時に、水着の上にエプロンをつけた黒沢女史が飲み物を運んできた。当然黒沢の放つ大人の色香にもレオは屈しなかった。

 

 

「どうなってるんだ、ありゃ?」

 

 

「ハァハァ……レオ、君ってどんな体力してるんだい……」

 

 

「別に普通だろ。ところで幹比古、アレ如何思う?」

 

 

「達也と光井さん? けっこうお似合いじゃない」

 

 

「はぁ、あんた深雪がいたら○○されてるわよ」

 

 

エリカにそう言われたレオと幹比古はとっさに深雪の姿を探すがその姿が見当たらない。ついでに董夜の姿も。

 

 

「あれ?董夜はどこだ?」

 

 

「あれ」

 

 

レオの問いかけにエリカや雫達が一斉に一つの場所を指差した。

レオと幹比古がそちらの方向を見るとレオ達のいる場所から少し離れたところに董夜が首まで海に浸かっており、浸かっている部分が凍っていることから身動きが取れないでいる。そしてその前で深雪が水面の上に仁王立ちしていた。

 

 

「………?なんで怒られてんだ?」

 

 

「さぁ?今回ばっかりは私たちにもわからないわ」

 

 

先ほど達也にかなりの水圧の水をかけようとし、あまつさえ怒っている深雪にまで水をかけた罰はもう終わっているはずだ。ほのかの胸が露わになった際、董夜は砂浜で寝ていたので見ていないはずである。

 

董夜の【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】の存在を知らないレオ達にその答えがわかる時は来ないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで董夜さん。なんで私が怒っているか分かりますか?」

 

 

半氷漬けの董夜の前で仁王立ちしている深雪からはさっき程ではないものの怒りの雰囲気が感じられる。一方董夜は原因がまったくわからない、というような困惑の表情をしている………………………………が、内心では怒られている理由は分かっている。

深雪は先ほどの一部始終を董夜が【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】で観ていたのを、ほぼ確信に近い形で察しているのだろう。

 

 

「いやすまん。今回はマジで分からん」

 

 

「そうですか………………ではお兄様が帰っていらしたら聞いてみる事にします」

 

 

「いや、達也が嘘をつく可能性m「トウヤサン」無いですね。すいません」

 

 

董夜は自分が一部始終を観ていたのを達也が気づいている事を知っている。そして達也はおそらく(わざと)口を滑らすだろう。そして深雪はそれを疑わないだろう。

もうこの時点で董夜の死刑は確定である。

 

 

「そ、それより深雪。どこでこんな拷問覚えたのさ。俺さっきまで氷漬けにされてた身体を温めてたのに10分ぐらいでまた氷漬けとか」

 

 

「ふふふ、ヒンヤリして気持ちいいですか?」

 

 

「いや、そろそろ体の感覚が無くなってきた」

 

 

「そうですか…………………もし許して欲しいなら………………」

 

 

このままでは本当に死にかねない。そんな事が頭をよぎった董夜に深雪から救済案が出る。2度も氷漬けにしといて何が『救済』だ、と思った董夜だがここで断ったら本当に死んでしまう。

もう、その救済案しか道が残されていない董夜に深雪が口を開いた。

 

 

「今夜……………………一緒に寝てください」

 

 

「……………………ハァ?」

 

 

深雪の好意に気づいていないの…………………………夜が始まる!!

 

 

 

 

 

 

 



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35話 ジュカイ

眼=観察者の眼=オブザーバー・サイト=OS

眼=精霊の眼 =エレメンタル・サイト=ES


35話 ジュカイ

 

 

 

 

 

「達也と将棋するとこうなるから嫌なんだよ」

 

 

「まぁそう言うな」

 

 

「こ、高校生同士とは思えない対局ね」

 

 

今、夕食が終わり幹比古が達也に将棋を挑み即殺されてからその場の流れで達也と董夜が将棋をすることになっていた。そしてすでに対局を開始してから2時間が経過している。深雪は先程まで熱心に見ていたがついに耐えられなくなったのかお手洗いに行った。

 

 

「い、今はどっちが押してるんだ?」

 

 

「……………………俺だな」

 

 

将棋のルールをいまいち理解していないレオが進捗状況を問いかける。その問いに董夜がいつもより落ち着いた口調で答えた。どうやらかなり集中しているようだ。

 

 

「やはり董夜は強いな」

 

 

話は変わるが魔法技能に於いて達也は董夜に敵わない。しかし、魔法理論に関して言えば達也は董夜の圧倒的上をいっている。

ちなみに達也と董夜が魔法なしの身体能力のみ、つまり武術で対戦すれば董夜は10秒も耐えられないだろう。

 

 

「よしっ!あと十五手で………………」

 

 

「俺の詰みだな」

 

 

それでもボードゲームなどで問われる戦況把握能力や戦略系になると董夜が上回っている。

と言うように達也と董夜は丁度いいパワーバランスだったりするのだ。

 

 

「ふぅ、やっと終わった」

 

 

ようやく達也との対局に勝利し董夜がほのかの方をチラリと見るとほのかもこちらを見ていた。董夜は夕食を食べる前、後でほのかと達也を2人きりの状況にするとほのかと雫にお願いされていたのだ。

 

 

「(私が深雪以外を引きつけるから、深雪は董夜さんがお願い)」

 

 

「(了解)」

 

 

董夜が雫にそう耳打ちされ、頷くと早速ほのかが達也を外に連れ出した。あとは深雪がこの事に気付く前にほのかたちとは逆の方向の外に連れ出せばクリア。そして達也とほのかが出ていった数秒後、深雪がお手洗いから帰ってきた。けっこうタイミングギリギリだった事に董夜は冷や汗をかいた。

 

 

「深雪、ちょっと外歩かない?」

 

 

「(まさか!2人きりに!?)行きます!」

 

 

董夜は多少連れ出すのに苦労するかと思ったが深雪はノリノリで付いてきた。後は海辺に行っているであろう達也とほのかの別荘を挟んだ反対側に行けばいい。

ちなみに海の反対側は樹海になっており、道は一本しかなく舗装されているため迷う事は無いとはいえ夜は薄暗いため、心霊マニアが好みそうな良い雰囲気を醸し出している。

 

 

「と、董夜さん」

 

 

案の定深雪は董夜の服の袖を両手で握って小さく震えている。誘われて『行く』と行ってしまった以上『帰りませんか?』とは言えないのだろう。

そんな深雪を見た董夜の心の中に突如としていたずら心が芽生え始める。

 

 

「あ、そう言えばここ出るらしいぞ」

 

 

「………………………………へ?」

 

 

「来る前に雫にここの場所聞いて調べてみたんだが、ここ若い女の霊の目撃情報が絶えないらしい」

 

 

「」

 

 

もちろん嘘である。

別荘の周りは全て北山家所有の土地だ。つまりこの樹海も北山家の所有地に当たるわけで北山家の関係者以外は入れないのだから、たとえ幽霊がいたとしても目撃情報が上がるわけもないのだ。

わざと深雪なら気付くバレバレな嘘をついて笑いダネにでもしようと考えていた董夜だがその策略は大きく崩れる。

 

 

「」

 

 

「ん?どうしたみゆk……………………本当にどうした?」

 

 

ツッコミを待っていた董夜が全く喋ろうとしない深雪の異変を感じ取り、深雪の方を見るとまさに顔面蒼白といった感じで両目に微量の涙を浮かべていた。

深雪は董夜の話を完全に信じてしまったようだ。

同じく深雪の異変を感じ取った達也が【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】で様子を見ていることに董夜が気付く。

 

 

(ハハ、なんでだろ分かるはずないのに呆れられてるのが分かる)

 

 

「だ、大丈夫だって深雪。そんないるわけないし、いたとしても俺がいるから」

 

 

いまさら嘘と言えない董夜はなんとか深雪を安心させようとする。もし『実は嘘でした〜てへぺろ』などと言おうものなら樹海ごと氷塊にされかねない。

別荘からはかなり歩いてきており、もう董夜たちの後ろに別荘の明かりは見えない。そもそもこの樹海はそれなりに広く、地盤や岩などの関係でまっすぐ敷けなかったのか道路が蛇行している。そのため車でも抜けるのにそれなりの時間がかかるのだ。

 

そんな情報を思い出していた董夜に深雪は董夜の左腕に自分の身体を引っ付かせている。

歩きにくにから離れて、など口が裂けても言えない董夜はたまたま道路の脇にベンチがあるのを見つけて深雪と一緒に腰をかけた。

 

 

「うぅ、怖いです。董夜さん」

 

 

「大丈夫だって何も出てこないよ………………うん、何も出ない」

 

 

董夜の深雪を安心させる為というより自分に言い聞かせるような口ぶりに疑問を覚えた深雪だが、怖くてすぐに吹き飛んだようだ。

そしてなぜ董夜がこんな口ぶりなのかというと、董夜は見てしまったのだ。

 

「大丈夫…………………大丈夫」

 

 

先程深雪を安心させようとしてふと後ろを向いた時に木の陰でこちらをジッと見ていた……………………………………………ワカイ、オンナヲ。

 

しかも現在進行形で董夜の視界の端に白い着物を着た女が立っているのだ。

 

 

(お、おかしいな。例えあれが古式魔法の幻覚とかでも俺の【(OS)】で分かるはずなんだけどなー)

 

 

本来なら【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】を持つ董夜が自分の視界に入るまで女の存在に気づかなかったなど絶対にありえないことなのだ。

しかもこの状況を【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】を持つ達也が関知していないことがまず異常事態なのだ。

 

 

「と、ととと、董夜しゃん…………あ、あれ」

 

 

(あー気づいちゃったか)

 

 

俺の視線を不自然に感じたのか、やっと落ち着いてきていた深雪が女を見つけてしまったのだ。

これからどうしたものか、と董夜がチラリと女を見た瞬間、女がこちらに走ってきた。

 

 

「と、とととととと!!!!」

 

 

「深雪!そのまま掴まってろ!」

 

 

董夜に飛びついてきた深雪を抱えながら董夜は【重力操作】で一瞬にして上空に飛び上がり、2人はそのまま別荘に向かったのだった。

もちろん董夜も本気で怖かったのは言うまでもない。夏休みにトラウマが新しく生まれた董夜と深雪だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也&ほのかside

 

 

 

 

「……………………………」

 

 

 達也を呼び出すまでがスムーズすぎて、ほのかは戸惑っていた。予想ではもう少し達也が渋ったりするはずだったので、快調にスタートを切って如何したら良いのか悩んでいたのだ。

 浜辺を散歩しながら気付いたのだが、達也はほのかが濡れないように波打ち際を歩いてくれている。ちょっとした優しさに、ほのかは更に胸をときめかせた。

 

 

「あの、達也さん!」

 

 

「どうしたほのか?」

 

 

「私、達也さんの事が好きです! 達也さんは私の事如何想ってますか?」

 

 

 勢いで告白したほのかだが、答えを聞くのが怖くて目を瞑ってしまった。なかなか返事が無いので、達也は自分の事を何とも想って無いのかと諦めて目を開けると、達也は困った表情をしながら笑っている。

 

 

「ご迷惑でしたか?」

 

 

「いや、素直に嬉しいし、何時か言われるとは思ってたからね。といっても気付いたのは最近だが」

 

 

「それじゃあ……」

 

 

 ほのかは良い方と悪い方の両方を思い描き、出来れば前者が訪れてくれればと思っていた。

 だが達也の返事はほのかが思い描いていたどちらでも無かった。

 

 

「ほのか、俺は………………精神に欠陥を抱えた人間なんだ」

 

 

「え?」

 

 

「小さい頃に魔法事故に遭ってね、感情の殆どを消されてしまったんだ」

 

 

「うそ……」

 

 

「閉ざされた訳じゃないから解放する事も出来ないし、壊された訳でも無いから治す事も出来ない。恋愛感情は辛うじてあるんだが、俺はそれを認識した事もない。だからきっと今はほのかの事を特別だと思えてないんだろう」

 

 

 達也の遠まわしの返事に、ほのかは如何反応していいのか困っていた。

 

 

「えっと、怒らないで聞いてほしいんですが、私てっきり達也さんは深雪の事が好きなんだと思ってました。妹としてでは無く女の子として」

 

 

「……それは誤解だ」

 

 

「そうですね。達也さん頭良いですから、嘘吐くならもっと違う嘘を吐くと思うんです。だからこれは本当なんだって思えるんですけどね」

 

 

 無理矢理笑ってるほのかを見て、達也は申し訳無さそうな表情を浮かべた。

 

 

「でも、深雪にその感情を抱いてないのなら、私にもまだ可能性はあるんですよね? だって達也さんは他に好きな相手が居るわけじゃないんですから」

 

 

「まぁな……」

 

 

「それじゃあ、これから達也さんに特別に思ってもらえるように頑張ります! ライバルは多いですけどね」

 

 

「そうか……俺もほのかの気持ちは覚えておくよ」

 

 

 こうしてほのかの告白はやんわりと断られたのだが、可能性がゼロじゃないと分かったほのかは、今まで以上に達也にアピールする事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま雫!」

 

 

「ただいま」

 

 

それから達也とほのかは数分で別荘に戻った。ほのかはすぐに雫に報告に行き、雫は告白が成功ではないにしても失敗ではないことに安堵しているようだった。

 

 

「レオ、幹比古。董夜か深雪を知らないか?」

 

 

そして達也はふと全員がいるはずと部屋に董夜と深雪がいないことに気づいた。【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】で視ると2人とも董夜の部屋にいるのが視えたが何故先程まで樹海にいたはずの2人がもう部屋にいるのか気になったのだ。

 

 

「あぁ、それなら2人とも帰ってきてからいつの間にか風呂に入って、疲れてるらしいからもう寝たみたいだよ」

 

 

「………………もしかして一緒に風呂入ってたりして」

 

 

「うわ、あんたって変態だったのね」

 

 

「はぁぁ!?何でそうなるんだよ!?」

 

 

【白い服を着た女】の存在にすら気づいていない達也の困惑は深まるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ!?本当ですか!?」

 

 

「あぁ、黒沢さんだったよ」

 

 

別荘に戻った董夜と深雪はお互い直ぐに(別々で)風呂に入り、速攻で董夜の部屋にやってきていた。

未だに本気で怖がっている深雪を安心させる案として董夜が決定したのは『実は幽霊は黒沢女史で、さっきは焦ってて気づかなかった』と言うことだった。

 

 

「黒沢さんがさっき『驚かせてしまって申し訳ありません』って謝ってきたよ。悪いの俺らなのにな」

 

 

ハハハ、と笑う董夜に深雪は完全に信じ切ったようで調子もいつもに戻ったようだ。

 

 

「それなら良かったです………………………………………それで、その………」

 

 

「はいはい、一緒に寝るんでしょ?ほら、おいで」

 

 

なにやらモジモジしている深雪に董夜は浅くため息をついてベッドに招き入れた。

最初は恥ずかしがっていた深雪だったが、言い出しっぺが自分だと言うことを思い出したのか大人しくベッドに上がってきた。

 

 

「しかしお前って1人で寝られないタイプだったのな。家でも達也と寝てるんだろ?」

 

 

「」

 

 

夏場は大変だな、と電気を消しながら言う董夜に深雪は絶句する。

さすがに夜、一緒に寝よう。なんて言えば流石の董夜も自分が意識していることに気付くだろうと踏んでいた深雪だったが、董夜の鈍さを甘く見ていたようだ。

ほのかの達也に対する恋心にかなり早めに気付くなど、普段においては鈍いどころかかなり鋭い董夜だが、自分が受け身側になると途端に鈍くなる。

 

某アニメの難聴鈍感最低主人公(え?なんだって?)のように、見ている側からするとかなりイラっとくるのだが、これが四葉董夜という人間である。

 

 

「それじゃあお休み」

 

 

「と、董夜さん!」

 

 

董夜と同じベッドで寝ているという現実で既に幸せいっぱいな深雪だが、さすがにこのままでは終われないと勇気を振り絞る。

 

「その………………抱きしめてもらっても………………いいですか?」

 

 

暗くて董夜からは分からないだろうが、深雪はいま相当顔が赤くなっている。

そりゃ意中の男子に『抱きしめて♡』なんて言っているのだから、普通に考えれば正気の沙汰ではない。

しかし相手は『鈍さが正気の沙汰ではない』董夜である。

 

 

「いいけど、暑かったら寝てる途中に離しちゃうかもよ」

 

 

「か、かまいません!!」

 

 

結局深雪は一晩幸せな時間を堪能し。

董夜は次の日の朝に自分を起こしにきたエリカたちの誤解を解くために走り回り、複雑な兄の気持ちとして達也に裏拳を食らうことになるなどと知る由も無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ちなみに【白い服を着た若い女】はガチな幽霊です。


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横浜騒乱編
36話 センキョ


36話 センキョ

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ会長選挙ねぇ」

 

「そうですね、仕事に集中してください」

 

 

 夏休みが終わり、2学期が始まってから少しばかり時間が経った。今は放課後、生徒会室で董夜たち生徒会のメンバーが仕事をしている。服部は不在の様だが。

 

 

「あーちゃん、立候補するつもりはないの?」

 

「わ、私は無理ですよ!…………後あーちゃん言わないでください」

 

「でもはんぞーくん先輩は部活連の会頭になりそうですよ」

 

「え、そうなの!?」

 

「そうなんですか!?」

 

 

 董夜の言葉に真由美は驚いたように机を叩いて立ち上がった。おそらくあずさがダメだったら服部に立候補してもらう予定だったのだろう。

 

 

「この前十文字会頭とお話しする機会があって、その時に」

 

「そっかー」

 

 

 諦めたように椅子に座りなおす真由美に董夜は苦笑を浮かべた。ちなみに董夜は私的な場で克人と話す時以外、『克人さん』とは呼ばずに『十文字会頭』と呼んでいる。

 

 

「そ、そうですよ!董夜くんが立候補すれば!」

 

 

 名案でも思いついたような顔をするあずさに真由美は首を横に振り、董夜も再度苦笑いを浮かべる。

 

 

「私もそう思ったんだけど」

 

「え?ダメなんですか?」

 

「うーん、残念ですけど」

 

 

 董夜としては会長選挙に立候補するのは別に悪いことではない。しかし一年生である自分が会長選挙に立候補して当選した場合、3年の『七草』の次が1年の『四葉』になり、十師族絡みだとか余計な詮索をされる可能性がある。

 そのため、今回は2年を差し置くようなことは止そう、ときめたのだ。

 

 

「そこをどうにかならない?」

 

「お願いします董夜くん」

 

 

 しかし、そんなことを知るはずもないあずさは何とか董夜に立候補してもらおうとし。自分の後継が董夜だと安心できる真由美は董夜に詰め寄る。

 

 

 ピーーーーーー。

 

「あら、深雪さんも集中しなきゃダメよ?」

 

「(チッ……!)」

 

 

 真由美と董夜の肌が触れているのを、背中で察知した深雪は作業の間違いを告げるアラームで真由美に対する警告をするが、真由美は全く意に返していない。

 一方の董夜は、何とかして真由美たちに立候補しないことを納得してもらうため、奥の手を使うことにした。

 

 

「ねぇどうしてもダメなの?」

 

「はい、ここだけの話ですが、母さんに止められましてね」

 

「………!!!」

 

「そ、そう。それなら仕方ないわね」

 

 

 『当主の意向で立候補できない』というのはもちろん嘘である。しかしそんなことを知らない真由美は、当然これ以上粘ることもできずに諦めるしか無くなる。

 会長選挙の立候補拒否を誇示しているのが董夜の意思なら何とか説得の余地はあったかもしれない、と思っていたあずさと真由美だがそこに【四葉】の意思が入っているとなれば引き下がるしかない。

 

 

「ご当主様の意思には逆らえないもので、すみません」

 

「こちらこそ無理言ってごめんね」

 

 

 ちなみに董夜は真夜に対して言葉の裏をかき、葉山を味方につけて仕事をお願いす(押し付け)ること以外は命令に従順である。

 結局その後は達也が【トーラス=シルバー】のCADをダシにあずさを立候補させた。

 

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 そしてついに生徒会長選挙が始まった。

 今は生徒会長である真由美が、生徒会への二科生の加入を可能にするという案を提案しており。それに反対する生徒が反論している。ちなみに生徒会選挙は真由美の案を可決するか否かが決定してから開催されるようだ。

 

 

「(感情論じゃ真由美さんには勝てないって、わかっているだろうに)」

 

 

 生徒会のメンバーとして登壇し、進行役を任せれている董夜は次々と真由美に論破されていく生徒を見て苦笑いを浮かべた。ちなみに深雪やあずさたち生徒会メンバーは壇上の椅子に座り、達也たち風紀委員は会場の警備をしている。

 

 

「大体この案件には必要性が感じられません。二科生には生徒会役員として相応しい魔法力が備わってるとは思えませんし、そもそも何故今更こんな意見を述べているのですか」

 

「魔法力だけでは魔法師の価値は決まりません。それに生徒会役員に必要なのは強い魔法力ではなく、いかに仕事が出来るか、です。魔法力だけでは学校運営に携わる生徒会役員は務まらないのですよ」

 

 

 その後は董夜達の予想通り、真由美が一方的に論破を繰り返して反論していた生徒がヒステリック気味になってきたところで討論は終わり。結局賛成多数で真由美の『生徒会役員の一科生縛りの撤廃』は可決された。

 

 

「それでは生徒会選挙に移らせて頂きます。会長候補の中条あずささん、演説をお願いします」

 

「はい」

 

 

 董夜のアナウンスに返事をしたあずさが壇上の真ん中に設置してあるマイクの前に立つと、群衆の中からあずさを応援する声が多数聞こえてくる。あずさは真由美と同じく(小動物的な意味の)人気があり、ファンクラブも存在するのだ。

 あずさがピョコンとお辞儀をし、演説を開始する。途中『先程の決定をふまえて役員を決めていきたいと思います』と言うと、辺りから心無い野次が飛んできた。

 

 

「七草会長の真似事かー?」

 

「どうせ能力で決めんだろ!」

 

 

 高校生にもなって大人しく話を聞けないのかと、ため息をつく董夜だがあずさもスルーすると分かっているからか敢えて何も言わなかった。しかし、思わぬ所から反論が出たのだ。

 

 

「誰だ!?あずさちゃんをバカにするのは!!」

 

「卑怯者!言いたいことがあるならはっきり言えよ!」

 

 

 一部熱狂的なあずさファンが野次を飛ばした犯人を捜し始め、観衆同士で喧嘩が始まりそうになる。

 

 

「みんな落ち着いて!」

 

「落ち着いてください!」

 

 

 真由美と服部が事態を収集しようとするが、一向に大人しくならず。あずさも演説を止めてオロオロしている。生徒会選挙中の講堂内の秩序は乱れていき、誰かが進行役の董夜に生徒会選挙の中断を打診しようとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「静かにしなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マイクを通して発せられた、決して強い口調ではないその言葉は、会場にいる全ての生徒と教師の耳に冷たく響き、会場の中はシンと静まり返った。

 事態を収めようとしていた真由美たちですら動きを止め、声のした方を向くことすら出来ないほどの重圧を纏った一言。それは董夜があの【四葉】であるという事実を、講堂に集まった生徒教師が再確認するには十分すぎるほどモノだった。

 後ろの椅子に座っていた深雪と、会場の警備に就いていた達也だけがいつも通りに会場を見回している。

 

 

「これはアイドルのライブでもなければ、ふざけていい場所でもありません。野次を飛ばしたりするのは控えて下さい」

 

 

 誰もが数秒遅れて董夜を見る。しかし視界に董夜を入れる頃には先程のプレッシャーは消えていた。

 

 

「中条あずささん、演説を再開してください」

 

「……………はっ、はいっ!」

 

 

 講義中の教室でもまだ静かであろう講堂の中。あずさは演説を再開させた。可哀想なことに、彼女は先ほどの何倍もの緊張感の中、演説をする羽目になってしまった。

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「あーちゃん先輩、当選おめでとうございます」

 

「だからあーちゃんはやめて下さい!」

 

 

 学校が手配したアルバイトによって開票作業はその日のうちに終わり、翌日には結果が開示された。

 生徒会室には、真由美と服部を抜いた生徒会メンバーに加え達也が集まっていた。

 

 

「中条先輩、おめでとうございます」

 

「あっ司波くん!約束守って下さいね!」

 

 

 そんなにCADが見たいのか、と苦笑する達也にあずさはムフー!と幸せそうな顔をして、それを見た董夜と深雪は破顔した。

 

 

 

 しかし、生徒会室から離れた廊下。普段は生徒はおろか教師ですらめったに利用しない場所で三巨頭と飛ばれている摩利と真由美、克人は穏やかならぬ雰囲気で話をしていた。

 

 

「それにしても昨日の四葉はすごかったな」

 

「えぇ」

 

 

 何か遠くを見るような目で呟く摩利に、真由美は少し悲しそうな顔をして答え、克人は無言を持って肯定とした。

 

 

「どうした2人とも、何か思い出したような顔をして」

 

「私たちは十師族絡みで董夜くんに会うことがあったから。その時は彼は、いつもあんな感じよ。同じ人とは思えないわ」

 

「そうか、今年の後輩はやはり頼もしすぎるな」

 

 

 そんな摩利の呟きは長い廊下の中にゆっくりと溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 



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37話 センコウ

 言い忘れていたかもしれませんが、一応設定として司波 深夜と司波龍郎は深雪が生まれた時点で離婚しており。その後龍郎は直ぐに小百合と再婚。
 深夜は四葉の分家『司波家』の当主として現在も生存しています。

 作者は誰も死なない、甘ったれた世界が好きです。


37話 センコウ

 

 

 

 

 

『なるほど、それで論文コンペに』

 

「あぁ、平河先輩の代わりでな」

 

 

生徒会の会長選挙も終わり、新生徒会が発足してから少し日時が経った。新生徒会の顔ぶれは、会長・中条あずさ、副会長・四葉董夜、書記・光井ほのか、会計・五十里啓、監査・司波深雪となった。

ちなみに本来『監査』と『会計』は同じになっており、会長と同学年から選ばれるんだ慣例だったが今回の代から分離して別々になった。

 

そして深雪は何とか達也を生徒会に入れるようにあずさに打診したが新・風紀委員長の花音が『司波くんに抜けられると委員会の事務が回らない』と抵抗し結局達也の生徒会加入は叶わなかった。

 

 

『いいんじゃない?九校戦に続いて論文コンペでも活躍すれば達也のイメージはうなぎ登りじゃん』

 

「あぁ、そうなんだが」

 

 

そして現在、自宅に向かうコミュターの中で達也は深雪たちより先に生徒会の仕事を終わらせて家に帰った董夜と電話をしていた。

内容は、論文コンペに出れる状態じゃなくなった平河小春の代わりに論文コンペに出るように教師の廿楽(つづら)と摩利に打診され、了承したというものだ。

 

 

『それじゃあ切るよ、やることやんなくちゃ』

 

「あぁ、それじゃ」

 

そして董夜との連絡を終える。達也の隣で董夜の『深雪が居たら替わってくれないか?』という言葉を期待して居た深雪は残念ような顔をするが達也はそれよりも董夜の『やること』が気になって居た。

 

 

 

深雪とコミュターを降り、駅を出て帰宅すると自宅の駐車場にシティコミュターが停まっているのを見て達也と深雪は顔を見合わせた。

そして玄関に入り、置いてあった見慣れない靴を見て来客の正体を察した。

 

 

「お帰りなさい、相変わらず仲がいいわね」

 

「お会いするのは久しぶりですね、小百合さん」

 

 

達也と深雪にからかい混じりの言葉を投げかけたのは、達也と深雪の元父親の現妻である『司波 小百合』だ。

そして達也の冷たい眼差しと冷却された声に小百合はビクッ、と肩を震わせた。

 

 

「すぐに夕食のお支度をします」

 

「あぁ頼んだよ深雪」

 

 

深雪は小百合が達也にFLT関連の用事で訪れてきたのだろうと察して部屋に引き上げた。

そして達也は深雪が部屋に入ったのを確認すると所在無げに立っている小百合に声をかけた。

 

 

「急かすようで気が引けますが、妹が席を外している間に済ませてしまいたいので、要件を」

 

 

遠慮のない口調で言い放ちながら座る達也にムッと顔をしかめながらも、小百合は達也の対面に座る。そして『高校を中退して本社の研究室を手伝え』と要求したが達也は拒否した。ここまでは今までにも何度かあったやり取りである。

 

 

「じゃあせめて、このサンプルの解析だけでも手伝ってくれないかしら」

 

瓊勾玉(にのまがたま)系統の聖遺物(レリック)ですね」

 

 

ちなみに聖遺物とはすなわちオーパーツであり。

オーパーツとは人工物とは断定出来ないものの、自然に形成されたとは考えにくいもののことである。ちなみにキャスト・ジャミングを引き起こす性質を持ったアンティナイトもレリックに分類されている。

 

 

「これは何処で?」

 

「知らないわ」

 

「国防軍絡みですか」

 

 

FLT は非外資系ではトップクラスの技術力をもつメーカーとして軍関係の仕事を受託することもあるのだ。

 

 

「解析と仰いましたが、まさかこれの複製なんて請け負ってないでしょうね」

 

「そ、それは」

 

「何故そんな無謀な真似を?オーパーツの意味をご存知ですか?」

 

「この仕事は国防軍からの強い要請によるものです。断ることなんて出来ません」

 

 

強情な姿勢を崩さない小百合に達也は頭を抱えてため息をつきたくなる気持ちをなんとか抑えた。

確かにその経営判断は国の支給などを考えても妥当だと言えた。

それはCAD業界最大大手の【マクシミリアン】や【ローゼン】も政府に逆らえない宿命だからだ。

 

 

「どうしてもというなら開発第三課に回しておいてください。あそこなら頻繁に顔も出すので都合がいい」

 

 

確かに達也の異能の力を使えば複製も夢物語ではなくなる。そんな達也の妥協案に小百合の顔がこわばった。

FLT社内での派閥力学にも考慮しなければいけない立場である小百合からすれば飛行術式を完成させ、前期の私益の20%もの利益を今季既に社にもたらしたトーラス=シルバー、即ち達也の発言力がこれ以上強まると困るのだ。

 

 

「それとも、そのサンプルをお預かりしましょうか?」

 

 

達也のセリフは、葛藤で動けなくなった小百合に対する助け舟だったのだが。

 

 

「結構よ!!!」

 

 

結局交渉は決裂となった。

しかし、それは小百合自身が都合の悪くなる決裂である。

そんなことも気付かずに小百合は癇癪を起こして立ち上がった。

 

 

「よくわかったわ!貴方の力を当てにしようとしたのが間違いだったようね!」

 

 

自身のハンドバックに聖遺物の入った宝石箱を押し込んで、小百合は玄関の方へ勢いよく歩き出した。

 

 

「貴重品をお持ちだ。駅まで送りましょうか?」

 

「結構です!コミュターで帰りますからっ!」

 

「お気をつけて」

 

 

小百合の刺々しい口調にまるで気を悪くした様子も見せずに達也は一礼した。

 

 

「まったく!」

 

 

そして玄関を出た小百合がコミュターに乗り込み、司波宅を去っていく後ろを黒い影が追うのを達也は感じ取った。

 

 

「少し出る、しっかり留守番しておいてくれ」

 

「お兄様?」

 

 

先ほど小百合が出て行ったばかりの玄関で靴を履く達也にいつの間にか降りてきて居た深雪が顔を引き締めて説明を求めた。

 

 

「危機管理意識の足りない女性(ヒト)をフォローしてくる」

 

「まったく!何処までお兄様のお手を煩わせれば気がすむのでしょうか。あの人たちは」

 

 

憎々しげに眉を顰める深雪に達也は苦笑した。

 

 

「見て見ぬフリは出来ないさ、あの人はともかく。あの人の持ち物はね」

 

 

そして玄関の扉に手をかけ、ドアを開ける。

そんな達也とその後ろで達也を見送って居た深雪の視界に見知った人物が現れた。そこはついさっき小百合が出て行ったばかりなのだが。

ドアの向こう側に人がいた場合、達也が気づかない筈が無いのだが。

 

 

「やぁ達也。先ほどぶりだね、彼女なら雛子に追わせたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コミュターの中で小百合は「やってしまった」という後悔の念に押しつぶされそうになって居た。折衝事には慣れているはずの自分がいとも容易く逆上してしまった。

自分にとっての恋敵の息子、そして技術者としての才能と実績。小百合は達也に見つめられると自分が人間ではなく、ただの観察対象に堕とされたような錯覚を覚えるのだ。

まるであの少年、四葉董夜に初めて面と向かって会った時のような感覚だ。

 

 

「はぁ、どうしよう」

 

 

自分に命の危険が迫っているとも知らない小百合はただ椅子に深く座りため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、どうしてくれよう」

 

 

雛子は今それなりに大きいボストンバッグを背負って達也のバイクに(無断で)乗り、司波小百合が乗っているであろうコミュターを追いかけながらため息をついた。そして先ほどから異常に交通量が少ないことに気づいた雛子は端末で交通情報を読み込み、故障者が道を塞いでいるという情報を得た、それが司波宅から駅までの全ての道の対向車を無くすために必要なポイント全てで何台もの故障者が同時に立ち往生しているともなれば当然警戒レベルは上がる。

 

 

「………来たっ!」

 

 

次の瞬間、交通管理システムの非管制車が小百合の乗るコミュターに近づいた。衝突回避システムで急停車した小百合のコミュターに非管理状態の黒い車から男が2人駆け寄った…………………筈だった。

 

 

「○○○○○○!!!!」

 

「ごめんね、何語か分かんないや」

 

 

男のうちの1人が倒れたことにもう1人が動揺し、その男の息の根を止め、CADを構えて立っている雛子に何かを叫んだ。しかし雛子は魔法技術や家事スキルは高いものの、日本語と英語以外は習得していないため、何を行っているのか聞き取ることはできない。

 

 

「じゃあね………………っ!!??」

 

 

男がキャストジャミングの波動を発生させるより早く雛子は魔法を発動させた。

しかし一瞬の殺気を感じ取って雛子は回避行動をとり、物陰に隠れた。

急所に当たる筈だった雛子の魔法は大きく逸れ、男の右足を破壊し男は足を抑えてうずくまる。そして先ほどまで雛子が立っていた場所にはスナイパーライフルから打ち出されたであろう銃弾が地面を穴を開けていた。

 

 

「さて、どこかな」

 

 

物陰に隠れた雛子の目から光が消え、董夜に拾われる前。つまりとある組織に属していた頃の目を戻る。それはいつもの董夜のお世話役(メイド)『柊 雛子』ではなく、暗殺者(アサシン)の『雛子』だった。

 

 

「…………………………」

 

 

暗殺者として腕利きまで上り詰めた経験をフルに活用し狙撃手の居場所を探す。

 

 

(あの弾丸の入射角からして方向はこっちで間違いない筈……………………あの建物からするとかなりの手練れだな)

 

 

狙撃手の位置を分析しながら雛子は持って来たボストンバッグを開き、中から黒光りしたスナイパーライフルを取り出した。

雛子は昔、魔法師だったもののアンティナイトなどで魔法が封じられた場合を想定して、あらゆる銃で腕を磨いていたのだ。

 

 

「みーーつけたっ」

 

 

スコープを覗き込んだ雛子が字面だけ見れば嬉しそうに、しかし実際は冷え切った声を出した。相手が自分に標準を合わせる前に引き金を引く、そして雛子のライフルが射出した銃弾は一キロ先にいた狙撃手の眉間を寸分違わず撃ち抜いた。

 

 

「○○○○○○○!!」

 

 

雛子が狙撃手を処理すると同時に誰も乗っていないと思っていた黒い車が猛スピードで逃走した。おそらく逃走用に1人だけ車に残っていたのだろう。そして置いてきぼりにされは男は足の痛みに顔を歪めながら近づいてくる雛子に何かを叫ぶ。

 

 

「○○○○○○○!!」

 

「何言ってるか分からないけど、顔からして命乞いかな?」

 

「○○!!」

 

「でもゴメンね、董夜(あるじ様)が殺せってさ」

 

 

雛子の魔法が至近距離で男をただのタンパク質の塊に変える。

もと暗殺者、現在は董夜の私兵兼メイドの雛子の少し刺激的な夜のひとときは終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「了解、お疲れ様。後片付けは達也が国防軍に話をつけてくれたから。そのままこっちに来て、深雪が晩御飯をご馳走してくれるそうだよ」

 

 

司波家のリビングでは董夜が雛子からの報告を受けていた。その董夜が座っている椅子の対面では達也が座っている。そしてコーヒーを出した深雪の顔は董夜に会えた『嬉しさ』と達也が董夜の存在に気づけなかった『不気味さ』で複雑な表情になっていた。

 

 

「小百合さんは意識を失ってたけど、さっき取り戻してそのまま帰ったそうだよ」

 

「そうか、迷惑をかけたな」

 

 

本来、達也たちと小百合の関係は元父親の今の妻なので達也がここで董夜に詫びる必要は無いのだが。

 

 

「いやいや、気にすんな。俺が出しゃばっただけだし。それにこれで深雪の晩飯がご馳走になれるならお得だよ」

 

「それで?なぜ盗み聞きを?」

 

 

董夜があのタイミングで現れた理由、それは達也と小百合の会話を最初から聞いていたからであろう。そして達也が知りたいのはその理由であった。

 

 

「盗み聞きの件は本当に悪かったよ、でも達也には聖遺物の交渉をしてる時に俺を意識して欲しくなかったんだよ、それより雛子遅いな」

 

 

さぁ、この話は終わりだ。と言わんばかりに話を変える董夜に達也はため息をついた。董夜がいきなり現れて目的を明かさないことは今までにも何回かあったのだ。

 

その後、董夜と雛子が夕食を共にしている割には、いつもより僅かに静かな時間が司波家では続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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38話 スパイ

38話 スパイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一高校の購買部の品揃えは普通の高校のそれとは一線を画している。魔法科高校ならどこでも言えることだが、一般の商店では入手が難しい魔法学習関連の教材を生徒が労せず手に入れらるように、必要に迫られて拡充したのだ。だがそれでも限界はあり、校内で手に入らないものは校外に買いに行かなければならない。

論文コンペティションの原稿の校内提出日が明日に迫っている達也と五十里は偶々購買で在庫が無くなっていた3Dプロジェクター用の記録ファイルを駅前の文具店に買いに行くために校外の道を歩いていた。

 

 

「わざわざ先輩達について来てもらわなくても大丈夫でしたが……」

 

 

隣で(花音が一方的に)イチャイチャしている五十里達に辟易とした顔の達也が言った。

 

 

「司波君一人に任せる訳にはいかないしね。それに、僕もサンプルを確認したかったし」

 

「啓がいくなら私も行くわよ。委員会は摩利さんが居てくれるし」

 

 

 摩利は既に引退しているのだが、花音の中では未だに摩利は委員長扱いなのだ。まぁ達也も使えるものは何でも使う性格なので、花音の考えに異議を唱える事はしなかった。

 

 

「それにしても啓とデート出来るなんて思って無かったな」

 

「花音、これは学校の用事なんだから浮かれ気分じゃ駄目だよ」

 

「でも最近はあたしも啓も忙しくなってなかなか一緒に出かけられなかったじゃん。学校の用事だとか関係無く、あたしは啓と一緒に出かけられて嬉しいよ」

 

「花音……」

 

 

 許婚同士が良い雰囲気を醸し出しているのを、達也は生暖かい目で見つめていた。完全に蚊帳の外だったのも関係してたのかもしれないが、それに気付いたのは達也が最も早かった。

 

 

「先輩」

 

「如何かしたのかい?」

 

「監視されているようなのでその雰囲気はマズイのではないでしょうか」

 

「監視?」

 

「スパイ!?」

 

 

そう大声で言った花音に達也は顔を手で覆いたくなった。そんなことを大声で言うなんて曲者に対して『逃げろ』と言っているようなものだ。案の定監視の視線は外れ、気配が遠ざかって行くのを達也は感じ取った。

 

 

「どっち?」

 

 

しかし、そこは摩利から後釜に選ばれただけはある。花音は達也にそう聞いて、達也が目を向けた方へ迷うことなく駆け出した。

 

 

「花音、魔法は」

 

「分かってる!あたしを信用して、啓」

 

 

それができないから五十里は忠告したのだが。

しかし、それでも花音はトップクラスの魔法師であると同時に陸上部のスプリンターでもある。トップアスリートに比べると劣るものの、一般人が相手なら男が相手でも引けを取らないはずだ。

 

 

「しまっ……………!!」

 

 

逃走している少女にまで花音があと10メートルほどまで迫った時、少女が花音のいる後方へ小さなカプセルを投げた。

まずい、と思った花音はとっさに足を止めて目を覆うが間に合わず、瞼越しでも眼底を痛めつける閃光が瞬いた。

 

 

「くッ!」

 

 

なんとか被害を免れた右目を開いた花音は先ほどよりも離れた所で此方を伺っている少女へ向け、自身の手首のやや下側に巻いたブレスレットにサイオン粒子を吸い込ませ、すばやく起動式を展開する。

しかしその起動式は、花音がそれを取り込む前に、彼女の後方から打ち出されたサイオンの銃弾によって破壊された。

 

 

「何をするの!?」

 

「花音、ダメだ!」

 

 

花音と五十里の言葉が重なる。

拳銃形態のCADを構えた姿勢で立ち止まっていた達也に憤慨した目を向けた花音は恋人の叱責に驚く。そして走りながら魔法式を展開していた五十里が少女の乗っているスクーターに向けて放出系魔法【伸地迷路(ロード・エクステンション)】を発動した。

スクーターの車輪の摩擦力をゼロにする魔法により、それはいくらモーターを回しても前に進まなくなった。

 

 

(終わった)

 

 

五十里や花音だけでなく達也までもがそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?車輪の後方が爆発して逃げられたと」

 

「あぁ…………………なんだそのニヤニヤは」

 

 

現在、買い出しから帰って来た達也は学校の廊下で董夜に先程の顛末を(一応)報告した。少しシリアスな雰囲気になることを予想していた達也だったが、流石は董夜といったところか見事に予想を裏切ってくる。

 

 

「いやぁ、達也でも出し抜かれることがあるんだなと思って……………プププ」

 

「………………はぁ」

 

 

最早董夜のこう言う反応に慣れてしまったのか、達也は特に怒った風な様子もなく、只々呆れていた。そんな達也も傍でうわははっ、と笑う董夜も今回の犯人はそこまで重要じゃないと思っているのだろう。

このときはまだ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、達也と鈴音と五十里は昨日のうちに仕上げておいた論文・発表原稿・プレゼン用のデータを提出用の記録メディアに収め、オンラインで送るのではなく手渡しで廿楽に渡した。これは小野遥のハッキングを想定しての助言だった。

 

 

そして達也が教室に戻るとエリカ、幹比古、レオ、美月がいた。そして帰り際に生徒会の仕事を終えた董夜と深雪とほのかが加わり雫も合流しての帰宅となった。

 

 

「このメンバーで帰るのも久しぶりね」

 

 

エリカの言った通り、最近は達也の論文コンペの準備だったり、董夜達の生徒会の仕事だったりと中々一緒に帰っていなかったのだ。そしてその後は達也の論文コンペの話が盛り上がり、行きつけの喫茶店の前を通りかかったとき、達也と董夜はアイコンタクトで尾行の存在を確認する。

 

 

「チョッと寄っていかないか?」

 

 

寄り道をして尾行をやり過ごそうと達也が掛けた誘い文句に、

 

 

「賛成!」

 

「達也はまた明日から忙しくなりそうだしな」

 

「そうだね、少しお茶でも飲んで行こか」

 

 

エリカとレオと幹比古が積極的気味に肯定した。そんな三人に達也と董夜は多少眉を潜めるが直ぐに元に戻し、喫茶店『アイネブリーゼ』に入った。

 

 

 

 

 

 

 

残念なことに、いつもの座っていた席は空いておらず、9人はカウンターとカウンターに1番近いテーブルに分かれて席を取ることになる………………………筈だった。

カウンターに達也、ほのか、美月。テーブルにはカウンター側にエリカと雫、その向かい側にレオと幹比古が座った。

そして、

 

 

「なぁ深雪、せっかくみんなで来てるんだから俺たちだけ離れなくても」

 

「ここのコーヒーは美味しいからいつも迷ってしまいますね」

 

「あの、深雪」

 

「……………………」

 

「ワカリマシタヨ」

 

 

深雪と董夜は達也達のグループから少し離れた所にある2人用の席に腰をかけていた。というより深雪が董夜を強制的に連れて来たのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリカちゃん?」

 

 

董夜達がコーヒーを三分の一ほど飲み終えた頃、急に立ち上がったエリカに美月が首をかしげる。

 

 

「お花摘みに行ってくる」

 

 

美月にそう答えたエリカは軽い足取りで店の奥に向かった。

 

 

「おっと」

 

 

その直後、今度はレオがポケットを押さえて立ち上がる。

 

 

「ワリィ、電話だ」

 

 

レオが奥へと消えると達也はレオに向けていた目を戻して、幹比古が手元でノートを広げているのに気づいた。

 

 

「幹比古、何をやっているんだ?」

 

「ん、チョッと忘れないうちにメモっとこうと思って………」

 

 

そう言いながら幹比古は筆ペンを動かす手を止めない。

 

 

「派手にやりすぎると見つかるぞ、ほどほどにしておけよ」

 

 

その言葉に一瞬肩が跳ねた幹比古を見て達也はふぅと息を吐く。すると達也の端末にメールが届いた。内容を確認すると董夜からで、

 

 

『あの2人は俺が見ておく』

 

 

というものだった。

メールを確認した達也は端末の懐にしまい、ほのか達の会話の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇオジサン、あたしと『イイコト』しない?」

 

 

店の裏口から出たエリカは物陰に隠れている男に声をかける。声をかけられた男は特に慌てた様子もなく、おちついた大人の雰囲気でエリカの方を向く。

 

 

「何を言っているんだ、もう少し自分を大切にしたほうがいい」

 

「あたしは『イイコト』って言っただけなのに、オジサンは何を想像したのかな?」

 

「大人をからかうんじゃない、そろそろ日も暮れるし、通り魔に襲われたりしたらどうするんだ?」

 

「通り魔ってのはこんなことか」

 

 

尾行者がため息をついてエリカを追い返そうとしたのと同時にその後ろからレオが攻撃を放ち、エリカに集中していた尾行者は吹き飛ばされる。

 

 

「助けてくれ!強盗だ!」

 

 

男は体制を立て直すとなんとか人を呼ぼうと大声で助けを求める。しかし、周りには誰かくるどころか人の気配すらなかった。

 

 

「あっ、言い忘れてたけど、助け呼んでも無駄だぜ?」

 

「あたし達の『認識』を要にして作り上げた結界だから、あたし達の意識を奪わない限り抜け出すこともできないよ?」

 

 

エリカの言葉に男はハッとした表情になる、おそらく先程から人が全くいないことを感じ取っていたのだろう。そして持っていたドリンクカップを投げ捨て、アップライトな構えを取り次の瞬間にはレオに急迫した。

 

 

「うおっ!?」

 

 

驚嘆に値する威力を持った攻撃はレオのガードをくぐり抜け、拳撃はその顔面を捉え、レオの体が後方へ吹き飛ぶ。

そして振り返った男はその回転力を利用してエリカにダガーを投げつけるが、エリカはそれを警棒で内側から外側に払った。

 

 

「ガッ!」

 

 

エリカの正面の防御に穴が開いた瞬間、男は次の手に出ようとしたが背後からカウンターのショルダータックルを喰らい、路面に激突した。

 

 

「おー痛て。コイツ、ただの人間じゃないな、機械仕掛けって感触でもないし…………ケミカル強化か?」

 

 

背後からタックルをかましたレオが顎をさすりながら路上へ油断のない視線を投げる。

 

 

「そういうアンタも普通じゃないわね。今の、まともに殴られたでしょ」

 

「そりゃ、少なくとも四分の一は研究所がルーツの魔法師だからな。完全な天然だって強弁するつもりはねえよ」

 

 

エリカから鋭い視線を受けたレオは苦笑で答える、すると地面で四つん這いになっていた男が咳き込んだ。

 

 

「…………はぁ、はぁ。降参だ……元々私は君たちの敵じゃ………ないんだ………こんな所で踏み潰されたのでは……割に合わない」

 

「よく言うぜ。アンタの攻撃、俺とコイツじゃなきゃ死んでるぜ」

 

「それは君も同じだろう」

 

 

咳き込んでいた男はようやくダメージが薄れてきたのか語り口は滑らかになっていった。

 

 

「それはそうと、身の回りに気をつけるようにお仲間に伝えておいてくれ給え。学校の中とは言っても安心はしないようにと」

 

 

そう言うと男はジャケットの内側から小さな缶を取り出した。そして蓋のついたボタンを押し込み、3人が作る三角形のちょうど真ん中に放り投げる。

その咄嗟の行動にエリカとレオが同時に後方へ飛び退った。

小さな爆発音とともに、白い濃厚な煙が一気に広がる。目を閉じて口元を押さえていた2人がどうやら毒ではないようだと判断して目を開けた時には、男の姿は影も形もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ」

 

 

喫茶店に戻ったレオとエリカは小さくため息をついた。男を追い込むところまでは良かったのだが、結局何の情報も得られてないのだ。

 

 

「あれ?」

 

 

2人が席に戻るとそこには頼んだ覚えのないケーキが2つ置いてあり幹比古もケーキを食べていた。

首をかしげた2人が辺りを見回すと全員が雑談をしている中、ただ1人董夜と目が合う。

 

 

「(ドンマイ)」

 

 

口パクで董夜にそう伝えられた2人は苦笑しながら会釈をするが、内心は悔しさで渦が巻いている。

男に接触したのは気づかれるかもしれないと思っていたが、まさか、まんまと逃げられたことまで気づかれるとは思わなかったのだ。

 

 

「はぁ、あたし達もまだまだね」

 

 

そう言うとエリカはのんきにケーキを食べている幹比古の頭を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

「それでお兄様ったら、ーーーーーーー」

 

「うん」

 

 

(『非合法工作員(イリーガル)』ね)

 

 

急に頭を叩かれた事に幹比古がエリカを非難している中、董夜は深雪に空返事を返しながら頭の中で雛子に調べてもらった非合法工作員リストを確認する。

そしてその中に先程エリカ達と対峙していた男を見つける。

 

 

(『ジロー・マーシャル』危険度はそこまで高くないな)

 

「そう言えばこの前雛子が………………董夜さん?」

 

「うん」

 

 

董夜が頭の中で考え事をしている時、深雪はようやく董夜が自分の話など聞いていない事に気づく。

 

 

「董夜さん……………話聞いてませんよね」

 

「うん」

 

 

最後の確認も含めた深雪の質問に董夜は相変わらず空返事で返す。そして深雪の目がどんどん細くなり、光が消え、さっきまであれほど楽しそうに話していたのに顔は無表情を極めていく。

 

 

(一応響子さんにも確認を取っとくか?)

 

 

達也や九島烈経由で交流がある国防軍の【電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)】こと藤林響子に今回の事を聞くかどうかを考える董夜。そんな董夜に審判の瞬間(とき)が迫る。

 

 

「董夜さん、そんなに私の話はつまらないですか?」

 

「うん。あ、でも響子さん忙しいかな」

 

 

ついに董夜の考え事と空返事がごっちゃになって口から飛び出す。

その言葉に深雪の中でブチィッ!と何かが切れる音がした。その音はもしかしたら外にも漏れていたのかもしれない、カウンターや雫達の座っているテーブル席では不穏な空気を感じ取った達也達がやれやれといった目で董夜達を見ている。

そしてここでやっと董夜の意識は現実へと戻った。

 

 

「そうですか、私の話は上の空で響子さんのことを考えていたんですか」

 

「あれ?もしかして…………………声、出てた?」

 

 

次の瞬間、喫茶店『アイネブリーゼ』に哀れな男の悲鳴とお姫様の怒号が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まさ……………か」

 

 

そしてそこから一駅分離れたとある路地裏。某国非合法工作員のジロー・マーシャルは立ち尽くしていた。そして彼の正面に立っているのは大柄な引き締まった体つきの東洋人。灰色のスポーツスラックスに同色のジャケットを羽織っている。そしてその顔にジロー・マーシャルは見覚えがあった。しかし直接見た訳ではなく、見たのは今回の作戦に当たり配布された要注意人物のファイリングのセカンドを飾っていた写真だった。

 

 

人喰い虎(The man-eating tiger)

 

 

日本国政府公認戦略級魔法師にして世界の禁忌『四葉』の次期当主候補、世界最強の魔法師の一人、四葉董夜に次ぐ今作戦の要注意人物。

 

 

「呂剛虎………」

 

その名を呟いた瞬間、ジロー・マーシャルは考えるよりも早く拳銃の照準を呂剛虎に合わせる。しかし引き金を引くよりも早く呂剛虎の指が彼の手首に突き刺さる。手首の内側を親指で貫かれ、マーシャルの手から銃がこぼれ落ちた。

一体いつ手首を貫かれたのか。いや、それよりもいつの間にこんな至近距離まで踏み込まれたのか。そんな事をマーシャルが考えるより早く、彼の心は永久の闇に塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

ジロー・マーシャルの処理を終えた呂剛虎は血で汚れた右腕を懐から折り畳んだ紙で綺麗に拭き取り、それをジロー・マーシャルだった物の上に投げる。

そして呂剛虎は死体を上に投げた。落ちる途中で紙は赤い炎をあげる、そしてその炎は死体を燃やし、食い尽くしていく。

炎が消え、死体が骨も残さず消え失せたのを見届けて、呂剛虎は踵を返した。

辺りに人気はまったくない。声も足音も、およそ人の存在を示すものはまるで無い。

この一幕を見ていたのは、ことごとく壊された街路カメラ…………………そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を獰猛に光らせ、口を三日月の形に歪めた雛子(アサシン)だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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39話 ヨカン

もうなんか董夜を場面場面に無理やりねじ込まないと、董夜の出番が少なくなる


39話 ヨカン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然だが。

九校戦代表チームは52人、それに対して論文コンペは3人。比較するのが無意味に思える規模の違いだが、学校は論文コンペを九校戦と同じぐらい重要視している。

その理由の1つには、この催し物が実質的に魔法科高校九校間で優越を競う場であるからだ。

特に九校戦で成績が振るわなかった学校はその雪辱に燃えている。

そしてもう1つとして、論文コンペは代表に選ばれた3人以外にも、多くの生徒が直接関われるという性質が挙げられる。

その為、学校の中は作業音などの音が鳴り響き。女子有志の飲み物、菓子の差し入れ隊が組織されるほどの総力戦ぶりだ。

 

 

「おーい、達也くーん」

 

 

そしてその喧騒の中心にエリカはいた。

大手を振るうエリカの後ろでレオと幹比古は全力で他人のふりをし、美月はエリカの服の袖を引っ張って止めようとしている。

 

悠然と歩み寄るエリカを、手を止めて待っていた達也は「仕方ないな」とばかりに苦笑を浮かべているが、達也が手を止めた事により実験を中断せざるを得なくなった者は苦虫を噛み潰したような顔でエリカ達を見ている。

 

 

「千葉………お前ほんと空気読めよ」

 

「あれ?さーやも見学?」

 

「エリちゃん………」

 

 

まるで空気のようにスルーされた桐原は脱力し沙耶香は苦笑する。ここで逆上しないだけ、桐原も人間が練れてきたという事なのだろうか。

そして他の上級生の堪忍袋の尾が切れる前に達也が要件を聞き、深雪がエリカ達を見物人の輪に連れていった。

 

 

「そういえば深雪、董夜君は一緒じゃ無いの?」

 

「董夜さんはまだ仕事よ、先にお兄様の様子を見てくるように頼まれたの。すぐに来ると思うわ」

 

 

董夜と同じ空間から追い出された事に落ち込んでいるのか深雪が小さくため息をつく。その表情が哀愁を漂わせ、妙に色っぽくなっており周囲の男衆の顔を赤く染めた。

その後、実験が成功し周囲から歓声が上がる。静かに微笑んでいる深雪と違いレオは胸の前で拳を握りしめ、幹比古は腕組みをしてウンウンと頷き、沙耶香は飛び上がって手を叩いている。

実験装置であるガラス容器の発光は10秒間に渡り持続した。そして光が消えると同時に、興奮の潮も引く。

作業員が持ち場に戻っていく中、沙耶香がどこかをジッと見ている事にエリカは気づいた。

 

 

「さーや、どうしたの?」

 

「あの子…………」

 

 

しかしエリカの問いかけに対して返ってきたのは独り言だった。

 

 

「って、どうしたの!?」

 

「おい、壬生!?」

 

 

いきなり駆け出した沙耶香を追い、エリカと桐原がスタートを切る。

目を丸くした深雪が見た先にはお下げの髪の女の子が逃げているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平河さん、あなたの持っているそのデバイス……………無線式のパスワードブレイカーでしょ」

 

 

観念して逃げるのをやめた一年G組の平河千秋は沙耶香の指摘に顔を青ざめてとっさに手に持っていたデバイスを背中に隠す。

 

 

「隠しても無駄よ、私も同じ機種を使ったことがあるから」

 

 

そして沙耶香は自分がブランシュに利用されていた頃を思い出して苦虫を噛み潰したような顔になる。

この時、沙耶香もその後ろに控えていたエリカも桐原も油断していた。それもそのはず、相手は一年の二科生、それに武器すら持っていないのだから。

 

 

「クッ……………!!」

 

 

自分に詰め寄ろうとする沙耶香と桐原を見て、千秋はいよいよ自分が追い詰められている事を自覚した。しかし、沙耶香達は分かっていなかったのだ、千秋を利用しているのはマフィアやテロリストよりもよっぽと達の悪い相手だという事に。

 

 

「伏せて!」

 

 

いち早くそれに気づいたエリカが叫ぶ。千秋が二人に投げた小さなカプセルを見た沙耶香達はとっさに目の前に腕をかざす。

激しい閃光が3人の眼底を焼く…………………筈だった。

しかしカプセルから閃光が放たれる直前にそれはねじ消えた。

 

 

「へぇぁ?」

 

 

千秋の間抜けな声が沙耶香達の耳に届く。目を開けた3人の前にいたのは生徒会の仕事を終えたばかりの董夜だった。

 

 

「はぁ、ダメですよ桐原先輩。何事にも油断しちゃ」

 

「四葉」

 

「「董夜くん」」

 

 

沙耶香達は助かったとばかりにホッと胸をなでおろす。

 

 

「…………さて」

 

「ヒッ………………!」

 

 

董夜の鋭い眼光を受けた千秋は右手を董夜に向けた。ブレザーの袖口からばね仕掛けのダーツが飛び出す。

だが、いつまでも董夜に助けられている訳にはいかない、とエリカがどこから拾ってきたのか木の枝で立ち上がりざまにそれを打ち落とした。

割れて飛び散ったダーツの胴体から薄っすらと紫がかった煙が広がる。

 

 

「これは、神経ガスか何かか?」

 

 

しかし一介の魔法師のガスにやられて十師族の次期当主候補が務まるわけがない。全く動じない董夜はガスが自分の鼻腔に侵入する前に魔法で取り払う。

煙が晴れた先ではブレザーで口元を押さえ、絶望の表情を浮かべる千秋が待っていた。

 

 

「無駄に周到だな…………」

 

 

今度こそ千秋を取り押さえようと董夜が自己加速術式を起動する数瞬前、董夜にすら予想だにしなかったことが起こった。

そう、芝生に伏せていたレオが、千秋に向かって猛然と突進したのだ。

 

 

董夜から目を離せずにいた千秋がレオの速さに対応できるはずもなく、千秋は腰に強烈な衝撃を受け、為すすべもなく押し倒され、後頭部を打って気絶した。その様子を見た董夜達4人は無表情でレオを見つめる。

 

 

「…………………やり過ぎたか?」

 

「やり過ぎだ」

 

 

はぁ、と立ち上がるレオに董夜達が呆れる中、エリカだけは倒れた千秋ではなくレオを見ていた。それは師範が試合に挑んだ弟子を見て推し量るような顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気絶した千秋の容態の無事を保健室にて、保険医である安宿 怜美に確認を取った風紀委員長である花音は五十里とともに保健室を出た。

しかし、五十里の為に実験が行われている校庭に戻った花音はため息をついて顔を覆いたくなる衝動に襲われた。

校庭では、またエリカがトラブルを起こしていたのだ。

 

 

「チョッと司波君。これ、いったい何事なの?」

 

 

取り敢えず近くにいた風紀委員に事情を聞こうと論文コンペ代表として作業している達也に声をかけた。達也の背後で深雪が柳眉を吊り上げていたが、達也は特に気にした様子もなく作業を止めて振り返る。

 

 

「エリカとレオがウロウロしているのが、関本先輩にはお気に召さなかったようですね」

 

 

それを聞いた花音が再度状況を確認すると迷惑そうな視線を集めているのはエリカ達ではなく関本の方だった。

ちなみに三年の風紀委員の中で風紀委員会に席を置き続けているのは関本1人である。

 

 

「関本さん、いったいどうしたんですか?」

 

「千代田…………いや、大したことじゃない。風紀委員でもなければ部活連で選ばれたわけでもないのにウロチョロされると護衛の邪魔になると注意しただけだ」

 

 

その関本の言葉に花音は柄にもなく頭を抱えたくなった。

 

 

「…………来年、再来年のためにも、一年生が見学するのを止める理由はありません。それがガードの邪魔になれば護衛役のあたし達が注意します。関本さんは今回、護衛の仕事に立候補されなかったんですから、あたし達に任せてはもらえませんか」

 

 

立場上は部下とはいえ、最大限先輩に気を使った物言いをした花音だが、関本は目をスッと細めた。しかし、彼に反論の隙を与えずに花音はエリカの方へと向き直った。

 

 

「貴女たちも今日は帰ってくれない?さっきのこともあるのだし」

 

 

その言葉を聞いたエリカは軽く息を吐き花音に背を向けた。

 

 

「あたし、そろそろ帰るね。達也くん、深雪また明日」

 

「オレも帰ることにするわ。じゃあな達也、董夜にも言っといてくれ」

 

 

エリカ達があっさりと引き下がったことに、花音はホッと息を吐いた。

そして情報端末が警告音を鳴らし、メッセージを確認した花音は関本を放置して、今来た道を保健室へ引き返した。

 

 

「あっ、花音待って」

 

 

計測器から送られてくるデータを打ち込んでいた五十里が慌てて花音の後を追う。

 

その後、頑なな態度で口論を始めた鈴音と関本をモニター越しに見た達也は何か嫌な予感を覚えた。

関本のように、高すぎるプライドは時に理性の歯止めを失わせるものだ。

そしてその結果は必ずしても合法とは言い切れないものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、そういう理由でしたか」

 

 

すっかり日も落ち、街灯に照らされた駅までの帰り道。今日はレオとエリカがいない代わりに花音と五十里がいた。

保健室で目を覚ました平河千秋から動機を聞いた花音は、達也達に『姉を見殺しにした腹いせ』という動機を話す。

 

 

「何ですかそれ!?ただの逆恨みじゃないですか!」

 

「と、言うより八つ当たり?」

 

 

憤慨した様子のほのかの隣で理解に苦しむとばかりに首を傾げている雫。しかし、美月と幹比古の意見は対照的なものだった。

 

 

「八つ当たりせずにいられなかったんだろうね…………」

 

「きっとお姉さんが大好きなんですね。気持ち()()なら分かります」

 

一科生と二科生で大きく別れた意見に達也は興味を示したが、それを表に出すはずもなく答える。

 

 

「ですがまぁ、それなら放っておいても問題なさそうですね」

 

「狙われているのは君なんだけど」

 

「それに最近周りをチョロチョロしているのは平河姉妹の妹の方だけではありませんから」

 

 

その達也のセリフに花音と五十里と幹比古が左右に目を走らせる。不審な人影は発見できなかったが、微かな揺らぎーーーー意図しないサイオンの波紋を幹比古と五十里は感じ取った。

 

 

「やっぱり護衛をつけようか?」

 

 

空間に広がる揺らぎではなく、五十里の顔に浮かんだ揺らぎによって、達也の指摘が思い違いでないことを確認した花音がそう問いかけたが、

 

 

「いえ。七草先輩クラスの知覚能力が無ければ、あれの尻尾を掴むのは難しいでしょうから」

 

 

暗に任せられる役者がいないと指摘して達也は四度、首を振る。

それに対してまず最初に深雪があれ?と思い。次に美月達が疑問を覚え、達也以外の視線が全て今まで黙って話を聞いていた董夜に集まった。

 

 

「あ、俺、家に呼ばれてて。論文コンペの日には行けないんですよ」

 

 

すっかり暗くなった周囲に達也以外の複数人の「…………えっ」という声がハモる奇妙な音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話 数日前の電話

 

 

 

『と、言うわけでお願い董夜!!仕事手伝って!!』

 

「嫌です」

 

 

学校から戻った董夜は雛子に『真夜様から至急の電話が来ていた』という報告を受け、やや緊張気味に真面目な顔で電話をかけた。一体何の話かと思ったら『夏休みの宿題が終わらないよー』みたいなことを言われたのだ。即断った董夜の気持ちも分からなくはない、というより終わらない自身の仕事を息子に手伝わせる真夜の心境の方が理解しがたい。

 

 

『董夜様、そこを何とか御承知いただけませんか。とても真夜様だけで処理できる量を超えてしまったのです』

 

 

真夜の後ろから恐縮そうに会話に入って来た葉山に董夜は先程の母親に向けていた冷たい視線を慈愛に満ちた温かい視線へと変える。

 

 

「しょうがないですね母上、貸し一つですよ」

 

『ねぇ、どうして私がお願いした時は即却下なのに、葉山さんがお願いすると即OKなの!?』

 

「…………………強いていうなら信用度の違いですかね?」

 

 

ひどい!?、と画面に迫ってくる真夜が言い終わるのと同時に董夜は通話を切った。そしてその後、メッセージで本家へ出向くスケジュールが送られて来たが、そこが論文コンペとダダ被りだったのだ。

その後真夜が電話に出ることはなかった。

 

 

 

閑話 終了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は土曜日、だが学校は休みではない。今日もしっかり授業があるというのに、達也は今日も八雲の寺を訪れていた。しかし今朝は深雪も同行している。

実は八雲から【遠当て】用の練武城を改装したので試さないか、と誘われていたのだ。

 

 

「ーーーきゃっ! このっ!」

 

 

しかし、流石はというべきか、忍術使いの秘密修行場は学校の施設とは一味違う。

深雪の髪が何度か転んだはずみで、アップにまとめていたところがほつれている。

 

 

「はいっ、止め!」

 

 

八雲の合図で装置が停止するのと同時に、深雪が思わずへたり込んでしまった事からこの訓練施設のメニューがどれほどハードなものかが分かる。

 

 

「おつかれさま」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

達也にタオルを差し出されて、深雪は恐縮そうに手を伸ばした。そして深雪がフロアから退くや否や、何の合図もなく訓練メニューがスタートする。

しかし、的が12個出てこようが24個出てこようがそれは分解魔法の餌食となり、そしてついに標的のストックがなくなるまで、ペナルティの模擬弾が発射されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「君たちの学校もあることだし、短めにいこう」

 

 

達也達2人は地下の練習場から八雲の私的な居住空間がある庫裏(くり)の縁側に来ていた。

2人をここに連れて来たのは当然八雲である。しかし、彼が達也達を庫裏まで連れてくるのは珍しいことだった。

 

 

「珍しいものを手に入れたようだね」

 

 

その『珍しいもの』が瓊勾玉(にのまがたま)を指しているのは確認するまでもなかった。

しかし達也に動揺はない、この程度の口撃に動揺しているようでは八雲と付き合っていけない。

 

 

「預かり物ですが」

 

「それならなるべく早く返した方がいい、返せないのなら自宅ではなく然るべきところに置くべきだ」

 

 

八雲から警告を受けることは達也の予想の範囲内だが、今回の八雲の声色はいつもより数段真剣みを帯びており、緊張感の高まった雰囲気に達也と深雪は首だけでなく体全体を八雲に向けた。

 

 

「まさか、狙われているとは……………いや」

 

 

小百合が襲撃されたことで勾玉が何者かに狙われていることは何と無く分かっていた達也だが、八雲が警告するほどの相手とは思っていなかった。しかし今考え直してみると、普段は達也から何かを言い出さない限り関与してこなかった董夜が瓊勾玉の件に関しては彼から接触して来ていたことを思い出した。

 

 

「彼が自分から動いたんだ。ただの小さい敵ではないことは君も察しているだろう」

 

「………………」

 

 

達也が何か考え事をするように手を顎に当てる。そして八雲は気にした様子もなく続けた。

 

 

「それにあいては慎重に立ち回っている、中々の手練れだよ」

 

 

その八雲の言葉は、相手が並々ならぬ技量だと警告すると同時に、自分がその尻尾を掴んでいるとほのめかすものだった。

 

 

「何者か………と聞いても無駄なのでしょうね」

 

「全くの無駄というわけではないけど」

 

 

そして一切喋らなくなった達也に焦れたのか八雲が「そうだねぇ…」と切り出した。

 

 

「敵を前にした時は方位に気をつけなさい」

 

 

この時、深雪も達也も八雲の助言の意味が分からずにいた。しかし2人にとってこの助言は後々大きなものへと変わっていく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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40話 シュウゲキシャ

40話 シュウゲキシャ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜〜〜、ねむ」

 

 

現在時刻は午後の4時数分前。

今日は日曜日で本来、魔法科高校は休みなのだが董夜は生徒会の仕事がある。いや、あったと言うべきか。論文コンペまで一週間を切り、準備も大詰めということで今日は多くの生徒が学校に登校している。

 

 

「ここにくるのは初めてだな」

 

 

しかし、現在董夜がいるのは学校では無く、国立魔法大学付属立川病院の正門である。

なぜ董夜が病院にいるのかというと生徒会長であるあずさと風紀委員長の花音に学校の代表として平河千秋のお見舞いをするよう頼まれたのだ。その為、生徒会室で最低限の仕事を終えた董夜は途中の花屋で花束を学校の経費で買い、こうやって病院を訪れているのだ。

 

 

「うわ、人多いな」

 

 

病院の中に入ると中は思ったよりもお見舞いに訪れた人がいた。

そして董夜が窓口でお見舞いの旨を告げ名前を言うと看護師が「あっ」と言う声を上げた

。そう、実は病院に入った時から董夜は目立っている。目立っている理由は、その特徴的な制服が原因でもあるが本当の理由はその制服を着ている董夜自身である。

近頃董夜は魔法師ではなく一般人でも顔と名前を知らない人はいない、と言うレベルで有名人になっているのだ。

実際にこうなる事を予想していた董夜は今回のお見舞いも変装して来たかったのだが、学校の代表として変装はどうだ?と自分の中で結局却下した。

 

 

「はぁーーー、視線が痛い…………………っ!!」

 

平河千秋の病室のある4階に向かう為、エレベーターホールでエレベーターが来るのを待っていると董夜は不意に何者かがロビーで何かの術式を起動したのを【眼】で察知した。

そしてフロアを見渡すが特に誰も不審な人物は見えない。

そしてそれと同時にエレベーターが到着し、追跡を諦めた董夜は今回のお見舞いに警戒心をあげつつエレベーターに乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、董夜がエレベーターに乗り込んで去っていったフロアでは長髪の貴公子然とした雰囲気の周が口角を少し上げながら冷や汗を流していた。

 

 

(あれが…………【迦利(カーリー)】………………四葉董夜ですか)

 

 

この病院に入った際、彼は(簡単にいえば)周りに認識されなくなる術式、【遁甲術】を使用した。しかし、使用した瞬間自分が何者かに見られていると言う感覚に襲われ周りを見渡すと四葉董夜がいたと言うわけだ。

 

 

(まさか、こんなところで出くわすとは)

 

 

本来なら国家公認の戦略級魔法師が護衛も連れずに交渉の場を訪れるなどあり得ない事だが、その事実が彼の魔法師としての高すぎる実力を表している事に周は気付いた。

そして四葉董夜が平河千秋に何用で来たのか興味があった為、危険は承知で4階へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは平河さん」

 

「四葉くん!?」

 

 

平河千秋の病室に入った董夜はまず挨拶を済ませて花束をベッドのそばの机に置いた。

董夜はよく周りの女性たちを下の名前で呼ぶが、流石に会ってまだ親しくなってもいない人に対しては苗字で呼ぶ。

そして当の千秋は董夜がお見舞いに訪れた事に驚いているのか、目を見開いて固まっている。

 

 

「今日は学校の代表としてお見舞いに来たんだけど、元気そうでよかった」

 

 

『元気そうでよかった』

その皮肉とも取れる発言に一瞬千秋は眉をひそめたが、董夜はそんなことを気にした様子もなく、花束の花を飾るための水槽に水を入れ始める。

 

 

「それで?貴方まで私の説得に来たの?」

 

 

平河千秋は九校戦で姉が責任を感じている事を達也のせいにしている。

そして、五十里や他の人、それに実の姉にまで『達也は悪くない』と言われても未だに達也を恨んでいるのだ。

今回もまたその説得に来たのかと董夜を突き放す事を言うが返ってきたのは違った事だった。

 

 

「いや、まさか。俺は当事者ではないからな。この件に口出しはしない。花を飾ったらとっとと退散するよ」

 

 

千秋の突き放したような発言に董夜は憤慨した様子もなく、入室した時と特に何も変わらない口調で答え、その間に花の準備を済ませて窓辺に飾った。

 

 

「ほんじゃ、またg………………………平河、じっとしてろ」

 

 

病室の扉のすぐ外で明らかにおかしい姿を視た董夜は『また学校でな』と言おうとして途中で止め、千秋を手で制してじっとしているよう伝える。

先程と同一人物とは思えない董夜の鋭い雰囲気に千秋は頰から汗が垂れるのを感じた。

 

 

(こいつが呂剛虎か。強いな)

 

 

董夜は取り敢えず扉の前に立ち、今まさに部屋に入って来ようとしている呂剛虎の為に気配を消す。そして、すぐさま董夜は眼で病院全体を補完した。

そして呂剛虎がドアノブに手をかけた時、董夜も同じタイミングでCADを扉に向ける。すると次の瞬間、部屋の天井に設置してある警報が鳴り響いた。

そしてガチャッ!という音がして部屋の鍵が閉まる音がする。

 

 

(火事じゃない?………………暴対警報か)

 

 

そして当の呂剛虎は暴対警報に関する知識がなかったのか、鍵がかかっている事に怪訝そうな顔をする。そして董夜は今この瞬間に4階の廊下に到着した2つの影を見て、今回は静観することに決め、不安そうな顔をしている千秋の元へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドアノブが開かないことに怪訝そうな顔をする呂剛虎はロックシステムの故障か?と考え、鍵を壊して入室を図る。今室内には殺害対象である平河千秋1人しかいないのだ。

しかし、先程の警報によるタイムラグは予想外の介入を許すことになる。

 

 

「何者だ!?」

 

幻刀鬼(ファダオクアイ)ーーーー千葉修次」

 

 

呂剛虎は自己加速術式で一階からの階段を駆け上がってきた修次を見て呟く、それは間違いなく千葉修次の異名である【幻影刀(イリュージョン・ブレード)】だった。

 

 

「人喰い虎ーーーー呂剛虎(リュウカンフウ)!!なぜここに!」

 

 

近頃では年の近さや対人近接戦闘において世界で十指に入ると言われている大亜連合の白兵戦魔法師である呂剛虎と千葉修次はどちらが強いか比べられることも多い。

その2人が出会ったのだ、フロアは日曜の午後の病院内とは思えないほどの緊張感と殺気が充満し、修次と一緒にお見舞いに来ており、後から追いかけてきた摩利は汗が頰を伝ったことにすら気づかないほど場は張り詰めていた。

 

 

 

そして修次は懐から長さが20センチほどの棒を取り出した。先端近くのボタンを押すと『パチン』という小気味のいい音がして、刃渡り15センチほどの刃が突き出した。

一方の呂剛虎は無手の構え。修次の手に握られた刃を恐れる色もなく、一直線に突進する。

2人の距離が太刀の間合いに入った瞬間、修次が右手を振り下ろした。

短刀では届かない距離。それにも関わらず呂剛虎は頭上に左手をかざした。すると、「ガキィィ!!」と言う音がフロアに響き、2人は1度体制を立て直す為に距離を取る。

 

 

「くっ…………!」

 

「チッ……!」

 

 

その後、2人の応酬は続いた。お互いに手傷を受け、肩で息をしている状態である。

お互いに戦いを長引かせるのは本望ではない、再び2人の放つ雰囲気が鋭いものへと変わり次の一手で決着をつけようと迫る。

しかし、千葉修次は走り出す瞬間に呂剛虎の後ろ、つまり平河千秋が入院している部屋に設置してあるドアのドアノブの部分がごっそりと無くなっていることに気づいた。

そして修次がそれに気づいたのと同時に2人が放つ雰囲気とは比べものにならないような重圧がフロアに充満し、思わず2人は歩を止めた。

 

 

「そこまで……………………呂剛虎、ここからは俺が相手しようか?」

 

 

ドアノブの消失した部屋のドアがゆっくりと押し開けられ、中から呂剛虎にとって予想外の人物が現れた。

 

 

「………【迦利(カーリー)】……!!」

 

「四葉……………董夜!」

 

「董夜くん」

 

 

そしてどこを見ているかわからない様な虚ろな目をしていた董夜が、はっきりと呂剛虎の方を向いた瞬間。呂剛虎の全身から汗が吹き出し、次の瞬間には呂剛虎の姿は消えていた。

それは呂剛虎が全魔法師生命をかけて全力で逃亡を選んだ結果だった。

 

 

「ふぅ……………………まったく。それじゃあ、失礼します。渡辺先輩、また学校で」

 

 

呂剛虎が姿を消すと董夜は息を吐き、いつも学校にいるときのような雰囲気に戻り、修次と摩利の横を通ってエレベーターホールの方へと歩いて行った。

 

 

 

「………摩利はすごい後輩を持ったな」

 

「は、はは、全くだ」

 

 

近接戦闘でなら世界でも十指に入ると言われ、白兵戦のスペシャリストである呂剛虎を、消耗していたとはいえ殺気だけで逃亡まで追い込んだ董夜に修次は謎の憧れの様なものを抱いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーーーーん…………やっぱりおかしいよね」

 

 

午後8時半、董夜は病院を後にした後あずさにお見舞い完了の連絡を入れて真っ直ぐ家に戻って来ていた。

そして雛子と一緒に夕食を食べている最中にお見舞いでのことを話すと雛子は怪訝そうな顔をした。

 

 

「達也の『瓊勾玉』の件もそうだけど、FLTのハッキングとか、董夜達の事を尾行していた奴が…………………」

 

「呂剛虎に殺されたり、病院での謎の術式に、呂剛虎の襲撃か」

 

 

そう、流石にここまでくれば董夜も雛子も敵がなんなのかは理解できる。

【エガリテ】【ブランシュ】そして【無頭龍】など今までの組織とは規模が違う、【大東亜連合】である。

そして奴らが狙っているのは間違いなく魔法科高校、そしてそんな魔法科高校のが備える一大イベント、論文コンペーーーーーーー

不穏な雰囲気を感じ取る董夜と雛子が思うことは同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ」

 

 

 

論文コンペまであと数日と迫った中、放課後に仕事をするために生徒会室まで来て、深雪に『お兄様が七草先輩と渡辺先輩と一緒に八王子特殊鑑別所まで関本先輩に会いに行った』と聞いたのが1時間半前、『嫌な予感がするから気をつけろ』と達也に連絡したのが1時間前。

そして呂剛虎の襲撃に遭い、それを撃退、拘束したと聞いたのが30分前。

 

はっきり言ってトラブルのペースが早すぎる現実に董夜は1人、男子トイレで頭を抱えていた。

 

 

「(連中が論文コンペに向けて事を起こしているなら、論文コンペ当日に呂剛虎が居ないのはかなりの痛手のはず……………そうなれば確実に呂剛虎の奪取に来るはずだ。それに拘束された外人は横須賀にある外国人刑務所に移送される……!)」

 

 

1人、男子トイレの個室でブツブツと今後の敵の動向を予想している董夜の声を聞くものは幸い誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

論文コンペまであと2日という日の夜、深雪を先に休ませた達也は藤林響子からの着信に出た。内容は先日達也が情報を提供したスパイに関してのものだった。

 

 

『……………と、いうわけで。スパイの実働部隊はこの3日間でほとんど拘束したわ、隊長の陳祥山(チェンシャンシェン)を逃したのは残念だけど』

 

「いえ、俺の方からお願いした事ですし」

 

『それでお恥ずかしい話なんだけど、聖遺物の件は軍の経理データが漏れてたことが原因で、魔法研究の依託費支払いがあった先が片っ端から狙われたみたい』

 

「なるほど、そうでしたか」

 

 

道理で手口が中途半端だったわけだ、と達也は頷いた。

本当に手当たり次第だったようで、随分とコスパの悪いやり方に見えるが、情報というのは滅多に当たりが出ないものだ。

 

 

『それじゃあね、日曜日応援してるから!』

 

 

そう激励を受けて響子との電話は終わった。

達也は椅子の背もたれに深くもたれ懸かり、息を吐く。響子が今回の事件をそれ程深刻な出来事と捉えていないのは明らかである。実の達也も「今回の相手は大物だったな」程度にしか考えていなかった。

 

しかしその考えは少々早計だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嵐 が 迫 る 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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41話 アラシノハジマリ

投稿遅れてすみませんでした!!
忙しすぎて書く時間がなかったです!


そして、ついに40話到達だーーー!!!
多分お気に入り登録してくれた方や読んでくれた方がここまでいなかったら40話になる前に挫折してたと思います。
お気に入り数2000人の重みを噛み締めながら頑張るので応援よろしくお願いします!!

そして小説はついに【論文コンペ本番】に突入しました。
次回には【横浜事変】に入れます!!





41話 アラシノハジマリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全国高校生魔法学論文コンペティション開催日当日。

達也は朝早くに、今回会場に行くことができない董夜と雛子に電話で激励を受けた。その後、達也の身に何かトラブルが起こることはなく、予定通りの時間で会場に着いたのだった。

横浜に来ても尚、険悪な雰囲気になっていたエリカと花音を仲裁したこと以外は会場でも特に何も起きていない。

 

そして開幕時間が迫り、どの学校の控え室も賑やかになっている中。1人の女性が司波兄妹しかいない第一高校の控え室を訪れていた。

 

 

「久しぶりね深雪さん、半年ぶりかしら」

 

「ええ。二月にお目にかかって以来です」

 

 

司波家を司波小百合が訪れた時とは比べ物にならないほど柔和な雰囲気で談笑する三人に、部屋全体の空気が柔らかくなる。

 

 

「さて、前置きはこれくらいにして…………。良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」

 

 

そんな響子の冗談に達也は笑みを浮かべた。ーーーといっても苦笑いの類だが。

 

 

「では、良いニュースから」

 

「ここは『悪いニュースから』って言うのが定番じゃない?」

 

「では、悪いニュースから」

 

 

そんな、達也に響子は呆れ顔を向けるが全くの無反応にため息をついた。

 

 

「まぁいいわ。例のムーバルスーツが完成したって、真田大尉からの伝言。夜にはこちらに持ってくるって」

 

「流石ですね、しかし明日東京に戻ってからでも…………」

 

「明日こっちでデモがあるの。まぁ大尉も貴方に自慢したかったんでしょう。基幹部品はそっちに完全依存の形になっちゃったから、せめて完成品は、って頑張ってたもの。昨日なんて『これでメンツが保てる』とか情けないこと言ってたし」

 

 

面白い話をするように微笑みながら話す響子に、達也も深雪も頰を緩めた。

 

 

「情けなくなんてないですよ。実際問題、こちらでは実戦に堪えるものを作れなかったんですから」

 

「その言葉を大尉に言ってあげてね。安心すると思うわ」

 

 

ウインクをして見せた響子に、達也はまたしても苦笑いを返した。

 

 

「じゃあ今度は………悪いニュース。例の件、どうもこのままじゃ終わらないみたい」

 

「何か問題が、」

 

 

あるのですか?、そう言いかけた達也は今日の董夜から受けた激励を思い出した。

 

 

『達也なら何も問題はないだろうけど…………………気を引き締めていけよ』

 

 

気を引き締めろ、その言葉に達也は朝から『今日は何かが起こるのではないか』という想定をしていた。そしてその想定が響子の言葉をもって確信に変わりつつある。

 

 

「何も起きないのが一番だけど…………もしもの時は、お願いします」

 

 

その響子の言葉に達也と深雪は顔を見合わせて頷きあう。そしてそれを見ていた響子は眉目を曇らせたが、二人を制止することは……………………………できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれと同時刻、呂剛虎が逃亡した。

横須賀に向かっている最中だった彼の護送車が襲撃を受け、生存者はなかったらしい。

それに伴い、風間を長とする独立魔装大隊は予定を繰り上げ、横浜への到着予定時刻を午後の三時として出動を開始した。

 

 

 

 

そして遠く離れた山間の屋敷。

その中の一室、豪華な家具が揃られた部屋で1人の男と女がテーブルを挟んで向かい合って座り、お茶を飲んでいた。

そして男はたった今、女から聞いた『呂剛虎逃走』の知らせを聞いて舌打ちをする。

 

 

「結局こうなったな」

 

「そうだねぇ〜。国防軍も呑気だよね〜」

 

 

舌打ちをした青年。四葉董夜はテーブルに置いてあった紅茶を一口啜った。その紅茶が置いてあったテーブルには紅茶の入った2つのカップ以外何も置かれていない。

 

 

そう、彼が四葉本邸に戻ってきた理由、『四葉真夜の仕事の手伝い』。

その仕事の書類など一枚も置いていないのだ。

 

 

「それに仕事と称して俺を呼んで、『待機』と命じた母さん」

 

「出撃させる気満々だね」

 

 

そう、呂剛虎の逃走により。今日大亜連合が何かしらを仕掛けてくる可能性が極大した。それで、もし、董夜が最初から論文コンペの会場である横浜におり、その場で何かが起こった場合。それは董夜が【第一高校の生徒】として勝手に敵を撃退したことになるが、何かが起こった後に董夜が『軍に援助』という名目出た場合、それは【十師族 四葉家】として出たことになり、軍に対する貸しが出来るのだ。

 

 

その後も横浜の情報を集め続ける雛子と、ただ紅茶を飲む董夜。

沈黙は長く続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は午後三時。第一高校代表チームのプレゼンテーションは予定通りに始まった。

今回注目を集めているのは『基本コード(カーディナル コード)』の発見者でもある三高の吉祥寺 真紅郎だが、加重系魔法の技術的三大難問の一つである『重力制御型熱核融合炉』を発表テーマに掲げた第一高校のプレゼンも大きな注目を浴びていた。

会場には第一高校の職員・生徒以外に、魔法大学関係者や民間研究機関の研究者も大勢集まっている。

そしてスポットライトが光り、会場の音響設備から鈴音の抑揚の効いたアルトが流れ始めた。

 

重力制御型熱核融合炉が技術的に不可能であるとされてきたのは、重量制御魔法の対象である質量が核融合反応中に少しずつ減少していくことが理由である。

重力制御魔法は質量を対象とする魔法なのに、その質量が変わってしまう為、すぐに『対象不存在』のエラーで魔法が停止してしまう。故に核融合爆発は可能でも継続的核融合は不可能とされてきた。

それを、クーロン力制御魔法の併用によって重力制御魔法の必要強度を下げ、継続的核融合反応へのこだわりを捨て断続的核融合反応を新技術『ループ・キャスト』により実現した鈴音のアイデアの素晴らしさに、聴衆は惜しみない賞賛を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

論文コンペの発表時間は30分、そして次の発表校との交代時間は10分。

第一高校の発表が大成功に終わり、現在時刻は西暦ニ〇九五年十月三十日 午後三時三〇分。

後世において人類史の転換点と評される『無間(むげん)と灼熱のハロウィン』。その発端となった『横浜事変』は、この時刻に発生したと記録されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警察省 千葉寿和(としかず)。そして国防陸軍101旅団・独立魔装大隊 藤林響子少尉などが横浜で起こる非常事態に動き出し始めたのとほぼ同時刻。横浜から遠く離れた山間の屋敷の一室でも動きがあった。

 

 

「董夜さん」

 

「はぁ…………やっとですか」

 

「どうやら状況は…………分かってるみたいね」

 

「ええ、もちろん」

 

 

董夜と雛子が待機していた部屋を訪れたのは十師族四葉家の当主 四葉真夜である。

そして真夜は雛子が持っている携帯型の情報端末に横浜の地図が映っているのを見て、董夜たちが既に情報を得ていることを知る。

 

 

「現在横浜で起きている非常事態に董夜さんを四葉家所属の戦略級魔法師として、雛子さんをその私兵として派遣することがたった今、統合幕僚会議で承認されました」

 

 

その真夜の言葉に董夜も雛子も驚いた様子はなく、むしろ予想通りといった顔をして頷いた。

 

 

「提案したのは………………」

 

「えぇ、もちろん私です」

 

 

それだけ聞くと董夜は立ち上がり、雛子もそれに続いて立ち上がった。そして二人はそのまま部屋を出て、屋敷の玄関とは逆の方向へ向かった。

それを見送った真夜は表情を変化させることなく執務室に向かう。その時の真夜の顔は既に『母親』ではなく『十師族当主』としての顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この事件は歴史の大きな転換点となるはずだ」

 

はい(イエス)御主人様(マスター)

 

 

 

四葉家本邸、その一角にある一般家庭のリビングより少し広いベランダ。そこで董夜は横浜の方向を向いて立ち、雛子はその後ろで跪いている。

今の二人はいつもの『兄妹みたい』などという暖かい関係ではない。

 

 

完璧なまでの『主人』と『私兵』である。

 

 

この二人の関係は董夜が昔、とある組織から雛子を拾った際の契約条件。『仕事の際の完璧なる上下関係』によるものだ。

しかし、それに対して雛子はなんの不満も持っていない。むしろ当然とさえ感じていた。

これで董夜が戦場でも雛子を『妹』のように扱おうものなら。雛子は董夜に幻滅し、董夜を殺すか、その元を離れるかしているだろう。

そんな雛子の目はとうに『従者(メイド)』から『暗殺者(アサシン)』変わっており、恐ろしいほど冷たいものとなっていた。

 

 

「よし、行こうか」

 

 

そう董夜が言った瞬間、ベランダに存在していたはずの二人の姿は一瞬にして消えた。

 

 

 

横浜が血に染まるまで残り数分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観察者(オブザーバー)】は【虐殺者(パグローム)】へと姿を変える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【パグローム】は【虐殺】のロシア語です。
なぜロシア語にしたのかというと、【虐殺】は英語で【マッサカー】だからで、そうすると何かインパクトがないからです!

シリアスめにしたいのに、肝心の主人公が董夜(マッサカー)だったら何か雰囲気崩れそうと思って変えました!



というか【マスター】とか【アサシン】とか、なんだかFateみたいになってきましたね笑笑



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42話 シンコウカイシ

42話 シンコウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大人しくしろっ」

 

 

 

突如として会場内に響いた爆音と振動。

聴衆が何をすればいいのか分からずにざわつく中、達也は瞬時に深雪の側に駆け寄った。

そして、それと同時に何処かたどたどしい怒声が響き、対魔法師用のハイパワーライフルを装備した数人の侵入者が舞台に上がってきた。

 

 

「デバイスを外して床に置け」

 

 

侵入者は対魔法師戦闘に慣れている様子だった。

もしかしたら彼らも魔法師かもしれない、と達也が考える中、ステージ上の吉祥寺を含めた三高の生徒が口惜しそうな顔でCADを床に置いている。勇敢と無謀は別物だ。三高生はそのことをきちんと教えられているらしい。

彼らの対応に感心していた達也だったが、生憎すぐに他人事では済まされなくなった。

 

 

「おい、オマエもだ」

 

 

侵入者の一人が銃口を向けたまま慎重な足取りで達也に近づいて来る。

総勢六名。フロントとバックアップが三つ。達也は会場に侵入したテロリストたちにCADの照準を合わせて、ここまでか、と心の中で呟いた。

これだけの人目の中で【雲散霧消(ミスト・ディスパーション)】を使うのは達也にとって好ましくないが、いざという場合は仕方がない。

 

 

「早くしろっ!」

 

「おい、待て!」

 

 

達也が全く動じないことに苛立ちと焦燥を覚えたテロリストが仲間の制止も聞かずに持っていたライフルの引き金に力を入れた。

当然の如く銃声が轟き、悲鳴が響く。三メートルの至近距離から達也に打ち出された弾丸は『男子高校生が射殺される』という悲劇を生むには十分すぎた。

 

しかし、達也は倒れない。

 

彼の胸の前で何かを掴み取ったように握り締められた右手、そして体からは一滴も血は垂れていない。

銃を撃った男は引きつった顔で続けてライフルを撃つ。しかし、その都度、コマ落としのように達也の右手が位置を変えた。

 

 

「弾を……………掴み取ったのか?」

 

 

誰かが呆然と呟く。

 

 

「ば、化け物め!!!」

 

 

男がヒステリックに叫び、銃を投げ捨てると懐から大型の戦闘(コンバット)ナイフを抜き放ち達也に斬りかかった。

しかし、達也は襲いかかって来た男に逆に間合いを詰め、握り込んでいた手を開いて手刀の形に変えて、ナイフを持つ男の手に打ち込んだ。

 

達也の手刀は、何の抵抗もなく男の腕を切り落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「達也くん!」「達也!」

 

 

テロリストを処理し、自身についた返り血を深雪に魔法で落としてもらった達也にエリカを始めとするレオ、幹比古、美月、ほのか、雫が囲むように集まった。

 

 

「これからどうするの?」

 

 

そう戦闘に参加したくてウズウズした顔をしているエリカに達也は敢えてツッコミをせずにスルーした。

 

 

「逃げ出すにしても追い返すにしても、まずは正面入口の敵を片付けないとな」

 

「待ってろ、なんて言わないよね?」

 

「あぁ」

 

「待て…………チョッと待て、司波達也!」

 

 

エリカとの会話を終え、歩き出そうとした達也を後ろから吉祥寺が呼び止めた。

 

 

「一体なんだ、吉祥寺真紅郎」

 

 

愛想のかけらもない不機嫌な返答をした達也に吉祥寺は怯んだ様子もなく、誰が見ても必死な様相で詰め寄った。

 

 

「今のは【分子ディバイダー】じゃないのか!?」

 

 

周囲からはそんな吉祥寺の言葉にざわめきが起きる。

 

 

「分子間結合分割魔法は、アメリカ軍魔法師部隊(スターズ)前隊長・ウィリアム=シリウス少佐が編み出した秘術。アメリカ軍の機密術式のはずだ!」

 

 

知識があるが故の誤解。しかし、今の達也にとってそれはかえって好都合だった。

 

 

「それを何故使える!?何故知っているんだ!?」

 

「はぁ、今はそんな事を言ってる場合か?」

 

 

当然達也がテロリストの腕を切り落としたのは【分子ディバイダー】ではない。右手を基点として相対距離ゼロで分解魔法を発動しただけである。しかし、守秘を命じられている達也がそんな事を説明できるはずはない。

 

 

「七草先輩も中条先輩も、この場を早く離れたほうがいいですよ。そいつらの目的が何であれ、第一の目的は優れた魔法師の殺傷か拉致でしょうから」

 

 

様子を見に来た真由美と、審査員として最前列に座っていたあずさにそう忠告して達也はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也が会場を去った後、パニックに成りかけていた会場内をあずさが情動干渉魔法【梓弓(あずさゆみ)】を使って抑え、真由美が現在の状況を設置している中、達也たちは正面入口の前に到着していた。

 

 

「うわ、すごいな」

 

 

レオがそう呟いたのも無理はない。正面入口はライフルと魔法の撃ち合いになっており、とても普通に生活していて出会う場面ではないのだから。

 

 

「深雪、銃を黙らせてくれ」

 

 

達也の言葉に深雪以外の全員が「えっ?」という表情を浮かべる。しかし、深雪の顔はいつもとは違い決意に満ちていた。

董夜がいない今、董夜の助けがない今。兄のサポートを務められるのは自分しかいない、という思いで深雪の心の中は埋まっているのだ。

『四葉董夜』という絶対的な存在がいない不安定な現実が深雪の心を強く支えているのだった。

 

 

「かしこまりました。ですがお兄様、この人数となると………」

 

「あぁ、分かっている」

 

 

そう言いながら達也が差し出した左手に、深雪はそっと右手の指を絡ませる。

そして次の瞬間、深雪の魔法が発動した。

 

振動減速系概念拡張魔法【凍火(フリーズ・フレイム)

 

深雪の魔法の効果を確かめる事なく達也は隠れていた扉の陰から飛び出し、ゲリラの陣地に飛び込んでいった。

 

 

「出る幕がなかったぜ……」

 

 

ゲリラの処理を終え、一旦仲間の元に戻った達也に、レオが多少うな垂れた。

 

 

「これからどうするの?」

 

「予想外に大規模な事態みたいだからな。情報がほしい」

 

「それならVIP会議室を使ったら?」

 

 

早く体を動かしたいのかエリカが達也に次の指示を仰ぎ、達也がどうやって情報を手に入れるか悩んでいると、出て来たばかりの建物を指して雫が答えた。

そして一同はそのまま雫に連れられてVIP会議室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横浜の外れ、そこに積み重なる数体の死体を背に、董夜と雛子は立っていた。二人ともとても子供とは思えない雰囲気をしているため、周囲の空気はひんやりとした錯覚を受ける。

 

 

「ここからは俺のバックアップに移れ、視界に映らない程度の距離で待機」

 

はい(イエス)ご主人様(マスター)

 

 

とても感情の起伏が感じられない声で董夜が出した命令に雛子は一切の不満も見せず、こちらも感情が感じられない声で応えた。

そして音もなく雛子の姿が消え、その事を確認するまでもなく董夜は懐から携帯端末を取り出し起動した。そして中にあった二件のメールを開く。

 

 

『司波達也の位置情報を送信しました』

 

 

『風間玄信少佐を含む、国防陸軍101旅団・独立魔装大隊数名が横浜国際会議場に入った事を確認しました。至急合流してください』

 

 

 

四葉からの指示を確認した董夜は携帯端末をしまい、そのまま横浜国際会議場へと向かう。

一見、董夜は極限まで冷たくなっているようだが、周りの活性化した想子(サイオン)が董夜の闘気(殺る気)を表している。

 

 

大東亜連合の悪夢、【迦利(カーリー)】の再臨まで残り十数分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それと同じ頃、雫に連れられて会議室に向かった達也は克人や真由美たちと合流し今後について話し合っていた。

すると話し合いに参加せずに何処かを眺めていた達也が急にその方向に向けてCADを構えた。

 

 

「お兄様!?」 「達也くん!?」

 

 

達也がCADを構える壁、その先では装甲板に鎧われた大型のトラックが建物に向けて突進して来ていた。

高さ四メートル、幅三メートル、総重量三十トン。その大型トラックを達也は丸ごと照準に収めて、分解魔法【雲散霧消(ミスト・ディスパーション)】を発動した。

 

一瞬で塵と消えるトラック、その運転席から放り出され、地面を転がって壁に激突するドライバー。

 

そんな事を壁の内側にいた者は誰も気づかなかった、で済むほど世の中甘くはない。

 

 

 

「今の、なに?」

 

 

知覚系魔法【マルチ・スコープ】で壁の向こうを覗いていた真由美が恐る恐る達也に訊いてきた。真由美に分解魔法を見られたことに達也は舌打ちしたい気分だったが、幸いなことに、視界を拡張したままだった真由美は新たなビジョンに青褪めた。

それはこちらに向かってくる小型ミサイルの群れ。

 

 

「お待たせ」

 

 

しかし、今回は達也が手を出す必要は無かったようだ。

彼らがいる部屋に面した外壁に、幾重にも重なった魔法の防壁が形成され、ミサイルはその壁に着弾する前に横合いから撃ち込まれたソニック・ブームによりことごとく空中で爆発した。

 

そして急に外から掛けられた言葉に、達也と真由美は視点を肉眼に戻す。

 

 

「えっ? もしかして響子さん?」

 

「お久しぶりね、真由美さん」

 

 

唐突に姿を見せた響子は、旧知の真由美に笑顔で挨拶をした。

そして現れたのは響子一人ではなかった、野戦用の軍服を纏った彼女の後ろから、同じく国防軍の軍服に身を固めた風間が現れ、珍しく困惑して立ちすくむ達也の前に、手を後ろに組んで立った。

 

 

「特尉、情報統制は一時的に解除されています」

 

 

響子の言葉を受けた達也の顔から困惑が消え、姿勢を正して、目の前の風間に敬礼で応じる。その姿を見た深雪以外の全員が克人を含め、驚きの表情で達也を見つめた。

達也の敬礼に敬礼で答えた風間は、克人の姿を目に止めてそちらに足を向ける。

 

 

「国防陸軍少佐、風間玄信です。訳あって所属についてはご勘弁願いたい」

 

「貴官があの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」

 

 

風間の自己紹介に、克人も魔法師の世界における公的な肩書きを名乗った。

そして風間は小さく一礼して、克人と達也が視界に入るように体の向きを変えた。

 

 

「藤林、現在の状況をご説明して差し上げろ」

 

「はい。我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各一個大隊が当地に急行中です」

 

「ご苦労。さて、特尉。現下の特殊な状況を鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中だった我が隊も防衛に加わるよう、先ほど命令が下った。国防軍特務規則に基づき、貴官にも出動を命じる」

 

 

その風間の言葉に真由美と摩利が口を開き掛けたが、風間は視線一つで彼女たちの口を封じた。

 

 

「国防軍は皆さんに対し、特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であるとご理解されたい」

 

「と、言う訳だ。みんなは先輩たちと一緒に避難してくれ」

 

 

少しだけ申し訳なさそうな顔をする達也に、皆は呆気にとられているのか、何も言えずにいた。

 

 

「お兄様、お待ちください」

 

 

その背中を呼び止めたのは深雪だった。

達也は深雪の目を見て何をしようとしているかを理解して、深雪の前に跪いた、そして深雪は腰を屈めて達也の額に唇を付けた、その瞬間。

 

 

「なっ!?」

 

 

それは一体誰の声だったか。

目を灼く程の光の粒子が達也の体から沸き立ち、あり得ないほど活性化した想子(サイオン)が、彼を取り巻き吹き荒れた。

 

 

「ご存分に」

 

 

そう送り出した深雪に達也は頷き、風間の方へ向かった。

 

 

「特尉、まだお話が」

 

 

達也の活性化した想子(サイオン)に若干の戸惑いを見せた響子が達也を呼び止める、どうやら風間の話は終わっていなかったようだ。

そして次の風間の言葉に、様々な驚愕の連続に呆気にとられていた克人や真由美たちだけでなく、達也や深雪でさえもが驚きに染まる。

 

 

「今回の事態に関し、四葉家から戦略級魔法師、四葉董夜殿が派遣され、我々国防陸軍と共に敵の殲滅に当たることが先ほど、統合幕僚会議で決定された。もうそろそろ到着する頃だろう」

 

「は…………?」

 

 

 

 

 

 

そう、まだ事態は動き始めたばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか、場面が切り替わった時の描写の仕方が下手くそになった気がする。







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43話 ジュウリン

今回は場面の切り替わりが多い為、切り替わる際に ◇ を置きました。



43話 ジュウリン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下道をシェルターへと避難する第一高校生徒・職員の集団と、地下道に入り込んだ武装ゲリラとの遭遇戦が終息を迎えようとしている頃。横浜国際会議場では達也が信じられない、といった顔をしていた。

 

 

「いま、なんと?」

 

「四葉董夜殿を今回の戦闘に【戦略級魔法師】として参加していただく。もう言わんぞ特尉」

 

「はっ、申し訳ありません」

 

 

風間からの軽い叱責を受けた達也は敬礼をするが、その顔からは戸惑いの色が消えていない。

 

 

「ここで彼と合流。行動を開始する」

 

「………少佐」

 

 

風間が今後の指示を出したのとほぼ同時に会議室の扉が開かれ、一人の軍人が入ってきた。

 

 

「なんだ」

 

「四葉殿が到着いたしました」

 

 

その言葉にその場にいた独立魔装大隊の面々に緊張が走り、それと同時に達也と深雪、克人、真由美の顔も引き締まる。

 

独立魔装大隊の面々と達也、深雪は【戦略級魔法師 四葉董夜】がいかに冷たく、残酷かを理解しているから。

そして克人と真由美は【普段の董夜】と【師族会議四葉家次期当主候補の四葉董夜】の違いを知っているから、それぞれの理由で緊張が走っている。

 

 

「す、すごい緊張感だね」

 

 

しかし、エリカや雫達はその場の緊張感に当てられながらも『何故こんな空気になっているのだろうか?』と疑問を感じていた。それは普段の董夜しか知らないから、優しい董夜しか見ていないからである。そんなエリカ達の疑問、そして甘えはすぐに吹き飛ばされることになる。

 

 

「…どうぞ」

 

 

風間に董夜の到着を知らせた軍人が会議室の扉を開き、閉まらないように抑える。そして、その死神はゆっくりと、そして確かな足取りで姿を現した。

 

 

「ただいま到着しました。師族会議四葉家次期当主候補、戦略級魔法師 四葉董夜です」

 

「………っ!?」

 

 

それはエリカ達の誰かか、それとも覚悟していたはずの克人か真由美か。声にならない叫びを誰かがあげた。

それは深雪ですら3年前にモニター越しでしか見たことがなかった姿。

独立魔装大隊隊員でも3年前の沖縄戦で董夜とともに戦場に立った者しか見たことがない姿、

達也でも数度しか見たことがない姿。

 

 

「今回国防軍の指揮下に入るわけではありませんが、せいぜい邪魔にならないように動きますので、状況をお聞かせ願えませんか?」

 

 

それは皆が思っていた姿ではない、皆が憧れていた姿ではない。決して【英雄】などではない。

 

 

 

 

「ここに来るまでに数人、片付けたのですが」

 

 

 

 

それは…………………死神そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

響子の隊はオフロード一台に響子を含めて五人の分隊規模にも及ばない小集団だったが、全員が相当な手練れであると思わせる雰囲気を纏っていた。ちなみに達也と董夜はすでに戦闘に参加し、克人は響子の部下二人と車一台を借りて魔法協会に向かった。

 

 

「そ、そんな」

 

 

そしてその一行は地下シェルターが設置されている駅前の広場にたどり着き、その場の惨状に言葉を失っていた。

なぜなら広場が大きく陥没し、巨大な金属塊がその上を闊歩していたからである。

 

 

「直立戦車………一体どこから……?」

 

 

響子にとっても予想外の事態だったのか、呻くような声が唇から漏れる。

複合装甲板で覆われた人型の移動砲台。それが二機。そしてその下で陥没する地面。

その状況は直立戦車が地下シェルター、もしくは地下通路に向けて、何らかの攻撃を加えたことを物語っていた。

 

 

「このっ!」

 

「花音、【地雷原】はマズイよ!」

 

 

茫然自失から回復した花音は直ぐに魔法を発動しようとするが、五十里が地下の状況も鑑みてそれを止めた。

そして次の瞬間には直立戦車の車体に複数の穴が空き、白く凍り付いていた。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「シェルター確保に向かっていた工作員、直立戦車、共に連絡が途絶えました」

 

 

真由美達が直立戦車の処理を終え、別の場所では一条(クリムゾン) 将輝(プリンス)が敵の処理を進めている頃。

敵の司令部、偽装揚陸艇の艦橋には順風満帆とは程遠い雰囲気が漂っていた。

それは平服工作員の損耗が予想よりもかなり激しく、作戦変更を余儀なくされていたからである。

 

 

「機動部隊を上陸させろ」

 

 

艦長の判断により直立戦車と装甲車、そして機動部隊隊員が複数名上陸のために出動していった。

 

 

 

魔人と死神の闊歩する土地へと………………………………

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

山下埠頭に機動部隊を上陸させた侵攻軍は、部隊を三つに分けた。一つは魔法協会のあるベイヒルズへ、そしてもう一つは沿岸沿いに北へ侵攻、そして最後の一つはその他市街への侵攻である。

 

ちょうど同じ頃、大型トレーラーの中で達也はムーバル・スーツに着替え、飛行魔法用CADのスイッチを押し、空へ駆け上がり、柳の隊へと向かった。

 

状況が目まぐるしく動く中、横浜の上空で全長一メートルほどの小さな偵察機が飛んでいた………………しかし。

 

 

 

「………覗きは良くない」

 

 

無人偵察機に何処から魔法が打ち出され、偵察機に搭載された魔法感知機能が魔法を感知する。しかし、次の瞬間に偵察機は蒸発し風と共に消えた。

 

 

 

「さて、動こうか」

 

はい(イエス)ご主人様(マスター)

 

 

とあるビルの屋上に立っていた董夜の口と、彼の耳についている無線機から声が漏れると同時に董夜の姿は地面へと向かい。それと同時に付近にあった一人の気配も消えた。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

突如として無人偵察機からの映像が途絶えた侵攻軍司令部は『目』の一つを失ったこととはまた違う意味でパニックになり掛けていた。

それは無人偵察機から最後に送られてきた映像、そこに映っている一人の青年。

粗くなった画像をオペレーターが解析し、鮮明となった画像を見て司令部全体が凍りつく。

 

 

「…………四葉………董夜」

 

 

それの名を呟いたのはオペレーターの誰かか、それとも艦長自身か。その声が司令部に響くと同時に中の雰囲気は一気に重いものへと変わっていった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

達也が柳と合流する頃、最初の戦闘は既に終結しており、柳が負傷者の手当てに立ち会っているところだった。

 

 

「特尉、ちょうどよかった」

 

 

達也が声を掛けるより早く、柳が達也の姿を見つけて呼び寄せる。

柳の前で敬礼をした達也はスーツを脱がされて横たわる負傷者を覗き込んだ。

 

 

「弾は抜いた………後は………頼む」

 

 

ヘルメットを脱いだ柳の顔に表情らしいものは浮かんでいなかったが、彼の声色がその心境を表していた。

 

 

「了解です」

 

 

キッパリとした返事で、柳の罪悪感を不要なものと否定して、達也は左腰から銀色のCADを取り出して魔法(再成)を発動する。

 

負傷した隊員の呻き声が途絶えるのと同時に、閉ざされた達也の口の中から奥歯の軋む微かな音が柳の耳に届き。彼の心を一層暗くした。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「よし、このまま進むぞ」

 

 

 

総指揮官の指示により、魔法協会や海岸沿いに向かった部隊とは別に市街地を侵攻していた部隊は順調に歩を進めていた。隊員たちの表情は司令部とは違い、どこか余裕が見られる。

 

 

しかし、絶望は唐突にやってくる。

 

 

「………っ! 止まれ!」

 

 

まるで最初からそこにいたかのように現れた人影に隊の指揮官が部下に止まるよう指示を出す。

しかし、背後にいるはずの部下からは返事がこない…………それどころかいつのまにか気配すら感じられなくなっている。

 

 

「…………っ!」

 

 

突如として言いようのない不安に駆られた指揮官は目の前に謎の敵がいるにも関わらず、後ろを振り向いた。

 

 

 

「なっ…………!! そ、そんな………バカな」

 

 

指揮官の体全身を震えが襲う。

振り向いた先にあったもの。

それは死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体。

修羅場をいくつもくぐり抜けて来た指揮官ですら見た事がないほど残虐な景色がそこに広がっていた。

 

 

「貴様は……………」

 

 

最早戦意などとても感じられない声と気力で再び振り返る司令官。

そこには先程と変わらぬ場所で立っている死神がいた。

 

 

(カー)…………(リー)………!!」

 

 

謎の敵の正体を呟いた時、指揮官はふと自分の呼吸が荒いことに気づいた。なぜか全身から体温が奪われていき、意識が朦朧とする。

そしてふと自分の足元へ目を移すと……………そのには(おびただ)しい量の血と、切り裂かれた自身の腹部から溢れたであろう臓物が地面に転がっていた。

 

 

「(こ…………作…………は)」

 

 

現在も繋がっているであろう総司令部との無線に司令官は今回の作戦の失敗を伝えようとする。しかし、それを言い終わる前に彼の意識は永遠にこの世から消失した。

 

 

 

 

彼が最後に見たもの。

 

 

 

 

それは、三日月の形に割れた目の前の死神の口だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……………………脆いなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

深雪たちの前に現れた三輌の直立戦車をエリカとレオ達が深雪と力を合わせて処理をし、その残骸から敵の正体を突き止めている頃。

何故かハウスキーパーと電話をしていた雫が真由美に『ヘリがもうそろそろ到着する』旨を伝え、真由美は自分が要請したヘリがまだ到着しないことに苛立ちを感じていた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

そして侵攻軍の総指揮官は、刻々と悪化する戦況に険しくなる表情を隠そうとすらしていなかった。

敵軍の対応は早いとはいえ、それは予想の範囲内。しかし、民兵の抵抗が彼らの予想を超えていた。

海岸沿いに北上するルートは、既に鶴見から来た部隊に抑えられ、船で脱出する避難民を人質にするのはもはや不可能になっていた。

 

 

 

「クソッ! まさか奴がいるとは!!」

 

 

そして侵攻軍最大の誤算は四葉董夜。戦略級魔法師の今回の戦闘への参戦である。

魔法協会へ向かった隊、そして海岸沿いに北上した隊とは別に市街地へ浅く広く侵攻していた隊の隊員が、先程からありえないスピードで姿を消している。

そして姿を消した隊員の最後の言葉から察するに、隊員を葬っているのは確実に四葉董夜であろう。

 

 

「無人偵察機、全機交信途絶」

 

 

総指揮官は部下の耳を気にせずに舌打ちを漏らした。最後の無人偵察機が撃墜されたようだ。これで、既にわかっている情報の範囲で指揮を執らなければならなくなった。

敵陣の背後に潜伏しながら連絡を寄越そうとしない陳祥山を心の中で罵り、総指揮官は北上する部隊に転進を命じた。

 

 

 

内陸方向へ。

 

ヘリの到着を待つ。駅前の広場の方へ。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

雫が呼んだヘリが雫たちの上空に姿を見せ、着陸しようと高度を落としていた。

しかし、突如として飛来した黒い雲。空気中から湧いて出た、としか言いようが無い唐突な登場を見せたのは、大量の(イナゴ)だった。

 

 

「数が、多い………!!」

 

 

下で雫が【フォノン・メーザー】を使いなんとか全滅に追い込もうとするが、黒い雲のほんの一部しか薙ぎ払えない。そして雫が手こずっている間にも黒沢の運転するヘリへ蝗の群れが迫る。

ほのかもそれに気づいていたが、彼女の魔法はこういう敵の迎撃に向かない。雫の魔法と相克を起こすのを恐れて手が出せないでいた。

蝗の群れがヘリに取り付く、と見えた、その時。

 

 

 

滅びの風が、吹き荒れる。

 

 

 

黒雲を成す大群が、幻のように輪郭を崩し、消え去った。

異変に気付くのが遅れた真由美と鈴音も、同じように空へ目を向ける。そこには黒ずくめの人影が、銀色のCADを構えて立っていた。

 

 

 

 

迦利(カーリー)】と【摩醯首羅(マヘイ・シュバラ)】が別々の場所でその力を振るい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雛子、敵はどこだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やばい。

雛子が『イエス、マスター』しか喋ってない。

董夜の無双シーンが少ない。

場面の切り替わりが多くない?


考えれば考えるほど不安な点が出てきます!



昨日、日間ランキングの8位に入った分プレッシャーが大きいです!


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44話 イカリ ソシテ

44話 イカリ ソシテ

 

 

 

 

 

 

「それじゃあリンちゃん、頼んだわよ」

 

「真由美さんも余り無理をしないようにしてください」

 

 

雫のハウスキーパーである黒沢さんが乗って来たヘリコプターに市民の搭乗が完了し、最後に鈴音が乗り込んで飛び立っていく。そして同時に黒い兵士も飛び、その周囲を固めた。

その後、ヘリが安全高度に到達したのを確認したのか、飛行兵は海岸の方へ飛び去っていった。

 

 

「私たちも行きましょう。深雪さんたちと摩利たちを拾って、ここから脱出します」

 

 

ヘリが遠く離れていくのを見届けた真由美は執事の名倉にそう指示をして、戦闘ヘリの助手席へと乗り込んだ。

 

 

「董夜くん…………」

 

 

ヘリが離陸し、深雪達の元へと向かう最中。真由美は哀愁を漂わせた顔を、外へ向けていた。

そして、その目は今まさに戦闘に参加しているであろう想いの人を探しているようにも見えた。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

『その敵で最後です』

 

 

真由美がヘリで移動している頃、とある街角では人間が潰れる鈍い音が響き渡っていた。

そして数人の死体に囲まれていながら一滴も返り血を浴びていない董夜の耳に付いた無線機から、どこかで見ているであろう雛子の声が流れる。

 

 

ご主人様(マスター)。国防陸軍 風間少佐から電話です』

 

「回してくれ」

 

『了解しました』

 

 

雛子が風間からの電話が入ったことを董夜に告げると董夜は全く動揺した様子もなく、それを受けるよう伝えた。

 

 

『………四葉殿』

 

「はい、なんでしょうか」

 

 

無線先から雛子の声が聞こえなくなってから数秒。雛子と似ても似つかない男の声が流れた。

 

 

『先程、七草真由美嬢と光井ほのか嬢を乗せた戦闘ヘリが離陸した』

 

 

董夜のとても礼儀などあったものではない口調に、風間は気分を害した様子はない。というより、風間は董夜の言葉に気分を害していい立場にない、と言った方が正しいかもしれない。

 

 

『今は他の生徒を拾うために、別の場所にいる司波深雪嬢の元へ向かっている』

 

 

風間の言葉を右耳から左耳に流していた董夜だったが『司波深雪嬢』の部分で始めて眉がかすかに動き、風間の話へ注意を向けた。

 

 

「それで?報告だけをしに電話を寄越したわけではないのでしょう?」

 

 

董夜の先を促す言葉に、無線の先では風間が『食いついた!』とガッツポーズを浮かべたい気持ちになっていた。正直董夜に好き勝手動かれるよりも、国防軍の指揮下にいてくれた方が戦況がスムーズに進むのだ。

 

 

『これはあくまで要請なのだが、四葉殿にはこのヘリが安全圏内まで上昇するまで、それの警護についてもらいたい』

 

「……………………」

 

 

風間の言葉に董夜は数瞬考えこんで、行き先を深雪たちのいる場所へと変えた。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

『お待たせ、摩利。いま着陸するわね』

 

「あぁ、頼む」

 

 

真由美とほのかたちを乗せた戦闘ヘリが深雪たちの元へ到着し、摩利たちの中に安堵が広がった。つい今しがた迄、激戦の渦中にいたのだからそれも無理はないだろう。

 

 

「ふぅ、やっと脱出できるわね」

 

 

五十里と花音、桐原と紗耶香がペアになって着陸したヘリの元へと歩いている。

しかし、

 

 

「危ない!」

 

 

そう叫んだのは摩利だった。

そしてその声に応じた桐原が紗耶香を突き飛ばし、刀を振るう。

とっさに発動した高周波ブレードは胸を狙った銃弾を奇跡的に弾き飛ばしたが、カバーできたのは上半身だけ。

脚に銃弾が突き刺さり、右脚の太ももから先が千切れ飛んだ。

 

 

「桐原くん!」

 

「啓!」

 

 

別の場所では五十里が花音を押し倒して、その上に覆いかぶさり、背中一面から血を流していた。

榴弾の破片が突き刺さる致命傷である。

 

 

「啓ぃ!啓ぃ!!!」

 

「桐原くん!しっかりして!」

 

 

泣きすがる二人の少女。

摩利が奇襲を仕掛けた不正規兵(ゲリラ)に魔法を発動しようとしたが、その隣から発せられた圧倒的な干渉力により不発に終わった。

 

 

凍りつく認識の世界。

彼らに銃を向けていた一人の兵士は硬直したまま動かなくなっあ。

 

凍結したのは身体ではない。精神である。

 

 

系統外・精神干渉魔法【コキュートス】

 

 

そして深雪が一瞬寂しげに微笑むとすぐに顔を上げ、大声で叫び手を振った。

 

 

「お兄様!」

 

 

その視線の先を

桐原と五十里以外が全員見た。そこには着地姿勢をとった黒尽くめの兵士の姿があり、深雪のそばへ降り立った達也はバイザーを上げてマスクを下げる。

 

 

「お兄様、お願いします!」

 

「何をするの!?」

 

五十里に向けられた達也のCAD。

引き金が引かれ、そばにいた花音は反射的に、目をつぶった。

 

そして達也の魔法が発動する。

 

 

 

【復元時点を確認】

 

 

 

達也の魔法【再成】が発動し、怪我をしていた状態を記録している情報体を、怪我をする前に書き換える。

 

 

 

 

【復元開始】

 

 

 

達也の思考を想像を絶する苦痛が襲い、そのことを知っている深雪は無意識に顔を背ける。

 

そして五十里の体が一瞬霞み、次の瞬間には傷は全て消えていた。

 

 

 

【復元完了】

 

 

 

 

 

達也は五十里に掛けた【再成】の結果を見ることなく、桐原へCAD の引き金を引いた。

千切れていた足が太ももに引き寄せられ、桐原の体が霞んだかと思いきや、そこには五体満足の少年が横たわっていた。

 

 

「あっ………!」

 

 

達也は深雪を抱き寄せ、耳元で「よくやった」と呟くと、()()()()を見て深雪から一歩距離を取り。アスクを上げてバイザーを下ろす。そしてそのまま空へと舞い上がっていった。

 

 

「お疲れ。凄かったね、あの魔法」

 

「そうね、お兄様の前では、死神すらも道を譲るでしょう」

 

 

ヘリから降りてきたエリカに、深雪は控えめな表情を返した。

 

 

「んっ?いや、達也くんもだけど深雪もよ。あんな風に敵を狙い撃ちにできるなんて、凄いじゃない」

 

 

エリカの表情には演技も強がりもなかった。ただ純粋な、深雪の技量に対する称賛だけがあった。

 

 

「ありがとう」

 

 

そう深雪が呟いた瞬間、エリカや深雪、その他何名かが不審な気配を感じで周囲に目を向けた。

 

 

「い、いつの間に…………!」

 

 

そして、そこには建物の陰から次々の現れた不正規兵(ゲリラ)達が深雪たちを取り囲んでいた。その数、二十五人。

 

 

「危ない!」

 

 

何人かが魔法を発動させようとするが、敵のハイパワーライフル二十五丁が弾丸を発射する方が早かった。

 

 

「っ………!」

 

 

その現実に誰もが目を瞑る中、深雪だけは臆する事なく魔法を発動させようとした……………しかし、その魔法は発動することはなかった。

 

 

「なっ……!なに!?」

 

「なんなの………これ」

 

 

敵にどよめきが広がり。先程まで死の瀬戸際にいた五十里や桐原。そして深雪や真由美を含む誰もがその光景に唖然となる。

 

 

銃弾が、深雪たちを囲むように円形状に地面に埋め込まれているのだ。

 

 

「「……! まさか!」」

 

 

この現象に心当たりがある真由美と深雪は急いでその人物の影を探す。そして次の瞬間。

 

 

「おい、あまり出しゃばるなよ」

 

 

銃弾で形成された円形のサークル。そのちょうど真ん中、深雪の数歩前に上空から董夜が降り立った。

 

 

「………………っ!?」

 

 

その董夜の登場に、真由美たちや深雪はすぐにその元へ駆けよろうとする。しかし、それは叶わなかった。

 

 

「董夜…………さん?」

 

 

今まで感じたことないレベルの殺気、そして重圧(プレッシャー)

ドス黒い瘴気を放っているようにすら見える董夜の後ろ姿に誰もが頬から冷や汗を流し、立っていられずに尻餅をついた。

 

 

「あ……………………あぁ」

 

 

幾多の修羅場をくぐり抜け、戦場を生き抜いてきたはずのゲリラも体の震えを止めること出過ず、只々立ち尽くしている。

 

 

「ひっ…………!」

 

 

そして次の瞬間、深雪の【コキュートス】によって硬直していた兵士が跡形もなく弾け飛んだ。

破裂音にも似た音に美月の口から小さく悲鳴が漏れる。

 

 

「……………董夜……………さん」

 

 

弾けた兵士の血飛沫が数滴 、頬にかかった事を気にしないで深雪は董夜を見上げた。

董夜のことを何年も前から知っていた深雪だけでなく、この場にいる誰もが気付いた。

 

 

「…………………」

 

 

董夜は激怒していた。

 

 

その怒りの矛先は、達也に【再成】を使わせる元凶を作った兵士に。

そして、その仲間の不正規兵(ゲリラ)達に。

 

 

そして何より間に合わなかった自分自身に向けられていた。

 

 

 

 

「や…………やれぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

勇敢にも大陸の言語でそう叫んだ兵士の声と同時に、その声に感化された四人の兵士がハイパワーライフルを董夜に向けた……………………しかし。

 

 

「…………どけろ」

 

『了解』

 

 

董夜の命令に、近くのビルの上階で待機していた雛子が、持っていたライフルで正確に兵士の手を撃ち抜いた。

 

 

「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁ……………!!」

 

 

銃の処理を終えた雛子はビルから飛び降り、魔法を行使して董夜のそばに華麗に着地して見せ、そのまま跪いた。

 

 

「ひ、ひな……………こ?」

 

 

突如として現れた謎の兵士にエリカや真由美達が困惑する中、深雪はその狐のお面を被った人物に、董夜の使用人(メイド)であり、自身の親友の姿を重ねた。

 

 

「雛子……………なの?」

 

 

しかし、深雪の言葉に雛子は一切反応しない。

今の彼女は『深雪の親友』などではなく『ただの私兵』なのだから………………

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「な、なんで…………こんなことに」

 

 

不正規兵(ゲリラ)の人にがそう呟く。

本来彼らの作戦はもっとスムーズに進み、任務も成功する予定だった。

 

しかし、日本国防陸軍の対応の早さ、そして【摩醯首羅】の目撃情報。

この時点で彼らの戦意が大幅に削がれたのは言うまでもない。

 

 

「くそっ……! くそぉ………」

 

 

しかし、幸いだったのは【摩醯首羅】の目撃情報は不正確であり、『いるかもしれない』という曖昧なものだったことだ。

しかし、彼らの心が折れるのは【摩醯首羅】の目撃情報が出たすぐ後だった。

 

 

 

『貴様は……………迦………利……………』

 

 

それは別働隊の指揮をしていた者から入った最後の無線だった。

 

迦利(カーリー)……それは大東亜連合の兵士にとっての恐怖の象徴であり、死の権化である。

 

この無線を聞いた時の兵士達の衝撃など語るまでもない。

 

 

「……………【迦利(カーリー)】………!」

 

 

一人の兵士が呟いた言葉が聞こえていたのか、いなかったのか。董夜は反応することなく懐に仕舞ってある黒い拳銃型のCADを兵士達の方へ向けた。

 

 

そして赤い 大輪の花が咲いた。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「ギ、ギャアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

あたり一面に不正規兵(ゲリラ)達の絶叫が響き渡る。全員の右脚の太ももより先が弾け飛んでいるのだから当然といえば当然だが。

その様子は【再成】を受ける前までの桐原の様だった。

 

 

「………ウッ………!」

 

 

美月や花音を始めとする女子数人があまりの惨状に気分を悪くし、口を押さえて目を背けた。

しかし、エリカ、真由美、摩利や男子勢は目を背けず、惨状と董夜を交互に見ている。

 

 

「う、ぐぅ、うぅ…………」

 

 

辺りをありえないほどの血が埋め尽くし深雪達に迫る。それに兵士達の呻き声が加わり、阿鼻叫喚と化していた。

しかし、そんな事には目もくれず深雪は董夜に縋るような目を向ける。

 

 

「………………」

 

 

しかし、そんなことを気にせずに董夜は無言でCADを構え直し、先ほどと同じ魔法を各々の別の場所めがけて発動した。

 

 

「…………っ! あ…………ア…………ァ」

 

 

先ほどと同じく不正規兵(ゲリラ)全員が等しく激痛に悶えた。しかし、先ほどとの違いは誰もがあまりの痛みに絶叫を上げることすらできないことか。

倒れ伏した兵士達の背中は赤く染まり、その背の部分部分がえぐれていた。それもまるで先程の五十里の様に。

 

 

 

 

 

 

「………あれを」

 

 

今だに痛みで倒れ伏し、今まさに意識を消失しようとしている兵士。

それに対して董夜は持っていた黒い拳銃型のCADをしまい、雛子に向かって何かを要求した。

 

 

「っ!……………了解」

 

 

董夜の言葉を聞いた雛子は今日の戦闘が始まって初めて董夜の命令に戸惑いを見せた。

 

しかし、その戸惑いは一瞬のうちに消えた。

 

雛子は董夜に拾ってもらった日から董夜に身も心も全て捧げ、付き従うと決めたのだ。

 

その事を再確認した雛子は余計な感情を捨て去り、懐からチョーカー型のCADを取り出し董夜に渡した。

 

 

「…………?」

 

 

そのCADを見て深雪の顔にはてなマークが浮かべた。

董夜の所持しているCADは全てと言っていいほど把握している深雪だが、チョーカー型のCADなど見たこともなかったのだ。

 

 

「一体何を………?」

 

 

雛子から受け取ったチョーカー型のCADを首に付け。董夜が

想子(サイオン)を送り込む。

 

 

「な、なに…………あれ」

 

 

真由美の声に、その場にいた全員が視線を上に向けた。

董夜達が立ってある場所の上空。

 

そこには眩いほどの光を放つ巨大な光球が浮かんでいた。

 

 

「あれは…………まさか………!」

 

 

三年前、モニター越しに見たことがある()()に深雪の顔が青くなる。

そして近くで様子を見ていた達也でさえも頰を冷たい汗がつたった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国家公認戦略級魔法 【荷電粒子砲】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破滅の光が 降り注ぐ。

 

 

 

 

 



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45話 ケツイ

45話 ケツイ

 

 

 

 

 

 

「(……………………)」

 

『特尉、()()が放たれた場合、被害はどれくらいになる…………?』

 

 

ビルの屋上に立ち、董夜の動きを注視していた達也の元へ風間から無線が入る。『()()』とは誤解しようもなく今まさに董夜が放とうとしている戦略級魔法【荷電粒子砲】の事だろう。

 

 

「………深雪が原因で暴走しているアイツが深雪を巻き込むとも思えません」

 

 

やはり、どこか動揺した様な風間に対して達也はいつも通り冷静に対応する。

しかし、心の中ではやはり驚きが渦巻いていた。

『自分より人間的でありながら、自分より人間の域を外れている』これは、達也の董夜に対する評価の一つだ。そんな董夜が暴走しているという現実に、達也は信じられないという気持ちでいっぱいだった。

 

 

『っ!………それじゃあ……!』

 

 

彼は魔法を発動しないのか?!

そう期待し、言葉に出そうとした風間に、次の瞬間、達也から非情な答えが返ってきた。

 

 

「恐らく、アイツと深雪以外の 全て が【無くなる】かと」

 

 

【荷電粒子砲】は【質量爆散(マテリアル・バースト)】とは違って魔法が発動しても大爆発などは起こらない。しかし、今回の様に真上から下に打ち込もうとした場合。半径数メートル、地下数百メートルはその熱で融解する可能性がある。

そして、この半径は【荷電粒子砲】一発分のもの。三年前の沖縄戦の様に【荷電粒子砲】は一度に数発打ち込む魔法である。

まず横浜のライフラインは壊滅的な状況になるだろう。

 

 

「……………ッ……!」

 

 

一瞬の逡巡の末、CADを董夜に向けた達也の目を思いもよらない景色が飛び込んできていた。

 

 

「………まさか…………」

 

 

その光景は、達也にも風間にも予想だにしないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、これちょっとやばいよね?」

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

 

深雪の後ろでエリカとレオが戸惑いを隠せないような声を上げる。

彼らの上空では巨大な光球が熱を帯びて鎮座していた。

 

 

「…………消え失せろ」

 

 

そして、董夜が自身の持つ魔法を放とうとした瞬間、ある二人の足が動いた。

 

 

「董夜さんッ……!!!!」

 

 

今まで足がすくんで、立ててすらいなかった深雪が、勇気を振り絞り。届かなかった董夜の背中に飛びついて、後ろから抱き締めた。

しかし、董夜は気づいていないのか、すでに絶命している不正規兵(ゲリラ)達から目を離さない。

 

 

「こんな事ッ! 私もお兄様も望んでいませんッ!!…………だからもう………こんな事……やめて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………みゆ………き?」

 

 

その深雪の言葉に董夜の目が揺れ、深雪の方に顔だけを向けた。深雪の顔は普段ではありえないほど涙でグチャグチャになっており、それは董夜の冷たい心を崩すには十分すぎた。

 

そしてそんな二人のそばにいる雛子は、『私兵に徹する』という心境であるにもかかわらず、目が驚愕に染まっていた。

それは深雪に向けられたものではなく、もう一人。

董夜に駆け寄って来た少女に向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで銃声が鳴り響いていた戦場に似合わない、小気味の良い音が鳴り響いた。

その音に、泣きじゃくりながら董夜に縋り付いていた深雪以外の誰もが呆気に取られた。

達也や雛子…それに董夜でさえも唖然とした顔になる。

 

 

「董夜くん…………良い加減にしなさい」

 

 

それは悪意に染まった銃弾でもなく、想子を纏った魔法でもない。

ただの少女の小さな手が………董夜の頰をはじいた音だった。

 

 

「まゆ、み……………さん?」

 

 

何が起こったのか理解できない、というような顔を真由美に向けた董夜の腕は脱力し。不正規兵(ゲリラ)に向けられていた腕もダランと垂れ下がる。

 

そして、それを見た真由美の今まで毅然としていた顔に少しずつ涙が流れ始め、結局泣きながらその場に崩れ去った。

 

 

「ごわがっだ…………ごわがっだよ〜!」

 

 

いつもの真由美からは想像もできないような姿に董夜は狼狽(うろた)え。深雪は尚も泣き続ける。そして、そんな二人の少女に挟まれた董夜の心中は【虐殺者(パグローム)】と【観察者(オブザーバー)】が渦巻き合い、カオスと化していた。

 

 

「董夜……………」

 

 

ふと、近くからかけられた声に董夜はハッとなって顔を上げた。

そこにはバイザーをあげ、マスクをとった達也が困った顔を董夜に向けており。その後ろでは雛子が私兵の時とは違う、優しい笑みを向けていた。

 

 

「あぁ……………俺は………壊そうとしてたのか」

 

 

今は無き、巨大な光球が存在していた空を、董夜は見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「門を開けろ! さもなくば侵略軍に内通していたものと見做す」

 

 

中華街の北門、玄武門(げんぶもん)の前に将輝は立っている。

独立魔装大隊の攻撃により敵が背後から切り崩されていることを、克人と同様に知らない将輝はしかしながら、風向きが変わったことを掴んでいた。

 

そして、彼の呼びかけのすぐ後に、門が軋みを上げて開いていく光景に、将輝は肩透かしを喰らった気分で呆気にとられていた。

出て来たのは、将輝よりも五、六歳年長の貴公子的な雰囲気を漂わせる青年を先頭とする一団だった。

彼らは、拘束した侵攻軍兵士を連れていた。

 

 

「周 公瑾と申します」

 

「…………周公瑾?」

 

「本名ですよ」

 

 

偽名を疑われる事は周青年にとっても慣れたことなのか、首を捻った将輝に、青年はひっそりと笑った。

 

 

「失礼した。一条将輝だ」

 

 

流石に年長者の自己紹介を放置するのはまずいと思ったのか、将輝が慌て気味に、しかし立場を考え(へりくだ)らずに名乗った。

 

 

「私たちは侵略者と関係してません。その事をご理解頂くために、協力させていただきました」

 

 

 

油断ならない。

 

 

 

それが周青年に対して、将輝が抱いた印象だ。

しかし、だからと言って民間人を取り調べる権限は将輝にはない。

それに表面的に見れば、彼らの協力によってこの方面の戦闘はこれで終結した、と言えるのだ。

将輝は周青年に礼を述べ、他の義勇軍と協力して捕縛された敵兵を引き取った。

 

 

それが結果的に彼を最前線から引き離し、(将輝にとっては)親友である董夜に本気で呆れられる恥となるとは、将輝は気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありとあらゆる負傷を無かったことにする。 そんな魔法が、何の代償もなく使えるとお考えですか?」

 

 

沿岸部から脱出するヘリの中。先程まで泣いていた深雪と真由美は、流石と言うべきか、いつもの様相を取り戻し。まるで先程のことなど無かったかのように装っていた。

そして、達也が五十里と桐原の負傷を治した魔法。【再成】について深雪から説明を受けたヘリの中のメンバーは興奮していたが、その深雪の言葉に再び静まり返った。

 

 

「(…………ハァ)」

 

 

そして、そんなメンバーに『離れたくない』という真由美と深雪の お願い(命令) に逆らえなかった董夜が、戦闘開始時に比べ柔らかくなったものの、それでも冷たい視線を向け、深雪に変わって口を開いた。

 

 

「エイドスの変更履歴を遡ってエイドスをフルコピーする。その為には、エイドスに記録された情報を全て読み取っていく必要がある」

 

 

ここに来てようやく摩利や花音たちは深雪の表情が暗い事に気付いた。

 

 

「そこには当然、負傷したものが味わった苦痛も含まれる」

 

 

そして、董夜の言葉に全員が息を飲んだ。

 

 

「知識として苦痛を読み出すのではなく。苦痛という感覚が、負傷した肉体の神経が生み出す『痛み』という信号が、ダイレクトな情報となって自分の中に流れ込んでくる」

 

 

ゴホッ、ゴホッと誰かが咳き込んだ。それは意識的な咳払いではなく、上手く呼吸ができなくなったが為の生理的な反応だった。

 

 

「しかもそれが、一瞬に凝縮されてやってくる。例えば…………今回、五十里先輩が負傷してから達也が魔法を使うまで、およそ30秒の時間が経過していた」

 

 

そう言いながら董夜が指を弾き、パチン、と音を鳴らすと周囲の下がっていた気温が元に戻り、深雪によって荒れていた

想子(サイオン)が押さえつけられて落ち着きを取り戻す。

 

 

「………それに対して達也がエイドスの変更履歴を読み出すまでに掛けた時間はおよそゼロコンマ二秒。この刹那の時間に、達也の精神は五十里先輩が味わった痛みを五百倍に凝縮した苦痛を体験している」

 

「五百倍……」

 

 

やはり、『戦略級魔法師』としての戦闘時の自分が抜けきれていないのか、敬語とタメ口が混じった董夜の言葉に、五十里が呻き声をあげる。

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

「董夜さん……?」

 

「董夜くん……?」

 

 

董夜が【再成】についての説明を終え、ヘリの中が沈黙に包まれる中。急に立ち上がった董夜に深雪と真由美が不安そうな声をあげた。

 

その董夜の顔は再び戦闘時の冷たいものへと戻っていた。

 

 

「これ以上ここで油を売っている訳にはいかない」

 

 

それだけ言うと董夜はヘリのドアを開けて、迷うことなくそこから飛び降りた。

自動的にしまったドアの中。取り残された深雪と真由美は、飼い主に置いていかれた子犬のような、いじらしくもあり、どこか悲しげな顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「十文字くん! 協会支部には私たちが行くから。十文字くんは敵部隊の撃退に専念して」

 

『頼む』

 

 

董夜がヘリを降りた後、重苦しい空気を漂わせていた真由美たちの乗るヘリの雰囲気は、魔法協会からの緊急通信で一変していた。

その、陳の部隊による奇襲は、完全に日本側の意表を突いていた。

 

 

「あいつは!?………………呂剛虎!!」」

 

 

目的地に到着したヘリの中で白い甲冑の兵士を見た摩利が愕然とした声をあげた。

 

 

「深雪さんは支部のフロアを守って。責任を押し付けるみたいで嫌だけど、最後の砦を任せられるのは深雪さんしかいないわ」

 

「かしこまりました」

 

 

その真由美のお願いは見え透いたおだて戦法だったが深雪は素直に引き下がり、それに従うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

魔法協会支部のフロア内、そこに董夜は無表情で椅子に座り、今の状況にはあまりに不自然だが、フロア内の自販機で買ったコーヒーを飲んでいた。

 

 

「…………ふぅ」

 

 

深雪と真由美に言われてヘリに乗った後、別行動していた雛子から『魔法協会に変な気配が近づいている』と言う連絡を受けていた董夜は深雪たちと別れて一足早くここに来ていた。

 

 

雛子(アイツ)にも悪いことしたな」

 

 

董夜は雛子と出会ってから、今までの関係の大元にあったのは『契約』である。

そして今回、初めて二人が契約執行中にそれを破ったのだ。

どちらか一方が破ったと言うなら、一方が破った方を棄てていただろう。しかし二人共破ってしまった為、すこし気不味いような、どうすればいいか分からない様な感じになっていた。

『主人』と『私兵』というどこまでも冷たい間柄でいなくてはいけない時に『兄』と『妹』という温かい意識になってしまった。

 

 

「……………どうすっかな」

 

 

普通の人ならば『なんだそんなことか』と吹けば飛ぶようなこと。しかし、董夜と雛子の出会いは【恩】と【契約】から始まっていることもあり、二人の間柄は親密に見えても、奥に入ると複雑なのだ。

 

 

「…………!」

 

 

これからについて考えていた董夜の【 眼 】が人の気配を感知した。

 

 

「………………さっきぶりだな、深雪」

 

「………………董夜さん」

 

 

飲み干したコーヒーの空き缶を【重力操作】で潰してゴミ箱に投げ込むと、董夜は立ち上がって深雪の元に歩いて行った。

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 

向かい合う二人に気不味い空気が流れ、沈黙が包む中。董夜は重苦しい空気から逃れるために【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】に意識を向け周囲を索敵し始めた。

 

 

「……………………ふぅーーーーー」

 

 

董夜の意識が現実から情報の世界に移った事に気付いた深雪は、両手を胸の前で組むと一息置いて董夜の方をまっすぐ向いた。

 

 

 

 

「…………………………!!!???」

 

 

 

 

情報の世界に意識を向けていた董夜は突如として現実の世界に起きた異変に驚いて意識を現実の世界に戻した。

 

 

「今は……………こちらを見ないでください」

 

 

意識を戻した董夜の体に、後ろから回された細い腕と背中に当たる二つの柔らかいモノに董夜の体が固まる。しかし、余りの恥ずかしさから頰を真紅に染めている深雪とは違い、董夜のそれは『 照れ 』から来る硬直ではなく、突然の事態に対する『 驚き 』から来る硬直という、少し冷たいものだったが。

 

 

「深雪………………………な、なn「 わたしは………!!」」

 

 

董夜の普段は聞けない戸惑いに染まった声を深雪の声が遮る。

 

 

「私は………………どんな時でも董夜さんの味方ですから」

 

 

普段よりも数倍も増しにはっきりとした深雪の声に、董夜の中で固くなっていた何かが柔らかくほぐれていくような、そんな錯覚を董夜は感じた。

 

そして混ざり合っていた董夜の気持ちが、ハッキリと別れていく。

 

そして、、、、

 

 

「敵が来る…………いくぞ」

 

 

自分に抱きついていた深雪を無理やり引き剥がし、別の方向を向く董夜。側から見れば董夜が深雪を拒絶したように見えるが、そうではない。深雪にとって董夜の『いくぞ』という言葉は何よりも嬉しいものだった。

 

 

「………はいっ!」

 

 

 

 

 

様々な人達の思惑とともに物語は進み。

 

横浜事変は終局へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




元より董夜と雛子の間柄は少し面倒くさい感じにしたかったです。

それに今回深雪と真由美のキャラ崩壊に董夜の心境の変化が激しいですね



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46話 シュウチャクテン


やっと【横浜騒乱編】おわったぁたぁたぁたぁ!!!


【来訪者編】を書き切れる自信ねぇぇぇぇ!!!!


46話 シュウチャクテン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ、か……………」

 

 

陳祥山(チェンシャンシェン)は魔法協会支部へ通じる廊下を一人で進んでいた。特に走るわけでもなく足音を忍ばせているわけでもない。

警戒の目は全て、わざわざ姿を見せて麓から登って来た彼の部下たちに集まっているはずだ。

彼はそのことを知っていて、それを疑っていない。何故ならそれを仕向けたのは陳祥山、本人だからである。

 

 

鬼門遁甲(きもんとんこう)

 

それは方位を操る魔法。術者の望む方向へ人々の認識を誘導する秘術。

それが方位に特化した精神干渉の呪法。鬼門遁甲である。

そして地理的な方位に限らず、意識の向かう行き先をねじ曲げるのも鬼門遁甲の基本技術。

陳は部下の働きで、簡単に日本魔法協会関東支部へ到着した。

 

 

「……………」

 

 

ドアのノブに手をかけ、軽くひねる。

しかし、ガチッという音と共にノブは途中で動きを停止した。

鍵がかかっている事は陳にとって予想の範囲内だったのか、慌てた様子もなくカードキーのパネルに懐から取り出した端末を押し当てた。

 

電子金蚕が鍵システムに取り憑き、解錠される。それにより、鍵が壊れた警報が鳴り響いたが、陳はそれすら気にしなかった。

 

しかし

 

 

「これが鬼門遁甲ですか。勉強になりました」

 

 

鈴を振るような可憐な声と異様な冷気が陳をとりまく。凍り付いているわけでもないのに自由の効かない身体を苦労して動かし、陳は声の放たれた方を向く。

 

 

「司波深雪…………」

 

「私をご存知という事は、ここしばらくお兄様につきまとっていたのは貴方なのですね」

 

 

深雪のどこか安堵したような声に、陳は不審を駆り立てたが、陳の口から出たのはもっと切実な疑問だった。

 

 

「何故………術が効かない」

 

「警告を受けていました。方位に気を付けなさいと」

 

 

自身の手の内が読まれていたことに陳の目が見開かれる。

 

 

「正直、意味がわからなかったのですが。先程アドバイスを貰いまして」

 

「アドバイス?」

 

 

深雪の冷たい笑みが少しだけ温かみを帯びる。

それだけで陳は己の心を引き止めるのに苦労した。

 

 

「えぇ、『それなら三六〇度 全てを警戒すればいい』 と」

 

 

馬鹿げた話だ、と陳は否定したくなった。そんな理屈で破られているのなら鬼門遁甲などとうに(すた)れているからだ。

しかし、事実として破られている、という現実が陳の口をふさぐ。

 

 

ところで、陳が電子金蚕を用いてこの部屋に入った時。深雪が陳に声をかける一瞬前、陳は深雪の気配を感じ取っていた。

 

しかし、感じ取ったのは深雪の気配のみ。

そのため、陳はこの部屋に自分と深雪以外誰もいないと思っていた。

 

そのため、急に聞こえてきた若い男の声に陳の目がまたもや見開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう訳だ…………しばらく寝てろ」

 

「……ッ!? 四葉……」

 

 

急に柱の影から現れた董夜の姿に陳は悲鳴をあげそうになり、そして董夜の名前を叫ぼうとした。

しかし、陳は今になって自分の体温が異常に低下していることに気付いた。

 

 

「フフッ……それでは、おやすみなさい」

 

 

この場にそぐわぬ、とても嬉しそうな少女の声を最後に、陳の意識は闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

深雪が陳祥山を捕らえたのとほぼ同時刻。達也たち独立魔装大隊は敵の喉元に迫っていた。

 

また、別の場所では克人が義勇軍と共に侵攻軍を激しく追い立て、真由美たちも呂剛虎に対して勝利を収めていた。

 

 

 

 

 

現在時刻は午後五時三十分。

 

 

横浜事変の発生から二時間。

 

そして、侵攻軍と独立魔装大隊の接触から僅か一五分。

 

それが敵の限界であった。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

深雪を真由美たちに預けた董夜は、現在の現況などを把握するために一旦雛子と合流して風間の元へと向かおうとしていた。

 

すると、ちょうど耳についている無線機から雛子の声が聞こえて来た。

 

 

『真夜さまから着信です』

 

「母さんから?」

 

 

完全に『私兵』に徹している雛子の声を聞いた董夜は、『先程の契約違反は水に流そう』という雛子の意を察して主人として対応した。

 

ちなみに四葉の執事など、四葉家に仕えているものは分家の者も含めて真夜のことを『御当主様』と呼ぶ。しかし、『四葉家』ではなく『四葉董夜』に仕えている雛子は真夜のことを『真夜様』と呼んでいる。

 

 

『 【 ()() 】 の使用を許可するわ』

 

「 えっ ? 」

 

 

電話の際の定番の台詞である『もしもし』もない真夜の言葉に董夜の言葉が珍しく詰まる。

 

 

『聞こえなかったかしら? 敵艦隊を【()()】で消しなさい』

 

「なっ……正気ですか?!」

 

 

あまりの衝撃に董夜が大声を上げる。しかし、相手は四葉家の現当主の四葉真夜である。普段はフランクに接している董夜でも、場所はわきまえなければならない。

 

 

『董夜………口を慎みなさい』

 

「ッ!!………失礼しました」

 

『そっちには話を通すように【お願い】してあるから。取り敢えず少佐さんと合流なさい』

 

「了解致しました」

 

『それじゃあ、頑張ってね』

 

 

そう労いの言葉をかけたのを最後に、真夜との交信は途絶え。董夜は顔を手で覆って空を仰いだ。

 

 

「まじ……………かぁぁぁぁぁぁ」

 

 

そう吐き出すように言った董夜に、もはや戦闘時の冷たく尖った雰囲気は感じられなかった。

真夜の言葉は董夜にとってそれだけ衝撃だったのだ。

 

 

ご主人様(マスター)

 

 

董夜の【 眼 】が雛子の存在を感知した数瞬後に雛子が董夜に声をかけた。

振り向いた董夜の目に写ったのは迷いがなく真っ直ぐで、尚且つ冷たい目。

心も体も、全てを自身に委ねた雛子(アサシン)の姿だった。

 

雛子の姿を見た董夜もようやく心身の整理をして落ち着きを取り戻す。そして纏う空気が変わり、周囲が張り詰めていった。

 

 

「行くぞ、風間少佐と合流する」

 

はい(イエス)ご主人様(マスター)

 

 

歩き出す董夜の後ろ姿は、数十秒前の彼とは全く別の物になっていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

国防軍に三方から圧力をかけられ、敵は上陸部隊の収容を途中で切り上げて撤退に掛かった。

そして、敵艦が慌てて出港しようとするのを柳は当初、見逃すつもりはなかった。

 

 

「逃げ遅れた部隊は後ろの部隊に任せて我々は直接敵艦を攻撃、航行能力を破壊する」

 

 

そう柳からの指示を受けた部隊が指向性気化爆弾のミサイルランチャーを装備した兵士を中心に隊列を組み始める。

しかし、

 

 

『柳大尉、敵艦に対する直接攻撃はお控えください』

 

「どういうことだ?」

 

 

通信機で交信してきたのは藤林だった。

 

 

『敵艦はヒドラジン燃料電池を使用しています。水産物に対する影響が大きすぎます』

 

「では、どうすれば」

 

『退け、柳』

 

「隊長?」

 

 

柳が、いきなり通信に割って入ってきた風間の命令に訝しげな声をあげた。

 

 

『勘違いするな。作戦が終了したという意味ではない。一旦帰投しろ』

 

「了解です」

 

 

そして、風間から命令を受けた柳の隊は移動本部へと帰投していった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

移動本部に帰投した柳を待っていたのは風間達だったが、そこに達也の姿はなかった。

 

現在の時刻は午後の六時。

 

黄昏時である。

 

 

「先程、佐伯閣下から連絡が入った」

 

「佐伯閣下からですか!?」

 

 

柳の帰投を確認した風間が放った言葉にその場にいた全員が驚きに包まれる。

 

佐伯少将。

本名 佐伯(さえき)広美(ひろみ)は国防軍第101旅団の旅団長。つまり風間達の実質的トップである。

 

そんな佐伯からの指示に全員の雰囲気がピリッと張り詰める。

 

 

「『今回の事態にあたり、敵艦の処理は四葉董夜に一任する』という統合幕僚部からの通達が先程、防衛省から軍に届いたそうだ」

 

「な、四葉の次期当主に?!」

 

「まだ『候補』ですよ」

 

 

風間の言葉を聞いた全員がまたもや驚きをあらわにし、全員の感想を真田が代弁した。そしてそれに対して、冷静になるのが早かった藤林がツッコミを入れたことによって場の空気が多少緩和される。

 

 

「それに際し、四葉殿はすでに敵艦隊が射程圏内に入るポイントに向かい、大黒特尉には護衛についてもらった」

 

 

そこで藤林以外の面々はこの場に達也がいないことに初めて気付いた。そして真田はずっと疑問に思っていたことを解決するため、風間の方を向き直った。

 

 

「隊長、質問があります」

 

「許可する」

 

「彼にサード・アイを提供することは可能ではないのでしょうか」

 

 

真田からの質問を受けた風間は一旦息を吐いた、それは真田の質問に呆れて出たため息ではない。

 

 

「私もそれは考えたのだが。まず今回は大黒特尉用に調整されていたサード・アイを調整し直す時間がなかった」

 

 

風間はそこで一旦言葉を切って、息継ぎをするように息を吸った。

 

 

「それに、もし時間があったとしても国防軍の特殊な武装を十師族に提供するのは、おそらく上層部(うえ)が渋るだろう」

 

 

風間の言葉に面々は(しがらみ)のというものの面倒くささを実感し、全員がため息を吐こうとしたその時、風間の後ろでなにやらパソコンに向かって作業していた数人が立ち上がって風間達の方を向き直った。

 

 

「隊長! 映像の準備が出来ました」

 

「ご苦労、映してくれ」

 

「ハッ!」

 

 

作業していた兵士の威勢のいい返事とともに、後ろのモニターに二つの映像が映された。

片方はポイントに到着した董夜と達也。そしてもう一方は敵艦の映像が映されていた。

 

 

『隊長、ポイントに到着しました』

 

 

風間達が見ている映像の中で、バイザーを外していた達也が自身の耳に手を当てるのと同時に、風間達のいる移動本部内に達也の声が流れた。

 

 

「たった今確認した。四葉殿、準備はよろしいか?」

 

『えぇ、いつでも大丈夫ですよ。後は合図待ちです』

 

 

続いて風間の確認に応じた董夜の返事が流れる。そしてそれを聞いた風間は大きくうなずき、魔法発動の合図を取ろうとした。この時点で達也以外の独立魔装大隊の面々は、今から董夜が放つ魔法は【荷電粒子砲】だと思っていた。それもそうだろう敵艦を一撃で沈めるなど、戦略級魔法以外では成し得ない。

そのため風間が言った合図のセリフも必然的なものだった。

 

静まり返った部屋に風間の声が響く。

 

 

「 荷電粒子砲、発動」

 

 

しかし、風間の合図を聞いた董夜がするはずの復唱は、魔法の名前自体が違っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………………了解。 ブラック・ホール 発動します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………は?」

 

 

風間を含む移動本部の中にいた面々が董夜の復唱に対して反応できたのは、たったこれだけだった

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「やはり、日本軍は攻撃してきませんでしたね。燃料の流出を恐れたのでしょうか」

 

「フン、そんな環境保護だの偽善めいたコトをしているから、敵を逃すことになるのだ」

 

 

相模灘を南下中の大亜連合所属偽装揚陸艦の中には安堵が広がっていた。

艦長の強気な言葉も、心に余裕が生まれたからだろう。しかし、艦長の心理は安堵から屈辱感に変わっていった。

 

 

「覚えておれよ、この屈辱は何倍にも…………………いや、何百倍にして返してやる!!」

 

 

自分達が無事に国へ還れる事を決めつけ。報復を誓う気の早い士官も、一人や二人では無かった。

 

 

「ん?」

 

 

もうすぐ大島の東を通過する、その時だった。無意識に、そして無意味に艦長は後ろを振り返った。

その行動は、ただなんとなくだったが。結果的に艦長は【 それ 】が発生する瞬間を目撃した。

 

 

「なん」

 

 

空間が歪んでいる。

 

ただ、そうとしか表現できないような現象を目撃した艦長が「なんだこれは」と言おうとする。

 

想子(サイオン)の揺らぎを知らせる警報は間に合わなかった。CADの照準補助システムにロックオンされた警報は、そもそも鳴らなかった。

 

 

突如として艦内に発生した、空間にポッカリ穴が空いたような【 闇 】は、それを中心に偽装揚陸艦もろとも莫大な量の海水、そして光を吸収していく。

何かを吸収するとともに大きくなっていく不気味な【 闇 】は発生場所を中心に、半径数十メートルの範囲内にある物をこの世から消し去った【 闇 】は突如として消滅し。それがあった場所には空気や海水が流れ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

ブラック・ホールが生み出した無間(むげん)の地獄は、成層圏監視カメラを通じて移動本部の中でも確認された。

マテリアル・バーストほどの凄惨さはない。しかし、マテリアル・バーストと同等かそれ以上の効果を発揮する大規模魔法。そしてそれに反する事後の静けさが、余計に風間達を震えさせた。

 

 

「あれを発生させられる可能性はあると思ってた。でもまさか本当に完成させていただなんて」

 

 

全員が何も言葉を発することができない中、真田が震える声を振り絞った。

 

全員の心の中に禍根(かこん)が残る中、風間は作戦終了を宣言した。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

自宅に戻った深雪は一人きりの時間を過ごしていた。

深雪が家で一人になるのは珍しいことではない。しかし、今の深雪の心の中は責任と疑問の累積で不安感に押しつぶされそうになっていた。

 

今回の事態の中、深雪は生まれて初めて人の命を奪ったのだ。その刈り取った命の重みに加え、先程達也から連絡を受けた際に聞いた董夜の魔法。

 

 

( 董夜さん…………………… )

 

 

しかし、深雪の疑問の答えを知っている董夜は現在、雛子と共に四葉本家に出向いている。

 

 

「董夜さん…………お兄さまぁぁぁ!」

 

 

深雪の心にのしかかる重みは、10代半ばの少女には重すぎる負荷だった。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

『特尉、作戦室に来てくれ』

 

 

西暦二〇九五年一〇月三十一日。

今日はハロウィンだが、そのことに対して達也は何も思わない。

 

達也は今、対馬要塞に来ている。

第三次世界大戦。その遺物である要塞の屋上で、風に当たっていた達也の耳に着いた無線から指令が下る。

 

 

「来たか」

 

 

ムーバル・スーツとヘルメットを着用した達也が作戦室に入ると、中には風間がいた。

そして、後ろの大型ディスプレイには十隻近くの大型艦船と

その倍はある駆逐艦・水雷艇の艦隊が出港の準備に取り掛かっている写真が写っている。

 

 

「そこで、我が独立魔装大隊は戦略魔法兵器を投入する。本件は既に統合幕僚会議の認可を得ている作戦である」

 

 

あれ(ブラックホール)でまだ懲りてないのか。と、呆れ半分の達也を置いて風間が話を続ける。しかし、達也は『戦略魔法兵器での攻撃』以外やる事がないので、ほとんど聞いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、その後。達也はムーバル・スーツを身につけたまま『サード・アイ』手にして、第一観測室の真ん中に立つ。

室内の全天スクリーンには敵陣の様子が映し出されている。

 

 

「大黒特尉、準備はいいですか?」

 

『準備完了。衛星とのリンクも良好です』

 

「マテリアル・バースト、発動準備」

 

 

真田の問いに答えた達也は、風間の指示にサード・アイを構える。

 

鎮海軍港。

そこに集結した大亜連合艦隊の中央にある戦艦。おそらくは旗艦に翻る戦闘旗。

その旗に照準を合わせ、三次元処理された映像を手掛かりに、情報体(エイドス)へアクセスする。

 

 

『準備完了』

 

「マテリアル・バースト、発動」

 

『マテリアル・バースト、発動します』

 

 

風間の指示を復唱して達也がサード・アイの引き金を引く。今回は以前の様に風間の指示と魔法が違うなんてことは起こらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮海軍港に停泊する旗艦の上に、突如として太陽が生まれた。

 

近くの人や物は【 荷電粒子砲 】の様に融解するわけでもなく。【 ブラック・ホール 】の様に無と化すわけでもない。

 

 

 

爆発して、焼失した。

 

 

 

海面は高熱に炙られて水蒸気爆発を起こした。

 

竜巻と津波が、対岸の巨済島要塞を飲み込んだ。

 

ブラック・ホールのような『静かなる猛威』とは違い、『灼熱の暴虐』が巻き起こる。

 

 

結果、鎮海軍港があった場所には『凄惨』の一言ではとても言い表せないような惨状が残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

ーーーー無間と灼熱のハロウィンーーーー

 

 

 

後世の歴史家は、この日のことをそう呼ぶ。

それは軍事史の転換点であり、歴史の転換点とも見做される。

それは、機械兵器とABC兵器に対する、魔法の優越を決定付けた事件。

魔法こそが勝敗を決する力だと、明らかにした出来事。

それは、魔法師という種族の、栄光と苦難の歴史の、真の始まりの日であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「董夜さん、たった今、魔法協会が各家に通達を出したわ」

 

「そうですか…………………………まぁ、そりゃこうなるよな」

 

 

 

 

達也がマテリアル・バーストによって鎮海軍港を亡きモノとし。全ての作業を終えて、自宅に帰り。深雪と久々の再会を果たしたのと同日同時刻。

 

 

魔法協会が出した通達は、十師族や師補十八家、百名家へと送られ。

 

一般魔法師に広がり。

 

各国へと渡っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー先の事態に置いて、国家公認戦略級魔法師 四葉董夜が敵艦を駆逐する際に使用した魔法【 ブラック・ホール 】を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー国家公認戦略級魔法とする。ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






達也のマテリアル・バーストをもっと目立たせたかった。


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47話 オワビ 1

前半と後半一緒にしようかと思ったんですけど、どうしても今日中に投稿したかったんで分けました笑


47話 オワビ

 

 

 

 

 

 

 

 

「グ……気が重い」

 

 

論文コンペが終わり、董夜が史上初である『戦略級魔法を二つ有する魔法師』となってから初の休日。ちなみに今回は祝日などがいろいろ重なり土日月の三連休である。

 

 

「行きたくない」

 

 

普通の学生なら『三連休』というだけで心が踊りそうなものだが。土曜日、最初の休日の朝。ベットから上体を起こした董夜の顔は憂鬱に染まっていた。

 

 

「今日が雛子で………明日が真由美さんで………最後が深雪か」

 

 

董夜の口から出たのは先の『横浜事変』にて、董夜が特に苦労をかけたと思われる女性三人。

雛子は土曜日に、真由美は日曜日に、深雪は月曜日に、それぞれ夕食に誘っているのだ。

 

深雪と雛子とはあの後に会っているために、互いの距離感はある程度改善されているものの。真由美とは董夜がビンタを食らって以来会っていないのだ。

 

 

「…………真由美さんのことは明日考えよう!とりあえず今日だな」

 

 

今日明日明後日と、それぞれ夕食を食べる店は変えており。忘れないようにそれぞれの店名と場所を記した手帳を閉じて、ようやく董夜はベットから立ち上がった。

 

 

「あ、董夜おはよう!ご飯できてるよ」

 

「ん、あぁ。ありがとう」

 

 

董夜が自分の部屋から出てリビングに出ると、キッチンにいたエプロン姿の雛子がおたまを持ったまま振り返った。

テーブルの上には暖かそうな朝食が並んでいる。

 

 

「今日は四葉が車を回してくれるらしいから。6時ごろに家を出よう」

 

「おっけぃ!じゃあそれまでに準備をしなきゃね」

 

 

余談だが、雛子は女子としてかなり可愛い部類に入っている。深雪には劣るものの、そんな女子がエプロン姿でキッチンに立っていれば大抵の男子はイチコロである。

 

(……………うまい)

 

まぁ、そんな事でイチコロされる董夜ではないのだが。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「これはどうでしょうか、お兄様」

 

「とても似合っているよ、深雪」

 

 

現在時刻は正午を少し回った頃。達也は深雪の買い物に付き合うためにショッピングモールに来ていた。

 

 

「もぅ。お兄様は、それしかおっしゃらないじゃないですか」

 

 

試着室から顔を出して、頬を膨らませている妹を見て達也は苦笑いを浮かべる。

昨日の夜『董夜さんから夕食に誘っていただいた!』と興奮気味に話していた深雪に、『それじゃあ明日服を買いに行こう、プレゼントするよ』と買い物に誘ったのは達也だった。

 

先の横浜事変で始めて人の命を奪った深雪のそばに居られなかったお詫びの意味もあってのことだ。

 

 

「(それにしても董夜のことだから、深雪の他にも少なくとも雛子と七草会長の事も誘っているだろうな)」

 

「どうかなさったんですか? お兄様」

 

「な、何でもないよ」

 

 

自分しか誘われていない、と思っている深雪がその事を知ったらどうなってしまうのか。考えるだけで悪寒がしてくる達也だった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「董夜ー!車来たよー」

 

 

午後六時。自室で着替えていた董夜に、リビングから雛子の声がかかる。他家との会食やパーティーなとで着る服を着た董夜が部屋から出ると、雛子も同様にパーティー用の服を着ていた。

 

 

「どう………………かな?」

 

「お、おう、似合ってるぞ」

 

 

下を向いて上目遣いでモジモジしながら聞いて来た雛子に、思わず董夜の心の中がざわつく。

 

 

「それじゃあ、いくか」

 

「うん!」

 

 

ちなみに董夜と雛子がこうやっておめかしをして出かけることは非常に稀である。そのため二人は何となくぎこちなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「あんなに買っていただいてありがとうございます」

 

「気にすることはないさ」

 

 

店で服を何着か達也に買ってもらった深雪は、そのまま荷物を家まで送り。自宅に帰るためにショッピングモールの出口まで歩いていた。

そこに、

 

 

「あれ?達也くんと深雪さん?」

 

「か、会長!?」

 

「それに、渡辺先輩まで」

 

 

今まさにショッピングモールを出ようとしていた深雪たちの前に現れたのは私服姿の真由美と摩利だった。

 

 

「会長たちはなぜこんなところに?」

 

「ちょっと明日用事があって服を買いに来たの。深雪さんは?」

 

 

ちなみに摩利は真由美の『明日の用事』が董夜とのディナーである事を知っている。そして達也同様『それが互いに知れたらめんどくさい事になる』という認識もある。

 

 

「私は明後日に用事がありまして、そのための服を買いに来ました」

 

 

二人の後ろでダラダラと汗を流している摩利と達也を置いて深雪と真由美の勘繰りあいは続く。

 

 

「み、深雪もうそろそろ行こう。会長も忙しいだろうし」

 

「お兄様?」

 

 

深雪の背中を軽く押す達也に深雪は首を傾げたが、達也はそんな事を気にせずに摩利にアイコンタクトを送る。

 

 

「そんな事ないわよ達也くn「そ、そろそろお腹も空いて来たし、そこでご飯でも食べないか?!」ま、まぁ、いいけど」

 

 

摩利の勢いに押されて真由美は近くの飲食店に入っていった。

 

 

「俺たちも行こう。お腹も空いて来たし」

 

「はい!お兄様!」

 

 

達也は深雪を連れて歩きながら、既に姿の見えない摩利にガッツポーズを心の中で送った。何の偶然か、飲食店の中でも摩利が達也にガッツポーズを送っていた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「董夜様、到着しました」

 

 

運転手の無機質な声に董夜と雛子の会話が止まる。最初こそ無言だった二人も互いに「らしくないな」と感じたのか後半はいつも通りに会話をしていた。

 

 

「ありがとう、お疲れ様」

 

「運転ご苦労様です」

 

「滅相もございません」

 

 

後部座席のドアを開けて待機している運転手に董夜と雛子が礼を言うと、運転手は恭しく頭を下げた。

そして董夜は雛子の手を取り、店の中までエスコートしていった。

 

 

「中華のお店なんだね」

 

「ああ、結構美味しいぞ」

 

「お待ちしておりました、四葉董夜様。こちらへどうぞ」

 

 

店に入ると店員が現れ、董夜たちを店の一番奥の部屋へと案内した。

ちなみにこの店は政府要人や芸能人などがお忍びでよく訪れら事があり。プライバシーの機密管理は都内と言わず国内随一である。

そして、董夜たちが案内された部屋は、この店の中でも他の部屋とは隔絶されているVIPルームだった。

 

 

「うわー、すごいところだねー。董夜はこういう所によく来るの?」

 

「いや、四葉のスポンサーとの会食の時は来たりするけど、普段は来ないな」

 

 

部屋全体が醸し出す高級感に雛子が少々瞠目し問いかけた問いに董夜は苦笑して答えた。部屋の中は中華のお店らしく装飾されており。かなり豪奢にできていた。

 

 

「それに雛子と二人で暮らし始めてから、下手に外で食べるより家で食べる方が美味しくなったからな」

 

「董夜……………………!!」

 

 

董夜の言葉に、雛子が年相応の女の子の笑顔を浮かべたところで、ちょうど董夜が事前に注文していた料理の数々が運ばれて来た

 

 

「うわーーー!おいしそーだね!」

 

「ああ、それじゃ」

 

「「いただきます!」」

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「ふぃーーー!美味しかったねー!」

 

「ああ、もう食べれないな」

 

 

最後のデザートを食べ終わり、お茶を飲んで一服していた二人だったが。突然、董夜が真剣な顔に変わり、それに気づいた雛子の顔も引き締まる。

 

 

「今回は………………迷惑をかけたな」

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

 

そう言ってお互いに頭を下げる。そして顔を上げた時には既に二人は笑顔だった。

 

 

「これから大変になると思うけど、よろしくな」

 

 

董夜の魔法が二つ目の戦略級魔法として認定され。いまや董夜を求めて連日マスコミが第一高校前に押し寄せている。それを何とか躱している董夜だが、それに付き添う雛子も何かと大変なのだ。

そして、董夜の言葉に雛子は満面の笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

「 うんっ! 」

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

翌日

 

 

「 ほら董夜! そろそろ出発の時間だよ!」

 

「やだーやだー! 行きたくねぇ!」

 

 

現在は午後の三時。

今日は董夜が真由美を夕食に誘っている日である。

そして董夜が真由美を七草邸まで迎えに行く手はずになっている為。三時半には家を出発しなければいけないのだがが……………………。

 

 

「もう! いつまでビビってんの!」

 

「べ、別にビビってるわけじゃ」

 

 

現在董夜は自室で布団に丸まっており、雛子が布団の端を引っ張っても頑なにベットから出ようとしない。

そして雛子は最後の手段へと移行するべく懐から携帯電話を取り出し、とある人物に電話をかけた。

 

 

「………………もしもし深雪?」

 

 

雛子の口から出た言葉に、布団どころかベット全体がガタッと揺れた。

 

 

「実は董夜この後、さe「チョットォォォォォォォォォ!!!」 ウルサイな」

 

『え?ど、どうしたの雛子?!』

 

 

雛子が『七草真由美さん』と言い終わる前に布団から飛び出した董夜が、雛子から携帯を奪い取って、携帯の向こうの深雪に『なんでもない! 明日楽しみにしてろヨ☆』とだけ言って切った。

そしてその隙に雛子が布団をもぎとって、部屋から出て行く。

 

 

「クソ、やられた」

 

 

実は董夜は深雪を夕食に誘った際に『私の他に誰かを誘いましたか?』と聞かれて『い、いや?さ、誘ってないぞ?』と答えている。そして真由美とも同じような問答をしており、今更白状できないのだ。

そして昨日と同様の服(クリーニング済み)に着替えてリビングに降りると雛子が呆れ顔でコーヒーを用意して待っていた。

 

 

「もお! ビンタ一つで何クヨクヨしてんの!」

 

「いや、あれから一回も会ってないんだぞ?」

 

「そういえば七草弘一には会うの?」

 

「いや、あの人は今日スポンサーとの会食d………てかこれ調べたのお前じゃん」

 

 

言い訳なんぞ聞かん、とばかりにスルーをする雛子に董夜はコーヒーを飲んで一息つきながら答える。

 

 

「話題を変えてあげたの、感謝してね」

 

「いや、大して変わってなくないか?」

 

 

そうして董夜が肩を落として、コーヒーを飲み終わった頃。ちょうど表に車のエンジン音が聞こえ、董夜の携帯に到着を入らせるメールが届く。

 

 

「そんじゃ、言ってくる」

 

「ほいほい、もう一発食らってこい」

 

「いや、マジでそれは勘弁」

 

「いってらっしゃい」

 

「……………いってきます」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「董夜様、まもなく到着いたします」

 

 

昨日と同じ運転手の声にいよいよ董夜の心が引き締まっていく。意味もないのに携帯を見て(雛子にセットしてもらった)髪をいじり、襟を正す。

そしてついに七草邸に到着した。

運転手に扉を開けてもらい董夜が降りると玄関前には真由美が既に待っており、その後ろでは泉美と香澄や使用人らしき人がいた。

 

 

「お、お待たせしましたか?真由美さん」

 

「い、いいえ?時間ぴったりよ董夜くん」

 

 

お互いの脳内で先日のビンタがフラッシュバックし、若干気まずくなる。

そしてそんな事をしる由もない泉美と香澄は、嬉しそうな顔で董夜に駆け寄った。

 

 

「董夜兄さま! とてもお似合いです!」

 

「カッコいいよ! 董夜兄ぃ! 」

 

「あ、あはは。ありがとう」

 

「四葉董夜様」

 

 

泉美と香澄の言葉をから笑いと共に答えた董夜に、真由美の後ろに控えていた黒服の人物が話しかけた。

 

 

「七草真由美様のボディーガードを務めております、名倉三郎と申します」

 

「どうも」

 

 

ボディーガードが本来自己紹介をすることなど無い。つまり、なにか他に重要な用があるのだろう

それに董夜にとって、名倉が【七倉(なくら)】の『数字落ち(エクストラ)』であり。七草家に置いて、ただのボディーガードで無いことは雛子の調べで判明済みである。

 

 

「本日は弘一様がご不在で、挨拶ができずに申し訳ございません。当主に変わってお詫び申し上げます」

 

 

『不在なのは知ってます』などどは言えない董夜は、お構いなく、とだけ言って名倉を視界から外した。

 

 

 

「それじゃあ行きましょうか真由美さん」

 

「…!、ありがとう」

 

 

降りた時とは違い、董夜自身が真由美の為に車の扉を開ける。そして真由美は少し恥ずかしがりながら車に乗り込む。

そんな二人の姿に香澄は「うわぁ!」と目を輝かせ、泉美は董夜の視界に入らないように唾を吐き捨てた。

 

 

「それじゃあ、いってくるわね」

 

 

車の窓を開けて真由美が香澄たちに手を振る。そして車が走り出した直後、真由美は泉美に勝ち誇ったかのような笑みを向け、泉美は車が見えなくなった後まで地団駄を踏んでいた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

司波宅

 

 

「 !!! 」

 

「どうした深雪?」

 

「董夜さんの身に災いが迫っている気がします」

 

「き、気のせいじゃないか?」

 

「そんなはずがありません! 今すぐ電話を!」

 

「そ、そうだ!董夜は今日叔母様の仕事を手伝っているはずだ、電話は迷惑だろう」

 

「…………ホントウデスカ?」

 

「ほ、本当だ」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「お夕飯の準備をしてきますね!」

 

「あ、ああ」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「わぁ! 素敵なお店ね!」

 

「俺も来るのは初めてですけど、中々いい雰囲気ですね」

 

 

出発から数十分後。横浜の臨海部某所、海を一望できるイタリアンに董夜たちは来ていた。ここも先日の中華同様、政財界の要人がお忍びで訪れる高級イタリアンである。

 

 

「本日は御誘い頂き、ありがとうございます」

 

「いやいや、今日は『四葉』としてじゃなくて『後輩』として誘ったんですから、堅くなるのはやめましょうよ」

 

「そう言ってもらえると助かるわ」

 

 

わざと堅苦しく挨拶をした真由美に、董夜は困ったように笑う。

そして店員に席まで案内してもらった。そこは店の一部が屋外に出ていて、夜の海を一望できる席だった。

そしてウェイトレスに飲み物のみを注文する。

 

 

「お料理は注文しないの?」

 

「予約した段階で注文したので、大丈夫ですよ」

 

「あら、用意周到ね」

 

 

もうこの時点で二人の間に、最初のような気まずさは無く。以前のような雰囲気に戻っていた。

そしてウエイトレスが二人分の飲み物を持ってくる。

 

 

「それにしても白ぶどうのジュースって」

 

「フフフ、まだ未成年だからね。それに大事なのはムードよ」

 

 

董夜の分まで注文した真由美のチョイスに董夜は苦笑を漏らす。

 

 

「それじゃあ」

 

「ええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「 乾杯 」」

 

 

 

 

 

 

 

 

グラスがぶつかる小気味のいい音が、店内と夜の横浜に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後半は続く………………


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48話 オワビ 2

お待たせしました!


48話 オワビ

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、これからどうするの?」

 

「と、言いますと?」

 

 

董夜と真由美のディナーも順調に食べ進んでいき、デザートに差し掛かった頃。学校でのことなど、温かかった二人の話のネタが十師族に関する少し硬い話に変わる。

二人はこれでも十師族最有力と呼ばれる二家の当主の長男と長女である。必然的にこういう話になるのは予想できていただろう。

 

 

「とぼけないで、董夜くんの戦略級魔法の話よ」

 

 

両手を机の上に置き、真剣な顔の真由美に董夜は特に動揺した様子はなく、水を一杯飲んで息を吐き、真由美を見据えた。

その雰囲気の変わりように、真由美の心は一層引き締まっていく。

 

 

あの魔法(ブラック・ホール)を使ったことに俺の意思はありませんよ。俺も予想外でしたし」

 

「でも四葉の力が強くなりすぎたら………」

 

「『四葉排斥』の動きが出てくる」

 

「…………えぇ」

 

 

十師族に本来序列は存在しない。その為に師族会議では円卓を使用しているのだが、現在は四葉と七草が最有力と言われていることから、暗に序列は存在している。

そして四葉の力があまりに大きくなりすぎた場合、恐らく七草を筆頭に四葉を危険視し排斥しようとする動きが出てくる、と真由美が予想するのは当然のことだった。

 

それでも…………

 

 

「排斥の動きは出ないと思いますよ……いや、()()()()()と言う方が正しいかな」

 

「出れない?」

 

 

董夜の言葉に真由美が訝しげな言葉で疑問を投げかける。十師族とは表立って行動できないものの、超法規的な力を持っている。その為、十師族の行動を制限できるようなものなど無いと真由美は思ったのだろう。

 

 

「世間ですよ」

 

「世間?……………あっ」

 

 

真由美が気づいたように声を上げる。

現代において世間の魔法師に対する評価は低い。しかし、『四葉董夜』は別である。

数ヶ月前、ショッピングモールで暴走した魔法師を捕らえた件を含め、董夜は自身が四葉の当主になった時のために、自身に対する周りからの評価が高くなるように振舞ってきた。事実、彼のルックスも相まって四葉董夜の人気は高い。

そのため、『四葉董夜』を有する四葉家は(他家より)世間を味方につけていると言ってもいい。

 

 

「それに二つ目の戦略級魔法のニュースも『すごい』とか『味方なら頼もしい』と言うようにしか捉えられていないようですし」

 

「でも………………」

 

 

たとえ一般人からの風当たりが酷くならなくても、魔法師界では孤立するかもしれない。

そういう懸念を含んだ真由美の表情に董夜の顔は段々と柔和な感じを帯びてくる。

 

 

「まぁ、俺の知名度を利用して今の状況を作ったのは母さんですから。師族同士の事はあの人がなんとかするでしょう」

 

 

そうして、この話は終わりだ、と言わんばかりにコーヒーを飲んで息を吐いた董夜に真由美はこれ以上の追求を諦めた。

 

 

「でも香澄ちゃんと泉美ちゃんは董夜君のこと心配してたわよ」

 

「あはは、泉美たちにもまた今度ゆっくり顔を出しますよ」

 

「えぇ、そうしてあげて」

 

 

どこかに空いてる日があっただろうか、と頭の中でスケジュールの確認をする董夜は目の前の真由美がどこか落ち着きがないことに気付いた。

 

 

「と、董夜くん!」

 

「は、はい」

 

 

急に大きめの声を上げた真由美に、どうしたんですか? と董夜が声をかける前に真由美の表情が意を決したように変わる。

 

 

「こ、この前は頰を叩いちゃってごめんね!」

 

「あ、ああ」

 

 

真由美の言葉に董夜の脳内で先日の事が思い起こされる。

 

『いい加減にしなさい………………!!』

 

思い起こした董夜は、数日前のことを懐かしむようにフッと笑った。

 

 

「いや、謝らなくちゃいけないのは俺の方ですよ」

 

「えっ?」

 

「あの時は俺もどうかしてましたから。目を覚まさせてもらって、感謝してます」

 

「董夜くん」

 

 

董夜の心からの言葉に、緊張を孕んでいた真由美の顔は次第に戻っていき。その後、わだかまりがとけた二人はしばらくの間、生徒会などについて言葉を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「起きてください董夜さん」

 

「ん、んん」

 

 

翌朝、董夜の自室では『真由美との食事』という最大の山場を超えた董夜が気持ちよさそうに寝ていた。そして、その側には董夜を起こそうとしている一人の少女の姿があった。

 

 

「雛子ぉ〜、あと五分〜」

 

「もぉ!私は雛子じゃありませんっ!」

 

「……………え?」

 

 

いつも通り少しでも寝る時間を延ばそうとした董夜は、返ってきた明らかに雛子の声ではない声色を聞いて眠気が急激に引いていく。

そして目をゆっくりと開け、その視界に少女を捉えた。

 

 

「………………エ?」

 

「えへへ、来ちゃいました」

 

 

語尾に『(テヘ)』が付きそうなほどお茶目に答えた深雪に、董夜は心底呆れたようにため息をついた。

 

 

「はぁ、とりあえず着替えるから出てってくれる?」

 

「はい!もう朝ごはん出来てるので待ってますね!」

 

 

何がそんなに嬉しいのか、深雪はスキップをしながら部屋から出て行った。

はぁ、と改めてため息をつきながら董夜は寝間着を脱ごうとするが、ここでようやくおかしなことに気づいた。

 

 

「雛子と達也がいない?」

 

 

なんとなく眼で見回した家の中には、深雪以外が感知出来なかったのだ。家の中にいるのは部屋で着替えようとしている董夜自身とリビングで鼻歌を歌いながら皿を並べている深雪のみである。

 

 

「な、なんでいないんだ?」

 

 

一人で考えても分かるはずのない疑問を、恐らく事情を知っているであろう深雪に問いただすため、董夜は着替えを急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「まぁ、私たちが二人で行くと言ったら」

 

「ここしかないな」

 

 

董夜が目覚めたのとほぼ同時刻、まだ朝のニュースが終わっていない時間に雛子と達也は九重寺の門の前に立っていた。

 

 

「とりあえず日中はここで稽古をして、夜は雛子が(うち)に泊まればいいだろう」

 

「そだね、達也なら変な気も起こさないだろうし、そうしよう」

 

 

実は董夜が数日前に深雪をディナーに誘った際、雛子は深雪に『その日は達也と泊まり込みで九重寺に行くから、帰って来るまで董夜の面倒を見てほしい』とお願いしていたのだ。

 

もちろん雛子と達也は口裏を合わせており、その二人からの『董夜と一日中一緒に居られる』というプレゼントというわけだ。

 

 

「泊まり込みって言っちゃった手前、今夜帰るわけにもいかないしね」

 

「九重寺に泊まるのも落ち着かないしな」

 

 

もちろんそうなった場合、司波宅に年頃の男女が一緒に泊まることになるのだが、達也は雛子に劣情など催さないことに加え、雛子は董夜に忠誠を誓った身である。可能性として、将来董夜と体を重ねる事があったとしても、他の男とは有り得ない。

 

 

「先生にはもう話を通してある」

 

「うん、行こうか」

 

 

そのまま二人は並んで九重寺の門をくぐっていく。

 

 

 

 

達也と雛子の、九重寺一日地獄稽古ーーー開始

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「それで、あの二人は明日まで帰ってこないと」

 

「はいっ!」

 

 

董夜宅

そのリビングで董夜は椅子に座ってパンをくわえ、テーブルを挟んだ向かい側では深雪もまたパンを食べていた。

先ほどから深雪ははち切れんばかりの笑顔を董夜に向けており、董夜はその笑顔に若干戸惑って居た。

 

 

「夕食のお店を予約してるの七時なんだけど、それまでどうする?」

 

 

そう、董夜の本来の予定では七時の予約に間に合わせるために六時に深雪を迎えにいき。その後は昨日と同じ行程にするはずだったのだ。

その予定がスタートする前から崩れ去った董夜の問いに、深雪は顎に指を当てて首を傾げ、考える動作をした。

 

 

「お任せします…………というのは困りますか?」

 

 

深雪が少し申し訳なさそうな顔をして董夜の顔を覗き込んだ。一方の董夜は特に困った様子も不快な様子も見せずにパンをひと噛みして……

 

 

「いや、そんな事ないけど」

 

 

しかし、そうは言っても董夜の本来の予定は夕食からであり、行く場所の候補すらない。そんなとき………

 

『現在の◯◯島の様子です』

 

偶々つけていたテレビの映像が東京からほど近い小島の様子へと切り替わった。

 

『今日、首都圏では朝から天気が良く。雲ひとつない青空が広がっています。この天気は明日まで崩れることはなく…………』

 

キャスターの言葉通り、その島の映像では青空が広がっており、波も穏やかだった。

そして、この映像を見た董夜と深雪は顔を見合わせて小さく笑った。

 

 

「………行こっか」

 

「そうですね!」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

横浜事変が終局し、董夜の【ブラック・ホール】が戦略級魔法に認定されてから、マスコミは董夜のことを血眼になって探し回った。

第一高校前に集まるのは当然として、董夜の自宅を探すマスコミまで現れる始末である。

しかし、董夜の自宅は『秘密主義』の四葉が隠している事に加え、董夜も帰る際は他の目を欺くなどしたため、今のところはバレていない。

 

そして、董夜はマスコミとの接触を極限まで避け、不用意には外出せずに雛子や真由美をディナーに誘った際も細心の注意を払っていた。

 

しかし、深雪と出かける場合。もし深雪が四葉の車に乗っていることがバレると、深雪や達也と四葉の関係が怪しまれてしまう可能性がある。

 

 

「こんな車があったなんて知りませんでした」

 

「秘密主義の四葉らしいな」

 

 

現在、董夜たちが海に向かうために乗っている車は『見た目はタクシー、中身は四葉家の車』という(ある意味)特殊車両である。

 

 

「董夜さま、深雪さま。到着いたしました」

 

「あぁ、お疲れ様」

 

「お疲れ様です」

 

「お心遣い、骨身に沁みます」

 

 

タクシー運転手ではありえないほど遜った運転手をねぎらった後、董夜と深雪は車を降りる。

ちなみに二人はもしものために帽子とサングラスを掛けており、それが逆に芸能人のようなオーラを放っていた。

 

 

「予想より少ないとはいえ、やはり休日ですから人がいますね」

 

「まー、流石にいないとは思ってなかったけどな」

 

「あ、あの董夜さん」

 

 

多いとは言えないが、少ないとも言えない人の量に董夜が開き直ったように歩き出すと、その背中を後ろから深雪の少し小さな声が呼び止めた。

 

 

「ん、どうした?」

 

「あの、手を…………えと」

 

 

董夜が振り返ると、手をほんの少しだけ董夜の方へ伸ばした深雪が俯いて何かをモゴモゴと呟いていた。

普段、自分が受け身のことに関しては驚異的な鈍さを発揮する董夜だが、流石にこれには気づいたのか、はぁ、と息を吐いて深雪の手を取った。

 

 

「あっ………」

 

「さ、行くぞ」

 

 

 

 

 

「ふぅ………………いいねぇ」

 

 

手を繋いだ状態で浜辺へと歩いて行く二人を、四葉の(一日)タクシー運転手が車を背にタバコを吸いながら眺めている事にふたりは気付かない。

 

 

「こうやって足だけ海に入るのも良いものですね」

 

「夏みたいに思いっきり泳げないのが残念だけどな」

 

 

色々なしがらみを忘れた二人は等身大の高校生の休日を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ!あれって四葉董夜じゃない?!」

 

「あ、バレた」

 

 

 

等身大の高校生の休日

 

五分足らずで終了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「そうか…………そうだったな」

 

「……………はい」

 

 

あれから董夜が予約していた料亭に入り、楽しい夕食も終わりに近づいてきた頃。董夜は深雪の口から『自身が人を(あや)めたこと』を聞いていた。

本来深雪は、自分よりも大変な仕事をし、自分よりも大変な重圧(プレッシャー)が掛かっているであろう董夜に『人を殺した()()の事』で不幸ヅラなんてしたくはなかったのだ。しかし、兄である達也に並んで最も心を許せる董夜と話をしているうちに、深雪の心を閉ざしていた壁が決壊してしまったのだ。

 

 

「必要な経験だったとはいえ【コキュートス】を人に使うのは、少しくるものがあるからな」

 

「……………」

 

 

人を殺すことを『その程度』と認識してしまう、必要な経験に『人を殺す』事が入る。それが深雪たちが現在いる環境である。

 

そして董夜に同情されるたびに深雪の心に『余計な心配をさせてしまった』という罪悪感が湧いてきて、深雪の顔を一層暗くさせていった。

 

 

「でも」

「っ………!?」

 

 

俯いてしまった深雪の頭に、いつの間に近づいたのか董夜の手が置かれ、弾かれたように深雪が顔を上げる。そして、すぐ近くにあった董夜の顔を見て顔を真っ赤にさせた。

 

 

「達也が近くにいたとはいえ、深雪のおかげで五十里先輩や桐原先輩、それにみんなが助かったのも事実だ」

 

「董夜さん」

 

「奪った命を忘れろとは言わない。ただ、救った命もある事は忘れるな」

 

「っ!………はいっ………はい」

 

 

董夜の言葉に深雪の目から涙が溢れ出し、深雪は董夜の体に顔を埋めた。そして、それから三十分弱、深雪が落ち着くまで董夜は深雪の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

2095年 11月某日 PM 11:24

 

 

「今日は本当にありがとうございました」

 

「………うん」

 

「董夜さんのお陰で立ち直る事ができました」

 

「そ、それはよかった」

 

「明日の学校からm「ねぇ深雪」……なんですか?」

 

「なんで当然のように俺のベッドに入ってきてんの?」

 

 

料亭から董夜の家に帰って互いに風呂に入り、何故か自分の家に完備されている深雪の着替えに、董夜が疑問を覚える暇もなく二人は寝床についた…………同じベッドに。

 

 

「え?」

 

「え?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「おやすみなさいっ!」

 

「おい」

 

 

董夜のツッコミも虚しく、深雪はそのまま布団の中で董夜にしがみついた。普通の男ならばベッドの中で深雪にしがみつかれようものなら、興奮のあまり理性が崩壊するか失神する筈なのだが。董夜はそのような気配を見せずにため息をついた。

 

 

「おやすみ、深雪」

 

「おやすみなさい、董夜さん」

 

 

先ほどとは違い静かで、しかし耳に溶けていくような深雪の声を聞いて董夜の意識は闇へと落ちていく。

 

 

こうして、董夜の波乱の三連休は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

同日 AM 09:25(現地時刻)

 

北アメリカ大陸合衆国 某所

 

 

十四使徒の内の一人。

 

四葉 董夜が目を閉じたのと、ほぼ同時刻。

 

 

 

「うーーーんっ! 今日もいい朝ね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦略級魔法師

 

 

アンジェリーナ = クドウ = シールズが目を覚ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法科高校の劣等生 来訪者編

 

 

coming Soon……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お伝えしたいことがあります!!



① 今話の最後のcoming soonは一度使って見たかったので使いました。『調子のってんなコイツ』とか思われた方も、多分もう使うことはないと思うので我慢してください!

② 雛子 < 真由美 = 深雪の構成にする予定が、雛子 < 真由美 < 深雪に、なってしまったような気がします。一応董夜のヒロインはまだ確定していないので悪しからず。



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来訪者編
49話 センリャクキュウ


毎回毎回お待たせしてすいません。


49話 センリャクキュウ

 

 

 

 

 

 

 

 

北アメリカ合衆国テキサス州ダラス郊外、ダラス国立加速器研究所。

ここで今、余剰次元理論に基づくマイクロブラックホール生成・蒸発実験が行われようとしていた。

準備が二年前に完了していたこの実験のゴーサインを出す背中を押したのは、先月末に度重なって起きた事件だった。

 

 

朝鮮半島南端において軍事都市と艦隊を一瞬で消滅させた大爆発。国防総省の科学チームを白熱させ、首脳部を焦らせたこの大事件だけでも、一度(ひとたび)その牙が自国に向けられれば、為すがままに蹂躙されるしかない悪夢が生まれる。

 

 

しかし、この事件を聞いた時、首脳部は驚かなかった。いや、正確には()()()()()()というべきだろう。

この大事件が起きる数日前、日本の横浜沖で確認された、戦略級魔法師 四葉董夜による謎の魔法の行使。

そして、日本政府が各国に向けて発表したその魔法の名前、そして『戦略級魔法への指定』

 

その発表を聞いた時、北アメリカ合衆国の首脳部は顔を青くさせた。

 

 

まさか実施を渋っていた実験の完成形を、日本が手にするとは思わなかったのだろう。しかもその使い手はあの『四葉(アンタッチャブル)』である。

 

 

首脳部の心情は、実験開始の背中を押されたというより、蹴り飛ばされて崖に突き落とされた気分だっただろう。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「それでは、授業を始める」

 

 

とある日の午後

国立魔法大学付属第一高校の教室には、憂鬱そうに机にうなだれるひとつの影があった。

 

 

「董夜さん。姿勢を正さないと叱られてしまいますよ」

 

「いや、そうは言ってもさ」

 

 

隣の席の深雪に言われて顔を上げた董夜は、深雪の顔を見ると若干顔を歪ませた。深雪がいつも以上にいい笑顔なのだ。

 

 

「おまえ、なんでそんなに嬉しそうなんだよ」

 

「えっ………それはもちろん」

 

 

言葉まで憂鬱そうな董夜が深雪に聞く。しかし、その答えを董夜はとっくに知っているのだ。なぜなら

 

 

「それじゃあ教科書の136ページを開けー」

 

 

教科担当の教師の声が教室に響く。そして、教室内の何人かは深雪と同じように董夜を見ている。

 

 

「今日は戦略級魔法師、主に『十四使徒』についてだ。て言ってもまぁ、本人がいるわけだが」

 

 

教師のその言葉に、董夜を見る目線の数が増える。しかし、その視線は侮蔑や嘲笑などではない。

 

 

「董夜さんについて学ぶことができるなんて………!」

 

 

尊敬である。

感動したように胸の前で手を合わせる深雪と、クラス中からの視線を無視して董夜は教科書を開く。

 

 

「(ちくしょう!本来なら今日は………!)」

 

 

実を言うと董夜は今日の授業が『十四使徒』についてだと言うことを一ヶ月前から知っていた。

知っていたというより、授業の進行ペースなどから『いつ、この授業になるか』を計算していたのだが。

 

 

「(まさか、母さんと深雪と雛子が……!!)」

 

 

そして董夜は『四葉の仕事』と言い訳をして学校を休む予定だったのだが。真夜から深雪に『董夜を家まで迎えに行って、学校に連れて行く』という命令(ミッション)が出ていたらしく。

董夜は雛子に叩き起こされ、達也にリビングまで引きづられ、深雪に学校まで連行され、と散々な朝を過ごした。

 

 

「ーーーーーというわけでに四葉董夜が国家公認の戦略級魔法師となったわけだ」

 

 

担当教師が戦略級魔法師について解説し、日本の戦略級魔法師、『五輪澪』と『四葉董夜』に関しては、戦略指定されるまでの経緯も解説していた。

 

 

「ふむ…………なるほど………そうだったんですね」

 

「なんでそんなに真剣になってんだか」

 

 

董夜の隣では、深雪がすでに知っているであろう情報を端末に板書していく。

そしてそのまま『四葉董夜』に関する解説は終了し、次の魔法師へと移った。

 

 

「次の魔法師は………USNAの」

 

 

自身との共通点が『戦略級魔法師である』という事しかないその名は、何故か董夜の頭の中で引っかかった。

 

 

「アンジー=シリウス」

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「えっ?雫、もう一回言ってくれない?」

 

「アメリカに留学することになった」

 

 

それは定期試験の勉強会のために、いつものメンバーが北山邸に集まっている時の事だった。まぁ『いつものメンバー』と言っても、董夜は携帯のテレビ電話越しに参加しているのだが。理由は後ほど。

 

 

「でも、董夜さんは知っていたはず」

 

『ん、あぁ、知ってたぞ』

 

「え、聞いてないです」

 

『言ってないからな』

 

 

雫達とは画面を挟んでペンを走らせている董夜が手元の教材に目を落としたまま答え、深雪が少し拗ねたように頬を膨らませた。

 

 

「交換留学で、期間は三ヶ月」

 

「三ヶ月なんだ、ビックリさせないでよ」

 

 

雫の留学期間を聞いたほのかが胸を撫で下ろした。もっと長期だと思っていたのだろう。そんなほのかを置いて、エリカが不思議そうな顔で董夜の映る携帯端末を覗き込んだ。

 

 

「それより、なんで董夜くんは知ってたの?」

 

「これでも師族の当主候補だからな、魔法師関連の事はある程度耳に入るんだよ」

 

 

董夜の答えにエリカは納得したように頷いた。そして董夜は、何故か自分を(というより自分が映っている端末を)じっと見つめる深雪から目をそらすように、再び手元に目を落とした。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

定期試験も無事に終わり、今日は十二月二十四日、土曜日。二学期最後の日であり、同時にクリスマスである。

 

 

「飲み物は行き渡ったか?じゃあ、いささか送別会の趣旨とは異なるけど、メリークリスマス」

 

「メリークリスマス!」

 

『メリークリスマス』

 

 

落ち着いた声で乾杯の音頭をとった達也に、はっちゃけた歓声と携帯越しの董夜の声が響く。

喫茶店「アイネ・ブリーゼ』には「本日貸切」の札が掛かっていた。

 

 

『というか悪いな、こんな形でも参加させてもらって』

 

「良いって良いって!」

 

「うん、仕方ない」

 

 

少し申し訳なさそうな顔をした董夜を、エリカと雫が励ますす。

勉強会の時もそうだが、何故董夜が電話越しで参加しているのかというと。

 

 

「親の言いつけなら仕方ないさ」

 

 

絶賛軟禁状態だからである。

幹比古の慰めに董夜は雛子が用意してくれたなけなしのケーキを頬張った。

横浜事変で董夜の魔法が戦略級魔法に指定されてから、董夜は『学校以外の外出禁止令』を真夜から課せられていた。

当の本人もこれの必要性は十分理解しているため、あえて背くようなことはしないが退屈なのだろう。

 

 

『まぁ俺の話はいいだろう。雫、留学先はどこなんだ?』

 

「あれ?董夜さん知らないの?」

 

 

董夜の言葉に雫は不思議そうに首を傾げた。

 

 

『いや、俺は知ってるけどみんなは知らないだろ』

 

「なるほど」

 

 

前のめりになって董夜の映る携帯端末を覗き込んでいた雫は、納得したように顔を微妙に変化させた。現在董夜から見ると、美少女といっても差し支えない雫の顔が、携帯の画面一杯に映っていることだろう。

そして雫は姿勢はそのままで、目線だけ携帯端末の上に向けた。

 

 

「…………」

 

 

そこには『董夜と話したい心』と『でも、主賓を差し置く訳にはいかない心』が入り混じった深雪が頬を膨らませていた。

 

 

「バークレーだよ」

 

「ボストンじゃないんですね」

 

『東海岸は雰囲気が良くないからな』

 

 

アメリカの現代魔法研究の中心はボストンだと思っていた深雪の問いに、董夜が答える。

 

 

「ああ、人間主義者が騒いでいるんだったな」

 

「魔女狩りの次は魔法師狩りかよ。バカげた話だよな」

 

 

董夜の答えに達也とレオが同調する。

 

 

「代わりに来る子の事は分からないんですか?」

 

「交換留学なのよね?」

 

 

思い付いたように唐突に切り出した美月にエリカが「そういえば」というふうに合わせた。

 

 

「同い年の女の子らしいよ」

 

「それ以上のことはわからないか」

 

「うん」

 

 

それだけ?という顔が並ぶ中で、達也が笑いながらたずねると、雫は当然とばかりに頷いた。

 

 

「……そうですよね。自分の代わりにどんな子が来るのか、いくら気になっても教えてくれる相手がいませんもんね」

 

 

美月の呟きに、全員がハッとした顔をして一つの端末を覗き込んだ。

 

 

『悪いが俺も知らないぞ』

 

「「「えぇ〜?」」」

 

『そ、そんな顔するなよ』

 

 

期待の色が浮かんでいた数名の顔が、落胆に変わる。そんな顔を見て董夜はたじろいだような引きつったような顔を浮かべ、この話題もそれっきりになった。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「今回の雫の留学、わたしにはどうにも奇妙な話に思えるのですが」

 

 

送別会が終わり、達也と深雪は自身の家へと帰っていた。そして、お互いの部屋着に着替え、二人分のコーヒーを用意してソファに並んで腰掛けてから、深雪がそう切り出した。

 

 

「奇妙………そうだね」

 

「雫ほどの魔法資質を持つ者の留学が認められる時点でおかしいですし、この時期というのも」

 

「たしかに、それに叔母上によれば、俺たちは容疑者らしいからね」

 

 

達也は微かに笑って他人事のように呟いた。達也と深雪は諸外国から『謎の大爆発を発生させた容疑者』とされており、アメリカがスパイを交換留学生として送り込んできた、と考えているのだ。

ちなみに四葉董夜はこの件において『容疑者』のうちの一人には入っているものの。最有力ではない。

 

 

「それに董夜が言っていた『よく聞いていない』というのも事実だろう」

 

 

董夜が自分たちに嘘を言っているのではないか、という欺瞞にかられて複雑な心境になっていた深雪に、達也が慰めるように声をかけた。

 

 

「叔母上はいくら董夜にとはいえ余計な事を喋るとも思えないしね」

 

「そう……ですよね。先走り過ぎるのも良い事ではありませんし」

 

 

お互いに口ではそう言いながら、慰めた方も慰められた方も、それが気休めでしかない事を確信していた。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

スターズ専用機のクラスターファンVTOLで基地に帰投し、統合参謀本部に暗号通信で報告を済ませたアンジー・シリウスことアンジェリーナ・シリウス少佐は制服のまま自室にいた。

 

先程までスターズのナンバー・ツーで総隊長の代行兼務をすることもある第一隊の隊長、ベンジャミン・カノープス少佐がいたのだが、今は一人である。

 

 

「ミユキ、トウヤ……………タツヤ」

 

 

彼女が持つ数枚の資料の内の三枚。そこには三人のデータが記されていた。

 

 

ミユキ・シバ

 

タツヤ・シバ

 

トウヤ・ヨツバ

 

 

普通、この三人の中であれば、目が行くのは『四葉』の次期当主候補であり。世界初、二つの戦略級魔法を有する魔法師であり。弱冠16歳という若さにして『世界最強の魔法師』に数えられるトウヤ・ヨツバに関する報告書なのだが。

リーナが目を釘のようにして見つめているのは『タツヤ・シバに関する報告書だった』

 

 

「……………タツヤ」

 

 

経歴はいたって普通、『謎の大爆発の容疑者』に指定されるのが不思議なぐらいで。高校では『劣等生(Poor student)』を表す二科生。目が行くものなど何もない。

しかし、リーナはその資料を、正確には盗撮であろうタツヤ・シバの写真を見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

本人すらその意図に気付かぬままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





御察しの通り、とりあえず達也のヒロインはリーナの方向で進もうと思ってます。

正直不安で一杯です。


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50話 アンジーorリーナ

50話 アンジーorリーナ

 

 

 

 

 

 

 

『初詣の奇妙な異人…………安っぽい小説のタイトルみたいだな』

 

「あぁ、とにかく服装が前時代的だった」

 

 

西暦ニ〇九六年の元旦も過ぎ、今日は三学期最初の登校日。日が昇ったばかりの午前六時過ぎに達也と董夜は電話をしていた。

董夜は正月に本家での集まりへ参加を強要させられて、行けなかった初詣での話を達也から聞いている。

 

 

『異人といえば今日だったな、留学生が来るのは』

 

「他人事みたいに言うな、クラスメイトだろう」

 

 

年頃の男子高校生らしい会話をし、お互いの問答に笑みを浮かべていた達也と董夜だが、その表情から笑みが消える。

 

 

『注意だけはしておけよ、何者かは分かってないんだから』

 

「あぁ、もしもの時は深雪を任せたぞ」

 

 

そして二人は三学期初日からフルタイムである授業に備えて、登校の準備をするために通信を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

国立魔法大学付属第一高校

その一年A組では朝からクラスメイトが落ち着きなくザワザワしていた。

そしてその一角では董夜と深雪とほのかが話をしていた。

 

 

「あぁー、やっぱりドキドキします!」

 

「フフッ、そうね」

 

「俺はそんなにだな」

 

 

やはりいつもより落ち着きのないほのかに、それを見て微笑む深雪。そして興味なさそうに机につっぷして、いつでも寝られる体勢をキープしている董夜。三者三様である。

 

 

「(変な事にならない…………訳ないよなぁ)」

 

 

今回の留学生に対する董夜のスタンスは『積極的には関わらず、来るなら拒まず』といったものらしく。何か自分からアクションを起こす事はしないようだ。

 

 

「それじゃあ、話題になってると思うが留学生を紹介する。入ってきてくれ」

 

 

朝のS.H.Rの為に入ってきた担任教師が入り口の方へ顔を向ける。そしてその扉がゆっくりと開かれた。

 

 

「「おぉっ!」」

 

 

教室に入ってきたのはかなりの美貌の持ち主だった。

その目は深い蒼をしており、頭の両脇にリボンで纏めた波打つ黄金の髪は、解けば背中の半ばを超えるだろう。

高校一年生にしては大人びた顔つきにそのコケティッシュな髪型は不釣り合いな気がしたが、逆に親しみやすさを演出していた。

 

 

「アンジェリーナ=クドウ=シールズです。短い間ですが、今日からよろしくお願いします」

 

 

そう言ってペコリと頭を下げるリーナに、彼女の流暢な日本語に驚いていたのか、数秒遅れて拍手が起きた。

 

 

「(目が合わなかったな)」

 

 

リーナが自己紹介をしている間、彼女はクラスを見渡すことはあっても董夜や深雪を特出して見ることは無かった。

深雪ならまだしも、有名な四葉董夜がいるにも関わらず。

 

 

「それじゃあシールズさんだけど、四葉の隣に座ってもらえるかな」

 

「はいっ」

 

 

その担任の言葉にクラスでざわめきが起き、深雪の笑顔が一瞬固まる。現在、董夜の右隣には深雪が座っており、左隣は机が置かれてすらいない空きスペースがあった。今日朝学校に来て机が置かれていたことから、なんとなく察していたクラスのメンバーだが。既に『絶世の美少女』と言っても差し支えない深雪が隣の席であるにも関わらず、さらにリーナまで董夜の隣となると、クラスの男子の黒い視線が董夜に刺さるのは必然だった。

 

 

「えぇーっと、だれか放課後にシールズさんを学校案内に連れて行ってくれる人はいるか?」

 

 

そしてその担任の言葉に、微かに男子勢が色めき立つ。しかし、その期待は本人の言葉で砕け散った。

 

 

「それなら、ミユキとトーヤに案内してほしいわ!」

 

「えっ?」

 

「(うげ)まじか」

 

 

深雪と董夜は何故自己紹介すらしていない自分たちが指名されたのか分からなかったが、さぐりを入れに来たのかと警戒心を強めた。

 

 

「そうか、それじゃあ頼んだぞ」

 

 

しかし、断れるはずもなく二人は放課後にリーナの案内役を務める事になるのだった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「トーヤ、あなた程の有名人にあえて光栄です」

 

「あぁ、よろしく。えぇと」

 

「リーナでいいですよ、私も下の名前で呼びますから」

 

「(リーナ?アンジーじゃなくてか?)そっか、それじゃあリーナと呼ばせてもらうよ。あと、同い年なんだから敬語は無しで頼む」

 

「ええ、わかったわ」

 

 

朝のS.H.Rが終わり、早速董夜とリーナは打ち解けていた。そして深雪もその輪の中に入ろうとする。

 

 

「よろしくね、私もリーナと呼んでもいいかしら」

 

「えぇ、よろしくねミユキ」

 

 

第一高校に限らず魔法大学の付属高校には編入の制度がない。その為、留学生のリーナの話題は上級生にまで広がっていた。それなのに何故、リーナの周りに人だかりができずに董夜達と話せているかと言うと。

 

 

「うわー………絵本の世界みたい」

 

「ち、近づけない」

 

 

絶世の美女と言っても過言ではない深雪とリーナに加え、その二人と会話をしているのは高校生らしからぬスペックを携え。そのルックスも申し分ない董夜である。

美男子と美少女が話をすればその周りには自然と入りづらい空気が形成されるものである。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「ご一緒させてもらってもいいかしら」

 

 

昼休み

董夜と深雪とほのかを学食で待っていた達也たちは、いつもいない人間がいる事に「おやっ」と思った。

そう、リーナである。

 

 

「リーナ、とりあえず皿を取りに行こう」

 

「皿?」

 

「お料理のことよ」

 

 

達也たちは既に自分達の分を取って来ている。今日はお弁当を持って来ていたほのかを席に残して、董夜たち三人は料理を取りにいった。

 

 

「あの三人が並ぶと迫力あるねぇ〜」

 

「ほんとですよ、一緒に歩いてて居づらかったですから」

 

 

同じような美少女ではあっても見るものを圧倒するというタイプではないエリカが、その光景に感嘆を漏らし、ほのかが疲れたように息を吐いた。

 

 

「お待たせしました、お兄様」

 

「ご紹介しますね」

 

 

料理を取って帰ってきた三人は自然と空いていた席に座り深雪を挟んで董夜とリーナが座った。そしてほのかがリーナの紹介をする。

 

 

「アンジェリーナ=クドウ=シールズさん。もうお聞きのこととは思いますけど、今日からA組のクラスメイトになった留学生の方です」

 

「リーナと呼んでくださいね」

 

リーナは金髪を軽やかに揺らして椅子に座ったまま一礼をした。

しかし、達也がリーナの言葉を聞いて「おやっ?」とした顔になり、董夜は目を細めた。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

アンジェリーナ=シールズは、第一高校にセンセーショナルなデビューを飾った。今まで深雪のものだった『女王』は『双璧』となり、董夜を含めた三人がよく行動を共にしていることから、一層輝いて見えた。

 

 

「ミユキ、行くわよ」

 

「いつでもどうぞ」

 

 

第一高校内の某実習室。そこには同じ器具がずらりと並んでいるが、クラスメイトのだれもが手を止めて深雪とリーナを見ていた。いや、クラスメイトだけでなく、中二階の回廊状見学席には、自由登校になった三年生がずらりと並んでいた。

それに加えて、授業が終わって昼休みに差し掛かっていることから、他クラスの生徒も見学しており、真由美や摩利に達也を始めとするE組の生徒もいた。

 

 

「スリー、ツー」

 

 

実習の内容は同時にCADを操作して中間地点に置かれた金属球を先に支配する、という魔法学習の中でもシンプル且つゲーム性も高いものだ。そして、シンプルだからこそ二人の単純な力量差が露わになる。

ちなみに、深雪は董夜を抜いた新旧生徒会役員に軒並みこの実習で勝利している。

 

 

「ワン」

 

 

リーナがそう口にすると同時に、二人は揃ってパネルの上に手を翳した。

 

 

「GO!」

 

 

最後の合図は二人で声を揃えて。

深雪の指がパネルに触れ、リーナの掌がパネルに叩きつけられる。

眩い想子の光輝が、対象となった金属球の座標と重なり爆ぜる。そして、金属球がリーナへ向かってコロコロと転がった。

 

 

「あーっ、負けた!」

 

「フフっ、これで二対二ね」

 

 

そう、まさに互角である。

それは見学者がため息をつくほどに。

 

 

「あっ、董夜さん!」

 

 

ホッとしたように息を吐いた深雪が、一人だけ離れたベンチに座ってこちらを見ていた董夜に向き直った。

 

 

「ん、なに」

 

「董夜さんもリーナと手合わせをしてみてはいかがですか?」

 

「…………っ!」

 

 

眠たいのか、まるで雫を連想させる董夜の返答に深雪が嬉々として喋る。そして、その深雪の言葉にクラスメイトや見学者を問わずにざわめきが起こり。微かにだがリーナの目に火が灯った。

 

 

「あー、まぁ、やろうかな」

 

「フフフ、負けないわ!」

 

 

断るのも変だと思ったのか、先程まで深雪が立っていた位置に董夜が立ち、二人は鉄球越しに向かい合った。

 

 

「(まぁ、負けない程度にやるか)」

 

 

昼ごはんを食べる際に疲れているのが嫌なのか、董夜が少し手を抜いて挑もうとすると。

 

 

「董夜さん、この場で手を抜くのは私たちに対する冒涜ですよ?」

 

「そ、そんなことするわけないじゃないですか」

 

 

満面の笑みで牽制する深雪に、結局董夜は本気で挑むことになった。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「(負けられない、絶対に!)」

 

 

とある実習室、クラスどころか学年を超えた野次馬が集まる中、リーナは鉄球の向こうにいる董夜を睨みつけながら決意した。

 

いままでリーナはスターズの総隊長に就いてから。そして戦略級魔法師となってから、こと魔法に関する勝負には負けたことがなかった。その事実が現在のリーナのプライドを形成しているといっても過言ではない。

 

そのため、先程深雪に四回勝負で二敗した際、リーナは外面以上に悔しがっていた。

しかし、今回の相手は自分との共通点である『戦略級魔法師』の四葉董夜である。

 

 

「(負けるわけにはいかないんだから!)」

 

 

正直なところ、リーナは董夜を侮っている。初めて教室であった際も『顔立ちは良いけれど、余り覇気がない』程度にしか思わなかった。

 

『戦略級魔法を二つも持ってるから【世界最強の魔法師】って呼ばれているだけで、魔法の実力は大したことないんでしょ』というのが現在のリーナの董夜に対する評価だ。

 

 

「カウントは任せるよ」

 

「ええ、わかったわ」

 

 

しかし、上には上があるものである。

 

 

「スリー、ツー、ワン」

 

 

リーナのカウントと同時に先程と同様、二人はパネルの上に手を翳した。そして、そんな二人を、というよりリーナを見て申し訳なさそうにする深雪の表情に、当のリーナは気づかなかった。

 

 

「「GO(!)」」

 

 

 

 

 

 

 

北アメリカ合衆国

 

国家公認戦略級魔法師

アンジー=シリウス

 

もしくは交換留学生

アンジェリーナ=クドウ=シールズ

 

異国の精鋭はこの日、格上というものを知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ちょうど四回やったし、そろそろ終わろうか」

 

「えぇ、そうね」

 

 

始まる前と変わらない声のトーン、そして同じく変わらない表情の董夜がそう言い、リーナも実習器具を後にする。

先程までリーナが立っていた場所の方向へ転がる鉄球を背に。

 

 

結果は董夜から四対〇

 

 

素人から見ても董夜の圧勝

 

そして深雪や真由美、達也といった高等な魔法師から見ると、董夜とリーナとの間には隔絶的な差があるのが分かった。

 

 

「負けた」

 

 

誰にも聞こえないように、リーナが小声でつぶやく。

 

先程この実習はシンプルだといったが、作戦勝ちというものもある。

『バランス』と『パワー』

先程のリーナと深雪のように、どちらに重きをおくかによって勝敗が左右する場合だってある。

 

 

しかし、それは実力が拮抗していた場合にのみである。

 

 

「(負けた………っ!)」

 

 

全てにおいて董夜はリーナを上回っていた。その差は僅かではなく、見上げるほどの差。

 

 

アンジェリーナ=クドウ=シールズは、この日才能と異質の傑物、四葉董夜に完全敗北を喫した。

 

 

 

 

 

 

 

 



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51話 キョウフ

『董夜って優しいし、四葉じゃないみたいだな』

という董夜のイメージを払拭したい。


51話 シンキョウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ナ…………ーナ…………リーナ」

 

「………ッ!」

 

 

お昼時、何処かぼーっとしていたリーナを深雪が正気に戻す。

 

 

「どうかした?」

 

「だ、大丈夫よ!」

 

 

エリカが心配そうに覗き込み、リーナは顔の前で手を振った。

どうやら先程、董夜に負けたのが予想以上に響いていたようだ。

 

 

「でもリーナって予想以上に凄かったんだね。そりゃあ選ばれて留学してくるくらいだから相当な実力者だとは思ってたけど、まさか深雪さんと互角に競うほどとは思わなかった」

 

 

幹比古の称賛にリーナは『董夜に勝てなかったのは仕方ない』と言われているような気がして良い気持ちではなかった。

 

 

「驚いているのはワタシの方よ」

 

 

しかし、そんな心情を悟られないようにリーナは目を丸くしてオーバーリアクション気味に驚いてみせた。

 

 

「これでもワタシ、ステイツのハイスクールレベルでは負け知らずだったのに。ミユキには勝ち越せないし…………トーヤには完敗だし」

 

「…………」

 

 

そう言いながらリーナの方顔が下を向き、肩が下がる。

『トーヤ』から先が明らかに声のトーンが落ち、落ち込んでいるであろうリーナに、全員の冷たい目線が董夜に刺さる。

 

 

「(み、深雪が本気でやれっていうから!)」

 

「(……………)」

 

「(はいはい、フォロー入れますよ)」

 

 

董夜は非難の意味を込めた目線を深雪に送るが、結局無言の圧力に屈する。

 

 

「リーナ、実習は実習で、試合じゃない。あんまり勝ち負けなんて考えない方がいいと思うが」

 

「競い合うことは大切よ。たとえ実習でもせっかくゲーム性の高いカリキュラムなんだから、勝ち負けには拘った方が上達すると思うわ」

 

 

何とかフォローを入れたのに、真っ向から反論され、董夜は軽くため息をついた。それに気づいたのは達也と深雪だけだったが。

 

 

「やっている最中は競争心を持つのも大事だろう。でも、終わった後まで引きずる必要は無いんじゃないか?」

 

 

達也のどちらを批判するわけでもない意見に、何故かリーナは達也をじっと見つめた。しかし、それは一瞬のことであり、周りのものはさして気に留めなかった。

 

 

「そうね。タツヤのいう通りかもしれない。ワタシ少し熱くなりすぎていたかも」

 

「熱くなるのは悪いことじゃないさ」

 

「「…………?」」

 

 

達也とリーナの会話にエリカたちは特に何も感じなかった。しかし、深雪と董夜だけは達也の纏う雰囲気がいつもより柔和なことを感じていた。

深雪と話している時程ではないが、少なくともエリカやほのか達と話す時とは違う。しかし、達也は深雪に関すること以外に激情を抱くことはない。そのため、深雪も董夜も『気のせいだ』と切って流した。

 

 

 

 

二人の感じた違和感。

これこそが後に、異質な存在同士の激突を生むとは知らずに。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「そういえばリーナ、大したことじゃないんだが……」

 

「何かしら」

 

 

暖かかった達也の視線(深雪と董夜しか感じていない)が僅かに冷たさを帯びてリーナを見つめる。しかし、リーナは怯まずに口を開いた。

 

 

「アンジェリーナの愛称は普通、『アンジー』だと思うんだが、俺の記憶違いか?」

 

 

決して動揺するような質問ではない。そのため、エリカや美月たちは時に何も思うことなく二人の会話を聞いていた。

しかし、達也と董夜にはリーナの顔に一瞬、狼狽が過ったのを感じた。

 

 

「いえ、記憶違いじゃないわよ。でもリーナって略すのも珍しいってほどじゃないし、小学校の時に愛称が『アンジー』の子がいたのよ」

 

「それでリーナは『アンジー』じゃなくて『リーナ』って呼ばれるようになったのか」

 

 

納得、という風に達也は頷く。

一瞬でも狼狽してしまったことに自分でも気づいているリーナはその様子にほっとする。しかし、すぐに別の標的に顔を向けた。

 

 

「もうそろそろ学食にも飽きて来たな」

 

「それじゃあ!またお弁当を再開しますか?!」

 

 

しかし、その時既に董夜はリーナの顔など見ておらず、隣の深雪と話していた。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

魔法科高校には学生寮は存在しない。その為、学校から二駅ほどのところにある、少人数家族用のファミリータイプの間取りの部屋をリーナは借りている。

 

 

「お帰りなさい、リーナ」

 

「シルヴィ、先に帰っていたんですか」

 

 

リーナがマンションのドアを開けると、今回の任務で彼女の補佐をしているシルヴィア准尉が迎えた。そして居間にはさらに別の人物が、緊張した面持ちでリーナを迎えた。

 

 

「ミア、来ていたんですか」

 

「はい、お邪魔しております、少佐」

 

 

彼女の名前はミカエラ・ホンゴウ。ミアというのは愛称だ。

リーナと同じ日系アメリカ人だが、リーナとは違い外見はほとんど日本人と区別がつかない。彼女はリーナ達よりも一足先に日本に送り込まれた諜報員の一人。とは言っても本職のスパイではない。

彼女の本職は放出系魔法を研究する国防総省所属の魔法師であり、十一月にダラスで行われたブラックホール実験にも参加していた才媛だ。そして、今は『本郷未亜』としてエンジニアになり、魔法大学に潜り込んでいる。

 

 

「新しい情報はまだ無いですか………まだまだこれからですね」

 

 

ミアとシルヴィから新情報の有無を聞き、来日数日にしては当然の結果を聞いたリーナがシルヴィに入れさせたお茶を飲む。

 

 

「リーナは如何です?少しはターゲットと親しくなりましたか?」

 

 

シルヴィからの反問にリーナは顔を曇らせ、それを見たミアとシルヴィは首を傾げた。

 

 

「少しは親しくなった、と思いますけど」

 

 

そしてリーナから今日までの学校でのことを聞いたミアとシルヴィは顔を驚愕に染めた。

 

 

「ミユキ シバと同点、というだけでも驚きなのに」

 

「完敗…………ですか」

 

 

ここで初めてミアとシルヴィはリーナが先程顔を曇らせた理由に気づいた。

 

 

「ええ、『あと少し』ならまだしも、まるで歯が立ちませんでした」

 

「【シリウス】でも歯が立たないなんて」

 

 

リーナの言葉に、ミアが絶望に似た表情を見せる。それだけ母国の魔法師部隊のトップが負けたというのは衝撃が強かったのだろう。

 

 

「それにタツヤとミユキとは少し親しくなりましたけど、トーヤはよくわからなくて」

 

「…………?」

 

「どういうことですか?」

 

 

先程まで暗かったリーナの顔は幾分かマシになったが、今度は不安に駆られたような顔に変わる。

 

 

「トーヤは何だか私のことを…………なんというか…………観察対象として見ているような気がして」

 

「…………?」

 

 

適切な言葉を探して出てきた言葉が『観察対象』

それはシルヴィ達の心中に言い知れぬ不安感をもたらした。

 

 

「しかも『その』目で見られているのが私だけじゃなくて、他の学友のこともそう見ているような気がして…………」

 

 

まるで友人として見ていないような。

 

ここまでくればシルヴィたちの心中は不安から恐怖に変わる。

それは『ヨツバ』に対するものか、はたまた『トウヤ ヨツバ』に対するものか。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

リーナたちが董夜に対して言い知れぬ恐怖を感じている中。当の本人は自宅の地下、その中でも特に情報セキュリティや盗聴盗撮耐性の高い黒塗りの部屋で、やはり黒いソファに腰をかけていた。

そして、その側では雛子が直立不動で立っている。

 

 

「本郷未亜」

 

 

董夜の手には幾枚かの書類があり、それに目を通しているようだ。

そして、誰に聞かせるわけでもなく内容をつぶやく。

 

 

「マクシミリアン・デバイス日本支社 。セールス・エンジニ担当。現在は魔法大学に派遣されている」

 

 

特におかしい点はない日本人のプロフィールを、董夜が読み上げていく。しかし、そんな事を董夜が四葉ではなく、雛子に調べさせるわけがない。

 

 

「……………その正体は北アメリカ合衆国、国防総省所属の魔法研究者、ミカエラ・ホンゴウ」

 

 

そこまで言うと董夜は資料を机で揃えて手を離す。その背後からはいつのまにか雛子は消えていた。

 

 

「俺の専属研究室(ファン)の者か、それとも別か。どちらにせよ、どっちが本命だ?」

 

 

董夜はそのまま背もたれに身を預けると、頭の中で先日来た留学生を思い描きながら思考を続けた。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「今日は風が少し冷たいな、リーナ」

 

「そうね、タツヤ」

 

 

第一高校敷地内 某所

 

そこでは達也とリーナが二人で並んで歩いていた。達也が腕章を付けていることから分かるように、二人は別に逢引をしているわけでは無い。

 

『ここの風紀活動を見学してみたい」

 

リーナのその一声により、今回巡回の当番だった達也が案内役として白羽の矢が立ったのだ。

 

 

「疲れたのか?戻ろうか?」

 

「いいえ、大丈夫よ」

 

 

実験室が並ぶ特殊練の端、実験練から裏庭に降りる昇降口でリーナが足を止め、達也が気にかける。

 

 

「タツヤは何故劣等生のフリをしているの?」

 

「…………は」

 

 

唐突なリーナの質問に、一瞬達也の喉が詰まる。別に慌てているわけではなく、ただ驚いただけなのだが。

 

 

「フリをしているのに、どうして簡単に実力を見せちゃうの?」

 

「別にフリをしているわけじゃ無い。実技試験では劣等生だけど、喧嘩は強い、ってだけだ」

 

 

幸いリーナが丁寧に質問したおかげで、達也はボロを出さずに済んだ。

 

 

「試験の実力と実践の実力は別物だ、という意見にはワタシも賛成よ」

 

 

いつも使っている言い訳で逃げ切れると思っていた達也に、リーナの返答は完全に予想外だった。

 

 

「ワタシも、学校の秀才じゃなくて、実践で役に立つ魔法師になりたいと思っているの」

 

 

リーナからキナ臭いオーラがユラリと立ち上る。そして、達也は一応として【精霊の眼(エレメンタル・サイト)】で周囲に人が、自分とリーナを除いて()()()()()()()()を確認した。

 

 

「穏やかじゃ無いな」

 

「分かるのね、凄いわ」

 

 

達也の目から熱が消え、リーナが研ぎ澄まされた刃のような笑みを浮かべる。

 

 

リーナの手が跳ね上がった。

襲い来る掌底を、達也が捉える。

最小の動き鋭く突き出されたリーナの右手、その手首を達也が掴み取っていた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

お互い数瞬の沈黙の末、リーナは掴まれていた右手を指鉄砲の形に、人差し指を突き出した。

達也の顔に突きつけられる、形のいい爪。

達也がリーナの右腕を外側に捻り上げ、リーナが顔をしかめて、指先に集まった想子が霧散した。

 

 

「物騒だな」

 

「避けられると思ってた」

 

 

達也は捻り上げていたリーナの腕を離し、二人が数歩の距離を取る。

 

 

「……まだ何か?」

 

「いや、もういい。それから普通に喋ってくれ。そんな風に、上品に振舞われるとリーナじゃないみたいだ」

 

「ワタシの何処が上品じゃないって言うのよ!」

 

「キャラが違うだろ」

 

 

『キャラ』と言う言葉が正しい意味で伝わるか一抹の不安があった達也だが、その不安も杞憂に終わった。

 

 

「そんなことないわよ!これでも大統領のお茶会に招かれたことだってあるんだから!」

 

「ほぅ…」

 

 

リーナの言葉を聞いて達也はニヤリと笑った。その笑みから、ヒヤリとする冷気が漂い出し、リーナは反射的に口を押さえた。

 

 

「大統領に面会可能な魔法師は確か…」

 

 

しまったという顔をするリーナに達也が悪い笑みを浮かべて近付こうとするが、風紀委員に支給されている無線機の着信に遮られた。

 

 

「はい、こちら司波達也」

 

『達也くんっ!』

 

「千代田先輩?」

 

「カノン?」

 

 

達也が無線に応じると、何かで焦っているような花音が無線に出た。リーナも何事かと首を傾げている。

 

 

「どうしましたか?」

 

「どうしましたかじゃないわよ!『司波達也が裏庭で留学生と逢引をしている』って通報があって!、今それを聞いた深雪さんを抑えるのに必死なんだから!』

 

「あ、あぁそうですか」

 

『とりあえず早く戻ってきて!!』

 

 

そう言って花音との無線は切断された。誰かが暴れ、何かが割れる音が花音の後ろから聞こえたのは達也の気のせいではないだろう。

 

 

 

取り敢えず早く戻らなければ、と達也の足が風紀委員室に向かう。

 

 

「どうかしたの?」

 

「いや、とりあえず委員会室に戻る………ぞ……」

 

「タ、タツヤ?」

 

 

急ぐように風紀委員室に向かおうとした達也の足が数歩で止まり、信じられないものを見るような顔になって目を見開く。

 

 

「どうかしたの?」

 

「(そんなバカな! ここには誰もいなかったはず………っ!!)」

 

 

リーナが達也に襲いかかる数秒前、達也は【精霊の眼】で周りに人がいないか確認していた。その時は周囲に人は()()()()()のだ。

 

なのに、達也とリーナが裏庭にいたと言う通報があった。

 

誰もいないはずなのに。

 

 

「っ!!!」

 

「ねぇ!どうしたのタツヤ!」

 

 

今度は【精霊の眼】を使うことなく、肉眼で周囲を見渡す達也。しかし、周囲には誰もいないし、裏庭に面した教室にも誰もいない。

急に様子がおかしくなった達也に、リーナを言い知れぬ不安が襲う。

 

 

「ねぇ、タツヤったら!」

 

「いくぞ、リーナ」

 

 

不安そうに胸の前で組むリーナの手を、達也が強引に掴み早足で歩き出す。

 

掴まれた手を見てリーナが頬を紅潮させていることにも気付かずに。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「別に、逃げることないじゃないか」

 

 

魔法科高校にはベランダがある。あまり広いとは言えないことから、昼休みも放課後も人はあまりいないが裏庭を望むことができるベランダがある。そこの手すりに身を預け、董夜が風に揺られていた。

 

 

「(それにしてもリーナと話す達也のあの顔………)」

 

 

持っていた携帯端末から、風紀委員に掛けたとされる発信履歴を削除しながら董夜は空を見上げる。

 

 

「(ホント、アイツ(リーナ)お前達(司波兄妹)に凄まじい刺激をくれるな)」

 

 

リーナと話している時の達也の顔。それは董夜や深雪など、彼を理解するものにしか気づかない程度だが、確かに表層のみじゃない、優しさや柔らかさが感じられた。

 

 

「……ははは」

 

 

そして董夜は達也に手を取られた時のリーナの顔を思い出しながら、達也たちが消えた方を見つめていた。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「ねぇ!タツヤったら!」

 

「あ、あぁ。スマン」

 

 

風紀委員の委員会室まであと少しといったところで、達也はようやく引いていたリーナの手を離した。

 

 

「まったく、どうしたのよ急に」

 

 

優しく握られており、そこまで痛くなかったのかリーナは離された手を数度振っただけだった。

しかし、達也の顔は真剣そのものである。

 

 

「リーナ、忠告がある…………いや、警告と言った方がいいか」

 

「タツヤ?」

 

 

今までに見たことがないほど、真剣な表情の達也に、リーナの心も引き締まる。そして、達也は意を決したように言った。

 

 

「日本にいる間は董夜に気をつけろ」

 

 

 

 

今章は、留学生アンジェリーナ=シールズが日本で紡ぐ物語であり。

 

同時に達也と董夜の衝突の物語でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

数十分後

 

魔法科高校の最寄の駅ではリーナがキャビネットを待っていた。リーナのとしては今日、達也と帰ろうとしていたようだが、当の達也に『取り敢えず今日は帰った方がいい』と言われて結局一人になっていた。

 

 

『日本にいる間は董夜に気をつけろ』

 

 

達也が何を思って、どんな覚悟でそれを言ったのかはリーナには分からない。しかし、あの冷静沈着な達也があんなに慌てた原因が董夜にあるとすると、リーナの心を不安が渦巻いた。

 

 

「(はぁ、やっぱりワタシに潜入は向いてないな)」

 

 

ため息をついて肩を落とすリーナ。しかし、周りには彼女を慰めてくれる人はいない。

 

 

そして、死神は音もなく歩み寄る。

 

 

「やぁ、リーナ」

 

「ッッッッッ!!!???」

 

 

一人だと思っていた空間で急に話しかけられて驚いたリーナは、話しかけてきたのが董夜だと気付いて警戒心をあげた。

実を言うと、CADを董夜に突きつけ掛けたのはリーナしか知らない。

 

 

「別にそこまで警戒しなくてもいいだろ」

 

「な、なんだトーヤか。ビックリさせないでよ」

 

 

董夜の口調や雰囲気に何か異様なものは感じられない。しかし、外面はフレンドリーなリーナでも、内面では先ほどの達也の忠告が頭に響いていた。

 

 

「それじゃあ、ワタシは行くわね。また明日」

 

 

リーナの運が良かったのか、董夜と遭遇した直後にキャビネットが駅にやってきた。一緒に乗ると言い出されないか不安だったリーナだが、董夜の様子を見るにそれは心配ないようだ。

 

しかし。

 

 

こっち(日本)にいる間は、余り余計なことはしない方がいい」

 

 

座席に座ったリーナの耳に、先ほどとは別人のように冷たく尖った声が刺さる。

 

 

「(やっぱり! コイツにもバレてる!)」

 

 

リーナが先ほどの達也の時とは違い、敵意の篭った目を董夜に向けた。しかし、董夜の顔を見たリーナが驚愕に染まる。

 

 

「(表情(カオ)が………見えない……ッ!)」

 

 

リーナから見て、董夜の顔は黒いモヤがかかったようになっており。表情が全く読めなかった。しかし、その事実がリーナの心をさらに恐怖で襲う。

 

 

「ーーーーーー」

 

「……あ……………あ」

 

 

董夜が身を乗り出し、車内に座っていたリーナの耳元で何かをつぶやく。すると、リーナの顔は驚愕から絶望に似た色へと変わっていった。

 

 

「それじゃあリーナ。また明日」

 

 

キャビネットのドアが閉まり、発車する。あの空間から逃げられたという現実が、リーナの体から力を奪い。目に微かな涙を浮かばせた。

 

 

 

『ミカエラ・ホンゴウによろしく、シリウス殿』

 

 

 

 

彼が知るはずのないその名前。

 

軍人として、精神面を鍛え上げたリーナでなければ、次の日から学校を休み、引き篭もってしまう程の恐怖が、彼女に巣食っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はかなり董夜を悪く描いて見ました。

なんで達也の【精霊の眼】に董夜が引っかからないかについてですけど。
観察者とは観察する側であり、される側ではない。とだけ言っておきます。

感想待ってます。


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52話 ヘンシ

ちょっと忙しくて投稿が遅くなりました、ごめんなさい!


つい最近までまったく執筆に手を付けていなくて、『とりあえず書かなきゃ!』と思ったので短いです。




52話 ヘンシ

 

 

 

 

 

「連続変死?」

 

「うん、渋谷でね」

 

 

土曜日の深夜

レオが特に理由もなく渋谷を彷徨し、エリカの兄、寿一に遭遇している頃。董夜は自宅でソファに座り、コーヒーを飲んでいた。そんな彼の後ろから椅子に座った雛子が話しかける。

 

 

「今日ネットサーフィンしてて、久々に警察省まで足を伸ばしたんだけど」

 

「ああ」

 

 

少女と呼んでも違和感の無い年齢と容姿にして、その実力は【電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)】に届きつつある雛子(藤林 響子談)にとっての『ネットサーフィン』が、常人のそれと同じレベルである筈が無い。しかし、警察省の内部サーバーに侵入した事をケロッと話す雛子に、董夜は別段何も反応しなかった。

 

 

「一番新しい犠牲者が三日前、道玄坂上の公園で発見されたの。死亡推定時刻は午前一時から二時の間」

 

「ふむ、でも渋谷ならありそうじゃ無いか?」

 

 

董夜が言うように渋谷は戦前から荒廃の度を深め、若者同士の抗争が激化していた。そのため夜の無法状態が今でも放置されている。

昼は堅気の会社員が忙しく行き交う街。

夜はアウトロー気取りの若者が徘徊する歓楽街。

昼と夜で二つの顔を持つ街こそが現在の渋谷である。

 

 

「死体は全員衰弱死。七人ともかすり傷以上の外傷なし」

 

「…………毒か?」

 

 

少し眉を顰めて問う董夜に、雛子は怪しく微笑んだ。まるで面白いものを見つけた子供のように。

 

 

「薬物反応は全て陰性。そして傷がないのに血液の推定一割が無くなってる」

 

「全員か?」

 

「全員だよ」

 

 

ソファに座る董夜が背を反らせて天井を仰いだ。

厄介ごとにはトコトン首を突っ込みたい雛子に対して、出来る事なら関わりたくないのが董夜だ。

 

 

「ねぇ、董夜」

 

「ダメ」

 

「なんでぇ〜!まだ何にも言ってないじゃん!」

 

 

口を尖らせ、手を振り回して抗議する雛子に、董夜は嫌なことから目をそらすかのように雛子からテレビのリモコンを探し始めた。

 

 

「何も言わなくてもわかる、お前は余計なことしなくていいんだよ」

 

 

この話は終わりだ、とばかりに正面のテレビを見始める董夜。そんな彼に、雛子がソファの後ろから抱きつくように手を回す。

そこからは二人の、会話とは言えない会話の応酬である。

 

 

「ぶー、ケチ」

 

「なんとでも言え」

 

「頑固者」

 

「お、この女優久々に見たな」

 

「イケメンの無駄遣い」

 

「お、今日映画やるじゃん」

 

「おたんこなす」

 

「このCMしょっちゅう出てくんな」

 

「くそやろう」

 

「CM(と雛子)うぜー」

 

「むむむ」

 

 

いつまでも相手にされない雛子の頰がどんどんと膨らんでいく。深雪がいるときは空気を読んであまりベタベタしない雛子だが、二人きりの時や仕事じゃない時は兄のような董夜に甘えている事が実は多かったりする。

 

 

「………………」

 

「お、もうそろ映画始まるな」

 

 

そして雛子の頰が膨らむところまで膨らんだ時。彼女は言ってしまった。

ずっと思っていて、あえて口にしなかった事を。

 

 

「……………不能」

 

「…………………」

 

 

『ナニを』とは言わなかったが、雛子の視線が董夜の両足の付け根付近に向けられる。

そして、今までしゃべり続けていた董夜の口が止まった。

 

 

「あ、あれ。と、董夜さん、もしかして怒っちゃった?」

 

 

多少董夜の纏う空気が変わったことに雛子がたじろぎ始める。今頃彼女の心境は『言っちゃった』という軽い後悔と自責の念で埋められていることだろう。

 

 

「……っあひゃう!」

 

 

雛子が董夜の纏う想子(サイオン)に微弱な揺らぎを感じた直後。奇声をあげたと思いきや、身体を仰け反らせて崩れ落ちた。

 

 

「…………はぁ」

 

 

雛子の意識が落ちた事を(サイト)で確認した董夜はソファから立ち上がり、後ろで倒れている雛子を抱き上げる。いわゆる『お姫様抱っこ』というやつである

 

 

「うっせ、ほっとけ」

 

 

すでに意識のない雛子に董夜がつぶやく。

ところで『ナニを』とは言わないが董夜は不能ではない。

女性の下着姿を見れば多少照れるし、深雪と同じベッドに入れば年頃程度には興奮する。ただ、それを隠すのが上手いだけである。

 

 

「お前は別だけどな」

 

 

しかし、雛子に関しては『妹(状況次第で私兵)』という家族感覚な為、裸体を見せても見せられても、一緒に寝ても興奮しない自信が董夜にはあった。

 

 

「あぁー、めんどくせー」

 

 

雛子を抱きかかえて彼女の寝室に向かう最中、董夜は特に足取りが怪しくなる事なく歩く。

 

 

「…………重い」

 

 

その途中にて董夜がつぶやいた一言に、意識が無いはずの雛子が弱々しく腕を上げて拳を董夜の頰に押し当てる。

それを見た董夜がフッ、と笑みをこぼした。

 

とても数時間前に大国の魔法師を恐怖へと追い込んだ男とは思えない程の。

 

静かな夜だった。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻

 

リーナはベットで横になっていた。

時間からして寝ていてもおかしくは無いが部屋の電気はつけられており、事実として彼女は寝ていなかった。

いや、寝られないと言った方が正しいだろう。

 

 

『こっちにいる間は、余り余計なことはしない方がいい』

 

 

『ミカエラ・ホンゴウによろしく、シリウス殿』

 

 

「(………………ッ!)」

 

 

リーナの頭の中で数時間前の声がフラッシュバックする。しかし布団の中で涙を滲ませるリーナの目は弱っていなかった。

 

 

「リーナ、リーナ!」

 

「何事ですか、シルヴィ」

 

 

唐突に開かれた部屋の扉に『ノックぐらいしてください』と憤慨することもせず、リーナは毛布の中で涙を拭ってベッドから降りた。

 

 

「カノープス少佐から緊急の連絡です」

 

 

シルヴィアから帰ってきた答えに何か言葉を返すことなく、リーナは通信機の前へ走った。

 

 

「ベン、お待たせしました」

 

『こちらこそ、お休みのところ申し訳ございません』

 

 

リーナの中でベンジャミン・カノープスはスターズでも有数の常識人だ。そんな彼が時差を承知の上で通信をしてくる程の内容に、少しだけリーナが緊張を感じる。

 

 

「構いません、一体何が起こったのですか?」

 

『先月脱走した者たちの行方が分かりました』

 

「何ですって!?」

 

 

先月発生した『アルフレッド・フォーマルハウト、及び七名の魔法師、魔工師の脱走』はスターズの不祥事に留まらず、軍首脳部に大きなショックを与えた。

アルフレッド・フォーマルハウトの処分は既にリーナが終えているが、他がまだであった。

 

 

「どこです、それは!?」

 

『日本です。横浜に上陸後、現在は東京に潜伏していると思われます』

 

 

その言葉にリーナは大きな衝撃を受けた。まさか探していた脱走兵がこの東京にいるとは思わなかったのだろう。

そしてベンから現在の任務の優先度を下げて、脱走兵の追跡を最優先にする旨を伝えられ、通信は終わった。

 

 

「(………絶対に追い詰めてやる!)」

 

 

数時間前に感じた恐怖など、今の使命感で彼女の中から消えてしまっていた。

 

 

 

 

『日本にいる間は董夜に気をつけろ』

 

 

 

達也からの警告諸共。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次はもっと頑張ります!

あと董夜は不能じゃないです。


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53話 オモワク

年末のうちに投稿間に合ってよかったです!!


これを2017年の内に見たい頂いている方へ

本当にこの一年ありがとう御座いました!!
2017年の2月11日に『四葉家の死神』を書き始めて、今では2千人を超える人にお気に入りしていただいて、本当に嬉しかったです!
来年も頑張って続けていくので、これからもよろしくお願いします!!

良いお年を!!!!






そして2018年になってから見て頂いている方へ

明けましておめでとう御座います!!
今年もよろしくお願いします!
投稿が遅かったりと、イライラさせてしまうこともあると思いますが、何とか続けていこうと思っています。
他の小説の様に面白くないかもしれませんが、その度に批評などを見て精進していきますので、どうかこれからも読んでいただけると幸いです。


2018年が皆様にとって良い年でありますように。








53話 オモワク

 

 

 

 

「ふぅ、ねむ」

 

「あっ……! 董夜さん!」

 

「おおぅ、お前はいつでも元気だな」

 

 

翌朝、あくびを噛み締めながら教室のドアを開けた董夜は、駆け寄ってきた深雪の嬉々としたオーラに気圧されていた。その『嬉々』の理由が自分だと分からないまま。

 

 

 

 

 

「シールズさんは今日家の所用で欠席だ」

 

「………え」

 

 

ホームルームが始まり、教室の誰もがリーナの不在に気付いて落ち着きがなくなっていた頃。その理由は担任によって告げられた。そして董夜がリーナの不在に気付いたのもこのタイミングである。

 

 

「(『昨日ので精神的にやられた』だったら軟弱過ぎるな。別の理由があるのか)」

 

 

ボーっと窓の外を眺めているように見える董夜だが、内面ではリーナの欠席について軽く分析をしていた。

董夜にとってリーナは『面倒ごと』でしかない為、できることなら関わりたくないのだろうが。それでもリーナが彼にとっての『レッドライン』を超えた場合。彼も動くのだろう。

 

 

「ままならないな」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「「欠席?」」

 

「えぇ」

 

 

昼休み

いつも通りに達也たちE組勢と昼食を共にする為に、食堂に向かった董夜、深雪、ほのかは、達也たちに担任と同じセリフを伝えた。

 

 

「……………」

 

 

その際、達也が董夜に訝しげな目線を一瞬向けたのは達也と董夜しか知らず。董夜が達也の目線に気付いたことは、達也すら知らない。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

USNA大使館

特別ミーティング室

そこにはリーナを含む数人と科学者然の男性がいた。

 

 

「つまり、フォーマルハウト中尉の大脳皮質には異質なニューロン構造が形成されていた、ということですか?」

 

「そのとおり、人間にはないものがね」

 

 

リーナと同席している魔法師の質問に科学者が答える。リーナ達が通信ではなく、呼ばれたのは秘匿性の高い話だからだろう。

 

 

「つまり、フォーマルハウト中尉の大脳に形成された新たなニューロン構造は未知の精神機能とリンクによるものだと考えられます」

 

 

科学者の仮説に、参列者の顔に困惑が浮かぶ。いくら優秀な魔法師と言えども『大脳皮質にて見つかった未知のニューロン構造』などと言われれば完璧に理解できるはずもないのだろう。

 

 

「少佐、何か?」

 

 

しかし、そんな中でも手を挙げたリーナはやはり優秀と言えるだろう。

 

 

「ドクター、その未知の精神機能が、外部からの魔法干渉による可能性はありますか」

 

「ないと思います。他者の精神に干渉することは出来ても、それが大脳の組織構造にまで影響を与える事は無いはずです。他者の精神の構造そのものを作り変える魔法でもなければ」

 

 

科学者の間髪いれぬ返答に、リーナは納得したように頷いた。

そして『精神の構造そのものを作り変える魔法』というフレーズに対して、その場にいた全ての者が一人の魔法師の伝説を思いだしていた。

二十年も入院生活を続け。現在は療養中である一人の女性。

そしてその魔法師が思い出されれば、自然ととある一族に話題が行くのは必然だった。

 

 

「そういえば少佐はあの四葉董夜と接触しているんでしたね」

 

「え、えぇ」

 

 

科学者のその言葉に、その場にいた全員の視線がリーナへと向かう。

やはり全員が、おそらく世界初であろう他国の戦略級魔法師との対面を気にしていたのだろう。

 

 

「ふん、戦略級魔法を二つ持っているだけのガキでしょう。恐るるに足りませんよ」

 

「(違う………………!)」

 

「それもそうですね、少佐にかかれば」

 

「(違う…………!)」

 

 

まだ四十代ぐらいの若い高級武官の言葉に続いて、別の魔法師も同調する。

しかし、それらの言葉にリーナは下唇を噛みながら心の中で否定した。それが口の外に出なかったのは彼女のプライドがそれを許さなかったからだろう。

 

 

目の前の課題(脱走兵)よりも四葉董夜に警戒を向けすぎていることに対して、一度頭を振ってリセットした。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

第一高校の某所

まだ午後の授業が続いている為、一、二年生が教室に拘束される中、二人の男女が向かい合って座っていた。

 

 

「すまんな、目立たない場所だとここが適切だと判断した。今四葉を刺激するのは十文字家としては避けたい」

 

「まぁ確かに休み時間だと董夜くんもいるしね。それにウチと四葉は冷戦状態だし」

 

 

あの狸親父、董夜くんとの仲がギクシャクしたらどうすんのよ………!、と忌々しげに愚痴る真由美に、克人は失笑を漏らす。一応二人は互いに婚約者候補同士なのだが。入学時から成績を争ってきたためか、お互いに男女として見れなくなっていた。

 

 

「十文字くん。父からの、いえ、七草家当主、七草弘一からのメッセージをお伝えします。七草家は十文字家との共闘を望みます」

 

「穏やかではないな。『協調』じゃなく『共闘』か」

 

 

言葉を切り、視線で説明を求める克人に真由美は先の『吸血鬼事件』で七草が受けたダメージを伝えた。

 

 

「しかし、それならば尚のこと四葉とも協力すべきだと思うが」

 

「ホントはそうすべきなんだけど……不文律(ルール)を破ったのはコッチだもの。父の方から頭を下げないと関係修復は無理だと思うわ」

 

「だが、それでも四葉がここまで態度を硬化させるのは珍しい。董夜も実際この件では何も言ってきていない」

 

 

四葉は良く言えば自主独立路線、悪く言えば唯我独尊路線、他家が何をしようと気にしないスタンスを通してきた。取り憑かれたように自らの性能アップに邁進し十師族の頂点に並び立ち、そして【四葉 董夜】という傑物(バケモノ)を生み出した一族だ。

 

しかし、そんな四葉でも氏族会議を分裂させるような姿勢は示してこなかった。そんな四葉の今の姿勢に、克人は疑問を感じていた。そんな彼に、今度は真由美が顔をしかめる。

 

 

「私も詳しくは知らないんだけど、四葉の息が掛かっている国防軍情報部の某セッションに、あの狸親父がコッソリ割り込みを掛けたらしいのよ。それがバレちゃって」

 

「なるほど」

 

 

今にも歯ぎしりを始めそうな真由美に、克人は相槌を感じ打つことしかできなかった。

そして克人はここで初めて自分が思った以上に、会話に集中していだことに気づいた。そして部屋の扉が開いていることに。

 

 

「盗み聞きとは感心しませんな………四葉殿」

 

「え………うひゃあぁ!」

 

「やっと気づいて頂きましたか、十文字殿」

 

 

学校にあるにしては少しだけ上等な椅子に座っていた二人の少し離れた場所にある椅子。そこにいつの間にか董夜が座っていた。

 

 

「待ちくたびれましたよ」

 

 

しかし、それは克人や真由美の後輩ではなく。氏族会議 四葉家の彼だった。

 

 

「それで、何をしに?」

 

「ああ、いや十文字殿にではなく真由美さんに用があってきました」

 

「えっ、私に?」

 

 

董夜の言葉に一瞬真由美が嬉しそうな顔を見せるが、状況を弁えてすぐに真剣な表情に戻した。

 

 

「この事は僕も当主には伝えてないので、真由美さんが父上に教えようが教えまいが僕は構いませんが」

 

「…………っ!」

 

 

普段は見せない董夜の射抜くような視線に真由美の背筋が引き締まり、この話に関しては無関係な克人にまで緊張感が伝播する。

 

 

「先日、ウチが構ってる軍のセッションがそちらからちょっかいを出された事はご存知ですね?」

 

 

その董夜の言葉に克人は『先程の会話までは聞いていなかったのか?』と推測するが、董夜の表情を読む事はできず、結局は推測で終わった。

 

 

「あ、その件は本当に……」

 

「いえ、これはいいんですよ。もうこの件に対する姿勢は当主が決めていますから」

 

「……う」

 

「実はこの件の次の日のことなんですが」

 

 

演技か本心かは定かではないが真由美が申し訳なさそうな顔をし、それに対する董夜の突き放すような言葉に真由美の膝が折れそうになる。しかし、本番はこれからだった。

 

 

「僕の家のサーバーに何者かからちょっかいが入りまして」

 

「……………え?」

 

 

董夜の言葉に真由美の顔から血の気が引いていく。そして克人は何と言ったらいいか分からないのか目元を抑えた。

 

 

「まぁ何も見られずに済んだんですが、調べてみたらどうやら七草家からのようでして」

 

「う、あ、あの、クソ、オ、ヤジ」

 

 

先ほどから董夜が言葉を発するたびに何か反応を見せている真由美だが、今度こそ膝から崩れ落ちた。

 

 

「ほどほどにお願いします」

 

「…………四葉殿」

 

「はい?」

 

 

それだけを言い残して部屋から出て行こうとする董夜に克人が後ろから呼び止めた。

そんな克人に対し董夜は、威圧感を与える事はなく、ただ決して温かくない笑みを向けた。

 

 

「あの留学生について、四葉殿はどう感じる?」

 

 

克人の董夜に対する質問に、床で灰と化していた真由美が董夜に真剣な視線を向ける。そして董夜は側から見たら考えている風に見えるように顎に手を当てた。

 

 

「現在、十文字家と七草家が対処しようとしている事件についてはこちらも把握しています。その上で、彼女にはあまり重きを置かなくてもいいかと」

 

 

それだけ言い残して、董夜はそのまま部屋から出て言った。残された克人と真由美は、董夜との長年の付き合いからその助言を真剣に受け取った。

 

 

 

 

それすら彼の思惑とも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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54話 パラサイト

54話 パラサイト

 

 

 

 

 

 

 

「……………報告」

 

「はい」

 

 

まだ太陽が地平線から昇り始めている頃。

四葉董夜宅、その中の一室。

そこではソファに座る四葉董夜の横で、何枚かの書類を持って立っている少女がいた。

 

 

「本日未明、渋谷にてスターダストと思われるUSNAの魔法師二名が吸血鬼と接触。その後、逃走した吸血鬼と西城レオンハルトが接触。西城レオンハルトは負傷し、現在は警察病院に緊急入院しています」

 

 

それだけ言って少女、柊雛子は言葉を切った。それは決して董夜の様子を伺うためではなく、ただ単に聞き手の事を考えての事だった。そして董夜は学友の名前が出ても一切動揺する様子はない。まるで『西城レオンハルト』という名前など今初めて聞いたかのように。

 

 

「西城レオンハルトは以前から彷徨癖があるようで。今月の十四日に、渋谷で警察省の千葉警部及び稲垣警部補と接触。おそらく捜査協力を依頼されたかと」

 

「そうか…………それで?」

 

 

長々と喋っている雛子は特に疲れた様子もなく、董夜の言葉に手元の書類をめくった。ちなみに、何故雛子が報告書を電子媒体ではなく紙媒体に纏めているか。それはハッキング対策である。

 

 

「USNAの魔法師の方はその後も吸血鬼の追跡を続けていましたが、途中で断念して撤退しました。それで、彼女たちは吸血鬼のことを『脱走兵 デーモス・セカンド』と呼んでいました。報告は以上です」

 

「分かった、ご苦労様」

 

「いえ、では」

 

 

そう言って董夜に一礼をした雛子は部屋から出て行った。おそらく『私兵』ではなく『メイド』として朝食を作りに行ったのだろう。董夜のいる部屋からは聞こえないが、そろそろ鼻歌が台所から流れててくる筈だ。

 

 

「(シリウスが学校を休んだということは犯人探し(任務)が中止、またはその優先順位が下がったから。そして本命は脱走兵の掃除)」

 

 

一人、部屋に残された董夜は目を閉じて自分の見解をまとめる。

 

 

「(…………ただ単にスターズの魔法師が脱走しただけ……ではないな)」

 

 

そこまで考えを纏めた董夜は、そのどこまでも冷たい目を開いた。しかし、すぐに目を閉じ、また開いた。

 

 

「よし、飯食うか」

 

 

その目は既に先ほどのものとは違い。学友に見せるものと違わなくなっていた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

千葉エリカの朝は早い。

十歳ごろまで父親に逆らえずに素直に従っていたエリカは千葉の剣士として日の出前から鍛錬に汗を流す事を日課としている。

そしてその日もエリカは鍛錬のために日の出前に起きていた。

 

 

「………?」

 

 

目を覚まそうと、冷水で顔を洗おうとしたエリカの視界の端で、携帯の着信ランプが点灯しているのが見えた。

そして、そのメールの内容を見たエリカの目が一瞬見開かれ、ギリギリと音がしそうなほどの歯軋りをした。

 

 

「あのバカ兄貴、バカに何やらせてるのよ………」

 

 

パジャマを脱ぎ捨て、クローゼットの中から、セーターとスカートを乱暴に取り出すエリカ。そんな彼女の携帯には、レオが吸血鬼に襲われた内容が記されていた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

達也の元に、エリカと同じような凶報が届いたのは、登校前、家を出る直前だった。

携帯端末にエリカから送られてきたメールを読む達也に、深雪が歩み寄る。

 

 

「お兄様、良くない知らせなのですか?」

 

 

兄の感情の揺らぎを敏感に感じ取った深雪が、心配そうに達也を見上げる。

 

 

「レオが吸血鬼に襲われて、病院に運び込まれたとエリカから連絡があった」

 

「………冗談ではないのですよね?」

 

「中野の警察病院で治療を受けているようだ、命に別状はないようだし見舞いは放課後にしよう」

 

「はい」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

その日エリカは学校を休んだ。

それは決して無断欠席などではなく、学校の事務局にも連絡してあったので皆知っていることだ。しかし、彼女が看視しているレオの病室に、上級生二人が見舞いに来たなど誰も知らないだろう。

ましてやそれが十文字克人と七草真由美などと。

 

 

「今、アイツのところに七草の直系と十文字の直系が訪ねてきたんだけど」

 

 

病室の外の長椅子に座っていたエリカは克人と真由美の姿を見ると、二人の後ろを抜け、病院の事務室の一つに来ていた。

 

 

「昨晩、西城君と一緒に救出された女の子が、七草家の家人らしい」

 

「それだけ?」

 

 

そこにいたのは実の妹に殴られ、頰の腫れが若干引いて来ている寿和と、エリカの鋭い視線に気圧されている稲垣だった。

 

 

「盗聴器も部屋に入ると同時に壊されたよ、妖精姫のマルチスコープがここまで高性能とは予想外だったなぁ」

 

 

芝居掛かった仕草で両手をあげる寿和に、エリカは『使えない』とさえ言わなかった。

そして、三人は気づかなかっただろう。事務室の前を二人の男女が病室の方へ歩いて行ったなどと。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「それじゃあ西城君、色々聞かせてくれてありがとね」

 

「情報提供、感謝する」

 

「い、いえ。大丈夫っす」

 

 

エリカが寿和達と議論を交わしている頃。レオの病室では真由美と克人が脱いでいた上着を来て、帰り支度を進めていた。

本来レオはあまり目上の人間にも臆さず話すことができるが。今回は急な来訪という事もあって、少し落ち着かない様子だ。

 

部屋を出る際、真由美は最後に【マルチスコープ】で部屋に盗聴や盗撮がないかを確認し、克人は音波遮断のために掛けていた障壁魔法を解除した。

そして、横にスライドするタイプのドアを開け、二人の目が見開かれる。

 

 

「……………四葉」

 

「……どうも、十文字殿に七草殿。奇遇ですね」

 

 

二人が病室に入った際、後輩である千葉エリカがいた長椅子。

そこに座っていた董夜の姿を認めた克人は僅かに顔をしかめ、真由美はいまだに目を見開いている。

先ほど盗聴の類を確認するために【マルチスコープ】を使った真由美は、念のために部屋の外にまで認識範囲を広げていた。

しかし、その時は董夜の姿など見えなかったのだ。いや、

 

 

「逸らされ…………た?」

 

「七草?」

 

 

信じられない物を見るような顔で董夜を見る真由美を、克人が怪訝そうに見つめる。そして、そこで初めて二人は長椅子に座る董夜の横で、直立不動で立っている、ラフな姿で帽子を目深く被っている少女の存在に気づいた。

 

 

「四葉、彼女は?」

 

「え、あぁ」

 

 

当然の如く少女が何者なのか気になった克人が疑問を呈し。董夜はいま思い出したかのように答えた。

 

 

「申し訳ない、すっかり忘れていました」

 

「おい………」

 

 

そう言って少女に目配せをする董夜。彼女が何者かについて、まだ説明を受けていない克人と真由美がなにかを言おうとした瞬間。二人は何の理由もなく、誰かが近づいてくる音がしたわけでもないのに、ただ何となく通路の突き当たりの方へ目線を向けた。

 

 

「っ!?」

 

「え」

 

 

二人が目をそらしたのは時間にして一秒もなく、一瞬で董夜とその少女の方へと目線を戻した。しかし、その時には既に少女の姿などなく、先ほどと同じ、不敵な笑みを浮かべる董夜だけがいた。

 

 

「それじゃあ、西城君のところに行きますかね」

 

 

よいしょ、と董夜が椅子から腰を上げ、病室の方へと歩き始める。しかし、その足は克人によって止められる。

 

 

「何も聞いていないだろうな」

 

 

師族会議、十文字家代表代理として放たれた、その重い重圧(プレッシャー)を纏った言葉に董夜が足を止め、真由美が生唾を飲んだ。

 

 

「何か聞かれてはいけないことでも?」

 

「質問に答えろ」

 

 

振り返った董夜が、大人でも気圧されるほどの重圧(プレッシャー)を放っている克人とは違い、どこまでも黒く、冷たい気配で対抗する。

ビリビリと廊下の壁が振動するような錯覚を起こすほどの雰囲気が廊下に伝わる。

二人の側にいる真由美が、普段から克人と董夜と付き合いがあり、小さい頃から十師族の直系として生きて来なければ耐えられないほどの重圧。

病室の中にいるレオも身体を動かす事も叶わないまま廊下の方を見つめていた。

 

 

「別に何も聞いていませんよ」

 

「…………そうか」

 

 

しかし、そんな重圧も董夜が最初に解き、克人も解いた。

そして董夜と克人がそれぞれの行く先へと向き直り、歩き始める。

 

 

「仕掛けられていた盗聴器も、既に壊したでしょう?」

 

「っっ!!」

 

 

董夜が病室のドアを開けた時に放った一言。その言葉に真由美と克人が勢いよく董夜の方を振り返った。

しかし、そこに董夜の姿はなく。ただ静かに閉まるドアがあるだけだった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

放課後。

達也はいつものメンバーを引き連れて、中野の警察病院へレオの見舞いに訪れた。

そして病院の入り口に入ったところでほのかが何気なく口を開いた。

 

 

「そういえば、董夜さんは何か用事があったんですか?」

 

「ええ、お見舞いは後日改めて向かうと言っていたわ」

 

 

誰も何も喋っていなかった空間を気まずいと思い、口を開いたほのかに、深雪が少しだけ寂しそうに答えた。ほのかの言う通り、レオのお見舞いに訪れた達也たち一行の中に董夜の姿はない。

 

 

「まぁ董夜もいろいろ忙しいんだろう。それより受付に行こう」

 

 

ほのかと深雪のやり取りに、一瞬何かを考えるような表情をした達也だが、すぐに表情を戻して受付の方へと向かって行った。

 

 

「みんな、来たんだ」

 

 

受付で病室を訊いてエレベーターへ向かう。と、その少し手前で横合いから声をかけられた。

 

 

「エリカ、まだいたのか」

 

 

登校前に兄の責任を取って学校を休む、と連絡を受けていた達也が、そう疑問に思ったのも当然のことだろう。

 

 

「私も一回家に帰ったわ、一時間ぐらい前にもう一回来たところよ」

 

 

エレベーターに乗り込みながらエリカが答える。その声にも表情にも、嘘をついているような不自然さは無かったが、それが逆に嘘くさくなっていた。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

エレベーターから降り、廊下を少し歩いたところにある病室のドアをエリカがノックし、中から若い女性の声が聞こえ、ドアを開けて中に入るエリカに続いて全員が部屋に入っていった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「多分、レオが遭遇したのは【パラサイト】だと思う」

 

 

レオの実の姉。西城花耶の紹介が終わり。レオを一通り労った一同が、犯人についての話を始めた時、幹比古が唐突に切り出した。

 

 

寄生虫(パラサイト)?そのままの意味じゃないだろう」

 

PARANORMAL PARSITE(超常的な寄生物)、略してパラサイト。人に寄生して人を人間以外の存在に作り変える魔性のことだよ」

 

 

幹比古の講義めいた口調に達也が興味深そうに聞き入る。先ほどまで幹比古を揶揄っていたエリカも今は真剣に聞いている。

しかし、興味深そうに聞いている達也でも、幹比古の言葉に耳を傾けながら目はレオを向いていた。

 

 

「(先ほどからレオは、俺たちの中に董夜がいないことを指摘していない)」

 

「(もし、董夜が既にここに来ていて。レオに何かしらの口止めをしたとしたら)」

 

 

最近、自身が董夜に対して、疑心暗鬼になって来ていることに、達也本人は気づいているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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55話 デンワ


投稿が遅れてごめんなさい。


55話 デンワ

 

 

 

 

 

十二月二十七日 午後八時半過ぎ

とある家にて、董夜と雛子が温かな雰囲気でテーブルに並んだ食事を挟んで座っていた。

 

 

「お、グラタンか。久々だな」

 

「フフン、今日も自信作だよ」

 

 

一通り用意された料理を見渡した董夜の言葉に、雛子は胸を張って得意げに答えた。

 

 

「いただきます」

 

「どーぞ〜!」

 

 

prrrrrrrrrr………

 

 

「…………ちょっと行ってきます」

 

「ドーゾ〜」

 

 

いざ食べよう、と董夜達がスプーンやフォークを取った時、別の部屋にある秘匿回線を使用した電話が鳴った……………ことを知らせるコールの音がリビングに響いた。

持っていたスプーンを置き、申し訳なさそうに席を立った董夜に、雛子も持っていたフォークを置いて、頰を膨らませながら答えた。

長くなるかもしれないから先に食べてて、と言っても雛子は待つであろうことを察した董夜はそのままリビングから出た。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「あぁ、あのグラタン美味そうだったなぁ」

 

『すまん、夕食の最中だったか』

 

「あぁいや、大丈夫だよ」

 

 

え!?董夜さんグラタンが食べたいんですか?!それなら家に来ていただければ、と後ろで深雪が何やら言っているのをスルーして侘びを述べる達也に、董夜は手を振った。

 

 

「それで、どうかした?」

 

『あぁ、今日エリカと幹比古が戦闘中だった仮面の魔法師と吸血鬼に遭遇した』

 

「仮面の魔法師…………アンジー=シリウスの認識でいいんだよな」

 

『あぁ、俺もその筋で確信している』

 

「ふむ、まぁもうそろそろかと思ってたよ」

 

『分かっていたのか』

 

 

自身の学友であるエリカと幹比古に関しての知らせに、董夜は特に驚いた様子はなく。達也も、董夜が今回の事態を予想していた事に驚く事はしなかった。

 

 

「エリカの性格なら一時的とはいえ門下生(レオ)の仕返しに行くと思ったんだよ。幹比古あたり引きずって」

 

『なるほど』

 

「まぁ達也がいるのは予想してなかったけどね」

 

 

そう言って達也の映るモニターを見る董夜が、暗に説明を求める。

 

 

『実はエリカたちが衝突する数分前に幹比古から助けを求めるメールが来ていてな』

 

「あぁ、それで介入できたのか。それにしても幹比古らしいファインプレーだな。どうせエリカには秘密だったんだろ」

 

 

楽しそうに笑う董夜に、察しがいいな、と達也が息を吐いた。

 

 

「それでエリカはどうなったんだ、その様子じゃ死んではいないんだろ?」

 

『あぁ、俺が着いた時、仮面の魔法師は左肩を骨折した状態で、エリカも骨折こそないものの仮面の魔法師より大きなダメージを負っていた』

 

 

へぇ、と達也の報告を聞いた董夜が舌を巻く。千葉エリカは(戦闘面では)一科生にも劣らず、第一高校の中でも実力者の一人である、というのが董夜のエリカに対する評価だ。しかし、まさかアンジー=シリウスに重傷を負わせるほどとは思っていなかったのだ。

 

 

「んで……………仮面の魔法師は逃したと」

 

『………………』

 

 

今まで笑っていた董夜の目の、疑問の色が濃くなった。別に達也は真夜から捕獲を命じられている訳ではなく、董夜から依頼されているわけでもない。それでも遭遇したのなら、何かしらの情報を引き出しておきたいものである。

それなのに手負いの標的を達也が流すとは、どうしても思えなかったのだ。

 

 

『あぁ、本題はその事だ』

 

「?」

 

 

しかしその事も想定の範囲内だった達也は特に動揺する事はなく話を続け、董夜は僅かだが、首を捻った。

 

 

『【眼】を誤魔化され、雲散霧消の照準を外された』

 

「まじか………っ」

 

 

達也の言葉に董夜の眉が上がり、目がいつもより開かれる。

達也の後ろにいる深雪も先に達也から知らされていたのか、董夜ほどの衝撃はなかったが、それでも目が揺れていた。

 

 

「シリウス…………クドウ…………もしかして、【仮装行列(パレード)】か」

 

『流石だな』

 

 

片手で口元を押さえ、何かを考えていた董夜が、ハッとした表情で電話の画面を向き直った。十師族 九島家の秘術【パレード】、その概要は達也や董夜ですらも知らない。

 

 

『そこで叔母上に【パレード】の仕組みについて教えてもらおうと思ってな』

 

「あぁ、そういうことか」

 

 

ここで董夜は初めて達也が自分に電話をして来た目的を悟った。それはシリウスの戦闘の報告でも、【パレード】についてでもない。

 

 

『それともう一つ、風間少佐への接触の許可が欲しい』

 

「なるほど、俺が電話した方がスムーズだわな」

 

『頼めるか』

 

 

董夜のように、四葉家の当主である四葉真夜への直通電話番号を持っているものは限りなく少ない。そして直通の番号を持っていない達也や深雪が四葉に電話をかけた場合、一旦使用人を挟んで真夜に取り次がれる事になる。

 

 

「あぁ、いいよ」

 

『助かる』

 

 

そして電話を取り次ぐ使用人は四葉の使用人序列の中でも下位である。そのため、達也が真夜の甥だということを知っていても、四葉にとって道具に過ぎない事も知っている。結果として、取り次ぎの途中で切られてしまう可能性があるのだ。

 

 

「早く着替えて来なよ、そんなカッコで電話したらカンカンだぜ?」

 

『あぁ、五分ほどで戻る』

 

 

そう言って達也は電話をそのままにしたまま深雪とともに部屋から出て言った。

切らねぇのかよ、と一瞬思った董夜だが、すぐに手元の携帯で、真夜への直通のメールを送った。

 

 

「『今お時間ありますか、相談したいことがありまして』と」

 

『えぇ、大丈夫よ』

 

「うわ、返信早っ」

 

 

仕事中に電話をするのも悪いと思ったのか、董夜が先に真夜に対してアポイントを取る。そして早すぎる自身の母からの返信に、若干引き。そのまま達也たちが帰って来るのを待った。

 

 

冷えていくグラタンを前に、食卓でずっと座って待っている雛子のことなど忘れて。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「夜分遅くに悪いな、母さんに取り付いてくれ」

 

『滅相もございません御子息様、しばしお待ちください』

 

 

白髪と黒髪が入り混じった頭髪を携えた壮年の使用人(下位)が、董夜の言葉に恭しく頭を下げる。

現在、董夜の電話の画面には、中央で頭を下げる使用人と、右上の小さなモニターに深雪が映っている。

達也は深雪の後ろに見えないように控えているはずだ。

そして使用人の映っていた画面が切り替わる。

 

 

「夜分遅くに申し訳ございません」

 

『良いのよ。それより董夜さんはともかく、深雪さんまで電話して来るなんて珍しいわね』

 

 

年齢不詳の美貌に真意不明の笑顔を貼り付けた真夜が画面に登場した。その隣には、葉山が直立不動で控えている。

 

 

『董夜さんはあげないわよ?』

 

「……………え」

 

『そんなっ………!』

 

「深雪?」

 

 

要件を述べようとしていた董夜の言葉を遮って告げられた真夜の言葉に、今まで頭を下げていた深雪が勢いよく顔を上げた。

 

 

『深雪さんより、七草の長女なんかはいいお嫁さんになりそうねぇ』

 

『…………!、………!』

 

「…………あの」

 

 

なかなか口を挟めない董夜を置いて、真夜の口撃に深雪が絶句し、絶望的な表情を浮かべた。

 

 

『あ、一条の娘でm「母さん!」…はいはい、冗談よ』

 

 

ふー、と息を吐いて葉山が用意したであろう紅茶を飲む真夜に、深雪とその後ろにいる達也が意外そうな顔を浮かべる。

二人のイメージでは真夜はこんな冗談を言うような人ではないのだ。

 

 

『それで、何の用だったかしら』

 

『…………っ!』

 

「はい、達也から用事があるらしく」

 

 

しかし、粗方冗談を言い終えた真夜の雰囲気が一瞬にして変わる。その事に深雪が一瞬息を飲んだが、董夜にその様子はない。

 

 

『達也さんが?それはまた、本当に珍しいわね』

 

『叔母上、実はお訊ねしたい事が一つと、お許し願いたい事が一つ、あるのですが』

 

『遠慮はいりませんよ』

 

 

機嫌よく、真夜が頷く。

やはり董夜に話を通して置いて良かったな、と達也はここで改めて思った。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

『パレードは老師より弟さんの方がお上手だというお話を言いた記憶があります』

 

 

パレードについて聞きたいという達也の願いに、真夜は別の口にされていない問いかけに対する回答をした。

 

 

『ありがとうございます。叔母上、どうやら今回の一件は我々の手に余るようです。そこで援軍を頼みたいと思うのですが』

 

『それが許しを請う方の要件なのですね?』

 

 

まっすぐ自身を見つめる達也から目線を外し、真夜は一度董夜の方に目を向けた。

 

 

『貴方はどう思う?』

 

「はい、確かに今回の件は【吸血鬼(パラサイト)】に【スターズ】、【シリウス】や【パレード】など不確定なものが多いですね」

 

 

董夜の言葉を真夜と達也は黙って聞いている。

 

 

「我々の力だけでどうにかなるのなら、それが一番ですが。どうやらそうもいかないようですし」

 

『そうね、分かりました。風間少佐との接触を許可します』

 

 

そう言って小さく頷いた董夜に、真夜も同様に頷いて達也の要請に対する許可を出し。達也は頭を下げて画面の外へ下がった。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「ああー、終わったぁ」

 

 

真夜との電話を切り、達也から礼を受けた董夜は大きく伸びをして椅子から立ち上がった。そしてそのまま部屋から出てリビングに向かう。

 

 

「ひ、雛子………あさん」

 

「…………………」

 

 

そこで董夜は、数十分前までは温かかったたであろう料理を前にして座り、一人うなだれる雛子の迎えを受けた。

 

 

「いや、その、思ったよか電話g「ねぇ」…………なんでしょうか」

 

「忘れてたでしょ……………私のこと」

 

「あ、いや、その、えぇと」

 

 

結局、董夜はその後、美味しそうに料理を食べる雛子の前で、一人カップラーメンを啜ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「温かいけど……………少ししょっぱいや」

 

 

涙をぬぐいながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






いやぁー、来訪者編終わる目処つかねぇー!!


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56話 フシンカン

56話 フシンカン

 

 

 

 

 

『放課後、クロス・フィールド部に来てくれない?』

 

 

朝、そう真由美に言われた達也は、放課後になって件の部室を訪れていた。

 

 

「独りか?」

 

「ええ、呼ばれたのは俺だけですから」

 

 

室内には真ん中にテーブルが設置されており、左側に二席、反対側に一席と明らかに今回の会談用に設置されていた。そしてその上座に真由美と克人が座っている。

 

 

「そうか、まぁ掛けろ」

 

「はい、失礼します」

 

 

克人に座るよう促され、達也は軽く一礼してから克人たちと反対側に腰かけた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「わかりました、協力に応じます」

 

「ありがとう」

 

 

いくらかの問答があった後、克人と真由美が『十師族主導の吸血鬼探し』に達也の協力を要請し、達也はそれを受諾した。

 

 

「了解、じゃあ今の段階で分かっていることを全部、説明するわね」

 

「お願いします」

 

 

達也が真由美から聞いた情報の中には既に自身が知っているものもあったが、それでも目新しいものはあった。

 

被害の規模のこと

第三勢力のこと

そしてその勢力が捜索の妨害側にいること

 

それは達也が協力に応じたことを後悔させるものではなかった。

 

 

「それじゃあ今晩から私たちに同行してくれないかしら」

 

「了解です、それでは」

 

「いや」

 

 

愛想の良い笑みを浮かべる真由美に、達也が頷き、部屋から出て行こうとした時その背中を克人が止めた。

 

 

「司波、お前は俺たちに縛られずに自由に行動してくれて構わない」

 

「分かりました」

 

 

真由美が克人に訝しげな視線を向けるが、克人は「あとで説明する」というような目を向けた。

 

 

「それと、四葉の動きには注意しろ」

 

「………!」

 

 

次こそ部屋から出て行こうとした達也は、克人の言葉に興味を悟られないよう振り返った。そこには厳しい顔つきの克人と、どこか複雑そうな真由美がいた。

 

 

「今回の捜索は『十師族主導』と言っても、実質は『七草、十文字主導』だ」

 

「えぇ、存じています」

 

 

数字付きでも無い達也が何故十師族の動きについて把握しているのか、克人たちは指摘しなかった。それに、そもそもマル秘指定されていない師族関係の資料を閲覧するのは、さして難しいことでは無い。

 

 

「四葉は七草(私たち)に硬派な態度を取っているし、今回の件にも同じような姿勢で来ると思ったのだけど」

 

 

途中まで話していた真由美が若干言い淀む、その時点で達也の中で『仮説』だったものが『確定』に変わっていく。

 

 

「四葉が………というより四葉董夜が、不審な行動を見せている」

 

「…………と、いいますと?」

 

 

克人の言葉に、真由美が苦しそうな表情を見せる。誰だって好意を寄せている人が敵側に回る可能性が出て来たら、良い気持ちはしないだろう。

それに『不審な行動』について、達也も心当たりがあった。実際に確認はしていないが、昨日、達也の風紀活動にリーナが同行した際、それを監視するような行動。しかも、わざわざそれを達也に知らせる様な通報。

それは長年董夜と行動を共にしている達也でも『不可解』と言うほかなかった。

 

 

「司波、お前の同級生が吸血鬼に襲われて入院した際、俺と七草が事情を聞きに行った直後、奴も一人で病室に訪れている」

 

 

『四葉』でも『董夜』でもなく、ましてや『四葉董夜』でもない、克人の『奴』と言う呼び方が、董夜に対する不信感を表していた。

 

 

「(やはり、そうだったか)」

 

 

普段、自身に危害が及ぶ、もしくは興味をそそられる、または今後に関係する場合でない限り、行動をあまり起こしてこなかった董夜が、『アンジー=シリウス』もしくは『USNA』という問題に対し、十文字や七草と同調することなく動いている。

 

 

「だが、今のところ四葉自体に動きは見られない。奴の暴走という可能性もある」

 

「分かりました、注意します」

 

 

そう返答をして、今度こそ部屋を出ながら達也は克人の予想を否定していた。まだ董夜の目的は分からないが、彼がリーナを注意を向けていることは明らかだった。

 

 

「(このまま何事もなければ)」

 

 

いくら董夜が不審な行動をしていても、今のところUSNAと四葉に衝突は起こっていない。しかし、リーナが董夜の言う『レッドライン』を超えた場合、董夜がどう出るか。

 

 

「(……………何故、俺はこんなにも)」

 

 

達也と昼食を食べるのを待っているでろう深雪のために、階段を駆け上がっていた達也が急に足を止めた。

 

 

「(何故、こんなにもリーナに)」

 

 

最初は深雪に危害が行かないか、とリーナの動きを注視していた。それなのに今となってた味方である筈の董夜に不信感を抱いている。

リーナが董夜の『レッドライン』を超えた時、やはり董夜は実力行使に移る可能性がある。そうなればいくら米国の精鋭といえど、この前の授業の様に歯が立たないまま負けるのがオチだ。しかも、今度は授業ではない分、無事ではいられないだろう。

 

『日本にいる間は董夜に気をつけろ』

 

先日達也がリーナにした忠告。それは明らかに董夜の動きを妨害し、リーナを助けようとする意図があった。

 

「(何故だ………俺には深雪しか)」

 

達也には、兄妹愛しか感情が存在しないと言うのに。何故、こんなにもリーナのことを考えているのか。

何故、この先にある生徒会室で、深雪達と一緒に自身を待ってあるであろう董夜に会うのに、こんなに足が進まないのか。

達也にとって『リーナ』よりも『吸血鬼』よりも、自身の心境の方が謎だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「やあ、リーナ。調子はどうだ?」

 

「ハイ、タツヤ。上々よ」

 

 

生徒会室の入り口でリーナとすれ違った達也は、軽い挨拶を済ませて中に入った。やはり、リーナに会うと、達也の心に謎のざわめきが起きる。

 

 

「お待ちしておりました、お兄様」

 

 

達也を見て、嬉しそうに立ち上がる深雪とほのかの姿を見て、達也が怪訝そうな顔をする。そこに、董夜の姿が無かったからだ。

 

 

「董夜はいないのかい?」

 

「私も朝のHRで聞いたのですが、どうやら欠席されているようです。お聞き及びじゃありませんでしたか」

 

「欠席?」

 

 

達也と深雪は何も毎日、董夜と登校している訳では無い。今日も一緒では無かったが、達也はそのことに何も思っていなかった。それが、まさか欠席とは。

 

『不審な動き』

 

先程克人と真由美から出てきたワードと謎の欠席が、達也の中で混ざり合っていった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

達也が董夜の欠席を知ったのと、ほぼ同時刻。董夜の姿は第一高校から離れた位置にあった。

 

 

「お身体の具合はいかがですか?」

 

「ええ、最近は安定しているわ」

 

 

日本国内の某所。

第一高校近くの董夜の家とも、四葉本邸とも離れた、とある海岸沿い。夏になれば泳ぐこともできるプライベートビーチを有している、白く大きなペンション。

その一室で、見た目の若い女性がベッドから上体を起こして、目の前で椅子に座る青年と会話をしていた。

 

 

「それにしても、久し振りね。董夜さん」

 

「はい、お久しぶりです、伯母上」

 

 

『極東の魔女』の姉にして、世界で唯一、禁忌と呼ばれた系統外魔法『精神構造干渉魔法』の使い手。現在は療養中である司波家の当主、司波深夜である。

 

 

「最近は随分とご活躍のようね、世界最強の魔法師様?」

 

「はは、肩書きだけのハリボテですよ」

 

「ふふ、あなたが言うと嫌味にしか聞こえないのだけれど」

 

 

沖縄で命の危機に晒されて以降、深夜は深雪や達也、董夜に対する態度が柔らかくなっていた。それは時々こうやって深夜の元を訪れる董夜達も感じていることだ。

 

 

「それにしても大きくなったわね、小学生にして『極東の魔女』を泣かせた子が」

 

「あの、話進めたいんで、物思いにふけるのやめてもらっていいですか?」

 

 

懐かしそうに目を細める深夜に、董夜が苦笑を浮かべる。しかし、そんな董夜を置いて、深夜の思考は数年前に戻っていった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

今から7年前

四葉家本邸

 

 

「久し振りね、姉さん」

 

「えぇ、しばらくぶりね真夜」

 

 

董夜が司波家の沖縄旅行に同行するまだ前のこと。身体を壊して入退院を繰り返していた深夜は、久々に四葉本邸を訪れていた。

 

 

「今日は身体に良いものを食事に出すようにいってあるから、ゆっくりして行って」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

 

董夜が生まれて以来、真夜は明らかに性格が柔らかくなっていた。そんな妹を見て、深夜は自身にも変化が訪れているのにまだ気づいていない。

 

 

「ん、おはようございます」

 

「あら」

 

 

真夜が食事のため深夜を部屋に案内しようとすると、襖がゆっくりと開かれて、まだ眠そうに目を擦る董夜少年が入ってきた。まだ時刻は午前8時半である。小学3年生の男の子には眠い時間だろう。

 

 

「おはよう、董夜」

 

「ん、んんー」

 

 

眠たそうに目を擦っている董夜に、真夜が優しい笑みを浮かべ、董夜を抱き上げようと片膝をつき、両手を広げた。その様子を見ていた深夜の顔にも、いつもより温かな笑みが浮かぶ。

 

 

「んん」

 

 

虚ろな目をしている董夜が目の前の真夜と、その後ろにいる深夜を交互に見る。そして、とてとてと真夜へと歩いて行った。

 

 

「ふふふ」

 

 

董夜が飛び込んでくる、もしくは倒れ込んでくると思っていた真夜だが、次の瞬間、近くまで来た董夜の口から驚きの言葉が発せられた。

 

 

「お久しぶりです伯母上」

 

 

真夜の顔を見ながら、優しく、まだ幼さの残る笑みを浮かべた董夜の言葉に、真夜の顔から表情が消える。しかし、そんな真夜を置いて、董夜は深夜の方へと歩いていく。

 

 

「母上、おはようございます」

 

「え、ええ、おはよう」

 

 

あまりに予想外の事態に、深夜は否定ができず、つい董夜の頭を撫でた。それに董夜は気持ちよさそうに目を閉じた。

 

 

「ね、姉さん?」

 

「ま、真夜?だ、大丈夫?」

 

 

片膝をついたまま固まっていた真夜が、首を軋ませながら深夜の方へと振り返る。その目には涙が大量に溜まっており、既に頬から流れ落ちている。

 

 

「董夜に、間違え、られ、た」

 

「ま、真夜!?」

 

 

そうしてそのまま、真夜は涙を流したまま床に崩れ落ちた。

 

 

「大丈夫ですか?伯母上」

 

「ぐふっ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「本当に懐かしいわね」

 

「ソ、ソウデスネ」

 

 

あまり思い出したくない記憶なのか、懐かしそうな深夜とは逆に、董夜は目を背ける。

 

 

「ふふ、さて、一体何の用かしら?」

 

「はぁ、雰囲気が急変するところも母上に似てますね」

 

 

ひとしきり笑った後、深夜の顔から色が消え『忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)』が顔をのぞかせた。その急変ぶりは、普段真夜で慣れている四葉の人間でなければ、やはり動揺してしまうだろう。

 

 

「いいから、本題を言いなさい」

 

 

深夜の雰囲気がいくら変わろうと、部屋の中にどれだけ重圧が立ち込めようと、一階にいると穂波がいくらお茶を淹れる器で迷おうと、お茶を待つ雛子が楽しそうに鼻唄を歌おうと、董夜の雰囲気は変わることはない。

そうして董夜の口から紡がれた言葉に、深夜の眉間に深いシワが寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『人造魔法師実験』それの失敗の可能性について」

 

 

 

 

 

 

 

 

物語が、元から大きく外れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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57話 シッパイ?

長らくお待たせしました。

そして今話も2,000字超と短いです。



57話 シッパイ?

 

 

 

 

 

 

人造魔法師実験

 

 

魔法師ではない人間の意識領域に、人工の魔法演算領域を植え付けて魔法師の能力を与える実験。

達也の意識領域内で最も強い想念を生み出す『強い情動を司る部分』をフォーマットして魔法演算を行うエミュレータが植え付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『失敗』?それはないわ」

 

「随分と断言なさいますね」

 

 

重い重圧の中放たれた董夜の言葉に、深夜は当然とばかりに言い切った。しかし、董夜は眉ひとつ動かすことはない。

 

 

「理由を聞かれても明確には答えられないけれど、今の達也が何よりの証拠でしょう?」

 

「そうですね、『今の』達也が証拠だ」

 

「………何かあったのかしら?」

 

 

相変わらず表情に変化のない董夜に、深夜が眉を潜めた。

 

 

「最近うち(一校)にUSNAから交換留学生が来たのはご存知ですか?」

 

「ええ、もちろん。あの爺さんの弟のお孫さんでしょう」

 

 

幼い頃、九島烈から魔法の指導を受けていた経験から、深夜は烈のことを『爺さん』と呼んでいる。しかし、そのことに何か反応する者は誰一人としていない。

 

 

「その女子生徒に達也が『恋心』を抱いているとでも?」

 

「恋心かどうかはまだ分かりませんが、何かしらの情動を抱いていることは確かです」

 

「ふっ、ありえないわ」

 

「伯母上」

 

「………っ!」

 

 

董夜の言葉を鼻で笑って流し、側にあったお茶を啜ろうと深夜が手を伸ばす。しかし、その手は董夜の鋭い視線で動きを止めた。

 

 

「軽い憶測で、わざわざ学校を休んでまでここには来ません」

 

「でも…………」

 

嘲笑を浮かべていた深夜の表情に戸惑いが混じる。彼女自身、世界で唯一使うことのできる『精神構造干渉魔法』には絶対の自信があり、それを駆使した『人造魔法師実験』の成功にも自信を持っていた。しかし、そんな『絶対の自信』に董夜の言葉で困惑が混ざる。

 

 

「喪失した筈の一部の感情が残っていて、その感情がリーナをトリガーとして大きくなっているとしたら」

 

「ありえない話じゃない…………けれど」

 

 

そんな可能性はゼロに等しい、そう言おうとした深夜の言葉は紡がれることはなかった。深夜の言葉を聞いた董夜はすぐに立ち上がり、部屋を後にしようとしたからだ。

 

 

「それだけ聞ければ十分です」

 

 

扉が閉まり、董夜の後ろ姿が見えなくなると、深夜はベットに全身を預けたまま、近くの窓へと視線を向けた。

 

 

「達也…………………」

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

同日、夜も助け切った頃。

三つの勢力がぶつかり合う中、達也と仮面の魔法師は接触していた。

仮面の魔法師が情報強化の施された銃弾を放ち、達也がそれを分解して防ぐ

仮面の奥から動揺が漏れ、隙が生まれた瞬間に、達也はCADの照準を仮面の魔法師に合わせた。達也の視界に映る、『色』と『形』と『音』と『熱』と『位置』を記述した情報体。相手の本体ではなく、偽装の魔法それ自体に照準を合わせて放たれた対抗魔法・術式解散。

 

それにより、仮面の魔法師の殻が崩れ去った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

仮面の魔法師や吸血鬼と接触するため、家を出た達也を見送った深雪は、数分後に訪れて来た八雲とともに彼の弟子の運転する電動四輪で移動していた。

 

 

「もし、USNAの魔法師が使っている魔法が【仮装行列(パレード)】だった場合、僕はそれの元となった術、【纏衣】を教えた先代に変わって、術者に釘を打たなくてはいけない」

 

「【パレード】の原型を、先生のお師匠様が…?」

 

なぜ、今回は協力してくれるのか、という深雪の問いに八雲が答える。そしてその答えに深雪は驚いた声色で八雲の方を向き直った。

 

 

「うん、そうだよ。だから僕は秘術がこれ以上広まらないように釘を刺さなくてはならない。もし言う事を聞いてもらえなかったら遺憾ながら、ね」

 

 

八雲の表情も声も、いつも通り飄々としていた。しかし、それを聞いた深雪の背筋に冷たいものが走る。

目的地に着いたからか、停止した電動四輪から八雲が降り、それに続いて深雪も降りる。

 

 

 

「それじゃあ行こうか」

 

「はい」

 

 

歩き出した八雲を深雪が追いかけようと、歩き始めたその時。深雪の背後から一本の腕が伸び、すぐ前を歩く八雲の肩を掴んだ。

 

 

「なっ………!!?」

 

「お初にお目にかかります、九重八雲殿」

 

 

いつも飄々としている八雲が始めて焦った声を出して、その場から飛び退いた。

そして何が起きたのか理解が追いついていない深雪の背後から、不敵な笑みを浮かべた董夜がゆっくりと現れた。

 

 

「突然引き止めてしまって申し訳ない、驚かせるつもりは無かったのですが」

 

 

あの達也ですら、八雲から気配を隠して背後から近づくなど容易ではないにもかかわらず、董夜は現れた。男子高校生としてではなく、『四葉』としての雰囲気を携えて現れた董夜に、深雪は何も喋ることができなかった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

達也と相対していた仮面の魔法師の、禍々しい真紅の髪が、弱々しい街灯の光の下でも煌めく黄金に変わり。

禍々しい金色の瞳は、澄み渡った蒼穹の色に。

頰は柔らかく、身体つきは華奢に。

その美貌は、仮面程度で隠せるものでは無かった。

穏やかな金髪碧眼の少女の手から、五発の銃弾が放たれた。しかし、その全てが達也に届く前に塵と消える。

 

 

「くっ………う」

 

「リーナ、俺の目的はお前と戦うことじゃない」

 

 

一瞬の隙をついて詰め寄り、達也はリーナを組み伏せた。仮面に隠れていない唇が笑みを浮かべて余裕を示したが、それを虚勢と見抜くのは難しく無かった。

 

 

「アクティベイト!『ダンシング・ブレイズ』!」

 

 

達也の手が仮面に近づき、リーナが目を閉じて顔を背ける。しかし、それでも達也は止まることなく仮面に触れた時、リーナがそう叫んだ。

すると、投擲済みだった五本のダガーがリーナの元へ呼び戻され、達也へと襲いかかる。しかし、それが達也の体に触れると同時に、細かな砂となって散った。

 

 

「腐敗………いえ、分解………?」

 

 

呆然と呟くリーナを余所に、達也は容赦なくリーナの仮面を外しにかかる。

 

 

「後悔するわよ!タツヤ!」

 

「今更だろう」

 

 

達也とリーナがどたばたとやっている間に、捕まえていたはずの吸血鬼は逃げてしまっている。その事を指摘すると、リーナは唇をキュッと結んで達也を睨み付けると次の瞬間、絹を切り裂く悲鳴が響いた。

 

 

「助けて!」

 

「両手を挙げて後ろを向け!」

 

 

まるでリーナの合図を待っていたかのようなタイミングで四人の警官が現れ、達也に向けて拳銃を向けた。

 

達也が包囲網を抜けるために行動を起こそうとしたその時、達也はとある人物の気配と魔法の発動を感知して動きを止めた。

そのことにリーナが疑問に思うのとほぼ同時に、四人の警官が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

 

「来ていたのか」

 

「ん、まぁね」

 

 

木陰から董夜が姿を現し、達也と、達也に組み伏せられているリーナの元へと歩み寄る。

無意識的に、達也はリーナを董夜から遠ざけようと重心を一瞬後ろに向けたが、なんとかそれを抑えた。そのことに董夜は目を細めたが、気にすることなくリーナへと歩みより、未だに呆然としているリーナから容赦なく仮面を剥ぎ取った。

 

 

「そ、そんな……」

 

 

自身が拘束され、周りのの味方も一瞬で無力化され、さらには絶望的なタイミングで四葉董夜が現れた現実に、仮面を奪われた事など気にせずにリーナの顔が絶望に染まる。

 

董夜の学校では一切見ることのなかった、冷たく残酷で、感情の籠もっていない目を向けられたリーナの身体が震え、強張った事に、彼女を組み伏せて直に体に触れている達也は気づいた。

 

 

「さて、どうしてくれようか」

 

 

 

 



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58話 シリアス?

58話 シリアス?

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしてくれよう」

 

 

リーナから剥ぎ取った仮面を手の上で転がしながら董夜がリーナを見下ろす。

その目に一切の温情などはなく、リーナを人とすら見ていないような冷たく、ドス黒い瞳だった。

 

 

「董夜、これからリーナをどうするつもりだ」

 

「あぁ、とりあえず持って帰って、それからいろいろ話を聞く」

 

 

吐き捨てるような董夜の言葉に達也は舌打ちをするのを何とか堪えた。

元々達也はリーナを捕縛した後、何とか話を聞いて解放するつもりだったのだ。しかし、予想外の董夜(イレギュラー)が現れてしまった。

 

 

「な、何も言うわけないでしょ!」

 

 

リーナが何とか喉を通して発した言葉は震えており、彼女の心理状況を明確に表していた。

リーナの恐怖に染まった、けれど決意に満ちた言葉を聞いた董夜は一切表情を変えることなく言い放った。

 

 

「シリウス、お前の意思は聞いていない」

 

 

その言葉を聞いても、リーナは負けじと董夜のことを力強く睨みつける。しかし、次の言葉に今度こそ表情が崩れた。

 

 

「大丈夫、まともな意識と感覚があるのは最初だけだ」

 

 

今まで冷血で表情のない顔をリーナに向けていた董夜が、初めて微笑む。

その不気味さに、リーナがようやく目の前に立っている男が【四葉(アンタッチャブル)の家系】である事を実感する。

 

 

その時だった。

 

 

「何のつもり?達也」

 

「お、お兄さま?」

 

 

今までリーナを拘束していた達也がその拘束を解き。ゆっくりと立ち上がって董夜の前に立ちはだかった。

 

 

「……………」

 

 

その顔は『リーナを守る』という決意に満ちた表情……………とは程遠く、自身の行動の意味すら理解していないような、そんな困惑に満ちたものだった。

 

 

「タ、タツ………ヤ」

 

 

達也の後ろにいるリーナは拘束を解かれても尚、未だに動くことすら叶わない。

 

 

「達也、そこを退………っ!?」

 

「………………」

 

「お兄さま!?」

 

 

いつまでも喋らない達也に、董夜が手を伸ばした瞬間。董夜はとっさに跳びのいた。

董夜が着地し、再び達也を見据えた時。二人の周囲にあった木が数本、チリとなって消え、達也の右腕も丸ごと消失した。

しかし、達也の右腕は人が瞬きをする間に復元された。

 

 

「な、なんなの?」

 

「そんな………お兄さま………董夜さん」

 

 

状況を飲み込めていないリーナが困惑の表情を浮かべる中、傍観者の中で深雪だけが詳細な状況をつかめていた。

 

まず董夜が達也に手を伸ばした瞬間、達也が董夜の四股に向けて【分解魔法】を発動。

それを【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】で感知した董夜は飛びのくとともに【全反射(フルカウンター)】を使ったのだ。

そして反射された【分解】の内、三つは周囲の木を消し去り、残りの一発が達也の右腕へと反射された。

 

 

「な……………何故」

 

「…………………」

 

 

自分が董夜に向けた銀色に輝く【シルバー=ホーン】を見て、達也の困惑の度合いが深まる。

そしてそんな達也を、董夜はただ無言で見つめていた。

 

そして

 

 

「……………はあ、もういいよ」

 

「………………は」

 

「………………え」

 

 

ため息を深くついて、董夜は両手で降参の意を示した。そんな董夜に、達也と深雪から似合わない間の抜けた声が漏れた。

 

 

「もともと俺はリーナを捕まえに来たわけじゃない。ただこの場で話を聞こうと思っただけ」

 

「………それは」

 

「第一、俺がここでリーナを無理やり拉致して連れ帰ったりしたら。それはただUSNA (アッチ)の政治的口実を作るだけだし」

 

 

冷酷な雰囲気を霧散させ呆れたような声色の董夜に、深雪が安心したのか深い息を吐き、リーナは未だに董夜を睨みつけている。

 

 

「そんな怖い顔するな、俺が連れ帰りたかったのは吸血鬼の方。それがいない以上、さっさと退散するよ」

 

 

そう言って身を翻し、達也たちとは反対の方向へと歩き始める董夜に誰も声をかけることなど出来ず、気がつけばその先に雛子が立っていた。

 

 

「……………」

 

「ほら、帰るぞ」

 

 

董夜に上着を着せた後、達也のことを一瞬睨んだ雛子。その顔を董夜は手のひらで掴んで帰るよう促す。

 

雛子にとって董夜は自身の身も心も、人生ですらも捧げると誓った存在。そんな彼女からしたら、董夜が敵と定めるものは己にとっても敵であり。董夜に牙を向ける者も同様。

それがたとえ、同じ師匠の元で指導を受けている達也だとしても。

 

 

「はぁ、リーナ」

 

「わかってる、ワタシの負けだわ」

 

 

董夜がこの場を去ったことにより、重圧から一気に解放されたリーナが荒い息を吐く。

 

 

「話してくれるな?」

 

「ただし!」

 

 

未だに立つことができないのか、座ったままのリーナに達也は首を傾げた。

 

 

「YesかNoで答える。ここは譲れないわ」

 

 

リーナの強かさは達也の予想を大きく超えるものだった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「雛子」

 

「……………なに」

 

 

自宅に戻り、風呂を済ませてリビングに戻った董夜は、ソファーに座って未だにムスッとしている雛子に今日何度目か分からないため息をついた。

 

 

「俺としてはこれしきの事であいつと対立するわけにはいかないんだよ」

 

「…………でも」

 

「あの時、あいつは明確な意思を持って俺を攻撃したわけじゃなさそうだし」

 

「………む」

 

 

理屈はわかるが納得できない、そんな様子の雛子をなんとか説得しようと、董夜も雛子の隣へ座る。

 

 

「そうだ、風呂まだだろ?久々に髪乾かしてやるよ」

 

「……………てよ」

 

「へ?」

 

 

満面の笑みで雛子の頭に手を乗せる董夜を、不機嫌を全面に出した雛子が見つめる。

 

 

「乾かすだけじゃ足りない。身体ぐらい洗いなさい」

 

「し、正気かお前」

 

「なに、恥ずかしいの?」

 

「な訳あるか、今更お前の裸ぐらい。いくら見てもなんとも思わんわ」

 

 

深雪より少しばかり大きい胸を張って、何故か勝ち誇っている雛子を董夜が吐き捨てた。

 

 

 

 




今回も遅くなってごめんなさい!

もうちょっと早くできるよう頑張ります!


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59話 トコウ

お気に入り登録者数3,000人ありがとうございます!!


あと通算UAがあと少しで45万です!



これからもよろしくお願いします!!


 59話 トコウ

 

 

 

 

 

「あんの小僧、帰ったらぜぇったいに仕返ししてやる……!!」

 

 

  時刻が深夜0時を超えた頃、憎悪と怨恨に(まみ)れた少女の声が、飛行機の中から聞こえてくる。

  ただ、その少女がいるのは決して『ファーストクラス』などという豪華な客室ではなく、ましてや『エコノミークラス』ですらマシに見えてしまうような場所だった。

 

 

「あんのサイコパスヤロォ!!」

 

 

  殺風景な貨物室。大小様々な荷物が固定されている中。比較的大きなコンテナの中で渡された荷物と共に毛布にくるまれ、寒さをしのいでいる雛子がいた。

 

 

 

 

  遡ること数時間前

 

 

「お風呂上がったよー」

 

「おー、ちゃんと温まったか?」

 

「うんっ、割と洗うの上手かったから、また頼むよ」

 

「ふっ、ヤダよ」

 

 

  董夜に体の隅々まで洗ってもらい、いつも以上に日頃の疲労を取ることができた雛子が、脱衣所から出てきた。心なしか、肌がツヤツヤである。

 

 

「ふぅ、それじゃあ寝ようかな」

 

「いや、これから空港に向かって」

 

「……………は?」

 

「え?」

 

 

  寝室に向かおうとドアに向かおうとした雛子の背中にかけられた言葉に、彼女の体が一瞬で硬直した。

 

 

「いや、なんで空港?」

 

「雫の身辺が気になるからダラスに向かって」

 

「あ?」

 

「え、え?」

 

 

  青筋を浮かべる雛子と、何故雛子が怒っているのか理解できていない董夜。

  その後、雛子が董夜の用意した車に押し込まれるまで、時間はかからなかった。

 

 

 

 

  時は戻って、太平洋上、貨物室。

 

 

「寒い寒い寒い寒い」

 

 

  当然貨物室内に暖房などなく、飛行機が高度を上げるごとに気温は下がっていく。

  そもそも雛子が、董夜から急な仕事を言い渡されるのは珍しいことじゃなかった。つまり、彼女が怒っているのはそこではない。

 

 

「仕事が急なのはいいよ! 問題は仕事に行かせるなら何で風呂を勧めたのよ!」

 

「こんな事なら帰ってすぐに『仕事行け』の方が数倍マシだわ!」

 

「何が『しっかり身体温めろよ』だよ!せめて客室用意しろよ!なんで芯まで温めた後に、芯まで冷まさなくちゃいけないのよ!」

 

 

  貨物室の声が誰にも聞こえないのをいいことに、雛子の愚痴やら不満やらが溢れ出す。

  そんな彼女を乗せた飛行機が水平になり、彼女の憎悪を乗せた機体は、アメリカ西海岸へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「リーナ、大丈夫ですか?」

 

「うぅ」

 

 

  日曜日の朝、達也が学校で克人と真由美、幹比古とエリカに吸血鬼について話している頃。リーナはゲッソリとした顔で同居人と共に朝食を摂っていた。

 

 

「一睡もできませんでした」

 

「そ、それは」

 

「本部からは何か言って来ていませんか?」

 

「今のところは、まだ何も。ですが、何のお咎めもなく済むとは思えませんね」

 

「うぅ」

 

 

  シルヴィアの返答を聞いて、リーナは虚ろな目を手で覆い、うな垂れた。

 

 

「リーナ、昨夜は一体何があったんです?いくら衛星級(サテライト)とはいえ、スターズのコード持ちが一度に四人も無力化されるなんて」

 

「……………」

 

「しかも全員未だ昏睡状態で、意識すら戻らないなんて」

 

「……………」

 

「その上リーナまで三時間以上も交信途絶、行方不明だなんて」

 

 

  意図せずリーナの失態を追求し続けるシルヴィアに、リーナは何も答えない。そして、リーナの脳内で昨日の出来事がフラッシュバックした時、彼女の両肩がビクッと揺れた。

 

 

「もしかして…………負けたんですか?」

 

「ううっ………!」

 

「リーナ……っ!?」

 

 

  最終的にとどめを刺されたリーナが椅子から転げ落ち、フローリングの上に倒れ伏した。

 

 

「もうダメです、高校生に負ける総隊長だなんて」

 

「に、逃げることも出来なかったんですか?」

 

 

  漸く自分の質問がリーナにダメージを与え続けていたことに気づいたシルヴィアがリーナに駆け寄る。

  しかし、そんな彼女にとって、リーナの言葉は予想外だった。

 

 

「私がタツヤに拘束されて、衛星級(サテライト)の四人が駆けつけた時」

 

「はい」

 

「…………トウヤが来ました」

 

「っ…………!?」

 

 

  リーナの背中を優しくさすっていたシルヴィアが震え、固まってしまった。それだけリーナの報告は衝撃だったのだ。

 

 

「駆けつけた兵士が急に崩れ落ちたかと思ったら…………。」

 

「そ、そんなことが」

 

 

  リーナから事の顛末を聞いたシルヴィア。今度は彼女の方が頭を抱えたくなっていた。

  拘束されていたとはいえ、『スターズ』の最大戦力であるリーナが、間違いなく日本の最高戦力である四葉董夜と対峙したのだ。

  それは先日実習授業で対峙したのとでは次元の違う話だった。

  しかし、そんな大きな話より今のシルヴィアにするべきは、目の前でマイナス思考のループに囚われているリーナを救い出す事だ。

 

 

「大丈夫ですよリーナ。相手はあなたがいる事を前提に動いていたのに比べ、あなたは予想外の事態だったのです」

 

「前提…………。予想外…………。」

 

「そうです!それにトウヤ ヨツバに加えて『普通じゃない高校生』のシバ兄妹もいたのでしょう?運が悪かっただけです!」

 

「普通じゃない………。運が悪い………!」

 

 

  結果から言うと、シルヴィアはリーナをマイナス思考から救い出す事に成功した。

  その代わりとして、八つ当たりに愚痴を延々と聞かされた事を除けばだが。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  数日後の夜。といっても場所は日本とは程遠いアメリカ 西海岸。

  大きな豪邸で開かれていたパーティーに、黄色いクラシックドレスを見に纏った雫の姿があった。

 

 

「ティア!」

 

「レイ」

 

 

  喧騒の中、大袈裟に手を振る男性が雫に歩み寄った。

  彼の名前はレイモンド・S・クラーク。

  留学先の男子生徒の中で雫に最初に声をかけた人物であり、何かにつけて雫のそばに寄ってくる白人である。

 

 

「この前頼まれてた件だけど」

 

「レイ」

 

 

  まるで飼い主の言う事を聞く犬の様に、嬉しそうなレイモンドを雫が制した。

 

 

「場所を変えよう」

 

 

  いつもより数段強い口調で名前を呼ばれ、レイモンドは口を噤んでコクコクと頷いた。

 

 

  大きな豪邸、というのは決して比喩でも大袈裟でもない。そこは北山家が令嬢のステイ先に選んだ家だけあって豪勢だった。

  会場は屋内だけでなく庭も解放されているが、流石にこの時期、庭に出ている人影は疎らだった。

  真冬の寒さに体を震わせたレイモンドに、雫はハンドバックに入れたままでCADを操作し、自分の周りに暖気のフィールドを作り出した。

 

 

「ありがとう、ティア……魔法というのはこんなに便利なものなんだね」

 

「私ならこの程度だけど、董夜さんなら屋敷を丸々覆う以上のことができるはず」

 

「それはすごいね!流石は『Yotsuba』だ!」

 

 

  USNA にとって魔法は力を誇示する為のものであり、知識を誇示する為のものであり、地位を誇示する為のものである。

  そのため、日本のように日常生活に応用される事が少ないのだ。

 

 

「まず『吸血鬼』が発生しているのは、事実だったよ」

 

「そう」

 

「原因は不明だけど、無関係とは思えない情報が手に入った」

 

「話して」

 

「もちろん。高度に情報封鎖されている事だけど、十一月にダラスで余剰次元理論に基づく極小(マイクロ)ブラックホール生成・蒸発実験が行われた」

 

「余剰次元理論?」

 

「ゴメン、詳しいことは僕にも理解できない」

 

 

  小さく首を傾げた雫に、申し訳なさそうにレイモンドが首をすくめた。

  世界中で『余剰次元理論』と聞いてすぐに内容が理解できる高校生は、どこかの達観した妹思い(シスコン)ぐらいだろう。

 

 

「僕はこのブラックホール実験が、吸血鬼を呼び出したと確信してる」

 

「……………『ブラックホール』って」

 

 

  強い意志を持ったレイモンドの目とは裏腹に、雫は何かを考え込んでいるようだ。

 

 

「そう、もしかしたらトウヤ ヨツバの魔法に焦ったUSNA が完成を焦ったのかもしれない」

 

「その結果、吸血鬼を招いた」

 

「あぁ、予測に過ぎないけどね」

 

「助かった、ありがとう」

 

「どういたしまして、他ならぬティアの頼みだからね」

 

 

  そう言って微笑むレイモンドのアプローチはかなり露骨なものだった。しかし雫本人は、特にそう考えていないらしい。

  そんな二人を少し離れたところから見つめる少女がいた。

 

 

「コンバンハ」

 

 

  吸血鬼についての話が終わり、特に隠す必要もない会話をレイモンドとしていた雫が、唐突な声の方向へと顔を向けた。

 

 

「貴女がシズクね?」

 

「あなたは?」

 

 

  そこにいたのは雫より少し身長の高い少女だった。

  腰にかかる位の綺麗なブロンズヘアを携え、髪と同じ色の目をした外人。まず間違いなく美少女である。

 

 

「わたしはヒナミ・シイナ。パパが日本とアメリカのハーフで、ママは生粋の日本人よ。私も小さい頃は日本に住んでたの」

 

 

  雫より大人びた見た目に反した無邪気な笑顔に、雫が驚いたのか僅かに目を見開いた。

 

 

「じゃあ日本語も?」

 

「えぇ、忘れないように練習していたからこの通りよ」

 

 

  ヒナミの口から出る言語が、日本の面影など感じさせない程流暢な英語から、日本人と比べても遜色のない日本語に変わる。

 

 

「それにしても血の四分の三が日本人とは思えないね」

 

「えぇ、よく言われるわ」

 

 

  同じく日本語を話せるレイモンドが、ヒナミの目と髪に目を向け、ヒナミが慣れたように肩をすくめた。

 

 

「私は会った事ないのだけれど、生粋のアメリカ人だった父方のお祖母様と瓜二つらしいわ」

 

「隔離遺伝………初めて見た」

 

「それよりまさか日本人に会えると思ってなかったから嬉しいわ!シズクと呼んでもいいかしら?」

 

「勿論、私もヒナミと呼ぶ」

 

 

  いくら感情の起伏が乏しいとは言え、未開の地で不安だった雫に、日本語が堪能であり、同性であるヒナミの存在は、雫の心を開くには十分すぎるものだった。

 

 

「ヨロシクね!シズク!」

 

「よろしく、ヒナミ」

 

 

  空気を読んで立ち去って行ったレイモンドに心の中で礼を言い。二人は日本式に握手をした後、アメリカ式にハグをした。

 

  その後。雫は残りのホームパーティーをずっとヒナミと共に過ごした。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

『突然現れたお前は少なからず警戒されるだろうから、報告は余程の事がない限りしなくていい。一番良いのは、なんの報告もなくお前が帰ってくる事だな』

 

「ダメだ、アイツが書いた文字を見るだけでイライラする」

 

 

  荷物の中にあったクリアファイルから紙を取り出し、読み終えたブロンズ髮の少女は、その紙を燃やしトイレに流した。

 

 

「それにしても、あのレイモンドとかいう男。なんで軍の機密情報を知ってたんだろう?」

 

 

  雫が張った暖気フィールド兼遮音フィールドなど意にも介していないかのように、少女は呟いた。

 

 

「それにしてもシズク、感情豊かだね。私が日本語を話した時の安心したあの顔」

 

 

  少女は暗殺者や傭兵など、バイオレンスな経歴で得たスキルを総動員して、獲得した成果を反復した。

 

 

 

 

 

 

 ,

 




レイモンドが日本語が話せるかどうか分からなかったので、『話せる』ということにしました。
これぞご都合主語!という感じですが、ご了承ください。



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60話 シンニュウ

 60話 シンニュウ

 

 

 

 

『Good evening』

 

「報告か?早いな」

 

 

  董夜が夕食を食べ終えた頃。バークレーは深夜なのだが、雛子は電話の画面越しでも分かるくらいの怨嗟を込めた目を董夜に向けた。

  いや、何故か変装を解いてないのでヒナミと呼ぶべきか。

 

 

「それで報告h…。」

 

『ちょっと待って!』

 

 

  董夜の纏う雰囲気が『主人』へと変わる瞬間、雛子がストップをかけて、董夜の雰囲気の変化を阻止した。

 

 

「どうしたの」

 

『今の私は『柊 雛子』じゃない、『ヒナミ シイナ』なの』

 

「『ヒナミ・シイナ』…………そういう偽名にしたんだ、似合ってるよ」

 

 

  そもそも『ヒナミ シイナ』という偽名は董夜が指定したわけではない。極寒の貨物室で雛子が震えながら考えたものである。

 

 

『つまり、私は『あなたの命令で動く雛子』じゃなくて、『あなたのお願いで飛ばされたヒナミ』なの!』

 

「………まぁ、なんとなく言いたいことはわかったよ」

 

 

  風呂の直後に上空へ飛ばされたのが余程頭にきてるのか、今回のヒナミは『董夜の命令』という形では動きたくなく、『お願いを聞いてあげる』という形で自分自身を納得させたいようだ。

 

 

「それでヒナミ、何かあったかい?」

 

『シズクに近づいてる金髪の白人がいた』

 

『白人の男、レイモンド・S・クラークはシズクのアッチでの同級生みたい』

 

『そして、何故かその同級生がUSNAの軍の機密情報を知ってた』

 

 

  ヒナミからの報告を、董夜はメモを取ることなく記憶に入れていく。そして、電話の画面に映し出されたレイモンドの写真を見て、何かを考えるように顎に手を当てた。

 

 

『レイモンドによると、十一月にダラスで【余剰次元理論に基づく極小(マイクロ)ブラックホールの生成・蒸発実験】が行われたらしいの』

 

『彼は、その実験が吸血鬼を招く原因になったんだろう、って言ってたわ』

 

 

  雛子からの報告を董夜は黙って聞き続ける。

  過大評価なしに、董夜は相当なハイスペック高校生である。しかし、そんな彼でも『余剰次元理論に基づく』なんて言われれば、頭に?マークが浮かんでしまう。

  それでも、そんな彼だからこそ聞き逃せないワードがあった。

 

 

「ブラックホール…………。」

 

『うん、そう言ってたよ』

 

 

  可愛らしく頷くヒナミだが、その際に顔が下を向いた時でさえ目だけは恨めしそうに董夜を見つめている。

  しかし、董夜はそんな不気味なヒナミを見ることなく嘲笑を浮かべた。

 

 

「ふっ、人の真似事ばかりするからこうなる。大方俺の魔法発表で焦ったんだろう」

 

『一応もしものことを考えてシズクに付けてた盗聴器は回収したけど、おそらく私と同じタイミングで今日聞いたことを達也に報告してるはずだよ』

 

「了解、ありがとう」

 

 

  真夜中にも関わらず、報告のために電話を掛けてくれたヒナミに、董夜が優しく微笑みながら礼を言った。

  それに対して、ヒナミは最初と変わらない目を董夜に向けながら、床に唾を吐いて電話を切った。

  ヒナミの怨嗟の目を『寝不足なのかな?』と勘違いしていた董夜は、その衝撃にしばらく動けずにいた。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「おはよう、四葉くん」

 

「やぁ、おはよう」

 

 

  週明けの学校。

  董夜はいつも通り教室に入り、いつも通り教室内にいるクラスメートから声を掛けられ、いつも通りそれに応じる。

 

 

「おはようリーナ」

 

「は、ハロー、トウヤ」

 

 

  そしていつも通り、隣の席のリーナにも挨拶をする。当然先日のことを考えれば、彼女がそんないつも通りの事を出来るはずはない。

 

 

「先日は悪かった。あそこまでするつもりはなかったんだ」

 

「ッ!?…………き、気にしない気にしない!」

 

 

  まさか学校であの夜のことに触れられると思っていなかったリーナの顔が驚愕に染まり、慌てて笑顔に戻した。

 

 

「おはようございます、董夜さん」

 

「おはよう深雪」

 

 

  そしていつも通りにいかないのは深雪も同じである。

  未遂に終わったとはいえ、達也と董夜が一触即発になったのだ。あれは深雪の人生の中でも十分ショックな出来事だった。

 

 

「はぁ、ねむ」

 

 

  しかし、そんな少女二人の心境など毛ほども気にしないかのように、董夜は不自然なほど自然に振る舞っていた。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「達也、あの夜のことは水に流そう。あんな気持ちのすれ違いで決別するのは御免だ」

 

「あぁ、そう言ってもらえると助かる」

 

 

  昼休み、他のクラスメートと昼食を食べるリーナを置いて、董夜と深雪とほのかは屋上でお弁当を食べていた。

  第一高校の屋上はちょっとした空中庭園になっており、瀟洒なベンチも置かれていて人気のスポットになっている。

  しかし、自然と異性の目を引きつける深雪と董夜に加え、美少女と言っても差し支えのないほのかがいれば、近寄りがたい雰囲気になり、人避けになるのだ。

 

 

「それにしてもエリカたちは?」

 

「エリカも幹比古も今回の騒動で疲れてるのか教室にいるよ。美月はその付き添いだ」

 

「なるほど」

 

 

  今日は湿度が高く、屋上は少し肌寒くなっていた。

  しかし、寒さという問題は深雪が寒気を遮断する魔法を使ってクリアしていた。

  それなのに、ほのかは達也の腕を隙間もなく抱え込んでいた。

  そして、それを見た深雪が醒めた。そして冷めた。

 

 

「(ほのかがそのつもりなら……!)」

 

 

  対抗意識を燃やした深雪が、側にいる董夜の腕にしがみつこうとした時、タイミング悪く董夜が立ち上がり、深雪は体全体で空振りをすることになった。

  両手を広げ、体全体で床にダイブしていく深雪は、はたから見れば謎の光景、という他ないだろう。

 

 

「董夜?」

 

 

  避けられた、と床に手をつきながらヨヨヨ、と涙を流す深雪を余所に董夜は何かを見つめてた。

  そして次の瞬間、彼は何の躊躇いもなく屋上から飛び降りた。

 

 

「深雪?」

 

 

  しかし、達也の意識は飛び降りた董夜にではなく、何やら目を細めている深雪に向けられていた。ただし深雪は床に座り込んだままだが。

 

 

「何やら……不快なものが肌を掠めた気がして」

 

「それは想子(サイオン)波か?それとも霊子(ブシオン)波か?」

 

「分かりません。けれど、お兄様がお気づきにならなかったのであれば霊子(ブシオン)では?」

 

 

  想子(サイオン)波であれば、達也が気付かぬはずが無いのだから。

  ちょうどそのタイミングで深雪に一本取られたな、と感心していた達也の情報端末が音を発した。音声通話の着信サイン。達也が端末を耳に当てた。

 

 

『達也くん、大変よ!』

 

「七草先輩、細かい位置はわかりますか」

 

『吸血鬼が校内にーーって、知ってるなら早いわ。例のシグナルは通用門から実験棟の資材搬入口へ向けて移動中よ』

 

「了解です」

 

 

  そして達也と深雪はほのかを置いて、飛行デバイスのスイッチを入れフェンスを飛び越えた。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

  董夜・リーナ・達也と深雪・エリカと幹比古と克人

 

 

  この三グループはそれぞれ同じ目的へと、行動を開始した。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ミア!」

 

「ッ!?」

 

 

  その声をトレーラーの中で聞いて、一校の敷地内でアンジェリーナ・シリウスの方から接触してくるという予想外の出来事に、ミカエラ・ホンゴウは当惑と緊張を覚えていた。

  しかし、無視すればかえって怪しまれてしまう。

  ミカエラは自分からトレーラーを降り、努めて普通を装ってリーナの方へとゆっくり足を進めた。

 

 

 

 

  いや、進めようとした。

 

 

「ウグッ………!!」

 

 

  一歩踏み出そうとした瞬間、彼女の体を支えているのが足一本になった時。

  彼女を黒い死神が襲った。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「彼女です。間違いありません」

 

 

  達也と深雪が、エリカと幹比古と克人に合流し、その後に見たものは。呆然とするリーナと、トレーラーの前で宙に浮く技術者然とした女性と、その首を片手で掴み上げる董夜だった。

 

 

「ミア、貴女が…………。」

 

 

  シルヴィアからの報告を受け、ミカエラが白覆面だったことを知ったリーナは動けずにいる。

  しかし、それより呆然としているのはミカエラの方だった。

 

 

「(接近の気配なんて感じなかった………!)」

 

 

  自分が既に制圧され掛けている、という事実が彼女にとって何よりも予想外の出来事なのだ。

 

 

「それで達也、こいつはどうするんだ」

 

「四葉……俺が預かってもいいだろうか」

 

 

  首を絞めている董夜の腕を両手で掴み。何とか逃げようとするミカエラから目を離した董夜に、克人が答えた。

  本来なら『俺が預かる』と宣言したい克人だったが、彼女の生殺与奪を握っているのは董夜である。

  他の人間なら克人が威圧して終わりだが、董夜の場合、一歩間違えればその場で彼女を消滅させかねない。

 

 

「了解、預けますよ……ッ!」

 

 

  克人に引き渡すため、ミカエラの意識を落とそうとした董夜だが、何かを察知して彼女を床に叩きつけて離脱した。

  その瞬間ミカエラを雷光が包んだ。

 

 

「自爆!?」

 

 

  ミカエラの体から炎が発せられ、紙のように一瞬で燃え尽きる。そしてら何もない空間から、急に電撃が董夜、達也、深雪、克人、リーナ、エリカの六人へと襲いかかった。

 

 

「チッ………!」

 

 

  取り逃がした事実に苛立つ董夜が、六人に向けられた電撃を諸共弾き飛ばした。

  本来リーナの分まで弾くつもりは無かった董夜だが、こんな事で達也にまた警戒されるのは本望ではないのだろう。

 

 

「「(あれが、パラサイトか)」」

 

 

  そして董夜と達也は、情報の海を漂う霊子の塊を観た。

 

 

「約束して、決して無理はしないと」

 

「………約束する」

 

 

  突然聞こえてきた幹比古と美月の声に、その場にいた全員の目が集まる。その先では至近距離で見つめ合う二人。

  こんな時に何やってんだ。と突っ込みたくなったのは一人ではないはずだ。

 

 

「あそこです!エリカちゃんの頭上約二メートル、左寄り一メートル、後ろ寄り五十センチ!」

 

 

  美月の言葉に、何が?と思う者はいない。彼女が指定し、指差した方向へと達也が左手に凝縮した想子(サイオン)塊を解放する。

  その様子を見た董夜が軽く息を吐き、同じ場所へと視線を向けた。その目に攻撃を加える意思はなく。ただ観察者(オブザーバー)のソレだった。

 

  放出点を掌に設定した術式解体(グラム・デモリッション)想子(サイオン)流がパラサイトに襲いかかり、触手と本体を纏めて吹き飛ばした。

 

 

「逃したか」

 

 

  克人の言葉に達也は応えなかった。あの場面で術式解体(グラム・デモリッション)を使えばパラサイトを吹き飛ばすだけで、止めを刺せずに逃してしまう。達也はそう予想し、その通りになった。

 

 

「あの場ではあれが最善手でしょう。それより、最初に逃したのは俺ですよ」

 

「いや、非難のつもりはない。今回は被害が出なかっただけでいい」

 

 

  十文字克人、司波深雪、司波達也、四葉董夜、アンジー・シリウス。

  それに加えて、『見える』美月に、古式の幹比古、剣士のエリカ。

  これだけの人間が揃っていながら、獲物を取り逃がす。

 

 

  この場の全員にとって、被害は無かったとはいえ、この結末は無様という他無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ミカエラ(パラサイト)との戦闘シーン、かなりはしょりました。


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61話 ヤクドウ

 61話 ヤクドウ

 

 

 

 

 

「………では、スターズのシリウスともあろう者が、高校生相手に手も足も出せずに容疑者を奪われた、ということかね」

 

 

  董夜たちが『ミカエラ・ホンゴウ』という器の中にいた吸血鬼(パラサイト)を逃した次の日。リーナはUSNAの大使館にて、人生初の居心地の悪さを味わっていた。

 

 

「それに容疑者と一ヶ月も隣の部屋で寝起きしていたのだ。噛まれた痕がないか、検査したのか?」

 

「まだなら今すぐ、この場で隅々までチェックすべきだ」

 

 

  リーナにセクハラとしかいいようのない事をネチネチと言い続ける査問官たちは、十代で少佐というリーナに嫉妬しているようだ。この場に集まったのはそんな『実戦を知らない』高官たちだった。

 

 

「それは少佐に対して、余りに失礼というものでしょう」

 

 

  男たちに対し、リーナが激昂寸前で立ち止まることができたのは、査問室に突如として入ってきた女性のおかげだった。

 

 

「バランス大佐」

 

 

  USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長。

 

  急に口を出してきた女性に、査問官たちは怒鳴り声を上げようとしたが、誰一人としてそれを口から出せるものはいなかった。

 

 

「失礼、発言を許可願えますか?」

 

「あぁ、許可しよう」

 

 

  つい先日、二十代最後の日を迎えたとは思えない女性。

  そんな彼女の目線に、半数以上の査問官が怯んだ。

 

 

「今回、シリウス少佐に与えられた任務は、彼女の職務及び能力から見て適正なものではなく、任務の失敗を彼女の責に帰すのは妥当ではないかと」

 

 

  室内にざわめきが広がる。今回査問会に彼女を呼ばなかったのは、彼女を不必要とする意見があったからだ。

  それでも彼らにとって、彼女がここまで正面からリーナを庇ったのは予想外だったのだ。

 

 

「それに今回の件、四葉董夜が出張ってきたというのなら尚の事、致し方ないというべきでしょう」

 

 

  こんどはざわめきではなく、査問官達が息を飲む音が聞こえてくる。

  それもその筈、高校の一区画という非常に狭い範囲で戦略級魔法師が対峙したのだ。

 

 

「ううむ、あの一族(アンタッチャブル)か」

 

 

  今回、査問会に集まったのは『実戦を知らない』高官たち。

  戦闘を知らず、文書しか見ていない彼らだからこそ【たった数十人で国を滅ぼした】さらには【その一族の中でも歴代最強】と呼ばれている『四葉董夜』のインパクトは強かった。

  それこそ、自分たちの最高戦力(シリウス)に不安を抱くほど。

 

 

「本官はシリウス少佐に現行任務を継続させるべきと考えます」

 

 

  バランスの言葉に、査問官の中で最も階級の高い男が唸る。

 

 

「それと同時に、四葉董夜がここまで本件に積極的に関与してくるのは予想外です。その為、現地の支援レベルを最高水準に引き上げることを合わせて提案いたします」

 

「ううむ、具体的には何を?」

 

「駐在武官に対する監査を名目として、本官が東京に駐在しようと思います」

 

 

  三度目のざわめき。それは単なる驚愕か、それとも保身のためか。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

宿主(しゅくしゅ)を全て消してください』

 

 

  表の仕事で横浜に出張していた貢に届いたのは、内容に似合わずあっさりとした真夜の声だった。

 

 

「捕縛ではありませんので?」

 

『ええ、抹殺です』

 

「しかし、パラサイトは宿主を失うと、他の宿主を探して飛び去ってしまうのですが、それを突き止めるには時間が………。」

 

『構いません。死亡した宿主からパラサイトがどのように抜け出すのか。情報体の状態でどの程度の距離を移動するのか』

 

「それを観察して報告せよと?」

 

『多分、貴重なデータになりますから。できますね?』

 

 

  貢は受話器を持ったまま、音声のみの通話であるにも拘らず、深々と腰を折った。

 

 

「仰せのままに」

 

『消去が終わったら一旦そこで報告してください』

 

「明後日までお時間を頂きたく」

 

『では、お願いしますね』

 

 

  貢が再び命令を受諾した旨を伝えると、電話は切れた。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

  翌日

  とんでもないニュースがアメリカから飛び込んできた。

  それは達也たちが雫から聞いた物と全く同じものだった。

 

 

「おはようリーナ」

 

 

  憂鬱な顔のリーナは立ち塞がった人影を見て、脱兎のごとく逃げ出した。

 

 

「人の顔を見て逃げ出すってのは、どういう了見なんだ?」

 

「ア、アハハハハ…………」

 

 

  リーナの逃走は僅か三歩で終わりを告げた。その彼女の視線の先には、爽やかな笑みを浮かべてこちらを見つめる董夜がいたからだ。

 

 

「おはようリーナ、実は聞きたいことがあってね」

 

 

  前門の虎 後門の狼

  事情を知るものが見れば、戦略級魔法師二人が戦略級魔法師を挟むという、正にドリームな組み合わせなのだが。そんな夢のある空気ではなかった。

 

 

「く、殺せぇ……!」

 

「まぁこんな所で時間を潰して遅刻するわけにもいかない。歩きながら話そう」

 

「無視するな!」

 

 

  自分の体を抱きしめ、董夜を睨みつけるリーナだが。董夜はそれを無視にて改札を出た。

  怒りと警戒感を露わにしながらも、大人しくついていくのは、こんな所で騒ぎを起こすわけにいかない自分の立場を弁えているんだろう。

  ちぐはぐな二人を見て、達也はそう思いながら深雪と共に二人の後を追った。

 

 

「今朝のニュースは見たか?」

 

「………見た。不本意だけど」

 

 

  早速本題に入った達也に、リーナが本当に不愉快そうに吐き捨てた。

 

 

「あの内容なら、当然機密扱いになってた筈だ。外部の人間が調べ上げるのは難しいと思うが」

 

「……………『七賢人』よ、多分」

 

「七賢人?ギリシャにもそんなのがいたな」

 

「The Seven Sagesって名乗ってる組織があるの。正体不明だけど」

 

 

  初耳のワードに、今まで聞き専に徹していた董夜が口を開き。達也がリーナの口から出た言葉に驚愕した。

 

 

「君たちに正体がわからない?USNA国内の組織なんだろう?そんなことがあり得るのか?」

 

「あるのよっ!口惜しいことに!」

 

「…………。」

 

 

  本当に口惜しそうなリーナの表情に、董夜は何かを考え込んでいるようだ。しかし、そんな董夜に気づかず、達也はリーナに集中している。

 

 

「七賢人って組織名も向こうから名乗っててきたもので、どんなに調べても尻尾がつかめないのよ。セイジの称号を持つ幹部が七人いることしか」

 

 

  話を進めていくうちに、四人は着々と校門へと近づいていく。リーナが達也に当たり、深雪が咎め、リーナが呪詛を呟く。そんな三人を他所に董夜は何かを必死に考えていた。

 

 

「(あのレイモンド・S・クラーク、何で報道前の機密を……?)」

 

「(そして『七賢人』。米国内の組織でありながら、政府や軍の目を欺いているということは、そんなに大きな組織じゃない筈だ)」

 

「(最悪、その『セイジ』とかいう幹部七人だけの組織ということもあり得る)」

 

「(それでもし、あのレイモンド・クラークが『七賢人』だったら)」

 

「まずいな」

 

「パラサイトをこの世に招いたのは、意図した結果か?」

 

 

  幸い、と言うべきか、董夜の膨大な思考から漏れたほんの少しの言葉は達也や深雪やリーナに届くことはなかったようだ。

 

 

「(七賢人はアメリカの目を誤魔化し、さらには機密情報を悟られることなく盗み出せるほどの技術がある)」

 

 

  そんな董夜の思考に、遠く離れた土地で、今も情報を集めているであろう女の子の顔が思い浮かんだ。

 

 

「(いや、あるとすれば、雛子とは間違いなく相性が悪いな)」

 

 

  雛子は『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』こと、藤林響子をも驚かせるほどのハッキング技術がある。しかし、それでも七賢人には劣る可能性が大きい。

  不安の広がる思考の中で、唯一安堵できるのは、雛子の長所がハッキング技術だけでなく、魔法技術や体術でもあることだった。

 

 

「いいえ、本気で言ってるのなら怒るわよ、タツヤ」

 

 

  そう言いながらもかなり怒った表情を浮かべているリーナ。そして次は呆れたような顔で董夜を見た。

 

 

「そもそも、トーヤがあんな魔法発表するからよ!それのせいで実験が早まったんだから!」

 

「ちょっとリーナ!董夜さんは悪くないでしょう!」

 

「あーもー!ミユキがいると私何も喋れないわよ!」

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ボス。処分は全て完了しました」

 

「損害は?」

 

「ありません」

 

 

  黒葉貢が真夜の命令に従い。彼が編み出したオリジナル魔法。【毒蜂】で吸血鬼の一人を始末した時、彼の背後には部下が数人立っていた。

 

 

「ご当主様の命令だ。宿主から抜け出した精神体の追跡も怠るな。最終的に見失うのは仕方ないが、可能な限り追い続けろ」

 

 

  貢からの指令に、部下が微妙な顔を浮かべた。

  黒葉貢は不可解なは人間だ。

  幾つもの仮面を持ち、素顔がまるで見えない。

  果たして『素顔』と呼べるものがあるのかさえ分からない。

  彼の近くに仕える側近ほどそれを強く感じていた。

 

 

「ふっ…………俺なんぞ可愛いものだ」

 

 

  そんな黒葉貢でも分からない人物はいる。それは四葉真夜などではなく、その息子。

 

 

  黒葉貢の彼に対する評価は決して低いものではない。それでも決して好評しているわけでも無い。

 

  四葉董夜は仮面という物を持ち合わせておらず、高校生、師族当主候補、戦略級魔法師、その全ての顔が彼の素顔である。

 

  しかし、誰も彼の素顔が複数あるなどと思わない。

  ある者(一般市民)が見れば『優しく』『強く』『責任感があり』『頼りになる』という好青年のような素顔が映り。

  ある者(敵勢力)が見れば『恐ろしい』の一色。悪魔のような素顔が映り。

  ある者(名家当主)が見れば『聡明』『非情』という隙のない素顔が映る。

 

  黒葉貢に言わせれば、その全てが彼の素顔であり。本性なのだ。

 

 

「それでも、貴様に当主の座は渡さん」

 

 

  一人残された部屋で、貢は決意を固め。決して大声ではないものの強く言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  四葉董夜の本性は誰もが知っていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ,

 





内容が中々進まず、蛇足ばかりですが、それが私のスタンスです。

どうかお付き合いください。






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62話 オシゴト

因みに深雪の心情ですが。
原作のように深雪は達也を『尊敬』こそしていますが、『敬愛』まではいっていません。
そのため、深雪のリーナに対するスタンスは、恐らく皆さんが思ってる以上に柔らかくなると思います。




 62話 オシゴト

 

 

 

 

 

『はいもしもし、雛子は今気分が悪いので電話を切ります』

 

「安心しろ、お前に用はない。ヒナミに代わってくれ」

 

『ムキーー!』

 

 

  董夜の部屋の画面に、雛子の口惜しそうな顔が映り、さらに地団駄を踏む姿も送られてきた。そんな彼女に、董夜は勝ち誇った顔を浮かべたが、次の瞬間には表情が一変した。

 

 

『それで、何の用でしょうか!』

 

「雛子………。」

 

『っ!………………何か御用でしょうかご主人様(マスター)

 

 

  唐突な董夜の言葉に、雛子は一瞬口惜しそうな顔を浮かべた後、息を吐いた。

  そこにはもう、ヒナミも先程のような雛子もいない。

 

 

「いま『七賢人』という組織についての情報を送った、今すぐ確認し、終わり次第削除しろ」

 

『了解…………削除が完了しました』

 

 

  『七賢人についての情報』といっても内容は董夜がリーナから聞いた物と全く同じである。

 

 

「どう思う?」

 

『はい、あのレイモンドという男がセイジである可能性が高いかと』

 

「あぁ、お前にはレイモンドが実際に通信をしている場所を割り出し、そこに潜伏してくれ」

 

『了解』

 

「こちらが軽く調べた情報とお前の情報を合わせても、奴は普通の高校生活をしている。恐らくだが奴の家が怪しい」

 

『了解』

 

「それに際し、この通信内容も聴かれている可能性が高い、『関知』もしくは『待ち伏せ』のような動きを察知した場合、『逃亡』を最優先とし、どんな手段を使っても逃げ延びろ」

 

『了解』

 

「必要な場合には、こちらからの連絡のみで済ませる」

 

『了解』

 

 

  それだけ言って董夜は電話を切った。

  董夜の『逃亡の為ならどんな手を使ってでも』という言葉の裏に隠れた、『誰を何人殺害しても、例えそれが北山雫でも』という言葉を雛子は察知しただろう。

 

  そして『逃亡を最優先としろ』という言葉が、決して心配から来た言葉ではなく、『柊雛子という利用価値の高い駒を捨てるわけにはいかない』という思考から来ていることも。

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「誠に申し訳ありません!今日はお先に失礼させていただきます!」

 

 

  放課後、生徒会の執務中。誰が見ても不調そうなほのかを、深雪とリーナが何とか説得して帰らせていた。

 

 

「み、光井さんが終わらせるはずだった仕事はどうしましょう」

 

 

  残されたあずさ(生徒会長)の心配そう言葉に、五十里(会計)が苦笑いを浮かべ、深雪(監査)リーナ(臨時)が言葉を詰まらせる。

  そんな会長の質問に応じたのは、先程から仕事もせずに何処かと連絡を取っている董夜(副会長)だった。

 

 

「ほのかの仕事ならもう終わらせました」

 

「も、申し訳ありません、董夜さん」

 

「え?」

 

 

  董夜の言葉に深雪は心底申し訳なさそうにこうべを垂れ、周りの役員ははてなマークを浮かべた。

  それもその筈、生徒会室に最初に来たのは董夜だが、二番目に深雪が来てから今まで、董夜は仕事をしている姿を見せていない。

  それに、先程までほのかは一応書類に目を通していたのだ。董夜が仕事を終わらせたとすれば、ほのかが見ていたあの書類は何だったのか。

 

 

「あぁ、あの書類ですか。あれは廃棄するはずの書類を見つけたので、ほのかの席に置いておいただけです」

 

「え、え〜」

 

 

  つまり、ほのかがこの生徒会室に来た時点で仕事は終わっており、必死にゴミに目を通していたことになる。

 

 

「と、董夜くんも仕事しなきゃダメです!」

 

 

  余りにもハイスペックすぎる副会長に、あずさが何とか会長の威厳を見せようと叱ったが、帰って来たのは悪意のない口撃だった。

 

 

「俺の仕事はほのかの仕事の前に終わらせました。あ、会長の昨日の仕事、ミスがいくつか見つかったので今日中に目を通しておいてください、。後ろの棚に入れてあるので、お願いします。あと会長はミスをすると、その後に連続したミスが続くので、スピードより精度を重視しましょう。あ、そこ間違ってますよ」

 

「う、うぅ…………プシュゥゥ」

 

 

  反論が出来ないことに加え、次々と増えていく仕事量に、あずさの頭から何かが吹き出した。

  そして、その口撃はあずさだけには止まらない。

 

 

「五十里先輩、そのペースなら後十五分ほどで仕事が完了すると思いますから。申し訳ありませんが、会長のサポートに回っていただけますか?」

 

「う、うん。了解」

 

「深雪、お前はこっちを見てないで仕事しなさい。五十里先輩に大分遅れをとってるよ。あとそこ、ミス」

 

「もっ、申し訳ありませんっ!」

 

「リーナ、いくら臨時と言ってもここにいる限り仕事はしてもらわないと困る。もし今日の仕事が終わらなかったら、ステイ先に送るからね」

 

「ふっ、やって見なさいな!」

 

「り、リーナダメ」

 

 

  臨時より副会長の方が立場は上なのだが、それでも急に上から物を言われたのが気に食わなかったのか、リーナが反抗し、深雪が止めようとするが、時すでに遅し。

  董夜がどこかに電話を始めた。

 

 

『はいもしもし』

 

「私、アンジェリーナさんの通う学校で生徒会副会長を勤めている四葉董夜と申します」

 

『っ!?…………アンジェリーナがお世話になってます』

 

 

  董夜が電話をスピーカーにしているため、電話に出た相手。女性の声が深雪たちにも届く。そして、その声を聞いたリーナの顔がどんどんと青くなっていった。

 

 

「(バ、バランス……大………佐………?)」

 

 

  因みに、董夜は反抗的なリーナを懲らしめることが目的である。その為、リーナの潜伏先の人間が誰だろうと、どうでもいいのだ。

 

  それが例え、ホワイトハウスの主だろうが、国防総省の長だろうが。

 

  USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長だろうが。

 

 

「お願いトウヤ!やめて!許して!これから働くから!何でも言うこと聞くから!もう反抗しないから!」

 

 

  リーナが急いで電話のスピーカーを切り、電話に拾われないレベルの声で董夜に懇願する。

  目に涙すら浮かべているリーナを見て董夜が優しく微笑み、その顔を見たリーナが安堵する。

  しかし。

 

 

「実は生徒会の臨時であるアンジェリーナさんが全く仕事をしてくれないのです。お手数ですが貴女の方から何かを言っていただけますか?」

 

『ふむ、分かりました』

 

 

  当然、董夜は電話の相手が米軍の重要人物であるなど知る由もない。

  董夜から差し出された電話を、リーナは震える手で受け取った。

 

 

「お、お電話変わりました」

 

『音声は周囲に聞かれている?リーナ?』

 

「い、いえ、大丈夫です」

 

 

  リーナが電話を変わった時、バランスはいつもと違い、まるで母親のように優しく声をかけた。しかし、それが演技であることなど、リーナには容易にわかった。

 

 

『シリウス少佐。私は今貴官が先日取り逃がした吸血鬼(パラサイト)に関する報告書を纏めている』

 

「はい………ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

『迷惑と分かっているなら何故下らない事で手間を掛けさせるのです?』

 

「も、申し訳」

 

『謝罪はもういいです。早急に仕事を終わらせなさい』

 

「は、はいっ!」

 

 

  リーナの返事とともに電話が切れ、董夜の手へと返還される。

 

 

「恨むわよっ!トウヤ!」

 

「はぁ、先方には迷惑だが、仕方がない、もう一度電話を」

 

「誠意を持って働かせていただきますっ!」

 

 

  正に死に物狂いという感じで仕事を始めたリーナに、深雪たちは同情の目を向けた。

 

 

「会長、そこ違います」

 

「四葉くんっ!」

 

「はい」

 

 

  再びミスを指摘されたあずさが今度は勢いよく立ち上がり、董夜は首を傾げた。

 

 

「七草先輩に届けて欲しい資料があって、ついでにちょっかいでも掛けてきてください!」

 

「え、いや、なぜ?」

 

「会長命令です!」

 

 

  強制的に生徒会室の外に出された董夜は「これって追放?」と一人考え込んでいたが、すぐに真由美を探し始めた。

  董夜が出ていく瞬間、絶望的な表情を浮かべていた深雪によって、中が極寒になっていることも知らずに。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「はぁ〜、明日どうしよ」

 

 

  周囲をパーテーションに囲まれ、面談室のようになっている食堂の一角で真由美は小皿に乗ったサラダを食べながらため息をついていた。

  昼休みに吸血鬼がらみの連絡を受けていたら授業が始まってしまい、昼食を取れていないのだ。それでも中途半端な時間に食べれば乙女の問題(体重増加)が発生してしまうため、サラダで済ませていた。

 

 

「失礼します」

 

「と、董夜くん!?」

 

 

  突如としてパーテーションの間から、パスタとサラダをお盆に乗せた董夜が現れた。

 

 

「ど、どうしてここに?」

 

「会長命令で真由美さんにちょっかいを掛けに来ました」

 

「え、えーと」

 

「それで、何か食べてるのが見えたので、僕も何か食べようかと」

 

 

  お昼を抜いている真由美とは違い、董夜はちゃんとお昼に深雪特製弁当を食べている。流石は育ち盛りだ。

 

 

「なるほどねぇ、あーちゃんも懸命ね」

 

「僕は実質追放ですよ」

 

 

  事の顛末を真由美に伝え、董夜は黙々とご飯を食べていく。真由美からしたら久々に董夜との二人きりの時間だった。

 

 

「董夜くん、あした何の日か知ってる?」

 

「確かバレンタインデーですね。クラスの男子が騒いでましたよ」

 

 

  頰を赤らる真由美に、董夜はそっけなく答える。

 

 

「どうせ董夜くんの事だから今年もたくさんもらうんだよね」

 

「えぇ、まぁ毎年もらったチョコは全部深雪に没収されるんですけどね」

 

「え!?じゃあ去年私が渡したのは」

 

「あれはその場で全部食べたじゃないですか」

 

 

  驚いて机に手をつき、立ち上がった真由美に、董夜は苦笑いしながら答え、真由美はホッと胸をなでおろした。

 

 

「今年も楽しみにしててね」

 

「出来ればまともなチョコでお願いします」

 

「あ、あたりまえじゃない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運命の修羅場まで、あと一日。

 

 



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63話 ケッセンゼンヤ



今回も短いです。


でも、これぐらいなら30分ぐらいで書けるから………いいのかな?


63話 ケッセンゼンヤ

 

 

 

 

 

「要するに、ホノカの調子が悪かったのは、タツヤにあげる明日のチョコレートが気になっていたから?」

 

「当たり、よく分かったな、偉い偉い」

 

「子供扱いしないでっ!」

 

 

生徒会の仕事も終わり、リーナが留学して来て初めて、董夜はリーナと二人きりで校門を出た。因みに深雪は達也と共に先に帰った。

 

 

「上司に絞られて頭が良くなったんじゃないか?」

 

「うっさいわね!…………って、何で上司って知ってるのよ!」

 

「そりゃあんな様子見ればな」

 

 

思い出されるのは先程、電話に向かって何度も頭を下げるリーナの姿。

 

 

「リーナ、お前は明日チョコ作るのか?」

 

「あら、天下のトーヤ様もチョコが欲しいのね」

 

「いや、俺は間に合ってるからいい」

 

「ムカッ!」

 

 

リーナの視線を手で振り払う董夜。リーナも擬音を口で言うあたり本気でイラついてる訳ではないのだろう。

 

 

「因みに達也はビターの方が好きだぞ」

 

「な、何でここでタツヤが出てくるのよ!」

 

「いや、出てくるだろう」

 

 

赤くなった頰を隠すように手で顔を覆うリーナ。達也への好意に気付いているのかは分からないが、董夜はあと一押しだな、と目を細めた。

 

 

「いくら任務とはいえ、折角留学して来たんだ、こっちの文化に触れるのも良いだろう」

 

「う、うん」

 

 

もはや自分がスターズである事を隠そうともしないリーナに董夜が苦笑を浮かべる。

数日前、リーナに本気の殺意を向けておきながら、今ではこんなに打ち解けている。リーナは董夜に心理操作をされていることを気づいているだろうか。

 

 

「おかえりリーナ」

 

「ただいま…………ってバランス大佐!?」

 

 

第一高校前()に着き、二人がコミュターを待とうとした時、既にホームには一人の女性の姿があった。

 

 

「USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長、ヴァージニア・バランス。階級は大佐です。どうぞよろしく」

 

「師族会議四葉家次期当主候補、四葉董夜です。こちらこそ、よろしく」

 

 

董夜から差し出された手を、バランスは一瞬躊躇したが、その手を取った。

 

 

「(これが、あの四葉董夜か)」

 

 

突然の事態に慌てているリーナとは違い。バランスは優しい笑みを浮かべて涼しい顔をしている。しかし、その内心は表情とは逆のものだった。

 

 

「(ふ、こういう奴は慣れて来たはずなんだがな。何だその目は、裸体を見られたとか、心を見透かされたとかいうレベルじゃない)」

 

 

そして、バランスの頰を一筋の汗が垂れ落ちる。

 

 

「(身体一つ一つの情報を全て読み取られたような感覚だ。流石は四葉(アンタッチャブル)ということか)」

 

「まだお若いのに、大した役職についていますね、周りからさぞ(ひが)まれたんじゃありませんか?」

 

「ふふ、気にしなければ良い話です」

 

 

自分の事を棚にあげる董夜だが、リーナもバランスもそこに突っ込まない。リーナだけでなく、バランスでさえも董夜が高校生とはとても思えなかった。

 

 

「貴方こそ、戦略級魔法師ともあろう人が護衛の一人も連れないとは」

 

「はは、今時僕に攻撃してくる人なんていませんよ…………それに」

 

 

言外にいつでも狙えることをアピールするも、董夜はそれを笑って流した。

 

 

「護衛も、もしもの際に壁にしかならないなら、邪魔なだけでしょう?」

 

「ッ…………!?」

 

 

それは強者としての油断や慢心などではない。

確定的事実からくる余裕。

それを本能で感じ取ってしまったバランスだからこそ『今、私とシリウスで不意打ちをしたら』という妄言を捨てざるを得なかった。

 

 

「お先にどうぞ」

 

 

駅にコミュターが到着し、リーナとバランスがコミュターの方へと歩いて行く。

そして、リーナを先に乗せたバランスがコミュターに乗ろうとした時だった。

 

 

「レッドラインは引いた。それを超えるか超えないかは貴女次第だ」

 

 

自身の背後から掛けられた言葉、その冷たさと鋭さ。バランスはコミュターに乗り込もうとする足を止め、勢いよく董夜の方に振り返った。

 

 

「……バランス大佐?」

 

「いない………か」

 

 

バランスはつい数秒前まで董夜がいた筈の場所に目を向けて息を吐いた。

 

久しく感じていなかった、絶対的強者と遭遇した恐怖。バランスの身体がソレから解放されたと判断し、彼女から緊張感が霧散した時。

 

先程とは真反対から、バランスの首筋に二本の指が添えられた。

 

 

「ご慎重に」

 

「ク………ッ………。」

 

 

バランスは動かない、いや動けない。

瞼の中で眼球が震え、多少だが足も震えている。

彼女の首から指が離され、董夜の気配が完全に消えた後も、バランスはしばらく動けなかった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「ねぇねぇ泉美。お姉ちゃん、すごい真剣だね」

 

「話しかけないで香澄、董夜お兄様に差し上げるチョコなの!分量を間違えたらどうするの!?」

 

「お、おおぅ、こっちも相当だ」

 

 

七草家には、さすが十師族なだけあって、立派な厨房がある。そして毎年、料理人(シェフ)ですら厨房に入るのを躊躇う時期がある。

 

 

「董夜くんには、とびっきり美味しいのを作ってあげなくちゃ………!」

 

「もっと、もっと愛情を込めないと!」

 

 

厨房の右端と左端で二人の女の子がチョコレートを必死に作っている。そして、その部分だけ周りとは雰囲気がまるで異なり、とても近寄りがたい空気を醸し出していた。

 

 

「調子はどうだい?泉美、真由美」

 

 

厨房の入り口で二人のことを引き気味に見ていた香澄の後ろから、この家の主である弘一が顔を覗かせた………しかし。

 

 

「お父様、唾が入ったら」

 

「どうしてくださいますの?」

 

「少し」

 

「お静かに」

 

 

当主に、というより自身の父親に対して、余りに無礼な態度だが。

 

 

「す、すみません」

 

「父さま、この時期の二人に話しかけちゃダメって、去年学ばなかったの?」

 

「う、ううむ」

 

 

包丁を持った手で二人同時に睨みつけられたら、いくら七草弘一といえども形無しである。

 

 

「ちなみに、香澄は董夜くんに作らないのかい?」

 

「私のはもう買ってきましたよ」

 

 

そう言って懐から、まぁまぁ高いブランドのチョコレートを取り出す香澄。

愛情を込めすぎて、何か別の物まで込めてしまっている泉美と真由美のチョコレートに比べれば、香澄のチョコレートはさぞマシに見えることだろう。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「深雪、何か手伝うことはないか?」

 

「いえ、お気遣いありがとうございます」

 

 

同時刻、司波宅。その会話内容だけ見れば、七草家よりマシに見えるだろう。しかし、深雪は声のトーンこそいつも通りなものの、目は達也を見ておらず、目の前のチョコレートしか見ていない。

 

 

「あの女狐より美味しいものを………美味しい………オイシイモノヲ」

 

「み、深雪」

 

 

手作りチョコレートを作っているだけだというのに、何故か深雪の頰は紅潮し、目は虚になり、息が荒くなる。

 

因みに、深雪は八雲などに渡すチョコレートはすでに作り終えており、達也に渡すものは昨日、()()()()()作って既に渡している。

 

 

「董夜さん董夜さん董夜さん董夜さん董夜さん…………………トウヤサン」

 

 

それは決して達也に渡すチョコレートを疎かにしているわけではない。

『お兄様には心を込めてチョコレートを作りたい』という気持ちと、『バレンタイン前日のリソースは全て董夜さんに割きたい』というジレンマから深雪を救うため。達也が去年『俺のは二日前に作って、前日に渡してくれて構わない』と提案したのだ。

 

 

「あぁ、董夜さんが私のチョコレートを待っている」

 

 

その為、深雪のバレンタインは。

 

バレンタイン二日前の夜

・達也へのチョコレートを心を込めて作る。

 

 

バレンタイン前日の朝

・達也へチョコレートを渡す。

 

 

バレンタイン前日の夜

・八雲たちへのチョコレートを()()()と作った後、董夜へのチョコレート制作に()()()取り掛かる。

 

 

決戦当日

 

という流れになっている。

 

 

「普通に美味しいというのは、こんなにも有難いのだな」

 

 

何かをブツブツと呟いている妹を見て、達也は今朝深雪にもらったチョコレートの味を思い出していた。

 

「リーナ…………………。」

 

 




バランスさんよく出てくるね。


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64話 バレンタイン

 64話 バレンタイン

 

 

 

 

 

「行ってきます」

 

 

  玄関を出た董夜の言葉に、返事をするものは誰もいない。ただ虚しく空中に溶けるのみである。

 

 

「さて、久しぶりだな、亜夜子に文弥」

 

「………ウソっ!」

 

「さ、流石ですわ、董夜兄様」

 

 

  先程まで何も無かった。いや、何も無いように感じられた場所から、亜夜子と文弥が姿を現した。文弥は驚愕に目を見開き、亜夜子も悔しそうだ。

 

 

「それで?何かあったのか?」

 

「はい、ご当主さまからの命令で参りました」

 

「母さんから?」

 

 

  思ったよりもビックネームが出たことに、董夜が目を細めた。そんな彼に今日最初のサプライズが忍び寄る。

 

 

「ご当主さまからのチョコレートを預かって参りました」

 

「ちょ、チョコ…………あぁ、そういうことか」

 

 

  ズッコケそうになるのをなんとか堪え、董夜はようやく今日が何の日か思い出した。

 

 

「わざわざありがとう。ごめんな、母さんが迷惑かけて」

 

「いえ、それに………」

 

「おねえちゃんもチョコを「うるさい」……ブハッ!」

 

 

  亜夜子から真夜のチョコを受け取り、苦笑いを浮かべる董夜に、亜夜子が頰を赤らめて何かモジモジしている。

  そして文弥が何か言いかけたところで、亜夜子からビンタが入った。

 

 

「ふ、文弥ぁぁ!」

 

「ぐ、グハッ」

 

 

  数メートル吹っ飛び、倒れ伏したまま動かない文弥に董夜が駆け寄る。

 

 

「董夜兄様、ちょ、チョコです!」

 

「あ、ありがとう」

 

 

  一向に起き上がろうとしない弟を無視して、チョコを渡す亜夜子。董夜も笑顔を引きつらせながら受け取った。

 

 

「それでは、私たちはこれでお暇致しますわ!ほら文弥、いくわよ!」

 

「は、はい。失礼します」

 

 

  優雅にお辞儀をして、亜夜子と文弥が一瞬で消えた。しかし、董夜の眼には走り去る二人の姿がはっきりと見えていた。

 

 

「あら董夜くん。奇遇ね」

 

「本当に奇遇なんですよね?」

 

 

  駅に到着し、董夜がコミュターを待っていると、真由美を乗せたコミュターが停車した。

 

 

「はい、董夜くん」

 

「あぁチョコですか?ありがとうござい」

 

「ううん、違うわ」

 

「え」

 

 

  真由美がバックの中をゴソゴソとあさり始め、取り出したのはまぁまぁの大きさの紙袋が二枚。

 

 

「董夜くんのことだからたくさんチョコもらうと思って」

 

「お気遣いどうも、多分二枚もいらないと思いますけど」

 

 

  紙袋を渡しながら、まだまだあるわよ、と微笑む真由美に董夜も頬をかく。

  無意識にチョコを期待していた自分が恥ずかしくなったのだろう。

 

 

「あ、董夜くん。放課後に屋上に来て欲しいのだけど」

 

「?……分かりました、それじゃあ四時に屋上で」

 

「ええ」

 

 

  コミュターが『第一高校前』に着き、先に降りた董夜が真由美の手を取る。そして真由美は怪しく微笑んで、学校へと走っていった。

 

 

「あ、一緒に行かないんですね」

 

「あ、四葉くん!」

 

「奇遇だね、四葉くん!」

 

「四葉くん!」

 

「四葉くん!」

 

「え、え、ちょ、ま」

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ねっ、深雪、どうかな?おかしくない?似合ってる?」

 

「大丈夫よほのか、とても似合ってるわ」

 

「おはよう」

 

 

  董夜が教室に入る。普段なら周りから挨拶が返ってくる筈なのだが、今日はおぉー、とどよめきが広がった。

 

 

「お、ほのか、その髪飾り似合ってるね」

 

「えへへ、達也さんに貰ったんです」

 

「へぇ、良かったな」

 

 

  嬉しそうなほのかと、いつも通りの董夜。しかし、そんな董夜に冷ややかな、冷ややか過ぎる視線を送る者がいた。

 

 

「董夜さん、それは?」

 

「ん、あぁ、通学路でもらったんだよ、全部この学校の人」

 

 

  深雪の視線の先にあるのは、董夜が両手に持っている二つの紙袋に入った、既に満杯のチョコレートと思わしきもの。

 

 

「取り敢えず、真由美さんのところに行ってくる」

 

「そんなっ!?ご自分から(チョコレートを)貰いにいくんですか!?」

 

「え、うん(追加の紙袋を)貰いにいくけど」

 

「そ、そんなっ」

 

 

  深雪に訝しげな視線を送り、董夜が教室から出ていく。そんな遠のいて行く董夜の背中に手を伸ばし、崩れ落ちる深雪。

  先程まで嬉しそうな表情全開だったほのかも、深雪を慰める事に従事し、周りからは昼ドラだ、という声が漏れていた。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  女子の制服は男子の制服に比べて着替えるのに手間がかかる。

  短い休み時間、体育前の更衣室はA組の女子で賑わっていた。

 

 

「誰にチョコをあげるのかって………。悪気は無いのは分かるけど、少し煩わしくなっちゃって」

 

「みんな気になるのよ。リーナは可愛いから、それで誰にあげるの?」

 

「ミユキもじゃない………取り敢えずタツヤとトウヤにだけよ」

 

 

  はぁ、と息を吐きながら着替えるリーナ。そこでふと、深雪が下着姿のまま固まり、体操着を落としてしまっているのに気づいた。

 

 

「あぁもう、何やってるのよ」

 

「…………ナ」

 

 

  リーナが屈んで深雪の体操着を拾う。そして深雪を見上げた時、今度はリーナが固まった。

 

 

「まさかとは思うけれど、そんなことはないと思うけれど………リーナ」

 

「な………な」

 

 

  殺気すら篭っている極寒の視線がリーナを見下ろしていたのだ。『なによ』と言おうとしたリーナだが、上手く呂律が回っていない。

 

 

「董夜さんにあげるチョコ、義理よね?」

 

「も、勿論じゃない!本命なんてあげる筈にゃいでしょ!」

 

 

  慌てて立ち上がるリーナだが、そこで更衣室に自分たちの他に誰もいない事に気づいた。

 

 

「(に、逃げやがったわね!)」

 

「そう!そうよね!良かったわ!リーナとは友達でいたかったもの!」

 

「え、ええ」

 

「さ、早く着替えて仕舞いましょう」

 

 

  間違ってもトウヤの事を好きにならなくて良かった、と心の底から思うリーナだった。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

「あの、董夜さん」

 

「ん?」

 

 

  昼休み。董夜が達也たちと合流するために教室を出ると、後ろから深雪が呼び止めた。

 

 

「あの、放課後に少しお話がしたいのですが、お時間はありますか?」

 

「放課後?」

 

 

  放課後は四時に屋上で真由美と会う予定の董夜は少し考え、とある案が浮かんで来た。『どうせ同じ時間なら、一緒にしちゃってもいいんじゃないか』と。

 

 

「いいよ、それじゃあ四時に屋上で」

 

「はい!ありがとうございます」

 

 

  修羅場の原因となっているのは毎回深雪と真由美だが、それを引き合わせるのは董夜なのだ。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「タ、タツヤッ!」

 

「ん、リーナ」

 

 

  放課後、学校中が甘酸っぱい雰囲気に包まれる中。風紀委員の巡回を押し付けられた達也もまた、見た目は甘酸っぱい時間を過ごしていた。

 

 

「こ、これ、一応あげるわ」

 

「あ、あぁ」

 

 

  リーナが後ろ手に隠していたチョコレートを取り出す。達也は一瞬不意を突かれ、チョコを受け取った。

 

 

「そっ、それじゃあ!」

 

「あぁ」

 

 

  達也の口から明確な言葉が出てこない。走り去っていくリーナの後ろ姿に、達也の心の中で体験したことのない(さざなみ)が起こった。

 

 

「リーナッ!」

 

 

  リーナが校舎の陰に隠れる直前、達也は自身が思ったよりも大きな声でリーナを呼び止めた。

 

 

「ありがとう」

 

「〜〜〜〜!!」

 

 

  達也の言葉に、リーナは顔を真っ赤にさせて、先程よりも速く走り去って行った。

 

 

『董夜さんに会うと、胸がドキドキするんです』

 

『何だか、顔を正面から見れないというか』

 

『そんなことを感じると、あぁ好きだなーって思います」

 

 

  思い出されるのは、数年前。司波家と董夜が沖縄旅行に行き、帰って来た後の深雪の言葉。

  その言葉が今更達也の頭の中に響く。

 

 

「俺は、リーナが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きなのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「ふうー」

 

 

  第一高校には屋上に続く階段が二つある。そのうちの一つ、目の前の扉を開ければ屋上、という所で深雪が大きく深呼吸をしていた。

  その手には大事そうにチョコレートを包んだ、可愛らしい包みがあった。

 

 

「この扉を開ければ董夜さんがいる」

 

『やぁ深雪。お前を、お前だけを待っていたよ』

 

『好きだ』

 

『俺の人生に、付いて来てくれるか?』

 

「キャーーー!!」

 

 

  顔を真っ赤にさせ、しゃがみこんで悶えている深雪。そして気持ちが落ち着いたのか、決心のついた目をして大きく息を吐き、ドアノブへと手をかけた。

 

 

「董夜さん!お待たせしました!」

 

「董夜くん!待たせちゃったかしら!」

 

 

  運命の神様がいるとしたら、さぞ残酷な性格をしていることだろう。

  深雪と同じタイミングで、深雪とは逆の扉から真由美が出て来たのだ。

 

 

「あぁ二人とも、大して待ってないから大丈夫だよ」

 

 

  爽やかな笑みを浮かべて振り返る董夜。しかし、真由美と深雪は困惑を極めていた。

 

 

「あの、董夜さん。これは?」

 

「え、二人とも放課後に用があるみたいだったから、どうせなら一緒にしちゃおうと」

 

 

  崩れ落ちる深雪と真由美に、今度は董夜が困惑する。

 

 

「はぁ、もういいです」

 

「そうね、董夜くんはこんな人だったわね」

 

「?」

 

 

  真由美と深雪が苦笑いを浮かべながら立ち上がり、二人同時にチョコレートを差し出した。

 

 

「はい、董夜くん」

 

「どうぞ、董夜さん」

 

「「()を込めて、作りました」」

 

「あぁ、なるほど。ありがとう」

 

 

  二人からチョコレートを受け取り、嬉しそうに笑う董夜に。真由美と深雪からも自然と笑みがこぼれた。

 

 

 

 しかし。

 

 

「董夜お兄様!チョコを届けに来ました!」

 

「董夜兄ぃの言われた通りにしたら、校門通してもらえたよ!」

 

「い、泉美ちゃん!?香澄ちゃん!?」

 

「と、董夜さんんん!!」

 

 

  どうやら一緒にされたのは、深雪と真由美だけではなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 




深雪と真由美を修羅場にし過ぎると、チョコを渡しづらくなっちゃうんですよ!!
ということです、思ったよりヘビーじゃなくなって、ライトな感じになりました。


亜夜子と泉美のキャラが被ってる気がする。


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65話 カオス

勉強が滞ってきたので、久々に書いてみました。

本当に久々なので、前話と何か違和感があるかもしれませんが………ただただすみません。


 65話 カオス

 

 

 

 

「何かあったらすぐに報告しろ」

 

「了解しました」

 

 

  都内某所、極秘に設置されたモニタールーム。その中で、バランスの指示に複数人の部下がはっきりとした返事を返す。

  そもそも、現在この部屋には極限ともいうべき緊張感が取り巻いていた。

  その原因こそ、現在モニターに映し出されている人物。

 

 

「対象、未だに目立った行動は無し」

 

 

  とある青年が道を歩いている。ただそれだけの映像が、大きなモニターに映し出されていた。

  しかし、そのモニターを見つめるオペレーターたちは、全員が全神経を集中させてモニターを見つめている。

 

  しかし、死神の手は、どんな場所にでも届きうる。

 

 

「対象が駅に到着いたし……バ、バランス大佐ぁ………あ、あ、あ」

 

「どうした!?」

 

 

  対象を監視していた部下が、突如として椅子から転げ落ち、過呼吸を起こした。

  異常な呼吸音を発する男。しかし、誰も彼に目を向けない。

  誰もが目を見開き、息を飲んだ。

 

 

「監視に……………気づかれ…………た?」

 

「そ、そんなバカな、低軌道とはいえ、監視衛星のモニターだぞ」

 

 

  大型モニターに映った人物。

 

  四葉董夜が、地上から監視衛星を通して、こちらをジッと見つめていた。

 

 

「総員!モニターから視線を外せ!」

 

 

  過呼吸を起こした部下はすでに意識を失っている。そして、バランスは咄嗟にそう叫び、室内にいた全員がすぐに手で顔を覆った。

  顔を覆うその手は震えており、全員が正気を失っているようにすら見えた。

 

  しかし、そんな中でバランスだけはモニターから目線を外さなかった。いや、外せなかった。

 

 

『慎重に動いた結果がこれか?』

 

 

  こちらを見つめる死神の眼。盗聴器など仕掛けていないにもかかわらず、確かにバランスの耳に、その声は聞こえた。

 

  そう、彼らは分かっていなかったのだ。

 

 

「…………………ッ!」

 

 

  総てを見つめる観察者(オブザーバー)

 

 

  その存在を監視することが、どれほど危険か、どれほど自分の首を絞めているか。

 

 

  監視者の眼が、死神の鎌が、既に自分たちの首に添えられていることも。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

  借りているマンションに戻ってきていたリーナは、自分の部屋で制服のままベッドに倒れ伏していた。

 

 

『ありがとう』

 

「〜〜〜〜〜!!」

 

 

  先程の達也の顔を思い出す度に彼女の顔が紅潮し、足をバタつかせる。

  もう、かれこれ一時間この調子である。

 

 

「(って、乙女か!?)」

 

 

  その後も同じことを、何度も何度も繰り返したリーナだったが、急に顔を上げ、今度は嬉しさからではなく、羞恥から顔が赤くなる。

 

 

「(やっぱり私、もしかして)」

 

 

  少女の心の中が、大きく変化して行く。

  この時点で彼女が帰宅してから二時間が経過していた。

 

 

「(達也の事が…………。)」

 

「知覚系統が得意でない、というのは控えめな表現だったようだな」

 

「ば、バランス大佐……………ッ!?」

 

 

  自分の頭上から突如降ってきた呆れ声に、リーナが瞬時にベットから飛び起きる。

 

 

「シリウス少佐。現時点を以て脱走者の追跡、処分を一時棚上げとし、当初任務への復帰を命じる」

 

 

  元々正しかったリーナの姿勢が、更にピンと伸びる。

 

 

「これより、『質量・エネルギー変換魔法』の術式もしくは使用者の確保を最優先の任務とする。確保が不可能な場合は、術式の無力化もやむを得ない」

 

 

  魔法の術式無力化とは、誰にも使用できなくするという事。即ち、術者の抹殺である。

 

 

「ターゲットはトウヤ・ヨツバでしょうか」

 

「………ッ、確かに第一容疑者はヨツバだが、その場合術式の無効化さえ難しい。それに、三つ目の戦略級魔法など…………。」

 

 

  バランスの言葉が途中で消えた。『ありえない』そう断言できないほど、四葉董夜はバランスの中で脅威になっていた。

 

  そしてリーナは気づいただろうか、『トウヤ・ヨツバ』その名前を聞いた途端、バランスの肩が一瞬跳ねたことに。

 

 

「とにかく、まずはタツヤ・シバをターゲットと仮定する。第一波としてスターダストを使いターゲットに襲撃を掛ける。貴官はブリオネイクを装備し、自己の判断により適時介入せよ」

 

「ーーー了解」

 

 

  リーナは表情を消して立ち上がり、バランスに向けて敬礼した。

  その内心に、決して小さくない迷いを、彼女自身も感じていた。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……………。」

 

 

  董夜宅。

  三つの紙袋と、それいっぱいのチョコレートの入った包み。

  チョコレートを受け取る際に、普段余り絡みのない生徒には『お返しはできない』旨を伝えているため、全生徒を記憶する必要はないが、それでも処理に困る量だった。

 

 

「取り敢えず、深雪達のはちゃんと食べよう」

 

 

  数多あるチョコレートの中から、董夜が机の上に取り出したのは、普段から絡みのある生徒。

  深雪、真由美、泉美、亜夜子を始めとするチョコレート達。

  その中でも今挙げた四人のチョコレートは『何が何でも食べなくてはならない』という言霊の様な、形容し難い何かが篭っていた。

 

 

『感想を頂けると、深雪は有り難いです』

 

『今日中に食べて、今日中に感想を聞かせてね。もちろん、電話でね』

 

『董夜兄さまの事を思って、董夜兄さまの写真を見ながら作りました』

 

『出来れば、出来れば今日中に感想を聞かせて頂けると嬉しいですわ』

 

 

  それぞれに入っていた手紙は可愛らしい紙に、可愛らしい字で書かれていた。それなのに、何故か手紙全体から黒い瘴気が漏れている様に見えるのは董夜の錯覚だろうか。

 

 

「それにしても、まさかリーナがくれるとは」

 

 

  無意識的に机の上の四つのチョコから目を背けたくなった董夜は、紙袋の中からリーナのチョコを探し出して開けてみた。

  おそらく、今の彼の心情は、勉強中に部屋の掃除を始める学生の現実逃避のソレと同じだろう。

 

 

「ふっ…………ハハッ」

 

 

  思わず笑みのこぼれる董夜。

  リーナから受け取った包みの中には、ハートを形どったチョコレートが意図的に、軽うじて原型が分かる程に砕かれていた。

 

 

「さて、準備準備」

 

 

  砕かれたチョコを一粒口に放り込み、董夜は台所へと入って行った。

 

 

「よし、食べよう」

 

 

  ブラックコーヒーを手に持って戻ってきた董夜は、椅子に座り、それぞれに伝える感想を考えながら、深雪たちのチョコレートを頬張る。

 

 

  愛情を超えたナニカが、董夜の胃へと、入っていった。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  二月十五日

  一校の校舎内には、昨日の浮ついた空気に変わって、奇妙な困惑が広がっていた。

 

 

  『3H【Humanoid Home Helper…人型家事手伝いロボット】がーーー機械仕掛けの人形が笑みを浮かべて、魔法の力を放った。』そんな噂と共に。

 

 

「取り敢えず、何が起こったのか教えていただけませんか」

 

「うん、わかった」

 

 

  昼休みになり、野次馬の多いロボ研の部室から3Hをメンテ室に移動させ、達也はサンドイッチを頬張りながら、同じくサンドイッチを頬張っている五十里に詳しい情報を求めた。

  因みにメンテ室を取ったのはあずさであり、この場にいるのは五十里、達也に加え、深雪、ほのか、エリカ、レオ、幹比古、美月のいつものメンバーである。

  何故か、あずさが収集をかけたにも関わらず、見当たらない生徒会役員が一名いるが…………。

 

 

「事件の発端は今朝七時ちょうど」

 

 

  達也の要請に五十里は頷き、事務的な口調で説明を始めた。

 

 

  ロボ研のガレージに保管されていた3H・タイプP94、通称【ピクシー】が外部からの無線通電でサスペンドから復帰した。

  通常なら自己診断プロセスが異常を発見することなく完了し、プログラムを終了。再びサスペンド状態に戻る、はずだった。

 

 

  しかし、ピクシーは機能を停止せず、当校の生徒名簿にアクセスを始めた。

 

  遠隔管制アプリは感染の可能性が高いと判定して強制停止コマンドを送信した。

  しかし、それでもピクシーは機能を停止しなかった。

 

  結局、サーバー側が無線回線を遮断することでピクシーの異常な稼働は終わった。

 

  異常稼働の間ずっと、ピクシーが嬉しそうな笑みを浮かべていたのを監視カメラが記録していたーーー

 

 

「なるほど、つまり、機体が電子的なコマンド以外でコントロールされていた、とお考えなわけですね」

 

「四葉さん!」

 

「四葉くん!どこに行ってたんですか!」

 

 

  五十里が説明を締めくくると同時に、いつの間に入室していたのか、董夜が唐突に喋り始めた。

  因みに、董夜が五十里の説明の途中で、入室してきたことに気づいていたのは達也のみである。

 

  董夜は昼休みが始まる十分前、授業中にあずさから、ロボ研の部室に集合するよう連絡を受けていた。

  つまり、完全な遅刻なのだが、董夜は余りに堂々とした態度である。

 

 

「すいません、ここにいる全員分の午後の授業を休む届けを出していました」

 

「そ、それはありがとうございます」

 

 

  届けを出していたのはついでであり、本当は食堂でのんびりとご飯を食べていた董夜だが。余計な波風を立てないよう、そこは省いた。

 

 

「ピクシー、サスペンド解除」

 

「御用でございますか」

 

 

  達也から指示を受けたピクシーが即座に椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。

 

 

「操作ログと通信ログを閲覧する、点検モードに移行しろ」

 

「アドミニストレーター権限を確認します」

 

 

  ピクシーが達也の目を覗き込む。点検モードへの移行は管理者権限を必要とするものであり、顔認証を行うのは正常の動作だった。しかし。

 

 

「あれ?達也顔認証登録してんの?」

 

「いや、その筈は……。」

 

 

  達也はピクシーの管理者登録をしておらず、顔パスはありえない。その為、彼は管理者権限を示すカードを胸ポケットにつけていた。

  それなのに、ピクシーの視線は達也の顔に固定されたまま動かない。

 

 

「(何かがおかしい)」

 

 

  この場にいた全員がそう思った時、ピクシーの口から何かの音声が紡がれると同時に、その機体が達也に飛びかかった。

 

 

「……へぇ、司波くんって、ロボットにまでモテるんだ」

 

 

  ピクシーの機体を正面から受け止めた達也に、たった今部屋に入って来た花音が白けた声でツッコミを入れた。

 

 

「……………。」

 

 

  室内にブリザードじみた冷たい怒気が充満し、それと同時に謎のシャッター音が流れる。

 

 

「……お兄様に、お人形遊びのご趣味がお有りとは、存じませんでした」

 

「とにかくまず、落ち着け、深雪。あと董夜は写真を撮るな、消せ」

 

 

  光の灯っていない目を自身に向けてくる深雪と、未だに無言でシャッターボタンを押し続けいる董夜を同時に対応できるのは達也ぐらいだろう。

  対応出来ているかは疑問だが。

 

 

「昔から深雪以外の女の子に全然興味持たないな、と思ってたけど」

 

「おい」

 

「なるほど、いやいや、そういう性癖なら納得だ」

 

「おい、董夜」

 

「お兄様…………そんな………ッ!」

 

「み、深雪、違うぞ」

 

 

  どんどんと話を面倒くさい方向に持っていこうとする董夜と、それを真に受けて、涙を流し始める深雪。

 

 

「そうか………現実の女の子と話すと緊張してドライになっちゃうから、日夜、人形相手に練習してたのか」

 

「お兄様………そんな……ッ!」

 

「お、おい董夜」

 

「言ってくれれば、幾らでも雛子を貸したのに」

 

「言ってくだされば、深雪も………深雪も……ッ!」

 

「…………。」

 

 

  董夜が喋れば喋るほど、深雪の瞳から涙が流れ、周囲にいる人間からの視線が冷たくなる。

 

 

「クッ………ほのか、お前の惚れた男の本性がこれだ」

 

「達也さん…………うぅ」

 

「ほ、ほのか?」

 

 

  呆然としているほのかの肩に、董夜が優しく手をかけ、ついにはほのかの頬にも涙が伝う。

 

 

「大丈夫だよ達也。みんな優しく迎え入れてくれるはずだから」

 

「大丈夫ですお兄様。深雪はどんな時でもお兄様の味方です」

 

「大丈夫ですよ達也さん。大丈夫、大丈夫」

 

 

  深雪とほのかの額に流れていた涙も止まり、冷たい視線の変わりに、温かい目が向けられる。

 

  そして董夜は俯いたまま、口元を押さえ、肩を震わせて…………笑いを堪える。

 

 

  未だピクシーにしがみつかれたままの達也は、そんなカオスな状況に、ただ立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 、

 

 




 『死神の鎌』

 適当に付けた表現ではないです。


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66話 ニンギョウ

お久しぶりです。

日の空いた投稿になってしまったので、前話を一度読んでから、読まれた方がいいかも。


 66話

 

 

 

「とりあえずピクシー、離れてくれ」

 

『畏まりました』

 

「なっ、もう人形と会話するレベルにまで達しているのか……ッ!」

 

「しつこいぞ、董夜」

 

 

 名残惜しそうにしていたピクシーは、達也が董夜を睨みつけている間に腕の拘束を解き、達也から離れた。

 

 

「美月、ピクシーの中を覗いて見てくれ。幹比古は美月が大きなダメージを負わないようにガードしてほしい」

 

「……ピクシーに何か憑いていると考えているのかい?」

 

「これはもう確定だろ、幹比古」

 

 

 間接的な幹比古の問い掛けに、董夜がそう吐き捨てた。

 幹比古は呪符を取り出し念を込める。美月も達也の考えを悟ったようで、緊張した、少し怯えた面持ちで、それでもしっかりとピクシーを見据えて眼鏡を外した。

 

 

「います……パラサイトです」

 

 

 美月の言葉に誰かが息を呑んだ。美月を除く全員が、それぞれのやり方で驚きを示し、それぞれのスタイルで身構える。

 

 

「でも、このパターンは……」

 

 

 美月の呟きはまだ終わって無かった。眉を潜め悩んだ後、美月は急に振り返った。身構えていた面子は首を傾げ、美月の視線を追った。

 

 

「えっ、なに?」

 

 

 彼女の視線の先にはほのかがいた。じ~っとほのかを凝視した後、美月は何度かほのかとピクシーの間で視線を往復させる。

 

 

「このパターン……ほのかさんに似てる」

 

「ええっ!?」

 

「どういう事なの?」

 

 

 そして紡ぎ出した美月の結論に、ほのかが仰天の声を挙げ、花音が率直な疑問を口にした。

 

 

「パラサイトはほのかさんの思念波の影響下にあります」

 

「ええと、それって光井さんのコントロールを受けているということ?」

 

「いえ、そういう繋がりでは無いと思います」

 

 

 珍しくきっぱりとした口調で答え、五十里の問いに首を横に振る美月。

 

 

「ほのかさんとパラサイトの間にラインが繋がってるんじゃなくて、ほのかさんの思念をパラサイトが写し取った感じです。あるいは、ほのかさんの『想い』がパラサイトに焼き付けられた、と言うべきでしょうか」

 

 

「私、そんな事してません!」

 

「ほのかが意図してやったと言ってるわけじゃない」

 

 

 パニックを起こしかけているほのかの頭を、達也が優しく撫でる。

 

 

「そうだろ、美月?」

 

「あっ、はい。意図的なものじゃなくて、残留思念に近いと思います」

 

 

 ほのかのパニック発生は防げたが、深雪とエリカの視線が達也に突き刺さっている。しかし、落ち着きがなくなっているほのか顔を、董夜が面白そうに覗き込んだ。

 

 

「残留思念……つまりほのかが何かを強く想った事が、偶々近くを漂っていたパラサイトに写し取られ、その後ピクシーに憑依。もしくはピクシーの中に潜んでいたパラサイトに光井さんの想念が焼き付いた……って事だろうね、ほのか?」

 

 

 董夜のセリフは、自分の思考を纏める為という意図が一割、ただ単にほのかをからかおうという意図が9割だった。

 そして一泊置いたのち、ほのかは顔を赤くして俯いてしまった。

 

 

「へぇ、それにしても『強い想い』ってなんだろうね、達也?」

 

「鬼かお前は……」

 

 

 舌の止まらない董夜に達也がため息をつき。他の人は気まずそうに目を見合わせた。そして、顔の赤いほのかが回復する前に、その答えは示された。

 

 

『その通りです。私は、彼に対する、彼女の特別に強い想念によって覚醒しました』

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

『私は貴方に従属します』

 

「俺に? 何故」

 

「深雪。今絶対、達也ドキッとしたよな」

 

「董夜さん、少しお静かに」

 

 

 パラサイトの言語能力についてなど、基本的な情報を聞き出したのちの発言に達也が首を傾げた。

 

 

『貴方のものになりたい。私は彼女――個体名「光井ほのか」の、この想念によって休眠状態から覚醒しました』

 

「〜〜〜〜〜ッ!」

 

 

 声にならない悲鳴の後、塞がれた口から漏れる呻き声が達也の耳に届いた。チラリと振り返ってみると、深雪とエリカが二人掛かりでほのかの口を押さえていた。

 

 

『我々は強い想念に引き寄せられ、その想念を核として「自我」を形成します』

 

「強い想念? それはどんな種類の想念でも良いのか?」

 

『いいえ。私たちの自我を生み出す事が出来るのは純度の高い想念のみです』

 

「純度が高いとは、単一の欲求に基づく想念という意味か?」

 

『その通りです。貴方がた人間の言葉では「祈り」という概念が最も近いと思われます』

 

 

 達也はこの「祈り」について深く追求する事はしなかったのだが、ピクシーが聞かれもしない事を丁寧に話してくれた所為で、ほのかが羞恥心に耐えられなくなりその場に崩れ落ちた。口を塞いでいた深雪とエリカもつられるように崩れ落ちたが、達也はその三人に目を向けただけで、ピクシーに質問を続けた。

 

 

「お前たちに自我があるという事も意外なら、お前たちがあくまでも受動的な存在だというのも意外だ。つまりお前たちは望んでこの世界に来たのではない、ということか」

 

 

 この後も、細かな質問を続けた後、達也はピクシーに命令し、表情を変える事と、サイキックを無断で使う事を禁止したのだった。

 そして、全員が退室しようとしたとき。

 

 

『貴方のものになりたい。私は彼女――個体名「光井ほのか」の、この想念によって休眠状態から覚醒しました』

 

「〜〜〜〜ッ!」

 

 

 何処からともなく流れた先ほどの音声に、落ち着きかけていたほのかが再び崩れ落ちた。

 誰もが振り返りピクシーの方を見るが、既にピクシーはスリープモードに移行しつつある。

 そして、誰よりも先に達也が、今の音声が意識ではなく、直接耳に聞こえていることに気づいた。

 

 

『貴方のものになりたい』

 

「〜〜〜〜!」

 

『貴方のものに』

 

「〜〜〜!」

 

『なりたい』

 

「〜〜!」

 

「ハッハッハ」

 

 

 達也が周囲を見渡すと、崩れゆくほのかの耳元で携帯端末から音声を流している董夜がいた。

 

 

『貴方のもbbbbbbb…………』

 

「…………あれ」

 

 

 端末から流れていた音声が乱れ始め、突如として止まった。首を傾げた董夜が端末を見ると、所々に霜が降りている。

 

 

「董夜さん」

 

 

 それまで呆れた様子で見ていた幹比古たちが顔を青くするほど底冷えした声が、董夜の耳を奥まで冷やした。

 

 

「み、深雪」

 

 

 董夜の頬を流れた汗が、顎から滴り落ちるより早く凍りつく。

 

 

【スリープモードへと移行、完了】

 

 

 機械的な眠りについたピクシーが最後に記録したのは、董夜の悲鳴だった。

 

 

 

 

 

 

 ,

 

 

 

 

 

 

 





皆さんに報告したいことが二つあります。


一つは董夜の性格、加えて周りの董夜に対する扱いを忘れかけていた、という事。今話を見て違和感を感じたのなら、それが理由です。指摘していただけると助かります。


そして2つ目。

達也にヒロインを作ったことを、若干後悔しています。
今後リーナをどうしていくのか、構想が浮かんできません。全く浮かんでこないという訳でもないのですが、その案もかなり強引で、突拍子も無いものになってしまいます。
ここまで投稿に時間が空いたのはそれが理由という事もあります。

この2つ目に関しては、完全に私の計画性のなさが招いたことです。どんな批判でも甘んじて受け付けます。




では。


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67話

 皆様をお待たせしてしまい、本当にすみませんでした。
 本音を言うと、このまま何も言わず失踪してしまおうか、と思っていました。

 元々、この小説を書き始めてからと言うもの、僕は一切先の展開について計画することなく、その場その場で思いつきに任せて書き続けてきました。
 その結果として、『達也のヒロインにリーナを据える』という展開で行き詰まってしまいました。

『皆さんに誠心誠意謝って、達也にヒロインを据えず、来訪者編を書き直そうか』
 そんなことを考えていましたが、結局このまま進むことにしました。

 今話は本当に短いです、一旦の作者の語彙力諸々のリハビリ会だと思って我慢していただけると幸いです。


 

 

 

 

 

 

 

 達也と深雪は、自動運転車の車中で今日あった事を話していた。

 

「ロボットに魔物が取り憑くなど、思いもよりませんでした」

 

「ヒューマノイドタイプだから、なんだろうな。とんだ付喪神だ」

 

 

 まだ信じられないという表情の深雪に、信じたくないと言わんばかりの口ぶりで達也が答えた。

 何故このような場所で会話しているのかというと、深雪を送り迎えする上での保安対策と箔付けの為だ。そうと知る者は多くないが、深雪は良家の子女、つまり『お嬢様』である。それもかなりハイクラスの。

 

「それでお兄様……どうなさるおつもりですか?」

 

「どう、とは、ピクシーをどう扱うかということかい? 家に連れて帰るわけには行かないからな。適当な口実を作って、学校で情報を引き出す事になるかな」

 

「……連れて帰らないのですか? ピクシーはそれを望んでいるはずでは……」

 

「家に入れられるはずがない。パラサイトの生態や性質は殆ど分かって無いんだ。あのパラサイトが嘘を吐いていないという保証は何処にもないからね」

 

「しかしそれですと、訊問してもその答えを信じて良いのかどうか、分からないのではありませんか?」

 

「その点は人間の捕虜を訊問する場合も同じだよ。もたらされた情報の真偽は、こちらで判断するしかない」

 

 

 達也が淡々とした口調で断じる答えを聞いて、深雪の顔からは翳が取れていった。

 

 

「(董夜もこの件(ピクシー)に関して、大きく動くつもりもないだろう)」

 

 

 達也の思うように、董夜は深雪に軽い?制裁を加えられたのち、特に何もアクションを起こすことなく達也と別れた。まぁ、達也とほのかを盛大に揶揄ったことを考えればアクションを起こしたことになるのだろうが。それだけだった。

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

「いつも通り、時間になったら迎えに来るから」

 

「はい、お迎えをお待ちしています」

 

 

 そう言ってドアの向こうに消えていく深雪を見送って、達也は軽く息を吐いた。

 深雪がピアノとマナーのレッスンに通っているこの教室は男子禁制。上流階級にはつきもののボディーガードといえど中には入れてもらえない。

 いつも通り、近くの飲食店の窓辺の席に座り、ボンヤリと窓の外を眺めていると、達也の『眼』を使うまでもなく、見知った顔がこちらに向けて手を振っているのを見つけた。

 

 

「ご一緒してもいいかい?」

 

「それは座った後に言うセリフじゃないな、これは偶然か?」

 

 

 ハハハ、と笑いながら飲み物の注文を済ませる董夜に、達也は先ほどよりも深く息を吐いた。リーナが転校してきてからというもの、自分の中の正体不明の感情が元で董夜との間に見えない溝が生まれているのを、達也は自覚していた。

 ピクシーの時のように、表面上はいつも通りの関係に見えるものの、達也自身、董夜の心のうちは今だに見えないままだった。

 

 

「偶然じゃないよ、一つ良いことを教えてあげようと思ってね」

 

「…………良いこと?」

 

 

 董夜の言葉に一瞬身構えた達也だったが、その顔と声色に悪意が無いことを感じ取って肩の力を抜いた。

 しかし、次の言葉で世界有数の頭脳を誇る達也の思考が停止する。

 

 

「達也がリーナに抱いてる正体不明の感情。世間ではそれを【恋】と呼ぶんだよ」

 

「…………はッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとう司波達也、忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)は力不足だった。そのおかげで君の未来に一筋の希望の光が差し込んだ」

 

 

 少数ではあれど、先程までいたはずの客や従業員が、自分たちの周囲から消えていることに、達也が気付くのには、まだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 




 
 最後になりますが、前回投稿から一年近く待っていただいた方、失踪気味の作品なのにお気に入り登録していただいた方、好評批評問わずに感想を送っていただいた方、本当にありがとうございます。

 これからもこの自己満駄作品をよろしくお願いします。

 題名はシンプルに思い浮かびませんでした。


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68話

 しばらくはこれぐらいの分量の話が続きます。


 

 

 

 

 

 

「恋…………母上……は、」

 

「『力不足』とは言っても、その通りだったのか、それとも伯母上に何かしらの意図があっての故意的なものなのか、まだ分からないけどね」

 

 

 そう言って深雪がレッスンしているであろう建物に目を向ける董夜。『眼』を使って意識を拡散させ、自分と深雪の二つの焦点とするエリアに視覚を敷き詰めた。

 

 けして楽ではないレッスンをこなす深雪が、安心して集中できるように、そして現在進行形で呆けている彼の為にも。

 

 

「いや、しかし、実際に俺には深雪への『兄弟愛』以外の感情は「そこだよ…」……?」

 

「感情というのは不正確なものだ。その『愛』のという区切りが綻び、極小とはいえ存在していた『恋愛感情』にスイッチを入れた」

 

「(確かにあり得ない仮説ではない、しかし…………ッ!)」

 

 

 まぁ全部推測だけどね、と笑う董夜に、達也は幾許かクリアになった思考で『眼』と考えを巡らせた。その眼がとある存在を捉える。

 

 

「これ、もう護衛失格じゃないの?」

 

「ふ、全くだ」

 

「任せるよ、まだコーヒー淹れてもらってすらいないんだ」

 

「分かった」

 

 

 それだけ言って店から出ていく達也に、『お前の分も俺が払うのか』という文句を董夜は飲み込んだ。別段そのことを本気で不満に思っているわけでもないのだから。

 

 

「(さて、何か面白いものが観れるかな)」

 

 

 領域魔法を解除しながら、24時間以内の過去を視る達也とは逆に、董夜は僅か先へと眼を向けた。

 

 厨房からは、アルバイトであろう若いウエイトレスがコーヒーを手にこちらに向かっていていた。

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「(あれは強化人間か、随分と酷い状態だな)」

 

 

 先程、ウエイトレスによって配膳されたコーヒーと追加で注文したケーキに舌鼓を打つ董夜は手元の電子端末に目を落とした。

 端末には書籍サイトが映し出されているが、それを見つめる董夜の眼は、端末ではなく広げられた意識に向けられていた。

 

 

「(いくら麒麟児といってもあれを避けろというのは酷な話か)」

 

 

 煌く光条に襲われ、痙攣している千葉修次に特に何かを思うまでもなく、深紅の髪と金色の目の魔法師、そしてそれを追う達也に眼を向けた。

 

 

「(さっきのあれが『ヘビィ・メタル・バースト』か、退屈しのぎには十分なものが観れたな)」

 

 

 十三使徒アンジー・シリウスの戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』。重金属を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇と陽イオン間の電磁的斥力を更に増幅して広範囲にばら撒く魔法。

 

 

「(だけど、『ヘビィ・メタル・バースト』は高エネルギープラズマを爆心地点から全方位に放射する魔法のはず。それなのに麒麟児を襲ったプラズマは指向性を持つビームとなっていた……収束されていただけじゃないな……有効射程……拡散範囲もコントロールされていた……標的を通り過ぎるとプラズマがエネルギーを失うように術式が組み込まれていたのか? それともビームの終点にストッパーの役目を果たす力場を設定していたのか……あ、コーヒーもう無いじゃん)すいません、チェックで」

 

 

 アンジー・シリウスの魔法について分析しながら、コーヒーを飲もうとカップを傾けた。そこで董夜は初めて、自分がコーヒーを飲み干していたことに気づいた。

 チェックを済ませ店を出て、今だに深雪から目線を外すことなくとある場所に足を向けた。

 

 

「こんにちは、お仕事ご苦労様です」

 

「な、四葉の………ッ!」

 

 

 今だに痙攣している千葉修次と、明らかに無事では無い強化人間。それを取り囲むようにして立っている黒スーツの男たちに董夜はにこやかな笑みを向けた。対する黒スーツたちは、突然の登場に戸惑っているようだ。

 

 

「ご心配なく、別に邪魔立てをしに来たわけではありません。不穏な気配を感じたものですから、十師族としての責務のもと駆けつけたまでです。弘一殿にもそうお伝えください」

 

 

 だからそんなに警戒なさらず、と笑う董夜に黒スーツたちは冷や汗を流す。当然だろう、単純に自分たちが七草家に準ずる者だと白状した覚えはないのだから。

 

 

「(どうする、いったん御当主(弘一)様に連絡をするべきか)」

 

「何を考えているかは分かります、しかしここでもたつくのが一番の悪手でしょう、一旦は回収を済ませてしまうのが得策かと思いますよ。僕はここで見ていますから」

 

 

 それ以降、董夜は喋ることなく、ただにこやかな笑みをたたえたまま黒スーツたちを眺め続けた。頭の切れる者なら、これが董夜から七草に対する牽制であることは明らかだが、生憎彼らは下っ端の実働部隊。

 結局間近で董夜に見つめられ、気が気じゃない状況の中、彼らは回収作業を済ませて去っていった。

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

「やぁ、お姫様を寝かしつけるのは済んだかい?気絶させた張本人の割にはやけに丁重に運んでいたけど」

 

「なんだその口調は、それより千葉家の麒麟児は董夜が回収したのか」

 

 

 黒スーツたちが去った数分後、右腕を丸々焼き落とされた達也が、無傷で董夜の前に現れた。

 揶揄ったような董夜の言葉に、達也は眉一つ動かすことなく話題を変えた。それが面白くないのか、董夜の顔にはわずかに不満の色が見える。

 

 

「どうだい?スターズ最強の魔法師といえど、あの美貌だ。彼女の柔らかい身体に触れて、なにか心を動かすものはあった?」

 

「いや特に、それより董夜が回収したのか?」

 

「移動中継車の機材をこわしたと言うことは密室に2人きり、しかも相手は絶世ともいえる美女の無防備な姿。普通の男子高校生ならヨダレものだぜ?」

 

「生憎俺は『普通』ではない」

 

 

 董夜とのしつこ過ぎる問答に、達也は苛立つ様子もなく淡々と答える。達也は董夜の揶揄いが、一種のカウンセリングを含んでいることを察しているのだろう。

 先程、董夜に指摘された自分の心の中の『恋心』という感情。その直後に相対したリーナ。その戦闘中、達也は自分の中に少なくないざわめきを感じていた。

 

 

「(恋心など、俺の中に存在するはずが無い)」

 

 

 そう一方的に切り捨てることは簡単だろう。しかし、もはや達也にはそれが出来なくなっていた。気絶したリーナを抱き抱えた際、『リーナはスターズには向いていない』と思った。彼女には軍隊に所属する者として徹底的に『冷酷さ』というものが欠けているのだ。

 

 

「まぁ、いいや。千葉修次は七草が回収していったよ」

 

「七草?千葉家じゃなくてか?」

 

「ここは『七』の勢力範囲、別段不思議な話じゃ無い」

 

「俺を追わなかったのは、仕留めたバックアップの回収の方が優先度が高かったからか」

 

 

 董夜の追及が止んだことに、達也は内心そっと胸を投げ下ろした。

 

 

「おそらく七草弘一は達也と深雪について、察してはいるだろう」

 

「薄々、ではなくか」

 

「まぁ、これに関しては本家も何か言ってくることはないだろう、達也にとって最優先は身バレを防ぐことではなく、深雪を害から守る事だ。ただ、推測が確信に変わるのは望ましく無い。バックアップしたデータをくれ、米軍ぐらいはこっち(本家)でなんとかする。国防軍を動かす口実がなくなれば、彼も手を引くでしょう」

 

「あぁ、助かる」

 

 

 そういって達也は自分の携帯端末からチップを抜き、手渡した。そのまま董夜は達也とこれ以上会話を交わす事なく去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 達也と別れ、表の通りに待たせていた黒塗りの車に乗り込み、本家の運転手が車を発車させる。

 直後、董夜は懐から携帯端末を取り出した。

 

 

………prrrrrrr、ピッ。

 

『部隊の展開が完了しました』

 

 

 まるで見計らったかのように鳴った携帯の応答画面を董夜が押すと、スピーカーから年齢不詳の男の声が流れてきた。

 

 

『御子息様のおっしゃった通りの位置座標の建物に、ヴァージニア・バランス、他数名の高級士官の姿を確認しました』

 

「了解、状況開始後は花菱*1の指揮下に入れ、終了後はこちらではなく花菱に報告しろ」

 

『かしこまりました』

 

「状況開始」

 

 

 それだけ言うと、董夜は相手の返事を待つ事なく電話を切った。必要なことは事前に花菱へ指示してある。余程のことがない限り、董夜の構想が崩れることはないだろう。

 

 崩れることがないことを董夜は既に知っている。

 

 

「あぁ、ご苦労さま」

 

「恐縮の至りです」

 

 

 外の景色に大型のワゴン車が映ると車は緩やかに停車し、運転手に労いをかけながら開けられたドアから降りる。

 董夜がコンクリートの地面に足を付けたのと同時にワゴン車のドアが開けられ、中から一人の人物が姿を現した。

 

 

「やぁ、随分とお疲れのようだけど、何かあったかい?」

 

 

 警戒など微塵も見られない、慈愛を含んだ口調の董夜とは裏腹に、相対した人物はその大きな碧眼を見開き。

 

 

 輝かんばかりの金髪を大きく揺らした。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

*1
四葉家の使用人序列第二位の執事。主に荒事面の手配を担当(wiki参照)




この小説を書き始めた当初、僕は中学生でした。

そのため、序盤はだいぶ厨二病色が強くなり、今読み返すと悶絶ものです。

董夜の口調がバラバラ、主人公の口調忘れるとかどうなってんねん。


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69話

 



 やっすいドラマみたいな言い回しが続きます。


 

 

 

 

 

 

 

 董夜と別れた達也は、足早に深雪の元へと向かった。

 

 

「お疲れ様」

 

 

 教室から出てきた深雪は達也の顔を見ると、花が咲いた様な笑顔を浮かべた。しかし、次の瞬間には怪訝そうな表情になった。

 

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 

 深雪はその場ではそう答えていたが、それが他人の耳を意識しての建前である事は明白だった。淑女の笑顔で挨拶を交わし、達也にエスコートされて車内に乗り込んだ。

 

 

「お兄様、お怪我はありませんかっ?」

 

 

 自動運転車が走り出すと同時に、深雪は達也に縋り付かんばかりに迫った。

 

 

「み、深雪、少し落ち着け」

 

「落ち着いてなどいられません! この『におい』……お兄様、リーナと戦われたのでしょう!? しかも、一対一ではありませんね!? 少なくとも十人以上と刃を交えられた『におい』です!」

 

 

 達也が『情報』を視覚的に捉えるように、深雪は『情報』を触覚的に捉える。しかし深雪の場合はそれだけでなく、直感的な認識を嗅覚的に解釈する事もある。物理的な痕跡は何一つ残していないはずだが、戦いの跡を『嗅ぎ付けられて』しまったようだ。

 

 

「頼むから落ち着いてくれ。俺がそうさせない限り、俺に傷を残す事など誰にも出来ないと知っているだろう?」

 

 

 困惑気味のその言葉に、深雪はハッとした表情を浮かべた。段々と興奮が収まっていく。しかし、次の瞬間には深雪の目は今まで以上に見開かれ、その表情は絶望に染まった。

 

 

「この『におい』は董夜さんの…………そんな、お兄様、また、董夜さんと……?」

 

 

 深雪の身体が小刻みに震え始め、大きな瞳からは大粒の涙が溢れた。数日前の董夜と達也の衝突は、一瞬ではあったものの深雪の心にトラウマとなって決して浅くない傷を残した。

 

 

「深雪ッ!大丈夫だ、董夜とは別件で一緒にいただけで、相手をしたのはリーナと強化人間だけだ!」

 

 

 車内の温度が急激に下がり、それを感知した暖房が自動で温風を吐き出す。

 さすがにこの誤解は即座に解かなければ不味いと判断した達也が、深雪の両肩を抱いて必死に弁解した。

 

 

「……申し訳ございません、お兄様。見苦しい姿をお見せしました」

 

 

 結局、深雪が落ち着きを取り戻し、心拍数と車内の温度が正常に戻るのに達也は少なくない時間を要した。

 言葉だけではなく、恥ずかしそうに縮こまった妹に、達也は控えめな笑顔で頭を振る。

 

 

「いや、俺の方こそ、心配を掛けて済まない」

 

「そんな事……それにしても、なぜ董夜さんと?」

 

「その事も含めて、家に帰って落ち着いたら説明するよ」

 

 

 今だに羞恥で縮こまっている深雪だが、達也の神妙な顔つきを見て、兄の心境に何かしらの変化が起こっていることを察したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「そんなッ!」

 

 

 少女が打ち下ろした両の拳がコンソールに叩きつけられる音が、大型ワゴン車の内に響いた。

 移動中継車の中で目を覚ましてから数分、車内に誰もいないという異常事態にリーナがさまざまなデータを漁ったが、車内の状況が常に録画されているデータだけでなく、車内の全ての録画データが綺麗さっぱり削除されていたのだ。

 

 

「(そうだ。コントロール・ルームに報告しなきゃ)」

 

 

 だがリーナは再度癇癪を破裂させる羽目に陥った。通信機器も全て、外から見ただけでは分からないよう巧妙に破壊されていた。

 

 

「(何でよ! 何でよっ!)」

 

 

 再度コンソールに掌を叩き付けた後、彼女は力なく座りこんだ。両手が痺れ、熱を持っている。

 

 

「(なにやってるんだろ、ワタシ……)」

 

 

 ノロノロと手を挙げ、怪我が無いか見て確かめる。幸い何処にも血の滲んでいる箇所は無かった。ヒステリーを起こして自分を傷つけるなど子供っぽいにも程がある。そんなみっともない姿を曝さずに済んで、リーナは幾分ホッとした。

 少し気持ちが落ち着いて、彼女は更に大きな違和感に気がついた。

 

 

「怪我が……痛みが無い?」

 

 

 まず両腿に手をやり、交互に左右の肩口を撫でた。しかし彼女に激痛を与え、意識を失わせた傷が、跡形も無い。単に傷が無いだけではなく、服にも穴が空いていない。血の跡も無い。

 

 

「どういう事……?」

 

 

 リーナは自分の中で、急に現実感が失せたのを感じた、何処までが現実だったのか、自分は本当に傷を負っていたのか、そう思われただけではなかったのか、もしかしたら彼らも……。

 

 

「(まさか、系統外魔法……精神攻撃?)」

 

 

 ゾクリとリーナの身体が震えた。

 

「(もしかして私たち……とんでもない勘違いをしていた? タツヤは質量・エネルギー変換魔法の術者なんかじゃなくて、精神干渉系統に高い適性を持つ魔法師……『幻術使い(イリュージョン・マスター)』なんじゃ…。)」

 

 

 リーナは混乱した頭でそんな事を考えていたが……ふと、自分をここに運んだのも達也ではないかと思い至り赤面したのだった。

 

 

「このままこうしていても仕方ないわ、とりあえず帰りましょう」

 

 

 もはや車内に、この大型ワゴン車がUSNAの物だと確証付けるものは何一つとして残されていない。

 リーナは側に置かれていたブリオネイクを手に取り、最低限の布でそれを覆った。

 

 

「はぁ、帰るのは何時ごろになるかしら」

 

 

 所持していた携帯端末は予備のものまで全て奪われ、財布は元々持ってきていないリーナは、迎えも呼べず、せっかく24時間運行の交通機関も使えず、徒歩で帰るしかない。

 そのことを考えると、リーナの口からは自然にため息が漏れた。

 

 

「やぁ」

 

 

 ドアの取手を引き、外に出たリーナは自分にかけられた声を聞いて『仮装行列(パレード)が問題なく使える程度』には回復してから行動すればよかった、と後悔した。

 

 

「(なるべく穏便に、尚且つ早急に)」

 

 

 自分に声をかけた人物をまだ目視してはいないが、おそらく最近通い始めた学校の知人だろう、とリーナは推測しそちらへと顔を向けた。

 

 

「随分とお疲れのようだけど、何かあったかい?」

 

「トー、ヤ」

 

 

 何故もっと早く目覚めなかったのか、もっと早く行動を開始しなかったのか、後悔の念がリーナに襲い掛かる。

 もっとも、リーナが早く行動したからといって、董夜から逃げ切れたかどうかは疑問だが、リーナにはそんなことを考えている余裕はない。

 

 

 本来、今日のリーナたちの作戦は達也を標的にしたものであり、達也が単独行動をしている時に狙う、というものだった。しかし、直前に董夜が姿を現したのだ。

 リーナは即座に作戦の中断を進言したが、上司に受け入れられることはなかった。

 

 達也が動き出した後も董夜は飲食店に留まり続けている。という報告を受けた時、リーナは心の底から安堵したが、結果として、リーナの目の前には董夜が立っている。

 

 

「せっかく会ったんだし、家まで送ってくよ。さ、乗って乗って」

 

 

 まるで友人に話しかけるかのように軽快な口調の董夜が、リーナを車の中に誘った。その背後で、明らかに一般人ではないサングラスの男が運転席に乗り込んだ。

 

 

「な、舐めないで!乗るわけがーーー

 

「乗れ、シリウス」

 

 

 にこやかな笑みをたたえ、殺気を微塵も感じさせない雰囲気、しかし口調だけが変わった。指図されたリーナはもはや自分には拒否権がないことを察した。

 いや、気絶している間に回復したとは言え、今だに疲労の色が隠せないリーナと、むしろコーヒーを飲んでリラックスしていた董夜。元から逃走すら許されないことなど、リーナには最初から分かっていた。

 

 

「くッ、くぅ……!」

 

 

 董夜にエスコートされ、屈辱に打ち震えながら車内に乗り込もうとするリーナ。しかし手に持っていたブリオネイクがスムーズに車内に入らず、なんども引っかかって肝心のリーナが乗り込めないでいた。

 

 

「(ホントに、何やってるんだろう)」

 

 

 敵の最大戦力に無防備な背中を向け、車に乗り込むことにすら、あたふたする始末。その屈辱と羞恥に、綺麗な碧眼には涙が滲み、顔が赤く染まっていく。

 

 

「はぁ。貸せ、後ろに積む」

 

 

 思わずため息をついた董夜がブリオネイクを受け取るために手を伸ばした。しかしーーー

 

 

「自分でやるわ!触らないで!」

 

 

 そう言ってリーナは差し出された董夜の手を思い切り弾いた。

 リーナにしてみれば、アビゲイル*1が自分の為に作ってくれたブリオネイクを、みすみす董夜の手に渡したくなかったのだろう。

 

 

「流石はスターズの総隊長だ。この状況でまだ気丈でいられるか」

 

「放っておいて!」

 

 

 リーナの態度に董夜は素直に感心し、運転手に目線でトランクのロックを外すよう指示した。

 そんな董夜を涙のにじむ目で睨みつけ、リーナはブリオネイクを積み終えると、わざと大きな音を立ててトランクを閉めた。

 

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

『ヨツバに捕らえられた』

 

 

 現在の自分の状況を簡潔にまとめて、いよいよ絶望的な気持ちになるリーナ。先ほどから何度両親の顔をことを思い浮かべたか分からない。

 『大漢崩壊の黒幕』『()の魔法師工場』『日本の四葉に手を出すな。手を出せば、破滅する。 』

 彼らの悪名を思い浮かべれば、容易に幾つも思い出された。

 

 

「どうした?折角だし、何か話そうよ」

 

 

 飄々としている董夜に、リーナのこめかみには青筋が僅かに浮かんだ。自分にそんな余裕がないことを知っていて、わざと言っているのか、と。

 しかし、スターズの総隊長というプライドがリーナの折れそうな心を支えた。

 

 

「言っておくけど、ワタシはどんな(はずかし)めを受けても!心だけは!決して屈するつもりはないわ!」

 

 

 華奢な自分の身体を抱きしめ、力強く董夜を睨むリーナ。

 その瞳の奥底には、やはり恐怖や不安が巣食っている事が、眼を使うまでもなく容易に読み取れた。

 

 

「そうかい、良い事を教えてあげよう。達也が『死ぬ』ぞ、いや、俺がヤるんだから『殺す』と言ったほうがいいか」

 

「………え」

 

 

 たったそれだけ、それだけでリーナの瞳は揺れた。あまりにも大きく揺れた。

 

 

「スターズ総隊長の君にすら勝利するスペック。見過ごすわけにはいかない」

 

「た、たとえ貴方であっても、達也が負けるはずがないわ!だって達也は……!」

 

「随分な肩入れ様だな、スターズの総隊長ともあろう御方が、惚れでもしたか?」

 

 

 董夜の言葉に、そんなわけがない、と否定することはリーナには出来なかった。ただただ董夜を睨み続ける。それしか出来ない。

 

 

「それに残念だな、俺は達也を殺せる。殺せるんだよ」

 

 

 気持ち的にも、能力的にも。と笑う董夜に、顔を赤くしていたリーナの頭が急速に冷える。

そしてリーナの目線は繁華街を走る車の窓、そこに映る多くの人々を捉えていた。

 

 

「(このままじゃまずい、幸い外には一般人が沢山いる。このまま車から転げ降りて、人混みに入ったらーー

 

仮装行列(パレード)で紛れるか?残念ながらそのドアは運転席で操作しない限り開かないぞ」

 

 

 そう言ってわざとドアの取手を何度か引いた。董夜の言う通り、ロックは外れずに、ただガチャガチャという音が鳴るだけだった。

 

 

「(な、まさか!思考をーー)」

 

「別に読んでるのは頭の中じゃないよリーナ。俺にはね、()()()()()()()が観えるんだよ」

 

 

 そう言って笑う董夜の目はリーナには酷く恐ろしい様に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんてね、ジョークだよジョーク。なんで君に勝てる様な有望な奴を殺さなくちゃならないんだ。少し考えればわかるだろ?」

 

「な、ふ、ふざけないでッ!」

 

 

 こっちは自分の身がこれからどうなるかも分からないのに、ケラケラと笑う董夜に、リーナが怒鳴る。

 すると、車は緩やかに停車し、外を見るとリーナにとって見覚えのある景色が広がっていた。

 

 

「ここ、ワタシのマンションなんだけど」

 

 

 てっきり四葉の研究施設に連れて行かれ、もう2度と日の目を見ることはないと思っていたリーナは呆気に取られ。うまく思考が纏まらない。

 そしていつの間に車を降りていたのか、董夜がブリオネイクを手に、車の外で待っている。

 

 

「最初に行ったろ?『家まで送る』って」

 

 

 リーナが車を降りても、運転席にいる男が何か行動を起こすこともない。体を触ってみても、何かしらの機械が取り付けられている訳でもない。いよいよリーナは董夜の目的が分からなくなった。

 

 

「どういうつもり?」

 

 

 疲弊したリーナの前に現れ、脅すだけ脅して『ジョークだ』と笑い、何かをするわけでもなく開放する。これでは本当に家に送っただけではないか。

 

 

………ブロロロロロロロロ

 

 

「え、?」

 

 

 リーナの背後でエンジン音がしたかと思うと、先ほどまで自分たちを乗せていた車が走り去っていくのが見えた。

 後には董夜とリーナの二人だけが残される。

 

 

「なに、まさか、泊まっていくつもり?」

 

「アホか、俺をなんだと思ってんだ」

 

 

 そう言って手を持っているブリオネイクをペン回しの要領でくるくる回す董夜。ブリオネイクは細いとは言えない為、リーナは場違いにも『手先が器用だな』と思った。

 

 

「行ったな。リーナ、これを返して欲しかったら質問に答えろ」

 

「質問……?」

 

 

 車が見えなくなると、董夜が口を開いた。

 一方的に命令することもできるのに、あえて交換条件を出す董夜に、リーナが首を傾げた。

 

 

「単刀直入に聞く。達也を本気で好きか、否か」

 

 

 今までずっと笑顔だった董夜の顔が神妙な顔になり、真っ直ぐにリーナを見つめた。

 

 

「そ、そんなわけ……

 

「嘘や言い逃れは許さない」

 

 

 否定しようとするリーナの声を遮り、董夜が言い放つ。その手に持つブリオネイクからは僅かだが金属が軋む音が聞こえた。

 董夜が魔法を使用していることは誰の目にも明らかだった。

 もはや車に乗った時点で諦めていたブリオネイクだが、無事に戻ってくるならそれに越したことはない。観念したのか、頬が赤く染まったリーナは今日何度目か分からないが、董夜を睨み付けた。

 

 

「ええッ!好きよ!好きッ!初恋よッ!これで満足?!」

 

「そうか………。」

 

 

 近所に響き渡るほどの大声を上げるリーナだが、何故か野次馬が沸いている様子はない。

 肩で息をするリーナに、董夜は何かを考え込み、唐突にブリオネイクをリーナに投げ渡した。

 

 

「送ってくれてありがとうッ!サヨナラッ!」

 

 

 ブリオネイクを難なくキャッチし、董夜の横を通り過ぎてマンションに入っていくリーナ。

 董夜は一度、リーナの方を振り返った。

 

 

「リーナ、お前はスターズに向いてないよ」

 

F⚪︎ck you(ク〇野郎)

 

 

 リーナは掛けられた言葉に振り返ることなく、マンションに消えていった。

 

 

「そんなこと、ワタシが1番わかってるわよ」

 

 

 部屋の生体認証を解除し、玄関に蹲るリーナ。

 

 小さく呟かれた言葉は、誰に届くはずもなく、部屋に溶けていった。

 

 

 

 

 

*1
アビゲイル・ステューアット、USNA の魔法研究者で『ブリオネイク』と『ヘビィ・メタル・バースト』の開発者(wikiより参照)




 
 

 Q,ブリオネイクの全長は1.2メートル。その大きさのものが一般的な自動車に引っかかるか?そんぐらいスムーズに入るだろ。
 A,脅す董夜と、震えるリーナ。二人の膝には、仲良くブリオネイクが置かれている。想像してみてください。なんか格好付かないじゃないですか。
  顔を羞恥に染めながら、トランクにブリオネイクを仕舞うリーナ。想像してみてください。なんか可愛いじゃないですか。

 Q,達也は何でリーナを好きになったの?
 A,『気づいたら片想い』ということにさせてください。

 Q,リーナは何で達也を好きになったの?
 A,『気づいたから片想い』ということにさせてください。
  早く展開を進めたい。という気持ちが勝ってしまいました。


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70話

 



 70話目か……。


 

 

 

 

 

『続いてのニュースです。昨日未明、USNA海軍所属の小型艦船が日本の領海を航行中、機関トラブルにより漂流していたところを防衛海軍に保護されていたことが、防衛省の発表により明らかになりました。この件に関してーーーーーー

 

「今テレビでも確認しました。流石は花菱さんだ。完璧ですね」

 

『彼は、あまりに完璧な御膳が既に用意されていた。と言っていたけれど?』

 

「やはり謙遜は日本人の美徳ですね」

 

 

 いつも通りの声、いつも通りの表情。そんないつも通りの董夜に、真夜はあからさまに眉を潜めた。

 

 

『今回の件で、私達は達也さんに貸しを作ることが出来るはずでした』

 

「それは失礼、余計な事をしてしまったようですね」

 

 

 通話画面に映る真夜に、董夜は深々と頭を下げた。謝罪が中身を伴っていないことなど、真夜も当然わかっているだろう。

 

 

『この際、それは問題ではありません。それより貴方に昨日本家の人間を一人かしましたね』

 

「はい、素晴らしい運転技術でした」

 

『その車でアンジー・シリウスを家まで送り届けた事も、別に問題視するつもりはないわ。ただ貴方、なぜ彼女の家で運転手を帰らせたのかしら?』

 

 

 真夜の絶対零度の視線が、ディスプレイ越しに董夜を貫いた。その目は、昨夜、董夜がリーナを問い詰めたときの目とそっくりだった。

 

 

「特に理由はありません。リーナとも特に何も話す事なく、わかれました」

 

『私をコケにするつもり?』

 

「いいえまさか、誓って本当です」

 

 

 董夜のあからさまな嘘は、たとえ子供でも見抜けるだろう。そもそも運転手を帰らせた理由になっていないのだから。

 そんな説明で納得する筈のない真夜が、董夜を睨み続ける。

 

 

『まぁ、いいわ。話を戻します。花菱はこう言ったの、【余りにもお膳が整い過ぎていた】と。貴方、なぜあの時間、あの場所に彼らがいることを知っていたのかしら?』

 

「母上。僕だってある程度のアンテナは張っているつもりです。*1雛子がいなくとも、これぐらいはーーーーー

 

『董夜』

 

 

 どんなに睨もうとも、変わらない声、変わらない表情の董夜を遮った真夜の声が、室内に響いた。

 直接相対しているわけでもないのに、室温が低下しているかのような錯覚が起こる。

 

 

 

『貴方、()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 「食欲がない」

 

 

 穏やかとはとても言えない、真夜との電話を切り上げ。董夜は自宅の地下にある部屋から出て、何重ものロックを解除して一階に上がる。

 

 

「(今日の朝ごはんはいつもより、しっかりしたものになりそうだな)」

 

 

 眼を開くと同時に、台所で忙しなく動く存在を、董夜は捕らえた。

 

 

「あ、董夜さんッ!おはようございます!」

 

 

 台所に通じるドアを開けると、トントンという心地よい包丁の音と共に、深雪が元気な顔をのぞかせた。

 

 

「おはよう深雪。来るだろうとは思ってたけど、昨日の今日とは思わなかったよ」

 

「それは……いても立ってもいられませんでしたから」

 

 

 深雪が連絡もなしに董夜の家を訪れた理由。それは昨夜、家に帰った後に兄から聞かされたことだった。

 達也からの話を簡単に説明すると『俺、リーナが好きかもしんねぇ』である。

 

 

「お待たせしました」

 

「ありがとう、相変わらず美味しそうだね」

 

 

 雛子がいない時は、シリアルやインスタントで朝食を済ませる董夜にとって、誰かが作ってくれる温かい料理は久々だった。

 

 大人しく机に腰掛ける董夜の元に、髪をポニーテールに纏めて、普段は雛子が身につけているエプロンを見に纏った深雪が、お盆に乗った料理を運んでくる。

 

 

「どうぞ、召し上がってください」

 

 

 自分の分も運び終えた深雪が、笑顔で董夜を見つめた。

 董夜の目の前には、輝かんばかりの白米。豆腐やワカメ、キノコにネギなどが入った具沢山の味噌汁。

 そして小皿に乗った海苔や漬物、納豆。さらに真ん中のお皿には綺麗に焼けた鮭が鎮座している。

 

 完璧な栄養バランス。日本において、十数世紀以上前から親しまれてきたメニューである。

 

 

「いただきます」

 

 

 黙々とご飯を食べる深雪と董夜。しかし、深雪の方はチラチラと董夜に視線を送っている。

 どうやら話したいことがあるけれど、ご飯中にそれを始めてしまっても良いか迷っているようだ。

 

 

「達也の件で来たんだろう?」

 

「………はい。」

 

 

 察した董夜が話し始めるきっかけを作ったため、深雪も口を開いた。

 

 

「達也にも言ったけど、俺だってまだ完全に憶測の域は出てない」

 

「それでも、董夜さんはほぼ確信に近い所まで行っているように、わたしは思います」

 

「………よく分かるね」

 

「ふふ、董夜さんの事はわたしにはお見通しです」

 

 

 確信を持って言う深雪に、董夜は降参だと言わんばかりに手を振った。

 そんな董夜を見て、深雪は嬉しそうに頬を緩ませた。

 

 

「先日、母さんに会いに行った」

 

「叔母上に、ですか?」

 

「…………?」

 

「…………?」

 

 

 二人が顔を見合わせ、お互いに首を傾げた。

 

 

「あぁ、違う。伯母上にだ。深夜さんに会いに行ったんだよ」

 

「は、はい。」

 

 

 間違えた間違えた、と笑う董夜。

 

 深雪は、なぜ自分の母親である『司波深夜』を董夜が『母さん』と言い間違えたのか、疑問に思った。

 

 しかし次の瞬間、深雪の直感とも言うべき感覚が、感じたこともない嫌な予感を察知し、背中が一瞬にして冷たくなる錯覚を覚えた。

 

 そして、深雪の疑問は、記憶から完全に弾き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーその時の伯母上の反応を見る限り、人造魔法師実験はある意味失敗しt…………深雪、聞いてる?」

 

「…………ぇ、ぁれ、わたし」

 

「まぁ、この話はまた達也も加えて後日しよう。ほら、深雪はもう学校に行く時間だろう?」

 

 

 深雪が気がつくと、董夜と一緒に朝食を食べ始めてから1時間が経過していた。

 目の前の机にはお皿が一枚もなく。自身が感じる満腹感から、『朝食は食べきった』と言う認識が、深雪に植え付けられる。

 

 

「ほら、学校に行かないと」

 

 

 董夜が席を立ち、深雪の頭を優しく撫でた。心地よい感覚が深雪を満たしていき。ついウトウトとしてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーk………ゆき………深雪」

 

「ぉ、にぃ、さま………?」

 

 

 次に意識が覚醒した時、深雪は達也と共に、第一高校の正門に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーすまん、手間を掛けた。

 

 

 

ーーーこの事は母上と、葉山さんに報告させてもらう。

 

 

 

ーーーあぁ、解った。

 

 

 

ーーーしっかりしてくれ、お前は●■▲★だろう。 

 

 

 

ーーーあぁ、肝に命じておくよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「あたしじゃ無理だって言いたいの?」

 

 

 放課後、兄の敵討ちに燃えるエリカに、達也は冷静に制止をかけた。

 エリカから放出された怒気を、達也は眉一つ動かさず受け止める。

 

 

「無理だな。実力的にじゃなく、結果的に」

 

「……どういうこと?」

 

 

 セリフの前半で膨れ上がった怒気は、セリフの後半で訝しさに置き換わった。

 

 

「今朝のニュースは見たか? 映像でも活字でも良いが」

 

「見たけど、どのニュースの事?」

 

「USNAの小型艦船が漂流していたニュースだ」

 

「アレね……まさかっ?」

 

「察しが良いな。おそらく『シリウス』も、もう出てこない。ほじくり返しても、お互いに良い事は無いと思うぞ」

 

 

 達也のアドバイスに、エリカは諾とも否とも答えなかった。

 

 

「達也君……貴方……何者なの?」

 

 

 その代わり彼女はマジマジと、正体不明の怪人物を見るような目で達也を見詰めた。

 

 

「あんな事、少なくともウチには……千葉には無理だわ」

 

「そうかな」

 

「ウチだけじゃない。五十里だって、千代田だって、十三束だって、きっと無理。何をどうしたのかしらないけど、あんな結果が出せるのは、十師族の、それも……」

 

「もう止めないか?」

 

 

 達也の短い返事は、言外に応えられる事では無いという意思を込めたものだった。しかし、エリカはそれが理解出来なかったのか、言葉を止めようとしない。

 

 

「特に力を持っている一族。首都圏を地盤にしているか、地域に関係なく活動出来る家」

 

「エリカ、もう止せ」

 

「北陸が地盤の一条は除くとして……七草か、十文字。あるいは……四葉。達也君、貴方まさか」

 

「止せと言った」

 

「っ!」

 

 

 達也は声を荒げたわけではない。声の調子や大きさではなく、そこに込められた意志が、エリカに口を噤ませた。

 

 

「それ以上はお互いにとって不愉快な事になる。俺だってエリカに消えて欲しいわけじゃない」

 

 

 達也は静かにそう告げた。修羅場をくぐった経験はエリカも並みではない。気圧されて、黙ったのではなく、密度の濃い経験があるからこそ覚ったのだ。軽率にも、自分が境界線の向こう側に踏み込もうとしていた事を。

 

 

「……ゴメン」

 

「分かってくれれば良いさ。エリカ、シリウスが誰かなんて詮索しても、もう誰も得をしない。だからその件は御仕舞いにしよう」

 

「……そうね」

 

「じゃあもう一つの用件を聞こうか。多分パラサイトの残党の事だと思うが」

 

「ご名答、と言うほどじゃないよね。この程度の話が通じないなら達也君じゃないから」

 

「褒めてるのか、それ?」

 

「少なくとも、貶しているつもりはないよ?」

 

 

 段々と何時もの調子が戻って来たようで、達也も安心していた。

 

 

「俺も放っておくつもりは無い。何か分かったら教えるから安心してくれ」

 

「絶対、よ? その代わり、あたしもこの件で隠し事はしないから」

 

「ああ、約束する」

 

 

 この件では、と条件を付ける辺りが如何にもエリカらしい。だが彼女との付き合いは、この程度の距離感が丁度良かった。

 

 

「じゃあね、達也君。邪魔してごめん」

 

「エリカ」

 

 

 立ち去ろうとするエリカの背中を、達也が短く呼び止めた。エリカの肩が一瞬跳ねたが、振り返った顔はいつも通りだった。

 

 

「董夜は『ヨツバ』なんだ。あいつは相手が誰であろうと、それが自分にとって不利益になるなら躊躇いなく処理する」

 

 

 そんなことは彼を初めて見た時から分かっている、いつものエリカだったらそう言っていただろう。しかし、先ほど間違いを侵しかけたため、その口は噤まれてしまった。

 

 

「友人として警告する。学校とは言えアイツと同じ共同体に属している以上。身の振り方には細心の注意を払ったほうがいい」

 

「………ありがと」

 

 

 それだけ言うと、今度こそエリカは部屋から出て行った。

 

 

 

「(どの道、遅かれ早かれ気付かれていただろう)」

 

 

 エリカには既に、【自分の力】だけでなく深雪の【コキュートス】まで見られている。

 達也はエリカが出て行った扉をみて、ため息をついた。

 

 

 

「(それにしても、董夜は俺と会ったときには既に、部隊に指示を出し終えていたのか)」

 

 

 思い出されるのは昨日から今朝までの一連の出来事。

 達也が董夜にバックアップを依頼してから、行動を開始し始めたのでは、いくら四葉の工作部隊が優秀だとしても、明らかに間に合わない。

 必然的に、董夜は達也に依頼される前から行動を開始していたことになる。

 

 

「(【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】、アイツは一体何を隠しているんだ………。)」

 

 

 

 今日は学校を休んでいる男の顔を思い浮かべ。達也は背もたれに深く体を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
きっと皆さんお忘れでしょう。董夜の私兵、柊 雛子です。




雛子の苗字を忘れてたことに、ビックリした。


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71話 あとがき読んでください。

 

 二日連続で日間ランキングの一桁台に載るの初めてかもしれない。

 この小説の序盤は我ながら酷い出来だと思ってるから、てっきりもう日間ランキングには載らないものだと思ってました。

 董夜を原作の、どの展開に介入させ、どれには介入させないのか。今回のお話が、今までで一番迷いました。


 

 

 

 

 学校ではその日の授業が全て終わり、部活動に勤しんだり、まっすぐ家に帰る生徒がちらほら出てきた頃、四葉董夜宅は本日二度目の外部からの侵入を許した。

 

 

「ご機嫌よう!董夜兄様!」

 

「ご機嫌よう、今日も元気だね」

 

 

 前触れはあったものの、リビングでとある資料を読んでいた董夜のそばに、突如として黒服姿の少女が現れた。

 満面の笑みの従姉妹に、董夜はさして驚いた様子もなく資料から顔を上げた。

 

 

「董夜兄様とご一緒できるなんて光栄ですわ」

 

「ありがとう。それにしても流石だね、全然気づかなかったよ」

 

「ご冗談を、まだ董夜兄様の眼を逃れるまでは達していませんわ」

 

 

 亜夜子が使っていた魔法、『擬似瞬間移動』は物体の慣性を消し、その周りに空気の繭を作り、さらにそれより一回り大きい真空のチューブを作って、その中を移動させる魔法である。

 チューブを作る工程で周囲の空気を押しのける気流が発生するため、移動先が事前に察知されてしまう欠点があるが、亜夜子の場合は押しのけられた空気の流れを『極致拡散』でコントロールしている為、気流は殆ど発生しない。

 

 『擬似』という言葉がついているが、事象改変範囲の広さが四葉随一の亜夜子が使うことによって『瞬間移動』と何ら遜色ない代物になっていた。

 

 

「お車の準備が整っておりますわ」

 

「浜松からご苦労様。俺の方からそっちに行ってもよかったのに…。」

 

「董夜兄様の手を煩わせるなんて、あり得ませんわ」

 

 

 そう言って、今度はちゃんと徒歩で玄関に向かう亜夜子の後を追って、董夜は座っていた椅子から腰を上げた。

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 達也が深雪とほのかと共にピクシーを連れて、青山霊園に向かっているころ、董夜と亜夜子も目的地に到着していた。

 

 

「大佐にあてがわれたにしては、普通のマンションですのね」

 

「あまり目立つわけにもいかないんだろ。行こう、亜夜子」

 

「はい」

 

 

 車が停車し、亜夜子が車内から近くの『外見は一般的な賃貸マンション』に目をやる。

 そして、董夜の言葉と同時に、亜夜子はブレスレット型のCADを起動させた。直後、董夜は自分と亜夜子の周りを、空気の繭が包むのを認識した。

 

 

「ハロー、ヨツバの代理人として来ました。バランス大佐と面会したい。」

 

 

 突如として現れた董夜と亜夜子に、そこにいた男が激しく動揺した。しかし、董夜の顔を見るなり、その動揺はさらに大きなものとなった。

 

 

「ッ……少々お待ちを」

 

「随分と察しがいいな、あの外国人。さぞかし有能だろう」

 

「引き入れますか?」

 

「ははっ、まさか」

 

 

 すこし離れたドアの中に男が消えていく。董夜たちはその後を追い、中にあるであろう人物の許可を待つことなく、取っ手を捻って中に入った。

 

 

「こんばんは、ミズ・バランス。二度目ですが、十師族が一、四葉家代理の四葉董夜と申します」

 

「付き添いの黒羽亜夜子です」

 

 

 董夜の顔を見たバランスが顔をしかめた。それもそうだろう、彼女はもう何度も董夜に煮湯を飲まされているのだから。

 

 

「改めて、USNA軍統合参謀本部大佐、ヴァージニア・バランスです。失礼ながら、ご用件は?」

 

「四葉家当主、四葉真夜の代理人として、本日はお願いに来ました」

 

「お願い、ですか?」

 

「はい。是非ともお聞き入れいただきたいお願いが」

 

「伺いましょう」

 

「ではお言葉に甘えて。ミズが手掛けている、我が国の魔法師に対する干渉を中止していただきたい」

 

「………」

 

 

 干渉と言う迄もなく彼女が指揮を執っている諜報戦、日本の非公開戦略級魔法師に関する調査とその確保、または無効化作戦のことだろう。しかし『中止せよ』という予想を超えた遠慮の無い要求に、バランスはすぐには反応出来なかった。

 

 

「ミズ・バランスにおかれましては、我が国の『十師族』というシステムがどのようなものであるか、ご存知でしょう。我々の当主、四葉真夜はあなた方の過剰な干渉を憂慮しています。貴国と我が国は同盟国ですから、このような事を火種にしたくはありません」

 

「……それは警告か? 手を引かねば火がつくという」

 

 

 董夜はバランスの質問に答えず、もう一度ニッコリと微笑んだ。それと同時に亜夜子も微笑んだ為、その不気味さは一層引き立った。

 

 

「ミズ、昨日は良くお休みになられましたか?」

 

「あれは貴様らか!?」

 

「はて、ミズのお顔の色があまりよろしくないご様子でしたので、僭越ながらご案じ申し上げただけですが」

 

 

 案じているといいながら、少しも心配そうな顔はしていない。二人は笑っている。全てを心得た、訳知り顔を隠そうともせずに。

 バランスの眉間のシワがどんどんと深くなっていく。

 

 

「ミズ・バランス、どうかお気を鎮めて。我々は、出来るならばミズと良好な関係を築きたいのだから」

 

「良好な関係だと?」

 

「我々、四葉の実力はミズもご存知の通りです。そして我々もミズの力は良く存じ上げています。ミズが今回の一件から手を引くよう指示していただければ、我々はミズ個人に対しての感謝を忘れません、と当主は申しています。今後もし機会がございましたなら、ミズのお力になれるでしょう、とも」

 

「(ヨツバに貸しが作れる、ということか)」

 

 

 バランスは葛藤を見せ、彼女の天秤は理性という名の欲望側に傾いた。にっこりと笑う悪魔の側に控えている、少女の形をした小悪魔が取りだした契約書に、バランスは署名したのだった。

 

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 二日後

 

 

 

ーーーーーと、いうわけだ」

 

「はぁ、青木にも困ったもんだな」

 

 

 土曜日ということもあって四時限目を終え、構内に残る生徒はまばらになってきた頃。

 とある空き教室で、董夜は達也から一昨日から先ほどまでの報告を受けていた。

 当然、防音には董夜が細心の注意を払っている。

 

 

「まぁ、母上もそういう事情なら3Hの管理は達也に任せて、手を引くだろ」

 

 

 つい先程、四葉家の使用人序列四位、資産管理を担当している青木が第一高校まで来て、達也にピクシーの取引を持ちかけたのだ。

 この事は深雪同様、董夜も聞かされてなかった為。大方、青木が序列を盾にして達也相手に横車を押し倒そうとしたのだろう。

 

 

「それで明日のパラサイト殲滅、董夜はどう動くつもりだ?」

 

 

 達也が董夜に報告した内容には、昨日達也の家にハッキングし一方的に情報提供していったレイモンド・S・クラークについても当然含まれていた。

 彼とフリズスキャルヴの話を聞いた時、董夜は『雛子との連絡を最小限にしていてよかった』と改めて思った。

 達也の正体を知っているあたり、董夜が雛子を送り込んだことも。当然レイモンドは把握しているだろう。

 

 

「何もしないよ」

 

「何も、か」

 

 

 董夜の答えは予想していたのか、達也は対して驚く事はしなかった。

 

 

「ここ最近、余りにも動きすぎた。これ以上、俺がでしゃばるのは得策とは言えない。USNAに送り込んでた雛子にも、今朝帰国の指示を出したし」

 

 

 董夜は十師族の次期当主候補であると同時に、この国の戦略級魔法師である。本来ならどこにいくにしても護衛を連れて居なくてはならないはずが、最近、家はもぬけの殻状態である。

 それに最近、董夜は真夜の不信感を買ってしまっている。これ以上、余計な事はしないに越した事はないだろう。

 

 

「あとは任せた」

 

「あぁ」

 

 

 達也の目を真っ直ぐ見つめる董夜に。達也は深く頷いた、もうこの二人の間に、不要な溝はないようだった。

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

『封印されたパラサイトを回収しなさい。この回収をもって、貴方の意図不明な行動について不問とします』

 

「かしこまりました」

 

 

 

 

 董夜は心の中で達也に頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 今一度確認しますと、冷凍保存されていた真夜の卵子を使い。深夜が代理出産することで生まれてきたのが董夜。という設定になっています。

 何故か今まで一度も突っ込まれた事はありませんが『董夜の父親』についてお話しします。

 当然、董夜にも遺伝子上の父親にあたる人物は存在します。
 しかし、九島光宣くんのように。いや、それ以上に董夜には、今(2020年現在)のルール上、そして倫理上ありえない事情があります。

 董夜の父親は今まで一度も、名前すらこの小説には登場していません。この先、実際に登場する事もありません。
 ですが、めちゃくちゃ察しの良い方なら分かるかもしれません。

 ちなみに、董夜の本当の父親。つまり、彼の元となった精子が、一体誰のものであるか、真夜は知りません。恐らく、別の人物だと認識しています。しかし、董夜自身は自分の父親と母親を知っています。


 この『董夜出生の秘密』が日の目を見る事になるかどうかは分かりません。
 この設定は作者が「あぁ、これ以上この小説かけない!」とか、「もうそろそろ完結させようかな」と思った時に、都合よく使うための最終兵器です。

 『秘密』なんて言って大仰にしてはいますが、別にたいした設定ではありません。ちょっと考えれば思いつきそうなものです。

 ただ、僕はこの設定が好きです。





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72話

 


 やっと来訪者編が終わりそうだ。


 

 

 

 

 二月十九日、日曜。

 日が暮れてからそれなりの時間が経過し、第一高校裏手の野外演習場は暗闇に支配されていた。

 

 

「………あれは」

 

 

 達也はクラスメイトとの協力のもと、深雪の【コキュートス】によりパラサイトの封印に成功。

 深雪たちと一時的に別れた達也は、封印されたパラサイト二体が転がされたままの現場向かっていた。

 

 そこでとある二つの集団を目にする。

 

 一方は積み重ねた歳月を表す深い皺を刻みながらも、ピンと姿勢の伸びた老人に率いられた黒服の一団。

 もう一方は、少なくとも安物には見えない黒いスーツを身に纏い、その歳に似合わぬ気迫を携えた少年と、豪奢な黒のワンピースに身を包む可憐な少女に率いられた、やはり黒服の一団。

 

 

「お久しぶりです、九島閣下。お元気そうで何よりです」

 

「あぁ、久しぶりだね四葉董夜くん。まさか君が出てくるとは思わなかった。それで、そちらのお嬢さんは?」

 

 

 口調こそ穏やかであるものの、九島烈は明らかに董夜たち一団を『敵対者』としてみている。

 そのあまりに強い眼光が、董夜の側に立っている亜夜子へと向けられた。一瞬亜夜子の肩が跳ね、表情も怯んだが、すぐに取り繕った。

 

 

「九島閣下、お目にかかれまして光栄に存じます。わたくしは黒羽亜夜子と申します。四葉の末席に連なり、当主・真夜の使いを務めさせていただいている者ですわ」

 

「ほう、その若さでしっかりしている。それにしても彼女が四葉殿からの使いなら、君は何なんだね?」

 

 

 九島烈の視線が亜夜子から外れ、再び董夜に向けられた。亜夜子は肩の力が抜け、思わず息を吐きそうになったが、董夜の前で無様を晒したくないのか、何とか堪えていた。

 

 

「そうですね、『当主の使い、その二』とでも認識していただければ」

 

「はっ、ぬかせ」

 

 

 九島烈と董夜の間に、穏やかとはとても言えない空気が流れ、側に居る亜夜子の、後ろ手に組んだ手がカタカタと震える。

 

 

「まだ二月のこんな寒空の中、閣下をこのような場所に居て頂くわけにはいきません。早速本題に入りましょう」

 

 

 時期はまだ二月。充分、冬と言って差し支えない季節である。空を見上げて、寒そうに身を震わせる董夜を、九島烈は黙ったまま見つめている。

 

 

「よいしょ……っと」

 

 

 二つの集団のそばに倒れ伏している二体のパラサイトのうち、片方の首根っこを掴んで、董夜が持ち上げた。

 

 

「閣下がここへいらっしゃった目的は理解しています。このパラサイトと呼ばれる魔物を持ち帰る事でしょう。実は我々も当主に同じ事を仰司って来ています」

 

「ほう」

 

「そして、幸いなことに封印済みの器が二体。ここは一つ、我々と閣下で一体づつ持ち帰る、というのはいかがでしょう?」

 

「なるほど、して、その誘いを私が断った場合はどうなるのかね?」

 

 

 九島列の目に宿る眼光に、強さと鋭さが増す。対して董夜も不機嫌そうに目を細め、眉間にシワを寄せた。

 

 

「閣下、我々はIFの話がしたいのではありません。応じてくださるのか、下さらないのか。それだけで結構です」

 

 

 何秒か、何分かはわからないが二人の睨み合いは続き、当然二つの集団全体にピリついた空気が流れる。

 そして、最初に折れたのは九島烈だった。

 

 

「よかろう。ここは仲良く一つずつと行こうじゃないか」

 

「ありがとうございます」

 

 

 九島烈が短く息を吐き、董夜が頭を下げた。二人のプレッシャーを側で受けていた亜夜子は内心ホッと胸を撫で下ろしたのだった。

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

「お疲れ様、どうだった?はじめての九島烈は」

 

「正直、とても怖かったですわ」

 

 

 九島烈と、その一団が去り。董夜たちもパラサイトの回収を終え、現在は黒羽家に向かう車の中にいる。

 

 

「大事な娘さんを預かってたわけだから、一応貢さんにも挨拶をしてから帰るよ」

 

「わざわざ、ありがとうございます。父も喜びますわ」

 

「いや、少なくとも喜びはしないと思うよ」

 

 

 息子の文弥を次期当主にしたい黒羽貢は、以前から董夜のことを目の敵にしている。董夜が顔を出した時の反応など、想像するに容易かった。

 

 

「文弥は、董夜兄様の力になりたい、と心の底から思っているでしょう。董夜兄様………。」

 

「ん?」

 

「私は董夜兄様の事を、ずっと、ずっとお慕いしておりますわ」

 

 

 

 董夜の右手に、自然と亜夜子の左手が添えられた。その『お慕い』が、果たして『恋慕』を意味するのか、はたまた『敬意』か。董夜は後者だと即決し。自身のその判断に疑問を抱く事はなかった。

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 風に乗って楽しげなざわめきが聞こえてくる。第一高校の校内は喜びの声に満たされていた。耳を澄ませばその中に混じる泣き声も聞こえてくる。

 第一高校は今日。卒業式を迎えていた。

 

 

「おや、主役がこんなところに居て良いんですか?真由美さん」

 

「そう言う董夜くんこそ、パーティの準備はいいの?」

 

 

 第一高校の屋上。普段から人気が少ない場所だが、卒業式を終えてパーティが控えている今、最早ここには董夜と真由美しかいない。

 

 

「我ながら、かなり働き詰めでしたから。会長から休憩を頂きました。真由美さんは?」

 

 

 董夜は右手に持つ、セラミックのコップに入ったコーヒーを一口飲んだ。対する真由美は、いつもの賑やかさを潜めて、ただジッと董夜を見つめている。

 

 

「私はね、董夜くんに会いに来たの」

 

「………?」

 

 

 校舎内という狭い範囲であれば、真由美の【マルチスコープ】を使えば探し人を見つける事は簡単だろう。董夜は、真由美の雰囲気がいつもと違う事を察した。

 

 

「(こんな事、『抜け駆けだ』って泉美ちゃんに怒られちゃいそうだけど)私が董夜くんに婚約を申し込んでいる事は知ってるわよね?」

 

「えぇ、もちろん」

 

 

 董夜の存在を四葉が発表して以来。当然、董夜に対して様々な名家と呼ばれる家から婚約の誘いが届いた。それらは全て真夜が『董夜が高校を卒業するまで』保留にしているのだ。

 

 因みに、董夜に対して一族から二人以上婚約を申し込んでいるのは、真由美と泉美の二人を推している七草家のみである。

 

 

「泉美ちゃんと違って。私は董夜くんに会う前に、婚約を当主が申し込んで、最初は『あの四葉に嫁ぐことになるかもしれない』って、すごく嫌だったの」

 

「まぁ、当然の反応でしょう」

 

 

 当然だ、と頷く董夜に、真由美も笑みを浮かべた。その表情はいつもの様に悪戯っこい笑みではなく、まさに()()というべきものだった。

 

 

「でもね、十師族の交流会で初めて董夜くんに会って、その気持ちは180度変わったわ」

 

「………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きよ、董夜くん。当主の意向なんかじゃない。この気持ちは正真正銘、私のモノ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真由美さん………。」

 

 

 董夜は驚いた。当然、それを表には出してないが、真由美は自分のことを『弟』としか見てない、そう思っていた董夜にとって、この告白は予想だにしないモノだった。

 

 

「もちろん今すぐ答えを聞こうなんて思ってないわ。董夜くんが卒業するまで、こういうお話は保留だもの。ただーー」

 

「………。」

 

「私、こう見えて欲しいものは絶対に、誰にも渡したくないタイプだから!!」

 

 

 いつもより大人しいものの、いつも以上に力強く笑う真由美に、董夜は何も喋らなかった。いや、喋れなかった。

 初めて他人から『真っ直ぐな好意』を()()()()()()()()向けられて、何か声を掛けようにも、まるで喉が機能を失ったかの様に言葉が出なかった。

 

 

「それじゃあ、パーティの準備、頑張ってね!楽しみにしてるわ!」

 

 

 そう言って真由美は元来た道を引き返し、校内へと続くドアを開いた。そこには、一人の少女が立っていた。

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 深雪がその場面を目撃したのは、ただの偶然だった。

 

 あずさから休憩を言い渡され、コーヒー片手に屋上に向かった董夜。そんな彼を呼ぶ為に、深雪が屋上のドアの取手に手をかけたその時。

 

 

「好きよ、董夜くん。当主の意向なんかじゃない。この気持ちは正真正銘、私のモノ」

 

 

 大きい声ではなかった。それでも深雪の耳にはハッキリと、それは届いた。声の主も、その相手も、考えるまでもなく深雪には分かった。

 

 真由美が董夜に好意を向けている事は、入学式の時から気づいていた。それでも、董夜の婚約に関する真夜の姿勢を知っていた深雪は、『勝負は高校を卒業してからだ』とタカを括っていた。

 

 多少(?)アピールする事はあっても、心のどこかで『自分が一番彼に近い位置にいる』と油断していた。

 

 

 ガチャ………。

 

 

「…………ぁ」

 

 

 思考が停止していた深雪の意識は、ドアが開く音で強制的に現実には引き戻された。

 呆けた声の深雪に対して、真由美は一瞬目を見開いたものの、今までで一番強い眼差しを彼女に向けた。

 

 

「深雪さん、私、絶対に負けないから」

 

 

 真由美の言葉が、深雪の心の奥底に突き刺さった。

 

 

 

 

 

「(そんな……私だって……!!)」

 

 

 皮肉にも真由美のその言葉が、弱気になっていた深雪の心を奮い立たせた。

 初めは嫌いだった彼を、初めて好きになったあの日から、ずっと深雪の中にある想いに火がついた。

 

 

「私だって、絶対に董夜さんは渡しません」

 

 

 それ以降、お互いが声を交わす事はしなかった。

 深雪は未だ屋上に居るであろう董夜の元へ、真由美は同級生たちの元へ、力強く、歩を進めた。

 

 

 





 この72話を書き始めたときは、こんな展開にする予定はありませんでした。

 『パラサイトの回収終わったし、サラッと次の場面行こ』と思ってましたが、亜夜子にもう少しスポットライトを当てたかったので、あのシーンを入れました。


 『あ、卒業式で告白、いいじゃん』と途中で思いついて、来訪者編を通して余り出番のなかった真由美に告白させました。
 
 真由美に告白させた事も、その現場に深雪を遭遇させたことも、この先どういう影響を及ぼしてくるか、私にもわかりません。


 ただ、深雪が董夜に告白するのは、まだ先を予定してます。





 
 


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73話


 来訪者編おわつたつたつ。


 


 

 

 

 

 

 

「董夜さん、気分転換はできましたか?」

 

「…………深雪」

 

 

 真由美から告白されて未だに呆然としている董夜に、深雪が歩み寄る。心なしか何かが吹っ切れたような、スッキリとした表情の深雪。

 

 

「さ、行きましょう。まだパーティの準備は終わっていませんよ」

 

「あぁ」

 

 

 深雪に半端引きずられるような形で移動している最中。董夜は幾らか冷静さが戻ってきた思考で真由美の事、そしていつか答えを出さなくてはならない『婚約』について、考えていた。

 

 

「ごめん深雪、もうちょっとだけ休憩させてくれ」

 

「………?」

 

 

 パーティ会場への移動中、校舎内にはこれから離れ離れになるであろう学友と様々な感情を共有する者達がいた。そんな生徒達の中に、董夜は先ほど別れた一人の女子生徒を見つけた。

 

 

「真由美さん……!!」

 

 

 深雪の返事を待たずに走り出した董夜。そんな彼の背中を、深雪は一体どんな感情で見つめただろうか。

 真由美のそばには市原鈴音や渡辺摩利、十文字克人がいた。恐らく、共に苦労を分かち合った者同士、思い出話に花を咲かせていたのだろう。

 

 

「と、董夜くん!?」

 

「あ、先輩方。ご卒業おめでとうございます」

 

 

 走り込んできた董夜に、その場にいた者全員が驚いた顔を向けた。克人達の存在を失念していた董夜が慌てて頭を下げた。

 

 

「ありがとう、どうした四葉?そんなに慌てて」

 

「すいません克人さん、渡辺先輩、市原先輩。少々、真由美さんをお借りしてもよろしいですか?」

 

「あ、あぁ」

 

 

 それだけ聞くと董夜は真由美の手を取って少し離れた、余り人気のない場所に行った。真由美は状況が理解できてないのか、碌に抵抗せずに董夜に連れられるままである。

 

 

「董夜くん、どうしたの?」

 

「まずは、ご卒業おめでとうございます。真由美さん」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 先ほど言えなかった言葉を真由美にかける。董夜はもう呆けた目ではなく、意志のこもった目をしていた。

 

 

「俺はまだ、真由美さんの気持ちに答えを出す事はできません。それでも、たとえどんな形であっても、家の意向じゃなく、ちゃんと自分の意思で真由美さんに答えようと思います」

 

「董夜くん……。」

 

 

 真由美の覚悟を、決意を聞くだけ聞いて、何も言わないのが嫌だった董夜は。今の自分の意思を真由美に伝えた。

 真由美の方も最初は驚いていたが、董夜の気持ちを聞いて、満面の笑みを浮かべた。

 

 

「えぇ、待ってるわ!」

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

「トウヤ、ちょっと付き合いなさい!」

 

 

 パーティ会場につき、再び準備に駆り出されていた董夜の耳に、威勢のいい声が届いた。

 

 

「俺が言うのもなんだけど、あんなことがあった後によく普通に話しかけられるな」

 

「うっさい!」

 

 

 呆れたような、感心したような董夜に、リーナがズンズンと詰め寄った。数日前に色々な意味で董夜に追い詰められたリーナは、その悔しさを晴らすかのように強い口調で詰め寄った。

 

 

「それで?何に付き合うんだ?」

 

「これから即興でバンド組むから、あんたも入んなさい!どうせ何かしらはできるんでしょ」

 

 

 アンタ声と顔はいいんだから。と言うリーナに、董夜は苦笑いを浮かべた。リーナとは色々あったが、別に董夜は彼女のことを本気で嫌悪してるわけではないのだから。

 

 

「達也じゃなくていいのか?」

 

「………。」

 

 

 悪い顔で笑う董夜に、リーナは無言で微笑むと、そのお腹に決して弱くはないパンチをたたき込んだ。

 

 

 

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 それから数日後

 空港にて、誰にも主発日時を伝えていなかったリーナは、たまたま雫の出迎えに来ていた達也に見つかっていた。その側に、深雪の姿はない。

 

 

「タツヤ、ワタシの見送りに来てくれたの?」

 

「まぁな。ここで会えたのは偶然だが」

 

「あらっ? 今日発つって、言ってなかったかしら」

 

「聞いていない」

 

 

 すっとボケて嘯いたリーナの戯言を、達也が一刀両断した。

 

 

「冗談はこのくらいにして、と。お世話になったわね」

 

「迷惑を掛けたの間違いじゃないか」

 

「……本当に最後まで容赦の無い人ね、タツヤ」

 

「手加減されても嬉しくないだろ? それに、最後じゃないだろ」

 

「そうね……少なくともミアを日本に残してるんだから、何時れは迎えに来なきゃいけないものね」

 

 

 別れの時、達也の心は揺れていた。それが董夜の指摘通り『恋』なのか、それはまだ達也には分からない。

 ただ、リーナも達也も、この別れに名残惜しさを感じているのだけは確かだった。

 

 

「タツヤ………。」

 

 

 リーナが自然に、そっと達也を抱きしめた。突然のことに驚き、空中を意味もなく舞っている達也の両手が、そのままリーナの背中に添えられた。

 

 

「また会いましょうッ!」

 

 

 周りから見たらどれぐらいの時間かは分からないが、二人にとってその時間は一瞬とも思えるぐらい短いものだった。

 寂しさを吹っ切り、そのまま離れていくリーナを、その姿が見えなくなるまで達也は見送った。

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「やぁ」

 

 

 搭乗ゲートを過ぎ、出発時間まで時間を潰すため、ラウンジに入り、適当な料理を見繕って窓際のソファに座ったリーナに、その隣に座った男性が話しかけてきた。

 

 

「なんでここにいるのよ。トーヤ」

 

 

 董夜の姿を認めるや否や、達也と話していたときとは真逆に表情を不快感に染め、リーナは董夜を睨みつけた。

 董夜は私服に身を包んでサングラスをかけ、優雅(?)にアイスクリームを口に運んでいる。

 

 

「そう邪険するなよ。一時とはいえ一緒にバンド組んだ仲だろ」

 

「ふん、あの時は客寄せパンダとしてアナタを利用したに過ぎないわ。それをさも友達のように。おめでたい人ね」

 

「え、友達だろ?」

 

「ワタシを何度も脅すような人は友達とは言わないわ!」

 

 

 心外そうな顔をする董夜に、リーナは余計に眉間のシワが深くなった。

 

 

「それより見ろよこれ、『空港で別れを惜しみ、出国ゲートの前で抱き合う男女』絵になってるだろ。これをお前の上司のバランスとやらに送ーーーー

 

「消せェーーーーッ!」

 

 

 意気揚々と仮想型の携帯端末を取り出し、写真を映し出す董夜。その内容を見るや否や、リーナは怪訝そうな顔を引っ込めて、顔を赤く染めて董夜の端末を奪おうと手を伸ばした。

 

 

「まぁ、安心しろ。この写真は少し遊んだらすぐ消すさ」

 

「どこに安心する要素が!?」

 

「そんなことよりリーナ、渡したいものがある」

 

「はぁ?」

 

 

 急に真剣な顔になった董夜に、リーナはついて行けない、とばかりに息を吐いた。

 

 

「この紙に俺のプライベートナンバーとアドレスが書いてある」

 

「いらない」

 

 

 懐から紙切れを取り出した董夜に、リーナは一蹴して料理に目を戻した。そんな彼女に董夜は苦笑する。

 

 

「まぁそう言うな、余り深くは言えないが、達也はこの国の特記戦略だ。お前と達也がこの先結ばれることがあったとしても、達也はソッチ(USNA)には行けない。確実に」

 

 

 内容が内容なだけに、料理を食べる手を止め、董夜の方を向き直るリーナ。辺りを見渡すと、ファーストクラスラウンジなだけに余り多くない周囲の人には、董夜達の会話は聞こえていないようだ。

 

 

「そうなると当然リーナがこっちに来ることになる。しかしお前は戦略級魔法師【アンジー・シリウス】。魔法師の渡航さえ制限されている中、その国の最大戦力が亡命なんて不可能だ」

 

「そんなこと………ワタシだって分かってるわよ」

 

 

 リーナだって自分の立場の重さに加え、達也が只者じゃないことぐらいとっくに知っている。自分の恋の道が、成就不可能と言えるほど茨の道であることも。

 董夜の言葉に、リーナは悔しそうに俯き、拳を握りしめた。

 

 

「そしたらもう亡命するしかない。恐らく、いや確実にお前は壮絶なバッシングを受けるだろう。生まれ育った祖国からは『売国奴』『裏切り者』『Bitch』『Cunt(⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎)』等々。

だが、帰る国を失ってもなお、達也と結ばれたいと言うなら、その覚悟があるならこの紙を受け取れ。俺が力になる」

 

 

 董夜の言葉に、改めて道の険しさを認識して険しい顔になったリーナだが、その決意は揺るぎない。

 

 

「なんで、トーヤはここまでしてくれるのよ」

 

「さっきも言ったけど、一度バンド組んだ仲だ。そんなリーナと、達也が恋に落ちたと言うなら、それを助けるのが友達ってもんだろ!」

 

 

 柄にもなく熱いことを言う董夜に、リーナは嬉しそうな顔を浮かべるどころか、訝しげな視線を向けた。

 

 

「本音は?」

 

「達也ほどじゃないにしろ、お前はそこら辺の雑魚よりは余程利用価値がある。そんなお前を達也ごとウチ(四葉)に引き込めたら儲けもんだ」

 

「死ねッ……!」

 

 

 先程と真逆のことを言う董夜に、リーナは董夜の手にあるプライベートナンバーが書かれた紙を奪い取り、今度こそ料理に向き直った。

 

 

「じゃあ、USNAまでお気をつけて」

 

「フンッ!」

 

 

 そう言って立ち上がる董夜に、リーナは手に持った皿ごとそっぽを向いてしまった。

 董夜は自分のテーブルにあったアイスのゴミを、そっとリーナのテーブルに置くと。そのまま出口から出ていき、雫とは別の便で帰ってくるであろう雛子を迎えに行った。

 

 

 

「ハハッ」

 

 

 しばらく歩くと、懐の端末からメッセージの受信を知らせる通知音がなった。

 端末を開くと、それは先ほどアドレスを教えたばかりのリーナからだった。

 

 

『さっきの写真ちょうだい。あと消せッ!!』

 

 

 英語でそう書かれた文章に、董夜は思わず声を漏らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 








 たくさんの誤字報告をしてくださった諸刃之剣様や他の皆々様。本当にありがとうございます。
 あまりの誤字の多さに恥ずかしい限りです。


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ダブルセブン編
74話


 この二次小説でのダブルセブン編は、いきなり七宝の董夜達への顔合わせから始まります。
 描写されていない部分を説明しますと、
 一、董夜は北山家のホームパーティーに参加していません。
 二、小和村真紀について、達也は現段階では董夜に報告していません。
 三、桜井水波は董夜への挨拶を済ませています。

 これまでも、そしてこれからにも言える事ですが、拙作で描写がカットされている部分は基本的に原作と同じと思っていただいて構いません。
 作者の怠慢を嘲笑ってください。


 ちなみに新生徒会メンバーは

会長、 中条あずさ
副会長、四葉董夜・司波深雪
会計、 五十里啓・司波達也
書記、 光井ほのか・(七草泉美)

です。
これから先も、今まで通り原作からは余り乖離させない方針でいきます。

 ちなみに今話では董夜がやたら先輩風を吹かせますが、董夜の七宝と泉美香澄に対するスタンスを表しているので、我慢してください!


 

 

 

 

 

 

 

 

「もうそろそろ今年度の新入生総代の子が来ますよ」

 

 

 生徒会室で執務に当たっていたメンバーに、会長のあずさが声をかけた。室内には、昨年度まではいなかった新書記のほのか。そして今年度から新設された【魔法工学科】に転科し、新会計になった達也が加わっている。

 

 

「七宝琢磨、でしたっけ?」

 

「はい、なかなかやる気のありそうな子ですよ」

 

 

 あずさの言葉に、特別な反応を示す者はいなかった。ただ董夜が名前を確認しただけで、昨日から発足した新生徒会は黙々と執務をこなしている。

 ちょうどその時だった。

 

 

『一年A組の七宝琢磨です。』

 

 

 生徒会室のインターホンがなり。男の声が流れた。

 ドアから一番近くに座っているほのかが立ち上がって、ドアの開錠操作をした。

 

 

「失礼します」

 

「紹介します。今年度の新入生総代を務めてくれる七宝琢磨くんです」

 

 

 入室してきた七宝は、室内にいた董夜を見つけると、その顔をじっと見つめた。その表情には興味ではなく、ライバル意識のような敵対心が見て取れた。

 そして、あずさに紹介されると、七宝はペコリと一礼した。その態度は新入生としてはまずまず尋常なものだったが、その印象は五十里とほのかに続いて達也が自己紹介をしたところで一変した。

 

 

「会計の司波達也です。よろしく、七宝君」

 

「七宝、琢磨です。よろしくお願いします」

 

「……七宝くん?」

 

 

 七宝は達也の顔ではなく左胸を見ていた。あずさがそっと声を掛けると、七宝はハッとした表情の後、ばつの悪そうな愛想笑いを浮かべた。

 

 

「すみません、司波先輩が着けている歯車のエンブレムに見覚えが無かったものですから」

 

「ああ、なるほど。今年から新設された魔法工学科のエンブレムなんですよ」

 

「そうでしたか」

 

 

 琢磨は意図したものかそうでないのか、興味がないというぞんざいな素振りで相槌を打った。

 達也はそれを不愉快とは思わなかった。だがそれは、深雪にとって見過ごせない出来事だった。尊大な表情、不遜な目つき。自分が格上である事を根拠もなく信じ、相手を故無く見下す。深雪にはそう感じられた。深雪の横では、ほのかも似たような雰囲気で琢磨の事を睨んでいる。

 

 一方の七宝は、すぐに挨拶を続けるべく次の相手へ身体の向きを変えた。こんなところで騒ぎを起こすつもりは無かったし、そもそも七宝には自分が失礼な真似をしたという自覚が無かった。だから彼は特に心構えも無く、次の生徒会役員、つまり深雪へ目を向けた。

 

 その直後、たじろいだ顔を見せてしまったのは、七宝にとって屈辱だったに違いない。

 初見の七宝が平静を失ったとしても恥にならないプレッシャーを深雪が放っていたのだから。

 しかし七宝本人はそう思わなかった。悔しげな表情が、抑えきれず浮かび上がる。すぐに儀礼的な笑みを造ったが、客観的に見てあまり上手くいって無かった。

 

 

「副会長の司波深雪です」

 

「………七宝琢磨です。よろしくお願いします」

 

 

 その冷たい表情に相応しく、深雪が口にした自己紹介のセリフはこれだけだった。

 七宝の声が少し震えていたのは、恐れではなく怒り故だった。彼は深雪に気圧されている自分に腹を立てていた。自分に対する怒りを他人に転嫁しないだけの自制心は保っていたが、元来七宝は気性の激しい少年だ。自分を抑える為に、彼は奥歯を噛み締めていた。いくら表情を取り作ろうとしても、隠せないほど強く。

 

 深雪と七宝、二人の態度は到底平和的と言えるものでは無かった。徐々に不穏の度を増す空気に、あずさがオロオロとしている。

 そんな時

 

 

「深雪」

 

 

 握手を終えた深雪に董夜がハッキリと声をかけた。その声には明らかな叱責が含まれており、自分の行いが間違っているとは思っていない深雪が驚いた顔で董夜を見た。

 

 

「進級し、もう二年に上がったんだ。上級生として、そう大人気ないことをするもんじゃない」

 

 

 七宝の達也に対する感情を理解したうえで七宝の味方をした董夜に、深雪同様、七宝を睨んでいたほのかまで驚いた顔を向けた。

 

 七宝もその言葉を聞いて【四葉董夜】という人物に対して、拍子抜けしたような表情だったが、次の瞬間には一変した。

 

 

「総代とは言え新入生。この間まで()()()だったんだ。多少の礼を欠いたぐらいで事を荒立てるモノじゃない」

 

「ッ……!!」

 

 

 『子供の粗相ぐらい許してやれ』という董夜の意思を、室内にいた全員が感じ取った。

 七宝の顔が赤く染まり、もはや隠そうともせずに奥歯を噛み締めて董夜を睨みつけている。

 

 しかし

 

 

「同じく副会長の四葉董夜だ。よろしく七宝君」

 

「七宝………琢磨です」

 

 

 董夜と握手を交わした瞬間、七宝の董夜に対する敵意が引っ込んだ。

 別に董夜は深雪のようにプレッシャーを放っている訳でも、スンとした表情をしている訳でもない。誰が見ても好意的に微笑んでいる。

 

 

「(これが………四葉、董夜)」

 

 

 しかし、七宝は自分を見つめる董夜の目を見て。

 ()()()()の【世界最強の魔法師】と呼ばれる男が間近にいる事に、()()()()()『ビビってしまった』のだ。

 そんな自分に対する怒りが七宝の中に湧き出したが、そんな強気な心とは裏腹に、董夜に握られている手は明らかに震えている。

 

 

「ハハ、緊張してるのか?」

 

 

 そう言って笑う董夜に、七宝の心がさらに恥辱の類で埋め尽くされた。

 

 七宝とて馬鹿ではない、董夜の眼中に自分が写っていないことなど、察せられない筈はなかった。

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「おはようございます。あれ、俺が最後ですか」

 

「えぇ董夜さん。三分の遅刻です」

 

 

 四月八日、魔法大学付属第一高校入学式当日。

 先日、董夜に叱責されて拗ねているのか、深雪が董夜にやや冷たい態度を取ったが、それを董夜はスルーした。

 

 

「あれ、その子は新入生?」

 

「はい、四葉先輩。桜井水波です。いつも達也兄さまと深雪姉さまがお世話になっています。それに、ご高名はかねがね伺っております」

 

「そっか、よろしく桜井さん」

 

 

 もう既に挨拶は済ませている二人だが、四葉と司波の関係性に疑問を持たれないために、あえて初対面の体裁を取った。

 

 

「全員そろったようですから、まずは式次第を確認しましょうか」

 

「そうね、時間を無駄にする事もないわ」

 

「では、開会三十分前の配置から。来賓の誘導に董夜、放送室に深雪……」

 

 

 本来あずさの役目だが、達也は構わずリハーサル前の打ち合わせを進めた。水波がこの場にいる不自然さは、誰にも指摘されないまま忘れ去られた。

 

 

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 

「なぁ深雪、そんなに拗ねるなよ」

 

「別に拗ねていません」

 

 

 リハーサルも終わりに近づき、出番を終えた深雪に、董夜が話しかけた。しかし、深雪は明らかに頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。

 

 

「七草家への対抗心から、七宝家は師補十八家の中でもとりわけ十師族の地位に執着が強い家だ。それにアイツは見る限り人一倍自己顕示欲が強い。こうなる事は予想できただろう」

 

「それでも、お兄様と董夜さんへの態度は見過ごせる物ではありませんでした」

 

 

 いつにも増して頑固な深雪に、董夜は小さくため息をついた。リハーサルもいよいよ終わろうとしている。

 

 

「アイツは自分より上の十師族であり、昨年の総代の俺をライバル視してる。これからも似たような事はあるだろう。そういう時にもっと余裕のある対応をしてもらわないと困る」

 

「…………分かりました」

 

 

 まだ納得は行っていないようだが、深雪は渋々折れたようだ。

 そんな時、ふと深雪と董夜が講堂の出口に目を向けると、ちょうど達也が新入生の誘導に行くところだった。

 

 

「アイツ一人で捌き切れるか分からないし、俺も行ってくる」

 

「あ、はい。行ってらっしゃいませ」

 

 

 

 急ぐ事なく、達也の後を追って講堂を出た董夜。近辺の状況を俯瞰しようと眼を使うと、とある少女が魔法を発動させているのが観えた。

 董夜は少し小走り気味に、眼の通りになるであろう場所へと向かった。

 

 

「お姉ちゃんを苛めるなー!」

 

 

 どうやら間に合ったようだ。

 目の前には達也と真由美がいた。そしてその二人、というより達也に向かって魔法を発動させながら突っ込んでいく香澄と、少し離れたところにいる泉美が見えた。

 

 

「あ、あれ?なんで魔法が………。」

 

 

 香澄の魔法を術式解体で吹き飛ばし。その体を達也が難なく受け止めた。

 そして、ゆっくりと香澄を地面に下ろした。

 

 

「香澄ちゃん、何やってるんです?」

 

「あっ、泉美……ちょっと早とちりでさ……」

 

「相変わらずおっちょこちょいですね、香澄ちゃんは」

 

「早とちりやおっちょこちょいで済む問題じゃありません!」

 

「ふにゃ!? 何するのさ、お姉ちゃん!」

 

 

 双子の間では笑い話で済みそうだったが、姉にとっては笑い話では済まなかったのだ。

 それを見ていた董夜は『彼女達の知り合い』として、さらに『この学校の生徒会役員』として注意するために、表情を変えた。

 

 

「香澄、自衛目的以外で魔法を発動させるのは、校則違反以前に犯罪だ。相手が達也だったからよかったものを、ゲガをしたらどうするつもりだったんだ」

 

「………と、董夜兄ぃ」

 

「董夜お兄様!」

 

 

 急に現れた董夜の厳しい視線に、香澄の体が揺れた。

 しかし、そんな香澄とは別に、泉美は董夜を見ると目を輝かせている。

 

 

「今回は魔法が発動する前に達也がかき消したから不問とするが、次から気をつけるように」

 

「はい、すみませんでした…………達也?もしかして司波達也?」

 

「先輩、でしょ! 初対面の相手に呼び捨てなんて、香澄ちゃん、貴女には再教育が必要な様ね」

 

「ちょっ!? お姉ちゃん、何でそんなに怒ってるのさー!」

 

 

 真由美と香澄が騒いでいる横で、泉美が達也に頭を下げた。

 

「姉二人が申し訳ありませんでした、司波先輩」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 

 そして、そのまま泉美は董夜の元へと駆け寄った。嬉しさいっぱいの笑みをたたえて。

 

 

「董夜お兄様!お久しぶりです!」

 

「董夜兄ぃ!久しぶり!」

 

 

 そこへ真由美から逃げ出してきた香澄も加わった。先ほど叱責されたばかりにもかかわらず、いつも通りの香澄に、董夜は苦笑いを浮かべた。

 

 

「二人とも入学おめでとう。これからよろしく」

 

「はいっ!」

 

「うんっ!」

 

 

 そう言って二人の頭を撫でる董夜に、二人とも満面の笑みで答えた。その様子を真由美がどこか羨ましそうな目で見ている。

 

 

「それより二人とも、そろそろ講堂に行かないと座る場所が無くなるわよ」

 

「そうですわね、香澄ちゃん行きましょう。董夜お兄様、司波先輩失礼します」

 

「じゃーね!董夜兄ぃ!」

 

 

 人数分用意されている席がなくなることなどないのだが、真由美が双子を講堂に誘導した。

 

 

「では七草先輩、俺は見回りに戻るので」

 

「えぇ、お疲れ様達也くん」

 

「俺もすぐ戻る」

 

 

 達也も双子に続いて立ち去り、董夜と真由美だけが残される。

 

 

「ふふっ、董夜くんが先輩やってると、何だか新鮮ね」

 

「揶揄わないでください」

 

「ところで、この格好、どうかな?」

 

 

 その場で一回転し、私服姿の自分をアピールする真由美に、董夜が笑って答えた。だが、その答えは真由美の望んだものではなかったが。

 

 

「お似合いですよ。凄く大人びていて、まるで別人のようです」

 

「そう、ありがとう……って、別人の『よう』ってどういう意味かな?」

 

「別に他意はありませんよ。俺は真由美さんの事を童顔だとか幼児体型だとか思ってませんし」

 

「はぁ、達也くんにも同じ事を言われたわ」

 

「おや、これは失礼」

 

 

 その後、多少の世間話を交わして、董夜も講堂へと戻った。

 

 

「董夜、お前七草の三女に『お兄様』と呼ばれてるのか」

 

「まぁね」

 

「俺とお揃い、だな」

 

「……………。」

 

 

 董夜は鳥肌が立った。




 実は私、【南海騒擾編】以降のお話を全く知りません。
 さらに、ダブルセブン編以降のお話は記憶が曖昧です。
 ………キッツ。


 七宝をボコボコにしたい。けど、十三塚の出番は奪いたくない。


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75話

 

 

 

 

「俺は、十師族に負けないくらい、魔法師として強くなりたい。それが俺の目標です。だから課外活動は生徒会で組織運営を学ぶより、部活を頑張りたいと思います」

 

「そうですか……」

 

 

 入学式はアクシデントも無く予定通り終了した。七宝の答辞も特に問題無く終了。去年のように会場全ての目を釘付けにするということもなく、一昨年のように在校生ばかりか新入生までがハラハラしながら見守るという事も無い、無難な答辞だった。

 その後のあずさの七宝への生徒会勧誘は、取り付く暇もない拒絶によって終わった。

 ちなみに、あずさには五十里と董夜が同行している。

 

 

「もちろん、四葉先輩にも、負けるつもりはありません」

 

「おぅ、ガンバレ」

 

「ッ……!」

 

 

 上級生に対して失礼、とも言えるほどの強い眼差しを董夜に向けている七宝。しかし、董夜はそんな挑戦を他人事のように流した。

 

 

「……失礼します」

 

 

 まるで相手にされていない、と感じた七宝が、足早に去っていった。

 

 

「さて、どうしましょう」

 

「別の候補を探す必要がありますね」

 

 

 どちらにせよ、生徒会役員を決めるのは会長の権限である。あずさは早急な候補者探しを迫られた。

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「あ、董夜お兄様っ!」

 

 

 

 する事が特になくなったため、キラキラした表情の新入生を横目に歩いていると、とある少女の声が董夜に届いた。

 

 

「あぁ、泉美。それにみんなもお揃いで」

 

 

 声をした方を向くと、そこには七草三姉妹に加えて達也、深雪、水波というメンバーがいた。水波は董夜を視界に入れると若干顔が硬くなるあたり、まだ董夜を『従兄弟の友人』ではなく『真夜の息子』と見てしまっている様だ。

 

 そんな水波とは裏腹に香澄は董夜を見ると満面の笑みを浮かべ、それとは別のベクトルの感情で真由美と深雪と泉美も微笑む。

 そして泉美だけが、董夜のいる方に向けて駆け寄ってきた。

 

 

「董夜お兄様……ッ!」

 

「い、泉美ちゃん!?」

 

「………。」

 

 

 再び董夜の名前を呼び、泉美が董夜の片腕に抱きついた。

 明らかに董夜の腕に自分の胸を密着させている泉美に、真由美は慌てて、深雪からは冷気が漏れる。

 

 

「七草泉美さん、董夜さんから離れなさい」

 

「お姉さま?何故そんな……………あぁ、なるほど」

 

 

 氷の女王の絶対零度の眼差しに、最初は困惑していた泉美だが、女の勘が即座に答えを導き出した。『彼女も自分と同じ』だと

 

 

「もう少し慎みを持った方がいいと思いますよ」

 

「申し訳ありませんお姉さま。しかし、私は董夜お兄様に婚約を申し込んでいるのです。別に不思議なことではないかと」

 

「…………。」

 

「み、深雪」

 

 

 深雪の目線をもろともせず、董夜の腕を離そうとしない泉美に、深雪が奥歯を噛み締めた。心なしか生徒会室での七宝の表情に似ている。

 

 泉美と真由美の必殺カード『私は四葉董夜に婚約を申し込んでいる』

 このカードは昨年度まで、よく見かけていた真由美と深雪の董夜をめぐる小競り合いにおいて、真由美が幾度となく切ったカードである。

 

 深雪は真由美や泉美と同様『董夜の婚約者候補』ではあるのだが、本当の立場を隠している手前、深雪の手元にはそのカードがない。そのため、真由美には幾度となく煮湯を飲まされてきていた。まさに【トラウマのカード】である。

 

 達也が深雪を落ち着かせようとするが、女の戦いに上手く介入できずに柄にもなく狼狽えている。

 

 

「いいえ、泉美さん」

 

 

 一年間真由美に同じ手を食らってきた深雪。しかし、二年目の彼女は違った。

 

 

「例え婚約者()()であったとしても、大勢の目がある内は慎みと節度をもって接するべきです。だって貴女はまだ【候補】なのだから」

 

 

 そう言って笑う深雪に、先ほどまで崇拝に近いレベルの熱い視線を向けていた泉美は若干たじろいだ。本来なら『貴女は婚約者候補ですらないでしょう』と切り返せるところだが、深雪が董夜と同じ『生徒会副会長(パートナー)』であることを、泉美は事前の調べで知っている。

 その立場を傘に取られた時、今度は自分が弱い立場に陥る事ぐらい、泉美には簡単に想像がついた。

 

 そんな時、すべての元凶ともいえる董夜はというと。

 

 

「水波も香澄も、学校には慣れそう?」

 

「はい、四葉先輩。まだ全てを見たわけではありませんが」

 

「うん!いける!」

 

 

 いつの間に泉美の拘束から脱したのか、集まっているメンバーの中で一番無害である香澄と水波の所にいた。

 

 

「(…………あっちだな)」

 

 

 深雪と泉美の睨み合いには、いつの間にか真由美も参戦している。そんな彼女たちと董夜たちを見比べて、達也は静かに深雪の元を離れた。

 

 

 

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「董夜お兄様とご一緒に仕事ができるなんて、夢みたいです」

 

 

 そう言って董夜に熱っぽい視線を送る泉美に、深雪は淑女の笑みを崩さなかった。

 

 

「…………。」

 

 

親指の爪を、掌に食い込ませていたのに気付いたのは達也だけである。

 

 

 4月10日

 新入生にとって三回目の昼休みに、生徒会室には泉美と香澄が訪れていた。

 『ライバル去って、またライバル』しかも今回のライバルは前回のライバルの妹。残念ながら、今年も生徒会室は深雪にとって安全地帯ではなくなりそうだ。

 

 

「やる気があるなら二人でも構わないけど……?」

 

「折角ですけど、私は生徒会に興味がありません」

 

 

 董夜の問いに、香澄が否で返した。その時点で泉美の生徒会入りが決まり、深雪にとって、あり得ないほど細かったものの確かに存在していた希望の糸が途切れた。

 

 

「それでは泉美さん。生徒会に入っていただけますか?」

 

「はい!喜んで!」

 

 

 満面の笑みを浮かべる泉美を、深雪はとても歓迎する気には慣れなかった。そんな自分を『嫌なオンナだな』と内心笑うが。真由美の告白を聞いて、直接宣戦布告された時から、深雪は何としてでも董夜を射止めると決めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「董夜さん、行きましょう」

 

 

 次の日

 HRを終えて、帰る者や部活に行く者がいる中、董夜の元に、荷物をまとめた深雪がやってきた。

 

 いつも通り、生徒会に行く時は深雪が董夜を待って、ほのかを加えた三人で教室を出る。いつもは教室の外で達也と合流するのだが、今日は用事があって遅れる様だった。

 

 

「なぁ、深雪」

 

「はい、董夜さん」

 

 

 いつもは四人のため、深雪の隣を董夜が、その後ろで達也の隣をほのかが歩くのだが、今日は三人横並びで歩いている。

 

 

「いつもより近くないか?」

 

「いいえ、そんなことはありません」

 

 

 もはや手と手が触れそうなほどの距離で歩く深雪に、やはり近いな、と思いながらも、有無を言わせない深雪の笑みに董夜は気のせいだと思い込むことにして生徒会室へと向かった。

 

 そんな二人の隣を、若干居心地悪そうにほのかが歩いている。

 

 

「あ、董夜お兄様!それに先輩方、コーヒーと紅茶、どちらがよろしいですか?」

 

 

 三人が生徒会室に入ると、そこには既に泉美がいた。

 

 

「あ、泉美さん。私が淹れるから大丈夫よ」

 

「いえ、先輩方にそんなことをさせるわけにはまいりません。雑用は私にお任せてください」

 

 

 深雪の言葉に取り付く様子もなく、三人分の飲み物を用意する泉美。甲斐甲斐しく働く泉美をほのかと董夜は感謝の念を持って見つめ、深雪は何か危機感を抱いている様だ。

 

 

「お待たせいたしました董夜お兄様」

 

「ありがとう泉美」

 

「それにしても、董夜さんに婚約を申し込んでる人って何人ぐらいいるんですか?」

 

 

 董夜と深雪に続いて、自分にも紅茶を淹れてくれた泉美にお礼を言ったほのかの言葉に、深雪からは一瞬冷気が漏れたが、今回は自制できた様だ。

 

 

「正直なところ、俺も全員を把握してるわけじゃない。そう言うのは全部母さんが対応してるし」

 

 

 泉美たちみたいな知り合いは把握してる、と言う董夜に泉美も微笑む。やはり年頃のほのかにとって『婚約』などの色恋沙汰は好物なのだろう。

 

 

「真由美さんみたいに、本当に俺の事を想ってくれてる人もいれば、泉美みたいに家の意向で申し込んでる人もいる、堅苦しい話だな」

 

「いえ!私…………は?」

 

 

 そんな事ない、と董夜の言葉を否定しようとした泉美だが、董夜の言葉に違和感を覚えた。深雪も下唇を噛んでいる。

 

 

「董夜お兄様、お姉様の気持ちに気付いていたんですか?」

 

「いや、全く。情けない話だけど」

 

 

 信じられない、というような目の泉美は、董夜の言葉に首を傾げた。しかし、その目はもっと見開かれることになる。

 

 

「泉美は知ってると思うけど、卒業式の後に真由美さんから告白されてね、答えはまだ出してないけど」

 

「な……ッ!」

 

 

 『妹』としか見られていない泉美と深雪、それに対して『姉の様な妹の様な存在』から『異性』として見られることに成功した真由美。

 このレースにおいて、誰がリードしているかなど、誰の目にも明らかだ。

 

 

「…………たしだって」

 

 

 一瞬言葉が漏れかけた泉美だが、ここで告白してしまっては真由美に便乗した形になってしまい、印象も薄い上にムードのカケラもない告白になってしまうため、何とか口を結んだ。

 

 

「(や、やられた……ッ!)」

 

 

 

 そんな泉美の頭の中には、自分を見下ろして高笑いをする一番上の姉の姿が容易に思い浮かべた。

 

 



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