俺、ヤンデレ神に殺されたようです⁉︎ (鉛筆もどき)
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番外編
番外編第1話 この気持ちは何だろう


番外編です。理子視点。短め


 

 起床を急かす目覚まし時計が私を夢の世界から現実の世界へと引き戻した。ボヤけた視界の中時間を確認すると、長針は六、短針は六と七の間を指している。つまり六時三十分だ。

 

「ふわぁーあ・・・・・」

 

 もう少し寝ていたい。そう思うのだが、私は大きく体をのばし、登校の準備に移ることにした。

 洗面台に行き、自分の胸から上を映し出す大きな鏡にはボサボサの金髪にまだ眠たそうな顔つきの私がいた。

 

(こんな顔をアイツが見たらなんと言うだろうか)

 

 そんなことを頭の片隅で考えつつ、私は洗顔やボサボサの髪を整えたりとテキパキと支度をする。

 諸々の支度を済ませたあと、朝ごはんは食べずにランドセルを背負う。高校生にもなってランドセルで登校するのはちょっと恥ずかしいけど、皆が可愛いって言うから仕方ない。

 

「じゃ、行ってきます」

 

 靴を履きながら私以外誰もいない部屋に挨拶をする。昔からお父様とお母様が、出かける時はしっかり挨拶をしなさいと言っていた名残だろう。

 ドアを開けると、暖かい陽気が私を包み込んだ。もう春を過ぎて夏に入り始めるのに、今日は運がいい。

 まだ朝早く誰もいない廊下を歩き、寮のエレベーターに乗ると、上の階に住んでいる同級生が一人乗っていた。

 

「あ! りこりんおはよー! 」

 

「おはよー。朝早いね! 」

 

「先生から補習に来いって言われちゃってさー」

 

 苦笑いをしながら指で頬をかいている。先生に呼ばれるほど成績が悪いとは、さすがの私も驚くよ。どれだけバカなのだろうか。

 

「そうなの? 頑張ってね! 」

 

 でもそれを口には出さない。私はそういうキャラではないのだ。皆を笑顔で応援する、それが私なのだから。

 

「じゃ、行ってくるねー! 」

 

「行ってらっしゃい! 」

 

 よほど急いでいるのか私に別れを告げると、女子寮のガレージに入ったかと思えば、中からスポーツカーが出てきた。そして道路交通法など知らないとでも言わんばかりの暴走運転で学校方面に行ってしまった。

 

「その速度は捕まるんじゃないかな・・・・・」

 

 一人ボソッと呟くがその声はもう届かない。その時、私のお腹が寂しそうに鳴った。朝ごはんを食べていないのだから当然だ。

 私はアイツのいる男子寮へ向かう。女子寮からあまり遠くないこともあり、男子寮に女子がいたりすることもある。逆もまた然りだ。ナニをしているのか大体見当がつくのだが、私はそれを問い詰めたりしない。

 人にはプライバシーというものがあるから。

 

 

 

 そうして私は男子寮についた。寮長はまだ寝ているのだろう。というか、仕事をしている所を見たことがない。上の階からエレベーターが降りてくると、中から男子生徒が出てきた。

 

「あ、理子さんおはようございます! 」

 

「おはよう! 今日も一日頑張ってね! 」

 

 朝から私に会って興奮してるのか知らないが、鼻息を荒くして顔を赤くしている。これが時々だったら良いのだが、毎朝会うのだから鬱陶しくて仕方がない。しかも先輩とか後輩だったらまだしも、同級生だから一々対応も面倒だ。

 

「じゃあ行ってきます! 理子さんに認められるように俺、体張ります! 」

 

「じゃあ期待しちゃっていいかなー!? 」

 

「はい! 」

 

 ソイツはニコニコしながら男子寮を出ていった。そろそろ諦めてくれと言いたいけど、そしたら私のイメージが崩れる。私はソイツにまた何か言われないようにエレベーター内にそそくさと移動した。ソイツは振り向きながら何かを私に伝えていたが、扉が閉まったせいで読唇も出来なかった。まあ出来たとしてもしないけど。

 

 

 目的の部屋はある階に着き、長い廊下を歩く。一歩進む度に不思議と胸が高鳴った。顔も少し熱い。人生で誰かの部屋に行くのにこんなドキドキしたことはない。

 私はドアノブに手をかけた。少し前にピンクツインテが蹴ってへこませたせいでドアを開けるのにコツがいるのだ。

 

「おじゃましまーす」

 

 私はその部屋に入り、小さく挨拶をした。そのまま玄関を抜けると、お味噌汁のいい匂いが私の鼻孔をくすぐってくる。アイツは毎日朝早く起きて朝ごはんを作っているのだから、本当にありがたい。もっとも、私が押しかけているだけなのだが。

 

「おー今日も来たか。おはよう」

 

「おはよ、キョー君。今日も美味しそうだね」

 

 私は促されるまま席についた。テーブルに並べられた朝食は、私の食欲を焚きつけるのには充分すぎるほどだ。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 コイツのルームメイトであるキンジはまだ寝ている。だからいつも私とコイツだけの朝食だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ───それから朝食を食べ終え、使った食器を洗い終わるとキョー君はリビングのソファーに腰を下ろした。

 

「はぁ・・・・・最近は疲れることばかりだ」

 

 そんな愚痴をこぼしているキョー君の隣に座る。

 コイツは一年生の時とは比べ物にならないほど死にかける場面が多いし、なにより神様にも命を狙われている。それなのにこうやって普通に過ごしているのだ。どれだけ神経が図太いのかと思う。単に考えていないだけの可能性もあるが。

 

 私はそんなコイツを労うように自分の体をキョー君の体に密着させた。キョー君の腕に私の両腕を絡ませる。キョー君はこうやって体を預けてくれるのが好きらしいから。まあ下心が丸見えなのはバレバレだけど。

 

「なあ理子? 腕に柔らかいものが当たってるんだが」

 

「どけた方がいい? 」

 

「いや、むしろこのまま永久の時を───」

 

「殺すよ? 」

 

「理不尽の極み!? 」

 

 ・・・・・キツい言葉を言ってしまった。本当は私を女の子としてしっかり見てくれていて嬉しいけど、なんでか本心とは違った言葉が出てしまう。

 

「じゃあどいた方がいいか? 」

 

「このままの体勢でいい。朝ごはん食べて眠くなったからちょっと寝させて。動いたら殴る」

 

 ああ、また殴るなんてキツい言葉を言ってしまった。

 でも、コイツの隣にいれば何故か安心できる。

 暑さとは違う、ポカポカとした何かが私の心に浸透していくのが分かる。この感情は一体何なのだろうか。

 ────『恋』と言われたら、それが本当に『恋』なのか私には分からない。初恋だって私が知る限りまだなのだから。

 

 

 いや、これが初恋だとしたらいつからだろう。

 

璃璃神とかいう神様と戦った時からだろうか。

 

 凍え死にそうになっていた私を助けてくれた時から?

 

 病院で私を引き止めてくれた時から?

 

 ブラドを倒してくれた時から?

 

 ───分からない。いつからこんな奴に不思議な感情を抱くようになったのか。もしこの不思議な感情が『恋』だとしたら、こんな奴のどこを好きになったのだろうか。変態で、デリカシーの欠片もなくて、偽の恋人同士とはいえまだ一回もデートに連れて行ってもらってない。私の理想な王子様とはかけ離れている。

 

 だけど、コイツの一挙一動を目で追ってしまうし、授業中も気づいたらコイツのことを見てる。他の女友達とコイツが喋っていると、胸が少しだけ痛くなって八つ当たりもしてしまう。男友達と本音で喋ることができるのだってコイツくらいだ。

 

 そんな分からない事だらけでも、今一つだけ確信して言えるものがある。

 私はそっと目を閉じ、コイツの肩に頭を乗せ、それをコイツに聞こえない程度で小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 「───この幸せがずっと続きますように」

 

 

 




アンケートまだまだ実施中


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番外編第2話 ゆき

久しぶりの更新かと思ったら番外編かよ。使えな。と、思いかもしれませんがどうか付き合ってください・・・・・これはこれで入れておかないといけないんです・・・・・
時系列(?)は第22話の夢での出会いから第32話の結婚してから数年──の間です。という事でこの話の主人公は夢に出てきた謎の男と女です。


 ──僕の彼女はちょっと変わっている。

 

 そう思い始めたのは彼女と付き合ってからそう遠くないことだ。そして、こんな貧相な格好をしている僕に声をかけてくれたのは彼女である。

 

 背中の真ん中あたりまで伸びた、漆黒とも言える後ろ髪。少し茶色がかっている大きな瞳が、眉の上で切り揃えられている前髪によって強調されている。そして目立たない鼻、ピンク色をした色気のある唇。雪のように白い肌と小柄な姿に華奢な手足。もはや大和撫子と言われてもおかしくない美しさを彼女は持っている。そんな彼女は村では一番の美人である。いや、近くの村の中でも一番の美人だ。

 

 そんな美女であるが、ちょっと変わった彼女の手を引いて僕は家がある山から市場へと向かっている。日も傾き始めているから、なるべくはやく帰らなければ。

 

「今日も貴方と市場に出かけられて嬉しいよ」

 

「うん。僕も嬉しい」

 

 彼女の手をそっと握ると、彼女は僕より強く手を握り返してきた。この姿を昔は人に見られるのが恥ずかしかったが、今では少しも恥ずかしく思わない。こんな彼女にめぐり逢えて幸せだからだ。

 しばらく山道を歩き続け、夕方でも人が賑わっている市場へと出た。彼女から一旦手を離し、うーんと伸びをする。

 

「今日は何を買うの? 」

 

「最近は作物も安定して取れてるけど、魚だけは僕達が住んでいる山でとれないからね。家の近くに川ないから」

 

「そっか。じゃあ早速行こ! 」

 

 笑顔を浮かべると僕の手を引っ張り駆け出した。

 市場に近づくにつれ道行く人が増えてきている。今日は普段と比べて一段と多い。

 

 それから市場に着くと、行き交う人は(みな)新鮮そうな野菜や果物、魚を手にして嬉しそうにしている。

 今日はご馳走だ、と子どもみたいにはしゃいでいる親子もいるほど。彼女はその親子の姿を見て微笑んでいる。

 

「あんなふうに私達もなりたいね」

 

「そうだね。うん。きっとなれる」

 

「あ、──の彼女さん! 」

 

 人混みの中から出てきたのは僕の彼女の友人。名前は知らないがいつも複数人でいることは知っている。でも一人でいるところから察するに、はぐれたらしい。

 そういえば僕の彼女は友人にも名前を教えていないようだ。僕は前に彼女の名前を教えてもらったが上手く聞き取れなかった。その名前が僕達の知っている言語とは違うからかもしれない。最近世に聞く『外国語』というものであろう。おかげで彼女を呼ぶ時はいつも『彼女さん』だ。

 

「お松ちゃん。今日は一人なの? 」

 

「ううん。みんなで来てたんだけど、どこかに行っちゃって・・・・・」

 

「じゃあ一緒に探すよ」

 

「いいの? ありがとう! 」

 

 彼女は友人の頼みを快く聞き入れた。

 買い物はどうするのだろうと疑問に思うと、彼女は僕の耳に顔を近づけてきた。

 

「先に買い物してて。すぐ見つかると思うから」

 

「分かったよ。でも知らない人について行っちゃ駄目だからね」

 

「ふふっ。分かってるよ。私が好きなのは──だけ。──も知らない女の子と浮気しちゃだめだよ」

 

「浮気なんてしないよ」

 

 彼女は笑顔で分かったと言うと、友人と人混みの中に消えていった。僕はいつも買い物に利用している売り場にまで行く。途中何度か人にぶつかり、その度に頭を下げながら向かっているとすぐにその売り場にまで着いた。気前のいいおじさんと、その娘さんが営んでいる店だ。

 

「よぉ兄ちゃん! 今日は魚が沢山捕れたぜ! 」

 

「どうも。それで今日はこんなに人がいるんですね」

 

「ああ! だからどの店も大忙しだぜ! 」

 

「あ、お兄さん! 」

 

 店の裏で仕事をしていた娘さんは、僕を見つけると嬉々とした表情を浮かべながら走り寄ってきた。両手に新鮮そうな野菜を持ちながらだけど。

 

「今日もお兄さんかっこいいです! 」

 

「ははっ。お世辞をありがとう」

 

「べ、別にお世辞じゃないのですよ・・・・・」

 

 顔を赤くして俯いてしまい、最後に何を言っていたのか聞き取れなかった。それにしてもなぜ顔が赤いのだろうか。───もしかしたら流行病(はやりやまい)かもしれない。そうだとしたら大変だ。

 僕は娘さんに近づき赤く染まった額に手を当てる。

 

「ふぇ!? 」

 

「うーん、ちょっと熱いね」

 

 娘さんはさらに顔を・・・・・耳まで赤くしてしまった。熱もあるのならばはやくお医者様に見てもらわないと!

 

「顔が熱いです。熱があるのであればお医者様のところに一緒に行きましょう」

 

「や、病ではないのですよ! 」

 

「そうか・・・・・ならばなぜ顔を赤くしているのだ? 」

 

「──さんのせいです! 」

 

 ぼ、僕が何かしたのだろうか。

 ・・・・・まさか僕が流行病を持っていて、運良く僕には感染しなかったけど娘さんに感染してしまったのか!?

 

「看病します。おじさん、僕のせいで娘さんを流行病を移してしまい本当にすみません」

 

「いやぁ、そりゃ違うと思うぜ。なぁ娘よ」

 

「──さん! 私を子ども扱いしないでください! 私と──さんは二歳しか離れていないのですよ!? 」

 

「ご、ごめん」

 

 流行病ではないのだとしたら、娘さんの顔が赤くなった原因は何だろうか。本当に分からないことだらけだ。

 原因を探るため娘さんをじっと見つめるが、娘さんは顔をふせるばかり。これでは原因も探れない。

 

「そ、それより! ──さんも気をつけてください」

 

「何にですか? 」

 

「最近、近くの村で人が───」

 

 

 

 

「殺されているよね」

 

 娘さんの言葉に割り込んできた声の主は、いつの間にか僕の隣に居た。

 僕の彼女さんだ。でもいつもと様子がおかしい。瞳から光沢が消えていて焦点が合っていない虚ろな目をしている。視線の行き先は娘さんだ。

 

「無残な殺され方だよね。顔の原型をとどめていない程刺されて。気をつけてね、可愛い子ばかり狙われているから・・・・・貴女のように」

 

 緩慢な動きで人差し指を娘さんの額につけて・・・・・軽く押したように見えた。

 

「冗談だよ。あまり気にしないでね」

 

 彼女さんはいつもの素敵な笑顔に戻った。娘さんは彼女さんの冗談に苦笑いを浮かべている。僕も怖かったから、あとで彼女さんに注意しておこう。

 

「おじさん、新鮮なお魚さんいる? 」

 

「あ、ああ。いっぱいいるぜ! 」

 

 おじさんは店の裏側に行き、木の板で作られている大きな箱を持って戻ってきた。蓋を開けると、先ほど捕れたばかりと思われる魚が十匹ほど横たわっていた。

 

「わぁ! どれも美味しそうだね! 」

 

「おう! ちょうどさっき譲り受けたからな」

 

「ではおじさん、この二匹ください」

 

「あいよ! 」

 

 十匹の中でも特に新鮮そうな二匹を買い、お店を後にする。娘さんはいつも去る時に別れの挨拶をしてくれるのに、今日はしてこなかった。

 日も落ち、辺りが本格的に暗くなってきたので帰りを急ぐ。彼女の手は暖かくいつも通りだったが・・・・・彼女の瞳だけは冷たく光沢が消えたままであった。

 

 

 

 途中で何度か迷いそうになったがなんとか家に着いた。こんな木で出来た簡素な家でも落ち着くものだ。

 ボロボロの引き戸を開け、床に手を付き家の中を手探りで探し回り────簡易的な囲炉裏の前まで行く。

 

 そこで、後ろから何者かにのしかかられてしまった。そのまま仰向けの状態になるように何者かに押さえつけられる。腕に爪が食い込み痛みが少しずつ広がってきている。暗くて一瞬わからなかったが、暗闇に目が慣れてくると輪郭がはっきりしてきた。

 

「どうしたの? 彼女さん」

 

「──は今日、あのおじさんの娘と何を話していたの? 」

 

「何って、別に大したことじゃないよ」

 

「教えて」

 

 僅かな月の光が彼女さんの顔を半分だけ照らしだした。瞳は狂気、口は真一文字に結ばれている。だけどこの姿の彼女さんは見慣れてしまった。

 

「僕があの店に行った時にね、娘さんが僕を見た途端に顔を赤く染めてしまったから病でも移してしまったのかと思って」

 

「やっぱり・・・・・あの女も・・・・・ヤらなくちゃ」

 

「彼女さん? 」

 

 彼女さんは右手の爪を噛み始め、それと同時にぶつぶつと独り言を言い始めた。聞こうとするも小さい声で詳しい内容は分からない。

 

「どうしたの? 」

 

「・・・・・ううん、なんでもない。それより」

 

 彼女の端正な顔がより一層近くなる。僕が少し顔を上げたら彼女の顔とぶつかってしまう。目と鼻の先だ。彼女さんの甘い吐息が鼻を抜けていく。

 

「私のこと・・・・・好きだよね? 」

 

「僕は彼女さんのことが好きだよ」

 

「本当に? なら、行動で見せて」

 

 彼女さんのことは誰よりも好きだ。仏様に誓って断言出来る。だが行動に移す事ができない。彼女さんから求めることはあっても、僕はずっと受け身、されるがままだったのだ。故に何をすれば良いのかわからない。そのまま何もせずただ彼女さんの冷たい目を見つめ合っていると、いつまで経っても答えを出さない僕に痺れを切らした彼女さんが、

 

「見せて・・・・・くれないの? 」

 

 一言で全てを凍てつかせるような冷ややかな声を発した。尚も言葉は続く。

 

「───は私のこと、好きじゃないの? どうして? ねぇどうして? なんで? なんでなの? 」

 

 彼女さんの肩が小刻みに震えだした。どうやって気持ちを伝えていいのか分からない。

 彼女さんは、どうしていいか分からない僕のことなんてつゆ知らず、言葉をまだ紡いでいる。

 

「この髪も、目も耳も口も全部誰にもやらない! 誰にも渡さない渡したくない! 全部全部、私のモノだ! 」

 

 声がだんだんと大きくなっていく。いつもの綺麗な顔の面影は残っていないほど顔は般若のように歪み、僕の腕を掴んでいる手に力が入り爪がさらに食い込む。

 

「どうして? 私のこと・・・・・あ、そっか。あの娘がいるからいけないんだ。毎回毎回私の──に色目を使って! ──は騙されてるんだ。──は悪くないよ。全てあの娘が悪いの。あの娘は一刻も早くヤらなくちゃ・・・・・」

 

 不意に腕を掴んでいた手の力が弱まった。彼女は僕の腰に跨ったままいつも着ている着物の中に手を入れ・・・・・微かに銀色の輝きを放っている包丁を取り出した。

 

「すぐに助けてあげるから。待っててね」

 

 静かに立ち上がると持っている包丁を二回おおきく振り、家の玄関に歩を進めた。

 あのまま彼女さんを行かせたら娘さんに危害を加えるかもしれない。急いで彼女さんの包丁を持っていない手を掴んだ。

 

「待って彼女さん。僕は彼女さんのことが好きだ。本当だよ。娘さんにも騙されてない」

 

「それなら、行動で見せてよ! 私のことが好きって証明してよ! 」

 

「それが・・・・・恥ずかしいことだが、どういう行動を取れば良いのか分からないんだ。僕は彼女さんが言ったことなら何でもするよ」

 

 その言葉で彼女が出ていこうとする力が弱まった。これで多分娘さんに危害を加えないだろう。よかった。

 

「だったら・・・・・私に口付けをして。私がいつもしているみたいに。私からじゃなくて、───から」

 

 口付けって接吻のことだよね。口と口を合わせることだよね。

 

「分かったよ」

 

 彼女さんの両肩に手をのせ、顔を近づけていく。僅かに射し込む月明かりが再び彼女の目を、耳を、口を、映し出した。僕は彼女さんの為ならどんな事だってする。してみせる。例えそれが娘さんと今後関わるなと言われれば、あの店には二度と行かないし娘さんと会っても話さないと思う。殺せと言われれば・・・・・多分殺す。彼女の存在が僕の全てなのだから。

 

「好きだよ、───」

 

「僕も好きだ」

 

 そして・・・・・彼女の柔らかい唇が、僕の唇と重なり合う。一瞬ではない。何秒も、何十秒も、重ね続ける。時折息継ぎをしながら何度も。彼女さんの唇の感触が、今は狂おしいほどの喜びを与えてくれる。

 

「はっ・・・・・ん」

 

 彼女さんはなされるがままではなく、僕の首に腕をまわし、一際強く唇を押し付けてきた。それと共に彼女さんの舌が侵入し、僕の舌に蛇のように絡めてくる。

 

「んにゅ、はぅ」

 

 舌の動きを追っているうちに頭の奥が痺れ始めてきた。口付け以外何も考えられない、考える事が出来ないほど激しい。

 

「んっ」

 

 時折離れる唇から僕と彼女、どちらか分からない熱い息がこぼれていく。

 

 彼女さんの美しい髪をかき分けるように手を這わせると、びくっ、と彼女さんの体が小さく波打ち、

 

「ひぅ・・・・・」

 

 気持ち良さからか、彼女さんの透き通った声が漏れてしまっている。

 狭く何も無い家の中、ちうっ、と時折響く水音しか聞こえてくるものは無い。

 

 

 どのくらい口付けしていただろうか。実際は十秒程かもしれないし、二十分かもしれない。ただ長い時間が過ぎていき、ちゅっ、と心地よい音を最後に互いの唇が離れていく。彼女さんは蕩けた顔で僕を見上げ、

 

「───、私を名前で呼んで? 」

 

「・・・・・ごめん、初めて会った時に名前を教えてもらったけど、僕は俗に言う『外国語』は分からないんだ」

 

 すると彼女さんは蕩けた顔から一転、くすくすと笑い始めた。

 

「ごめん。私の本名は貴方にはわかるはずないよね。言語が違うし。だったら、新しい名前を──がつけてよ。私はどんな名前でも受け入れる」

 

 名前、か。考えて出すのは難しいが・・・・・月夜に映える陶器のように白い肌を美しい彼女さんを見て、自然と名前が浮かび上がってきた。

 

「彼女さん、『ゆき』って名前はどうかな」

 

「ゆき・・・・・いいよ。ありがとう。今日から私は──のゆき。いつまでもずっと愛してる」

 

「僕も、愛しているよ」

 

「ずっと一緒だからね。これからも、ずぅーっと」

 

 再び僕に口づけをしてきた。さっきよりも優しい口づけだ。怒ったと思えば急に優しくなったりと、感情がすぐに変わる様子はまるで風車だ。

 

 ──やっぱり僕の彼女は()()()()変わっている。

 

 

 




唐突な予告 武偵高の文化祭は、文化祭らしい劇をやります。ええもう、テンプレですね。
この話は少し経ったら番外編の章へ持っていきます。


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本編
第1話 第二の人生


 午後4時過ぎ、帰りが早い高校生がちらほらと出没し始める時間。

 買い物帰りの主婦たちがスーパーマーケットの前で談笑し合い、近くの公園では子供たちが楽しそうな声をあげ、鬼ごっこをしている。

 昨日までここは平和な場所だった。

 

 だが今日、昨日と同じ時間、周りには老若男女の叫び声が響き渡っている。

 人殺しだの、刺されているだの、警察だのとうるさいくらいだ。

 

 そんな中、俺は歩道橋の上に倒れている。俺にまたがるようにしながら、包丁を俺の腹、胸部、腕など何回も刺しているのはいつも一緒に帰っていた異性の幼馴染。

 目の焦点があっておらず、「朝陽は私だけのもの! 」なんて狂ったことを言っている。

 俺と幼馴染のまわりは俺から大量に流れ出た血によって汚れ、俺の返り血を浴びた幼馴染の顔はもう狂気に染まっていた。

 不自然なほど冷静な頭の中。ただ浮かび上がる言葉は、『死ぬ』の二文字だけ。

 いやだ、死にたくない。

 縋り付く思いで、今はもうグチャグチャになっている右手を幼馴染の頰にのばし、

 

「な……んで……」

 

 と、涙を零し、助けを乞うが……幼馴染は口を大きく開け、悪魔のような笑顔を浮かべた。

 それだけでもう分かってしまった。もう、無理だと。

 

「ごめんね。待っててね、私の朝陽」

 

 そう言うや否や、ひと際大きく包丁を振りかぶり、俺の顔に振り下ろされ───グシャ! という異音とともに、意識は呆気なく黒へ染まってしまった……。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 外が眩しい。まだ生きてたのか?俺は顔を刺されて死んだはずだ……。

 恐る恐る瞼をあけると───眼に映る限りの花畑とどこまでも続く青空。そしてそこに1人の黒髪黒目の少女が立っていた。

 

(……誰?てかここどこだよ!?)

 

「ここは転生の間、私はゼウスよ」

 

「……What?」

 

 目の前にいるロリが……ゼウス?もっとおじいさんみたいな───

 

「君が失礼なこと考えてるのは分かってるんだけど⁉︎ 」

 

 心読めるのか⁉︎……あ、でもそんくらいは出来る……のか?

 

「君がなぜここに来ているかの説明義務が私にはあるわ。さっさと済ませたいから静かに聞いてね」

 

「わ、わかった。混乱してる俺にも分かりやすく説明してくれよ」

 

 目の前の神様は、まずどうやって俺が死んだのか。また幼馴染が急変した理由について詳しく、ゆっくりと説明してくれた。

 混乱気味の頭の中を整理し、なぜ殺されたのかということをもう一度神様に確認する。

 

「んで、その瑠瑠神とやらが俺を好きになって、他の女と関わらせたくないとヤンデレ化して、幼馴染に憑依して俺を刺し殺したと」

 

 苦虫を百匹ほど噛み潰したような顔をしながらこのロリ「ロリじゃないわ」 に問うが・・・・・なんだよそれ、ただの自己満足で俺を殺したのか⁉︎

 ヤンデレでもそれはやりすぎ……なのは知らんが人を巻き込まないでくれよ。というか、

 

「なんで俺のことが好きになったんだ? その瑠瑠神とやらは……」

 

「君、霊感があるでしょ? それも霊に干渉できるくらいの」

 

「ああ。まさかそれで引きよせちゃったとか?」

 

 道を歩いていてぶつかってしまい、謝ったら、誰にそれいってんの? とか友人に言われてしまうほど俺には霊感があった。

 そのせいでたまに取り憑かれることがあるから迷惑してたんだが……今回もそうなのか?

 

「あなたは1度、瑠瑠神に会っているわ。依り代無しで、しかも瑠瑠色金がそばになく、霊感が強い人でも普通は見つけられないのにあなたは見つけてしまった。あのバカ女……瑠瑠神は、本来人と関わることが大嫌いなの。だけどあなたとは波長があったようね。

 それからはあなたの事ばかりを考え、私の言うことを聞かず、ついにあなたを我が物とするためにあなたを殺した、というわけ」

 

 つまりまた引き寄せちゃったっていうわけかよ・・・・・運がないなぁ俺。

 待て、瑠瑠色金だとか意味不明な単語より大事な、大切なことがある!

 

「おい! 俺の幼馴染はどうなった! 」

 

「あなたを殺した後、自分の……つまりあなたの大切な人の首を刺して自殺したわ」

 

 なんで!俺だけ殺せばいいじゃないか! なんで関係ないあいつまで!

 

「それで……今そいつはどこにいる」

 

「人の運命を変え、二人の人物を殺した、その罪で【断罪の間】あなたたちの世界で言うところの刑務所に彼女はいるわ」

 

 ……そうか。だったら大丈夫だな。

 でもアイツはもう俺と同じで死んだんだよな……生まれてからずっと一緒だったのに。飯も作ってくれて、相談とかにものってくれて……クソッ!!

 俺もあいつも短い人生だったな。俺の顔は普通だったと思うけど、あいつはなかなか可愛かったしな──楽しかったことも、もう終わりか。

 

「あなた、随分落ち込んでいるようだけど私の話聞いてなかったの?」

 

「……え? 」

 

 ちゃんとこのロリの「だからロリじゃない」話は聞いていたはずだが。

 

「ハァ……最初に言ったでしょ。ここは転生の間だって」

 

「あ……」

 

 完全に聞いてなかった。てか混乱してたから覚えてるはずねえだろ。何? お詫びに転生でもさせてくれんの?

 

「あなたの思っている通りよ」

 

「本当か⁉︎ 」

 

「あ、でも1つだけいっておくと、あなたは転生先の世界でも殺されるわ」

 

「は? 」

 

 転生先でも殺されるって……運なさすぎるだろ俺!

 でも、なんでそんなこと知ってるんだ?

 

「あなたそこまで考えてもわかんないのね。あなたのことを瑠瑠神がまだ狙ってるからよ。

 瑠瑠神というのは説明すると長いから省略するけど……いわば、特殊な金属にいる神様。あなたが行きたがってる世界に瑠瑠神はいない」

 

「だったら! なおさらいいじゃねえか。そいつがいないところで俺は平和に暮らすんだ」

 

「ダメなのよそれでは。あなたがいないとあの子は暴走して……私よりも強大な力をもって

 断罪の間から抜け出してあなたの世界に干渉し始めるわ。仲良くなった人たちも、全員殺される」

 

 な⁉︎ それじゃどこにも行けないじゃねえか! てか、ゼウス様⁉︎ あなた全知全能で神様の王なんじゃないの⁉︎ ゼウス様1番強いんじゃないの⁉︎

 

「確かに、私は王よ。だけど、あの子の君に対する執着心は並大抵のものじゃない。君に会うためだったら何でもする子よ」

 

 これはもう所謂『詰み』というやつではないか……

 

「だから君にはあのバカ・・・・・瑠瑠神を止めてもらうために、『緋弾のアリア』の世界に行ってもらうわ」

 

 聞いたことは……一応あるが、原作知識は皆無だ。なぜそこに行けと? 殺されるんじゃないの?

 

「その世界に行けば、瑠瑠神を殺せる、即ち君が瑠瑠神からの呪縛から解放されるかもしれないの。

 その世界は瑠瑠色金がある世界。色金というものは、『1にして全、全にして1』。つまり自分の体とも言えるものが最もある場所。

 自分の体とも言えるものが傷つけば、瑠瑠神も傷を負って力を失うわ。それができれば私があの子を消滅させることができるの」

 

 つまりこのロリは「瑠瑠の前にあなたを殺すわよ! 」俺にその緋弾のアリアとかいう世界に行って、何とかしてその瑠瑠色金を傷つけろと……一般人になんてこと言ってやがる。神様とも言える物体を傷つけろと? ドSだろこのロリ。

 

「ロリ呼ばわりされていることに非常に腹がたつんだけど・・・・・あなたがその世界にいっても苦労しないように3つだけ、願いを聞いてあげる。どんなことでもいいわ。」

 

「そうか! だったら……」

 

 その瞬間、幼馴染とのたくさんの楽しかった思い出が脳裏に流れた。あいつのためなら───

 

「どんなこともか? 」

 

「ええ、私に二言はないわ」

 

「だったら……1つ、俺の幼馴染を生き返らせてくれ。もちろん、俺がいない世界に再構築してくれよ」

 

 あいつはだけは生きて欲しい。俺のせいで死んだんだ、あいつは……幸せに生きて欲しい。

 いい男のところに嫁に行って、いつまでも笑顔で暮らしてほしいんだ。

 

「あなた……まあいいわ。2つ目は? ちなみに、体質とかはあなたのいた世界と変わらないわ」

 

「そういうこと先言えよ⁉︎ だったら……俺の霊感を無くしてくれ。もう取り憑かれるのはゴメンだ」

 

 転生先で取り憑かれるののは勘弁だ。本当にやだ。

 

「はい、3つ目は? 」

 

「お前といつでも会話がしたい。もちろん、俺はロリコンじゃない。瑠瑠神がどうなってるか随時知りたいだけだから」

 

「あなたホントに殺すわよ⁉︎……ハァ、わかったわ。じゃあ決まりね。さっさと行ってちょうだい。」

 

 おっと、ゼウス様のおでこに怒りマークが見えた気がする。これ以上はやめておこうか。

 ん?……少し焦りも見えるような気が……

 

「はやく君の後ろの扉をくぐって。あいつがくる。ここが崩れるのも時間の問題よ! 」

 

「あいつってまさか⁉︎ どれだけ強いんだよあのヤンデレ! 」

 

 俺は後ろの扉に走り出し、くぐろうとしたところでロリにまだ感謝を伝えてなかったことを思い出す。

 

「おいゼウス様! 転生させてくれてありがとよ! あんたも気をつけろよ! 」

 

 ゼウス様は俺の言葉に……少し驚いたような表情をし……元いた世界であれば即アイドルになれるような

 とても可愛らしい顔を向け、

 

「君ごときに心配される私ではないのよ? いってらっしゃい! 」

 

 扉を開き、一歩踏み出すと……何かに引きずり込まれるように下に落ちていった。

 

 

☆☆☆

 

 

「ねえ、私の朝陽と何話してたの? 」

 

「ただの世間話だよ。君もそんなにあの子のことが好きなのかい? 」

 

 そう言うとバカ女……瑠瑠神は長い髪を振り回しながら自らの頭に爪をたて、狂い始める。よくもまあ、ここまで変質したものだ。

 

「うるさいうるさいうるさい‼︎ アアアアアアアアアアアア‼︎ お前ごときが! 私の朝陽と喋るなんてええええっ!許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないッッ! 」

 

 どんどんドス黒い狂気が転生の間に満ちていく。ここが崩壊するのも時間の問題だろう。それにしても……瑠瑠神をこんなにしてしまうなんて。あの子も罪深いなあ。

 

「ふふっ、君のせいであの子が迷惑してるとは思わないのかい? 」

 

「迷惑? 朝陽は私を愛しているの! 愛してなければいけないの! だから! 朝陽に近づく女は殺すの! 殺さなくちゃいけないの! 」

 

 ああ、このままじゃ……またあの子が殺される。今度は現世に生まれた瞬間だ。そうなる前に、また閉じ込める必要がある。でも──1つ瑠瑠神にいっておかなくちゃ。

 

「君があの子のことをどう思うが私には関係ないけど……ちょっとヤキモチ妬いちゃうかなあ? 」

 

 少し頰を赤く染め、右手を人でいう心臓の位置に持ってくると……

 

「お前ええええええええええ! 」

 

 案の定怒ってくれた。ここまで敵意むき出しで来てくれないとあの人達は出てきてくれないんだよね。

 

「だから、また閉じ込められてね」

 

 私は今にも私を殺そうとしてくる瑠瑠神に手の平を向けるようにつきだし、

 

「オリンポスの神々たちよ、力を貸せ。てか起きろニートども! 仕事だ」

 

 どこからか、面倒だの嫌だだの聞こえてくるが一切無視し、最上封印術式を展開する。

 

「瑠瑠神よ! たかが金属の分際で私に勝てると思うなよ! しばらく閉じ込められて、己を見直せ! 」

 

 私のまわりに、11もの魔法陣が展開され、私の手のひらにも一つ展開される。まばゆい光を放ち、エネルギーが収束されていく。

 

「 絶対にコロシテヤルウウゥゥゥゥゥゥゥっっっっ! 」

 

 瑠瑠神が私に近づき、あと一歩で私に触れられる位置にまで来たとき……術式を開放する。

 

「最上封印術式! 【絶無世界】! 」

 

 ーーキュウウゥゥゥゥゥゥウウン! ーー

 光の粒子が瑠瑠神を囲い、魔法陣から大質量の光の粒子が放たれる。

 瑠瑠神はその光に溺れながらも、狂気に染まった目をこちらに向け……開きっぱなしだった扉の方に一筋の光を照射した。

 

「しまった‼︎ 」

 

 瑠瑠神はそれに満足したように足掻くのをやめ、再び強化された断絶の間に閉じ込められた。

 

「ハァ……ドッと疲れが来るわ。ありがとね、オリンポスの神ニート達」

 

『ニートじゃない! 』

 

「それにしても私のミスだわ……あの光、あの子が大変なことになりそうね」

 

 自分のミスを悔やみ、あの青年が無事に生まれることを祈る。手出しできるのはこの空間内か、いずれかの世界でのみ。ここと世界を繋ぐ道において私は無力も同然。だから──

 

「無事に、生まれてくれ! …… 」

 

そう願うしか、私には出来なかった。

 




行間をどこで開けるべきか、表現の仕方などまだ試行錯誤しながらやっております。
そのアドバイスなどいただけたら嬉しいです。


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第2話 波乱の生き様

どうも!
前書きとサブタイトル書くのを忘れた鉛筆です。
すみませんでした。




 転生してから16年経った。16年間の中身は・・・・・まあ全部話すと俺がおじいちゃんになっちまうくらい濃密なものとなった。

 転生先の家庭では、平和な家族団欒がなど無かった。まず! 産まれて物心ついた時、1番最初に触ったのが刀だ。前世では絶対にありえん。

 家も家じゃなくて原子力潜水艦。俺が何故か道端で捨てられていて、拾ってくださったのがシャーロックホームズとかいう人だし。

 てかあんた何でまだ生きてんの?

 

 ということでゼウス様(ロリ)に聞いたところ、

 

『ああ、瑠瑠神と戦うには強くならないとね。だから瑠瑠神と関わるルートと、強くなるためのルートを合わせたところ、この世界でも上位の強さを持つシャーロックにたどり着いたの! 』

 

 らしい……おい、たどり着いたの! じゃねえよ。なんでこの世界普通に銃とか刀とか触れるんだよ!

 よく見たら人外もいるじゃねえか!

 

 そのほかにも色々聞いたところ……どうやら悪いニュースが1つと良いニュースが3つあるらしい。

 

『おいロリ様、俺は嫌いな食べ物は先に食べる派なんだ。悪いニュースから聞かせろください』

 

『敬語使うならはっきり使ってよ! あとロリ様やめろ! まったく……悪いニュースは正直私のミスだ。君は不幸が続く』

 

『はい? なんのミスをしたんだ? てかロリ様でもミスするんだな』

 

 ニヤニヤしてると、体を突き抜けるような電流が流れた。なぜ⁉︎

 

『あなたが転生するためにくぐった扉に……瑠瑠神が呪いの念を含む光を放ったのよ。私はその光を止めることはできなかった。だから君には不幸の呪いが背中にまとわりついているわ』

 

『おいロリ、もともと幸福度がマイナスの方に傾いてるのに悪化させてどうすんだよ! 』

 

『だから、これからは良いニュース。私から3つプレゼントがあるわ』

 

『……言っておくが、私がプレゼント‼︎ とか言っても受け取らないからな?ロリコンじゃないし』

 

 ──痛ッ‼︎ また電気流しやがったな? しかも威力上げてやがる‼︎あのロリめ、覚えておけ!

 

『てかなんで俺にプレゼントなんて……あ、ミスしたからお詫び的なね』

 

『そうよ、1つはあなたに刀をあげるわ。この私がじきじきに作ってあげた対瑠瑠神用の刀よ。』

 

 どうやって受け取るの? なんて思ったが、腰あたりが急に重くなったので見ると……いつの間にか刀がぶら下がっていた。

 鞘は全体的に雪のように真っ白に染まっている。刃のほうは灰色に若干白色が混ざっていて……あれ? この刀どこかで見たことあるような……

 

『それはあなたが1回目の人生でハマっていた、モンハンに出てくる、氷刃【雪月花】というものをパクって……参考にして作ったわ。意味はあるの』

 

『おいそれはダメだろ! 怒られるぞ! てか完全にパクったって言ったよな⁉︎ 言っちゃったよな⁉︎ 』

 

『大丈夫! 氷属性持ってないから! それと、2つ目の良いニュースは、あなたに能力をあげるわ』

 

 能力か……全国の男子と女子の憧れだな。一度はそういう系の能力に目覚めてとか色々と妄想したものだ……おっと、黒歴史は封印しておかねば。

 さて、なんの能力かな? やっぱり炎とかか? いやでもこのロリのことだから……

 

『まさかその能力って氷属性とか言うんじゃないだろうな? 』

 

『え……あ……えと……………えへ?』

 

『お前マジで単純だな! ……瑠瑠神は氷が苦手なのか? 』

 

『そんなことないわ。ただ、これからあなたが出会う強敵達にやられないようによ』

 

 おお。でも、こいつのことだからきっと自分も欲しかったとか思ってそうだな。

 

『それは建前で、本音は? 』

 

『氷属性カッコいいからだよ!私も氷属性欲しいよ!』

 

『お前のオモチャじゃねえぞ俺は』

 

 予想的中だ。なんだこのロリ。自分勝手すぎだろ! 少し可愛いからって調子に乗りやがって。

 いつか能力使って氷漬けにしてやる!

 

『3つ目、君が私との別れ際に言ってくれた言葉が嬉しかったから身体能力を1.5倍にしといたわ』

 

 おお!なんだ俺の身体能力が1.5倍に! ……ってあんま変わんねえじゃねえか!

 

『おいツンデレロリ! 100倍とかじゃないのかよ⁉︎ 』

 

『私のことをロリって言った罰よ。ま、君ならできるさ。天界から応援しとくよ。』

 

『ちょ! 待っ……うわ、切断しやがったあのロリめ』

 

 ともかく、対瑠瑠神用の刀と氷属性と死ぬ前の身体能力の1.5倍をもらったんだ! 前の世界では結構運動神経よかったし、これはこれでオッケーとするか。

 

 

☆☆☆

 

 

 ツンデレロリことゼウス様に武器と能力をもらって10年経った頃俺はあの能力や武器など一切使わず、学問に励み……なんていうことはできるはずもなかった。

 

 シャーロックに銃の使い方、剣術、体術、能力の使用など色々な事を教えられ……

 10歳の頃に、紛争地域にいる武装勢力を制圧してこいとか言われたり、どこかの国の王室に潜入してこいなどと野蛮で、非道なことをしていた。

 

 日本人の心が痛むぜ!

 幸い、俺には才能というものが……少しだけあったから頑張って成し遂げた。人間、やれば出来るもんだな。

 

 そして……俺に友達なんていなかった。これもシャーロック他のメンバーに会わせてくれなかったからだ。俺が9歳の頃に、「他のみんなに会いたい! 」 といったところ、「これから面白いことがおきるんだ。だから武偵校に入学するまで我慢してね」

 

 なんて言われたから。だけどまあ……いいよもう。ゼウス様いるし……。

 

 

☆☆☆

 

 

 ──15歳になったと同時に、伊・U という俺がいた組織(?)から卒業し、東京武偵高校という高校に進学した。そこは、南北2km、東西500mの人口浮島にあり、武偵を育成する総合教育機関。

 武偵とは、武偵法というものを犯さない限り金さえあれば何でもするという、いわば【何でも屋】。

 

 本当に何でもするのだ。

 一般教育の他に武偵の活動に関わる専門科目を履修する。また、校則により校内での拳銃・刀剣の携帯が義務付けられており、制服は防弾制服を必ず着用、という前にいた世界では考えられない学校だ。銃刀法違反なんて通用しないし。そこで俺は、明日無き学科、と言われる一番殉職率が高い強襲科を受けた。結果は……Sランク。特殊部隊一個中隊と同等の戦力らしい。シャーロックに鍛えられたおかげだ。

 

 俺は色んな先輩たちにお世話になり、友達もたくさんできた。

 特に、遠山キンジ、不知火亮、武藤剛気 とは仲が良い。このメンバーで任務をすることが多かったな。

 1年間、銀行強盗を制圧したり、麻薬取引しているところを強襲したりと平和な(?)日々を過ごした。

 キンジは特殊体質があるらしく、それを発見したときは目が飛び出しそうになった。割と本気で。

 

 

☆☆☆

 

 

 そして現在に戻る。朝の6時30分、目覚ましがなくとも起きられるようになったね。革命だ! とりあえず顔を洗い、着替えを済ませ……アニメを見る。深夜帯のアニメ見れないからね! 録画したのを朝早く見るのが日課となっている。素晴らしきかな。それから7時ちょいすぎたあたりで、ピンポーン、とチャイムがなった。その人物はおそらく……

 

「やあ白雪さん、おはよう」

 

「お、おはよう朝陽くん! キンちゃんは? 」

 

「あいつならまだ寝てるよ。起こしとくから先にあがってて」

 

「ありがとう! 」

 

 満面の笑みで玄関に入るのは……星伽白雪、キンジの幼馴染だ。可愛くて、頭が良くて、料理もできる。黒髪ロングの大和撫子って感じだ。キンジにこんな素晴らしい幼馴染なんてもったいないけどな。

 とりあえずキンジを起こすため寝室に行くと、幸せそうな顔をして眠っている。

 妙にイラっときたし、一発重いの食らわせるか……

 

「さーん、にー、いーち……起きろおおおおおお‼︎ 」

 

 キンジの腹めがけて拳を振り下ろす。

 鈍い音と共に、一瞬にして苦しそうな顔になり、

 

「痛っ⁉︎ゴホッ! ゴホッ! お前朝から何してんだよ! 」

 

「白雪さんがまた朝ごはん作ってくれてるんだ! いい加減起きろ! 」

 

「だからって拳で起こすのは違うだろ⁉︎ 」

 

 と、いつもの会話をしながらリビングに行き、白雪さん特製の和食を食べる。

 白雪さんの作る飯は毎日食べても飽きないし、むしろ毎日食べたい。

 

 白雪さんは……キンジの方を見て、美味しい? なんて聞いている。キンジは眠たそうにしながらも、

 

「美味しいよ。いつもありがとう。」

 

 なんて言っちゃってる。クソッ! リア充爆ぜろ! イチャイチャ空気作りやがって‼︎

 

「白雪さんいつもありがとね! これじゃキンジの通い妻みたいだな」

 

 なんて言ってみると……白雪さんは一気に赤面し、わたわたと自分の箸を落としてしまう。

 

「な、ななな! 朝陽くん! そんな……通い妻なんて……キンちゃんはどう思う? 」

 

 ハハハハハ! どうだキンジ! 返答に困るだろう! 俺からの精一杯の嫌がらせだ! キンジに怒りマークが2,3個出来たが、構わない!

 

 そのあとは白雪さんがミカンをくれた。これも美味しい。美味しすぎて涙が出そうだよ! キンジもお礼を言っているのだが……

 

 白雪さんが立ち上がる際に胸元が見えてしまった! しかも黒のブラジャーだと⁉︎ 高校生はダメだろそれ‼︎

 俺もキンジも赤面してしまったが……目の保養になった。ゲスい? 知らないなそんな言葉‼︎

 

「キンちゃん、先行ってるね! 遅刻しないでね! 」

 

「分かってるよ。気をつけてなー! 」

 

 などと平和な会話をして、白雪さんは一足先に学校に向かった。

 

 ──このとき、白雪さんの言葉をしっかり覚えていれば、あのピンクツインテと会って、人生が大変なことになることもなかったのに。

 

 

☆☆☆

 

 

「あああああああああああああ‼︎ 今‼︎ 私のことを思ってくれた‼︎ 朝陽が私のことを‼︎

 待っててね‼︎ こんな部屋、すぐ壊して朝陽のところまで行くからね‼︎

 そしたら朝陽を私の世界に招待してあげる‼︎手を私の金属の糸で縫い合わせるの‼︎ そうすればもう一生離れない‼︎

 ずっと一緒‼︎ ずっと一緒‼︎ あああああああ会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい‼︎ アイシテルノ‼︎ もう何もかもいらない‼︎ 朝陽さえいれば私はいいの‼︎待っててね‼︎ 朝陽‼︎ 」

 

 その日、とあるアメリカの研究所が火の海につつまれた……。

 



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第3話 Do I feel lucky ?

「ハァ…ハァ…ハァ……おいキンジ! 体力持つか⁉︎ 」

 

「う……そろそろ……ハァ…限界だ‼︎ 」

 

「頑張れ主人公‼︎ 骨くらいは拾ってやる! 」

 

「お前の能力でなんとかできないのか⁉︎ 」

 

「無理だ! 俺1人だけの脱出はできるがお前を助けるとなると時間がかかる! 」

 

 朝から額に汗を浮かべて死の追いかけっことか、誰得だよ! 8台のセグウェイ(UZI付き)に追いかけ回されるのはこの瞬間だけでいい。

 こうなったのも7時58分発のバスに乗り遅れたからだ!

 

 

☆☆☆

 

 

 

 俺たちがダラダラとネットを見ていると、バスの発車時刻である7時58分の30秒前だった。当然乗れるわけがなく……仕方なく2人で自転車登校することにした。怠惰な心をなんとかしたい。

 

「あー自転車登校もたまにはいいな! 」

 

「俺はバス登校のほうがいい」

 

「なんだよ! だからEランクなんだぞ! 」

 

「ランクは関係ないだろうがっ! 」

 

 朝からよくそんな元気だな。俺も見習いたいよ。

 

『その、チャリには、爆弾が、仕掛けて、ありやがります』

 

 ん?キンジが喋ったのか? 面白い声だすんだな。

 

「キンジ、新しい声真似か? 誰のだ? 」

 

「……俺は喋ってないし、強いていうなら後ろのやつだ」

 

 振り向いて見ると、UZI付きセグウェイが後ろをついて走ってついてくる。

 爆弾? あるわけな……サドルの裏にあったよちくしょう! 明日からサドルの裏見るのを習慣にしよ!

 

 それから、セグウェイに追っかけ回され、加速し続けろと命令され10分経過した頃、そろそろ疲れてきた。

 最初にゆっくり走ってたのが不幸中の幸いだな。

 

「おい……そろそろ肺が……運動したくないって叫んでる! 」

 

「くだらないこと言ってる暇あったら打開策考えろよ! 」

 

「打開策なんて……氷の壁を作ることくらいしかないぞ」

 

「あるじゃねえか‼︎ 早くやってくれよ! 」

 

 おいキンジ、頭を働かせろ。

 

「いいか⁉︎ 俺たちをストーカーしてるセグウェイだけやったとしても、他にもいるとは思わないのか⁉︎

 もし凍らせたりなんかしたら狙撃されるかもしれないんだぞ! 俺たちを覆い、なおかつ銃弾を防ぐような氷を形成し続けたら精神力がもたない! 」

 

 やはり能力を使い、銃弾を防いでるうちに救援呼ぶか?いや……リスクが高い。何かないのか⁉︎

 本格的に焦り始めたそのとき……50mほど離れたビルの上に少女が立っているのが見えた。

 

「おいキンジ! 50m先のビルの屋上! 武偵がいるぞ! 」

 

「何言って──マジか」

 

 俺たちとの距離が30mほどになったところでその少女はビルから飛び降り、パラグライダーを器用に使って俺たちのところまで滑空してくる。

 

「おい! 危ないぞ! 」

 

 横でキンジが叫ぶがそんなこと聞きもせず近づいてくる。そして太ももにあるホルスターからガバメントを抜き、

 

「ちょっとそこのバカ2人‼︎ さっさと頭下げなさい! 」

 

 頭を下げた瞬間にその少女の2丁拳銃が火を噴いた。

 水平撃ちが見事に命中し、俺たちに最も近かったUZI付きセグウェイを破壊する。

 後ろの残り7台は……なぜか発砲して来ない。ジャミングでもしたのか?

 

 だがジャミングがいつまで持つか分からないので、俺たちを助けてくれた少女に目配せをし……俺の意図が伝わったのか、パラグライダーで俺たちのはるか前方に移動する。

 ここで俺たちのすべきことは───

 

「キンジ! 速度を上げるぞ! 」

 

「なんで!……ってあれやるのかよ!? 絶対嫌だあああああああ! 」

 

 そんなことを言っている間に少女との距離はグングン近くなっていく。

 あっ! その前に言いたいことがっ!

 国民的に人気があり、今もその名言は、現実という最前線でも通じるのだ!

 

「親方! 空から女の、ブハッ! 」

 

 結局言えずにつっこんでしまい……俺たちがいなくなって無人となった自転車は10mほど走った後、強烈な爆発と爆風に体を吹っ飛ばされ、そのまま意識が無くなっていった。

 

 

☆☆☆

 

 

「痛たたたた……ここどこ? ……あ、吹っ飛ばされて体育倉庫に入った、というわけか」

 

 さて、キンジとピンクツインテでも探すか──って、2人とも防弾跳び箱の中にすっぽりとはまってるよ。それと、キンジさん? なんでピンクツインテの防弾制服の中に顔突っ込んでるの? 絶対ブラジャー見えてますよね? 絶対領域見えてますよね⁉︎

 わいせつ罪の現行犯で逮捕したいところだが……ちょうどそのときキンジが起きたらしく、防弾制服の中でモゾモゾと頭が動いている。出てきたところで早速尋問開始だ。

 

 だが髪の毛が引っかかっているようで、まだ苦戦している。何回か出ようとしたところで……ピンクツインテが起きてしまった。ピンクツインテは、イヤーッ‼︎ という声をあげながらキンジの頭を制服の中から無理やり出した。

 そして顔を真っ赤に染め上げ、涙目で

 

「こ、ここここの変態! 最低最低最低最低! 」

 

 と、キンジの頭にポカポカパンチをしている。ああ、ピンクツインテよ、かわいそうに。

 

「この恩知らず! 痴漢! ひとでなし! 」

 

 そろそろ止めてあげようと説得しようとし──体育倉庫の入り口から10mほど離れた場所にUZI付きのセグウェイが止まったのを確認し、その考えは即座に切り捨てる。

 

「ふせろ! 」

 

 俺の叫びにピンクツインテとキンジは瞬時に反応し、俺もキンジたちが入っている防弾跳び箱の所へ身を投げ出すようにして回避する。

 

 凄まじい轟音と共についさっきまで俺がいた場所に、容赦なく音速の9mmパラベラム弾が襲いかかった。

 もちろんキンジたちは防弾跳び箱の中に入っているから安全だが……いつまでもつかわからない。

 7台ものUZI付きセグウェイが制圧射撃をしてくるのだ。

 

 だが、いつ自分の頭を弾が貫通するかもわからない恐怖感にも負けず、ピンクツインテはガバメントで応戦している。俺もグロック18Cにロングマガジンを装填し、フルオートで応戦する。

 仲のいい友人にフルオートでも命中精度が落ちないようカスタムしてもらったおかげで、かなりセグウェイに損傷を与えているようだ。

 

 俺は位置的にはピンクツインテの後ろから撃っているので、しっかりとした射撃体勢がとれていたが、

 ピンクツインテはそれが悪かった。それはキンジの顔面に胸を押しつけるような体勢だったからだ。

 次第にキンジの目つきは次第に鋭いものとなっていき……

 

 セグウェイは俺たちの応戦が効いたのか体育倉庫の門の前から数メートル離れたブロック塀に隠れてしまった。

 

「やったか? 」

 

「一時的に追い払っただけよ。あのセグウェイ、並木の向こうに隠れているけど、きっとまた出てくるわ」

 

「強い子だ。それだけでも上出来だよ」

 

「え? 」

 

 キンジはピンクツインテをお姫様抱っこで持ち上げると、ヒョイッと軽く飛び、あのセグウェイどもから死角となる位置にピンクツインテを座らせた。あーあキンジさん、なっちゃいましたね、あのモードに。

 

「キンジ、あとは任せてもいいか? 今のお前ならあれくらい倒せるだろ 」

 

「ああ、お任せあれ。それと、お姫様はこんなもの振り回しちゃダメだろう」

 

 歯がグラグラになるような浮いたセリフをピンクツインテに言うと……顔面が蒸発でもするのかと思うくらい赤面していた。純粋ですなあ。

 

「な、ななななな何言ってるのよ⁉︎ 頭おかしいんじゃないの⁉︎ 」

 

「ハハッ、姫を守るなら、俺はなんでもするよ 」

 

 キンジが体育倉庫の扉へと歩いていく。相当自信があるようだな。

 今回はどんな方法で撃退してくれるのやら。

 

「危ない! 撃たれるわ! 」

 

「アリアが撃たれるよりずっとマシさ」

 

「あ、あんた何急に言いだすのよ! 何するつもり⁉︎ 」

 

「アリアを、守る! 」

 

 体育倉庫からゆっくりと姿を現し、7台のUZI付きセグウェイに歩いて向かう。

 ……なんだ? 本当に何すんの? 自殺するんじゃないだろうな⁉︎

 

 セグウェイはキンジが体育倉庫から出てきたのを見計らい、七台一気に横に並ぶようにして出てきた。

 それと同時に、キンジに向けて合計7発の弾が襲いかかり、ヘッドショット確実コースだったが……

 

 当たる直前で体を大きく横にずらしベレッタをクイックドローし、腕を横に凪ぎながら違法改造したベレッタをフルオートで応射する。

 放たれた全ての銃弾は、7丁のUZIの銃口へ飛び込んでいき、見事に全て破壊した。

 

 あちこちにUZIのものであっただろう部品が散らばっている。キンジが人間やめました。

 

「俺、キンジ、怖い 」

 

「なぜ片言になってるんだ? 」

 

「どこの世界にあんな正確な射撃ができるやつがいるんだよ! お前くらいしかいねえだろ! 」

 

 やはりヒステリアモード、おそるべし! やっぱり俺よりキンジの方が強いんじゃ……

 なんて思っていると、ピンクツインテがいつの間にか防弾跳び箱に戻ってきていた。

 今起きたことが信じられないっ! なんて顔をしてる。同感だ。俺も信じられない。すると、ギロッ! っという鋭い目つきをキンジに向け……跳び箱の中に引っ込んだ。

 

  「お、恩になんか着ないわよ! 私1人でもあんなオモチャ、なんとかできた! 本当よ! 」

 

 強がりながらも防弾跳び箱の中でゴソゴソ何かをしている。

 ───何をしてる? まさか⁉︎ キンジのやつに何かされたのかッ⁉︎ キンジはピンクツインテに近づくと自分のベルトを外し始めた……え?

 俺いるんだけど? まさかそういう趣味かっ⁉︎

 

 だが……違うらしい。ベルトを防弾跳び箱に放り投げると、ピンクツインテはキンジのベルトをとり、ゴソゴソ何かをしてから外に出てきた。

 ああ、ホックが壊れてたのか、よく気づくなあキンジ。ピンクツインテさんはキンジの前に立ったが、身長はキンジの胸辺りまでしかなかった。

てか身長小さっ! 140cmくらいしかないんじゃないか?

 

「あんた! さっきの件をうやむやにするつもりでしょ! 強制わいせつの現行犯で逮捕よ! 」

 

「アリア、あれは不可抗力だ。吹っ飛ばされた時に偶然あの体勢になったんだ」

 

「不可抗力ですって⁉︎ で、でも! 胸見た! 」

 

「アリア、俺は高校2年だ。いくらなんでも小学生の胸を見て興奮することなんてないさ」

 

 いや、今あなたヒステリアモードですよね?

 でも、見て興奮したんじゃない! おしつけられたんだ!

とか言いそうだな。ん? ピンクツインテが……肩を震わせ、太もものホルスターに手をのばしている。

 

「こんなやつ……助けるんじゃなかった!! 」

 

 チャリジャックから助けてくれたガバメントが──今度は俺たちを襲ってきた。

 ・・・・・ッ⁉︎ なんでこの子いきなり発砲してんだ⁉︎

 

「あたしは! 高2だあああああああ‼︎‼︎ 」

 

 鬼のような形相でキンジに2丁のガバメントを向けるが、キンジは素早く近づき、その腕を両脇ではさみこんだ。

 

 ────バババババ! ガキン! ガキン!

 

 弾切れになり、スライドオープンしたガバメントをその小さい手から離し、体格差なんてお構いなしにキンジを体育倉庫の外へと投げ飛ばした。

 あんな小さいのにキンジを投げ飛ばすなんてすごいな!

 キンジは受け身をとったが、その顔は驚きに満ちている。

 

「逃げられないわよ! あたしは犯人を逃したことは一度もな……あれれ? 」

 

 キンジに鉛玉をあびせようとしたが、キンジは投げ飛ばされた際にマガジンをスリとっていたため、マガジンがないのだろう。キンジも手グセが悪いな。

 

「ゴメンよ」

 

 そのままマガジンを遠くへ放り投げてしまった。金が! もったいない!

 だがそんなことで戦意喪失するピンクツインテでもなく、背中から刀を抜き、人間離れした速さでキンジに斬りかかろうとするが……

 

「みきゃ⁉︎ 」

 

 何かを踏みつけて派手に転んでしまっていた。

 ピンクツインテの足元を見れば、.45ACP弾が落ちている。弾だけ地面にまいて、それに気づかせないようにマガジンを遠くに飛ばしたのか。すごいな、手品で儲かるんじゃないか?

 キンジは転んだのを確認し、ダッシュで逃げてしまった。

 

 ……え? 俺置き去りにされた?

 

「でっかい風穴あけてやるんだからぁー!‼︎ 」

 

 怖っ! 風穴なんて物騒な! 俺も逃げないと!命の危険がっ!

ピンクツインテに気づかれないように体育倉庫からコッソリと抜け出そうとしたが……

 

「ッ⁉︎ あんた待ちなさい! 」

 

「ヤベッ! 気づかれた! 」

 

 動物的な直感とでもいうのだろうか。俺が逃げ出そうとしているのが一瞬にしてバレたッ!

 だがここで捕まったら何をされるか分からない! 能力を使ってでも逃げさせてもらう!

 俺は超人的な速度でこちらに向かってくるピンクツインテの足元を……カッチカチに凍らせた。

 

「 ミキャッ! 」

 

 先ほど転んだ時と同じ猫のような声をあげ、スッテーンと転び、頭を強打させていた。

 怖い怖い! 早く差をひろげ……あれ?

 後ろを振り返れば大の字になったまま起き上がってこない。

 気絶でもしたか? そんなバカなことあるわけ……ピンクツインテの目が死んでる?

 予想的中かよ! 面倒だが、放っておくと変な輩に take out(お持ち帰り)されるかもしれん。

 学校行くついでに持ってくか……

 

 俺はピンクツインテをおんぶし、これは遅刻だなぁと思いながらも、裏切ったキンジを呪う。

 

「この恨み! 晴らさでおくべきかああああああああ‼︎ 」

 

「うるさいわよこのドベ! 」

 

 突如、頭を硬いもので殴られたような衝撃が走った。

 どこのどいつだ俺の頭を殴りやがったのは!

 首だけ後ろにまわすと……気絶状態から回復していたピンクツインテが、ガバメントのスライドの部分を持っている。

 さてはグリップで殴りやがったな⁉︎ というか回復早ッ⁉︎

 

「起きたなら自分で歩けよ! あとグリップは殴るためにあるんじゃない! 」

 

「これは私を転ばせた罰よ! どうやって転ばせたか、白状しなさい! 」

 

「足元凍らせただけだよ! 降りろ! 」

 

「────⁉︎ あんた超能力を持つ武偵(超偵)なの⁉︎ 放課後、あんたの部屋に行くから! あと学校までおんぶしなさい! 」

 

「圧倒的理不尽! 」

 

 なんで……なんでこんなに俺はっ! 俺は! ……運がないんだあああああ! 瑠瑠神ィ! 俺に呪いをかけたことを後悔させてやるからなあああああああああ!

 




メッセージの方でヤンデレ言動募集しております。
詳しくは活動報告で。

感想欄には募集しておりませんのでお気をつけください。
次回の投稿は少し遅くなるかもしれません。


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第4話 クラスメイトとロリ神様と平賀様

次回投稿が遅くなると言ったな。あれは嘘だ。

ごめんなさい……次回はマジです。(多分)


 ピンクツインテと一緒に教務科に行ってきた。どうやら、神崎.H.アリア、という名前らしい。どこかで聞いたことがあるな……どこだっけ?

ともかく、アリアは東京武偵高校に編入し、俺と同じクラスらしい。こんな女と同じクラスとか命がいくつあっても足りないだろ!

 

 担任の高天原先生についていき、自分のクラスとなる場所に一緒に入る。アリアは黒板の方のドア、俺は反対の後ろのドアから入った。

 

 俺に視線を向けた奴は数人ほどで、そのほかのやつはアリアに目が釘付けらしい。そりゃ可愛いもんな。外見だけは!

 

「神崎.H.アリアです。強襲科でSランク 」

 

 メンドくさそうな表情で自己紹介を済ませ、キンジの隣が良いと言っている……え⁉︎ ホントにそんなこと言った⁉︎ 俺の聞き間違いじゃないだろうな⁉︎

 キンジは窓側から3列目の1番後ろの席。アリアが座りたいという場所は窓側から2列目の一番後ろの席、そこは俺の特に仲良い友達の1人である武藤が座っているが……

 

「キンジ! お前にも春が来たみたいだな! 先生!俺、転校生さんに席譲ります! 」

 

「なんでだよ! 」

 

 キンジは何故か絶望顔をしていたが、より一層絶望したようだ。

 俺の席は、窓側から1列目の一番後ろの席、キンジの隣ではなくアリアの隣だ。

 

(・・・・・運悪すぎじゃないか? )

 

 俺が席に着くと、アリアはキンジのそばまで行き、腰のあたりからベルトを取り出す。

 

「さっきのベルト、返すわ」

 

「ん、ああ」

 

 キンジにベルトを投げ、アリアが席に着く……前に理子が席から勢いよく立った。

 アリアよ! ベルトを渡すタイミングが悪かったな! 俺もキンジに裏切られたから理子に加勢させてもらう!

 

「理子分かっちゃった! これフラグビンビンに立ってるよ! 」

 

「はぁ? 」

 

「キーくんベルトしてない、それをピンクツインテさんが持ってきた。これはつまり! 2人はベルトを取るような『なにか』をしたってことだよ! 」

 

「理子! それとキンジは今、汗をかいている! そして肩には草がついている! これはつまり! そういうことだよ! 」

 

 もちろん草なんて来たときはなかった。だが! 俺の席に向かう途中につけておいた!

 この流れで使うとは思わなかったが、チャンス!

 周りの野次馬達もこれには騒ぎ立てる。

 

『おいキンジ! 抜けがけしやがったな! 』

『外とかどれだけ進んでるんだ! 』

『女に興味なかったんじゃないの⁉︎ 』

『キンジ×朝陽君じゃなかったの⁉︎ 夏コミに出せないじゃない! 』

 

 待て待て待て、最後! 最後おかしいよ! 俺とキンジをネタに何してんの!?あとで問い詰めるか......

 とりあえず眠いので机に突っ伏す瞬間────アリアが太もものホルスターに手をのばし、ガバメントを取り出すのが見えてしまった......

 

 アリアのガバメントが轟音を唸らせ、窓のフレームや壁に新しい傷をつけていく。理子は弾が横をかすめたのか、バンザイしたまま椅子にヘナヘナと座り込んでしまった。

 アリアは顔を真っ赤に染めながら、クラスメイト全員を睨みつける。

 

「れ、恋愛なんてくだらない!!覚えておきなさい!!そういうことを言うやつには、風穴あけるわよ!!」

 

 最後に天井に発砲し、クラスメイト全員を黙らせてしまった......

 

 

☆☆☆

 

 

 昼食時、俺とキンジ、武藤、不知火の4人で食堂に集まり世間話(事情聴取)をしていた。ネタは俺達とアリアの出会いだ。

 

「つまり、京条君と遠山くんは神崎さんに助けてもらって、爆発のせいでスカートのホックが壊れてたからベルトを貸してあげた、と?」

 

「はい、そうでございます。嘘、偽りのない真実でございます」

 

「まるで小説やアニメのような世界だね! 遠山君と京条君は神崎さんを大切にしないと」

 

 いやそもそもこの世界……言ったらロリ神様(ゼウス様)に怒られそうだからやめておこう。

 すると、脳内でロリ神様の声が聞こえた。

 

『おい! ロリ神まだ言うか⁉︎ 君には天罰を与えなければならないようだね……』

 

(ロリ神様、ちょっと話したいことがあるから今は引っ込んどいてくれ)

 

『後で天罰だ。覚えておけ』

 

 天罰なら俺の前に座り、仏頂面をしている武藤にやってくれ。

 武藤はキンジのほうをジッ〜、っと見ながら忌々しそうに呟く。

 

「なあキンジ、お前白雪さんもいながら神崎さんまでとるのか⁉︎ 俺の白雪さんを返せ! 」

 

「しつこいぞ武藤! 白雪をとったつもりもないし、神崎にだって追いまわされてるだけだ! 」

 

「嘘つくんじゃねえ! 今朝の会話のこともあるだろう! 」

 

「あれはデマだって言ってるだろ! 」

 

 ややこしくなりそうなので不知火にこの場を預け、俺は食堂から出る。

 人気のない場所まで行き、そこにあったベンチに腰掛けた。周りに人がいないか確認し、ロリ神様を呼ぶが、直後に体の内側から焦げるような衝撃が襲ってきた。

(電流やめろよ! 痛いから! もう少し威力弱めてくれ! )

 

『君がロリロリうるさいからよ!!それで?話したいことはなに?』

 

(俺の思ってることがお前にダダ漏れだろ?そこで、だ。電話みたいに許可した時に繋がるっていうのはどうだ?)

 

 この世に産まれてからこの瞬間まで!!俺が何を考えてたのか、ロリ様にダダ漏れなのだ。プライバシーなんてなかった。

 

『確かに。君のゲスい考えが流れ込んでこなくなるのはとってもいいことだわ! そうしましょう。』

 

(よし!!これで俺はやっとあんなことやこんなこと......)

 

『君......もういいや。許可制にしたわ。』

 

 ロリ神様にお礼を言ったあと通信を切り、イケメン不知火に任せている食堂に向かった。

 

 

☆☆☆

 

 

 あの後、食堂についたところで昼休みが終わったので4人で教室に戻った。

 HRなんてものは無く、大事なことはメールで送られてくるので速攻でカバンを手にし、今朝のことで質問攻めにしてくる輩十数人を撒きながら俺は装備科に向かう。

【雪月花】をある人に預けていたので受け取るためだ。

 

 装備科につき、《平賀》とプレートが下げてある部屋に入ると、怪しい機械や何かの部品が山積みになっていた。

 一体何を作っているのか想像できないな……

 

「平賀さ〜ん? 平賀文さ〜ん?いるか〜? 」

 

「あ、きょーじょー君! ちょうどいいのだ! あややを出してほしいのだ! 」

 

「え? 一体どこに……まさかこの足か? 」

 

 ロボットの足かと思っていたものが、機械が山積みになっているところから出ている。

 引っ張ると……中学1年生くらいの身長の子がでてきた。ふぅ、とため息をつくと平賀さんは大きく可愛らしい目を輝かせ、満面の笑みで感謝してきた。

 埋まるほど奥に何かあったのか? まあ平賀さんのことだし、機械人間作ってても驚かないな。

 平賀さんは高額な料金を請求するが、依頼された仕事はキッチリとこなす。まあ高額な料金というのは違法になるほど高いんだけど。

 

「平賀さん、【雪月花】が何で作られているか分かった? 」

 

「それが……わからないのだ! でも未知の金属で作られていて、切れ味がすごく良いのだ。こんな刀、どこで手に入れたのだ? 」

 

「えっと……任務先でもらったんだ……」

 

 言えない。神様に作ってもらったなんて言えない……

 未知の金属ってなんだよ、気になるな。あとで聞いてみよう。

 

「ありがとう平賀さん、また来るよ!」

 

 俺は【雪月花】を特製の留め金で腰に留め、出ようとした時平賀さんが制服の袖を掴んできた。

 顔は真っ赤に染まっている。なぜ?

 

「きょ、キョージョー君! グロックのメンテナンス無料でするからもうちょっと話相手になってほしいのだ! 」

 

「話相手? まあこれから予定もないし、話相手くらいなるよ」

 

 平賀さんは天使のような笑みをうかべ、心底幸せそうな顔をする。可愛いな……どこかの神様とは大違いだ。

 グロックの整備をしてもらいながら、クラスや依頼のことについて色々と話した。

 最近はロボットを作っているとか、平賀さん頭良すぎだろ。

 違法改造や法外な料金をとらなきゃSランクなのに、勿体無いなぁ……

 

 

☆☆☆

 

 

 

 日が暮れるまで話し込んでしまった。時計を見ると4時間も経っている。まあ平賀さんとの話は面白かったし。

 だけどもうそろそろ、寮に戻らないといけない時間になってきたな。

 

 

「平賀さん、そろそろ俺は帰るとするよ。夕飯のしたくもしなきゃならない」

 

 平賀さんは名残惜しそうな表情を浮かべたが、

 何か思い出したようで俺に待っててと告げ、奥に行ってしまった。

 仕方なく傍にあった椅子に座っていると、3分くらいして奥の方から戻ってきた。

 

「きょーじょー君にあげるのだ......」

 

 可愛いお顔を真っ赤に染め上げ、差し出してきた小さな手にはグロックのマガジンがのっていた。

 

「平賀さん?俺予備マガジンはいっぱい持ってるけど......」

 

「そ、それは特別製なのだ! もしよかったら返事が欲しいのだ。」

 

「そっか、ありがと! このマガジンにはどんな弾が入ってるんだ?」

 

 平賀さんからもらったマガジンは、

 弾が入ってないと思えるくらい()()()()()()()。だが上から見るとしっかり弾らしきものが入っている。

 

「そ、それは企業秘密なのだ! 絶対にいつも冷やしておいて欲しいのだ。温度12℃くらいがいいのだ。あと何か、そのマガジンを覆うポーチみたいなもので保護をしてくれなのだ。」

 

「冷やさないと撃てないのか......分かった。」

 

 そのくらいなら精神力もほとんど使わないし、

 どんな弾がでるのか楽しみだな。

 とりあえず特製のマガジンポーチにいれておく。

 

「じゃあ平賀さん!また明日!! 」

 

「さ、さようならなのだ!! 」

 

 何故か緊張した顔をこちらに向け、見送ってくれた平賀さんに手をふり、寮への帰路につく。寮から学校へは自転車を使えばなんてことない距離であり、寮に帰るとキンジがダラダラしていた。まったく、勉強の一つでもしたらどうだ?俺はシャーロックに大学卒業までの勉強を教えてもらっているから大丈夫だ。

 だが.……その教え方がひどい。間違えたら銃弾がとんでくる。そんな世界だったな。

 

 とりあえず夕飯何するか決めてないのでキンジに、何がいい? って聞いたらカレーがいいらしい。よし、カレーにするか!あと野菜は、と。

 

『ピンポーン』

 

 ん?誰か来たのか?

 

「キンジ、今手が離せない状況だ。頼む」

 

 ────ピンポーンピンポーン

 

「今少し考え事があるんだ。後にしてくれ」

 

 ─────ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン

 

「「ああああ!!!うるせえ!!!」」

 

 2人で一緒に玄関に行き、俺が扉をあけると......

 ピンクツインテが仁王立ちしていた。

 

「遅い!!あたしがチャイムを鳴らしたら3秒以内で来なさい! 」

 

 ドカドカと家の中に入り込む。ピンクと白のシマシマ模様の大きいトランクをリビングにぶん投げるようにして部屋の中に入れる。

 なんて乱雑で凶暴なやつだ! 厄介ごとでも 持ちこんできたのか⁉︎

 

「お、おい! 神崎、何しにきたんだよ! 」

 

「キンジに惚れたなら他の部屋で暮らしてくれよ! 」

 

 惚れた、という言葉に顔を真っ赤に染める。キンジは横で反論しているが、アリアは肩を震わせながらもそれを無視している。

 そして……自信満々で、受け入れてくれて当然! という顔をしてありえない言葉がアリアから告げられた。

 

「キンジ! 朝陽! 私の奴隷になりなさい! 」

 

「「は、はぁ⁉︎ 」」

 

 どういうことだ⁉︎ 奴隷ってそういう奴隷⁉︎ イケナイ遊びにロリが誘ってきてる⁉︎

 残念だがアリア……俺たちはそういうことをしていい歳じゃないんだ……

 

「な、何をするんだ? 」

 

「あたしとパーティーを組んで武偵活動をするの! 拒否権はないわ! 」

 

「強引すぎるだろ! 」

 

 確かに、キンジが絶叫するのもわかる。自分勝手で、威張り散らして、まるでどこかの貴族様みたいだな!

 アリアはトコトコと机の方へ向かい、椅子に座り、そして使用人をこき使うような目で見てくる。

 その際、太もものホルスターとガバメントがチラッと見えた。うーむ、これぞ()()()。うまいこと言ったな俺!

 

「コーヒー! エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ! 砂糖はカンナ! 1分以内! 」

 

「すまんなアリア、俺はドラクエやったことないんだ……そのネタには反応できない。許してくれ…… 」

 

「コーヒーよ! さっさといれなさい! 」

 

「俺はコーヒーなんて苦くて飲めないからそういうのはキンジに言ってくれ。」

 

 とりあえずアリアの世話はキンジに押し付け、俺は夕飯の支度をする。

 まったく、アリアが来なければもう終わっていたものを!

 

「これギリシャコーヒー? ううん、違う……変な味」

 

「それはレッキとしたコーヒーだ。慣れろ」

 

 どうやらアリアはインスタントコーヒーがわからないらしい。

 ま、コーヒーが飲めない俺には味なんてわかんないがな。どれも同じ、苦いだろ。

 

「夕食は⁉︎ 何にするの? 」

 

「カレーですよアリア様。もうちょっと待っててくださいね」

 

「あら、朝陽は従順じゃない。えらい子よ。それに比べてキンジ! ご主人様に敬語もなしってどういうつもり⁉︎ 」

 

「どうもこうもないだろ! 人の家にズカズカと勝手にはいりやがって! 」

 

 うん。わかるぞキンジ。そういう気持ちもある。だが、ここは従おうじゃないか。面倒ごとが減って助かるぞ。

 

「分からず屋は出て行きなさい! 」

 

 結局、アリアにガバメントで脅され出て行ってしまった。おい、ご主人様と一緒にいるのは大変なんだぞ。

 どこが沸点かもわからないし、言動に注意するか。

 

「アリア様「アリアでいいわ」……じゃ、アリア。なんで俺たち家におしかけてきた? 単にパートナーにするっていうだけじゃないだろ? 」

 

「ええそうよ。あたしにキンジとあなたの力をかしてほしいの」

 

「なんで俺たちなんだ? 他にも、強い奴らならいるだろう」

 

「勘よ。あなたたちとはうまくやっていけそうなの」

 

 勘……ねえ……Sランク様も勘に頼ることもあるんだな……あ、俺もSランクだったわ。

 いかんいかん、つい忘れそうになるな。

 

「あなた、能力(ステルス)持ちでしょ? 」

 

「そうだが、俺のこと調べたのか? 」

 

「ええ。京条朝陽。強襲科、諜報科、超能力捜査研究科でSランクを持ち、武偵高でも上位に入る強さ。

 装備はグロック18C、氷刀【雪月花】。生徒からの信頼は厚いが、性格の悪さから……ゴミ条と呼ばれることも多々ある……あんた、人気者ね」

 

「ゴミ条は余計だ! まあそんな感じだな」

 

「あとあなた、高校入学以前どこの中学に通ってたとかそういうデータ出てこなかったんだけど、どこで何してたの?」

 

 言えないっ! シャーロックにイジメられてたなんて言えないっ!

 

「それはまた今度だ。それより、キンジをいれてやれ。そろそろ帰って来る頃だと思うぞ。俺は明日に今日はもう寝る。また明日な」

 

 アリアにそれだけ伝え、俺は二段ベットの上にいき、目を閉じる。──が、眠れない。アリアが変態だの、服返せなど叫んでいるからだ。ガバメントの発砲音もするし、キンジの悲鳴も聞こえる。

 またやらかしたんだな……もういいや。頑張って寝よう……。

 

 

☆☆☆

 

 

 

「あの手紙、読んでくれたかなぁ……心配なのだ……」




超能力は緋弾のアリアの世界では、ステルス、と言います。
次回投稿遅れます。多分!




フラグ建築お疲れ様です! 誰とは言いません! ええ、誰とは言いませんよ!






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第5話 猫 時々 アリア?

期間空いてしまい申し訳ございません。

夢中になって書いていたら8000文字超えてました。
なので2つに分けさせてもらいます!


 6時30分に起き、日課である朝ごはんを作るためリビングに向かった。すると、何故かあちこちに弾痕が出来ている。

 ハァ......直すのは俺なんだぞ。ま、とりあえず飯作るか。と、キッチンに行き卵を冷蔵庫から取り出すと同時にリビングのドアがゆっくりと開いた。

 

「んーあら、朝陽はやいのね。おはよう」

 

「ん?ああ、アリアか。おはよう。飯作ってるから先に顔洗って来てくれ」

 

 寝ぼけた顔でもアリアは可愛いな。外見だけは!!

 朝食はアリアもいるということで洋風な感じにする。こんな傲慢なやつでも客人だからな。失礼のないようにしなきゃいけないわけだが……一人足りない。まだ寝てるのかキンジは。

 

 寝室に行き、幸せそうな寝顔のキンジを見下ろす。

 寝ているキンジはキンジの兄と同じイケメン面となっている。もちろん起きている時もイケメンだ。だけど起きている時は目つきが悪いし、ネクラだから皆気づかないだけだけど。そんなイケメンを見ているとなぜだか知らないが腹が立ってきた。今日も腹パン確定かな?

 

「さーん、にー、いーち......起きろおおおお!! 」

 

 全力で振り下ろした俺の拳は・・・・・カッと目を見開いたキンジに腹すれすれで見事止められてしまった。

 

「おー、なんだ。起きれるようになったか!? 」

 

「お前が毎日毎日腹パンするから怖いんだよ! 」

 

「とりあえず朝食できたから顔洗って早く食うぞ〜」

 

 リビングに戻り、皿を出していたところでアリアが帰ってきた。朝起きた時とは違い、目もパッチリとしている。

 

「ねえ、朝陽」

 

「ん? 何かね」

 

「あたしと勝負しない? 近接格闘よ」

 

「断ったら風穴なんだろ? いいさ、やってやるよ」

 

「そうこなくっちゃ! 」

 

 すごい喜んでるな......アリアに正攻法で勝てる気しないんだけど。

 でも俺は強襲科でもあるが諜報科でもあるんだ。

 正々堂々と勝負するとは言ってないしな。

 

「ただし! 明日だ。今日は気分じゃない」

 

「わかったわ。強襲科Sランクの力見せてよね! 」

 

 今日はキンジと猫探しだ。ま、すぐ終わりそうだけど。

 キンジが顔を洗い、戻ってきたところで3人で一緒に食べた。

 アリアも俺の料理を絶賛してくれたし、嬉しい限りだ。客人自体あまり来ないしな。

 

 今日はしっかり時間通りに寮を出てバスに乗る。

 バスジャックなんておこるはずもなく、安全に学校につけた。そうそうジャックなんておきないしな......

 待て、俺今フラグ立てた? ま、そんな事はどうでもいい。今日も安全に過ごすまでだ。

 

 

 学校につき、午前中の眠たい授業を終える。授業内容はハッキリ言ってレベルが低い。他の学校と違って勉強にそれほど力を入れてないからしょうがないけど。

 ともあれ、俺たちは任務のためキンジと一緒に校門に行くと......ピンクツインテが仁王立ちしていた。

 キンジは嫌な顔を見せ、思わずため息をはいたようだ。

 

「なあアリア、ついて来るのか? 」

 

「当たり前じゃない! 奴隷を監視するためよ! 」

 

「お前の奴隷なんかになってない!ついて来るな! 」

 

「いやだ! 一緒に行く! 」

 

 このやりとり、夕方まで続きそうだな・・・・・アリアも連れて行くか。

 

「まあキンジ、一緒でもいいだろ」

 

「え......ちょ......」

 

「ほら! 朝陽がいいって言ってるからついていく! 」

 

「よし! アリア、キンジ! 探しに行きますか! 」

 

「俺の話を聞けよ! 」

 

 張り切って、依頼された迷子の子猫を探す旅にでる。

 そんなに時間もかからないだろう。

 横でキンジが文句を言っているが、この際無視だ。

 

 とりあえず俺達は猫が集まる場所を最初に探し始める。

 猫は公園や、裏路地など集団でかたまっていることが多い。

 猫の中にも格差社会というものがあり、食事がとれてない場合も考えられる。依頼は1日前だからまだ大丈夫だと思うが、野良犬に襲われてたら助かっている可能性は低いだろう。

 アリアも不安な顔をして探している。

 

「ねえ、大丈夫かな」

 

「猫は頭がいいんだ。お前に心配されるほどじゃない」

 

「──ッ!? 風穴あけるわよ!?奴隷1号!! 」

 

「誰が奴隷だ!! 」

 

 喧嘩するほど仲がいいっていうが、本当なのだろうか。アリアの場合ホントに風穴あけそうだから怖いんだよな。

 

 聞き込みを続け、やっと有力な情報を得られた。ついさっき港のほうに歩いていったのを見たらしい。アリアはまだ不安げな顔をしているが、きっと大丈夫だ。

 ついさっきだし、無事なのは確定だろう。そうして港付近を探しているとアリアから連絡がはいった。

 

「それっぽい猫見つけたわ!! 早く来て!! 」

 

「わかったよ。アリアも逃げないよう見張っといてくれ」

 

 アリア……見つけたなら捕まえてくれよ。

 アリアが見つけた場所へ行くと、キンジが猫を救出しているところだった。だが猫は、キンジを敵だと思っているのか爪でキンジを引っ掻いている。

 痛そうだな……キンジより先につかなくてよかった……

 

 それから猫を持っていたタオルで拭き依頼主の家に無事届けた。飼い主さんは高齢の夫婦で、自分たちの子供のように育てていたという。

 その猫を見た瞬間、夫婦共々涙を大量にこぼしながら感謝を言ってくれた。キンジもアリアも照れくさそうにしているが、嬉しいらしい。

 お礼の報酬も、多めに払うと言っていたが校則違反だからキッパリ断った。尋問科の綴先生に何されるかわかんないからな!

 

 

 その後、アリアの提案でハンバーガーショップに来ている。ジャンケンで負けた奴が全部奢るという罰ゲーム。提案者ことアリアを殴りたいな。最初っから奢らせる気満々だろ。

だが運がマイナス方向に傾いている俺は、9割ほど諦めていたが、1割は信じていた。

 不幸の呪いをかけられていても、信じれば必ず救われると!

 

「さあいくぞ! ジャンケンポン​─────」

 

 

 

「ありがとな、俺はビッグを頼む」

 

「あたしはエビが挟まってるやつ! 朝陽はSランクだからお金いっぱい持ってるし、罪悪感はないわね! 」

 

 えっへんとアリアが胸を張って言った。

 

「胸を張って言うなよ! ……張る胸もないくせに」

 

「ああ? 」

 

「な、なんでもありません! すぐ買ってきます! 」

 

 アリア、怖すぎ。絶対あの声で出しちゃダメな声音だったよね⁉︎

 ハァ……やっぱ俺、運無いなぁ……

 

 キンジとアリアが頼んだものを買った。

 店内の席は空いてないから、近くの公園で食べようというアリアの提案にのり、そこに行ってみたのだが……そこはカップルがイチャイチャすることが多い公園。通称イチャイチャ公園にキンジとアリアは仲良く座っていた。周りがカップルだけしかいないということに気づいてないのか?

 

 とりあえず後ろから写真を撮り、アリア達のもとへ向かう。アリアが俺を見ると、不機嫌そうな顔をした。

 

「遅い! レディーを待たせるなんて! ダメな男ね」

 

「作る時間と運んでくる時間があるんだ。ダメか? 」

 

「あたしがお腹すいたって言ったら1分以内に持ってくること! いいわね⁉︎ 」

 

「わがまますぎだろ……とにかく、持ってきてやったんだ。感謝して食いなさい」

 

 圧倒的理不尽で少し腹が立ったが、アリアを子供だと思えばそうでもなくなった。

 おー可愛いでちゅね〜、アリアちゃん。

 

「あんた、今あたしに対して失礼なこと考えなかった? 」

 

「考えてないよ……ハハハ……」

 

 なに? なんでそんな思ってる事バレてんの?

 勘良すぎじゃないですかね。アリアは野生的な直感が鋭いのか……今後気をつけないとダメだな。

 

 だがアリアは勘はいいのだが、周りが見れていない。現にアリアが今飲んだコーラはキンジが飲んでいたやつだ。ストローで飲むタイプだから完全に間接キスだな。

 よし、俺をこんな理不尽な目にあわせたアリアに復讐を!

 

「おいアリア」

 

「何よ、あげないわよ」

 

「お前が飲んでいるコーラ、それは()()()()()

 

「ブッハー! 」

 

 アリア、こっちに向かってコーラを吹くんじゃない。

 汚いだろうがっ!

 

「ほ、本当なの⁉︎ キンジ! 」

 

「あ、ああ。それは俺のだが……」

 

 どんどん顔が真っ赤に染まっていくのが目に見える。

 どうだ! お前が転入してきた際にでたキンジとの恋バナでお前がそういうこと苦手なのは知っているからな! 恥ずかしいだろう!

 

 アリアは首まで赤く染め​───俯いてしまった。

 キンジが心配そうに顔を近づけると、アリアは耐えきれなくなったように顔を上げた。

 そして拳をギュッと握りしめ、キンジを睨み、

 

「こ、この変態! 」

 

 理不尽アリアの右ストレートがキンジの頰に炸裂し、5mほど吹っ飛んだ。

 アリアは怒って顔を真っ赤にしながら寮へと帰ってしまった。キンジ……お互い理不尽ことばっかだな……

 

「ご愁傷さま」

 

「今のはお前が言わなきゃ殴られなかったよ!! 」

 

「ま、とりあえず帰ろう。こんなカップルだらけの公園にいたら俺のグロックが火を噴くかもしれん」

 

「妬むのはやめとけ」

 

 途中スーパーに寄り、食材を買ってから寮に戻った。

 アリアはリビングのソファーで動物特集を見ていたが、キンジを見た瞬間また顔を赤く染めている。

 忙しいやつだな、たかが間接だろ?

 

「アリア、夕飯の準備するから手伝ってくれ」

 

「いやよ! 料理なんてしたことないわ! 」

 

「なんだと!? お嫁にいけないぞ! 」

 

「だ、だから恋愛なんて興味ないの! べ、別に羨ましいとか思ってないんだから!」

 

 ツンデレだ......完璧なツンデレ属性だ......

 しかし、料理をしたことがないだと? 俺が任務で家をあけたらどうすんだよ。コンビニ弁当とかいうんじゃないだろうな?

 

「ホントにいいのか? 」

 

「ええ、あなたが作りなさい! 」

 

「分かりましたよ。分かりましたとも」

 

 まったく、ワガママな子は明日、成敗しなきゃな。

 夕飯の準備を済ませ、3人で早めの夕飯を食べたあと、自室に戻り【雪月花】に刃こぼれがないか確認する。

【雪月花】は大抵のものは斬ることができるし耐久性もあって折れない。刃こぼれなんてしないはずだが一応だ。

 

 明日は1vs1 相手はあのアリアとはいえSランク。どんな方法でもあのロリに勝たなければ......

 さて、どうやって戦うか?双剣双銃だったから器用に使ってくるんだろうなあ。

 小さいから機動力もあるだろうし、うーん・・・・・ぅー・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 鳥のさえずりが聞こえてくる。まぶたが重いが、こんなところに巣を作られても困るな。それにしても​───

 

「まだ夜の11時くらいだぞ・・・・・」

 

 カーテンを開けると・・・・・()()()()が目を貫いた。

 

「ギャアアアアア!! 目が!! 目があああああ!?」

 

「朝からうるさいわよ!! 早く朝ごはん作りなさい!! 」

 

 なに!? 朝だと!?バカな、俺は、対アリア戦の作戦を......

 あれ? 俺は何を考えてた? 昨日、【雪月花】に刃こぼれが無いか確認した後の記憶が無い。まさか......

 

「寝落ちしたあああああああ!? 」

 

 その日、俺の悲痛な叫びが第3男子寮に響いた......

 

 

 

 

 

 

「鬱だ」

 

「アリアと1vs1なんて受けるからだ。今すぐ取り消してこい」

 

「それは男としてどうかと思うんだ。キンジも作戦考えてくれよ! 」

 

「俺は関係ない。あれだ、前にお前が言ってた、な阪関無(なんでや! 阪神関係ないやろ!)、ってやつだ」

 

「キンジがネタ路線……だと⁉︎ 」

 

 昼休み、食堂。いつもは楽しい雰囲気なのだが、武藤、不知火、キンジ、俺のいる席は、お通夜状態になっている。対アリアに有効な作戦を思いつかないからだ。

 

「京条君と神崎さんの対決、期待してるよ。今日は1年生もいるはずだから、ギャラリーがいっぱいできるね」

 

 不知火に追い打ちをかけられた。

 クソッ! イケメンに煽られると殺意しかわかねえ!

 

「女に負けたらカッコ悪いもんな! 」

 

「おい武藤、あとで轢いてやる」

 

「それ俺のセリフ! 」

 

 負けたらカッコ悪い、確かにそう思う。能力を多用したら確かに勝てるんだが、アリアに『能力の使用は1回まで! 』って言われたからなあ……使いどきが肝心だ。

 

 つららを飛ばすのは避けられるだろうし、足元を凍らせることがバレていたら、背中の刀で氷なんてすぐ剥がされそうだし。

 万事休す! ああ、もうダメだ……おしまいだ……

 

「そんなことより中間テストの英語だろ? 俺、英語全然わっかんねえ」

 

「武藤、英語なら俺が教えてやるから今は作戦を……」

 

 英語? ……ハッ! その手があったか! これならアリアに勝つことができる!

 

「武藤! ありがとう! 英語ならたっぷり教えてやる! 」

 

「え、ああ。ありがとよ……どうしたんだ? 」

 

「フハハハハハ! あのピンクツインテがどんな顔になるか楽しみだ! 」

 

 不知火とキンジに若干ひかれたが、俺はニヤけが止まらない。なんて……なんて素晴らしい作戦だっ!

 楽しみで仕方ない! あのロリ(アリア)がどんな顔するか、予想もつかないしな!

 

 考え事も終え、俺は放課後の対戦に向け、準備という名の食事に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

──────​───────​───────

 

 

 

 

 

 

 

 

「 朝陽の近くに……緋緋姉様の気配がする……姉様まで私の朝陽をとろうとするの? ……姉様だろうと絶対に許さないから……」

 

 

 




次回! 戦闘シーン!
戦闘シーン難しい……


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第6話 クズ? 最高の褒め言葉だよ!

いいですか? 今日、2月23日は……富士山の日です。



「京条君、応援してるよ」

 

「きょーじょー君! 頑張ってなのだ! 」

 

「負けるなよ〜」

 

 アリアの決戦を受けるため強襲科棟、第1体育館。第1体育館とは名ばかりの……戦闘訓練場にいる。

 スケートリンクみたいなフィールドで、コロッセオとあだ名されているようだ。

 周りは防弾ガラスで覆われおり、観客には銃弾は当たらないようになっている。

 観客席には強襲科の1,2,3年生が集まっている。どいつもこいつも暇なやつらだ。

 

 コロッセオの中にいるのは俺とアリアの2人。

 決闘は本来、C装備という全身を保護する防具を着てやるものだが、強襲科の教師、蘭豹はそんなこと御構い無しだ。

 今は酔いつぶれて眠っているが、起きてC装備を着ているところを見られたら体罰がとんでくるから早めに終わらせたいものだ。

 

 観客どもが固唾をのんで見守る中、俺たちは互いに目を合わせる。

 

「よし、アリア。開始の合図はそっちで構わない」

 

 俺はグロックにマガジンをいれ​───ようとしているところでアリアは好戦的な笑みを浮かべ、

 

「じゃあ、開始! 」

 

 信じられない速度で俺に向かってきた。

 

「アリアそれは早い! フリーズ! フリィィィィズ‼︎‼︎ 」

 

 俺が、待て! 、というハンドサインをすると、

 アリアは、顔をしかめて止まっていてくれた。

 15m以上離れていたはずだが、もうすぐそこまで迫ってきている。

 

「あんた、リロード出来てないからって止めないでよ」

 

「・・・・・」

 

 俺はアリアに無言で歩いて近づく。

 アリアは何かに気づいたようでその場を離れようとするが……動けない。それもそのはず。

 アリアの靴は氷で、地面とくっつくように凍らされているからだ。

 

 アリアのそばまで行き、全力のミドルキックを一発かましてやる。

 

「カハッ! ? 」

 

 苦しそうな表情を浮かべ、うずくまりそうになるが、堪えた。そして二丁のガバメントを抜き、氷を破壊する。

 その隙にもう一発かまそうと思ったが、バックステップで躱されてしまった。

 

「チッ! もう一発はイケると思ったんだがな」

 

「何がもう一発よ! あんた卑怯よ! 」

 

「なんで? 何も悪いことしてないよ? 」

 

 わざとアリアを煽るように言うと……眉間に青筋が浮かび上がった。

 

「だってあなた! 待てって言ったじゃない! 」

 

「俺はフリーズと言ったんだ! 待てなんて一言も言ってない! 」

 

「だってフリーズは! ……まさかあんた! 」

 

 お、やっと気づいたか?

 

「アリアが意味を取り違えるからいけないんだろう? 」

 

「最低よ! フリーズを使う場面が違うじゃない! 」

 

「俺は()()()()()()()()()()()とは言ってない。()()()()()()()()()()()()で使ったんだよ! 」

 

『『『き、きたねえ! さすがゴミ条(先輩)だ! 』』』

 

 グロックのマガジンをいれるのをモタモタしていたのは演技だ。観客全員がドン引きしているがまあいい。

 勝ちゃいんだよ! どんな手を使ってもな!

 俺はドヤ顔をアリアに向け、かかってこい、という合図をする。

 

「​───ッ!?もう許さない! 」

 

 アリアは腹をまだダメージから回復していないようだが、だまし討ちともとれる攻撃に腹をたて、冷静さを失っているようにも見える。

 これも計画通り!

 

 俺はアリアに肉薄し、そのまま左足で前蹴りを繰り出す。

 

「オラァ! 」

 

 だが単調な攻撃はさすがにかわせるようで、左足の反対方向へと回避したが、それも予想通り。

 繰り出した左足を振り下ろし、その勢いで飛び上がり、右足でアリアの脇腹に鋭い蹴りをいれる。

 だが、半分は打撃を与えたが、残りはアリアの左腕の払いで威力を相殺されてしまった。

 

 険しい表情をしながらも、二丁のガバメントで応戦してくる。

 俺は銃口の向きから弾道を予測し、変則的に動くが、

 Sランクともあり、狙いは良く2発ほど防弾制服をかすめた。

 

 冷静さが欠けていてもこの命中率は驚異的であり、俺もグロックで応戦する。

 遠距離での戦いに持ち込みたかったが、アリアはイノシシのごとく迫ってきた。距離を開けても超人的なスピードで詰めてくる。

 

 アリアは、ガン=カタで素早い動きで翻弄してくるからまた避けにくい。

 俺はアリアの動きを予測し、次に走り込んでくる位置に発砲する。

 

「「うぐっ‼︎ 」」

 

 俺が放った弾は見事アリアの脇腹にヒットしたが、アリアも撃っていたようで、胸辺りに被弾してしまった。

 今の所は互角に思えるが、若干おされてきている。

 アリアのガン=カタにかろうじて対応できる感じだ。

 だが、被弾しているのは俺の方が多くなってきている。

 

 アリアが右手のガバメントを突き出すのを見切り、左手で払うが、それと同時にアリアも反対の手に持っているガバメントの射撃が襲いかかる———

 

 ———前に、肘でなんとかアリアの左腕を打撃し逸らせ、発砲された弾は、俺の脇と体の間を通過する。

 

 俺はグロックでアリアの肩に撃ち込もうとしたが、今度は内側から逸らされ、

 アリアはホルスターにガバメントを素早く戻し、今度は二刀流で攻めてくる。

 俺は近接戦はグロックでは不利だと判断し、【雪月花】を居合斬りのようにしてアリアの攻撃を刀で受ける。

 

 ギャリギャリギャリッ! と、刀で斬り結び互いの顔が至近距離まで近づく。

 

「アリア、そんな怖い顔してたらモテないぜッ! 」

 

「だからッ! いらないって言ってるでしょうが! 」

 

 アリアが左手に持っている刀はそのまま、右手に持っている刀で喉元を突いてきた。

 俺は切り結んでいる刀を跳ね上げ、突いてきた刀を軌道をそらすように【雪月花】をはらい、受け流す。

 アリアのふところに素早くもぐりこみ、バックキックをお見舞いしようとするが、それはギリギリ体を大きく反らすことで躱されてしまった。そして、その回避と同時にサマーソルトキックが繰り出される。

 

「うぁ……」

 

 俺も上体を後ろにそらしたが、つま先がかすめてしまい、視界が揺れる。

 震える足に気合いを入れ直したところで、アリアの手に刀ではなくガバメントが握られていた。

 再びアリアのガバメントが火を噴くが、俺は銃口の向きからそれらをなんとか躱す。

 アリアは弾切れになったガバメントをリロードするために距離をとった。

 

「ふぅ、やっぱ強いなアリアは」

 

 奇襲を仕掛けた直後は攻撃が単調だったが、もう冷静さを取り戻し始めている。そろそろ決めないとやばいな。

 

 だが......平賀さんからもらった異様に軽いマガジンのことを思い出す。

 平賀さんっ! どんな弾がはいってるのか分かんないが使わせてもらうぞ!

 

 俺はマガジンポーチから、平賀さんのくれたマガジン取り出す。アリアがリロードを終え、こちらに向かおうとしてきていた。俺はマガジンを入れ、スライドを引く。マガジンをいれた時にヌルッ、とした感覚があったが、弾にそういう成分がはいっているのだろう。

 

 だが、もし殺傷弾がはいっていたら大変なので俺はグロックを上に向け、トリガーを引く──が、()()()()()()()()()()()()()()で弾が出ることはなかった。

 

「え? 」

 

 不発? 俺はグロックのスライドをひいたが......本来排莢されるはずの薬莢もなかった。

 もう一度スライドを引いてみたが、やはり弾が装填されていない。

 マガジンにはしっかり弾らしきものが入っていたはずだ。

 

 俺はマガジンをリリースをしようとした時……手に黒い塗料みたいなものがついているのを確認した。

 なんだ? なんで俺の手に……何か調べるため、匂いを嗅いでみると……

 

 甘い匂いが塗料らしきものから発せられていた。それはまるでチョコのような匂いで──

 

「まさか⁉︎ 」

 

 俺は手についた塗料を指でとり、舐めてみた。

 

(あ、甘い⁉︎ これは……()()()()()()()()()か⁉︎ )

 

 平賀さん⁉︎ なんてものを俺に作ってくれてんの⁉︎ そりゃ冷やしとけって言われますわ!

 というか、似てすぎじゃないですか⁉︎ 完全に騙されましたよ!

 

 マガジンリリースボタンをおしてもやはり出てこない。

 当たり前だ。 チョコなのだから。

 アリアは……まだ遠くにいると思ったが、すぐそばまで来て、ドロップキックの体勢になっていた。

 そんなもの、避けきれるはずもなく……

 

「ウルァ! 」

 

「ガッ⁉︎ 」

 

 肋骨が軋むほどの威力を持ったソレが見事に胸に決まり、吹っ飛ばされてしまった。

 幸い肋骨は折れてはないらしい。

 

(まだ……やれる! )

 

 俺はグロックをしまい、【雪月花】を再び鞘から抜く。

 アリアは、俺が【雪月花】を抜いたのを見て、ガバメントで容赦なく狙ってきた。

 それらを銃口の向きからかろうじて避け、アリアに肉薄する。

 

 アリアの.45ACP弾が脚部に当たり、転びそうになるがなんとか立ち直る。ここで転んでしまったらハチの巣になるからな。

 俺は必死に頭を働かせ、弾道を予測し、かろうじて避けながらも距離を詰めていく。

 だが、アリアもそれは計算済みらしい。アリアの銃口の向きから考えると、確実に避けれない弾が1つ、胸の中央に向かってとんでくるはずだ。俺は一か八かの賭けに出ることにした。

 

 アリアがニヤリと笑い、トリガーを引き──

 

 

 金属を叩き斬る甲高い音と共に俺の【雪月花】は、迫り来る .45ACP弾を真っ二つに斬った。

 手に若干痺れが走るが、許容範囲!

 

「なっ⁉︎ 」

 

 アリアは、信じられない! 、という顔を俺に向けた。

 その隙に、【雪月花】をアリアに全力の突きをお見舞いする。

 風をきる音を鳴らし──その斬撃はアリアの首を掠めた。

 アリアはガバメントを上に向けたまま、硬直してしまっている。

 

「アリア、まだやるか? 」

 

「ハァ……あたしの負けよ」

 

「よし! 勝ったあああああああああああ! 」

 

 俺の叫びと共に、観客一同はこれほどないくらいに盛り上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアとの対戦後、平賀さんにチョコマガジン事件について電話で話した。

 平賀さんは、この世の終わりが来る、みたいな声音で俺と会話していた。

 

『ああ、せっかくこの中に手紙入れたのに……』

 

「なんでチョコマガジンなんて作るの? 手紙くらい直接渡してくれよ……」

 

『だって! 理子ちゃんが、今時の女子はチョコに手紙入れるんだよ? 、って言ってたのだ! 』

 

「そんなわけあるか! 理子め、いらん知識を平賀さんに植えつけやがって」

 

 まったく、完成度高すぎて見分けつかなかったよ……

 気づかなかった俺も、未熟者だけどさ。

 

『お、怒ってるのだ? 』

 

 平賀さんが泣きそうな感じになっている。

 なにこの小動物、可愛い。

 

「怒ってないさ。チョコも美味しかったよ」

 

 すると、一気に、パアッと幸せそうな声になった。

 

『ありがとうなのだ! 』

 

「いえいえ。ところで……なんて手紙書いてくれたの? もしかしてラブレター? 」

 

 茶化すように言うと、

 

『ち、違うのだ! お礼の手紙なのだ! 』

 

 全力で否定された。ちょっと悲しい!

 いや、だいぶ悲しい!!

 

「ふーん、そっか。じゃあ今度から手渡しでよろしくな! 俺はアリアに呼ばれてるからもう切るね! 」

 

 そう言い残し、平賀さんとの通話を終えた。

 

 

 その後、俺とキンジとアリアはゲームセンターに来ている。戦闘後のお疲れ会のような感じだ。そして、

 

「ねえ、聞いてる? あんたのおごりなんだからね?」

 

「ごめんなさい。卑怯者です。許してください」

 

「イヤよ、レオポンゲットするまで帰らないから! 」

 

「キンジ! アリアにUFOキャッチャーのやり方をそろそろ教えてやってくれ! 」

 

 アリアにおごらされている。理由はひとつ、俺がフリーズとか言って騙したからだ。

 卑怯者()は何も言えず......財布が軽くなってきている。

 

 アリアはゲームセンターにあるUFOキャッチャーの景品のレオポンという猫みたいなキャラクターに目を輝かせ、子供みたいに欲しがっているのだ。

 

「キンジ! あんたやってみなさいよ 」

 

「わかったよ。お前がヘタなのがハッキリわかるぞ」

 

「はやくやりなさい!」

 

 キンジはコインを入れ、狙いを定めてボタンを押す。

 レオポン集団の真ん中にアームがはいり、1匹とれた......と思ったら腕と紐に挟まっていたもう1匹とれた。

 合計2匹、キンジ恐るべし!!

 

「おいキンジ、金稼げるぞ」

 

「こんなので金稼ぎなんかするか! 」

 

 アリアはそんな会話など耳に入っていないような、キラキラした目でレオポン2匹を見つめている。子供かよ......

 

「 ねえキンジ! これ1匹あげるわ!」

 

「は? いらね──」

 

「ああ? 」

 

「──い、いります! 欲しいです!! 」

 

 キンジ、アリアに逆らえないんだな.....俺もだけど。

 

 そのあとキンジとアリアが携帯にレオポンをつけている間、俺は1人寂しくゲーセンの中を歩いていた。

 2分くらい歩き回っていると、金髪ポニーテール女子がチャラ男3人に囲まれているのを確認。武偵校の生徒らしいが、どうやらナンパされているらしいな。助けるか。

 

「おー、こんなところにいたのか! 探したぞ〜」

 

 チャラ男3人の間を通り、金髪ポニーテールの手をつかむ。

 

「さ、遊んでないでさっさと帰るか」

 

「おいおい! 今俺らこの子と遊んでんだよ! 」

 

「彼氏か? 弱そうだな!! 」

 

「おい! 俺とタイマンはれや! 」

 

 やれやれ......血の気が多い奴らはホントに扱いに困る。

 さて、どうしたものか.....待て、俺の名演技が台無しじゃないか!!

 

「ビビってんのか? 楽勝だな! 」

 

 男はいきなり顔を殴ってきたが......ちっとも痛くない。

 赤ん坊に触られている、そんな感じだ。

 

「痛くないよ。あ、それと君今殴ったよね? 」

 

「ああ、それがどうした! オラァ!! 」

 

 再び顔面を殴ってきたが、俺はその拳を弾いて逸らし、男の顎めがけて正拳突きを放つ。

 

 ゴッ!!っと音がして、その場に崩れるように倒れた。あれ? 軽くよろめくくらいに調整したはずなんだけど.....

 男の仲間はそれを見て激怒したのか、メリケンサックを指にはめて、殴ってくるので、

 俺はそれらを見切り、ボディーブローをその男達に1発ずつ打ち込む。

 

 男どもはその場にうずくまり、腹を抱えて唸りはじめてしまった。

 よし、これで片付いた。

 

「大丈夫だったか? 」

 

「あ.....はい。助かりました! でも先輩が手を下す程のことでもなかったですよ? 」

 

「あ、もしかして強襲科だった?悪いことしたね」

 

「いやそんな! 強襲科でも有名な先輩に助けてもらえて光栄です!! 演技は少し......下手でしたけど......」

 

 演技については触れないでくれ!.....恥ずかしい!!

 ん? 強襲科の新入生の中にこの子見たことあるな。一応名前聞いておくか。

 

「演技はいいよ......強襲科だよね?名前聞かせてよ」

 

「あ、火野ライカっていいます! よろしくお願いします! 」

 

「ああ、よろしく。 じゃ、俺はそろそろ友人のところへ戻るわ。また今度な! 」

 

「はい! 」

 

 元気でいいな。こういう子を妹に欲しい。まあ俺の妹になってくれる人なんてこの世のどこを探してもいないと思うが。

 

「あ、それと1つ!ライカは可愛いからはやく寮に戻らないとまた声かけられるぞ! 」

 

「な!? あ、あたしは​────」

 

 後ろから声が聞こえるが、手を後ろに振るだけにしておいた。それにしても、武偵校の女子ってなんであんなに可愛い子がいっぱいいるんだよ。

 

 

 

 ​───────​───────​───────

 

 

 

 

 

「朝陽、やっと会えるね」

 

 

 

 




お気に入り100突破いたしました。これも読者様のおかげです。
今後もよろしくお願いします。


Freeze(フリーズ) 凍る、凍結する、動かなくなるなど。


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第7話 再開ノ悪夢

遅くなりました。



 朝、起きると妙な静けさがあった。

 朝だから静かなのは確かなのだがなにかがおかしい。リビングに行き、鼻歌を口ずさみながら朝食を作る。アリアもそろそろ起きてくるはずだが。

 

「おーいキンジ、アリア起きろ」

 

 ​───返事が返ってこないだと⁉︎

 キンジはともかくアリアまで、そんなに眠たいか? 俺は寝室に行き、2人に目覚ましで起きてもらおうとしたが……2人ともいなくなっていた。ベットもしっかり整ってるし、朝早くでたのか?

 

 俺は一人寂しく朝食を作る食べ終え、支度をして7時58分発の武偵校行きのバスに乗る​────

 

 

 

 

 

 

 ​────つもりだったのに10分待ってもバスは来なかった。

 バスの運転手も寝坊したのか? どうなってんだ.....

 仕方なく俺は先日購入した自転車で武偵校へと向かう。

 

 

 だが……おかしいぞ? 絶対おかしい。

 車が走ってないのだ。いつもは絶対に走っているはずなのに今日は1台も走っていない。何かに消されたような、不自然な感覚が襲ってくる。道にだって俺しか人がいない。

 

 不思議に思いながらも武偵校についたが......いつもは賑わっている校門周辺には誰1人としていなかった。強襲科の訓練棟からも発砲音聞こえてこない。まるで.....この世界に自分ひとりだけしか存在していない、そんな感じだ。

 強襲科の訓練棟を横切り、本校舎へと赴く。これもまた不思議な、人の気配が全くしない本校舎に入った瞬間......ここに来てはいけないと本能が告げてきた。心臓の鼓動が早まり、顔から冷や汗がでてくる。

 

 だが、そんな異常事態でも自分のクラス行かなければならない、そんな気がしてならない。

 この矛盾している感情は一体どこから? 考え事をしていると、いつの間にか自分のクラスに向かって歩いているのに気がついた。廊下に コツコツと足音が響き、一歩踏み出す度に不安な気持ちがどんどん心を覆っていく。

 

 だがそんな気持ちとは裏腹に、どんどん自分のクラスに歩を進めていく。

 行かなければならない使命感に駆られながら、クラスの手前までつくと......自分の足が止まった。

 

(ここに誰かいるのか? )

 

 教室の扉を開け教室に入ったが、誰もいない。ほかの教室と一緒だが......強いて言うなら空気が重い。なにか得体の知れないモノがいるみたいで​───

 

「朝陽、やっと逢えたね」

 

 ​───ッ!? 先っきまでは誰も教室にいなかったのに!?

 恐る恐る振り返ってみると、鮮緑色の髪が肩まで伸び、顔立ちもハッキリとしている女性が立っていた。美人の部類に間違いなく入る。目も綺麗な鮮緑で、カラコンではない。着ているワンピースも透き通った翠色だ。

 

 だが、俺はこんなヒト見たことない……はず。

 

「あんた、誰だ? 」

 

「ふふっ、朝陽イジワルだね。そんなとこも好きだよ」

 

「何言って......」

 

 そいつはニッコリと微笑むと、深みのある目で

 

「わたしだよ? ルル(瑠瑠神)だよ? 」

 

「​────ッ!? 」

 

 ルル、そんな名前をしているやつは俺の知る中で1人しかいない。

 その名前を理解した時、反射的にグロックに手をのばした。そして迷わずフルオートで瑠留神の顔に連射するが、

 

「そんなの、私には効かないよ? 」

 

「なっ!? 」

 

 それらの弾がすべて瑠留神の顔の前で止まっていた。瑠留神はそれらを手で弾き落とすと、俺に近寄ってくる。瑠留神の目は俺のことしか見ておらず、頬は赤く染まっていた。

 

「おい、なんで俺につきまとうんだ!! 」

 

「朝陽が好きだから」

 

「なんで幼なじみを殺した! 」

 

「朝陽が好きだから」

 

 だんだんコイツに腹が立ってきた。俺を殺しておいて愛してるだと? ふざけるな!

 

「どうして俺を殺した! 」

 

「朝陽が好きだから」

 

「俺のどこがいいんだよ! 」

 

「朝陽のすべてッ!! 」

 

 ヒステリックに喚くと、瑠留神は自らの頭に爪たてさらに口角をあげ、俺と目を合わせた。

 その目を見た瞬間、金縛りのように体が動かなくなる。

 

「ねえ、朝陽は楽しかったよね? もう1回戻ろうよ」

 

「は? ......俺はお前となにかしたことは無い」

 

「ううん、朝陽は私の恋人なの。一緒に暮らして、一緒にご飯食べて、ずっと楽しく話してたんだよ? 」

 

 そんな記憶は一切ない。そんなこともしたくない。

 こんなヤンデレと一緒にいたら、一瞬で殺される。

 

「俺はお前と暮らしてない!」

 

「嘘……嘘嘘嘘嘘! 嘘だッ! 」

 

「​───ッ!? 」

 

 瑠留神が叫んだ瞬間......空気がズシリと重くなるのがハッキリとわかった。

 目の前に巨大な猛獣がいるような、そんなプレッシャーが瑠瑠神から発せられる。

 

「朝陽、ホントウダヨ? だって私、日記書いてたもん」

 

「な!? ......だったら見せてみろよ! 」

 

 ヤケになって俺も怒鳴ってしまった。

 瑠瑠神はその言葉を聞くと、ワンピースを脱ぎ始めた。

 

「な!? 何を......ッ!? 」

 

「ね? これがわたしの日記だよ? 」

 

 ルルがワンピースを脱ぎ、見えたものは......

 

 

 

 

 

 ビッシリと無数の切り傷が、瑠留神の両腕、太もも、足、腹、胸部にある。

 その切り傷は、一生消えないようなとても深い傷。そしてそれらは全て......()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまり​────

 

「お前ッ!? そんな自分の身体に切り刻んで!? 」

 

「そうだよ? 私、爪が鋭いの。あのクソロリビッチに閉じ込められた世界ってなにもないのよ? だけど......朝陽は違った。朝陽は私のところに来てくれた!! 会える時間が少なかったからそれを全部、私の身体に日記として残すことにしたの 」

 

「それはお前の妄想だろ!! 」

 

「違う!! 朝陽は私に優しくしてくれた! ずっと一緒って言ってくれた! 私は忘れないようにと思ってこの身体に書いた! 朝陽のことと思えば全然痛くないの! 」

 

 おかしいだろ、 こんなの​────

 

「狂ってる......」

 

「そんなことないよ。私は朝陽だけを考えてるだけ。朝陽以外何もいらないの。この私達2人だけの世界でずっと一緒にここで暮らそうよ」

 

「そんなの......嫌に決まっているだろ!! 妄想だけしておとなしくしてろよ!! 」

 

「そっか。言う事聞かない朝陽にはオシオキだね」

 

 ザッ!! っと音が俺の左側で聞こえた。なぜだか身体が軽くなったような気がする。体内から何かが抜けていく感覚が左腕から絶えずしていて​、冷や汗も額から流れ落ちていく。嫌な予感を残しつつも左腕を見ると​───

 

()()()()()()()()()()()()()。それはとてつもなく鋭いものが一瞬で斬ったようで、

 

「がああぁあああああああぁあぁあああ!? 」

 

 痛い、熱い、どれもそれを表現出来ないほどその感覚は襲ってくる。地面にぶっ倒れ、声にならない絶叫を教室内にこだまさせた。

 一瞬の間にも血はどんどん流れていく。身体を振り回してもその痛みは取れない。

 

「朝陽、私の恋人だよね? 」

 

 俺は意識を失いかけたが、痛すぎてもう感覚がわからなくなってきている左肘に能力を使い凍らせ、止血する。

 想像を絶する痛みが全身を駆け巡りながらも必死に立つ。足がガクガク震えるがそれでも言葉を紡ぐ。

 

「俺は、お前の......恋人なんかじゃねえ! 」

 

 ザッと音がすると同時に今度は右足がすべてもっていかれた。切断面から勢いよく血が流れ、それと同時にまたあの痛みが襲ってくる。

 

「あああああああああああああ!? 」

 

 後ろ向きに倒れ、それと同時に耐え難い苦痛もまだ続く。左肘、右足、2つを切断され、痛みで頭がぐちゃぐちゃになる。

 絶叫で喉をつぶし意識が刈り取られるような痛みと出血により痙攣している、傍から見れば俺はそんな情けない姿だろう。痛いのに、苦しいのに思考だけは冴えている。瑠瑠神はそんな俺をしばらく見つめると、諦めたようにため息ついた。

 

「朝陽、今日は機嫌がわるいみたいね......また会いにくるよ? 朝陽のこと、大好きだから」

 

 そう言い残すと、瑠留神は仰向けに倒れている俺の腰あたりに座り込み、耳元に顔を寄せる。

 

「朝陽、愛してるわ」

 

 甘い声をかけ、どこから取り出したのかわからない

 鋭く尖った包丁の刃を下に向けながら腕を上にあげる。

 

 そして​───

 

 

 俺の顔面へ振り下ろされた......

 

 

 ​

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知らない天井だ」

 

 ラノベでよくあるテンプレ言葉を口にするとは思わなかったが、現在真っ白な天井が見える。

 あれ? 俺は確かまた瑠留神に殺されたはずじゃ......

 

「あら、やっと起きたのね」

 

 アニメ声で俺に喋りかけてきたのは、頭に包帯を巻き、俺の横のベッドで寝転がっているアリアさんだ。

 

「え......俺は何してた? 殺されたはず」

 

「何変なこと言ってんのよ。あんた、悪い夢でも見てたみたいね。相当うなされてたらしいわよ」

 

 夢?......確かに夢といえば夢だが、痛みがリアルすぎだ。

 

「そうか......そういえばアリアはどうして頭に包帯まいてるんだ? 」

 

 自慢のオデコを隠すようにぐるぐると包帯が巻かれている。

 

「あんたが寝てる間にバスジャックがあって、キンジをかばって代わりに傷を受けたのよ」

 

「即日で回復してるあたりアリアらしいな」

 

「何言ってるの? バスジャックは昨日よ」

 

「え? 」

 

 ということはあれか? あんな短い時間で2日間も寝てたって言うのか? あとでゼウス様に聞こうか。

 そのあとアリアに色々と事情を聞いてると、SSRのアラン先生と探偵科の高天原先生が俺のところに訪れてきた。

 なんでも、俺がうなされて超能力暴発させてるから助けてくれと電話したらしい。

 武偵病院に運び込まれ、特別治療室で怪しい術で俺の超能力をある程度抑えていた。それで今日、安定したからアリアの横のベッドに寝かされたということだ。

 

「まったく、部屋中凍らせやがって! 貴様、弁償はきっちりするんだよな? 」

 

「アラン先生……しっかりしますよ……」

 

「京条君はどんな夢見てたの? すごいうなされてたけど 」

 

 アランのやつが弁償のことしか俺に触れてこないのに、武偵高の良心こと高天原先生は俺の心配をしてくれる。優しくしてもらって、もう涙がでそうだ!

 

「まあ今日はゆっくりしていってね。体調が悪くなければ明日には退院できるから」

 

「はい、ありがとうございます高天原先生 」

 

「貴様、私もいるのだぞ? 」

 

「……アラン先生もです」

 

 ふぅ、高天原先生は良いとして、アランが来ると怖いんだよな……アリアは2人の先生が病室を出るまでじっとしていたが、出ていった瞬間、俺に真剣な表情をむけてきた。

 

「あたしは明日退院よ。ママとの面会があるの 」

 

「面会? なんでまた……」

 

「実は……武偵殺しの冤罪をかけられているの 」

 

「な⁉︎ ……そうか。逮捕されているのか。何かあったら頼りにしてくれ 」

 

「わかったわ、ありがとう。キンジと違って頼りになるわ」

 

 ああ……ヒステリアモード時は頼りになるんだがな。バスジャックの時は違ったのか。

 

「でも、キンジだって色々と事情があるんだ。例えば、あいつのお兄さんのこととかな 」

 

「何があったの? 」

 

「船で海難事故にあったんだ。その時、あいつの兄は乗員乗客全員を避難させた。それで自分が助かるのが遅れてしまった 」

 

「そうなの……じゃあ武偵をやめたいって言ってるのは? 」

「武偵なら自分で調べろ。すぐにヒドイ記事がでてくるからな」

 

「……わかったわ。あたし、ジュース買ってくる」

 

 アリアはジュースを買いに外に出た。病室には俺しかいない。そう、やることは一つ!

 

「おいロリ神、瑠瑠神に悪夢見させられた」

 

『……久しぶりかと思ったら随分と重い内容だね』

 

「どうなってんの? ちゃんと封印してんの⁉︎ 」

 

『しっかりやってるよ! でも……瑠瑠の力が思っていたよりも強くなっているの』

 

 え? 瑠瑠さん強くないですか? ちょっとチートじゃないですか? 俺チーターは嫌いなんですけど!

 

「先に言えよ! こっちは手足切断されて、また顔面刺されたんだぞ! 」

 

『ごめん! まさか一回で力を放出するとは思わなかったんだ……』

 

 土下座でもしてるんじゃないかと思わせるほど、声に力が入っている。

 

「と、言いますと?」

 

『瑠瑠が今出せる最大限の力であなたに干渉したの。今は力を使い切っているはずだわ』

 

「じゃあ力をためたらまた来るのか」

 

『そう……かも』

 

 え? 瑠瑠神が夢に出てくるたびに手足切断なの? 嫌だよ!もうあんな痛い思いしたくないよ! ロリエモンなんとかしてくれ!

 

『ロリエモンとかふざけたこと思わないでよ!!』

 

「あ、心読まれんの忘れてたわ」

 

『はぁ......こっちも力を溜めれないように術式強化しておくから』

 

「あ、ありがとう。じゃあまたな」

 

『ええ、それとひとつ。アニメって面白いわね』

 

「サボってんじゃねえよ!! 」

 

 まったく......ホントにしっかりやってんのか? ゼウス様との連絡も切れたし。そういえば瑠留神に斬られたところ何もなってないよな? 病院側が貸してくれたであろう服の袖をめくってみる。

 

「......なんだこれ」

 

 斬られた肘の部分には何も無かったが......二の腕に小さな紅い傷跡があった。バツ印か?こんなものつけやがって。許すまじ!!

 

 袖を戻したところでアリアが帰ってきた。ただテレビを見るだけでも暇なので、互いに銃の整備をしながらアリアの戦妹について話す。

 戦妹とは、簡単に言えば先輩と後輩でのパートナー。1人につき1人で、その先輩からは直接指導してもらったり一緒に任務に行けたりする。強い先輩の戦妹となれば妹である後輩もまた強くなるというわけだ。

 

 アリアの戦妹は見たことあるが......強襲科でDランクの成績で、良いところは頑丈なところと気合、あとは敵を仲間に変えることが出来る、ある種の才能だな。

 相当気に入っているらしく、夜まで嬉しそうに話していた。9時くらいのになり、もう寝ようかと思ったがアリアの戦妹とその御一行様が病室に入って来るのが見えた。どの1年も真剣な顔をしているし......俺は布団に潜っておこう。

 

「アリア先輩!! あたし、夾竹桃と戦います! 」

 

「そう......あかり、あなたの技がもう殺しの技なんかじゃない、武偵の技だわ。自信もって戦ってきなさい」

 

「はい!! 」

 

「ほら! あんたも何か言いなさいよ!! 」

 

 ドゴォ!と効果音が鳴りそうなアリアのかかと落としが俺の腹に炸裂し、胃の中のものが一瞬出てきそうになるがこらえる。

 

「おいアリア! 邪魔にならないように気配消して布団に潜ってたのに。空気読めよ! 」

 

「アリア先輩、その人って......京条先輩ですか!? 」

 

「そうだよ。京条だ。よろしくね」

 

「よ、よろしくお願いします!! 」

 

 

 とりあえず急ぎの事情のようなので詳しい自己紹介は後日、ということで俺は布団をかぶった。

 アリアが武偵憲章を復唱させてるのを耳にしながら、俺は深い眠りへとついた……

 

 

 

 

​───────​───────​───────

 

 

 

「​───瑠瑠神がまさか()()()をこんなにも早く出せるなんて……」

 




瑠瑠神さんの妄想怖いです。文字どおり身体に刻み込んだらしいです。





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第8話 解せぬ!!

 今日はアリアと、アリア母が面会した翌日の昼。

 昨日退院できるとか言ってたくせに怪しい検査ばかりさせられて、結局もう一日病院にいることになった。病室の荷物を片付け、せっかくなのでもうひと眠りしようとしていた​───

 

「やっほー! キョー君元気にしてる?」

 

 ───ところでうるさい金髪童顔ロリがきた。

 

「ああ、心配させて悪かったな」

 

「理子は心配で心配で、夜しか眠れなかったんだよ⁉」

 

「しっかり寝てんじゃねえか!」

 

 峰理子、探偵科でAランクをとっており情報操作・収集、変装・変声術に長けている天然パーマが特徴のロリっ子童顔巨乳。そのルックス故にファンが何百人といるらしい。そして俺と理子は互いにアニメ好きとして気が合う仲なのだ。

 

「でも、理子が夜に寝るなんて珍しいな。拾い食いはほどほどにしとけよ?」

 

「キョー君、お見舞いに来てあげてるのにそれは酷い!!乙女にかける言葉じゃないよ!」

 

 お見舞いとか言ってるくせに片手に何かの報告書の束を持ってくるのはなぜだ。リンゴを切ってくれて、アーンしてくれるのがお約束だろう。

 

「リンゴはなしだよ。でもリンゴよりオイシイ情報は持ってきたよ! 」

 

「皆俺の心読みすぎな。で、オイシイ情報というのは?」

 

 理子は目をキラキラと輝かせ、机に書類の束をドサッと置く。俺はベッドに寝転がり、理子はそばの椅子に座る。

 

「うんとねー、まずはアリアの情報。アリアは二つ名を持っていて、『双剣双銃(カドラ)のアリア』だって。今のところ99回連続で強襲・逮捕を成功させた」

 

「なんだその輝かしい功績 」

 

「そして何より......シャーロックホームズ4世なの、あの子」

 

 え......あの鬼畜ホームズの曾孫なの?あのピンクツインテ......そんなばかな!!

 

「本当だよ? まあアリアの情報はついでで、本題は今から話すこと」

 

「なんだ? トイレ行きたいのか?」

 

「......キョー君ってイケメンなのにそこがダメだよね。それは置いといて、アリアが今日の羽田発の飛行機でロンドンに帰るらしいんだけど、その便に武偵殺しが来る」

 

「それはどこからの情報だ? 」

 

「企業秘密で〜す! 」

 

 うぜぇ......男女平等主義者の俺が直々に鉄槌を下そうか?

 

「その便に行ってこいと? その前にアリアに知らせとかないと」

 

「アリアに言ったけど、返り討ちにしてやる!! って言っていたし、絶対に乗ると思うよ? 」

 

「強情すぎる......理子、情報提供ありがとな! 」

 

 この報告が正しく、なおかつ逮捕できたら大金が舞い込んでくるな。絶対に逮捕してやる!

 

「ねえねえキョー君」

 

「なんだ?」

 

理子が口元を緩ませ目をドルマークにして俺に詰め寄ってきた。

 

「理子への報酬は? 当然あるよね? 」

 

「……分かったよ! 買い物付き合ってやる」

 

「ふふーんその言葉、あとで後悔しないでね? 」

 

 理子の目つきが変わったぞ!? 長い買い物になるだろう.....しかもかなり危ないヤツも買わされるんだろうな。

 

「くふっ、じゃーあー......報告も済んだし、()()()()しよ?」

 

 理子は俺の横に寝転がると、胸元をはだけさせた。うぐぐぐぐ......俺の理性よ、こらえろ!!

 

「いいや、装備とか色々と整えなきゃならんのでね」

 

「本心言ってみて?」

 

「今すぐにでもその()()に顔からダイブしたいが俺の理性が阻止してるんだ。これ以上からかうなよ? 」

 

「キョー君てさ......性根から腐ってるよね。普通そういう事言う? そこがキョー君のいい所でもあるんだけどさ」

 

「腐ってるは余計だ! てかそれを押しつけるな!! 理性が死ぬ!! 」

 

「キョー君顔赤いね......可愛いよ! 」

 

 誰だってこんな美女の双丘を押しつけられたら顔も赤くなるだろ! 俺は理性が保たれてるうちにベッドから出て、部屋からそそくさと退室する。理子の声が聞こえたが無視だ。

 俺は平賀さんに入院中に頼んでおいた装備1式を受け取りに、武偵校に歩を進めた。

 

 

 俺は平賀さんにある装備を受け取りに行き、使い方を教えてもらい、アリアの元へと向かった。平賀さんの顔が赤かったから、熱でもあるのか? と顔を近づけたら殴られた。何故だ。

 

 そのあとは羽田空港に着き、アリアに色々と事情を話した。話している最中に俺にだんだんと荷物を持たせ......今はアリアの荷物全て持っている状態だ。しかもかなり重い。俺は何も悪いことしてないぞ!?

 飛行機へは、アリアの友人ということで搭乗許可がおりたが......武偵だからいいのか? ガバガバな気がする。

 

「ねえ、あんた理子からこのこと聞いたの? 」

 

 搭乗ゲートを抜け、アリアの個室へと向かいながら俺にジト目を向けてくる。

 そう、この飛行機はVIP専用機、席ではなく部屋なのだ。なんと羨ましい!!

 

「まあな。武偵殺しを逮捕出来れば金儲けにもなるし、単位も貰えるし」

 

「あたし1人でもどうにかできる。手助けは無用よ! 」

 

「不確定要素が多い中そんなことが言えるなんて......」

 

 部屋につき、アリアの自慢話を聞きながら襲撃に備え準備をする。今回の件も自信満々のようだがホントに大丈夫なのだろうか?

 俺とアリアで武偵殺しを見つけた時の作戦及び実行までの流れを決めている途中、外でCA(キャビンアテンダント)さんとキンジの話し声が聞こえた。

 キンジ? なんでここにいるんだ⁉︎ 俺は勢いよく扉を開けると、

 

「痛ったあああああ! 」

 

ゴスッ! と廊下に響く心地よい音がキンジの頭から鳴った。

 

「あ、悪いなキンジ。CAさん、こいつも友人です」

 

「そうですか……では、良い旅を」

 

 俺は、鼻をさすっているキンジを室内に入れ、何故ここに来たのかを問おうとしたが、アリア活火山が噴火しそうなのであとにしておく。

 離陸をする放送が入り、各々が席に座りシートベルトをしめる。安全に上空に飛び立ったところで……アリア活火山が噴火した。

 

「キンジ! なんでここに来たの⁉︎ 」

 

「ハイジャックされるからに決まってんだろ! 」

 

「べ、別にあんた達が来なくったって1人でなんとか​───」

 

 ​その時、爆発音を彷彿とさせる雷鳴が轟き、アリアの言葉を遮った。

 

「お、雷か。随分とでかいな、こんなにでかいの久しぶり……ってあれ? アリアどうした? 」

 

 アリアを見ると先ほどまでの勢いは完全に無くなり、今は休火山みたくなっている。

 あれ? もしかすると……

 

「ゴロゴロ! ガッシャーン‼︎ 」

 

「ヒッ⁉︎ 」

 

 ……俺が声で雷の真似しただけでビビるのか⁉︎ どれだけ怖いんだよ! ベッドの方へダイブし、二つある枕を自分の頭を隠すようにかぶっている。

 どれだけ枕に可能性を感じてんだよ! 枕じゃ何も守れねえよ! というか、頼られなかった俺とキンジって……枕以下なの?

 

「怖いぃぃぃ……」

 

 アリアはガタガタと震え、涙声になってきた。まるで子どもだな。だがなんと……天然タラシ(キンジ)がアリアに近づき手を握りはじめた……だと⁉︎

 アリアも拒むどころか握り返してるし、リア充爆ぜろ。アリアとキンジの間に砂糖より甘い空気が流れ、そろそろグロックのフルオートを浴びせる準備をしていると、部屋にあるスピーカーから電子音が流れ出てきた。

 

『コノ、飛行機二ハ、爆弾ガ、仕掛ケテアリ、ヤガリマス。解除シテホシクバ、バー、キヤガレデス。タダシ、武偵校生ニカギリヤガリマス。』

 

「​──ッ!? ついに動き出したか......アリア、キンジ行くぞ」

 

「「あ......分かった(わ) 」」

 

 アリアとキンジは互いに俺の方を見ると顔を真っ赤に染めた。もしかして2人とも、俺の存在忘れてた!? この件が終わったらキンジコロス!

 憎しみを目に宿しながら平賀さんから受け取った装備も展開準備をする。

 

 アリアが先行、俺とキンジは後方で、武偵殺しが奇襲を仕掛けてきた時に援護ができるよう位置を取る。

 (アリア)を先行させたが俺はなんとも思わない。襲われたくないからな。アリアの方が強そうだし。

 

 バーの手前のドアまで着き、俺とアリアでまばたき信号を交わす。俺が扉を蹴破り、キンジとアリアが突入する手はずだ。キンジにもまばたき信号を送り、準備は整った。

 ハンドサインで突入の合図をする。

 

(3......2......1......GO!!! )

 

 俺は目の前のドアを思いきり蹴り、キンジとアリアは流れ込むようにしてバーの中に入る。

 

 そのバーの中にいたのは......キンジがアリアの部屋の前で話していた、CAさんだった。俺達を見つけると、妖艶な笑みをこちらに浮かべる。

 

「いらっしゃいアリア、キーくん、キョー君」

 

 俺とキンジの呼び方、まさか理子か⁉︎

 キンジも同じようなことを思っているのか、少し驚いた顔をしている。

 

「あんた誰なの⁉︎ 正体を明かしなさい! 」

 

「くふっ、アリア、私だよ? 峰理子だよ? 」

 

「理子⁉︎ ……あんた、武偵殺しだったのね」

 

 アリアは全身から、常人なら気を失うレベルの殺気を理子に向ける。だが理子はそんなことお構いなしに、CAさんの変装を解き素顔を見せる。防弾制服も着ているようだ。そしてそこにある理子の顔は、いつものおちゃらけた雰囲気の理子だった。

 

「あんた、なんで武偵殺しなんかするの!? 」

 

「それはね、理子が理子になるためなの」

 

「な、なにふざけたこと言ってんのよ! 」

 

「これっぽっちもふざけてない‼︎ 」

 

 理子は鬼のような形相でアリアを睨みつけ、理子の銃、ワルサーP99を二丁取り出す。俺たちもそれぞれグロックとベレッタを構えたが、そんなのは眼中にはいってないらしいな。普段は絶対に見ることのない理子のマジギレ状態にアリアは困惑しているようだ。

 

「私の本名は、峰・理子・リュパン4世! 落ちこぼれの4世だ! 誰も私のお母様がつけてくれた、この可愛らしい名前を呼ばずに4世様〜、4世様〜って呼ぶんだ! 私は数字じゃない! 曾お爺様が倒せなかった()()()()を私が倒せば認めてくれる! この名前で呼んでくれるんだ! 」

 

「なんであたしが……オルメスだって知ってんのよ! 」

 

「うるさい! オルメスのパートナーであるキンジも、しっかり仕事をしろよ」

 

 パートナー? オルメス? 理子の言ってる事はわからない事だらけだが、戦闘は避けられないか。落ちこぼれの4世ってことも気になるしな。

 すると、激昂状態だった理子は雰囲気を一転させキンジに笑みを浮かべた。

 

「キンジ、あなたのお兄さんはね、今理子の恋人なの」

 

「理子、ふざけたことを言うな! 」

 

「キンジ、落ち着け!挑発だ! 耳を傾けるな」

 

「これが落ち着いてられるか! 」

 

 キンジは理子に掴みかかろうとしたが、何故か飛行機が、ガクンと高度を落としバランスを崩してしまう。そして理子はワルサーP99でキンジのベレッタを撃ち、破壊した。

 だが、アリアはその隙に獅子のようにスタートダッシュをし、2丁のガバメントで理子に襲いかかる。

 

 鈍い打撃音がアリアが撃った弾が理子の防弾制服にあたったのを示してくれる。理子は苦痛に顔を歪めたが、二丁拳銃で迎撃し始めた。

 

「あんたも二丁拳銃!? 」

 

「双剣双銃はアリアだけじゃないんだよ? 」

 

 理子とアリアの手が交差し、激しい交戦が開始された。武偵同士の近接銃撃戦は打撃と同じ。相手の射撃をどれだけよけられるかが鍵となる。いくら防弾制服でも至近距離から撃たれれば、金属バットで殴られたような痛みがはしるのは武偵であれば誰でも知っていること。

 だから互いの腕を自らの腕で弾き合い、相手に弾を当てる、もしくは相手の銃の破壊が優先的になる。

 だが実力が拮抗すれば、銃の装弾数で勝負が決まる。

 

 ガギッ! とアリアのガバメントがスライドオープンし、理子はニヤついた顔をアリアに向け、ワルサーを構えるがアリアは理子の突き出した両腕の内側に飛び込み、自身の両脇でホールドする。

 

「キンジ! 朝陽! 」

 

「そこまでだ! 理子! 」

 

 キンジは緋色のバタフライナイフ、俺は【雪月花】を理子の首に左右から突きつける。

 シュッと音がし、俺の突き出した【雪月花】が理子の髪を数本斬り、舞い散るように落ちていく。

 

「ふふ、ハハハハハハ!! アリア、お前はこの力をまだ知らない! 」

 

 理子は血走った目を俺達に向けると、理子の髪は神話に出てくるメデューサのように動き​───

 

 アリアと俺の側頭部を、理子の髪が握った2本のナイフで斬り、鮮血を飛び散らした。俺は血は流すもあまり深い傷ではなかったが、アリアは深く斬られたため理子の方によろけてしまった。

 理子はそれを狙っていたかのようにワルサーをアリアの防弾制服の上から心臓部分に押しつけ、

 

「バイバイ、アリア」

 

「アリア!! 避けろ! 」

 

 キンジがアリアの防弾制服を引っ張るも、それは遅すぎた対応だった。ダァン! っと銃声が響き、アリアの心臓部を打撃した。アリアはキンジの方へと仰け反り、力なく倒れた。

 考えられることは​───

 

「キンジ! アリア頼む! 心臓が動いていないはずだ! 」

 

「ッ!? 分かった! 」

 

 キンジはアリアを抱えて急いで部屋に駆け戻って行った。

 

「理子、あれは少し容赦ないんじゃないか? 」

 

「ハハハハ!! オルメスを倒した! 私は今日、理子になれる! 」

 

 まるで聞いちゃいないな。どうする? アリアほど傷は深くないが万年貧血気味の俺にとっては辛いぞ。理子はアリアを倒した余韻に浸っている。それほど『理子』という名前に固執するものがあるらしいな。

 

「ねえ朝陽、イ・ウーに来ない? 」

 

「・・・・・イ・ウーだと? 」

 

「知ってるみたいだね。私はそこの生徒なの。朝陽なら今以上にもっと強くなれるよ? 」

 

 理子が......イ・ウーの生徒だと!? だってそこは​───

 

「イ・ウーか......懐かしいな」

 

「え?......なにそれ。その​──」

 

「だって俺、そこの卒業生だし」

 

 理子は豆鉄砲を撃たれた鳩のような、凄くマヌケな顔をしている。いい顔だ! 写真とっておきたいな。

 

「い、いつからいたの!?」

 

「産まれてすぐだ。推理オタク(シャーロック)に拾われてな」

 

「......ハッタリだ。理子はお前を見たことない」

 

「それもそうだ。あいつが会わせてくれなかったしな」

理子は何かを考える仕草をする。ブツブツと独り言を言っているが、俺はそんなのはお構い無しに理子に突撃する。

 

「なっ!? 待って! 」

 

「戦いに待っては無いだろう! 」

 

 俺は平賀さんから受け取った、ダガーが仕込まれている靴のかかとを鳴らし、つま先からダガーが展開される。そのまま理子に横薙ぎに蹴りをいれるが、紙一重で避けられ距離をとられた。

 

 理子は髪で握っているナイフ2本と二丁拳銃で本物の双剣双銃で俺に向かってくる。俺も銃口の向きから弾道を予測し、弾を避けながら理子に肉薄した。

 

 グロックをフルオートで理子に撃つが、サイドステップで避けられ、低い姿勢で向かってくる。

 手を伸ばせば届く距離になり、俺はグロックだけで応戦する。こういう状況で【雪月花】なんて振れないからな。

 

 互いの腕が交差する。左手で理子の右腕を弾き、髪に握られたナイフを避け続けるが......交戦していくうちに避けられない軌道のナイフが俺の手首へと吸い込まれた。

 だが俺はそれを見切り、袖のダガーを展開させナイフを弾く。

 

「お前、そんなに武器を隠し持っていたのか!? 」

 

「諜報科のウー先生に持てって言われてな。平賀さんに作ってもらったんだよ」

 

 その時、バーの扉が開きキンジが戻ってきた。俺にまばたき信号で『アリア、無事』と送ってきた。

 

「さあどうする。強くなった俺とキンジだ。勝ち目は無いと思うが? 」

 

「そうだね。だから今日は撤退するよ」

 

「逃げ場なんて無いがどうするつもりだ? 」

 

「秘密! それとキンジ、イ・ウーに来ない? 」

 

「お姫様のお招き、受けたいところだが今日は遠慮しておくよ」

 

 おいキンジ、ヒステリアモードになった理由あとでキッチリと教えてもらうから覚悟しとけよ!!

 

「そっか〜......じゃ、バイバイキーン! 」

 

 理子は飛行機の壁めがけて何かを投げると、小爆発が起き、飛行機の壁に穴を開けた。

 飛行機の内部と外の気圧差により、吸い込まれるようにして理子が外へ放り出される。理子は自身の改造制服をパラシュート変化させ、下着姿となって夜空の向こうへと消えていく。

 俺とキンジはシートにしがみつきなんとか吸い込まれずに​────

 

 

 

 

 

 その時、飛行機が何故か急速に高度を落とし俺のバランスが崩れる。足が浮き、掴むところがなく俺は......

 

「なんで俺だけなんだよおおおお!! 」

 

 外へと放り出された……

 



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第9話 もっとマシな超能力を!

「嘘だろおおおおおおおおお!? 」

 

 理子の小型爆弾で飛行機に穴を開けられ、外に吸い込まれた。この夜空の中、俺はどうしろと? 落下中の俺に出来ることは少ないし、強いていえばこれまでの人生を振り返ることくらいか……

 

 ん? 前世でも今でも、俺はD()T()()()()()()()()……彼女すらいなかったな俺。でも! これから多分()()するのに!! 理子め、末代先まで呪ってやるから覚悟しとけ!!

 

 俺は理子を本気で呪うと計画していたが、なんと50m下に張本人様がいた。これは良い計画を思いついたぞ。

 俺はニヤつきながら理子の元へと落ちていく。空中での移動は超能力(ステルス)を使いながら微調整し、理子のパラシュートへとダイブした。

 

「な、なに!?」

 

「俺様ご登場でやがります!! 」

 

 パラシュートは上から俺が飛び込んだせいでその役目をはたせなくなった。バランスを崩し、理子が体勢を立て直すも俺は理子の柔らかい身体にしがみつく。

 

「な! キョー君変態!! 」

 

「フハハハ!! 残念だったなあ!! 」

 

 パラシュートは再度開き、速度を落としているが俺が理子にしがみついているせいで、まだかなりの速度だ。

 

「落ちろ!! 」

 

「 蹴るな!! お前の下着がどうなっても知らないぞッ! 」

 

「何言って……キョー君死ね」

 

「辛辣なコメントありがとうございます! 」

 

 そう、理子にしがみついた時点で俺はとある細工をしていた。それは、俺の防弾制服と理子の下着を超能力(ステルス)で凍らせ繋げた。つまり、

 

「お前が無理に俺を落とせば俺と繋がっているお前の下着も一緒にずり落ちることになる!! 裸で夜空を楽しみたいなら俺を落とせばいいさ! 」

 

「くそっ! 末代先まで呪ってやるからなこの変態!! 」

 

「お前が開けた穴に吸い込まれた俺の身にもなれ! 」

 

 罵りあいながらも、ドンドン降下していく。

 このままだと着陸場所は海面になりそうだな。救助もしてくれるだろう。

 俺らよりキンジ達の方が心配だ。あれをうまく着陸させないといけないし、キンジは操縦経験なさそうだしな。

 

「朝陽、当たってるから今すぐ氷を溶かして落ちろ」

 

「ああ? 頭にのってるのはなんだと思ったが脂肪のかたまりだったか」

 

「冗談はお前の顔だけにしろ」

 

「なんだとこの童顔ロリが! 口調も変わりすぎだわ! 」

 

「うるさいど変態! 」

 

 こいつ! ……今すぐパラシュートだけ奪って落としてやろうか⁉︎ 理子は武偵殺しとしての重要参考人だが、そんな衝動に駆られる。俺が理子にしがみついているせいで落下速度があまり減速してないが大丈夫だろう。

 

「おい、イ・ウーにいたこと、しっかり説明してもらうぞ」

 

「あとでな! 今はしがみつくので精一杯だ! 」

 

 理子と話しているうちにドンドン高度が下がっていく。

 妙に分厚い雲を抜けるとそこは​───大雨と強風が入り混じり、カオスとなっているこの状況、つまり暴風域だ。台風並の風と雨で俺と理子を乱暴に濡らし、しがみついている腕と足が滑っていくのがわかる。

 

「おい理子、雨のせいで滑る!! お前からも俺を支えろ! 」

 

「そんなことまで!? この変態ヒモ野郎!! 」

 

「ヒモだけはご勘弁願うよ! 」

 

 俺は理子に必死にしがみつき、理子は俺を支える。いつ滑り落ちてもおかしくないこの状況に内心ビビりまくりの俺だが、そこは口にださない。落ちるフラグなんてたてたくないからな。

 乱暴に叩き付ける風に抗うこと5分、ついに海面がすぐ近くまで近づいていた。

 

「よし、海面少し凍らせるから飛び降りるぞ」

 

「分かった......」

 

 随分おとなしくなった理子を尻目に、超能力(ステルス)を発動させ海面から少し盛り上げた5m四方の小島を作った。

 

「よっと」

 

「おい! ちょっと待て​──」

 

 理子が必死に俺を離すまいとより一層俺を支える力を強くした。だが、なぜそんなことをしている? 重力に従い、俺と理子の差は離れていく。

 あ、そういえば理子の下着と繋がってるんだった。氷の小島に飛び降りながら俺は理子に詫びをいれた─​─

 

 

 

 

 

 

 

 

「最低ど変態ヒモ野郎死ね」

 

「ごめんって見えてなかったから……待て! ただでさえ揺れてるのに押すんじゃない! フリじゃないぞ、フリじゃないからな! 」

 

 暴風域にはいっている海は大荒れ。いくら氷の小島を作ったとはいえ、揺れるものは揺れる。滑って落ちないように壁も作ったが、理子は俺を落とそうと必死のようだ。まったく、俺が死んだら悲しむ人だっているんだからな!

 俺は救助してもらうため、持ち物を確認するが……無い! 発炎筒なんて持ってるわけないか!

 

「理子、発炎筒みたいに光るもの持ってないか? 」

 

「理子がそんな物持ってるわけないでしょ。死ね」

 

 いい加減機嫌なおしてくれ、的な目線を向けるも、無視された。あれ? 目から水が……こうなったら朝まで待つしかないか。

 超能力(ステルス)も常時発動しないといけないし、精神力も朝までもつかわからないな。俺はせめてものお詫びと思い、自分のブレザーを理子の背中に掛けてやる。

 

「なに……変態のブレザーなんて困るんだけど」

 

「お詫びだ。風邪ひいたら一緒に買い物行けなくなるだろ」

 

「全部朝陽のおごりだからな。覚えておけよ」

 

「はいはいお嬢様。出来ることならなんでもしますよ」

 

「その言葉、絶対忘れないからな」

 

 寒い。まじで寒いよ! 春ってこんな寒かったっけ!?

 これじゃ風邪ひいてもおかしくないな。看病で理子にリンゴでも切ってもらうか。それにしても朝まで何時間だ? 氷が溶けないようにするのに地味に精神力使うんだよな……

 

 

 

 ​───────​───────​───────

 

 

 

 

 

 

「ん? ここどこ……あ、あの変態が作った小島か。おいキョー君、そろそろ起きろ」

 

 気がついたら朝になっていた。昨日の雨に引き続きまだ空には雨雲が漂っている。はやくこいつに何とかしてもらわなければ風邪ひくのだが……さっきから声をかけても反応しない。

 

「……」

 

「聞いてるのかこの変態!! 」

 

 罵っても返事すらしない。私は横たわっている朝陽に近づき……様子がおかしいことに気がついた。苦しそうに顔を歪め、呼吸も早くなっている。風邪でもひいたのか?

 

「あ……起きたか。お……はよ……」

 

「風邪でもひいたのか?」

 

「まあ、な。通信機器とか……もってるか?」

 

「一応ある。昨日の雨で壊れてなければいいけど」

 

 昨日使わなかったのは雨で使えなかったから。

 朝陽が小島全体を覆う屋根でも作ればよかったんだけど、そんな余裕ない! って言って私だけ氷の膜のようなもので覆ってくれた。朝陽はずぶ濡れで少しだけ可哀想だとは思ったな。

 無線機を取りだし、武偵校に連絡をいれる。繋がらない心配もあるけどそれは杞憂だったね。

 

「武偵校2年峰理子です。今すぐこの無線の位置にボートかなにかを送ってください」

 

『分かりました。迅速に対応します』

 

「朝陽、助けを呼んだからそろそろ起きろ」

 

「そん……な事言ったって……力が入らないんだ……」

 

「まさか!?」

 

 そういえばこいつは海に落ちてからずっと氷の小島が溶けないように超能力(ステルス)を使っていた! 精神力なんてもう底をついてるはずだ! 起きれるほどの力もない……つまりこれ以上負担をかけたら朝陽が死ぬ!

 

「朝陽、これ以上超能力(ステルス)を使うな! 死ぬぞ! 」

 

「理子をこんな目にあわせ……俺……責任……」

 

「おい朝陽! しっかりしろ! お前のプリン全部食うぞ!」

 

「……」

 

 意識が朦朧として、目の色も灰色に近い色になってきてる。だが、氷の小島は崩壊しない。無意識でも作ってるのか!? 一刻も早く止めなければ命がいくつあっても足りなくなる! 早く助けに……

 

 

 ​───────​───────​───────

 

 

 

 眩い光が閉じているまぶたの隙間から見える。

 助かったのか? 目をあけると、1度見たことがある場所にいた。

 

「ここは……花畑?」

 

「なんで君がここにいるのか説明が必要かい?」

 

「な!? ロリ神!? 」

 

「殺す」

 

 そう、俺が幼なじみに殺されて、行き着いた場所。いわゆる転生の間にいた。え? 死んだの俺。

 いやいやいやいやいやいや!!超能力(ステルス)の使いすぎで死ぬとかダサすぎだよ!

 

「君はまだ死んでないよ」

 

「え? じゃあなんでここに……」

 

「死ぬ間際、生と死の狭間にいるって感じね」

 

「危ねええええ!! 」

 

「テンション高くてウザイわ」

 

 生と死の狭間? 不幸体質の俺なら死のほうに傾くよね?

いや傾いてほしくないけどもさ。不幸なんて消えてしまえ! 瑠瑠神もいなくなってしまえばいいのに! そう言えば俺って……瑠瑠神に見せられた悪夢をあわせて何回死んだ?

 ……2回か。いや、死にかけのこれも合わせれば3回かよ⁉︎

 

「俺って実は弱い? 」

 

「これまでの転生者の中で弱い部類にはいるわね」

 

 なん……だと⁉︎ これまでの転生者ってことは前にもこいつに転生させてもらったやつもいるのか。その中でも弱い部類って……どうせチートつけて転生なんだろ⁉︎ 俺もチートほしい! というかロリ神も助けてくれればいいのに、ケチなやつだな。

 

「ほんとに私はロリじゃないんだけど」

 

「その姿で言われても説得力がないんだが」

 

「元々この姿は5週目の姿なの」

 

 5週目だと!? つまり、成長しきったらまた限界まで若返るあれか!? じゃあロリじゃなくてロリババアか。いや待て、若返ったんだからババアの時間は来ていないということになるのか? ならロリか? ロリだな。

 

「つまりロリだ」

 

「もういいわ。それより君、祈ったらどうなの?」

 

「祈るって自分が生き返ることをか?」

 

「そうだけど……死ぬことが怖くないの?」

 

「そりゃ怖いけど……死んでもお前がどうにかしてくれんだろ? だったら安心できるよ」

 

 ロリ神は驚いた顔をしている。なんだよ? 俺なんか変なことでも言ったか?

 

「君、やっぱりやるわね」

 

「何が」

 

「なーんでもないよ! 」

 

 上機嫌なのは頼られたからか? なんかあれだな、娘を見る父親のような感じだな。ん? ジト目でこっちを見るんじゃない。パパ怒るぞ!

 

「殺す」

 

「落ち着け! 頼むから! 」

 

「一回殺さないと……あ、そろそろお別れの時間だよ」

 

「え? 」

 

 ロリ神が俺に手を振っている。お別れって俺死ぬの⁉︎ それとも生き返る⁉︎ どっちだよ! 俺が死んだらロリ神も少しは悲しむはずだ。だからそんな淡々と別れなんて告げないはず……待てよ? 俺がいつもロリロリ言ってるからウザいのが消えてラッキーなんて思われてるかも。

 やばい、その可能性の方が断然高いんだが⁉︎ 裏をかいて生き返るか? でもまたその裏をかいて……

 

「そんなこと、自分の目で確かめなよ。迎えがきたよ」

 

「迎えってなに……」

 

 後ろを指さされ、俺が後ろを向こうとした瞬間、決して抗うことのできない力によって引っ張られた。感触的に無数の手が俺を掴んでいるようだ。どんどん後ろに引き込まれていく。本当に俺死んだ? 生きてたらこんな酷い引きずりかたしないもんな……

 

 ダサい死に方で恥ずかしすぎるだろ! 強敵との戦いの末に死、っていうのが夢だったんだが……考えを張り巡らせていると、無数の手の一部が俺の顔を覆ってきた。その手は紫色に染まっている。この手って……脳が震える、っていうあの人の手とそっくりだな。自分の能力の使いすぎで死ぬって……俺、怠惰ですね……

 それが、意識が途絶える前に考えた最後の感想だった。

 

 

 

 

 

 ​───目が覚めた。地獄の業火を見ようと思ったが、見えたのは白い天井。そして第一声、

 

「知ってる天井かよ! 」

 

「ちょ⁉︎ キョー君大きな声出して驚かさないで! 」

 

 

 

 

 

 

 




朝陽君の超能力の氷は通常の水を凍らせた氷とは違います。それはまた後に。


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第10話 第1次RFC集団リンチ事件

 俺が絶叫し、隣にいる理子はビクリと肩を震わせた。手に持ってるのは……ナイフとリンゴ。俺に切ってくれてるのか⁉︎ こんな日が来るとは……生きてて良かった!

 

「よく生きてたね、さすがキョー君! 理子心配でしょうがなかったんだから……」

 

「本音を、どうぞ」

 

「死ね変態」

 

「グハッ⁉︎ 」

 

 クソッ! なんて刃物を持ってやがる⁉︎ 一瞬にして心をここまでズタズタにするなんて……理子も腕をあげたな!

 

「ま、とりあえず復帰おめでとう。死にそうになってたのはほんとだよ? 」

 

「ああ……わかってる。あの時は超能力(ステルス)を限界を超えてでも使っておかないとお前が溺れるから必死だったんだよ」

 

「それだけは感謝してあげる。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 俺は寝転がりながら理子が切ってくれたリンゴを食べる。だが、重要なことに気づいてしまった。俺がリンゴを食べる際に絶対に残しておくもの!それはッ──

 

「リンゴの皮はどうした!? 」

 

「え? 食べないと思って捨てた────」

 

「なんだとだと!? あの神のような存在の食べ物を!? 」

 

「文句あるなら食べるな! 」

 

「食うよ! せっかく美少女に切ってもらったのに食べないわけないだろ! 」

 

 美少女にリンゴを切ってもらい、それを食べる。前世の俺の夢であり、今の俺の夢でもある!据え膳食わぬは男の恥、というのはここであってるのか

 知らんがとにかく! 食わなければならない!

 

「ねえそんな怖い顔しなくてもリンゴは逃げないよ? 」

 

「お前が逃がすだろ」

 

「あげるから……心配した理子がバカみたい……」

 

 俺は理子の切ってくれたリンゴを食べながら、俺が死ぬ寸前の時のこと、キンジとアリアが乗った飛行機などを話した。どうやら、あのバカップルは助かったらしい。学園島の横にある空き地島に緊急着陸とかふざけてやがるなあいつ。

 

 理子は、買い物付き合ってもらうから! 約束破ったら殺す、と言い残してどこかに行ってしまった。

 ぷんぷんガオーはどうした! いつもそれだろ! なんてツッコミをいれる隙もないほど素早く病室から出ていったからな。俺の前で性格変わりすぎだろ。

 

 理子がいなくなったし……暇になったな。リンゴを食べながら今季のアニメ消化でもするか。さて、何から見ようか? 最近リアルで戦闘ばかりだし日常系で癒されようかな……

 

「おい、また病院の世話になるのか? いい加減Aランクに落とすぞ」

 

 ゲッ! この声とキツイ言い方は……まさか……ノックくらいしてくれよ。

 

「アラン先生、またお世話になります」

 

「超能力の使いすぎとはSランクも堕ちたものだな。今すぐAに落としてやりたいな! 」

 

「あれは理子を助けるためであって! ……仕方ないことだと思いますし」

 

 アラン先生は俺の言い訳を鼻で笑い、ゴミを見るような目で追い打ちをかけてくる。

 

「だったら峰の下着とお前の制服を繋げて離れないようにしたのは何故だ? 助けるのに必要なのか? 」

 

「いやそれは……パラシュートで降りてる状態だったので理子にも俺を支えてほしかったんです。雨で滑りましたし……」

 

「ハッ! まるでヒモ男だな! 」

 

 もう泣いていいですか? 泣いても誰も文句言いませんよね? 死にそうだった人間にこの仕打ちは酷いよ……

 

「まあ仲間を助けたのは加点するとしよう。お前と峰が恋人関係というのも黙っておこう」

 

「え? 待ってください! それは誤解───」

 

「誤解も何もあるか! 男女がそういう格好でハグしたら恋人関係だろう! 」

 

 アラン先生は目つきの悪いその顔を赤く染め、大人とは思えないほど遅れた知識を披露した。俺と理子が恋人関係? 理子は美少女だから別にいいけど理子のファンクラブに何されるかわかんないし怖いんだよ! 一刻早く誤解を解かねば!

 

「アラン先生! それは間違った知識です!! 別に恋人同士じゃなくてもそういうことは───」

 

「教師である私に反論とはいい度胸だな! 罰として、今日は喋れなくしてやる!」

 

 アラン先生は履いているジーパンから数珠をとりだし、よく分からない言葉を唱える。唱えている最中も俺は必死に弁解するが、何故か声が出しにくくなってきている! 俺が恋愛ドラマでも見たらどうだ、と勧めた時には完全に声が出ていなかった。

 

『あれ? ほんとに声が出ない! 先生元に戻して! 』

 

「フフッ、口パクじゃ分からないな」

 

『そんなひねくれた性格してるから結婚出来ないんだよアホ教師! 』

 

「あ? 結婚は出来ないじゃなくてしないんだよ! 教師への暴言の罰として、峰との関係をバラしてやる! 」

 

『しっかり分かるじゃねえか! 俺は理子と恋人関係じゃないって信じてください! 』

 

 俺の必死の口パクは既に病室から出ていくアラン先生に届かず、無意味に口を動かしただけとなった。まずい、まずいぞこの展開は! あの教師は本気でやるつもりだ! 過去にもこういうことあったしな。

 

 他人事だと思ってたあの頃の俺を殴りたい! 俺は携帯を取り出し、情報科の知り合いに頼んでジャミングをしてもらおうかと思っていた時、校内ネットの通知音が病室に鳴り響いた。

 

 なんだろう……冷や汗が止まらない。目から水が流れそうになるのをこらえながらも俺は恐る恐る校内ネットを開く。最新! という文字の下に、教務科アランより報告、という題とリンクが貼られてあった。

 そこにアクセスしてみると……

 

【本日、2年の京条朝陽と、同じく2年の峰理子が交際関係に発展していることが判明した。私独自の調査によると、もう進むところまで進んでいるという。この報告でショックをうけた者もいるだろうが、この悔しさを犯人逮捕や調査などにぶつけてほしい。諸君らがより一層立派な武偵になることを期待している】

 

 ……なんだこの文章は⁉︎ 早えよ! てか進むとこまで進んだってまだ何もしてねえよ! デタラメばっかりながしやがって! すぐに弁解のページを……

 

 その時、携帯に何通、いや何百通ものメールが届いた。だいたいの予想はできてるけど……ちょっと覗いてみるか。

 俺は意を決してメールを開く。

 

『お前抜けがけしやがって! 殺す! 』

 

『俺たちの理子様を盗みやがって! 殺す! 』

 

『轢いてやる』

 

『コロスコロスコロスコロスコロスコロス』

 

 最後のやつ誰だよ! 怖いよ! もうメール見たくないよ! 恐怖で俺が携帯を窓から放り投げようとした時、着信がなった。それも教務科からの連絡の時になる一番危険度の高いやつだ。すぐさま俺は携帯を耳に当て、応答する。

 

『綴だ。今すぐ私の尋問室に来い。来ないと……』

 

『行きます! 今から全速力で支度します! 』

 

 と、素早くメールで返事をし、急いで着替える。綴の尋問室だと⁉︎ ろくなことにならないな! 俺の担当医からは安静にしてるように、なんて言われたが無視だ無視!

 教務科の命令は絶対だからな。逆らったら何されるかわからん。

 

 俺はかつて無いほどのスピードで支度をして、病室から飛び出た。だがその先にいたのは、白衣をまとい、右の頬に縫い傷がある俺の担当医。鋭い雰囲気をもつ人なのだが、なかなかのイケメンだ。

 

『あ……ジャック先生……どうも』

 

「なんで抜け出そうとしているのかね? 」

 

『綴先生に呼び出されて……許可をお願いします』

 

「綴か……行っていいぞ。あと、綴に今夜ディナーに行こうと言うのを忘れていてな。言っておいてくれ」

 

『え?……分かりました』

 

 あの綴にこんなイケメンな男がいるだと!? 聞いてないぞ! 俺の偽りの恋人関係より、綴に男がいるってことの方が情報の価値としては上だろ! でもこんなこと言ったら……良くて尋問による人格崩壊、悪けりゃ死亡だな。

 

「ところで、なんで携帯で筆談やってるんだ? 」

 

『アラン先生に喋られなくされました。では! 』

 

 綴先生の早く来いということを思い出し、病院内を早歩きで抜ける。走ったらジャック先生が豹変するからな。病院を抜けたあとは、重い体を無理やり動かし、

 出発しそうになっている武偵校行きの電車に飛び乗る。

 すると、横にいる武偵校生徒が話しかけてきた。

 

「あれ? 京条先輩? 」

 

『あ、確か……間宮あかりだったか? 』

 

「はい! そうです! ところでなんで筆談なんですか? 」

 

『色々あってな』

 

 アリアの戦妹の間宮とその仲間達がそばに立っていた。こんなところで再会するとは……理子のこと聞かれなきゃいいけど……

 

「また入院してたんですか? 」

 

『なんでそのこと……』

 

「頭に包帯まいてるのでそうかなと思いまして」

 

 頭に包帯? 俺は頭に怪我なんてしてないぞ? だが、触ってみると確かにまいてある。理子に何されたんだ俺!? 傷ついてたら許さんぞ。

 

『あーまあそんな感じだ。あかり達は? 』

 

「色々と買うものがありまして! それとライカが言いたい事があるそうですよ」

 

「ちょ! あかり! 今は別にいいって……」

 

 言いたい事? 俺が最低とかか? そのテの話は今日はもう聞きたくないよ……

 

「えっと先輩」

 

『なんだ? 俺が最低だってことはわかってるよ』

 

「そうじゃなくて……あたしを戦妹(アミカ)にしてください!」

 

『え?? ……誰かと間違えてるんじゃないか? 』

 

「京条先輩で間違いないです! 」

 

『なら……いいけど。ホントに俺でいいのか? 』

 

「はい! ありがとうございます! 」

 

 まさかの戦妹の申し込みとは、予想の遥か上だな。

 こんな俺が兄になったらバカにされるのは目に見える。ライカは強襲科でAランクとっている優秀な武偵だ。メンタル面もしっかりしてそうだが……一応言っておくか。

 

『俺なんかの戦妹になったらバカにされると思う。でも一応俺が兄になるわけだし、困ったことがあったら何でも言ってくれ』

 

「はい、よろしくお願いします! 」

 

『おう、俺は武偵校に行くから次の駅で降りる。申請はそっちで出しといてくれれば許可するから。じゃあな』

 

 感謝の言葉を背に受け、嬉しい気持ちになりながらもこれから尋問を受けることになることを思い出し、一気に萎える。何されるか誰も分からない、それが綴の怖さであり、強さでもあるからだ。

 

 

 武偵校最寄りの駅で降り、ダッシュで武偵校に向かう。途中、RFC(理子様ファンクラブ)の団体様に殺されかけながらもなんとか武偵校についた。

 はぁ……こんな厄日がこれからも続くのか⁉︎ メンタル的に辛いぞ! まあ生きますけども。

 

 RFC(理子様ファンクラブ)からなんとか逃げ切り、周りからの目線が俺に突き刺さる中、綴専用尋問室まで足を運ぶ。諜報科棟の暗い廊下の奥にあるから余計に怖さが倍増する。俺は尋問室につき、ドアを軽めにノックした。

 

「おー入っていいぞ」

 

 気だるそうな声が中から聞こえ、それを合図に少し重たいドアをあけると、椅子が2つ、テーブルが1つという警察の取り調べ室と変わらない風景が見える。

 綴は椅子に座り、絶対に違法なモノが混入しているであろう葉巻を吸っている。テーブルの上には何故かカツ丼が置いていた。……食えと?

 

「さて、お前に1つ聞きたいことがある」

 

『理子の件ならデマ情報ですよ』

 

「そんなのはどーでもいい。別のことだ」

 

『なんでしょうか……』

 

「アドシアードに出場する気はないか? 諜報部門でだ」

 

『アドシアード……ですか』

 

 アドシアード、それは日本中の武偵校から選抜で選ばれた武偵が腕を競い合う行事。毎年ここ、東京武偵校で行われる。各部門に1人づつ代表が選ばれるのだが、見事優勝すれば将来は安定と言われるほどの大金と名誉が手に入る。俺にとっては良い知らせだ。だが、

 

『誘っていただいたのはありがたいんですが、俺はでません。辞退します』

 

「ほぅ……理由を聞こうか」

 

『俺には武偵校で1度もやったことがない技がまだあります。それらを使えばいい所まで行くと思いますが、自分の手の内を晒したくないんです。たとえ審査員の方にも』

 

 審査員はおそらく武装検事、武偵のSランクが束になってかかっても瞬殺するほどの実力を持っている。将来何かあって敵対した時に少しでも生き残れる可能性は残しておきたいからな。

 綴は俺の目を見て何かを感じ取ったようで、長いため息をついた。

 

「ま、断ることはわかってたけどな、一応だ。これも教務科の仕事でな。カツ丼食ったら帰れ」

 

『メールでいいじゃないですか! 』

 

 ここに来るまでにどんな修羅場にあったことか! RFC(理子様ファンクラブ)のヤツらに殺されかけたんだぞ! まったく……俺はカツ丼を食べようとしたところで、ジャック先生からの伝言を思い出した。こんな人とディナーか。

 

『綴先生、交際されてるんですか? 』

 

「……なんでそんなこと聞く? 殺されたいのかぁ? 」

 

『武偵病院のジャック先生に今夜ディナーに行かないか? って伝言を頼まれましたので』

 

 綴先生は俺が筆談に使っている携帯を素早く取り上げ、これでもかってくらいジャック先生からの伝言を見つめている。

 

「嘘じゃないだろうな? 」

 

 携帯を返してもらい、返事を打つ。綴先生はソワソワしているのか、少し身体を左右に揺らしている。

 完全に恋する乙女ソレだ。

 

『お世話になっている先生方に嘘はつけませんよ』

 

「そうか……もう出ていけ」

 

『え……カツ丼は……』

 

「今度だ」

 

 綴先生は顔を真っ赤に染めている。普段ラリってる目をしながら、生徒達に銃弾を撃ち込んでるとは思えないね。あれこれ考えているのか、幸せそうな表情を浮かべたと思ったら頭を左右にふってさらに顔を真っ赤にする。

 口元もゆるゆるだ。幸せそうだし、今日は帰るか。

 

 俺は諜報科棟を出て、武偵校を後にし──ようとしたところでRFC様御一行が俺に向かって突撃してきた。その数ざっと100人。中には3年生のSランクまでいる。え? 俺終わった? なんか向かいのビルの屋上にもスコープの反射光が見えてるし。さっきはこんな人数いなかったよね?

 

「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」

 

「理子様、俺、守る。俺、結婚」

 

「貴様の血は何色だああああ!?!? 」

 

「理子様! 理子様理子様理子様理子様理子様理子様」

 

 どうした、特に最後のヤツはなんだ! 狂ってしまったか……ってそんなこと考えてる暇ない! 俺は弁解するため、その場にわざと立ち止まる。

 RFC御一行は俺の周りを囲み、団長らしき3年生が出てきた。なかなかのイケメンなんだけど残念な人だな……

 

「理子様がお前とお付き合いなさっているのは(まこと)か? 」

 

『いや、それはアラン先生の───』

 

 文字を打っている最中、後ろから何か飛来物が飛んできたのが気配で分かった。反射的に俺は右手をあげ……

 

 ガチッ! と無情にも携帯に直撃し、真っ二つに割れてしまった。

 

(あ……やっちまった……)

 

 憎き飛来物は野球ボール。野球部の誰かがバットで特大ホームランでも打ったのだろう。でもなんでさ……俺の携帯に当たるんだよ!! 不幸にも程があるだろ!

 いや俺が! 反射的に右手で防ごうとしたのがいけないんですけど!

 

「危ねえな……で、なぜ沈黙しておるのだ」

 

『いやアランのせいで喋れなくなってるんだよ! 』

 

「そうか……その沈黙は肯定を意味するんだな」

 

『ちっがーう!! 』

 

「皆のもの! この不届き者に天罰を与えよ!! 」

 

「「「かかれー!! 」」」

 

 刀剣を片手に迫り来る強襲科、そして狙撃科の援護が一斉に襲いかかる。Aランク以下のヤツらはなんとかできるはずだ。だが3年のSランクが何故か居る。アンタら任務中だろ?

 だが俺は覚悟を決めて()()()()()()()()

 

 もちろん、そんなことはSランク先輩が許してくれるはずもなく、俺の逃げる先に先回りしてきた。俺は袖のダガーを展開し、腕を躊躇なく突き出す。

 アリアでも避けきれない攻撃だが流石Sランク先輩である。片手で俺の腕を外側に弾き、先輩の回し蹴りが俺のみぞおちに深くめり込んだ。目で追える速度ではなく、受け身も取れずに俺を囲んでいる輪の中心に弾きとばした。

 

 正面戦闘は無理そうだな。しょうがない、超能力で氷の槍でも作って応戦するか。俺は超能力を発動させ氷の槍を……あれ? 出来ない。

 なんで? 超能力さん休まないでよ! なんで発動出来ないの!? 詰んだ、これは詰んだわ。

 

 こうして、第1次RFC集団リンチ事件の幕があがった……。

 

 

 

 




RFC(理子様ファンクラブ)
3秒で思いつきました。他の作品を書いている方と名前がかぶっていたら速攻で改名します。

アラン先生は女です


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第11話 狂い巫女の暴走

 RFC(理子様ファンクラブ)にボロボロにされた身体を引きずりながら寮へ帰る。誰だよ分隊支援火器(M249軽機関銃)持ってきたヤツ、あんなの被弾したら死ぬから……そいつがあたり構わず乱射してくれたおかげで逃げれたんだけどさ。

 

 寮につき自分の部屋まで戻ると、本来あるはずの扉が真っ二つに斬られていた。切断面もキレイだし良い太刀筋だったんだろうな……って違う!! これじゃセキリュティなんてあったもんじゃない! しかも中から刀と刀が切り結ぶ音が聞こえるし!

 

 血相を変え俺は靴を脱ぎ捨て、急いでリビングまで走る。すると、白雪とアリアが鬼気迫る顔で凄まじい戦闘を繰り広げていた。 特に白雪のほうは目が怖い。刀の振る速度と切先が完全にアリアを殺す感じだ。アリアは必死に耐えているが所々防弾制服が斬られ、血をにじませている。

 

 白雪はアリアの二刀流を完全に捌いているようで、白雪が着ている戦闘袴らしきものには傷の1つもついていない。

 

(これは……アリア負ける? てか殺される! )

 

 俺のことは2人には見えておらず、集中しきっている。どうする? この状態でもアリア劣勢なのに白雪が超能力を発動し始めたら絶対に負ける。白雪はもう狂気に染まり、残酷な笑みを浮かべている。もうあれだ、白雪じゃなくて鬼雪だ。

 

「フフフフ、キンちゃんもうすぐこの泥棒猫を……」

 

「アンタ! なんなの! 」

 

 鬼雪は、こうして考えている間にもアリアの身体に少しずつ傷をつけている。

 2人が大きく互いの刀を弾き合い、同時に鬼雪は自身の刀から手を離す。放物線上に鬼雪の刀は床に落ち深く突き刺さった。アリアも弾かれた刀を手放しホルスターからガバメントをドローしようとするが、白雪はそれよりも早く懐から札を取り出し、詠唱を始めた。星伽家の文様が描かれているそれは本来切り札として出すものだ。()()()()()()()()()()()()()

 

(まずい! あの札の色は!? )

 

 星伽家の黒い札を出すということはすなわち、この寮が一瞬にして灰になることを意味する。文字通り灰だ。そんなもの、ここで放たれても困る。

 

 白雪を傷つけず、なおかつ意識を戻させる為の策は……俺が超能力(ステルス)を発動できるかにかかるか! 再びダメもとだが、超能力(ステルス)を発動しようとする。

 いつもはすんなりと氷が出来てくれるはずだがやはり出てこない。こうなったら一点集中だ!

 

 手のひらの中央一点だけに出力を全力でかける。身体の奥深くから絞り出されるような、得体の知れない感覚が身体全体に襲いかかる。それらを気合いで無視し、極限まで集中させると、手のひらに小さい氷の塊ができた。それは質量を持った普通の氷。

 

 だが! これで十分だ! これなら!

 俺は、残酷な笑みと狂気に染まった目をしている白雪のうなじに氷を投げる。ただ投げても白雪は気づかない。だから、その氷が白雪の戦闘袴に入りこむように投げた。背中に急に冷たいものが入れば、驚いて少しは周りが見えるようになるはず! それがダメだったら白雪に直接攻撃しなければならない。

 

 俺が投げた氷は綺麗な放物線を描き、見事陶器のような、白雪の綺麗なうなじにあたる。氷は滑るように白雪の背にはいり​─────

 

「ひゃう!? な、なに!? 」

 

 よかった……戻ってくれた……

 白雪に直前まで纏っていたどす黒いオーラは霧散し、いつもの嫉妬した時のただの怖い白雪になった。これなら話も通じるし大丈夫だろう。俺の投げ入れた氷も今は冷たがってないし、溶けたか。

 

『白雪、ひとまず落ち着こうか……』

 

「あ……朝陽君……ごめんね…ってなんでマバタキ信号なの? 」

 

『いや、まずなんでこの状況になったのか説明を』

 

「それはね……この泥棒猫がいけないんだよ!! 」

 

 再びその目に狂気を宿らせるが、なぜかベランダからでてきたキンジを見て一気に明るいオーラを纏った。

 まるで忠犬だ。でもキンジ、飼い犬に手を噛まれるということわざもあるんだ。襲われないよう祈るんだな。

 

 一方アリアは、壁に背をつけ傷に応急処置を施している。だがその目はいつでも戦闘が再開できるようにハッキリとした敵意を持っている。

 

『アリア、どうしてこうなった? 』

 

「アイツがいきなり仕掛けてきたのよ! 泥棒猫って」

 

『じゃあ……キンジか』

 

 この()()の鍵は100%キンジだ。多分アリアにキンジが盗られるからっていう理由だろう。女難の相か…… 不幸友達じゃないか! やったね俺ちゃん仲間が増えたよ!キンジは俺を見て何かを悟ったらしくため息をついている。

 

「キンちゃん! この泥棒猫とは何もしてない!? 」

 

「してない! 大丈夫だ! アリアにも聞いてみろ! 」

 

「そうよ! な、何を馬鹿なこと言ってんの!? 」

 

「ホントのホント!? 」

 

 キンジは呆れたような顔を見せると、不意に白雪に顔を近づけ目を合わせる。キンジは何か言ったようで、白雪の顔はどんどん赤く染まりおとなしくなった。

 ケッ! これだから天然タラシは……

 

「じゃ、じゃあキンちゃんとアリアはそういうことしてないんだよね? 」

 

「そういうことって? 」

 

「その……キス……とか……」

 

 キス、その言葉を白雪が発した瞬間キンジとアリアの周りの空気が凍ったような気がした。キンジは冷や汗を浮かべ、口元をひきつらせている。

 対してアリアは顔に収まらず首まで真っ赤に染め、何かを言いたそうにパクパクと口を開けている。お前は金魚か!?っと言いたいが、あいにく喋れない。アリアはよほど恥ずかしかったのか、俯いてしまった。

 

 白雪は2人を見てナニカを察したようで、再びドス黒いオーラを纏い始めている。目も真紅に染まり……あれ? 幻覚だよね? 目が紅いとか流石に幻覚だよね!? 激昂状態で目の色が変わるとかモンスターなの!?

 もはやソレは白雪ではない。闇雪だ。

 

「したのね? ふふふふふふふふ……」

 

 その袴のどこに隠し持っていたのか聞き出したいくらい凶悪な武器が床にゴトリと鈍い音をたてでてきた。

 左手にモーニングスターと、右手に刃の部分が異様に紅く染まっているバトルアックス。闇雪はそれらをオモチャのように軽く持ち上げた。

 

 アリアのそばまで行こうとするのを俺とキンジが必死に止める。俺たち男、しかも武偵校の強襲科Sと元強襲科Sランクが2人がかりで闇雪をアリアから離そうとするも逆に引きずられてしまう。

 

(どれだけ力あるんだ……!? )

 

『キンジ! 全力、出せ! 』

 

「お前こそッ……! 」

 

 闇雪がバトルアックスを頭上に構えた。もうダメだと思い俺は闇雪の前に立ちはだかり【雪月花】を抜刀しようとする。その瞬間、真っ赤な顔を下に向けプルプルしていたアリアは意を決したようにカッ! っと目を開き顔をあげた。

 

「そ、そういう事はしたけど! でっでも! 」

 

 なんだかヤバイこと口に出しそうな気がするな……

 

「大丈夫だったのよ! 子どもはできてなかったから!! 」

 

 

 

 

 ん? 子ども? それってそういう行為……よし、絶対キンジ殺す。相棒がロリコン だったのは意外すぎるな。どうりで白雪がアレだけアプローチしても気づかないわけか! 許すまじ。

 

『キンジ』

 

「待て! なんで子どもができるんだよ! 」

 

「だ、だってお父様が言ってたもの! キスしたら子どもができるって!! 」

 

「できるわけないだろ!! 」

 

 ホームズ家ももうちょっと教えてやれよ! まあそういうことしてないんなら……あ、でもキスしたんだよな? はい、殺す。

 

『キンジが俺より先か……許せない。殺す』

 

「待て! そんなことより白雪の暴走を……」

 

 俺とキンジが白雪を見てみると……何もかもを失ったような顔で壁にもたれかかっていた。ドス黒いオーラなど微塵もなく、ただただ現実を直視出来ないようだ。

 俺達が声をかけようと近寄ると急にビクリと身体を震わせ、立ち上がった。そしてそのまま帰ってしまった。

 

『……白雪可哀想だ』

 

「すまん……だけどアリアも誤解を生むようなことは言うな! 」

 

「じゃあ子どもはどうやってつくるの? 教えなさい! 教えないと風穴開けるわよ! 」

 

「そ、それは朝陽に頼め! 俺は白雪を探しに行くから! 」

 

 とっさにキンジに声をかけようとしたが声を封じられていることに気づく。グロックで足止めしようとしたが、時すでに遅し。もうエレベーターにのって行ってしまった。

 

『俺は寝る。おやすみ』

 

「寝るのはいいけど、あたしに子どものつくり方を教えてからよ! 」

 

『 離せ!! 』

 

 アリアは俺の腕に身体全体でホールドするように抱きついた。もちろん、年頃の女の子がそんなことをすればあたるものがあるわけで……ない。成長しなさすぎじゃないか!? まな板に腕をつけてる感じだぞ!

 

「教えてくれるまで離さない! 」

 

『無理。しっかりパートナーを見つけてやれ! 』

 

「だったらあんたがパートナーになればいいじゃない! ほら、あたしがいいって言ってるんだからいいの! 」

 

 アリアさん、そういう発言はアウトなんです! 特に俺みたいな年頃の男の子にそういうことは言わないでください! 淡い期待……待て! 俺よ、冷静に考えろ。いいか? 相手はあのアリアだ。ロリだぞ? 手をだしていいわけない、犯罪ものだ。いやでも、アリアも高校2年生だしあっちがいいって言ってるんだ。これは合法的に……なるわけないだろ俺! 何を考えてる! 劣情を催すな!

 

「ねえ、はやくしてくれない? あたしだって眠いのよ」

 

 アリアはソファーにしなだれるように座る。いつものことだが、今日は一段と違く見え……ないぞ! 落ち着け落ち着け落ち着け! だが、どんどん俺の中の悪魔が天使を倒している。悪魔が俺に囁きかけ、アリアを襲うのも時間の問題だ! こうなったら最終手段ッ!!

 

 俺はグロックをセミオートにし、自分の右太ももを防弾制服越しに発砲する。

 ドン! と鈍い音と共にこみ上げる激痛に劣情は抑えられ涙目になりながらも、驚いているアリアのもとまで行く。

 

『そんなに知りたいのならネットで調べてくれ。お前知りたいことが嫌っていうほどあるから……俺のパソコン使っていいから……』

 

 アリアは怪しげな顔を俺に向けたが、何も言わず俺のパソコンを起動させるため寝室へ行く。

 俺も素早く寝巻きに着替え、寝室でアリアがパソコンを起動しているのを横目にベッドに寝転んだ。痛い、自分で撃った太ももも痛いけどRFCに傷つけられたのも結構ヤバイ。明日起きれるか? まあいいや。

 あ、アリア……ヘッドホン​つけ────

 

 アリアに大事なことを言おうとするが、津波のように押し寄せてくる眠気に抗うことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きなさい!! 」

 

 朝のきつい日差しと共に、俺はアリアの目覚まし(かかと落とし)によって強制的に起こされた。

 なんでや! 普通フライパンでカンカン音を鳴らしてで起こすもんだろ!

 

「アリア! かかと落としは……声でた! キタコレ! 」

 

「キタコレじゃない! なんなのよ! 」

 

 眠たい目をこすり、視界がクリアになっていくと同時にアリアの顔が真紅と言えるほど赤くなっているのが分かった。

 

「なんでそんな顔赤いんだよ……」

 

「だ、だって! あんたがあんなの見ろって!! 」

 

 アリアが指差した方向を見ると、俺のパソコンの神々しい閲覧履歴に泥を塗るような、()()()()()()()が映ってしまっていた。

 

「おおおおおおおいいいいい!! 何調べてんだ!? 」

 

「あんたがパソコン使っていいって言ったから! 」

 

「そんなこと言って……たよクソッ!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 4時間目が終わり、食堂へと逃げる。RFC御一行も食堂の中まで暴れないようだ。食堂のオバチャン達怒ると怖いからな……怒らせたら明日はないだろう。

 

 ともあれ、俺は不知火と武藤のいる席に行く。武藤は俺が来るのを見ると、目にたくさんの涙を浮かべた。

 不知火は苦笑いしながらも武藤を慰めている。とてつもなくシュールな光景だが、だいたい予想はついている。

 

「遅くなった。すまない」

 

「いいよいいよ、京条君も大変そうだし」

 

 不知火、RFCのほうを見てそんなこと言わないでくれ。

 

「誤解だよ……武藤、俺は理子と付き合ってない」

 

「ほ、ホントか? 」

 

「本当のことだから泣くな。てか、お前は白雪じゃなかったのか? 」

 

「いや、性格が腐ってるお前に理子さんみたいな彼女ができてなんで俺にはできないんだって絶望してたんだ」

 

 俺の友達に不知火以外ロクなやつはいないのか? それと武藤は後で死刑だな。

 

「そういえば遠山君は? 」

 

「ああ、アイツはアリアに呼び出されてた」

 

「遠山君も大変だね」

 

 学食のカレーを食べながら、俺と武藤と不知火で理子と付き合っていないことを証明するために色々と策を出しあった。3人寄れば文殊の知恵、なんてことわざがあるがそんなものは無意味。どれも有効な策じゃないからだよ!

 

 昼休みが終わり、不知火と武藤はそれぞれの科の訓練を受けるため作戦会議はそこで終わってしまった。このあと何しようか……任務でも受けるか。

 俺は依頼掲示板がある教務科棟の前まで来ると、アリアとキンジが一緒にいた。キンジは頭にたんこぶ量産していた。そしてなぜだか知らんがコソコソとしている。悪いことするんじゃないだろうな?

 

「アリア、キンジ。何やってるんだ? 」

 

「朝陽か……実は教務科に忍び込もうと思って」

 

「悩みなら聞くから自殺なんてやめとけ」

 

「違う! アリアが白雪の弱みを握ろうと潜り込みたいらしいんだ」

 

 詳しく聞くと、白雪が綴先生に呼び出されたらしい。それで昨日の恨みを晴らすってわけか。

 

「そうか……じゃあ俺は​任務に行く」

 

「あんたも来なさい! 」

 

「ですよね……」

 

 なんでこんなことに巻き込まれんの? 瑠瑠神! 俺の運気を返せ!!

 

 

 




長くなったので切りました。
もうちょっと短く面白くまとめられるようにしたい……
白雪→鬼雪→闇雪→ ??


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第12話 ダーリンとハニー

 アリアに命令され、教務科に忍び込むことになった。

 逆らうと俺の(パソコン)が海に捨てられるだろうし……バレないように教務科の横の空き教室のダクトから侵入することになることになった。

 

「アリア、お前は一番最後だ」

 

「なんでよ」

 

「幼女のパンツを見て犯罪者になりたく​───」

 

 直後、コンクリートブロックをも砕くアリアの右ストレートが俺の左頬に炸裂したのは言うまでもないことだ。

 

 顔半分の感覚がなくなっている俺、そしてキンジ、最後尾にアリアという並びで教務科の部屋に侵入する。目的地の少し手前の通気口まで行き 、俺はアリアを窮屈ながらも前に行かせたところで俺とキンジは目を瞑る。アリアの右ストレートはもうくらいたくないです。少し進み、耳をすませると綴先生の声が聞こえてきた。

 

「星伽、この点数はなんだぁ? まあ点数なんてどーでもいいけどさ」

 

「最近ちょっとありまして・・・・・」

 

「星伽、お前少し前からデュランダルに狙われてるだろう? 」

 

 デュランダル、その名を聞いた瞬間アリアから少し殺気を感じた。

 

「デュランダルなんて都市伝説ですし……私は弱いです。狙われるわけがないですよ」

 

「あのなあ、お前はうちの秘蔵っ子だぞ? 外部から人がわんさか来るアドシアード期間だけでもいいからさ、どうだ? 上のダクトで隠れている3人でもいいぞ」

 

 あ、バレてたか……俺はいつでも逃げれるよう気配消してたのに、流石としか言えないな。

 アリアはダクトの入口を乱暴に開けると、俺とキンジを引っ張って降りた。いや、俺とキンジに関しては落ちたという表現が正しいな! 床に頭をぶつける前に受け身をとれたが、起き上がった時に綴先生と目が合う。

 

 綴先生の何もかもを見通すような、深く広い目に恐怖覚えたがここは意地でも怖がってはいけない。怖がってしまったらその時点でオワリ。更なる恐怖が綴先生から発せられ、言いなりになってしまう犯罪者を何人も見ているから。

 

「教務科に忍び込むとは勇気があるなあ」

 

「「すみませんでした! 」」

 

「えっと、遠山キンジ。性格は非社交的で他人、特に女子と距離を置く傾向。だが、強襲科の生徒には一目置いている者も多く、潜在的なカリスマ性を備えている。探偵科のEランクで今年の達成依頼は青海の猫探し、それと高級旅客機のハイジャック制圧・・・・・あんた、なんでやること大小の差が大きいのさ」

 

「俺に聞かないで下さい・・・・・」

 

「武装は違法改造のベレッタ、それとバタフライナイフだよな? 」

 

「うっ・・・・・でもベレッタは壊れました。もう普通のやつです」

 

「それも装備科に改造の予約いれてるよな? 」

 

「ハイ・・・・・」

 

 綴は満足そうな笑顔を浮かべ、アリアを見る。

 

「神崎.H.アリア、二つ名は双剣双銃(カドラ)で欧州で活躍したSランク武偵。だけどあんた、協調性が無いから書類上は全部ロンドン武偵局の功績になってる。マヌケだなァ」

 

「あたしはマヌケじゃない! 貴族は自分の手柄を自慢しないし、他人にその功績を盗られても何も言わないの! 」

 

「私は平民でよかった。で、あんた泳げ​──」

 

「そんなことない!」

 

 アリアは必死になって反論しているが綴はそれを無視し、今度は俺を見る。てか泳げなかったんだな。

 

「京条朝陽、あだ名はゴミ条、クズ条、等々ヒドイものばかり。性根から腐っており欲望に忠実である。人に優しく親切なところもあるがほとんどその後のクズ行為によって帳消しになっている。強襲科、諜報科、超能力捜査研究科でSランク、車輌科でC、衛生科でDランク。武装はグロック18Cと厨二病刀、仕込みダガー 。高い難易度の達成依頼も多く、二つ名を検討中……」

 

「先生、俺の心傷つけないでください! あと厨二病刀じゃなくて、氷刃雪月花です!! 二つ名がわかったらすぐ知らせてください! なるべくカッコイイやつを頼みます! 」

 

「そんなことはどうでもいい。星伽、どうだ? この3人ならボディーガードが務まりそうだが」

 

 白雪は両手で頭をかかえ、血走った目で悩んでいる。ボディーガードであればキンジがいつもそばにいる。だが、キンジといつも一緒にいる粗大ゴミ(アリア)が邪魔。どうやって処分しようか……とでも考えてるのだろう。

 

 それから少し時間が経ち、綴先生に急かされると白雪は笑顔でボディーガードを頼みますと言ってきた。アリアに対してだけは、般若のお面でもかぶったのか? と言えるほど歪んだ笑顔を見せていたが。アリアは一瞬ビビったものの、すぐにいつもの強気な態度をとった。

 

 それからは早速、俺たちは各自の働きや緊急時の連絡等決めるため寮に戻る────

 

 

「あ、京条ぉ〜ちょっと残れ」

 

「……悪いことはしてませんよ」

 

 ​───前に綴に首根っこを掴まれた。なんで俺だけ残されるんだよ! 嫌な予感しかしないんだよ! 幸運を愛し、不幸にとっても愛された男だからな!

 キンジ達を先に帰し、俺は綴先生のそばまで行く。

 

「ちょっと頼みたいことがあってな」

 

「どうせロクなことじゃないんでしょ先生」

 

「アドシアード期間中、というか一年間峰と一緒に行動しろ。一般人から見てもラブラブカップルと思われるくらい大胆に」

 

「なんですかそれ!? 」

 

 この人は俺に恨みでもあんのか!? 理子? どこにいるかも分からないのに!?

 

「実は峰のファンクラブに外部の人間が沢山いてな。アランが余計な嘘をついてくれたおかげでお前に暗殺依頼がかけられているほどだ。大物政治家も絡んでいるぞ」

 

「なんで……それが嘘の情報だって教務科からも言ってくださいよ! 簡単なことでしょう! 」

 

 俺が泣きそうな目で訴えると、綴先生は諦めたようにため息をつき、可哀想な者を見るような目で俺を見てくる。

 

「教務科から伝達された情報に三度偽りがあった場合その教務科全員を解雇処分する、という規則があってな。これは年度末に毎回更新されるんだがアランのやつは既に二度、嘘の情報を伝達させてしまっている。これがバレたら私達のクビが切られるんだ」

 

 つまり・・・・・隠しておきたいから訂正してもらいたいならば年度末まで待てと?そんな薄情な!? おかしいだろ!

 

「だから峰とお前がラブラブしていれば暗殺も中止になるだろう。恋人であるお前が死んだら峰も悲しむからな。アドシアードは民間人も来る。お前が殺され民間人まで巻き込まれたら非難殺到で武偵という存在自体が危うくなる。てことでよろしく」

 

 そ、そんなに危ないの!? 理子のファンクラブに危ない奴多すぎだろ! 暗殺とか依頼される人も可哀想だ。まあでも確かに、理子といた方が安全だな。肝心の理子はどこにいるんだ?

 

「先生、理子は​今どこに? 」

 

「ああ、今は原宿警察署の留置場にいるはずだ。お前と同じことを伝えたら絶望してたぞ。司法取引でこっちに戻ってくるから心配はいらない」

 

 司法取引か……理子も大変だな。アドシアード期間中の白雪のボディーガードはキンジとアリアに任せるか。はあ、命ばかり狙われて、ヤンデレに呪いをかけられてもう疲れたよ!

 なんで恋人なんて……あ、そういえば、

 

「綴先生、ジャック先生とのディナーはどうでしたか? 」

 

 俺が話を振ると、綴先生は一気に顔を真っ赤にし、下に俯いてしまった。おや? これはイジるチャンス!

 

「先生〜何したんですか〜? 」

 

「う、うるさい! 」

 

 綴先生は俺を睨みつけると、俺と同じグロック18Cを収めているホルスターに手をかける。まずい! こんなにすぐキレるとは思わなかったッ!!

 俺はすぐさま電光石火のごとく綴先生から離れ、部屋の扉を乱暴に開ける。

 

 だがその苦労も虚しく背中に3発もらってしまい、背骨が折れるような激痛が走るが、ここで止まったら後でもっと痛い目を見る。

 そう思うと自然と足は前に進み、再び電光石火のごとく廊下を駆け抜ける。背後で綴先生の怒鳴り声が聞こえたが聞こえなかったことにしよう。その方が断然平和だ。

 

 

 寮の自室に戻ると、アリア、キンジ、白雪の3人が部屋の要塞化をしていた。赤外線レーザーはまあいいとしよう。だが、アリアが今壁に埋め込んでいるクレイモアだけは後で撤去しよう。ワイヤーが見えてないし、きっと平賀さん特性の特殊クレイモアか。

 

「朝陽、なんで残ってたんだ? 」

 

「ああ、ちょっとな」

 

 理子のことは秘密にしといたほうがいいだろう。アリアが知ったら激怒しそうだしな。今そのアリアは天井に大きなドリルで穴を開けている。

 ん? ……その天井の位置って……

 

「なあアリア? お前なんでそこに穴開けてんの? 」

 

「カメラを設置するの。外からは見えないようにね」

 

「待て! そこには有線LANケーブルが​─​──」

 

「ん? 今なにか切ったような感じがしたわ」

 

 アリアがドリルを止め穴に手を突っ込みそのナニカを引き出した。それは無残にも引きちぎられた俺の……

 

「ケーブルがああああああ!? 」

 

「なんなのよこれ! 」

 

「それがないとパソコンでインターネット使えないんだよ! 」

 

 アリアと一悶着あったあと、アリアが弁償ということで決着がついた。ピンポイントで切断されてるあたり、どれだけ不幸か思い知らされるよ……

 

 俺も部屋の要塞化を手伝っていると、気づかぬうちに夜になっていた。どうりで空腹なわけだ。俺がキッチンに向かい夕食を作ろうとすると、白雪が作ってくれるらしい。夕食は白雪に任せ、俺とキンジとアリアはソファーで休む。キンジとアリアはテレビのリモコンの取り合いで忙しいみたいだし、ネットでも見るか。

 

 30分ほどすると豪華な和食が出来上がっていた。アリアにだけは丼に割っていない箸が突き立てられただけの食事だったがな。アリアは机に手を叩きつけ、文句を言っていたが白雪はまるで聞こえていないかのようにそれを無視。俺とキンジはその光景を横目に白雪の和食を味わって食べる。

 

 アリアが白米をやけ食いしているのを横目に夕食を食べ終えると謎の眠気が襲ってきた。最近多いな……耐えれないほどではないんだけど、俺が超能力の使いすぎで入院した時から不定期にくるんだ。寝ようかな?

 

「キンちゃん! 巫女占札やらない? 一種の占いみたいなやつだよ! 」

 

 白雪はヒマワリのような眩しい笑顔をキンジに向け、占いとやらを勧めている。俺もちょっと興味あるな。眠気は覚めてないが、見てみるか。

 

「んー・・・・・じゃあやってもらうか」

 

「何占いがいい? 恋占いとか、金運占いとか、恋愛運、健康運、恋愛運、進路とか将来の結婚相手とか! 」

 

 そんなに恋愛運を見てもらいたいのか白雪は! キンジも鈍感だから気づかないと思うけど・・・・・

 

「じゃあ俺の進路について頼む」

 

 白雪は一瞬舌打ちのような音をだし、「はい」と答えた。カードを伏せて机の上に星型に並べ、そのうちの何枚かを表に返し始める。アリアもいつの間にか横に来てジッと見つめている。白雪は険しい表情を見せた。

 

「総運、幸運です。あと、黒髪ロングの女の子と結婚します」

 

 いつもの笑顔で白雪は答えたが、どうも作り笑いっぽいな。ま、キンジのことだし、不幸なんだろう。俺もだけど。試しに占ってもらうか!

 

「白雪、俺も頼めるか? 」

 

「あ、いいよ! 少し待ってね」

 

 再びカードを伏せて星型に並べる。2枚くらい表にしたところで信じられない、という顔をし始めた。その後、何枚か表にするが、表情はキンジの時よりも数倍険しくなっている。

 

「えっと……総運​───」

 

「とっっっても不幸だろ? 」

 

「​──ッ・・・・・なんでそう思うの? 」

 

「そういう呪いがかけられてるんだ。今日も帰り道で危うく転生トラックに轢かれるところだったしな」

 

 キンジ達は分からないという顔をしているがアレだよ! 轢かれて死んだら神様が目の前にいて、異世界に転生するアレ。本能的に転生トラックって分かったからよかったけど……

 

「で、でも2人の女性に凄く好かれてるって占いがでてるから! 」

 

「1人は、俺のことを殺したいほど愛してるヤンデレ、あとの1人は知らんけどな」

 

「じゃあ言うけど……朝陽君はこの世界で一番不幸なの。気をつけてね? 」

 

「忠告、感謝するよ巫女さん」

 

 キンジは心底不思議だ、って思ってるのが見え見えなくらいの表情をしている。

 

「なんでそんな呪いがかけられてるんだ? 」

 

「それはまた今度話すよ。ちょっと長くなるけど」

 

 少し暗い雰囲気にしちまったかもな。4人の間で沈黙が流れる。何かここで場を和ませる一発ギャグでも考えついたらいいんだけどな。俺にはそんなスキルはない。

 

「じゃあ今度はあたし! 」

 

 沈黙を破ったのはピンクツインテことアリアさんだ。こういう時に頼りになるんだよなあ。白雪はカードをまた星型に伏せて並べると、1枚だけめくり、

 

「総運、不幸です! 終わり! 」

 

 と言ってさっさと片付けてしまった。

 

 

 ​───カーン! と、どこからかゴングの音が聞こえ、アリアと白雪の対決が今、始まってしまう。今日も大変だ……

 

 

 

 アドシアード当日、俺は留置場から帰ってきた理子と一緒に武偵校の裏、つまり人気のない場所に二人きりでいる。理子とアドシアード中の動きを確認するためだ。

 

 今日この日まで白雪が襲われることはなかった。

 だが事件という事件はあった。アリアと俺が買い物から帰ると、巫女服がだいぶはだけている白雪が廊下でパンツ1丁のキンジに襲われていたり。キンジは、白雪が暴走したから止めようとしていたらお前達が帰ってきたと言っていたが、そんなことは当時知らない。

 だからキレたアリアがキンジを真っ暗で冷たい東京湾に落とし、その後キンジが風邪をひいて、なんだかんだあってキンジとアリアが喧嘩。そのままアドシアード当日まで来てしまった。なんでこんなことにいつも巻き込まれるんだよ……

 

「ダーリン、元から醜い顔をもっと醜くして何考えてるの? 」

 

「マイハニーよ、お前の胸にある余分な脂肪のせいで地球が重いって悲痛な叫びを聞いてたのさ。斬り落としたらどうだ? 」

 

「黙れD()T()

 

「舌引っこ抜くぞビッチが」

 

「「ああ? やんのかコラ!? 」」

 

 表向きは仲良いカップル像を見せなければならないし教務科からの指令でダーリン、ハニーと呼びあうことが強制ってクソゲーかよ! 裏ではこんな理子も表ではしっかりやってくれるんだろうな?

 

 はぁ、何も起こらなければいいけど。あれ? これってフラグ……じゃないよな。

 

 

 

 




お気に入り200人突破ありがとうございます。
まだまだ書き方や、表現、地の文でおかしいところが多々ありますが日々精進していきたいと思います。
次回やっと戦闘はいります(と思います)

偽物の恋人・・・・・ダーリン、ハニー・・・・・うっ、頭が!


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第13話 封印

 理子と作戦会議をするため、人気のない場所まで行き、理子にどうしたらアツアツのカップルに見えるか聞いたところ、

 

『 手繋いで、アーンして、ダーリンハニー言っとけばとりあえず大丈夫だから』

 

 とかなんとか言ってた。我は賢者だ。少しくらい()()()()がおきたって俺は劣情を催さない。俺たちはとりあえず開会式にでるため、競技が行われる会場に足を運ぶ。それにしても今日は暑いな……湿度も高いし、汗かきそうだ。

 

「理子、手を繋ぐのは開会式終わってからでいいよな? 」

 

「何言ってるの? 終わってから繋ぐとか不自然だと思うよ? あれだけラブラブだったのになんで開会式の時は手を繋いでなかったの? って」

 

「いや、今日暑いし、湿度も高いから汗かくと思うぞ」

 

「ダーリンが汗かいてきたら手離すから」

 

 おい、まあ汗だもんな。それにしても怪しまれるか? そこまで気づくやついないと思うが……まあ怪しまれないことに越したことはないからな。ギャルゲーのプロの言うことは間違いない。

 でも……でもッ!!

 

「恥ずかしいよ! 皆の前でとかやばい! 」

 

「キョー──ダーリンの意気地無し」

 

「それは言わないでくれ! 」

 

「だったら! 文句言わない! 」

 

 やるしかないか……まあここで何か言ってても無駄だしな。暗殺のターゲットだし。

 

「分かったよ! ほら、行くぞ」

 

 俺は理子の手を握ると戦場(開会式)へと向かう。理子は少しびっくりしたようだが、諦めたようようにギュッと握り返してきた。

 

 初めて握る女の子の手はとても柔らかく、そして小さいものだった。こんなか弱そうな手をしているのに拳銃とナイフを振り回してるんだな。

 守ってあげたくなるような小さな手に、自らの心臓の鼓動が速くなるのが分かってしまう。おい、俺よ。こんなことでドキドキしてたらまるで……

 

「ダーリン、耳あかいよ? やっぱりDTだったんだね! 」

 

「うるせえ! 初めてなんだから黙っとけ! 」

 

「いつも変態のことしかしてないのに? 」

 

 確かに、ハイジャック機から落ちた時に理子にしがみついた。もちろん理子の双丘にあたってたけどあの時は必死だったんだ。軽口でもたたかないと怖かったし。

 

「とにかく行くぞ! 開会式に遅れたらさらなる誤解を生みそうだしな」

 

 俺と理子は手を繋いだまま、アドシアード開会式へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 アドシアード会場に着くまで俺と理子はうんざりするほど注目された。武偵校生徒からの視線もかなりあったけど一番困ったのはテレビ局に取材を申し込まれたことだな。そりゃ理子はモデル並に可愛いからな。外見だけは!

 そんなこんなで開会式が始まった。武偵局のお偉いさんや校長先生の話、あとは生徒代表が宣誓をして終わった。ホント、ここの校長は話が短くて助かるよ。前世の校長の話は長すぎて足が棒になりそうだったからな。

 

 開会式の後は各個人がそれぞれ与えられた仕事にいくのだがそれはほとんど1年生がやることになっている。2年生以上はほとんどの人が仕事はなく、観戦しているやつがほとんどだ。それに加え、一般人にはただの祭りなので当然屋台で仕事もある。いわゆる祭りと同じ感じだ。内容も射的とかヨーヨーとか。それも可哀想なことに1年生がやるのだが。

 

 俺と理子はラブラブカップルということを知ってもらわなければいけないので屋台を時間をかけてまわる計画だ。同級生はもちろん、先輩や後輩からの視線ひとつひとつが槍となり俺の心に精神攻撃を仕掛けてくるのは覚悟しているが、物理的な攻撃はやめていただきたいな。物理的な攻撃がきたら理子を盾にしよう! 名案だ。

 

「ねえダーリン今変なこと考えなかった? 」

 

「1mmも考えてないから」

 

「よし、じゃあ行こっか! 」

 

 理子の天使のような笑顔とともに俺達は屋台へと足を運ぶ。まだ始まったばかりなのに一般人が多く、屋台も賑わっていた。親子連れで来ている人たちも少なくない。親御さん、ここに純粋無垢なお子さんを連れてきちゃダメですよ・・・・・

 

「ハニー、少し混んでるから手離すなよ? 」

 

「ダーリン優しい! 」

 

 一気に大衆の何人かを敵にまわす発言をし、この祭り騒ぎのなかでも「リア充死ね」だの「男のほう死ね」なんて聞こえてくる。様々な人たちの恨みを背に受け、心にダメージを負いながらも先へと進む。

 人があまり密集していないところまで着くと、理子に腕を引っ張られた。後ろに振り返り、理子に、なんだよと言おうとした所でいきなり理子が顔を近づけてきた。理子の童顔とも言える顔が間近にある。これに慌てない男子はいないはずがない!

 

「理子! そんなにくっつくな! 」

 

 すると、理子は真剣な目で俺の目を見つめ、小声で囁いてくる。

 

「尾行者。紺色の服で紺色の帽子。後方5m 」

 

「知ってる! だからひっつくなって! 」

 

 実は明らかに俺たちを見る目が違うやつがいた。まるで獲物を見つけ、狩り時を狙っている虎のような獰猛な目だ。理子は少し驚いたような顔をしたが、すぐに演技に切り替えた。

 

「さっすがダーリン! じゃあ射的いこ! 」

 

 少し大きめの声で理子が言うと、俺を引っ張り射的の屋台があるところへ行く。紺色の服来ている男も俺たちについてきた。バレバレなんだがいつまでついてくる気だ? さっさと帰ってくれないかな……

 射的の屋台につくと、1年生が頑張ってコルクの弾拾いや会計をしていた。これだけ見ると変わってやりたいんだがな。去年俺たちもやってるんだ。

 

 代金を払い、理子にコルク銃を渡す。武偵校の屋台のコルク銃は少し強力にしており、その代わりコルク銃の銃口部分が一定ラインを超えてはいけないという特殊ルールがあるのだ。つまり台から身を乗り出して撃つのは禁止ということだ。しっかりとした距離から正確に撃つ、というところがいかにも武偵校らしい。

 

 理子は探偵科といっても武偵、綺麗なフォームでコルク銃を構え『 テディベア』のキーホルダーを狙う。どうやらペアルックできるよう二つセットになっているようだ。狙いを定め、引き金にかけた指に力を込めていく。

 

 聞き心地の良い音でコルクが飛んでいくが……撃ち出された3発のコルクはキーホルダーを掠めるだけで1発もまともに当たることは無かった。

 不思議に思っていると、理子が困ったような顔をこちらに向けてくる。

 

「当たらないよ! ダーリン、最後の1発当てて? 」

 

「え、ああ。やってやるよ」

 

 俺は理子からコルク銃を受け取り、アイアンサイトでしっかりとキーホルダーの真ん中に狙いを定め、撃つ!

 

 ポン! ───カラカラン。

 俺の撃ったコルクはキーホルダーにしっかり当たり、1発で地面へと落ちた。1発で落ちるはずないんだけどな。さては理子め、わざと掠めさせて奥の方に寄せていたな? 驚きのテクニックだな。

 

「やった! ダーリンありがとう! 」

 

 理子は俺の腕に強く抱きついてきた。そう、これが問題だ。身体全体で抱きつかれた、つまりあたるものがあたっているのだ! 理子の柔らかい双丘が!!

 予想外の出来事に素がでそうになるが寸前でこらえる。

 

「ああ。後でつけような! 」

 

「うん! ダーリン大好き! 」

 

 射的の屋台をやっている1年生全員に見られた。やめてくれ。そんな冷たい目をしないでくれ……俺だって好きでやってるわけじゃないんだ!

 

 

 

 それからというもの、一緒にヨーヨーをしたりスーパーボウルすくいをしたり、昼食を一緒に食べたりした。だがその間も紺色の服の男は尾行を続けていた。そろそろ行動を起こしそうだな。俺は昼食を食べ終えたあと、理子と一緒に紺色の服の男を人目につかない場所へと誘導し始める。ごく自然に、急激な変化に気づかせないよう人ごみから徐々に抜ける。

 

 そして、今は誰もいない第一体育館の裏へと来た。紺色の服の男は周りを見渡し、人がいないことに気づいたような素振りを見せた。

 

「なあ、何が目的なんだ? 」

 

 俺は紺色の服の男に尋ねるが、返事はない。その代わり身体をひねり、背中に手をのばして何かをとろうとしている。そしてその手つきは背中にあるナニカを抜刀するようで────

 

「まずい! 理子逃げろ!! 」

 

 そばにいた理子を突き飛ばし、俺は腰に固定している雪月花を流れるような速さで抜刀する。直後、10mもあった距離を無駄だとでも言うほど一瞬にして俺の目の前まで移動し、その男は振り上げた太刀で俺を一刀両断すべく、躊躇なく振り下ろした。

 

 俺はとっさに雪月花でその男の太刀をいなすが、その斬撃は信じられないほど重い。その男の腕に象でも飼っているんじゃないかと言えるほどだ。この速さと斬撃の重さで畳み掛けられたらヤバイ!

 俺は片手でグロックを抜き、男に突きつける。

 

「何者だ? 暗殺者だったら即逮捕だが? 」

 

「そうだね・・・・・言うならば君の父親だ」

 

 ・・・・・は? 俺の父親だと? この世界に俺の父親なんていない。前世の父親は普通のサラリーマンだ。こんな高い戦闘力なんてもっていない。

 

「ふざけるな、とりあえず拘束させてもらうぞ」

 

「君にそれができるかな? 」

 

 男が太刀を持つ手に力をいれた瞬間、俺はそいつの手に発砲した。パァン! と乾いた音をたて、放たれた音速の銃弾は─────男が着けていた手袋ごと手を貫通した。

 

「あ、防弾じゃなかったのか」

 

「キョー君後ろ!! 」

 

 突然叫んだ理子の声に反射的に後ろに振り向きながら雪月花を横薙ぎに振るうが、もう遅かった。理子に言われる、いや、言われてからも俺の前にいるその男は()()()()()1()()()()()()()()。よく見ると片方の男は砂となり、崩れていくのが見える。そして俺は本物のほうの男の強烈なミドルキックが背中に炸裂した。

 

「カハッ! 」

 

 背骨がメキメキと軋む音をたて吹き飛ばされた。地面を勢いよく転がり、ようやく止まった時には手をのばせば届くような距離に男がいた。太刀を下に向け、顔を突き刺そうと切先が迫ってくる。

 その即死コースを右手と左手のダガーを展開し、大量の火花を散らしながらなんとか顔の横に逸らせた。

 地面に深く突き刺さり、その隙に跳ね起きの要領で男の顔面にドロップキックを食らわせる。しっかりとした手応えを感じ、男は少し仰け反った。

 

(追撃のチャンス! )

 

 俺は超能力で雪月花全体をより鋭くコーティングするように氷を張り巡らせる。超能力の使用で辺りの気温が急激に下がり、ダイヤモンドダストが出現する中、もはや槍とでも言えるような雪月花を右手で地面と水平に構え、右足を1歩下げる。体勢を低く保ち、力を切先の一点に集中させ────一気に解放する!!

 

氷纏月花(ひょうてんげっか)・斬!! 」

 

 大気を切り裂く鋭い音と、辺りのダイヤモンドダストがキラキラと輝かしく舞うなか、その男に直撃したはずの雪月花は────

 

 

 

 二本の指だけで真剣白刃取りされ、男に完全に止められていた。

 

「なっ!? 」

 

「ハハハハハ! 成長したね! 朝陽君! 」

 

 男は俺の名前を呼び高らかに笑っている。男はおもむろに自らの首に爪をたて、顔の皮を剥ぐように手を動かす。俺と理子が驚愕している中、見えてきた顔は確かに父親と呼べる人であった。ソイツは……

 

「シャーロック! なんでここに!? 」

 

 そう、イ・ウーの頂点に君臨する、未来予知に匹敵するほどの世界最高の頭脳。そしイ・ウーに集められた"天才"たちの能力を全て我が物として扱える超人。ソイツが今俺の目の前にいる。

 

「息子がしっかり恋人ごっこしてるかの確認だよ」

 

「余計なお世話だ! あと俺とあんたは血は繋がってない! 」

 

「それと、朝陽君が成長出来ているかの確認だ」

 

「推理出来てるんだからいいだろ! 怪我させやがって! 」

 

 イ・ウーにいた頃からホントにこいつの考えることは分からないことだらけだ。気まぐれで動いているとしか思えない。

 

「勿論推理出来ていたよ。だからあることを伝えようと思ってね」

 

「話しておきたいこと? 」

 

 シャーロックは少し目を細めると、これから起きるナニカについて話し始めた。

 

「今遠山君と神崎君と星伽君が"デュランダル"と戦っている」

 

「ッ!? なんで!? 」

 

「キョー君! 携帯見て! 」

 

 理子に言われ、俺が急いで携帯を開くと画面に表示されていたのは『ケースD7 』。これは、『 事故であるか不明確だが、保護対象者の身の安全のため極秘裏に解決せよ』という状況を表す。だがシャーロックの言う通りならば白雪は救助され、一緒に戦っているということだ。

 

「……キンジ達はどうなる? 」

 

「デュランダルに見事勝利するよ」

 

「ならよかっ───」

 

「でも、その後彼らは無残に殺される」

 

「なッ!? なんで! 」

 

「それは朝陽君、君の右腕の印が全て知っているよ」

 

 シャーロックに言われた印、それは過去に瑠瑠神につけられたものしか考えられない。嫌な予感が全身を襲い、冷や汗が流れる。気のせいだ、あの悪夢を見させられた時からさほど時間なんてたっていないはずだろ?

 そう自分に言い聞かせ、それでも急いで制服を脱ぎ確認してみる。

 

「なんだよこれ・・・・・」

 

 恐る恐るみてみると、二の腕部分につけられた小さなバツ印は薄緑色に光っていた。その光はまるで瑠瑠神が近くにいることを示すモノに見える。

 瑠瑠神に見せられた()()を思い出し、自然と手足が震えてくるが、懸命にこらえシャーロックに聞き出さなければいけないことを聞く。

 

「今俺が行けばどうなる」

 

「それは……分からない」

 

「分からないだと!? ふざけてるのか!? 」

 

「僕にも推理できないものはある。神の行動は予測つかないからね。君次第だ。臆病者の如く逃げるも良し、勇敢に立ち向かっていくのも良しだ」

 

 逃げたい。心の底から逃げたいと思う。もう手足切断と死ぬのは勘弁だ。あんなに痛い思いをして何になる。今俺が行ったところで何が出来る? 神相手に人間1人増えたところで戦力は変わらない。相変わらず無力だ。だから逃げた方がマシ。だけど───

 

「今から行けば……まだ間に合うか? 」

 

「それは間に合う。僕が保証しよう。場所は地下倉庫(ジャンクション)だよ」

 

「そうか。教えてくれてありがとう」

 

 逃げたほうがマシだ。だが今まで一緒に過ごしてきた仲間を裏切るわけにはいかない! 俺は地面に落ちていたグロックを拾い上げ、理子にシャーロックと一緒にいるよう言い残し、全力で地下倉庫(ジャンクション)に向かった。

 

 

☆☆☆

 

 

「デュランダル! 未成年者略取未遂の容疑で逮捕よ! 」

 

 下の階からアリアの声が聞こえてくる。よし、まだ死んでない! 間に合う! 俺は急いで非常階段で下の階層まで降りる。1秒でも早くアイツらを巻き込まないようにするために!

 下の階層の出口につくと、そこは壁のように巨大なコンピューターが無数に立ち並ぶスーパーコンピューター室。そしてそれらは何かによって全て凍らされていた。

 

「アリア! キンジ! 白雪! ソイツから離れろ! 」

 

「朝陽!? ちょうどいいわ! こいつを連行するの手伝って! 」

 

 アリアの手によって対超能力者用の手錠をかけられたデュランダルであろう人物は近づいてくる俺に目を向ける。

 刃のような切れ長の眼はサファイアの色をしている。髪は氷のような銀色で二つの三つ編みを丁寧に結ってある。美しい、場違いながらもそう思ってしまった。

 

 だが、俺とデュランダルが互いに目を合わせた瞬間────まるで何かに取り憑かれたように暴れだした。

 

「アアアアアアアアアア!? 」

「な、なに!? 暴れないで! 」

 

 キンジとアリアが押さえ込もうとすると、2人は簡単に弾き飛ばされてしまった。デュランダルは対超能力者用の手錠を目に見えない何かによって破壊し、両手で頭を抱えるようにしている。

 

「白雪! ソイツから離れろ! 」

 

 デュランダル戦で力を使い切ったのか、弱々しくフラフラしている白雪をそばまで来させた。キンジとアリアは吹き飛ばされたが、しっかりと受け身をとったようで今は俺の横に並んでいつでも戦闘ができるように警戒している。デュランダルは少し暴れたあと、急におとなしくなった。

 いや、もう違う()()()が完全に入り込んだ、とでも言えるのだろうか。デュランダルはこちらに振り向き、元々サファイアの色をしていた眼は薄い緑色に変化していた。そして俺を見ると口を大きく歪め、こう言った。

 

 

 

 

 

「朝陽、会いに来たよ」

 

 

 

 

 

 

 










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第14話 恋ニ溺レル

「朝陽、会いに来たよ」

 

 目の前にいるデュランダル、いや、別の何かが俺の名前を呼んだ。

 

「瑠瑠神・・・・・だよな? 」

 

「ふふっ、神なんてつけないでよ。私達は恋人でしょ? ルルって呼んでよ」

 

 いくらなんでも復活するのが早すぎる! あのロリ神ぃ! 仕事サボりやがったな! でも・・・・・どうやってデュランダルの身体から追い出す?

 

「ルル、ゼウスに閉じ込められてたんじゃないのか? 」

 

「朝陽のいるところには私がいるのよ? 当然のことじゃない」

 

 当たり前のことだよ、どうしてそんなこと聞くの? そんな顔で俺を見つめてくる。

 ふざけるな、当たり前なわけあるか!

 

「朝陽、そいつと知り合いなの⁉︎ 詳しく教え​──」

 

「黙れ! 私以外の女が朝陽の名を呼ぶな! 」

 

 デュランダルに憑依した瑠瑠神はエメラルドのように緑に光っている目を金色に変化させ、それをアリアに向ける。瑠瑠神は腰に差している補助刀剣に手をかけると、瞬間移動したと錯覚させるような速さでアリアの前まで肉薄してきた。アリアはあまりの速さに反応出来ず……

 

 

「まったく、その速さは僕でも焦ったよ」

 

 アリアに瑠瑠神の万物をも切り裂くような鋭い斬撃が当たる瞬間、アリアの目の前でシャーロックが太刀で受け止めていた。太刀と刀が激しくせめぎ合い、激しく火花を散らす。

 

「邪魔だ! 」

 

 瑠瑠神は半歩下がると、横に薙ぐようにしてシャーロックの太刀を叩き切った。そしてその刃は邪魔者に向けられる。瑠瑠神は左脇腹から右肩にかけ切り裂くように刀を振るったが、届く寸前に突如発生した()()によって瑠瑠神は体勢を崩し切先はシャーロックの服を掠めた。

 

「ジャンヌ君、許してくれ」

 

 シャーロックは体勢を崩した瑠瑠神の腹に突き出すようにして蹴る​──踏み蹴りを繰り出した。

 

 ​───ドゴッ!!

 骨が折れたような鈍い音を響かせ、デュランダルは後ろの壁まで吹き飛び大きく打ち付けられ、膝から崩れ落ちた。あの倒れ方は意識が飛んだ時の倒れ方だ。

 

「ありがとう・・・・・S 」

 

「おやおや、名前を伏せるのか。まあいいだろう」

 

 あの時別れたはずのシャーロックがお面をかぶってここにいる。なぜお面など被っているのか聞いてみたいが、生憎そんな暇はない。

 

「それにしてもなんでここに来た? 」

 

「嫌な予感がしたんだ。僕は勘が鋭いからね」

 

「そうか・・・・・あいつはまだ()()か? 」

 

「意識を刈り取ってもすぐ回復してくるだろう。何か打開策を考えなければならない」

 

 打開策? あのヤンデレをどうしろと。撃退方法なんてないだろ! シャーロックの持つ何百もの超能力(ステルス)を駆使してもあいつを撃退することなんて不可能に近い。

 

「あ、朝陽⁉︎ その私を助けてくれた人は誰なの? 」

 

「自分で調べろっ! 今は悠長なことを言ってる暇はないぞ」

 

 その時、頭の中に聞き慣れた、今1番文句を言いたいヤツの声が聞こえてきた。

 

『 朝陽! 瑠瑠神がそっちにいるのか!? 』

 

(いるから戦闘になってんだろ! )

 

 ロリ神(ゼウス様)は俺の返事を聞くと、慌ててブツブツと独り言を始めてしまった。いつものふざけたような声音ではない、真剣でむしろ危機迫っている感じだ。危機迫ってるのは俺の方だけどな!!

 

『・・・・・分からない。瑠瑠神は人に憑依できるほどの力をまだ取り戻してない。誰かに協力してもらっているのか? 』

 

(俺が知りたいよそんなこと! 瑠瑠神を撃退する方法を教えろ! )

 

『 成功するかどうか分からないが……瑠瑠神の言う事に一つだけ従ってくれ』

 

「出来るわけないだろ!! 」

 

 あ、つい叫んじまった……キンジ達もシャーロックも驚かないでくれ。このロリ神が無茶ぶり言うんだ。

 と、俺の叫びに反応するかのように瑠瑠神はゆらりと身体を起こした。その動きは死体が無理やり動いているような、まるでゾンビだ。だがその金色の瞳に宿った狂気はさっきより強くなっていた。

 

「ねえ朝陽、私の言う事聞いてよ。私たち恋人同士でしょ? 」

 

 恋人じゃない! という禁止ワードは絶対に言わないようにしておく。よくわからない不可視の攻撃で手足切断されたら今度こそ死ぬ。

 

「ルル、ちょっと待ってくれ。心の準備が整っていない」

 

「あら・・・・・やっと言う事聞いてくれるの? 」

 

(おいロリ神! 言う事1つ聞けばいいんだな!? )

 

『 そうするしかない。幸運を祈るよ』

 

 幸運を祈る・・・・・か。幸運のステータスがマイナス値カンストしてる俺に幸運なんて存在するのか? それでもやるしかない!

 

「ああ。でも1つ条件がある」

 

「なあに? 」

 

「頼みは1つだけ聞いてやる。そのかわり1年間だけ俺に近づかないでくれ」

 

 瑠瑠神はそれだけ聞くと、だんだん瞳に宿した光が薄くなっていくのが見えた。そして怒りと悲しみが混ざった顔を向けた。自分が嫌われていると思ったのだろう。

 

「なんで? ねえなんでなの? 私はこんなにも朝陽を愛しているのに・・・・・今だってこの気持ち悪い女の身体に憑依してまでアナタに会いに来てるのよ? 近づかないでって何? 私のこと嫌いなの? ねえなんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!? この裏切り者!! 」

 

 瑠瑠神は再び刀を持ち俺に超人的なスピードで肉薄してきた。俺はそう来ると分かっていたので瑠瑠神の太刀筋に雪月花を滑り込ませる。激しい音と共に凄まじい威力が腕に伝わり、腕に痺れが残るが俺は瑠瑠神の刀を弾き返す。だが弾き返したと同時に下からすくい上げるような斬撃が俺を襲ってきた。

 

 それをバックステップで間一髪のところで避ける。瑠瑠神の体勢が崩れ反撃のチャンスが生まれたが、何があっても反撃なんてしないし、したくもない。もし俺がここで1発でも瑠瑠神を殴ろうものなら今度こそ俺は死ぬだろう。

 

 瑠瑠神は前に倒れ込むようにして体勢が崩れていたが、その倒れ込みを利用して全体重をのせた、上段からのただの振り下ろしをしてきた。恐ろしいほどの威力を秘めているソレが俺を殺しに襲いかかってくる。

 

 避けようとしても軸足である右足に体重が乗っているからそれは無理だ。俺は雪月花を右手は柄をしっかり握り、左手は切先に近い雪月花の腹の部分に手を添える。瑠瑠神の斬撃を雪月花全体で受け止めるような構えとなる。

 

 死を具現化したようなソレは凄まじいほどの速さで振り下ろされ​、

 

 ​───ガキイィィィィン!!

 腕が折れ肩が外れたと錯覚させるほどの衝撃が全身を駆け巡った。その痛みと瑠瑠神から発せられるプレッシャーから必死に耐える。

 俺と瑠瑠神​――詳しくはデュランダルだが​――の顔は15cmしか離れておらず、その狂いに狂った眼から俺に対しての異常な愛しか感じ取れない。

 

「おいルル! 人の話を最後まで聞け!! 」

 

「なんで私と離れたいの!? 」

 

「お前に変わった俺を見てもらいたいからだ!! 」

 

 1世1代になるであろう大博打!! まさに生か死か、だ! ここで失敗したら俺のこれからが最悪の中の最悪、死後の世界でも最も不幸な人物になりかねない!

 

「変わった・・・・・朝陽? 」

 

「そうだ! 俺はこのままだと情けないだろ!? 」

 

 瑠瑠神は刀にこめる力を少し弱めてくれた。話は聞いてくれたな。まずは第一関門突破、あとは頷いてくれるかだ!

 

「今のままでも私は愛してるよ? 」

 

「でも俺は変わりたいんだ! 変わった俺を見てほしいんだ! 」

 

 俺は瑠瑠神の目から片時も視線をずらさない。嘘だとバレたらここで八つ裂きの刑だからな! 瑠瑠神は不意に刀から手を離し、俺から一歩引いた位置に下がった。俺はバレたか!? と思い、冷や汗が背中を伝ったが両手を胸の位置まで持ってくると満面の笑顔を俺に向けた。

 目は狂気にそまったままだが、嬉しい、ということだろう。とりあえずこの場は凌げた。

 

「分かったよ。1年待ってるからね」

 

「ああ、頼むよ」

 

 よしこれで退散してくれ​─────

 

「じゃあ1つお願い聞いて? 」

 

「あ……」

 

 忘れてたああああああああ!! どうしよう!? 理子とかアリア殺せとか言われたらどうしよう!? ノーカンにしてもらうか? いやそれで拒否したら殺されるぞ!?

 

「じゃーあー……わ、私に……」

 

「ルルに? 」

 

 

 

 

 

「キス・・・・・して? 」

 

 

 

 

 

「「ふぁ!? 」」

 

 俺とアリアがハモったことは気にしない! キンジ達はいつでも戦闘に参加できるように体勢を整えてこわばった表情をしていたが、一気に解けてしまった。アリアに関しては顔を真っ赤に染めている。お前がキスされるわけじゃないだろ! というか……キス、だと!? キスってあれだよな? 互いの唇をくっつけるやつだよな? 接吻(せっぷん)だよな? なんで神様に最初を捧げなきゃいけないの!?

 

「ね? はやく・・・・・」

 

 瑠瑠神が――本当はデュランダルだが――蕩けた瞳をし、頬も僅かにピンク色になっている。上目遣いも完璧だ。デュランダルには悪いが・・・・・これも生き残るためなんだ! 俺は瑠瑠神に近づき、腰に手をまわす。

 

「ふふっ、震えちゃって、可愛いよ? 」

 

「緊張してるんだよ……」

 

 緊張? そんなもんしてねえよ。震えてんのはお前に殺された時のこと思い出したからだよ! トラウマなんだよ!

 瑠瑠神は少し背伸びをし、さらに俺の顔に近づいてくる。俺の首に手をまわし、傍から見ればもうカップルにしか見えない。

 

 薄紅色の唇が近づいてくる。お互いの吐息が触れ合うほどの距離。もうすぐそこまで迫ってきている。

 俺は意を決して​─────

 

 

 

 

 

 瑠瑠神にキスをした……

 

 

 

 

 

 

 

 ​───────​───────​──────

 

 

 

「もう疲れた死のう」

 

「死ぬな朝陽! ここで死なれても困るんだ!! 」

 

 寮に戻り、ベランダから飛び降りようとしているところをキンジに止められている。俺は世間一般でいう鬱状態だ。なんせ俺を殺したヤンデレとキスをしたんだからな。しかもファーストキスだよ。

 

「そうよ! あいつと何があったのか教えなさい! 」

 

「ほっといてくれよ・・・・・」

 

 瑠瑠神とキスをしたあと、瑠瑠神は言う事を聞いてくれたようですぐにデュランダルの憑依を解いてくれた。去り際に、

 

「でも朝陽にほかの女がこういうことしたらすぐ行くから」

 

 と言われ背筋が凍るような眼を向けられた。

 そういえばデュランダルの本当の名前は、ジャンヌ・ダルク30世というらしい。死んだんじゃねえのか!? とツッコミをいれる気も起きないけどな。ジャンヌは連行され、シャーロックは知らぬ間に消えてしまった。理子もどこに行ったか分からないしな。それで俺達の事情聴取は後日、寮に戻り、今に至る。

 

「話すと長くなるぞ? 」

 

「こんなことに巻き込まれた俺達は​───」

 

「わかったよ! 話せばいいんだろ? 」

 

 それから俺は元々この世界の住人ではないこと、前世で瑠瑠神という存在に惚れられ殺されたこと、全知全能の神様(笑)にこの世界に転生して瑠瑠神の本体の一部である瑠瑠色金を傷つけろと言われこの世界に転生したこと、瑠瑠神がヤンデレで危ないこと全てを話した。

 終始、キンジとアリアと何故かいた白雪は信じられないという顔をしていた。そりゃ転生なんて信じられないだろうな。

 

「でもその瑠瑠神は1年間お前の前に現れないんだろ? 」

 

「1年だぞ!? 1年であいつ瑠瑠色金を見つけて傷つけるんだぞ!? まずそれがどこにあるかすら分からないのに! 」

 

 1年、それは長いようで短い。仮に見つけ出せたとしても瑠瑠神に勝てる見込みなんてものはない。三途の川に片足突っ込んでる状態からどうしろと?

 

「瑠瑠色金……もしかして……」

 

「白雪? どうした? 」

 

 白雪は瑠瑠色金、特に色金という単語に反応していた。心当たりがあるなら教えて欲しいものだが・・・・・明らかに何か隠してるな。

 

「ううん、なんでもないよ」

 

「そうか」

 

 何か隠し事があるようだが、でもそれは瑠瑠神に直接関係することじゃない。だから言いたくても言えない、そんな感じか? それでも聞きたいんだが。

 

「白雪、ホントに何でもないのか? 」

 

 白雪はひどく躊躇った表情を浮かべたが、何かを決断したように重い口を開いてくれた。

 

「​───ごめん嘘。でもここでは言えないの。後でメールでもいい? 」

 

「え、ああ分かった。後でな」

 

 ここでは話せない、つまりアリアとキンジ、その他の誰にも話してはいけない事なのだろう。おっと、こんな俺の暗い過去を話していたら場の雰囲気が悪くなったな。今日はもうやめにするか。

 

「よし! この話題はおしまいだ! もう飯にしよう」

 

「そうだな……朝陽も色々あるんだな」

 

「同情するならお前が瑠瑠神を貰ってくれ」

 

「嫌だよ! 」

 

「女たらしのお前ならイケるだろ!? 」

 

 俺の……俺の初キスまで捧げて撃退したんだ。1年後とは言わず、一生、いや死んでも俺の前に現れないでくれ!!

 

 

 








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第15話 俺の超能力に祝福を!!

誤字報告してくださった方、本当にありがとうございました。なんだよ関節キスって・・・・・関節と関節でキスでもするのかよ・・・・・



『えーこちら朝陽。ラぺリング降下で目標の部屋まで到達。そちらの状況を報告せよ 』

 

『 こちらアリア。目標の玄関のドアに小型のC4爆薬をセット。いつでも行けるわ』

 

『それはやりすぎだろ! まあいいか。突入するぞ』

『あたしに合わせて。3……2……1……GO! 』

 

 玄関の方で爆音が鳴り響いたと同時に俺は理子の部屋の窓ガラスにグロックのフルオートで大穴を開け突入する。受け身をとりながら俺はベッドの上でイチャイチャしているキンジと理子にグロックを向ける。

 

「動くな! この状況を説明してもら───」

 

「このバカキンジィ!! どういうことか説明しなさい!! 」

 

 アリアさんセリフかぶってる! 打ち合わせ通りにやってよ!

 そう、俺とアリアは今理子の部屋に突入した。キンジが理子の部屋に連れていかれるのをアリアが目視し、ブチギレたアリアがそばにいた俺を無理やり連れ出したのだ。俺にとってはどうでもいい事なんだがアリアはキンジを盗られたことに嫉妬しているらしい。キンジのこと好きなのか? って聞いたら返事がタイキックだったのはビックリしたけどな!

 

「汚らわしい泥棒猫! あたしの奴隷は盗めないわよ! 」

 

 アリアはベッドの上に立っている理子に.45ACP弾を容赦なくブッ放した。理子はそれを見切り、転がるように回避すると赤いランドセルをつかみ、起き上がりながらそれを背負った。アリアは顔から湯気を出しそうになるほど顔が真っ赤だ。

 

「なんであんたがキンジとイチャイチャしてんのよ! 朝陽と二股かけてるの!? 」

 

 理子はそれを聞くと本当に嫌そうな顔をし、汚物を見るような目で俺を見てきた。

 

「おい変態。お前まだ誤解を解いてなかったのか」

 

「忘れてただけだ! あと変態は余計だ」

 

「それにしてもアリアぁー? このシーンで別ヒロインがでてくるなんて・・・・・空気よめないなあ」

 

 理子は不満そうに頬を膨らましている。

 

「キー君理子の胸に溺れる寸前だったんだよ? 」

 

「お、溺れ!? 」

 

 理子はニヤニヤしながらアリアを見ている。そういうことが苦手なアリアをおちょくっているのだろう。そしてイヤミったらしくその大きな眼を細め、

 

「あーでも、アリアには関係ないか」

 

 と、アリアの平らな胸を見た。なんで火災現場に油を撒き散らすような発言するんですかね!? おそるおそるアリアを見ると、顔が般若のように歪んでいくのが分かった。口を大きくあけ、形のいい眉をどんどんつり上げていく。

 

「風穴・・・・・風穴開けなきゃ・・・・・死ねえええ!! 」

 

 背後に鬼のオーラが見えるアリアが2丁のガバメントを理子に向けた瞬間、理子の手には閃光手榴弾が握られていた。

 

 「「……!? 」」

 

 理子の手を離れたソレは俺とアリアの前で──

 

 ─────パン!

 全て焼き尽くすような閃光が室内を真っ白に塗りつぶしていく。どんな人間でもコレを見せられると本能的に自分を守ろうと萎縮してしまう。それは俺とアリアにも当然効果があり、顔を覆うように腕で視界を遮ってしまった。その閃光が晴れた時、室内に理子はいなかった。

 

「理子はどこよ!! あのくされビッ──」

 

「それ以上は言っちゃいけない! 」

 

「扉を開閉する音は聞こえなかった。多分窓から逃げたんだろう」

 

 キンジがいつもとは違う目つきで窓を見ている。理子とのイチャイチャでヒステリアモードになったのか・・・・・いや分からなくもないぞ。可愛い女の子に迫られたら誰だってそうなる。

 なんて羨ま・・・・・けしからんことだ!

 

「行くわよ・・・・・あたしの奴隷に手を出した罪は重いってことを教えてやる」

 

「アリアさん、目が紅く光っているのは気のせいでしょうか? 」

 

「そんなことより早く行くわよ! 」

 

 俺達は階段で屋上へと向かった。階段を一段一段登る度にアリアが踏んだところにヒビ割れが出来ているのは気のせいだろう。絶対気のせいだ! 異論は認めん! 屋上の扉の前まで着き扉を開けようとしたが、外側から何かがストッパーの役割をしているようでうまく開かない。

 

「アリア、ここは開かないから一回戻ってラペリングを───」

 

「うるァ! 」

 

 アリアのような可愛い子が絶対にだしてはいけない声をあげ、正拳突きを扉にぶち当てた。

 ガァン‼︎ と甲高い金属音が鳴り響き、扉は文字通り吹き飛ぶ。それは、まるでアリアの怒りを表しているように大きくひしゃげていた。

 対して理子はフェンスに寄りかかり、ハイジャックの時に見せたケモノのような冷たい眼を俺たちに向けた。月明かりに照らされ理子の笑顔は妖しいものへと変わっていくように見え、その顔はどんな男をも虜にする魅力が感じられる。

 

「やっと見つけたわ。峰・理子・リュパン4世! ママの冤罪、償わせてやる! 」

 

「やってみな、ライム女(ライミー)

 

 理子はイギリス人の蔑称(べっしょう)を口にすると、アリアは般若のような顔をさらに歪ませ、2丁のガバメントをホルスターから抜いた。鬼のようなオーラはさらに強くなり、もう我慢の限界が近いことがわかる。

 

「言ったわねカエル女(フロッギー)・・・・・覚悟しなさい! 」

 

 理子は戦闘狂特有の獲物を見つけた時のような笑顔を浮かべ、2丁のワルサーP99を背負ったランドセルから取り出し、いつ戦闘になってもいいように体の重心を少し前におくような構えをとった。

 激昂アリアと戦闘狂の理子。両者がここで戦闘になれば間違いなく寮が破壊される。今のアリアは扉だろうがなんだろうが理子を捕まえるためなら何でも壊しにかかるだろう。理子もそんなアリアをおちょくるから尚更手がつけられなくなる。

 

 そして開始の合図を告げるように満月の光が雲に遮られた時、アリアと理子はお互いをねじ伏せるために猛スピードで駆け出し────

 

 

 

 

 

 突如、下から巻き上げるような、神のイタズラとしか思えないような強風が俺達を襲った。キンジは思わず目を瞑ったようだが、俺は見てしまった!! その神のイタズラによって2人のスカートがめくれ上がるのを!

 

「きゃ!! 」

「な!? 」

 

 アリアと理子は顔を真っ赤に染め上げ、スカートを上から叩くようにして押さえつけた。そして2人仲良く俺達の方を向き、

 

「「見た・・・・・よね 」」

 

 と、殺気をむけてきた。キンジは首をこれでもかってくらい横に振り、見ていないという意思を伝えている。俺は・・・・・見ちゃったよ! 月を見てましたって嘘つくか? いや、そんな嘘今どきアリアくらいにしか通じない。

 だからといって『見ました! 』なんて言ってみろ、全身風穴の刑ではすまないだろう。どうする俺!

 

「朝陽・・・・・風穴開けられたくなかったら早く答えて」

 

「変態、殺す」

 

 まずい! 退路を絶たれたッ!! こうなったら・・・・・あえて真実を堂々と話し、呆気にとられ動きが止まった瞬間に敵中突破!! その隙に逃げるしか俺の生き残れる道はない!

 

 戦国時代の猛将、島津義弘も敵に追い詰められ圧倒的に不利な状況にも関わらずあえて敵中突破。命からがら助かったんだ。

 まさに『島津の退き口(のきぐち)』ならぬ『朝陽の退き口』だッ! あの人にも出来たんだから俺にもできる! さあ! 勇気をだすんだ俺!

 俺は身の毛もよだつような殺気をだしている2人にドヤ顔を向けた。

 

「ああ見たぜ! ハニーゴールドと苺のパ──」

 

 アリアと理子は疾風のような速さで俺に走り寄ると、コンクリートブロックを破壊するアリアの拳とそれと同等の威力であろう理子の拳が俺の顔面に炸裂した・・・・・

 

 

 

 

 

『頭』というものがある。頭とは口や目、鼻など重要な感覚器官が集まっている部分だ。そして頭には脳がある。脳は人間の中で最も重要な器官の1つだ。脳は頭蓋骨に守られているが強い衝撃を与えると当然割れる。コンクリートブロックが横から頭蓋骨にとんできたらはどうなるか、当たりどころが悪かったら死ぬだろう。そう、()()()()()()()()()()が2つ俺の頭に直撃した。これが何を意味するか、ある程度教育を受けている者であれば一瞬にして答えが出るだろう。それは────

 

「ホントに君はここに来るのが好きなんだね」

 

「好きじゃねえよ! むしろ嫌いだわ! 」

 

また転生の間に来てしまった……最悪だ。

 

「それはひどいじゃないか! 私と会えるのに! 」

 

「お前は守備範囲外だ」

 

「君を輪廻転生の輪から外しておくよ」

 

「ロリ最高! まじ神! 」

 

 俺はロリコンじゃないと心の中で必死に自分を慰める。さて、今度は生死を彷徨っているのか、それともホントに死んだのかどっちだ? 死んでたら生き返らせてほしいんだがな。

 

「ロリ様、俺は死にましたか? 」

 

「残念なことにまだ生きてるよ」

 

「おっ、まだ生きて・・・・・残念なことってなんだ」

 

「君みたいな変態は人類の敵だから」

 

「いや俺は変態じゃ────」

 

「迎えが来たよ! また行ってらっしゃい! 」

 

 

 変態という誤解を解くことができないまま、俺は後ろの虚空から伸びている無数の紫色の手に身体を引っ張られた。ロリ神を見ると、満面の笑顔で手を振ってくれていたがその笑顔は明らかに俺をバカにしてる笑顔だ。文句を言う暇もなく引きづられたまま下に落ちる感覚と共に意識も落ちていった・・・・・

 

 

────────

 

 

「さっさと起きなさい! 」

 

 意識が覚醒すると共にアリアの怒声が俺の頭上から聞こえた。これは・・・・・理不尽な暴力が俺を襲うかもしれない! そしてアリアが殴る場所といったら腹しかない! この間わずか0.2秒! まだ間に合うッ!

 

氷鎧(ひょうかい)ッ!! 」

 

 超能力(ステルス)を使い腹全体を覆った氷は見事アリアのパンチを防ぎ────

 

「グホッ!?!? 」

 

 ───きれずに氷の鎧を無惨にも破壊しながら俺の腹にその()()()()は振り下ろされた。

 

「あら、やっと起きたのね」

 

「やっと起きたのね?じゃねえよ! どこの世界に寝起きに鉄ハンマーを腹に食らわせる奴がいるんだよ! 」

 

「ここにいるわ。あと私の拳はハンマーじゃないわよ! 」

 

 腹の痛みに悶えながらも涙目でアリアを睨むと、横に理子とキンジもいた。アリアと理子はクズを見るような目で俺を見下ろしている。その目線に耐えかね反対の方向を見ると、白地のカーテンが風になびいてバタバタとはためいている。寝ているベッドも清潔感溢れる純白であり、ここがどこかを教えてくれた。つまり・・・・・武偵病院だ。

 

「また入院かよ・・・・・入院費だって高いんだぞ! 」

 

「あんな清々しい顔で私達のパンツ見たって言ったからよ! 」

 

 いや・・・・・言ったけども! 殴ることはないでしょ!

 

「で、今回の俺はなんで入院してんだ? 」

 

「軽度の脳挫傷」

 

「脳挫傷!? よく打撲だけで済んだな・・・・・」

 

「てことで皆で泥棒する事になったから、キー君かキョー君が女装してもらうことになりマース」

 

 え・・・・・無視・・・・・ですか? というか、

 

「どういうことだ。色々とツッコミ所があり過ぎてやばいんだが」

 

「んー1から説明するね! 」

 

 理子は鼻を鳴らし、得意気に説明を始めた。

 どうやら俺とキンジ、アリアで横浜郊外にある『紅鳴館』という洋館に潜入するらしい。そこのハウスキーパーさんが休暇をとるということで臨時のハウスキーパーが3人必要、だそうだ。立派な館ともあり、地上3階、地下1階で無数の防犯装置が張り巡らされている。

 

「で、盗むものはなんだ? 」

 

「理子のお母様がくれた十字架」

 

「・・・・・それは大切なものか? 」

 

「お母様がくれた・・・・・唯一の遺品なの」

 

 理子は少し悲しそうな眼差しで俯いた。だが、それも一瞬のことであり、すぐに明るいいつもの理子に戻った。

 

「まあそこでね、1週間くらいメイドと執事になって、潜入捜査をしてもらいたいの! 」

 

 潜入捜査。企業や暴力団など捜査対象となる組織に武偵そ潜入させ、情報を集める。場合によってはその場で強襲・逮捕する手法であり、前世では違法となっていた捜査だ。それにしても執事、か。1回諜報科の依頼でやったことあるけど・・・・・正直やりたくない。

 1日中主人のそばに控えて、一挙一動しっかり見て行動に移さなければならないからな。俺が執事はやりたくないってのはその主人が俺を性的な目で1日中見ていたから、ということもある。しかも襲われたし。女性ならまだしも、男だったから全力で逃げた。

 

「執事か、服はそっちで用意してくれ」

 

「理子の話聞いてた? まだ決まってないんだよ? 」

 

「何が・・・・・決まってないんだ? 」

 

「キー君かキョー君が女装するって言ったじゃん」

 

 は・・・・・そういう事言ってたか? ・・・・・言ってたわ。なんでだよ!

 

「なんで女装なんだよ! 」

 

「採用内容がハウスキーパー3人で、執事が1人、メイドが2人なの」

 

「だから・・・・・俺とキンジどちらかがメイドになれと」

 

「正解でーす! 」

 

 女装、阻止すべし!

 

「・・・・・そのマゾゲーの回避方法を教えろ」

 

「今からくじ引きをしたいと思いまーす! 」

 

 理子はアリアが持っていたハート型の箱のようなものを受け取り、シャカシャカと上下に振った。その箱はハートの丸くなっている2つの部分に手を入れられるほどの穴が空いている。両者一緒に手を突っ込める、ってことか。そして満足したのか、ニヤッと俺とキンジの方にその箱を突き出した。

 

「ハイ! 1枚引いてください! ピンクの小さい画用紙がメイドさんです! 」

 

 固唾を呑んで俺達はその箱を見つめた。

 なにせ人生に黒歴史を作るか作らないかの選択、運試しだ────と、キンジは思っているだろう。

 だが違う。これは運試しなんかじゃない。ピンク色の紙が出たらメイド、だ。多分もう片方はただの白色の紙だろう。理子の性格からしてわざわざ白色画用紙を買ってくるとは思えない。画用紙の質感は普通の紙より粗い、つまりザラザラしているんだ。

 つまり! ザラザラしていない方を取った者が勝者となる!

 

「キンジ、俺から先にいかせてもらうぞ」

 

 俺はクラピカ理論で左の穴を選び、手を突っ込んだ。箱の底に2つの紙があり、俺はザラザラしていない方を掴んだ。キンジも手を突っ込み、ゴソゴソと残りのハズレであろう紙を掴んだ。

 

「キンジ、せーの、で引くぞ! 」

 

「ああ、分かった」

 

 キンジも不安のあまり額に冷や汗を浮かべている。だが残念だったなキンジよ、それはハズレの紙だッ!

 

「せーの! 」

 

 勢いよくバッと紙を取り出し、俺はキンジにドヤ顔を向け────

 

 

 この時、俺は間違っていた。侮っていたのだ。自分の運の悪さ、神から好かれるあまりに不幸となってしまったことを。そして俺は世界で一番不幸だということを。

 

 

 ───手に握られているピンク色の()()()()を見て凍りついた。キンジは()()()()()()を握っていた。

 

「理子! ピンク色の画用紙じゃないのか!? 」

 

「理子のパンツを見た、その罰! 」

 

「だからって嘘つくことはないだろ! 」

 

 理子に騙されたッ!! ザラザラのほうがピンク色だと理子にそう思い込むよう仕組まれていた!!

 

「ということで、朝陽が女装決まり!! 」

 

「嫌だああああああああ!! 」

 

 悲痛な叫びが病院内に響き渡った・・・・・

 

 

 

 

「そういえばアンタ、体力テストも受けてないでしょ。明日必ず受けるようにって蘭豹先生が言ってたわよ」

 

「怪我人になんてこと言ってんだアイツ! 」

 

 




島津の退き口・・・関ヶ原の戦いにて島津義弘率いる島津軍約300が敵中約80,000に孤立してしまう。だが、あえて徳川軍本隊の目前まで一気に突破。更にそのまま脇をすり抜けて伊勢路方向へ一直線に駆け抜けダイナミック帰宅した。
(本陣目の前で転進して退却した、など諸説あります。なのであまりあてにせず、ふーん、というくらいに思っていてください)


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第16話 これなんてホラゲ?

 雲一つなく晴天に恵まれた本日、運に恵まれていない俺は額に汗を浮かばせながら平賀さんのいる装備科へと足を運んでいる。最悪だった6日間のことを慰めてもらうためだ。

 

 脳挫傷で入院した日から6日間、俺は理子に『女の子』というものを教えられた。言葉遣い、恥じらい、仕草、そういった女の子らしさをつける訓練だ。言葉遣いと仕草はいいとして、なぜ恥じらいを覚える必要があったのかは理解できないがな。

 そして俺の容姿はというと、身長179cm。身長と俺の顔つきで髪型はセミロングと決まった。童顔ではないと思うんだが何故か似合っていたのが憎たらしい。

 

 アリアも目を引きつらせ、心底嫌そうな顔をしながら「ご主人様ご用件はなんですか? 」とお経のように唱えていた。

 だが今はそれでもマシになっているほうだ。

 最初のほうは「ご、ごしゅ……ごしゅ!」とかセリフの最初しか言えなかったしな。しかも顔を真っ赤にして。それはそれで見ものだったんだがニヤニヤしてたら変態と罵られて顔面に正拳突きをくらわされたのは最早テンプレと化している。

 

 そんな地獄を思い出し、ゲンナリしながらトボトボと歩いていると嗅ぎなれた硝煙の匂いと共に金属を溶接しているような音、何人かの装備科の生徒であろう声が聞こえてきた。どうやら外で大型のロボット──しかも本格的な造りでアームの関節部分は外側から見た目硬そうな金属で覆われており、かなり気合が入っている。それを横目に俺は平賀さんのもとへと急いだ。

 ロボットを作っている装備科全員に睨まれたが気のせいだと思っておこう。こんなの気にしていたら人生やっていけないからな。

 

 俺は平賀さん専用の作業室の前まで少し早歩きで行く。

 扉の前まで行くと何か妙な違和感を覚えた。いつもは絶え間なく金属の溶接音やらドリルの音がするもんだがそれが聞こえてこない。平賀さんはこの部屋で一人の時は何かしらの作業をずっとしてるはずなんだけど・・・・・休んでるのか?ま、いいか。

 

 俺は扉を二回、コンコンとノックをし、─中から返事がないので─ノブを回し部屋に入る。

 天井には最近取り替えたばかりであろう蛍光灯が光っており、辺りに散らばった何かの部品と部屋の角に設置してあるデスクトップ型のパソコンと睨み合っている平賀さんを照らしている。平賀さんの小さな頭には不相応なデカめの派手なヘッドホンがドドンと鎮座。ノックの音が聞こえないってことは音楽でも聞いてるのか?

 

「平賀さーん? 何してるの? 」

 

 普段なら充分聞こえる声だが、反応してくれない。デコピンでもするか。

 俺は平賀さんに気づかれないように背後まで忍び足で近寄ると、中指を親指の腹にあて、平賀さんの後頭部に狙いを定める。

 そして力を中指に集め──勢いよくその力を解放する!

 

「ギャアァァァァー!! 」

 

 ベチッ! と心地よい音がしたが、それとは反対に今まで平賀さんから聞いたことのないような絶叫を室内に響かせ、後頭部を両手で押さえながら椅子から転げ落ちた。

 

「だ、誰なのだ!? 」

 

 目に涙を浮かばせジト目で後ろ───俺を見るとアリア並の速さで顔を真っ赤に染めた。よほど恥ずかしかったらしく、わぐわぐと口を開け閉めしている。

 

「なーに見てるの? 」

 

 俺はディスプレイに映し出されているインターネットサイトを見ると・・・・・

 

『男が落ちる10のテクニック♥』

 

 無駄に凝ってある背景と共に映し出されているのは年頃の女子が見てそうなタイトル。そしてその下にイラストと箇条書きで信憑性に欠けているテクニックとやらが書き出されている。

 

「見ないでなのだー!! 」

 

「うぐぅ!? 」

 

 平賀さんに思いっきり指を両目に突っ込まれた。

 もう少し手加減してくれませんかね!?

 

「ご、ごめんなのだ! 」

 

「いいよいいよ・・・・・こんなことは日常茶飯事だよ」

 

 回復した視力で平賀さんを見下ろす。眉尻を下げ、しょんぼりとした顔は・・・・・何この小動物可愛い!

 でも言葉にしたらきっと殴られるだろうな・・・・・これは前回の教訓だ。

 

「平賀さんもこんなの見るんだね。まさか気になる男子でも!? 」

 

「いないのだ! 」

 

「ふーん・・・・・いい話のネタになると思ったんだがなあ」

 

 平賀さんは神妙な面持ちで俺の顔をジーッと見つめてきた。俺も見つめ返すと、頬と耳がさらに赤くなって逸らされてしまった。

 ・・・・・大事なことだからもう一度言おう、何この小動物可愛い!!

 

「なんでここに来てるのだ? 」

 

「話し相手になってほしいなって思ってね」

 

「話し相手なら・・・・・その・・・・・理子ちゃんにしてもらえばいいのだ」

 

「あ、そういえば平賀さんには話してなかったな」

 

 俺はアラン先生の嘘情報だということや、訂正出来ないことなど1から全部話した。最初は不機嫌そうだったが、話していくうちにヒマワリのような晴れ晴れとした表情になっていくのが目に見えて分かった。俺が理子と付き合ってないことがそんなに嬉しかったのか?

 

「じゃ、じゃあ本当の本当に理子ちゃんと付き合ってないのだ!? 」

 

「本当だよ! これは信頼できる友人しか話してないから内緒にしといてね? 」

 

「承知したのだ! 」

 

 平賀さんはルンルン気分なのか室内を走り回りながらジャンプするという奇行を繰り広げ始めたが、これが危なっかしい。そう、平賀さんは極度の運動音痴なのだ。自転車は補助輪が無いと乗れず、走る競技では必ずと言っていいほど転ぶ。そんな平賀さんが室内で、しかも何かの部品があちこちに散らばっているにも関わらず走ると・・・・・

 

「あやや!? 」

 

 やはりつまずく。そこから前に倒れ込む未来が容易く予知出来たので俺は平賀さんの前方に先回りし、

 

「ほら、コケるから危ないよ」

 

 と、自分の身体で平賀さんが倒れないように立った。ポスッ、自然と平賀さんが俺に抱きつくような体勢になった。平賀さんの顔は羞恥心でマグマが噴き出すんじゃないかと思うくらい真っ赤だ。平賀活火山だな。

 

「あああありがとう!! なのだ!! 」

 

「平賀さんは軽いから大丈夫だよ。それより、怪我はなかった? 」

 

「大丈夫なのだ! ・・・・・やっぱりきょーじょー君は優しいのだ」

 

「俺が・・・・・優しい? 」

 

 このゴミ条やらクズ条やらと言われ、仲間からは変態と罵られゴミを見るような目で見てくる。そんな俺に今、平賀さんは優しいと言ったのか?

 そんな事を言われたのは・・・・・本当に久しぶりだ!

 

「平賀さんありがとう!! 」

 

「わ、なんなのだ!? 」

 

 泣きながら平賀さんに抱きつこうとしたら顔を真っ赤にした平賀さんのパンチがみぞおちにめり込み、またうずくまった。

 それから少しの時間が流れ、今は平賀さんと『恋バナ』というものをしている。俺は特に好きという人はいないから一方的に聞いてるだけだが。

 

「理想のタイプを、どうぞ」

 

「理想じゃなくて・・・・・本当に好きな人でいいのだ? 」

 

「え!? さっきいないって・・・・・」

 

「は、恥ずかしかったからなのだ! 」

 

 平賀さんに好きな人!? これは大ニュースだ! やっぱり平賀さん並の技術力を持った人かな? そうだとしたら他校の生徒か。いや、年上かもしれん。まあとにかく、めでたいことだ!

 

「じゃ、その人のこと教えてくれる? 」

 

「えーと・・・・・かっこよくて、でもちょっと性格がひねくれてるけど根はすっごい優しくて、その人が友達といる時はその人ずっと笑顔で、よく遊びに来てくれるのだ・・・・・あと! 背が高いのだ! 」

 

 遊びに来てくれるってことは一般人ではないな。といっても違う武偵校の制服なんて校内で見たことないし・・・・・

 

「その人ってこの高校か? 」

 

「そ、そう・・・・・なのだ」

 

「その人彼女いる!? 」

 

「いないと思うのだ」

 

「いない!? だったらアタックするしかないよ! 」

 

 平賀さんは口をもにゅもにゅと波打つようように動き、両手を心臓───俗に言う心の位置へと持ってきた。もう耳や首まで真っ赤になっているところを見るとよほど恥ずかしかったらしい。ま、友達に好きな人教えるって勇気いるもんな。

 

「あ、あああアタックしても、どうせ相手にしてもらえな────」

 

「平賀さん武偵憲章10条! 『諦めるな。武偵は決して諦めるな』だよ! 」

 

「そ、そんなぁ・・・・」

 

 追い討ちをかけるようで俺も心が痛むが! だがしかし! 想いの人は待ってくれないのだ! いつまでも想いを伝えられず後悔してきた友人を幾度となく見てきたんだ。平賀さんにはそんな後悔をしてほしくないからな。

 

「その人の名前教えてくれる? 」

 

「えあ!? それは・・・・・うぅー・・・・・」

 

 何故かジト目で俺を睨んでくるが、俺はジト目大好きなんでな! ごちそうさまです!!

 

「その人の名前は・・・・・」

 

「あ、言ってくれるんだ・・・・・」

 

 

 

 

 

 

「あ・・・・・あさ────」

 

 けたたましい電子音が室内に響き渡った。俺のポケットに入っている携帯の着信音だ。それが平賀さんの告白を今は言うべきではないとでも忠告しているかのようにかき消した。ポケットから携帯を取り出し、ため息をつきながら応答する。

 

『はい、京条です 』

 

『一般棟の2階音楽室に来い』

 

『え! ちょっと待って───』

 

 プーップーップーッ。

 ・・・・・切りやがった。せっかく平賀さんの好きな人聞けたのに! 許すマジ! てか今の声誰だよ!

 

「ごめん平賀さん! この話はまた今度! 」

 

 俺は平賀さんの部屋から出ようと荷物を持ちノブに手をかけ────袖を引っ張られた。

 振り返れば、切なげな表情を浮かべ行ってほしくないという意思表示が全身からにじみ出ている平賀さんが上目遣いで攻撃してくる。

 

「平賀さん、教務科からの指令だったらすぐ行かなきゃならないんだ」

 

「分かってるのだ・・・・・だから1つだけ願いを聞いてほしいのだ」

 

「ん? なんでもいいぞ? 」

 

「じゃ、じゃあ・・・・・これから『平賀さん』じゃなくて『あや』って呼んでほしいのだ! 」

 

 大事なことだからもう一度言おう。何この小動物可愛い! 上目遣いでお願いとか、これは動画を撮っておくべきだったッ! なんという不覚! 俺としたことがッ!

 

「じゃ、あや! また来てもいいか? 」

 

 俺は再度、(あや)の目をしっかり見て聞くと、

 

「大丈夫なのだ!! 」

 

 思わずドキッとしてしまうような屈託のない笑顔で俺を見送ってくれた・・・・・

 

 

☆☆☆

 

 

「貴様! わっわわわたしにその・・・・・きっききキスをしたってのは本当か!? 」

 

「とりあえず落ち着いて」

 

 俺は音楽室に2人きりでいる。音楽室に入る前から『火刑台上のジャンヌ・ダルク』という曲がピアノで弾かれていたから見当はついてたんだがな。俺が入ってくるのを見るや否や、雪のような白い肌をしているジャンヌの顔が真っ赤になった。そして自らが座っている椅子を倒すような勢いで立ち上がると、人差し指をこちらに向けてきて──という流れ。

 

「ジャンヌ・ダルクさん? なんで───」

 

「私の()()()()()に答えろ! 」

 

 し、しちゅもん? ・・・・・()()か、盛大に噛んだな。真っ赤な顔で震えているところを見るに、自分の失態には気づいているようだがそんなことは今は関係ないってか。

 

「俺は貴方様と」

 

「私様と!? 」

 

「キス・・・・・しました」

 

 はわわわわわ、と両手を口に持っていき、これ以上耐えられないという仕草を見せ───顔を伏せた。

 

「ジャンヌさん、本当にゴメンなさい! でも仕方なかったんです」

 

「わわわたしはファーストキスだったんだぞ!? 」

 

「俺もですから・・・・・ごめんなさい」

 

 瑠瑠神ぃ! お前のせいでまためんどくさいことになったじゃねえか!

 

「そうだろう! というか、なぜ私とキスなんかしたんだ! 私にはお前とした記憶なんてないぞ! 」

 

「それには・・・・・深い事情がありまして」

 

「事情だと!? ふざけるな! 私とキスするのに事情なんて────」

 

「ゴメンなさいその件はまた今度お願いします! 」

 

 1から話すと日が暮れるどころか理子との計画の見直しに遅れるッ! 俺は心からジャンヌに謝り、理子のいる女子寮にダッシュで向かう。背後から俺を呼ぶ声はきっと気のせいだ!!

 

 

☆☆☆

 

 

 昨日からひと夜明け、俺は女装している。というのも今日が理子の計画した泥棒計画実行日なのだ。そして今日に備えて早めに起きたんだがメイク役の理子が起きてくれなかった。これが何を意味するかと言うと・・・・・

 

「キー君、アリアお待たせ! 」

 

「もう遅いじゃない! ()()よ! 」

 

「ごめーん! 」

 

「おい朝陽、お前は誰だ」

 

「俺だよ朝陽だよ! バッチリ俺の名前言ってるじゃねえか! 」

 

 セミロングの髪、パッチリとした目、目立たない鼻、小さく可愛げのある口、理子が俺を見て不思議な顔をしている。明らかにわざとだ。そして俺を見て肩を震わせているアリアは後で一発殴る。

 

「それにしても理子、なぜカナの姿で来てるんだよ」

 

「理子はもう顔バレしてるし、キンジの好きなカナで応援してあげようと思って! 」

 

「・・・・・行くぞ」

 

 キンジはイラついた顔をしたが、すぐにそっぽを向いてしまった。アリアはキンジに「カナって誰よ! 」としつこく聞いているがことごとく無視されている。

 カナ───キンジの肉親であり、今は亡き人。カナさんは男女関係なくその視線を奪うほどの美貌を持ち、そこらのアイドルとは比べ物にならないほどだ。アリアはヤキモチを妬いているのが見え見えであり、結果としてキンジもアリアも不機嫌になってしまった。

 この状況・・・・・見るに堪えないな。俺は理子に近寄り、キンジとアリアに聞こえない声量で尋ねた。

 

「おい、雰囲気悪くなったじゃねえか。なんでカナに変装してくるんだよ」

 

「嫉妬しているアリアが見たかったからだよお! 」

 

 目をキラキラさせグッと拳を握った理子は小声で、そしてハイテンションで答えた。もうダメだコイツ!

 

 

 

 それから駅のホームでナンパされたこと以外特に不思議なことは起きず、安全に館につくことが出来た。・・・・・できたんだが、

 

「ここってホントに横浜市内か? 」

 

 キンジとアリアは少し後ずさった。それもそのはず。この紅鳴館、周囲を囲む真っ黒な鉄柵と茨の茂み、トドメは館本体がホラーゲームに出てきそうな雰囲気をしているのだ。よく見れば軒下のような場所にコウモリが二本の足を器用に使いぶら下がっている。怖ッ!!

 

 俺達はこのホラゲ洋館からいつでも逃げれるように警戒しながら門へ進み、理子がチャイムを鳴らした。

 ピンポーンと一般家庭で鳴る普通のチャイムに驚きつつも、中から出てくる人物がどんななのか。やはりホラゲに出てくるような人物なのだろうか。

 

 ギィっと扉が開くとアリアの小さい悲鳴をあげた。視線が扉に集まり、中から出てきたのはホラゲの住人・・・・・ではなく、俺達の知っている人だった。それと同時にとてつもない不安が俺達に襲いかかる。

 

「あなた達・・・・・ですか・・・・・」

 

 中から出てきた途端に苦笑いをしたその人は、185cmの高身長、切れ長で知的そうな目をしている武偵校屈指のイケメン非常勤講師、小夜鳴先生だった。

 

(はい! つみました! )

 

 

 




可愛いは正義。
鉛筆のデコピンは人差し指ではなく中指派です


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第17話 私は眠い

編集しているのが夜中1時。
三点リーダとか作中に書いてあったら変換ミスです
あと今のこの状況とサブタイトルは無関係です・・・・・本当に。


 俺たちは小夜鳴先生と一緒に不気味な館内トコトコと歩いている。不気味といったら悪いが、本当にホラゲーに出てきそうな雰囲気なのだ。というかこの館を題材にしたホラゲーあるんじゃないか? なかったら俺が作る。

 

「いや〜驚きましたよ! まさか武偵校の生徒さんが2人も来るなんて」

 

「私もビックリしましたよ。同じ学校の先生と生徒だったのなんて」

 

 変装している理子は小夜鳴先生の横でしっかりとした受け答えをしているが若干顔が引きつっている。まあそれも無理ないだろう、武偵校の先生が依頼主だったとは俺も考えもしなかった。

 

 いかにも洋館らしい客間に着くと俺たち、いや私と理子とアリアは3人がけの真紅のソファに仲良く座るよう指示された。キンジは私達女​──俺は女装だが​──の横に座らなくていいという安堵の表情で1人がけの椅子に腰掛ける。小夜鳴先生は私に目を向けながら机をはさんで私たちと対面するような形で高価そうな洋風の椅子に腰かけた。

 

「同じ学校のお二人には不要かと思いますが、そちらの女性は知らないと思いますので。私は小夜鳴(さよなき) 徹といいます。どうぞよろしくお願いします」

 

 ニコッとご自慢のイケメンスマイルが私に向けられた。女性に向けたらさぞ喜ばれるだろうが私は男なんでね。

 私は地獄の6日間で手に入れた女声と笑顔でイケメンスマイルに応戦する。

 

「私は京条 紗英(さえ)といいます。海外で私も武偵校に通っています。ランクはBですが・・・・・今日からよろしくお願いします」

 

 小夜鳴先生は『京条』という苗字を聴くと、目をパチクリとさせた。理子もキンジもアリアも小夜鳴先生と同じ表情で私を見ている。

 

 大方、『同じ名字でバレないのか? 』とでも思っているのだろう。俺だってそう思うよ。だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 一度言った言葉は取り消せない。だがここで訂正したら余計怪しまれる! ここは最後まで突き通すしかない!

 小夜鳴先生は首を少し傾げ考えるような仕草を見せてから私に尋ねてきた。

 

「京条さんで武偵・・・・・もしかして兄、もしくは弟さんはいますか? 」

 

「私は一人っ子ですよ。もしかして武偵校にも京条という人がいるんですか? 」

 

「ええ、彼は非常に優秀な生徒ですよ。性格を除いて、ですけど」

 

「そうですか・・・・・その人によろしくお伝えください」

 

「はい、彼とのいい話題になりそうですね」

 

 ちくしょう! 武偵校の教師どもで私をマトモと言っているやつはいないのか⁉︎

 任務終わったらどんな顔でその話題について触れればいいんだよ!

 

「では、ハウスキーパーの仕事内容は各個人の部屋に資料がありますのでそれを読んでくださいね。それと、この館の伝統といいますかルールで、ハウスキーパーさんは男女で制服を着るのことになっています。種類とサイズは色々とありますので自由に選んで着てください」

 

 小夜鳴はメガネをクイっと上にあげ、位置を直した。

 

「あと、申し訳ないことに私は研究で多忙でして地下の研究室にずっとこもっているんですよ。なので3人と遊べる時間はあまり取れません。ほんとすみませんねぇ……」

 

 いや、研究でずっと引きこもっていてください。演技するの疲れるんです。

 

「代わりと言ってはなんですが、ビリヤード台とその他遊戯道具があります。自由に使って構いませんので楽しんでください。それと、朝食時と夕食時には呼んでくださいね。それでは、よろしくお願いします」

 

 小夜鳴先生はそう言うと、椅子から立ち上がり、客間の大きい扉を開けてトコトコと地下の研究室へと行ってしまった。

 

「・・・・・じゃあ早速やるか」

 

「部屋は3階よね」

 

「メイド・・・・・私は死んだ」

 

 俺、いや私達は理子と別れ、小夜鳴の指示通り制服を着るために各自の部屋へ赴く。ちなみにアリアの隣、キンジと対面の部屋だ。部屋に入り、クローゼットをバッと勢いよく開ける。そこにはハンガーに掛けられているいくつものメイド服。胸元が大きくはだけ、スカートも短すぎる過激なメイド服から、肩からストラップを回しウエストで締めている本格的なメイド服まで何でもござれだ。ゴスロリも入ってるだろ絶対。

 

「うーん、これでいいか・・・・・」

 

 俺が選んだのは膝丈までの黒色ワンピースで上から純白のエプロンを着るタイプ。フリルも丸みを帯びていてとても可愛らしい。肩のフリルも蝶々のような形で主張しすぎず、かといって目立たないわけでもない絶妙なバランスでこれもなかなか・・・・・おっと、私は男だ。胸パッドの位置を確認しカチューシャを頭に被りながら鏡の前に立つ。太陽の光が格子窓から差し込み、私の腰から下を縁取るように照らし出した。その姿は本物のメイドのようで​──

 

「おーい朝​──紗英(さえ)、着替え終わったか? 」

 

「私が女だったらお前をぶん殴ってるところだ」

 

 ガチャりと部屋の扉が開き、意外と似合っている執事姿のキンジが入ってきた。まったく、なんでノックもせずに女の部屋に入ってくるのかと小一時間問いただしたいがなにせ仕事がある。寮に帰ってからにしよう。

 

「すまんな。あと・・・・・女声とその姿、すごく似合ってると思うぞ」

 

「あとで殺す」

 

 キンジの尻に蹴りをいれ、それに対しての文句を聞き流しながらアリアの部屋へと向かう。キンジと一緒に俺の部屋に来ないということは自分に合うメイド服をまだ探しているのか。ま、アイツも女子だからな。年頃の女子なら可愛いの着たいもんな。私達はアリアの部屋の前まで行き、コンコンと2回ノックする。

 ​─────返事はなし。

 

「開けていいんじゃないか? 」

 

「私、そういう男性は嫌いです」

 

「うるさい! さっさと行くぞ」

 

 キンジは私を横に退かすと、恐怖を微塵も感じさせない顔で()()へ踏み込んだ。私はこのあとの展開がなんとなく予想出来ていたからアリアから見えない位置へと移動する。そして、

 

「きゃ! ノックくらいしなさいよこのドレイ! 」

 

「紗英がしたって! っていない!? 」

 

「死ね変態!! 」

 

 ドゴン!! と床に硬いモノが叩きつけられる音と共にキンジの悲痛な叫びが洋館内に大きく木霊した。

 

「はァ・・・・・なんで着替え途中に来るの? 」

 

「アリアさーん? 着替えはやくしてくださーい」

 

「あら、待っててね紗英(さえ)。今行くわ」

 

 私はキンジのようになりたくはないので部屋の外からアリアに聞こえる声量で呼びかけた。アリアは私をしっかり『紗英』と呼んで場に適応してるあたり、アリアもSランクなんだなぁって痛感させられるよ。

 

 その後、もはや国宝級と言っても過言ではない姿となって出てきたアリアと凡人の私で洋館内の掃除、頭にデカいタンコブが出来ているキンジは料理と洋館の外​──敷地内の掃除を担当することになった。私は小夜鳴先生の持ってきて欲しい物を持っていく仕事もある。休み時間は各自とっていいと指示書に書かれていたので3人で時間を合わせ館内の情報交換を行う。夜にも理子を交えて情報交換会なるものをやるんだが、見落としが無いようにとアリアが念を押したからだ。

 

 

 私は広い洋館内の掃除に苦労しながらも、ホコリ一つ落ちていないように隅々までしっかりとモップで磨く。ただ磨いているのも飽きるので鼻歌交じりで。だが・・・・・この洋館、マジで広い。ここどこだっけ? なんて1時間に1回起きる。方向音痴なのは今でも前世でも変わらないし、特に治す必要性もないから放置だ。

 

 

 それから少し経ち、掃除を進めていくうちに謎の開放感が出てきた。田舎の朝早く道路に出ると車が通っていない時のソレと同じだ。自分以外誰もいないし、変なこと言っても誰も聞いてないしな。とりあえず変な事でも叫びたくなってきた。私は肺いっぱいに息を吸い込み、

 

「あー 私は女だぁ!! 史上最強の女ァ! 私に全世界の男どもは屈服し、皆頭を垂れるのだ! さァ私を崇めよ! てか胸パッドじゃななくて本物の胸が​────」​

 

「何言ってるのアンタ・・・・・」

 

「・・・・・え」

 

 私の後ろには別の場所を掃除しているはずのアリアがいて​──​───

 

 

 

 

 

 

「お嫁に行けない・・・・・あ、お婿だった・・・・・」

 

「アンタも大変ね」

 

「アリアぁ! そんな可哀想な人を見るような目で見ないでくれ! 魔が差しただけなんだ! 」

 

 私はキンジとアリアがビリヤードしているのを尻目に椅子に腰掛け、なぜあの時あんな事を言い出したのかと両手で頭を抱えている。過去に戻って黒歴史()を力いっぱい殴りたい。

 

「まあまあ紗英、誰しもそういう事はあるさ」

 

「キンジさんはこういうことあったんですか? 」

 

「いや・・・・・流石に女装はないけど・・・・・」

 

「ヘッ」

 

 なにかと吹っ切れた私はアリアとキンジのビリヤード対決に参戦し、見事最下位という今の自分にはふさわしい結果を残した。

 

 

 

 それから数日たった夜、あと数分経てば理子を含めた情報交換会。そして私はそれをベッドの上で待つだけだ。今日まではなんとか女装していることを小夜鳴先生にバレずにやっていけている。その素晴らしい私の演技を思い返していると・・・・・ひとつ気になっていたことを思い出した。小夜鳴先生に資料を持っていった時に、

 

『京条さんは愛についてどう思いますか? 』

 

 なんて聞かれて焦った。私は愛する人がいなかったからな。その時のことを思い出すと・・・・・確か小夜鳴先生は私へと振り向き、メガネの奥にある切れ長の目は少し寂しそうにしながら言葉を紡いだ。

 

『​──私の考える愛とはね、相手を自分の力の及ぶ限り愛すること、そして愛された人は愛してくれた人を力の及ぶ限り愛さなければならない。相思相愛ですね。そしてそれ以外は何もいらないと思うんです。日を重ねる毎に愛は深くなっていきます。私もそれと同じでした』

 

『小夜鳴さんは相手の方を大切に思っているんですね』

 

『はい。私は彼女の為なら何でもできた。彼女もまた、私の為なら何でもできました。私達が恐れていることは相手にそっぽを向かれること、これは死と同等のことなんです』

 

 次第に小夜鳴先生の拳を握りしめ始めた。

 

『だから私は彼女が他の男の獣欲にまみれた目で見られることが嫌でした。彼女自身もまた、私が他の女の盛りの目で見られることが嫌だった。その時私は思いました。ならば2人とも、家から一歩も出ず片時も離れぬまま一生を終えればいいのだと! だから私は彼女と手錠で身体的に繋いだ! 彼女もまたそれを望んでいた! なのに! 』

 

 ドンッとパソコンとコーヒー、紙の資料が置いてある机に握りしめた拳を叩きつけた。コーヒーカップの縁からコーヒーが1滴、静かに垂れていくのが見える。

 

『・・・・・少し長話でしたね。京条さんはどうですか? 』

 

 小夜鳴先生は我に返ったように元のイケメンスマイルに戻し私に質問をした。

 

『私は・・・・・彼氏というものができたことありませんし、愛する人もいません。まだ私には分からないです』

 

『そうですか・・・・・仕事の邪魔をしてすみませんねぇ。』

 

『いえ、大丈夫ですよ。それと今の話は秘密にしておいたほうがいいですか? 』

 

『ええ、お願いします​───』

 

 あの時の私はよく答えられたなと思ったよ。偉いな私。でも小夜鳴先生って・・・・・。武偵校の女子なら喜ぶだろうが、彼女って言ってるあたり昔は小夜鳴先生にもいたんだなって思う。手錠の続きが聞きたいけどそれはあの人のプライベートだ。それに・・・・・切ない話なんだよなぁ、きっと。切ない? 使い方あってるのか?

 

 ピリリリリリッ

 突如、過去の思い出から現実へと戻す携帯の音がなった。相手は​───理子だ。応答ボタンを押すと、夜中なのに元気な声が聞こえてくる。

 確かこの電話は会議通話だからキンジ達もいるはずだ。

 

『理子でーす! では第一回、情報交換会を始めマース! 』

 

「『なんでそんなハイテンションなんだよ』」

 

 キンジとセリフが被った。でもこいつの夜のテンションは毎回思うがホントにおかしいのだ。

 

『もうそんなことは置いといて! まず館内の監視カメラの位置と、地下金庫の警備システム! 』

 

「地下金庫は掃除した時に調べたけど、かなり強化されいたぞ。物理的な鍵から磁気カードキー、指紋キー、声紋キー、網膜キーに加えて赤外線と感圧床だ」

 

『なんだよそれ・・・・・』

 

 キンジが絶句するのも無理はない。米軍の機密書類だってこんな厳重な警備システムはない。金庫は開けられないし、開けたとしても赤外線と感圧床の餌食となる。理子の大切なものに対する警戒っぷりは大人げないほどだ。

 

『やりますねぇ! でも! 理子のお宝は返してもらいます! 世紀の大泥棒に不可能はないのです! 』

 

『どうやるのよ』

 

『明日までに考えとく! それはそうと、小夜鳴先生と仲良しなのはキンジ? アリア? 朝陽ちゃん? 』

 

 捻り潰すぞこいつッ!! 何が朝陽ちゃんだ!

 

『アリアじゃないか? 新種のバラにアリアとか命名されて喜んでたしな』

 

『喜んでなんかないわよ! 』

 

 キンジの売り言葉にアリアが反応して怒り・・・・・あーあ、また始まったよ夫婦喧嘩が。そもそもコイツらは一週間に一回は必ずアリアが発砲からのキンジが逃げ回るということをしなきゃ生きていけんのか?

 

「そのへんにしとけ、地下金庫から何分くらい遠ざけられる? 」

 

『研究熱心の彼なら・・・・・10分ってところね』

 

『10分かぁー・・・・・15分なんとか頑張れない? 例えば、胸! は無いからお尻とか触らして。はうー! 』

 

『このバカ! アタシができるわけないでしょ! 』

 

『じゃ、それも考えておきまーす! ではまた明日、うっうー! 』

 

 プーップーップーッ。

 理子とキンジ達との通話が切られ、私は明日も紗英になるために朝早く起きなきゃならないので早めに寝ることにした。枕を定位置に置き、夢の世界へレッツゴーだ!

 

 

 

 

 

 

 私達が紅鳴館で働く最終日、の前日。私はメイド服のまま、午前2時という真夜中に紅鳴館の外へ抜け出している。理由は最初の情報交換会の次の日に理子に言われた一言から始まった。

 

『理子が考え抜いた結果、朝陽ちゃん​──紗英ちゃんには一回理子のところに来て物資を受け取りに来てもらいます! 』

 

 だそうだ。もちろん、『理子が来いよ』と反論したが裁判の関係で計画実行日以外は抜け出せないそうだ。面会に来るのはよしということで何故か俺が行っている。メイド服姿で来ないと理子を見張っている警備の人に通してもらえないらしい。なんという羞恥プレイだ! 鬼畜の所業だ。

 

 ブツブツと夜道1人で文句を言いながらも理子のもとへと歩く。だが・・・・・目的地まであと半分というところで急に視界が揺らぐような眠気が襲ってきた。

 普段寝てる時間でもあるが、最近はそれとは別の、原因不明のどこかに引きずりこまれるような眠気もある。今の眠気は引きずりこまれる眠気。衛生科に見てもらっても分かんないらしいし、耐えるしかないか。

 

 フラフラと倒れそうになるも気合でどうにか理子の居場所​──第三女子寮まで着いた。エレベーターの内部に設置されている手すりに寄りかかり落ちかけかけている意識を頬をつねることでなんとか引き戻し、理子の部屋の前までつく。チャイムを鳴らすと10秒後、かなりハイテンションな理子が私に突進してきた。何か言っているようだが眠すぎてうまく聞き取れない。

 

 私は適当に相槌を打ち、ピンク色の派手な小袋を受け取ると、理子はダッシュで部屋に戻っていった。監視役の人も大変だな。 いや・・・・・・そんなことは帰って寝てから考えよう。

 私はピンク色の派手な小袋をメイド服の内側にしまい、またフラフラと紅鳴館へと踵を返す。

 

 

 歩いて歩いて、何分たっただろうか。視界は揺らいでいるが、公園や住居の配置などで紅鳴館に近いと感じ安堵のため息をついた​​───その時だった。後ろから鈍いエンジン音が真夜中の静けさを切り裂くようにしてデカい車がものすごいスピードをだしてコチラに向かってきていた。轢かれないように路肩へよると、その車は私の横にピタリとつけ、

 

「ハハッ! やはりいい女じゃねえか! しかもメイド服! 」

 

「バカ! 大きい声出すな! 」

 

「へいへい」

 

 中から2人の覆面を被った​───下卑た目をしている男がでてきた。腕を掴まれ無理やり車の中に押し込まれそうになるが、これでも私はSランク武偵だ。私の腕を掴んでいる男の手を握り、ひねるようにして手を外させようとしたが・・・・・力が出ない。意識も落ちかけ視界もさらぶ不明瞭になってきている。

 

 そして、突然バチバチッという音が背後で聞こえて─────身体全体を痺れさせる強烈な電撃を首に流され、意識は完全に落ちていった。

 

 

 

 

 

 




小夜鳴先生と『彼女』のストーリーと18話同時執筆中。小夜鳴先生は番外編? で出します。本編のほうが大事だから遅くなるかもしれません。
メイド服ってなんだろう。


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第18話 理子のハジメテ

気づいたら八千文字、後悔はしていない



『朝陽───』

 

 目を開けるとそこは真っ暗な空間、そしてどこからか声が聞こえる。かろうじて何か言っているのが聞こえるがその内容は分からない。

 

『朝陽───』

 

 ノイズで聞こえない。だが俺を呼んでいる声の主は俺の前にいる。なんとなくだが・・・・・怒っているような雰囲気を感じ取れた。

 

『朝陽───』

 

 ソレは何かを持って俺のすぐ横まで歩いてくる。だが近づいて来るにつれ何故か妙な安心感が湧き、俺は再び眠るように目を閉じた・・・・・

 

 

☆☆☆

 

 

 頰を引っ張られる感覚と鼻をから脳天に突き抜けるようなひどい臭いで目が覚めた。最初に目に飛び込んできた光景は窓ガラス越しに見える数々の機械。そして視界の隅にいるヒゲ面のおっさんだ。あたりを見回すと、ここが四方10mほどの立方体のような部屋で何かの撮影器具が揃っていることがわかる。そして部屋の真ん中で異様な存在感を放つピンク色のベッド。

 

(頭は・・・・・まだ冴えてる、ってことは拘束されている時間は長くないか。せいぜい1時間程度だ)

 

 私は椅子に座っていて両手は背もたれの後ろで縛られ固定されていて、胸とお腹を縛る縄は身動き一つ出来ないようにキツく巻かれている。両足はそれぞれ椅子の足に縄で固定されていてつま先ぐらいしか自由に動かせない。そして何より──目の前に移動してきたヒゲ面の男が椅子に縛られている俺、いや私の頰をベタベタ触ってくるのだ。

 

「あの、気持ち悪いのでやめてくれますか? 」

 

 心の底から思っていることを理子に鍛えられた女声で言うと、男は元々細い目をもっと細くし、

 

「ヘっ、ボスは良い女を連れてきたもんだなぁ」

 

 と、私の顔に小汚い顔を近づけてきた。男の口から違法薬物特有の刺激臭が漂ってくる。

 

「──ッ⁉︎ 」

 

 私の唇にあと数センチで男の汚い唇に触れそうになり、咄嗟に頭を後ろに反らし勢いをつけて男の顔面へと頭突きを食らわせる。

 ゴスッと私にとっては気持ちの良い打撃音がし、男は声にならない叫びをあげて後ろに倒れこんだ。倒れた際に後頭部が地面と盛大なキスをしたようで男は頭を押さえてゴロゴロと転げ回っている。

 

(いい気味だな。私にそんな汚い唇を押し付けようとした罰だ)

 

 男は痛みが引いてきたのか顔を真っ赤にしながら立ち上がると、性懲りも無くまた私の前にやってきた。

 

「このアマ! 調子にのるなよ! 」

 

 怒りを露わにしたその顔に向かって精一杯のドヤ顔を向けると、男は右手を大きくあげ私を殴ろうとしたが──仲間とおもわれる男達が部屋に入ってくると悔しそうにその右手の拳を壁へと叩きつけた。

 

「おいおい、()()に傷つけちゃダメだろう」

 

「・・・・・すまん。だが叩いてない」

 

「オーケー、お前の気持ちもよく分かるぞ」

 

 口元に深い傷跡を残した目つきの悪いボスと呼ばれている男が出てきた。そのボスは右手で私の頰を挟み込み、見定めるようにして私の各部位を眺める。

 

「こいつのおかげで薬の値段が2桁上がったからな。なあ嬢ちゃん、なんでメイド服でこんな深夜に出歩いてたのかな? 」

 

「当主様に命じられた事を果たしていたまでです。帰してくれませんか? 」

 

「可愛いこと言っちゃって〜ホントは、俺たちに誘拐されること期待しちゃってたんじゃない⁉︎ 」

 

 ボス含めゲラゲラと笑い声が部屋中に響きわたった。・・・・・バカなのか?

 

「ま、取引までたっぷり時間はあるんだ。ちょっとくらい俺たちで楽しんでも問題ないよな? 」

 

 さらに笑い声が大きくなる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「今俺たちは5人だ。全員一気にヤレるよなぁ⁉︎ 」

 

「ボス! 一番イイところ俺が先いいっすか⁉︎ 」

 

「バカ野郎! 俺が最初に決まってんだろ! 」

 

 ボスは笑いながら調子にのったことを言った部下の頭を叩いている。

 ボスは私を縛っている椅子ごと撮影器具とベッドが置いてある場所に持っていくと、乱暴に縄をほどき、在ろう事か女性である私を──本当は女装だが──ベッドの上になげた。反発力の高いベッドだったから痛くなかったけど女性に対する配慮が足りないんじゃないかな?

 

「うっひょー! パンチラゲットォ! 」

 

「お前・・・・・バカがバレるぞ」

 

「うるせえ! 」

 

 こっちのセリフだ! と言いたいところだがボスが私の上に乗っかってくるのでそれは阻止された。気持ち悪い笑みを浮かべ私の胸を触ろうとしてくる。強襲科、しかもSランクの私であればこんな奴らは即逮捕出来るがあえてしないでおこう。

 

「たっぷり遊んでそれを撮影する。いい顔しろよ? 」

 

 部下達もボスの周りに集まってくる。ボスが上、部下が左右に2人ずつ興奮した目で私を見てくる。

 

(もうすぐだな・・・・・)

 

 私はドヤ顔でボスと部下達に向かってニヤリと口を開いた。

 

「貴方達の心と同じくらい小さいムスコさん達で私を満足させることなんて不可能でしょう? 」

 

 おっと、これは煽りすぎたか? まだ煽りたいけど殴られたら小夜鳴先生に怪しまれるしこれぐらいが妥当か。

 

「このアマ・・・・・今すぐその生意気な顔を歪めてやる! 」

 

 興奮と憤怒に駆られ上気した顔のボスと部下合計5名は私のメイド服を乱暴に剥ぎ奪り───

 

「そこまでよ! この悪党! 」

 

 突如工場の天井に穴があき、そこから顔見知りの後輩武偵4人がラペリングせず素早く飛び降りてきた。

 

「なっ⁉︎ 」

 

 男達のボスは降りてくる4人の武偵に目が釘付けになり一瞬動きが固まったが、部下達に指示を出し腰のベルトから瞬時に拳銃を取り出すとその武偵達に発砲した。だが4人の武偵はそれを察知していたようでその銃弾は虚しくも床のコンクリートを抉るだけとなる。4人の武偵はボスの持っている拳銃の射線上にボスの部下がくるように立ち回り、次々と部下達を無力化していく。

 ついに最後の部下が倒れボスを残すのみになり、ボスは私の首に腕をまわし乱暴に立ち上がらせた。今の私はこの薄汚いボスの盾にされている状態だ。4人の武偵は私のせいで撃つことができず、悔しそうな表情を浮かべている。

 

「お、お前ら! 近づいたらこいつを撃つ! 今すぐ出て行け! 」

 

 震える手で私の髪に銃口を押し付けた。私は発砲直後の銃口の熱さに顔を少し歪ませ・・・・・その熱さに我慢が出来なくなり、思いっきりボスの足を踏みつける。

 

「うぐあああぁぁぁ⁉︎ 」

 

 首にまわしている腕から逃れ、拳銃を持っている手を捻り上げる。簡単に手元から落とした拳銃を空中でキャッチし部屋の隅へ床に滑らせ、ボスの腹に色々な恨みを込めた回し蹴りを食らわせる。ドスッ、と鈍い音が響き渡りボスは吐きそうな声をあげ、身体を丸めるようにしてうずくまった。

 

「ふぅ、女性に対する配慮というものが足りませんね」

 

 決まったッ! この圧倒的勝利と決めゼリフ! これでカッコいいと言われるに・・・・・男の時にカッコいいって言われたかった。

 

「あの、大丈夫でしたか? 」

 

「お怪我はありませんか? 」

 

「お、お姉さんスゲー! 何か武術でもやってるのか⁉︎ 」

 

「あの回し蹴り、見事でござった」

 

 4人は私に近寄ると、それぞれ違った言葉を私にかけてくれている。うむ、後半2人は私の心配などしてない様子だがまあ良いだろう。

 

「ありがとう、あなた達のおかげで助かったわ」

 

「いえいえ! こちらこそ危ない目に合わせてしまってすみませんでした! 」

 

 短めの髪を頭の左右でまとめ上げたツインテール──間宮あかりが頭を下げてきた。しかも何回も。そこまで謝んなくてもいいけど・・・・・

 

「あかりさんが天井でコケた時はバレたかと思ってヒヤヒヤしましたよ」

 

 と、黒髪ロング──佐々木志乃があかりを茶化すように意地悪そうに言った。てか私が聞こえた足音ってあかりがコケた音だったんかい!

 

「お姉さん! 今度アタシと闘ってみないか⁉︎ 」

 

「いや、あの無駄のない動きと蹴り、某と一緒に忍術はどうだろうか」

 

 金髪ポニーテールと忍者──火野ライカと風魔陽菜、お前らが脳筋だということは充分わかった。てかライカ、私の戦妹(アミカ)であるお前が脳筋って兄さん驚きだよ。ん? 今女装中だから・・・・・おにぇーちゃん? どうでもいいわ!

 

「ライカ、なんで私に闘わせようとするんだよ。あと風魔、貴女にはキンジがいるだろう」

 

 やれやれとため息をすると、4人ともなぜかキョトンとした顔で私の顔を見てきた。・・・・・なんで? 変なこと言ってないよ?

 

「どうかしましたか? 私、変なことでも? 」

 

 するとライカは首をかしげて他の3人の気持ちを代弁するように前に出た。

 

「あの、なんでアタシと陽菜のこと知ってんだ? 」

 

 なぜ知ってる? そりゃライカは私の戦妹だし陽菜だって・・・・・あ、ヤバい! 今のことを知っているのは『俺』であって『私』じゃない! こいつらからすれば見ず知らずの女が知ってたらそりゃ怪しむ!

 

「えっと・・・・・私は紅鳴館という場所でハウスキーパーをやっていまして・・・そこで新しく雇われたハウスキーパー2名から学校での話をよく聞いたんです」

 

「うん? お姉さん紅鳴館って言いました? 」

 

「ええ、言ったわよ? 」

 

 あかり・・・・・さん? なんでそんな疑いの目を・・・・・

 

「アリア先輩が先週から任務で行ってるとこだ! ・・・・・あれ? でもそこのハウスキーパーさんが全員休暇をとってるって聞いたから、今紅鳴館にいるのは京条先輩とアリア先輩、遠山キンジ・・・・・先輩だけだったはずだよ? 」

 

 マズイ! 全員何かに勘付き始めたッ! やめろ、そんな疑いの目で私を見るんじゃない! てかなぜアリアは任務内容を後輩に教えてるんだ!

 そしてあかりがその疑惑を確信に変わる魔の一言を言った。

 

「確か──女性2人に男性1人だから、遠山キンジか京条先輩のどっちかが女装するって桃まん食べながら笑ってたような・・・・・」

 

 ・・・・・あのピンクロリツインテ(アリア)! マジでぶん殴る! 何ペラペラとそんな事まで喋ってんだ! ふっざけんなよ⁉︎ 私だってこんな格好したくてしてるわけじゃないんだよ⁉︎ そもそも──

 

「では今私たちの前にいるメイドさんは・・・・・」

 

「助けてくださりありがとうございました。では、私は仕事に戻ります」

 

 もう遅い? そんなことはやってみなければ分からないだろ、と自分に言い聞かせ、4人からそそくさ逃げるように退散し・・・・・

 

「何逃げようとしてるんですか? 行かせませんよ? 」

 

 と、佐々木志乃に袖を引っ張られた。フッ、女子に袖を掴まれたくらいで私が逃げ切れないとでも思ったか?

 

「逃げようとしたらあかりさんの鷹捲(たかまくり)が先輩を襲いますよ」

 

 すみませんでした許してください! 鷹捲とはジャイロ効果によって増幅・集約した体内のパルスを利用した振動破壊の技って聞いてるが、それは問題ない。問題なのはソレを食らうと服がビリビリに破けることなんだよ! どうする? 銃で脅して逃げるか? でもグロックを見せた瞬間ライカが無力化してくるだろうし・・・・・あかりを傷つけようものなら、あかりラブな佐々木志乃がヤンデレ化して襲ってくる! 風魔だって筋弛緩剤の毒を持ってるかもしれない。おまけにこのメイド服、ものすごく動きづらい! まさに四面楚歌ッ!

 

「私は・・・・・遠山キンジです・・・・・」

 

 頼む! 嘘だとバレるな!

 

「遠山先輩だったらさっき『貴女にはキンジがいるだろ』って言いませんよ」

 

「・・・・・降参です。もう勘弁してください」

 

「そこのベッドに腰掛けてくだされば許してあげます」

 

 なぜ・・・・・鬼の2年が奴隷の1年に命令されているのだろうか。下克上なの? とりあえず私はベッドに腰掛ける。さっき拘束しておいた男達5人に聞かれると困るので全員意識を刈り取ってから、だ。あかり達は私を包囲するよう位置どり、私をジロジロと見てくる。

 

「このお姉さんが・・・・・京条先輩だと⁉︎ 」

 

「某も信じられないでござる・・・・・」

 

「でも、京条先輩ってなんで」

 

 あかりを除いた3人は息を合わせたように、

 

「「「何故女子の私たちより可愛いんですか(でござるか)⁉︎ 」」」

 

 と、盛大にツッコミをいれられた。女であれば喜んだけど俺は男だ。可愛いとか言われてもちっとも嬉しくないんだが⁉︎ ライカに関しては俺であることが信じられない様子。あかりも驚きすぎて口をポカンとあけ、どこか遠くを見つめているようだったが・・・・・元々大きい目をさらに大きく開けた。

 

「ヴェ・・・・・」

 

「ヴェ? 」

 

 

「ヴェアアアアアアアアッッ‼︎ 」

 

 後ろにバタンと倒れるとお腹の上で手を組み、この世の終わりのような顔をすると、

 

「私より胸も・・・・・顔も・・・・・」

 

 そこで力尽きたのか、気を失ったように首が横に倒れ口から何か白い球体のようなものが出て行くのが見えた──ような気がした。効果音をつけるなら、チーンというところだな。佐々木志乃は倒れたあかりを揺さぶっているがまだ魂が抜けているのか一向に動く気配がない。

 

「とにかく、先輩もここから早く立ち去ったほうがいいですよ? 依頼されてるんでしょ? 」

 

「さすが我が妹、わかってらっしゃる。今何時か分かるか? 」

 

「えっと、6時50分ですね。それにしても先輩は災難でしたね、麻薬工場の管理人達に誘拐されるなんて。でも先輩の力で簡単に捕えられたはずじゃ・・・・・」

 

「妹よ、その話はあとでしよう。それより一つ頼みがある」

 

「何ですか? 」

 

「・・・・・走って帰ると朝食に間に合わないから乗せてくれない? 」

 

 目覚めたのが大体、気絶させられた1時間後だから車で1時間以内に行ける場所だ。運悪く遠かったら、いやこの場合100%遠いところだろう。私は運が悪いからな。図々しいお願いだと思うがここは後輩を頼るしかない。

 

「まったく、世話のかかる兄ですね」

 

「面目無い」

 

 それから気を失っているあかりを担ぎ上げ、男達の1人を引きずりながら外へ出ると車輌科のナンバーのワゴン車が止めてあった。運転席に座っているのは幼顔の女子だ。おそらく武偵──それもインターンの子だろう。その子と会釈を交わしをワゴン車のトランクに詰め込む。他の男達もあかり達と協力して詰め込んだあと、私もワゴン車の後ろの一番出口から近い席に座った。行き先は紅鳴館で現在地は紅鳴館から1時間かかる廃工場、これは祈るしかないな。

 

 ワゴン車は慣性を感じさせないゆっくりとしたスタートで出発する。運転手の巧みなテクニックにより、普段は車酔いする私でも気持ち良く乗れる。その安心感と、紅鳴館と武偵校女子寮をほぼ往復した疲れが眠気となって私を襲った。私はその睡魔に抵抗せず、むしろ受け入れる形でその眠気に身を委ねた──。

 

☆☆

 

 

「──先輩・・・・・先輩・・・・・先輩起きてください! 」

 

「んあ? 」

 

 ライカの声が真上から聞こえる。妙に柔らかい枕が私の頭を支えているのが感触でわかった。この柔らかい枕から頭を外すのは少し勿体無いな・・・・・そんな浅はかな考えに従い、その状態のまま目を開ける。車の窓から太陽の光が差し込み一瞬視界がボヤけたがすぐに回復した。

 

(あかりと・・・・・佐々木? なんでこっちをニヤニヤと見てるんだ? あと運転手の幼女よ、貴様は何故私を睨んでいる)

 

 目の前の光景は起きた直後の私からすればおかしいと思う光景だ。だが第三者視点で見ればそれは当然のことだったのかもしれない。ここでようやく頭の回転が速くなってきて・・・・・私はライカに身体を預け、さらに肩枕してもらっていることに気づいた。

 

「あ・・・・・ごめん! 私重かっただろ? 」

 

「そ、そんなことはいいから早く行ってください! 遅れますよ! 」

 

「悪い! みんなも俺のおごりで今度スイーツ食べ放題に連れてってやるから、ありがとう! 」

 

 普段はクールでみんなのお姉さん的立場にいたライカが顔をりんごみたいに真っ赤に染めていた。ゴメンよ・・・・・恥ずかしい思いをさせちゃったな。

 

 心の中でライカに土下座しながら現実ではワゴン車のドアを乱暴に開け、全速力で紅鳴館に戻る。強襲科で鍛えた足腰は悲鳴をあげることなく紅鳴館の禍々しい扉まで辿り着き、バタンと館内に響き渡るほど強く開けた。鳥たちの応援する鳴き声を背に館内をバタバタと走り食堂へと駆け込み───小夜鳴先生が食事をする時の私の定位置に戻った瞬間、アリアと小夜鳴先生は一緒に食堂へと入ってきた。アリアも料理を運んできたキンジも、

 

(どこに行ってたんだよ)

 

 と言わんばかりの表情だ。まあでも、1つ言いたいことがある。小夜鳴先生に気づかれないように呼吸の乱れを戻す。よし、準備は完了だ。せーのッ、

 

(私、お疲れ様!! )

 

 食事後、アリアとキンジの働きにより無事理子のロザリオをゲット。私はその間小夜鳴先生にバレないように寝ていたからこれはキンジから聞いたことだ。午後の5時あたりにキンジの今は亡き親族であるカナさんに変装した理子が来ると、私達の仕事ぶりを小夜鳴先生は我が子のように自慢げに話し少し多めの給料をいただいてハウスキーパーという仕事はキンジ、アリアとも笑顔で終わることが出来た。

 

 

 

 理子との取引のため午後11時、紅鳴館から少し離れたビルの屋上に来ている。そのビルは日本一高いビルらしく湿った海風が俺たちを叩きつけるように強く吹いている。理子は俺が胸ポケットからロザリオを出すと目をキラキラさせて飛びついてきた。

 

「理子、これがお前の望む物だろ。渡すからアリアの母親が冤罪だって証明してくれるか? 」

 

「いいよ! 証明してあげる! 」

 

「そうか。なら良かった」

 

「ただし! ダーリンが理子の首にロザリオかけてよ! そうじゃないと、プンプンがおーだぞッ! 」

 

「・・・・・バカ丸出しなハニーよ、かけてやるから近寄れ」

 

 アホな理子のリクエストによりアリアが少し不機嫌そうな表情を浮かべたがまだ許容範囲だろう。でも理子の幼顔が妖艶なものに変わってきてるし──またろくでもないことをアリアにするんだろう。理子は俺と身体が密着するくらいまで近づき、おねだりするような上目遣いで見てくる。この顔が・・・・・とてつもなく可愛いのだ。大半の男はこれですぐ落ちるが俺は落ちない──はずだ。

 

「ほれ、かけてやる」

 

 理子の妙に色気のある首筋にスッと優しくかけてやると、

 

「くふっ! ご褒美だよダーリン」

 

 何が、俺の口からその言葉が出る前に俺の唇が理子の唇で塞がれてしまった。理子のバニラのような甘い香りが鼻の奥まで突き抜け、あまりの出来事に抵抗できなくなる。

 

 ──キスされているのか?

 そんな疑問が頭の中を駆け巡り混乱の渦に飲み込まれている俺からそっと離れ、悪戯な笑みで挑戦的な目つきをする。

 

「ハニー・・・・・これは一体どういうことだ」

 

「ダーリンに日頃の感謝、だよ! 理子の初めてだからそれ。ついでにキー君もヒスったし? 」

 

「なんだと? 」

 

 理子の初めてはちょっと意味深だが、キンジがヒスったって、ヒステリアモードになったということか? 変態だな・・・・・

 

「なぜこんなことをした? 大体、お前の母さんの形見ってのもあるがそれ以外にもこれを俺たちに盗ませた理由でもあるのか? 」

 

「・・・・・アリアは『繁殖用牝犬(ブルード・ビッチ)』って呼ばれたことある? 」

 

 俺と理子のキスで顔面真っ赤に染めているアリアに唐突に理子が質問した。アリアは、分からないとでも言いたげな表情だ。

 

「腐った肉と汚水しか与えられず狭い檻で暮らしたことある? 悪質ブリーダーが犬にやる人間版だよ」

 

 理子は狂った笑い声をあげ、その妖艶な顔から一転、悪魔にような表情となり理子の殺気がビルの屋上全体に満ち渡る。そこにいる理子は飛行機の中で戦った『武偵殺しの理子』と同じであり──

 

「私は理子だ! 数字の『4』でもない! 遺伝子でもない! 私は峰・理子リュパン4世だッ! アリア、お前を倒せば私は『理子』になれる! 自由になるために私の生贄になれッ! 」

 

 理子は感情のまま全てを晒し、アリアと同じ二つ名の『双剣双銃(カドラ)』の理子として俺たちに襲いかかり────

 

「ウグっ! 」

 

 バチッ! という放電音が小さく響いた。見れば小さな悲鳴をあげた理子の背後には本来いるはずのない人物がテーザーガンを持ち、静かに立っている。切れ長の目には異常と思えるほどの冷静さがうかがえた。

 

「遠山君、神崎さん、京条君、動かないでくださいね」

 

「なんで・・・・・ここにいるんですか⁉︎ 小夜鳴先生! 」

 

「さて皆さん、授業を・・・・・始めましょう」

 

 そう言った小夜鳴先生の口元は少しニヤけているような気がした。

 




あかりの「ヴェアアアアア」のためにこの話を書いたと言っても過言ではない。
あかり達は麻薬工場の強襲という任務で工場にやってきました。脳筋妹キャラ爆誕。


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第19話 貴女ノタメニ

 小夜鳴先生はニヤッと残酷な笑みを浮かべ腰からクジール・モデル74​──社会主義時代のルーマニアで生産されていたオートマチック拳銃​──を俺たちを牽制するように構えた。だが構え方は素人に毛が生えた程度、やろうと思えば超能力(ステルス)で破壊することだって可能だ。だが・・・・・その考えは小夜鳴先生の背後から現れた銀狼三匹によって打ち砕かれる。

 

「動かない方がいいですよ? 朝陽君も超能力(ステルス)を使った瞬間まだ潜んでいるこの子達がリュパン4世を喰い殺しますから」

 

「よく飼い慣らしてるな。保健室を襲わせたのも芝居だった​───そういうことか」

 

 キンジは確かめるように少し大きめの声で小夜鳴先生に問いかけた。

 

「紅鳴館での3人の演技・・・・・特に朝陽さんの演技よりはマシだと思うんですけどねぇ。あ、すみません()()さんでしたね」

 

 とっくにバレバレだったというわけか。黒歴史の拡散はここらで抑えておかないとまずい。というか、小夜鳴先生の言い方めちゃくちゃ腹立つ!

 

「アンタ、そういえばなんでリュパンって名前知ってるのよ! まさか・・・・・アンタがブラドなの!? 」

 

「彼はもうすぐ来ますよ。狼たちもそれを喜んでいます」

 

 銀狼たちは天に向かって遠吠えをし始めた。アリアは自分の推理が即間違いだと気づき若干顔を赤く染めたが、そのツリ目にはまだ小夜鳴先生に対する警戒心が残っている。

 

「でもアンタ、前に会ったことないって言ってたじゃない! よくも騙してくれたわね」

 

「騙したわけではないんですよ? 本当に会えないんです。どんな手を使ってもね」

 

 どんな手を使っても? ・・・・・小夜鳴先生はブラドと連絡をとっているはずなのに会ったことがない。しかも絶対に会えないだと? ・・・・・二重人格ってことか?

 

「1つ皆さんに授業をしてあげましょう」

 

 小夜鳴先生は理子のそばまで近づき、テーザーガンでやられた痺れに抗っている理子の綺麗な金髪を鷲掴むと無理やり俺たちのほうに向かせた。その小夜鳴の手つきに心の底からドス黒い感情が湧き上がってくる。

 ​─────その手を離せ。

 

「遺伝子とは気まぐれなものでね、父と母、それぞれの長所が遺伝することもあればそれぞれの短所が遺伝することもある。このリュパン4世はその後者と言えます」

 

 小夜鳴は理子の頭を片手で掴むと・・・・・地面に思いっきり叩きつけ​───ゴスッという鈍い音と理子の嗚咽が不協和音となって聞こえてくる。小夜鳴はその嗚咽を聞いた瞬間ニヤリとさらに頬を緩めた。

 ​─────理子を傷つけるな。

 

「それ以上・・・・・言う、な・・・・・アイツら、は関係な・・・・・い・・・・・」

 

「リュパン4世には優秀な能力が全く遺伝してなかったんです。極めて稀なケースですが、この子は世間一般でいう『無能』なんです」

 

 必死の懇願も小夜鳴に届かず、聞かれたくないことを言われた理子は​・・・・・自ら地面に額を押しつけた。まるで俺たちから顔を背けるように。ライバルに泣いている姿を見られたくないように。

 ​──────やめろ。それ以上理子を傷つけるな。

 

「まあ無能はどう足掻いても無能なんです。人間は遺伝子で決まりますから」

 

 小夜鳴は胸ポケットからニセモノのロザリオを取り出すと身動きできない理子の胸元から強引に本物のロザリオを奪った。代わりにニセモノのロザリオを​理子の口に押し込んだ。

 ​──────今すぐその手を引っ込めろ。

 

 理子は声にならない悲鳴をあげ、痺れてあまり動かない身体で必死に抵抗する。だがそれは無意味だと言いたげに嘲け罵りながら理子のキレイな身体に暴力を振るう。

 ​──────理子に触るな。

 

「彼を呼ぶためには絶望が必要なんです。ほら、もっと泣き叫べ! 無能は無能らしくその声を聞かせろ! 」

 

 小夜鳴が理子の腹を蹴る度に理子は苦痛と惨めさに顔を歪ませる。小夜鳴は恍惚な顔で俺たちを見ると、満足そうに呟いた。

 

「さあ・・・・・彼が、きたぞ! 」

 

 小夜鳴の服がいとも簡単に破け、細かった手足には異常なまでの筋肉がつき始めた。顔は狼のように変化し、獣のように毛むくじゃらで身体の三箇所に白い目玉模様が浮かび上がる。身長も2mを軽く超えている。一言で言えば・・・・・バケモノだ。

 

「こっちでは初めましてだな。いつも頭の中で小夜鳴とやり取りするんでな。お前達のことは充分すぎるくらい聞いている」

 

「お前は・・・・・優良な遺伝子を取り込むために小夜鳴に化けて人間社会に潜入してたのか」

 

「まあそんな感じだ。小夜鳴は人格として俺の中にいるけどな」

 

 キンジの推理にブラドは少し訂正しながらも認めた。すると鎌のように鋭い指で理子の頭を掴みブラド自身の目線の高さまで持ってくると、

 

「檻に戻れ4世、放し飼いもここまでだ」

 

「なんで・・・・・オルメスの末裔を倒せば、あたしを、解放する・・・・・約束​───」

 

「お前は犬とした約束を守るのか? 」

 

 ブラドの下衆な笑い声が辺りにうるさいくらい響き渡る。

 ​───もう無理だ。

 その時、ビルの上に微かな風を感じ、その風とともに理子の弱々しい声がしっかりと聞こえた。

 

「キー君、アリア、キョー君・・・・・助けて・・・・・」

 

 その瞬間​──俺の中でナニカが俺を塗りつぶしていく感覚と共に男達に誘拐された時に見た夢の中のあの『人』と​───

 

 

 

 

『朝陽・・・・・』

 

 

 

 

 ​──​─まったく同じ声が脳に響き渡った・・・・・

 

 

 

 

 

「「言うのが遅い! 」」

 

 キンジとアリアが流星のようにブラドに突っ走って行くのが見える。

 キンジはベレッタの三点バーストで狼達を無力化し、アリアは隙をみせたブラドに.45ACP弾の雨を浴びせていた。キンジはブラドの側面から理子を握っている手の筋肉を斬りつけ、一時的に握力を失ったブラドの手から理子を救い出し遠くへ避難させている。

 

 俺はその光景をただ突っ立って傍観していた。すると自分の心臓がひときわ大きく鼓動し始め、ドクッ・・・・・ドクッ・・・・・と強い鼓動と一緒に湧き上がってきたものが徐々に自分を覆い尽くしてきた。これは​──嫉妬だ。

 

 理子を傷つけた、理子を檻に閉じ込めた、吸血鬼ごときが俺の理子を​・・・・・不愉快だ。理子を傷つけていいのは俺だけだ。理子を檻に閉じ込めていいのは俺だけだ。キンジは理子を助けてくれた、だから理子に触ったのも許す。だけどお前だけは許さない。

 俺は雪月花を鞘から抜刀する。普段の雪月花とは違う妖しさを持ち合わせているソレは、狂おしく身をよじるように脈動しているようで​──何よりいつも以上に手に馴染む。これなら自分の身体の一部のように扱えるし簡単に首が削げるなぁ。

 

「おいブラド、俺の理子をよくも傷つけてくれたな・・・・・俺の愛する理子が傷つく姿はもう見たくない。目障りだ。だから・・・・・ここでコロス」

 

「ゲゥゥアババババババ! おい京条! あんな雑種ごときを愛しているだと? 笑わせるのも​───」

 

 ズシャッ! と十分に血を吸った筋肉から鮮血が飛び出る音。そしてそれを斬る心地よい感触の後に、ブラドの支えるものがなくなった首から大量の鮮血を撒き散らし始めた。刀身に付着した血は綺麗な軌跡を描き、生暖かい血の雨が俺の身体全体を濡らしていく。ブラドの頭はクルクルと宙を舞い、俺の足元に、ズチャっと私と目が合うように落ちた。

 

『信じられない』

 

 限界まで開かれた目からその言葉がよく伝わった。でも仕方ないよね、だって私の愛する理子を傷つけたんだから。それに、さっきのキンジとアリアより少し速いスピードに反応できなかったから殺されても文句は言えないよね。

 

「ア、アンタ・・・・・武偵法9条破り​───」

 

「違うよアリア。9条は『殺人禁止』だから、こいつは人じゃない」

 

「どう・・・・・しちゃったの? 目もなんで青く輝いて・・・・・」

 

「どうって、俺は変わってないよ? 」

 

 ブラドの身体がゆっくりと倒れ、辺りに血だまりができる。アリアは・・・・・俺がしたことに若干怯えているような気がする。

 

「おいアリア、朝陽! 助けに・・・・・」

 

 おっと、どうやらキンジが戻ってきたらしい。アリアと同じ、この現場を見て絶句してるけど。

 

「あれ? 俺の可愛い理子はどこにやったの? 」

 

 キンジに俺の理子の場所聞かなくちゃ。

 

「いや・・・・・なんでブラドが​───」

 

「キンジ、質問に答えて」

 

「・・・・・ここから反対側のアンテナの裏だ」

 

「ありがとう」

 

 ちょうどビルの反対側だし、キンジも良いところに避難させてくれた。これなら襲われることもないし大丈夫だろう・・・・・

 

「「​───朝陽後ろ‼︎ 」」

 

 突如、キンジとアリアの鬼気迫った声が聞こえた。後ろを見なくてもなんとなく状況がつかめたよ。

 

氷纏月花(ひょうてんげっか)・斬‼︎ 」

 

 シャーロック戦で使った技、雪月花全体をより鋭くコーティングするように氷を張り巡らせる。ただシャーロック戦の時のように槍にするのではなく、より綺麗に切断できるように鋭くコーティングし、後ろから俺をご自慢の爪で引き裂こうとしているブラドの片腕を後ろに振り向きながら横に薙ぐように振るう。

 

「ウグアアァァァァァ⁉︎ 」

 

 ヒュッと軽い音で切断されたブラドの腕はボトリとその場で落ち、ブラドは大気を揺らすような図太い悲鳴をあげた。肘から先はなくなり、再生しようにも切断面が凍らされているから氷が溶けるまで再生できないはずだ。

 

「なんでアナタ生きてるの? 首刎ね飛ばしたはずだけど」

 

「頭だろうが俺には関係ないんだよ! 無限再生能力がある限りな! 」

 

 残った片腕で俺を引き裂こうととびかかるが、横から飛び出てきたアリアが二刀流でそれを受けた。ガチィィ! と金属と硬いものがぶつかる音が響きアリアが吹っ飛ばされる。ブラドはアリアを潰そうと駆け出したが、キンジが身体中に浮き上がっている目玉模様を集中して撃ち続け、ブラドの気がアリアから一瞬逸れた。

 

 アリアはその隙を見逃さずブラドから距離を取り、再びいつでも交戦出来るよう構える。するとキンジが少し離れている俺にも聞こえるよう大きめの声でブラドの弱点を話し始めた。

 

「ブラドには魔臓と呼ばれる4つの臓器がある! それが無限回復力の正体であり弱点だ! 同時攻撃で魔臓を破壊すれば吸血鬼の弱点となるものがすべて効く! 」

 

「分かったよ。でも3つしか見当たらないんだけど? 」

 

 おそらく魔臓というものはブラドの右肩、左肩、右脇腹にある目玉模様の中心にあるのだろう。

 

「4つ目は分からない。だから理子に聞いてきてくれ! 」

 

「そっかぁ、もし分からなかったら全て斬り刻めばイイけど」

 

「俺様をナメるなぁ! 」

 

 ブラドは俺に近づこうとするもキンジとアリアの怒涛の攻撃によって中断せざる終えなくなる。雨のように降り注ぐ9mmパラベラム弾と二刀流の二重奏でブラドを圧倒していく。俺はその2人に心の中で感謝し、愛する理子の元へと向かう。高くそびえ立つアンテナの裏側に回ると理子はガタガタと肩を震わせ膝を抱えこむように座っていた。

 

「理子・・・・・ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 理子は俺の声を聞くとこわごわと俺と目を合わせた。理子は驚きに目を見開いている。

 

「キョー君! 血が・・・・・ 」

 

「ブラドを斬った時の返り血だよ 」

 

「・・・・・キョー君一緒に逃げよ? ブラドになんか勝てっこないよ。キンジもアリアも強いから大丈夫だよ! だから​───」

 

「理子、俺はここに残るよ」

 

「なんで・・・・・なんでそんな事してまで・・・・・」

 

 ポロポロと理子の可愛い目から涙が零れ落ち俺の胸に顔を押しつけて子供のように泣きじゃくっている。アぁ、こんな姿の理子も可愛いなァ。

 

「それはね、俺が理子を愛してるから」

 

「愛し・・・・・え? 」

 

「理子は俺の恋人だ。だから理子の笑顔を奪う奴は許さない。理子は俺のものだ。だから理子を悲しませる奴は許さない。理子は誰にも渡したくない。だから理子を監禁したアイツを殺す・・・・・アイツの4つ目の弱点知ってるか? 」

 

 理子は零れてくる涙を腕でぬぐい、それでも目に涙を溜めながら俺に訴えかけた。

 

「最後の弱点は・・・・・舌だよ」

 

「分かった。行ってくるよ」

 

「​──ッ⁉︎ 待って! 」

 

 理子が背を向けた俺の腕を掴む。理子は俺の腕を掴みながら弱々しく立った。そして何かを決意したのか、俺の腕を掴む力が強くなっていくのが制服越しに伝わってくる。

 

「最後の弱点は理子に・・・・・撃たせて」

 

「なんで? 俺に任せてくれればイイんだよ? 」

 

「アイツにこれまで傷つけられたその屈辱を晴らしたいの・・・・・」

 

「理子、俺は理子を愛している。だから理子の頼みは聞くよ。だけど危なくなったらまた避難してもらうから」

 

 俺は理子にハッキリと伝え理子も頬を赤く染めながらもコクコクと頷いてくれた。俺は理子の小さい手をギュッと握り、アンテナの裏から出てキンジ達の元へ走る。遠目で確認するとキンジとアリアの防弾制服は所々破れており、2人とも疲労困憊。対してブラドはその強靭な筋肉と体力によりまだ素早い動きでキンジとアリアを翻弄していた。

 

「ゲェバババババ! お前らまとめて死ねぇ! 」

 

 ブラドはそばにあった避雷針をもぎ取った。あれでキンジとアリアを薙ぎ払ってビルの上から落下させるつもりだろう。いくら強敵と言えど所詮は人間、この高さから落ちたら確実に死だ。だから​─​─そんなことはさせない。

 

 ブラドの振り上げている右腕を避雷針ごと超能力(ステルス)で凍らせる。ブラドのイラッとした表情に俺は口元をゆるめ、ホルスターからグロックを抜き​─​─その右腕にフルオート射撃を食らわせる。

 

 鈍い打撃音と共にブラドの凍っている右腕に全弾命中し、ビシビシっと音をたて右腕が崩壊し始めた。ブラドは痛みに顔を歪ませながらも追撃を仕掛けるアリアの超人並みの剣さばきを左腕一本​──その爪で抑えている。

 

「小娘が! なぶり殺してやろうかぁ⁉︎ 」

 

 ブラドは再生した右腕​・・・・・もはや鎌と言えるような爪がアリアに突き出されるが、アリアは自身の刀を二本とも身体の前に構え、上に受け流すようにして回避する。ガラ空きになった胴体に潜り込み、

 

「うるァ! 」

 

 と、美少女が出してはいけない部類の声を張り上げブラドの顎を天に向かってカチ上げる。 その一瞬の隙にアリアとキンジは右肩と一つずつ魔臓を撃ち抜いた。

 

「ガアアアアアアァァァァァァァァ​──ッ‼︎ 」

 

 ついに激昂したブラドは、天に向かって大気を揺るがすほどの大音量で叫んだ。その咆哮は雨雲の一部すら砕き、音で制服がバタバタと揺れるほどだ。だが、

 

「うるせえよ雑種がァ! 」

 

 俺は走る。鼓膜に穴が開くことも厭わない。理子のためなら喜んで捧げよう。理子が最後のトドメを刺すから・・・・・ここで止まるわけにはいかない。

 

氷纏月花(ひょうてんげっか)・突! 」

 

 今度は『突き刺す』為に槍のように先端を鋭く、傷口が広がるように円錐状に氷でコーティングする。ズシリとした重みを感じながらも、電光石火ともいえる速さでブラドに肉薄し、右脇腹の目玉模様めがけ突き立てるように深々と刺す。そして​───位置が分かっている魔臓3つを全て凍らせ、機能を一時停止させる。パキパキと魔臓の凍る音が鳴りブラドは顔を引きつらせた。

 だが凍らせたところですぐ回復するだろう。持って3秒ってところだ。

 

「最初に貴様を殺してやる! 」

 

 その巨体からは想像できない速さの拳が突き出された。それを上体を反らすことで紙一重で躱し、喉元に手刀を叩き込む。

 

「グォッ!? 」

 

 俺はブラドの息を詰まらせた声を気にも留めず、下を向いたブラドにサマーソルトキックを食らわせ、再び空を仰ぎ見た。

 そして​──俺の愛しい理子がブラドの膝をジャンプ台として踏みつけ、ブラドが見ている空を遮るように頭上に躍り出る。理子は胸元からデリンジャーを取り出すと、いつもの理子のおちゃらけた笑顔を見せ、

 

「ぶわぁーか」

 

 ​───パァン!!

 デリンジャーが乾いた発砲音をあげた。そのままクルッと体操選手のように空中で綺麗に一回転し、綺麗に着地した。

 ブラドは鬼の形相で舌をだらしなく垂らし、仰向きに倒れた。手足を凍らせ、抵抗できないようにし・・・・・理子が膝から崩れ落ちた。

 

「​──ッ!? 理子! 」

 

「大丈夫だよ・・・・・ちょっと力が入らないだけ」

 

 理子の手足はガクガクと震えている。極度の緊張のなか闘ってくれて・・・・・ありがとう、理子。これでやっと理子を傷つけたコイツをコロセル。

 俺はブラドに近づき、力を失った金色の瞳にグロックを向ける。

 

「あ、朝陽!? アンタ何やってんの!? 」

 

「何って、俺の愛している理子を傷つけたコイツを殺すだけだ」

 

「​──ッ!? そいつはママの裁判で証言してもらうんだから! 殺さないで! 」

 

「ゴメンなアリア。無理だ」

 

 警察のヘリがこっちに向かってきているのが見えた。コイツを逮捕するのか・・・・・アイツらが来る前に殺さないと。コイツを殺したら武偵なんかやめて理子と一緒に逃げればいい。

 俺はブラドにグロックを向け​​──次の瞬間、それを反射的にヘリの方に向けた。ヘリの方から恐ろしい殺気を感じたからだ。そこにはうつ伏せでドラグノフを構えているレキがいた。あれは​・・・・・俺を殺そうとしている? 嫌な予感が全身を駆け巡り​───

 

 

 

 俺が氷壁を作ったと同時にレキのドラグノフの銃口がパッと明るく輝いた・・・・・

 

 

 




お気に入り300人&400人突破しました。ありがとうございます!
まさか日刊に載るとは思いませんでした。1つ目標達成できたので嬉しい限りです。

やっぱりあかりの「ヴェアアアアア」が・・・・・


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第20話 峰・理子・リュパン4世

前回 理子を助けてブラドを倒しました。そしたらレキが来ました。



 

 ────タァン!!

  レキのドラグノフの銃口がパッと輝く。俺は瞬時に自分を完全に覆うような氷壁を作り上げ、その弾は貫通する寸前のところまでめり込んだ。ヘリは俺たちから少し離れた上空に位置どり​──レキがドラグノフを抱え、ヘリから飛び降りた。シュタッとキレイな着地を決め、俺の方へ歩いてくる。

 

「レキ、どういうつもりだ」

 

  綺麗な翠色の髪の毛の少女​─レキは俺の問いかけを無視し、10mほど離れたところで立ち止まった。

  ・・・・・心の奥底でナニカが俺に伝えてくる。

 

『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ! 』

 

  『殺せ』という言葉が壊れたラジオのように繰り返される。そんなことお構いなしにレキはそのショートヘアをなびかせながら再び俺にドラグノフを向けた。レキは相変わらずの無表情で​──しかし、何処となく怒りを感じる。

 

「やはりその眼・・・・・もうダメですね。ここでアナタを殺します」

 

「・・・・・なぜだ。なぜ俺を殺す? 」

 

「風は()()を殺せと言っている。私はその命令を実行するまで」

 

  風─​─その単語を聞いた瞬間、激しい怒りの感情が俺の心の底から噴火するように溢れ出てきた。そして俺の中にいるナニカの記憶が頭に次々と流れ込み​───

 

「・・・・・ぁぁぁぁあああああああああ⁉︎ この裏切り者! 俺に力を貸すと言ってきたのはこのためだったのか⁉︎ 」

 

  俺は妖しく輝いている【雪月花】 をレキに向けた。レキはお構いなしに淡々とドラグノフを構える。

 

「朝陽さん、ここでお別れです」

 

  俺はレキを殺さなければという使命感に駆られ、駆け出そうと氷壁を破壊しようとしたところで​──レキが発砲してきた。その弾丸は氷壁を易々と貫通し、俺の右肩に鈍い音をたて着弾する。防弾制服は貫通できず、ポロッとその弾丸は重力に従うように落ち​・・・・・

 

 

  直後、目を焼き尽くすような白い光と頭の中をグチャグチャにするような甲高い音がその弾丸から解き放たれた。視界は真っ白、耳は黒板を爪で引っ掻いているような音しか聞こえない。自分が今どこにいるかも分からない。その苛立ちを全てレキにぶつけた。

 

「ああぁぁぁあああ! 殺す! 絶対殺してやる! あのオンナもアイツもアイツも! 全員殺してやる! 」

 

  熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。

  痛みと憎しみに心を狂わせながらレキを殺すために必死に雪月花を振り回す。切先は虚しく空を切るだけと知っていても、レキを殺すために振り回し続けた。だが、その行動に終止符を打つようにレキの声がやけにハッキリと聞こえてきた。

 

「私は一発の銃弾。銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない。ただ目的に向かって飛ぶだけ」

 

  レキはそれに付け足すように新たに言葉を紡いだ。

 

「神弾、私に神を屠る力を・・・・・与えたまえ」

 

  俺は咄嗟に雪月花を身体の前まで持っていき​──

 

 

 

 金属を斬った甲高い音と 何かを斬った感触、それに防弾制服を貫通し俺の心臓部へと侵入していく感覚が同時に沸き起こり、意識はそこでプツンときれた・・・・・

 

 

 

 

 

 

  規則正しい電子音のようなものが聞こえてくる。全身に気だるさを感じ、何事かと目を開けたが・・・・・何も見えない。というのも、何かが視界を遮っているのだ。これじゃ見えるはずない。俺は視界を遮っている何かを外し、再び目を開けた。

 

(・・・・・何も見えない? )

 

  目を開けても、何も見えない。ただ目を閉じている時の光景のままだ。昨日は確かレキが来て、ブラドを殺し損ねて──何だっけ? 重要な何かが思い出せない。思い出そうとすると頭痛がする。

 

  その時、ゴソゴソッ​─​──と俺の横で何かが動く音がした。手探りで音のした方向に手を伸ばすと、指先が毛のようなものに触れる。

 

(何か・・・・・いる? )

 

  さらに手を伸ばし手のひら全体でそれを触ってみて​──それが人の頭だと分かるのにそれほど時間はかからなかった。

 

(とりあえずこの人の頭でもナデナデしてるか・・・・・)

 

  不安になりつつも、そのやわらかい髪の毛を指先でクルクルと絡ませたりと色々撫で方をしていると、その頭が少しだけ動いた。

 

「んむにゃ? 」

 

 可愛らしい声をだし、その頭の主は気持ち良さそうな声で俺に撫でられ続けている。

 だが、少し経つと気持ち良さそうな声を出していた頭の主は突然、ガバッ! と起き上がり、俺の手は届かなくなってしまった。残念な気持ちを抑えその手を引っ込めると、その頭の主は俺から逃げるのではなく、逆に俺を絞め殺すかの勢いで抱きついてきた。

 

「い、痛いよ! 誰かわかんないけど! 」

 

「ホントにきょーじょー君おきてるのだ⁉︎ 夢じゃ・・・・・ないのだ? 」

 

「夢だったらと願いたいのは俺の方なんだが」

 

 そう言うと、その頭の主は絞り出すように声をだした。

 

「よかったのだ! ホントに・・・・・意識戻って、よかったのだ・・・・・」

 

  ああ、この声は​──平賀さんの声だ。顔らしきものが俺の顔に押しつけられ、生暖かい液体が俺の頰にポタポタと落ちてくる。俺を掴んでいる小さな手も小刻みに震えていて、それでも力強く俺を離すまいとしている。

 

「えっと、平賀(あや)さん? もしかして​──」

 

「泣いて、ひっく・・・・・なんか。えぐっ・・・・・いないのだ・・・・・うぅ・・・・・」

 

  必死に泣くのをこらえ、それでもポロポロと(あや)の涙は俺の頬を伝い続ける。こんな時、俺はラノベの主人公なんかじゃないからここで暖かい言葉なんて思いつかない。だけど、

 

(あや)、心配かけてゴメンな。もう大丈夫だから」

 

  俺のせいで泣かせてしまった女の子に謝罪の言葉くらいはかけられる。俺は片手でそっと文の頭を包み込むようにして、そっと抱き寄せた。すると、文はより一層俺を抱きしめる力を強くし​──決壊したダムのようにボロボロと涙を流し始めた。部屋中に響き渡る悲痛な泣き声を聞きながら、俺みたいな人間でも心配してくれる人がいるんだなって痛感させられた。

 

  それから文が泣き止むまでずっと文の頭を撫で続けていた。小さい身体全体で俺を押し退けてベッドに入り込んできた時はビックリしたね。今は泣き疲れたのか赤子のように身を縮こめ、俺の首に手をまわして寝てしまった。お前はコアラか、と心の中でツッコミをいれながら文を俺の腕から引き離そうとすると、

 

「きょーじょー君・・・・・」

 

 と言って余計に俺を抱きしめる力が強くなった。寝言で俺の名前を呼ぶのはドキッとするからやめてもらいたい。

  ベッドと文の右腕に首を挟まれ、俺の腕は文の左腕と両足​──太ももの付け根あたりでしっかりホールドされている。おまけに文の可愛い寝息がすぐ横で聞こえるんだ。文だって女の子、腕に当たるものは当たってるし、手の位置だって見られたらまずい。見られたら最後、社会的な死が俺を迎えに来る。さて、そろそろ俺の中の悪魔を退治しなくては。

 

  俺が素数による煩悩退治を開始しようとしたその時、文は不意に顔を俺の耳に近づけてきた。文からシャンプーの香りがフワッと鼻孔をくすぐってきている。

  そして​─​─俺の中の悪魔を助長させるような寝言を言い放った。

 

「きょーじょー君・・・・・好きなのだ・・・・・」

 

「​──ッ⁉︎ 」

 

  好き、その言葉で自分でもビックリするくらい心臓が跳ねた。

  好き・・・・・いやいや、それは like の好きであって love の好きではないだろう。ほら、ラノベでよくあるじゃないか。幼馴染と一緒に寝てたら寝言で好きって言われるやつ。ああいう展開だよ。

  あれ? でもそのあとの展開って大体は幼馴染に告白されるパターンで・・・・・まあ確かに文は可愛いし? 守ってあげたくなるし? ってそういうこと考えるな! 絶対 like の方だから、落ち着け童貞17歳。こんなに動揺してたら童貞乙って理子にバカにされるに決まってる。とりあえず深呼吸して、寝よう。

 

「キンジ! アンタ私の荷物くらい持ちなさいよ! 」

 

「キー君は乙女心分かってないね」

 

「そうだぞ遠山、将来良いお嫁さんもらえないぞ〜」

 

「俺の両手塞がってんのにどう持てと⁉︎ あと綴先生は病院内で葉巻吸わないでください! レキもカロリーメイト食うならアイツの病室の中で食えよ! 」

 

  外からピンクツインテと金髪ロリと狂人とネクラの声が聞こえるがきっと気のせいだろう。うん、絶対気のせいだ。声が似てるだけだ。遠山と綴って人も世の中にたくさんいる。世の中狭いなあ。

  ガラガラガラ、と扉の開く音と近づいてくる足音がする。この部屋俺一人じゃなかったんだな。他の患者さんに迷惑かけて申し訳ないな・・・・・あはは・・・・・やばい!

 

「デデドン! 」

 

(くっ! 理子てめえ! 部屋に入る時にその効果音で笑わせるんじゃねえ! )

 

「まだ朝陽寝てるわね。いつまで寝てるつもりかしら」

 

「まあ事あるごとに入院してるキョー君にとって安らぎの場所なんじゃない? 実家のような安心感、ていうの? 」

 

「コイツは放っておいても大丈夫だろう。今日は起きそうにないな」

 

  よし、諦めて早く帰ってくれ。この()()()()を見られたら綴先生に何されるかわからん。

 

「・・・・・いえ、今のキンジさんの言葉で朝陽さんの眉頭同士が僅かに離れました。口元も私たちが入室した時から僅かにですが緩んでいます。これは嬉しい時の反応です。つまり、朝陽さんは起きています。さらに言うと、朝陽さんの掛け布団の凹みに違和感を感じます。おそらく・・・・・誰か朝陽さんと添い寝してます」

 

  レキィィィィィ‼︎ 余計なことを言うんじゃねえよ! 末代先まで呪ってやるぞ⁉︎ その鋭い観察眼は俺じゃなくて探偵科で披露してくれよ! 狙撃科から転科しろよ!

 

「ほほぅ・・・・・いい度胸してんなぁ、こいつは! 」

 

  綴先生は少し怒気を帯びた声を発すると、俺の上にある掛け布団を剥ぎ取るように一気に捲った。

 

「なっ⁉︎ 」

 

「平賀さん⁉︎ 」

 

「まさかのあやや⁉︎ 」

 

  アリアとキンジ、理子の驚いた声が同時に響き渡り、綴先生の舌打ちが心を抉るようにして聞こえてきた。ここから先は一つでも回答を間違えたら地獄への片道切符を渡されるッ!

 

「よぉ京条。平賀と仲良く何してんだぁ? 」

 

  グロックのスライドを引く音、そしてカラーンと薬莢が床に落ちる音がさらに俺にプレッシャーを与えてくる。既に起きていることはバレているので素直に質問に答える。

 

「な、何にもしてないですッ! 」

 

「だったらなんで平賀がお前のベッドにいるんだぁ? 」

 

  どうする? 文が勝手に入り込んできたと言ったら罰を受けるのは文だ。女子を裏切るなんてこれから先の高校生活では死を意味する! だがどうする? 俺が無理やりといったら地獄行きだ。事故ってことにするか?

 

「おいどうした。早く答えろ」

 

  コツコツとグロックで俺の頭を叩き、身の毛もよだつような殺気を出し始めた。ヤバい、早く答えなければッ!

 

「えっと! これはその、じ、()()です! 」

 

「あぁん? 」

 

  噛みました! ()()です! と言おうとしたが綴先生に手で口をおさえられてしまった。その手が俺の口を圧迫する力はどんどん強くなり、今は口で息を吸うことが出来ないほどになっている。

 

「心配して来てみれば、事後だってぇ? 」

 

ひはふんへふ(違うんです)! ひひあひはひへふ(言い間違いです)! 」

 

「問答無用! 」

 

  綴先生の怒りがこもった腹パンを食らい、俺は堪らず唸り声をあげながら身体をくの字に曲げた。胃液が食道から上がり吐き出しそうになるが、寝てる状態で吐いたら片付けが大変になるので懸命に我慢する。あまりの打撃の強さに腹の皮膚と背中の皮膚がくっついているような錯覚を覚え、左手でお腹辺りを触ると・・・・・これまでの人生で上位に食い込むほどの痛みが走った。 俺は痛みに顔を歪ませながらも、

 

「事故で・・・・・言い間違い・・・・・」

 

 と綴先生に文字通り死ぬ気で伝える。すると、綴先生は俺の首と腕にまだ抱きついている文を引き離し、

 

「本当かどうか確かめてくる」

 

 と言い残し、個室から出て行ってしまった。ゴメンよ文。

 

「死ねロリコン」

 

「アンタがそういう人だとは知ってたけどそこまでするとは思わなかったわ」

 

「俺はロリコンじゃない! 本当に事故なんだ! 」

 

 声からドン引きされている事が分かり、腹の痛みに耐えながら必死に弁解する。どうせ信じてもらえないだろうがな!

 

「アンタのそういう事は()()()()治らないのね」

 

「キョー君は知らないと思うけど、手術中に心臓何回か止まったらしいよ? それでも治らないって相当末期だと思う。変態終末期? 」

 

「変態終末期とかふざけたことはどうでもいい。心臓止まったって・・・・・なんだ」

 

 確かに、レキが来てブラドを殺し損ねたことまでは覚えているのだが・・・・・そこから先で俺の心臓が止まることなんてあったのか? すると、俺の心の中での問いに答えるようにレキが話し始めた。

 

「私が貴方を撃ちました。殺す気だったので心臓を狙いましたが​───」

 

「ちょっと待て。なぜ俺を殺そうとした? 」

 

「それは貴方が瑠瑠神に乗っ取られていたから。だから私は風の命令により撃ちました」

 

「俺が・・・・・瑠瑠神に? 」

 

 冷や汗がタラリと顔を流れる。正直、琉瑠神という言葉を聞いただけで吐きそうだ。だけどアイツは俺と約束したはずだ。『1年間俺に近づくな』って。そんな約束、守るわけないってか?

 レキは少し間を置いてからゆっくりと話し始めた。

 

「貴方は私と会ってから完全に乗っ取られました。ブラドと戦っている時は感情だけに干渉する形でしたので、言動と瑠瑠神の象徴である蒼の瞳だけ朝陽さんに投影されたようですね」

 

 自然と手足が震えてくる。この先は聞いちゃいけないような気がする。だが聞かなければならない。瑠瑠神の全てを知っていないとアイツは倒せないから。

 

「だったらあの場で朝陽が理子を守るような行動をしたのはどう説明するんだ? 瑠瑠神なら朝陽に近づいた異性を容赦なく殺そうとするはずだが」

 

「これは推測ですが・・・・・私たち全員を()()殺したいからでしょう。朝陽さんに憑依してではなく、瑠瑠神自身の手で殺すために」

 

「それって・・・・・つまり​──」

 

「そうです。瑠瑠神は、私を含めた貴女達を直接殺したいから朝陽さんの感情に干渉し全力で守った。あの場で一番殺されそうになっていたのは理子さんです。だから瑠瑠神は理子さんに対する感情だけを歪めて、理子さんを守るように仕向けた。こう考えればあの場での朝陽さんの豹変ぶりも納得がいきます」

 

  さっきまで不思議に思っていたこと。それはあの場での理子への言動だった。なぜ理子にその気がないのに愛してるって言ったのか、なぜあそこまでの嫉妬心が溢れ出てきたのか。それが・・・・・やっと理解できた。レキがあの場に来たのは何らかの方法で俺が瑠瑠神と接触してることを知ったからか。

  それにしても、感情に干渉するだけだった瑠瑠神がレキが来た途端に俺を乗っ取ったのは疑問に思う。​レキが来たらマズいことでもあるのか?

 

「私は神弾​───風から授かった瑠瑠神の力を一時的に弱める弾丸で貴方を撃ちました。ですが、着弾寸前に貴方の刀で半分に斬られてしまい、片方は心臓近くに埋まりましたがもう片方は外れました。朝陽さんの心臓の近くにまだ神弾が残っているはずです」

 

「・・・・・瑠瑠神を仕留めることが出来るなら俺を殺して、武偵三倍刑で自分も死刑になっても良いって考えか? 」

 

「はい。風の命令ならば」

 

「俺の目が見えなくなってるのは」

 

「貴方を殺す過程で武偵弾​──閃光弾を至近距離で浴びました。それによる一時的な失明とのことです」

 

 武偵弾って・・・・・確か一発でも数百万はくだらないとされる超特殊弾だ。そんな弾丸まで使うほど俺を殺しにかからないといけなかったってことか。

 

「割れた神弾がまだ俺の心臓近くにあるってことは瑠瑠神が俺に干渉してくることはもうないのか? 」

 

「いえ、割れたことによりその効力はだいぶ失われてしまいました。朝陽さんに再び憑依することができる力まで回復するには・・・・・多く見積もってあと1年です。感情に干渉することが出来るようになるのはもっと早い時期になると思います」

 

  つまり・・・・・1年以内に瑠瑠神をあのロリ神(ゼウス)が消滅させることができるくらいに弱らせろってことか。無理に決まってんだろ! 瑠瑠色金が近くに無い状態で乗っ取られたのに敵うわけない。どうすりゃアイツを倒せる? そもそも瑠瑠神を倒すことなんて出来るのか? 相手は神だぞ? 物理攻撃すら当たらないかもしれない・・・・・無理ゲーじゃねえか。

 

「とりあえず、来てくれて悪いんだが今は1人にしてくれないか? 」

 

「え、ええ。わかったわ」

 

「朝陽、何かあったらすぐ言えよ」

 

  俺の今の気持ちを悟ってくれたのか、すぐに部屋から立ち去る足音がした。​───たった1人を除いて。

 

「理子、なんでまだここにいる? 」

 

「いや・・・・・今の話がちょっと意味わからないすぎて足が動かないだけ」

 

  そういえば理子は俺が転生者ってこと知らなかったな。信じなさそうだけど・・・・・理子も俺のせいで巻き込まれた、言わば被害者だ。

 

「これから俺が言うこと、信じてくれるか? 」

 

「・・・・・うん」

 

「じゃ、話すぞ」

 

  理子は俺のベッドに腰かけてきた。手を伸ばせば届く距離だ。それから、自分も何か打開策はないかと考えながら、俺が転生者だということ、瑠瑠神の存在、全てを話した。いつものおちゃらけた理子ではなく、自分のことのように真剣に聞いてくれた。俺が話し終えると理子も、過去にブラドに監禁されていたことを詳しく話してくれた。その話も終わり、理子がポツリと妙に暗い雰囲気で呟いた。

 

「キョー君も・・・・・色々あったんだね」

 

「お前こそ辛く苦しい生活によく耐えてきたな」

 

 理子は俺の言葉を聞くと、急に黙りこんでしまった。それが何分、何十分も続き、もうこの部屋にいないのかと思ってしまうほど沈黙が続いた。どうせ理子のことだから秋葉とかに買い物でも行ってるのだろう​──そんな考えが頭に浮かび、掛け布団を手探りで見つけ出したところで・・・・・理子が消え入りそうな声で俺に質問してきた。

 

「・・・・・理子はキョー君の視界から消えてなくなった方がいいのかな? 」

 

 ​──それは自分の耳もおかしくなったと惑乱するほどおかしな質問だった。

 

「は? ・・・・・それは俺が嫌いになったからか? それとも瑠瑠神に殺されるのが怖いからか? 」

 

「どっちも違う。理子はキョー君に迷惑をかけすぎてるから居なくなった方が良いかなって。ハイジャックの時も、今回の件のことも。それに​───男達に誘拐されたのだって知ってる」

 

  理子は苦しそうに声を絞り出した。今俺の目が見えるのであれば​──きっと俯いたまま暗い表情をしている。

 

「いつもいつも理子の自分勝手。その度にキョー君は命を危険に晒してる。今回の件だって理子の復讐のためにキョー君は闘ってくれた。あの時アンテナの裏で怖くて動けなかった理子に手を差し伸べてくれた。そのおかげでブラドを倒すことが出来た」

 

  理子は俺の手に自分の小さな手を重ねてきた。小刻みに震えているその手は・・・・・恐怖に支配されていたあの時と同じだった。

 

「でもそれはキョー君とキー君、アリアがいたから。

 理子はアイツの言ってた通り、リュパン家の優秀な遺伝子を全く引き継いでいない。曽祖父のように一人で盗むことは出来ず、お父様のように優秀な仲間を引き連れても計画は失敗した。どう足掻いても理子は『落ちこぼれの4世』。どれだけ努力しても報われない」

 

  自分の無力さに悔しそうに俺の手を握る力が強くなっていく。理子の言葉はまるで自分を言い聞かせているように思える。

 

「理子がブラドに勝てる実力があればキョー君が瑠瑠神に乗っ取られることもなかった。生死の境を彷徨って、起きても一時的に失明してるし心臓の近くに弾丸が埋まってる。それも理子がいなければこんなことにならなかった。理子と一緒にいるだけでキョー君は不幸になる。だから・・・・・もうキョー君の視界に映らないとこに行くよ。もちろん、キー君とアリアでも見つからない場所に」

 

  涙を必死に堪えるような声で絶交を持ち出してくる。俺に迷惑をかけないために。

 

「さよなら()()。今まで・・・・・こんな理子に楽しい思い出を作ってくれてありがと」

 

  今まで俺の手をギュッと握りしめていた理子は、切なげな声で別れを告げると諦めるようにしてその手を離した。

 

 ​ ・・・・・迷惑をかけたから、自分が『無能』だから俺から離れていく。自分が無能だから俺やキンジ、アリアにも迷惑をかける。友達を不幸にするくらいだったら絶交した方がマシだ。​​─​​─そんな身勝手なこと、認めるわけにはいかない。

  俺はこの部屋からでようと立った理子の手首を強く掴んだ。

 

「・・・・・キョー君離して」

 

「理子、話を聞け」

 

「離してよ! もうキョー君に迷惑かけたくない! 」

 

「理子!! 」

 

  俺の怒鳴り声に理子がビクッと肩を震わせたのが掴んでいる手首から伝わってきた。俺はそのまま理子に逃げられないように強く手首を掴みながら話す。

 

「はぁ・・・・・確かにお前はいつも面倒ごとを持ってきて、バカだしうるさいし行動があざとい。何がぷんぷんがおーだよ、顔面パンチするぞ。俺に女装を強制させるわ平気で遅刻するわ、挙句の果てに敵対したと思ったらブラドにボコされて助けを求めてくるわで悪いことだらけだ」

 

「だったら! なおさら理子がいない方が​───」

 

  全部言い終わる前に俺は言葉をかぶせる。言い終わってしまったら俺の手を斬り落としてでも部屋からでようとするだろうから。

 

「それでも、お前は良いところを持ってる。表で完璧を装って裏では俺でも弱音を吐くほどの努力をしてる。作戦立案をするのが異常なほど早いし、頭の回転も早い。おちゃらけた雰囲気で場を和ませるのはお前にしかできない。ご先祖様に持っていないものをお前は持ってるんだ」

 

「・・・・・そんなこと、誰だってできる​」

 

「いいや、無理だ。それに、お前がいなかったら今頃俺はブラドに殺されて天国で一人寂しく泣いてるよ。お前がいたから・・・・・不本意だけど瑠瑠神に干渉されてブラドを倒すことができた。全部お前のおかげだ」

 

  俺は理子が立っているであろう場所を向く。目が見えなくても、しっかり理子に伝えられるようにしっかり目を開けて伝わるように。理子は俺にとって必要不可欠だって、そう言い聞かせるように。

 

「でも・・・・・理子は落ちこぼれの4世。だから曽祖父やお父様みたいな優秀な遺伝子なんて持ってない」

 

「自分が生まれ持った遺伝子は絶対に変えられない。でも遺伝子がすべてじゃないだろ。ご先祖様は理子とは違う。だからこそご先祖様に出来ないことが理子には出来るだろ? 例えばお前が得意のハニートラップとか」

 

  その言葉を聞くと、理子の俺の手から逃げようとする力が徐々に弱くなっていくのが分かった。もう理子のあんな姿を見たくない​──その一心で言葉を紡ぐ。

 

「お前は自分の持ってる才能の使う所が間違ってる。だけどそれを無理に使おうとするから落ちこぼれの4世って言われるんだよ。魔法職が剣術で戦士職に勝てるわけないだろ? それと同じだ。ちゃんと魔法で勝負すればお前は落ちこぼれから天才にだってなれるさ」

 

「でも・・・・・理子弱いんだよ? キョー君に助けてもらえなかったら今頃また檻にいれられてた。今だってすごく迷惑させてるし・・・・・」

 

「俺だって弱いよ。1年に弱み握られるわアリアの尻に敷かれるわで本当に自分がSランクでいいのかって思う時もある。人に迷惑をかけた回数も数えるのが面倒になるほどだ。俺もお前に迷惑かけてるだろ? 」

 

  そう言うと理子は何も言わず、黙り込んでしまった。俺は理子を優しく引き寄せ、もう抵抗しなくなった理子の頭を手探りで探し​──柔らかい髪にポンと手を置く。

 

「俺たちは偽物とは言え恋人同士だ。だったらお互いに迷惑をかけてでも一緒に楽しく過ごしたいだろ。明日のことは神様にだって何があるか分からない。だから今だけでも笑ってくれよな」

 

  言いたい事を言ってスッキリしたけど・・・・・なかなかクサいこと言ったな。目が見えねえからどんな反応されてるか分からんけど・・・・・ドン引きとかされてないよな?

 

「キョー君・・・・・」

 

「なんだ? 」

 

「理子はこれからすごい迷惑をかけるかもしれない。それでもキョー君は理子を助けてくれる? 」

 

「言っただろ? 互いに迷惑をかけてこそ恋人同士だ。視界から消えるとかそんなこと言わずにさ、楽しくやっていこうぜ。ハニー」

 

「ありがと​──ダーリン」

 

 目はまだ見えないけど​───理子が眩しいほどの笑顔を浮かべたような気がした。

 

 

 

 




次回かその次あたりになぜ瑠瑠神が朝陽を乗っ取ることが出来たのか、約束を破ったのか書きます。まだまだ未熟者ですが、鉛筆もどきをよろしくお願いします。

活動報告更新しました。


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第21話 我が名はワールドエネミー

前回 平賀さんが泣いて、理子が説得されました


 ​

  理子を全力で引き止めてから1週間たった。未だに視力が回復しないからアニメが見れない。だがしかし! 視力が回復していないことによって得られたものだってある! それは​───

 

「キョー君! 口開けて! 」

 

「ハーイ」

 

  食事時にアーンしてもらえることだよ! 金髪童顔美少女にアーンしてもらうとか夢のようだな! だがこれは現実だ。全国の男子諸君、俺は更なる高みへと歩み続けるよ。

 

「ねえ、このお粥かけるよ? 」

 

「なんで!? 」

 

「くだらないこと考えてる顔だったから」

 

「今日退院できるのに火傷でまた入院したくない」

 

 そう、今日はめでたく退院の日だ。昼頃にこの病院をでて寮に戻って寝る​──という訳にはいかず、武偵校に行かなきゃならない。これも綴が、

 

『ちょっと伝えることがあるから来い』

 

 ってドスの利いた声で脅迫してきたせいだ。今日は絶対に休みますと言いたかったけど、電話口の後ろから文の助けを求める声がしたから行かざるを得ない。

 

「キョー君なんでそんな怒ってるようで泣きそうな声してるの? 理子のお粥美味しくない? 」

 

「いや? これなら毎日作ってもらいたいくらい美味しいけど。そうだ!いっそ嫁にこな─​─」

 

「死ね! 」

 

 理子の怒声とともに理子の右ストレートがボコッと鈍い音をたて右頬にめり込んだ。痛みに悶えながらも俺は文句を言おうと理子に口を開いたが──その開いた口に熱々のお粥を文字通り注ぎ込まれる。

 

(やばい熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い! )

 

「うぐっ・・・・・ごほっ!」

 

 熱々のお粥は食道を焦がしながら胃へと滑り落ちていく。その熱さと感触を涙目で必死で堪え・・・・・お粥が全て胃の中に収まったところで再び口を開いた。

 

「てめぇ! 何しやがんだ! 」

 

「キョー君がよ、よよ、嫁とか言うからだよ! 」

 

「だからってお粥流し込むことはねえだろ! 」

 

 それから理子は俺と口喧嘩をしながら、ちゃっかり俺の荷物を整理してくれている・・・・・音がする。なんだかんだ言って手伝ってくれるしな、理子は。最近急に優しくなったのは気のせいだと思うが・・・・・まあこっちも助かるし、優しいに越したことは無い。

 

「なあ理子」

 

「なに? またお粥流し込まれたいの? 」

 

「いや、なんで俺のお世話してくれるのかなって。ほら、理子がやらなくても看護師さんがやってくれるだろ」

 

「ッ!? 別に・・・・・私はキョー君の恋人だから・・・・・」

 

 ほう。こんな所まで演技してくれるのか。まあ目が見えない時にRFC(理子様ファンクラブ)の奴らに襲われたら死ぬしな。シャレにならん。理子の気遣いに感謝しないと。

 

「理子、いつもありがとな」

 

「・・・・・別にいいよ。キョー君だから」

 

 それから理子が纏めてくれた荷物を持ち、一時的とは言え視覚障害持ちなので長さが1.4mほどの白杖​を手にする。この白杖はただの杖ではなく中に刀が仕込んである仕込み杖で、頼んだ訳では無いのだが文が作ってくれた。俺はゆっくりとベッドから離れ、コツコツと前に障害物が無いか確認しながら進む。

 

「キョー君、荷物くらいは理子が持つよ」

 

「女子に荷物を持たせるのは気が引けるのだが」

 

「・・・・・じゃあこうする」

 

 理子はパタパタと足音を鳴らしながら俺の横に並び​、杖を持っていない俺の左手をギュッと握ってきた。しかもその握り方は俗に言う恋人繋ぎというものだ。

 

「こうすれば安心出来るでしょ? 」

 

「あ、ああ。案内頼むよ」

 

 理子に引っ張られるという形で病室をでた。ヒンヤリとして俺たち以外の足音や話し声が聞こえない廊下は、病院が実家のような俺にとっては新鮮な気持ちにさせられた。

 それから理子に従いながら歩いていると、急に引っ張られる力がなくなり、それに反応できず俺は理子のかかとを・・・・・少し踏んでしまった。

 

「あ、すまん! 急に止まったから反応できなかった!」

 

 ここで謝らなければ鉄拳がとんでくる。謝っても鉄拳がとんでくるけど、謝らないよりはマシだ!

 

「ん。いいよ別に」

 

「ごめんなさい拳だけは! ・・・・・え?」

 

「今のはちゃんと止まるよって言ってなかった理子が悪い」

 

 なんと! 予想外の返しだ。これは地球の自転が反対向きになるかもしれん。

 

「理子、拾い食いはダメだぞ」

 

「死ね!」

 

 グリィ!と俺のつま先に理子のかかとが突き落とされた。

 

「ウグぅ⁉」

 

 その時ちょうどエレベーターが到着し、チーンという音をたてた。

 この世界に俺を優しくしてくれるのは文しかいないのか!?ただの鉄と樹脂製シートと塗装だけで作られているエレベーターにまで煽られるとか・・・・・

 

「ほらキョー君、いくよ」

 

「はい・・・・・」

 

 これ以上怪我を増やしたくないので素直にエレベーターに乗る。口は災いのもとって言うけど俺そんなにヒドイ事言ってないはずなんだけどな。一瞬の浮遊感に追従してエレベーターは下降していく。エレベーター内でも理子は手を繋いだまま。柔らかく小さな手は俺の手を決して放すまいとしている。

 

「な、なあ理子。これって病院にいる大量の人にみられないか?」

 

「見られるよ?でもキョー君、目が見えないから仕方んないでしょ?それに──もう遅いよ」

 

 再び、チーンという音が鳴り、エレベーターの扉が開く音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理子が病院を出てからもずっと手を繋いでくれていたから無事、武偵校に着いた。昼過ぎということもあり、武偵校の校門付近は大勢の人の声が祭りのように飛び交っている。

 

「あれ? あの人って確か京条先輩だよね? なんで白杖持ってるの? 」

 

「任務中に失明したらしいよ」

 

 おう。一時的だから目が見えるようになったらよろしくな。

 

「峰先輩と付き合えるとか、あの人と人生変わりたいな​ー」

 

「バカ! 変わりたい気持ちは俺の方が上だ! 」

 

 おうお前ら2人。俺と変わってくれるならいつでも変わってやるぞ。瑠瑠神セットで良いならな。

 それから周りの視線が心に突き刺さりながらも職員室へと向かっていく。だんだん近づいてくる硝煙の匂いに懐かしさを感じながら。

 

「おう京条! お前失明したらしいな! お前みたいな変態は失明と言わず、死んだ方がいいぞ」

 

「じゃあなんでお前は生きてるんだよ。はよ死ね」

 

「ゴミ条! お前だけ爆発しろ! 」

 

「お前の自主規制を粉微塵にして魔法使いにするぞ」

 

 強襲科の連中は挨拶が『死ね』だ。一般人が聞いたらキレるレベルでヒドイ。まあ慣れてくると帰ってきたって感じがしていいもんだが。

 

「あ、京条先輩! 」

 

「ん? 」

 

 今のカッコイイ女声は・・・・・ライカだな。紅鳴館の一件以来会ってなかったから久しいな。

 

「我が戦妹(いもうと)よ、最近訓練の相手できてなくてすまない」

 

「何言ってるんですか。失明してる人に組手とか、アタシはそんなヒドイ人じゃありませんよ」

 

「そうか、じゃあ今日の用事が済んだら組手の相手してやるよ」

 

「・・・・・へ? 」

 

 ライカは俺の返答が予想の斜め上を行ったらしく、

 素っ頓狂な声をあげた。俺も病院生活で身体鈍ってるし、ここらで体力を元に戻しておかないと今後の武偵活動に支障がでるしな。

 

「じゃ、準備運動して待っててくれ」

 

「そ、そんな! 出来るんですか!? 」

 

「CQCくらいだったらな」

 

 見えなくても何となく分かる。ライカはまだ1年だが出るとこ出てるから、そこに当てないように気をつけるだけだ。

 

「だったら京条先輩の用事についていきます! 峰先輩がいるとはいえ、段差で躓いたら峰先輩も怪我してしまいますから! 」

 

「あ、ありがとう? 」

 

 これはつまり・・・・・金髪美女に囲まれるということではないか!? 金髪童顔の姉と金髪クール妹、俺は人生勝ち組だったんだね! わーい!

 

「キョー君、そんなに喜んでると爪はがすよ? 」

 

「さらっと痛いこと言わないでくれ」

 

 こうして、理子とライカと一緒に職員室まで歩くことになった。ライカは俺から一歩離れたところで鼻歌交じりについてきている。いやホントに迷惑かけてすみませんね。でも後輩に慕われるってことは人望があるってことだ。これは武偵としての評価も上がる。まだ卒業後に何するか決まってないし、そもそもこの高校じゃなくて人生を卒業してるかもしれないから俺には少ししか関係の無い話だ。

 

「それにしても、ライライってなんでキョー君を戦兄(あに)にしたの? もっと強い人とかいると思うけど」

 

「おい。サラッとひどい事言うな」

 

 俺の嘆きをスルーするかのように、ライライもといライカは、待ってました! と言わんばかりの興奮した声でその理由を語りだした。

 

「なんというか、アリア先輩と京条先輩が闘うのを見てカッコイイと思ったので! 」

 

 おお! 戦兄(おにいちゃん)は嬉しいぞ! カッコイイって思ってくれてホントに​───

 

「あと京条先輩は諜報科でもSランクをとっているのでどんな姑息な手段で相手を倒すのか知りたかったから・・・・・ですかね」

 

「ライカ? 褒めるのか貶すのかどっちかにしてくれ。いや貶さなくていい。褒めるだけにしてくれ」

 

 前言撤回だ。泣くよ? 本気で泣くよ? 後輩にまでこの言われようだよ。もう理子に膝枕して慰めてもらうしか俺の心の傷は癒えんな。

 

「キョー君の髪チクチクしてるから膝枕は却下だよ」

 

「なぜバレたッ!? お前は超能力者か!? 」

 

「キョー君単純すぎ」

 

 クスクスとライカにも笑われるし、理子は膝枕してくれない・・・・・皆さん俺に冷たすぎませんかね。

 そうして落ち込んでいる俺の肩にライカが手を乗せてきた。同情するなら人望とお金くれませんか? とライカに言おうとしたところで​──1年の教室から強襲科の後輩の声が聞こえてきた。

 

「火野ライカ? あんなのは最下位だ! 」

 

 その一言から教室にいた何人かの笑い声が響いた。

 

「アイツ、身長も170近くあるし男っぽいしな! 」

 

「ありゃ女の皮をかぶった男だ! 」

 

「胸もパッドで誤魔化してるってか? 」

 

 ​ギャハハと笑い声が廊下にまで響き渡った。──​いい気分はしないな。寧ろ殴りたい。武偵同士のイジメは許されない。今後の武偵活動でのチームワークに影響するからだ。陰口も同じこと、戦妹(いもうと)の悪口を戦兄(あに)が聞いて放っておくわけがない。

 

「理子。入口まで案内よろしく」

 

「はいはい。まあキョー君の良いところってそこなんだけどね」

 

「大丈夫です! 」

 

 俺の肩に置いていたライカの手に力が入る。目が見えなくなりそれ以外の感覚が鋭くなったおかげで、ライカの手が少し震えていることがわかった。

 

「いつも言われてますから。それにアタシは可愛いくないのは本当のことですから」

 

 切なげな声で訴えてくる。いつも言われてる・・・・・か。尚更、戦兄としてアイツらに言っておかなければならないことが増えたな。

 

「よし、レッツゴーだ」

 

「ちょ!? 」

 

 ライカを廊下に残し、理子の案内で扉の前まで来た俺は勢いよく扉を開けた。理子と手を繋いだままで多少恥ずかしい部分もあるが、堂々とそいつらに近づく。

 

「おい、今何やってるんだ? 」

 

「え、えと、クラスの可愛い子ランキングです」

 

「そうか。俺はライカに一票だ」

 

「あ、理子もライライに一票で! 」

 

 男子たちから驚きの声が上がった。俺は声を低くし、脅すような口調で続けた。

 

「ライカは俺の可愛い戦妹(いもうと)だ。もう一度ライカの悪口を言ったら・・・・・分かってるよな? 」

 

「「す、すみませんでした! 」」

 

「あと、ライカは可愛いからな! 」

 

 廊下にいるライカにも聞こえるような大声でその男子達に言い放つ。ライカにとって俺はただの先輩かもしれないが、俺にとっては特別な存在だから。特別って言っても、恋愛的な意味ではなく、肉親の妹のような感じだ。だからあいつの事は妹って呼んでる。

 

「キョー君、理子の前でそれ言う? 」

 

「あ・・・・・ゴメンな​──」

 

「後でオハナシしよっか」

 

「はい・・・・・」

 

 結局最後までカッコつけられず、尻を蹴られながら教室を出ていくはめになった。痛いよ・・・・・身体にも心にもダメージが来るよ。俺は尻をおさえ、机に何度も足をぶつけながら扉を開けた。

 

「京条先輩! 」

 

「ん? なんだ? 」

 

「あの・・・・・アタシが、かか、か、可愛いって・・・・・」

 

「おう! ライカは可愛いぞ! 」

 

 言い終えた瞬間に突然後ろから膝を蹴られ、俺は前のめりに倒れ​こんでしまい───

 

 

 むにゅっという感覚が顔を挟み込み、俺は倒れずにすんだ。・・・・・なんだろうこの感覚。そして後ろにいるであろう理子から発せられるこの殺気。今すぐこのむにゅむにゅからどかなければ俺の首が持ってかれるッ!

 

「あの・・・・・先輩・・・・・」

 

「んー! んー! 」

 

「ちょ!? そんなところで喋らないでください! 」

 

 俺の頭に拳が叩き落とされた。ハゲるからやめてもらいたいんだが!? 俺は即座にその場に立ち、後ろへと下がった。

 

「すまん! 俺何か触ったか? 」

 

「いや・・・・・そうじゃなくて・・・・・その・・・・・」

 

「キョー君。いったい何人の女子をそうやってたぶらかすの? 殺すよ? 」

 

「なんで!? 俺倒れただけじゃん! 」

 

「もういいや。行くよ」

 

 俺は理子に耳を引っ張られながら職員室へ再び向かった。てか理子さん? 引っ張る力強くなってないですか? 耳の中でミリミリ音が聞こえるんですけど。

 それから歩を進めるたびに痛くなり、そろそろ離してもらおうかと理子の手を掴もうとしたところで俺の耳を引っ張る力は弱まった。

 

「着いたよ」

 

「ありがとう・・・・・出来れば中まで連れて行ってくれると助かる」

 

「そう言うと思ったよ」

 

 理子はギュッと俺の手を強く握り直し、職員室の扉をノックした。

 以前の理子なら、『理子の手を握っていたいだけだろ』からの『うん! 』で俺が蹴られてたんだが、まあ優しくなったのは嬉しいな。ツンとデレの差が激しいのが難点だけど。

 

「すぐ戻るからライカはここで待っててくれ」

 

「あ、強襲科の棟で準備運動でもいいすか? 」

 

「お、気合はいってるね。じゃあ先行っててくれ」

 

 ライカは俺にお礼を言うと走って行ってしまった。頭の感触が何なのかは聞いたらビンタされそうだし、聞かないでおこう。知らぬが仏ってやつだ。

 俺は理子に引っ張られ、少しヒンヤリとした職員室に入り綴の机まで歩く。職員室の扉から綴の机までは近いということは白雪の護衛の一件で職員室に潜入した時に予習済みだからな。

 

「綴先生、連れてきました」

 

「ん? あー峰か。ご苦労だったな。さて京条、ちょいと座れや」

 

「はい・・・・・」

 

 理子に椅子の位置を教えてもらいゆっくりと座った。綴先生とは正直長く話したくない。いつも死んだ魚のような目をして絶対違法な葉巻のような何かを吸っているのだ。そして時折見せる不気味な笑顔は背筋が凍るほど怖い。今日もいつも通りの目つきをしているのだろう。

 

「まずお前に伝えることが2つある」

 

「その2つとは・・・・・」

 

「1つは車輌科、衛生科共にEランク降格おめでとう」

 

 俺は綴先生が何を言ってるのかわからなかった。もう一度、綴先生が言ったことを心の中で反芻し・・・・・

 

「​──はい!? なんでですか!? 」

 

「講義出てなかっただろ? 下げられて当然だ」

 

 講義・・・・・そういえば一学期が始まってから一回も講義に顔出してないな。出てるのは強襲科と超能力捜査研究科、諜報科くらいだ。ああ・・・・・衛生科はどうでもいいが車輌科はイタすぎる。Eランクってことはバイクと中型車までしか乗れなくなるのが一番いたい。せっかくヘリコプターの操縦を勉強しようと思ってたのに!

 

「じゃあ! もう一つ俺に伝えたいってことは!? 」

 

「えーっと・・・・・アレだ。お前の二つ名が決まった」

 

「ホントですか!? よっしゃあああ!! 」

 

 待ちに待った二つ名! ようやく世に誇れる名がついたよ! 前世の母さん、父さん、やっと世界の武偵達の仲間入りを果たすことが出来るよ!

 

「キョー君凄い嬉しそうだね」

 

「そりゃ理子は双剣双銃(カドラ)って二つ名があるからいいだろうけど俺はなかったんだよ! やっとだよ! 」

 

 幸せな気持ちで綴先生の言葉を待つ。

 

「ふふっ・・・・・よし、発表するぞ」

 

「頼みます! 」

 

「2年強襲科、京条朝陽、お前の二つ名は​──

『ワールドエネミー』だ」

 

 ワールド・・・・・エネミー? なんだ世界の敵って。俺は世界に恐怖されるような事なんてしてないぞ。大層な名前だが厨二クサい。人前で名乗れるはずもない。

 

「なんですかその名前・・・・・」

 

「お前は戸籍上は日本人だからしっかり漢字表記だ​──ククッ」

 

 戸籍上は日本人ってなんだよ。というか、なんで今笑ったんだ?

 

「笑わないでくださいよ! で、どういう漢字ですか? 」

 

「これだ」

 

 何かの書類が顔の前に近づいてきたのが感覚で分かった。いや、俺まだ失明してるんですけど。見えませんよ。

 すると、甘酸っぱい良い匂いが鼻腔をくすぐってきた。きっと理子が二つ名の漢字表記を見ようと顔を近づけて来たのだろう。そして​──

 

「キャハハハハハハハハ! 」

 

 理子はいきなり大声で笑い始めた。そしてすぐ横でドタッと床に倒れる音が続く。職員室だからなのかすぐ引き笑い気味になったが、完全にツボに入ったように笑い続けている。

 

「そんなにおかしいか? 」

 

「お前の二つ名の漢字表記は『変わる』という字に『態度』の態だ」

 

「それって・・・・・変態じゃねえか! 」

 

「ワールドエネミーは世界の敵。世界の敵は女の敵。女の敵は・・・・・変態(ワールドエネミー)だろ? 」

 

「武偵局は頭おかしい人しかいないんですか!? 」

 

 変態(ワールドエネミー)ってなんだよ! 俺は女子に対して優しく接してるだけだ。健全な武偵として活動してるだけなのになぜそんなことを言われるんだよ! 武偵局も何承認してんだよ。そんなに俺をイジメたいのか? 自殺するぞ?

 

「なんで変態なんですか!? 」

 

「お前、中国の藍幇(ランパン)の違法取引を強襲したことがあるだろ? 」

 

「はい。確か・・・・・去年の9月のことでしたね」

 

  去年の9月頃に横浜で怪しげな取引があるから偵察、違法な取引だった場合強襲しろとの任務だった。キンジと不知火、武藤のパーティで臨んだ・・・・・気がする。

 

「その時の用心棒だった女を撃退した時にお前は何をした? 」

 

「あー確か語尾が変な四姉妹ですね。見た目が幼女のくせに強かった覚えがあります。撃退方法は確か・・・・・言いたくな───」

 

「情報は上がってんぞ〜。ソイツらの一人がスカートだった事を利用して、風でめくれあがった瞬間にパンツの紐だけが切れるようにグロックで超精密射撃したんだよな? そして見事命中。かわいそうなことにその幼女は泣いて帰ったんだってな。『アイツは変態だヨ! 』って喚いて」

 

「見てないからセーフです! 」

 

  俺もその時は出来るとは思わなかったよ! 手強かったから他に方法もなかったし、青竜刀で俺もあちこち斬られてたから苦し紛れの一発だった。まさか・・・・・

 

「もしかして・・・・・それが原因ですか? 」

 

「それ以外にもあるが一番の原因はそれだろう。まさに、変態(ワールドエネミー)だな」

 

 なんというバタフライエフェクトッ! まさか見た目が幼女のパンツの紐を切ったことがここまで響くとはッ! 誰も予想できねえよ! たかだかパンツごときに何俺の人生狂わせてんの? バカじゃないの!? 絶望に絶望を重ねても絶望にしかならねえよ!

 

「即刻、二つ名の改名を要求します! 」

 

「はぁ? ・・・・・まあ今回の件に関しては気の毒だからな。掛け合ってやるが、時間かかるから待っとけよ」

 

「出来るだけ早くお願いします! 」

 

「さて、伝えたいことは伝えた。もう帰っていいぞ」

 

 俺はゲンナリしながら立ち、まだ笑い転げている理子の首根っこを持って職員室の扉へと引きずって向かう。記憶を頼りに何度も先生達の机や椅子にぶつかり、目に涙が浮かんでくる。

 ああ神よ! こんな俺にも慈悲をください!!

 

 

 ​────その後、ライカに変態先輩と呼ばれ、疲労で動けなくなるほどCQC訓練に付き合わされたのはいい思い出だ。




藍幇の四姉妹、ごめんなさい

ライカは妹キャラです。


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第22話 世界と時間

変態(ワールドエネミー)』など不名誉な二つ名をつけられて一週間後、徐々に視力は戻り今では視力を失う前と同じ状態まで回復できた。武偵病院のアラン先生には感謝感激雨あられだ。白杖も不要なものとなったがせっかく文が作ってくれたんだ。捨てる訳にはいかないので自室に飾っておいた。

 

 だが俺が視力を取り戻す一週間の間​──またキンジとアリアが喧嘩した。大喧嘩だ。それはもう収まったが、とにかくキッカケとなった日が本当に修羅場だった。喧嘩の理由は・・・・・死んだと思っていたキンジの肉親である『カナ』さんがキンジの部屋に来ていたからだ。アリアが、カナさんとキンジは元恋人同士であったと勘違いし、そこから色々とあって・・・・・これまでに無いほどキレたということだ。

 

 そして今はキンジと俺、寝室でアリアがカジノ警備をする時の服を試着している所。これもキンジが、

 

『頼む朝陽! この任務一緒にやってくれ! 』

 

 としがみついて頼んできたからだ。どうやら進級するための単位が1.9単位ほど足りないらしく、俺が頼み込まれた任務​──カジノ「ピラミディオン台場」の私服警備でちょうど1.9単位貰えるらしい。必要生徒数5名とあり、女子推奨とのことで諦めろと言いたかったが・・・・・教務科からなんとオーケーが出た。ホントすみませんね、カジノの従業員さん。女子が欲しかっただろうに。

 

「おーキンジは中々似合ってるじゃないか」

 

「俺には自分がやる気のない社長のように見えるのだが」

 

「大体合ってると思うぞ」

 

 カジノを警備するにあたって、他の客が不快にならないように俺たちも客として潜り込むのだ。

 キンジの役は『青年IT社長』で俺はキンジのボディーガードとなっている。それぞれの服は武偵校の防弾制服と同じ防弾繊維で作られているから万が一の時は安心してこの服に命を預けられる。

 

「な、何なのよこれ! 」

 

 というアリアの深刻そうな呻き声が隣の寝室から聞こえてきた。俺とキンジは互いに顔を見合わせ​・・・・・

 

「どうした? 荷物にゴキブリでも混ざってたか? 」

 

 キンジがそう言いながら寝室の扉をガチャりと、ノックも無しに開けてしまった。中にいたアリアはビックリしたのか、頭についているウサギの耳を立て大きく肩を震わせた。

 

「エ、エロキンジ! 紅鳴館でノックしろって言ったの忘れたの!? 見るなぁ! 」

 

 見るなと言われたら見たくなる。そんな人間の心理に素直に従い、キンジの肩から覗き込むようにして見てみると、そこにいたのは普段のクールなアリアではなく​─​─真っ赤な顔で恥ずかしがっているバニーガール姿のアリアだった。そういえば忘れてた、カジノには必ずバニーガールがいるってことを! でもなんだろ・・・・・

 

「ちっとも魅力を感じられない」

 

「黙れ変態! 」

 

 そうだ。こういう服装はスタイルの良い大人な女性が着るものであって、アリアのようなお子様が着てもただの仮装としか見えないからか。すると、キンジがため息をつきながら、やれやれという仕草を見せた。

 

「ア​──」

 

 その一言で何かを察したらしく、アリアはキンジの頭をに飛びつき太ももで挟み込むようにロックした。

 

「パッドは正義! パッドはおしゃれ! パッドは悪くない! 」

 

 アリアは犬歯をむき出しにしながらそう言うと、上体を思い切り反らした。キンジは為す術もなく床に脳天を打ち付け・・・・・完全に意識を手放してしまっている。

 アリアはギロっと俺を睨むとズンズンと迫り来る。バニーガール姿だから可愛いけど怖い。

 

「朝陽ぃ? アタシに何か言いたいことある? 」

 

「いや・・・・・一つだけあるが」

 

「言ってみなさい」

 

「パッド詐欺罪で訴え​てやる」

 

 アリアの額にビキビキと怒りマークが浮かび上がり始めた。フッ、俺はこの1週間、自分の超能力の質を高めてきたのだ。アリアのパンチくらいなら防げるはず。

 

「自分の言ったことを後悔しなさい! 」

 

「望むところだ! 」

 

 アリアがホルスターのガバメントを抜き、俺が超能力を発動しようと手をかざした瞬間​───

 

 

 

 玄関の扉がギィィンと甲高い音をたて真っ二つに斬り裂かれる音が響いた。それと同時に氷のように冷たく、俺たちがよく知っている部類の殺気が寝室に向かってくる。俺はその凄まじい殺気に身に覚えがあり​──逃げようとベランダに走り出そうとしたが、アリアに防弾制服の袖を握られ、さらに頭にガバメントの銃口を突きつけられて不可能になった。アタシを置いていくな、ってことか。お前がバニーガール姿でなければ今すぐ逃げられたのに!

 

「隠れるぞアリア」

 

「ど、どこに​!? 」

 

 その侵入者の足音はどんどん近づいてくる。

 

「と、とりあえずベッドの下だッ! 」

 

「分かったわ! 」

 

 アリアから先に行かせたあと俺は寝室の窓をわざと開けた。既にそこから逃げたと惑わせることが出来ればこの場は逃げられる!

 俺たちが隠れ終えた瞬間​──いつもは何の音もたてない寝室の扉がその時だけは何故か不気味な音をたてゆっくりと開いた。ベッドの配置上、扉付近は見えず足音だけが部屋に響くことがさらに恐怖を倍増させる。

 

「キンちゃん!? 大丈夫!? 」

 

 ちょうど俺たちから見える位置に気絶しているキンジに侵入者は駆け寄る。侵入者はその柔らかそうな太ももにキンジの頭をのせると、よしよしとするようになで始めた。なんてうらやまけしからんことだッ!

 

「今すぐあの泥棒猫を殺しに・・・・・八つ裂きにするから。ああ憎い。憎い憎い憎い憎い憎い! 」

 

 そう言うとキンジの頭を床に優しく置き、音もなくスッと立ち上がった。俺の後ろに隠れてる泥棒猫がガタガタと震えているのが掴まれている手からよく分かる。

 アリアよ。そんなに震えていたら床に震えが伝わって侵入者にバレるだろうが。​

 ​──いや普通だったら感じ取ることなんて不可能だろうけど、アイツだったら愛の力とか言って感じ取りそうで怖いんだよ。

 

「ふーん・・・・・ベランダから逃げたんだ」

 

 侵入者はモーニングスターと深紅に染まっているバトルアックスを床に叩きつけ、床材は嫌な音をたて砕け散った。アリアはその音に大きく肩を震わせ、悲鳴をあげそうになるのを自らの手で口を塞ぐことによって堪えている。

 

「絶対に・・・・・殺す」

 

 侵入者はこの部屋にはいないと思ったのか、その凶悪な武器達を引きずりながら寝室の扉に戻っていく。再び不気味な音をたて寝室の扉が開き───パタンと扉が閉まった。それから再び戻ってくる事を警戒しそのままの体勢で待つ。アリアに関しては蛇に睨まれた蛙のように身動きひとつしない。それから数分後​、俺たちはベッドの下から恐る恐る這い出ると、気絶しているキンジ以外誰もいなかった。つまり、先ほどの侵入者はいなくなったわけだ。

 

「ふぅ。よかったなアリア」

 

「ええ。危うく殺されるとこ​だったわ」

 

「一応リビングも見とくか」

 

 ホルスターからそれぞれ銃を抜き、俺たちが寝室の扉に視線を向けた瞬間​───

 

 

 

「ネェ、ドコイクノ? 」

 

 

 

 突如、上から侵入者が俺たちの目の前に現れた。上に鉄棒のようなものにでも足を引っ掛けて固定しているのか、俺の口と相手の目が同じ高さになっている。真っ黒の長い髪の毛は床に付き、目はどこまでも深い黒になっていて、口元は笑っているのか大きく歪んでいる。

 そんなホラゲーのような現れ方にホラー耐性のないことで有名なアリアを横目で確認すると​───恐怖のあまり立ったまま失神していた。

 

「フフフ。ヤットデテキタネ」

 

「な!? 何で分かった!? 」

 

「そこの泥棒猫が震えてたから・・・・・スグワカッタヨ」

 

 それからというもの、侵入者​──白雪は本気でアリアを殺しにかかり、俺はキンジが起きるまで全力でアリアを守り続けた。ちなみに、白雪が襲ってきた理由はアリアがキンジを太ももで挟んでいる所だけを目撃したから、と聞いた。確かにバニーガール姿で、キンジの頭を太ももで挟んでいるシーンだけ見ればそういう事をしていると勘違いされてもおかしくない。というか、白雪さんどこからキンジを監視してたんだよ・・・・・

 

 

 

 

 

 

 カジノの私服警備当日、俺とキンジは制服の乱れを直しつつ、都営カジノ『ピラミディオン台場』へと入っていく。日本でカジノが合法化されてから第一号として作られたらしい。ピラミディオンとの名前通り、ピラミッド型の形をしており、数年前に何処かの国から日本に漂着したと大ニュースになった。それを改造して・・・・・今のカジノになったそうだ。

 

「さて、行きますか」

 

「やりたくない・・・・・」

 

 キンジの愚痴をスルーし、自動ドアを抜ける。最初に見えてきたのはレーザー光線で彩られた噴水がある派手なエントランス・ホール。そこを抜けるとカジノ・ホールだ。キンジがカウンターで合言葉を言い、一千万円ほどの色とりどりのチップを貰っていた。ここは安価で楽しめる場所と、一般人が見たら目がくらむほどの大金を賭ける場所まである。今回行く場所は後者の方だ。

 

「ご注文はウサ耳ですか? 」

 

「ドリンクいかがですかー? 」

 

 透き通った女性の声がした方を見ると​──海に繋がるプールの上を水上バイクで素早く注文を聞くため、あちらこちらに走っていた。それも、スタイル抜群のお姉さん達がバニーガール姿でだ。

 

「俺、心の底から来てよかったって思うよ」

 

「運転上手いもんなー」

 

「そっちかよ! 」

 

 しばらくそのお姉さん達を見ていると、キンジが急に中腰になり、引きつった顔になった。これでも一応ボディーガードだ。何者かに攻撃されたのかと肝を冷やしたが・・・・・ピンクツインテとキンジを罵っているアニメ声を聞いてホッと胸をなで下ろした。

 

「どうしたアリア? 本体のパッドさんでも落としたか? 」

 

 俺がニヤニヤしながらアリアに言うと、ビキッ! とアリアの額に『D』の文字に血管が浮かび上がった。

 DieのDかな?

 

「アンタ・・・・・覚えておきなさいよ」

 

「はいはい。それより、ちゃんとウェイトレスやれてんのか? 」

 

「あたしはちゃんとやってる。何故か私に注文してくる人はいないけど」

 

 アリアの言葉にキンジは苦笑いをした。そりゃそうだろう。バニーガールというものは大人の女性がする格好であって、見た目がロリロリしているアリアが着るものではない。でもそんなことを言ったらこの場で風穴開けられるからやめておこう。

 

「じゃあな。うまくやれよ」

 

「ええ。そっちも頼むわ」

 

 アリアと別れ、俺たちはカジノの奥へと位置を移した。ここは映画で見るようなドレス姿の美女やイケメンスーツ男など、明らかに金持ちと分かる場所だ。

 本物のギャンブラーが集まる場所にとうとう来たらしい。キンジの目も鋭いものに変わり、俺もより一層警戒する。それからキンジの後に続き歩き回っていると、

 ホールの一角にやたらと人が集まっている場所を発見した。

 

(有名人でも来てるのか? )

 

 キンジも気になるようで、近づいてみると​───

 

「ああ・・・・・養ってもらいたい・・・・・」

 

「なんて恥ずかしがり屋さんなんだッ! 可愛い! 」

 

「胸元がすっげえな・・・・・」

 

 などと、スーツ姿のイケメンや男の従業員までもが携帯で写真を撮っている。そんなに可愛いのなら俺も見てみたいものだが。

 

「撮影はご遠慮下さい! 」

 

「入口の注意事項として書いております! 」

 

 撮られていた人物はどうやら従業員さんらしいな。

 ・・・・・って白雪さんじゃないですか。

 白雪は男達から逃げるようにしてスタッフルームへ引っ込んでしまい、男達は大金をスった時よりも深いため息と悔しそうな顔を浮かばせ撮影会は解散となった。

 

「朝陽、ちょっと白雪の様子を見てくるから。待っててくれ」

 

「ん。変なことすんなよ? 」

 

「しねえよ! 」

 

 キンジは周りの客に気づかれないようにスタッフルームへと忍び込んでいってしまった。今この瞬間から一人ぼっち。護衛対象も当分は出てこないだろうし、トイレにでも行こう。

 ちょうど通りかかった可愛いバニーガールのお姉さんにトイレの場所を聞き、ホールを抜ける。どこに行っても豪華で派手な装飾が煌びやかで目がおかしくなりそうになりながらも、何とかトイレまで着いた。

 

 ​(何でトイレまでこんなにキラキラしてるの? )

 

 そう思ってしまうほどトイレも壁面も、床すらも輝いていた。これじゃ出るものも出ないだろう。俺がトイレに来たのは単なる暇つぶしではない。ロリ神に聞きたいことがあるからだ。

 

「クソッ! こんな・・・・・こんなはずじゃ・・・・・」

 

 嗚咽交じりの声が個室から聞こえてくる。少し気まずいが、その隣しか個室が空いていなかったのでそこに入る。綺麗な便器の蓋に腰掛け、ロリ神(ゼウス)に心の中で呼びかける。

 

(おーい。ちょっと話いいか? )

 

『お、いいよ! でもトイレの中じゃ窮屈そうだし、こっちに来なよ! 』

 

(は? どうやって​)

 

 ロリ神(ゼウス)は俺の問に小悪魔っぽく笑った。その笑いに嫌な予感しかしなかった俺の予想は的中し​───直後、電流のような体全体を突き抜けるような衝撃と共に俺の意識は暗闇へと引きずり込まれていった・・・・・

 

 

 

 

 

「おいロリ。何で俺を殺した? 」

 

「勘違いしては困るよ。今君は生と死の狭間をさまよってる状態なんだ。死んではいないさ」

 

「だからって電気流すことはねえだろ!? 」

 

「電気ではないんだけどね。魔力的なやつだよ」

 

 目を開けたら転生の間にいました。目の前でロリ神(ゼウス)が腕を組んでドヤ顔しながら。半殺しにしないとここに来れないシステムはどうにかならんのか。というか、トイレにいるって何でわかったんだよこいつ。

 

「それで、君は私に何の用で? 」

 

「俺が瑠瑠神に乗っ取られたってことは知ってるか? 」

 

「もちろん! 」

 

「・・・・・何で瑠瑠神が一年も待たずに来た理由も知ってるか? 」

 

「もちろん! 」

 

 もちろんしか言わんのかこいつは。

 

「・・・・・そのことを俺に伝えようとはしなかったのか? 」

 

「もち・・・・・ろん? 」

 

 こいつ! 人が不幸になるってわかっていて何も言わなかったのか!? 信じられん! このダメロリに制裁を与えねばならないな。

 俺は静かにロリ神に近づく。俺の考えが伝わったのか、ロリ神は後ずさって両手を前に突き出し、『来ないで』のポーズをとっているが、そんなの俺には知らん。

 

「この薄情者がぁ! 」

 

 ロリ神(ゼウス)と目線を合わせ、プニプニと柔らかい頬を思い切り横に引っ張ってやる。俺は男女平等主義者だ。女だろうがロリだろうが、手加減はしないぞ!

 

やへへ(やめて)! わたひがわるはっは(わたしが悪かった)! 」

 

「お前が知らせてくれたらレキにも撃たれずに済んだのに! 」

 

 ロリ神は屈んでいる俺をポコポコと叩いているが、幼女のパンチなど効かぬわ!

 

はなひて(離して)! はなふはら(話すから)! 」

 

 取り敢えずプニプニの頬から手を離してやると、ジト目で俺を睨み​──ツーンとそっぽを向いてしまった。反省が足りないようだが、これ以上やっても話が進まないしやめておこう。

 

「瑠瑠神は何故、約束を破った? 」

 

「別に、あの女は約束は破ってないよ」

 

 フン! と腕を組みながら俺に衝撃的な事実を叩きつけてきた。約束を破ってない? 一年間近づくなという約束だったはずだ。俺はまだ三年生にもなってないぞ。

 

「それはどういう事だ? 」

 

「君にとってはあまりにもご都合主義すぎるかもしれないけど。ある程度の力を持つ神は自身の世界を作り、その世界の時間を操ることが出来る。例えを言うとあの女の世界に君が一時的に取り込まれたこともあったよね。その時あの女は自分の世界の時間を遅延させていたわ」

 

「は・・・・・なんだそのチートは」

 

 確かに、以前瑠瑠神の世界に連れてかれたことはある。手足もがれて最悪な気持ちになった。だがそこで瑠瑠神と対峙した時間は三十分もない。一人で武偵校に登校した時間も合わせれば一時間も経っていなかったはずだ。それなのに、瑠瑠神の世界から抜け出した時は丸二日も過ぎていた。それが可能ということは・・・・・自身の世界を作り、その世界の時間を操れるという事だ。つまり、

 

「瑠瑠神は自身の世界で一年進ませて、俺に会いに来たってわけか」

 

「そういう事になるわね。一年間近づくな、時間も進めるなって約束なら良かったんだけどね。ま、瑠瑠神は君のいる現実世界でも時間の流れを変えられるけどね」

 

 なんて事を考えるんだ瑠瑠神は・・・・・私はしっかり一年間も待ったんだよ? とか言いそうだな。後で時間を進めるなって言っても聞かないだろうし。むしろ俺の方が約束を破ったって言って殺されるんじゃないだろうか。

 

「神様がそんな特技を持ってるなんて聞いてなかったぞ。何で言ってくれなかった? 」

 

「こっちはこっちで大質量の瑠瑠色金から発せられる力を閉じ込めるのに精一杯だったんだ。言いたくても言えない状況だった」

 

「怪しいな」

 

 こいつの事だからアニメでも見てて伝えるのめんどくさいって言いそうなんだが。

 ​───そういえば、時間を操れるってことは俺の心臓付近に埋まっている神弾も、瑠瑠神の世界に取り込まれて時間を進められたら効力を失うのか?

 

「おいロリ神​。俺の心臓に埋まっている神弾は一年しか効力を発揮しないぞ。それも時を進められたらヤバイんじゃ・・・・・」

 

「ああ。それは心配しなくていいよ。璃璃神がついているからね」

 

「璃璃神? なんだその瑠瑠神と名前が似てる神様」

 

「璃璃色金に宿る神だよ。他にも、緋緋色金に宿る緋緋神だね。瑠瑠神入れてこの三体は姉妹なんだよ。

 それでその三体はお互いから力を吸収することが出来る。双方の意思とは関係なしに、力が強い方が強制的にね」

 

 三体も・・・・・力が強い方が強制的に力を奪い取れるってことは瑠瑠神もその二体から力を吸収してた可能性もあるな。

 

「君が考えている通りだよ。君が地下倉庫で瑠瑠神と約束したあの時、彼女の目が金色に見えていたのは緋緋神から力を吸収して、自身の持つ鮮緑と緋色が混ざりあったから。本当は金色じゃなくて黄色だったんだけど。光の三原色と同じだよ。ちなみに、璃璃神は薄い青色だ」

 

「だから金色に・・・・・てことは、だ。俺の瞳は黒色で、鮮緑でも薄い青色でもないってことは​──心臓に埋まっている神弾が瑠瑠神の力を打ち消してるってことか」

 

「ご名答! 神弾には璃璃色金が含まれているの。それで璃璃神が瑠瑠神を抑えることが出来る期間は一年間。それより早い場合だってある」

 

「そうか・・・・・そう言えばもう一つ、瑠瑠神とか緋緋神って色金がそばになくても活動出来るのか? 」

 

 瑠瑠神はいつも不意に俺の前に現れる。いったいどこから俺に憑依してきたと本人に問いたいが、愛の力と言われて終わりそうな気がする。ジャンヌやブラドと戦った時に瑠瑠色金が近くにあったとは思えない。もしかすると、どれだけ離れていても関係なく活動できるかもしれない。俺はその最悪の場合に肝を冷やしたが、ロリ神の一言でそれは杞憂に終わった。

 

「ある程度は離れてても大丈夫だと思う。そのことはあの三姉妹にしか分からないわ」

 

「そうか。だったら瑠瑠神はどこから​俺の元に来れたんだよ・・・・・」

 

 今までのロリ神との会話や瑠瑠神との話を思い出して何かヒントにならないかと必死に記憶を探る。そして​─​​─何か頭の中で引っかかるような違和感を覚えた。だがその違和感の正体は分からないまま。すると、ロリ神が俺の目をじっと見つめてきた。

 

「早く帰った方がいいんじゃない? カジノが大変な事になってるよ」

 

 そう言われロリ神に肩をトンと押された。後ろを振り向くと、どこから伸びているのか分からない無数の紫色の手が俺に迫ってきていた。

 ​​──いつも現実に引き戻される時に伸びてくる手だ。

 

「なあロリ神」

 

「なんだい? 」

 

「こんな事言うのもアレだが・・・・・頼りにしてる」

 

「・・・・・うん。すごく嬉しいよ。やっぱり君にそういう事を言われると実感させられるよ。君と私は────だってね」

 

「え? ・・・・・なんて言った? 」

 

 聞こえなかった部分を聞こうとするより俺を引っ張る無数の紫色の手の方が速く、また暗闇に引きずり込まれるような感覚が俺を襲ってきた。意識が落ちる瞬間、ロリ神──ゼウスは少し笑っているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。目の前にあるのは個室の壁​──ではなく頭がジャッカルというイヌ科動物の頭をした全身黒い大男だった。手には半月型の斧を持っていて、おおきく振りかぶっていた。そしてそれは俺の頭めがけて振り落とされ──

 

「​──ッ!? 」

 

 俺の頭に届く寸前に真剣白刃取りでとめる。右足でジャッカル男の顎を蹴りあげ、手から離れた斧を床に滑らせる。ジャッカル男は右手で俺の首に掴みかかろうとしたが、その手を外側に弾き、ジャッカル男の懐に潜り込む。その空いた腹に拳を叩き込むと・・・・・砂に手が埋まるような感触が拳全体を包み込んだ。

 

「うううぅぅぅぅぅ」

 

 人間が決して出せるような声の低さではない呻き声をあげ、ジャッカル男は黒い砂人形のように固まったかと思うと・・・・・ざあっと崩れてしまった。

 

「何が・・・・・痛ッ!? 」

 

 ジャッカル男に叩き込んだ拳に強烈な痛みが走った。見ると、右手全体に黒い砂のようなものが張り付き、それら一粒一粒が生き物のようにザワザワと蠢いていた。

 俺は個室から飛び出し手洗い場ですぐ右手を洗ってみたが、水を弾くばかりで落ちることはなかった。

 

『に、逃げろ! 化け物が来るぞ! 』

 

 トイレの外​──カジノ・ホールから多くの人の足音と悲鳴が鳴り響き、一斉に出口へと逃げていくのが分かる。

 俺は右手の黒い砂を張り付かせたままトイレのドアを勢いよく開ける。すると、カジノ・ホールから何発もの銃声が聞こえてきた。俺は人混みをかき分けながらカジノ・ホールへと全力で走る。床に大量に散らばっている黒い砂に足を滑らせそうになるのを何とか堪え​、何とかキンジ達が見えてくる位置にまで辿り着くと、

 

 そこは​────『巣』と呼べるほど大量にジャッカル男がひしめき合っていた・・・・・

 

 

 

 




あれは伏線と呼べるものだったのか?


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第23話 女装とパンツと本

 ​

  キンジ達の元へ向かうと、そこはジャッカル男の巣と呼べるほど大量にそれらがひしめき合っていた。白雪は壁にぐったりと寄りかかり、ピクリとも動いていない。キンジはそんな状態の白雪を助けに行こうともしていなかった───いや、ジャッカル男が白雪を囮にしてるから助けに行こうにも行けないのか!?

 

「キンジ! 」

 

「やっと来たか! コイツらの中身に触れると呪われるぞ! あとコイツらは人間じゃない! 」

 

「それは先に言ってくれよ! 」

 

  トイレの個室でコイツらの一体と戦った時、思いっ切りパンチしちゃったよ! てことは今も右手を覆うようにまとわりついているこの黒い砂は・・・・・呪いかよ!?

  だが今は呪いよりキンジ達の援護だ。

 

「またこういうタイプね? 」

 

 俺が走り出したと同時にアリアもホールに入り、バンザイをするような姿勢で二丁のガバメントで乱れ撃ち、天井に張り付いているジャッカル男達を落としていく。

 

「アリア! 白雪を頼む! 」

 

「わかったわ! 」

 

 アリアは壁に寄り掛かっている白雪に向かう。ジャッカル男は、獲物が来たと目を嬉しそうに細め鋭い犬歯を剥き出しにしながらアリアに襲いかかるが、

 

「ジャッカル共! 相手は俺だ! 」

 

 俺は超能力で作った氷槍(ジャベリン)を射出する。釘状になっているソレは天井から離れた直後で身動き出来ないジャッカル男達に突き刺さり、その勢いのまま壁に打ち付けた。

 

「ありがと! 」

 

「どういたしまして! 」

 

 アリアは白雪を背負うとジャッカル男のいないフロアへ駆け出していった。俺は無防備なアリアに襲いかかろうとするジャッカル男を氷槍(ジャベリン)で次々と殲滅していく。ジャッカル男達は俺を殺す事を最優先に考えたのか、何十体ものジャッカル男が俺へと一斉に向いた。

 

「気持ち悪さなら世界で一番になれるな」

 

 飛びかかってくるジャッカル男共と俺の間に氷壁を作り、すぐさまホルスターからグロックを抜く。大質量の黒い砂がぶつかった事ですぐに氷壁は砕け散ったが、セレクターをフルオートに切り替える時間はたっぷりともらった。

 トリガーを引かれ、グロックから発砲された9mm弾は絶え間なくジャッカル男達をぶち抜いていき​───

 

「朝陽後ろだ! 」

 

 キンジの声に弾かれたように後ろを振り返ると、一匹のジャッカル男が、その手に持つ斧を頭上に上げ​──一気に振り下ろしてきた。

 

「くっ!? 」

 

 咄嗟にバックステップしたことで間一髪の所で避けられたが、ジャッカル男は俺がそれを避けることが分かっていたのか、その隙を突くように鋭い蹴りを繰り出してくる。

 

「うぐッ! 」

 

 車が衝突してきたような衝撃が俺の脇腹を襲いかかり、受け身も出来ぬまま壁へと叩きつけられた。視界がボヤけ吐き気がするが、気力で何とか持ちこたえる。

 小刻みに震える両足に活を入れ、再びジャッカル男に視線を戻すと、俺が吹き飛んだ際に手から離してしまったグロックを斧で​───真っ二つに叩き割っていた。

 

「野郎・・・・・グロックだって高いんだぞ」

 

 俺は雪月花の柄に手をかける。

 ジャッカル男にグロックを叩き割った事を後悔させようと足を踏み出そうとしたが​───直後に鳴り響いた狙撃銃の銃声とジャッカル男が崩れ落ちていくのを見て足に込めていた力を抜いた。このカジノで狙撃銃を持っている仲間は一人しかいない。

 

「ありがとうレキ」

 

 レキはコクっと頷いた。最後に一体だけポツンとホール内に残ったジャッカル男は、

 

「ォォォォォオ! 」

 

 カジノ全体に響き渡る遠吠えと共に、窓をぶち破って屋外へ逃げていくと同時にちょうどアリアが帰ってきた。アリアは破られた窓を見るとガバメントをホルスターから抜き、マガジンを再装填し始める。

 

「もう! せっかく白雪も客も避難させたのに! ゴレムも逃げたんじゃマズイわよ! 」

 

 アリアの言葉にキンジは首を傾げながら尋ねた。

 

「ゴレム? この砂人間どものことか? 」

 

「あんた分かんないで戦ってたの!? このドベ! 小学生からやり直してきなさい! 」

 

 アリアよ。それは酷いぞ。小学生でゴレムを知っているやつは地球上にいるわけないだろ。

 

「超能力で動く操り人形よ。リモコン操作のモンスターって言えば分かる? 」

 

「ああ。理解した」

 

「あら、今日は素直なのね。それじゃ​──」

 

 キンジに歩み寄ったアリアは余裕ありげに笑い、キンジの脇腹を肘で小突いた。キンジはため息をつきながらベレッタのスライドをコッキングする。

 

「​──やりますか」

 

 カッコいいセリフでキンジ達は一階へと向かった。確か海に繋がるプールに水上バイクがあるから・・・・・それでジャッカル男を追うつもりか。レキは窓からジャッカル男が逃げた方向をずっと見つめている。俺も見てみたが・・・・・ジャッカル男が水面を忍者のように素早く走っていること以外おかしな所は見当たらない。

 

「何を見てるんだ? 」

 

「風が私に警告しています。このままではキンジさんが危ない」

 

 そう言うとレキは窓枠にドラグノフを固定し、片膝をついて石像のように固まってしまった。レキのこの集中状態は何を聞いても返事してくれないだろう。キンジが危ないってことも水上バイクがなく、助ける手段が一つもない俺にはお役御免というわけだ。

 

「そうか。じゃあ俺は白雪を運んでくる」

 

 レキにそう言い残し俺は白雪がいるフロアに向かった。そういえばどこのフロアに白雪を避難させたのかアリアに聞いてなかったな・・・・・

 

「白雪ー? 起きてたら返事してくれー」

 

 大声で白雪を呼ぶ​───だがその声に応じる白雪の声は聞こえなかった。これは自力で探さないとダメか。

 俺は各フロアを走り回る。アリアが白雪を運んでから短時間で戻ってきたからあまり遠くにはいないと思うが・・・・・アリアは男の俺より力があるからな。

 カジノ・ホールから一番遠いフロアに避難させることはアイツにとって朝飯前のことだ。

 

 それから各フロアをまわり、カジノ・ホールから一番遠いフロア​──休憩所のような場所に着くと、白雪は入口から見えにくい位置にあるイスにぐったりと座らされていた。俺はすぐにそばに駆け寄り、その柔らかそうな頬を軽めに叩く。

 

「白雪さーん。起きてますかー? 」

 

 返事はない。でも呼吸はしてるから多分気絶させられたのだろう。ここで待っていても当分起きそうにないな。白雪の両腕を俺の胸の位置まで移動させ、両膝を抱えた。所謂おんぶだ。この体勢は白雪の双丘が背中にモロに当たる。俺の中の煩悩が働くのを素数を数える事によって阻止しながら、ゆっくりとレキのいるカジノ・ホールへ戻る。白雪も目立った外傷はないから、起きた時にお嫁に行けないって騒ぐこともないだろう。

 

 カジノ・ホールの入口に到着すると、レキがドラグノフを抱えたまま立っていた。そして近づいてくる俺を見るや否や、俺に走り寄って来た。そしていつもの無表情でとんでもない事を口にし始める。

 

「アリアさんが狙撃されました。キンジさんは敵と思わしき人物と戦闘後、突然倒れました。気を失ったと推測されます」

 

「​狙撃!? アリアは無事か? キンジは? 」

 

「アリアさんは何者かに連れ去られて行きました。キンジさんは敵と思わしき人物が水上バイクで今コチラに送ってくれています。戦闘になった場合、私だけでは不利ですので朝陽さんも一緒に来てください」

 

「​・・・・・分かった」

 

 俺とレキは一階の海と繋がっているプールを左右から挟み込むようにして陣取り、白雪はカウンターの裏にバレないように隠した。レキはもう弾は残っていないのか、狙撃銃の長い銃身に銃剣を装着させ、槍として使うつもりらしい。そうしているうちに、水上バイクのエンジン音がどんどん大きく聞こえ始めた。俺は海への出入口から死角になっている場所に氷槍(ジャベリン)をセットする。いつ攻撃されても反撃出来るようにだ。

 

「朝陽さん。私が殺されたら​​迷わず撤退してください」

 

「アホか。武偵憲章一条、仲間を信じ仲間を助けよ。見捨てるわけにはいかないな」

 

 そして​​、水上バイクがプールに入ってきたと同時に

 氷槍(ジャベリン)を射出しようとしたが​──水上バイクの運転席に座っている人物が手をかざし、『やめろ』というポーズをとった。

 

「レキ! 攻撃するな! 」

 

 今にも飛びかかろうとしていたレキに指示をだすと、運転席から俺をじっと見ている人物がにっこりと微笑んだ。その人は俳優やタレントが裸足で逃げ出すほどの美形だ。そして​──俺が知り合いでそんな人は一人しか知らない。

 

「キンイチさん。俺はもう霊感はないはずなんだけど」

 

「俺は幽霊じゃない。元気にしてたか? 」

 

「毎日が不幸の連続ですけど、楽しい日々ですよ」

 

 去年の海難事故に巻き込まれて死んだはずの遠山キンイチさんが、今、目の前にいる。キンイチさんは後部座席で気を失っているキンジ​をお姫様抱っこで持ち上げ​ると​───あろうことか俺に放り投げてきた!

 

「キンイチさん! 重いですって! 」

 

「キンジを頼むぞ。俺は・・・・・もう戻ってやらねばならぬことがあるからな」

 

「キンイチさん・・・・・今はカナさんじゃないんですね」

 

 カナという名前を聞くと、キンイチさんはその端正な顔を一瞬で真っ赤に染め上げた。遠山の一族であるキンイチさんは当然ヒステリアモードになることが出来る。キンジの場合は性的興奮でなるが、キンイチさんの場合は女装することだ。女装すると男でも女でも振り向く絶世の美女になり​​──女装したキンイチさんがカナさん、ということだ。だがキンイチさんは女装してヒステリアモードになる事は黒歴史レベルで恥ずかしいことらしく、『カナ』という名前を聞くだけで顔が真っ赤になるのだ。

 

「・・・・・朝陽! 覚えておけよ! 」

 

 怒りと恥ずかしさで肩を震わせつつ水上バイクをUターンさせ、大きい水飛沫をあげながらプールから出ていってしまった。キンイチさんの乗った水上バイクが豆つぶほどの大きさに見えるまでずっと、その背中を見続けていると・・・・・いつの間にか横にいたレキが、袖を引っ張ってきた。

 

「間もなく警察と車輌科が来ます。白雪さんとキンジさんを運びましょう」

 

「そう・・・・・だな。しかしこの右手の黒い砂とアリアはどうするか」

 

 白雪とキンジを『ピラミディオン台場』の入口に運び、車輌科が来るまでの間、俺は右手に張り付いている黒い砂をじっと見続け、この呪いを解く方法とアリアの救出作戦を頭の中で模索し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消毒液のにおいがほんのりと漂う武偵校の保健室。

 キンジは車輌科の休憩室で武藤に、第二保健室で俺はベッドでまだ気を失っている白雪の隣のパイプ椅子に座り看病している。看病といってもただ横に座っているだけだ。衛生科Eランクの俺に適切な治療は出来ない。俺に出来ることは、心臓が止まっている仲間の胸に『Razzo(ラッツォ)』​──気付け薬と鎮痛剤を兼ねた復活薬​──をぶっ刺すことくらい。

 

(それにしても・・・・・白雪ってホント美人だな)

 

 大和撫子という言葉が良く似合う。つやつやの黒髪で、目つきはおっとりと優しげ、まつ毛も長い。こんな美人さんがキンジに毎日のようにアタックしているのだ。

 だが・・・・・アイツのスキルである鈍感が発動して、そのアタックはことごとく失敗している。白雪の為にもうちょっと分かりやすいアプローチでもないかとそのキレイな顔を見ながら考えていると、

 

「キンちゃん! 」

 

 突如、気を失っていたはずの白雪の目が、カッ! と開かれ、そばにいた俺にいきなり抱きついてきた。

 

(痛い苦しい! 首がしまる! )

 

「しら・・・・・ゆき! 俺はキン・・・・・ジじゃ」

 

「​​─​─ッ!? ごめんなさい! 」

 

 人違いだと気づいた白雪によって俺の両肩が強く押され、パイプ椅子ごと俺は後ろに倒れてしまい・・・・・後頭部を強く床に打ちつけてしまった。

 

 痛みで反射的に目を瞑ってしまい、次に目を開け見た光景は、カビ一つ生えていない清潔感のある白い天井​──ではなく、ピンク色の布に可愛い苺のドット絵が幾つも描かれているパンツ。そこから細く柔らかそうな両足が俺の頭の両脇まで伸びている。

 

「変態・・・・・死ね! 」

 

 怒声と共に俺の腹に三発の銃弾が飛んできた。

 ​──バスバスバスッ! とバットで殴られたような痛みに腹を抱える。何だよ! 何で撃たれなきゃいけないんだよ!

  俺は涙目になりながらもその人物を見ると、耳まで真っ赤に染め上げたナース姿の理子​​​​​​──何故か右目に眼帯をつけている​──が二丁拳銃を俺に向けていた。

 

「ま、待て! 不可抗力だ! 」

 

「何が不可抗力だって? 」

 

「わ、私が朝陽君を押したからです! 」

 

「そうだ! 白雪も言ってるだろう! 」

 

 それでも理子はパンツを見たことに怒りが収まらないらしい。というか​──

 

「別にいいだろパンツくらい! 俺はあんな柄で興奮しないし、パンモロなんて興味ない! 」

 

「その発言も問題あるよ! 」

 

「本当の正義はッ! パン​チラに───」

 

「ふざけるなあ! 」

 

 理子は俺の頭をグリップで思いっ切り叩いてきた。

 頭蓋骨が割れるような痛みに転げ回りながら、もう一度追撃が加えられないように両手で頭を抱える。

 そんなに俺をいじめて楽しいか!? 楽しくないなら止めてください。楽しくても止めてください。

 

「朝陽君! その右手どうしたの!? 」

 

 頭を抱えている右手を見たのか、白雪は血相を変えて俺の傍までにじり寄ってきた。白雪はその白く小さい手で、未だに黒い砂が張り付いている俺の右手を包み込むようにして握ると・・・・・微かに俺の右手が青く光った。

 

「痛ッ!? 痛い痛い! 白雪様止めてくださいお願いします! 何でもしますから! 」

 

「じゃあ我慢してて! 」

 

「ええ!? 」

 

 右手全体を一気に針で刺されたような痛みが襲ってくる。青い光は直視できないほどにまで強く光ると・・・・・途端にその光は霧のように消えてしまった。白雪はそれを見るとホッとため息をつき、俺の手を握ったまま真正面から見つめてきた。

 

「あのジャッカル男の()()に触った・・・・・よね? 」

 

「中身というか、アイツの腹に拳を叩き込んだらそうなった」

 

「あれの中身に触れると、その人は呪われるの。不幸になる呪い」

 

「不幸になるだけ? それだけなら別に問題なしだな」

 

 白雪は片手を口にあて驚いた表情を見せた。だって俺この世界で一番不幸ですし。不幸値カンストしてますから。カンストしてるものにいくら積んでも変わらないからオーケーだ。

 

「でも、まだ呪いは完全に解けてないの。呪いの解除は張本人に解除してもらうしか方法がないから・・・・・」

 

 白雪は俺の右手から手を離した。確かに、まだ俺の右手には砂が張り付いているが、その砂の色は灰色だった。さっきまでは黒だったから白雪が治療してくれたおかげだな。

 その時、第二保健室の扉が慌ただしく開いた。

 

「白雪さん! キンジさんが目覚めましたよ! 」

 

 車輌科の一年が額に汗を浮かべながら保健室に響き渡る声で言った。白雪はその事を聞くと、ウサギもビックリするような垂直跳びをその場で披露し、

 

「キンちゃん様! 今行きます! 」

 

 と言い残し、保健室から脱兎のごとく車輌科へと駆け出した。車輌科の一年は保健室の扉を乱暴に閉め、そんな白雪を追いかけるようにして走り去ってしまった。

 まだ呪いの事で聞きたいことがあったんだけど・・・・・

 

「ダーリン? その呪いは解除しないと、死んじゃうよ? 」

 

「何を言ってるんだハニー。俺の不幸は今に始まったことじゃないだろ? 」

 

「そうじゃなくて・・・・・その呪いは怪我や病気になる確率が格段に上がるの。理子の右目もそれでやられた。ジャンヌも呪いにかかって足を折ったよ」

 

「・・・・・ジャンヌが骨折で理子は​───眼疾か? 」

 

 理子は、そうだよ、と首を縦に振って答えた。ジャンヌや理子で重い怪我をしているってことは・・・・・俺の場合は事故死になる可能性が高いな。短い期間で俺を殺すとしたらそれしか考えられないし。

 ​

「はあ。まだやりたい事いっぱいあるし、死ぬわけにはいかないな」

 

「ダーリン・・・・・行くの? 」

 

「もちろん。白雪なら今どこにその呪いの主を知ってるだろ。アリアも取り返さなきゃいけないからな」

 

 まだ少し痛む頭をさすりながら立ち上がり、浮かない顔で俺を見つめている理子の横を通り扉に手をかけた。

 

「無事に戻ってきてよね。その呪いの主は、イ・ウーのナンバー2の実力の持ち主だから」

 

「予想はしてたけど、またイ・ウーですか・・・・・本当にあの推理オタクは部下の指揮もマトモにとれないのか? まったく​・・・・・まあいつも通り、やってくるよ」

 

 俺は少し前にこの保健室に来た車輌科の一年に負けないくらいの強さで扉を開け、前に一歩踏み出したが​───

 

 

 

 

「貴方の行くべき場所はイ・ウーではありません。私と一緒に来てください。拒否権はありません」

 

 まるで機械が台本を読んでいるような言い方とドラグノフに装着した銃剣が俺に突き出された。

 

「これは・・・・・どういうことだ? レキ」

 

 保健室の扉を出てすぐ横にレキがいる。ガラス細工のような瞳で俺を睨み、少しでも動くと刺すと言わんばかりに首元に銃剣を当ててきた。こうなったらもう動けない。だが、レキは武偵だ。武偵は人を​──

 

「私は人を殺せます。私は一発の銃弾、この身がどうなろうと私は構いません」

 

 ​​──俺の思っていることが筒抜けだったな。仮に超能力を発動しても、その瞬間にレキはドラグノフを前に突き出す。首元を刺されたらどう足掻いてもオワリだ。

 

「何が望みだ? 」

 

「『風』が貴方を呼んでいる。私は貴方を『風』の元まで案内しなければならない。たとえ貴方がここで死んでも私は貴方の死体をもって、『風』の元まで行きます」

 

 レキの目はこれまで見た以上に真剣なものとなっていた。風、つまりは璃璃神のことか。璃璃神が俺に用があるってことは瑠瑠神関係だ。神弾でまだ瑠瑠神を抑えてるってのに何の用だ?

 

「分かった分かった! ついて行くから、もう銃剣は下げてくれ。地味に刺さって痛いんだよ」

 

「分かりました。では、ついてきてください」

 

 イ・ウーに行くと張り切っていたのに恥ずかしいじゃないか! いつもタイミングが悪い。少しはカッコつけさせてくれてもいいだろ!

 俺がレキの後についていこうとすると、それまで黙っていた理子が不意にレキに声をかけた。

 

「レキュ! 理子も・・・・・いい? 」

 

「・・・・・分かりました。ですが、里のルールは破らないでください」

 

 理子は嬉しかったのか俺に見えないように小さくガッツポーズをした。いやバレバレですけれども。しかも何で喜んでるの? レキも、瑠瑠神と璃璃神って結構秘密事項だと思うんだけど、普通だったら連れていかないだろ。レキは​──いや、璃璃神は何を考えてるんだ?

 

「危ないからお前はついてくるな」

 

「いつも危ない目にあって心配かけさせているのは誰? 」

 

 理子の挑戦的な笑みに腹が立ったが、その事については何も言えない。

 レキは理子の喜んでいる姿を一瞥すると、俺の袖を引っ張りながらまた歩き出した。俺に逃げられないようにする為なのか知らないけど、ちょこっと摘んでいる感じが少し可愛い。​そうやって歩いていると、腰のホルスターがいつもより軽く感じられた。グロックは・・・・・そういえば! 破壊されたんだった!

 

「レキ、ジャッカル男との一戦で銃が破壊されて、今自分の銃がない。文の所に寄らせてもらっていいか? 」

 

「分かりました」

 

 淡々とした口調で答えると、装備科棟へ歩き出した。袖を摘まれてるからレキの後ろについて歩くように見えるけど・・・・・某RPGを連想させられるな。すると、突然レキに摘まれている袖とは反対方向の袖をギュッと握られた。見なくとも分かる。理子だ。

 

「理子さんよ。歩きづらいんだが? 」

 

「黙って歩く! 」

 

 ここで理子に逆らったら尻に蹴りではなく銃弾が飛んできそうなので素直に従うことにした。いつからこんなツンとデレが激しいハニーになったのだと真剣に考えながら進んでいると・・・・・急にレキが止まった。

 

「着きましたよ」

 

「え・・・・・ああ! 」

 

 いつの間にか文の部屋の目の前に来ていたらしい。

 この前、文の工場に訪ねた時はノックの音が聞こえてなかったし、今回は少し強めに叩くか。

 

 ​───コンコン!

 だが、返事が返ってこない。また何かヘッドホンで聞きながら調べ物でもしてるのか?

 レキと理子を工場の外で待たせ、俺は装備科特有の重いドアを開けると​──椅子に前かがみになりながらも座っている文がいた。頭にヘッドホンをつけて何か読んでいるらしい。

 

「文ー? 」

 

 すると文は、ギャアアアアという悲鳴をあげながら前に倒れ込んだ。パソコンがある机の下に潜り込むような、見事なダイビングヘッド。

 そして手に持っている薄っぺらい雑誌のようなものを机の一番下の棚へ押し込むと、その棚を守るようにして座り込んだ。文の顔は沸騰したように真っ赤になっている。そんなに見られたくないものだったか?

 

「文? あの薄っぺらい雑誌は​──」

 

「薄い本じゃないのだ!! 」

 

「・・・・・そうか。分かった」

 

 全力で否定された。薄い本って聞くと()()()()()にしか聞こえない俺を許してくれ。でも文のことだ、そういう本じゃなくて、子供向けの絵本でも見てたのだろう。一般的な絵本はページ数も少ないのだから、薄っぺらいに決まっている。雑誌に見えたのはページがめくれたから。真っ赤になって隠したのは高校生にもなって絵本を読んでいるのを見つかりたくなかったからに違いない。別に高校生だって読む人は読むし馬鹿にしないが・・・・・

 

「それで! 今日は何のようなのだ!? 」

 

「えっと・・・・・グロック壊しちゃって。今すぐ任務に行きたいから代わりの銃がないかなって探しに来たんだよ」

 

「あれを壊したのだ!? ・・・・・もう、分かったのだ」

 

 そういって机の下から二番目の引き出しを開けた。中から出てきたのは・・・・・ベレッタM93Rだった。そんな物騒な拳銃を引き出しに閉まっておいて大丈夫か?

 

「はいなのだ! 」

 

 と、机の一番下の棚にへばりついて手を伸ばした。顔は真っ赤なままだ。絵本のことは誰にも言わないから安心していいよ文さん・・・・・

 俺は文の一歩手前まで歩き、M93Rをその小さい手から受け取った。文は俺にM93Rを渡すや否や、俺をグイグイと部屋の出口まで押し始めた。

 

「な、何してるの? 」

 

「さあさあ! もう用は済んだから帰るのだ! 」

 

 文に押され部屋の外に出ると、その小さく非力な体から想像出来ないほどのスピードでドアを閉めようとした。俺は文にお礼を言っていなかった事を思い出し、閉まる直前でつま先を引っ掛ける。

 

「文! いつもありがとな! お礼は​──」

 

「い、いらないのだ! 」

 

「そうしたら俺の気が済まないから・・・・・そうだ! 任務が終わって帰ってきたらあの本の読み聞かせしてあげるから! 」

 

 文はあの本という言葉に反応し、ビクッと身体を震わせた。今ではもう顔どころか首まで真っ赤になっている。

 

「あ、あの本って? 」

 

「文が俺達が来るまで読んでた本だけど」

 

 文はもう噴火寸前の活火山のような状態だ。これ以上いたら泣くかもしれん。俺はつま先を引っ込めると、文は下を俯き​──何か小さな声で喋りかけてきた。

 

「​──とって​─​─」

 

「なに? 」

 

 文の口元まで耳をもってくると、消え入りそうな声でこう言った。

 

「責任・・・・・とってなのだ」

 

 それだけ言うと、バタンとドアが閉まった。責任? 絵本を読むのに責任なんているのか? ・・・・・ああ。約束は守れってことだな。

 

「待たせて悪いな。行こうか」

 

 レキはコクっと頷くと、また俺の袖を引っ張りながら歩いていく。それにしても誰か忘れているような・・・・・

 

「ギャアアアアアなのだ! 」

 

 外の廊下にも聞こえるくらいの悲鳴が聞こえ​──文の部屋から満面の笑みを浮かべている理子が飛び出してきた。

 

「くふっ! あややっていつからエ​─​─ 」

 

「わああああああ!! 」

 

 文は涙目で必死になって理子の口を塞ごうと跳ねていた。かわいそうだな・・・・・

 

「理子? 冷やかすのはそこまでにしておけ」

 

「うー! ラジャー! 」

 

 足を揃え見事な敬礼をすると、小走りでまた俺の袖を掴んできた。

 

「理子ちゃん! このことは内緒なのだ! 」

 

「わかってるよー! 」

 

 上機嫌そうに口笛まで吹き始めた。さては、俺に文が気をとられている隙にこっそり中に侵入してたか。

 そこで文が必死に隠していた()()を見つけて・・・・・という具合だな。上機嫌そうなのは絵本を読む友達が増えたからだな。理子も演技なのかどうか知らんが、授業の休み時間に偶に読んでるし。

 

「絵本友達出来てよかったじゃないか」

 

「絵本? ・・・・・あー、あれは確かに()()だね」

 

 理子は何か含みを持たせた言い方をすると、妖しく笑い始めた。​・・・・・不安しかないのだが。

 

 

 その後、俺はキンジに事情を話し、俺の右手にかかっている呪いの解除とアリアのことを任せた

 そして、俺たちは璃璃神がいる場所へ向かった。

 

 

 

 

 ​──ウルス族の元へと。

 

 

 

 

 




薄い本・・・・・


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第24話 吹雪

前回 レキに脅されてウルス族の所へ行く事になりました


 ​

  今、日本は夏という暑い時期に入っている。夏はとにかく暑い。熱中症には特に気をつけなければならない季節だ。だが──世界のどこかにあるウルス族とやらがある場所に向かう道中は熱中症どころか、全身性低体温症にならないか心配になるほど寒い。太陽さんが顔を出してくれればこの寒さも少しは和らぐのだが、生憎の猛吹雪。太陽も分厚い雲には勝てないのだ。

 

 俺と理子は重ね着して上から毛皮コートを着てギリギリ耐えられる寒さだが、レキはコート一枚だけ。武偵校の防弾制服だけではとっくに力尽きて氷像になってた俺と理子とは大違いだな。

 

 ──そんな事を思っていると、急に理子が袖を引っ張ってきた。

 

「ダーリン上着貸して」

 

「万年冷え性の俺に何言ってる? 」

 

「氷系の超能力のくせに」

 

「あれは水で創るのと無から創り出すのとでは違うんだよ。絶対貸さないからな」

 

 俺は理子に盗られないように毛皮コートを羽織り直す。すると理子はリスのように頬をプクッと膨らませ、俺の毛皮コートのポケットの中に手を突っ込んできた。

 理子の冷たい手が俺の手に当たりポケットから自分の手を引き抜こうとしたが、理子の冷たい手がそれを阻止してくる。今、俺と理子はポケットの中で手を握りあっている状態で・・・・・不覚にもドキッとしてしまった。

 

「・・・・・じゃあ代わりに手握って」

 

 な、理子が久しぶりにデレた気がするぞ。こうしてデレてくれれば、どれだけ冷たくても握ってあげるのに!

 

「まあ、それくらいだったらいいぞ。目隠しさせられたまま飛行機に詰め込まれて、どこだか分からない雪国に着いたんだからな。人肌でも恋しくなったか? 」

 

「まあ・・・・・でも何でレキュは目隠しさせたのかな」

 

「知られたくなかったんじゃないか? 璃璃色金の場所を」

 

 レキは今まで歩いていた一般道路から針葉樹林が周りに生い茂っている小道へと進路を変えた。俺たちもレキに続き、その小道へ足を踏み入れる。進めば進むほど積み重なった雪に靴が何度も埋まり、その度に雪が靴の中に入り込んだ。雪が靴の中で溶けていく感触は気持ち悪く​──それは後ろを歩いている理子も同じことを思っているのか、顔をしかめている。しかも溶けた氷が足の感覚を麻痺させていくから余計にタチ悪い。

 

「レキ! あとどのくらいで着きそうだ? 」

 

「あと二十分ほど歩いてもらいます。お二人共、頑張ってください」

 

 いつもの無表情で淡々と告げてくる様子は、完全に場馴れしているものだった。もしかしたらレキの故郷はこんな雪国なのかもしれない。今から行くウルス族ってのがレキの故郷・・・・・可能性はありそうだな。ここまで一回も道を間違えることはなかったから、後で聞いてみるか。そう思っていると、ポケットの中の理子の手がより一層俺の手を握る力を強くしてきた。

 

「ダーリン・・・・・手、寒くない? 」

 

「あ? 理子のおかげで暖かいよ」

 

「そか。よかった」

 

 それから何度か、理子は俺を心配するように話しかけてくる。

 

『頭痛いとかある? 』

 

『まだ歩けそう? 』

 

 などなど。だが理子の声は、いつもの元気な理子からは想像出来ないほど小さく、弱々しいものばかりだった。この寒さと雪の冷たさに理子も堪えているのだろう。歩くスピードも小道に入る前より若干遅くなっている気がする。小道を吹き抜ける氷のように冷たい風が、唯一露出している顔の肌に突き刺さる。理子がこの風に当たらないように盾役として前にいるが、今にも冷凍保存されそうだ。全身が鉛のように重い・・・・・

 

 

 

 

 それからしばらく靴に入り込んだ雪と寒さと格闘しながら歩いていると、握られている手に引っ張られる感覚と同時にドサッと雪の中に倒れる音がした。

 

「​──ッ!? 大丈夫か理子! 」

 

 後ろを振り返ると理子が膝をついて荒い息を繰り返していた。顔色も青く、理子の肩に触れると、衣服の上からでもわかるほど震えている。これは​──軽度の低体温症か! くそッ、何で気づかなかった俺! レキの故郷のことなんか考えてる余裕があったらなぜ理子を見ていなかった! このままこの寒さに身体を曝していたら死ぬ!

 

「大丈夫・・・・・まだ歩ける​──」

 

「​そんなわけないだろ! ほら、おんぶしてやるから早く乗れ! 」

 

 それでも渋っている理子の腕を無理やり首に回すと、理子の両足を持って勢いよく持ち上げた。一刻も早く理子の足を暖めなければ凍傷になる!

 

「レキ! ペースあげるからもうちょっと早く案内を頼む」

 

 レキはコクっと首を縦に振り了解の意を示すと、理子を背負った俺がギリギリついてこれる速度で走り始めた。俺は雪に足を取られながらも必死にレキについていく。理子を背負ったことで、俺の身体から一気に体力が抜けていくのがわかる。だけど​──今は理子の方が危険な状態だ。それに、雪に足を滑らせて理子ごと倒れたらもう理子を背負って起き上がる力は無い。

 

 それからだんだんと抜けていく体力と足の震えに歯を食いしばりながら走り続けた。この吹雪の中、レキを見失ったら二人ともここで死ぬ事になる。もちろん、理子を俺もこんな所で死ぬわけにはいかない!

 

「もうちょっとだから頑張れ! 」

 

 理子からの返事はなく、荒く少し暖かい息が首元に当たるだけだ。それでも励ましの言葉をかけ続けながら懸命に足を動かす。だが少しずつ険しくなっていく小道と叩きつけてくる吹雪に俺も徐々に意識が朦朧とし始め​───少し先にいるレキが俺に向かって大きく手をあげたのを確認し、最後の力を振り絞る。

 

「ガアァァ! ラストスパート行くぞォ! 」

 

 俺は自分を大声で奮い立たせ、全身全霊を込めて走る。とうの昔に足の感覚は無くなっている。だがそれでも止まるわけにはいかない!

 

「うおぉぉぉぉ! 」

 

 走る。走る。走る。何度も雪に足をとられ転びそうになりながら、それでも理子を助けるために歯を食いしばって走る。それなのに、周りの景色が​・・・・・いや、全ての事がまるでスローモーションで流れているように見える。多分限界が近いのだろう。

 

「朝陽さん。頑張りましたね」

 

 スローモーションの世界の中、やっとの思いでレキの横まで走り抜けると、レキの声​──いや、いつもの無機質な声のレキとは違う人物の声が脳内に直接入り込んできた。その瞬間、全身から力が消えるようになくなっていき、全力疾走のまま前のめりに倒れてしまった。

 

 意識が暗転していく中、最後に見えたのはいくつもの山小屋風の家が点在している集落と、俺たちの所へ向かってくる女性達の姿で・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『​──​貴方の名前は何? 』

 

 身に覚えのない場所、目の前にはみすぼらしい格好の男と、ボロボロの布を巻いている格好の女が立っていた。

 

『​──え? なんでそんな事聞くのって? まあいいじゃん』

 

 その二人は傍にいる俺のことが見えていないように喋っている。男の顔は目元から上に黒い靄がかかっていてハッキリと見えないが、女の顔は普通に見える。パッチリと優しげに開かれた両目が特徴で、現代にいればモデル間違いなしだ。キンジの兄​・・・・・姉のカナさんとは違った魅力を持っている。

 

『​──そっか。素敵な名前だね。実は私、貴方に一目惚れしてしまったの』

 

 見覚えのない場所なのに、何故か懐かしく思える。でも絶対に現代ではない。もっと昔の時代の光景だ。

 

『​──え? 結婚しよう!? そんな早いって! もう! ・・・・・でもありがと。私の名前は​───よ』

 

 女は頬を朱色に染めると少し微笑んだ。

 そして男の手を優しく握り、どこか身に覚えのある声色とハイライトの消えた目でこう言った。

 

 

 

『​──ずっと一緒に、いようね。約束だから』

 

 その男は恥ずかしさのあまりその女の事を見れていなかった。女が不気味に口を歪ませているのを・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼻腔をくすぐるような甘い香りがする。それと同時に、二つの柔らかい何かが顔に押し付けられているのが感覚的にわかった。目を開けても暗くてそれが何か分からないが、取り敢えずテンプレ通りに言っておこう。

 

「知らない天井だ」

 

「ひゃぅ! 」

 

 ・・・・・なんだ今の声。

 

「そんな所で声出さないで! 」

 

 両肩を強く掴まれると、その天井から引き離された。その天井は理子の顔をしていて​───

 

「って理子かよ!? 」

 

「私は天井じゃないから! 」

 

 そう言うと、理子はジト目で唸りながら睨んできた。お前はケモノか? というか、サラッと俺の思考をよむなよ。お前は他人の思考をよめる超能力にでも目覚めたか? ​───待て。目の前に理子がいるってことはさっき俺の顔に押し付けられていたのは・・・・・

 

「おっぱ​──」

 

「死ね! 」

 

「タコス! 」

 

 見事に顔面を殴られた。向き合っていた理子と距離が近かったから鼻は折れなかったけどな!

 

「柔らかくて暖かくて良かったぞ! 」

 

「・・・・・一回逝っとく? 」

 

「凍え死にそうになったから。もう充分」

 

「そう。なら少し離れて」

 

 理子は自身の細い腕で俺をグイグイと押し始めた。

 それもそのはず。周りをよく見ると、部屋の隅に俺たちが寝ているベッドはシングルベッドで、あとは暖炉、木の椅子とテーブルがある。この部屋はあまり大きくなく、おまけに外が吹雪で中の電気がついてないから暗いのだ。理子は俺がベッドから落ちそうになるまで押すと、俺と視線が合わないように反対方向に向いてしまった。

 

「うーん。向き合えばそれっぽく見えるな。雰囲気も出てるし」

 

「い、意識しないで! この姿だと余計にそう見える! 」

 

「何を言って……」

 

 ふと自分の身体に視線を落とすとパンツ以外全て剥ぎ取られている。理子も、よく見ると着ているのは上下ハニーゴールドの下着だけだった。

 何で剥ぎ取られてるの? ──まさかとは思うが。

 

「理子さん? いくら劣情を催したからって流石にこれは引くわ」

 

「私がやったんじゃない! レキとこの村の人達がやってくれたの! 」

 

 理子は慌てた様子で再び俺と顔を合わせた。その頰は僅かに朱色に染まって・・・・・良い雰囲気になっているのも相まってか今まで以上に可愛く見えるぞ。

 

「じゃあ俺達のこの姿はお前のせいじゃないと? 」

 

「そう! 理子が起きた時にちょうどレキが来てて、

『毛布は一つしかないので二人仲良く使ってください』って言ったから! 仕方なく! こうして二人で一つのベッドに・・・・・」

 

 ありがたいな。非常にありがたいけど! 男女が暗い密室の中で一つのベッドにいるんだぞ!? レキはそこら辺の知識が無いだろうから当然の事をしたまでと思ってるだろうけど、他の部屋はなかったのかね。

 

「だったら俺が起きた時に、おっぱ​──胸に埋もれてたのはなんでだ? 」

 

「キョー君凄くうなされてたから。苦しそうに顔を歪めて。それで何か理子に出来ることないかなって思って! それで頭を撫でてたら自然とあの位置に来ただけ! 」

 

「うなされてた? 」

 

 そういえば変な夢を見たな。古臭い衣服を着た男と女がいて・・・・・何を喋っていたのかは思い出せない。

 ​───あの言葉以外は。

 

『ずっと一緒に、いようね。約束だから』

 

 忘れもしないあの声音は​瑠瑠神と同じだ。永遠を誓う愛の裏に隠しきれないほどの束縛が垣間見えるあの目も、あの口の歪み方も全て。

 

「キョー君? 怖い夢だったの? 肩、震えてるよ」

 

「・・・・・少しな」

 

「まさか​瑠瑠神のこと? 」

 

「違うと思う・・・・・あの女の顔は瑠瑠神とは全くの別人だ。だけど喋っている言葉も、ハイライトが消えた目も同じだった。今は神弾で瑠瑠神を抑えてるからまだ影響は出ないはず​──ただの悪夢だな」

 

 ため息混じりに言うと、理子は優しく俺の手首を握ってきた。俺と理子の間には毛布が少し垂れており、その綺麗な身体を隠す役割をしている。だが理子は、毛布さんの仕事を奪うように力強くで引っ張ってきた。

 ま、その腕力で俺をどうにか出来るとでも​───

 

「今、理子ごときの腕力で俺を引っ張ることは不可能だって思ったでしょ 」

 

 ​───身体中から力が抜けているのか、一切抵抗する事が出来ず、理子の顔の目の前まで引っ張られてしまった。

 

「キョー君は理子を背負って雪道を駆けたから、その時の疲れだよ。理子の為に冷たい風が当たらないように盾になってたのも知ってるんだよ? 」

 

「・・・・・バレてたか」

 

「うん。キョー君にはいつも助けてもらってばかりだよね」

 

 理子は巧みな足さばきで俺の身体をベッドの中央​──理子のすぐ側まで持ってくると、妖しげな動きで両足を絡ませてきた。

 その妖しい動きに煩悩が働き始めたが・・・・・理子の潤んだ瞳を見て、すぐに活動を停止させた。

 

「理子? 」

 

「ありがとう。本当にありがとうね。いつも命懸けで任務をこなして、何度も命を落としかけて、神様にも命を狙われてる」

 

 理子は俺を見据えると、何かを決意したように話し始めた。

 

「神弾で抑えてる瑠瑠神がいつまたキョー君を襲うのかも分からない。無限に続く不安に毎日晒されているのに、キョー君はその現実から逃げるどころか立ち向かってる。理子だったらもうとっくに耐えきれずに壊れちゃうかもしれない」

 

「壊れるってそんな大袈裟な」

 

「大袈裟じゃないよ。キョー君はいつも仲間のことを思って行動してる。自分のことを犠牲にしてまで助けてくれる」

 

「​俺はそんな強い人間じゃ・・・・・」

 

 理子は俺の口に手を当ててきた。これ以上喋らせないつもりらしい。

 

「理子はキョー君の恋人だよ? 偽物って言われたらそこまでだけど、それでも恋人同士。キョー君あの日に理子に言ったよね? 『互いに迷惑をかけてこそ恋人同士』だって。あの日あの時、キョー君の言葉にどれだけ助けられたか分かる? 」

 

 あの日​──俺の前から消えた方がいいと言っている理子を引き止めた日のことだろう。

 理子は天使のような笑みを向けると、俺の頭を包み込むようにして腕をまわした。

 

「支えきれなくなったら理子も​──私も一緒に支えるから。瑠瑠神に苦しめられて、どうしても辛い時は私も一緒にその苦しみを背負う。もし、私が足でまといになったら遠慮なく捨てて。その覚悟はできてる」

 

「そんな・・・・・どうしてそこまで言えるんだ? 」

 

「私もブラドにずっと苦しめられてた。絶えることのない恐怖にずっと怯えてた。でも、キョー君がその恐怖から助けてくれたでしょ? だからね。今度は私がキョー君の役に立ちたい。弱いなりにキョー君を助けるから」

 

 理子はまっすぐ俺を見つめてきた。ここまで言われたらもう何も言い返せない・・・・・

 まさか理子にこんな事を言われる日が来るなんて思ってもみなかったな。

 

「瑠瑠神を倒さない限り絶対に干渉される時が来る。それに耐えきれなくて壊れるかもしれない。諦めそうになったり、瑠瑠神に操られて理子を殺そうとするかもしれない。それでも理子は傍にいてくれるか? 」

 

「うん! なんたって理子はキョー君のハニーだからね! 」

 

 理子は俺に覆いかぶさるように抱きついてきた。

 色々と当たっていてこれはこれで幸せだな・・・・・下着姿の女の子に抱きつかれるなんて、もしかしたら今日が命日かもしれない。それにしても、こうやって抱きつかれていると何故だか分からんが心が温かくなる。凄い安心できるなこれ──

 

「​──お二人とも、もう話しかけていいでしょうか」

 

「「ふぁ!? 」」

 

 突然現れたレキが、いつの間にか俺たちを見下ろすようにベッドの横に立っていた。理子は驚きすぎて壁際まで転がり、頭を壁に強く打ち付け悶絶している。

 お前は幽霊か! と、頭の中でツッコミを入れ、レキに質問する。

 

「いつからいましたか? 」

 

「知らない天井あたりからいました」

 

「最初からじゃねえか! 」

 

 理子もなんで気づかないんだよ! 気づかなかった俺も悪いけどさ、お前は部屋を見渡せるだろ! いや待て、影が薄すぎて視認出来なかったとか・・・・・ありそうで怖いな。理子は恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤に染めている。

 

「レキュ! この事は内緒にしてください! 」

 

「ええ。いいですよ」

 

 快く承諾してくれたが、理子は毛布に包まって唸り声をあげながらバタバタと足を動かし始めた。そんなに恥ずかしいなら最初から言わなきゃいいのに・・・・・

 

「あ、運んでくれてありがとな。重かっただろ? 」

 

「いえ。村の皆が手伝ってくれたので重くはありませんでした。ただ・・・・・」

 

「ただ? 」

 

 レキは胸の前まで右手を持ってくると、首を少し傾げ、機械が台本を読み上げるような棒読みでとんでもない事を口にした。

 

「すごく、大きかったです。朝陽さん」

 

「それは俺自身のことだよな!? 息子じゃないよな!? 」

 

「それは置いて、ご飯持ってきました」

 

「結構重要だと思うんだけど!? 」

 

 レキはまだ湯気がたっているお粥をテーブルまで運んできた。この匂いから分かる。絶対に俺の作ったお粥より美味い。レキは部屋の扉の前まで歩くと、振り向きざまに口を開いた。

 

「邪魔してスミマセンでした」

 

「おおう・・・・・」

 

 レキが出ていくと、途端に恥ずかしさと気まずい気持ちが津波のように押し寄せてきた。理子はレキが出ていったにも関わらず、まだベッドの上でバタバタと足を動かしている。泳いでんのか?

 

「理子? 腹減ったし、ご飯食べようぜ? 」

 

 毛布をめくると、涙目になっている理子が俺を睨み付けた。そして自分が下着姿のを再確認したのか、キツく拳を握りしめた。

 

「ねえ? その拳は俺に向けないでね? さっきまで俺を支えるとか助けるだとか言ってたよな? だったら俺を殴らないで​───」

 

「うるさいこの変態! 」

 

 力が入らない状態で防げることはなく、見事に理子のアッパーカットが顎に炸裂し、天井近くまで打ち上げられた。

 

(ハニーがもっと優しくなりますように! )

 

 宙に打ち上げられた状態で俺に出来たことはそう祈ることくらいだった・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、右手の呪いが解けた俺と視力が完全回復した理子の体力が完全回復したので、村の人に感謝を伝えてから璃璃神のいる場所へまた歩き出した。数日前の吹雪が嘘のように今は晴れている。そう言っても、寒いのには変わりない。木々に降り積もった雪が俺の頭に数えるのも面倒になるほど落ちてくる光景を理子が苦笑いで見てくる。

 

「大変だね・・・・・」

 

「世界一不幸がこんなに大変だとは思わなかった」

 

 今更すぎと理子に言われると同時に先頭を歩いていたレキが急に止まった。何事かとレキが見ている方向を見ると​───直径が100メートルほどのキレイな半球形をしている湖が広がっていた。

 

「ここが目的地です」

 

 湖の周りに生えている木々も一寸の狂いもなく円形状に配置されている。完全な半球形の湖ならまだ有り得るが、生えている木々まで円形状に​──まるで揃えられたように綺麗に並んでいるのは不自然すぎる。璃璃神は相当の綺麗好きだな。

 

「で、どこにいるんだ? その璃璃神とやらは」

 

「ここにいます。初めまして」

 

 レキは振り向くと、蒼色の瞳を俺たちに向け、お辞儀をしてきた。圧倒的存在感が熱風のようにレキから放出され、思わず一歩下がってしまう。

 

「私は璃璃神。貴方を待っていました。早速ですが、殺し合いをしましょう」

 

 

 




蘭豹先生って、ブラックラグ○ンの大尉にしか思えん。
跪け! のあの人。


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第25話 レキに襲われました

前回 理子といい感じの雰囲気になったらレキがいました。綺麗な湖で璃璃神がレキに憑依しました。


 ​

  レキは蒼い光を灯している瞳をこちらに向け、殺し合いをしようと言ってきた。しかも・・・・・璃璃神とか言ったか?

 

「あの、レキさん? どういうことで・・・・・」

 

「今の私はレキではありません。璃璃神です」

 

 レキ──璃璃神は強く言い放つと、肩に下げているドラグノフに銃剣を着装させ始めた。

 ・・・・・いや待て。殺し合いはしたくないしやりたくもない。第一、神様が銃を扱えるなんて聞いたことないぞ。

 

「こう見えて私は銃の扱いに長けているんですよ? さて、始めましょうか」

 

「待て待て待て! なんで殺し合いなんてしなくちゃいけないんだ⁉︎ 」

 

「それは貴方達の実力があのバカ妹──瑠瑠神と対等に渡り合えるかどうか確かめるためです。貴方達がここに来る途中で吹雪に見舞われたのも、私が仕組んだことです」

 

 この世界の神様はなんで俺にばっか冷たいんだ。気候的な意味でも、態度的な意味でもだ!

 

「瑠瑠神でも神様だろ? お前は俺が神に勝てるとでも思ってるのか? 」

 

「いえ、まったく」

 

 即答かよ。いくら何でも酷い。でも、璃璃神が言ってることが矛盾しているような・・・・・瑠瑠神に勝てるかどうか確かめるためにこの理不尽な殺し合いをさせられそうになってるのに、俺が瑠瑠神に勝てる見込みは無いと言っている。頭でもおかしくなったんじゃないのか?

 

「貴方、心の中で思ってることが自分の死期を早めていることに気づかないのですか? 」

 

「お前も心よめるの⁉︎ なら俺の言いたい事、分かるだろ? あと銃口は俺じゃなくて理子にでも向けてくれ」

 

 理子はドスの利いた声で「おい」と言うと、脇腹を捻り上げるようにつねってきた。痛いです。

 

「ここで貴方が私に認めさせることができるならば、私は貴方に力を貸すわ。憑依という形でね」

 

「憑依って・・・・・瑠瑠神に勝てるほどの力はあるのか? 」

 

「今はないけど、あのバカが貴方を自分の世界に取り込むくらいの力を取り戻す辺り──二月頃には完全回復してるわ」

 

「ギリギリじゃねえか」

 

 もうあんな世界に取り込まれたくない。あの時受けた痛みも、血が抜けて死が迫ってくる恐怖も、まだ鮮明に覚えている。取り込まれる前に予兆みたいなものはないのか?

 

「予兆ねぇ・・・・・あるにはあるけど、それは私に勝つことができたら教えてあげます」

 

「どうしても・・・・・殺し合いは避けられないってわけか? 」

 

「そういう事になるわ。ルールは・・・・・そうね。これから貴方を合計五回襲う。もし貴方が一度でも私の攻撃を完全に無効化し、なおかつ反撃して私に負けを認めさせたら、貴方の勝ちということにしましょう」

 

「なんで五回なんだ? 」

 

「その時が来れば分かります。あと、理子さんは手助けしても構いませんよ。殺しもしません」

 

 璃璃神の言葉を聞いて少し安心した。ここでもし死ぬとしたら理子まで巻き込みたくないからな。

 

「あと一つ、超能力の使用は禁止です」

 

「はっ!? なんで? 」

 

「そんなものに頼っていたら瑠瑠神を倒すことなんて不可能。さあ、始めますよ」

 

 レキ(璃璃神)はそう言うと、新雪が降り積もっている地面にドラグノフを置き、ごそごそと腰の辺りに手を回して何かを探し始めた。何をやってるのか皆目見当がつかない。

 

「──ッ⁉︎ キョー君避けて! 」

 

 静かに璃璃神の話を聞いていた理子が突然大声をだした。俺はその声に反応し、咄嗟にからレキ(璃璃神)遠ざかるようバックステップをする──前に、レキ(璃璃神)は腰から何かを俺と理子の前に軽く投げてきた。

 

(──XM84(スタングレネード)!? まずいッ! )

 

 俺は今度こそバックステップをしながら、左腕で両目を庇い、右腕は腰に下げている雪月花の柄に手を伸ばす。理子はちゃっかり俺の後ろに素早く回り込んだ。

 

「一回目成功」

 

 璃璃神はそう呟くと、憑依元であるレキからは想像もつかない速さで俺に近寄り、いつの間にか手にしていたドラグノフを軽々と横に薙ぐ。だが俺のバックステップが功を奏したのか、ドラグノフに着装されている銃剣は右腕のカフスボタンを二つ破壊するだけだった。

 そして肝心のXM84(スタングレネード)は、眩い光と耳をつんざく爆音を放出することなく静かに地面の新雪に落下する。

 

「まさか・・・・・不発か? 」

 

()()()()()()()()()。中には何も入っていませんから」

 

 やられた。中身だけ抜いていたのか! 俺がそれに引っかかる事を予測して。わざと理子に気づかせることでさらに騙しやすくしたってことだな。

 俺を盾にしていた理子は、大きく舌打ちをすると俺の耳に顔を寄せてきた。

 

「理子が時間を稼ぐから、キョー君はその間に逃げて」

 

「はい? お前を置いて逃げるなんて出来るわけないだろ。アイツが殺さないって言ったのも嘘かもしれん」

 

「大丈夫。もしここで理子を殺したら憑依元のレキュが武偵三倍刑で死刑になる。璃璃神だってレキュほどの天才を失いたくはないでしょ。それに──キョー君の役に立てる絶好のシチュエーションだからね」

 

「なるほど・・・・・任せたぞ」

 

「うー! ラジャー! 」

 

 理子は俺の前に回り込むと、腰のホルスターから二丁のワルサーP99を取り出し、両腕を突き出すようにして構えた。その背中からは自らの使命を果たすという覚悟が滲み出ている。

 

「キョー君、今! 」

 

「おうよ! 」

 

 俺は理子に背中を預け、新雪に足をとられながらも木々の間を縫うようにして駆け出す。それと同時に理子のワルサーP99の銃声が鳴り渡り始めた。なんか・・・・・普通は逆じゃないか? こういうの。

 

『私の絶対半径(キリングレンジ)は2201。いくら逃げても無駄だと思うけど』

 

 突如、璃璃神の声が脳内に直接入ってきた。無視・・・・・出来ない事言ってたよな⁉︎ 2201ってレキの絶対半径(キリングレンジ)──確実に獲物を仕留められる距離​──が2051だろ・・・・・なんで150も上がってるんですかかね? もうドラグノフで狙うべき距離ではないと思うんですが!

 それにしても、なんでアイツの声が脳内に入ってきたんだ? ​──まさか、神弾から語りかけてるのか! 確か色金は、『一にして全、全にして一』だからな。

 

「なんでそんな余裕なんだよっ」

 

『もう理子さんは倒してしまったし、あとは貴方を四回襲うだけ』

 

「秒殺か・・・・・殺してないよな? 」

 

『気絶させただけよ。それより、自分の心配をしたほうがいいんじゃないかしら』

 

 理子がそんなにも早くやられた事に驚愕しつつも、病みあがりの体に鞭を打って走り続ける。強襲科の座学で習った対狙撃戦術(アンチスナイプ・タクティクス)通りに木々をうまく利用しながら不規則な動きをすれば​──

 

「私から逃げ切れる、なんて思っているのかしら」

 

 木にぶら下がるようにして俺の目の前にいきなり現れたレキ(璃璃神)はドラグノフに着装している銃剣を突きつけてきた。

 理子を気絶させてから俺の進行方向に待ち伏せとか、早すぎるだろ! 全然気配も感じなかった!

 

「甘いわね。その程度かしら? 」

 

 いつも無表情を貫き、ロボットレキとあだ名されているコイツが今は挑戦的な笑みを浮かべている。

 

「どうだろうね! 」

 

 俺は両袖のダガーを展開させ銃剣を横に弾く。ドラグノフの銃口が俺から外れ、その隙に内側へ飛び込む。こうすれば銃剣も使えない!

 だが璃璃神はドラグノフを空中に置くように捨てると、左手の袖から仕込みナイフを素早く取り出した。蒼く光るソレを逆手に持ち、俺の目を抉りとろうと迫ってくる。

 

「うぐっ!? 」

 

 目に刺さる直前で何とか璃璃神の腕を抑えた。レキの細腕からありえないほどの力が俺の腕に伝わってくる。

 石のように重く、璃璃神から発せられる殺気は普段のレキからは想像がつかないほどだ。

 

「二回目成功」

 

 璃璃はボソッと呟くと、木に体を固定している両足を外し、そのまま体操選手のようにキレイな着地を決めた。

 俺は片手でナイフを叩き落とし、そのまま寝技に持ち込むために璃璃神の手を引く。押し倒して手足を拘束すればなにも出来ないはずだ。

 

「思っていることが私に筒抜けという事をお忘れなく」

 

 璃璃神は地面に敷き詰められている新雪を片足で蹴るようにすくい上げる。そして一瞬だけ視界が塞がれ​​──

 

「カハッ!? 」

 

 ​──脇腹に鋭い衝撃が走った。これはアリアに蹴られた時よりも数倍痛い。憑依元が非力でもこんなに力がだせるのか!?

 璃璃神は俺の胸元に飛び込むと、俺の左足を絡めとり押し倒そうと体重をかけてくる。踏ん張ろうとするも新雪の下に埋まっていた凍っている雪に右足を滑らせてしまい・・・・・そのまま冷たい雪の上に俺が倒されてしまった。璃璃神は俺が起き上がれないように腰に座り込み、ナイフを突きつけてくる。

 

「なんで攻撃してこないのですか? 」

 

「攻撃したらお前の​─​─レキの親友のアリアに殺されるからな」

 

「アリア・・・・・もしかして、神崎・H・アリアのことですか? 」

 

「・・・・・なんで知ってるんだ」

 

「直接本人から聞いてください」

 

 璃璃神はそう言い放つと防弾制服の胸の第二ボタンを留め金ごと引きちぎるようにして盗った。ボタン一つでも結構高いんだぞ・・・・・

 璃璃神はその場で立ち上がると、異様に軽い動きで太い木に飛び移った。

 

「さあ、あと二回しか猶予がありませんよ」

 

「くそッ! 」

 

 俺は再び木々の間を縫うように逃げる。接近戦では勝てない​──璃璃神の足運びと地形を利用した戦法からそれが思い知らされた。強襲科が接近戦で狙撃科に負けるなんて最大の屈辱だな。

 

『さて、次はどこに行くのですか? 』

 

 追い討ちをかけるように脳内に声が響く。ハンターに狙われている獲物の気持ちがよく分かる。どこから襲ってくるか分からないからただ逃げるしかないからな。

 ​──あと二回、その意味を必死に考える。そもそも、あと二回しか猶予がないってことは三回目の襲撃で俺は殺されるってことだ。

 

『では、そろそろ動き出しますね』

 

 璃璃神が小さく笑った。

 追いつかれる前に早く考えろ! 足と脳を働かせろ! 久しぶりの運動で喉の奥が痺れるように痛いが、それでも考えて答えを見つけなきゃ死ぬ!

 

『うーん、やはりこの体は不自由ですね。もっと筋力があれば楽に撃ち抜けるのですが・・・・・』

 

 撃ち抜く? どこを? あと二回撃ち抜いても俺が生きている場所は・・・・・どこだ。ボタンも三つ盗られて​──ボタンか!? いや、ボタンだったら三回撃ち抜く必要があるはず。残りのボタンは胸の第一ボタンと左腕の二つのカフスボタンの三つだけだ。

 

『では、いきます』

 

 璃璃神の声と共に一発の銃声が鳴り響き・・・・・左腕が痺れるような衝撃が襲った。顔をしかめつつ、被弾した所を確認する。

 

(装甲貫通弾(アーマーピアス)だと!? )

 

 左腕につけてあったカフスボタンが二つとも破壊されていた。その部分の防弾制服も表面が薄く切り裂かれ、中の素材が見えてしまっている。いくら防弾制服とはいえ、装甲貫通弾を防ぐことは絶対に無理だ。

 それに、アイツは不規則なリズムで逃げている俺の、しかも揺れている防弾制服の二つのカフスボタンが重なる瞬間を狙って撃った。そうでなきゃ一発で二つのカフスボタンを破壊するなんて無理だ。

 

『あと一回しか猶予がありませんね』

 

「チートすぎるだろ! 」

 

『元々のスペックが違うんです。それに、これぐらいでチートなんて言わないでください』

 

 あと胸の第一ボタンだけだ。どこに逃げる? どこならアイツの攻撃を無効化出来る? 俺の位置と考えは神弾を通じて筒抜けだ。超能力は使用出来ず、馴れない雪の上での戦闘で近接戦闘も負ける。やはりM93Rを使うしかないのか?

 ・・・・・いや、撃つ場所を知られたら当たらないだろう。

 

『では、最後のボタンをもらいます』

 

 どこか遠くからドラグノフの銃声が二回聞こえた。

 命を狙う死神となって放たれた二発の弾丸は​───胸の第一ボタンを抉りとることは無く、視界いっぱいに広がっている木々のどれかに着弾した音が響いた。

 着弾する前に何本かの木を掠めたのか、所々抉れている箇所が見られる。

 

(絶対半径(キリングレンジ)が2201っていうのも俺を動揺させるための嘘​か? )

 

 抉れている場所を追っていけば着弾地点が分かるが今はそんな暇はない。これなら好都合だ。

 俺はさらにスピードをあげ、璃璃神がいる場所に背を向けるように逃げる。背を向ければ第一ボタンなんて撃ち抜けないだろ!

 

『現実というものを見せてあげます』

 

 璃璃神は小さく笑う。そして再びドラグノフの銃声が響いた。今度は一発だけだ。当たるはずが・・・・・

 

 ​『四回目成功』

 

 その時、金属と金属がぶつかりあった音が二回鳴った。直後、バットで殴られたような痛みが胸と腹の中間辺りに走り抜ける。

 

(なに・・・・・が・・・・・ッ)

 

 とっさにそこを押さえ痛みをこらえていると──妙な違和感を感じた。そしてその違和感の正体はすぐに分かった。

 

(第一ボタンがない!? )

 

 痛みを堪えながら第一ボタンを探すと、俺から少し離れた場所に転がっていた。目を凝らすと歪な形になっているのが分かる。そして​──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『二重跳弾射撃です。先ほど撃ち込んだ弾に跳弾させました。今もその弾は木の表面にめり込んでいるはずです』

 

 二重跳弾・・・・・だと!? そんな超高等技術も出来るのか⁉︎

 

『そんなに驚くほどでもないかと』

 

 木の中に弾が入ってしまったら跳弾させることは不可能だ。だから・・・・・わざと他の木を掠めるようにして撃ったのか! 弾がちょうど目的の木の表面で止まることを計算して。

 

「化け物かよ! くそ! 」

 

『乙女に対して失礼ですよ』

 

「悪魔的な計算で二重跳弾射撃をする乙女がいるわけないだろ」

 

『それよりもいいんですか? そこで立ち止まっていたら脳漿をぶち撒ける事になりますよ』

 

「──いいわけない! 」

 

 俺は再び走り出す。もうここがどこなのかすら分からない。だが死ぬわけにはいかない。こんな所で死んだら今までの苦労が報われないだろ!

 足腰が震えてきた。多分、寒さと疲れだ。それでも走り続ける。

 

『諦める覚悟はできましたか? 』

 

「この世でまだやり残したことがいっぱいあるからまだ死なねえよ! 」

 

 吐き捨てるように言い放つ。正直勝てる算段などない。これが実戦なら既に四回殺されている事になる。それでも俺は諦めたくない。

 

(武偵憲章十条、諦めるな。武偵は決して諦めるな、だ! )

 

 必死に走り続けていると、いつの間にか視界が開けた場所──理子と別れた場所に戻っていた。9ミリ弾の薬莢があちこちに落ちている。理子が俺のために戦ってくれた証だ。肝心の理子は少し離れた場所で寝かされていた。

 

「理子! 」

 

 気絶させただけというがそれでも心配だ。俺は理子の元に駆け寄り目立った外傷が無いか確認する。どうやって気絶させたのか分からないが、特に問題はなかった。一安心だな。

 

『戻ってきましたね』

 

 振り向くとドラグノフを構えた璃璃神がすぐ近くに立っていた。首元に銃剣を突きつけられ身動き一つ取れない状況だ。

 

「はぁ。憑依元が非力なのに、なんでそんな力が出せる? それにあの装甲貫通弾に跳弾させたのも、弾の変形も計算に入れてたのか? 」

 

「非力なのは私の力を流し込めば解決できますし、あの装甲貫通弾には私自身──璃璃色金を被せてあります。あんな脆い木を何本も貫通させたところで変形なんてしません」

 

「・・・・・どこまでもチートだな」

 

 俺は最後の悪あがきと言わんばかりに雪月花に手を伸ばす。銃剣の切先が少し押し込まれ、首から自分の温かい血が落ちていくのが感じ取れた。これ以上動くなって事だろう。

 

「残念です。結局そこの理子さんは一瞬で終わってしまいましたし、貴方も少しはやるかと思いましたが」

 

「しょうがないだろ。神様相手に生身の人間が勝てるわけない。ましてやレキに憑依してるんだ。仲間を傷つけることは絶対にできない」

 

「そうですか。では、ここでお別れですね」

 

 璃璃神はトリガーガードにかけていた指をトリガーにゆっくりとかけた。このまま撃たれたら顔面どころか頭が持っていかれそうだ。

 

「次の転生先はもっと平和な所を選んでください」

 

「転生ねえ。出来ればもう二度としたくない」

 

「最後に言い残すことはありますか? 」

 

「そうだな・・・・・」

 

 俺はすばやく雪月花の柄を握る。そのまま抜刀しながら、最後の言葉を言い放った。

 

「愛してるぜ! ハニー! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も愛してるよ! ダーリン! 」

 

 直後、俺と璃璃神の間にXM84がどこからか投げ込まれた。

 

「なっ⁉︎ 」

 

「行って! キョー君! 」

 

 璃璃神は反射的に左手で両目を覆う。

 気絶していたはずの理子の声は俺の背中を押すのには十分すぎるほどだ。そして理子の言葉から、それが璃璃神が最初に攻撃してきた時にフェイクで使ったXM84だと瞬時に把握できた。

 

「ウルぁ! 」

 

 雪月花を納刀し、右の手のひらでドラグノフの銃口を叩くように逸らす。フェイクだと気づいた璃璃神は意識外からの攻撃に焦りの表情を浮かべドラグノフのトリガーを引いた。だが放たれた弾丸は当たることはなかった。

 俺は両袖のダガーを再展開しながら璃璃神に肉薄するが、隠し持っていたであろう予備の銃剣を器用に左袖から出すと無造作に横に薙いでくる。俺はそれを右手のダガーで止めようとするが、圧倒的なまでの力の差で大きく俺の右腕が外側に弾かれてしまった。

 

「まずい! 」

 

「これで、終わり! 」

 

 俺は左手のダガーで、振り下ろされてくる銃剣の軌道を逸らそうとしたが、璃璃神はドラグノフのグリップから既に離していた右手で手首を掴まれた。足のダガーも・・・・・いや、間に合わない!

 本日二度目の本当の死を覚悟したが、その銃剣は鈍い音を立てながら璃璃神の手元から遥か後方へと弾き飛ばされてしまっていた。なぜそうなったかは、俺の背後から聞こえてきたワルサーP99の発砲音が教えてくれる。

 

「くッ⁉︎ 」

 

「終わりだァ! 」

 

 俺は璃璃神に思いっきり飛びかかった。さっきは不覚にも押し倒されたが、今度は逆に押し倒させてもらうぞ!

 ドサッとふかふかな新雪の上に倒れこみ、右手のダガーを璃璃神の首にピタリと当てる。これでもう反撃できないだろ。

 

「俺の・・・・・俺たちの勝ちでいいか? 」

 

 妖しく蒼色に光っている瞳をジッと見据える。これで最初に璃璃神が提示した俺の勝利条件を満たしたはずだ。それでも、まだ反撃とかされたら今度こそ避けられないぞ。

 俺は額に冷や汗を浮かべるが、璃璃神はため息をつき、そんな俺の心配は杞憂だと言わんばかりの口調で話し始めた。

 

「負けましたよ。そんな心配しなくても大丈夫です」

 

「本当か⁉︎ よし! 生きてた・・・・・よかった」

 

「それはおめでたいんですが、後ろの理子の頭にツノが生えているような気がします」

 

 そんなバカなと思いつつ振り返ると──拳を胸の位置で握りしめ、目尻を吊り上げている鬼がいた。・・・・・なんで怒っていらっしゃるのか。

 

「キョー君! 」

 

「はい! 」

 

「いつまでレキュを押し倒しているの⁉︎ 」

 

「い、今すぐどきます! 」

 

 なんだ。そんな事だったか。なぜそんなに怒る必要があるのか小一時間問いただしたいが、その前に小一時間くらい殴る蹴るの暴行を加えられそうだからやめておこう。俺は璃璃神から少し離れるように距離を置いた。璃璃神も背中についた雪を払いながら立つ。

 

「さて璃璃神。約束通り危なくなったら力をかしてくれよ? 」

 

「分かってる。あと貴方が疑問に思っていた『予兆』のこと。瑠瑠神が貴方を自分の世界に取り込もうとする時は、暗闇に引きずり込まれるような眠気が襲うわ。憑依しようとする時も同じ」

 

 引きずり込まれる眠気・・・・・それって俺が紅鳴館で盗みをする任務をしている時に襲ってきた眠気だ。理子から道具をもらった帰りに男達に誘拐された原因がここで分かるとは・・・・・

 

「少しは耐えれると思うけど、それでも限界はくる。耐え切れなくなりその眠気に身を委ねてしまえば、貴方に憑依もしくは引き込まれる」

 

「対処法は? 」

 

「無い」

 

「無い!? 」

 

 おいおい、憑依されるまで力を回復したら俺に打つ手なしってか? それは困るぞ。あの世界に取り込まれたら何をされるか分からん。

 

「貴方がもう少し強ければいいんですけどね」

 

「弱くて悪かったな」

 

「では、私に用がある時は呼びかけてください。貴方の汚い心を四六時中よまなくても済みますので」

 

「失礼だな! 」

 

 璃璃神はそう言い残すと、静かに目を閉じた。一瞬だけレキの体が蒼く輝き──次に目を開けた時には元の目の色に戻っていた。璃璃神からレキに戻った証拠だろう。

 

「レキュ! 戻った⁉︎ 」

 

「はい。戻りました」

 

「よかったー! 」

 

 理子はレキに飛びつくと頬擦りをし始めた。理子は満面の笑みだがレキは無表情を貫いている。シュールすぎて笑えてくるぞ。

 

「まったく、ダーリンてば理子がいなかったら今頃死んでたんだよ? しかも二回も女である私に助けられちゃって。男として恥ずかしくないの? 」

 

 理子は片手で口を覆うような動作で煽ってきた。こうなったら俺も言い返してやる。

 

「あれれ? 璃璃神に秒殺されたのは誰でしたっけ? ちょっとヤられるの早くないですかね? 」

 

「あ? 殺すぞ童貞」

 

「童貞は死なねえんだよ」

 

 そのまま理子と睨み合っていると、レキが両手で抱きついている理子を押し返した。

 

「早く帰りましょう」

 

 と言い、ここに来た時に通った道を歩き始めた。ここに来るときより歩く速度が若干速い気がする。

 

「な、なんでそんな急ぐんだ? 」

 

「『風』が私にある事を伝えてきました。それを果たすには準備も必要なので」

 

「レキュ、ある事ってなに? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──キンジさんにプロポーズする事です」

 

「「……ふぁ⁉︎ 」」

 

 こ、これは・・・・・アリアと銃弾が飛び交う修羅場になるぞ・・・・・

 俺は、これからまた面倒な事が増える事に絶望しながら大きくため息をついた。

 

 

 

「朝陽さんどうしましたか? アホな上官の命令で地雷源に突っ込む二等兵のような顔をして。行きますよ」

 

「例えが的確すぎるのと憑依されてから少しキャラ変わってんぞ」

 




活動報告にて大事なアンケートがあります。
次回は少し短めかもしれません。


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第26話 デートのお誘い

前回 璃璃神と戦いました。恋人(仮)のおかげで死なずにすみました。


「なあハニー」

 

「なに? ダーリン」

 

「暑いしセミがうるさい」

 

「暑いって言うの禁止。セミは仕方ないでしょ」

 

 夏の日差しが容赦なく照りつけ、俺たちが歩いている並木道の背の高い木々を舞台にセミが合唱大会を開催している中、俺と理子は東京武偵高校に歩いて向かっている。M93Rを返さないと文に怒られるから仕方なく向かっているのだが・・・・・あの極寒の雪国から帰ってきた途端にこの暑さだ。帽子も被れない。ビルの上から狙われた時にスコープの反射光が見えないという理由で禁止されているのだ。

 

「はあ・・・・・こんな暑いなら車でも買おうかな」

 

「買うとしたら何買うの? てかそんなお金持ってるんだ」

 

「日々貯金してるから車くらい買えるさ。今考えてるのはGT-R35か86GTだな」

 

「ダーリンが運転したら事故に巻き込まれそう」

 

 否定出来ないのが辛いな。持ち前の不幸で玉突き事故に巻き込まれたりだとか、考えれば色々とある。それでも車は欲しい。そろそろ自転車通学は色々と不便なこともある。

 

「事故しないように努力はするが」

 

「そうしてね。理子が痛車に改造してあげるから」

 

「やめろ。個人的にはそうしたいところだが()が傷ついたら泣くぞ」

 

 嫁と言うと、理子が睨んで俺の脇腹にパンチをしてきた。激痛が走ったがこの暑さで反応する気力もない。

 

「ダーリン? 二次元はいいけど、現実(リアル)で浮気したら・・・・・控えめに言って地獄に堕とすからね」

 

「全然控えめじゃないと思う」

 

 浮気か。そういえば前世で学年一番のイケメンが浮気をしている事がバレたことがあったな。そのイケメンの浮気相手が学年で一位二位を争う美女だったから余計にタチ悪い。最後は土下座させられてたし、浮気だけはしたくない。

 

「そっか。ところでダーリン、後ろから車が猛スピードで迫って来た時の対処法を教えて」

 

「何言って​───」

 

 振り向くと、スポーツカーらしき車が確かに迫ってきていた。どう見ても100キロ以上は出てるだろう。それならば問題ない。問題なのはその車が歩道を走っている事だ。セミたちも警告しているのか、より一層()()の声が大きくなっていく。

 

「避けろ理子ぉ! 」

 

 理子を並木道の背の低い木の上に突き飛ばす。

 直後、凄まじい衝撃で自分が、風に飛ばされた紙のように夏空へ吹き飛ばされた・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったな。メンゴメンゴ」

 

「轢いたことに関してまったく悪気がないように感じるのですが」

 

「歩道にいる方が悪いだろぉ」

 

「それはこっちのセリフだ! 」

 

 クーラーが効いた車内で、俺を轢いた人​──綴先生は悪びれもなくそう言った。歩道にいる方が悪いだろなんてこの暑さで頭がおかしくなったんじゃないだろうか。元から頭がおかしい人だとは思うが。

 

「その詫びとしてこうやって乗せてやってるんだ。そろそろ許してくれよ」

 

「受け身とれてなかったら死んでましたからね。でもなんで歩道なんかに突っ込んできたんですか? 」

 

「車の中が涼しすぎて寝た」

 

「運転免許剥奪されればいいのに」

 

「まあまあ。キョー君も生きてるし良いじゃん」

 

 理子は俺に近づくと、全身を預けるようにして寄りかかってきた。せっかく涼しいのにくっつくなよ。

 俺は『暑いから離れろ』と目で訴えるが、理子はヒマワリのような眩しい笑顔で『いやだ』と伝えてきた。なんでコイツの笑顔はこんなに可愛いのだろうか。

 

「峰の言う通りだ。さて、話は変わるが、お前らの恋人のふりは上手くいってるようだな」

 

「え? まあうまくやってます」

 

「私たちも安心してるぞ。今の所、誰にも知られてないよな? 」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

 言えない。既にキンジ、アリア、白雪、平賀さん、武藤、不知火に知られているなんて。口が裂けても言えないぞ!

 

「そのまま付き合ってみたらどうだ? お前に寄りかかっている奴は、まんざらでもないって感じだが」

 

 綴先生はバックミラー越しに理子をニヤニヤと見始めた。理子はそれが自分に言われている事だと気づいたのか、弾かれるようにして俺から離れた。

 

「べ、べべ別に! 理子の理想は、身長が同じくらいで、優しくてキョー君みたいに変態じゃなくて、誰にも負けないくらい強い人がいいんです! 」

 

「へえ。お前、前は身長が高い人が好きとか言ってなかったか? そう言えばとある本に書いてあったな。『好きな人の前では、好きな人とは逆の容姿や性格を言ってしまう』って」

 

 すると、理子の顔が茹でタコのように真っ赤になってしまった。この反応は​───そういう風に捉えてもいいかな⁉︎

 

「理子。今からお前は俺の嫁だ」

 

「黙れ変態! 」

 

 理子の右ストレートが俺の顔面に放たれた。

 

「あべしっ! 」

 

 至近距離から放たれるそれは、瞬間移動でも使えない限り避けることが出来ない一撃。俺に瞬間移動など出来るはずもなく、当然直撃してしまった。この一撃は・・・・・普段のよりも重いぞ!

 

「理子はキョー君のこと、何とも思ってないから! 」

 

「そんな否定しなくても」

 

「じゃあ峰、なんで京条に寄りかかってたんだ? 幸せそうな顔で」

 

 綴先生にイタイところを突かれると、理子はいきなり両手を握りこぶしにすると、天高く突き出した。

 

「痛い! 」

 

 理子は体を折り曲げ、小動物のような唸り声を上げ始めた。忙しいやつだな。

 綴先生の車の天井は一般車より低い。しかも見た所防弾仕様だ。天井を殴ればそうなる事はコイツでも分かっていたと思うんだが。

 

「挙動不審で怖いのですが」

 

「キョー君うるさい! 」

 

 目に涙を溢れんばかりに溜めながら俺をギロッと睨みつけてきた。睨んでいる顔も可愛いというのは反則だろう。

 

「理子は眠かったから寄りかかっただけです! 」

 

「へぇー」

 

 綴先生は意地悪そうな笑みを浮かべた。そして心なしか、尋問科で相手を尋問している時と同じ雰囲気となってきている。思い出せば、綴先生の尋問の技術は日本でも五本の指に入る尋問のプロだったな。ここで理子が尋問され、恥ずかしい思いをすれば後々被害を被るのは俺だ。だからここでその話題は打ち切らせてもらう!

 

「そんなことより綴先生、ジャック先生との関係はどうなっているんでしょうか」

 

 俺が武偵病院でいつもお世話になっている担当医だ。

 何か進展があればプレゼントでも渡そうと思うのだが。

 

「そ、それはだな・・・・・」

 

 まさかの不意打ちに綴先生は口ごもっている。微かに耳も赤い。

 

「おー! 綴先生ってば、あの人とそんな関係になっていたのですか!? 」

 

「う、うるさいぞ! 言いふらしたら殺すからな! 」

 

 車が少し左右に揺れ始めた。生徒に自分の恋愛事情を聞かれたくらいで動揺しすぎだろ。

 

「まだ綴先生の片思いですか? それとも付き合い始めましたか? 」

 

「あえ、えと、そのだな・・・・・付き合い始めた・・・・・」

 

「おっふ」

 

 片思い止まりかと思っていたが、まさかそこまで進展していたとは。

 さっきまで綴先生にいじられていた理子も、形勢逆転とばかりに目を輝かせている。

 

「それでそれで! どこまでいったんですか!? 」

 

「教えるわけないだろう! 」

 

 徐々に車の揺れが大きくなり始め、対向車線にはみ出しそうになってきた。綴先生ってここまで自分の恋愛ごとに弱かったか?

 

「教えてくれたらジャック先生が行きたがっていたお店を紹介しようと思ったのですが」

 

「なっ!? ・・・・・分かった」

 

「教えてくれるんですね!? やったー! 」

 

 理子、そろそろ綴先生限界だからやめとけ​──と言いたいところだが、俺もそれには興味がある。綴先生もそんなことで釣られるなんてチョロすぎだ。

 

「え、えと、その・・・・・」

 

「「その? 」」

 

「​───ギューまで、した」

 

「「・・・・・はい? 」」

 

 ギューとはあれか? 抱擁のことだよな。ハグという言い方もあるな。

 いや待て。待て待て。

 

「綴先生それは今どきの中学生カップルなら誰でもやっていると思うんですが。中学生ですか? 」

 

「な、なにを! 」

 

「うんうん。大人ならせめてキスまでいかないと! 」

 

「・・・・・そういうもんなのか? 」

 

 その言葉が理子のスイッチを押したのか、綴先生相手に大人の恋愛授業なるものをやり始めた。もっとも、俺には女心というものが分からないから途中でリタイアした。今度不知火あたりに女心の掴み方でも教えてもらおう。そうすれば俺に好きな人ができた時に生かせるからな。そう言えば俺、初恋もまだだった。仲が良くて、なおかつ傍にいて安心できる女子は・・・・・文と理子くらいか?

 

「先生! そういうところがダメなのです! 」

 

「だ、だめなのか? 」

 

「男が付き合っている女性に対して心を奪われる仕草というのは──」

 

 涼しい車内に揺られ、理子の()()()を聞いているうちに眠たくなってきた。最近は本当に死にかけるような事ばかりしてきたから、その疲れがついに来たって感じだ。ここは抗わず、素直に従っておこう。

 俺はその眠気に身を委ね、静かに目を閉じる。不思議とセミの合唱は聞こえてくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───してる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツと頭を軽く叩かれる衝撃で夢の世界から現実の世界へと引き戻された。目を開けると運転席の綴先生が俺を見て微笑み・・・・・え? アナタそんな顔できましたっけ?

 

「着いたぞー」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「もう、そんなだらしない顔して。理子の肩枕はどうだった? 」

 

「肩枕? ・・・・・まあよかったよ」

 

 理子は嬉しそうにはにかむと、綴先生とまた何か話し始めた。正直肩枕されてたなんて気づかなかったけど、ここは言わない方が殴られなくて済む。

 

「とにかく、峰、今日はありがとな」

 

「いえいえ! また相談にのりますよぉー! 」

 

 かなりのハイテンションで騒いでいる。終始このテンションだったの? コイツに疲れという二文字はないのだろうか。それにしても​──何を話していたのかは気になる。

 

「お前の京条に対する気持ちも知れたし、今日はいい日になった。ジャックに何をすれば喜んでくれるかもしれたしな」

 

「はい! じゃあまた進展があったら教えてくださいね! 」

 

 理子に引っ張られるようにして外に出た。いつの間にか日も傾き夕暮れ時になっている。それでも暑いのには変わりなく、眠気が一気に吹き飛んだ。綴先生は一回クラクションを鳴らし俺たちに別れを告げると、アクセル全開でまたどこかへ行ってしまった。

 

「何話してたんだ? 」

 

「んー秘密! 」

 

 理子は口に人差し指をあてウインクをした。

 うん。殴りたい、この笑顔。

 

「とりあえず文のところに行くか。さっさと家に帰って寝たい」

 

「理子が添い寝してあげよっか? 」

 

「暑苦しくなるから来んな」

 

 すると理子に手を優しく握られた。この暑さでなんで握ってくるのかと思ったが、また人肌が恋しくなったのだろう。あの雪国でもそうだったしな。俺はその柔らかく小さな手を握りながら歩き出した。

 ──だが何かおかしい。

 

「なあ理子? なんで歩くたびに握力が強くなっているのかな? 」

 

「気のせいじゃない? キョー君が『来んな』とか酷いこと言ったからとかじゃないから」

 

「ゴメンなさい来て良いので一旦手を放して──」

 

「やだ」

 

 少しずつだが着々と俺の手を締めつける力が強くなっていく。このまま行けば装備科に着いた頃には握り潰されているかもしれん。マズイですよ!

 

「痛そうな顔をしているキョー君に質問でーす」

 

 俺の手を握ったまま理子は、俺の前に立ち塞がるようにして立った。空いている手をマイクを握っているようにすると、俺の口元にそれを出してきた。

 

「隣にいたら安心する異性を教えてください! 」

 

「俺が隣にいたら安心する異性? 」

 

 理子は顔を少し赤くしている。恥ずかしかったら聞くなよ。

 

「そうだな。やっぱり理子​───」

 

「ほんと!? 」

 

「​───と、平賀さんかな」

 

 一瞬だけ目を輝かせたが、文の名前を出すと、途端に不機嫌そうになり頬を膨らませた。

 

「キョー君はホントに一回死ねば? 」

 

「圧倒的理不尽! 」

 

 理子は俺を引っ張りながら装備科へ再び歩き出した。握力はどんどん強くなっていく一方であり、手の骨が軋む感覚が再び押し寄せてくる。

 なぜこんなに不機嫌なのか。あとでライカにでも聞いてみようか。・・・・・最近クエストが多いらしいからあまり会えないだろうが。​それにしても痛い。痛すぎる。

 

「そろそろ離して​───」

 

「まだつなぐ」

 

 

 

 それから装備科の文専用の部屋に着くまで手を握り潰されるような痛みを堪え​るはめになった。理子に手を離してもらっても圧迫感が残るほどだ。どこからその力が出ているんだ?

 

「ほらキョー君、あややに会うならそんな股間を蹴られた時の痛みで悶絶してるような顔してないで」

 

「誰のせいでこんな顔してると思ってんの? 」

 

「だぁれ? 」

 

 理子が俺の背中にワルサーP99を押し付けてきた。

 

「・・・・・俺のせいですごめんなさい」

 

「素直でよろしい」

 

 もう理子に頭が上がらないかもしれん。

 俺はうなだれながら文専用部屋のドアを開ける。ノックし忘れたが、文は俺たちが入ってきたことにすぐに気づいた。

 

「あ、きょーじょー君いらっしゃいなのだ! 理子ちゃんも一緒で、どうしたのだ? 」

 

「この前借りてたM93Rを返しに来たのと、新しい装備でも揃えようかなと思ってね」

 

「あ、それだったらM93Rは新しい装備が出来るまできょーじょー君に預けとくのだ」

 

「いいのか? 」

 

「武偵が帯銃してないのは危険なのだ」

 

 確かに、理子のワルサーP99でも借りようと思ったけどそれは理子に迷惑かかるわけだし。いざっていう時に手に馴染まない拳銃を使ってたいたら負傷率があがるしな。

 

「ありがと。まあそんなわけで新しい銃を探してるんだ。何か良いものはないか? 」

 

 文はそれを聞くと、傍に鎮座している作業机の引き出しから一冊の雑誌を取り出した。表紙にはハンドガンとアサルトライフルのシルエットが交差しているデザインだ。文はページをペラペラとめくり──とあるページでその手を止めた。

 

「L85A1はどうなのだ? 」

 

 L85A1は確かイギリスで作られたアサルトライフルだ。

 

「マガジンが自重で落下して、すぐ弾詰まりするから却下だ。A2なら考える」

 

「G11は? 」

 

「薬莢がないってのは画期的だが、リロードしてるうちに殺されちまう。弾代も高くつくしな」

 

「ジャイロジェットピストルはどうなのだ⁉︎ 」

 

「・・・・・なんだそれ。理子は知ってるか? 」

 

 理子は、知らないと首を横に振った。

 俺はそんな銃の名前見たことも聞いたこともないぞ。

 文はそんな俺たちを見ると、自慢げにそのジャイロジェットピストルとやらの説明を始めた。

 

「ジャイロジェットピストルは片手で撃てる世界初のロケットランチャーなのだ」

 

 片手で撃てるロケットランチャー、だと!?

 

「拳銃程度の大きさで専用のロケット弾を使うのだ。ハンマーはトリガーの真上にあって、ロケット弾の先端を叩く仕組みなのだ。この衝撃でロケット弾の尾部がファイアリングピンにぶつかって着火、十分な推進力を得られたらハンマーを押しのけて発射されるのだ」

 

「ん? あやや、それって発射時の反動はゼロってこと? 」

 

「ご名答なのだ! しかも発射時の音がほとんど出ないから隠密性に優れていたりするのだ」

 

 おお! そんな銃が世の中にあったとは! でもそしたらなんで有名じゃないんだ? 高性能に聞こえるが。

 

「でもあやや、それだと至近距離の威力が低くなるんじゃない? 」

 

 理子が尋ねると文は、バレたかという顔をした。

 

「・・・・・そうなのだ。十分速度が出る距離をとればマグナム弾並の威力なのだ。でも距離が近かったらアメリカ軍の鉄帽も貫通できないくて、逆に遠すぎたら弾があらぬ方向に飛んでいくのだ」

 

「つまり? 」

 

「有効射程が50mだけど、距離が近すぎたら威力が弱いから注意するのだ」

 

 珍銃じゃねえか。比較的近距離で戦う強襲科でそんな銃は使えないな。

 それに​──理子がその事を言った時にギクッとした顔してたから、在庫処分品を俺に押しつけようとしてたな?

 

「文、ちょっと目を瞑って」

 

「い、いきなりどうしたのだ? 」

 

 俺は文に顔を近づける。文は俺の顔が近づくにつれ顔を紅潮させ始めた。緊張しているのか膝の上に置いている手が震えている。

 

「文、早く目を瞑って」

 

「きょーじょー君!? 心の準備が! 」

 

 俺は文の頬に両手をのばす。文は目を強く瞑り、今では湯気が出るんじゃないかと思うほど顔が赤くなっている。

 

「優しく・・・・・してなのだ」

 

「ちょっとキョー君!? 」

 

「優しくするわけ・・・・・ないだろ。むしろ乱暴にしてやる」

 

「ええ!? 」

 

 文は何の妄想をしているのか知らないが、俺はヤることをヤるまで。

 俺は互いの吐息がかかるまで近づいた。子供っぽさを感じさせる幼気な顔がすぐそこにあり、文は小さく可愛らしい口を真一文字に結び、来たるべき時を待っている。そして​────

 

 

 

 

 

「いひゃいいひゃいやへふのはー! 」

 

「俺を使って在庫処分しようとしたお仕置きだ!」

 

 ​────両手で文の頬を横に思いっきり引っ張った。文の頰はマシュマロのように柔らかく、触り心地も良い・・・・・って、そんなことを考えるなんてまるで変態じゃないか俺!

 

「ごへんなはいー! 」

 

「素直でよろしい」

 

 手を離すと、文は小さい唸り声をあげ、涙目になりながら俺を見てきた。ホントに小動物みたいで可愛いな。

 

「それで、在庫処分品じゃなくて実戦で使えるリストはないのか? その引き出しに」

 

「ソレは寮にあるのだ」

 

 すると文は何かに気づいたように顔を上げ、両手を股の間に入れてモジモジと動き始めた。

 トイレにでも行きたくなったのか? でも直接それを言うとデリカシーがないって言われそうだし、聞かない方が身のためだ。

 

「きょーじょー君、提案があるのだ」

 

「なんだ? 」

 

「​──今日、もしよかったらあややの部屋で一緒に銃を選びたいのだ。来てくれるのだ? 」

 

 文の部屋・・・・・つまり女子寮、つまりつまり女の子の部屋だ。理子の部屋に何度か遊びに行ったことはあるのだが、それとこれとは訳が違う。もし誰かに文の部屋に入るところを見られたら、俺に浮気疑惑がかかる。

 いや、でも文なら大丈夫か。文だし、見た目子どもだから。

 

「おういいぞ! 」

 

「ホントなのだ!? 」

 

「​──キョー君? 」

 

 その時、背後から凄まじい殺気が俺の背筋を凍らせた。この場でそんな殺気を出せるのは一人しかいない。怖々と後ろに振り返ると・・・・・金髪の髪をメデューサのように逆立てている理子の姿があった。

 

「いや理子さん? 俺は今後の武偵活動に関わる銃を選びに行くだけであって」

 

「分かってる。理子は今日友達の手伝いに行かなくちゃならないから一緒に行けないけど。あややに変なことしたら・・・・・分かってるよね? 」

 

「しません! Yesロリータ Noタッチです! 」

 

「Goタッチしたら足のかかとから薄くスライスしてあげる」

 

「地味に痛いからやめてッ! 」

 

 よかった・・・・・てっきり理子ならダメと言うかと思ったが、意外だったな。初めてこういう賭け事に勝った気がするぞ! 世界一不運でも幸運なことはしっかりあるじゃないか!

 

 ​───こうして俺は理子以外の女子の部屋に初めて行くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

「​キョー君、そういえばYesロリータってどういうこと? ロリコンなの? やっぱり変態だね。二つ名も変えなくていいじゃん」

 

「そういうことじゃない! 」

 

 




⁇?「マガジンは自重で落下します」


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第27話 計画通り

ゴメンなさい。長すぎたので流石に切りました。
ということで27話は短いです。


 夕暮れ時、夏の蒸し暑さにウンザリしながら文の部屋に向かっている。この約束を破ったら今後改造とかしてくれなさそうだし。

 そして人様の家に行く時は必ずシャワーを浴びてから行くこと、ジュースなど何か食べれる物を買っていくのが俺の中のルールであったりする。俺が今持っている手提げ袋の中身はお金を奮発して高級チョコレートとカルピスだ。文は見た目も中身も子どもっぽいからこういうお菓子は大好きだろう。

 

「朝陽ー! 」

 

「ん? 」

 

 聞き慣れたアニメ声が後ろから聞こえ、振り返ってみるとアリアとキンジがいた。懐かしいな。カジノの仕事以来だ。

 

「よう、いつもお前ら一緒だな。それで、シャーロックを倒したんだって? 」

 

「そうよ。正確には逃げられてしまったけど・・・・・ジャンヌと戦った時に助けてくれたのも、曾お爺様だった。それを知った時はビックリしたわよ」

 

「まあそりゃそうだろ。それにしても、よくシャーロックに勝てたな」

 

 俺は模擬戦で一回も勝ったことないからな。できる限りの姑息な手段を尽くしても全然攻撃が当たらなかったのに、さすがキンジとアリアってことか。

 

超能力(ステルス)どれだけ持ってるんだよって思ったがな。なんとかやれたぞ」

 

「そうか・・・・・話が少し変わるが、アリア、緋緋色金について何か知ってるか? 」

 

「緋緋色金? 何か聞きたいことでもあるの? 」

 

「ちょっと瑠瑠神関係でな。緋緋神は・・・・・時間を操れたりするのか? 」

 

 アリアはキンジと顔を見合わせると、その平たい胸に両手を重ねるように合わせ、再び俺の目をまっすぐ見た。

 

「緋緋神自体が時間を操れるのは知らないけど、過去に干渉する鏡のようなものを創れるみたいよ」

 

「瑠瑠神は時間の延長と短縮、緋緋神は時間​──特に過去に干渉するってことか。どうやって気づいたんだそれ」

 

「キンジが曾お爺様と戦ってる時に、あたし達に『緋天』という光弾を撃った。あたしもキンジの力を借りて撃ったんだけど、それらがぶつかって・・・・・レンズのような形になったの」

 

 レンズ​──時間に干渉だから、日本でいう暦鏡みたいなものか。

 

「そこに映し出されたアリア​を後ろからシャーロックが狙撃したんだ。三年前のアリアに緋弾を継承するとか言って。緋弾の副作用もあるとか言ってたな。確か​──肉体的な成長を遅らせるのと、髪と瞳が緋色になっていくことらしい」

 

 キンジが不機嫌そうに顔を引きつらせたのを横目で流しつつ、一つ疑問に思っていたことが解消できた。アリアの髪と瞳が妙に綺麗だったのは緋緋神の影響を受けたからか。俺の体に埋まっている璃璃色金は・・・・・蒼だったな。もしかして俺の瞳と髪の色が蒼になるかも​──いや、その前に瑠瑠神に殺されたら終わりだ。

 

「他にシャーロックは何か言ってたか? 」

 

「えっと、質量の多い色金同士は片方が覚醒するともう片方も目を覚ます性質があるとか言ってた。共鳴現象(コンソナ)だったか? それでアリアはシャーロックに『緋天』を撃ったんだ」

 

「共鳴現象か。それって外から見て変わった事はあったか? 」

 

「アリアの体が緋色に光っていたぞ」

 

 共鳴現象が起きるとアリアの体が緋色に輝いた​───待てよ? その共鳴現象、レキも璃璃神に憑依された時にも蒼く輝いたな。それを踏まえると・・・・・アドシアードで俺とシャーロックとの戦闘後に、左の二の腕​──瑠瑠神につけられたであろう傷口が光っていたのは、俺の二の腕に瑠瑠色金が埋まっているから・・・・・なのか?

 

「はあ。女にマーキングされたのは人生で初めてだな。通りで俺の前にピンポイントで現れるわけだ。最初から腕の中にいるんだから」

 

「朝陽何言ってるの? 」

 

「今言った通りだ。俺の体の中、厳密にいえば左腕だが、そこに瑠瑠色金が埋まってる。まあ璃璃神が一時的に封印してるから、一年は大丈夫らしいんだが・・・・・あの瑠瑠神のことだ。それより早く復活してくるかもしれん」

 

 緋弾なる物質は名前からして緋緋神が宿っている緋緋色金か。アリアも憑依される時が来るかもしれないな。成長が遅くなるのは勘弁して欲しい。仲いい友人の葬式に泣きながらアリアと出席なんてしたくない。俺が生きていればの話だが。

 

「アンタ、瑠瑠神を倒す方法とか考えてあるの? 」

 

「まったくない」

 

「はあ!? 」

 

 今のところ瑠瑠神を倒す方法は分からない。瑠瑠色金を傷つけろと言われても、場所も傷つけ方も知らないのだから対策のしようがない。

 

「そこは璃璃神と協力しながら解決してくよ。じゃ、今日は情報提供ありがとな」

 

「へ? 今日はアンタの料理を久々に食べられるって楽しみにしてたんだけど、どこか行くの? 」

 

 アリアが上目遣いで切ない顔をしてきた。俺の作る飯を食べたいとはとても嬉しいことだが、それは明日にしてもらうか。

 

「文のとこにちょっとな。」

 

「そう。なら明日、楽しみにしてるわ。帰るわよ、キンジ」

 

「ん、おう」

 

 そう言い残すと、二人並んで第三男子寮に歩き出した。夕陽に照らされた二人の背中を見ると関係がより深まった気がするな。距離感というか、パートナーとしていい感じに纏まってきた。それを見るとまだレキはまだキンジに結婚を申し込んで無いようだが・・・・・伝えない方が無難か? まあいい。それより、一言アリアに言っておかなきゃならないことがあった。

 

「アリアー」

 

「なに? ももまんならあげないわよ? 」

 

「そうじゃない。肉体の成長が遅くなるってことは、お前は一生貧乳だ。ドンマイ! 」

 

 一生貧乳、その言葉にアリアは立ち止まると、アリアの両足を中心に踏まれていた部分のコンクリートが半径五メートルほど蜘蛛の巣状に割れた。横にいるキンジの顔はこれまでに無いくらいに青ざめている。

 

「なんていったの? 」

 

 ゆっくりと俺の方へ振り向いてくるその顔は控えめに言って般若だ。額には血管が『D』の文字で浮かび上がっている。Die のDだな。

 

 般若もといアリアは両手で短いスカートを少しずつ捲り上げ始めた。はたから見たら痴女だと思われるこの行為は、スカートの内側にあるレッグホルスターから自慢のガバメントのグリップを握ろうとする動きだ。

 ここで戦闘しようものなら制服が土で汚れる。そこで俺はアリアに素早く近づき、ガバメントのグリップを掴んでいるアリアの小さい両手を包み込むようにして握る。そしてホルスターからガバメントを抜かせないように上から力をかけた。

 

「うぐぐ、アンタその手引っ込めなさいよ! 」

 

「さてアリア、俺はこれから文の部屋に行かなければならない。今日の所は勘弁してくれ」

 

「人を、挑発しといてッ! 許さない! 」

 

 徐々に俺の手が押し上げられてきた。俺のほぼ全体重をかけた力よりアリアの腕力の方が強いだと!?

 こんなことがあっていいはずが・・・・・ここでもしホルスターからガバメントが抜かれたら、良くて蜂の巣、悪ければこの世から消滅させられる。それだけは避けねばッ!

 

「アリアよ。そろそろ、周りをよく見る癖をつけたほうがいいんじゃないか? 」

 

「なに? アンタを殺した時に目撃者がいないことを確かめればいいの? 」

 

「全然違う」

 

 俺はアリアの吐息がかかる距離まで顔を近づけた。

 

「俺が今お前の手を抑えている。それはお前の手が俺の手の下にあるってことだ」

 

「ぐっ・・・・・だからなに!? 」

 

「俺が今この状態で真上に手をあげたらどうなると思う? 」

 

「どうなるってそれはアンタが​───あ」

 

 アリアの顔が少しずつだが赤くなってきた。力も弱くなってきている。

 よし、この作戦イケるぞ!

 

「そうだ。俺が手を上にあげたらスカートが捲りあがってお前は野外で思いっきりパンチラすることになる! それが嫌だったらさっさと力を抜くんだな! 」

 

「朝陽ぃ! アンタ本当に二つ名に恥じないクズなのね! 」

 

「褒め言葉どうも! 」

 

 そしてアリアが完全に力を抜いた瞬間、俺はガバメントのグリップとホルスターを貼り付けるように凍らせ、文のいる女子寮へとダッシュで逃げた。アリアはすぐさまガバメントを抜こうとしたらしいが、凍らされていることに気づくと悔しそうな声をあげている。

 

 カラス達はそんなアリアを嘲笑うかのように鳴いていた。

 

 

 ​息を切らしながら文のいる部屋の前まで着いた。俺の記憶によれば、文をいれて三人で住んでるんだっけか? 運良くいなければいいけど・・・・・

 俺は念じる気持ちでインターホンを押す。すると、中からドタドタと廊下を走る音が聞こえ​───

 

「きょーじょー君! 」

 

「おぶっ!? 」

 

 ​ドアがいきなり開けられ、それを回避する術を持っていない俺は顔面を強打する事以外出来ることはなかった。

 

「ご、ごめんなのだ!? 」

 

「大丈夫だよ、はは」

 

 正直鼻が折れるかと思ったよ。そんな強く開けるほど待っていてくれたのは嬉しいけどさ。

 

「もう来たの? じゃあ、お二人さん頑張ってねー」

 

()()()はベッドのとこに置いてあるから」

 

 中から澄んだ声が聞こえ、身長160センチくらいで黒髪ツインテールが特徴の二人の女子が出てきた。何度か見たことあるけど名前は分からない。女子二人がいなければという念じる気持ちは届かず、か。誤解されたら大変なことになるが、まあなんとかなるだろう。装備科かな? そしてなぜ輪ゴムをベッドに置く。

 

「そ、それは必要ないのだ! 」

 

「おおお!? つまりは()()()使わないと? ヤるねえ」

 

「そういう意味じゃないのだ! 」

 

 ・・・・・話している内容がまったく分からん。仕事の話とかだったら部外者の俺が聞いてもしょうがない。

 すると、一人の女子が俺の肩を軽く叩いてきた。

 

「なんだ? 」

 

「今夜はお楽しみに」

 

「お、おう? 」

 

 

​────俺は何をされるのだろうか。




アンケート結果、今の更新ペースでやらせていただきます。(作者の気まぐれで月曜日以外にも投稿するかもしれません)28話はすぐ出します。


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第28話 邪気眼系の苦悩

前回 文の部屋に到着


 俺に意味深な笑みを浮かべた二人はどこかに行ってしまった。『今夜はお楽しみに? 』 それは銃を選ぶのを楽しんでってことか。まったく、お兄さん別の意味で考えるからそういうのはやめて欲しいんだけどな。

 

「じゃあ、おじゃまします」

 

「お、おじゃまされますなのだ!? 」

 

 壊れたロボットのようにぎこちない動きで文は部屋の中に戻って行った。言葉遣いがちょっとおかしい気がするが・・・・・緊張してるのかな。大丈夫だ、俺も緊張してるから。

 俺は靴を揃え、身なりを整えてから文に続く。文は平たい胸に手を当て深呼吸をしてからドアを開けた。​

 

(・・・・・おしゃれだ)

 

 そこは俺たちの部屋よりおしゃれで、なにより綺麗だった。女三人だからだと思うが、必要最低限なものしか置かない俺たちと違って可愛い小物が至る所にある。他にも加湿器とか、あとは​──微かにバラの香りがする。

 

「バラのアロマでも焚いてるのか? 」

 

「あの二人が焚いたのだ」

 

 ふーん。まあいい匂いだし、嫌じゃないからな。俺は文に促されるまま椅子に座ると、俺に分厚い本を差し出し、キッチンへ急いで戻ってしまった。

 

「今から料理を、その、作るからそれでも見ててなのだ」

 

「お、おう。ありがとう」

 

 文って料理作れたの? 初耳なんですけど。文は身長がちょっと足りないから怖いんだが、キッチンから覗かせる顔がいつもより高いし何かの台のでも乗ってるいるのだろう。

 

 俺はその分厚い本を開いた。銃器関係の本のようで目次を見るとアサルトライフルやスナイパーライフル、サブマシンガンなど膨大な数の銃の一覧が載っている。ハンドガンは一番最後に載っていた。俺はライフル銃は使わない主義なのでハンドガンの項目まで飛ばす。

 

(うわ、有名なものから聞いたことのないものまでいっぱいあるな・・・・・)

 

 ベレッタやUSP、グロックやSIGなど様々な銃がそれぞれ一ページを大胆に使って説明されている。クリーニング方法や使用弾薬、成り立ちから長所短所までだ。ここまで詳細に書かれているものは他にない。

 

 それから俺はページをめくりながらあれこれ考えていると、美味しそうな匂いと共にカレーが運ばれてきた。いかにもって感じだが、ちょうど食べたいと思ってたからラッキーだな。

 ・・・・・現世で初めてラッキーと思えたよ。

 

「美味しそうだね」

 

「口に合うかどうか分からないのだ。まずかったらゴメンなのだ・・・・・」

 

「文が作ったのなら何でも食べるよ」

 

 そう言いながら顔をあげると、ウサギ柄のエプロンをかけた天使(あや)が俺の傍にいた。

 可愛い、可愛すぎる! 見た目ロリな子が可愛いエプロンを着て手料理を振舞ってくれるその姿!

 

「あ、ありがとうなのだ」

 

 文はカレーのはいった大きな皿を俺の前に置き、文は一回り小さい皿を置いた​───俺の隣に。正面じゃなくて隣にだ。

 

「いただきますなのだ」

 

「え、ああ。いただきます」

 

 特に気にする様子もなかったので俺はスプーンを手に取り、カレーを食べ始める。

 ​────美味しい。俺の作ったカレーよりうまいぞ! スパイスも効いてるし、これは絶品だ!

 

「文、美味いよこれ! 」

 

「本当なのだ!? ありがとうなのだ」

 

 俺は一口ずつ味わって食べる。文はカレーにがっついてる俺を見て頬を赤くしているが、文も冷めないうち食べた方がいいのに。

 

 

 それからカレーを食べ終え皿を一緒に洗った。といっても二人分だけなのですぐ終わった。文が幸せそうに鼻歌を口ずさみながら皿を洗う姿は小学生のそれだが。

 

「てことできょーじょー君、早速決めるのだ」

 

「おう。そろそろM93Rも文に返さないとな」

 

 俺と文はリビングに戻り、同じソファに腰掛けカタログを一緒に見る。

 

「きょーじょー君はどんなハンドガンがいいのだ? 」

 

「そうだな・・・・・威力が高くて頑丈なやつだな。珍銃じゃなきゃいいぞ」

 

「それだと、ファイブセブンとかどうなのだ? 」

 

 FN57(ファイブセブン)、確かベルギーのFN社が開発した自動拳銃だ。使用弾薬が小銃用の弾をそのまま小さくしたような形状だから貫通力があることで有名で、装弾数も標準で二十発、ロングマガジンで三十発だから長期戦にも向いている。だけど、

 

「あれは外見がちょっとな・・・・・他のにしてくれ」

 

「外見もいれるのだ!? 」

 

「まあ、自分が気に入っている銃じゃないと、どうしても集中しきれなくてな。緊急時の場合は仕方ないけど、文もお気に入りのメーカーとかあるだろ? 」

 

「確かになのだ」

 

 文は俺のわがままを聞き入れてまた銃選びに戻った。文の横顔を見ると、真剣な眼差しでカタログとにらめっこしている。俺のために尽くしてくれる数少ない友達だ。大切にしなければ、そう思い俺はソファから立ち上がり、テーブルの角に寄せて置いてあった手提げ袋からカルピスを取り出し、俺と文のコップに注ぐ。零れない程度に注ぎ、ソファの前のテーブルにゆっくりと置いた。

 

「これはきょーじょー君が買ってきてくれたのだ? 」

 

「おう。チョコも買ってきたぞ」

 

 俺はいかにも高級そうな見た目の箱を開けた。中に入っているチョコは一つずつ小分けにされている。文はそのチョコ達を見ると途端に目を輝かせ​右手を伸ばし​──​チョコをとる寸前で固まった。

 

「ううう、今これを食べたら太るのだ」

 

「太る? 太らないって。むしろ文はもう少し食べた方がいいんじゃないかな」

 

「だって、太ったらその、きょーじょー君に嫌われるのだ・・・・・」

 

「俺がそんな事で文を嫌いになるわけないだろ。それに、一キロや二キロ太ったところで気づかないよ」

 

 文はそれを聞くと再び目を輝かせ、小分けにされている内の一つを手に取り口の中に放り込んだ。

 その瞬間、文は両手を頬にあてると心底幸せそうな顔をした。体を左右に揺らし幸せ全開オーラを出している。これは買ってきた甲斐があったな。

 

「ありがとうなのだ〜ほっぺたが落ちそうなのだ! 」

 

「ありがとう。そんなに美味しかったか? 」

 

「うん! 」

 

 チョコを口元につけ、無邪気に笑ったその顔に​──少しドキッとしてしまった。文は元から可愛いのにそんな顔を向けられて、心に響かないと言う者はいないだろう。

 それから文はパクパクと小分けにされているチョコを口に放り込んでいく。俺も一つ食べてみたが、甘すぎて無理だ。かといってコーヒーもまだ飲めない。アイスコーヒーもだ。あれのどこが美味しいのかよくわからん。

 

「きょーじょー君、これはどうなのだ? 」

 

 指さされたページを見ると、写っていたのはHK45​だった。

 

「HK45なら外見もいいと思うし、装弾数は十発、チャンバー内にあらかじめ装填しておけば十一発なのだ。使用弾薬は、.45ACP弾だから破壊力も充分なのだ」

 

「HK45か・・・・・そこにフラッシュライトをつければ暗い場所の戦闘が可能になるな。よし、それで決まりだ! 」

 

「ふふ、ふふふなのだ! 決まったのだぁ〜! 」

 

 え・・・・・文さん? テンションおかしくないですか?

文の頬は微かに朱色に染まっていて、えへへとだらしなく口を緩めている。

 

「きょーじょー君! いや、朝陽君! 」

 

「はい​・・・・・はい? 」

 

「前々から朝陽君は危なっかしいのだ! 何回も何回も入院して、あややがどれだけ心配したのか分かっているのだ!? 」

 

「あ、あの? 文​───」

 

「朝陽君! 」

 

「ゴメンなさい」

 

 おかしい。絶対におかしい。キャラが変わりすぎている。文はソファから勢いよく立つと、座っている俺の頭を両手でなで始めた。

 

「えへへ、いっつも入退院を繰り返してあややを心配させる朝陽君のためにとっておきのプレゼントがあるのだぁ」

 

 文はおぼつかない足取りで寝室に行くと、物を散らかす音が聞こえてきた。それも金属音だ。寝室に何を持ち込んでいるのかは知らないが、また何か開発したらしい。

 

「うーん、うーんなのだあああ! 」

 

 再びリビングに文が戻ってくると、文の片腕に盾が装着されていた。見た目が黒一色で、盾全体が二段構造になっている。盾の上から盾を繋げたような形だ。

 

「それは? 」

 

「これは、アルミニウム合金の中で最高の強度を持つジュラルミンがで出来た汎用長方盾なのだ! 」

 

「汎用ってことは守る以外に何かできるのか? 」

 

「そうなのだ! 盾をつけたまま拳で殴れるのだ! 」

 

 ・・・・・それって普通じゃないか?

 文はその盾を持ったままフラフラとソファまで歩き​、頭から突っ伏した。何があったんだと聞きたいが、文の口から次々と説明が溢れ出てくるのでタイミングが掴めない。

 

「ちなみにこの盾は二つに分けられるのだ。通常時はこうやって纏められて、持ち運びも楽なのだ。これを朝陽君にプレゼント! いつも他の装備科の人じゃなくてあややを選んでくれてるお礼なのだ! 」

 

「あ、ありがとう・・・・・」

 

「どういたしましてなのだぁ」

 

 文は俺に盾を渡してきた。盾の裏側を見ると手で掴んで扱うものではなく、衝撃吸収材が円筒形になっていて先端に謎のスイッチ付きの取っ手がある。そこに腕を通して取っ手を掴めば、銃弾を受けても怯むことなく突っ込めるな。盾自体の長さも、縦40cm、横20cmと防弾制服の背中にもぎりぎり隠せる。その場合は盾一つ持ちじゃないと制服が不自然な盛り上がり方になりそうだが。

 

「えへへ〜気に入ってくれたのだぁ? 」

 

「ああ。でもこの取っ手に付いてあるスイッチはなんだ? 」

 

「それは一回限りの必殺技! それを押せば盾の内部にある金属マグネシウムが外に押し出されて燃焼するのだ」

 

「つまり? 」

 

「閃光手榴弾機能付き長方盾なのだ」

 

 また珍妙なものを作りやがって。自分がその閃光をくらったらどうするよ。敵も俺も目を押さえながら悶えるという中々シュールな光景になるぞ。それに金属マグネシウムが入ってる所に着弾したら終わりじゃねえか。

 

 文はそんな事はお構い無しにテレビをつけ、丁度やっていた動物特集を俺の左腕を体全体で抱きつきながら見始めた。抱きつかれることは理子で慣れているから別に構わないが、アレが当たっているのだ。柔らかいアレが。外から見ても断崖絶壁のくせに、腕を押し付けられると確かに感じられる柔らかい感触が!

 

 俺はその押し付けられる感触から来る煩悩を必死に退治するが、文は我関せずとばかりに腕を抱きしめる力を強くしている。それもテレビに可愛い動物が映る度にだ。

 

「ちょっと腕を抱きしめる力を弱くしてくれない? 」

 

「朝陽君は暖かいからずっと握ってたいのだ〜」

 

 そんな事普段だったら言わないよね。これが素なのか? 学校ではなくプライベートの時の文がこの姿なのか?

 それからキンジに教えてもらった煩悩退散術を脳内で行っていると、腕にかかる力が急に緩んだ。

 

「歯磨きしてくるのだ! 」

 

 文は立ち上がると、両手を横に伸ばし、飛行機の真似をしながらリビングを出ていってしまった。

 いや、これはプライベートの時とか関係ない。本当にどうかしてる。

 

「文・・・・・妙に頬が赤いし、テンションもおかしい。いつからだ? 」

 

 そこで少し考えてみる。カレーを食べていた最中はいつものテンションだった。だとしたらその後だ。銃を選んでいる最中にチョコを食べて、カルピス飲んでて・・・・・チョコ?

 

(まさかチョコか? )

 

 俺は小分けにされていた高級チョコレートの箱の成分表を見る。そこには一般的なチョコに含まれている成分ばかりだ。カカオに糖質にアルコールに食物繊維に​──ちょっと待て。アルコールだとッ!? いや、入っていたとしても少量のはず! でもあの文のテンションは・・・・・間違いなく酔っている!

 

「たっだいま〜なのだ! 」

 

「文、酔ってるのかお前」

 

「全然酔ってないのだぁ! 」

 

 ──さっきより悪化してる気がする。だめだ、早くこの部屋から脱出しないとからまれる! !

 

「朝陽君今日はもちろん泊まっていくのだ? 」

 

「え、俺はお前が寝たら帰るが」

 

「帰っちゃいやなのだ! 」

 

 今にも転びそうな走り方で向かってくると、腰にしがみついてきた。涙を目にいっぱいに溜め今にも泣きそうなのを下唇を噛んで必死に堪えている。

 早速拘束されたよちくしょう! 可愛い・・・・・可愛いけどッ!

 

「明日はちょっと用事があるから​───」

 

「いやなのだ! 一緒にいてなのだ! 」

 

 頬に一筋の涙が伝っていくのが見える。これは、無理やりにでも帰ったらあとで恨まれるタイプだ。

 理子には悪いけど今日は文の部屋に泊まるしかないか・・・・・

 

「分かった、分かったから。帰らないよ」

 

「本当なのだ!? 」

 

 俺が帰らないと言った途端に、目に溜めていた涙は消え屈託の無い笑みを向けてきた。文は酔うとこんな甘えん坊さんになるのか。俺ならまだしも、他の男にこれをしたら一発アウトだ。色々な意味で。

 

「えへへ。もう九時だからあややはもう寝るのだ」

 

 寝るだけだったら家に帰してくれよ。

 

「朝陽君も一緒に寝るのだ」

 

 文は俺の手を引っ張ると寝室まで小走りで足を運んだ。照明は窓から差し込む月明かりだけ。こんな真っ暗闇の中、男女二人が同じベッドで寝るとは、これから俺の中で戦争が起こるぞ。天使(理性)悪魔(本能)の大戦争だ。今回ばかりは負けたら社会的にも理子にも殺されることになるぞ。そしたら文と外国を飛び回って逃げるしかない。

 

「ここがあややのベッドなのだ」

 

 案内されたベッドは熊のぬいぐるみや水玉模様の掛け布団がある。いかにも女子って感じだ。そのベッドに飛び込み、それにつられて俺もそのベッドに入らざるを得なくなる。柑橘系のいい匂いが俺を包み込み、一瞬だけ悪魔(本能)が優勢になったが、流石俺の天使(理性)だ。しっかりと持ち堪えてくれた。だがここで思わぬ攻撃が俺の体に襲いかかってくる。

 

「文、それはくっつきすぎじゃないか? 」

 

「そんな事ないのだ! 朝陽君はあややにされるがままになるのだ」

 

「いや、理性さんが悲鳴をあげてるんですよ」

 

 文は体全体で俺に覆いかぶさってきた。第三者から見れば文が俺を押し倒しているイケナイ状況になっている。

 このままされるがままだと高校生らしいそういう事が始まってしまう! 絶対に、絶対にR18展開には持っていかせないぞ!

 

「そうだ、前に絵本を読んでくれるって約束してたのだ。今持ってくるのだ」

 

 文は覆いかぶさった状態からその絵本を取るために俺に体を密着させてきた。

 ヤバいって、文も酔ってるからって危ないのは気づいてよ!

 

「んーあったのだ! 」

 

 そう言って取り出してきたのは、薄いペラペラな紙で作られている絵本だった。題名は暗くてよく見えないが、絵本にそんな薄い紙使ったか? だがこれは俺の煩悩を退散させるためのチャンスだ。これをフル活用してやる。

 

「読んでって言われても明かりがないぞ」

 

「今つけるのだ」

 

 文は、俺の横に寝転がりながら枕元にある小さな豆電球をつけた。そしてその絵本に写し出されていた表紙は​────

 

「え、ええええ!? 」

 

 ​────R18、色々とマズイ人が写っている成人向けの本だった。

 

「ちょ、文!? なんでこんな​本を!? 」

 

「あの二人があややのベッドの下によく隠すのだ」

 

「アイツらあああああああ!? 」

 

 何がこのチャンスをフル活用だ。フル活用したらダメだろ! 当たり障りナイトになる!

 

「読んでくれないのだ? 」

 

「まだ文には早いかな・・・・・」

 

「もうあややも大人なのだ! それくらいの知識はあるのだ! 」

 

 そう言うと、文は再び俺の上にのしかかり、互いの吐息がかかるくらいに顔を近づけてきた。子ども扱いされたを怒っているのか、リスのように頬を膨らませている。

 

「朝陽君が思っているほどあややは子どもじゃないのだ。そういう事にだって興味あるし、こんなことをするのは朝陽君の前だけなのだ・・・・・」

 

 涙とは違う潤んだような目で俺だけを見つめてくる。文の小さな手が俺の手を握り、外の暑さとは違う熱さが伝わってきた。

 小柄な体に華奢な手足、幼さと妖艶さを兼ね備えた顔、吸い込まれそうになる瞳、濡れたように艶やかな唇、乱れた髪、それら全てが月明かりに照らされ美しく際立っている。

 

「本当はずっと前からこうなりたかったのだ。でも朝陽君はいつも任務や訓練ばかりなのだ。でも・・・・・やっとできるのだ」

 

「文・・・・・酔いが冷めるまで大人しくして​──」

 

「大人しくするのは朝陽君の方なのだ」

 

 心臓が信じられないほど高鳴っている。文は少しずつ顔を近づけてきた。ここでされてしまったら、多分もう後戻りできない。自分自身のことだからよく分かっている。それでも​───文を止めることができない。

 

「朝陽君・・・・・大好きなのだ」

 

 文は静かに目を閉じ​────

 

 

 その唇は俺ではなく、横にある枕に落とされた。

 

「へ? 」

 

 そのまま時間が経たない内に静かな寝息が耳をくすぐってきた。

 

(・・・・・寝落ち、か)

 

 俺の心臓はもう寝てしまった文に聞こえるんじゃないかと思ってしまうほどうるさい。​俺は右手で拳を作り、

 

「うぐッ」

 

 思いっきり自分の頬を殴った。これが今出来る精一杯の自分への罰だ。雰囲気が良かったとはいえ、危うく流されそうになった。ここでしてしまったら文に一生消えない傷を負わせてしまう。それだけは​──友達として、してはならない。好きという言葉も酔いからきたただの悪ふざけだろう。

 俺はもう一発自分の頬を殴り、鈍い痛みを感じながら寝ることにした。

 

 

 

 

「​──それで、結局手は出さなかったの? 」

 

「そう! そうだから! 殴らないで! 」

 

 あの日、朝まで抱きつかれていた俺は一睡も出来なかった。起きた文は自分のベッドに俺がいることにビックリしたのか、弾かれたようにベッドから飛び出してリビングへ逃げ込んだ。そこで俺が一から説明してやると、全てを思い出したようで、床を回転しながら奇声をあげるという奇行を繰り広げ始めてしまった。

 

 よほど恥ずかしかったのか、声をかけてもその状態だったので盾を貰って帰ることに。その盾は一つは俺の背中、もう一つは寮にある。

 

 だが今は寮に置いてきた盾が喉から手が出るほど欲しい。なぜならば・・・・・アリアと理子に脇腹を一秒間に二回殴られながら台場に向かっているからだ。台場に行くのになぜ痛い思いをしなきゃいけんのだ!

 

「だったら! なんで首元に()()()()()()()があったのかな!? 」

 

「寝れなくてモゾモゾしてたら噛みつかれたんだよ! 何回も言わせるな! あとアリア、お前は関係ないだろ! 」

 

「うるさい! 黙って殴られてなさい! 」

 

 アリアはレキがキンジにプロポーズ、もといキスをしている所を目撃してしまったらしく、その日からずっと不機嫌だ。だからって俺に八つ当たりしないでもらいたい。

 

 それからしばらくパンチを受けつつ歩いていると、ビルの壁に寄りかかっている見た目が幼女の子が俺たちを見つめてきた。その子は清朝中国の民族衣装をアレンジしたよく分からない服装をしている。右目に付けている眼帯には赤い龍が描かれ、左腕にはグルグルと包帯が巻かれている。

 

「やっと来たアルね。待ちくたびれたヨ」

 

 その子は俺たちの行く道を塞ぐようにして立った。どこかで見たことあるような顔と喋り方だな。

 

「ややや⁉︎ そこにいるのはパンツ脱がせ魔なのカ⁉︎ 」

 

 その子は俺を見るなり失礼な事を言ってきた。パンツ脱がせ魔とか、初対面のやつにそんな事言われたく──あれ、もしかして、

 

「お前・・・・・藍幇の四姉妹か⁉︎ 」

 

「そうアルよ。私、お前に負けた日から必死に特訓して強くなったヨ。ここで恨みを晴らすネ! ──って言いたい所だけど、今、もう昔の私じゃないネ。今日は神崎・H・アリアを狙いにきたヨ」

 

「あぁん? アンタ、見るからに下級生なんだけど。『水投げ』の日だからって下級生が上級生を呼び捨てにして良いという訳ではないのよ? てか、まずアンタから名乗りなさいよ」

 

 そう、今日は水投げ──徒手でなら誰が誰にケンカをふっかけてもいいという東京武偵高の狂った喧嘩祭り──の日だ。だが目の前にいるコイツは喧嘩を売る相手を間違えたな。気が立っているアリアに敵う相手など少ないはずだ。

 

「それもそうアルね。じゃあ名乗らせてもらうヨ」

 

 ソイツは包帯が巻かれている左腕を天高く上げると不敵な笑みを浮かべた。

 

「我が名はココ!『万能の武人』の二つ名を持ち、この薄汚い世に終焉をもたらす者アル! 」

 

 あ、ダメだ。この子も色んな意味でダメなやつになっちまった。

 

「ココ、その二つ名って自称じゃなかっけ? 」

 

「黙るアル! 我に逆らえば、我が右目に封印している紅龍が目を覚まし、破壊の限りを尽くすアルよ! 」

 

「そ、そうなの!? 」

 

「真に受けるな」

 

 前に会った時から変わりすぎだろ。コイツらのボスも大変だな・・・・・

 

「紅龍を操る事が出来るのは我が怒り喰らう左腕(イビルバイター)だけアル! 解き放たれたくないなら、私の言う事、聞くネ! 聞かないと、この右目​​──紅龍ノ血眼(ブラッドアイ)が暴走するアルよ! 」

 

 ココは右手でその紅龍ノ血眼(ブラッドアイ)とやらを隠す仕草をした。眼帯に描かれてるのがその紅龍とやらか。浅草のお土産店にありそうな絵柄だが・・・・・

 

「やってみなさい! 何が来ようと全部風穴開けてやる! 」

 

「ダメだアリア。アイツは​──ココは病に侵されている。少なく見積もって半年間位は治らない。マトモにアレを相手にすればお前も感染しかねないぞ」

 

「ど、どういうこと? 」

 

 アリアは振り返ると、キョトンとした顔で俺を見つめてきた。

 

「ココ! お前は今何歳だ! 」

 

「生を受けて14年アル、だがしかし! 私の力は​今も尚成長し続けるアル! 」

 

 くそッ! これは完全にそっち側に堕ちてるぞ!

 

「ちょっと! アイツは何言ってるの!? 」

 

「アリア・・・・・あれは思春期を迎えた中学二年の頃にかかってしまうと言われる病だ。その病にかかってしまえば、形成されていく自意識と夢見がちな幼児性が混ざり合って、おかしな行動をとってしまう」

 

「キョー君、あれは多分、邪気眼系だよ」

 

「ああ。このタイプはあとから思い出すだけで悶え死ぬレベルだ」

 

 そこまで言ってもアリアは首を傾げている。いい加減気づけよ!

 

「邪気眼系って何よ! 」

 

「簡単に言えば自分に隠された強大な能力があると信じ込んでいるタイプだ」

 

「じゃ、じゃあその病の名前は? 」

 

「シャーロック四世! 早く私と闘うアルよ! さもなければ、この怒り喰らう左腕(イビルバイター)紅龍ノ血眼(ブラッドアイ)がお前を殺すネ! 」

 

俺はアリアの心に刻みこむように話した。

 

「アリアよく聞け。もう一度言うが、アレは思春期の少年少女達を悩ますただ一つの病。恐ろしくも愛すべきその病の名は​​───中二病だ」

 

 

 




緋アリの設定資料集を購入。一番驚いたのは、平賀さんの方がアリアより背が高いことでした。原作に平賀さんの方が背が高いってのってたかな・・・・・?
レッドアイからブラッドアイへ変更しました。


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第29話 緋色流星

前回 平賀さんに盾貰ってココが中二病だった


 アリアにココがかかっている病​───中二病の事を伝えると、少し考える素振りを見せ、何かを思ったのか目を輝かせた。

 

「中二病・・・・・なんかカッコイイ響きね」

 

「早速感染してんじゃねえよ! 」

 

 ダメだ。アリアまで感染させたら目も当てられない事態になる! ココはただの思い込みだと思うが、コイツの場合は緋緋色金が体内にあるせいで変な能力を使えるんだ。『緋天』だったか? それを撃ちながら中二病発言でもしてみろ、世界中から頭のおかしい娘だと警戒されるに決まっている。

 

「そっちが仕掛けないなら、コッチから仕掛けるアルよ! 」

 

 ココは元々小柄な体をさらに小さくするように屈むと、地を這うようにして突進してきた。

 

「​───ッ」

 

 アリアはそれを見ると、逃げたりはせずその場で膝を少し曲げて体の重心を下げた。ココはアリアより身長が低いため投げ技をかけられやすい。それを警戒してわざと逃げなかったのか。

 

「食らうアル! 紅龍ノ鎌(クリムズンサイス)! 」

 

 ココはアリアの一歩手前で回転すると、そのまま懐に飛び込んだ。ココが回転する事で自慢のツインテールがアリアの目線の高さまで浮き上がって目隠しの役割を果たしたのか。てか普通に回転しただけじゃねえか。

 ココは低い姿勢から一気に飛び上がりアリアの首元に巻きつけるように足を交差させた。そのまま・・・・・首の骨を外そうと締め上げてるぞ!

 

「アリア! 」

 

「ぐっ・・・・・来なくていい! 」

 

 アリアは苦しい表情を浮かばせながら、ココの太ももを鷲掴むと、爪を突き立てるようして握った。

 

「いいいいたいいたいアル! 」

 

「痛い、なら離しなさい! 」

 

 アリアはさらに力を込めたようで、ココの細く柔らかそうな太ももに爪がさらにめり込む。もうそれ刺さっているんじゃないか!?

 ココは痛みに顔を歪ませるとアリアを拘束している両足を解き、そのまま勢いが乗った拳をアリアの顔面に放った。

 

「そう来ると思ってたわ」

 

 アリアは真正面にきた拳を見てニヤッと笑みを零すと、その拳を自分の体の外側に弾き今度はアリアが懐に飛び込んだ。勢いが乗っている拳を『止められた』わけではなく『弾かれた』ココはその勢いを殺せず、アリアのコンクリートを破壊する威力を持つ中段蹴りが腹に炸裂するのを黙って見ることしか出来なかった。

 

「ごほッ!? 」

 

 ドゴッ、という痛々しい音が聞こえ、ココは数十メートルも吹き飛ばされてしまった。だがアリアの攻撃を食らったにも関わらず、体操選手のように空中で華麗な回転をしながら着地した。

 

「ちっ、当たる瞬間に衝撃を吸収されたわ」

 

「・・・・・完全に殺す気だったよねアリア」

 

「うるさいわね理子。あれでも加減したほうよ」

 

 人が数十メートル吹き飛ぶ蹴りが『加減』した程度の威力なのか。加減という意味を調べた方がいいんじゃないかな。

 

「やるアルね。もうちょっと受け身が遅れていたら胃が破裂してたヨ」

 

「ほらやっぱり殺す気だったじゃねえか! 」

 

「変態は黙ってなさい! 」

 

 ココはアリアに歩み寄りながら、左手に巻かれている包帯を少しずつ解き始め、それと同時に気味の悪い笑い声を辺りに響かせる。

 

「きひひひヒ! やっぱりお前は強いネ。遂にこの力を発揮する時が来たアル! 我が怒り喰らう左腕(イビルバイター)よ! その力を地上の愚民共に知らしめるでアル! 」

 

「そんな事・・・・・あたしの緋色流星(スカーレットミーティア)が許さないわ! 」

 

「アリアが堕ちた!? 」

 

 アリアはココに真正面から突っ込んで行く。ココはまたきひひと笑うと、アリアの顔が来る位置に鋭い回し蹴りを放った。だがアリアも自らそこに飛び込んでいき、ココの回し蹴りが当たる寸前に空中前転で頭を下げる事で回避する。そのままアリアはかかとをココの額に振り下ろした。

 だが超スピードで落とされたそれは、ココが上体を後ろに反らす事で避けられる。その代わりにココのかかと落としが、地面に仰向けに倒れたアリアの腹に直撃した。

 

「うぐっ! 」

 

「死ねアル! 」

 

 包帯が半分解けた左腕の拳でアリアの顔に強烈な一撃が迫る。

 だがアリアはその迫り来る拳に頭突きで迎え撃ち​──ゴンッ! 見てるこっちが痛くなる威力のモノがぶつかり合った。アリアは自分の額を、ココは左腕の拳を庇いながら両者とも距離を開けた。

 

「コノ石頭! どれだけ硬いアルネ!? 」

 

「アンタの左手も頑丈なのね」

 

 二人共肩で息をしている。だがココの瞳に宿っている闘志は未だ健全なままだ。アリアもきっとやる気満々だろう。だが、その雰囲気を壊す一本の電話がココから鳴り響いた。

 

「なにアルか・・・・・」

 

 ココは構えを解くと自分の胸元に手を突っ込み、折り畳み式の携帯を取り出した。ピンク色でいかにも女の子らしい携帯だ。そこだけは中二病入らなかったんだな。

 

「・・・・・わかったアル。今すぐ行くネ」

 

 渋々といった感じで携帯をまた胸元に戻すと、半分ほど解けていた包帯をまた巻き始めた。だがアリアはそんな事はつゆしらず、ココに殴りかかろうと足を踏み出したが、ココはそれに動揺することなく袖を大きく振り払う動作をした。ただカッコつけて振るっただけか?

 

「​朝陽、理子! 目を閉じて! 」

 

「・・・・・え? 」

 

 その瞬間、世界が真っ白になった。比喩ではなく、何も見えなくなるくらいに真っ白に染め上げられた。そして遅れてやってくる目を焼き尽くされるようなこの痛みは​​───

 

「目が、目があああああああ!? 」

 

「キョー君食らったんだね・・・・・」

 

 もはや自分が立っているのか、それとも地面に横たわり無様に転げ回っているのか分からない。だが一つだけ言えることがある。

 

「何も見えねえし痛い! 」

 

「耳は聞こえる? フラッシュバンだったけど距離はあったし、耳は大丈夫か。ほら、立って」

 

 理子が俺の右手を握ってきた。こういう気遣いはありがたいな。

 俺は素直に握り返し立ち上がり、左手も何か掴めるものはないかと伸ばすと、ムニッとマシュマロのように柔らかい何かを掴んだ。理子の・・・・・肩か?

 

「ふう、これで落ち着いた」

 

「な、ななな何が落ち着いただよ! 死ね! 」

 

 理子の罵声が聞こえ​───

 

「うぶっ!? 」

 

 俺の顎に左から右へと突き抜ける衝撃が走り抜けた。それは俺の意識を刈り取るには十分すぎるほどの威力であり、真っ白な世界から一転、暗い世界へと塗りつぶされ​ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君、そろそろ私もキレそうなんだけど」

 

「何で俺ここにいんの? 」

 

「君が峰理子の胸を掴んで『ふう、これで落ち着いた』とか言うからだよ! 」

 

「え、胸・・・・まじかよ」

 

 目の前には見渡す限りの花畑。空は雲が散りばめられ、どこからともなく吹いている風は穏やか。気候も夏とは思えないほど暖かく心地の良い場所だ。そして俺のすぐ側に、優しげな目をつり上がらせている少女がいる​────睨まれてなければ、あと転生の間でなければ幸せだったんだけどな!

 

「おいロリ(ゼウス)、そういえば何で毎回毎回俺の行動がお前に知られてるんだ。お前との通信は切ってあったはずだが」

 

「それはね・・・・・私が最上位神だから」

 

「理由になってるようでなってねえぞ」

 

「そんな事より君の女癖が悪いのが気になるんだけど」

 

「話を逸らすなよ! 」

 

 目の前にいるロリ神(ゼウス)は頬をプクッと膨らませそっぽを向いてしまった。子どもかお前は。あ、見た目も中身も子どもか。なら仕方ない。

 

「まあそういう事にしてやろう。それで今回の死因は? 」

 

「死んでないけど、峰理子に顎を殴られて脳震盪を起こしながら固い地面に倒れたことかな」

 

 これで死にかけたのは何回目だ? 数えるのも面倒になってきたな。完全に死んでないだけマシだとは思うが・・・・・

 

「君は死にたがりなの? あ、もしかして私に会いに来るため!? 」

 

「全然ちげえよ」

 

「殺​───」

 

「違くなくもないと言いますか、えー今の所はその質問には答えられません。ですが一つだけ言えることがあります。死にたく、ないです」

 

 ロリ神は、ハァとため息をつくとジト目で俺を睨んできた。

 

「大体君は死にそうになりすぎなんだよね。これじゃあ瑠瑠神(バカ女)と戦う前に本当に死んじゃうよ? 」

 

「以後気をつけますよっと。それで、瑠瑠神を倒す方法って瑠瑠色金を傷つけること以外あるか? 」

 

「うーんそうだね・・・・・」

 

 小さい手を口に当てると俺の周りをグルグルと回り始めた。そんな所も小さい子と似てるのか・・・・・逆にコイツが高校生くらいの時の考える仕草を見てみたいな。

 

「一つだけあるよ」

 

「​──ッ、本当か? 」

 

「でもこの方法は本当に最後の手段。君が瑠瑠神に手も足も出せなくて追い詰められてる時しか使えない。それにこれは倒す手段じゃないけど。まあ・・・・・その時が来たら教えるさ」

 

 ロリ神(ゼウス)は切なげな顔をすると俺の背後に周り​、そっと手の平を当ててきた。触れられている部分が衣服越しでも分かるくらい温かい。そしてその手の横に固くてゴツゴツしたものが背に当てられた。

 

「これは私からの御守りだよ。ちょっと痛い思いをするけど、我慢してね」

 

 何を​───

 

「​───あづっ! 熱い熱い! やめろ離せ! 」

 

「あとちょっとだから待って! 」

 

 熱い熱い熱い! 焼けた鉄棒でも押し付けられてるのか!?

背中の皮膚がドロドロに溶けてる感触が・・・・・痛みで腰が抜けそうだ!

 

「う・・・・・ぐううぅぅう」

 

「もう少し」

 

 熱さで手足の感覚が麻痺してくる。ロリ神の手から抜け出そうとしてもピクリとも動かない。

 そろそろ・・・・・限界だぞ!

 

「もう少し・・・・・うん、終わり! 」

 

 すると背中を溶かすような熱さが一瞬にして消え去った。その安心感に膝から崩れ落ちるようにして倒れる。

 

「はあ・・・・・はあ・・・・・お前何を、した? 」

 

「君に私の御守りをあげただけだよ。痛かったかな? 」

 

「痛いを通り越して熱いわ! 俺の背中は今どうなってる? 」

 

「普通だよ。私がちゃんと治癒させてあげたんだから」

 

 ってことは治癒する前は悲惨だったことだな。痛えよ。御守りを受け取るのにこんな痛い儀式的なものがあってたまるか。

 

「御守りって渡すのにこんな痛いのかよ・・・・・」

 

「ごめんね。でもこうするしか方法はなかったの」

 

「まじかよ・・・・・で、効力のほうは? 」

 

「私からの祝福。君が瑠瑠神を無事に倒すことが出来るようにね」

 

「祈るだけだったらこんなに痛い思いさせなくてもいいだろ! 」

 

「あはは・・・・・あ、迎えが来たよ」

 

 後ろを見ると、木製のドアから無数の紫色の手が俺に伸びていた。これももう見慣れてしまった光景だ。

 

「そういえば君に一つ伝え忘れていたことがあった。君が持っている雪月花だが、絶対に肌身離さず持っていてね」

 

「あ、その事で戻される前に一つ頼み事がある」

 

「ん、なんだい? 」

 

「文から貰った盾を装備すると重いんだよな。ダガーやら雪月花があって。だから雪月花をもうちょっと短くできないか? 」

 

 ロリ神はそれを聞いた途端、不機嫌そうな顔をした。

 

「そんな事は無理。その盾を捨てちゃえばいいのに」

 

「ひどいこと言うなよ・・・・・」

 

「とにかく! 絶対肌身離さず持ってて! 」

 

 別に雪月花を使わないって言ってないのにそんな怒ることでもないだろ。

 盾は標準装備させたいし、雪月花とHK45は必須だから・・・・・ダガーを外すしかないか。そうでもしないと動きが制限されるからな。

 

「はいはい。肌身離さず持ってますよ」

 

「もう一度言っておくけど、それは私が作った対瑠瑠神(バカ女)用の刀。それを持ち歩かずに出会ってしまったら​──君は魂を持っていかれる」

 

「はあ? 魂って​───」

 

 重要なことを聞く前に抗い難い力で後ろに引っ張られた。必死に言葉を紡ごうとするが紫色の手の一部が俺の首を締め上げ・・・・・そのまま意識は暗転していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「知らない天井​───って眩し!? 」

 

 真夏の太陽が視界の端に映り込み反射的に視線をずらすと、柔軟剤の良い匂いがする服が目の前にあり、側頭部に柔らかい何かが当たっている。

 

「おはようキョー君。閻魔様に地獄追い出された? 」

 

「残念だったな! 死ぬ寸前だったから会ってないぜ! 」

 

 ああ、これは理子の匂いだ。しかも膝枕。最高だッ!

 

「じゃあ朝陽も起きたことだし、早速お台場に行きましょ」

 

「ん、俺どのくらい死んでた? 」

 

「大体五分くらいよ。そんなに長くないわ」

 

 五分か・・・・・結構短いな。今までで最短かもしれん。早く戻れるようにロリ神が気を利かせてくれたのならロリ神呼ばわりせずちゃんとゼウスっていうんだが。どうせそんな事考えてないだろう。聞きたい事があった気がするが──なんだっけ。

 というか俺の『死んでた? 』ってセリフにツッコミをいれてくれないのは酷くないですか?

 

「分かった。このまま理子に膝枕をしてもらいたい所だが、もう殺されるのはゴメンだ」

 

 心残りがあるが俺は体を起こし立ち上がる。

 その時理子が俯いたままボソッと何か言ったが聞き取れなかった。

 

 それから真夏の太陽に照りつけられながら駅まで歩き、お台場行きの電車に乗る。電車の中はクーラーが効いているので快適だ。

 

「ねえ。理子に殺されてる間にどんな夢見てたの ? 」

 

「なんでだ? 」

 

「だってキョー君、背中を抑えて暴れてたもん」

 

「あー・・・・・アレだ。背中から焼かれた鉄板の上に落ちた夢だ」

 

「なにそれ」

 

 理子とアリアは苦笑いをした。

 本当はロリ神に『御守り』とやらを授かったんだが信じてもらえそうにない。どこの世界に痛みを伴う御守りの授かり方があるんだってな。俺が聞きてえよ。

 その後もどのくらい焼かれてた等あの痛みを思い出させるような質問を遠慮なくかけられゲンナリしたところで、

 

『次は〜台場。台場です』

 

 と、機械で作られたアナウンスが電車内に響いた。

 

「お、もう着くのか。外に出たくねえな」

 

「あ! 台場駅の近くにクレープ屋ができたらしいね! アリアも行こうよ! 」

 

「いいわね。緋色流星(スカーレットミーティア)で体力がごっそり持ってかれたから、ちょうど甘い物が食べたいと思ってたのよ。もちろん朝陽のおごりね」

 

「なんでだよ! 絶対払わないからな! 」

 

 すると両側から四丁も銃を突きつけられた。それも他の乗客に見えない絶妙な角度で。俺何も悪いことしてないぞ・・・・・

 

 台場駅につきアリアの案内でクレープ屋に着いた。

 そこに並んでいる男女七人くらいの高校生グループの後ろに並ぶ。高校生グループの中の女子​──結構可愛い子達は俺たちを見るとヒソヒソ話し始めた。

 

『ねえ、あの金髪の人めっちゃ可愛くない!? 』

 

『横にいるピンク色・・・・・赤色? みたいな髪の子も可愛いよね! 』

 

 アリアと理子も聞いていたようでドヤ顔を向けてきた。俺は? 俺のことは何か言わないんですか? あとムカつくからそのドヤ顔はやめろ。

 

『真ん中の男の人もカッコイイけど、変態そうな顔してるね』

 

『分かる! ムッツリスケベ的な? 』

 

 何がムッツリスケベだよ! 外見で人を判断しちゃいけないって習わなかったのか!?

 横を見ると理子が引き笑い気味に笑っていた。

 終いには泣くぞこら。

 

「毎度あり! いつもありがとね! 」

 

「じゃねーおじさん。また来るよー」

 

 高校生グループはクレープ屋のおじさんに別れを告げると、和気あいあいとしながら駅の方へ向かって行った。平和で羨ましいよ。

 

「おじさん! 桃まんクレープってある? 」

 

 あるわけないだろ。常識的に考えて。

 

「おお嬢ちゃん! あるに決まってるじゃねえか」

 

「「あるの!? 」」

 

 え、桃まんだぞ? あのよくわからない食べ物のクレープがあるのか!?

 

「ちょっと待ってな。あとの坊ちゃんと金髪の嬢ちゃんは何にするんだ? 」

 

「じゃ、じゃあ理子はイチゴクレープで」

 

「俺も同じやつをお願いします」

 

「あいよ! 」

 

 クレープ三つの代金を渡す。

 おじさんは代金をレジに入れると、器用な手さばきでクレープ生地を薄く伸ばしていく。そして生地が丸型の鉄板に十分に広がったところでヘラのようなものを取り出した。

 それを固まった生地の下に滑り込ませると​、もう一つの丸型の鉄板の上に寸分の狂いもなく乗せた。

 

「おじさんすっごーい! 」

 

「へっへっ。この道十年だからな」

 

 満面の笑みを浮かべると、桃まんの中身と思われる具材を生地の上に並べ、それを素早く生地で巻いた。

 

「はいよ! これはオマケだ」

 

 と、アリアに差し出されたクレープの上に、自作であろう小さい桃まんが乗っている。それを見るとアリアは両手を胸の前で合わせ目を輝かせた。

 

「ありがとうおじさん! 」

 

「おうよ! そこの坊ちゃんと嬢ちゃんも今作るからな! 」

 

 さっきと同じ手順でクレープが作られていく。

 もう職人レベルまで到達している手さばきだ。テレビに出てもおかしくないぞ。近くにフジテレビあるし。

 

「ほれ! イチゴクレープだ」

 

 おじさんから二つイチゴクレープを受け取り​──イチゴの多い方を理子に渡す。俺の方が多いとあとでクレープごと食われるからな。

 ・・・・・まあどうせ気づかないだろうけど。

 

「あ、ありがとう」

 

It's my pleasure(どういたしまして)

 

「・・・・・何で英語なの」

 

「気分と気分。あと気分だな」

 

「どれも気分じゃん」

 

 おじさんにもう一つイチゴクレープを貰いそばの木陰のベンチに腰掛ける。アリアは先に座っており満足げな顔で桃まんクレープを頬張っていた。

 俺もアリアの隣に座りイチゴクレープを食べる。

 

「美味しい! これで私の宿敵・・・・・いや、我が宿敵のココと決着がつけられるわ」

 

「そろそろやめよ? あとで恥ずかしくなるから、ね? 」

 

「飽きたらね」

 

 コイツが飽きた時にこの時の言動を見せたらどうなるのだろうか。ビデオカメラでも持ってたら撮るが、生憎そんなもの持ってない。貴重な姿なんだけどなあ。

 アリアのそんな姿を見ていると肩を優しく叩かれた。振り向けば、口元にクリームをつけている理子が俺の体をじろじろと見ている。

 

「キョー君、あややから盾貰ったんだっけ? 今それはどこにあるの? 」

 

「制服の背に隠してあるぞ」

 

 理子は俺の背に触り盾があることを確認すると不満げな表情をして俺を睨んできた。

 

「ふーん・・・・・いいの貰っちゃって」

 

 何でそんな顔するんだ?

 ───もしかして。

 

「なあ、もしやとは思うが​、文と仲悪い? 」

 

「そんなわけないじゃん。あややは大好きだよ」

 

「じゃあ何でそんな顔しているんだ? 」

 

「・・・・・ライバル(あやや)に先を越されたから」

 

 理子が文と競うことでもあるのか?

 本当にこの二人の関係は謎だ。

 ​──もしかして二人が俺のこと・・・・・いや、ないな。ラブコメの主人公じゃないんだ。それに文も理子も俺のこと好きじゃないって言ってたしな。三十歳超えるまでに()()出来るか心配だ。

 俺がそんなくだらない事を考えていると、どこからともなく突風が吹いてきた。

 

「あ! 紙が! 」

 

 アリアの桃まんクレープを包んでいた紙が風で飛ばされてしまった。てか食べ終わるの早くないですか。

 

「もう、取ってくるわ」

 

「迷子にならないようにな」

 

「子どもじゃないわよ! 」

 

 ​──ゴスッ! と俺の頭をぶん殴ってから風に煽られた紙を取りに駆けて行った。

 脳震盪起こしたばかりなんだから、せめて頭だけはやめてくれよ。

 

 アリアが紙を追いかけて見えなくなった所で、理子が変な事を聞いてきた。

 

「キョー君はさ、ハーレムってどう思ってる? 」

 

 いつものおちゃらけた雰囲気とは違う感じだ。

 

「ハーレム? まあ男の夢だな。可愛い子に囲まれれば人生バラ色だろ」

 

「そう・・・・・なのかな。やっぱり男の人って」

 

「世間一般だったらね。でも俺はそうは思わないよ」

 

 理子は面食らった表情で俺を見た。

 

「複数の可愛い子から好意を寄せられて、男だったら嬉しいさ。でも・・・・・男がその中の誰か一人だけを好きになってしまったら、他の子達はどうなる? 男の方も好きじゃないのに相手にしなければならない。仮に他の子達に自分の思いを告げるのだとしたら、数が多いだけ辛い思いをすることになるから。だから俺はハーレムは好きじゃない。二次元だったらいいけど」

 

 ちょっと長く話しすぎたかな。理子も唖然としてるし。

 

「そっか・・・・・じゃあ二人の女の子から好きって言われたら、キョー君はどうする? 」

 

「俺は不器用だから二人に同じぶんだけの愛情を注ぐことはできない。悩んで悩んで、悩み抜いて一人を選ぶよ」

 

 理子はそっかと頷くと、少しはにかんでから残りのイチゴクレープを食べ始めた。俺も残りのクレープを食べるため理子から目を離す。

 視線を逸らす一瞬前に見えた理子の顔は、いつもの笑顔に戻っていたが​───大きく可愛らしい瞳には、どこか切なげな気持ちを宿しているように見えた。

 

 

「​───アンタはいい! 」

 

 突如吹いた風に乗ってアリアの怒鳴り声が聞こえてきた。俺と理子で顔を見合わせ、アリアが紙を追っていった場所へと向かう。

 

 

 そこには・・・・・

 

 

 

「あ、ああアンタはいい! そういうヤツだって分かってたから! そうよね、アンタはそっ、そういうおとなしい美人がだぁい好きだもんね! しっ、白雪とか! アンタは別に・・・・・でもレキ! あんたやってくれたわね!? 校内ネットで見たわよ! あたしに断りもなく・・・・・キンジと二人チームの申請をするなんて! 」

 

 

 修羅場が広がっていた。

 

 

 

 




紅龍ノ鎌 ツインテ振り回すだけ
緋色流星 ただの頭突き


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第30話 絶交

前回 アリアとココの勝負に決着がついて、ゼウスと対話。そのあとクレープ屋行ったら修羅場突入


 アリアとレキの間にバチバチと火花が散っている幻覚がする。アリアは犬歯をむき出しにしてグルル、と犬みたいに唸っているが、レキは無表情を崩していない。ただ形容しがたい何かを瞳に宿しているだけだ。

 

「アリアさんは・・・・・キンジさんの何なのですか? 」

 

 レキが抑揚のない​──だがハッキリと敵意のある口調でアリアに尋ねた。

 

「た、ただのパートナーよ! 」

 

「私は婚約者です。これは遊びではありません。本気です。今後キンジさんに近づかないでください。これからもキンジさんは昼夜を共にしてもらいます」

 

 レキから繰り出される言葉にアリアは一々反応を変えながら、耳まで真っ赤に染めていた。

 キンジの反応を見る限り、夜を共に過ごしたといっても一線交えてはいなさそうだな・・・・・今から一戦交えそうだが。レキではなくアリアと。

 

「キンジ! アンタはレキと・・・・・組むの!? あたし達から離れて二人でやっていくの!? 」

 

「そんな事、お前に関係ないだろ。俺は来年になれば武偵校から出ていくつもりだ。チームとかパートナーとか、お前だって​───」

 

 そこまで言ってキンジは言葉を詰まらせた。言ってはいけない事を言う直前で踏み止まったって感じだ。

 キンジはため息をつくと、キンジとアリアの間にできた溝をさらに深めるような事を言い出した。

 

「アリア。仮に俺とお前、あと理子とか朝陽とかでチームを作ったとして、それが何になる。さっきも言ったが来年になれば俺は武偵校からいなくなる。すぐにバラバラになるんだ。それなのにチームを組むなんてナンセンスだろ」

 

「ちがう! たとえバラバラになったとしてもチームはチームよ! 国際武偵連盟に登録すれば制約なしに助け合うことが出来るし、あたし達が仲間だった証がずっと残る! だから​────」

 

「そんなもの残さなくていい! 」

 

 キンジは少し目を見開いていた。自分が声を荒らげたことにビックリしているのか。

 これは・・・・・本格的にマズイぞ。こうなってしまったら気持ちを抑えることは難しくなる。今までパートナーとしてやってきたなら尚更だ。

 

「もうほっといてくれ。お前と一緒に戦ったことは過去のことだ。お前はお前で新しいパートナーでも・・・・・」

 

 そう言った所でキンジが言葉を飲んだ。

 アリアが拳を震わせキンジに近づいていくからだ。

 

「おいアリア! やめろ! 」

 

 俺の忠告も聞かずどんどんキンジに近づいていき​──

 

 

 

 ​────パシィッ!

 

 あまりにも意外なことでレキを除く全員目を丸くした。

 キンジとアリアの間にレキが素早く入り込んだかと思うと、()()()()()()()()()()()()()()()

 不意のことでアリアは反応できずその場に尻餅をついた。

 

「え・・・・・レキ・・・・・え? 」

 

「キンジさん下がってください。今のアリアさんは危険です」

 

 レキは肩にかけてあったドラグノフを回転させると袖から銃剣を取り出し、ドラグノフの先端に着装し、低く構えた。

 あれは​────完全にアリアを殺す気だ!

 

「アリア避けろ! 」

 

 レキが、槍と化したドラグノフをアリアの首元に突き刺すように動かした。

 アリアは背中の小太刀を逆手で一本抜き、迫り来る銃剣を横に弾く。だが完全には避けきれていなかったようでアリアの緋色の髪が一、二本斬られ宙を舞っている。

 

「キョー君後ろにも敵」

 

「敵って・・・・・デカい犬のことか」

 

「正確には狼」

 

 振り向くと、美しい白銀の毛並みにアリアとは比べ物にならない鋭く尖った犬歯をむき出しにした狼が低く唸っていた。

 

「襲ってくると思うか? 」

 

「アレはレキュが『襲え』と命令すれば襲ってくるだろうね。キョー君その時は背中の盾で守ってね」

 

「はいはい・・・・・理子を守る盾となりますよ」

 

 背後でまだ金属音が鳴り響いている。レキのあの構え方はえらく古風な銃剣道の構えだ。堂に入っているが、今戦っている相手は『双剣双銃』のアリア。本気を出せば決着などすぐつくだろう。でもまだ決着がついていないって事はアリアが手を抜いているから​───レキが親友だから本気を出せていないのか。

 キンジとアリアがカナさんの件で喧嘩別れした時もアリアを泊めてくれたのはレキであり、数々の任務を一緒にこなしてきた戦友(ともだち)だから。

 

「ハイマキ、やりなさい」

 

 レキの澄んだ声に俺たちを睨んでいる狼​──ハイマキはレキの声を聞くや否や、犬より発達している四肢を動かし俺たちに向かってきた。

 俺は制服の背中にある盾の衝撃吸収材に左腕を通し、右手は制服の袖の中に入れ、噛まれても手を食いちぎられないようにする。

 

「さあ犬っころ! こっちだ! 」

 

「グルァ! 」

 

 ハイマキは体全体を使って体当たりをしてきた。

 正面から車が当たってきたような衝撃​だが──まだ耐えれるぞ!

 ハイマキは盾を噛み砕こうとしているが、この盾はジュラルミン製なんでね。そう簡単に壊されてたまるものか。

 

「理子・・・・・ハイマキを無力化させろ! 」

 

「じゃあ押し倒されて」

 

 押し倒されろだとっ!? 中々鬼畜な事を言ってくれるぜちくしょう!

 俺は腰をゆっくり落としながら盾に込める力を徐々に抜いていく。ハイマキはヨダレを俺の顔に撒き散らしながら自身の体重をかけ​───俺はそのまま押し倒された。

 

「グルゥ! 」

 

 顔の肉を食いちぎろうと迫ってきた牙を首を左右に動かし、右手でハイマキの目を覆うことでなんとか避けていると​、

 

「とうっ! 」

 

 理子が横から見事なヘッドスライディングをハイマキの横腹に決めマウントを決めた。

 

「ふっふーん、もきゅもきゅにしてやるぞぉ! 」

 

 そのまま理子はハイマキの上からうつ伏せに寝るようにして押し潰し動きを封じてしまった。

 ハイマキに力で負けたら食われるって恐怖はないのか?

 

「やめろレキ! 」

 

 キンジの鬼気迫る声が聞こえ、ついにレキがヤらかしたのかと思い恐る恐る振り向いてみると・・・・・

 アリアの首にドラグノフの銃剣が深々と突き刺さっていた。

 

「お、おい! 」

 

 レキはドラグノフを回転させつつ、また連撃に入る速度を稼ぐつもりなのか距離をとって再び構える。

 アリアの首からは​───血は出ていない。

 よかった、アリアの首スレスレに刺さっていたのか。

 

「レキ! そこまでだッ! 」

 

 ずずっ、とレキがつま先を動かした瞬間キンジの怒鳴り声が再び響き渡った。レキはキンジの声を聞くと、ドラグノフを一回ししてから肩に担ぎ直した。

 レキを友達だと、親友だと思っていたアリアは、目に大量の涙を浮かべながらもレキをきつく睨んだ。

 

「あんたなんかもう絶交よッ! 二度と・・・・・うっ・・・・・二度と顔も見たくない! 」

 

 そう喚き散らすと台場駅方面へ走り去ってしまった。俺と理子は慌ててアリアのあとを追う。

 ハイマキは無防備に背中を向けている俺たちを襲うことはなかった。

 

「アリア! 待てって! 」

 

 十分聞こえている筈なのに、アリアは止まらない。それどころか走る速度をあげている。

 だが​───

 

 

 

 ​───小石につまずいてしまったようで、その速度のまま地面に倒れ込んでしまった。

 そのまま立ち上がろうとせず、両手を地面につけたまま涙を零している。

 

「アリア​・・・・・」

 

「キョー君、理子が行ってくる。キョー君は先に帰ってて」

 

「わ、わかった。アリアを頼んだぞ」

 

 コクリと頷くと、アリアの元まで走り寄り傍にしゃがんだ。アリアは差し出された手を一度は払うが、もう一度差し出されると・・・・・その手をとることなく理子の胸に抱きついて子どもみたいに泣きじゃくり始めた。

 

 心を痛ませながらも理子に言われた通り帰路につく。

 どうすんだよこれ・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアがレキに絶交宣言をしてから数日後、目の前に広がるのは桃源郷もとい第二グラウンド脇のテニスコートにいる。このテニスコートは女子がいつも使っているのだ。別に覗きに来たわけじゃない。俺と同じ氷の超能力を使うお方に会いにきたからだ。

 

 そのお方は、結った長い銀髪を揺らしながらラリーを続けている。ボールを打ち返す度にスカートがめくり上がり目の保養となっているのだが、今日はそれを大脳皮質に保管しておくだけにする。

 と、ラリーの音が止み、変わりに周りの女子の歓声が聞こえてきた。

 

「キャー! ジャンヌさんが勝ったよ! 」

 

「お疲れ様です! 私のタオルを使ってください! 」

 

「いえ、私のを! 」

 

「私を使ってください! 」

 

 ジャンヌモテモテなんだな。てか最後のはなんだ。私を使ってくださいって・・・・・ 聞き違いだろう。絶対そうだ。そうに決まっている!

 

「京条か。もうすぐそっちに行くからな」

 

 ジャンヌは女子共に囲まれている中から俺に話しかけてきた。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

 ジャンヌは大量の後輩共を引き連れて部室へ引き返した。あれだけ集まればかなりの熱気だと思うんだが・・・・・暑くないのか?

 俺は木陰のベンチに腰掛け携帯を開きメールを確認する。理子から一件と、キンジからか。

 とりあえず理子のから見てみよう。

 

『あのあとからアリアヤケ食いばっかするんだけど!? てことで食費はキョー君の口座から落としとくね。でもある程度落ち着いたから大丈夫だと思う。修学旅行までには立ち直ってるはずだから・・・・・はずだから』

 

 そうか。俺の口座から金を引き落としてるのか・・・・・シバくぞ。アリアのヤケ食いでアサルトライフルが何丁買えると思ってんだ。マジでシバく。

 怒りで若干指先が震えながらもキンジのメールを見る。

 

『迷惑かけて悪かった。実はレキに狙撃拘禁されててな。アリアには・・・・・何か言っておいてくれ。それでレキのことだが、リマ症候群を起こさせて何とか逃げる以外にいい方法とかないか? 』

 

 リマ症候群​──確か犯人が人質に対して特別な感情や親近感を抱くようになって、人質に対する態度が軟化する現象だったか。

 

 犯人がレキで、人質がキンジってところだな。

 あの電波系少女レキにその方法は効かないと思うが。アリアには直接言えと言っておこう。あの時のキンジの言い分は確かに正論だったが、相手の​​──アリアの気持ちを無視した言い方だった。だからまた喧嘩になったんだ。キンジが武偵校をやめるということは前々から聞いていたが、自分のミスは自分で尻拭いしてもらわないと残された俺たちに迷惑がかかる。

 

 理子には『シバく』と、キンジには『ない。アリアには自分で言え』と送ったところで、ジャンヌが走り寄ってきた。

 

「おー早かっ​──」

 

 言い終わる前にジャンヌの少しヒンヤリとした手が俺の腕を掴み、引っ張られるようにしてテニスコートを後にした。まだ暑さが引いていない中、全速力で走らされ着いた場所は​───学園島内に一店舗だけあるファミレスだった。

 

「ど・・・・・どうした。あんな急いで」

 

「逃げてきたのだ。わけのわからない事を、言っていたからな。とりあえず入るぞ」

 

 そう促され店内に入ると、冷房が程よく効いていて汗をかいていた俺にとっては楽園そのもの。店内は俺たちと店員さん以外に誰もいなく、入口から死角になる店内の奥の席に座る。

 ジャンヌは座ると同時に呼び出し鈴を鳴らすと、厨房から綺麗なお姉さんが出てきた。

 

「ご注文は」

 

「ドリンクバー二つで、あとポテトをたのむ」

 

「かしこまりました」

 

 にこやかな笑顔で注文内容を確定しまた厨房に戻ると、連れてジャンヌも立ち上がった。

 

「ここまで走らせてしまった詫びにドリンクをとってきてやる。何がいい? 」

 

「コーラで」

 

「女である私に物を取って来させるとは、お前は女性を労る気持ちが欠片もないようだな」

 

「お前がとってくるって言ったんだろ!? 」

 

 ジャンヌは、冗談だと言うと長い銀髪を解きながらドリンクバーへ向かって行った。

 ジャンヌは天然だからどう扱っていいのか分からない。顔はめっちゃ可愛いんだけど変人というヤツが武偵校には多すぎる。白雪もアリアも理子もジャンヌも、頭のネジが一本外れてると思う。

 

「ほら、とってきてやったぞ」

 

「ん、ありがと」

 

 ジャンヌは俺の前にコップいっぱいのコーラを優しく置いてから自分の前にカルピスを置き席に座った。俺はドリンクバーから出たとは思えない冷たさのコーラを一気飲みする。強烈な甘さと爽快にはじける炭酸が喉を蹂躙していくようなこの感覚​・・・・・最高ですッ!

 

「そんなに美味しいのか? 」

 

「なんだジャンヌ。炭酸飲めないのか? 」

 

「飲めないこともないが、お前がそんなに美味しそうに飲むのでな」

 

「ジャンヌが超能力を使って冷やしてくれたんだろ? 尚更うまいさ」

 

 ジャンヌは少し目を見開いている。変なこと言ったか?

 

「​──気づいてたのか」

 

「そんくらい気づくだろ。同じ氷系の超能力使ってるし、俺がジャンヌの立場だったら同じことをしてるよ」

 

「そうか・・・・・話は変わるが、今日は何で私を呼び出したんだ? 」

 

「謝りたいことと相談が一つずつある」

 

 ジャンヌはテーブルに肘をつき両手を組んでその上に顎を乗せた。アイスブルーの目を細め口元は意地悪そうに緩ませた。弟をからかう姉のような態度だな。俺的には満点だが。

 

「よし、謝りたいことから言ってみろ」

 

「まず​──ごめん。あの時断りもなくキスをして」

 

 ジャンヌはその瞬間​石のように固まった。だが恥ずかしさからか、白い頬を赤く染め始めている。

 

「い​──いつのことだ? 」

 

「いつって忘れたのか? お前がキンジとアリアに地下倉庫で負けた時だ。その時お前は霊的なものに憑依されて・・・・・助けるためにそうするしかなかったんだ。すぐ謝ろうと思ったけど今日のこの時まで色々あって先延ばしにしちまったな。ごめん」

 

 ジャンヌはさっきのお姉さん的な態度から一転、恥じらう年頃の少女の反応で俯いてしまった。俺もこんな美人にキスしてしまったかと思うと、顔から火が出るほど恥ずかしい。いい意味でだ。

 

「いや、いいんだ。その件は理子から聞いている。もういいんだ・・・・・それより相談したいことはなんだ」

 

「え、ああ。それはだな​──理子の好きなものって何か知ってるか? 」

 

「ふむ、理子の好きなものか・・・・・」

 

 ジャンヌは少し考えると携帯を取り出し操作し始めた。すぐ目的のものを見つけたようで、ずいっと俺に携帯の画面を見せてくる。そこに写っていたのは、赤と白の紐が交互に巻かれたブレスレット。

 

「こんなのがいいのか? 」

 

「理子に限らず、大半の女性は可愛いものを貰ったら喜ぶものだぞ」

 

「そっか。じゃあこれを買おう」

 

「それはダメだ。お前は理子の彼氏というやつなのだろう。彼氏だったら自分の彼女へ送るものくらい自分で選べ」

 

 くッ! アイツは俺たちが『ニセモノの恋人』だって伝えてないのか! 今ここで真実を伝えるか?

 ​───いや、多分信じてもらえないだろう。そうなると難しいぞ。自他ともに認めるほど俺にはプレゼントを選ぶセンスがないからな。

 

「でもなぜ理子にプレゼントを? 誕生日はまだ先のはずだが」

 

「いやー実は未だにデートにすら行かせてやれてなくてな。言い訳は先に言っておこう。俺はこれでもSランクだから任務が多くてな」

 

 胸を張って言うと、ジャンヌはマジ引き顔で俺を見てきた。そこまで引かなくてもいいだろ。

 

「お前は確か・・・・・強襲科と諜報科でSだったか? それは忙しいと思うが、一回くらいは行かせてやってもよかっただろう」

 

「そうなんだよな。そこで、だ。修学旅行がそろそろあるだろ? 京都の雰囲気を楽しみながらデートするのもありかなと思いまして」

 

「ふむ。いいじゃないか。デートプランは・・・・・考えてないか。まあ今からでも遅くない、じっくり考えて理子に楽しい思い出を作ってやれ」

 

 ジャンヌは部活用のカバンから何かを取り出すとお手洗いに向かった。

 それを横目で流しつつ俺はインターネットで可愛い系のブレスレットを探す。理子は二十歳になれば誰もが振り向く美女になっているだろう。今の歳からずっとつけていても似合うようなものをあげたい。もっとも、受け取ってくれるかどうかだが。

 

 

 それから某通販サイトでブレスレットを選んでいるとジャンヌが帰ってきた。

 そして座る時にジャンヌから爽やかで女の子っぽい香りが俺の鼻腔をくすぐってくる。

 

「いい匂いだな」

 

「シャネルの19番を着た。汗くさいのは嫌だからな」

 

「シャネル? 香水みたいなものか。別にそれをつけなくてもジャンヌはいい匂いだったぞ」

 

「か、嗅ぐな! さすが変態(ワールドエネミー)と二つ名されていることはあるな」

 

 いや別に嗅いでるわけではないんですよジャンヌさん。座る時の動作とか振り向く時の髪の動きと一緒に来るんですよ。いい香りが。

 

「シャネルの19番を着ている時に思ったのだが、理子へのプレゼントでミサンガもいいと思う。どうだ? 」

 

「ミサンガって切れたら願いが叶うやつか。それもいいな」

 

「まあそこは自分で選ぶといい。理子がもらって喜ぶやつにしろよ。あと、デートの時は理子の荷物を持ってやれ。女の荷物を持つことは男にとって義務であり名誉な事だからな」

 

「そういうもんか・・・・・ありがとな」

 

 あらかた話し終え、俺とジャンヌは席を後にした。

 そうだ、会計は男である俺が出したほうがいいな。そう思いポケットの中に手を突っ込むが​──財布がない。

 

(あ・・・・・そういえばジャンヌと会うだけだったから財布持ってきてないんだ)

 

 ジャンヌがレジについたところで俺をチラッと見た。その目つきは、お前が払うんだろう? とでも言いたげだ。

 

「すまん。財布は寮だ」

 

「はあ・・・・・ファミレスの料金を全額も女に払わせるなんて、ヒモの鑑だな。京条」

 

「グフっ⁉︎ 今度払うから勘弁してくれ! 」

 

「分かった分かった」

 

 ジャンヌはやれやれといった感じで会計を済ませ店から出ると、待っていたのは身をジリジリと焼くような暑さだった。

 

「あちい・・・・・」

 

「そうだな。今日はこの辺にして、私は帰るとしよう」

 

「だな。俺も帰るわ。色々迷惑かけてごめんな」

 

「なんてことはない。また相談したい事があったらいつでも呼んでくれ」

 

 なんて頼もしいお方なんだ! 神よ、ロリ神(ゼウス)と色金三姉妹以外の神よ。この出会いに感謝いたします!

 っと、こんなくだらないことじゃなくて聞きたい事があるんだった。

 

「最後に一ついいか? 」

 

「なんだ、言ってみろ」

 

「なんで部室棟から逃げるようにして来たんだ? 」

 

「あーそれはだな・・・・・」

 

 一瞬言葉が詰まり、苦笑いをしながらまた口を開いた。

 

「私の──ファンと呼ぶのだろうか。まわりの女子たちの一部が、私が部室棟に入った時から異様な言葉を発していてな。ジャンヌさんもう我慢できませんとか、今なら襲えるとか。怖くなって逃げてきたのだ」

 

「暑さで頭がやられたんじゃないか? 部室棟に扇風機でも置けばいいのに」

 

「それが出来たら苦労しないぞ」

 

「そうか。引き止めて悪かったな。また今度会おう」

 

 ジャンヌは微笑みながら俺に別れを告げると女子寮へと歩き出した。

 さて、理子へのプレゼント・・・・・どうしようか。

 

 




31話は割と早く出せるかも


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第31話 赤と白

前回 アリアの絶交宣言。ジャンヌ先生とお話し合い


 修学旅行当日、いつもと変わらぬ制服を着て新幹線に乗る。高校生だし、沖縄とかグアムとかに行きたかったが行先は京都と奈良だ。前世の中学の修学旅行が京都と奈良だったから意外と退屈だったりする。

 でもこの世界、銃やら刀が手に入りやすいから金閣寺とか防弾仕様なのだろうか・・・・・ちょっと面白いな。

 

「なにニヤニヤしてるのキョー君。新幹線でちゃうよ」

 

「まだ間に合うだろ。てかお前がお菓子ばかり買うからだ。太るぞ」

 

「一言余計だよっ! 」

 

 結局乗車したのが発車ギリギリの時間。指定された席に向かうと、三列ある席の一番奥に一人座っていた。俺と理子は通路側から一列目と二列目。通路を挟んで反対側の席にテンション低めのアリアが座るから、三列目に違う人が座っているのは当然のことだが・・・・・知り合いがいいな。

 席につくと、俺たちが座る席に沢山の金属部品がわがまま顔で鎮座していた。

 

「隣、失礼します」

 

「あ、ごめんなさいなのだ」

 

 奥の席に座っていた少女は、愛くるしい顔を申し訳なさそうにして俺と目を合わせた。

 

「すぐどけるの​──朝陽君!? 」

 

「え・・・・・文!? 」

 

 そこには、小さい頭に不相応なデカいヘッドホンをつけ、時計のようなものを作っている文がいた。

 文はその部品をカバンにしまうとキラキラした目で俺を見上げてきた。

 

「横に座るのだ? 」

 

「まあ・・・・・席はここだし」

 

 文は窓側の方を向き小さくガッツポーズをした。

 普通に見えてるんだけど・・・・・そんなに知り合いが横で嬉しいのか?

 とりあえず俺と頬をぷくっと膨らませている理子はそれぞれ自分の席に座る。背中の()()の盾を膝の上まで持ってきて、その上に理子が買ってきたお菓子やら土産品やらを置いていく。

 

「やっぱり盾二つ持ってくことにしたんだ」

 

「まあ二つの方が色々と便利だし、身体への被弾率が格段に下がるからな」

 

「そうなのだ。朝陽君のわがままで右手につける盾のフラッシュ機構を外して銃弾を受ける時に握る取っ手も折りたたみ式にしたのだ。ついでに制服のダガー全てを取り外したのだ」

 

 ジャンヌとの作戦会議を終えたその翌日、文に頼んで盾と制服を改造してもらったのだ。右手の盾のフラッシュ機構を外すことによって若干の軽量化、取っ手を折りたたみ式にする事で制服内の秘匿性の上昇、さらに制服内のダガーを取り外したことで盾を装備した時とダガーを装備した時の重量はほぼ変わらない。うん、良い()()()だった。

 

「これを使う場面が修学旅行中になければいいけど」

 

「キョー君それ何ていうか知ってる? フラグっていうんだよ? 」

 

「フラグはへし折るためにあるのだ。回収するものではない」

 

 そこで窓の外の景色がゆっくりと流れ始めた。東京から京都への旅の始まりであり​──理子とのデートの始まりでもある。今は隣に文、通路挟んでアリアがいるけど。

 

「アリア、お菓子食うか? 」

 

「・・・・・いらない。あたし寝るから、話しかけないで」

 

 ため息混じりに言うと、肘掛けに腕を乗せ頬杖をついて目を閉じてしまった。

 まだキンジと喧嘩中ってことだな。理子がいうには、アリアはもう立ち直ったらしいけど全然そうに見えない。一度に親友(レキ)パートナー(キンジ)を失ってしまったダメージは大きい。アリアの反応を見る限りキンジもアリアに説明していないようだが、あとで確認してみるか。

 

「朝陽君、あややも寝るから腕かしてなのだ」

 

「ああ、抱き枕がないと寝れないのか。別にいいけど」

 

「ありがとなのだ」

 

 文は俺の右腕を引っ張ると、胸に挟み込むようにして抱いた​。もっとも、挟む胸は文にはないのだが。

 

「・・・・・朝陽君、今胸がないなって思ったのだ? 」

 

「いやいや! そんなこと思ってないから! 」

 

 もしかしたらこの世界の住人は基本スペックが高いのでは? 心読んでくるし。

 

「別にいいのだ・・・・・育たないことはわかってるのだ」

 

 落ち込んでる!? ここは作り笑顔でもいいから、とにかく励まさなければ!

 

「そ、そんなことはないぞ! 貧乳はステータス! 希少価値だっていわれてるほどだぞ! もっと自分に自信を​​──」

 

 文はハイライトの消えた目で見つめてくると、氷のように冷たい声で一言​。

 

「朝陽君は自分の()()()を見られて、小さくて落ち込んでるのに笑顔でさ、小さいのはステータス。希少価値だよって言われた時の気持ちを考えたことがあるのだ? 」

 

「本当に申し訳ございませんでした」

 

 文は再び目に光を戻すと、俺の脇腹を一回つねってから目を閉じた。起きたらちゃんと謝らないとな・・・・・

 文が起きた時に何て謝ろうかと考えていると、突然左腕がマシュマロのような柔らかいものにつつまれた。

 

「えと、理子? 」

 

 ジト目で睨んでくる理子は子犬のような唸り声を出していた。まるで飼い主をとられた犬みたいだ。それを言うとマジで殺されるからやめておくが。

 唸り声をあげるのをやめると、理子は俺の耳元まで顔を近づけた。その際に理子のバニラのような、バーモントのような甘ったるい匂いがふわっと俺を包み込んだ。

 

「他の女子にそうやってボディタッチ許しちゃってさ。理子もヤキモチ妬いちゃうよ? 」

 

 うっ・・・・・コイツ、マジで可愛いな。

 

「それはニセモノの恋人としてか? それとも一人の女子としてか? 」

 

 俺も理子の耳に顔を近づけ小声で言うと、かあっ、と赤面し始めた。耳まで赤くなって本当に可愛い。

 

「それは・・・・・ニセモノの恋人として、だけど」

 

「まあそうだろうな。俺も寝るから起こさないでくれよ」

 

 俺は膝の上に乗っている盾の位置を床に落ちないように調整し、座席を少しだけ後ろに倒して目を閉じた。

 一秒、一分と経っていくうちに眠気が波のように襲ってくるのがわかる。その波に身を委ねようとしたところで理子が小さく呟いたのが分かった。

 

「​──ばか」

 

 何でそんなに切なそうな声を出すんだ?

 その疑問は意識と共に暗闇へ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「​──キョー君、起きて。起きてってば! 」

 

「ん・・・・・ああ。ごめん。今どこだ? 」

 

「京都駅の一つ手前。今から起きてた方が頭冴えるでしょ? 」

 

「そうだな。ありがと」

 

 右手で目を擦ろうとしたが​──気持ちよさそうに寝ている文に掴まれてて動けない。かといって左手も理子に掴まれてるし・・・・・目に溜まった涙が拭けないじゃないか。何で泣いてるのかわかんないけど。あ、今一滴頬を伝っていった。

 

「何で泣いてるの? 」

 

「分からん。目にゴミでもはいったかも」

 

「なら大丈夫だね。心配かけさせないでよ」

 

 理子はどこからか取り出したハンカチで涙の跡を拭いてくてた。

 な、なんか理子がいつもと違う気がするが・・・・・気のせいか? 優しくなったりちょっと怒ってたり、感情表現が豊かなのはいつものことだが、言葉では表すことが出来ない何かが理子の中で起こっているのは間違いない。

 

「いつもと違って優しいな。何か嬉しいことでもあったのか」

 

「別にそんなんじゃない。あといつもと違うとか、ひどい事言わないでよ・・・・・」

 

「え? ・・・・・あ、ごめん。いつも通り可愛いよ」

 

「そう? くふっ、ありがと」

 

 はにかんだような笑みをこぼし俺の左腕を抱く力が強くなったのがわかる。左腕に理子のたわわな柔らかいアレがより一層押しつけられて​──煩悩が働き始めた。

 

(落ち着け俺。文に襲われた時のように流されるな)

 

 素数を数えながら深呼吸を繰り返す。柔らかいのはスポンジだ。スポンジだと思え!

 

「京都行ったらどうするの? 」

 

「そ、そうだな。とりあえずアリアの母親のかなえさんの裁判関係の資料を集めた後に、気分転換を兼ねて四人で観光しようか。課題もあるしな」

 

「課題って・・・・・観光名所三ヶ所まわって感想書けってやつでしょ。教務科も適当だよね」

 

 観光名所を巡りながらデートもできる。一石二鳥だ。アリアがいるから二人きりってことにはならないけど。

 でもアリアも気分転換でもしないと今後の武偵活動に支障がでる。それにキンジとアリアは傍から見ても最高のパートナー同士だと思うから、早急に仲直りしてもらわないといけないな。

 

「あ、そろそろ京都駅だよ。降りる用意をしないと」

 

「それもそうだな。文を引き剥がさないと」

 

 理子は不満そうにしながらも俺の左腕を解放してくれた。その左腕で文の頬を軽くつねる。

 モチモチしていて良い触り心地だが、理子が殺気を向けてきたのですぐに起こす。

 

「文〜そろそろ起きないと乗り過ごすよ」

 

「んにゃってなのだぁ」

 

 謎の言語を発したぞ今。

 文はまだ右腕にしがみついて離してくれない。それどころかしがみつく力が強くなっているような・・・・・

 

「俺死んじゃうよ。文の前からいなくなっちゃうよ〜」

 

「ダメなのだ! 」

 

 突然目を見開くと俺の右腕を今まで以上に強く抱きしめてきた。そこまで抱きしめられると文の平たい​──だがほんの少しだけある胸の感触がッ!

 

「どこにも行っちゃダメなのだ! 」

 

「どこにも行かないからさ荷物まとめて。もうすぐ京都駅だよ」

 

「本当なのだ? だったらいいのだ」

 

 文は折りたたみ式のテーブルの上に置いてあったお菓子をカバンの中に放り込むと小さいお膝にちょこんとのせた。本当に中学生くらいにしか見えん。同じくらいの身長のアリアは黙っていれば高校生に見えなくもないんだが・・・・・文は愛くるしく幼げな顔つきだからしょうがないかな。

 

「そろそろ行こっか」

 

「キョー君忘れ物ない? 」

 

「子ども扱いするな」

 

 理子の額に威力が高い中指でのデコピンを食らわす。俺の口座から金を黙って引き落としていた罰も兼ねてだ。アリアのヤケ食いで貯金残高が一桁減ったんだからな。

 理子は軽く仰け反ると、右手に拳をつくり震わせていたが・・・・・その拳は俺を襲うことは無く、ただ睨んできただけだった。

 いつもなら顎にアッパーからのロリ神のお世話になるっていうパターンなのだが、今日は運がいいな。

 だがそんなことを考えている暇もなくなってきた。駅に着いたからだ。

 

「よし、京都駅到着! 」

 

「キョー君お金全部出してねー」

 

「・・・・・わかったよ」

 

 新幹線から降りて改札を出る。今から・・・・・修学旅行本番である。気を引き締めていかないとな。

 

「朝陽、理子。あたし一人でママの裁判の書類とか受け取ってくるから。あんた達は二人で楽しんできなさい。これは命令よ」

 

「え、でもそれじゃ​───」

 

「あんた達にこれ以上迷惑はかけられない。あの事はあたしとキンジ、あとレキの問題。そうね・・・・・金閣寺とかいいんじゃない? あたしの分まで課題やってきて。しっかりやらないと風穴開けるから」

 

 アリアはカバンから課題用紙を取り出すと俺に押し付け、そのまま武藤達との合流地点まで文を引き連れて行ってしまった。

 

「どうしよ。マジで二人だけになっちまったよ」

 

「キョー君・・・・・ダーリンは理子と二人でいるのは嫌? 」

 

 急に言い換えたな。

 ​───あ、近くに東京武偵校の生徒がいるからか。気づかなかったな。

 

「嫌なわけないだろうハニー。さ、行こっか」

 

「うん! 」

 

 理子は俺の右腕に自分の左腕を組ませた。周りのヤツらは、『ラブラブだね〜あの二人』だの『控えめに言って地獄の業火に焼かれてしまえ』など反応は様々だ。正直理子のような美少女と腕を組んでデートなど人生で初めての経験。緊張するな・・・・・

 

「最初はどこ行くの? 」

 

「金閣寺でいいんじゃないかな」

 

「うっわ、ベタだね」

 

「ベタだけに『better(ベター)』ってか!? ちなみにbetterは、より一層良いって意味な。色々あるけど」

 

「そのくらい高二だから知ってるよ! というかそのセンスの欠片も感じられないギャグは寒いから! 」

 

 ちっ、うまいと思うんだけどな・・・・・

 

「もう、早くしないとバス来ちゃうよ」

 

「おっそうだな」

 

 京都駅前のバスターミナルに急いで行き、なんとかバスに間に合った。

 

 

 

 それからバスに揺られ四十分ほど、金閣寺道に無事着いた。乗車賃を払いバスの外に出る。

 

「早く行こ。理子初めて来るんだから」

 

「そうなのか。なら楽しみだな」

 

 前世で金閣寺は行ったことがあるから、どちらかと言うと退屈だなって思ってたんだが​──理子のはじけるような笑顔があれば、それはそれで楽しそうだな。ニセモノとはいえ恋人。恋人と来るか友人と来るかで楽しさも変わるものか。

 理子とまた腕を組んで歩き、金閣寺を見る事ができるコースにたどり着いた。老若男女問わず多くの人が金閣寺に魅入っている。俺たちは先に行く人の邪魔にならないように端の方に寄ってゆっくりとまわっていくことにした。

 

「すごい・・・・・本当に金色なんだ」

 

「金色じゃなかったら金閣寺なんていわれないだろう。それより、やっぱり防弾なのか気になる」

 

「物騒なこと考えるね・・・・・」

 

 理子は通行人の邪魔にならない位置で、ピンク色のカメラで金閣寺の写真を何枚も撮っている。

 俺もつられて金閣寺を見た。太陽に照らされ金色の輝きを放ち、位置的に背景となっている木々の緑は美しい絵を縁取る枠線のようになっている。水面に映る逆向きの金閣寺もきれいだな。

 

「でも金色は落ち着かないな。俺は銀閣寺の方が好きだ」

 

「そう? 理子はこっちの方が好きだけど。まあ人それぞれ好みが違うしね。てことで次行こう! 」

 

「はやっ⁉︎ もういいのか? 」

 

「せっかくの京都だよ? アリアのためにも、行ける所は全部行かなくちゃ。それに・・・・・デートだから、いっぱい色んな所行きたいよ」

 

 照れながらも俺の胸に手を置いて上目遣いをしてきた。

 誰もが振り向く美貌と色気を兼ね備えている理子にそんなことをされ──心臓の鼓動が徐々に速くなっていくのを感じる。顔も熱い。鏡を見なくてもわかる。今の俺の顔は真っ赤だ。

 

 良からぬ思考が頭をよぎったが、理子の後ろから歩いてくる男──そいつの手つきが妙に怪しいのが見え、その思考は脳内ゴミ箱へ捨てた。わざわざ片方の袖の中に手を引っ込ませて何かを操作しているのだ。しかも今チラッと見えたがあれは多分・・・・・カメラだ。

 

「理子、行こうか」

 

「うん」

 

 俺は向かってくるその男が理子のスカートの中に手を伸ばそうとした瞬間に間へ割って入る。そして理子に聞こえないようにそいつの耳元に顔を近づけた。

 

「やることわかってんぞ」

 

 するとその男は顔を青くしてその場を走り去ってしまった。理子もスカートだから気をつけてくれと言いたいけど・・・・・今はデート中だし、帰ってからでもいいか。

 俺はまた他の誰かに盗撮されないように、理子を通行人が少ない方に位置を変える。

 

「​​──ダーリン」

 

「なんだ? 」

 

「くふっ・・・・・なんでもないよ」

 

 少し顔を赤くした理子は俺の腕を引っ張って出口へ急ぐように歩き始めた。そんな急がなくてもいいと思うが、これも俺との思い出作りのためなんだよな。あとアリアのため。こういう理子の優しい一面も見れて嬉しい限りだ。

 

「次はどこにする? 」

 

「次は北野天満宮。どうだ? 」

 

「イイね! 行こう! 」

 

 金閣寺からさほど遠くないので歩いて行く。もちろん腕を組んでだ。理子は俺を見てはニヤけ、その度に鼻歌を歌いスキップしている。知らない奴が見たら奇行以外のなにものでもない。街行く人に見られ、微笑ましい顔を何回もされ続け、今すぐにやめてほしいが・・・・・それは北野天満宮の入口に着くまで理子はやめなかった。

 

 

 北野天満宮は確か学問の神様がいることで有名だ。高校受験の時にお世話になる学生も多いと思う。最近俺も勉強がちょっと不安になりつつあるから、今のうちに買っておいて損はないはずだ。

 北野天満宮の中は昼ごろでも沢山の人で賑わっている。俺は理子に案内されるがままにお守り売り場へ連れて行くと、お守りの一覧を見て悩み始めた。

 

「理子は何を買うんだ? 」

 

「えっとね、『紫祝』ってお守り。身体安全とか延命長寿とか。ダーリンは? 」

 

「俺は学業成就かな。そろそろ勉強しないといけないし」

 

 俺は財布から二千円を出し理子の買う予定のお守りと一緒に購入する。二つのお守りを手に入れ次の目的地に移動しようと振り返ると、理子が驚きと喜びが混ざったような変な顔をしていた。

 なんだ、俺がお前の分まで払ったのが意外だったか? ジャンヌからのご指導で俺が元々払う予定だったし、新幹線の中でも俺が全部出してって言ってたのに何を驚いているのか。

 

「お腹すいたしご飯でも食べに行こうか」

 

「……え、ああうん! ありがとね、お金出してくれて。でもお守り買うだけ? 」

 

「色んなところ周りたいって言ったのはお前だろ」

 

「​───そうだね。美味しいもの食べたい! 」

 

 美味しいものか・・・・・お店までは考えてなかったな。

 そしてなぜお守りを俺がまとめて買ったくらいでお礼をするのかわからないが、まあ理子のことだ。これからもお金出してくれるよねってことで言ってるのかもしれないし、気にするだけ無駄か。

 そういえばジャンヌが、女の荷物は持つべきだとかなんとか言ってたな。持ってやるか。

 

「理子、その小さいバッグかして」

 

「ど、どうしたの? 」

 

「女の荷物を持つのは男にとって名誉であり義務だ、ってジャン──とある友人が言っててな」

 

「・・・・・なんか今日は優しいね。嬉しいよ」

 

 俺も嬉しいよ。いつもみたいに暴力ふるって俺を殺さないからさ。

 俺と理子は、頭を撫でると学力が上がると言われている牛の像のようなものを撫でてから、食事処を探しに北野天満宮を後にした。

 

 ​────普通に楽しいな。デートって。

 

 

 

 

 

 

 それから美味しいイタリアン​​​──なんで京都に来てまでイタリアンなのかは不明だが​──を食べた。その後に清水寺に行き、京都の景色を一望できる『舞台』から落ち、今は夕暮れ時の地主神社にいる。

 

 まったく、ふざけるなと言いたい。どこから連鎖が始まったか知らないが、どこかの人がコケて他の人に当たる。その他の人が押されて別の人に当たり──巡り巡って舞台の手すりのそばにいた俺が押され、そのまま落ちた。下に木があったからそれに掴まって死なずに済んだが、警察だの救急車だの来て事情聴取。

 

 解放されたのがそれから三時間後だ。俺を押してきた人は泣きながら謝ってきたが、別にその人に対してふざけるなと思っているわけではない。自分の運の悪さ……その元凶である瑠瑠神に対してだ。

 そして怒ってらっしゃる人がもう一人俺のそばにいる。

 

「それでも本当にSランクなの? Sランクなら落ちてないよね? 」

 

「俺も不思議に思った。てか、そろそろ機嫌なおして」

 

「ダーリンのせいで三時間も潰れちゃったんだから」

 

「ごめんなさい」

 

 反抗したい気持ちをグッと抑える。旅先で死にたくないし、せっかくの楽しいデートが台無しになるからな。機嫌直しも兼ねて地主神社で某通販サイトで買ったプレゼントを渡そう。

 

「地主神社といえば恋占いの石だよな。あれやろう」

 

「十メートル離れて立って、目を瞑ってその石に辿り着けたら恋が叶うって石? いいよやろ! 」

 

 早速地主神社の階段を上り鳥居をくぐると、恋占いの石が少し離れた場所にあった。恋占いの石の道​の脇には恋に関するお守りなどが売られている。恋占いの石は膝の高さほどで、すぐ近くの地面に印のようなものがあった。

 そこから目を瞑ってここまで来るのか・・・・・楽勝じゃないか。観光客が今は俺たち以外誰ひとりとしていないからな。多分清水寺から人が落ちたという事を聞きつけて現場に行っているのだろう。残念ながら落ちたのは俺でピンピンしてるがな!

 いるのはお守りを売っている可愛い女の子だけだ。

 

「手、つないで行こ」

 

「わかった」

 

 印の上に立って目を瞑る。声をかけたわけでもないのに、理子と一緒に踏み出した。一歩ずつゆっくりと歩いていく。不思議と言葉は無かった。目を閉じた真っ暗な中、感じられるのは理子の暖かい手だけ。耳に入ってくるのは木々のざわめきと二人ぶんの足音。それと自らの心臓の鼓動する音だけ。一歩進むたびに緊張と期待が混ざり合い様々な思い出が湧き上がってくる。

 そして──

 

 

 

 

 靴の先が固いものに当たる感触が足の先から体を駆け巡った。理子のハッと息を飲む音が聞こえ、それと同時に俺の中から喜びの感情がとめどなく溢れてきた。

 

「キョー君……固いのが当たってる……よね」

 

「誤解を生む発言だが、確かに固いのが当たってるな」

 

 そっと目を開けると理子と俺の足先には、ここがゴールだ、おめでとう。と言わんばかりに恋占いの石が鎮座していた。つまり……成功したのだ。目を閉じたまま十メートル歩いてここまで辿り着く事が。楽勝だと思っていても達成感がある。恋人同士、だからか?

 

「やった! やったよキョー君! 」

 

「そうだな! ふははは、無事辿り着いたぞ! 」

 

 お店の可愛いお姉さんが子どもみたいにはしゃいでいる俺たちを見て苦笑いしているのが横目で見えたが、この際どうでも良い。恋人と来るのがこんなに楽しいものなのか。

 俺はその石の前で理子の方に向く。連られて理子も俺と向き合った。

 

「大事な話がある」

 

「・・・・・何そんなに改まって」

 

「実は渡したいものがあってな」

 

 俺はカバンからオシャレな小さい箱を取り出し​──箱の裏の値札シールをとっていないことに気づき、右の掌で箱の底面を隠すように持った。

 

「今日のこの日までデート連れて行けなかったな。ごめん」

 

「う、うん」

 

「だからその代わりと言ってはなんだが・・・・・」

 

 箱ごと渡すのはマズい。だから右の掌で箱の底面を隠しつつ、左手で箱の片面だけを開ける。中からは赤と白が交互に編まれたミサンガが顔を覗かせた。

 結婚指輪の渡し方みたいで恥ずかしいなこれ・・・・・お店の可愛い女の子も顔を真っ赤にして俺たちのこと見てるし。

 

「​これって​──ミサンガ? それもこの色、意味わかってる? 」

 

「ああ。もちろんだ」

 

 某通販サイトで適当に決めたなんて口が裂けても言えない。

 理子はみるみるうちに顔を真っ赤にさせ挙動不審な動きをし始めた。

 

「あ、えと。その・・・・・」

 

「なんだ、つけて欲しいのか」

 

 俺はカバンの中に箱だけを戻しミサンガを手に取る。

 

(付けるなら利き手の方がいいか)

 

 俺は理子の右手首を掴み上げる。それから自分の指にミサンガを通し、理子の右手を覆うように手首まで持っていき優しく通した。理子は自分の顔を隠すように左手を当てているが、指と指の間からしっかりミサンガをはめている場面を見ている。別に見たいならしっかり見ればいいのに。

 

「ほれ、つけてやったぞ」

 

「あああ、あの。付けた位置の意味も分かって​​──」

 

「分かってるって」

 

 ごめん。本当は分からん。てかつけるならどこでも一緒な気がするが。

 理子は一歩後ずさると、ジーッとミサンガを見ては顔を伏せ、また見ては顔を伏せるという謎の行動をし始めてしまった。耳まで赤くなってるから──相当恥ずかしいんだろう。人前でこんなのつけられて。でも今日渡さないとジャンヌに何言われるか分からないしな。

 

「キョ、キョー君」

 

「ん、気に入らなかったか? 」

 

「ううん、すごく気に入った。嬉しいよ」

 

 理子はその場で恥ずかしそうに下を向いていたが、不意に顔を上げ、俺の目を見つめてきた。

 そよ風が吹き理子の綺麗な金髪が揺られ、夕陽がそれを縁取るかのように照らし出す。理子の穏やかで大きい二重の目、白くてふわふわした頰、色気のある唇、理子の全てが美しく輝いていた。

 

「──キョー君、ありがとう! 」

 

 

 理子は満面の笑みを浮かべた。

 

 まるで──この世に舞い降りた天使のように。

 

 

 

 

 

 




デートってどうやって書けばいいんだよ! (血涙)
次回戦闘シーンはいりまっす。

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第32話 ずっと一緒だから

「ここに泊まるの? なんか()()()な雰囲気なんだけど」

 

「失礼なこと言うな。入るぞ」

 

 二階建ての、如何にも古風という感じの旅館に入る。地主神社から妙にテンションが高い理子と散歩がてら歩いていたらいつの間にか郊外に出ていて、泊まる所を探していた時にちょうど見つけたのだ。

 引き戸を優しく開けると、正面にカウンターがありそこで美人な女将さんが笑顔で出迎えてくれた。

 

「おいでやす。宿泊ですか? 」

 

「はい」

 

「本日のお客様はお二人だけです。ゆっくりしていってくださいね」

 

「お願いします! 」

 

 案内された部屋は、いかにもという和室だ。部屋の真ん中にテーブルがありそれを囲うように座布団が敷かれている。荷物をおろし、理子と修学旅行の課題をやっていると女将さんが食事を運んできてくれた。魚が中心の豪華な料理だ。それを味わいながら食べる。

 理子は目を輝かせて頬張り──よほど美味しかったらしく、俺の受け皿の料理も盗って食べやがった。

 

 それから料理争奪戦を繰り広げつつ、無事完食。風景を楽しんだりしてくつろいでいると、理子が袖を引っ張ってきた。

 

「ねえねえ、温泉行ってくるね」

 

「ん、じゃあ俺も行こうかな」

 

「・・・・・覗かないでよ」

 

「覗いたら両目がくり抜かれて明日の朝ごはんに出されるからやらないよ」

 

 それぞれ下着と浴衣を持って温泉まで歩く。部屋からあまり遠くない位置にあるから移動が楽だし何回か来れるな。女将さんによれば今日は誰も居ないらしいし。

 

 入口まで着き青の暖簾をくぐり中に入ると、どこにでもある普通の脱衣場が見えた。俺以外誰もいないので、清々しい気持ちで制服を脱ぐ。竹で作られたカゴに脱いだ衣類をぶん投げようと思ったが、その際に盾がカゴを破壊したら目も当てられないので盾だけは外して床に優しく置く。

 

 タオルを持ち、引き戸を勢いよく開けると、立ち上る湯気の中からかろうじて見える満天の夜空が、ここは露天風呂だと教えてくれている。室内風呂は見当たらず簡易的に作られた屋根が脱衣場から少し延びて覆っている。

 

「・・・・・なんだ、最高じゃないかッ! 」

 

 腰にタオルを巻きウキウキした気持ちで足を踏み入れた。

 それにしても───湯気がすごい。これは人がいても分かりにくいな。でも今日は人がいない、故にのびのびとできる!

 だが肝心の洗い場が湯気のせいで見えず、そこら中を歩き回っていると、

 

「きゃ!? 」

 

 胸の前でタオルを下げた()()が湯気の中から出てきて濡れた床に足を滑らせて転んでいた。タオルは転んだ拍子に無残にも落ちていく。

 怪我してないといいが・・・・・

 

「おい理子、こんな所でコケるなよ」

 

「ごめんごめん」

 

 俺も理子も苦笑いしながら互いに手を取り合い──そこで異変に気づく。理子もその異変を察知したのか固まってしまった。それは至極当然なことであり、大多数の男性や女性が一瞬にして気づくだろう。普通だったならば。

 しかし、いつも一緒にいるパートナーならばどうだろうか。一緒にいることが当たり前な二人が一緒に居たって何ら問題もない。それ故に気づかなかった。気づくのが遅れたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、なななななんでいるの!? 」

 

 イタズラにも晴れてきた湯気が、双丘と()を隠し赤面している理子を露わにしている。

 

「それはこっちのセリフだよ! ここ男湯じゃなかったのか!? 」

 

「理子はちゃんと女湯からはいったよ! 」

 

 いやいや、俺はしっかり男湯の暖簾をくぐった。だが理子もしっかり女湯の暖簾をくぐっている。横目で確認していたからな。だが今、俺達は裸で向き合っている。これはつまり・・・・・混浴? え、そんなこと女将さん一言も言ってなかったよね。

 

「ねぇ! 理子の見た!? 」

 

「見てないです。本当に! 」

 

 大事なところは見ていない。というか湯気で見れなかった。だが理子の大事なところ以外は今も目に焼き付いている。

 なだらかな撫で肩、スラッとのびた手足、見てはいけないと思っていても魅入ってしまうほど愛らしい姿。晴れてきた湯気の中、月明かりに照らされている理子はどこかの国の王女様と思わせるほど可愛い。

 理子は右手で双丘を隠し、左手で落ちているタオルを拾い上げ下に持ってくると、羞恥に染まっている目で睨んできた。

 

「本当!? 嘘だったらシュールストレミングを充満させた部屋にぶち込むからね! 」

 

「怖いわ! 臭すぎて死ぬから! 」

 

 湯気が晴れてきたおかげで理子の背後に洗い場を発見。まわりを見渡してもそこしかないので、理子に殴られる覚悟で向かう。

 

「・・・・・へ? ね、ねぇ! 」

 

 理子は俺が近づいてくると同時に後ずさるが、若干俺の方が速い。構わず歩き、理子は俺がそばまで来ると、ギュッと力強く目を閉じてしまった。耳まで真っ赤に染めているし、色々想像しているんだろう。

 ・・・・・ちょっとイタズラでもしてみようか。今日は暴力振るってこないし。

 

 理子の横を通り過ぎる前に、真っ赤になっている耳を人差し指の先でちょこっと触る。

 

「ひゃっ!? 」

 

 ビクッ、と体を震わせ一歩後ずさった。俺はそれに追い打ちをかけるように耳元に顔を寄せ、

 

「───何想像してんの? バカなの? 冗談はお前のツンデレ属性だけにしろよ」

 

 決まったッ! 今世紀最大の理子に対する煽り! 今まではアッパーやタイキックを打ち込まれたが、今日は暴力を振るってきていない! 故に今日は安全日ッ!

 

 誰に見せるわけでもないドヤ顔を浮かべ、幸せな気持ちで洗い場の腰かけに座る。普段は熱いと感じる温度のシャワーが心地いいくらいだ。十分に体全体を濡らしたところで体を隅々まで洗う。それを済ませシャンプーを手に取り、髪をかき乱すようにして泡立たせていく。

 

「ねぇ・・・・・キョー君? 」

 

 ひたひたと俺の方に向かってくる足音が一つ。発せられた声は、火照った体を一気に冷ますほど冷たいものだった。これは───殺られる? いや、今日は暴力を振るわれていないから大丈夫だ。

 俺はシャンプーを洗い流しながら理子に返事をする。

 

「なんだ? 」

 

「ウルぁ! 」

 

 理子のような美女が出してはいけない部類の声を張り上げると同時に、鈍器で殴られるような衝撃が後頭部を駆け巡った。まだ残っていたシャンプーが血飛沫のように目の前の鏡に飛び散る。

 

「なにしやが・・・・・る」

 

 振り向きながら立ち上がるが、後頭部に強い衝撃を受けたせいで視界が歪み───足元が濡れていたのもあって前のめりに滑ってしまった。

 

「うあ!? 」

 

 理子を押し倒してしまうかと思ったが、理子は普段から訓練しているおかげか少し上体をそらすだけで俺を支えていた。その胸にある柔らかいクッションで。

 

「へ、変態! 」

 

 理子は俺を突き放すと理子の長い髪が美しい孤をえがき、直後、理子の細い足が俺の腹をすくい上げるようにして打ち上げた。

 

 そのまま吹き飛ばされたかと思うと、重力に従い温泉に叩きつけられ───

 

(やっぱりいつも通りの理子がいいかな・・・・・)

 

 死体のようにぷかりと浮いた俺は満天の夜空を見ながらそう呟く。

 物思いにふけりながらそのまま浮いていると、お湯に静かに入る音が慎ましやかに聞こえてきた。目だけを動かして見ると、頬をぷくっと膨らませた理子だ。今話しかけても何も答えてくれないだろう。

 

 しばらく俺と理子の間に会話は無かった。聞こえてくるのはスズムシの声と少しばかりの風の音。都会では味わえない自然の素晴らしさが、音となって俺たちを包み込んでいく。俺は体を起こし理子から見えない位置まで行き、天を仰いだ状態で目を閉じる。

 

 自分以外に音をたてる人物は誰も居ない。ただ一人だけの世界のように思える。瑠瑠神の世界のような孤独感ではなく、心の底から安心できる空間。体中の全ての力がゆっくりと抜けていくのが分かる。まるで無重力空間に放り出されたような感覚だ。お湯の熱さと、少しばかりの涼しい風がまた気持ちがいい。

 それから目を閉じたまま色々と考えていると、だんだんと眠くなってきた。睡魔が夢の世界へ引きずりこもうとする。

 だが、

 

「先、あがる」

 

 いつの間にか理子が近くに来ていたようで俺にその事を告げると脱衣場へ戻って行ってしまった。

 俺も理子があがった数分後に温泉から上がり、用意されてあった浴衣を着てのぼせた体に鞭を打ち部屋まで戻ると、ご丁寧に布団が敷かれていた。

 ───一つだけ。

 

「あれ、なんで一つだけなんだ? 」

 

「知らない。部屋に戻ってきたときからこうなってた」

 

 理子はまだ機嫌を損ねているのか素っ気ない返事を返してきた。

 そろそろ機嫌直してもらわないとメンタル的にアウトになりそうだが・・・・・どうしよう。ピンクの花柄の浴衣似合ってるよ、とでも言おうか。

 

「とりあえず寝よ。今日は色々ありすぎて疲れちゃった」

 

「そう、だな。寝るか」

 

 だが言う前に明かりを消されてしまった。

 理子は一つだけ敷かれている布団に潜り、俺も窓から差し込む月明かりを頼りに布団に潜る。

 

(──謝るのは明日でいいか)

 

 先延ばしにするのは悪い癖だが、こればかりは仕方が無いだろう。

 俺も理子と反対側を向いて目を閉じる。風呂場での眠気がまた波のように押し寄せてきた。これなら早く寝れそうだ───

 

「キョー君、明日、アリアも連れて色んなところ行こうね」

 

 布団がもぞもぞと動き・・・・・せっ、背中に理子の・・・・・胸が当たってッ!?

 

「ど、どどどどうした」

 

「ううん、ただこうしていたいだけ」

 

 心臓が一際大きく鼓動した。自分の顔が熱くなってくるのが分かる。

 

「お前、それは襲われてもしかたないぞ? 」

 

「うん。でもキョー君は童貞だから。ヘタレだし」

 

「二言余計だッ! 」

 

「くふっ。おやすみ」

 

 こ、こんな状態で寝れるのか?

 色々な妄想が頭の中をメリーゴーランドのように回っていく。仕方が無い、男子高校生なのだから。

 だがそれは杞憂に終わり・・・・・自然に、気付かぬうちに俺は目を閉じ、夢の世界へ旅立っていく。

 

 

 ───いつもの眠気と違うことを気付かずに。

 

 

 

 

『ねぇ。結婚してからだいぶ経つね』

 

 江戸時代の時代劇のような古い町並みが視界いっぱいに広がっている。道行く人の着ている服も昔のものだ。俺の前にいる一組の男女以外、道行く人が皆半透明なことがこの不思議な光景に拍車をかけている。中には、まわりの人はごく自然に俺を突き抜けて進む人もいた。どうやら俺のことは見えないし、すり抜けることも出来るようだ。まるで俺が幽霊にでもなったかのように。

 

『──ボク・・・・・じゃなくて、私も貴方も近所ではおしどり夫婦なんて言われているんだよ? ふふっ』

 

 女の後ろ姿は綺麗であり、顔を見なくても美人だと分かる。いや、何故か分かってしまった。

 男の方は分からない。ただ道行く人と同じような服を着ている。

 

『──え? 私じゃなくて、ボクのままでいいの? だっておかしいでしょ? 女なのにボクって』

 

『──その方が可愛い!? 恥ずかしいからやめてよ! 』

 

 女は男の肩を軽く小突いた。男は笑っているのか肩を震わせながらも女の攻撃を受けている。

 

『でも、──がそう言うならボクでいいかな。その代わり・・・・・ボクにこうやってお願いしたんだから、ボクが前にお願いしたこともしっかり守ってね』

 

 女は男の前に立ち、男の顔・・・・・ではなく、見えていないはずの俺の目をハイライトの消えた目でしっかり見て、凝望して、凝視して、睨んで、注視して、見つめて、見入って、口を開いた。

 

『ずっと・・・・・一緒にいるって』

 

 

 

 

 

 

「うわッ!? 」

 

 反射的に布団をはねのけ上半身だけを早く起こした。過呼吸気味になっていて、全身汗びっしょりだ。

 窓からは太陽の光が僅かに差し込んでいる。

 

(なんなんだよ・・・・・あの夢)

 

 いつだったかに見た夢と同じだ。あの女の顔も、表情も、目も同じだった。しかもまわりの人達は俺のことが見えていなかったのに、あの女はハッキリと俺のことを見ていた。

 

「おはよ、キョー君。どうしたの? 」

 

「いや、ちょっと悪夢を見てな」

 

 俺のことを知っていて、なおかつ俺のことが異常なまでに好きなやつなんて一人しかいない。だが・・・・・瑠瑠神だとしたら一人称がおかしい。瑠瑠神は『ボク』なんて言わないはずだ。だったらあの女は誰だ? 後ろ姿は見覚えがあったようななかったようなだが───それと、あの女の横で一緒に歩いていた男のことも気になる。

 

「どんな夢? 」

 

 眠たそうに目を擦りながら尋ねてきた。

 理子に話すことを一瞬だけ躊躇ったが・・・・・ここで黙っていてもしょうがない。俺は夢の中で起こっていた異常なことを理子に全て話した。終始理子は黙って聞いていたが、俺が話し終わると、うんと頷いた。

 

「前世の記憶だよッ! それ」

 

「はぁ? バカなの? 」

 

「大真面目だよ。殺すよ? 」

 

 前世の記憶は覚えているが──と言ってもあれを前世と言っていいのか分からんが──前前世の記憶は無いぞ。そもそも人間が輪廻転生しているのかすら分からん。時代背景が江戸時代っぽかったし。ロリ神(ゼウス)にそんな特典ももらっていない。瑠瑠神だとしたらが俺に干渉し始めるのだって早すぎる。いったい誰が・・・・・

 

「とりあえず温泉行ってくれば? 汗だくじゃん」

 

「そう、だな。行ってくる」

 

 着替えを持って温泉に行く。

 

 まだあの女の瞳が脳裏に焼き付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 窓から見える自然の風景。それらを堪能する暇もなく次々に風景が移り変わっていく。それは・・・・・まるで俺の貯金残高のようにッ!

 

「はあ・・・・・」

 

「86GTだっけ? もう車は諦めなよ」

 

「コイツの胃袋はどうなってんだよ」

 

 指を震わせながらも目の前にいるピンクの悪魔を指差す。当の本人は袋ではなく箱単位で置いてある、『桃まんin八つ橋』なるものを幸せそうな顔で食っている。いくらあまり人気がない『桃まんin八つ橋』だからって各店舗のそれを買い占めることはないだろ。しかもそれ以外にもやけ食いしてくれたおかげで貯金残高が二桁減ったからな。悪魔祓いでもしてもらいたいものだ。

 

「なによ。別にいいじゃない。それより相談があるんだけど」

 

「なんだ。食いすぎて体重が増えた話か? 」

 

「違うわよ! 」

 

 アリアの拳による叩きつけが太ももにめり込み、涙目ながら悶絶しているとキンジが前の車両から歩いてきていた。助けを求めようとしたが、キンジの袖を一列前の誰かが掴み強引に座らせてしまった。一列前の席は──不知火か?

 

「えっとね、これはあたしの友達に相談された話で───」

 

 それから長ったらしいアリアの相談を聞き流す。こういうことはわからないからな。

 

 

 それからしばらくしてアリアの顔から恥ずかしさからか湯気が出始めたところで、電車が前に引っ張られるように少し揺れた。

 

「な、なんだ? 」

 

 窓から外を見ると、名古屋駅のホームを通過している。

 ここで一回止まるはずじゃなかったか? 前から不思議そうな顔をしている家族連れがいるし。数人が立ち上がり運転席がある車両へ動き出そうとした時、車内アナウンスが流れた。

 

『当列車は名古屋に停車する予定でしたが、不慮の事故により停車いたしません。名古屋でお降りのご予定でしたお客様は、事故が解決次第・・・・・最寄り駅から臨時列車で名古屋までお送りいたします。事故の詳細は現在調査中です』

 

 車掌の声は僅かに震えている。

 事故で駅を飛ばすなんて聞いたことがないぞ。しかもあの時の電車のぐらつきは───加速している?

 

「どういうことだ!? 」

 

「仕事キャンセルになってまう・・・・・」

 

「もっと詳しい説明はないんか!? 」

 

 怒り、不安、様々な感情を露わにした乗客が席を立っていく。俺は前の座席にいた不知火と協力して乗客を落ち着かせていると、再び車内アナウンスが流れ始めた。

 

『列車は三分おきに十キロずつ加速しないといけません。さもないと・・・・・ドッカーン!! 大爆発しやがります! 我が紅龍ノ血眼(ブラッドアイ)も、発動しやがります! キャハハハハ! 』

 

 人口音声の笑い声が乗客の不安をさらに煽り、車内中から悲鳴が上がった。

 この中二病は・・・・・ココだ。ココしかいない。

 

「キンジ! 」

 

「遠山君! 」

 

 不知火と共に急いでキンジの元に駆けつけると、横にいた武藤が深刻そうな顔で口を開いた。

 

「今計算したんだが・・・・・さっきのアナウンスがマジなら、このペースで加速し続けたら19時40分。その時刻にこの新幹線は東京に着くぞ」

 

 着くということはつまり・・・・・列車が東京駅に突っ込んで大爆発ということか。

 

「この新幹線はN700系。東海道区間の営業最高速度は時速270キロ。四十分後にそれを超える。安全運転はできねえし車体やレールにムリがかかる。設計限界速度は350から360って言われてるんだが、本当の限界はJRも公表していない。試験車両じゃ397まで出したって聞いたんだが、最後の三分──そこで410出さなければならない。未知の領域だぞ」

 

 東京まで帰れないという可能性が大きいな。途中で脱線してみんな死亡というニュースをあの世で見たくないぞ。

 

「朝陽、武藤、不知火。この列車に乗っている武偵校の生徒を集めて爆弾を探そう。見つけたら爆弾の解除を頼む」

 

「そんな事言ったって・・・・・もう夕暮れだぞ。車両の下に爆弾がついていたら解除できっこない」

 

「けど──やらないよりマシだろ」

 

 俺、不知火、武藤は後ろの車両に急ぐ。加速し続ける以外に起動する条件があればそれを見つけなければならない。効率重視で三人とも一両ずつ違う車両を担当する。俺は一番後ろの車両の扉を開け、車両全体に聞こえるよう大声で伝える。

 

「皆さん! 座席の下、または座席の背もたれに不審物がないか確認してください! あった場合はその場を動かず俺を呼んでください! 」

 

 乗客はざわざわとしながらも座席の下を探し始めた。時間もあまり立たぬうちにあちこちから、「無い」と声が聞こえてくる。だがその中で武偵校の女子生徒が、車両の入口からでも分かるほど震えながら手をあげた。

 近づいていくと、その女子生徒は顔面蒼白。まるでこの世の終わりのような顔をしている。

 

「どうした、あったか? 」

 

「いや、違うんです・・・・・」

 

 違う? どういうことだ?

 眉をひそめ、どういうことだと問いただそうとすると、不意に女子生徒の両側に座っている幼女二人──双子なのか顔がそっくり───が笑い声をあげた。

 

「逃げてください! 」

 

「もう遅いネ! 」

 

 奥の席に座っている幼女は慣れた手つきでライフル銃を取り出し、銃口を俺の顔に押し付けてきた。

 

「───ッ!? 」

 

 急いで顔を横に逸らすと同時にその銃口が太陽のように眩く光った。左目が焼かれたように熱くなり、血が飛び散ったのが生々しい音で分かる。だが──それでも左目の視力は失われていない。多分左目の横を掠めるようにして抜けていったんだ。

 

「逃がさないネ! 」

 

 手前にいた幼女が大きい袖から金属棒を取り出しそれを流れるような速さで組み立てると、俺の腹を貫くように突いてきた。

 

「があッ!? 」

 

 棒に突かれた瞬間、全身が弾けるような電流が流され、そのまま入口まで吹っ飛ばされた。

 幼女は通路に出て電光石火の如き速さで俺の方に向かってくると、その金属棒を槍投げのようにしてぶん投げる。

 顔面に迫ってくるそれをかろうじて避け、腕を背中にまわし盾を両腕に装着する。そして────

 

「皆さん! 前の車両に逃げてください! はやく! 」

 

 目の前の光景に呆然としていた乗客を大声で醒ませ、それが火種となったのか一斉に入口へ乗客が流れ込んできた。

 俺は乗客への被害をなくすため、入口を守るように立ち回る。

 

「さすが、変態とはいえSランク武偵ネ。反吐が出そうになるけどちょっとは関心するヨ」

 

「何が変態だ! お前らどうしてここにいる! ──ココ! 」

 

「どうしてもなにも、お前に受けた屈辱を晴らすためネ」

 

「忘れないヨ。あの屈辱、死を以て償うアル! 」

 

 青竜刀を手にしたココは一本しかない通路をジグザグに進んでくると、足を刈り取るために小太刀を突き立てくる。

 俺はその進路上に盾を滑り込ませ防ぎながら一歩ココに踏み出す。

 

「ラぁ! 」

 

「甘いネ! 」

 

 シールドバッシュをココに当てようとするがバックステップで簡単に避けられた。それを待っていたかのように通路の一番後ろに伏せてM700を構えているココ二号が妖しく笑い───車両内に乾いた発砲音と甲高い金属音が耳を劈く。

 右腕の盾に着弾し、若干の痺れが腕に伝わってきた。あれは・・・・・厄介だぞ。前で近接戦闘が得意なココ一号、後ろでココ二号がM700を使った狙撃支援。これじゃ防戦一方になりそうだ。

 

「まだまだ行くネ! 」

 

 ココ一号は空になった座席を器用に使い三次元に動いてくる。だがそればかりに気を取られていたらココ二号の狙撃が命を盗っていくことになるな。

 

「変態死ねアル! 」

 

 ココ一号は一際大きく飛ぶと、腕を大きく振るい袖の中からキラリと光るものが飛び出してきた。

 それは盾を襲うわけでもなく、再び首元に襲いかかってくる。

 

「マズッ!? 」

 

 防ぎきれず首に細いワイヤーのようなものが巻き付けられた。それを見たココ一号は座席の上に立つと腕を思いっきり引っ張り、俺は気道と頸動脈を絞られる。ワイヤーを雪月花で切断しようと手を伸ばすが、座席の狭さでうまく抜刀できない。

 ダメだ・・・・・力もうまく入らないっ! 超能力(ステルス)も発動できねぇ!

 

「きひひっ。変態は死ぬべきアル! 地獄で泣き喚ケ! 」

 

 意識が、遠のき始める。

 脳に血が回らなくなり、視神経が機能しなくなる感覚を最後に失神しかけ───ヤケに静かにココ一号の声が聞こえてきた。

 

「これで理子を始末すれば『武器商人』から小遣いが貰えるネ。もっとも、何もしなくてもあのまま居ればいずれ死ぬアル」

 

 

 ───理子を、殺す?

 ふざけるな。お前らは俺だけじゃ飽き足らず、理子にまで手を出すのか。そんなの許すわけない。

 意識が落ちるまで()()()()()()()()()()()。だが・・・・・そレがどうした。アイツを助けるのに、理子を、最愛ノ理子を助けるのに()()など取るに足ラないものだろ。

 理子を盗られる不安が、嫉妬が、憤怒が、力となって心臓から全身へと熱い熱湯のように回っていく。

 その一部は言葉となり、狂うように叫んだ。

 

「ふざけるな……俺の理子を奪うなぁ! 」

 

 

 

 瞬間──────時間の進みが遅くなった。

 

 ココ二号が撃ったであろう弾丸がゆっくりと眉間に迫ってくる。音速を超えるそれは今はハエも止まる速さだ。

 ココ一号はピクリとも動かない。それはまるで石像のように。一秒が何百倍もの時間に引き延ばされたように遅くなっている。だが、ただこの世界で俺一人だけが元の時間通り動ける。しかしワイヤーに込められている力は変わらない。だから失神する前にワイヤーを強く自分の方に引っ張る。頭は迫り来る弾丸が当たらないようにギリギリまで横に逸らした。

 

 そして─────時間の進みは元に戻った。

 

「────なッ!? 」

 

 ココ一号が急に俺の方に引っ張られ、締め付けられていたワイヤーが少しだけ緩んだのを確認。即座にワイヤーと首の間に指を入れ、ワイヤーの輪を首から外した。

 

「何したネ!? あと一瞬鮮緑に光ったその目! 」

 

「がはっ! ごほッ、ごほッ・・・・・俺も知らねえよ・・・・・」

 

 驚いているココ一号と二号を尻目に座席にもたれ、大きく肩を揺らしながら呼吸を元に戻す。

 失神する間際に出た感情とあの()()は自分でも何が起こったのか分からない。だが──底知れぬ憤怒だけがまだ俺の中で渦巻いている。

 

 苦虫を噛み潰した顔をしているココ一号は、座席の上から俺の方に飛び、小太刀を横に一閃したが、俺はそれを左腕の盾で体の外側に受け流す。そのまま掌底を顎に当てようとしたが、それはまた飛んで避けられ──伏せて待ち構えていたココ二号がレミントンM700のトリガーを引くのを遠目で確認。急いで体を丸めて両腕の盾を前に突き出した。

 

 直後、風切り音と共に高い金属音が鳴り響き、凄まじいほどの衝撃が左腕を痺らせていく。

 ───貫通はしていない。

 

「その盾どれだけ硬いネ!? まぁ良いアル。もうすぐ我の7.62mm弾が貴様の(アギト)を喰らい尽くすネ」

 

「やってみろ・・・・・全てこの盾で守りきってやる」

 

 

 

 



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第33話 武器商人と──。

前回 ココの襲撃


 盾を装備している両腕はまだ痺れている。だがこの盾は7.62mm弾をモロに食らっても貫通しなかった。この場で一番強力な弾薬を使用するのは、ココ二号が構えているM700。それをこの盾で守りきった。故に・・・・・今この場で脅威となるのはココ一号の攻撃だけ。その事実が俺に勇気を与えてくれる。突っ込んでも死なないという勇気──蛮勇だ。

 

「ココ。銃刀法違反とその他諸々で逮捕する」

 

「きひっ! 逮捕出来るはずないアル! 」

 

「さっさと殺して『武器商人』の元に首を持っていくアルよ! もっとも、(われ)が眉間を撃ち抜いたら持っていく部分が少なくなるけどネ」

 

 ココ二号はボルトを後退させ空薬莢を排出すると新たな弾薬を装填する。その間にココ一号は俺から一旦距離を取ると、腰の当たりから短機関銃(UZI)を見せつけるように抜いた。

 

「だけどお前にチャンスをやるネ」

 

「チャンスだと? 」

 

「お前の力は侮れないアル。さっきも何か分からない力で私達の攻撃を回避したネ。その時に光った目も気になるアルヨ」

 

「・・・・・それで、何が言いたい」

 

 ココ一号の口元が大きく緩み、両腕を左右にそれぞれ大きく開いた。

 

「藍幇に忠誠を誓うネ。お前はどうせ女好き、だからお前が望む女をいくらでも与えるアル。美人から美少女、胸の小さいから大きいまで全部ネ。それ以外にも欲しい物は全てやるアル。どうだ、来る気になったカ? 」

 

 確かに、魅力的な条件だな。忠誠を誓う──つまり、武偵を敵にまわせということだ。でも、

 

「浮気したら金髪ギャル(理子)が殺しにくるんでな。無理だ。それにお前ら、何もしなくても理子が死ぬと言ったな? それはどういうことだ」

 

「きひっ! 理子が座っている椅子にはトラップを仕掛けてあるネ。もし理子が立ち上がればこの新幹線は木っ端微塵に吹き飛ぶアル」

 

「その爆弾はどこにある」

 

「この列車の複数あるトイレの中ネ。でも無駄アル。酸素に触れれば即爆発する気体爆弾ネ。無理に解除しようとトイレに入った瞬間に・・・・・ドッカーンアル! 」

 

 爆弾を解除せずこのままこの新幹線が東京駅に着けば辺りが火の海。解除しようとしても・・・・・死か。

 

 だとすればコイツらはどうなる? 俺たちと一緒に心中するつもりなら乗っていてもおかしくないが、さっきこいつは俺を藍幇にスカウトしてきた。それはつまり助かる宛があるってことだ。考えられるのはココ四姉妹の誰か、もしくは藍幇内の協力者。ココは二人いるから、あとの二人だ。──いや、車内アナウンスから聞こえた声はアリアと戦った時の中二病ココ。だとすればこの新幹線内にココ一号と二号、あと中二病ココの三人が乗っている。

 

「お前らあと一人はどうした」

 

「・・・・・アア、そこまで頭がまわったのカ。残念ながら全員この列車に乗ってるアル」

 

「サポート役がいると聞いたことがあるぞ。お前らと中二病、残り一人がサポート役じゃないのか? 」

 

「違うネ。本来なら私達がサポート役アル。でもどこかの誰かさんが酷い事をしてくれたおかげで強くなったアル」

 

 なんというバタフライエフェクトだよッ! 俺がいなければココ一号と二号はこの新幹線内どころか戦闘にすら参加していなかった可能性があるぞ。一人は元々狙撃手だったかもしれないが。

 

「そうか。ならばお前ら二人をはやく捕まえて、キンジの援護にでも行かなきゃな」

 

 ココ一号が長話をしてくれたおかげでかなり頭を冷やすことが出来た。意味不明の憤怒はもう心の中にはない。

 

「交渉決裂だネ。変態、お前がこれから向かうところは東京駅ではなく地獄アル」

 

「その前に戦闘不能にしてやるよ。幼女ども」

 

 その言葉を合図にココ一号はUZIの弾を俺の全身にばら撒き始めた。7.62mm弾よりは軽いがその分絶え間なく衝撃が伝わってくる。防御範囲外である足に何発か被弾し床に足をつけそうになるが、凄まじい銃声と衝撃は鳴りやみ、代わりにココ一号が突進してきた。

 

「ヤヤッ! 」

 

 その勢いに乗って小太刀を右足から左肩にかけ大きく振るった。金属を引っ掻きながら切先は体の外側へと抜けていく。ココ一号は舌打ちをすると、小太刀を持っている反対の袖からM686を抜いた。

 

「・・・・・っ」

 

 .357マグナム弾という威力の高い弾を撃てるリボルバーだ。こんな至近距離で食らったりしたら内臓破裂は確実。

 

「きひっ! 」

 

 確実に当てるためか胸に押し付け──トリガーを引かれる瞬間にココ一号の手を上に弾く。発砲された弾丸はかろうじて防弾制服の肩の表面だけを抉りとって後ろの壁へ激突した。

 不機嫌そうな顔を浮かばせたココ一号はさらに面積の大きい胴体を積極的に狙い、小太刀は銃に気を取られ無防備になった部位を着実に刺してくる。

 

「さっさと殺されろアル! 」

 

「幼女に殺されたら笑われるから意地でも死なねえよ! 」

 

 リボルバーの最後の一発が左腕の盾の端に当たり、マグナム弾の威力につられて腕が払われる。

 

「懐がガラ空きネ! 」

 

「くっ! 」

 

 飛び込んできたココ一号は用済みのリボルバーを俺の顔に投げ視界を一時的に塞いできた。それが無くなり、ココ一号の手に握られていたのは小さなナイフ。それを逆手に持ち脇腹に突き立てようとしてくるが、右手でかろうじてナイフを持つ手を押さえる。

 

「離せロリコン! 」

 

「ロリコンじゃ、ねぇ! 」

 

 手首の関節を曲げナイフを落とさせると、列車の後方へココ一号を背負い投げもどきでぶん投げた。本当の背負い投げは床に落とすものだが・・・・・そうしたら背中が無防備になる。

 すぐさまココ二号と相見える。予想通りトリガーにかかる指に力が入っており───全力で横に回避した瞬間、大気を切り裂きながら元いた場所を7.62mm弾が通過した。もう少し遅かったら死んでたぞ。

 

「ちっ」

 

「あっぶね」

 

 ここでひと休みしている場合ではない。今度は背後から弾丸のように飛んできたココ一号を両盾で受け止めた。

 盾と盾の間に小太刀を刺しこまれるがその場で屈むことで避け、そのままココ一号に足払いを仕掛ける。体格に比例して軽いその体はいとも簡単に床に落ち、小太刀を手放してしまっていた。隙を見せたココ一号にのしかかるが、視線の先にいるココ二号が不敵な笑みをこぼし───ガァン!! と右腕の盾が轟音を鳴り響かせ、

 

「ガッ!? 」

 

 腹部に何かが突き刺さるような痛みが全身に向けて波紋のように広がる。反射的に体を丸めて頭を両腕の盾で隠すように手を床につく。ココ一号はそんな俺をのしかかられた状態で見るとニヤリと笑みを零した。

 

「まさに顔面蒼白アルネ! やっぱりその盾も貫けるアル」

 

「うるせえ・・・・・防弾制服で止まってるからいいんだよ。それに、生意気なお前に一つ教えてやる。狙撃手にとって嫌なことをな! 」

 

 ココ一号の両手の親指同士を素早く縛り、腹部の痛みに顔を歪ませながらも立ち上がりココ一号の脇を両手で抱え上げる。

 

「な、何をするアルか!? 」

 

 小さい足で脛を何回も蹴ってくるが、距離が足りないためあまり痛くない。

 俺はスタートダッシュの姿勢をとり、

 

「こうするんだよ! 」

 

 通路の奥にバイポットを立てM700を構えているココ二号に向かって全力で走り出す。

 狙撃手にとって嫌なこと・・・・・それは仲間を盾にされることだ。迂闊に撃てばココ一号に被弾する可能性がある。さらにコイツらは姉妹だ。愛する姉妹を傷つけずに唯一露出している足だけを狙い撃つことは不可能ではないと思うが、それでも、『当たってしまったら』と迷いが生じるはず。その迷いのうちに近づいてしまえば!

 

「な!? 来るなアル! 」

 

 ココ二号は声を張り上げながらACOGサイトから目をずらした。この距離なら見なくても当たると判断したのだろう。だがもし、万が一にでもココ一号に当たって死んでしまったら盾にしていた俺が殺したことになって死刑となる。武偵三倍刑でだ。そして俺はその万が一を一発で引き当てる男。ココ二号がトリガーを引いた瞬間に俺の実質死刑は確定する。だから──その前に捕らえる!

 

「死ネッ! 」

 

 ココ二号がトリガーに指をかけたのを確認。即座に座席の肘掛けをジャンプ台にして、伏せているココ二号の射程圏外へと逃れる。すぐさまココ二号は膝立ちになったが・・・・・もう遅い。

 

「はっ! 」

 

 銃口を蹴り飛ばし体勢が崩れたココ二号を下敷きにし、そのまま新幹線の冷たい床に三人もろとも突っ伏した。きゅっ! とココ二号が可愛らしい悲鳴をあげM700を手放し、持ち主のいないそれは寂しく床に叩きつけられた。

 

「ココ・・・・・本名分かんないから一号と二号。逮捕だ」

 

 元々親指同士を縛っておいた一号は手首にも結束バンドを、二号は一つだけ所持していた手錠をかける。

 

「我らは一号二号じゃないアル! 我らは曹操孟徳の子孫ネ! 」

 

「・・・・・は? まじで? 」

 

「私たちを侮辱すると痛い目見るネ! 」

 

 ココ一号が鋭い犬歯をむき出しにしながら、がうっ! と噛み付く仕草をしてきた。

 曹操孟徳って確か結構有名な偉人だよな。

 

「この世界どうなってんだ・・・・・遠山金四郎に卑弥呼、ホームズにリュパン、ジャンヌ・ダルクに平賀源内、今度は曹操孟徳ときたか。これだけ有名人の子孫が集まってるなら───そのうちナポレオンの子孫とか現れそうだな」

 

「ナポレオンとか今は関係ないアル! はやく解放するアル! 」

 

 ココたちはセミみたいに喚き始めた。流石にうるさいな。キンジと喧嘩してる時のアリア並だぞ。

 

「おとなしくしたらどうだ。小遣いもらえなくて残念なのは分からなくもないが」

 

「小遣い貰えないから装備が買えないヨ! 金よこセ! 」

 

「刑期を終えたら小遣いくらいくれてやる」

 

 ため息をついたところで肩に誰かの手が置かれ───

 

 

「───ッ!? 」

 

 反射的に肩に置かれた手を振りほどき、振り向きながらすぐさま拳銃(HK45)を抜く。

 190を超えているであろう高身長。燕尾服にシルクハット、半月型の目と耳のあたりまで裂けている口の仮面をつけた男が目の前に立っていた。

 いつ攻撃されても対応できるようにトリガーに指をかけ、

 

「あんた、誰だ。気配を完全に消していたあたり、少なくとも民間人じゃないよな」

 

「そうとも。私は・・・・・まあ『武器商人』とでも呼んでくれ。そこの二人が私をそう呼んでいるのでね」

 

「いつからここにいた? 目的はなんだ」

 

 額から頬にかけて冷や汗が一滴流れ落ちる。

 この武器商人とかいう仮面男は殺気どころか敵意すら俺に向けていない。今なら取り押さえられるが、それは抵抗されなかった場合。

 ・・・・・勝てない。少しでも抵抗されたら勝てる未来が見えてこない。

 

「目的はこの娘たちを本来の持ち場につかせることだね。いつから居たという質問には、君が私という存在に気づく少し前だよ。なに、インチキなどはしていない。ただそこのドアを静かに開けて静かに君の後ろまで歩き、優しく手を置いただけだよ」

 

 男は身振り手振りを交え、話しながらゆっくり俺の横を通り過ぎ 、ココたちを守るように立ち塞がった。

 

「──静かに優しくねぇ。武器商人なんてやめて武偵局の、過去の経歴を問わない部署にでも行ったらどうだ? 諜報部とか似合いそうだ。それはそうと、こいつらは引き渡さないぞ。死ぬ気で捕まえたんだからな」

 

「そうかい。ならば───取引をしないか? 」

 

 そう言うや否や、俺の肩に再び手を乗せココたちに聞こえないように囁いてきた。

 

「今ここでこの娘たちを解放してくれるならば・・・・・代わりに情報をあげよう。神を封印する方法のね」

 

 神を封印する方法──だと?

 その言葉は耳から全身へ電流のように流れ出た。

 瑠瑠神をそれで封印すれば、俺はこの忌まわしき人生から逃れられる。喉から手が出るほど欲しい情報だ。

 

「分かっているよ。聞きたい、けど自分は武偵だ。とでも思っているのだろう。でも今この話は私と君以外聞こえていないよ。君は武器商人なる者が現れて、健闘したが逃げられてしまったと報告すればいいさ」

 

 今すぐ教えて欲しいが、条件はココたちを解放すること。

 犯罪者を逃がすというのは武偵として、人の安全を守る者としてやってはいけないことだ。

 

「君は諜報科にも所属しているだろう。嘘は得意なはずだ。誰にも明かさなければ私たちの秘密は永久に守られる」

 

 誰も分からない。誰にも知られない。

 

「それに、今私たちを逃がしてもあの娘たちはまだ新幹線ジャックをやめないと思うよ。君に負けたからすぐリベンジしたいだろうね。だからその時にまた捕まえればいいんじゃないかな」

 

 ────また、リベンジに来たらそこで倒せばいい、か。

 

「私に課された命令は『この娘たちの姉妹の誰かが捕まったとしたら、一回だけ助けること』だよ。その命令に従い一回だけこの娘たちを逃がす。この娘たちは君にリベンジしたいだろうから、君の前に再び顔を覗かせる可能性が高い。さて、君はどうする? この娘たちを解放して神を封印する方法を得るか、解放せず無意味に私と闘い、負けて()()を失うか」

 

「答えは・・・・・聞くまでもないだろ」

 

「さあ、どっちだい? 」

 

 

 

「俺は武偵だ。たとえ一回でも私情で犯人を逃したりしないぞ」

 

「・・・・・そうかい。とても、残念だ」

 

 武器商人は深くため息をつくと、指を大きく鳴らし───

 

 

 

 ────首を触られた気がした。それからおかしい事に、視界が男の上から下へと流れていく。男に浮遊できる超能力があるのかと警戒した瞬間、顔が何かに当たった。いや、叩きつけられた感触だ。視界が男の足下、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「君がもしその選択をした場合・・・・・」

 

 ドタッ、と誰かが俺のすぐ横に誰かが倒れ込んだ。ソレは首元から綺麗に上を切断されている、いわば死体だった。

 

「こうなる未来になると、過去の君は思い出す」

 

 両腕に装着されている盾、右手に握られたHK45、純白の鞘に収められている雪月花。その死体には見覚えがある。

 

「君にとっては未来のことだが、私にとっては現在のことだ」

 

 だってその首元から上を失い、断面から絶え間なく血を吐き出している肉塊は・・・・・首を斬られた俺なのだから。

 意識が真っ黒に染まっていく中、男は俺に向け大きく指を鳴らし────

 

 

 

 

 ────気がつくと、俺は自らの足で立ち、男と目を合わせていた。睨み合っているこの状況は俺が首を斬られる前だ。床の冷たい感触も、自分の体から溢れ出る血も広がっていない。

 

「・・・・・っ、何をした!? 」

 

 首が繋がっていることを確認しながら問う。

 

「君に未来を見せてあげた、ただそれだけのことだよ。君が断った選択肢を選んだそのあとのことだ」

 

「未来を、見せる? 」

 

 またデタラメな能力出してきやがって。さっきも何をされて首を落とされたかわからない。これじゃ──俺が出す答えは『Yes』しかなくなる。

 

「お前は・・・・・なんなんだ? 」

 

「なんだと言われても困るね。もう一度君に問うよ、私の要求に応じるかい? 」

 

「俺は────」

 

 くそっ! こうなったら変な意地はってないで逃がすか?

 ココたちはまた戻ってくるだろうし・・・・・いや、確証がない。今は残りの姉妹たちと撤退して装備を整えてから奇襲を仕掛けてくるかもしれない。どうするッ!

 

「ふぅ。時間切れだね」

 

 男が俺の背後のドアを指差すと、それに呼応して勢いよく開けられる音がした。

 

「京条君! 大丈夫かい? 」

 

「不知火か!? 犯人の共犯者らしき人物と交戦中だ! 」

 

 端的に伝えると不知火はすぐ反応してくれたようで、男の右肩に薄い赤色の点が現れた。

 

「ふむ、LAM付きのSOCOM Mk23か。良い銃だね」

 

 |赤色のレーザーが仮面男に動くなと訴えているが、男はそんなことは構いもせず燕尾服の前ポケットから小さなスイッチを取り出し、そのスイッチを俺たちに見せつけながら押した。

 

「動くな! 」

 

「私はSOCOM如きでは傷つかないよ。そして・・・・・京条朝陽君。神に愛された者よ、その力は正しく使うことだ。この世のどんな超能力よりも優れた能力をそれらは持っている。あと一つ色金を体内に取り込んでしまえば、君はこの世界においてかなり上位の強さになるだろう。だが、君が最初に取り込んだ──埋め込まれたとでも言うべきか。それは使う度に体を蝕んでいく。理由は君がよく知っていることだろう」

 

 男は意味不明な事を言いつつココ二人を両脇にそれぞれ挟み新幹線の横壁に寄りかかった。同時にそこから金属が灼ける音が鳴り出し始め、

 

「君は常に監視されている。そしてこれから地獄のような日々が続くだろう。それら全てを乗り越えて君が全ての真実を知った時、神を封印する方法を教えてあげよう」

 

 こいつは・・・・・本当に何者なんだ。どこから知っていて、どこまで知っている?

 何をすれば俺は助かる、その言葉は外に出ることはなかった。鎖で縛られて出すことが出来ない、とでも表せる。とにかく、なぜか言葉が出ない。

 

「さらばだ。次会うときは君たちが香港に来た時かな。その時の君が私に聞きたいことは予測がつくから、早めに言っておこう。

 ───()()()()()()()()()()()()()

 さて、監視もされているので私の仕事はこれまでです。狙姉(ジュジュ)機嬢(ジーニャン)、暴れると落ちてしまうからしっかり捕まっていていなさい」

 

「おい変態! 我がお前の頭を撃ち抜くアル! あとで覚えておけアル! 」

 

「お姉のパンツは渡しても私のパンツは絶対に渡さないヨ! 二回戦目が楽しみネ! 」

 

 狙姉(ジュジュ)機嬢(ジーニャン)のどちらかが言い終わると、仮面の男の後ろの壁が轟音をあげながら吹き飛び、そのまま外の暗闇の中に身を落とした。不知火は爆破された壁に駆け寄り、上半身を半分ほどだして外を覗くが、何もアクションを起こさないあたり見つけられなかったのだろう。

 

「だめだ、消えてしまったよ。あの人とは知り合いなのかい? 」

 

「あんな仮面をした男と会っていたら忘れたくても忘れねえよ」

 

「そっか。それより京条君、左目の横の傷の手当てをしよう。かなり血が流れてるみたいだし」

 

「これくらい大丈夫だ。悪いな心配かけて。正直、お前が来なかったら俺は首チョンパだったよ」

 

 不知火の前で首を斬られる仕草をすると、苦笑いで返されてしまった。

 本当のことなんだけどな。

 

「あの仮面の男の話ってどういうことだい? それにパンツって────」

 

「その話はやめよう。好奇心はネコをも殺す、特にパンツの件は恥ずかしすぎて俺が殺しに行くレベルだ」

 

「・・・・・分かったよ。京条君にも色々あるんだね」

 

 ちくしょう! イケメン不知火のことだからこれ以上の事は聞かれないだろうけど完全に引かれたぞ! なんであの場で過去の因縁(パンツ)を持ち出してくるんだよ!

 

「そうだ。こうのんびりしている暇はないんだ。京条君、今新幹線の屋根の上で遠山君と犯人たちが戦っている。京条君も参加して遠山君たちの援護を頼みたい」

 

「屋根の上か。分かった、案内してくれ」

 

 不知火のあとを走ってついていく。

 その間にあの仮面の男───武器商人の言葉が頭に浮かんできた。

 

『目の前にあるもの全てを疑え』

 

 この言葉が何を意味しているのか分からない。しかもあの男、俺が監視されているから迂闊に変なことは言えないらしい。監視されているといえば瑠瑠神しかいない。だとしたら・・・・・自分も殺される危険性がある。あの男も恐れる瑠瑠神に───俺は勝てるのか?

 

「着いたよ。この天井のフタを開けて外に出るんだ。靴の鈎爪(スパイク)は壊れていないかい? 」

 

 考え事はここで中断、ここからはまた戦闘だ。もしかしたら第二ラウンド、あいつらのどっちかとやり合うかもしれん。

 

「ありがとう。装備は揃ってるから大丈夫だ。怪我はしてるけどな」

 

「───本当は、もっとはやく援護に行きたかったんだ。だけど銃声と共に乗客が一気に僕たちのところに押し寄せて来てね。行くのに少し手間取ってしまったんだ。本当にすまない」

 

「あー・・・・・その乗客避難させたの俺だから、不知火に非はないよ。じゃ、行ってくる」

 

 靴の鈎爪(スパイク)をだしハシゴを登る。途中、地震並の揺れが車内を揺さぶり落ちそうになりながらも少し固めのフタの取っ手を回し、満天の夜空に上体を出した。

 

「・・・・・! 」

 

 その瞬間、今までに経験したことがない強さの風圧に吹き飛ばされそうになる。今この新幹線の速さは250を超えている──その屋上を流れる気流はジェットコースターとは比べ物にならない。

 

(こんな中キンジは戦っているのか!? )

 

 飛ばされないようにしっかり鈎爪(スパイク)を食い込ませて立つ。新幹線の上には、頭に包帯を巻いているレキ───その視線の先にキンジと二人のココがいた。ココ二人はこの風圧をもろともしない素早い動きでキンジを翻弄している。

 飛ばされないようにしっかり鈎爪(スパイク)を食い込ませて立つ。新幹線の上には、頭に包帯を巻いているレキ───その視線の先にキンジが二人のココがいた。ココ二人はこの風圧をものともしない素早い動きでキンジを翻弄している。

 

源義経(ゲンギスケン)・・・・・八艘飛(はっそうと)び・・・・・! 」

 

 レキの澄んだ声が耳に届く。何をするのか分からないが、とりあえず近寄ると───俺の存在に気づいていないのか、後ろ手で何かを放ると全力疾走でキンジのいる車両へ走り出してしまった。危険だと伝えるため口を開くと、

 

「んがっ!? 」

 

 口の中に固い何かが入り、歯にあたって高い音を奏でた。

 取り出して見てみると月光に照らされたそれは、一発だけで数百万円単位の武偵弾。しかも・・・・・この着色は、大爆発を巻き起こす超小型の液体気化爆弾である────

 

(炸裂弾・・・・・だとッ!? )

 

 全身から冷や汗が噴き出し、自らの本能が最大限の警告を鳴らしている。冷えた両手で心臓を鷲掴みされる悪寒に襲われ、異様に冴えた頭が俺自身に命令してきた。逃げろ。さもなければ死ぬぞ、と。

 振りかぶって投げている時間はない。そんな暇があるなら走れ、走れ、走れ!

 

「うぉぉぉぉ! 」

 

 武偵弾を空中に置き、人生で最も速いスタートダッシュを決める。こんなところで死ぬわけにはいかない!

 だが、少し離れた程度で無情にもその弾は爆発し──俺の背中で小さな太陽が後ろから抱きしめてくる。全てのことがスローモーションに見え、これが走馬灯なのだと実感した。もうすぐ俺はこの爆発に巻き込まれて、死ぬかもしれない。

 

 そしてその走馬灯すら焼き焦がす爆発と爆風に巻き込まれる寸前、ほとんど無意識のうちに、両腕に装着されている盾を胸の前へと持ってきていた。そして体を丸めながら爆発が起きた場所に振り向き─────

 

 

 飛んでいる、圧倒的強さの爆風に吹き飛ばされているという方が正しいかもしれない。綺麗な夜空とどこかのテレビ局のヘリ郡が視界いっぱいに広がっていた。それらは俺に、生きている実感と勇気、そして着地はどうするのだという不安を与えてくれている。強制的な押し付けかもしれない。

 放物線をえがいて新幹線の屋上に背中から叩きつけられ肺の空気が一瞬だけなくなる。ごろごろと転がり落ちそうになるが、雪月花を壁に突き立て絶えることのない風圧に必死に耐える。

 

「くっ! ・・・・・ファイトおおおお! 」

 

 足と腕を使ってなんとか這い上がると傍にキンジとアリア、そしてレキが俺を見て一歩後ずさった。なんか・・・・・引かれてるみたいだな。

 

「どうした。せっかく来てやったのに」

 

「あんた、死んだと思ったわよ」

 

「はっは、まさか炸裂弾が飛んでくるとは思わなかったよ・・・・・文の盾が無かったら全身焼かれて、あと金属片に顔を切り裂かれて死んでた。どこかしら火傷してると思うが、今は多分アドレナリン出て痛みがないってパターンだな。あとで痛い思いをするタイプだ」

 

「朝陽さん、すみません。危うく死なせてしまうところでした」

 

 レキは俺と目を合わせペコッと頭を下げた。

 

「気にすんな! 俺が声かけなかったからいけないわけだし、普通に今は生きてるから大丈夫だ。それより、頭の包帯はどうした」

 

「昨日ココに狙撃された時の傷です。こちらに乗り移る時に仕返しにと足のアキレス腱を狙ったのですが・・・・・他のヘリに邪魔されて撃てませんでした」

 

 表情には出さないが結構怒ってる感じだぞ。レキの狙撃を邪魔したヘリは───多分、藍幇のヘリだ。

 

「どこ見てるアル。相手はこっちネ」

 

 声のした方向を見ると、眼帯をつけた中二病ココと眼鏡をかけたココ二人がそれぞれ青竜刀を俺たちに向けていた。

 

「なに、これで四対二になったわけだけど。おとなしく投降しなさいよ」

 

「きひひっ! 違うネ、四対四アル! 」

 

 ココの言葉に違和感を覚え再び空を見渡すと、明らかにテレビ局のものではないヘリが車両後方からココ二人から少し離れた上空まで嘗めるように飛んできた。

 そのまま新幹線の速度に合わせると、そのヘリのハッチが勢いよく開かれた。中から出てきたのは・・・・・数十分前まで戦っていたココ──狙姉(ジュジュ)機嬢(ジーニャン)だ。

 

「四人もいるのか!? 」

 

「どいつもこいつも似てるのね。さすが姉妹だわ」

 

「気をつけろよ。降りてきた二人、強いぞ」

 

 狙姉と機嬢は中二病ココと眼鏡ココの横に並んだ。俺もキンジの隣に並び、四人で向き合う形となる。それぞれが直線上に位置する敵は、運がいいのか悪いのか、自らが得意とする戦闘スタイルが同じ組み合わせになっていた。

 狙撃手(狙姉)狙撃手(レキ)拳銃手(眼鏡ココとジーニャン)拳銃手(アリアとキンジ)、そして・・・・・俺と中二病ココだ。

 

「ちょっと、あたしと朝陽変わってよ」

 

「あとでいじめさせてやるから、目の前の敵とやれ」

 

「ふーん、約束よ」

 

 おい貴族様、そんなんでいいのか。

 

「これで揃ったアル。朝陽、今宵見る月が最後の月となるネ。しっかり見ておくアル」

 

「・・・・・おう」

 

「生を受けてはや十四年。封印し続けてきた我が紅龍ノ血眼(ブラッドアイ)怒り喰らう左腕(イビルバイター)の力、今解放するネ! 」

 

 左腕に巻かれている包帯を少しずつ取っていく。

 

「我の真名を名乗らせてもらうアル。我の真名は炮娘(パオニャン)! この腐った世界と腐った住民全ての絶望を我が生贄とし、絶望と爆炎で世界を覆い尽くす者! 」

 

 包帯を取り終えた左腕には二対の龍が螺旋状に絡みついている。そしてその左手を使い、右眼につけている眼帯を強引に引きちぎった。眼帯に隠されていた眼は、紅龍に相応しく真っ赤であった。

 

「我の前に立ち塞がりし愚かなる者に、我の力全てを以て等しく滅びを与えるネ! さあ、朝陽! 我が紅龍の最初の生贄となるのだアル! 」

 

 

 

「───お前のその右目、カラーコンタクトだろ。あと左腕の龍はステッカーだな」

 

「ち、ちがうアル! 」

 



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第34話 其の熱線は好敵手の証

炮娘は、ぱおにゃんと読みます。

前回 狙姉と機嬢との戦闘、武器商人との出会い。そして第二試合開幕


 既に新幹線は時速250kmを上回っている。一度足を踏み外せば死は確実。敵は手練れだが中二病。ふざけていると思える相手だが──あれでもキンジと戦っていて傷一つ負っていない。それどころか、これからが本番だと言わんばかりの表情だ。

 

「我たちの決闘に邪魔は許さないアル。我の愛する姉妹たちよ、別の場所で闘うネ」

 

 中二病ココ──炮娘(ぱおにゃん)が他の姉妹に睨みを効かせながら伝えると優雅に歩いて俺の元まで歩いてきた。何かしてくるのかと警戒したが、防弾制服の袖をちょこんと掴むと列車の後ろの方へ俺を引っ張っていく。

 

「な、何するんだ」

 

「別の場所で闘うって言ったアル。決闘ネ。やるカ? 」

 

「あ、ああ」

 

「だったらおとなしくついてくるネ」

 

 炮娘(ぱおにゃん)に促されるまま車両の後方へ歩く。俺が場を離れると、背後で銃声とアリアの気合の入った声が響き始めた。そっちはもう戦闘開始なんだな。死ぬなよ。

 

「なぁ炮娘(ぱおにゃん)

 

「何アルか」

 

「なんで俺と闘いたいんだ? アリアと決着はつけたくはないのか? 」

 

 一番の疑問だ。アリアと炮娘(ぱおにゃん)は『水投げ』の日に引き分けている。アリアと勝負するならその日の決着をつけたいという理由があるから納得できるが、なぜ俺なんだ。

 

「我は貴様に受けた恥辱を晴らしたいネ。そのためには、誰にも邪魔されない決闘が一番アル」

 

 ああ・・・・・そういえばそうだった。

 

「恥辱ね・・・・・幼女がよくそんな言葉知ってるな」

 

「よ、幼女言うなアル! これでも我は十四歳ネ! 我を侮辱することは我が紅龍を侮辱するのと同じことアル! 万死に値するヨ! 」

 

 両手を振り上げ顔真っ赤にして怒ってきた。敵でなければ年相応の反応で可愛いんだがなあ。いやそのままでも可愛いけど。

 

「そうか。まあいいや。逮捕ね」

 

 腰から結束バンドを取り出し俺の左手首と炮娘(ぱおにゃん)の右手首に巻き付ける。炮娘(ぱおにゃん)は最初何が起きたか分からない顔をして───絶叫した。

 

「ええええええ!? 何アルかこれ! 」

 

「何って、結束バン───」

 

「そうじゃないアル! なんで結束バンドで我が右手とお前の左手を繋いでるアルか!? これから決闘するって言ったの聞こえなかったネ!? 」

 

「ああん? 俺が決闘なんてわざわざやるわけないだろ。キンジとかアリアじゃないんだし。捕まりに来てくれてありがとな」

 

「ひ、卑怯者アル! 」

 

「まさか俺が諜報科のSランクってこと忘れてるんじゃないよな? なにが好きで死ぬかもしれない決闘なんてやらなきゃいけないんだ。しかも、諜報科にとって卑怯者は誉め言葉だ」

 

 炮娘(ぱおにゃん)に抵抗される前に左腕を捻りあげたが、その場で小さくジャンプすると両足をそろえ、

 

「おりゃぁ!」

 

「ぐぉ⁉」

 

 腹にドロップキックをかましてきた。幸い距離が近すぎたからそれほど威力は出ていなかったはずだが、結構痛かったぞ!

 ぱおにゃんはぐぬぬ、と俺を睨むと左腕の袖から小型のナイフを抜き首元を抉り取ろうと飛びついてきた。間一髪でそれを避け炮娘の腕を背中にまわしナイフを取り上げる。

 

「どこまでも汚い男アルね! 」

 

「くっ・・・・・どうもありがと! 」

 

 炮娘は頭を大きく後ろに反らすとその勢いにのって、

 

「うらァ!」

 

 女の子が出してはいけない部類の声と共に高速で頭突きが迫ってきた。離れようにも結束バンドが邪魔して離れることは出来ない。だから俺も炮娘に合わせるようにして頭突きを繰り出す。

 ぶつかった瞬間、固い物がぶつかる鈍い音を生み出し、俺も炮娘も反動でのけぞりあった。互いの手首を結束バンドで巻き付けているため、いったん体勢を立て直すこともできない。

 

「いってえな。お前どんだけ石頭なんだよ!」

 

「ふん、貴様らみたいな平和ボケしてる日本人とは違うアルよ。それに決闘をつぶされて腹が立ったケド、気が変わったアル。今から『チェーン・デスマッチ』もどきをやるアルネ」

 

「よりによってチェーン・デスマッチか。互いの腕を繋いだ状態で武器もしくは素手で戦うやつだろ? それは野蛮すぎだ」

 

 チェーン・デスマッチ。古代ローマの闘技場で発祥した伝統的な決闘方法。特性は二つ、対等な条件で行われることが分かりやすい事。そして、絶対に逃げられないことだ。今は結束バンドだから刃物を使えば簡単に抜けられる。決闘なんてやりたくないと、雪月花を抜刀しようととしたが、

 

「野蛮じゃないネ! それに貴様は一つミスしたアル。それは我が怒り喰らう左腕(イビルバイター)を拘束しなかったことネ! 」

 

 炮娘が右手を引き、連られて俺も引っ張られ雪月花を出すことは叶わなかった。その代わり炮娘の拳が顔面に迫るが首を横に反らすことでギリギリ回避。その間に懐に入ろうとするが素早く距離を取られ、代わりに下から顎を蹴りあげるサマーソルトキックを放ってきた。

 ほとんど反射的に顎を引いたが、つま先が少しかすめてしまい視界が少し揺れた。

 

「近接戦闘苦手アルか? 」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべ挑発してくる。

 

「はっ、苦手なものをわざわざやると思うか? 」

 

「それもそうアルね」

 

 今度は左腕の袖から拳銃───92式手槍(拳銃)を持ち突きつけてきた。

 

「貴様、我が妹の勧誘を断ったネ? それは運命に背くことアルよ」

 

「知るか。運命なんて信じてないんでね」

 

「もう一度、貴様に問うヨ。藍帮(らんぱん)に来ないアルか? 」

 

「──何度も言うが、そんな変人だらけのとこ誰が行くか! 」

 

 撃たれないために銃口を叩いて向きを変えさせ──頬をなぞるように銃弾が抜けていった。

 あとほんの少しでも遅れていたらあの世行きだったな。

 

「ちっ」

 

 炮娘はあからさまに不機嫌な顔をすると再び俺に92式手槍を向ける。今ここで俺のHK45を抜こうとすれば、その間に頭に風穴を開けられて終了。どうしても拳銃での応戦はできない。咄嗟に右の手の平を内側に向け盾を俺と炮娘との間に持っていき──

 

「ハハハハッッ! ならば死ネ! 死ねアル! 」

 

 鳴り止まぬ銃声と至近距離から浴びせられる9mm弾の雨が右腕の盾を通じて重く伝わってくる。一つ一つの威力力は防げるんだが・・・・・何十発ともなると話は変わるんだ。しかも炮娘の援護射撃──7.62mm弾を受け続けたせいで盾がボロボロの状態。いつ9mm弾が貫通してきてもおかしくない。

 

「守ってばかりじゃ殺られるだけアルよ! 」

 

「言われなくても分かってるよ! 」

 

 陶器が割れるような心地よい音とマズルフラッシュが互いの間で衝突し合う。

 

「チッ、これだけじゃ壊れないアルか」

 

「そんな舌打ちばかりしてると折角可愛いのに男に逃げられちまうぞ! 」

 

 ガチッ! と金属が噛み合う音で弾切れを確認し、その瞬間に炮娘の手から拳銃を離させるため炮娘の右手を押さえる。抵抗されると思ったが……簡単に捕まえられた。してやったり、と炮娘の顔をドヤ顔で見つめると、

 

「・・・・・な、何を言うアルか・・・・・」

 

「──は? 」

 

 アリアが恥ずかしいときに見せる真っ赤な顔と同じ顔をしていた。横に本物がいたら見間違えてしまうほど。

 

「我は可愛くないアル! 精神攻撃ネ!? 」

 

「精神攻撃なんかしてないぞ? お前が勝手にそう感じてるだけだ」

 

「そ、そうアルか。流石、我がライバルネ」

 

 よし、これで変な誤解を──ちょっと待て。

 

「ライバルってなんだ!? 」

 

「貴様のその目、鮮緑に光ったらしいアルね。そして何らかの力を出したと我が妹から聞いていたアル」

 

 だめだ。長年の勘が、これに付き合っていたらろくなことにならないと告げている。

 

「我が深紅の瞳と貴様の鮮緑の瞳、対を成す者同士アルよ」

 

「俺の瞳は黒だ! てか赤の反対って青だろ!? 」

 

「青──紺碧の瞳を持つ者もいつか現れるネ。というか我も力を出していないときは黒アル! 」

 

 よし、また変なことを言い出す前に逮捕してしまおう。

 俺は掴んでいる手を捻り戦闘不能にしようとしたが、

 

「朝陽! 貴様は我の本当の力を見ていないアル。今から我が全力を以て貴様を・・・・・我がライバルを撃ち滅ぼすネ! 」

 

 あっさり手から抜けられてしまい、ついでに俺の左手首と炮娘の右手首を繋いでいた結束バンドも袖から抜いた小型ナイフで斬られてしまった。

 

「チェーン・デスマッチはどうした!? 」

 

「つまらないからやめたアル! 」

 

 炮娘は俺から十メートルほど離れ、ナイフを夜空に投げ捨てると、

 

緋滅裂槍(ひめつれっそう)ッ! 」

 

 袖から赤く短い棒を何本も取り出しそれらを連結させ、一本の真っ赤な槍が完成させている。槍の先端は真ん中が横に膨らんでいる一般的な槍だが、炮娘はさらにもう一つ赤色の刃を取り出し、それを持ち手の下──槍の先端のもう片方に刃を装着させた。槍の両端に刃がある、ロマン武器だと思っていたが、つけた刃は二股に分かれていて殺傷能力が高そうだから・・・・・侮れないな。

 

「それはあれか。双頭槍か」

 

「そうアル。よくわかったネ」

 

 双頭槍は槍の両端に刃があり、普通の槍のメリットであるリーチが生かせない。だが炮娘ほどの身軽さならば、一本の刃で突きをするより二本の刃で踊るように相手に畳み掛けた方が強い。

 

「ヤヤッ! 」

 

 炮娘は左手でその槍を持ち大きく振りかぶると───右の真っ赤な眼を見開いた。その眼はまさに獲物を狙うハンターであり、今は俺が獲物だ。二股に分かれた真っ赤な矛先が月光に照らされ妖しい輝きをその場に残すと、

 

「エイヤッ! 」

 

 豪風を切り裂き、目を疑う速さで迫ってきたそれを、

 

「───ッ!? 」

 

 刺さる前にかろうじて両盾で防ぐことに成功したが、それもあと少し二股の刃が長ければ死んでいた。

 両盾を貫通して眼球に刺さる直前で止まっているからだ。

 そのことに戦々恐々としていると不意に盾を引っ張られる感覚と共に槍が抜かれ、すぐ傍まで来ていた炮娘の手の中に戻っていき、

 

「アイヤッ! 」

 

 槍を一回転グルッと回し俺の右肩に振り下ろしてきた。俺は雪月花に手を伸ばし肩と槍との間に滑り込ませると火花を散らしながら槍は外れた 。

 すぐさま槍を切断しようと雪月花で二股刃の元を斬り上げたが、金属特有の甲高い音が鳴り弾かれてしまった。

 

「くそっ、強いな」

 

「今更アル」

 

 今度は普通の刃の方で、的確に急所を突いてくる。この暗い中、僅かな光を頼りに切先だけを見切るのは難しいができないことはない。

 突きの連撃を雪月花で受け流し、あるいは避けていく。風を切る音が耳元で何度も何度も鳴り、時折首の皮膚を削り取っていく。

 

「セイっ! 」

 

 最後の突きをかわすと、炮娘はその場で一回転し、二股の槍を振るう。即座に雪月花で応戦し、眩しいほどの火花が炮娘の顔をよく照らした。

 

「なに、笑ってんだ!? 」

 

「楽しいからに決まってるネ! 」

 

 炮娘少し後退すると、再び槍を投擲。溜めがなく速度もさっきよりは遅く、今度はしっかり盾でガードしきれた。地面に落ちたそれを新幹線の上から蹴り落としたが、吸い付くように炮娘の手に戻っていく。

 

「なんだ、極細ワイヤーでもついてるのかそれ」

 

「我が槍は世界に一つだけネ。とっても神聖なものアル」

 

 走り出そうとしたが、列車が加速したのか前のめりに倒れそうになる。炮娘はそれを察知していたのか、小さな体格を活かして距離を一気に縮めてくる。

 

「ヤッ! 」

 

 突き出された一つの鋼の刃。それは確実に目を潰しにきている。避けられないことは無い。だが、このままジリ貧になって戦い続けていれば・・・・・おそらく負ける。こっちはもう両腕が数々の重い攻撃に屈服して痺れてるからな。多少の怪我をしてでも流れを掴まないと死ぬ。

 

 感覚に身を任せ、少しだけ体の重心をずらす。刃先は眼球ではなく、狙姉の銃撃で負わせられた目の横の傷をさらに抉り後ろへ抜けていく。傷口に針を何本も刺される痛みに呼吸が一瞬止まるが、それでも前に進む。炮娘が目を開き、驚いているのが痛みで鈍った思考の中でも分かり、思わずニヤけてしまう。

 

「炮娘! 歯ぁ食いしばれぇ! 」

 

 懐に潜り、今までに溜まったストレスやら全てを込めて炮娘の腹に一撃。自分が出せる全力の蹴りをいれ、

 

「ごほっ!? 」

 

 小柄な体は人形のように遥か後方へと飛び──綺麗に着地した。追撃を加えようと思ったが、足を止めざるを得ない。なぜなら、

 

「きひっ、きひひひひっ! やっぱり強いネ」

 

「今出せる全力の蹴りが当たった瞬間に衝撃を吸収したお前の方が強いと思うが」

 

「ますます気に入ったアル。どうアルか、朝陽。我の・・・・・そ、その・・・・・む、婿にならないアルか? 」

 

「───いや、意味わかんねえよ」

 

 いきなり婿に迎えるとか、顔を真っ赤にして言われても困るんだが。

 

「我達は我達と同等、またはそれ以上の強さを持つ男と結婚しろと言われてるアル。我は貴様とけ、けけ結婚しろと言われているアル。朝陽、貴様ならか、顔もまあまあ良いし、料理も出来ると聞いてるネ。我の婿になって毎日鍛錬し続ければいつかは最強になれるアル。我から願い下げなのだが、どうアルか? 」

 

「断る。おはようからおやすみまで死ぬ思いをしたくないからな。それに───お前とはそういう関係になるんだったら、一生のライバルという立場の方がずっと気が楽だ」

 

「・・・・・きひっ、きひひひっ! 我もそっちの方が良いアル! それならば、我が一生のライバルになった証にとっておきを見せてやるネ。我が必殺の奥義を! 」

 

 槍を右手に持ち替え、左腕を天高く突き出した。

 月明かりが、それを照らし出す。

 静寂がこの場を支配している中、炮娘が口を開く。

 

「最高最強にして最大。唱えられし詠唱は天地に響き渡り、紅き黒炎はその身を焦がす。万象等しく灰塵に還す! 」

 

 突き上げられた左腕に描かれている二対の紅龍が紅色の光を持ち、炮娘の右眼の前にスコープのようにして魔法陣が現れ・・・・・え?

 

「喜びの咆哮は世界に轟き、絶望の歌がこの世を支配する! 」

 

 怒り喰らう左腕(イビルバイター)とやらを俺に向け──それを何かが覆っていくのが見えた。手のひらに紅色の光が集まり、今にも手のひらから零れ落ちそうになっている。

 あれは・・・・・何とかしないとやばい! いや、何とか出来ないから避けないと! キンジ達も巻き添えを喰らう!

 

「この世に顕現せし我が力を、しかとその眼に焼きつけたまえ。そして美しい月を見る度に思い出せ! これが我が必殺の奥義!

これが、我が怒り喰らう左腕(イビルバイター)紅龍ノ血眼(ブラッドアイ)の力!

 穿て──真紅龍ノ咆哮(ブラッディ・ロア)! 」

 

 俺はHK45を抜いて、炮娘の詠唱中にキンジの足元に三発撃った。キンジ達とココ姉妹は炮娘を見ると、離れた場所にいる俺にも分かるほど青い顔をして、横に飛んだ。

 俺もキンジ達と同じように新幹線の横に張り付くため横に飛び────

 

 

 

 閃光。俺達がいる場所だけが昼、いや、それ以上の明るさを持った筒状の閃光が駆け抜けていく。

 閃光と共に来たのは圧倒的熱量。この世の全てを灰にすることが出来る熱量だ。射線上にあった山は、通り過ぎてもう遠くにあるが、ここからでも分かる。破壊の限りを尽くされ、もう山の原型を留めていない。木々は灰となり、不毛の地に肥料として眠り始めた。

 俺が数秒前まで立っていた場所も熱により白煙をあげている。

 

「お・・・・・おい。なんだあれは」

 

「ふぅ・・・・・ふぅ・・・・・我が最終奥義アル、よ」

 

 肩を大きく揺らし息遣いも荒い。

 振り向けば、キンジ達は全員無事だが──目を丸くしてこっちを見ている。

 

「お前ら姉妹に当たったらどうするんだ。結果は誰にも当たってないけど」

 

「きひっ、当たるはずないアル。あの子達は我の奥義を、知っているからネ」

 

 それより、と続けて炮娘が列車の上に座り込んだ。

 その際に、ガシャン、と炮娘の背中から何か金属のような物が線路へと落ちていった。

 

「支えて、くれないアルか? このままだと滑り落ちて死ぬ、アルよ」

 

「それってどういう・・・・・」

 

 力を全て出し切った感じの炮娘は列車の上をズルズルと滑っていく。

 列車の上から滑り落ちる寸前に手を掴み引き寄せると、炮娘は一つため息をついた。

 

「あれを使うと動けなくなるアル。助けてくれてありがとネ」

 

「あれって・・・・・線路に落ちたやつか。なんなんだあれは」

 

「武器商人から貰った、我が究極たる力の補助装置アル。あれが無ければ世界が焼き尽くされてしまうネ」

 

 炮娘はこう言うが・・・・・絶対あれがないと撃てないだろ。あんなアニメでしか見たことないような熱線は。どんな材料を使ったらあれが撃てるのか知りたいものだ。

 

「てか、お前はマヌケか。動けなくなったら逮捕されるだろ」

 

「別にいいネ。今回は引き分け、あれ以上戦っても我が勝ってたアル。捕まってもどうせ引き渡されて釈放されるヨ。それに──貴様は傷を負っている状態で我と戦っていた。フェアじゃないアル」

 

「・・・・・ああそうかい。そりゃどうも」

 

「それより自分達の心配をした方がいいアル。この新幹線はあと少しで東京駅着くネ。このまま行けばドッカーンアルよ」

 

 背後で再び始まっていた銃撃戦が鳴り止んでいた。決着がついたんだろう。

 腕の中にいる炮娘はニヤリと笑っている。

 

「最悪な修学旅行だな。なんで修学旅行で四回も死にかけなきゃいけないのか、本当に運がない」

 

「神を恨むアルね」

 

「はっ、神なんざ豚にでも食わせておけばいい。ろくなのがいないし、助けてもくれないからな。身を以て知ったよ」

 

「相当嫌っているアルね」

 

「まあな。でも、武偵校の仲間なら信じてる。『仲間を信じ、仲間を助けよ』って校訓にもあるから。助けてくれるさ」

 

 この列車の警笛ではない別の警笛が、背後から鳴り響く。

 

「今回の件で身を以て知ったよ」

 

「・・・・・確かに、今回は我個人としては引き分けネ。だけど、これはしてやられたアル」

 

「だろ? 持つべきものは友だ」

 

 ジリジリと迫ってくるもう一台の新幹線を見て、炮娘はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 ココ姉妹を見事制圧したキンジ達と合流し、新幹線の中に戻る。炮娘以外のココ姉妹は一人だけ足りなかった。三人のはずだが、一人消えて二人だけになっている。

 

「あと一人どこいった? 」

 

「パラシュートでどこかに逃げたよ。確か名前は・・・・・狙姉(じゅじゅ)だ」

 

「あいつか。特に驚きはしないな」

 

「なあ朝陽。一つ・・・・・いや、二つ聞くが、あの光線はなんだ? あとなんでお前らそんなに仲良くなってるんだ? 」

 

 キンジは俺にお姫様抱っこされている炮娘と俺を指さして少し引いている。

 

「武偵とは、なんの略称だ? 」

 

「なにって、武装探偵だが」

 

「そう。探偵ならば自分で推理するんだな。しかもお前は探偵科だろ? 」

 

「───分かったよ。だけど後で答え教えろよ」

 

「はいはい」

 

 キンジが考え始めた時、真横で並走している救援新幹線の扉が開けられ、チューブを通ってこっちに乗り移ってきたちびっ子が一人。尻もちをついて痛がっている無邪気なその子は───

 

「文、久しぶり」

 

「久しぶりなのだ! 」

 

 でかい工具箱と、チューブから用途不明の機材を引き込みながらキンジにもウインクをしている。

 そのウインクが両目を閉じる不器用なもの。それはそれで可愛いんだが、

 

「平賀さん、できそうか? 」

 

「Nothing is impossible! 」

 

 不可能はない、か。いい言葉だな。

 

「じゃああとは頼んだよ。文」

 

「ま、任せてなのだ! 朝陽君が死んじゃったら、あややも困るのだ! 」

 

「あ、あやや! 漏れちゃう! 早くしてぇ! 」

 

 座席の方から理子の泣きそうな声が聞こえた。炮娘を抱えたまま理子の元まで行くと、股を押さえてうー、と唸っている。

 

「ろ、漏電しちゃう! はやくはやく! 」

 

 座席の横には大量のいちご牛乳。そりゃトイレにも行きたくなるわ。

 

「自業自得だな。それに漏電ってちょっとひわ──」

 

「殺すぞ」

 

「うぃっす」

 

 一気に冷たい眼差しを向け殺意もむき出しにしてきた。

 

「あと何、その腕の中にいるココ。炮娘か? 」

 

「その声は理子アルね。力を使い切って動けないから抱いてもらってるアル」

 

「ダーリン? 浮気は、ね? 」

 

「浮気じゃないから! ロリコンじゃないから! 」

 

「我はロリじゃないアル! 」

 

 いつもの理子との口喧嘩。時間はあまり経っていないはずなのに、心が安らぐのを感じる。

 元いた場所に帰ってきたと心が暖かくなるな。

 

「よし、ブレーキだ武藤! 」

 

「・・・・・え」

 

 キンジの絶叫が合図となり───車輪が一瞬だけ空転する音。それに続いて耳を劈くブレーキ音が列車内を暴れ回った。吹き飛ばされるように理子の横の座席に背中を付け、炮娘を落とさないようしっかり抱いて、減速のGに耐える。洗面室の窓が全て破壊され、ボンベらしきものが壁際まで転がっていく。

 車両の下からはオレンジ色の光が弾けている。このまま止まらないかと冷や汗を流したが───駅のホームに入り、ゆっくりと停車した。

 

 窓の外には『東京』の文字。

 

「ほら、世界一運が悪い男がここにいても列車は止まったぞ」

 

「そうみたいアルね。でもこれは運じゃなくて運転手の力アル」

 

「ダーリンのせいで死んでたらあの世でずっといじめられたのに、残念。それよりトイレ! 」

 

「お前ら少しは俺の心配をしてくれよ」

 

 理子はドタドタと列車の中を駆けていく。

 炮娘を抱えたまま外に出ると、土嚢やら列車が集中して置かれている。もしもの場合、というやつだな。

 こんなことしても意味無いと思うのだが・・・・・

 

「あんた達、お姉ちゃんに投降を促すなら電話貸すわよ」

 

 バツ印に重ねられたココ姉妹の内二人の上に座って腕組みし、お澄まし顔で勝ち誇っていた。

 

「こいつらのヘリは捕まえられなかったらしい。なんでも、途中で突然姿が見えなくなったとか言ってな。撒かれた言い訳にしか聞こえないけどな」

 

「武藤、ありがとな。お疲れ様だ」

 

 キンジが武藤の肩を叩くと、武藤は恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 

「武偵憲章一条に仲間をなんとかって言ってるだろ? それより駅弁──龍陽軒のジェット焼売食いたいんだが」

 

「武藤君! こっちから出られるのだ! 」

 

「キンジ、朝陽。後は任せたぜ! 尋問科にでも引き渡してこってり搾ってもらえ」

 

 ボンベを抱えて目をキラキラさせている文と駅弁が食いたいらしい武藤はホームから小走りに出ていった。

 キンジはココ姉妹の持ち物を漁り始めると、袖から色々な小道具が出てきていた。

 

「疑問なんだが、お前らってどれだけ隠し武器あるんだ? 」

 

「それこそ、武装探偵なら自分で調べろアル」

 

「今ここでお前のパンツをまた銃弾で切ってもいいんだぞ? 直接は普通に犯罪になるからやらないけど」

 

「そんなこともあろうかと、今日はパンツ二枚履いてるアル」

 

パンツ二枚重ね(パンツダブルフェイント)・・・・・だと!? 」

 

 炮娘は、はぁ、ため息をつき俺を睨んだ。

 変態は死ねって目つきだ。今の成長した俺なら分かる。

 

「あと一つ貴様に教えてやるアル」

 

「な、なんだ」

 

「我はもう動けないネ。だけどほかの姉妹はまだ動けるアル。そしてここにいない者が一人。これが何を意味するか分かるネ? 」

 

「───まさか」

 

 急いでホームを見回す。土嚢の影、文が出ていった出入口。どこにも狙姉の姿は見当たらない。だが、

 

「妹たち、撤退ヨ。一旦、香港に戻るネ! 」

 

 ホームの端に足を引きずりながらM700を構える狙姉(じゅじゅ)の姿があった。

 

「第三試合、開幕アルね」

 

 腕の中の炮娘がそっと呟いた。その声は楽しそうであり、俺の不安を煽るものだった。

 

 

 




次話は短くするので早めに投稿出来そうです。


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第35話 反省と後悔

前回 炮娘との戦い


 ホームの端に立っている狙姉(じゅじゅ)の声に反応しココ姉妹がアリアの足にしがみついた。どうやっても抵抗させないつもりらしい。

 

「レキ! 動くなアル! 朝陽も動いたら眉間を撃ち抜くネ! 」

 

 ドラグノフを構えようとしたレキに狙姉(じゅじゅ)が叫ぶ。

 レキはその命令に従い構えずにジッと睨んだ。

 

「風、よくレキを躾けたネ。この戦いでよく分かったアル。でもそのせいでもう使えない。処分するアル」

 

 レキは何も言わず、ただ狙姉(じゅじゅ)を睨み続ける。

 

「レキ、まだ弾を持っているはずネ。それで自害するアル。今ここで真っ赤な花を咲かせるアル」

 

 なぜ自害なのか、それは多分狙姉が持っているM700はボルトアクション式で連射ができないから。その隙を晒して反撃に出られるのを防ぐためだろう。

 

「お前が死ねばキンジは殺さないネ。朝陽も使える駒だから殺さないようにしたいアル」

 

 まだ俺を藍帮に引き入れることを諦めていないらしい。それにキンジも誘われているってことは、元からある才能か───HSS。ヒステリアモードがバレてそれを利用するかのどちらか。

 

「レキ、あいつの話に耳を────」

 

「喋るなキンジ! 我はレキに聞いているアル! 」

 

 キンジの声に狙姉は自らの言葉を重ねてきた。

 

「ココ。ウルスのレキが問います。貴女は曹操の名において、私が死ねばキンジさんや朝陽さん。理子さんと・・・・・アリアさんを殺しませんか? 」

 

「我は誇り高き魏の姫。約束は絶対アル」

 

「──この誓いを破ればウルスの四十六女が貴女を殺しに行きます。たとえ武器がなくなり肉体だけになればその肉で、肉がなくなれば自らの骨で、貴女を滅ぼす」

 

 背伸びしたレキが銃口を自らの顎の下につけた。

 

「キンジさん。ウルスの女は銃弾。ですが私は・・・・・失敗作だったようです。不発弾は誰にも拾われることなく朽ち果てる。無意味な鉄くずです」

 

 レキの目は真剣そのもの。本気で自分を銃弾だと言っているのだ。主人のためならいつでも死ねる銃弾だと。

 

「私は主人を守るため自分自身を撃ちます。ですが、これは造反には当たらないことを知っていてください。なぜなら───」

 

 ドラグノフのトリガーに足の指をかけた。

 まずい、あれは本気で撃つ気だ! 急いで璃璃神に話しかけるが、応答がない。むしろ何かノイズが入っている。つまりは・・・・・見捨てるってことか!?

 

「やめろレキ! 」

 

「私は一発の銃弾・・・・・」

 

 くそっ! 何の為に俺は盾を持っている!? 銃弾から、危険から身を守るためだ。身を守る───それは自分のでも、仲間のでも同じことだろ!

 

「故に人の心を持たない。故に何も考えない・・・・・」

 

 腕の中の炮娘をホームの床に置きレキのドラグノフを蹴り飛ばす───その行動は炮娘(ぱおにゃん)に腕にしがみつかれ止められた。

 

「何してる!? 離せ! 」

 

「行くな朝陽! レキは死なないネ! 」

 

 必死の形相で俺を睨みつけている。

 だが、顎から脳天にかけて銃弾で撃ち抜かれて死なない人間など存在しない。どうしても炮娘(ぱおにゃん)の言っている意味がわからない。

 

「ただ目標に向かって飛ぶだけ」

 

 ついに足の指でトリガーが引かれ────

 

 

 ───ガチッ!! と

 

 

 

「ふ、不発弾? 」

 

 キンジから聞いた話によればレキは弾を自作しているらしい。レキの精密機械と言っても過言ではない目で一発ずつ。そんなレキが選んだ弾が不発、宝くじの一等が当たる確率と同等だろう。その確率が今、当たったのだ。

 

「朝陽! 行くなら今ネ! 」

 

「おう! 」

 

 レキの前に立ち塞がったキンジのさらに前に躍り出る。優先順位の一番上はレキを守ること。そして二番目に──狙姉の拘束。

 

「キンジ、頼む! 」

 

「分かった」

 

 意思疎通が完了し、二番目の優先順位(狙姉)に向け走り出す。おそらく俺とキンジどちらを撃つか迷っているはずだ。その間に1mでも多く稼ぐ。そうすればどちらを狙うかが、俺を狙う、しか選択肢がなくなる。まだ一発耐えれるかどうかの盾があるんだ。

 

「きひっ! だったらプラン変更アル! 」

 

 狙姉が不意に片足立ちになり、そのまま体を横に反らした。それでも狙姉は邪悪な笑みを絶やさない。

 狙撃に不向きな体勢に自暴自棄にでもなったかと思ったが・・・・・レキの頭に巻かれた包帯のことを聞いた時の言葉を思い出した。

 

『昨日ココに狙撃された時の傷です』

 

 レキは狙撃されている。だがレキが不意打ちで狙撃されるとは思えない。おそらく勝負で負けて傷ついたんだ。レキに勝つほどの腕前を持つ敵でココと呼ばれる人物。そいつは俺の視線の先のやつしか知らない。

 そう、レキに狙姉は勝った。ならば、片足で、体を反らした状態でキンジを容易に狙うことが出来る。その状態ならば俺に弾丸は当たらず後ろに弾丸は通っていくから。

 

「キンジ! 」

 

「殺ったネ! 」

 

 パァン! と乾いた火薬の音。弾丸は大気を切り裂きながら俺の真横を颯爽と通り抜けた。

 ───ダメかもしれない。

 そんな思いで首だけ動かして後ろを見ると、キンジがなにかやったらしい。キンジのさらに背後にある花束の自販機のガラスのショーケースが見るも無残に割れていた。弾丸はキンジに確実に当たるコースだったが──また人間やめたことしやがったな。何したか分かんないけど。

 

「なっ!? ありえないアル! 」

 

 あと少し。狙姉が驚きのあまり固まって動けない今が最大のチャンス。

 それを応援するように突風が俺を押してきた。ショーケースの中から出てきたであろう花びらが舞い散り、綺麗な花吹雪となる。その風と共に、

 

「ここは暗闇の中。一筋の光の道がある。光の外には何も見えず、何も無い。私は──光の中を駆ける者」

 

 レキの、静かだが堂々たる声。そしてドラグノフの銃声が背後から俺を追い抜かしていく。

 再び俺の真横を通り抜けた弾丸は、空中に舞っている花びらを掻き分けながら進み───狙姉の頭部を掠めて命中しなかった。

 

「きひっ・・・・・! 」

 

 冷や汗をかいた狙姉は片足立ちから普通の立ち方に戻りM700を発砲した。

 ────斜め上、全くの見当違いの場所へ。

 

「あ、あれ? 」

 

 狙姉は何が起きたか分からない表情でよろけると、その場で倒れた。だが、まだ迫り来る俺を見逃すまいと未だ瞳に闘士を宿し俺を見続けている。

 

「お前だけでも道連れアル! 」

 

 装填し直したM700を今度こそ俺に向けた。狙いは保護されていない頭もしくは体勢を崩させる足。だが頭を狙った場合、俺に避けられた時の立て直しが間に合わない。装填し直している間に俺に追いつかれるだろう。ならば狙いは、足だ。それも万が一外れても俺のずっと後ろにいるレキかキンジに当たる軌道───太ももしかない!

 

「当たれぇ! 」

 

 狙姉がトリガーを引いた瞬間、軽く飛んでから体を丸めて太ももの位置に盾を持っていく。

 右腕そのものが持っていかれる衝撃が盾に加わり、その勢いで盾が腕から抜けホームの床に落とされてしまう。右腕が完全に痺れ右腕の盾も弾き飛ばされた。

 

 だが、そのおかげでもう狙姉は目の前にいる。

 

「来るなアル! 」

 

「嫌だね」

 

 狙姉は右手の袖からグロック18Cをもたつきながらも抜いた。

 フルオートで撃たれたら左腕の盾も破壊されるだろう。ならば───その前に一回限りの必殺技! ちゃんと機能してくれよ俺の盾!

 

閃光(フラッシュ)! 」

 

 盾の裏側を出来るだけ自分の顔に近づけ取っ手についているボタンを押した。

 盾からは軋むような金属音が鳴り──バチッ!

 辺り一帯を一瞬だけ昼より明るく照らす閃光が、狙姉の前で放たれる。俺は盾で視界も守られていたが狙姉はもろに受けた。

 

「み、みえないアル! 」

 

「見えなくてとうぜ───」

 

「くふっ! いただき! 」

 

 逮捕しようと掴みかかる寸前、どこに隠れていたのか理子が飛び出してきた。理子は狙姉にのしかかると、両手で両腕を羽交い締めにし・・・・・蛇のように動くツーサイドアップのテールで狙姉の首を絞めている。

 

「おい! 俺の獲物だぞ」

 

「こういうのは早い者勝ちなのです。漁夫の利おいしい! 」

 

 狙姉は苦しそうにしながらも背後の理子の顔に手を伸ばすが、

 

「往生際が悪いわよココ! 」

 

「え、ちょっと待ってアリアっ! 」

 

 理子の慌てる声を無視してアリアは全力疾走からのドロップキックを理子ごと吹っ飛ばす形で狙姉に叩き込んだ。

 吹っ飛ばされた狙姉と理子は仲良くノビている。

 

「おいアリア。お前の筋肉どうなってんだ」

 

「どうもなってないわよ。普通の女の子よ」

 

「普通の女の子がドロップキックで女の子二人を吹き飛ばせるはずないんだよなぁ・・・・・」

 

 なによ、と睨むアリアを無視して俺が理子を、アリアが狙姉を抱える。怪我だらけの俺とは反対に理子は傷一つついていない綺麗な肌だ。

 ずっと──この肌が綺麗なまま将来を向かわせてやりたいな。俺のせいで傷ついたら目も当てられん。

 

「──anu urus wenuia..., 永遠──」

 

 レキの歌声が風に乗って俺たちの耳をくすぐってきた。普段のレキは歌どころか口すらまともに開かないのに・・・・・そのレキが、歌っているのだ。

 

「──Celare claia ol..., tu plute ire, urus claia 天空───」

 

 部分的に聞こえる日本語以外はどこの国の言葉か分からないが、聞くもの全てを魅了する不思議な歌声。

 だがその歌声も、風が少しずつだが強くなってきてレキの歌声が聞き取りづらくなっている。

 

「──Celare claia ol..., tu plute ire, urus claia 天空───」

 

 さっきと同じ歌詞。違うのは心臓の付近が妙に熱くなっていること。きっとこの歌声に璃璃神が反応しているのだろう。この歌はレキにとっての卒業式。親離れなのだ。

 

「──anu urus wenuia..., 永遠─── 」

 

 今日一番に吹いた風は、中空に舞っていた花びらをより高く打ち上げた。風に煽られ光に照らされたそれらは、満天の夜空に輝く流れ星となりレキの卒業を祝う風からの贈り物にも見える。

 ───卒業おめでとう、レキ。

 

「朝陽さん、ごめんなさい。もう私は風の声が聞こえません・・・・・瑠瑠神の件、もう私は使えそうにないです」

 

 そう伝えるためわざわざ俺のところへ歩いてきた。

 頬に涙のあとを残して。

 

「大丈夫だ。瑠瑠神なんて今は考えないで、自分のしたいことをしてこい。じゃあなレキ、また武偵校で」

 

「──さようなら。またお会いしましょう」

 

 レキは舞い落ちてくる花びらに身を隠され──姿を消した。横にいるアリアは何度も目を擦ってはレキがいないか確認したが、どう頑張っても今のレキを見つけることは不可能だろう。何をしなくてのステルス性を兼ね備えているんだ。レキが本気で隠れようと思ったら絶対に見つけられない。だからこそ───次会う時が楽しみだ。どんな風に生まれ変わっているのか。みんなと待ってるよ、レキ。

 

☆☆☆

 

 数日後。武偵校の屋上に俺、キンジ、アリア、白雪、理子の五人が防弾制服の黒色バージョンを着て集まっている。というのも、チーム登録をする時にはこの制服、防弾制服(ディヴィーザ)(ネロ)を着なければ登録に必要な写真を撮ってもらえないという謎仕様である。チーム名は、『バスカービル』でメンバーはここにいるメンバーと──未だ姿を現さないレキ。ポジションは俺が両腕の盾──今は両方とも文に預けて修理中──で突っ込む前衛の先駆け。キンジとアリアはその後の突入役だ。支援が白雪とレキ、後尾が理子。

 

 白雪とレキは中遠距離攻撃で支援してくれるから取り逃した敵もやってくれるだろう。理子は後方奇襲に備えたり逃げる時の殿になる───追撃阻止係だ。これらのポジションの中では、当たり前なのだが俺が一番被弾率が高い。この間ココ姉妹との戦闘とその他諸々で受けた傷がまだ回復してないのにも関わらず前衛の先駆けは鬼畜の所業だ。しかも盾を持っているからだが、任務の度に盾を改修しないとダメらしい。金が湯水の如く飛んでく様子が目に見えるよ。まあそれも・・・・・レキが来た場合のことだが。

 

「これでレキが来なくてチームが組めなくても、後悔はないんだよな? 」

 

「当たり前じゃない。てか来ることは確実よ。あたしの勘だけど」

 

「レキュなら絶対来るよ! 」

 

 理子が腕を掴んできて・・・・・って胸近い!

 こいつ、なんで下着つけてないんだ!? もしかして、痴女にでもなったのか!?

 理子の胸元にある蒼いロザリオが太陽の光を反射し、胸元を見るなと目にダメージを与えてくる。

 

「痴女じゃないし、殺すよ」

 

「なんで毎回毎回考えてること読んでくるの? 」

 

「ヒント。目線とキョー君の性格」

 

「・・・・・ああ。わかった」

 

 そうか。もう俺は理子に隠し事はあまり出来なさそうだな。性格と目線でバレたらしょうがない。

 それよりも聞きたいことがある。

 

「理子、お前って超能力(ステルス)保持者だったか? 」

 

「なに、いきなり」

 

「いや何、狙姉を押さえつけた時お前の髪が蛇みたいにうねっただろ? 自在に操れるみたいだし。サイコキネシスか? 」

 

 過去に一回聞いたかどうか曖昧だからもう一度聞いておく。ココ姉妹との一件以来ずっと政府のお偉いさん方に色金について質問攻めにされていたから聞けなかったのだ。

 

「あれは・・・・・このロザリオに極微量含まれている()()()()の力。もしかすると、キョー君も使えるかもよ? 物を動かす力が」

 

「使えたとしても、使い方が分からないからどうしようもないんだよなぁ」

 

「あんたらよく国家機密レベルのことを世間話みたいに話せるわね」

 

「体内に二種類も埋まってるんだからしょうがないだろ。それよりレキに連絡は」

 

「・・・・・まだ、つかないわ」

 

 まずいな。あと残り四分弱。時間厳守のこの高校において遅れは絶対に許されない。たとえコンマ一秒でもだ。そろそろ───姿を現してもいいんじゃないか?

 

「レキ! 」

 

 突然アリアがレキの名前を呼ぶ。反射的に振り向くと、空調設備に背を預けて無表情に斜め下を見つめているレキが───防弾制服(ディヴィーザ)(ネロ)を着て無言で立っていた。

 

「レキさん! よかった、間に合ったんだね・・・・・心配したんだよ! どこ行ってたの? 」

 

 白雪がお姉さんの口調でレキに問いだたすムードで尋ねた。

 

「ハイマキと合流しに京都へ行ってきました。先ほど携帯を新調したものですから、アリアさんの連絡を見て急いで来ました」

 

 頭にもう包帯は巻かれていなかった。他のところも怪我していたはずだが、今はもう完治しているらしい。

 

「アリアさん。その──ありがとうございました。新幹線の上で手を繋いでくださって」

 

 アリアはキンジの横で恥ずかしそうにモジモジしていたが、レキの感謝の言葉を聞くとアリアは───

 

「もう、心配したんだから! 」

 

 ───涙目になりながら抱きついた。

 アリアにとってレキは掛け替えのない友達。そしてレキにとってもアリアは掛け替えのない友達だ。絶交なんてやっぱりするべきじゃないとお互い分かったことだろう。

 

「レキ、あたしも、ありがとう。あの時あたしに合わせてくれて。えと、絶交しちゃったけど・・・・・再交? また交わりましょ」

 

 これでもうレキとアリアが喧嘩することはあっても、絶交するなんて言わないはずだ。それにしても・・・・・いい話だよ。

 

「ホラ! 私ノ可愛イ生徒タチ! 締切マデ十五秒ヨ! 」

 

「やべっ、行くぞ! 」

 

 オカマ喋りかつ声だけ聞こえるが姿が見えないことで有名な、諜報科教諭のチャン・ウーだ。どこかから聞こえたが分からないが・・・・・あんたもいたんだな。

 

「くぉらガキ共! さっさとワクに入れ! 撮影するで! 」

 

 強襲科教諭の蘭豹がカメラを振り回しビニールテープで囲まれている所定位置を示した。そこまで俺達は全力で走り、

 

「よし、笑うな! 斜向け! 」

 

 全員バラバラに並んだ。普通の集合写真なら全員正面を向いてピースなりするだろう。だが武偵校の集合写真は自分の顔がはっきり写り込んではいけないのだ。狙われる危険性が高まるから。

 

「チーム・バスカービル! 神崎・H・アリアが直前申請(ジャスト)します! 」

 

 隣にいる理子は俺の腕を掴みたわわな胸で挟み込むと顔だけ横に向いて目だけでカメラを見た。俺の腕を掴んだのは──自分の銃を隠したいからか。

 俺も理子と同じ風にする。狙姉につけられた目の横の傷が完治してないからそこが写ってしまうのはしょうがないだろう。キンジは痛めた指のテーピング──どうやら指で銃弾を逸らしたらしい──を隠すためポケットに手を突っ込んだ。

 

「九月二十三日、十一時五十九分! チーム・バスカービル───承認・登録! 」

 

 シャッターが押される直前、レキの卒業を祝った風が今度は俺たちを祝ってくれた。無事チームになれて、おめでとうと。

 

 

 ───だがその風が悪かった。

 その風に乗ってきたらしいホコリらしきものが鼻に入り、思わずくしゃみをしてしまった。しかも盛大に。

 鼻を手で押さえていたからよかったが、くしゃみをした時に前に頭を倒してしまい、前にいたアリアと頭がぶつかりあった。

 

「いたっ!? 」

 

 アリアは俺の頭突きに頭を少し下げさせられ、反動でアリアの手が横の白雪の顔面を直撃。白雪が仰け反り理子の顔に白雪の後頭部が直撃し、同時に白雪の指がレキの頬をぐにゅっと内側に押した。

 無情にもパシャッとストロボの閃光が弾け・・・・・結果、キンジ以外全員変顔という有様だ。

 

「あーこれは・・・・・ギリギリセーフやな。色々お疲れさん」

 

 蘭豹がカメラから出た写真を俺の足元に投げると屋上からそそくさと出ていってしまった。

 恐る恐る写真を見ると───それはもう、女子の皆さんに見られたら殺されるレベルの変顔で。

 

「朝陽ぃ? 」

 

「おい変態」

 

「朝陽さん」

 

「朝陽くん? 」

 

 女子の皆さんのとっても殺気のこもった声。

 逃げる準備をしながら顔だけ後ろを向くと、

 

「こんな顔じゃキンちゃんに嫌われちゃう・・・・・」

 

「どうしてくれるんですか? 」

 

「動かないでねっ。理子が直々にかかとからカミソリでじわじわと斬りつけてあげるから」

 

「風穴ァ! 」

 

 それはもう、どんな物でも凍らせる冷たさを瞳に宿した女子の皆さんが、それぞれ武器を俺に向けていて・・・・・

 

「お、俺は悪くなあああああい! 」

 

 死闘を繰り広げる戦いは今日も、幕を開けた。

 

 

 

 ────こんなチームに入らなければと心の底から思った。そうすればあんな目に会うこともなく・・・・・何も失わずにすんだのだから。

 




ちなみに炮娘がなぜレキが死なないと分かったのかは、次に決戦する時に分かります。


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第36話 ありがとう

前回 ココ姉妹と決着。バスカービルの記念写真で事故


 バスカービルの女子との死闘からまた数日後、狙姉(じゅじゅ)につけられた目の横の傷は完治しておらず腕の火傷もまだ治っていない。包帯を巻いているから直接制服が肌を撫でることはないが、それでも少し痛い。どっちも傷跡にならなければいいんだけど・・・・・

 

「キョー君何考えてるの? えっちぃこと? 殺すよ? 」

 

「なあ。あのさ、俺が黙ってるとそういう事考えてるって思ってる? 偏見だよね。圧倒的偏見だよね!? 」

 

「だったら彼女──恋人を楽しませるべきじゃない? 」

 

「・・・・・そうだな。手でも繋ぐか」

 

 まだ八月の暑さが尾を引く十月の夜を照らし出すのは煌びやかな色。アニメのキャラクターが、ビルの壁面に設置されているモニターの中で精一杯踊っている。街行く人々は夜だというのに活気は充分。ついでに俺たちの姿を見て、

 

『天使だ・・・・・』

 

『あの女、もしかして次元の壁を超えたというのか!? 』

 

『神は───もういない』

 

 などと天を仰ぎ見たり、はたまた膝から崩れ落ちて地面とにらめっこする者など様々だ。こういう反応はいつまで経っても馴れないな。理子は・・・・・俺をちらっと見て微笑んだ。

 

「・・・・・っ」

 

 いつもはくだらないことと理不尽な事しか言わないのに、急にデレられても・・・・・困るんだよ。

 

「あ、何キョー君。顔ちょっと赤いよ? 」

 

「うるさい。お前みたいな可愛いやつと手繋いで歩くなんて馴れないんだ」

 

「いや、なの? 」

 

「───そういうことじゃなくて。ただ馴れないってだけだ。嫌とかそういうのじゃない。むしろ嬉しいさ」

 

「くふっ。よかった」

 

 最近こんなデレ期が続いてる。俺が何をしても手を出してこなくなったのだ。殺すよ? とは言っても本当にしばかれることはなくなった。不思議なこともあるもんだよ。

 それは置いといて───両手が空いていればどこか寄るなり出来たが、今は片手で自分の身長を超える荷物を持っているんだ。このデレ理子とは早々に帰ってから楽しみたい。

 

「あ、キョー君。今えっちぃ目してた」

 

「だ! か! ら! 考えてないって! 」

 

「ふーん、じゃあなんで家に帰りたいの? 今日は確かキー君用事で居ないから、連れ込んで何かするつもりだったでしょ」

 

「俺が家に帰りたいのはお前が今日買った服やらゲームやら初回限定グッズが重いからだよ! って、さらっと心の中読むな! 」

 

「理子、男友達とこういう経験いっぱいあるから分かっちゃうんだ〜」

 

 男友達と──こうやって街に繰り出したことがあるのか。まあ理子ほどの美少女だし、それも当然か。

 それでもモヤッとするな・・・・・理子の彼氏でもないのに。

 

「嫉妬かな? キョー君の今の目つきは。言っとくけど、()()()()()()()()()()()()だからね」

 

「別に。してねえよ」

 

「安心して! 男友達と来たことあるけど、そいつとは手繋いでないから」

 

 裏切りは女のアクセサリーねぇ・・・・・とんでもないこと言いやがるな。だけど、男友達と来ても手を繋いでないか──って俺! なにホッとしてるんだ。まったく、調子狂うな。

 

「・・・・・してないって言ったろ。早く帰らないと俺の腕がもたない。あと、そろそろ補導される時間だ」

 

 お互い私服で出かけに来てるから警察の方々にお世話になるかもしれない。呼び止められても武偵手帳はいつも携帯してるから大丈夫だが、迷惑になるしな。

 それから俺の持つ荷物の多さに若干の同情を含んだ目で見られながら電車に乗り、武偵高前の駅で降りた。片腕ずつ交代しながら持ってるがそろそろ限界。これ以上持っていたら筋肉痛になる。

 

「おい理子。そろそろ半分持ってくれないか? 」

 

「女の荷物を持つのは男にとって名誉であり義務だって過去に言ったのはどこの誰だっけ? 」

 

「俺ですよ・・・・・」

 

 再び手を繋ぎ家へと歩を進める。

 寄り添って歩く姿は傍から見ればカップル同然。ニセモノを始めた時のぎこちなさはもう無い。原因の一つは、手を繋いでいる時の理子の笑顔が──すごく自然だから。周りもそんな理子の笑顔を見たら騙されるに決まっている。ニセモノの相手である俺にも自然だと思わせるくらいだから、演技も大得意って感じだよな。

 

「今日は楽しかったか? 」

 

「楽しかったよ! お目当ての場所とグッズ全部まわれたからね。キョー君も一緒に来てくれたし」

 

「そっか。よかったよ」

 

 門が閉まっており今は暗くて不気味な武偵高の横を通り抜ける。いつもであればどこかしらの教室に明かりが灯っているはずだが、それもない。さらに空き地島に不自然なほど霧が集中的に漂っていた。

 

「なんか・・・・・空き地島から禍々しいオーラが漂ってるような感じがする」

 

「確かに誰かいそうだな。でも大丈夫だろ、武偵高の横だし」

 

 何もない、そう思い込んで立ち去ろうと視線を外すと────心臓が一際大きくはねた。何もしてない、攻撃もされていない。だが間違いなく誰かが俺の心臓を不可視の手で掴んでいる。冷や汗がぶわっと出て車酔いに近い吐き気が波のように押し寄せ───たまらずその場に膝をついた。

 持っていた荷物は悲しげな音をたてゆっくりと崩れ落ちる。

 

「ちょ!? キョー君どうしたの!? 」

 

「わ、悪い理子。ちょっと体調が───」

 

 どくん! とさらに心臓が高鳴る。

 

「くはっ・・・・・!? 」

 

「ちょ、ホントに! 」

 

 俺の心臓を引っ張る力はどんどん強くなっていく。家に帰るまでがデート、それに水を差す力の元は───おそらく霧に覆われている空き地島。心臓がそこに引っ張られるのだ。

 

「理子、先に荷物を持って帰ってくれ」

 

「でも具合悪いなら一旦家に帰ろうよ」

 

「いや、いい。それよりもお願いだ理子。帰ったらいつでも電話に出れるようにしてくれ。やばい時は電話するから、その時は教務科に連絡。できるな? 」

 

「・・・・・絶対帰ってきてよ」

 

 了解、とジェスチャーで表して武偵高内に侵入し車輌科のボートを拝借。空き地島に向かう。近づけば近づくほど心臓を掴む力は弱くなり、苦しさもその分軽減されてる。だけど、右腕の中の瑠瑠色金は近づけば近づくほど輝き始め──服の上からでも視認できるほどだ。

共鳴現象(コンソナ)』、色金を持った者が覚醒した時に起こる。色金保有者は知っている限りアリアしかいない。

 

「ずぁ、くっ・・・・・! 」

 

 息苦しい。右腕のその部分だけじわじわと焼かれる痛みが体全体に染み込んでいく。心臓も不規則な鼓動を繰り返しながら熱を帯び始めている。ボートが不規則に揺れ何度も落ちそうになる。

 そして空き地島に上陸するところで、不気味なほど静寂な夜の静けさに不釣り合いな切羽詰まった大声が霧の中から聞こえてきた。

 

「アリア、しっかりしろ! おい! 」

 

「ふふふ。ハハハハハッ! 」

 

 またキンジは面倒ごとに巻き込まれたのか。

 心臓の熱さは少しずつだが退いてきている。だが右腕の中の色金はまだ輝いたままだ。

 

「その殻、みんなにあげるわ。『眷属(グレナダ)』についたご褒美でね。それにこれはお父様のカタキ共への嫌がらせ。私が一人で持つよりいいでしょう? 」

 

「メーヤ、また会おうぜ」

 

「───これはありがたい。すぐ藍幇城に戻って分析させていただきましょう」

 

 霧の中を抜けると、人外の集会とも呼ぶべきか。コウモリ女や鬼。魔女っぽい格好をしている者や見た目からして頭が良さそうな長身の男がそれぞれ緋色に光っている欠片を持っていた。

 すぐに全員が霧の中に消えてしまったが、残る人影の一つが俺に向かってきたぞ!?

 

「えーいっ! 」

 

 頭上から振り下ろされたのは、俺を頭から切断できるほどデカい剣。それをバックステップでかわすが・・・・・運が悪いことに、着地地点が濡れていて足を滑らせてしまう。

 

「しまっ!? 」

 

「一人殺った! 」

 

 剣先が横一線に流れる───その直前。

 

「待てメーヤ! そいつは味方だッ」

 

 ピタッと胴体を切り裂く寸前で止まったが、防刃服が見事に斬られていた。古いとはいえこれを切り裂くとは・・・・・よほどの切れ味だろう。

 

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか? 」

 

「あ、ああ。斬られてないからな」

 

「良かったです。私は運が良いですから」

 

 運が良い、か。俺とは反対だな。

 その人物──メーヤは俺に手を差し出してきた。俺はその手をとって立ち上がりキンジとぐったりしているアリアに駆け寄る。

 

「これはどういうことだ。何があった? 」

 

「説明はあとだ。とりあえず寮に避難する」

 

「お、お主! その右腕の輝き、もしかして瑠瑠色金か!? 」

 

 木箱をランドセルみたいに背負った和服姿のキツネ少女が俺の右腕を指さして目を見開いている。

 

「なんだ・・・・・知っているのか。状況的に切羽詰まってるから寮に行ってからにしよう」

 

 何が起こったか分からんがアリアを無力化されてるんだ。それほどの実力を持つ敵は、霧の中に消えていったヤツらの誰か──もしくは全員がアリア以上の強さだ。それならば一旦引くのが得策だろう。

 

 だがまた、運の悪いことに心臓の熱さがぶり返してきた。その熱さは徐々に頭へと移動してくる。視界が白黒になり、足から力が抜け──右腕が俺の意志とは関係なく後ろに引っ張られた。右腕だけが体から切り離された、そんな感覚を覚える。手に握られていたのは隠し持っていた雪月花。

 

 それが横に一閃。中空を薙ぎ払い──ギン、という音。大気を切り裂いただけでは絶対に鳴らない金属音だ。そして中空から生み出された銀色に光る剣が空き地島の地面に突き刺さった。

 

「チッ」

 

 この場にいる誰の声でもない。だが確かに聞こえたその声は、明らかに敵意を含んでいる。

 すぐ側で地面を力強く踏み出す足音。雪月花はその音に呼応するかの如く突き出された。本来ならただ空を切るその動作は、またしても硬い金属音で止められる。剣先の空間はぐにゃりと歪み、不可解な電子音が場違いに鳴り始めた。

 

「テメェ・・・・・誰だ。宣戦会議(バンディーレ)にいなかっただろ」

 

「──ッ」

 

 いきなり目の前に現れたその男は俺にイラついた口調で尋ねてきた。顔はどこかの原住民がやるフェイスペインティングに彩られている。瞳に宿る敵意は、さっきの不意打ちが完全に見切られたことへの警戒、そして自分の渾身の一撃を簡単に弾いたことへの怒りだ。

 

「それはあれか。光学迷彩か。もうそんな技術を持っているとは驚きだ」

 

「うるせぇ。俺の質問に答えろ。お前は誰だ」

 

「───そんな上から目線で人にものを頼むなよ。第一印象最悪だぞ。東京武偵高二年、それだけしか言わねえよ」

 

 だんだんと全体像が顕になってきた。腕につけたプロテクターで雪月花を防いでいる。だがそのプロテクターもひび割れて今にも砕けそうだ。

 

「チッ、いつかその生意気面を蹴り飛ばしてやる。その右腕の瑠瑠色金を奪ってな」

 

「奪われるのはごめんだぞ。肉体と一体化してるらしいから摘出不可能だ」

 

 男はもう一度舌打ちをするとバックステップで遥か後方に下がり、また空間に溶け込んでいった。気配は───もうしない。完全にどこかに行ったらしい。

 

「大丈夫か朝陽! 」

 

「ああ」

 

「ジャンヌ、お主もヤツらを追え。レキはもう行ったぞ。儂の耳によれば全員一目散に四方八方へ逃げておるが・・・・・ジーサードというやつなら捕まえられるかもしれん。ただ深追いはするでないぞ。儂は『鬼払結界(きばらいけっかい)』で守りを固めるから」

 

「わかりました」

 

 ジャンヌはキツネ少女に礼儀正しく頷くと、

 

「遠山、謝罪する。アリアの容態については玉藻とメーヤから聞いてくれ。あと朝陽。なぜお前がここにいるか知らないが・・・・・さっきの男がまたお前を狙うかもしれん。私が追いつけない時はお前に電話するからすぐでろよ」

 

 鎧を鳴らして踵を返し、空き地島の東側へと駆けて行った。周囲にはだだっ広い空き地島。辺りにSF映画に出てきそうなロボットと風力発電機。そして俺たち五人だけだ。右腕の輝きは服の上からは見えなくなった。だが袖を捲ってみると、まだ灯火程度・・・・・目を凝らしてやっと見える。

 

 ───この灯火が、服の上からでも見られるライトになってきたら・・・・・そこがタイムリミットってか?

 今日で何度ついたか分からないため息を、ハァとまたついた。申し訳程度の残りの運をすべて吐き出すように。

 

 

 

 

 

 

 

 アリアを自室に運び終えるとキツネ少女──玉藻(たまも)は冷蔵庫から理子のプリンを取り出して食べ始めた。というか、理子が俺とキンジの部屋にいなかったってことは自室に戻ったのか。

 

「ふむ、これが今代の遠山か。過去に那須野(なすの)で会った遠山と瓜二つじゃな。昼行灯でネクラそうな感じじゃが・・・・・まあ良い。そしてお主」

 

 ビシッと俺に人差し指を向けた。

 

「お主は──過去に儂と会ったことあるはず。顔も同じだからな」

 

「ナンパはやめてくれ。幼女に声はかけん。他人の空似だ」

 

「なんじゃと!? 幼女とはなんだ幼女とは! 儂は白面金毛の天狐───妖怪じゃぞ! 」

 

 神様、鬼、次は妖怪ね。吸血鬼もいるからもう驚かないぞ。

 

「そんな事はいいから、あの空き地島で何があった? 」

 

「ああそれはな・・・・・」

 

 キンジがアリアの横に座り、丁寧に教えてくれた。

 宣戦会議(バンディーレ)という『師団(ディーン)』と『眷属(グレナダ)』の双方の連盟に分かれて行う戦いに巻き込まれたこと。俺たちバスカービルは『師団』で参戦すること。アリアに埋まっている緋緋色金に被さっていた『殻金』七枚のうち五枚を盗られてしまったこと。

 

「その殻金がなくなるとどうなるんだ? 」

 

「本来は『法結び』と言うお主らとは超能力(ステルス)の力を供給するだけの繋がりじゃが・・・・・殻金がなくなれば、それは『心結び』となって人の心と色金が混ざって取り憑かれてしまう。殻金とは緋緋色金に特殊な殻をメッキのように被せて『法結び』だけを結ばせて『心結び』は絶縁する、人が作った都合の良い殻じゃ。それが無くなれば、緋緋神になると同じ意味。なってしまったら───殺すしかない」

 

「こ、殺せって、おい! 」

 

 キンジが身を乗り出して玉藻に聞く。キンジの顔には焦りが色濃く見えるが、玉藻は当然のごとく返す。

 

「すぐにはならんから慌てるでない。でも、なったら躊躇わず殺せ。お主が殺さなかったら儂が殺す。緋緋神は戦と恋を好む神じゃ。憑かれた者は闘争心と恋心を激しく荒ぶらす、祟り神となる。実際に七百年ほど前になった人間がおるんじゃ。その時は、遠山と星伽の巫女が殺した」

 

「そんな・・・・・二枚だとどうなるんだ。確か二枚こいつの胸に帰ったはずだ」

 

「二枚ともなれば緩やかに色金に憑かれていく。儂の見立てでは数年が限界で緋緋神になるじゃろ。その前に『眷属』から殻金を取り戻せば心結びは絶たれる。緋緋神にもならない」

 

 数年か。まだ時間があるな。だがキンジの不安の色は拭えていない。

 

「緋緋色金の心結びは少しずつ始まる。戦と恋については包み隠さず言うようになるかもしれん。それが最初の症状じゃ。お主は慌てず応じるのじゃぞ」

 

 キンジは眠るアリアを見て少し間を開けてから──頷いた。

 

「それとお主もそこの小娘と同じだ。瑠瑠色金に完全に乗っ取られれば瑠瑠神になる。朝陽とか言ったか? お主はどのくらいまで心結びが行われておる? 」

 

「・・・・・正直分からん。別世界に連れていかれたり時々変な感情になったり、さっきは勝手に腕が動いた」

 

 玉藻は聞くや否や血相を変えて俺の膝に乗って胸にその大きな耳を当てた。尻尾を逆立て今にも襲ってきそうな雰囲気だ。

 

「これは──お主。これほど大質量の色金をどうして体に埋めた? 」

 

「埋められた、という方が正しいぞ。ちなみに璃璃色金も埋まってるから」

 

 膝に乗っている玉藻は俺の首に細い片腕をまわして抱きつく体勢になった。何をするのか・・・・・という疑問は、直後に首に当てられた冷たく鋭い金属の感触で把握する。

 

「儂の一族は色金を悪用する者を監視、粛清する仕事をしている。お主、正直に答えよ。この二種類の色金を使って悪事は働いてないだろうな」

 

「働いてない。寧ろ出来るなら今すぐ取り出してくれって思うが。特に瑠瑠色金に迷惑かけられているんだ。分かったら首元のナイフをしまってくれ」

 

「───信じるぞ。その言葉」

 

 玉藻は先ほどとは比べ物にならない低い声で首にナイフを滑らせて・・・・・和服の内側にしまった。膝からは降りてくれない。それどころか顔を恋人以上の距離に近づけてくる。茶色の瞳にはどこまでも深く続く沼があり、ついつい魅入ってしまった。

 

「お主の右腕は一部が瑠瑠色金になりかけている。璃璃色金が力を抑えているようじゃが、瑠瑠色金の方が質量が大きいから長くは持たんぞ。どちらかの力を使えば瑠瑠色金の侵蝕はより早まる。なるべく力は使うでないぞ」

 

「分かってる。どのみち力の使い方なんてこれっぽっちも知らないんだ。いつも無意識のうちに出るからな。でも、もし瑠瑠神か璃璃神になったら──迷わず殺してくれ。瑠瑠神を倒す方法を見つけられなかったその時の俺は多分、恐怖と激痛に苛まれて狂ってるから」

 

「お主。なぜそう自らが狂うと思うんじゃ? 」

 

「言ったろ。別世界に連れていかれたって。瑠瑠神になるってことはつまりあの世界で起きたことが永遠と続くわけだ。ヘタしたら手足もがれる世界に行きたくないだろ? 」

 

 一言の言葉も聞き取れない静寂。僅かに聞こえるのは東京湾の波の音と外を走る車のエンジン音だけ。静かすぎてキーンという耳鳴りまでしてくるほどだ。キンジも玉藻は黙って俯いている。

 

 そんな静寂に耐えられず音を発したのは、聞きなれた自室のチャイム。キンジが出ていくと、柔和そうな艶のある甘い声が玄関からリビングへと流れてきた。ゆっくりとした動作でリビングに現れたその人物は、青く潤んだ瞳とマスカラが不要なぐらい長いまつ毛、泣きボクロが印象的な───メーヤだった。色気のある顔と首ぐらいしか白い素肌を晒していない。

 

 メーヤと軽く紹介を済ませる。なんでも、バチカン市国で祓魔師(エクソシスタ)として叙階を受け、ローマ武偵高では殲魔科(カノッサ)の五年──イタリアでは高校は五年まで──らしい。

 

 それから理子の部屋へと赴くことにした。分かれてから一時間ほど経ってるから少しは心配してるだろうし。何より携帯の充電がなくなっていることに気づかなかった。電源すらつかないとは予想もつかない。

 俺は携帯の充電器と制服、諸々の装備を持ち、

 

「じゃ、キンジ。また明日な」

 

「おう。気をつけろよ。また襲ってくるかもしれないからな」

 

 後ろ手で、分かったと伝え部屋を後にする。最近はまだ夏の暑さが引いていたが、今日に限って冷たい風が乱暴に肌を叩いてきた。夜空に輝いていた星々は雲に隠れその美しい姿は見えなくなっている。

 

 ついに色金を狙う者が現れた。それなのに俺は色金──特に瑠瑠色金のことに関してはほとんど知らない。ロリ神(ゼウス)だってあまり瑠瑠神のことを知らないから調べようもないんだが・・・・・一つ気になるのはジーサードという男。あいつは瑠瑠色金を狙ってきた。使う用途があるってことは瑠瑠色金の性質を知っているってことだ。

 

 それに玉藻に言われたあの言葉。

 

『どちらかの力を使えば瑠瑠色金の侵蝕は尚更早まる』

 

 これは瑠瑠色金の力を使うことは瑠瑠神が俺に干渉し、璃璃色金の力を使えば瑠瑠神を抑えている力がその分失われるから侵蝕される──こう解釈すれば納得がいく。右腕が瑠瑠色金になりかけてるってのは理解不能だがな。

 

 あの二体の力って言われて思いつくのは・・・・・瑠瑠色金は『時間延長』と『時間短縮』。これがあいつの能力で瑠瑠色金を持っている者にも適用されるとなれば──便利な能力になる。

 

 緋緋色金は『時間干渉』とでもいうべきか。過去への干渉が今わかっている能力。

 

 となれば璃璃色金の能力も時間関係のはず。時間延長と時間短縮、そして過去への干渉があるから──考えられるのは『時間跳躍』。時間を越えて瞬間的に過去に移動する能力だ。自由自在に時間を移動できるかもしれない。俺の予想があっていてこの能力を好きな時に使えれば、これから襲い来るであろう敵も楽に倒せる。だが使えば使うだけ侵蝕されていく──難しいな。

 

 そんな焦る気持ちが足早にしたのか、いつの間にか女子寮を通り過ぎてしまっていた。男子寮と女子寮はそんなに遠くないがこんなに早く着くとは思いも寄らなかったな。今日何度目か分からないため息をついて女子寮の入口に戻り、理子の部屋の階層までエレベーターで移動する。通路には消えかけの電球がチカチカと点滅を繰り返し、消えることに抗っていた。

 

 理子の部屋の前に着く。理子の部屋は他の女子部屋に比べ広くて一人部屋。他の部屋より高い家賃を払えば一人部屋にできるが、その家賃が高すぎて理子やアリアのような金持ちしか入れないのだ。

 

「理子さーん」

 

 チャイムを押して小声で尋ねる。まあ理子のことだから心配はしてくれても寝て───

 

「キョー君! 」

 

 バタッ! と一秒も経たないうちに勢いよく扉が開かれ、理子が小型ロケットとなって俺に飛んできた。

 

「ぐふっ」

 

「と、とにかく入って! 」

 

 首をぶんぶん振って通路に誰もいないことを確認してから俺を室内にぶん投げた。文字通りぶん投げられ床に叩きつけられる。肺の中の空気が一瞬にして外に飛び出し本能的に酸素を求めて空気を吸い込み・・・・・理子が追い討ちをかけるように俺の腹に着地してきたせいで今度はみぞおちにダメージが入った。

 

「ごほッ! ゴホッゴホッ! ・・・・・殺す、気か!? 」

 

 勝手に出てきた涙が理子の顔をボヤけさせる。

 

「キョー君電話してよ! 何回もかけたんだよ!? 」

 

「うぐぐ・・・・・携帯の充電がなくてな。でも怪我してないから大丈夫だ」

 

「なにが! ・・・・・怪我してないだよ」

 

 俺の腹から離れ部屋の奥へと小走りで行ったと思うと、救急箱と湯気が立つタオルを持って帰ってきた。さらに俺の手を握ると広いリビングを出て、廊下一つ挟んだコスプレ衣装がそこら中にある寝室に連れられる。真ん中には一人で寝るには十分すぎるベッドが鎮座していた。理子はそのベッドの中央を指差すと、

 

「仰向けに寝転がって」

 

「え? 」

 

「聞こえなかった? 仰向け寝転がって」

 

 やだよ、それを言えば殺されることは確定だから大人しく言われた通りにする。理子は俺に覆いかぶさると、暖かそうなタオルを顔に被せてきた。

 

「むぐ」

 

「動かないで。動いたら、殴るから」

 

 明らかに不機嫌な声音。タオルは顔から首へと移動していき──服の中へと侵入してくる。

 

「お、おい! 」

 

「・・・・・」

 

 上着の下から手を入れられ体を暖かいタオルが駆けていく。胸、腰、果ては俺の腰を浮かせて背中まで。それから左腕の包帯と下のガーゼが外され火傷で水ぶくれになっている部分が顔を出した。理子は一瞬だけ憂いの気持ちを見せると、

 

「抗生物質を塗るのは明日の朝」

 

 とだけ言って新しいガーゼと包帯を丁寧に巻いていく。理子は丁寧に左腕に包帯を巻き終え、右腕に移ったところで、手が止まった。

 

「ちょっと震えてる。何があったの」

 

 理子に言われるまで気づかなかった腕の震え。僅かだが確かに理子の言う通りだ。

 

「瑠瑠神に右腕だけ一時的に乗っ取られた」

 

「──ッ! 」

 

「でも敵の攻撃を雪月花で勝手に防いでくれたから、今回ばかりは助かったっていうべきか。感覚まで遮断されてたからどのくらいの打撃力だったか知らんが、その時に受けた衝撃をまだ引きずってるのかもな」

 

「そう・・・・・なんだ」

 

 右腕も左腕と同様にガーゼと包帯を取り替え、不要となったタオルをベッドの下に置いた。そのまま救急箱から可愛い絵柄の絆創膏を一つ取ると、ペタ。俺の首に貼り付ける。

 

「首に切り傷」

 

「あっと・・・・・キツネの幼女にナイフを首に添えられたから、その時に切られたんだろ。よくあることだ」

 

「幼女にナイフで首に切り傷が、よくあることなの? 」

 

 理子は救急箱を再びベッドの下に置き俺の隣に寝転がった。目に涙を溜めて、それを零すまいと必死に唇を噛み締めて耐えている。

 

「ねえキョー君。理子がどんな気持ちで待っていたか。わかる? 」

 

「──分かんないです」

 

「ずっと玄関の前で連絡待ってた」

 

「ほんとに・・・・・ごめん」

 

 キッ! と今日一番の睨みで俺を見ると、愛くるしい童顔をさらに近づけ、

 

「今日までずっと何も言わなかったけど! キョー君なんで危険な所に突っ込んでくの!? 強襲科だからしょうがないって思ってたけどさ。せめて傷くらい減らしてよ! 前回はココとの戦いで目の横に消えるかどうか分かんない傷つくって、火傷を負って! 今回は切り傷だよ! あと怪我じゃないけど瑠瑠神にだって乗っ取られて」

 

「切り傷くらい大袈裟だ。誰でもする───」

 

「大袈裟じゃないよ! いつも怪我してるキョー君のことが心配で心配で仕方ないんだよ! 」

 

 理子の大声が室内を支配していく。東京湾の波の音も、外を走る車もの音も聞こえない。空気が凍るとはこのことだろう。そして理子の普段言わない言葉に俺は───固まってしまった。

 理子は自分の言ったことに気づいたのか、徐々に顔を赤くして俺の胸に顔を埋めた。

 

「別にそ、そういう意味で言ったんじゃない。ニセモノの恋人として・・・・・その・・・・・」

 

「分かってる。心配させてごめんな」

 

「・・・・・分かってるなら傷つくるな。バカ」

 

 ギュッと右手で俺の腕を掴む力は、絶対に離さないと伝えるには十分すぎるほどだ。

 俺は理子の頭の上に手をのせて優しく引き寄せる。

 

「どこにも行かないから。ごめん」

 

 すると理子は涙声で、

 

「今日は、泊まっててね。その、ために体拭いてあげたんだか・・・・・ら」

 

 

 理子の暖かい体温がゆっくりと冷えた体を温めていく。心の底から安心できるな。こいつのそばに居ると。いつも殴る蹴るの暴行を働いてくるが、その裏でこうやって切り傷程度でも心配してくれる。

 やってることが矛盾してるんだよ。切り傷よりお前にぶん投げられた方が痛えよ。連絡がなかったくらいで怒りすぎだ。

 

 そんな不満は理子の寝息と共に、ゆっくり。ゆっくりと───意識の奥へ沈んでいく。

 

 こんな俺を心配してくれて、ありがとう。

 

 



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第37話 俺スは激怒した

前回 宣戦会議で瑠瑠神に右腕だけ一時的に乗っ取られる。理子に怒られた。


 ​何匹かの鳥の歌声が、意識を暗闇から現実へと引き戻した。目に映ったのは見慣れた天井ではなく、洋服掛けに様々な衣装が並べられている​──理子の部屋。掛けられている服は武偵高とは違う制服や、どこかの国の女王が着てもおかしくないほど美しいドレス。

 どれもこれも、未だ腕の中で優しげな寝息をたてているこいつの私物だ。

 顔の前にある右手首には俺があげた赤と白のミサンガ。あげた日からずっとつけてるが、一向に切れる気配はない。俺が生きてる間に切れるかどうか見てみたいがな。

 

「んぁ​。キョー君」

 

「​───っ」

 

 いきなり声をかけられ朝っぱらからビックリしたぞ。起きてたなら声をかけてくれればいいのに。

 まつ毛の間から蕩けた目で俺を見てくる。寝起き直後って感じだ。デコピンでも食らわせて目を覚まさしてやろうと思った矢先​に理子は俺に体を寄せ、

 

「うん・・・・・にゅぅ」

 

 夢で何を見ていたのか知らないが、理子が俺の顔と同じ高さに顔を持ってきて​──唇を少し突き出してきた。

 寝ぼけているのだろう。こいつの奇行は今に始まった事じゃないからこれくらいで動揺したりしない。

 ​────だが理子の唇から下に向けると、 胸元がはだけそこから光るように滴る汗が色気をさらに引き出していた。そのまま見続ければ理性が暴走するぞ。でもチラチラと見てしまう。理性よ、堪えろ。

 

「えへへ。キョー君の唇、柔らかそうだね」

 

 頭の中の煩悩に手助けする一言を言い放ち・・・・・迫ってくるだと!?

 なんで朝からこんなハプニングに巻き込まれなきゃいけないんだ! あ、でも理子程の美少女なら寧ろ俺から・・・・・って違う! 後のことを考えろ後のことを! だが理子の口から漏れる甘い吐息が感情を昂らせる。

 そして理子の唇は俺の考えなど一蹴するかの如く近づき​───

 

 

「あ、キョー君おは───って顔近ッ! 離れろ! 」

 

 完全に目を覚ましたようで、理子は顔を赤くしながら頭突きを俺に繰り出した。

 ・・・・・知ってた。どうせこんなことになるだろうと。これが世間一般でいうお約束なのだと。遠ざかっていく理子の顔を見ながら、俺は『お約束』というものを一生恨むと心に誓った。寝言の件を理子に言ったら殺されるとも思いながら。

 

 

 

 

 

 四時間目の全クラス合同HRを行うため、二年全員が体育館に集まっている。武偵高の文化祭のためだ。

 武偵高の文化祭は世間から注目を集める。それもそうだ、銃や刀剣類を扱う高校の文化祭なのだから。そして俺たち二年生は毎回、『変装食堂(リストランテ・マスケ)』なるものをやっている。一部、部活動や他の出し物を集中して行う生徒がいるが、大抵はこの変装食堂の当番だ。学年の人数が多いから担当する時間も少ない──話を聞く前はそう思っていた。

 

 だがキンジに聞いたところ、食堂に駆けつける人々は、さながら餌に集まるハイエナ。広場に机を何台も設置しても客が余るから毎年人手が足りないらしい。一年と三年は自由出店でお化け屋敷だの射的屋だのをやって楽しんでいるが、俺たちは楽しめない。いつも通りの戦場だ。そこで問題が一つ。

 

「ねぇ、キョー君って今度はどんな女装がいい? 」

 

「おい理子。貴様、俺が女装のクジを引くって確定したような言い方だな」

 

「だって運悪いじゃん」

 

「不快感ッ! 」

 

 変装食堂の変装、これが問題なのだ。変装内容はクジ引きで決まり、それを文化祭期間中はやり通さねばならない。『神主』という内容を引けば神主の作法から仕草まで完璧に仕上げなければ、教務科オールスターズの懲罰フルコースがもれなく与えられてしまう。武偵高からしてみれば、生徒の潜入捜査技術を一般の人にアピールする場であり、失敗など許されない。それが例え──大ハズレのクジである女装だとしても。

 

「楽しみだな〜キョー君の女装姿」

 

「まあ待て。俺がまだ女装と決まったわけではない。この学年は大体210人ちょっとだ。そのうち男女比は大体同じだと仮定すると、クジは男女別だから大体105人同じ箱からクジを引く。しかも引き直しは一回出来る。一番最初にクジを引ければ──確率なんて何万分の一とかになりそうだ。そして俺は毎回不運が訪れるっていう呪いじゃなくて、世界で一番不幸になる呪い。つまり俺にも勝算がある! 」

 

「どっちも変わんない気がするけど」

 

 理子が苦笑いを浮かべたところで体育館内に轟音が伝わっていく。蘭豹が自身のM500を天井に向けて撃ったのか、パラパラと天井材の破片が落ちてきた。そんな事してるからうちの校舎ボロくなるんだよ。

 

「ガキ共静かにせえや! 今から変装食堂の役決めするで! 」

 

「あー自分らのグループに集まってさっさとクジ引けぇーゴホゴホッ! 」

 

 そして綴先生はいつもの死んだ目で指示を出している。あんな人が影で武偵病院のジャック先生に、

 

『好きだ・・・・・ジャック』

 

 とか言ってるのを聞いたら多分腹筋が崩壊するだろう。

 

「キョー君行こ。キー君結構前の方にいるから」

 

「なんでよりによって前の方にあいつはいるんだ」

 

 キンジが座っている場所まで着くと、背中に隠れるようにしてアリアもいた。ちょうど人混みの中からレキと白雪も来て、いよいよクジ引きだ。

 少し経って一年生が二人、クジ引きの箱を一つずつ持ってきてくれた。

 ​───俺たちが一番最初に引けと言わんばかりに。

 

「師匠、朝陽殿。此度はクジ引きの手伝いのため、不詳風魔参上でござる」

 

 諜報科の一年でありキンジの戦妹である風魔がキンジを見ると、真っ先にこっちに来た。真顔だけどポニーテールをぶんぶんと振り回して、喜びが隠しきれてないぞ。

 

「なあ風魔? なんで最初なんだ? 」

 

「聞くところによると、大ハズレである女装があるらしいでござる。朝陽殿は運が悪いとお聞きし、最初に持ってきた所存でござる」

 

「ちょっと言葉遣いごちゃまぜになってる気がするが・・・・・心遣いありがとう。昼休みに焼きそばパンいくらでも買ってやるぞ」

 

 よくやったぞ風魔。一番最初に引けば一番女装を引く確率が低くなる!

 俺はバスカービルの仲間全員を睨み、俺が一番最初に引くと伝えた。レキ以外顔を引きつらせ、コイツも必死だなと哀れみの目を向けてくるが・・・・・そんなことはいい。プライドなんてドブに捨てろ。勝てばよかろうなのだ!

 

「一回目、引くぞ! 」

 

 勢いよく手を突っ込んだせいで風魔が箱を落としそうになる。が、それでも俺は箱の中にある無数の紙をまさぐり始める。その中から一枚を掴み、天高く​クジを引き上げた。天井の明かりに黒のマジックペンで書かれている文字がキラリと光る。その文字は​────

 

 

『女装』

 

 

「あっはははははっ! キョー君さすがだよ! いひひひ! 」

 

 体育館の床を何回も叩き腹を押さえて笑っている。その姿はまさに土下座。まわりも、

 

『まあ京条だしな』

 

『妥当じゃないか! 』

 

『はぁ・・・・・はぁ・・・・・女装男子とキンジ・・・・・萌える! 』

 

 などと俺が女装を引くことなど当たり前らしい。

 だがな、俺には切り札があるんだよ。

 

「チェンジだ」

 

 女装の紙を箱に戻すと周りからは非難の声が俺の心を抉り出した。だがそんなこともどうでもいい。

 

「わ、わかったでござる」

 

 そう、チェンジ。

 一回のチェンジなら認められている。俺は今回105回引いて1回出るという確率を当てたのだ。次に女装を引く確率は​───105の二乗分の1。つまり11025回引いて1回出る確率だ。普通に考えて出ることはありえない。あってはならないのだ。

 

「では、これでもう引き直しは出来ないでござるよ」

 

「ふっ、やってやるさ」

 

 箱に手を入れまたガサガサとかき混ぜる。

 これは無駄に考えればまた女装を引き当ててしまう。だったら考えなければいい。感じるんだ、女装以外の声を!

 さあ、我が幸運を以てこの苦行から救いたまえ!

 

「こいっ! マトモなやつ! 」

 

 人差し指と中指の間に挟み思いっきり腕を引き抜いた。体育館にいるほぼ全員の視線を集める先、純白の紙の上に書いてある文字は​───

 

 

『警官・(警視庁・巡査)』

 

 

 ​────やった、のか? 俺は・・・・・ついに!

 

「いよっっしゃあああああああ! 」

 

「なん・・・・・だと!? 」

 

 女装は確定しているとニヤけていた理子の表情が一気に凍りつく。アリアと白雪が驚きのあまり口をぱくぱくさせている姿は金魚そのもの。これから女装が入ったクジを引く男子共も同じ姿だ。

 ああ・・・・・素晴らしい! 俺は不幸に勝ったんだ!

 

「なんでキョー君女装じゃないの!? 」

 

「フハハハハッ! あんなものやってたまるか! 諸君、俺は先に抜けさせてもらう! 」

 

 満面の笑みで男子共に言い放つと、

 

『ふざけんじゃねえ! 』

 

 見事にハモると銃弾とナイフのゲリラ豪雨が横向きに降り始めた。それをキンジを傘にすることでかわしていると、蘭豹が再度、一発天井に向けてM500を唸らしゲリラ豪雨は嘘のように静かに去っていく。

 

「我、勝利を掴み取ったり! 」

 

「えーつまんないよ! 」

 

「どうだ理子! ちゃんと女装じゃないぞ! 」

 

 理子に『警察官・巡査部長』の紙を見せびらかす。理子は悔しそうな顔で俺の見せた紙をジッと見つめている。そんな見つめたって巡査部長の変装は変わらないぞ。

 だが理子は​諦めもせず見続け・・・・・うん? と首を傾げた。

 

「キョー君なんか紙の右端、一枚重なってない? これ」

 

「そんなばかなことあるわけない」

 

 裏返して理子に言われた場所を見ると​──確かに、角が少し削れてめくれるようになってるな。だがこれがなんだというのだ。ただ紙がなかったから去年の文化祭で使ったものを再利用でもしてるのだろう。紙をめくって暗号を解くとか、探偵科がやりそうだな・・・・・はは。

 あれ? なんで冷や汗が出てくるんだ? めくったら女装とか書いてあるはずない。不吉なことばかり考えるからいけないんだよな。

 

「ねえねえ。めくってみてよ」

 

「急かすなよよよよ。ななななにもないかから」

 

 手が自分のじゃないみたいに震えてる。それでも意を決してめくり、そこに書いてあったのは───

 

 

『女装(ポロりもあるよ! ) 表のは嘘』

 

 

「・・・・なぁにこれ」

 

「きゃははははは! やっぱりキョー君女装じゃん! おめでとうっ! 」

 

「ばかッ! 大声出すな! 」

 

 急いで理子の口を手で塞ぐが、時すでに遅し。

 近くにいた蘭豹が俺から紙を取り上げると、途端に持っていた酒を床に落としそうになりながら笑いを堪えている。

 なんで​───こんなクジがあるんだよ!

 

「これは綴が昔酔った時に作ったもんでな。どの箱に入れたかは忘れとったんよ。綴が適当に投げた箱に入ったからな」

 

「​───それって何年前ですか」

 

「んー何年も経ってないと思うんやけど。まあ頑張れや」

 

 女装という事を頭が受け付けない中、蘭豹に背中をバシバシと叩かれ背骨が軋む痛みと一緒に無理やり頭に詰め込まれた。

 なにが頑張れや、だよ! 女装だけでも死にたいのに、ポロリってなんだよポロリって! 男にポロリって首でもポロリすればいいのか!?

 

「朝陽、同情するぞ。ちなみに俺は『警官(警視庁・巡査』だ」

 

「朝陽さん、私は『化学研究所職員』です」

 

「朝陽くん、私は『教諭』だったよ」

 

 キンジ、レキ、白雪がそれぞれかわいそうな者を見る目でさらに追い打ちをかけてくる鬼畜さ。もうなんなのこのチーム。横じゃ理子が『ガンマン』を引いて喜んでるし。てかなんで女のクジから『ガンマン』が出るんだよ。

 

「朝陽ってホント運ないわね。その点あたしは勘が鋭いから楽勝よ」

 

「・・・・・よし、だったらやってみろ」

 

 俺の精一杯の怨念をアリアにぶつける。

 女のハズレクジである『小学生』よ。来いと。

 俺の気持ちを知らないアリアは鼻を鳴らして箱に手をつっこみ​、すぐに一枚の紙が取り出された。俺たちチームメンバー全員で覗くと───

 

『アイドル』

 

 と全員の目に映った。アリアはわなわなと口を震わせると、

 

「あ、アイドル!? 日本のテレビにでてるあのブリッ子の・・・・・」

 

 紙を凝視して今にも破りそうだ。破ったら蘭豹と綴のキツいお仕置きが待っているからギリギリ破いていない。​

 理子は笑いを堪えているが、口の端から引き笑い気味の声が聞こえる。白雪も肩をビクビク震わせて今すぐにでも笑い転げそうだ。

 俺もアリアが歌って踊る姿を想像してみる。

 

『みんなー! 今日は楽しかったー!? 』

 

『なに皆ピンクの棒なんか振っちゃって! この変態! 』

 

『まったくもう! あんた達ホントバカじゃないの!? 』

 

『べ、別にあんた達のことなんて好きじゃないんだからね! 』

 

 ぐっ・・・・・だめだ。笑うな俺よ。笑ったら風穴コースだ。いくら頑張ってもアリアはジュニアアイドル。どう足掻いても成長しないから永遠の八歳とか名乗れるぞ。

 そうなるとDVDパッケージのタイトルは多分、

 

「ありあ 8さい」

 

「ブフォ! 」

 

 誰にも聞こえない声量で言ったつもりだが、横にいたキンジには聞こえたらしい。キンジはその後アリアに睨まれたが、咳払いでなんとか誤魔化していた。

 アリアも想像したのか、真っ赤に顔を染めて唇を噛み締めている。

 

「チェ、チェンジよ! 」

 

 箱を出した女子生徒の腕関節ごと破壊する勢いで箱に手を突っ込むと、またすぐに別の紙を取り出した。アリアの小さな手が掴む紙には・・・・・

 

『小学生』

 

 と、ある。

 

「やったよアリア! ハマり役だよ! きゃははははは! 」

 

「アリア! お前も俺と同じハズレ役だ。やったな! 」

 

 こ、これはやばいぞ。笑いすぎて呼吸が​!

 理子は、固まっているアリアの足元を転げ回り、腹を抱えて爆笑している。

 白雪も自身のツボにはまったのか、指先から足先まで震わせて床を叩いている。しかも普段笑わないレキでさえ俯いて手を握りしめていた。キンジは必死に笑いを噛み殺して、でも湧き上がってくる笑いを抑えきれないという感じですごい顔になっている。

 

「し、死ね! 死ね死ね! 見たやつは全員殺す! むぎぃー! 」

 

 アリアがホルスターに手をかけたところで、レキとキンジ以外アリアに飛びついた。こんな所で発砲されても困る。俺は両足、白雪は右腕で理子は左腕だ。

 

「離しなさいよ! 全員殺せないじゃない! 」

 

「はっはーアリア! 今ここでお前のパンツが何色かバラされたくなかったらその紙に書かれてあることを正直に聞くんだな! 」

 

「うぐっ! ぐぐぐぐッ! 」

 

 アリアは壊れたロボットのように小刻みに体を震わせながら俺を見ると、一言。

 

「アンタァ・・・・・覚えておきなさいよッ! 」

 

 涙目になりながら睨む顔はまさに般若。ツインテールの角の髪飾りが本物のソレと錯覚させられる。犬歯がいつもより鋭く感じるのは気のせいだろうか・・・・・

 でも水色のパンツとは意外だがギャップがあってよかろう。

 

「あー京条。ちょっといいか」

 

 と、俺の足を軽く蹴って気だるそうな声で俺を呼ぶ声。

 

「なんですか? 綴先生」

 

「お前、変装食堂やらなくていいぞ」

 

「ホントですか!? 」

 

「ああ。峰も同じくやらなくていい」

 

 綴先生、アンタ天使に見えるよ。ちょっと目つき悪くて違法そうなモノ吸ってるけど、間違いなく天使だよ。

 

「なんでですか? せっかくキョー君の女装姿見れると思ったのに・・・・・」

 

「お前たちには一年、二年合同の劇に出てもらうことになった」

 

「劇って・・・・・毎年やってるやつですか? それならもう二年の方で配役は決まってるはずじゃ」

 

 去年は確か、赤ずきんちゃん。その前は白雪姫だった気がする。毎年劇の完成度が高いと評判だから見に来る人も多い。そりゃ出来なかったら教務科に殺されるからな。でも配役は既に一年と他の二年が決まっているはず。

 

「それがなぁ、主役の二人揃って怪我してな。出られないんだよ。それでそいつらの埋め合わせで誰がいいかって言うことでお前らに白羽の矢が立ったわけだ」

 

「劇って、今年は何をやるんですか? 」

 

「何って​───​─ロミオとジュリエットだよ。ちなみにお前らが主役だ。あと女装はしないとは言ってないぞ」

 

「「​────は? 」」

 

 

 

 

 

 衝撃的事実を綴に告げられたその次の日。今日の五時間目から文化祭の準備期間となる。面倒だという理由で依頼を受ける一年や元々忙しい三年生がチラホラと校門あたりで見かけ​───大きめのため息をつく。今日で多分十回は超えているだろう。理由はこの後のミーティングだ。

 

「ねえキョーく・・・・・じゃなかった。京条紗英(さえ)ちゃん? そんなにため息ついたらさ、京条朝陽みたいに不幸になるからやめときなよ」

 

「あはは。トイレに行ってくるついでに便器に沈めますよ理子さん? 」

 

 ブラドの屋敷にメイドとして働く前に理子から教えてもらった女声で反論したあと、トイレに行く。手洗場の鏡で自分の顔を見ると、そこには普通に可愛い女の子がいた。セミロングの黒髪、パッチリとした黒目、目立たない鼻に小さく可愛げのある口。肩幅が狭く、くびれもしっかりある。ついでに胸も歳相応に​──パッドだが​──ある。

 

「懐かしいな紗英(さえ)さん。ブラドの屋敷以来か。アンタの姿は二度と見たくなかったよ」

 

「私もできるならこの姿になりたくなかった」

 

 自問自答の受け答え。意味がわからない。そして俺の女装バージョンの名前が紗英で固定されているのは解せない。

 しかもなぜ『ロミオとジュリエット』なのに俺が女装しなきゃいけないんだ。あれか? 『ロミ子とジュリ男』でもやるのか? 黒歴史だやめろ。

 辞めたいと蘭豹に言ったらM500のグリップで『やります』と言うまで叩かれて拒否権なかったし。俺たちに人権はないのか。

 とりあえず前髪を整えてからトイレを出る。

 

「ほら、もう諦めなって。一年生もワクワクして待ってると思うよ」

 

「なんだろう。視界が歪んでまっすぐ進めそうにない」

 

「あ、化粧が崩れちゃうから泣くのはやめて! 」

 

 理子がピンク色のハンカチを目尻に軽く当てた。

 廊下の一番奥に見える多目的教室​───そこが俺の墓場だ。

 一歩一歩が重い。足に恥ずかしいという鉛でも詰め込んでいるからだ。俺の周りだけ重力が後ろ向きになる道具でも開発してくれないかな・・・・・文さん。文はなに引いたかわかんないけど、あの子はマシなものを引き当てたことを祈るしかない。

 

「ほーら。あと一歩。扉を開けたら一年生すっ飛んでくるよ〜主に女子が」

 

「理子・・・・・胸にデリンジャーあるだろ? それで俺の頭を撃ち抜いてくれないかな」

 

「残念。もう時間切れだよ紗英ちゃん」

 

 理子が勢いよく扉を開けると、黄色い歓声と同時に一年の女子が突っ込んできた。理子に手を引かれるまま教室の中心まで連れていかれると、

 

「はい! 今回怪我のため来れなくなった二年生二人の代わりとして来た、峰理子と京条朝​──京条紗英! みんなよろしくねー! 」

 

「可愛いィィ! 」

 

 キラキラした目で俺を見る女子と何かに負けてハンカチを噛んでいる女子で半分に別かれている。そして俺のことをかわいそうな人を見る目で見つめてくる数名の男子。

 

「京条先輩って化けるんですね! 」

 

「でも死んだ魚の目をしてるような・・・・・」

 

「なんで女子の私より可愛いのですか? 」

 

 最後の女子、お前とできるなら代わってやりたいよ。

 様々な賞賛が飛び交う中、ボブカットの髪型をした見た目チビアリアが集団の中から俺の前に出てきた。その後に続いてくる黒髪ロングと金髪で俺のことを兄さんと呼ぶ戦妹。あかりと佐々木志乃、ライカだ。

 

「きょ、京条先輩・・・・・ですか? 」

 

「兄さん・・・・・じゃなくて姉さん? 可愛いですね! 」

 

「あら、京条先輩がこんなに可愛い姿になってしまって。女の子らしくていいですよ」

 

 やめてくれ・・・・・死んじまうよ恥ずかしくて。

 あかりは俺と自分の体を交互に見比べ拳を強く握ると、ハイライトの消えた瞳でまっすぐ俺を見つめてきた。

 

「な、なんで今度は違う女装で勝てると思ったのに・・・・・なのにまた私より胸も・・・・・顔も綺麗で、くびれもあって・・・・・ヴェアアアアアアアッ! 」

 

 仰向けに倒れたあかりは、お腹の前で両手を握ってそのまま力尽きげしまった。気を失ったように首が横に倒れ口から何か白い球体のようなものが出て行くのが見える。効果音をつけるなら、チーンだ。デジャヴだなこの光景。

 

「あ、あかり!? 誰か衛生科を! 」

 

「あかりさんしっかりしてください! お気を確かに! メディック・・・・・メディィィック! 」

 

 

 ​───本当にこのメンバーで大丈夫なのだろうか。

 



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第38話 大切

前回 くじで役


「本当に・・・・・行ってしまう、のですか? 」

 

「たとえどれほどの危険が待っていようとも、私は行かなければならないのです。彼女はずっと私のことを待っている。私はその気持ちに答えねばならないのです」

 

「そうですか。私は・・・・・私は・・・・・貴方が、キャピュレット家に行くこと、は・・・・・ヴェアアアアアアッッ! 」

 

「はーいカットォ」

 

 監督からカットが入り、仰向けに倒れて魂ここにあらずのあかりが台車で運ばれていく。十回はやり直したぞこれで。ここだけ覚えろって言われたから言われた通りに覚えたが・・・・・理由はこういうことか。

 

「うーん、やっぱりあかりちゃんの配役を変えるしかないかなぁ」

 

「キャピュレット家に行くのを引き止めるメイド役だったか? あかりと誰かが配役交代したって今からセリフを覚えるのは難しいだろ」

 

「それもそうだねぇ」

 

 俺の言葉に二年女子監督は台本にペンを走らせながらため息をついた。

 

「あかりちゃんがあんなになっちゃうのは朝陽君の女装のせいだよね。でも今の綺麗な女装を捨てるのは考えものだしねぇ」

 

「今すぐ服を脱ぎ捨てて化粧を落としたいんだが」

 

「可愛いんだからいいじゃんよぉ」

 

「嫌だわ! 教務科からは、『できるなら女装』って命令だろ。あかりが俺に謎の敗北感でああなるなら女装なんてしなくていいだろ! 」

 

「まあ考えとくねぇ。とりあえず朝陽君、今日は男装で・・・・・じゃなくて男子に戻ってやろっか」

 

 俺は男子だと自分に言い聞かせ、近場の手洗場に足を運ぶ。

 お昼過ぎ。普段であれば、学食や弁当を食べて眠くなった生徒が授業中に寝て叩き起されるというイベントが発生する時間帯だ。当然廊下には誰一人としていないはずだが、今日は学年問わずありとあらゆる生徒が行き来している。それは文化祭の準備期間だから。この時期はみんな目を輝かせているから、楽しみなんだなと微笑ましい気持ちになるが俺は全然楽しみではない。

 

 女装という趣味を持っていない俺にとって『ロミオとジュリエット』は苦痛でしかないのだ。黒歴史を見ず知らずの人に晒すことになるからな。このままあかりが『ヴェアアア』を続けてくれれば俺も女装をしなくて済むかもしれんが。

 

「お、京条。可愛いな」

 

「ツイッターに載せておくわ」

 

「載せた瞬間お前の大事な部分切り落とすからな」

 

 手洗場にいる男子共の揶揄いの言葉に蹴りを入れたあと、流れ出る水を大量に顔に浴びせる。ピシャっと弾ける音が肌に浸透し、着々と化けの皮を剥がしていく。十分に濡らしたあと、演劇のメイク担当の女子から貰ったメイク落としで残った黒歴史を綺麗に拭いて・・・・・鏡に映るのはいつもの俺だ。

 

「なんだ、今日はもう終わりなのか。蘭豹が大絶賛してたからそれでやりゃいいのに」

 

「諸事情で今日はもう女装しない。蘭豹は​──もういいよ」

 

 変装食堂をやる二年は今日が締め切り日。だから普段学校に来ていなかった奴も大忙しで自らの衣装を作っているが、演劇グループこと俺らは、衣装だけはとっくに済ませているらしい。服装より演劇の方が大事な俺たちにとって演劇の質は本番の日で問われるから、失敗は絶対にできない。いくらカンペがあるとはいえ全部覚えなきゃ土壇場でボロが出る。

 

「じゃ、頑張ってな」

 

「おう、せいぜい教務科お仕置きフルコースを味わうことがないようにな〜」

 

 うるせえ! との声を背中で受けつつ教室へと戻る。

 廊下と各教室には活気がたっぷりだ。十秒ごとにどこかの教室で銃声がするのもいつも通り。今日も平和な一日だ。

 

「京条先輩! 」

 

「ん? 」

 

 袖を引っ張られ、振り向けばヴェアアアア・・・・・ではなくあかりがいた。少し伏し目がちなようだが、なんかあったのか?

 

「あの、ホントに迷惑かけてすみません」

 

「ああ、いいよ。迷惑どころか女装しなくて済むから寧ろ感謝してる。ありがとな。監督も、俺のせいだからしょうがないって言ってたし」

 

「え・・・・・てっきり女装趣味だから怒るかと​──」

 

「いや女装趣味持ってないから! 」

 

 そうですか、とあかりが口に手の甲を当て少し笑った。だんだんアリアにそっくりになってきたな、こいつも。

 

「私、みんなに迷惑かけちゃってるなってちょっとへこんでたんです。先輩の女装姿見るとなんというか、許せない気持ちになって・・・・・特に胸が」

 

「パッドだから」

 

「でも、先輩にそう言ってもらえて嬉しいです。ホントに気がかりだったんですからね? 迷惑かけてるなって」

 

 笑った表情から一転、今度は落ち込んだ雰囲気を見せ始めた。身長が小さいのも相まって小学生にしか感じられねえな。まあ、

 

「あかりは正直者でまっすぐないい子だ。だから皆、迷惑というよりあかりに何をしてあげられるかなって思ってるんじゃないかな。迷惑だと思ってるなら直接声をかけてくるはずだしね。それとあかりが演じるメイド役は重要な役割だ。俺が男でやるか女でやるかは知らないが・・・・・女装の俺を見る時はジャガイモだと思え。そうすればヴェアアアアはでないと思うぞ」

 

「​・・・・・ありがとうございます。さすが理子先輩の彼氏さんですね。なんか元気がでま​した」

 

「そうかい。なら次はできるな? あかりの演技は普通にうまいから、頑張っていこうぜ! 」

 

 バン! とあかりの背中を叩き気合を入れてやる。頬を膨らませて俺をジト目で見てきたが、すぐにまた微笑んだ。吹っ切れたことが表情から見て取れる。久々に先輩らしいアドバイスが出来て俺も嬉しいよ。最近は​──というか殆どライカにしかアドバイスしてないからな。しかも近接戦闘の。

 

「じゃあ行きましょう先輩! 」

 

「おう! 」

 

 どこからかもの凄い殺気を感じたが、おそらく佐々木志乃だろう。それを無視して教室に戻ると、衝立で区切られた着替えスペースがいつの間にか作られていた。周りには女子がキャーキャーと騒いで中から出てくるであろう人物を待っているようだ。形からして着替えだろうな。俺も一緒に入りたい。

 

「おおっ!? サイズピッタリで最高だよ吉川さん! 」

 

「ありがとう理子ちゃん。私、これくらいしかできないから」

 

 中からは吉川という人物と​理子だ。

 うん、あそこに入ったら三秒で肉片にされるな。お得用パックにして店頭に並べられたくないしやめとくか・・・・・

 

「あ、朝陽ぃ、理子ちゃんめっちゃ可愛くなってるよ」

 

「そうか? ハニーよ、早速見せてくれ」

 

「うん! ダーリンちょっと待ってね」

 

 ガチッ、とベルトが閉まる音がするとすぐに衝立の前についている白のカーテンが開けられ​───

 

「​・・・・・っ」

 

「ふふん、見惚れた? 」

 

 見惚れた? そんな次元じゃない。

 理子が着ているドレスは全体は白が基調となっているが、胸を覆っている部分だけ鮮やかな黄色が使われており目線はまずそこに釘付けになるだろう。そしてパフスリーブという肩の膨らみと長袖の間から覗く華奢な腕が、『か弱い女の子』ということを意識させた。上半身から裾にかけて徐々に広がっていくスカートが理子の身長を高く見せる。そして最後に​─​──腰に巻かれた青色のリボン。これが全体の雰囲気を纏める役割をしっかり果たしていた。

 

「尊い・・・・・! 」

 

「神はいた。今、目の前にッ! 」

 

 遠目で見ていた一年の男子達は膝から崩れ落ちて頭を垂らし、見開かれた目から大粒の涙を零し始めてしまった。

 俺もただ一つの疑問がなければそこの男子達と一緒の行動をとっていただろう。それを見かねた理子が俺の腹に蹴りを入れるのも予知できる。

 俺はそのただ一つの疑問点を、理子にぶつけた。

 

「なあ、俺が女装する場合もその衣装なのか? 」

 

「へ? 」

 

 ロミオは女装趣味を持っていなかったはず。女装したまま劇をすれば、見た目レズ劇場になって微妙な空気になりそうなんだが。

 

「あー多分そうだよ。男用の衣装もできてるから着てみれば? 」

 

「色々とおかしいが・・・・・まあいいや。着るから服はどこにある? 」

 

「理子が着替えてたとこだよ」

 

 ふむ、これは女装だった場合、演技力で微妙な空気をカバーしないと教務科のお仕置きフルコースだ。台本はしっかり見ておこう。

 周りに促されるままカーテンを開けて中に入る。ハンガーラックに二着かかっていて、男用と女用という張り紙がセロハンテープで貼られていた。その下のかごには黒いマントと純白の手袋が置いてある。

 外の女子も待ってるだろうし早めに着替えないとな。そう思って早々に服に手をかける。

 

「​───これは、いけるんじゃないか? 」

 

 苦戦しながらも全部着てみると、案外自分にあってるじゃないかと思わず頬が緩む。理子が着ているドレスは白を基調としていたが、この服は黒を基調としている。ボタンは四つ縦に並んでいて肩には勲章がつけられているが、どれも現実にはないデザイン重視の架空のもの。

 

 ズボンは左右に赤のラインが入っており​───膝の高さまであるブーツとセットのようだ。それらを全て着てからカゴの中のマントを羽織る。マントは外側​は黒だが、内側は赤色とおしゃれに使い分けられていて厨二心をくすぐるデザインだ。でも手作りとは思えない着心地のよさでちょっと安心したな。借り物だとほぼ百パーセントの確率で破けるから。

 

 最後に純白の手袋をはめて、カーテンを勢いよく開けた。

 

「我、ロミオなり! 」

 

 一瞬の静寂。滑ったと思ったがただ驚いただけのようで、

 

「うん、似合ってるよ! 」

 

「なんだろう、この変態がいつもよりかっこよく見える」

 

「やっぱりイタリアの軍服に似せて良かったね〜」

 

 口々にありがたい感想を言ってきてくれた。

 イタリアの軍服とは初耳だがこんなカッコイイものだったのか。確かに、この服装でロミオって言われても違和感ない気がするな。それに両腕の包帯も隠せるし。

 

「理子ちゃん、どう思う? 」

 

 一人の女子が、カーテンを開けてからずっと俺を見ている理子にウキウキ顔で話しかけた。だが理子はまるで聞いていない。いや、話しかけられていることに気づいていないようだが​───

 

「・・・・・え? ああうん。い、いいんじゃない? 」

 

 ハッとした表情で頷くとそっぽを向いてしまった。

 

「なんだよ、もうちょっと感想とかないのか? 」

 

「だ、だって、まあうん。カッコイイ」

 

 うーん、理子の好みとは違うらしい。これはこれでカッコイイと思うんだけど。

 

「あー理子ちゃん。もしかして照れ​──​─」

 

「ちっ、違う! そんなんじゃないから! 」

 

「またまた〜耳まで真っ赤じゃん。朝陽君もこっちきて理子ちゃんの顔見てよ」

 

「ん。行こうじゃないか」

 

 そこまで言われたら行くしかない。理子の照れてる顔はいつ見ても可愛いからな。それに二人の時は暴力が襲ってくるかもしれんが今は皆の前だ。イメージが悪くなるから振るってこないだろう。それにしても俺の衣装を見て顔を赤くするとか、演技力ありすぎだろ。

 

「ちょ、キョー君こっち来ないでっ」

 

「そんなこと言わずにさ、どうせお互いの顔見るんだから」

 

 と、後ろを向いている理子の肩を、グイっ。引っ張って振り向かせると​​───長く細いまつ毛に強調された大きな瞳の上目遣い。綺麗なピンク色の頬にポッカリと開いた口は、恥ずかしさからかちょっとだけ震えている。絵に描いたお姫様がそのまま出てきた感じだ。

 

「・・・・・うっ」

 

 超絶可愛い。ヤバすぎだろ。

 心臓の鼓動する音がやけにハッキリと聞こえる。顔がじわじわと熱さを帯びてきた。目の前の美しさに目が離せられない。

 

「ど、どうだ? 」

 

「うん・・・・・すごく、カッコイイ・・・・・よ」

 

 ​上目遣いでそんな事を言われ───つい理子から目を逸らしてしまう。理子は顔から湯気が出そうな勢いだったが、口に手を当てて俯いてしまった。

 なんだよ、いつもは何しなくても殴ってくるくせに。こういう時だけ可愛いそんな仕草しやがって。こっちまで恥ずかしくなってくるじゃねえか。

 

「うっわぁ、砂糖吐きそう」

 

「微笑ましいというか何というか。とりあえず糖尿病になってないか健康診断受けてくる」

 

 ギャラリーの女子まで顔を赤くする始末。男共は、

 

「俺達にもあんな可愛い彼女が・・・・・」

 

 と、別の意味でまた涙を流していた。それを見かねた女子監督は二回手を叩き、

 

「はーいロミジュリは台本覚えて。他は背景作るから木材とペンキ。昨日はバルコニーだけだったから今日で大部分完成させちゃうよ」

 

 とゲンナリした顔で指示。そのおかげで野次馬共は静かに散っていった。続いて、

 

「そこのお二人さん、台本暗記ならそこのブリキ板を椅子代わりにしてやってね」

 

 と、教室の角に忘れ去られていそうな平たいブリキ板を指さした。いかにも硬そうだけど。あれに座れって言うのか鬼畜監督め。というか理子はドレスで座ってもいいのか?

 

「座布団かなにかないか? 」

 

「すぐ近くにあったと思うから、探しといて」

 

 投げやりの返しだったが、当の本人も指示をだし始めてしまったのでまた声かけにくい。対して理子はすぐ見つけたようで丁寧に隣に敷いてくれた。いざ座り壁に寄りかかると、周りが忙しなく動く中俺たちだけはゆっくりとした世界にいるみたいに見える。決してサボってるわけではないが。

 

「ありがと」

 

「お礼は武偵高駅前のパフェでいいよ」

 

「そんな食いしん坊でよく太らないな」

 

「食べた分はしっかりダイエットしてるからね」

 

「でも一キロとか二キロ太ったって変わらないと思うけどな・・・・・」

 

 そりゃ十キロくらい体重が増えれば外見が少しは変わると思うけど、なんで一キロくらい太って気にするのだろう。女子という生物は。

 

「気にするよ。だって・・・・・キョー君のジュリエットなわけだし。あと女の子に体重の話はダメ! 」

 

「そうですか。理子のロミオとして気をつけますっと」

 

 理子は満足そうに頷き座布団を俺の方に寄せてきた。肩が触れるか触れないかの、微妙な距離。窓から射し込む光がのばした足を優しく暖める。

 

「さて、この量を覚えるんだよ? 大丈夫? 」

 

「暗記は得意だ安心しろ。演技の方は・・・・・頑張るわ」

 

 台本を開き、文字の羅列を一つずつ追っていく。言い回しが古いから普通の劇のセリフの方が覚えやすい。

 だが・・・・・二十分そこらの劇らしいがロミオの出番多くないか? 本番緊張して飛びそうなんだが。

 

「ロミオ、ロミオ。どうしてあなたはロミオなの? 貴方のその家名をお捨てになっててくれたなら、私も家名を捨てるのに」

 

 ​───なんだ理子。いきなり切なそうな顔でそんな事言って。俺に振られたってどこだか分かんないぞ。えっと・・・・・ああここか。

 

「その言葉、確かに頂戴いたします。ただ一言だけ僕を恋人と呼んでくれたなら​───」

 

「だめだめ! もっと感情を込めて! 」

 

「込めるって言ったってな。具体的に教えてくれ」

 

「こう・・・・・ずっと欲しいと思ってたおもちゃが目の前のショーケースにあるのに触れられないでいる子どもの気持ち」

 

 ・・・・・いや分からなくもないが難しいぞそれ。それに俺は気持ちは分かっても、それを演技として人に見せるのは苦手だし。観客の感情を役者と同期させることが出来るようになるのが先か、それができず本番を迎えるか。後者だったら間違いなく教務科のお仕置きフルコースだ。

 

「感情の込め方は理子があとでちゃんと教えてあげる。それよりキョー君、さっきのセリフ台本見て言ったでしょ」

 

「そりゃそうだろ。渡されたばかりなんだし」

 

「遅くない? 理子はここまで覚えたよ」

 

 と言って、台本の一ページ目の半分を指さした。台本は事前に渡されてあったから覚えてたのか?

 

「よく覚える気になったな。俺は今日のこの時まで一切開かなかったぞ」

 

「え、理子もキョー君が台本を見る少し前に開いたばかりだけど」

 

 マジかよ・・・・・いやいやいや、ありえないだろ。ほんの少しセリフ見ただけで覚えたと言うのかこいつは。バケモノかよ。

 

「簡単じゃん。そんな絶句した顔で見ないでよ」

 

「本気で覚えるから、今から話しかけんなよ」

 

「はーい」

 

 理子は俺に体をくっつけると台本にまた目を落とした。理子に触れている部分が熱を持つ。柔らかな肩の感触が衣装越しでも十分伝わってくるのだ。そのせいなのか心臓がうるさい。理子に聞こえそうなくらいだ。

 

「ジュリエット、今言葉を交わしたばかりというのにもうお別れをしなければならないのか? 」

 

 ブツブツとセリフを唱える。何も知らない人が見れば、お経を読んでいると勘違いされるだろう。だが、何事も覚える時は声に出すことが肝心だ。演劇の場合はセリフの場面を想像しながらやった方がいいだろうか。

 

「あそこの木々のこずえを銀色に美しく染めて輝く月に賭けて、僕は誓います」

 

 だめだ。理子に指導してもらおう。他の学校でこの演劇のロミオ役の人はよくこんなセリフを言えたな。堂々と言った方が逆に恥ずかしくないのかもしれない。

 チラッと理子を見ると、真剣に台本を覚えていた。笑顔とか悲しい時の表情はよく見るが真顔はあまり見ない。今は可愛さだけが表に出ているが、将来は男を惑わす魔性の女になるだろう。美人顔だ。

 ​───って、集中しろ俺。余計なことを考えるな。

 

「ああ、太陽など昇らなければいいのに。そうすれば無限の時を貴女と過ごせる」

 

 セリフに目を戻し再び覚え始める。だがこうも覚えるだけの単純作業だと眠くなるな。暖かい陽気と昼食後の満腹感も相まっていい感じに寝れそうだ。覚えるのは・・・・・起きてからでいいかな。とりあえずこの引き込まれる眠気はどうも抗えない。

 そのまま壁に背を預けて、活気溢れる声を子守唄代わりに俺は​、そっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「​──て。​─​─きてよ。起きてったら! 」

 

「うん? 」

 

 視界がボンヤリとして焦点が合わない。寝起きってのもあるが、一番は肩を揺すぶられてることだろう。

 

「あ? やっと起きた。いつまで寝てるの? 」

 

「・・・・・ああ、ごめん」

 

 時計を見ると、午後六時。教室内は寝る前と同じ活気が溢れていた。

 

「寝ちまってたな」

 

「うん、理子に寄りかかってね」

 

「すまん、重くなかったか? 」

 

「大丈夫。理子もキョー君の肩に頭乗せていつの間にか寝てたし」

 

 よかった。殴られるかと思ったぞ。寝相が悪くて理子の胸とか触ってたら校舎の窓から落とされてたのは確実だ。

 

「どこまで覚えた? 」

 

「一ページと半分」

 

 ホントバケモノだよ。俺なんて半分しか覚えきれてないぞ。

 

「どうせキョー君は半分くらいしか覚えてないんでしょ? 屋上で覚えたとこまでやってみようよ。ここだと​──ちょっと恥ずかしいな」

 

「分かったよ。あと心を読​──​─」

 

「みんなー! ちょっと屋上で練習してくるねっ」

 

 監督含めた作業中の女子と男子共は口々にいってらっしゃいと笑顔で・・・・・それはもう清々しい程の笑顔で送ってくれた。

 教室を出て廊下を歩いていると、必ずと言っていいほどジロジロと見られる。ロミジュリのコスプレをしてるから目を惹くのは分かるけど流石に見すぎじゃないですかね。

 

「尊いッ! 」

 

「イタリアの軍服・・・・・? 意外と似合ってるね京条君」

 

 ありがたい。でも理子のような超絶美少女が俺と主役なんてやっていいのか? 釣り合わない気がするが​──心配だ。RFC(理子様ファンクラブ)のことだってあるし、文化祭期間中はどこで襲われるかわからないな。

 と、RFC(理子様ファンクラブ)のことを思い出させてくれた身に覚えのある殺意が、俺の背中に鋭く突き刺さって抜けないでいる。多分三年のリーダーだ。名前は忘れた。

 

「ね、手」

 

「は? 」

 

「だから・・・・・ん」

 

 理子は恥ずかしげに俺の手を掴んできた。指と指を絡ませる繋ぎ方。所謂、恋人繋ぎだ。

 

「どうした」

 

「みっ、みんなの前でこうやってアピールしておかないと​いけないでしょ」

 

「そりゃそうだが、別に今やることか? 」

 

「うるさいっ! 黙って繋がれてればいいの」

 

 耳元に顔を近づけられてそんな事を言われれば従うしかないだろう。断ったら銃弾が飛んでくる。

 黄色い歓声が廊下に響き渡る中、逃げるように屋上へ続く階段を上がり​───ガチャ。扉を開けた。

 

「わぁ、キレイだね夕焼け」

 

 とてとて、と扉から数歩進み空を見上げた。その姿は、王女。或いはそれと似た美しい造形。絵にすれば多くの人々の心を揺さぶるのは想像に難くないことだ。

 

「屋上でいいとこは・・・・・そこだね! 」

 

 理子が指さした場所は、ちょうど校舎の中心部分となっているブロック状の高台。高台といっても、朝礼台を横に長くしただけのただの石だ。なぜ設置されたのかわからないが、たまにここに吊るされている強襲科の一年を見かける。でもここが屋上で一番高いから景色も良好だ。普段はデカいビル群も、今は俺と理子より小さく見える。

 

「さて、誰もいないし、やりますか」

 

「うん」

 

 行き場を失った夕焼け雲が点々と空をさまよい歩き、太陽は西の水平線に帰っていくのが見える。

 えっと、確かキャピュレット家のパーティに忍び込んで、甥のティバルトに見つかり激怒される。だが老キャピュレット卿はそれを許した。ロミオはジュリエットの下に行き、ほのめかすようなセリフを言うとの場面だな。

 

 俺は理子の​───ジュリエットの手をそっと取り、

 

「この舞台を聖地と呼び、もしこれに手を触れて汚したならば、僕は巡礼だから償いのために接吻させて欲しい」

 

 巡礼さま、とジュリエットは言った。

 

「貴方のご信心はとてもお行儀よく、上品です。聖者にだって手はございます。巡礼がお触れになってもいいのですが、接吻はいけません」

 

 屋上を撫でる風がジュリエットの金色の髪を静かに揺らす。ジュリエットの瞳は、吸い込まれそうなほど深く、魅入ってしまうほど艶やかだ。

 

「聖者には唇がないのでしょうか。それに巡礼には​───」

 

 ジュリエットは僕の言葉を遮ると、教師が生徒に言い聞かせるみたく話し始めた。

 二匹の鳥が、仲良く傍を通り抜けていく。

 

「お祈りに使わなければならないのですから、唇はあります。ですが接吻となると・・・・・」

 

「それならば、僕の祈りを聞き届けてください。でなければ僕は絶望してしまいます」

 

 左手を胸に、右手をジュリエットに差し出し、すがる気持ちで思いを伝える。ジュリエットは目を瞑り考える仕草をすると、コクンと頷いた。

 

「わかりました。貴方の気持ち、しっかり受け止めます」

 

 ジュリエットは右手をスッと差し出した。僕はその場に跪き、ジュリエットの綺麗な指を軽く包み込む。

 いつもは空高く見守っている太陽が、僕達と同じ高さにある。僕達二人だけの演劇を見る者がこの場にいるとしたら、精巧な影絵だと思うだろう。

 

「感謝します。では​───」

 

 ジュリエットの顔は、気のせいか紅く染まっていた。夕焼けだからそう見えるのかもしれない。でも、美しいのは変わりない。一種の芸術だ。

 僕はゆっくり、ゆっくりとジュリエットの少し震えている手に顔を近づけ​────

 

 

 

 

 

 

 ​───軽く、口付けをした。

 

 



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第39話 ハジマリは日常から

前回 ロミオとジュリエットの劇練習


 二人だけの劇を屋上で終えたあと演劇のみんなの元に戻った。拍手で出迎えられたのは予想外だったが、まあいいだろう。その後も理子と一緒にセリフを覚えては練習し、覚えては練習しての繰り返し。こんな平穏な日々が続いたらいいなと思っていても、常に『瑠瑠神』という存在が頭をチラつく。考えてはため息をつき、考えては落胆する。そんなことを繰り返し​ている内に夜も深くなり、解散ということになった。ロミオとジュリエットも寮の部屋に帰りのんびりしている。シャワーも浴びて体を清潔にして、あとは寝るだけだ。

 ​───理子の部屋だけど。

 

「それにしてもベッドでけえな」

 

「理子、寝相悪いからね。キョー君も理子の部屋で寝るのに馴れちゃったでしょ」

 

「いや、女子の部屋で寝るのはまだ緊張するぞ」

 

 ふかふかのベッドに寝転んでいるが、至る所が理子の匂いだ。包まれているといっても過言ではなく、それが正解。思春期の男子で緊張しないヤツなどごく少数だろう。しかも匂いだけではなく本人様が横にいるのだ。端正な顔がすぐ横にあって、吐息が俺の右耳をくすぐってくる。理性さんが仕事放棄しそうだ。

 

「・・・・・寝よっか。今日は疲れちゃった」

 

「そうだな。ちょっと色々とヤバいから」

 

「くふっ、今日も怪我しないでくれてありがとね」

 

 感謝の言葉に続く言葉は無し。目を瞑っていて本当に寝てしまったようだ。思春期男子が横にいてこんなに密着してるのに、危機感というものがまるでないな。どうせ理子は、

 

『キョー君童貞だしそんな意気地ないし』

 

 とか言いそうだな。

 理子の金髪を少しだけ手にとる。浜辺の砂を手ですくい上げた時のように指の間を通り抜けていく。その中でも一本だけ、その流れに逆らう髪の毛があった。毛先はクルッと鉤爪になって落ちまいと必死に俺の指に食いついてくる。この髪の毛はまるで​───周りには仮面を被って『峰理子』という人物を演じているのに、俺といる時だけ素の自分をさらけ出す。『峰理子』とは、このくせっ毛そのものだ。

 

「んん・・・・・」

 

 さらに近づいてきた。最近の理子はちょっとおかしい。いきなり甘えてくるようになって、平気で俺と一緒に寝る。以前はベッドに入っただけで東京湾に投げられた挙句上から銃弾の雨が降ってきたのに。諦めでもついたのか?

 ・・・・・ダメだ。眠くなってきた。考えるのは今度でいいか。そう思って俺は目を閉じる。最後に見た光景は、理子の頬が若干ピンク色に染まっていたことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「被告人、神崎かなえを懲役536年の刑に処す」

 

 演劇練習開始の日から楽しかった日々​──それに亀裂を入れる一言が、東京高等裁判所第八百法廷に響いた。弁護席についていた俺は、それこそ驚きすぎて大声を出しそうになる。

 執行猶予さえない有罪判決​───かなえさんにとって重すぎる判決だ。一審よりは減刑されているらしいがどう考えても被告人側の負け。絶対に何かおかしい。傍聴人はいないしマスコミも一人も来ていないのだ。

 

「不当判決よ! どうしてこんなに証言と証拠が集まってるのに​──説明しなさいよッ! ママは潔白だわ! 」

 

 アリアが検察側に駆け出そうとするが​──​弁護士である女性が抱きつくように押さえた。

 

「騒ぐなアリア! 最高裁の心証が悪くなる。即日上告はする、落ち着け」

 

 最高裁でもこの判決ならば、終身刑だ。536年なんて年数人間では生きていけない。

 

「離しなさい連城! あたしはあんたに怒ってるんじゃない! あんたは有能で、全力でやってくれた! 悪いのはこいつらだわ! こいつら全員結託してママを陥れてる、陰謀だ! 」

 

 検察官、裁判官まで指さしてアリアが泣き喚きながら暴れる。キンジと弁護士​──連城さんが二人がかりで押さえにかかるが、手に負えない状況だ。

 そんなアリアを制止する​静かな一言が、かなえさんから告げられた。

 

「アリア、落ち着きなさい」

 

 その言葉だけでアリアは抵抗しなくなる。

 グレーのスーツを着たかなえさんは、緩やかにウェーブした髪を揺らしながらアリアの方を見ると、

 

「ありがとうアリア。あなたの努力、本当に嬉しかったわ。イ・ウー相手にここまで成し遂げるなんて、大きく成長したのね。親にとって何よりの喜びよ」

 

 当の本人であるかなえさんは・・・・・誰よりも落ち着いていた。

 

「遠山キンジさん、あなたにも心から感謝しています。アリアはとても良いパートナーに恵まれて、直接それを見届けられた。それだけで幸せです。でも​──」

 

 そこまで言ったかなえさんは、先ほどまでの優しい笑顔から一変、全ての表情を消し目を閉じて、

 

「​──こうなることは、分かっていたわ」

 

 ため息と共に諦めを、ゆっくりと吐き出した。

 

 

 

 連城弁護士のAudiに乗り、かなえさんを乗せた護送車が高裁から出るのを追うように車を出した。少しでもアリアをかなえさんのそばにいさせてやろう、という計らいだろうか。助手席のアリアがジッと護送車を見つめている。

 

「ママ・・・・・なんでよ・・・・・」

 

 アリアは​泣いていた。

 それもそうだろう。アリアは命懸けで何年も戦い続けたのだ。自分の青春さえ投げ捨てて、全ては自分の母親のために捧げた。今回減刑されたのは、理子とジャンヌとブラドの分だけだ。かなえさんとイ・ウーとは無関係ですと証明するためには残りのメンバーを裁判所まで連れていかなきゃならないのか? 多分それは​──無理だろう。何年かかったって実現できそうにない。もしできたとしても、時間が足りないのだ。

 護送車を追って外堀通りにはいったところで、隣にいる理子が服をクイクイッと引っ張り耳打ちしてきた。

 

「キョー君もイ・ウーにいたんでしょ? 教授からかなえさんについて何か聞いてない? 」

 

「俺の記憶の中じゃ、一言もその話題について触れてこなかったぞ。裁判関係の話も一切しなかった」

 

「そう・・・・・」

 

「あれに説得すればこの裁判も有利に傾くんだが​──っと! 」

 

 車が急に一時停止し、運転手である連城弁護士以外前のめりに倒れそうになる。

 

「な、なんだ? 」

 

 前方を見ると護送車も停止線からかなり離れていた。その先の信号を見ると​───どの色も点灯していない。歩行者用の信号機も同様であり歩行者がキョロキョロと顔を見合わせている。近くにあるビルやカフェの明かりも消えていた。

 

「停電​か? 」

 

 その時、護送車の下から黒い何かが、アスファルトに広がり始めた。影​──にしてはおかしい。上に飛行機もヘリコプターも飛んでないはず。影単体が現れることは絶対にないのだ。

 

「みんな逃げ​───! 」

 

 理子の声とほぼ同時に光った閃光と車を包みこむ激しい放電音が耳を劈き、理子の指示はかき消されてしまった。この音は・・・・・電気か。おそらく高圧電流が車を通り抜けたんだ。落雷は、普通ならありえない。雷鳴も聞こえてこなかったんだ。なのに落ちるなんて聞いたことないぞ。だがそんな問題より重要なのは​​──​──

 

「みんな車から出ろ! 危険だ! 」

 

 車のボンネットから煙と炎が出ていること。俺もキンジに続き、蹴り開けられたドアから外に出る。前方の護送車にも雷は落ちたようで煙がもくもくと上がっていた。そして・・・・・その護送車の上に立っている少女は呆気にとられている俺たちを見回すと、

 

「あぁ、ガマンできなくなっちゃう・・・・・」

 

 と恍惚の表情を浮かべた。そいつはフリフリの日傘をさして、退廃的なゴシック&ロリータ衣装を着ている。遠目でだが見たことがあるやつだ。こんな特徴的な服装の女は一度しか見たことない。

 

宣戦会議(バンディーレ)にいたコウモリ女か。なんのようだ」

 

「あら、私のこと知ってるのですね。宣戦会議を知っているということはチームバスカービルのメンバー。あなたの血も​───美味しそうね」

 

 左手の小指の先を口に咥えて​───まるでお菓子が目の前にある子供みたいに俺を見つめてきた。

 深紅の瞳と見つめ合う。吸い寄せられそうな深みがあって目を離すことができない。

 

「あなたの中の色金、随分()()()()。でもそれがイイの。あぁ・・・・・蕩けちゃいそう」

 

 俺の中の色金の存在を知っている・・・・・? だが問いただそうと口を開こうとするも、それは叶わなかった。口どころか足の指一本すら動かせられない。ただこの件に関係ない一般人の悲鳴とどこからか吹いてきた風が俺を揺らすばかりだ。

 

「ヒルダ! 写真では見たことあるけど​、会うのは初めてねッ! 」

 

 アリアはガバメントをレッグホルスターから抜くと、引き金に指をかけた状態でヒルダの顔面に銃口を向けた。だがヒルダはまったく気にかけていない。

 

「今はあまり戦う気分じゃないのよ? 太陽って憎たらしいし。でもね、つい手が出ちゃったのよ。玉藻の結界からノコノコと出てくるんですもの」

 

 だけど、と言葉を繋いだヒルダは、カツン​と黒いエナメルのピンプールの踵を片方だけ鳴らし、護送車の中を示した。

 

「あなたのママは死んでもらうわ。お父様のカタキは一族郎党、根絶やしにしてあげる。そこのあなた以外、ね」

 

 ヒルダは小指で俺を指さす。アリアはそれを合図に、

 

「​キンジ、右翼側面から援護! 」

 

「分かった! 」

 

 アリアはいつも通り猪突猛進で敵に突っ込んでいく。

 どんな攻撃をするか知らない敵にその攻撃は悪手だ! と、伝えようとしても口元から余った唾液が少し垂れるだけ。痙攣すらさせて貰えない。自分だけ時間が止まったかのようだ。

 

「だからァ───そんな血の気の多い姿見せないで。ガマンできなくなっちゃう」

 

 ヒルダはその場から動かず、んッ、と力むと​──バチッ! 再び放電音が聞こえ、キンジとアリアが倒れ込んだ。二人とも、うぅ・・・・・と唸り手足を痙攣させている。症状は高電圧のスタンガンをくらった時と同じだ。

 

「素晴らしわ。もう我慢できなさそう・・・・・もう食べちゃおうかしら。お前たちなんか第一形態でヤれそうだし」

 

「く・・・・・くそッ! 」

 

 キンジは必死に立とうとするが、全身の筋肉がまだいうことを聞かないようだ。アリアも歯を食いしばって痺れに耐えている。

 

「でも──あなたの方がおいしそうね。この子たちはワインに、あなたは私のペットとして役に立ってもらおうかしら。時々つまみ食いしちゃいそうだけど」

 

 コツコツとピンプールの踵を鳴らして俺に近づく。目線は俺の目から片時も外さずさらに奥深く覗き込んでくる。ヒルダは自身の首に着けているチョーカーをとり、微笑みながら俺の首に着けた。真っ黒のそれは大きさが違うはずだが、ぴったりと首にはまり──

 

「あなたは今日から私のペット。このチョーカーはご主人様からの贈り物よ。喜びなさい」

 

 ヒルダはそう言って、ガブり。俺の首に、先端に緋色の金属を被せたキバを・・・・・それもヘタな刃物より数倍も鋭いのを突き立て、少しずつ血を飲み始めた。高級ワインを飲むように上品に、優雅に。吸われている俺からすれば、針で刺された瞬間の痛みが永遠に続いて普段であれば悶絶しているだろう。

 

「あぁ、おいしいわ!あなたはずっと飼っててあげる──あなたもね」

 

 と、ヒルダの背後まで接近しナイフを振り上げていた理子の手首を掴んだ。

 

「あぁん四世、なんて可愛らしくて凶暴な目。好きよ、あなたのこと。お父様がご不在の今は私がドラキュラ家の主。あなたが素直に私の言うことを聞いてくれたら檻に閉じ込めたりはしないわ。私の大理石のお部屋も、シルクの天蓋付きのベッドも、全部貸してあげる。ヨコハマの紅鳴館を任せてもいいわよ」

 

 ヒルダが理子に言い聞かせる姿は、まさに母と子。これ以上ない優しさで話しかけていた。だが理子は、

 

「騙されるかよッ!私を甘く見るな! 」

 

 と恐怖を押し殺しながら叫び抵抗する。抵抗震えているのが俺からでも見える。ヒルダは理子に顔を近づけ、

 

「私の目を見なさい四世。嘘をついている目ではないでしょう? 」

 

 理子はついその目を見てしまったらしく、しまったという心の声が聞こえてきそうな感じで息を呑んだ。

 

「ほら、私の目を見なさい。私たちが友達だって証明するために。ほら、ゆーっくり・・・・・ゆーっくりと」

 

「​───ッ」

 

 理子は震えながらナイフを下ろしていく。自分の意志とは関係なく動いているようだ。俺も理子もこのヒルダとかいうコウモリ女の目を見てこうなったんだ。もしかしなくても催眠術まで使うのか・・・・・!?

 ヒルダは自分の耳からコウモリの翼の形をしたイヤリングを片方はずし、

 

「あなたには友情の証として、これをあげる」

 

 と、理子の右耳につけた。委縮していても尚睨み続ける理子をヒルダは満足げに眺めた。

 

「そういえば眷属のココから聞いた話なんだけどね。あなた──四世と私のペット(朝陽)は付き合ってるらしいのね」

 

「それが、どうしたッ」

 

()()()()()。私のペットと付き合うことは許さないわ。たとえあなたとしても」

 

 理子から言葉はでない。たださっきまで怯えながらも必死にヒルダを睨んでいた目は──悲壮感と垣間見える疑念の色でまみれていた。そんな理由で別れなければならないのか、と。

 

「り・・・・・理子は・・・・・」

 

「もう一度言うわ。()()になりたいのだったら、別れなさい」

 

 今度は力強く有無を言わさぬ口調。理子に拒否権など与えない気だ。理子はトラウマが完全に甦ったのか目尻に涙を溜めて震えるばかり。時折聞こえるうめき声が、今の理子が出せる精一杯の声なのだろう。その姿を見て俺は──

 

「ぉい。何して、やがる」

 

「なっ!・・・・・ビックリするわ。まさか私の催眠術にかかっていてもちょっとは抵抗できる人間がいて。ますますあなたのことペットにしたくなってきちゃった」

 

 心の底から湧き上がる怒り。だがいつもとは違い理性で抑えることができる。そのおかげでヒルダの言う通り少しだけ抵抗できるが・・・・・それも喋ることだけ。体は一ミリも動かせない。

 

「あなたの今の血、すごくおいしそうだわ。もう一回頂こうかしら」

 

 と、理子から手を放し再び近づいてきた──が、俺の首に手を伸ばす前に整った眉を顰めて青空を見た。辺りに人がいなくなり静かだったこの空間を破壊する轟音が、天から銀色の光を帯びて近づいてくる。あれは単なる流れ星なんかじゃなく・・・・・ICBM。大陸間弾道ミサイルだ。気づいた時にはもう遅く、すぐそばの道路に直撃し──地面を震わす勢いで道路に突き刺さった。不発弾か?

 だが、側面のハッチが開いていくのを見るに不発弾でもないらしい。

 

「危ないところだったねアリア。君がアリアだと一目で分かったよ。そして──ヒルダ。君はこの世で最も傷つけてはいけない人を傷つけてしまった」

 

 日の光を背に開いたハッチから登場したそいつは、どこか海外の武偵高の制服と思われる灰色のブレザーを着ていた。その美少年は痺れからまだ回復していないアリアの前に守るように立ちはだかると、紋章入りの銀鞘から細身のサーベルを右手で抜き放つ。ヒルダは、不愉快そうに眉を寄せた。

 

「君にアンラッキーな知らせを三つ。一つ目、このカンタベリー大聖堂より恩借した箔剣十字(クルス・エッジ)。芯は違うが、刀身を覆う銀は加齢四百年以上の十字架から削り取った純銀を(フオイル)したもの。二つ目は──」

 

 左手でヒルダに見せつけながら抜いた銃は、

SIGSAUER P226R。通称SIG。エリート御用達しのオートマチック拳銃だ。

 

「使用弾丸は法化銀弾(ホーリー)。それも君が慣れていないプロテスタント教会で儀式済みの純銀弾だよ。いくら君といえど、お父様ほど僕たちとの戦いには慣れていないだろう。そして三つ目は──」

 

 美少年はきれいに整った眉を吊り上げた。

 

「僕はとても怒っている。ヒルダ、君がアリアを傷つけたことにだ」

 

 右手に剣、左手に拳銃のこの構えは強襲科でいう、

ガン・エッジ。難易度が高い構えだが、使いこなせば実践的。しかもどちらの武器も吸血鬼に対して絶大な威力を誇る対吸血鬼弾(ヴァンパイアキラー)だ。

 

「……イヤだわ。とっても嫌いな臭い」

 

 と、黒い鳥の羽根を使った扇を開き、自分の口元と鼻を隠した。

 

「ヒルダ。ここで君を斃す。そうしなければアリアの命が危ないからね」

 

「あ、あんた何よ。いきなり現れて」

 

「アリア、目と耳を塞いで待っていてほしい。君に血を見せたくないからね」

 

 アリアは赤紫色の瞳をキョトンとさせて黙ってしまった。美少年は俺を見つめると、短くマバタキ信号を送ってきた。

 

『あとで 話』

 

 と。この戦いのあとで俺に用があるらしいな。そしてマバタキ信号をする余裕があるならさっさと目の前の敵を倒してくれ。

 

「​───淑女(レディー)と遊びたいなら時と場合を考えなさい。こんな天気の悪い日で昼遅くに遊ぼうだなんて、頭がおかしい下僕共がやることだわ」

 

 一歩だけ下がったヒルダは扇を美少年に向けると、護送車の影の中に沈んでいってしまった。真夏の地面に置いた氷のように。

 

「四世、あなたの答えは今度・・・・・に聞かせてもらうわ。そこのペットもね。あと​───お前の一族は必ず皆殺しにしてやるわ」

 

 理子、俺、アリアにそう言い残し、ヒルダは本当に影も形もなくなってしまった。催眠術による拘束もそれと同時に解け、体の自由が普段通り聞くようになる。

 立ったまま呆然としている理子の下に駆け寄ると、俺に飛びつくように抱きつき​──何も言わず、そのまま固まってしまった。

 

「お、おい理子。もうあいつは行ったぞ」

 

「・・・・・」

 

 言葉による反応は無し。ただその代わり、絞め殺されるほど強い抱擁。怖いものを見たくないと胸に顔を押し付け、泣き声を必死に堪えている。よほど怖かったのだろう。次第に理子の足から力が抜けていき、ぺたんと道路に座り込んでしまった。俺も理子と一緒に地面に座り、理子を強く抱きしめる。少しでも安心してほしい、その一心で。震えは止まらずスーツの胸部分を生暖かい涙が濡らしていく。

 

「僕は許嫁(いいなずけ)であるアリアと義理の母親を助けにきた。ただそれだけだ」

 

 美少年の凛々しい声が背後から聞こえてきた。

 

「僕の名前はエル・ワトソン。J・H・ワトソン卿の曾孫だよ。シャーロック・ホームズの相棒だった、元軍人の医師のね」

 

 

 ​

 ───思えば今日のこの事件から、最悪の不幸は始まったのかもしれない。

 

 

 

 




遅くなった上に内容薄くて申し訳ない・・・・・
次話は早めに投稿できるよう頑張ります


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第40話 足りない

前回 ヒルダに襲われる


「僕の名前は、エル・ワトソンです。皆さん仲良くしてください」

 

 朝方───普段は皆がまだあくびをしながらHR(ホームルーム)をのはずだが、今日は凄まじいほどの熱気に溢れかえっていた。主に女子の。

 

「ニューヨークでは強襲科、マンチェスターでは探偵科で、東京では衛生科にしようと思います。クラブ活動はしないです。特に水泳はNGで────」

 

 と、その言葉に被せるようにチャイムが鳴った。女子は一斉に席から立ち上がりワトソンの下に駆け寄る。その姿はまるで雪崩だ。高天原先生はびっくりして教壇から足を踏みはずす始末。

 

「ワトソン君カッコいい! 」

 

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」

 

「王子様みたい! 」

 

「うちは王家じゃないよ。子爵家だよ」

 

 女子の目はハートマークと¥マークがごちゃ混ぜになり熱気はさらにヒートアップする。

 転校生が男子であれ女子であれ気持ちも昂るものだが・・・・・俺はそんなに気分が乗らなかった。寧ろどうでも良い事だ。理由は───

 

「朝陽、理子休みだな」

 

「そうなんだよなぁ。キンジ、お前休んだ理由とか聞いてないか? 」

 

「俺が聞くわけないだろ。朝陽こそ昨日は一緒にいたんだろ」

 

「まあそうだけど、朝起きたら隣にいなくてな。探したら女子寮前の温室にいたんだが・・・・・休むって俺に伝えて自分の部屋に戻ったぞ。理由を聞いたら腹が痛いからとか明らかに違う感じで。本当の理由を教えてくれないんだ」

 

 多分昨日の件だろうけど・・・・・それでも学校を休むとは考えにくい。部屋では一人だ。その間にヒルダに狙われる危険性があるから部屋にいるよりは学校に来た方がメリットがある。

 

「一人だと危なくないか? 昨日の件もある」

 

「それについては三年の諜報科の先輩二人が外を、二年の情報科の女子二人が部屋の中の隠しカメラと盗聴器で監視してもらってるから襲われることはあってもボタン一つで俺の携帯に連絡がくるようになってる。異変があったら俺もすぐに飛んでくから大丈夫だ」

 

「・・・・・それ理子に言ったか? 」

 

「いや、言ってない。隠しカメラと盗聴器は俺が仕掛けたからバレてはないはずだ。依頼料だって結構かかったんだぞ」

 

 もちろん何事もなくヒルダを倒したなら、理子を助けるとはいえ隠しカメラと盗聴器を仕掛けたことを素直に告白して罰を受けるつもりだ。何発殴られたっていい。命には変えられないのだから。それに・・・・・なんでか知らんが部屋に来るなって言われるし。

 

「そうか。ところで首にあるチョーカーはつけたままなのか? 」

 

「はずれないんだよ。こんな趣味の悪いチョーカー今すぐ破壊したいんだがな・・・・・」

 

 ヒルダに付けられた真っ黒のチョーカー。これが曲者で、何をしてもはずれないし首とチョーカーの間に指すら入れさせてもらえない。瞬間接着剤で固定されたと勘違いさせられるほどだ。これじゃまるで首輪じゃないか。

 

「遠山ってたらしなのか!? 」

 

 と、女子に囲まれた中から突然ワトソンが大声を出しキンジを睨み始めた。

 

「俺はたらしじゃない!そいつに変なこと吹き込むな! 」

 

 キンジは反論するが多分無駄になるだろう。白雪にアリア、そして難攻不落なレキでさえオトしているからな。

 

「キンジはレキさんと神崎さん、あと白雪ちゃんの三股かけてるんだよ」

 

「まさに女殺し(レディーキラー)じゃないか・・・・・そんなに毒牙にかけてるなんて!」

 

 キンジは反論しようとしたが、ハァとため息をついて窓の外の景色を見始めた。あいにく今日の天気は曇り。それがより一層気分を悪くするというのに、何が楽しいんだか。

 

 ──つまらないな。

 俺も曇りの空を見てそう思った。毎朝理子と一緒に登校して、席が前後だからずっとアニメやほかの生徒の恋愛事情とか色々と話しているが、今日はいない。目の前にはポツンと虚しく佇む机と椅子があるだけだ。俺もキンジと同じくため息をつき、静かに雲を見続ける。重苦しく黒いソレは、少しずつ青空を侵食していった。

 

 

 

 その日の昼休み、キンジはバスカービルのチームリーダーとして教務科に呼ばれ昼食は別々にとることになった。学食安定だが、理子もいないしキンジも武藤も不知火もいない。文は誘ったが依頼があるらしく本当に残念そうに断られた。毎日襲いかかってくるRFC(理子様ファンクラブ)を除けば、あるのは朝つくった弁当だけ。つまりボッチ飯だ。手を合わせて一人寂しく弁当を頂こうとしたところで──肩をトン、と誰かに優しく触れられた。

 

「隣、いいかな」

 

「ん・・・・・ワトソンか。ボッチ飯でも揶揄いにきたのか? 」

 

「そんなんじゃないよ。僕は君に話があってきたのさ」

 

 ボッチ飯は回避だ。話・・・・・そういえばヒルダとの戦いのときにマバタキ信号で『話 ある』とか伝えてきてたな。その事だろう。

 

「何の用だ」

 

「僕が来た理由くらい予想はついてると思うけど、単刀直入に聞かせてもらうよ。君は瑠瑠色金を手放す気はあるかい?」

 

「・・・・・なんだそのルルイロカネって。どこかの国の通貨か?」

 

「リバティー・メイソンをナメないでほしい。君が瑠瑠色金を保有していることくらい知っているよ」

 

 リバティー・メイソンだと? どこの組織だよそれ。だが瑠瑠色金を知っていることから察するに秘密結社っぽいな。ここでしらばっくれても無駄か。

 

「──一応言っとくが、腕を切断する気はないぞ」

 

「そう答えると思ってたよ。ダメもとでも聞いておけって上からの命令なんだ。許してほしい」

 

 ワトソンは俺に向かって頭を下げた。だが怪しさ満載すぎるぞ。やらないと答えられて、はいそうですかとすぐ引き下がるのは。裏がありそうだな。

 

「これでも『聞け』との命令だけだからこのあと何をしろとは言われてないんだ」

 

「殺してでも奪えと命令されたら? 」

 

「その時は僕の全身全霊をかけて君を殺すよ」

 

「・・・・・そうかい」

 

 つくづく俺は色んなやつから命を狙われるもんだな。これじゃあ瑠瑠神の前に死んじまうぞ。

 ワトソンは首を傾げると、微笑みながら口を開いた。

 

「案外君は肝が座っているんだね。君のことを調べさせてもらったけど───ちゃんと良い点もあるじゃないか」

 

「なんだ、言ってみろ」

 

「クズ条ゴミ条その他諸々のあだ名をもつただのゲス野郎。強襲科と諜報科と超能力捜査研究科でSランクの実力がある。使用武器はHK45と雪月花、最近は盾を使っていて持ち前の氷系超能力(ステルス)は使用していない。なぜ超能力(ステルス)を使わないんだい? 相手の足を凍らせたり便利じゃないか」

 

「生徒をイジメるような資料だなおい。超能力(ステルス)は精神力の減りが早くなってるんだ。いつからか忘れたけどな。その関係で緊急時以外は使わない」

 

 本当は知ってる。レキに心臓に神弾を撃ち込まれた日からだ。最近になって気づいたから璃璃神には連絡つかないしレキに聞いても分からないという。白雪に聞いたら璃璃粒子というのが超能力の力を阻害する能力があって、それが体の中にあるから精神力の減りが早いらしい。常識だよっ! て言われたけどろくに授業出てないから分からんよ。

 

「へぇ。でも僕に言っていいのかい? 重要な情報だろう」

 

「そうだな。確かに重要な情報だ。だが──超能力(ステルス)が一つだなんて思わない方がいいぞ。氷系超能力(ステルス)はあまり役に立たないし使う機会もあまりないから言っただけだ」

 

 瑠瑠色金の力と璃璃色金の力。どちらも超能力を超える力を保有してると調べて分かったんだ。使う度に瑠瑠神に侵食されるのは承知の上だが死ぬよりはマシ。本当に自分の身に危険が迫った時に発動されるだろう。ココ姉妹に首をワイヤーで絞められた時がいい例だ。

 だけどあの時は命の危険が迫ってたことと・・・・・理子を救いたいって感情が混ざってたな。

 

「なるほど、は一つとは限らないと。参考にさせてもらうよ。君を殺せって命令が来た時ようにね。さて、もう一つ聞きたいことがある」

 

 コホン、と咳ばらいを一つして話を変えた。

 

「君は、峰理子リュパン四世と付き合ってるらしいな」

 

「そうだが、それがどうした? 」

 

「ヒルダ戦の時、君はヒルダの催眠術にかかって抵抗できなかったそうじゃないか。それで峰理子を危険に曝してしまった」

 

「なにが言いたい」

 

 ワトソンはやれやれという仕草をすると、グイっと俺に詰め寄った。眉も初めて会ったとき程ではないが吊り上がっている。そして、

 

「恋人をあんな危険な目に合わせるだなんて、彼氏失格じゃないか! 」

 

 と。・・・・・理不尽じゃないか?

 

「おい、俺はあいつとは初めて会ったんだ。能力どころか顔すら分からなかったし、第一お前も遅れてきたじゃねえか」

 

「僕は仕方なかったんだ。君はあの場に最初からいただろう! 」

 

「お前は初見の相手に勝てるってのか!? 」

 

 俺の反論も効かずワトソンはどんどん俺に近づいてくる。端正な顔つきが目の前にあり尚もまだ体を寄せてきた。

 

「大体君は本当にSランクなのか? あの場で精神力の減りが早いとはいえ超能力を使うべきだっただろう! 」

 

「発動できなかったんだよ! ・・・・・とにかく、アツくなりすぎだ。少し落ち着け」

 

 と右手の人差し指で詰めってきていたワトソンの胸のあたりを押すと──

 

「きゃ! 」

 

 ──女みたいな声で勢いよく後ろに後退し、そのせいで椅子から転げ落ちていた。

 なんだよ今の悲鳴。妙に声高かったし反応が女みたいだ。

 

「きっ、君はなんてことをするんだッ! 」

 

 その場で立ち上がり倒れた椅子を直しながら俺を睨んできた。頬も真っ赤だ。

 

「なにって、お前があまりにも近かったから指で押しただけだぞ」

 

「君はわた──僕になんて・・・・・くっ」

 

 目尻に涙を浮かべて心底悔しそうな顔を残して食堂の出口へ足を向けた。

 

「お、おい。飯はいいのか? 」

 

「先客がいる! 」

 

 と逃げるようにワトソンは食堂から出ていってしまった。今のあいつはともかく、瑠瑠色金について話している時は、強者のオーラみたいなのは感じ取れたぞ。手強い、相手にしたら傷一つでは済まないな。俺もあいつのこと調べてみるか。理子あたりに依頼すれば今日の放課後までには・・・・・って理子今日は休みだった。なんか調子狂うな・・・・・

 

 

 

 

 




コミケ(12日)前までに必ずもう一本あげます。(と思います)

追記 間に合いませんでした。近いうちにあげます


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第41話 その苦痛は誰の為に

前回 理子休み続く。学食でワトソンと会話


 それから数日後の夜、ワトソンがクジで『女子制服(武偵高)』、所謂女装を引き、どんなポーズが一番可愛いかという一種のお祭り騒ぎになっているのを横目に文の工房に足を運んでいる。というのも、ココ姉妹との戦いでかなり損傷した盾を改修し終えたと報告があったからだ。

 ポツポツと雨粒が空の重苦しい雲から落ちて制服を濡らす。今日まで理子の周りに異常は見当たらない。隠しカメラで見てもギャルゲーをしてるか台本読んでるか寝てるか。他のこともしてるが大体はそれだ。不審な動きもないし、今はそっとしておいた方がいいかもしれん。

 

 そうこうしてるうちに装備科に着き文の工房に入る。いつも通り何かの機械がそこら中に散らばっていて踏んでしまいそうだ。そしていつも座っている椅子に文の姿はない。

 

「文ーどこにいるんだ? 」

 

「ここなのだ! 」

 

 と幾つも積み重なっている機械部品の山の中から手が出てきた。そして手招きしてくる。引っ張り出してってことか?

 

「よいしょっと」

 

 手首を掴んで上に引っ張り上げると、頬に機械油をつけた文が元気な声をあげて出てきた。機械部品に埋まるほど熱中していたのか、それとも自ら埋まりに行ったのかどちらかじゃないと埋まらないぞ。この広い部屋で。

 

「朝陽君ようこそ! 盾はちゃんとできてるのだ」

 

「ごめんな、ほぼ全壊だったろ」

 

「そうなのだ。あんな損傷の仕方をするなんて、7.62mm弾でも受けた時しかありえないのだ」

 

 と、少々怒り気味で機械部品の山の一つに手を入れた。

 

「だから今回は従来のジュラルミン装甲に加えて炭化タングステンの超硬合金を窒化チタンでコーティングしたし盾の形状も変えたのだ」

 

 ペラペラと説明しながらも取り出すのは一苦労らしく中々手が届かないようだ。俺は文が手を突っ込んでいる機械部品の山に反対側から手を入れて一緒に探す。すると他の部品より一際大きな塊が指先にあたり、一気に引き抜いて見ると───前の盾より少しだけ丸みを帯びた二つの盾が出てきた。

 

「それなのだ! フラッシュ機能は朝陽君の利き腕の右腕のほうの盾につけておいたのだ。今度は大事に使ってなのだ」

 

「善処はするよ。ありがとね文」

 

 俺の言葉に文は頬をピンク色に染めながら元気いっぱいのニコやか笑顔で返してくれた。どういたしまして、と。

 

「でも装備も増えて全体重量も重くなってるのだ。朝陽君のポジション的に何か減らした方がいいのだ」

 

「そうだよなぁ」

 

 盾を扱う上で機動力は重要だ。機動力が無ければ全身を守る盾じゃないからどこか必ず被弾する。動きが鈍くなれば、ポジション的に前衛だから集中砲火を浴びるわけで───強度が上がったとはいえ一瞬で盾なんて破壊されるぞ。

 

「やっぱりHK45のマガジン数を減らそうかな」

 

「マガジンだけなのだ? 」

 

「減らすって言っても雪月花は手放せないし、拳銃の携帯は義務付けられてるしね。あと軽量化できる場所っていったら・・・・・制服か? 」

 

 前世の制服より断然こちらの方が重い。馴れてしまえば気になることもないのだが、それでも軽くなるのに越したことはない。

 

「制服───預けてくれればできる限りのことはしてみるのだ」

 

「いつもありがとな。ワガママも聞いてくれて」

 

 ボブカットの髪型で可愛い文の頭を撫でる。さらさらとしたきめ細かい髪の毛が指の間を通り抜けていく。

 

「あっ、朝陽君! 子ども扱いしないでなのだ! 」

 

「してないよ」

 

「してるのだ! どうせあややは子どもで可愛くないのだ! 」

 

 プイッ、と頬をリスみたいに膨らませてそっぽを向いてしまった。

 

「してないって。文は充分可愛いよ」

 

 と、両手で文の顔を俺の方に再び向かせると──文はアリアと引けを取らない速さで顔を赤くして一歩後ずさった。

 

「で、でもっ! あややは機械とかそういうのに囲まれてるから、機械油とかそういう臭いがついちゃって───」

 

「俺は好きだぞ? その匂い。てか文は普通にいい匂いだと思うけど」

 

 文は照れてるのか波口になって俯いてる。子ども扱いするなって言われてるけど・・・・・こういうところが子どもっぽいんだよなあ。

 そう思っていると、文は急に顔をあげて、

 

「そういえば理子ちゃんのこと、最近見てないのだ! 朝陽君は連絡来てないのだ? 」

 

 と話題をすり替えてきた。まあこの辺で文を揶揄うのはやめておこう。

 

「そうだな・・・・・電話でも素っ気ない態度だし嫌なことでもあったんじゃないか? あっちから俺に電話かかってこないからいつも俺からだけど」

 

「───心配なのだ。あややも電話してるけど、五回に一回くらいしか出てくれないのだ。嫌われちゃったのかな・・・・・」

 

 五回に一回って、俺が言えたことじゃないが文もどれだけ電話してんだ。それほど心配だってことかな。

 

「理子は文のことは嫌いじゃないさ。好きだと思うぞ? 理由は他にあるだろうから、あんまり心配しなくてもいい」

 

「頼んだのだ。朝陽君がちゃんと理子ちゃんを元気にさせるのだ」

 

「もちろん、あいつの好きな食べ物でも持っていけば嫌なことでも吹き飛ぶだろ」

 

 冗談を交えつつ言ったつもりだが、文の目は切なげな光を宿していた。

俺はついその目を見続けて───話すこともなくなり互いに無言になる。文と視線を交わすだけでそれ以上の言葉は出てこない。ただ静寂だけが耳をくすぐる。もはや何を話していいか分からず、盾を直してくれてありがとう、ともう一回感謝してから帰ろうと思い始めたところで、防弾制服のズボンのポケットに入れていた携帯電話から軽快なメロディが流れてきた。

 

 この着信音は───理子だ。

 

「理子かッ!? 珍しいなどうした」

 

『あいわからず元気だね・・・・・もう夜中の十一時くらいだけど、今から理子の部屋にこれる? 』

 

「ん、行ける」

 

『そっか。じゃあシャワー浴びてから来て』

 

 プツッ、と電話はそこで切れた。

 シャワー浴びてから来い、か。いつものことだったけど声のトーンが低かったな。眠いのだったら俺なんて呼ばないだろうし、話したいことでもあるのか。

 

「文、理子に呼ばれたから行くね」

 

「うん。おやすみなのだ! 」

 

「おやすみ、あと盾! ありがとね! 」

 

 お礼を言ってゆっくりと扉を閉める。それからは──全力ダッシュだ。久々に理子と会えるのに開幕から『キョー君遅い腕立て百回』なんて言われたら本気で泣くぞ。

 ・・・・・でもそんなこと言える状況じゃないよな。

 

 そんなことを考えながら寮までダッシュで戻りシャワーを浴びる。キンジに今日は理子の部屋に行くと伝え、同時に隠しカメラで監視してもらってる情報科の女子二人にも一時的に監視を切るように電話で伝える。荷物を持ち、再び全力ダッシュで女子寮へと向かった。

 

 空にはまだ重苦しい雲が停滞していていつ雨が降り出してもおかしくない。男子寮と女子寮はそんなに遠くないが、今日は早く会いたいという気持ちが先走っているのかいつもより長く感じる。雨が降らないこと祈りつつ、無事に女子寮の理子の部屋の前に着いた。

 

(身だしなみ・・・・・変な臭いはしてないよな)

 

 汗で制服が濡れていないことも確認し、いざ玄関のチャイムを鳴らす。俺の緊張した気持ちなど関係ないと言わんばかりの間延びしたピンポーンという音。少し遅れて中から理子の声が聞こえてきた。

 

「はい──キョー君か。いらっしゃい」

 

 久しぶりに会い、尚且つお風呂上がりなのか仄かに髪が濡れているのも相まってより一層可愛く見える。

 

「できる限り早く来たぞ」

 

「ありがとね。理子のわがままを聞いてくれて」

 

 理子の笑顔にたじろぐ間も無く腕を引っ張られて、寝室へと連れていかれる。見たことある広いベッドとコスプレ衣装の数々。どれも変わりないようだ。

 

「ちょっと待っててね。お風呂入ったばかりだから喉乾いちゃって。水飲んでくるからベッドに座ってて」

 

 バタン、とドアが閉まる。

 一応この寝室にもカメラと盗聴器は仕掛けてあるんだが───無効化しておこう。見られてるかもしれん。

 理子が戻ってくる前に部屋に仕掛けてあるカメラと盗聴器の電源を急いで切りベッドの真ん中に座ると、

 

「お待たせ」

 

 ちょうど帰ってきた。よし、間に合ってよかった。

 

「理子、長く休んじゃってるね。演劇の方はどう? 」

 

「そうだなー・・・・・舞台装置とかはまだだけど、概ね完成してるぞ。あとは俺と理子のセリフ合わせだけだ」

 

「そっか。やっぱそうだよね」

 

 理子はベッドの上に乗ると、俺の首に腕をしなだれさせてゆっくりと横になった。連られて俺も横になる。いつものパターンだ。

 

「そうだ! 理子ね、休んでる間キョー君がいつもやってるゲームのタイムアタック記録、抜かしたよ」

 

「はっ!? 何やってんだお前! 」

 

「だって暇なんだもーん」

 

「台本覚えるとかあるだろうが! 」

 

「キョー君と違って全部覚えたし」

 

 ふふん、とドヤ顔を向けられて腹が立ったが──同時に安心感も湧き始めた。いつもの理子との会話、会っていない期間が数日だけとはいえキツかったな。至近距離で見つめてくるこの愛くるしい顔も、何もかも───

 

「理子のことそんな見つめて、どうしたの? 」

 

「・・・・・っ。見てない」

 

「嘘はバレるんだよ? 」

 

「嘘じゃない! 」

 

 ニヤニヤしている理子をこれ以上見れない。俺は理子とは反対の方向を向く。理子は今がチャンスだと言わんばかりに抱きついてきた。

 

「久しぶりにキョー君来てくれたんだし、イチャイチャしよ? 」

 

「何を言って───」

 

 と、不審がる間も与えてくれず、腕と胴の間に手を入れてさらにギューッと抱きついてきた。足も絡めて、今までで一番くっついている姿勢だ。

 

「お、おい! どうしたんだ」

 

「どうしたも、理子がこうしたいからしてるだけだよ」

 

「したいからって・・・・・」

 

 おかしい。理子は普段こんなことをするわけがない。

 

「とにかく、少し力を弱めてくれ」

 

「いーやーだ」

 

 尚も抱きしめてくる腕の力は弱まらない。俺は理性のこともあり、腕をはずそうとすると───

 

「お願い・・・・・そばにいて・・・・・」

 

 消え入りそうな声の理子は───そのまま黙ってしまった。代わりに俺を再び自分の方に向かせ、胸に顔を埋めてくる。カチッ、カチッ、と時計の針が進む音だけがこの部屋に鳴り、夜の静けさによく似合っていた。

 

「キョー君・・・・・理子に・・・・・忘れさせて」

 

 急に理子はシリアスな声で、そう言ってきた。肩も声と同じく震えている。

 ────泣いているのか?

 

「全部忘れたいの・・・・・昔のこと。アイツが襲撃してきたあの日から、毎晩毎晩思い出して・・・・・もうイヤだよ・・・・・」

 

 理子の言う昔は──ルーマニアでブラドに監禁されていた時のことだろう。ブラドの娘であるヒルダも理子を虐めていたはずだ。親子揃って過激なやり口で何度も何度も。そのトラウマがヒルダを見たことで甦ってきたんだ。

 

「理子」

 

 そっと理子の頭を抱く。強く、何をされても離さないように。

 

「アイツに監禁されて、機嫌が悪い時は何回も殴られて・・・・・ろくなご飯も食べられないのに血ばかり吸われて、毎日吐き気が続くの」

 

 次第に大きくなっていく声には涙が入り混じっていた。それでも顔を胸に押し付けて必死に涙を堪えている。

 

「泥水と汚い服にまみれて、死のうと思ってもアイツがそれを許さない・・・・・」

 

 とめどなく溢れる苦痛。理子の、俺を腕を掴む手は恐怖のあまり爪を突き立てていた。腕の痛みは少しずつ激しさを増す。だが───

 

「二度あの檻の中に戻りたくないよ・・・・・! 」

 

 この程度の痛み、理子が受けた苦しみと屈辱に比べたら痛みなど無いに等しい。

 俺は理子の頭を優しく撫で、

 

「一人で背負う必要はないんだ。俺がいる。俺も一緒に戦う」

 

 と言い聞かせる。理子は嗚咽交じりに続けた。

 

「アイツは強いよ。理子たちだけじゃきっと───」

 

「倒せるさ。アリアだってキンジだっている。昔と違って一人じゃないんだ。絶対に倒す。だから今は俺を信じてくれ」

 

 その言葉を聞くと理子は、それまで堪えていた感情が決壊したのか、

 

「うわぁあ・・・・・ああ・・・・・! 」

 

 くぐもった泣き声をあげた。

 普段は明るく元気な理子でも、アイツがいることで理子の楽しさが奪われてしまう。そんなことは絶対にさせない。理子には───ずっと笑顔でいてほしいんだ。

 

「もう、奴隷扱いされるのはやだ・・・・・! 」

 

「ああ、理子がこれからずっとアイツのことで苦しまずに済むように───守るから」

 

 頭を撫で続けて少しでも安心させる。理子はさっきよりも大声で泣いて、涙で胸を濡らしていた。普段は強がってる理子がこんなに泣くなんて、よほどヒルダとブラドという存在が怖くて憎かっただろう。

 しばらく胸の中で泣いている理子を慰めていると、少しずつだが泣き声は聞こえなくなっていきた。泣き疲れて寝たのかと思ったが、涙のあとを目の周りに残した顔を俺に向け、

 

「キョー君は理子のこと・・・・・信じてくれてた? 」

 

 切なげな声で尋ねてきた。

 いつも理子と一緒に行動していて、危険な時はお互い助け合ってる。そんなパートナーを信じれないわけがない。

 

「もちろん信じてるよ。これからもね」

 

 傷ついた時に誰かが傍に居てくれたらどれだけ心強いか。想像するのはそう難くない。

 理子はその言葉を聞くと、また涙を流し始めた。本当に苦しそうに。

 俺は理子が泣いて泣いて、泣き止んで眠るまでずっと理子を抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後の夕方、通常授業や学科授業の終わった後に多目的室に集まって演劇の練習をしている。まだできていないセット作りや脇役のセリフ覚えなど皆楽しみながらやっていた。その関係でロミオ(男)役の衣装を着ているわけだが───肝心のジュリエットは今日も来ていない。

 そのジュリエットは今朝、今日も学校休むと言っていた。だが気持ちの整理もついたって言ってたし、そのうち学校にひょっこり顔を出すだろう。

 

「僕は船乗りじゃない。だけど、たとえ貴女が最果ての海の彼方の岸辺にいようが、貴女という宝物を手に入れるためなら危険を冒しても海に出ます」

 

 危険を冒しても海に出る──俺にそれができるだろうか。理子のために自分の命を投げ出すことが。ジュリエットを愛するロミオのように。

 

「朝陽くーん。理子ちゃん今日も来てない? 」

 

 突然声をかけられ頭をあげてみれば、理子の監視を頼んだ情報科の女子が台本を丸めて俺に向けてきた。記者かお前は。

 

「昨日行ってみたけど元気そうだったし、そのうち来るだろ」

 

「ふーん、昨日の夜から朝方にかけてカメラと盗聴器が止まってたってことは───ナニかしたのね!? 」

 

「ナニもしてねえよ! 」

 

 きゃー、と頬を赤らめてもじもじし始めた。俺も不思議なもんだが、理子の部屋に泊まっても何もないのだ。思春期の男女が二人きりなのに、だ。今聞いてきた女子みたいに夜何をやってるのかとか聞かれるが、大体は何もしていないと答える。中々信じてもらえないようだが───それも馴れてしまった。

 

「俺のことよりさっさとセリフ覚えろ」

 

「はいはーい」

 

 記者は腕を頭の後ろで組んで女子が何人か集まっているグループに歩み寄った。暗記する気ゼロだろあいつ。

 さて・・・・・演劇まで日にちもないし、集中するか。

 台本に目を向け書いてあるセリフを何度も何度も往復してはブツブツと唱える。全体の流れは覚えてきたがまだうろ覚えの部分が何箇所かあるんだ。本番は緊張するからジュリエットのセリフに対応するセリフを最低でも一秒以内に完璧に言えるようにしておかないと。

 

 そんなことをしていると、時間はとっくに過ぎていき───今は夜の十時。辺りもすっかり暗くなっていた。

 

「ふわぁ・・・・・もうこんな時間か。帰って寝ないと」

 

 と、ロミオ(男)の衣装を脱ぐため上着に手をかけた時、携帯のバイブレーションが服を通って手に振動を伝えてきた。かけてきた相手は──理子だ。

 

「理子か? どうしたこんな遅くに」

 

『・・・・・』

 

 沈黙が走る。時折聞こえてくる風の音が不思議だが、ベランダにでも出ているのだろうか。

 

「理子・・・・・? 」

 

『ふふっ、久しぶりね。私のペット』

 

「なっ!? 」

 

 やっと聞こえてきた声は理子ではなく・・・・・ヒルダ。俺の首にはずれないチョーカーをつけた趣味の悪い女吸血鬼だ。

 

『理子は私のすぐそばにいるわ。理子は友人だから鬼払結界のギリギリまで迎えに行ってあげたけど、あなたは私のペットなんだから、スカイツリーの建設現場まで自分で来なさい』

 

「ふざけるなッ! 」

 

『そんな大声出さないで。じゃあ待ってるわ』

 

「おい、待て! 」

 

 プツッ、と無情にも電話は切れてしまった。

 理子が鬼払結界のすぐそばまで行ったって言うことは・・・・・自分から部屋から出たのか!? いやそれよりも、

 

「おい、理子の部屋に理子はいるのか!? 」

 

 突然大声を出して俺に目線が集まる中、依頼していた情報科の女子に尋ねる。

 

「何急に、ちゃんといるよ。ほら」

 

 と最新型のスマートフォンに映し出された部屋にいるはずの理子は・・・・・いなかった。

 

「いないだろ! よく見ろ」

 

「いるじゃんほら! ソファに座ってテレビ見てるよ」

 

 言われて見るが、理子は映っていない。テレビもただ暗闇を映すだけだ。まるでそう信じ込まされているような───

 

「まさかッ!? 」

 

 ヒルダの催眠術で操られたのか! でもどうやって・・・・・いや、今はそれよりも理子を助けに行くのが先だ。

 

「悪い! この衣装防弾か? 」

 

「え、一応そうだけど」

 

「ビリビリに破けるかもしれないけどそん時は怒らないでくれ! 」

 

 自分の制服からレッグホルスターと盾、雪月花と武偵手帳を持って教室を飛び出す。制服に着替えてる時間すら今ではもったいない。自分を呼ぶ声を背中に受けながら車輌科に向かい、一台車を拝借する。

 行き先は、前世では完成していたスカイツリー。アクセル全開でスカイツリーへと車を走らせた。

 

『おい朝陽! それ俺の車だぞ! 』

 

 車内に響いた男の声。どこかに発信機でもついてるのか。

 

「武藤か、今は緊急事態だ。それに武偵高の車庫だからって鍵をかけなかったお前が悪い。とにかく壊さねえから安心しろ! 」

 

『緊急事態・・・・・お前はいつも──』

 

 そこで急に武藤との連絡が途絶えた。道を照らす街灯も消えていく。

 信号機を失った一般車が右往左往する中を縫うように抜けていき、やっとスカイツリーの近くの駐車場に着いた。周囲には、誰のか分からない黒のポルシェが駐車されている。

 

(なんでこんな所なんだ! )

 

 焦りに心を惑わされながらも金網をよじ登って越え、先に入ったであろう誰か二人分の足跡を追っていく。何も無い空間に鉄板を踏みしめる足音だけが響き、周囲に敵が潜んでいるかもしれないという警戒は一切しない。その時間すらも惜しいから。

 

「ここか」

 

 奥に進むと、目の前には作業用エレベーターがあった。

 乗っている最中に壊れるなんてことはしないでくれよ、そんな気持ちで何度かエレベーターを乗り継ぐ。白く太い鉄骨の間の上、空に手をのばせば飛行機に当たりそうな高さまで吊り上げられていく。第一展望台を抜け、第二展望台へ。ここまで来るといかにも建設中といった造りの甘さだ。鉄骨は剥き出しで安全柵も金網とワイヤーで作った適当なもの。こんなところに理子は連れ去られたのか・・・・・

 

「ああ、不愉快だ」

 

 心の底からそう思う。怒りを足に込めてエレベーター前の階段を上へ上へと駆け上がっていく。真上は夜空で、星は分厚い雲によって遮られている。この数日間この雲が引くことは一度もなかった。

まるで・・・・・雲の形をした何者かが知られたくない事実を必死に隠す姿で──

 

「キョー君」

 

「・・・・・っ」

 

 ───階段を全て駆け上がったところで、第二展望台の真ん中に立ち金髪ブロンドの髪を風になびかせている少女がいた。

 

「理子、か? 」

 

「そうだよ、理子だよ」

 

 理子はどんな男をも虜にする妖艶な表情を見せた。その顔は、理子がアリアと屋上で喧嘩した時の表情そっくりだ。

 周りには建設用の機材の他に、鮮やかな真紅のバラで飾り付けられた棺桶がある。

 

「演劇のロミオの衣装で来ちゃって、寒いでしょ」

 

「それを言うなら制服姿のお前だって・・・・・ってそんなことはどうでもいい。ヒルダはどこだ」

 

「───キョー君」

 

 理子は俺にゆっくりと近づき、強く抱きしめてきた。そして、一言。

 

 

 

 

 

「ごめん・・・・・ね」

 

「え? 」

 

 理子の言葉に理解ができないまま───みぞおちに理子の膝蹴りが飛んできた。

 

「かはっ!? 」

 

 一瞬の怯み。理子はその隙に右手にもった鋭く細い何かを俺の首にぶっ刺してきた。反射的に手を払い除け、その何かも首から抜く。

 

「理子、何を・・・・・! 」

 

「ふふっ、やっぱり引っかかったじゃない。所詮は棺の横で動けないでいる遠山と同程度の男なのよ」

 

 どこからか聞こえた声の主は、理子の横の地面から生えてくるように現れた。

 すぐにそれがヒルダと分かり、襲撃しようと踏み出そうとしたが・・・・・足が震えて動かない。立っているのがやっとな状態だ。

 

「でもまだ立っていられるってことは薬を少しだけしか入れられなかったのね。まあいいわ」

 

 ヒルダは理子の髪の毛に手をのばした。対する理子は一切抵抗せずに触られ続けている。

 

「理子! 操られてるのか!? 」

 

「違うよキョー君。理子は自分の意思でヒルダに従ったの」

 

 自分の意思で・・・・・だと?

 

「理子は元々怪盗の一族。キョー君たちとは違う、闇に生きるブラドやヒルダ側の人間だったの。だけどいつの間にかキョー君たちの側についてた。理子は人としてブレてたんだよ」

 

「そう。私たちは友達であり、互いに貴族同士。理子とは何回か会って交渉したのよ。ちょっと邪魔な監視がいたけど、私の目で全部忘れさせたわ」

 

 三年の諜報科の先輩から異変が伝えられなかったのは、理子が外に出なかったからじゃなく・・・・・忘れさせられていたから。でもそうだとしたらおかしいぞ。

 体中から少しずつ力が抜けていく中、必死に言葉を紡ぐ。

 

「鬼払結界があった、はずだ。お前が結界内に入ったらすぐに玉藻が反応する」

 

「そいつらの居場所くらい分かるわよ。それを理子に教えて、私の催眠術を撮った動画を理子に頼んで見させたの」

 

 ───なんでだよ。なんで理子がそんなことをするんだよ。そんなことしたって、理子に得なんて何一つないじゃないか!

 

「交渉した時のヒルダの態度はとても丁寧だったよ。理子が『眷属』と同盟する条件を出してもいいとまで言ってきてくれた。その後外堀通りで戦ってからまた話した──その時はこのイヤリングのせいで従うことしかできなかったけど、その時理子は『組むなら四世と呼ぶな』って言ったんだ。そしたらヒルダは『四世』とは呼ばなくなった」

 

 と理子は右耳のイヤリングを触りながら言ってきた。

 

「ペットのあなたには言ってなかったけど、そのイヤリングは私の正式な臣下の証。私が一つ念じればそのイヤリングは弾け飛ぶ。あなたの首につけているチョーカーは違うけどね。そうなれば、中に封じられた毒蛇の腺液が傷口から侵入して10分で死に至る。裏切り者を再度取り立てる時、浄罪のために付ける決まりになっているの」

 

 ヒルダは倒れそうになっている俺に近づき、手を差し出してきた。腕は見た目の年相応に細く、病的に白い。俺にとっては悪魔の手だ。

 

「あなたも私のペットとして死ぬまで可愛がってあげるわ。さあ、手をとりなさい」

 

 俺はその手を───

 

「・・・・・っ」

 

 ───パン! と音が響くくらいにヒルダの手を払い除けた。そしてヒルダの瞳を睨む。お前のオモチャにはならない、と。

 

「くっ、ペットの分際でッ! 」

 

「笑わせんな。仮に俺がお前のペットだとして、躾られてないお前は飼い主失格だな」

 

「──ッ! 今すぐ殺してやる! 」

 

 ヒルダは殺意に染まった目を俺に向けながら右手を空に掲げた。呼応するかの如くその手に現れたのは、先が三叉に分かれている深紅の槍。夜の暗闇の中少しだけ紅色の輝きを周囲に放っていた。

 

「死ねッ! 」

 

「ヒルダ、待って! 」

 

 華奢な体からは想像出来ない刺突が繰り出され俺の体を貫くはずだった槍は、衣装の手前でピタリと止まった。

 

「・・・・・理子。なぜ止めたの? 」

 

「約束が違う。その槍を収めて」

 

 理子の言葉にヒルダは考える素振りを見せて──槍は虚空に消えた。俺を殺せる機会でありそれを邪魔されたはずなのにヒルダは妖しげな表情を魅せる。

 

「確かに貴女との約束は守らないとね。だけど理子、私との約束はまだ果たしてもらってない」

 

「約束・・・・・でもそれはッ! 」

 

「果たしてもらわないと、あなたと私はまだ友達じゃないわ。さあ、早くペットに言いなさい。私が外堀通りであなたと約束したあの事を」

 

 理子は唇を噛み締めて両手に拳をつくった。今にも泣きそうな顔で、それでも懸命に涙を堪えている。

 俺はまだフラフラする足にムチをうって歩いていく。ヒルダの隣を横切って、理子のもとへ。そんな辛い表情は見たくないから。

 

「キョー君」

 

 俯いた理子は俺と同じ速さで歩いて、俺の真正面で立ち止まった。そして、ダランと垂らした手を俺の胸に向けて────

 

 

 

「理子と・・・・・別れて」

 

 

 

 

 ───拒絶するように、人差し指で俺の胸を押した。

 レキに神弾を撃ち込まれた時より、瑠瑠神に包丁で刺された時よりも深く・・・・・心に突き刺さった。首に打たれた変な薬でも倒れなかったのに、たった一言で力が抜け、コンクリートの床に尻もちをついてしまう。効力がその言葉に詰まっていた。

 

「なん・・・・・で。なんでだよ! 昨日の夜に言ってただろ! もうヒルダの奴隷になんかなりたくないって! 」

 

「奴隷じゃない。ヒルダは理子と友達として接してくれる。虐待してたのはブラドの手前、仕方なかったって言ってた。だからキョー君と理子が別れればヒルダと友達になれるの! 」

 

「そんなの・・・・・本当かどうか分からないだろ。しかもお前がヒルダ側につく理由だって、あとから取って付けたような感じじゃねえか! 」

 

 強い口調に理子は後ずさる。詰め寄ろうとするが、まだ足に力が入らない。

 

「他に理由があるんだろ? ヒルダに逆らえない理由が! 」

 

「・・・・・ないよ」

 

「だったらなんで───」

 

「ないって言ってるじゃん! 」

 

 二度目の拒絶。深く刺さった杭をさらに奥深く打ち付けられる。

 

「理子は本当にキョー君と・・・・・」

 

 風が吹いて俺たちの服がバタバタと音をたてながら揺れる。様々な音が入り乱れる中、理子の声だけが直接響いて聞こえた。

 

「別れ・・・・・たい・・・・・」

 

 三度目の拒絶。頭の中が一気に真っ白になって何も考えられなくなる。ただ『別れたい』という言葉だけが壊れたラジオのように繰り返された。俯いている理子の姿を見れば見るほど、心臓をギュッと掴まれる感覚に襲われる。自分の意思とは関係なく視線を冷たいコンクリートに移してしまい───頭をあげることはできなくなった。

 

「よく言ったわね、理子。私の約束は守ってもらったし、同時に理子の約束も守られた。だから・・・・・」

 

 パチン! と指を鳴らした軽快な音。

 同時に首のチョーカーが砕け、生暖かい血が衣装を濡らす。

 

「───ッ!? ヒルダ、約束が違う! 」

 

「違くないわよ。私が貴女とした約束は、私と貴女が友達になるまで。そこに友達になったあとは含まれていないわよ」

 

「そ、そんなっ」

 

「あら、理子。私と貴女は友達じゃないの? 」

 

 コツコツと高い足音が近づいてくる。それは俺を通り過ぎ、理子の横に並ぶまで鳴らし続けた。

 

「・・・・・友達、だよ」

 

「ふふっ、そうだよね。私たち、友達ですものね」

 

 ヒルダと理子は、互いに抱きつけるほどの距離。

 

「さようなら、京条朝陽。貴様は私に逆らった時点でもうペットではない。そのチョーカーが砕けた時点でお前に待っているのは死の運命だけ。冥土の土産に教えてやるわ。そのチョーカーの毒は徐々に体を痛みを与える。今はなんともないだろうけど・・・・・少しずつ、少しずつ痛みは襲ってくる。最後は気が狂うほど全身に激痛が走るわよ。そこの遠山に情けない姿を見せたくなかったら拳銃で自殺でもしなさい。あと──遠山。アリアは貰っていくわ」

 

 そう言い残すと、ヒルダと理子の気配は完全に無くなった。寂しく広がるコンクリートの大地に居るのは俺とキンジだけ。認めたくない現実が、突然降ってきた雨と共に心に染み込んでくる。これは現実だ、と。

 

「ふざけるなぁぁぁッッ! 」

 

 無力化されていたキンジは空に怒声を放つ。だが虚しく雨に吸い込まれていくだけ。普段とは全く違う雰囲気を纏ったキンジは、俺の前までフラフラしながらも歩み寄ってくると、

 

「おい、俺はアリアを助けにいく。お前はどうする」

 

 鋭い口調で投げかけてきた。

 

「俺は・・・・・」

 

「理子を奪われたんだぞ」

 

 理子を───奪われた。また、危険に晒してしまっている。昨日の夜に言った約束さえ守れなかった。簡単に守ると口にしておきながら、何一つ守れてないじゃないか。何が、理子を守るだ。ここで俺は何もできなかっただろ。逆にヒルダの槍で殺されかけたのを理子が止めてくれた・・・・・守られたのは俺のほうだ。

 

 こんな自分に腹が立ってくる。なぜそばにいれなかったのか。ヒルダの能力が分かっていながらそれを監視役に伝えなかったのか。そもそも───俺が頼らなければ防げたことじゃないか。

 

『あなたは、どうするの? 』

 

 頭の中で声がする。透き通った──俺が一番聞きたくない声。そして心の底から湧き上がってくるかりそめの憤怒が、脳を塗りつぶしていく。

 

『あんな女のためにわざわざ朝陽が身を以て助けに行くこともないの。貴方は私のためだけに・・・・・』

 

「黙れ」

 

『浮気ばかりして、でもそんな貴方のことも愛してる。殺したいほど愛してるの』

 

「黙れッ! 」

 

 キンジは異変を感じ取ったのか、俺から少し距離を取った。

 

『どうせあの女は死ぬ。そういう運命なの。貴方もクソコウモリ女のせいで苦しみながら死んでしまう。だったら私に体を預けた方が楽だよ。さあ、朝陽。私に体を預けて』

 

 意識は白く霏がかかり、感情の半分がもう支配されそうになっている。だが、お前の言うことには絶対に従わないぞ。

 

「いいか、この体は俺のもんだ。お前のものじゃねえ、絶対に渡さねえぞ! 理子のこともお前がとやかく言うことじゃねえ。助けに行くかどうかは俺が決める! 」

 

『・・・・・貴方のそういう浮気性、嫌いだよ』

 

 ドクン! と心臓が一際大きく波打ち、肺が締め付けられる。それでも絶対に屈しない。ここで諦めたら理子を取り返すチャンスは二度とやってこない。

 ────それだけは嫌だ。守ると決めて、途中でその望みが途切れたとしても紡いでみせる。まだ、完全に負けたわけじゃない!

 

『私の力だけ使って肝心の私には触れてこない・・・・・ああ、嫉妬しちゃうよ。君の身の回りのあの子みたいにね』

 

「・・・・・」

 

 もう惑わされない。お前がどれだけ精神を犯してきても自我を保ってみせる。

 

「朝陽、その片目は・・・・・」

 

「ちょっと瑠瑠神と戦ってた。それよりもなんでここにいるんだ」

 

「下の階層にいるワトソンにアリアを連れ去られてな。追ってきてワトソンと戦闘になってギリギリのとこで勝ったが───アリアの姿に化けた理子に一本取られた。朝陽はどうしてここに」

 

「俺はヒルダから直接連絡が来た」

 

 俺はキンジが差し出してきた手を掴み自分の体を持ち上げる。若干の吐き気と目眩、今にも暴走しようとする瑠瑠神。コンディションは最悪の極みだ。首の傷口から侵入した毒もそのうち効力を発揮してくるころだろう。

 

「キンジ、ヒルダの行き先は知ってるか? 」

 

「ああ。アリアを攫う時、理子に紅鳴館でお茶をしましょうって呑気なこと言ってやがった。朝陽は一緒に助けにいくか? ───って野暮なこと聞いたな」

 

「そうだ。行って理子と解毒剤があるかどうかは知らんが奪って生き延びるか、とどまって激痛と精神を犯されて無念のまま死ぬか。答えは決まってる」

 

 呼吸を整えて体の不調を少しでも回復させ、

 

「迎えに行こう。キンジはアリアを、俺は理子を。必ず取り戻す」

 

 来た道を再び戻る。

 そこかしこに出現した水溜まりには、右目にだけ鮮緑の色を宿し、口元は半分だけ笑っている不気味で醜い自分の姿が映っていた。

 

 

 

 



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第42話 そしてその盾は誰の為に

前回 理子をヒルダに奪われる
46話まで戦闘回なので、飛ばしたい方はこの42話と43話を見てからどうぞ


 下の階にいたワトソンにもしもの時のネビュラ──中枢神経刺激薬で常態で打てば集中力が高まり朦朧とした時はラッツォより強力な気付け薬となるらしい──を貰い武藤からパクった車で紅鳴館に向かう。

 

「その状態で運転なんて大丈夫か? 」

 

「なんとかな。ただ右手に力が入りすぎてハンドル変な方向にきりそうだ。キンジの方こそ、いつものHSS(ヒステリアモード)より雰囲気が鋭敏な感じになってるぞ」

 

「ああ。これはヒステリアモードの派生系だ。戦いが終わったら詳しく教える・・・・・今は俺のアリアを取り返さないと、どうにかなりそうだ」

 

 キンジも俺の()()と同じ感情らしいな。頭の中で二つの思考と感情が渦巻いている。自分という存在が真ん中で二つに分けられているようだ。片方は痛みに苦しみ、瑠瑠神の影響を食い止めてなんとか平静を保てている俺。もう片方は瑠瑠神に()()()()完全に乗っ取られた俺。復讐の念と憤怒に駆られ、理子を奪ったヒルダと理子を守れなかった俺を今すぐ八つ裂きにしたい・・・・・狂った感情。瑠瑠神に乗っ取られてるからか──力の使い方もなんとなく分かる。それが自身を蝕むことも。

 

「紅鳴館まであと少しだ」

 

 車を走らせている間、交わす言葉はあまりない。車体を大雨が叩き雷鳴が轟くだけ。この天気はヒルダにとって最高のコンディションだろう。電気と催眠術、吸血鬼の高い身体能力に三叉の槍。これまで以上に過酷な戦いになるかもしれないが・・・・・俺だって守りたい人がいるんだ。それに大雨はある意味では俺にとっても最高の天気だ。

 

 紅鳴館の入口に乱暴に車を止めて外に出る。周囲を囲む真っ黒な鉄柵と茨の茂み、そして全体が不気味なこの館に入るのは、理子に頼まれて泥棒をした時。そして今日は──理子を助けるためだ。

 

「行くぞ」

 

「言われるまでもなく」

 

 両腕に盾を装備し、ギィィ・・・・・と重く身長の何倍もある門を開ける。暗く長い一本道に足を踏み入れた瞬間───ピシュ!

 小さな飛来物が側頭部にめがけ飛んできた。それを俺は盾で弾き返す。見れば銀色の小型ナイフがコンクリートの道に転がっていた。

 

「こんなものでヤられるわけないだろうに」

 

「同感だ」

 

 キンジが指の間に挟んでいたナイフを投げ捨てた。

 

「あら、無礼者の気配がしたから来てみれば・・・・・お前たちだったのね」

 

 館の方からコツコツと足音が雨音に混じる。雷鳴と共に照らされたのは、フリフリの傘を差して妖艶な笑みをうかべている・・・・・ヒルダ。三叉の槍は持っていないようだ。

 

「アリアはどこだ」

 

「そう急がないで。アリアはちゃんと生きてるわよ。もちろん理子もね」

 

「変なことしてないだろうな」

 

「あら朝陽。あなたはもう乗っ取られかけてるじゃない。どうしたの? ここまで来て」

 

「どうしたも何もねえだろ。理子を取り返しにきただけだ」

 

 疼く。口元が不意に歪んで、心臓が熱湯をかけられたみたいに熱く鼓動する。憎悪が渦巻き何もかもがメチャクチャにされる感覚だけが残る───それを抑えつけて。

 

「理子とアリアは返してもらうぞ! 」

 

「やれるものならどうぞ」

 

 その言葉を合図に俺とキンジは駆け出した。ヒルダは肉薄してくる俺に傘の先端を向ける。普通の傘とは違い先端に小さな穴が空いていて・・・・・

 

「死になさい」

 

 ドン! と大砲の如き轟音が耳を劈いた。音は何発もの小さな鉄球と変わり、顔の前に出していた盾を貪り食っていく。衝撃から察するに傘型のショットガンか。

 

「そんなんじゃ死なねえよ! 」

 

 雪月花を右手で抜刀し左脇から右肩にかけて力任せに振るうが、ヒルダは背中のコウモリ型の翼を羽ばたかせ上空へと逃げた。だがその隙を逃すキンジではない。

 乾いた音が連続で鼓膜を揺らす。ビシビシッ、と翼に風穴を二つずつ開けられたことにより再び地上へと戻ってきたヒルダは眉を顰めた。

 

「愚民め。私の翼にそんな下衆なものを撃ちよって」

 

 持っていた傘を手放すと、俺たちをジーッと見つめ始めた。撃たれた箇所は煙をあげてもう回復し始めている。こいつもブラドと同様に魔臓の四つを同時に破壊しなきゃダメなのか。

 

「私のお家に無断で入ってきたバカは今まで何人も居たわ。あなた達みたいにね」

 

 俺たちの瞳を直接覗き込んでくる。引き込まれる──そう思ったが、雪月花を納刀しながら敢えて俺は見続けた。

 

「そいつらは私やお父様を殺そうと踏み込んできた。でもあなた達は違う、自分の女に手を出されてここに来た」

 

 ヒルダは深紅の目を細めて左手の小指の先をいやらしく咥え始めた。だがその目は俺たちから離していない。

 

「その復讐に燃える目つき、イイわ! 勝てないと分かっていながらも助けるために自らを犠牲にするその心。とっても美味しそう・・・・・! 」

 

 興奮したのか顔を赤らめて足をモジモジとさせている。この場の雰囲気に不釣り合いなそれが、余計に異質感を際立たせていた。

 

「ねぇ・・・・・もう一回チャンスをあげるわ。私の臣下にならない? 遠山が望むアリアも、朝陽が望む理子も手に入るわ」

 

「───くだらん。要はアリアや理子をエサにして引き入れようってか」

 

 キンジは元々鋭敏だった雰囲気をさらに強く。普段とは想像出来ないほどの殺気を周囲に放っていた。

 

「それじゃアリアは俺のものになっても、俺はお前のものとなる。ダメなんだよそれは。俺が一生涯をかけて従うのは・・・・・アリア、ただ一人だけだ」

 

「あら残念。朝陽は・・・・・その目は断るって感じね。後悔しなさい、私の誘いを断ったことは万死に値するわ。特に───」

 

 ヒルダはどこからか黒いフリフリの傘を取り出すと俺に突きつけた。

 

「───朝陽。お前は私の誘いを二度も断った。これは私を侮辱することと同等。楽に殺しはしないわ。首から回った毒があなたを殺す前に苦しんで苦しんで苦しみ抜いてから死んでもらうよ」

 

「はっ! うるせえよクソビッチのババアが。できるもんならやってみろ」

 

「なんですって!? 」

 

「できるもんならやってみろと言ったんだ。自分の性癖全開生活を長々と謳歌していただけのクソビッチが! 」

 

 ああ。ドス黒い感情が泥となって心を覆ってくる。波のように襲って来ては粘着質のように離れないこの感情。

 

「俺の、俺の私の私の、理子を・・・・・! 」

 

「朝陽落ち着け! 」

 

「・・・・・っ。大丈夫だ」

 

 キンジの言葉に泥が剥がれていく。危なかった・・・・・声をかけてくれなきゃ呑まれてた。二人の敵に注意しなきゃいけないんだよな。なんて不利な状況だよクソ。

 

「こ、この私をよくもビッチなどと侮辱したわね!? いいわ、受けてみなさい私の雷球(ディアラ)を! ワトソンの制裁に使ったのは80パーセント程度だったけど──あなた達には全力の雷球(ディアラ)をプレゼントしてやるわ」

 

 再生した翼でまた上空に飛び立つと、ツンと突き出たヒルダの胸の前にピンポン玉サイズの黄金色をした雷球が発生させ始めた。それは一秒を刻むごとに大きく・・・・・バチバチと見た目からして威力も徐々に上がっているようだ。

 あれは・・・・・多分ヒルダの必殺技だ。一歩も動かずに充電してるところを見れば、さすがのヒルダも集中力が必要か・・・・・或いは動く必要がないか。

 

 考えを巡らせるうちにさらに雷球は膨れ上がり、今や直径二メートルを優に超えている。あれが人間に直撃したら黒焦げになるだけならまだ運がいいほうだ。俺のロミオの衣装に防弾性はあっても防電性はないだろうから、消し炭の運命は逃れられない。

 

「これで・・・・・100パーセント! もっとイクわよっ! 」

 

 ヒルダは雷球を自身の頭上まで持っていく。それはさらに大きくなりながら、時々それは歪に形を変えていった。細長い楕円形になることもあれば、横に広がりカボチャみたくなる時もある。球体の中心部が崩れ落ちそうになったりと不安定だ。

 

「デカイ口叩くくせに制御しきれてないだろ」

 

「光栄に思いなさい。百パーセントよりも威力を高めるのはあなた達で二回目・・・・・多少歪なりとも正確に落とせるわ」

 

 妖艶な光を灯している顔には自信の色で染まっていた。この場から離れなければ俺とキンジは確実に呑み込まれる。そうなれば理子とアリアを助けるというのは絵空事だ。

 

「遠山、朝陽。昼と夜の間で迷う弱者に、幻想を語った愚者。あなた達は幻想の中で死になさい。幻想は夢であり夢は現実とは 違うわ。夜に生きぬあなた達人間は──夜に夢を見て夜を汚す罪深き生き物・・・・・」

 

 息を静かに吐き出しながら力む。その瞬間───

 

「なっ、動けねぇ! 」

 

 悔しそうにキンジが叫んだ。何か手があったようだがヒルダに封じられたらしい。

 

「ふふっ、お前も学習能力がないのね。その下品な香水(銀弾)の臭いをプンプンさせて私が気づかないとでも思ったの? お前は撃つ寸前、集中して私を見る。だから私も暗示術をかけておいたのよ」

 

 裏をかけたことに満足したらしく、放電音も高まっていく。

 

「科学が発展するように魔術も日々発展してきた。自分の身体から消費するだけでは精神力はすぐに底をついてしまう。だから体外から力を得る方法も編み出されたのよ? 私の場合──人間の使う電力をいただくわ。さあ、これで120パーセント! 」

 

 雷球を育て上げたヒルダの肌からは短い雷が宙へと解き放たれていた。キバを見せながらも清楚に微笑んだ。

 

「私と相見えたことへの感謝と自分たちの女を助けられなかったことへの不甲斐なさに揉まれながら、地獄に落ちなさい」

 

 より大きく、放電音が最高潮に達した時───

 

「生憎、俺は理子に会うまで死ねないんでね」

 

 右手をヒルダにかざした。何ヶ月ぶりかもう覚えてないがそれでも当てられないことは、ない!

 

氷棘(ジャベリン)! 」

 

 ヒルダは俺たちが自分の暗示術で動けないだろうと思っていた。だから動けない相手に飛び回りながら雷球を作るなど徒労にも等しいことはヒルダは絶対にしない。案の定キンジは引っかかり俺も敢えて、まだ使える右半身を動かさず──ヒルダは俺達が絶対に動けないと確信した。その油断に隙ができる。それに煽ったおかげでヒルダの雷球は120パーセント──制御できるギリギリだ。動いたりなんかしないだろう。暗示術は人間には効くが神には効かなかったようだな。

 

「あッ! 」

 

 十本もの氷棘(ジャベリン)を生成。高速で射出したそれらはヒルダの衣服を切り裂き全身を貫き、その中の二本は雷球に添えている手と左目を破壊する。幸か不幸か、雷球の形が添えられた手を破壊された瞬間からさらに歪になっていた。

 

「ぉぉおおおお! 」

 

 拘束が一時的に解除されたのを感覚が掴み取り、ヒルダの足元へと駆けた。およそ七メートル。上空にいるヒルダの高度だ。()()()()に立つには奴と同じ高度まで飛ばねばならない。だが俺には翼がない。だから──墜ちてもらうぞ!

 

「キンジ! 」

 

「おうよ! 」

 

 ベレッタの軽く乾いた音ともう一丁の大砲とも呼べる銃声が背後からヒルダへと襲いかかった。二丁ともフルオートカスタムなのか、ヒルダの翼は次々に風穴が空けられ──重力に従いヒルダは近づいてくる。

 

「ご対面だなヒルダァ! 」

 

 思いっきり拳を握り締めているのを見たヒルダの顔色は、僅かしか光が届いていないながらもハッキリと青くなるのが確認できた。

 ヒルダは俺の拳を防ごうと手をのばすが・・・・・もう手遅れだ。

 

「おぅらぁ! 」

 

「ぶっ!? 」

 

 端正な顔に理子を盗られたことや毒を流し込まれたことその他諸々の恨みを思いっきりぶつけた。柔らかな頬がグニャりと内側に歪んで───数メートルほど綺麗な弧を描いて濡れた地面に落ちる。

 主を失った雷球はそのまま滞空した後、消え入るように夜空に溶け込んだ。

 

「首の骨でも折れたか? 」

 

「どうだろうな。あの吹っ飛び方は折れてても不思議じゃないが」

 

 ヒルダは、むくりと起き上がると両手で首を元の位置に戻して・・・・・歯軋りと拳を握りしめ始めた。端正な顔も激情にかられている。

 

「ぁぁ・・・・・あああああッッ! よくもよくも私にこんな無様な声をあげさせたわね! 」

 

 キバと明確な殺意をむき出しに、右手を天高くあげると───三叉の槍がバチバチと電気を帯びながら出現した。

 

「肉片の一つも残さず殺すッ! 」

 

「こんな最高の天気の日に殺されるわけないだろ」

 

「・・・・・なんですって? 」

 

「お前だけがこの天気が最高だと思うなよ? まあ知ってると思うけど、俺の超能力は───」

 

 降りしきる雨と自分で生成した氷とを可能な限り合成し十五センチ程度の小さな槍にする。それが出来た範囲は・・・・・大体自分を中心に半径十メートルの半球体。ドーム状に展開されている。操れる範囲はこんなものか。

 

「───凍らせること。だからこんなこともできるんだよ」

 

 氷棘(ジャベリン)の本数は百は超えて過去最高だ。精神力がゴッソリと削られたが、アイツを倒すためには仕方の無いこと。

 

「くっ! 」

 

氷棘(ジャベリン)ッ」

 

 ヒルダが飛び退いたと同時に無数の氷棘(ジャベリン)が襲いかかる。ヒルダは懸命に槍を振るう、或いは飛び退くことで何本かは避けているが、それでも氷棘(ジャベリン)は確実に衣服を貫き体を貪っていた。

 

「小賢しい真似をするな! 」

 

 再生した翼で再び宙に飛ばれ、操れる範囲外となった氷棘はパラパラと塵のように溶けていく。

 ヒルダは破れた衣服を見回して───深紅の瞳でギロりと俺たちを睨んだ。また暗示術をかけてくると思ったが、不意にヒルダは自らの爪で左腕をかなり深く引っ掻いた。雨に混ざり鮮血がボタボタと地面に落ちていく。その血は雨と地面に溶け込むことなく、スライム状に固まり出した。

 

「侮るなよニンゲンども」

 

「確かにその血液のドロッドロさは侮れねえな。魚食えよビッチ」

 

「────」

 

 罵倒など気にせずヒルダはルーマニア語でブツブツと唱え始めた。キンジは構わず腕や足、翼などに撃ちまくってるが効果はなし。しかも普段とは違う雰囲気でアリアを傷つける者に容赦ないはずなのに・・・・・無意識に顔を避けてるな。

 

「キンジ、魔臓の位置分かるか? 」

 

「両太もも、へその下だ。あと一つは分からん」

 

「そうか・・・・・それにしても、あれはなんだ? 」

 

「それも分からんが、多分アイツの手下だろう」

 

 目線の先には地面に広がっているヒルダの血から分裂して次々と産まれてくる───狼の群れ。ただそれは生きる屍のような・・・・・中身のないゴーレムと同じに見える。数にしておよそ二十体。

 

「私の血から作った可愛い子どもたち。さあ、私の邪魔をする無礼者どもの血肉を啜り骨を貪ってきなさい」

 

 ヒルダの命令に、人間のような断末魔の雄叫びをあげ───なりふり構わず突進してきた。

 

「キンジ、十体ずつ援護はできる時だけ! 」

 

「了解だ! 」

 

 迫り来る狼もどきの群れに氷棘をぶち込もうとしたが・・・・・ガツッ! と先陣を切ってきた狼のタックルにより阻止される。以前、レキが飼っているハイマキのタックルを受けたことがあるが──あの時とは威力が段違いだ。

 

「くそっ」

 

 後続に続く狼もどきも同様に雄叫びをあげながら喰い殺しにくる。

 流石に一度でこの量は捌ききれないぞ!

 

氷壁(ウォール)ッ」

 

 薄い氷の壁を何重にも生成し一旦狼もどきと距離をとる。狼という見た目に反して知能は低いようで回り込むという作戦は頭に存在しておらず、ただ氷の壁に牙をたてるだけ。

 

「ふぅ、ふぅ・・・・・キンジは」

 

 見れば二丁拳銃で同時に十匹もの狼を捌いているようだが、長くは持たなそうだぞ。しかも銃弾を受けて倒れたと思った狼もどきもすぐに傷口が再生している。これじゃ最後まで弾が持つか分からんぞ。

 

「───ッッ! 」

 

 突然体の内側から刃物で切り裂かれる痛みが電撃の如く駆け抜けた。頭は万力で圧迫され、耳の中はムカデが這いずり、眼球をフォークで刺される感覚。どれも形容し難い激痛だ。

 

「ぁぁぁあああ・・・・・」

 

 これがチョーカーが破裂して首に流れた毒、気が狂う痛みの前兆か。徐々に痛みを伴うって話じゃなかったのかあのクソコウモリ女。文句の代わりに雪月花で斬り裂いて───ってどこに行きやがったあのクソビッチ。空にもどこにもいないぞ。

 

『世界は、夜を中心に廻る』

 

 艶かしい声が、不意に地面から聞こえた。間違いなくヒルダの声だ。俺は反射的に雪月花を抜刀し、地面に突き立てる。だが手に伝わってくる感触は固い地面そのもので・・・・・

 

「がっ!? 」

 

 直後、脳天を貫く痛みが背中から伝わってきた。三叉の槍がロミオの衣装を破った───だがそれほど傷は深くない!

 

「そこかァ! 」

 

 一度離しかけた雪月花の柄を逆手で掴み、地面から引き抜きながら体を回転させ横に振るう。脳を走る痛みに力が入らず切先は下を向くが、それが功を奏した。上半身だけ地面から生えていたヒルダの胸を横一線に斬りつけられたのだ。

 

「ちっ」

 

 再びヒルダは地面の中へ姿を消す。同じタイミングで氷壁(ウォール)を全て壊し終えていた狼もどきの姿が中空にあり、軌道は完全に俺狙いだ。

 首をのばせば、血生臭い口臭の中に頭がすっぽりと入る距離。ゆらりと糸を引く唾液が赤色に染まる未来が垣間見え───ドン!

 

 狼もどきの顔面を何かが吹き飛ばした。ドロドロの血を首から撒き散らしながら寄りかかられる。この発砲音と威力は・・・・・デザートイーグルの.50AE弾。てことは、キンジが援護してくれたってわけだ。そのキンジを見ると、俺の援護をしたせいで背後がガラ空きになっている。まずい、キンジが殺られる!

 

 咄嗟にHK45を左手で抜き、背後の狼もどきの眉間を狙い撃つ。苦し紛れだがしっかり当たってくれたようで、ドサりとキンジの肩に寄りかかり血しぶきをぶちまけた。だが脳天を破壊しても煙をあげて再生し、ゾンビよりも醜悪な姿となって再び地に足をつける。

 

 このままじゃジリ貧になるな・・・・・ヒルダも自分の体を影に溶け込ませることができるし、どこから襲ってくるか分からん。

 

『ああ、朝陽の血、ホントにおいしいわ』

 

 また声がする。背中を刺された傷からドクドクと血が流れて止まらない。それでも、そんなことはつゆ知らずと狼もどきは集団で本能のまま喰い殺しにやってくる。

 盾で捌いてはキバが火花を散らして醜い顔を照らし出す。雨は全身を濡らし、痛みは脳を焦がす。それでも敵の本丸は影の中から出てこない。キンジの方は未だにうまく捌いているようだが、俺はこのまま狼もどきを相手にしている体力はねえぞ。

 

「朝陽」

 

 キンジは狼もどきから距離をとると、こちらに一直線に走り抜けてきた。あとから狼もどき全員が雄叫びをあげて追いかける。

 

(何をして・・・・・ってこっちに来たらぶつかるだろ──ッ! そうか! )

 

 キンジの意図が分かり、俺もキンジに向けて走り出す。お互いの距離はグングンと近づきつつあり、このままでは合計二十匹の狼もどきに押し潰されて圧死だ。しかもタチの悪いことに地獄の果てまで追いかけてきそうだ。てか、キンジも俺に超能力使えって中々鬼畜な事言ってんなあおい。

 

「タイミング合わせろよ」

 

「心配するな」

 

 地獄の果てまで追いかけてくる・・・・・これは俺たちが死ぬまであとを追いかけるということ。絶対に離されず、ピッタリと食いついてくることだ。つまり──

 

「今だッ! 」

 

 張り詰めた大声に素早く反応し、狼もどきが飛びかかってくる直前にそれぞれ横に身を投げてキバを回避する。獲物を失った狼もどきは真正面から突っ込んでくる同族に当たり、ほんの一瞬だけ動きが止まった。

 

氷棘(ジャベリン)ッ! 」

 

 超能力を発動し地面から夜空へと突き刺すように形成されたそれは、狼もどき達全てを蹂躙し天高く吊り上げた。地獄にある剣山を連想させる。飛び退くのが遅れていたら今頃惨たらしい姿で転生の間送りだったな。

 

「はぁ・・・・・ふぅ・・・・・ナイスだ朝陽。精神力はまだもつか? 」

 

「はっ! 今のでだいぶ使ったわ。使えるとしたらあと一回か二回程度だろう。それにしてもよくこんな作戦思いついたな」

 

「普通だろ。だが戦闘中の様子を見る限り今の朝陽は激痛やら瑠瑠神とやらで苦しんでそれどころじゃなからな。痛みはどうだ? 」

 

「少し引いたが、頭痛と吐き気と胸糞悪い思考は健在だ」

 

 キンジと俺が同じ場所にいれば、バラバラに俺たちを翻弄していた狼もどきは一箇所に集まる。そこで一網打尽にできるというわけだが・・・・・実際氷壁で防いでアレをやっても逃げられてたかもしれないな。万が一ということもあったし、一回で戦闘不能にできたのはいいことだ。

 

「ヒルダは? 」

 

「こそこそと足元にいるんじゃねえか? 」

 

「───ここよ」

 

 今度は足元からではなく、紅鳴館の玄関から透き通った声が聞こえた。バッとそちらを向くと玄関の明かりを肌に浴びたヒルダが、瞳の色と同じ深紅で、俺の身長を上回るデカさのハルバードを器用に回していた。そのまま柄をカツンと鳴らすと、

 

「感謝するわ、朝陽。あなたの血がこれほど私に力をくれるとは思わなかった」

 

「───なんだと」

 

 ハルバードの刺先──人を刺すことが可能な部分──に、赤黒い球体ができ始めた。

 

「ああ、久しぶりにイキ狂いそうだわ・・・・・! アは、アハハハハハッッ! 」

 

 天を仰ぎ、狂い、高らかに嗤う。明らかにおかしい姿に──少しだけ恐怖を憶えた。アレはマズイ、と。

 しかも見開かれた目は、少しずつ・・・・・少しずつ鮮緑に染まり始めている。

 

「まさかっ」

 

「ううん、操られてないわ。現に瑠瑠神の声も聞こえないもの。ちょっとだけしか吸ってないからね。だから能力こそ使えないけど・・・・・力を最大限引き出すことはできるのよ。さしずめ、これは『狂化』と言った方がいいかしら」

 

 吸う・・・・・? 俺から何かを吸収したって、血液のことか!?

 ヒルダを見据えたまま後ろ手で三叉の槍に刺された部分を触ると、まだドクドクと流血している。それは地面を伝って、ヤツのハルバードの先に───

 

「おいおい嘘だろ」

 

「嘘じゃないわ。あなたの肉体と同化している瑠瑠色金よ? 血液だってその部分を通過してるの。まだちょっとだけしか犯されてないみたいだけど、でも確実に瑠瑠色金を含んでる。極微量だけでこの力・・・・・ああ! あなたの死体だけでもやっぱり手に入れるわ! 」

 

 身の丈をはるかに超えるハルバードを軽々と持ち上げると、

 

「だからね・・・・・死んで」

 

 降り注ぐ雨よりも冷たく、凍えさせる声音。

 ヒルダの姿は一瞬にして消える。キンジは何かに気づいたようで首を逸らしていたが、俺は間に合わない。なぜなら───死を具現化した刃(ハルバード)が、すぐそこまで近づいてきていたからだ。雨粒を切り裂き、大気が悲鳴をあげる。首にその刃が届くまでに回避することは・・・・・間に合わない。

 

(死ん・・・・・だ? )

 

 もう避けられない。盾で受けろと脳が腕に命令しても、腕が追いつかない。こんなところで俺は死ぬのか?

 まだ理子を助けてない。あの理子の笑顔をもう一度見たい。ずっと笑い合いながら話をしていたい。またあの楽しかった日々に戻りたい。あいつが涙に頬を濡らすなんて・・・・・もう二度と絶対にさせたくない!

 

 死を目前にしたまま、強く願う。その願いの答えは、言葉となって示された。

 

「──時間超過・遅延(タイムバースト・ディレイ)! 」

 

 



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第43話 とんでもないものを盗まれて

前回 理子とアリアを助けに紅鳴館へ。


時間超過・遅延(タイムバースト・ディレイ)! 」

 

 自然に口から出たその言葉は、迫りくる死の刃をみるみるうちに遠ざけた。いや、死の刃は首スレスレの場所にあるが、圧倒的に速度が遅いのだ。止まっていると錯覚させられるほど遅すぎる。

 

 雨粒は宙に浮く水滴となり、耳を叩く轟音は遮断されていた。不気味なほど静かでゆっくりとした空間の中で、唯一普段と変わらぬ速度で活動できるのは──俺だけになっている。もっとも、瑠瑠神に犯されていない左半身だけしか動かないわけだが。

 

「これが・・・・・瑠瑠神の力? 」

 

『そう、私は朝陽のことをずっと前から思って思って、想い続けて・・・・・この力を手に入れた。永遠に朝陽と一緒に暮らしたいって強く願ってね。あのロリビッチに邪魔されそうだけど、この力があれば大好きな貴方とずっと一緒に暮らせるんだよ』

 

 突然聞こえてきた瑠瑠神の声で、思考の端に瑠瑠神の世界に閉じ込められた時の記憶が甦ってくる。腕を斬られ、足を切断され、俺にとってはトラウマなことだ。次に浮かんでくる映像は、手錠や睡眠薬。そして縛り付けられている──俺の姿。だがこんなことをされた覚えはない。瑠瑠神の妄想だ。

 

『さあ、そのコウモリ女を早く殺して私の世界に来て・・・・・あなたが居なくて孤独な私を、助けて』

 

「俺はお前の世界なんか行かない。俺が助けるのは理子だけだ。だからこの拘束をとけ! 」

 

 右半身の自由を取り戻した瞬間、首との距離がゼロに近かったハルバードの冷たい感触が伝わってきた。時間の流れも次第に元に戻り始め───

 

「くっ! 」

 

 体を反らしてハルバードをやり過ごす。直後、風切り音が目の前を通過した。ヒルダは鮮緑に染まった瞳を驚愕の色に変える。あの速度で振るわれるハルバードすら避けられたのか、と。

 雨に濡れた地面に手をつき、バク転をしながらヒルダの顔にサマーソルトキックをお見舞いする。軽い打撃が足に伝わり、着地した時にヒルダはフラフラしながらハルバードを杖がわり地面に突き立てた。

 

「おのれ! 」

 

 ヒルダは超スピードで俺に肉薄。ハルバードを天高く上げ、一刀両断すべく頭に振り下ろした。

 このままの状態で盾で受けようとすれば斧の部分が直撃して腕どころか肩まで持っていかれる。それだけは避けねばなるまいと判断し、両腕をクロスさせ以前より硬度が増した盾でバックステップしながら受けた。

 

 刺先が表面を削り、凄まじく甲高い音が響き渡る。

 身の丈を超えるハルバード、外せば決定的な隙ができるはずだが───ヒルダは右足でグッと踏み込むとそのまま斧刃とは反対側の鉤爪で斜めに左盾に斬り込んできた。

 ギャリギャリッ! と不快な音が鳴りつつも完全に防いだはずだが、

 

「甘いわね」

 

 その一言と同時にハルバードで左盾が宙に舞いあげられた。

 

「なっ!? 」

 

「ふふ、私のハルバードは特注品。その盾如き傷つけられないとでも? 」

 

 ボトリと側に落ちた左盾の表面を見ると一部だけ内側に抉れている傷跡がある。形状から察するに、ハルバードの鉤爪を盾に食い込ませて盗ったということか。

 俺は冷や汗を垂らしつつ再び雪月花を抜く。

 

「そんなもので私を傷つけられるとでも思ってるの? 」

 

「やってみなきゃ分かんねえだろ」

 

 右盾の取っ手から雪月花の柄へと手を握り直し、ヒルダへと距離をつめる。キンジも背後から肉薄するが、

 

「やらなくてもわかるわよ」

 

 ハルバードを右手に、深紅の三叉槍を左手に。

 どちらも見た目は重そうだが扱い方から重量感を感じさせていない。子どもが遊ぶオモチャのように扱っている。

 キンジはどこからか刀のようなものを取り出しヒルダに斬りかかるが───

 

「だって、あなた達は遅いもの」

 

 キンジの、鋭く重い一撃。だがヒルダはいとも簡単に三叉槍で弾き返した。しかも俺を終始睨みながらだ。

 怯まずキンジは斬り続けるがどれも簡単に弾かれる。まるで三叉槍が意思を持っているように正確に。

 呆れ顔のヒルダは右手のハルバードを天高くに投げると、

 

「茶番は終わりよ」

 

 キンジとの間合いを一気につめ、みぞおちに拳がめり込ませた。決して軽くはないハルバードをオモチャのように扱うヒルダから放たれる打撃は9mm弾の比ではない。いくら防弾制服を着てるとはいえダメージは体に浸透する。キンジも例外ではなく体をくの字に折り曲げた。

 

 だが、俺がその攻防の間につめた間合い。雪月花を振るえば届く範囲にヒルダが入る。魔臓は両足の太ももとヘソの位置・・・・・あと一つはその三つを貫けば最後の一つを無意識に守ろうとする。そこが───

 

「そこが狙い目、なんて思ってるのかしら」

 

 雨音に消え入りそうな声。しかしそれはしっかりと聞こえた。

 次の瞬間、ヒルダはキンジの襟元を掴み、力任せに俺に向けてぶん投げてきた。凄まじい腕力で投げられたキンジは俺に当たり巻き込まれる形で俺も数メートルほどヒルダから遠ざけられ、地面にひれ伏してしまった。

 夜空から降りしきる雨の粒が満遍なく俺とキンジを濡らし、地面の濡れた土がじんわりと背中の傷に染み込む。

 

「そろそろ死になさい」

 

 ヒルダは空高く飛び上がると三叉槍を右手に持ち替えてルーマニア語と思われる言語でブツブツと詠唱し始めた。

 ──詠唱と分かったのは、右手に握る三叉槍が禍々しい『赤』の光を解き放っているからだ。心臓が鼓動するか如くその槍も共鳴する。鼓動は徐々に大きく、槍の穂先から石突きと呼ばれる持ち手の先まで・・・・・少し前に溜めていた俺の血を纏っていく。その異様な光景に体勢を立て直すことも忘れていて───

 

血ヲ啜ル三叉槍(ブラッディ・トライデント)

 

 ヒルダは三叉槍を強く握り大きく振りかぶった。向けられる瞳は死神であり、穂先は死神の鎌。目の前の『死』が這い寄る姿に・・・・・やっと手足が動く。

 

「まずいッ! 」

 

 冷や汗が滝のように溢れる。必死の思いで立ち上がると共に、ヒルダはニヤッと口の端を歪めた。走り出したタイミングと槍が投げられたタイミングはほぼ同じ。迫り来る槍の矛先は───俺だ。

 だが見切れる速度、防げないことは無い!

 

「うおおおッッ! 」

 

 土に足を滑らせてながら槍と向き合い、斜め上から投擲された槍を盾の上に滑らせる。バチバチと表面を抉り、不快な金属音を辺りに撒き散らしながら───通過していった。

 

「危ねえ・・・・・」

 

 ヒルダにとっても何らかの必殺の技であったはず。それを外したのにヒルダは邪悪な笑みを絶やしていない。

 ───まだ切り札は終わっていないってことか!?

 

「後ろだッ! 」

 

 キンジの怒声よりも速く回避行動に移った。土を蹴ってその場から数センチでも多く離れるために。

 だがそれは遅すぎる判断であり───

 

「うぐ! 」

 

 左脇腹を削り取る軌道で槍が突き抜けていた。

 服を断ち、肉が削がれる。大量の血が飛び散り体から力が抜けていく。だがそれでも地面にひれ伏すことなく、気力でなんとかその場に立ち留まった。

 槍は左脇腹の側面を通過したあと、ヒルダの手元へ戻っていく。

 

「お前にしては上出来じゃない? 私はあなたが腹部を貫かれる姿を想像して見てみたかったケド──まあいいわ」

 

 こみ上げる嘔吐感。直前に避けたから脇腹を削られるだけで済んだが、それでもダメージは大きい。

 

「対象となった者を傷つけるまで永遠と追尾する必中の槍 。侮ったわね、朝陽」

 

 斜め上からの投擲。しかも筋力が上がってるヒルダから投げられたのに見切れたのは・・・・・油断させるためか。追尾する槍なんて聞いたことないから絶対に当たると確信してのあの笑みだったんだろう。

 吸血に加えて筋力に武器に超能力、一体どれだけチート能力を持てば気が済むんだよ。

 

 それにしても───かなり削られたな。痛みを通り越してもはや熱いぞ。刺されなかった分マシだが、肉が丸見えで応急処置しないと死ぬかもしれないな。

 

「私、槍での近接戦闘は苦手なの。だからこっちでイクわね」

 

 ハルバードを手元で器用に回転させると───距離が充分空いていたにも関わらず、一瞬にして間合いを詰めてきた。

 左肩から侵入する進路の剣戟 。それを雪月花で受け流して、隙ができたヒルダの左側面へと刃を向ける。四つ目の魔臓がどこにあるか・・・・・知るためには斬り続けるしかない。

 ────しかし、

 

「がはっ! 」

 

 雪月花の刃が届く前に、豪速で通過したはずのハルバードが俺の右腹に打ち付けてきた。斬るのではなく一瞬だけ動きを止めることが目的である打撃。

 ヒルダは一歩だけ下がると、刺先で刺突を繰り出してきた。重量感を全く感じさせない動きだ。

 

 だが、風を切り裂き俺の体を蹂躙するはずのハルバードがほんの少しだけ横に逸れる。

 ───キンジの援護にはホントに助かるな。

 その好機を逃さず、斧刃の部分に盾を走らせながら懐に飛び込む。それでもヒルダは無駄だと言わんばかりに踏み込んだ右足を軸足に変え、優雅に一回転をした。

 

「邪魔よ」

 

 ・・・・・ただの蹴り──いや、足を俺の腹部に引っ掛けて吹き飛ばしただけ。だがそれは、60kg以上はある人体を真横に吹き飛ばすほど。眼球が飛び出しそうな速度で、景色が次々と流れていく。ただ蹴られただけで───こんな威力があるのかッ。

 

 ───ドゴッ!

 館の壁に受け身もとれず叩きつけられ、視界がグニャりと歪む。抑えきれない吐き気が、またぶり返してきた。

 

「うっ・・・・・ごほッ! 」

 

 後頭部も強く打ったらしい。手足の末端部分に力が入らず視界は夜よりも暗い。過呼吸気味にもなり全身が悲鳴をあげていた。

 

「殺った」

 

 鮮緑の瞳と目が合う。いつの間にか目の前に来ていたヒルダは横一線にハルバードを振るい・・・・・ギン!

 一線は綺麗な弧を描く中、行先を一振りの刀が滑り込んだ。僅かに反った刃がハルバードの重い斬撃を受け止めている。

 

「回復、何秒だッ」

 

「・・・・・十秒で充分」

 

 一目で名剣と分かる輝きがその刀には見覚えがある。強襲科の副読本で見た、スクラマ・サクス。若干細いが直刀に近い形状のそれは、古代ヨーロッパで造られた強靭な片刃剣だ。

 また、キンジに助けられちまったな。

 

「ゴキブリの分際で、どきなさい! 」

 

「ゴキブリは諦めが悪いのが特徴だからな、どくわけにはいかないんだよ」

 

 俺に刃が当たらないように弾き、受け流し、捌く。見事な鍔迫り合いが目の前で展開されていた。

 ヒルダの持つハルバードは斧刃もデカイが、柄も長い。柄が長いということは、狭い場所での接近戦が得意ではないということ。それにキンジの後ろが壁という事もあり、柄で吹き飛ばすこともできないはずだ。

 ────あと七秒。

 

「お前はワインにしようかしら! 」

 

「ワインになったらアリアに会えないだろうがッ! 」

 

 口調は荒々しいが、刀捌きは繊細かつ正確。人をいとも簡単に吹き飛ばすヒルダでさえ攻めあぐねている。

 ゴシック&ロリータの服装は、可憐な姿を過去に置いてきたのか、今はただのボロきれの布だ。胸の下も破けていて──

 

(魔臓・・・・・か? )

 

 血に濡れた素肌が丸見えのそこには、他の魔臓のある位置に必ず描かれている幾何学的な模様が浮かび上がっていた。

 ───残り三秒。

 

「鬱陶しいわね、女に嫌われるわよ」

 

「アリアに好かれれば充分だ」

 

 ハルバードの激しくなる攻撃の合間にヒルダの苛立ちが残滓として見える。単調になりつつある刃をキンジは完全に見切っていた。そして、

 

「十秒! 」

 

 伝えた時間きっちりにヒルダのハルバードを大きく弾いた。微かにヒルダの足は宙に浮き、今度こそ重量に引っ張られる形となる。

 

「サンキューだキンジ! 」

 

 脇腹の痛みに足を震わせながらも床を蹴るように立ち上がり、キンジのわきを通ってヒルダに近づく。右腕の盾を自らの顔の前に持っていきながら。

 

閃光(フラッシュ)! 」

 

 取っ手のスイッチを押す。ギィィ、という不気味な作動音と同時に繰り出されるは───第二の太陽が出現したのかと錯覚させる光量を放つ、盾の中に仕込まれた一度限りのフラッシュ機構。

 

「うわ・・・・・! 」

 

 目の前でもろに食らったヒルダは、左手で目を覆いつつバックステップで大きく距離をとった。追撃を恐れてかハルバードを縦横無尽に振り回している。

 

 今はヒルダが俺達の位置を特定できていないせっかくのチャンスだが、接近戦でアレに当たれば命はほぼ確実になくなるだろう。かと言って暴れ回るヒルダの弱点である魔臓の位置を狙い撃つことも不可能ではないが、外れる可能性が高い。がむしゃらに撃っていても、弾と時間の無駄になる。

 ならば、することは一つ。

 

「キンジ、アリアたちを探しに行こう。このままじゃジリ貧になる」

 

「そうだな───腹の傷はどうだ」

 

「かなり抉られて痛みを通り越したな・・・・・出血が酷い。止血は何とかできたらするから早く、行こう」

 

 重い右盾を玄関に置いて、紅鳴館内へと入る。

 ホラーゲームに出てきそうな雰囲気を醸し出す館内は、前に来た時と変わっていない。小さな点を上げるとすれば蜘蛛の巣が増えてるくらいだ。

 

 屋敷の奥まで続くレッドカーペットの上を歩きながら目的地へと急ぐ。全身が傷だらけで痛みを感じない場所はない。それに加えて脇腹を抉られるという重症・・・・・これじゃ動きも鈍るし足でまといかもな。

 

「キンジ、お前一人でアリアを探してくれ」

 

「・・・・・理由を聞かせてくれないか? 」

 

「なぁに、多分キンジも思い当たってるだろ。俺に合わせてゆっくり歩いてちゃアリアも見つからん。館内で戦闘になった時に足でまといになるしな。だからアリアを見つけたあと、ヒルダが仕掛けてきたら出来るだけ時間を稼いでくれ」

 

「その間に理子を見つけられるか? 」

 

「善処するさ」

 

 少し思案したあと、拳を俺の肩に軽く当てて館内の奥へ走り出した。背中は遠く見えなくなり───俺は二階へと足を運ぶ。絶え間なく血はドクドクと流れ続け、レッドカーペットに同色のシミを作っていく。

 階段の一段登るのも辛いのに、この先ヒルダを倒せるのか? ・・・・・って弱音を吐くな。勝てないと思ったら勝てないぞ。

 

「風穴ぁ! 」

 

 どこからかアリアの大声が聞こえた。いつも通りのアリアでホッとしたが・・・・・外から絶え間なく聞こえてくる破壊音に焦る気持ちも湧いてくる。

 至近距離からフラッシュを直視させたからまだ時間を稼げているが──時折聞こえてくる、土砂崩れのような音。これは屋敷が、未だ目が見えていないヒルダのデタラメな攻撃を受けて悲鳴をあげている声だ。もはや一撃一撃が必殺となって猛威を奮っている。

 

 その音に急かされながら二階に着く。

 二階は大きな吹き抜けとホテルのように使用人が住む部屋が廊下を挟んで細かく設置されていた。中には遊技場となっている部屋もあるが、こんな所に理子は居ない。

 理子はヒルダから紅鳴館の主を任せて良いと言われていた。だから使用人の部屋には間違いなくいない。もっとふさわしい場所があるはずだ。

 

 右手で左脇腹を押さえながら、長い廊下を歩く。

 衛生科の授業で、もしもの時に蜘蛛の巣は止血に役立つって習ったけど・・・・・止血できるほど蜘蛛の巣は張ってない。一年掃除をしなければ止血できる量の蜘蛛の巣くらい集められるんだが───自分で掃除しちまったからな。運にも見放されたものだ。

 

 自傷気味の含み笑いが廊下に響く。

 廊下の奥に着いて角を曲がると、使用人たちの部屋に続く扉はなく、代わりに同じサイズだが装飾が施されている()()()()という扉がポツンと廊下の中央の壁に設置されていた。

 

(────あそこに理子がいる)

 

 直感でそう伝えてきた。

 震える足にムチを打って歩く。

 思い出される楽しかった日々を終わらせないために。

 思い出される楽しかった日々を取り戻すために。

 

 無我夢中でその扉まで歩き血に濡れた手で扉を開ける。鍵はかかっておらず、ギギギと軋む音をその場に残しながらゆっくりと開いていく。

 廊下に滑り込んできた光景は───中世の部屋と思わせる間取りだった。

 

 一人で寝るには少しだけ大きいベッド。そばには大きなアナログ時計が鎮座している。部屋の隅にはタンスがあり、見た限り一つしかない窓からは外の冷たい風が入り込んでいた。

 

「なん・・・・・でよ」

 

 探し求めていた人は、綺麗な金髪を風になびかせながら部屋の中央に立っていた。

 美しさは相変わらず、見ただけで血とは異なる暖かい何かが胸に降りてくる。

 

「・・・・・さっきぶりだな」

 

 全身を襲う痛みを我慢して出来るだけの笑顔を向ける。だが理子は反対に俺の姿に絶句していた。

 それもそうだろう───全身血だらけで、傷だらけで、生きているのが精一杯と思わせる満身創痍の体の主が笑顔でいるのだ。しかも右目は鮮緑で染まっているから半分でも瑠瑠神に精神を犯されていることは一目で察しがつく。

 

「助けにきたよ。理子」

 

 窓から侵入する風が全身の傷口を苛めるのも構わずゆっくり近づく。だが理子は、拳銃──ワルサーP99を向けてきた。

 

「来ないで」

 

 か細く消え入りそうな声。拒絶されて胸に冷たい何かが突き刺さる。

 氷よりも冷たくて、氷棘(ジャベリン)よりも鋭い何かが。

 

「行かないわけないだろ」

 

 一歩ずつ足を踏み出す。撃たれることは承知の上で。

 

「来ないでよ・・・・・」

 

 ワルサーを持つ手は小刻みに震えている。

 それでも手元が狂って頭に当たっても構わないと、行動で示しながら歩み寄っていく。

 

「来ないでっ! 」

 

 パン! とワルサーが一発の火を吹いた。弾丸は頬を掠めて背後の壁に着弾。生暖かい血がポタリと垂れて床を濡らす。

 

「どっか行って! 」

 

 言葉の棘は鋭さを増す。棘はトリガーに込める指の力となり、弾丸となって次々と毒牙にかけようと迫る。だがそれらは服や肌を掠めるばかり。歩み寄ることに支障をきたすことは無い。

 直撃させないのは理子に残された俺に対する最後の良心かもしれないな。

 

「~~~ッ! 」

 

 ───放たれた最後の一発は、新幹線ジャックでココに傷つけられた左目横の傷を上書きしながら抜けていった。これで確実に消えない傷になったが、理子だったらそれでもいい。傷つけるより傷つけられた方がずっと気が楽だ。

 

「帰ってまたゲームでも───」

 

「うるさいッ!! 」

 

 理子は防弾制服の開いた胸元から小型拳銃(デリンジャー)を抜き、躊躇わず引き金を引いた。

 

「ぐっ! 」

 

 弾丸は腹の中央に着弾し───木造の床に片膝をつく。こみ上げる嘔吐感に耐えきれず、赤黒い何かが床に勢いよく零れ落ちる。

 目を凝らして見れば、それが血反吐だと分かるのに時間はかからなかった。

 

「ごほっ、ごほっ! ・・・・・まさか血反吐を吐くなんて思いもしなかったな」

 

「───分かったでしょ。これでもう、終わりなの。今のキョー君だったら理子でも殺れる。嫌なら今すぐこの部屋から出てって」

 

「理子に殺される・・・・・か。それはだいぶ困るな」

 

「困るでしょ。ほら、早くしてよ」

 

 血で濡れた口元を拭って、また立ち上がる。また一歩、理子に近づきながら。

 醜い怪物でも見たかのような顔をした理子は、その場から一歩後ずさった。

 ははっ、しつこい男は嫌われるかもな。

 

「な、なんでっ! なんで来るんだよ! 」

 

 敵意むき出しの険しい顔をした理子が、今度は間近に迫る。

 そして流れるような金髪がメデューサの如く意思を持ち、隠し持っていたナイフを首元に突きつけてきた。

 首元のロザリオが光っているから璃璃色金の力だろう。

 

「俺はまだ目的を果たしてないから帰ろうにも帰れないんだよ」

 

「目的って───ヒルダを倒すことでしょ」

 

「違う。理子を連れ戻すってことだ」

 

 ナイフが突きつけられているのを承知の上で踏み出す。鋭い切先が喉を刺激し銀色の刃に一滴の『赤』が伝っていく。構わずに俺は一歩踏み出すと、呼応して理子もまた一歩後ずさった。

 

「無駄だよ。理子はもうヒルダの友達になった。つまりキョー君と理子は、極東戦線でも師団と眷属で敵同士。そんな理子を連れ戻すなんて・・・・・馬鹿げてる」

 

「敵同士か。ならチャンスじゃないのか? 今俺は盾すら持ってないし、理子が首元のナイフをほんの数センチ押し込めば俺は死ぬ。得体の知れない能力を持った俺は眷属にとって邪魔な存在のはず。今がその邪魔者を殺すチャンスだぞ」

 

 さらにまた一歩踏み出す。『赤』が銀色の刃を伝う量が多くなるが、理子はそれを許さず急いで後ずさった。負けじと俺も歩み寄るが、一定の距離を保ったまま離れもせずくっつきもしない。ただ間にあるナイフ一本が壁として大きく立ち塞がっていた。

 理子は下唇を噛んで、はちきれんばかりの感情を必死に堪えている。

 

「そんな下がってばかりじゃ殺せない」

 

「・・・・・っ」

 

 ついに理子の背中が壁に当たり、後ろに下がるという選択肢は無くなった。理子に残された選択肢は二つ──俺を殺すか、ナイフを下げるか。

 理子はナイフを持つ髪に力を入れて───それから先に進むことはなかった。殺すか殺さないかの葛藤の中にいる。

 

「くっ・・・・・」

 

 首のナイフは皮膚をかき分け僅かに肉へ到達する。

 切先から理子の震えが僅かに伝わり、傷口が痛みと共に広がっていく。

 痛い。異物に感覚が集まり、それを遠ざけるために足は無意識に後ずさろうとするが───それではダメだ。これしきのことで下がったら、理子は取り戻せない。

 

 それから何秒か何分か。どれくらい時間が経ったのか分からなくなった時、

 

「・・・・・ずるい。ずるいよキョー君は。理子がキョー君を殺せるはずないって知ってるのに」

 

 切先が赤く染まったナイフは金髪の間をスルリと抜けると、音を立てて床に落ちた。髪も力なく重力に従い、理子にしなだれる。

 虚無感。理子を覆っているオーラは、ただ運命(絶望)にひれ伏したようだった。抗えない絶望に打ちひしがれてる少女──そう見える。

 

「理子だってこんな事したくなかった。でもこうするしか他に方法はなかったの。理子がヒルダの仲間にならなきゃ、キョー君の首についてたチョーカーを破壊して殺すって・・・・・」

 

「そうか。ならもういいだろ、チョーカーはもう破壊されて毒は今も体をまわってる。理子がそんな拒絶することは何も───」

 

「キョー君を拒絶してるのは・・・・・理子がもうキョー君と居る資格がないから」

 

 ・・・・・わけがわからない。

 理子の口から出た突拍子もないことに唖然としてしまう。

 

「───資格? 」

 

「そう。もう理子はキョー君に触れることもできない」

 

 資格。そんなくだらないもの、俺と居るのに必要ない。ただ理子はそれを首を振って否定。そして理子は壁にもたれかかって再び俯いた。金色の髪が顔を覆い隠して表情が汲み取れない。だが、拳を強く握りしめているのは分かる。それは悔しさからなのか、それとも憎らしさからか。

 

()()()()()、理子はキョー君に聞いたよね。『信じてる? 』って。キョー君は信じてるし、これからもずっと信じるって答えた」

 

 あの日の夜──ヒルダに理子を攫われる前夜。泣きながら俺にすがってきたのはしっかり覚えてる。本当に苦しそうに泣いていたから。

 俺が覚えてると言うと、理子は乾いた笑いを声にのせて、

 

「理子はその時のキョー君の気持ちを踏みにじった。信じてくれてるのを良い事に──裏切ったんだよ」

 

 まるで自分に言い聞かせるように、裏切ったという部分を強調した。腑抜けな自分を嘲笑うかのように次々と言葉は口から溢れ出していく。

 

「約束までしたのにね。キョー君との今までの思い出に泥を塗って、挙句に地の底まで叩き落とすマネをしたんだ。・・・・・でもこうなるって実は分かってたのかもしれない。ブラドが捕まったら、ヒルダは理子との結びは無くなる。そのまま行方をくらましたら、何か理由があって困るかもしれない。だから絶対にヒルダは理子の前に現れるってね。だから理子はその時のためにキョー君を騙してたの」

 

「それは、騙してたのはずっと前からなのか? 」

 

「───たぶんね。キョー君とずっと居れば理子に対する信頼感っていうのも上がるでしょ? 無意識のうちにもしもの時の盾を作ってたのかもしれない・・・・・きっとそうだよ。そうに違いない。理子を守れる強さがあれば最後まで頼って、なければ切り捨てる。大層なご身分だよ」

 

 外の雨がより一層強くなり理子の気持ちに拍車をかけ始めた。

 

「今まで一緒に居て浮かんできた感情も偽りだったのかな・・・・・あの心の温もりも、妙にドキドキする時も、あのモヤモヤした感情さえも全部。自分は悪くない、ただ利用してるだけって割り切って。キョー君だけじゃなく自分自身すら偽って! 」

 

 嘘の笑顔。嘘の仕草。理子が全てを否定したとしても───今までやってきたこと全てが嘘偽りだとは思えない。

 胸の前に持ってきたキツく締められた拳は、自分自身を必死に押さえつけているように見える。

 今にも飛び出しそうな何かを絶対に漏らすまいと。

 

「そんなわけないだろ。お前だって心の底から楽しそうにしてたじゃないか」

 

「楽しそうって見えた? 笑った時の顔も怒った時も涙を流した時も、全部この日のための演技──だったのかな」

 

 深く、心に突き刺さる。

 たとえその嘘の演技というのが嘘だったとしても、ささくれのようにズキズキと心を蝕んでいく。ヒルダに受けた傷よりも痛い、理子の否定。

 

「最低だよね・・・・・そうやって裏切って傷つけて、そのくせ自分は何も傷を負ってない。吹雪に体力が持っていかれて何日かレキュの集落で泊めさせてもらったことがあるよね。キョー君は覚えてないだろうけど、その時に理子が言った言葉覚えてる? 」

 

「・・・・・覚えてるよ」

 

「支えきれなくなったら理子も一緒に支えるから。瑠瑠神に苦しめられて、どうしても辛い時は私も一緒にその苦しみを背負う、だよね」

 

 小屋で介抱してもらってる時に理子がくれたその言葉は、俺を安心させてくれた。一人寂しく悩んでた時にその言葉に助けられたんだ。一人じゃない、理子がいると。

 だが理子はその言葉すら偽りだと言わんばかりに小さく笑った。

 

「───ははっ、何が支えるだよ。何が背負うだよ。結局自分の命欲しさに逃げたじゃないか。・・・・・いや、逃げたんじゃなくて切り捨てただけ? ───なんだろうね。もう色々分かんなくなってきちゃったよ。何が本当なのか、何が嘘で演技だったのか・・・・・」

 

「・・・・・」

 

 何も、言えない。

 理子に対してどんな言葉をかければいいか・・・・・分からない。浮かんでは消え、浮かんでは沈んでいく。

 しかしその反対に心の中で湧き上がってくる一つの感情が交差した。

 

「こんなに自分勝手の都合で騙して殺しかけて・・・・・ホンットに私は()()()()()だ。最低すぎて笑えてきちゃうよ」

 

 ───最低の四世。その言葉でどれだけ自分を傷つけてるか考えなくても分かる。自分が大嫌いな言葉をわざと使って、そこまで追い詰められてる。

 

「最低な四世・・・・・くふっ、言ってみればいい響きだね。なんでブラドに欠陥品だの四世だのって言われて怒ってたんだろ。やっぱり図星だったからかなぁ。自分は優秀だ、絶対に欠陥品じゃないって思いたかったのかもね」

 

「違う。理子、お前は欠陥品なんかじゃない」

 

「欠陥品だよ。優秀な遺伝子を何一つ受け継がなかったただの『最低』だ。一人で何かを成し遂げるなんて不可能で、優秀な仲間を連れても最後は自分の不手際でダメにする。ハイジャックの時も、ブラドの時も、ココの時も。理子が警戒してれば防げたことなのにね───ただの足でまとい。それがこの半年間で痛感できたよ」

 

 そんなことはない、理子に俺は助けられてばかりだ。その言葉は、館内に響いた発砲音で遮られる。ヒルダが視力を回復させてもう入ってきたんだ。

 

「もうヒルダが来ちゃったね。どうせその傷じゃヒルダには勝てっこないよ。だけど今すぐこの窓から外に出ればヒルダから逃げられるしその傷も治せる。キー君とアリアは理子がヒルダに逃すよう説得する」

 

「そんなの、理子はどうするんだ」

 

「理子はずっとこの館で暮らしてく。ヒルダの眷族になっちゃったからね。もうキョー君と顔を合わせられないし・・・・・キョー君もこんな裏切り者と顔を合わせたくないだろうしね」

 

 このまま残るなら・・・・・ヒルダに逆らう気すら起きなくなって、ずっとこの館に縛り付けられて自由になれなくなる。自分は仲間を利用した最低なやつだと、今度こそ塞ぎ込んでしまう。

 そんなの昔の理子と変わらないんだ。小さい檻が館に変わったって、閉じ込められているのは変わらない。しかも昔の理子と違ってここに居ることを望んでいる。

 だけど───それは本当に理子が望むことじゃない。

 

「今まで色んな事を二人で出来て、紛い物だろうけど幸せって思えたよ。でも理子の幸せ(わがまま)のせいでキョー君の少ない幸せを盗り過ぎちゃったみたい」

 

 違う。

 

「だからもう・・・・・お別れしなきゃね。理子が側にいたらキョー君はずっと不幸だから。今日でその不幸も理子が居なくなって少しは減る。今までホントに、ありがとね。だけどもう・・・・・オシマイだよ」

 

 ───オシマイ。

 たった四文字が耳元で囁いてきた。

 それは紛い物で、演技で、空虚。傷ついて死にかけながら得た大切な感情さえ無駄だ。彼女のためと思い続け、傷ついて何度も死にかけながら迫り来る全ての敵をはねのけ見事に勝利した。だがお前の最後は、信じた彼女に裏切られ全てを否定されて何もかもを失い・・・・・気が狂う痛みと絶望に飲まれて溺死する。それがお前の人生だ、と。

 

 

 

 

 

 ───最高じゃないか。

 たとえ紛い物でも演技でも、一緒に過ごした過去は変わらない。理子のために消えない傷を背負って、彼女のため(おの)が盾となり掴み取った勝利さえ利用されたとしても。それが理子の幸せに繋がるのであれば喜んで盾となり利用されよう。

 ならば湧き出てきた感情は、きっと幸福感だ。

 

「・・・・・さようなら、なんて言うつもりか」

 

 絶対にさようならなんて言わせない。これで今生の別れなんて許さない。もう・・・・・失いたくない。

 

「そうだよ。だって理子がいたって邪魔にしかならない。不幸にするだけだから」

 

「理子はそう思うのか。俺は一緒においしいご飯を食べて、二人でアニメの話しながら登下校して、何でもない一日の理子と過ごした時間が何よりも楽しかった」

 

「・・・・・そんなちっぽけなこと、他の人とでもできるよ」

 

「理子じゃなきゃダメなんだ。理子がいなければ俺はずっと不幸だった。だけどいつ死んでもおかしくない日々の中で、理子といる時だけが最高に楽しかった。笑顔を向けてくれればその日はどんなに辛くても頑張れた。全部理子が変えてくれたんだよ」

 

 ずっと言いたかった事を今ここで全て打ち明ける。

 理子が居なかった数日間、俺の中でどれだけ理子という存在が大きかったか身に染みて分かったんだ。ここで諦めるわけにはいかない。

 

「でも理子と過ごした日々の思い出は全部が全部楽しいものだけじゃない。辛いことも、苦しいこともあった」

 

「だから・・・・・! 」

 

「だから忘れられないんだ」

 

 たとえ目を合わせてくれなくとも、まっすぐ見つめ続ける。

 

「楽しいことばかりじゃ全部覚えきれない。理子と過ごした時に辛いこと、苦しいことが沢山あった。だから俺は全部覚えてるんだ。それに理子とニセモノの恋人になって半年間、一人だけじゃ絶対に分からなかった感情を教えてくれた」

 

「ははっ、よく言うね。それに恋人か。恋人っていう最高な幸せをただ自分のトラウマから逃げるために利用して、隠れ蓑にした───目の前に居るのはそんな最低女だよ」

 

「利用されてたとしても俺は別に構わない。心を揺さぶる笑顔も何もかも全部演技だとしても、俺は幸せだった。それは絶対に変わらない」

 

 ・・・・・ギリッ。

 呆れと怒りが混ざった歯軋りが僅かに聞こえた。

 

「そうだとしても! 理子はキョー君の心を騙して殺しかけた! そんな裏切り者をなんで許すの!? 」

 

「───裏切りは女のアクセサリー」

 

「っ!? 」

 

 ビクリと肩が震えたのがハッキリわかった。予想にしない応えを返された戸惑いが伝わってくる。

 

「いつの日か・・・・・ああ、宣戦会議の日のデートだ。理子は言ってたよな。裏切りは女のアクセサリーだって。ただのアクセサリーを付けてるのにいちいち気にしてちゃ器が小さいって思われる」

 

「は!? なんでそんな戯言に騙されてんのさ! 」

 

「裏切られて理子という存在が遠くへ行ってしまった時・・・・・初めて大切さに気づいた。俺も見事に狂わされたよ。その前にも理子がいない間は殆どお前のこと考えてた。考えさせられてたっていう方が正しいか。それで久しぶりに会えたあの夜───正直、天使だと思ったよ」

 

「ほ、ほんとに何言って・・・・・」

 

 自分でもバカみたいに考えてたな。ずっと考えて、まるで理子のことが・・・・・ホントに好きになってるみたいに。好きかどうかはまだ分からない。でも俺の中じゃ理子は特別なんだ。一挙一動を目で追ってしまうほどに。

 

「演技だよ。今まで過ごしてた時間全てが無駄になるんだよ? キョー君はそれでも良いって言うの!? 」

 

「良いも何も、俺は理子と過ごした時間の全部が宝物だよ。無駄なんてことは無い。それともお前は無駄って思ってるのか? 」

 

「無駄、か。そう思ってるよ」

 

「なら思い出が形になってるものあるよな。赤白のミサンガだ」

 

 感覚が鈍い右手で、理子の右手首に未だ付けられているミサンガを指差す。まだまだ切れそうにないソレを見る度に心が温まる。なんだかんだ大事にしてくれてるんだなって、思わず頬が緩んだ。

 

「これが何? 」

 

「演技なら渡した時に見せてくれた笑顔も感謝の言葉も嘘になるんだよな」

 

「・・・・・そう、だけど」

 

「だったら───」

 

 理子の右腕を強引に掴んでミサンガを引きちぎろうとするが、

 

「やめっ! 」

 

 大きく腕を振り払われて、ミサンガから指が離れる。

 同時に理子はミサンガを守るように左手で包み込んだ。

 

「───そのミサンガ。別にいらないだろ」

 

 理子はコクッ、と息を呑んだ。

 流れる金髪の間から覗かせる見開かれた目からは、自分が今何をしたのか分からないと訴えている。

 なぜ俺の腕を振り払ったのかと。

 

「いらないなら付けてる必要はない。邪魔なだけだ」

 

「・・・・・確かに、そうかもね。こんなミサンガ」

 

 口の端を歪めながらミサンガに隠し持っていたらしいナイフを当てた。ミサンガは防刃ではなくただの刺繍糸で作られてる。本来ならナイフに抵抗できる筈もなく、いともたやすく切れてしまうだろう。

 

「あ、あれ? 」

 

 だがミサンガは、切れない。

 

「これ、ただの刺繍糸だよね・・・・・」

 

 震える左手でしきりに切ろうとするが、ミサンガは手首に巻きついて離れない。ただの糸がナイフに抗っていた。

 

「お、おかしいな。何で切れないの? 」

 

 切先はミサンガに当たるだけで、ナイフ自身の役目を果たそうとしていなかった。

 それでも理子は、何度も何度もミサンガ(思い出)に刃を当てる。しかし紡いだ糸は一本も切れることは無かった。

 

「なんで・・・・・なんで切れないの!? なんでッ! こんなもの! 」

 

 張り裂けそうな声が響く。

 ナイフを握る手には一切の力が入ってないように見えた。

 ───辛い。心の痛みが十分すぎるほど伝わってくる。

 

「こんなものがあったら思い出しちゃう。早く、早く! 早く切れて───」

 

 プツン。

 一本の糸が切先に引っ張られ切れてしまった。ずっと見ていなければ見落としてしまいそうなほど呆気なく、静かに。

 

「うぁ! 」

 

 だがその一本が切れた途端、理子はナイフを床に落とした。刃は落ちていたもう一つの刃に当たり、神経を逆撫でする音が傷口をさらに抉る。

 理子の息遣いは荒々しく、今にも腰が抜けそうになっていた。

 

「あは・・・・・情けないな。こんな無様な姿さらけ出して。もう関わらない。思い出しても躊躇しないって決めてたのに」

 

 理子の口の端から自嘲の笑みがこぼれる。

 触れれば壊れそうで───何より独り占めしたいほど尊かった。

 

「キョー君の笑顔が苦手だった。キョー君の真剣な表情が嫌いだった。キョー君の思いやりが辛かった。理子に向けられる想いが憎悪だけだったら、こんな感情が生まれることもなかったのに・・・・・」

 

「理子。もう一回聞くぞ。今までのことは全部演技だったのか? 」

 

「分かんないよ。演技だって自分に言い聞かせても───止まんないんだよ。次から次へと溢れてくる気持ちが抑えきれないんだよ! 今だって説教したいくらいだ! 自分の命欲しさに見捨てた最低女の元に懲りずに帰ってきたこととか! 満身創痍で倒れそうなのにずっと理子のことを気にかけてることとか・・・・・理子の前に自分の命くらい大切にしてよ・・・・・」

 

 理子は傷だらけの服に手をのばしたが、まだ触れるのを躊躇って直前で止めた。

 ───自分の命を大切にか。

 

「そうだな。誰だって自分の命は何よりも大切だ。なのに進んで他人のために自分の命を削るなんてのは、所謂バカなやつ。そして命を落とすのは大バカだ」

 

「だったら、キョー君は裏切り者の理子のとこに自分の命を削ってまで来て・・・・・もう少しで毒で死んじゃうんだよ! 大バカ野郎だよキョー君は! 」

 

 確かに、理子から見れば命を削ってまで自分を助けようとする大バカかもしれない。

 今だって激痛が絶え間なく襲ってきてる。命を蝕む毒が全身に回りきったのか、服が破れて露出した肌には紫色の斑点が見えてきた。

 だけど、まだ───

 

「俺は確かに大バカかもしれない。でもまだ死んではないんだ。せめて理子を助けるまではバカ野郎にしてくれ」

 

 ()が体中にある無数の切り傷から流れ、部屋のカーペットを汚していく。既に致死量の半分以上は体から外へ流れて、ヒルダに吸われているかもしれない。

 それでも俺は言葉を続けた。

 

「俺がお前を助けたい理由はな───理子が思ってもみないとこで俺を支えてくれてるからだ。怪我でも、たったかすり傷程度だろうが本気で心配してくれた。辛い時も苦しい時も理子が側にいてくれた。命を救ってくれたことすらあった。理子がいなかったら今頃俺は死んでたよ」

 

「───嘘だ。理子はキョー君を助けた事なんて一度もない」

 

「あるさ。ハイジャックで海に振り落とされた時、理子がいなかったら俺は海のど真ん中で死んでたよ。視力を失った時はずっと付き添ってくれた。璃璃神に憑依されたレキとの戦闘だって、理子がいなかったら首が飛んでた。ヒルダが俺に槍を突き出した時だって、刺さる寸前で声かけて止めてくれたろ。他にも助けてもらったことは何度もある。それでも助けてないって言うのか? 」

 

「そっ、それは! 全部自分が生き残るためにしたことで、キョー君は勝手に生きてただけで・・・・・! 」

 

「それでいいんだ。自分のために何かをして、その副産物で人助けをした。副産物でも結果としては人を──俺を助けてくれたことには変わりないんだ」

 

 理子は全身を小刻みに震わせていた。

 その口から出る声も、潤いに満ちている。

 

「なんで、どうしてッ・・・・・どうしてキョー君はそんな理子のことを・・・・・! 」

 

「どうしても何も、俺は理子とまた楽しく過ごしたい。ただそれだけだ。あと、お前さっき自分の幸せ(わがまま)のせいで俺の幸せを盗ってるって言ったな」

 

 俯きながらも理子は小さく頷いた。

 

「別にそれでいいじゃないか。理子の本業は泥棒だろ? 幸せくらい盗られたって構わねえよ。寧ろ理子と過ごす以外の幸せなんて皆無に等しいくらいだ」

 

「──っ」

 

「もしその幸せがいっぱいになって両手から零れ落ちるようになったら・・・・・俺にでも分けてくれ。それができるのは───峰理子リュパン四世。お前しかいないんだ」

 

 尚も俯き続ける理子との間に阻むものはもう何も無い。俺たちは恋人同士のように強く抱擁できる距離にいた。両手で俯いている理子の頬を包み込む。そして顔を上に向けさせた。

 

「だから、そんな顔しないでくれよ」

 

 理子は、大きな目から零れそうになっている涙を歯を食いしばって必死に堪えていた。くしゃくしゃの顔からは絶対に泣いてやるものかという強い意志が伝わってくる。

 

「それにな。演劇だってどうするんだよ。主役二人がいないロミオとジュリエットなんて成り立つわけがないだろ」

 

「それは、キョー君が他の人とやれば───」

 

 嗚咽混じりに理子は首を横にふる。自分はふさわしくないとでも思っているのだろうか。

 目線も外そうとするから、俺は額をくっつけて強引に目を合わせた。

 

「───『僕は船乗りじゃない。だけど、たとえ貴女が最果ての海の彼方の岸辺にいようが、貴女という宝物を手に入れるためなら危険を冒しても海に出ます』・・・・・他の人とだなんてまっぴらゴメンだ」

 

「・・・・・たった一人の。理子の為だけに傷だらけになって、ホントにバカみたい」

 

 零れた涙が一筋、頬を伝って俺の手を濡らす。

 

「バカで結構だよ」

 

 俺は口の端をあげて精一杯の笑顔を見せた。

 それまで溜まっていた理子の涙は、一気に頬へと流れていく。それが今まで苦しめられていた時の感情を一気に爆発させ、声にもならない泣き声となって溢れ出した。

 

「理子だって、演技だって分かっててもキョー君と一緒に過ごすようになってから何もかもが違く見えた。いつも隣で笑ってくれるキョー君を見てて幸せだった。だからあの日の夜にキョー君に信じてもらえてた事が本当に嬉しかったんだよ! 」

 

「ああ」

 

「でもこんな理子に幸せをくれる人を裏切らなきゃいけないんだって! そう思ってたら涙が止まんなくてッ! キョー君の笑顔を見るのが辛くてしょうがなかった・・・・・! 」

 

 溢れ出した思いは止まらない。

 これまで理子が負った傷を象徴する悲痛な叫びが部屋中にこだましている。

 

「ホントは裏切るなんてしたくなかった! でも怖くて、苦しくて・・・・・どうにかしてやろうとしても、どうにも出来ない自分が憎かった。ただ怯えているだけの自分が情けなかった! 」

 

 理子の顔から手を離して、優しく頭を抱く。

 くぐもった泣き声は尚も響き、衣装についた血と涙が混ざり合う。

 

「もう会えないと思った。でもキョー君は来てくれた。傷だらけで死にそうになっても理子のためにって・・・・・うわあぁぁ・・・・・! 」

 

 服を強く掴んで涙に濡れた顔をこれでもかってくらい押し付けている。

 理子の苦しみ──表情を見なくても、痛いほど分かる。物心ついた時から監禁されて、ろくな食べ物も無く暴力を振るわれる毎日。心に植え付けられたトラウマは簡単には消えやしない。ブラドはもう倒した。あとは──ヒルダだけだ。ヒルダさえ倒せば理子から笑顔と自由を奪うヤツはいないはず。

 

「理子、帰ろう。また二人でゲームして、おいしいご飯食べてゆっくり過ごそう」

 

 もう一度、取り戻す。

 

「───いいの? こんな理子でも・・・・・ホントにいいの? 」

 

「理子だからいいんだ」

 

 その言葉を切り目に、理子は子どものように泣きじゃくり始めた。ずっとゴメンなさいと苦しそうに呟いて。今まで感じてきた傷を全て乗せて。

 

 理子を悲しませる敵全てから二対の盾で守る。盾が無くなれば自らの肉で。肉が無くなれば骨で。骨が無くなれば命を盾にして──最後の最期まで守り抜く。

 震える拳に力を込めて誓ったその瞬間、扉が大きく開け放たれた。

 

「理子! あなたは無事!? 」

 

 扉の正面に立っていたのは、傷だらけであちこちから煙が出ているヒルダだった。

 かなりの痛手を負っているらしく、服はビリビリに破け役目をほぼ果たしていない。しかも肩で息をしているあたり、苦戦させられているようだ。

 

「よおヒルダ。さっきぶりだな」

 

「朝陽ッ! 予想はついてたけど、まさかまだ生きてるなんてね」

 

「理子のために死ぬわけにはいかないんでね」

 

「笑えるわねその冗談! 理子を私から奪うだなんて、無理に決まってるじゃない」

 

「いいや、違うな。奪うんじゃない」

 

 俺は優しく抱いていた理子を自分の体から少し離した。涙で濡れた顔を見せた理子が、言葉を発するよりも速く───

 

「・・・・・っ!? 」

 

「なっ! お前ッ! 」

 

 ───小さな口に、キスをした。

 バニラの甘い香りが広がっていく。みるみるうちに理子の顔が赤くなるが、それでも離さない。

 ほんの数秒間だけの口付け。それだけで互いの気持ちが交錯し、自然と溶け合っていく。

 この暖かさ。胸が幸福でいっぱいになる気持ち・・・・・ああ、もう離したくない。

 名残惜しいが口から離れ、ヒルダに向き直る。

 

「奪い返しにきたんだよ。自分のパートナーをな」

 

「・・・・・よくも! よくもよくも私の()()()()に──! 」

 

「本音が漏れてるぞババア。お前が理子が死ぬまで一生オモチャとして理子を側にいさせるなんて、会った時から分かってたんだよ」

 

「理子! 今すぐそいつを殺しなさい! 」

 

 ヒルダに名前を呼ばれ、理子はビクリと肩を震わせる。そして防弾制服の袖で泣きじゃくった跡をゴシゴシと擦ると・・・・・

 

「ありがとね、キョー君。理子に勇気を与えてくれて」

 

 俺だけに聞こえる小声といつもの眩しい笑顔を向けてくれた。そしてヒルダに浮かべて、こう言った。

 

「今なら理子の朝陽を刺したお前を刺せる。いつまでも仲間だと思ってんじゃねぇよ、ぶぁーか」

 

 少し震えていた声音。

 だがそこには、監禁されていた時とは違うハッキリした意志が残っていた。

 ───自由になりたい、と。

 

「なん、ですって!? 私のお父様を裏切り、イ・ウーを裏切り、そこのクソ男を裏切って今度は私!? よくもまぁそんなに裏切れるわね! 」

 

「おいババア。裏切りは女のアクセサリーだって言葉知らないのか」

 

 自分を罵られ、傷つけられ、挙句に理子に裏切られ・・・・・言葉に言い表せないほどの激情をヒルダは全身で語っていた。深紅の槍を持つ手は震えて今すぐにでも投げてきそうな雰囲気だ。

 

「うっ! 」

 

 ───バチッ!

 理子の右耳につけていたコウモリ型のイヤリングが音を立てて砕け散る。

 中に入っていた毒蛇の腺液が体に入った。

 これはつまり、あと10分で死ぬということ。

 

「キョー君、これでやっと気兼ねなく戦えるね。キョー君も一緒に戦ってくれる? 」

 

 だが理子は、体をヒルダに向けたまま俺の方を見て、頬を赤くしながらニッコリと微笑んだ。涙の跡を残したままだが、いつもの可愛らしい理子の笑顔。

 

「もちろん、これが終わったらまたデートでもするか? 」

 

「まずは関係を築くところから始めないと。ほら、理子たち別れちゃったでしょ」

 

「ああ・・・・・そうだったな。だったら早く戦いを終わらせなきゃ」

 

「どこまでもふざけたことを・・・・・絶対に許さない! 」

 

 ヒルダの怒りを聞き流しつつ理子の横に立ち、俺は雪月花を、理子はナイフを抜いた。

 これで成すべきことはただ一つ。

 

 

 

 

「「──ここでお前を斃す! 」」

 

 

 



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第44話 誓いは想いに届く

前回 理子を説得


 目の前のトラウマに宣戦布告。理子にとって夢にも思わなかったことだろう。それはヒルダも同じ。まさか自分のオモチャになるはずの理子が楯突くなんて絶対にあってはならないこと。

 

「貴様ら・・・・・! 」

 

 槍を握る力は強く、冷たく輝く爪同士が───まるで金属を擦り合っているような不協和音を奏でた。

 爪とは本来ケラチンというタンパク質が変化したもの。決して冷たい独特の音色を奏でることは無い。

 ・・・・・あの爪にも注意を向けないとな。

 

「最初から最後まで、私のオモチャになっていればいいものを───無駄死にだわね」

 

「はっ! 死なせねえよ。生きてまたデートする、それが俺と理子の願いだ。お前なんかに邪魔されてたまるものか」

 

「くだらないわ。やっぱりニンゲンなんて、醜くてオモチャにしかならない下等生物なのね」

 

「ああ。醜くてすぐ壊れるのがニンゲンかもしれない。吸血鬼ごときも同じだと思うがな」

 

 キィィ・・・・・と、金属が擦れる音。

 これがヒルダの赤黒く染まった牙が歯軋りした音と気づいたのは、目の前で死の匂いを漂わせた槍が目前に迫っていてた時で───

 

「そうだな。醜い、なんて言葉はニンゲンのためにあるのかもしれない」

 

 ───時間超過・遅延(タイムバースト・ディレイ)

 発動するのは槍を躱すほんの一瞬だけ。神速の域に達した穂先は見る影もなく、懐に潜り込むことを許してしまった。そして、()()()()を解除する。

 

「醜くてバカで弱くて、どうしようもないヤツらだ」

 

 雪月花を深紅の槍に火花を散らしながらヒルダの腕へと奔らせていく。

 半端な後退では腹を裂かれて絶命。ただ無計画に飛び込んでも、圧倒的な筋力から繰り出される柄による殴打の餌食となる。ならば、その前に槍を持った右腕ごと切り取ってしまえば良いのだ。

 

「だがそんな愚か者たちに、命を懸けてまで守りたい人ができたとする」

 

 ヒルダにとってもこの速度は絶対に見切れないと踏んだ上での刺突だ。いくら身体能力が格段に跳ね上がろうと、その速度で切り返し避けることは不可能。なおかつ溜めていた力を解放するために、ヒルダは体を捻らせて右腕一本に全力を注いでいた。確実にその右腕、盗らせてもらおう。

 

「愛し愛され、相手を失いたくない気持ちが際限無く湧き出てくるだろう」

 

 雪月花はヒルダの雪のように白い皮膚を掻き分け、紅色の花を散らしていく。

 抵抗は一瞬。肉を裂き、骨を断つ感覚は瞬く間に過ぎていき───雪月花は紅色に濡れた刀身となって再び現れる。

 

「ぐぅ! 」

 

 痛みに歪んだ声はすぐ側を通り抜け壁に背をぶつけた。

 度重なるダメージと四肢の一つを失ったことに苛立ちを隠せていないのか、残った左手の指力だけで壁の一部を剥がしている。

 俺は左手に持ち替えた雪月花に付着した血を払いながら切先をヒルダに向ける。改めてこれが、弱き者の宣戦布告だと。

 

「その時ニンゲンは、初めて強くなれる」

 

「何を・・・・・そんな紛い物、私には通用しない! 」

 

 逆再生のように回復していく右腕を天に向かって上げると───稲妻が走ったと錯覚するほど素早く、ヒルダの手元に泥と血で汚れたハルバードが舞い戻ってきた。

 先刻まで地面を抉り、大気を切り裂き、館の壁を破壊し尽くしてきたそれは、乱雑に扱われていたにも関わらず刃こぼれ一つしていない。

 手元で軽々と回転させ、コツコツとパンプスの心地よい音を鳴らしながらゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「お前ほど憎い存在だと思ったことはないわ」

 

「そうか。俺がお前の初めての男だってわけか」

 

 軽口を聞き流すほど今のヒルダは冷静ではない。

 殺気だった猛毒の心が万物を裂断する刃となり斬り込まれる───その瞬間。

 

「朝陽! 」

 

 張り詰めた声の主が自分の名前と共に何かを投げたのが感覚的にわかった。吸い寄せられるまま右腕を背後にのばすと───衝撃緩衝材のトンネルを腕が通り抜けていく感触。自分の腕のサイズにピッタリ合い、尚且つこの取り回しの良い重量感。

 

「サンキュー、キンジ」

 

 ただの横薙ぎ、されど残像を生むほどの速さで振るわれた一撃。普通であれば人間の筋力で防げるはずもなく盾ごと真っ二つになるが───瑠瑠色金で筋力がブーストされた右腕が俺にはある。

 雪月花を左手から右手へ、迫り来るハルバードを叩き割る勢いで振り下ろした。

 思わず耳を塞ぎたくなる高音。右腕から体全体が麻痺する感覚が遅れてやってくる。常人が受ければ右腕はあまりの威力に消失していただろう。しかし、雪月花はハルバードの刃先に深々とめり込んでいた。

 

「このっ! 」

 

 火花を散らすことをやめ、ヒルダは次の攻撃をすべくハルバードを自身の頭上へと持っていく。

 だが自分の隙をわざわざ晒したことを見逃す()()()()()ではない。

 

「隙だらけだコウモリ女」

 

 レッグホルスターからHK45を盗み取りながら脇を走り抜ける。そのままヒルダの懐へ潜り込むと、胸の下と右太ももの魔臓を撃ち抜いた。無駄のない洗練された動きだ。

 

「四世のくせに! 」

 

 振り下ろされたハルバードは一直線に理子の頭へ。

 だが理子は構わず次の攻撃への体勢づくりをしている。避ける気がない、傍から見ればそう思うだろう。

 

「キョー君」

 

「言われなくても」

 

 実際そうだ。避ける気がない。

 俺が盾で防いでくれることを分かっているからだ。

 横薙ぎの時とは違い、威力がまだ充分に乗っていない速度。しかも身の丈を遥かに超えるハルバードは狭い室内で思い切り振れるものじゃない。

 これならば盾で受け止められる・・・・・!

 

 ガギィ! と激しく火花を散らしながら盾内部へと刃が侵入する。その威力と刃に腕がもぎ取られそうになるが、紙一重の所で衝撃まで完全に殺してくれた。

 

 ヒルダはハルバードを再び持ち上げて斬る時間はないと判断。即座に前蹴りを放つが、理子はそれが来ることが分かっていたかのように受け流し、いつの間にか拾っていた隠しナイフで左太ももの魔臓を突き刺した。

 

「おのれ! 」

 

 ヒルダはコウモリ型の翼をはためかせ、宙へと舞う。

 HK45から放たれた.45ACP弾は四つ目の魔臓であるへその下から僅かに外れ着弾。

 ヒルダは空きっぱなしの窓から、雷が鳴り響き今も豪雨が吹き荒れる外へと逃れた。このままだと不利だと、あの小さな頭でも身に染みてわかったらしい。

 

「アンタたち、大丈夫──って朝陽! ボロボロじゃない! 」

 

 戦闘時は却って邪魔だと察知してくれて入口に控えてくれてたキンジと、アリア。

 二人の防弾制服は所々焦げている。素肌が制服の至る所から姿を現していた。コンビネーションバッチリの二人でも肩で息をするほどの激戦だったらしいな。

 俺と理子は共に足並みを揃えて歩み寄る。

 

「まあ、な。背中と脇腹に刺し傷、重症といえばこのくらいだ。アリア、そっちの装備はどうだ」

 

「弾は二発だけ。小刀は一本へし折られたわ」

 

「キンジは? 」

 

「あとマガジン二つ。刀剣類はナイフと剣だけだ」

 

 最悪な状況・・・・・だな。

 理子の体に毒が回りきるまであと八分ってところだが、ヒルダの魔臓を全て撃ち抜くにはギリギリだ。

 体力的にもはやくヤらないとこっちが死んじまう。

 

「朝陽、お前の盾少しだけ使わせてもらったぞ」

 

 と、キンジは俺の右腕に装着されている盾を一瞥した。言われてみれば記憶にない傷が深々と切り刻まれている。

 

「おい、弁償代はキッチリ払ってもらうぞ」

 

「最近金欠なんだ。()()()()()()()

 

 ・・・・・割り勘か。

 奢るのではなく、この先ヒルダを倒して助かるってのを前提に考えてくれてる。頼もしいというか何というか──キンジが仲間で良かったよ。

 

「───ん、なんだ? 」

 

 館全体に灯っていた明かりが、ポツポツと消えていく。停電というわけではない。一階から徐々に、規則性を以て消えていく。こういう場合、俺たちが立っている場所から徐々に明かりが灯っていくはずだが・・・・・ヒルダらしいな。

 私は一階にいるから来い───ってか。

 

「この先だな」

 

「そうだな。アリア、マガジン一つ分やる」

 

「あら、ありがと」

 

 アリアに残り一つのマガジンを投げる。アリアの使うガバメントとHK45の使用弾薬は、同じ.45ACP弾。仲間と同じ拳銃弾を使用すれば、こういった弾切れの時も役に立つな。

 

「───行くぞ」

 

 倒さねばならぬ敵がいる一階へと走り出す。

 重たい足を無理やり動かし、痛みに飛びそうな意識にすがりついて何とか持ち堪える。これが終われば理子は自由になれる───そう心に深く刻み込んで。

 

 時間もあまりない。こんなとこでモタモタと時間を食ってちゃ()()()()になる。

 理子も死なせたくない。その一心で足を運ぶが、キンジとアリアの背中が少しずつだが遠ざかっていく。二人が速く走っているわけではない。ただ俺が──遅くなっていくだけで・・・・・

 

「キョー君、大丈夫? 」

 

 一旦止まろう、と腕を引っ張られ目眩に倒れそうな体を支えてくれた。

 

「ありがとな・・・・・大丈夫かって聞かれたらその反対だ。だけど、負けるわけにはいかない」

 

「理子も、絶対に勝つ。これとココに貰ったアレがあるからね」

 

 理子は懐から、ウィンチェスター・M1887──ショットガンと、拳サイズの香水瓶を取り出した。

 ショットガンの方は銃身を短く切り詰めて隠密性を高くしている。香水瓶の用途はともかく、

 

「どこにそんなの隠してたんだ? 」

 

「くふっ、理子も遊んでるだけじゃないんだよ? あとこの香水瓶の中身、酸素に触れると爆発する気体爆弾だからね。しかも超強力だから。もし死ぬとしても理子はアイツに一矢報いたい」

 

「───万が一、死ぬことがあれば一緒に死のう。だがその万が一は今じゃないぞ」

 

「もちろんだよ」

 

 長く暗い廊下、暗闇に溶けていく二人の背中。

 再び走り出し、何度もコケそうになりながらも、粉々にされた玄関扉が見える踊り場に出た。キンジとアリアは、外を一望できるデカい一面窓を背に。踊り場から一直線上にある玄関をジット睨み続けていた。

 

「これで役者(オモチャ)が揃ったわね」

 

 声のする方向───踊り場と玄関のちょうど間ほどに、ヒルダは静かに佇んでいた。距離にして約15メートル。瑠瑠神の能力を使わなければすぐには詰められない。

 

「オモチャって言うのはな。遊ぶためにあるものだ。遊ばれるためにあるんじゃないぞヒルダ」

 

「使う場所がいけなかったの。凧揚げするのに狭い場所じゃ出来ないでしょう? 」

 

「凧揚げも電線に引っかかれば遊べなくなるがな」

 

 理子の部屋とは広さも天井の高さも段違い。外ほどではないがここならヒルダの強化された身体能力は随分と発揮される。

 それに加え、目を凝らさなければ見えない暗闇。ヒルダからすれば昼間と変わらず動けるが、俺たち人間はそうもいかない。キンジとアリアが加勢しても不利なことは変わりないな。

 

「そういうことよ。アリアと遠山のせいで、充電で得られた電気は微々たるものだけど。貴様らを殺すのには充分だわ。一人はもうすぐ死にそうだし」

 

 と、三叉槍──ではなく、無駄に凝ったデザインなど不必要と言わんばかりの直線的なフォルムの槍を向けてきた。三叉槍やハルバードと同じく、鮮血より濃い深紅で彩られている。

 

「そうだな。このままじゃ確実に死ぬ」

 

 薄ら笑いを浮かべたヒルダとは正反対に、俺はボタボタと流れ続ける血液と異常な寒さに焦りを覚えた。

 ───ヒルダとの決着の前に出血死になる。

 確かに止血方法はある。だが荒々しい止血方法が全身に回った毒の想像を絶する痛みに拍車をかけることになるが・・・・・やるしかない。

 左腕の袖を噛み、右の手のひらを脇腹の傷口に当てる。これから訪れる痛みに冷や汗が一滴零れ落ちた。

 

「───氷傷(フリーズ)

 

 絶え間なく血液を外に流し続ける傷口に超能力(ステルス)を流し、一気に抉られている部分を凍らせていく。

 

「ぐううぅぅぅぅ・・・・・! 」

 

 添えている右手は小刻みに震え、力なくダランと垂れる。だけど痛みの代わりに()()()出血は止まった。まだもう一箇所───背中の刺し傷が残ってる。そこも止血しないとマズイ。

 

「もう一回だあぁ! 」

 

 右手を抉れた背中の刺し傷へと移動させ瞬時に凍らせる。頭を鈍器で叩かれる衝撃とよく似た痛み。思考が塗り潰される感覚───生きてるって実感できるが、刺激が強すぎるんだよ、クソッ!

 

氷系超能力(アイスステルス)・・・・・応用も効くのね」

 

「基本中の基本だ。クソ痛いから今の今までやらなかったが、出血死とかシャレにならない位ドバドバ出たからな」

 

 乱れた呼吸を整えて、ヒルダの槍に見つめ返す。先刻まで使ってた三叉槍との他に違いを挙げるとすれば・・・・・今ヒルダが手にしている槍は穂先が一つ。三叉槍より扱い易さで言えば一般的な槍の方に軍杯が上がるし重量バランスも良い。

 

 もう一つは、殺傷範囲の違いだ。三つの穂先からなる直線で敵を捉える三叉槍と、一つの穂先で敵を捉える槍。穂先が複数あれば敵を捉えやすくなり───それ故の慢心が生まれてしまう。

 

 ヒルダが槍を変えたのは、今後一切、慢心などせずただ目の前にいる敵を屠るとの意思も含んでいるはずだ。

 俺たちを小馬鹿にする眼差しの奥に宿った明確な殺意がその考えに拍車をかける。

 

「私を侮辱し、お父様を汚い牢屋へ送った貴様ら。本来は最初から遊ぶつもりなど毛頭ない。そう思って八割程度の実力で相手してたケド、もう貴様ら相手に力を加減する必要は無くなったわ」

 

「あれで八割かよ・・・・・キツイな」

 

「そう。だから───」

 

 左半身を俺たちに向け、右手は槍の中間辺り。左手は槍に添えるだけ。穂先は地上に穿つかの如く下がり、深紅と鮮緑の双眸が不気味なほど輝く。

 一分(いちぶ)の驕りもないその構えは、今までの俺たちをナメる態度ではない。一瞬でも隙を見せれば命を貫かれる・・・・・!

 

「───今度は本気でイかせてもらうわ」

 

 




次話は明日投稿


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第45話 愛と復讐は力となり

前回 戦闘準備


 刹那、ヒルダの尋常ではない本気の殺気に、俺たちだけでなく館全体までもが凍てついた。側の柱には亀裂が走り、背の一面窓はガタガタとけたたましい音量で警告してくる。

 呼吸を忘れてしまいそうな圧迫感に飲み込まれ・・・・・盾を構えるのがほんの一瞬だけ遅くなってしまった。

 

 普段の戦闘ならばなんの影響も出ない。味方の援護以前に敵がその間に詰めてくることはなかったからだ。

 だが今は違う。俺の血を吸収して筋力アップしてからの本気モード。その一瞬が命取りになる​──​!

 

「キンジ、アリア! 」

 

 悲鳴にも近い声で理子は叫ぶ。

 雰囲気に飲まれかけていた二人は一斉に動き出そうとするが、

 

「遅いわね」

 

 ダンッ! と火薬の炸裂音にも似た音。

 ​ヒルダが床を蹴った音だと把握した時と、既にヒルダが二人の目の前にいると気づいたのはほぼ同時。裏拳をアリアの胸に叩き込み、間髪入れずに左足を軸足にし、遠心力を乗せてキンジを玄関方面へ蹴り飛ばした。

 ヒルダはそのまま回転し俺に右半身を見せたところで止まると、

 

(やわ)い」

 

 ポツリと呟き深紅の槍を左手に持ち替える。この一連の動作に​、本能が全力で危険信号を鳴らした。場面、向けた半身こそ違うが、次の行動は​───

 

(コイツの本気の突きが、来る! )

 

 右腕の盾に左腕を重ねて理子もろとも横へと体勢を崩す。考えるより先に体が動いたと言っても過言ではない反応。

 しかし一拍も置かなぬ内に目の前を深紅の彗星が盾の表面を削り取りながら駆けていた。今までのような強い衝撃は一切ない。だが代わりに強い違和感を覚える。

 

 この盾はジュラルミン装甲に加えて炭化タングステンの超硬合金を窒化チタンでコーティングしたものだ。そう簡単に、ましてや槍刃が横一線に盾を駆けただけで貫通されるわけない。

 だが腕に伝わる感触は違った。その感触が何だったのか確かめる前に、キンジが吹き飛ばされた階下へと半ば転げ落ちながらその場を離れる。

 

「キョー君、今のは危なかったね」

 

「ああ、あと少し遅かったら死んでたな」

 

 軽口を叩きながら盾を横目で見る。

 かるく丸みを帯びた長方盾の中間あたりに、真新しい斬撃のあとが残っていた。これほどの硬度を持つ()がいとも容易く突破されちゃ盾の意味が無くなるぞ。

 

「運が良いのね」

 

「実力だコウモリ女」

 

 ヒルダは手元で槍を回転させると、アリアが自身の拳で吹き飛んだ位置を見ることなく、そこにいるのが当然だと迷いなく槍を突き刺した。が、そこにアリアはいない。

 

「せいやっ! 」

 

 よく聞いたことのあるアニメ声。

 既にあの打撃から回復していたアリアは残された一振りの刀でヒルダの片翼を切り落とした。切り返しでもう片翼を狙うが、ヒルダの槍によって防がれる。

 

「キンジ、援護よ! 」

 

「分かってる」

 

 蹴り飛ばされたことなど最初から無かったかの速度で俺の横を通り過ぎ、ヒルダへと肉薄。鞘から抜き出されたスクラマ・サクスは鈍色の輝きを持ってヒルダの背中へと吸い込まれた。しかし、青白い皮膚を掻き分ける直前にその場に屈まれ、鋭い足払いがキンジの足を襲う。

 

「ちッ」

 

 アリアはキンジに気を取られている隙に胸下の魔臓の一つに刀を深々と突き刺した。下から見上げる形になっていたヒルダは、この世の憎悪を体現したような表情でアリアを睨む。

 

「ちょこまかとウザったいわね! 」

 

 槍をその場に置きさり、右手を外側に向けた状態で、人体など軽々と引き裂けそうな切れ味を持つ爪を左脇腹から右肩へと振るった。

 当たれば臓物を床にぶちまけて出血死は免れない。だが、そんな単調な攻撃を避けられないアリアではない。

 

「甘いのよ! 」

 

 豪速で振るわれた腕をくぐり抜けさらに接近。

 オラァ! と男勝りの掛け声でヒルダの顎に膝蹴りを直撃させた。ヒルダが少しだけ地面から浮かび上がったことからその威力が考えなくとも想像できる。

 さらにキンジのお返しだと無防備になった腹を蹴り上げた。

 

「ぐっ! 」

 

 人間離れしたアリアの攻撃にヒルダは中空へと身を投げ出された。その道筋を追いかけるように響いた三つの銃声。9mmパラベラムの銃弾が一つ、二つと両太ももの魔臓を貫き紅色の花を咲かせた。三発目のヘソに向かった弾丸は​──​─片翼のみを使った強引な軌道変化により僅かに外れて虚しくも玄関に着弾する。

 

「ナイスカバーよ、キンジ」

 

「アリアもナイスアタックだ」

 

 静かに階下へと落ちたヒルダは胸に突き刺さったままの刀を乱暴に引き抜く。そして軽口を叩いている二人を睨むや否や、強化された筋力を以て刀を投擲した。

 神速とも呼べる速度。目が追いつかないとかの次元ではない。速すぎて残像すら霞むレベルだ。

 

 ​──しかし。

 

「キンジじゃ取れなさそうだけど、()()()()()になら見えるわよ」

 

 ポツリと零した言葉。それがどんな意味を持つのか脳が理解するするよりも早く、アリアは飛来してきた刀の柄を逆手でキャッチした。

 

「力が湧いてくるのはあたしも同じよ。Sランク武偵、ナメないで欲しいわね」

 

 不敵な笑みと共にアリアの目に緋色の光が一瞬だけ輝いたような気がした。だが今はそんなことに構っている余裕はない。

 ヒルダは肩をわなわなと震わせ右手を天高く突き上げた。どういう原理か知らないが、深紅の槍はそれ自体が磁石とでも言わんばかりに手元に吸い寄せられる。

 

「こっちも忘れんな! 」

 

 理子は地を這うようヒルダに向かって駆け出した。継いで俺もあとを追いながらアイツの一挙一動を決して見逃さない。

 

「さっさとくたばりなさい四世! 」

 

 理子の接近するスピードに合わせてヒルダも踏み込む。璃璃色金の力で自在に操れる髪の毛​──その中に隠されていた二本のナイフを突き出した。

 しかし一つの銀閃は容易く深紅色に弾き返され、続く第二撃は何をされてなくともヒルダの顔の横を通り過ぎていく。

 

「笑ってあげるわ。薬のせいでこの距離の攻撃も満足に当てられないなんて、ねッ! 」

 

 槍の中央部よりやや穂先側に右手を移動させると、斬るのではなく骨を折る目的の一閃が反時計回りに理子に迫った。

 槍の柄は握るためだけにあるものではない。力あるものが振るえば骨の一本や二本は簡単に盗られてしまう。しかも理子は​、この一撃を防ぐことはほぼ不可能だ。

 

「​──ッ! 」

 

 右腕盾の取っ手を強く握り何があっても離さないように。防弾制服の襟を引っ張って間に割りこみ、ヒルダに背を向ける。

 盾は今右腕にしか無い。だからヒルダの一撃を防ぐためには必然的に背を向ける必要がある。例え背中を貫かれようとも構わない。

 

「ちぃ​──! 」

 

 今までの高い金属音ではなく耳を連続的に叩く反響音。槍は円を描きながら大きく弾かれ、ヒルダの右腹部がガラ空きとなる。俺は右足を軸に左手で雪月花()を抜刀するが・・・・・切先は虚しく空を斬るだけ。

 当のヒルダは既に体勢を立て直し、今まさに背中に槍を突き刺す瞬間だった。

 

「くそッ​! 」

 

 間に合わない。今から時を遅くさせた所で避けることは不可能​だ。ならば一つでもその魔臓、凍らせて使い物にならないようにしてやる・・・・・!

 

 ​──ギギギンッ!

 しかし、突如槍の軌道が弾かれたように変化し、演劇の衣装を掠めながら横に逸れていく。重ねて響くガバメントの二重奏。何故(なぜ)という疑問の前にキンジがスクラマ・サクスでヒルダに斬り掛かるが​─​─ヒルダは大きく飛び退き、階下に移動していたアリアを三度(みたび)睨んだ。

 

「朝陽、アンタもう一回ランク考査受けた方がいいんじゃないの? 」

 

「ほっとけ」

 

「突っ込みすぎだ。理子も焦るな」

 

「・・・・・うん」

 

 ​額に珠のような汗を浮かべた理子。

 理子の体に毒が入って六分。そろそろ毒の効果が顕著になる時間だ。焦る気持ちもわかる。俺だって・・・・・そろそろ全身を貫く痛みに限界なんだ。

 

「キョー君、一つだけお願いがある」

 

 側に来た理子は息を荒く、俺に寄りかかりながら耳打ちしてきた。

 

「なんだ、出来ることならやるぞ」

 

「もし、奥の手が通じなかったら​──ヒルダの攻撃を一回だけわざと食らうよ」

 

「そんなことしたら死ぬぞ! アイツの一撃なんか体が真っ二つに​──」

 

「わかってる。でも、理子を信じて。だから合図したら、キョー君はヒルダの攻撃を防がないでね」

 

「​──分かった」

 

 改めてヒルダに向き直る。消耗具合から見てこちらの方が断然不利なのは依然変わらず。弱点は分かっても攻略法は見つからない。

 心臓が熱く滾り瑠瑠神に少しずつ思考を犯されていく感覚から​──この半分だけ乗っ取られた状態で瑠瑠神の能力はあと一回。それ以上は完全に乗っ取られる。直感だが確信できた。

 

 瑠瑠神の力は使えず、使えるものは盾と刀と、超能力(ステルス)。あとは己の頭脳だけだ。この状態を打開できる得策は​───

 

「休憩はそこまでのようね」

 

 ヒルダはその場で槍を放す。

 いや、離したのではなく、空中に置いたんだ。現に立っていた場所にヒルダは存在せず、槍の下を泳ぐように前進してくる。その動きは槍に注目していた俺の目線を自身から一瞬だけ外すため​・・・・・その一瞬でも命取りだ。

 

 頭を切り裂く一撃が死角から繰り出される。本能的に出した盾の上をヒルダの爪は乱暴に通り過ぎ、逆に盾で視覚が遮られ次の行動に反応出来なかった​。

 ドウッ! と無防備な腹にしなやかな膝蹴りがめり込み、

 

「ガッ!? 」

 

 視界が歪んで思わず地に手をつきたくなるが、猛りで痛みと息苦しさに蓋をする。

 ヒルダは次のターゲットを理子に定め、いつの間にか手元に出現した槍を振り下ろした。流れる動作で繰り出されたが、それに反応できない理子ではない。毛先を少し犠牲にした程度で済み、反撃にとHK45の銃弾の雨を浴びせた。

 

 やはり、ヒルダの動きには違和感がある。

 神速の域に達していながら決定的な一打を浴びせられていない。今だって俺に追撃すれば、もしかしたら勝てたかもしれない。だけどヒルダは理子にターゲットを移した。───何故?

 

「理子、チェンジ! 」

 

 滑り込んできたアリアが、理子とヒルダの間に割って入る。すると・・・・・小さな手に握られた一振りの刀が下段から繰り出された強烈な一閃を真正面から受け止めたぞ。

 筋力強化の恩恵を受けた右腕を、衝撃吸収材が詰め込まれた装着部に通してあの一撃を受けても腕が痺れる威力なのに、アリアの腕は痺れるどころか逆に押し返してる。

 

「邪魔よ! 」

 

 一度バックステップでアリアと距離を取り、後端部分を両手で持つと、何の技術もない──しかし暴力的なまで威力が乗った一撃がアリア振り下ろされた。次の動作で避けるかと思いきや、刀の中心部でモロに受ける。穂先と刃が激しく火花を散らし​──パキン!

 アリアの二本目の刀が火花を中心に砕け散った。

 

 ニィ、と邪悪な笑みを浮かべたヒルダ。

 武器を失い、あとは天から振り下ろされる刃を待ち受けるだけ​───そうは問屋が卸さない。

 

「チェンジだ」

 

 アリアを守るように再び滑り込んできた、直刀の刃。

 守る為に振るわれたその剣は砕け散ることはなく、寧ろ拮抗している。

 

「ナイスカバーよ、キンジ」

 

 アリアは一旦下がり、体勢を立て直す。役を変わったキンジはヒルダによる怒涛の連撃のことごとくを弾き、或いはいなしていた。

 力任せのヒルダに対して、アリアは同じ力で。キンジは力ではなく技でヒルダと戦っている。互いにどのタイミングで弾や武器の消耗具合を見切り、援護が必要なタイミングには必ずリカバリー。

 ・・・・・俺と理子だけじゃ勝てなかったかもな。

 

「ヒルダ、力だけじゃ勝てないぞ」

 

「うるさい、わね! 」

 

 体を軸に、時計回りに槍を大きく振り回すが、キンジは上体を反ら(スウェー)して回避。槍中部に手を移動させ、足を床に縫い付けるため穿たれた槍は、防弾防刃の靴の表面をナメて地面へと突き刺さる。

 

 それだけでは終わらないと、突き刺さった槍を支柱にし、ポールダンスのように​──だがそれとは段違いの速さで回った。遠心力が十分に乗ったつま先が脇腹を抉る角度でキンジへと迫るが・・・・・キンジは避けようとしなかった。アリアが援護に行くわけでもなく、俺は行けたとしてもその一撃を防ぐことは出来ない。

 

 反応が遅れたのか​? ───と思ったが、やはり違うらしい。キンジは半歩だけ下がり、直撃すれば痛いじゃ済まない大鎌(回転蹴り)の殺傷範囲​───僅かにその外へ。目の前をヒルダのむき出しの足が通り過ぎた瞬間、キンジは​一歩、ヒルダへと踏み出した。

 

「​──桜花ッ」

 

 小さく呟かれたその言葉。

 息をする間もなく、キンジの腕は闇夜に紛れながら・・・・・銃声にも似た衝撃音が、ヒルダの腹部に叩きるけられた。一瞬だけ消えたと錯覚させるくらいに速く、正確なボディーブロー。威力を殺しきれなかったヒルダは、言葉にならない嗚咽を残して捨てられた人形のように飛んでいく。

 

(今のは​──音速か!? )

 

 その理由は二つ。

 一つ、キンジはただ単に素手で殴ったにも関わらず銃声にも似た破裂音が響き渡ったから。

 もう一つは、余りの速さと暗闇で僅かしかだが・・・・・確かに見えた。音速の域に達した時に発生する​、円錐水蒸気(ヴェイパー・コーン)が。

 

 キンジの直前の動きも全身を順番に動かした動作ではなく、全くの同時に動かしているように見えたぞ。

 

「​───まだ来るぞ! 」

 

 吹き飛ばされたヒルダは空中で翼をはためかせ、何とか一回転すると、壁に足を付いて​──バネのように跳ね返ってきた。

 それはもはや跳躍ではなく、水平の飛翔・・・・・!

 

「チェンジ! 」

 

 キンジの前に躍り出て、盾ではなく雪月花を抜刀し、流星の如き速さで迫る穂先を迎え撃つ。超能力(ステルス)も消耗してるんだ。氷棘(ジャベリン)をばら撒くような無駄撃ちは出来ない​───だからこの一回、絶対に無駄にはしない!

 

氷纏月花(アイス)(ブレード)ッ」

 

 何もかもを切り裂くほど鋭利に、刀身の上を這っていくように氷が纏われていく。

 雪月花から人間の鼓動音にも似た波打つ感覚が伝わってきた。まるで生きているかのように身をよじり、刀身は鮮緑の光を帯びていく。光は氷の中で幾度となく暴れ周り周囲をも照らし始めた。

 

 俺はその()()()()()に身を任せ、紙一重に避けた槍を下段から斬りあげ​──ギギンッ!

 ヒルダの無茶な攻撃にも耐え続けていた深紅の槍は、一切の抵抗もなく切断される。

 

「なに!? 」

 

 今の一撃で纏った氷は連鎖的に砕け散り役目を果たしたと言わんばかりに消えていく。

 槍がなくなり無防備となったヒルダは、驚愕した顔を見せながらも瞬時に爪へと攻撃手段を切り替えた。日本刀と同等以上の切れ味​──刀身(つめ)こそ短いものの、それが十本もあれば話は別だ。

 雪月花を投げ捨て、右腕の盾へと切り替える。

 

(槍を失っても、気を抜くな。まだヒルダも奥の手が残ってるかもしれない)

 

 盾を叩く鋭爪の連撃。耳を劈く音は、ヒルダの攻撃に耐え続けた盾の悲鳴にも聞こえる。

 

「キョー君チェンジ! 」

 

 理子の掛け声に合わせ、防戦一方から反転、大ぶりの攻撃をはじき返す。パキィ、と鋼鉄の硬さを持つヒルダの爪が剥がれ、同時に理子が畳み掛けた。

 

「このッ! 」

 

 血濡れた右手を天に掲げる。瞬き一つの間に手元には三叉槍​──俺とキンジとの戦闘で使っていた槍​──を出現させた。

 理子の自らの命を顧みない決死の突進。ヒルダの持つ槍の殺傷範囲である、およそ二メートル半径。そのギリギリまで近づくと、両脚を前後に広げストンと体を落とし、薙ぎ払いを紙一重で躱す。

 その姿勢から両脚をコンパスのように回しターンしながらヒルダに迫り、ガラ空きになった胴を理子のナイフが貪っていく。

 

 肩から腕へ。胸からから腹へ。

 魔臓による回復よりズタズタに引き裂く方が若干速いのだ。結果としてヒルダはどんどん傷ついていく。

 

「さっさと、くたばれ! 」

 

 唯一無事な左手に槍を掴み、目下の敵の脳天めがけて振り下ろしたが​───

 

「見えてるんだよ」

 

 ​ナイフを投げ捨て、代わりに俺が投げ捨てた雪月花で防ぐ。槍という武器の性質上、距離があまりにも近ければその威力は半減するのだ。それでも防いだ理子の手は震えているが、攻撃の雨はより激しくなっていく。

 

「ヒルダ! お前はその能力と魔臓に頼って生きていた! 」

 

 胸下の魔臓をHK45で撃ち抜き、またその場で小さく回転するとヒルダの腹に強烈な回し蹴りをめり込ませた。

 魔臓があり傷は癒せても痛みは残るようで、鈍い顔をしながら腹を抱えて理子から距離を取ろうと回復した翼で中空へ躍り出る。しかし、その翼にすら9mm弾の風穴が次々と開き地面に引きずり下ろされた。

 

「だから戦闘自体が下手なんだよ! その力を手に入れても使いこなせない。武器を持ったとしても攻撃が単調だ! どれほど殺気が強くて、いくらお前が速くても全てを予測すれば避けられないことはない! 」

 

「・・・・・4世のくせに! 所詮お前は仲間に頼らなきゃ私に歯向かうことすら出来ない、落ちこぼれだ! 」

 

「ああそうさ。今まではその仲間でさえ使いこなせない、最低の四世だった。けれど、最高の仲間と最高の恋人が教えてくれたんだ。理子は落ちこぼれなんかじゃないって! お前はどうだ、ただ一人館に篭って守りたいものすらなく自分の愉悦に浸っているだけの惨めな吸血鬼だ! 」

 

「なん、ですってぇ!? 」

 

 煽られたヒルダの攻撃には、もはや技術と呼べるものは無い。圧倒的な力と速さでねじ伏せようと単調な攻撃ばかり繰り返す。理子は一つ一つを見切り、当たる直前で皮膚を掠めて反撃。俺がやった、対アリア戦の時と同じ、怒らせて思考能力を低下させる作戦だ。

 

「お前は理子を痛めつけることでしかその生涯に意味を見出せない、ただのサディスト野郎だ! 」

 

「黙れ! 」

 

 床から掬い上げるように接近してきた三叉槍。

 直前に理子が合図とともに何かを投げる動作をしたため、雪月花を使った防御体勢が不十分であり​、

 

「うぐッ! 」

 

 ​階下から踊り場のデカい一面窓​──その窓枠にぶつかって力なく倒れた。

 死んではいない。事前に決めておいた約束がなければ、身を盾にすることは十分できた。理子が傷つくことも分かっていたはずなのに​───許せない。傷つけたヒルダも、傷つくことが分かっていながら、それを許容した俺も。

 だが、自らが傷つくことで決定的な一撃を与えようとしてるんだ。その作戦、絶対に成功させてみせる!

 

「理子! お前は今すぐに​───! 」

 

「これ以上理子に手を出すな吸血鬼風情が」

 

 音もなく近づき、憤怒に視覚が狭まっていたヒルダの顔面へ上段蹴りをオミマイする。確かな手応え、だがヒルダは一歩後ずさると、理子に向けた殺気を一身に俺に集め、声もなく標的を変えた。

 

「​────」

 

 攻撃が届かない宙へと飛び上がり、再び詠唱を唱える。目線はただ一突きで殺すため急所に。穿つは、その必殺の一撃を防がれない疾風の如く。妖しく紅色に輝いた三叉槍を持って大きく振りかぶった。

 

「数々の侮辱、死を以て償え​」

 

 それは対象の血を啜るまで永遠に追尾する槍。

 思い出せ・・・・・あの時投げられた槍の速度、一回目に躱してからどのくらいで脇腹を抉ったのか。どの角度で再び襲ってきたのか。そして、ヒルダが煽られた時にどこを狙ってくるかを、全て思い出せ!

 

「​───血ヲ啜ル三叉槍(ブラッディ・トライデント)

 

 ヒルダは、一回目は俺を油断させるためにわざと見切れる速度で投げたが、二回目の今はその必要は無い。

 音速に達した三つの穂先が円錐水蒸気(ヴェイパー・コーン)を帯びながら眼前に迫るが​───

 

「お前は必ず顔面を狙ってくる! 」

 ​

 その前に走り出し、ヒルダが投擲する瞬間に身を前方に投げ出して辛うじて回避。

 背中を掠める感触に冷や汗を垂らしながら急いで起き上がり駆け出していく。

 

「​───なにッ!? 」

 

 槍は後方の床を貫通し地中深くに潜り込んだ。

 そこで二発の氷棘(ジャベリン)を生成し、余りの驚愕さ故に一瞬だけ動きを止めたヒルダ​──そのコウモリ型の翼に風穴を開ける。飛行能力を失い無様にも宙から地へと引きずり下ろされていく。

 

「槍は反転したあと、再び俺に襲いかかる! 」

 

 床から地鳴りと共にやってくるは深紅色の流星。

 俺の腹部のド真ん中を突き刺す角度だ。これも一回目・・・・・脇腹だけの損傷で済んだ時と同じ。必ず体の中心を狙ってくる。俺は重力に逆らえず落ちてくるヒルダに背を向けて槍と対峙した。

 

「反転時に障害物に邪魔されたタイムラグは三秒! 」

 

 右腕盾を地面に対して150度傾け、後方約五メートル下の地点から襲ってくる槍を上へと受け流すように構え​───ギィィィッ!

 

 盾の中心を貪り尽くしながらも弾き、天井を突き破って空へと駆け抜けた。しかし穂先は素早く回転し再び俺の方向へ。上から降ってくる様子は、まさに隕石のそれだ。

 

「追尾機能は防がれたあとの道筋を辿ってくる。だから​───刺さる位置を限定することは容易い! 」

 

 三度目は避けない。避けちゃいけないんだ。ここでヒルダを仕留めるために!

 宙から落ちてきたヒルダと、ちょうど俺が重なる位置まで走り抜けた。

 

 三叉槍は軌道修正しながらも、一番左端の穂先が俺の肩を貫き​───さらに後方で背中合わせのヒルダをも貫通し釘付けにする。体内に異物が入り込む不快感と目が眩むような痛みに自然と声が漏れるが、

 

「ぐふっ!? 」

 

 肩を貫かれた俺に対して腹のど真ん中を貫かれたヒルダの方がダメージはデカイ。いくら速いヒルダでも自らの槍に俺ごと貫かれれば身動き一つ取れないはず。加えてキンジとアリアとの距離感、ポジショニング。

 ・・・・・全て完璧だ。

 

「今だキンジ、アリア! 」

 

 二人一斉に、計三発の銃声。

 防弾衣装の両太ももの裏と背中を金属バットで叩かれたような痛みが同時に湧き起こる。貫通した弾が防弾衣装に当たって止まった。

 残る魔臓はあと一つ。回復される前に凍らせてもらうぞ!

 

「──氷傷(フリーズ)ッ」

 

 俺の超能力(ステルス)は、直接相手の臓器を凍らせることは出来ない。だが逆に間接的にでも触れさえすれば、損傷した魔臓を凍らせて​───機能を停止させることが出来る。ブラド戦では三秒だけ、ならばコイツも三秒と思っていいだろう。

 

 精神力すべてを使い果たし、貫かれた肩から槍を通じてヒルダの背中へ。傷口からヒルダの体内へと侵入し、道中にある血管や臓器を全て氷漬けにし・・・・・最終地点の魔臓三つが描かれている箇所を凍らせた。機能を停止はまず間違いない。

 

「この、ニンゲン如きが! 」

 

 肩を貫通していた槍は霧散しヒルダの手元へと再び現界。拘束が解けてヒルダは残り一つの魔臓で優先的に翼を治し、宙へと舞い上がった。

 しかしアリアの目に宿っている闘志は、まだ終わりじゃないと言っている。それを証明するために、右手のガバメントをホルスターに。背中へと手をのばし、取り出されたものは​───

 

「これで、終わりよ! 」

 

 ウィンチェスター・M1887。点で敵を捉える拳銃と違い、そのショットガンは面で敵を捉える。

 ヒルダがハッと息を呑むとほぼ同時に稲妻にも似た銃声が響き渡った。その散弾は無数の小さな弾子となって空中で散開する。

 避けることは​───できない。今から動くことなど不可能だ。

 

 そして弾子はヒルダの体に吸い込まれ​───()()()()()()()()()()()()()()、背後の壁にいくつものクレーターを作り上げた。

 

「・・・・・は? 」

 

「ほほほほっ、良かったわ。電気を使わないでおいて」

 

 ヒルダは左手を口に当て高らかに笑った。

 ショットガンの弾は確実に当たったはずだ。それなのに、まるで実体がないみたいに弾子はすり抜けた。

 ​​───ありえない。だがどれだけ否定しても現実は変わらない。

 

「これで貴様らの勝機は無くなったわね。チェック​──」

 

「チェックメイトだ、ぶぁーか」

 

 パッ​・・・・・!

 ショットガンとは比べ物にならないほど弱く、だが確かに鼓膜を刺激したその音は、ヒルダの最後の魔臓の位置​───胸の下を貫き、天井へと着弾した。

 

 信じられないという顔で地へとふらふらと落ちていく。あれだけ見下して、侮辱された人間如きに負けるなんて思ってもみなかっただろうからな。

 ヒルダはブツブツと詩のようなものを謳い、うつ伏せに倒れた。

 

「・・・・・やったの? 」

 

「​───ああ。理子が四つ目の魔臓を完全に撃ち抜いた。​俺たちの勝ちだ」

 

 キンジの宣言に、俺もバタリと床へ倒れ込む。いきなりなことに驚いた二人が駆け寄ってくれるが、もう立つ気力も残ってねえぞ。

 

「理子を、連れてきてくれないか? 」

 

「理子か。わかった。連れてくるから楽な体勢になれ」

 

「ああ。ありがとな」

 

 キンジは理子の元へ。アリアは肩から流れ続ける血を止血するため応急処置をしてくれている。今更、止血処置を施してくれた所で出血死は多分免れないだろう。助かる可能性もあるが、運では助からない。助かる時はいつも必然性があって助かる。今で例えれば、輸血パックを持ってくるとか・・・・・流石にないか。

 

「朝陽! 連れてきたぞ。気をしっかり持て! 」

 

「くふっ、ありがとねキー君」

 

 俺の顔色がどうなってるか知らないが、多分同じくらい具合悪そうな感じだ。10分で人を殺すと言っていた毒蛇の腺液が打ち込まれてから、もう八分。

 俺も理子も、既に限界が近い。

 

「ははっ、キンジ。なんて顔してんだ。イケメンが崩れるぞ」

 

「一刻も早く医者に診せないと死ぬからだろ! 死んでいいのか!? 」

 

「イヤに決まってんだろ。でも痛いのは嫌いだし、さっさと意識落ちねえかなとは思ってるさ」

 

 全身を隈無く襲う、何千本という針が刺さっている感覚。アドレナリン全開なのか知らないが、感覚だけが伝わり痛みはマシになってきた。それでも痛いのには変わりない。体の芯も冷えきって手足の末端部分に力が入らないな。

 

「あーあ、また入院だね。入院費はキョー君もちだよ? 」

 

「車買えなくなるだろ。まあでも、そんくらいはもってやるか」

 

 ため息と共に吐き出すその言葉。

 そうだな​、俺が諦めてちゃ助かるものも助からない。意識を失って、回復した時に理子の顔が傍にある事を願うか。

 すると理子は服の袖を裾をクイッと引っ張ってきた。俺に理子の方を向けってことだな。

 

「​───命懸けって、何度もやってきた筈なのにね。いつから死ぬのが怖くなったんだろ・・・・・くふふっ」

 

「そうだなぁ​。俺は理子と『ニセモノ』の関係になった時から? ・・・・・いや、もっと前か。普通に生まれた時から死にたくないって思ってた」

 

「そこは『ニセモノ』の関係が始まった時からって答えるでしょ」

 

 小さく笑った理子が服の上をなぞるように指を移動させ、優しく手を握ってきた。

 感覚は無くなってるはずなのに、理子の暖かさはすんなりと伝わってくる。

 

「理子はね、最初は別に何とも思ってなかったけど、『ニセモノ』の関係を続けていくうちに・・・・・かな」

 

「​そうか・・・・・なあ理子」

 

「なぁに? 」

 

 動かそうと思っても首は動かない。理子とも顔を合わせられないが、真正面にいると思って話す。これが最後かもしれないから。

 

「また俺と、『ニセモノ』の​──​─」

 

 

 

 ​​──その言葉を告げ終わる。その前に。

 

 

 激しい落雷の音と共に、紅鳴館の天井の大穴から光の束が落ちてきた。盾に内蔵された一度限りの閃光よりも眩しい閃光が周囲を包み​、

 

「きゃああああっ! 」

 

 アリアがパニックに陥ったような悲鳴を上げた。

 咄嗟に目を閉じた俺が、眩む目を開くと​──紅鳴館内には高熱で蒸発した雨粒が水蒸気となり吹き荒れていた。中心には、倒したと思ったはずのヤツが、青白い電光を纏って心地よさそうに立っている。

 

 

「​─​──生まれて三度目だわ。第三態(テルツア)になるのは」

 

 クククッ、と不気味な笑みを浮かべながら。

 

 



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第46話 二人の願いは成就された

前回 対ヒルダ


 青白い雷光が周囲を明るく照らしヒルダの全体像を浮かび上がらせた。

 ゴシック&ロリータの服は秘部以外全て破れてしまっている。それにより見えた魔臓の模様にあるはず弾痕が───治っていた。

 

「気分はいかが? 四世。ああ、イイわよその表情・・・・・! さぞ無念でしょうねぇ。忘れちゃったのかしら──私が影に自分を溶け込ませる事が出来るってのを。例えそれが地面であれ、散弾銃の弾であれ同じことよ。でもさっきの背後からの襲撃は見事だったわ。そこは褒めてあげる」

 

 手の甲を口元に寄せて笑う仕草を見せると、答え合わせとでも言うように話し始めた。

 しかも・・・・・ショットガンの弾子に体を溶け込ませただって? だったら───充電してから今まで電気を使った攻撃をしてこなかったのは、こういった不測の事態の時に避けるためか・・・・・!

 

「私はね、生まれつき見え難い場所に魔臓があるわけではなかったの。その上忌々しい目玉模様を付けられて邪魔だったのよ。だから、お父様にも秘密にしてたケド───外科手術で変えちゃったの魔臓の位置を」

 

 超音波じみた高笑いが冷ややかに浸透していく。

 確かに、超能力で凍らせたがそれは何も無い場所だったのかもしれない。人間など臓器の位置がほぼ決まっているものなら、そこに到達する時間を予想して凍らせればいい。ヒルダの場合も同様、目玉模様の下を満遍なく凍らせた。

 けど・・・・・意味なかったな。最初からその位置に魔臓は無いんだから。

 

「私は自分の魔臓の位置を知らないわ。だって、知ってたら心を読まれたりとかしちゃうかもしれないでしょ? 手術痕はすぐ消えたし、手術させた闇医者の口は封じちゃったから。だぁれも私の魔臓の位置を知らないわよ」

 

 だったら、今の今まで、魔臓の模様を攻撃されないように立ち回っていたのはこのためのフェイク。

 より絶望を与えるために、わざと倒されたフリもしたってわけか。

 冷徹な笑みを浮かべる様はまさに神話に出てくる悪魔の姿。長い巻き髪の金髪が強風に暴れ血走った目が舐め回すように俺たちを見据える。

 

「お父様はパトラに呪われてしまって、この第三態(テルツア)になる前の第二態(セコンディ)でお前達に討たれた。体が醜く膨れる第二態(セコンディ)は嫌いだから───神と同等の力を持つここまで飛ばせてもらったわ」

 

「何が、神だ。さっきとあまりに変わってねえだろ」

 

 体にムチを打って立ち上がり、盾を構えてヒルダを睨む。対してヒルダは、やれやれとため息をついて三叉槍を横に一閃。

 青白い光が瞬く間に壁へと伸びて──石材で造られたそれをいともたやすく破壊した。巨大なクレーターが作られ、クモの巣状に大きなヒビが広がっていく。

 

「今の私は耐電能力と無限回復力を以て為すドラキュラ一族の奇跡。そう、稲妻は私が受電しやすい電圧の自然現象なの。これは、この現象を作った神が私を神の近親として造り上げた証拠よ! 」

 

 俺たちに見せつけるためか電力はさらに激しさを増す。それは夜を象徴する、月そのものの光にも見えた。

 

「人間のちっぽけな電気なんかいらないの! おーほほほほっ! ほら、ご覧なさい。私を見て恐怖して、涙を流しながら命乞いをするのよ! さぁ早く! 」

 

 三叉槍をデタラメな速度で回転させ続け、館内部を次々と青白い一閃が飛び交っていく。もう屋敷は限界に近い。倒壊寸前だろうな。

 横では理子がキンジの耳元に顔を近づけてゴニョゴニョと何かを伝えている。もう手足にあまりに力が入らないのか、座ったまま上半身をあげるだけで精一杯らしい。

 

「───じゃあよろしく頼むねキー君。計算は合ってると思うから」

 

「ここに一回来た時、お前はプロでも驚くほどこの館を調べ尽くしてただろ? なら計算の狂いなんてあるはずがない。それに、俺はこういうのは得意なんだ」

 

 キンジが俺たちの前に歩み出て、拳サイズの香水瓶──理子が持っていた隠し武器──を手に振りかぶると、勢いよく天井の大穴に向かって投げた。

 あれは酸素に触れると爆発を起こす気化爆弾だ。落ちた時の衝撃で万が一にでも割れたら、俺たちごと吹っ飛ぶぞ!

 

「おいキンジ! どういうつもりで──」

 

「朝陽、自分のパートナーを信じろ」

 

 一言だけ告げると、その場に直立不動の体勢でヒルダへと向き直った。

 

「あら、何を投げたのかは知らないけど、またくだらないものなのね。きっと」

 

「いいや、くだらなくないよ。ところでヒルダ、お前は今でも太陽が嫌い? 」

 

 理子は肩を大きく揺らし呼吸もままならない状態でなおヒルダに問いかける。勝てるという確信をもった笑顔を顔に張り付かせて。

 

「嫌いよ。大嫌い。そんなことも分からないのかしら。それとも毒のせいで頭もオカシクなっちゃった? 」

 

「いいや、オカシクなってないよ。でも、安心した。良かったよ、まだ太陽のことを嫌いでいてくれて。今日からもっと嫌いになるんだから」

 

 口角と共に右腕も上げた。握られているのは、HK45。俺の拳銃だ。でも銃声から考えるに残弾数は残り一発。

 

「この銃に装填されてる弾はたったの一発。だけどこの一発で仕留めてみせる。───お前をな」

 

「・・・・・ほほっ、おーほほほほっ! 笑わせてくれるじゃない理子! たかだか一発だけで何をしようと言うの? 私の魔臓の位置も分からない。ましてや弾は車みたいに曲がるものじゃないのよ」

 

「されど一発だ。この銃弾には色々な想いが詰まってる。しかも今のお前は慢心しきってる。だから絶対に外さないよ。お前は再び下劣な吸血鬼に成り下がるんだ」

 

「ほざいてなさい雑種め。私は高貴な吸血鬼、四世ごときに後れを取るはずがないわ。私は貴様らを始末したあと、下等な人間どもを何匹か連れてペットにするの。そして毎日そいつらの嬌声(ひめい)を聞いて過ごす───楽しみだわ」

 

 トリガーにゆっくりと指をかけた理子は、徐々に宙へと舞い上がっていくヒルダに不敵な笑みを絶やしていない。震えて止まない両手でしっかりと拳銃を構える。瞳に映るのは生への執念と目の前の敵だけ。

 そして────

 

「・・・・・地獄で楽しみな。ヒルダ」

 

 ガウン! と一発の銃弾が飛び出していく。銃弾はヒルダの体を掠めることもなく、はるか後方へ。

 背後に設置された細かくヒビが入っている・・・・・一面窓。そのさらに奥。そこには、先ほどキンジが天井の大穴に投げた香水瓶が重力に従って下に落ち、姿を現していた。

 

(───ッ!? 理子、お前は天才だ! )

 

 無意識下で、時間超過・遅延(タイムバースト・ディレイ)を発動。

 超低速世界で見えたのは、弾丸が香水瓶を粉々に破壊し、中から溢れた光が今にも飛び出そうともがいている爆炎。咄嗟に盾を構え、アリアと理子にガラスの破片が当たらないように。迫り来る衝撃に備え───瞬間。

 

 能力解除と共に、大気を揺るがす轟音が鳴り響く。戦車の主砲どころではない音で創り出されたのは、圧倒的な熱量と輝きだ。第二の太陽とも言えるそれは、割れた無数のガラス片を撒き散らしながら爆風に流れに乗っていて・・・・・

 

「うぁ!? 」

 

「きゃあああああ!? 」

 

 悲鳴と共に俺たちは、館の外へと放り投げれた。

 宙を舞うように、ではない。床の上を滑って行くように吹き飛び、外の泥を被りながらもなお転がり続け──玄関から約七メートル程度の場所で、仰向けになって止まった。

 

 冷たく降りしきる雨が、熱せられた体をやや過剰に冷やす。館内に入る前よりかは雨は弱くなってる。それでも徐々に体力を奪っていくのは自明の理。早く雨宿りでもしたいが、体がもう思うように動かない。視界も半分暗闇に閉ざされてる。

 

「皆・・・・・無事か? 」

 

 俺の周りにいるかわからないが声をかける。

 すると、何とか無事、という声が直後に三つ聞こえ、内心ホッとした。

 俺は自分の体にガラス片が刺さっていないか感覚で探る。痛みなどあったものではないが、それでも体に異物が入っていたら何となく分かるからな。幸いその感覚は無く、ガラス片は全て盾で受け止めてくれたらしい。

 

「ごほっ! あぁ・・・・・理子、天才的な考えだが周りの命を巻き込むようなことは先に言ってくれ」

 

「そうよ! アンタ、朝陽の盾と防弾・防刃の制服がガラスの破片から守ってくれなかったら今頃死んでたわよ! 」

 

 くふふっ、と理子は力なく笑った。

 爆発の威力は凄まじいもので、爆心地より下にいたにも関わらずここまで吹き飛ばされたんだ。バチバチと炎に焼かれる館の悲鳴も、辺りを明るく照らしている。警察と救急車が来るのにそう時間はかからないだろう。

 

「ショットガンの弾を避けられた時点で、理子がいなかったらどうなってたか分からないのに。キョー君もキー君もアリアも、まさかショットガンの弾に自分を溶け込ませて避けるなんて考えもしなかったでしょ」

 

「まあそうだな。さすがは理子、探偵科随一の頭脳を持つだけある」

 

くふっ、と自慢げに鼻を鳴らした。

 

「地面を行き来できるから、もしかしてと思ってね。最後の最後まで取っておいたんだ。あの爆弾」

 

「───ガラスは爆発でショットガンのように無数の破片となる。気づいてたら避けられたかもしれないけど、爆発が広がるのが尋常じゃない速さだったからな・・・・・時間を遅らせなかったらヤバかった。それに、そんな狂った作戦、俺じゃ考えつかなかったよ」

 

「キョー君、臨機応変にって言葉があるの知ってる? まあいっか・・・・・もう眠たくなってきちゃった」

 

 もうそろそろ限界の10分。いつ倒れてもおかしくなかったのに、理子は自分の体を最大限駆使して戦ってくれた。疲労もピークに達している頃だ。

 俺は地面に仰向けで理子の声のする方へズリズリと這いずり寄る。デコボコした地面と気持ちの悪い泥の感触が、血の足りない体を余計に酷使させる。

 

「キョー君、こっちだよ」

 

 ズズッ、と向こうからも泥の上を這いずる音がした。

 同じ場所から吹き飛ばされたことでさほど離れておらず、すぐに理子の真横へと着く。互いに向き合って目を合わせ、にっこりと笑顔を見せた。

 

「またキョー君に助けてもらっちゃった」

 

「俺の方こそ、理子に助けてもらった」

 

 俺と理子との顔の距離は互いの肩幅程度。右手同士をその間で絡ませ合う。

 キンジとアリアはそんな俺たちのことをただ見守っていた。

 

「終わりほど呆気ないものだったな」

 

「うん───でもね、理子の十六年間の想いは果たせたよ。なんせ二回もヒルダを騙せたんだから、峰・理子・リュパン四世としても、理子としても嬉しい」

 

「泥棒としての自分と、理子としての自分さえも否定されたもんな。それを今夜だけで名誉を取り返せたんだ。理子はもう誰からも落ちこぼれ扱いされないさ」

 

 満足そうな笑みは、清々しいほど綺麗で華怜だ。

 理子にはもう自分を責めて塞ぎ込んでしまう悲しみを背負って欲しくない。いつまでもその笑顔を絶やさずに過ごす・・・・・それが理子に合ってる生き方だ。

 ───そう考えはできるが口に出すことは困難になってきた。そろそろ意識が持たない。

 

「ありがとね・・・・・こんなに傷だらけになってまで理子を救ってくれて。説得してくれた時の言葉、あれ本気にしちゃうよ? 」

 

 でも、せめて理子が先に気を失うまでは何をしてでも気を保とう。もしもの時、最期を看取るのがキンジやアリアなのでは気が済まない。

 

「本気で言ったんだ。本気で受け取ってくれて構わないよ」

 

 ぼんやりとしてきて、どういう言葉をかけたのかすら思い出せなくなってきた。面と向かって何かを話してたが──だめだ。血が足りない。でもまぁ、理子を説得できた事には変わりない。こうしてまた戻ってきてくれたんだ。この手の温もりも、愛くるしい表情も、全て全て全て全て。もう絶対に離さ───

 

()()()()()に聞きたいことがあるんだけど、さっき何て言いかけたの? 」

 

「さっき? 」

 

「また『ニセモノ』の──って」

 

 ニセモノ、か。何を言いかけたのは思い出せないけど、俺のことだから多分。あの事を言いかけたんだろうな。今も理子に想っていること。一旦別れてしまった俺たちが、もう一度取り戻したいこと。

 

()()()()()じゃダメか? 」

 

「言って。じゃなきゃ目覚めないかもよ? 」

 

「死なれちゃ困るな・・・・・分かった、分かったよ」

 

 軋む全身を使って深呼吸し、一語一句間違えないように、そして噛まないように落ち着かせる。

 本当のソレじゃないのにな・・・・・こういうことは初めてだし相手も美少女だ。世のカップルは誰しもこの体験をしてきたかと思うと頭が上がらないな。それをさっき言おうとしてたのか──極限状態だったから、せめてもと伝えたかったのか俺は。

 

「あー、言うぞ」

 

「はーやーくー」

 

 

 

 

「──俺と、また『()()()()』の関係になってくれませんか? 」

 

 トクン、と小さな手から一際大きな鼓動が伝わってきた気がした。

 握られた手はほんのり暖かくなり、返り血で濡れた頬に別の紅色が浮かび上がる。口の端が緩まりそうなのを必死に堪えて、そんな姿も可愛い。

 そして理子は考える仕草など不要と言わんばかりに、即答してきた。

 

 

 

「───いいよ。なろ、また『ニセモノ』の関係にね。浮気したら許さないからね・・・・・ダーリン」

 

 ははっ、浮気か・・・・・現在進行形で他の女とも呼べるかどうか分からない神様が取り憑いてるわけだけど、ノーカウントで済ましてくれそうだ。

 もっとも、瑠瑠神なんかに心を許すつもりはないけど。

 

「はぁーあ。聞きたいこと聞いてスッキリした。キョー君、先に寝るね。次会うときは・・・・・病院のベッドの上で」

 

 理子の瞼は次第に閉じていく。暖かな手には力など殆どかかっておらず、重ね合って温もりを共有しているだけ。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていくもんなんだな。もうちょっと理子と話したかったのに。

 

「ああ、そうだな。文化祭のセリフ、起きたらしっかり覚えとけよ」

 

「うん。おやすみなさい、キョーく・・・・・」

 

 言い終わる前に寝たか。理子らしくて何というか、久しぶりだ。

 今まで黙っていたキンジとアリアの二人は、何も言わずに佇んでいる。チームメンバーの二人が脱落するとでも思ってるのだろうか。口では諦めるなとか言ってたくせに。

 

「武偵憲章十条、諦めるな。武偵は決して諦めるなだろ。言いたいことは分かってるさ。戻ってくるよ、いつもの事だ」

 

「・・・・・その言葉、忘れないぞ」

 

「ああ。アリア、キンジが諦めかけたら励ましてくれ。報酬は桃まんだ」

 

「絶対よ・・・・・絶対に帰ってきなさいよ! アンタも理子も、アタシのチームに必要なんだから! 」

 

 分かってるよ。そんな大声出さなくてもいいだろ──って声もでなくなっちまったか。そろそろ俺も寝るするか。今度の『死』は今までで一番際どいかもしれないな。

 じゃあ、おやすみ。

 

 そう閉じかけた目で伝えて、俺はゆっくりと意識を暗闇に───いや、鮮緑の光の束に身を託した。

 

『待ってる』

 

 優しげな目つきの女性の声に導かれ。

 幾万の矢のように降り注いでいた雨はいつの間にか止んでいた。

 

 

 

 

 

 何もない、白とも言えず黒とも言えない空間。

 暑くもなく、寒くもない。頬をなぞる風や生き物達の声すら聞こえない。ただ『空間』と呼べる場所に、俺一人だけ立っている。

 

「やっと来てくれたのね。私の愛しい人」

 

 ・・・・・訂正。

 目の前には、泣きボクロが特徴の、優しい目つきとお淑やかな雰囲気を身に宿し、まっすぐ俺を見つめている──鮮緑の瞳には俺以外何も映ってない──瑠瑠神も、静かに佇んでいた。

 



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第47話 貴方を食べちゃいたい

前回 ヒルダ戦決着


 どこまでも続く純白の世界。見回せば自分がどこにいるのかすら分からなくなり、そのうち気が狂ってしまうであろう場所に、瑠瑠神はただ俺だけをじっと見つめていた。

 

「あぁ、待ち遠しかったわ。貴方の傍にいることは出来ても、決して貴方に触れることは出来なかった。でもね、もう我慢する必要は無いの。愛しの貴方が目の前にいるのだから」

 

 瑠瑠神は自分の体を抱き、頬に朱色を宿した。

 優しそうな瞳は狂信的な愛。太すぎず細すぎることも無い──傷跡が痛々しい程に広がった手足。

 一歩ずつこちらに歩み寄る度に人を惹き付ける艶美な魅力が流れて止まない。しかし、男であれば同性愛者だろうと振り向かざるを得ない色香は、俺にとって恐怖の対象でしかなかった。

 

 本能はかつてないほど全力で危険信号を発している。今すぐ背を向けて逃げろと。だが、ここで逃げてしまっては大事な何かが抜けてしまう気がする。

 

「お前とは一生会いたくなかったよ。瑠瑠神」

 

 なんて強がりもいい所だが、雰囲気に負けてはダメだ。コイツに痛めつけられたことはもう忘れろ。

 踏み留まれ。逃げるな・・・・・!

 

「ああもう、()()で良いって言ったじゃない私。まったく、朝陽は照れ屋さんなのね。ふふっ、可愛いわ」

 

 この空間の高さ、奥行き、全てが真っ白で、どのくらい広いのかすら分からない。

 ここで丸裸だったら打つ手なしだが、幸いな事に傷も癒えてるし装備も整ってる。盾だけが無いこと以外ヒルダ戦の前の装備と同じだ。

 

「頭の先からつま先まで。目も口も、手も足も。全部私が独占したい。さぁ、私と一つになりましょう──そしたら、今までのこと全部、水に流してあげるから」

 

 音もなく歩み寄って来た瑠瑠神は俺の頬に傷だらけの右手をのばした。よく見ればそれら全てが俺へのラブレターであるそれは、じょじょに迫って来て。

 乾いた血にまみれた指が、俺の頬に触れる・・・・・その寸前。雪月花を抜刀し、斜め下から掬い上げるように斬り上げた。

 

 刃こぼれは一切なく、曇りのない白刃が瑠瑠神の腕へ吸い込まれていく。しかし皮膚に辿り着く前に、緑色の六角形のバリアと思われるものが刃を弾いた。

 

「ちっ! 」

 

「無駄だよ朝陽。対私用の武器だとしても、私には勝てないの」

 

 それから上段、中段、下段から様々な攻撃を繰り返すが、そのことごとくを弾かれてしまっている。硬い岩盤に思い切り振っている感覚だ。

 刀が弾かれる度に瑠瑠神はうすら笑みを浮かべる姿がさらに不快感を強める。癇癪を起こした子どもを見ている、そんな態度だ。自分を殺そうとする刃に微塵も興味を示していない。

 

「私の目を見て、朝陽」

 

 ずずいっ、と瑠瑠神は迫る刃も構わず俺に肉薄する。千載一遇のチャンスだが、それもバリアに弾かれ──簡単に距離を詰められてしまった。退こうとするも背に腕をまわされてしまい、万力の如き力の前に為す術はなく。首元から感じる熱い視線にただただ曝されるのみだ。

 

「あぁ、貴方の温もりが感じられる・・・・・! 今の貴方の目は私しか見てない! 愛しい──すごく、愛しいわ」

 

「くっ、離せッ! 」

 

「離さないわ。だって、やっと本物と逢えたもの。もう絶対に離したくない」

 

 俺の首に端正な顔を押し付けると──ちょうどヒルダに噛まれた箇所と同じ部分の場所を、かぷっ。

 軽いリップ音を鳴らしながら吸い始めた。別に血液を吸われているわけではない。それなのに・・・・・

 

「なんで、体から力、が───」

 

「ふふ、貴方の中には私はいるのよ。こうやって貴方のオイシイ首をちゅーって吸っちゃえば、貴方の力を弱める位はできるの。貴方は私の意のままに、ね」

 

 雪月花すら握れなくなり、この空間の地面らしき場所に音もなく落としてしまった。立つこともままならぬ状況で、尚も倒れまいと抗っていたが、

 

「えいっ」

 

 両肩をトン、と押され雪月花と同じ道を辿って地面に仰向けの状態で倒されてしまった。純白の空間の床とも地面とも思しきものは、衝撃で肺の空気が吐き出されるほど固くもなく、トランポリンのように体を跳ね返す柔らかさもない。そんなことより重要なのは瑠瑠神は俺の上に覆い被さって来たことだ。

 

「今、この空間には貴方と私しか居ないの。元々貴方は私と結ばれる運命だったのに───」

 

 瑠瑠神の雰囲気がガラリと変わった。極寒の極地のように冷たく鋭利なものへと。時同じくして、傷だらけの両手が首を包み込みこんだ。

グッ──このまま首を絞められても抵抗どころか腕を動かす力もない。口動かすことくらいしか出来ねえ……!

 

「あの金髪女もロリ女も、クソッタレの神すら私の朝陽を奪おうとしてる・・・・・! なんで、なんでなんでなんでっ! なんで朝陽はアイツらに構うの!? 」

 

「俺はただ普通の生活を送りたいだけだ! 俺が誰に構おうと勝手だろうがッ! 」

 

「違う! 」

 

 恐怖に蓋をしていたはずなのに、たった三文字の怒声で簡単に外れてしまった。

気道が圧迫され、ムカデが這い上がってくるように恐怖は押し寄せ止まる事はない。必死に耐えることしかできない!

 

「あの日あの時、貴方は私と約束した! 私以外とは話さないって! 」

 

「いつの、ことだ! 俺はそんな約束なんぞした覚えはない。お前と初めて出会ったのも元の世界で幼馴染みに憑依して俺を殺した時だろ! よりによって関係ないアイツまで殺しやがって・・・・・! 」

 

「・・・・・あら、私、朝陽にオシオキしたことは覚えてるけど、知らない間に一人殺してしまったのね。でも殺した女を一々覚えてるほど私は器用じゃないから。だってそんな邪魔な存在は覚えていても得なんてないでしょう」

 

 ──その言葉は、理子を傷つけられた時とは違う、本能的な恐怖すら塗り潰すドス黒い感情を生み出した。何の躊躇いもなく家族同然の者を当然の如く殺し、だが記憶にも留めず邪魔だと言い張る。そんなこいつに、

 

「お前は、あの日俺の顔に包丁を振り下ろしたことは覚えてるのか……? 」

 

 怒りに震える声で問いただす。

 瑠瑠神は、ええ、と短く答えた。

 

「好きな人にオシオキって本当はしたくないの。でも仕方ないよ、私以外の他の女と仲良く喋っていたのだもの。でもあのオシオキはあまり酷くやってないよ。あの一回だけで分かってくれるって信じてたから」

 

 体中を刺しておいて、()()()()()()()()()()()()? コイツの思考回路はどうなってやがんだ・・・・・!

 

「でも朝陽は懲りずに他の女に──ねぇ、私のどこがイケナイの? 私と同じ()()の貴方なら相性はいいはずなのだけど。貴方は私だけを愛して、私は貴方だけを愛する。すぐ別れてしまうような脆く汚い関係なんて捨てて、一点の曇りもない素敵な愛の形になりましょう? 」

 

「俺とお前を一緒にするな! 俺はお前のことなんこれっぽちも想ってなんかない。いい加減諦めろ! 」

 

 それでも瑠瑠神は聞き入れない。自分にとって都合の悪い事は聞こえてないみたいに。

 

「私は朝陽の望むどんな姿にでもなれる。髪を短くしろと言われれば短くするし、性格を変えろと言われれば勿論言う通りにするわ。私の腕が邪魔だと言うなら喜んで斬ってあげる。でも、その願いを聞くのは、貴方が私を受け入れてくれた時なのだけど」

 

「誰が、お前を受け入れたりなんか───ッ!? 」

 

「貴方が違う世界にいるから、私自身は触れることすら叶わなかった。けどあなたはこっちの世界に来てくれた! 見えているのにずっと朝陽に触ることも出来なかった。世界が違くて干渉すら出来なかった。だけどこの世界に来てくれたおかげで、やっと触れられるの! 」

 

 首を締める力が強くなった。視界が暗転するかしないかの瀬戸際で力加減をコントロールしてる辺り、簡単には意識を落としてくれないようだ。

 

「・・・・・本当に洗脳されてしまったのね。あのクソロリ神、爪を一枚ずつ剥がして腕を切り刻んで、臓物を掻き乱すくらいしないと気が収まらないわ。もっとも、収めるつもりは毛頭ないのだけど」

 

 瑠瑠神の爪が深く首に食い込み、より一層息苦しさに拍車がかかる。同時に脳内に流れてきた──異常なまでの瑠瑠神の囁き。右目の奥が熱く滾るように膨れ激しい痛みを訴えた。ダメだ、思考が、侵されるッ・・・・・!

 

「いいわ、もうこの話はヤメにしましょ。これ以上貴方という存在を肌で感じていたら理性が持たなくなってしまう。私は貴方に全てを奪われたの。貴方なしでは生きていけないの。もちろん朝陽の中に私はいるのだけど、力が足りないのと質量が小さすぎるから私の体感では()()()状態なの。殺したい女がいても貴方に抑え込まれてしまう。嫉妬で狂うにも貴方が隙を見せた時だけしか無理───だから、私と一つになりましょう」

 

 これが瑠瑠神の思考なのだと考えなくとも分かる。理性が抑えきれないというのも本当の事だ。

 そもそもこの異常なまでの愛の水流は止むことを知らない。際限のない水源のように次々と溢れ出し、消えはせずに今にも氾濫しそうな勢いだ。口では今にも理性が破裂しそうだと言っているが、コイツの心はとっくに壊れてる───!

 

(私以外の女と喋るのも触れ合うことすら全てを許容してきた。許容せざるを得なかった・・・・・けど、もうダメ。我慢の限界だわ。愛を伝えるのだって私が初めだった。でも本当の貴方からの愛をまだ聞き入れられてない。今は愛する貴方が私の両手の中にあるけど・・・・・この手を離してしまったら、貴方の心は私以外の誰かに行ってしまうかもしれない。

 ───嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!

 このまま貴方と私の世界で一生、世界という概念が滅んでも一緒に居続けたい! もし一瞬でも貴方の心が他の誰かに行ってしまったら、きっと私は壊れてしまう。

 もう、手遅れかもしれない・・・・・ううん、それでいい。だって私が壊れるほど貴方のことが好き。好きよ。愛してる───愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるッ!

 ───いっそこのまま私の魂に取り込んでしまうって言うのも手だよね。上書きされちゃって私の心が貴方に囚われてしまうかもだけど・・・・・それもアリ。だって、永久に貴方と一緒に居られるもの! )

 

 絶えず溢れさらに愛を重ねて、瑠瑠神は一言だけ耳元で囁いた。

 

「・・・・・ずぅっと(そば)にいるからね。朝陽」

 

 その短い言葉にこの世の全てのモノより重い愛が鉛の如くのしかかる。瑠瑠神の言葉に共鳴したのか、色金が埋め込まれた右半身と、璃璃色金が埋まった心臓がやたらに熱い。火で炙られる感覚とは違う──内側から発生する何か。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お前、瑠瑠神──ルル、愛して、違う! 」

 

 突然湧き出た瑠瑠神への愛。意思に反して口は勝手に動き、

 

「あら、まだ抗っているの? 」

 

「好きだ・・・・・なんかじゃな、ねぇ! 俺はお前のことが好き、嫌いだ! 」

 

 少しずつ意識が遠のく。コイツに対する否定と肯定がグチャグチャに脳内を掻き乱し何も考えられなくなってしまう。

 理子が待っているというのに、こんなところで俺は・・・・・終わるわけには、いかない、のに!

 

「まーた、別の女の事を考えて、オシオキが足りないのね。まぁ、それは貴方を手に入れてからにしましょう。私の愛を受け止めて・・・・・朝陽」

 

 恍惚の表情と鼻にかかる吐息が抵抗する気持ちすら奪っていく。誰よりも憎くて、誰よりもその強さと恐怖を知っているはずなのに・・・・・それすらどうでも良くなってきた。決して逆らえない力に埋もれていく、その事実すらどうでも良くなって。

 

 あぁ、俺は理子(るるがみ)を守ると誓ったのに──。

 

 

 

 

 

「おい、朝陽に触るなクソ女が」

 

「あ? 」

 

 ルルの真っ赤な花弁のように美しい口唇が触れ合う、その時。

 ルルの首に光の首輪が出現し高速で天へと吊り上げた。瞬く間に俺たちの距離は離れていく。次いで、俺の背後から幼さの残る声・・・・・しかし宿る殺気はルルの比ではない。息をする事を忘れ、心臓が鼓動を放棄してしまうほど。全身に鳥肌がたち、向けられたものが俺でなくとも、余波だけでヒルダすら上回っている。

 

「お前のせいで朝陽が汚れてしまった。どうしてくれる」

 

「───ちっ」

 

 その女の子はショートの黒髪をたなびかせて、俺の傍に守るように位置どった。本来柔らかそうな目つきはつり上がって、とてもじゃないが直視する事は不可能。

 

「また眠ってろ。あわよくば永遠の孤独に発狂して死ね、クソ女」

 

 ルルに向かってその女の子は右手をかざすと、首輪と共にルルは小さな欠片へと変化していく。どこからともなく吹いてくる風によって、足から光の粒子へと。

 ルルは目の前の少女をじっと睨み、そして、

 

「悔しいわ。悔しい・・・・・でも、また会いましょう。私と貴方(あさひ)は赤い糸で結ばれてる。絶対にこれっきりという事はないのだから」

 

 様々な感情を裏に隠し、穏やかな笑顔のまま静かに───消えてしまった。

 

「よかった、君がまだ完全に取り込まれずに済んだよ。いやー危なかったね」

 

「ルルが・・・・・ルルが、居なくなって・・・・・」

 

「もう、正気に戻って! 」

 

 ルルを消した目の前の少女はふくれっ面で俺の額に小さな手をあてた。

 だが今はそんなこと、どうでもいい。頭の中はルルのことでいっぱいだ。好きという感情ではなくただルルの事だけしか考えられなくて───

 

「───あれ? 」

 

「うん、君、正気に戻ったようだね」

 

 目の前の少女──ゼウス(ロリ神)は満足そうに頷いた。純黒の瞳は先刻の殺気を出した人物とは思えない無邪気さが見える。

 前に会ってから随分日が経ってるけど・・・・・アレだ。ちょっと成長してる。それでも小学三年生から小学六年生になったレベルだが。

 

「俺なにしてた? 」

 

「うーん。あのクソビッチ女になりかけてたって言った方がいいかな? 危ないじゃないか。もうちょっとで手遅れだったよ」

 

「──そっか。ありがとな、助けてくれて」

 

「体とか精神とか、大丈夫かい? 」

 

「多分な。ちょっと気分を落ち着かせる時間をくれ」

 

 立ち上がりながら乱れた呼吸を整えて冷や汗を拭う。

 頭の中が強制的に塗り替えられていく感覚は今までとは段違いに強かった。自分を見失う、とでも言えば良いか。あのまま何も考えられず瑠瑠神にキスされてたら・・・・・コイツ(ロリ神)の言ってた通りの悲劇になって、それからは考えるのもおぞましい。

 と、アゴに手を当て色々と考えてるとゼウスはいきなり話を切り出してきた。

 

「んー・・・・・少し言いたいんだけど、君はバカなのかい?『バカで結構』って口説き文句で峰理子に言ってたようだけど、それじゃ困るんだよね」

 

「おい! なんでその事知って───」

 

「いいかい!? 」

 

 ビシッ! と強く突きつけられた指に思わず口を噤んでしまう。

 

「あのクソビッチの能力を使えば、それだけ瑠瑠神に乗っ取られる──いや、あれはもう自分に上書きしようとしてるな。とにかく! 君は能力を使えば少しずつ瑠瑠神になるの! そこのとこ覚えてるわけ!? 」

 

「いや、覚えてますけれども」

 

 だったらねぇ、と小さなアンヨ()で俺の足の甲を思い切り踏みつけた。

 痛いですよ、神様。お願いですから離してくれ頼むから。

 

「何であの吸血鬼如きに能力を三回も使ったのかな。私としては多くても一回だけだと思ってたのに、これじゃ自分から瑠瑠神になりにいってるじゃないか。でもまあ、取り敢えずは無事で何よりだよ」

 

「そうか・・・・・瑠瑠神はどこに」

 

「また『絶無世界』に戻ってもらった。正確には別の、かな」

 

 絶無世界、コイツが瑠瑠神に使ったらしい能力。文字通り何も無い世界に閉じ込めるらしいんだが、聞きたいことが山ほど出てきたな。

 

「まず、ここはどこだ」

 

「ここは最初に瑠瑠神を閉じこめた絶無世界。まさかほんの一瞬だけ君を取り込んでここに連れてくるとは思わなかったよ。色金の()()()()()()()()()()っていう特性がやっぱりネックだね。これが私が苦戦してる一つの理由でもあるんだけど」

 

「取り込んだって、まさか俺が瑠瑠神になったのか!? 」

 

「落ち着いて。取り込んだのは君の魂で、一瞬だけ。特性を利用して本来干渉不可能のこの世界まで君を連れてきたけど、まだ力が戻っていない故の不完全な状態だったからかな。ここに来た時はまだ君は自我を保っていられた。魂ってのは君の存在そのもの。例えるなら真っ白なキャンパス。故に何色にも染まってしまうんだ。瑠瑠神色にも、勿論私色にもね! 」

 

 この非常事態にくだらないコイツのキラキラ笑顔はスルーだ。

 ため息を吐けば幸福も一緒に逃げてしまうと聞いたことがあるが、これはつかざるを得ない。

 魂云々のよく分からん話は白雪辺りに聞けば教えてくれそうだが。今回は瑠瑠神が不完全な状態だったから助かったってことだな。

 

「二つ目。今瑠瑠神にどれくらい侵食されてるか分かるか? 」

 

「当然、見ればね。薄汚い小娘の血と気配が伝わってくる」

 

「・・・・・酷い言い様だな。あとどのくらい持ちそうだ? 」

 

「持って半年。早くて年内だね。君が能力を使えばその分瑠瑠神は君に干渉する。今のとこ侵食範囲は右半身だけで留まってるけど、そのうち全部持ってかれるよ」

 

 覚悟はしてたが、いざ面と向かって言われると心にクる。絶対的な力を持つ瑠瑠神に今のままで勝てるとはお世辞にも言えない。何の対抗策も思いつかず半年過ぎてしまえば、そこでゲームオーバー。早くて年内ってのは俺が瑠瑠神の能力を使った時だろう。

 

「ま、君が峰理子を口説いてる時には一切の干渉を君が封じてたから峰理子にも手を出さずに済んだから、それはそれでよかったんじゃない? 」

 

 痛い痛い! つま先でグリグリやるんじゃねえ!

 しかもジト目を向けてくるな。なぜ俺が踏まれなきゃいけないんだよ。自分じゃよく分からんけど封じられてたんだからいいじゃねえか!

 

「分かった分かった! 」

 

「ふん! やれ守るだの、やれ恋人だの。君は節操のないダメ男だね。君一人じゃあの下等生物にも勝てそうになかったのに」

 

「・・・・・んなこと分かってる」

 

 俺が理子を助けられたのは皆が居てくれたおかげだ。文がいなければ盾なんて無かったし、キンジ、アリアがいなきゃ今頃俺の体は紅鳴館の門に串刺しになってるか血を全て抜かれて干からびてるか──まあロクな死体じゃない。

 

 だがこうして俺は理子を助けられた。今死んでも後悔はない・・・・・とは絶対に言いきれないが、理子を縛る鎖は全部断ち切った。満身創痍の体に叶うならば、もう少しだけアイツの隣に居たい。笑ってる姿、子どもみたいにはしゃぐ姿、ちょっと照れてる可愛い顔、哀しみに暮れた顔はあまり見たくないけど、誰かに見られるくらいであれば俺が──

 

「きーみ」

 

 トン、と人差し指で額を軽く押された。

 

「──すまん。なんか考え事してた」

 

「はぁ・・・・・あの話も本当のことか。滅入っちゃうね」

 

「あの話って、どういう話だ? 」

 

「君はまだ知らなくていい。それよりさっきの話の続き。これからは君にちょくちょく干渉していこうと思う」

 

 はい? 干渉って瑠瑠神みたいに人格ごと乗っ取られるとかは嫌だぞ。いつ感じても他人が自分を汚染していくのは気持ちが悪いものだ。二度と侵入させないってのは無理だけどなるべく回数は減らしたい。

 

「干渉と言っても君との連絡だけさ。ほぼ皆無だった連絡を積極的にしよってこと。(報告)(連絡)(相談)があのクソビッチを殺す上で大事だからね」

 

「そういうことか。なら異議はないな。お前の力は使えないのか? 」

 

「使ってもいいけど、その場合君と私は契約しなきゃいけない。契約したところで君が私の能力を使えばその体は耐えきれずに爆発するけどね」

 

 そっ、そんなキラキラした目で爆発とか物騒なこと言わないでくれよ。毎日武偵校で死ねだのゴミだの罵詈雑言が飛び交う中でも体が飛び散るだけは聞かないレベルだぞ。

 

「だったらサポート役に徹してくれ。そっちは瑠瑠神のことでも忙しそうだから無理せずにな」

 

「うん。でも無理してでも全力で君をサポートするよ。クソビッチの力を弱めるくらいしかできないと思うけど・・・・・がんばるね」

 

 見た目幼女のくせに大人びた雰囲気と笑顔を見せてくれた。コイツは成長しきると体がリセットされるから、外見は幼女でも中身は大人の女性。そのアンバランスさが魅力だ──って思ってそうだけど、俺からすれば、ただ背伸びしてるだけの幼女にしか見えないんだよな。

 何というか、(平賀)と似てる。主人に懐いてる犬みたいだ。

 

「ねぇ君。なんで私の頭撫でてるの? 」

 

「あ、すまん。なんか撫でたくなった」

 

 艶やかな黒髪が指をすり抜けていく。肩肩甲骨辺りまで伸びているそれは、どことなく夜を思い出させた。単なる暗闇ではなく、月明かりに照らされた優雅な背景が浮かび上がる夜──こう比喩した方が正解に近い。

 

「もう、君! 誤解させるのは本当に得意なんだね! あとそういうことは他の女の子に言わない方がいいよ! 」

 

「そ、そうか」

 

 なら仕方ない。後で面倒な事になりかねない事態は極力避けたいしな。いつまで経ってもポロッと思ったことを口走るのは良くない癖だが、それも治していかないと。

 

「とにかく。瑠瑠神はこの瞬間でさえ君を自分に上書きしようと試みてる。無意識下で拮抗してるけど、徐々に意識しないと抵抗できなくなってしまうよ」

 

「待て。その()()()ってなんだ? 」

 

「言葉通り、君の魂を自分の魂に上書きすることだよ。一から説明しないといけないけど・・・・・まず緋緋神、璃璃神、瑠瑠神は元々地球の外からやってきた上位の存在。三体が地球に隕石となって落ちたのは人々がまだ文明を築いていない時だ」

 

 文明って、旧石器時代とかそれ以前の話か。

 てか地球に堕ちたって、あいつら宇宙にいたのかよ。

 

「それから彼女達は永い時を地球で過ごした。そして人が生まれ、文明を築き始めたと同時にとある疑問を覚えた。自分たちの言葉や感情を理解できる者はいるのか? ってね。想像してみて。君が異世界に飛ばされて、自分たちと外見や考え方、感情、その他諸々がまったく違う生物が周りに居た時のことを。君はどう接すれば良いか分からないだろう? 」

 

「あ、ああ。確かに違う世界に行ったら価値観とか言語すら分からないな」

 

「そう。そこで彼女達は、現地で栄えた文明の人々の中から、自分とよく似た波長──同一と言っても良いソレを持つ人間を見つけ、その人の魂を自分の魂に上書きした。人間の魂を自分に上書きすれば、彼らと同じ考え方が出来るからね。勿論、自分の魂に上書きしてしまったら多少なりとも、その人間の性格や趣味嗜好が反映されてしまうけど・・・・・乗っ取られる程じゃない」

 

 じゃあ今の瑠瑠神の性格は元人格に影響されてって可能性もあるのか。いや、随分と昔の人でもこんな重すぎる愛を囁いてくるのか・・・・・。でも昔ってまだ外敵がウンザリするほど居たからな。自分を守ってくれる人を常に傍に置きたいという女性の本能があったから──って考えると分からなくもない。分かりたくもないんだが。

 

「そうして特定の姿や形は存在しない彼女達は、仮初(かりそめ)の姿と人格を手に入れた。彼女達は自分の外見を幾らでも変化させられるから、仮初の姿は副産物。別にいらないものだね」

 

「じゃあアイツが俺の前に現れるお姉さんは瑠瑠神の仮初の姿──もしくは俺と深い関係を持っていた人か? 」

 

「ま、限定するならどちらかだよね」

 

 それが本当だとすると、後者の方は前世でもこの世界でもあの顔の女性は見たことがない。ストーカーとかも無かった・・・・・はずだ。だから前者の仮初の姿ってのが今のとこ濃厚か。

 

「人格と仮初の姿を手に入れた彼女達は次に彼らに求めた。『私達を宇宙に還すことはできるか? 』と。現代はともかく、やっと道具を使い始めた人間に何t単位の金属を宇宙に還す能力も技術なんてあるわけが無い。そこで彼女達はどうしたと思う? 」

 

「・・・・・現代まで待っていたのか? 」

 

「いいや、諦めた。勿論いつかは還れると信じていたけど遠い先のことだ。神とはいえ何千年も過ごすのはさすがに気が滅入る。だから最初に緋緋神が──って話が脱線してしまったね」

 

 と、一旦俺から離れた。

 踏まれていた部分はまだ小さなアンヨの感触が残っていて微笑ましく思える。

 

「私が言いたいのは、間違えても上書きしたりされたりしないこと。上書きは魂が混ざり合うんだ。してしまったが最後、未来永劫君と瑠瑠神は離れることが出来ない」

 

「それだけは嫌だな。了解したよ」

 

 上書きされる感覚は乗っ取られる感覚とほぼ同じと考えてもいい。手足が動かず、体の自由が効かなくなり、最後は思考を盗られてしまう。その状態ならば誰を傷つけたって俺には分からないし、分かりたくもない。理子や文だけじゃなく、親しい女友達にも手をかける。確信を持って言えることだ。

 対抗策は今のとこなし。瑠瑠神を守った緑色のバリアも元から備わっている能力だろうけど、あれを使える頃には多分俺は俺でなく瑠瑠神になってるな。

 

「あ、君。今日はもうお別れのようだ。早いようで短いな、時が過ぎてしまうのは」

 

「迎え、か」

 

 振り向くと、紫色の無数の手がゆっくりと俺の肩に伸びていた。決して抗う事の出来ない力。だけど今回は俺の肩を掴むと後ろに引っ張らず、手をかけた状態で止まっていた。

 よし、ゼウスに聞いておけるうちに。

 

アイツ(瑠瑠神)への対抗策は思いついたか? 」

 

「期待に添えなくて残念だけど、まだ私も頭を悩ませてるよ。でも閃いたらすぐ実行に移したいから、私からの連絡は絶対に応答してね」

 

「ああ。取り敢えず現世に戻って落ち着いたら連絡する」

 

 グイッ。

 肩に乗っていた紫色の手に力が加わり、暗闇へと引っ張られる。

 話が終わるまでわざわざ待っていてくれたのが外見と似合わずシュールで不覚にも笑ってしまった。

 と、ゼウスは思い出したように俺の名前を呼んだ。

 

「月は姿を変える。二人で変わることのない愛を育てよう。そしてこの恋のつぼみは美しく咲くだろう。僕たちの愛の恵みを受けて・・・・・ロミオとジュリエットのセリフ、覚えておくといいよ」

 

 ありがとな、と返事をする間もなく、俺は暗闇に吸い込まれていく。

 ゼウスは黒く澄んだ双眸をいつまでも俺に向けていた。

 

 



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第48話 All for one

前回 瑠瑠神とゼウス


「​───知らない天井、なわけないか」

 

 目を開ければ汚れ一つない真っ白な天井。顔を横に向ければ、見慣れた色のカーテンと隙間から見える東京の街並み。

 

「生きて帰ってこれたんだな」

 

 あの出血量で戻ってこれた事は奇跡などという曖昧で自分とは無関係な事象なんかじゃなく、キンジとアリアがどうにかして奇跡を必然にしてくれた​─​─その結果だ。

 

 そよ風がカーテンを優しく揺らす。

 時刻は・・・・・分からないけど、多分夜中の三時あたり。カーテンの隙間からあの日の夜と同じ月光が見え隠れして、なんだかじれったくなった。

 ここがいつもの個室なら、その月を眺めていたい、そう思ったからだ。

 

「んぅ」

 

 子猫のような甘い声。バニラに似た香りがふわっと俺を包み込んだ。重たい上半身を起こして目を向ければ、右腕のすぐ近くに綺麗な金髪の少女が気持ちよさそうに寝ている。

 どこまでも愛おしく見えるその寝顔。男相手にそんな幸せそうな顔で​───無防備過ぎやしないかなって。

 

「理子」

 

 艶やかな髪を指で遊ばせながら名前を呼んでみる。

 ただ、名前を呼んだだけ。それだけで胸に暖かな感情が溢れ出てきた。

 本当の理由は知らない。出血多量でも死なずに理子の名前をまた呼べるからか。それとも理子が生きてくれてたからか。

 何にしろ、この暖かさは血みたいな生暖かいものではなく、慈愛のような心臓のみならず全身を包んでくれそうなものだ。

 

「んんっ​」

 

 起きた気配を感じ取ったのか理子はヨダレの跡を残したまま薄ら目でボンヤリと俺を見た。

 夢から覚めた直前は頭も冴えないようで、手の甲で目を擦っている姿はまさに猫のソレ。

 

「・・・・・あっ」

 

「おはよう、理子」

 

「ん​───おはよう」

 

 ヨダレを零してたのと寝顔を見られたのが恥ずかしいらしく、かあっと頬が赤く染まる。

 今まで理子の部屋で理子のベッドに寝泊まりしたこともあるのに、今さら初心(うぶ)に戻ったのか。寝顔くらいいつも見合ってるというのに。

 

「ずっと看病しててくれたのか? 」

 

「そうだよ。理子が起きてからずっとね」

 

 俺たちの間にどこかぎこちない空気が流れる。

 死闘を繰り広げたからではない。多分、館で恥ずかしいことやら何やらを思い出したせいだ。

 無言になる。そう思ったが、少しの前触れもなく​──きゅるる。胃が情けない音を出して空腹を訴えた。

 

「お腹、空いてるんだ。はい、リンゴ」

 

 張り詰めてた緊張が一気に解けたのか、理子はプッと吹き出して笑う。しょうがないだろと口にする間も無く、一口サイズの皮付きリンゴを小皿ごと渡して​──​半ば押し付けのようだが​──くれた。以前に入院した時も一口サイズのリンゴを渡してきてくれたっけ。

 でも違う点が一つだけ。皮付きの、しかもV字型に皮を残した、通称うさぎリンゴと呼ばれるものだ。

 

「ありがと」

 

 皿から落ちそうになっている爪楊枝を掴み、二つの内の一つを頬張る。

 シャキッとした感触と口の中に広がる果汁。

 理子に作ってもらった食べ物を食べたのは久しぶりだからなのか、自分で切ったものより数十倍も美味しい。胃にしみるというか心に染みるというか・・・・・。

 

 

 二つ食べた後、すぐには俺も理子も言葉を交わさなかった。木々の葉が擦れる音に耳を傾け、月の光に身を任せて。理子も少しばかり俯いている。

 多分、同じ事を考えてるんだと思う。『ニセモノ』の関係を始めて理子の態度や性格が少しずつおかしくなったこと。ヒルダと接触した頃からあまり学校に来なくなったこと。建造途中のスカイツリーでの出来事。そして​──紅鳴館でのこと。

 二人とも違う毒を盛られて、文字通り死に物狂いで、互いに自分を犠牲にしてまで勝ち取った勝利だ。

 

 本当の理子を取り戻すためにどれだけの血と傷を体に刻み込んだだろう。

 体を無理に動かしたせいか、痛みがズキズキと遅れてやってくる。局所的ではなく全身、文字通り目の奥や頭もだ。だけど・・・・・今はこの痛みが心地良い。生きてるって実感できるから。

 

 理子の方は痛みは無さそうで包帯も巻かれてない。制服姿の彼女は外から見れば傷一つなく見えるだろうけど、その中に隠された傷跡が気になってしょうがない。

 ああでも、脱げっていったら変態扱いされるか・・・・・。

 

 

 

 起き続けるのはさすがに辛く、再びベッドに横たわって​──10分、20分、そして30分。俺も理子も目を合わせずただ沈黙が続いて月も傾き始めた頃、理子はポツリポツリと少しずつ言葉を零し始めた。

 

「ヒルダはまだ生きてるよ」

 

「​───意外とは言わないが随分としぶといんだな」

 

「うん。爆発に巻き込まれて全身を大火傷。加えてガラスの破片が体中に突き刺さって出血多量だったけど、あたしが輸血して何とか一命を取り留めた」

 

「たっ、助けたのか? ヒルダを。何度も俺たちを殺そうとした相手で、理子にとっては生涯の敵みたいなもんだろ。なんで・・・・・」

 

 俺の問に、理子は迷うことなく答えた。

 

「確かにね。輸血しなきゃヒルダは死んでた。理子の血液型じゃないと合わないからね。最初は輸血しようか迷った​───でも、輸血せず殺してしまったら、あたしは最低最悪のアイツらと同類になる気がしたんだ。それだけは絶対に嫌だから、理子はヒルダを助けた。キョー君はそれじゃ不満? 」

 

「​──いいや、理子がその答えを選択したんだ。俺が口出しすることじゃない」

 

「くふっ。キョー君ったらなんだかんだ優しいんだね。普通だったらここは理子を怒るとこじゃない? 」

 

「理子を怒るわけないだろ。それに​​」

 

 俺は理子が赦さないと言ったら赦さない。逆もまた然り。白と言われれば白だし、理子が黒といえば白だって黒にする。理子の答えは俺の答えだ。

 

「それに? 」

 

「​​いや、なんでもない。俺にとってはお前の体調の方が心配なんだが」

 

「大丈夫だよ。救護科の矢常呂(やどころ)先生とワトソンが処置にあたってくれた。キョー君の毒も簡単に解毒して、小言を言うくらいだったよ。『現地で自分の出血くらいすぐ止めろ』ってね」

 

「患部を凍らせる止血方法か。痛いからやりたくなかったんだよな。今考えればもっと早く止血してればもう少しだけ楽にヒルダを仕留められたなって後悔してる。にしてもあの出血量でよく生き残ったな俺」

 

「ちょうどワトソンがそれについて考えてるとこだよ。何であの出血量で生きてるんだって、不思議そうな顔でね。───ね、キョー君」

 

 理子はおもむろに指を絡ませて、何度か強く握ったり弱くしたりを繰り返した。まるで、今も目の前で話していた俺が幻ではないか試すみたいに。自分はまだ紅鳴館にいて、夢を見てるんじゃないかって。手に取るように理子の気持ちが伝わってくる。

 

「この傷も、この傷も。全部あたしを守る為についたんだよね」

 

 槍に貫かれた右肩の傷から、顔、腕、胸部を左手の細い指がなぞっていく。まだ完治してない傷を触られているというのに不思議と不快感はない

 だけど理子は反対に苦しい表情を浮かべてる。自分のせいで、とでも思ってるのだろう。

 

「キョー君はさ、何でボロボロになってまで理子のことを守ってくれるの? 紅鳴館でも言ってくれたけど」

 

 それは​───答えられない。

 理由なんて漠然としたもので本当の答えにはまだ辿り着けてないからだ。

 ただただ、守りたいから。その言葉だけで済むのならとっくに答えてる。

 理子を説得した時に言った、理子と一緒に幸せになりたい​──これは多分含まれてる。けど、含まれてるだけであって答えではない。紅鳴館で理子に言った理由のどれも同様だ。

 

「その答え、保留でいいか? 」

 

「保留? てきとーな言葉思いつかなかった? 」

 

 くふふっ、と理子は口に手を当てて微笑んだ。

 その仕草でさえドキッとさせられてしまう。

 

「てきとーじゃないさ。何て言えばいいのか分かんなくてな・・・・・。今度言うから今のとこは勘弁してくれ」

 

「そっか・・・・・あたしが望む答えだといいな」

 

 理子が望む答えか。理子がどんな気持ちで、何を俺に期待してくれてるのかは今はまだどれだけ考えても答えが出せそうにない。それでも今日、この日からまた一緒に過ごしていくうちに自ずと分かる​──そんな気がする。確証はないけど確信はある。

 

「理子は​──あたしはさ、キョー君に感謝してる。感謝してもしきれないくらい、ありがとうって思ってる」

 

「・・・・・ああ」

 

「あたしには一生ヒルダやブラドに支配される運命にあった。でもアリアやキー君、​キョー君がその呪いから解き放ってくれた。もう二度と光の当たる世界には出れないって諦めてたけど、命を懸けて理子をまた光の当たる世界へと連れ出してくれた。だからね​──そのお礼がしたいの」

 

「お礼? お礼なんてお前らしくないな」

 

 理子の事だからてっきり『ありがとー! 助かったよ! 』とでも言って済ますのかと思ったのに。

 

「くふっ。大事なものを教えてくれた人にお礼一つ無いなんて非常識だから」

 

「大事なこと​───か。何も教えたつもりはないんだけどなぁ。ま、そのお礼ってのはなんだ? 」

 

「お礼はね。理子が一つだけ何でも言うことを聞いてあげる」

 

「何でも? どんなことであってもか? 」

 

「うん。どんな事でも、理子はやってみせる」

 

 声音が嘘はついていないと教えてくれる。

 なら、ちょうど好都合じゃないか。理子に一つだけ自分の願いを叶えて欲しいことがある。

 今までの思い出が全て無駄にならないように。

 

「​じゃあ───もう自分を偽らないでほしい」

 

 たった一言。理子だけに聞こえるよう呟いた。

 

「・・・・・え、それだけ? 」

 

 ちょっと間の抜けた感じの返し。

 

「理子が他のヤツらにどんな顔を向けたって構わない。だけど、俺といる時だけは​本当の素顔でいてくれないか? 俺は『本当の理子』って言うのがまだ分からないんだ。でも理子は理子で、他の誰かになるわけじゃないだろ? これからもヒマワリみたいな眩しい笑顔が見たい。照れた時の仕草も、拗ねた時の表情も。自分には厳しいくせに他人に甘いとことか、今日見つけた新発見だ。そういう今まで知らなかった事を知りながら​──最後の最後まで守り抜きたいんだ」

 

 俺に何を命じさせたかった知らないけど、これ以外に望みなどない。

 

「な、何言ってんの・・・・・ばーか」

 

「ばっ、ばか? 」

 

「だいたい口説き文句をそんな堂々とした目で言わないでよ。恥ずかしい・・・・・から」

 

 口元を手で覆ってそっぽを向いてしまった。

 口説き文句を言ったつもりはないんだけど、理子にはそう聞こえたらしい。・・・・・いや、思い出せば確かに聞こえなくもない。でもまぁ本当のことだし、訂正する気もないけど。

 理子は、うー、と唸ってまたこちらを向き、

 ​

「分かったよ! 二人きりの時は自分を偽らない。約束はキッチリ守る! 」

 

 と、目を合わせてしっかり承諾してくれた。

 

「ああ、頼む​───」

 

「でも、やられっぱなしなんてわけにはいかないから​」

 

 言い切る前に勢いよく立ち上がると、側に屈んで俺の顔の左頬に手を添えた。

 何されるんだ​? ・・・・・待て。やられっぱなしにはいかないって言ったな。だとしたらビンタされる可能性があるぞ。口説くんじゃないって説教でもされるんじゃ・・・・・

 

「​仕返し」

 

 妖精のような声で囁かれ、くすぐったくも直接脳内に響く心地よい感覚。そして​──ちゅっ。

 

「・・・・・え? 」

 

 桜色をした理子の唇が、頬に触れていた。押し付けられたのではなく軽くタッチするような​優しいキスだ。

 

「これで引き分けだから」

 

 耳まで紅くした理子は先程とは違いまっすぐ俺の目を見てきた。

 甘い残り香が鼻腔をくすぐって、理子という存在を再確認してしまう。こんなに可愛い人にキスされたんだって。

 

「不意打ちはダメだろ」

 

 理子を直視できない。

 顔に熱風を受けてるような熱さが上ってくる。

 

「あ、照れてるなキョー君」

 

「照れてない。こっち見んな」

 

「くふっ。やっとキョー君の照れ顔を拝められたよ。これはファーストキスを奪われた仕返しも含まれてるんだから」

 

 ふぁ、ファーストキス? 奪った覚えは・・・・・あった。紅鳴館でだ。いやでも、その前に理子とした覚えがあるぞ。

 

「ファーストキスはお前のロザリオを奪った時じゃねえか! 首にかけてって言われたからかけたらお礼だよって俺にキスしたよな! 」

 

「あれはちゃーんと、唇に薄くて透明な膜を事前に貼ってたから。唇につけるサランラップみたいなものだから、直接は触れてないし! 」

 

 くっ、反撃の言葉が見つからん。大体俺があの時理子にキスしたのだってヒルダから理子を奪うって意味でしたんだ。決してやましい気持ちとかはなかった。全くない。無いと信じたい。

 

「仕返しって、他に方法はなかったのかよ・・・・・」

 

「だって​───」

 

 理子は口の端に人差し指の先を当てて小悪魔っぽい顔をすると、

 

「理子は世界一の大泥棒。形のあるもの無いもの、泥棒は自分が欲しいと思ったものは全てを盗むのが(さが)だからね」

 

 ドクン​。

 理子に何かを盗まれたのか分からない。

 だけど・・・・・確かに盗まれてしまった。

 理子に聞こえるんじゃないかってくらい心臓が高鳴る。息苦しい。誰にも触られていないのに胸のあたりを圧迫感に襲われる。

 

「キョー君はさ、理子のことどう思ってる? 」

 

「どうって、守るべき存在だって思ってるけど」

 

「・・・・・嬉しいな。そんなこと言われちゃうなんて。まだ夢の中みたいだよ」

 

 一拍置くと、再びキスしそうな距離まで近づいた。

 

「理子はね。キョー君のこと​───」

 

 

 

「おーい。死んでたら返事しろー」

 

 がらら。

 深夜だというのに暗い病室の扉が急に開けられ、嗅ぎ慣れたタバコの臭いと共に外から聞きなれた声が聞こえた。

 

「​──ッ!? 」

 

 眼前に迫っていた理子は外の人物の声を聞くやいなや​、柔らかい唇ではなく硬い頭蓋骨を俺の頭に叩きつけ、

 

「いだっ!? 」

 

 俺は枕に、理子は病室の冷たい床にそれぞれ後頭部を打ち付けてしまった。

 前者は弱点である後頭部を枕が優しく包んだおかげでダメージは半減されたが、後者の方は後頭部を頭より硬い床に激突したせいで痛みにもがいている。

 うずくまる姿はまるでダンゴムシだ。

 

「あぁ、めんごめんご。感動の再会を邪魔したな」

 

「何でこんな夜にわざわざ来るんですか・・・・・()()()! 」

 

 額の痛みに目を細めながらも綴先生を見る。

 病院内は禁煙なのに平気でタバコを吸ってるあたりどうかと思うが、あの人はあれで普通なのだ。

 先生は人差し指と中指で資料のようなものを挟んでヒラヒラさせながら、理子のいる反対側​──寝ている俺の左側の椅子まで来ると、ドガっと着席した。

 

「ふぅー。とりあえず地獄からの生還おめでとう、と言いたいところだが・・・・・」

 

 左腕に巻かれた包帯にタバコの火を押し付けて火を消す。

 引火したらどうすんだよというツッコミすら入れさせてもらえず話は進んでいく。

 

「派手にやってくれたなぁ。洋館での爆発騒ぎその他発砲音。近隣に住宅が無いとはいえ聞こえるもんは聞こえるんだぞー」

 

「通報きましたか? 」

 

 恐る恐る尋ねる。

 返答は耳を引っ張ることで返ってきた。

 つまり良い夢を見ていた複数の人々を叩き起したということだ。

 

「落雷による火事だって隠蔽したけどさぁー。Sランクのくせに吸血鬼相手に手こずりすぎじゃないかー? 」

 

「普通の人間だったらまず吸血鬼なんて目にしませんし戦いもしませんからね! 」

 

 苦労に苦労を重ねた俺の発言は、まるで聞こえてないみたいにスルー。内ポケットから新しいタバコを取り出し口にくわえた。

 

「で、何でこんな時間に来たんですか。イビリに来たわけじゃないんでしょう? 」

 

「そうだな。えっと・・・・・ああ、思い出した。お前の新しい二つ名に関する書類やら何やらを届けに来ただけだ。徹夜続きで眠たいんだぞー」

 

 ぺしぺしと書類の束で俺の頭を叩く・・・・・というより仰ぐといった感じで渡してきた。

 今の二つ名は不名誉すぎる名前だ。変態(ワールドエネミー)だぞ。不名誉すぎて俺も忘れかけてたよ。

 今度は何だ、瑠瑠神と理子を二股かけてるから不倫(ファッキンメン)か? 冗談じゃない。瑠瑠神なんぞ殺すべき相手だ。そんな相手をわざわざ愛する性癖など俺は持ち合わせてない。

 

「資料の四ページの一番下だ。喜んで受け入れろよぉ。今回のはマトモだ」

 

「一番下・・・・・」

 

 指示通りの箇所を探すと、他の文字よりも目立つよう太文字で書かれていた四文字が目に飛び込んできた。

 ふざけているものではない。アリアや理子のようにちゃんとした二つ名だ。その名前は​───

 

最後の砦(ラストスタンド)

 

「お前の主武装が盾だろ。()は盾を意味してんだ。()()ってのはお前がいなくなったら峰を守るやつはいなくなる。要は姫を守る最後の砦ってことだ。()()()()()()()ってのは死にかけながらも守り抜くって感じの意味らしいぞー」

 

「こ・・・・・これが俺の、二つ名ですか? 」

 

「そうだ。よくもまぁ色んな意味をたった四文字に加えたなぁ」

 

 実感が湧いてこないというか、本当に俺の二つ名なのか今一度確認したくなる。

 だってこれの前が変態だろ? カッコ良さ的な意味で雲泥の差だ。

 

「キョー君​にピッタリな二つ名だよ! 二対の盾で外敵からの攻撃を守って、理子がアタッカーとして詰めてく。うん、戦闘の時もしっくりきそう! 」

 

「待て待て。お前が前に出て殺されたら元も子もないだろ」

 

「そしたらキョー君は理子よりもっと前に出て銃弾を弾いてよ。全ての攻撃をキョー君の盾が受けてくれたら一発で仕留めることもできるんだから」

 

「オイシイとこだけ持ってくってわけか。さすが、泥棒様だな」

 

 同時に笑った理子の得意気な表情が、今は息が詰まるほど愛らしく見える。

 これからも彼女の眩しい表情を崩さないために、この二つ名に誓って自分という存在をを捧げて理子を守る。

 どれだけ傷つこうと盾は消耗品。だが理子が天寿を全うするまで壊れたりしない。

 もちろん例外はあると思う。例えば、盾を犠牲にすることで理子を幸せにできる​場合。ならばその時は喜んで死を受け入れよう。

 

「はぁ​──伝えたいことはこれだけだ。ゆっくり休めよぉ」

 

 ふぅ、と大きくタバコの煙を吐いて立ち上がり、コツコツとパンプスの音を響かせながら病室の扉をゆっくりと開けた。

 綴先生も非常識でゲスな人だけど、根は優しい普通の先生なんだなって感じた。生徒を想う気持ちが無ければこんな深夜にわざわざ来てくれたりしないから。

 ありがとうございます​───先生。

 

「あ、一つ言い忘れてたぁ」

 

 綴先生は扉に手をかけたまま顔だけひょっこりとこちらに向けると、

 

「文化祭の演劇、明日だぞ」

 

「・・・・・はい!? 」

 

 衝撃事実を突きつけられた。

 ​・・・・・文化祭まで、あと24時間。

 




活動報告に主人公のプロフィール載せておきました。
よかったらどうぞ。


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第49話「大好きだよ、キョー君」

前回 病室で理子とお話


「最終チェックいくよー。ロミジュリ、そっちのメイクはもう準備オッケー? 」

 

「ああ、何とかなりそうだ」

 

「うっうー! 理子は全部終わったよ! 」

 

 文化祭一日目。

 がやがやと舞台裏で様々な格好をした同級生から先輩、後輩までもが慌ただしく行き交っている。武偵校の制服ではなく、中世ヨーロッパの衣装を真似した服でだ。もちろん防弾ではない。

 

 綴先生から文化祭まであと一日と聞かされた時は目が飛び出すほどビックリした。ロミオのセリフを全て完全に忘れていたからだ。

 焦りに焦って必死に覚え直してる途中でメイク係の女子が部屋に押しかけてくるし。ロミオの服のまま任務に行ってボロボロにしてくんなと肘鉄やらタイキックやらを服と同様のボロボロの体に打ち込まれるわで大変だった。

 

 俺の責任だし、やりたくはないけど女装の衣装を使えば直す必要ないんじゃないかって言ったら、

 

『生傷だらけの肌を観客の前に曝すわけにはいかねえだろ! 』

 

 とさらに殴られた。

 理子も理子で殴られてる俺を笑いながら見守るだけだったが。まぁその時の理子の目が笑ってなかったのが怖かっけど。

 結局は徹夜してくれたおかげでボロ雑巾だった衣装が元通りになって、新品同然のを着てるわけだ。現在進行形で貧血気味でフラフラの俺も強制的に手伝わされたのは苦い思い出だがな。

 

「あー緊張する。傷口開いて血が吹き出そう」

 

「緊張して飛び出すのは心臓くらいにしてよ」

 

 なんてくふふっ、と俺に笑いかける理子。心臓飛び出ちゃダメだろとのツッコミを入れたい所だが、生憎いまの俺には1分1秒足りとも時間が惜しい。

 演劇の補助生徒は、監督の指示に従って舞台裏を駆け回っている。一つミスすれば先輩と先生一同からの説教と体罰が待ってるからな。(ひたい)の汗は疲れは程遠い冷や汗だろう。

 一年生とさっきから何故か俺を睨んでいる二年どもも頑張ってくれ。俺も頑張るから。

 

「セリフ、覚えきれた? 」

 

「いーや、まだ───」

 

『では誠にお待たせ致しました! 我が校が誇る最高のカップルと最高のモブでお送りする悲しい恋の物語ッッ! 血で血を洗う争いを続ける両家、モンタギューとキャピュレット。そこで生まれついたロミオとジュリエットは、皮肉にも恋に落ちてしまうのでしたッッ! 』

 

 地響きでも鳴ってるような歓声と拍手が、普段は強襲科の戦闘訓練で使われている体育館に響き渡る。同時に舞台裏からは悲鳴とも呼べる驚嘆の声があちこちから聞こえてきた。

 

「やべっ、始まっちまったぞ! 」

 

 時計を見れば開演まであと三分。

 くそっ、ナレーション役め開演時間を早めやがったな!

 確かその役は同じ強襲科の二年。この三分で出来ることがどれほどあったことか。あとでシバく。

 

「じゃ、お先に行ってきます。()()()()

 

「──最高の演劇にしような。()()()

 

 理子は俺が舞台へと向かう通路とは別の通路──木材で作られたバルコニーへと向かった。

 客席から見れば舞台の壁面は全て城風に変えられていて、場面ごとに背景の壁面が入れ替わる仕様だ。なかなかの出来栄えに綴先生も拍手してくれたっけ。砂漠みたいに乾いた拍手だったけど。

 

 と、城のバルコニーに着いたらしい。地鳴りのような客の歓声は、始めから誰も声を発していなかったと言わんばかりに、シンと静まり返った。

 当然だ。一介の女子高校生が、テレビに出演してる有名モデルを鼻で笑えるくらいのレベルで可愛いのだから。しかも諜報科の女子が化粧をしてくれてる。動かずにいれば、精巧に作られた洋人形──いや、天使が降臨したとでも言うべきか。誰もがあまりの可愛さに言葉を発せないでいる。

 

『ロミオ、ロミオ。どうしてあなたはロミオなの? 貴方(あなた)のその家名をお捨てになってくれたなら、私も家名を捨てるのに』

 

 凛とした声。このセリフの次に出ていくのだ。

 

「頑張ってよ。朝陽君」

 

「おう」

 

 直前まで色々とセットしてくれた女子に礼を言いつつ、舞台と舞台裏を分ける幕を、バッと勢いよく開けた。

 最初は勢いが肝心だ。セリフを忘れたらアドリブでなんとかすればいい。

 

「その言葉、確かに頂戴いたします! 」

 

 胸に手を当てて体育館中に充分届く声量で。

 眼前にはバスケットボールコートが四面分ほど収まる広さに敷き詰められたパイプ椅子に座る老若男女。それどころか壁際の通路に立って見ている人もいる。ざっと数えて700人以上はいるだろう。

 ───なんでこんなにいっぱい来てんの?

 

「ただ一言、僕を恋人と呼んでくれたのなら僕は今日から貴女(あなた)が恨む敵ではなくなる」

 

 落ち着け。キンジ情報によれば過度に緊張する時は素数を数えるのが効果的らしい。

 それに(なら)って素数を数えておこう。セリフを忘れない程度にだが。

 

「ねね、ロミオ役の人カッコよくない? 」

 

「ね! こんな高校でもイケメンはいるもんだね! 」

 

 と、つられて目を客席に向けると、最前列の女子中学生五人組がきゃあきゃあ言いながら誉めてくれてた。

 素直に嬉しい。面と向かって言ってほしいものだが今は演劇中。あとにして───

 

「ロミオ様。大事な話なのです。私の目をしっかり見てください」

 

 言われた通り先ほどに比べてやや低めの声に目線を移す。

 理子がいる場所は、俺が今いる舞台袖の反対側のバルコニー──床からおよそ七メートル上の──で俺に冷やかな視線と共に、

 

『デレデレ しないで』

 

 自然な動作。それも武偵にしか分からないマバタキ信号を送ってきた。

 デレデレはしてない。ただ嬉しかっただけだ。でも弁明しないとボコボコにされるな。この演劇が終わったらトイレに駆け込んで考えるとするか。

 

「ロミオ様。貴方(あなた)の身分を考えれば、死と同然のこの場所へどうしていらしたのですか? 門番も居てここへ来るのは大変難しかったはずです」

 

「僕は貴女(あなた)に会うためなら、門番の目を掻い潜ることなど容易いことです」

 

 まぁ、と大袈裟ぎみに口に手を当てて驚く理子(ジュリエット)

 

「私の身内に見つかれば即座に殺されてしまいます。 早く、ロミオ様のお屋敷へお戻りなさってください」

 

「心配無用でございます。兵士の剣など貴女の瞳があれば怖くはありません。優しき眼差しさえ僕に向けてくだされば、刃を通さぬ不死身となるからです」

 

 感情を込めて丁寧に。歯の浮くようなセリフだが、堂々と言えば様になるものだ。

 

「貴方は勇敢なのですね。それでも──」

 

『おい、あっちで話し声がするぞ』

 

 城の中から聞こえるたちの声。ここで俺は一度隠れることになっている。

 傍の柱の影に身を潜め敵の動向を探る。ここも、見つかるか見つからないかの瀬戸際でやらないと緊迫感は生まれないからな。

 

「ジュリエット様。こちらで誰か見かけませんでしたか? 」

 

「いいえ。私は誰も見かけておりませぬ」

 

「いえ・・・・・しかし。つい今しがたほど、ジュリエット様のほかに何者かの声を耳にしたもので」

 

「本当に誰も居ないわ。それより、私の庭を荒らさないでください。あなた方が物騒なモノと音をたてたせいで、私と一緒に憩いでいた鳥たちはみな飛んで行ってしまったわ」

 

 衛兵何か言いたげだったが、当主の娘の命令とあらばとまた城内部へ戻っていく。

 よくやった後輩。名前は知らないし多分あと一回だけの出演だろうけど、ナイス演技だったぞ。

 

「ロミオ様」

 

 衛兵が居なくなると同時にジュリエットは口に片手を当てて、

 

「これ以上は衛兵たちにも隠し通せません。どうか、今日はお戻りください」

 

 と、切なげな顔を覗かせた。

 

「今しがた言葉を交わしたばかりなのに、もう別れを貴女に告げなければならないのですか?」

 

「・・・・・悲しいことに、その通りでございます。さようなら。ロミオ様」

 

 去り際、月の光が良く似合う金色の髪をなびかせて目を逸らした。たった一瞬の動作に今生の別れを連想させる演技力。さすが、としか言いようがない。

 

「ジュリエット! もう一度・・・・・もう一度だけ、貴女の顔を見せてほしい! 」

 

 だがここでロミオは諦めない。諦めちゃいけないんだ。

 

「ロミオ様──私も貴方を失いたくありません。いつまでも共に貴方と暮らしたい。そのために──」

 

 再び吸い込まれそうな双眸と向き合う。その表情は、ロミオの離れたくない気持ちと同じだということを証明するに充分すぎる。

 

「今は堪えてください。明日の夜同じ時間、またここにいらしてください。なれば、共にどこまでも──遥か彼方へ旅をしましょう。両家から見つからない極東の国にでも行って、幸せな暮らしを。・・・・・っ。衛兵たちも怪しがっています。さぁ、はやく」

 

「──明日、必ず貴女の下へ参ります。では」

 

 再び衛兵の声が聞こえる前に城の外(舞台裏)へ退散する。

 裏では必死に木材を持って走り回る一年生の姿が見えた。片手にはトンカチと、演劇最中には絶対持つことのないものだけど・・・・・何か壊れたのか?

 

「な、どうした?」

 

 側を通り抜けた一年生に声をかけてみる。

 額に汗を浮かべた状態で青い顔をしてて事の重大さが窺えた。

 

「えっと・・・・・実は、最後に朝陽さんが峰さんのいるバルコニーまで行くのに使うハシゴがまだ完成してないんです・・・・・」

 

「──まじ?」

 

 できてないって、俺がまた舞台に出るのが10分後。

 理子が支配人やら家族やらともめる演技の最中に高さ七メートルのハシゴを作らなきゃいけんのか。てかこの日までの準備期間は長かったのに・・・・・って説教は後だ。裏方の一年生は結構いたはず。武偵でなくとも、日曜大工を少しかじっている人なら完成させるのに充分な時間だ。ていうことは、ほかに理由があるのか。

 

「10分の間にできないか?」

 

「新品の角材があれば簡単ですが、教務科から当日に、『こんな綺麗なハシゴが城にあるか!』って壊されてしまって。代わりに渡されたのがこれなんです」

 

 と、肩に担いだ木材を指した。目を凝らせば、ボロボロの体重をかけようものならすぐに折れてしまいそうなほどか弱いものだった。

 確かに。トンカチで打ち付けてたら折れちゃいましたとか、これは確実に折れるなってのを間引いてれば10分もすぐに過ぎてしまう。教務科も当日に気に食わないからって当日に壊すなよ。理不尽すぎる。

 

「と、とにかく間に合うよう頑張ってくれ。間に合わなかったら俺が何とかする」

 

「はっはい! 完成させなきゃ蘭豹先生のプロレス技の餌食に──ひっ⁉」

 

 トラウマでも思い出したかのように片手で口を押さえながらも現場に戻っていった。

 俺も裏で頑張ってる一年生のために、表で今も迫真の演技を続けている理子の為にも、失敗は許されないぞ。

 

 

 

 10分後。

 ロミオとジュリエットが再開する場面だ。セリフは完璧。本心から言っていると観客に錯覚させることができたのなら俺の勝ちだ。

 幕を開けて再び舞台へ。

 

 舞台袖から登場したロミオに観客の目が集まる。足の震えはもう止まったが、未だ心臓は緊張の糸を断ち切ってくれない。

 だが俺も武偵だ。こんなとこで立ち止まるわけにはいかない。舞台の床を踏みしめて、いざジュリエットの下へ。

 

「本当に行ってしまわれるのですか? 」

 

 城に続く道に我が家のメイド(あかり)が静かに佇んでいた。ロミオがジュリエットを助けに行くのを邪魔するのではなく、道の横に控えて送り出すように。

 練習の時は毎回倒れてたけど本番はちゃんと言えてるんだな。アリアの戦妹(アミカ)とは思えない演技力。アリアだったら緊張のあまり顔を赤くしてパニックになってたぞ。

 

「たとえ僕の全てを失ったとしても迎えに行かなければならないのです」

 

 メイドの側をゆっくりと通り過ぎる──その前に。

 彼女は服の袖をギュッと掴むと、消え入りそうな声で告げてきた。

 

「貴方様をずっと側で見てきました。辛い時も苦しい時も、ずっとです。私にだけ見せてくれた素顔も、ジュリエット様に恋をなさってから貴方の見せる笑顔は違うものになってしまいました。昨夜も危険を冒してまでキャピュレット家まで行って・・・・・正直私は生きた心地がしませんでした」

 

「──本当にすまない」

 

「謝ることはありません。ただご主人様の世話をすることが、私メイドの仕事ですから。謝るのは貴方様のプライべートにまで踏み入った私の方です。さぁ、ジュリエット様の下へ。貴方様の瞳を見て、止める気もなくなりました」

 

「アナタに支えられた日々は数え切れない。もう少しアナタと話したかった。せめて最後に、アナタの名前を聞かせてくれないか? 」

 

 メイドは胸の前で手を合わせた。

 

「・・・・・レッテラ。ヒーラ・レッテラです」

 

「そうか───レッテラ。今まで本当にありがとう」

 

「はい。ロミオ様、私は貴方様のことをずっと──いえ、これは無粋ですね。行ってらっしゃいませ、ロミオ様」

 

 頬に涙を零し、今生の別れを告げたレッテラは深々とお辞儀する。

 す、すごいな。あかりって演技派だったのか。あかりとはあまり関わったことないから分かんなかったが、あとでアリアにも教えてやろう。アリアに褒められればあかりだって嬉しいだろうしな。

 

 レッテラの言葉に短く返事をして、一歩踏み出す。

 舞台の背景の壁が回転し、夜道から城が描かれた壁へ。いよいよ最終場面だ。ここからが本番だと思ってもいい。なぜなら、

 

「待ちたまえ! ロミオ! 」

 

 城内部から憤怒を含んだ声音が発せられた。

 ここでジュリエットを守る騎士たちと、ロミオの戦いだ。他の学校で同じ場面をやるとすれば、厚紙やダンボールで作られた剣を使って戦う。打ち合いの効果音はもっぱら用意された音声だ。だが武偵校は装備科から提供された真剣をつかう。もちろん切れ味抜群だし、衣装は防刃性じゃない。当たれば重症だ。

 

「なぜだ誇り高き三人の騎士たちよ。僕は愛するジュリエットを迎えに来た。ジュリエットもまた僕を待っていてくれる。そこになぜ君たちは割り込もうと言うのか」

 

「我らジュリエット様を悪しき者から守るため結成された隊、JMT(ジュリエットを守り隊)だ。一歩たりともお前を城に入れるものか! 」

 

 ──あれ。セリフ違くないですか?

 てか今のセリフ明らかに一年生じゃないよね。どこかで聞いたことあるような・・・・・ああそういえば。

 RFC(理子様ファンクラブ)に追いかけられてる時に一番よく聞く隊長の声だ。三年生なのによく劇に出られたな──っておかしいだろ!

 

「なんでアンタがここに!? 」

 

「お前と話す時間はない! 行くぞ我らが姫を守るために! 」

 

 雄叫びにも似た悲鳴が隊長以外の騎士から上がる。本当は一番最初にかかってきた騎士の剣を奪い取って、観客が盛り上がるくらいの攻防を見せた後、適当に倒すというのが台本だが、

 

「覚悟ぉ! 」

 

 上段からの袈裟斬り。それも演技ではなく熟練の太刀筋。完全に殺す気の速度だ。

 

「うおっ!? 」

 

 三年強襲科Sランクから振るわれるソレを紙一重で躱す。俺だって二年だが強襲科のSランクだ。避けることは出来る!

 袈裟斬りを躱され隙ができた隊長の横を抜けてきた後続の一年に、見栄えだけの威力はさほど無い回し蹴りを浴びせる。騎士は自らの腕でがっしりと受け止めた。

 よし、話せるチャンスだ。

 

「おい、なんで役変わってんだ」

 

 と、観客には聞こえない程度で問いただす。返答は、

 

「ごごごごめんなさい! 三年生には逆らえないんですぅ! 」

 

 と。衣装の都合上、相手の目しか見えないけど・・・・・涙目から、脅されたってのが丸わかりだ。二年に逆らうより三年生に逆らった方が後々怖いしな。

 これが武偵校の良いところであり悪いとこだ。この状況どうすんだよ・・・・・!

 

「背中がガラ空きだぞロミオ! 」

 

「ぐっ!? 」

 

 切先を地面と平行に。流水の如く綺麗な動作で背後を突き刺さんばかりに迫る剣を、一年騎士が持っていた剣を奪い取って叩き逸らす。その際に剣を奪った相手を舞台袖まで吹き飛ばすことは忘れない。

 悪いが即座に一年生には退場してもらわないと、あまりにも不利すぎる。

 

「せいやっ! 」

 

 察しが良いようで、先輩が襲い来る前に一年が先にやられに来てくれた。

 見た目だけは派手な技に剣を滑らせて手元から弾き飛ばす。盛大に火花も散らして客を喜ばせるのも忘れちゃいけない。

 

「まだまだぁ! 」

 

 と、既に武器(えもの)を失ったが肉弾戦に持ち込むつもりだろうか。いやまさか・・・・・背後の先輩との同時攻撃!? さてはこの一年も忌まわしきRFCの一員かッ!

 

「とった! 」

 

 背後の刃に気を取られて目前に迫る拳に気づいてないと思ったらしい。一年が振るった拳は僅かに速度を落とした。

 ──やっぱり一年生はまだ一年生だな。最後の最後まで気を抜いちゃいけないって意識が足りてない。

 

「あと一歩だったな」

 

 その場で顔面を貫く拳を回転しながら避けて、一年の腹に肘鉄を打ち込む。次いで後輩諸共突き刺す勢いの剣の柄を蹴り上げ、見事、刃先を俺の股の間を抜けさせることに成功。あとは───

 

「ううらぁ! 」

 

 ──体勢を崩した先輩の顎を膝蹴りし、脳震盪で倒す。

 我ながら完璧な作戦だと思ったが・・・・・自らが敬愛し、純愛し、親愛するジュリエット(理子)様を想う気持ちはその作戦を上回るとドロップキックで返答された。

 

「・・・・・っ! 」

 

 後輩ごと吹き飛ばされて床へと叩きつけられる。

 下敷きになってくれたのはいいけど、気絶は・・・・・してないな。良かった。でも先輩と一緒に俺を殺しにかかったから自業自得だ。

 というかデタラメで放ったくせに凶悪すぎだろ。客の数人ドン引きしてるぞ。

 

「ハハハッ! ロミオ、貴様は口先だけで剣の技はまったくなってないではないか! 貴様のような腑抜けに我が主はやらんぞ! 」

 

「───僕に技が無いと。貴方は今、そうおっしゃいましたね」

 

「ああ。技があると言いたいのならば、ここで見せるがいいロミオ! 」

 

 マズイな。先輩との打ち合いに付き合ってたら劇が延長すれば綴先生やら蘭豹先生に殺される。

 決着をつけなければならないこの状況。加えて話の流れから、やるべき事は一つ。

 

「ではこの勝負。負ければジュリエットには二度と会わない。しかし! もし僕が勝ったのならば──ジュリエットを貰う。正々堂々、騎士道精神に則って──貴方を倒す」

 

「ふっ、イイだろう。騎士・スコンフィットの名にかけて、正々堂々と貴様を滅ぼしてやる」

 

 両者の間合いは10メートル。バルコニーから俺たちを見下ろすジュリエットの瞳は色濃い不安を残している。同じ強襲科のSランクを一騎打ちで倒せるのかと。

 確かに俺は戦闘力で言えばアリアと互角だが、アリアが先輩と一戦交えた話は聞かないからどれほど先輩が強いのか俺も分からない。今まで逃げてたツケが回ってきたか。

 

「では───」

 

「──行くぞ! 」

 

 共に己が信条を剣に込めて床を蹴る。

 獣の如き雄叫びを上げて来襲するは鬼のような形相の持ち主。アリアのように超人的な勘を持つわけでもなく、キンジのように絶体絶命時の咄嗟の閃きなど無く、理子のようにこの展開まで持っていかず奇想天外な行動で切り抜ける術は俺にはない。

 

「うおおおぉぉぉッッ! 」

 

 俺に出来ることは、ただ理子を守る事だけ。ならば過程や方法などどうでもいい。勝てば良い。どんな汚い手を使っても勝つ。それが俺の勝ち方だ。

 

 距離5メートル。もはや形容しがたい怒りに身を任せた相手に左手をかざし、

 

「フリーズ」

 

 と、小さく唱える。凍らせるのは先輩ではなく、これから踏み出す先の床。バランスを崩せば決定的な一撃を与えられる。しかし、

 

「ハッ! 見誤ったなロミオ! お前が小細工せぬなどありえん! 」

 

 凍らせた床を飛び越え、一種の砲丸となりほぼ一直線上に飛来。予測してなければ何も対策できず倒されて劇は台無しだ。先輩が浮かべた笑みはそういう類いのもの。

 ───だけど。勘づかれてないと思い込むほど俺もバカじゃない。

 

「もらったぁ! 」

 

「・・・・・」

 

 先輩は右手に持つ剣は大外から孤を描いて首へと吸われていく。

 対抗しようとコチラも力で応戦すれば力負け。先の打ち合いみたく受け流すことも既に首元に近いから叶わない。無理すれば頭に刃が通って悲惨なことになる。ならば──!

 

「なにっ!? 」

 

 自らが踏む床を凍らせ、自分から相手の下へと潜っていく。刃を交えず回避するなど自分から滑りにいけば可能だ。

 左手で床を捉えて先輩のガラ空きの背中へと駆け出す。対して目の前の男には、着地と同時に背後に振り向くまでのタイムラグはどうしようもない。さらに渾身の一撃を躱された直後。再び剣を振るうのには時間が足りない。

 

「遅い! 」

 

 だが。

 Sランクは小細工の一つや二つで殺られるほど弱くない。少なからず目の前の男は幾つもの修羅場を越えてきた人だ。背後からの奇襲など自分よりも強い人間から幾度と無く受け続けたはずだ。でもこうして生きているということは、全てを退けたということ。

 ましてや今の相手は格下。先輩にとって奇襲であるが他愛ないものとして処理される。

 

 だから俺は背後をとった。負けたと確信して諦めたのではなく、勝つための条件が揃ったからだ。

 

 一つ。先輩の体勢が崩れているが剣は右手に握られていていること。

 二つ。無茶な状態にも関わらず一発逆転のチャンスを狙える攻撃。そして先輩から考えれば、奇襲する側()にとって、その反撃は意識外からの攻撃である事。

 三つ。同ランクであるが故の慢心。絶対に避けるだろうという思い込み。

 

 先輩は、ダンッッ! と着地した左足を固定し、左手で腰の鞘を衣装から素早く外す。

 ジャンプの勢いを体を回転させることに移し替え、振り向きながら一本の鈍器が俺の顎へと吸いこまれていく。

 顎に強い打撃を加えれば当然人間は倒れてしまう。避ければ当然攻撃の手は一瞬だけ遅くなり、先輩は右手に構える本命で俺を殺す。

 

  だが鞘は風を押しのけ見事に顎を直撃。

 対して二撃目の刃は驚愕の色が満ち溢れんばかり。

 当然だ。俺が回避せず、自滅覚悟で鞘の打撃を受けることは考えてなかったから。

 だからブレる。だからこそ焦る。無茶な体勢で振るったせいで一撃必殺の威力とは程遠いからだ。しかも今の一撃は自らの体勢を整えることも含まれている。それが崩されれば────

 

「クソがッ! 」

 

「───終わりです、騎士・スコンフィット。僕の剣の刃は今、貴方の首筋に。対して貴方の剣は虚空を切り裂かんばかり。貴方が剣を少しでも動かせば、僕はこの剣で貴方を首を落としましょう」

 

 よろけながらも目の前の男の首筋に剣を添える。ほんのちょっとでも力を入れて引けば、頸動脈からドクドクと血が流れて、たちまち出血死。

 武偵は人を殺せない。故に今先輩が動いても俺は剣を引かないが、ここで動けばブーイング間違いなし。ただでさえ演劇のストーリーを壊しているというのにこれ以上何かしようものなら教務科から手がくだされる。

 

「・・・・・今回の勝負はキサマの勝ちだ。だがしかし! ジュリエットに何か怪我するマネをさせようものなら、再びお前を襲いにいく。分かったな? 」

 

「はい。最初からそのつもりです。命に換えてもお守りしましょう」

 

 騎士は心底悔しそうな顔で剣を床に深々と突き刺し、ジュリエットがいるバルコニーとは反対の舞台袖へと向かった。対して俺はジュリエットのいるバルコニーへ。

 いくら軽い攻撃だろうと、顎を鞘で打ち抜かれたんだ。めまいで今にも倒れそうだし足にもうまく力が入らない。でも──ここで倒れたら意味がない。

 

 直前まで作っていたボロボロのハシゴをバルコニーに通し、一段一段踏みしめて登る。

 みしり、みしりと軋む音が不安感を掻き立て。震える手足を酷使してゆっくりと。

 

 繰り返すに10度。

 目前に控えるは、金糸を束ねた少女。しかし少女とは言い難い雰囲気を纏っている。この世の全ての人々の目を奪ってしまいそうな可憐さと優美を兼ね備えた彼女に声をかけた。

 

「迎えにあがりました。愛しの君よ」

 

「先の戦い、見させてもらいました。なぜ貴方は私のために怪我をしてまでも戦うのですか? 」

 

「──貴女が好きだからです。ジュリエット」

 

 ポッとジュリエットの頬が赤く染まる。

 

「好きな人を手に入れる為なら何処でも旅に出ましょう。貴女が最果ての海の彼方の岸辺に居るならば船で、無限の地平線の彼方に居るのならば馬で、貴女という宝物を手にします」

 

「──っ。ありがとうございますロミオ様。貴方にそう言ってもらえて嬉しいです」

 

 それは良かった、と返事をして、しかしとジュリエットに問う。

 

「僕は貴女と永遠に暮らしたい。けれど困難は有りと有らゆるところに生まれるでしょう。時には二人の仲を引き裂かんとするもの。時には困難に打ち負かされてしまいそうなもの。家を出るということは常に危険と隣り合わせとなります。貴女はそれでも僕と暮らしてくれますか? 」

 

「───今さらですよロミオ様。私は昨夜、貴方にこう言いました。『共にどこまでも、遥か彼方へ旅をしましょう』と。もとより覚悟は決めております。例え幾多の困難が立ちはだかろうと、私は貴方と共にあり続けます。愛しのロミオ様」

 

 演技とは分かっているが、思わずドキリと心臓がはねてしまった。

 多分、ロミオは彼女のすべてに心惹かれたのだと思う。顔とか性格とか、一般的に挙げられるものも勿論のこと、文字通り彼女のすべてを。ロミオは心から愛したのだと思う。この笑顔に、ロミオは全て盗まれてしまったんだ。

 

「ジュリエット。最後に、まだ僕には足りないものがあるのです。これから共に生活していく中で、最も重要なことです」

 

 一拍おいて。最後の力を振り絞って。

 

「僕は貴女に恋人と呼んでもらっていません。これでは、僕はまだモンタギュー家のロミオです。もし貴女が僕を好きだと言うならば──証明してください」

 

 ジュリエットに手を差し伸べる。指先が小刻みに震えていて、理子に手をとられた時に気が抜けてハシゴから落ちないように気をつけなきゃな。

 ロミオとして・・・・・理子の『ニセモノ』の恋人として、最期の最期までかっこつけたい。

 

「・・・・・ええ。証明しましょうロミオ様。ですがその前に──」

 

 理子の柔らかな指先が手のひらを触る。軽く握りあって、今確かに気持ちを受け取った。

 

「これだけは約束してください。私を守るとは言っても、貴方の命をかけるようなことは絶対にしないように。貴方が死んでしまえば、私は今までに感じたことない絶望に浸かってしまうでしょう。なので、私も貴方をお守りします。出来る限り、ずっと」

 

「ありがとうジュリエット。約束しましょう。決して自らの命を危険に晒すことなくお守りすると」

 

「ではロミオ様。私は貴方を───」

 

 みしり。

 足を乗せているハシゴから嫌な音が耳を刺激した。

 ──古い木で作られている。

 忘れてはいなかったが、完全に油断していた。目線が同じ高さにあったのに、俺の方が少しずつ下がってきている。つまり、足場にしている木が折れていることで・・・・・。

 

「───あっ」

 

 理子の手を離れて下へ下へと落ちていく。咄嗟にバルコニーに掴む力は今のこの身にはない。理子は観客より速く気づいていたけど、今から手をのばして俺を助けるなんてことはできない。ただ待っているのは固い床に受け身もとれず背中から激突する不幸な姿。

 

 多分、いや確実に気を失ってしまうだろう。貧血に加えて先輩の一撃をモロにくらったんだ。ヒトの意識なんて簡単に飛ぶ。

 ごめん・・・・・みんな。せっかくの劇を台無しにして。

 目を閉じてこれから来たるバッドエンドに身を預ける。やっぱり、こんな人生は避けられないんだなって。

 

 

「──ロミオ様。私ともう一つ約束してください。決して、諦めないこと。それが貴方への願いです」

 

 固く冷たい床に身構えた体は、ふわりと誰かに支えられるようにして宙に浮いた。背中と両膝の裏に誰かの腕の感触が確かに存在する。

 

「貴方がこうして怪我に怪我を重ねることは、私自身が傷つけられているということと同義です。だから決して諦めず最後まで戦い抜いて下さい」

 

 舞台を照らすライトに曝されながらも目を開ける。

 俺よりも理子の方が目線が高く今も見下ろされている。だがここはバルコニーではなく、先の戦いをした舞台の上。しかもこの体勢・・・・・てことは、まさか、世に言うお姫様抱っこ──か。

 

「分かりました。このような無様な格好で言うべきではないと思いますが、誓いましょう。愛しのジュリエット」

 

 セリフでは平静を装いつつも内心たまったもんじゃないが───理子も、アドリブで対応してくれてる。

 何より、ロミオではなく俺に言ってるような気がして、心に不思議と染み渡っていく。考えて言ってるのではなく、前から思っていたことをそのまま口にしているような感じだ。

 

「ロミオ様。貴方の言葉、確かに聞きました。なれば私も言わなければなりません。バルコニーでは言いそびれてしまいましたからね。恥ずかしいのですが、もう一度、貴方に伝えましょう」

 

 ──いつまでも愛してます、ロミオ様。

 

 

 拍手喝采。いや、万雷の拍手と言った方が正しいか。客席からは爆発にも似た歓声が俺たちに贈られた。止むことなく降り続ける様は、まさに台風。理子を可愛いと賞賛する声や、無様な姿を曝している俺をひやかす声などまちまちだ。そんなバラバラなのに、客の表情はどれも満足気な笑顔だ。

 

「成功したね、()()()()

 

 と、お姫様抱っこの状態から解放してくれた。まだほんの少しふらつくけど立てないわけではない。

 服装を整えて、観客の方を向きながら返答する。

 

「・・・・・ストーリーが全然違うけどな。でもありがとな理子。お前がいなかったら、今ごろ大騒ぎだった」

 

「えっへん鼻たかだか。リコリンにかかればアドリブ演技など朝飯前なのでーす」

 

 くふふ、と理子は言葉を紡いだ。

 

「どんな不測の事態でも対応するのがこの私なのです。だけど……一昨日の綴先生があのタイミングで来たのは流石に予想外のそのまた遥か上だったけど。おかげで言えずじまいになっちゃったし」

 

「気になるな。皆が舞台に上がってくる前に良かったら聞かせてくれよ。無理にとは言わないけど」

 

 ちょっとだけ恥ずかしそうに俺から目を逸らした。恥ずかしいなら別に言わなくてもいいけど──どうやら言ってくれるらしい。

 理子は一生懸命背伸びして、俺はちょっとだけ屈む。口元から伝えた言葉がバレないように両手でトンネルを作って。ばか、と最初に前置きなんてして。想いを伝えてくれた。

 

 

「────」

 

 

 目の前に満開のヒマワリが咲いている。

 そんな錯覚をさせるほど、今まで見てきた中で一番可憐な笑顔を、理子は他の誰でもない俺に向けてくれていた。

 

 ・・・・・ありがとう、理子。

 




レッテラ、スコンフィット 共にイタリア語です


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第50話 勘違いはあらぬ方向へ

前回 演劇


「ふぅ、集合時間の12時まであと──五分か」

 

 晴れ渡る空の下に少しばかり冷たい風が通り抜けていく今日は、文化祭の二日目。例年通りの暖かさはどこへ消えたのか、デートの日に限ってなぜだか寒くなる。寒いと傷をチクチク刺激するから厚着したいんだが、コートでも着ているのを教務科に見つかったらビリビリに破かれるからな。このぐらいの寒さでコート着んなや! って。

───それよりも。

 

「だーれだ」

 

 と、ヒトの指で視界を塞がれた。蕩けるような耳に残るあどけなさと少しばかりの色気。文化祭に来た一般客の目に最も映る校門でそんなイチャイチャカップルがやる行為をするなと言いたいが、口に出せば最期。保健室に担ぎ込まれることになる。だから、余計な事はせず、

 

「理子だ」

 

 と答える。

 

「あったり! さっすがキョー君。集合が早いですね~」

 

「まあ。遅れるよりはマシだろう」

 

「もしかして理子とのデートがそんなに楽しみだった? 」

 

 目隠しされてても分かるぞ。今の理子はご機嫌だ。しかも今までで一番と言っていいほど。となればここはギャルゲーの主人公並みの満点解答で答えなくてはならない。現実は非情だから選択肢など無いが、ケースバイケースだ。やるしかない。

 

「そりゃ理子とのデートだからな。楽しみじゃない方がおかしいだろ」

 

「・・・・・そっか。嬉しいなぁ。予想だとキョー君は、眠いからサボりてえな、とか言い出すのかと思ったよ」

 

「理子以外だったらそう言ってたかもな」

 

 どうだ今の答えは。今のは一瞬で思いつく数々のセリフから厳選したものだ。完璧、とは言わずも満点に近い回答のはず───!

 

「なーんか微妙だなぁ。無理にそんなセリフ言わなくてもいいよ? 機嫌取んなきゃって魂胆丸見えだから」

 

 なんて、目隠しをやめて俺の前にトコトコ現れた本人様。おうおう。周りの目線がイタイな。あんな男が彼氏なのか爆ぜろって目だ。

 

「・・・・・バレてたのか。てか微妙ってなんだ。頑張って考えたんだぞ」

 

「はいはい。ほら行こ、もう売店とか始まっちゃってる時間だし、お客さんに食べ物全部取られちゃうよ」

 

 苦労が──血が足りない脳にフル回転させて絞り出したセリフをそんな・・・・・。

 こうなったら別の方法で─ってもういいか。これ以上やってもウザがられるだけかもしれないし。大人しくいつも通りで過ごそう。

 

「わかった。昨日見た限りじゃ今年の客は例年より多いかもしれないからな。はぐれないように」

 

 理子の右手を握って賑やかな屋台通りを目指す。武偵高の敷地は広いから色々な種類の店が開かれるのだ。たこ焼きや焼きそばといったテンプレから、クレープ屋、そば屋。全然関係ないがイケメンコンテストが今日は開催中で、昨日はミスコンだったらしい。本当に客来んのかって話だが。

 

「ねえキョー君?これもご機嫌とり? 」

 

「これって・・・・・何のことだ? 」

 

「──やっぱり自然体の方が安心するなあ」

 

 顔をほころばせて、手を握り返すのではなく左腕に抱きついてきた。一気に周囲の目線もキツくなるけど、理子がしたいなら抵抗する気も起きないな。拒否権ないし。拒否するつもりもないし。

 

 途中、同級生に冷やかされながらも屋台通りに着いた。祭り同然の──これも一種の祭りだが──賑やかさで、あちこちで客引きの元気な声が生まれていた。普通に繁盛してて大盛り上がりだ。

 

「昼ごはん食べたか? 」

 

「食べてないよ。でも、今宵は祭り。であれば何か二人だけでゆっくり食べれる場所は、やはりあそこしかなかろうっ! 」

 

 妙なハイテンションで屋台通りを抜けて校舎に入る。着いた先は、校内の三階に位置するメイド喫茶。三階といえば一年生のクラスの出し物が占めている。だからメイド喫茶の店員さんも一年生なわけだが・・・・・。

 

「なんで先輩たちがここに──うぅ」

 

「スマン。理子が来たいといったんだ。許してくれ」

 

 金髪のポニーテールを左右に揺らしながら、恥ずかしそうに受け答えをするライオン耳のメイド。戦妹(アミカ)のライカだ。

 

「大体、昨日は先輩演劇終わった後に倒れたじゃないですか。なんで復帰してるんですか」

 

「仮にも強襲科Sランクだぞ? 貧血と脳震盪くらいで二日もダウンなんてしてられん」

 

 昨日のRFC(理子様ファンクラブ)のリーダーとの戦い。自滅覚悟で打ち抜かれた際の打撃が原因で、舞台の幕が下りた瞬間に倒れたことは記憶に新しい。その辺曖昧だがわずかに覚えてる。貧血気味だったせいか回復するのにも時間がかかり、昨日の文化祭デートは白紙となってしまった。腹いせで俺を倒すのに協力した一年を理子がシメたらしいが。それで担当医から解放されたのが今日のお昼前で、直接デートに来たわけだ。

 

「いいじゃんいいじゃん! ライカかっわいいよ!」

 

 と、さっきまでキラキラと目を輝かせながらも黙っていた理子が、いきなりライカの片手を包み込むようにして握った。あまりの迫真さに俺もライカもビックリしたが。

 

「へ⁉ そっそんなことないです!あたしなんかが可愛いわけないっすよ・・・・・」

 

「いーやいや。これほどの逸材は中々見つからないよ」

 

 否定し続けるライカと、絶対に可愛いと推し続ける理子。女子の可愛い可愛くないの押し問答は前世でも今も見る光景だが、ライカは普通にイケてると思う。自己評価が低いのが残念だけど、男女と貶されてた過去があるライカにとって自分が可愛いなんて思えることは難しい。ライカの戦兄(あに)としてフォローもしてやりたいんだが、理子がべた褒めしてくれてるんだ。自分は別の機会でもいいか。

 

「峰先輩! あたしのことなんかより、今は京条先輩とデート中っすよね! 注文、注文はどうなさいますか? 」

 

「えー・・・・・じゃあ、理子はオムライスで」

 

「俺も理子と同じで」

 

「かしこまりました。せんぱ・・・・・じゃなくて。

ご、ごしゅ、ご主人、様」

 

 おぼんで顔の半分を隠しながら早口で言い終えると、理子が反応する前には裏方に引っ込んでいった。

 大変そうだな。やっぱりコスプレは慣れてない人には恥ずかしいだろうし。慣れれば私服を着こなしてる感覚なんだけど。それでも───

 

「みんな、楽しそうだな」

 

 メイド姿の誰もがキラキラした笑顔で接客してる。作り笑いなんて一人もしてない。

 

「だって年に一度の学園祭だよ? 予算だって支給はされるけど自分たちのお金も使ってるとこあるから、他の学校より自由だし。演劇だって結構お金かかったんだからね」

 

「ほんと、成功してよかったな・・・・・あ」

 

 演劇の最後で思い出した。舞台に出演者全員で挨拶する前に、理子が耳打ちしてきたこと。演劇といえば真っ先に思い浮かんでしまう言葉。

 『───大好きだよ、キョー君』

 

「なんで顔赤くなってるの? 」

 

「あ、いや。なんでもない」

 

「んー・・・・・あ! もしかして理子が最後に言ったアノコト、思い出しちゃった? 」

 

 机に肘をついてイジワルそうな表情で迫ってきた。

 なんでコイツは人の心読めるんだよ。しかも外れたことは一切ないからタチが悪い。

 

「アノコトってなんだよ。知らん」

 

「覚えてるくせに。理子がキョー君のこと、好きって言ったことだよ」

 

 ───ふう。よし、落ち着け俺。惑わされるなよ俺。相手はリュパン四世だ。今さら言葉一つに左右されてるんじゃあない。前世も今もDT(童貞)だってバレる。いやバレてるんだけども、ここは余裕の返しじゃなきゃバカにされる。そもそも本気で好きなわけない。からかわれてるだけだ。

 

「お前のことだ。どうせ演技なんだろ。今さら俺が引っかかるわけ」

 

「理子、どこかの誰かさんに口説かれた時に言われたなー。()()するなって」

 

 自分を偽らずに過ごしてほしいと。確かに。確かに言ったけども。嘘はつくなとは言ってないからな。こうやって人をイジって遊んでるだけで──って、なんで俺はそんな嫌がってんだ?

 

「で、キョー君は理子のこと好き? 今なら誰かさんが理子の部屋に仕掛けた盗聴器みたいに盗み聞きされないし? 」

 

「そっ、それは謝る。守るためとはいえプライベート筒抜けだったんだよな。ごめん。けど今は言えないんだ。自分の気持ちが分からないって言うかなんというか」

 

「───また引き延ばして。もしかして、キョー君は理子のこと嫌い? 」

 

「あ、いやっ、そういうわけじゃ! 」

 

 やばい! 誤解させたっ! ここで喧嘩でもしてみろ。瞬く間に全校生徒と教師共に知れ渡って卒業までなじられる! というか理子が泣く!

 

「嫌いじゃない! でも本気かどうか分からないだろ? 嬉しいけど。こうやって真正面から言われたことないから混乱してるだけだ! そもそも・・・・・」

 

 ああダメだ。頭が混乱してきた。一緒にいて一番楽しいのが理子だ。ずっと一緒に居たいというのも、本心で話せるのも。だけどそれを好きと言っていいのかどうか。

 

「くふふっ」

 

 不意に弾けるような笑い声。顔をあげれば、理子がニマニマしながら俺を見ていて。

 

「おいっ! なんだその顔! 」

 

「慌てふためくキョー君。ごちそうさまです」

 

「はあ!? 」

 

 熱い。顔がもっと赤くなってるのは一目瞭然だ。悔しいが自分でも認めざるを得ない。経験不足なのだと。

理子の扱いは馴れたつもりだったが、今までは序章に過ぎなかったってか!?

 

「とっ、とにかく! この話はまた今度だ。これ以上話されても(らち)が明かない」

 

「断らないってことは満更(まんざら)でもないでもないってことだよねキョー君! 」

 

 ガバッ、とさらに机に乗り出しキラキラ目で迫られ。

 余計にコイツのニマニマ顔を間近で拝まされることに。

 

「ああうるさい! 料理来たから戻れ! 」

 

 トラ耳っ娘(ライカ)が両手にオムライスを、しかし顔は背けたまま運んできてくれた。

 ナイス援護だ我が戦妹(いもうと)よ。タイミングも完璧だった・・・・・!

 

「ご注文のオムライスですごごご主、人様。いっ今から魔法の言葉ででででもっと美味しくなるようにしま」

 

 目をぐるぐると。なんか壊れてないか? それに魔法の言葉って───あっ。

 

「お、おおお・・・・・おいし、れ、おいしくなー・・・・・」

 

 口の開いたケチャップを下に向けたまま、壊れたラジオみたいに魔法の言葉を繰り返し、やがて恥ずかしさが臨界点を超えたようで、

 

「も、もう無理だあかりいいいい! 」

 

 と、最後に大量のケチャップをふわふわのオムレツの上にぶちまけて、裏方に引っ込んでしまった。近くの席の男は、「良い属性──ああ、神よ」とかなんとか言う始末。ライカは女の子慣れしてないのか、単に恥ずかしいだけなのか。ケチャップ特盛のオムライスに比べればさして問題ではない。

 

「結構ケチャップかかったな」

 

「あの子はあれが限界なの。今ごろ間宮あかりちゃんに慰められて、麒麟(きりん)にからかわれてる頃合だよ」

 

「きりんって──アイツらと一緒にいる中三のCVRか? 」

 

「そ。アタシの元戦妹(いもうと)。さて、食べよっか」

 

 銀色スプーンを手に取って一口掬い、ぱくり。

 んぅ〜と頬に手をあてて満足そうだ。ケチャップのしょっぱさを感じさせてない。俺もケチャップを分けて一口掬って口に運び──

 

「甘ッ! 」

 

 普通に吹き出しそうになった。オムライスが激甘ってなんだよ。いや甘いのはあるが限度があるだろ限度が。これじゃまるで、大量の砂糖を調味料に加えてる甘さだ。だけど理子はこの甘さをものともせず食べ続けている。

 

「普通だよこれ」

 

「なっ・・・・・お前、これが普通だと? 」

 

「論より証拠だね。他の客見て」

 

 もう一度教室内を見回して同じオムライスを食べている客を見つける。そばにはメイドがいて、楽しくおしゃべりしながら食べてるようだが──笑顔だ。料理の味に文句をいう素振(そぶ)りもない。

 

「ここの高校の女子って可愛い子ばかりでしょ? そんな芸能界にいそうな子が傍で接客してくれたら、味なんて霞んじゃうでしょ。男は単純だし、営業スマイルでもイチコロだよ」

 

「ああ、なら効かないわけだ。俺は他の女子に笑顔向けられても何とも思わないし、そも接客してくれるメイドが逃げたからな。残すのは勿体ないから全部食べるけど」

 

 一口ずつ口に運んでいく。タマゴが下のご飯に溶けだして、食欲を唆られる香りまではいいんだけど。ご飯にもケチャップで甘味増してるし、もうちょっとみりんと砂糖の量を調節して・・・・・。

 

「ねえ、ここのオムライスって変なモノはいってた? 」

 

 からん。

 スプーンを持っている手つきで固まった理子は、口を開けたまま俺の方を向いていた。

 あ、口の端にケチャップついてるな。

 

「なんだ。腹を壊すようなものは入ってないはずだが」

 

「だって、キョー君の口から、他の女子に笑顔を向けられても動じないとか、聞き間違い、かな? 」

 

 実際そうだ。今ならCVRに何されても動じない自信しかない。ハニートラップには完全の耐性を得たと思う。何でか知らんが。

 

「聞き間違いじゃないだろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あと口元ケチャップ」

 

 未だ動かない理子の口元を軽く数回押すように拭く。こんな殺伐とした人生の中で唯一花があるとすれば、貴女(あなた)の笑顔だけだ。なんか落ち着くしな。しかしまあこれだけ顔が整ってると、人形さんについた汚れを落としてるみたいだ。

 

「わ、わわ。()()()()()も言うんだ。へ、へぇー」

 

 などと、俺からハンカチを勢いよく盗ってから手の届かない位置まで椅子を後ろにずらした。

 ほほーん。耳が赤いところから察するに、口元についたケチャップを拭かれて、周りから自分が子供みたいに思われてることが恥ずかしいんだな?ランドセル背負って学校来る奴が今更子ども扱いされたくらいで恥ずかしがるなよ。

 

「自業自得だ。そも、これくらいで恥ずかしがるなよ。俺がこんなことをするのも理子が悪いんだからな」

 

「理子が悪い──か。その、()()()()()()()()()()()()()()。とらなきゃだめだよね」

 

 んん? 責任って、何の責任だ? てか俺をどんな風にしたんだ。ハンカチで拭いたことか?

 

「責任って」

 

 ぎゅうぅ、と俺の愛用しているハンカチが強く握りしめられていた。

 ──ああ。ハンカチ汚したからその責任取って洗濯するってことね。

 

「よろしく頼む。まあ今日あたり理子の部屋に行ったときにすれば俺は構わない」

 

「ふ、二人だけで⁉ しかも今日なの⁉ 」

 

「今日がいいだろ。今日を逃したら落ちにくいし」

 

 汚れはなるべく早めに落としたほうがいい。あとで忘れてて後悔する羽目になるからな。

 

()()()()()!? お、落ちる先は普段は理子がレンタルに出してる別荘があるし、いつでも二人で落ちれるけど、心の準備ができてないというか──いきなりはちょっと理子でも驚いちゃうかなー。女の子は16歳で出来るけど、男の子って18歳にならないとダメじゃん? せめてほら。キョー君がもう、アノ神様のことで苦しまないで済むようになったら、考えてあげなくもないか、な? 」

 

 ちょっと暑くなってきたね、と理子はスカートをバタバタさせた。

 バタバタさせる度に理子のバニラの香りがして、何とも甘ったるい空気になってる。甘いのはオムライスだけでいいんだがそれよりも──ハンカチを洗濯するだけで喜ぶとか、微笑ましいな。しかし、なんで別荘って単語が出てきたんだ?

 

「バタバタさせるとパンツが見えるからやめとけ」

 

「だって、()()()準備でしょ。色々準備しなくちゃいけないよ。別荘のお掃除とか、荷物とかお金とか! 」

 

 聞いちゃいない。

 んー・・・・・落ちる準備とか別荘。荷物とお金──何か勘違いしてないか? ハンカチ洗うのにお金は必要だとは思うが、それ以外全くいらないぞ。

 

「たかだかハンカチのために別荘まで行く必要ないだろ」

 

「雪山だから、スキーとか? あそこら辺は人もいないしゆっくりと──えっ? 」

 

 理子の行動の一切がその瞬間止まった。時間停止させられたように、ぴたりと。

 

「ハンカチをの汚れを落とすだけだろ? 荷物とかお金とか別荘とか。()()ちじゃあるまいし、何と勘違いしてたんだ? 」

 

「え、あ──えっと、え? 」

 

 お。気づいたらしいな。

 自分の顔を両手で押さえて俯いてしまった。綺麗で色っぽいうなじも今は羞恥の色に。恥ずかしすぎて穴があったら入りたいって様子だ。しかも埋めてくれとまで言いそうだが。そして今度は地団駄を踏み始めた。何やら唸り声も聞こえてくるが、内容までは分からないよ──

 

「ねぇ! なんで紛らわしいこと言うかな! 」

 

「紛らわしいも何も、俺は初めからハンカチのことしか話してない。アレだ、さっき俺をからかった仕返しだ」

 

 何と勘違いしてたんだと問い詰めたいが、この勝負、引き分けにしといてやろう。過剰攻撃(オーバーアタック)はかえって相手を追い詰め過ぎて反撃してくる可能性がある。

 窮鼠(きゅうそ)猫を噛むってのはよく言ったものだ。

 

「そっかぁ。でも勘違いじゃなきゃいいのに・・・・・」

 

「ん、なんだ? 」

 

「なんでもない。このバカ」

 

 バカとはなんだバカとは、と開いた口に理子のスプーンが飛び込んできた。オムライスの味が舌に染みて、言葉と一緒に飲み込む。()()()からのオムライスはちょっとだけ甘くて。

 

「定番でしょこういうの。はい、あーん」

 

 さらに自分のぶんのオムライスをすくって俺の口の前へ。前屈みだから、セーラー襟の合間から深い谷間がモロ見えで、

 

「い、いらない。席に戻れ」

 

「知ってるよ。ここ、見てたんでしょ? えっちぃ」

 

 と、自分の指で自らの胸を押した。

 半年くらい前だったらガン見してから拝んでたが、今は何でか目を逸らしてしまう。

 

「うるさいこれでも食っとけ」

 

 反撃に俺も理子の口にオムライスを運んだ。もちろんスプーンで。ちらっと見えたけど理子の舌って肉厚なんだな。甘い声が出るわけだ。

 

 残りは二人でアーンしながら全部食べて──俺は普通に食べたかったけど理子が許してくれなかったので──メイド喫茶を出るころには、廊下は人で溢れていた。

 

 それからは手を繋ぎながら、理子の提案で色々な場所を巡った。甘い物を次々と食べて、生徒によるライブに行って、お化け屋敷に行って。お化け屋敷は親子連れが入りやすい『初級』とガチでビビらせに来る『地獄級』の二種類あって、どちらとも入ったが、理子はホラゲーで慣れているようで悲鳴の一つも上げず笑っていた。

 

 だけど寂しいことに、楽しいことほど時間は早く過ぎ去ってしまう。気が付けば夕焼けが教室内を照らす時間になっていた。文化祭ももう終わりの時刻が近づいてる。

 

「さて、最後にどこ行くか」

 

「んー。こっち、ついてきて」

 

 理子に連れ着いた先は、夕焼けが一望できる屋上。二人きりで劇の練習をした場所でもある。

 

「はぁー風が気持ちいい! 」

 

「そうか? 少し肌寒い気もするが」

 

 グラウンドや屋台通りは喧噪が続いているのに不思議とここは静かで。そのちぐはぐさが文化祭ではしゃいでいた心を落ち着かせた。

 

 二人でフェンス際のベンチに腰かけて、ただただ沈んでいく夕陽を眺める。太陽など昼間は空高くその色は真っ白にしか見えなかった。ただ、日が堕ちていくと少しずつ色は変化して、今は緋色に見える。ずっと太陽を見続けていれば、白から緋色に変化していく様子など気づくことはほぼ無い。気づけるのは、変化の過程を見ていない者だけだ。俺も理子も、些細な変化は互いに気づくけど、不知火とか武藤から見たら、俺たちはどんなふうに映ってるんだろうか。

 

「なんか、小難しいことでも考えてた? 」

 

 理子が俺の頬をグニッと指で押した。

 

「ちょっとな」

 

「──あと何回、この風景を一緒に見られるかな」

 

「飽きるほど見れるよ。死なない限りいつでもここに来れる。何回も生死をさまよって、その度に迷惑かけて。それでも俺は生きてる。心配するな。いつだって側にいるから」

 

 理子と肩を寄せ合う。こうしてアナタ(りこ)と居られるその時まで、ずっと守り続けよう。貴女(あなた)が暖かさと、優しさと、幸せを失ってしまわないように。どこまで堕ちても構わない。

 

「なんでそんなセリフ言えるかな───本気にしちゃうぞ! 」

 

 理子はぷんぷんがおーと両手の人差し指を頭につけて威嚇。

 

「ん? 何か変なこと言ったか? 」

 

「あ───いや、別に何も? でもそういうの、他の女の子に言っちゃダメだからね」

 

「お前にしか言わん」

 

 大事なことだから目を合わせて言ったら、そっぽ向かれてしまった。

 平賀文に預けてある盾はアリアもキンジも、白雪もレキも守る。だけどそれは余裕がある時だけ。誰かひとりだけしか守れないのだとしたら、(おれ)は必ずアナタを選択するだろう。

 

「そう・・・・・なんだ。ありがと。嬉しいよ」

 

 お礼なら面と向かってからしてほしいものだが。一向にこちらに向こうとしない。おかしいな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お、おーい──」

 

「そうだッ! 写真、写真撮ろ! 文化祭の記念写真! 」

 

 そう言うや否や携帯を掲げ勢いよく立ち上がった。俺も連れて立ち上がり、

 

「ほら、もっとくっついて! 」

 

「お、おいっ」

 

 右腕を胸で挟まれた。抵抗する暇も与えてくれず、カシャリとシャッターが押された。

 

「どれどれ・・・・・くふっ、キョー君変な顔」

 

 見れば焦っているような驚いているような顔。確かに変な顔だ。残されては困るし、今も胸に挟まれた腕をどうにかしたい。なんだか緊張というか恥ずかしさで心臓が破裂しそうだ。

 

「いっ、今すぐに取り直せ! 」

 

「やだねーだ」

 

 と、取り返すよりも早くスカートの内側に隠された。

 

「いいでしょ? 充電無かったし、もう撮れないよ」

 

「───はぁ。まあいいか。バラまくんじゃねえぞ」

 

「はーいはい。これは二人だけの秘密だから、絶対に誰にも見せないから安心して」

 

 うぐっ、上目遣いは反則技だろ──! 許す以外の選択肢無くなったじゃねえか! 本当にこいつはズルい。

 

「よし。思い出作りも済んだことだし、最後のイベント消化しに行きますか」

 

「最後のイベントって・・・・・あ、あれか。帰っていい? 」

 

「だめ。ほら行くよ! 」

 

 最後のイベント。いや、これが原因で死ぬかもしれん。今から胃でも強化しておくか・・・・・。

 

 

 

 

 ・・・・・この日。理子と写真なんて撮らなければよかった。心の底から(おれ)はそう思った。

 

 




記念すべき50話。遅れてゴメンなさい。
勘違い上手くなくてゴメンなさい。


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第51話 嵐の前の静けさ

前回 理子とデート


 闇鍋。参加者は一人ひとつ具材を持ち込み、鍋の中に入れて闇の中で食べるという何とも狂っている儀式だ。だが闇鍋は、生きてないもの、ナマで食べて健康を損なわないもの、液化するものは禁止らしい。確かに一般人ならば、ランダムだからゲテモノを入れて自分が引いてしまった時のリスクを考える。だから入れる食材も大体は食えるものだ。

 

「帰りたい」

 

「だめ」

 

 だがしかし。ここは武偵校。武偵鍋というのは慣習で、毎年多くの被害者を出す行事。体育館に「まずい」だとか「苦い」だとか響き渡るのはこの日くらいだ。

 それはチームメンバーで食材を持ち寄るのだが、『アタリ』と『ハズレ』の二つの担当があるからだ。キンジと白雪がアタリ担当。その他俺たちがハズレ担当だ。

 

「帰りたい」

 

「だーめ」

 

 こんな行事、誰が得するだろうか。いや誰もしない。

 ハズレ担当にキンジと白雪がいればよかった。チームバスカービルの中で常識人はあの二人と俺だけだ。常識の範囲内でハズレの食材を持ってきてくれるから。

 

 しかし現実は非情である。

 鍋という日本文化に疎いアリア。ほぼカロリーメイト生活のレキ。調味料担当になった舌バカの理子。あと俺。鍋の中身は地獄と混沌(カオス)を足して2で割ったようになるのは間違いない。

 だから帰りたいのだ。

 

「キー君も来た。役者は揃ったのだよキョー君」

 

 ふふん、と理子は得意げに鼻を鳴らして腕組をした。つまりは武偵鍋(しけい)が始まってしまったのである。

 

「まず序盤の調味料と言ったらこれだよねッ! 」

 

 と、さっそく隣の金髪(りこ)が鍋の中に赤唐辛子の実を入れやがった。

 何が序盤だ。いきなり終盤だよ。ラスボスを序盤に登場させてどうすんだ。初見殺しもいいとこじゃねえかよ。

 

「ひぁ!? 」

 

「きゃ! 」

 

 アリアと白雪は当然ビビる。が、レキは動じない。さすがロボットレキというあだ名なだけある。でもレキって辛いの大丈夫なのか?

 

「理子、辛いの好きだからどんどんいれちゃうよー! 」

 

 アヒル口でさらに入れやがった。本来一本でも充分辛くなるが、それをざっと二十本以上。可愛いから許されると思ったら大間違いだぞ。可愛いから許すけど。

 だがキンジはこれ以上の狼藉は許さんと理子以外のチームメンバー全員に武装解禁命令。なお俺は両腕盾と銃、雪月花(かたな)を文に預けてあるので、武装といったら借り物のベレッタM92F。キンジと同じ銃のみ。

 

「んー。じゃあ甘くする」

 

 拗ねてる声を上げて、クマさん形リュックの中から白く砂糖のような粒を鍋に入れやがった。甘くするって言ってるから、砂糖とかそこら辺の甘味料だろうか。甘いんだよどっちの意味でも。気持ち悪くなる。

 

 変な調味料に加えて、アリアが持ってきた桃まん、レキのカロリーメイトと狙撃科の庭で栽培してるブルーベリーをそれぞれ投入。あと俺が入れたリンゴと白身魚。既に立ち上る湯気も紫色だ。ヤバイとしか言いようがない。

 

「くふっ。トドメの一撃にこれだ​───」

 

「よし! もういいだろう! では、今回無事に一人の死者も出さず文化祭も終えることが出来た! 乾杯だ! 」

 

 青汁を入れようとした理子を制し、キンジはさっさと終わらせようと目がヤケになっていて。

 さて、俺は最初に出陣するとしますか。残り物には福がある? 最高の皮肉だね。

 

「俺から行こう」

 

と、手をあげる。

 

「めずらしいですね朝陽さん。アナタならば、セクハラされたくなければ先に食えと私たちに言うのではないかと」

 

「レキの思った通りのことあたしも考えてたわ。気分悪いの? 」

 

「朝陽くん・・・・・死んじゃったような目をして​──私たちのために​・・・・・」

 

「おおっ! キョー君いいね! 」

 

 ははっ。死んだような目? 当たり前じゃないか。お前らと違って、俺はハズレ食材を必然的に全て食べる男だ。否、食べさせられてしまう悲しい男だ。今まで運が介入する勝負で勝ったことなど、片手で数え切れるほどしかない。変装食堂の衣装決めで一番初めに女装を引き当てたのが良い例だ。

 ​───不幸。この一点において右に出る者はいない。

 

「ありがとう。良い・・・・・とは言えない人生だった」

 

 シルクハット型のフタの天井部分​──開閉可能の小窓を開けて、おたまで中身を取り出す。明るい所で闇鍋をすることに適した目の前の鍋が恨めしい。

 取り皿に移された具は、半分ほど崩れた桃まんの餡に白身魚の半分が突き刺さっていて、さらにそれらを覆うように黄色の何かが溶けていた。そして​──その黄色い何かが接着剤の役割を果たしているのか、赤唐辛子の群れを引き連れて禍々しいオーラを纏っていた。

 

「うわ・・・・・朝陽」

 

「言うなキンジ。ここで俺が倒れたところで、お前らもいずれこの絶望感を味わうんだ」

 

 後悔は一瞬。箸でつまみ、一気に口の中に入れると、

 

「・・・・・ぐっ・・・・・あぁっ・・・・・! 」

 

 味の暴力。そう表現するしかない。

 初撃は口の中に広がるチーズの香り。次いで桃まんの生地と白身魚の不釣り合いな食感。赤唐辛子の辛さは砂糖と中和してくれたはずなのに、辛さと甘さが交互に舌と歯茎を刺激して、さらにトドメにリンゴの果汁が染み込んだ(あん)。背筋に絶えず寒気が行ったり来たり。濃厚な香りが鼻を通り抜けては戻ってくる。

 

 吐けば極楽吐かねば地獄。だが吐くことは許されない。まだ噛み切れず形が残っているソレを無理やり飲み込んで任務完了​───とはいかない。

 

 胃が、全神経が。これは異物だと訴えてくる。早く吐き出せと、本能が伝えてくる。

 

「だ、大丈夫? あんた顔色すっごい悪いわよ」

 

「何言ってやがる・・・・・こんくらい、ごほっ!」

 

 胸が苦しい。これ以上何かを体の中に入れたくないと、呼吸すらままならない。

 

「ははっ。今さら後戻りはできないぞ。次はお前らだ・・・・・このあとも地獄が待ってる。俺だけが堕ちるなんてことはないんだからな」

 

「朝陽さんが最初にすべての悪運を背負ってくれたので大丈夫なのでは?」

 

「考えが甘いなレキ。理子の入れた砂糖っぽいものよりも​───うっぷ」

 

 思い出しただけで口の中が甘く、さらに辛さまで甦ってきた。意識すら手放そうとしているのか、視界も外から白色に塗りつぶされている。

 

「俺が食べたのは、桃まんの半分とか中途半端に混ざったゲテモノ。だが全てではない。だからその半分、ゲテモノはまだ残ってんだ──お前らの誰かが同じ苦しみを文字通り味わうその時を、地獄の底で待ってるぞ・・・・・! 」

 

「うわっ。道連れなんてひどいねキョー君! 小物臭がすごい! 」

 

「朝陽君。せめて成仏できますように」

 

「お、俺もこうなる可能性があるのか・・・・・」

 

 三者三様のリアクション。大いに結構。俺がここで離脱するのは、残った鍋の中身を()()しなくていいというのもある。食べ物を残すと教務科の処刑コース行きだが、あんなのを見せられれば二度と口に入れたくないからな。その点お前らは残りを後片付けしなくちゃならない。この程度の策を見破れないとは、甘いな高ランク武偵ども! 俺以上の苦痛をお前らは受けるのだ!

 

「ああ。食べたくないと、そう思っても・・・・・絶対に残すんじゃねえぞ」

 

 恨み言を遺して、俺は意識を暗闇へと預けた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 一つ。俺は間違いを犯していた。仲間の性格や好みを把握しきれてなかった、とでも言えるだろう。

 昨晩の武偵鍋事件の被害者は、バスカービル内ではなんと俺一人。キンジに聞けば、自分は桃まんのもう半分と得体のしれないチーズっぽいものを食べ、アリアはブルーベリー、白雪は煮卵。理子はパルスイート──砂糖の四倍甘い──が吸着した白滝を、レキは赤唐辛子の群れを。前の三人の気持ちは分かる。だがあとの二人。味覚がおかしいのにも程がある。

 

 レキとか特におかしい。赤唐辛子の群れを汗一つかかず食べきるってなんだ。あとレキのペットのハイマキが残飯処理したらしいが、お前ら揃って味覚音痴か。そんな情報はやく知っていれば──俺は意識を失って救護科の保健室に運び込まれることも無かったろうに。

 

「なー(あや)。どれだけ運に見放されてんだろうな俺。いや、運じゃなくて情報収集能力か・・・・・? 」

 

「朝陽君はなんでもかんでも自分の体をボロボロにしないと生きてけないのだ?」

 

「え、あ、まだ怒ってらっしゃいますか?」

 

「べつに、なのだ! 別に朝陽君が任務のたびに血だらけで死にそうになってることに怒ってるわけじゃないのだ! もう少し待ってる人のことを考えてって思ってるわけでもないのだ! 」

 

「ごめんなさい」

 

 若干拗ねてる文に頭も上がらない。

 入院する度に連絡やお見舞いに来てくれたのだ。今もほぼ原型を留めてなかった両腕盾を再製作と最終調整をしてくれて。​

 

「そうだな​──大事な顧客が死んだら利益が減るし」

 

「そういうことじゃないのだ! 」

 

 最終調整が終わったであろう新品の盾を顔に押し付けられた。地味に痛いんだこれ。盾で殴る​・・・・・シールドバッシュだったか? 俺はこんなので相手を殴ってたのか。

 

「約束するのだ! もう血だらけにならないって、誓ってなのだ」

 

 二対の盾をどけると頬をぷっくり膨らませた文。真剣な顔で誤魔化しは効かなそうだ。

 

「それは・・・・・ごめん」

 

「なんでなのだ? 」

 

「んー。まぁ​──」

 

「自分自身を犠牲にして理子ちゃんを守ってるから? 」

 

 ​───文に話したっけか。あーでも。文は東京武偵校でもトップクラスの装備科だ。誰かを守って傷がついたって盾の状態とかで・・・・・ホントに分かるのか?

 

「なんで分かったんだ? 俺言った覚えないんだけど」

 

「それは​、夢で、朝陽君が・・・・・」

 

「俺が夢で? 」

 

「​───ううん。なんでもないのだ。それよりも朝陽君の今の装備に不満を感じないのだ? 」

 

 俺は、本当に何でもないのと聞いたが、同じ質問を繰り返された。聞かれたく無いことだけどつい口が滑っちゃったパターンだ。

 それにしても・・・・・不満か。雪月花(かたな)とHK45と両腕盾。強襲科であれば十分な装備だが。

 

「特に無いな。バックアップがあれば守りに徹して、無ければ利き手で拳銃を構える。雪月花はお守りみたいなものだから使う場面は無い方がイイけど」

 

「それは強襲科としての朝陽君の考えなのだ。理子ちゃんを守る朝陽君として、今の装備は充分なのだ?」

 

「──充分とは、言えないかもしれない」

 

 ヒルダ戦のことを思い出してみれば、常にギリギリで戦ってたな俺。それに理子の頼みで囮役とはいえ、傷つけられることを俺は容認してしまった。自らの不甲斐なさが招いた出来事だ。

 

「攻撃は最大の防御という(ことわざ)がある通り、あややに考えがあるのだ!」

 

 と、机の引き出しから一般の銃器カタログより分厚いソレを机に置いた。夏休みに文の部屋に行った時ぶりのご対面だ。

 

「拳銃は例えると一本の線で攻撃するものなのだ。あややは見たことないけど、朝陽君の怪我具合から銃弾を避ける人とかもいるはずなのだ」

 

「銃弾を銃弾で跳ね返す奴もいるな」

 

「でももし、一度に複数の銃弾で作られた平面で攻撃できたら・・・・・」

 

「どういうことだ? 」

 

 文は小さな指でとある項目を指した。そう、散弾銃の項目を。

 

「お、俺は殺人で人生終えたくない」

 

「違うのだ! 12ゲージの非殺傷弾で、バラけた弾が頭に当たっても絶対に死なないよう全てオーダーメイドなのだ」

 

「​​──絶対? 」

 

「​あ・・・・・対人はゼロ距離で撃ったら危ないかもなのだ。それ以外だったらおーけーなのだ」

 

 なるほど。つまり超人相手ならゼロ距離で撃っても構わないということか。

 対象を守りつつ、接近してきた敵にはショットガンの面による攻撃で迎撃すると。うん、俺の戦い方にあってる気がする。

 

「でも片手で撃つとなると、ストックを切り詰めた上下二連散弾銃か理子と同じレバーアクションのM1887か」

 

 反動自体は利き手である右手だけで抑えられる。納得はいかないが瑠瑠神のおかげで右半身だけ筋力が強化されているからだ。俺より先にヒルダが見つけたのも癪だが。レキに憑依した璃璃神も一時的にレキの筋力を上げてたから、三姉妹揃っての共通能力かもしれない。

 だからと言ってフルオートで撃てるAA-12とかはダメだ。素早く動くのにあんなバケモノ銃を扱えるかって話だ。

 

「レバーアクション・・・・・スピンコックはできるのだ?」

 

「うげ・・・・・やっぱりそうなるよな」

 

 スピンコックは確か、レバーアクション式の装填方法で使われる、見た目カッコイイ系の装填方法。レバーに手を入れたまま銃全体をぐるりと回してコッキングする。銃の方を回して装填するわけだから、ポンプアクションみたいに両手を使わずに済むが──

 

「そもそも出来ない」

 

「出来ないのに候補に挙げたのだ?」

 

「武偵高でレバーアクション使ってる奴なんて理子しか知らないから! しかも内部部品に余計な負荷がかかって壊れやすいだろうし、一長一短だな」

 

 上下二連散弾銃は装弾数が二発の代わりに構造は単純。M1887は前者に比べて構造が複雑だからな。慎重に選ぶ必要がある。

 

「──この後。明日とか、明後日でもいいんだけど、一緒に選びに行かないかなのだ?」

 

「ま・・・・・予定は入ってないからいいけど」

 

 了解した瞬間に文は満面の笑みを浮かべた。幼稚園児にキャンディーを与えた時みたいな、純粋な笑顔。

 

「もちろんですのだ! えへへ、朝陽君と買い物なのだぁ」

 

 俯いてしまって表情を見ることは叶わないが、ブツブツと一人で小さく喋っている。

 本人は俺に聞こえないようにしてるつもりだろうが、バッチリ聞こえてますよ文さん。俺と買い物に行くのが楽しみなんて変なやつだ。それも花のJKのように服を買いに出かけるのではなく、物騒な銃を見に行くんだからな。ホント、天才は頭のネジが数本飛んでるよ。

 

「それで、いつ行くのだ? 今日なのだ? 明日・・・・・? 」

 

 ショートの髪から覗く上目遣い。おあずけされてる小動物か。

 

「理子はうちのチームの女子とどこか行ったからな。予定もないし、今からでもいいぞ」

 

「やった! なのだ! じゃあ今から仕度して──」

 

 その時。文の声を遮るように俺の携帯の着信音が鳴り響いた。相手は理子。

 

「はーいもしもし」

 

『尾行されてる。相手は多分ひとり』

 

 普段のおちゃらけた様子は一切ないトーンの声だ。

 

「​──よく気づけたな」

 

『何でか理子にだけ殺気を向けてきたから気づけた。多分・・・・・理子たちだけじゃ勝てない』

 

「今どこにいる」

 

『ジオフロントの品川』

 

 ジオフロント​──大深度地下都市の総称だ。その品川だから、ここから急いで間に合うか。しかし​──理子にだけ殺気? あいつが恨みを買うようなことしたか?

 

「分かった」

 

 電話をきる。今すぐに行かなければアイツらの命が危ない。俺1人でどうにかなるとは思わないが、とにかく向かうしかない。

 

「​また危険な任務なのだ? 」

 

 文は俺の袖を弱々しく引っ張って、そう呟いた。

 

「ああ。命に関わる緊急の依頼でな。すまん」

 

「​───ううん、いいのだ。あややとの用事なんかあとに回して、理子ちゃんを守ってくるのだ」

 

 自分の胸に拳を置き笑顔で、机の引き出しから新品のHK45とマガジン、そして側に立て掛けてあった雪月花を俺に渡してくれた。

 

「おう。行ってくる」

 

 装備完了し勢いよく文の部屋を出る。

 休む暇も与えてくれないか・・・・・やっぱり。

 車輌科から車を一台拝借し、目的地に向け出発した時、

 

『君。今度の敵は今まで相手した誰よりもよりも強いぞ』

 

 と、幼い声が頭にこだました。脳内に直接話しかけてくるやつなんて一人しかいない。

 

「初めてだなロリ神(ゼウス)。お前が戦いの前に警告なんて」

 

『私が提案したロミジュリのセリフを言ってくれなかった文句と一緒にね。君が知らないままじゃとっても危険だから』

 

「​文句は事がすんだら幾らでも聞いてやる。危険ってのはなんだ」

 

 携帯を肩と耳で挟んで応答。武藤のようなドライビングテクニックはないから、90キロ以上出しながら携帯片手にハンドル操作などできない。ましてや一般車が走る中だ。事故など起こせば遅れる。

 

『彼女たちを尾行してる相手に、微量の瑠瑠色金の反応がした』

 

「なっ!? 」

 

『君が使う瑠瑠神の能力と同じ能力を使える可能性もある。何より君のことを地球上の誰よりも恨んでる人物だ。気をつけてね、一瞬でも気を抜けば君の全身に風穴が開くから。だからといって君が能力を使うことは反対だ。完全に憑依されてしまう時期を早めてしまうからね』

 

 ​そうなると私が困るんだ、と言い残してロリ神(ゼウス)との通信は途絶えた。

 ​──俺を恨んでるって、一体誰なんだよ。



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第52話 再悪の再開

前回 緊急事態


 ジオ品川。立ち並ぶビルやネオンサインが、すべて広大な縁を描くような配置されている。古代ローマの闘技場を巨大化させ、そのまま地下に埋めたような場所だ。

 

 そこでおかっぱ頭の茶髪少女と、四人のチームメンバーが向かい合っていた。

 

「──さて。お兄ちゃんをたぶらかす女は、ピンク、黒、あと黄緑。金髪はいいや、近づくなって警告すれば近づかないだろうし、そもそも違う男がいるしね。相手をするのは非合理的だから」

 

「お兄ちゃん・・・・・? アンタいきなり何言ってんのよ。あと不用心に殺気は人に向けるものじゃないわ。今すぐ引っ込めなさい」

 

「うん。でも、お兄ちゃんにもう二度と近づかないって約束したらね」

 

 少女──おそらく中学三年生か高校一年の年齢だ。遠目だがかなりの可愛い容姿をしてるな。目には半透明の紅いヴァイザーがかかって鮮明には見えないが、不思議なことに雰囲気が誰かと似てる。根拠は無いが、そのお兄ちゃんとやらと俺は多分見知った関係だ。

 だけど。これ以上分析してる暇はない。あどけない笑顔とは裏腹に、殺気が離れている場所でも感知できるほど充満してるのだ。いつアイツらに襲いかかってもおかしくない。

 

「おいおい、物騒な話はやめてくれ」

 

 物陰から出て少女の気をそらす。突然の来客の俺に少女は一瞬だけキツい視線を浴びせたが──ハッと、何かに気づいたように口元に手を当てた。

 

「京条朝陽──さん、ですか? 」

 

「ん、俺のこと知ってるのか? 」

 

「・・・・・そうですか」

 

 少女はひどく困惑してるようだ。もちろん俺と目の前の少女は初対面のはず。少なくとも俺は会ったことも見た事すらない。敵として認識されるのが当たり前だと思ったが、自分の思惑とは反対のことを口にした。

 

「今すぐここから離脱することを薦めます」

 

「───なぜだ」

 

「サードが来たら貴女は殺される。あたしの目的は、お兄ちゃんに近づくゴミを掃除すること。あまり騒ぎは起こさずに仕留めたかったけど、貴女が来ればサードはこのジオ品川全域を火の海に変えてでも貴女を殺す」

 

 サード・・・・・数字か? しかし恨みを買った理由がわからない。

 

「俺はそのサードとやらに何もしてない。恨みなんてお門違いじゃないか」

 

「そうだね・・・・・アナタは何もしてないかもしれない。だけど貴女は殺した。あの人を──」

 

「フォース。もうやめろ」

 

 奇怪な電子音と共に、少女──フォースの隣に俺と同じくらいの身長の男がいきなり現れた。気配すら全く感じさせない男の零下の如き声は、その場にいた全員を一瞬だけ委縮させるほど。

 そいつはピエロのような恰好と、どこかの戦闘民族の戦化粧を顔に施している。いかにも怪しいプロテクターに全身を纏わせながら。

 

「フォース。なぜソイツを逃がそうとした」

 

「そ、それは・・・・・」

 

「まあいい。お前のことだ、余計な被害が出て俺たちの存在がバレたらどうしようって思ってたんだろ。──くだらねェ」

 

 男は腰に差していた深紅の鞘から一振りの刀を抜いて、

 

「確認する。お前が京条朝陽か? 」

 

 妖しく光る切先を俺に向けられ。ただ名乗るだけなのに、最初の一文字すら口にできない。

 唯一できる行動は、俺も雪月花(かたな)に手を伸ばすのみ。

 

「だったらどうする。違うかもしれないし、そうかもしれない」

 

「・・・・・ハハッ。クハハハハハハッッ! お前の情報が政府の最重要秘匿ファイルの中で捜すのに手間取ったんだ。宣戦会議(バンディーレ)の時は運良く会えたもんだが・・・・・そこでの顔が()()()の下衆な笑顔と違いすぎて他人の空似って思ってたんだ。気づけなかった俺にも腹立つが──やっと会えたな。この外道がッ! 」

 

 サードは叫びに反射的に雪月花を抜いた。

 俺への復讐で凍えるような殺気が周囲に満ちるのは分かる──が、驚愕すべきは他にある。

 別人のような雰囲気へと一瞬にしてすり替わったのだ。先程までの暗殺者のような内に秘めたる殺気を宿すサードではなく、獣のように殺気むき出しで獲物に襲い掛かるサードへ。そして似ている。一瞬とはいかないが、戦闘時に似たように雰囲気が鋭くなるアイツと!

 

「まさか、ヒステリアモードかッ・・・・・! 」

 

 圧倒的な速度で駆け出すサードに、雪月花で対応する。白色と深紅の刃が交錯しネオン光が広がるこの場に火花を散らす。刃と刃が擦れ合って──

 

「なん、だこれ・・・・・っ」

 

 金属の擦れ合う音は変わらない。慣れてる。だがこの雪月花とサードの刀の喚き散らす音は、まるで耳を劈くような騒音だ。

 

「気持ち悪ィだろ。この音はよ! 」

 

 次いで二撃、三撃。雑音が直接脳内に入り込んできて搔き乱されそうだ。

 

「オラァ! 」

 

 音に気を取られ空いた脇腹にサードの蹴りが炸裂する。胃からこみ上げる不快感に気づいた時、既にコンクリ造りの壁に叩きつけられていて。

 体全体を襲う倦怠感に抗い必死に空気を取り込むも、

 

「その程度かお前は!」

 

 追撃に深紅の刃が突き出された。紙一重でそれを避けるも、片手で胸倉を掴まれ宙に引っ張り上げられる。

 雪月花で抵抗する事を読まれていたのか、ソレを持つ手首をしっかりホールドされていて。

 振りほどこうとするも鋼のような筋肉に為す術もなかった。

 

「お前はそんな弱いのかッ! 違うだろッ。あの時みたいに笑ってみせろ! 」

 

「なんの、ことだ・・・・・」

 

 ホルスターのHK45(拳銃)での迎撃を敢行するその前に、サードの片腕が俺を()()()スイングするように投げ飛ばした。固い地面に激突し何回転かして──止まった。口の中に鉄の味が広がる。

 

 たった数秒でここまで傷つけられたか。

 しかし理子は無様な姿を曝している俺に手を差し伸べてくれた。ここから反撃だよ、と励ましてくれながら。

 手放してしまった雪月花を再び鞘に収め、サードを睨む。

 

「ああ。フォースも殺り始めたか。金髪は対象に入れてねェようだが・・・・・俺が始末していいってことだな」

 

 俺の視線に睨み返しながら、首を鳴らして体勢を低くいつでも急襲できるような姿勢に構えた。

 今戦っても相手の情報が少なすぎる。だけど、聞き捨てならない言葉を聞いてしまったからには、逃げることはできない。

 ──理子を、始末するのは許さない。

 

「金髪って理子しかいないよねー」

 

 理子は獣の如きサードに臆せずおちゃらけた雰囲気で俺の前に出た。危ないと分かっていても、敢えて出たのは理子に何らかの意図があったのだろう。

 でも、と理子は付け加えて、

 

「キョー君は人殺しなんてしない。人違いだ、さっさと消えろ」

 

 声のトーンを下げて二丁の拳銃をサードに構えた。その据わった感じは四月のハイジャック機の時の様子と同じだ。

 

「ハッ! 違うな。そいつは確かに人を殺した。俺の目の前でなァ! 」

 

 しかし、お構いなしと咆哮にも似たソレと共に再びサードは俺に迫る。理子は横に逸れるが、狙いは俺らしい。高い敏捷性だが今回は避けられる。先程の目で追えぬような速度ではない。

 

 再び互いの殺傷範囲に踏み入れる。初手はサードだ。

 首を切断しようとする剣筋から間合いを一歩だけ引き、通過後に隙となった右脇腹へ滑り込む。しかしサードから動揺は見受けられない。

 

「シャァ! 」

 

 柄から離したサードの返し手は俺の首に直撃するコースで吸い込まれていく。

 当たれば即死だ。首の骨が折れるから。でも、

 

「させるか! 」

 

 乾いた音が立て続けに二回。理子のワルサーP99から放たれた弾丸は、サードの腕を覆うプロテクターに着弾し見事に軌道を逸らした。頭頂部スレスレで鳴った風切り音に冷や汗をたらしつつも、

 

「悪いな。こっちは二人一組だ」

 

 今度こそ隙となった脇腹へボディーブローをかます。が、服の下にもプロテクターが仕込まれてるせいで簡単に弾かれてしまった。

 ここで動きを止めれば無防備な背骨を折られる。

 俺はそのまま脇を通り抜け、振り向きざまにHK45を抜き、全弾サードの背中に集中砲火したが、

 

「てめえはそんなオモチャが俺に効くと思ってンのか」

 

 プロテクターに全て弾かれ、代わりに瞬間移動するような瞬発力の追撃。

 詰められちゃいけない間合い、確実に防がねばならない打撃。どれも取り出した両腕盾を使ってギリギリで捌くが、

 

「っ・・・・・」

 

 その一撃の一つ一つが異常に重い。銃弾なんて非じゃなく、むしろ1発1発が砲弾のようだ──!

 

「どうしたその程度なわけねェだろうが」

 

 防戦一方にならざるを得ないほど凄まじい連撃。

 反撃しようにもこの体勢を崩した途端、体中に風穴が開く!

 

「そらよォ! 」

 

 喉元への一撃を体を逸らすことで回避したが、サードの円を描くような足払いに対応が遅れた。

 このまま倒れて頑丈そうなブーツで頭蓋骨を粉砕されるまで予想がつく。

 

「ほら、理子のことも忘れんな!」

 

 だが俺とサードの極僅かな間合いの中に理子は滑り込んできた。メデューサのように髪を自在に動かして、両手には二丁拳銃を持って。

 プロテクターに覆われていない顔めがけて抉り上げるように撃つが、サードは銃弾を体を後ろに大きく反らして躱し、その勢いを利用してバク転で理子と距離をとる。

 

「邪魔だ金髪!」

 

 サードの拳銃が唸り二発の弾丸が理子を襲うが、

 

「ふふん。邪魔するのは理子の特技だもんね」

 

 銃口の向きからある程度予測していたのか、二発とも理子は難なく避け後ろの看板に直撃した。

 

「そのプロテクター。今の理子たちの攻撃が一切効かなそうだね。あとキョー君だけにしか効果が出ない深紅の刀とか・・・・・新しい技術でも使ってるのかな? 例えば──そう、先端科学兵装(ノイエ・エンジェ)

 

 にやりと理子は笑い、サードはピタリと動きを止めた。

 先端科学兵装(ノイエ・エンジェ)。まだ開発段階の新素材や新技術。テスト段階以前のものを金を積んで手に入れたり盗んで奪うので信頼性は低いが、この状況みたいに本領を発揮する場合もある。

 

「──そっくりだ。ああ、夢で見たあの表情と」

 

 落ちていた深紅の刀がカタカタと震え不気味な音を鳴らす。

 

「クハッ。ハハハハ! そうだよなァ忘れてたぜ。お前にも女がいたんだよな。そいつを殺っちまえば、俺の気持ちが分かるってことだァ! 」

 

 サードの飛び出しと同時に、深紅の刀はプロテクターに包まれた手元に吸い寄せられた。刃は目の前の敵を貪らんと迫る。

 これは・・・・・! 能力を使わないと理子は躱せない!

 

時間超過(タイムバースト)──」

 

 盾であれは止められない、刀で受け止めるしか、方法がない・・・・・!

 

「──遅延(ディレイ)!ッ! 」

 

 発動と同時に風景が一瞬だけ歪む。

 ネオン光に照らされた夜景の中に、自分以外の全てのモノが止まっているように見える。この中で無類の素早さを持つサードも。深紅の刀も例外ではない。

 体感にして一秒──理子を守れる位置まで移動できた。サードを切り伏せられるまでは至れない。この能力を使うのは緊急時、それもごく限られた短時間でのみ。使い過ぎれば()()()()()()()()()()()

 

「解除! 」

 

 解除と同時に理子を隣を通り過ぎ、脳天へ振り下ろされる刃を、振り上げるように雪月花の峰で──受ける!

 

「ぐっ・・・・・! 」

 

 一点に集中された力は、雪月花を通り足のつま先まで伝わる。直接殴られたわけではないが、強化されていない左手は金属バットで殴られたような鈍い痛みが駆け抜けて。

 左腕もそうだ。電流が駆け抜けて一気に力が抜けていく感覚に襲われる。何より互いが鳴らす不快な金属音だ。頭痛がさらにひどく酷く、耳鳴りまで・・・・・いや。違う。これは、

 

「共鳴、でもしてるのか!? 」

 

「ご名答だ京条朝陽(人殺し)

 

 黒板を爪で引っ掻く音と似て、神経を逆撫でする音が鳴り響き続ける。雪月花やサードの刀が単体で鳴る訳じゃない。互いがぶつかり合った時だけ、まるで二つで一つの楽器だと言わんばかりだ。

 もはや音響兵器と言っても過言ではない。サードが刃をわざと擦らせるたびに頭痛はひどく、共鳴はさらに不協和音と化していく。

 

「能力使ってようやく本性を現したなァ。右の瞳が鮮緑に輝いてるぜ。時間を操作できるみてェだが、その様子じゃ長くは持たねえだろ」

 

「っ、どうだかな! 」

 

 刀を無理やり押し退けて間合いをとる。

 だが今の相手はやり手だ。劣勢の敵に策もなしに追い討ちをかけない愚かな奴ではなかった。

 間髪入れず振るわれる深紅の刀──その一つ一つを選定していく。無数に広がる剣戟を感覚で見分け、致命傷となりえる斬撃だけを弾いて、或いは躱す。

 両腕盾は使えず、断続的に響く不快音に目眩すら覚え。それでも心臓は異常なほど熱く滾る。

 

「地獄に堕ちろッ! 」

 

 乱暴な言葉使いとは反対に、精密な動きで(おれ)の防ぐ太刀筋を避け、深紅の切先が喉元に突き出された。

 ───まだ、こんなところで終われない。

 ()()を再使用する。たった数瞬程度の時間だけの発動だが、切先が直撃しない程度には逸れることは出来た。

 能力の解除と共に刃は俺の首の皮をナメるように通り過ぎていく。

 

「ちっ」

 

「まだ終われないんだ」

 

 プロテクターで全身を覆うサードだが顔は無防備。

 懐に潜り込み、雪月花を手放した手で顎に掌底をヒットさせるが、ダメだ。当てた直前に顎を引いて衝撃が逃がされた。

 ならば──!

 

 掌底で上がった腕をそのまま抱きつくように首の後ろまで抱え、サードの筋肉質の左腕を掴む。

 素早く腰を落として密着し、

 

「うおおおォォォッッ! 」

 

 思い切り投げて床へと叩きつける。柔道で言う首投げという技だ。

 綺麗に決まったと喜んでる暇はない。すぐさま追い打ちをかけようとするが、

 

「考えが甘えんだよ! 」

 

 その場で起用に回転し、稲妻のようなハイキックが(おれ)の頭へと打ち込まれる。

 直前で左腕をクッションに入れ、何とか直撃だけは防いだが、防弾制服越しでも直撃は腕の骨がイカれそうなになる。

 バックステップでさらに加わる追撃を躱し、落とした雪月花を手に取って、理子の横へと立ち並ぶ。

 

「ごめん。今の理子じゃあまり役に立たないかも」

 

「並みの弾丸はアイツに効かないんだ。それに理子は充分いい仕事してくれてるよ」

 

 事実助けられた。今も接近戦だったから逆に援護射撃は危険だ。仲間に当たる可能性だってある。

 

「もう一回、援護射撃で隙をつくれるかどうか。アイツの意識はもう完全にキョー君に向いてるけど、理子が外すかもしれない」

 

「弱気なんて、お前らしくないな」

 

 笑って理子の拳銃を持つ手を握る。

 やっぱり暖かくて、自然と守りたいって思う。だからこそここで立ち止まっちゃいけないんだ。

 

「いくぞ」

 

 うんと頷いた理子と離れ、再びサードに肉薄する。

 サードと戦闘を始めてまだそれほど時間は経ってない。なのにもう体は疲労困憊だ。何秒、何十秒かの鍔迫り合いが永遠のように永く感じる。

 だがそれはコイツも多分同じ。(おれ)もサードも致命的な傷を与えるまでには遠く、かすり傷を量産していくばかり。これまでの防戦一方とは変わり一進一退の攻防にサードの剣筋にさらなる苛立ちが見える。

 

 確かにコイツは一撃は人の力を軽く凌駕するほど重く、猛獣よりも高い俊敏性を持ってる。けど、持久力はほぼ(おれ)と同じなんだ。じゃなきゃ(おれ)はとっくに殺られてる。

 

「キョー君そのままっ! 」

 

 右の肩口に迫る深紅の刀に火花が走り、僅かに軌道がずれる。直後に響く一発の銃声───理子による援護射撃だ。ナイスカバー、サンキューだ理子!

 

「悪いが少し止まってろよサード」

 

 飛び退こうとするサードのプロテクターで覆われた両足を超能力(ステルス)で凍らせ地面と貼り付けに。どれだけあがこうが無駄だ。

 今日は璃璃粒子が濃くて使っても余計に体力を消耗するだけで発動はしないつもりだったが、千載一遇のチャンスを逃せない。

 

「これで、どうだッ! 」

 

 狙うは目全体を隠すヘッドマウントディスプレイ。それが(おれ)の筋肉の動きや予備動作をサードに視覚情報として映していたならば、破壊すれば形勢逆転できる可能性だってある!

 そして──横一閃。一瞬の抵抗が柄に伝わるが、あっけなくソレは切り裂かれ、破片を辺りにまき散らして虚しく地面に落ちた。

 

「──ッ! 」

 

 サードはUSPを抜いて足にまとわりつく氷を破壊し、今度こそ大きく飛び退いた。

 へっ。一矢報いたと思うべきか、やっとまともな一撃を与えられたって思うべきか・・・・・。それでも勝機は少しずつだが見えてきたぞ。

 

「おい、なんでお前はこうも抵抗するんだ。ここでくたばっても誰も悲しまねえだろうが」

 

 破壊され露わになった素顔を片手で隠しながら、それでも殺意が宿った瞳を向けて口を開いた。

 

「そうだな。死んで困るのは(おれ)自身だけだ。でも、命に代えてでも守らなきゃいけない人がいるんだ」

 

「・・・・・誰かを守る、だと? 」

 

「迷惑かもしれない。余計なお世話だと影で疎まれてるかもだ。けど、この命が無くなる寸前まで(おれ)は──」

 

 その時、サードの異変に気付いた。片手で髪を乱雑に掻きむしり、ぶつぶつと小声で何か言っているように見える。

 そして、

 

「誰かを守るなどと、お前はいうのか。それがただの自己満足の押し付けだと知らず、その使命に就くことだけでしか自分の存在意義を見いだせない。その行為をしてる自らに酔いしれて周りの異変には気付かず、最期には守ろうとした人さえ自らの手から零れ落ちることも──てめえは知らねえのか。自分の無力さを痛感するだけの行為に何の意味がある! 」

 

 ・・・・・なんだ、サードの殺意が・・・・・っ!

 

「てめえを見てると虫唾が走るんだ。できもしない事を平然とほざいて偽善を振りかざす──俺がこの世で一番嫌いな奴になってくれてありがとよ。元から心置きなく殺すだったが、今ので全部吹っ切れた」

 

 体を横向きにし、腰と頭を落として右足を後ろに引く。右拳を大きく振り上げて──

 

 

 

「そこまでですジーサード。まったく、貴方は暴れすぎだ」

 

 音もなく気配もなく、サードに声をかけた人物は俺たちのすぐ側まで来ていた。サードも突然のことに構えを解いて、すぐさまソイツの方に警戒を寄せる。

 190を超えているであろう高身長、燕尾服にシルクハット。半月型の目と耳のあたりまで裂けている口の仮面をつけた男。

 いきなり現れたそいつに銃を向け、問う。

 

「いつからそこにいた・・・・・! 」

 

 サードですら驚きのあまり体勢を解いて仮面の男を警戒している。殺気や敵意は感じられないが、それでも隠しきれない刃物のような鋭い雰囲気を醸し出している。

 ───強い。おそらくサードの何倍も強い男だ。

 

「京条朝陽くん。まだ生き残ってくれててありがとう。ホントに助かったよ。ん、その表情は私が誰だか思い出せないようだね。私と君は一度会ってるよ。ココ四姉妹──あの娘たちがジャックした新幹線の中でね」

 

 っ、あいつか。未来を見せただの変な助言だのと胡散臭いやつだ。名前は確か()()()()。情報科に頼んで調べさせたが、こいつの行方はあの事件の後、眩んだままだった。胡散臭い格好からして引っかかると思ったが、一件もこいつに関しての情報がヒットしない。

 

「ふむふむ。憑依はまだ半分くらいだね。予想通りだ。どうだい? 瑠瑠神に憑依されてる気持ちは」

 

 自分を抱く仕草と、推理の答え合わせをしてるような陽気な声。その態度は、仮面の男の異質さを物語っているようにも見える。

 

「───最悪だよ」

 

 圧倒されつつも一言だけ答えると、結構! と男は大きく拍手した。

 

「うん。次会う時の予想だけ外れてしまった。何しろジーサードくんが監視の目を盗んで出ていってしまったからね。仕方なく私が連れ帰ることになったんだ。まぁそのことはいい。君、瑠瑠神がどんなモノか、分かったかい? 」

 

 ずかずかと(おれ)に近寄って、両肩を勢いよく掴まれてしまった。興奮気味なのか前に会った時よりもハイテンション。サードのこいつに向ける殺気など歯牙にもかけてない。

 

「気持ち悪い。ただ壊れたように愛してると伝えてくる異常者だ」

 

 背後で銃を向ける理子を制しながら答える。すると、やれやれというポーズをとって男は離れた。

 まるでハズレの回答を聞いた時の仕草じゃないか。(おれ)は間違ってない。今すぐにでも殺したい相手だ。

 

「片方は正解だ。だけどもう片方は全然違う。アドバイスが役に立ってないじゃないか」

 

「なっ。間違っちゃいない! (おれ)はこの目で、この体で! ちゃんと瑠瑠神がどんなやつか知ったんだ! 」

 

「・・・・・もう少し様子見かな。君は見当違いの回答をしている。全然違う証明を書いて、これが答えだと自信満々で答える愚か者じゃないか。それでは面白くない。もう一度、同じ事を言うよ。

 ()()()()()()()()()()()()()。これが私が君に出来る今一番のアドバイスだ。そしてアドバイスに繋がるヒントを残そう。()()()()()()()()()()()()()? 」

 

 男はそう言い残すと、サードの元へと歩いた。いきなり現れて戦いを中断させた男に怒っているのか、一方的にサードが捲し立てている。サードと男は協力関係にあるようだ。

 

「なぜ止める! アイツは今ぶっ殺さねえと気がすまねェ! 」

 

「まだ時期じゃない。つべこべ言わず私と一緒に来てください」

 

「アイツの仇をとる為に俺はここにいる! それを帰還しろだと? ふざけんじゃねえ! 俺は今この場でアイツを───」

 

「ジーサード。まだ時期じゃない」

 

 その声に、自分の首が刈り取られたような気がした。

 一瞬で幻覚だとわかったが、サードに向けたそれは先ほどの優しい話し方ではない。恐ろしくドスの効いた声だ。たった二言で、関係ない俺たちを震え上がらせるほど。標的であるサードは、両の拳を血が出るほど握りしめ、舌打ちをすると、

 

「──次会う時がお前の最期だ」

 

 仮面の男から手渡されたレインコートのようなものを着て静かに姿を消した。(おれ)を殺すと誓って。

 

「私も帰るとするよ。さて、次会う時が楽しみだ。今度こそ──藍幇で会おう」

 

 仮面の男も同じように消え、残された(おれ)と理子は呆然と立ち尽くすしかなかった。

 これからが本当の戦いだと、深く胸に刻みながら。

 




※ジーサードはある理由で本気を出せてません


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第53話 病室の一幕

前回 サードと武器商人


 どこか遠くて、どこか深い。孤独なはずなのに不思議と寂寥感は感じられない。

 

『ねぇ。いつになったら私のモノになってくれるの? 』

 

 ──声がする。優しくて温かみがあって、何もかもを受け止めてくれる雰囲気を醸した声。

 

『あなたの傍にずっといるのに。愛する人に触れたくても触れられないもどかしさ・・・・・ずっと孤独だったの』

 

 ──自分の周りは真っ暗で何も見えない。ただ脳内に直接語られるという事実が、俺がどこかに存在していると教えてくれる。

 

『でも分かってる。あなたがこの先どんな運命になろうと、最後は絶対に私のモノになってくれるって』

 

 ──それはどこかで聞いたことがある声だった。でも思い出せない。重要なことなのに、どこで聞いたか忘れてしまった。

 

『待っててね朝陽。もうすぐだから』

 

 蕩けてしまいそうな響きに身を預け、再び俺は目を閉じた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「平和だなぁ」

 

 病院のベッドに横たわって鳥のさえずりをBGMに目を瞑っている。今寝てるベッドは何回もお世話になってる、言わば聖地。ゆっくりと休みたいが、

 

「あ、平賀さんこれも頼める? 」

 

「はいなのだー! 」

 

 バスカービルの女子四人に加え平賀さんが騒いでるのだ。そして彼女たちの格好はオオカミ少女やカボチャ、妖精など───コスプレ衣装。というのも、本日はハロウィンで俺も仮装している。否、仮装させられた。

 まぁでも、世間一般に伝わる女子会ならば良い。激務のあとの休息はとても大事だ。

 しかし、忘れてはいけない。コイツらが武偵高の女子、しかもその中でも危険人物のオンパレードということを。

 

「M60の弾もうちょっと欲しいんだけど・・・・・まだ余ってる? 」

 

「あるのだ。でも撃ち続けると銃身が加熱されて大変なことになるから、連射はほどほどになのだ」

 

「平賀さん。このバレットは頑丈ですか? 」

 

「はいなの・・・・・レキちゃん? 何に使うのだ? 」

 

 白雪はその米陸軍大好き銃を眺めて、何やら満足そうに頬を緩めた。これであの泥棒猫をバラバラにできるねーだとか、うん。聞かなかったことにしよ。

 レキはレキでなぜバレットM82が頑丈か聞いてんだよ。大型カートリッジを使うハイパワーライフルなんだから頑丈に決まってのに、承知で何する気だよ。てか、

 

「掠めただけでヒトを肉塊にする兵器で何すんだ。もしやあの女の子に使う気じゃないだろうな」

 

「・・・・・はい」

 

 コクリと少しだけ頷いた。

 アリアを含め白雪、レキはサードと共にいたおかっぱ少女に力及ばずやられてしまったらしい。その腹いせだからか、返事も言葉足らずでどっちだか分かんないぞ。使う気の『はい』か、使わないよの『はい』か。対物ライフルなんて武偵が使ってるのバレたら大問題で蘭豹から物理的お説教が叩き込まれる。見て見ぬ振りでいいやもう。

 

「アンタ、包帯とれたと思ったらまた包帯。見ていて痛々しいわよ」

 

「そりゃ結構。盾として活躍してるって事だから別に良いこと───」

 

「ダメ! 」

 

「ダメなのだ! 」

 

 な、なんだ。理子と文、良いって言った瞬間俺を否定しやがった。しかも俺が寝てるベッドに侵入してきて。眉も若干つり上がってるような・・・・・。

 

「見てる側としてホントに痛々しいの! むしろ理子が役に立たないから変わりに傷を負ってやってるって言い方で、ちょっと激おこプンプンがおーなんだけど! 」

 

「あややの憧れ──仲良い友達がどんどん傷つく姿見せられて気分良いって思えないのだ」

 

 かたや両手の人差し指を頭に、鬼の角に見立てて。かたや包帯が巻かれてる腕をツンツンとつつく。マジで怒ってるのか分からんな。特に理子。ちょっと激おこってどっちだよ。

 

「大げさだ。怪我だって大した事ない。じゃなきゃコスプレなんてしてないさ」

 

「ほんとなのだ? あややの作った、現状最強の盾がひしゃげて返されたけどホントなのだ? 」

 

「あー、大丈夫だよ。当たんなきゃ問題ないし。心配すんなって、これからも引き続き盾の製作を頼むって決めてんだから」

 

 髪を留めるゴム紐に付いたプラ製のカボチャを避けて頭を撫でる。

 今回の一件。武器商人が消えて、アリアたちがいつの間にか居なくなってるのを確認した後、見事にぶっ倒れた。意識が奪われたというか、変な夢に連れ去られたというか──まぁ気づけば病院のベッド。いつも通りの帰還だ。

 

「むぅ・・・・・ジュース買ってくる」

 

 理子はぷくっと頬を膨らませて、俺たちのいる病室から離れた。不機嫌そうな声音だったから、俺の返答が悪かったんだと思う。頑固親父の言う事みたいだが、俺が負う怪我はこの一件で金輪際無くなるなんてのは絶対にない。

 

「朝陽。理子に謝ってきなさいよ」

 

 と、妖精娘のアリアが顎でクイッと引き戸のほうを指した。

 

「・・・・・んん? なんで」

 

「はぁー?分からないの?アンタあたしよりアホなのね」

 

「アホ・・・・・アリアより、アホだと・・・・・? 」

 

 そんなバカなことあるわけない! 理子が出てった理由だろ。ジュース買いに行く以外になんかあるか? 考えつかないんだが。

 

「半年くらい前だったら朝陽くん、すぐわかると思うよ」

 

 白雪まで言うのか。こういう場面で半年前に思いつくのは──いや、ありえない。()()()()()()()()()()()()()()

 そりゃ八月とかなら演技でしてたかもしんないけど、理子は演技しないとあの時約束してくれた。だからありえないんだ。

 

「そんな複雑なもんじゃねえだろ。アイツは本当にジュースを買いに行っただけだ。ついでに俺もコンビニ行ってくる」

 

 病室を抜ける時、白雪が発したことは引き戸が遮った。

 ・・・・・なんか胸のあたりに霧がかかってるというかモヤモヤするというか──なんだ?瑠瑠神の影響は出てないはずだ。

 

 不思議な感覚に陥ってるのは自分でも感じ取れる。今まで、前世も含めて、こんな感覚に襲われたことは一度たりとも無い。だとしたら──風邪か?

 

 病院の一階にあるコンビニで風邪薬とお菓子類を買って、また来た道を戻る。最近は怪我して寝込んで、無理して倒れての繰り返しだ。流石に酷使しすぎて()()が来たか。つってもいつまたサードが襲来してくるか不明な内はおちおち眠れん。

 あー・・・・・考えてみれば問題が山積みじゃないか。サード、瑠瑠神、理子。うっ、胃が痛くなってきたような気がする。

 

「あら。誰かと思えば朝陽じゃない。まだ醜い面を曝していたのね」

 

 いきなりの暴言。考え事をしてていつの間にか人気のない非常階段近くまで歩いてたらしいが・・・・・今の声はおそらく。

 

「ヒルダか。久しぶりの挨拶も中々キマッてんな。何の用だ?」

 

 見回しながら問いかけても俺以外に人影は見当たらない。ヒルダのことだ、大方どこかの影にでも潜んでんだろ。

 

「別に。お前には関係ない用事で来ただけ」

 

 この病院に用事? まさか。

 

「・・・・・おい。確認だ。理子に一切手を出してないだろうな」

 

「バカ言わないで。ああ、怒んないでよ。まだ貴女(オマエ)の血が抜けきってないの。理子にはその、お詫びの品をあげてきただけ」

 

 慌てた口調で返してきた。しかも俺の血がなんだって?

 

「──おいヒルダ。俺から吸血したのがまだ体内に残ってて、それが何か不都合なのか?」

 

「不都合だらけよ。だいぶ取り除けたけど、貴女の感情が昂るたびに頭に響くの。

 私を愛して。私を助けてって」

 

 やれやれといった口ぶり。敵ながら同情せざるを得ない。

 

「大変なのね。お前も。まぁ私は血が抜けきったら関係ないのだけど。もう帰るわ。じゃあね」

 

 ああ、と言い残して俺も歩き出す。

 

「そういえば。お前の肩の傷、もう治ってるのね」

 

 ──っ、武器商人からも言われたことだ。

 

「おいっ、お前まで! それはどういう意味で・・・・・って、もういないか」

 

 影に潜んでる気配も無し。多分今の俺の問いかけも聞こえてない。

 肩の傷──か。ヒルダの放った槍が右肩を貫いた傷の事を武器商人(あいつ)も言ってたんだ。確かに不思議に思ってた。明らかに傷の治りが早いんだ。ヒルダとの決着から文化祭までほんの少しの期間しか空いてなかった。にも関わらず、リハビリも無しで普通に動かせる。

 

『おやおや。説教しようと思ったらお悩み中だったね。君の胃も限界じゃないか? 』

 

 突如、無遠慮にも響く幼女の声。訂正、幼女よりも少しだけ成長した、凛とした雰囲気が僅かに漂う声が、脳内にこだまする。

 

ロリ神(ゼウス)か──説教は勘弁だ」

 

『おや。それは残念極まりない。では君には久しぶりに電撃でもプレゼントしてあげよう』

 

 でっ、電撃って4月とか5月によく喰らわされたやつだ! 今受けたら傷口が開く! 何とか話題を・・・・・そういえば!

 

「なあ! それより傷の治りが早いんだけど・・・・・お前何か俺に細工でもしたか? 」

 

『露骨な話題逸らしだけど。まぁ乗ってあげよう。細工はしたにはしたね。けど私が渡したお守りにそんな効果はないはずなんだよね。でも回復力の上昇に関係ないとは一概には言えないけど』

 

 俺に細工を施す時間なんてあったか? 一言くらいは俺に声をかけたはずだし───あ。もしかして、夏頃に貰ったというか強制的に体内に埋め込まれた気がする。レキとキンジがクレープ屋の近くでイチャイチャしてるのを目撃する前。ココ姉妹のどれかと会って、そのあと理子に気絶させられた時のことだ。

 

 確か、俺がいつもロリ神(ゼウス)と会う場所で、背中にお守りとやらを押し付けられたような気がする。溶けそうなくらい熱くて正直涙が出そうだった、あの時だ。思い出したぞ。でも効果はないんだろ・・・・・なんでだ?

 

『君に授けたお守りはあってないようなものだと思ってくれて構わない。そも私が勝手にお守りと言ってるだけで、実際は()()()にとってはデメリットの方が大きい』

 

「おめえ。一体俺に何埋め込んだ。あと本来の効果はなんだったんだよ」

 

『それは乙女の秘密! これ以上聞くことは許されないよ! 効能は文字通り、君を助ける効果。助ける以上の効果もないし、以下も同じだよ』

 

 乙女の秘密ってなんだよって問い返すことは、残念ながら叶わなかった。脳内に放電音が聞こえるから仕方ないね。大方、他の神様にバレたらマズイもんか。

 しかも助けるってもっと具体的に言ってくれないのか。助けるにも色々とあるのに。でも、

 

「回復力が上がったおかげで肩の怪我を気にしなくて済んだし、何よりサードを撃退できたんだ。その意味じゃ俺は助かってるんだがな──何が俺の回復力をあげてるのかが唯一気になる」

 

『──まあ。今ぽっくり死んでしまうのは君としても不都合だろう。もちろん、私にとってもね。君には使命があるんだから。・・・・・そっか。回復力だって微々たるもの。せいぜい怪我の治りを早くする程度か。まあいいや、そのくらいなら。これ以上私が手を加えなくても良いね』

 

「手を加えるも何も、回復力が上がった理由くらい教えてくれ」

 

『ううん。たまには君も自分で考える力をつけた方がいい。あと半年後──でも君なら乱用してそんなモタないか。ともかく、これから君一人だけで戦わなくちゃいけない時が絶対来る。孤独に溺れそうになっても、誰にも頼ることなく生き抜かなければならないからね』

 

 一人で・・・・・。意味することは、神との一騎打ち。瑠瑠神の攻略だ。今の半分犯された俺でさえ傷一つ付けられないんだ。ただのヒト(仲間)は歯向かうことすらできず惨殺される。

 そうだ。俺は自分の問題で仲間を死なすわけにはいかないんだ。

 

「はいはい。たまには頭を働かせてみるよ」

 

『はいは一回! ・・・・・すまないね引き留めてしまって。ところで君は早く戻らないのかい? 』

 

「戻るって、どこに」

 

 えっ、と頓狂な声を出して、直後に脳内に響く大きなため息。きっと、やれやれみたいなポーズでもしてるんだろう。簡単に想像できるのがまた腹立つが、この際ガマンだ。神とはいえ女の子。女子の気持ちは女子が推理した方が当たる。理子が出てった理由がジュースを買いに行く以外にあるとすれば、コイツに聞くしかアテがない。

 

『峰理子、その他チームメンバーのところにだよ。特に峰理子には謝っておいた方がいい。君はつくづく女の子の扱いが下手だからね』

 

「あー・・・・・つってもな。謝る理由を知りたいんだ」

 

『君は、まあ分からないか。でもここで私が口出しても仕方ないし。反対に君にひとつ質問をしようか』

 

 なんだ、こいつにもはぐらかされたぞ。しかも質問って、今度はなんだよ。俺の質問は一切答えてくれないって酷くないか。

 

『君が峰理子を失った時、どんな感情が浮かぶか教えて欲しいんだ。直感でいい』

 

 そんなんでいいのか。なら、

 

「えっと。こわ・・・・・一番の友達が消えて悲しいかな」

 

 待て。(おれ)はその前になんて思った? ──怖い、だって? ありえない。許せないだとかそういう類なら分かるが、きっと何かの間違いだ。

 

『おや。口に出しかけた事を教えて欲しいんだけど。大事なことなんだよ』

 

「・・・・・嚙んだだけだ。本当に、その、困るだけだ」

 

『君。それは本当の君が───ううん。何でもない。私もちょっと踏み込みすぎたね。今日の通信はこれまで。また近いうちに話すとしよう。君に祝福がありますように』

 

 皮肉かッ! とツッコミを入れたのだが、ヒルダ同様に声は多分聞こえてない。否、絶対に聞こえてない。結局俺は質問攻めされて終わっただけか。しっかし、どいつもこいつも俺の体を弄くり回さなきゃ生きていけんのか。

 

「───帰るか」

 

 重たい足取りで自分の病室へ戻る。

 一難去ってまた一難と言うが今日くらいは寝かせてくれ。どうせアリアと理子が喧嘩(じゃれあい)してるだろうけどさ。頼むよ。ここ最近忙しくてまともに休めないんだよ。

 人気のある通路に出て、しかし行き交う人は俺の顔を見て何故か目を逸らす。思ってること顔に出てるのかな。まあしょうがない、癒しが足りないんだから。

 

「あの、あのっ! 京条朝陽さんですよね! 」

 

 廊下の角を曲がったところで若い看護婦さんとすれ違いそうになるが、俺の顔を見るなりいきなり肩を掴んできた。俺の今の顔も酷いもんだけど、看護婦さんも若くてキレイなそれを真っ青に染めている。この先はアイツらの部屋だし、銃を出しての喧嘩を目撃しちゃったってとこか。この病院に勤めてるヒトは見慣れてるから新人さんかな。

 

「大丈夫ですよ。いつものことです。迷惑かけてすみません」

 

「いえ、その」

 

 そんなに慌てなくても大丈夫なのに。

 ああ、怒鳴り声も聞こえてきたぞ。なに? 泥棒猫だ殺すだ? これまた物騒なことを。

 

「俺・・・・・僕が解決します。ほんとチームメンバーがうるさくて申し訳ないです」

 

 ぺこりと頭を下げて小走りで目標(ターゲット)の部屋の前に。

 ほら、耳をすませばガバメントのスライド音とか既に聞こえちゃってる。白雪とアリアの(いつもの)喧嘩か。てことは足を怪我してるキンジもいるだろうし、俺もフォローするか。

 

「おい。他の患者さんもいるんだから静かにしろって」

 

 がららと引き戸を開けると、

 

()ぇぇェェェェッッ──! 」

 

 俺の斜め横、つまり間近にキンジと、ボブカットの茶髪少女フォース。どちらも丸腰だ。対して向けられた銃口は五つ。白雪(M60)理子(ショットガン)アリア(ガバメント二丁)レキ(対物ライフル)だ。特に白雪は床にバイポッドたててヤル気まんまんて感じで・・・・・。

 

「いや待て待て待てッ! 」

 

 慌てて丸腰二人の前に出て両手を広げる。無関係の俺が間に挟まればこいつらも撃てまい。

 

「どきなさい朝陽ッ。その女はキンジにキッ、キキキキ!

()()()したのよ!? 」

 

「朝陽さん。この銃のデビューを飾る生き血がアナタであって欲しくありません。そこをどいてください」

 

「そうだよ朝陽くん。その女は、シタの。キンちゃんの、私の将来の旦那さんの唇を。許さない許しちゃいけない。殺さなきゃ・・・・・! 」

 

 ツッコミが追い付かねえ! 一秒でも惜しいが、ひとまず病室内を見回す。

 とりあえず理子は安全だ。(あや)もベッドの下でダンゴムシみたくなってる。アリアも怒り心頭って感じだが、撃ってこないはず。

 残るは二人。俺がいようがいまいが撃つんじゃないか?

 

「京条先輩ですか。あたしとお兄ちゃんを守ってくれてありがとうございます。では──()()()()()。二度とお兄ちゃんの部屋に来るな。家にいていいのは家族だけだ! 」

 

「何度も言ってるが俺はお兄ちゃんじゃ──」

 

 言い切る前に引き戸が音が鳴るほど強く閉められた。続く遠ざかる足音。これは二人とも逃げたらしい。

 

「ちょっと! 」

 

 ぎゅむぅ! とアリアのチビかかとが俺の足に振り下ろされた。防弾靴履いてても痛いとか、見た目に反してお前の筋力はどうなってんだ。

 

「アンタもみすみすと敵を逃がして・・・・・! もしかしてアンタも(たぶら)かされたわけじゃないでしょうね! 」

 

「んなわけないだろ。あの子、フォースだったか? 一切武装してなかったじゃないか。敵意はあったけど殺意はなかった。連れ去られたキンジも本気で抵抗してなかったし、お兄ちゃんと呼ぶからにはそれなりの事情があるんだろ」

 

「でもっ! キンジにアイツが、ハッハハニュ、ハニートラップ仕掛けるかもしれないじゃない! 」

 

 わかった。わかったから俺の足の上で地団駄するのだけはやめてくれ。

 

「ハニートラップなんてキンジは引っかからない。ヤバい時は連絡の一つや二つするだろ」

 

 アリアの頭を遠ざけるように鷲掴む。ぽかぽか殴り──このピンク悪魔の場合、たった一発が打撲傷に相当するが──はいつまでやられても鬱陶しい。普段であればこれで終わりなのだが、

 

「キンちゃんがハニートラップにかからない証拠は!? 朝陽くん説明できるの!? 」

 

 今回はキンジの女関係のトラブル。なればアリアと俺の間に白雪が割って入って胸元を掴むのは必然。必然であってほしくないけど。

 

「あー、長く一緒にいた美人系可愛い系勢揃いのお前らでさえオトせてないのに、ひょっとでの女子がオトせるわけないだろ。しかも妹系女子とか、アイツの苦手分野だろうし」

 

「でももしハニトラに引っかかっちゃって、毒盛られて死んじゃったら・・・・・! 朝陽くん! 」

 

「そりゃドンマイだ。俺と理子には一切影響ないだろうし、まぁあとは好き勝手にやってくれ」

 

「──え? 」

 

 ん。待て。俺は今なんて言った? 好き勝手にやってくれだって!?

 

「いや違う! 今のは誤解だッ。とられてもそうでなくても、お前らが取り返したいってなら好き勝手やってくれってこと。俺も理子も手伝うからな」

 

 キョトンと首を傾げて、それでもわかったよと微妙な返事。アリアと白雪には誤魔化せたようだが、レキだけは俺を射抜くような視線を外さない。

 俺だって自分でも言うのはおかしいと思うが、自然に口に出てしまったのだ。面白いと感じたことを面白いと言うように、平気で仲間を見捨てることを当然とした口ぶり。

 ──体だけじゃなく精神も壊れて始めてんな。

 

「キンジは彼女がお兄ちゃんって呼んだ時、何度も言うがって叫んでたよな。あれは今日以前にも会ってたこと。武偵高クソイベントの闇鍋時点で足に怪我はしてなかったし、おそらく彼女とひと悶着あった。殺すなら足を負傷させ退路を断ったその時にいくらでも方法はあった」

 

「根拠はそれだけ? 」

 

「あとは、さっきと同じことだがキンジが本気で抵抗してなかったこと。他にあるかアリア」

 

「ない・・・・・けど腹立つわ! あいつはあたしの奴隷! 他の主人に尻尾振るなんて許さないわ」

 

「アリアはいいのー! 私がキンちゃんの将来のお嫁さんなのー! 」

 

 なによ! とアリアが犬歯むき出しで白雪と取っ組み合いを始めた。

 過程はどうであれ結局いつも通りの日常に戻った。

 

 

 レキはその日常を見つめず、ただ俺をじっと見ていた。

 いつもの無口を貫き、しかし不気味なほど訴えかけるその眼に、一種の恐怖を感じていた───。



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第54話 複雑と複雑

前回 病院で複数人と会話


 病院で一室での幕は、あの後1時間にも及ぶ説得と愚痴の言い合いで何とか収まった。

 白雪のマシンガントークにアリアも加わり、二人を落ち着かせたところでレキが新たに火種をぶち込むので終わりが見えずに途方に暮れていたが、文の手助けで怪我人を出さずに場を収めることができた。

 

 そして俺の装備。サードとフォースの襲撃で叶わなかった、買い物に明日行くことになった。理子とではなく文とだが。約束事は先延ばしにすればいつか忘れてしまうもの。明日も学校だが、一日くらい休んでも平気だろうと考えての計画だ。どこに買いに行くのかは文が決めたらしい。かなりはしゃいでたのは──授業をサボる快感からかな。子供は少しのスリルでもテンションが上がるし子が多いし。

 

 でも計画途中、というか終始ふくれっ面の理子は傍観を決め込むばかりだったのが解せないが───何となく声はかけられなかった。

 あいつなりに俺に思うことでもあるのだろう。

 人間関係、特に相手が不機嫌な場合。男同士ならば時間が解決してくれる。しかし相手は女だ。何をどうしていいのか、解決するには時間が必要──なのだが。

 

「電気消すよ」

 

 ・・・・・あ、電気消された。

 そう、今俺は理子の部屋にいる。こんなことになったのも、本日退院の俺と女子寮で別れる際に、手をひかれて理子の部屋に連れてこられてしまった。そりゃ理子の部屋には頻繁にお邪魔して、お泊まりも幾度となく重ねている。もはや半同棲状態なのだが、それでも今日は帰りたかった。だって今の理子怖いですし。

 今もベッドの上で借りてきた猫のように体を縮こませていても仕方ないと思う。本当は理子と反対向きで寝たかったけど、体が石みたいに重たくて身動きひとつ取れないからね。

 

 ギシリとベッドが軋んで、理子と目が合う。

 寝るために必要なことだが、しかし何故か心臓が驚くほど跳ねて、まぶたを閉じても寝させてくれない。こころなしか顔も熱くなってきた。

 仰向けだから手で顔を隠すしか理子に対して対抗策を生み出せないのがメチャクチャ辛いぞ──!

 

「もうちょっとこっち寄って」

 

 色っぽい、けど切なさも混じったそれは、より一層体の硬直を強める。口から心臓が出そうというか、息苦しいというか。わけもわからない緊張が原因なのは分かってる。でも、焦燥感から生じる心地悪い緊張ではない。寧ろ逆だ。

 

「──何固まってるの」

 

 華奢な腕が背中に回され退路は絶たれた。同時に理子も俺に寄って来て──

 

「ちょ、待っ! 」

 

 むにゅ。

 ──高校生にしては主張が激しい胸の谷間に・・・・・! 押し付けるな押し付けるなッ。僅かに胸の下ならばまだ抵抗のしようがあったものをっ! 少しでも動けば胸があたって余計に気まづくなる。理子のことだ、何かの罰ゲームとしてこの悪魔的ポジションに俺の顔をうずめさせたのだろう。自らを犠牲にするとは俺も考えつかなかったが、効果覿面(てきめん)すぎる。ホントに恥ずかしすぎだ・・・・・。

 

 現実逃避のため必死に寝ようとするも、かえって意識してしまって目が覚める一方だ。これはストレスではなく羞恥心で胃に風穴が開く。しかも理子の胸に顔をうずめてるわけだから、否応なしに女の子特有の甘い香りに満たされてしまう。思春期真っ只中の男子高校生がされればパニックどころの騒ぎではない。例に漏れず俺も行き場のない焦りと緊張感で、このままでは一時(ひととき)も寝付けぬまま朝を迎えるのではないかと心配した、その時。

 

「──ッ」

 

 柔らかく小さな右手が俺の後頭部に優しく置かれた。この状況での理子の行動は停止しつつある思考を追い込むカタチになったが、同時にある事を思い出させてくれた。

 ──怒ってない、のか?

 不思議だ。昼間は不機嫌の極みと態度で表れていて、寝るこの瞬間まで一言も話さなかったのに。今では理子は置いた手を上下に・・・・・まるで泣きついた子供をなだめるように、撫でてくれている。

 

 直後はビックリしてそれどころじゃなかったが──体に溜まった疲労が一気に剥がれていくようだ。理子や仲間の前では普段通りを演じてたからバレてるはずないと思った。実際アリアや白雪といったいつものメンバーには何も言われなかったんだ。けど理子は、理子だけには気づかれてしまった。

 トクントクンと理子から心音が僅かに聞こえる気がした。服越しでも理子の若干高い体温が伝わって、それもまた冷え切った心に浸透するようだった。

 

 聞きたいことなど山ほどある。

 今日の昼に不機嫌だった事とか、今は優しくしてくれる事とか。でもそれは今それを質しても答えてくれない。聞けば、何となくだが、さらに関係が悪化する気がするし──今はずっとこうされてたい。情けない姿極まりないが、今まで休みたいときに休めなくて辛かったんだ。今くらい休んでも(ばち)は当たらないよな。

 

 理子の吐息がすぐ近くに。すぅーすぅーと規則的な息遣いが聞こえてくる。人の寝息は眠気を誘う効果があるのだろうか。だんだんと俺も眠くなってきた。最近はあまりこうして安心しながら床に就いてなかったからかな。まぶたが自分でも驚くほど重い。

 

 ───今日は、良い夢見れそうだな。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 朝起きて。目の前は枕でも天井でもなく、薄ピンク色の柔らかなクッションだった。腕は何かに挟まれて動けないが、これはちょうど人肌並みの暖かさ。起きてすぐにどいてしまうのは勿体ないと感じ、働かない頭をもっとクッションに押し付けた。

 弾力もあって中々の代物だ。しかも良い匂い。俺の部屋に、てか俺こんなの買ったっけ。まぁいいや。もうひと眠りするか──。

 

「えっち」

 

 ・・・・・ん。理子の声がしたな。かなり近くでだ。起こしに来てくれたのか。俺がいつも起こす立場だったのにすっかり逆転したけど、こういうのも良いかも。

 

「寝顔も可愛いけど、おーきーて。あややとのデートに遅れるよ」

 

「はぁー・・・・・ん」

 

 おかしいな。このバニラのような甘い香り。間違いなく理子のものだ。耳元で囁かれた声も、頭をさするこの手の感触も。全て同じ彼女のものだ。

 

 ・・・・・だとしたら、まさか──!

 

「スッ! スマン! 」

 

 風に飛ばされた紙のように、ベッドから吹き飛ぶようにして撤退する。急な動作で心臓が大きく波打ってるが、一番の理由はセクハラ行為とも取られる行動。つまり、大胆不敵にも理子の胸に顔を(うず)めたのだ。

 理子は眠たそうに目をこすってむくりと起き上がった。思わず力んだが、目前の犯罪者には目もくれず、そのままリビングへと歩き出した。

 ───まさか、また怒らせたか?

 

「はーやーくー。お腹すいたよー」

 

「・・・・・え、ああ。わかった」

 

 だがその様子は見当たらない。どうやら一学期や夏休みでの俺の、今ではなんて愚かで恥ずかしい事だと思う行動で馴れたものと考えてくれたらしい。その場でホッと一息ついて、しかし安堵するのも束の間の出来事。

 

 リビングに行ったっきり、ずっと無言なのだ。無言、というのは、朝からアニメやゲームの話しをマシンガンのように繰り出す普段からすれば異常な光景。

 耐えかねた俺が話しかけてもそっけない返事ばかり。話す気力が理子に無いというか、会話を早々に終わらせたいようだった。そのくせ朝飯はいつもの二倍は食べてたけど。

 

 朝食を終え、文との買い物を行く身支度をしながらも可能な限り理子が不機嫌な理由を考える。失礼な言動はしてないつもりだし、ヒントも無ければいまいち掴めない。

 洗面所で自分の顔とにらめっこしても答えは得られず時間だけが過ぎていく。やがて全ての身支度を済ませてリビングに戻ると、

 

「もう、行くんだ」

 

 ぶすっとした表情の理子が寝癖がまだついた髪を指先で弄びながら机に肘をついて座っていた。

 だらしない──けどその姿もまた(さま)になっている。

 

「まだちょっとここでくつろげるが。理子も学校行かないのか? 二限目はとっくに始まってる時間だし寝癖も直さないと皆から笑われるぞ」

 

「いいよ。こんな姿キョー君にしかみせないから」

 

 うぐ・・・・・。またそんなあざといことを。

 不機嫌なくせに心臓に悪いことを言うのはやめてくれませんかねと文句つけようかと思い、それを飲み込む。

 ここは話を逸らして──あ、昨日のことを聞こう

 

「そういえば、なんで昨日怒ってたんだ? 」

 

「・・・・・えぇ!? まさかまだ分からないなんて・・・・・」

 

 知らないもんは知らないんだからしょうがない。怒らせるようなことはしてないはずだし。

 ──嫉妬、という感情が唐突に思いついた。だが、我ながら愚かな解答だと一蹴する。理子が嫉妬するなんて、女嫌いのキンジが自ら女装するくらいありえないことだ。そう、絶対に。

 

「じゃあ問題。理子を怒らせた原因となった感情の名前はなんでしょーか」

 

「はぁ⁉ 」

 

 理子は椅子から立って俺の前──玄関へ通じる道に立ちふさがった。答えないと行かせてくれないらしい。にしても、

 

(原因、だと)

 

 まさに聞きたかったことを質問してくるとはなんと鬼畜。応用問題を基礎もできていないのに突きつけられた学生のような気持ちだ。

 もちろん答えに辿り着くはずもなく黙っていると、

 

「キー君並だよその鈍感さ。んーでも、半年前ならすぐ思いついてたはずだし・・・・・いきなり鈍感になるはずもない。じゃあ気づいてないフリでもしてるか、出てきた答えにありえないって自分で蓋をしてるかだ」

 

 ビシッと人差し指を俺の顔の前に突き出してきた。

 

「なんでそこまでよめるんだ──! 」

 

「一つヒントをあげる。理子はまだ怒ってるよ」

 

 理子はジト目で俺に近づく。悪い予感が全身を駆け巡り、堪らず後ずさり。理子の場合いっつもぷんぷんガオーとか冗談で言ってくるから、本気(マジ)で不機嫌な時とのギャップがすごい。初めての光景にじりじりと後退する、一歩、また一歩と。もしデコピンなんかしてみろ、ハチの巣間違いなしだ。

 

「後ろに下がっても答えは出ないよー」

 

「待って、待ってくれ」

 

「んーん。またなーい」

 

 この部屋はさほど広くない。すぐにかかとが壁についてしまい、逃げ道はなくなってしまった。蛇に睨まれたカエル状態だ。

 

「ほら、言ってみて。あややが来るまであと少ししか時間ないよー? 」

 

「わかったから顔を近づけるな! 」

 

 不機嫌でも整ったソレが間近にあると、思うように考えつかない。

 にしても、今の理子の原因である感情は何だ。単純なものほどより複雑に見えるだとかなんとかシャーロックが言ってた気もするが、まさにその通り。

 今だけあの人の頭脳を借りたいところだがな・・・・・第一、理子を怒らせたって覚えが──

 

「・・・・・あれか? 」

 

 ──あった。理子がジュースを買いにいった後、アリアと白雪からツッコミをいれられたな。ロリ神からもだ。つまり、その前に()()は起きた。あの時の直前、俺は・・・・・文と話してたか。もしかして、

 

「ええっと、その感情と文と話してたことは関係があるのでしょうか? 」

 

「ぶっぶー。全然関係ありませーん。話してるくらいで怒ってたら胃が足りないよ」

 

 じゃ、じゃあなんだ。俺は文と話して、不安を取り去るために頭を撫でただけだが。

 ──頭を撫でたこと? まっまさか。理子の前で文の頭を撫でるなんて何回もしたことがあるはずだ。それを今さら・・・・・いや、昔からのが積もり積もってかもしれない。でもそれなら今日ではなくもっと早い時期に言ってきたはずだ。

 

 ならもっと別の。嫉妬に近いような感情。考えろ京条朝陽。近いサンプルが身の回りにいるはずだ。カップルのような関係の誰かが・・・・・ってキンジとアリアじゃねえか。

 あのピンクはキンジが他の女子とイチャイチャしてたと判明した瞬間に暴力を振るいに行くだろう。そしてアリアは毎度の如く、こう言うんだ。あたしの奴隷を返せ! と。

 理由など考えなくても分かる、嫉妬から──と結論づけるには早い。もちろん嫉妬からもあるかもだが、あたしの奴隷なんて発言してるあたり別の感情も存在するはず。なれば、その名前は───

 

「独占欲、か? 」

 

 自然と口から零れたその単語に、自分自身すら納得した。

 そうだ。とある本で読んだことがあるが、人間は異性と長期間、家族同然の距離で共に過ごすと独占欲なるものが形成されるらしい。親友以上恋人以下の微妙な関係だが、互いが他の異性と絡むことをあまり望まず、かと言って付き合ってはないので口には出せない。

 人によって程度は異なるが、アリアはキンジと死線をくぐり抜け、俺と理子もなんだかんだ死にかけた。家に入り浸ってるのも考慮すれば、理子が不機嫌だった理由も、独占欲ならば説明できる。

 

 ──が。なぜ俺は口走った。俺の勝手な憶測と思い込みで独占欲と決めつけて、違うなんて返答してこようものなら、衝動的に東京湾へ飛び込むだろう。

 そも相手は理子だぞ。俺が生きてる間ずっといじられるのは確定的に明らか。あ、ダメだ。想像するだけで顔が熱くなってきた。

 

「・・・・・くふっ」

 

 理子の結んだ口元が不意に緩んで、いつも通りの柔らかな笑い声が零れた。

 その笑い声さえも怖い。戦闘中でもないのに変な汗が手に滲んできた。ああやめろ、微笑(ほほえ)みかけるな。だんだん不正解に見えてくるから・・・・・!

 さらに距離が縮まる。親友以上、恋人以下の距離に。理子の口が開き、そして──

 

 ──ピンポーンと、()()()()()()()()()()()()()。答えの前に文が来たのだ。

 これは、正解か否かを知ることなくこの場を切り抜ける唯一無二の逃げ道(ルート)。嫌なことは先にやるタイプの人間だが、こればかりは許してくれ。顔赤くしたまま出かけたくないんだ・・・・・!

 

「来たみたいだし、かっ、帰ったらな」

 

 目を逸らして部屋の奥を見る。

 知ってる。知ってるさ、自分がヘタレだと。ラブコメにいたら間違いなくヘイトを買う奴だと。だが正解を知るのはまだ早いと思うんだ。

 

 しかし。横を通り過ぎた瞬間、待てと言わんばかりにネクタイを掴まれた。引っ張られる形で後ろに下がってしまう。その手から逃げるより早く背伸びした理子が耳元に口を寄せてきて、

 

「せーかいだよ。だから信じてるね」

 

 頬に当たった柔らかい感触。ちゅっ、という微かな水音が耳をくすぐった。それが何だったのか完全に理解するまで硬直してしまい──頭の中が真っ白になって喋ろうにもうめき声に似た何かを発することしか出来ない。何度か理子がした事を反芻(はんすう)して──思い返したことを後悔した。

 

「おまっ! 理子今なんで・・・・・! 」

 

「ほーら行った行った。あややが待ってるよ」

 

 玄関まで背中をグイグイと押される。俺も抵抗するが、するたびに頭に今さっきのことがよぎって、半分の力も出せず結局は押し負けたまま。せめて振り向こうとしても、指で頬を突かれて絶対に向かせないつもりだ。

 

「行ってらっしゃいっ」

 

 ドン! と最後の一押しで玄関──鍵がかかっていなかったのか、その外まで飛ばされた。玄関外に居た文はすんでのとこで横に回避。文句をつける頃には玄関の扉は堅く閉ざされていた。

 

「朝陽くん。お、おはよなのだ」

 

「あ、ああ。おはよ」

 

「えっと・・・・・なんで朝陽くん耳赤いのだ? 首まで広がってるよなのだ。それに理子ちゃんまで同じ感じだったのだ」

 

「えと──あ、なんでもない。早く買い物いこうな」

 

 理子のやつ。なんで出かける前にあんな事を・・・・・って、考えてたらまた熱くなってきた。

 くそっ! なんなんだよもう───。

 

 

 それからしばらく歩いて、目的地である東京武偵高についた。そう、東京武偵高校である。もっとほら、秋葉原とか新宿とかさ。新宿はさすがに本物の銃は置いてないだろうけど、文はそれでいいのかとツッコミしても笑顔で返されるだけだし。多分、銃関係を済ませてから島の外に行くのだろう。

 まあ行き先のプランは本人が楽しければいいんだけど。それでも、

 

「いつもの工房とはたまげたなぁ」

 

「嫌なのだ? 」

 

「嫌じゃないけど、学園島の外に出なくてよかったのか? 」

 

「ここが落ち着くのだ。それにあややの服は子供っぽいのばかりだし、バカにされるのがオチなのだ。今日休んだ仲良い子はいないし服選びは自信ないから、学校で皆の授業終わりに決めてもらうのだ」

 

 ふーむ。文の身長は大体アリアと同じくらいだ。あのピンクでも休日は着こなしてるようだし、もっと自信持っても良いと思うんだけど。文は無邪気な性格からそう見られてるのかもな。

 にしても服を決めてもらわなきゃいけないほど子供っぽいとか逆に見てみたいよ。

 

「あややのことは良いのだ。朝陽くんの自分の銃、M1887(レバーアクション)上下二連散弾銃(ダブルバレル)どっちにするか決めたのだ? 」

 

 と休日気分から仕事中の雰囲気へガラリと変化すると、小さな()()()で早速カタログのショットガンの項目の二つを指差した。

 もちろん決まってるさ。悩んで長く待たせたくはないと思って入院中ずっと考えてた。

 

上下二連散弾銃(ダブルバレル)にしようかと思う」

 

「装弾数じゃなくて安全性──朝陽くんらしいのだ」

 

 そう。上下二連散弾銃(ダブルバレル)はその名の通り、二つの銃身が上下に重なったショットガンだ。トリガーは一つで、二回引くことが出来る。二発撃ったら銃を『へ』の字型に折り銃身後尾を露出させ、また二発装填する。単純な構造故に壊れにくく、撃った反動も少ない。クレー射撃という競技ではこの銃を採用してる。非常に信頼性の高い銃だが、欠点といえば二発という装弾数の少なさ。

 

「ほら、M1887はレバーアクションで、今から練習してもできっこないし。銃自体あまり精度も整備次第だとは思うが連戦に向かないからな。てことで上下二連散弾銃(ダブルバレル)を買わせてもらうよ」

 

「お買い上げありがとうなのだっ。お値段は、バレルとストックの切り詰め──ソードオフカスタムを施して、あとは装薬の種類とか諸々ふくめて20万円なのだ」

 

「うっ、高いな」

 

「ゴム弾より安全な岩塩弾もいっぱい仕入れたし、専用弾込みでこの値段にしたあややを褒めて欲しいくらいなのだ。通常はこの1.5倍はくだらない金額になるのだ」

 

 机の引き出しから何発か緑色のショットシェル──散弾銃(ショットガン)特有の筒状薬莢──をカタログのそばに置いた。中身は小型の軟鉄弾等ではなくゴム弾と岩塩弾らしい。岩塩弾はその名の通り岩塩で作られたもので、暴徒鎮圧用として使われているが、これから銃を抜く敵は重装備に身を固めた戦士たち。或いは人間を止めた者たちだけ。あまり効くとは思わないが、念のためとっておこう。

 

「さんきゅ。で、頼んだはいいがいつごろ届く? ()()だって容易には通らないだろ」

 

「そうなのだ。悩んで悩んで、交渉の末に勝ち取ったのがこの二つ、なのだ」

 

 と、天真爛漫な表情で机の一番下の大きい引き出しから取り出したのは、

 

「ええっ⁉ なんであるんだ⁉ 」

 

 全長が50センチあるかないかの上下二連散弾銃。見るからに改造品だ。それとA4サイズの紙。

 

「えっへん鼻高々なのだ! この通り銃検も通したのだ」

 

 銃検というのは銃器検査登録の略であり、公安委員会が発行する登録証のことも指す。偽装かと文の持つ紙に穴が開きそうなほど目を凝らすが、正式なハンコが正式な紙面に押されている。これは本物だ。

 

「すげえ。てか俺が選ぶ方がよく分かったな」

 

「なんとなく・・・・・朝陽くんならこれかなって思ったのだ」

 

 何その職人の勘的なやつ。理子にも俺が思ってることを当てられるけど。そんなに心が読めるのか、それとも俺が顔にでやすいのか。──両方か?

 

「ちなみに遠くの的を狙いたい時は専用の弾を使うといいのだ。ソードオフカスタムだからほとんど意味ないと思うけど、一応なのだ」

 

「まあ頭の片隅にでも置いとくよ」

 

 ショットガンだから前ほどの精密射撃は不可能。しかし戦術は遠距離が対応できるかで大きく変わるから、ほんとに助かるな。うん、ここまでしてくれる鍛治職人は文だけ。大切にしなければ。彼女(りこ)を守れなくなってしまう。

 

「金はいつもの口座に振り込んでおく。弾は理子の部屋に着払いで送っといてくれ」

 

 乱雑に置かれたペンと適当な紙に部屋番号を書く。

 

「わかったのだ。──朝陽くんは、理子ちゃんの部屋にずっと住んでるのだ? 」

 

「ずっとではないが・・・・・まぁそこそこ。泊まりも慣れたよ」

 

 おや、伏し目になって何か呟いたな。身長差もあるが、髪の影が文の顔全体を暗く覆ってるように見える。雰囲気の暗さに拍車をかけた感じだ。

 

「ど、どこまで()()()のだ? 」

 

「どこまでって、それはどういう───」

 

「・・・・・キスとかなのだ」

 

 なっ、いきなりの不意打ちだと・・・・・! まさか文からそういう系統の話題を振るとは思わなんだ。ニセモノの関係であれ事情を知らないヒトから見れば俺と理子は恋人同士。とはいえ文には俺たちが()()()()だって話したはずだ。

 

「えっと、その質問には答えられないーなんてのはダメか? 」

 

 コクリと小さく頷いた。

 文の目は外見的な可愛さとは裏腹に強い意志を持っていた。それこそ、聞き出すまで帰さないと言わんばかり。正直ヒトに理子とどこまで進んだかなんて話したことは無い。仲のいい男友達や茶化しに来る女子どもにも。

 

「っ、これは恥ずかしいから誰にも言ってないんだ」

 

「教えてなのだ」

 

 うっ。こんなに恋愛の真似事に食いつく性格だったか? 文も女子であり恋愛には(さと)いわけだから、違和感はないけどさ。鬼気迫る雰囲気で食いつくのは珍しい。

 ここでも言葉を濁して切り抜けようかと思ったが、ここで一つの名案が頭をよぎった。

 ──相談役になってもらうのはどうだろうかと。

 例えばプレゼントだとか、デートで喜びそうなとことか。女子目線での意見は欲しかったしちょうどいいんじゃないかな。させてもらおう。

 

「えと、誰にも言うなよ」

 

 その為には赤裸々に答えなければならないのが辛いが、これからのためだ。感情を押し殺せ・・・・・!

 

「うんなのだ」

 

「──キスまで」

 

 紅鳴館で不意打ちにも理子にしたソレ。説得と共に交わしたものだけど・・・・・うわ、思い出すだけで顔から火が出そうだ。しかもなんで俺はキスごときで慌ててんだ⁉ 昔はこんな純粋(ピュア)じゃなかったろ! 

 

「あ、あはは。初めて言ったもんだけど、恥ずかしすぎるなこれ・・・・・」

 

「キッ、キスって! ・・・・・どっちからしたのだ? 」

 

 妙に神妙な面持ちで聞いてきた。しかも先程よりも食い気味。身を乗り出し俺に少しずつ近づきながらだ。

 キスした経緯は何となく話したくなかったから、俺からだと伝えると、

 

「二人はニセモノの関係じゃなかったのだ? 」

 

「まぁ。色々あったんだ」

 

「──そっかなのだ。朝陽くん、どうして理子ちゃんをそんな体にまでなって守ろうとするのだ? 」

 

 と。俺の右目の目尻から側頭部にかけて延びている生々しい傷跡を柔らかな指がなぞっていく。

 理由なんて俺も教えてほしいくらいだ。いつから理子に固執するようになったのかと。ただ本能に盲目的に従って、ある意味依存とも言えるこの行動に意味などあるのかって。

 ・・・・・あるさ。何を戯けたことを。

 

「多分、今のこの関係を気に入ってるんだ。紛い物(ニセモノ)でも何でもいい。それに理子を()()()()くらいなら自分が()()()()()()方がずっとマシだ。だってその方が理子は俺から離れない。ずっと心配してくれて、ずっと傍にいてくれて。決して一人になることはないんだから」

 

「・・・・・朝陽くん? 」

 

「うん。理子が()()()()()()()()俺はこの先短い寿命をもっと短くしてしまう。自我を保てなくなって、俺が俺でなくなる瞬間がきっとくる。そうなればもはや理子とは一生会えない。だから少しでも長く一緒にいられる、俺が壊れる選択肢を選んだんだ。そうすれば、離れる時は俺が死ぬ時。理子を失って孤独にならずに済むんだ。もっとも、俺が強ければこんな状況にはなってないんだろうけど」

 

 最後まで喋り終えた俺に文が何か話しかけようとした瞬間、突然工房の扉が開いた。

 普段の生活でも気を張り巡らせて急襲だけは避けられるよう意識してたつもりだが、まったくと言っていいほど気配がしなかった。つまり、今この工房に入ろうとしている奴は相当の手練れ──!

 

「おー。いたいた。ここにいなかったら電話しようと思ったけど、ヤマが当たって良かったぞぉ。今夜は蘭の奢りだ」

 

「カーッ、ここにいとったか。まぁええ、手間が省けたし万一のことがあっても目撃者は一人やしな」

 

 口にタバコとは似つかぬものを咥えた女性と、でかいポニーテールを下げた大女がズカズカと侵入してきた。

 敵かと思って素早く新品の上下二連散弾銃(ショットガン)を構えたが、それは勘ぐり過ぎたようだった。

 

「綴先生と蘭豹先生──どうしてここに」

 

「どうしてって、お前に用があって来たんや」

 

 と愛銃であるM500(マグナム)を俺に向けてきた。二人はよく一緒にいることで有名だが、いち個人相手にわざわざ出向くとは珍しい。しかも蘭豹の目つきからして、かなりヤバい事案を持ってきたと見えるが・・・・・。

 

「京条。その場から動くな。平賀は少しこの工房から離れていろ。場合によっては人の脳みそをみることになるからなぁ」

 

 ──ッ! 死刑宣告は予想外だぞ・・・・・!

 

 

 

 



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第55話 孤立

前回 デートで文の工房に行った朝陽と文。しかしそこに思わぬ乱入者が・・・・・。


「京条。お願いだから動かないでくれよぉ。手元狂って頭に穴があくかもしれんからなー」

 

 綴先生は気怠そうに俺を睨みながらも、蘭豹先生と共に一つしかない工房の出口の脇を挟むよう陣取った。

 俺は震える手つきで俺の制服のすそを握った文の手を自らの手で被せて、

 

「──文。悪いが先生の言う通りにしてくれ。万が一の場合がある」

 

 端的に伝える。わざわざ巻き込ませるようなことはしたくない。

 

「そんな・・・・・っ。わかった、のだ・・・・・」

 

 俺の考えを読み取ってくれたらしい。狼狽の色を一瞬だけチラつかせながらも部屋から静かに出ていってくれた。あの様子じゃ発砲音の一つでもあればすぐに駆け込んで来そうな雰囲気だが。それよりも───

 

「綴先生。俺なんも悪いことしてませんよ。蘭豹先生も物騒な銃しまってください。どちらか一人でも俺が勝てる見込み無いのに、ましてや二人。今抵抗する気はゼロです」

 

「そうやな。強襲科Sランク()()のお前には万に一つも負けへんわ。だがなぁ、今日はお前の超々能力(ハイパーステルス)に用があってきたんや。国とバチカンからの命令だ、大人しく質問に答えさえすれば殺したりせぇへん」

 

 距離にして五メートルほど。椅子には腰かけず立ち位置を扉から変えないつもりだ。当然っちゃ当然だが、悲しいことにこの密室から逃げる算段は見当たらない。・・・・・にしても。

 

超々能力(ハイパーステルス)──ついに学校にもバレたか)

 

 まず色金という物質が個人で扱っていいものじゃないことは重々承知だ。普通の超能力(ステルス)、つまり白雪やジャンヌが使う類いのものは、言うなれば対人能力。超能力(ステルス)グレードによって異なるが、対処は出来る。

 対して超々能力(ハイパーステルス)は対国能力。個で複数の国を容易に滅ぼすことができる、ヒトには与えていけない禁忌の力だ。

 

 そんなものを俺は体内に二つも持ってしまっている。一つはレキに撃ち込まれた弾丸として。もう一つは知らぬ間に埋め込まれた欠片として。警戒どころかいつ暗殺されてもおかしくないのだ。

 

「お前、任務で頻繁に怪我して入院するやろ。精密検査でな、色金っちゅー危ない金属がお前の体ん中にあるのは教務科全員知ってるんや。あたしらはお前を信用して他国には情報が漏れへんよう注意しとったけど──使いすぎやアホ。米軍の人工衛星でよく観察されとった。二年の始め頃に付けられた変態(ワールドエネミー)なんて二つ名も、あながち間違ってないんや」

 

「意志を持ってるだか時間を止めるだかなんだか知らないけどさぁー、その力があれば世界を滅ぼせるってこと分かってんのかぁ? そんな超重要危険人物(おまえ)を国が今まで放置してたのは、お前が所有するもう一つの色金の力が未知数だから。下手に手を出して殺されたら元も子もない。だのに、同じ学校だからとアタシらを送り込むのもどうかねぇー」

 

 はぁーあ。と大きなため息と、タバコを吹かす姿はいつも通り。蘭豹先生も荒い言動やつり上がった目と変わらない様子だ。違うとすれば、向けられる瞳に獰猛な獣の如き殺意が宿っていることくらい。でも、なぜだろうか・・・・・恐怖は感じられなかった。

 

 ともかく、この二人は用があって来たんだ。教師としてでは無く国からの使者となって。幸いにも綴先生の発言から、正確に瑠瑠神の能力を捉えているわけじゃないらしい。時間関係については黙っていた方が良さそうだ。

 

「色金について知りたいことでも? 」

 

「そうだ。敵対意思の有無と能力の詳細な情報。色金自体が宿主にもたらす副作用。体内への侵食率。これらだけでいいからさぁー、教えてくれないか? お前は諜報科だから知ってると思うけど・・・・・アタシに嘘は通じないからな? 」

 

 緊迫した空気が工房内に満たされていく。二人からは違う色の鳥肌が立つほどの殺気が放たれ。もはや生徒に接する時の態度ではない。仕事として依頼され、目標人物(ターゲット)と相見えた雰囲気だ。

 

「敵対するつもりは今のとこありません。侵食率は右半身全てといったところです。アハハ、本当は一年以上持つはずなんですが力及ばず、自分が自分でいられるのは三年に進級するあたりですかね。いやもっとはやいかな」

 

「・・・・・他は」

 

「すみません。これ以上はもう」

 

「京条! お前教師に反抗するんか! 」

 

 額に青筋を浮かばせた蘭豹は俺が逃げる暇も与えてくれず肉薄し、胸倉を両手で掴んだ。さらに掴んだ部分を左右にクロスさせ気道を塞ぐ実戦的なやり方で。

 

「蘭。やめとけ。理由くらい吐かせてやれ」

 

「──チッ」

 

 乱暴に突き飛ばされるが壁に激突する前に堪える。脳筋の蘭豹先生を抑えてくれるのはありがたい。なんせ1度暴れると学園島がぶっ壊れるかもしれないからな。

 

「先生も(いち)教師である前にプロです。危険だと判断した場合、一人の生徒を消すか、世界中の人々を救うか。決断の時間など先生には不要でしょう」

 

「待て。あたしは別にお前を殺すために聞いたんじゃ──」

 

「同じことです綴先生。俺が能力の特性や副作用を話すのは()()()()()に不利でしかない。先生方にそのつもりはなくとも、バチカンは殺す気だと──俺はそう思います。このことは絶対に譲れません。たとえ尋問されても、です」

 

 蘭豹や綴だけでない。今まで先生方は多くを尽くしてくれた。生徒のことを本気で鍛えようとする熱意も分かる。素っ気ないことも横暴な態度な時もあるが、こと専門知識においては的確なアドバイスをくれる。

 だから教えられない。万が一にでも先生方と敵対することになれば、弱点をみせるなど言語道断。ほぼゼロに等しい可能性の未来のことを心配するのは杞憂だが、確実にゼロという訳では無いのだ。

 

 綴は大きなため息をつくと、やっぱり教えないよなぁと小さく零し、蘭豹に声をかけた。綴に尋問されるのは地獄でしかないが、その気は無いようだ。

 蘭豹は自分の頭を乱暴にかくと、扉に向かって、

 

「ケレン。入れ」

 

 と声をかけた。その苛立ちが見える口調にハイハイと答え入室して来たのは、ハーフ特有の中性的な顔立ちをした女性。黒髪ショートで左目を前髪で隠しており、右目だけが見える状態だが、かなりの美人だと一目でわかった。目つきが悪いのが惜しい。そのクールな雰囲気は顔だけでなく、一見細い四肢にも引き締まった筋肉がつき、現役の武偵──もしくはそれに準ずる職業と全身から溢れ出るエリートが滲み出てる。一部の男からは好かれそうではあるが、俺は苦手だ。

 

「色金に憑かれてるのはこの子ですか」

 

 この人も色金について知っている? てことはバチカンやアメリカの関係者って感じか。

 

「副作用と能力については拒否されてなぁ。京条、今から心のカウンセリングを受けてもらう。ひとりの教師としてお前が心配でな。かと言って何ヶ月もかけれないから、コイツに頼んだ。アメリカのちょっと言えない部署所属で・・・・・あたしの友人だ。秘密裏に動いてもらってるからバレることはないし、アメリカやバチカンにバラす心配もない」

 

 と、親指でケレンさんとやらを指した。

 信じてくれ、という目だが・・・・・困ったな。綴先生は信じられるが、ケレンさんはまだ怪しい。なんたって初対面だし。

 

「良いなら、直接お前の感情(こころ)()るが──構わないよな? ケレンは対象の承認が得られれば、深層心理まで()ることが出来る。ここの三年に似たような能力のやついるだろ。アイツは脳波からだが、ケレンは憑依に似たものらしい」

 

 ──ああ。憑依か。止めた方がイイと思うんだけど、今後のためだ。一々干渉されちゃ困るから、言わないでおこう。ちょっと心が痛むけど仕方ない。

 

「分かりました。カウンセリングと称して瑠瑠神の思考を読む、なんてことはしないで下さいね。まぁ視て後悔するのはケレンさんですけど・・・・・。にしてもデタラメな能力、綴先生の知り合いってことは同じ尋問科ですか。いいですよ。先生達の質問には二つ答えませんでしたし」

 

 牽制の意味を込めた発言に蘭豹はまた眉をつり上げた。

 初対面の人で身元も明かしてない人を信じろって方が厳しい。そのことを蘭豹も把握してるのか、怒りをぶちまける寸前。噴火寸前の火山と形容できる、鬼になりかけの形相だ。

 

「お前が何を言っているのか、私には分からんのだが」

 

 と、こちらは真面目な発言のくせに人差し指を口の端に当て首を傾げる姿。無表情なのも相まってあざとさを引き出せてないのが何ともシュールだが、この人(ケレン)は怖く思ってないんだ。様々な人の感情(こころ)を視て馴れっこ。数々の凶悪犯に比べれば小僧一人たいしたことない──と。

 

「では失礼しよう。私も君に興味あるんだ。君のような狂人(ひと)は初めてでね」

 

 身長の低いケレンさんはゆっくりとした足取りで近づき、見上げる形で俺と目を合わせた。そして両手でがっちり後頭部を掴まれる。おそらくこの行為だけで相手の気持ちを汲み取れるんだから便利なものだ。

 ──でも、この人や綴、蘭豹は知らない。半分が瑠瑠神という本当の意味を。そして憑依されているものに対して憑依するのは危険すぎる行為であると。

 

「では、始める」

 

 ケレンさんの超能力(ステルス)解除と共に頭に(もや)がかかり、フッと自分の体に沿うように一枚薄い膜が貼られているような感覚を覚えた。動きたくても動けないもどかしさに、瑠瑠神に憑依された時と似た感じを思い出す。そして・・・・・たった数秒も経たぬうちに、他人事のようだが、自分の中の()()()と思わしき何かがケレンさんに向かって叫んだ。

 

 ──私と朝陽だけの空間に入るな、と。

 

「・・・・・ッッッァア!? 」

 

 それは一瞬の出来事だった。どんな光景を視たか知らないが、ケレンさんの顔から一気に血の気が引いた。キツい目つきには怯えの色が混ざり、俺を掴んでいる両手は、見なくとも分かるほど震えている。もはや他人を寄せつけないクールな彼女ではなく、森の中で獣に遭遇したか弱い少女そのものだった。

 

「ケレンさん」

 

 両手を頭から離させる。いつまでも見せてはかわいそうだし。余計なことをされては困る。

 いや・・・・・少しだけ、まだ頭に靄がかかったようにハッキリしない。寝起きの朝のボーッとした感じだ。まあ憑依された後の副作用かな。

 

「うわっ、あ。なんで───わたし、生きて、え? 」

 

 ケレンさんは涙でぐちゃぐちゃになった顔を両手でぺたぺたと触り、次に自分の体の節々を見回し始める。瑠瑠神に何かされたのだろう。

 当然だ。俺の感情(こころ)を覗くことは半ば()()()()である彼女のをも見るのと同義。瑠瑠神の感情(かんがえ)は既に狂気の渦そのもの。マトモに視るもんじゃない。

 

 そして彼女の能力は時間遅延であり時間停止ではないこと。それが残酷の極みともとれる。感情(こころ)を視た"一瞬"を何倍にも引き延ばし、女へ酷い仕打ちを与えるなど造作もないからだ。

 

「ケレンさん。見ましたか? これが(わたし)です。瑠瑠神はこの瞬間にも俺の体を蝕んで、いずれは支配されるでしょう。武偵の言葉にもあります。好奇心は猫をも殺す、と。あとアメリカ軍上層部から聞かされてるとは思いますが、色金は意志を持った金属だということを忘れないでくださいね」

 

 腰が引けて今にも倒れそうなケレンさんを近くの椅子に座らせて再度警告する。

 

「こうなることを伝えなくて本当にすみません。でも万が一、というのがあって仕方ない事なんです。落ち着いたら綴先生や蘭豹先生に話してあげてください。では、俺は文と出かけるので」

 

「待て。ケレンに何をした! 」

 

 と、話し終えたとこで、普段怒鳴らない綴が珍しく険しい表情で俺を睨んだ。一度たりとも見せなかった、ハッキリと怒りを示すそれを──怖いとは思わなかった。

 

「俺は何もしてませんよ。彼女(るるがみ)はヒドい仕打ちをしたようですが・・・・・。とにかく、今後(おれ)感情(こころ)を視ようとすれば、ケレンさんのようになることをお忘れなく。勘ですが、次は多分命をとられます」

 

 質問には全て答えた。今日は二人で出かける約束なんだし、ここで予定を潰されれば台無しだ──と、二人の間を抜けて静かに工房から出た。

 蘭豹の舌打ちが聞こえた気がしたが、俺を引き止めないってことは問題沙汰にもならない。つまりは自由だ。生きて出られたことに感謝感謝。しばらくは手を出してこないはずだ。

 

「あっ! 朝陽くん! 」

 

 ──こっちなのだ、と。工房から少し離れた場所に文はいた。両手を広げてジャンプという中々珍しいものをすると、トテトテと駆け寄ってきて、

 

「やっぱり生きて帰ってきたのだ! 」

 

 眩しいくらい元気に抱きついて。

 本当に子どもみたいだなと内心クスりとしつつ、心配かけたろうし不安にさせてごめんな、と言いかけた、その時。

 

「だから言ったろう、アレは死なぬと。余計な心配だ」

 

 さらに一人。一歩後に続いてくる10歳ぐらいに見える体躯を大きめの古めかしい軍服で包んだ少女と目が合った。目深に被った海軍帽には見たことない帽章。ツインテールはアリアと同じ長さで、レキのような薄い青のような色だ。少女の顔はよく見えないがこの学校で見かけたことは一度もない。文の知り合い、かな。

 

「大事な出掛ける日に呼び出しされて時間くっちまったな、すまん」

 

「ううん。いいのだ。それより」

 

 俺から離れると、先程までのとびきりの笑顔とは反転し、急に目を伏せてしまった。小さなおててをギュッと握りしめて。

 

「大事な用が出来てしまったのだ。詳しくは言えないけど──今日これ以上遊びに行けないのだ」

 

「そう、なのか」

 

 天真爛漫な文の今まで見たことないくらい落ち込んだ顔で、そう告げてきた。小さな唇を噛んで、何かを我慢して。そこまで悔しいことが俺のいない間にあったらしい。

 また遊ぼう、とか相談のるよ、とか気の利いた返事を返す間もなく装備科棟の奥へと踵を返してしまった。ばいばい、とこれも悲痛な顔で。道中あれだけ楽しみにしてたと言っていたのに、余程のことがあったらしい。・・・・・仕方ない。今日は帰って後日誘おう。俺ばかり得して申し訳ないな。

 

「お前が京条朝陽か」

 

 俺も帰ろう──そう思っていた時。

 歳不相応に見えるはずの服装が妙に似合った幼女に静かに、しかし威厳ある声で呼び止められ、

 

「なんだ」

 

 と、無愛想に返事してしまった。だが気にもとめないようで、俺の事をジロジロと舐めまわすように凝視し始める。悪い気はしないが良い気もしない。さっさと帰りたいんだが。見たところ外部の人だし。幼女にしては堂々としすぎて、失礼だが何だか気味が悪いな。

 

「──フッ。やはり興味深いなお前は。特に()()()()()()()()()が良い。組織に招きたいものだが、未だ機は熟さずか。私の気が向いて、同志朝陽が生きていれば再び勧誘しに来るとしよう」

 

 同志朝陽って、まるで俺がオーケーしてる言い草だ。それに、俺は目の前の幼女によると、非対称な目つきのようだ。鏡みてもどっちも変わらんと思うが、子どもには違って見えるらしい。もっとも、企業への勧誘を持ちかけてくる時点で只者じゃないってのは確かだが。

 

「あー、悪い企業じゃなければ喜んで受けるよ。なにしろ武偵は明日の命が保証されてないんでね」

 

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。この際私の名前も教えておこう。ディス──いや、この名はまだ早い。そうだな、Nとでも呼べ。色々と被ってしまうが些細な問題だ」

 

「N? ・・・・・服装も相まってナポレオンらしく見えるな」

 

 冗談で言ったつもりだが、幼女は怪訝そうに眉を歪めたあと口を開いた──がしかし。何も言わずに文が走り去った道をなぞるように戻ってしまった。後ろ姿も堂々としてるし、本当に年頃の少女とは思えない威厳だ。

 あの幼女も文と同じ天才ぶりを発揮して、その道のプロとして活躍してるのかもな。

 俺は装備科棟に背を向けて、寮への道へと歩を進めた。後遺症と思わしき頭の(もや)を残したまま──。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 数日後。目まぐるしく変化する日常はあっという間に過ぎていき、今日は東京武偵高体育祭。昼過ぎの太陽がぎらつくもとで、競技真っ最中である。脳筋率が一般校より高いから生徒も大盛り上がり──という幻想は一年の時に砕かれた。グダグダでやってられんというオーラが滲み出てるのが一目でわかってしまう。

 

 それもそのはず。かつての体育祭は、古代ローマの剣闘士も裸足で逃げ出すような過激競技ばかりだったらしい。脳筋どもはそれが普通であり、満足いくものだったが、お偉いさんがそれを聞いてブチギレ。東京都教育委員会が視察という名の監視に来る始末になってしまったのだ。

 という事で、第一部では我慢して無邪気な高校生を笑顔で演じろとの命令が下り、競技も一般校と大して変わらぬ普通のものとなった。

 

 つまらない、と思うが欠席者は任務中の生徒を除けばほぼ全員となっている。というのも本番は第二部。男子は実弾サバゲー、女子は水中騎馬戦を行うからで。

 内容は読んで字のごとく、恐ろしきかな武偵校。ケガ人でまくりのプチ戦争じゃないか。マトモなのは探偵科教諭の高天原先生ひとりだけだと思うね。

 

 正直、こんな狂った学園祭をするのなら寮で寝てたい気分だよ。原因不明の頭痛と熱、加えてケレンさんとの一件以来靄が晴れない。ナーバスな気分の日に戦争ごっこをやらなきゃいけないとは・・・・・激しい戦闘は普段の生活で充分だ。

 

「京条くん。大丈夫かい? 」

 

 うつむいた俺を隣の不知火が覗くように見上げてきた。心配してくれるのはありがたいが距離が近いぞ。さすが容姿端麗で博識、性格も問題なしのイケメンだ、距離の詰め方がうまい。女子ならイチコロだが俺は男子なんでね。適当にあしらうと、

 

「でも具合悪そうだよ。天気が良いぶん日差しも強い。ここは日陰になってるけど、熱中症にかかるリスクだって少なくないからね。ほら、京条くんは絶望的に運ないから。もしかしてって思って。ドリンクいるかい? 」

 

「そらどーも。大丈夫だから心配すんな。お前が出場する種目を適当かつ楽しんでる風に見えるようイメージトレーニングでもしとけ」

 

「僕は第一部も楽しみだよ。京条くんはどっちも楽しみじゃなさそうだけど・・・・・。実弾サバゲーより女子の水中騎馬戦のセコンドを申し込めば元気出るかな? 」

 

 爽やかな雰囲気を醸し出して何を言うかと思えば、不知火らしくないこと言うもんだから、ビビって数秒だけ固まってしまった。

 セコンドとは、各チームから徴兵される軍師のようなもの。つまりは水着姿の女子共を見ながら指示しなきゃならんのだ。

 結果は目に見えてるだろ、そう思って鼻で笑い、

 

「不知火、お前はイケメンだからセコンドとして行っても黄色い歓声が大半だ。咎める女子もいやしない。活躍を見て欲しいって、より奮闘すること間違いなしだ。だけどなぁ! 俺が行けば悲鳴が響くことになんだよ! 主に俺の。だからやらない」

 

 ・・・・・本当は女子がセコンドをやるのだが、うちの脳筋ヤンデレ電波オタク女子どもはやらないと駄々をこねたせいで俺かキンジがやらなければならない。もっとも、俺がやると風紀が乱れるという理由でキンジになったわけだ。

 

「でも、京条くんも変わったよね。昔と見違えるくらいだよ。半年前はセコンドやりたがってたのに、夏あたりから京条くんの変態話聞かないから。改心したのかなーって思って」

 

「変態は余計だ! 興味が無くなったし理子に殴られるからやってない。そもやる気も起きなくなった」

 

 へぇー、と不知火が口角を上げて見つめてくる。

 

「僕には、京条くんが峰さんのことを好きだから、他の女の子に手を出してないように見えるけど」

 

 パァン! と、目の前でスタート合図を鳴らした雷管が、まるで頭の中で鳴ったように響いた。不知火の言ってる意味が分からないと思考がぐちゃぐちゃになる。

 否定しようも声が出ない。ええい、すぐに否定すれば誤解されないものを! 『ちがう』とたった三文字喋ることを拒否するのか俺の口はッ!

 

「図星だよね、京条くん」

 

「バッカ! お前にも以前伝えただろ! 」

 

「ニセモノ──か。峰さんも京条くんも、果たしてそういう関係で収まりきれるのかな」

 

 競技があるから行くね、と立ち去った不知火はどこか上機嫌そうだった。夏の修学旅行で起きた新幹線ジャック以来まともに会えてなかったから、久しぶりに話せて嬉しかったんだが・・・・・なにもからかうことはないだろう。ああくそ、余計暑くなった気がするぞ。

 

 でもからかいに来たのが不知火ひとりだけで良かった。こういう時、武藤が一緒に居るはずなんだけど。競技中かな──。

 

「よぉ朝陽! 」

 

 そう思ったのもつかの間、その距離で俺を呼ぶには充分すぎる大声を背中に感じた。

 ──やっぱりいるじゃないか。しかも汗だくで。

 

「元気だな」

 

 おう! と汗を拭いながら俺の横に腰かけた。第一部でもそれなりに楽しんでるらしい。

 

「そういうお前はシケた面して、峰にフラれたか!? 」

 

 うわ、なんだそのいつも以上にキラキラした顔は。確かに最近昼にも夜にも会ってないし、寝るときだって帰ってきてないこともしばしばだ。ジャンヌの友人の部屋にいる、とは聞いているが。それでも、

 

「フラれてないし。頭痛がするからそう見えるだけだ。で、用件は」

 

「素っ気ないなおい! まあいい。たしかお前、『手つなぎハチマキ盗り』に出場するんだったよな」

 

「ああ。面倒だから代わりに出てくれ。報酬一万」

 

 手つなぎハチマキ盗りとはその名の通り、チーム全員で手を繋ぎ、連携して相手チーム中の一人の頭に巻かれたハチマキを奪い合う競技だ。一組2~5人の全20チームで行う。手つなぎ鬼の派生形だと教師どもは言ってはいたが、どう考えても適当に一瞬で思いついた種目だ。手抜きっぷりには心底驚かされる。

 

 そんなふざけた種目もシャレにならんくらい今は気分悪いわ天気が良いわで最悪の極み。絶好の体育祭日和で気温も今日だけ高いそうだ。強襲科Sランクが熱中症で倒れるわけもいかんが、気分が悪い状態で出場すれば最悪のケースになりうるかもしれん。公衆の前で吐いたりなんかしてみろ、死ぬまで笑いものだ。いずれにしろ何とか避けたいのだが・・・・・。

 

「わりいな。お前らの組の一人が怪我したらしくてよ、俺が代わりに出ることになった」

 

 そうも上手くいかないのが俺という運の悪さ。死なない程度で嫌がらせしてくるもんだから、タチの悪い呪いに大きなため息をついて、祈るように眩しい空を見上げた。

 ───少しでも運勢良くなりますように。



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第56話 私の決意

前回 2人の教師の尋問を終え。


 ──種目を終え。無事生還・・・・・まあ死なずに最後まで競技を終えれたってことの無事って意味が強いけど。

 にしても暴力沙汰にはならない競技だったんだんだが、俺にばかり攻撃を仕掛けてくるやつもいたな。返り討ちできるのが大半だったが、三年の先輩方を撃退できるはずもなく。大人しく逃げ回るので精一杯だ。

 

 外見だけは美人な綴と蘭豹がハニトラもどきを仕掛けてるから監視の目が緩んでいることをいいことに好き放題しやがって。無理したせいで頭痛と熱、絶対悪化したぞ。とりあえず救護テントまで向かってる最中だ。

 踏み出す一歩がやたら重くむき出しの首元をじりじりと焼く感覚がまた恨めしい。病人に太陽は天敵なんだ。熱出すなんて、小さい頃に伊・ウーに居た以来で完全に油断してたぞ。免疫能力こんなに低かったか? そも風邪をひいた理由すら分からん。

 

 そうして何とか救護テントに着き中に入ると、ベンチをただ並べただけの避暑所と化していた。骨組みには気休め程度の小型扇風機が四つ角にそれぞれ一台ずつ取り付けられ、寂しく役目を果たしている真っ最中。太陽からは逃げられたが、火照った体を冷やすにはまだ扇風機が足らん。外よりマシといったレベルだ。

 だが幸いなことに救護テントには誰一人としておらず、入り口から一番遠い奥のベンチに腰掛け、

 

「ハァ・・・・・」

 

 とため息をついた。

 ──疲れた。どいつもこいつも、理子様を返せだ夜な夜な出入りをしてるの知ってんだぞとかで襲ってくるなって話だ。そりゃ今は同棲状態だが、原因は俺を追い出したキンジの妹を名乗るかなめとか言う女子に言ってくれ。()()()()()()をしてると疑われもしてるが、払拭はほぼ不可能だろう。まあ理子が嫌でなければ構わないんだけど・・・・・多分嫌だろうなぁ。

 

「あ、京条先輩・・・・・ごめんなさい。ちょっと席外してて見てませんでしたッ」

 

 物思いしつつ目を瞑って休んでいると、入口から保健委員と思わしき女子生徒が慌てて入ってきた。俺のこと知ってるようだけど俺は見たことないし、1年生かな。

 

「ああ俺の方こそ勝手に入ってすまん。熱中症じゃないけど、ちょっと体だるくて」

 

「わかりました! でも暑いと思うのでとりあえず水用意しますっ」

 

 これまた急いだ様子で、テントの奥の方に置いてあったクーラーボックスの中からキンキンに冷えた水をくれた。味は無いものの冷たくてのどごしも最高。熱い体に染み渡って・・・・・いい気持ちだ。ああでも、これだけ冷たいとアイス一気食いした時と同じ、頭が圧迫される感覚がくるぞ。

 

「ど、どうですか? 」

 

「ありがと。ちょっと休ませてもらうけど、居ないものだと思ってくれればいいよ」

 

「──本当だったんだんだ」

 

 ん? なぜ凝視する? 俺なんか変なこと言ったか?

 

「京条先輩が変わったって」

 

「か、変わった? 」

 

 目の前の後輩は俺を知ってるのか、まるで別人を見てるように目を見開いている。

 

「あの、入学当時は強襲科と諜報科の先輩方から忠告されてたことがありまして・・・・・」

 

「忠告? 」

 

「京条朝陽という男は誰にでも手を出す変態だから声かけられたら逃げろって」

 

「四月の俺でもそこまでひどくなかったけど!? 」

 

 四月ってアリアが来て間もない頃か? にしても俺はそんな誰にでも手を出すってわけじゃない。ちゃんと好みの女子を紳士的に誘ったりしてただけで・・・・・。まあ誤解されることは多々あったかもしれないけど、故意にやったのは仲のいいやつにしかしてないし。アリアとか。

 

「とっ、とにかく。俺はそういうのしないから」

 

「そうなんですね。・・・・・ふふっ、京条先輩を見て、やっぱり人って変われるんだなって思いました」

 

「変われる? 」

 

「はい。先輩は峰先輩と付き合ってから、別の人にちょっかいかけなくなったって聞きますし。顔が良いってだけで付き合ってるんじゃないかって悪評も立ちましたが、おふたりの楽しそうに談話する姿でその噂もすぐに消えましたし」

 

 そりゃ他の女子と仲良くしてたら理子の蹴りが飛んできてからしょうがなかったんだけど。不知火の言う通り、外から見た俺はそんなに変わってたのか。実感が持てんなあ。

 

「あ、スミマセン! 話しかけたせいで休めませんでしたよね! 私は他の仕事があるので、気分悪くなったら部屋の角の無線で呼んでください。すぐ駆けつけますので」

 

 ぺこりと慌てた様子で頭を下げて救護テントから出ていく───

 

「──あ、あと一つだけ。傷跡が残るような怪我だけはしないでください。峰先輩、きっと悲しんでしまうので。Sランクでの活躍は耳にしてますし、おだいじに! 」

 

 前に、理子に傷付けられた左目の目尻から側頭部へ延びた傷跡を指す仕草と共に言い残して、今度こそ走り去っていく音が聞こえた。

 

(怪我するな、ねぇ・・・・・)

 

 頭痛の中でボンヤリと考える。

 そりゃ俺がプロ武偵なら最小限の怪我でなく今まで引き受けた依頼の数々をこなしていたはずだ。肌にも一般人に見られて困るような傷跡を残してない。一応Sランク武偵だが、そんなもの、理子を護れなかった瞬間から無意味で無価値なものに変わる。盾になるしか能のない俺にどうしろって・・・・・。

 

「きょーっお君」

 

 入口から誰かが俺を呼ぶ声がする。それが他の人なら頭がボーッとしてるからわかんなかったけど、この鼻にかけたような甘い声はずっと聞き覚えがあった。だからすぐに浮かんできた。

 

「・・・・・りこか」

 

 目をやると、入り口から見慣れた顔がひょっこり覗かせていた。ちょっと可愛らしい。思えば、最近あまり会ってなかかったっけ。こころなしか頬を膨らませてるような気がしなくもないが。

 何やってんだと問いかける前に、ぴょこんと純白のナース姿を見せてきて、

 

(──まじか)

 

 不覚にも魅入ってしまった。ここ最近会ってなかったから余計に。一体どれほど神様は理子を精巧に創り上げたら気が済むのかと問い質したくなるほどに。一瞬とはいえ頭痛すら忘れるほど目を奪われかねない魅惑に。愛らしくて愛らしくて愛らしくて──。そんなカノジョが、声をかけてくれた。

 

「なんでここに。その姿は? 」

 

「あれ。言ってなかった? 理子はさっき任命された緊急救護係なんだよ。だからナース姿に変身するのは当たり前なのでーす。そんなことより」

 

 理子はトコトコと歩いてきて俺の横に座ると、

 

「今話してた子、知り合い? 」

 

 ジィっと俺の目を見て問いかけてきた。

 

「初対面だけど──それがどうかしたのか? 」

 

「べーつにー。ただたまたま通りかかった時にキョーくんと女子が話してるのが聞こえただけ」

 

 うーん。理子の言う通りだとしたら、なぜジト目になるのか。見知らぬ後輩女子と一緒に居ただけなのんだけど。──まあいいか。いつもの事だ。追求するだけ事態が面倒なことになるのは目に見えてる。

 

「ねえねえ。面倒なことって後に回すと後悔するんだよ? 」

 

「そっか。俺はその後悔よりも平然と人の心をよむお前が怖えわ」

 

「なんとなーくだけどね。でもぜんぶ、理子の気持ちに気づいて見て見ぬフリするキョーくんが悪いんだから」

 

 見て見ぬフリは・・・・・してないつもりだ。この前、文と出かける前に話してた、独占欲だったか? 理子がそれを本気で言ってんのかどうか怪しいんだよ。あの発言は自分で言っといてなんだが、準黒歴史に相当するレベルで恥ずかしいからあまり口に出したくないし。

 

「まーいっか。それで、ここに来たってことは、気持ち悪くなっちゃった? 」

 

 心配そうに横から見上げてくる。それと同時にあることが思い浮かんできた。

 

 ──隠さなきゃ。

 

 具合悪いし気にかけられるほどの余裕はないが、それを理子に伝えたら心配させるかもしれない。それではダメだ。笑顔でいさせたいのに心配させては。

 頭痛で鈍い頭を必死に働かせ、

 

「高天原先生に用があって来ただけで、俺はいつも通りだ。なんともないぞ」

 

 適当にごまかしておく。悟られないよう平静を保って。

 

「用って? 」

 

「精密検査の日程だよ。命を何回も落としかけてるから、それで体のどこかに支障をきたしてないかだとか」

 

 我ながら完璧な言い訳の完成だ。そうして出来る限りの笑顔で、バレないようにして答えると、

 

「そっか。ここに来るくらいだから怪我でもしたのって思って。怪我なくて良かった」

 

「転んだくらいでここに来ないよ」

 

 教務科はお偉いさんの接待や各種目の審判で忙しいから抜け出すことは容易だ。早退して部屋に帰って寝るという選択肢もあるが、理子に見つかった今叶わぬものとなってしまったがな。

 

「──ねぇ、ちょっといいかな」

 

「いいよ」

 

 何を、と考える前には自然と口から答えが出てしまっていた。もう条件反射というレベルで。

 

(今さら確認するのも不自然だし、理子のすることに身を任せよう)

 

 力を抜いたところで、頭に優しく手が添えられた。その手はゆっくりと俺の頭を理子へと倒し──つられて体も傾いていく。そうして頭痛でヤバい頭は硬いベンチではなくムチムチしてる太ももへ無事に着地した。

 つまるところ、膝枕されてる。しかも生太ももだ。

 

「理子さん? 」

 

「こっ、こっち見ないでっ。女の子を見上げちゃダメなのです! 」

 

 見上げようとしたが、細い指で頬をつつかれ、仕方なく視線を元に戻した。前はベンチの背もたれなので目を瞑る。

 

「最近忙しくて部屋に戻れない日もあったでしょ? 会ってもちょーっとだけしか話せなかったり。今日はそのイチャイチャ成分取り戻そって」

 

「付き合ってまだ1ヶ月くらいのカップルみたいなこと言うな」

 

「いいじゃーん。初々しくて、けどちょっと大胆で。理子はそういうの好きだよ」

 

 くふっ、と笑うと、モジモジと膝を動かして俺の頭の位置を変え始めた。やっぱり膝枕って重たいか。

 

「俺重いだろ。すぐどくよ」

 

「ううんだいじょうぶ。ちょっと痒かっただけだから。キョーくんだってやめて欲しくないでしょ? 」

 

「・・・・・そうだな。もう少しこのままいさせてくれ」

 

 頭に添えられた手が、後頭部をゆっくり滑るように撫でていく。何回も、何回も。

 ──これだ。太陽の暖かさとは違う温かさが心を満たすこの感覚がたまらなく好きだ。目を瞑ってるから余計にそう思う。アリアや白雪にされてもきっと同じ感情は生まれない。理子だけが安心させてくれる。理子だけがこの感情を抱かせてくれる。

 

 よく自分も分かってないんだけど、たぶん嬉しい。自分のためだけに尽くしてくれて。こうやって特別扱いしてくれて。ホント────だな。にしても心が落ち着いたからかちょっとだけ眠くなってきた。このまま寝落ちしても、誰か来たらきっと起こしてくれる・・・・・よな。

 

「あっ、キョーくんのおでこ熱くない? いつもより体温高い気がするんだけど。もしかして風邪ひいた!? 」

 

 ・・・・・なッ!?

 額をぺたぺた触れながら慌てたように聞いてきたのを寝落ち寸前に拾い、重かったまぶたが一気に持ち上がった。

 

「ひいてないよ」

 

「こんな熱いのに? 」

 

 理子は自分のおでこと俺のを交互に触って確かめている。バレるのだけは避けねばッ。良い言い訳はなにか──そうだ!

 

「さ、さっきまで競技で走ってたから。まさか俺ばかり追い回される羽目になるなんて思ってなくて」

 

「あ、そいえば種目やり終わったあとか。なら仕方ないね。不運で定評のキョーくんだし」

 

 理子はよかったと言わんばかりのため息をついた。が、俺の方はよくない。何より今判明した重要なことがある。ぼんやりしてて気づかなかったけど、密室に病人といたら風邪うつるってことを! 眠くてそこまで思考がまわらんかったか・・・・・!

 すぐにここから出てってくれ、と口にしかけ、今からでは遅いなとすんでで引っ込めた。不審がられてバレるまでの(ルート)がハッキリ見える。これもダメ。

 

「今日は帰ってこれるか? 」

 

「もちろんだよ! また一緒に寝れるね」

 

 よし。なら今夜、理子の好きなジュースに風邪薬を入れれば解決だ。ジュースに入れて効き目が出るのか怪しいが・・・・・まあ良い。今日も帰ってこなければ、素直に打ち明けて今すぐ出てってもらうしか方法なかった。

 

「なあに? そんなに理子といたかったんだ」

 

「そりゃもう。今日じゃないとダメなんだ」

 

「うっ・・・・・またそんなこと。夏休みまではそんなこと全然言わなかったのに。だいぶ変わったよね」

 

「そうか? 」

 

 文化祭の前。理子が()()()()()()()()()()()()、つまり俺を騙してた時期であれば、粉薬をジュースに仕込むなんて到底できたもんじゃない。俺を利用するために監視していたんだから、逆に俺が飲まされる。

 しかし、ヒルダに囚われの身であった理子を助け、もう自分を偽らないと約束してくれた。信用を勝ち取った今だから容易にできることであって。変わったのは俺ではなく理子の方だと思う。今のほうが断然輝いてみえるし。

 

「うんうん。やっぱり変態さんでも変わるんだねえ」

 

「誰が変態さんじゃ」

 

「あっ。変わったといえばかなめちゃんもだよぉ! 無事仲直りできたの。元から可愛い子だったんだけど、デレたらもっと可愛くなって。うー、理子の妹にしたいくらいだよ! 」

 

「露骨に逸らしやがって。・・・・・仲直り、ねえ。お兄ちゃん大好きヤンデレっ娘にどう立ち向かったんだよ」

 

「そりゃもちろん、ランバージャック」

 

「ランバージャック⁉ なんて物騒なことを・・・・・いつやったんだ? 」

 

 ランバージャックとは、防弾装備を着た武偵が点々と円を描くように立ってできたリングの中で行う決闘だ。リングの外に出ることを禁止してるので、リング役が決闘者を押し戻す際に銃弾を用いても良いという、とち狂ったルールがある。まあそれはリング役が決闘者のどちらかの味方についた場合の話なんだが、かなめとバスカービルなら当てはまってしまう。つまり人望がなければ()()()でさえ敵となるのだ。

 

「キョーくんの携帯に電話かけたけど出なかったから。多分寝てたんじゃない? 」

 

 おっふ。大事な時に寝てたんかい。そりゃ知らないわけだ。チームの今後を左右するかもしれなかったのに、我ながら呑気なことだ。

 

「まあ闘ったのはゆっきーで、ひとり許されてるアシストにジャンヌ。あの二人凄くてね、武装破壊して終わらせたの。怪我もさせてないし、平和的に解決できたよ。キーくんが大好きすぎるのは治ってないけど」

 

 好きな人に近づく女絶対殺すガールを改心させるとは。ああいう気質の子って、いくら説得しても聞く耳持たなそうなんだけど。まだ根本から狂ってはないらしい。だが、

 

「あいつがジーサードの部下──妹? ってこと忘れんなよ。いつ寝首をかかれるかもしれん」

 

「警戒はしてるよ。でもね、あの子が自分から理子たちを襲うことはないと思う。キョーくんはどう思う? 」

 

「俺は・・・・・」

 

 脳裏にジーサードがチラつき、返事をためらってしまった。俺に向ける憎悪の炎と、人殺しという言葉。明確な殺意をもって俺を殺さんと刃を振るった、その妹だ。疑わない方がおかしい。考えすぎかもしれないが、俺を殺すために仲間に近づいた可能性だってある。信じたいのは山々なんだけど──。

 

「疑ってる顔してるね。まあいいんじゃない? キョー君は信じたい人を信じれば。瑠瑠色金のこともあるし、ああいうタイプの子苦手でしょ」

 

「そうだけど。って、誰かが聞いてるかもしれないのに色金を口に出すなって」

 

「バスカービル結成直前のキョー君にそのまま返したいよ。とにかく、一人で抱え込まないで。ジーサードのことも、かなめちゃんのことも。今度は理子が助ける番なんだからね」

 

 えいえいおー! と、元気で謎の地震に満ちたかけ声がテントに響いた。

 ──いつまでたっても本当、理子には励まされるよ。底なしに明るいこいつのおかげで今まで闘ってこれた。救われてるのは俺の方だ。だからどんな敵にも立ち向かっていける。全ては理子のおかげなんだ。

 

「ありがと。俺も迷惑かけないよう頑張るわ」

 

「恋人なんだから、迷惑はかけるもの! キョー君自分で言ってたじゃん! 」

 

「あ、そうだっけ? すまん」

 

 迷惑はかけるものなんて、考えれば俺も理子に無責任なことを言ってたな。立場が逆転したからこそ、その言葉の重みが分かってしまう。全てがヒトの身である理子が神へ立ち向かうなんて、自殺行為に等しい。

 だからこそ、一人で。この戦いに理子を巻き込むわけにはいかない。熱と頭痛を隠し通せたんだ。"大丈夫"と伝えさえすれば、理子が笑ってくれさえすれば、何もかもうまくいく。ひとまず、

 

「──情けないけど、これからも頼む」

 

「うん! 」

 

 騙すのは本当に心が痛む。

 けど、全ては理子のため。自分を押し殺そう。これから激化する闘いで、こうやって甘える機会なんて数少ないだろう。ロリ神(ゼウス)に忠告された通り、ひとりで闘わなきゃいけないんだ。そのために傷を負うのはしょうがない。後輩の助言を無下にするのは気が引けるが、全ては理子のため。

 大丈夫。そう──大丈夫だから。

 

 

 ・・・・・いつの間にか、頭痛と熱だけは治っていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 他人の恋話(こいばな)や次に行くデートはどこにしようか、と第二部の始まる直前まで話し込んでしまっていた。風邪と頭痛はいつの間にか治ってたし、楽しかったから仕方ない。理子と一旦分かれて、白チームのもとに戻った。

 ──五時からスタートした第二部。男子の実弾サバゲーは、学校内ならば屋外も可なので、そこかしこで銃声と断末魔がこだまする地獄の種目。赤組白組での乱戦状態が常であるのが醍醐味であり、俺も始まって数分くらいは後輩や同級生を投げ飛ばしていたわけだが・・・・・

 

「まさか俺に来たヤツら全員RFC(理子様ファンクラブ)の団員だったとは」

 

「やっと来たようだな。ついてこい」

 

「あっ、はい」

 

 名前は知らないけど、喋り方に癖のあるRFC(理子様ファンクラブ)団長の三年生率いる誘導隊の罠にまんまとハマってしまっていたらしい。同じチームに援軍を求めたいのだが、スタート直後にRFCどもに囲まれ、各個撃破に努めてるうちに、といわけだ。

 

 場所は競技エリアの端っこにそびえ立つビル。倒壊寸前の中で二人きりだ。障害物は一切ないから得意の一撃離脱戦法は繰り返せない。

 アハハハッ・・・・・一騎打ちなら負けるぞ。特に実弾サバゲーでは超能力の使用が禁じられてるんだ。マトモに闘って勝てる気がこれっぽっちもしねえ。今なら不意打ち狙えるし、ダウンさせて逃げようか。

 

「おい。このまま屋上まで行く。呼び出した故、こうして背中を見せておるが──一度(ひとたび)斬りかかってみせよ。返り討ちにしてくれよう」

 

 ・・・・・心でも見透かされてるのか。振り向いたその目が殺人犯のソレだ。いま不意をうてば必ず殺されるぞ。

 決闘だって、新調した盾と上下二連散弾銃の、銃身とストックを切り詰めたソードオフカスタム。あとは御守りの雪月花(カタナ)のみ。対して先輩は拳銃と長い太刀。装備的には有利かもだが単純な戦闘力でいえばあちらに()がある。近接勝負なら防戦一方は避けられない。ショットガンは平賀さん特製の非殺傷弾を使うけどリロードの時間もくれなさそうだしな・・・・・。

 

 と、対策を練るうちに、夕焼けに照らされた屋上についてしまった。辺りを見回すと、飛び降り防止の安全柵は外されていた。つまり足を踏み外せば死ぬ。風は先輩の前髪を少し揺らす程度だが、度外視はできない。室外機(しょうがいぶつ)は取り除かれ身を隠す場所はなし。()()()が広いことが唯一の救いだ。

 

「京条──」

 

 ドスの効いた、腹に響くような声と共に、長い太刀の切先を俺に向け。鋭く睨む目をカッと開き、

 

「貴様と話がしたい」

 

 ・・・・・殺意満々の瞳で、そう言ってきた。

 一騎打ちじゃない? 珍しい、この人はことある事に俺に襲いかかってきたのに。話し合いなんて明日は天変地異でも起こるかも。って、油断してる場合じゃない。奇襲されたらどうするんだ。

 軸足を下げて腰をおとし、後ろ手で盾を構える。臨戦態勢を崩さず、

 

「なっ。なにをですか」

 

 問いかける。すると、即答する勢いで、

 

「無論、我らが崇める天使。全てを兼ね備えた美。想い人をつくらず、平等に分け続けた魔性の愛。峰理子様のことだ」

 

 ・・・・・と。前言撤回。いや思っただけだけど、前言撤回だ。この人、クソ真面目な顔して何言ってんだか。また面倒くさそうなことを。

 

「なんですかいきなり。まさか──奪いに来たんですか? 」

 

「違う。なに、我からお前に伝えたいことがあってだな」

 

 奪いに来たわけでもないと。だったらなんだ、と思っていると、先輩はフッ、と口の端を歪ませ、殺気と共に太刀も鞘へと収めてくれた。油断させて奇襲を仕掛ける風には思えんが、一応臨戦態勢は維持する。

 

「あのお方は入学当時から、地上に舞い降りし天使と謳われ、一時(ひととき)も笑顔を絶やすことはなかった。天使を守ろう、そんな想いを胸に"我ら"が結成されたのはそう時間はかからなかった」

 

 懐かしい思い出話を語る先輩は、武偵ではなく一人の男として話している雰囲気だ。

 

「誰もが救われた。あの微笑みに誰もが励まされた。誰とも交際しなかったからこそ、誰しもが淡い期待を抱いていた。例外にもれず俺もだ。──だが。ある日、突如として平穏の中にいた我らは地獄の底へと叩き落とされた。抵抗する隙さえも与えられず、我らが望んだ席はたった一通の報せ紙(メール)によって奪われた。一流の武偵ならば許そう。理子様が望まれた相手ならば許そう」

 

 だが違った、と先輩は拳を握った。

 

「相手は貴様だった。女子からの評判は最悪。あまつさえ武偵局にも変態と二つ名されるほどのだ。貴様のような男を理子様は好きになるはずない。案の定、貴様と共にいた理子様の笑顔は変わっていた。不自然過ぎるのは我ら同胞全て認識できるほどだ」

 

「ひっどい言われようですねやっぱ・・・・・」

 

「当然だ。何かの策略か、弱みに付け込んだか。どちらにせよ、我らは貴様への復讐を計画した」

 

 マジだ。この人の復讐ってのは仲間内の冗談で使うもんじゃない。至って大真面目だ。苦笑いもひきつるレベルだぞ。

 たぶん訓練を装って重傷を負わせ、武偵を辞めさせるだとか、その辺だろう。

 

「だが満を持しての計画実行の直前。記念すべき第一回目の襲撃から少し時が経った頃だ。理子様の笑顔は戻った。不敬に値すること承知の上だが、()()()()()()()()()。貴様と付き合う、我らが惚れたあの笑顔に。不自然さなど我らの幻覚だったのではないかと錯覚させるほどに」

 

「一回目の襲撃・・・・・ライトマシンガン持ってきたアホがいた時のあと、ですか」

 

「そうだ。我らが同胞の大半は諦めた。あの男のことが本当に好きになってしまったのだと。──くだらん。諦めてたまるものか。そう決心した少数の同胞たちは立ち上がった。何より我には違和感があったのだ。以前から見続けた理子様とは根本的な部分で何かが違うと直感した。だから我らは今一度立ち上がった」

 

「だから毎日のように襲撃してきたんですか・・・・・! 」

 

「当たり前だ。そして我らは大規模な奪還作戦を計画した。貴様が万全の状態の時に討つ、そう決めていたのだがな。無理であった。なにしろ貴様は日常的に緊急任務に入院と、決着つけられぬ場所に居た故に。入院中に襲うなどという意見もあったが、我らは武偵であって外道ではない。正々堂々と、貴様がハンデを負っていない時期を見計らっていた」

 

 正々堂々って、ひとり対何十人のどこがだよ。

 ──巨悪に立ち向かう正義の組織ってか? 手に取るようにわかってしまうのが悔しいんだが。

 

「しかし時間が無かった。特に文化祭の直前、優秀な部下が理子様にお伺いした時に見たというのだ。貴様に憂いのない真の表情を向けていたと。あの時の貴様は負傷していたそうだが、断腸の思いで計画を無理やりあの日に実行した。せねばならなかった」

 

「関係ない騎士役の1年生怯えてたんですけど」

 

「仕方の無い犠牲だ。そして迎えた文化祭の演劇の最終局面。多少の妨害はあったものの、貴様との一騎打ちまで持っていけたのは僥倖であった。平たくいえばこれ以上ない好機。もし(のが)せば次はない絶好の状況。・・・・・しかし我は負けた」

 

「あの攻撃を避けたらマズイって勘が囁きまして」

 

 文化祭の演劇での一幕。先輩が鞘を牽制として振って、避けた隙を本命の刀で倒す。そのプランを、わざと一撃目を食らうことにより覆した。そのおかげで勝てたんだが、牽制とはいえモロに顎に当たったし。脳震盪でバルコニーと同じ高さのハシゴから転落したんだ。理子が居たから助かったものを、下手すれば頭蓋骨骨折で死亡案件だった。

 

「バカ言うな。貴様のあの一連の動きは、我の攻撃の真意を尋常ならざる思考速度で予測し行ったものだ。でなければ貴様は当たった直後にあのような動きはできぬだろうよ。勘という曖昧なもので避けるのはこの学校なら神崎アリアか蘭豹の二人しかおらん」

 

「で、でも。そうだとしても、先輩は俺があの鞘に当たりに行くことも頭に入れてたんじゃないですか? 」

 

「考えておったに決まっておる。しかしあまり気にしては無かった。頭の片隅にでも置いておけば良いと」

 

「い、いちおう俺ロミオ役だったんですけど・・・・・。ストーリー的にも立ち向かわなければならないんですし」

 

「無論、それも踏まえてのこと。鞘を振るう寸前までは避けなかった時の立ち回りも念頭に入れていた。超能力で1度は避けることも予想しての演技だ。──結果は思い通りではなかったがな」

 

 がらにもなく恥ずかしそうに頭の後ろをかいて、決まり悪そうに告げた。

 

「理子様の前で格好よく魅せたかったのだ。華麗に倒す姿を。騎士の矜持を。その煩悩が仇となった。貴様を仕留める時、一瞬だけ視野が狭まったというか、可能性の低い、貴様が回避しない選択肢を完全に度外視してしまった。土壇場でミス、根拠の無い確信とは。我もまだまだ未熟者よ」

 

「好きな人の前で張り切るのは当たり前じゃないですか? 先輩も堅苦しい人のくせに、意外とそういうとこあるんですね」

 

「きっ、貴様も同じであろう。好きな人の前では失敗したくないと判断能力にも影響を与える。それ故に緊張も体さえこわばってしまう。貴様もあるだろう、こういうことが」

 

「お、俺は・・・・・」

 

 気にしてなかった。護るのが当たり前だと自分で納得してたし、何より事件がある度にギリギリの戦いだったから余裕もなかった。先輩は格上な分いろいろと考えてしまうんだろうか。理子はリュパン家の子孫だし逃げ足は驚くほど速いんだが、肉盾(おれ)が無くなれば殺される可能性も高くなる。そういう意味での緊張はあるのだけど・・・・・。

 

「動けなくなれば、俺は理子を護るという使命を果たせなくなります。いくら緊張しようとも、たぶん無意識の内に動いてると思います。なんせ理子が殺されるくなら五体満足すべてを捧げたのち肉片となって無様に死にゆく方がマシですから」

 

 と、本音を言ったつもりだが、先輩は俺を睨みつけた。その目はまさしく獲物を睨む鋭い輝きで。

 

「貴様、それは冗談か? 軽々しく命を捧げるなど覚悟のない者が言うでは──」

 

「先輩、(おれ)は本気ですよ」

 

 強風が辺りの木々を激しく騒ぎ立てる音を乗せ、傍を駆け抜けた。同時に先輩の口が開く。しかし長い前髪に遮られ目はおろか口元さえ部分的に隠れてしまい、何を言ったのか聞き取ることはできなかった。それほど小声だったのだろう。読唇も無理だ。

 風が収まり、充分にお互いの目と目が見えるようになり・・・・・どこか、先輩の様子がどこかおかしく感じる。

 

「せんぱい? どうされましたか」

 

「貴様、そんな髪が長かった、か? 」

 

「──へ? 俺は短髪ですけど。流石に疲れすぎじゃないですか? 病院行った方がいいんじゃ」

 

 こんなくだらない嘘をつくような先輩じゃないから、その驚愕に満ちた瞳がたまらなく変に思った。短髪を長髪に間違えるなんて、疲れが溜まり過ぎて幻覚でも見始めたのか。

 

「あ、いや。何でもない。気にするな。疲れで幻覚でも見たらしい。なに、貴様に心配されるほど我も落ちぶれちゃいないぞ。たった4日寝てないだけだ。今のは忘れてくれ」

 

 本当に見間違いだろうかと考える仕草をすると、まあいいと早々に切り上げて、

 

「くだらん我のことよりも、今新たに伝えたいことが出来た」

 

 先輩は正面からゆっくり俺に近づくと、拳をつくった右手を俺の胸に押し当てた。

 なにを、と聞く前に重圧が伝わるような声音で、

 

()()、貴様の覚悟は充分に伝わった。であれば最期まで理子様を守り抜け。ここで貴様自信が証明したことを果たせ。血の一滴まで理子様に捧げろ。それを放棄し怠惰に過ごすのならば、我が貴様の首を狩りに行く」

 

 ──らしい。あまりにも衝撃的過ぎて瞬時に言葉が出なかった。あの理子親衛隊隊長が、理子を護るという使命を他人に任せるなんて、ホントに天変地異が起きてもおかしくない。いわばこの脅迫は信頼の証。──信念を捻じ曲げ託した男の約束を破る者がどこにいようか。

 

「なら卒業式まで先輩の顔はあまり見なくなりますね。というか、プロになるんですから仕事してくださいよ。海外行ってる人も多いのに」

 

「我は既にとある企業へ内定をもらっておる。普段の襲撃は訓練前の肩慣らし、準備運動といったところよ。さて、長話もここまで。そろそろ(みな)のもとへ帰るとしよう。サボリと勘違いされて反省文書かされるのはゴメンだ」

 

「ですね。戻りましょう。あ、戻って集団リンチとかは無しですよ? 」

 

「貴様次第だな」

 

 微笑を浮かべた先輩は再び俺に背を向け階段を下っていく。とりあえず命は助かった、と安堵のため息をはいて、続いて俺も白組のもとへ戻った。

 

 

 



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第57話 I cannot live without your love

前回 競技を終えて、理子に甘え、団長と話す。


「貴方はどうするの? 」

 

 ボロボロの布団で横たわった男に、そばに居るみすぼらしくも美しい女が問いかけた。男は答えない。答えたくとも答えられないのだろうか。女の声が聞こえなかったのかもしれない。なんせ、目を背けたくなるほど痛ましい刀傷を全身に負っているのだ。目は虚ろで右腕は切断され。加えて止血処置を施していないのか、絶え間なく流血し、容赦なく女の足を濡らしている。

 

 ──誰とも知らぬのに。漠然とした理由もなく俺はその光景を部屋の隅で傍観していた。明らかに俺が生きる時代ではなく。本能が逃げろと叫ぶのに、ただずっと。

 

「嘘つき。ボクより先に逝かないって言ったのに」

 

 男はまた答えない。この出血量じゃもうすぐ死ぬ。意識も飛んでるかもしれない。しかし男は残った左手で女の手をずっと握りしめていた。

 

「ボクを恨む? ボクのせいでこんなになっちゃったんだ。嫌いになった? ボクのせいで死ぬんだ。ボクにまた会いたくないよね? こんな女はウンザリだよね」

 

 男は答えない。が、僅かに・・・・・本当に少しだけ首を横にふった。女は目を見開き、それから「そっか」と小さく零したあと、

 

「次に会えたら、ボクが護るよ。必ずね。『──』はボクのこと、次会っても愛してくれるかな」

 

 女は男の頬にかかる髪を撫でると、男は小さく頷いて、眠るように目を閉じた。次も逢えるって確信したからか。男の目に涙は浮かんでいない。女も同様だ。全てを受け入れる慈愛に溢れた表情を向けていた。

 

「ふふっ。ボクは泣かないよ。なんたってまた会えるって分かってるから」

 

 女は滴る血を気にも止めずに立ち上がり──

 

「ほら、ボクが望んだ通り、君はもうソコにいる」

 

 首を180度回転させ、獣の如き視線が俺の目を貫いた。蛇に睨まれた蛙といったところか。身動きひとつとれない。()いで艶めかしくピンク色の唇をひと舐めすると、振り向いてゆっくりとこちらへ歩を進めてくる。

 

「また会えて嬉しいよ。今度はボクがずっと護ってあげる」

 

 目線の高さが同じだから分かるが──この女は俺のことしか見ていない。独占欲の究極、はたまた猟奇的な愛とでも表現しようか。とにかくこの手の瞳は吐き気がするほど苦手だが、気づいた時にはもう遅く、

 

()()、つーかまえた♡ ずっと貴方を離さないから」

 

 細く華奢な両腕にがっちりと抱擁(ホールド)され、妖艶にてらつく舌が、渇いた口内を蹂躙せんと押し込まれた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 体育祭の翌日。理子は朝から図書館に行き、キンジは勉強すると励んでいた。チームの今後について話しておかないことがあったのだが、また後日ということに。俺自身もそれほど乗り気じゃなかったからいいかな。今日は睡眠時間はたっぷりとったはずだけど、変な夢を見たせいか──今はもう覚えてないが──異様なほど眠いし。理子を見送ったあと、まだ温もりが残るベッドに再びダイブし、二度寝をかますこと約3時間。

 

 時間はとうに昼12時をまわり、窓から差し込む陽射しも寝起きの体を暖めてくれる。ボーッと外を眺め、頭が冴えない状態だが気分の切り替えにと寝巻きを着替えた。

 

 昨日から飯は食べてないが──とある理由でバスカービルの打ち上げに行ってないので──お腹は減ってないので、腹ごしらえはせず銃と盾の点検をする。雪月花()の刃こぼれが無いかチェックし終え、銃も盾も最近新調したばかりだから一時間もかからず。

 休日にやることをほぼ全て終えてしまった。暇を持て余した一人だけの休日。前世ならアニメを見て過ごすのが当たり前だったのだが、重大な問題が間近に迫ってるんだ。

 

(ジーサードのことでも調べるか)

 

 キンジの部屋から移動させたパソコンの電源をつける。

 本当は瑠瑠色金を調べたいのだが、普通に検索してもまず出てこない。当然だ。一介の高校生が特定できるほど世の中(国家機密)は甘くない。となると、瑠瑠色金が地球上で一番多く存在する場所──最終決戦場になる位置の特定すら不可能となる。国が個別に教えてくれたって良いのに、世知辛いものだ。

 

 分かるものから解決していこう、そんな魂胆だ。

 アイツの言い放ったことの一言一句ただしく覚えてないが、要約すると俺に愛する人を殺されたらしい。理子に手を出そうとしたのが証左ともなる。

 

 絶対ありえん。人殺しどころか犯罪に値するものはしてないぞ。そもそも高校生になるまで伊・ウーにいて、高校生になってからは外国への任務は受けたことがない。相部屋のキンジが当時Sランクってこともあって共に仕事をこなしてたんだ。そして瑠瑠神の能力を使ってもなく知られてもない時期。証人なら揃ってるんだ。

 

 なれば、主犯は何らかの目的のためジーサードが愛した人を俺に変装して殺し、復讐に燃えるジーサードを使って俺を間接的に殺害しようとしてる。その"何らかの目的"がハッキリすれば絞られるものを。陰湿なやつだ。まあ真犯人は置いといて。

 

(極東戦線に出てるくらいだし、無理っぽいかな)

 

 ダメもとで検索エンジンにジーサードと入力。が、やはりヒットなし。予想はしてた。派手な格好だから目立つんだけど──。

 そういえばアイツ、俺と会った時に雰囲気がガラッと変わったな。変容の仕方がキンジの特異体質と同じヒステリアモードっぽかった。兄弟・・・・・はないかな。兄はカナさんしかいないって聞くし、他に聞いたこともない。似た体質なんだろうきっと。

 とにかく今日も何の収穫もなし。武偵高の資料室行ったっておそらく無理だろうな。次会う時に期待しよう。出来れば会いたくないが。

 ・・・・・謎ばかり増えてウンザリだ。ジーサードを迎えに来た『武器商人』も、意味深なこと言って去るし。

 

「目の前にあるもの全てを疑え、か」

 

 武器商人が言った、やけに脳裏に張り付いたアドバイス。俺のためを思ってくれるのは嬉しいが、加えてそれに繫がるヒントが、()()()()()()()()()()()()()()と趣旨が全然違うのは勘弁してくれ。謎解きは苦労するんだ。ホームズなら嬉嬉として解くんだろうけど。

 

 でも──どうして肩の傷と限定したのか。それから辿れば解けるかもしれない。おそらく例えとして言ったんだろう。大きな怪我が治ったのが時期として一番近かったからと考えれば納得する。例として挙げるなら最適だからだ。要は武器商人は、傷が速く治るのが君には不自然に思わなかったのかと聞きたかったんだと思う。

 

 ──思ってるよ。

 

 さすがに怪しい。自分の体の中で起きてることが怖くなってくる。

 ロリ神(ゼウス)が以前お守りとやらを俺に埋めたらしいが、回復速度上昇の効果はつけてないって困ってたから、残る異物は二つのみ。瑠瑠色金と璃璃色金のどっちかが関わってる。瑠瑠神は俺に自分の能力を使わせて憑依したいだろうし、璃璃神で限定してみよう。

 

 仮に回復能力を保有している場合。体内の璃璃色金はレキが撃ったライフル弾の弾丸サイズらしい。サイズと比例して回復量も同等と考えると・・・・・おお! 答え出たんじゃないか⁉ てかなぜ今までレキに直接聞かなかった。暇がなかったとはいえ自分の馬鹿さ加減を呪いたい。

 早速ウキウキ気分で電話をすると、ニコール目で出てくれた。

 

「もしもし、レキか? 」

 

『はい』

 

「突然だけど璃璃色金に関して聞きたいことがある」

 

「わかりました・・・・・短めにお願いします」

 

『璃璃色金に回復能力を向上させる能力ってあるか? あるよな? 」

 

 やっとスタートラインに立てた気持ちだ。ここから網目状に広がっていく謎を一つずつ解いて、順調に──

 

『ないです』

 

 ──はい? 聞き間違いかな、あはは。今なんて言ったんだろー。耳おかしくなったのかな。

 

「もっ、もう一度」

 

『ありませんよ、そんな能力。あるとしたら私はジーフォースさんとの戦闘でやられることはありませんでした』

 

 璃璃神じゃない!? ありえないだろそんなの!

 なら回復力をあげてるのは必然的にアイツしかいなくなるじゃないか!

 

『あと、私に(璃璃神)から忠告されたことを朝陽さんにも伝えておきます。伝言もありますし。貴方(あなた)の方が影響が強いでしょうから。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「は? なんでそんな唐突に・・・・・」

 

『詳しくは知りません。切羽詰まっている状況のようでした。私に命令することさえ辛そうでしたが、一言だけ。今の貴方は璃璃神(わたし)にとって天敵だから、と』

 

 天敵だと? あっちにも焦るほどのことが起きてるってわけか。いやそんなことはどうでもいい。後回しだ。

 

「ありがとう。また連絡する」

 

『はい。では失礼します』

 

 ブツッ、と電話が切れ、頭の中でゴチャゴチャになった情報を整理し、携帯を閉じる。たった数秒で出来る動作が、今は難しく感じられた。それほど衝撃的で、支離滅裂で、放心せざるを得なかったからだ。

 

 ───瑠瑠神が回復させてる、のか?

 否定しようにも厳しい現実は真実を突きつけてくる。意味がわからない。矛盾しすぎだ。瑠瑠神が俺を生かしておくメリットはないはず。完全に瑠瑠神になる時間が延びるほど、アイツが最も嫌う女という生物との関わりが多くなるからだ。俺を世界一不幸にしたのも、不慮の事故を起こしやすくし、いち早く死なせるためだと信じ込んでいたが。

 

(何が目的なんだよ、お前)

 

 おかしいとは思ってた。既に右半身が瑠瑠神と化してるのだから、俺が寝てる間に拳銃で頭を撃ち抜くことなんて朝飯前。抵抗すらできない状態で瑠瑠神に魂を取り込まれてオワリとなるのに。なんで・・・・・殺さないんだよ。

 そも回復能力があいつに備わっているのか? それとも時間遅延を応用して──くそっ。候補がありすぎて見当もつかん。大体あの狂人の思考を理解しようなんて無理な話だ。愛のため人を殺すことになんの躊躇(ためら)いも感じさせない奴だぞ。

 

 ・・・・・このまま瑠瑠神になることに抗い続ければ、瑠瑠神が俺を乗っ取って仲間を傷つけるかもしれない。或いは、地下倉庫(ジャンクション)でジャンヌに憑依した時のように。

 厄介なのは後者の方だ。バスカービルの誰か、もしくは仲の良い友人に憑依してしまった場合。ジャンヌの時のようにキスだけで立ち去ってくれるとは思えない。

 幸いなことにあの一件以来、誰かが憑依され俺に襲いかかってくることは無くなったが・・・・・ん、待て。

 

(ジャンヌはどういう経緯で乗っ取られたんだ? )

 

 俺が地下倉庫に着いて目が合った瞬間にジャンヌは憑依された。けど人と目が合うことが憑依のトリガーじゃないことは確かだ。瑠瑠色金の力を乱用してる今なら表に出てきてもおかしくないのに。俺を監視してるって考えも多分間違いだ。監視目的ならヒルダとの闘い前に俺に憑依しかけた理由が説明出来ん。

 

「はあ・・・・・」

 

 瑠瑠色金が埋め込まれた右腕──その上腕に触れる。すると服の上からでも熱を感じ、瑠璃色の光が僅かに漏れた。そばにいるよ、と呼応するように。

 忌々しいこの腕を今すぐ切断したいが、色金は腕だけでなく全身を血に混じり駆け巡っているはず。絶対にあの女からは逃げられないのだ。

 

(ひとまず解決できるのは、ジーサードかな)

 

 ジーサードの誤解をとけば、瑠瑠神打倒へのヒントに繋がる何かを得られるかも。前回はまともに話ができる状態だったのだが、俺が何かヘマしたせいで危なかったし、()()()()が止めに入ってなかったら死んでたと思う。次会えばアイツは口より先に手が出るだろうなぁ。やっぱり行き当たりばったりの作戦ではダメだ。相手の方が戦闘のプロならば尚更考えなければならない。

 

 といっても、アイツの意表を突く戦略じゃないと到底勝てない。ひとつふたつは考えつくものもすぐボツにした。なんせ強襲科の教科書に載っている単純なものしか思い浮かばないのだ。これは起きても一向に頭が冴えないせいもある。二度寝がいけないのか、昼過ぎの時間に起きるのが体に合ってないのか。それともケレンさんにカウンセリングを受けた以来消えない頭の靄が原因か。

 

 ──ひとりで決めることもないか。

 作戦立案は理子の方が得意だし、今夜あたり相談してみよう。一旦休憩と、リビングに戻りふかふかのソファに腰を預け天井をじっと見つめ・・・・・いくらかの時間が経った頃。

 暖かい陽気に誘われウトウトしていた脳を覚醒させたのは、携帯の着信であるアニメ調のメロディだった。幸いにも手元のすぐそばにあったので、ワンコールも終わらないうちに出る。

 

「はーい、もしも──」

 

『キョーくん! 今すぐ装備整えて女子寮の入り口に! 』

 

 耳を貫く音量にはビックリしたが、今の声は理子だ。いつもの甘ったるい、しかしこれ以上ない緊迫感を帯びたソレに緊急事態だと察し、

 

「っ、分かった。すぐ向かう」

 

 先ほど手入れした上下二連散弾銃と雪月花を腰に差して腕に盾を装備。臨戦態勢を整える。

 教務科からの緊急任務なら俺の携帯にメールが届くが、来ないってことはバスカービルの誰かが危険にさらされている──もしくは極東戦線の相手陣営が攻めてきたか。忘れがちだが、今俺たちは超人戦争の真っ最中だ。逆に今日までジーサード以外の襲撃がなかったことに感謝すべき。

 

 本当に──本当に間が悪い。どうして今日なんだよ。俺のキャパは限界なんだけどッ。

 愚痴を零しつつを勢いよく部屋を出て、下へと続く階段を駆け下りる。女子寮の正面玄関を抜けると、1台の黒ワゴン車が入口前の道路へ飛び出してきた。

 

「乗って! 」

 

 すぐさま乗り込むと、甲高い悲鳴のようなスキール音を撒き散らし発進した。車には俺と、ふざける様子が一切ない面持ちの理子のみ。

 

「ジーサードが品川火力発電所に現れたって玉藻から連絡きたよ」

 

 ドッキリだよ、その言葉を期待したが、悲しきかな。本当に悪ふざけではないらしい。

 ジーサードをいかにして戦闘へ持ち込ませず解決するか、対策もマトモに考えてないのに。間が悪いのはいつものことだけど。文字通り死活問題だ。

 

「よりによってみんながバラバラの時に来て最悪だよ。ゆっきーとジャンヌはもう着いたはず。あとはあたし達とキーくん、アリアだけ」

 

「アイツらいないのか⁉ マズイな、即戦闘になって前衛が俺だけって詰みだろ。アリアとは超能力(ステルス)使ってほぼ互角だし、キンジのヒステリアモードみたいに器用なこと出来ねえぞ」

 

 予想外だ。ろくな作戦すらないのに主力二人がいないとは、ますます勝ち目が薄くなってきたぞ。アリアとキンジのコンビによる牽制と、どちらかが一時離脱する瞬間に俺が入って引き留める役割。たった今そのプランが砕け散った。

 

「てことは、だ。現場につけばジャンヌと白雪、お前しかいない状態であの化物と戦えと」

 

「・・・・・うん」

 

 理子が噛みしめるように答えた。つまり前衛ひとり。前衛がする仕事を俺ひとりで全てこなさなきゃいけない、か。

 

((デコイ)攻撃手(アタッカー)での立ち回りだ。考えろ・・・・・! )

 

 超能力(ステルス)のグレードが高い白雪とジャンヌと共に短期決戦を挑む──ダメだ。デタラメな身体能力で能力を使う前に殺される。

 理子筆頭に一撃離脱を繰り返して二人を待つ──ダメだ。理子が殺されたら元も子もないだろ。

 他の武偵に応援、もダメだ。それは極東戦線の規約(ルール)に反する。ルール違反者に下される罰が最悪の場合、本末転倒だ。

 なら、

 

「ジーサードは多分、俺狙いなんだろ? ならキンジとアリアが来るまで近くで待機ってのは」

 

 これなら万全の体制で行けるが──

 

「ダメ。時間内に来ないとかなめちゃんが殺される。見せしめにゆっきーやジャンヌだって・・・・・」

 

 ダメかッ。全部うまくいかないぞ。無理だ。無謀過ぎる。前回の戦いだってジーサードは本気じゃなかった。本気になる前に武器商人に止められたんだ。そんな相手に策もなく突っ込むとか・・・・・。

 

 いや待て。それ以前に、部下にまで手をかけるのかあの野郎! そこまでして憎いのか、この俺が・・・・・!

 逃げ場なし、八方塞がりとはこのこと。既に品川発電所まであと数キロというところだ。制限速度なぞ知らんとばかりにとばしてるから、あと10分とかからないはず。

 

 どうするどうするどうする!

 頭の(もや)だけならまだマシだが、焦ってうまく考えられない。いつもの調子ならもうちょっと生存率の高い立ち回りを考えられたものをッ!

 

「キーくん、ひとまずゆっきーとジャンヌの超能力(ステルス)で妨害して、その間に理子がかなめちゃんを助けるから──ってキョーくん、顔真っ青じゃん! 」

 

 と、運転中にもかかわらず、理子は俺の顔を覗きこんだ。まるで別人を車に乗せてしまい、それを確認するような。ここまで気づかなかったとは、理子も集中して考えてたようだ。

 

「ちゃんと寝た!? 真っ黒の(くま)あるし、そんな状態でアイツと戦えるの──ってあぶなっ」

 

 対向車のクラクションで再び視線を道路へ戻す理子だが、心配そうに横目で俺をチラチラしてる。よほど俺の今の顔は酷いらしいな。

 数日間続くこの頭の靄の正体が、ただ気分が悪いだけで片付けられるならいい。また誤魔化せば良いんだから。

 

「ああ。大丈夫」

 

 ただ大丈夫と答えるだけで済む。

 

「せっ、説得力無いよそんな顔で言われても! 」

 

()()()。俺を信じて。さあ、さっき理子が言いかけた作戦を教えてくれ」

 

「・・・・・わ、わかったよ。うん、信じる」

 

 しぶしぶ承知といった様子。けど良い、理子を心配させて、余計なことを考えさせたくないんだ。

 

「とりあえずかなめちゃん救出優先。ゆっきーとジャンヌでジーサードの視界を妨害してもらうよ。もちろん理子も自前のM84(フラッシュグレネード)で何とかするけど・・・・・成功する確率は」

 

「待て理子」

 

「なあに? 理子のこと、信用できない? 」

 

「違うさ。ただ、俺の前で確率の話はしないでくれ」

 

 うん? と少し考えたあと、張り詰めた表情を崩して、

 

「キョーくん絶望的に運ないもんね。わかった、ここぞという時が来たら絶対成功させるから」

 

「頼む」

 

 ──もし。かなめがジーサード側についていて、俺たちをおびき出す為の罠だとしたら。

 

 そんな可能性が頭に浮かぶ。

 当然だ、初めはジーサード側の人間だったのだから。まず囮であることを疑う。こちらの仲間になったって、再び寝返らない確信などない。ジャンヌや白雪──理子やアリアだって思ったはずだ。しかしどうだ、今は危険だと承知してなお救出しに向かっている。先日のランバージャックの一件以来、仲良くなったからだろう。自分たちが仲間として認めたから、見捨てるという選択肢は存在しないと。むしろ裏切られること承知の上なわけだ。

 

(──心底くだらない)

 

 黙れ。

 

(『──』とは違うたった数日だけの仲なのに)

 

 黙れッ。

 

(行くだけ無駄。理子を無意味に死なせるだけだ)

 

 ──黙れッッ!

 

 誰かの声が聞こえる。無謀にも挑み負けるくらいなら逃げろと。・・・・・それでも行かなければならない。かなめとは接点こそ少ないが、それでもバスカービル(アイツら)が仲間と認めたんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()助けに行かなくては。なにより俺が無理やりにでもここで引けば、折角築いた理子との信頼関係にヒビが入るのは確実。

 

「もうすぐ。降りる準備しといて」

 

 頭を横に振って気持ちを切り替える。この際だ、超能力(ステルス)による消耗は考えるな。短期による奪還作戦でかなめの救出優先。成功した場合すぐさま撤退する。これがキンジやアリアがいつ来るか分からない現状の最善の作戦だ。無謀にも程があるが、幸い品川火力発電所付近は人気(ひとけ)がない。なりふり構わず最大火力をぶつけてやる。

 

 決意が固まったところで、車は品川火力発電所の中に到着し、中のコンテナ群とは少し離れた場所で止まった。ここにはコンテナが密集する地帯と海へと続く開けた場所があり、ジーサードはおそらく後者の方を選択する。わざわざ敵を視認しにくい場所に陣取る真似はしないからだ。

 念のため警戒しつつコンテナ群を抜け平地が一望できる場所まで進む。すると、傾いた日に照らされた4つの影を視認できた。

 

 白雪とジャンヌは・・・・・良かった、まだ傷ついてる様子でもない。ただ警戒してるようで、それぞれ武器を構えたまま一点を睨みつけている。そして、2人の視線の先に──ヤツは居た。かなめを傍におき何もせず静かに佇んでいる。気づいているぞと、俺のほうを向きながら。

 

 現代的デザインをした漆黒の甲冑(プロテクター)を体の各所に装着し、合わせて黒コートを風になびかせ。黒一色に統一された服装から前回のような派手さは見受けられない。何より目を引くのが、右手に握られた深紅の刀。あれと俺の雪月花(かたな)を打ち合わせるのだけは避けたい。一種の音響兵器みたいになるからな。

 深呼吸して動悸を整え 。ヤケクソ気味に覚悟を決める。もしもの場合を念頭に入れて。

 

「かなめの救出最優先の立ち回りだ。ただ裏切っていた場合──」

 

「それでも助ける。キンジとアリアが来るまでなんとか持ち堪えないと。ほんっと、最高難度だね」

 

 意地でも助けに行く気か。まあギリギリまでは粘るけど、本当に危なくなった場合・・・・・気絶させてでも離脱しよう。

 

「はぁ──死ぬなよ? 」

 

「もっちろん。まだキョーくんとデートしたりないし、返事もらってないし。だーから」

 

 理子はおもむろに右手の赤白ミサンガをはずした。これは俺が夏休みの修学旅行中に神社で渡したものだ。とても喜んでくれてずっと右手首に着けてくれてたのだが、

 

「はずしてもいいのか? 」

 

「いいのいいの。着けてもらった時の願いは叶ったし。だから、次のお願いするためにもっかい着け直さなきゃ」

 

「それは、生きて帰ってもう一度お前に着けろと」

 

「あったりー! 」

 

 不敵な笑みを零し理子は俺の右手首に、微かに震える手でミサンガを通した。

 ・・・・・そっか。理子も怖いよな。

 前回圧倒された実力差は嫌というほど痛感した。今回は死ぬかもしれないと、不安がよぎるのも仕方ない。

 だけど──だけど。絶対に死なせるもんか。

 

「行くぞ、理子」

 

「いくよ、キョーくん」

 

 理子の手を強く握り、死地へと一歩踏み出した──。

 

 

 

 

 ───やっと会えるね♡

 

 



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第58話 最期の砦(ラストスタンド)

訂正:能力の時間超過・遅延(タイムオーバー・ディレイ)を
(タイムバースト・ディレイ)に変更しました。

※途中から三人称視点となっています。
前回 ジーサードとの邂逅


「やっと来たか」

 

 凍てつく視線はまっすぐ俺へ。今にでも理子を連れて逃げ出したい気持ちを抑えて。互いの殺傷範囲(キリングレンジ)の僅かに外側まで進む。幸い予想は外れたようで、すぐに戦闘とはならないらしい。キンジとアリアの到着まで時間稼げるか?

 

「しつこいやつだな。俺は人殺しなんかしちゃいないしする気もない。お前の知り合いかなんかを殺したのは別のやつだ」

 

「この後に及んで・・・・・まだしらばっくれてんのかっ! 」

 

 深紅の刀の柄を握り潰しそうなのがここからでも見て取れる。死者を利用するのはちょっとばかし心が痛むが、ヘイトを俺に集中させてかなめから意識外に追いやることが出来れば・・・・・救出可能だ。無論、かなめが協力的なのが前提だけど。

 

「知らないもんは知らん。日本の武偵は不殺が義務付けられてるって調べれば簡単に出てくるだろ。あと、俺の渡航記録も。その時期に一緒に活動してたキン・・・・・遠山にも聞け。俺が海外行ってやらかした、なんて嘘だと分かるはずだ」

 

「くだらねえ。偽装なんぞそこらのボケたジジイでも朝飯前だ。それにキンジのクソ野郎とは四六時中いっしょにいたわけじゃねえだろうが。抜け出すタイミングがなかったとは言わせねえぞ」

 

 そりゃ常に、ってわけじゃない。アイツが他に呼ばれたり、俺が単独で引き受けた依頼もある。けど、やってないもんはやってないんだ。

 

「このままじゃ平行線もいいとこだ。そこまで言うなら、俺がやったって証拠でも出してみろ。お前が見た聞いたってだけなら論外だぞ」

 

「・・・・・心底腹が立つぜ」

 

「ないだろ。なら──」

 

 さっさとかなめを渡せ、と口にする前に、ジーサードが(ふところ)から取り出した何かを俺の足下に飛ばした。

 一種の武器かと警戒したが──どうやら何の変哲もないスマートフォンらしきもの、だな。

 

「見ろ。それぐらいは待ってやる。死ぬほどテメェが憎いがな」

 

「そらどーも」

 

 一応警戒しながらも拾うと、画面上で勝手に録画アプリが開かれた。そして──

 

『サラ! どこだッ! 無事なら返事しやがれ! 』

 

 そこかしこから火の手が延びた研究所の内部が映し出される。研究所と分かったのは、大型の円柱形ポッド──それも人が入る大きさのものが壁際に規則正しく配置されているからだ。怪しい化学薬品の液体に人かなんかを漬けて、人体実験でもしてたのか。

 

 ともかく、ジーサードの一人称視点で撮影されているそれは、状況から察するに、誰かを助けに行く真っ最中らしい。

 もはや消防士ですらさじを投げそうな勢いで拡がっていく炎を掻き分け、倒れた柱を潜り、迷路のように入り組んだ通路を奥へ奥へと進んで行く。

 

 道中では瓦礫に埋もれた研究員が何十人といて、その白衣を赤黒く染めていた。痛みに呻く者。炎にジリジリと焼かれ絶叫する者。脱出不可能と悟りながらなお手をのばす者。

 

『あ・・・・・ァ、たすけ──』

 

 皆ジーサードに助けを求めた。だが無視しているのか、或いは声が届いていないのか。そのものたちを振り切って、まさに地獄絵図のような道を突き進む。あちこちで爆発が起きたのか、ヒトの血や肉片らしき塊、あるいは四肢まで無惨に焼かれて。鼻をつんざく死臭にまみれてるはずだが、それでも突き進む。

 もしかしたら。大切な人がまだ中に残ってるのか。確実に間に合うはずないのに。──無駄なことを。

 

『つい、た』

 

 何度も黒煙にまかれ、疲弊しつまずき、それでも突き進み──やがて、希望と絶望の入り交じった声で、立ち止まった。どうやら目的地に着いたようだが、他の個室のような研究室と明らかに違う。

 

 充満する黒煙であまり見えないが、ここはドーム型の天井に覆われた巨大な空間のようだ。壁際精密機械らしきものは見当たらない。・・・・・研究員の憩いの場だったのか? だとしたらベンチや花壇の一つでも見当たるはずだが。ともかく建物全体が大きく揺れて、天井も崩壊の一途を辿るばかり。

 

『おいサラっ! いるんだろ! 』

 

 不安を振り払い懸命に走り回って、その度にサラという人の名を口にする。皮膚を焼かれ瓦礫に身を削られながら、泣き出してしまいそうな声で。

 右も左も分からないこの空間だが──不意に、なんの前触れもなく黒煙が()()()()。外からの風に吹かれて霧散した類ではなく、忽然と消滅したのだ。まるで最初から何も無かったようにあっさりと。

 

 そして・・・・・見つけた。この空間の中央に位置する場所に置かれた鮮緑色のデカい岩と、その傍に二人。ここから10メートルも離れてないからよく分かるが、一人は白衣を着た女性で、もう一人は・・・・・影になってよく見えないな。

 

『っ、サラ! 良かった、今たすけ──』

 

 安堵しすぐに駆け寄ろうとして、ふと違和感に足を止めた。この非常事態にも関わらず立ち止まってしまう違和感が、そこにはあった。

 こちらに背を向けている女性のちょうど腰あたり。エメラルドの輝きを放つ直刃が、天を仰ぐように生えていて、

 

『サ、ァド。きちゃ、だ・・・・・め』

 

 女性は弱々しくもハッキリと警告した後、その刃にもたれかかった。遅れて白衣に鮮血が広がっていく。抵抗の素振りも一切ない。今の一言に自分のすべてを出し切ってしまったようだ。ただジーサードは動かない。炎が辺りを焼き尽くす音に、時折声とも似つかぬ何かが混ざる程度。サラという人が今殺されたその人なら、目の前で殺された衝撃は言葉にできないほど大きいはずだ。

 

『脆いのねやっぱり。ヒトってどうしてこんな簡単に死んでしまうのかしら』

 

 生々しい水音をたてて引き抜かれ、彼女(サラ)もまた崩れ落ちた。依然として不自然な影によって姿は隠されているものの、

 

『あ、この血は甘いね。素敵だわ』

 

 ()()が微笑んでいるのは何となく感じ取れる。狂気で彩られた本心が、決して冗談ではないことも。なぜか手に取るように分かってしまった。

 

『────ア? 』

 

 そこで初めてジーサードが動いた。獣の如き敏捷さで無数の瓦礫を超え、獄炎を抜け、いざその懐に飛び込まんとし、

 

『また今度、(わたし)を殺せる日まで。その憎悪()はとても美しいわ』

 

 よく見知った顔が現れ──

 

「な、なんだよこれ!」

 

 ──ソレはあどけない幼女のように可憐で美しく、また太陽のもとで少年のように純粋に笑い、そこで映像は切れる。

 

「テメェ自身だ。よーく思い出したか。その続きはねえが、あのあとテメェは忽然と消えた。幽霊(ゴースト)みてえによ。お前のせいであそこに働いてた研究員も大量に死ぬ羽目になったんだ」

 

 最後に映ったのはまぎれもなく俺自身だ。だが声は瑠瑠神そのもの。双眸が鮮緑色なのも独特な雰囲気も口調も、すべてアイツに成り変わってる。外側だけ偽装したただの別人だ。

 

「ちがう! あれは俺じゃなくて瑠瑠神だ! 目の色が明らかにおかしいだろっ。あんな緑じゃ──」

 

「まだ醜く足掻くのか。色金の能力使用時に瞳の色が変わる・・・・・しらばっくれんなよ。お前自身が能力を使ってご丁寧教えてくれたじゃねえか」

 

 ───どうしてどうしてッ! どうしてよりによってあの女を殺した! 面倒なことになるだけじゃないか! アイツ(瑠瑠神)の目的は俺じゃないのか!? 余計なことしたがって──!

 

「死ね。京条朝陽」

 

 ドクン、と心臓が大きく波打ち、一瞬で総毛立つほどの殺気が濁流の如く俺を飲み込んだ。眼前に佇んでいるのは先ほどまでのジーサードではない。別人じゃないかと錯覚してしまうような豹変ぶり。

 間違いない──コイツ、以前戦った時より遥かに強い・・・・・!

 

「キョーくんっ! 」

 

 錯乱した思考の中、乱暴に横に吹き飛ばされ地面に伏した。何かと思えば、理子が両手をのばしていて。

 迫る深紅の刀が一瞬前までいた虚空を通り抜けていく。首めがけて突かれた最速の一撃であろうそれは、予備動作の一切を勘づかせないものだった。それでも理子が反応出来たのは不幸中の幸いだ。しかし、

 

「女がガラ空きだ」

 

「──っ! 」

 

 返す刀が最初から狙ったかのように理子の首筋へとのびる。瑠瑠色金、はダメだ。頼るなあんな力に!

 

氷壁(ウォール)っ! 」

 

 本来の超能力(ステルス)である氷──その壁を刃と理子の前に出現させ、刀の軌道を僅かながら逸らす。

 続けて氷柱(つらら)を無数に生み出し一斉掃射。が、ジーサードに拳銃で全てを撃ち抜かれ無効化された。

 

「誰がなんと言おうと、テメェを必ず殺す。今ここでだァ! 」

 

 拳銃を投げ捨てたジーサードは俺が起きる間もなく、距離を詰め、

 

「クソっ! 」

 

 逆手に持ち替えた刀を突き立てるように胸へと穿った。腕に装着した盾でそれをなんとか防ぐが、

 

「大事な人を失った悲しみが! 怒りが! テメェに分かるか!? 分からねえよなァ! 」

 

 ガリガリと盾の表面を削りながら、その細い刀身からありえないほど重い圧力がのしかかる。続けて二度、三度と。もはやそこに技術の類といったものは存在せず。圧倒的な力の前にひれ伏せざるを得ない。

 しかもコイツ──背後から容赦なく理子の銃弾を浴びているのに、ピクリとも動かねえ!

 

「テメェに復讐を誓ったあの日から! 一度たりとも忘れたこたぁねえぞ! 」

 

 下腹部に鋼鉄製の靴底が叩きこまれ、

 

「がはッ!」

 

 内側から破裂するような痛みに意識が飛びかけ。続く嘔吐感にまた意識を覚醒させられた。

 盾で守ってたのが胸から頭にかけてだったからガラ空きだったか・・・・・!

 

「朝陽君っ! 」

 

 第二波をジーサードが振り下ろす、その直前。

 目の前で爆発が起きたと錯覚するほどの勢いで、指向性を持った炎が通過した。かろうじて俺はその爆炎に呑まれてなかったが、ジーサードは直撃だったはず──いや。いつの間にか大きく後退してるな。20メートルはある 。寸前に避けられたか。

 

「・・・・・白雪。ありがとう」

 

 地面に倒れ伏したまま、駆け寄ってくる白装束を身にまとった白雪に礼をする。

 

「無茶しないで。その、今の朝陽君、ちょっと──」

 

「大丈夫。それよりかなめだ。さっさと救出して逃げるぞ」

 

「京条。策はあるのか」

 

 久方ぶりに聞いた凛とした声。誰かと思えば、雪のように白銀の甲冑を着込んだジャンヌで。

 隣に理子もいつの間にかいるな。かなめは・・・・・少し離れたとこから静観してるだけで、逃げる素振りは一切ない。

 

「ジャンヌ、白雪は俺と超能力(ステルス)で──」

 

「おい。そこの──キンジにたぶらかされた女ども。もう用はねえ。帰れ。二度はないぞ」

 

 禍々しい雰囲気を絶え間なく増幅させにじり寄る姿は、狂戦士のソレそのものだ。

 

「たぶらかされた、とは。その目に着けている機械はどうやら飾りらしい」

 

 プライドが許さなかったジャンヌが反撃にと臨戦態勢へ入る。ひと回り小さくなったデュランダルはまっすぐとジーサードを捉えていたが──

 

「そうか。なら・・・・・()()()()、やれ」

 

「──ッ」

 

 ジーフォース(かなめ)に視線が集まる。あっちは顔をふせて目も合わせようとしない。

 最悪の事態だ。もともと実力差で考えればジーサード一人を相手できるかどうかだったが、かなめまで──まともにやりあったら全滅だな。これは。

 

「サード。あたしは、あたしがやらなくても、サードなら余裕でしょ? 」

 

 必死に何かを堪えている。よく観察すると隠しきれない怯えの色があるな。心からの忠誠とはまた違う別の何かがかなめを支配してるのか。そこをつけば、あるいは──いけるかもしれない。

 

「お前がやれ、フォース。それとも故障したか? 」

 

「ちっ、ちがう! けど──」

 

「フォースッ! 俺の命令が聞けんのかァ! 」

 

 ビクッと身を伸ばしたかなめは、その場で膝を震わせてから、

 

「・・・・・ご、めん。あたしは・・・・・自分より強い者には、絶対、逆らわない」

 

 まるで自分に言い聞かせるよう呟くと、両腕を交叉(こうさ)させ、両腰の刀の柄に手を伸ばしていく。それと共に、俺たちを見据える表情も鋭くなっていき──

 

「白雪。ジャンヌ。理子。逃げろ」

 

 情状の余地もないな。逃走経路なぞ考えてる暇無かったから、もう個人の実力に命運はかかってる。たぶん一人は確実に死ぬ。犠牲覚悟の撤退になるぞ。

 仲間を重んじるこのチームだからこそ、反発を覚悟の上だったが、

 

「分かっている。しかし貴様はどうするのだ」

 

 案外素直に受け入れてくれた。が、白雪は悔しそうに下唇を噛んでいる。白雪も思うことありげだけど、応援を待つよりかは生存率が高いからな。ここは引いてキンジやアリアと合流するしか全員生存はない。

 

「能力使って逃げるから安心しろ。それこそ逃げ切るまでアイツに抗って、あとはどうにでもなれだ」

 

「それじゃキョーくんが危ないよ! また憑依されたら──! 」

 

「そん時は・・・・・なんとかする。死んでも這い上がってやるから」

 

 まあヤケクソ気味だが仕方あるまい。

 そして──ジーサードもかなめも勘づいたのか、それぞれ武器を抜刀し、姿勢を低くした。一歩でも後退すれば殺す、とその身から溢れんばかりの闘気がこの一帯を覆っていく。

 肝心なのはどのタイミングでスタートするかだが・・・・・

 

『レキ。狙撃。5秒前』

 

 ジャンヌの少しくぐもった声。

 どこからかの狙撃か知らんが、これ以上ないチャンス。

 

 ──3秒前。

 

 ダメな場合を考えるな。ひたすら逃げろ。追いつかれる前に能力を使え。

 

 ──1秒前。

 

 白雪が死のうとジャンヌが死のうと──泥臭い結果になろうが、理子だけは生きて助ける。

 

 そして──

 

『あぶないよ? 』

 

 スタートの合図直前、脳内で瑠瑠神の声がハッキリとこだました。妙に間延びした時間の中で、本能がこれまでにないほど警鐘を鳴らす。原因不明。理解不能だ。何が危ないのか、まるで分からない。それでも体は、傍の理子へ向かっていき──

 

 俺はただ身を委ねるがままに自分に従い、理子を庇うように突き飛ばした。それこそ全力でだ。

 同時に横っ腹スレスレに何かが超高速で飛来。遅れてやってくる金切り音がまた背筋を凍らせる。しかしソレが何なのか、確認する余裕もなく、

 

(──ッッ! もうそんなとこに!? )

 

 あれだけあった距離を。もう5メートルもない場所までジーサードは駆けてきていた。崩れた今の体勢では反撃すらままならぬこの状況で。本来の超能力(ステルス)での妨害は不可能。なら・・・・・!

 

「っ! 時間超過(タイムバースト)──」

 

「もうおせえよ」

 

 ──ぐじゅ、と。軽い衝撃のあと生々しい音が小さく耳に届く。腹と腰あたりが生暖かい。というか、人肌くらいの温かさをもった液体が流れ出てる。

 

(ああ、そんなことはどうでもいい。俺がはやく迎撃しないと! )

 

 頭では分かっていても、手足は鉛のように重く動かない。しかし、前にいるこの男もそれは同じだ。ただ不利な体勢である俺と違うのは、右腕を俺に伸ばし、その手には刀が握られていること。その紅刃の上を()()()()()()()が下へ下へと伝っていく。今すぐにでもトドメをさせるこの状況で動かないのか──?

 

「・・・・・ぁ」

 

 答えはすぐに出た。腹に佇む違和感に耐えきれずそこに目を落としてみれば、紅刃は向けられているわけではなく。防刃であるはずの制服を貫き、腹を貫通していた。

 しかし、まだ抵抗できる。痛みで動けなくなる前に! 心臓や脳をダメにされたわけじゃない────そう思っていた。

 

「・・・・・、な、んで! 」

 

 傷口から全身へと麻痺していく。痛みによるものじゃない。そんなもの、耐えてみせる。じゃあこれはいったい──

 

対瑠瑠色金(アンチ・グリーン)の金属刀。胡散臭い武器商人と取引してよ。米軍でも研究されてンだ。お前に効かねえわけねェだろ」

 

「──っ! り、こ・・・・・、はや、にげ、て」

 

 犠牲は俺か、と悟る。

 体の中の刃がずるりと抜けた。支えるものは無くなり、支える力も残っておらず、膝から崩れ落ちた。

 

「う、ぐっ・・・・・ごぼっ・・・・・! 」

 

 見上げる空は少しずつ霞む。切創から気の遠くなるような痛みが広がり、吐血で満足に呼吸もできない。手足の感覚は麻痺して満足に止血すらままならない。何かが俺を地面と縛り付けてる──そんな感じさえする。下腹部から流れ出る()が止まらない。

 

「か、ぁ・・・・・じゃべ、りん(氷棘)! 」

 

 残った精神力全てを使って超能力(ステルス)を発動する。一縷の望みをのせた氷の槍は、生成されることなく、無慈悲な冷たい風が吹くのみ。ついに何の抵抗も出来なくなったわけだ。

 

「もう動けねえだろ。これはテメェを殺すための刀だ。能力に溺れたテメェ自身を恨め」

 

 溢れ出る()とは裏腹に体は凍えていく。寒い。超能力(ステルス)で止血は・・・・・いまさら遅い、か。そも気力も残ってない。

 ああ理子。早く逃げてくれ。前だけ向いて、走ってくれ。そんな顔しないでくれよ。犠牲はつきものだ。

 

「これで終わりだ」

 

 今一度、ジーサードはその刀を逆手に高く掲げた。

 走馬灯(そうまとう)は・・・・・見えないか。殺される前に理子との思い出くらい見させてくれてもいいのに。

 ──情けない。あれだけ啖呵切っておきながらこうもあっさりと負けるなんて。自分が憎たらしい。あっさり沈んだこの体の虚弱さが憎たらしい。こんなに弱いなんて、子どもの虚勢に引けを取らないじゃないか。まだ戦わなきゃ。理子が死ぬ。死ぬのはいやだ。こんな簡単に終わらせたくない。

 

『あの子を助けたい? 』

 

 ・・・・・聞き慣れた声がする。暗転する意識の中でもハッキリと分かる、この世で一番憎い女の声。

 考えてる時間はない。あと数秒で落ちる。何もかも無駄になる。

 既に体は動かない。それでも、この身すべてを理子の盾にするって誓ったんだ。なら、全てが終わった時どうなっていようが構わない。

 

 ──もし叶うなら。理子に仇なす者、全て──

 

 

 

「こ、ろ・・・・・せ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 あまりにも突然過ぎる死。彼が倒れ心臓をその禍々しい刀で穿たれた後。即座に反応したのは理子だけだった。

 それも無理はない。サードは目にもとまらぬ速さで朝陽に肉薄し、ついでにと白雪、ジャンヌを吹き飛ばしたのだ。その証拠に、白装束の下に巻いていた鎖は無残に砕け、白銀に輝く鎧の一部は剥がれ落ちている。

 朝陽のおかげで助かった彼女は、自慢の改造制服を犯し、コンクリの床に侵食する鮮血の絨毯をも厭わず彼の体を必死に揺さぶった。

 

「ねぇ・・・・・起きてよ。ほら、目、覚まして」

 

 反応はない。至極当然だ。死んでいるのだから。しかし認めない。彼女の指先が触れる傷と、自信を濡らす生暖かい血が命の終わりを物語っていようが、その一切に目を向けない。

 

「立って。ゆっきーとジャンヌが逃げるまでの時間くらい、理子たちでどうにかできる。だから・・・・・立ってよ。一緒にたたかお? 」

 

 乾いた笑顔で彼に呼びかける。

 無意味。無価値。無意義。その行動には、彼女自身の命すら奪われかねない危険に溢れている。

 だがそれすら眼中に存在せず、ただ生きていて欲しいという願望にのみ、理子の心は支配されていた。

 初めて本音でぶつかり合った人。初めて騙すことに罪悪感を抱いた人。そして・・・・・初めて、本気で恋に落ちた人。

 そんなかけがえのない宝物を、一度に、一瞬のうちに全て奪われてしまったのだ。だから──彼女は今、現実を直視できていない。

 

「──ホントはよォ。金髪、オメェも一緒に殺してやろうと思ったんだ」

 

 朝陽を殺し、しばらく空を仰いでいたサードはポツリと呟く。

 

「弾いた超音速の弾丸から、まさか色金の能力も使わずテメェを救うだなんてな。俺も驚いたぜ」

 

 そう。理子を突き飛ばした際に超高速で飛来したのは、レキのバレットM82(対物ライフル)から撃たれた大口径の弾丸。元はジーサードを狙撃したものだが、着弾の直前に驚異的な身体能力──キンジの弾丸逸らし(スラッシュ)の要領──で理子に当たるよう狙ったのだ。

 

「それでも朝陽(テメェ)自身が殺されちゃ意味ねえだろ。最期の砦(ラストスタンド)なんざ大層な二つ名とは似合わねえ。──心底腹が立つンだ。昔の俺を見てる見てェでよ」

 

 動かなくなった肉塊を睨む。本人がソレを聞いてなくとも、溢れ出る遺恨が止まらず降り注ぐ。

 

「偽善の名のもとに正義を振りかざす。失ったものを見て見ぬふりをして、身の丈に合わねぇことを語る。そのくせ呆気なく散るんだ。大切な人を護るという大義名分に狂った感情を隠す醜悪な獣。それがテメェだ。

つまらねえ道化(ピエロ)のショーのがまだ救いようがある。・・・・・サラを殺したテメェが憎い。振り返りたくもねェ過去の俺と重なるテメェが憎い。何より──(よえ)えくせに一丁前に女を護ろうとする傲慢さが気に食わねえ」

 

「────」

 

「・・・・・復讐は終わった。あとは、かなめ! 残ったヤツらを始末しろ。俺はコレ(死体)を届けにいく」

 

「・・・・・分かった」

 

 平静を保った──否、平静を装ったかなめは、逆らう気力なぞとうに残っていない。目の前で色金の能力者を殺してみせたのだ。逆らうだけ無駄、それこそかなめにとって非合理的なこと。命令に忠実に働くため、先端科学兵装(ノイエ・エンジェ)の牙を白雪とジャンヌへ向けた。

 

 一方サードは死に絶えた朝陽の首を片手で掴み、そのまま持ち上げた。見せつけるかの如く中空に上げられたソレからは、未だ血が絶えず流れ続けている。

 制服の端から跳ねた()()は呆然としている理子の頬を濡らす。彼の、生きていた証拠。そしてこの世にもういないという証明するもの。彼女はそれを手にとって、朝陽が殺されたことを真に知る。これから何をすべきか、などと考える前に、彼女の体は既に動いていた。

 

「──えせ」

 

 アリアをも上回る速度で振り抜かれた軍用ナイフは、しかしサードにいとも容易く受け止められる。しかも空いた片手のみでだ。

 

「なんだ。よく聞こえねェな」

 

 サードはHMD(ヘッドマウントディスプレイ)越しに彼女を見た。先ほどの、現実を直視しない理子はもう居ない。全てを犠牲にしても殺す──尋常ならざる殺意と復讐心のみに支配される姿。

 

()()をかえせええええッッ──! 」

 

 可憐な笑顔を浮かべる彼女はいない。誘惑するような甘い声の彼女はいない。愛するヒトを殺された彼女の慟哭が、無数の刃物となる。

 捕まれた左手を軸に。もう一本のナイフでむき出しの首へ腕をのばす。狙いは頸動脈。サードが身動きできない今がチャンスなのだが、

 

「黙れ」

 

 首を撫でる刃を無視し、身長差で分があるサードの頭突きが彼女に炸裂した。

 よほどの石頭なのか。一瞬だけナイフを握る力が弱まる。その隙をサードは見逃さず、彼女の両手からナイフを叩き落し、

 

「金髪。テメェも同じ運命をたどりてェのか? 」

 

「理子ちゃん! 」

 

 朝陽よりひと回り小さい彼女の首はサードの手中に収められた。

 白雪とジャンヌが遅れてバックアップに行くも、かなめの牽制により死守される。実力こそサードよりは下回るが、一人でバスカービルの女子を壊滅させたのだ。もはや彼女らの救いの手は届かない。

 そして、死体と同じ高さまで吊り上げられた彼女にサードから逃れる術はない。拳銃を抜こうも、蹴り飛ばされてしまった。

 

「ぁ・・・・・か、ぁ・・・・・! 」

 

 このままでは彼女は確実に窒息する。苦悶の表情は浮かべてはいるが──決して諦めたわけじゃない。

 最期に死んだっていい。この男を道連れにできるなら、と。

 

「まァ。あの世で一人ってのも寂しいからよ。テメェも送ってやる」

 

 首を絞める力がさらに強くなる。いくら抵抗してもビクともしない、まるで鋼鉄のような腕が憎たらしい。手をのばしたところでサードの顔に傷一つつけることさえ不可能だ。

 

 理子の視界は徐々に薄暗くなっていく。命の灯火はまもなく消える。白雪もジャンヌも焦燥にかられるが、小さな狩人は決して逃してくれぬ。かつてランバージャックで認めあった仲間たちの訴えさえかなめは押し殺す。どれだけ親しかろうと、サードの命令(呪詛)は絶対なのだ。

 

(まだ・・・・・恩返しもできてない! )

 

 あと数秒の命の中で。いくら血と泥に濡れようが、絶望の淵に立たされていようが、必ず救ってくれた彼を思い出す。絶望的な状況でも、彼への涙は溢れ、血に濡れたサードの手に零れる。

 

(こんなとこで、終われない・・・・・の、に)

 

 

 ──最後の抵抗も。強靭なる男の前に、彼女の腕は弱々しく地面に垂れ下がる。暗転する世界の中で彼女は息絶えた(朝陽)に謝った。

 

 ごめん、(かたき)とれなかったよと。彼の()()()()()()()()()()

 ごめん、逃げるチャンスを無駄にしてと。彼の()()()()()()()()()()()()

 

「────────ぇ? 」

 

 

 

 ・・・・・瞬間、理子を殺さんとする左腕が消失し、立つ力もない彼女は地面に倒れ伏した。

 狙撃ならば警戒しよう。目の前の金髪の仕業ならば、攻撃を悟らせなかったこと賞賛に値しよう。だがいずれも当てはまらぬ。何の前触れもなく()()()()()()()()。窒息寸前だった理子は激しく咳き込みながらも疑問の色を滲ませている。

 そして百戦錬磨のサードでも反応が遅れ、

 

「・・・・・! 」

 

 迷うことなく()()()()()()()をコンクリートの床に投げ落とした。首を絞める、というより地面に押し付けながら、彼に問いかける。

 

「テメェ・・・・・! なんで生きてやがるッ! 」

 

 すると彼は、慈愛のごとき笑みで、

 

最期の砦(ラストスタンド)。死してなお護り続ける盾。あなた達ヒトがつけてくれた二つ名よ? 愛するヒトを壊されたくないもの」

 

 平然とした口調。だが澄んだ女の声が答えた。この男は確かに死んだ。出血多量に加え人間になくてはならない心臓をも破壊したのだ。だのに、目の前の者はそれを気にする様子もない。怪我などしていないとでも言わんばかり。ならばこの男は一体何なんだと。

 

 ──くだらない。つまり瑠瑠色金か得体の知れない何かが朝陽を蘇生させた。その事実が、サードの収まりかけていた彼への憎悪を再燃させる。

 

「色金だかなんだか知らねェが、今度は脳を潰す! それだけやりゃ──」

 

「ねぇ。また(わたし)を殺すの? 」

 

 消え入りそうなほどの囁きがサードの怒りを遮る。有無を言わせずトドメを刺せば良いものを、それでもサードは全身全霊を以てその場から飛び退いた。最愛の人を殺された怨みをいとも簡単に塗り潰すほどの殺気が。狂気が。朝陽を殺さんとする彼を捕まえるよりも速く。

 

「じゃあ。死んで? 」

 

 瑠瑠神の狂気じみた殺気()を抑制する宿主が死に、()()の暴走を止める者は誰もいない。であれば、愛と執着のエゴが暴力の嵐となって降り注ぐのみ。

 

 今──

 

 

範囲指定(リミテッド)時間超過(タイムバースト)

 

 

 ──開戦の(とき)は告げられた。

 




諸事情により10月の初旬まで投稿できません。
ご迷惑おかけします。


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第59話 たすけて

遅くなって申し訳ございませんでした。用事が終わり生活にひと段落ついたので、これからは投稿頻度をあげたいと思います。

前回 瑠瑠神、降臨。
三人称です。


範囲指定(リミテッド)時間超過(タイムバースト)

 

 彼女(あさひ)から紡がれた言葉は、バスカービルの面々やサードに届くと同時に発動された。

 彼女を中心として半径10メートルの空間にある全てが止まる。球体状に展開されたその空間内には、朝陽の脳を破壊せんとしていた弾丸が3つ。そして理子のみ。時の流れが外側の世界と異なる境界線は、不可思議なことに陽炎のごとく揺らめいている。

 

「あ、逃げられちゃった。もう少しだったんだけどなぁ。ざーぁんねん」

 

 あーあ、と嘆息をもらす。まるでお目当ての虫を取り逃してしまった少年のような面持ちだ。

 

「やっぱり計画って私が望むとうまくいかないものね。邪魔者ばかりでウンザリ」

 

 朝陽(瑠瑠神)の苦言は他の者には聞こえない。音だけに留まらず、弾丸すら置き去りにする世界の中で悠々と語る。

 邪魔だと両腕に装備された盾を()()()()、代わりにゆっくりとホルスターからショットガンを手にした。

 

ゼウス(クソロリ)さえいなきゃここまで干渉に手こずるわけなかったのに・・・・・。でも、これで手に入る! 念願の朝陽の体──! あとは魂だけ私の色に染めちゃえば、誰も朝陽に触れられない。私と貴方だけの世界。ああ、なんて素晴らしいのでしょう! 」

 

 この上ない達成感を存分に味わっている傍ら、サードとフォースは既に臨戦態勢をとっていた。だがそれは一瞬で瓦解する脆い盾に過ぎない。形勢を立て直す他生きて帰ることは不可能だ。能力の範囲制限を知らないサード達にとって最悪の状況下。奇襲を仕掛けようとしても朝陽(瑠瑠神)の領域に入った瞬間、一挙一動を人から物に至る全てが支配される。だからこそ、

 

「──クソッ! 」

 

 サードは悪態をつき、なおも竦む心を奮い立たせる。愛する人を殺された憎悪が、愛する人を目の前で穢されてしまった自らの非力さが。寝ても覚めても消えることのない怨讐に身を焦がすサードが。それでも踏みとどまっているのは、彼女(瑠瑠神)への畏怖心の方が遥かに身を凍てつかせることに他ならない。

 

「さて。そろそろ片付けましょう。朝陽に関係する全ての虫を駆除すれば、私と朝陽は誰にも邪魔されない」

 

 朝陽(瑠瑠神)の能力が解除され、必中するはずの弾丸は3発とも空を切る。時の流れが元に戻り油断した今が好機。サードもフォースも頭ではわかっていた。しかし見えない糸で捕縛されたかのように動けないでいる。

 

「キョー、くん? 」

 

 理子は幻でも見ているかのように()()を凝視し。理解が追いついていないのか、冷たくなった彼女の手を確かめるように何度か握った。

 

「生き、てる? 」

 

「・・・・・」

 

 希望の光が灯った問いに答えもせず、手を振り払って無言のままサードへゆっくりと歩を進めた。待ってと声をかけるが無視、追いすがることも下半身に麻痺が残って動けないでいる。

 

「朝陽は優しいから間引きなんて出来ないよね。うん、私がやってあげるから」

 

 状況を整理する間もなく、彼女の指がトリガーに触れた。手にしているのは近距離戦に特化したショットガンであり、取り回しを重視し銃身を切り詰めた(ソードオフ)カスタムだ。歩みよっているとはいえ、一番近い距離サードでも20メートルは離れているこの状況で。構わずに銃口をサードへ向ける。現代の銃火器の知識がないのか、或いは届かせる術があるのか。

 暴力的なまでの戦力差による蹂躙が開始されようとした時。

 

「おい貴様。京条、ではないな。名を名乗れ」

 

 凛とした張りのある響きが戦場を駆け抜けた。その声の主は、細身のデュランダルを杖代わりにし、未だ衰えることない闘志をコバルトブルーの瞳に宿した白騎士。

 

「・・・・・自己紹介なんていらないでしょう? これから殺されるだけのアナタたちにしても、無駄だと思うのだけど」

 

「その通りだとしてもな。名乗った方がいいぞ? 」

 

 もちろんジャンヌは今の朝陽の状態を把握している。その異質な存在の名も。自分たちが束になろうと所詮は烏合の衆。無様に死に体を晒すことを充分わかっている。それでも挑発するのは──

 

「その男──お前が乗っ取っている者は極東戦線に身を置いている。その関係でな、正体不明の貴様が参戦、即ち私たちに手を下そうものなら、憑依系の超能力(ステルス)を持った民間人を巻き込んだという協定違反で朝陽に呪いがふりかかるぞ」

 

「──ほんと?」

 

 朝陽(瑠瑠神)が能天気にぽかんと口を開けた。再度、言葉を噛みしめるようにして、

 

「ほんとなの? 」

 

 重ねての問いかけにジャンヌは、ああ、と答える。ここで時間をかけさせれば、もう一人の色金の所有者であるアリアが来る。どれほど通用するかは未知数だが・・・・・今の朝陽(瑠瑠神)に匹敵するのはアリア(緋緋神)しかいないのだ。もっとも、アリアが緋緋神の力を十全に扱えれば、という希望的観測に過ぎない。

 

 だからこそ、瑠瑠神が戸惑った今を有用に活用せねばなるまい。バスカービルの面々は瑠瑠神と朝陽の関係を知っていた。瑠瑠神が朝陽を病的なまでに愛し、それに苦しんでいると。であれば、彼が傷つくことは彼女にとっても避けたいはずだ。

 

「曰く、病気の一種だそうだ。初日は体の節々が引っ張られている感覚を覚える。気にするほどの痛みでも何でもないが、日を重ねていくうちにどんどん痛みは加速していく。体中を何かが這いずり回る幻覚とそれに伴う痛みに支配され、最後は発狂して死ぬのだ。その男が生きているかどうかは知らんが──もし生きていれば、その可能性を潰すことになるぞ」

 

 もちろん今のはハッタリだ。バレれば即座に殺される。だが貫き通さなければ生き残る道はないのだ。それはサードやフォースにも伝わっているようで余計な口出しは一切ない。

 そして──そう、と瑠瑠神は何度かジャンヌの言葉を飲み込み、

 

「それは・・・・・とっても素敵だわ」

 

 満足そうに頷いた。

 

「きっ、貴様! 京条がどうなってもいいのか!? 」

 

「ええ。痛みに悶え苦しもうと、腕を引きちぎられ足を潰されようと、脳をグチャグチャに掻き回されようと別にいいわ。等しく死ですもの。ああでも、痛みに悶えてる姿もちょっとゾクゾクする・・・・・あっ、ダメ。はしたないわ! 淑女の考えていいことじゃないの! 」

 

 それでも瑠瑠神の妄想は止まらない。今まで抑えられてきたぶんの反動、といったところか。必死に抑えても顔はほころんでしまう。完全に恋する乙女のそれだ。

 

「この世界では朝陽が私になっても平穏な暮らしは望めないもの。今だってクソロリ(ゼウス)からの嫌がらせを必死に耐えてるわけだし。寧ろ殺してくれた方がいいのよ? 魂を取り込めるから、文字通り永遠に一緒にいられるの。それからは私と朝陽の楽しい生活の始まりだわ! だって誰にも邪魔されないもの! えと、まずは2人で買い物に行きたいなっ。お揃いの服買ってデートしたい! それからそれから、その・・・・・手、とか繋いだりして。想像するだけで──あ、ちょっと待って。そんな一気にはむりだよぉ」

 

 誰もが目を疑った。確かにそこに京条朝陽は存在する。しかし、その輪郭は不規則にぼやけ始めたのだ。まるで半透明の何かが朝陽と重なっているような。誰もがその感覚を覚える。幻のような存在だが、確実にそこにいる。口調が変わっていることなど気付かぬまま、ただ異質な存在が出来上がっていくのを眺める。

 

「んんっ! ・・・・・いけない。また妄想にふけってしまったわ。とにかく、そこの・・・・・黒いメガネ? をかけたアナタには感謝しているの。今までで一番惜しかったから。やっぱり殺すのは最後にしてあげる」

 

 と、サードに構えていた銃口をさげた。サードにとって殺害対象に獲物に手加減されるなど屈辱の極みでしかない。それでもなお、足は地面と一体化したように動かない。

 代わりに瑠瑠神の矛先は名前を問うたジャンヌへと向く。

 

「・・・・・貴様、寧ろ殺してくれた方がいいと。確かに言ったな。であれば、今すぐ死ねば良いだろう。ちょうど手にイイモノがあるじゃないか。なにも私たちを巻き込むことは無いはずだ」

 

 いつでも交戦出来るようデュランダルを構えるが、その手は小刻みに震えている。しかし応答するものがジャンヌしかいない以上、逃げ出す訳にはいかない。

 

「本当はね。この、しょっとがん? て武器で今すぐにでも死にたいのだけど・・・・・これもクソロリ(ゼウス)に邪魔されて出来ないの。それにね、アナタ達は朝陽に関わりすぎちゃった。私以外の女が視界に映るだけなら・・・・・まあ百歩譲ってしょーがないって思ったのだけどね。ヒトを助けるお仕事してて、すごくかっこよかったから。私も我慢してたのよ? だけど。温厚な私でも、やっぱり許せないよ。仲良く喋るだけに飽き足らず友達になんてなっちゃって」

 

「京条はお前の所有物でもなければペットですらない。そも話すなだの友人になるなだのと随分無茶じゃないか? 」

 

「ふふっ。わかってないのね。愛があれば私しか見れないの。当然でしょう? ──もういいわ、少し喋り過ぎてしまったようね。とにかく私たちのことに口を出さないで頂戴。・・・・・まあその口も、今から意味をなさないものに変わるのですけど」

 

「っ! 」

 

 ジャンヌを見据えるその瞳に底知れぬ闇と嫉妬に濡れた殺意が満たされていく。確実な死への宣告。ジャンヌだけでない。白雪やフォースにとっても──理子ですらその対象だ。

 

「もう気が済んだでしょ。じゃ、死ん────!? 」

 

 ──薄ら笑いで余裕綽々だった瑠瑠神が、弾かれたように空の彼方を見上げた。刻々と色を濃くしていく夕焼けと、ポツリと佇むまばらな雲。ごくありふれた空の景色だ。瑠瑠神はその日常の風景に大穴を開けるが如く号砲を轟かせ。目元を吊り上げギリギリと歯ぎしりを鳴らした。まるで親でも殺されたかのような雰囲気だ。

 

「倫理観の次は理性まで吹き飛んだのか・・・・・? 」

 

 ジャンヌの小言すら聞き入れず、続いてもう一発。般若のごとき表情は晴れず、ただ、仕留め損なった、と小さく漏らしただけだった。

 一体何を──そう思った直後、誰もが目を疑った。赤黄色の空、遥か遠方から迫る一条の流れ星。ピンク色のツインテールをなびかせ、爆炎と黒煙を撒き散らす。ゆうに時速200キロは超えているソレに、

 

「自ら死へ向かってくるなんて殊勝な心がけだわ」

 

 瑠瑠神は抜き身の雪月花(かたな)を、役目を終えたショットガンと入れ替えた。肉眼でもハッキリと見えるようになったのだが、防弾制服のスカート、その背部・側部の外側にもう1重スカートのように広がる機構を装備している。可変翼が7枚あるよう分かれたその機械の下端が、眩い光と爆音を放っているのだ。ロケットの噴射ノズルと見た目的には同じだろう。

 

 様々な恐怖耐性を備えたSランク武偵ですら装備を躊躇う代物だ。あんな速度で地面に激突すれば死、海に突っ込めば死、一帯の建物に当たっても死。何かミスをすれば死に直結する速度なのだ。そんなものに命を預けるピンクツインテなぞ、この世に1人しか存在しない。

 

(・・・・・無駄なこと)

 

 ついほくそ笑んでしまうのを瑠瑠神は必死に堪えていた。時間を速くも遅くもできる瑠瑠神の前ではいくら速かろうと無意味。だのにアリアはスピード勝負、しかもあろうことか真正面から来る。

 緋緋神の能力を使うならまだしも、ただ依り代の頑丈さに甘えた特攻。朝陽のように能力を乱発してないからまだ覚醒できてない故の愚考に過ぎない。

 

 瑠瑠神は手のひらをゆっくりとアリアに向けた。

 その行動が何を意味するか──瞬時に白雪とジャンヌは理解したと同時に仲間を失う恐怖が彼女らを駆り立てる。戦力差がなんだ。このまま殺されるよりはマシだと。

 そして自ら瑠瑠神の殺傷範囲(キリングレンジ)へ飛び込み、蛮勇と呼ぶべき、灼熱の炎と極寒の冷気となり瑠瑠神の周囲を埋め尽くした。

 

(アリア(姉さん)を助けようと? ・・・・・はぁ。怒りを通り越して呆れる。そんな程度で目くらましになるとでも思ってるのかしら)

 

 裏切り者への復讐心は消え去り。姉に対する侮蔑と哀れみを孕んだ別れを告げる 。

 

「私を裏切ったこと──後悔しながら消えなさい」

 

 超速で飛来するアリアが瑠瑠神に激突する──その瞬間に、範囲指定・時間超過(リミテッド・タイムバースト)は発動された。切り取った絵のごとく、瑠瑠神を中心とした半径20メートルの半球体が展開された内側は、万物のありとあらゆる動きを停止させる。

 唯一うごける瑠瑠神は、炎と氷が生み出す華やかな壁に目もくれずアリアを見据えた。目と鼻の先。ほんの少しでも時を遅らせていなければ、2人とも激突はまず免れなかった。

 

(・・・・・あ、ちょっとはアリア(姉さん)の力を使ってたのね)

 

 というのも、アリアの身体を緋色の半透明の膜が覆っているのだ。無意識に使ってるのか、そうでないか。どちらにせよ、超高速飛行による風圧の影響はなかったと思える。目もぱっちり開けられてたようだから、まっすぐ瑠瑠神にぶち当たることも可能なのだ。

 

「残念。でもね、姉さんがいけないのよ。朝陽に暴力ふるったし。私の恋路の邪魔をする方が悪いんだから」

 

 まるで手向(たむ)けの花束のように、雪月花(かたな)をアリアの鼻筋へ向ける。範囲指定・時間超過(リミテッド・タイムバースト)をこのまま解除すれば、間違いなくアリアは顔から股まで真っ二つに引き裂かれる。アリアが纏う緋色の膜なんて風よけ程度。未知の金属から創られた雪月花はいとも容易く斬り伏せる。

 

「さようなら。まずは一人、アナタのことは忘れないわ」

 

 この場にいる者では絶対にアリアの死を覆せない。いくら緋緋神が優れていようと、身動きも出来なければ過去への干渉も不可能。

 故に、この場にいる者ではアリアを救うことは不可能である。

 ()()()()()()()には、決して。

 

 

「解徐──」

 

 

 

 万物が静寂を貫くその空間内に、二つの音が響いた。一つは、地面のコンクリートを抉る小気味良い音。もう一つは、湿った肉をグチャグチャに粉砕する水音。雪月花(かたな)を手にした右腕からは鮮血が舞い、状況を把握できない瑠瑠神は()()の反動で左へ逸れて・・・・・再び時は動き始める。

 

「──! 」

 

 アリアは瑠瑠神の横を通り過ぎると空高く上昇し──爆炎の噴射をとめて、自身のツインテールを翼のように広げた。パラシュートの役割を果たしているそれにもやはり緋緋色金の力が宿っている。

 

「・・・・・っ、どうしてッ」

 

 今ならば的に過ぎないアリアを簡単に仕留めることが出来る。だが瑠瑠神は再び能力を使用する訳でもなく、目を見開いて立ち尽くしていた。

 

(私以外に動けるものがいる? ・・・・・いるはずない。私しか動けないはず! ダンガンすら止まるのに! あの空間内で私に気づかせない速さで動こうとしたら、それは光速と同等の速さ! ありえないっ! )

 

「Hello朝陽。今は瑠瑠神、と呼んだ方が良いかしら。見事な牽制射撃だったわね」

 

 アリアのスカートのような飛行機構が派手な音をたてて外れていく。中には中央部分に穴が空き黒煙をあげているものまで。それは瑠瑠神が遥か遠くのアリアに発砲したショットガンの口径と全く同じサイズの穴であり──従来の射程距離と威力を大幅に上回るものだ。しかしアリアは、ショットガンによる狙撃という暴挙を難なく見切っていた。

 

アリア(姉さん)は動けるはずない。あの空間内で動けるのは私だけなのに、どうして? 」

 

 地上に降り立ったアリアは、姉さんという言葉に首をかしげながらも、

 

「あたしも動けないわよ。あの空間は正真正銘、あんたしか動けない」

 

「ならどうやって私の腕を撃ち抜いたの? 」

 

 苛立ち混じりの疑問。驚くのも無理はない。おびただしい量の鮮血がボタボタと零れ落ちているからだ。制服とその下にある腕にポッカリと大穴があき、向こう側の景色を一望できる。切断されるのを皮膚一枚で辛うじて繋ぎ止めている痛々しい光景だが、瑠瑠神に痛覚は存在していないのか、絶叫することも無くアリアを睨みつけていた。

 

「アリア、無事だったか。無茶だぞあんな特攻は。私も肝が冷えた」

 

「平気よジャンヌ。策もなく特攻するわけないじゃない。あの子がやってくれるって信じてたから。白雪とジャンヌもナイスアシストだったわ」

 

 不敵な笑みを浮かべたアリアが二丁拳銃(ガバメント)を抜く。瑠瑠神は下唇から血が流れるほど強く噛み、

 

「──ふざけないでっ! そんな脆くて弱っちい友情なんかで私の時間操作を攻略できるわけない! 」

 

 初めて激情を口にした。瑠瑠神のソレは自身の能力が破られた事ではなく、自分と朝陽しか動けない空間に得体の知れない何かが侵入してきたこと。2人だけの世界を無遠慮に荒らすことは、即ち生娘が陵辱されるに等しい屈辱を味わうことになる。

 

 しかし同時に警戒もした。時間停止ではなく時間遅延だと見破られたのもあるが、朝陽の人格を乗っ取っての能力発動にはリスクが伴う。復讐に駆られここで再度発動してしまえば、また誰かに撃ち抜かれてしまう可能性もある。復讐心に身を任せる寸前で、瑠瑠神は理性を保っていた。

 

「そうね。確かに友情だけでは攻略できない。冷静になれば分かっちゃうし、ネタばらししておくわ。()()として色金(あんた達)の性質を利用させてもらったのよ。

 "一にして全、全にして一"ってのをね。あんたを見る限り色金はそれぞれ能力が違うみたいだけど・・・・・そこだけは同じ」

 

「それがどうしたっていうの? 」

 

「よく似た姉妹だってことよ。独占欲が強いアンタは、胸に埋まっている璃璃色金が許せない。レキから聞いたのだけど、今は埋まってる璃璃色金より瑠瑠色金(アンタ)の方が質量大きいらしいわね。だから──アンタは簡単に璃璃色金を()()することもできる。鉛筆で絵画を塗りつぶすようにね」

 

「・・・・・だって、あの駄妹ったら私と朝陽の領域にずかずかと土足で入り込んだの。だから、アレの人格も能力もぜーんぶ奪っちゃえばいいって考えたのよ。幸いなことにアレの使い人がわざわざアレを含んだ弾を撃ってくれたし。その点ヒヒ(姉さん)が朝陽の体にいなくて残念だわ。過去干渉、とっても便利な能力なのに」

 

 軽い口調だが、宿す殺気は全てアリアへ集中させていた。だが、それをものともせず、やれやれとよくアリアがするジェスチャーをすると、

 

「だからよ。あんたが精神汚染をすれば、璃璃色金は瑠瑠色金に変貌していく。レキがあんた(朝陽)に近づかないよう指示を受けたのも、それを防ぐため。・・・・・逆に言うと、抵抗しなければ璃璃色金は不完全でも瑠瑠色金に成り変われる」

 

「・・・・・ッ! まさかあの女ッ! 」

 

「そ。あんたを狙撃した僅かな間だけ抵抗(レジスト)しなかった。結果として璃璃色金の一部は不完全な瑠瑠色金となって朝陽の腕を貫いた。不完全だし多少なりとも時間遅延の作用は受けるけど、最小限に抑えられるよう弾速が速くなるよう加工もした。気づけなかったでしょ? あたし達に気を取られてて。弾丸サイズなら気づけたはずなのに。

 璃璃色金の方で結構リスクも大きいらしいから、弾数も限られてくるけど」

 

 そんなバカな、と瑠瑠神は否定した。否定したかった。"一にして全、全にして一"。微粒子レベルであれば問題はないだろうが、弾丸サイズともなると能力にも精神にも影響を与える。自己犠牲なんて考えられない。だいたい人間嫌いの璃璃神が2度もヒトに手をかすなど信じられなかった。

 

『これ以上璃璃色金(わたし)に近づかないで』

 

 そう璃璃色金の使い人(レキ)から直々に伝言されたのだ。瑠瑠神からすれば天敵のいない絶好の好機。一つ一つの計画が見事に噛み合った完璧な奇襲だったと言える。

 

「前々からプラン建てといて正解だったわ。もしもの時のために、朝陽が居ないとこであたし達も準備してたの。それに、あんたを見てると心臓が熱くなるというか・・・・・無性にイラつくのよね。やっぱり色金同士なにかあるみたいね」

 

「・・・・・ホント憎いわ。ゼウス(クソロリ)の干渉がなければ、今頃アナタ達の頭を二等分にしてあげれるのに」

 

「そ。どこの誰かさんか分からないけど・・・・・ん、覚えてる? 嫌な感じ・・・・・まあいいわ。制限されてることには変わりないのね。つまり、付け入る隙はまだあるってことよ」

 

 と、アリアは獰猛な虎の如き笑みで瑠瑠神を挑発する。かつて仲間だった者に刃を向ける。他も瑠瑠色金との対峙と割り切ってはいるが、この場でまだ迷いが生じているのは、ただ一人。

 自分を助け殺されてしまったはずの想い人が、別人に人格を支配され敵対する──混乱しないはずがない。しかし、少女は希望を胸に立ち上がった。

 

「あら。認めるのもほんっとーに癪なのだけど、朝陽はあなた達の仲間ではなくて? 死にかけの朝陽の肉体をイジめるのが好きなの? モテるのも困ったもの──」

 

「言っとくけど! キョーくんは理子の恋人だ! お前なんかに渡すもんか! 」

 

 両手に自身の銃を握り、傷ついた金髪ブロンドを超能力で操って二振りの刀を掴む。

 ──双剣双銃(カドラ)。それが彼女に与えられた二つ名であり。

 

「──ふふっ。あはハ、アハハハハハハハハッッ! ニセモノの分際で何を言ってるの? 知り合って一年もたってないくせに」

 

「そうだ。ニセモノだよ。お前が言う通り、まだキョーくんから告白の返事はもらってない。けど、キョーくんが理子を絶望の淵から救い出してくれたように、理子もキョーくんを救う! それがアタシにできる恩返しだ! 」

 

 僅かな可能性に賭けた愚かな行動を、瑠瑠神は無意味だと吐き捨てた。

 最初に理子が縋ってきた時に始末しておけば目障りになることもなかったが、瑠瑠神はただの一度も見向きもしなかった。本来の瑠瑠神ならば、ニセモノとはいえ恋人関係を築いていたその狼藉を見逃すはずがない。

 

「・・・・・朝陽がずうぅぅっとお前みたいなのと一緒にいるから、一緒にいることが当たり前すぎて気づかなかったみたい。朝陽と私の思考は双方に影響する。気をつけなくちゃね」

 

 右腕からボタボタと垂れ落ちる血を視て、大きくため息をついた。呆れというよりむしろ、油断しきった気持ちを入れ替える意図に近い。

 

「そうね。さっさと殺して朝陽の魂まで私と同化させるつもりだったけど──気が変わったわ。じっくりなぶり殺してあげる。きっと朝陽と関わったことを後悔するわよ? 」

 

 両手を広げ──瞬間、瑠瑠神を中心に大気が震えていく。散らばったコンクリート片は浮き始め、極寒の吹雪すら生ぬるい冷気に満たされた錯覚が襲う。まるで、あたり一帯が別世界に変化したように。鮮緑に彩られた双眸には純粋な殺意と狂愛で満ち。負傷を恐れず、犠牲を厭わず。己が欲望のため、殺戮に特化した──人あらざる者へ回帰した神。即ち狂神が、醜悪な笑顔を張り付け高らかに嗤った。

 

「さぁ、全員まとめて殺してあげる! 」

 

 




解釈強引だったけど許して・・・・・。


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第60話 Please do not throw me away

前回 アリアの登場


 沈む。沈んでいく。

 真っ暗闇の中。上も下も、前も後ろも分からない。

 ただポツンと一人だけ。

 見えない無数の手によって、深く深く沈んでいく。

 

『朝陽!朝陽ッ!』

 

 それでも、自分を呼ぶ声だけが頭を右往左往して止まない。

 もしその声が光となって現れてくれたら。きっと手をのばしていただろう。何とかしてもがいていただろう。

 

 ───いや。ダメだ。

 他人に助けを求めるなと、心の中でこだまする。

 そも忠告されたんだ。孤独で戦えと。理子に迷惑をかけてしまうから。一人になるのは覚悟はできてたはずなのに。

 でも、どうしてこんなに・・・・・胸が痛いんだ・・・・・。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「さぁ。全員まとめて殺してあげる! 」

 

 開戦の狼煙が上がったと同時に、

 

「うるせェ! 」

 

 機会を伺っていたサードが攻撃を仕掛ける。常人ならざる脚力で瞬く間に接近し、対瑠瑠色金の金属刀を、彼女が負傷している右腕へ斬りつけ。それを彼女は難なく右手でサードの金属刀をなんなく掴み取った。

 

「くそっ、バケモンがッ! 」

 

「私からすれば朝陽を奪うアナタ達が化物なのだけど」

 

 サードに気が向いた瞬間、アリアがふところへ走り込む。いくら瑠瑠神とて体は朝陽のもの。やたらめったらに撃つ訳にはいかない。その点では狙撃した腕がまだ動くのは想定外な状況だ。故に、狙いは両肩の肩甲骨。

 

「あはっ! 」

 

 瑠瑠神はそれに瞬時に反応。空いた片手をアリアへ向けると、一辺が50センチほどの黒色立方体が空中に出現した。それは鏡写しのように立方体の内部にも相似形の立方体が広がっており、内部へ行くほど暗がりは強くなっている。立方体の影とも形容できようか。その立方体に弾丸はまっすぐに吸い込まれ、キューブ内で影となり静止した。

 アリアも本能的に危険だと察知したのか銃撃を止めると、

 

「白雪! ジャンヌ!」

 

 すかさず二人の超能力(ステルス)が瑠瑠神の視界を遮る。瑠瑠神の視線の先は炎と氷の壁。サードは視線が外れている隙に金属刀から手を放し、迷いなく至近距離から早撃ち(クイックドロー)で頭を狙った。しかし掠る程度に頭を後ろに動かすことで回避され、その弾丸はキューブに収納されていく。

 

「ざぁんねん。勇気振り絞って来たのに」

 

「だまれェッ!」

 

 何発も撃ち込み、ことごとくを最小限の動きで回避される。

 弾が底を尽きスライドが後退するやいなや拳銃を放り投げ、朝陽を死に追いやった瞬発力もかくやと思われる正拳突きを放つ。

 音速付近で現れる円錐水蒸気(ヴェイパー・コーン)がサードの拳を纏い、瑠瑠神の脳を破壊せんと駆け抜ける──!

 

「──」

 

「・・・・・あぁ。これで防げちゃった」

 

 ──あと数センチ。怒りと恐怖に震える拳を隔てるように、宙に浮いた薄緑色の六角形の盾がそれを完璧に防いでいた。

 

「──ぁ?」

 

「さすがに朝陽の体じゃこの色の濃さまでしか強度をあげれないのね。‶私‶の盾の緑はもっと濃くて、もっと堅いのだけど・・・・・じき慣れるね。じゃあ、ご苦労様」

 

 瑠瑠神はキューブを操っていたのとは反対の左手を固く握りしめ、

 

「やぁ! 」

 

 気の抜けたかけ声とは裏腹に、大きく振りかぶった拳はサードの胸へ一直線に伸びていく。瑠瑠神の拳が当たった瞬間身を引いたサードだが、元々が朝陽の肉体であったとは到底思えぬ膂力が繰り出され、

 

「──ゴブッッッ!! 」

 

 威力を殺しきれず、ボールのように地面と水平に吹き飛んでいく。地面に衝突する寸前に、かなめを守っていた磁気推進繊盾(P・ファイバー)がクッションとなったが、吐き出された鮮血の量がその凄まじい威力を物語っていた。

 

「あー、朝陽ってどうやって戦ってたのかな。今のも多分避けられちゃったよね。これまでボーッと見てただけだし──教えてよ。『理子』」

 

 振り向きざまに発せられた()()の声。それが、手の届く所まで静かに迫っていた理子の剣筋を僅かに鈍らせ、空いた左手でそのナイフを掴んだ。痛覚が機能していないことを利用し、わざと強く握りナイフを引かせない。無理矢理にでも瑠瑠神の手から逃れようとすれば、血に濡れた刃は必ず朝陽の指を斬り落とす。刃先から零れ落ちる血を見る度に、理子は苦悶を傷つけた刃に宿らせた。

 

「アハハハハハッ! やっぱりアナタ! 朝陽のことがだぁい好きなのね! 『理子』! 」

 

「っ、お前がその声であたしを呼ぶなァ! 」

 

 鮮やかな金髪が生命を与えられたように躍動し、仕込みのワルサーP99二丁が唸りをあげる。が、そのいずれもキューブに収納、無効化され。意図せず理子から舌打ちがもれた。

 自分では手詰まりと判断し、阿吽の呼吸で白雪とチェンジする。炎を纏い煌々と両者を照らすイロカネアヤメの刀身は、既に人体を容易く切り裂けるだろう。まさに、殺すための刃を朝陽へ突き立てようとしているのだ。

 これには瑠瑠神も、へぇ、と感心し、

 

「あなた達容赦ないのね。これ朝陽の体なのよ? 良心がないのかしら」

 

 つばぜり合いになり、激しく炎を撒き散らす。触れているといっても過言ではない近さではあるが、瑠瑠神はお構いなしだとさらに力を込める。朝陽には氷系統の超能力(ステルス)が与えられてはいる。それを使わないということは、やはり彼女たちに仲間を傷つける罪悪感を負わせるためであろうか。

 

「あるからっ、助けたいから振るってるの! 」

 

 対する白雪は額に珠のような汗を浮かべ、ギリッと歯を鳴らす。超能力(ステルス)を断続的に使いながらの肉弾戦は消耗が激しい。それ故に、

 

「さっさと出ていきなさい! 」

 

 瑠瑠神の背後からアリアがすぐさま援護へ。双剣双銃(カドラ)の二つ名の如く怒涛な勢いで撃ち込むが、やはり瑠瑠神の周囲を自在に飛び回るキューブに吸い込まれ無力化される。

 キューブの体積を考えると、吸収された弾丸は既に飽和していてもおかしくないほど撃ち込んでいるはず。おかしいのはそれだけでなく、おそろしいほど正確に、瑠瑠神に当たる弾だけを吸収する。厄介なことこの上ない代物だ。

 ──触れたら死。直観というより警告に近い胸騒ぎがアリアの行動を援護射撃だけに限定させる。

 

「むだむだ。深層意識に落ちた朝陽には届かない。アリア(姉さん)を束縛するアナタならわかるでしょう? ねぇ、緋巫女(しらゆき)。その刀は朝陽を傷つけはしろ私を傷つける事は叶わないわ。緋緋とは性質が違うもの」

 

「わかっ、てます! 」

 

「なおさらね。朝陽を本当に助けたいと思って・・・・・んんっ! 朝陽を私から殺してでも奪うつもりなのね。それか、救出にかこつけたイジメかな」

 

 邪悪に歪ませた微笑みの中に怒りが混じる。

 相対する白雪には、実の所まだ火力を増強させる余力が残されている。だが、乱発できないとはいえ、いつ瑠瑠神の超能力を発動させられるか分からず。加減を間違えれば朝陽を本当に殺めてしまうかもしれない危険性も含んでいた。白雪がすべき事は、朝陽の足止めだけ。

 

「まだこの体に馴染まないけど、アナタくらいならいけるかな」

 

 ハッと気づいた時には遅く。拮抗していた力を瑠瑠神がわざと緩ませた。灼熱の刃が朝陽の体に触れかけ、白雪はほぼ反射的に手首を上にあげた。

 その隙を見逃さず、切先を色白い首筋めがけ一閃する──!

 

「どいて! 」

 

 瑠瑠神の死角、アリアの射線に被らぬ位置から、理子は半ば強引に白雪にタックルをしかけた。白雪も転倒はしないものの、大きくその場を離れ。

 

「そのままジャンヌのそばへ! 」

 

 低い姿勢を保ったまま、瑠瑠神に見事な足払いを決める。

 

「うぁっ」

 

 短い悲鳴がこぼれ呆気なく瑠瑠神は地に伏した。

 瑠瑠神がまだ朝陽と完全に馴染めていない故に決まった技であり、

 

「ジャンヌ今だよッ」

 

「わかっている! ──オルレアンの氷花(Fleurs de glace d'Orléans)

 

 ジャンヌが保有する精神力すべてを注ぎ込み、夕焼けの空を塗りつぶす吹雪が瞬く間に生成される。初めてジャンヌと邂逅した時のよりも遥かに凌ぐそれは、まさに自然災害と見まごうほどの威力。

 

「銀氷となって眠れ、瑠瑠神! 」

 

 青白い光の奔流が瑠瑠神を飲み込み、反撃の隙を与えることなく地面に縫いつけた。理子が急ぎ飛び退くと、さらに吹雪の範囲を拡大させていく。

 さながら別世界に塗り変わっていくような、神秘的な光景だ。瞬く間に展開された極寒の世界は、しかし唐突に終わりを告げ──広大な範囲に散らばった結晶は収束していき、幻想的な睡蓮花を咲かせた。

 

「──ぐっ。私はもう限界だ。今ので精神力を使い果たした。せいぜい・・・・・歩くのがやっと、だな」

 

 ぐらりと倒れそうになるところを白雪が肩をかす。薄ピンク色だった唇が変色し、今にも気を失う寸前だろう。

 超能力(ステルス)を使うものにとって精神力の枯渇は直接死に関わる。にも関わらず限界寸前まで使用したのは──

 

「ヤツはまだ朝陽の体に馴染めてるわけじゃない。さきのジーサードを殴り飛ばした時に確信した。しかも、明確な殺意はあれどなぜか殺せる時に私たちを殺さない。今ならまだ、ぎりぎり対処できる」

 

「そうでしょうね。・・・・・って、ジャンヌ、あんた賭けにですぎよ。あれじゃ朝陽まで本当に死んじゃうじゃない! 」

 

「いや、あの男は一度私たちの前で確実に心臓を貫かれている。それでも生きてるんだから、私の力ごときで死ぬはずがない。時間停止──遅延か? 使われないのも不思議だが、ヤツの言葉通りならゼウスとやらに力を抑制されている今が好機だ。・・・・・すまないな、理子」

 

 理子はまっすぐ氷の花を見据えて、首を横に振った。

 

「いい。心臓をコレで撃てば瑠瑠神の意識は弱体化する。あとは言いつて通り玉藻(タマモ)に引き渡すだけ。──キョーくんは帰ってくる。アリア、お願い」

 

 アリアは頷きながらガバメントに一発の弾丸を込める。──法化銀弾。人ならざる者にとって天敵の部類に入る魔除けのもの。数も限られており、この戦いにおいても片手で数えられるほどしか持参できていない。

 瑠瑠神はうつ伏せの状態で、狙うにはアリアの身長的にも無理がある。故に近づかなければいけないが──アリアの直感が、歩く足を鈍らせる。

 

 ジャンヌの放ったソレは瑠瑠神を拘束するものであり、捨て身の一撃として放ったもの。いくら瑠瑠神であろうと身動き一つとれなければ破壊もままならない。だから──自身の背筋を伝う正体不明の冷や汗が不気味に感じられる。()()()()()終わるはずがないと心のうちで誰かが叫ぶのだ。

 

「──落ち着いて。あたしなら大丈夫。あたしより理子の方がずっと辛いんだから」

 

 胸に手を当て大きく息を吸う。

 瑠瑠神との距離約5メートル。どうしようもなく不安な気持ちを抑え、銃口を瑠瑠神の心臓に合わせた。法化銀弾を人体の急所に撃つなど殺せと同義だが、玉藻の言葉を信じるしかない。

 今一度グリップを強く握り、トリガーに力を込めて。

 

「待て」

 

「・・・・・! 」

 

 ほとんど勘に頼った回避で、頭を貫く軌道の弾を避けた。おかげで頭皮を軽くかする程度で出血もほんの僅かだが。それでも、アリアは吠えた。

 

「なんでアンタが邪魔するのよ! ジーサード! 」

 

 仲間を助けるチャンスを無下にされたことに怒りをあらわにする。

 

「お前らはそいつをどうしたいんだよ」

 

 アリア達が戦っている間に少し回復したような振る舞いだが、その実、サードはもう限界に等しいほど消耗していた。それでもサード自らが復讐したいと願った相手を生かすことだけは、たとえ死んでも許さないと。

 

「やめてサード! これ以上は活動限界(ライフリミット)が・・・・・!」

 

「黙れフォース! 返答次第でこいつらも一緒に始末する。お前にも話していただろうが! 」

 

 と、委縮しきったフォースにさらに追い打ちをかけた。

 至る所から血を流し、それでも溢れ出る殺気をアリアへ向ける姿は、まさに修羅の鬼。きっと、朝陽を救うと答えたならば、三つ巴の乱戦になる。誰がどう考えても自明の理だ。それでもアリアは答えた。

 

「武偵憲章一条。仲間を信じ、仲間を助けよ。これがバスカービル総員の返答よ」

 

「そうか。そうだろなァ! 」

 

 地面を蹴飛ばしサードは獣のごとき敏捷さでアリアへ肉薄する。

 アリアも瞬時にサードへと目標を切り替えたが、

 

「させない! 星伽候天流(ほとぎそうてんりゅう)緋炫毘(ヒノカガビ)っ」

 

 白雪は緋色に燃えさかる刀を振るい、巨大な炎のカーテンをサードの進路を阻むように出現させる。

 その熱量は離れた位置にいるアリアでさえ目を細めるほどだ。

 ・・・・・だが、サードは自身が灼けることも厭わず突進していき、

 

「それがどうしたァ! 」

 

「なっ! 」

 

 炎をかき分け強引にアリアへ刀を叩きつけた。反射的にガバメントと刀を切り替えることでかろうじて受け止めたが、ビシビシと根元にひびが広がっていく。もってあと数秒だ。

 

「あん、た。邪魔しないでっ」

 

「そりゃこっちのセリフだ! 俺の復讐の邪魔をすルなッッ! 」

 

 徐々に均衡は崩れる。アリアがいくら怪力であろうと、復讐に燃えるサードとの純粋な力勝負では分が悪い。

 

「そいつは悪魔だ。平然と人を(なぶ)り殺しておいて! 罪悪感なぞ一切ない! アレは京条朝陽の為なら何でもする──瑠瑠神に汚染されたヤツが何をしでかすかくらいわかるだろうが! 」

 

「・・・・・それでも助ける。仲間を見捨てるなんて最っ低の行為よ! 」

 

「寝言いってんじゃねェ! 」

 

 ──ガキンッ!

 アリアを護っていた刀がついに砕け散る。即座に折れた刀からガバメントに手を伸ばすが、返し刀でアリアの首を狙うサードが圧倒的なまでに速く──!

 

「そうよ。まだ仲間なんて言ってられるなんて驚きだわ」

 

 アリアの背後──すました様子で、しかしその顔は不気味な笑顔を張り付けた瑠瑠神が、サードよりも素早く雪月花(かたな)を振りかぶっていた。

 

「ッ、どけっ! 」

 

「きゃ! 」

 

 アリアを蹴飛ばし返し刀をそのまま雪月花(かたな)にぶつける。朝陽を追い詰めた耳障りな音がたちまち充満するが、瑠瑠神はピクリとも眉一つ動かさない。それどころか、この状況を楽しんでいるようでさえ見える。

 

「テメェ、いったい何をした⁉」

 

「驚かないでよ。有視界内瞬間移動(イマジナリ・ジャンプ)、緋緋色金だって使うわ。そこの氷女が作ったお花の中で休ませてもらったの。確かに不完全な今は人間ベースの神経系を使わせてもらってる中、痛みももちろんあるのだけど・・・・・ダメだよ、(わたし)を完全に()()()()()で発動しないと、私は止められない」

 

 そう、瑠瑠神は未だ朝陽を完全に『瑠瑠神』に変成できていない。殺すつもりで戦いを挑まれれば、色金の能力が制限されている今勝つことは困難を極める。現に色金の力を使えるのは、あと二回か三回程度。しかし彼女らは朝陽を救おうとしている。故に攻撃もおのずと殺さないギリギリのものだ。

 この場で瑠瑠神を殺そうと足掻く者、それは──

 

「不思議ね。私は何もしてないケド。ゼウス(クソ神)が作ったこれと、アナタ達が作り上げたその刀。共鳴してるようだけど、『私』には効かないわ。ちょっと耳障り程度、といいたとこかしらね」

 

「んだとッ・・・・・っ」

 

 目の前にいる復讐鬼ただ一人だけだ。

 だがその実力には雲泥の差が顕著に表れていた。歯が欠けるほど強く食いしばり、なお瑠瑠神は顔色一つ変えずニマニマと愉悦に浸る表情を崩さない。

 

「ま、私のことはどうだっていいのよ。朝陽がいてくれたらそれでいい。それよりも・・・・・アナタ、とってもかわいそうだわ」

 

「──あ? テメェ、この期に及んでまだとぼけたことをっ」

 

「だって。朝陽のことを本気で殺そうだなんて思ってないでしょう? 」

 

 ドクン、とサードの心臓が一際大きく跳ねる。両眼は見開かれ、瑠瑠神を殺さんとする刃は、その輝きに曇りが差し込む。

 何をいわれてるのか分からないと、言葉にしなくても感じ取れるほどの動揺が走り抜けた。

 

「ふざけるな・・・・・! 俺はアイツが憎かった。だから殺したんだ! それをテメェが台無しに──」

 

「じゃあ、なんでお腹と心臓だけしか刺さなかったの? 憎たらしくて仕方ない朝陽を最小限の傷だけで誰かの手に渡すの? なんで──わざわざサラ博士(あの女)が殺される瞬間を朝陽にみせたの? 」

 

 なぜ、その問いにサードは言い返せない。

 答えに詰まるというより、答え自体が思いつかない。

 

「それはね。サラ博士(あの女)を殺したのは、朝陽に憑依していない本当は瑠瑠色金(わたし)だってわかってたから」

 

「・・・・・うるせぇ」

 

「朝陽を一目見たときにアナタは気づいてしまった。サラ博士を殺したのは‶私‶で、‶私‶が愛するなーんも知らない朝陽は、ただその姿かたちを利用されただけだと」

 

「だまれ! 」

 

「大質量の色金に対抗する技術力はまだ足りない。でも心に燻る復讐心がそれを許さなかった。どうしてサラ博士は殺されたのか。色金がヒトに化けれるなら、瑠瑠色金(わたし)がかたどっていたあの男は誰か。ふふ、そうして朝陽にたどり着いた」

 

そしてついに、核心に触れる。

 

「私はいつも女の姿でアナタ達の前に現れてたから、あの男に化けたのはきっと理由がある。どうして、どうしてって。私が朝陽の名前を出さないにしても、多分私が朝陽のことを、その、・・・・・す、すきっ、ってことは顔に出ちゃってたと思うし。それで思い出したよね。‶ああ、コイツがいなければサラ博士は殺されなかったかもしれない‶って、考えついたのはそう長くないと思うのだけど? 」

 

 根拠のない戯言だと切り捨てればどれだけ楽か知っている。

 このまま否定し続ければ逃げることもできる。

 しかし、サードの口は動かなかった。

 

「そうして朝陽を、最愛の人を殺した殺人鬼に仕立て上げた。朝陽に出会う度に殺すと言っていたのは、罪悪感から逃げるための自己暗示。私がサラ博士を殺した動画を見せたのが極めつけね。ずぅっと復讐を誓っていた相手に最小限の傷しかつけないのは、アナタの中にまだ正義の心が残ってたから。目の前で最愛の人が無惨に殺されちゃったもの。一度住み着いた復讐心はニセモノであろうと簡単に拭えはしないわ」

 

 ひた隠しにしてきた本心を目の前で語られることに羞恥よりも喪失感がふつふつと湧き出す。

 暴かれたくなかった一種の呪いともとれる矛盾思考によって積み上げられた恩讐を糧としてサードは戦っていたのだ。それが暴かれた今、朝陽への復讐心が揺らぐ。

 だが──サラ博士を殺された恨みは未だ健全であり、

 

「ああ! 行き違いの復讐心だとはよく理解してるさ! だがそれでも! テメェを殺すには京条朝陽を殺さねえとダメだろうがっ! 」

 

 負けじと瑠瑠神の刀を外側へ受け流し、頭部へ鋭い突きを繰り出す。

 瑠瑠神であれば容易く見切れる速度だが、あえて左手を盾代わりに顔の前へ持っていき、わざと貫通させることで軌道を逸らす。痛みなど全く顔に出さず、神経系を共有しているとは到底思えないすまし顔で、

 

「ふふ、ありがと。アナタはとっても優しいのね」

 

「っ! 」

 

「サード、どいて!」

 

 追撃しようとする刹那、瑠瑠神の死角からフォースが飛び込んできた。ちょうどスイッチのように入れ替わり、既に抜刀していた光の刃が彼女の首筋に届く。

 

「動かないで。この剣は簡単に斬れる。だから、ちょっとでも動いたら──」

 

「殺しちゃうんだ。バスカービルの一員である(おれ)を」

 

 ずずいっとフォースに顔を近づける。フォースが反射的に電弧環刃(アーク・エッジ)を引いたから首が落ちなかったものを、少しでもタイミングを間違えれば依り代である朝陽を完全に殺していた。それでもなお、首と接触するギリギリを保って牽制する。

 

「バスカービルであろうと、今あなたは瑠瑠色金! 朝陽さんじゃない! 」

 

「ふふ、アハハハハハ! 殺す? 殺しちゃう? 朝陽を殺す? 私だけの朝陽を殺すんだ! あハっ! 」

 

 軽快な高笑いがさらに異常性を増していく。先程までの瑠瑠神とはうってかわって、朝陽を殺すことに敏感な態度であり。

 壊れたピエロのように際限なく高らかな笑いが続くと思えば、

 

「・・・・・ねェ。オマエは朝陽の何なの? 」

 

 それが嘘のように鎮まり、見開かれた双眸がかなめを凝視する。

 今までが信じられないぐらい、何かに成り変わっているその姿。外見は朝陽であれど、内面は瑠瑠神と同等な異質なもの。朝陽と混ざりあっているからこそ会話が成立していたものの、本来のこの狂気に満ちた瞳を見せる者こそが瑠瑠神なのかもしれないと。かなめは知る前に、その狂気に吸い込まれる。

 完全な優位性をとっていてなお、かなめはこの瞬間に敗北を悟った。暗く底尽きぬ目がかなめを釘付けにし、石像にされたかのように動けない。

 

「ぁ、あっ・・・・・」

 

「フォース! 今すぐ離れ──」

 

「──ても遅いの」

 

 端を固定された布にこぶし大のボールをぶつけたら、きっと鳴るだろう重々しい響きがかなめの背中を叩き、

 

「がはっ──! 」

 

 肺の中の空気が血と共に吐き出され、朝陽の制服をさらに汚す。グラッ、とその小さな体が前のめりに、つまり頭を瑠瑠神の腹部へ押し付ける形に揺れた。

 

「それがマーキングのつもり? そこかしこにする犬よりも意地汚いわ」

 

 かなめは肩を軽く押されただけで、いとも簡単に倒れ伏す。手足が痺れ、虚ろな瞳は息苦しさに悶え、口元から紅い雫が静かに落ちる。──間に合わない。サードは、瑠瑠神がキューブをかなめの背後に展開した時点で悟ってしまった。全快のサードであれば防ぐのは容易なことだ。

 左の義手を盗られ、真正面から瑠瑠神の鋭い一撃をもらい、白雪の超能力(ステルス)による火傷の箇所は数知れず。ボロボロの状態がゆえに、一歩遅れてしまった。

 

「アナタ達が悪いのよ。だーいぶイライラしちゃって、キューブに溜まってた弾を少しプレゼントしたの。でもこの制服って硬いのね。ちょっと苦しませることしかできなかったわ」

 

「──」

 

 かなめを傷つけられたのを目の当たりに、サードの右腕は勝手に動いていた。

 拳銃という不確かな武器を捨て、ノーモーションからの正拳突き。狙いは、確実に殺すための頭部。サードの位置取りは完璧な死角ではあるが、速度はやや劣り、

 

「危ないわね」

 

 目の前で妹を傷つけられた憤怒の如き一撃は、薄緑色の六角形の盾により余裕の微笑に届くことはなく。

 

「わかる? これが、目の前で愛するヒトをなぶられる屈辱だ。お前が俺の理子の首を絞めたよう──あれ、私は何を・・・・・」

 

 一転して困惑の色を見せ始め、サードの拳を受け止めている瑠瑠神の盾の中央に亀裂が走るのはほぼ同時であり。

 

「さて。アナタもそろそろ退場してね」

 

 左手に貫通している刀を引き抜き、バリア越しにサードの肩を深く貫いた。それでもサードは、より深く突き刺さる刀を無視し、再度拳を限界まで引く。亀裂が入った盾にもう一度打ち込めば、またとない復讐のチャンスが訪れると信じて。

 だが、最後の力を振り絞って振りぬいた拳よりもはやく、瑠瑠神のボディブローが炸裂し──

 

「ガッ、あ! 」

 

 瑠瑠神の殺傷範囲(キリングレンジ)から大きく吹き飛ばされる。受け身すらとれず乱暴に体をすり減らし。ぐったりと空を仰ぐ姿に恩讐の塊のような覇気は感じられない。力任せの一撃。速度、膂力ともに瑠瑠神に軍配が上がるだろう。

 

「あらかた片付いたかな? あとは・・・・・姉さん(アリア)巫女(しらゆき)金髪(りこ)だけね。さっきの二人にとどめを刺すのはあとにするとして、先に二人には黙っていてもらいましょう。話をするのに邪魔でしかないもの」

 

 次の矛先はアリアと白雪。二人は互いに目配せし、同時に動き出したが、

 

「逃げるな」

 

 それもつかのま。二人の周りにキューブが展開される。少しでも動けば触れてしまいそうであり、

 

「動いたら削れるわよ。文字通どーりにね」

 

「うっ、卑怯よアンタ! 」

 

 さらに目をつりあがらせたアリアだが、実際のところ動けず身動きひとつとれない。緋緋神の力がまだ覚醒してない以上、この状況を打破するのは不可能といえる。

 

「さぁて。泥棒猫さん。おはなし、しましょうか」

 

 と、唯一自由の身である理子にせまる。対して理子も、サードさえ倒した瑠瑠神に歩み寄る。

 

「話? 朝陽を返してくれることかな」

 

 挑戦的な煽りに瑠瑠神は唇を噛むが、まだ手を出さない。手をのばせば届く。朝陽と共に過ごした理子が好きな距離。今にでも刺し殺されかねないが、理子はジッと朝陽を見つめていて。

 

「アナタは朝陽のどこが好きなのか。教えてくれる? そこだけ知りたいの。今後役に経つかもしれないから」

 

「そっちが答えたら答えるよ。おさきにどーぞ」

 

 と、手をひらひらさせて促される。瑠瑠神はじれったい気持ちを覚えるが、そんなことは溢れ出る朝陽への愛ですぐ塗りつぶされてしまった。

 

「すべてよ。朝陽のすべてが愛おしい。気配りは完璧。浮気はしない。ただアナタに操られてるだけで、本当の朝陽は私だけしか見ないの。あっ、あとは、傷だらけになって戦う姿もかっこいいし、こっそりみた寝顔も最高に可愛いの! 」

 

「へぇ。一緒に暮らしたことあるの? 」

 

「愚かね。あるから言ってるんじゃない」

 

 勝ち誇った様子の瑠瑠神から、とめどなく朝陽への愛が零れる。理子は全て聞き漏らさず、それらを妄想や幻想と侮ることもしない。全てを語り終え一息つくと、理子にスッと切先を向ける。

 

「愛してる。私は朝陽を幸せにする。それに比べてアナタはどうかしら。アナタと関わるたびに傷がどんどん増えてく朝陽をみて何も思わないの? 」

 

「・・・・・」

 

「でも私は違う。私が充分強いもの。私たちの生活にアナタ達(おんな)は必要ない。わかる? さ、アナタのも聞かせて? 語った分だけ切り刻んであげるから」

 

「・・・・・うん。わかった。それに、今あたらしく見つけたんだ。キョーくんの良いとこ。瑠瑠神(おまえ)が知らない、好きなとこ」

 

 臆せず理子は一歩を踏み出す。既に間合いの中。危険を承知でゼロの距離まで。

 恐れていないのか。瑠瑠神を殺す作戦があるのか。果ては、自暴自棄か。いずれも確信を持った答えが出せないまま瑠瑠神は接近を許す。

 

 ──まあいいや答えないなら殺そう。

 そう決断する、ほんの一瞬前。理子はおもむろに、瑠瑠神のだらんと垂れた左腕を豊満な谷間へうずめさせた。

 

「どんな状況になっても、理子を傷つけない優しさだよっ」

 

 さらに血に濡れた左腕をぎゅぅと抱きしめる。

 予想外の行動。恋敵にあるまじき行為。瑠瑠神は目を大きく見開き、弾かれたように腕を天高く上げた。

 なぜ拒否したのかわからない。掴まれたのであれば、はらわたに手を突き刺せばよかったのに。無意識のうちに、朝陽の体の方が反応した。してしまったのだ。

 

「いまッ! 」

 

 合図が上がった瞬間、少し離れたコンテナ群から二つの弾が飛来する。一発目は左肩に着弾し、瑠瑠神は大きくのけぞった。同時に理子は瑠瑠神(あさひ)の右手首からミサンガをかすめ取り、その場から離脱。

 鮮緑の瞳にはこちらへ銃口を向けた男と、もう一つの弾丸が映っており。マッハ2にでも到達しうるサードの正拳突きを止めた盾を展開する。僅かにひび割れているとはいえ、銃弾如きが打ち破れる推進力は持ち合わせていない。

 

「・・・・・あ? 」

 

 少なくとも瑠瑠神は、そう確信していた。

 薄緑の盾はバラバラに粉砕され、重要器官である心臓をなぞるよう正確に穿つ。

 

「ごぼっ・・・・・! 」

 

 それはただの弾ではなく。異常な量の血を地面に吐き出し耐え難い倦怠感にたまらず膝をついてしまった。

 ここまで絶対的な優位に立っていた瑠瑠神を初めて同じ舞台まで引きずり落とす。朝陽を通して垣間見た世界の情報が正しければ、そんなことが出来るのは、あの男以外ありえない──!

 

「邪魔をするか、遠山ァ! 」

 

「───遠山、か。ずいぶん他人行儀になったな。朝陽。いや、今は瑠瑠神と呼んだ方がいいか? どちらにせよ、一回ぶん殴らせてもらうぞ」

 

 ジーサードのように己が復讐心に全てを支配されず。キンジは湧き出る怒りを冷静さで押し込めている。

 

「来るのが遅い! バカキンジ! 」

 

「ごめんよ。タイミングを見計らっててね。かなめを傷つけられた時は、思わず飛び出しそうになったけど」

 

 と、瑠瑠神に鋭い視線をおくった。ヒステリアモード時よりも格段に目つきが鋭いのは、もう一つ上の段階のソレになったからでろう。瑠瑠神は警戒する。自身にダメージを与えた事ではなく、盾を撃ち抜かれたことに対してだ。一発目は、ごく一般的な9ミリパラべラム。だが二発目は、瑠瑠神の能力をも打ち破り、強烈な不快感と不規則な動悸を残す特殊弾だ。

 

「法化銀弾! 加えて、どことも知らぬ女神(おんな)の加護まで・・・・・! 」

 

瑠瑠神(あさひ)。お前とは今まで一度も喧嘩したことなかったな。多少の食い違いはあれ、うまくやれてたと思う」

 

 瑠瑠神にハッキリ見せつけるよう銀色の弾丸を一発、ふところのマガジンに装填し、小型ポーチに戻す。

 そして、かつての友人に明確な敵意を向け、言葉を続けた。

 

「歯食いしばれ瑠瑠神(あさひ)。妹を傷つけたお前を俺は許さない」

 

 

 




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第61話 終戦

前回 瑠瑠神覚醒後、キンジガスケットへ


「妹を傷つけたお前を許さない」

 

 そう言い放ち、キンジは愛銃であるベレッタの照準を瑠瑠神の心臓へ移す。ひと時も狙いをブレさせず瑠瑠神へ歩み寄る姿は、ジーサードと対極に位置する、静寂の中の怒りそのものだ。

 だが瑠瑠神は、キンジが殺す気で発砲することはないと確信していた。朝陽とは友人関係であり。銃を構えること自体が単なる脅し目的であることは充分理解していた。だからといって警戒を怠る愚行はせず。キンジの一挙一動に注目する。勝てないと分かっていて抵抗する(バカ)はいないのだ。

 

「許さない、ねぇ。ふふ、アハハハハハッ! ・・・・・はぁー。よくもまぁアナタが言えたものですね」

 

 やれやれといった感じで少し長めのため息をし、首をすくめた。苛立ちが混ざっているようにもみえる。そして、瞬時に凍てついてしまうような鋭い視線をキンジへおくる。

 

「私だって許せない。どうして朝陽ばかり傷つかなくちゃならないの? 好きな人が誰かに傷つけられるなんていやなの。私だってただ純粋に朝陽を愛したいだけ。キンジ、アナタだってわかるでしょう? アリアを失いたくないのと同じ。アナタたちと価値観が()()()()違うだけでこんな仕打ち。耐えられるわけないじゃない」

 

「いたずらに朝陽を傷つけ、束縛し、関わった女を殺そうとする。一方的な愛だ。ストーカーとさして変わらない。ハッキリいって、お前の愛情は──」

 

「歪んでるって。本当にそう言いたいの? 」

 

「・・・・・なに? 」

 

「愛の形は人それぞれ。だのに、他人が決めつけるのはおかしいよ。いたずらに朝陽を傷つける? バカ言わないで。私がどんな思いで朝陽から血を流させるか知らないくせに。ストーカー? 朝陽公認なの。あんな下劣な行為と一緒にしないで。そういうお前だって、世間一般で見れば歪んだ愛情(のうりょく)を持ってるじゃない」

 

 その返しにアリアたちは首をひねるばかりだが、キンジは眉をピクリと動かした。バラされたくない事実。それを引き合いにだされてしまえば、キンジは何も言えない。

 

「隠したって無駄。一方的な愛はむしろそっちじゃない。あぁかわいそ。アリア(姉さん)たちは、自分がそういう対象として見られてるのに気づかないなんて。どれだけ幻滅されるのでしょうね。それに比べて朝陽はね。私の能力を使ってくれてる。使ってるってことは、私が朝陽のことを好きって思ってるのを認めてくれてること! 好きな人に頼られることがどれだけ嬉しいか。そうね、私強いもの。好きな人と一緒にいて、好きな人に尽くす。誰しもが抱く素敵な愛のカタチじゃない」

 

「・・・・・確かにお前の言う通りだ。ちゃんとした場で謝ろうとも思っている。殴られたって構わない。他のやつらから見れば、確かに俺も歪んでいるかもしれん。なら逆に聞く。お前は、自分が正常だと思ってるのか? 」

 

「当たり前じゃない。一緒にどこかへ行ったり。手を繋いだりぎゅぅーってしたいし。ロマンチックな場所で、ちゅ、()()()とか。あっ、別にボディータッチしたいとかそんなんじゃないから! いや、したいけど、そのー・・・・・恥ずかしいし。話す機会も少ないから、ラブレターいっぱい書いてるんだけどね」

 

 ポっと頬をあかく染めた瑠瑠神とは反対に、キンジの雰囲気はより鋭利な刃物の如く険しくなり──そして、低い声で半ば諦めの視線を投げかける。

 

「なら、朝陽の腕に()()()()()傷は、お前がやったので間違いないな」

 

 その瞬間、キンジと瑠瑠神を除く全員が朝陽の腕に注目し、そして──一人の例外も出さず顔をひきつらせた。

 そこにあったのは、レキによる銃創や剣戟での切り傷ではなく。呪詛のようにビッシリと書き込まれた朝陽への愛の言葉(ラブレター)であり。無数の愛が鋭利なナニカによって直接腕に切り刻まれているのだ。

 この女は異常だ──誰しもが再び納得する。

 

「ええ。だって、私の世界と朝陽の世界は違うもの。私本来の容姿をずっと出すには質量が足りないし。だから、私が朝陽の目に見える形で愛を証明するには、私の体に直接愛を囁くしか方法がないじゃない」

 

 さも当然のごとく言い放つ。

 瑠瑠神には朝陽に愛を告げる方法は二つある。一つは、脳内に直接語り掛けること。もう一つは、瑠瑠神の体の状態を朝陽に反映させること。これは朝陽が瑠瑠神へと変成しかけている今だからこそできる方法だ。この方法であればどう足掻いたって目に付いてしまう。証明するという点において、これ以上の解答はほぼ無いと言っていいほど姑息なものだ。

 

「・・・・・そうか。わかった。もうお前の愛の形を否定するつもりはない。ただ、俺の女と友達(ダチ)には手を出すな」

 

 銃口はそのままに視線だけアリアへ向ける。

 片時もキンジから目を離さなかった瑠瑠神はその一瞬を逃さず、

 

「──範囲指定・時間超過(リミテッド・タイムバースト)──」

 

 能力を発動させた。ただし効果範囲は瑠瑠神を中心としたキンジとの交戦距離にだけに限定。ドーム状に時間のずれが発生し、万物が静止する無音の空間を作り上げる。

 短時間の使用でも負荷になるため、発動の同タイミングでキンジへ肉薄する。発動時間は雪月花(かたな)の間合いに入る僅か手前まで。瑠瑠神でさえ思わず吐き気を催す痛みに耐え──能力を解除する。

 

「先に手を出したのはそっちじゃない」

 

 負荷の直後であり、視界の歪みが酷く本来の力を発揮できない。だが、それを言い訳にはせず。瑠瑠神は持ちうる力を総動員し、首めがけ横一閃──!

 

「っ──」

 

 殺すための刃。本気で振り抜いた一撃を、真剣白刃取りで止めていた。

 普通はありえないことだが、瑠瑠神はこの人間離れの技をしっかり予測していた。両手での真剣白刃取りをしたキンジに、間髪入れず掴まれた雪月花を軸に横なぎの蹴りをかます。

 威力はやや低めながらも確かに首を捉えた感触が足に伝わる。急所に直撃だ。これでキンジは戦闘不──

 

「・・・・・あれ」

 

 顎を何かが高速で掠めたかと思うと、途端に体がフラつき始める。瑠瑠神の意思ではなく、足から急速に力が抜けていく。

 だが、反対にキンジはどうだ。直撃したはずの攻撃を、まるで無かったように直立している。間違いなく首の骨を折る威力を与えたはず。普通であれば立場が逆なのだ。

 

「朝陽じゃないぶん、動きが単調でわかりやすい」

 

 ズカズカと瑠瑠神にゼロ距離まで詰め寄る。再度能力を使われる危険すら度外視して、握りこぶしを右手に作り。胸元を掴まれ同じ視線の高さまで持ち上げ、

 

「朝陽を通して俺たちを視てたなら、もっと油断せずに対策でもたてとくんだったな! 」

 

「くっ──! 」

 

 瑠瑠神は防ごうにも拳がブレて見えてしまう。神経系をやられ、避けようにも足に力が入らず、胸元をガッシリ掴んだ左手から逃れることも不可能だ。

 

「桜花ッッ! 」

 

 朝陽の体が反射的に頭部を守るよう腕をクロスさせたが、その拳は軌道を変化させ、腹部のみぞおちにあたる部分にヒット。今まで痛みになんの反応も示さなかった瑠瑠神が、ここで初めて苦悶を露わにする。

 

「・・・・・! 」

 

 音速に匹敵する力の奔流が余すとこなく体内を蹂躙する。臓器がすべてグチャグチャになってしまったかと一瞬だけ錯覚してしまう威力を、この男は、平然と友人に放ったのだ。

 その凄まじい威力に吹き飛ばされるが、無数のキューブが瑠瑠神の背中に発生し、これ以上吹き飛ばされないようリングの役割を果たす。距離にして約5メートル。追撃の危険性があるこの行為は無謀ともとれるが、それを承知でやっているのだろう。瑠瑠神は触れられるこのキューブは、かなめを戦闘不能に陥れたものと同一であり、まだその中には弾丸らしき影が無数に浮かんでいて。

 

「こざかしい真似を! 」

 

 同時に展開されたキューブから機関銃掃射の如く凄まじい音を発しながらキンジへ降り注ぐ。いずれも音速を遥かに超える弾。キンジも即座に対応する。ベレッタで全て弾き、あるいは体に掠らせることで全て無力化し、

 

お前(あさひ)には言いたいことがあるんだッ! 」

 

 その場から動けない瑠瑠神の顎を斜め下から反対側へ蹴りあげる。ガードすらとれなかった瑠瑠神の視界からキンジが外れ、同時に円錐水蒸気(ヴェイパー・コーン)を生み出す拳が再度瑠瑠神を殴打する──!

 

「ああそう! 勝手に墓場で言ってなさい! 」

 

 その直前。一瞬たりともその拳が描く軌道を見ることなく、音速に達した拳を真正面から正確に手のひらで受け止めた。さしもの瑠瑠神とはいえ数段格上のヒステリアモードから打たれた桜花を無傷では止められない。インパクトの瞬間に受け止めた朝陽の左腕から放射状の血の噴水が巻きあがった。

 

 このまま休むことなく追撃できれば有利に戦局を進められる。だが、キンジの目的は朝陽を目覚めさせること。決して瀕死まで追い詰めることじゃない。助ける過程で血を流すことや、瑠瑠神の硬さ、それを利用し能力を使用せずに桜花を受け止めることも充分予測していた。だが、いざ目の前で血飛沫が上がると、途端にささくれのような小さな罪悪感が目を覚まして判断を鈍らせてしまう。

 

 それを見逃す瑠瑠神ではなく。返り血に濡れた顔が悪魔のように歪ませた。

 瞬間、大量に出血している左腕をムチのようにキンジの顔めがけ横薙ぎに振るう。飛び散った血液を目くらましに間髪入れず右脇腹へとローキックをぶち込み、さらに不安定な体勢から無理やり正拳突きを頭へ打ち込んだ。

 構え、体幹、技の流れを一切無視した素人同然の動きをデタラメな破壊力で無理やりカバーする。それが瑠瑠神のやり方だ。

 

 現に骨が削れたと錯覚する鈍音が伝わり、今までが嘘のようにピタリと動きを止めた。瑠瑠神の拳を生温い血液が滴り落ちる。瑠瑠神は岩石を殴ったと思わせるほどの衝突に確かな手応えを感じていた。

 

「・・・・・クソッ。朝陽、今の一発は中々のものだぞ」

 

 が、そんなことお構い無しに、目の前の男は呟く。血にまみれてなお、正義の光を灯す瞳を開いて。

 

「なっ──! 」

 

「だが、そんなものか? 」

 

 突き出したその拳を引くよりも早く、キンジは瑠瑠神の胸ぐらを掴み引き寄せる。とっさの判断でキンジの頭にいち早く頭突きをかますが、考えることは仲間同士同じ。血塗れの頭がぶつかり合い、互いに視線が交わされる。

 

「朝陽は知ってると思うけどな。俺は頭突き(これ)には自信があんだよ! 」

 

「うっさいッ」

 

 そして、2発目──!

 瑠瑠神が少しよろけるが、まだ倒れず。神経系が人間のものとは言い難い耐久力には舌を巻くが、しかし確実にダメージは蓄積されている。何よりも、法化銀弾に直撃したのが痛手となり、瑠瑠神の足をひっぱっているのだ。

 反対に、キンジは耐久の面で玉藻から加護を受けている。大幅な強化とは言えないにしろ、小細工なしの正面戦闘に関してはキンジに()がある。

 

「この・・・・・! 」

 

「最後の一発だ、受け取りやがれッ」

 

 さらに3発目──!

 今までよりも格段上の威力に瑠瑠神は圧倒され、今にも崩れてしまいそうになりながら後退する。鮮緑の瞳は虚ろになり、焦点は合わさっていない。脳震盪をおこしかけている証拠だ。少しだけ早いタイミングで顎を狙った恩恵が、またとないチャンスを生み出した。

 

「ぁ、ぁ・・・・・」

 

 キンジはここぞと拳を握り込む。大きく振りかぶり、狙いを定めて、かつての友へと容赦なく振り抜いて──

 

「『・・・・・たす、けて』」

 

 ハッキリとキンジの耳に届く朝陽の助けが。朝陽を救わんと放たれた拳を鈍らせる。罠だと充分理解しているはずなのに、ボロボロに傷ついた朝陽がフラッシュバックする。

 朝陽は今かろうじて命を取り留めているのだ。今ここで追撃してしまえば、瑠瑠神はきっと倒せる。だがそれは朝陽を殺してしまうことに他ならない。

 一瞬のためらい。それは、瑠瑠神にとっての起死回生の分かれ道。顎を狙った正拳突きは、瑠瑠神がわざと後ろへ倒れることでギリギリ回避され。おかえしにと下から削り上げるようにサマーソルトキックを返した。

 

「グァッ!? 」

 

「──ホント甘ちゃんね。まさか2度も引っかかるなんて」

 

 キンジは手足の末端部分から力が入らなくなり尻もちをつく。間髪入れず瑠瑠神は殺しにかかるが、

 

「そうはさせないわ! 」

 

 触れれば万物を削り取る影のようなキューブに囲まれていたはずのアリアが、戦線復帰し、瑠瑠神に立ちはだかる。

 

「邪魔よ緋緋神(姉さん)っ! 」

 

 雪月花(かたな)を真上から無造作に叩きつけ、アリアはそれを一対の刀をクロスさせ受け止めた。驚くことに、アリアは吹き飛ばされまいと踏ん張り続け、瑠瑠神の桁外れの腕力と拮抗している。

 アリアだけの力ならとっくに押しつぶされるところだが、薄く緋色に輝く眼差しが、その謎に応じていた。無意識に緋緋神の力を使っているか、もしくは緋緋神がキンジを助けたのか。どちらにせよ瑠瑠神の目ざわりなことに変わりない。

 

「ああもうじれったい! 」

 

 火花を散らしながら刃先をその双眸めがけ滑らせる。不意打ちのように思えるが、アリアは予めよんでいたように紙一重で躱し、小さな体を内側へ潜り込ませた。そして、

 

「りゃァッ! 」

 

 滅多に出さぬかけ声を張り上げるやいなや、鋭い手刀を気道に繰り出し、続けざまに顎へと乾坤一擲の一撃を放つ──!

 

「──! 」

 

 ガツッッ──! と、再度脳を揺さぶられ、さらに呼吸困難にも陥る。体がニンゲンのものである以上、その影響は計り知れないほどの隙をもたらすはずだが・・・・・彼女はそれでも、空気を求めようと喘ぐことなく両腕をだらんと垂らしたまま立っていた。

 

「っ、しぶといわね! 」

 

「待て! 一旦引けアリア──」

 

 キンジの忠告もアリアがその意味を理解するのには遅すぎた。

 再び意識を刈り取ろうと迫るが、それよりも速く血まみれの片腕がムチのようにアリアの首をとらえ、あっという間にカウンターで首を締め上げられる。アリアが背伸びをしてギリギリ地面につくところで固定すると、雪月花を首筋にピタりと当てまっすぐキンジを見つめた。

 

「愛する人を失う気持ち。傷つけられる気持ち。アナタに理解できるかしら」

 

「・・・・・理解したくないからこそ、命懸けで守るんだ。お前がアリアに手を下す前に、俺はアリアを助ける」

 

 ベレッタとデザートイーグルの弾倉を換え、それぞれセレクターをフルオートに。アリアを人質にされても外見は冷静さを保ってはいるが、グリップを握る手は小刻みに震えている。

 アリアの両手は自由だ。ガバメントにも弾は入っている。が、瑠瑠神に撃っても意味は無い。朝陽を殺すことに拍車をかけるだけだ。

 

「ふーん。試す? 」

 

「ああ、そうだな。能力を重複して使えず弱体化されているお前に勝ち目ならいくらでもある

 

「・・・・・」

 

 そう。アリアに打つ手がないように、瑠瑠神にも同じことが言える。キューブに囲まれていたアリアがキンジの助けに来れたのも、瑠瑠神が時間遅延の能力を使ったからだ。

 事実、瑠瑠神は焦っていた。好調なのは始めの、サードを相手にしている時だけ。憑依先の朝陽が死にかけであり、傷を癒すヒマも与えてくれそうにない。この場にいる全員の掃討であればまだ良かったが、キンジが現れ、法化銀弾を肩に受けてしまった。しかも色金に精通した者の、対色金の術式までご丁寧に組んであるのだ。ここにきて急速に力を失っていくのが体感できてしまう。

 

「時間を止めて、その謎のキューブで俺たちを容易く殺せるはずだ。だが、お前はさっきからわざわざ不得意な肉弾戦で応戦している。法化銀弾と今までのダメージが蓄積して朝陽の体じゃ到底乱発はもうできないだろ。時間を操る能力すらままならないようだしな。今のお前にできることは、せいぜい盾や得体のしれないキューブを作り出すことくらいだろ」

 

「・・・・・ええ、そうね。でも、それがどうしたのかしら。レキは私の能力使用のタイミングで狙撃しないといけない。他は精神力(マナ)切れ。だから邪魔者はいないよ。キンジ、あなたにアリアが守れるかどうか。今ここで──」

 

 あとは後ろへと雪月花を引くだけ。キレイな首筋から鮮やかな血液が飛び散るのにそう時間はかからない。グッ、とそのか細い首に力を込め──

 

「──なんで、ここに? 」

 

 ちょうど斬り込む位置に、朝陽が理子へ贈ったミサンガが挟まれていることに初めて気づき、電流が駆け抜けたように体を震わせた。これだけは絶対に切りたくないと体が拒否反応を示している。

 この場で一番脅威であるのはキンジだ。故に他は歯牙にもかけないほどキンジを意識していた。そう、小細工を仕組まれても気付かぬほどに。

 

「キンジ! 」

 

 長いツインテールが潤滑油の役割を果たし、締め上げる力が緩んだ一瞬で脱出。逃げられるくらいならばと真一文字に斬り捨てようと牙をむいた刃は、直後のキンジによる超精密射撃のもとに無力化される。

 一心同体とはキンジとアリアを表す言葉だと信じてしまうほどの連携だ。アリアも、脱出後に一切振り向こうとしなかった。余計なことをしなくともキンジが守ってくれると信じていたからだ。

 

「おい」

 

 息付く間もなく、気を取られていた隙にガラ空きとなった背後から誰かに呼び止められた。覇気を感じられず、死にかけそうになりながら、それでも怒りを孕んだ声が瑠瑠神を引き止められ、

 

「がっ!? 」

 

 仰向けに地面に思いっきり叩きつけられたような感覚と似て非なる痛みが脳を激しく駆け巡った。肺の中の空気は一気に押し出され、体の反射に従った瑠瑠神は酸素を求めるように口を大きく開く。視界は暗転を繰り返し、蓄積された痛みが憑依元の朝陽の限界が押し寄せる中、それでも胃から込み上げる不快感をぐっと堪え、

 

「しつこい、わね! この死に損ない! 」

 

 あれだけ瀕死に追い込んだはずなのにまだ死なないのかと。火山のごとく押し寄せる憤怒に彩られた刃を、振り向きざまに一閃する。

 ジーサードはそれすらも切先を掠らせる程度まで上体をスウェーし、

 

「るせェ、バカ・・・・・が」

 

 バタン、とその場に倒れこんだ。このままサードへとどめをさすのも良いが、背後からの気配がソレを許さない。

 再び振り向きながら刀を振りぬくが、その剣筋は別人が操っているとしか思えないほど弱々しい。

 ついに本格的な弱体化──否。肉体の限界が近いということだろう。元々瀕死の状態で酷使していたのだ。いたるところに傷や孔を残し、出血を厭わず、内臓にもダメージが入っている。むしろ生きているのがおかしいくらいだ。

 そして──

 

「キョーくん・・・・・ごめん、ね」

 

 俯き気味な理子が、朝陽が放り投げていた両腕盾で雪月花を大きく外側へ弾く。そして、弾いた腕とは反対の盾を瑠瑠神の顔へ近づけた。

 盾は本来自らを守るもの。攻撃に転じても、それは殴打をするためであり、サーベルのように突き出すものじゃない。

 盾をどかしてその目を抉る。即座に理子を殺す算段をたて──

 

「うアッ⁉」

 

 途端、目が焼かれるほどの閃光に視界が覆い尽くされる。真正面の至近距離からマトモにくらったのだ。一時的な失明は免れない。瑠瑠神の目の前に広がるのは、ただの真っ白な空間だけ。

 ()()()()()()()()──そのことに気付くのが遅れた瑠瑠神は自分を呪った。なんせ好きな人の装備詳細を完全に忘れていたのだ。精神的なショックもあり、続く第二波の攻撃の余地も見抜けず。

 

星伽候天流(ほとぎそうてんりゅう)緋火虞鎚(ヒノカグツチ)! 」

 

 手を伸ばすことすら憚れる熱波が周囲を取り囲む。周囲の状況を感覚で悟らせず、その場に瑠瑠神を固定するためだ。

 

「あの巫女ッ! 」

 

 歯を食いしばり周囲に集中して──自身を取り囲む炎の壁に穴が開いたのに気づく。キンジからの攻撃に間違いないと判断し、咄嗟に自らの能力で六角形のシールドを作製する。これはジーサードの本気の正拳突きすらとめた瑠瑠神固有の盾。一度は敗れた盾だが、この至近距離では法化銀弾も撃てない。見えなくとも目と鼻の先にいることは分かっている。盾を破壊してから意識を奪うのでは遅すぎるからだ。

 だが、キンジの拳を防ぐはずの盾は、一瞬にして鮮緑の欠片となりその効果を失った。

 

「なっ⁉」

 

 遅れて耳に届く、タァンという破裂音。穿ったのは大口径の狙撃弾であり、弾道からみて間違いなく、()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「クソっ! 」

 

 範囲指定・時間超過(リミテッド・タイムバースト)も発動時間はもとよりそれだけの力すら残されておらず、もはや成す(すべ)はなし。

 ひとつ許されるのであれば、影のキューブを極微小ながらも発動させ、強制的に攻撃を中断させること。しかし、

 

「朝陽っ、言うこと聞いて! お願い! いま、いまアナタを手に入れないとッ。わたしが、いいえ! アナタが救われない! なん、で。なんでこんなこと・・・・・! わたしっ、まだアナタになにもできてないっ! おねがい、わたしを信じて! 」

 

 瑠瑠神の力が弱体化されたことで徐々に取り戻しつつある自我がそれを許すはずがない。混ざりもの、と言ったところか。鮮緑に輝く双眸に影がうっすらと現れ始める。

 キンジは少しだけ口元を緩め、そして。

 

「歯ァ食いしばれ! 瑠瑠神! 」

 

 キツく握りしめられた拳からアッパーカットが放たれる──!

 ガードされることなく、寸分の狂いもなしに直撃し、瑠瑠神の足は地面から離れ吹き飛ばされた。瞬間、駆け抜ける衝撃には、痛みよりもただ喪失感だけが怒涛に押し寄せ。瑠瑠神は意識を何とか奮い立たせるが、それでも意識は急速に現実から離れていく。

 こんな威力、それも数多の裂傷や損傷を背負っていれば、たとえジーサードでもまともに受ければまず死ぬ。または生きていたとしても、顎や首の骨が折れる可能性すらある。それでもキンジは、朝陽は必ず戻ってくると信じて打ち抜いたのだ。

 そして、硬い地面へと受身も取れず叩きつけられる。人がアッパーを受けて宙に浮く威力だ。これでなお立ち上がるのならば、キンジ達にとってあとは殺すことしか出来なくなる。

 

「ぁ、ぁぁ・・・・・きえ、る」

 

 体が言うことを聞かない。呼吸もできない。心臓の鼓動も感じ取れない。ただ暗闇に沈んでいく感覚が身を包んでいく。

 このままでは──そう思った瑠瑠神は、唯一動く首をキンジへ傾け、()()の双眸をみせた。

 

「やだやだ、きえたく・・・・・わた、し。た、すけ、て・・・・・」

 

「──っ」

 

 かくっ、と首から力が抜け、しずかに瞳が閉じられる。

 全員が瑠瑠神の不意打ちに警戒したが、ピクリとも動く気配はない。

 アリアに一声かけ、キンジは慎重に近寄り、朝陽の首元に指をあて・・・・・本当にごく僅かだが、まだトクンと生きている証が伝わり、バスカービルのメンバー全員に目配せする。

 

「完全に気絶してる。脈はまだあるが、ここままじゃヤバい。アリア! すぐさま救護科へ連絡してくれ。白雪はそこのジーサードとかなめを頼む。できればジャンヌもだ! 理子は──」

 

「キョーくんの治療。分かってる。ぜんぶぜんぶ、こんな方法でしか助けれなかった理子の責任だから」

 

 いち早く朝陽の傍らにかがみ、ハニーゴールドの下着や制服の柔らかい箇所をビリビリに破く。朝陽の体に刻み込まれた無数の裂傷からドクドクと血を流し続ける痛ましい姿を直視し、それでも目を背けることなく布を巻き続ける。唇をキツく噛んで、涙を堪えながら。

 

「・・・・・理子、すまん」

 

 結果としてこうして無力化できたが、瑠瑠神を鎮める過程で信じられないほどの重症を負わせた。自我を取り戻しても戦線に復帰させられるか──いや、もしかしたら普通の生活さえままならなくなるかもしれない。こうして落ち着いた状態で理子をみて、キンジの口からは自然とその言葉が零れていた。

 理子はそれを聞くやいなや、

 

「謝るな! 理子だって同罪だ! 理子がもっと強ければ朝陽を苦しませることもなかった。傷つけることだって認めるはずがない! もっと別の方法で立ち向かうことだって出来た! でも・・・・・あれしか助けられる方法がないから理子は、あたしはっ! ・・・・・受け入れるしかないんだよ」

 

 ──と、心の底からの悲痛な嘆きがこだまする。

 そう、理子も同じことを考え、それ以上に責任を感じていた。

 朝陽に何ひとつ傷つけることなく無力化できる力が自分にあれば、今のような状況に至っていない。それがどれだけ手を伸ばしても叶わない願いだと、誰よりも朝陽の近くにいた理子が痛感している。

 だからこそ、まさしく身を削るような延命作業が続けられる。尋常でない量の出血と傷痕を見ても、朝陽は生きていると信じて理子は必死に命を紡ぐ。無駄を無駄だと諦めず、いつまた覚醒して殺されるか分からない状況でも怯まずに治す。

 今の彼女にとって、自分が今殺される恐怖より、朝陽をここで失ってしまう恐怖の方が何倍も勝っているのだ。

 キンジも首を振って朝陽の延命作業に取りかかる。ヒステリアモードで出来る限りの知識を総動員し、今必要な作業を完璧に脳にトレースしていく。同時により多くの情報を手にするため、気道を確保し、脈拍のリズムや強さの再確認、瞳孔の開き具合を──

 

「あ、さひ? 」

 

 朝陽は気を失った時、確かに両目を閉じていた。キンジの見間違いはない。ヒステリアモードの頭にしっかり記憶されている。

 しかし今はどうだ。両目がしっかりと空を捉えている──否。そこには黒く、鮮緑に、そして深緑にすら彩られていない真っ白な眼球が瞼の下から覗かせているだけであり──。

 

「・・・・・ぁあ、ああアアっ! アアアアァァァァッッッ──!! 」

 

 朝陽と瑠瑠神の声が混ざり合い、この世の者とは思えぬ絶叫が轟く。徐々に冷たくなり始めているその身体にむち打つように、激しく痙攣し再び鮮緑のオーラが収束し始め。

 

「キョーくんだめっ! 」

 

 ──完全に意識を刈り取った手応えはあった。事実、もう朝陽は白目をむいている。それでも抗うのは、瑠瑠神の断末魔──すなわち、愛するヒトを盗られてしまうことへの反逆。鎮められまいとする、文字通り最後の抵抗だ。

 あやつり人形のように腕も使わず背中から起き上がる不自然な光景を目の当たりにし、それでも、理子は朝陽の腰にしがみつき、離さない。

 

「朝陽! しっかりしろ! 」

 

 キンジも必死に呼び止めるが、何かの斥力が朝陽とキンジを無理やり引きはがしにかかる。暴風という言葉すら生ぬるい力の奔流。巨大な壁に押し込まれているかのような圧迫感。何よりも、ヒステリアモードの血が全力で逃げろと騒いでいるのだ。

 

「キンちゃん! 朝陽くんはもう! 」

 

「白雪ッ、諦めるな・・・・・! 」

 

「でもッ! 」

 

 桜花を使った接近術すら寄せ付けぬパワーにジリジリと距離を離されていく。しかし理子だけはその影響を受けておらず。逆にその力に呼応して理子のロザリオ──形見が強く光を灯す。

 しかしその意味を知ることなく、瑠瑠神は覚醒した。

 

「これ、で! 不完全じゃない、私本来の力を・・・・・! アはッ、ここで、死ね! 」

 

「ッ──! まだ発動できる力が残ってるのか! マズイっ、みんな! 」

 

 朝陽の体を纏う鮮緑の光が、さらに色濃くまばゆき始める。同時に(ひたい)から実体のない角がみるみるうちに形成されていく。長さで言えば十五センチ。緩やかなL字型を描くその二本の角は、同じ鮮緑へと急速に染まり始めた。

 残り最後の力を以て、ヒトあらざるモノへと変成する。現実離れしたこの光景に反撃する精神は誰も持ち合わせておらず。満を持して、瑠瑠神は喝采をあげるかの如く両手を力いっぱい空へ広げた。

 

極大範囲・時間超過(リミテッド・タイムバースト)!」

 

 瑠瑠神を中心とする、半径2100メートルの球体上の空間が瞬時に展開される。瑠瑠神を──いや、朝陽を離すまいと懸命に抱き着く理子も、咄嗟にアリアを庇おうとするキンジも、レキからの狙撃も。全て、すべてすべてすべて──止まっている。

 発動させただけでも奇跡に等しいが、どこにいるか把握できていないレキをも巻き込むためには、レキの絶対半径(キリングレンジ)を超えなければ確実な勝利は見込めない。

 瑠瑠神の愛するヒトを想う気持ちの強さだろう。しかし、とうに限界を迎えているのだ。一気に拡大した球体上の空間は、すぐに縮んでいく。・・・・・それでも。目下の浮気相手(りこ)を殺すには十分すぎる時間だ。

 

 ・・・・・そして。

 

 

 

「──もし、そこにいるのが神崎アリアや遠山キンジであれば、私は止めやしない」

 

 ふいに、鈴の音のような可愛らしさと凛々しさを備えた中性的な声が、瑠瑠神の耳に届く。万物が静止する空間。人であろうと物であろうと関係なく、不変の事実。自分以外がまだ動けるなぞ不可能だ。

 

「だけど峰理子なら話は別だ。君が理子を殺してしまうと、朝陽が廃人になってしまう。今の君は朝陽と同じ生命体だからね。憎らしいことに・・・・・ホンっトーに憎らしいことだけど。だから今回だけ人に手をかそう。私はこの星に何回も顕現できない。質量が段違いだからね。長居どころか顕現した瞬間から次元が綻び始めてしまう。早々に倒させてもらうよ」

 

 声の発生源は瑠瑠神の背後、すぐそばだ。この正体に気づかぬ瑠瑠神では無い。振り向くとそこには、

 

「・・・・・っ、()()()──! また貴様かァ! 」

 

 純黒の少しくせっ毛な髪を肩までのばし、柔らかな印象をもつ大きな瞳。中性的な雰囲気を醸し出してはいるが、見た目の年相応の膨らみや華奢さが節々に目立っている。どう見ても美少年や美少女、その類いだろう。

 

「憑依先の朝陽が瀕死で、瑠瑠神()の大元を私が抑えている。人で例えればまだ赤ちゃんレベルだ。だというのにこの被害。朝陽を取り巻くこのパーティが不安だよ。本来の力を十全に発揮出来たら、どうなっていたことか・・・・・まっ、金属とはいえ神の座に位置する者を打ち倒したのだから、それだけでも評価すべきだね」

 

「どうして私から朝陽を奪う! お前さえいなければ私たちは自由なんだ! 」

 

 瑠瑠神は吠える。全てを奪ったゼウスに対して、絶対に敵わないと知りえながらも。この領域で動ける時点で同じ、もしくはそれ以上の力を保有しているのだ。ゼウスに与えられた全知全能の二つ名は決して偽りではない。

 

「・・・・・君は本当によく喋る。眠れ。朝陽を君なんかに渡しはしない」

 

 手のひらを瑠瑠神へ向けて目を閉じる。どういう原理かは文字通り神のみぞ知ることだが、天を指す2本のツノや、朝陽が纏っていた鮮緑のオーラは時間が巻きもどるように体の内側へ収束されていく。

 瑠瑠神も歯を食いしばり抵抗する。絶対に渡すまいと、必死に"瑠瑠神"を保とうと力を纏わせるが──無意味、無価値、無意義。あまりにも強大すぎる存在が、すべて嘲笑うかの如く"朝陽"を取り戻す。

 唇を噛み締め、何もかも無駄な抵抗だと悟った瑠瑠神は、血の涙を流しながらありったけの怨念と激墳をぶつける。

 

「貴様は絶対に私たちの刃で殺す! この愛が引き裂かれようと! お前達が言う歪んだものに成り果てようと! かなら、ず! わた、しは──」

 

 鮮緑色のオーラは消え去り。存在が許されない瑠瑠神は急速に収まっていく。そして遂には──その姿を朝陽の中へくらませた。

 今度こそ、瑠瑠神を撃退したと言えよう。だがゼウスの安堵もつかの間の出来事。瑠瑠神を失い、引き延ばしていた時間の領域は爆発的な速さで崩壊していく。

 

「君。乗っ取られるの早すぎだろう。まったく・・・・・()()()()()()()()()()()()。能力の過度な使用は厳禁だと何度いえばわかるんだい? 愛する人のために傷つくなんて、幸福とは呼べないんだよ。──待ってるよ。私の空間で。まぁあそこじゃ充分には──というか、話せるかわからないけど。説教コースだぞ、ほんとに」

 

 その中でやれやれとゼウスは首をすくめ、朝陽の唇に触れる。すると、あやつり人形の糸が切れたかのように、その場にストンとへたりこんでしまった。瞳も鮮緑から黒色へと徐々に戻ってはいるが、損傷がひどい。特に右目に関しては顔を顰めるほどだ。

 

「・・・・・待ってるよ」

 

 そう言い残したゼウスは、空間に溶け込むように消えてしまう。ひとつの痕跡すら残さず。まるで初めからいなかったように。

 時間の流れから解放されたキンジ達は、何が起こったか知る由もなかった。そしてゼウスも、一人の少女の後悔を後押しするとは思いもしていなかった──。

 

 

 



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第62話 目覚める魂

前回 瑠瑠神との決着。
また朝陽の一人称に変わります


 夢を見ている。空を飛んでるだとか、一面に広がる花畑とか、そんな幻想的じゃない。ありふれた都会の真っ只中だ。

 当然人もたくさん通る。サラリーマンが汗だくになった顔をハンカチで拭く姿。買い物に行く半裸の婦人。マフラーと手袋、耳あての完全冬装備の女子高生二人組。麦わら帽子を被り日焼け後がくっきり残る男の子。虫かごを首にかけたサンタさん。かじかんだ指先に白い息をはく半袖半ズボンの──中性的な人。十人十色を表した人々は一様に列を作り、歩道を一糸乱れず歩いている。その中に、俺はただボーッと立っていた。

 

 紅葉や桜、太陽照らす空の元に雪が降ってて混沌極まる光景だが、俺はそれを簡単に受け入れていた。どこか納得してしまう自分がいる。理由は分からないが、多分これでいい。こうじゃなきゃだめ。思い込んでしまう方が、ずっと楽だ。

 

「朝陽。今なら間に合う」

 

「キョーくん。理子の手をとって」

 

 雑多の中から抜け出せず困っていると、ふと前から手を差し伸べられる。雑多の中にいても、その二人の体は透けていて通行の邪魔になっていない。

 顔は黒いペンで塗りつぶされている。おかげでそのふたりが誰なのかはさっぱりだ。

 

「この手をとるかは君次第だ。だけど、どうしてもダメって言うなら、私が救おう」

 

「キョーくんのそばにいる。ずっとずっと、何があっても」

 

 差し伸ばされた手をどうするか悩む。目の前の二人とは初対面だ。いきなりそんなこと言われてもってのが本音だが、不思議と金髪の子の手をとりたいと思ってしまう。でも繋いでしまったらって考えると、やっぱり手を引く。握ってしまえば大切なものが壊れる、そんな気がして。

 

「ねえ。私とひとつになりましょう? 」

 

 耳元で突然囁かれ、振り向く間もなくギューッと抱きつかれる。二つの柔らかいお山が背中を突っつき、心臓が跳ね上がるまでは一瞬だった。雪のように白い腕はお腹のあたりで交差され、誘惑の声が耳をくすぐる。

 

「いつまでも愛してるわ。朝陽」

 

「え、えっと? 愛って、どういう・・・・・」

 

 その意図を汲む前に、意識が暗転していく。結局、俺に声をかけてくれた三人の顔も知らぬまま。

 あの人たちは・・・・・誰なんだろう・・・・・。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「ん・・・・・ぅ」

 

 突然砂嵐の中にいるような息苦しさで目が覚める。咳したくても出来ないし、何より胸が痛い。というか、体中に閉塞感がある。こう、何かを巻かれているような気がしなくもない。

 頬を冷たい風が叩く。冷房とかそんな感じではない、優しい涼しさ。でも冷た過ぎないから、火照った体にちょうどいい感じだ。そのおかげか、寝起き直後の息苦しさは風に巻かれてそれ自体嘘のように引いてくれた。

 

 にしてもここはどこだ? 視力は良いはずなのだが、1メートル先の光景から全てが歪んで見える。右目に限ってはまず見えん。背中のふかふかの感触はベッドだと思うから、今見てるのは・・・・・天井か。寝起きでもこんな目の前がボヤけるなんてこと無かったんだが、どんだけ寝てたんだよ俺は。えと、何してたんだっけかな・・・・・

 

「──っ」

 

 とりあえず体を起こすが、これが一苦労。自分と信じられないくらい体全体が重たい。くそっ、ベッドに吸い寄せられてるみたいだ。でも、なんとかできそう──

 

「おや、起き──」

 

「うわっ! 」

 

 心臓が跳ねるとはまさにこのこと。電流が頭を駆け抜け、支えていた腕から力が抜ける。目覚まし時計の悪い例を体感させられた気分だ。一瞬だが呼吸も止まった気がするぞ!

 

「あははははっ! 寝起きそうそうなんて驚き方だよ! 京城、キミは天才か! 」

 

 超ビビった。くそビビった。多分今年一番だ。誰だって暗闇でなんも見えないとこからいきなり話されたらビビるだろ! それをこいつ・・・・・腹抱えて笑いやがって!

 

「うるせえ! 誰でもビビるだろうが! 」

 

「でもっ、開口一番それって」

 

 どれだけ面白かったのかまだカラカラと笑ってやがる。声からして年齢が近いと思うが、同い年以下だったら顔面ぶん殴ってたとこだぞ。

 その恨み節をのせて傍らにいるシルエットを睨みつける。どこかで聞いたことある声なんだが、パッと名前が思い浮かばん。

 

「はぁ。で、誰ですか。もう起きたので、部屋明るくしても大丈夫ですよ」

 

 腕が動かせないならせめてと背筋をグッと上にのばす。ポキポキと小気味よい音がなり、一種の気持ちよさを堪能する。結構な期間寝てたと思ってしまうくらい重たい体だが・・・・・理子の部屋ではなさそうだ。てことは、ここはどこだ?

 

「覚えて、ないのか? 」

 

「え。いや、覚えてないというか、寝起きみたいで頭が働かなくて。友達の部屋ではないことは確かですが。ひとつ思い出せば順々にいけると思います」

 

「・・・・・そうか。これも予想のうちだったが、交流がまだ深くないとはいえ友人としては心が痛いな。峰理子がいなくて本当によかった」

 

「あ、理子は覚えてますよ! 今の友達ってのは理子のことです」

 

 理子は思い出せる。というか思い出せないとはり倒される。あとは、まぁ直近のこととあまり交流が少なかった人は無理だ。キッカケさえあれば全部頭に浮かぶんだが、

 

「ワトソン。僕はワトソンだ。アリアの婚約者として日本に来て、キンジに返り討ちにされた男だ」

 

「──ああ。あのワトソンか。おかげで全員思い出したわ。サンキュ」

 

「それで覚えてたのかいキミは! 」

 

 眩しっ──!

 突然俺が寝てる横に光が灯り、優しいオレンジ色の光がシルエット(ワトソン)を鮮明に映し出した。多少目に刺激があったのが幸を奏したのか、みるみるうちに視力は回復していく。光源はホテルのベッド横にあるテーブルランプだ。至って普通のもの。でも右目は真っ暗闇。眼帯でもつけてんのかってくらい見えん。

 

「もういい! はぁ、キミは本当にデリカシーに欠けるね。峰理子の苦労が伺い知れるよ」

 

「男同士なんだし、別にいいだろ」

 

 あ、睨まないでください。どうして怒るんですか。何もしてないのにこの仕打ちは酷いぞ。身動きひとつとれないから受け身すらできねえのに、腹パンとかやめてくださいよ。頼みますから・・・・・って、そういえばこいつ、理子のことこんな回りくどい言い方で呼んでたか?

 

「体調はどうだい。頭が痛いとか、腕が痛いとか、気持ち悪いとか。なにかある? 」

 

 眉をひそめながらも、一画面の携帯のようなものを取り出し俺に聞いてきた。今俺が寝てるのは病院のベッドの上みたいだし、目が覚めた俺の症状でも書いているのだろう。どこかでまーた怪我したのか。・・・・・また、ってなんだ?

 

「あー、寝起き直後の息苦しさ。車酔いと似た気持ち悪さと頭痛。これらは治った。今は右目が見えない。体が信じられんくらい重い。特に腕だな。動かせるには動かせるんだが、なぁ、俺の体どうなってんの? 」

 

 ワトソンは、ふむ、とだけ答えるとカチカチとその機械を操作する。俺の質問よりそれが優先事項みたいだが、こいつなりに急いでるのだろう。なんたって、カーテンの隙間から見えるのは暗闇。月明かりすら申し分程度にしか入ってこない。院内の廊下からも光が漏れてないし、少なくとも夜の9時以降ということになる。つまり面会時間どころか消灯時間すら越えてここにいるのだ。

 

「キミの体の状態は最後に説明しよう。さて、今からいくつか質問させてもらう。僕への質問もしてもいいが、そう長くは付き合ってられないよ」

 

 ワトソンは携帯から俺へと視線を移し、真剣な雰囲気を漂わせた。

 

「質問・・・・・? 俺を看病してくれてたんじゃないのか」

 

「ああ。では早速、キミはいつまでのことを覚えてる? 」

 

 いつまでの、ってのはここに入院する前のことか。

 えっと・・・・・つい最近体育祭をやった気がする。気分悪くなって、理子に膝枕で介抱してもらった。そのあと理子親衛隊の隊長と話し合って。その翌日は──あれ? 覚えてないな。なんかしたっけかな。

 

「体育祭直後。そこが限界だ。その前はジーサードが襲撃してきたりな。かなりの強敵だったんだけど、なんとかして凌ぎ切ったんだよ」

 

「ジーサードか。その件については僕も耳にしている。じゃあどうやって撃退したか覚えてる? 」

 

「どうやったって、そりゃあ」

 

 ・・・・・言葉につまる。確かに俺は理子と協力してジーサードと戦った。最先端技術を駆使した装備と人間離れの身体能力に圧倒されかなりの劣勢だった。何度かピンチに追い込まれ、殺されかける場面すらあったが、そのことごとくをやり過ごせた。でも、肝心の方法が分からない。最悪の状況を打開するために手は打ったんだが・・・・・。

 

「覚えてないか。じゃあ任務の話からは一旦離れよう。次の質問だ。アリア、白雪、キンジ、レキ、平賀、僕、不知火、武藤。この人たちについてどう思う? 」

 

「どうって、意味が曖昧過ぎないか」

 

 俺の問いにワトソンは、ふむ、と首を少し傾け人差し指をピンとたてた。

 

「そうだね。例え話をしようか。例にあげた誰かが、単身で銀行強盗に立ち向かったとしよう。強襲専門じゃないとかは気にしないでくれ。それで、銀行の中には計10人の犯人達が、キミの友人ひとりを包囲した。強盗一人の戦闘力は低くその状況を打破するのは簡単だ。・・・・・だが、不幸なことに足を撃たれてしまい、出血多量。動けなくなってしまった。そんな時キミは銀行の外にいる。さて、助けに行くか行かないか。君はどっちだ? 」

 

 なんか、変な質問だな。でも雰囲気的にマジっぽいしおちゃらけたら逆に怒られる気がする。にしても、俺がまるで見捨てる可能性があると言わんばかりだ。んなわけないだろ。友達が困ってたら助ける。武偵憲章いぜんに当たり前のこと。

 

「助けに行く。武偵としても人としても、見捨てる選択肢はない」

 

「そうか。では峰理子が止めたら? 」

 

 ──理子? どうして理子がそこで出てくる。一番仲が良いって思われてるからか?

 

「どうして理子なんだ。そもそもアイツが止めるはずないだろ? 」

 

「京城、仮の話だ。たのむ」

 

「──たす、ける。友達なら、見捨てるわけにはいかない」

 

 俺の目をみて相槌をうつと、また携帯を操作する。

 俺がなにかやらかしたのだろうか。やらかしたのなら、内容からして仲間を裏切る行為だとかの類をしてしまった事になる。そうでもなければこんな事聞く必要が無い。

 

「よし。じゃあ次──」

 

「なあ。俺は、誰かを傷つけたのか? 」

 

 ワトソンの表情が一瞬だけ(こわ)ばる。だが、気のせいだと思ってしまうほどそれは一瞬のこと。

 そうだ、見間違いだと俺は思い込む。自分に強制するように言い聞かせる。

 

「次。キミにとって大切な人をひとりだけ教えて欲しい」

 

「大切な人──? 」

 

 そう言われて最初に思い浮かんだのが理子だ。次に・・・・・次に、だれ、だろう。名前は確実に思い出せる。仲間の顔が、思い出が、屈託な笑顔と共に脳裏にしっかり映し出される。けれどそのどれも、等しく暗い影が差し込んでいるのだ。影というのは思い出自体にではなく、仲間の顔が暗くなっているという意味合いに近い。そうなると、鮮明に映るのは理子一人になるわけで・・・・・。

 理子。そう自覚すると恥ずかしさが遅れて押し寄せてくる。

 

「理子、かな」

 

「愛してる? 」

 

「愛!? 」

 

 唐突すぎて混乱する。あっ、あー・・・・・。理子にも同じような質問何回もされてるからそのうち考えとこって思ってたけど・・・・・肝心な時に答えが出てこない。てか考えてなったし。愛とは違うんだけど、好きかって聞かれると、困るというかなんというか。

 

「返答に困る」

 

「好きっていうの認めたくないから? 」

 

「いやそうじゃない! 」

 

 若干浮ついた声にキレ気味で応戦すると、残念そうに肩をすくめた。大事な聞き取り調査っぽい途中なのに私情を挟むな私情を。キリッとして始まったこの会話を自分から雰囲気崩してんじゃねえか。

 

「分からないんだ。どうしても整理がつかん」

 

「──そうか。では質問を変えよう。もし峰理子が他の男とイチャイチャしてたら、キミはどう思う? 」

 

「そりゃあまあ。そいつを好きになったら、俺は潔く身を引くしかないだろ」

 

 ズキン。

 薄ら笑いで言い放った言葉に、何故か心が痛くなる。脳裏には、理子がこのニセモノの関係に愛想が尽き他の男とイチャイチャしてる場面がぷかぷかと湧いてきた。いつも組んでる腕が、小悪魔っぽくも俺を見上げるその笑顔が、誰かのモノになるんだとしたら・・・・・氷の槍に貫かれたような痛みを覚えてしまう。つまるところ、前々から危惧してる独占欲というやつだ。多分。

 

「ほーう? 僕には嫉妬心まるだしの思春期男子にしか見えないケドね」

 

「嫉妬!? まさか、俺がそんな」

 

「女性にだらしないキミが本気で恋したんじゃないか? 聞くとこによると、装備科の平賀文と一線越えそうになったって話あるし。キミの変態呼ばわりも、どうせ他の女子生徒に同じことをしようとしたんじゃない? 」

 

 ・・・・・んん? まって。今とんでもないこと口走らなかったかこいつ。聞き間違い。聞き間違いであってほしい! ・・・・・なわけねえよな!

 

「待て。本気で恋したとかそういうのはともかく、文のことどこで聞いた!? 」

 

「僕は諜報員だ。キミがいつ誰と接触したかなんてお見通しだよ」

 

 ふふんと鼻にかける姿を尻目に俺はただ祈るしかなかった。

 ──アリアと理子以外にこのこと知られてませんように! と。

 あれは文に酒というかアルコールが入ってたから俺に襲いかかってきたわけで、俺から手を出したわけじゃない。いくらでも弁明はできるが、一線を越えそうになったのは紛れもない事実。学校にでも広まってみろ、浮気変態最低男のレッテルが貼られる・・・・・!

 

「あの──皆には黙ってて頂けると嬉しいです・・・・・。あ、あと、他の女子にはそういうことは一切してませんので・・・・・はい・・・・・」

 

「元々言いふらす気はないよ。不幸を呼ぶのはキミの分野、これ以上の不幸は味わいたくないはずだからね」

 

 うぅ、ワトソンには頭が上がる気がしない。俺が釘を刺さなくともワトソンは言いふらさなかったと思うけど、これからの学校生活に関わる話なんだ。特に蘭豹先生にでも知られれば──うっ、これ以上は想像したくねえ。

 

「話が脱線したね。とにかくキミは、峰理子が他の男とイチャイチャしてた場合、嫉妬が生まれるっと」

 

「ちょ! まだそうと決まったわけじゃ! 」

 

「はいはい。次いくよ」

 

 声高に俺の言い分を切り上げると、手に持った携帯に目を落とした。

 本当に分かってくれてるといいんだが、まあワトソンなら大丈夫かな。なんだかんだ信用はできる。バスカービルと良くしてくれてるからな。さて、次の質問は、と。

 

「もし峰理子が襲われたら・・・・・ああ、これじゃ広義的すぎか。()()()()()()としたら、キミは──」

 

「──! 」

 

 ドス黒い殺意が蠢く。激怒なぞ生ぬるい。"殺す"、ただそれだけが心を支配していた。どことも知らぬ汚い野郎が理子を穢す。想像しただけで止めどない殺意が際限なしに溢れる。

 その汚い手で触れるな。近づくな。見ることさえ許さない。お前らが指一本でも触れようものなら殺す。手足を1センチずつ切り刻んで、その汚い性器をミンチにしたあと、オマエらの喉に直接詰め込んで、それで──

 

「朝陽! ・・・・・大丈夫か? 」

 

「・・・・・ん」

 

 名前を呼ばれてハッとする。なにか、とてつもなくヤバいこと考えてた予感がする。胸のモヤモヤと、不自然に強く噛み締められた歯が少し痛む。謎の息切れも起こして、一体何が・・・・・。

 

「今キミが僕に何したか、覚えてるかい? 」

 

 ワトソンが紅潮した顔をしかめて俺を睨む。どうやら首をさすっているようだが、俺からしてみれば、質問された瞬間ワトソンが顔を赤らめたとしか言い様がない。注視してみれば、首に若干絞め痕があるが・・・・・最初からあったか? よく見てないから思い出せん。

 

「いや、それよりその首の痕はどうしたんだ? 」

 

 ワトソンは俺の問いに目を見開くと、そうか、と落胆した素振りをみせた。俺にとっちゃ何が俺の落ち度だったのか教えて欲しいんだが、そんな雰囲気でもなさそうな感じではある。

 そういえば、いつ動かしたのか分からんが右腕がワトソンの方向へなぜか向いている。両腕がクソみたいに重たいから動かしてないはずなんだけど・・・・・もしかして俺が首絞めた? いやいや。記憶にないし。俺じゃないだろう。

 

「で、次の質問はなんだ? 理子がーの続きから聞こえてなくて」

 

「・・・・・」

 

 ワトソンはだんまりとうつむき加減で携帯の画面を見据えている。人が変わったかのように、今までとは打って変わった様子だ。ほんの一瞬前まではあれだけ話していたのに、今では触れがたい雰囲気──むしろ敵意すら感じ取れる。

 一瞬の間に何があったんだと思わず俺から問おうとすると、ワトソンは咳払いでそれを遮り、もう一度俺に真剣な眼差しをおくった。

 

「なんでもない。ではこれで最後だ。キミは────自分を人間だと思っているかい? 」

 

 ・・・・・は?

 あまりにも突拍子のないことで、そのワトソンの言葉を理解するのに、少し間が開いてしまう。理子に関してのことだと身構えていたのだから尚更だ。

 人間として生まれてきたんだ、当たり前だろう。と、ため息混じりに口を開くが、どうもその言葉が喉から出てこない。代わりに出てきたのは、

 

「は、はぁ? 」

 

 という間の抜けた返事だけ。

 

「人は体内血液の約30~35%以上失うと生命の危険がある。これは衛生科Eランクのキミですら知ってることだ。そして、出血量が50%を上回った場合、助かる見込みはまず無いと言っていい」

 

「・・・・・」

 

「ただ、動脈などを損傷し短時間で大量の出血をした場合、出血性ショックに陥り死に至ることもある」

 

「何が言いたい」

 

 ふぅ、とワトソンは軽めのため息をついた。

 どうして突拍子もない人体のことを話すのか。今の俺の怪我に関係あるのか・・・・・? 胸がざわつく。意味のわからない冷や汗が背中を伝う。意識してない自分の何かが、それ以上聞いちゃいけないと警告している。

 

「ハッキリ言おう。友人としてではなく、ひとつの組織に属しキミを監視する者として。()()()()()()()()()()()

 

 そう告げるワトソンの目には嘘ぶる様子は一切見られない。

 人じゃない──唐突にカミングアウトされたそれは到底信じられないものだ。鼻で笑うとはまさにこのことを言うのだ。

 笑って否定すれば良いものを、心の何かが、ワトソンのたわいごとを必死に否定する。

 

「うそだ。ちがう。まだ俺は人だよ。どうせこの怪我のこと言ってんだろ? 怪我なんていっつもしてるんだよ。言わば俺は病院の常連客ってところだ。主治医の先生には呆れられるくらい通ってる。今回もそうだろ? 包帯ぐるぐる巻きだから大袈裟に見えるだけなんだ。ほら」

 

 岩のように重い両腕を持ち上げワトソンに手を振ってみせる。それから五本の指を交互に動かしたりと、自分でも滑稽な姿を演じてみた。そうでもしないと、胸のざわつきが収まってくれない。

 ワトソンは俺の腕を交互に見ても、表情を和らげてくれない。これじゃダメってことか。手を動かすだけじゃ誰でもできるもんな。あはは。

 

「包帯取れたらさ、射撃場に連れてってくれよ。組手でもいい。銃の扱いとか徒手格闘とかなまってるからさ。リハビリ必要になることになっても、絶対元の状態に戻すから。だからそんなこと、言わないで──」

 

「現場に付着した血液を調べたんだ。もちろん僕も助手として参加した。どの組織よりもいち早く友人の異常を否定するためにね。・・・・・結果は違ったよ。キミの血液量は計算して約5L。そのうち約80%──4Lがキミの体から流れ出したことが判明した」

 

「話聞けって! ・・・・・あ、80%? ──ああなるほどな。分かったぞ。ビックリさせんなって! ワトソン、さてはドッキリでも仕掛けてるな? でも肝心なところでボロ出しちゃダメじゃないか」

 

 さっきからよく分からん質問だと思っていたが、仲間に対してどう思ってるかーなんて入っていれば、答えはひとつ。好感度調査を兼ねたドッキリだ。首謀者は武藤か理子だな? 武藤だったら轢く。・・・・・聞かれちまったじゃねえかよ。理子のこと。あーあ、またからかわれる。

 ──ドッキリかぁ。ここは引っかかったふりをするのが吉だったか。失敗したな。内容はなんにせよ壊しちまった。

 

「・・・・・京城。疑問に思わなかったのか? 」

 

「ん、なにをだ? 」

 

「キミの血液が正確に把握出来たか、だ。キミのは他の誰の血液とも混ざらないんだ。まるで血液の一粒一粒が他人を拒絶してるように、水と油のように弾きあう。だからおおよその量は測れた。あとは識別方法だけど──金属探知機に反応するんだよ。キミの血液」

 

 ドッキリとわかった以上話し半分に聞いていたが、それでもぶっ飛んだ理論があのワトソンの口から出てきて、

 

「・・・・・はぁ? 」

 

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

 金属探知機? 弾きあう? んなバカな。

 

「よく分からんのだが──突飛な設定なこって。もうドッキリは終わりだぞー。俺はロボットかってんだ。かっこいいけど自分がなるのはごめんだぞ」

 

「初めに疑ったのは、峰理子を助けるために救出へ向かった紅鳴館での戦闘後のことだ」

 

 それでもワトソンは無視して続ける。おい、と声をかけようとするも、その冷えきった瞳を見て自然と言葉を飲み込んでしまう。

 

「現場を見に行ったが、何者かがかなり出血していた痕跡が半焼した館内のそこかしこに残されていたよ。それらはほぼ全部じゃないにしろ、大半がひとりの生徒から零れ落ちたモノだと判明した。色々と話を聞く限り、あの場にいた誰よりもキミは重症を負っていたはずだ。なのに回復速度が尋常じゃない。歴史上類を見ない、人を逸脱した速さだ」

 

「あ、ああ。まあドッキリかどうかはともかく。個人差によるだろそんなこと」

 

「専門的な治療を受ける前に断裂した筋肉や神経が、一週間も経たぬうちに完全に治った状態まで回復したなら話は別だ。体の奥深く、最大の急所の一つである心臓に刃を突き立てられても、病院に担ぎ込まれた時にはキミ自らの力でどんどん傷が癒えていくのが直接観察できた。僕は医療には少し携わってる身でね。キミの手術にも立ち会えたんだが、あの回復力は超能力(ステルス)の枠を超えた領域だ」

 

「どういう意味だよ。俺そんな大怪我したのか? それに心臓だって? ハハッ、ワトソンにしてはぶっ飛んだ発想だな。初ドッキリで緊張しすぎて三徹明けですってなら納得できるが、もうやめよう。ごめんな付き合い悪くて。直近の記憶を取り戻すのが先決だからさ」

 

 苦笑いを浮かべながら手を胸に当てる。あまりにもワトソンが真剣だから、こうして確かめないとバツが悪いというかなんというか。

 感触的に全身に包帯グルグル巻きだし、しっかり胸に手を押し付ける。

 まあ本当に心臓に刃物が突き刺さったんなら肝心のソレは止まっているはず。てかその状態で俺生きてない・・・・・し、な?

 

「あ、あれ? 」

 

 あの暖かな鼓動が手の平に伝わってこない。包帯越しでもちょっとは感じるはずなのに。あ、ああ。たぶん巻きすぎたのかな先生。

 僅かに震える手を首──頸動脈に動かす。幸か不幸か首には細長いチョーカーのようなものしか付けられておらず、脈を測るのに邪魔なものはない。これならまぁ、だいじょう、ぶ・・・・・

 

「────は」

 

 わけがわからない。いくら探っても指先に伝わってこない。俺だって衛生科(メディカ)の端くれ。基礎中の基礎だが、高天原先生の教えはきっちり頭に刻み込んでる。正しい位置で測れてるはずだ。なのに・・・・・なのにっ、なんで!

 

「分かったかい? ()()()()()()()()()()()()()ってことが」

 

 ・・・・・頭の中が真っ白になる。素直に受け止めきれない。だって今もこうしてワトソンと話を交えてるんだ。体調は万全とは言いきれないけど、意識はハッキリしてるし空腹感もある。生きてる証拠なら沢山あるんだ。

 

 じゃあどうして心臓が止まってるのか。理解しようとすると、途端に脳の内側から無数の針で刺されたような苦痛が走り抜ける。黒板に爪をたてた時のと似た不快音が体の内側から鳴り響き、体の奥底から氷が積まれていくが如く冷え始める。思い出すなと警告してるつもりか、おれ。

 唐突に身体を蝕み始めた()()に眉をしかめるが、ワトソンは顔色ひとつ変えずただ俺をじっと見て携帯を操作するだけだ。それは友人に向ける目ではなく、実験対象の行動をただただ観察するに等しい無機質なものに感じられる。

 

「・・・・・はっ、なんだ、俺がゾンビだとでも? 」

 

 震える声音を必死に抑えて冗談交じりに返答する。だが、現実は甘くなかった。

 

「キミが僕を食べたいって言うならそうかもしれないね。包帯の下は腐った肉塊かも」

 

「ワトソン! ふざけないで答えろ! 」

 

 内に秘めていた怒りを爆発させる。いや、怒りと呼ぶにはおこがましいもっと醜いナニカ。自分でも認めたくない。認めたくないから、頭にその文字が浮かんでこない。これをぶつけられたワトソンが理不尽と思うのは百も承知だ。でも、怒鳴りでもしなければ、いわゆる人外だと認める気がしてならなかった。

 

 痛いほどの静寂に包まれる。同時に内外の圧が身体を風化させていく。冷たい。体の芯から凍る。さっきまであったはずの体温のぬくもりを宿した布団が、逆に熱いと感じてしまうほど。だが寒いとは感じない。まるでこれが平熱だとでも身体が錯覚してるのか。気持ち悪い。きもちわるい。息苦しい。吐き出してしまいそうだ。

 

「キミは先程僕に手を振っただろう。あれも人間なら不可能なんだ」

 

 長い長い静寂をやぶり、ワトソンは唐突に話を切り出した。

 

「キミは、ライフル弾に被弾し文字通り()で繋がっている状態の腕で、トーヤマが打ち込んだマッハ1前後の拳を真正面から受け止め、神経や筋繊維がズタズタになった腕で、僕に()()()()だと伝えた。どちらも切断してもおかしくない・・・・・むしろ切断されるべき重症で」

 

「──なんなんだよ。意味わかんねえよ。嘘も大概にしてくれ」

 

「僕だって初めてみた。あんなグロテスクなのは到底見せられない。海兵隊ですら目を覆いたくなる重症だ。特にキミと親しかった峰理子には大きなストレスだったろう。戦闘中は割り切っていたが、緊張が解けた途端取り乱した様子だったから。峰理子はブラド及びヒルダとの関係でも強いトラウマを抱えていた。それを解決してくれたキミがあんな姿にでもなれば無理もない。ただ峰理子は強いからね。立ち直る強さは持ってるはずさ」

 

 嘘だうそうそうそ・・・・・。全部作り話だ。そうに決まってる。心臓もからくりがあるはずだ。首で脈が測れなかったのも、装着されてるチョーカーのせいに違いない。

 

「ああ、包帯はまだとれないよ。ガッチリ固定されてて僕も外せない。だから今キミに両腕がズタボロになったって言ってもきっと信じてくれないだろ。だけどそれでは話が進まない。そうだね・・・・・キミ対バスカービルとジーサード及びジーフォースとの死闘が繰り広げられたこと、キミの右目の眼帯をとって証明としよう」

 

 大丈夫だ。俺はなんでもない。そんな大怪我してない。理子にも迷惑なんてかけてない。だから、眼帯はずないで。お願い──。

 だが心の中の情けない懇願とは裏腹に、ワトソンは身をのりだし俺の耳にかかったヒモをスルリとはずした。

 

 眼帯のせいで周りが見えなかった──そんな幻想は音をたてて崩れ去る。どう足掻こうと、重たい腕を無理やり動かしまぶたをこじ開けようとしても、ピクリとも動かせない。()()のように右目周辺の皮膚が硬化し、もう一度周りの風景を映すのは不可能だった。

 

「ほら。キミの目は今こうなってるよ」

 

 見たくない。見たくない。しかし、そのあわれな思いを簡単に打ち砕かんと無機質な月光が俺とワトソンの持った鏡を照らし出す。

 そこに映し出されたのは────硬く閉じられたまぶたの中心から()()()()()()()()()()()のような傷跡だ。半径2センチほどのソレは、傷と言うにはあまりにも(いびつ)。通常戦闘で出来たモノじゃないと一目で判断できる。こんなの、誰かが意図的につけたとしか思えない。

 

「それでもまだ、思い出せないかい? 」

 

 ワトソンの言葉で頭痛に拍車がかかる。同時に、誰かが「聞くな」と喚き散らし始める。ワトソンの声を遠のけようとする阿鼻叫喚にも似た叫び声。どうしてこんなにも体が拒否反応を起こすのか。・・・・・知りたい。何を忘れているのか。大切なものを失っているのか。

 最後まで思い出せなかったか、と捜査していた携帯らしきものを傍の机に置いた。そして、俺の瞳をジッと見つめ、口を開く。

 

 

 

「キミは瑠瑠色金(るるがみ)となった」

 

 

 

「・・・・・る、るがみ・・・・・ぁぁ、あああアアアアッッ!! 」

 

 欠けた記憶が頭に押し込まれる。今までと比べ物にならない耳鳴りと頭痛で目の前がゆがむ。痛みで意識が遠のき、さらなる痛みが無理やり意識を覚醒させる。目の前が真っ赤に染まり、自分の喉から発せられる絶叫がハンマーとなり容赦なく自分の頭へ振り下ろされる。唇の端を噛み痛みに堪えようとするも、一瞬のうちに噛み切り、沸騰しているかのような熱量の血液がポタポタ垂れ墜ちる。

 

 どこにも現実から目を背ける手段はない。

 そうだ。(おれ)は自分を信じてくれる人に平気で刃を向けた。躊躇なんてなかった! 俺がジーサードに殺されたからそれに乗じて、なんて言い訳にならない。どれだけ言い訳を探そうと、その答えの前に、この体はもう半分以上瑠瑠色金に成ってしまっているという事実が立ちはだかる。──俺がやったのと何ら変わりない。この世で一番憎くて、殺したくて、消えてほしくて、『──』たくて、そんなモノに気付けば自分が成っていた。

 

「イタ、イっ! 痛い痛ィ! 」

 

 傷つけた。瑠瑠神だった自分が何をしでかしたか。傷つけた。あんな平然と、冷酷に。傷つけた。アリアもキンジも白雪もジャンヌも、皆と仲良くしてくれてたかなめも。大切な理子ですら・・・・・!全員傷つけた! あれだけ瑠瑠神には屈しないと誓ったはずなのに! 命を賭して救おうとしてくれた皆を殺しかけた! 全員殺しかけた!

 

「割れっ、ぇる・・・・・! 」

 

 途方もない罪悪感と激痛に脳が灼け焦げる。幻覚か生肉が焦げたような臭いすら感じ取れる。内側から熱せられた頭が溶け出す──味わったことのない不快感。これが幻覚だとしたら、なんでこんなに苦しまなくちゃいけないのか。俺一人がどうしてこんな痛みに耐えなくちゃいけないんだ。気持ち悪い。ただただ自分が気持ち悪い。こんな仕打ちは望んでな──

 

 ──あ、ちがう。

 

 俺が弱いから今も苦しいんだ。謝って許してもうらうなんて都合が良いにもほどがある。これは罰だ。俺が弱いから、瑠瑠神の能力を乱用して理子を救ったように気取ってた、愚かで醜い自分への罰だ。

 

 そう自覚した瞬間、ドロドロと痺れる不快感が手足の末端部に現れた。瞬く間にそれは全身へと流れ出す。どうにもできないまま吐き気をおぼえ、しかし胃から込み上げるものを受け止められず、そのまま純白の布団にぶちまけた。何も食べてないが故に胃液だけを吐き出して──

 

「ぁ、れ? 」

 

 僅かに濡れた白い病衣に小さな糸のような束が固まっている。鮮緑に彩られた、糸。

 ──違う。これ、は・・・・・髪の毛?

 

 ・・・・・ぁあ、あああア! ちがう、ちがうちがうちがう! 俺はお前のものじゃない! 俺はもう()()()傷つけたりしない! ゼウスの言った通り俺は一人で戦わなくちゃいけないんだ! 理子一人くらい守れる! もう二度とっ、二度とお前なんかに・・・・・!

 

 

 

 あと何回俺は、「理子を傷つけない」といえば、良いんだ?

 

 

 

 ・・・・・ぁ。

 意識は底抜けの暗闇に落ちて、堕ちて、墜ちて──

 

「今はゆっくり休むと良い。同志朝陽──いや、瑠瑠神よ」

 

 ドロドロと崩れるワトソンの顔を最後に、意識が、おちた。

 

 

 ────ぱきっ。

 



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第63話 運命のイタズラ

前回 ワトソン(?)との病室内で会話


 ──起きてすぐのことだ。まず始めに感じたのは、泥のように重い自分の肉体だった。そして肩にのしかかる重圧。胃がキリキリ痛み、目覚めた瞬間から倦怠感に苛まれる。でもこれ以上寝れる気はしない。昨晩からそう時間も経ってないはずなのに、やたらと体のあちこちが固まっている気がする。寝過ぎて逆に体が重くなるアレと同じ感覚だ。

 

 手始めに動かすのにも一苦労だった手足をバタバタさせてみるが、異常な重さは感じられない。至って普通の四肢だ。ただ、右腕の上腕付近の風通しが良い感覚がなければだが。けど反対の腕は大丈夫。相変わらず右目が見えないのがイタイ。人間片目を失えば立体視ができないとされている。距離感もいまいち掴みづらく、前線で戦う武偵には致命的な欠損だ。

 そして体の調子を確かめていくうちに、嫌なことを思い出してしまった。

 

 ・・・・・冷たい。体が、死体のように。

 やはり、という悲嘆。夢であってほしい期待感。あらゆる後悔を思い出す。布団の無機質な暑さを蹴り飛ばし、手の甲を両目にかぶせ。汚れひとつない真っ白な天井を直視しないことにした。

 ズキン、と頭に鈍痛が走る。心臓が脈打つリズムに似たソレは、生きている証だと言わんばかりに頭の中を駆け巡る。

 ──ただの悪あがきに過ぎない。それでも、止まって縮こまった心臓にチクチクとした苦しさが何度も何度もしつこく突く。そのたびに息苦しさが増して、喉の奥に熱さが込み上げる。

 

「なさけない」

 

 それを別の言葉で吐き出した。

 昨晩のように取り乱したりしない。己の情けなさに失望し嘆いたところで何も変わっちゃくれない。自分が弱いことを嫌というほど痛感するだけだ。

 憎い。この体が瑠瑠神であることに虫唾が走る。命をかけて守るとほざいたくせに、自分が脅威の元凶に成るなんて笑えてくる。赤の他人ならバカにしてたほどだ。誰かを守る、なんてのは自分が強くなくてはならない。そう、瑠瑠神の能力を使わなきゃ無力な俺には分不相応だ。

 

 ──けれど。どれだけ辛かろうと、理子の前で弱音を吐くのはダメだ。これ以上理子に負担をかけさせたくない。だから、理子の前ではずっと笑顔でいなくちゃならない。忌々しくもこの体は瑠瑠色金。微かに蘇る記憶の中で、アイツは痛みを一時的に無視して戦ってた。何も出来ない俺が死に物狂いで護ろうとした結果がこのザマであるなら、使うしかあるまい。たとえその()()()()が瑠瑠神の策だとしても。

 

 それは俺が弱くてもできることだ。どれだけ傷ついたって良い。バスカービルのみんなに作り笑いだってバレても良い。何言われたって構わない。後ろ指をさされても。せめて、最期(さいご)の最期まで理子の前だけでは・・・・・いや、もっと簡単な方法があるじゃないか。俺が理子の──

 

「──! 朝陽、起きたのね」

 

 ドアの軋む音に遅れて、続く足音2つ。聞き覚えのある声に慌てて表情を明るくさせる。決意したそばから崩されては堪らない。醜い考えを一旦やめて、いつもの口調で、調子で。自分を落ち着かせる魔法の言葉を心でつぶやく。()()()、と。

 

「・・・・・アリアか、あとは」

 

「朝陽くん! よかった・・・・・! 」

 

 ベッドから起き上がると、白雪はパァっ、と周囲をきらびやかに照らすような笑顔を浮かべた。そして白雪の後ろで俺をじっと見つめるかなめ。ありがたいことに看病してくれてたらしい。

 

「体調はどう? 」

 

「ま、あだいじょ、うぶ・・・・・」

 

 あれ、上手く話せない──どうしてだ? なんか言葉が突っかかる。

 

「あー、後遺症でてるのね。無理もないわ。先生呼んでくるから待ってて」

 

「じゃあ私行ってくるよ! キンちゃんと峰さんも呼んでくるから、2人で待ってて! 」

 

 と、白雪は足早に出ていく。その様子を見て俺は、少しホッとしてしまった。理由はどうであれ敵対してた仲間が目覚めた瞬間、警戒のひとつでもするはず。それがどうだ、仲間がまだ仲間であることを当たり前だと思ってるのだ。白雪が部屋から出てったのも、俺がまだ俺だと信じてくれてるからだ。

 だとしても──やはり重たい空気が室内に流れる。俺の態度から察しの良いアリアなら勘づいているはず。このまま黙っていればいずれ先生が来るから強制的に話すことになるが、他人の力を借りて謝るなんてのは間違ってる。これは俺が引き起こした問題だ。

 

「ア、リア。ごめん・・・・・」

 

 あまり喋れないから、その一言に感情を詰め込む。

  するとアリアは、ううんと首をふり。

 

「・・・・・あたしに謝ってもしょうがないわよ。詳しい理由は分からないけど、成る瞬間は観てたから。無責任にしか聞こえないと思うけどあえて言うなら・・・・・立派だったわよ。朝陽」

 

「──立派? 」

 

「瑠瑠神に成ってでも理子を守ろうとしたこと。朝陽に近づいた女は全員殺すって言っときながら、不自然なくらい理子に手を上げなかったもの。無意識に守ってあげてたのね」

 

 かなめに目を向けると、同じようにうんうんと首を縦にふった。誇らしげに語るアリアも嘘をついてるとは思えない態度だ。念の為、本当か、とアリアへと視線を交わすが、一切そらさない。アリアはすぐ嘘が顔に出る。だからボロが出ると思ったが、一貫してその態度を崩さない。

 理子を守っていたのは事実。よかった・・・・・と安堵するも、心の内から違う考えが湧き上がる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()──と。俺が一番共に過ごしている異性は理子だ。俺を手に入れたい瑠瑠神にとってそれは大罪。あまつさえニセモノの恋人という関係を、許すはずがない。無意識の内に守っていた、というより、殺したい(好きな)ものは一番後までとっておく、という答えを信じてしまう。

 

「うらやま、しい。アリ、アは。捉え方、が、ポジ、ティブで」

 

「あったりまえじゃない。無理。疲れた。めんどくさい。あたしが嫌ってる言葉に共通するのは、全部ネガティブな方向に感情が行ってしまうことよ。それで気が沈んで、関係ないことまで全部自分が悪いってなって、一人で抱え込んだまま沼にズブズブ沈んでいく。プライベートにも任務にも支障が出るなんて最悪じゃない」

 

「で、も。おれ、バスカー、ビルのみん、なを。こ、ろそうと」

 

「ばかね。瑠瑠神に成ったからって元がアンタってことは変わりないでしょ。アンタに小細工なしで負けるほどあたし達チームは弱くないの。瑠瑠神はともかく、友達を傷つけるなんて、社会で活躍する武偵にはあることよ。契約者によって対立することくらいざらにある」

 

 だから、と包帯がぐるぐる巻きにされた腕を人差し指でツンと突くと、

 

「今は怪我を治すことに専念しなさい。色金対策はそれからよ。あたしも緋緋色金を宿す身として他人事とは思えないの。だーかーら、今回は貸しよ」

 

 そうか。アリアにも色金がシャーロックによって埋め込まれてるんだ。緋緋神がアリアをどうしたいかによってアリアの人生は大きく変わる。巻き込まれるキンジもそうだ。アリアを失えばキンジはどんな顔をするだろうか。それを見た白雪は。レキは──。でもアリアの自信に満ち溢れた表情と性格から察するに、俺の心配なんか杞憂だ。きっと、緋緋神に憑依されてもハッピーエンドを迎えられる。

 でも俺はもうダメだ。憑依と変成は違う。ワトソンの言葉を信じるなら、俺はもう瑠瑠神に変成したんだ。手遅れもいいとこ、あとは意識がどれだけ持つかの悪あがきにかかってる。だからもし、俺が意識を失う前にアリアが緋緋神に憑依されれば、その時は──

 

「うん。ちゃ、んと覚えと、く」

 

 少しでも手を貸したい・・・・・そう言いたかった。けど、心の中で何かが邪魔をする。言い訳のひとつも出てこない。()()()破ってしまう、というより、()()()破ってしまう、と考える自分が愚かなのは充分承知の上。分かっていて期待させるなんて最低の行為。だとしても、アリアは俺が協力してくれると信じてしまうのだろう。

 その情けなさから目を逸らし、怪我をさせてしまったかなめに声をかける。忘れてはいけないことだ。俺はかなめをもう少しで殺してた、ということを。その過程で、消えないキズをおわせてしまったかもしれない。だから、

 

「かなめ。その、服、背中、まくっ、て」

 

「──朝陽? 」

 

 一瞬にして殺意をこもらせた返答はかなめではなく、アリアから発せられたもの。みるみるうちに顔が紅く染まっていき、鬼のような形相を一瞬にしてつくりあげた。自分が危害を加えたことを忘れたとは言わせないと、強い意思のようなものを感じる。かなめは先日アリアたちと和解したばかり。アリアの逆鱗に触れてしまったの──

 

「アンタ! 復帰早々何言ってんの! 友達の妹のはだっ、は、裸をみっ、みたいわけ!? 」

 

 ──感、じる・・・・・。

 

「えっ、と・・・・・なに? 」

 

「だだだだから! 服の下って! あんた起きた早々! 」

 

 ああ。言葉足らずだ。これじゃ脱げって言ってるようなものだ。かなめに限らず、別に他の女子のを見たって何をする訳でもないが、こんな言い方じゃ誤解も生んでしまう。早く訂正を・・・・・。

 

「アリア。朝陽さんはそんなこと言ってないって」

 

 かなめにも呆れられると身構えたが、真意を分かってくれたようで、はあ、とアリアに大きいため息をついた。それから真剣な表情に戻しゆっくりこちらに歩み寄る。そして、包帯が巻かれた頭を深くさげ──

 

「本当にごめんなさい」

 

 ──と。

 

「・・・・・」

 

 あまりに呆気にとられて言葉が出てこない。

 俺はあの戦闘中、かなめを瀕死に追いやった。キンジの到着があと数秒遅ければ死んでいた。確実にだ。その相手に警戒心や嫌悪どころか、謝るなんて・・・・・。俺が殺すかもしれない。武器隠し持ってるかもしれない。あらゆる可能性があるというのに、どうして。

 

「俺を恨、んでないの、か? 」

 

「サードはともかく、あたしは恨んでなんかないです。むしろ逆です。朝陽さん含めたバスカービルを騙したのはあたし。あたしが呼び出さなきゃ、朝陽さんはこんな怪我させたり、瑠瑠色金にのっとられることもなかった。バスカービル全員を危険に陥れた」

 

 確かに俺たちはかなめの救出のために向かった。ほぼ確実に罠だと知っていても、ジーサードならやりかねなかった。案の定ジーサードに蹂躙されたわけだが、万全の状態を維持できてなかった俺も未熟だ。不慣れな指揮をやろうとして敵側の動きについていけなかった。格上相手に未熟な作戦で乗り切ろうとした俺がバカだったんだ。

 

「かな、めは悪、くない。俺がただヘマした、だけ。ジー、サードも、場合によっちゃ、ホントにかなめを殺した、かもだ、から」

 

「サードはそんなこと・・・・・ ! 」

 

「しない、かもし、れない。それでも飛び込ん、で仲間を、助、けに行くのがバスカービ、ル。・・・・・俺はそ、の一員になれて、るか、疑問が残るけど。そ、れに。あの宣戦布告、がなければ、奇襲で殺、されてたよ。多分」

 

 実際夜にジーサードに強襲されてたら理子もろとも俺は殺された。そして瑠瑠神化し、最後は悲惨な結末を迎える。それをしなかったのは直接聞かなければ知るところなしだ。

 

「でも──! 」

 

「なら、喧嘩両成敗ってことにしましょ」

 

 と、さらにヒートアップしそうなところを、名誉挽回のチャンスだと言わんばかりにアリアが口をはさむ。

 

「あたし達もアンタを許した。朝陽も自分に思うところがあったから許した。そうでしょ? 」

 

「ああ」

 

「お互いが自分が悪いことをしたって思ってる。ならお互い一緒に謝る。これ以上の仲直りする方法はないと思うけど」

 

 アリアの言う通りだ。この状況を打破できる唯一無二の条件。いつまでも俺なんかを気にして、迷惑をかけてられない。全て俺が悪いんだから。

 かなめも承知したようで、アリアに向けていた抗議の視線を反省に変え、俺と目が合うよう今いちど姿勢を正した。

 

「・・・・・これからあたしも、瑠瑠色金について色々調べてサポートします。本当に、ごめんなさい」

 

「俺も、未熟なば、かりに──ごめん」

 

 多くは伝えられないけど、その一言に全てをのせて謝った。

 同時に下げてた頭をあげたが、かなめの表情も幾分か明るくなったように思える。正直なところ、かなめがまさか自分から謝りに来るとは思わなかった。チームとはいえ関わりはほぼゼロ。今後関わるから仕方なく、という雰囲気も感じられない。あのジーサードの妹とは思えん責任感の塊だ。・・・・・ジーサードも、俺が見てない側面ではかなめ同様優しい心の持ち主かもだが。

 

「はい! じゃあこの話は終わり! ややこしい事情は置いといて、また顔を合わせることが大事なの。覚えておきなさい」

 

 誇らしげに語るアリア。続いて、

 

「にしてもあんた、()()()()()()()()。あんたが倒れたあと、急いで止血しても血はドバドバでるし、急に冷えてくし・・・・・あとから救護に駆けつけたワトソンでさえグロテスクさに吐きかけたのよ? あたし達はアドレナリンとか出てたし色々と集中してて気にしなかったケド、今見たらヤバいかも。それくらい大変だったのよ! ──でも、あれだけの重症を負って生きてるだなんて、さすがしぶといだけあるね」

 

 ──と。

 

「そう、か・・・・・ん? 」

 

 アリア今なんて言った? ()()()()()()()()? いや、知ってたらアリアでも冗談を口にしないはず。・・・・・そうかまだ知らされてないのか。俺の心臓はもう止まってるって。まあ患者の症状を簡単に漏らすほど病院の管理は甘くないか。だとしたら、ここの3人にも。バスカービルにも。真実を伝えなくちゃならない。

 うんうんと腕を組みながら頷いたアリアに、口を開く。

 

「俺さ、実は・・・・・」

 

「京条! 邪魔するぞ! 」

 

 ──が、これから重大な告白の、その瞬間に部屋の扉が大きな音をたてて開けられた。そこに立っていたのは、2メートル近い大柄の女性と、紺スーツに無地のネクタイをした男性2人。穏やかな表情を俺に向ける男性は、襟に秋霜烈日章のバッジがある。検事さんだ。それも、結構偉い方だと思える。

 反対に好戦的な雰囲気を宿した女性の片手には真新しいパチンコ雑誌が丸められ、傷跡が残る手に収まっている。金髪で目つきが悪く。何もかもを破壊しそうなこの感じ・・・・・ええと・・・・・

 

「らん、ぴょ、う先、生」

 

 ズンズンと大股でこちらへ歩み寄る大型獣のような迫力に、アリアとかなめは思わずたじろぎ、といった様子だが、あいにく俺には逃げる(すべ)がない。

 かなりの身長差故に見上げるかたちになり、そしてかなりキツめの形相でその分厚い雑誌を振り上げたかとおもえば、

 

「こぉのドアホ! 」

 

 一切の容赦なく丸めた雑誌をおでこに叩きつけてきた。目玉が飛び出すんじゃないかってくらいの衝撃。痛みはないが、代わりに脳みそが揺れてちょっと気持ち悪い。自業自得とはいえ病人にフルスイングをかますのか、この教師は。死んでる俺だから良かったけど、まっとうな患者に振るえば武偵とはいえもっかい手術が必要になる威力だぞ。

 

「毎度毎度、任務を受けるたびに入院して恥ずかしくないんか! 少しは自分の身を気にせえや! 」

 

「すみ、ません」

 

「すみませんで済むか! あとちょっとでも遅かったら旧0課と武装検事に消されてたで! 報告書と始末書を大量に書かされるこっちの身にもなれや! 」

 

「武装検事・・・・・専、門ので、すか? 」

 

「せや! 運悪きゃアメリカの人工衛星からレーザー兵器で一面焼け野原やったで! まだ()()だからこいつらも対処できるんや! 」

 

 と、アリアとかなめを指さした。

 旧0課、武装検事、アメリカ。自分が思っている以上に深刻なワードがポンポン出てくる。旧0課は武偵の中でも超人奇人が集まる精鋭たちの集まり。専門分野にもよるが、俺はもちろん、アリアやヒステリアモード時のキンジでさえ到底敵わない相手。そして武装検事は、軽々とそれを上回る実力の持ち主が集まる精鋭中の精鋭だ。百戦錬磨、一騎当千を怪物相手に披露する腕前。本気の武装検事に並みの武偵が立ち会ったとして、3秒生き残れたら勲章もの。生き残った英雄として讃えられてもおかしくない。

 

 そんな人たちに囲まれていれば、今ごろ1センチ四方の肉片の塊に成り変わっていたとしても驚くことはない。瑠瑠神という得体のしれないモノが相手ということを鑑みれば、むしろ妥当だ。

 

「まあまあ。落ち着いてください蘭豹さん。彼も未知の存在に苦しんでいるんです。まだ入院中なんですから、手を出すのはやめましょう」

 

「あ、なたは。ぶそ、うけんじ、さんですか? 」

 

 怒りをぶちまける蘭豹に両手を前に出し、どうどうと落ち着けようとする検事さんに問う。検事さんは、一見するとただの優しいおじさん程度の印象しか持てないが、よくよく観察すれば、至る所の筋肉が引き締まり、暴れようとする蘭豹を抑えていても体幹は一切ぶれていない。おそらく、蘭豹との実力差はかなりあると見える。

 

「そうだよ。私は武装検事。規約上名前は名乗れないからそこは勘弁してもらうよ」

 

 と俺に手を差し伸べた。

 ・・・・・本当に気の優しそうなおじさんだ。だけど、このおじさんから発せられるピリピリとした空気は、今まで向けられた敵意や殺意といったソレに近い。まだまだ、武偵高で日常茶飯事に向けられるレベルだ。確かに、得体の知れないモノを警戒するのは武装検事でも武偵でも変わらない。だから無視して──? アリアがかなめを守るように腕を横にのばしてる。二人とも一気に顔色を悪くして・・・・・隣の蘭豹も、これまで見たことない引きつった顔だ。3人とも──それを()()()()()()()()

 

「反応なし、か。衰えたはずないんだけどなぁ」

 

「えと、はい? 」

 

 ニコニコ。ニコニコ。武装検事の気持ち悪いくらいの微笑みが俺をのぞき込む。

 他3人がこの武装検事に対し異様な反応をしているのは、俺に何かしているんだ。ただ、その意図が読めない。処分しに来たのなら俺は目覚めてないかもだし、起きたとしても別の施設──俺を良いように使う研究所行きだろう。わざわざ天下の武装検事様が出向くはずがない。じゃあこの笑顔はいったい・・・・・?

 

「ちょっと! あたしの仲間に手を出さないでよ! 」

 

 かなめの前に守るよう陣取り、敵意むき出しの目を武装検事に向ける。

 ・・・・・強がりだ。腰が引けてる。猛獣に立ち向かう子鹿のような絵面。蘭豹も無言で、携帯するM500(リボルバー)のグリップを完全に握りしめてる。少しでも動きがあれば、ためらわず撃つという気迫が凄まじい。

 

「しょっぱなから怪しいとは思っとったけど、やっぱり京条を殺すつもりだったんか。いつから国のお偉いさんはここまで成り下がったんや」

 

「怪しいならなぜ連れて来たのです? 」

 

「これでもコイツの教師や。教師が生徒守るのは当たり前やろうが。いま京条は得体の知れんもんと戦っとる。ウチらでも勝てへん相手や。それを救う言うから連れてきたのに、話が違うやないか。救ってやりたいとは思わんのか? 」

 

「国を救うか個人を救うか。天秤にかけてどちらが重いかは、蘭豹先生もおわかりでしょう」

 

 なんなんだ。俺にはただ、アリアと蘭豹先生がいきなり敵意をむき出しにしたとしか思えない。俺には見えない何かで脅迫してるのか・・・・・?

 物騒なワードが飛び交う中、蘭豹先生は完全にM500を抜き、武装検事の頭に押し当てる。絶対的優位に立ちながらも、未だ緊張は途絶えない。

 

「それはコイツが完全に変成したらの話やろ。まだコイツには可能性があるんや」

 

「変成してからでは遅いんですよ。この子が能力を扱いきれるようになれば、核爆弾をも楽に凌ぐ兵器となる。アメリカが提出したあの映像を見て、蘭豹先生含め我々は勝てるとお思いですか? 」

 

 その異様な光景と会話から一つ疑問が浮かび上がる。──ここまで警戒されるか、と。

 瑠瑠神は確かに驚異的な存在だ。超々能力(ハイパーステルス)の名を冠する通り、時間の流れを操作するチート技。他にもおぼろげな記憶だが、盾のようなもので強力な打撃を防ぎ、黒い影のようなキューブが弾丸を飲み込み、そして放出する。

 Sランク級の集まりとはいえ武装検事よりも遥かに劣る戦闘力で制したのだ。法化銀弾を当ててからは物理攻撃が驚くほど効く。この人たちも十分理解してるはずなのに。

 

「神崎。コイツ抱えて逃げえや。とてもお前らで勝てる相手やないぞ」

 

「っ、あたしも! 」

 

「邪魔や! 足ガタガタ震わせて戦力なる思うとんのか! 」

 

 本気だ。蘭豹先生は時たま怒って怒鳴り散らすこともあるが、今回は同じ鬼のような険しい表情とはわけが違う。強敵と出会った嬉しさ故の笑みも零れていない。初めて見る焦り。

 

「ええ。学生チームが勝てる色金になぜ国をあげて警戒せねばならないのか。と京条くんは思っていることでしょう。そうですよね? 」

 

 しかし、まるで何事もないように武装検事は淡々と話を進める。武偵高の、しかも強襲科担当の教師から銃を頭に突きつけられてるんだ。強がりで押し通しているとしても、何らかの緊張が出るはず。出ないとおかしいんだ。

 ・・・・・何とも言えぬ緊張がジワジワと体の内側から外へ広がっていく。この武装検事さんを前にしたら、蘭豹先生のリボルバーなんかオモチャのようにしか感じられない。

 

「は、はい」

 

「それはですね。京条くんが、一度本物に成ったからなんです」

 

「ほんも、の? 」

 

「そうです。具体的には・・・・・まあこれは後日でいいでしょう。起きてすぐ色々な情報や責任を押し付けてしまうと、精神的なダメージも多くなってしまう。明日か明後日、封筒に入れて一部始終を撮影したビデオを送るから見といて下さいね。君の覚悟も大きく変化するかもしれないので」

 

 本物とは何を指しているのか。瑠瑠神化した自分が、これ以上何に変化したのか。瑠瑠神化した時の記憶はキンジにトドメをさされたところで止まってる。目覚めたらベッドの上だ。その間に、ここまで警戒させるほど重要な事件が起こったらしい。蘭豹先生に目くばせしたが、返答は舌打ち。手がかりひとつない。

 

「時間は稼がせてもらうで。たかだか教師となめとったら──」

 

「ああ、もう大丈夫ですよ。危害は加えません。今回は、あくまで監視と注意喚起に来たのですから」

 

 ぱんぱん、と武装検事は緊張を霧散させるように手を叩いた。その瞬間、アリアは膝から崩れ落ちる。(ひたい)にドッと汗をかき、激しく肩を上下させ、よほどの緊張状態に追い込まれたようだ。未熟者の俺には感じとれない、緊張以上の何かから必死に耐えてたんだ。かなめもアリア同様、完全に萎縮しきっている。

 

「ァ? 並みの武偵なら呼吸困難か気絶もんの()()漂わせてよう言うわ」

 

 ・・・・・殺気? 殺気なんて感じなかった。蘭豹でさえ勝てないと思わせるほどの殺気を、真正面から食らえばいくら鈍感でも分かる。怠けてたってレベルの問題じゃない。武偵として致命傷レベルだ。何がどうなって・・・・・。

 

「検査ですよ。結果については話すよ。その前に」

 

 スーツとネクタイの乱れを直し、再度俺に向き直る。さらに、混乱してる俺に追い打ちをかけるように、

 

「まずは数々のご無礼を許していただきたい。京条朝陽くん」

 

 と、かなめ同様頭を下げた。

 

「えっと・・・・・」

 

「私が警戒されたのも無理はない。私は君に殺気を向けた。全力でね。なにか感じたかい? 」

 

 優しく子どもに語りかけるように。アリアや蘭豹先生よりも格上だと知らしめたその実力を瞬時に閉じ込めたのか、またどこにでもいる普通の人という印象に戻った──いや、変化した。

 

「緊張は伝、わった。で、もど、うして? 」

 

 危害を加える気はない、と言ったが一応の警戒心をもって応答する。

 

「言った通り検査だよ。国からのお達しでね。朝陽くんも体感してるかと思うが、君はもう真っ当な人間ではない。生きた瑠瑠色金だ」

 

「検査・・・・・瑠瑠、神って、か、くにんする? 」

 

「まあ、正解だ。瑠瑠神となれば私たち人間は手出しができない。色金が憑依するのと変成するのでは意味が異なることは承知の上だろうし、君自身も、峰理子も不幸になる」

 

 もう不幸ですよと、ニヒルな笑いを浮かべ──含みのある言い方に違和感を覚えた。

 

「あの・・・・・瑠瑠神となれば、って、どう、いう意味」

 

「私は生きた瑠瑠色金と言ったが、厳密には君の脳と左目以外は瑠瑠色金なんだ。つまり、君の左目と脳はまだ人間ということだね」

 

 ──っ。限定的すぎるが、俺にとっては朗報でしかない。まだ、まだ俺は完全な瑠瑠神じゃあない。まだ一緒に戦える。逆に痛みをある程度無視できるこの体なら、盾役として有効だ。まだ必要とされる。役に立てるんだ・・・・・!

 

「殺気で確認したのは、君が完全な瑠瑠神へと変成していた場合、私に対して何も感じていないはずなんだ。人間がそこらにいる(あり)に脅威を感じないのと同じ、時間すら操る神が人間を恐れるはずがない。私に対して緊張めいた何かを感じ取ってくれたのなら、君の命に猶予はある。灯火程度の猶予がね」

 

「それでもう、れしい。です。ありがとうご、ざいます」

 

「そうか。でも浮かれるのはまだ早いよ。第1段階、髪の毛や瞳が色金特有の色に変化する。第2段階、性格や好みに変化が生じる。第3段階、心移り──すなわち神からの乗っ取りが始まる」

 

「お、れは、第3・・・・・? 」

 

「いいや。憑依と変成は似て非なるもの。段階付けをするとなれば、4かな。憑依は文字通りだよ。全ての神経や器官を操り、人格をすり替える。そして元の人格は心の奥底に押しやられてしまう。

 対して変成は、規格外の神の五感を人間の規格に無理やり押し込むこと、だそうだ。知り合いから聞きかじった程度だが、思想や人格は乗っ取られないらしい。ただ価値観がまるっと変わるがね。あれだ、お人形さんか首輪をはめられたペットかの違いだよ」

 

 乗っ取りは意識が保てず、変成は意識を保ったまま価値観だけ変わる、か。

 ──ちょうどいい。瑠瑠神は多分、俺を早く手中に収めたいから乗っ取りという方法をとったんだ。ただ完全な瑠瑠神化までは時間がある。あとは、処理方法だが・・・・・

 

「気づいているとは思うが、君の首にオシャレなチョーカーをつけさせてもらった。ただ、オシャレなのは外見だけじゃない。スイッチを押せば、内部に仕込まれた針が君の首を四方八方から串刺しにし、頭部をまるごと爆発させる優れ物だよ」

 

 首を触ると、確かにチョーカーらしきものに当たる。ゴツゴツした感触もあるし、擬態効果もある。これなら──と思い、口元をゆるませ、

 

「──どこが優れものよ! 」

 

 病室内を駆け巡った、半ば叫ぶような声に俺は肩を震わせた。

 

「こんなの首輪と変わらないじゃない! スイッチ一つで殺せる? 優れもの? 冗っ談じゃないわ! あたしの仲間をなんだと思ってるのよ! 」

 

 へたり込んでしまっていたアリアが、小さな拳を握りしめ武装検事に食い下がっていた。つり上がった目からふつふつと怒りが湧き、全身を支配していた恐怖に打ち砕かんと睨みつけている。うさぎが獅子に威嚇するような無謀な行為。それでもアリアからは充分な迫力が伝わったはずだが、武装検事は淡々と答えた。

 

「なにって、犯罪のない世界を志す者だ。そこに偽りはないよ」

 

「だったらどうして! 」

 

「首輪と最も近しい者による監視。我々が死力を尽くして譲歩してもらった結果がそのチョーカーだ。本来は即刻死刑だったんだよ」

 

 死刑──首吊りや銃殺なんて生易しいのじゃない。もっと確実に、圧殺した上で宇宙空間に放り出すとか。地球の平和のためなら残酷な方法をとるに決まってる。心臓を刺して死ななかったんなら、首を落としても生き返るかもしれない、と。

 まあ、妥当な考えだ。むしろ俺が今生きてることが異常なんだ。人類に反抗するかもしれない危険因子を生かしておくメリットがない。ここは生かしてくれることに感謝すべきだ。

 

「でも首輪まですることないじゃない! あたし達が全員で監視すればいいだけの事よ! 」

 

 それでもアリアは反論する。アリアも心の内ではきっと分かってるはずだ。俺に()()()()と。仲間であっても見捨てる選択を選ぶべきだ。それでも助けようと足掻くのは、アリアにとって仲間と呼べる存在がどれほど大きいかを物語っている。

 武装検事も分かっているようで、興奮状態のアリアの肩にぽんと手を乗せ、今まで以上に優しく語りかけた。

 

「神崎アリア。君は素晴らしい仲間に出会った。数々の難事件と巡り会うのは簡単なことじゃない。共に死線をくぐり抜け、共に苦しみを分かち合う。その過程で、バスカービルは良き信頼関係を築き上げた。・・・・・だけど。その友情も時として枷になる」

 

「ア、アンタに何が分かるっての! 」

 

「分かるとも。犯罪に手を染め、闇落ちした仲間に最後の最後まで引き金を引けず、命を落とした武偵は数多く存在する。私の友も、そのせいで殉職した。死なせなくていい民間人を犠牲にした。・・・・・覚えておきたまえ。友情とはナイフだ。扱いを間違えれば自分や他人にも危害が及ぶ。情けで世界を滅ぼしたくはないだろう? それとも、ずるずると延命させ苦しむ姿を見たいのかい? 」

 

 ぎりぎり、ぎりぎりと今にも刃が欠けそうな歯ぎしりが聞こえる。言い返さないのは、武装検事の言い分も的を射ているからだ。弱音なんて吐きたかないが、次に乗っ取られれば永遠に戻れない。これは確信だ。()()()()()()()。俺と関わりをもった全ての人間を瑠瑠神は殺す。アリアも理解しているからこそ、認めたくはないんだ。

 

「武偵憲章1条! 仲間を信じ仲間を助けよ! あたしは絶対に見殺しなんかしないから! 」

 

「・・・・・好きにしたまえ。次に出会うのは、()()をする時かな。願わくば、二度と会えないことを期待するよ。では蘭豹先生、私たちも行きましょう。書類整理の途中でしたから」

 

 もう二度と会えないと良いですね、と素で言ってるのか皮肉で言ってんのか迷う挨拶を最後に、蘭豹先生を引き連れて病室を出ていく。先生はなんとも形容し難い表情を浮かべていたが、武装検事への警戒をといてないのは確かだ。

 それと・・・・・蘭豹先生がまさか俺をかばったのが意外だ。前に会った時は敵対心丸出しで俺の方から構うなと言ってるようなもんだった。やり方は乱暴だが生徒想い、とどこかで聞いた噂は本当らしい。

 

「なんなのよあの武装検事! 」

 

「別、にいいよ。次に、また乗っ取ら、れて迷惑かけ、たくな、い」

 

 怒り心頭のアリアを収めるため、自分でも気味の悪い笑みを浮かべた。が、

 

「だめよ! 」

 

 すぐに否定され、俺の肩を力強く掴んだ。

 

「あたしはね。まだ生きれる可能性がちょっとでもあるなら、全力で助ける。たとえ0.1%でも望みがあるなら絶対に見捨てない」

 

 と、さも当然のように言い放つ。

 ──ただ励ますためについた嘘じゃない。双剣双銃(カドラ)のアリアとして絶対の自信をもって言ったのだと。溢れんばかりの頼もしげな瞳がまっすぐ俺を覗いていて。

 

「ありが、と。それ、は──キンジじゃな、くて、も? 」

 

「キ、キンジ!? ばッ、ばばばッ! ばばかじゃないの!? どうしてキンジがそこででてくるのよ! 」

 

 こんな情けない俺が直視するには眩しすぎて、からかって目線を逸らさせる。

 アリアは間違いなく俺を助けだそうとしてくれる。自分も色金という存在を背負って、さらにアリアのお母さんに下された不当判決を覆さなければならない。そうだ、アリアも呑気に人助けをしてる場合じゃない。じゃないのに・・・・・俺とまったくの反対だ。俺が瑠瑠神化(こうなる)前に何をしていたか。

 まさに怠惰の権化だ。今から取り戻そう? もう遅い。どう足掻いても結末は変えられん。残された道はひとつ。誰にも迷惑をかけず、そっと消え──

 

「キョーくん! 」

 

 ──バァンッ! と引き戸を粉砕するような勢いで扉が開いた。アリアもかなめもビクリと体を浮かせたが、俺は驚きよりも突然現れたその人に、一瞬にして目を奪われてしまう。

 ピンク色のリボンに束ねられた金髪がほつれ、息が上がり紅潮した頬が、より可憐さを際立たせている。怪我を隠すための絆創膏(ばんそうこう)や包帯には可愛い動物たちが描かれ、自分にとってマイナスでしかないポイントをプラスに、普段とはまた違った雰囲気を醸し出している。

 守りたい人。でもダメで、ならばせめて、と誓った人。

 

「キョーくん」

 

 ──っ。心臓が小さく、だけど確かに跳ねた気がする。・・・・・今は動いていないというのに。たった一声かけられてこのザマだ。大切な人に名前を呼ばれるだけで、胸が張り裂けそうなくらい幸せが溢れる。

 それと同時に、とめどない罪悪感が再び全身に浸透していく。非力な自分のせいで怪我をさせた。いらぬ心配をかけさせた。その事実がじわじわと心を外側から侵食する。

 

「理子──っ、ごめ、ん」

 

 自分の立場を思い出して、もう理子と話すことすらおこがましいと思ったけど、一言も謝らないってのは違う。ごめんと言ったところで理子は許してくれるだろうか。・・・・・いいや。許す許さないに限らず、俺はこのまま理子のそばにいて、幸せにさせてあげられるだろうか・・・・・? 答えはきっとNOだ。いつ俺が完全な瑠瑠神化するか──それ以前に、死体と生活を共にしてた、なんてバレたら理子の人生をめちゃくちゃにしてしまう。この関係を終わらすチャンスはこれが最後かもしれない。

 ズキズキと痛む心を無視して、俺は理子から目をそらした。

 

「・・・・・俺、理子の近くにいない方がいいよな」

 

 ──と、話を切り出して──。

 

 

 

 




矛盾点ありますが、仕様です。


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第64話 堕ちた愛

前回 目覚めてアリア、かなめ、蘭豹、武装検事、そして理子と話す


「俺、やっぱ、り理子の前か、ら消え、た方がいい、よな」

 

 いざ理子と対面すると、肩に何十個もの重りをつけられたような重圧がのしかかる。消えてしまいたいと心からそう願った。

 これだけ傷つけ、死を覚悟させて、いつまた暴走するか分からない──そんなヤツの隣にいる。今まで通りの生活に戻れば、理子にとって地獄のような日々の始まりだ。ニセモノの恋人なんて曖昧な関係で理子の部屋に居座って、やっと手に入れた幸福を取り上げる。これ以上、理子に残酷なことがあってたまるか。

 

「理子は、優し、いから嫌だ、って言うか、もしれ、ないけど。これば、かりは、許してくれ・・・・・俺はもう京城朝陽じゃない。瑠瑠色金なんだ。だからもう、理子の前にはいられない」

 

「──っ! あんたまだバスカービルでいるって言ったじゃない! 」

 

「アリ、アの緋、緋色金の、件は俺も協力できればする。バスカービルから脱退もしないよ。ただ、理子の目に映んない範囲で活動するってだけ」

 

 未熟な自分を呪った。少しでも楽観的に捉えた自分がバカバカしい。

 こんな俺をみて気持ち悪くならないのが不思議なくらい・・・・・いや、もうなってるか? だとしたら都合がいい。

 おそるおそると目を合わせる。呆然と立ち尽くし、それから俺の体をジロジロと観察しているようで・・・・・?

 出入口から10mも離れてないというのに、全力ダッシュで俺めがけて飛び込んでくる。そう、怪我人だと忘れてるんじゃないってくらい・・・・・!

 

「り、こまって! 」

 

「キョーくん! キョーくん! 」

 

 ズン! とベッドが軋み全体重が一瞬にしてのしかかる。おまけに上の2つの柔らかなクッションと下の枕に挟まれて。離させようと足掻いてもビクともしない。くっつくと危険という単純なことさえ無視して、さも普通の怪我人のように接してくる。・・・・・これじゃあ無理にどかしたりできない。かといって今のままじゃ理子がからかわれてしまう。

 なら、と体勢を変えてなんとか添い寝のような形にし、布団を上からかけ、誰が来ても理子が恥ずかしく見えないよう深く潜らせる。

 

「・・・・・はぁ。説教はあとにするわ。行きましょ、かなめ」

 

「そうだねアリア」

 

 ススっと引き戸が閉まり、やがて足音すら聞こえなくなる。(おの)ずと目の前に集中することになるが──暗くて、理子の吐息だけが聞こえて、その懐かしさに浸かっていく。

 ・・・・・とても好きな匂い。健康的かつ柔らかな白肌が眼前に広がり、包まれる心地良さに一瞬で虜にされてしまう。

 ──離れたくない。冷え切った体で抱きつくなんてただの迷惑かもしれないけど、ずっとこの温もりを感じていたい。・・・・・だけど、だめだ。離れなければ。こんなにも脆い意思だから俺は殺されたんだ。

 

「りこ」

 

「──! うん! 」

 

 喜びを噛みしめるかのような朗らかさが、かえって心苦しい。そう──体育祭の日に俺は約束したのだ。もう理子には頼らないと。理子は何がなんでも守り続けると。・・・・・だけど現実はその反対だ。守ってもらったのは俺。救ってもらったのも俺。そして・・・・・理子が怪我をする要因になったのも俺だ。

 

「理子離れ、て。俺にはもう──」

 

「痛いとこない!? 動かしにくいとか、痺れてるとことか! ・・・・・その様子だとなさそうかな? ないね! うん! ちょっとこのままいさせてーね! 」

 

 さらに体全身を押し当てられる。足をからめ、両手は頭の後ろに。苦しいほどに抱きしめられる。かえってその苦しさが居心地良いなどと思ってしまう自分がいる。けど、だめだ。この心地良さに委ねてしまえば、今までの約束はどうなる。

 

「理子。お願い、はなれて」

 

「すぅー、はぁー・・・・・キョーくん成分が補充されるぅ! 面会謝絶なんて犯罪だよ違法だよ! もう何日も窓越しでさえキョーくんを拝めてなかったんだからね。んーにしても匂いフェチにはたまりませんねぇ! 一日一嗅ぎ。これ大事だから」

 

 すんすんと俺の頭や首周りを狙ってくる。人に体臭を嗅がれるのは慣れてない以前に恥ずかしい。あの戦いを終えて、休む暇なく今に至るのだ。体臭はキツくない方だが、何日も体を洗ってなければさすがにまずい。しかも首や頭はもろにその影響を受ける。ほんとうに、理子には嫌な思いをさせたくない。

 

「りこ。そん、な、俺くさいか、ら。離れて」

 

「この髪のチクチク感! ちょっと控えめ肩幅! 引きしまった筋肉! もうずっと味わえないかと思ったよ〜! やっぱり理子の普段の行いがいいからかな? ちょっと用事があって、初めての面会はアリアとかなめちゃんに盗られちゃったけど、一番心配したのは理子なんだから、ね! 」

 

 なおも顔もうずめる理子。それからさらにぎゅぅっとキツく俺を抱きしめ、

 

「だから・・・・・もうどこにもいかないで・・・・・」

 

 ──と。

 少し潤んでいて、しかし必死に溢れだすのを抑えているような弱々しい声だった。鼻をすする音が、嗚咽(おえつ)を我慢しようともがく胸の動きが、チクチク心に刺さる。

 目頭が熱い。悲しいのは理子だけのはずなのに、とめどなく涙が溢れそうになる。喉の奥から熱の塊が這い上がってくる。残酷なのは、きっと辛い思いをした理子に追い討ちをかける別れを告げねばならないこと。

 

「理子・・・・・俺はお、まえ、を傷つけた。肉盾が持、ち主を攻撃す、るな、んて役目失格だ。ア、リアた、ちには許してもらえた、けど、理子、には許してもらおう、とは思わない」

 

 ああ、こんなにも自分が涙もろいとは思ってなかった。理子に今俺の顔を見られたらまた心配をかける。きっと、なんで泣きそうなの、って。

 だけど、俺には泣く権利がない。弱音なんてもってのほか。だのに理子のそばにいたら、そのダムが不意に崩れるかもしれない。それだけは嫌だ。理子には眩しいほど明るくて、手を伸ばすのが億劫(おっくう)になるほど綺麗な宝石のような人生をおくってほしい。そこに俺なんかがいちゃダメだ。

 

「あん、な失態をさら、して、もう理子の前、にいられ、ない。もう理子もわか、っただろ。俺じゃ理子をまもれ、ないって」

 

「・・・・・どうして? 理子にはキョーくんが必要で、キョーくんには理子が必要なの。困った時はお互い様だよ。恋人なんだから迷惑かけろって、キョーくんが言ったんでしょ」

 

「また、いつ瑠瑠、神に意識を乗っ取ら、れるか、もわかんない、んだぞ! い、つも通りの生活をお、くれたところで、不意に無防備、な状態を、襲うかもしれ、ない。寝て、る時も、背中を預けたときも! ナイフ、を突、き立てるかも、しれない、んだ! ・・・・・こ、んなやつと、一緒に居たいだなんて、思わないだろ」

 

 一言一言胸を刻む痛みに息を切らしながらも、言葉にできない感情に身を任せ怒鳴ってしまった。──理子が心配してくれてるのは痛いほどわかる。それでも、理子が自分の中でこれ以上ないほど大切で、『──』だからこそ、俺とこれ以上関わらないでほしい。

 俺はバカだ。嫌われることでしか大切な人を突き放す方法が見当たらない。恩を仇で返すようなことしか分からない。自分の不幸が大切な人の足かせになるくらいなら、()()()は、いないほうがずっと──

 

「おなじだよ。あたしも、ヒルダから脅されてた。悪趣味なイヤリングをつけられて、いつ殺されるか分からない不安に押しつぶされそうだった。楽しかった日々が恨めしくて、自分の気持ちを押し殺してキョーくんにひどいこと言った! 」

 

「それ、とこれと、は、規模がち、がう」

 

「そう? 今でも覚えてるよ。理子が別れてって言った時のキョーくんの顔。今でも後悔してる。忘れろって言われたってあれだけは脳裏に焼きついてる。あの時どれだけキョーくんの心を傷つけたか分からない。何度も何度も拒絶して、一生消えない傷もつくった! 」

 

 理子の指先が右目の目尻から側頭部へ沿う。この一直線に伸びる傷は理子が俺につけたもの。といっても、既にクモの巣状の傷跡に紛れてしまっているだろう。何も知らない人が見ればただの大怪我のあとにしか思わない。そんなことに理子は責任を感じてしまっている。

 

「いい、よ。右目周辺はグ、チャグチャ。見、分け、つかな、い」

 

「そーゆーことじゃないよ。気持ちの問題なの。・・・・・ニセモノの関係だけど、それなりに信頼してるんだよ。こうやって傷がつくことをためらわず、血まみれになりながら救いに来てくれた。沢山の嘘を重ねて、もう用済みだとキョーくんを見捨てて、絶交されて当然のあたし()を迎えに来てくれた! 今でも感謝してる。理子の人生を変えてくれたキョーくんを、今度はあたしが支えたいの! それでも・・・・・だめなの? 」

 

 こんな弱いのに。ヒルダを倒せたのも俺一人の力なんかじゃない。キンジがいて、アリアがいて、最後には理子だって一緒に戦った。みんな自分の全力で、格上に戦略で勝ち抜いた。

 ──俺は瑠瑠色金の力を利用しただけだ。1人では何も出来ず、神という吸血鬼よりも格上の力をかりて、あたかも自分も頑張ってます感を出していただけ。だからこんなザマに成り果てた。

 

「・・・・・俺、は無力だ。理子が描い、た理想、の俺とはか、け離れてる。こん、なのに期待す、るのは無駄だ。い、くら俺を、正当化し、ようとし、たって、この手で理、子を殺そ、うとしたのは違いない、んだ。支えるっ、て言ってくれた、ことが俺、にはもう充分、嬉しい。ただ、それだけでい、い。だから・・・・・頼む・・・・・」

 

 上擦りかけた声音を必死に平静に保つ。少し長い沈黙が続いて、すると、強く自分の体を押しつけるようにしていた理子の体がスっと少し離れた。諦めてくれたのかとホッとする気持ちになるのもつかの間、冷たく鋭いつららのようなトゲが心臓を突き刺してきた。背中にまわしていた両腕が、離れたくないと駄々をこねてすごく重い。──未練タラタラで気持ち悪いな。ここまできてまだ懲りないのか、俺は。

 

「っ、そうだ。そ、のまま離れ、て、病室からも・・・・・」

 

 寒い。冷たい。痛い。胸がどうしてこんなにも締め付けられる。

 理子は分かってくれたんだ。俺といたら死ぬって。だから手を引いてくれた。ここまで尽くしてくれた人に、離れてくれなんて。最低最悪の別れだ。泣かせたくなかった大切な人を裏切って、また傷つける。

 でもこれでいい。俺が直接理子を殺すことになる前に離れられたら、どんなに幸せか──。理子もわかってくれてるはずだ。

 だから今まさに離れようとしてくれてる。なのに、引き止めちゃダメなのに、どうして・・・・・こんなにも苦しんだよ・・・・・。

 ああクソっ・・・・・止まってくれ。止まれ、止まれ、止まれ、止ま──

 

 

「ね。悲しくなるでしょ」

 

 

 ふわり、と理子の匂いが戻ってくる。密着して伝わる理子の体温が、胸に刺さったトゲをたちまち溶かし、過呼吸になりそうな圧迫感を消していく。

 代わりにポカポカした暖かいもので満ちていく。もう離したくないと理子の体を抱き寄せるように、無意識に両腕はがっちりと理子の背中にまわしていて。

 

「ぁ、ご、ごめ、ん。今すぐ、この、手をどけるから」

 

「──くふっ。理子から抱きついたんじゃん。キョーくんは悪くないよ」

 

 耳元で囁かれたそれは、体の内側まで驚くほど浸透していく。ふわっとした金髪のくすぐったさが、いつも隣でくっついて寝ていた頃を思い出させた。ふたりきりのシチュエーションにドキドキして寝た毎日。ニセモノの関係とは思えないキラキラした幸せな毎日が次々と浮かんでくる。

 依然として理子の顔は見えない。けれど、涙ぐみながらも、さっきのような悲しみに満ち溢れた様子ではなく。むしろそれとは逆だ。

 

「お互いにそうやって傷つけて後悔してる。キョーくんの言う通り離れてもさ、伝えたいことが言えなくて、悩んだ時に相談できないなんてやだよ。暗い時こそキョーくんと理子の二人三脚で歩いていこう! キョーくんが持てない荷物は理子が持つし、理子が持てない荷物はキョーくん持って、2人で手を繋いで歩こう! 」

 

「理子があ、ぶな、いよ。気楽ですむ、問題じゃあ──」

 

「もちろん。これから踏み出す道は霧で見えないし、おっきい石とか落とし穴とかいっぱいあると思う。踏み外したり、つまずいて怪我しちゃってもう歩けないーってなったら、理子が助けるよ。文化祭のロミオとジュリエットの演劇でも言ったじゃん。『貴方がこうして怪我に怪我を重ねることは、私自身が傷つけられているということと同じです』って。キョーくんが失ったものの代わりに理子がめいっぱい働くから! 」

 

 ロミオとジュリエットの劇──そういえば、最後の場面でアクシデントが起こった時、理子にそんなことを言われた気がする。最後まで諦めないで、って。

 

「よ、く演劇のセ、リフ覚えてる、な」

 

「だって・・・・・初恋の人がヒロインの理子に歯が浮くようなセリフを言ってくれるんだよ? それはもう嬉しくて何回も台本見直しちゃうよ! 」

 

「初恋──? 」

 

 ギュッとさらに密着させられる。そして耳もとで、

 

「いま理子が抱きついてる人」

 

 ──と。

 

「その、好きってそん、な、軽々しく言うもんじゃ──」

 

「好きだよ。キョーくんのこと。本気で好きで、本気で恋してる」

 

 ・・・・・止まっているはずの心臓がうるさいほど高鳴る。顔がすごく熱い。熱湯でもかけられたみたいだ。それに、こうして抱き合ってると余計に意識してしまう。大切な人が自分を思ってくれて、大切な想いを直接伝えてくれて。いつものお調子者の理子ではないのはわかる。くっつきあってるからか、俺とはまた違う鼓動が服越しにトントンとノックしてくる。

 

「こんな、みすぼらしい男を好きなんてイカれてる」

 

「好きな男のタイプは遺伝だから。お母様も変な人と結婚したの。くふっ、受け継いでるんだよ間違いなく」

 

「褒め、てるの、か貶して、るのか・・・・・」

 

「褒めてるよ。その人はね、お母様が何度裏切っても、一途に愛し続けたんだよ。時に騙して、時に騙されて。味方側にいたと思ったらいつの間にか敵になってたり。でも肝心なところで手をかしてくれたりして、守ってくれて。理子はお母様と同じタイプだよ。もうキョーくんを裏切ったりしないけど」

 

「俺が、理子を嫌いだっ、て言ったとし、ても? 」

 

 うぐぐ、と唸る理子。でも理子の返答は変わらず、

 

「好きだよ。こんなに人を好きになったのは初めて。幸せになりたいし、幸せにしてあげたい。本気で嫌って言うなら、理子も諦める。諦められるよう頑張る。──でもいないと思うなあ。だって、あんなにかっこよく理子を助けてくれる王子様、他にいないもん」

 

「言い過ぎ、だ。他に良、い男なんて星の数、ほどいるだろ」

 

「残念! 理子のお空は一等星残して全部曇ってまーす」

 

 そんなの無茶苦茶だ。理子が本気でバグったのかと思わざるを得ない。

 確かに理子を一度救った。ブラドとヒルダをひとまとめにしなきゃ二回だ。たったの二回で理子が俺なんかを好きになるなんて、ありえない。ずっとずっと言われ続けて感覚が麻痺してたんだ。

 ただ、もしかして──

 

「なあ。その、変な責任感で俺、のこと好き、って言うなら、別に気に、しないで」

 

「責任感? ・・・・・まさか」

 

 察しが良い理子はハッとした様子で、

 

「理子がキョーくんに何度も助けてもらったから、お情けで好きって言ってる──って考えてるの? 今の今までずっと!? 」

 

 ずっとではないよ、と口にしながらもこくりと頷く。

 すると──なんか首締まってきたぞ。待って待って、息できなくなる!

 

「ねえ! 優しさの化身と呼ばれた理子でもさすがに怒るよ! 」

 

「え、と、ぷん、ぷんがおー? 」

 

「それ以上! もー、ほんと純情な気持ちなんだぞ! 」

 

 ググッと頭を離してみたら、ほっぺを膨らませ、むー、と威嚇してくる。

 俺を好きになったってろくなことにならない。理子もわかってるはずなんだ。俺がいくら理子を大切だと思っても、その反対はあっちゃいけない。・・・・・いいや。本当なら、貴女(あなた)にだって、(おれ)は・・・・・。

 

「じゃあ・・・・・証拠。みせる」

 

「なに──んぐっ・・・・・! 」

 

 ──がちっ、と互いの皮膚を挟んで歯と歯がぶつかる。直後に広がるかすかに甘い香り。ぎゅぅーっと目をかたく閉じ、半ば強引に押しつけるような乱暴な口づけ。あまりにも唐突すぎてかたまってしまったが、すぐに理子の肩を掴んでグイッと向こうへ押しやる。

 

「なっ、なにして・・・・・! 」

 

「大好きなんだよ、キョーくんのこと。キスなんて、好きな人以外には絶対しないから・・・・・うー、乙女の口から何度も言わせるなー? ・・・・・ばーか」

 

「・・・・・っ、ごめ、ん」

 

 ぐるぐると頭の中で今の出来事が繰り返される。どうして、なんで、と。

 気づけば互いに真っ赤な顔を目の前に晒しあっていた。

 たった一回のキス。たった数秒で起きたこと。それだけで、理子と離れる決断が瓦解していく。代わりに芽生えたのは、理子とこうして過ごしたい気持ち。

 布団を被って密着してる暑さもあるだろうが、その上気しきった頬と熱を帯びた荒い吐息がいつもより(なま)めかしさを増している。

 

「キョーくん・・・・・もっかい」

 

 もう一回すれば、二度と戻ってこれない。悪魔のささやきだと知っていて、なお、再び口づけを交わした。

 ただ唇を合わせるだけの軽いものだ。それだけで充分すぎるほどの熱が、鼓動が伝わってくる。そして、時々もらす劣情を掻き立てる声が、より熱を帯びさせる。触れては離し、互いに求め合うように何度も何度も軽いキスを繰り返す。

 繰り返して繰り返して、もう何回重ねたかすらどうでも良くなって、閉じかけた琥珀色の瞳をジッと見つめる。

 

「ん、ちゅ・・・・・」

 

 息つぎなど考えていない。ピリッとした電気のような感覚が手足へのびていく。胸の内側から爆発してしまいそうなほど込み上げる想いを必死に抑えて、この緩やかに堕ちていく快感に身を委ねる。

 頭がボーッとして、目の前がクラクラして。何秒たったかもわからない。永遠に思える甘い時間を怠惰にも受け入れる。

 

「ねぇ・・・・・もっ、と」

 

「・・・・・! 」

 

 小さな唇に甘く噛みつかれ、閉じていた口に舌が侵入してくる。そのまま熱の塊のような舌に歯茎や舌の裏を丹念に、そして乱暴にねぶられ、腰が無意識のうちにビクンと跳ねてしまう。貪られる──そう感じるほど蹂躙され。唾液が行き交い、舌や歯茎は甘い痺れに平伏していた。

 ジンジンと頭の奥に(もや)がかかり始める。甘美な水音に心揺さぶられ、気づいた時には、口内を蹂躙する舌に同じものを絡めていた。

 

 

 

 ──大切なものを、わすれて。

 

 

 




分岐ルート:『■■■』


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第65話 ひと息つこうか

前回 理子とベッドで二人きり


 ──熱烈な時間だった。キスをしているだけで、幸せな気持ちに浸れてた。何もかもを忘れて夢中にその行為を続けた。理子もおれも余裕はなくて、舌から全身に広がる痺れと快楽に溺れていた。薄暗くて暑い密室のような空間に響く甘美な水音と互いの吐息。

 ただ、その日はそこまでで終わりだった。気づけば面接時間も終わり、主治医の先生が来てしまった。理子は飛び上がるように布団から起きて、数秒間目をぱちくりさせたあと、主治医の先生を突き飛ばすんじゃないかってくらいの速さで病室から出ていってしまった。

 

 と、いうのが()()あったことだ。今も思い返しては、俺も恥ずかしい気持ちで顔面をガラスに叩きつけたくなるが、そのぶん得たものもある。理子がまだ俺を必要だと言ってくれて、それを証明してくれたことだ。おかげで曇っていた心のうちも晴れてきた気がする。なんというか肩が軽い。この身は瑠瑠色金に犯されて、なおそれでも理子は良いと言ってくれたんだ。ならどんな形でも理子の温情に報いなきゃいけない。

 

 この数日、俺は頭を下げまくった。俺が迷惑をかけたチームメイトたち。先生、国家のお偉いさん方。アリアには一発ぶん殴られたけど、でも何か吹っ切れたような気がする。うじうじしていた心に喝をいれてくれたのも助かった。そして、今俺がやるべき事はひとつだ。──けど。

 

「キンジぃ、どうしてだぁー」

 

「俺に聞くなよ。お前の方がよっぽど付き合いなげえじゃねえか」

 

「皮肉かぁ!? 近すぎて肝心なものを見落としてるからさ、他人からみてどうかなって。いざ瑠瑠神本体になったとしても俺にはまだ自我あるし、アイツの意識と同調なんて出来ないというかやりたくないし・・・・・今すぐにでも俺は俺の喉を引き裂きたいわけなんだが」

 

「確かに、明らかに変わった様子はないな。今まで通りだとは思うが」

 

「そうだよな。外から見ておかしかったら指摘するだろーし。・・・・・まだ生還への道は暗いなあ」

 

 手がかりが見つからないことへの焦りが当然ある。瑠瑠色金がどんな原理で修復されてるのかは知らんが、異例の速さで退院できた。もちろん瑠瑠神のことも大切だが、同時に理子もことも頭からずっと離れない。とても後がないやつが考える事じゃないってのは承知の上だけど、常に理子のことを考えて動かなきゃって気がして・・・・・気持ち悪いな。自分で言ってて。

 

 まあとにかく。色金相手にどう戦うかはゼウスに聞けば分かりそうだが、最近は連絡をとろうとしてもどうしてか繋がらない。全知全能がそう簡単にやられるはずはないんだが、瑠瑠色金の脅威を抑えるのにだいぶリソースを割いてるかも。頼りたいのを堪えて、今は自分たちで調べるのみだ。

 

「そもそもの話、地球にあんな化け物がいたってのは今でも信じられないな。昔はどうやってあんなのと戦ってたんだよ・・・・・」

 

「タマモから話聞いてただろ。要するに殺せってことだ。今のキンジなら俺くらい余裕で殺せるよ。どうだ、やるか? 」

 

「軽々しく言うなよな。命がけでこっちは助けたんだ、お前も自分の命くらい大事にしろよ」

 

「冗談だよじょーだん。つぎ瑠瑠神に乗っ取られるようなことがあったら、潔く俺は自分で始末つけるからさ」

 

「お前なあ」

 

 呆れた感じの忠告を笑って受け流した。そう、まだキンジは俺が生きてるって思ってる。理子やバスカービルのメンツもそうだ。俺が死人だってことを知らない。つい最近は味覚を失ってしまった。ただそれ以外の感覚はまだ生きてるし、何より俺の体に体温が残ってるらしい。らしい、というのは誰からも指摘されないからで、実際どうかわからんけど・・・・・心臓の鼓動音は確実に止まってる。死人だって知ったら皆気持ち悪がるから絶対に悟られちゃいけない。そのためにも頑張んなきゃな。

 

「話を戻すぞ。あいつらの性格は、地上に墜落した際に自分らの性格とか波長が合った人物に憑依させてもらったらしい。3体ともマトモに現地住民と付き合ってたらしいんだが、全員どこかでねじれた」

 

「あの瑠瑠神の異常性もか? 」

 

「そうかもな。実際、一歩足を踏み外したらあんなのと似た感じに変貌するやついるだろ。お前のちかくに」

 

 少し考えてからブルッと背を震わせたキンジを横目に、世界各地で騒がれた超常現象から心霊写真などとりあえず不思議なものを片っ端から目を通していく。

 合成写真やたまたまそう見えただけのものが大半を締めるが、まれにマジモンのもあるから馬鹿にできない。墜落物や突如通信がきれ行方不明になった飛行機や戦闘機などは特に注意する。

 いっけん因果関係がない事件も色金の能力しだいで結ばれることもある。緋緋色金ならばアリアと出会って間もない頃──カジノの一件でアリアがパトラのピラミッドの先端を過去へ送ったのがいい例だろう。

 

「確かに昔からずっと存在するなら記録の一つくらい残っててもおかしないけどよ、政府(うえ)のお偉いさんに協力してもらう方が手っ取り早いんじゃないか? 」

 

「ああ。俺もそう思ってアメリカ政府、日本政府の上層部にハッキングしてくれって情報科の知り合いに依頼したんだけど、連絡が一切こないあたりハジかれたかなあ」

 

「そりゃそうだろ! 俺たち学生がハッキング出来たら逆に心配になるわ! 」

 

「政府は俺を助ける気は欠片もない。瑠瑠神と俺が手を組んでたとして、対色金の研究内容を俺に渡したら──あとはどうなるかわかるだろ。限りなく0に近い可能性でも潰したいんだろうな、きっと」

 

「なら政府の人間じゃなくても近いやつなら、瑠瑠神に関する資料の一部だけでも入手できるんじゃないか?」

 

「となると・・・・・ワトソンかなぁ」

 

 ワトソンとは目覚めてから話すら聞かない状態だ。元々知り合い程度だったから連絡先を交換してそれきりだったのが痛手ではある。あと──俺の体が瑠瑠神だってカミングアウトした時のワトソンは、なんというか他人行儀だったような気がする。他人の見せる冷たさというか、言葉では言い表せない壁で遮られてるというか。記憶もぼやけてて確証はないけど、あれが本来のワトソンの仕事モードなら感心せざるを得ない。まあそれはそれとして、キンジの方で連絡をとってもらうか。

 

「キンジの方で頼む。俺からはかけても多分でない。MI6だかCIAか知らんけど、どっかの諜報機関に所属してるなら監視対象と直接話しはできても情報は与えられないし。あ、それならキンジがかけても同じか」

 

「そうかー・・・・・ん、いや待て朝陽。電話にでないのか? 」

 

「そうだけど? 」

 

「・・・・・学校には来てるんだけどなあ」

 

「ええ!? なら無視されてんの!? 」

 

 そうか。無視されてんのか。・・・・・俺もそろそろ距離を置かれ始める頃だな。これから関わらないでくれ、とか一言でも言ってくれたらいいのに。心に来るぞ無視は。

 

「わからん。何回か会ってるが、()()()()()()()()()お前のことかなり心配してたぞ。お前が死ぬか死なないかの瀬戸際んときに応急処置の手伝いをしてくれてな。んで──」

 

「キンジ。──なんて言った? 応急処置の手伝いの前だ」

 

「・・・・・お前のこと心配してたぞって。看病行けてないからってだけだ。おかしなとこあったか? 」

 

「じゃあ、あの時看病に来てたやつは・・・・・だれだ」

 

 大慌てで携帯を手に取り蘭豹先生に電話をかける。

 俺は確実にワトソンをこの目で見た。最初に俺が瑠瑠神になったと知ったのはアイツとの会話の中でだ。そもそも──面会謝絶がされてなかったはずだ。トラウマになりかけたからあまり思いださないようにしてたけど、もしワトソンに変装してたやつが眷属(グレナダ)陣営か、瑠瑠神狙いの超能力(ステルス)持ちなら──まずいぞ。

 焦燥感が気持ちを駆り立て電話のコールが異様に長く感じられ、やっと電話に出てくれた。

 

「蘭豹先生! 京条です! 俺が入院してから目覚めるまでに病室に侵入したやつはいますか⁉」

 

「──なんやいきなり。誰かと思えば、礼儀もクソもあらへんやないか! 」

 

 思わず耳を塞ぎたくなるような怒声を我慢し被せるようにして、お願いしますと続ける。

 俺と接触したのが機密事項ならば隠すのもうなずける。だがもし、本当に会っていなかったとしたら──俺があの時話していたのは瑠瑠神と俺の実態を知っている人物。しかもあの時の意味不明な質問もかなり私生活に踏み込んだものだった。俺と理子のニセモノの関係を知っているのなんてバスカービルと武藤、不知火、平賀さんくらいだ。

 

「俺、面会謝絶中の夜に誰かとあったんです! もちろん監視カメラありましたよね、見せてください! 」

 

「ああ!? 誰もおらんに決まっとるやないか! なんのための面会謝絶やと思っとるんや! ・・・・・夢でも見てたんやろ。監視カメラの映像も研究対象で見せれへん」

 

「っ、お願いします! 」

 

「しつこいぞ京城! おとなしく他をあたれ! 」

 

 監視カメラの映像さえ手に入れば中で何が起きたか分かるんだ。

 ここで食い下がんなきゃ、せめて蘭豹先生の口からでも!

 

「じゃ、じゃあ何が起こっただけでいいですから、お願いします! 」

 

「チッ、お前の寝言がうるさかっただけや! 」

 

 寝言・・・・・寝言か? 寝てたならそもそも俺は起きてないことになるぞ。本当に夢か? だとしたら現実味があるにも程があるぞ。だけど、大きな収穫になるかもしれない!

 

「一回も起きてませんでした? 」

 

「一回もや。突然気ィ狂ったように誰かに謝りながら胸掻きむしってたくらいやで。どんな夢見てんのか知りたいくらいやわ」

 

「突然、ですか? その前に些細なこととかは? 」

 

「ない。無茶苦茶に暴れただけや。運良いなァ京城、お前がもう少し暴れとったら、危険とみなされて武装検事のお世話になってたとこやで」

 

「そ、そうですか。じゃあ前後でなにか機材に変わった様子とかは・・・・・」

 

「あったら真っ先にお前んとこにカチコミかけてたに決まっとる」

 

 なら、本当に夢オチ? ・・・・・いや、ならあの時感じたリアル過ぎる痛みの説明がつかない。あれはどう考えても現実世界での出来事だ。夢なら自分の顔のキズをあの時点では知らないはずだ。

 夢じゃないとすれば、必然的に侵入者となるが──武装検事も確認してたならきっと超能力(ステルス)の専門家もいたはず。侵入者を見逃すはずはずがない。だとしたら、いったいどうやって・・・・・。

 味方陣営ではないけど敵陣営でもない。侵入者がしたかったのは、瑠瑠神(おれ)と話したかっただけか・・・・・?

 

「要件はそれだけか。京城」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 謎が一層深まっただけか。いや、これも重要な情報だ。ちゃんと記憶しておこう。

 

「──ああ電話きるなよ。ちょうど伝えたかったことがあるんや」

 

「・・・・・? 別件で呼び出しですか? 」

 

「ちゃうわ。近々修学旅行があるやろ。その件や」

 

 修学旅行! 確かにこの時期に武偵高はやるんだったな。海外に行かなきゃ行けないんだっけか。必ず行くようにって教務科から義務付けられはしてるが、俺は行くなって知らせかな。国外にだして事件を起こせば外交問題に発展しかねない。不安定な状態の(おれ)なんて監獄の外にいるってだけで奇跡に等しいのに、まして修学旅行の呑気な気分に浸るのは許されない。ここはひとつ、キンジにお土産たのんどくか。

 

「俺はその期間は病院ですか? アルカトラズ(監獄島)への宿泊体験です? どっちにしたってろくなことにならなさそうですけど」

 

「いいや。今朝の会議でお前は香港への修学旅行が決まったんや。これは決定事項だから覆すことは出来ひん。そして香港内での行き先も指定されとる」

 

「え・・・・・どうしてですか! まだ監禁の方が良いですよ! 悠長に遊び気分で観光なんか出来ません! そりゃ怠けてた俺が1番悪いのはわかってます。でもっ、少しでも方法を見つけて遅らせないと、理子が! 」

 

「落ち着け京城。これはお前のためでもあるんや」

 

「ど、どういうことです? 」

 

「詳しくは言えん。ただ言えることは──世界各国のメインコンピュータにウイルスを流し込んだやつが、香港にお前を連れてこいとメッセージを残した、とだけや。お前とは顔見知りともほざいてたんや、もちろん断ることは許さへんで。指定された日時を1秒でも過ぎれば、要人の個人情報やデータ化された最高機密文書、刑務所の電子ロックキー、クレジットカード所持者全員の暗証番号の流出と被害に枚挙に暇があらへん。是が非でも行け」

 

 そっ、そんなヤバいやつと俺は知り合いんのか!? 国連すら敵に回すってことは、多分どこの国にも所属していないフリーランスだ。高い知能と戦闘能力を有した化物じみた人間か、あるいは・・・・・。待て待て。どこのどいつだそんなの! けど、わざわざ俺を呼ぶなんて怪しいな・・・・・よし。

 

「行きますよ。その人が来いというなら俺を殺したいか、秘密を握っているかのどちらかですからね。どちらにせよ瑠瑠神打倒のためのヒントです」

 

「ならええ。お前には肩身の狭い思いをさせるが勘弁してくれ。その年で中々のモン背負うのは厳しいが、あたしらも必死になって情報をまわしとる」

 

 ──確かに。嘘はついてないみたいだ。今も首を片側にすくめて肩と耳に携帯を挟みながらパソコンのキーボードを叩いている。基本戦闘狂みたいなとこあるからこの光景も新鮮だな。

 

()()()()()()()()()。いつもはでっかい焼酎とか日本酒を片手にパチンコ本片手に飲んでるのに、柄にもなくパソコンで真剣に作業してるなんて。しかもその目のくまとボサボサの髪、さては寝てないですね? (おれ)のことは気にせず睡眠とってください」

 

「──はぁ? 何を見て言っとるんや」

 

()()()()()()()。先生って優しいんですね。あ、武装検事が俺に面会に来た時に分かったんですけど、今一度確認すると恥ずかしいというか。()()()()()()()()()()()()()()()()()。褒めてるんですから! 」

 

「っ! 京城! 何言って──! 」

 

「あーごめんなさいごめんなさい! すぐきります今きります! 修学旅行には行くんで! ()()()()()()失礼しました! 」

 

 無理やり携帯を閉じて、どっと疲れた肩や首を癒すため一旦ベッドにダイブする。全身に石が乗ってるみたいに重たいけど、最近は机に向かいっぱなしだからしょうがないかもな。

 だけど、幸いにも俺が退院してから大きな事件というのは起こってない。キンジとレキが一般高に行ったくらいで、あとは普通の生活だ。国からは自宅謹慎を命じられてるから調べ物と電話での聞き込みくらいしか活動できない。そのぶん努力しなきゃならんのだが・・・・・まったく成果が出てない焦りが常にジリジリと体に溜まっていく感覚だけが虚しく残るだけ。

 

「わっかんねえ! 」

 

「うおっ! いきなり大声だすなよ! 」

 

「仕方ねえだろー。肩こり酷いんだしヒントは今一つ掴めないし・・・・・ピンときた資料もアクセスエラーでシャットアウトだろ? 」

 

「まあそんなかんじだが、諦めんなよ。それより、そっちの方はビデオ通話でもしてたのか? 」

 

「ビデオ通話ァ⁉ 蘭豹先生とか!? おいおい疲れが溜まってるのは同じだな。この携帯にビデオ通話なんて便利な機能そなわってないぞ」

 

 最近普通の高校に進学してるから、脳筋しかいない武偵高に比べて授業内容が濃くなっている。実家からレキと一緒に通ってるらしいが、たまにこうして部屋に来ては手伝ってもらってる。

 もちろんそんな生活をすればキンジにも疲れが溜まるのだけど・・・・・予想に反していたって普通の顔色だ。むしろ俺を変人扱いしてるような眼差しを向けている。

 

「じゃあお前、なんで、覗いてすみませんって言ったんだ? それに蘭豹の表情まで見てるような口ぶりだったよな」

 

「そりゃーもちろん蘭豹先生がいつも使ってる部屋見ちゃったから」

 

「・・・・・? いつのことだ?」

 

「今だぞ? 」

 

 ・・・・・キンジは、何を言ってるだと言わんばかりに首をかしげて眉をひそめた。

 もしかして疑ってるのか? いやいや。まあ生徒のためにあんだけ頑張ってる姿を一度も見たことないのは確かだけど。この目で確実に見たん──

 

「──は? 」

 

 ふと、小さな違和感に気付く。ここはキンジと俺の部屋だ。もちろん蘭豹先生の部屋でもない。目の前にいるわけでもないし、武偵高までは距離がある。蘭豹先生の部屋に隠しカメラを仕掛けたとかそんな自殺まがいなことはしない。

 ・・・・・ならどうやって、俺はいま蘭豹先生のいる部屋を覗き見したんだ? 電話中、視線を向けていた先はただの壁だ。ずっと壁を向いていたはずだ。幻覚じゃない。リアルタイムでしっかりと確認したんだ!

 

「俺は・・・・・! 」

 

 ズキッ、と(ひたい)に鈍痛が走る。尖った角のようなものが頭の内側からつついている、との表現が一番合ってるだろうか。頭を抱えるほどじゃないけど、キンジに警戒されるには充分すぎるほど顔を思いっきりしかめている。

 

「おい、朝陽。無理そうなら言え」

 

 アレからひと段落ついたのにまた瑠瑠神(あれ)に乗っ取られるのか──と、覚悟を決めたが、その途端に嘘のように痛みが引いていく。角のようなものも内側に引っ込んでいくような気がして・・・・・いや、そんなのが頭にあるのは正直ゴメンだが、とにかく。

 

「だい、じょうぶ。ちょっと煮詰めすぎてクラってきただけ」

 

「そうか? 確かに変なこと口走ってたな。瑠瑠色金と決着つける前に過労死しちまうぞ。あとは俺がやっとくから、ちゃんと休んどけ」

 

「そう、だね。死んじまったら元も子もないし。でも寝れそうにもないからベランダで頭冷やしてくる」

 

 悪いな、と言い残し、寒さが厳しくなってきた外に足を運ぶ。

 外出禁止といっても理子が必死に説得してくれたおかげでベランダなら許してもらえることになった。「一時的な禁止令にしろベランダにも出れないのは不当な拘束だ! 」なんて怖さ知らずに噛みついて、しかもそれが受理されるなんて。何か裏があるに違いないが、今は考えないでおく。

 

「もう夕方か」

 

 ベランダの手すりに覆い被さるようにもたれると、いきなり寒いところにでたもんだからゾクゾクっとした悪寒を背中に感じた。

 季節はあっという間に過ぎ日の入りも夏に比べて断然早い。吹きつける風も充分冷たく嫌でも冬の訪れを体感してしまう。見上げた空は、きっと理子と眺めたら何倍も綺麗に見えるくらいで。

 理子はアリアと買い物に出かけると話していたけど、今どこにいるかなと人差し指と親指で丸をつくって覗いてみる。まあ、予想通り見えなくて。我ながらおかしな事だと自傷気味に口もとを緩ませた。

 

 武偵高にいる蘭豹先生を自宅から遠視出来たのは、冷静に考えればすぐ瑠瑠神のせいだと理解出来る。色金とは『一にして全、全にして一』という特性を持つ金属の神。自身の体を粒子にして、世界中にばらまくことも可能だろう。ばらまける、ということはそれだけ感じ取れる世界も広がるということ。なら、距離と壁に遮られたものを視ることだって不可能じゃない・・・・はずだ。だけど、

 

(ほんとにそうか? )

 

 事実なら色々とおかしいことになる。色金の粒子を漂わせてその範囲を視ることができるなら、戦いにおいて不覚をとるはずがない。瑠瑠神はそれに反して倒されてるし、ならさっきみえた蘭豹先生はなんだって話になるわけで──。

 

『あー、あーっ、聞こえてるかい?』

 

「ああ聞こえてる・・・・・あ!? 誰だよ! 」

 

 なんの脈絡もなく頭の中に少し大人びたような声が響く。思わず落っこちそうになったが、手すりがあってよかった。ベランダから落ちたらシャレにならん。そして、

 

「お前だれだ。いや、お前は()()()()()()()()? アイツ(ゼウス)以外に直接脳内に語りかけるやつなんて早々いねえだろ。あ、元々そういう超能力(ステルス)のやつなら今のは忘れてくれ」

 

『──れぃ』

 

「はい? もうちょっと大きな──』

 

『ひっさびさに喋ったのに失礼じゃないか! 』

 

 なっ、なんだこいつ! 直接脳内に語りかけてるくせに耳がキーンてするぞ。どんだけデカい声で叫んでんだ・・・・・! 

 

「しゃ、喋ったも何も、俺は瑠瑠神(アレ)をのぞいたらあとはあのゼウス(ロリ)しかいませんね」

 

 本当はだれだ、と聞き返そうとしたとき、ふと前に会った時のゼウスの姿を思い出した。確か俺が最初に会ったときよりも成長してた。小中学生くらいだったような気がする。幼く高めの声が、若干低くて落ち着きのある大人の声になったとすれば、多分。

 

「ああ、ゼウス? 」

 

『ちょっとしか話したことないクラスメイトを思い出したようなリアクションやめてよ! もう」

 

 このタイミングで現れてくれたのは好都合だ!

 そう一筋の希望を胸に、話を切り出した。きっと、良い答え出してくれると信じて。




次話は八割完成なので近日中に公開します。


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第66話 みすてないで

前回 能力に悩まされる


 セウスの前よりも大人びた声が脳に響く。最後に聞いたのは確かジーサードと初めて会った時と割かし最近の──1ヶ月近く前のことだが、もう少し子供っぽいような声だった気がするぞ。でもその大人びた雰囲気をこの金切り声で粉砕しているのだからもったいない。

 それはともかく。ちょうど連絡してきてくれたのはうれしい限りだ。これでやっと瑠瑠神打倒のヒントを掴めるかもしれない。一日でも、一秒でも早く。この焦る気持ちを沈めたい。焦燥感が底知れなく襲ってくるこの状況を何とかしたい。

 

「どうして今の今まで連絡くれなかったんだ。なんどもかけたのに」

 

『えっ⁉ 君そんなに私にかけてくれたのかい⁉ 嬉しいじゃないか! 』

 

「っ、緊急事態なんだよ頼む! そんな会話をしてる暇ないんだ! 俺も必死に調べてるけど、足どりすら掴めなくて・・・・・だから! 」

 

「私に協力してくれと? 充分してると思うけど」

 

「お前の持ってる情報が欲しいんだ。俺も頑張ってるけど中々集まんなくて・・・・・立ち往生してるんだ。こっちでも限界が──」

 

()()。いつから君はそんな(いびつ)になったんだい? 』

 

 ──あまりにも冷めた声が届く。唐突だった。全身にトリハダが立つなんてちっぽけなものじゃない。クールな雰囲気に似合わぬはしゃぎっぷりが、途端に声だけで人を凍てつかせる凶器に変貌した。たった一言だけで、心臓が凍った手に鷲掴みされたみたいに苦しくなる。隣にいるわけでないし、ましてや住む世界が違うのに、瑠瑠神(この体)が一瞬ですくんでしまう威圧感に飲み込まれる。

 

『今まで遊び呆けて自分から解決しようとしなかったくせに、必要になった時だけ私を頼って、しかも急かすなんて。()()()()()()とは思わないかい? 』

 

「え、えと、そうだけど! 」

 

『瑠瑠神化を悪化・加速させたのは君自身だ。君の実力がもっと上なら瑠瑠神(アレ)の能力を乱発せずに済んだのに。どれだけ私が忠告したと思ってるの。自ら鍛錬を重ねようとは考えつかなかったのか?』

 

 ・・・・・言葉が出てこない。

 俺は武偵として活動するだけで瑠瑠神と戦うことに目をつむっていた。どうしようどうしようと考えて、考えて、それでいつも終わっていた。実行になんか移してなかった。Sランクの任務はどれも難易度が高くて負傷することもあるし、傷を負ってなくても疲れがどっと来ることもある。家に帰って瑠瑠色金についてなんて調べられる体力なんてない──そんな弱音で自分を納得させてた。オフの時も休息はしっかり取らなきゃって、あとまわしにして。

 

『確かに君は戦闘面、特に他人を守ることに関してはよく頑張ったと思うよ。でも肝心の君自身を守れていない。いや、守ろうとしていない。君は他人を守るとき、君自身の能力で助けたことがあるかい? 瑠瑠色金の力を引き出してでも他人を守ることが、助けられた側がどれだけ酷な運命を辿るか、君は想像したことあるのかい? 』

 

「そ、それは! 俺はただがむしゃらに戦ってて、考える暇なんて」

 

『あったはずだ。君にはどれだけの猶予が与えられていたとおもう? 。君を友人だと信頼している仲間を、君のことを愛している仲間を、1番なりたくないものに君が成り果て殺すんだ。どうしてか? 君が瑠瑠色金の能力を使うからだ。君自身ホッとしている部分もあるのだろう? 瑠瑠神がいて良かったって』

 

「俺はそんなこと! 」

 

『必要が、必要であるが故に──か。免罪符には程遠いよ。長らく君のことを見てきたが、ここ最近の君の無茶ぶりにはほとほと愛想が尽きた』

 

 ・・・・・あ、ダメだ。たのむ。今のこの、得体の知れない感情が上がってきては。やめろ、やめてくれ。

 数少なかれどアドバイスや励ましの言葉をかけてくれて、理不尽に殺された俺にチャンスをくれた恩人()に、そんな・・・・・。理子とは違う意味で感謝してるし、見えない努力だって俺よりいくらでもしてるはず。やっぱり、努力してないのは俺の方だ。憎くて仕方ない相手に心の底では頼っていたことになる──いやだ。それだけは嫌だ。そしたら、そしたら俺は──!

 

『なーんて、うそうそ! 冗談だよ! 私が君に対して頑張ってないーだなんて言うはずないじゃないか。ちょっと私が視てるより深刻だから、君を突き放すようなことを言って試してみた。ごめんよ』

 

 ・・・・・は? 一瞬理解が追いつかなかった。ゼウスに突き放されたショックが大き過ぎたからだ。数秒の沈黙が流れて、ようやく安堵を飲み込めた時には、無意識のうちにベランダにへたり込んでいて。

 うなだれた頭を空に向け、

 

「たのむ。驚かさないでくれよ」

 

 とため息をついた。活動していない心臓が高鳴ってる気がする。

 (ひたい)に浮かんでいた冷や汗を袖で拭って、震える足に再び力を入れ立ち上がる。

 

『ごめんね。最近シリアスなことばかりで君も休めてないというのに追い討ちをかける真似をしてしまって。でも必要なんだ。信じてくれ』

 

「信じるけど・・・・・ちょっと、じゃなくてだいぶキツかったかなあ」

 

『あ・・・・・いや、私は君を傷つけることを言ったけど、悪気があったわけじゃなくて! ああでも、調べるためにわざと言ったのは確かなんだけど・・・・・! 』

 

「いや、これはお礼だよ。逆にビシって言ってくれてありがたかったよ。今まで一人で成しえたことは1つもないくせに、他人に頼る時は1人前だ。だから・・・・・俺は俺のやり方を見つけなきゃって思ってたけど、どこか怠ける自分がいた。そりゃどうしてもって時はあるけどさ、その怠け癖で俺はだいぶ他人にも、理子にも、お前にも負担をかけてた。それを気づけたんだ。ホントにありがと」

 

 俺は本音を伝えたが、どうも皮肉めいた何かと捉えたらしく『えっと、』とあたふたしながら言葉をつまらせている。最初にゼウスが切り出した話だろうにと、俺も少し落ち着きを取り戻しながら、

 

ゼウス(ロリ神)・・・・・っていわれるほどもう小さくないか。俺は信頼してるよ、ゼウスのこと。どう隠そうたって筒抜けだし。本当に感謝してる。大事なことに気づかせて──というか、俺が認めるのが嫌で避けてただけか。それを真正面から言ってくれて。本当にありがとう」

 

 と、本心から俺が言ってるのが感じ取れてくれたのか、

 

『信頼! 信頼って、どれくらい!? 峰理子と同じくらいかい!? 』

 

 やはりクールな雰囲気をぶち壊すようなトーン、しかも食い気味で聞いてくるもんだから流石に「お、おう」と答えるしか無かった。

 にしてもなんで限定的に理子なんだと思ったが、まあ、単純に俺のそばにずっといてくれてる存在が理子だから、とだけだな。外は成長しても中身が伴ってないだろうし。

 

『あっ! 君いま失礼なことを考えたなー? むぅー・・・・・。んっ、んん! ちょっと脱線し過ぎかも。とにかく私が伝えたかったのは、君はいつも頑張ってるってこと。確かに瑠瑠色金に頼り過ぎな部分もあるけど、これから治していけばいい。がんばってがんばって、挫けそうでも君には仲間がいる。峰理子が一番頼りになるかもね。困った時は2人で助け合うといい。君の精神安定剤たりえるのは峰理子だけだ。彼女ならきっと、絶望の縁に立たされた君を救ってくれるはずだよ』

 

「何でも知ってんだな」

 

『分かるとも。私は全知全能だからね。ついでに伝えとくと、君はいま情緒不安定だ。瑠瑠神と融合することでの拒否反応と言った方がいいかな。後悔と自己嫌悪、愛と欲望が混ざってグチャグチャ。君、私にけなされてた時すっごい死にそうな顔してたよ』

 

 動揺が目に見える、か。それは困る。いつ何が自己嫌悪に浸かってしまうトリガーとなりえるか、不明なまま理子と過ごすのはリスクが大きい。二人きりの時や夢で、さっきのような発作が起きたら・・・・・きっと、幻滅される。

 だから理子の前では()()()()()でいなきゃならない。それが、理子を心配させない最善策だ。心配させたくない──それが一番の理由かもしれない。俺が笑顔なら理子も笑顔になる。辛いことは相談してと言われたけど、俺が笑顔を崩さなければ、きっとそれは耐えれること。相談に値しないちっぽけなものだ。嘘はついてない。

 

 けど、俺はこの自分で決めた約束すら破ってしまうかもしれない。自分にあまい俺に、理子に頼る以外で唯一やくそくが守れるとしたら、

 

「ゼウス。どうすれば俺はずっと笑顔でいれるんだ? 」

 

 理子でない信頼出来る誰かに自分の約束を聞いてもらうこと。たったそれだけだ。今までは自分の心の中で、或いは身の丈に合わない目標ばかり立てていた。ずっと笑顔なら、子供でもできる簡単なこと。ゼウスがいるから万が一崩れそうになった時も注意してくれれば治せる。

 

『ふふっ、簡単だよ。口の端と端をグイッと上にあげて、目を少し細める。それっぽくなるだろうから、後で鏡で見てごらん。・・・・・ああ、君の今考えてることは分かってる。辛いときでも笑えば前向きになれるはずさ。君ならできるよ』

 

「うん。そうだね。──ありがとう」

 

 心が少し軽くなったような気がする。ネガティブに考える癖もだんだん無くなるかも・・・・・や、それはないか。俺はきっと俺のまま、その上に付け足すように前向きに考えよう。無くすことは出来なくとも減らせられたら、それはきっといつか役に立つんだ。

 

『嬉しいようだね。私も、前向きな君を見るのは好きだよ。さて、私も真の全知全能に成るために頑張んなくちゃ! 』

 

「? 真の全知全能って、ゼウスは元から全知全能じゃないのか? 」

 

『あれ、話してなかったかな。前にどこかで話したはずなんだけど・・・・・この際もう一度説明しとこうか。ゼウスの名にふさわしい力を手に入れるようになるには、地球基準であと4か月程度かかる。君がその時まで頑張ってくれれば、あとは私に任せてほしいな』

 

「? どういうこと? 」

 

『神である私だって生命体だ。成長もすれば老化もする。君たち人間だって身体能力は幼少期より青年期の方が上だろう。そして要の私は、成長期の真っ最中。つまりピッチピチのJKだよ! 外見はね! 』

 

 へへーん、と何故かドヤ顔をしている様子が目に浮かぶ。だが、一々ツッコミをいれてるとグダグダになるから敢えてスルーを決め込む。ゼウスは不満そうな吐息を漏らしたが、仕方ないと割り切ってほしいな。

 

「成長速度速すぎやしないか? 俺が最初に会った時はロリだったじゃねえか」

 

『頑張ったの! 幼少期は青年期に比べて使えない能力や弱い能力が多い。今でこそ力を徐々に取り戻しているけど──ううん、ムリに成長してるから、通常より能力が欠けてしまっているね。特に精神掌握系や即死系は全盛期より育ってない。ま、色金みたいに()()()()でしか存在できない弱い神には未熟な能力でも効くんだけどね』

 

「限定世界? なにそれ」

 

『君の転生前の世界・・・・・ようするに基本世界から樹木の枝の如く分かたれた平行世界のことを限定世界と言うんだ。基本世界と限定世界は似て非なるもの。君が元いたとことは違って超能力や神と呼ばれるものが実際に存在する。それで神も二種類に分けられてね。数多ある限定世界を行き来できるような強い神と、その世界でしか存在を保てない神。瑠瑠色金は後者だよ』

 

 な、なんか急に話が難しくなったな。基本世界とか限定世界だとか。もう忘れかけてるけど、俺は転生者だ。ごく普通の一般市民だったのに、瑠瑠神に殺されてしまった哀れな一般市民。好かれたから殺されたという理不尽な……ん、待て待て。ゼウスが言ったことと矛盾してるな、それじゃ。

 

「なあ。瑠瑠神ってこの世界でしか存在できないんだろ? じゃあどうして俺と幼なじみを殺せたんだ? 確か前にもゼウスが説明してくれてた気がするけど、もっかい頼む」

 

『うん。正確には()()()どの世界線にも存在するの。ただ瑠瑠神のように自我を確立して活動してるのはこの世界だけ。この種類の神は割と多いんだけど、色金には"一にして全、全にして一"という性質上、別世界線の同じ色金に成れるの。ほんとチートでクソだよね」

 

「は、はあ」

 

『でもさっき言ったように、世界線を渡るには力がいる。いくらその性質を持っていようとも無視できない(ことわり)。だから上位の神に協力してもらうしかないんだけどなぁ。いくら力を瑠瑠神に譲渡したって、あの神じゃ弱くて幽霊みたく虚ろな存在になるだけだと思うんだ。実体化させたり憑依できたりするって、どんだけ瑠瑠神に肩入れしたのって話だよ! そのせいで君の幼なじみちゃんが乗っ取られて悲惨な事件になったのに!この騒動が終わったらとっちめてやる! 」

 

 プンスコ怒ってるゼウスを置いて、再び思考を走らせる。ゼウスから得た知識と共に、前世では大量の厨二病患者を誘わせる平行世界の概念について。ごく基本的なこともここでは重要だ。そう、例えば──

 

「この世界って、平行世界なんだろ? なら、この世界線の俺はどうなった? 」

 

 京城朝陽という人物はいたはずだ。この世界は銃規制や超能力が元の世界と大きく異なるが、街並みは微妙に変わってる程度で都市名なんかは一緒。前世のテレビで見た政治家もちらほら見かける。完全に一致とまではいかないが、それでもいたはずだ。平和を望んでる俺か、女にかまけてただらしない俺が。

 そしてもし。京城朝陽がいるのなら、瑠瑠神はなぜ平行世界の俺を狙わずわざわざ世界線を越えて来たのか。

 

『いたよ。ちゃーんと、名前と容姿も同じだったね』

 

 ・・・・・いた?

 

『けど死んでもらった。ちょちょいって操って交通事故でね』

 

 ・・・・・はい? え、ちょっと何言ってるか分からないんだけど。サラリとものすごいこと言わなかったか!?

 

『勘違いしてくれると困るから先に言っておくけど! この限定世界は基本世界から分かたれた世界って説明したよね。さっきも言ったけど、この世界には君が来る前に外見が君とまったく同じ京城朝陽という人間がこの世界にいたんだ。けど、君が転生するってなって、この世界に何の影響を与えることなく生まれさせてしまったら、そりゃもう大変な事態がおこるよ』

 

「たいへん? 」

 

『どちらも消滅する。京城朝陽という人物が二人いるという矛盾は通常ありえないんだ。だからそれを修正しようとする世界の力が働く。結果どっちも死んじゃうことになるんだ』

 

「は、はぁ」

 

『だからこの世界の京城朝陽に死んでもらったんだ。京城朝陽という器は京城朝陽という魂を以て完結するの。限定世界には基本世界と変わらぬ正しい魂は存在しないんだ。つまり、限定世界の京城朝陽には君とは違う魂は入ってたの。見知らぬ魂が入り込んだ京城朝陽なんてのは、もはや他人だよ』

 

「え、えと、外見は同じだけど中身が違う俺が邪魔になるから排除したってわけか? 」

 

『そうだとも。それが君を助ける唯一無二の方法だったよ。だとしても、どんな形であれニセモノ(朝陽)が殺されるよう仕向けた。ホンモノ()を救うためにね・・・・・軽蔑したかい? 』

 

 軽蔑したもなにも、知らない間に平行世界の自分を殺したから許してくれなんてぶっ飛んだ話に正直ついていけないぞ。しかも平行世界の俺と今の俺が違うだって? だから殺した? ・・・・・瑠瑠神も大概だけど、コイツもコイツで頭のネジ飛んでんな。交通事故なら多分苦しむことなくイケただろうけど・・・・・。

 

「家族はいたのか? 幼なじみとか」

 

『いなかったよ。君がこの世界に生まれてきた時と同じ孤児だ。仲良い友達はいたけど幼なじみは無し。正真正銘の一人きりだ』

 

 ボッチか。何があったかは知らないけど、こっちの世界の俺も中々苦労してたんだな。元の俺は霊感があったし割と不幸体質だから死ぬ時も、ああ運が悪かったんだなって割り切ってくれてたら嬉しいな。それに外見は同じだろうと中身の魂は違うなら、別人だと割り切ってしまえば問題ない。どうせ見ず知らずの他人だ。

 

「いいよ謝んなくたって。俺や理子には関係ないし、魂が違うのなら別人だ。んなことよりもさ、……どうして俺なんかを助けてくれるんだ? 」

 

『それは──』

 

 純粋な疑問だ。ぴちぴちのJK(女子高生)だと言い張ってる自称クール系の頭おかしいやつだが、仮にも全知全能の神ゼウスなのだ。神話上の神様が一個人の俺に手を貸すメリットなんてない。気づいたら協力してもらっただけだ。

 

『うん。嘘はつけないし、正直に言おっか。実は、私は前から君に興味があるんだ』

 

「物好きなやつだな」

 

『物好きと思うかい?ふっふーん、私のセンスはいいと思うんだけどナー? 現に君は峰理子という美少女に好かれてるじゃないか。

 

「傷物だぞ? 片目と周りの皮膚に地割れみたいなヒビ入ってるし、どこみたって傷跡だらけだ。ほら、右腕なんか(あな)開いちゃっててさ。骨ないのに動かせるんだよこれ。気味悪いだろ? 」

 

『いいよ。たとえ君の四肢が欠損して、両目とも潰されて、舌を抜かれたとしても、君が諦めない限り私は君に付き添う。人間界では、こういう愛の覚悟を()()っていうのかな』

 

「・・・・・いや全然。ゼウスがそこまでしてくれるんなら、俺も限界まで頑張ってみる。それが理子との約束でもあるしね」

 

 ゼウスがそこまでしてくれるなら、なおさら頑張んなきゃ。無茶できる体に成ったからには今までの情けない敗北はしたくない。

 

『君が頑張って頑張って、でもやっぱり上手くいかなくてさ、誰のことも信じられなくなったなら……君自身の意思で転生の間に来るといい。最後の手段を使ってでも、君の(そんざい)だけは守ってみせよう。私はいつだって君の力強い味方だ。大丈夫。瑠瑠神(アイツ)になんか殺されやしないさ』

 

 優しげに語ったその言葉と同じくらい穏やかに、クモの巣状にヒビが入った片目周辺を撫でられる。目の前は空中で足を引っ掛けるとこもないし、そもそも何も無いはずなんだけど、透明で暖かい小さな手が、確実に触れている。

 

『──あぁ。か弱き生命ともあろうに数多の苦痛と苦難を背負って。さらにこの傷に首輪まで──一体アイツらは何様のつもりなんだろうね』

 

「アイツら? 」

 

『君の首に趣味の悪いチョーカーを付けさせたクソ共のことを言ってるんだよ。見る限り、君の脳が完全に瑠瑠神化した瞬間爆発する代物か。思想と行動が真逆の野蛮人がしそうなことだ。200年前と何ら変わりないじゃないか。君は抵抗しなかったのかい? 』

 

「しなかったよ。これは俺の責任だし、あと残されてるのは左目と脳だけなんだろ? 仕方ないことって割り切ってるよ」

 

『正確にはあと魂も残ってる。目、脳と侵食されても魂が侵食されなければ君は君自身の存在を保つことが出来る。あとは私の()に任せてくれ。君の魂までは渡さないから』

 

「手? 」

 

 ゼウスが手を・・・・・あっ、転生の間から現世に戻る時に掴まれたあの手か? あの手が出てきた時ゼウスは自分でコントロールしてるような言動はいっさい聞いてなかった。だとしたら、

 

「その手って、まだ俺は見てないか? 」

 

『うん。私のは水色の大きな手。君を現世に連れ戻そうとした紫色の無数の手は、世界に連れ戻す役目を持った手だよ。まあこれも説明すると長くなるんだけど──転生の間において長居は許されない。あそこは本来、行き場を失った魂、輪廻の枠から外れた魂が行くところ。そして消滅寸前の魂が神にすがるところだ。君はもうこの世界の住人であるが魂が転生の間に行くような状態じゃない。だから君が間違って行ってしまったのだと焦って、君の世界が君を取り戻そうとするんだ』

 

「ほーお。お前はまだ死んでねえから戻ってこい! って感じか。どんくらいの強制力なんだ? それ」

 

『全盛期以外は無理。というかしたくない。余計な魔力持ってかれるし、逆らったところでメリットなんかない。君との話は脳内会話で済むから』

 

「そっか。あ、あとひとつ。さっき魂だけは渡さないって言ったよな? それもその手で捕まるんじゃないのか? 」

 

『いい質問だね! 実は転生の間にも肉体と魂で分けられてるんだ。地球の言葉で表すのは難しいんだけどね。えーと、私のは両方持っていけるけど、世界の方は魂だけ。転生の間において肉体というのはあまり関係ないからね。これでいいかい? 』

 

「ん、ああ」

 

 なるほど、よく分からん。でも瑠瑠神打倒のひとつの手として頭にメモっとこう。ゼウスが瑠瑠神の力を抑えてくれてる中、自由に動けるのは俺だ。奇想天外な策がポンと出てくれたら困らんが、凡人なりに色々と考えてみるか。ゼウスも協力的だからな。俺が頑張んないと。

 

『あ、そろそろ峰理子が帰ってくるんじゃないかな。もういい時間だよ』

 

 知らせてくれたわりには不服そうなため息をもらしたが、たしかに日も落ちかけて街灯がポツポツとつき始めてる。話の内容が物騒ではあったけど久々に会話出来てよかった。このままずっと話せてなかったらキツかったし。

 

「ん。ありがと。これからも連絡とると思うけど、前みたいに拒否しないでよな。おねがい」

 

『──んんっ! お、おっけー。わかった』

 

「あ? どうかしたか? 」

 

 息づかいが荒い──というか人の脳内にハアハア言ってるのが響いて気持ち悪いんだが、

 

『なんでもないなんでもない! ちょっと可愛かったからとかだから! 』

 

 ・・・・・もういいや。ツッこんだら負けだ。

 

「じゃあまた今度。よろしく」

 

『うん。笑顔、忘れずにね』

 

 最後に一言残した後プツッと頭の中で何かがきれて、ゼウスの声は聞こえなくなった。俺も冷え込んだ空気の中、深呼吸を一回してからベランダをあとにした。

 ──ここから始めるために。

 




リアルで環境が変わり課題やレポート、生活に追われてるため長い目で見てください。これからもよろしくお願い致します。


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第67話 小さな女の子の勇気

前回 ゼウスとの会話


 部屋に戻った後、キンジがヒステリアモードにでもなったのかってくらい凄まじい速度で身支度を整えていた。

 

「どこかいくのか? 帰る? 」

 

「ああすまん! 瑠瑠色金のことも調べたいんだが蘭豹から今すぐ来いって言われてたんだ。重要な要件らしくてすぐ行かなきゃだめで」

 

「おっけ。すぐ帰れたら帰ってくれなきゃアリアがすねるからな。今日はわけわからんがこの部屋に集まるんだし」

 

「なるべくな。じゃあ行ってくる」

 

 この時間帯から制服着るのも嫌だろうに。蘭豹が怖いから行かなきゃなんない辛さか。バックレたらガチで蜂の巣にされかねない。あの強情なアリアを萎縮させるくらいだし。

 さて、キンジは当分帰ってこないだろうしあとはアリアと理子を待つだけか。白雪とレキも呼べば来るかな。集まれって言われたから集まったが今日なにをするのか伝えられてない。もう夕方過ぎくらいだけどお腹はすいてない──というか最近まったく食欲がわかないんだけど、わいわい皆と食事なんて久しぶりだ。体感的にだけど。

 

 とりあえず・・・・・筋トレかな。なまった体を動かすにはちょうどいい。いや、待てよ・・・・・? 大事な何かを忘れてる気がする。忘れちゃ絶対にいけないことだ。っと────わかんね。思い出すのも含めて時間を有効的に使わないと。大体りこ達が帰ってくるちょっとした時間だけだ。強襲科のメニューを一通り終わらせたらシャワー浴びればいいし。───よし!

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 ピンポーン、と部屋にチャイムが鳴り響いた。同時にドアも開き、アリアと理子と白雪──平賀さんの声も聞こえる。(あや)がいるとは珍しいというか、さらわれてきたのか道に迷ってたのを理子たちに確保されたのか───どっちにしろ人数が増えるのは嬉しい。そのぶん賑やかになるからな。ただ・・・・・タイミングが悪すぎる。汗はかいてなかったけど一応シャワー浴びてサッパリしたところだ。バスタオルとパンツもしっかり持ってきてある。なのに、寝巻きがねえ!

 

「ねー朝陽ぃー? 帰ったわよー」

 

 ヒッ! いま廊下を通ったぞ! あいにく俺はパンツしか履いてねえ。髪だって濡れたままだ! このまま入ってこられたら・・・・・あ、冷静に考えて来るわけないか。トイレは別室だし。

 

「シャワー浴びて今洗面所だ。先にくつろいでて」

 

「はやく来なさいよ。今日はアンタのために集まったんだから」

 

 と、足音が遠ざかっていく。

 ──俺のため? 俺のためか。嬉しいなそれは。でも誕生日は2月だしな。祝われることしたっけか。まあいい。なんであれ楽しみだ。とりあえずズボンだけ洗濯前の取り敢えず履いて、それから取りに行けばいいか。

 

「キョーくぅん! ひっさしぶり! とりあえずその屈強な腹筋を、見せ、て・・・・・」

 

 ガラリと空いた洗面所と廊下をつなぐドア。理子と、その横に両手で顔を覆って、でも人差し指と中指の間を少し開けてる文がいて。

 対して俺はズボンに足を通したばかりなためまだパンツ姿だ。長く同棲してた理子でさえパンツだけのみっともない姿を見せたことないし──てか、そもそも女子二人にこの姿はまずい!

 

「いっ、今すぐ閉め──! 」

 

「あああああああああああごめんなさいなのだああああああああぁぁぁ! 」

 

 ビュンッッ! と効果音がなりそうなほどリビングに(あや)が飛んでいき。蒸気で火照った俺と同じくらい赤くなった理子とずっと目があっている。

 俺が近づけばパンツ1枚で近寄る変態になる。かといってこのまま見られ続けるのは──色々な意味でダメだ!

 

「りっ、りりりっりいりこさん!? はやく閉めてくださいませんかね!? 」

 

「──へ、へえ! キョーくんさ、はっ、裸でもないのに理子みたいなかっわいい子見てテンパっちゃうんだ! ふーん! 」

 

「はぁ!? 別にテンパってませんし! そっちこそたかだか男の上半身みて興奮してる変態なんじゃないんですか!? 」

 

どうしてっ! どうしてお前が恥ずかしがるんだよ! 余計にこっちまで熱くなって来るだろうが!

悪態をつきつつズボンを一気に腰まで上げる。

 

「あんたたちなにしてんの。ご飯の仕度(したく)するんだから早く来なさいよ」

 

 そのアニメ声に一瞬、悪い意味でドキッとしたが、寸前で上半身半裸になった俺と固まってる理子を見て何も気にしていないようだ。やり取りは大声だったしキッチンの方まで届いてるか。ひょっこりと顔だけ覗かせて、やれやれとため息をついている。

にしても、撃たれなくてよかった・・・・・アリアの前では俺の上半身半裸はセーフゾーンか、あぶねえ・・・・・。

 

「あと朝陽。アンタには失礼だけど平賀さん(あの子)には刺激が強すぎるから、つけなさい」

 

 右目をトントンと叩く仕草を俺に送る。そこで横目で鏡をみて、ハッとさせられた。眼帯をつけろってことか。確かに、半裸云々よりも優先事項だ。

ということは、文は蒸気と俺の裸に気をとられてたから見られてないんだな。ひとまず安心だ。右目のヒビは半径2センチ放射状に閉じたまぶた中央から広がっている。幸い眼帯で隠せる程度の小ささで、右腕に空いた大穴も服を着れば隠せる。

 

「りょ、りょーかい。適当に話をでっちあげるから合わせてくれな」

 

 もちろんよ、とヒラヒラ手を振ってスタスタとキッチンへ戻っていく。シーンとした気まずい雰囲気を残して。

 

「い、行こっか」

 

 これまたぎこちないような・・・・・親に見られちゃいけないものを見られたような空気が流れる。お調子者の理子すら黙るのだから俺が機転の利いた言葉を言えるはずもない。チラっと横目で見ると、理子も同じようなことをしていて。

 

「──っ!? 」

 

 急いで顔をそむける。それこそ首を自分でへし折るくらいの勢いで。

 ──俺は悪くない。俺がキンジだったら理子は「はずかしがってるキーくんかっわいいー! 」とか言って全力で煽るはずなのに! 俺にもやってくれよ! ・・・・・待て。これだとMみたいじゃないか。何を考えてるんだ。クソっ、テンパりすぎだ。落ち着いて、落ち着いて・・・・・ふぅ。よし、とととりあえず服を着よう。

 

 息を整えて身だしなみをしっかりして──なんかイケないことした後みたいだが、気持ちを切り替えてリビングに繋がるドアを開ける。

普段は出さない少し大きめの机が出されてて、文がその上にジュースやら割り箸やらをセットしていた。アリアはキッチンで鼻歌まじりに食材っぽいのを洗ってる。一気に生活感が増したというか、女子会っぽいな。

 

「こ、こんばんは。文。久しぶりだね」

 

 改めて文と顔を合わせる。さっきのは見なかったことにしてくれてほしい。幸いなことに文は俺の声を聞くと、ぎこちないながらも、

 

「きょーじょー君・・・・・じゃなくて、あ、朝陽くんこんばんはなのだ」

 

 と返してくれた。よかった、傷跡は見られてないな。

 だが安堵もつかの間、こちらに振り向くと、

 

「・・・・・!? どーしたのだ⁉ 入院したって聞いたけど、眼帯なのだ!? が、眼帯、なんて知らなかったのだ! 」

 

 まあ、最後に会って一か月も経たぬうちに眼帯付けてたら騒がれるに決まってる。怪我なんて日常茶飯事でわざわざ報告する程でもないしな。さすがに目はまずかったか。一般人でも武偵でもそりゃ驚くか。

 

「入院てそんなもんだよ。大体俺が怪我し過ぎで感覚が麻痺してるかもしんないけど、一報入れとけばよかったね。まあ生きてるから問題なしだし、──あー、その、今回は運が悪かったんだよ」

 

「も──もう、右、右目は見えないのだ? 」

 

「そーだねー。完全に失明したよ。こうなったのは、まあ、爆発事故に巻き込まれちゃって。安全圏まで逃げれたかなって振り向いたらガラスの破片が飛んできてさー。眼球周辺モロに食らっちゃったよ」

 

 もちろん嘘だ。爆発事故で安全圏まで逃げて油断、そして怪我なんて、SランクどころかBですらしない。けれど文にそれは見破れない。明らかに動揺しまくってさっきから2Lペットボトルを落としそうだし。

 

「み、みせてなのだ! 」

 

 と、体のどこから瞬発力が生まれたのか、強襲科並の速さで駆け寄ってきた。これを見せちゃマズイと、文の手をすんでのところで顔を上に向け避ける。中々ショッキングな傷跡だ。今の文にはまだ早い。てか、普通に反応遅れてたらヤバかったぞ。

 

「見せてなのだ! 心配なのだ! 」

 

「ちょ、文!? 」

 

 背が小さいから届かないとたかをくくっていたが、ピョンと俺の体にしがみついて、あろうことかよじ登ってきたぞ! 服! 服のびる!

 

「あ、じゃあアリアを手伝ってくるね。キョーくんの部屋、爆発させたら弁償どころじゃ済まないからね」

 

 えっ、待ってくださいよ! 男なら殴れば落ちるけど、文に、てか女子に立ったまましがみつかれるってどうやって・・・・・くっ、なりふり構ってられん!

 文の指が涙袋あたりに到達したあたりで、片手の手のひらを文の顔に覆い被せ下に押す。許せ、文!

 

ひへはいのら(みえないのだ)ー! 」

 

「見えなくて! いい! よ! 」

 

 力なら俺の方が強い。ググッと床まで下ろし手を離しても体にずっとしがみついている。コアラかよ!

 

「心配なのだ! また怪我してるのだ! 」

 

「いつものことだって。だいじょうぶだよ」

 

 どれだけ心配なんだと思わずはにかむ。しかし文は、

 

「・・・・・なんでそんなヘラヘラ笑ってられるのだ? 」

 

 文にしては低めのトーンだ。ジト目──いや、もう睨んでる感じだ。

 

「そりゃ見事にやられたからね。帰るまでが遠足(任務)なのにすっかり油断しちゃったよ。片目だからちょっとは日常生活に影響出るだろうけど、困るほどではないし。むしろかっこよくない⁉ 片目眼帯とか憧れてたんだよね! 」

 

「朝陽くんから送られてきた上下二連ショットガン(ダブルバレル)も摩耗どころか数発撃った程度だったのだ。でも両腕盾は熊に斬られたみたいに損傷が激しかったのだ」

 

 小さな声で、しかし普段は柔らかな雰囲気を宿しているその瞳は力強く俺に訴えていた。

 もっと自分を大切にしろ、と。

 

「ご、ごめん。十分気をつけてはいるんだけどね」

 

「・・・・・ゆっくり二人で話がしたいのだ。今日の帰り送ってってくれるのだ? 」

 

「あ、ああ」

 

 嘘・・・・・ほんとに怒っていらっしゃる? いつも笑顔をふりまいてるあの(あや)が⁉ さっきまでの小動物的可愛さは演技だったのか・・・・・? いやそんなことはないはずだけど。そこまで怒ることか?

 

「約束なのだ! 朝陽くんとの約束は邪魔されるのがほとんどなのだ。今日こそは! 絶対守ってもらうのだ! 」

 

 ぐぐぐーっと眉を釣り上げたかと思うとビシッと指を突きつけられた。

 そういえば・・・・・文との約束を守れたことなんて片手で数えられるくらいか。俺が緊急の任務で呼び出しくらうか、文の急な用事で中断されるかのどちらかだったし。──あ。

 

「ごめん・・・・・俺・・・・・その、自宅療養を命じられてたんだ。1歩も敷地内から出ちゃダメでさ・・・・・話なら、そうだな」

 

 キッチンの方へ振り向き、何故かピンク色の煙を精製している女子ふたりに、

 

「少しベランダに出るけど、いい? 」

 

 と聞くと、理子が妙にキラキラさせた目でオッケーと返事をしてくれた。

 何を作ってるのかは知らないが・・・・・体育祭の終わりにチームで集まって食べた闇鍋よりはマシだな。変な臭いもしないし。さて。

 

「ベランダでいい? 許可もとれたし2人で話せるなら充分だけど」

 

「わ、わかったのだ。それでも・・・・・キチンと伝えられるから」

 

「? とにかく出よっか」

 

 多少の不安感を抱きつつ文と共に本日2回目のベランダに出る。夜にもなれば吹きつける風もあり肌寒さが特に目立つ。俺は風呂上がりで体はポカポカしてるけど、文はそうはいかない。なんか・・・・・若干オシャレしてきてるような服装だ。探偵科じゃないし服とか興味ないから詳しくは知らないけど、素人目でも元から備わっている可愛さに磨きがかかってる。これは・・・・・デートの時に理子がおめかしするのと同じ雰囲気だ。

 

「寒いよね。こんな時気が利く男なら暖かい羽織るものを持ってたりすんだけど」

 

「ううん、いいのだ! 朝陽くんが優しいのは十分すぎるくらいわかってるのだ」

 

「そ、そうか。ありがと。ところで、その、話したいことって何かな。文が改まってるのも珍しいけどさ」

 

「う、うん・・・・・実は・・・・・」

 

 驚くほど真っ赤。理子が慌ててる時くらい真っ赤だ。しかもうつむいてモジモジとしている姿はもう幼女そのもの。ロリコンにはたまらんだろうなあ。

 

「朝陽くんって・・・・・その──え、っ、えっち・・・・・って、したことある──のだ? 」

 

 ・・・・・聞いてきた内容はアダルトそのものだが──!

 

「え、っと~・・・・・えっちってのは、いわゆるキスとかそんな感じかな」

 

 まだ。まだ慌ててはいけない。文が言うエッチはきっとキス止まりのこと。大人な世界のことじゃないよね。うん、その先のことなんて知らないはず。絶対そう。いやそうであってくれ!

 

「ちゃ、ちゃんと──その、裸になるほう、なのだ」

 

「そっちだよねうんうん! 高校生だもんね! 」

 

 まさか文がそこまで進んでいたとは・・・・・! あ、そういえば結構まえに文の家泊まった時襲われかけたな、俺。やっぱりアルコールは人を変えるってのを身をもって体験した。俺としては本能的に迫った感じで、そういう単語をまだ知らない純情な子だとばかり!

 どこか悲しいような気持ちを抱きつつ、まだシテないよ、と口を開きかけ、

 

「えっと──さっ、最後までシたよ」

 

 咄嗟に嘘をつく。ここでシてないと言ったら逆に怪しいと思われる。誰だって、同棲中の交際カップルがシた事ありませんなんて信じやしない。まあ俺の場合はホントにしてないんだけど、ここはちゃんとヤることやりましたって言うほうが自然。まだ童貞だけどなッッ!!

 

「ダウトなのだ」

 

 ッ!? この女児普通に見抜いてきやがった──! しかもノータイムで!

 いやいや、動揺しちゃダメなのだ。なのだじゃねえ、ダメだ。われ諜報科だぞ。幼女に本心当てられたくらいでなんだ。バレなきゃいんだよバレなきゃ!

 

「嘘じゃないって。ほんとほんと」

 

「実は今、新開発のウソがわかるコンタクトをつけてるのだ。実用試験も終わって世に出せる商品なのだ」

 

「・・・・・シテマセン」

 

「やっぱり嘘なのだ。ちなみに嘘が分かるのも嘘なのだ」

 

「え」

 

 ということは、つまり、今のはブラフで・・・・・まだ手を出せてない俺のチキンぶりがバレたということか!? 一本取られたっ。はぅ!

 俺が死体になる以前も確かに触れられる機会はたくさんあった。同棲してる時期も理子は許してくれてたが手をださなかったのは自分。──特にまだはっちゃけてた一学期はいくらでもチャンスはそこら辺の石ころ並に転がってたぞ!

 

「理子ちゃんはずっと、魅力がないのかなって相談してくるのだ。据え膳食わぬは男の恥なのだ」

 

「うぐっ。ま、まあ俺にも事情ってのがあってな。体目当てなんて思われたくないし。あーいや、別にこのパーティが終わったあと理子の家行って良い雰囲気になってそっから──みたいな()()()()の迎え方は出来るけどさ。やっぱり大切にしたいんだ」

 

 こんな安直な考えでイケると思うから未だ童貞のままなんだが、それでも、理子を傷つけることはしたくない。怖いようなそうでないような。・・・・・実のところ、別にヤレるヤレないなんてどうでもいい。ただいつもみたいにバカ騒ぎいて、一緒にご飯食べて、詰みゲーで盛り上がって、一緒に寝て、ずっとそれをくり返せれば。

 はっちゃけてた時の自分を振り返れば別人のような気もする。何も知らず、危機感を覚えない、ちょっと物騒な年頃の高校生でいたかったんだろうな。

 

「変わったのだ。朝陽くん。1年も経たずに丸くなっちゃって、あの頃の朝陽くんとは正反対なのだ。そんなに・・・・・そんなに、理子ちゃんのことが好きなのだ? 前は工房に相談に来たくらい嫌がってたのに」

 

「そ、そうだったか? ・・・・・まぁ正直、欠かせない存在になったよ。考えるだけで顔が熱くなるというか恥ずかしいというか・・・・・とにかく言い表せない幸せな気持ちでいっぱいになるんだ。これが好きって気持ちなら──ああもう! ほんと恥ずかしい」

 

 シュウゥ、と頭が焼けててもおかしくないくらい熱い。特に耳。ストーカー気質じゃないけど、考えれば考えるほどおかしくなりそうだ。胸がはちきれそうになる。

 

「そのチョーカーも理子ちゃんからもらったのだ? 」

 

「・・・・・ああ。今日やるのとは別の、復帰祝いみたいな」

 

「重くないのだ? 」

 

 と、純真な瞳で聞いてくる。

 重くない──その言葉選びに冷や汗を覚える。チョーカーなんて似合う似合わないとか、首が絞まるとかそういうふうに見るもんだ。重くない? なんて・・・・・文が聞いてくると別の意味にしかとれない。技術面では文の観察力は世界でも通用するほど。あまりジロジロ見られても困るが、アクセサリーを隠すなんて怪しさ満点だ。

 

「重くないよ。どう、似合ってる? 」

 

「もちろん似合ってるのだ。それが首輪じゃなくチョーカーなら、とてもなのだ」

 

「首輪? あー俺もチョーカーを初めてみた時は首輪だと思ったが、立派なオシャレだぞ」

 

 首輪か。デザイン的にまあそう見えるだろうな。機能面は別として、結構おれは気に入ってる。理子にも普通のチョーカーかネックレスとかプレゼントしたいな。

 

「オシャレは勉強してるけど、どーしても流行りに遅れてしまうのだ。あややは身長も低いし外見も中学生に間違われるのだ・・・・・これじゃあ追いつけないのだ」

 

「落ち込むなって。・・・・・そういや気になってる人いたんだよな。文は装備科だし手先は器用だろ? あと結構まっすぐで芯の強そうな目をしてる。アプローチとかはかけてる? 」

 

「かけてるけど一向に気づいてくれないのだ! 」

 

「どーしてだろうなあ」

 

 文が好きな人──未だに付き合えてないのか。片思いの時が楽しかったとかよく聞くけどホントなのかね。文の顔みてもそうは思えないんだけど・・・・・あれ、睨んでらっしゃいます? 具体的な案をだせってことか?

 

「あー俺もオシャレとか得意じゃないんだけど、ほら、その気になる人とさ、デートとかいって一緒に選んでもらえば! 」

 

「ずっと任務行ってて会えないのだ! 」

 

「ひでえやつだな」

 

 と、俺が顔をしかめたと同時に文の左ストレートが脇腹にめり込んだ。

 しかも握りこぶしから中指の第2関節を少しでっぱらせるような、ゲンコツの痛いやつで。それ怪我するぞと言いたかったが、地味にジンジンと効いてるからやめとこう。もう一発はやだ。

 

「最近その人と仲良い女の子がまたさらに仲良くなったのだ。その女の子もあややとは正反対の子で・・・・・これじゃあ文に振り向いてくれるとは思えないのだ・・・・・」

 

「努力次第だよ。それに、仲良いってだけでまだそのふたりは付き合ってないんだろ? 文も同じくらい仲良くなってさ、勝負すればいいんじゃないか? もしくは、告白しちゃうとか」

 

「こっ、告白なのだ!? 」

 

「そ。告白。手っ取り早くていいだろ。結果はまあ、どっちに転ぶだろうか無責任に言えないけどさ。ちゃんと自分の想いを伝えれば、その人もちゃんと応えてくれるんじゃないか? 」

 

「そう・・・・・なのかなのだ・・・・・」

 

 プシュゥー、と真っ赤になりすぎてオーバーヒートしたらしい文は顔をそらして夜景に目をそらした。

 知識はあっても経験がないのは俺と同じだけど、外から見るとホントに純情って感じで微笑ましいな。口もとちょっとニヤけてるし。何より文のこの表情は珍しい。アリアとキンジの関係はイジリたくなる気持ちになるが、文はもう話聞いてるだけでお腹いっぱいだ。

 

 が、それもつかの間。文は何かを思い出したようにハッとすると、途端に幸せを吐き出すかのごとく暗い雰囲気を漂わせた。感受性がものすごい豊かで逆にこっちが不安になるぞ。

 

「──でも、なのだ。あややは朝陽くんの役にたててないのだ。朝陽くんが抱える悩みも解決出来る力は持ってないのだ」

 

 まるで何かをねだるような切なげな表情を見下ろす。寝巻きの端をシワになるくらい強く掴んで、どこか行ってしまう親を引き止める子どもみたいに。

 そんな文に──俺は無意識のうちに文に見えない方の拳を握りしめていた。もう寒い季節に入るというのに手汗がじっとりと浮かび上がる。それくらい嫌な予感が立ち込めていたからだ。漠然としたもので気のせいかもしれない。どう飛躍すればその話題にいくのか、支離滅裂じゃないか。けれど、拭いきれない不安が、ある。

 

「そんなことないって。悩みもないからだいじょうぶだよ。この怪我で悩み無いつっても信ぴょう性ないけどさ」

 

「・・・・・あややは運動神経わるいから前線にたてないのだ。でも朝陽くんの役に立てるようにと努力してきたのだ。でも、朝陽くんが任務に出かけて帰ってくる度にボロボロになってる姿を見て──やっぱり何もしてあげれないことを自覚したのだ」

 

「それは俺の使い方が悪いんであって文は何も」

 

「この前整備した朝陽くんの両腕盾。内側のへこみは少なく外は鋭い刃物と鈍器で削られてたのだ。加えて表面の大部分は変色してたのだ」

 

 少しずつ文の声は震えて、けれど真実を確かめるように大きくなっていく。

 

「友達に調べてもらったら、朝陽くんの血液成分ってわかって、それに今まで見たことない金属も大量に出てきたのだ。大きい破片が少しなら分かるのだ。でもほぼ同じサイズの目で見える金属片がいくつもあるのだ。あれだけ大きいなら体中の血管を傷つけてもいいくらいなのだ」

 

「──っ、ああ、それは、俺たちが行ったとこに未知の物質開発をしてる部門もあってな。そこが爆発したとき腕に破片が刺さったからかな。運よく全部血管の真ん中通ってくれたのかな! 」

 

 やばい。間違いなく瑠瑠色金だ。一般には知られてない、むしろ知られちゃいけない代物だ。盾にこびりついてた程度じゃあ文に何も被害はないが、それを調べた友達も文も、最悪の場合公安による抹消対象なりうる。

 俺の体は既に瑠瑠色金のもの──要は金属なんだ。血管内を瑠瑠色金の破片や粒子がまわっていることは自然だ。ヒトの体じゃ絶対に血管はあちこち切れる。

 

「今の朝陽くんは別人なのだ。今年の四月から今日まで、会う度に朝陽くんだった何かが少しずつ欠けていくのだ」

 

「たしかに今年は確かに学校に来ない日が多かったけど、欠けるとはちょっと考えすぎじゃないか? ああ、まああとは精神的におとなしくなったというか、理子の存在の影響を受けたのかも」

 

「今までの朝陽くんは女の人を泣かせなかったのだ」

 

 ──泣かせた? そんな覚えない。今年入って文と俺が共通して知ってる女子で、でも理子にもアリアにも『あんた女子を泣かせたって本当なの!? 』なんて問いただされなかった。いったいどこで──

 

「朝陽くんが工房に遊びに来た日、蘭豹先生と綴先生、あと知らない人が朝陽くんに用があるって突入してきてあややは追い出されたのだ。そのあと、あややと同じくらいの身長の知らない子が来て、部屋の様子を見せてもらったのだ」

 

「・・・・・その小さい子はどうやって部屋の中をみたんだ。あの部屋には盗難防止の隠しカメラでもあるのか? あったとしてもあの二人が対策してこないはずがないと思うけど」

 

「隠しカメラなんてないのだ。でもその子は、朝陽くんがいればどこでも監視できるって笑ってたのだ」

 

 なんだそれ。俺がいれば遠視みたいなのできるって、発動条件がおかしいだろ。超能力でも特定個人によって作用するかどうかなんて聞いたことない。だけど、泣かせたという点なら・・・・・あながち間違いじゃない。今思い出した。

 脳内をスキャンすると連れてきた綴先生の友人らしき人だ。俺に触れた瞬間膝から崩れ落ちてたような・・・・・その辺記憶が曖昧でよく覚えてないが、妙な高揚感があったのは思い出せる。

 そして──その小さい子、帰り際に確か俺に名乗っていたはずだ。服装や顔はもうおぼろげだが。

 

「何を話してたか、聞いたか? 」

 

「音声は聞いてないのだ。──教えてなのだ、朝陽くん。どうして1年も経たずに、まるで会う度に、話を聞く度に人格が変わっていくようになったのだ? 朝陽くんは女の子を泣かせなかった。朝陽くんは辛い時はつらいって言って、へらへら笑ってなかった。朝陽くんはそんな冷たい目をしてなかったのだ。・・・・・今の朝陽くんは、いったい誰なのだ? 」

 

 ・・・・・まだ、隠せる。瑠瑠色金の残酷さを知っちゃだめだ。文の技術は世界で胸をはれる。それをたかだか俺のことを気にかけて台無しにしちゃもったいない。関わったら女子であれば殺すと宣言した瑠瑠神にメチャクチャにされたらどんなことをしても謝りきれない。

 こんな話はしたくなかった。楽しい話で隠し通したかったけど──

 

「実は、信じちゃくれないかもだけど、俺は元々この世界の住人じゃないんだ」

 

 そう微笑みながら伝えると、予想通り悲しげな顔で凍りついた。誰だって現実的な悩みを打ち明けると思うだろうが、非日常が常識になってるくらいでないとすんなりこの話は受け入れられない──というか妄想だと思われる。だから良い。現実味がある話と無いのを混ぜるのが一番ヒトを騙しやすい。

 

「日本政府指導の実験によって俺はこっちの世界に連れてこられた。俗に言う異世界転生ってやつ。最初は驚いたよ。ブラックホールみたいな穴が地面に突然あいてさ、落ちいくうちに気失っちゃって、気づいたら武偵なんてやってた。ああ、別に不満なんかじゃないよ。今も充分幸せ」

 

「朝陽・・・・・くん、何を言ってるのだ・・・・・? 」

 

「でも、いつしか綻び始めた。どの国にも法律があるようにどの世界にもルールがあるらしくて。それを破ったせいで、だんだん体が未知の物質に変化していってるみたいなんだ。それだけじゃなく、無意識の内に自傷行為をし始めるようになって・・・・・今じゃキレイなとこなんてないくらいだよ。余命は──今年の四月から1年もつかどうか。でも最近悪化しちゃって、3月まで耐えれるかどうかって感じでさ」

 

 瑠瑠神の能力の乱用。そして一時的な瑠瑠神化。もう乗っ取られるまでのカウントダウンは始まってる。パーティなんてこれが最後かもしれないな。

 

「じゃあなんでなのだ・・・・・なんで朝陽くんは笑って──! 」

 

 っと、慌てて文の口を両手で塞ぐ。ここで喧嘩したと誤解されればもれなくアリアの弾丸と鉄扉をも粉砕する蹴りがとんでくるからな。まあ別にそれくらいだったらいいんだけど、理子から軽蔑されるのは嫌だ。

 

「楽しいからだよ」

 

 文の両目をしっかり見据えて、安心させるよう笑いかける。

 

「みんなとバカ騒ぎするのが楽しい。理子と買い物に行って、アリアと白雪がキンジを取り合ってるのを見るのも楽しい。レキは独特の世界観持ってて面白いし、文とは1年の最初の頃からの付き合いだから安心する。何気ない日常をおくってるのが一番良いんだ。疲れちゃうだろ? 死ぬまであと何日って考えてたら。辛いことから逃げてるってのは充分わかってる。それでも、最期まで俺は幸せでいたい。辛いときも笑顔でいればなんとか幸せになれるよ」

 

 文は何も言ってこない。ただ俺の失った右目をジッと見つめて言葉をつまらせている。どう足掻いても暗い話になるよな。この話題は。

 俺のことなんて気にしなくていいのに、なんというか──優しいよ。心に染みる温かさだ。

 

「・・・・・。朝陽くん。ほんとにほんとなのだ? 余命が、あとちょっとって」

 

「俺がどれだけ無神経で変態と罵られる通りのやつだとしても、そんな冗談は絶対に言わないよ。むしろ俺と文の仲だから打ち明けたんだ。これ知ってんの、あとはバスカービルのメンツくらいだし」

 

 ・・・・・話したかな。うん、多分伝えてた気がする。俺も忘れてるけど、過去の俺がどっかで話してるだろ。きっと。

 

「朝陽くんはあややのことをどう思ってるのだ? 」

 

「ど、どう思うって・・・・・そりゃ、女友達の仲じゃ一番気の置けないというか、本音で喋れる関係だって思ってるよ」

 

「・・・・・やっぱり朝陽くんはイジワルなのだ。理子ちゃんとニセモノの関係になって焦ってたけど、それから朝陽くんは任務で学校にあまり顔をださなくなったのだ。戻ってきても新しい生傷ばかりつくって、ずっと心配だったのだ。それに理子ちゃんとの関係もなのだ。お話を聞くかぎり最初はぎこちなくって上辺だけの関係で済むのだと思ったのだ。でも・・・・・文化祭の演劇で理子ちゃんと朝陽くんを見て、思ったのだ。朝陽くんは理子ちゃんが好きですのだ」

 

「・・・・・あや? 」

 

「でも──ニセモノの関係が始まってからなのだ。朝陽くんの生傷がどんどん増えているのだ。朝陽くんは普通の銃と刀からどんどん装備を変更したのだ。今では盾とショットガン──まるで誰かを守るための、朝陽くんが朝陽くん自身のことを大事に思わない使い方なのだ。──もう嫌なのだ。あと少しで朝陽くんが余命を迎えるなら、それこそ自分をいたわるべきなのだ。・・・・・朝陽くん、あややと一緒にデートをして欲しいのだ」

 

「は、えっ、えっと・・・・・いや、いたわるつもりはあるけど、いやいや、それよりもデートって──」

 

「期間は朝陽くんが余命を迎えるまでなのだ。行き先はどこでもいいですのだ。もう武器をとらずにゆっくり過ごせたら、あややはどこでも行きますのだ。お金ならいっぱいあるのだ」

 

 冗談よせ、と茶化すことも許さぬ雰囲気が漂う。文の目はいつになく真剣だ。つまり──文は本気で、逃げようと言っている。

 武偵はもちろん怪我の多い職業だ。死亡事故も珍しくない。珍しいのは、俺みたいに日に日にボロボロになっていくタイプ。やっぱり、傷跡がモロに残って、余命を告げられれば動揺もする。しかしその類でもない。もっと別の感情の何か。

 

「朝陽くん。今ここで言うのはズルいことだってわかってるのだ。理子ちゃんにも失礼なのはわかってるのだ。嫌われたってしょうがないですのだ。でも、ここで言わなきゃきっと後悔するのだ」

 

 ──いや、まさか。そういうことを言う時はもっと、恥ずかしながらもその幸せを噛みしめて言うものだ。そんな焦燥感に満ち溢れて伝えるもんじゃあない。どうか予想をはずさせてくれ。やめっ、とめてくれ。俺はまだ知らないんだ。

 

 

「ずっと前から朝陽くんのことが好きですのだ。あややと一緒に、逃げようなのだ」

 

 

 

 

 




ルート分岐: □□□



忙しくて時間とれず、すみませんでした。


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第68話 ミライの話

前回 文(あや)の告白


「ずっと前から朝陽くんのことが好きですのだ。あややと一緒に、逃げようなのだ」

 

 俺に手を差し伸べた(あや)から告げられた言葉がズンと重くのしかかる。ただの冗談なんかじゃない。本気で俺と逃げようと提案してくれてる。俺の嘘──無意識に自傷行為をするという症状を治すためじゃない。文は多分、説明できない漠然とした勘のようなものが働いているんだ。じゃなきゃ逃げようなんて言ってこない。それに──

 

「好きってのは・・・・・っと、つまり、俺のことを一人の男として、かな。友達としてってことかな」

 

「一人の女の子して、あややは朝陽くんが好きなのだ」

 

 一点の曇りもない瞳に見つめられ思わずたじろぎそうになるが、すんでのところでグッと堪える。文は元々うそはつかない──というか、ついても下手だからすぐわかる。それにかけて俺も無言で見つめ返すが・・・・・本当っぽいな。

 

「えっ・・・・・とぉ、ほ、ほんとかな」

 

「ホントなのだ。ひとめぼれなのだ。1年生の頃から朝陽くんのことが、す・・・・・すっ、すき・・・・・なの、だ」

 

 途中から我に返ったようで、カァァと頬を赤く染めて、けれどジッと俺を見つめている。差し出された手は小さくて、腕も簡単に折れてしまうような細さ。女子の中でも小さい部類で、同じくらいのアリアみたく雰囲気を鋭くさせようとしたら反対に可愛くなってしまうような、逆に守ってあげたい存在だ。

 

「同じこと言うけどさ、その好きな人が自傷行為してて。止めようとしたら多分、文を殺しちゃうかもしれないんだ。俺、その間の記憶ないから制御のしようがないよ」

 

 そんな人を、武偵としての生命線である武具をいつも整備してくれてた人を巻き込む訳にはいかない。たとえ心苦しいと感じたとしても強めに突き放さなきゃ、きっとこの子は何としても俺と逃げようと誘ってくる。

 

「あややは信じてるのだ。あややに今まで見たことなかった世界を見せてくれた朝陽くんを幸せにできるって、信じてるのだ。

 朝陽くんがもしあややを傷つけようとしても・・・・・ううん、傷つけたとしても、あややは朝陽くんを嫌いにならないのだ! 」

 

「ビンタとかつくったご飯を投げつけるとかそんなんじゃないんだよ? 刃物を持って文に襲いかかるってこと。あと言い忘れてたんだけど、朝陽(おれ)の記憶が無くなってる間この体を操ってるのは女性なんだ。わりと嫉妬深いね。そうそう、これは理子にも言ってないんだけど、愛の囁きだかを口元ニタニタさせながら俺の腰あたりに書いてるんだ。しかもキレイな字で。器用なやつだよ」

 

 蛮勇の決意をここで砕く。嘘じゃないってのは俺の怪我を見ればなんとなく察するはずだ。そして予想通り。数秒あやは硬直して、みるみるうちに血の気が引いていくのがみてとれる。自傷行為をして嫉妬深い、なんて危険な部類なのにそこに自分が入ったらなんて想像したのだろう。たぶん文が思ってる修羅場の100倍くらいは残酷なことをアレ(瑠瑠神)はする。幼い子が蝶の羽を平気でもぐように、あいつは笑いながら文をオモチャにする。

 

「俺と文、体格差は歴然だ。絶対に逃げられないよ。助けをよんでも二人きりなら誰も来ない。絶対に死ぬ。・・・・・俺は反対だよ。文を危険な目にあわせたくない。──もし一緒に暮らしたとしても、殺した時の責任とれないよ」

 

 さらに冷たく言い放つ。これも優しさだ・・・・・そう思い込もう。これは俺のためでも文のためでもある。余計な犠牲を出すために話し合ってるわけじゃないんだ。

 

「じゃ、じゃあなんで理子ちゃんやとーやまくんと一緒にいるのだ!? 」

 

「良く言えば監視役。悪くいえば俺のワガママだよ。アイツらなら俺が暴走したとしても止められる。理子も戦闘メインではないにしろ、今の俺くらいなら倒せるよ」

 

 けど、と続ける。ゆくゆくはキンジたちからも離れるために、これはその第一歩として。

 

「俺といたら不幸になる。これからの文の明るい未来に、俺は必要ない。もっと自分を大切にしてくれ」

 

 俺はよく知らない。4月までは遊び──と言っては失礼になるけど、色々な女子に声をかけていた。遊びと言っても一線は越えず、ただ遊園地だとか有名所の喫茶店にグループで行って楽しみたいという今思えばかわいいもの。そこに恋愛感情なんてなかった。それが教務科のイタズラで理子とニセモノの恋愛をするようになって、少しずつ自分の中で理子に対する気持ちが変わっていった。この気持ちを表現するなら、多分あの言葉が当てはまるのだろう。そして文の俺に対する気持ちがそれと同じなら、きっと伝えるのには勇気がいるはずだ。断られたらすぐには立ち直れない。しかも今言った言葉は、文の今までを否定するようなこと。最低なのは自分でもよく知ってる。絶交されても文句は言えない。むしろ絶交された方がいい──だなんて考えるあたり、本物のクズに成り下がったな。俺は。

 

「──朝陽くんは優しいのだ。そうやって突き放して、あややを傷つけないよう嘘までついて守ってくれようとしてるのだ」

 

 思わず目を背けたくなるほどまっすぐで、少し潤いを含んだ目が俺を見つめる。自分の思いを否定されてなお、こんな自分を正当化するような言葉をかけるなんて──かえって自分が小さく思える。俺はそんなんじゃないと声高に言いたくとも、その瞳が口をつぐませる。

 

「もちろんあややは悲しいのだ。でも嬉しくもあるのだ。本気であややのことを思って秘密を教えてくれたり、なるべく傷つけないように言葉を選んで言ってくれてたりするのだ」

 

 少しずつ──ほんの少しずつ、文の口角が上がっていく。

 

「あややは朝陽くんがどんな辛いことを経験してるか分からないのだ。全身の傷以上に朝陽くんの心が痛いって叫んで、それを必死に押し殺して、何も知らない・・・・・何も知ってあげれなかったあややに優しくしてくれて、あややは嬉しいのだ」

 

「・・・・・俺は、ただ──」

 

「さっき朝陽くんは操られてる時の記憶はないって言ったのだ。でも、朝陽くんはこうも言ったのだ。『愛の囁きだかを口元ニタニタさせながら俺の腰あたりに書いてるんだ。しかもキレイな字で』って。普段の朝陽くんなら初心者みたいなミスはしないのだ」

 

 ・・・・・ペラペラ喋るとボロがでる。これは覚えておこう。隠し事が苦手というより、実体験と何かが混同してそれを自分の記憶として喋るから支離滅裂なことを話すのかもな。実際のとこ傷痕は乱雑につけられたとは到底思えないほど整っている。まるで本当に自分で刃物で傷つけたように。

 

「一緒にいたら危ないのは分かるのだ。朝陽くんが警告してくれたのはきっと本当のことで、あややは朝陽くんじゃない誰かに怪我させられちゃうかもなのだ。それでもあややは、できる限り朝陽くんのそばにいたいのだ」

 

「分かってるんならどうして・・・・・! っ、どうして文は俺を忘れようとしないんだ」

 

 思わず感情的になるのを抑え、絞り出すように問いかける。

 文も初めて見たであろう俺の取り乱した姿に驚きを隠せていないが、それも一瞬のことで、すぐに微笑み返してきた。

 

「だって、朝陽くんのことが好きだからなのだ」

 

 そう、偽りひとつない、俺にはもったいない感情で。

 

「あややは絶対に朝陽くんのことを──朝陽くんに恋をしたことを忘れたくないのだ。だって、一目惚れで好きになった人を忘れるなんて、それ以上残酷なことはないってあややは思うのだ。もし朝陽くんがその別の人になって自分が分からなくなった時は、あややが教えてあげるのだ。朝陽くんはちょっとエッチだけど、朝陽くん自身が傷ついても一人の女の子を守れるかっこよさと優しさがある人なのだって」

 

「っ、俺は、何度も言うがそんな──」

 

「好き、なのだ。理子ちゃんに負けないくらい、あややは朝陽くんのことが好きですのだ」

 

 ニコッ、と俺の手を優しく包む。

 もはや否定なんてできない。こんなまっすぐで純粋な気持ちをぶつけられて、否定する言葉が見つからない。となればこの純粋な気持ちに答えを出さなければならない。さっきのような脅し文句ではなくて、イエスかノーのどちらか。俺は──

 

「あっ! 待つのだ! 」

 

 小さなおててが素早く胸元あたりに移動し、クイクイっと頭を下げるよう催促してくる。身長差も高校生と小学生くらいだからかなり腰をさげて目線を同じくらいにする。

 

「ヤバいのだ。破壊力ヤバいのだ。朝陽くんの顔面近いのだ! うぅ・・・・・」

 

「えぇ・・・・・顔面て・・・・・」

 

 まあ言われてみれば確かに近い気もするな、と足を下げようとすると、

 

 

 ──コツッ。

 文の(ひたい)が、自分の額と軽く触れ合う。ただ触れ合っているというよりむしろ、カップルが抱き合う時に感じる安心感と似た意識が文から額を通って感じ取れる。文は目を閉じてるが俺も閉じた方がいいんだろうか。──いや、このままジッと見つめるのは無粋だな。ジロジロと至近距離で見られるのも視線感じるだろうし。

 そう思い俺も目をつむる。文の体温は高めなのか──俺が低いだけなのか、少しずつ熱が伝わってくる。とても心地よくて、幸せに満たされてて、自然と触れ合う時間も延びて、もっともっともっと─────()()()()()()

 

「そ、そんな顔しないでなのだ。 ホンキにしちゃう、のだ」

 

 ん、と顔をあげると、ぷしゅー、と本気で湯気でもあげそうな赤面具合。毎度キンジのヒステリアモードに口説かれてるアリアのソレもかくやという程だ。

 

「おでこくっつけてどうしたんだ? 」

 

「これは元気になるおまじないなのだ。決してやましいことじゃないのだ」

 

「ほんとに? 」

 

「知らなくていいのだ! 朝陽くんは純情のままでいてなのだ! 」

 

 ──おでこくっつけることのどこにやましいことがあるんだろう。本気で知らない。文が深読みし過ぎなだけかな。まあいいや。

 と、おでこを離したと同時に視界の端で理子の姿がうつった。理子も視線に敏感なのか俺の方をチラりとみた。ヤバいか? ──と思ったが、なんともないようにキッチンに戻った。気にしてない──いや、気にしてないように見せてるだけか。

 

「これは精一杯(せいいっぱい)のワガママなのだ。朝陽くん、本当にありがとうなのだ」

 

「──っ、あや、その・・・・・さっきの答えは──」

 

「分かってるのだ。朝陽くんの言いたいこと。でも、あややにも、あと少しだけ夢を見させて欲しいのだ。それがあややの願いなのだ」

 

 聖人。文には聖人という言葉以外当てはまらない。どこまで良い子なんだ。その俺に見せてる笑顔の裏に何が隠れてるか、鈍感な俺でもわかる。

 それでも、その感情を押し殺してまで──。

 

「さ、戻るのだ。あんまり外にいると風邪引いちゃうのだ」

 

「文」

 

 背中越しに声をかける。これは俺のワガママだ。この時期に色々とたてこんでて、心の整理もつかなかった。それを文が告白してくれたことで戸惑った部分もあったけど、自分を見つめ直すいい機会にもなった。こんな時本当はどんな言葉をかけるのか、俺にはわからない。模範解答をすぐに引き出せるほど人生経験豊富じゃないが、拙いなりにこれだけは伝えたい。これだけは嘘偽りない言葉だから。

 

「ありがとう。聞いてくれて」

 

 文は振り返って、ちょっと驚いたような素振りを見せたが、すぐに今日一番の満開笑顔を見せてくれた。今度こそ、裏表ない羨ましいほどの笑顔で。

 

「どういたしましてなのだ! 」

 

 




今回は短めで鍋パはカットしました。次回から大詰め、修学旅行編になる予定です。
心が痛いです。


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第69話 修学旅行の幕開け

前回: 平賀さんの想いに答える


 

「ここをキャンプ地とする! 」

 

 ででん! とSEがつきそうな渋い口調で言い放った理子は、ふふんと自慢げに部屋の中央で、まるで自分が用意してやったという雰囲気を醸し出していた。

 ──アリア持ちなんだけどな。ここ。

 

 そう思いながら改めて眼下に広がる豪華絢爛な光景を見下ろした。

 ここは香港。ついに修学旅行という名の厄介者送り(俺のみ)が始まったのだ。道中は・・・・・ただ飛行機に乗ってここまで来るだけだったし、キンジと白雪が外国慣れしてなくてアタフタしてたことくらいかな。面白いこと。特に白雪は今も子どもみたいに窓際行って景色をカメラで撮りまくってる。お堅い家出身だからその反動がここに表れてるんだろうな。普通に可愛らしい。

 

「あんた、今はあたし達だけだからいいけど、他ではやめなさいよ。田舎者だと思われるわ」

 

「わ、わかってるよ。でも、でも! せっかくのキンちゃんとの旅行なんだもん! こんなに高い建物ここくらいしかないし・・・・・思い出もいっぱい残しておかなきゃ」

 

 そう。俺たちが拠点とするのは九龍地区にある翡翠色をした超高層ビル、その108階だ。このビル、103階からリッツ・カールトンという超一流ホテルになっているらしく、各国の金持ちもちらほら見かける。アリアいわく最近開業したらしい。まあ、俺もこんな高級ホテルに泊まるなんて前世含めてなかった。庶民は庶民らしい値段のとこに宿泊していたから、かえってここは落ち着かない。楽しさ半分、そわそわ半分だな。

 にしても・・・・・俺らの荷物は?

 

「あたし達は基本ここに集まる。それでいいわね? もたもたしてる暇はないわ、118階までいくわよ」

 

「ん、やけに急だな。何するんだ? 」

 

「決まってるでしょ。作戦会議(ミーティング)よ」

 

 ミーティングならここでやりゃいいのに、と思ったがすぐに考えを改める。超高級ホテルともなれば防音等の基本的にプライバシーに関わる設備はしっかりしてると思うが、所詮はホテル。高性能の盗聴器が仕組まれてる可能性もあるし、何より外を見れる窓がある。小型ドローンで偵察されたなんてマヌケなことはされたくないしな。アリアが決めたならその点は対策できる場所なんだろう。

 

 そう考えつつアリアについて行き、またエレベーターに乗って118階に着くと、今度は『OZONE』という名のバーに着いた。六本木のクラブみたいに派手なその店のVIPルームに入る。ここは派手さとは裏腹に意外にも隠れ家っぽく壁と見分けつかないドアから入る構造と、お忍びでここに来るにはちょうどいい個室だ。

 んで、華麗な装飾が施された円卓のどっかりと座り、偉そうな女社長のように足を組んだ。キレイなウェイトレスさんが運んできたティーセットを受け取った時も会釈のひとつすらしない。まあ・・・・・貴族だからな、そこらへんやっぱ違うのは当たり前か。今更だけど。

 

「ねー、きょーくん。この洋菓子、全部食べたら太っちゃうかな」

 

 と、同じくウェイトレスさんが三段重ねのトレーで運んできた様々な洋菓子をジロジロみている理子。別に俺に聞かんでもいいのに。

 

「カロリー計算は理子のが得意だろ。てか、増えたって1kgくらいどうってことなるよ」

 

「なるの! 」

 

「──まあ大丈夫だろ。1kg増えたぐらい気づきはしないよ」

 

「そ。・・・・・じゃ! りこりんはそこのエッグタルト食べる! あーあと、そこのいちごプリンも予約! あとあと──」

 

 うわ。許可した瞬間すっげえ飛びつくじゃん。腹を空かせた猛獣・・・・・あれで虫歯になってんの見たことも聞いたこともないからすげぇんだよな。健康管理どうなってんだ。

 

「朝陽さん」

 

「うおっ」

 

 な、なんだ。レキか。背後から突然名前を呼ばれたから思わずビックリしたわ。普通に無言で背後立たれてただけで気配すら感じないレベルだな、ほんとに。

 

「何か感じませんか? 特に理子さんから」

 

「感じる? ・・・・・いや何を? 」

 

「ならいいです」

 

「あ、おい」

 

 そう言い残し、スタスタとアリアのそばの席まで行ってしまった。

 いつもの無表情だったから伝えようとしてることが良いことか悪いことかの区別もつかん。キンジはなんとなく察せられるとか言ってたからあとで聞いてみるとして──いやわからん。幸せそうにタルトを頬張ってるのから何を察しろと。まだ誕生日だって先だし。

 

 とにもかくにも席につく。この修学旅行は俺にとって瑠瑠神打倒のためのヒントを、そしてバスカービルとしては以前の京都旅行で襲撃してきたココ姉妹が所属する籃幇という組織に乗り込み、緋緋色金の情報を聞き出すためでもある。理子がイ・ウーにいた頃にココにカンフーやら爆弾戦術を教わった弟子らしく、ある程度の知識があるため、ここで共有しようというわけだ。

 

「籃幇は昔からある組織なの。清朝ごろまでは海賊だったからイ・ウーとは協力関係にあった。武器や戦略、装備や備品のメンテとか、たくさん交流してたらしいよ」

 

「じゃあイ・ウーみたく超人集団なのか。やっぱり」

 

 高級そうな洋菓子に俺も手をつける。味覚失ってるからほぼ無意味だが。

 

「そ。超能力だけじゃなくて身体能力が優れてるとか、頭が相当キレる人とかもいてね。各支部で一応分かれてはいるんだけど・・・・・支部によって戦略はバラバラだよ。ちなみに香港支部はココたちが異動してくるまでは敵が攻めてきたところを迎え撃つカウンタースタイルだった」

 

 つまりココたち姉妹が遊撃部員として活躍してるのか。確かに、籃幇という名をココ以外の敵から聞いたことがない。そうそう名乗るアホもアイツらくらいだが、噂にも聞かないあたり理子の言うことは間違いない。

 

「人数は? 結構大きめの組織なんだろ」

 

「んー末端も入れると100万人くらいかな」

 

「ひゃく!? 」

 

 キンジが椅子からずり落ち、俺は食っていたクッキーを喉につまらせた。いや、もう流し込んだけど・・・・・100人、多くて500人の組織はあった。大規模作戦が必要で当然メディックも待機して、やっと崩せたようなものなのに。100万て・・・・・。

 

「ひとり16万人くらい倒せばいけるか? 」

 

「露骨な死亡フラグたてないでキョーくん」

 

「100万人って全員が戦闘要員なの? 」

 

「さすがに全員じゃないよ。企業・財界、教育界、司法、政治家にもいる。会社勤めの人とか理子たちと同じ学生とか。ハッキリ区分されてないから構成員まがいの人もそこらじゅうにいっぱいあるけど、あくまでFEW(極東戦線)中は監視に徹底すると思うよ。あ、()()ね。これ大事」

 

「そう──なら、あたしたちがする作戦はひとつね」

 

 紅茶を一口含んだあと、キリッ。

 

撒き餌作戦(パーリィ)よ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 撒き餌作戦。通称パーリィと呼ばれるソレは、個体(ユニット)に対してのリスクが非常に大きい作戦だ。固まって動くというセオリーを無視し、敵地侵入後、あえて散開する。腹をすかせた猛獣の爪をかわしつつ、仲間が救援に来るまで持ちこたえるのだ。個体(ユニット)の戦力が高く、通信手段が確立しているといった条件さえそろえば効く戦法である。

 

 しかし今回はというと、テレビや雑誌で見知った程度の知識しか持たない地を一人で散策するのは危険ということで二人一組(ツーマンセル)に。超能力に弱く負傷しやすいキンジは白雪と。逃げ足に優れ意表を突ける理子はレキと。おのずと俺はアリアと行動ということになるが・・・・・

 

「どぼじでなんだよおおおォォォ! 」

 

「うっさいわね! 」

 

 スコーン! と頭に筒状の何かがめり込み、

 

「痛っ! 」

 

 目をやれば、なんと中身入りのコーラ。運悪くふちに当たったらしい。・・・・・いやどうでもいいわ。それより、

 

「俺だって観光(おとり)したかったのに! 」

 

「しょうがないでしょ。三人一組なら撒き餌作戦《パーリィ》としての機能が失われるわ。片方だけ3にしても、それならと2の方が狙われやすくなる。 3人だと役割が被る分逃げ遅れた時にバックアップが辛くなる。二人分のバックアップと自分の身を守る行動をとってたら、3人無事で逃げ切れるのは難しいわ。あの子たちなら死なないにしても、大怪我は覚悟しておいた方がいいわよ」

 

「・・・・・つまり、ふたりなら自分の役割に専念できると」

 

「そーゆーことよ。あんた、強襲科の授業ねてたの? 」

 

 観光行きたかった、と即答し二缶目のコーラが頭にぶつかったところで、肩を落とした。

 アリアの言う通りだ。俺と理子がいかに仲がよかろうが、それは日常生活でのこと。戦闘面では好き勝手動いて負傷する俺に合わせてサポートにまわってくれていたが、今回はその逆。理子の逃走術を知らない俺はお荷物だ。

 

「行きたい気持ちも分かるけど我慢する事ね。あたしだって我慢してるのよ。さて、朝陽。エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ、砂糖はカンナ。まさか作れないなんて言わないわよね」

 

 とアリアがさも当然のことと言い放つ。

 

「なんだその呪文みてえな・・・・・あぁ、アレか。4月にお前が押しかけてきた時に注文してたの」

 

「あら。よく覚えてたわね。じゃあ作りなさい」

 

 と、先ほどまで囲っていたテーブルに大胆に焼きたてホヤホヤのマシュマロ串を溶けたチョコが流れるタワーに突っ込みながら。

 桃マン好きだから甘党なんだろうけど珍しいな。まあ、キンジが見たらホッとするような笑顔してんだけどな。俺からしたら服を着た理不尽なんだけど。

 

「やだよ」

 

「つくって」

 

「やだ」

 

「・・・・・勝負よ。あたしが勝負で買ったら作りなさい」

 

「ねぇ! 無理って言ってんじゃん! 」

 

 そうね、と俺をニヤニヤと見ながら勝負内容を決めている。まるで聞いてる様子がないじゃないか。拒否権ないの? 耳ついてないの? 貴族様は庶民の話を聞いてくださいよぉ!

 

「あんた運悪いでしょ。それも相当」

 

「まさかあみだくじとか言わねえだろうな」

 

「それは可哀想じゃない。だからジャンケンよ。ジャンケンで10回連続あたしが勝ったら勝ち。一回でもあんたが勝ったらこの勝負はあたしの負け。しょうがないから自分で作るわ」

 

「その勝負のったぞ。やっぱ降りるとかないからな」

 

 ふっふっふ。確かに運の悪さは世界一の俺でも、最初から勝負を捨てることはしない。なにせくじ引きのような完全運試しじゃないからだ。ジャンケン連戦で勝負するということは、前後の戦略的行動や発言も含まれている。今回は10回連続だ。3(ぶん)の1の確率で負けるゲームを10回連続だ。俺が負けるにはそりゃもう恐ろしい確率でしかありえない。アリアも腕ぶんぶん振り回して準備してるし、生意気な幼女には制裁を加えねばな!

 

「じゃあいくぞ。じゃーんけーんぽん」

 

 やってやるぞ、と意気込んだせいか、俺はグーをだし──アリアはパーだ。まあ、一回くらいは勝ちをくれてやる。勝負は後半、5回目をすぎてからだからな!

 

「2回目ぇ! じゃーんけーんぽん! 」

 

 俺チョキ。アリアはグー。まだ想定内。おいアリア、たった2勝くらいで勝ち誇った顔で煽るんじゃない。

 そうだ。勝負はこれから。まだ時間的猶予はある。

 

 ──負け。

 

 まだ余裕。

 

 ──負け。

 

 ──負け。

 

 負け続けながらも前の手とは重ならないように。そう思わせてからの同じ手で攻める。あいこの場合も様々な方法で撹乱し、アリアの表情や仕草、部屋の中に一箇所だけ存在する小さな窓に向かって「あ! 桃まんUFO! 」などと気をひかせたものの・・・・・

 

「なぜ勝てぬ! 」

 

 10回目の手──手のひらを貫通せんとばかりに握りしめた拳(グー)を両手のつくり床にはいつくばって、自らの勝負運の無さを呪った。

 だっておかしいじゃないか! こんな確率でさえ俺は当てさせて貰えないのか!? もはや見えない手が俺の手を操作してるって言われてもなんも違和感ないよ!

 しかも嘘つくの下手なアリアに負けた・・・・・!? こんなギャンブル同然の勝負で!? ブラフ込みの勝負であのアリアに!?

 

「ほんと運が絡むと弱いわね。10連続ジャンケンで負けるのあんた以外存在しないでしょ」

 

「ぐっ! 」

 

 ・・・・・完敗だ。もう負けだ。

 そう諦め俺は静かにアリアのもとへ行き、ドヤ顔満点で俺を煽り散らしているアリアのマグカップに手を伸ばす。そしてアリアがその手を離す瞬間、

 

「そういやここのお菓子。()()()()()()

 

 とさりげなく煽る。負け越した腹いせに、女子ならば気にするであろう一言をボソリと。アリアはよく食べるほうだと思うが、モデル体型を常に維持する努力は並大抵のものじゃないだろう。

 しかし俺はその努力に喧嘩を売るようなことを口からこぼし──ガシィッ! とマグカップの取手が割れるんじゃないかと焦るくらいの力が加えられ、足をとめた。これは・・・・・煽りにのってくれたか?

 

「どうしたアリア。飲むんじゃないのか? バクバクお菓子食ってたし、そろそろ喉も渇いてきたろ。俺の負けだから作ってくるって」

 

「ええそうね。でも一言余計よ? 」

 

 気にしてるつもりはないと装っているつもりらしいが、ピクピク眉間が動いてるのが隠しきれてない。間違いなく気にしてる。自分でも女々しいと思うがお構い無しだ。からかえるときにからかっとくのが楽しいからな。

 

「ああでも、エスプレッソはカロリー少ないしな大丈夫だと思う。あ、そういやさっき食ってたマシュマロとチョコ、さすが高級ホテルなのか値段も張るぶん糖分すごいらしいな。せっかくカロリー控えてたのに台無しかなー? あ、別に他意はないよ。いれてくるねー」

 

「ふぅん・・・・・ならあたしの前で言う必要ないわよね? 」

 

 おっと。チョコもマシュマロも高級ホテルだから良いもん買ってるだろって思い込みでカマかけてみたが、当たりだったな。しょーもない腹いせにしてはアリアに八つ当たりできてるぞ・・・・・!

 

「そうだなー。あ、他意はないんだがキンジがオトしてる女の子って全員モデル体型だよなー。どっかの高校に潜入捜査してたらしいけど、そこでもきっとオトしたんだろうなー。モデル体型の子を。どこがとは言わないけど大きめのさ」

 

「──いい度胸ねェ朝陽」

 

 ん、名前で俺のこと呼ぶなんてめずらし──ヒッ! 般若のお顔になられておられる! いつの間にか席から立ってるし! キンジがいっつも震えながら話してたのってこれのことか! さすがSランク武偵二つ名持ちだ、迫力が違う・・・・・! あ、俺も一応持ってるか。

 

「そうね。カロリーもだいぶとったし、ここで消費しておこうかしらね」

 

 と、小さなおててからバキボキと似合わぬ異音で威嚇し、さらに何らかの構えを俺にとった。おそらくバリツだろうけど、キンジほど長くアリアといない俺にとっちゃ未知の技。たびたびキンジに技がかけられて、その度に鈍い音と痛ましい唸り声がするから俺だってうけたくないんだ。ただ、今回は俺が旅行いけない腹いせに挑発したから、その手前、引くことはできん。

 

「徒手格闘か。そういや久々だな。アリアと一騎討ちなんて」

 

「そうね。ちなみにあたしはまだ覚えてるから。あんたが氷系の能力者だってのを利用して騙したのを」

 

「──よく覚えてんな」

 

「当然よ。さ、おしゃべりはここまで。はいスタート! 」

 

 え、と言うまでもなく握りしめたマグカップが強引にもぎとられ、そのまま腕の回転によって勢い殺さず振り下ろされ──

 

「っっ──! 」

 

 とっさに重心を落とし後ろへと倒れ、そのままバク転へと転じさせる。が、俺はアリアのように身軽じゃない。むりやりバク転で避ければ次の動作が遅れる。そもそも俺はバク転で攻撃をこの時まで一回も避けたことがない。無駄だからだ。だから──

 

「あまいわね朝陽! 」

 

 一閃。硬直しがら空きになった腹部へ小さなおててが駆け抜け、

 

「うッ⁉」

 

 息が止まる。直後に吐き気。視界は暗く明るく点滅し、喉には我先にとこみ上げるものがある。

 それら全てを我慢し、アリアを見据えたところで・・・・・やっと、自分が()()()吹き飛ばされていることに気付く。

 

 あわや壁まで飛んでいくかと鈍る思考で受け身の態勢をとるが、一人がけのソファに当たり、床へと転がりながら不時着(ふじちゃく)する。

 まだ10秒も経ってないがこのダメージだ。不意打ちなのは因果応報か──っ、来る!

 

 やや前かがみだが立ち上がる。アリアが再び加速し俺に向かってきたのはソレとほぼ同時。

 一歩床を蹴るたびに加速するアリアに対して有効なのは、

 

氷止(フリーズ)

 

 ご自慢の敏捷(アジリティ)を潰すこと。アリアの足元から俺に対して一直線上に床を凍らせる。既に片足乗っていたアリアはその氷のリンクを逆に利用し、スライディングをすることで減速を最小限に、低い角度ですばやく間を詰めてくる。

 それを、待っていた・・・・・!

 

「アリア! 今日のパンツはちょっと派手めだな! 」

 

 見えてないけど、4月の俺なら当たり前の発言をあえてする。仮に見えたとしても、俺はもう他人のパンツなんか見ても何とも思わないが、女子であるアリアなら間違いなく動揺する。気が取られないなんてことはない。女子なのだから!

 

 そして──やはり反応が一歩遅れてる! その滑る床は動揺して震えた足じゃあ体勢を立て直すことは出来まい!

 

「このッ! バカ変態! 」

 

 っと、かろうじて飛びかかって来たようだが、無駄だぞ。その手はよめていたからな。

 俺はイメージ通りアリアの細腕を掴み・・・・・流石に床に叩きつけるのは気が引け、力の限り思いっきり壁側へぶん投げる。背負い投げのフォームを少し真似たから、見事な縦回転──待て、ヤバイ! アリアが飛んでく先、ちょうどアリアサイズの窓ガラスじゃねえか!

 

「アっ、アリア! 」

 

 遅れて俺も駆け出す。せめて、窓ガラスが割れ放り投げだされたとしてもギリギリで手を掴めるように──!

 

「フン! 」

 

 ダン! と硬い床でも踏みしめるような音が鳴り響く。ガラスが割れた音では無い。もっと甲高いからだ。ならなんだと、アリアの置かれている状況をしっかり見る。そして──

 

「・・・・・はは」

 

 人間じぶんが想像すら出来ない恐怖・絶望・緊張に出くわしたとき、思わず笑みがこぼれてしまうという。魔法じみた攻撃でも、神に出会った時ですら俺は一度も経験がない。アレらは元々人間じゃないか、もしくはそういうアイテムを持ってたから飲み込めた。しかしこれはどうだ。いくら超人じみた身体能力を持っているとしても、窓ガラスという垂直なものに斜めの角度から激突──もとい着地しているのだ。体幹もいっさいブレていない。さらにいえば、片手をグーで思いっきし後ろへ振りかぶっている。

 アリアからは緋緋神の気配は感じ取れない。瞳もいつも通りの色だ。つまり──ただの身体能力で、成しえているというわけだ。

 

 脳がそれを正常なことと判断する前に、再び、ダン! と。ピンク色の悪魔が垂直の窓ガラスを土台にし、文字通りロケットが如きスピードで瞬く間に俺の目の前まで迫り、

 

「バカ朝陽ィィッッ!! 」

 

 振り抜かれた拳が、見事俺の顔面へクリーンヒット。

 首がねじ切れるかも──そんな割と深刻な問題を最後に、意識はそこで途切れた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「ほんと最低よ。8月位からちょっとは大人しくなったと思ったらこれ。なに? あんたは自分の能力を使うとヘンタイになる体質なの? 」

 

「作戦だったんです。許してください。アリアのパンツなんて見てません。まあクマさん柄のはいてたら流石に俺でも引くけど」

 

「なんで偉そうにしてんのよ! 」

 

 と、まだ少し脳に浮遊感(?)が残るというのに、後頭部をまたぶん殴られる。

 ふん、と鼻息をならし、またコーヒーカップを手に取った。──俺の背中に座りながら。

 

「充分反省したので降りてくださると(わたくし)大変喜びます。それに男が四つんばいして背中に幼女が座るなんて、見る人によっては中々センシティブな光景ですよ。お嬢様」

 

「けっこう! パンツを見た罪は重いわ」

 

「そうか・・・・・あれハッタリなんだけどな。クマさんパンツじゃないってのは分かった」

 

「なに。今更いいわけ? 」

 

 俺の脇腹をつねる力が強くなっている。これは引きちぎられてもおかしくないな。

 

「ほんとほんと。キンジに申し訳ないしな。適当に言ったら引っかかってくれるだろ。アリアは特に」

 

「なによそれ! 」

 

「当たり前だ。両片思いっぽい男女がいて、そこに割り込む男または女がろくでもないのは世の常。あ、割り込むってのは痴漢やアリアの言う変態なことをしてくるやつってこと。勘違いしないでね。たとえ叶わぬ恋でも、っていう第三者の想いは儚くも美し──おっと、話がそれた。まあ、要は邪魔したくないからアリアに対してそんなことはしないよってことだ」

 

「怪しいわね。あと、別にあたしとキンジはそんなんじゃないから! 」

 

「じゃあ俺がキンジとっていいのか? 」

 

「・・・・・」

 

 え、ちょっと冗談ですよ。無言でこっち見て納得したような複雑な関係を訝しむような目しないでって。頼むから。

 

「真剣な話、キンジとは最近どうなんだ? 」

 

「どうって・・・・・なによ」

 

「んー・・・・・白雪とかレキがキンジとイチャイチャしてたらどう思う? 」

 

「風穴よッ! 」

 

 ふむ。地団駄ふんで俺に八つ当たり。プラス風穴発言は嫉妬と見て間違いない。友達──いや、親友以上恋人以下ってとこか? 甘酸っぱい時期を過ごしてる真っ最中だな。喧嘩を繰り返しても仲直りしてちゃんとパートナーとしてやって来てるんだから、すごいよなあ。

 4月──アリアと出会って最初の頃は、男なんていらないとか言ってたらしいが、今じゃ立派な乙女だ。喧嘩するほど仲が良いを地で行ってるんだしハッキリ自覚するのは時間の問題かな。

 

「まーもう少し優しくしてあげなよ。キンジだってアリアのパートナーである前に1人の人間だ。理不尽にバカスコ殴ってたらふてくされちまうよ」

 

「あたしのパートナーなのよ! 他の女子に手をだすアイツが悪いの! 」

 

「確かにキンジが明らかにオとしにかかってる時もあるけどさ・・・・・まあ、あれだ。ちょっとは話を聞いてやってくれ。キンジを助けてくれた恩人がたまたま女子だったりするだろうし。キンジはそういう運命のもと生まれてきただろうから。あ、今までの経験上から見て、だけど」

 

「──考えとくわ。でも、アイツから手を出したってわかったら容赦しないから」

 

 ムスッとした横顔から、それでもキンジを思う気持ちが見え隠れしている。アイツは鈍感だからアリアの気持ちに気づいてるか怪しいけどな。

 

「あんたは逆にどうなのよ。明らかにおかしかったけど」

 

「・・・・・おかしいって、なんのこと? 」

 

「はぁ!? 理子のことよ! 」

 

 理子・・・・・? ハイテンションで菓子にがっつくいつもの理子だった気がするけど。レキにも指摘されたけどなんだ。女子はデフォルトで目に見えない何かを感じ取る力でも備わってんのか。

 悲しい思いをさせてるか──? 最近は怪我もしてないし、いつもみたく話してるだけだけど。うーん・・・・・。

 

「即答できないなら、いくら首をそんなに(かし)げても無駄よ」

 

「え。答え教えてくれないのか」

 

「あたしから答えを教えるなんて無粋なまねはしないわ。せいぜい悩み抜きなさい」

 

 ──待って。俺悪いことしたか? 俺が悪いか!? 何か変なこと口走ってたりしてないよな! 一言一句気をつけながら喋ってんだ、万が一にでも失言なんてありえない! となると嫌がることしたか? 衣食住共にすれば嫌なことひとつくらいでても、理子ならズバッと俺に言うはずだ。言えないほど酷い? ・・・・・寝言か? 寝相(ねぞう)が悪いのか!? 寝相だったら理子も悪いぞ!

 普段の行いじゃないとしたら、やはりなにかの記念日か? 記念日を過ぎても俺が何もプレゼントしなかったからいけないのか!? 記念日関連だったらその日の食事はきっと豪華だったはずだけど・・・・・あ、いつも豪華じゃん。だったらなに!?

 

「あの、アリアさん。なにかヒントをくだ──」

 

「ダメよ。武偵なら自分で考えなさい。もし分かっても、謝るならあたしに頼むんじゃなくて直接言いなさい」

 

「え! 」

 

 謝るって、やっぱり俺悪いことしたのか・・・・・。

 ずん、と心が重く締め付けられる。嫌われるかもしれないという不安からではない。俺が気づかぬ内に理子を怒らせてしまった、というのが重要なんだ。どうして一番近くいるはずなのに気づけないんだよ俺!

 

「そもそも、あんたは理子のこと好きなの? 」

 

「そ、そりゃ今関係ないだろ。だいたい──」

 

「好きなの? 」

 

「うぐっ」

 

 途端に理子の笑ってる顔を思い出す。単純な問いだ。答えが分からないはずもなければ、迷う必要もない。たった一言、たった2文字。口に出そうとすれば、顔全体に広がる熱に押しとどめられる。勢いつけて言おうとも、その2文字は絶対に出まいと、躊躇(ためら)いという手網に必死にしがみついている。どうしてこう、他人に聞かれただけでもこうなってしまうのか自分でも分からない。分からないくらい・・・・・『■■』なんだ。

 

「あんた、諜報科向いてないんじゃない? 理子の名前ひとつでわかりやすすぎよ」

 

「お、おまえに言われたかねえよ! 」

 

「理子のどこが好きなの? 」

 

「・・・・・ぜんぶ」

 

 ぶふっ! とアリアがエスプレッソを盛大にふく。続いて俺から顔をそむけて肩を震わせて──

 

「まさ、まさかあんたの口からそんな・・・・・」

 

 あはははは! と結局堪えきれず俺の背中の上で腹を抱えた。てか、そんな暴れられるとエスプレッソかかるんですけど。

 あと──恥ずかしいけど、『■■』って言葉は出ないのにどこが『■■』なのかは言えるんだな。本人の前じゃそれすら怪しいが・・・・・。

 そしてひとしきり部屋に笑い声を響かせると、

 

「だいたいいつから理子のこと好きなのよ。昨日今日の事じゃないんでしょ? あんたの方が理子のことあたしより詳しいはずだけど? 」

 

「・・・・・理子も、怪盗だけあって隠すのがうまいんだ」

 

「は? バレバレだったわよ。キンジとあんた以外には」

 

「えぇ」

 

「あ、でも、そうね──あんたは近くにいすぎて逆に見えなくなったのかも。ならいい機会じゃない。どうして理子の事好きになったとか、見直すいい機会よ。それで、あとはあんた次第ね。頑張りなさい。あんたの気持ちを素直に伝えればあの子も話してくれるはずよ」

 

 原点回帰か・・・・・。思えば1年の時はアニメの話で盛り上がった程度。本格的に一緒に活動を始めたのは今年のハイジャック事件のあとからだ。先生を煽っただかなんかしたら全校メールに付き合ってるって嘘の情報を流されて。バレたら痛い目あうから、最初はダーリンハニーなんてあざとい呼び方をしてた。そっから色んな事件にあって、理子のトラウマとも向き合って、それで・・・・・気づいたら、理子に対してそういう感情を抱いていた。惹かれるのは簡単だった。だって、理子は──

 

 

 

 どこに──?

 

 

 

 どこに惹かれた? 俺は理子のどこを始めに『■■』になった?

 優しさか? 容姿? 性格? 理子が歩んだ人生? 境遇? 傷ついた体? トラウマに怯える顔? ──違う。ちがうちがうちがうどれもちがう。俺はどこに惹かれた? どうして『■■』になった?

 

 

 

 

 

 

 

 ──あれ? なんで理子を好きになったんだっけ。

 

 

 

 

 



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第70話 別れと再会

前回 作戦会議


 本格的な撒き餌作戦(パーリィ)は、二人一組である程度散策し一旦集合の後、すぐこのあとだ。連絡を中継するアリアと、端数切り捨ての俺も香港の見知らぬ地を1人で歩くこととなる。香港島に向かう各駅で1人ずつ電車から降り行動開始だ。極東戦線のルール上、香港支部の籃幇の戦闘員全員と相手取ることはなさそうだけど、万が一ということもある。ここからが本当の撒き餌作戦(パーリィ)だ。バックアップはないに等しいだろう。

 負傷すれば追い詰められて終わり。普段よりもキツい任務だからチームの緊張感も──

 

「キンちゃん、お財布持ったよね。あと携帯と地図! もし道に迷ったら電話してね! そしたらアリアを見捨ててでも助けに行くから! 」

 

「なんであたしが襲撃される前提なのよ! 」

 

「キンちゃんをいつも誘惑してるからアリアにはバチが当たるの! 泥棒猫! 」

 

「なによ! 」

 

 いや。がみがみ言い争っている。いつも通り緊張感あるんだかないんだかって感じだ。バス内とはいえ喧騒が激しいからってここで喧嘩すんなよ・・・・・。まあ、取っ組み合いになってないだけまだマシなもんか。アリアと白雪の戦いは銃と刀が当たり前に出てくるし野蛮人もびっくりの跡地になるほど苛烈だしな。常識の範疇で仲良く喧嘩してくれてる。いい事だ。ただ座席は壊さないでおくれよ。

 

 それにしても──この眩しさには慣れないな。東京とはベクトルの違う眩しさというか、まるで祭りでも開催されてるかのような賑わいを魅せてくれている。軟禁生活から解放されたし、うきうき気分で観光したいのだが、一番危ないのは人がごった返している今なんだ。狙撃手からは逃れやすいものの、どさくさに紛れナイフで腹を刺されましたなんて事故は山ほど聞く。

 

「朝陽さん。なにか分かりましたか? 」

 

 そんな物騒な考えから現実へ引き戻す無機質な声に呼ばれる。建ち並ぶビルから視線をずらし、

 

「レキに言われた通り、あとアリアからもヒントっぽいの貰ったんだけど・・・・・正直、まだ分からん。アリアにしばかれてただけでさ。理子に良からぬ何かをしてしまったのだけはなんとか──でもその先がどうしても分からないんだ」

 

 と口にした。俺にとってパーリィも重要な任務ではあるが、理子のことも放っておけない。答えの欠片すら見つかんないし板挟みで胃に穴が開きそうだけど!

 

「鈍感なアリアさんでもわかります」

 

「そこなんだよ! 多分初歩的なミスなんだ。理子にとって嫌な気持ちにさせる言葉を言ってたりとか、歯ブラシを間違えたとか・・・・・。とにかくその類いだ間違いない」

 

「──思いこみはしないでください。特に、理子さんだから、という理由で」

 

「? それはどういう──」

 

「私はここで降ります。では健闘を祈ります」

 

「え・・・・・い、いってらっしゃい・・・・・」

 

 いってらっしゃい! と他のメンバーも口にしていく中、俺は理子の隣の席を横目で確認する。まあそんな運良く空いてるわけもなく、理子は窓の外をキラキラした宝石でも見るかのように眺めている。その横顔も無邪気な子どものようで、つい見蕩れてしまう。近くにいて気づかなかったというより、少し離れて分かること。何をするにも共同で、常に隣に理子がいる。当たり前のことから遠ざかって改めてその()()に手を伸ばしたくなる。ただそれは、死者には似合わぬ望みだ。今だって隣に学生っぽい年齢の女の子座ってるし。──なんならこのバス内、全員俺らと同じくらいの女子しかいないな。

 

 とりあえずパーリィでの目標は、生き残ること。2人で動いていた時よりも格段に危険度は増す。怪我は避けたいけど、特に2年になってから怪我せず帰ってきた任務はないはずだ。まあ1回位あったっけな。そんくらい曖昧で負傷率が高いから、今回はチームに迷惑はかけたくない。

 焦燥感は時間を早める。とにかく思い詰めていると、アリアが降り、白雪、キンジも続いて降りていく。次は理子の番だが、当の本人は横に座っている女の子と何か会話してる。どっちも笑顔で楽しそうだ。

 

 さて。俺もそろそろ準備しなきゃな。

 万が一に備えて対狙撃用の帽子も被らないといけないが、今回は被らないらしい。この季節、帽子を被ってる方が目立つ。人混みの多い区を通る時は無い方がカモフラージュになるだろうとのことだ。香港に支部を置いてるだけあって、街中で平気でぶっぱなすわけないが・・・・・もしもの場合がある。その場合まず助からない。まあ苦しまずに死ねると思えば──

 

「・・・・・」

 

 俺はもう死んでるんだったな。心臓が動いてないんだから。なら仮に、頭を撃ち抜かれたらどうなる。魂と脳、左目は辛うじてまだ俺のもの。それ以外は瑠瑠色金だ。ただどうして臓器としての機能が果たされているのかは不明な点ではあるが・・・・・。まあ最悪、目はどうなってもいい。瑠瑠神に汚染されようが外界が見えればそれで事足りる。

 肝心なのは脳みそだ。脳みそを壊されれば、京城朝陽はそこで消える。立ち上がるものがあるとしたら、それは瑠瑠色金だ。アイツが本格的に動き始めたら理子やアリアをはじめとする俺と関わった女子すべて殺されるかもしれない。そうだ──脳だけは守らなくては。

 

「若い方。隣いいかね? 」

 

 ・・・・・と。いつの間にか杖をついた初老のおじいさんが横に立っていた。英語でいきなり話しかけられたからちょっと反応に遅れた。こんなとこで長考するんじゃないな。

 

「ああはい。どうぞ。すみません気がつかなくて」

 

 おじいさんは、よっこいしょと腰を下ろし、腰を空いた片手でトントン叩いている。どこにでもいる物腰柔らかそうなおじいちゃんだ。服もこの季節にピッタリの、オシャレにも気をつかってるようだ。

 

「──もし、若いの。もしかして日本人かの」

 

「うぇ!? 」

 

 あまりにも流暢な日本語で話しかけられるもんだから変な声出ちゃったよ・・・・・って、それよりもだ。日中韓とかアジアに長く住んでいるとそれぞれの顔の細かな特徴でどの国かおおよその見当がついたりするからな。俺のことを中国人ですか、ではなく日本人ですかと聞いてくるなら相当アジア人と関わりがあるってこと。もしくは現地人ってとこだが、

 

「出身はアジアですか? もしかして日本人です? 」

 

「ははっ、違うよ。私は遠い国からの旅行者だ。日本語を話せるのは、こうして旅をしているうちに色々な言語を学んでね。老人の嗜みのひとつじゃよ」

 

「すごいですね・・・・・。僕なんて英語と日本語だけですよ。あとは友人のおかげでフランス語は自己紹介くらいはできますけど──ちなみに何ヶ国語話せるんです? 」

 

「30じゃよ」

 

「30!? 」

 

 ア、アリアが確かに20前後話せるっつってたよな。もう10超えたくらいで超人なのに、30て。そんだけ覚えればまず旅先で困らないし、知見を広められたりできる。友人を作るなんて朝飯前だ。何より観光地に行くのが楽しくなりそうだ。俺も長生きできたら10言語くらいは話せるかな。

 

「凄い通り越して超人ですよそれ。──そういえば旅っおっしゃってましたよね。僕も学校の旅行で来てるんですよ。今は、はぐれちゃってますけど。おじいさんはどなたかと一緒に旅をなされてるのですか? 」

 

「いやいや。私は一人だよ」

 

「一人! 危ないですよ一人は! 言語は流暢な日本語を今も話されてますし、他の言語も同じくらいなら観光客狙いのぼったくりには引っかからないと思いますけど・・・・・暴漢に出会ったら身ぐるみ剥がされて路頭に迷うことになってしまいますよ! 」

 

 しばらく敬語使ってなかったからたどたどしい感じだけど、俺言ったことそのまま自分に帰ってきてないか? 帰ってきてるよな。1人で来てるってのはもしものことがあるから良しとして。

 と、内心慌てる俺におじいさんは穏やかに笑い、

 

「大丈夫だよお若い方。私はこれでも腕っぷしに自信がある。若いの一人二人はこのとおりじゃ! 」

 

 と杖の持ってない手で、右に左にと握りしめた拳で目の前の座席を殴打する。と言っても、振動すら伝わってこなさそうな弱々しいものだ。現に前の席の人は自分の座っている座席が殴られていることに気づいてない。はしゃぎまくってるからなおさらだ。

 

 俺は仕草にちぐはぐな何かを感じながらも、ホルスターにしまってある上下二連散弾銃(ショットガン)安全装置(セーフティ)を解除する。観光客を装っている可能性が捨てきれない以上、最大限の警戒をしなくちゃいけない。

 俺の持つショットガンはストックを切り詰めた、いわゆる全長が短い(ソードオフ)ショットガン。しかも銃身も削って短くした隠匿用で、装弾数も名前の通り2発だけ。ショットガンの弾は簡単に言えば発射と同時に中に入った鉄球等々が拡散していくもの。今回はスラッグ弾というデカい弾一つで拡散しないものを装填してあるが、このじいさんに向けて撃つとなるとやはりこんな超至近距離じゃヤバい。非殺傷弾でも通常弾より殺しにくいだけで、老体の骨を折る威力は充分ある。でも──そんなこと口にしてるうちに気づいたら三途の川なんてまっぴらごめんだ。

 

「でも充分気をつけてくださいね。僕が悪い人だったら去り際に財布とかスっちゃいますよ」

 

 ガオー、という理子直伝の小悪党ポーズでおじいさんを威嚇する。すると、

 

「お、顔に似合わず()()()()()もオモロいこと言うなぁ! 」

 

 あっはっは! と、さっきの落ち着いた雰囲気とは打って変わって豪快に笑い飛ばした。さっきから話し方とか所々出る性格が変わってるよな。世界中を旅してたら多様な人とも出会うし、そんなものか。いや関西弁は・・・・・大阪方面にでも滞在したか。それとも罠? にしては露骨すぎる。

 

「飾り気ない眼帯つけておるが、その目は優しいお人そのものだわい! 私は無粋な男ではないのでな。怪我した理由は聞かぬが、若いのこそ怪我には気をつけるんだよ」

 

「あはは・・・・・確かにそうですね・・・・・」

 

 そうだ。俺眼帯つけてんだ。視界が狭いってことも加味しないと。

 まてよ? 眼帯で傷だらけって、ガラ悪いな! ヤクザかここだったらマフィアにしか思われねえぞ。くっそ目立つじゃん。

 と、おじいさんと話している内にまたあっという間に次のバス停についた。このバス停で降りるのは──

 

Have a nice day(良き一日を)! 」

 

 鈴のように明るい声に意図せず肩が震え、反射的にその方向を向く。どうやら仲良くなった女学生とバイバイしてるようで、理子は満面の笑みでその子に手を振り降りていく。

 

「理子! 」

 

 咄嗟だった。自分でもよく分からない突発的なもの。しかも運の悪いことに、あれだけうるさかったバス内が静まり返り、視線がいっせいに俺に集まる。理子も俺の方を見て、少し呆然としたあと──

 

「頑張って。キョーくんなら出来るよ」

 

 同じように手を振って、ルンルンと外へ出ていった。

 

 ──。

 

 ────。

 

「終わっ、た・・・・・」

 

 全身から力が抜け、倒れ気味に椅子にもたれた。

 

「なんや兄ちゃん! 女連れかぁ!? にしてはそういう雰囲気でもなさそうだけどなあ。失礼なことでも言ったのかい? 」

 

 あ。俺も一人旅ってことにしてたのに自分から嘘をバラしちゃったら意味ないじゃん。なんでこんな口緩くなってんだ。脊髄反射で会話してるようじゃ諜報科失格だ。たとえEランクでもこんなミスはしないのに・・・・・。

 

「たぶん、言ってしまったんだと思います。失礼なこと。それより、はぐれたなんて嘘をついてしまい申し訳ありませんでした・・・・・」

 

「良いんだよお若いの。女にそっぽ向かせた恥は誰だって隠したいものだよ。若い時は経験が一番! なぁに、恥ずかしがることは無いさ。わしだってそりゃ若い頃はヤンチャしたもんでなあ。連れの女とよく喧嘩したが、今となっちゃぁ良き思い出だった──と、もうすぐ降りなきゃ行けん。さっきの嬢ちゃんと私が降りるとこは近くての。すまんの、たったこれぐらいの距離でも横に座っちまって」

 

 そう指し示す次の停車場所は、目前に迫っていた。俺もここで降りる予定ではあるが、やけに人だかりができてる。夜を知らぬ街にさらに華やかな装飾を施しており、何かの祭日のような催しが行われていた。しかも高層建築が立ち並ぶというのに、花火もどきが打ち上がってる。実物花火と違って音は控えめだが。それに火薬の匂いはしないからどこかに音響装置がついてるのかな。ここに修学旅行に来るにあたりある程度の知識は入れといたんだが、流石に祭日までは勉強不足だ。しっかしこれは──降りない方が吉だ。

 

「いえいえ、こちらこそ! ありがとうございました」

 

 愛想笑いを浮かべつつ、通る予定だったルートを頭の中で再構築する。

 とりあえず乗車続行だ。仕方の無い。バス内が喧騒で包まれてるとはいえ、ここまで擬似花火の存在と音に気づかなかったのは不覚。ここはあの音が比較的小さくなるまで乗ってないと、本当にどさくさに紛れてヤられるかもしれん。さっそくアリアに連絡しないと。ついでに警告もだ。銃声すら聞き分けづらくなる。

 急いで携帯を取り出し暗号化を含んだメールをうちこみ──気づいた。

 

「圏外!? 」

 

「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん。どいてく──」

 

「このバス内では携帯電話とスマートフォンは禁止ネ。次の停車場所は籃幇城直通船乗り場前ネ」

 

 挑戦的な幼げな声。そして、自らが敵であることを知らしめる声。刃を交えた時間はごく短くとも、忘れるはずがない。

 西部劇のガンマンもかくやという速さで上下二連散弾銃(ショットガン)を腰の専用ホルスターから抜き、構える。

 

「おい。おじいさんから今すぐ離れろ。民間人だぞ」

 

「仕方ないネ。お前が奥に座ってるカラいけないんだ。あと、変な気は起こさない方が良いアル。お前はモウ逃げられないネ」

 

 そう挑戦的な笑みをこぼした少女(ココ)──そしてバスに乗っていた同じくらいの年齢の少女全員が、俺に向けて銃を構えていた。

 

「おいおい。極東戦線のルールを忘れたか? 雑兵は使うなっての思いっきし破ってるぞ、お前」

 

「ルールは破られるためアル」

 

 無茶苦茶だな、と思わず苦笑いがこぼれる。

 ココは、それから、と言葉を続けた。

 

「お前とは銃撃戦をしに来たわけじゃないアル。弾無駄ネ。話し合いに来ただけヨ。話し合い、断るなら殺すネ」

 

「・・・・・断る余地ねえじゃん」

 

 指をトリガーから離し、しかし万が一の場合即座に撃てる位置に。ココはおじいさんを俺の方へ突き飛ばしたが、俺が受け止め座席の奥に座らせる。もしもの時、絶対におじいさんには被弾させないように。

 

「おいこのガキぃ! 年寄りを舐めるでないぞ! 」

 

「黙れアル」

 

 ココがおじいさんに向かって睨みを効かすが、それでも負けじと罵詈雑言の限りを吐いている。銃を持った相手によく言えるよな。俺もその勇気を貰いたいくらいだ。

 

「なんだ。バスカービルから引き抜きってのは叶わねえぞ」

 

「違うネ」

 

「じゃあ・・・・・あれか。お前と夏の修学旅行で電車の上で戦った時のプロポーズか。婿に来ないかだかなんだか。あれも──」

 

「違うネ! 」

 

 明らかに不機嫌になった。今でも発泡してきそうなくらいに。なぜだ。

 

「オマエ、もう瑠瑠神なってるネ。強大な力を前にして奪わない手ナイ」

 

 っ、籃幇にまでバレてたか。いや、もう極東戦線に参戦してるやつら全員が周知の事実だなこりゃ。するとこいつらが俺を連れ去りたい理由は・・・・・実験か? 生物兵器として利用するため? 残念だが俺の自我がまだ存在してる限りコイツらに協力は絶対しない。そもそも兵器として利用するなら俺より瑠瑠神(アレ)の方が厄介だ。それを承知の上か?

 

「引き抜きと変わらねえだろ、それじゃ」

 

「仲間になる必要ないネ。ヘンタイ脳みそも弄りたくナイヨ」

 

 じゃあなんだ? それ以外使いようなんてないだろ。

 

「ココ達が欲しいのは、アサヒ、お前の体ネ」

 

 ・・・・・か、からだ? 体って、俺の!? 俺の体目当て!?

 

「さいってー! 」

 

「ウザい女の真似は止めるアル! 」

 

 おじいさんを突き飛ばして空いた片手でもう一丁銃を抜き、スライド部分を握ったかと思うと、

 

「・・・・・っ! 」

 

 ガスッ! と鈍い音と共に重たい痛みがジンと広がっていく。しかも、やられたとこから生暖かい液体が滴り落ちてきた。

 このやろう、俺に躊躇(ちゅうちょ)なく振り下ろしてきやがって。拳銃のグリップはムカついた野郎の頭をかち割るもんじゃねえと叫びたいが──反撃はできん。おじいさんが撃たれるからだ。まあ幸い流血は、見えてる左目を避けてくれてる。自分の血で目がくらむことも無い。

 

「おいおい。体目的なのに傷つけちゃダメだろ? あと痛いんだよ普通に」

 

「関係ないネ。上半身は顔以外いくら傷ついても大丈夫って言われたヨ。言うこと聞かなかったら拷問するアル」

 

「上半身? 籃幇は俺に何をさせる気だ」

 

 俺の問いかけにココは中国語で部下の女子に何かの指示を出し、即座に1枚の写真を俺に見せつけてきた。写ってるのは、女児だ。ケモ耳と尻尾が生えてる以外は普通の。玉藻の前と似てるような気もするぞ。

 そして自信満々に口を開き、

 

「アサヒ、この方と交尾するネ」

 

「・・・・・さいってー! 」

 

 ──ガッ!

 痛っだ! コイツまた同じとこ殴りやがった! また傷深くなったじゃねえか!

 負傷せず仲間の元に戻る目標そうそうに早々に断念しなきゃいけなくなったじゃねえか!

 このやろう、と睨みココを睨みながらその衝撃発言の意図を聞く。

 

「お・・・・・お前、交尾って、分かって言ってんのか」

 

 年頃の女子でも交尾といえば恥ずかしくないのか? ・・・・・いや、後ろの女の子達すごい動揺してるっぽいけど。堂々言えるあたりすげえよココ(おまえ)。そもそも日本語分かるのかこの子達。てか相手も相手だ。獣耳っ娘でしかも幼女っぽい。地面につきそうな黒髪に、着てるのは名古屋武偵女子高の服だ。

 

「ココ。いくら俺が日本人だからってな。全然関係ない名古屋武偵女子高(ナゴジョ)んとこの生徒を拉致るのは違えんじゃねえか?」

 

「服はオークションで買ったネ!拉致してナイ!」

 

「ああそうかい」

 

 この反応は本当っぽいな。しかし──修学旅行に来てまで犯罪したくねえよ。理子を裏切るとかそうじゃないとか以前の問題だ。絶対に手は出さねえが──

 

「ココ。女子のお前に直球で聞くのもアレなんだが、交尾の意味知ってんのか?」

 

「? もちろん知ってるアル。減るものじゃないネ、さっさと連行されてするヨ」

 

「減るも何も失うんだよなあ」

 

 流石に幼女で卒業は死んでも()だぞ。

 

「失うわけないネ! ココ達小さいころシてたアル! 」

 

「ちっちゃいころシてたの!? お前ら姉妹で!? マセ過ぎだろ! どんな教育されてたんだまったく」

 

「マセてないアル! 顔にするだけネ! 」

 

「顔!? 」

 

 おいおい──英才教育は戦闘面だけにしておいてくれよ。しかも包み隠さず言うって、後ろの女の子たち顔真っ赤じゃん。その集中が切れた状態で撃ったら何発か頭にぶち当てられるぞ。

 

「はっはっは! 嬢ちゃんさては勘違いしておるの! 」

 

 と、後ろに座らさせられていたおじいさんが突然高らかに笑いだした。これでもかってくらい膝を叩いてる。さっきまで闘犬のように吠えてたのに。

 

「嬢ちゃん。さては、交尾をキスのことだと思っておるな? 」

 

「そうアル。そう教えられたネ」

 

 と、また高笑いをひとつ。あまりの豪快な笑いっぷりに、流石に俺もさっき俺が話してたおじいさんとは別人じゃないかって本気で疑うレベルだ。だが、今はそんなこと気にしてられん。今は、だんだんと冷血な瞳にすり変わっていくココからどうやっておじいさんを守るかが重要だ。

 

「おじいさん。ちょっと黙ってください。死んじゃいますよ」

 

「若いのもわかっとるやろ! 未だにこんな間違いしとるのがおるなんてなあ! 」

 

「ちょっとおじいさん! 」

 

「・・・・・死ネ」

 

 っ、コイツまじで引き金引く気だ! クソ! こうなったら頭だけでも守って被弾覚悟で全力逃走しか生き残れる道はねえ! バス内でこんな敵が密集してるんだ、外も絶対に包囲されてる。だけど、それでも・・・・・!

 トリガーが徐々に引かれていく。俺はココの視界を塞ぐように、なおかつ一発も被弾させないようおじいさんへの射線を切る。そして、俺も窓に上下二連散弾銃(ショットガン)を向け──

 

「いいか! 交尾っちゅうのはな、男のバナナが女のアワビに入るっちゅーことや! 」

 

 これが遺言といわんばかりの迫力で、自らの股間とココの股の間を指さした。

 そして、鳴り響くはずの銃声は、ピタ────、と静まり返っている。おじいさんが言い放ったことを考えてるのか。動きを止めて、おじいさんの指の先と自らの股を交互に見つめ。どの程度の性教育を受けてたのかは分からんが、隠語だけでそんな──

 

「ナッ、ナナあああああああアアアァァァ!? 」

 

 あっ、完全に理解したな今。歳相応の甲高い悲鳴を上げて顔面真っ赤にしてやがる。拳銃も落っことしそうなくらい震えてる・・・・・! よし!

 

 右手を背中に回し防弾制服の内側にセットしてある両腕盾──そのひとつに手を伸ばす。(あや)にメンテナンスをしてもらわないと充填できない、計2回きりの逃げの必殺技。早速その一回目ではあるが人の命がかかってんだ。出し惜しみはない!

 

 盾の裏側の衝撃吸収材に腕を通し、盾をがっちりホールドするために取り付けられた取手(とって)──その親指部分に設置されたボタンを、力強く押す。

 瞬間・・・・・小さな破裂音と共に、様々な色彩が飛び交うこの街並みが、白光に全て塗りつぶされる。太陽が如き輝きは、前方で銃を構えているココや女の子たちに覆い被さるだけでは飽き足らず、バス外にも派手に漏れだした。

 

「逃げるよおじいさん! 」

 

 まともに閃光を食らったココ達はしばらく動けない。見えない状態で乱射すれば仲間に当たる可能性だってあるから気軽に引き金は引けん。

 窓ガラスに向けてショットガンを2発ぶっぱなし、おじいさんにタックルする勢いでだき抱え、降りかかる破片がおじいさんにかからぬような体勢で外へと飛び出したが──

 

(逃げるつったって見当もつかねえな──! )

 

 予定地のみならずその周辺の地図も携帯で検索して記憶したけど、ココが正体を現してから別ルートで進んだみたいだ。運転手すら蘭幇の手先だったわけだが、さらに不幸なことに目印になる特徴的な建物もないし、何より人が多すぎる。現に──バスから出たら手下数百人が取り囲んでるって最悪のシナリオは回避出来たが、外は悲鳴と怒号が入り交じるカオスな世界になっていた。バカでかい銃声鳴らしたんだからそりゃそうだが・・・・・

 

「おじいさん! この辺の地理わかります!? 」

 

 とりあえずネオンきらめくビルの間を駆け抜けていく。アイツらの視力が回復すればすぐに追ってくるだろう。しかも逃走された時に備えて車両もどこかに隠してあるはずだ。極めつけはこの土地だ。あいつらのホームグラウンドで逃げ切るのは不可能に近い。

 

「若いの! 青看板の左に細道があるでの! そこじゃ! 」

 

「了解です! 」

 

 ビルの二階らへんに取り付けられた勧誘看板の下に、ちょうど人ふたりが通れる道がある。そこへと走り込み、狭いながらも全力で走る。

 

「そこ右じゃ! 先に潰れた店がある! 中を突っ切ったあとは左じゃ! 」

 

 人をかき分け、時にはぶつかりながらも必死に走る。こんな時にココやアリアならその小ささを活かしてもっと素早く逃げ切れるだろうし、理子なら逃走の痕跡を残さず、むしろ跡を利用してカウンタートラップも即席で作るんだろうが、今だけはその才能が喉から手が出るほど欲しい!

 

「店ん中な! 入っていいんですコレ!? 」

 

「気にせん! アイツらから逃げるんなら不法侵入くらい目ェ潰った方がええ! 」

 

「ごもっともですね! 」

 

 元はスーパーマーケットなのか所々棚が鎮座し、文字からして特売を知らせるポール的なものもある。中は完全に暗く隠れるにはもってこいの場所だ。が、止めようとする足を急かすように、

 

「ほれ、ライトつけて反対側の入口までダッシュじゃ! 」

 

「っ、分かりましたよ! しっかり掴まっててくださいね! 」

 

 携帯を取り出しライトをつける。すると、まだ果物や雑貨などがあちこちに散乱していて、まさについ最近急いで撤去されたかのような雰囲気を醸している。それを横目におじいさんの言う通り売り場を抜けホールを抜け、スーパーマーケットらしき建物から出る。ほんの1、2分だったがどっと疲れた。携帯で足下や角、その他注意せねばならない箇所全てに気を張って走ってたからな。

 

 スーパーマーケット内での待ち伏せによる危険は過ぎ去ったにしろ、油断大敵だ。ただの曲がり角で不意打ちされたら俺はともかく、おじいさんは死ぬかもしれない。理子に言われたんだ。命大事にって。だから最悪の場合、見捨てるしかない。武偵にあるまじき行為なのは知ってる。人として間違っていることも。

 

「曲がったぞおじいさん! 次はどっち! 」

 

「2個目の角右じゃ! 」

 

 協力してる、なんて良い響きじゃない。利用してるだけだ。そしたら──武偵高は退学だろうなあ。良くて中退か。学校側も厄介者を切り捨てる良い機会になるが・・・・・っと、こんなこと考えるな。

 そのあともおじいさんの指示通り進む。ココ達とグルなんじゃないかと思ったが、それはないと一瞬で切り捨てる。グルならバスの中でいくらでもチャンスはあったんだ。今は信じるほかない。と、

 

「わしの記憶だとその先は低所得層が溜まる集会所じゃ! 若いの! ここなら光も少ない、物陰ならいくらでも見つかろう」

 

 おじいさんを抱えたまましばらく走り、ついた場所は──さっきまで繁華街とそう遠くないと言われても到底信じれないような荒地だった。が、好都合だ。

 物陰といわれ、荒い息を零しながら周りを見渡す。この賑やかさなんて言葉すら疎むような雰囲気は隠れ蓑にはちょうどいい。森や林がベストだが、街はずれなら今にも崩れそうな家屋に隠れるのが1番だ。割と広めならなおさら。

 

「若いの、複雑な事情があるようじゃな。私には想像つかないほどの」

 

 もう下ろしてくれて構わない、と続けて。

 一瞬話すのが躊躇(ためら)われたが、ココとの話し合いである程度はバレてる。適当な嘘でもでっちあげればいいか。

 ──最低だな、と自傷気味に口元をゆるませ、良い人感が滲み出た瞳を目を合わせる。

 

「・・・・・そうですね。これが最期の旅行です。個人的にはこの旅行を楽しかった思い出として遺しておきたかったんですけどね・・・・・。僕、特殊体質らしくてですね。どこがとは言えないんですけど……どうやら素直に逝かせてくれないらしいです」

 

「難儀なものじゃの」

 

「こちとらいい迷惑ですよ・・・・・。ともかく、ありがとうございました。ここは初めて来る場所なので地理とか全然分からなくて。おじいさんがいなかったら今ごろ捕らえられてましたよ」

 

 乱れる息を整えながら、ショットガンに弾を込めなおす。

 チーム内でのタンク──つまり、率先して敵の攻撃を真正面から受けに行く役割である以上重要なのは銃よりも自身の身を守る盾だ。緊急時用として威力の高いショットガンを採用した訳だが、ここに来て裏目に出ている。この付近は見たところ一応古びた建物や崩壊寸前の建物、鉄筋や支柱その他廃棄物が散乱しているが、一部中から灯りが漏れている。人が住んでるってことだ。俺がこの場所でもし発見されたら戦闘は避けられないし、かと言って散弾を使用するショットガンは使えない。

 

「若いの。わしはどうすればいいんじゃ」

 

「とりあえず一緒にいてください。格闘技やってても銃弾の前では無力です。おじいさんがこのまま離れてもし捕らえられたら、拷問された後、自白剤を飲まされます。最善策はこのまま一夜明けて、おじいさんは空港へ向かってください。現地の武偵とは協力しますので国外への脱出は容易でしょう。──すみません。こんな個人的なことに巻き込んでしまって」

 

「いいんじゃよ! それに久々にワクワクしたわい! おっ、そこの倒れた家屋いいんじゃないか? 」

 

 と、ニッコリと笑い、おじいさんは、自分とは反対方向にある潰れた家屋──それも隠れるには最適な場所目指し、足早に向かっていく。

 

 

 ────ああ、そうか。

 

 

 ショットガンをホルスターに収めようとしていた手を、()()()()()()()()()()()()()()。やることはただ一つ。()()()()()()()()()

 そこに迷いはなく、頭に狙いを定め、そして──

 

「やれやれ。さすがに今のはわざとらしすぎたね。まあ、腐ってもSランクだし当然かな? 」

 

 2つの爆音を轟かせ、善人面の()()を後ろから吹き飛ばす散弾は、まるで時間でも止められたように当たる直前で()()()()()()

 完全に背後を取っても勘づくのか・・・・・。敵意すら感じさせないように自分でも即決しての行動だったんだがな。

 

「空中で殺傷能力を持つほどの小さな鉄球を止めるなんて、テレビでマジシャンとして活躍した方がいいんじゃないか? 」

 

「京城朝陽くん。君こそ自分が発砲しないとか思ってたのに、1分経たずにそれを破るなんて。君には詐欺師が向いてるんじゃないか? 」

 

 と、おじいさんは──おじいさんだった者は、その骨格から大きな変貌を遂げていく。各部が肥大化し、黒く変色していく髪の毛を覆い隠すようにどこからともなくシルクハットが空から降りてくる。高級そうな燕尾服もいつの間にかそいつの手元にあり、優雅に袖を通し──純白の手袋をはめた。ついさっきまでの温和な声音はない。記憶にこびりつくような、低くて透き通る声。そして、俺が一番会いたかった者の声だ。

 

「使えないとは思ったが使わないとは一言も言ってない。いや思ってないぞ。なんで他人の心が読めるのか含めお前が直接会いに来た理由を説明してもらおうか。武器商人! 」

 

 シルクハットの(つば)をクイッと下げこちらに振り向く。

 ──ただでは帰さない。

 そう強く告げるように、耳まで裂けた仮面の商人は、悦楽を載せた言葉で返事をした。

 

「ええ。ゆっくり話しましょう。月が2度空に登るまで、ゆっくりと」

 

 

 

 




終章前です。


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第71話 怠惰粛清と縦ロールツインテール

前回 パーリィ作戦中、ココら武装集団に襲撃されつつも何とか逃げ延びた朝陽と謎のおじいさん。しかし、おじいさんは変装した武器商人であった。


「月が二度空に登るまで、私と話し合おう」

 

 耳まで裂けた口の仮面がよりいっそう不気味さを際立たせる。

 ショットガンをぶっ放したのは、ある種の確信があったからだ。もしいきなり現れれば、俺は絶対に発砲すると奴は分かっていた。万が一にでも通行人や住人に弾丸が当たりでもすれば俺は即刑務所行きだ。武器商人(こいつ)は俺と話し合いがしたいといっていたし、人払いは済ませてあるはず。所々灯ってる明かりはダミーだな。用意周到な奴め。

 

「──なんのつもりだ。わざと口調を変えたり、味方であるココを挑発したり・・・・・。しかも観光客を装ってたくせにやけに道に詳しいし、ここに着いた時もそうだ。お前は死角になっていた建物に俺をつれてこうとした。どう考えてもこれから話し合いをしようって過程じゃなかったが? 」

 

「ココ達には私が作戦に同行するとは一言も口にしてなかったからね。良い余興になったろう? この逃走劇もなまった体に中々良い準備運動になったよね。君も、復帰早々にしてココとは君もやりたくはないはずだよ」

 

「余計なお世話。茶番じみた面倒なことせず直接呼びつけろよ」

 

 息が切れるのはまだ俺が生きていたころの名残か。俺はとうに死んでいるというのに、皮肉にも瑠瑠神という存在のおかげで辛うじて体を動かせている。ゾンビ状態ってやつだ。だが、どうも胸のあたりが苦しい。心臓が止まってんのに負担をかけたからだ。確実に体力は落ちたし、素の戦闘力もココと新幹線の上でやりあった時より落ちてるかもな。

 

「んで要件はなんだよ。ランパンに協力して、ジーサードにも協力して、次は俺たちに協力を申し込もうって算段か? 」

 

「いーや? それだと面白くない。あ、協力しないって言ってるわけじゃないんだ。君の頑張り次第かな。私は死人になった君が──これは誤解を生む表現だね。瑠瑠神になった君が、君の仲間にどう対応するのか見たかっただけだよ」

 

「・・・・・それだけか? 」

 

 ばかばかしいほどどうでもいい答えだ。しかし真の目的を探ろうにも、仮面をつけてるから読み取れん。しかも、藍幇からの要請なら俺をこんな場所まで連れてきたりしない。ようは──

 

「私利私欲ってのはマジらしいな。ヒトの体に愛の言葉を彫る瑠瑠神(どっかの誰か)と同じくらい気持ち悪い趣味だ」

 

「褒めないでくれたまえ。私とて照れる」

 

「うるせぇ! やかましいわ! 」

 

 どうしてだか武器商人と言葉を交わしていると、少しずつだが怒りを感じる。いや──その存在を嫌悪している、といった方が正しいか。

 だが警戒心むきだしの俺に構わぬと、武器商人は「特に! 」と声を荒げ、続けた。

 

「理子君に見せる喜怒哀楽の感情が私にとって大好物なんだ。レポートしてるくらいにね。そこで一つ教えてあげよう。彼女は君と他の女が絡んでもあまり嫉妬心を表に出さないタイプだ。残念なことにね。彼女の性格も関係してくるから仕方の無いことだけど、レポートは仕方の無いで済ましちゃいけない。様々な角度から総合的に見なければね。だからちょっと細工をした」

 

「・・・・・理子に? 」

 

「そうとも。嫉妬心を増幅させるよう感情をイジってみた。でももう細工が切れてる頃だし、今ごろ後悔してるんじゃないかな。素っ気ない態度とってしまって」

 

「おい」

 

 仲間を、大切なな人を(けな)し、脅す。小悪党がやるやっすい挑発だ。ムキになって怒ることじゃない。機にした方が負けってわかってる。ただ、今は・・・・・

 

「細工? 細工だって? 」

 

「そうとも。とある方法でね。だからいつもと違う反応をしたと思う。まあ私が手を加えなくとも、今回彼女が抱いた嫉妬心は今までのどんな時よりも大きく、とても少女らしいと思った。それに青春みたいじゃないか! 恋に悩む二人。話しかけたくとも嫉妬を生み出した光景が脳裏をよぎり、ついそっけない態度をとってしまう。その駆け引きはとても興味深い。私としても見守りたいが、いかんせん時間が無くてね」

 

「──邪魔をするな。(おれ)と理子の関係を。私は、あの子を──」

 

 ドス黒い感情が瞬く間に湧き上がり、噛み締めた唇からドロドロとした血が数滴流れる。ほんの一瞬だけだ。ただの一瞬、その時間さえあればと、いつの間にか自分ではない何かが、俺の心を支配せんと牙を向いていた。

 

 ──落ち着け。

 

 深呼吸を繰り返し、湧き上がる感情に蓋をする。

 武器商人はその様子をあごに手を当てただ傍観していた。さっきまでの饒舌さとは打って変わった様子だ。ただ警戒は常に切らさぬよう気をつける。こいつには超能力か知らんが、この先相手におこる未来を体験させることが出来る。修学旅行の帰りの新幹線、ココを捕らえた時にアイツが俺の首を切断する未来を俺は身を(もっ)て体験した。今回も無茶な難題を押しつけて俺に「No」と言わせないつもりかもしれん。

 

「一つ問おう。君にとって、京条朝陽として、瑠瑠色金とはなんだ」

 

 思わず身構えた体が今度は別の意味で固まる。そんなの分かりきった答えで、現状を知っている武器商人からは想像もつかないような問だったからだ。

 

「・・・・・憎たらしくて、今すぐ殺したい相手。俺の人生をメチャクチャにした報いをさせたい、クソッたれ金属だ」

 

「──! 」

 

「そのために教えてくれ。神を封印する方法を教えると、あの新幹線の中で俺に話したよな。どうしてそんなこと知ってるかなんてこの際どうでもいい。嘘なら嘘だと言ってくれ。もう時間がないんだ」

 

「・・・・・あ」

 

 ここ数ヶ月、謎が深まるばかりで何一つ解決できなかった。何もできず、瑠瑠神に成る不安が常に肩にのしかかっていた。()()()()この体には無数の愛の囁きが文字通り体に刻み込まれ、ボロボロになっている。これ以上進行されたらもう戻れない。だからここで瑠瑠神を封印する方法を聞けたとしたら、天の恵みそのものだ。俺を釣るための虚言だとしても、すぐに別へと気持ちを切り替えられる。だから──

 

「あああああああああああぁぁァァァァァァ⁉ 本当に、本当にいいいいいいィィッ!? 進歩していないバカじゃないっかああああああああぁぁぁぁっっっ!! 」

 

「っ⁉」

 

 冷静沈着で絶対的な強さを持つ強者。その雰囲気はどこへ消えたのか、目の前にいる男は発狂し、その黒髪を爪をたて掻きむしり始めた。

 

「私は心を読むことが出来る。だがこの答えだけは君の口から聞きたかった。これまでの十数年間、君の集大成(じんせい)は酷く荒んだものと同時にエメラルドにも似た輝きを放つ綺麗でありながらも儚い宝石のようだったんだ! 宝石は持ち主によって価値が変わる。泥をかければそこらに転がった石と同価値。だが磨きあげれば世界に類を見ない、君にとっても、理子君にとってもかけがえのない宝石となった。なっていたはずだ! 」

 

 空間が揺れる。そんな表現絶対おかしいってのは自分でもよくわかる。ただ、今目の前にいる男の周りがぐにゃりと歪んでいるんだ。幻覚を見ているわけじゃない。武装検事に向けられた時には感じ取れなかった、明確な殺気が四方八方から押し潰さんと迫ってくる。相手は一人、しかも真正面で奇怪な行動をしているだけなのに──!

 

「宝石、宝石なんて意味わかんねえよ! 確かにどちらかと言えば退化してるさ。この体はボロボロ、灯火ほどの命だ。だけど! 俺だって必死になって頑張って──」

 

「何もしてないじゃないか! あろうことか君は泥だらけになったその宝石を! 糞を踏んだ足で踏みにじっている! 」

 

「──っ! 」

 

「神に憑依された者、のちに神に召し上げられた者は数あれど、君のように生きたまま神に変成する者はそうそういない! 私はね、観察したいんだよ。人間が神にどう抗うかを! 神が台頭する時代──この世界で神代と呼ばれる頃には神に匹敵する人間が多くいたさ! 神の血を引く者も多かったからね! だが君はどうだ! そこらの有象無象(うぞうむぞう)と同じだ! 英雄の素質なぞ皆無! それどころか怠惰の擬人化そのものじゃないか! 」

 

 濁流のように次々と出る言葉。深まるばかりの謎の発言。それでも一切横やりを入れられないのは、雰囲気に飲み込まれたからだろうか。・・・・・どうしても口が開かない。

 奇行は止まらず、しゃがんだり立ったりを繰り返し、今度は泣き叫びそうな嗚咽を漏らし始める。

 

「宣言しよう! 君は、君という存在は! ロクな死に方をしない! 自ら怠惰な道を選択し、現実と向き合わない愚か者! 乗り越えるべき試練を他人任せにし、あろうことかクリアしたと思い込んでいる異常者だ! 前々からそんな気はしていたが、まさかこの期に及んでまで考えを改めぬとはさすがの私も驚きだ! 」

 

「・・・・・」

 

「京城朝陽! 君は最高の環境で育ってきたはずだ! 特に高校からは良き友に恵まれた! 君の成長のためと思い私は、ヒルダ、ココ、ジーサードに武器を売った。それを扱える能力も与えた! 成長を邪魔されず直で感じたいから、君のチームメイトが乗っていたバスの乗客が同じ制服の少女たちだけということに違和感を持たせぬよう認識阻害の能力も使った! 檻で一生飼い殺そうとした武装検事・公安にもだ! なのになのになのにいいいぃぃぃぃぃぃィィッッ!────全ては無意味だったようだね」

 

 嵐とも例えるべき狂暴を晒した商人は、まるで人格が入れ替わったようにスッと冷静さを取り戻した。言いたいこと全て出し切りスッキリだと、乱れた燕尾服を整え始めている。

 ・・・・・異常だ。俺が言えることじゃないが、かなり異常だ。ただ怯むわけにはいかない。ここで物怖じすれば、この先これ以上のチャンスはない。

 

「近くに武装検事はいないよな」

 

「いないよ。そんなの、瑠瑠色金の能力でわかるじゃないか。武偵高にいる蘭豹先生を君の部屋から遠視したように」

 

 んな事しねえよ! と悪態をつき、続ける。

 

「俺に自殺願望はないけど、死ぬのならせめて瑠瑠神を倒してから死にたい。俺の最期が悲惨だとしても、絶対に理子だけは助けたい。一番最善なのは、これ以上傷を負わず瑠瑠神を倒すことだけど、今までの自分を省みてそう都合よくなるはずがない」

 

「・・・・・」

 

「だから。結果として四肢を削がれ残った目を潰されて、何も聞こえなくなったとしても、それで理子が助けられるというのなら──」

 

「愚か者ッ! 」

 

 あまりにも単純で、体の芯を捉えるような怒鳴り声。

 

「だから、自分のことも大切にしてという理子君の願いを踏みにじるのか! 君の人生を語るに欠かせぬ想い人を、再び絶望の淵に落とすのか! 」

 

「そこまで言ってないだろ! 俺はただ、瑠瑠神を倒すためなら全てを賭けて守ると言ってるだけだ! そのためにどうしても知りたいんだよ。観察したいならいくらでもしてくれ。代わりに教えてくれよ! 」

 

「それではつまらないと言っているんだ。君自身が切り開く道だからこそ価値がある。幼少期から君の終わりまでがレポートであり、逆転劇のない単調なものを書くほど私は暇ではない」

 

「・・・・・っ! だったらアンタは一体何者なんだ! 最新鋭の技術ですら見たことない武器と能力を与えて、俺の幼少期も知っている! イ・ウーで育ったがそこじゃ1人しか顔を合わせてねえ! 神代とかわけわかんないんだよ! 何を知ってんだよ・・・・・! 」

 

「何を知っているか、という問だけ答えよう。全てだ。君がいかなる行動を選択した、その先の未来すべて」

 

 ありえない──! そう口にしようと開くも、言葉が出てこない。詐欺師だって考えは充分前に捨てた。ココの長女とやり合った時みせた山をも吹き飛ばす小型兵器を実際にこの目で見たからだ。あんなのを小型・兵器化し使用者に一切の怪我を負わせないものを作れる技術は存在しないはずだ。神代を見てきたってのも玉藻や瑠瑠神、緋緋神、璃璃神みたいなのがいる手前、否定はできない。

 ・・・・・目の前にあるもの全てを疑え。それが神を封印する方法とどう関係してくるってんだ。疑って分かんならこんなに苦しむことは無かった。

 

「・・・・・もういい。ひとつだけ。もうひとつだけヒントを出そう」

 

 悲壮感に打ちひしがれる中、全てを察したような哀れみの声が聞こえた。俺にとっては天の恵み、これ以上無い施しだ。

 

「っ、ほんとか!? 」

 

 あまりの嬉しさにうわずり気味に聞き返すと、被せるようにして、武器商人が言葉を続ける。

 

「ただし。底なしの怠惰と欲望には代償が伴う」

 

「──! ああ! 俺の身に起こるだけのものなら何だって払う! こんな傷だらけの体、もうどこに新しい傷が出来たって構わない! それであの子(理子)を助けられるのなら! ()()()()()()()()()()! 」

 

 心の奥底から湧き上がる感情に任せて言い放つ。

 

 ────『自分を大切にして』

 そう脳裏に響くだれかの声。いつの間にか興奮していた哀れな男女(じぶん)の声だけが冷たい暗闇にこだまする。

 

「──汝、隣人を愛せよ。イエス・キリストの言葉だ。これが君への最後のヒントだ」

 

「隣人を、愛せよ? 」

 

「用は済んだ。私は藍幇城に帰らせてもらうよ」

 

 と、武器商人はシルクハットの()()で仮面を隠すよう下に少しだけ傾けた。

 待て、という言葉は指をパチンと鳴らした音にかき消され、

 

「怠惰と驕りの先に何が見えるか、君自身で体感するといい」

 

 そう言い残し、気づけば目の前から忽然と姿を消していた。

 

「瞬間移動、認識阻害、もうどこぞの神だからとチート能力の持ちすぎだろ。くそ」

 

 結局、方法は教えてもらえずヒントを得ただけだ。『目の前にあるもの全てを疑え』、『汝隣人を愛せよ』だけ。こんなんで瑠瑠神を倒せるだと? ふざけるのも大概に──

 

「・・・・・? 」

 

 ツツツー、と生暖かいものが左肩を伝っている。なんだ? と手をやりながら振り向き、

 

「・・・・・!  テメェ! 」

 

 一方的な別れを告げたはずの武器商人が、ピタリと俺の背後に張り付くように立っていた。すぐさま左腕に盾を通し、右手に上下二連散弾銃(ダブルバレル)を。躊躇なくトリガーを引き──

 

「ぐァ! 」

 

 左肩、それもちょうど生暖かいものが伝い始めた箇所に、刃物を突き立てられたような激痛が走る。

 挟撃になるのはマズいが、チラと後ろを見ても誰もいない。かといって背中に刃物が突き刺さってる感覚はなく、縦に裂けた感覚から狙撃ではない。となると、

 

「これのどこが話し合いなんだよ。武器商人! 」

 

 右手に血の付いたナイフを持ち、俺をジッと見つめている武器商人のせいに他ならない。ただ、真正面からナイフを背中に刺したという矛盾に眉をひそめる。

 

「話し合い。古来、神代より、話し合いの次は殺し合いの定め。()()は貴殿を殺す。されど、これ試練にあらず」

 

 そういや、極東戦線で二チームに分かれ終わった際にも戦闘があったって聞いたな。平和に始まって平和に終われねえのかこいつらは!

 てか、また口調が変わってねえか!? 多重人格者か!

 

「月が二度空に昇るまで。すなわち0時から明日の0時まで。丸一日、殺し合い(はなしあい)に付き合ってもらう」

 

「冗談だろおい・・・・・」

 

 ガサッ、と背後から物音。振り向く前に正面の武器商人に向け1発撃ち、牽制しつつ背後をとったであろう何者かにも躊躇なく撃ち込む。

 やはり、と言ったところか、そこに敵はおらず。今度は左の鎖骨辺りに生暖かいものが流れるのを感じる。

 

「っ、このパターンはまさか──! 」

 

 肘をまげ胴体を守るように盾を構える。この刺される前兆の位置的に俺から真正面に来るはずだ。これなら不意打ちもでき──

 

「イッ! て、ェ! 」

 

 ズズッ、と異物が皮膚を裂き肉を搔き分ける。

 その気持ち悪い感覚が、脳を駆け巡る激痛が、寸前までの()()()な思考を吹き飛ばした。目が眩む痛みとドクドクと流れる血が、まさに真正面から俺に気づかれず刺したことへの証左。どんなに優秀な暗殺者でも、真正面から鎖骨を狙うなんてできない。ましてや屋外だ。

 けど、攻撃が見えないくらいで早々にギブアップなんてしてらんねえ!

 

爆氷(バースト)! 」

 

 暴れる激痛と嘔吐感を抑え込むよう声高々に叫ぶ。それに呼応し、瞬時に自分を中心として全方位に氷の波が生成・拡大していく。

 俺が使える氷系超能力(アイス・ステルス)はグレードが高く、その代わり精神力の消耗が激しい。だからこんな広範囲に渡る技は後々辛くなる要因だが、ここでチクチク攻撃されるよりは100倍マシだ。

 それに、成果はあった。

 

「捕らえたぞ、武器商人・・・・・! 」

 

 血のついたナイフを片手に、直立の状態で全身を青みがかった氷に覆われた武器商人を見据える。氷の中では意識は保てても呼吸すら出来ず、徐々に体温を奪われていく閉鎖空間だ。武器商人がいくら超人であろうと──神と呼ばれる存在であろうと、少しは時間を稼げるはず。稼げなきゃ困るんだ。俺は武器商人に構えていた銃を()()()()()()()()()、焦る気持ちを足にのせ武器商人とは反対方向に駆けていく。

 

 爆氷(バースト)で広範囲に広がった氷の波は武器商人を凍らせた後、すぐに解除して溶かしてあるから自分で滑るマヌケはしない。心配事はこのあと、ココ達からどう逃げおうせるかだ・・・・・! ここじゃ妨害電波でも出されてんのか圏外だ。通信手段も他になければ土地勘もない。おまけに負傷状態だから全力疾走は無理だ──

 

『朝──に──きこ──』

 

 ・・・・・っ! 脳内に直接話しかけてる!?

 いや落ち着け。断片的だが、かすかに聞こえたこの声はゼウス(ロリ神)だ。さっき連絡手段は皆無と思ったが、前言撤回だ。ゼウスなら周辺のナビゲートくらい造作もない!

 

「ゼウス! ここから最短ルートで安全にやり過ごせる場所はないか!? 」

 

『聞こ───朝──なに──』

 

「どうした! 何言ってるかさっぱりわからない! 」

 

 ザザッ、ザザッとノイズが混じりほとんど聞き取れない。携帯に飽き足らず頼みの綱であるゼウスとの通信まで遮断させるとは、ホントに真正面でやりあって勝てる道筋がさらに見当たらなくなった。

 幸いなことにまだ武器商人は氷の中だ。そこまでおとなしいと逆に不安で堪らないが、より逃げるスピードをあげ、吹き出す痛みで不安を押し殺す。再び狭い路地裏へ入り、暗闇の中に射し込む僅かな月光を頼りに走り抜け──

 

「対話を放棄すること許さず」

 

 凍らせたはずの武器商人が、氷に覆われた状態で目の前に現れた。

 

「・・・・・っ!? 」

 

 即刻能力を解除し、動く隙を与えぬよう同時にショットガンを頭めがけて発砲する。人形を放ったみたいに軽々と後ろへ吹き飛び、地面に大の字に、空を見上げてピタリと動かない。

 どうせ死んでないんだ、期待するだけ無駄。これでも死なないってんだからつくづく神はズルい生物だな。ここは逃げに徹するしか──

 

「なっ!? なんっ、で!? 」

 

 ありえない、と声を大にして言いたい。かくれんぼでスタート地点にいる鬼のとこに戻るやつはいないように、俺は武器商人からなるべく離れるような逃走経路をとっていた。

 

 それを否定するかのように、周りに広がる光景は俺に現実を突きつけていた。潰れた家屋、かろうじて点いている電灯、そして深い木々。大通りから走ってこれる距離に広がる、違和感を覚えるほど貧富の差が激しい場所。何より、俺がじいさんに変装してた武器商人をおんぶして辿り着いた場所だ。つまり、俺の目の前に武器商人が瞬間移動してきたのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()・・・・・!

 

「我通達済み。ここは話し合いの場。故に逃げること許さず」

 

 っ、後ろ──!

 

「がッ!? 」

 

 ハンマーで思い切り叩かれたような鈍痛が後頭部に生まれ、痛みは痺れとなって手足を麻痺させる。それでもと、常時持ち歩いている雪月花()を抜こうとした途端、遅れて視界が激しく揺れ、膝から汚い地面に崩れ落ちる。

 

「汝に問う。なぜ学ばぬ。なぜ聞かぬ」

 

「ぐっ!? 」

 

 凄まじい質量をもった何かに腹を蹴られ、背に風を感じ、気づいた時には建物と思わしき残骸の下敷きになっていた。直後、

 

(息がっ・・・・・! )

 

 口を大きく開けても肺が空気を受け付けない。そうか、腹を蹴り上げられ激突した際に壁に背中から叩きつけられたんだ・・・・・! 胃は反射で中身を吐き出そうと、肺は空っぽになった中身を取り戻そうと、そのちぐはぐさで呼吸ができないんだ!

 

「何度過ちを繰り返す」

 

 酸素が足りない手で瓦礫をどかし、立ちたくないと震える足を無理やり動かす。身体中痛すぎて意識が散漫になってきたな。特に蹴り上げられた腹は死ぬほど痛いし、なんなら胃は多分どっか破れた。それでも立てるのは、思考できるのは、痛みが多少和らいでるからだ。体は全て瑠瑠神だからな。神経は惰性に生きていた名残を残しているだけだ。

 皮肉に感謝する自分を情けなく思いつつ、再び雪月花()の柄を握り──再び目眩で膝をつきそうになる。

 

「っ、立てよ足! 」

 

 この刀は対瑠瑠色金用刀。転生させてくれたゼウスから貰ったものだ。今の俺が瑠瑠神に近い存在だから拒絶反応を起こしているのかもしれない。

 その目眩も少しずつ耐えられないくらい酷くなり、うつむいてしまった、その時。股の間から影のようなものがチラリと見えた。木の影ではない。もっと別の、何か──!

 

 考えるより先に体が動いた。今までで1番速く、それも何かが迫ってくると断定し、それを避けるように地面へと倒れ込むような体勢で。剣先は背後にいるであろう何者かの左肩から右脇腹へ袈裟斬りにするように。とても武偵として褒められた動きじゃないが、

 

「ほう」

 

 確かに『切断した』感触が伝わり、同時に感心の声が切断した何かから聞こえた。すぐさま、武器商人とソレを同時に警戒できる三角形の位置取りになるよう引く。

 

「「絶望の中で意地汚く生きる・・・・・いや、生き残ってしまうのが汝の運命か」」

 

 ──なんだ、これは。こんなことあってたまるか!

 

「「それが汝に降りかかる呪い。直に見るのはこれが初である」」

 

 同じ服装で、同じ直立の姿勢で、鏡合わせに立っている。まったくと言っていいほど同じ。切断したはずの肉体は斬れてないどころか、燕尾服すら無傷に見える。

 

「武器商人は双子だなんて聞いてねえぞ」

 

 2人から視線をそらさず、超能力を発動させる。俺を中心として半径15mの地面全体に薄い氷の膜を貼ると共に、大気中に氷の結晶──雪に近いものを生成する。接近すれば地面の氷が割れる音で把握できるし、空中から来ようとも結晶の動きですぐわかる。ここから出る手段はなく、通信は断絶されたこの危機的状況の打開策を導き出せなきゃ俺は死亡確定だ。

 なんとかバスカービルかゼウス──ココでもいい、知らせる方法はないのか・・・・・!

 

「「我ら双子にあらず」」

 

 ズズズッ、と背に凍るように冷たい異物がめり込んでいく感覚が不意に訪れる。

 

「っ、なんっ、またかよッ! 」

 

 パキパキと氷が割れる音はしなかった。大気中の結晶の動きもない! なのに、今胸を刺されている! これは──

 

「3人以上の群体か・・・・・! 」

 

 雪月花()で周囲を薙ぎ払うように斬るが空振り。遅れて、

 

「うっ、ぐぅッ! 」

 

 傷口に炎を押し込まれたような熱さに身を悶えさせた。痛みのレベル、というか種類が全く違う。これまで俺を刺してきたナイフはただ痛いだけ。だが今回は、刺された箇所から原因不明の熱さが広がってきている。それに、

 

「ガァ、ァァッ!? 」

 

 頭の中に違和感があると思うのも束の間、頭蓋骨を砕き額を貫かんとする痛みに支配される。雪月花()を握る力はとうに抜け、再びうずくまる状態に戻される。凍える程の寒気が背中から全身へ、ドロドロ溶かされる程の熱気が額から首へとかけてめちゃくちゃに犯していく。吐き気を催すのも一瞬で、ヤバいと思った時には既に口から何かを吐き出していた。それは小さくウニのように無数の棘を纏い、僅かに鮮緑に輝いている。

 

「純度の高い瑠瑠神色金。汝が直接見るのは初であろう」

 

「それが怠惰に生きた汝の末路」

 

「自ら堕落に進む汝の罰と受け取られよ」

 

「元より()()の指示など聞いた我らが間違い。人格が違えば思想も変わるというもの。手元が狂い、使い物にならなくなったとしても我らは困らぬ」

 

 ──武器商人が4人に増えていることよりも。自分が瑠瑠神であるという確固たる証拠を吐き出し、今一度現実を突きつけられたことよりも。今、この時、手も足も出ず無様に転がっている事実が心に重くのしかかる。

 これが強襲科Sランクか。()()()()()とは思えない体たらくだよ。こんなんで(りこ)を守れるなんて笑っちまう。キンジなら俺よりよっぽど上手く切り抜けられるってのに・・・・・。

 

 

貴女(あなた)はそれでいいの? 』

 

 

 ・・・・・それでもだ。弱気になるな。まだ終わってない。目眩(めまい)は治らねえし、今にも頭から何かが()えてきそうな痛みが続いてるが、体が壊れたわけじゃない。・・・・・まだ、動かせられる。こんなとこで犬死になんてごめんだ!

 

「では、さら──」

 

 さらばと言わせる前に、口の中に溜まった血を振り向きざまに武器商人の1人に吹っかける。ここまで意地汚いのは予想外だったのか、狙い通り仮面の目にあたる部分に直撃。他3人の武器商人も一瞬だけ行動が止まった。

 

「不細工な面には派手な赤色で目立たせてあげないとなぁ、そんな喋り方されても格好つかねえだろ」

 

 レベルの低い煽り文句を言ってやる。時間、そして距離が必要なんだ。だから──

 

「ぐふっ──!」

 

 視界を潰してやった武器商人から黒光が放たれる。避ける判断どころか何をされたかさえ知覚できず、打ち上げられたゴミのように体が飛んでいく。平衡感覚は消え、硬く冷たい地面にバウンドしながら転がっていくのが辛うじて痛みで判断できた。

 

(──これでいい)

 

 超能力(ステルス)であの場から逃れる方法はあったが、精神力の消耗は避けたかった。ただ煽って吹き飛ばされて、余計にダメージを貰ったのは俺でも馬鹿だと思う。けれど、一番これが手っ取り早い。

 そして、この距離をどう活用しどれだけ時間をロスさせるか、それが問題だが、

 

「っく、グブッ・・・・・! 」

 

 もはや血にまみれ判別不明な固形を吐き出し、片膝をつきながらもなんとか立とうとするが、想定以上にダメージが入っているらしく、その度に全身に痙攣が起きる。気持ちを奮い立たせても、()()()()の肉体が立ち上がることを頑なに拒んでいる。ここまで来て動けませんじゃ目も当てられねえが、

 

「弱き者ほど威勢が良いな」

 

「もういい。汝をここで()()()にする」

 

 だるま──それはつまり、四肢を根本から削ぎ落とし、立つことも転がることも出来ない体ということ。どんな恥辱を受け続けようとも、指をくわえて見てるしかない、最悪の終わり方。

 

「散るがよい。ああ、心配無用。汝にはショック死などというつまらぬ死に方はさせぬ」

 

 霞む視界の中で、光すら飲み込まれるような底知れない黒光が、武器商人のかざした右手に収束するのが見える。闇夜に隠れそうな程小さかったそれは、1秒と刻む事に肥大化し、あっという間にバランスボール大に膨れ上がる。俺を吹き飛ばしたものよりも数段上のレベルであり──頭で考えるよりも、体がアレを受けるのを頑なに拒んでいた。到底立ち上がれぬ体を酷使せんと、棒きれ寸前の足に懸命に力を込める。

 

「ごげ・・・・・うごげっ・・・・・! 」

 

 息を整えようとも絶えず吐き出される血が肺に入り、体の反射で吐き出してしまう。地上で窒息死なんて鼻で笑えねえ。瑠瑠色金となった体といえど、元は脆いヒトの体。死に体を無理やり動かしてきたツケがまわってきたか・・・・・!

 

『わた・・・・・か・・・・・預け・・・・・お・・・・・』

 

「では」

 

 ためらいの欠片もない冷徹な言葉に呼応し、黒光は下された命令を執行せんと放たれ──

 

 

「本当にどうしようもないわよね。ずぅっーーと見てたけど、こんなヤツに私がやられたなんて腹立つわ」

 

 

 光すら飲み込まんとする黒光に──いや、正確にはその僅か手前。それを作り出している武器商人の腕を、天上から降り注いだ一筋の光が貫き。ほぼ同時に大砲のような雷鳴音が縦横無尽に鳴り響いた。さしもの武器商人たちもすぐには対応出来ず、続く第二射が黒光を作り出していた武器商人を覆い尽くし、勝鬨(かちどき)が如き 雷鳴が地上へと唸りを上げた。

 

(1人──やった、のか? )

 

 黒光を生み出した武器商人がいたところには既に地面が焦げた匂いしか残っておらず。その他の武器商人は俺に向かって・・・・・ちがう、俺の後ろに向かって不気味な仮面の瞳を向けている。

 

 俺も後ろを振り返ると、ソイツは音もなく忽然と姿を現していた。病的なまでに白い肌。その中で妖しく輝く、切れ長の赤瞳。紅のルージュに彩られた唇。先端に縦ロールを掛けた金髪のツインテール。極めつけは、見た事のある夜に溶け込む漆黒を基調としたゴスロリ服を着こなしている。

 

「でも、理子のためならというなら話は別。今はクソ神の支配も受けないしね。特別に、本当にほんっっっとに嫌なのだけど。今回は仕方なしね」

 

 闇夜を背景に、魔的な魅力と気高き誇り、高潔さを身にまとい俺を小汚いものでも見るような目で見下ろしていて。

 

「戦うわよ。あの子を守るために」

 

 朱色の三又槍(トライデント)を俺に向け、()()()()()──ヒルダはそう宣言した。

 





(レポート、テスト、etc で忙しかったんです・・・・・投稿遅れすみません・・・・・)


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第72話 腐りかけの友情

前回 武器商人に話を持ちかけられるも、戦闘に。瀕死状態になったが朝陽だが・・・・・


「戦うわよ。あの子を守るために」

 

 朱色の三又槍トライデントを俺に向け、かつての敵──ヒルダはそう宣言した。

 

「なんで──こふっ!? 」

 

 視界が既に暗転し始めている。このままじゃまた同じ惨劇を繰り返すだけだ。それだけは嫌なのに──!

 

「その怪我じゃどのみちオワリよ。ほら」

 

 スっと、ヒルダは静かに新雪のように白い手を差し出した。それと対比するように人差し指の先からぷっくりと鮮血が一滴、顔をのぞかせている。瀕死の重症を負い、意識がトびかけても、それが俺を立たせるために差し出した手ではないということくらいはわかる。

 

「──にを、する、つもりだ」

 

「単刀直入に済ませるわよ。私の眷属(ドレイ)になりなさい」

 

 ・・・・・一瞬、何を言われたのかわからなかった。いや、正確には、言葉の意味は理解すれど意図を感じ取れなかった。──けれど、今は恩恵がどうだのリスクがどうだのと考えてる猶予はない。理子をさらい、苦しませ、トラウマにさせた過去よりも、今大切なのはヒルダを信じることだ。

 ・・・・・人生で二度も『私のドレイになりなさい』なんて言われるとはな。

 

「どうすれば、いい・・・・・?」

 

「私の血を舐めるだけよ。さぁ、はやくなさい」

 

 バチッ、バチッッ! っとヒルダは徐々に三又槍(トライデント)に電気を宿し、武器商人に鋭い眼光を送る。ひしひしと伝わる鬼気迫る殺気に背中を押され、指先から今にもたれそうな鮮血に口づけをする。

 すると──

 

「っ、あづっ・・・・・ッ! 」

 

 自分の吐血で濡れた道に、ひときわ()()()()を感じる。熱湯というより、熱した鉄棒を押しつけられる形ある熱さだ。たかだか一滴の血が、風船のように何倍も内側で膨れ上がったような、コップ一杯に満たされたソレを無理やり飲まされるような、抵抗し難い感覚を俺に押し付けてくる。この程度で力尽きるのか? と。

 

「我慢なさい。人と吸血鬼は格が違う。私との魔力経路(パス)が繋がるまで、私を褒め讃えながら体が破裂しないことを祈ることね」

 

 ──そんなわけない。武器商人との猛攻で負った傷に比べればまだ耐えられる。体内が得体の知れない何かで貪られる辛さも、既に瑠瑠神ので経験済みだ。抵抗しようがないのは確かだが、()()()()でくたばるほどなまっちゃねえよ。

 

「褒め讃える? (けな)し尽くすの間違いじゃねえのか? 」

 

「ふん、血反吐を吐きながらまだそんな()()()()が叩けるのね」

 

 コツン、と三又槍(トライデント)を鳴らすと、胸のあたりからヒルダへピンと不可視の糸で引っ張られた。といっても鎖のような頑丈さは無く、むしろ1本の細く弱々しい糸。俺から引っ張れば簡単にちぎれてしまいそうだ。(わら)にもすがる思いとはこのことかと思っていると、胸のあたりに少しずつ心地よい温かさが広がっていく。

 

(これが・・・・・魔力経路(パス)ってやつか)

 

 見えなくともヒルダとの繋がりをしっかり認知できる。そして同時に、全身に広がる倦怠感と激痛が嘘のようにひいていく。といっても完全に消え去った訳ではなく、半減した程度だが、地面に這いつくばる無様な醜態だけは晒さなくてすむ。

 

「ッ! グブッ──! 」

 

「・・・・・! 」

 

 ビチャビチャビチャ──と一瞬にして血溜まりができるほどの大量の血がヒルダの口から吐き出された。その美貌は苦痛に歪み、病的なまでに白い肌は次々と抉られ、刻まれ、パッと鮮血が吹き出した。

 

「・・・・・くっ! 」

 

「ヒルダ! 」

 

 武器商人の強襲かと警戒したが、ヒルダは自らの死角に動こうとする俺を制し、俺を対面する位置に移動させた。この位置取りでは振り向かなきゃ武器商人が見えない。それは俺より断然背が低いヒルダにも言えること。だが、

 

「生命力だけはゴキブリ以上ね・・・・・。死んでくれてたらこの服を汚すこともなかったのに。弁償代はお前に請求しとくわ。覚悟しておく事ね」

 

 血に濡れた口もとを俺の防弾制服の袖で拭い、また涼しげな顔で俺を見上げた。この態度をするからには襲ってこないとは思うが、

 

「ヒルダッ、大丈夫・・・・・なのか? 」

 

「はぁ? あの時奪っておくべきだったのは理子ではなくお前の両目だったようね。淑女(レディ)が血を吐いてそのセリフは世界のどこ探したってお前くらいよ」

 

 と、寸前まで吐血していた様子を微塵も感じさせない振る舞いで、俺の(ひたい)を人差し指でグリグリと押し始めた。吸血鬼は爪も強靭なのか、そこらの刃物よりも鋭く、しかもグリグリ押しつけるもんだから徐々にめり込んでる。地味に痛い。

 

淑女(レディ)たるもの、いかなる時も優雅であれ。たとえ内臓を吐き出しても涼しい顔をするものよ」

 

「さっき思いっきり苦しそうな顔だったぞ? お前と殺し合った時なんて人外レベルで──」

 

 ()っっっっ!? めり込んでる頭蓋骨刺さってるって! マジモンの凶器じゃねえかお前の爪っ!

 急いで跳ね除け、思わず指を抉れた部分にあてがうと・・・・・うわ、ちょっとヘコんでるよ。

 

従属宣言(ジェモー)。私やお父様のような格が高い吸血鬼が使える能力よ。お前と私はこれから()()()()になるの。ホント最悪だけど、せめて感涙にむせび泣きながら闘いなさい。失敗は許さないから」

 

「ど、どういうことだよ」

 

「お前と私の全ての感覚を共有して分割するの。全て、ね。お前がヘマをしてダメージを受ければ、私はその半分ダメージをもらうし、私が第3形態(テルツア)になれば、耐性のないお前は私が纏った雷で感電し続ける。普通なら感電死レベルだけど、お前は既に死んでいるから関係ないわね」

 

 全然可愛くない小悪魔的表情を浮かべるヒルダを後目(しりめ)に、武器商人達を警戒する。ヒルダに先手をとられ1人失ったからか、隙だらけのこの状況を見ても一糸乱れぬ不動の姿勢を貫いている。一応の警戒をしつつ、

 

「ちょ、ちょっと待て。まだ混乱してんだ・・・・・。──えと、そしたらどうして俺の傷が癒えたんだよ。その従属宣言(ジェモー)とやらを発動する前に俺は瀕死になったんだぞ」

 

「むしろお前の傷を半分引き受けた方がこの能力の本来の力。感覚共有はその副産物よ」

 

「そうか。──副産物の感覚共有だけまとめると、負った傷も痛みも分け合う。発動した超能力(ステルス)に耐性がない場合、それ相応のダメージを受ける、か。これじゃまるで──長年付き添った戦友(なかま)が成す技みたいだ」

 

「そうだけど──ところで、お前は人をゾッとさせる天才ね。呆れを通り越して感心するわ。次言ったら従属宣言(ジェモー)解除ね。私が引き受けてる苦痛をそっくりそのまま返してあげる・・・・・っ、来る」

 

 ヒルダは俺の向こう側──元々武器商人がいた位置を、俺は真正面を──ヒルダの背後を睨み、理子とすらやったことない背中合わせの位置取りをとり、武器商人を警戒する。いつの間に・・・・・と思うのも、もう飽きた。認識阻害されている以上防ぎようがない。いかにそこでダメージを負わないかが重要だ。

 

 その重要な場面で、俺よりも小さい背中に命を預けているわけだが、不安感はなかった。全ての感覚を共有する能力に間違いはなく、見えるはずのない俺の背後をヒルダを通して俺は見えている。・・・・・総勢12人。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なぁ。互いの超能力(ステルス)は使えるのか? 」

 

「使い方が分かればね。代償は伴うけど」

 

「そうか・・・・・。ヒルダ、お前第3形態(テルツア)で雷を纏うと言ったな。雷だから体の()()で発生したものを纏うんだよな? それとも体の()()から発生したものを体外に纏うのか? 」

 

「外側から纏うものよ。私の話ちゃんと聞いてたの? そもそも主人に対する言葉づかいがなってないのだけど」

 

「その辺よく似るんじゃないか? ()()()()

 

 ビギッッ! と何かがひび割れる音と共に、俺も自分自身に対して底知れぬ怒りが沸いてきた。怒りすら共有されるのかと呆れつつ、盾をもう片方の腕に装着させ、戦闘態勢──ボクシングの基本姿勢をとる。雪月花も手元にない今、身を守れるのはこいつだけだ。

 

「っ、2時方向! 」

 

 ヒルダの怒声に合わせ体の軸をズラす。2時方向、俺から見れば右前の何も無い空間に向かい、姿勢そのままに巨大な氷槍を生成・射出する。

 何も無い空間になぜ──と考えるよりも早く、

 

「っ!? 」

 

 突如として砂が空中にまき散らされる。空間から砂なんてまた奇妙な光景ではあるが・・・・・いや、そうじゃない。()()()()()。武器商人の胸に開いた大きな穴から血液の代わりに砂が流れているんだ。そいつが俺に認識阻害をおこさせ撹乱したが、それをヒルダが見破った。だが、

 

「アイツの体はまた新しい能力で守られてんのか・・・・・? 」

 

 砂が体液・筋組織の生物は知ってる限りじゃあいない。いるんだとしたらファンタジーな世界の住人だ。目の前の人外がファンタジーか否かはともかくだが、

 

「ただの砂で作られたゴーレムよ。能力も見た目もかなり精巧に作られた悪趣味のやつのね。それすら見抜けないなんてやっぱり本物のバカなの? 哀れだわ。ちなみにアレ、元に戻るから」

 

 憎たらしい笑みでこれまた新情報が入ってくる。確かにゴーレムと言われたら納得がいきそうなものだが・・・・・本来ゴーレムは、ボス戦の前座、壁役など知性が無く命令は単純なものでしか動けないというのが通説だ。超能力捜査研究科(SSR)として任務を果たしてる時も、ゴーレムは大体雑な使われ方をしていた。こんな厄介なゴーレムなんて初めてだよ。それよりも、

 

「ありえねえ能力ポンポンと出されれば嫌でも疑いたくなるだろうがっ! 教えてくれてありがとよ! 」

 

 ヒルダは発生させた電撃を三又槍(トライデント)の先端に集めながら、片手間に次々と襲いかかる武器商人を爪で引き裂いていく。

 っと、俺もよそ見してる場合じゃない。何人かは致命傷(?)を負わされ砂に戻っているが、ある程度砂が地面にたまると、ヒルダの言う通りまた復元し始めやがる。

 

「そう簡単にはやらせねえよ! 」

 

 氷を張り巡らせ出来上がっていく体を地面に縫い付ける。遠距離からの攻撃は充分驚異的だが、人数差によるゴリ押しで潰されるのが1番危険だ。それにいくらかは時間稼ぎにもなるしな。

 一息つくのもつかの間、今度は2体同時に正面から。そのうちの1体は若干距離を置き両手に黒球を生成し、1体は左右に不規則な動きで正面から迫ってくる。引けば背後から別の武器商人(ゴーレム)の餌食だ。なら──

 

「もってくれよ、俺の足! 」

 

 地面を蹴り全速力で走り出す。最初にぶつかるのは真正面のやつだ。後ろで留まってんのはカバーする役割か。常に俺と前衛の敵を後衛から見て一直線にすれば射線が遮られ安全ではあるが、今回に限っては話は別だ。相手は認識阻害の能力を多用してくる。俺の視界から消えるわけだ。そんな相手が何の小細工もせず向かってくるわけが無い。

 

「ヒルダァ! 」

 

 跳躍した武器商人の真下を通る、その瞬間。はちきれんばかりにヒルダの名を叫ぶ。従属宣言(ジェモー)によってヒルダの視界を共有すれば──

 

「っ!? 見えな──」

 

「1秒後に伏せ! 3秒後に正面12時方向! 」

 

 ヒルダの怒声に背中を押され、水泳選手もかくやという飛び込みで地面に顔を擦り付けた。直後頭の上を何かが通過し、トリッキーな動きで翻弄してくる武器商人(ゴーレム)は隙を見せた俺に対し一直線に突っ込んでくる。

 急いで立ち上がり防御態勢をとるが──コイツじゃねえ。今突っ込んでくる武器商人(ゴーレム)はヒルダの指示よりも若干はやい。ヒルダを信じるとすれば、

 

「ここだ! 」

 

 右腕に氷を纏わせ、一本の槍となるよう延長し、初めに突っ込んでくる武器商人(ゴーレム)の僅か後ろ。胸が来るであろう位置めがけ全身全霊の力を込めて突き刺す──!

 

「──!」

 

 ドッ! と目の前に大量の砂が舞い、本物の武器商人(ゴーレム)が姿を見せた。胸に大穴が開いて能力を維持できなかったんだだろう。

 ためらうことなく俺はソレを氷漬けに。援護に回っていた武器商人(ゴーレム)に今度は俺が一直線に駆け抜けていく。

 

「伏せ! 2秒後真横に飛べ! 」

 

 と、ヒルダの指示がより簡潔になっていき、大雑把なものに変わっていく。雑にならざるを得ないくらいの弾幕だってことだ。そしてヒルダの指示通り着実に距離を詰めていき、

 

「そこよ! 」

 

「りょうーかいッ! 」

 

 距離にして1メートル。ギリギリだが腕に纏った氷槍の射程範囲内だ。このまま脳天にぶち込めば──

 

『朝陽。頭下げて』

 

「!? 」

 

 その瞬間、脳内に響いたヒルダでは無い声を頼りに俺は全力で頭を下げると、一拍遅れて首筋をなぞるかのように不可視の刃が通り抜けた。

 名も知らぬ誰かに礼を言いつつ、今度こそ顔面めがけて氷槍をぶち込む。ズブブ、と先端が沈んでいく手応え。武器商人(ゴーレム)の腕はだらんと垂れ下がり、仮面から崩れていくように砂へ戻っていった。

 

 今更ながら死が目前に迫っていたことに冷や汗ダラダラだが、他人の心に語りかけられる人が──というか、認識阻害を受けない人が周囲にいるのか? 女性の声だったが聞いたことあるような・・・・・ないような・・・・・微妙な声音だった。あとでお礼をしとかな──

 

「がっ!? 」

 

 ──っ。

 

 バチッ! と青白い光が腕に現れると同時に、頭ん中が真っ白になり意識が飛びかける。いや、実際飛んでたんだろう。それほどの激痛であり、その激痛がまた飛びかけた意識を掴んで現実に引き戻した。

 武偵高で感電訓練と称しスタンガンを押しつけられることは度々あったが、今のは比べものにならないほどだ。

 

「餌よ。よくあそこで首を持ってかれず敵を倒したわね。感謝して受け取っておきなさい」

 

「はぁ!? ・・・・・っ、餌がどうかはともかく、威力を考えろ威力を! 」

 

 ふつふつと湧く怒りを拳に、俺へと向かってくる武器商人(ゴーレム)に叩きつける。単調な動き故に拳を包む形で止められるが、インパクトの瞬間に手首のスナップを効かせ武器商人(ゴーレム)の手から逃れる。そのまま手首を逆に掴み、

 

氷喰(バースト)ッ」

 

 植物が地に根を張るように、手首から武器商人(ゴーレム)の体内へ氷の根を伸ばしていく。ただ植物よりも残虐に──肉を断ち骨を砕き、内側で無数の棘を弾けさせる。武器商人(ゴーレム)は俺の首へと手を伸ばし絞め殺す──というより首をへし折るに十分な力を加えてきたが、氷の根が武器商人(ゴーレム)の脳を貫く頃にはその抵抗も無意味に砂へと成り代わった。

 

「バカも極めれば才能ね。ちゃんと使い物にならないよう体に流れる量は調整したわ。静電気くらいだったでしょ? 」

 

 クルっとこちらに振り向くと、無邪気に──撤回、意地悪そうにニタニタ笑いを浮かべてくる。

 

「静電気っ!? スタンガンより強いのを静電気って言うんか!? えぇ!? 」

 

「ゴタゴタ言わないで」

 

 トン、と地を蹴り真横を駆け抜けたヒルダは今にも飛びかかんとする武器商人(ゴーレム)を、そしてその背後で新たに生まれようと骨格が形成されていく武器商人(ゴーレム)もろとも突き刺すと、夜空めがけて二体を槍ごと放り投げた。

 

「朝陽! 」

 

 地面から二体まるごと飲み込む氷の柱を生成。同時に夜空から特大の雷が柱に向かって伸び、爆音とともに氷柱ごと2体を消し炭になるのは一瞬のことであった。

 

「綺麗ね。お前も私の眷属(ドレイ)なら常に美しさを意識しなさい」

 

 氷の結晶がパラパラと舞い落ちる中、優雅と残忍さが折り重なる笑顔をこちらに向けた。褒めろ、と頭の中で主張が強くなっていくが、無視だ無視。

 それより周囲の警戒をだな──

 

「いっ!? 」

 

 バチッ──と()()()()()青白い光が弾けた。先程の威力とは劣ってはいるものの、スタンガンよりは遥かに強い。

 

「やめろって言ってるだろ」

 

「私が褒めろという前には褒めなさい。お前に褒められても虫唾がわくだけだけど」

 

「理不尽てレベルじゃねえぞ。この隙に襲われたらどうするんだ」

 

「たかだか()()()()()にやられるわけないじゃない。ま、食らったら私に土下座しなさい。不意打ちにやられちゃいました、ってね」

 

 戻ってきたヒルダはパタパタと背中の羽──ハロウィンで見かけるような悪魔の可愛い羽根で飛び、俺を見下してくる。・・・・・ちょっとしか飛んでないが。

 まあいい。ちょうどヒルダと共有したいことが出来た。近づいてくれたのは好都合だ。

 

「決まりだな」

 

「なに? ・・・・・ああ、そういうことね。気づくの遅すぎ」

 

 そう。周りにいる武器商人(ゴーレム)たちが弱いのだ。しかも思考も単純化してる。これは決してヒルダが助けに来てくれたからとか、そういう次元じゃない。弱くなった──つまり俺たちの攻撃が効くようになったのは分身し始めてからだ。武器商人が1人の時は言うまでもなく。3人になった時にヒルダの奇襲が初めて武器商人を傷つけた最初の攻撃だ。それから数を増やすにつれて俺1人でも対処できるようになった。

 

 おそらくアイツら武器商人(ゴーレム)は、分裂するほど力を弱めていく。元がいくら強かろうが分裂時の強さは個体数に反比例するってことか。ならやることは1つしかない。

 

「一気に片付ける」

「一気に片付けるわよ」

 

 手がつけられるうちに一気に殺す。本物の武器商人(アイツ)がますます何考えてっか分かんねえ仕様だが、あとでまた会った時に問い詰めればいい。ついでに刑務所送りだ。

 

「タイミングは任せる」

 

「そうね。ヘマして大怪我したら反動が返って来るもの。誰かさんが3つも破壊してくれたおかげで治癒効率が悪いし」

 

「残り1つで治せないのか? 」

 

「無理に決まってるでしょ。眷属側だった私を完全治癒させて師団のそばにおくバカがいると思う? とっくに封印されてるのだけど。残り1つだって本来の治癒性能の半分以下よ」

 

「お互い痛手は負えないな。・・・・・ほんとに頼むよ? 」

 

「ハッ! やっと眷属(ドレイ)としての他の見方がなってきたものね! 」

 

 そう言い残すや否や大きく跳躍し、俺と武器商人を一様に見下ろせる高さで滞空した。そして三又槍(トライデント)の穂先を天空に向け、詠唱を始める。カッコつけたい気持ちは従属宣言(ジェモー)で伝わってきたが、以前は詠唱みたいなめんどくさいことしてなかったはずだし、なんなら滞空する必要も無い。一種のパフォーマンスのようだがとにかく、ヒルダは成るつもりだ。第3形態(テルツア)へと。

 

「我が五体を此処(ここ)に。()は空を裂き地を震わす大地の怒り」

 

 ジ、ジジッ、と青白い光が穂先へ集まり、徐々にその光度を増していく。

 

「我が魂を此処(ここ)に。()彼方(かなた)より()り立つ天の矛」

 

 雷での感電を少しでも防ぐため全身に氷を纏う。純水の氷は絶縁性──つまり電気を通さない性質がある。俺が超能力(ステルス)で作った氷は純水か否かは正直分からない。従属宣言(ジェモー)で半減、氷で軽減したとしても大自然の力はそんなもので和らげるほど弱くないんだ。けど、やらないことには助からない。

 まあ雷ほどの電力ともなれば熱エネルギーも相当なものだが、ヒルダが灼けなかったあたり対策はするはず。……俺、もっかい死ぬかもな。

 

「来たれ! 我が栄光を示すために! 第3形態・雷電纏い(トロワ・ドラキュリア)!」

 

 高電圧による稲妻に照らされ恍惚とした顔が見え隠れする中、ヒルダは三又槍(トライデント)を大きく掲げ、声高らかに叫ぶ。目前の敵を一掃せんとするために──!

 

「…………?」

 

 ……。

 

 …………。

 

「──ん? 」

 

 え、何も起きないぞ。

 紅鳴館で見せた、万物を消し炭にしそうな雷はどこへやら。高らかに叫んだ声と辺りを照らす稲妻は行き場を失い、とうのヒルダはその場で表情ひとつ動かさず固まっている。姿かたちも勿論変わりない。

 

「トッ、第3形態・雷電纏い(トロワ・ドラキュリア)!」

 

 今一度三又槍(トライデント)を掲げるが……何も起きない。それどころか穂先に集まる稲妻は急速にその光度をひそめ、ついには一筋の光すら見せなくなり──

 

「・・・・・ヒルダ? 」

 

 豪華絢爛(けんらん)な見た目に派手かつ高出力技を繰り出すヒルダが、わざわざ詠唱をしてまで成ろうとした第3形態だ。以前見たから断言できるが、明らかに雷というか電気を纏っている様子はない。第3形態になってないってことだ。いつもの、黒のゴスロリ服のままだ。

 そして、ボーッと空中で立ち止まったままのヒルダにひとつの影が──

 

「避けろヒルダ! 」

 

「ぁ、えッ? 」

 

 自身へとまっすぐ向かってくる武器商人(ゴーレム)に俺が怒鳴るまで気づかず、細身の脇腹へ超高速の蹴りが繰り出される。さしものヒルダも丸太のような質量を持ったそれに耐えきれず、体をくの字に曲げながら廃墟へと飛んでいき、

 

「がッ!? 」

 

 一拍遅れて俺もヒルダと同様に吹き飛ばされる。脇腹にも巨大な釘が刺さったような激痛が駆け巡り、グチャグチャにかき乱されたまま受け身すらままならず背中から壁らしきものに激突する。さらに追い打ちをかけるように倒壊してきた木材の柱や屋根、コンクリなどに潰され、身動き出来なくなる。

 

(これ、これ、は、やば・・・・・! )

 

 収まりかけていた目眩も再発したが、何より従属宣言(ジェモー)で誤魔化していたところをまた攻撃されたんだ。激痛に重なる激痛でわけわかんない汗が止まらない。喉から手が出るほど欲しい酸素も、肺に届いてない──いや、多分穴があいてるな。呼吸音がおかしい。手足も痙攣して握力がほぼねえ。左腕に関しては曲がっちゃいけない方向に曲がってる気がする。それでも、

 

「ぉ、氷壁(ウォール)・・・・・! 」

 

 そばにうずくまっていたヒルダと俺、そして俺たちのせいで崩れた廃墟を囲むように巨大な氷の壁を生成し何重にも重ね、回復までに少しでも時間を稼ぐ。アドレナリンがドバドバ出てる今しか立て直す作戦立案も、実行もできねえ。だからこそ、偶然そばで同じように埋もれていたヒルダに、

 

「おい、だいじょ、うぶか? 」

 

 と声をかける。

 

「──なさい」

 

 か細い声で帰ってきたが──ヒルダも吐血しているからか、ハッキリ聞こえない。それどころかヒルダの首筋、耳までも真っ赤になってる。それに槍を持つ手……というか全体的にプルプルと震え始めた。俺は従属宣言(ジェモー)で本来のダメージの半分だけだが、ヒルダはモロくらったんだ。少しは──

 

「黙りなさい! っ、うぐっ・・・・・! 」

 

 見まごうほどの大量の血がヒルダから吐き出される。従属宣言(ジェモー)の契約時にヒルダが吐き出した量と同じくらいだ。人間ならとっくにあの世行きの量だが、ヒルダはそれを気にもとめず、

 

「なんで! なんでなんで! 」

 

「なん、だ? 」

 

 キッ! と涙ぐみながらも俺をキツく睨みつけた。

 

「~~~っ! 気にしないで! 」

 

 ヒルダは自分に降りかかった瓦礫を乱暴にどかしている。服が汚れるだとか髪の毛がどうとかはもう関係なく、溢れる怒りを子どもの癇癪のように周囲にぶつけ続けたかと思うと、ポツリと呟いた。

 

「なんで成れないのよ・・・・・形態失敗なんて一度もなかったのに・・・・・」

 

 ──ああ。あんな自信満々に詠唱してまでしたからにはそれなりの自信があったんだ。それを真正面から無効化されて即立ち直れるような性格はヒルダに持ちえていない。そもそも失敗する条件が見当つかないが、集束してた電気が急激に何かに吸われる形で阻止していたことは確かだ。吸収──霧散した、って方がいいのか? いや、そんなことよりも。

 

「ヒルダ。今は成れる成れないと言ってる場合じゃない。うっ・・・・・とにかく今は回復を優先で──」

 

「分かってるわよ! 指図しないで! 」

 

「──っ」

 

「なんで失敗するのよ・・・・・しかもよりによってこの男の前で・・・・・! 」

 

 ヒルダの悲痛な思いが従属宣言(ジェモー)を通じてひしひしと伝わってくる。詠唱まで行い万全の状態だったにも関わらず不発であったことへの羞恥、嫌悪している相手にそれを見られる屈辱感。それだけに関わらず、()()()()()と罵った相手に不意打ちを食らわされ、こうして地べたに這いつくばっている。プライドが高いぶん失敗した時に感じる屈辱感は人一倍。自ら負った怪我よりも他人からの目を気にするのがまさに証左と言える。

 

 ・・・・・なんというか部分的にはアリアと似てるんだな。実際キンジから聞きかじった程度だが。しかもヒルダは貴族気質で俺のことが嫌いだからなおさらだろう。

 

「お前はここで待ってなさい! 」

 

 三又槍(トライデント)を杖に片膝立ちになり、気持ち程度の羽を飛翔せんと広げ跳躍するが──

 

「痛っ~~~!? 」

 

 重力に逆らえず落ちてくるところを俺が受け止める。片翼はほぼちぎれかけ、もう片方も小さい穴があいてる。これじゃ飛ぶどころか動かすだけで激痛が走る。もう使い物にならないぞ。

 それに・・・・・俺も何とかヒルダが回復してくれてるおかげでギリギリ思考は保ててはいるが、このまま氷壁の外に出ればお陀仏間違いなしだ。

 

「一旦体勢を立て直そう。限界なのはお互い様だ」

 

「ふざけないで! 痛っ、あんな武器商人(ゴーレム)ごときを倒せない私じゃない! 」

 

「今外出たって人海戦術で袋叩きにされるだけだ」

 

「だからって! ここでみすぼらしくウジウジしてろっての!? それじゃ──うぐっ」

 

 怒鳴り声を上げるだけでも無理してたらしく、血に濡れた両手で口元を押さえた。俗に言うお姫様抱っこの状態だが、服の上からでも生々しい傷跡が感じ取れる。俺の元々負っていた傷の半分プラス今の攻撃で内臓にもかなりの損傷があるはず。泣き叫んで転げ回って逃げ出したいくらい痛いはずなのに、プライドがそれを許さない。許せるはずがないんだ。だからヒルダが強情なのも分かる。

 

「離しなさい! お前なんかに手を借りずとも私だけで充分ってところを見せてやるわ」

 

 ジタバタと腕の中で暴れるヒルダを何とか抑えようとするが、同じく重症の俺も立つのがやっと、ヒルダを抱えられたのだって自分でも信じられないくらい奇跡なことなんだ。暴れられたりしたらそれこそ──

 

「うぁ・・・・・! 」

 

 ヒルダを抱えたまま尻もちの形で倒れ込む。俺の力が弱まった隙に再び跳躍しようと地に手をつき──そのまま固まった。

 

「なんで・・・・・なんでなの・・・・・! 」

 

 自分でも気づいたんだ。いま回復に専念しなければ、特にヒルダは自分の体重すら支えきれないことに。

 痛みまでは多少誤魔化せても蓄積したダメージは必ず体を蝕む。最後にみせた跳躍が最後の力だったんだ。

 

「この私が、こんな・・・・・地を這う虫けら同然のことしかできないなんて・・・・・! 」

 

 肥大化していく屈辱感に犯され歯を食いしばるその姿は、もはや美しいとは言えなかった。真紅の爪はとうに欠け、装飾が施された服は見るかげもなくボロボロになっている。たかだか武器商人(ゴーレム)と侮った相手に一撃で沈められるとは思いもしなかったはずだ。だからこそわざわざ滞空し、注目されている中で詠唱を続けた。その結果が今の惨状だ。

 

「──」

 

 かける言葉がみつからない。こんな時、キンジなら気の利いた言葉がスラスラと出るのにな。いつ襲われてもおかしくない状況で、頭に思い浮かぶ言葉は「大丈夫! そんなときもあるさ! 」とか「聞かなかったことにするよ」とかありきたりなセリフだけ。もっと勉強しておくべきだった。

 ・・・・・あー、くそ。これやるか? やるか。雰囲気ぶち壊すけどまあいいだろう。その方が恥ずかしさは増す。もちろん俺の。

 

「──俺は先程、貴女にこう言いました。『これじゃまるで──長年付き添った戦友(なかま)が成す技みたいだ』と。もとより覚悟は決めております。例え幾多の困難が立ちはだかろうと、私は貴方と共にあり続けます。愛しのヒルダ様」

 

 うろ覚えだが確かこんな感じだ。文字通り死ぬ気で覚えた甲斐があったな。

 それに対しヒルダは、

 

「・・・・・・・・・・は? 」

 

 と心の底から困惑している様子。うむ、予想通りだ。

 

「マジで言いたくなかったけどな。学祭の演劇でやった『ロミオとジュリエット』のセリフ、その改変版だ。今のお前をおだてるにはちょうどいいだろ」

 

 涙目ではあるが──本気で心配するような、汚い物を見るような侮蔑を含んだキッツイ視線があちこちに刺さる。

 うっ・・・・・さらに恥ずかしさがこみ上がってきた。セリフ噛まなかったのが唯一の救いか。人間ホッカイロとして売りに出せるレベルで熱いよ。よくもまあキンジは似たようなのをサラッと言えるもんだ。

 

「それにお前も言ってたろ。淑女(レディ)たるもの、いかなる時も優雅であれ、って。今の外見は土に汚れ血に(まみ)れ、確かに優雅とは言えないかもしれない。けど内に秘める尊厳は気高いまま変わってないよ」

 

 万全の状態ならば第3形態(テルツア)になれてたかもしれず。そうでなくとも武器商人(ゴーレム)の攻撃を避けれたかもしれない。いくらでも俺を責め立てる口実は作れるんだ。俺の弱さで負った瀕死のダメージをヒルダが半分背負う必要も無かった。『指をくわえて見てなさい』との一言で気兼ねなく戦えていたはずだ。()()が必要であるが故にとしても、過去に囚われず肩を並べる度量を持っている。

 

「お前に同情される日が来るなんてね。今日という日を未来永劫忘れないくらいの屈辱よ。あと何? フォローの仕方が絶望的に下手。恥の上塗りをさせたいの? 」

 

「ちがっ──まあ違くはないけどさ。フォローの上手さも人並み以下。相手が落ち込んでる時に手を差し伸べて一緒に立ち上がろうなんて出来やしない」

 

 だから、と言葉を続ける。

 

「俺は逆だ。落ちる。恥をかいたなら恥で、俺も同じ土俵まで落ちる。お前がカッコつけて失敗したなら、俺もカッコつけて失敗する。立ち位置が同じなら少しは気分が楽だろ、同じレベルが隣にいるって」

 

 キンジのように根っこからの善人で、アリアのように芯から強い心と実力を持ち合わせ、理子のように言葉巧みに操れるわけでもない。白雪のように一途に人を信じる心もなく、レキのように見て見ぬふりする優しさは持ち合わせてない。何もかも劣っている俺が他人を励ますなんておこがましいにも程がある。だから・・・・・。

 

「・・・・・はは」

 

 乾いた笑い声が聞こえる。自分を嘲笑ったのか、俺のくさいセリフをけなしたのか。考えるよりも先にヒルダが口を開いた。

 

「・・・・・そう。そうね。だけど勘違いしないで。釘をさしておくけど、大っ嫌いなお前を助けるために私はここに来たんじゃない。理子を幸せにする、そのために私はここにいるの」

 

「そうだな。そんな気はしてた」

 

「あと、お前ごときと私を同列に扱わないでくれる? 種族からして最初から天と地の差があるの。私がミスをしようとお前と同じ場所に立つことはありえない」

 

 でも、とヒルダは少し口元をゆるめると、震える手で三又槍(トライデント)を持ち直し、穂先に再び高圧電流を流し始めた。ジッ、ジジジッ、と瞬く間に出力をあげていく。

 

()()()()。私の気が変わらぬうちに全員片付けるわよ、朝陽」

 

 その言葉に憂いはなく。夜の住人にふさわしい猟奇的な微笑みをこぼし氷壁の向こうに宣戦布告を宣言した。

 

 

 

 



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第73話 攻略法

前回 ヒルダと共に共闘


「さて、どうするよ」

 

 口周りの血を拭い、体の不調を確認する。

 左腕はおそらく骨折、肺には穴があき、胃か腸は損傷、あとは裂傷が数え切れぬほどか。ヒルダも見た目からして大差無いな。

 

「・・・・・この氷壁どのくらいもちそうなの? 」

 

「あの馬鹿力じゃもう少しで割られる」

 

「そう。まあ所詮氷だものね。──なら使えないの? 」

 

 ヒルダは正座を崩した状態で俺に問いかける。何を? ──と聞く前に、俺の右目を指差し、

 

「お前の右目。本当は見えるのでしょう? 」

 

 無遠慮にはずそうと眼帯に手をかけた。振り払おうとも腕が動かないので、

 

「見えてたらとっくにはずしてる。厨二病じゃあるまいし・・・・・って、おい」

 

 首を横にふるが無意味に終わり、痛々しい傷跡が晒される。ヒルダは驚きもせず遠慮なしに触ってくるが、いちいち傷に響くというか・・・・・触られるたびにチクチクとした痛みが表面に現れる。

 

「瑠瑠色金がここまで・・・・・。ねぇ、無理を承知で言うわ。超々能力使ってアイツを倒せない? 」

 

「無理だ」

 

 即答する。それだけは無理だ。俺に残された人としての部分は脳と、左目。あとは魂とゼウス(ロリ神)は言っていたが──形あるものだけをカウントして、本当の瑠瑠神に成るまであと少し。これ以上無理をすれば俺は瑠瑠神に今度こそ乗っ取られ、大切な仲間を殺す。それだけは──

 

「ほんの一瞬だけ。しかも範囲を決められるとしたら? 」

 

「範囲? ・・・・・なんのことだ」

 

「お前の時間超過(タイムバースト)遅延(ディレイ)の及ぶ範囲を決めるってこと。もしできるのなら、お前にかかる負担はかなり軽減されるはずよ」

 

 真剣な眼差しで俺を見つめている。何かを確信しているような口ぶりに、それがデタラメとは思えない。

 

「仮にできたとして、なんになる」

 

「アイツは、月が2度登るまで話し合おうと言っていたわ。それと、お前の──いいえ、瑠瑠色金のもう1つの能力を使えれば、武器商人(ゴーレム)を一掃出来るかもしれない」

 

「っ!? ・・・・・まじなのか、それ」

 

「冗談言えるほど体力残ってないわ。それより、私の作戦にのるか乗らないのか、ここでハッキリしなさい」

 

 ここでヒルダ共々リンチされ野垂れ死ぬか。瑠瑠神に犯されながらもこの場を凌ぐか。そんなの、後者の方が良いに決まってる。死んでは理子を守れないのだから。だが、不明な点はまだある。

 

「この空間から絶対に逃げられないんだったらな・・・・・。コイツらの瞬間移動さえなければもう少し楽だったのに」

 

「瞬間移動──? あぁ、違うわよそれ」

 

 体の節々の具合を確かめつつヒルダは夜空を見上げた。

 

「結界・・・・・ううん、それ以上の代物ね。大げさに言うなら空間隔離というとこかしら」

 

「空間──隔離? 」

 

「元いた世界と透明な壁で切り離されてるの。極めて限定的な平行世界といったとこかしら。お前がぼこぼこにされてるとき脱出しようとしたけど無理だったわ。肉体どころか電気さえ通らなかった。おそらく、この空間から出ようとすれば問答無用でアイツの目の前まで強制転移される」

 

 っ、俺が武器商人から一度逃げ出した時に、なんの脈絡もなく突然アイツの元に瞬間移動させられた。あの時武器商人は俺の位置をも確認せずにどうやって・・・・・と悩まされたが、これでようやく合点がいった。デタラメなチート能力がいつの間にか展開されてたんだな。あとは、

 

「他に気づいたことはあるか? 」

 

「私たちはこの空間は半径50mの球体よ。上にも下にも行けなかった。50m先に見える建物とか星空は多分アイツの作り出す幻影。さすがに人は再現できなかったみたいだけど」

 

「星空も? ・・・・・確証はあるのか? 」

 

「確証もなにも、電気飛ばしてたんだもの。私たちは外の偽りの風景を拝むことしか出来ず、外の人間は私たちを知覚することは不可能。外界との繋がりは何もかも全てシャットアウトされてるし、その先に何かがうつるのはおかしな話じゃない。それに、よく見てみなさい」

 

 俺たちのちょうど真上にある月を指さし、ヒルダはさらに続けた。

 

()()()()()()()()()()()()()。これ以上の確証はないと思うけど」

 

 そうか! 俺と武器商人、そしてヒルダが戦っていた時間はそう短くない。夜の住人であるヒルダだからこそ確証たりえるが、問題はこの空間からの脱出方法だ。徒歩、ヒルダの影の中を移動するのも、境界線に触れればアウト。超能力もダメとなれば、いよいよ危うくなってきたな。何か、何かヒントは──

 

「っ、来るわよ! 」

 

 ヒルダは俺の首根っこを鷲掴みにし、地面へと押し付けた。視界の端で氷の壁が黒色の物体に侵食される様を捉えたが、すぐに背中越しに伝わるアスファルトがスライムのように柔らかくなり、地面へと引きずりこまれる。

 中は当然ながら暗闇で、呼吸も出来ない。命綱は俺の首を掴んでる細腕のみ。

 

「ドレイらしく私に身を委ねてなさい」

 

 ヒルダの声がかろうじて聞こえる。

 これがいわゆる、地面の中か。どういう原理か知らんがとにかく、窮地に一生を得た。とはいえ戻ったらまた窮地に追い込まれるわけだが、どうする。このまま潜っていれば俺が窒息するし、武器商人が地面へと攻撃する手段を持ち得てないとは限らん。どのみち防戦一方だ・・・・・!

 

「地上に出るわよ! 」

 

 首を掴む力が強くなり、凄まじい力で上へ引っ張りあげられる。膜のようなものを背中から突き破ると、俺たちが元いた場所とはかなり離れた場所に出た。しかし、安心する余裕はない。俺たちが出るであろう場所めがけて武器商人達がいっせいに黒弾を撃ち込まんとしているからだ。

 

「ヒルダ! 」

 

「分かってるわよ! 」

 

 再び地面の中に潜る。体感だが今度はもっと地中深く、さらに速いスピードで移動している。ヒルダに頼りきりで何も出来ないってのがさらにもどかしい。これじゃ足手(あしで)まといと変わらねえ。

 

「悲観になるのはやめて」

 

「武器商人どもは俺らの移動する先が見えてる! 俺の超能力(ステルス)でなんとか迎撃するしかない! 」

 

「精神力のムダよ! 」

 

「だったら──」

 

「っ、朝陽! 体丸めなさい! 」

 

 もはや絶叫に近い忠告に、全身の毛が逆立つ悪寒が背中を伝い、出来うる限りヒルダの命令に従う。直後、黒弾が雨のように地中へ降り注いできた。いや、落ちてくる雨粒が見えるだけマシというもの。地中という暗闇でもハッキリとした"黒"に、絶対に触れてはならないという本能的な恐怖が足先を掠めていく。

 

 当たったら今度こそ致命傷だ。たとえヒルダと従属宣言(ジェモー)を交わしていたとしても、両方巻き添えはまぬがれない。死に対する焦りが、考える力を無くしていく。

 また、何も出来ないのか。無駄に迷惑をかけるのか。助けてもらってばかりのくせに、俺は──

 

「くだらない劣等感は捨てなさい! 」

 

「っ!? 」

 

 全身が雷でうたれたかのように痺れる。ただ怒鳴られただけでなく、心の底からヒルダの声が体全体に響き渡るような感じに、ネガティブな思考は急速に溶けていく。

 

「瑠瑠神に侵食されてるからって情緒不安定すぎよ! お前は朝陽(おまえ)以外の何者でもない! 分かったらアイツらをぶっ殺す方法でも考えてて! それまで私を信じなさいっ! 」

 

 ・・・・・っ。確かに、今までのことがトラウマになりかけてつい悲観的になっちまった。そうだ・・・・・ヒルダに信じろと言われるのであれば、従わざるを得ない。俺に対する嫌悪感は未だヒシヒシと伝わってくるが、それでも信頼を置いてくれたことは分かる。──俺がバカだったな。地中で俺が下手に抵抗することこそが足手(あしで)まといだってのに。

 

 ふぅ、と焦燥感を吐き出す空気にのせる。黒弾は当たらないと信じて。

 少なくとも、何とかして脱出はできるはずだ。0パーセントじゃない。武器商人が俺にヒントをくれた意味が無くなるからだ。他にアイツはなんと言っていた? 思い出せ。まだあるはずだ。

 

 クリアになっていく思考を張り巡らせ、今一度武器商人の言葉を一つ一つ思い出していく。別にアイツは俺を真に殺したいわけじゃなく、生き方に難癖をつけているだけだ。だったらこの空間の脱出は必須。ごく簡単なもので──

 

「・・・・・」

 

 これ、か? 雰囲気にのせられて見落としそうだったが、武器商人がこの戦闘のことを()()()()というのであれば、ヒルダから聞いた話とも辻褄が合う。なぜ無駄に隔離した空間の外をうつしだすのか、その答えが。

 だったらどうする。方法は分かっても手段がなけりゃ一生ここから出られない。単純に触れられないのであれば、能力でこじ開けるか、あるいは──

 

武器商人(ゴーレム)を一気に殺す」

 

 それしかない。普通こういった空間を支配する、なんて能力は見たことないが、超能力(ステルス)の枠組みであれば根本は同じだ。つまり、この空間を能力で作り出している武器商人(ゴーレム)を同じタイミングで殺せば、再生するまでの間に空間を支配する力が無くなるか──限りなく弱くなる。ならヒルダの第3形態(テルツア)を阻止したのも納得がいく。常識的な攻略法だが、1番可能性がある。

 

 そしてもう1つ。空間を隔離するものを破壊したあとの武器商人(ゴーレム)の対処だが、おそらくこれも対処できる。混乱してるからって単純明快な答えをわざわざ難しく考える必要なんて無い。相手の戦力に惑わされすぎたな。そもそも、月が全く動かないなんて時点で早々に気づいてよかったはずだ。

 

「・・・・・ヒルダ、分かったぞ。このクソッタレな隔離空間から脱出する方法が」

 

「それは私も分かる! 全員ぶっ倒せばいいんでしょ! それよりも、この空間から脱出したあとのことを──」

 

「それについてもたぶん大丈夫だ。話を盗み聞いてたなら思い出せると思うが、アイツは最初俺にこう言ったんだ。『月が2度空に登るまで話し合おう』ってな。今俺たちが見上げている幻影の月が一度目だとすれば、二度目の月はこの空間を作り出している壁を破壊して拝める本物の月。無事拝めたら・・・・・こいつらは多分、無力化される」

 

「単に48時間の死闘を繰り広げたいって訳じゃなくて? 」

 

「そういう解釈で言ってたんなら詰みだ。アドレナリンで動いてるようなボロボロな体で動けるのは精々ワンアクション。失敗すりゃ仲良く地獄行きだ」

 

 言うは(やす)し行うは(かた)しだ。どうしたって犠牲はまぬがれない。

 

「お前に頼らなきゃいけないこの瞬間も既に地獄というのも覚えておくことね。それで、決心はついたの? 」

 

「当たり前だ」

 

「なら外へ出るわよ。ドレイらしく、汗水流して私に貢献しなさい」

 

 2度目の急速浮上で再び地上へと引き戻される。相変わらずこっちを追走してきているが、この逃走劇もここで終幕だ。

 

氷壁(ウォール)! 」

 

 俺たちを覆うように氷の壁を張り、さらにその場から後退する。

 

「お前は色金の影響ないようだけど、私はあと2回だけしか超能力(ステルス)を使えない。精神力もギリギリよ。それで改めて聞くけど──私の提案にのるって事でいいわよね」

 

「武器商人を一掃する方法だよな。頼む」

 

「聞き分けが良いドレイで助かったわ」

 

 ニヤリとヒルダは笑みを浮かべるが、俺は逆に気を引きしめる。

 数えきれぬ負傷を抱えたまま迎える背水の陣ならぬ背壁の陣。空間の領域外ギリギリのところで足を止め、続々と集まる武器商人(ゴーレム)共を見据えた。

 それぞれ黒弾を手中に作り出すヤツと、黒光をブレード状に腕に纏わせ突っ込んでくるヤツに分かれる。ここからが本番だ。

 

 ・・・・・瑠瑠神の能力は使わない。そう決めたはずなのに、こうして今も使おうとしている。

 

「ふたつ注意よ。どの範囲で発動するかを鮮明にイメージ化しなさい。あとは自分を見失わないこと。分かった? 」

 

「ああ、任せろ。もしもの時は・・・・・頭をプレスすれば、多分死ぬ」

 

「言われなくとも全身プレスよ」

 

 ──必要が、必要であるがゆえに。たとえ憎悪の対象だとしてもこの力が必要とならば。己への罰としてこれを発動する。

 

時間超過・遅延(タイムバースト・ディレイ)ッ! 」

 

 瞬間──半透明の波が空間全体に広がっていくとともに、視界に入る全てが静止していく。それと共に頭が少しずつ重くなっていく感覚に犯されるが、許容範囲内だ。

 超能力(ステルス)をも外に出さぬ空間なら、この能力の範囲も制限され、負担はその分軽減される。そして、次にすべきことは既に把握済みだ。俺とヒルダが協力するのであれば、その範囲だけを限定し、静止に近い時間の流れを加速させる・・・・・!

 

俺は俺であることを忘れない(私は私であることを忘れない)

 

 咄嗟に口にした言葉を胸に、またひとつ言葉を紡いだ。

 

 

時間超過・加速(タイムバースト・アクセル)! 」

 

 



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第74話 瑠瑠色金

前回 脱出の糸口を見つける。


時間超過・加速(タイムバースト・アクセル)! 」

 

 ──正直いって、これは賭けだった。能力の存在自体は知っていても発動条件すら分からないまま作戦を実行していいのか。

 失敗すれば2人とも首が飛ぶことになる。血が足りず頭もよくまわらなくて、手足や内蔵はボロボロの満身創痍。意識を保っている状態がやっとだ。こんな()()()がかなり落ちた状態で瑠瑠色金の能力を使えばその瞬間から乗っ取られるのではないかという不安は当然付きまとう。

 

「・・・・・っ、これは・・・・・」

 

 だからといってやらねば死あるのみ。猛烈な倦怠感と頭痛、侵食される不愉快さ全てを飲み込み、覚悟を決めて能力を発動した。

 

「止まっ・・・・・てる? これが、瑠瑠色金の能力──っ」

 

 結果だけを言うなれば、成功した。俺とヒルダの周囲を囲むようなイメージで遅延(ディレイ)の逆、つまり加速させ、時の遅さを打ち消せた。この空間にいる限り俺とヒルダはペナルティを負うことも無く活動できるが、範囲外に出た瞬間に武器商人どもと同じく彫像のように動けなくなる。まさに無敵の力。

 

「ヒる、ダっ・・・・・! タ ノ む、は ヤ く ッ! 」

 

 ・・・・・大きすぎる代償を背負う覚悟があればだが。

 侵食されるスピードが段違いだ。今までがどれほど生易しかったか。頭が半分に割れるような痛み。灼熱に上半身が犯される。極寒に下半身が犯される。四肢が引きちぎれそうだ。暗い。暗い昏い。この世のあらゆる音を凝縮した雑音が耳を刺す。意味もなく心の底から笑える。私の全身に、俺の全身に1枚の薄い膜が張られていく。コンマ1秒ごとに金属となっていく自分は幸福なんじゃないか? あ、はは。ははははっ。

 

「朝陽っ! ──っ、影潜槍(シャドウ・トライデント)! 」

 

 加速度的に暗転していく意識を必死にたもつ。意識が喰われる。

 自由を奪われていく身体を必死に動かす。身体が蝕まれる。

 私じゃない思考に塗り替えられていく。俺が死んでいく。

 誰かに思い焦がれる。相手は理子ではなく神様。

 この笑い声は私の声? それとも京城朝陽の声だろうか。ああ、そしたらなんて──

 

解除(デザクティベラ)従属宣言(ジェモー)ッ」

 

「グブッ!? 」

 

 脳を直接殴られる衝撃に一瞬だけ視界がクリアになる。そして地に手をつきこちらを睨むヒルダの姿──能力を解除しろという無言の叫び。これに応えるべく、背中にすがる無数の手を振り払い、

 

時間超過(タイムバースト)・・・・・カ、い じ ョ・・・・・! 」

 

 能力を吐き捨てるように解除し、途端じぶんの体重を支えきれず膝をつく。息たえだえで立てそうにないほどに。嘔吐感、耳鳴り、めまい、全ての不快感が濃縮された()()にうずくまりそうになる。楽なほうに逃げたいと本能が泣き叫ぶ。

 ・・・・・・・・・・こんなとこで。こんなとこで負けてたまるか。ほぼ全滅の状態で武器商人(ゴーレム)の能力が切れかかった今がチャンスなんだ。微かにこの空間外の音も聞こえるし明らかに風景が捻れて見える。まだ死ねない。野垂れ死んでたまるかっ!

 

「夜に咲く月を願いを──」

 

 再びヒルダが詠唱を口にする。失敗した1度目は余裕すら伺えた強者の表情だったが、2度目の今は苦悶の表情だ。いまヒルダは短時間ではあるが2つの能力を併用して使っているからだ。1つは詠唱を、もう1つは、地を這う影から天に向かって伸びる無数の槍だ。それが武器商人(ゴーレム)を地に縫い付けている。ヒルダが地中を移動する時に使う能力の応用だろう。──これが最後。一度中断されれば次はない。ならば、俺がやるべきことは決まっている。

 

「──ぁ、あがっ、氷槍(アイス・ランス)・・・・・っ! 」

 

「我が五体を此処に。其は空を裂き地を震わす大地の怒り! 」

 

 地中から伸びた無数の棘に串刺しにされた武器商人(ゴーレム)にトドメを刺すことだ。砂に戻った武器商人(ゴーレム)は再生するのに時間がかかる。その状態ならばアイツらは黒弾を撃ち込むことは出来ないのは先の戦闘から分かっている。せいぜい出来て空間の維持くらいだ。

 ・・・・・超能力の多用で気づかぬうちに俺もガタがきていたか。体の節々から異様に冷たくなっていく。苦しいのに呼吸も上手くできない。

 

「我が魂を此処ここに。其は彼方より降り立つ天の矛! 」

 

氷壁(ウォール)・・・・・これ以上はっ、・・・・・ぐぅぅっっっ! 」

 

 闇夜に紛れるほどのドス黒い血を吐き出し、それでも──。

 めまいを通り越して少しずつ目が見えなくなってきている。血を失いすぎたんだ。

 まだ原型を留めた武器商人に氷の弾幕をはるが、1秒をすぎる事に自分の中から何かが失われていく感覚に取り憑かれる。たった一度、命を落としたあの時と、同じ感覚だ。死体となっても瑠瑠神となった身体は無理やり動かせた。自分はまだ生きていると錯覚させた。それももう終わりか、背を這い上がる寒さが確実な死へと向かう警告のように感じられる。

 

「来たれ! 我が栄光を示すために! 」

 

 ヒルダが天高く指し示した指に青白い光が灯る。豆粒程度の光だが、蜘蛛が巣を張っていくように少しずつ大きく、広く、乾いた音を鳴らし成長していく。

 辺りには既に人型を保つ武器商人(ゴーレム)はいない。全員砂にかえってもらった。辛うじて生きているのを仕留めただけだから、あとは大自然の力である雷でこの空間に穴を開けるだけ──

 

『避けて! 』

 

「? ・・・・・っ! 危ねェ! 」

 

 先に体が動いていた。最後の力を振り絞り、痛みを無視してヒルダを突き飛ばす。自分が逃げる時間はない。

 ──闇夜よりも黒い影。夜に慣れた目でも視認することが精一杯な漆黒が地面から伸び、俺を包んでいく。武器商人(ゴーレム)が放っていた黒弾と同じ、触れてはいけないと直感するもの。逃げることはもう叶わない。だって、もう頭上まで覆われてしまっているのだから。

 

「ヒルダが感知できない深さまで一体だけ潜らせていたのか・・・・・っ」

 

 時を減速させても助からない。まだやりたいことだって沢山ある。理子に恩返しすらできてないのに。アリアとの約束は反故になる。キンジとは永遠の別れだ。

 意識が落ちていく。暗く冷たい湖の底へ沈んでいく。片膝をつき背を丸め、気持ち悪いほど暗黒に染まっていく地面を見つめながら、歯を食いしばる。今まで頑張ってきたのにここまでか、と。

 

 

 

『────朝陽は瑠瑠神(わたし)瑠瑠神(わたし)は朝陽。ならこの体は私のモノ』

 

「っ!? 」

 

 ハッキリと聞こえた瑠瑠神の声。それを皮切りに、全身からスッと力が抜け、地獄のような痛みが嘘のようにひいていく。完全に失いかけた意識は元の正常な状態に戻るが、手足を動かそうとしても思うようにはならない。

 死に体になっていくはずの体が別のものに置き換わっていく不気味さ。自分であって、自分ではない。・・・・・この感覚を知っている。何度も体験しては無理やり押し込めてきた。それが今、このタイミングで来てしまった。

 

「この子に(あだ)なす存在はたとえ神だろうと守り通す」

 

 俺の口から発する俺の声。だが決定的に話し方、立ち振る舞い・・・・・格の違いを思い知らされる。

 

「それが私と朝陽が救われる、唯一の方法(みち)なのだから! 」

 

 今にも覆い尽くさんと迫る黒波に右手を振り上げると、半透明の鮮緑色の壁が俺の周囲に展開される。1秒と経たずに黒波は鮮緑の壁を覆い尽くし──内部に侵食することなく、壁を伝って地面へと戻っていく。それも完全無欠とはいかず所々ヒビが入るが、鮮緑の壁はそれ以上欠損する様子はない。

 

『瑠瑠神──てことは、乗っ取られたのかっ! このタイミングで・・・・・! 』

 

「安心して朝陽──って言える状態じゃないよね。何回死んでてもおかしくないのに、ごめんね」

 

 そう呟くと、黒波は鮮緑色に染まっていき、半透明の壁に吸い込まれてしまった。俺が何とかして助かることを信じて、辛うじて術式を保っているヒルダは俺が原型を保っていることに安堵したようだが、すぐに雰囲気が異質であると悟った。従属宣言なしにしても溢れる違和感は隠せない。その余りある殺気を全力で瑠瑠神(おれ)にむけた。

 

(まずい! このままだと、ヒルダがッ! )

 

 まだ意識はある。抗える! 体の自由を何とかして取り戻さないと、脱出の芽がここで絶たれてしまう。せめてヒルダだけでも何とかして脱出させて、理子に伝えないと──!

 

「朝陽、安心して黙って私を見てて。絶対に殺さないから。・・・・・ヒルダ()()だよね。私の魔力を分けるからもう少し辛抱してて。すぐ終わらせるから」

 

 ──開いた口が塞がらなかった。今、瑠瑠神は確かにヒルダを援護するようなことを口にした。敬称までつけてだ。ありえない・・・・・だってアイツは女という女全員を殺しに行くような狂った脳の持ち主だ。そんなヤツが、優しい口調で語りかけるはずがない!

 混乱したまま、瑠瑠神はまっすぐ歩を進める。依然として体の自由は効かない。

 

「あなたを倒せば朝陽は自由になれる。その邪魔をするなら、殺します」

 

 手を正面にかざす。そこには何も無い、ただ景色が広がっているだけだが──瑠瑠神の目の前の空間がゆらぎ始める。大きく波打ち、歪み、引き裂かれ。高級そうな燕尾服にシルクハット、奇妙な仮面が浮かび上がっていく。

 間違いなく、武器商人(ゴーレム)だ。しかも俺が命を削ってまでトドメを入れ砂に戻したはずだが、その砂は今や跡形もなく消え去っている。再び1つの個体として戻ったってことか。

 

「汝、変成を遂げた者よ。か弱き魂をどうするつもりか」

 

「保護するだけ。今すぐこの空間からだしなさい」

 

「月が二度昇るまで。条件を覆すこと(あた)わず」

 

「そう。・・・・・ねぇ、あなた」

 

 瞬間、その()()に耐えきれず頭を垂れた。自分の声、自分の口調、何らひとつ違わないのに、瑠瑠神の存在から放たれるプレッシャーが質量をもって俺という存在を押し潰してくる。声を発することもままならず、許されるにはただ観ることのみ。

 そしてこれはただの余波に過ぎない。瑠瑠神が意識をむけているのは武器商人(ゴーレム)だからだ。

 

「全能神と近しい存在を形どろうと所詮は砂人形(ゴーレム)。それで私に勝てるとでも? 」

 

「この体から量産された我々は神にもそこの吸血鬼にも及ばず。されど我のみならば勝利は──」

 

 武器商人(ゴーレム)が全てを言い終える前に瑠瑠神は動いた。俺の能力で氷壁を武器商人(ゴーレム)の背後に生成し、10メートルはある距離を一歩でつめる。振り上げた右手を武器商人(ゴーレム)が瞬時に展開した幾重もの黒盾に振り下ろした。

 おそらく素人目から見ても力が十分に伝わらない殴り方だが、その常識を目の前で覆される。意味がない、むしろ武器商人(ゴーレム)の視界を遮る邪魔物だと言わんばかりに、速度はそのまま、かざされた左手ごと全ての黒盾を破壊した。

 

「なッ──! 理解不能ッ。色金風情が()()()が如き力を持つことなど・・・・・! 」

 

「理解しなくていい。朝陽はここで死ぬわけにはいかないの」

 

 続く一撃。振り下ろした右手を再び持ち上げるが、武器商人(ゴーレム)は目の前から消える。認識阻害の能力を使ったんだ。神すら欺くのか・・・・・!

 

「今のあなたのソレはきっとヒルダさんも騙せるのでしょうね。でも、私には効かないよ」

 

 瑠瑠神は怪我をして二度と開かないはずの右目を見開いた。元は黒色だった瞳が鮮緑色に変化し、瞳と同じ色の光を灯し始める。時間が経つにつれ瞳から漏れはじめると、右手の親指と人差し指で拳銃の形を真似し、

 

()()()! 」

 

 ヒルダにその銃口を向け、指先から凄まじい熱量をもった光線が発射される。その予想外の攻撃にヒルダは辛うじて反応するも、瑠瑠神の言葉を信じたのか1ミリたりとも動かなかった。

 そして極細のレーザーはちょうどヒルダの首スレスレを駆け抜けその先で何も無い空間へ。ヒルダが生み出す雷の音にかき消されながらも僅かに焼け焦げた音が耳に届く。

 

「小癪なッ! 汝、我()()を見たな! 」

 

 その大声は動揺の表れか。姿を現した武器商人(ゴーレム)はその奇妙なマスクの左頬あたりを貫かれており、瑠瑠神からさらに遠ざかろうと大きくバックステップするが、

 

「ええ。瑠瑠色金である私の粒子が充満したこの空間で唯一瑠瑠色金(わたし)が一切含まれていない空間の一部を攻撃しました。──そして」

 

 乗っ取られた俺の体から鮮緑の光が周囲を照らし、次の瞬間。

 

有視界内瞬間移動(イマジナリ・ジャンプ)

 

 視界が差し替えられたように瞬時に入れ替わる。正面から見ていた武器商人(ゴーレム)を、今は背後から見下ろしているのだ。瞬間移動──その言葉がまっさきに思い浮かぶ。

 

「力の半分を朝陽とヒルダさんによって失ったあなたはもうヒト同然です」

 

 武器商人が瑠瑠神に気づいた時には既に地へと叩きつけていたあとだった。反応させる時間すら与えず、さらに一切の抵抗も無駄だと鮮緑色が混ざった不可視の斥力で地へと押さえつけている。そして、

 

「砂の一欠片すら残さない。次次元六面(テトラディメンシオ)! 」

 

 最大の隙を見せた武器商人(ゴーレム)の頭上に黒い立方体が複数現れる。武器商人(ゴーレム)が作る黒波や黒弾よりは黒くないが、見慣れた黒色とでも言うべきか。無意識にでも1番目にしてきた黒色がそこに浮かび上がっている。それはまるで──

 

「汝、緋緋神を姉妹に持つ者よ! ()()()のみならず、あらゆる力のベクトルをねじ曲げ、消滅させる次次元六面(テトラディメンシオ)まで使えるとはっ! その様子では妹の能力すら使えるというのか! 」

 

 まるで、立体の影だ。俺よりも魔術に詳しそうなヒルダでさえ動揺し手元に集束する雷をつい離しそうになっている。

 影とは本来二次元に存在するもの。三次元体をどんなに工夫して照らそうと絶対に立体にはなりやしない。超能力に疎い俺だってこれだけは分かる。()()()()()()()()()()()と。

 

「僥倖なり! そこまでして不幸を重ねるならば破滅のその先まで行くといい! 」

 

 瑠瑠神は突き出した手を固く握りしめる。それがトリガーとなり、頭上に滞空していた立体の影は重力に従って武器商人(ゴーレム)に落ちる。

 

「──っ! 」

 

 落ちる、だけではない。影の中に入った武器商人(ゴーレム)の肉体を削ぎ落としていく。派手な音も火花も散らず、砂が零れ落ちる音だけを鳴らしながら。そして零れた砂をも飲みこみながら。武器商人(ゴーレム)を跡形もなく崩していき──。

 

「ヒルダさん今! 」

 

「・・・・・大自然の力を以て撃滅せん! 第3形態・雷電纏い(トロワ・ドラキュリア)! 」

 

 天を指し示す指に集束する蒼雷が今一度大きく輝く。何度も弾け、稲妻を走らせ。地へと降り注ぐはずの雷は轟音を鳴り響かせ天へと昇った。目指した場所は今もなお動かない月。届くはずもない彼方の星へ至る道のりに、突如として亀裂が入った。

 目の錯覚ではない。ただ一点、空中に一筋の亀裂がはいる。目を凝らさなければ見えないそれは、ガラスにヒビが入っていくかのように空中に、そして見えない壁全体に蜘蛛の巣を散らしていく。

 

「ここまでのようね、朝陽。────ごめんね」

 

 バキン、と。崩壊の始まりが鳴った瞬間、瑠瑠神は俺にだけ聞こえるように呟いた。──あまりに唐突だった。恨み辛みの一言すらかけられず俺の体はコクリとその場にうつ伏せで倒れた。すると追いやられていた魂が元の位置に戻る感覚に包まれ、俺という存在が肉体に再び浸透していく。

 

(瑠瑠神は自分から乗っ取りを解除した・・・・・? わけがわからない)

 

 なぜ、と頭を働かせようとするが、ひとつ忘れていたことがあった。自分の不甲斐なさの象徴たる全身を駆け巡る不快感や、発狂しそうな激痛を。

 自分の体の感覚に喜ぶ暇を与えてくれず、地獄のような痛みに悶え苦しむことだけを許されているような理不尽さ。しかも空間を支配していた半透明の壁が崩壊するにつれどんどんと痛みが増していく。

 

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいぃ・・・・・! )

 

 瑠瑠神に乗っ取られる前よりはマシだが、100が90になったようなもの。失血は止まらず手足は動かず、気絶したくてもできない耐久力が死ぬほど憎たらしい。漏れる声すら掠れ始めた。何もかもが足りない。襲いくる痛みに為す術もなく身を投じられる。無慈悲にも痛みは増していくが、ついに倒れていても外側の景色がハッキリと見えるまでに半透明の壁は崩壊した。

 

「ここで死んだら理子に笑顔で顔向けできないじゃない! 死んだら殺すわよ! 朝陽! 」

 

 暗い視界の中でヒルダが懸命に俺の体を揺さぶっている。

 大丈夫だ、と言いたいところだっが口が動かなければマバタキもムリ。ただジッと見つめ返す他ヒルダに返答する方法はない。

 ・・・・・ただ、今回ばかりは気を失ってはいない。まだ、やるべきことはすぐそこで腕組みをして待っているのだから。

 

「見つけたアル。これ以上逃げるなら本当に半殺しするヨ・・・・・ってなんでもう死にかけネ!? 」

 

 崩壊した不可視の壁の向こうで待っていたのは、途中で撒いたはずのココと、その手下たちであった。

 

 



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第75話 分裂する心

前回 武器商人との決着したところでココが到着。


「なんで怪我してるアル!? 」

 

 デカくリムジンのように長い装甲車のハッチから顔をだしているココは目がひんむく勢いで体を乗り出した。まあ、当たり前だろう。追いかけていた相手が瀕死の状態で現れたのだから。俺だってもう意識を手放したいけど・・・・・どうやら今までとは違うらしい。暗転しそうな意識がストッパーによって強制的にそれをさせないようにしている。そのストッパーが何なのかは大体見当がつくけど、これはさすがにキツい。もう痛みは脳が許容するキャパシティを超えてどこがどう痛いかすら分からなくなってきた。おまけに寒い。季節だとかそういうのじゃなく、本当に寒い。

 

「私はもう精神力切れよ」

 

「地中にも潜れないか? 」

 

「むり。ここはおとなしく捕まった方が吉よ。下手に抵抗すれば殺される」

 

「──そう、だな。もう、話す気力もなくなってきた。これで逃げ切っても野垂れ死ぬだけか」

 

 俺は血だらけの右腕をなんとか上に持ち上げ手のひらを見せる。あのヒルダですら潔く負けを認めると両腕を上げた。

 すると装甲車の影からわらわらと白い制服を着た──女子中学生から高校生くらいの集団がココの指示で出てきている。(おれ)がこんな状態でも自分から向かわないなんて用心な奴だ。にしても、

 

「──。───。──」

 

 女子たちは中国語かなんかで俺とココを交互に見つめ何やらヒソヒソと話している。そりゃ全身血だらけの死体みたいなやつを運べと言われれば動揺するし・・・・・あ、あの子吐いちゃってる。ごめんな、こんな見苦しい姿で。

 

「まあ捕まえられたから理由なんてどうでもいいネ。でも怪我のわりには余裕なのは気に食わないヨ。口もとがニヤついてるアル」

 

 女子の中でも俺を見てまだ平気な子4人が担架を持って近づいてくる。俺はその子たちが横に来て担架を広げた中に倒れ込むように寝そべった。掛け声と共に持ち上げられたが、重たそうに顔をひきつらせている。

 

「気のせいだ。それよりも早く医者に見せて・・・・・くれ。瑠瑠神が暴れるのも本望じゃないだろ」

 

 なんとも情けない。まさに虎の威を借る狐だ。しかも、担架に載せられ運ばれながら、だ。女の子たちは顔面蒼白でトラウマも植え付けてしまって、それでも強がる俺はいったい何様だよ。

 

「そうネ。気をつけるアル。下手に刺激して瑠瑠神になるのは朝陽の首飛ぶヨ。チョーカーなければもっと楽だたのに、日本の政府もめんどうくさいことしてくれたネ」

 

「・・・・・・・・・・っ!? 」

 

 そうだ、首のチョーカーは日本政府の判断のもと監視という名目で付けられたものだ。俺が瑠瑠神になった時点で首から上が弾け飛ぶ代物──いや、多分瑠瑠神になる直前でもこのチョーカーは発動する。成ってからじゃ遅いからな。だから今俺がこうして意識を保って担架で運ばれてること自体がおかしい。一度俺は、完全に意識を乗っ取られたんだ。

 

 ・・・・・おかしいならおかしいなりの理由はあるか。とにかく今この無防備な状態じゃあ何されたって抵抗できやしない。どんな浅いことでもいい、とにかくこの燃えるような全身の痛みから少しでも気を逸らせられれば。

 

「お前は──ヒルダとかいう名前だったネ。宣戦会議(バンディーレ)でスカした顔してたの覚えてるアル。夜なのに傘振り回して迷惑で生意気なやつネ。でも今のそのボロボロな姿の方がよっぽど似合ってるヨ」

 

「あら、半世紀すら生きてないヒト如きの幼声で何を言うかと思えば。私はどんな姿であろうと美しさは損なわれないの。お前のようなチビはせめてハイヒールとドレスを着られるようになってから私に文句を言いなさい。もっとも、否定をしようものなら殺すけど」

 

「そこの朝陽(雑巾)と違ってお前は用無しネ。ここでその首を切って十字架に張り付けてもいいアル」

 

「いい提案ね。それとお前の首も一緒に()()()()()力は残っているのだけど、試してみようかしら? 」

 

 と向かい合って次々と罵倒を口にする。

 充分戦っただろうに。それでも先に手を出さないだけマシか。ここでまた戦闘し始めたら俺も周りの女の子も巻き込まれる。ココが強い相手だって分かってくれてるからヒルダから一線は越えないだろうけど・・・・・。

 

「こらこら。病人がいる前でよしたまえ。死体がひとつ増えることになるぞ」

 

 と、女の子たちとは別の、成熟した声が装甲車の中から聞こえてくる。女性なのは間違いないが、綴先生のような低い声。しかも声音から気だるそうな感じが伝わってくる。

 

 一抹の不安を抱えながらも装甲車の中に運び込まれた。内装は普通の装甲車を改造しており、座席シートは半分以上がとっぱらわれて救護室風の装いが施されている。

 それに──全体的に広いな。普通の装甲車はもっと横幅が狭いはず。わざわざこの設備のために外装にも手を加えたのか。そのおかげか人ひとりが真ん中の通路で寝そべっても横に座れるスペースがあるし、簡単な手術も出来そうだ。医療器具と思しきものが天井や壁にズラリと並んでるしな。ただ、外装で見た通り異様に長い。

 

「2人ともさっさと乗りたまえ。怪我人を配達するリムジン型装甲車などと馬鹿げた発明の最初のお客様だ。死なれては開発費用が打ち切られてしまうよ。それに計画が台無しになれば諸葛もガッカリするぞ。また説教部屋に入れられても助けてられないからな」

 

 担架から手術台のようなものに移される。言い争っている2人も乗ってきたようだ。文句をたれつつ武器の柄を握っていたが、ココは先に視線をはずし、こちらへ前かがみでやってくる。ココはとことこと俺の右側に座り、ヒルダも嫌そうに隣に座った。反対側には綺麗な女の人が座っている。赤髪ショートの端正な顔立ちに白衣を纏っている。目元に隈、少し汚れたメガネ、そして薬品の匂い。さっきの声の主は間違いなくこの人だ。

 

「お前、私のコレに一瞬でも変なマネをしたらタダじゃおかないわよ」

 

 と、ピッと俺を指さすヒルダにココは意地悪そうな顔つきになった。

 

「嫉妬は見苦しいアル。負けた男に惚れるなんて末代までの恥ネ! 」

 

「違うわよ。それとも何? お前をここで末代にしてもいいのよ? 」

 

「はいはい。病人の前だよ。ただでさえ滅菌もクソもないとこなんだ、せめて唾を飛ばすのはやめてくれたまえ」

 

 両手を鳴らし睨み合っているヒルダとココを諌めると、めんどくさそうに俺の容体を観察し始める。

 

「切傷、刺傷、擦過傷、裂傷等の表面的な傷に加えて左腕骨折、重度の失血・・・・・。右目は元から、ってなんだぁこりゃ。扇風機に刃物つけて突っ込んだ傷痕みたいじゃあないか。よくもまぁこんなんで生きてるもんだ。あ、これは昔の傷か。それ抜きにしても、正しく死体のような状態で意識もあって喋れるとは。アドレナリン出て痛覚感じてないのか? 」

 

「痛いです、よ・・・・・」

 

 と、女医の感嘆の言葉に小さく反論する。すると嘲笑するかのように、

 

「コイツ元から死んでるネ。意識あるゾンビと変わらないヨ」

 

 ココは仰向けの俺の顔を見下ろし、俺の腹の辺りを握り拳で圧力をかけてきた。直後、感じ取ったのは電流。それに体が反応し胸から上半身が反射的に持ち上がる。そして、その電流は耐え難い激痛へと変化し──

 

「があァ、ぁぁ・・・・・っっ!? 」

 

「ココ、いじわるしないで拘束しろ。こりゃ多分腹ん中がトマトスープみたいになってる。どうにもただお腹を斬られて出てくる出血量じゃないしね。詳しく診ないと分かんないけど、多分胃は無くなってるんじゃないかな。腸も怪しい。腎臓は免れてるだろうが、呼吸の方はどうだ? 」

 

「呼吸音に雑音は混ざってないネ。でも肋骨は折れてるかもネ。教えろアル」

 

「・・・・・ぐぅ、俺に聞かれたって知らねえ、よ。痛みに判別つけられないんだ」

 

「まあ、折れてたら肺に刺さってどのみち穴開くしいいか。処置を始めよう。ココはこの子の服とか重そうなのは脱がせてあげて。蘭幇城に着くまで死なないといいね、君。こうもグッチャグチャの状態で生きてることが人体の奇跡なんだ」

 

 と女医は白いゴム手袋を装着しマスクをする。そしてココは渋々と俺の防弾制服を脱がしていく。脱がすといっても前のボタンを開けるだけだが、かなりの血を吸っていたようで、いくぶんか痛みがマシになったような気がする。制服の重みをこんなことで知るなんて思わなんだ。

 そして腰の銃や腕に装着している盾も、装備品は全て外されていく。今なら飛べそうなくらい体が軽いと感じるが、ココは、こちらの気は知らぬと満面の笑みを浮かべてくる。

 

「どんな気持ちアルか? 敵に怪我を治して貰うのは悔しいアルか? 自分の失敗の()()()()()を敵にさせるのはみっともないアルと思うネ? 」

 

()()()()だよココ」

 

「どーでもいいヨ! さっさと治せアル! 」

 

「はいはい。君、今その痛みをとるからジッとしていたまえ」

 

 女医は窮屈そうに身をかがめ俺が寝ている手術台の下を覗き込んだ。ガラスが容器と当たる音や初見で薬とわかるあの特有の匂いがする。

 あーでもないこーでもないとブツブツ言っている姿はどことなく平賀さんに似ている。時々机下の天井に頭をぶつけるとことか。

 

「あぁこれだこれ! これを打てば楽になるよ! 」

 

 そう引っ張り出してきたのは2本の注射器を取りだした。中身は何かの液体で満たされている。わざわざこんな所に連れ込んで毒薬を投与なんて考えにくいが、敵側から無償で施しを受けることほど怖いものは無い。

 

「それの中身が朝陽を殺す毒じゃない証拠はあるのよね」

 

 ヒルダも同じことを思っていたようだ。女医はその疑問を待っていたかのように微笑むと、

 

「そのために2本あるんだ。どちらか選んで、私かココ、運転手に先に注射しても構わないよ」

 

 と2本の注射器をヒルダに差し出した。

 

「──わかった」

 

 そうヒルダは呟くと女医の右手側の注射器を取り、ヒルダ自らの腕にぶつりと刺した。これには女医はもちろんの事、俺もココも驚かざるを得なかった。何せプライドの高いヒルダが俺のためにここまでするとは思わなかったからだ。

 

「・・・・・・・・・・毒はない、わね」

 

「よく自分に打ったネ。勇気だけは認めるヨ」

 

「はっ! 事前に解毒剤を飲まれてるかもしれないのにわざわざ無駄打ちさせるわけないわよ。コイツに死なれても困るの」

 

「はははっ! いいねいいねそーゆーの! ちなみに今打ったのはモルヒネ塩酸塩だよ。俗に言う痛み止めだ。だんだん君の痛みもひいてきただろう? 」

 

 女医はヒルダのあちこち破けた服の合間から覗く痛々しい傷を見つめている。ヒルダ自身がその効果を肌で感じ取っているため獅子のような荒々しい目を閉じた。その沈黙に女は、さてとつぶやき、

 

「金属アレルギーとかないよね。じゃあ打たせてもらうよ」

 

 腕にプスリと突き刺され液体が注入される。身体中が気の遠くなるような痛みがこれで引いてくれるといいが・・・・・。

 

「君、血液型は? 意識はハッキリしてるし見たとこ手足の感覚は残ってるみたいだからそんなには失ってないと思うけど」

 

「ざっと4Lくらいじゃないの? お前は血を流しすぎよ」

 

「4Lって、人の血は60kgの人で大体4.6Lしかないんだけど」

 

「さっきも言ったネ。コイツは死んでるアル。瑠瑠色金に生かされて人の形をしてるだけヨ。それに内蔵潰されてるヤツが血が無くなったくらいでくたばるわけないアル。一滴残らず流しきってもピンピンしてるネ」

 

「ちょ、ちょっと待て。この女医さんは知ってるのか? 」

 

「藍幇の医者だから当然ヨ。特に怪我人多いからハケンされてきたネ」

 

「ココの言う通り。私は本部から派遣された医者だよ。香港支部は荒っぽいことが好きなようでね、一応大学病院勤めなんだけど専属の医者扱いされてるようでね。今回の作戦に同行するにあたって君の説明をされたわけさ。だがまあなるほど・・・・・人体が死んでいるというのは比喩ではなく実際に起こっていることか」

 

 ちょっと、少なくとも大学病院勤めの人に教えちゃダメな情報でしょう藍幇の香港支部さん。相当口が堅いか忠誠心があるか、それとも適当なのか・・・・・。確かに輸血が絶対必要そうな俺に対して1度も輸血しようなんてそぶりを見せなかったからな。とにかく現場を知っていてパニックにならない人で良かった。

 

「ところで君、少しは楽になったかい? 」

 

 つんつんと腕を押され──耐え難い痛みが気にならない程度にまで引いていることに気づいた。息苦しさや圧迫感は消えないけど、こんなにも効き目が早いのか。その代わり汗と・・・・・涙、か? 痛みが急に引いた反動で出てきたのか? 死体の体でまだ人の名残があるって結構・・・・・

 

「なみ、だ? 」

 

「あーそうそう。そういえばこの薬、モルヒネ塩酸塩なんだけど、いくらなんでもこんな即効性は無いのは武偵時代の純粋な京城朝陽(きみ)なら一瞬で理解できたはずなのにね」

 

 涙はすぐに止まったが体が狂ったかのように発汗し続けている。暑いわけでもなく何かに危機感を感じている訳でもない。

 

「そこで私の超能力(ステルス)が役に立つわけさ。能力は()()。自分が触ったものしか効かないのがデメリットではあるが、私は戦闘員ではなく後方支援だからね。()()()()()()()()君を助けたと思っているようだけど、私は藍幇側──つまり君とは敵対関係にあるんだ。だから私が君の痛みをとった過程で何をしようと君は文句を言えない。だろ? 」

 

「お前、コイツにいったい何をした! 」

 

 俺が口を開くより先にヒルダは優雅さとかけ離れたドスが効いた声をはった。ココはソレに向けて銃を構えそれ以上動くなと警告意思をみせる。顔に張り付いた挑発的な笑みは依然として残っているがそこに油断は一切見られない。

 

「ただ助けるかと思たネ? 油断大敵アル。そんなのだからコイツ達バスカービルに負けるアルヨ」

 

 ちらちらと俺を見下しつつココはトリガーに指をかける。ヒルダが指先をピクリとでも動かせばすぐ撃てるように。

 

「銀弾入りネ。今なら一発で殺せるヨ。試すアルカ? 」

 

 ヒルダは俺にも聞こえるくらい大きな歯ぎしりをすると、いつの間にか手にしていた三又槍(トライデント)を装甲車の床に突き立てた。ココは確か中国だかの有名な武人の末裔だったか、その腕は折り紙つきだ。

 ただ女医はヒルダの明確な殺意を持った視線にビビったのか、両手を胸元で横に振った。

 

「待て待て。そんな惨いことは出来ないよ。言ったじゃないか、私の能力は増幅と即効だって。モルヒネ塩酸塩を打った私は痛みを止める成分を()()させ、さらに即効作用させた。ただここで疑問が生まれるよね。ココ、なんだと思う? 」

 

「決まってるアル。痛みを止めるだけなら他の薬でもいいネ」

 

「正解だ。じゃあ私がこの状況で増幅させた効果、なんだと思う? 」

 

 ──っ、やられたっ。この人は1人の医者であるまえに蘭幇の構成員。少しでもマトモそうな人だと思った俺が間違いだった! キンジのようなお人好しでない限り無償で助け味方に引き込むなんてことはしない。あれはリーダーとしての天性のカリスマがあってこそだからだ。裏切ったとしても何のデメリットもない。今の状況のように弱みを握るのが普通だ。

 

 そして俺に仕掛けられた弱みだが──モルヒネは強力な痛み止めとして被弾した際に自ら注射することもある。緊急時に痛みで動けなくならないようにだ。副作用としては嘔吐や発疹を伴うが、それよりももっと重要な副作用があると習ったはずだ。・・・・・そうだっ、確か──

 

「モルヒネには薬物依存性がある。俺を薬漬けにして従わせようって魂胆だな」

 

 ニィィ、と女医は口元を緩めさせた。否定して欲しかったんだがな。武偵とはいえ、危険薬物耐性をつける名目で生徒にドラッグや薬物を勧めるバカはいない。そもそも吸ったらアウトだ。・・・・・違法薬物は人をダメにする。どれほど増幅させたのかは分からないが、大切なものを失うくらいであれば、

 

「はっ、このまま舌を噛みきった方がマシだ」

 

 と舌を歯で強く噛む。血が流れるくらいには強く噛んだつもりだが─と俺を利用したいくせして血相変えて止める素振りをみせないし、悪人面は一向に崩れていない。

 

「薬物依存症なんてオマケに過ぎないよ。金属(かみさま)相手に薬が効くとは思ってないし、なんか・・・・・嫌だろ? ラリってる神様なんて私が見たくない。ではなぜか」

 

 女医は俺にゆっくり顔を近づける。

 瑠瑠神のことを知っているのなら、今すぐ時の流れを遅くし女医の首を刎ねるのは容易いことだと把握しているはず。なのに目の前の女医からは恐怖心が一切感じられない。けたけたと笑うばかりだ。

 

「この作戦にあたってココから君は色金になりつつあると聞いてね。一度瑠瑠神に成った君は日本政府や武装検事から監視されている。使いようによっては核よりも強大な抑止力となる君を厳重管理したかったはずさ。その気になれば世界中の要人たちを一瞬にして殺せる力──それを疎む国や組織が一斉に日本へ来れば戦争になるのは必然よ。たった1人の制御できるやもしれぬ抑止力のために数千人数万人の犠牲を払えるほど日本に人的資源はない」

 

 ──時に、と言葉を続ける。

 

「あの胡散臭い武器商人がハッキングでもしなければこの地に君が現れることはなかっただろうね。各国(かれら)の矛先はこの地へと向けられる。君がモルヒネを大量摂取していることによる薬物依存に陥った、しかも()()()()()から薬物依存という診断書まで書かれそれが提出されたとしたら・・・・・日本政府や武装検事が聞けば彼らはどうする思う? 」

 

「・・・・・良くて武偵三倍刑で21年前後は刑務所ん中。悪けりゃ無期懲役か」

 

「ふむ。それもあるだろうが、薬漬けにでもされていれば君はすぐに終了処分を下されるだろうね。君と時を同じくしてこの地に足を踏み入れた武装検事も数多くいるはずだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。君を殺せる口実があるのなら喜んで殺すだろうね」

 

 女医は親指を立てると首を掻き切る仕草をした。

 まさにその通りになるだろうな。今なお俺の首に着いているチョーカーは政府につけられた首輪だ。命令ひとつで首から上が吹き飛ぶ。

 

「首を吊るか銃で撃たれるか、焼くも凍らすも等しく死だ。やつらには口実さえあればいい。学生の儚い命を散らすのは簡単な仕事だ。──さて、ここでひとつ提案がある」

 

 饒舌な口を閉ざしにんまりと俺を見定める。その次に続く言葉はどれだけ鈍感なやつだろうと予測が立てられる。あたかも、殺されたくなければという前置きをしているかのような口ぶりだったんだ。であれば、

 

眷属(こっち)に来い。京城朝陽。その力を失うには早すぎる」

 

 やはりそうくるかっ。

 そもそも色金自体が貴重なんだ。弱みを握ろうとするのは当然の結果。だけど・・・・・っ、この能力が他に渡れば即刻戦争になるのは間違いなしだ。それを承知で言ってるのか!?

 

「断ってもいいよ。それは自由だ。けど、断った場合は君が薬物依存状態であるという診断書が日本政府に届いてしまう。さっき言った通りのことが起きるが、それだけじゃあない。バスカービルも問題となる。聞けばメンバーは名だたる称号やそれなりの有名人ばかりじゃないか。その輝かしい経歴はさぞ素晴らしいものだろうね」

 

 ここで俺が断れば、瑠瑠色金(おれ)を監視するという任を遂行出来ず、犯罪者を生み出したという足枷がキンジたちについてしまう。チーム解散すら有り得る話だ。俺と違って将来があるアイツらに一生背負わなくていい呪いをかけてしまうことになる。

 

「・・・・・・・・・・お前らの報告書だけを日本政府が信じると思うか? 」

 

「報告書だけじゃ信じるわけないさ。だから動画も添付するさ。君が瑠瑠神として暴れ回っている姿をね」

 

「なっ! っ、お前らの前でなる気はないし、そもそも俺が瑠瑠神になった時のリスクは──」

 

「もちろん考えてあるとも。君の刀、確か対瑠瑠色金(アンチ・グリーン)だったよね」

 

 こっ、こいつ! どこまで知ってやがるんだ!?

 俺の刀のことは誰にも話してないはず! せいぜい知ってて平賀さんか理子くらいだ! ゼウスとの面識もないはず!

 

「うちの武器商人が『瑠瑠神との交渉の手札は揃えてある』って言っててね。胡散臭い人間──人間? ではあるけど、こと兵器の製作・運用についてはピカイチなんだ。私は刀鍛冶じゃないしマニアでもないけど、そういう効果があるってのは今の君の顔から判断できたよ。あははっ、可愛いところもあるじゃないか」

 

「余計なお世話だ! くそっ・・・・・! 」

 

 完全に逃げ道を絶たれた。ヒルダと俺は満身創痍。頼りになる武器もない。救援を呼ぼうにもココがそれを許すはずもない。こうして易々と命を握られて・・・・・本当に情けない──!

 

「さて。質問を戻そう──と言いたいところだが、まずは場所を変えようか。君を無傷で連行するつもりがとんだ寄り道をしてくれたおかげで残業になってしまったよ。君のせいでもあるんだぞココ」

 

「エロジジイがいたからしょうがないネ! 」

 

「はいはい。言い訳は帰ってから聞くよ。それと──君がこうして大怪我をしてる理由もね」

 

 女医は立ち上がり、後方の扉を開けた。そこに広がるのはさっきの荒れ果てた土地などではなく、

 

「ようこそ蘭幇城へ。今日から自分の家だと思って過ごしてくれたまえ」

 

 背面扉が開けられた先には海の上にそびえ立つ城があった。中心街にある高層ビルよりも低いが、一瞥するだけで吸い寄せられてしまうような妖しい光、そして周りを飾る豪華絢爛な衣服を纏った城が、我が物顔で鎮座していた。

 

 

 



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第76話 願望

前回 香港にて武器商人と戦闘。勝利を収めるも瀕死のため追ってきたココ率いる藍幇に囚われ、藍幇の一員になれという。体内に薬物を投与された朝陽はおとなしくその要求に従い──。


 ────失敗した。

 これで何度目の失敗だろうか。数えるのも面倒なほど失敗続き。大量出血で頭がまわらないだとか、とっさの判断ミスだとか。言い訳は無数に浮かび上がるけど、そんなものは自分を守る盾にはならない。

 

「おーい。下着は自分で着たくせに上を着させようとするなー。いくら重症人だからってまだ体を動かせる気力くらい残っているだろう。君の意向なんだぞ、わがままはそこらでよしたまえ──って、聞く気なしかい? まったく世話がやける」

 

 身を焦がす激痛は少しずつだが引いてきた。あのヤブ医者が俺をこの城まで運ぶ道中で鎮痛薬を──いや、鎮痛薬に似た薬物を投与したからだろう。記憶が曖昧なのはその副作用だと思う。これ以上失うものは無いとヤケクソ気味に了承したのが間違いだった。

 

「よいしょ・・・・・っ、よいしょっと! ふぅ、君意外に体軽いね。ちゃんと食べてるかい? 年頃なんだからしっかり食べないと──って、そういえば君内臓グチャグチャだったね。内臓がとか大怪我諸々ふくめてそこの吸血鬼に継続して治して貰うがいい。あとは自由だ。動き回れるのならね。ただ城から出ることは許さないよ。と言っても、ここは周りを海に囲まれた立地だからね。傷口にしみて痛いぞぉ〜」

 

 見渡す限りただの飾り気のないビジネスホテルの一室のようだ。ここに着いて意識が回復し始めた時からか頭痛がする。特に(ひたい)の内側から棘のようなもので押される痛みだ。鎮痛薬がまるで意味をなしていない。態度に出てしまうほどではないけど、痛みが続くのはやはり辛い。

 

「さて、この一室は防音だ。豪華絢爛が形となったこの城には似合わないと思うだろ? それでもたまに落ち着かないって客人がいるんだ。まあ滅多に現れないけどね。ではこれで失礼するよ。せいぜいおとなしくしていたまえ。()()の返事は明日聞かせてもらうさ」

 

 痛み・・・・・痛み、か。金属の神(無機物)に置き換わった身体で痛みを感じるなんてバカバカしいと自分でも思う。自分がまだ人間だとでも言いたげに声を上げてるのかもしれない。あと残ってんのは──魂だけか? 左目はもう瑠瑠神化したのか? そのへんまだ分からない。あれからロリ神(ゼウス)との交信もままならないし・・・・・。

 

「やっと出てったわね。まったく、お前がヘマしなければ私はここにいないのだけど。今ごろ理子と美味しい食べ物を食べれてたのに、ほんといつまで経っても役立たず」

 

 ただ、瑠瑠神に乗っ取られはしたが暴走はしなかった。それにヒルダに対して敵対行動の一切を見せず、なんなら俺がするよりも丁寧に言葉を交わしてた。そしてヒルダを助けようとする行動・・・・・もう意味がわからない。頭がごちゃごちゃだ。たとえ俺を救うため仕方なく生かす必要はあったとしても優しくする必要なんてない。だったらどうして・・・・・。

 

「ちょっと聞いてる!? 」

 

「いッ!? 」

 

 ビッ! っと腕を鋭いもので叩かれ一気に現実へと引き戻される。いつの間にか女医はいないしヒルダは怒ってて意味がわからんが。

 

「聞いてるかって聞いてるのよ! 」

 

「あー、聞いてない」

 

 即答したのが気に食わなかったのかもう一発。普通に痛いが、右手はヒルダに治療のため握られてるし左手を動かす気力もないので受け入れるしかない。

 

「1人でどこまであの武器商人とやれるか見てはいたけど、堕ちたわねお前。私を打倒したあの時のお前はもっと強かった。瑠瑠色金の力を使っていたから、なんて言い訳は聞かないわ。お前はそれでもSランク武偵なの? 聞いて呆れるわ。せいぜいBがいいとこ。戦闘専門じゃない理子にも負けるんじゃない? 」

 

「・・・・・」

 

「あの時無理やりにでも逃げた方がまだマシだったかしら。強制的に眷族復刻させてあやつり人形()として使えば良かったわ。今思えば、なんでこんなのを助けちゃったんだろ」

 

「・・・・・ごめん」

 

 情けないことに絞り出した言葉がそれだけしか出てこなかった。

 ヒルダはヒルダなりに期待してくれてたのに結局はこのザマだ。何一つ上手くいかなかった。それなりの自身と覚悟をもっていたのに・・・・・結局行き着く先はいつもと同じ。何も学ばずこうして傷だけ増やす。もう慣れっこ──

 

「ねえ」

 

 そんな俺の思考を見透かしたようにヒルダは舌打ちをした。

 

「なんで謝るの? 私に対しお前も()()()()()()だったと言わないの? 」

 

「なんでって、そりゃ──」

 

「チッ・・・・・イライラするわね」

 

 凍てつく声音に緊張が走る。ヒルダと殺しあった時と同じ目だ。そしてヒルダは有無を言わさず再び口を開く。

 

「確かに私はお前を助けた。だけど私も深手を負った。お前がどうあれ、あの場で瑠瑠色金の力を使えば脱出できたのは明白よ。最後の武器商人(ゴーレム)を倒した時点で私の力なんて必要ない。むしろあの場で私は人質にとられる可能性さえあった! そうなる前も、私が技を失敗したからお前もろとも吹き飛んで余計な怪我をさせたわ! なのにお前は私の言ったことに怒りもしない。それどころか自分が一番悪いんだって振舞(ふるま)ってる! 」

 

「な、なんだいきなり。落ち着けよ。何が言いたい。こんなこと言える間柄じゃないけど、お前らしくないぞ」

 

「加害者(づら)するなって言ってるの! 私たち2人で戦って私が少しでも怪我したら全てお前が悪いの? 私のミスはお前のせいなの? お前ひとりが私の分まで気に病むの? 冗っ談じゃないわ! たかだか人間に分際でおこがましいにもほどがあるわよ」

 

 吸血鬼はプライドが高い。それはヒルダやブラドがよく教えてくれた。だから自分のミスを他人が背負うのは許せないんだ。下等生物(ニンゲン)が同情の心を向けるなど恥辱に値する、という考えか。どちらにしろ、1人で何とか出来なかった時点で助かったのが奇跡だ。奇跡の代償をヒルダが受け取ったのだから、何を言われても我慢するべきだろうと俺は考えている。

 

「そうやってひとりで自己満足して・・・・・幸せなのはお前だけなの。私のような部外者は蚊帳(かや)の外。大人ぶって平気な顔して、気持ちが悪いの」

 

「手厳しいな・・・・・。確かに、その通りだよ。俺には俺の考えがある。お前がどう思おうたって、今回は俺が悪いんだ」

 

 だからごめん、と再び謝ろうとした直後、バキンッ! と何かの切断音に中断させられる。どれだけ大怪我をしようと、目の前のヒルダから発せられた音なのは理解できるが、

 

「理子のためを思って私は言ってるのよ! 」

 

 ──その真意は理解できなかった。ヒルダのプライドを傷つける言葉なのは充分承知の上。最低な男だと罵られても仕方のないこと。だがヒルダが口にしたのはこの場にいない理子のことだ。

 

「あの子が日に日に傷ついていくお前を見て何とも思わないとでも思ってるの!? お前がジーサードに殺され瑠瑠神に変化した時も、鎮めるためとはいえお前の体に一生物の傷を負わすことを容認した。どれだけの覚悟をもってやったのかお前にわかるの!? 」

 

 殺気はある。ただそれが邪悪かと問われれば、首を縦に振ることはできない。身をもって感じるのは、理子を案じ生まれた俺に対する純粋な怒りだ。

 ──分からない。分かろうとしても、頭がそれを拒む。

 

「なんでいきなりその話になるんだ。話が飛躍しすぎだぞ。ともかく、理子からもそれは聞かされたし余計なお世話だ。俺だって理子に負担をかけないように努力してる。実らない努力だとは自覚してるが、命を軽々しく差し出す真似は少なくともしてない。だから無様な姿になっても抵抗し続けたんだ。命を無くすよりも擦り減らす方が得策だって分かってる。ただその件と今回の大怪我は別々だ」

 

「同じよ! そうやって自分ひとりで抱え込んで気持ち悪い笑顔だけよこして! 一番重症のおまえの隣で小さな傷を幾つも作ってる理子は何も言えないじゃない! 辛くて、苦しくて、でも自分の痛みを無視しなきゃ好きな人を救ってあげられない。地獄のような葛藤に今も悩んでるの! もっと──」

 

 そこでヒルダは何かを言いかけ、唇をぐっと噛み締めた。諦めたというわけではない。握られている手の骨が軋み、関節が悲鳴をあげ、なお少しずつ圧迫されていく。殺気こそ霧散したものの、まさに鬼のような怒気となって再び肩にのしかかる。

 つまり・・・・・お前がもっとがんばれよ、とかなんとか言いたいんだろうか。でも言えない。簡単だ。なぜなら、

 

「──俺は天才じゃない。ただの凡人だって自覚してるさ。陳腐な作戦を身に余る能力で無理やりこなして、その結果が現状のありさまだ。ここに至る過程でお前も繰り返し見ただろ。『結局こいつはこうするのか』って。凡人が天才を上回るのはそれ相応の努力が必要だ。・・・・・その努力を怠って、でも瑠瑠神の力はなるべく使いたくなくて、じゃあ残った選択肢はなんなんだって」

 

 それ以上言うなという警告を無視し、言葉を続ける。

 

「天才が捧げられないもの。天才を上回る凡人でも手が出せないもの。・・・・・幾度の致命傷を許容できる身体だよ」

 

 亀裂がはいる。明確に何が、とは口にできない何か。

 

「内蔵をぐちゃぐちゃにされても生きてる身体。心臓が止まっているのに動く身体。大穴が空いた左腕。クモの巣状にひび割れた右目とその周辺。何より・・・・・身体中に刻まれた愛の文字(きず)。それでも生きてる。弱くて瑠瑠神に犯された俺が唯一捧げられるものが、これ以外にあるはずがない。全てを怠った俺に残された道はもうこれしかないんだよ」

 

 諦めたのか、と問われれば俺は頷くしかない。弱いと言われようとなんと言われようと、もう手遅れだ。それでも、『■■』な理子を守れるなら、それで──。

 

「──、理子が、かわいそう」

 

「あ? 」

 

 ソレは突然心の中に現れた。前触れもなく、似た感情すらも無かった。なのに、全ての感情を押し退け、代わりに心を埋め尽くさんばかりに溢れだす。いつもなら受け流せる程度の戯言だ。だけど──怒りが。どうしようもない怒りが、動かない体に染み渡っていく。

 

「なんにも分かってない。あの子の気持ちの1ミリたりとも分かってない! 命を擦り減らすのが得策ですって? 私とお前が初めて会ったあの時の方がまだ人間らしかったわ! 薄汚い眼光、こざかしい言動、友情だの絆だの愛だのとたった数十年で終わる幻想を掲げていたあの頃のお前の方がまだ人間らしかった! お前自身が矛盾してるってことにまだ気づかないの!? 」

 

 怒りに任せ見据えたヒルダの真紅の瞳に、いつの間にか鮮緑色が混ざりはじめる。混ざるというより、上書きか────いや、そんなことは()()()()()()。今までの(わたし)の行いを否定された。怒りに足る理由だ。それをぶつけるのに瞳の色が変わったくらいで抑える必要は無い。

 

「口では理子を期待させといて、お前はもうどこかで死んでもいいやって諦めてるじゃないっ。理子には先がある、まだ仲間がいるって! ・・・・・お前しかいないの。死ぬまで()()()()でいようとした私から救ってくれたお前しか、あの子を幸せに出来ないの! 」

 

 怒り、怒り、怒り、怒り。ヒルダの口から理子の名前が出る度に醜く狂い沸き立つ。これは・・・・・瑠瑠神に操られているわけではない。少なくとも(わたし)はそう思う。自分(わたし)の意思、自分(わたし)の心が、怒りに震えている。

 

 ──ああ、もうダメだ。

 

「あの子を騙し続けて、またひとりぼっちにさせるなんて、そんなの──」

 

「お前に理子の何が分かるってんだよッッ! 」

 

 たった一言。漏れてしまった気持ちにもう蓋はできない。

 

「偉そうな口きいてるがお前はその理子をどうしようとしてたんだ! 俺が助けに行かなきゃ今ごろお前のペットで砂粒ほどの幸せもないお先真っ暗な人生だったじゃねえかよ! 顔が良くて血液型が一緒ってだけで食料にしようとしたお前が! よくも()()()の気持ちを代弁できるもんだなッ! 」

 

「それはっ、あのときは──」

 

「今でもよく覚えてるさ! 理子に毒入イヤリングをつけさせたことも! 俺を殺す計画に加担させたことも! お前というトラウマと自分の気持ちに板挟みになりながらどれだけの苦悩があって裏切ってたかってことも! 全て理子の口から聞いたよ! 」

 

 その言葉を聞いた瞬間から、ヒルダの顔色は目に見えて変わっていく。

 ヒルダにとってタブーな話題だ。ふたりが和解したって、ふたりを一生付いて回る茨の棘だ。それを知ってて、俺は続ける。

 

「お前は理子の本当の気持ちを聞いたことないよな。当然だ、そんときお前は閃光くらってまともに目が見えず暴れ回ってたんだからな。あの涙を流すまで理子はずっと囚われ続けたんだ。小さい頃から名前に縛られ、屈辱に苛まれ、どれだけの尊い時間を奪われようと必死に笑顔取り繕って。やっとの思いで自分を取り戻したんだよ! その気持ちがお前に分かんのかよ! 」

 

「っ、私はっ、それをお前に──っ」

 

「俺の事なんてどうでもいい! もうすぐ死ぬんだほっといてくれ! それにどれだけ傷つこうとこの体はもう俺のじゃねえ、他人のだ! 瑠瑠神のもんなんだよ! 骨が折れようが内臓が飛び出そうがどうだっていい! ボロ雑巾みたくなりながら少しずつ死ぬより首のチョーカーが作動してポックリ()っちまった方が余計な心配もかけなくて済むんだ。ただ、この痛みを理子に悟られなければいいんだ! それで全てが解決するんだよ」

 

「それじゃ過去に理子がお前にしでかしたことと同じじゃない! 」

 

「そんなのはもうわかってるんだ! ・・・・・でも仕方ないだろ? 守るためには知られちゃまずいこともある。騙す必要がある。これが俺にとっての最善なんだ。これ以外に方法はないんだって、お前ならわかってくれるはずだ」

 

 理子の飛行機ハイジャックから学校の文化祭の時期までの思い出がフラッシュバックする。嘘の仮面を被って、理子が俺を騙そうとしていた頃。ヒルダがこの期間ずっと理子を監視していたとすれば、その企みと内に秘めた想いは分かるはずだ。

 

「だから協力してくれよ。理子をこのクソ神から遠ざけられるように。そうすれば、理子の命だけは守れるかもしれないんだ。お前だって本望だろ。だから、俺と──」

 

 

「私のようになるなって言ってんのよッッ! 」

 

 

 シン──とそれきり沈黙が続く。心の底から叫んだのは言葉からヒシヒシと感じた。肩で息をして、視線だけで人を殺しそうなほど鋭く睨み、何かをこらえているような様子で。

 

「大切な人を──お前はっ・・・・・! 」

 

 ──あ。

 

「・・・・・っ。こんな感情的になるなんて。お前と一時(いっとき)でも契約を交わしたからかしら。お前の血なんて飲むんじゃなかった。しかもタチの悪い神とヒトの混血なんて体に毒なのに」

 

 そう言い残すやいなや、俺の手を払いのけ部屋の扉に手をかける。その後ろ姿に気品は備わっておらず、むしろ、

 

「・・・・・頭、冷やしてくるわ」

 

 ヒルダらしからぬ粗暴な振る舞いで部屋を出ていった。あとには気持ち悪い静けさと罪悪感だけが残る。

 ヒルダが叫んだ瞬間、やってしまったと自覚した。1番言ってはいけないことを、感情に任せてありのまま言い放ってしまった。どうみたって()つ当たりだ。身を焦がす怒りは責任逃れにと跡形もなく消え去っていた。

 

「は、ははっ・・・・・最低だな。俺って」

 

 乾いた笑いが込み上げる。でかい口叩いた情けない俺になのか、他人の傷口をえぐって悲しませた行為そのものにか・・・・・。考えるまでもなく両方だって分かってる。それにヒルダは、頭を冷やしてくると言っていた。あのヒルダが、だ。貴族でありプライドが高く誇りを持った彼女が、自分から折れたんだ。

 

「ついに自分自身のコントロールもできなくなったのか。恩人のトラウマを掘り出して楽しかったのか? さぞやスッキリしたんだろうな。お前とはそういうやつだ」

 

 誰もいない部屋で、俺は俺自身を罵倒する。こんなヒトモドキに心配してくれる数少ない仲間に向かって暴言とは、いったい俺は何様のつもりだ。いつからそんな人間になったんだ?

 武器商人と戦ってからか? 瑠瑠神に乗っ取られた時か? ジーサードに殺されたから? 文化祭から? 理子とニセモノの恋人関係になったあの日か? 武偵になってから? それとも──

 

「──はっ。そんなの、決まってるよ」

 

 今なお続く思考を妨げる痛みを我慢しながら無理やり身体を起こす。普通ありえないことに常識はずれなことを身体に強いているためか、腹の中の血液が逆流し、

 

「うぶっ、ぉぁえっ・・・・・! 」

 

 高級そうな床、そしてベッドにドス黒い染みを拡げていく。

 当然といえば当然。だけど、それを()()()──自身の醜さに掻きたてられて、行くあてもないのに立ち上がる。足の感覚は無いに等しい。動かすのも一苦労だ。

 けれど、気持ちが身体を動かす。はやる気持ちを足に集中させて、1歩ずつ。そして着いたバルコニーへ続く扉を開け──

 

「うわっ!? 」

 

 やはり感覚が無いというのは恐ろしい。ちょっとした段差に対応できず、思いのほか幅が狭いバルコニーの手すりに全体重をかけたまま倒れてしまい。

 慣性に抗えず、気づけば宙へ放り出されていた。下は一面海が広がっている。

 このまま落ちてしまえば──

 

「いでっ! 」

 

 と、そんなことを考える暇もなくすぐ下の屋根に背中から激突した。安心するのも(つか)の間、屋根は傾斜になっており、重力に従ってずるずると滑り落ちていく。すぐに左手で瓦っぽいのを掴み、そして偶然にも屋根の傾斜の角度も緩やかなこともあり、足が宙へ投げ出された辺りで手を離しても滑り落ちることはなかった。なかったのだが、

 

「思わず掴まっちまったなぁ・・・・・」

 

 誰に向かうでもない文句を垂れつつ一息つく。

 冬の肌寒い風が縫い針のように新鮮な傷口をチクチクと刺してくるが、かえってそれが心地よい。依然として重症患者に変わりないのだけど、室内の一種の息苦しさから解放された。良い意味でも悪い意味でも、スッキリしたというわけだ。落ちれば溺死──死んでいるのに溺死とは不思議なものだがとにかく、京城朝陽はそこで死ぬ。

 

「必要、なのかなあ」

 

 冷たくなってきた身体を起こす。見下ろした先には夜空よりも暗い海が広がっている。位置的には100万ドルの夜景でも影になるような、1人でただ呆然とするにピッタリの場所。見張り役として周辺の海上を船で巡視している藍幇の部下たちからも、死角となる位置だ。飛び降りたのが音でバレたとしてもこの暗さじゃあ見つかりっこない。

 

「ねえ、どう思う? 」

 

 誰か悲しんでくれるかな。理子は多分泣くだろうけど、強いから立ち直れる。誰かの助けはもういらないくらいには成長してる。もし仮に必要になったとしても、バスカービルがついてる。俺がいなくてもなんら問題はない。むしろ、

 

「ここが本当の潮時かな・・・・・。アイツらとも、もうお別れだ」

 

 目が覚めた時にはバスカービル皆殺しでした、なんてことが現実味を帯びてきてる。それなら藍幇で匿ってもらった方が遥かにマシだ。ある意味都合が良かったのかもしれない。アリアと交わした約束も守れず、大切な仲間を泣かせるヤツがいても邪魔なだけ。足を引っ張るくらいなら、いっそのこと──

 

「っ、ぐっ、いっ・・・・・ッ! 痛ッ、いた、い・・・・・! 」

 

 そんなネガティブな発想を打ち消す激痛が頭に走った。(ひたい)の内側から外へ向かって刃物でじっくりと突き刺されるような異常な痛み。痛覚が鈍っていてものたうちまわりたい最悪の気分だ。

 歯を食いしばって、激痛が走る腹に力を込め、藁をもすがる思いで骨折した左腕を掴む。最低限の固定すらしていない腕は痛みの分散くらいには役に立つかと思ったが、痛む箇所が増えただけだった。

 

「くぞっ、っっくぐうぅぁ、くそっ、クソっ! 」

 

 止まっているはずの心臓が今はありえないほど高鳴っている。走ってもないのに息切れして、手足の末端から少しずつ痺れていく。何もないのに嘔吐感だけはますます強く、そのくせ意識だけは一丁前に鮮明で。冷たい風すらも暖かいと感じてしまうほど身体が冷えていく。

 そして色んな景色が、情報が、感情が頭に入ってくる。世界中に巻かれている瑠瑠神の色金粒子のせいだ。処理が追いつかない。だけども頭は強制的に働かされる。そして、理解できない4次元の世界・・・・・ジーサード戦で使ったとされる多次元空間(キューブ)の内容が──

 

「あ、あああっ、あああああああアあぁ!? 」

 

 説明できない。理かいでき、ない。わかるのは、このからだを、しはい、しようとしている。こと。それだけ、それだけ、は・・・・・!

 

「何してるアル」

 

「──ぁ」

 

 コン、金属特有の軽快な音が鳴る。中途半端に身体を起こしているから後ろは見えないけど、冷たい板みたいなので額を軽く叩かれたようだ。

 忌々しい発作も嘘のように鎮まった。ここの住人から見れば、滝のような汗を流しながら呼吸が荒い脱走人だ。そして、脱走人たる俺を咎める声が、続いた。

 

「自殺はやめとけアル」

 

 振り向けば、憐れみを含む視線を俺に向けたココが、部屋着姿で立っている。一切の装飾が施されていない直刀の面部分を俺の頭の上に載せながら、

 

「話、するネ」

 

 ──と。

 




色々あって書けませんでした。再開します。


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第77話 羨ましく、救われ、堕ちる

前回 ヒルダと喧嘩後、ココと合流


「話、するネ」

 

 ココは直刀を向けたまま質問する。

 

「ルルになるの、とまたカ? 」

 

「とまた・・・・・? あ、ああ。発作は収まったよ」

 

「じゃあ『ココのことスキ』って言えアル」

 

「・・・・・いや、なん──」

 

 向けられた直刀が瞳の前に突き出される。少しでも動けば穿たれるであろう位置。疑惑の念を晴らすためとはいえなんて言葉を・・・・・。

 

「ココのこと好き、です」

 

 俺が口にして、しばらくココからのアクションは起こさなかった。俺に直刀を突きつけたまま、ジッと俺の目を見つめている。殺気は感じられず、敵意もなし。ただ冷たい視線だけを向けるだけ。俺もその雰囲気にのまれ何も言えなかった。下手に何かして左目を抉られたら、すでに右目を失っている俺は今度こそ何もできなくなる。

 

「・・・・・異常はないアル。でも制御ができてないネ。瑠瑠神が今まで能力に頼ってきたツケを取り立てに来たヨ」

 

 ココはスッと直刀を下げながら息を大きく吐く。そして俺の横に腰かけた。

 

「来てさっそくメーワクかけるバカはオマエが初めてアル。せっかくシャワー浴びてたのに台無しネ。死ねアル」

 

 確かに、ココからは甘い桃のような香りと髪に潜む心地よい暖かさを感じる。それを台無しにする暴言もココらしい。

 

「その、なんだ。あ、ああ。ありがとう、救ってくれて」

 

 ふん、とココは満足げに鼻を鳴らすと、小さな頭を俺の肩にのせた。

 ココと会った時はろくなことがないのが常識だったため、思わず俺も硬直してしまう。目つきの悪さは変わらないけど、常時殺気を纏っていたココはどこえやら。まるで距離の近い妹みたいな雰囲気だ。

 

「態度変わって驚いてるカ? 」

 

「まあ、そんなとこ、だけど。・・・・・変な物でも食ったのか? 」

 

「ここ藍幇城ネ。守りは万全ヨ。食べ物も全部チェック済みアル。──今までのオマエへの態度はウソも含まれてるアル。心の底から嫌ってるわけじゃないヨ。でも言わないとほかの妹たちに示しがつかないネ。ええと・・・・・()()()()()()()するな、アル」

 

「どういう心境の変化なんだそれ。困惑通り越して何も言えんが」

 

 それにしても無防備や過ぎないだろうか。弱っていても俺とココは敵同士。心中しようと思えば出来なくないのに、昔からの友達のように平然と横にいる。あくびまでしてる始末だ。敵の横でリラックスしてるのは褒められたものではないけど・・・・・。って、ココさん、なんで俺の肩に頭を載っけるんですかね

 

「とりあえずちょっと離れようか。いかんせん距離がな、近い」

 

「うるさいネ。男なら肩は黙って貸すアル」

 

 四の五の言うな、とココは気だるげに言う。

 調子が狂うとはこういう状況だろう。敵意剥き出しで斬りかかってくれでもしたら、大義名分のもと取り押さえられるのに。無抵抗どころか距離感だけなら理子のソレと同じだ。恐怖っていう感情はないのか。

 

「オマエは『センパイ』ネ。センパイだから気が抜けるヨ」

 

 よく、分からない。が、

 

「同じ境遇(キョーグー)になったココはオマエの『コウハイ』ヨ。センパイはコウハイに優しくしろアル」

 

「同じ境遇って──おまえっ、まさか」

 

 背中に冷や汗が伝う。

 その言葉が意味するもの。俺と同じ境遇ってのは、つまり──。

 

「色金じゃないヨ。マトモな死に方をしないことが確定してることが同じ境遇ネ」

 

 ──なんだ、そんなことか。

 ほっと胸を撫で下ろし・・・・・いやいや! 死に方が確定している、だって?

 

「確かに俺は、魂の消失? と言っていいのか分からないけど、朝陽としての死は多分そこだ。肉体は見るも無残な姿となって朽ち果てる。傍から見りゃ惨い死に方だろうな。でもお前はまだ中学生だろ。こんな組織に属しているから一般人のような、のどかに過ごしてゆっくり死んでいくってのは無理かも知んないけどさ。少し悲観的になってるんじゃ・・・・・」

 

「わかるヨ。ココは運命を売ったネ」

 

 ──言葉が、でなかった。強く否定するわけでもなく、ただ遠くを見つめて。悲しい思いも、恨みすらも感じさせないその横顔は、あるがままの運命を受け入れると覚悟を決めていた。一点の曇りもないその表情が仮面だと祈ってしまうくらい羨ましくて、生まれた言葉は喉を通る前に消えていく。

 

「ココは産まれた時から死への道が決まってたネ。武器商人が組織藍幇とはじめて会った時こう言ったヨ。『どの国よりも強くなりたいなら、この子を付き人としてくれませんか? 』って。それがココの運命変えたアル」

 

「・・・・・」

 

「まだココが小さい時に皆の期待せおって付き人なったネ。1週間に4回の訓練を武器商人とするアル。ココがこれするようになてから、ココ強くなったネ。オマエも見たヨ。ココの力を」

 

 思い返せば、確かにココは人ならざる力を使っていた。修学旅行での新幹線ジャックの時だ。バスカービルもろとも消そうとココがビームみたいなのを発射して、俺らは避けたけど、射線上にあった山がひとつ文字通り消し飛ばしたんだっけ。

 

「・・・・・信じられな」

 

──ココの言ってることが本当なら、アレは後天的に植え付けられた超能力(ステルス)だ。ともすれば、後天的にヒトに植え付けられる技術を武器商人は持っている。超能力(ステルス)の軍隊を創ることだってアイツには不可能ではない。

 

「おちょくってないよな」

 

「嘘つく理由ないヨ」

 

嘘であって欲しいとココを観察するが、嘘を言っているようなそぶりは一切見せていない。

 

「だったら、超能力(ステルス)の獲得方法はどうやったんだ」

 

「背中をちょっと触れられてただけアル。武器商人の言葉で、ンー・・・・・魔力供給と運命力の前借り、だったネ。力の扱い方以外は特別なことしてないネ」

 

「・・・・・うそ、だろ」

 

 開いた口が塞がらないとはよく言ったものだ。まさに今その状況だ。そして畳みかけるように、

 

「あとオマエ勘違いしてるけど、ココがもらったのは超能力(ステルス)じゃないヨ。魔力? をつかうネ。超能力(ステルス)よりもずっと強い、数年先の技術と才能アル」

 

 と、少しばかり自慢げに話している。

 俺や白雪、ジャンヌといった超能力(ステルス)の使い手の場合、精神力を消費することで能力を発揮する。高出力の超能力は燃費が悪く、大技を決めるのは仕留める確信があってこそ放つもの。あの日のココも例にもれず、莫大な高出力の光線を放った後立てなくなっていた。問題はその影響だ。ジャンヌや白雪ほどグレードの高い超能力者でも、(しぜん)を一瞬にしてどうにかできる実力はない。魔力ってのが仮に精神力に近いものだとすれば、つまり、魔力の方がエコな上にパワーもあるってことだ。

 

「運命力の前借りは、魔力を使った大技でココが傷つかないためアル。この時代の人間が魔力の技をつかたら怪我するアル。動かしたことない筋肉うごかして筋肉痛になるのと一緒ネ。でも運命力の前借りで、ココの未来に訪れる『幸運』をむりやり借りるネ。そうすると、『幸運なことに怪我しなかった』ということになるアル」

 

「っ、そんなことできるわけが── 」

 

 ない、とは言いきれない。話の真偽はともかく説明はつく。ココが山をも消す光線を放ったあと、その場に力なく座り込んでいた。運命力の前借りとやらでも立てなくなる程の喪失感は貰わざるを得ないのか。いや、この場合、代償は立てなくなるだけで済んだと言った方が正しいな。まあデメリットなしであんな大技撃たれたらお手上げだが──。いや、そんなことよりも、だ。もっと重要なことがある。

 

「前借りってことは・・・・・どうなるんだ。お前の未来に訪れるであろう『幸運』は」

 

「残るのは『不運』だけアル。使えば使うほど未来から幸運は無くなるネ。だからセンパイと呼んだアル」

 

「・・・・・そうか」

 

 幸運と不運の量が産まれてから定まっているのであれば理屈は通ってる。けどそれを悲観する様子はない。ただ、()()()()()と受け入れている。歳不相応にも落ち着いている。それがただ、■■しくて、

 

「後悔とか、辞めたいとかないのか」

 

 こんな小さい子にこんな感情を抱くのは間違っているとしても、水を差すような言葉を投げた。何を祈っているのか自分でも考えるのが嫌になるくらいに。

 

「──ないアル。あるはずがないヨ。だってココは──」

 

 ・・・・・と、口を小さく開いたままココは固まった。それから、何かを思い出したかのように頬を緩ませながらゆっくりと閉ざす。まるで、言いかけた言葉を閉じ込めておくように。

 

「ココは、なんだよ。言えない秘密でもあるのか」

 

「ないネ。ただ心入れ替えただけアル。それよりオマエは他人の心配をしてる場合じゃないヨ。頭から色金を象徴(しょーちょー)する角が生えてきてるアル」

 

 トントンとココは自分の額を指でつついた。半信半疑に手のひらで額全体に触れてみる。

 

「・・・・・・・・・・これ、か? 」

 

 前髪をどかし直にもう1回触れてみる。最初は何かのデキモノかと思えるような小さな突起だと思った。けど、ちゃんとした()()()がある。突起付近を強く押すと、太い芯に細い管が巻きついているような形なのがすぐ分かった。多分1センチかそこら、形状的に見られたらすぐバレるとはいえ、まだ前髪で充分隠せる。

 

「さっきの武器商人(アレ)との戦いでついに見えるようになるまで成長したネ。でも突然じゃないヨ。頭の中から刺されるような頭痛(いたみ)はあったはずアル」

 

「確かに・・・・・いわれてみれば何度かあったような気がするな。てことはこれ、頭の中から生えてんのか!? ──っ! 」

 

「腹の中グチャグチャなくせに大声だすなアル。・・・・・角は頭蓋骨が変形してるだけネ。でもオマエのような色金と相性が悪い人間は痛み感じるアル」

 

「そうなんだな。──アリアは、緋緋神とアリアの関係はどうなんだ。あの頭痛が戦闘中にでもおきれば事故に繋がる。先に知っておくだけでも事故のリスクは低くなるんだ。アリアの口からも、今どの段階にまで緋緋神の脅威が迫っているか聞けてなくて。それにほら、あいつも一応女子だし、おデコをチャーミングポイントと自称してるのにこんなのが生えてきたらショックだろ? 」

 

「本人に聞けばいいアル」

 

 ・・・・・あ。

 

「何でも知ってるわけじゃないヨ。チームメイトのことはオマエが自分で聞く──そんなことも分からなかったアルか? 」

 

 ズブリと冷たい刃が胸に刺さる。

 チームメイトのことはそのチームメイトが1番よく知っている。当たり前のことだ。その当たり前が、出来ていなかった。その現実を再び突きつけられる。

 

「緋緋神は乱暴な性格と聞いたネ。他にも神崎アリアと似てる部分があるヨ。だから波長たぶん合うネ。合ってるから、適合すればもっと強くなれるアル。相手にしたらめんどくさいネ。いっそのこと朝陽みたく取り込まれてしまえばいいヨ」

 

 俺の動揺をよそにココは香港の夜景に向かってそう吐き捨てた。

 

「あぁ、いや、そういうこと言うな。一応チームなんだから。アリアは命の恩人だし緋緋神のことで手伝う約束もしてるんだ。身体中に愛の言葉(なまきず)を刻まれるような道を辿らせるわけにはいかない。そのためにも俺は、絶対に打ち勝たないといけないんだ」

 

 アリアが今どこまで緋緋神化しているのかちゃんと聞いてなかったな。けどもし俺と同じような段階を踏むのであれば、まだ安心できる。緋緋神の力を使ったのは2回か3回だけ、しかも緋緋神の人格は表にでていないときた。時間はある。アリアが失った、緋緋神化しないための7つの殻金さえ取り戻せれば良い。

 

「・・・・・・・・・・オマエ、瑠瑠神の他に()()()()()()アルか? 」

 

「──え? 」

 

 意味不明な言葉に思わず顔を横に向ける。

 

「どういうことだよ」

 

 聞いてもココは俺と目を合わそうとしない。遠くに見える煌びやかなビル群をジッと見つめるのみだ。

 こういうとき、ただの冗談だと聞き流せば、あるいは無視すればいいんだろうが、今の俺にはたぶんできない。肌を刺す寒風よりも冷たい震えが手足に現れる。

 

()()と瑠瑠神、そのふたりだろ? 何言ってんだよ」

 

 ココのショートな髪がなびきその意図を隠す。まるで、視界に入れたくないと語っているようで。なぜだか心が急に縛られていく。息がうまく吸えない。過呼吸には至らないけど、それに近い。

 

「──」

 

「な、なんなんだよ。おまえには他に誰かいるように見えるのか? 」

 

「────」

 

 答えない。ずっと無視されている。

 ああ、おまえも──

 

「────おまえも、おいていくのか? 」

 

 口にしてからハッとする。想いもしなかった言葉。口からこぼれてしまった一言。それでも効果はあったらしい。頑なに視線を合わさなかったココと再び目が合った。たぶん予想していたものとかけ離れた戯言を口にしたからだ。

 前にも何度か、想いもしない感情が出ることがあったけど、どうしてこんなタイミングで・・・・・。

 

「・・・・・そう、アルか。そうネ。変なこと聞いたヨ」」

 

 そよ風にかき消されそうな小声。妙に優しげで、どこか懐かしく暖かい。なんでもないその一言で、寒さは吐息にのせられ次第に震えは収まっていく。それどころか、逆にホッとした気分だ。何もやましいことなんてないのに。

 

「話もどすヨ」

 

 いつもの口調に戻ったココは、また淡々と話し始める。

 

「さっきも言ったケド、他人の心配は自分のこと済んでからアル。とくに今のオマエ相当弱いネ。瑠瑠神の能力に頼ってばかりで戦闘の基礎なんもできてないヨ」

 

「・・・・・はは、いたいとこをついてくるな・・・・・」

 

「当然アル。それにオマエについたのが緋緋神ならまだよかたヨ。緋緋神は戦争好き。だから能力の使い方も実戦向きアル。けどオマエは瑠瑠神ネ。瑠瑠神は元々おだやかな性格だったと聞いたヨ。そんなのに同化していくなら、オマエもっと弱くなってくヨ。能力だけ持った格闘知識もないヤツが戦うときはいつだって力任せアル。今のオマエの戦い方がソレと同じネ」

 

 言葉のナイフで滅多刺しにされているかのようだ。

 ココが言ったのは紛れもない事実。1回瑠瑠神の能力を使い始めた時から、発動するたびに京城朝陽という人間が堕落していく。その事実を噛み締めながら、どんな場面でも最後は結局頼ってしまう。保険があるから俺自身の動きに隙がうまれ、能力を使わざるを得なくなる。この繰り返しだ。

 

「何度も言うヨ。今のオマエは弱いアル。キンジにも負けるネ。うちの訓練生の方がまだ強いヨ」

 

「そう・・・・・なんだろうな。おれ、どうやってSランク武偵になってたんだろ」

 

「そんなこと聞くなアル」

 

 武偵高入学前のシャーロックとの特訓の日々が思い出される。本当に死の1歩手前まで努力し、駆け引きを覚え、武器の扱いを体に叩き込んだ。ゼウスからの特典で身体能力が常人よりも引き上げられていることもプラスして、やっと手にしたSランクだ。瑠瑠神を倒すにあたって欲しかった実力の一端を身につけたかもしれないのに、台無しにした。ミイラ取りがミイラになる、まさか自分に訪れることとは思ってもみなかったな。

 

「鍛え直さなきゃいけないアル」

 

 再び俺の目を見つめ、ココは力強く言葉を紡ぐ。

 

「オマエの実力はもう元には戻らないネ。身体も瑠瑠神のままヨ。だからスタイル変えるネ。オマエいつでもピンチなってから瑠瑠神の大技使うネ。それじゃダメヨ。大技は相手たおせるけど負担でかいネ。相手をたおせないけどチャンスは作れる小技をつかうネ」

 

「確かにまあ、衰えてるのは自分でわかるけどさ・・・・・小技って言ったって、アレの能力に小さいも大きいもないだろ」

 

「出力の問題アル。オマエの周囲1センチの時間を遅くするのと世界中の時間を遅くするのとでは全然違うヨ。他にも次次元六面(テトラディメンシオ)は1つしかださない、有視界内瞬間移動(イマジナリ・ジャンプ)は使わないとか色々ネ」

 

 確かに。後半のテトラなんたらとイマジナリなんたらはよく分かんないけど、俺が瑠瑠神に乗っ取られた時に使った未知の技の2つだろう。立方体の影っぽいやつと、瞬間移動。立方体の影らしきやつは、今さっき頭の中に流れてきた4次元空間から生み出した物体っぽいけど──思い出すだけで頭が痛くなる。人が一瞬で受け取るには過剰な情報量だ。頭が破裂してないだけマシ。

 と、ここまで考えて疑問が浮かぶ。

 

「・・・・・・・・・・おまえ、なんで俺よりも知ってんだ? 瑠瑠神の能力のこと」

 

 色金自体が機密情報扱いなのに、能力についてやたらと詳しい。

 

()()()能力アル! ちがうのは時間の使い方が過去か今か未来かだけネ! オマエは逆に知らなさすぎるヨ! 色金を扱うなら歴史を学ぶの当然のことアル! ココみたく情報盗んでも調べろアル! 」

 

 ──当然のことだった。危機感がまるでない。色金の情報なんて国から盗んでも死ぬ気で調べるべきだった。時間がなかった、なんて言い訳できない。

 

「あとは武器商人が知ってたヨ。アイツ何でも知ってるネ」

 

「もう何知ってても驚かねえよ」

 

 武器商人と話したいことは山ほどある。ただ、それ以前に自分の怠惰で手遅れになっていたことも、俺のまわりの被害のこと、そして自分ができることを全てに決着をつけてからだ。その一歩をいま、踏み出そう。

 

「ココ」

 

 緋色にも近い瞳を見つめる。本気で殺しにきた相手、そして仲間から引き離そうとする組織の一員に対してこんなことを言うもんじゃないが、それでも。

 

「ありがとう」

 

 ココはその一言は予想していなかったらしく、嬉しいような、気持ち悪がるような複雑な感情が一気に顔にでていた。顔の歪んだ粘土細工みたいな、そんな感じ。そして

 

「勘違いするなアル。ココはオマエが暴走しないための監視役ヨ。まだオマエのこと嫌いアル。今回はあまりにもオマエが惨めだったから慰めただけネ。使えない()()()()(ケツ)ぬぐいをする身にもなれアル」

 

 と、俺から目を逸らした。それから、

 

「────どういたしまして、アル」

 

 と、また、俺に寄りかかり肩に頭をのせた。

 嫌いならなんでくっつくのかなあと若干困惑しつつ、空を見上げる。飛び降りなんて考えてた時とはもう違うんだって、他ならぬ自分に見せつけるために。あとはチームのみんなにどう伝えるか。それを考えよう。もう、辛い思いはしたくないから・・・・・。

 

「──」

 

「────」

 

 

 ──いや待て、おかしいな。話の流れにのせられるな。雰囲気にもだ。ココの過去とか、俺の今後とか話しててそっちに意識飛んでたけど、もっと重要なことがある。

 

(こいつ、ほんとにココか? )

 

 別人じゃないかってくらい急にデレデレするし、えも言われぬ違和感が常にココにつきまとってる。ココと前会ったときは新幹線ジャックだ。その前は修学旅行の前。確かレキとキンジがデートっぽいのをしてたのをレキとアリアと一緒に目撃した前だったかあとだったか・・・・・。そんときからなんか変わって──って、そうだ! ()()()だ! 本来のココなら()()()が相当おかしかったはず。ならこいつは──っ!

 

「おまえ! ココ以外の三姉妹のどれかだろ! 」

 

「なに急に言い出すヨ。ココはココ、それ以外にいないアル」

 

「今のおまえと、新幹線ジャックとその前に俺と会った時のおまえ、口調が違うんだよ」

 

「──っ! 」

 

 頬に軽い頭突きを繰り返していたココは、ビタッ! と動きを止める。

 

「この死に体の傷を背負ってまた判断力が落ちてたんだ。それに加えて濃い内容の話をするもんだ、口調よりも話の方に優先して頭をまわす。だから気づけなかったけど──どこいったんだ? あのかっこいいセリフは」

 

「やめろ、アル」

 

 おっと声が震え出したな。顔を見ようとしても背けるし。なんなら耳まで真っ赤だ。ここまで話して正体がバレりゃ作戦失敗。俺に負かされた不名誉な称号を手に入れるんだ。さぞ恥ずかしいだろうな。今の俺は戦闘どころか立つことさえ血反吐はく思いしてやらなきゃいけん重症だが、正体を暴くことならできる。やってやるさ、死にはしないんだから!

 

「そうだな。お前はこう名乗ってたな。たしか、 怒り喰らう左腕(イビルバイター)紅龍ノ(レッド)──」

 

「うわああああああぁぁぁっっっッッ!!」

 

 ──弾けたように視界が横に飛ぶ。一瞬遅れて、首の骨が折られたんじゃないかって衝撃が駆け巡り、

 

「いっっっっっっっっっっッ!? 」

 

 あまりにも味わったことの無い未知の痛みだったため、首を斜め上に向けたまま固まることしか出来なくなった。動かしたら絶対に痛みが走るから動かせないアレだ。

 しかも、なんか聞いたことがない骨のなり方した気がする。って、うわっ。首がなんか熱くなってきたぞ。

 

「おま、え・・・・・そこまで、しな、くても」

 

「うるさいネ! うるさいうるさい! 忘れろアルっ! 死ねアル! 口を一生開くなアル! 」

 

 ああこれは──もう卒業したのか。中二病はこんな短期間で治るもんじゃない。多分、誰かに目を覚まさせられるような何かを言われたんだな。かわいそうに。

 

「あれは、そう! 武器商人(アレ)がその口調の方が威力が上がるって言ってたからヨ! 意味知らなくて使ってたアル! もう使ってないネッ! あーもうそれを思い出させるなアルゥゥッ! 」

 

 ・・・・・涙を浮かべた般若のような形相で胸ぐらを掴まれ、激しく前後に揺られる。

 こりゃ、失敗だったかもなあと、それでも俺は笑みを浮かべた。

 



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第78話 仲良し三姉妹! でもおかしいな?

※グロテスクな表現・精神的に苦痛だと感じる表現が含まれています。苦手だと思う方はあとがきからその内容を判断していただけると幸いです。

前回: ココとこれからのことについて話し合う。


「とにかくお前は部屋にさっさと戻るアル」

 

 ココはふてくされ気味に頬を膨らませ、俺から顔を背けて立ち上がった。

 

「……もう、二度と自分から死のうとするなヨ。一番醜いアル」

 

 そして、風に吹かれてしまうほど小さく、けれど確かにその言葉は胸に届いた。

 

「ああ。ちゃんと向き合ってみる」

 

 少し悲観的になりすぎたのかもしれない。これまで何をしてきたかじゃなくて、これから何をするか。

 今の俺にいきなり前を向けと言われてもすぐにはできないと思う。けど、少しずつ、少しずつでいいから。前を向いてみよう。

 煌びやかな絶景に背を向ける。

 

「ふん。もう逃げるなアル。仕事増えるだけネ」

 

「あーそのことなんだがな」

 

 俺は言葉を濁し腹をさする。

 

「痛くて登れそうにないから手を貸してくれ」

 

「──」

 

 自分で登れ、とココは目で訴えてくるが、数秒見つめたら手を貸してくれた。

 何回か落ちそうになるのを助けてもらい何とか自室に戻ると、ココはもう寝るとそそくさ部屋を出て行ってしまった。

 

「……当面は、キンジたちへの弁明が課題だな」

 

 腹を庇いながらベッドへとゆっくり転がる。

 仲間の一人が眷属に鞍替えしたとなれば全力で取り返しにくるかもしれない。それに公安のこともある。首のチョーカーが爆発してないのが謎だが、ここらへんは明日考えるとしよう。

 今日は思い出すだけでもしんどい一日だった。おとなしく寝よう。

 (まぶた)を閉じ、どう言い訳するかを考えながら、ゆっくりと意識は暗闇へ落ちていった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ──香ばしい匂いが鼻をくすぐる。起きた直後のダルさに辟易しながらも目をゆっくり開けた。体感としてはただ数秒間目を瞑ったあとのように思える。しかしそうじゃないと言い切れるのは、窓の外から既に陽光が差し込んでおり、それも冬特有の朝の肌寒さはなくポカポカと暖かいからだ。

 

「おまえらなにしてんの?」

 

 ベッドから上半身を起こしながら、円卓を囲むやつらに問いかける。

 全員で6人だ。ココ含め四姉妹、眷属側につく要因になった女医、そして武器商人。見たくもないメンツ勢ぞろいで、ワイワイと何かを焼いている。

 

「おっ、おきたようだね。昨晩からこんな時間まで惰眠を謳歌するとは、ずいぶん良いご身分だ。まあ色金保持者はそのくらい神経が図太くなきゃやっていられないか」

 

 一番先に気づいたのは、一番遠くの位置に座っている女医だ。相変わらず目の下の隈はとれていない。しかし元気なようで、箸で円卓の中心の何かを四姉妹と取り合っている。

 

「敵の本拠地で堂々と眠り込む愚者なんて過去の歴史見渡したっていない。予測不可能といえば聞こえはいいがね」

 

「その敵側に詐欺まがいな手口で俺を引き込んだのはお前らだろうが」

 

 嫌味な口調でこちらを向きもしない武器商人は、トングで皿から赤い何かを円卓中央に移している。未だ眠りに落ちようとする目を擦りよく観察すると、その正体は肉だった。

 円状に切られた肉や細かく四角に切り分けられた肉、鮮やかな赤みを持つ肉、ブロック状の肉などなど。様々な部位の肉が豪華な皿に盛り付けられていた。武器商人が今トングで掴んでいるのは、その中のひとつだろう。

 つまり、病人の前でこいつらは焼肉をしているというわけで。

 

「……んでよりによって俺の部屋で焼肉なんだ」

 

「あ、もしかして欲しいのかい? 君も欲張りさんだな」

 

 女医は苦笑いを浮かべ、奥のテーブルに行き、透明なプラスチック製であろうカバーを外す。その中のものを大きめの取り皿へ移し始めた。

 あらかじめ焼いてとってくれてたらしい。だけど、

 

「一言も欲しいなんていってねえだろ」

 

 余計なお世話というやつだ。人の親切心を無下にするのは俺だって心痛いが、武器商人の言う通りここは敵地の拠点内。俺がその仲間に引き入れられようと、平気で毒物をもってくる可能性はゼロじゃない。

 

 っ、にしてもだめだ。声が張れない。貧血と低血圧のときに似てるな。思うように力がでない。そういえば怪我してから輸血してもらったっけか?

 

「まあまあ。若人はつべこべ言わず肉を食いたまえ。これでも1級品を揃えてある。ガッカリはさせないよ」

 

 猫背の背中からは想像もつかない自信に満ちた声だ。

 よくもまあ昨日の今日で俺がおまえから貰ったものを食うと思ったなと目で訴えるが、振り向いて俺の視線に気づいてもニコニコするだけ。

 きもちわるい。

 

「新鮮だからさ、食べた方がいいと思うよ? 」

 

 ベッド横から簡易テーブルのようなものを展開され取り皿が置かれる。

 いらない、と口にするが、嗅ぎなれた臭いに目線を皿に落とした。

 

「──これは、藍幇式の歓迎会なら普通なことか? 」

 

 取り皿に載っているのは、ミディアムでもレアでもない肉。脂が焼けた匂いも、熱気から伝わる肉本来の匂いもない。ただの生肉だ。しかも、肉からは血が滴っており、皿の底に血溜まりができている。

 

 まさに肉塊と呼ぶにふさわしき物体だ。ヒトを下等生物呼ばわりするヒルダだってまだマトモな食事をだす。

 この女医がイカれてるのは元より、ココや武器商人は依然として焼肉の争奪戦をしてこっちを気にもとめない。

 

「内臓がぐちゃぐちゃなヒトの身体がそんなの受け付けると思ってんのか」

 

「思ってないさ。ただ、君はもうヒトではない。君はそこの商人の複製体と戦って随分と肉を失ったじゃないか。だから、さ」

 

「失った肉をよく分からん肉を食って修復しろと? 」

 

「まあいいじゃないか。どうせ君は死なないんだ。もしかしたら、新しい能力に目覚めるかもしれないよ? 他を喰らい自分の糧とする。君に取り込まれるということは色金になること。色金は粒子状態だから、その粒子が傷口に集まってあっという間に治す、とかね」

 

「机上の空論を語って楽しいか? 」

 

「空論かどうかは君次第さ。それに君、食べる気満々じゃないか」

 

 グググッ、と俺に顔を近づけ、自分の口端を指でトントンと指した。

 意味不明な所作、そして得意げに語る女医を前に反論する──そのまえに、自分の口端から唾液がたれていくことに気づく。そして、お腹の元々胃があった部分が収縮するような感覚が──。

 

「あなたも私も、私たちも。みんな同類よ」

 

 円卓に座っていた全員がこちらを振り向いた。焼肉を貪っていた時と変わらぬ雰囲気。変わらぬ服装。それでも隠しきれない異常が、彼女らの顔に現れる。黒い瞳は紅く光を放ち、口端からは小さくも存在感を放つ犬歯を覗かせる。

 

「なっ、おまえら──! 」

 

 言葉につまる。ココたちの後ろに、総毛立つ何かを見てしまったから。

 

『みるな』

 

 俺の口が勝手に動く。それでも視線は釘づけだ。その見知っている何かと共に、嗅ぎなれた匂いもする。

 血の匂いだ。むせ返るほど()()、嫌になるほど()()()()

 ぐぅ、と腹の虫が鳴く。どうやら生でも構わないらしい。

 

『やめろ』

 

 何度も何度も、呪詛のようにやめろとつぶやくが、その願いが叶うことなく。

 私はその生肉を掴み、口元へ──。

 

 ふと、部屋の奥に目がうつる。そこには、血にまみれた何かがあった。

 呼吸が荒くなる。心臓が高鳴る。汗が全身から吹き出す。認めようものならきっと自分を保てない。

 にもかかわらず、ソレから目が離せない。

 

 

 ……それが、口を開いた。

 

『けてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけ』

 

 

 ☆☆☆

 

 

「ひゅっ──っ! 」

 

 瞬間、目の前の光景が一瞬にして切り替わる。グロテスクな肉塊も、口に運んだ生肉もない。そして、建物の中でもなかった。

 あまりの出来事に呆然と立ち尽くすばかりだが、転移ならばすぐに状況を把握しなければならない。

 急いで辺りを見渡すと、俺が今立っているのは、喧噪が飛び交い人々がひしめく大きな(とお)りということが分かった。この大通りに沿うように左右には商店が並んでいるのが見える。

 

 そしてすぐに違和感に気づいた。商店を営む人々のみならず、道行く人々すべてが半透明。そしてその人々が来ている服装が、あまりにも時代劇じみているからだ。

 武士の正装とされる裃を着こなし、二振りの刀を帯刀している人。布を何枚も重ね着し腰の帯で結んでいる人々。優雅な着物を着ている人々。その誰しもが、俺をいぶかしそうにジロジロ見ながら通り過ぎていく。

 現実と片付けるにはあまりにも滑稽で突拍子もない光景。しかし、肌を滑る風の感触や染物屋の藍液の匂い、深呼吸すると肺に入ってくる空気の暖かさなど、到底夢では片付けられない。

 

「────が前にお願いしたこともしっかり守ってね」

 

 俺の前で誰かの声が聞こえた。喧噪の中でもハッキリと耳に残る声。

 いつの間にか、俺と同じ実体がある女性が横を向いて立っていた。純黒の長髪が背中全体を覆う長さに対し、前髪は眉の上で切り揃えられている。目立たない鼻、艶のある唇。藍色の袖振から延びる雪のように白い肌と小柄な姿に華奢な手足。会ったことはないが、だれかの面影がある顔だ。

 

 そして、少し茶色がかっている大きな瞳が訴えている先に俺も視線を移す。

 

「あれ、は……京条朝陽(おれ)か!?」

 

 武偵高制服に身をつつみ、こちらを見つめている俺がいる。顔に傷はなく露出している肌部分にも瑠瑠神が残した呪詛は見当たらない。そして、生気すらも抜けたように動いていない。まるで中身がない人形のようだ。

 絶句のあまり固まってしまったが、これで確信した。ここは夢の中だ。修学旅行の日、理子と泊った旅館で見たものの続き。過去の俺が見たものだ。

 

「さて。どうしてここにいるんだい?」

 

 今度は()に声をかけられる。前にいる女が俺の眼をジッと見ていた。

 

「君はここで自我を持ってはいけない。ここで思考してはならない。ここは夢でなければならない。いったい今の君は、だれなんだ?」

 

 女が大きく瞼を開け、鼻と鼻がぶつかり合う距離まで急接近される。見えないものに縛られているかのように動けず、女の()()の瞳が視界いっぱいに広がった。

 醜い自分が映る。相変わらずのやつれた顔だ。右目中心から顔全体へ蜘蛛の巣状に広がる亀裂のせいもあって、ますますヒト離れが目立つ──

 

(まぶた)が、開いてる……!?)

 

 金属と相違ない硬さでありピクリともしなかった右目の(まぶた)が開いている。下から久しぶりに覗かせる瞳は期待と反し若干灰色に濁っていた。だが、驚くべきはそこじゃない。

 

 1ミリにも満たない小さな光が2つあった。

 緑がかった青色(ターコイズブルー)の光は、ゆっくりと俺の瞳の中を遊泳している。

 赤みがかった黄色(くちなし色)の光は、俺の瞳の中で激しくその存在を主張している。

 

「なんだ、君か。よくもこんなとこまで来たものだ。愛とは怖いものだね。守ってあげてた甲斐があったというものだ」

 

 女はやれやれと俺から顔を離す。そして次なる言葉を紡ごうとして、ピタリと動きが止まった。

 

「おかしい。どうしてお前がそこにいる!」

 

 次に聞こえてきたのは、外見からは想像もつかないほどの咆哮。天を仰いで嫌忌をぶちまけるその姿は、荒れ狂う獣そのものだ。

 

「どうしてそこにいるんだ! ボクの計画がどこで……っ、どこで間違えたッ! このボクが間違えるなどッ、いやそんなことはどうでもいい! 今から修正は無理だ。だとすればさらに戻るか!? ──だめだっ、これも時間がない! ~~~ッッッ! 貴様ごとき劣等種が! よくもボクの『──』を!」

 

 女の小さな手に顔をわしづかみされる。その細腕からは想像すらつかない力で、頭蓋骨がきしむ音が脳内を駆け回る。

 

「返せ! 返せ返せ返せ返せっ、返せぇぇぇェッッ!!」

 

 般若のごとき形相に、全身に鳥肌が立ち嫌な冷や汗が背中を伝う。呼吸を忘れ、血の臭いが鼻をくすぐり、視線は固定され、目の前は白く────

 

 

 ☆☆☆

 

 

「きょー、君っ!」

 

 懐かしい声で、懐かしい呼び方で、目を覚ます。

 今までの狂気や混沌、混乱を招くような風景はそこにはなく。蕩然たる純白の空間に佇んでいた。

 

「なんのためにッ! なんのためにここまで戦ってきたの! 諦めないでよっ!」

 

 喉がはちきれんばかりの痛々しい叫び。理子の声ではあるのだが、変声器でも使ったみたいに声が歪む。

 もう悲しませないと交わした約束を、見えない誰かが破っている。破ったから、こんな胸を抉られる思いを吐露しているのだ。

 

 いてもたってもいられない。白以外は何も見えない苛立ちに拳を握りしめようとした刹那、ザザッ、ザザッ、と雑音が混ざる。

 

「離して!りこが可愛いからって妄想はひとりでやってよ!」

 

 これまで数回しか聞いたことが無い、理子の本気の怒鳴り声。

 ザザッ、ザザッ、と雑音が混ざる。

 

「~~っ!よくも……よくもアタシのキンジをっ!」

 

 感情的になることはあれど、これまで聞いたことが無い『──』の涙交じりの憤怒。

 ザザッ、ザザッ、と雑音が混ざる。

 

「殺します。もうそれ以上、なにも喋らないでください」

 

 平坦でどこか機械的でありながら、明確な殺意を持つ『──』の静かなる殺意。

 ザザッ、ザザッ、と雑音が混ざる。

 

「たす……けて、キンちゃ、ん……」

 

 凛々しい面影はなくなり、ぐったりと、訪れる死を拒絶する『──』の未練がましい溜息。

 

「やだぁ、やだやだやだなのだ!もう痛いのはやだなの、ひっ、ぁ──!」

 

 灯火のように、何かに怯え泣いている『──』の最期の嘆き。

 ザザッ、ザザッ、と雑音が混ざる。

 そして。

 

「もう、おわりにしよう。理子。おれはおまえのことが──だいっきらいだ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

「──ァァァァぁぁぁあああああああッッッ!?」

 

 気がつけば、上半身を跳ね上げるように起こしていた。

 全身汗まみれで、10キロ全力ダッシュでもしたみたいに疲労感が身体を支配していた。必要ない空気を取り込もうと必死に呼吸しているせいか、息をするだけで痛いほど喉がカラカラに乾いている。

 

「ぅぅ、ぐ、いっ──!」

 

 視界は暗く狭まっており、金属バットで殴打され続けるのと同等の激痛が頭の内部を蹂躙する。

 極めつけは、胃の奥に詰まった異物を手を突っ込んで取り除こうとするような凄まじい嘔吐感だ。当然のごとく何も出てこないが、腹の筋肉が収縮し何かを吐かせようとする。生き地獄といっても過言ではない。

 

「っ、このタイミングで目覚めるのか君は! つくづく運のない男だ!」

 

 周りにいる赤衣を着た人が俺をベッドへ押さえつけた。

 俺の右目らへんに必死にガーゼを当てている。

 胸が苦しい。肋骨が軋む。なのに胸に何か被せやがる。

 

「拘束具装着しました! ですがこの出血量ではもう──」

 

「コレを人間と同じにするなと言ったろう! ガーゼもっともってきて! 意識がなくなったらいつ暴走するかわからないからね! この()()の能力も止血剤自体が効かないのなら意味がない!」

 

従属宣言(ジェモー)が拒否されてる! こんな事今までなかったのにっ」

 

 手足が痺れ始める。力がうまくはいらない。寒気がする。

 ……この寒気には覚えがある。ジーサードに腹を裂かれ、最後は心臓を穿たれた時の()だ。

 薄れゆく意識に必死に手を延ばす。

 

「手術の準備整いました!」

 

「この部屋から色金保有者を出すのは危険極まりないが、放置しても結局たどる運命は同じかっ……! チッ、異物は緋色の弾丸と断定! 脳までは到達していないが早急に──」

 

「……ほう。()()()()の反応が出たから来てみれば。なかなか君も、追い詰められれば意外とやるじゃないか」

 

 生きたいと思い、仲間を思い、理子を想い、そんな思いを手助けする声が聞こえる。

 ソイツは横から俺を覗き込むと、嬉しそうに声を弾ませた。

 

()()()()でもやらない危険な賭けだ。まぁ、意識や魂のみを限定とするならば理にかなっている行動だけどね」

 

「武器商人、今は君のおしゃべりに付き合っている暇はない! 頼むから今度にしてくれ!」

 

「この子の中の緋弾は既に輝きを失って同化したよ。手術したってこの子の眼の中から弾丸は出てこない。それに、金属にメスは刃が欠けるだけだよ」

 

 武器商人は俺の右目部分に手を当てた。直後、緋色、鮮緑、薄水色と順にまばゆい光と灼熱が放射される。

 

「あッ──! ぁぁああああアアアアアッッ!!」

 

 熱い、というよりむしろ無数の針を突き刺される痛みに近い。肌が焼かれる臭いを機敏に嗅ぎ取り、さらに吐き気が倍増する。

 これまでの激痛に加え、さらに襲い来る痛みに意識はむしろハッキリしていく。いっそこのまま楽になりたいと、その考えすら灼熱に焦がされ消えていく。

 

「通常のヒトはショック死するくらいだが、痛覚が鈍感になってる君なら耐えられるさ。ほら、これで──」

 

 灼熱が脅威を増し、自分の中で音を立てて引きちぎれる音が……、

 

 …………

 

 …………………

 

 …………………………

 

「──────がッ、かはっ!」

 

 途切れた意識を必死に手繰(たぐ)り寄せ、(から)っぽだった肺にめいっぱい酸素を取り込む。呼吸の必要はないが、この身体の反応が今は涙が出るほど嬉しかった。まだ生きてる。人でいられてるって。

 自分を追い込んでいた激痛苦痛は、まだ多少の痛みはひいているが、それが嘘だったかのように消えている。

 

 呼吸を整えて俺を取り囲んでいる奴らを見上げた。

 皆一様に白衣ならぬ赤衣を着ているのかと思ったが、特に俺を脅してきた女医は髪の毛や顔までドス黒い紅く染まっていた。

 なにをした、と聞く前に、口に液体が侵入してくる。

 

(これは……俺の血、か)

 

 思えば顔が所々冷たい。服にも染みてきている。なら、周りの人が被ったのは俺の血か。

 中には青白い顔して今にも吐きそうみたいな人もいるし、どうなってんだ……。くそ、まだ頭がボンヤリする。

 

「ぁ、ぁ……ここは……?」

 

「対特殊凶悪者専用の牢屋だよ。君のような危険物が寝静まったらベッドごと輸送されて収容される。最初からここに案内されても怒ってこの建物ごと破壊されたら困るからね。そのための仕掛けさ」

 

 ペラペラと武器商人が口を動かす。仮面の下は見えないが、きっと満面の笑みを浮かべてるに違いない。

 

「おれは、どうなって……」

 

「端的に言うと、狙撃された」

 

「そ、げき?」

 

 見えてる範囲だが天井に孔らしきものはない。牢屋だっていうなら外に続く窓なんて……。

 

「そう、今の君にとっては()()()()()()()だ」

 

「どういう、ことだ」

 

 頭が混乱する。意味が分からない。けれど、武器商人はまた楽しそうに呟いた。

 

「さて。死ぬ思いまでして()()してきた気分はどうだい? 京条朝陽くん」

 

 

 

 




※最初に食べようとした肉塊は自分自身です。原作緋弾のアリアに登場するキャラクターではございません。また、表現がR18Gに該当しないようできる限り配慮しました。
また、セリフ切り替え部分計5人については配慮のため隠しています。正体は活動報告に載っているので、気になった方はぜひ。


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第79話 瑠瑠色金

前回 過去、現在、未来の夢を見るが、その反動で重症を負う


「さぞ素晴らしき光景だったろう。遥かなる過去、異質な現在(いま)、数多の可能性を辿る未来。時を駆けた夢の旅は」

 

 顔含む全身を濡れたタオルで拭かれながら告げられたその言葉はあまりにも突拍子もないものだった。

 未だ夢の中の出来事が強烈で整理もつかないのに、最悪の寝起きからこんなこと言われれば誰だって唖然とする。

 

「旅行……って、夢のことかっ……どうしてしってる。しかも未来からの狙撃って──」

 

 乱れた息を整えながら武器商人を睨みつける。

 江戸時代を彷彿とさせる風景、ここ藍幇城で自分を喰べた光景、そして、俺と親しい人たちの悲痛な叫び。

 胸糞悪く今にでも忘れたい夢の内容を、こいつはあたかも知っているように話す。

 

「知っているとも。とても愉快だった!と、愉悦に浸る前に医療班には退いてもらおう。こんな愉快な話は悲壮漂う面持ちの彼女らには似合わない」

 

 テンション高めの武器商人は、パン、と手を鳴らす。すると、俺の周りを取り囲んでいた看護師さんたちは、今にも吐きそうな顔や俺を睨んだりと十人十色な感情を俺に向け、出口の扉へと血に塗れたガーゼや器具を運び出ていった。

 10帖ほどの広さの部屋全体が白色で統一されているにも関わらず、あちこちに血が飛び散っているってことは、相当な出血の仕方をしたんだろうな。武器商人の言う狙撃された瞬間は夢の中にいたから、知る由もないが。

 

「……助かった。だが君は諸葛から京条(コレ)への接近禁止命令が出ていたはずだ。立ち話するのであれば、ほどほどにな」

 

「把握しているとも。女医(ドクター)、君からもごまかしておいてくれたまえ」

 

 最後まで残っていた女医は顔を濡らす血を拭き取りながら武器商人へ面倒くさそうに伝えると、俺を一瞥(いちべつ)し、

 

「こちら側へと脅して引き込んだのは私だが、まったく。はた迷惑な兵器だ」

 

 と、疲労感を言葉に乗せ、部屋から出ていった。ヒルダは女医に明らかな敵視を飛ばしたが、それも無視して。

 

「オマエ、行く先々で死にかけないと気が済まないの?」

 

 その怒りの矛先を今度は俺へ向けた。しかしそれも些細なもので、語気がいつもより弱い気がする。喧嘩したあとでも気にかけてくれるのは、少しうれしい。

 

「……ごめん」

 

「まあまあ落ち込まないでくれたまえ。出血はもうしないし、痛みもじき引いていく。命拾いしたうえに──君の場合は死んでるが、良い経験になったろう。時間旅行は連続して行えるものじゃあないからね」

 

 陽気に笑う武器商人はいつの間にか傍にあったパイプ椅子に腰かけ足を組んだ。その態度はまるで子の成長を観る親そのものだ。

 ころころと俺に対する態度が変わる様に気持ち悪さを感じながらも、俺は再び問いかける。

 

「俺なんかの様態より、なんで俺の見た夢を知ってるんだ。まさか、お前が仕組んだことなのか? 」

 

「まさか。色金に頼み事などするはずないさ。とってもシンプルで簡単なことだよ。──()()()から」

 

「……考えた?」

 

 あまりにも、俺が欲しい答えから遠いものだった。具体的ではないがその口ぶりからして全て知っていそうだが、決してそれを言わない。コイツはそういう奴だ。それでも問いかけたのは、単なる願望。一向に好転しない状況に終止符を打ちたいから。

 

「色金の性質、君の生い立ちを考えれば君が何を見せられ、体験したかは自明の理だ。そこは問題じゃない。重要なのは──」

 

「お前が得体の知れないやつなのは今も昔も変わらない。けど今回ばかりは違う。お前みたいなのがわざわざ藍幇側について、俺みたいな弱いものいじめをして。一体何が目的だ。その力があれば世界をどうにかすることくらい簡単なはずだ」

 

 今までないがしろにしてきた部分を解明しなければ真相に辿り着けない。藁にもすがる思いでの問いかけだ。

 しかし、武器商人は答えない。予想通りとも言うべきか。肝心なことは何一つ答えてくれない。

 

 シン──と沈黙が流れる。

 今まではアクションのひとつでも起こしていたけど、今回は仏像にでもなりきるつもりか。こんな無駄な時間を過ごせる猶予はないってのに……。

 

「──もういい。わかったよ。それはあとで考える。それで、重要なのはなんだ? 」

 

「おや。諦めてくれたか。嬉しいよ」

 

 んんっ、と咳払いをし、続きを話し始めた。

 

「わざわざ嫌がらせで過去の君へ弾丸を撃ち込むことはしないだろう。それに、重要なのはなぜ私が夢の内容を知っているのかではない。このタイミングでなぜその夢を見たのかだ」

 

「タイミングって言っても、夢の内容が今に繋がっているとは思えない。あんな奇怪な夢……というか、旅の夢か。どれも脈絡がなさすぎて検討もつかない」

 

「どれかは心当たりがあるんじゃないか? 例えば、異質な現在(いま)を表す夢は」

 

 異質な現在(いま)を表す夢──俺が、俺を食す夢。蠢く肉塊となった自分を、口では拒否しつつも本能がソレを食べたいとヨダレをたらし、飲み込んだ。思い出しただけで吐き気がする夢の旅だ。

 

「俺にあんな趣味はない。ましてや自分をなんて……」

 

「何も直接的な意味と捉える必要はないと思うよ。ならば、数多の可能性を辿る未来の夢はどうだったかね? 」

 

 数多の可能性を辿る未来の夢──俺が、みんなを裏切った瞬間だ。全員俺と親しい仲だった。怒りも悲しみも、本物に迫るものだった。けれど、

 

「……分からない。あんなの見せられても分かんねえよ。ただ、瑠瑠神に乗っ取られて、みんなを裏切ったんじゃないかって思う」

 

「……なるほど。君にはそう見えるか」

 

「そう見えるって、どういう──」

 

「ねえ。オマエたちだけで話進められても困るのだけど。私にも話してくれないかしら? 」

 

 と、シビレをきらしたヒルダが割って入ってきた。

 喧嘩別れした相手が瀕死になり、回復したと思いきや、今度は瀕死のときに見た夢の内容を話し始める。たしかに、黙って見てられない。

 まだ仲直りのひとつもしないままこんなことを話すのは少し気が引けるけど、

 

「あ、ああ。最初は俺がここ藍幇城で俺自身の肉を食べた夢。次に江戸時代くらいの城下町っぽい雰囲気の場所に立ってたんだ。もう1人の俺と女の人がいて、それを見てる俺がいて。急に女の人が突っ立ってる俺を見て何かわけわかんないこと話してキレて──最後に俺と近しい人が俺に裏切られたか、死んでいくような、とにかく憎悪と失意が俺に向けられた夢だった」

 

 簡潔にヒルダに伝えた。

 思い出すだけで吐き気がする。が、向き合わなきゃ解決の道は拓けない。緋緋神は過去に、瑠瑠神は現在に影響する超能力だ。順当にいけば残りの璃璃神は未来に影響する能力で、夢の内容と辻褄が合う。単に偶然だとは考えられない。

 

「黙って話を聞いてたかぎり、それが現在と過去、未来の3種類の旅の夢。そこの気味悪い仮面男の言う通りなら、最初と最後のはそれぞれ現在と未来を表す夢で間違いないのよね」

 

 明らかに不機嫌なオーラを身にまといつつ、その視線を気味の悪い仮面男こと武器商人に向けた。武器商人はヒルダの態度を意に返さず、短く肯定の意を示す。

 

「追い詰められた人間がたまに見る夢と大差ないのだけど……問題は、あんたが2人と女がいた世界ね。詳しく聞かせなさい」

 

「詳しく、か。わかった」

 

 俺は見たままのことをヒルダに話した。話した内容から、表情の移り変わりもすべて。ヒルダも真剣に聞いてくれているようで、少しばかり嬉しい気持ちが芽生える。

 夢の内容はそこまで長くなく、話終えるとヒルダは、訝しげに、最後の場面をひとり繰り返すように口にした。

 

「鼻と鼻がくっつくくらいまで近寄られて、閉じているはずの右目がその女の瞳の反射で開いていることに気づいた。同時に、オマエの瞳の中に青と黄色の光が漂ってているのを女が見て、『計画が違う。私の「──」を返せ』って叫んで終わった。────謎ね」

 

 いったい誰を返せなのか、そもそもあの女は誰なのか。ヒルダの言う通り、謎が謎をよぶ状況だが、ヒルダは少し黙って考えた後、ポツリと呟いた。

 

「そのオマエの右目の光って、具体的にどういう色か分かる? 」

 

 色──? なんで色だと疑問がのこるが、少し考えたあと、記憶の底から色の名前を引き出す。

 

「あー、青がターコイズブルーで黄色がくちなし色っぽかったな。色の明確な違いの名前なんて知らないから大体で受け取ってもらってほしいけど、色の種類聞いて意味あるか? 」

 

「狙撃に使われた弾が緋緋色金と璃璃色金の合金よ。同じ位置ならその2つが光の正体として間違いないのだけど、璃璃色金はともかく緋緋色金は緋色。間違っても黄色に近い色ではないわ」

 

「色に関しては、それぞれが混ざった色だと考えれば良い。赤と緑で黄色、青と緑でシアンだ。大雑把ではあるがね」

 

 武器商人のその言葉に、ヒルダは続けて言葉を紡ぐ。

 

「そう。オマエの右目に宿った色は、瑠瑠色金なしには成立しない色なの。そもそもなのだけど、色金って混ざるものなの? 」

 

 っ、そうか。いま、俺の体には2種類の色金が混ざってる。瑠瑠色金と璃璃色金だ。璃璃色金は、半年以上前──ブラドとの戦闘で瑠瑠神に呑まれかけ、制御不能になった俺をレキが狙撃し鎮圧した。その時の弾丸に微量の璃璃色金が含まれてて、体内にまだ残っている。このふたつが今どうなってるか、ということだろう。

 

「強い方が弱い方を上書きするってのは知ってるが、混ざるってのは──」

 

 上書きされるとはおそらく、自身が色金に汚染されることだ。その特性を活かして時間超過・遅延(タイムバースト・ディレイ)を攻略したと、アリアから聞かされた。確かに、上書きの理屈は理解出来る。瑠瑠神にとって邪魔だからだ。だけど混ざるってのは、それは──。

 

「……ありえない」

 

 瑠瑠色金は緋緋色金と璃璃色金と敵対している。二神の対応から見てそれは明らかだ。なら、今回の()()()()()という現象はありえないはず。それこそ、瑠瑠神が協力でもしなければだが。

 

「この身体の色金の比率は圧倒的に瑠瑠色金が多い。外から2つの色金の合金弾がやってこようと瞬時に飲み込まれるだけだ」

 

「上書きが拒絶なら、混ざるとは許容ってわけね。自己を否定せず相手を許容する──今さら他の色金と協力し合う何かができたってことかしら」

 

「瑠瑠神にいたってそれはない。俺に関わった女は全て殺すと宣言してるし、気が変わったならとっくに俺は解放されていいはずだ」

 

 などと言いつつ、武器商人のゴーレムに殺されかけたところで瑠瑠神に意識を乗っ取られた時のことを思い出す。能力の連続使用で瑠瑠神に乗っ取られた。その状態で好き勝手されると覚悟したが、全くの逆だった。その言葉づかいや振る舞いは、狂人のソレではなく、あろうことかヒルダにを助け、自ら乗っ取りを解除した。

 痛みに慣れ、頭も働き始める。おかげで少しずつ鮮明になっていく記憶を辿っていく。

 

 ──緋緋神の能力、次次元六面(テトラディメンシオ)

 ──信じてという言葉。

 

 次次元六面(テトラディメンシオ)が緋緋神の能力ならば、いつ混ざったかはともかく、なぜ瑠瑠神は受け入れたのか。

 

「なによ。考え込んじゃって。……もしかして、あのときの瑠瑠神の態度が気になったの? 」

 

「ああ。今までの狂人ぶりはなんだったんだって」

 

「それは私も同感よ。私が理子の影でオマエの醜態を観てた時とか、オマエの血が身体に流れてる時の様子とは大違い。『私を愛して、私を助けて』って。人が変わったようだった。どこかの誰かと同じ、多重人格なのかしら」

 

 ヒルダは嫌味ったらしく武器商人を睨みつけると、武器商人は嬉しそうに声音を弾ませながら、答える。

 

「自らの権能や能力を分割することで、分割前よりも弱体化はすれど、人格を作り活動させることは可能だよ。けれど、瑠瑠色金のような()()の神では不可能だ。ひとつひとつの能力が、彼女たちを形成するピースとして大きすぎる」

 

「つまり? 」

 

「人格を分離した途端に彼女たちは崩壊し、神として死ぬことになる」

 

 あたかも、それが常識だと言わんばかりに答えた。突拍子もない説明だ。だが、嘘偽りを述べているとも思えない。妙な説得力がその言葉に乗っている。

 それに、コイツは俺が難題にぶち当たるたびに嬉しそうに現れる。きっとこれも、その難題を乗り越えるのに必要な情報なんだ。──今さら、全部嘘でした、なんて言われても引き返す時間なんてないしな。

 

「……でも。それでもだ。瑠瑠神は確かに2()()()()()。たった2回だけだけど、狂気に染まっていない──正気の瑠瑠神がいた。現れたのは、おそらくヒルダだけに聞こえた瑠瑠神の助けを呼ぶ声と、お前のゴーレムと戦った時の2回だ。この場合、多重人格ではないということ鵜呑みにするのなら」

 

「「誰かに操られている」」

 

 ヒルダと俺の声が重なる。

 消去法だけど、この結論が最有力だ。

 今までの情報を総合すると、何者かが俺を貶めるために瑠瑠神を操っている。それを伝えるために、2回だけヒルダや俺の前に本当の姿を晒した、ということなんだけど……。

 

「……そこまで恨みをかった覚えないよ。瑠瑠神の演技じゃないか? 」

 

「は? ──あのね。自分で言ってて悲しくないの? 演技だったらなんで私たちの前だけで演技するのかしら」

 

 だよなぁ。演技するなら、その残忍性をみんなの前では隠すとか、もっとやりようはある。

 

「あと、オマエは自分への恨みはないとか言ってるけど、あるでしょ。たくさんの女子に変態的な言動をしてたらしいじゃない。この不潔」

 

「してない! 誤解だわ! てか懐かしいなおい! 」

 

「冗談はそこまでとして。この結論が正しいと仮定して、誰が操ったかなのだけど……オマエの過去の夢に出てきた女が怪しいわ」

 

 ヒルダが冗談を言うのか、と変な感心を抱きつつ、夢に出てきた女を思い出す。……強襲科のSランク時代に捕まえてきた犯罪者だって、それなりの理由があって捕まえてきた。逆恨みはあれど神を操る程の力を持つ者や、そういった情報は一切耳にしなかった。もちろん夢に出てきた女のことも知らない。知らない──といより、見えなかったという方が正しいか?

 

「顔は見なかったの? 」

 

「見た。確かに見たんだけど……こう、思い出せないというか、靄がかかってるというか……。黒い瞳だったってのは覚えてる」

 

「瑠瑠神では、ないのよね? 」

 

「ああ。雰囲気も見た目も全然違う」

 

「ふーん……なら、そいつは瑠瑠神よりも強い神か、何らかの方法で瑠瑠神を制御できる技術を持ったやつってことね。ねえ、なにか情報ないの? 黙って見られてて不快なのだけど」

 

 その険しい視線の先では、武器商人が頬杖をして俺を見ていた。仮面越しでもニヤニヤしてるのがわかってしまうほどご機嫌なのが伺える。頭の後ろに花でも舞ってるかのようだ。

 

「ノーチラス、という組織があってね。通称"N"と呼ばれているんだが、そこにネモという超々能力者(ハイパーステルス)がいる」

 

「──のー、ちらす? 」

 

 自分のではない心臓の鼓動が内側で強く主張する。

 その言葉に、どこか聴き覚えがある気がした。会ったことはないし聞いたことも無い。けど、なぜか、ネモという名前の響きは知っている。

 

「神崎アリアや君と同じ、色金の力を扱う者。そして彼女が扱う色金は、君と同じ、瑠瑠色金だ」

 

 朝陽が抱いた疑問とは裏腹に、私は胸が踊る。

 力が抜けていく感覚は前々から感じていた。私の力を吸い取れる者を知っている──なら、この望みが叶うかもしれない。

 

「まじ、か! そいつは今どこに! 」

 

 男はその食いつきように嫌な笑みを浮かべた。

 いつもわたしが知りたいことに限って残す最悪の(かお)。続く言葉はいつだって決まっている。

 

「それは()()()()()()()だ。君が過去への旅の夢で会った人物が彼女であるかどうかは、君自身が確認するといい」

 

 帰ってきた答えは、僅かな希望の光をかき消す無情の言葉であった。

 

「──っ、なんでだよ! 」

 

 心の中で潜めていた怒気が、少しずつ溢れるのを感じる。

 いつもそうだ。肝心なときに限って答えをだし渋る。意味深な言葉だけを残す。その目的すら知らされず、ずっと()()()()されている!

 焦燥感に駆られる()()の気持ちなんて武器商人は、つゆ知らずと言葉を続けた。

 

「会ったところで君は彼女には勝てないよ。彼女は、色金の力を一方的に借りて能力を使う技術を会得している。今もその力が発揮されるのであれば、代償を払う君とそうでない彼女とでは勝負の行方は決まっているからね」

 

 考えるよりも先に身体が動いた。

 鉛のように重たい身体を起き上がらせ、武器商人の胸ぐらを右腕で掴みあげる。

 

「勝負云々の話じゃない! ()はどこにいるかと聞いてるんだ! そのネモというやつが俺の夢に出てきたかどうかはともかく、会って確かめたいんだ!□□□□□□□□□□□ってことを! 」

 

「朝陽! 」

 

 バチッ! という短くも眩い閃光が俺の視界を遮る。一瞬のことだけど、それがヒルダから発せられたものだと分かった。それに、臨戦態勢で俺を睨みつけているということも。

 

「……すまん。ちょっと取り乱した」

 

 武器商人の胸ぐらから右手を離すと、腕自体が巨石のように重くなっており、落下する勢いで、横たわっているベッドの骨組みに当たり小気味よい金属を響かせた。腕に感覚がないのか、肩から先が無くなっているように思える。

 それに、急に動いたことで、引きかけていた頭痛が再度痛みを増していく。

 

「そうね。落ち着きなさい。わけ分からないこと口走らないで。──お前も、なんでそんなに話すことをもったいぶってるのかしら」

 

 俺の代わりに、ヒルダが問いかける。

 返す言葉は問いかけたヒルダではなく、俺を見て。スーツの乱れを片手間に直しながら、

 

「君に注目しているからだよ。ただそれだけだ」

 

 と、当然のように言い放った。その言葉が本心であるかどうかは図りかねる。

 世界を手玉に取れる強大な力をもって、何を俺に期待するものがあるのか。きっとコイツはそれすら教えてくれないだろう。あるいは、哀れだから、珍しいからだとはぐらかされるに決まっている。

 

 グッと拳を握りしめ、悔しさを再び内に閉じ込めた。

 こうなったのは自分の責任だ。他人にぶつけちゃいけない。

 幾度か深呼吸し、感情を整える。

 

「──落ち着いた? 」

 

「っ、ああ。大丈夫。ありがとう」

 

「ならいいわ。ネモという女が瑠瑠色金の能力を使う。その情報だけで充分よ」

 

 これ以上は情報を引き出せない──そう悟ったのはヒルダも同じなようだった。

 続けて、気がかりなのは──、とため息をつき、

 

「ネモが夢に出てきた女である可能性は極めて低いということ」

 

 ……確かに。考えてみれば、ヒルダの言う通りだ。

 時代背景から考えれば200年も昔のこと。普通の人間なら生きられない長さだ。

 

「ネモが人外か、"ネモ"という名を代々受け継いだ世襲制でやってきたか、長生きした人間か。俺の始末が目的なら、神を操れる実力があれば直接おれに手を下した方が早い。瑠瑠神を使って、瑠瑠神(わたし)に愛していると言わせる意味がないんだ」

 

 過去の夢で、最初にあの女の隣にいたのは紛れもなく俺だった。転生してきた身としては、この世界の過去に俺がいたなんて矛盾も甚だしい。そう幻影を見せられていたのか。幻影を見せる必要があったのか。

 ……考えれば考えるほど頭が痛くなる。瑠瑠神という存在も、瑠瑠神が操られているとして、それを実行している犯人のことも。前世でどういう大罪を犯せば、こんな仕打ちをするんだと。

 

「はぁ、ほんとうに心当たりないの? オマエの話の限り、ずっと昔からオマエのこと知ってそうな女なのだけど」

 

 いったい誰が────。

 

「過去に飛んだといえど、所詮は夢よ。顔が遺伝子レベルで似てたやつを自分と思い込んで、武偵の服を投影しちゃったんじゃない? 」

 

 こんなややこしいことに──。

 

「けどそいつも中々の一途な女ね。こんなのを好きだなんて」

 

私をこんなふうに歪めて──。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

「────────────────ぁ」

 

「ちょっと! 私の話聞いてる? 」

 

「あ、ああ! 聞いてるよ」

 

 脳裏に浮かんだその顔を、その名前を、当てはめる前に遮られる。

 自分でも馬鹿だなと思う。だって、恩を仇で返すようなことだ。動機だってないし、理由すら見つからない。たまたま条件に当てはまるのがいたからって、無差別にも程があるだろ。

 

 ぱんっ、と武器商人が手を叩いた。

 

「ともかく。この時点での君に緋緋色金と璃璃色金の合金弾丸が届いたということは、今この瞬間が君か、君に近しい人の分岐点ということだ。あるいは出力不足でここまでしか過去の道を拓けなかったかだが──どちらにせよ、完全に瑠瑠神に侵食されるまで限られた時間しか残っていない。その時間を有効に活用するか、無駄だと捨てるかは君次第だ」

 

 高級そうな時計を見つつ、武器商人は椅子から立ち上がった。

 

「──ヒントではないが、ひとつだけ君を褒めてあげよう。色金は1()()()()()()()()()()1()。そもそも右目が見えないということが不自然なのだ。アレらにヒトのような感覚器官は存在しない。全て金属だ。色金粒子の全てが目であり、口であり、手であり、足であり、心臓だ。この星に不時着した際に模したのが人型であっただけで、アレらに形など無意味なのだよ」

 

 その言葉の意味を理解する間もなく、続けて、

 

「君は既に瑠瑠色金に成っている。だというのに、見かけは人そのものだ。斬られれば赤い血液が噴き出し、身体に刻まれた無数の傷はいつまでも治らず。激痛に身を捻り、意識を暗転させまいと足掻く。感情はねじ曲がり、思考は犯され、しかし唯一残った人間らしいものとして、君は痛覚を選んだ。金属に神経はないにも関わらずね。その特異な性質を持ち合わせて演技とは思えないほどに君は弱い人間を()()()()()。その弱さこそが、君の強さだ」

 

 背を向け、出口へと歩いていく。ヒルダも俺も、武器商人を止めはしない。

 望む答えは返ってこないのだから。

 

「ヒトがその身を削りどこまで至るか、私に見せてほしい。それが、君を眷属(グレナダ)へ──いや、藍幇へ引き込んだ理由だ。では、また会おう」

 

「──おまえは、本当に何者なんだ」

 

 その言葉は届かず。純白の空間にただ虚しく響く。

 残り僅かな時間。最大の謎に答えが出せず、巨石のように重くなっていた右腕が元に戻ったことさえ気づかぬまま、俺はただ己の無力さを痛感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ぱきっ。

 



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第80話 決別/離別

前回 夢と決意


武器商人が去ったあと長い沈黙が流れる。

今から立ち向かうには遅すぎる目標に、しかしそれでも、と自身を奮い立たせなきゃいけない。やることが多いけど、今までサボってきた罰として受け入れるしかない。けれどまずは、

 

「……その、昨日はごめん。俺も切羽(せっぱ)詰まってて余裕がなくて、ひどいこと言った」

 

ヒルダ、と声をかけ、昨夜の──今が翌日かは分からないが──喧嘩のことを謝る。

今回の件や武器商人との戦闘で判明したが、俺はどうやら理子に関することになると、どうしても頭に血が上りやすい性質に変化してる。瑠瑠色金の性格が受け継がれていると考えるのが妥当だ。けど、だとしても。あれは言い過ぎだ。

 

「奴隷の言葉なんていちいち気にしてないわよ」

 

ヒルダは、何のことかと眉をよせたが、すぐに思い出したようだった。

気にしてない、というのは今の俺の状態をはばかってついた嘘なのは明白だろうが、ここまで気を使われると逆に辛い。本心をぶちまけてくれた方が何倍もマシだ。

 

「ごめん。本当に──迷惑かけた」

 

真紅の瞳が俺を睨む。構わず俺は言葉を続ける

 

「自分が弱いってのは自分がよく知ってる。最悪なこの状況を何とか打破できないかって足掻(あが)いて、泥水(すす)って、結局落ちぶれた。もう引き返せない。現実がむざむざと突きつけられて、どうにもなんなくて、どうすればわかんなくて」

 

ヒルダとの口論を思い出す。

理子がかわいそう、と言われ俺は怒りを覚えた。お前に理子をかわいそうなんて言う資格があるのかと。

少なくともその時の自分はそう考えていた。だけど違う。

 

「ヒルダの言う通りだ。俺も同じ、理子を傷つけている加害者だ。なのに、あんな偉そうに──」

 

パンッ! と乾いた音が響く。

ジクジクと少しずつ増す頬の痛みにあっけにとられ、それがどういう意味か考え付く間もなく、

 

「オマエごときが私の感情を決めつけないで」

 

──と。

 

「お前と私はあくまで敵同士。理子がいなかったら当然殺し合う仲。それは今でも覚えているわよね。なら口喧嘩なんて殺し合いに比べればおもちゃの刀でチャンバラごっこしてるようなものよ。だから謝罪なんてみっともないことしないで」

 

その有無を言わさぬ迫力に口を閉じざるを得ない。

理子がいるから死にかけの俺を助けてくれたのだろうし、本来ならばという点では間違いない。

それでも、恩人に対しての態度じゃなかったのは事実だ。

 

「……気にしてない、っていうのは本当のことよ。オマエが私のことをどう思っていようと興味ないの。ただ、理子を守るために自分から犠牲になろうとするなんて言ってほしくなかっただけ」

 

「それは、どういう意味なんだ? 」

 

「────私も好きなの。理子のこと」

 

「…………は? 」

 

あまりにも唐突な告白。思わずヒルダの方に向き直る。

こいつ今なんて言った? なんて聞き返そうとも言葉が出てこない。

頭が真っ白になるとはこういうことなのだろう。

 

「もちろん最初はペットのつもりだった。ううん、それ以下ね。叩けば泣いてくれるストレス発散のオモチャ。万が一の時の血液パック。その程度の認識だった」

 

ゆっくりと語り続けるヒルダは、信じられないほど純粋な少女のような優しい目つきになっている。

一人の想い人のことを考える1人の少女としてのヒルダだ。

 

「きっかけはわからないのだけど、いつのまにか彼女のことが好きになったの。私も最初はヒトの、しかも女の子に恋をするなんて思わなかった。心に潜むこの想いは正しい加虐心の表れで、人間の子に恋するような醜い考えは気の迷いだって。そう思い込んでた。けど、理子と時間を共にしていくうちにこの気持ちは嘘じゃないって、私自身が認めてしまったの」

 

でも、と続ける。

 

「──それが間違いだって気づいた時には、もう遅かったわ。私が優しく話しかけようとしても、小さいあの子は細い腕で自分の体を抱いたまま怯えてた。触ろうものなら、彼女の冷たさと震えが充分過ぎるほど伝わってきてね。そんな目で見ないでって言っても、精神にまで植え付けられた恐怖を幼い彼女が律するのは不可能なこと。そんな現実を受け入れたくなくて、調教みたいなことをしてしまったわ」

 

ヒルダから血を分けられ眷属になったからか、淡々と告げる言葉の裏から溢れる後悔の念が心の中に押し寄せてくる。

しでかした罪を自覚したときの絶望も、焦りも、追体験しているかのように俺の中に流れてきて。

 

「それでもやっぱり諦めきれなくて。そんなとき理子が一番頼りにしてる(オマエ)を殺せば、諦めて私の恋人になってくれると思った。そう信じこまないと、どうにかなりそうだったの。……結果は知っての通りだけどね」

 

「……」

 

「病室で目が覚めて、全てが間違いだと気づいたわ。もう理子の心も体も、私の手の届かない場所に行ってしまったって。天地がひっくり返ったって、あの子の1番には絶対になれない。1番を目指す資格すら、私にはもうない。だからもう、理子のことは諦めた。……諦めたのに、今度は理子が好きになった男が私と同じことを繰り返してたのよ。私が渇望していた感情をどれだけ向けられても、それを足蹴にして──そんなの、耐えられなかった。私がどれだけわがままなんだって言われてもいい。ただ、あの子が絶望する姿はもう見たくないの」

 

「…………」

 

「オマエが立ち向かうべき相手が強大なのも、時間がないことも理解してるわ。これからもっと痛い思いも辛い思いも重ねて、理子を守るたびにもっと血を流すかもしれない。朝陽と私の力だけじゃどうしようもなくて、結果的に命を投げ出してしまう行為と変わらないかもしれない……。それでも理子を想う気持ちがあるのなら──」

 

縋るような想いが言葉にのっている。

怒り、後悔、妬み。

かつて想いを寄せた人のために負の感情を押し殺し、ヒルダは今一度俺に頼み込んだ。

 

「これからも理子を──守ってあげて」

 

(……もちろん、だけど/……もちろん)

 

(おれだって、□□□になってても□□□□□□□/まだ、まだ足りない。死体となってても守り続けられるなら)

 

(すこしだけ□□みたい/一秒たりとも休んでる暇なんてない)

 

(たいだな□□□にはそんなのぞみはゆるされないけど/怠惰なわたしにはそんな望みはいらない)

 

(いちばんたいへんなのは/一番辛い思いをしているのは)

 

(まぎれもなく理子なのだから/まぎれもなく□□なのだから

 

「────守るよ」

 

□□神(こころ)の底から湧き上がる勇気のおかげか、未だ痛みを残す四肢に力が戻っていく。

時間がないことは十分承知の上。目の前に積み重なった問題は山ほどある。けど目的がハッキリしたからかな、思考がクリアになっていく。

やるべきことはわかった。あとは自分の頑張りだけだ。かつての宿敵が頑張ってるんだから、わたしも頑張らなきゃ。

 

「──瑠瑠神が黒幕か否かはともかく、もしまた瑠瑠神が狂乱状態になれば大量虐殺は免れない。だったら人知れず海の底にでも落ちて死ぬか、木っ端微塵に吹き飛ぶほうがマシだって思ってた。俺だけが希望を捨てれば、迷惑はかからないだろうって」

 

今もその思いは変わらないよ。だって一番つらいのは理子だ。

 

「でも、もうちょっと頑張ろうって思った。まだ理子と一緒にいたいし、なによりまだ自分のすべてを出し切ってない。この身体が瑠瑠神であるならば──そうだ、できるさ。まだ(おれ)戦える」

 

俺はヒルダに手をのばした。ひとつは仲直りの意味。もうひとつは、

 

()()()頑張ろう。俺とヒルダ、ふたりで理子を守っていくんだ」

 

武器商人と戦ったときに分かったが、俺とヒルダはおそらく相性が良い。

死体となったこの身体なら常人が死ぬレベルの電圧にも耐えられるし、吸血鬼の誓約だかも一時的には受け入れられる。

それに従属宣言(ジェモー)とやらの能力がまた使えるとしたら、体と心の主導権を瑠瑠神に奪われたとしても真っ先に察知できるだろうな。

だからこれはある意味、俺とヒルダの休戦協定の証のようなものだ。

 

ヒルダも差し伸べた手の意味を理解したようで、覚悟を決めた俺の手をとった。

 

「……感謝するわ。ありがと」

 

そこに負の感情は残っておらず、ヒルダらしからぬ笑みを浮かべていた。

 

「おっとぉ! 言い忘れてたね! 」

 

突如空間内に陽気な声が鳴り響く。あまりの大音量に俺もヒルダも一瞬肩を震わせたが、すぐにボリュームが調節された。

この声、間違いなく武器商人のものだ。反響していてどこから流れてるのかは見当もつかないが。

 

「この映像を見たまえ! 」

 

と、俺の正面の真白の壁にノイズが走り、続いて映像が映し出される。

どうやら外の映像──しかも角度的に街灯につけられてる監視カメラのようだが……。

 

「京城朝陽、君への客人がいるんだ。はやく身支度しないと戦争になるから、穏便に済ませたいなら早くすることをオススメするよ。まあ、済まないだろうがね」

 

「どういう……って、キンジ!? とアリアに──あぁなるほど。そりゃ戦争になるかもだな。武偵高所属の国家機密が拉致された挙句、裏切ってますますなんて知られたら」

 

そこには、キンジ、アリア、レキ。そして理子が、今まさにこの藍幇城へ乗り込もうとしているところだった。



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第81話 1日ぶり?

前回: ヒルダとの和解


 

 浮き足立つなんて言葉はまさにこのことだろうか。

 ボロ雑巾のような体を起こし、洗濯してもらった武偵高の制服に着替え、指定された場所まで来てみれば懐かしい声がしていた。

 といっても会ってないのはほんの数日。任務で出張していた時の方がまだ期間が空いていたというのに、なんだか妙に緊張する。

 

「そこで止まんないで。さっさと中に入りなさいよ」

 

 それはそう。ヒルダの言う通り。何に緊張しているのかともかく、とりあえず部屋の中に入らないと話が始まらない。かれこれ立ち止まって5分以上経過しているところだ。時々漏れてくる音と声から察するに食事会をしているようだが……。

 とりあえず身なりは大丈夫かな。着替えた時にちゃんと確認したけど、それでも気になるもんは気になる。

 

「なんか変なとこないか? (おれ)の服装とか、髪型とか」

 

「そんなとこよりもっと目につくとこあるでしょう。その生傷はどうやっても隠せないわよ」

 

「……確かに」

 

「重傷負って1時間もしないうちに自立できてるのが唯一の救いね。あとその右目の怪我は自分で説明しなさいよ」

 

 右目……? あ、痛みが引いてたのと緊張で()()()()

 色金の弾丸で未来から狙撃されたんだった。てことは、もちろん銃創があるはずだから大変なことになってそう。鏡見てないから分からないけど。

 

「あと臭いわ」

 

その言葉に今どうしようかと悩んでいたものが吹き飛ぶ。

 

「なッ!? 」

 

 急いで服のいたる所を嗅ぐ。服は藍幇が洗濯してくれてたから違う……としたら俺じゃん。臭いの元。

やっぱシャワー浴びてから行こう。傷口に絶対しみるけど……と、そこでヒルダは鼻で笑った。

 

「臭いは冗談よ。驚く程に無臭だわ」

 

 と言いつつ小馬鹿にするような表情。

こいつ……! と拳を握りかけたが、まあいい。それよりもだ。

 

「その、ヒルダ。応援してくれ」

 

「は──? なに、キモいわよ」

 

「違うそうじゃない。お互い久しぶりだろ? 理子と会うの。だから第一声なんて声かければいいかなって……」

 

「────」

 

 数秒経ってもヒルダからの返事がない。

 絶句して顔を引きつらせている、ってのが振り向かなくとも感覚的に伝わってくる。ってかそう()()に映った。

 

「オマエ、そんなキャラじゃなかったわよね。昔はハニーだのなんだの言ってたくせに」

 

「しょうがないだろ! あれがニセモノの関係を周りに伝えるには手っ取り早かったし! 今となっちゃよくわかんないけど、いざ会えるってなったらどう接していいのかわかんなくなったんだって! 」

 

「キモ。離れていたのもただの1日程度でしょ? 男だったら覚悟決めてさっさと行きなさい。だからオマエは童貞なのよ」

 

「おい待て! どんな暴言でも童貞いじりは──! 」

 

 ドン──! と背中を蹴られ、それを予想していなかった(おれ)は押し扉に激突し、そのまま部屋の中へ。

 吸血鬼から繰り出される強烈な前蹴りに水泳選手の飛び込みのような転び方をしそうになったが、そこは武偵。転ぶ前にしっかり体を捻り、天井を向いて状況把握をする。そうすることでいち早く危険を察知し──

 

「…………ピンク色の、天井? 」

 

 視界に広がるのは異様に低いピンク色の天井と、やや肌色に近い2つの柱。あと天井付近から吊られた赤いヒラヒラ。

 

 ……なんだこれ。

 などととぼけるキンジとは違う。今見ているものは十中八九誰かのスカートの中。全国の男子の9割がたはこんなの見れば分かる。ここから判断せねばならないことはふたつ。

 どう初撃を避けるか。次に、謝ってすむ相手か。

 

「~~~~~ッッ!!! この変態!! 」

 

 聞き慣れたアニメ声と共に右足が持ち上がり、目にもとまらぬ速さでおろされる。その時点で顔を横にずらしていたため間一髪セーフだ。すかさず横に転がり少しでも距離をとり勢い殺さず立ち上がる。

 そしてこの声と殺意はアリアだな。ならば謝りたおすしか生きる術は無い──!

 

「すまなかったっ!! 」

 

 ほぼ直角に腰を曲げ、開口一番の失言を取り消す大声で謝罪する。

 続くであろうアリアの攻撃に思わず体を強ばらせてしまったが──なにも、衝撃らしきものは体に伝わってこなかった。

 やれ性欲魔だの、バカ変人だのと謂れにない誹謗中傷が飛んでくるかと思ったのに、代わりに訪れたのは予想していなかった静寂だった。

 

「……」

 

 おそるおそる顔をあげると、(みな)複雑な顔つきだった。

 怒と哀、喜と哀。レキを除けばだいたい同じ反応で。

 いつもなら何かしらが飛んできてもおかしくないというのに。まあとりあえずアリアからはお咎めなしということでいいかな?

 

「お久しぶりです。2日くらいしか経ってないけど」

 

 改めて周りを見渡す。

 見たところ大食堂らしい。壁には多種多様な中国剣が飾られており、人が入れそうな青磁の(かめ)が置かれている。

 アリア達が座っていた席には大小様々な皿に美味しそうな──もう半分以上は食べられているが──料理が載せられており、敵としてでなく、あくまで来賓として出迎えてもらえているようだ。

 メンツとしては理子以外のバスカービルは全員揃ってるみたいだが。

 

「アンタ、どうしたのよそれ……」

 

 ある程度状況把握が終わったところで、アリアがポツリと呟いた。

 性懲りもなく増やした顔面の傷を見ている。特に俺の塞がっている右目に視線が集まっているようだ。

 右目周辺はジーサードの一件から瞼を中心としてクモの巣状のヒビが入っているわけだが、ここ数日会ってないからって珍しいものにでも変わったのだろうか。

 ……いや、この反応はそうじゃない。明らかに動揺している。

 

「どうしたって、なにが──」

 

 続けようとした言葉は右目を触れた瞬間喉から出てくることはなかった。

 不規則に手に伝わるヒビの感触──その中に、弧を描くような感触を見つけたからだ。ツツツッ、とそれを時計回りになぞっていく。意外にもすぐに初めに触った位置まで戻り、それが完璧な円形をしていることがわかった。

 そして──これが何であるかはすぐに検討がついた。

 

「ああ、これは──」

 

「アンタたち朝陽に何したのッ!! 」

 

 そう説明を始める前に、アリアはアリアの怒号が空気を震わす。先程の俺のやらかしの際に放ったモノとは比べるべくもない、本物の殺気を纏った声。まさに鬼の形相で、武器商人を睨みつけている。

 

「どったのー? そんな大声出して、キーくんにお肉でも盗られ──」

 

 ガチャりと俺の後ろの扉が開く。

 聞き慣れたその声の主は、すぐに足を止め、

 

「キョー、くん? 」

 

 私に気づいてくれた。俺もすぐに振り返る。

 会いたかった人。たった2日程度離れていただけでも寂しいと思えた人。絶対に手離したくない人。□□な人。この想いを伝えたい人が、目の前にいる。

 お互いに目はあっているけれど、この静寂を切り裂く一言目が見当たらない。理子も同じようで、小さな口を開いては閉じ、出てきた言葉をまた飲み込んでいる。

 理子を前にすると途端に思考が凝り固まる。なんでもいいのに。ただ一言発する口があまりに重い。ただの挨拶ですら交わせない。こんなにも私は会えて嬉しいのに。

 なんでもいい。なんでもいいから、動け! 俺の口!

 

「…………ぁ、久し、ぶり。あいかわらず変わってな──」

 

 理子は顔を伏せ、何も言わずスッっと俺の脇を通り過ぎる。

 

「理子? 」

 

 名前を呼んでも振り返らず。しかしその足取りは少しずつ速く、武器商人のもとへ。そして胸元から何かを取りだして……

 

「理子!? アンタやめっ──!! 」

 

 直後、ふたつの銃声が鳴り響く。

 間違いなく理子の持つデリンジャーの銃声だ。この位置からは見えないが、武器商人の頭に突きつけられているのは間違いない。あれでは武器商人を倒せない。だからこそ、今度は声よりも先に体が動いた。

 理子はデリンジャーを投げ捨て、代わりに腰から黒色の小型ナイフを逆手で取る。その切先が武器商人の首筋へ届く前に、理子の手首を掴み、

 

「落ち着け理子! 俺はまだ生きてるっ、だから落ち着け! 」

 

 羽交い締め(はがいじめ)に似た体勢で理子を抑える。だが、

 

「っ!? り、こ──! 」

 

わずかだが理子に力負けしていた。

今まで理子相手なら力勝負は負けなかった。元々男女の体格差があったし訓練の一環で筋トレだってしていた。

それに今の(わたし)は瑠瑠色金だ。本気で止めている。だのに、今出せる本気の力を以てしても、武器商人の首筋にジリジリとナイフが届きそうだ……!

 

「オマエっ、嘘をついたな!! キョーくんに何をしたッ!? 」

 

「嘘じゃぁないさ。()()()は何もしてないし、藍幇に京城朝陽を()()()()者はいない。彼の右目のことは、おそらく彼自身がそうしたんだろう。京城朝陽、君からもそう伝えてくれたまえ」

 

 伝えるって、この状況で、んなこと言えるか!

 

「キョーくんが自分からそんなことするはずない! 」

 

「おや、随分と愛されているようだ! 羨ましい限りだ。僕もそんな熱烈な恋をしてみたいものだよ」

 

 煽るような口調に理子の力はより強まり、武器商人の皮膚に食い込んだ。

 勢いそのまま、頸動脈に刃が到達する直前、その手が止まる。

 

「ふさけんなッ! はやく答えろッ!! 」

 

 聞いた事のない、まさに修羅の怒りが如き怒声。

 アリアのソレがよほどマシに思えてしまうような豹変ぶり。

 そして初めて見る理子の激怒。今にも首を切り裂かんとするのを必死に抑えながら、場違いにも□□□という感情が浮かぶ。

 

「言っただろう。コレは私じゃないと。あー、でも広義で言えば私のせいでもあるか」

 

「さっさと話せ! 」

 

「まあまあとりあえずナイフをしまって座りたまえよ。何事も冷静さを欠いては正常が判断ができない。君もそうだったのではないかね? 峰理子」

 

「っ……」

 

 理子が言葉をつまらせる。理子は何も悪いことはしていないのに。

 しかし、動揺したのか少しだけ体の力が抜けたのを感じる。

 

「恋は盲目というのはどこの国でもどの種族でも同じらしい! 祭日でもないのに上がるド派手な花火、街ゆく人々に紛れる私たちの軍、京城朝陽を孤立させるための通信妨害。君はそれに気づかなかった。私が気づかせなかったからね」

 

 理子にまくし立てている武器商人は怒ってなんかいない。むしろ……興奮している。いつなんどき冷静さを欠いたことがなかった武器商人が、息を荒らげ、理子に詰め寄る。頸動脈を切り裂かんとするナイフがさらに奥深く入り込み、鮮血がボトボトと垂れても、なおその口を閉じない。

 

「おかげでここに連れてこれたし、彼という人物を理解できた。これから向かう未来もおおよそ検討がついた。君たちがここに来たのも、京城朝陽の救出のためだけでは無いのだろう? 」

 

「……くそッ! 」

 

 そう言葉を吐き捨てると、手に持っていたナイフから力を抜きその場に落とした。俺も理子から手を離す。

 

「きょー、くん……」

 

 振り向いた理子の目線が再び右目へと向かった。

 理子がこれほどまでに激情した理由は、右目に現れた円形のモノ──未来から放たれた色金の弾丸が原因だ。弾丸の種類は推察するに9mmパラベラム弹であり、弾丸の底面が眼球の位置にあるため幸いにも脳には到達していない。だが、見栄えは悪い。今まで閉じられた右瞼を中心に蜘蛛の巣状に亀裂が入っていただけなのが、瞼を貫通して瞳の位置にちょうど弾丸の底面が露呈している。

 つまり、色金弾が右目の表層付近にその形のまま埋まっているということ。

 

「ごめん、また怪我しちゃった」

 

 ────ああ。

 そんな悲しい顔しないでほしい。

 わがままだってのは分かってるけど、もうどうしようもない。

 必要な痛み、必要な傷なんだ。

 

「銃声がして来てみれば、また面倒ごとアルか」

 

 俺が入ってきた扉から入ってきたのは、武偵高のセーラー服を身にまとった、気だるそうな感じのココだ。

 ややこしい話がさらにややこしくなるが、この際もう諦めよう。逃れることはできん。

 

「さあさあ席につきたまえ。炮娘(パオニャン)もだ。存分に話し合おう。京城朝陽のこれからのこと、そして君たちが欲している緋緋色金についてをね」

 



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