Tari tari 1人の少年 (一塔)
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始まったり、終わったり

よろしくお願いします


 蒸し暑く、熱気に包まれる体育館の中。全国高校総体バレーボール大会、神奈川予選決勝。全国常連高校湘南海星高校VS橘南高校が全国の切符をかけて試合が始まっていた。

 センターコートに張られたネット、それを囲むように観客であふれかえっていた。

 全国大会出場30年連続をかけて挑む湘南海星高校、練習量は神奈川で一番、部員も神奈川一番である。

 この試合での勝者は前評判を打ち破った橘南高校が初めての全国大会の出場を決めた。

 

 二年後

 自転車をこいで長い長い坂道を登っていく男性、坂の上にある白浜坂高校に通学中。薄茶の長髪の女性がヘッドホンを着け、片手には綺麗にラッピングされた薔薇の花を手にしていた。

 「来夏」

 「ん?」

 自分の名前が呼ばれたと思い振り返ると同じクラスの生徒がいることに気付いた。

 「おはよう、竜司も朝練?」

 着けていたヘッドホンをはずして挨拶を交わした。

白浜坂高校は普通科、音楽科と二つの科で分かれている。

 宮本 来夏《みやもと こなつ》前向きな性格で歌が大好き。普通科に在籍しながら、部活動では声楽部に所属しているが、声楽部での自分の立場に思い悩んでいる。

 佐原 竜司《さはら りゅうじ》去年から白浜坂高校に転校してきた転校生、前の学校ではバレー部に所属しており、現在では白浜坂高校サッカー部に所属している。

  「まあな」

  「また、ジャージで登校してる」

  「どうせ上で着替えるんだ、一緒だろ」

  「もう、教頭先生に見つかったらこっちまで困るんだから」

  教頭先生は声楽部顧問の先生。風紀など校則にうるさい。

  来夏の言葉に苦笑いを浮かべて自転車を漕ぎ始めた。

  「頑張れ、少年」

  「あいよ」

 

 

体育館内

「そして駈け出す、飛び乗る〜  奇跡へ、見上げる♪手を振る光へ」

体育館内に響き渡る声楽部の合唱、部長が指揮をし、部員が歌う。その中に来夏の姿はなかった。

来夏はというと伴奏の譜めくりをやっていた。

「やめ!」

顧問である教頭先生の声がきつく聴こえた。

その中でも来夏は今の歌を口ずさんでいた。

「発表会まで後一ヶ月しかないのよ、放課後はパートごと練習、以上解散」

「宮本さん」

解散の合図が出ているが全く聞こえていない来夏に伴奏者のみどりが声をかけた。

その声にハッと我に返った。

「礼!」

「ありがとうございました」

朝練が終わり、ホッと息を一つ吐いた。

楽譜をしまい、ピアノを閉じながらみどりが呟いた。

「宮本さん歌いたいんでしょう」

「ふぇ?」

「私はもう楽譜を覚えてたから、譜めくりはもう大丈夫だよ」

「え?」

「今年で最後だし、教頭先生に言ってみたら?」

その言葉が嬉しくて来夏は笑顔を見せた。

「うん、言ってみる」

 

普通科三年の教室は3階、ビニール袋の中に紫色の花をてからぶら下げてゆっくりと歩くボニーテールの女の子がいた。

「坂井さん〜おはよう」

「おはよう」

「坂井さんの鉢可愛いね」

坂井 和奏《さかい わかな》以前は音楽科に在籍していたが、母を亡くしたことで音楽から離れ、普通科に転科してきた。

「うちは家の紫陽花切ってきちゃった」

新聞紙に包まれている紫陽花をみてふとツインテールの女の子が微笑んだ。

その後ろから来夏がニヤニヤした顔でツインテールの女の子に人差し指を立て背中を押した。

「ひゃあ!」

「おはよう」

「こら」

「そうだ来夏、ラッピング手伝って」

来夏の手を取って走りながら教室に走っていく。

「早くしないと高橋先生が来ちゃうよ」

「もう、自分の家でやってきなよ」

自分の机の上に荷物を置きながら口を開いた。

「紗羽、こっちも手伝って」

「はーい、ちょっと待って」

沖田 紗羽《おきた さわ》弓道部に所属する男勝りな女の子。来夏とは仲が良く一緒にいる時間が多い。

実家は高校近くにあるお寺でサブレという馬を飼っている。

「来夏〜数学のプリント見せて」

クラスメイトの女の子が来夏の元にやってきた。

その隣では紗羽がラッピングを取り出した。

「よし、今日からお前たちは私のしもべな」

キンコンカンコン

朝のホームルームが始まる鐘の音が聞こえた。

来夏のクラスの担任の高橋先生と男子生徒が教室に向かって歩いていた。その横を走っていく二人の男子生徒。

「大智、急げ」

「分かってるよ竜司」

「こら佐原、制服ちゃんと着ろ」

「へーい」

田中 大智《たなか たいち》部員一名のバドミントン部に所属。遅刻の常習犯だ。

教室の中に逃げてく二人を見てため息を一つ零して、男子生徒を廊下で待たせて高橋は教室の中に入ると。

「花束贈呈」

紗羽の声が響き渡った。

教台の上にはプレゼントと花束が置かれ、黒板には産休に入る先生の為に感謝のメッセージが書かれていた。

「もう産休に入るだけなんだから、でも卒業までに戻れなかったらごめんね」

「じゃあ、今卒業式やろっか」

「こら」

紗羽の言葉に笑顔で答える高橋

「みんなで仰げば尊しでも歌っちゃう?」

来夏の言葉に教室は賑やかに盛り上がっていた。

その中でクラスメイトの誰かが和奏の演奏を聴きたいと言ってきた。

音楽科からの転科、音楽がうまいと誰もが思っていた。

その言葉を聴きながら和奏の顔がだんだん険しくなっていたのが分かった。

「俺は遅刻の常習犯大智の歌が聴きたいなぁ」

竜司の言葉に全員が大智の方に顔を向けた。

「そうね、私も聞いてみたいわ」

高橋先生の言葉もあり、今度はネクタイを結び直している大智に方向転換された。

「竜司てめぇ」

「人の所為にするの?男らしい」

大智の睨みに竜司はそっぽを向き、高橋先生の言葉にクラスメイトからはヒューヒューとからかわれた。

ここまでされたら男は黙っていられない。

机椅子から立ち上がった。

「それでは歌います、白浜坂高校校歌」

校歌ということで「えー」という声が上がったが気にせず歌い始めた。

「白き浜の声を聞き♩♩長き道を登ろう♫瞬く日々と刹那の友は」

歌い始めた大智の歌声に来夏はリズミカルに頭を揺らし、嫌気がさしたのか和奏は窓の外を頰杖をつきながら見ていた。

高橋先生はハッと思い出したかのように教室の扉を開けて「ごめーん」と呟いた。

廊下から茶髪の少年が入ってきた。

ウィーン オーストリアからの留学生、12年振りに日本に戻ってきた帰国子女。

「12年振りに戻ってきた日本に早く馴染めるように頑張ります、今は本しか友達が居ない僕ですがどうか・・・」

自己紹介をしながらウィーンは両膝を床につけ、正座をして手を前につき、頭を深々と下げた。

「よろしくお願い申し上げます」

いきなりの土下座にみんなはぽかーんと驚いた。

最初に口を開いたのは来夏だった。

椅子から立ち上がり。

「土下座?」

 

 

今日は土曜日だから授業もなく、みんなの気持ちも健やかに過ごせた。

午前中で終わり、放課後となった。

意を決して表情で出て行く来夏を見ながら教室に入ってくる高橋先生は教室を見渡した。

「佐原、案内よろしく」

「はーい、行こうぜ」

「よろしくお願いします」

読んでいた本を閉じて土下座ではないが深々と頭を下げてきた。

そこまで礼儀正しくなくてもなぁと竜司は思いながらウィーンと教室を後にした。

「坂井、運ぶの手伝って」

「はい」

高橋先生の言葉に今日渡したプレゼントを持つように頼まれた。

「もう、普通科には慣れた?」

 「はい」

 「友達は?」

 「まあ」

 「彼氏は?」

 「ほっといて下さい」

 そっぽをむいてその答えに高橋先生は彼氏がいないと分かった。すると少し笑みを浮かべた。

 「じゃあ佐原なんてどう?」

 「佐原くんですか?」

 どうして彼の名前が出てくるのかと少し悩んだが答えは出てこなかった。確かに彼も他校からの転校生、音楽科から転科してきた自分に共通な部分はないとは言えないが今までにそんな事を考えていなかったので少し驚いた。

 「あら、だめだった?」

 「駄目ってわけではないんですが、どうして佐原君なんですか?」

 自分に進めてきた本人なら答えを知っているので聞いてみた。

 「まあ、佐原は校則は守らないし、授業はさぼる事もあるけど、しっかりと人の事を見てるし」

 「どういうことですか?」

 「気づいてない?今日の朝だってみんが坂井の歌を聴きたいって言った時、あなた怒鳴りそうな顔をしてたから止めようと思ったら先に佐原がとめてくれたじゃない、あれは佐原なりに坂井を助けたのよ」

 朝の出来事を思い出すと確かに高橋先生の言う通りであった。あのまま竜司の助けがなかったら私は怒鳴っていたに違いないと確信した。

 「佐原はああみえても優しいのよ、ちょっと伝わりにくいんだけどね、後は・・・ほら割とイケメンじゃない?」

 「そうですか」

 高橋先生が言うことも一理ある、竜司が転校してきた時は女子の間でも人気があったの確かだ。

 だが和奏「そうですね」とは言えなかった。

 そう言ってしまえばまるで自分が佐原君の事を好きだと言っているのと同じだと勘違いしたからだ。

 「ちょっと待って、車の鍵取ってくる」

 職員室の前で止まり、扉を開けると教頭先生の声が聞こえてきた。

 「わざわざそんなことを言いにきたの?」

 職員室の中に入ると教頭先生の席の前で立っている来夏の姿があった。

 「え?でも・・」

 「上野さんが罨法出来ることはしっています、ピアノ専攻なら出来て当たり前でしょう」

 「じゃあどうして譜めくりが必要なん・「音楽は遊びじゃない」

 来夏が言い終える前に教頭先生が口を開いた。

 そんなことは来夏自身十分分かっているつもりであった。

 「この合同発表会は県内の高校だけではなくプロの音楽家を招待して行われる伝統行事です、音大の先生方も聴きにこられる音楽科にとっては貴重な発表の場、その場所で去年、あなたは何をしたの?」

 冷たい視線で見つめらている来夏は唇を噛み締め、ぎゅっと拳を握り締めた。

 「でも、だから私ずっと」

 震えてきた足を抑えて小さく呟いた。

 「音楽を愛する事は誰にでもできる、しかし、音楽から愛されることは、人の心を動かすには特別な何かが必要なのです、あなたにはそれがない」

 きっぱり言われてしまい来夏は心に込めていた言葉を口にした。

 「じゃあやめます」

 「なに?」

 「じゃあ、やめます」

 目に溜まった涙を堪えながら、大きな声で言い放った。

 そしてくるりと回り、職員室を後にするべく歩きだした。

 「宮本さん」

 扉を開けたところで教頭先生から声がかかり、足を止め振り返った。もしかしたら引きとめてくれるのではないかという期待を込めて。

 「辞めるなら退部届を持ってきなさい」

 その言葉に少しでも期待した自分が馬鹿に思い、腹がたった。

 返事することなく来夏は扉を閉めて廊下を走って行った。

 

 

 

 「よしありがと」

 トランクを閉めて感謝の気持ちを和奏似伝えた。

 「あ、そうだ今ケータイ持ってる?」

 「え、あ、はい」

 いきなりの言葉にあっけにとられたがポケットからケータイを取り出し、赤外線通信を行った。

 互いに受信されるとうれしそうに高橋先生が口を開いた。

 「はい、それは私のアドレス、何かあったらいつでも連絡して」

 「なんかって?」

 「佐原と付き合いましたとか」

 「ええっ!?」

 何故彼の名前がと和奏心の中で呟いた。

 「俺が何だって?」

 「うわ!?」

 和奏の後ろからいきなり竜司の声がして驚きながら振り返った。

 タイミング悪く竜司が現れた。

 「な、なんでもない、なんでも」

 焦った様子で答える和奏に怪しいと思いながらも竜司は「そうか」と頷いた。

 その言葉にほっと安堵の息を漏らした。

 「それよりなんであんたがここにるのよ、ウィーン君はどうしたの?」

 そういえば今日来た転校生に学校内を案内する用タンでいたはずだったが、当の本人は運動着でいまから部活に向かう途中のようだった。

 「ウィーンなら大智に代わってもらった、ほらサッカー部明日で最後の試合だから」

 明日は三年生最後の大会、白浜坂高校はサッカー部は竜司を入れて10人、試合には出場できるが特別強いわけではない。

 大智は根っからのスポーツマン、明日が最後の大会だと聞いて快く変わってくれたのだ。

 「そういえばそうだったわね」

 「先生、応援に来てもいいですよ、産休に入る前に可愛い教え子の晴れ舞台観たいでしょ」

 「調子がいいわね、よし観にいこかな、ね、和奏」

 「えっ!?」

 「よし、明日の一時半に江の島グラウンドだからよろしくな坂井、先生」

 応援が来てくれると分かるとうれしそうに部活に向かおうと走り出した。

 「あ、あと差し入れ頼むよ」

 大きな声で叫んだ竜司の声が聞こえた。

 そして見る見るうち背中が小さくなっていった。

 「先生!」

 「まあ、いいじゃない、迎えにいこうか?」

 「家の近くなので自分でいきます」

 「わかったわ、ちゃんとオシャレしてきなさいよ」

 軽く会釈をし、明日が雨にならないかなっと思いながらも補修授業を受けるために教室に向かった。

 

 

 




ありがとうございます


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驚いたり、焦ったり

よろしくお願いします。


 日曜日

 来夏と紗羽は街中から少し裏路地に入ったこしゃれた喫茶店に来ていた。

 目立ちにくい場所なのか日曜日の昼ごろだがお客の数は来夏達以外み女性の二組しか入っていなかった。

 店の中も広々とし、涼しそうな雰囲気が漂う、居心地のいい店だ。

 その雰囲気が気にっている来夏と紗羽はこの見せの常連客だ。

 二人はパウンドケーキとソーダ水を注文し考えごとをしていた。

 瓶できたソーダ水をコップに移して来夏はストローを吸い一気に飲みほした。

 「今から部を作るのはいいけど、本当に発表会出る気?」

 来夏は声楽部を辞め、新たに合唱部を作り、合同発表会に参加するつもりであった。

 親友の為に力を貸すため紗羽も合唱部と弓道部のかけもちとなった。

 「今からメンツ集めるの大変だよ?分かってる?」

 「ズッズッズッズっっ」

 来夏はソーダ水が入っていないコップにストローで吸いながら答えた。

 「坂井さん怒らせたこと気にしてんの?」

 この反応に紗羽は考えているんだなと思い、思い当たる事を口にした。

 合唱部を作る際に紗羽の他に和奏も誘ったのだが「歌はもう辞めたから」と言われ少々討論したのであった。

 そのことも紗羽に話してあった。

 「教頭に言われた事?」

 「ズッズッズッズっっ」

 その反応に紗羽のなかで答えが出た。

 「両方かぁ~まあ確かに去年の発表会は完全に来夏の失敗だったからね~」

 去年の発表会の事を思い出したら「フフッ」と思い出し笑いをした。

 それを見て来夏はストローから口を離し、軽く机を両手で叩き。

 「笑うな、だからいろいろ特訓しているんでしょ」

 少し真剣みな表情に変わった。

 「もう去年までの私とは違うんだから」

 「クリームちょうだい」

 「って聞けよ!」

 紗羽はパウンドケーキについてきたクリームを口に運び、優しい表情を浮かべた。

 「分かってるって、今日も行くんでしょ特訓」

 そう言うと来夏は椅子から立ち上がり。

 「もちろん!ここ紗羽の奢りね」

 「なんで?」

 「笑ったから」

 来夏の回答に紗羽は頷き、会計を済ませた。

 そのまま二人は駅に向かい、来夏はヘッドホンをつけた。

 紗羽は来夏の奢りでソフトクリーム買い商店街に向かった。

 ヘッドホンの音楽を入れ、太ももを軽く叩きながらリズムをとり、歌い始めた

 「fly,fliy,fly~♪必要なのは~♪輝くそーの瞳~Try,Try,Try~♪体ひとつでどーこまでも走るrun way」

 駅近くの時計台の下でリズムかるに歌う来夏に色んな人が注目していた。

 たまたま通りかかった和奏は何をしているんだろう?と思い近くで見ていた。

 「昨日よりも~♪楽しくいたいから~どんなことがあっても笑い飛ばしてたくて~♪」

 少し驚いている和奏を見つけて大智が自転車を止め、その大智を見つけたウィーンが近寄ってきて、ちょうど紗羽も両手にソフトクリームをてにして戻ってきた。

 「人は人だってぇぇぇ・・うえぇ」

 紗羽以外の知り合いに見られたことに急に恥ずかしさが込み上がってきた。

 「お前今歌ってたのか?」

 大智の問いかけに来夏は答える事無くソフトクリーム舐めていた。

 「聞いてんのか?」

 「坂井さんそのコロッケいっぱい買ったの?」

 手からぶらさげてるビニール袋と今、口にしているコロッケをみて紗羽は口を開いた。

 「そう、15個ぐらいかな、食べる?」

 「いいのぉ?」

 「うん」

 紗羽に聞いたつもりだが、来夏が食いついてきた。

 袋の中からコロッケを四つ取り出して、みんなに渡した。

 「ありがと、いいのこんなにもらっちゃって」

 「大丈夫だよ、たくさん買ってあるから」

 「この後何かあるの?」

 「うん、佐原君の試合の応援を高橋先生と」

 紗羽の問いかけに口を開いた。

 「そういえば竜司、今日試合だったな」

 思い出したかのように大智が呟いた。

 「坂井さん、私と来夏も一緒に行っていい?」

 「うん、大丈夫だと思うよ」

 「田中とウィーンは?」

 女性組は応援に行くことが決まったが男子組はどうするのか来夏が聞いてみた。

 「ごめん、今から制服を取り行くんだ」

 「俺もそれの付き添いだ」

 「そうなんだね、じゃあ行こうか」

 紗羽が来夏の手を引いて歩きだした。

 その後ろをついてくように和奏も歩きだして。

 女性組が行った後に大智とウィーンも歩きだした。

 

 

 

 江の島グラウンド

 人工芝が一面に敷かれており、グラウンドを囲むように観客席が作られているが予選1回戦ともいうことで半分以上の席があいていた。

 観客席にはいると白のユニホームを纏い、アップをしている。

 「坂井!」

 横から自分の名前を呼ばれて向きを変えるとそこには高橋先生が立っていた。

 「こんにちは、先生」

 「こんにちは」

 「こんにちは」

 「はい、こんにちは、宮本と沖田も来たのね」

 「ちょうど駅であったので」

 和奏がまさか友達を連れてくるなんてと驚きながらの嬉しい気持ちが込み上げてきた。

 最前列の席に腰を降ろしてアップしている選手を見ながら紗羽がふと首を傾げた。

 「竜司くん、いますか?」

 「え?」

 紗羽の言葉をきいて来夏も探したが確かに竜司の姿がなかった。

 「さっきから見てたんだけどいないみたいなのよね、佐原の事だから寝坊とかだといいんだけど」

 心配そうにグラウンドを見つめる高橋先生に少しだが他の人達も不安が伝わってきた。

  「きっと大丈夫ね、私、飲み物買ってくるね」

  席から立とうとする高橋先生を抑えて紗羽が立ち上がった。

  「私が買ってきますよ」

  「あらそう?じゃあお願いしようかな」

  「私はお茶」

  「はいはい、先生と坂井さんは?」

  手を上げて申告する来夏にうっすら笑みを浮かべた。

  「私はお水をお願いしようかな」

  「私は持ってきてるから大丈夫」

  「OK‼︎、じゃあ行って参ります」

  高橋先生からお金を受け取り、観客席からスタジアムの中に入って行った。

 

 

  スタジアムの中は色々と入り組んでおり、自動販売機が見つからない。

  しばらく歩いて行くと選手の控え室に方まで来ていた。

  「やっと見つけた」

  紗羽は控え室の近くにあった自動販売機を見つけて、お金を入れお茶とお水のボタンを押した。

  自分は何を飲もうかと選んでいると聞いたことある声が聞こえてきた。

  「先生、いつもありがとうございます」

  (竜司くんの声だ)

  半分開いている扉の中を覗くとベンチに座っている竜司と白衣をきた男性が立っていた。

  「いつも言っているが痛み止めはうつたびに効果が薄れていく、それはわかってるね」

  「まあ」

  痛み止め?どこか怪我しているのかと思いながらも紗羽はじっと中の様子を伺っていた。

  「君はもうスポーツをやれる身体じゃない、バレーを辞めたと聞いていたから安心していたがよりによってサッカーとは」

  スポーツをやれる身体じゃない?どういう事? 紗羽の頭の中で困惑していた。

  「色々考えたんだけどやっぱり駄目でした」

  笑顔で答える竜司に先生も厳しい顔は崩れなかった。

  「医者として本当は諦めてほしいが、君がやると言った以上、しょうがない、全力でサポートはするが、なるべく接触はきよつけること、分かったね」

  「分かってます」

  「ならいいが」

  重い空気の中で話が終わったのか竜司は立ち上がり、扉の方に歩いてきた。それに気付いた紗羽は慌てて自動販売機の前に戻った。

  扉が開き、竜司が出てくるとすぐに紗羽を見つけた。

  「紗羽、こんなとこで何してんだ?」

  「えっ、ほら喉が乾いてジュース買ってたの」

  ぎこちない笑顔で答える紗羽に竜司は不信感を抱きながらも頷いた。

  「何してたの?他の人達は練習始まってるよ」

  「いやぁー寝坊しちゃって着替えてたんだよ」

  「全くもう、さっきから高橋先生が気にしてたよ」

  嘘だと心の中で思いながらも信じる振りをした。

  「やべぇ、挨拶に行くかな」

  「いいの、練習は?」

  「もう終わるから今からはな、悪りぃけど案内頼める?」

  「うんいいよ」

  竜司の事も考えて紗羽は悩んでいたのが嘘みたいに来夏と同じお茶のボタンを押して取り口から三つのペットボトルを手にした。

  「持つよ」

  紗羽の手からペットボトルを取り観客席に向かって歩き出した。

  「ありがとう」

  さりげない優しさに笑顔を見せながら竜司をみんなの元に案内するべく観客席に向かった。

 

 

 

  「全くありえない」

  高橋先生に挨拶に行くと第一声がこれだった。

  寝坊したと告げると呆れた表情を浮かべていた。

  「まあまあ」

  笑顔で答える竜司に高橋先生も頷いた。

  「坂井も来夏もありがとな」

  「いいってことよ、頑張れ、少年よ」

  「佐原くんこれ」

  和奏がコロッケの入った袋を渡すと竜司の顔から笑顔が浮かんだ。

  「駅前のコロッケじゃん、あんがとな、先生のは?」

  「私のはハーフタイムにでも持ってきます」

  「はい、じゃあ行ってきます」

  「頑張れよ」

  高橋先生の応援に笑顔で答える竜司。

  袋からコロッケを一つ取り出して食べながらスタジアムの中に入ってくのを確認するするとゆっくりとグラウンドに視線を向けた。

  お茶を飲みながら来夏は紗羽に視線を向けると元気がないように感じた。

  「どうしたの紗羽?」

  「えっ?なんでもないよ」

  ハッと我に返り、笑顔を見せた。

  親友の目はごまかせなかったが深くは追求する事はなかった。

  「さあ、来夏、全力で応援するよ」

  「おう」

  気合いの入った二人を見て和奏と高橋先生は微笑んだ。

 

 

 

  白のユニホームの白浜坂高校(10人)対黒のユニホーム鎌倉工業高校(11人)

  センターサークルを挟み、互いに向かい合い、挨拶を行い、握手を交わした。

  先行は白浜坂高校、試合開始のホイッスルが会場に響きわたった。

  ボールを一度戻し、トップ下のポジションに竜司の元に渡った。

  「いけー竜司、シュート」

  「「打てるか!」」

  来夏の声が聞こえ、紗羽と同じタイミングで竜司もツッコミを入れた。

  竜司は前線に大きくボールを蹴りだした。

  観客がいないっていうのも悪くないもんだなって竜司は思った。

  前線に飛んだボールを追うように相手DF2人と味方FW1人(石井 武)で走っていく。

  DFを振り切りこの試合の最初のシュートは白浜坂高校で始まった。

  右上に向かって飛んでいき、キーパーも横っ飛びで触りに行くが届かない。

  だが運悪く、ゴールバーに嫌われた。

  惜しい!という声が観客席から聞こえた。

  「OK.OK、ナイスシュート」

  シュートを打ち、戻ってきた選手にハイタッチをしながらそう声をかけた。

  相手ボールでのスタート。

  「やっかいだな、あのFWの選手」

  「ああ、それにあのパスをだした10番もな」

  「しょうがない、いつものように潰すか」

  ゴールキックされる前に前線の選手達で話を行った。

  ゴールキックでセンターラインまで飛んできたボールに武が競り合いに行き、ボールは竜司の元に来た。

  一旦、自陣のDFにボールを預けて、様子を伺う。

  パス交換を行い、相手がプレッシャーをかけてきたところでセンターサークル辺りにいた竜司にボールが戻ってきた。

  ボールを受け取る前にチラッと前線に視線を向け、状況を確認すると相手DF2人と武の1人だ。

  (よし、もう一回だ)

  ワントラップで振り向きざまに前線にロングフィード。

  先程と同じシュチュエーションだ。

  DF2人に挟まれながらも駆けていく。

  (よし、もらっ、グゥホ)

  振り切れると思った矢先であった。

  相手DFの肘が鳩尾に入り、さらには足を思いっきり踏まれた。

  その場で倒れる武。

  ピピッ!

  反則のホイッスルに試合が止まった。

  開始早々の出来事に相手選手にはカードは出ない。

  武の元へは味方の選手達が集まってきた。

  「武大丈夫か?」

  その場で足を押さえてうずくまるっている武に声をかけるが返事は返ってこなかった。

  役員が担架を持ってきて、武を乗せ、医務室に運ばれた。あの様子だと試合復帰は難しいだろうと竜司は思っていた。

  これで2人減った状態となった。

  「さあ、みんな、武の為にもこの試合勝つぞ」

  「おう!!」

  竜司の声にチームメイトから声が上がる。

  この時は竜司も不幸な事故と思っていた。

  それは観客、係員、審判も同じ。

  さらなる不幸が訪れるとは。

 

 




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勝ったり、負けたり

よろしくお願いします


  かつてマイケルジョーダンはこう口にしていた。

  ただプレーして、

 楽しく試合をすればいい。

 

  試合が始まり、30分が経過したあたりで竜司が肩を押さえてうずくまっていた。

  原因はクリアしたボールがバウンドし、右肩でトラップした時であった。

  相手が足を上げてボールを取りに来た。

  先に竜司が触ったのにも関わらず、明らかな反則行為だ。

  スパイクが竜司の肩に喰い込んだ。

  うずくまってはいるが竜司の白いユニホームは右肩から裾まで真っ赤に染まっていた。

  審判は予選とも言うことなのかイエローカードを出して終わってしまった。

  痛みに段々慣れ始めて竜司はゆっくりと立ち上がった。

  痛みに耐えながらも試合を行おうとしていたが、出血しているため、一度ベンチに下がった。

  「大丈夫か?」

  救急箱を手にして顧問の先生が近寄ってきた。

  ゆっくりとベンチに座り、ユニホームを脱ぐとアンダーアーマーが破れて筋肉がえぐれていた。

  「先生、テーピング」

  「えっ、ああ」

  この状況でも試合に出るつもりなのかと思い、竜司の言葉に一瞬戸惑ったが救急箱の中からテーピングを渡した。

  傷口を塞ぐようにアンダーアーマーの上から無造作にぐるぐる巻き、脇の下から肩を囲うようように巻いた。

  これで出血は免れる筈だと思い、ユニホームを着、コートに戻っていった。

 

 

  「佐原くん、大丈夫かな?」

  心配そうな趣きで竜司に視線を向ける和奏。

  同じようにいつも明るい性格の来夏も口を閉ざしていた。

  「きっと大丈夫よ」

  和奏の呟きに高橋先生が安心するよう声をかけた。

  紗羽はグラウンドを見ることができず、下を向いていた。

  立聞きしたことが頭の中で聞こえている気がしたのだ。

 〈 君はもうスポーツができる体じゃない>

  その言葉が頭の中を駈け上がる。

  どうしてそこまで言われているのに。

  ユニホームが血で染まるほどの怪我を負ったのに。

  どうしてまだ彼は試合に出ているのか。

  そう考えると試合を見る気持ちにはなれなかった。

  震える手をぎゅっと握り、耐えていた。

 

 

 

  試合はロスタイムに入った。

  相手チームのフリーキックが行われる。

  これがラストワンプレーだろうと考えながら竜司達のチームは全員がDFに参加していた。

  ピィ!!

  助走をとり、ペナルティエリア内にボールを蹴り込んできた。

  (よしこれならクリア出来る)

  ヘディングでサイドラインを割ろうとボールの落下地点に向かい、膝を曲げ大きくジャンプしようとした時であった。

  いきなり、足首に痛みが走った。

  ジャンプしているつもりが相手チームに足を踏まれ足首から上が伸びている状態。

  強烈な痛みが襲ってくる。

  バランスを崩してジャンプできない竜司の前で足を踏んだ相手選手がトラップをし、そのままシュートを放った。

  そのボールはキーパーの手をかいくぐり、ゴールネットを揺らした。

  ピッ、ピッ、ピー

  前半終了の合図が響き渡った。

  「ちょっと待てよ、今のは反則だろ」

  白浜坂高校キャプテンの山崎太郎が審判に詰め寄った。

  「今、わざと足を踏んだぞ、しっりみろよ!!」

 先ほどのできごとを見ていた太郎は審判の判定に食い下がった。

 「よ、よせ!」

  ピピィッ!!

  「テクニカルファール」

  審判に対し、スポーツマンシップに則った行動や言動をしなかった場合に取られる反則だ。

  イエローカードが出された。

  この判定に太郎は頭に血が上っていた。

  「ふざけんな!」

  「ばか、落ち着け」

  ゆっくりと立ち上がった竜司は太郎を宥めるように抑える。

  だが太郎もとまらない。

  「ちゃんと見てくれよ!」

  今の発言が審判も頭に来たのか。

  ピピィッ

  胸ポケットから赤いカードを取り出した。

  レッドカードつまり退場だ。

  頭から冷水を浴びたような感覚だ。

  暴れていた太郎はゆっくりと制止した。

  「早くベンチに戻りなさい」

  審判の冷たい声に太郎はゆっくりと足を動かした。

 

 

 

  前半が終了してスコアは0ー1 で白浜坂高校が1点を追う形となった。

  全選手が控え室に戻ってくのを見て高橋先生が椅子から立ち上がった。

  「私達も控え室に行きましょうか」

  「はい」

  高橋先生の言われた通りに和奏達も控え室に向かった。

 

 

  控え室では重い空気が流れていた。

  武の怪我や竜司の負傷よりも精神的な柱である太郎が退場した事にムードが下がっていた。

  これで10人から8人になった。

  サッカーのルールでは8人以下の場合は没収試合となる。

  これでもう、誰も退場する訳にはいかなかった。

  「みんなすまない」

  ぽつりと呟いた太郎に選手のみんなも励ましの声をかけた。

  (さて、後半はどーするかな)

  テーピングを足首に巻きながら竜司はそう考えていた。

  士気を考えてもみんなの動きは悪くなるだろう。

  突破口は開けずにいた。

  「みんな頑張ってる?」

  控え室の扉が開く音に顔を上げると高橋先生達が控え室に来ていた。

  「こんにちわ」

  先生に挨拶を交わしてまた暗いムードに入ってしまった。

  「山崎、これ差し入れよ」

  キャプテンの太郎に渡すも小声でぽつりとありがとうございますと呟いただけだ。

  「竜司くん大丈夫?」

  紗羽がテーピングを巻いてる竜司元に駆け寄った。

  「ああ」

  紗羽の返答に竜司は軽く答えた。

  紗羽の後を追って来夏、和奏が近寄って来た。

  近くで見ると余計に気まづい。

  真っ赤に染まったユニホームが物語っていた。

  「負けんなよ竜司」

  「当たり前だろ」

  来夏の言葉に真剣な表情で答える竜司に何かいつもと違った雰囲気を感じた。

  いつもはふざけてて、笑った顔しか見たことのない来夏達、真剣な表情をする竜司を始めて見たのだ。

  勝つ事を諦めていない。

  そう感じ取れた。

  「よし、竜司、私歌うよ」

  「え?」

  「ちょっと、来夏」

  来夏の言葉に驚きを隠せていない竜司。

  そんな気分じゃないでしょうと思いながら止める紗羽。

  「紗羽の言いたい事は分かる・・・けどこういう時だから歌わなきゃ」

  「どういう事?」

  「こんな暗いムードじゃ勝てるものも勝てない、だから歌わなきゃ」

  図星という表情を浮かべる選手一同。

  だがそういう気分じゃないと思う。

  「歌って、悲しい時や落ち込んだ時に勇気をつけてくれるものだと思う、いや、信じてるの、だから歌う事が好きなの、みんなの為に私が出来る事はこれしかないから」

  来夏は持ってきたバックの中から音楽プレーヤーを持ち出し音楽を流した。

  誰も異論を挟むことはなかった。

  誰もが来夏の思いを知ったからだ。

  「Fly Fly Fly 〜♪必要なのは〜輝くその瞳 〜♪Try Try Try 〜♪♪身体一つで 〜♪どこまでも走るmy way !心なんて形のない物を〜いつも信じてる 〜♪それでもいいじゃない〜♪」

  「よし!」

  「「昨日よりも楽しくいたいから〜♪どんな事があっても〜♪笑い飛ばしたくて〜 他人は他人だって、解ってるけど上手くいかない〜そんな日は〜♬手を伸ばし 〜空に触れてみよう〜〜♪ずっと、Fly Fly Fly〜♪必要なのは輝くその瞳!Try Try Try〜♪身体一つで〜どこまでも走る〜♪二度とは無い〜

 この時間を刻んで行く〜♪絶対譲れないmy way♬」」

  紗羽も加わり二人で楽しそうに歌いきった。

  「フフッ」

  「笑うな」

  「わりわり、なんか楽しくなってきちゃって」

  楽しく歌っている紗羽と来夏を見ていたら気持ちが上がってきた。そう思ったら顔がにやけてしまった。

  「元気でた?」

  「ああ、サンキューな」

  「うん」

  いつもの優しい表情に紗羽も安心した。

  「腹減ったな」

  そう呟くと荷物の近くからコロッケを取り出して食べ始めた。

  「何食ってんだ?」

  「コロッケ」

  「なんでコロッケ持ってんだ?」

  「坂井の差し入れだよ」

  「ふぅーん・・・ってなんで一人で食ってんだよ」

  「いや、坂井が俺の為にって」

  「えっ、違うでしょ、みんなにと思って10個買ってあるの」

  竜司の言葉に和奏は頬を紅く染め、訂正した。

  「俺にもコロッケをくれよ」

  「俺も」

  選手全員がコロッケを奪い合った。

  その光景にみんなが笑った。

  「竜司、ちょっといいか?」

  みんなが笑いあってる中で竜司は顧問の先生に連れてかれ控え室の外にでた。

  その様子をしっかりと見ていた紗羽もバレないように後を追った。

  竜司が連れてこられたのは医務室、そこには武がベットに腰をかけていた。

  「大丈夫か竜司?」

  「それはこっちのセリフだ」

  怪我をして途中退場している武に身体を心配され笑いながら竜司は返した。

  「そうじゃないんだ、この怪我も竜司の怪我も相手がわざとやったんだ」

  やっぱりかと言うのが竜司の思いだった。

  肩の怪我も足を踏まれたのも違和感を感じていたが故意に相手がやったとは考えたくはなかったのだ。否、そう信じたかったからだ。

  「聞いちゃったんだ、俺がシュートを外した時に”いつものように潰すか”って、たぶん後半も竜司を襲ってくる」

  武の低い声を聞きながら竜司は返す言葉を探していた。

  だが直ぐにニコリと笑った。

  「忠告ありがとな、でも俺は大丈夫だ、そんな事で負けたりしないよ」

  「そうだな俺の分も頼むぞ」

  竜司の言葉を信じて武は納得した。

  医務室の外では扉に背中を預けて聞いていた紗羽が悲しそうな表情を浮かべた。

 

 

  後半戦が始まった。

  8人しかいない以上、ちょっとしたミスが失点に繋がる。

  相手ボールからのスタート、まずは自陣を戻して、パスを繋ぐ。

  後半の作戦は決まっていないが、前線にプレッシャーをかけにいく。

  選手が近寄ってきた所でロングフィード。

  相手選手が一斉に押し寄せる。

  「くそ」

  相手陣地から自陣に戻るべく走り出す。

  前線で受けっとった選手はドリブルを始めた。

  味方が上がってきた。

  サイドに流すとサイドライン際をドリブルしていく。ゴール前に四人で集まり、失点を防ごうとしている。

  低い弾道のセンタリングが上がった。

  予想とは違う弾道に出足が一歩遅れる。

  相手選手は待ってかのように足を振り抜いたが、ボールに当たる事はなかった。

  「ナイスクリア、竜司」

  「ふぅー危ねぇ」

  「チッ!」

  長い距離を走ってきた竜司がなんとか間に合った。

  コーナーキックがリスタート。

  これにはペナルティエリア内に全員がディフェンスに参加した。

  ボールは高く上がり、竜司の真上に、相手選手、二人に挟まれる形で競り合いながらボールはクリアしたが、着地際に鳩尾に肘がふくらはぎに膝が入った。

  「くっ!」

  その場で倒れる竜司だが、ボールを目で追っていた。

  相手選手はクリアする事なく、弾かれたボールをダイレクトにシュートを放った。

  竜司はクリアしようとジャンプするが一瞬の膝の痛みに不十分な体制でボールが頭に当たった。

  不幸にもそのボールは軌道を変え、キーパーの逆を突かれてオウンゴールとなった。

  後半開始10分、早くも0ー2となった。

  重い足取りでセンターサークルにボールを運び、リスタートとなった。

  ボールを受け取り、竜司は相手陣地にドリブルを仕掛けた。

  自分のミスは自分で取り返す。

  相手選手が詰め寄るがルーレット、エラシコで躱した。

  ボールを持ちながら、進んでいると後ろからのスライディングに気付かず、倒された。

  ピピィ、

  イエローカードが出された。

  リスタートをし、またしても自分で持ち込んだ。

  相手に囲まれながらもドリブル突破、その度に倒され、ファールを貰う。

  同じように繰り返していた。

  「おしい!」

  観客席で来夏が呟いた。

  「でもどうして自分ばっかりで行くんだろう」

  和奏は疑問が浮かび、呟いた。

  「そうよね、坂井の言う通りだと思う」

  「自分で行った方が確率が高いからじゃないですか?」

  「でも、サッカーはチームスポーツだしね」

  和奏と高橋先生の話を聞きながらも来夏は叫んで応援している隣でじっと試合を見つめていた。

  故意に相手がファールをして襲ってくる事を分かってるのに、もう、スポーツやれる身体じゃないって言われてるのにどうして向かっていくのだろうと考えていた。

  「おーい紗羽」

  「えっ?」

  「大丈夫?顔色悪いよ」

  「沖田、気分でも悪いの?」

  「ううん、大丈夫です」

  無理して作った笑顔でそう答える紗羽に来夏も高橋先生も心配そうにしていた。

  (応援しなきゃ)

  「いけー竜司くん」

  考えていても何も始まらない。

  今は無事に帰ってくる為にも応援をするよう自分自身を納得させた。

 

 

 

  後半40分

  得点の兆しも見えない中、試合が動いた。

  相手のクリアボールをトラップミスしてしまい、相手にボールが渡った。

  センターラインから相手選手はドリブルを始めた。

  それを見た竜司は相手ゴール前から自陣に戻るべくダッシュした。

  相手はDFを巧みに躱し、ゴールに近づいていく。

  最後の砦、キーパーがペナルティエリア外に出てきて、一対一の状況。

  相手選手は右へ左へとフェイントをかけ、キーパーが右にピクリと反応した。

  その瞬間に左へ駆け抜けた。

  キーパーも抜き、無人のゴールにシュートを撃とうとした時であった。

  後ろからボールを刈るようにスライディングが来た。

  「竜司!!」

  ボールを綺麗にかっさらった。

  倒れた選手は反則をアピールするが笛はなかった。

  (いつの間に⁉︎)

  1番遠い所にいた事は倒れた選手が1番分かっていた。

  キーパーを抜いて油断はあったが、止められるとは思ってなかった。

  ボールをキープして、ちらりと時間を確認し、自陣から相手ゴールに向かってドリブルを仕掛けた。

  相手は竜司を囲うようにDFに来るが、竜司のスピードがそれを許さなかった。

  試合の終盤、体力は底をついてもおかしくない状況。ましてや、後半に入ってからは1人で動いていた竜司は持っての他、なぜ、終盤にこのスピードが出るのかと両チームとも驚きを隠せずにいた。

  右サイドから駆け上がり、相手陣地に深く進入するとDFが3人、捕まえに来た。

  激しいタックルもあるがボールをこぼさずキープする。

  そして、視線を1度ゴールに移してからノールックパスを出した。

  ここに来てのパス。

  「そうか、パスを出す為に自分で仕掛けて行ったんだ」

  後半始まっての竜司の単独ドリブルはこの時の伏線、チャンスが来るのをずっと待っていた。

  パスを貰った選手はワントラップをし、2列目からロングシュートを放った。

  キーパー横っ飛びをし、ボールをはじきに手を伸ばす。僅かに届かなかった。

  だが、ボールはゴールポストに当たり、ペナルティエリア内に溢れた。

  それを見て、竜司はボールに向かって駆け出した。

  竜司についていくようにDFも駆け出した。

  ボールがバウンドしている。

  竜司は飛び込んだ。

  それに合わせてDFもボールを掻き出すべく、スライディングを仕掛ける。

  先に頭で触ったのは竜司、後から足が出てきた。

  勢いあまり、竜司とDFはゴールポストに激突した。

  痛みがそこらじゅうに走ったが手で地面を押し、立ち上がり、ボールの行方を確認するとボールは静かに転がりながらゴールラインを越えていた。

  1点取り返した。

  竜司は急いで立ち上がり、ボールを取り、センターサークルに向かうべく、走り出した。

  頭がズキズキする。

  コートに赤い液体が飛び散っている。

  だが気にせずセンターサークルに向かう。

  後少しの所で審判が目の前に立ち塞がった。

  「君、もういい」

  「えっ?」

  ピィピィピィー

  試合終了の笛がグラウンドに鳴り響いた。

 

 

 

 




ありがとうございます


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悔しかったり、泣いたり

よろしくお願いします


  試合終了の笛がグラウンドに鳴り響いた。

  頭が混乱して何が起きたのか理解出来なかった。

  ただ一つ理解出来たのは試合に負けた事だけだ。

  味方選手が涙を流している。

  覚えているのここだけだ。

  そのまま竜司はグラウンドに倒れた。

 

 

 

  「今日で三年生も引退だ、今までよく頑張った、解散」

  「ありがとうございまさした」

  江ノ島グラウンドの外に集まり、先生の挨拶も終わった。

  選手達は涙を流しながら、家路についた。

  高橋先生も一足先に帰宅した。

  今、残っているのは来夏、沙羽、和奏の三人だ。

  「佐原くん遅いね」

  最後の集まりにも来なかった竜司を心配そうに呟いた。

  最後のゴールの後、頭を切った竜司は治療を受けるとの事で別行動となっている。

  今日の試合は竜司が1番頑張ったし、辛かっただろう。

  だから一言でもいいから労いの言葉をかけたかった。

  「私、ちょっと見てくるね」

  「沙羽〜ついでにお茶買ってきて」

  竜司を呼びに行こうとする沙羽に来夏が手を挙げながら呟いた。

  「ぼぅえ」

  「買ってきて?」

  「おへがいしやす(お願いします)」

  「よろしい」

  来夏の言葉に両頬を掴み、鋭い視線を送った。

  来夏の言葉に笑顔で答えて竜司を探しに行った。

 

 

 

  まだ、治療室にいると思い、足を運ぶとロビーでソファーに腰を掛けた下を向いている竜司の姿があった。頭に包帯が巻かれて、下を向いている姿は痛々しく、とても悲しそうに思えた。

  沙羽はゆっくりと近付いた。

  「竜司くん、もう、みんな帰えちゃったよ」

  「えっ?、ああ、もうそんな時間か」

  我に帰り、沙羽の言葉を耳に入れ、時計を確認した。

  いつも元気で笑顔の竜司を知っている分、よけいに悲しそうな感じ取れた。

  「竜司くん、惜しかったね」

  「・・・・」

  「・・・竜司くん」

  下を向いていて良く分からなかったが涙が溢れ落ちたように見えた。

  「・・沙羽、俺、あいつら嫌いだ」

  「うん」

  「サッカーを楽しみたいだけなのにあいつらは故意に武に怪我させて勝つやり方なんて間違ってると思う、だから俺、どうしても勝ちたかったんだ」

  「・・竜司くん」

  「そっか、 負けたのか ……おれ、メチャメチャ 調子良かったのに…負けたのか、 ……おれ。」

  頑張ったよと言おうとしたが口が止まった。

  頑張ったって言葉は他人事のような気がして、でもこうなってくるとかける言葉はそれしか見当たらなかった。

  「竜司くんは間違ってない、十分な程に伝わったと思うよ、少なくとも私には」

  「・・・ありがとう」

  「うん、さあ、行こう、みんな待ってるよ」

  「ああ」

  ゆっくりと立ち上がり、リュックを背負った。

  「あ、荷物は私が持つよ」

  「大丈夫だよ」

「だーめ、怪我人は黙って言う事を聞く」

  そう言うと、竜司からリュックを取ると、沙羽が背負った。

  これで良かったのかな?と思いながらも沙羽は歩き出した。

 

 

 

 

  「はい、来夏」

  「ありがと沙羽、後、竜司お疲れ!」

  「佐原くんお疲れ様」

  「ああ、応援あんがとな」

  労いの言葉を聞きながら竜司は少し微笑んだ。

  「よし、みんなで打ち上げに行こうか」

  「打ち上げ?」

  「そうだよ、竜司の試合のお疲れさん会」

  「いいねぇ」

  「さすが沙羽」

  「坂井さんも行こうよ、お願い」

  「うん、分かった」

  盛り上がっている女子達に竜司はこっそり家に帰ろうとした。

  「竜司もいいよね」

  気づかれた竜司は来夏の誘いを断る事も出来ずにコクリと頷いた。

  「今は3時過ぎか、何処にする?」

  「あ、私、志保さんの手料理が食べたい」

  「いいよ、お母さんに聞いてみる」

  「じゃあ、詳細はまたメールするね」

  「了解、沙羽の家の住所も頼む」

  「迎えに行こうか?」

  「いや、今から病院に行ったりして何時になるか分からないから自分で行くよ」

  竜司は試合中の怪我で病院に行くように言われていた。

  それを思い出すとこの後は少しまずかったかなと来夏は思った。

  「じゃあ坂井さんは私が迎えに行くね」

  「うん、お願い」

  「よし、解散じゃー」

  元気良く走り出す来夏を追いかけて走る沙羽、それを見ながらゆっくりと歩き出す和奏を見ながら竜司も病院に向かった。

 

 

 

  病院に入ると思ったほか早く診察室に入れた。

  MRIも終わり、診察室の中でMRIでとった画像を見ながら話を聞いていた。

  「うむ、肩も膝も足首も骨には異常が無さそうだね、2、3日もすれば腫れも引くでょう」

  「そうですか、ありがとうございました」

  医師に軽く頭を下げて診察室から待合室に行き、お金を払い、外に出た。

  時間は4時半を回ったくらいだ。シャワーを浴びて行けばちょうどいいなと思いながら、リュックから家の鍵を取ろうとした時だった。

  背中にあるはずのリュックがなかった。

  焦りながら考えると沙羽に渡した事を思い出した。

  「しまった、すっかり忘れてた」

  家に帰りたいが帰った所で中に入れない。

  先程、来夏からのメールを確認して、沙羽の家に少し早いが向かう事にした。

 

 

 

  (寺なのか)

  門をくぐりながら心の中で呟いた。

  長い階段を進み、驚きをなんとか隠しながら家まで歩いて行く。

  するとひとつ上の道から声が聞こえた。

  「沙羽のお友達?」

  「え、はい、お邪魔します」

  茶髪のショートヘアーの女の人がひとつ上の道から声を掛けてきた。

  「ゆっくりしてってね」

  その言葉にぺこりと頭を下げた。

  沙羽のお姉さんかなと思いながらもまた歩き出した。

  試合中はアドレナリンや身体があったまっているからか膝や足首の痛みは気にもしていなかったがいざ時間が経ってみると段々痛みが強くなってきている気がした。

  痛い身体を動かしながらやっと思いで階段を降り切り、玄関を見つけるとすぐにインターホンを鳴らした。

  「いないのか」

  連続してインターホンを鳴らすが反応は無い。

  「うぇ⁉︎、」

  とりあえず辺りを散歩しようと振り返ると、馬が目の前に顔を近付けていた。

  「う、う、馬がなんでここに」

  動物園から逃げ出したのかとバカな考えをして見たが、長くは続かなかった。むしろじっと見つめてくる馬の視線が怖くなってきた。

  「サブレ〜」

  ヒヒィン、

  サブレという言葉を聞いた途端、馬は旋回し走り出した。

  そして声を発した人物に頬を擦り付けていた。

  その人物は沙羽であった。

  「沙羽!」

  「あれ、竜司くん早いね」

  「どうして馬が」

  「飼ってるの」

  飼ってるって、そんな当たり前に言ってるけど、普通はありえないぞ。

  「どうしたのこんな早くに」

  サブレから離れて竜司の方に近付きながら口を開いた。

  「家に帰ろうと思ったけど、リュックがなくて」

  「ごめん、帰る時に気付いたんだけど、後で来るからいいかなって思って、私の部屋に置いてあるから後で持ってくるね」

  両手を合わせて謝る沙羽に竜司は少し微笑んだ。

  そしてゆっくりと玄関の前に腰を降ろした。

  「まあ、いいよ、汗臭けど文句言うなよ」

  「言いません、けどお風呂入る?」

  「いいよ、着替えもないし」

  「そう、・・・ねぇ一つ聞いていい?」

  「なんだ?」

  沙羽はそう言うと竜司の隣に腰を降ろした。

  「今日の試合、勝ちたかった気持ちは凄く分かるの、スポーツをやるからには正々堂々とやる事も、でもどうして自分が傷付くと分かってるのにあんな無茶を」

  いきなりの質問に心臓の鼓動が早くなった。

  確かに後半のの序盤、中盤の行動はおかしいと思う人もいるだろう。いくら終盤の布石を敷く為だとしても故意に傷付くと分かってるのにどうしてあのような行動を選んだのか沙羽は心に疑問を抱いていた。

  「ごめんね、医務室の事聞いちゃって」

  竜司はしばらく黙り、そして重い口を開けた。

  「・・・前にいた高校の顧問の先生がさ、「スポーツにとって勝者は正しく、敗者は認めるしかない」って言われた事があってな」

  「うん」

  「でもそれは相手のやり方を認めるって事と同じだと思う、でも、その通りだと思う自分もいる、けどそれは間違ってる、だから無理してでもそれを訴えたかったんだ」

  竜司の言葉に沙羽は息を呑んだ。

  「後は相手を信じてたのかもしれない」

  「信じてた?」

  「ああ、サッカーを始めてた頃はきっと楽しくて仕方がなかった筈だ、相手を怪我させて勝ったって痛むのは自分の心、きっと心のどこかで悔やんでるんじゃないかって、それを証明したかったのかもしれない」

  竜司は言い終え、沙羽の言葉を待った。

  沙羽の瞳から頬を伝って雫が落ちていく。

  「・・優しいんだね、でも竜司くんが怪我を負ってまでする事じゃないと思うし、もうそんな事はしないで欲しい」

  声が震えているのが分かった。

  「・・・沙羽」

  「竜司くんが良くても、観てる私達の心が痛いの、だからもう止めてね」

  「ああ、約束する」

  「うん」

  本気で心配してくれている。

  自分の為に涙まで流して。

  竜司は心に固く誓った。

  「さて、夕飯の支度をしてくるからサブレをお願いね」

  「ああ」

  そう言うと沙羽は家の中に入っていった。

  サブレは竜司の方に近付き、頭を擦りつけて来た。

  「サブレ、俺を乗せてくれないか?」

  ヒィヒィン

  竜司はゆっくりと立ち上がり、サブレに跨った。

  「よし行け」

  サブレは竜司の声に反応して強く地面を蹴り、駆け出した。

 

 

 

  「おお、サブレ、いっぱい食べて大きくなれよ」

  沙羽に言われた通りにサブレの面倒を見た後は馬小屋にしまい、餌を上げていた。

  すると来夏と和奏がやって来て、来夏が声をかけた。ちなみに和奏は驚いた様子で固まっていた。

  「お前もな」

  「ええっ」

  来夏の言葉に合わせて竜司が鼻をつまんで答えた。

  「あ、みんな来てたんだ、上がって上がって」

  馬小屋に竜司を呼びに来たのだいつの間にか全員集まっていた。

  「なんで馬が」

  「飼ってるの」

  和奏の問いにサラッと沙羽が口を開いた。

  それを聞いていた竜司は当たり前のように言うなよと心の中で呟いた。

  「いらっしゃい」

  「志保さん〜」

  「ゆっくりしてってね」

  笑顔を見せる若い女性。

  「お姉さん?」

  和奏が疑問を口にした。

  「ううん、お母さん」

  「えっ、若いね」

  驚いた和奏の隣で竜司も驚きを隠せずにいた。

  最初見た時は和奏の言った通りにお姉さんかと思っていたからだ。

  「一杯食べてね」

  志保はキッチンから海老フライ、唐揚げなど豪華な食事を持ってきた。

  豪華すぎるレパートリーにゴクリと唾を飲み込んだ。

  みんなに飲み物が行き渡った所で来夏が立ち上がり。

  「それじゃあ、乾杯!」

  「「「乾杯!!!」」」

  みんなでコップを当て、食事にありついた。

 

 

  みんなで存分に話をし、呑み食いを楽しんだ。

  こんなに笑ったのは久しぶりと思うほど楽しかった。

  女子3人組は沙羽の部屋に行った。

  竜司は志保の片付けを手伝っていた。

  「これで全部です」

  「ありがとう」

  食べ終わった皿を洗い場に運び、大きく欠伸をした。

  「疲れたでしょう」

  「はい」

  「そう言えばどうしてサッカー部なの?」

  志保の質問に意味が分からなかった。

  「バレーやらないの?」

  心臓の音が聞こえた。

  1番聞かれたくない質問を聞かれてしまった。それ以前になぜ、バレーをやっていた事を知っているのか疑問であった。

  「どうして自分がバレーやってた事を知ってるんですか?」

  低い声を竜司は呟いた。

  「私の旦那、元湘南海星高校のバレー部なの、だから見に行ったのよ、2年前の決勝も」

  「・・・そうだったんですか」

  「竜司君は1年生ながらも唯一のレギュラー、うちの旦那なんてすっかり惚れ込んでたのよ」

  「でも、決勝では負けました」

  「・・・怪我の方はもういいの?」

  深刻な顔をして口を開いた志保に竜司は首を横に振った。

  「生活には支障がないですが、スポーツをやれる身体じゃないそうです、またいつ爆発するかも知れない」

  真剣な眼差しで答える竜司に志保もいつしか真剣な表情を浮かべていた。

  すると2階から沙羽が呼ぶ声が聞こえた。

  竜司は志保に軽く頭を下げて2階に上がろうとした。

  「バレーやめんなよ」

  竜司の背中に呟いた。

  歩む足を止めたが振り返る事もせず、また足を動かした。




ありがとうございます


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集まったり、始まったり

お願いします


  沙羽に呼ばわれて竜司は部屋の前に来ていた。

  軽くノックをして中に入るとベットでねっころがりながら壁を向いてる来夏にパソコンを見ながら和奏がイスに座り、沙羽はマウスを動かしていた。

  「きたきた、竜司くん、これ見たことある?」

  部屋にやってきた竜司をパソコンの前に移動させ、沙羽は動画を流した。

  「去年の音楽発表会のやつなんだけど」

  音楽が聞こえてくる。

  歌は今日、来夏と沙羽が歌っていたものだ。

  「ほら、ここ来夏、緊張しすぎて歌えなくなっちやって」

  確かに表情を見ると顔が引きつっている。

  しかも小刻みに震えている。

  深呼吸をし、なんとか歌おうと努力している。

  だがここで曲が終わった。

  「やぁー」

  曲が終わったと同時に来夏の声が聞こえた。

  「くっ!」

  「ブッ!」

  「ふふ」

  それにパソコンを見ていた3人は小さく笑った。

  「ごめん、また笑っちゃった」

  ベットで寝ている来夏に沙羽は悪びれた様子なく謝った。

  「緊張して声が出せないなら歌ってるフリをして誤魔化す事だって出来たのに」

  沙羽はゆっくりとベットに向かい、腰を降ろした。

  沙羽を追うように和奏はクルリとイスを180度回転させ、竜司は振り返った。

  「最後まで諦めないで、結果的には大失敗だったけど、私は好きだよ・・何回見ても笑えるし」

  そう言い終えると沙羽は来夏に視線を向けると来夏は枕を手にして沙羽を叩き始めた。

  「ごめん、冗談だって」

  笑いながら答える沙羽に来夏はまだ叩き続けた。

  それを見て沙羽は枕を取り上げ、引っ張った。

  枕を離す事をしなかった来夏はベットから落ちた。

  そしてまたベットによじ登り、壁際に寝っ転がった。

  「ねぇ坂井さん合唱部に名前だけでも貸してくれない?」

  「えっ」

  「え」

  突然の沙羽の言葉に和奏は声を上げた。

  前に誘った来夏はあっさり撃沈をした、それを知ってる筈の沙羽の言葉に来夏も声を上げた。

  「これを最後にしたくなくて去年からずっと特訓してきたのに少しでもチャンスがあるなら協力してあげたいから」

  沙羽はゆっくりと立ち上がって、パソコンを閉じて和奏の前で手を合わせた。

  「部を作るのにどうしても5人いるんだって形だけでもいいから、ダメ?」

  沙羽の気持ちを知った和奏の答えは一つだった。

  「あんまりひつこくするとまた怒られちゃうんだから」

  ぽつりと呟いた来夏。

  「名前貸すぐらいなら」

  その言葉に来夏はベットから起き上がった。

  「ま、まじで?」

  「やったー」

  驚きを隠せない来夏とガッツポーズをして喜ぶ沙羽に和奏は笑顔を見せた。

  「これで4人だね」

  「ふぇ?4人?」

  沙羽の言葉に来夏は首を傾げた。

  「うん、竜司くんも入ったから」

  「なっ!」

  「そうなんだ、よーし」

  「ちょっと待て、俺は」

  盛り上がっている2人に待ったをかけた。

  「お願い、サッカー部も終わった事だし、最後の高校生活、合唱部に力を貸して」

  「くっ!」

  沙羽の言葉に竜司は口を閉ざしてしまった。

  来夏の為にもと頑張る沙羽に竜司は何も言えなくなってしまった。

  「・・・分かった」

  「よし、あと1人」

  「ほらみんな、8時過ぎてるからそろそろ帰った方がいいわよ」

  志保の声が聞こえてきた。

  明日は学校がある、明日に備えてと気を使った志保の言葉にみんなは帰る事にした。

 

 

 

  沙羽の家での打ち合げも終わり、今は和奏と歩いていた。

  来夏は沙羽の家に泊まると言い、夜に女の子1人帰らすわけには行かないと竜司が和奏を送っていく事となった。

  帰りながら和奏は違和感を感じていたが思い出せずにいた。

  長い坂道を登りながら少し後ろを歩く竜司に和奏は足を止めた。

  「身体大丈夫?」

  「ああ、大丈夫だよ」

  大丈夫と言いながらも竜司の額には汗が滲んでいた。

  今は夏だから汗もかくが暑いからではない気がすると和奏は思っていた。

  「大丈夫そうには見えないけど」

  「良く言われる」

  「なにそれ」

  竜司の返しに和奏はクスッと笑みを浮かべた。

  しばらく歩くと一つのお土産屋が見えてきた。

  「着いたよ」

  お土産屋の前で止まる。

  「坂井の家ってお土産屋なんだ」

  「うん」

  「じゃあ、帰省する時はここでお土産買うだな」

  「帰省?こっちの人じゃないの?」

  「ああ、一応、静岡出身だからな」

  「そうなんだ、家族の人も寂しがるね」

  和奏の言葉に竜司は悲しそうな表情を浮かべて一つ息をのんだ。

  「・・・家族いないんだ俺」

  「えっ?」

  今の言葉の意味を理解出来なかった和奏はとっさに聞き返してしまった。

  「両親とも俺が中3の時に交通事故で亡くなったんだ」

  竜司の言葉に和奏は言葉を失ってしまった。

  「悪りぃ悪りぃ、暗い話になっちゃったな、帰省する時はここで買うからサービス頼むよ」

  「うん、言ってみる」

  「じゃあ俺は行くよ、今日はありがとな」

  「お疲れ様」

  軽く手を上げて家路に着こうとする竜司の背中を見ながら和奏は違和感の正体に気がついた。

  「佐原くん!」

  「ん?どうした坂井?」

  「リュックは⁉︎」

  「え・・・忘れた!!!」

  違和感の正体はリュックを背負ってなかったことだった。

  沙羽が持っていた事は知っていたがすっかり忘れてしまっていた。

  「沙羽の家だ」

  外で騒いでいるとお土産屋の隣の扉が開いた。

  「外が騒がしいと思ったら、何を騒いでいるんだ?」

  「お父さん」

  どうやら和奏のお父さんだった。

  坂井 圭介(さかい けいすけ)和奏の父親、お土産屋をやっており、趣味は園芸、テレビよりラジオ派?

  「こんばんわ」

  「こんばんわ」

  「お父さん、車出して上げて」

  「どうしたんだ急に?」

  いきなり和奏に車を出してと言われて首を傾げた。

  「佐原くん、友達の家に荷物を忘れてきたからそこまで送ってあげて」

  「ああ、なるほど、分かったよ」

  「いや、でも」

  「いいから、怪我してて辛いんでしょう」

  和奏の言う通り、ここまで来るのも結構しんどかった。

  でもさすがに車まで出してもらうのは悪い気がした。

  「大丈夫だよ竜司くん、和奏は留守番な」

  「じゃあね」

  「ああ、色々とありがとな」

  和奏は竜司に声をかけて家の中に戻っていった。

  車に乗り、沙羽の家に向かった。

  車の中では沈黙が走っていた。

  あまり喋った事のない友達の父親としかも2人きりの状況なのだから。

  でも気になった事が一つだけあった。

  「坂井さん、どうして俺の名前を知ってるんですか?」

  気になったのは自分の名前を知っていた事だ。

  和奏は佐原としか言っていない。それなのに圭介は竜司と名前を呼んでいた。

  「ははは、気付いていたか」

  軽く笑みを浮かべ、信号が赤に変わり、車が止まった。

  「湘南海星高校、期待の新人佐原竜司、君の事は湘南海星高校OBの中では有名なんだよ」

  「OB?もしかして坂井さんも?」

  「ああ、俺も一応湘南海星高校バレー部だ、その言い方からすると正一が湘南海星高校だった事は知ってるんだね」

  「沙羽のお父さんですよね」

  「そう、俺が3年で正一は当時1年生、期待の新人何て言われていたよ、君と同じように」

  信号が青に変わり、車は発進した。

  「当時俺達は湘南海星高校歴代最強と言われていたが、君が入学してから、僕らの時よりも強いんじゃないかと言われていたよ、だからみんなで決勝も観に行った」

  「すいません」

  「いや、君を責めている訳じゃないんだ、ただもうバレーをやらないのかなって思ってさ」

  「・・・」

  「怪我の事は知ってる、転校してサッカー部に入っている事も」

  どうしてその事を知っているんだろう、この事は誰にも喋ったりしていない。むしろ、誰かに聞かれても答えないだろう。

  「岩崎先生から聞いたんだよ、彼も元は俺らと同じ湘南海星高校のバレー部だ」

  「えええ、どうりでバレーに詳しいと思った」

  「一応、俺らの代のセッターだ」

  「そうだったんですか」

  いろんな偶然が重なるもんだなと竜司は思っていた。

  「それでバレーはもうやらないのかい?」

  「・・・正直、迷ってます」

  2年前に起きた出来事、スポーツできる身体じゃないと言われた。転校してきてまたバレーをやろうと思う気持ちもあったがサッカー部を選んだ。

  バレーが怖くなったと言われたら怖くないと答えるだろう、だが正直考える時間が欲しかった。

  「そっか、これだけは言っとくよバレーは君の敵じゃない、バレーは君の味方だ、今は考えて考えて迷えばいい、そうすれば道は開けてくる、何気ないきっかけが君の答えになるさ」

  「はい」

  竜司は圭介の言われた事を心に抱きながら沙羽の家まで送ってもらった。

 

 

  翌日の昼休み、食堂に行くと来夏が1人で何かを配っていた。

  「合唱部です、お願いします」

  「ふーん、入部募集のチラシか」

  後ろから覗きこむ形で竜司は呟いた。

  「うわ⁉︎」

  「踊るバイオリスト熊谷哲二ねぇ」

  チラシを見ながら竜司は呟いた。

  それにしても面白いチラシだなと思っていた。

  「もう、やめてよ」

  「悪い悪い、てかいつの間にこんなのを?」

  「昨日、志保さんにお願いしたの」

  「志保さん?〜ああ、沙羽のお母さんか」

  少し考えたが昨日の事を思い出したら直ぐに誰だかわかった。

  すると来夏と同じくらいの身長をした茶髪に眼鏡をかけた男が現れた。

  「ほら」

  と言いながら入部希望の紙を渡した。

  「good job!」

  不敵な笑みを浮かべる来夏と嫌そうな表情を浮かべる男、何処となく似てる気がした。

  「弟か?」

  「よく分かったね」

  「なんとなくな、よろしくなえっと」

  「誠です、宮本誠です、よろしくお願いします」

  「ああよろしく、誠君」

  頭をぺこりと下げてそそくさと走り去ってしまった。

  どうした?という表情を見せたが来夏も首を傾げた。

  「でもこれで部員が5人を超えたね、校長室に乗り込むぞ〜」

  「ちょっと待て、手を離せ」

  入部希望者が5人を超えた事で後は校長先生から許可が下りれば部として認められるだろう。

  1人で行くのが嫌だったのか竜司の手を取り走り出した。

  来夏の選択は間違ってなかった、一緒に行こうと言っても竜司には断られるに違いなかったので強制連行したのだ。

 

  校長室を二回ほどノックをすると中から声が聞こえてきた。

  ドアノブに手をかけて中に入った。

  椅子に座っている校長先生の前に新規部活動申請書を提出した。

  合唱部と書かれた申請書に目を通してくるり椅子を回転させて窓の外に体を向けた。

  「声楽部じゃダメなのかね」

  合唱部と声楽部は簡単に言えば同じ部活動だ。

  その事は竜司も理解していた。

  「いえ、ですからあそこじゃ歌わせてもらえないんです、部員もちゃんと集まってますし、声楽部とは違った新しいコンセプトで合同発表会に出る事できっと新しい刺激を」

  くるりと回って来夏に向かって片手を広げて発言を抑制した。

  「教頭先生にも考えがあってのことだろう、寄せ集めのメンバーで合同発表会に出るなど・・・」

  校長先生は入部希望者の紙を見ながら口が止まった。

  「まあまあ校長先生、声楽部じゃあ歌は楽しめないんです、合唱部は音を楽しむ事をコンセプトにやりますから」

  「面白いかも知れんな」

  「えっ⁉︎」

  (嘘だろ、通じた)

  いきなりの言葉に驚く来夏と竜司。

  校長先生は筆を手に取り、サインを書き始めた。

  「よし、出なさい、我が校のトップバッターとして音楽科の生徒達に大いなるインセンティブを、顧問は私でいいかね?」

  いきなりの急展開に来夏の理解が遅くなっている。

  「・・・はい」

  「常に君達生徒達の若さと可能性を信じ続ける、それが私と言う男だ」

  喋りながら校長印にハンコを押した。

  「ありがとうございます」

  書類を受け取り、校長室の扉を閉めたところで来夏がバンザイをして大きく喜んだ。

  「やったー」

  書類に熱い口付けを何回かした後、笑顔で両手を広げて廊下を走って行った。

  何か腑に落ちないが竜司の考えも午後の授業が始まるチャイムの音に消された。

 

 

  夏休みまで後わずか、今日も短縮授業で14時過ぎには終わっていた。

  音楽科から転科してきた和奏はウィーンと一緒に単位を取るため補習授業を受けていた、今日の授業は英語、オーストリアから転校してきたウィーンなら得意だと思っていたが、日本の授業内容とは少し異なっているようだった。

 その為、和奏は退屈な時間を過ごしていた。

 補習授業が終わるチャイムが鳴り、掛けていたいたメガネをしまい、教室を後にした。

 ウィーンは熱心に質問をしまだ勉強する気のようだった。

 階段を降りようとした時、ピアノの音が聞こえてきた。

 聞こえてきた教室の扉を開けるとピアノに頭をうずめていた。

 「・・宮本さんどうしたの?」

 心配そうに声をかけると、驚いた様子で立ち上がった。

 「部活動としては許可はもらったんだけど」

 「そっか、良かったね」

 和奏の言葉に嬉しそうに頷く来夏は楽譜が置いてある棚から楽譜を新たに探し始めた。

 和奏は荷物を置き、ピアノの前の椅子に座った。

 「でね、曲を決めたいんだけど楽譜だけじゃイメージ湧かなくて、私が知ってても他の人が知らないと駄目だし明日みんな集まった時にすぐ曲を決めて、練習に入りたかったんだけど・・・え?」

 和奏に話をしている途中にピアノの音色が聞こえてきた。

 振り返ってみてみるとピアノを弾いている和奏の姿があった。

 「坂井さんピアノ弾けるの??」

 「音楽科はピアノ必修だからピアノ専行みたに上手くないけど」

 来夏は早足で和奏に近づいた。

 「坂井さん、名前だけって約束だけど今日と明日、曲決めるまで手伝ってくれない?お願い、ケーキ奢るから」

 椅子に手をついて頭を下げる来夏に和奏は驚いていた。

 「ケーキ2つ!!」

 返事が返ってこない事に不安を感じた来夏は新たに条件を提示してきた。

 それに和奏は微笑みながら。

 「一つでいいよ」

 「ふぁ、ありがとう!!」

 協力してくれる事に来夏は嬉しくなってしまい、棚から何十冊の楽譜を持ち出してきた。

 「これ順番に弾いてみて」

 その量の多さに少し顔が引きつってしまった。

 「さわりだけでいいよね?」

 さすがに全部の曲を頭から終わりまで弾くのは疲れるし、時間がかかってしまう。

 和奏の言葉に頷きながら来夏は一つ楽譜を取りだした。

 「はい、まずこれ、ちょっと変でしょ、落書きされてるし、聴いたことのない歌だし、手書きの楽譜だし」

 来夏から受け取った楽譜には心の旋律と書かれていた。

 楽譜を開きピアノを弾き始めた。

 心が落ち着くメロディ―を奏でている。

 ピアノの音を聴きながら和奏は昔、母が鼻歌で歌っていたのと同じ曲だと感じ、無意識のうちに手を止めてしまっていた。

 「この曲好き、ちょっとコンドルクイーンズに似ている、知ってる?昔のバンドなんだけど今度CD貸してあげよっか?」

 「うん」

 「もっかい!今度は頭から弾いてみて」

 「うん」

 来夏の言葉が入ってこなかった。

 ただ昔の母との記憶を思い出しているからだ。

 

 

 

 次の日の昼休み、合唱部のメンバー竜司以外が音楽準備室に集まっていた。

 そこで「心の旋律」を和奏が演奏した。

 この曲を聴いていると母の事を思い出し、手が止まってしまい、最後まで弾けなかった。

 来夏は一瞬不思議に思ったが気に止めなかった。

 「異論がなければ発表会はこの曲でいきたいと思います」

 その言葉に全員が拍手をし、曲が決まった。

 「うぃーす」

 「こら、遅いよ竜司くん」

 昼休みもあと僅かと言うところで竜司の登場だ。

 遅れてきた竜司に紗羽は軽く叱った。

 だがそれとは対照的に後輩達は固唾をのんで硬直した。

 「悪い、悪い、ちょっと厄介事にな、それより、坂井、ピアノの音全体的に低くないか?」

 「え?」

 いきなりの言葉に和奏は一瞬戸惑ったが、音を2,3回鳴らして確信した。

 「うん、音が低いね、調律がうまくいってないんじゃないかな」

 「しょうがないか」

 「良く気づいたね」

 言われるまで気付かなかった和奏だったが1回しか聴いていない竜司が気付いたことに少し驚いた。

 でもすぐに和奏はもしかしたらと思い口を開いた。

 「佐原君、絶対音感持ってるの?」

 「ああ、持ってるぞ、あと竜司でいいよ、おれも和奏って呼ぶから」

 「えっ、あ、うん」

 質問に対する答えと別の言葉に少し頬を赤く染めながら頷いた。

 「絶対音感ってある音を聞いた瞬間にその音名がわかることだよね?」

 「うん、例えば」

 紗羽の説明に合槌をうち、竜司に視線を向けた。

 絶対音感というものを知ってもらう為にみんなの前で試してみることにした。

 和奏の視線を受け、頷きながらゆっくりと瞳を閉じた。

 和奏はピアノを一つ鳴らした。

 「E5、ミ、」

 続けて二つの音を同時に鳴らした。

 「B3とF5のシとファ」

 「正解」

  歓声が上がったあとに沙羽と来夏から拍手が起こった。

  「なんで竜司絶対音感を持っているの?」

  「言ってなかったけ?俺、前の学校では合唱科だったんだよ」

  「そうなの⁉︎」

  「ああ、だから一通りの楽器は出来るんだよ」

  ぽかーんと空いた口が塞がらなかった。

  意外な才能の持ち主がこんな所にいたとは来夏は嬉しくて竜司の腕に抱きついた。

  「やったー!」

  思わぬ戦力に来夏はもう周りが見えていなかった。

  むっと顔を顰めた和奏は椅子から立ち上がった。

  「宮本さん、私はこれで」

  「あ、うん、ありがと坂井さん」

  和奏が準備室を後にしようとした時だった、ちょうど教頭先生が中に入って来た。

  それに来夏は固まった。




ありがとうございます


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つまずいたり、転んだり

よろしくお願いします


  教頭先生に呼ばれて来夏は職員室に来ていた。

  「校長先生には許可を貰っています」

  「知っています、曲は?」

  勝手に音楽発表会に出るつもりと勘違いした来夏は敵意をあらわにするような言い方で言い放った。

  それに対して教頭先生は顔色一つ変えずに答えた。

  スッと差し出した楽譜を確認すると、大きく目を開いた。

  しばらく楽譜を見た後。

  「この曲は許可しません」

  そう言い放つと奪い取るように楽譜を取り上げた。

  そのまま楽譜を引き出しにしまった。

  「他の曲を探しなさい」

  その言葉にむっとした表情を浮かべた。

  「そんな!!」

  異議を言わせないかのような視線が飛んできた。

  「困ります」

  「これは貴方たちが遊びで歌う曲ではありません」

  教頭先生の言葉を聞き、今は遊びと言われてしまうかも知れない。

  けど・・・。

  「好きなんです、聴いた事のない曲だったけど、作った人の音楽を楽しむ気持ちが私には伝わってきて、すごくまっすぐで真剣に音楽が大好きで、でもやっぱり楽しくて、今の私の気持ちがすっぽりおさまる感じがして、だからこの歌が歌いたいんです」

  真剣な表情で答える来夏に教頭先生は引き出しを開けて楽譜を取り出した。

  「音楽を楽しむ事と楽しませる事、その両立、貴方に出来る訳がありません」

  そう言いながら楽譜を来夏に返した。

  その行動に来夏は空いた口が塞がらなかった。

 

 

 

  教頭先生に返してもらった楽譜を握り締めながら音楽準備室の扉を開けると。

  「ねえちゃん!!」

  誠が大声で詰め寄ってきた。

  「どうしたのよ誠?」

  きょとんとした表情で呟く来夏に誠は口を開いた。

  「どうして佐原先輩が合唱部にいるんだ!」

  「どうしてって言っても入部したから」

  この答えに誠は頭が痛くなった。

  「何も知らないのかよ」

  一つ息を吐いてから口を開いた。

  「佐原先輩は前の学校で不良グループの頭って噂が流れてるんだよ」

  その言葉に来夏とそれを聞いていた沙羽が笑った。

  「そんな訳ないじゃん」

  来夏は誠の手を払い、棚に楽譜をしまった。

  「サッカー部の奴が見たらしいんだよ、右肩に大きな傷跡があったらしんだ」

  「傷跡?」

 「うん、あれは何かに刺された傷だってよ」

 「それだけ?」

 「それだけって」

 「あくまで噂でしょ、本人の口から聞いた訳じゃないんだから信じる必要はなーい」

 いつもと変わらない口調で答える来夏に誠も諦めた様子で音楽準備室から出て行った。

 他の下級生達も音楽準備室を後にした。

 残った来夏は紗羽に視線を向けるとなんでだろうと表情を浮かべた。

 「でも、みんなの前でちゃんと話をしないと、下手したらみんな辞めちゃうかもよ」

 「ええっ!?」

 「だってみんな怖がってたし」

 「それはそうだけどさぁ」

 困った様子で呟く来夏に紗羽は「よし!」と呟いた。

 「私が話をしてくるから来夏は先に教室に行って」

 「ちょっと紗羽~行っちゃった・・てか次の授業教頭の授業じゃん、図ったな」

 多分次の授業には帰ってこないだろうと思い、どうやってごまかせばいいのか頭を悩ませていた。

 

 

 

  「やっぱりここにいた」

  屋上の扉を開けて、屋上で寝そべっている竜司を見て沙羽は微笑みながら呟いた。

  チラッと視線を沙羽に向けたがすぐに視線を戻した。

  「また授業サボる気?」

  竜司の隣に腰を降ろして呟いた。

  「それはお互い様だろ」

  「全然違う、私は初めてだから」

 普段からサボっている竜司に同じ扱いをされた紗羽は否定した。

 「何かあったのか?」

 紗羽は普段は授業をサボることはしない事は竜司も知ってい。た。

 だから気にった。

 紗羽は音楽準備室で聞いた事を全て話した。

 「だから本当の事を教えて?」

 「・・・・」

 「竜司君?」

 「くっ、はははははは」

 紗羽の話を聞いて、黙っているかと思えば笑いを堪えていただけのようだった。

 「ちょっと本気の話なんだよ」

 「分かってるって、そんな噂信じてるのか?」

 「信じてるわけないじゃん、竜司君を見てればそんな事は分かるよ」

 きっぱり言い放った紗羽に竜司はまた笑った。

 「分かってくれる奴がいれば俺はいいよ、どんな噂が流れたって」

 「でも!!」

 「それより寝ようぜ」

 「えっ?」

 「飯食ったし、風が気持ちいいし、絶好の昼寝日和だ」

 そう言うとゆっくりと目を瞑った。

 紗羽もコンクリートの床に仰向けになった。

 心地良い風が吹きぬく。

 気持ちいいと思いながら紗羽も自然に重くなった瞼を閉じた。

 しばらくし、竜司が目をあけて起き上がろうとすると裾が引っ張られた。

 「おいおい、ほんとに寝るかよ」

 裾を握り締めながらぐっすり眠っている紗羽を見て竜司はもう少し寝かせてあげようと思った。

 

 

 

 短い期間ではあったが音楽発表会に向けて練習を行った。

 和奏は最初の練習日以外来ていない、竜司は時間を開けて多く練習に参加してくれた。下級生の不安も一緒に行動することで、不安が除除に無くなっていった。

 そして当日

 雨が降るなか学校の駐車場に停められたバスに乗り込んだ。

 声楽部、合唱部以外は学校にて授業を行っている。

 みんなからの声援を受け、バスに乗ったはいいが顧問の先生が来ていない。

  来夏は職員室に行き、事情を聞きに行ったが、職員室でも事情が分からなかった。

  とりあえず、みんなが待つバスに戻った。

  「沙羽〜」

  「校長きた?」

  「まだ、連絡もないって」

  「他に運転できる人いないかなぁ?」

  このままだと音楽発表会に参加する事すら出来ない状況だ。

  「顧問がいないなら授業に取りなさい、顧問または副顧問の引率なく、郊外でも部活動は禁止する」

  教頭先生の言葉に来夏も沙羽も校則を思い出した。

  「貴方も部長なら分かっているでしょう」

  「でも・・」

  諦められない。

  今までこの日の為に去年から特訓もしてきた。

  ここまで来て諦められない。

  「副顧問は?」

  「高橋先生です」

  「私、連絡取ってみる」

  沙羽は高橋先生に電話する為、校内へと走り出した。

  「貴方はここで部員と待機、変わりに誰か午前中のリハーサルに立ち会わせなさい」

  「でも楽譜読めるのは竜司と坂井さんしか」

  「佐原さんは?」

  「直接会場に行くって」

  「また、勝手な行動に、坂井さんを呼んできなさい」

  大きくため息をついた。

  来夏は走り出した。

 

 

  「ええっ!今から?」

  「うん、教頭先生が坂井さんじゃないと駄目って・・・ごめん」

  今は体育の授業中だが、仕方ない。

  体育の先生に話しをして、更衣室で制服に着替え、来夏からパート事の配置図、楽譜を受取り、バスに向かって歩き出した。

  「ほんと・・・ごめん」

  和奏は歩みを止めて、くるりと振り返った。

  「ケーキ二つね」

  顔は笑っていなかったが和奏の優しさが来夏には伝わった。

  そこで来夏の携帯が鳴り響いた。

  発信者は沙羽だった。

  「高橋先生電話出ないから家まで行ってくる」

  「大丈夫?」

  「近いから大丈夫、もし校長来たら途中で拾って」

  そう言い残して沙羽は自転車を走らせた。

  高橋先生が住んでいるアパートに着き、インターホンを鳴らすと先生とは違う人が出てきた。

  高橋先生は病院に行ったと聞き、自転車を病院に走らせた。

  病院に着き、産婦人科の待合室に座ったが、制服を着ている女子が産婦人科の待合室に座っている事で周りからの視線が痛かった。

  恥ずかしいがここは我慢と自分に言い聞かせた。

  「あれ、沙羽、こんなとこで何してんだ?妊娠したのか?」

  「違うわ、バカ!!」

  待合室に歩いてきた竜司の発言に周りからは驚きの声が上がったが沙羽は顔を真っ赤に染めてすぐに否定した。

  あまりの声の大きさに沙羽は口に手を当てて、恥ずかしそうに椅子に座った。

  「飲むか?」

  「うん」

  竜司が持っていたペットボトルのお茶を受取り、口にした。

  「何があったのか?」

  沙羽の隣に腰を降ろして口を開いた。

  「竜司君こそどうしてここに?先に行ったんじゃないの?」

  朝連絡があって直接行くと言っていたがなぜか病院にいたのだ。

  「ああ、今日の発表会、高橋先生にも見てもらいたくて声をかけに行ったらここにいるって言われて待ってたんだ、沙羽は?」

  「校長先生が朝から来なくて、郊外の部活動は顧問の先生か副顧問がいないと出来ないから副顧問の高橋先生にお願いしに来たところなの」

  「そんな事があったのか、悪かったな大変な時に力になれなくて」

  「ううん、大丈夫だよきっと、あ、高橋先生来たよ」

  診察室から出てきた高橋先生を見つけて駆け寄った。

  「あれ?沖田に佐原、どうしたの?・・二人の子供が出来たの?」

  「「違います!!」」

  声がハモり、病院内に響きわたった。

  高橋先生に事情を説明した所で携帯が震えた。

  「来夏どう?」

  「校長無理!」

  「無理⁉︎」

  「でも学校に電話してなんとかバスは出発したから私達も何処かで合流しよう、今どこにいるの?」

  診察室でお金を払っている高橋先生の横で電話している沙羽の前を来夏が通り過ぎた。

  「おーい来夏」

  「ここかよ!」

  竜司の声を聞いて戻って来た来夏は驚きの声と共にツッコミを入れた。

  「急がないともう始まる!」

  「じゃあ行こうか」

  高橋先生の言葉で車に向かった。

  病院を出た所で竜司が止まった。

  「沙羽、自転車の鍵を貸せ、ここに置いとく訳にはいかないだろ」

  「えっ、でも」

  「いいから早くしろ、時間がないんだろう」

  「うん」

 鍵をポケットから竜司に渡して二手に別れた。

 

 

  自転車と車では車の方が速い、一足先についた来夏達はステージの裏に走った、すると和奏が立っていた。

  「急いでもうアナウンス始まってる」

  「みんなは先に立ってる?」

  「ええっ⁉︎一緒じゃないの?」

  もう先についてると思い込んでいた他の部員達がまだ着いていないようだった。

  急いで誠に電話するが渋滞にはまってあと少しで着くとの事だった。

  諦めた様子で携帯を耳から離した。

  「中止を伝えてきます」

  「待てよ」

  教頭先生の言葉に待ったがかかった所で

  カッパも着ないで自転車で走ってきた竜司はビショ濡れで息を切らして立っていた。

  「竜司くん大丈夫?」

  沙羽が近寄るが払いのけた。

  「ハァ、ハァ、中止なんてする訳ないだろ」

  「なんですって」

  言葉の意味より言葉遣いが引っかかたようだ。

  「ここまで来たんだ、4人でも3人でも歌うよ」

  「・・・竜司」

  「来夏、今まで特訓してきたんだろう、簡単に諦めんな!!努力をすれば報われるってずっと信じてきたんだろう」

  そうだ、去年の失敗からずっと特訓をしてきたんだ。

  だから諦めたくない。

  「そうだった、去年の恥、ちゃんと上書きしてくるんだった、歌ってなんぼだ、恥をかいたっていい、行けるところまで行こう」

  「うん!」

  諦めかけていた来夏の気持ちが変わった。

  それに気付いて沙羽も頷いた。

  「坂井さん、色々ありがとう、この前の答え探してくるね」

  この前とは、和奏を初めて誘った時に来夏が言われたことだ。

  《何の為に歌ってるの》

  その答えを探しにいった。

  「よし、俺が伴奏な、制服濡れてるし」

  「一曲歌ってきますか」

  ステージに上がってく来夏達の背中を見ながら和奏は唇を噛み締めた。

 ステージに立ち、拍手が僅かにあったが会場全体が気付いた、人数が少ない事に。

  この場所に戻って来た。

  そう思い出すと来夏は明日が震え始めた。

  「大丈夫?」

  「うん!」

  隣で呟く沙羽に力強く答えた。

  「かぼちゃ畑だと思えばいいよ」

  「かぼちゃ畑なんて見たことないよ」

  「じゃあ、スイカ畑は?」

  「えっ」

  沙羽が送った視線を追うように見ると、観客席にスイカに似た模様の服を着ていたおばさんがいた。

  「あんた失礼」

  小さく笑いながら来夏が呟いた。

  「竜司くんが待ってるよ」

  「・・・坂井さん」

  沙羽の隣に来た和奏が呟いた。

  その様子に来夏も驚いた。

  「ケーキ3つね」

  「私も」

  「うん、終わったらみんなで食べ行こう、じゃあ行きますか!」

  来夏が指揮を執って歌い始めた。

  「風、新しく〜♪緑を駆ける 〜どこまでも遠く、澄み渡るよ〜♫今 軽やかに 〜光は回る 〜♪全てをやわらかく照らすだろう〜〜星さえ見えない〜♪雨の時でも〜♫君が夢見てる〜未来は 側にあるよ〜 いつの日も歌おう この心のまま〜♪響くよ 空の向こう〜彼方まで〜♪そしてまたどこかで〜♫君に届いたら〜思い出してほしい、輝く笑顔で過ごした日々を〜〜♫」

  ピアノを弾きながら楽譜をめくろうと竜司が手を伸ばすと隣から楽譜をめくる手が伸びてきた。

  微笑みを浮かべて楽譜をめくってくれた。

  「いつの日も歌おう〜〜♫この心のまま〜響くよ 空の向こう〜♪彼方まで〜  そしてまたどこかで〜君に届いたら〜♪思い出してほしい〜♫煌めく笑顔で過ごした日々を〜〜♫ 輝く笑顔で過ごした日々を〜♪」

  歌い終わり、来夏達は優しい拍手に包まれた。

  やりきった感、去年の失敗から努力をし、この舞台に立てた事、来夏は嬉しくて仕方なかった。

  裏方に戻ると沙羽に抱き着きながら涙を流す来夏を見て沙羽も嬉しそうに微笑んだ。

  来夏の苦しさを1番間近で見てきたからこそ、沙羽も自分の事のように嬉しかったのだ。

  「和奏、声楽部はどこにいるんだ?」

  二人で盛り上がってる所を優しい表情で見ていた和奏に竜司が問い掛けた。

  「声楽部?多分、外のバスに乗ってるんじゃないかな、もう出番も終わったし」

  「そっかありがと」

  「竜司く「坂井さん、本当にありがとう」

  走り出していく竜司に声をかけようとしたが来夏の言葉に遮られてしまった。

  「えっ、ううん」

  久々の音楽、正直に言って今までで1番楽しかった。

  小さい頃お母さんが口ずさんでいたこの曲が自分を変えてくれる気がした。

  感謝したいのは和奏自身であった。

 

 

 

 

  声楽部は順番にバスに乗り込み始めた。

  自分達の順番は終わったし、残るは熊谷哲二の演奏のみとなったので帰り支度をしていた。

  そこに。

  「おーい」

  声が聞こえてきた所を振り返ると竜司が走ってきていた。

  「どうしたの?」

  「さっきはありがとな譜めくり、助かったよ」

  あの事かと思い出してみどりは軽く微笑んだ。

  「ううん、宮本さんは歌が大好きで去年からずっと頑張ってたのは知ってたから、何か協力したくて」

  「いい奴だな、名前はなんて言うんだ?ちなみに俺は佐原竜司な」

  「上野みどりです、よろしくね佐原くん」

  「ああ、よろしくな上野」

  差し出された手を握った。

  「そろそろ教頭先生くると思うからここで」

  「そうだ、多分この後、みんなでケーキ食べに行くんだけど一緒にど?」

  先程のやり取りを口の動きだけで理解した竜司は協力してくれた事からみどりを誘ったが、首を横に振った。

  「ううん、帰ってからまた部活だから、また誘って」

  「ああ、わかった、時間取らせて悪かったな」

  「大丈夫、じゃあね」

  「また学校で」

  そう言い終わると竜司は来夏達の元にみどりはバスの車内に歩き始めた。

  バスに乗り、席についてホッと息を1つ吐いた。

  「上野先輩〜誰ですか?あのイケメン?」

  「彼氏ですか?」

  「違うよ」

  後輩達に詰め寄られていた。

  先程の二人で話をしている所を見られていたようだ。

  「そうなんですか、もったいないですよ」

  「どこの人なんですか?」

  「みんな知らないの?普通科の佐原竜司くんよ」

  「佐原?」

  みどりの答えに後輩達の顔が少し引きつった。

  「佐原ってあの転校生のですか?」

  「ええ、どうかしたの?」

  「噂で聞いた事があるんですけど、前の学校では不良グループにいたとかって」

  後輩の1人が呟いた瞬間に周りの後輩達も頷いた。

  みどりの顔が少し強張ったが直ぐに和らいだ。

  「でも、イケメンだったね」

  「うんうん、不良グループだって言ったて、あくまで噂だし」

  「仮にそうだとしても全然オッケーじゃない」

  「みどり先輩はどう思ってるんですか?」

  後輩達の目には不良だったとは映っていなかった。

  「私はどうも思ってないよ、今日初めて会話したぐらいだし」

  「ええええ、そうなんですか」

  「でも佐原先輩の一目惚れって事も」

  きゃーと悲鳴が上がった。

  あらゆる妄想をして楽しくなっていた。

  「でも、綺麗な音色を奏でる人だったなとは思ったよ」

  今日の伴奏を聴いてみどりが呟いた。

  聴いていたこっちも楽しくなるそんな音色。

  もしかしたらと後輩達は一瞬思ってしまった。

  本人は気付いていないだけであって。

  「ほらここらへんにしないと教頭先生くるよ」

  「はーい」

  この日から学校では変な噂が流れるのであった。

 

 

  合唱部も初の行事が終わった。

  来夏も気持ちよく歌える事ができ、満足そうな表情を浮かべている。

  来夏達は合唱中に言われたケーキを食べに駅近くの喫茶店に来ていた。

  「それじゃあ、竜司が来る前だけど乾杯〜♪」

  「「乾杯」」

  みんなでジュースを片手にコップを鳴らした。

  竜司はびしょ濡れの為、高橋先生が家まで送ってくれた。着替えてから参加するようだ。

  「でも本当にうまくいってよかったね」

  「うん、沙羽や坂井さんのおかげだよ、本当にありがとう」

  和奏の言葉に来夏は満面の笑みを浮かべて答えた。

  「コラ、竜司くんを忘れてるでしょう」

  「そうだった、竜司がいなかったら私諦めてたかも」

  来夏は竜司に言われた言葉を思い出しながら呟いた。

  「竜司くん、ちゃんと見てくれてたんだね」

  「うん」

  「でも、どうしてびしょ濡れだったの?」

  竜司の話題になり、最初から疑問を抱いていた和奏が口を開いた。

  「会場に向かうとき、病院に自転車を置いとけないからってカッパも着ないで私の代わりに雨の中、会場に向かってくれたの」

  「優しいんだね」

  「うん、それに相当飛ばして来たんだろうね、私達とそんなに変わらなかったからね」

  冷静に考えると恐ろしいスピードのような気がする。雨の中危険も顧みないで飛ばして来た事が分かった。

  「高橋先生が言ってた、竜司くんは人の事をしっかり見てるし、優しいって、最初は分からなかったけど、なんか分かった気がする」

  「私も分かる気がする」

  「2人とも乙女だね〜」

  和奏と沙羽が真剣な表情で話をしているのを見て来夏がニヤニヤしながら茶化した。

  「「そんなんじゃない!」」

  2人とも顔を真っ赤にして叫んだ。

  「噂をすれば、おーい竜司、こっち、こっち」

  「遅くなったな」

  喫茶店にやってきた竜司は来夏の声を聞き、和奏の隣に腰を降ろした時に視線を感じた。

  「どーした沙羽?和奏も」

  「えっ⁉︎あ、なんと言うかいつもと違うなって、ね」

  「うん、私服のせいか、別人のように見える」

  竜司の疑問に慌てながら沙羽は答えて和奏に助けを求めた。

  竜司の格好は白シャツにグレーのパンツ、大人のような雰囲気を醸し出していた。

  「まあ、私服なんて滅多に着ないからな」

  「家とかも?」

  「家だとTシャツにスウェットとかだしな」

  来夏の問いにサラリと竜司が答えた。

  先に注文していた来夏達のケーキが運ばれてきた。

  店員が来たところで竜司がメニューを開き、オムライスにカレー、食後にイチゴのショートケーキを頼んだ。

  「よく食べるね」

  「夕飯がてらな、腹減ったし」

  注文の多さに驚きながら沙羽が口を開いた。

  「そっか自炊してるんだっけ」

  「おう、もう作るの面倒くさいしな」

  「料理できるんだぁ」

 「言うじゃねえか来夏、意外とうまいんだぜ」

  あまりにも信用してない来夏に苦笑しながら竜司は呟いた。

  「普段は何作るの?あ、美味しい」

  沙羽は質問をしながら運ばれてきたチーズケーキを口にした。

  しつこくなくて甘酸っぱさが口に広がった。

  「なんでも作るよ、ありがとうございます」

  運ばれてきたカレー、オムライスを受け取り、店員に感謝の言葉をかけた。

  手を合わせて頂きますと呟いて、まずはオムライスを口に駆け込んだ。

  「急いで食べると喉に詰まるよ」

  和奏の忠告があったが聞くこともなく、案の定喉に詰まらせた。

  「ほら詰まった」

  ため息交じりに呟いた和奏はコップに水を入れて差し出した。

  ごくごくと音を鳴らして水を一気に飲み干した。

  「ぷはぁーうまい」

  「言わんこっちゃない・・てか坂井さん、ケーキは?」

  「もう食べ終わった」

  (いつの間に⁉︎)

  「大丈夫、まだショートケーキが来るから」

  「和奏、それ俺のだろう」

  「フフッ」

  和奏と竜司と来夏のやり取りを見ていた沙羽は微笑んだ。

  騒がしいけど楽しい。

  合唱部に入って良かったと沙羽は心の中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ありがとうございます


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乗り越えたり、飛び乗ったり

よろしくお願いします


  音楽発表会も終わり、合唱部もひと段落ついた。

  心残りと言えば音楽発表会に合唱部全員で参加したかった事であった。

  そうすれば観客の心ももう少しは動かせただろうと思っていた。

  声楽部を辞めてから朝練はない、いつもより遅い時間に登校した来夏は下駄箱で後輩達から退部届を渡された。昨晩も弟の誠から退部すると言われて結局残ったのは最初のメンバーだけであった。

  それでも諦めるつもりはなかった。

  まだ文化祭や卒業式、歌うチャンスはいくらでもある。

  やれる事はやろうと来夏は心に決めていたが、昼休みに入り、教頭先生に校長室に呼ばれた。

  1人だけではなく、大智も呼ばれていた。

  ノックをし、中に入ると校長の椅子に腰掛けている教頭先生から廃部通知書を渡された。

  「部員が5人未満では部活動として許可出来ません」

  「えっ?」

  「よって貴方たちの部は廃部とします」

  「え、あの、俺、もうすぐ県大会なんですけど」

  「どのクラブも部員を集めて限られた部費をやりくりしながら規則に則って部を運営しているんです」

  「それは」

  「何故、自分だけ特別扱いしてくれると?」

  大智の異議を唱えさせる前に教頭先生が口を挟んだ。

  「でも、校長先生はそんなこと」

  「規則は生徒手帳に書いてあるでしょう、校長先生が入院中の今、学校の運営管理は私が代理として行っています」

  それには来夏と大智も言い返せなかった。

  教室に戻って来夏は沙羽と和奏に報告をした。

  「来夏はどうするの?」

  机の上に腰を降ろしている沙羽が口を開いた。

  「頭数揃えても意味が無いって事が分かったからもっかいちゃんと人を集める、うちはまだ4人いるし」

  やっぱり来夏は諦めていなかった。

  来夏の言葉に沙羽も安心した表情を浮かべた。

  「1、2、3、4」

  沙羽は来夏、自分、和奏、そして誰もいない机を指差した。

  「んっ」

  和奏は自分が差されたことに今口にしている紙パックの野菜ジュースを飲みながら少し驚いた表情を見せた。

  机の中に退部届があるが提出するタイミングを逃してしまった。

  あと1人という事で来夏は机で頭を悩ませている大智に視線を向けた。

  「そうだ、田中、もうバトミントン辞めて合唱部に入ったら?」

  「はぁ⁉︎」

  「だって県大会でられないんだったらもう部活終わりでしょう」

  「終わりって言うな!」

  突発的な言葉に動揺したが大智もまだ諦めていなかった。

  「まだ大会だって諦めてないし、俺はいつかバドミントンの・・・」

  少し顔を赤く染めた大智が急に口を閉ざした。

  不思議そうに来夏達が視線を送った。

  「うるせーチビ!」

  怒声を吐きながら大智は席を立って廊下に向かった。

  「な、なんだそれ!」

  チビって言葉に来夏も言い返したがそそくさといなくなった大智に何も言えなかった。

  それを見てニヤニヤしながら沙羽が口を開いた。

  「確かに〜」

  「なんだと!」

  来夏は沙羽に鋭い視線を送った。

  「それより、竜司くん大丈夫かな?風邪って話だけど」

  「昨日、雨の中自転車のってたからね」

  席にいない竜司の机を見て沙羽がポツリと呟いた。

  朝のホームルームでは風邪って報告があった。

  和奏の言う通り、原因は雨の中、自転車を走らせていたからに違いはなかった。

  誰の所為でも無いが自分の為に無理をしてくれたと思っている沙羽は心が痛かった。

  「みんなでお見舞いに行こうか」

  心配している沙羽を見て来夏が提案した。

  「うん、それ賛成!和奏も行くでしょ」

  「えっ、ごめん、放課後は補習授業があるから後から1人で行くよ」

  沙羽の言葉に申し訳なさそうに答える和奏にしょうがないかと表情を浮かべた。

  「よし、じゃあ、先に2人で行ってるからまた連絡するね」

  「うん、ありがとう」

  和奏は飲み干した紙パックの野菜ジュースを潰しながら答えた。

 

 

  放課後、ウィーンと一緒に補習授業を受けた。

  この調子だと夏休みも返上して補習を行わなければならない。

  「ふぅーやっと終わった」

  今日の補習授業は国語、間違った本で勉強しているウィーンは本来の国語が苦手のようだ。

  大きく背伸びをしてそそくさと教室を後にした。

  特に気にもしなかった和奏は荷物をまとめて竜司の家に向かった。

  途中に果物を買い、快速に自転車を走らせ、来夏から聞いた住所の元にたどった。

  江ノ島大橋を渡り、目的地に辿り着くついた。

  二階建てのアパートの202号室のインターホンを鳴らしたが中に人がいる気配はなかった。

  「あ・・・いないんだ」

  携帯を開いてメールを確認すると来夏から「家に行ったけどいないみたい、もしかしたらいつのようにサボってるだけかも」と送られていた。

  来夏のメールを確かにと思いながら帰ろうとした時であった。

  「和奏?」

  自分の名前が後ろから聞こえたので振り返るとそこにはマスクをして、手にはスーパーの紙袋を持ち、顔が赤く染まっている竜司が立っていた。

  「竜司くん、大丈夫なの?」

  「あ、ああ、大丈夫」

  歯切れの悪い返答が返って来た。これだけで体調が悪い事は伝わってきた。

  ポケットから鍵を取り出して、ドアを開けた。

  そしてそのまま、倒れた。

  「竜司くん⁉︎、竜司くん!!」

  倒れた竜司を見て、慌てて駆け寄った。

  竜司の上半身を抱えて額に手を当てた。

  「すごい熱、とりあえず寝かせなきゃ」

  女性の力では竜司を抱えることは出来なかった。

  上半身を抱えて、引きずりながら部屋に入り、ベットに寝かせた。

  このまま置いとく訳にも行かずに和奏はため息をこぼしながらキッチンに向かった。

 

 

 

 

  「んっ、んー」

  目を開けるとそこにはお馴染の白い天井が広がっていた。

  おかしいなと思いながら記憶を辿ったがコンビニに行ったところまでしか思い出せなかった。

  キッチンの方でトントンと音が聞こえる。

  「誰かいんのか?」

  「起きた?」

  「和奏⁉︎どうしてここに」

  予想もしない人物の登場に驚いた。

  「覚えてないの?玄関で倒れたからベットに運んだんだよ」

  「いやー思い出せない、そっかありがとな」

  「それより、病人なのにコンビニ弁当って、今、お粥作ってるから」

  「いや、後は自分でやるよ、風邪うつるといけないし」

  身体が怠いがピークの時よりはずっとましだった。

  和奏の事を考えての発言だったが首を横に振った。

  「竜司くん、1人だと何するか分からないから」

  「ははは、信用されてないのね」

  苦笑いを浮かべる竜司に和奏は軽く微笑んでこくりと頷いた。

  そしてキッチンに向かうと耐熱の手袋をして鍋を持ってきた。

  「はい、これ食べ終わったら薬買ってきてあるから飲んで」

  「ああ、悪いな」

  「ケーキ4つ」

  「ケーキ好きだな、分かった」

  和奏の提案を受け入れて和奏が作ったお粥を口にした。

  「どう?」

  「うまいよ!」

  お粥なんて小学生の時にお母さんに作ってもらった以来だ。懐かしい味もあるが美味しかったのでお粥にがっついた。

  「ゆっくり食べないと身体に悪いよ」

  うまい!という言葉に和奏は嬉しく微笑んだ。

  お粥を食べて、薬を飲んで、竜司に睡魔が襲ってきた。

  重くなった瞼を閉じて、夢の世界に向かった。

  「竜司くん、そろそろ私行くけど・・・なんだ寝ちゃったのか」

  ゆっくりと腰を床に降ろしながらふぅーとため息をついた。

  なんか疲れたなと思い、部屋にある机に頬杖をつき、竜司の寝顔を見つめていた。

 

 

 

  サッカー部も引退して朝練も無くなった。朝練がある時は5時半に起きて、家を6時半に家を出て7時から練習を行っていた。だが現在では朝練が無い為、8時に家を出ても十分間に合う。

  しかし、サッカー部を引退しても身体が5時半に起きると覚えている。

  いつものように5時半に起き、身体を確認すると薬が効いたのか、身体の怠さはすっかりなくなり快適な目覚めだった。

  5時半に起きて竜司は身体が鈍らないようにランニングをしていた。

  今日の身体の調子なら大丈夫だろうと思い、ベットから降り、クローゼットを開けようとした時に気付いた。

  制服のまま、床に転がって寝ている和奏がいた。

  (ずっと看病してくれていたのか)

  寝息を立ている和奏を見て、ふと微笑んだ。

  クローゼットの中から薄手の布団を取り出して起きないようにそっとかけ、いつものようにランニングに出かけた。

  走るコースは決まっていないがだいたい10kmほど走ると1時間もかからずに自宅に着く、6時半前に家に着き、中に入ると転がったまま背伸びをして寝ぼけた顔をした和奏が目を覚ました。

  「おはよう、昨日はありがとな」

  「・・・えっ⁉︎嘘、寝ちゃったの」

  「ああ、気持ちよさそうに寝てたぞ」

  恥ずかしいと思い顔を手で覆った。

  改めて竜司の顔を見るとある事に気付いた。

  「すごい汗、何してたの?」

  「ランニング」

  「・・呆れた」

  その言葉に和奏は怒りを通り過ぎてため息を零した。

  熱あった人が普通に次の日にランニングをするかなと思っていた。

  いい意味でランニング出来るまで体力が回復したという事だ。

  「それより、朝飯食ってくか?」

  「うん」

  ろくに言葉も聞かずに答えた事を知る由もなかった竜司は軽く返事をして朝食を作り始めた。

  和奏は髪留めを解き、手鏡を取り出して髪を手櫛で直していた。

  直し終わり、髪を降ろしたまま荷物を取り立ち上がった。

  「じゃあ」

  「ん?どこ行くんだ?」

  「帰るよ」

  「朝飯食ってくって言ったろ、もう出来んぞ」

  「あっ」

  そういえばと思い出した。

  そういえばキッチンからいい匂いがすると思っていた。

  「すぐ出来るから待ってろ」

  昨日の夕飯から何も食べてない和奏はいい匂いにお腹が反応してしまっていた。

  ここは竜司の言葉に甘える事にした。

  「うん」

  和奏は振り返り、荷物を置き、朝食が出来るのを待った。

  机に頬杖をつきながら部屋を見渡した。

  改めて見るときちんと整理整頓されていて綺麗な部屋だ。

  見渡しているとアルバムと書いてある本に視線が止まった。

  気付いたら手を伸ばし、アルバムを開いて見ていた。

  (小さい時の写真かと思ったら、高校の時なのかな)

  白浜坂高校じゃない制服を着て、友達と写真に写っていた。

  ページをめくりながら今度は部活動の写真が出てきた。

  (あれ、サッカー部じゃないの?これって)

  「はい、そこまで」

  「あっ」

  アルバムに集中していた和奏は竜司が近寄っている事に気付かず、アルバムを取られてしまった。

  「朝飯出来たぞ」

  「うん、ありがと」

  アルバムをしまい、キッチンに行く竜司を見ながら和奏の心は上の空であった。

  キッチンからご飯、味噌汁、サラダ、卵焼き、鮭、デザートに和奏が買ってきたイチゴを持ってきた。

  机に並べて竜司が向かい合う形で朝食を取ることになった。

  「いただきます!」

  「いただきます」

  竜司はランニングも行った事もあり、どんどんご飯を口にしていく。朝から良く食べれるなぁと思いながら和奏は味噌汁をすすった。

  「美味しい」

  率直な感想に竜司は和奏を見ながら微笑んだ。

  卵焼きに手を伸ばして口に運んだ。

  程よい甘みが口の中に広がる。

  「私より上手かも」

  「和奏も料理するんだな」

  「うん、私も中学3年の時にお母さんが亡くなって、お父さんと2人だから料理はなるべく私もするの」

  「・・そっか和奏も大変だったんだな」

  竜司は食べる手を止めて呟いた。

  「ううん、私はまだお父さんがいるから竜司くん程じゃないと思うけど、竜司くんは強いよね」

  「俺は強いか?」

  「うん、私はまだお母さんの事を引きずってる」

  「俺は何か打ち込めるものがあったから、それを糧にして頑張っているだけだ、和奏にはないのか?好きな事」

  悲しい表情を浮かべている和奏に竜司は何かないかなと思っていた。

  「昔は音楽が好きだった、お母さんと良く歌ったんだけど、高校受験とかでそれも無くなって、お母さんが曲を作ろうって言ってくれたんだけど・・」

  「作らなかったのか」

  「・・・うん、お母さんはいつも会うたびに曲を作ろうって言ってくれたんだけど、私がそれどころじゃなくて、お母さんが亡くなって、音楽が楽しく無くなっちゃて、何の為に歌ってるのか分からなくなっちゃたの」

  「だから音楽科から普通科に?」

  「うん」

  どうしてこんな事を竜司に話をしているんだろうと和奏はふと思った。

  久々に胸の内を晒した気分だった。

  「そっかでも好きな事に理由なんていらねぇと思うよ」

  竜司の言葉に和奏はドキっと胸が高鳴る音が聞こえた。

  好きじゃない。

  お母さんと約束も叶える事が出来なかったのに好きでいる訳がない。

  心の中でそう呟いた。

  だがまるで竜司に心の中を覗かれたかのように。

  「好きじゃなかったらそんなに考えねぇよ、心のどこかにほんのちょっとの好きな気持ちがあればそれは好きなんだよ」

  やっぱり竜司は強いな。

  そう思わせてくれた。

  「音楽発表会の時の和奏はいつもより楽しそうだったぜ」

  「あっ」

  音楽発表会で歌った「心の旋律」、お母さんがいつも鼻歌を歌っていた歌だった。

  小さい頃のお母さんとの楽しい音楽の思い出が戻ってくる、そんな歌だった。

  気付いたら楽しかった。

  歌ってこんなに楽しいんだとも思った。

  「答えは急いでださなくてもいい、とりあえず今は飯な」

  「フフッ、そうだね」

  ありがとうとは言えなかったが心の中で和奏はそう呟いた。




ありがとうございました


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集まったり、素直になったり

よろしくお願いします


  体育館。

  バドミントンのネットが張られて、コートに大智、ネットを挟んで来夏、沙羽が体操着を着て立っていた。

  手にはバドミントンのラケットを手にしていた。

  「約束通り、私達が勝ったら合唱部に入部してもらうよ」

  「ああ、その変わり、俺が勝ったら2人ともバドミントン部に入部してもらからな」

  どうやら廃部になりそうな二つの部活を救うべく、バドミントンで対決することとなった。

  どうしてこうなったかと言うと数日前、来夏と沙羽に誘われて駅から裏路地にある喫茶店に来た時である。

  和奏はパウンドケーキとオレンジジュースを来夏はクリームソーダ、沙羽はコーラを注文した。

  「田中って歌えるの?頭数だけ揃えてもって言ってたじゃん」

  沙羽が来夏に話をしている隣で和奏は美味しそうにパウンドケーキを口にしていた。

  「高橋先生の送別会の時覚えてる?」

  来夏の言葉に沙羽はその時を思い出した。

  「そういえば歌ってたね」

  「うん、その気になれば戦力になると思う」

  「あいつ、その気になるかな?」

  「大丈夫、あいつ単純そうだから、バドミントンで勝てば入ってくれるよ」

  二人の会話を気にするどころか、パウンドケーキに水分を持ってかれた和奏はオレンジジュースについているストローに口をつけた。

  「でも田中、去年は全国大会行ってたよたしか、勝てるの?」

  「ふーん」

  ストローに口を付けながら音楽科では知らなかった情報を聞いて和奏は興味なさそうに呟いた。

  沙羽の言葉に来夏は腕を組み考えた。

  「でも大丈夫でしょう、3対1なら」

  3人という事に和奏は少し考えた。

  来夏と沙羽は3人の中の2人だろう、あと1人は恐らく竜司だと思うが、風邪が治ったばかりだ、もしかしたらと思い。

  「3対1って・・・3?」

  自分を指差しながら口を開いた。

  「昼休憩に10分だけ、お願い!ダメェ?」

  手を合わせて頭を下げてくる来夏に和奏は困った表情でオレンジジュースを机に置いた。

  「竜司くんは?」

  「竜司は病み上りだから沙羽がダメって」

  「当たり前でしょう、また風邪がぶり返したら困るじゃない」

  あの時の風邪は沙羽は自分の所為だと思っていた。

  最初に聞いた時から竜司の参加だけは認める気は無かった。

  風邪を引いたという言葉に和奏が恥ずかしい気持ちと身体が熱くなる気がし、オレンジジュースをまた飲み、机に置いた。そこで沙羽の口が開いた。

  「スポーツ嫌い?」

  「嫌いじゃないけど、沖田さん私もう「沙羽でいいよ、本当に嫌なら2人でやるから気が向いたらね」

  和奏は部を作る為に名前を貸していただけ、退部しようかとも思っていたが沙羽の言葉に困った表情を見せた。

  あの時の竜司の言葉が頭に浮かんでいた。

  好きな事に理由なんていらねぇよ。

  正直迷ったが、答えは出さなかった。

  パウンドケーキを口にして悩んだ。

 

 

 

  説得をしたが参加するかは分からないまま、体育館に来ていた。

  すると扉が音を立て開いた。

  来夏、沙羽、大智が視線を向けるとそこには体操着を着て、ラケットを持った和奏がいた。

  悩んだ結果、少し、自分に素直になろうと決めた結果だった。

  「きたぁー!」

  「ありがとう」

  「えっ3人?」

  2人だけかと思っていた大智だったが和奏の登場に驚きを隠せなかった。

  「当たり前でしょう、3人とも合唱部なんだから」

  3対1になると思っていた大智だったが。

  「ひどいよ大智、部活があるなら呼んでくれなきゃ」

  和奏と一緒にウィーンが登場した。

  来夏達のコートを通り、大智の元に来た。

  「バトミントン部なんだって」

  途中で話を聞いていた和奏はウィーンがバドミントン部に入部していた事を知っていた。

  部活に誘ったがまさかこの勝負に来てくれると思っていなかった大智は少々驚いた。

  「僕はどうすればいい?」

  「そうだな、こっちは2人でいいよな、バドミントン部なんだから」

  先ほど来夏が言った言葉に似ている発言に気難しい表情を浮かべていた。

  後ろでは屈伸をしながら準備する和奏を隣で沙羽が見ていた。

  「気軽に遊びのつもりでいいからね」

  ここで和奏の表情が変わった。

  「やるからには勝ちたい」

  ボソっと言った言葉に聞き取れなかったが始まるらしい。

  大智チームはウィーンが右端に真ん中には大智が陣取っていた。

  「サーブは私達から3本勝負で先に2本取った方が勝ち!」

  来夏はラケットを向けながらルールの説明を行った。

  大智が構えを取り、後ろでウィーンも真似るように構えた。

  それを見て来夏チームは3人が羽を手にしてサーブを打つ構えを取った。

  「おい、同時に3つ⁉︎」

  「当たり前でしょう」

  「怖気ついたの」

  来夏と沙羽の挑発に乗り、大智はムッとした表情を浮かべ。

  「来い!」

  と叫んだ。

  「せーの!!」

  来夏の指揮に合わせて3人がどうして羽を打ち抜いた。

  大智チームのコートに向かって飛ぶシャトルを見て、1つ、2つと返し、1番高く浮いているシャトルは大きくジャンプをしてスマッシュした。

  まずはスマッシュしたシャトルが来夏がタイミングを合わせて振ったラケットにかすりもしないでコートに落ちた。

  次に和奏の近くに飛んで来たシャトルを走って追いかけて、前に飛び込みながら、高く打ち返した。

  「沙羽!」

  最後に沙羽がジャンプしながらスマッシュを打ち込んだ。

  一瞬、和奏のシャトルを返そうと動いたが逆方向に打ち込まれた沙羽のシャトルに向かい始めて飛び込んだ。

  だが、数センチの所で届かなかった。

  倒れながら大智はチームメイトの名前を口にした。

  「ウィーン!」

  「任せて」

  後ろから走りながら大きくジャンプをしてラケットを振りかぶった。

  床に膝をついている和奏、後ろに下がって警戒する来夏と沙羽、ジャンプする姿を見て安心した様子で見送る大智。

  振り抜いたラケットは真芯でシャトルをとらえた。

 スピードに乗ったシャトルはネットを越えずにネットに突き刺さった。

  「「「「あっ」」」」

  4人同時にポツリと呟いた。

  これで来夏チームの勝利が決まった。

  3人が集まり、手を上げてハイタッチを交わした。

  「「ナイス、坂井さん、和奏さん!」」

  「わ、和奏さん?」

  和奏の事をしたの名前で呼んだ沙羽に来夏は驚いていた。

  「沙羽、凄かったね」

  「さ、沙羽?」

  今度は沙羽の事をしたの名前で呼ぶ和奏に驚いた。

  「弓道で鍛えてますから」

  「宮本さんも惜しかったよね」

  「う、うん」

  自分も来夏と呼んでもらいたかったがそれは叶わなかった。

  少し、仲間はずれにされてる気がして来夏は歯切れの悪い回答をした。

 

 

 

  体育館を出て、階段に座り、落ち込んでいる大智にウィーンが近付いた。

  「ごめん、大智」

  「いや、いいよ、俺1人でもどうせ負けたんだからな」

  これで高校生活最後のバドミントンが終わったと思った。

  「泣いてんのか大智?」

  「泣いてねぇよ竜司」

  「あっ、竜司」

  制服姿で体育館の入り口にやってきた竜司は落ち込んでいる大智に声をかけた後、来夏に呼ばれて来夏の元に向かった。

  「頼まれてたもの作ってきたぞ」

  紙を1枚来夏に渡した。

  「お前、歌でプロとか目指してんのか?」

  竜司から紙を受け取りながら来夏は驚いた様子で口を開いた。

  「いや、そこまでは考えてないけど田中は?」

  どうしてそんなことをと考えていると沙羽と和奏もやってきた。

  「俺は大学でもバドミントンを続けて、いつかプロになって・・・・」

  次第に声が小さくなって照れている大智に来夏に軽く笑った。

  「なんで照れてんの」

  「もじもじしてキモいね〜」

  冗談交じりに沙羽が和奏に呟いた。

  「うるさい、お前らに・・・」

  言い返そうとしたが来夏が紙を1枚大智に見せた。

  「大会に出なよ」

  紙を受け取り、確認すると部活名に合唱時々バトミントン部と書かれていた。

  「そのかわり、合唱にもちゃんと参加してよ」

  「宮本・・ってこれお前、合唱部辞めるつもりなかったろ」

  「ふふん、その時はバトミントン時々合唱部だったかもね」

  「こら待てチビ」

  階段を下り走っていく来夏を大智が追いかけていく。

  笑いながら他のメンバーもゆっくりと階段を降りていった。

 

 

 

 

  新しい部活の顧問を校長先生に頼んだが、合唱部全員で挨拶に来いと言われた来夏達は病院に来ていた。

  病室に入り、新規部活動申請書を渡した。

  「合唱時々バトミントン部?」

  「バドミントンです」

  「まあ、どっちでもいいが、あまり渡しに恥をかかせんでくれよ」

  と言いながらサインを書き、来夏に渡した。

  そして和奏に視線を移した。

  「君が坂井さんか」

  「はい!」

  「やはり面影があるな」

  「えっ?」

  「君のお母さんは私の教え子だった、何か聞いてないかね」

  「いえ」

  少し考えた様子で校長は窓の外に視線を変えた。

  「彼女との出会いで音楽の持つ意味が変わった、あの頃の私という男はモレンドと・・・」

  言いかけている途中でノックの音が聞こえ、口が止まった。

  「どうぞ」

  「失礼します」

  「げぇ」

  扉を開けて中に入ってきたのは教頭先生であった。

  まさかのタイミングに苦虫を噛み潰した表情を来夏は浮かべた。

  「校長先生、こちら目を通して欲しい書類です」

  「こんなに⁉︎」

  紙袋が束になるように机に置かれた。

  「教頭先生、新しい部の承認をお願いします」

  意を決した表情で来夏が新規部活動申請書を差し出した。

  申請書を受け取り、中身を確認したあと、視線を来夏に戻した。

  「こんなものが承認されると思ってるのですか?」

  「どうしてですか?」

  「こないだの音楽発表会といい」

  教頭先生は喋りながら申請書をグチャグチャに丸めた。

  「音楽を馬鹿にするのもいい加減になさい」

  言い終えた後、ゴミ箱に向かって投げた。

  その様子に竜司だけではなく沙羽や来夏も爆発寸前であった。

  ゴミ箱に向かって飛ぶ紙がゴミ箱に入る前に大智が持ってきていたラケットで弾いた。

  「納得できません」

  「拾って捨てなさい」

  その言葉に沙羽と竜司はカチンと来た。

  言い返そうと思ったら先に和奏が動いた。

  床に落ちた紙を拾い上げて広げた。

  その様子にその場にいた全員が驚いた。

  「あ、ああハンコがまだだったね、ハンコ、ハンコ」

  校長先生が引き出しからハンコを取り出して、押した。

  今日この場で合唱時々バドミントン部が承認されたのだ。

 

 

 

  白浜坂高校終業式、夏に入り、8月の終わりまで長い長い夏休みに入る。

  部活動に励むもの、勉学に励むの様々に分かれるだろう。

  7月最後の歌は白浜坂高校校歌。

  生徒会長がステージに立ち指揮を行う。

  「白き浜の声を聞き〜長き坂道を登ろう♪瞬く日々と刹那の友は〜

  永久(とわ)に広がるハーモニー〜〜♪ allegro〜♪vivace〜♫amoroso〜

  歌おう白浜坂高校〜〜♪」

  校歌も歌い終わり、各自教室に戻り、先生の話を聞き、最後の授業が終わった。

  合唱時々バトミントン部は来夏に言われて音楽準備室に集まっていた。

  「じゃあ、今日は部活なしね、色々と忙しいと思うけど明日は4時からここで練習ね」

  「はーい」

  部活の日程の話に沙羽が答えた。

  そこで音楽準備室の扉が開き、視線が扉に移った。

  そこにはみどりが立っていた。

  「あっ、部活中にごめんね」

  「ううん、大丈夫だよ、どうしたの?」

  「今日、午後から男子バレー部恒例の相模湾流域練習試合があるの」

  「相模湾流域練習試合?」

  相模湾流域練習試合の言葉に大智がなんだそれと思うよに呟いた。

  「あんた知らないの、相模湾流域練習試合って白浜坂高校、相模中央高校、湘南海星高校の相模湾流域の練習試合のこと、毎年、行われていて、会場はその3チームで順番なの、今年は白浜坂高校が会場なんだって」

  沙羽の解説に大智はなるほどと思った。

  前に配られたプリントにそう書いてあったのを思い出した。

  「うん、会場になった高校は余興を行うから声楽部で合唱を披露するから準備でね」

  「何か手伝おうか?」

  「ううん、大丈夫、ありがと」

  荷物を探しながら、竜司の言葉に首を横に振って断った。

  「ねぇ、みんなでバレーを見に行こうよ」

  練習試合の事を聞いてウィーンが楽しそうに提案した。

  「私はいいよ、沙羽はと坂井さんは?」

  「私も大丈夫」

  沙羽からはすぐに返事が帰ってきたが、和奏は少し考えた。

  もしかしたらと思い、和奏は首を縦に振った。

  「私も大丈夫」

  「やったー、大智と竜司は?」

  「俺はパス、姉貴の大学で練習あるから」

  「どーしようかな」

  大智はすぐに断ったが竜司は少し考えた。

  「行かないの?」

  和奏は合唱時々バトミントン部の活動だと思い、参加を決意したのだろう。なら参加した方がいいのかなと思えた。

  「俺も行くよ」

  「よし、1時に体育館集合ね解散!」

  来夏は嬉しそう口を開いた。

  昼飯を食いにウィーンと二人で食堂に来ていた。

  ウィーンはサンドウィッチを食べ、竜司はオムライスを食べながら外を見ていた。

  (来たか)

  湘南海星高校のバスを見ながらオムライスを口にした。

 

 

 

 

 

 




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素直になったり、嘘ついたり

よろしくお願いします


  相模湾流域練習試合が行われる為、体育館二階のギャラリーに来ていた。

  声楽部の合唱の後、相模中央高校と湘南海星高校がユニホーム姿で練習を始めた。

  第一試合は相模中央高校対湘南海星高校から始まり、審判は白浜坂高校のようだ。

  バレーの知識がない来夏達はどっちが勝つんだろうと楽しそうに見ている。

  テレビでしか見た事のない人達には残酷的な結果になるだろう。

  テレビの試合はある程度力が拮抗して、白熱の試合になるが全国大会常連校(湘南海星高校)と地区大会2回戦がやっとのチーム(相模中央高校)では力の差が歴然。

  会場全体が言葉を失うのも時間の問題だろう。

  試合が始まった。

  2セットマッチ、デュースなし、サーブは海星高校から始まった。

  ボールを上げ、スパイクを打つかのようにサーブは放った。

  そのままボールは相手コートに突き刺さった。

  海星高校応援団のエールが飛び交う。

  「バレーって初めて見たけど凄いね」

  ウィーンが楽しそうに呟いたが最初だけだった。

  結果25ー7、25ー5

  海星高校の圧勝で1試合目が終わった。

  点数よりも内容はびとかった。

  相模中央高校の得点は0、全て海星高校のミスによる得点しかなかった。

  流石の出来事に来夏達も言葉を失った。

  想像してたより、無残のものだったからだ。

  次の試合は時間が空いて白浜坂高校と相模中央高校との試合。

  「竜司くんは次はどっちが勝つと思う?」

  「えっ、ああ、練習を見る限りだと相模中央高校かな、レフトエースは中々やるしな、多分、白浜坂高校には太刀打ち出来る選手がいるかどうかかな」

  沙羽の言葉に竜司は練習を見ながら呟いた。

  「湘南海星高校はやっぱり強いんだね」

  「全国大会常連校だからな、他のチームと比べてもレベルが数段違うし、プレー1つ1つの質がまるで違うからな」

  「・・・よく知ってるね」

  何気なく質問したつもりだったが予想以上の答えに驚いていた。

  笑いながら誤魔化している竜司を横目でチラッと和奏は見ていた。

 

 

  試合は相模中央高校が危なげなく勝利した。

  竜司の言った通りに相模中央高校のレフトエースを最後まで止める事が出来なかった。

  最終試合、コートには白と青のユニホームを纏った白浜坂高校と水色と白のユニホームを纏った湘南海星高校が立っていた。

  結果は見るまでもないなと思いながら試合中盤に竜司はトイレに足を運んでいた。

  一方試合終盤、試合を見ていた来夏達は必死に応援をしている。

  点差は24対3

  絶望的な点差に来夏達も諦めムードが漂っていた。

  それでも最後まで来夏は声を出し続けた。

  それが通じたのか、海星高校のスパイクが打ったボールが白浜坂高校のレシーバーの足に当たり、小さく跳ねた。

  それを見て二人選手が同時に飛び込んだ。

  ボールはコートに転々と転がり、ぶつかった選手二人はそのまま倒れていた。

  「大丈夫かな」

  心配そうに呟く来夏に沙羽は大丈夫だよとそっと声をかけた。

  「ウィーン、どこ行くの?」

  二階のギャラリーから走り出したウィーンを見て和奏が声をかけたが返事がなかった。

  気になって来夏達は追いかけた。

  ウィーンが向かったのは倒れた選手二人の元だった。

  心配になって駆け寄ったのだろう。

  「意識はあるみたいだね」

  ホッと息を吐きながらウィーンが呟いた。

  ここで海星高校のキャプテンが倒れた選手二人に近づいた。

  「軽い脳震盪だな、大事を取って試合は控えたほうがいい、代わりの選手は?」

  キャプテンの問いかけに白浜坂高校の選手は首を横に振った。

  なぜなら白浜坂高校バレー部は6人しかいないからだ。

  「なら仕方ない、試合はここで・・・「待って」

  「ウィーン」

  没収試合にしようと思った所でウィーンが止めに入ったのだ。

  何をするつもりなのと来夏が声をかけたが聞く耳を持っていなかった。

  「僕が代わりに出るよ」

  「ウィーン、バレーやったことあるの?」

  「ないけど」

  「あちゃー」

  いきなりの申し出に驚きながら沙羽が声をかけたが余計に頭を悩ませた。

  「でも、最後まで諦めない姿に僕は心が打たれたよ、だから最後まで戦いたいんだ」

  「・・ウィーン」

  ウィーンの決意が分かった。

  その気持ちは来夏も同じであった。

  「気持ちは分かるがもう1人はどうするんだ?当てでもあるのか?」

  「・・・それは」

  「え、私、無理、無理」

  ウィーンが入ってもあと1人足りなかった。

  そこでウィーンは沙羽に視線を向けた。

  「沙羽ならやれるよ、バトミントン上手だったし」

  「バトミントンは関係ないでしょう、だったら来夏の方が」

  「私こそ無理だよ」

  沙羽と来夏は首を横に振った。

  やっぱりダメかと思い落ち込むウィーンの隣で和奏が意を決した表情を浮かべた。

  「・・・私に心当たりがある」

  「本当⁉︎」

  「うん、ダメ元だけど」

  和奏の言葉にウィーンは笑顔になった。

  「3分だ」

  「分かりました」

  海星高校のキャプテンに時間を指定されて和奏は力強く頷いた。

  「ユニホームを持っててくれ、こっちで着替える時間はないから」

  「うん、行ってくる」

  「和奏、頼んだよ」

  ユニホームを握り締めて、体育館から走り出す和奏の背中にウィーンは大声で叫んだ。

 

 

 

 

  (そろそろ試合は終わったかな)

  トイレで手を洗いながら竜司はそう考えていた。

  本当は海星高校のバレーの試合は見たくなかった。知ってる顔もいた。

  ちょっと気まずい気持ちがあったがそれ以上に海星高校のバレーを見たくなかったのだ。

  体育館に戻りながら憂鬱な気持ちになっていた。

  「竜司くん!!」

  「和奏?どうしたそんなに慌てて」

  息を切らしながら、近寄ってきた和奏に声をかけた。

  和奏はゆっくりと息を整えた。

  「実は・・・」

  先程の試合で起きた出来事を竜司に全て話した。

  話し終えても特に竜司は慌てた素振りを見せなかった。

  「どうして俺に?」

  いつもの感じで話をしているが何かいつもと違う雰囲気が感じとれた。

  「竜司くん、湘南海星高校のバレー部だったんでしょう」

  その場から立ち去ろうとする竜司に和奏は覚悟を決めて口を開いた。

  竜司は足を止めた。

  「ごめんね、アルバムの写真見ちゃって、違うかなとは思ったんだけど、今日の湘南海星高校のユニホームを見て確信したの」

  怒られると思いながらも和奏は竜司の言葉を待った。

  「俺は元湘南海星高校バレー部だった」

  「なら「でも俺はバレーを辞めてたんだ、海星高校を辞めて、のこのこと白浜坂高校に転校して逃げてきた俺が白浜坂高校でバレーをやろうとは思わない」

  いつもと変わらないけど何かが違う、和奏はそんな気持ちでいた。

  「・・・竜司くん」

  「悪い」

  それだけ言い残して立ち去ろうとする竜司に和奏は叫んだ。

  「あなたはあなたじゃない」

  あまりの声の大きさに竜司は足を止めた。

  周りから視線が飛んでくる。

  「逃げてる事を言い訳に自分の気持ちに嘘をついてるだけ、本当はバレーが好きなのに、好きじゃなかったら、アルバムを取っておくわけない」

  「俺のバレーは海星高校で終わったんだ」

  「だから何?今のあなたは白浜坂高校三年、佐原竜司でしょう、好きな事に理由なんていらないんでしょう、バカ!!」

  いくら言っても埒があかないと思った和奏は全て吐き出した。

  ユニホームを無造作に竜司に投げつけて走り去っていた。

  ユニホームを拾いながら竜司は自分の肩を優しくさすった。

 

 

 

  落ち込んだ様子で体育館の中に入ると一目散に沙羽が飛びついてきた。

  「和奏、どうだった?」

  「・・・ごめん」

  小さな声でポツリと呟いた。

  「そっか、仕方ないよ、」

  「なら、今日はここまでだ、あいつも駄目そうだし」

  海星高校のキャプテンが白浜坂高校のベンチを見ながら呟いた。

  和奏も追うように見るとベンチに座ってテーピングを巻く、ウィーンの姿があった。

  「どうしたのウィーン?」

  「軽くパスをしてたんだけど、すぐに突き指しちゃって」

  和奏の疑問に沙羽は苦笑しながら答えた。

  ここまでかと和奏は心の中で思った。人の気持ちを動かす事は簡単じゃない、来夏や竜司のように人の心を動かす事ができなかった。

  和奏は唇を噛み締めた。

  「ユニホーム小さいな」

  先程まで聞いていた声が聞こえてきた。

  慌てた様子で声のする方に振り返るとそこには。

  「・・竜司くん」

  「悪かったな、和奏の言う通り、自分の気持ちには嘘がつけなかった」

  「ううん、私こそ生意気言ってた」

  「気にするな、それより、薫!」

  どうやら人の心を動かす事ができた。

  竜司は今にも泣きそうな表情をする和奏に優しく微笑んで、海星高校のキャプテンに声をかけた。

  「なっ⁉︎お前!」

  驚いた様子で竜司を見ていた。

  「久しぶりだな、試合、いいか?」

  「お前、大丈夫なのか」

  「気にするな、なんとかなるだろう」

  「お前なぁ」

  呆れた様子を浮かべる薫に竜司は肩を叩いた。

  「楽しい試合やろうぜ」

  「生憎だが、竜司が入った所で人は足りない、あいつはバレーもやった事のない素人、怪我をされたら俺らが困る」

  笑顔でいる竜司に薫はベンチに座っているウィーンを見ながら答えた。

  いくら格下の相手でも手加減をするつもりはないと言う言葉の意味を汲み取った竜司は変わらないなぁ〜と思った。

  「だったら僕が出るよ」

  「達也!」

  「お前何を」

  突如現れた海星高校のユニホームを着ている青年の言葉に薫は驚いた様子を浮かべた。

  「いいだろ薫、久々に竜司にトスを上げたくなったんだ」

  「俺からも頼むよ薫」

  達也と竜司が手を合わせてお願いする姿に薫は頷いた。

  「そのかわし、試合はすぐに始めるからな」

  「オッケー」

  「なら試合開始だ」

  薫は自陣のベンチに戻っていった。

  「達也、ありがと」

  「うん、とりあえずこの試合勝とうね」

  「ああ、ウィーン、悪いけど出番は無しだ」

  「うん、竜司頼んだよ」

  「ああ」

  ベンチにいるウィーンに声をかけて白浜坂高校の部員はエンドラインに整列した。

  一方海星高校ベンチでは。

  「誰ですか?あいつ?」

  選手の1人が竜司を見ながら薫に質問してきた。

  「元海星高校バレー部、佐原竜司だ、2年の時に転校している」

  「へぇ〜内を逃げ出した奴が相手ですか、負ける気がしませんね」

  「そんなんじゃないが、一つアドバイスしておく、点は取れる時に取れるだけ取っとけ」

  それだけ言い放ちベンチに腰掛けた。

  海星高校もエンドラインに並んだ。

  ピピィッ!

  「お願いします」

  コートに入っていく6人が円陣を組んだ。

  「えっと、俺のポジションは?」

  「佐原先輩は裏レフトをお願いします、海星高校の方はセッターをお願いします」

  「「オッケー」」

  ポジションの指示を受け、竜司と達也は同時に声を出した。

  「サインは特にないね、適当に入ってきて、俺が合わせるから、何かあったら言って」

  「かっこいいね」

  達也の指示に竜司が笑いながら茶化した。

  作戦は特にないが竜司と達也以外はポジションについた。

  「竜司」

  達也は自分のポジションにつこうとする竜司を呼び止めて小声で話をした。

  それに竜司は片手を上げてポジションについた。

 

 

  竜司達がポジションについた所でベンチの後ろで立って見ていた沙羽が隣にいる和奏に声をかけた。

  「心当たりって竜司くんだったの?」

  「うん、竜司くん、昔バレーやってたみたいだから声をかけたの」

  「大丈夫かな」

  「沙羽?」

  「う、ううん、何でもない、あっ、全く来夏、勝手にベンチに入って怒られるよ」

  少しだが悲しげな表情を浮かべた沙羽に和奏は気になったが、すぐにベンチに座っている来夏を見つけて連れ戻しにいった。

 




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笑ったり、笑ったり

よろしくお願いします



  相手チームからのサーブで試合が始まった。

  久々のコートに独特の雰囲気、竜司は胸を躍らせていた。

  ピピィッ

  相手チームからジャンプサーブが飛んできた。

  ボールは竜司正面、達也も心の中で良しと呟きながらセットアップに移った。

  「あ!」

  だがボールは竜司の手を弾いてベンチに向かっていった。

  「ぐぅあ」

  「・・・・」

  会場が静寂に包まれた。

  「ははは、悪りぃウィーン」

  竜司が弾いたボールはウィーンの頭に直撃したのであった。

  「・・・和奏、竜司くんで大丈夫?」

  「失敗だったかも」

  気付いたらベンチに座っていた沙羽と和奏はキョトンとした様子で呟いた。

  達也はすかさず竜司の元に駆け寄った。

  「チャンスサーブでしょ、久々なのは分かるけどしっかりしてよ」

  それだけ言い残してポジションに戻っていった。

  ピピィッ

  2本目のジャンプサーブ、またしても竜司の正面、先程のサーブとは打って変わり、強烈な物となっていた。

  トン!

  アンダーレシーブで綺麗な弧を描きボールがセットアップしていた達也の元に上がった。

  選手二人が攻撃に入ってくる。

  達也の選択肢は自分だった。

  トスを上げる振りをして左手でボールを相手コートに落とした。

  ピッ

  まずは1点が入った。

  「おいおい、いきなりツーアタックかよ」

  「ナイスカットだったからね」

  笑いながら互いの拳をコン!と合わせた。

  達也のサーブ、ジャンプフローターで相手を崩した。

  「相変わらずえぐいサーブだな」

  サーブを見ながら竜司が呟いた。

  相手は二段トスでレフトにあげ、レフトはクロスに打ち込んだ。

  ドン!と重いスパイクを竜司が拾った。

  ボールが重かったこともあってボールは相手コートに帰った。

  相手はセッターにきちんと返し、Aクイックを使ってきた。

  これに反応した竜司だがボールを弾いた。

  「くそ!」

  「いいよ、ナイスタッチ」

  悔しがる竜司に優しく達也が言葉をかけた。

  相手サーブ、フローターサーブを竜司が綺麗にセッターに返し、お返して言わんばかりにAクイックを使い、得点を稼いだ。

  「どう?」

  「大丈夫です」

  「よし、ナイスキー」

  達也は選手達に声をかけてコミニュケーションをかけている。

  互いにサイドアウトの展開になっていった。

  ここで竜司が前衛に上がった。

  相手チームも意識はしていた。

  相手チームのサーブにセッターがアタックラインの所から平行トスを上げた。

  ブロックをしようと2枚ブロックでボールを囲うように手をネットの上から出してきた。

  (よし、そんなに高くないし止まる!)

  ブロッカーは確信した様子であったがあざ笑うかのように竜司は指先でチョンとボールを返した。

  ブロックを越えて相手コートに落ちた。

  「チッ!フェイントか」

  予想とは違う攻撃に相手は苛立った様子で呟いた。

  序盤は点の取り合い、ローテーションが一周した所で試合が動いた。

  相手の唯一のジャンプサーブが決まりだした。

  8ー6

  ピィッ!

  強烈なサーブが飛んできた、竜司の正面ではないが無理矢理、態勢を崩しながらも綺麗にセッターに帰った。

  達也はチラッと相手コートに視線を向けた。

  その仕草に一瞬釣られた相手の選手はツーアタックを警戒したが、それは罠だった。

  Aクイックに入ってきた選手にトスを上げて得点が決まった。

  「相変わらず上手いな」

  竜司は達也の一連の動作を見て賞賛した。

  まるでコート全てを支配しているようだ。

  次は達也のサーブ、相手を崩したがレフトとがアタックライン内に強烈なスパイクを叩きつけた。

  「オッケー、今のはしょうがない」

  精神的に来ていたチームメイトに竜司が声を上げた。

  相手のサーブ、レシーブが崩されて、二段トスがレフトにあげるが大きなブロックに捕まる。

  10ー7

  ピィッ!

  相手のサーブがネットにあたり、ボールの勢いが弱くなった。

  前衛レフトが飛び込みながら上げた。

  達也は後衛、ネットの上からボールを返すことができない、達也の選択はレフトバックにいる竜司へのバックアタック。

  ブロックが1枚、竜司はレシーバーがいない所を見て軽くボールを打ち込んだ。

  「いいよ、大したことない、ついてないだけだよ」

  竜司が前衛に上がった。

  味方のサーブがネットにかかり、相手のポイント。

  相手のミスに一気に叩見かけるようにサービスエースを決めてきた。

  12ー8

  相手のサーブに崩されて、レフトに上がる、今度は2枚ブロック、竜司は軽くブロックに当てて、自分でもう一度セッターに返した。

  達也はもう一度竜司にトスを上げた。

  ブロッカーがもう一度自分のポジションについていた為、ブロックは1.5枚、角度を付けながら軽くボールを打ち込んだ。

  ピピィッ

  ここで試合が止まった。

  相手のタイムのようだ。

  12ー9

  海星高校がリードを上げていた。

  リードしている海星高校がタイムを取った。

  「なんで勝ってるチームがタイムを取るの?」

  「それはきっと、僕らの実力にびびってるんだね」

  「いや、それはない」

  来夏の問いかけに自信満々でウィーンの答えを聞いた沙羽がいち早くツッコんだ。

  「達也は気付いたみたいだな」

  タイム中にストレッチを始めている竜司が呟いた。

  「どういう事?」

  竜司の呟きに気になった和奏が首を傾げて考えた。

  「簡単なことだよ、ペースは完全に海星高校にあるけど、実際に点数は開いていない、向こうと違ってこっちは派手さがないから押されているように見えるんだよ」

  和奏の疑問に汗をタオルで拭きながら達也が答えた。

  達也に説明に白浜坂高校のベンチにいた竜司以外の人がなるほどと頷いた。

  「でもどうするの?その事は相手に気づかれたんでしょう、きっと対処してくるんじゃないの?」

  「その点も大丈夫です、そろそろ全開で行けるよね」

  沙羽の鋭い読みであったが達也はニコリと笑って竜司に視線を送った。

  「ああ、アップ完了だ」

  竜司も笑顔で答えた。

  「まって、どういう事?竜司くん全力じゃなかったの?」

  「そうだけど」

  達也の答えを整理して沙羽は竜司に問いかけると当たり前だろという表情を浮かべた。

  「手を抜くとは卑怯だよ竜司」

  「卑怯言うな、こっちはノーアップだったんだぞ、いきなり全開でやったら怪我するだろ、卑怯っていうなら達也だろ、達也の指示なんだからな」

  ウィーンがけしからんと言うように竜司に向かって言い放つとすぐに事情を説明した。

  達也はニコッと笑っていた。

  試合が始まる直前に二人で話をしていた事にみんなが気がついた。

  そういえば、竜司はフェイントと軽くボールを打ち込んでいた事をみんなが思い出した。

  ピピィッ

  タイムアウトの終わりを告げる笛が鳴り響いた。

  コートに向かって6人の選手がコートに戻っていった。

 

 

 

  サーブは白浜坂高校から始まった。

  海星はきちんとセッターに返し、クイック攻撃を使ってきた。

  クイッカーは腰を捻ってライト側に打ち込んだ、ライトバックで守っていた達也が真上にボールを上げた。

  二段トスで竜司に上がった。

  ネットから離れていて、言うならば悪いトス、竜司はブロックのタイミングを外して軽くブロックに当て、リバウドを取り、セッターの達也に返した。

  大きく助走を取り、トスを待った。

  (竜司の好きなトスは速いトスと・・・これだ)

  高いトスがネット近くに上がった。

  助走を力強く踏切、大きくジャンプし、ブロックの上からコート奥に打ち込んだ。

  レシーバーは一歩も動けず、竜司を直視した。

  ラインズマンは遅れてフラッグを降ろした。

 

  その仕草を確認して竜司と達也は抱き合った。

  「よーし!」

  唖然としていた選手達が遅れて喜びを現した。

  ベンチに座っていた来夏達も立ち上がり、拍手を送った。

  会場がどよめいた。

  相手選手も動揺が隠しきれていなかった。

  続けてサーブを打つと、動揺もあり、崩れた。

  二段トスを打ち込んだ相手のレフトエースのスパイクも難なく拾う竜司、分かっていたかのように達也がセットアップをし、竜司の好きな高いトスを上げた。

  今度は2枚目の横、クロスに叩き込んだ。

  試合の流れが一気に変わる瞬間だった。

 

 

 

  スパイクを次々に決めていく竜司を見ながら嬉しそうな表情を浮かべて薫はベンチで竜司の姿を追っていた。

  バレーを辞めてからボールに触っていなかった事はプレーを見て分かった。バレーからサッカーに転向したのも聞いていた。

  薫から見て竜司の状態は現役の時と同等かそれ以上の実力を秘めていた。

  サッカーを始めた事により、足腰の強化、体幹の強化に繋がり、全体の筋力アップに繋がっていた。

  足腰が鍛えられた事でジャンプ力、瞬発力が上がっている。体幹が鍛えられた事で空中視線が良くなり、相手コートを見る事が出来、スパイク力も上昇している。

  だが2年間ボールに触っていなかったからボールコントロールなどが上手くいっていないようだがその他だけなら全国でも中々いない。

  全国を何度も経験している薫がそう思っていた。

 

 

 

  点差は16対22、白浜坂高校の大量リード。

  本気を出した竜司を止める力は海星高校にはいなかった。

  相手のレフトエースがスパイクを打ち込んだ、竜司が拾ったが少しネットに近かった。

  バレーをやらなかったツケというのだろう。

  だが竜司は気にしないで前より早く助走を始めた。

  達也はスパイクの形を取った。

  相手選手がブロックに飛んだ。

  ニヤッと笑って、スパイクを打つフリをしてとっさにオーバーに変えて、レフトに速いトスを上げた。

  達也のプレーにブロックがつられて、竜司にブロックが1枚。

  竜司は力一杯、ボールを叩きつけた。

  ドン!と音をしながら床に当たったボールは二階の観客席に飛んで行った。

  相手の心を打ち砕くようなスパイク。

  「ナイス達也!」

  「ナイスレシーブ」

  ハイタッチを交わし、笑顔でいる二人を見ながら和奏も嬉しそうに見ていた。

  次のサーブをネットにかけて、17対23、その後も達也のツーアタックで17対24、で白浜坂高校のマッチポイントとなった。

  「最後だよ竜司」

  ボールを竜司に投げながら達也が声をかけた。

  こくりと頷いて集中した。

  ピピィッ

  笛が鳴り、ボールを高く上げた。

  エンドラインの右端に立っている竜司は高く上げたボールが落ちてくるタイミングに合わせて大きくジャンプしてジャンプサーブを打ち込んだ。

  ストレートに真っ直ぐ放たれたボールは誰の手に触る事なく、相手コートに突き刺さった。

 

 

 

  相模湾流域練習試合が終わった。

  1位 湘南海星高校 1勝1引き分け

  2位 相模中央高校 1勝1敗

  3位 白浜坂高校 1敗1引き分け

  試合の結果を生徒会が読み上げていった。

  そして大会の目玉、最優秀賞MVPが発表される。

  MVPの選定は各高の推薦によって決まる。

  「最優秀賞は・・・白浜坂高校、佐原竜司選手です」

  生徒会の発表に竜司は驚いた表情を浮かべていた。

  途中出場であり、最下位の高校からの選出はまずありえないだろうと考えていたからだ。

  ステージに上がり、賞状とトロフィーと白浜坂商店街の商品券1万円分をもらった。

  嬉しそうな表情を浮かべながら自分の列に戻っていった。

  相模湾流域練習試合は幕を降ろした。

 

 

 

  「はい、優勝はしましたが、内容としましては後でビデオをご覧になってもらった方がいいかと」

  試合後、体育館外で薫は電話をしていた。

  電話の相手は。

  「監督の危惧して通りに彼は試合に出てきました、この先も試合に出るようなら唯一の障害になり得るかも知れません」

  「・・・そうか、やっぱり出てきたか、だが彼のプレーはビデオで見る事にする、今日はご苦労だったな、そのまま上がってくれ」

  「分かりました」

  そう言うと薫は電話を切り、ポケットにしまった。

  大きくため息を吐いた。

  「ため息ばっかりしてると老けるぞ」

  「それは違うんじゃないかな」

  薫の後ろから竜司と達也が現れた。

  「久々にお前のプレーが見れて良かった」

  達也は軽く微笑んだ。

  竜司も笑顔でこくりと頷いた。

  「これからもバレー続けるんだろう」

  「ああ、みんなには来てくれって言われたし、久々のコートに立って改めて思ったよ、バレーは楽しいな」

  「本当に変わらないね竜司って」

  3人は嬉しそうに笑った。

  竜司が再びバレーを始まる事が嬉しかった事もあるがかつての仲間が集まっていた事も理由の一つだ。

  「次会う時は春高予選だな」

  全日本春の高校バレー、インターハイ、国体と並ぶ高校3代大会。

  春高バレーの開催時期は3月であった為、3年生の出場がなかったのだが、女子で高等学校卒業後直ちに実業団チームに入る生徒にとっては、長期間ブランクが開くことが大きな問題となっていた。

  これを受けて日本バレーボール協会や全国高等学校体育連盟等、関係各方面による協議の結果、2010年度から選抜優勝大会を廃止し、この大会をその代替として1月開催に変更、3年生も本大会に出場可能とした。

  「でも大丈夫なのか、いくら2軍って言っても海星高校が俺らに負けるほどだったら全国大会でも勝てないだろう」

  今日戦った海星高校を見て、竜司は2軍だと思っていたが、天下の海星高校、2軍でもそれなりの選手が集まっていてもおかしくはなかった。

  それで負けてしまうとは少し違和感を感じていた。

  「フフッ、竜司、今日の相手は2軍じゃない」

  「そうなのか?」

  「うん、今日は今年の新入部員が主になってるだけ、本来ならうちの4軍選手かな」

  「なんか聞かなきゃ良かった」

  戦った相手が全員1年生だという事に竜司は頭を悩ませた。

  海星高校とは違う高校に行けばエースを張れる選手ばかりであった。だがそれも海星高校なら4軍程度、相変わらず層が厚いようだ。

  「1軍には誰がいんだ?純平と中島はどうなったんだ」

  「俺らの代はお前が辞めてからほとんどいなくなった、今いるのは純平と中島と俺らだけだ、一応全員1軍だ」

  「マジかよ」

  竜司が入部した当初は同じ1年生が20人は軽く超えていたが、今は四人しかいないようだ。

  「純平はリベロ、中島はセンターだ、今年の1軍は1年生が入っている」

  「1年生でか」

  「ああ、はっきり言って俺らが1年生の時より力は上だと言ってもいい」

  「へぇ〜面白じゃん」

  「全くお前って奴は」

  「そっちの方が竜司らしいね」

  3人は楽しく笑った。

  その笑い声は大きく賑やかなものであった。




ありがとうございます


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近づいたり、離れたり

よろしくお願いします


  相模湾流域練習試合が終わり、来夏達と楽しく笑いながら帰った。

  いつもの分かれ道でみんなとは別れた。

  家の方向が一緒な竜司と和奏は江ノ島大橋を自転車を押しながら歩いていた。

  「和奏、ありがとな」

  「えっ?」

  いきなりの言葉に何の事か分からず和奏は首を傾げた。

  「今日の試合の事、説得してくれただろ」

  竜司は微笑みながら呟いた。

  今思い返すと和奏は少々言い過ぎたと思っていた。

  「和奏が説得してくれなかったらまた後悔するところだったよ」

  「ううん、私こそ生意気な事を言ったよねごめんね」

  「いいんだよ、本当の事を言ってくれたんだから、そうじゃなかったら自分の気持ちにまた嘘をつく所だった」

  「・・・竜司くん」

  「あ、でもバカって言った事は忘れないから」

  「そこはいいんじゃないかなぁ」

  「フフッ」

  竜司と和奏は小さく笑った。

  「バレーって楽しいな」

  「バレー続けるんでしょう」

  「ああ、バレー部の奴らにも入ってくれって頼まれたし」

  いつもと同じ笑顔で答える竜司だがいつもより楽しそうに和奏は思えた。

  転科してきて悪い事ばかりじゃなかったけど、ようやく和奏は転科して良かったと思えた。

  「あ、そういえば」

  竜司はふと思い出しかのように呟いた。

  「明後日の土曜日に帰省するからお土産買ってこうと思ってるんだけどまだやってる?」

  前に和奏を送りに来た時にお土産はここで買うと言っていた事を思い出した。

  携帯を開いて時計を確認するとまだ5時前だ。

  閉店は6時なのでまだ間に合う。

  「まだ大丈夫だよ」

  「じゃあ、今から行ってもいいか?」

  「えっ」

  「まずいか?」

  「ううん、大丈夫だと思うよ」

  「なら決まりだ」

  それだけ言い残して竜司は自転車に跨って江ノ島大橋を横断していく。

  少し緊張した趣で和奏も自転車を走らせた。

 

 

 

  「ありがとうございました」

  圭介はふぅーと息を吐きながら額に滲んでいる汗を拭った。

  閉店まであと1時間ぐらいとなり、この時間ならお客さんもあまり入ってこない。

  一旦自宅に戻って夕飯の支度をしようとしていたら外から笑い声が聞こえて来た。

  「こんにちは」

  「やあ竜司くん、久しぶりだね」

  「この前はありがとうございました」

  笑顔で出迎えてくれた圭介に竜司は頭を下げながら、前に沙羽の家に忘れ物をした際に車を出してもらったことに対して感謝を述べた。

  「いいよ、気にしなくて、また何かあったら言ってくれ」

  「はい、ありがとうございます」

  笑いながら答える圭介に竜司は再度頭を下げた。

  「今日はどうしたんだい?」

  「明後日に静岡に帰省するのでお土産をと思いまして」

  「そうか、俺は夕飯の支度をしてくるからゆっくり見ていってくれ」

  「ありがとうございます」

  そう言い残して圭介は家の中に入って言った。

  竜司は店に並べられていたお土産を見ながらどれにしようか悩んでいた。

  江ノ島限定の物や特産物の商品が並べられている。

  どれにしようかと考えていると店の奥から和奏が現れた。

  着替えてくると言って、分かれたが意外にも早く戻ってきていた。

  「竜司くん決まった?」

  「もう少し」

  商品を見つめながら竜司は答えた。

  その姿にレジに座って和奏は楽しそうに見ていた。

  結局、買うものが決まったのは閉店時間を1時間過ぎた7時ぐらいだった。

  買った商品を大事そうに手に持ちながら竜司はお金を支払った。

  「悪かったな遅い時間まで」

  「大丈夫だよ」

  「竜司くん、良かったら夕飯食べて行きなよ」

  帰ろうとする竜司を見つけて圭介は口を開いた。

  「でも」

  「気にする事はないよ」

  圭介の言葉に竜司は甘える事にした。

  家に帰っても夕飯は無いので買って帰ろうかと思っていたのでちょうど良かったとも思えた。

  家の中に案内されて、リビングにある木製の椅子に座った。

  夕飯はごはんと味噌汁、きゅうりの浅漬け、シャケであった。

  「頂きます」

  きゅうりの浅漬けを一口食べるとあまりの美味しさに驚いた。

  和奏のお粥も美味しかったがここの家族は料理が得意なんだなと思った。

  「美味しいかい?」

  「ええとっても」

  「たくさん食べてくれよ、じゃないと」

  「じゃないと?」

  「明日の朝ごはん「あードラにごはんあげなきゃ」」

  圭介との会話の途中に和奏は大きい声でリビングを離れていった。

  「どうしたんですか?」

  「いや、和奏が朝ごはん作ると偶に昨日の残り丼って言うものが出でくるんだ」

  「昨日の残り丼ですか」

  夕飯を見ながらもしそうなったらごはんの上に来るのはきゅうりと鮭、鮭はともかくきゅうりは間違えなく合わないだろうと竜司は思っていた。

  考えただけで食欲がなくなっていった。

  「そういえば今日の練習試合に出たんだって?」

  今日の練習試合、相模湾流域練習試合の事を言っているのだろう。

  「はい」

  「和奏が嬉しそうに話をしていたからな、決心はついたのか?」

  「はい、もう一度バレーを続けて見ようかと思います」

  竜司の言葉に圭介はにっこり微笑んだ。

  「白浜坂高校はインターハイもベスト8に残っている、割といいチームなんじゃないか?」

  「ベスト8?」

  圭介の言葉に竜司は引っかかっていた。

  今日やった感じではベスト8どころか1回戦も勝ち抜く事は難しいと思っていた。

  「ああ、インターハイの結果を確認したらじ準々決勝で海星高校に負けていたけど」

  「そうですか、3年生が残ってたからかな、そんな感じはなかったですけどね」

  「可能性はあると思うよ、海星高校相手にも惜しい所まで行ってたからな」

  「何対何だったんですか?」

  「25ー17 26ー24だったかな」

  点数だけでは試合の内容が分からないが思っていたよりも点数を取っていた。

  「まあでも、話を聞くと1セット目は2軍、2セット目は3軍だったらしいけど」

  圭介の言葉に竜司は驚いた。

  竜司がいた頃はどんな大会も2軍や3軍は試合に出る事はなかった。当時は力を見せつける為にどんな相手にも全力で戦っていたからだ。

  「竜司くんの時とは違うと思うよ、でも僕らの時はそれが普通だったから、監督が変わって方針が変わったんだろう」

  なるほど、それは一理あるなと竜司は考えた。

  「岡崎監督の後は確か柏木監督でしたっけか?」

  「うん、柏木一平、ちなみに僕らの代のエースだよ」

  「・・・・」

  「どうかしたのか?」

  「いや、最近、坂井さんの代の人を良く聞くなと思いまして」

  海星高校歴代最強と呼ばれ、唯一全国大会で優勝している代、竜司からしてみれば尊敬する大先輩方だ。

  「はは、柏木は今年、歴代最強のチームを作ったって言ってたよ」

  「自分も話は聞いています、全国大会はどこまで進んだんですか?」

  歴代最強のチームが全国大会でどこまで通用するのか興味が湧いてきた。

  「全国大会は準優勝だ、優勝は愛知の城聖高校」

  「城聖高校?」

  聞いた事のない高校に竜司は首を傾げた。

  「城聖高校には一人化け物がいる、高校2年で日本代表入を果たして、超高校級選手と言われている男がいる」

  そんな選手がいた事に驚きを隠せずにいた。

  竜司が1年の時は全国大会に出場していないので存在を知る事もなかった。

  「そんな人が」

  「知らないのも無理はない、中学時代はサッカー部だったんだからな」

  「へぇ、サッカー部からの転向選手ですか」

  まるで俺とは逆だなと思い、苦笑いを浮かべた。

  「彼の名前は西尾優希、覚えていた方がいい、君が怪我をしなければ対戦した新人なのだから」

  「西尾優希か・・・」

  「随分嬉しそうだな」

  「ええ、是非対戦してみたいです」

  笑顔で答える竜司に圭介も笑顔を見せた。

  もう大丈夫だろう。

  「話が長くなったね、食べよう」

  「ええ」

  二人は止めていた手を動かして夕飯を食べ続けた。

 

  和奏も戻ってきて夕飯も食べ終わり、竜司は帰宅していった。

  帰宅する前に圭介はインターハイ決勝のDVDを渡した。

  倒す相手なら少しは研究した方がいいと言っていた。ちなみに入手場所は一平からの贈り物らしい。

  いつもより多い皿を洗いながら圭介は呟いた。

  「いつからなんだ?」

  「何が?」

  圭介の言葉の意味が分からず和奏はドラを抱き抱えた。

  「竜司くんと付き合っているんだろう」

  「ええっ⁉︎」

  ニャーと言いながらドラは和奏の驚きの声に反応して手をかいくぐり逃げ出した。

  「違うのか?」

  「ち、違うよ」

  明らかに和奏は動揺していた。

  「でもこないだだって二人で帰ってきてたし、俺はてっきり付き合っているのかと思ったよ」

  こないだというのは沙羽の家で打ち上げをした事の時だ。

  その時から圭介は疑っていたのだ。

  「もう〜竜司くんに変な事言ってないよね」

  「・・・・あっ!」

  洗い物の手を止めて圭介は思い出したかのように声を上げた。

  「言ったの⁉︎」

  ドン⁉︎と机を叩きながら和奏は身を乗り出した。

  「いや〜、変な事というか、昨日の残り丼の事は言ったけど」

  その言葉に和奏は落ち込んだ様子で机にうっぷした。

  「あーどうしよう」

  「気にする事はないよ、竜司くんも笑ってたし」

  「竜司くんが良くても私が良くないの」

  絶対に引かれたと思い込んでいた和奏は頭を悩ました。

  「罰として一週間朝食作ってよ!!!」

  「ええ〜」

  嫌がる声に和奏は睨みつけた。

  「分かったよ」

  渋々圭介は両手を上げて頷いた。

 

 

 

  夏休みに入って一週間がたった。

  来夏は海の家に来ていて、沙羽は海の家のバイトを行い、大智は海岸でバドミントンの練習をウィーンと和奏は補習授業を受けている。

  竜司はバレー部に迎えられ体育館に来ていた。

  朝9時から練習を行い、13時には部活が終わる、今は11時、15分の休憩に入っている。

  久々のボールを触り、頭のイメージと実際のプレーのズレがあり、頭を悩ませていた。

  練習前に買った飲み物を一口含んで、ため息を吐いた。

  「佐原先輩、何かあったんですか?」

  「中西か、いやブランクって怖いなって思ってただけだ」

  中西 光輝《なかにし こうき》白浜坂高校2年生、バレー部の福キャプテン、誰にでも優しく、周りから信頼されている。

  「ブランクですか」

  「ああ、イメージと実際のプレーとのズレがな」

  「凄いですね」

  「何がだ?」

  「いや自分はそこまで考えた事がなくてイメージはあるんですけどそれの理想が高すぎて結局意味がないというか」

  困ったように喋る光輝に竜司は立ち上がりながら声をかけた。

  「イメージが高ければ高いほど努力すればいい、イメージ通りになるようにな」

  サラッと言ってしまう事がやっぱり凄いなと光輝は思っていた。

  「そういえば、俺まだチーム全員の名前が分かんなくて紹介してくれる?」

  「分かりました」

  大きい声で返事をすると全員を集めて紹介していった。

  2年 海野 貝 レフト 175cm 65kg

  2年 塩崎 海星 センター 184cm 78kg

  2年 鮫島 海田 センター 186cm 82kg

  1年 嵐山 波 リベロ 161cm 52kg

  1年 塩田 水木 ライト 165cm 60kg

  光輝が1人1人紹介していった。

  「佐原竜司だ、短い期間だけどよろしく頼む」

  竜司も軽く挨拶をした所で練習を再開した。

 

 

  練習が終わった後は竜司と光輝は視聴覚室に来ていた。

  圭介からもらった今年のインターハイ決勝の湘南海星高校対橘南高校の試合のDVDを見るために来ていた。

  試合を見ながら淡々と点を重ねていく海星高校には余裕の表情が見える。

  「うわ、ここでバックアタックか!」

  ディグであげたボールはレフト側に飛んでいき、達也はボールの落ち際に手首の力でライト側、アタックライン前にトスを上げた。

  このトスを見た光輝が驚きの声を上げた。

  バックアタックを決めて、点差は24対14と大きく開いていた。

  最後はサービスエースでインターハイ優勝を決めた。

  「ブロックを振るのは達也の十八番だ、それよりもバックアタックを決めた選手と最後のサービスエースの選手は知ってるか?」

  竜司が元海星高校だと言うことはバレー部は知っている。

  「え、ええ、バックアタックを決めた選手は佐野 誠《さの まこと》です、東京の海綾中学出身です、もう1人は東 大五《あずま たいご》です、彼は愛知の名古屋成徳中学出身です」

  「海綾に成徳か名門出か」

  二つの中学は全国大会に出る名門中の名門、バレーをやってる人ならほとんどの人が知っている名前だ。

  「2人とも海星高校の1年生レギュラーです」

  「今年の1年生は当たり年のようだな」

  海星高校は全国から人が集まる高校、中学が名門でも簡単にレギュラーを取れるわけではない。

  その点から見ると2人は相当の実力なのだろう。

  「確かに今年の海星高校は最強かもな」

  「でもどうしてDVDがあるんですか?」

  「海星高校対策の為にもらったの、海星高校に勝つ為に」

  さりげなく言った言葉に光輝は唖然としてしまった。

  「本気ですか、あの海星高校に勝つなんて」

  全国大会にも出場するほどの実力の相手に弱小のチームが勝てるなんて光輝は思っていなかった。

  けど竜司は光輝の言葉を聞いて鼻で笑った。

  「最初から諦めてどーすんだ」

  「・・でも」

  「まあ、確かに今の実力を考えたら厳しいなぁ、でも俺がいる・・・なんてかっこいい言葉を言えたらいいんだけど、最低限でもセッターともう一枚スパイカーが欲しいよなぁ〜おれ、怪我してるし」

  頭の後ろで腕を組みながら呟く竜司に光輝は真剣な表情を向けた。

  「セッターとスパイカーがいれば勝てるんですか?」

  「勝てる・・・とは言えないが勝率は上がるよな」

  光輝は少し黙った後に口を開いた。

  「・・・いますよ、2人とも」

  「まじか⁉︎」

  「ええ、1人は3年生の田中照、そしてもう1人はうちのキャプテンの風間大河という男が」

  その言葉に竜司は息を呑んだ。

  それなら本気で勝ちを狙えると思ったからだ。

  「なら」

  「いいえ、2人ともバレーはやらないでしょう、インターハイでやめてますから」

  その言葉に竜司は驚いた表情を見せた。

  せっかくのチャンスが遠ざかっていくのがわかった。




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怒ったり、仲間だったり

よろしくお願いします


  「いいえ、2人ともバレーはやらないでしょう、インターハイでやめてますから」

  その言葉を思い出しながら竜司は長い坂を自転車で下っていった。

  せっかく可能性が出てきたのだが簡単に離れてしまった。

  インターハイでやめてしまった田中照は分かる、全日本バレーボール高等学校選手権大会は3年生が出れるだけであって出なくてもよい、余程の強豪高でない限りはインターハイで引退してしまうがまだ2年生でキャプテンの風間大河が辞めた事には納得がいかなかった。

  頭の中で色々と考えても埒があかない。今日は海の家にいると来夏から連絡があったのでとりあえずそこに行こうと思っていた。

  長い坂を下りて、海外沿いを快調に飛ばしていると後ろから物凄い形相で走ってくる和奏が竜司の横を通り過ぎていった。

  「おーい和奏」

  自転車を漕ぎながら竜司は声をかけた。

  「竜司くん、助けて、ストーカー!!ストーカー!!!」

  そう叫び続けている和奏に竜司は自転車を止めて笑った。

  「そんなテレビじゃあるまいし・・・うわ⁉︎」

  竜司の横を勢いよくおじさんが自転車で通り過ぎた。

  「本当だ」

  客観的に見ていた竜司は慌てて追いかけた。

  おじさんがあと少しで和奏に追いつきそうな所で竜司が追いついた。

  軽く自転車を蹴ると、砂浜に向かって転がり落ちていった。

  「あっ」

  流石にやりすぎたかと思い驚きの声を上げてしまった。

  和奏も自転車を止めて、頬に流れる汗を拭いながら落ちた先を見ていた。

  落ちたおじさんに2人で駆け寄るとおじさんの口から「まひる」と声が聞こえた。どうやらどこも怪我していないようだ。

  その言葉を聞いて和奏が腰に手を当てて口を開いた。

  「母の知り合いなら最初からそう言って下さい」

  「ご、ごめんなさい、でもとっーてもうれしくて」

  「ひぃ⁉︎」

  大げさに喜ぶおじさんに和奏は怯えた声を上げた。

  「おーい」

  上から声が聞こえてきたの視線を移すとバドミントンのラケットを背中に背負った大智がいた。

  「何してんだこんな所で」

  「あれ、合唱部の練習は?」

  今日は4時から合唱部の練習だったがどうしてこんな所に大智がいるのかと竜司は疑問に思っていた。

  「今日は中止らしいぞ、なんとかって言うバンドと沖田の家に行くんだって」

  「そっか分かった」

  そう言い残すと大智は自転車を走らせた。

  「ちょうどいいや、静岡の土産を持ってきながらおれも行くかな」

  「あ、私も行く」

  「ああ、とりあえずこの人どうする?」

  砂まみれになっているおじさんをどうしようか竜司と和奏は頭を悩ませた。

 

 

 

  来夏とコンドルクインズ達は沙羽の家の庭にキャンピングカーを停めて来ていた。

  お寺という事もあり、庭が広くなっている。そこに机と椅子をを広げてコーヒーを入れていた。

  「何かあったら行って下さいね」

  「ご好意感謝します」

  志保はそう言い残すと家に帰って行った。

  「君たちも一緒にどうかね?」

  「はい!」

  コーヒーを指をさしながら聞かれた問いに来夏は元気良く答えた。

  「私はいいです、ではごゆっくり」

  沙羽もそれだけ言って家に戻ろうとしていた。

  その姿を見て来夏が追いかけた。

  「あ、沙羽〜今日泊めて、ゆっくり話したいから」

  顔の前で手を合わせる来夏を見て沙羽は腕を組み、嫌そうな顔で口を開いた。

  「だったらキャンピングカーにでも泊めてもらったら」

  「ええっ」

  いいの?と思うように期待している来夏の顔を見て沙羽は来夏の頬を片手で挟んだ。

  「もう、冗談だよ」

  「冗談?」

  「amigo!」

  聞いたことの無い声が聞こえた事で沙羽と来夏は声の方に視線を向けるとおじさんが手を振っていた。その隣で竜司と和奏が自転車を押しながら歩いていた。

  「みつけたよ、まひるのむすめさん」

  歩きながらキャンピングカーの前に自転車を停めるとおじさん2人が駆け寄ってきた。

  「おお、よく見つけたな」

  「座って座って」

  椅子に座るように言われたが和奏は拒んだが、結局、断れずに座っていた。

  コーヒーを出させれて軽くお礼をして一口、コーヒーを口に含んだ。

  「まだ路上ライブをしている時にまひると出会ってね」

  「一緒に歌を作ったんだ」

  和奏達の会話を邪魔しては行けないと思った来夏達はキャンピングカーの影でこっそり話を聞くことにした。

  「amigo、amigo」

  「そう、この曲が私達のヒット曲なんだ」

  「まひるから何か聞いていない?」

  「いえ、母からは何も」

  母の話をされると少し寂しくなってしまった。

  視線を移すとギターケースに和奏と同じキーホルダーが付いていた。それを冷たい視線で見ていた。

  「あの頃のまひるに良く似ている」

  「まひるはもっと明るかったがな」

  「髪ももう少し長った、ああ、昨日のことのようだ」

  3人で和奏を見ながら昔の事を思い出していた。

  「・・まだ、信じられん、まひるがもういないなんて」

  1人の男の言葉に3人とも落ちんだ表情を見せた。

  余程、まひるの事を慕っていたんだなと和奏は思っていた。

  キャンピングカーの影で聞いていた来夏達も寂しそうな表情を浮かべていた。

  「では私はこれで」

  母の事を聞けて良かったと思う反面、聞かなければ良かったと思っていた。

  和奏は何も言わずに停めてあった自転車に跨って家路についていった。

  「さて、俺も行くかなとその前にこれ」

  竜司も自転車に跨ったところで紙袋を沙羽に渡した。

  「何これ?」

  「静岡のお土産」

  「静岡行ってきたの?」

  「私には⁉︎」

  「来夏のは合唱部の時にみんなの買ってあるからな、沙羽にはこないだ打ち上げでお世話になったから」

  袋の中を開けるとみかんのスポンジケーキのようであった。

  お土産も渡して帰ろうとした竜司だったがもう一つ思い出した。

  「そういえば、3年の田中照と2年の風間大河って知ってる?」

  ついでにバレー部の事も聞いとこうと思って口を開いた。

  「照くんなら私より、田中の方が詳しいかも、風間大河くんの事は何も」

  「大河なら知ってるよ、弟と仲良いから」

  「そっか、照の事は田中に聞いて、大河の事は誠に聞くかな」

  意外に手応えがあったなと思いながら竜司は自転車を走らせた。

  なんでそんな事をと思って沙羽と来夏は顔を合わせて首を傾げた。

 

 

  次の日の朝、来夏はいつもより早く起床してコンドルクインズの元に来ていた。

  小さい頃から知っているので実物に会えたことに嬉しくて仕方なかった。

  沙羽もその事を知っているから特に何も言わず、いつも通りにサブレに跨って散歩していた。

  コンドルクインズの前を通ると来夏が両手に木の枝を抱えて近寄ってきた。

  「沙羽〜今日の練習なんだけど」

  「今日はバイトも無いから、学校で練習でしょ?」

  バイトがある時は終わってから学校で沙羽に合わせて練習を行っているのだ。

  「その事なんだけど、私、欠席してもいいかな、コンドルクインズで海の家で歌うんだって、そうだ、なんなら部員全員で見学に行こうか、色々と勉強になる事もあるし」

  嬉しそうに喋る来夏に沙羽は厳しい表情を向けた。

  「1人で行って」

  「えっ?」

  「私達まだ何も出来てないじゃん、これ遊びだったの?私、尊敬している凄い騎手が相手でも一緒に走るなら絶対に負けたくない、来夏が歌わなきゃ、ただのファンクラブだったら私もう、合唱部辞めるからね、バカ!おたんこなす!」

  強い口調で言い放ち、沙羽はサブレを走らせた。

  冷水を頭から浴びたようだった。

  沙羽の言う通りだった。

  来夏は唇を噛み締めて言葉を受け止めた。

 

 

 

  「なるほど、それで来夏が来てないのか」

  笑いながら竜司は音楽室に荷物を置いた。

  「笑い事じゃないんだよ、少し言い過ぎたかな」

  ピアノの前に腰を降ろして考える沙羽を見て竜司は隣に腰を降ろした。

  「いいんじゃないのか、憧れを抱いて前を向いていない来夏を気づかせたんだから」

  「そうかも知れないけどさ」

  「ならいいさ、それで気付けないなら来夏はそこまでなんだよ」

  竜司はバックからゴムチューブを取り出して、トレーニングを始めた。

  「それに、楽しいだけが友達じゃないだろ、来夏の事は沙羽が1番知ってるんだし、これぐらいで折れる玉じゃないだろう」

  竜司の言葉に沙羽はこくりと頷いた。

  「なら大丈夫だ」

  「そうだね、後は来夏を信じよう」

  笑顔で答える沙羽に竜司もトレーニングの手を緩める事なく頷いた。

  「よお」

  「やってるね」

  音楽室に大智とウィーンが入ってきた。

  「竜司、ファルセットって出来る?」

  入るなり、ウィーンは本を広げて問いかけた。

  大智は床で腹筋を始めた。

  「ファルセットか、あんな高い声は出せないな、沙羽なら出来るんじゃないか?」

  トレーニングを途中で止めて竜司は沙羽に投げかけた。

  ウィーンは手にしていた本を渡した。

  「ファー♪」

  沙羽が試しに声に出した。

  それを聞いて竜司が首を傾げた。

  「もうワンオクターブ上だな」

  「ファー♪♪」

  竜司に言われて沙羽はもう一度声を出した。

  その声を聞いて竜司はオッケイサインを指で作った。

  「面白そうだな、ちょっと俺にも見せて」

  大智も腹筋を止めて本に視線を送った。

 

 

 

  合唱部が練習をしている中、来夏はアスファルトの上を走っていた。

  沙羽に言われた事を受け止めて、今自分が何をしなければならないか改めてわかったのだ。

  町内会主催のワールドミュージックのイベントで歌う場所を探す事であった。

  イベントの開催は残り僅か、時間は無い、とりあえず今回のイベントの主催者でもある志保の元に尋ねてみると商店街の田島生花店という花屋だけがまだ歌い手が決まった連絡を受けていなかった。

  まだ可能性があると思い、全力で花屋に向かっていたのだ。

  花屋に着くと息を切らしながら声を上げた。

  「すいません、ワールドミュージックで歌う人ってもう決まってますか」

  「ああ、たった今ね、興味のある知り合いがいるから紹介してくれるって、まだその辺にいるんじゃないかな?」

  決まったという言葉を聞いて残念そうな表情を浮かべた。

  それと同じぐらいに肩に掛けていたバックの中から着信音が聞こえてきた。バックの中から携帯を取り出して、確認すると画面には坂井和奏と書いてあった。

  「あっ、ほら」

  店主は先ほどきた人を見つけて指を差すとそこには携帯を耳に当てて自転車を押している和奏の姿があった。

  「坂井さん!」

  和奏は自分の名前を呼ばれた事に気付き振り返るとそこには電話をかけていた来夏の姿があった。

  2人はすぐ近くにある海辺に来た。

  陽も沈み始めてオレンジ色の空にはカモメが大きく旋回していた。

  「ありがとう」

  「ううん、良かったね、ステージ見つかって」

  「久々本気で走ったぁ〜」

  来夏は疲れたように腰を下ろした。

  和奏は学校を出た時に買った野菜ジュースを飲みながら海を見つめていた。

  音楽の為なら全力でやる来夏を見て、前の疑問を聞いて見る事にした。

  「宮本さん、答えは見つかったの?」

  「私、天才だったらな〜きっと今ごろ〜」

  立ち上がり、両手を広げて空を見上げる来夏に質問の答えが返ってきている気がしなかった。

  「何?」

  「だめーやっぱ1人じゃ歌えないや」

  「なんなのそれ?」

  それが答えなのと思いながら和奏は苦笑した。

  来夏はもう一度腰を降ろして恐る恐る口を開いた。

  「坂井さんが音楽を辞めたのって」

  その言葉に和奏は無理して笑顔を作って答えた。

  「私も天才じゃないから、あ、そうだ」

  何かを思い出したかのように和奏はバックの中から「心の旋律」の楽譜を取り出して、来夏に見せた。

  「宮本さん、この歌の事何か知ってる?」

  「来夏でいいよ」

  少し照れながら来夏は口を開いて楽譜を受け取った。

  その言葉が和奏はとても嬉しかった。

  「ああ、これ、実はよく知らなくって」

  「そっか」

  「んん〜んんん〜♪、いい歌だよね」

  「うん」

  楽譜を受け取り和奏はバックの中にしまって自転車に手をかけた。

  「じゃあまたね」

  「うん」

  別れの挨拶をして、ゆっくりと歩き出す和奏の背中に声をかけた。

  「坂井さん、ありがとう」

  和奏は歩みをとめて、軽く微笑みながら振り返って。

  「和奏でいいよ」

  その言葉に来夏はとても嬉しくて顔がほころんだ。

  本当の友達になれた気がしたからであった。

  和奏はとめた歩みを進めて、家路についた。

  来夏はまだやるべき事があって走り出した。

 

 

  合唱部の練習が終わって、沙羽と大智とウィーンは坂道を下っていた。

  竜司は自主練をしていくと言って学校に残っている。

  「宮本こなかったじゃん」

  大智の言葉に沙羽はやっぱり言い過ぎたかなと考えていた。

  竜司に言われて少し気持ちも楽になっていたが、やっぱり音楽への思いがそこまでだったとは思いたくはないがそう思ってしまう自分がいた。

  だがその悩みも杞憂に終わった。

  夕陽が落ちる海をバックに坂道を駆け抜けてくる来夏の姿が見えた。

  来夏は沙羽を見つけると自信満々の笑みで親指を突き立てた。

  それを見て安心した表情で沙羽も親指を突き立てた。

  「宮本、遅えよ」

  息を切らしながら近づいて来る来夏に大智は口を開いた。

  「しょうがないでしょう、歌う場所を探してたんだから」

  「場所は決まったの?」

  「うん、田島生花店になったよ、和奏がお願いしてくれた」

  嬉しそうに呟く来夏に沙羽も優しく微笑んだ。

  「音楽は決めてあるから明日発表するね」

  「みんなで頑張ろう」

  音楽も決まり、ウィーンは天高く拳を突き上げた。

  「そうだ、竜司くんに伝えてくるよ、まだ自主練していると思うから」

  やる気になってきた沙羽は下った坂道をまた登り始めた。

  「みんなは先に帰ってて」

  手を振って歩き出す沙羽を見ながら3人は見送った。

  「てか、メールか電話でいいんじゃないのか?」

  「あんた、本当に分かってないのね」

  「何がだ?」

  「沙羽は竜司の事が好きなんだよ」

  「そうなのか?」

  「もちろん」

  「え、でも竜司は坂井の事が好きなんじゃないのか?」

  「それは僕も思った事があるよ、和奏も竜司には心許してる感があると思うよ」

  「言われてみれば確かに」

  3人はその場で頭を悩ましていた。

 

 

  沙羽は自転車を停めて、体育館に向かって歩き出すとまだ明かりはついていた。辺りはすっかり暗くなっているが中から音が聞こえてきた。

  こっそり体育館の中を覗いてみると、ボールが散乱している。その脇でエンドラインからエンドラインまでダッシュしている竜司の姿があった。

  息を切らしながら4往復した所で膝に手をついて呼吸を整えて、しばらくしてからまた走り出した。

  真剣な竜司の表情に沙羽は見惚れていた。

  だがすぐに首を横に振って、自動販売機のある所に歩き、お茶とスポーツドリンクを買い、今度は静かに体育館の中に入り、隅っこで腰を降ろした。

  練習中に声を掛けるのも悪い気がして練習が終わるのを待っていた。

  一体何往復したのだろうと考えている内に竜司はコートに仰向けで倒れた。

  苦しそうに荒々しく呼吸をしていた。

  それを見て沙羽はゆっくりと近づいて、おでこにスポーツドリンクを置いた。

  「えっ?」

  おでこに冷たい感触が広がり軽く驚きながら確認するとそこには笑顔を見せている沙羽の姿があった。

  「どうしたぁ、はぁはぁ、」

  「大丈夫?死にそうだよ」

  「死にはしねぇよ、それよりどうしてこんな時間に?」

  合唱部の練習は随分前に終わっているのは知っていたので沙羽だけここにいる事が不思議であった。

  「来夏がワールドミュージックの場所を見つけたから伝えに来たの」

  「そうか、良かったな沙羽」

  来夏が来たということに沙羽も心が少し軽くなったのだろうと思い、労いの言葉をかけた。

  沙羽は日時を伝えると竜司は少し考えた表情を浮かべた。

  「その日は練習と被ってるな、悪りぃな」

  「ううん、竜司くんはこっちを優先して、来夏が歌を始めた気持ちと竜司くんがバレーを始めた気持ちは同じくらい大切だと思うから」

  沙羽は少し残念そうな表情を浮かべながら呟いた。

  その言葉に竜司は笑顔で頷いてゆっくりと立ち上がり、スポーツドリンクを口に含んだ。

  「ごちそうさん」

  「いえいえ、お返し期待しているから」

  「おかしいだろ」

  沙羽のボケと竜司のツッコミが入り、2人は微笑んだ。

  「まだ時間あるか?」

  「えっ、大丈夫だけど」

  「じゃあ」

  竜司はボールカゴを運びながらアッタクラインにカゴを置き、沙羽に来るようにジェスチャーした。

  沙羽にボールカゴを渡して竜司は沙羽から3mぐらい離れた所に立った。

  「そこから俺の顔面に本気で投げてきて」

  「本気で?」

  「ああ」

  本気と言っても女子の玉ならそれほど速くないだろうと思っていた。

  沙羽は軽く手を上げて「行くよ」と言ってボールを投げた。

  軽く構えを取っていた竜司は耳を掠めていくボールに反応が出来なかった。

  「次行くよ」

  「待って」

  驚きながら2、3歩後退した。

  「よしいいぞ」

  女子の玉とは思えないと竜司は驚いた。

  今度は油断しないでしっかりと構えた。

  沙羽は大きく振りかぶってボールをボールを投げた。

  ボールは竜司の顔に向かって飛んでいく。

  竜司は顔の前でオーバーハンドでボールを上げた。

  ボールは回転しながら沙羽の手に届いた。

  「んーやっぱり、回転がかかるなぁ、よし、どんどん来い」

  手の感触やボールの軌道を確認しながら、沙羽にどんどん要求した。

  沙羽は言われた通りにボールを投げた込み、竜司は軽々とオーバーレシーブをしていく。

  何十球ほどやった所で竜司は最初の位置に立ち、オーバーレシーブを始めた。

  最初の時とは違いボールを上げていく。

  目が慣れた事もあるが沙羽の体力が落ちて来ている事も原因の一つだろう。

  しばらくして竜司はボールを真上に上げて、キャッチした。

  「よし、終わりにしよう、ありがとな」

  「ふぅー、お疲れ様」

  汗を拭いながら沙羽は一つ息を吐いた。

  竜司は1度体育館を出るとすぐにアイシング道具を持ってきた。

  「これで肩を冷やしな」

  女性という事もあり、何十球もボールを全力に投げることは肩に負担がかかる。少しでも軽減できる。

  「大丈夫だよ」

  「ダメだ、しっかり冷やさないと怪我にも繋がる」

  「・・はい」

  軽く微笑みながら断ったが真剣な表情で話す竜司に沙羽はさらに断る事が出来なかった。

  肩にアイシングを行なった。

  「俺が片付けをするから、休んでてくれ」

  そう言うと竜司は落ちてるボールをカゴにしまい、張ってあったネットを片付けていった。

 

 

 

 




ありがとうございます


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見つかったり、仲間になったり

よろしくお願いします。


  沙羽の手伝いの元、今日の練習が終わった。

  夏だと言っても7時を回れば辺りはすっかりと闇に包まれていく。

  2人は心地よい海風を感じながら歩道を歩いていた。

  しばらく歩いているとコンビニが見えてきた。

  「俺、夕飯買ってくる」

  竜司はコンビニを見つけると走り出して中に入っていった。

  走り出していく竜司の背中を見ながら沙羽はゆっくりと歩きコンビニの駐車場に着いた。

  買い物をしている間、外で座って待っていると2、3人の男共が近付いてきた。

  「ねぇ、何してるの?」

  「俺たちと遊ばない?」

  笑いながら話しかけてくる男達に沙羽は睨みを利かせて立ち上がった。

  「結構です」

  沙羽はその場から立ち去ろうとした時に腕を掴まれた。

  「そんなこと言わないで遊ぼうよ」

  「離して下さい」

  腕を払おうとするが、男の力でしっかり掴まれているので中々振りほどけなかった。

  「ほら、離してほしかったら付き合ってよ」

  笑いながら答える男達に沙羽は鋭い視線で睨みつけた。

  それでもやめようとしない男達。

  「おい、人の女に何してんだ」

  「ああぁ?」

  「竜司くん!」

  男達の前に竜司が睨みつけていた。

  手を振りほどいて逃げようと沙羽は動くが簡単に逃げれなかった。

  「お前ら湘南海星高校の生徒だな」

  竜司の言葉に男達は黙ってしまった。

  上はTシャツを着ていて制服ではないのにどうして分かるのか驚いていたこともある。

  「ズボンだよ、それに、そのバレーシューズ入れは湘南海星高校のオリジナルだからな」

  「良く知ってるなぁ、けどそれがどうした、女の前でカッコつけたくてきたのか?」

  「いや、柏木監督に言われたくなかったら、沙羽を離してくれないかと思ってな」

  柏木監督という言葉に男達は顔に動揺が走った。

  「う、嘘つくなよ、監督に言うなんて出来る訳ないだろう」

  「なら、薫がいいか?達也がいいか?」

  ここぞとばかりにバレー部の名前を出す竜司に本当の事を言っていると確信すると明らかに動揺していた。

  「くそ」

  「きゃっ⁉︎」

  「おっと」

  嫌気がさしたのか男達は沙羽を乱暴に竜司に向かって投げ飛ばした。

  竜司は沙羽の肩を掴み、しっかりと受け止めた。

  「・・・あんた名前は」

  恐る恐る問いかけてくる男に竜司はため息を吐きながら口を開いた。

  「佐原竜司だ!」

  少し強めに言い放った。

  相手は名前を聞くと、恐れたかのようにゆっくりと後退していった。

  「・・・あんたがあの・・佐原竜司」

  そう呟くと男達はすぐさまいなくなっていった。

  ふぅーと竜司は息を吐いた。

  「大丈夫か?」

  「・・・うん、ありがと」

  少し沙羽の顔が紅く染まっていた。

  「あれ、佐原先輩?」

  後ろから聞いたことのある声が聞こえて来たので振り返ると沙羽も良く知っている誠の姿があった。

  誠は竜司に声をかけた後、少し黙って現状を確認して。

  「すいませんでした!!」

  と言い残してコンビニの中に入っていった。

  何のことだと竜司は考えるとすぐに答えがわかった。

  沙羽は竜司に身体を預けていないと倒れてしまう状況であって、周りから見れば今にもキスをするカップルに見えてもおかしくはなかった。

  それに気がついた竜司はすぐさま沙羽の体制を直して、肩を離した。

  「悪りぃ」

  「・・・うん」

  誠のせいで変な空気が2人に流れてしまった。

  変な誤解を生まないように竜司は誠を呼びつけ、説明をした。

  「そういう事だったんですね」

  納得した様子でアイスを舐める誠、口止め代わりに竜司が購入した。

  「いいか、来夏には絶対言うなよ」

  「分かってますって」

  楽しそうに聞いている誠に竜司は大丈夫かなと不安を抱いていた。

  「そういえばどうしてここにいるの?」

  来夏の家を知っている沙羽は遠いコンビニに来ている誠に疑問に思った。

  「今、友達の家に泊まりに来てるんですよ」

  夏休みとなればそれが普通だなぁと沙羽は思った。

  「てか、誠は風間大河って奴と友達なのか?」

  「ええ、というか僕が泊まりに来ている友達ってその風間大河の家なんですよ」

  「まじか!!」

  驚きながら竜司は誠に詰め寄った。

  「ええ」

  「紹介してくれねぇか」

  「どうしたんですか急に」

  「いや、風間大河ってバレー部なんだろ、呼び戻そうと思ってな」

  そういう事かと思った誠は頷いた。

  「でも、大河もう寝ちゃいました、多分朝になればサーフィンしてるかも知れないです」

  「サーフィンか」

  「一応、明日にでも聞いときます」

  「悪りぃな頼むよ」

  「ではこれで失礼します」

  頭を下げて誠は闇の中に入っていった。

  改めて沙羽と2人になると思うと緊張する自分がいて、沙羽との会話も歯切れの悪い中、家に帰った。

 

 

 

  次の日、合唱部の部活は午前中に音楽準備室にて行われていた。

  ワールドミュージックで歌う曲も「Hau'oli 」に決まった。

  時間がないので各自、パート練習をして本番に取り掛かる。

  それだけ告げて、今日の練習は終わった。

  大智はバドミントンの練習に、ウィーンは補習授業に向かった。

  残った来夏と沙羽はHau’oliの曲を流して、ワールドミュージックの衣装を作っていた。

  2人とも集中して作っていたので、作業は思ったよりも早く進んでいた。

  一区切りついたところで来夏が大きく背伸びをした。

  「あ、そうだ沙羽」

  「なに?」

  「竜司と付き合ってるの?」

  「な、な、な、なんでよ」

  いきなりの言葉に沙羽は作業を中断した様子で答えた。

  ほんのり紅くなっている頬を見ながら来夏は込み上げてくる笑いを我慢していた。

  「誠が抱き合ってたって言ってたから」

  来夏の理由を沙羽は誠を恨んだ。

  コンビニで起きた事を丁寧に説明すると、来夏は顔のにやけが止まらなくなっていた。

  「そのにやけ顔止めないと怒るよ」

  「だってさぁ」

  今まで我慢してきた笑いが込み上げてきた。

  こうなったら止められないと思った沙羽は渋々作業を始めた。

  「でも竜司はいいと思うよ」

  「どうしたのいきなり」

  「率直な意見だよ、沙羽にはいい人とくっついて欲しいから」

  「・・・来夏」

  来夏の思いを聞いて沙羽は心が満ちていた。

  「でも竜司は倍率が高いよう」

  「そうなの?」

  来夏の言葉に沙羽はドキッと胸が高鳴る音が聞こえた。

  「うん、こないだの試合で人気がでたみたいだよ、結構、周りから竜司のこと聞かれるし」

  入学当初は人気があったが学校の素行などですぐに鎮火していたがまさかここに来て上がって来るとは思ってなかった。

  「良く知ってるね」

  「情報屋だからね」

  「他にも色々な情報を知ってるの?」

  「うん・・・沙羽、目が怖いよ」

  笑顔で答える来夏に沙羽は鋭い視線で睨みつけた。

  この後、情報を聞き出す為に来夏が学校中を追い回された。

 

 

  翌日の朝、竜司は海に来ていた。

  海水パンツに上はパーカーを着て、砂浜を歩いていた。

  昨晩、誠からメールで大河がサーフィンに行くとメールがあり、場所と時間を聞いて来ていたのだ。

  朝5時、欠伸をしながら海を見ると、周りはサーフィンをする人しかいなかった。この中で大河という人物を見つけるのは難しいだろう。

  頭を悩ませた後、竜司は海に飛び込み、泳ぎ始めた。

  朝6時、1時間泳いでいた竜司は疲れと眠気が一気に押し寄せてきた。

  砂浜に座り込み、目にかかっている前髪をすくうように上げた。

  この時間になるとサーフィンをする人も少なくなっていた。

  もしかしたら帰ったかなと思った時だった、竜司の後ろでビーチバレーを始めるグループがいた。

  男3人だが、2人は素人だろう、満足にパスも出来ていなかった。

  その中でも茶髪の髪をした青年だけが動きが違った。

  ビーチバレーだが、ボールの扱いはセンスを感じた。

  「あのー何かようですか?」

  まじまじと見ていた竜司の視線に気づいて男はボールを掴んで口を開いた。

  「いや、ついつい見入っちゃって」

  笑いながら答える竜司に男は黙ってボールを軽く投げた。

  「一緒にやります?」

  「いいんですか?」

  彼の優しさに竜司はボールをキャッチしながら立ち上がった。

  3人の中に入ってビーチバレーを楽しんだ。

 

 

  「ビーチバレーって疲れるな」

  1時間程度ビーチバレーを楽しんだ竜司は砂浜に座りながら呟いた。

  「砂浜ですからね」

  茶髪の男も竜司の隣に腰を降ろした。

  他の男達は先に帰っていった。

  2人で海を眺めながら竜司が思い出したかのように口を開いた。

  「そうだ、風間大河って知ってるか?」

  今回の目的をすっかり忘れていた竜司はようやく自分の目的を思い出した。

  男に尋ねると男はキョトンとした表情で竜司を見ていた。

  そしてゆっくりと口を開いた。

  「風間大河は僕です」

  驚きが隠せなかった。

  「そうですか、あなたが佐原先輩ですか、誠から聞いてます」

  まさか今回の目的の男がこんな所にいるとは思ってなかった竜司はラッキーだと思った。

  「なら話が速いな、バレー部に戻ってこい」

  「・・・無理です」

  少し間を取ってから大河は口を開いた。

  「なんでだ?」

  「湘南海星高校との試合で3軍にも勝てなかった俺があいつらに何も出来る訳がないですから」

  やはりインターハイで海星高校に負けた時の事を引きずっているようだった。

  「なら、俺に力を貸してくれ」

  「何の為に?」

  「湘南海星高校を倒す為」

  その言葉に大河は鼻で笑った。

  海星高校の実力は身をもって知っているからだ。

  「そんな事出来る訳ないでしょう、俺は海星高校の強さを知っているんですよ」

  「俺も知ってる」

  「今更バレー部に入ったきた人が海星高校の強さを知っている訳ないでしょう」

  「知ってるよ」

  「嘘つかないでください!!!」

  竜司の言葉に感情を出しながら大河は言い放った。

  「嘘じゃない、俺は元湘南海星高校のバレー部だからな」

  「な⁉︎」

  まさかの展開に大河は言葉を失ってしまった。

  だが昔のバレー雑誌を見ていた頃に聞いた名前があった。

  「・・佐原・・竜司?まさか湘南の怪物の⁉︎」

  「はは、そんな事言われてたな」

  中学生の時に見た雑誌に書いてあった。

  1年生ながらレギュラーになり、海星高校のエースと呼ばれていた人物が今、目の前にいることを。

  「分かってくれた」

  「か、仮にそうだとしても、先輩は怪我をしているんじゃないですか、2年前にインターハイの決勝で」

  「なら試してみるか?」

  そう言うと竜司はボールを掴んで砂浜を立ち上がった。

  それを見て大河も立ち上がり、向かい合うように距離を取った。

  「行くぞ」

  竜司はボールをあげて本気で大河めがけて打ち込んだ。

  (速い⁉︎それに・・・重い!!)

  正面でレシーブした大河はボールを受けて感じていた。

  ボールは竜司の頭上を通り越して行こうとした。

  「おら!」

  垂直跳びでボールを弾いた。

  (嘘だろ、砂浜なのになんて高さだよ、)

  体育館と違い床が固く反発することで高く跳べるのだが、砂浜は柔らかく反発しないので反発する力が無い為、高く跳ぶのはそれ相当の筋肉が必要とされている。

  竜司が弾いたボールを大河はキャッチした。

  「どーした?」

  「もう十分です、佐原先輩の実力は分かりました」

  「なら」

  「少し考えさせて下さい」

  首を横に振って竜司の言葉を遮った。

  大河の言葉に竜司は頷き、答えが出るまで待とうと思った。

  「あれ、佐原くん」

  「あ、志保さん」

  志保がサーフボード片手に声をかけてきた。

  そういえば志保もサーフィンをすることを聞いた気がしてた。

  「どうしたのこんな朝早くに、自主トレ?」

  「え、ええ、そんな所です、もう帰る所なんですけど」

  大河をバレー部に誘ったなど言えるはずもなく、志保の言葉に合わせた。

  「なら、うちで朝ごはんでも食べてかない、友達の子も一緒に」

 

 

 

  「ふぅー食った食った」

  「佐原先輩、なんで俺まで」

  志保の誘いに断れず竜司は大河を連行して朝ごはんを食べた。

  朝から豪華な食事を済ませて、腹が膨れた竜司と大河は縁側に座りながら休憩していた。

  「流石に断れなかったから」

  「それ理由になるんですか?」

  「まぁいいじゃねぇか」

  嫌そうな顔をして呟く大河に竜司は笑いながら答えた。

  すると前から馬を連れてくる沙羽の姿があった。

  「あれ、竜司くんどうしたの?」

  竜司の姿に気付いて沙羽がサブレを待たせて近寄ってきた。隣にいる大河は馬を見て驚いていた。

  「大河とビーチバレーやってたら志保さんに誘われて朝飯を食べた終わって、休憩してたところ」

  「そうなんだ、そう言えば良かったね、大河くん見つかって」

  「ああ、それより、朝からなんで水着なんだ?」

  沙羽の服装は下は自分で作ったであろうスカートを履き、上はパーカーを羽織っているが前を閉めていないので水着が目に入った。

  「今日のワールドミュージックの衣装だよ、どう、変じゃない?」

  沙羽は水着を着ている説明をした後にパーカーを脱いで衣装を見せつけてきた。

  大河は頬を赤く染めて目のやり場に困っていた。

  「似合ってるよ」

  「ありがと」

  笑顔で返す竜司に沙羽も嬉しそうに頬を染めて笑顔で返した。

  「サブレに乗ってもいい?」

  「え、いいけど、大丈夫?」

  「大丈夫!」

  そう言うと竜司は縁側から立ち上がってサブレに飛び乗った。

  サブレも暴れる様子もなく、おとなしくしていた。

  そのまま、竜司は馬に乗ったまま、駆け出した。

  「隣いいかな?」

  「えっ、はい」

  沙羽の言葉に大河は慌てて声を上げた。

  ゆっくりと大河の隣に腰を降ろした。

  「竜司くんってやっぱりバレー上手なの?」

  「どうしたんですか?いきなり」

  「こないだの練習試合を見た時は凄いなぁ〜って思ったんだけど、素人の眼からだからバレーやってる人たちから見るとどうなのかなって思ってね」

  沙羽の視線を感じるが大河は視線を合わせずにいた。

  視線を合わせてしまうと気まずいという事もあったがそれ以上に目のやり場に困ってしまうからだ。

  「・・・湘南の怪物」

  「湘南怪物?」

  「ええ、佐原先輩のもう一つの名と言った方がいいんですかね、先輩が湘南海星高校に入学してすぐにその名前が神奈川全土に伝わりました」

  「え?竜司くんって元は湘南海星高校にいたの?」

  転校生という事は知っていたけど湘南海星高校とは知らなかった。

  相模湾流域練習試合の時も海星高校の選手と仲良く話をしてたり、前の学校では合唱科とも言っていた。海星高校は音楽に力を入れており、合唱コンクールでは優勝を何度もしている名門高なのだ。

  そう考えると思い当たる節は色々とあった。

  「ええ、1年生エースとして神奈川のバレー界じゃ有名ですよ」

  「そんなに凄いんだ」

  「ええ、自分も佐原先輩が載ってる雑誌や試合などは何度も見させてもらいましたけど凄いの一言です、正直言って尊敬する1人でもあります」

  嬉しそうに話す大河に沙羽は自分の事のように嬉しい気持ちになっていた。

  「じゃあ、これで一緒にバレーが出来るんだね」

  「えっ」

  沙羽の言葉に無意識に視線を移すといつの間にか縁側から立ち上がっていた。

  「私からお願いがあるんだけど、竜司くんの事、よろしく頼むね」

  沙羽は森の中から楽しそうサブレに跨っている竜司を見ながら呟いた。

  「竜司くん、きっと無茶すると思うから、自分の事より、人の為なら自分を犠牲にする人だから、少しでも負担を減らして欲しいの」

  沙羽の言葉を受け止めて大河はゆっくりと口を開いた。

  「・・・俺で大丈夫ですか」

  湘南海星高校のレギュラーにも勝てなかった自分が竜司の負担を減らす事が出来るのか不安があった。

  「うん、大河くんなら大丈夫」

  その不安を取り除くかのよう沙羽は大河に視線を移すと優しい笑みを浮かべた。

  ドキッ!胸が高鳴る音が聞こえた気がした。

  頬を赤く染めて照れる大河から沙羽は視線を竜司に移した。

  「竜司くん、サブレ小屋にしまうから終わりね」

  「あいよ」

  沙羽の言葉に少し物足りなさそうだったが竜司はサブレから降りて手綱を沙羽に渡して、大河の元に向かった。

  「楽しかった」

  そう言うと大河の隣に腰を降ろした。

  「佐原先輩」

  「ん?」

  大河の言葉に視線を向けることなく竜司は返事を返した。

  「佐原先輩は本気で湘南海星高校に勝てると思っているんですか?」

  いきなりの質問に戸惑ったが竜司は大河に視線を移すとニコッと笑った。

  「もちろんだ、最後の大会で湘南海星高校に勝って、全国では西尾優希を倒して日本一になる」

  竜司の今、掲げている目標を聞いた大河は少しも不可能という思いにならなかった。

  そして沙羽の言葉を思い出して大河は決心を固めた。

  「分かりました、自分もその目標に協力させて下さい」

  「ああ、・・・ってお前」

  「ええ、バレー部に戻ります」

  いきなりの発言に竜司は嬉しかった。

  決心を固めた大河も嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

  「本当に人いないよな」

  「いるでしょう3人」

  「いたっ⁉︎」

  ワールドミュージックが始まった。

  来夏達は田島生花店の隣の小さな場所で歌を披露するのだが午前中は1人の客も来なかった。

  早めに切り上げてコンドルクインズの歌を見学をした後に午後の最後の発表をする為、ステージに上がっていた。

  午後の部には小学生が3人と田島生花店の夫婦、2人見に来てくれていた。

  それを見て大智がポツリと呟き、来夏が手に持っていたマラカスで軽く頭を叩いた。

  子供達は楽しそうにみているがその内の1人が口を開いた。

  「ちゃんと歌えよ」

  その言葉を聞いた来夏が聞こえないように沙羽に耳打ちした。

  「可愛くないのがいる」

  「来夏そっくり」

  「えっ⁉︎」

  沙羽の意地悪な発言に来夏は驚いた。

  とりあえず曲を流した。

  曲に合わせて来夏、沙羽、大智、ウィーンが踊り始めて。

  「寄せては返して行く〜〜♪波に思い馳せて♫見えるよ〜あの白い砂浜♪」

  楽しく歌って踊っているとバレー部の練習で参加出来なかった竜司が大河を連れて顔を出しに来た。

  大河は沙羽を見ると軽く頭を下げた。

  「熱い太陽の下〜♪「アロハ!」行き交う声〜〜♪行きましょ、青い海まで 」

 

 




ありがとうございます


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愛されてたり、愛されてたり。

よろしくお願いします。

今回は和奏の回となっています。


  ぼーとして海を眺めているとなぜか心が落ち着くのは何故だろう。

  広大な海を見ていると自分の考えている事がちっぽけに思えるからだろうか。

  理由は分からないがなんとなく落ち着く。

  今は海水浴の客で賑わているがそれほど気にはならなかった。

  だがふと目に入った。

  小さい女の子とお母さんが仲良く遊ぶ姿に和奏はじっと見つめていた。

  もし今、お母さんが生きていたら何をしていただろう。

  無くなって始めて気付いた事。

  そう考えながら親子のやり取りを風を感じながら見ていた。

  「和奏ちゃん?」

  後ろから声が聞こえて来たので振り返るとそこには自転車を押して、片手にはサーフボードを持って歩いている志保の姿があった。

  「ああ、やっぱり」

  「あ、沙羽のお母さん」

  「志保よ、イタッ!、はは、久々にやっちゃったよ」

  笑いながら答える志保を見てみると足に包帯が巻かれていた。

 

 

 

  怪我をしている志保を見て家まで荷物を運ぶ事にした。

  足を引きずりながら志保は自転車を押して、和奏はサーフボードを片手に持って家まで送っていた。

  「助かったー沙羽には内緒ね、もう若くないとか言うからあいつ、年々生意気になっていくよね」

  口ではそう言っているが志保の表情は嬉しそうであった。

  それを見た和奏は寂しそうに下を向いて。

  「仲、良いんですね」

  その言葉と和奏の表情を見た志保はやってしまったと思った。

  少し、気まずかったが家の近くの物置小屋に着き、自転車を止めてから物置小屋の中に入った。

  中に入ると蒸し暑い空気が感じ取れた。

  「あっつぅー」

  自分の手で煽りながら志保が入った後に続いて和奏が周りを見ながらゆっくりと足を踏み入れた。

  「ありがとう、その辺、適当に置いといて」

  志保の言葉に和奏は入り口近くに置いてあるサーフボードの隣に膝をついてそっと置いた。

  「汗かいたでしょう、風呂入ってけば」

  「いえ、大丈夫です」

  汗はかいていたがお風呂に入るまでではなかったので和奏はやんわりと断った。

  「そっか、あ、そうだ、ちょっと待ってて」

  何かを思い出した志保は物置小屋の奥に歩いて行き、待つように言われた和奏は待つ事にした。

  奥にあるダンボールを一つ取り出した。

  「なんですかそれ?」

  「私も白高だったのよ、和奏ちゃんの先輩、この辺じゃ白高か鎌高かのどっちかだからね」

  ダンボールをあさりながら志保は和奏の問いに答えた。

  そして探し物が見つかったのかゆっくりと立ち上がった。

  「ほら、これ、和奏ちゃんのお母さんじゃない?まひる先輩」

  差し出されたのは当時の学生達の集合写真のようだった。

  写真には合唱部優勝おめでとうと段幕まで写っていた。

  写真を見ていると母が写っていた。

  「お母さん」

  「でしょう、私の一個上だってのよ、そしてこっちが高倉先輩」

  写真に写っているまひるの隣にいる生徒を指差しながら続けた。

  「高倉直子って今、教頭先生でしょう」

  志保の言葉に確かにと驚きと確信した声が出てきた。

  「それ、今度綺麗にコピーしとくからまた今度取りにおいで」

  「ありがとうございます」

  若い頃の母の写真を見て和奏は嬉しそうに感謝の言葉を述べた。

  「みんな合唱部だったんですか?」

  「そうよ、それはコンクールで優勝した時の写真、お母さんから何か聞いていない?」

  その言葉に和奏は首を横に振った。

  母の写真を見てふと昔の事を思い出していた。

 

  3年前

  「病気の事、聞いてなかったのか」

  「ええ、ほらあの子受験だったから」

  高校合格通知を握り締めながら和奏は階段に座っていた。

  圭介は葬式に参列してくれた方に頭を下げていた。

  高校受験があるからと言い、母の最後の願いも聞けなかった自分が嫌で仕方がなかった。

  昔の事を思い出していると直ぐに家についた。

  圭介は店番をしていると思い、店の裏口の扉を開けようと手をかけたが今、自分がどんな顔をしているかは鏡を見なくてもわかった。

  これでは父にも心配をかけてしまう。

  いつもと変わらない表情に変え、裏口の扉を開けた。

  「お父さん、今日の晩御飯、作ろうか?」

  「おお」

  雑誌を読んでいた圭介は和奏の声に軽く驚いた。

  「じゃあ頼むよ」

  雑誌を読んでいる圭介を見て和奏は疑いの目を向けた。

  「今日、暇なの?」

  「あ、忙しいよ⁉︎」

  本当は暇だったが和奏に当てられて圭介は動揺した様子で雑誌を机に置こうとした時に雑誌が机の上に置いてあったコーヒーに引っかかり、床に零してしまった。

  その光景に和奏は昔の事を思い出した。

 

 

  病室で同じようにコーヒーを零してしまう圭介がいた。

  病室のベットに横たわっているのは和奏の母、まひるであった。

  和奏はベットの近くのイスに座っていた。

  「もう、きよつけてよ」

  「ごめん、ごめん」

  まひるに言われて圭介は零したコーヒーを拭きながら答えた。

  「倒れたって聞いたからびっくりしたよ」

  「もう、大袈裟なんだから」

  いつものように笑って答えるまひるに和奏も安堵した表情を浮かべた。

  コーヒーを拭きながら圭介は何も口にしなかった。

  今、思えば唯一真実を知っているから辛かったのだろうと思えた。

  「また、直ぐに退院できるんでしょう」

  「ちょっとコーヒーを貰ってくるよ」

  圭介は病室を後にした。

  まだ真実を知らない和奏を見ているのが辛かったのもあるがもう助からないと知っているからまひると和奏のやり取りが見ていられなかった。

  「お母さん、身体もっと大事にしてよ」

  「和奏が一緒に歌を作ってくれたら元気になっちゃうかも」

  まひるが楽譜を取り出した。

  「和奏のアイディアとか意見とか聞かせて「そんな事やってる場合じゃないんだよ、受験ももうすぐだし」」

  まひるの言葉を遮るように和奏が強めの口調で言い放った。

  まひるは少し驚いた表情で和奏を見つめた。

  「じゃあ一緒に歌おっか?ララララ〜♪」

  「そんな気分じゃない」

  またしても強めの口調で和奏が叫んだ。

  その事にまひるは少し寂しい表情を浮かべながら呟いた。

  「あんまりカリカリしてると実力が発揮できないわよ」

  「誰の所為だと思ってるの!!」

  またしても和奏は強い口調で言い放った。

  「怒られちゃった、ごめんね」

  口ではそう言っていたがどこか寂しそうであった。

  自分の所為で和奏に迷惑をかけているんじゃないかと思うと悲しくなってきたのだ。

  「私、散々酷い事、言ってたのかな」

  和奏は自分の部屋の扉の前でポツリと呟いた。

 

 

 

 

  「ぎっくり腰ですか、ええ、土日は僕が、いえ、こう言うのはお互い様ですから」

  電話をしている圭介を横目に和奏は夕飯を口にしていた。

  受話器を置いたところで和奏が口を開いた。

  「東野のおじさん?」

  「ああ、また腰だって、今度の週末、畑手伝いに行こうと思うんだ」

「うん」

  「2、3日だと思うけど大丈夫か?」

  「もう、子供じゃないんだから、晩御飯、お寿司取っちゃおうかなぁ〜」

  「ええ」

  「お父さん」

  「ん?」

  和奏は手に持っていた茶碗と橋を食卓に置いた。

  「部屋のピアノの片付けようと思うんだけど、もう私使わないし、本当に音楽を好きな人に使ってもらった方がお母さんも喜ぶと思うし」

  「・・・そうか」

  和奏の決断に圭介は寂しそうにポツリと呟いた。

  「CDも小さいものでいいし、他に入らない物も片して貰って代わりにベットでも置こうかな」

  寂しそうな表情を見た和奏は心配させないようにと口にしたが圭介の表情は晴れることはなかった。

 

 

 

  次の日の朝.

  キッチンでドラの餌を置き、夏休みの補習に出掛けるため、自分の机に置いてあったカバンを取りに向かった。部屋に入ると昨晩まとめた荷物で部屋を埋め尽くしていたが、和奏は気にせず自分のカバンを肩にかけた。

 カチャ!カチャ!とカバンに着けていたキーホルダーが目に入った。

 母が作ってくれたキーホルダーを見つめて初めて作ってくれた時のことを思い出した。

 「出来たぁ~」

 嬉しそうに両手の平に乗せて見せたが、何回か確認した和奏は首を傾げて。

 「何これ?金魚?」

 「くじら!」

 「はは、金魚だよ、金魚!」

 「くじら」

 「金魚ぉ~」

 楽しそうにとび跳ねたり、部屋の中を駆け回りながらまひるの作ったくじらのキーホルダーを金魚と言ってはしゃでいた。

 こうなると何を言っても埒が明かないと思ったまひるはいいことを思いついた。

 「じゃあ、間をとってイルカさんかな~」

 そう言うと和奏はまひるに抱きついて、手に持っているキーホルダーを見て。

 「イルカさん歌ってるの?」

 「そうよ、ララ~♪ララララ~」

 楽しそうにまひるは歌った。

 

 

 

 和奏はカバンからキーホルダーを外して、ピアノの上にそっと置いた。

 これでいいんだよね?

 いつまでも過去にしがみついていたら前には進めないんだから。

 自分に言い聞かせるように心の中で何度も呟いた。

 そして部屋を後にした。

 階段を下りたところで外に置いてあった花を玄関に入れていた。

 予報では今日は大きな雨雲が接近していて大雨が降る。

 その為だろう。 

 和奏は靴を履き、外にいる圭介に「いってきます」と声をかけた。

 「和奏、部屋の荷物、今日、取りくるからな」

 「・・・うん、いってきます」

 少し考えたが和奏はいつもと変わらない表情で答えた。

 

 

 

 

  今日はなんだか集中できなかった。

  補習授業の内容も全く頭に入ってこなかった。

  ずっとピアノとイルカのキーホルダーが頭に浮かび上がってくる。

  何故だろう。

  ずっと自問自答をしていた気がする。

  補習授業も終わって和奏は荷物をまとめて駆け足で教室を出て、階段を降りようとした。

  「和奏〜」

  自分の名前を呼ばれて振り返ると階段の上に来夏と沙羽が立っていた。

  「こないだのバトミントン大会の打ち上げをするんだけど」

  「田中の奢りでね」

  「ごめんね、今日忙しくって」

  まさか断られるとは思っていなかった来夏と沙羽は少し驚いた。

  「えっ、でも和奏の分のケーキも買ってあるよ、ケーキだけでも食べていったら、こんなでかいイチゴのやつ」

  「ごめんね、またね」

  そう言って、和奏は駆け足で階段を降りていった。

  それを見て来夏はしょんぼりと小さくなった。

  「イチゴ嫌いだったのかな」

  「それはない!」

  イチゴが大好きなのは一緒に喫茶店とかに行った時に沙羽はしっかりと和奏がショートケーキのイチゴを美味しそうに食べているのを見ているからだ。

  イチゴが嫌いじゃないともしかしたら。

  「私うざがられてる」

  「・・・それはちょっとあるかもねぇ〜」

  「ええっ⁉︎」

  「という訳なんだけど、竜司くんは何か知ってる?」

  バトミントンの打ち上げを終えた沙羽は自主練をしている竜司の元に来て事情を説明した。

  「理由は知らないな、そう言えば最近会ってないしな」

  柔軟をしながら竜司は呟いた。

  「竜司くんも知らないか」

  「和奏だって色々考えているんじゃないのか?」

  「やっぱり何かあったのかなぁ」

  「あんまり詮索はするなよ」

  「どうして?」

  「下手したら余計に和奏を苦しめるかもしれないだろう、今はそっとしといてやるのが一番じゃないのか?」

  柔軟を終えて立ち上がりながら竜司は呟いた。

  やっぱりそうかなと沙羽も考えていた。

  あんまり、人には知られたくない事なのかも知れないと考えていたからだ。

  「そうだ沙羽、前みたいにボールを投げてくれ」

  「もう、それどころじゃないでしょう」

  「心配なのは分かるけど、和奏から話してくれなかったらどうにもできないだろう、こういう時は体を動かすのが一番だよ」

  そう言うとボールカゴを持ってきて沙羽に渡した。

  バレーバカと小声で呟いた沙羽は思い切り力を込めて竜司の顔面に投げ抜いた。

  それを簡単に竜司はレシーブをした。

  いつからか沙羽は1発でいいから顔面に当ててやると思いながら何十球も投げつけた。

 

 

 

 

  自主練も終わり、辺りはすっかりと暗くなっていた。

  おまけに土砂降りの雨が降り注ぎ、風も暴風のように吹き荒れていた。

  「降ってきちゃった」

  「カッパ持ってるか?」

  「うん」

  自転車通学をしている沙羽なら今日の天気も予想していただろう。

  こんな中、1人で帰らせるのは危険だと思った竜司は送ってくと言おうとしたがちょうど携帯が鳴り響いた。

  携帯を確認すると竜司は焦った表情で携帯をしまい、自転車にまたがった。

  「悪りぃ沙羽、急用ができたから先帰るは、きよつけて帰れよ」

  「ちょっと竜司くん⁉︎・・・行っちゃった、もうこんな雨の中1人で帰らせる気、てかカッパ持ってきてないのかな」

  カッパも着ないで走り出した竜司を見て大丈夫かなぁと沙羽は思った。

 

 

 

  夜の9時

  玄関が開く音が聞こえた。

  誰か来たのかな、お父さんかなぁと思いながら、自分の部屋に倒れるように寝ている和奏はうっすらと瞼を開けた。

  身体が熱い、身体が怠い。

  そういえば熱があったんだ、だからお父さんにメールをしたんだった。

  中々、部屋に来ないなと思いつつも和奏は身動き一つ取らず、瞼を閉じた。

  しばらくして部屋の扉が開いた。

  「和奏!大丈夫か」

  やっと来てくれた。

  肩を抱いて上半身を起こされながら和奏は呟いた。

  「・・・お父さん」

  うっすらと瞼を開けてみるとそこには父とは違う人物がいた。

  「誰がお父さんだ」

  「えっ・・・竜司くん、どうしてここに?」

  まさか父とは違う人物がいることに和奏は驚いたが熱もあって表情には出せなかった。

  「お父さんにメールしたつもりなのか、間違って俺に送ってたぞ」

  「嘘、ごめんなさい」

  「いいから、横になってろ、薬は飲んだのか?」

  「ううん」

  起き上がろうとする和奏を抑制して竜司は荷物の中から薬と水を取り出した。

  「ほら」

  上半身を起こして竜司は和奏に薬と水を飲ませた。

  飲んだのを確認してゆっくりと畳に寝かせた。

  「布団を敷くから布団は何処にある?」

  竜司の問いかけに和奏は押し入れを指差した。

  竜司は静かに押し入れから布団を取り出して敷いた。

  和奏に声をかけようかと思ったが既に眠りに入っている。

  しょうがないかと思いつつ、和奏を抱き上げて布団の上にゆっくりと降ろした。

 

 

 

  真夜中に和奏はゆっくりと瞼を開けた。

  時計を確認すると夜中の2時を少し回った所であった。

  さっきとは違い、身体の怠さはだいぶ良くなった。

  薬が効いて効いて来たのだろう。

  部屋を見渡すと竜司の姿はなかった。

  それもその筈だ。

  こんな時間までいる訳がないかと自分を納得させた。

  暗闇に1人。

  寂しい気持ちが一気に込み上げてきた。

  でもそれはしょうがない。

  でも寂しい。

  その気持ちが心の中で暴れている。

  「目が覚めたか」

  部屋の扉が空き、良く知った安心する声が聞こえた。

  「り、竜司くん⁉︎何してるの?」

  「何って看病だよ、こんな状態で1人にしとく訳にはいかないだろ」

  その言葉に和奏は心の中があったかくなって行くのを感じた。

  「でも、風邪を移すと行けないし、だいぶ身体も楽になったからもう大丈夫だよ」

  と言いながら本当は1人にしないで欲しいと思っていた。

  行った後で自分のバカ!と心の中で叫んだ。

  竜司は静かに和奏のおでこに手を当てた。

  「あっ」

  ひんやりとした手の感触が伝わってきた。

  「まだ、熱があるな、明日、坂井さんに連絡するまではいるからゆっくり休め」

  竜司は静かに手を離した。

  「うん、ありがとう」

  ゆっくり休めと言われたが竜司の事が気になって目が冴えてきた。

  竜司は暗闇の中に1人でポツリと座っている。

  「眠れないのか?」

  いきなりの言葉に和奏は驚いたが「うん」と小さく呟いた。

  「なんかあったのか?」

  「どうしたのいきなり?」

  「来夏と沙羽が心配してたぞ、最近、元気がないって」

  学校ではそんな表情は見せていないつもりだったがすっかりばれていたようだ。

  和奏は一つ息を吐いて口を開いた。

  「私ね、お母さんが大事にしてたピアノやキーホルダー全て手放したの、いつまでもかわれない気がして」

 「・・・和奏」

 「お母さん、なんで私に病気の事、私に話してくれなかったのかな、そうしたら約束だって守れたかもしれないし、もっと優しくできたのに・・」

 「約束って歌を作ることか」

 「・・・うん」

 竜司は和奏の胸の内を聞いてしばらく黙った。

 そしてゆっくりと口を開いた。

 「病気の事を話したら和奏はお母さんに優しくするだろう」

 「うん、だって!!」

 声を上げようする和奏に竜司は手で抑制した。

 「お母さんは和奏に優しくして欲しかったんじゃないんだ、病気の事を言ったらお前は同情するかもしれない、お前が思っていなくてもお母さんはそう感じてしうのが嫌だったんじゃないか、本当は優しい和奏なのに、なんだか違くみてしまう自分が嫌だったんじゃないのか、それにお前に迷惑が掛かる事が嫌だったんだ」

 「そんな事ない!!私だって子供じゃない!」

 「分ってるよそんな事、だから和奏を傷つけてしまうかもしれない道を選んだんだ」

 「どうして」

 「約束したんだろ、お母さんと和奏と一緒に歌を作るって」

 「だったら教えてくれれば一緒に「悲しい別れの歌か?」」

 「えっ?」

 「違うだろ、お母さんが作りたかった歌は悲し歌じゃない筈だ、きっと楽しさや、優しや、強さがありふれた歌だと思う、その歌を聴いて和奏はお母さんを思い出せるように、和奏を一人にしない為にな」

 竜司の話を聞いて和奏はしばらく布団で顔を隠した。

 布団からは「くうっくっくっううっうっあっあっ」こらえつつも泣き声が聞こえてきた。

 推測の話だったがこれで良かったのかなと竜司は暖かく心の中で呟いた。

 竜司は今は一人にした方がいいかなと思い静かに部屋を後にした。

 

 

 その後、和奏は圭介に母が病気について教えてくれなかった理由を聞き、お母さんとの思い出もピアノも音楽も捨ててしまったことに後悔をした。

  だが、捨てたと思っていた思い出もピアノも圭介が持っていた。

  母の愛情を知り、もう一度、音楽を始めて、圭介から渡された未完成の歌を作り始めるのであった。

 




ありがとうございます。

2話分を一つにまとめたのは無理があったかなぁ〜・・。


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思い出だったり、夏だったり

よろしくお願いします


  夏休みが終わり、新たに新学期が始まった。

  夏休みの間は旅行に行ったり、海に行ったり、友達と遊んだり、みんな様々な思い出が詰まっているだろう。

  学生として1番のメインイベントと言っても過言ではないだろう。

  そんな中、高校3年になっても夏休みを堪能出来ていない人物が1人いた。

  教室に行ってもみんなは夏休みの思い出を楽しそうに話をしている。

  それを聞いて、自分は夏休みが楽しい思い出になったかなんてわからなかった。

  新学期が始まって、半日授業、夏休みの宿題を提出して、部活を行う。

  「大河〜夏休みの思い出とかあるか?」

  部活終わりに家の帰り道の近くにあるコンビニでアイスをかじりながら竜司が大河に呟いた。

  「そうですね、海に行ったり、朝まで遊んだぐらいですかね」

  「お前は夏休みを夏を満喫してるな」

  「急にどうしたんですか?」

  なんかいつもより元気が感じられない竜司を見て大河が呟いた。

  「高校生活最後の夏休み、俺は何一つ満喫してないんだよ」

  「はぁ〜そんな事ですか」

  少し真剣に考えていた自分が馬鹿らしくなって、頭が痛くなってきた。

  「そんな事って、お前な」

  「夏を満喫したいなら彼女と遊べばいいじゃないですか?いるんでしょう付き合えそうな人」

  夏と言えば恋、大河はそう思っていた。

  「そんな人俺にいるのかよ」

  その返しに大河はもしかしたらこの人はバカなのか?と思えてきた。

  「何にも分かってないんですね、先輩、結構モテるんですよ」

  「そうなのか?」

  「ええ、噂では音楽科の上野っていう人や沖田さんとかと付き合ってるんじゃないかって言われてますよ」

  「なんだそれ」

  自分が知らない所でそんな噂が流れているとは知らず竜司は苦笑いを浮かべた。

  「夏を満喫したいなら彼女を作るから、それかお手頃で言えばBBQとかですかね」

  「BBQかぁ〜」

  彼女を作るのは諦めるとしてもBBQなら簡単に出来るな。

  「よし、今度の日曜日、BBQをやろう」

  「日曜日って、部活はどうするんですか?」

  「午前練だから午後からやればいいだろ、そうと決まれば人を集めるか」

  「ちょっと先輩」

  BBQをやると決めた竜司は楽しそうに自転車を漕いで1人先に行ってしまった。

  この人についていって大丈夫なのだろうかと大河は痛くなってきた頭を押さえた。

 

 

 

 

  「おはよう」

  「あ、きたきた」

  教室に入り、朝の挨拶を済ませると来夏が笑顔で口を開いた。

  朝から沙羽の机に来夏と和奏が集まっていた。

  笑顔でいる和奏を見て、もう心配はいらないかなと竜司は思った。

  沙羽の後ろが竜司の席、荷物を置くと前の席に集まっていた女子達が集まってきた。

  理由は一つだろう。

  「BBQ、私達参加ね」

  やっぱりBBQの事だ。

  昨日の夜、BBQをやりたいとメールで知り合い全てに送っていた。

  「よし!」

「竜司にしては気がきくじゃん」

  「来夏、失礼だよ」

  「何処でやるの?」

  「海で午後からやろうと思ってる」

  「いいね!」

  海でBBQ、これぞ夏だろう。

  来夏は嬉しそうに声を上げた。

  「道具とかはあるの?」

  「一応、サッカー部の武と太郎が持ってるから準備してくれるって」

  「誰が来るの?」

  「一応、色々誘ったけど、サッカー部の武と太郎にバレー部は大河と光輝、それに誠、後、大智とウィーンは確定だったかな」

  昨日のメールの返信を思い出しながら竜司が呟いた。

  「楽しみだなぁ〜」

  「BBQしたら海で泳ごうよ」

  「来夏、クラゲが出るよ」

  「クラゲがなんぼのもんじゃい」

  椅子に片足を力強く起き、叫んだ。

  「刺されても知らないからね」

  呆れた様子で沙羽は呟いた。

  せっかく海でBBQをやるんだから海に入りたいのは当然だが、クラゲに刺されたら元も子もないだろう。

  まあ、浜辺で遊ぶぐらいなら大丈夫だろうと沙羽は心の中で呟いた。

  「とりあえず、お前らには手伝って貰いたい事があるんだ」

  嬉しそうな笑顔で何かを企んでいる竜司に来夏達は首を傾げた。

 

 

 

  「うわー広い!!」

  「一人暮らしなのにわりと綺麗なんだね」

  土曜日の夜、明日のBBQに備えて今夜は下準備をする為、竜司は来夏達に協力を求めた。

  始めて竜司の部屋に入った来夏と沙羽は部屋の中を見渡している。

  対照的に和奏は顔を少し紅く染めて、静かに立っていた。

  それに来夏が気付いた。

  「和奏〜どうしたの顔紅いよ、体調悪いの?」

  「う、ううん、大丈夫だよ?」

「何で疑問系?」

  まさか、一回家に来た事があって、しかも泊まったなんて言えない。

  明らかに動揺している和奏に来夏は疑問を抱いた。

  その和奏の表情を見て、沙羽は悲しく視線を逸らした。

  「何騒いんでんだ、とりあえず、2組に分かれて野菜と肉に串を刺す係とおにぎりだったりその他諸々を作る係に分かれよう」

  「私、お肉刺す係がいい」

  「私はどっちでもいいよ」

  「私もどっちでも」

  「じゃあ、来夏と俺で肉を刺すから和奏と沙羽はおにぎりを作ってくれ」

  役割分担が決まったところで作業に取り掛かった。

  机の上に肉と野菜(和奏の家からの差し入れ)を置き、ビニール手袋を装着して、肉と野菜を交互に刺し始めた。

  「うわ!このお肉柔らかい、何処のお肉?」

  「これは静岡の伊豆牛だ」

  お肉の柔らかさに感動しながら竜司と来夏は喜んでいた。

  一方、キッチンではビニール手袋を装着して炊かれたご飯を一生懸命、おにぎりを作っている。

  「和奏、上手だね」

  和奏が作っていく綺麗な三角のおにぎりを見ながら沙羽は少し形が崩れている自分のおにぎりを見ながら呟いた。

  「そんな事ないよ、ただ料理はお母さんがなくなってからずっとやってから」

  少し悲しい表情を浮かべていたが雰囲気は前の時と全然違った。

  それには沙羽も嬉しく感じた。

  「ねぇ和奏」

  「ん?」

  沙羽はおにぎりを作る手を止めて和奏に呟いた。

  和奏は炊飯器から自分の手にご飯を乗せながら口を開いた。

  「竜司くんの家に来た事あるんだ」

  「ええっ⁉︎ないよ⁉︎」

  明らかに動揺してご飯を炊飯器に落としている和奏を見て沙羽は可笑しくなって軽く微笑んだ。

  「和奏、分かりやすい」

  ここまで分かりやすい人がいるなんて思わなかった。

  和奏らしいと言ったら和奏らしい。

  「実は1回だけね」

  和奏は竜司が熱を出して看病していた時の事を全て話した。

  別に隠していた訳ではないが女子として口にしにくかっただけだ。

  「だから様子がおかしかったんだ」

  沙羽は軽く微笑んだ。

  もう!と言いながら和奏は炊飯器からまたご飯を手のひらに乗せた。

  「・・・和奏は竜司くんの事が好きなの?」

  「え?」

  再度、和奏はご飯を炊飯器に落とした。

  沙羽の言葉に顔が真っ赤になる和奏を見て、可愛いなとも思えた。

  気づくと沙羽もおにぎりを作る手を止めて、じっと和奏を見つめていた。

  「・・・好きだと思う」

  沙羽の真剣な眼差しに和奏も誤魔化さずに答えた。

  「思うって?」

  好きと断言しない和奏に沙羽は表情一つ変える事なく問いかけた。

  「まだ、自分の気持ちが分からないの、でも竜司くんと一緒にいると何故か心があったかくなるの、この感情はきっと恋だと思ってるから」

  それは間違っていないと沙羽が1番に感じた。

  和奏の言う事はなんとなく分かる気がする。

  真剣な表情を崩して笑顔を作った。

  「頑張れ!・・おっと」

  いつもの感じでお尻を叩こうとする沙羽であったが、手にはおにぎりがあり、叩くわけにはいかないと判断した。

  「でもどうして竜司くんなの?」

  沙羽から見ても和奏は十分に可愛い。

  そんな彼女なら他にいい男はいっぱいいるだろう。

  口にはしなかったが沙羽はそう思う事にした。

  「竜司くんはいつもふざけて笑っているイメージだったんだけど、自分の事より人の事を優先して、時にそれが優しさだったり、救ってくれたり、何より、私を救ってくれたから」

  和奏はあの時の夜中の事を話した。

  母の気持ちを汲み取って勇気を付けて、また音楽を初めて見ようと思わせてくれた人。

  私にとっては大事な人。

  だから安心して頼れる。

  だから一緒にいると心があったかくなるのを感じる。

  「なんか得した気分」

  「どういう事?」

  沙羽の笑顔の言葉に和奏も軽く微笑んで口を開いた。

  「そのままだよ、来夏には内緒にしとくからね」

  「うん・・・ありがとう」

  来夏に知られるという事は白浜坂高校全ての生徒に話すような事。

  和奏はそれだけは避けたかったので沙羽の言葉に救われた。

  ただ一つ不安が心の中に残っている。

  どうしてこんな事を聞くのだろう。

  真剣な表情を浮かべていたが、すぐにいつもの沙羽に戻った気がした。

  もしかしたら・・・・沙羽は・・・。

  和奏は改めておにぎりを作りながら一つの不安を抱いた。

 

 

 

 

  「よし!大河行こうぜ」

  シャワー室から出てきた竜司が廊下で立ちながら携帯をいじっている大河に声をかけた。

  今日は念願のBBQ、朝からテンションが高い竜司はバレーの練習も人一倍真剣に取り組んでいた。

  汗だくの身体をシャワーで流してまずは誠と光輝と合流する為、光輝の家に向かう。

  光輝達とと合流した後でBBQに参加する形となっていた。

  大河を連れて、自転車置場に向かいながら竜司はポケットの中に財布がない事に気が付いた。

  「やべ、財布部室に忘れた、取り入ってくるから先に光輝の家に先に行っててくれ」

 それだけ言い残して竜司は駆け足で部室に向かっていった。

  部室に到着して、中を調べると床に茶色の長財布が落ちていた。

  良かった、良かったと言いながら財布を拾ってポケットにしまい、部室を後にした。

  急いで自転車置場に戻ると大河の姿は無かった。

  「佐原くん」

  竜司も光輝の家に向かおうとすると後ろから声をかけられた。

  振り返るとそこには自転車を押ているみどりの姿があった。

  「上野、今帰りか?」

  「うん、この時期は忙しくないの」

  「そっか次のイベントは文化祭か?」

  「ううん、次は合唱コンクールかな」

  「ああ、合唱コンクールか」

  海星高校にいた時にそんな話を聞いた気がする。

  「ええ、今は歌う歌を決めてる所だから、今は発生練習が主にやってるよ」

  「発生練習か基礎は大事だからな」

  「本当だよね」

  確かにと思ったみどりは頷き、そしてため息を一つ吐いた。

  「どうした?」

  「声楽部の1、2年生は基礎の大切さを分かってくれてないの、センスはあるんだけど」

  どうやらみどりは今の声楽部より、来年の声楽部の事を気にしているようだった。

  基本を出来ない奴はいつか壁にぶつかった時に乗り越える事が出来ず崩れ落ちてしまう。

  その事はみどりは理解しているようだった。

  「いい先輩だな」

  「そんな事ないよ」

  「そうだこの後、時間空いてる?」

  「この後?ちょっと待って」

  カバンの中から携帯を取り出して予定を確認した。

  「大丈夫だよ」

  「だったら今からBBQするんだけど、上野も来ないか?合唱部の奴だったり、バレー部の奴とかいっぱいいるんだけどさ」

  「合唱部がいるのに私が行っても大丈夫?」

  合唱部は部活をやめた来夏が作った部活だ。

  来夏とは仲は良いが他の人達からして見れば声楽部は合唱部をバカにしていると思われているかも知れない。現に声楽部の何人かはバカにしている。

  その事を知られていたらみどりも気まずかった。

  「やっぱり、気にはなるんだ」

  「少しわね」

  「でも心配するような事は起きないから大丈夫だよ」

  竜司に言われてそれもそうだよねとみどり思った。

  「じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」

  「よし!」

  「とりあえず、家に帰って着替えてから行くね」

  「おう、それか一緒に行くか?」

  「そうして貰えると助かるかな」

  竜司に言われて安心はしたが1人で行くとなると少々心細い。

  竜司の提案に乗る事にした。

  「よし、じゃあ行こうか」

  「うん」

  竜司とみどりは自転車にまたがって漕ぎ始めた。

 

 

 

  海では着々と準備が進んでいた。

  あらかじめ竜司の家の鍵を受け取っていた来夏達は11時ぐらいに下準備をした材料を取りにいき、BBQを行う海岸に来ていた。

  多い食材を3人で手分けして持ち運ぶと既に武と太郎で準備は終わっていた。

  「お疲れ様」

  荷物を置きながら来夏が呟いた。

  2人ともお疲れと返し、食材を見た。

  「うわ、結構あるな」

  「食べきれるかな」

  「大丈夫、竜司君が全部食べるよ」

  食材の多さに驚いた2人に沙羽が声をかけた。

  竜司の大食いさを知っている2人は沙羽の言葉に成る程という表情を浮かべた。

  「ねぇ焼いてみようよ」

  「ダメだよ来夏、全員揃ってから」

  後は焼くだけという状況に来夏は早く始めたくてしょうがなかったが今回の主催者でもある竜司が来るまではと和奏が注意した。

  「はは、大丈夫だよ、試しに焼いてみようか」

  「流石〜太郎、たまにはいい事言うじゃん」

  「たまにはってなんだよ」

  笑顔で太郎を賞賛する来夏だった。

  網の上に串になっているお肉と野菜を置くと美味しそうな音が聞こえてきた。

  「おお〜」

  その音に来夏は感動に似た声を上げた。

  それには沙羽も和奏もクスッと笑った。

  しばらくして串の部分をタオルで巻いて太郎は来夏に渡した。

  「いただきます」

  焼きたてのお肉を一口で食べた。

  「ん〜美味い!」

  口の中に広がる香ばしい肉汁と柔らかいお肉、こんなお肉は今まで食べた事がないんじゃないかというほど美味しかった。

  「和奏も食べる?」

  「こら、野菜の所も食べないとダメだよ」

  串には肉、野菜、肉、野菜、肉の順番に並べてある。

  野菜があまり好きではない来夏は人にあげるという事で野菜を食べないという手段に出たのだが、沙羽にはばれていた。

  「もうやってるのか」

  大智とウィーンが遅れてやってきた。

  「試しに焼いているだけだよ」

  「これが、キャンプファイヤーか」

  「違うから」

  「今度ちゃんとした本買いに行こうな」

  BBQの道具を見たウィーンがバックの中から本を取り出して呟いた。

  それに慣れている合唱部はいつもの事かと思いながらツッコミ、それに慣れていない太郎と武は空いた口が塞がらない状態であった。

  「焼けてるからどんどん食べて」

  汗を流し流しながら武がお皿に乗せて持ってきた。

  それに美味しそうにかぶりつく来夏と大智とウィーン。

  肉を食べると美味いと微笑んだ。

  武と太郎は汗を滴らせながらお肉を焼いている。

  それを見て沙羽が紙コップを2つ取り出して烏龍茶を注ぎ、手に取った。

  「暑いなかお疲れ様」

  「「あ、ありがとう」」

  沙羽の優しさに嬉しそうな笑みを浮かべて烏龍茶が入った紙コップを受け取った。

  その烏龍茶を2人は大切そうに口に含んだ。

  「沙羽、竜司君達遅いね」

  「そうだね、そろそろ来ると思うんだけど・・・あ、大河くんが来たみたい」

  海岸の椅子の上に腰を降ろしながら和奏が呟いた。

  沙羽も隣に座って返したがそろそろ竜司達も来る頃だろうと思い、振り返ると後ろから大河らしき人が歩いてきた。

  「お疲れ様です」

  大河が沙羽に挨拶を交わしたが来たのは大河と光輝と誠だけだった。

  「あれ?竜司くんは?」

  「佐原先輩、誰か迎えに行くから先に行ってろってメールが来ました」

  太郎を迎えに行った後に大河の元に竜司からメールが入っていた。

  太郎の家で待つ事をやめて2人は先に向かったのだ。

  「そっか、じゃあ先に始めちゃいな」

  「分かりました」

  部活でお腹も空いているだろうと思った沙羽が3人に声をかけた。

  光輝は初めて話す人ばかりであったが誠や大河が上手く会話を振り、仲良く楽しんでいるように見えた。

  「それにしても竜司くん遅いね」

  呆れた様子で沙羽が呟いた。

  「・・・沙羽」

  「ん?」

  海岸にある石を軽く蹴りながら和奏の声に沙羽が気にした様子もなく返した。

  和奏は唾を飲んで口を開いた。

  「沙羽ももしかして竜司「あ、きたよ」

  和奏が言いかける途中に沙羽が言葉を挟んだ。

  沙羽の声に全員が視線を向けた。

  竜司は自転車を走らせていた。

  「あれ、って・・・上野さん?」

  来夏が目を細めてみると竜司の自転車の後ろにみどりが乗っていた。

  みどりは自転車から落ちないように竜司にしがみついており、その光景を見た和奏と沙羽はムッとした表情を浮かべた。

  自転車を降りて手にはビニール袋を持って歩いてきた。

  「上野さん!」

  「宮本さん」

  みどりが来たことで来夏は嬉しくて大きく手を振り、それに淑やかに手を振って返した。

  「遅くなったな」

  ビニール袋の中身を置いて竜司が呟いた。

  「おい、これって」

  ビニール袋の中身を確認した太郎と武が慌てた様子で声を上げた。

  それもその筈、中にはサザエと鮑がたくさん入っているからだ。

  「上野の実家が漁師やってていつも食べきれないぐらい送ってくれるからって貰った」

  「良かったら食べて下さい」

  「ありがとうございます!!!」

  高級食材に男達の声が上がった。

  「ほら、竜司」

  「ありがと」

  「上野さんも」

  「ありがとう」

  全員の手にコップが行き渡った所で乾杯をした。

  全員が焼けた肉にかぶりつく。

  空腹の腹を満たしていく。

 太郎 「おい、鮑、スゲー美味いぞ」

 大智 「ウィーンそれ俺のだ」

 ウィーン 「早い者勝ちだよ大智」

 光輝 「大河、肉喰いすぎ」

  誠「俺のも残しておけよ!」

  来夏「上野さん、美味しいね」

 みどり 「うん、こんな美味しいお肉初めてかも」

  和奏「上野さん、ピアノ専攻なんだよね」

  みどり「そうだよ」

 和奏 「今度渡しにピアノ教えて」

 みどり 「うん、いいよ」

 沙羽 「良かったね和奏」

  来夏「こら誠!それ私の!」

  誠「知らないよ」

 来夏 「・・・みんなに言うよ」

  誠「お姉様、どうぞ」

 来夏 「よろしい」

  大河「何の事だよ」

  誠「うるさい!」

  沙羽 「ウィーン、そのお肉まだ赤いよ」

 ウィーン 「大丈夫だよ、ミディアムレア」

 沙羽 「お腹壊しても知らないからね」

  太郎「大智、烏龍茶取って」

  大智「ほら」

  武「サザエうまぁ!」

 みどり 「良かった、一杯食べて下さい」

 武 「はい!」

 

  みんな楽しそうに話をしている。

  良かった。

  竜司の心の中に思った言葉。

  あれ?何の為にBBQを開いたんだっけ?

  まあいいか。

  当初の目的とは違うがこれもいい思い出になるから。

  竜司は一口肉を食べてそう思った。




ありがとうございます


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当たったり、悪い予感だったり

よろしくお願いします


  ピィピィ!

  体育館に試合を終える笛が鳴り響いた。

  千葉第三高校との練習試合が終わった。

  午前中のみで1セットも落とすことなく練習試合は幕を降ろした。

  これまで夏休みの間、竜司と大河が言い出し50セット試合も1セットも落とすことなく終わっていた。

  これまで行った試合を思い出しながらスコアノートに目を通しながら顧問の菊川響子はため息を零した。

  昨日の相手もそうだが今まで戦って来た相手は地区3回戦に残れるぐらいのチームだが、竜司が加入し、大河も戻ってきた事もあり、既に地区3回戦のチームは相手にならない程、強くなっていた。

  神奈川県では高校の数が多く、予選を行い上位10チームが県大会へ行き、各6地区から10チーム程集まり、トーナメントを行う。

  春高は地区関係なく4チーム総当たりを行い、上位2チームが決勝トーナメントに出場し、6回勝てば優勝だ。

  今年の白浜坂高校は湘南海星高校を倒すつもりでいる。

  その為には練習試合を多く組み、経験値を積ませる事だが中々強い相手とは試合ができていなかった。

  高校総体でベスト8に入ったが今回が初めてでまだ名前は売れていない。

  強豪校にお願いをしても断られ、中堅高では相手にならない。

  経験値を積ませたいのだが上手くいかなかった。

  響子は職員室で頭を悩ませていた。

  響子自身も伝手はなく困っていた。

  「失礼します」

  職員室の扉を開けながら来夏が入ってきた。

  「菊川先生、授業の鍵を返しに来ました」

  「ありがとう宮本、その辺に置いといて」

  響子の専門は英語。

  今日は英語の授業で視聴覚室を使ったので、鍵を返しに来たのだ。

  来夏は言われた通りに鍵を置いてそっと響子の険しい顔にきずいた。

  「先生どうしたの?凄い剣幕で綺麗な顔が台無しだよ」

  「あら、そんな風に見えた」

  「うん、あんまり悩みを抱えると皺が増えておばふぁんになしゃうよ」

  「おばさん言うな」

  来夏が口にしようとした事に気が付いた響子は頬を片手で挟んだ。

  来夏の口からごめんなさいと聞こえたので手を離した。

  「でも本当にどうしたんですか?」

  来夏の心配してる瞳に響子は理由を話した。

  理由を聞いた来夏はなるほどと言いながら考えた。

  「強いチームなら湘南海星高校とかはどうですか?」

  「あのねぇ〜天下の湘南海星高校がこんな一般高と試合してくれる訳ないでしょう」

  それに転向して来た竜司の立場だってある。来夏はそれを知らない。

  そう考えると頼めない。

  「私達が聞いてみましょうか?」

  「何か嫌な予感がする」

  「大丈夫ですよ、先生は大船に乗ったつもりで待ってて下さい」

  「ちょっと、宮本!」

  そう言い放った来夏は響子の言葉など耳にも入っておらず走って職員室を後にした。

  まぁただの女子高生が何かできる話ではないかと思い、部費の確認をしながら練習試合の相手を探し始めた。

 

 

 

 

  改めて合唱部に入部した和奏は誰よりも合唱部の練習に真面目に取り組んでおり、部員の発声練習を主に指導している。

  和奏が来る前は来夏が来なかったら練習は行わなかったが今は違う。

  来夏がいない状態でも和奏の指導の元、練習を行っている。

  今も職員室に行って、いない来夏の代わりに指示をしっかり行っている。

  ガラガラ!と音楽準備室の扉が開く音がした。

  「遅いよ来夏」

  「ごめん、和奏」

  「何かいい事あったのか?」

  音楽準備室を開けるなりニヤニヤした表情を浮かべている来夏に大智が問い掛けた。

  「分かった、身長伸びた?」

  「あんたねぇ〜」

  意地悪そうな表情で答える沙羽に来夏は呆れた様子で返した。

  いつもなら、「おい!」とか言って来るのに今日は何故かいつもと違う態度に本当に嬉しい事があったんだなと沙羽が思った。

  「それで何があったの?」

  「まぁまぁ落ち着きたまえ、諸君」

  和奏の言葉に焦らないでゆっくりと歩き出した来夏は椅子に腰を降ろした。

  なんか気持ち悪いぐらいに上機嫌だなと全員が思った。

  今の来夏に何を言っても無駄だと思った全員は次の言葉を待つことにした。

  「私、決めた」

  「・・・・」

  「・・・・」

  「・・・何を?」

  私、決めた!と言った後に何か言葉があるんじゃないかと思ったが会話はそこで終わっていたらしい、たまらずウィーンが口を開いた。

  「それは内緒」

  「何それ」

  「ここまでもったいぶって言わないつもり⁉︎」

  「まぁまぁ、詳細は今度メールで送るから待っててね、さぁ、今日も元気よく練習を始めよう」

  沙羽のドs振りな発言にも臆する事なく来夏のにやけが止まる事はなかった。

  結局、来夏は金曜日の夜までにやけ顔が止まる事はなかった。

  そして金曜日の練習の後に来夏から1通のメールが届いた。

 

  発信者 宮本 来夏

 

  宛先者 沖田 沙羽、坂井 和奏、田中大智、ウィーン、佐原 竜司

 

  件名 合唱部の練習について

 

 

  土曜日の練習は学校を離れて朝9時に湘南駅前の噴水の前に集合❗️

  持ち物はサングラスやマスク、服装は私服で!!!

 

  それではおやすみ〜 

 

 

 

 

 

  土曜日の朝9時。

  噴水の前に沙羽と和奏が立って待っていた。

  遅刻組は和奏と沙羽が乗って来た1本後の電車に乗っていると連絡があった。

  ちなみに竜司はバレーの練習の為、欠となっていた。

  8月も終わりにさしかかっているが暑さは7月と変わりが無いように思うほど暑かった。

  沙羽と和奏は駅の中でソフトクリームを買い食べながら待っていた。

  「それにしても何をするつもりなんだろう」

  アイスを一口舐めた沙羽が呟いた。

  「そうだよね、本当に合唱部と関係あるのかな」

  「うーん、一応あるんじゃない?」

  「でもこれ、何に使うつもりなんだろう」

  和奏はバックの中からサングラスとマスクを取り出した。この2つが音楽と何の関係があるのかは不明であった。

  「そうだよね、昨日の夜からずっと考えたんだけどなんにも思いつかなくて」

  「そう言えば高橋先生、子供産まれたらしいよ」

  「私も聞いた、帰りに赤ちゃん見に行こうよ」

  「うん、行きたい」

  こないだの学校の話をしながら時間を潰していると9時10分に電車が到着した。

  駅からにやけ顔した来夏と大智とウィーンが歩いて噴水に向かって歩いてきた。

  「お待たうぇ⁉︎・・・何すんのよ」

  「遅刻した罰が半分とにやけ顔がムカつくから」

  沙羽は手に持っていたソフトクリームを来夏の口に押し付けた。

  来夏はコーンの所を歯で受け止めてから手にした。

  「まぁまぁ、それより来夏、今日は何するの?」

  「無駄だよ、電車の中でずっと聞いでたけど教えてくんないんだよ」

  「後のお楽しみってやつだね」

  遠い所まで来たのだからそれなりの大事な事が今日あるのだろうと思った和奏は今日の目的を訪ねたが大智とウィーンが言うように教えてくれなかった。

  「とりあえずついてきて」

  それだけ言って来夏はコーンを齧りながら歩き出した。

  大丈夫かなぁ〜と来夏の背中を見ながら思った4人の足取りは重かった。

 

 

 

 

 

  「10分休憩!」

  体育館に響子の声が響きわたった。

  一息つきながらスポーツドリンクを口に含み、汗をタオルで拭いていた。

  「竜司、今日は合唱部の練習はないのか?」

  「今日はなんか湘南駅に集合して何かやるみたいですよ」

  汗を拭きながら響子の問いに答えた。

  「湘南駅?そんな遠い所で何をするつもりなんだ?」

  「それが俺にもよく分からないんですよ、来夏が決めたんですけど教えてくれなくて」

  「まさか、湘南海星高校に」

  「ああ、練習試合の件ですか?」

  月曜日に来夏とのやり取りを響子から聞いた竜司は何を考えているか直ぐに分かった。

  「・・・まさかな」

  「そうですよ、いくら来夏でも・・・」

  互いに歯切れが悪かった。

  何かを仕出かすのは来夏の十八番だ、だが他校に乗り込むほどバカじゃないだろう。

  でも来夏だ。

  「・・・心配し過ぎですよ」

  「ああ、そうだな」

  互いに納得する答えがなかったがとりあえずその事は考えない様にした。

  だが、嫌な予感がするのは何故だろう。

  その気持ちを払拭するかのように竜司は練習に戻った。

 

 

 

  湘南駅から徒歩15分で来夏の足が止まった。

  それに合わせて来夏の後ろを歩いていた沙羽達の足も止まり、今ここが何処にいるかを確認した。

  正面から見て左右に5回建てのビルのような建物が建っており、周りにも大きな建物がいくつも存在した。

  何処だここはと思った沙羽が周りを見渡すと校門らしき所に湘南海星高校と書かれていた。

  待って⁉︎これが学校なの⁉︎

  白浜坂高校より遥かに大きい。

  噂では聞いていたけどこれほどまでとは思っていなかった。

  違う、そんな事より何をするつもりなの?

  「来夏、あんた何をするつもりなの⁉︎」

  「何をって?」

  「何をって、じゃなくてここ、湘南海星高校だよ⁉︎」

  今いる所が湘南海星高校と言う事に気付いた和奏、大智、ウィーンは驚いた表情を浮かべた。

  唯一、来夏は言うと。

  「知ってるよ、だって今日はここに用事があって来たんだもん」

  軽く答える来夏に沙羽は頭が痛くなってきた。

  「よ、用事って何をするつもりだよ⁉︎」

  軽くビビっている大智は緊張した様子で口を開いた。

  「目的は2つ、1つは菊川先生の悩みの解決」

  「悩み?」

  「うん、バレー部の練習試合をする相手を探しているんだって、だから直接お願いしに来たのと、ここからが本命なんだけど、お願いしたついでに湘南海星高校の合唱部の練習をスパイしようと思って」

  にやにやしながら答える来夏に沙羽、和奏、大智は本当に頭が痛くなっている気がした。

  湘南海星高校の合唱部はコンクールでも最優秀賞を何度も受賞している音楽の名門と言っても過言ではないだろう。その練習を盗み取れれば声楽部にも勝てるかもしれないと来夏は思っていた。

 お気楽な頭で考えているのは来夏だけではなく、 スパイと言う響きにウィーンは楽しそうにしている。

  「まさか、サングラスとマスクを持ってこいって言ったのは」

  「うん、潜入する為だよ」

  これで謎が1つ解けたと和奏は思った。

  「良し、それじゃあ行こうか」

  「こら待ちなさい!」

  軽い足取りで校内に入ろうとしていく来夏とウィーンを止めるように沙羽が声を出したが今の2人の耳には入らないようだ。

  追いかけるように沙羽が走り出し校内に入ると校門にある守衛からストップがかかった。

  「君達、何処の生徒さんなんだい?この学校の生徒じゃないだろう?通行許可証は持っているの?」

  守衛がいる事は全く考えていなかった来夏は校内に入ることなく敷地外に追い出されてしまった。

  「もぉぉ、少しくらいいいじゃんよ」

  事情を説明し和奏が謝りを続ける後ろで来夏が頬を膨らませていた。

  「駄目に決まっているでしょう」

  「ほんとお前はいきなり突拍子のない事をするな」

  他校の生徒が勝手に校内に入るのは駄目に決まっている。

  そのくらい分かるだろうと思いながら沙羽と大智が呆れた様子で来夏を見ていた。

  「来夏、諦めちゃ駄目だ、きっと上手くいく方法がある」

  「おぉ、ウィーン作戦会議だ」

  「バカが2人もいると疲れる」

  2人で盛り上がっている様子を見ながら沙羽が溜息を1つ吐いた。

  「あれ?坂井は?」

  「本当だ、さっきまで守衛さんと話をしてたのに」

  和奏の姿が消えた事に気付いた大智と沙羽がキョロキョロ辺りを見渡すが姿は何処にもなかった。

  「何処に行ったんだろうって・・こら!待ちなさい」

  「おい、沖田、待ててって」

  沙羽と大智の一瞬の隙をついていつの間にかサングラスとマスクを着用している来夏とウィーンは校門を駆け抜けた。

  それを追いかけるように沙羽が走り出して少し遅れて大智が走り出した。

  「こら!!待ちなさい」

  堂々と校門を駆け抜けたのは守衛もしっかりと確認しており、後を追いかけた。

  一方、和奏は学校の周りをゆっくりと歩いていた。

  口には出さなかったが和奏も湘南海星高校には興味を持っていた。

  それにここならあの事が聞けるかも知れないと踏んでいた。

  先ほどの守衛の様子からして正面から進入するのは諦め、他の入り口がないか探していた。

  だがいくら歩いても2メートル程の擁壁が続いており、中に入る道などなかった。

  諦めようと思った時に擁壁からフェンスに変わっている場所を見つけた。

  フェンスに手を掛けてこのくらいならいけると思った和奏は軽い身のこなしでフェンスをよじ登って敷地内に入り込んだ。

  幸いにも人目につかない所で助かった。

  「まずは体育館を探さないと」

  これだけ広い敷地から和奏の目的の場所を探すのは困難だったが諦める訳にはいかなかった。

  しらみ潰しに探そうと歩き始めた時であった。

  「おい、お前」

「ひぃ⁉︎」

  突然、声をかけられて驚きの声が上がった。

  「堂々と進入するなんていい度胸してるな」

  「ごめんなさい!」

  荒い声が聞こえて来て和奏は振り返ると共に頭を下げた。

  「あれ?君は確か白浜坂高校の生徒じゃない?」

  「えっ⁉︎」

  自分の事を知っている口ぶりに驚いた様子で顔を上げるとそこには見知った顔があった。

  「ほら、やっぱり」

  「確か、バレー部のキャプテンの方と竜司君と一緒に試合に出てくれた・・・」

  「達也だよ、ちなみにキャプテンは薫だよ」

  そうだ、仲良さそうに竜司くんと喋っていた人達だ。

  見知った顔にホッと胸を撫で下ろした。

  「そういえば練習試合の時にいたな、なんだスパイか?」

  「そういう言い方はよしなよ、怯えてるでしょう、ただでさえ顔が怖いんだから」

  「・・・顔が怖い?」

  達也の言葉に軽く薫が傷ついた。

  それには和奏も吹き出しそうになったがここは我慢した。

  「今日はどうしたの?」

  「実は・・・」

  来夏の目的を言った方がいいのか、自分の目的を言っていいのか和奏は悩んだが直ぐに解決した。

  「竜司くんについて教えて欲しくて来ました」

  「竜司について?」

  「はい、竜司くんは元々、ここのバレー部だったんですよね、どうして転向したのか知りたくて」

  その言葉に薫と達也は目を合わせて少し黙ったが直ぐに口を開いた。

  「そんな事を聞いてどうするつもりだ」

  冷たく低い声が薫の口から零れた。

  その問いかけに答えを持っていなかった和奏は口ごもった。

  「大した理由もなく他人を詮索するな、理由もない奴に教える義理もない、分かったらさっさとここから出て行け」

  強めの口調で薫からの言葉を浴びせられた。

  薫の言う通りだ。

  そんな事を知ったところで何かをする訳ではない、そんな事は和奏が1番理解していた。

  それでも。

  「行くぞ達也」

  「いいよ、教えてあげる」

  「おい!達也!」

  薫とは打って変わり達也は口調を変えることなく口を開いた。

  「・・・本気か?」

  「うん、悪いけど部活には先に行ってて」

  「・・・わかった、早く戻ってこいよ」

  それだけ言い残して薫はその場から走り出して離れた。

  「じゃあ、場所を移動しようか」

  「はい」

  達也の言葉に頷いてゆっくりと歩く達也の後ろについて行った。

 

 

 

 

  「ふぅー練習終わった」

  「はい、佐原先輩」

  ハードな練習が終わって床に座り込む竜司に大河がスポーツドリンクを渡した。

  ありがとと言いながら受け取り、スポーツドリンクを一口、口に含んだ。

  大会まで後2ヶ月弱だ、今は基礎体力トレーニングを主にやっている為、他の選手達はぐったりと仰向けで倒れている。

  サッカー部で鍛えた竜司と普段からビーチバレーで鍛えた大河の2人は激しい体力トレーニングでもまだ余裕があった。

  「なぁ、大河、照はやっぱり戻ってこないか?」

  大河の他にもう1人だけ呼び戻したい選手がいる。

  最初は竜司が呼び戻すつもりだったが大河が自分に任せてくれと言うので手を引いていた。

  「何回も声はかけているんですけど、あと何かきっかけがあれば」

  手応えは感じていない訳ではないが難しいと言った所であった。

  「そっか、最悪、9月までに戻ってこなかったら諦めるしかないな」

  9月になればチーム練習も入ってくる、9月が過ぎてからではチームの色が変わっている今のチームと合わせるのは厳しいところがあった。

  それは大河も分かっていた。

  「まぁさん後はお前に任せるはそれより対人やろうぜ」

  「はい」

  立ち上がり、ボールカゴからボールを取り出して竜司と大河が距離をとった。

  「良し行くぞ」

  ボールを高く上げた所で体育館の扉が音を立てて開く音がした。

  「竜司!」

  自分の名前が呼ばれたので高く上げたボールをキャッチして振り返ると響子が険しい表情で立っていた。

  「どうしたんですか?」

  「宮本のやつ、やりやがった、いいからお前も早く来い」

  まさか嫌な予感が的中したのか、そう思いながら竜司は体育館を後にした。




ありがとうございます


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新しかったり、続いたり

よろしくお願いします


湘南海星高校校門に1台の車が止まった。

止まったというよりは守衛に止められたと言った方がいいだろう。

窓を開けて守衛が近付いて来るのを待った。

「通行許可証を持っていますか?」

「持ってないけど見逃してくれねぇ」

「あれ、竜ちゃん⁉︎」

「久しぶりだね、馬場さん」

元々湘南海星高校の生徒である竜司は守衛の馬場と親しかった。その事もあり、特別に中に入れてもらう事となった。

車を止めて校舎内に入り、来夏達がいる職員室に向かって歩き出した。

「それにしても綺麗な学校ね」

廊下を歩きながら響子が珍しそうに呟いた。

湘南海星高校は全国でも有名な高校の1つ、その理由は校舎の広さだ。

より良い環境で勉学に励み、多くの有名大学に排出している。

「ここが職員室です」

職員室の前に来ると響子は最後に自分の服装を確認して職員室の中に入った。

「すいません、白浜坂高校の教諭をしております菊川と申しますが」

近くにいた先生に声をかけて、白浜坂高校という単語にここに来た理由を悟った。

「ああ、生徒さん達ならこちらにいますよ」

職員室の向かい側に生徒指導室があり、響子は扉を2回ノックして扉を開けた。

扉の中では椅子に座りながら楽しそうにお喋りをする来夏達と湘南海星高校側の先生がいた。

「宮本!!」

「あれ、菊川先生」

少し声を荒げたが来夏には全く意味がなさそうであった。

「沖田に田中、貴方達が付いていながら何でこうなるの」

「「すいません」」

呆れた様子で呟く響子に椅子から立ち上がって深々と頭を下げて謝罪を述べた。

「柏木先生、色々、ご迷惑を掛けてすいませんでした」

竜司は響子の横をすり抜けて先生に深々と頭を下げた。

それを見て響子も深々と頭を下げた。

「この度はうちの生徒がご迷惑をお掛けしてしまい大変申し訳ありませんでした」

「いいんですよ、顔を上げて下さい、話は色々と聞かせて貰いました」

話?もしかして。

「練習試合お願いします」

やっぱり。

まさか来夏の言う通りになるとは。

「こちらこそよろしくお願いします」

「希望とすれば明日がいいんですが」

「明日ですか」

明日の日曜日の予定は午後からバレー部の練習となっている。午前中なら湘南海星高校にお邪魔して、午後からならば白浜坂高校の体育館が使える。

「ええ、出来れば午前中、うちの体育館でどうでしょう?」

「私達は大丈夫です」

「ありがとうございます、では試合は午前中10時から3セットマッチでお願いします」

「3セットマッチですか」

試合の1セット平均辺り30分が目安となっており、試合で換算すると約1時間かかる。

普段の練習試合なら多くても6セットは行えるのだが、3セットマッチと区切られた事に響子は違和感を抱いた。

「ええ、こちらの都合で申し訳ありませんが明日は千葉遠征が入っており、そちらにも伺わないと行けないもので、後、大変申し訳ないんですが相手は2軍でも構いませんか?」

響子はチラリと竜司に視線を移した。

それに合わせて竜司は小さく頷いた。

「大丈夫です」

「それでは明日よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

深々と互いに頭を下げた。

「それでは私達はこれで失礼します」

「また、遊びにおいで」

生徒を連れて生徒指導室を後にしていった。

「全く、次やったら承知しないわよ」

「すいません」

車に戻って呆れた様子で響子が呟いた。

それに対して来夏が頭を下げて謝罪を述べた。

「まぁ、今回は宮本のおかげで上手くいったから見逃してあげる」

優しい表情で微笑む響子に来夏も笑顔を向けた。

「じゃあ、帰りましょうか」

「待って下さい、まだ和奏がいません」

「和奏も一緒だったかのか?」

「うん、目を離した隙にいなくなっちゃて」

沙羽の言葉に響子は本当に頭が痛くなってきた。

すぐに電話をするよう伝えた。

「和奏、校門にいるみたいです」

沙羽の言葉に竜司と響子はホッと胸を撫で下ろした。

とりあえず車に乗るよう促し、湘南海星高校を後にしようとした。

「竜司、ちょっといいかしら?」

助手席に乗ろうとした竜司を響子は呼び止めて、みんなの声が届かない所まで離れた。

呼び止められた竜司は何だろうと思いながら響子の言葉を待った。

「練習試合の件、どう思う?」

先ほどからずっと引っかかっている事があった。

何故、湘南海星高校が練習試合を受けてくれたのかだ。明日、千葉遠征があるなら無理に練習試合を組む必要性はないだろう。ましては3セットマッチと言う特別なルールを作ってまで練習試合を行う理由が響子には理解出来なかった。

もしかしたら竜司なら何か気づいているのではないかと踏んでいた。

「・・・あくまで推測ですよ」

「構わないわ」

やはり何か気づいているようだった。

竜司は息を1つ吐いて口を開いた。

「恐らく、湘南海星高校はうちを恐れているんでしょう」

「あの海星高校が?」

「ええ、夏休みの練習試合の時も海星高校のマネージャーが何回か見に来ていましたから」

「そうなの⁉︎」

全く気づかなかった…。

「ええ、まぁ、相模湾流域練習試合で勝ってますし、目的は分かりませんけどね」

竜司は分からないかも知れないが響子はすぐに分かった。

白浜坂高校は夏のインターハイで湘南海星高校に負けてるからと言ってもい2軍相手に力の差は言うほど大きく開いているようには響子は感じていなかった。

だが、そのチームに元湘南海星高校のエースが加わったとなれば話は変わるだろう、湘南海星高校は白浜坂高校を恐れているのではなく、佐原竜司に恐れているんだ。

何て子なの…。

たった1人の加入で他校の目が変わるとは思えないが、竜司にはその力があると言う事を思った。

「まぁ、あくまで推測ですけどね」

「・・・待って、仮に恐れているとしてもどうして2軍が相手なのかしら?私だったら1軍を使って本気で倒して苦手意識をつけるけど」

響子の言葉に竜司鼻で軽く笑った。

「恐れているとは言っても2軍で十分という事ですよ」

「1軍を出すまでもないと言うことね」

「ええ」

「舐めた真似してくれるじゃない、明日は本気で勝ちに行くよ」

「そのつもりです」

竜司の推測があっているかは分からないが1つはっきりした事があった。

湘南海星高校は私達を完全に舐めているという事。

だったら本気で勝ちに行くしかない。

そう響子は結論付けた。

 

翌日の日曜日。

湘南海星高校の体育館に白浜坂高校の生徒が訪れた。

「でけぇ〜」

ここの体育館は1階に1階は,食堂・多目的運動場・売店トレーニングルームがあり、2階には4コートある広い体育館、3階には,1周245mのランニングコース・観覧席があり,大きなアリーナ全体を見渡せのだ。

このような大きな体育館でバレーボールを行うことが多い白浜坂高校のメンバーは浮足立っていた。

その中でも竜司と大河は落ち着いた様子でシューズの紐を結び始めた。

「こんにちは、白浜坂高校の方でしょうか?」

「ええ、そうです」

「私、海星高校バレー部でマネージャーをやってます島崎 杏子《しまざき あんこ》です、控え室に案内します」

杏子の後に着いて行くように全員が控え室に向かった。

「さあ、アップ開始よ」

控え室に荷物を置いてから体育館に戻り、すぐさま響子から指示が飛んだ。

いつもよりも迫力に凄みを感じる、きっと昨日の件で舐められた事が気に入らないだろう。

竜司たちは慌ててアップを開始した。

柔軟を行い、コートの中を円を描くようにランニングを始めた。

「さて、今日はどんなメンバーで行こうかしら」

ランニングをしているメンバーを見ながらポツリと呟いた。

夏休みの間ずっと試合を行ってきたが固定メンバーは決めていなかった。

あらゆるポジションを試し、選手もセット毎に違う選手を投入して来た。

相手が湘南海星高校でましてや勝ちに行く以上、今日のメンバーが春高予選で戦うレギュラーにしたかった。

竜司、大河、光輝は確定だ。

それを軸にしてうまく使い分けようかも悩んでいた。

「あー!」

いくら悩んでも答えは出てこなかった。

苛立ちが交じった声を上げた。

それに選手達は響子に視線を向けた。

ガラガラ!

体育館の扉を開ける音が体育館に響いた。

「あれが2軍か」

中に入ってきた選手達を見て竜司がポツリと呟いた。

見知った顔は誰もいなかった。

汗を吹き出しながら湘南海星高校の選手達は体育館に入り、最後に一平が体育館に入ってきた。

それを見た響子が柏木監督の元に駆け足で向かった。

「柏木監督、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします、試合は予定通り、10時からで大丈夫ですか?」

今の時間は9時半、アップ済ませた竜司達はパスを始めている。

確認してから響子は口を開いた。

「構いません、よろしくお願いします」

それだけ言い残して一平は竜司達の隣のコートに歩いて行った。

響子も自分達選手の元に戻って行った。

 

「準備はいいわね!相手は今までとは違うわよ、今の1、2年生はインターハイであのチームに負けたんだから、リベンジしてきなさい!3セットマッチの1発勝負、最初から飛ばしてこい!」

「はい!!」

「メンバーはこれでいくよ」

試合が始まる直前に選手達は響子の元に集まった。

響子の発言に1、2年生の表情が変わった。

そしてレギュラーの発表をホワイトボードに書いてみんなに見せた。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

海野 WS 大河OP 塩崎C

鮫島C 光輝S 竜司WS L嵐山

「よし、倒れまで戦ってこい!!」

「うしゃあああああ!!!」

ベンチの塩田以外が大きな声を出してコートに入っていった。

いよいよ、湘南海星高校との練習試合が始まる。

 

「ふぅー間に合ったね」

「誰のせいよ、誰の」

竜司の応援に駆け付けた来夏達5人はギャラリーの最前列に座った。

本当はもう少し早く来る予定であったが案の定、来夏の寝坊に試合開始ギリギリの到着となってしまった。

「それにしても意外にギャラリーって多いんだね」

たかが練習試合だが湘南海星高校の制服を着ている生徒がギャラリーに座っていた。

さすが天下の湘南海星高校だろうか。

和奏はポツリと呟いた。

選手達はネットを挟んで互いに拍手を交わしている。

その中で沙羽はある人物に視線が行った。

「あ!」

「どうしたの沙羽?」

「ううん、なんでもない」

驚きの声を上げた沙羽に和奏は首を傾げた。

まさか、あの時にあった人がこんな所にいるとは・・・。

 

握手を交わした竜司は沙羽と同じように驚きの声を上げていた。

「久しぶりですね、佐原先輩」

「あはは、2軍だったのね」

「あの時の借りはしっかり変えさせていただきます」

まさかコンビニで沙羽に絡んでいた奴が2軍にいるとは竜司も少し驚いた。

あの時の出来事に対してまだ根に持っているようだった。

握手を終えた後は各ポジションについて試合開始の笛を待った。

ピィー

サーブ開始の笛だ。

サーブは湘南海星高校から始まる。

スパイクサーブが竜司に向かって飛んでくる。

竜司は腰を落としてレシーブした。

トン!

ボールは綺麗な弧を描いてセッターの元に返っていく。

大河は一旦ライトに動き、すぐに身体を反転させ、クイックの後ろに回り込んだ。

時間差攻撃を繰り出すつもりのようだが光輝の選択は大河ではなかった。

ライト側のアタックライン前にトスを上げた。

1発目は竜司のバックアタックだ。

「なっ⁉︎」

スパイクを打とうとする竜司の先にきっちり揃った3枚のブロックがそびえ立っていた。

完全にブロックを振ったと思っていた大河はその光景に驚きの声を漏らした。

打ち込んだスパイクはブロックの手と手の間を通り抜けてコートに突き刺さった。

1点目は白浜坂高校の得点だ。

喜ぶみんなの輪の外で光輝は大河を呼び止めた。

「バレバレだったか?」

「いや、組み立ては悪くなかったが完全に読まれていたな、運良く手間を抜けたけど、ブロックされてもおかしくはなかったな」

「・・・そっか気よつけるよ」

いつもと違う表情の光輝に違和感を感じた。

鮫田IN 嵐山OUT

塩崎のサーブ。

フローターサーブが軽く揺れながら相手コートに入っていった。

それを綺麗にレシーブして、相手はセッターが後衛のため、3枚攻撃だ。

ブロックが散らばり、攻撃を待っていた。

ゆったりとしたレフトのトス、大河と鮫田のブロックがタイミング良く飛ぶが鮫田の右手の横をボールが飛んでいく、インナーにボールが突き刺さった。

インナーに構えていた海野は身動き1つ取れなかった。

「おけおけ、次行こう」

次のサーブもジャンプサーブ。

竜司の正面にボールが飛んでいく、きちんとセッターに返し、鮫田のクイックが決まり、2ー1。

次は大河のサーブ、左利きの大河のジャンプサーブがコートに勢い良く飛んでいくが惜しくもコート外に落ちた。

「あー!!クソッ!!!」

2ー2

次のサーブも竜司の正面、

きちんとセッターに返した光輝は大河のバックアタックを選択した。

ブロックは1枚、得意のストレートに打ち込み、決まった。

3ー2

これで竜司が前衛に上がった。

海野のサーブがコートに入っていくが簡単にレシーブされ、切り替えされる。

次のサーブも竜司の正面、セッターに返して、光輝は迷う事なく竜司に高いトスを上げた。

竜司は高く飛び、二枚目のブロックの横狙い、打ち込んだ。

ドン!!

コートに突き刺さった。

一瞬だが会場が静寂に包まれたが、すぐに歓声が上がった。

だが湘南海星高校に焦りの表情1つ見えなかった。

これに竜司は違和感を抱きながら試合を進めた。

試合は一進一退と進んでいった。

白浜坂高校がスパイクを決めると湘南海星高校がスパイクを決めてくる。

竜司が決めれば、相手のエースが決める。

大河が得点すれば、相手のライトエースが得点する。

光輝のツーアタックが相手コートに落ちると、相手もツーアタックで返してくる。

23ー23

「しゃあ!!!」

竜司のスパイクがブロックに当たり、そのままアンテナに当たった。

24ー23

白浜坂高校のマッチポイントだ。

光輝がサーブを打とうとエンドラインまで下がる間に竜司は前衛の大河と塩崎に小さく呟いた。

「次、レフトに3枚行くぞ」

レフトに3枚行くぞというのは相手のレフトに3枚ブロックで仕掛けるという事、瞬時に理解した2人はコクリと頷いた。

ピィー

光輝がサーブを打ち、ボールはセッターの元に返った。

竜司、塩崎、大河の順番でレフトブロックに着いた。

そして竜司の読む通りにレフトにトスが上がった。

ボールを囲むようにブロックに飛んだ。

相手のエースは特に気にする事なく、スパイクを打ち込んだ。

竜司の手の平に当たり、ボールは相手コートのアタックライン内に勢い良く返っていった。

ピピィ〜

25ー23

1セット目は白浜坂高校が先取した。

ベンチに返りながら竜司は不快な気持ちを抱いていた。

1セットを先取して喜ぶ傍ら竜司は荒々しくイスに座った。

ペシ!

「イタッ⁉︎」

「物に当たるんじゃない」

竜司の態度に響子は軽く頭を叩いた。

「完全に舐めれらてるわね」

「ええ」

「どういう事ですか?」

2人の会話についていけず鮫田が口を開いた。

「簡単な話よ、相手の攻撃はこっちが攻撃した場所にトスを上げてくる、レフトなら相手はレフト、バックアタックならバックアタック」

「あっ」

言われてみれば確かにそうだ。

「それにサーブカットも竜司しかボールに触っていない、完全に相手は1セット遊んでいたのよ」

良く見てるなぁと竜司は思いながら頷いた。

「本番はここからよ、次のセットはサーブを攻めていきましょう、竜司と大河はミスしてもいいから攻めていきなさい、フローター陣はコースを狙っていきなさい」

「はい!」

元気良く返事をする選手の外で1人ベンチに座って顔を下げている光輝の響子の目に入ってきた。

「光輝、聞いてる?」

「えっ」

ふと我に返った光輝の顔は汗がいつもより尋常じゃないぐらい出ていた。

大丈夫か?と心配する声も出た。

「水分はきちんと取った?」

「はい」

「お前、もう空じゃないか、飲み過ぎだ、足がつるぞ」

「大丈夫だよ、ほら」

大河の指摘を否定してから、ベンチから立ち上がり、軽くジャンプをした。

だが2、3回、ジャンプした所で光輝の顔が曇った事を響子は見逃さなかった。

「待ちなさい、光輝、あなた足がつり始めてるわね」

「いえ、大丈夫です」

「嘘はつかない、緊張でいつもより疲労が溜まっり、水分の摂り過ぎよ」

呆れた様子で響子が口を開いた。

「でもどうするんですか?」

唯一のセッターが試合に出れない。

そうなれば他の選手で行うしかないが、ベンチにいる塩田にはセッターは出来ないだろう。

ここで光輝を下げるという事は試合の負けを意味する事だ。

「水木、あなたレフトに入りなさい、そしてセッターは君達に任せるわ」

そう言うと響子は竜司と大河の肩に手を置いた。

それに竜司と大河も驚きの表情を浮かべた。

「本気ですか、先生⁉︎」

これに対して大河が口を開いた。

「しょうがないでしょう、うちでセッターが出来るのは大河と竜司しかいないもの」

どうやら響子はツーセッター制を用いるようだ。

ツーセッター制は、2人のセッター兼スパイカーを擁し、後衛がセットアップするので常に3枚の前衛スパイカーを使えるフォーメーションであるが、理論的には最善の方法だ。でも、完全な形でこれを実現するのはなかなか難しいこと。ただでさえ、時間のかかるセッターの育成を、2人分行わなければならないことがまずある、通常の1セッターで行う練習時間を2人で半分ずつにすることになるので、技術の習熟が中途半端になりがちです。また、同時にスパイカーとしての練習をこなさなくてはならないため、セットアップ・スパイクの技術がどちらも未成熟という可能性があるからだ。

これは響子も考えていたフォーメーションだ。

「まあ、光輝がいつ怪我するかも分からねぇんだ」

竜司の言葉に大河も不服だが納得した。

ピピィー

ここでセット間3分のインターバルの終わりを告げる笛が鳴り響いた。

コートに入りながら大河はギャラリーに視線を向け、ある男を探した。




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戻ってきたり、説得されたり

よろしくお願いします


湘南海星高校に1セットを先取した事にギャラリーの一角では拍手と歓声が上がっていた。

久しぶりにバレーの試合を間近で観戦した事に来夏達は面白いと思っていた。

「あれ?大河、こっちを見てない?」

喜んでいる中、2セット目が始まる直前に来夏は大河の視線に気が付いた。

離れているのでどこを見ているのかは確証はなかったがこっちを見ているような気がしていた。

「分かった〜沙羽を見ているんだ、うーん恋だねー」

来夏は冗談交じりに呟いた。

そんな事あるか!と沙羽のツッコミを貰い、和奏やウィーンは微笑んだ。

だが大智だけは後ろを振り返り、大河が見ている人物を見つけた。

「ちょっと行ってくる」

それだけ言い残して大智は前列席から後席に足を運んだ。

どうしたんだろうと全員が見つめる中、2セット目の開始の合図にコートに視線を移した。

「おーい、観戦か?」

「大智、まぁそんなところだよ」

「照、いいのか試合に参加しなくて」

「俺は引退したんだ」

「そうだったな」

その言葉に大智は苦笑し、照の隣に腰を降ろした。

田中照、元バレー部の主将で大河と同じくインターハイが終わり、引退を決意した選手であり、唯一の3年生だ。

1年生の時に同じクラスだった大智とは仲が良く、スポーツの話で良く盛り上がった仲である。

「・・・セッターが変わったな」

ポツリと呟いた声に大智はコートに視線を移すと1セット目から出ていた光輝ではなく、竜司がトスを上げている事に気が付いた。

「何かあったのか?」

「分からないが光輝がベンチに座っているという事は大きな怪我じゃなさそうだな」

ベンチに座って、下を向いている光輝を見ながら照が口を開いた。

元々セッターではない選手がセットアップなど、普段しない動きをするということはそう簡単な事ではないだろう。

竜司が大河にトスを上げ、腕を振り抜くと相手の2枚ブロックに捕まり、点を失った。

「トスワークが下手だな、まぁ、無理はないか」

冷静に分析をして、今の竜司の一連のプレーにダメ出しをした。

次に竜司はレフトにトスを上げ、海野は腕を振り抜いたが、完璧には手にあたらなかったがそれが相手の予想とは異なり、ボールはコートに落ちた。

「よし!」

大智は小さくガッツポーズを決めた。

だが照は怪訝した表情でコートを見つめていた。

トスの精度は悪くないがそのトスは海野の好きなトスか?最初の大河のトスもそうだがスパイカーの事を考えてトスを上げているのか?

照にはそう思わせるトスであった。

相手のレベルが低ければそれでもいいだろうがいくら2軍とはいえ湘南海星高校相手ではそれでは簡単に決まらないだろう。

「次は大河と見せかけて、もう一回レフトかな」

「えっ?」

大智は先を見据えた照の言葉を疑ったが、結果はレフトにトスをあげた。

「そしてブロックに捕まる」

ボールは相手のブロックに捕まり、真下に落ちた。

「・・・お前」

どうしてそんな事が分かるんだよ。

「このセットは勝てないな、まぁ、3セット目に光輝が戻ってきても勝てはしないだろうがな」

「どうしてだ?1セット目は取っただろう」

冷静な分析に大智は首を傾げた。

「1セット目は様子を見られていたんだよ」

「そうなのか⁉︎」

「ああ、簡単に言えば遊ばれていたんだよ」

そんな事も気付かなかったのかと言われているような気がした。

1セット目を先取した事で喜んでいた自分が馬鹿のようだった。

「お前・・・バレーやりたいんじゃないのか?」

「何言ってんだよ、俺は引退したんだぞ」

「でも戻れるだろう」

それには照も返す言葉がなかった。

インターハイで湘南海星高校に敗れてから照は自分のバレーの下手さにムカついていた。

確かに相手は全国常連校だ、勝てる確率は低いだろうが、それでも希望は捨てていなかった。

だが戦った相手は2軍、今コートで戦っているメンバーだ。

1軍に負けたなら分かる、だが相手をバカにしたかのように控えメンバーで試合をする事に照は気に食わなかった。

絶対に勝って、1軍を引きずり出してやると思っていたが、結果は及ばなかった。ましてや2セット目は3軍を出される始末。

白浜坂高校バレー部に入部してから照は打倒湘南海星高校と心の中で目標を掲げていたが現実はそんなに甘くなかった。

自分の下手さに、弱さに嫌気がさしていた。

だから引退を決意したんだ。

その後、相模湾流域練習試合で湘南海星高校に勝ったと聞いた。

バレー部を辞めたはずの大河が戻って、打倒湘南海星高校と言っていると耳にした。

その為には自分の力が必要だと言われた。

でも断ってきた。

だが、大河から竜司という元、湘南の怪物が入部し、湘南海星高校に勝てる希望が出てきたと知らされ、せめて今日の練習試合は見に来て欲しいと言われた。

「だが・・・あんな思いをさせられるのはごめんだ」

「・・・照」

「俺にはもう、あそこでバレーをやる資格がないんだ」

「ふざけた事、言ってんじゃねぇ!!!」

照の言葉に大河が怒声を上げた。

「そんなプライド捨ててさっさと部に戻れよ!バレーが好きなんだろう!バレーがやりたいんだろ!」

「俺には・・・もう」

「お前はまだ高校バレーをやれるチャンスがあるじゃねぇか!!!俺は試合に負けて、もう白浜坂高校でバドミントンをやる事すら出来ないんだ、お前にはまだ戻る場所があるだろう」

「・・・大智」

そういえば昔もこうやって互いの気持ちをぶつけていた事があったな。

同年代の人は誰もいなくて心が折れそうな時はいつも叱ってくれてたよな。

でも・・・。

「・・・悪い」

「照!」

握りしめていた拳を照に向かって振り下ろそうとしていた。

「はい、タンマ」

振りかぶった手を止めた沙羽が呆れたように口を開いた。

「少し落ち着いて田中」

「・・・沖田」

沖田の言葉に大智は我に返って、拳の力を抜いた。

沙羽の後ろからヒョコっと和奏が現れた。

「照くんだよね?」

「あ、ああ」

「私もね、同じように好きなものを諦めようとしたの、でもね、あそこにいる来夏やウィーン、それに沙羽や田中のおかげでもう一度音楽をやって見ようと思う事が出来たの、自分の気持ちに素直になれたの、照くんもきっとそうだと思う」

「俺は」

「好きな事に理由はいらないよ、前に竜司くんがそう言ってた、最初は簡単に思ってたけど今ならその言葉の意味も分かる気がする」

和奏の言葉に照は目を閉じて考えた。

中学から始めたバレー。

辛くて、苦しい時もあった。

でも、楽しかった。

試合になれば今までの辛い、苦しい練習も忘れられた。

瞼の裏にはそう映っていた。

「ありがと」

いきなり立ち上がり、照は一言残してその場から立ち去った。

言葉の意味からしてきっと大丈夫だろうと思った3人は微笑みを浮かべた。

試合は14ー8と白浜坂高校が負けていた。

やはり、新しいフォーメーションでいきなり本気を出した湘南海星高校には無理があった。

でもこの作戦しか打つ手がなかった。

仮にどちらか一方を固定してしまうと攻撃力が半減してしまう、他の誰かをセッターにおいても、トスは大河と竜司に集まってしまう。

そうなれば相手のブロックがしっかりとついてくる。

いくら竜司や大河でも洗練された湘南海星高校のブロックを潜り抜けて得点を奪う事は難しいだろう。

ああ、こんな時に照がいてくれたら。

響子はそう思うしかなかった。

「先生!」

声がする方に振り向くとそこには照が立っていた。

「照!あなた・・・」

「俺を試合に出して下さい」

部活を引退すると言い、我が儘な事は百も承知だが照はこの場に現れた。

真剣な眼差しで響子を見つめる。

その瞳に響子は全てを理解した。

「準備はいいわね!」

「はい!!」

「よし!行ってこい!」

響子は照のお尻を叩きながらコートに送り込んだ。

「審判、メンバーチェンジ、水木、交代よ」

「えっ?・・照さん!」

いきなりの交代に水木は驚きベンチに視線を向けるとそこには懐かしい顔が見えた。

「塩田、後は任せてくれ」

差し出した手を軽く叩いて水木はベンチに戻った。

みんなが照に駆け寄った。

「いつまでもチンタラやってんじゃねぇ!このセット取りに行くぞ」

「おう!!!」

みんなが集まった所で照が喝を入れた。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

照 竜司 鮫島

塩崎 大河 海野

 

 

 

「遅いっすよ」

大河はブロックについている照の背中を軽く叩いて呟いた。

これでようやく、白浜坂高校のフルメンバーが戻った。

「竜司、速いトスと高いトスどっちがいい?」

「じゃあ、速いトスで」

「それから、3セット目はやるつもりは無いからな」

「ははは、バレてたのね」

点差が開いてから竜司は2セット目を捨て、3セット目の打開策を考えていたが照にはばれていたようだ。

ピィー。

相手からサーブが入ってくる。

海野がサーブレシーブを行い、ボールはアタックラインの上に上がった。

「ごめん」

しっかりAカット(セッターを動かさないでサーブレシーブを返すこと)出来なかった事に海野から声が飛んだ。

クイックは無いと思った相手は三枚ブロックをする為、竜司に近付き、レシーバーはいつもより深い位置にポジションを置いた。

速いトスが来ると言っていたので竜司はいつもより早く助走を始めた。

「えっ⁉︎」

助走を取った竜司は照の行動に驚きの声を漏らした。

照は誰かにトスを上げるのでは無く、アタックライン付近からオーバーで相手コートに返した。

深い位置にポジションを取っていたレシーバーと竜司に寄っていたブロッカーは誰も反応する事が出来ず、ボールはコートに落ちていった。

「よーし」

喜ぶ照に竜司はぽかーんと見つめていた。

今まで攻撃的なセッターはいくらでも見てきたが、アタックラインからツーアタックをする選手は初めて見た。

「どうしたんすか?」

「いや、ちょっと驚いてな」

「照さんは超攻撃的なセッターです、隙があればどこからでも攻撃を仕掛けてきますよ」

当たり前の様に説明する大河に竜司はなんとか理解した。

次は鮫島のサーブ。

ボールはセッターにキチンと返され、レフトにトスが上がった。

照は塩崎を押し、クロス側にブロックを張った。

それを確認した相手のレフトはストレートにスパイクを打ち込んだ。

だがそこには大河がいる。

照はわざと抜かせたのだ。

大河はスパイクを拾い、ボールはネットの真ん中に高く上がった。

照は大きく円を描く様にボールに向かっていき、スパイクを打つ姿勢に入った。

先ほどのツーアタックがある相手は見え見えの攻撃にブロックをするが、スパイクをする前にオーバートスに変え、レフトに速いトスを上げた。

「なぁ⁉︎」

完全に騙された相手は驚きの声を漏らした。

騙されたのは相手だけでは無く、白浜坂高校の選手もだったが竜司は分かってたかのようにタイミング良く、助走を切っており、ノーブロックでスパイクを叩き込んだ。

「ナイス!」

スパイクを決めた竜司が照に近付いて軽くハイタッチを交わした。

14ー10

次のサーブは鮫島がネットに欠けて、相手のポイント。

相手のサーブが飛んでくるが今度は海野がきちんとAカットをする。

照は迷う事無くAクイックにトスを上げる。

だが、相手ブロッカーも読んでおり、引っ掛ける。

相手はまたレフトにトスを上げる。

今度はきちんとストレート側にブロックに着き、ストレートに打たれたスパイクを引っ掛ける。

「ナイス!」

賞賛しながら大河はボールをネットの真ん中に返す。

照は先ほど同じように大きく円を描く様にボールに向かっていき、スパイクを打つ姿勢を取った。

同じ手は2度も引っかからないと思った相手は照にブロックはつかなかった。

だが今回は違った。

照はそのままボールを叩き込んだ。

完全に照の読み勝ちだ。

「よーし!」

照は喜びをあらわにしながら、サーブを打つ竜司に声をかけた。

「6点だ」

「6点?」

「サーブで稼いでこい」

15ー11。

確かに竜司のサーブで6点も取れれば一気に逆転だ。

「しょうがないか、本気で打つか」

今までのプレーを見ていた照は竜司がまだ本気でスパイク、サーブを打っていない事に気付いていた。

そのため、本気で打たせるように6点取って来いよと言う意味で声をかけた。

ピィー

竜司はボールを高く上げて、得意のストレート側にジャンプサーブを打ち込んでだ。

いい選手だ。

照を見た柏木監督の感想がそれだった。

ジャンプサーブがストレート側に決まり、相手の得点だが、あまり気にしていなかった。

本気で打たれた竜司のサーブを取れる選手は2軍にもいない。

正面に来れば上がるだろうがコースを狙ってこられたらサーブミスを祈るしかなかった。

「それにしてもいいチームだな」

「ええ、佐原先輩だけでは無く、セッターの選手、ライトの左利きの選手、うちにいてもおかしくない選手です」

試合のスコアブックをつけながら杏子がそう返した。

「セッターの田中照さん、広い視野と試合の流れを読む力は達也さんに匹敵するでしょう、超攻撃的なセッターですね、最初のツーアタックで完璧に試合のペースを掴まれました」

杏子の感想に柏木監督も同じ事を思っていた。

「ライトの風間大河、時に熱くなってしまう事があるがスパイクの打ち幅の広さ、そしてなにより、安定したレシーブ力、彼がいなかったらチームが崩壊するでしょう、それにセンターの鮫島さん、ブロックの動きが遅いですが攻撃力なら神奈川でもトップクラスでしょう、それと対照的なセンター塩崎さん、攻撃力が低いですが、ブロックの動き、読みはセンスを感じます、レフトの海野さん、チームの黒子的な存在、サーブレシーブが良く、スパイクでもリバウドなどチームの影の立役者でしょう」

杏子は相手の選手を見ながら感想を伝えた。

そして最後にまた、サービスエースを完璧に決めた竜司に視線を向けた。

気がつくと点差は18ー15 7本連続のサービスエースだ。

「いいんですか?タイム取らなくて」

「大丈夫だ、どちらにしてもこの試合は田中くんが出場して、竜司が本気を出した時点で勝ち目はないよ、それより、竜司については?」

「佐原竜司、流石元湘南の怪物と言われただけの事はありますね、怪我が完治してないので本気でやられる前でしたら普通の選手ですが、本気を出されだのでは一軍でしか対処は難しいですね、攻撃力、守備力、文句の付けどろこが無いですね、それに7本連続サービスエースを決める程の集中力は全国でもトップクラスですね」

杏子の情報収集能力は柏木監督も一目置いていた。

彼女のスカウティングがなければ今年の夏の全国大会も決勝までは行けなかったと思っていた。

竜司のサーブがネットにかかり、18ー16となった。

「やっぱり、春高予選のダークホースは白浜坂高校の様だな」

竜司のサーブミスの後、照のツーアタックが決まり、19ー16となった。

照のジャンプフローターサーブが相手を崩して、二段トスが打ち込まれるが竜司がアタックライン付近になんとかレシーブした。

ラインに開いている大河にあげると思いきや、照はまたしても相手コートにツーアタックを決める。

アタックラインを踏み越えてからの後衛選手の攻撃は反則だが、アタックラインを踏み越えなければ後衛選手が攻撃をしても反則とはならない。

後衛だからツーアタックが無いと踏んでいた相手選手の裏を書く攻撃にすっかり相手選手も的が絞れなくなっていた。

塩崎のサーブがアウトとなり20ー17。

次の攻撃は鮫島のクイックが決まる。

そして大河の強烈なサーブが決まり、得点を重ねた。

22ー17。

最大6点差まで開いていたが気づけば5点リードしていた。

次の大河のジャンプサーブは綺麗にセッターに返され、クイックを決められた。

前衛に竜司が戻ってきた。

この点差ならと勝負に出た湘南海星高校は竜司に2枚マークをする。

だがその事もしっかり読んでいた照はサーブカットしたボールをレフトの海野にトスを上げた。

海野には1枚ブロックが付いている。

海野は軽くブロックに当てて、リバウドを貰うとセッターに返して、照はクイック攻撃を使った。

1枚ブロックもレフトにブロックに飛んでからじゃ間に合わなく、また、ライト側にいる竜司に2枚付いているブロッカーも動けなかった。

23ー17。

次の海野サーブはきちんと返され、攻撃を決められた。

「鮫島、これやるぞ」

相手のサーブを打つ前に照は鮫島に声を掛けながらサインを送った。

それに鮫島もこくりと頷いた。

サーブは大河の元に飛んで来て、綺麗にセッターに返すと鮫島はネットの中央からライト側に走り、片足で踏み切った。

ブロード攻撃(相手のブロックを躱す為に大きく幅を使った攻撃)

この試合で初めて使った攻撃だ。

これには相手のブロッカーもついていけずスパイクが決まった。

24ー17。

マッチポイントだ。

相手は最後にレフトにトスを上げ、レフトはインナーに思いっきりスパイクを打ち込んだがそこには竜司が待っていた。

レシーブして拾うが高く上がったボールの下に入って照が最後に選んだ攻撃はツーアタックだった。

誰も反応出来ずにポトンとボールが床に落ちていった。

25ー17。

白浜坂高校の勝利で試合は幕を閉じた。

 




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ぶつかったり、悩んだり

よろしくお願いします


9月も終わりに差し掛かり、合唱部の次なる活動は白浜坂高校の目玉、文化祭に向けての発表だ。白浜坂高校では白祭とも呼ばれている。

 

今日も合唱部の練習の為、全員が音楽準備室に集められた。

 

来夏が用意したホワイトボードには「合唱部会議、今日の話題、白祭について」と書かれていた。

 

いつものように椅子に座り、指揮をとる来夏の言葉を待った。

 

「ではまず、正式なメンバーとなりました坂井和奏さんからご挨拶をいただきまーす」

 

「ええっ⁉︎そんなの聞いてないよ」

 

いきなりの言葉に和奏は驚いた。

 

「はい、坂井さん規律」

 

眼鏡を直す真似をしながら、呟く来夏におそらく教頭の真似をしていると思った。

 

「ほら、ほら」

 

「えー本当に?」

 

「早く、早く」

 

嫌がる和奏の手を引いて沙羽が来夏の元に誘導するが言葉とは裏腹に表情はそれほど嫌そうに見えなかった。

 

「和奏、頑張って」

 

ウィーンが呟いた。

 

みんなの前に立たせた後、沙羽は椅子に戻り、小さく握手した。

 

「もぉー何を言えばいいの?」

 

「ファイト!」

 

和奏の問いかけに来夏は言葉をかけたがそれは答えになっておらず、少し考えた。

 

せっかくだからと今までの行動を思い返して話すことにした。

 

「えー、改めて合唱部で活動する事となりました坂井和奏です、えー、今まではちゃんと活動出来なくて、みんなにも嫌な態度をとってしまって、すいま「じゃあ、堅苦しい挨拶はここまで」

 

和奏の言葉の途中に来夏がしてやったりと言わんばかりに口を挟んだ。

 

それに和奏はそんなことをするなら最初からやらないだよと思いながら、恥ずかしい気持ちを来夏にぶつける形で頬を引っ張った。

 

「やめてよ、和奏」

 

来い夏の頬を引っ張った後、頬を赤く染めながら、椅子に座った。

 

「じゃあ、早速、白祭の話を始めます」

 

「はい!」

 

「はい、ウィーンくん」

 

本題に入った所でウィーンが手を上げた。

 

「白祭って何ですか?」

 

「そっからか」

 

ウィーン以外の5人は経験済みの白祭も今年から留学してきた彼は知らなかった。

 

それに大智は仕方ないと思いながら呟いた。

 

「白いサイだよ」「文化祭だよ」「文化祭だよ」

 

「えっ?」

 

ウィーンの質問に答えようとした、来夏と沙羽と竜司の言葉は一致してなく、首を傾げた。

 

何を言ってるんだと思いながら、竜司は2人を見つめたが、来夏と沙羽はアイコンタクトを取り、頷いた。

 

「「白いサイだよ」

 

今度は来夏と沙羽の言葉がハモった。

 

竜司は口を開かなかった。

 

「サイ?角がある?」

 

「そう、白いサイが体育館の地下にいるのは知ってるでしょ」

 

「ええっ⁉︎地下に?知ってた?」

 

初めて聞いた事に驚きを隠せないまま、ウィーンは和奏に問いかけた。

 

「もちろん」

 

それに対して何食わね顔で答えた。

 

「そのサイを1年に1回、地下から出して、パレードするんだよ、歌ったり、踊ったり」

 

「そっか、ずっと地下だとかわいそうだもんね」

 

来夏の言葉に純粋なぐらいに優しいウィーンの言葉に竜司と大智は女って怖ぇ〜って思った。

 

「今日はそのお祭りに合唱部として何をするのか、考えるからいっぱいアイデアを出して下さい」

 

「はーい」

 

「じゃあまず、沙羽から」

 

「乗馬教室!」

 

「バドミントン教室」

 

「猫カフェ」

 

「ヒーローショー」

 

「大食い大会」

 

「バレー教室」

 

どんどん出てくるアイデアをホワイトボードに書き写し、内容を確認した来夏は斜線を引いた。

 

「却下!却下!却下!歌と全然関係ないじゃん」

 

「じゃあ、歌う乗馬教室」

 

「歌うバドミントン教室」

 

「ヒーローショー」

 

「歌う猫カフェ」

 

「歌う大食い大会」

 

「歌うバレー教室」

 

「違うって、体育館のステージでやるんだから、体育館いっぱいに人を集めて、私達の最初で最後の晴れ舞台なんだよ」

 

 来夏がやりたいのはそういうのでなかった。

 

「普通に合唱じゃだめなの?」

 

「でも、それだと声楽部にまけちゃうよね、やっぱり合唱は人数が多い方が迫力あるし」

 

 来夏の言うことには一理ある。

 

 「教頭には負けたくないよね」

 

 沙羽の言葉に和奏も頷いた。

 

 「勝ち負けじゃなくて、自分たちの歌を歌えばいんじゃないのか?」

 

 大智の言葉に来夏達は少し表情が緩んだ。

 

 「ヒュ~」

 

 「「「かっこいい~」」」

 

 「な、なんだよ!?だってそうだろ」

 

 少し頬を赤く染めながら大智が返した。

 

 「まあ、まずはそうだよね」

 

 「うん」

 

 「よし、教頭も声楽部もなんぼのもんじゃい~ん?」

 

 右手を高々と上げ、叫んだ来夏だったが、音楽準備室の扉が開く音がし、振り向くと、声楽部の部長、広畑七恵よみどりと2年の大谷政美が入ってきた。

 

 三人は楽譜を手にしながら選んでいる様子であった。

 

 すると、七恵の視線が楽譜から来夏に向けられた。

 

 「良かったわね、楽しく遊べるお友達ができて」

 

 その言葉にみどりは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

 「え?」

 

 「声楽部には将来の事のも考えて、まじめにやってる子も多いからあんまり邪魔しないでくれると嬉しいんだけど」

 

 それだけ言い残して七恵は準備室を去って行った。

 

 追いかけるようにみどりが出て行った。

 

 「チャオ~ストレピトーソ」

 

 最後に政美が扉を閉めながら、不敵な笑みを浮かべて去って行った。

 

 政美の言葉に和奏と竜司はむっとした表情を浮かべた。

 

 「すとれぴとーす?」

 

 意味を理解していない来夏たちは何の事だか分らなかった。

 

 「やかましく」

 

 「うん、音楽用語でストレピトーソはやかましく、騒々しい」

 

 竜司と和奏の言葉に意味を理解した沙羽が険しい表情を浮かべた。

 

 「やかましくて、いいよ」

 

 「・・・やっぱ、負けたくない」

 

 幸いにも彼女たちの言葉で合唱部の目的が決まった。

 

 すると、また、音楽準備室の扉が開いた。

 

 「すいませーん、ここにアホのバレー馬鹿の佐原竜司っていう人がいるって聞いたんですけど」

 

 扉を開けた先には私服で帽子を深々と被っている女性の姿があった。

 

 「天才の佐原竜司ならいるけど」

 

 「それはないでしょう」

 

 「うん、バレー馬鹿は分るけど」

 

 「天才って言うのは」

 

 竜司の言葉に沙羽と和奏と来夏は否定した。

 

 「フフッ」

 

 「ところであんた誰だ?」

 

 淑やかに微笑んでいる女性に竜司が尋ねると女性は帽子をとった。

 

 素顔を見た竜司は見知った顔に驚いた。

 

 「忘れたなんて言わせないわよ」

 

 「どうしてお前がここに!?、ソヨン!!」

 

「どうしてじゃないでしょう、最近、全然来ないんだって?お父さんからあなたを連行するように言われたの」

 

「竜司くん、知り合い?」

 

疑問に思った和奏が口を開くと竜司は頷いた。

 

「ああ、湘南海星高校三年の岩崎ソヨン、俺が海星高校バレー部の時のマネージャーだよ」

 

「ちょっと待って、竜司、海星高校のバレー部だったの?」

 

「あれ、言ってなかったっけ」

 

竜司が湘南海星高校のバレー部だったのを、知っているのは沙羽と和奏だけだった。

 

「それより、来るの?来ないの?」

 

「行かないって言ったら?」

 

「言わなくても分かるよね?」

 

可愛らしい笑顔を浮かべているが何故か竜司には寒気が走った。

 

「・・・はい」

 

「うん、すいません、竜司をお借りします」

 

「・・・うん」

 

礼儀正しく一礼するソヨンの姿に来夏は頷くしか出来なかった。

 

竜司の手を引いて音楽準備室を後にした。

 

「それにしても綺麗な子だったな」

 

「うん、びっくりした、本当に綺麗だったね」

 

ソヨンを見た後の2人は単純な感想を述べた。

 

「最低」

 

それだけ沙羽は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「状態は悪くないな」

 

レントゲンで撮った写真を見ながらソヨンの父、岩崎健が呟いた。

 

ソヨンに連れてこられた場所は自宅のスポーツ医院であった。

 

竜司が湘南海星高校の時にソヨンがマネージャーだったこともあり、随分お世話になった。

 

「だからと言って無茶はするなよ」

 

「分かってます、俺の肩はもう治らない、いつ壊れてもおかしくない状態だっていう事はね」

 

「・・・分かってればいい」

 

竜司の言葉に健も低い声で呟いた。

 

「ソヨン」

 

「はーい」

 

健の声に返しながらソヨンが診察室に入ってきた。

 

「竜司にマッサージをしてやれ」

 

「はーい、こっちに来て」

 

言われるがままに竜司は隣の部屋に移動して、ベットにうつ伏せの状態に寝かされた。

 

タオルを腰にかけてマッサージを始めた。

 

「ずいぶん、張ってるわね」

 

「ここんとこ練習試合が多かったからな」

 

「竜司、肩以外は真面目にケアしてないでしょう」

 

その言葉に竜司は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「図星のようね、時間かかるけど大丈夫?」

 

「ああ、頼むわ」

 

ソヨンのマッサージは力加減がちょうどよく、竜司はだんだん気持ちよくなっていった。

 

「また、バレー部に戻ったの?」

 

指圧しながらソヨンが呟いた。

 

「うん」

 

「・・・大丈夫?」

 

「何が?」

 

「何がって、肩の状態よ、無理してない?」

 

「してないよ、心配性だなぁ」

 

「ごめんね」

 

ソヨンはマッサージの腕を止めて、小さな声で呟いた。

 

「この怪我はお前の所為じゃないって言ってるだろ、気にし過ぎなんだよ」

 

心配するソヨンに竜司は軽く笑いながら口を開いて、続けた。

 

「それに、お前や先生には感謝してるんだ、俺の為に金も取らないで診てくれてるんだからな」

 

「うん、ありがと」

 

竜司の優しさにソヨンは心の中で感謝していた。

 

 

 

 

 

 

 

マッサージをしてもらったから非常に身体の動きが良く感じた。

 

どれくらいマッサージをしてもらってたかは途中であまりの気持ちよさに眠ってしまって、覚えていなかった。

 

今日は部活が休みとなり、竜司は1人校舎周りをランニングしていた。

 

身体を休めることも大事だが、身体の調子が良いので勿体無いという気持ちが1番であった。

 

校舎を走りながら校庭の前を走ると、見知った顔が電話している事に気が付いた。

 

「竜司、竜司」

 

「ん?来夏か、どうした?」

 

今度は裏口の方から来夏に呼びかけられた。

 

「沙羽、見なかった?」

 

「あいつならあそこ」

 

質問の答えを知っている竜司はを指指した。

 

それに来夏はホッと胸を撫で下ろした。

 

「好きなだけじゃ駄目なんですか?そんな半端な気持ちじゃありません!!」

 

来夏の行動に疑問を抱いた竜司は話を聞こうと思ったが沙羽の激しい大きな声が聞こえて、口を閉ざした。

 

「じゃあ、直接会って、お願いします」

 

話の内容を聞いていた来夏は興奮した様子で口を開いた。

 

「foreignlove」

 

「フォーリンラブ?」

 

来夏の言葉に竜司は首を傾げた。

 

「おい、来夏」

 

来夏はブツブツ言いながら校舎に帰っていった。

 

きっと竜司の声も聞こえていなかったのだろう。

 

いまいち状況がつかめないま、竜司はランニングを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

日曜日は1日練習となっており、朝9時から夕方の4時までとなっている。

 

午前中は主に基礎体力トレーニングが主に行い、午後からはレギュラーメンバーでコートに入り、動きの確認を行った。

 

白浜坂高校の目標は全国大会出場、その為には春高予選では最低2位に入らなければならない。

 

チーム数の多い関係から神奈川県は2チームまでが全国大会出場に行くことができる。

 

だが選手達は2位で全国大会に出場するつもりは微塵もなかった。

 

神奈川の強豪、湘南海星高校に勝って全国大会出場を決めたいのが本音であった。

 

組み合わせはまだ発表されていないが、夏の結果からすれば恐らく決勝まで当たらない可能性も出てくる。

 

とりあえず今は練習あるのみだと集中するしかなかった。

 

練習が終わった後はいつも竜司は自主練を行うが、今日は病院に派遣されるので健から来いと言われており、近くの大きな病院で診察を受け、軽くリハビリ運動を行っていた。

 

一通り、終わったので竜司は帰ろうとしていた。

 

すると会計をしている正一と沙羽の姿が目に入ってきた。

 

沙羽の頬にガーゼが当てられているのが心配になって竜司は声をかけた。

 

「こんにちは」

 

「ん、ああ、佐原くんか、こんにちは」

 

「竜司くん、どうしたの?こんな所で」

 

「お前こそどうしたんだよ」

 

「ちょっとね」

 

竜司の言葉に沙羽は落ち込んだ様子で口を濁した。

 

「そっか」

 

この調子だと何を言っても返って来ないなと思った。

 

「帰るぞ」

 

「・・・お父さん、先に帰ってて」

 

「何を「私、竜司くんと帰るから」」

 

何を言っているんだと思いながらも正一は竜司に視線を向けるとこくりと頷くのが分かった。

 

ここは下手に口出ししない方が良いと踏んだ正一は気よつけなさいと言って病院を後にしていった。

 

「じゃあ、お願いします」

 

最近、元気が無かった事もあり、竜司は断る事も出来ずに沙羽と歩いて帰る事にした。

 

 

 

 

 

帰りながら互いに一言も喋らない事に気まづかったのか、沙羽から先に口を開いた。

 

「何も聞かないんだ」

 

「何か聞いて欲しかったか?」

 

何かを聞いても満足する答えが返って来ないだろうと思っていた竜司は沙羽から喋る事を待っていた。

 

「ううん」

 

首を横に振って、また口を閉ざしたがすぐに口を開いた。

 

「竜司くんって優しいよね」

 

「そうか?」

 

「うん、嫌な事があっても他の人と違って何も聞かないから心が楽なの」

 

「聞かなかったと言うより、聞き出せないと思ってるからかな」

 

沙羽の本心に竜司も本心を伝えた。

 

「・・・一つ聞いてもいい?」

 

いつもの沙羽と違ってか細い小さな声での問い掛けに竜司は頷いた。

 

「竜司くんの夢って何?」

 

「夢か、・・・しいて言うならバレー選手かな」

 

「じゃあ、その夢が叶えられない現実にぶつかったら竜司くんはどうする?」

 

まさか、俺の怪我の事を知っているのか?

 

少し竜司は考えた。

 

「それでも、何かバレー選手になれる可能性を探すかな」

 

「何があっても?」

 

「ああ、好きだからこそ、簡単に諦められない、どんな事があってもな」

 

まあ、今の俺だから言える事だけど。

 

「たとえ、この身体がついてこれなくてもな」

 

その言葉に沙羽は軽く微笑んだ。

 

私のしている事は間違っていないと言われている気がしたからだ。

 

この時はまだ、竜司が間違った事を言っているとは思いもしなかった。

 

 

 




ありがとうございました。


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すれ違ったり、すれ違わなかったり

よろしくお願いします


竜司と病院から歩いて帰ってきた沙羽は自室に入ってベットに横たわった。

 

ギュルル〜、お腹がなる音が聞こえたが必死にお腹を抑えた。

 

すると部屋の扉が開き、志保が入って、ベットに腰掛けた。

 

それを見た沙羽も身体を起こした。

 

「最近、ちゃんとご飯、食べてないでしょう、何かあったの?」

 

「体重制限があって、少しでも超えてると受験も出来なくて」

 

「騎手の学校?」

 

「・・・うん、もし、痩せても両親の面接があって、まだ伸びそうだとやっぱりダメなんだって、電話してみたけど、「無理だろ」って言われて」

 

辛そうな表情をしている沙羽に志保が心が痛くなっていくのを感じた。

 

「・・・沙羽、とりあえず何か作ってきてあげるから、今日は食べてゆっくり休みな」

 

「いらない」

 

「沙羽」

 

「食べたらまた太っちゃう」

 

「でもね、あんた栄養失調だったんでしょう」

 

医師の診断を正一から聞いた志保はこれだけは引く気がなかった。

 

「これくらい大丈夫、騎手になる為なら我慢できる」

 

力強い目をした沙羽であったがその瞳は脆く、弱く感じ取れた。

 

「バカな事を言わないの、あんたが倒れた元も子もないじゃない」

 

「そんな事で諦めたりしたくない」

 

「いい加減にしなさい!!」

 

いい合う2人の外から正一の怒声が聞こえてきた。

 

「自分の体調も管理出来ない奴が騎手なれるわけないだろう、自分の甘さが分かっただろ、何も知らないで夢ばかり見ているから遊びだと言われるんだ、お金なら出してやるから、勉強して大学に行って、趣味で馬に「うるさい!うるさい!うるさい!もう出て行って!!!」

 

正一の言葉なんか聞きたくなかった沙羽は大声で正一と志保を部屋から追い出した。

 

辛いのは分かってる、でもいいよ、夢を叶える為なら。

 

沙羽は目から溢れ出た雫を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、貧血で気分が優れなかった沙羽は午後の授業を休んでいた。

 

6限の授業します終えるチャイムが鳴る音で目を覚ました。

 

いつの間にかぐっすり眠っていた。

 

今から部活があるので保険の先生に言い、音楽準備室に向かって歩き出した。

 

階段を一段、一段上がりながら、正一に言われた言葉を思い出していた。

 

何も知らない事が行けないの?と考えていた。

 

すると来夏の声が聞こえてきた。

 

「なんで声楽部が使ってるの」

 

「白祭のメインステージの選考会があるのは知ってる?」

 

階段を登りきると来夏と和奏が七恵と政美が音楽第2準備室の前で言い合っていた。

 

「その参加者の練習用に音楽室が全部解放されているから、その間、声楽部がここで練習するの」

 

七恵の言葉に和奏は言い寄った。

 

「勝手すぎるよ」

 

「ちゃんと教頭先生の許可は貰ってあるから」

 

「じゃあ、私達は?」

 

「駐輪場とかで良いんじゃないですか?」

 

来夏の言葉にバカにするような言い方の政美にムッとした表情で返した。

 

「ピアノがないでしょう!」

 

「あっ!使うんですか?」

 

わざとらしい芝居に来夏と和奏はムッとした表情を浮かべ続けていた。

 

それを見て、七恵が呆れた様子で口を開いた。

 

「白祭の前はみんな練習場所確保に必死なの、そん事も知らないからお遊びだって言われるんでしょう」

 

お遊びという言葉に沙羽は前に言われた正一の言葉を思い出していた。

 

「先輩達ってほんとお気楽で良いですよね」

 

「うるさい」

 

「えっ?」

 

低く冷たい声が聞こえたので来夏は驚きの声を漏らし、和奏は沙羽を見つめた。

 

「笑わせないでくれる、教頭に敷いてもらったレールの上をただ走っている人が何を偉そうな事を言っているの、知らないから何も出来ないと思ってる?そのおめでたい頭で物事を考えるのもいい加減にしたら!」

 

なんかいつも違う沙羽に和奏は少し怖くなった。

 

「はい、そこまで」

 

まだ言い続けようとする沙羽の腕を取り、遅れてきた竜司が仲介に入った。

 

それに和奏はホッと息を吐いた。

 

「少し落ち着け、沙羽」

 

「あっ」

 

竜司のおかげでハッと我に返った。

 

竜司は沙羽から視線を七恵達に視線を向けた。

 

鋭い視線に2人とも少し表情が強張っていた。

 

「沙羽の言った事を言うつもりはないけど、他人が敷いたレールの上を走っている奴が自分で必死にレールを敷いて走っている来夏を馬鹿にする資格なんてねぇよ」

 

「・・・竜司」

 

「行こう」

 

そのまま沙羽の手を引いてその場を後にして行った。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だった?」

 

少し落ち込んだ様子で音楽第2準備室に戻った七恵にみどりが心配の声をかけた。

 

「見てたの?」

 

「・・・うん、最後の方だけだけど」

 

扉の隙間から見ていたみどりは七恵に申し訳なさそうに呟いた。

 

そしてあの竜司の鋭い視線にはみどりも緊張が走っていた。

 

「それにしてもなんなんですかね、あの人、超ムカつく」

 

「佐原くん?」

 

「いいえ、沙羽っていう人です、佐原先輩はなんていうかカッコイイですよね」

 

2人に怒っていたのは沙羽と竜司の2人だけ。

 

政美の言葉ではどっちに文句を言っているのかよく、分からなかった。

 

だが、みどりの質問に答えがわかった。

 

「はい、その話は止めて、発声練習から」

 

「はーい」

 

白祭まで時間がない中、一分一秒すら惜しいので他愛のない会話を打ち切って七恵は練習に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、音楽第2準備室を諦めた来夏達は中庭で作戦を練っていた。

 

竜司はバレー部の顧問、響子に用があると言って抜けており、今は5人しかいない。

 

白祭まで練習しないわけにも行かないなか、来夏は頭を悩ませていた。

 

頭を悩ませていたのはそれだけじゃない。

 

沙羽の様子がおかしい事も原因の一つだった。

 

少し離れた所のベンチに座って何か考えている沙羽に来夏も心配だった。

 

「和奏の家ってまだピアノあるよね、」

 

「あるけど、6人で練習じゃあ、ちょっとキツイかな」

 

「じゃあ男子は外で」

 

「なら、帰る」

 

来夏の提案にバドミントンのラケットを振りながら大智が即座に返した。

 

「贅沢言うな、何をなかった頃を思い出せ」

 

「うち、ピアノあるよ」

 

本を読んでいたウィーンのいきなりの言葉に沙羽以外が視線を向けた。

 

「6人入れる?」

 

「たぶん」

 

「迷惑じゃない?」

 

「うん、昼間は両親がいないし」

 

「家ってどの辺?」

 

「30分くらい、案内するからみんなで電車で行こうよ」

 

「オッケー、よし今日はウィーンの家でlets party〜」

 

鞄を肩にかけながら意気揚々としている来夏に大智が声をかけた。

 

「お前がそんなんだからお遊びだとかって言われんだろ」

 

「来夏が教頭見たいになってもいいの?」

 

「・・・」

 

和奏の返しにこれには大智も言い返せなかった。

 

「沙羽、行くよ」

 

「えっ、・・・じゃあ私、自転車取ってくる」

 

「みんなで電車で行こうって」

 

「ああ、ごめん」

 

慌てて鞄を肩にかけながら歩いて行く沙羽を見て来夏はポツリと呟いた。

 

「lost Love」

 

 

 

 

 

 

 

ブー、ブー

 

響子との用を済ませ、職員室を出た竜司はポケットから携帯を取り出した。

 

来夏からメールが来ていた。

 

今日はウィーンの家で練習すると書かれていた。添付に位置図が付いていた。

 

今日は部活もないからこのままウィーンの家に向かおうとメールを返信しようとしてると生徒指導室から見知った顔が出てきた。

 

「あれ、志保さん?」

 

「やぁ、竜司くん」

 

生徒指導室からは志保の他にクラスの担任も一緒に出てきた。

 

何かあったのだろう。

 

「どうしたんですか?」

 

「実は・・・沙羽の事でね」

 

やっぱりかと竜司は思った。

 

まあ、それ以外には考えられなかった。

 

「最近、様子が変ですよね」

 

「実わね」

 

志保は沙羽の事を全て話した。

 

怪我の事、将来の夢の事、叶えたい夢があるけど、現実の壁にぶつかっていること。

 

全てを聞いた竜司は重い口を開いた。

 

「それ、俺の所為かも知れないです」

 

「えっ⁉︎」

 

竜司は病院の帰りに沙羽と話した事を全て話した。

 

話し終えると意外にも志保の顔はすっきりとした表情を浮かべていた。

 

「ホントにあの子は一途で頑固なんだから・・・でも」

 

そこで志保は1度、息を飲み込んだ。

 

「あの子には無理をして欲しくない」

 

「・・・志保さん」

 

志保は沙羽の夢に反対している訳ではない。むしろ応援している。

 

だがそれでも怪我やびょう気などにかかって欲しくはない。

 

「志保さん、沙羽には俺から話をさせて下さい」

 

「竜司くん」

 

「沙羽をどこか自分に重ねていたみたいです、沙羽にはちゃんと話がしたいです」

 

竜司の真剣な眼差しに志保は軽く微笑みを浮かべた。

 

「分かった、頼むわよ!」

 

「はい!」

 

竜司は沙羽がいるウィーンの家に向かって走り出した。

 

その背中を見ながら志保が微笑みながらボソっと呟いた。

 

「青春だね〜」

 

 

 

 

 

 

 

メールを開くと一緒に地図が添付されていた。白浜高校からだと電車で30分ぐらいの所に位置していた。

 

学校に自転車を置いて、電車に乗り、目的地まで歩いて行くと大きな門の前に辿り着いた。

 

ここだよなぁ?と疑問を抱きながら豪邸の中に入って行く。

 

適当に階段を歩いていると声が聞こえてきた。

 

「じゃあ、騎手になれないのか?」

 

声の主は大智だ。

 

声が聞こえる方に向かっていくとベランダに五人が集まっていた。その中でも沙羽の表情は晴れていない。

 

もしかしたらみんなに話をしていたんじゃないかと思った。

 

「学校には入れない」

 

「でも絶対って訳じゃないんでしょう、頑張ればもしからしたら」

 

「そうだよ、沙羽なら大丈夫だよ」

 

励ましの声をかけてくれる来夏とウィーンの言葉を聞きながら沙羽は唇を噛み締めていた。

 

「少し離れてみたら」

 

和奏の言葉に沙羽はハッとした表情を浮かべてから冷たい視線を向けた。

 

「離れる?」

 

「うん、今の気持ちが少し落ち着いて見れるように」

 

「何、悟ったようなこと言ってるの‼︎和奏はいいよ、音楽に戻ってきて今続けているからそんな事が言えるんでしょう、私は今離れたらおしまいなの‼︎将来なんてないんだから」

 

「沙羽⁉︎」

 

怒声の交じった声で言い放ってその場から立ち去っていった。

 

思ったよりも深刻な問題だな。

 

影で話を聞いていた竜司は心の中で呟いた。

 

これも全て自分の所為だと責めていた。

 

沙羽を追うように竜司もその場から立ち去った。

 

ウィーンの家を飛び出し、長いアスファルトの上を全力で駆け抜けた。

 

手掛かりは無いがきっと、来た道を戻っているに違いないと思っていた。

 

だが、それでも沙羽は見つからなかった。

 

駅まで来たが沙羽の姿は見当たらない。

 

すでに電車で家に帰っているかもしれないが何故かそうは思わなかった。

 

来た道を歩きながら取りあえずみんなの所に向かおうと思った時だった。

 

風が吹き出し、竜司が歩いていた近くの公園に向かっているように感じた。

 

理由も無く、公園に足を踏み入れると探していた人物がベンチに腰掛けていた。

 

「・・・沙羽」

 

ぽつりと呟いた声はしっかりと沙羽に届いたらしく、驚いた表情で竜司を見つめていた。

 

「何かあったのか?」

 

何かあったのか、自分の言った言葉に白々しさを覚えた。

 

何があったかは全て聞いていたが、今はその言葉しか見つからなかった。

 

その言葉に沙羽は俯いていたが、しばらくしてから口を開いた。

 

「・・・そっか、それは沙羽が間違ってる」

 

思いもしない言葉に沙羽は鋭い視線で竜司を睨みつけた。

 

「・・・んで」

 

「えっ?」

 

「なんで、竜司くんまでそうなの!竜司くんは理解してくれるてると思ったのに」

 

今にも泣き出しそうな沙羽に竜司は黙って見守る事しか出来なかった。

 

「あの時の言葉は嘘だったの?」

 

あの時の言葉とは病院の帰り道に話をした時の事だ。

 

好きだからこそ、簡単に諦められない、どんな事があっても、たとえ、この身体がついて来られなくなっても。

 

沙羽が唯一救われた言葉だった。

 

「・・・沙羽、それは」

 

「うるさい!もう何も聞きたくない!」

 

何も聞きたくないと言われたが今ここで言わなければ沙羽が沙羽でいられなくなってしまう気がした。

 

「沙羽」

 

「うるさい、うるさい、うるさい!」

 

「沙羽!」

 

話を聞こうとはしない沙羽に竜司は強い口調で言い放った。

 

それに沙羽は黙って竜司を見つめた。

 

「お前は昔の俺に似ている」

 

竜司はゆっくりと沙羽の隣に腰を下ろした。

 

「少し昔の話をしよう、これを聞いてお前の考えが変わらなかったら俺は諦めるよ」

 

竜司は一旦瞼を閉じてからゆっくりと語り始めた。

 

まだ竜司が白浜坂高校に来る前、湘南海星高校の時の話を始めた。




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