向日葵に憧れた海 (縞野 いちご)
しおりを挟む

1章『友情ヨーソロー』
#1 千歌ちゃんの決意


少しずつ更新していきます。
感想があれば、感想をもらえると嬉しいです。
よろしくお願いします。


最近、千歌ちゃんといることが少なくなった気がする。友達といる時間は減ったわけではないけど、千歌ちゃんといる時間は減ってしまった。

 

 

千歌ちゃんがAqoursの子たちと仲良くしているのを見ると、私としても嬉しいし、このまま仲良くい続けてほしいと思う。

 

でも、どこか寂しい気持ちが私の中で渦巻いていた。

 

 

千歌「曜ちゃーん?」

 

千歌ちゃんが私の顔を覗いて、心配そうな顔をしていた。

 

千歌「どうしたの?何か困ってることでもあるの?」

 

曜「ううんううん!平気だよ!今日も元気全開であります!!」

 

千歌「そっか!曜ちゃんが困ってたら、私が相談に乗るからね。」

 

曜「ありがとう。千歌ちゃん。」

 

 

いっけない。変なことで千歌ちゃんにあまり心配をかけたくないし、明るく振舞ってないと……。

 

 

こうやって千歌ちゃんは私に話しかけてくれるんだ。何も気にすることなんてない。気にしすぎだぞ、渡辺 曜。

 

 

 

 

その日のことだった

 

 

梨子「みんなちょっと、いいかな?」

 

練習が始まる前に梨子ちゃんがみんなを呼んだ。

 

ダイヤ「どうかしましたか?」

 

梨子「実は話しておかないといけないことがあって……」

 

 

 

 

 

曜「ピアノコンクール?」

 

梨子「そうなの。みんな、本当にごめんね……。」

 

 

梨子ちゃんが東京のピアノコンクールに行かないといけないことがわかった。コンクールは予備予選と同じ日時になっていた。つまり、梨子ちゃんは予備予選に出られない。

 

……このことは千歌ちゃんは知っていたのかな?

 

 

善子「そ、それは仕方ないんじゃない?私がリリーだったとしてもそうしてるだろうし。」

 

花丸「マルもそう思うよ。梨子ちゃんのピアノはとっても綺麗だし、コンクールには出た方が良いと思う!」

 

ルビィ「ルビィも梨子ちゃんを応援する!頑張ルビィだよ!」

 

 

一年生の三人は思い思いに梨子ちゃんに声をかけていた。突然のことなのに、三人とも精一杯の応援の言葉をかけていた。

 

ダイヤ「悔いが残らないようにした方がいいと思いますわ。私たちはどちらの梨子さんも応援しますから、安心して行ってきなさい。」

 

鞠莉「やるからには全力で!梨子には頑張ってもらわなきゃ、ね☆」

 

ダイヤさんも鞠莉さんも梨子ちゃんを応援していた。ただ、同じ三年生でも、果南ちゃんは少し考えていた。

 

 

果南「私としても梨子ちゃんのやりたいことは尊重したいと思うよ。

でも、千歌はどう思っているの?」

 

果南ちゃんは千歌ちゃんの様子を心配してくれていたみたい。私も気になっていた。多分、一番ショックなのは千歌ちゃんだっただろうから。

 

 

 

でも、私の考えとは裏腹に千歌ちゃんの顔は落ち着いていた。

 

千歌「知ってた。」

 

曜「!?」

 

千歌「私、ちょっと前に梨子ちゃんから聞いたんだ。ピアノコンクールのこと。」

 

果南「そうだったの?それで、どう思った?」

 

千歌「正直びっくりしたけど、私は梨子ちゃんを応援したいって思ったよ。梨子ちゃんが続けてきたピアノを大事にさせてあげたいんだ。」

 

梨子「千歌ちゃん。」

 

 

知ってた……?

千歌ちゃんは知ってたの?梨子ちゃんが予備予選に出られないこと。

 

鞠莉「ちかっちの言う通りよ。自分の気持ちに嘘をついたらノン!私たちは逃げないけど、コンクールは今しかないよ!」

 

果南「千歌がそう言うのなら、私も止めないよ。私にも頑張ってほしいって気持ちがあるからね。」

 

 

梨子ちゃんも千歌ちゃんも知ってたのに、私は…。私だけ教えてもらってなかった。

多分、除け者にするつもりなんて、二人にはなかったんだと思うけど……

 

 

千歌「曜ちゃんはどう思う?」

 

えっ!?

 

曜「わ、私!?私はみんなに賛成だよ。もともと梨子ちゃんはピアノ頑張ってたんだから、自分がちゃんと納得するところまでやらなきゃ!」

 

梨子「曜ちゃん……」

 

突然千歌ちゃんに話を振られて焦っちゃった。ちゃんと思ってたことを言えたかな?

 

ダイヤ「満場一致ですわね。

さあ、行くからには中途半端な気持ちではいけませんよ。狙うはトップしかありません!」

 

果南「こらこら。あまり気負いさせるのは良くないって。」

 

ルビィ「コンクール、楽しんできてください!」

 

善子「リリーに悪魔と契約したヨハネのこのたま」

 

花丸「いい結果が出ることを楽しみにしてるずら♪」

 

善子「邪魔しないでよ!!」

 

鞠莉「梨子が居ない間のAqoursは心配しないで。めいっぱいenjoyしてくるのよ!」

 

千歌「みんな、梨子ちゃんのこと大好きだから、梨子ちゃんのこと遠くにいても応援してる!梨子ちゃんが帰ってきたら、またアイドルしようね!」

 

梨子「みんな……」

 

梨子ちゃんは目に涙を溜めていた気がする。良かった。喜んでくれて…

 

私は何か言うことがないか考えていたけど、それより先に体が動いていた。

 

曜「梨子ちゃん。」

 

梨子「曜ちゃん?」

 

曜「緊張したときのおまじない、覚えてる?」

 

梨子「クスッ。覚えてるよ。」

 

梨子ちゃんはハニカミながら敬礼した。

 

曜「おはヨーソロー!

コンクール前で緊張したら、やってね。そうしたら、私たちがすぐ近くで応援してる気持ちになれると思うから!」

 

そう言うと、梨子ちゃんは嬉しそうな顔をして

 

梨子「ありがとう。」

 

と言ってくれた。

 

千歌「梨子ちゃんのためにも、絶対この予備予選、突破するからね!」

 

梨子「ありがとう。私も、みんなと同じ気持ちでステージに立つよ。」

 

 

そっか。

梨子ちゃんがいない分、私も頑張らないとなんだ。気を引き締めないと!

 

 

 

でも……梨子ちゃんがいないところをどうするんだろ

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#2 新しい気持ちで

次の日、梨子ちゃんはコンクールの準備のために、東京へと行ってしまった。私たちは梨子ちゃんを駅まで見送った後、部室で予備予選のライブについてどうするか話し合っていた。

 

 

ダイヤ「特訓ですわ!!」

 

千歌「またぁ?」

 

ルビィ「お姉ちゃん、張り切ってる……」

 

善子「なんだか、とてつもなく嫌な予感がするんだけど……」

 

鞠莉「ダイヤがこうなると、私には止められませーん。」

 

花丸「できれば、無理のない特訓がいいずら……」

 

ダイヤ「もちろん厳しめにいきますわよ!」

 

千歌「ふ、ふぇ〜。勘弁して……」

 

果南「この前の練習はかなり疲れたね。」

 

正直なところ、この前の夏合宿の練習メニューは、こなせるかこなせないかギリギリなところだった。

 

ダイヤ「本日は、これをみなさんにやっていただきますわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「それで、なんでプール掃除をしてるのぉっ!?」

 

ダイヤ「ヌメヌメになった床を磨くことは、体力を使うことなのですわ。」

 

善子「そんなこと言われなくてもわかるわよ。」

 

ダイヤ「さらに踏ん張る力、転ばないための体幹、身体のあらゆる筋力を効率的につけることのできる、まさにスクールアイドルにうってつけの練習ですわ!!」

 

 

鞠莉「建前はそうだけど、本当は業者への申し込みを忘れただけでしょ?」

 

ダイヤ「なっ!」

 

鞠莉「も〜。ダイヤのおバさん♪」

 

ダイヤ「だから、一文字少ないですわっ!」

 

 

 

 

ルビィ「うぅ。床がヌメヌメするよぅ……」

 

花丸「あっ、ああっ!ルビィちゃん!ぶつかっちゃう!」

 

 

向こうでは、ルビィちゃんと花丸ちゃんがぶつかって転んでいた。

 

 

 

ダイヤ「第一、理事長のあなたはプール掃除をしてくれる業者の手配をしてくれたんですか!?」

 

鞠莉「私は言ったわよ?プール掃除は業者に頼まないといけないから、生徒会の申請をよろしくねって。」

 

 

 

 

善子「生徒会長と理事長がこんな感じで本当に大丈夫なの?」

 

果南「私もそう思う……。」

 

 

 

各メンバーでそれぞれ思うところもあるみたいだけど…

 

 

ダイヤ「まずはファンを増やすことよりも学校を良くしていこうという気概をですね……」

 

曜「そうだよ!!」

 

 

千歌「……。」

 

 

曜「プール掃除といえばデッキブラシ!デッキブラシといえば甲板磨き!となれば、やはりこの格好しかないとみましたぁっ!」

 

 

やっぱりプール掃除は、船乗りになった気分になるな〜!

 

 

ダイヤ「な、な、なんですか!?その格好は!?」

 

曜「え?船乗りのためのセーラーふ……」

 

 

ダイヤ「そんなことわかっておりますわっ!!なぜまともに誰一人、プール掃除ができないんですか!?」

 

曜「大丈夫!プール掃除への熱は、決して冷めているわけではないのであります!」

 

と言った瞬間

 

 

曜「うわわわっ!?わぁっ!?」

 

ズテン

 

 

滑って尻餅をついてしまった。

 

 

ダイヤ「あーもうっ!!私がしっかりと手本をお見せしますから、皆さんもちゃんとやってください!!」

 

 

千歌「あははは……!」

 

 

苦笑いをしていた千歌ちゃんと目が合う。私を見た千歌ちゃんは、にっこりと微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイヤ「ほら見なさい!

やってやれないことはないのですわ!」

 

「「「え〜っ!?」」」

 

高らかにダイヤちゃんが叫ぶ。あれから頑張ってみんなでプール掃除をして、プールはすっかり綺麗になった。

 

 

善子「ま、まあ…達成感はあるわね。」

 

ルビィ「綺麗になったね。」

 

花丸「ピッカピカずらぁ〜」

 

 

 

 

みんな、ダイヤさんの言葉には絶句していたけど、達成感があるように見える。実際、私も清々しい気持ちになったし、プールにはいつもお世話になってる分、何か恩返しができた気がした。

 

 

 

果南「そうだ!せっかくだし、ここでダンスの練習しない?」

 

千歌「いいね!」

 

鞠莉「果南、ファニーなアイディアだわ!」

 

 

 

そうして、みんな新曲のフォーメーションについて、練習を始めようとした時だった。

 

 

千歌「……ふあ?

 

あれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果南「そっか。梨子ちゃんがいないんだったね。」

 

千歌「梨子ちゃんがいないから、このままの形でやると……」

 

ダイヤ「ちょっと見栄えが悪いかもしれませんわね。」

 

 

梨子ちゃんは元々千歌ちゃんとダブルセンターで歌っていたから、梨子ちゃんが居なくなると、もう片方に穴ができる形になってしまう。

 

 

花丸「変えるずら?」

 

果南「それか、梨子ちゃんの代役を立てるか。」

 

鞠莉「代役っていってもねえ。」

 

 

それはそうだと思う。今回のフォーメーションは、千歌ちゃんと梨子ちゃん以外はそこまで特殊な動きは無かったから、ちゃんと千歌ちゃんと息が合う人を代役に当てれば今までの形を崩さずにできる。

 

でも、その人には相当な負担がかかってしまう。

 

 

果南「……あっ。」

 

そう言って、果南ちゃんは私を見た。

 

ルビィ「あ……。」

 

善子「ん?」

 

 

曜「ん?…え?」

 

千歌「うんっ!」

 

 

ど、どういうこと!?

 

 

曜「わ、私!?」

 

 

花丸「確かに、曜ちゃんは千歌ちゃんとずっと仲が良かったし、ダンスも上手だから上手くいきそうずら!」

 

ルビィ「曜ちゃんだったら、センターに立っても緊張しなさそうだし!」

 

果南「どうかな?」

 

 

曜「ちょ、ちょっと待って!」

 

代役って話になるかもとは思っていたけど、まさか私が指名を受けるなんて……

 

ダイヤ「そうですわ。これは本人の意見なしに決められる話ではないですわよ。」

 

鞠莉「うぅ〜。ダイヤのおケチ。」

 

ダイヤ「なんですって!?」

 

果南「まあまあ。で、どうなの?やれそう?無理には頼めないから、曜の意見も聞きたいのだけど。」

 

 

確か千歌ちゃんと2人で歌うパートがあったよね…?

 

千歌ちゃんと2人で……

 

 

曜「私よりも適任な人はいるんじゃないのかな…?」

 

結局、私は遠慮しようと思って、他の子に聞いてみた。

 

ダイヤ「……まあ、普通はそう考えますわよね。」

 

善子「でも、曜さん以上の適任なんているの?」

 

ルビィ「私は曜ちゃんがやってくれるなら、それが一番だと思う……けど……」

 

 

とっさに遠慮してしまったけど、こんな機会はもう無いのかもしれない

 

 

千歌「私は曜ちゃんがいいと思う!」

 

曜「……千歌ちゃん。」

 

千歌「やろうっ!曜ちゃん!」

 

千歌ちゃんがやろうって言ってくれてるのに、断ったらかわいそうだよね?

 

曜「……うん。わかった。やってみるよ!」

 

 

千歌ちゃんと2人で歌うのかぁ

 

 

私の中で、ライブに対する気持ちが少し変わった気がした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#3 変わらなきゃ

 

 

果南「1.2.3.4」

 

 

話し合いが終わって、今は梨子ちゃんの代わりのポジションに入ってから、初めてのダンス練習中。

 

 

果南「5.6……」

 

千歌「うわっ」ドンッ

 

曜「とっとっと!」

 

 

またダメだ……

 

 

曜「ごめんね!私が遅すぎちゃって……。」

 

千歌「ううんううん。私が悪いの……」

 

 

サビの入りの部分で、舞台中心に2人で背中合わせになるようにバックステップしながら歩かないとならないのだけど、そこが上手くいかない。

 

 

ルビィ「千歌ちゃんと曜ちゃん、ずっとあの練習してるね。」

 

花丸「息を合わせるのには時間がかかるから厳しいのかも。」

 

善子「あと一週間しかないのに、大丈夫なの?」

 

鞠莉「まあまあ!Hardな方が燃えてくるでしょー?」

 

花丸「ちょっと不安ずら…。」

 

 

 

 

曜「……あっ」ドンッ

 

千歌「わわわわっ!?」ヨロッ

 

曜「千歌ちゃん!」ガシッ

 

千歌「ありがとう……。」

 

 

 

 

果南「うーん。あんまりこん詰めてやっても上手くいかない気がしてきたね。」

 

鞠莉「なら、今日はもう休んだ方がいいんじゃない?」

 

ダイヤ「そうですわね。あまり長く練習をしても質が落ちて、練習になりませんし。」

 

果南「わかった。

2人とも、今日はそこまでにしておこう。焦りすぎは良くないしさ。」

 

 

千歌「それもそうだね。今日は終わりにしよっか。」

 

曜「私は千歌ちゃんの気が済むまでって思ってたから、千歌ちゃんがいいなら私も大丈夫だよ。」

 

 

 

結局うまくいかなかったなぁ……

 

 

 

鞠莉「……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

善子「で。なんでまたヨハネがお金を払わなきゃいけないのよ!」

 

花丸「それは善子ちゃんがじゃんけんが弱いからずら。」

 

善子「ぐぅっ。あと、これも2度目だけど、誰よ!?高いの買ったの!!」

 

店員「お客様、くじを一回引けますが?」

 

善子「……!ふふふ♪

堕天使ヨハネの悪運が今、解放されし時!!堕天使のみなさま、この私に魔界卿の力をっ!!」

 

ルビィ「当たらない予感しかしないよぅ……。」

 

花丸「ルビィちゃん、それは思ってても言わないであげるのが優しさだよ。」

 

善子「ていっ!」

 

お客様「D賞です。」

 

善子「だ、堕天使のD……」

 

 

花丸「D賞って、外れでもないし、当たりでもないし、中途半端ずら。」

 

ルビィ「善子ちゃん……」

 

善子「そんな哀れんだ目で見ないでっ!」

 

 

 

 

 

千歌「ねえ、曜ちゃん。」

 

曜「ん?どうしたの?」

 

千歌「練習、しない?」

 

曜「もちろん!いいよ!」

 

 

私と千歌ちゃんと一年生の3人は、練習の後、近くのコンビニに来ていた。

 

善子ちゃんが買い物を済ませてくれるから、私と千歌ちゃんは外で待っていた。そこで今、千歌ちゃんから練習しようと声をかけられた。

 

 

 

千歌「あいたっ!」ドンッ

 

曜「っ。ごめん!」

 

千歌「いいの。こっちこそ、梨子ちゃんと練習してた時と同じようにステップしちゃって……。」

 

 

 

やっぱり……そうだよね。

 

練習の時もそうだけど、私は自分らしくダンスを踊ってた。でも、それだとダメなんだってことが段々わかってきていた。

 

 

千歌「もう一度やろっ。」

 

曜「う、うん。」

 

 

 

だから変わらなきゃ

 

 

 

曜「千歌ちゃん。」

 

千歌「うん?」

 

曜「もう一度、千歌ちゃんは梨子ちゃんと練習してたときと同じようにやってみてくれる?」

 

千歌「えっ。でも……」

 

曜「いいから!いくよ?」

 

千歌「うん…」

 

 

 

梨子ちゃんと同じようにステップして、梨子ちゃんになりきる。

 

今、大事なのは千歌ちゃんと私が踊るってことじゃない。みんなのために、やらなければいけないことを考えることなんだ。

 

 

 

 

千歌「……」スゥ

曜「……」スッ

 

 

梨子ちゃんみたいに

 

 

 

曜「1・2・3・4・5・6・7・8!」

 

 

梨子ちゃんだったらもっと優しく、繊細に……

 

 

曜「1・2・3・4…」

 

 

ここでもっとゆっくり!

 

 

曜「5・6・7・8!!」

 

千歌「……」ピタッ

曜「……」ピタッ

 

 

 

善子「おぉっ!天界的合致!!」

 

ルビィ「す、すごい…」

 

花丸「ほわぁ……」

 

 

 

 

よかった。うまく梨子ちゃんっぽくできたみたい……

 

 

千歌「曜ちゃん……!」

 

曜「これなら平気でしょ?」

 

千歌「う、うん。さすが曜ちゃん!すごいね。」

 

 

 

 

prrr prrr

 

 

 

突然、千歌ちゃんの携帯が鳴って、千歌ちゃんがカバンによって携帯に出た。

 

 

千歌「あっ!梨子ちゃん!

うん。今は大丈夫だよ。どうしたの?」

 

電話の相手は梨子ちゃんだったみたい。

 

千歌「そっか。そっちはどう?お部屋とか……」

 

 

千歌ちゃんが梨子ちゃんとおしゃべりをし始めると、みんな千歌ちゃんの近くに寄っていった。

 

 

千歌「あっ!ちょっと待って。みんないるから代わるね。……花丸ちゃん?」

 

花丸「あっ!え、えっとぉ

 

……もすもす?」

 

 

梨子『もしもし?花丸ちゃん?』

 

 

花丸「み、未来ずら〜!!」

 

善子「なに驚いてるのよ?さすがにスマホくらい……」

 

梨子『あれ?善子ちゃん?』

 

 

善子「……。ふふっ。ヨハネは堕天で忙しいの。

だから、別のリトルデーモンに代わまります!」

 

 

梨子『もしもし?』

 

ルビィ「ピギッ!!ピギィィィ!」

 

 

千歌「どうしてそんなに緊張してるの〜?梨子ちゃんだよ?」

 

 

みんな梨子ちゃんに話したいことはいっぱいありそうなのに、変な緊張しちゃって……。微笑ましくて、私は呆れつつも笑顔になっていた。

 

私はルビィちゃんが放っておいてしまったビニール袋を手にとった。

 

千歌「じゃあ、曜ちゃん!!」

 

曜「え。」

 

千歌「なにか梨子ちゃんに話しておくことない?」

 

曜「う、うん……」

 

 

少し考えようかと思った時だった

 

 

ピーピーピー

 

 

千歌ちゃんの携帯から電池切れ間近の警告音が鳴った。

 

その後、私は梨子ちゃんに何か話すわけでもなく、千歌ちゃんと梨子ちゃんの会話は終わった。

 

 

ビニール袋から取り出したアイスは、私が手にとった瞬間に2つに分かれてしまった。

 

アイスについていた水滴が流れて、私の手の甲を伝った。この水滴はアイスが流している汗のようだった。

 

……もしかしたら涙かもしれないけど。

 

 

 

 

千歌「じゃあ、曜ちゃん。」

 

曜「えっ…?」

 

 

私は千歌ちゃんに突然声をかけられて驚く。

 

千歌「私たちも、もうちょっとだけ頑張ろっか!」

 

 

千歌ちゃんの目はキラキラしていた。

 

でも、そのキラキラした目の本当の先には私はいなくて、遠くにいる梨子ちゃんのハニカんでいる姿が映っていたような気がした。

 

 

それでも

 

 

曜「うん。」

 

 

私は千歌ちゃんの力になりたいんだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#4 ぶっちゃけトーク♪

 

 

 

千歌ちゃんと最後まで合わせてから、練習が終わり、私は夕陽が射し込む道を歩いていた。

 

 

曜「…。」

 

 

千歌ちゃん。梨子ちゃんと喋ってるとき、すごい嬉しそうだったな…

 

 

 

曜「これでよかったんだよね…」

 

 

私が梨子ちゃんの代役をする。そうすれば、みんなは苦労しないでライブに臨める。

 

 

 

 

 

ガシッ!

 

 

 

曜「!!」

 

 

 

急に背後から誰かが私の胸を鷲掴んだ。こんな時に痴漢!?まさか自分がやられるなんて思ってなかった!

なんとか撃退しなきゃ…!

 

 

鞠莉「Oh〜!!これは果南にも劣らない、曜もなかな…!?」

 

曜「っ!!」

 

 

私の胸を掴んでいた誰かの腕を、逆に私が掴み返して、そのまま一本背負いをする形で投げ飛ばした。

 

 

 

鞠莉「Ohch!?」

 

曜「ま、鞠莉ちゃん!?」

 

 

犯人は鞠莉ちゃんだった。

 

 

鞠莉「エヘへッ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「エヘへッ♪じゃないよ…。

本当にびっくりしたんだから。」

 

鞠莉「ソーリー、ソーリー。

ちょっとしたジョークのつもりだったんだけどね。曜も意外とナイスなものを持っていたから…」

 

曜「ああっ!恥ずかしいからそういうことはあまり言わないで!」

 

 

私たちは沼津の海辺にある水門にある展望台に来ていた。鞠莉ちゃんから、たまには2人でデートしない♪と言われたのがキッカケ。

 

 

 

 

鞠莉「で、どう?」

 

曜「…?」

 

鞠莉「もう。意外と曜って鈍感なのね?

 

千歌っちとよ。」

 

曜「千歌ちゃんと…?」

 

鞠莉「ハイ。あんまり上手くいってなかったでしょ〜?」

 

 

 

あぁ…。なるほど、3年生の3人はあれから見てなかったんだよね?

 

 

 

曜「あ、あぁ…。それなら、大丈夫!あの後、2人で練習して上手くいったから!」

 

 

 

鞠莉「いいえ。ダンスではなく…」

 

 

曜「えっ?」

 

 

 

ダンスじゃない…?

 

 

鞠莉「千歌っちを梨子に取られて、ちょっぴり…

嫉妬ファイア〜〜〜!!

が燃え上がってたんじゃないのぉ?」

 

!!?

 

曜「っ!?嫉妬〜?ま、まさかそんなことは…」

 

ないよ。と言い切る前に

 

曜「〜〜〜!」ぐい〜

 

鞠莉「ぶっちゃけトーク、する場ですよ?ここは。」

 

鞠莉ちゃんに頬っぺたを引っ張られて言えなかった。

 

曜「鞠莉ちゃん…」

 

 

鞠莉「話して。千歌っちにも梨子にも話せないでしょ?」

 

 

そう言いながら鞠莉ちゃんは、ベンチに座った。

 

でも、話すって…なにを?

 

 

『嫉妬』

 

 

曜「!」ドキッ

 

 

鞠莉「ほーら?」

 

 

鞠莉ちゃんはベンチに腰掛けて、隣に座るように促した。

 

曜「…。」

 

私はため息をつきながら、鞠莉ちゃんの指示に従ってベンチに腰を下ろした。

どこまで鞠莉ちゃんに話そう…

 

 

曜「私ね、昔から千歌ちゃんと一緒に何かやりたいなってずっと思ってたんだけど、そのうち中学生になって…」

 

 

今でも頭の中に思い浮かぶ。私が水泳部に入るって言ったときの千歌ちゃんの遠慮して無理に笑っている顔。

 

 

曜「だから、千歌ちゃんが一緒にスクールアイドルをやりたいって言ってくれたときはすごく嬉しくて。

これでやっと一緒にできるって思って…」

 

今度は千歌ちゃんのやりたいことを叶えるために、私が手助けするんだって思ってた。

 

曜「でも、すぐに梨子ちゃんが入って、千歌ちゃんと2人で歌を作って、気がついたら…みんなも一緒になってて…」

 

 

みんなといる時の千歌ちゃんの顔は本当に嬉しそうで…

 

 

曜「それで気づいたの。

千歌ちゃん、もしかして私と2人は嫌だったのかなって。」

 

段々視界が歪んでくる。足元の床が、ゆらゆらと動いて見える。

 

鞠莉「Why?なぜ?」

 

曜「私、全然そんなことないんだけど、なんか要領いいって思われてることが多くって。

だから、そういう子と一緒にって、やりにくいのかなって。」

 

 

千歌ちゃんがずっとそう思ってたのに、私がくっついていたんだとしたら、千歌ちゃんが不憫だよね。

 

 

鞠莉「ていっ!」ビシッ

 

曜「いたっ!」

 

 

突然、鞠莉ちゃんからチョップを受けた。そして、続けざまにほっぺを掴まれる。

 

鞠莉「なーに1人で勝手に決めつけてるんですか?」

 

曜「だって…」

 

鞠莉「うりゃうりゃうりゃうりゃ!」

 

 

私は数回ほっぺを押されてから解放された。

 

曜「あぅ〜」

 

鞠莉「曜はちかっちのことが大好きなのでしょう?」

 

曜「え…?」

 

鞠莉「なら、本音でぶつかった方がいいよ。」

 

曜「え……」

 

鞠莉「大好きな友達に本音を言わずに、2年間を無駄に過ごしてしまった私が言うんだから間違いありません!」

 

曜「あっ…。」

 

 

鞠莉ちゃんだからこそ、私の心の変化の機微に気づいてくれた…?

 

 

鞠莉「さあ、明日もハードな練習が待ってますよ?さっきみたいに痴漢に遭わないように気をつけてね♪」

 

曜「なんだかごめんね。鞠莉ちゃん。心配かけちゃったみたいで…」

 

 

鞠莉「Don't worry!!

同じメンバーなんだから、助け合いでしょ?」

 

 

こういうところは、やっぱり先輩なんだなって思う。いつもはハジけてる鞠莉ちゃんも、いざとなれば頼りになる。私もこんな人になりたいな…なんて思ってしまった。

 

 

曜「ありがとう。」

 

 

 

 

明日、千歌ちゃんと本音で話せたらいいな…

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#5 友情ヨーソロー

 

 

本音でぶつかった方がいい

 

 

 

昨日言われた鞠莉ちゃんの言葉が、私の中にずっと残っていた。

 

 

曜「本音をぶつける……か。」

 

 

 

 

色々考えながらも、結局いい案は浮かばず、部室に着いてしまった。

 

とりあえず今は練習に集中しなくちゃ。それに、みんなにも変に思われたくないし。

 

 

曜「おはよっー!」

 

千歌「あ、曜ちゃん!!

見てみて〜、これ!」

 

曜「ん?」

 

千歌ちゃんは腕につけてあるシュシュ型のブレスレットを見せてくれた。

 

千歌「ほらっ!」

 

曜「わあっ!かわいい〜!これ、どうしたの?」

 

千歌「みんなにお礼だって送ってくれたの!

梨子ちゃんが♪」

 

 

千歌ちゃんの言葉に一年生の3人が反応して、シュシュを見せてくれた。それぞれ色が違くて、みんなのイメージカラーと同じシュシュをしていた。

 

 

曜「へぇ……」

 

千歌「いいでしょ〜。

梨子ちゃんもこれを着けて演奏するって。」

 

 

梨子ちゃんは、離れていてもみんなと同じ気持ちでいようって思ってるんだ……。

 

 

千歌「曜ちゃんのもあるよ。はいっ!」

 

曜「あ、ありがとう。」

 

 

そして、私にも水色のシュシュが渡された。

 

 

千歌ちゃん、とっても嬉しそう……

 

 

曜「…。」

 

 

ダイヤ「特訓始めますわよ。」

 

千歌「はーい。曜ちゃん着替え急いでね!」

 

 

私の思ってること、言わないと……

 

 

曜「…千歌ちゃん。」

 

千歌「ん?」

 

 

梨子ちゃんはみんなのためにと思って、こんなことをしてくれたのに、私は私の勝手で動いていいの?

 

 

 

 

 

曜「……。頑張ろうね!」

 

千歌「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、その後練習中や練習が終わった後に、千歌ちゃんとは面と向かって話す機会は無かった。

 

 

私は家のベランダに出て、夜空を見上げながらため息をつく。

 

 

曜「どうすれば千歌ちゃんと本音で話し合えるんだろう…」

 

あれこれと想像はしたけど、どれも違くて(どれもぶっ飛んだ妄想で)ちっとも思い浮かばない。

 

 

その時、手に握っていたスマホの液晶が光った。

 

 

 

 

桜内 梨子

 

 

 

 

パンを食べながらこっちを見ている梨子ちゃんが画面に映った。私は電話に出る。

 

 

曜「もしもし?」

 

梨子『もしもし?今、電話しても大丈夫そうかな?』

 

曜「ううんううん。平気平気。何かあったの?」

 

梨子『うん。曜ちゃんが私のポジションで歌うことになったって聞いたから。』

 

 

千歌ちゃんから聞いたのかな…?

 

 

梨子『ごめんね。私のワガママで。』

 

曜「ううんううん。全然。」

 

梨子『私のことは気にしないで、2人でやりやすい形にしてね。』

 

曜「でも、もう……」

 

 

私は言葉が続かなかった。それを察してくれたのか、梨子ちゃんが話しかけてくれる。

 

梨子『無理に合わせちゃダメだよ。曜ちゃんには曜ちゃんらしい動きがあるんだから。』

 

曜「そうかな……」

 

梨子『千歌ちゃんも絶対そう思ってる。』

 

千歌ちゃんがダンスが上手くいって喜んでいた姿を思い出した。

 

曜「そんなこと……ないよ……」

 

梨子『えっ?』

 

梨子ちゃんが驚いている声を出す。

 

 

曜「千歌ちゃんの側には梨子ちゃんが合ってると思う。だって、千歌ちゃん、梨子ちゃんといる時嬉しそうだし。この予備予選も梨子ちゃんのために頑張るんだって……言ってるし……」

 

梨子『そんなこと言ってたんだ。』

 

段々と目の前の視界が歪んできた。

 

なんで梨子ちゃんにこんなことを言ってるんだろう?

 

 

 

 

梨子『あのね?千歌ちゃん前に話してたんだよ。』

 

曜「え……?」

 

 

梨子『曜ちゃんの誘い、いつも断ってばかりで、それがずっと気になっているって。』

 

 

千歌ちゃんが?

 

 

梨子『だから、スクールアイドルは絶対一緒にやるんだって。

絶対、曜ちゃんとやり遂げるって。』

 

 

曜「そうだったんだ……」

 

梨子『だから、きっと千歌ちゃんも曜ちゃんと一緒にやろうって、そう思ってる。』

 

曜「なんだかごめんね。励ましてもらう感じになっちゃって。」

 

梨子『私のワガママで曜ちゃんに迷惑をかけてるんだし当然だよ。それに、励ましているだけじゃなくて、楽しんでほしいの。千歌ちゃんと2人で最高のライブを作り上げてほしいな。』

 

 

 

 

なんて優しい子なんだろう

 

 

 

 

曜「…。」ジワッ

 

 

梨子『もちろん、みんなも一緒だってことも忘れちゃダメだよ?みんな、曜ちゃんのことを支えようとしてくれてるんだから。』

 

 

梨子ちゃんは、周りの人を気遣うことのできる子だということが改めてわかった。

 

だからこそ、千歌ちゃんも応援したくなったんだよね。

 

 

 

曜「うん。色々ありがとう。

梨子ちゃんも演奏会、楽しんでね。私たちも予備予選を突破するから、また一緒に歌おうね。」

 

梨子『うん。約束。』

 

曜「それじゃあ、おやすみ。」

 

梨子『おやすみ、曜ちゃん。』

 

 

 

梨子ちゃんとの通話が終わった。

 

曜「千歌ちゃんが……」

 

 

梨子ちゃんが言っていたこと。千歌ちゃんも私のことを気にしていた…?

 

 

曜「……。」

 

 

 

 

 

千歌「曜ちゃん!」

 

 

曜「!」

 

千歌ちゃんの声がした気がして振り向いた。けど、そこに千歌ちゃんの姿はなくて、すぐに自分の思い込みだと思った。

 

 

曜「……。」

 

 

千歌「曜ちゃん!!」

 

 

違う!玄関じゃない方から声が聞こえる!

 

私は反対側に身を乗り出した。

 

そこには息を切らしながらこちらを見ている千歌ちゃんがいた。

 

曜「千歌ちゃん!?どうして……?」

 

千歌「練習しようと思って!」

 

千歌ちゃんは私の質問に即座に答えた。

 

曜「練習?」

 

練習?こんな時間から?一応、上手くいったと思うんだけど?

 

千歌「うん!

考えたんだけど、やっぱり曜ちゃん、自分のステップでダンスした方がいい!!

合わせるんじゃなくて、一から作り直した方がいい!!

 

曜ちゃんと私の2人で!!」

 

 

曜「あっ……」

 

私と千歌ちゃんの2人で……

 

 

曜「っ。」

 

私は振り向いて家の中に入る。

 

千歌「曜ちゃん!?」

 

 

そのまま自分の部屋を出て、階段を降りる。その時、梨子ちゃんが電話で言っていたことを思い出す。

 

 

梨子『きっと千歌ちゃんも曜ちゃんとやろって、思ってる。』

 

 

私は一人で何を考えていたんだろう。

 

 

玄関の前に来て、千歌ちゃんと顔を合わせづらかったから、後ろを向きながら外に出る。そして、そのまま後ろに下がりながら千歌ちゃんに触れた。

千歌ちゃんの服は汗でびっしょりになっていた。

 

 

曜「汗びっしょり。どうしたの?」

 

千歌「バス、もう終電終わってたし、美渡姉たちも忙しいって言うし…」

 

 

そう。この時間にはバスがない。だから、千歌ちゃんが来てるはずがないって思った。

 

 

千歌「曜ちゃん、なんかずっと気にしてたっぽかったから、いても立ってもいられなくなって……えへへ。」

 

 

千歌ちゃんは私がずっと顔を合わせないことも怒らなかった。ただ、私が心配だったから来た、なんて……

 

 

私はバカだ。大バカだ

 

みんなに心配かけないようにって思ってたのに、鞠莉ちゃんや梨子ちゃん、千歌ちゃんに結局心配されて…

 

 

 

曜「私バカだ……。バカ曜だ……。」

 

 

千歌「バカよう…?」

 

 

本当にみんな優しすぎるよ……

 

 

私は膨れ上がった気持ちが抑えられなくて、千歌ちゃんに抱きついた。千歌ちゃんは私の勢いを抑えられなくて、後ろに尻餅をつく。

 

 

千歌「うわぁあ!汚れるよ〜!」

曜「いいの!」

 

千歌「風邪ひくよ〜?」

曜「いいの!」

 

千歌「はずかしいってー!」

曜「いいの!」

 

千歌「もう、なに?なんで泣いてるの?」

曜「いいの!!」

 

 

私は千歌ちゃんの質問に、いいの!の一点張りで答えた。すると、千歌ちゃんは背中をさすってくれた。

 

千歌「……曜ちゃん。また一緒に頑張ろ。」

 

その言葉はとても暖かくて、私の心に染み込んでいく気がした。

 

曜「うんっ。」

 

 

こんなに友達想いな友達ばっかりで、私は幸せ者だ。

 

 

 

この時、私の耳には確かに優しいさざ波の音が聴こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、千歌ちゃんは昨夜のことをみんなにも問いかけてくれた。

 

すると

 

 

ルビィ「うん。ルビィも、曜ちゃんは曜ちゃんらしくやった方がいいと思う。」

 

善子「曜さんは曜さんなんだから、それでいいと思うわ。」

 

ダイヤ「そうですわね。あまり時間はないですが、このようなことは挑戦するからこそ、燃えてくるのですわ。」

 

果南「ダイヤもいいこと言うね。私も同感かな。曜は曜らしくいた方がいいね。」

 

花丸「何か手伝ってほしいことがあったら言ってほしいずら!おらは曜ちゃんと千歌ちゃんを全力で応援するよ。」

 

 

曜「みんな……。」

 

 

 

鞠莉「ちかっちとは本音で話せた?」

 

曜「えへへ、千歌ちゃんには心を読まれてたみたい。」

 

鞠莉「そう。それなら、ちかっちには感謝しないとね。」

 

 

千歌「曜ちゃん!!」

 

曜「!」

 

千歌「頑張ろうね!」

 

 

 

私は自分のことばっかり考えて、なんて自己中心的だったんだろう

 

 

 

曜「うん!!みんなごめんね!

私、頑張って自分のステップでダンスを完成させるよ!」

 

 

 

そう。みんなのために頑張らないと。

 

 

ダイヤ「そうなると、またここから頑張らないとなのですから、急ピッチで練習をしないといけませんわ!」

 

鞠莉「Oh! ダイヤの目がメラメラしてまーす!」

 

 

果南「あはは。

……曜。」

 

曜「うん?」

 

果南「まだまだ時間はあるから、焦らずに頑張っていこう。」

 

曜「ありがとう。」

 

 

 

 

こんなに私を心配してくれていたみんなのためにも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は完璧に梨子ちゃんになる。

 

 

 

梨子ちゃんに合わせるんじゃなくて、梨子ちゃんになる。

 

 

それが私の取るべき選択なんだ。みんなのためにも、自分のためにも。

 

 

曜「頑張らなきゃ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

鞠莉「…。

ちかっちが心を読んでた、ね…。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#6 想いはひとつ

 

 

 

 

 

私と千歌ちゃんは、あれからダンスをすぐにぴったり合わせた。

 

 

練習を続けてきて、今日は予備予選当日。

 

 

 

私が1日、梨子ちゃんになる日。

 

 

 

昨日、梨子ちゃんから電話があった。私と千歌ちゃんがうまくやってるか気にしていた様子だった。

 

曜「本当に心配してくれてたんだね。」

 

そう思うと、さらに身が引き締まる思いを感じた。

 

梨子ちゃんになりきるんじゃない。私は梨子ちゃん。私は桜内 梨子だ。

 

 

 

 

千歌「曜…ちゃん…?」

 

曜「ああ、ごめんね!少しボーッとしちゃった。」

 

千歌「…。」

 

 

ダイヤ「さあ、会場入りしますわよ。」

 

みんな「「「「はーい。」」」」

 

 

 

花丸「うぅ…。やっぱりライブ前は緊張するずら…」

 

ルビィ「ダイジョウブ。ダイジョウブダカラ…」

 

善子「ルビィが大丈夫じゃ、ないじゃない!」

 

 

ダイヤ「ついに、ですわね。」

 

鞠莉「ええ。2年間温めてきた想いだもの。私たちのバーニング!した熱い想いを見せれば大丈夫よ。」

 

果南「そうだね。今日は頑張ろう。」

 

ダイヤ「ええ。」

 

 

 

 

 

 

 

梨子ちゃんなら、こういう時どうするんだろう。私はこういう勝負前の時は、なるべく自分のペースで行動していた。ルーティーンというと、またちょっと違うんだけどね。

 

 

でも、そうしてしまうと結局私のままなんだ。

 

 

曜「…緊張、してきたね…。」

 

 

これは私の本音だ。もしかしたら、今までのどのライブよりも緊張しているかもしれない。

 

 

千歌「曜ちゃんも緊張してるの?」

 

曜「それはそうだよ。私だって緊張するよ。」

 

千歌「…曜ちゃん?」

 

曜「どうしたの?」

 

千歌「…ううんううん。なんでもない。」

 

 

そう言って、千歌ちゃんは背を向けてしまった。何か言いたげな様子だったのが気になる。

 

曜「言いたいことがあるなら、ちゃんと言わないとじゃない?千歌ちゃんの方がよっぽどそういったことが嫌いでしょ?」

 

 

すると、千歌ちゃんは私に向き直ってこう言った。

 

 

千歌「なんか…曜ちゃんらしくないなって。」

 

 

……。

 

 

千歌「なんていうか、梨子ちゃんみたいな雰囲気だから。」

 

 

千歌ちゃんは微妙な空気を感じとっていた。もしかしたら、みんなも感じてはいるのかもしれないけど。

 

千歌「あ、ごめんね!余計なことを言っちゃった。えーと、なんだっけ?緊張しないおまじない!」

 

曜「え?ああ! おはヨーソロー!」ビシッ

 

千歌「そうそう!それそれ!!

おはヨーソ……ってやっぱり恥ずかしいよ〜!」

 

曜「あははっ!今恥ずかしい思いをしておけば、ステージでは緊張なんてしないのであります!」

 

千歌「そうかな?

でも、曜ちゃんが笑顔になってくれたから、緊張もなくなってきたよ。」

 

 

 

あっ……

 

 

 

千歌「いつもよりも表情が固かったから……ちょっと心配だったんだ。」

 

 

曜「そ、そっか……」

 

 

 

 

千歌ちゃんは私のために……

 

 

 

 

 

 

千歌「でも、今はいつも通りの曜ちゃん。元気で頼りになる顔をしてる。」

 

曜「!」

 

 

 

 

いつも通りの私!?

 

 

 

曜「……。もう。そんな心配してくれなくても大丈夫だよ?嬉しいけど、千歌ちゃんも準備とかしないとでしょ?」

 

 

千歌「え……。」

 

 

ダイヤ「お二人とも準備はよろしくて?もう直ぐ私たちのステージですわよ。」

 

 

千歌「…うわわぁっ!ちょ、ちょっと待って!すぐに準備しますからぁ!」

 

曜「……。」

 

 

 

千歌ちゃんは梨子ちゃんからもらったシュシュを腕につけて、ダイヤさんのところへ走っていった。

 

 

 

曜「……私も行かなきゃ。」

 

 

 

完璧に梨子ちゃんになるのは、無理だったけど、ちょっとの間だけでもいい。このステージでは桜内 梨子でいろ!渡辺 曜!!

 

 

 

 

 

 

 

そして私たちの番になり、ステージに上がると私は千歌ちゃんの後ろに立つ。

 

 

 

 

音楽がかかり、千歌ちゃんが歌い始める。千歌ちゃんの伸びきった声が、会場全体に広がっていく。

 

 

 

 

ピアノの旋律が聞こえる。と、同時にメンバーみんなでピアノを弾くポーズをとる。私も同じように、でも、みんなよりもっと繊細に踊る。

 

 

ギターの音が鳴るとすぐに前に飛び出して、千歌ちゃんの背中に手を乗せて、軽くジャンプ。いつもの私よりは抑えめの力にする。

 

 

ここでいきなり私と千歌ちゃんのパート。いつもより落ち着いた声で歌う。

 

 

その後、各メンバーのパートが歌い終わり、いよいよ問題のパートへと移る。

 

私と千歌ちゃんが近づきながら、背中合わせになって歌う。

 

 

 

梨子ちゃんのように。梨子ちゃんのように!!

 

 

 

曜・千歌「なにかを つかむことで

なにかを あきらめない!」

 

 

 

上手くいった!!

 

 

 

 

その後、みんなも同じメロディで続く。

 

ここから私は走りすぎないように、セーブをかけながら踊る。ここ辺りから千歌ちゃんは私より若干、遅れはじめてしま……

 

 

 

 

 

 

わない!?

 

 

 

 

千歌ちゃんが私に合わせてきてくれた。信じられない!体力が残ってる!?

 

 

 

結局、私は私の元々のステップで踊り、私たちのステージは終わった。

 

 

 

 

 

舞台袖にはけた私たちは、やりきった満足感でいっぱいになった。

 

 

 

ダイヤ「す、すごいですわ!」

 

ルビィ「今までの中で一番良かったよね!?」

 

鞠莉「私たち最っ高にShinyだったわ!」

 

 

みんなの中での手応えもだいぶある。

 

 

千歌「やったね!…っとっと!」ガクッ

 

花丸「ち、千歌ちゃん!?大丈夫ずら!?」

 

果南「やっぱり……。かなり千歌にしては最後まで飛ばして踊ってると思ったよ。」

 

 

やっぱりって……

 

 

曜「まさか今日は無理してたの!?」

 

千歌「いやぁ。なんかやらなきゃ!って思ったら、勢いがついちゃって。

最後まで速いテンポのままでも踊れそうだったから踊りきっちゃった!」

 

鞠莉「Oh!ちかっちもメラメラ燃えていたものね♪」

 

千歌「そう!まさに、千歌のバカ力!」

 

善子「はあ??」

 

千歌「今のはね?千歌と力をね?」

 

花丸「親父ギャグずら…」

 

ダイヤ「もしかして、火事場の馬鹿力とかけていますの?」

 

善子「その言葉、多分千歌さんは知らないと思う。」

 

 

 

でもそれって結局、千歌ちゃんは無理してたってことだよね!?

 

 

 

千歌「曜ちゃん。」

 

曜「ち、千歌ちゃん…?」

 

 

 

千歌「楽しかった?」ニコ

 

曜「!!」ドキッ

 

 

確かに最後は私として踊れた気がする。千歌ちゃんと2人で…

 

 

 

鞠莉「と〜〜〜っても楽しかったっ♪って曜は思ってるヨー、ソロー!!」

 

 

曜「ま、ま、鞠莉ちゃん!?」

 

 

果南「だってさ、千歌。良かったね♪」

 

千歌「うん!それなら良かった♪」

 

曜「なんか勝手に私が言ったみたいになってる!?」

 

果南「じゃあ、楽しくなかった?」

 

千歌「ええっ!?そ、そんなぁ。」

 

曜「うっ……!はい!とても楽しかったし、とても感動しました!!」

 

ルビィ「えへへ。良かったね!」

 

ダイヤ「さあさあ、あまり舞台袖ではしゃいでいると、他のスタッフにも迷惑がかかりますわよ?ここはもう帰りましょう。」

 

善子「灼熱の砂漠から抜け出した天使たちを癒すための聖都へ…!」

 

花丸「沼津ずら。」

 

 

 

 

 

結局千歌ちゃんには聞くことができなかったけど、私は梨子ちゃんとしてではなく、渡辺 曜として最後はステージに立てていた。

 

 

 

 

鞠莉「『想いはひとつ』。でしょ?」

 

曜「!」

 

鞠莉「さあっ、今日はみんなで打ち上げパーティーデェス♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

予備予選、結局私は

 

 

 

桜内 梨子

 

 

としてではなく

 

 

 

 

 

 

渡辺 曜

 

 

としてステージをやり遂げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう

 

 

 

 

 

 

みんな

 

 

 

 

 

 

 

千歌ちゃん

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Another episode vol.1
#5.5 守りたいもの


今回は果南part


 

 

 

 

 

 

〜千歌が曜の家に来た次の日〜

 

 

 

 

最近何か違和感を感じるというのも、曜の様子が気になる。

 

今まで接してきた中でわかってるけど、千歌と違って、曜は案外しっかりしている。私と同い年のダイヤや鞠莉よりもしっかりしてるところがあるくらいだから、きっと私よりもしっかりしてるところがあるに違いない。

 

 

だからこそ、たまに不安になる。

 

その曜がダメになってしまったとき、Aqoursはどうなってしまうのか。

 

 

 

Aqoursの求心力は千歌が担っている。このことに違いはない。でも、その千歌をいつも支えてあげていたのは、紛れもなく梨子ちゃんと曜だ。

そして、曜は梨子ちゃん以上に器用で、周りの様子を見ながら動いている。Aqoursが上手く回っているのは曜のおかげだ。

 

 

その曜の様子がおかしい気は、なんとなくしていた。なんというか、無理やりいつも通りに振る舞おうとしている。そんな感じに見えた。空元気というやつかな。

 

 

だから、曜に直接聞こうかと思っていたときだった。

 

 

鞠莉『私に任せて♪』

 

果南『鞠莉、どういうこと?』

 

鞠莉『私も気になるし、ちょっと果南じゃ頭が固そうだからかな。』

 

果南『むっ。』

 

鞠莉『ジョーク、ジョーク♪

とりあえず、私に任せてくれない?』

 

果南『わかった。まったく、鞠莉にはいつもペースを握られるね…』

 

鞠莉『トークは勢いと緩急!果南も直球だけじゃなくて、カーブも投げてみたらいいんじゃない?』

 

果南『誰かさんは、そのボール球に手を出しそうになってたけど?』

 

鞠莉『ノー!意外と果南も意地悪ね。』

 

果南『ふふっ♪』

 

鞠莉『まあ、曜からうまく話を聞いてくるわ。』

 

果南『よろしく。』

 

 

そうして、鞠莉は曜を連れて話を聞いたらしい。

 

らしい、なんていうのも、鞠莉が曜と話をした内容を教えてくれないからだ。今回の件は水に流ししてね。と言って、鞠莉は曜との話を私にしてくれない。

 

 

その日以降、曜はすっかり今のポジションで歌うことに慣れて、千歌との息も合っている。梨子ちゃんの代役として曜を推薦した手前、もし今回のパフォーマンスで何か問題が起きれば、それは私の責任だ。

 

もちろん、パフォーマンス以外のところで問題が起きても、私に責任がある。だからこそ、曜が無理をしているようだったら支えてあげないといけない。

 

 

 

だけど

 

 

 

 

曜「なーにかをつかむことで♪」

 

 

 

 

曜は一言も弱音を吐かずにここまで頑張り続けてる。だから、心配するようなことは何もないと自分に言い聞かせる日々を過ごしている。

 

 

ダイヤ「千歌さん。今の、あきらめ、の『め』の部分、もう少し音が上ですわよ。」

 

千歌「も、もう少し〜?」

 

鞠莉「ダイヤも耳がいいのね。」

 

ダイヤ「私はお琴をしていますから、多少の音のズレくらいはわかりますわ。」

 

曜「私は?」

 

ダイヤ「曜さんは今のところ問題ないと思いますわよ。」

 

ルビィ「ほわぁ〜。曜ちゃんも中々音を外さないよね。」

 

千歌「いいなぁ曜ちゃんは。ダンスはもちろん上手いし、歌も上手だから、ダメなところがないね。」

 

曜「そ、そんなことないよ!ほら、千歌ちゃんはもっと上手になれるから!」

 

ダイヤ「そうですわ。練習は裏切ったりしませんから。練習あるのみ!」

 

善子「ダイヤさんって、どう考えても熱血バカよね。」

 

花丸「否定はしないずら。」

 

 

果南「完成には近づいてるからさ、焦らずに少しずつ良くしていこう。」

 

千歌「うん。私も頑張るぞ…!」

 

 

 

予備予選まであと3日。みんなで支えあいながら頑張っていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「果南ちゃーん!」

 

果南「うん?」

 

 

練習後、千歌が私に話しかけてきた。

 

果南「どうかした?」

 

千歌「ちょっと個別レッスンをしていただきたくて…」

 

果南「個別レッスンって、ダンス?」

 

千歌「うん。私って基本的に曜ちゃんと対象的に踊ってるでしょ?それでサビのときに、どうしても曜ちゃんよりも反応が遅れるというか…なんかキレがないっていうのかなぁ…。」

 

果南「うーん。なんとなく千歌の言いたいことはわかったよ。とりあえず気になっているところを見せてくれる?そうしたらアドバイスできるから。」

 

 

千歌が自分から気になる点を見つけて、私に聞いてきてくれて良かった。

 

個人的に感じる微妙なタイミングのズレでその後のパフォーマンスの質が変わってしまうことが、スクールアイドルではよくあると聞く。

でも、そういうものって基本は自分の中でしかわからない。だから、そう感じてしまった時に自分で解決するしかない。

 

千歌は自分のことを客観的に見ることができる。だから自分のことをネガティヴに考えてしまうことも多いけど、これはみんなができるってことではない。

それに、千歌は中途半端が嫌いな性格だ。だからあまり妥協をしない。そういったところが千歌の強み、みんなが千歌に惹かれている理由の一つ。

 

梨子ちゃんとではなく、曜と踊ろうと決めたからには、曜の動きについていく。千歌はそう決心したんだろう。

 

 

千歌「ど、どうかな?」

 

果南「そうだね。本当に微妙だけど、後半になるにつれ、ステップが遅くなってた。」

 

千歌「ということは…」

 

果南「持久力はまだ曜より足りてないかもね。」

 

千歌「そ、そっか…」

 

果南「まあ、体力のことに関しては、すぐにつくわけではないから、くよくよしても仕方ない。とにかく、今千歌に必要なのは焦りすぎないこと。」

 

千歌「焦り…すぎない…?」

 

果南「うん。焦りは体のキレを悪くして、体力を多く消費するから、ライブを楽しむことを考えよう。もちろん、お客さんを楽しませることも大事だけど、自分が楽しむことはもっと大事だよ。」

 

千歌「自分が…楽しむ。」

 

果南「曜と2人で歌ったことなんてないでしょ?」

 

千歌「うん。」

 

果南「楽しみじゃない?」

 

千歌「…楽しみ。確かに楽しみだよ!!」

 

果南「その気持ちを忘れちゃダメだよ?曜と同じように踊ることよりも、曜と2人で楽しむことを考えよう。」

 

千歌「うん!」

 

果南「結局アドバイスになってないかもしれないけど、こんな感じで良かったかなん?」

 

千歌「だいぶいいかんじー!」

 

果南「ふふっ♪それじゃあハグしよ!」

 

千歌「ギュー!果南ちゃんとのハグ、久しぶりだよ〜♪」

 

 

そう。千歌は優しい。だから、相手の様子を見ながら自分を我慢してしまうことが多い。今回の梨子ちゃんの件も、もちろん応援したいという気持ちから送り出していると思うけど、多少の自己犠牲も含まれている。

 

 

 

 

私は幼馴染としても、千歌と曜の2人のことを守らなければいけないし、何よりもスクールアイドルとして道を歩いていく中で傷ついてほしくない。

 

だから、今回の予備予選は意地でも成功させる。

 

 

千歌「…果南ちゃん?」

 

果南「うん?」

 

千歌「顔がちょっと怖い…」

 

果南「えっ?ああ…。ごめんごめん。ちょっと考え事をしてた。」

 

千歌「考え事?それってどんなこと?」

 

果南「深いことは考えてないよ。祈ってるのに近いかな?今度の予備予選、うまくいきますようにってさ。」

 

千歌「そっか。じゃあ私も祈っとこ!」

 

 

 

私にとって2人とも大事な幼馴染なんだ。

 

 

私と同じ想いはさせない。

スクールアイドルなんてやらなければ良かったなんて、絶対に思わせないから。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#5.5 夕日に染まる部屋で

梨子part


 

 

 

 

 

 

〜予備予選前日〜

 

 

 

 

コンクールの前日、私は最後の調整で明日の発表曲を通して弾いていた。

 

夕陽が壁をオレンジ色に照らす。夏の夕陽は、オレンジ色が薄くなって輝くから、金色に見えなくもない。金色に輝く海辺を思い出しながら、ふと私は内浦が恋しくなっていた。

 

 

 

内浦のみんなには感謝してる。

私がずっと悩んでいたものを解決させてくれるきっかけをくれた。私は東京で地味な毎日を過ごして、

内浦の人たちはみんな温かくて、みんなそれぞれ輝く原石みたいな子たちで。そんな環境の中で、私は本当にしたかったことを見つけることができた。

 

 

 

梨子「千歌ちゃんに電話しようかな。」

 

 

 

私はスマホを取り出して、千歌ちゃんに電話をかける。

 

 

千歌『もしもし?梨子ちゃん?』

 

 

1コールで千歌ちゃんは出てくれた。

 

梨子「忙しいときにごめんね。」

 

千歌『大丈夫だよ!梨子ちゃんはコンクールの準備は終わったの?』

 

梨子「うん。大体は終わったよ。」

 

千歌『そっか!

梨子ちゃんも私たちもいよいよだね。』

 

梨子「うん。さすがにちょっとドキドキするかな。」

 

千歌『私もそうだよ〜。えへへ。』

 

梨子「おはヨーソロー。」

 

千歌『ん?ヨーソロー?』

 

梨子「東京でライブをしたときにね、曜ちゃんに教えてもらったの。緊張をほぐすためのおまじないって。」

 

 

そういえばあの通話以来、曜ちゃんの声を聞いていない。

 

 

千歌『へぇ。おまじないかぁ。私もやろうかな!

……うん。なんか恥ずかしいや。』

 

梨子「ふふふ♪曜ちゃんいわく、それが良いんだって。これからやることは、ちっぽけなことなんだと思えるみたいだよ。」

 

千歌『ほぇ。そんなものかなぁ?』

 

 

千歌ちゃんに曜ちゃんのことを聞こうと思ったときだった。

 

ピー、ピー

 

千歌『うわっ。また電池切れそう……。』

 

梨子「ねえ、千歌ちゃん?いい加減、寝る前に充電する癖をつけない?」

 

千歌『ついつい忘れちゃってて。』

 

梨子「そんなところも千歌ちゃんらしいけどね。それじゃあ、明日は頑張ろうね。」

 

千歌『うん!お互い悔いが残らないように全力を尽くそう!!』

 

梨子「もちろん。

みんなにもよろしくね。」

 

千歌『わかっ』

 

 

プー、プー

 

 

千歌ちゃんの言葉が終わる前に切れてしまった。多分、千歌ちゃんのスマホの充電が無くなったんだと思う。

 

 

梨子「相変わらず、だね。」

 

 

でも千歌ちゃんのおかげで元気になった気がした。曜ちゃんのことは聞けなかったけど、曜ちゃんなら大丈夫だと思う。

 

 

梨子「……本当にそう決めつけていいのかな?」

 

 

お互い忙しかったから遠慮していたけれど、今日は曜ちゃんの声も聞きたかった。

 

 

prrrr

 

曜『もしもし、梨子ちゃん?』

 

梨子「もしもし?今は大丈夫?」

 

曜『平気だよ。何かあったの?』

 

 

何かあったわけではないけど、元気かどうか気になった。だと、理由が変なのかな…

 

曜『梨子ちゃん?』

 

梨子「ええ、あ……うん。あの日から、千歌ちゃんとうまくやってるかなって思って……」

 

びっくりした。今のは口から急に出た言葉だった。でも、それは私が曜ちゃんに聞きたかったことそのものだった。

 

 

曜『うん。大丈夫!千歌ちゃんとはうまくやってるよ。』

 

梨子「そう……。それならよかった。」

 

 

すかさず曜ちゃんは、えへへ、と笑った。

 

曜『安心して!梨子ちゃんも同じステージに立っているつもりでみんなやるから!』

 

梨子「ありがとう。」

 

曜『梨子ちゃんもコンクール頑張ってね。』

 

梨子「うん。お互いいい結果が出るように頑張ろうね。」

 

曜『そうだね。今までの成果を見せるときだよ。梨子ちゃんが聴こえた海の音を思い浮かべながら楽しんでね。』

 

 

海の音……

 

 

梨子「曜ちゃん。」

 

曜『うん?』

 

梨子「なんか、曜ちゃんって海みたいだなあって。」

 

曜『海?確かに海は好きだけど、自分が海だって思ったことはなかったなあ……』

 

梨子「うん。なんかね、曜ちゃんは『内浦の海』に似てるんだ。」

 

曜『ここの海に?』

 

梨子「ふふふっ♪ちょっと唐突だったよね。

私から見ると内浦の海って、いつもキラキラ輝いているの。それで中に入ってみると、思っていたよりも穏やかに優しく包み込んでくれて。それだけじゃなくて、透き通るように青くて、水面から光を感じるんだ。

そんな内浦の海が私は大好きで……」

 

 

でも、この温かさは海だけがくれているものじゃないってわかる。

 

 

曜『そっか。梨子ちゃんがここの海を好きになってくれて嬉しいよ。』

 

梨子「うん。内浦の海だったから、海の音が聴こえたんだと思う。」

 

 

 

内浦の人たちの温かさ、私は本当にあそこが好きになったみたい。

 

 

 

曜『よしっ!それじゃ、そんな内浦の海が一望できる浦女を廃校させないためにも、私たちは頑張らなくては!』

 

梨子「そうだね。コンクールに行くなんて私のワガママに付き合わせてしまってごめんなさい。」

 

曜『ワガママじゃないよ!自分の夢に向かって全速前進することは、素晴らしいことなのでありますっ!』

 

梨子「…ありがとう。」

 

 

曜ちゃんは本当に優しい。

千歌ちゃんもそうだったけど、曜ちゃんは周りのみんなのことを見ていて、優しいんだよね。

 

 

曜『おはヨーソロー!!』

 

梨子「!?」

 

曜『あははっ!

本番前、しっかりやってね。』

 

梨子「忘れない。」クスクス

 

曜『それじゃ、またね。』

 

梨子「またね。」

 

 

プー、プー

 

 

 

 

なぜか、話すつもりではなかったことまで、ついつい話してしまった。

 

 

 

梨子「頑張ってね。みんな。」

 

 

 

ううんううん。他人事じゃないよね。私も明日は全力が注げるように、もう少し調整しなきゃ。

 

 

 

 

 

オレンジに輝く部屋の中にいても、私には確かに、内浦の海のさざ波の音が優しく聴こえていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#6.5 やり遂げたよ

千歌part


 

 

 

〜ラブライブ予備予選当日〜

 

 

 

 

 

今日はラブライブ予備予選の日。

 

正直、緊張で胸がバクバクしてる。

 

 

 

こんな時って、手のひらに人を3回書いて飲みこむと落ち着くんだっけ?

 

 

あっ。

 

 

 

おはヨーソロー…………

って、それは恥ずかしいって!

 

 

そう思って、後ろにいる曜ちゃんを見る。

 

 

 

あれ?

 

 

 

千歌「曜…ちゃん…?」

 

 

 

曜「……ああ、ごめんね!

少しボーッとしちゃった。」

 

千歌「……。」

 

 

ダイヤ「さあ、会場入りしますわよ。」

 

みんな「「「「はーい。」」」」

 

 

 

今の反応は、曜ちゃんも緊張してる?

 

東京に行ったときも、あんまり緊張してなかったのに?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「……緊張、してきたね。」

 

 

私たちに用意されているお部屋で、曜ちゃんが話しかけてきた。

 

 

 

千歌「曜ちゃんも緊張してるの?」

 

曜「それはそうだよ。私だって緊張するよ。」

 

 

どうしてだろう?

 

 

なんか今日の曜ちゃん

 

 

 

曜ちゃんじゃない

 

 

 

 

千歌「…曜ちゃん?」

 

 

曜「どうしたの?」

 

 

でも、本番前に変なこと言ったら、曜ちゃんを焦らせちゃうかな……

 

 

千歌「…ううんううん。なんでもない。」

 

そう言って、私は背を向けた。

 

 

 

曜「言いたいことがあるなら、ちゃんと言わないとじゃない?千歌ちゃんの方がよっぽどそういったことが嫌いでしょ?」

 

 

曜ちゃんから聞いてくれたなら、話しても大丈夫かな?

大丈夫……だよね?

 

私は曜ちゃんに向き直って、今自分が率直に思っていることを言った。

 

 

千歌「なんか曜ちゃんらしくないなって。なんていうか、梨子ちゃんみたいな雰囲気だから……。」

 

 

私の話を聞いて、曜ちゃんが黙りこんでしまった。困らせたかったわけじゃなかったんだけど……

 

 

千歌「あ、ごめんね!余計なことを言っちゃった。

えーと、なんだっけ?緊張しないおまじない!」

 

私は苦し紛れに、梨子ちゃんが言っていたことを思い出して、曜ちゃんに話を聞く。

 

 

曜「え?ああ! おはヨーソロー!」ビシッ

 

千歌「そうそう!それそれ!!

おはヨーソ……ってやっぱり恥ずかしいよ〜!」

 

曜「あははっ!今恥ずかしい思いをしておけば、ステージでは緊張なんてしないのであります!」

 

 

良かった。

 

ようやくいつもの曜ちゃんになった。

 

 

千歌「そうかな?

でも、曜ちゃんが笑顔になってくれたから、緊張もなくなってきたよ。いつもよりも表情が固かったから……ちょっと心配だったんだ。」

 

 

曜「そ、そっか……」

 

千歌「でも、今はいつも通りの曜ちゃん。元気で頼りになる顔をしてる。」

 

 

私がそう言うと、曜ちゃんは何かを考えていた。

 

曜「……。もう。そんな心配してくれなくても大丈夫だよ?嬉しいけど、千歌ちゃんも準備とかしないとでしょ?」

 

 

千歌「え……。」

 

 

 

 

なんで

 

 

 

なんで今日は

 

 

 

 

 

梨子ちゃんみたいなの……?

 

 

 

 

 

 

ダイヤ「お二人とも準備はよろしくて?もう直ぐ私たちのステージですわよ。」

 

 

千歌「うわわぁっ!ちょ、ちょっと待って!すぐに準備しますからぁ!」

 

 

ダイヤさんに呼ばれた私は梨子ちゃんからもらったシュシュを腕につけて、舞台袖へ走っていった。

 

 

 

 

今日の曜ちゃんなんか変だよ……

 

 

 

 

まさか、無理に梨子ちゃんになろうとしてる……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして私たちの番になり、ステージに上がると私は真ん中でしゃがんでいた。

 

 

音楽がかかり、歌い始める。私の声が、会場全体に広がっていく気がした。

 

ピアノの旋律が聞こえる。と、同時にメンバーみんなでピアノを弾くポーズをとる。

 

ギターの音が鳴ると曜ちゃんが私の背中に手を乗せてジャンプした。なんでだろ……いつもの曜ちゃんよりは抑えめな気がする。

 

 

ここでいきなり私と曜ちゃんのパート。

 

本当にどうしたの?

 

曜ちゃん、なんかいつもと違うよ……

 

 

その後、他のみんなのパートが歌い終わり、また私と曜ちゃんのパートへと移る。

 

 

私と曜ちゃんが近づきながら、背中合わせになって歌う。

 

 

曜・千歌「なにかを つかむことで

なにかを あきらめない!」

 

 

 

上手くいった……けど……

 

 

その後、みんなも同じメロディで続く。

 

 

 

こんなの曜ちゃんらしくない!!

 

 

 

いつもの曜ちゃんのテンポに私が合わせるんだ。そのための自主練だって、頑張ってきたじゃん!

 

 

練習の成果か、私はサビに入っても体力が切れることなく、スピーディーにダンスを踊る。

 

曜ちゃんが私を驚いた顔をして見ていたのが一瞬見えた。

 

 

 

サビになって、曜ちゃんはいつもと同じようなキレがあって、大胆に動くステップで踊り、私たちのステージは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台袖にはけた私たちは、やりきったって顔をしていた。

 

 

 

ダイヤ「す、すごいですわ!」

 

ルビィ「今までの中で一番良かったよね!?」

 

鞠莉「私たち最っ高にShinyだったわ!」

 

 

千歌「やったね!…っとっと!」ガクッ

 

花丸「ち、千歌ちゃん!?大丈夫ずら!?」

 

 

ガッツポーズをした途端、目の前がフラッとした。

 

 

果南「やっぱり……。かなり千歌にしては最後まで飛ばして踊ってると思ったよ。」

 

 

 

果南ちゃんにはバレバレかぁ……

 

私と果南ちゃんのやりとりを聞いて、驚いていたのは曜ちゃんだった。

 

 

 

曜「まさか今日は無理してたの!?」

 

千歌「いやぁ。なんかやらなきゃ!って思ったら、勢いがついちゃって。

最後まで速いテンポのままでも踊れそうだったから踊りきっちゃった!」

 

鞠莉「Oh!ちかっちもメラメラ燃えていたものね♪」

 

千歌「そう!まさに、千歌のバカ力!」

 

善子「はあ??」

 

千歌「今のはね?千歌と力をね?」

 

花丸「親父ギャグずら…」

 

 

一年生って、結構塩対応だよね……

 

 

ダイヤ「もしかして、火事場の馬鹿力とかけていますの?」

 

善子「その言葉、多分千歌さんは知らないと思う。」

 

 

うん。わかんないです。

 

 

 

……それよりも

 

 

千歌「曜ちゃん。」

 

曜「ち、千歌ちゃん…?」

 

 

 

千歌「楽しかった?」ニコ

 

曜「!!」ドキッ

 

 

私の質問にドキッとした顔をした曜ちゃんは、はっきりと答えてくれなかった。すると、曜ちゃんの背後から鞠莉ちゃんが現れた。

 

鞠莉「と〜〜〜っても楽しかったっ♪って曜は思ってるヨー、ソロー!!」

 

曜「ま、ま、鞠莉ちゃん!?」

 

果南「だってさ、千歌。良かったね♪」

 

 

 

千歌「うん!それなら良かった♪」

 

曜「なんか勝手に私が言ったみたいになってる!?」

 

果南「じゃあ、楽しくなかった?」

 

ふふふ♪2人のノリにのっちゃおっ♪

 

千歌「ええっ!?そ、そんなぁ。」

 

 

すると

 

曜「うっ……!はい!とても楽しかったし、とても感動しました!!」

 

 

顔を真っ赤にしながら、曜ちゃんはそう言ってくれた。

 

 

ルビィ「えへへ。良かったね!」

 

ダイヤ「さあさあ、あまり舞台袖ではしゃいでいると、他のスタッフにも迷惑がかかりますわよ?ここはもう帰りましょう。」

 

善子「灼熱の砂漠から抜け出した天使たちを癒すための聖都へ…!」

 

花丸「沼津ずら。」

 

 

 

 

とりあえず、今日は乗りきれたかな?

 

 

 

梨子ちゃん。やり遂げたよ。

 

 

 

 

後ろで曜ちゃんと果南ちゃんが何か話しているところを見た。

なんの話だろう?

 

 

 

でも

 

 

 

 

 

みんなを優しく見つめていた曜ちゃんの顔は幸せそうで、曜ちゃんのそんな笑顔を見れて、私は嬉しかった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章『君のこころは輝いてるかい』
#1 0から1へ


 

 

 

 

予備予選が終わり、私たちは無事通過することができた。

 

 

私たちは安堵と喜びで胸がいっぱいになっていたけど、鞠莉さんの一言で

ある問題の深刻さが浮き彫りになった。

 

 

 

 

 

千歌「また0…。」

 

 

私たちの通う、浦の星女学院は統廃合の危機に瀕しているということだ。つまり、学校が無くなってしまうってことになる。

鞠莉ちゃんやダイヤさんは、Aqoursの力でそれを何とか防ごうとしている。Aqoursの人気が上がれば、学校の入学希望者が増えると考えているみたい。

 

 

でも予備予選を通過しても、学校説明会の希望者は0人だった。

 

 

 

ダイヤ「あ、ありえませんわっ!私たちは予備予選を通過したのですよ!?かなりの宣伝になったはず!」

 

鞠莉「でも、0は0。それ以上でもそれ以下でもないわ…」

 

ルビィ「そ、そんなぁ…」

 

 

この0という数字が私たちに重くのしかかる。つまり、今のところ誰もうちに入学しようと考えている人はいないってことになるから。

 

 

 

花丸「マル達の学校、無くなっちゃうの…?」

 

善子「誰も入ってきてくれない学校がやっていけるわけないでしょ。」

 

ダイヤ「私たちは精一杯やりましたのに。なぜ……」

 

 

ラブライブの予備予選は通過したのに、重い空気が部室の中に立ちこめた。

 

 

果南「ショックではあるけど、切り替えていこ?まだ、ダメって決まったわけじゃないし、ここでクヨクヨしててもしょうがないって!」

 

 

千歌「果南ちゃん……」

 

鞠莉「果南……」

 

ダイヤ「そうですわ……。ここで立ち止まる私たちではありません!何としてでも、入学希望者を増やさないと!」

 

ルビィ「そ、そうだよね!まだここからだよね、うん。」

 

花丸「諦めちゃ、ダメ。ずら!」

 

善子「ふっ。与えられし魔界からの奇跡的蘇生という役目。

中々、堕天使に相応しいじゃない。」

 

 

果南ちゃんの一声でみんなの目に光が灯った気がした。

 

 

曜「まだまだこれから!自分のできる限りのことをしていこう。」

 

果南「そうだね。そうと決まったら、ここにいない私たちの仲間を迎えに行かなきゃだね。」

 

千歌「梨子ちゃん!」

 

 

そうだ。私たちには大切な仲間がいる。梨子ちゃんとまた歌えるチャンスをもらえただけでも感謝しないとかな。

 

 

鞠莉「そうね。とりあえず、梨子が帰ってくるまではゆっくり休まない?」

 

ダイヤ「予選までそれほど時間はないですわよ?」

 

果南「私は別に鞠莉の意見もアリだと思うよ?色々考えを整理させたりできるしさ。」

 

花丸「マルも少し休みがあると嬉しいな……。」

 

曜「千歌ちゃんはどうしたい?」

 

千歌「うん。私もちょっと考える時間が欲しいかも。」

 

ダイヤ「わかりましたわ。それでは、梨子さんが帰ってき次第、練習をしていきましょう。」

 

 

 

ということで、梨子ちゃんが内浦に帰ってくるまでは練習がOFFになることが決まった。

 

 

 

 

 

 

その日、家に帰ったあと、千歌ちゃんからグループ通話をすることが提案されて、Aqoursのみんなのグループで通話することになった。

 

 

私が通話に参加したときには、千歌ちゃんと梨子ちゃん、一年生の3人が既に話をしていた。

 

 

千歌『あ、曜ちゃん。』

 

花丸『こんばんはずら〜。』

 

曜「遅かったかな?ごめんね。」

 

ルビィ『大丈夫だよ。』

 

梨子『曜ちゃん、また今度改めて伝えるけど、本当にありがとう。そして、予備予選通過おめでとう。』

 

曜「うん。ありがとう!梨子ちゃんは?」

 

梨子『うん。弾けたよ。私の弾きたい音を。』

 

ルビィ『梨子ちゃん、賞を獲ったんだって!』

 

曜「え、すごい!確かに、いいメロディだったよね。」

 

千歌『うん!だって、梨子ちゃんは今まで私たちの曲を作ってくれてたんだよ?いい曲ができるに決まってるよ!!』

 

善子『リリーの天界的旋律によって、この下界のものたちは…』

 

鞠莉『Chao〜☆』

 

千歌『鞠莉ちゃん!』

 

ルビィ『こんばんは。』

 

善子『ちょっと!私の話を切らないでっ!!』

 

鞠莉『Oh!よしこデーモンちゃんの話を遮っちゃった?Sorry』

 

善子『善子言うなー!』

 

梨子『お願いだから2人とも落ち着いて。』

 

 

騒いでいる2人を梨子ちゃんが制止しようとするけど、鞠莉ちゃんのノリに善子ちゃんが乗ってしまって収集がついてなかった。

 

 

ダイヤ『ルビィの電話から話を聞こうと思ったら、一体何の騒ぎですか?』

 

花丸『いつものことずら。』

 

ルビィ『今思ったけど、3人でギューギューかもぉ…』

 

ダイヤ『同じ会話を隣に居るのに、違う電話で聞くなんて可笑しいでしょう?』

 

千歌『うん?花丸ちゃんもルビィちゃんと一緒なの?』

 

花丸『今日はルビィちゃんの家にお邪魔させてもらってるんだ♪』

 

曜「へぇ〜。面白そうだね。」

 

ルビィ『あっ。音が大きくなるようにスピーカーにすればいいんじゃないかな!』

 

ダイヤ『さすがルビィ。いい方法を思いついたわね♪』

 

花丸『すぴーかー?』

 

ルビィ『えへへ。それじゃあ、えいっ』

 

善子『まったく、この姉妹コントは…』

 

花丸『み、みらいずらぁ〜!?善子ちゃんの声が離れててもこんなにもはっきりと!』

 

 

鞠莉『……ダイヤのせいでso noisyよ?』

 

ダイヤ『わ、私のせい!?』

 

曜「あははっ!」

 

 

 

果南『待たせてごめん。ちょっと片付けに時間かかっちゃってさ。』

 

梨子『ようやっと常識人が来てくれたよ……』

 

ダイヤ『その言い方だとまともな人が今までいなかったみたいではないですか!?』

 

 

 

果南ちゃんが来て、Aqours全員が揃う。

 

 

千歌『えーと。みんな揃ったよね?』

 

曜「意外とみんな早く集まったね。」

 

鞠莉『みんな、Aqoursの仲間のことがダーイスキ♡だからよね♪』

 

果南『鞠莉は相変わらずというか、平常運転で何よりだよ…』

 

梨子『あの、ちょっといいかな?』

 

ルビィ『うん?』

 

花丸『どうしたずら?』

 

梨子『みんなには今回の予備予選で迷惑をかけちゃってごめんなさい。』

 

 

梨子ちゃんはまだ気にしているみたいだった。好きなことに打ちこむことは悪いことじゃないのに。みんなだって承諾したんだし。

 

 

曜「それは気にしない!みんなだって、いいよって言ったんだから。」

 

千歌『そうだよ!梨子ちゃんはもともと海の音を求めていたわけだし!』

 

果南『梨子ちゃんは求めていた音は見つかった?』

 

梨子『うん。おかげさまで。』

 

ダイヤ『それなら何よりですわ。』

 

梨子『本当にみんなありがとう。』

 

鞠莉『礼にはおよびまっせーん!』

 

善子『リリーが満足できたなら良かったわ。』

 

梨子『私が言いたかったことはそれだけかな。あとは、千歌ちゃんからだけど。千歌ちゃん?』

 

 

そう。千歌ちゃんが集めたんだから、何か話したいことがあるはず。

 

 

千歌『え?あっ!うん。あの後、ちょっと考えたんだけど、μ'sってなんで廃校を阻止できたのかな?って。』

 

花丸『それはスクールアイドルで音ノ木坂が有名になったからじゃないかな〜?』

 

ルビィ『でも、ルビィたちも予備予選は通過したわけだから、多少は有名になっててもいい気がするけど……』

 

ダイヤ『私たちには足りないものをμ'sは持っていたとしか考えられないですわ。』

 

 

 

μ'sが持っていて、私たちに足りないもの。

 

 

果南『それで?考えた結果、何か答えは出た?』

 

千歌『わかんなかった。』

 

善子『ちょっ。』

 

ダイヤ『わかんなかったって、なんですの……?』

 

千歌『だから東京に行こうと思うんだ。』

 

曜「東京に?」

 

花丸『また東京に行くずら!?』

 

鞠莉『梨子を迎えにいくついでにってことかしら?』

 

千歌『うん!ほら、やっぱり見てみないとわからかいかなって。100分は一貫にしかる!って言うでしょ?』

 

ダイヤ『百聞は一見にしかず、です。』

 

千歌『ありゃ。』

 

果南『あははっ!

いいんじゃないかな。私は賛成だよ。千歌がちゃんと考えて出した答えなら、私は反対しない。』

 

鞠莉『私も、ちかっちの意見に乗るわ!』

 

曜「千歌ちゃんがそう思うなら、私も行こうかな。」

 

梨子『私はみんなに任せるよ。』

 

花丸『おらもみんなに任せようかな。』

 

善子『同じく。』

 

ルビィ『ルビィは…』

 

ダイヤ『私は断固反対ですわ!』

 

ルビィ『ピギィッ!?』

花丸『ずらぁ!?』

 

千歌『ダイヤさん?』

 

 

なんでダイヤさんは反対したんだろう?

 

 

ダイヤ『東京など、大事な用が無いのに行くべきところではありません。』

 

果南『ダイヤ?』

 

鞠莉『あと、大事な用ならあるじゃない。廃校を阻止するための鍵はなにかを探すこと、ね?』

 

ダイヤ『くっ。

わ、私は軽はずみな気持ちで東京に行くと、恐ろしい思いをすると忠告しているのです。』

 

千歌『恐ろしい?』

 

果南『ああ。なんか前にダイヤからそんな話を聞いたことあるような……』

 

善子『まさか東京には漆黒へと導く巨大ホールでも!』

 

花丸『絶対にないずら。』

 

ルビィ『おねぃちゃん……。ルビィ、千歌ちゃんの言う通り、東京にもう一回行ってみたいなぁ。』

 

ダイヤ『うっ!』

 

 

何かがダイヤさんに突き刺さった。

 

 

 

ダイヤ『し、仕方ありませんね。私だけのワガママで団結力を乱すわけにはいかないですから。』

 

ルビィ『ありがとう、おねぇちゃん!』

 

花丸『さ、さすがルビィちゃん。』

 

鞠莉『これで一件落着!あとは梨子を迎えにいきましょ〜♪』

 

曜「そしたら、梨子ちゃんはまだ東京に残ってくれるかな?」

 

梨子『うん。わかった。』

 

千歌『結局、ダイヤさんの恐ろしことってなんだったんだろう?』

 

果南『ああ、気になるんだったら今度教えるよ。』

 

ダイヤ『果南さんっ!』

 

 

ルビィ『えーと、みんなとはまだまだお喋りしたいんだけど……』

 

ダイヤ『そうでしたわ。家の決まりで、あまり遅くまでは通話してはならないので。これで私たちは失礼しますわ。』

 

 

果南『そっか。それじゃ、詳しいことが決まったらまた教えるよ。』

 

ダイヤ『ありがとうございます。それではまた。』

 

 

そう言って、ルビィちゃんの表示がオフラインになった。

 

 

千歌『なんだか、一気に寂しくなっちゃったね。』

 

鞠莉『いじられ担当がいなくなっちゃったわね。』

 

善子『それ、ダイヤさんに言ったら怒られるんじゃないの?』

 

鞠莉『ダイヤはおこりんぼだわ。』

 

梨子『鞠莉さんにも原因はあるかと……』

 

果南『それで、具体的にはいつ行くことにする?』

 

千歌『明日いきなり、っていうのは厳しいかな?』

 

曜「うーん。無理ではないかもしれないけどね。」

 

鞠莉『沼津からトーキョーは日帰りで行けるものね。』

 

果南『じゃあ、明日にする?』

 

善子『明日、魔都に向かうのね?』

 

 

善子ちゃんの一言で、数秒の空白ができる。

 

 

梨子『花丸ちゃんがいないから、誰もツッこんでくれる人がいないんだね。』

 

善子『ボケてない!』

 

曜「それじゃあ、ダイヤさんや花丸ちゃんには私が連絡しておくね。」

 

千歌『ありがとう、曜ちゃん。』

 

果南『決まりだね。よし!それなら、明日は早く起きられるように、もう寝ようか。』

 

曜「そうだねー。」

 

梨子『……あ”っ!?な、なんとかしないと……。ごめんね!ちょっと片付けしないとだから、これで切るね!』

 

千歌『……?

梨子ちゃん。なんで焦ってたんだろう?』

 

善子『まさか天界への入り口となるヘヴンズゲートの鍵を……!』

 

 

 

 

鞠莉『Good night☆ 果南はまた後でね〜♪』

 

果南『え?この後通話するの?』

 

善子『って、誰か何か言ってよ!』

 

千歌『あはは…。』

 

曜「ツッコミ不在だもんね。」

 

善子『なら、私も別れを告げなければならないわ。

生きていたら、また会いましょう。』

 

果南『善子ちゃんは終始そのキャラだったね。おやすみ。私も鞠莉から文句言われそうだから切るね。』

 

千歌『はーい。果南ちゃんもおやすみ〜。』

 

 

みんなは通話を終わらせていった。

残ってるのは私と千歌ちゃんだけ。

 

 

 

曜「久しぶりに9人で喋ったね。」

 

千歌『そうだね。楽しかったなあ。』

 

曜「みんなが集まってるとき、千歌ちゃん、楽しそうだもんね。」

 

千歌『それはそうだよ!だって、同じ目標に向かっている友達と一緒にスクールアイドルの話をしてるんだよ!』

 

 

千歌ちゃんの声はイキイキしていて、これが千歌ちゃんの求めていたことなんだとわかる。

 

 

曜「千歌ちゃんが嬉しそうでよかったよ。」

 

千歌『えへへ。』

 

 

さて。あまり長電話してると、ダイヤさん達に教えられなくなりそう。

 

 

曜「私もそろそろダイヤさん達に知らせないといけないから抜けるね?」

 

千歌『わかった!

じゃあ、また明日。』

 

曜「うん。またね。」

 

 

そうして私は通話を終わらせた。

 

 

 

 

千歌ちゃん、本当にスクールアイドルが好きで、Aqoursのみんなが好きなんだなあ……。

 

 

 

 

 

さてと、ダイヤさん達に知らせないと……

 

prrrrr

 

 

 

私がかけたわけじゃないのに、スマホが鳴ってる?

誰からだろ……

 

 

 

 

曜「もしもし?

 

 

はい。あ、最近はすみません。

 

はい。はい。

 

……えっ……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#2 行ってきなよ

 

 

 

 

 

 

翌朝、千歌ちゃん達は東京へ向かった。

 

 

 

私はというと、沼津に残っている。

今は水泳部のみんなと一緒にいる。

 

 

やえ「アイドル部の方の予選も近いのに来てもらってごめんね。無理させちゃ悪いから、今回は諦めようか迷ってたんだけど。」

 

曜「いいですよ。私は元々水泳部だったんですから!両立させるって言ったのは私ですし、キャプテンが謝ることじゃないですよ。」

 

やえ「ありがとう。浦女の水泳部はそこそこ強いから、やっぱりある程度の結果は欲しくてね……」

 

ななみ「強いって言っても、曜以外は地域予選突破できるかどうかくらいでしょ?」

 

やえ「まあね……」

 

ななみ「アイドル部は東海地区も突破できそうなんだから、曜はそっちを大事にした方がいいんじゃないの?」

 

曜「うーん。でも、私の原点、というか、どうしても私から飛び込みを外すことはできないんですよね。でも、Aqoursのみんなにもなるべく迷惑をかけないようにはしますよ?」

 

ななみ「本当にストイックだね。身体壊さないようにしなよ?」

 

曜「はいっ!」

 

 

 

千歌ちゃんとの通話が終わったあと、私は水泳部のキャプテンから高飛び込みの大会が明日あることを伝えられた。急な話になってしまったのは、予備予選の間はAqoursの活動に集中してもらいたかったからということだった。

 

 

私は水泳部との両立をしながらアイドル部の活動をしていくとキャプテンには断っていた。そして、日程としても被っていない以上、大会に出場しない理由なんてない。

 

 

キャプテン達にとって今回が最後の大会だ。今まで何かとお世話になってきた先輩なだけに、恩返しとまではいかないけど、ちゃんと出て見届けてもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「ちょっと日が空いちゃったかな……」

 

 

準備体操をしながら、久しぶりの高飛び込みの練習にワクワクしていた。

 

 

 

 

 

はずなのに

 

 

 

曜「今頃、千歌ちゃん達は何をしているんだろ。」

 

 

千歌ちゃんたちのことばっかり気にしてしまっている自分がいた。

 

 

曜「すぅ……はぁ〜。

私は私でやるって決めたんだ!この大会で良いところまで行けば、浦女の宣伝になるんだし!」

 

 

階段から上に行くにつれて、景色が開けてくる。プールしか無かった景色が、一番上まで来ると周りの海や山が一通り見える。

 

 

 

曜「ふぅ……」

 

 

 

懐かしい。

 

 

 

スッ

 

早速、軽い技で体を慣らす。宙返りを二回半ほどして着水した。

 

 

 

千歌『すごかったよー!!曜ちゃん!』

 

曜「!!」

 

 

 

水面に出た私は後ろを振り向く。

 

でも、そこには誰もいない。

 

 

曜「何をしてるんだ、もうっ!

今は考えない、考えない!」

 

 

練習に千歌ちゃんが毎回来てたわけじゃないじゃないか。変に意識したら良くない。

 

 

 

曜「よしっ。こういう時は思い切り飛び込んじゃった方が気持ちを切り替えられるよね。」

 

 

次はいきなりだけど、前逆さ宙返り3回半抱え型をやろう。

 

 

 

 

 

今頃、千歌ちゃん達は梨子ちゃんと合流して、東京でAqoursに足りないものを探しているに違いない。答えは見つかったのだろうか。

 

 

 

曜「……行くよ。」

 

 

 

飛び込み台を蹴って、宙をクルクルと回る。身体を伸ばしたタイミングで綺麗に着水した。

 

練習をあまりしていなかった分、キレが落ちていると思っていたけど、思っていたよりは綺麗に回れた。

 

 

曜「この調子だったら、大会は大丈夫かな。」

 

 

上手くできて安心した。

 

 

 

ななみ「相変わらず、綺麗なフォームだねぇ。」

 

曜「いやいや。練習にあまり出てなくて、体がなまりまくってますよ。」

 

ななみ「なまってるって自覚してて、あれだけできてれば、県予選は余裕そうだ。」

 

曜「だといいんですけどね。」

 

 

ななみ先輩は私が中学の時から水泳部でお世話になっているし、キャプテンも中学の時からお世話になっている。

 

 

 

ななみ「それでさ。少し気になってることがあるんだけど?」

 

曜「はい。何ですか?」

 

 

ななみ「県予選通過したら、アイドル部の予選と被ること、曜は知ってるの?」

 

 

 

 

 

え……?

 

 

 

 

ななみ「はぁ。その反応は初めて聞きましたって反応だ。」

 

曜「あ、あぁ……えっと……。」

 

水泳部B「飛び込みの東海予選、8月16日だから。アイドル部の大会、17日でしょ?」

 

曜「はい。」

 

ななみ「このままいけば、普通に高飛び込みも予選は勝てるよね?すると、二つの大会が1日差で来ることになる。

流石にそんな短い期間でどっちもこなすのは無理だと思うんだけど?」

 

 

 

確かに厳しい……

 

 

 

曜「そ、それは……」

 

 

 

 

 

ななみ「行ってきなよ。」

 

 

曜「え?」

 

 

ななみ「学校の体育館でライブしてた時さ、楽しそうだったじゃん。」

 

曜「……。」

 

ななみ「アイドル部の部長ってさ、いつも曜のことを応援してた子だよね?」

 

曜「はい。千歌ちゃんです。」

 

ななみ「あと私は果南とも中学の頃から仲良いからさ。頑張ってほしいんだよね。アイドル部の活動も。」

 

曜「……。」

 

 

 

それでも、私は私のできる限りのことをしたい。

 

 

曜「明日の大会に出場してから決めてもいいですか?」

 

ななみ「……。」

 

曜「もちろん、2人は私にとって大事な幼馴染です。スクールアイドルも大好きになりました。でも、先輩たちのことも大切なんです。

それに、高飛び込みは私にとって譲れないものだから……」

 

そう言って私が俯いていると、先輩はため息をしてから

 

ななみ「……周りに気を使いすぎるんだよ。曜はさ。」

 

そう言いながら頭を撫でてくれた。

 

ななみ「私は曜が高飛び込みに出てくれるなら嬉しいし、止めたりしない。でも、無茶したらダメだから。

わかった?」

 

 

先輩の言葉が私の心に沁みていくのがわかった。

 

 

曜「ありがとうございます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌『明日まで東京に居ることになったんだ。』

 

 

練習が終わった後、千歌ちゃんから着信が来た。

 

 

曜「そっか。じゃあ明日もAqoursの課題探しをするの?」

 

千歌『うん。』

 

 

なんとなく予感はしていたけど、明日の大会には千歌ちゃんの応援は来てくれないようだ。

 

曜「明日にはAqoursの課題が見つかるといいね。」

 

 

あれ?これじゃあすっかり他人の話をしてるみたいだ。

 

 

千歌『うん!応援に行けないけど、曜ちゃんが勝てるように祈ってる!

明日は頑張ってね!!』

 

曜「ありがとう。」

 

 

それでも、千歌ちゃんの声は明るかった。

 

 

 

 

私の頭の中で、ふと飛び込みとラブライブの大会が被ることがよぎった。

 

 

 

もし私がAqoursのみんなとのライブじゃなくて、高飛び込みの大会を選んだとしたら、みんなは応援してくれるのかな?

 

 

 

 

曜「あ、あのね。千歌ちゃん。」

 

千歌『うん?』

 

曜「もし、もしね?私が……。」

 

 

 

やめよ。

 

 

こんなこと言って何になるって言うんだ。

 

 

千歌『……ようちゃん?』

 

曜「やっぱり何でもない!ごめん!」

 

千歌『えー?なになに?私はそういうのが一番気になっちゃうよ。』

 

曜「なんでもないのー。気にしないでっ。」

 

千歌『えー……

「千歌ちゃん!夕食が用意されるって!」「ほら、長電話してないで行こ!」「あまり急かすのは良くないわよ?」』

 

曜「ほら、みんなも待ってるよ。」

 

千歌『わかった。曜ちゃんの話、内浦に帰ってからでいいから教えてね?』

 

曜「うん。」

 

 

ちゃんとこの事を千歌ちゃんに言えるのだろうか?

 

 

通話を終えて、暗くなった携帯の液晶には、スクールアイドルとは程遠い、弱気な顔をした私が映っていた。

 

 

 

 

曜「ちょっと海を見ていこ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

私は沼津行きのバスには乗らず、内浦の海岸沿いを歩いた。砂浜には人気が無くて、波も静かに寄せて返してを繰り返している。

 

夕日に照らされながら穏やかな時間が流れている。

 

側から見れば綺麗な海。

 

 

その海には誰もいなくて、ただ静かに波が音を立てているだけ。

 

 

曜「なんか、今の私にちょっと似てるかもね。」

 

 

私は誰もいない海にそう呟いた。

 

 

 

昔は千歌ちゃんとよく来たのに、今ではあまり来なくなった。千歌ちゃんも忙しくなって、私も千歌ちゃんの夢のために忙しくしている。

 

 

忙しくなった理由は一緒のはずなのに、段々千歌ちゃんと離れていく気がする。それは千歌ちゃんにとって大事なことかもしれない。

 

 

でも、私にとってはやっぱり寂しい。

 

 

 

 

 

 

曜「あなたも寂しいの?」

 

 

夕凪で落ち着いていた風が、私の頬を優しく撫でていった。

 

 

 

曜「帰ろう。」

 

 

 

 

 

 

私は、梨子ちゃんに内浦の海に似ていると言われたことを、ふと思い出していた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#3 頼ってくれていいのですよ

基本として、これからは平日19時に1話ずつ投稿したいと思います。
作者も結構、感想や評価を気にはしているので、感想やお気に入り、評価などをしていただけると嬉しいです。

駄文失礼しました。


 

 

 

 

大会は無事に終わって、私は地域予選はトップ通過だった。私の演技と結果を見て、水泳部のみんなは喜んでくれた。

 

 

 

 

やえ『予選突破おめでとう!』

 

曜『ありがとうございます。』

 

くみこ『すごいです。渡辺先輩!予選をトップで通過だなんて!』

 

やえ『なに言ってるの〜?曜は浦女水泳部の星なんだから、これくらいは余裕だよ!』

 

ななみ『……まるで自分のことのように自慢するな。』

 

曜『調整が微妙だったんですけど、上手く力を発揮できて良かったですよ。』

 

やえ『謙遜しちゃってー。ね?』

 

ななみ『1日であそこまでできたんだし、立派じゃない?』

 

やえ『これ、相当褒めてるからね?ななちんは照れ屋だから、はっきりと言わないんだよね〜。』

 

ななみ『変な事言うなっ!』バシッ

 

やえ『いった〜!頭叩かないで!バカになるでしょ!?』

 

ななみ『もう十分にバカだよ。』

 

曜『あははっ!』

 

やえ『うぐっ。笑うな!ようソロー!』

 

くみこ『キャプテン。駅前だから、声を張るのはやめてください…』

 

やえ『たはー。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩たちも予選通過したみたいだし、笑顔でいてくれたから嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも予選を通過したということは、すぐに県予選がやってくるってこと。

 

飛び込みの予選はラブライブ!地区予選の前日になっている。

 

 

今まではなんとか両立してやっていくことができたけど、今回はそういう訳にはいかない。どちらかを選ばないとならなくなってる。

 

 

 

曜「何かを掴むことで、何かを諦めない……か。」

 

 

 

千歌ちゃんが書いた歌詞を思い出す。

 

 

予備予選のステージの高揚感は一生忘れないと思う。私が合わせようと思っていたのに、千歌ちゃんが私の動きに頑張ってついて来てくれた。

 

千歌ちゃんがずっとぴったりとくっついている感覚。

 

 

 

 

でも、本来はあそこには梨子ちゃんがいるはずだった……。

それに次の大会からは、また梨子ちゃんが千歌ちゃんのとなりになるよね。

 

 

 

 

 

曜「……。」

 

 

 

色々考えるのはやめよう。私らしくない。

 

飛び込みとスクールアイドルの両立を決めたのは私なんだから、責任を持ってやらないと。

 

 

 

今日からまたAqoursの練習が始まるんだ。今はスクールアイドルのことに集中しなきゃ。

 

 

曜「……誰もいないかな?」

 

 

練習に来た私は、誰もいない様子の部室に入った。まだ30分も前だから当たり前か……

 

 

 

曜「久しぶりだし、楽しみで仕方ないからって、早く来すぎたなぁ……」

 

ルビィ「曜ちゃんも?」

 

曜「うん。だって最後に練習してから何日かぶりだ……し……?」

 

……?私は誰と会話をしてるの?

 

 

曜「ってわぁ!?ルビィちゃん!?」

 

ルビィ「ピ、ピギィッ!?」

 

曜「ってあわわ!ごめん!驚かせちゃった……。」ナデナデ

 

 

ルビィちゃんの頭を撫でると、ルビィちゃんの怯えた様子が落ち着いた。

 

 

ルビィ「うぅ。ルビィがちっちゃくて曜ちゃんには見えなかったんだね……」

 

曜「いやいや。私の不注意なだけだから。」

 

ルビィ「私もお姉ちゃんみたいに、存在感があればいいんだけど……。」

 

曜「大丈夫!ルビィちゃんは可愛いし、存在感がないなんてことはないよ。」

 

ルビィ「あ、ありがとう……///」

 

曜「うん!」

 

 

私が返答してしばらくは間沈黙が続いたけど、ルビィちゃんが私に話しかけてくれた。

 

 

ルビィ「あ、あのね?曜ちゃん。」

 

 

曜「うん?」

 

ルビィ「今まで衣装のことは曜ちゃんに頼りっきりになっていたかなって思うんだ。」

 

曜「いやいや、ルビィちゃんが手伝ってくれるから、衣装作りがこうして間に合っているんだよ。」

 

ルビィ「でも、ルビィはみんなで力を合わせて……Aqoursとして輝きたいの!」

 

 

Aqoursとして……

 

 

ルビィ「0から1へ変わるためには、Aqoursらしくないとダメなんだって、昨日決めたの。」

 

曜「ルビィちゃんが?」

 

ルビィ「ううんううん。みんなでだよ。」

 

曜「あっ。」

 

 

私が知らないのは無理ないか。昨日は私は飛び込みの大会に出てたんだから。

 

 

ルビィ「今まではμ'sを意識して、μ'sみたいになろうとしてたんだけど、それじゃダメなんだって、千歌ちゃんが言ってた。」

 

曜「そっか……。」

 

 

千歌ちゃんは自分自身で答えにたどり着いたんだね。

 

 

曜「私もそう思う。私たちらしさがないとダメなんだよね。μ'sみたいになろうとした人たちなんて、今までたくさんいたんだろうし。」

 

ルビィ「だからルビィは9人みんなの自分らしさが出るように、曜ちゃんを手助けしたいの!」

 

 

普段はおどおどしているけど、こういう時のルビィちゃんの瞳はいつもまっすぐで揺らぎがない。

 

 

 

私はこういうまっすぐな子は好きだ。

 

 

 

 

曜「うん。それじゃあ、これからはどこかに集まって、2人で1から衣装を作ろう!」

 

ルビィ「うん!!よろしくお願いします!」

 

曜「ははは!何だか弟子ができたみたいで、嬉しいなあ。」

 

ルビィ「えへへ///」

 

 

 

 

ダイヤ「随分と仲が良さそうね。」

 

ルビィ「あ、お姉ちゃん!」

 

曜「ダイヤさん。おはようございます。」

 

ダイヤ「お早うございます。曜さん。」

 

ルビィ「あのね?曜ちゃんに、これからはもっと衣装作りを手伝いたいって言ったら、良いって言ってくれたの!」

 

ダイヤ「そうだったの。良かったわね。」

 

 

ダイヤさんの顔がほころぶ。ルビィちゃんと接してる時のダイヤさんは、温かい気がした。

 

 

ルビィ「あ、花丸ちゃん!」

 

花丸「ルビィちゃんはもう来ていたんだね。早いずら〜。」

 

 

 

 

 

ダイヤ「ルビィには花丸さんがいてくれて良かったわ……。」

 

曜「あの二人、本当に仲が良いですよね。」

 

ダイヤ「そうですわね。

……曜さん。」

 

 

曜「は、はい…?」

 

ダイヤ「ルビィは失敗をよくしますし、頼りにならないことが多いかと思いますが、よろしくお願いしますわ。」

 

曜「ルビィちゃんは良い子だから大丈夫ですよ。」

 

 

ダイヤ「あと、」

 

曜「?」

 

ダイヤ「あなたは私に似ている、と勝手ながら思っていますわ。」

 

曜「???」

 

 

いきなりなんの話だろう?

それに、私がダイヤさんと似てる?

 

 

ダイヤ「あなたは多芸な方で、色々と頼られることも多い。そして、期待に応えようと尽力してるように見えます。」

 

曜「なんかそう聞くと、すごい頑張ってる人みたいですけど、私は……」

 

ダイヤ「好きでやってる。」

 

 

私が言う前に先にダイヤさんに言い当てられてしまった。

 

 

曜「は、はい。」

 

ダイヤ「そういう方が一番タチが悪いということをわかっていないのね……。」

 

曜「タチが悪いって…」

 

ダイヤ「自覚は無いかもしれないけど、少しずつストレスが溜まってた。なんてよくある話ですわ。」

 

曜「ストレス……」

 

ダイヤ「そういうことは誰かに頼らないと治らないのだから、色々な人に甘えることも大事ですわよ。」

 

曜「誰かに甘える……」

 

ダイヤ「もっと頼ってくれていいのですよ?私はあなたの先輩なのだから。」

 

曜「ダイヤさん……。」

 

 

ダイヤ「……///

さあ、早く着替えて練習の準備をしますわよ。」

 

 

そう言って、ダイヤさんは更衣室へと向かっていった。

 

 

 

鞠莉「ダイヤって、本当に思ってることを伝えるのが下手よね♪」

 

曜「う、うわぁっ!?鞠莉ちゃん!?」

 

鞠莉「お世話したいのに、頼ってくれないからプンプンなのですわっ!ってことよね〜。」

 

曜「えぇ……。鞠莉ちゃんはあの話をそう解釈するんだ。」

 

鞠莉「あくまで私のイメージだけどね。」

 

曜「鞠莉ちゃんの中のダイヤさんって、どうなってるんだろう……」

 

鞠莉「でも。」

 

曜「?」

 

鞠莉「はっきり言えるのは、あなたがとても大事なメンバーだってダイヤが思ってるってことはわかる。」

 

曜「え……。」

 

鞠莉「ふふっ♪要は、ダイヤは曜のことが大好きってことよ!」

 

曜「……。」

 

鞠莉「もちろん、マリーもあなたのことが大好きよ。」

 

曜「鞠莉ちゃん……」

 

 

ダイヤ「……いつまでお話しているつもりですか?もうすぐ練習を始めますわよ?」

 

鞠莉「あ〜ん。待ってよ、ダイヤ〜」

 

 

 

なんでこんな話を二人ともしてきてくれたんだろう。

 

私をもっと頼りなさいってこと……。私が思いつめた表情でもしていたのかな?

 

 

曜「……頑張らなきゃ。」

 

 

 

 

 

踏ん張らないと。

Aqoursは私の大事で大好きな場所なんだから

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#4 壁は壊せるものさ

 

 

 

 

練習が終わって、部室でルビィちゃんと衣装を作っている。

私はジャケット、ルビィちゃんはスカートやパンツを担当していて、日に日に衣装作りのペースが速くなっていた。

 

 

曜「ルビィちゃんは手先が器用だね。」

 

ルビィ「そうかな?」

 

曜「今まで小物だったり、簡単な部分しかやってもらってなかったのに、そこからここまでできるなんてすごいよ!」

 

ルビィ「それは曜ちゃんの教え方が上手だからだよ。」

 

 

顔を上げながらルビィちゃんはそう言った。

 

 

曜「っ!///

そう言われると、なんだか照れちゃうね///」

 

ルビィ「えっ、あっ……曜ちゃんを困らせるつもりはなかったんだけど。ご、ごめんなさい……」

 

落ちこませちゃった!?

 

 

曜「いやいや!褒められて悪い気がする人なんていないから!ちょっと恥ずかしい気持ちになっただけだよ?」

 

ルビィ「そ、そっかぁ……」

 

曜「変な反応してごめんね。」

 

ルビィ「ううんううん。今のはルビィが悪いの。だから曜ちゃんも気にしないで。」

 

曜「ありがとう。」

 

 

そうして、私たちはまた作業に戻る。

ミシンが小刻みに糸を縫う音がまた聞こえ始める。

 

 

タン、タン、タン、タン、タン

 

 

私は作業をしているルビィちゃんの姿を黙って見ていた。

 

真剣な目。大好きな物に没頭する目。本当にスクールアイドルのことが好きだって伝わってくる。

きっと『輝きたい』と思っているのは千歌ちゃんだけじゃない。Aqoursのみんなが願ってること。自分の大好きなことで最高に輝く。その努力だって惜しまない。そう思っているんだ。

 

ルビィ「えっとぉ……」

 

曜「う、うわぁっ!?」

 

ルビィ「ピギィ!?」

 

考えに耽っていたせいで、ルビィちゃんが近くにいるのに気がつかなかった。

 

というかこの展開、何日か前に同じことがあったよね?

 

 

曜「わ、わ、ごめん!考え事してて、ルビィちゃんが近くにいること気づかなかった!」

 

ルビィ「ルビィは小ちゃくて、目立たなくて……」

 

曜「はいはーい。ネガティヴな事言うの禁止ー。」

 

ルビィ「え、えぇ。」

 

曜「ルビィちゃんは十分に可愛いし、目立たなくないから!」

 

ルビィ「……わかったよ。」

 

曜「それでどうしたの?何か話があったんじゃない?」

 

ルビィ「あ!小物の話なんだけど、みんなの色を決めて、それぞれをそういうモチーフにすれば良くなると思うの。」

 

曜「そうだね。イメージカラーは自分自身で決めてもらおうか。」

 

ルビィ「うん!」

 

曜「よし、じゃあ今日の分の作業は終わったし、終バスが無くなる前に帰ろう。」

 

ルビィ「出来上がりが楽しみだね!」

 

曜「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「私たちの色?」

 

曜「ルビィちゃんからの提案でね?」

 

果南「いいね。みんなの個性を出すことにもつながるよ。」

 

花丸「さすがルビィちゃんずら。」

 

ルビィ「さすが、なんてほどじゃないよぉ///」

 

 

 

次の日にみんなからイメージカラーを聞くために、私はみんなを集めて相談をした。みんなのそれぞれの色を聞いてから私とルビィちゃんは、さっそく小物を揃えに行った。

 

 

 

 

曜「ルビィちゃん、今日はみんなに褒められてたね。」

 

ルビィ「ルビィはみんなで、って思っただけだから…。」

 

曜「でも、ルビィちゃんが何も言わなかったら、また私が勝手な小物を揃えるところだったよ?」

 

ルビィ「曜ちゃんの選んだものは可愛いから、そっちの方が良かったりして…」

 

曜「ルビィちゃんが居てくれて良かったんだよ!自信持って!」

 

 

そう言って私はルビィちゃんの背中を叩いた。

 

 

ルビィ「ピギャッ!?……ありがとう。」

 

ルビィちゃんは顔を赤くして俯いた。

 

 

 

曜「みんなの色をおさらいしよっか。」

 

ルビィ「えっと。千歌ちゃんがみかん色?」

 

曜「千歌ちゃん……。

その言い方好きだなぁ。それって、オレンジ色のことね。」

 

ルビィ「なるほど。梨子ちゃんが桜色。」

 

曜「薄いピンクね。なんだろ、二年生は凝った言い方が好きなのかな?」

 

 

ルビィちゃんから言われた色を頭の中で整理していく。

 

 

ルビィ「果南ちゃんがエメラルドグリーン。お姉ちゃんが真紅で、曜ちゃんが水色。善子ちゃんが黒だって……」

 

曜「よーしこーだけは白に変えておこう。」

 

ルビィ「えーっと……花丸ちゃんが黄色で、鞠莉ちゃんがバイオレットで、ルビィがピンクです。」

 

曜「なるほど。わかったよ。

とりあえず、行きつけのお店があるから、そこで探してみようか!」

 

ルビィ「はい!」

 

 

お店に入った私とルビィちゃんは、みんなから確認した色と衣装に合いそうな大きさの小物を探していた。

 

 

ルビィ「うわぁ。いっぱいアクセサリーがある!」

 

曜「ここのお店に来れば、可愛いものがいっぱいあるよ。他にも文房具とか、ぬいぐるみとか!」

 

ルビィ「あまりルビィは沼津まで出てこないし、お姉ちゃんもこういうところには連れてきてくれないから、新鮮だよ…」

 

 

曜「じゃあ、それぞれでみんなに合いそうなものを見つけよう。」

 

ルビィ「うん!」

 

 

ルビィちゃんは目をキラキラさせて、お店の奥へと行ってしまった。

 

 

曜「あんなに喜ぶと思わなかったなあ。これは一緒に来て正解だったね。」

 

 

ルビィちゃんが奥に行ったから、私は手前から見ていこうかな。

 

 

曜「あっ」

 

 

私は入ってすぐに置いてあるぬいぐるみに目が止まった。

 

曜「か、かわいい!」

 

イルカのぬいぐるみが棚の上に座っている。パステルカラーが基調になっているみたいだった。

 

 

曜「この子……」

 

 

ルビィ「曜ちゃん!」

 

曜「はいっ!」

 

背後からルビィちゃんに呼ばれて、咄嗟に敬礼をしてしまった。

 

ルビィ「っ!?」

 

なぜかルビィちゃんも敬礼ポーズ、と同時にルビィちゃんの手に持っていたものがバラバラと落ちていった。

 

 

ルビィ「ああっ!?」

 

曜「あはは……」

 

 

うん。これは私のせいだ。

 

 

 

私がぬいぐるみを見ている間に、ルビィちゃんが全員分のアクセサリーを見つけてくれた。

 

 

曜「いやはは……。ルビィちゃんが真面目に選んでくれてるのに、なんか恥ずかしいことしちゃったよ。」

 

ルビィ「ルビィは好きで選んだだけだから……。それに、ぬいぐるみを見てる曜ちゃん、いつもと雰囲気が違ったんだ。」

 

曜「雰囲気?」

 

ルビィ「いつもは頼りになる感じでかっこいいんだけど、今日はとっても可愛かったよ。」

 

 

か、可愛い!?

 

 

曜「……よ、よ……」

 

 

ルビィ「よ?」

 

 

曜「ヨーソローー!///」

 

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

後輩に可愛いと言われて動揺した私は、思わず街中で叫んでしまった。そのせいで私たちは周りからの冷ややかな視線を浴びながら帰ることになった。

 

ルビィちゃんは今日はなんかごめん。

 

 

 

駅前から内浦行きのバスに乗ってルビィちゃんと帰る。とりあえず、迷惑かけたから謝っておこう。

 

 

曜「今日はごめんね?」

 

ルビィ「ううん。ルビィが落ち着きなかったのもいけなかったから。」

 

曜「お詫びと言ったらなんだけど、荷物は私が預かるね。家も私の方が近いし。」

 

ルビィ「本当?ありがとう。」

 

 

まあ、そんなに運ぶのが大変な大きさじゃないんだけどね。

 

 

ルビィ「今日は楽しかったなぁ。」

 

曜「また足りないものがあったら、一緒に買いに来ようよ。」

 

ルビィ「うん。次も楽しみだね♪」

 

曜「なるべく不備がない方がいいんだけどね。」

 

ルビィ「あっ。そっか……」

 

曜「でも、楽しかったなら何よりだよ。」

 

ルビィ「えへへ。」

 

 

会話が落ち着いたところで、私が降りるバス停の近くまで来た。

 

 

ルビィ「曜ちゃんの家ってこの辺りだっけ?」

 

曜「そうだね。」

 

ルビィ「あのね。」

 

曜「うん?」

 

ルビィ「お買い物だけじゃなくて、今度また遊びたいなぁ……って。」

 

曜「!」

 

 

飛び込みがあったりして忙しかったから、今までは千歌ちゃんや果南ちゃんとしか遊んでなかったから、素直に嬉しかった。

 

 

曜「もちろんだよ!

よーし、今度出かける時は遊ぼう!」

 

ルビィ「うん!」

 

 

曜「あ、着いちゃった。

それじゃ、またね。」

 

ルビィ「バイバイ。」

 

ルビィちゃんは私に手を振ってくれた。私も手を振ってバスを降りる。

 

外からバスを見ると、ルビィちゃんがこっちを見てニコニコしていた。

 

 

 

 

 

なんというか、かわいいよね。

 

 

バスを見送った私は、少しの間楽しかった余韻に浸っていた。でもスマホの画面を見て現実に引き戻される。

 

 

 

曜「……飛び込みの大会まで、あまり時間がない。」

 

 

この前の調子だと、次の大会は突破できない。もう少し練習しないと。

 

 

でも、衣装作りもあるし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回はルビィちゃんに任せちゃう?

 

 

 

 

 

 

曜「……。」

 

 

 

 

まだ決断するには早いか……

 

自分ができる限りはやらないと。

 

 

 

 

悩んでるとき、私はμ'sのある曲を思い出す。

 

 

 

曜「壁は 壊せるものさ

倒せるものさ

自分からもっと 力を出してよ」

 

 

 

『No brand girls』

 

千歌ちゃんから勧められたμ'sの曲の中で、特に私が好きな曲。

 

 

曜「壊せるものさ 倒せるものさ

勇気で未来を見せて」

 

 

 

 

 

 

 

曜「そうだよ。覚悟はしたんだよ。」

 

 

私は自分に言い聞かせるように、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#5 限界

 

 

 

 

昨日の夜、私は千歌ちゃんに電話して、Aqoursの練習をお休みさせてもらった。

理由は飛び込みの練習をしなくちゃいけなかったから。

衣装作りもしないといけないから、隙間を縫って時間を作ろうにも、やっぱり限界はあった。

 

 

曜「ふぅ……。」

 

 

最近はモヤモヤすることが多かったから、こういった気持ちをリフレッシュする機会があるのは嬉しい。

 

 

準備体操を念入りにしてから、軽くプールで泳ぐ。海の潮の匂いとは違って、プールの塩素の匂いが懐かしく感じた。

 

 

千歌ちゃんも昔はスイミングやってたのに……

 

 

辞めてしまったのは私のせいだったのかもしれない。

 

 

『よーちゃん、ごめんね。ちか、スイミングやめることにしたの……』

 

 

曜「……。」

 

 

リフレッシュしようと思っても、とても、できるものじゃないね……

 

 

5往復くらいして、早速飛び込みの練習をしようと思った。

 

この前の事前練習と違って、丁寧にやろう。まずは低いところで、回転のフォームのチェックから……

 

 

グラッ

 

曜「!」

 

 

一瞬、目の前の景色が揺れた。

 

 

めまい?体力自慢の私が?

 

 

曜「いや〜、ないない!」

 

私は、誰もいないのに腕を横に振って否定した。

 

曜「幽霊が見えちゃったとか?」

 

 

 

……そっちの方がよっぽど怖くない?

 

 

曜「まあ、思い切って飛び込んじゃえば平気だよね。」

 

 

そうして飛び込み台まで昇る。いつもよりは低い高さからの飛び込み。

 

これくらいの高さで飛んでたのって、いつくらいだったかな?

小学生の高学年には、高校生とかと混ざってたからなぁ……

 

 

千歌『よーちゃん、がんばれー!』

 

 

飛び込みの時はいつも千歌ちゃんが応援してくれてたよね。

 

最近、飛び込みの時になるといつも思い出してしまう。

 

 

って、これじゃ私は千歌ちゃんのストーカーみたいじゃん!

 

 

 

……落ちつこう

 

 

曜「スゥ……フゥ〜。」

 

 

飛び込み前のフォームチェック。

体は曲がってない。軸もブレてない。視線の先は…まあ、いつもより低いからこれは適当かな。風も今はない。

 

 

呼吸を整えて……

 

 

 

 

グニャ

 

 

曜「!?」

 

 

 

突然、目の前の景色が揺れたかと思うと、暗くなって見えなくなった。

 

曜「っ!あっ、わぁっ!?」

 

 

次の瞬間、バランスを保てなくなった私は、飛び込み台から飛び込むというよりむしろ、落下した。

 

 

 

 

ま、まずい!

いくら低い飛び込み台でも、着水が失敗したら……!

 

 

そんなことを考えているうちに、自分の目と鼻の先に思ってたより早く水面が現れた。

 

 

 

あぁ、そっか。

 

いつもより低いんだった。

 

 

 

 

 

 

一瞬にして着水した私は自力でプールサイドへ上がることができなかった。たまたま来ていた先輩に助けられて、ようやくプールから出ることができた。

 

 

 

やえ「大丈夫!?すごい体勢で落ちていったけど!?」

 

曜「あはは……。まあ、こんなこともあるんだなぁって感じですね。」

 

やえ「本当だよ。まさか、ようそろーが着水ミスするなんて。」

 

曜「すみません。」

 

やえ「いや〜。でも、偶然プールに来ていたタイミングで良かったよ。」

 

 

そう言ってキャプテンは笑っていた。

 

曜「はい。引っ張り出してくれて、ありがとうございました。」

 

やえ「いいって、いいって〜!

溺れてる人を助けるって、水泳部員の務めみたいなもんじゃん。」

 

 

水泳部員の務めか。

自分が水泳部であることに誇りがないと、そう思わないよね。

 

 

やえ「で、大丈夫?」

 

曜「え?」

 

やえ「誤魔化す気でしょ?意外と見逃さないよ。こういうところ。」

 

 

そう言って、キャプテンは私の右手を掴んだ。

 

曜「っ!?」

 

やえ「ほら。ちょっと掴んだだけで痛がってる。腕から落ちていったの見えたんだよ?」

 

 

なんとか痛いことを誤魔化そうとしていたけど、すぐにバレてしまった。

 

 

やえ「病院行こ?」

 

曜「!」

 

 

このタイミングで病院には行けない。さすがに骨は折れてないはずだけど、この痛み方は、お医者さんに必ず何日間か安静にしなさいと言われるパターンだ。

 

 

今、休んでいる余裕は私にはない。

 

 

曜「平気ですよ!今は落ちたばっかりで痛いですけど、少し休めば治りますって!」

 

やえ「そう?私は心配なんだけどなぁ……。」

 

曜「このままだとあまり良くないので、今日は大事をとって練習あがります。」

 

やえ「その方がいいね。」

 

曜「すみません。それじゃあ、ここで。」

 

 

そうして、私はプールサイドから出て、着替えてから帰ろうとした。

更衣室から出ると、待ち構えたようにして先輩が声をかけてきた。

 

 

やえ「ようそろー。」

 

曜「?」

 

やえ「無理、しないでね。」

 

 

先輩はそう言って私の頭を撫でると、またね、と一言だけ言ってプールサイドに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は帰ってから、腕を冷して安静にしていた。親にはどうしたのか聞かれたけど、ケガしたことを言えばまた病院に行くことになりそうなので、ただのクールダウンとだけ言っておいた。

 

 

ケガの症状は自分が予想していた以上に痛くて、自分で腕を曲げたりすることはできなかった。左腕だったのがまだ救いかな。

 

 

prrrr

 

 

電話だ……

 

 

曜「もしもし?」

 

ななみ『飛び込み台から落ちたって聞いたけど?』

 

曜「あぁ。ちょっと気を抜いてて、着水に失敗しただけですよ。1日休めば治ります。」

 

 

治らないとは思うけど、余計な心配はさせたくないから嘘をつく。

 

 

ななみ『曜。』

 

 

曜「はい。」

 

 

 

 

ななみ『今日から練習に来なくていいから。』

 

 

 

曜「……え?」

 

 

ななみ『この大会のことは考えないでほしい。』

 

 

 

なんで?

 

 

 

曜「ちょっと待ってください!

確かに練習の時は少し気が抜けてましたけど、大会への気持ちが無かったわけじゃ!」

 

ななみ『明らかに曜は無理をしてた。どう考えても、常人じゃ曜のようにはできない。』

 

曜「でも今まではやってきました!」

 

ななみ『今までは、でしょ?』

 

 

で、でも……

 

曜「それで大会のことを考えるな、って言うなんておかしいですよ!」

 

ななみ『どこがおかしかった?』

 

曜「普通は飛び込みのことしか考えるな、スクールアイドルは諦めろって……。」

 

ななみ『……。』

 

 

何を考えてるんだ私は……

これ以上、先輩に迷惑をかけちゃダメだよ。

 

曜「すみません。先輩を困らせることを言いました……」

 

ななみ『曜。』

 

曜「はい。」

 

ななみ『私は曜のやりたいことをやってほしいって思ってる。』

 

曜「なら、飛び込みだって!」

 

ななみ『でも、人には限界だってあるんだよ。』

 

曜「げん……かい……」

 

ななみ『このままだと曜の身体が確実に壊れる。好きなことはやってほしい。でも、やれることは限られてるんだ。』

 

 

わかってる……わかってるからこそ

 

 

 

 

なんで飛び込みを選ばせてくれなかったんですか?

 

 

 

ななみ『もう、無理をしないでほしい。』

 

 

曜「……わかりました。」

 

ななみ『ラブライブの応援、絶対行くから。』

 

 

先輩の声はいつもより寂しそうな声だった。

 

曜「……心配をかけてすみませんでした。」

 

ななみ『そんなに気にしないで。曜のやるべきことは、まだ残ってるんだからさ。頑張って。』

 

曜「はい……

それじゃあ、おやすみなさい。」

 

ななみ『おやすみ。』

 

 

 

電話を切ってから、私は一言も喋れなくなってしまった。

 

 

しばらくして、ご飯を食べなさい、と親に呼ばれたけど、今日はいらない、と一言だけ言って自分の部屋からは出なかった。

 

 

 

 

ただただショックで、頭の整理なんてできなかった。

 

腕の痛みなんかよりも胸の方が痛くて、悲しい気持ちと後悔の気持ちでぐちゃぐちゃになった。

 

 

 

 

ふとスマホの画面を見ると、千歌ちゃんからメールが来ていた。

 

 

『今日の練習はどうだった?』

 

 

 

 

千歌ちゃんに心配をかけたくない。

 

みんなに迷惑をかけたくない。

 

 

 

そう思って私は

 

「明日話すね。」

 

とだけ返信をした。

 

 

 

 

 

先輩がスクールアイドルで頑張れって言ってくれたんだから、私はAqoursのみんなのために頑張らなきゃ。

 

私は椅子に腰掛けて、窓から外を眺めていた。

 

 

 

曜「……お月様。」

 

 

 

 

夜空に浮かぶ半分になってる月を見て、私の心の中が、あの月のようになっていると思った。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#6 やりたいこと

最後の部分は善子partです。


 

 

 

 

予感していた通り、次の日になっても腕の痛みは取れていなかった。

 

でも、千歌ちゃんに行くことを約束していたし、練習には行かなきゃ……

 

 

 

 

 

準備をして家を出ると、玄関の前に果南ちゃんが立っていた。

 

 

果南「おはよう、曜。」

 

曜「おはよう。ここまで来てくれるなんて、どうしたの?」

 

果南「ちょっと、曜と話したくてさ。」

 

 

果南ちゃんは柔らかい笑顔を見せながらそう言った。

 

 

果南「昨日の練習はどうだった?」

 

 

一緒に歩きながら言われたその第一声は、私に緊張感を与えた。

失敗してケガをした、なんて口が裂けても言えない。

 

それに、昨日の夜に私は……

 

 

 

曜「……。」

 

果南「曜?」

 

 

大会に出られないって言ったら、果南ちゃんは驚くんだろうなぁ……

 

 

果南「何かあったの?」

 

曜「……実は昨日ね、」

 

 

そこまで言って、私の中である事がふと浮かんだ。

 

 

ななみ先輩と果南ちゃんって友達だったんだ。

 

 

もしこのことを言って、果南ちゃんが先輩と喧嘩でもしたら……

 

 

果南「昨日?」

 

曜「……大会に出るのを辞退したんだ。」

 

果南「!?」

 

 

多分、これが正解なはず。

誰も傷つかないで済むはず。

 

 

果南「そ、そうなんだ……。」

 

果南ちゃんは面食らったような顔をした後に、腑に落ちないといったような顔になった。

 

 

曜「Aqoursの活動に専念したいって思ったんだ。」

 

 

私は前を見たまま歩いた。横にいる果南ちゃんの顔を見ることはできなかった。

 

 

果南「曜は本当にそれで良かったの?」

 

 

曜「……。」

 

 

私は

 

 

私は……

 

 

 

曜「みんなの役に立ちたいんだ。」

 

 

 

 

果南ちゃんの方を向かず、私はただ前を見ながら歩いた。

 

 

だって

 

 

 

 

今、果南ちゃんを見たら泣いちゃいそうだったから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「あっ!曜ちゃん!」

 

 

途中から同じバスに千歌ちゃんと梨子ちゃんが乗って来た。

 

 

千歌「おはよう。」

 

梨子「おはよう、曜ちゃん、果南さん。」

 

曜「おはよう。」

 

果南「おはよう。」

 

千歌「今日も頑張ろうね〜!」

 

曜「そうだねっ!」

 

果南「……。」

 

千歌「果南ちゃん?」

 

果南「えっ?あ、あぁ……。」

 

梨子「どうかしましたか?」

 

果南「ううん、なんでもないよ。」

 

 

梨子「……。」

 

千歌「……?」

 

 

 

 

 

 

 

善子「曜さん。」

 

曜「うん?」

 

善子「ストレッチ、一緒にやらない?」

 

練習の初めにやるストレッチは基本は二人一組でやる。善子ちゃんとは今までそんなにはやったことなかったなあ。

 

曜「もちろん。私とストレッチとは、さてはよーしこー、気合いが入っていますな!?」

 

善子「よしこ言うなーっ!

……ちょっと話したいことがあるのよ。」

 

曜「?」

 

 

話したいこと?

 

善子ちゃんから?

 

 

曜「まあ、とりあえずやりながら話そうか。」

 

善子「うん。」

 

 

善子ちゃんが私の背中を押す。

 

 

曜「それで、話って?」

 

善子「……曜さんは私たちのこと、どう思ってるの?」

 

 

……え?

 

 

曜「それってどういう……」

 

善子「ごめん。わかりづらかったわ。

曜さんにとって、水泳部とスクールアイドルのどっちが大切?」

 

 

まさか善子ちゃん、飛び込みの大会と予選が被ることを知ってる?

 

 

曜「き、急にどうしたの?こんなことを聞いて。」

 

善子「……果南さんと水泳部の先輩の話を盗み聞きしたのよ。」

 

 

水泳部の先輩って、ななみ先輩……?

 

 

善子「その先輩、曜さんにラブライブに出てほしいって果南さんに言ってたのよ。」

 

曜「!?」

 

 

ななみ『私は曜のやりたいことをやってほしいと思ってる。』

 

 

曜「……。」

 

善子「でも、それは私だってそう思ってる。曜さんの好きなことを曜さんにやってほしいって。」

 

曜「善子ちゃん……。」

 

善子「……だから曜さんの気持ちを聞きたかったの。」

 

 

でも、私は……

 

 

 

 

ダイヤ「そろそろダンスレッスンを始めますわよ。準備をしてください。」

 

花丸「はーい。」

 

千歌「曜ちゃん!善子ちゃん!ストレッチはもう終わりだよ〜」

 

 

善子「よしこ言うなっ!!」

 

曜「……うん。」

 

 

 

 

 

善子「……私に教えてくれなくてもいいけど、自分でちゃんと考えてよ。」

 

曜「心配してくれてありがとう。」

 

善子「堕天使ヨハネには迷える仔羊を助ける義務があるのよ!」

 

曜「そういうことを言わなければ、かっこいいのになー。」

 

善子「むぅっ……!」

 

 

 

 

でも、善子ちゃんのお陰で気持ちが軽くなったかな。

 

本当にありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鞠莉「何を話してたの?」

 

善子「……内緒よ。」

 

鞠莉「シークレット?

お姉さんに相談してくれないなんて、冷たいんじゃない?」

 

善子「……私の思ってることを伝えただけよ。」

 

鞠莉「ヨハネちゃんは何を思ってたのかしらね?」

 

善子「だから、秘密よ。」

 

鞠莉「意思が固いのね。

……そういう子の方が私は好きよ。」

 

善子「なによそれ……。」

 

 

鞠莉「ふふ♪」

 

 

善子「……。」

 

 

 

 

 

まあ、私の本心は……

 

 

 

好きなものを諦めちゃダメなんだって教えてくれたのは曜さんたちだから、今度は私が助けないとって思ったのよ。

 

 

 

 

善子「……これじゃあ堕天使ではないわね。」

 

 

 

 

千歌さんたちと笑顔で話している曜さんを見て、私は頰を緩ませた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#7 なんとか……

 

 

 

 

 

 

 

曜「…………。」

 

 

タッ クルッ パパッ サッ

 

 

曜「…………。」

 

 

タッタッ サッ スゥ タンッタンッ

 

 

 

 

果南「うん。流石だね。」

 

 

花丸「凄いずら……。」

 

善子「私たちとはダンスのキレが違うわね。」

 

花丸「マルたちには何が足りないのかな?」

 

曜「そうだね。ここはもう少し回転を速くすると、次のステップがやりやすいかも。」

 

花丸「おお〜。」

 

 

 

 

 

 

 

ズキンッ

 

 

 

 

 

 

 

果南「1.2.3.4!鞠莉、少し速い。」

 

鞠莉「OK」

 

果南「梨子ちゃん、もっと大きく。」

 

梨子「はいっ!」

 

曜「……。」

 

 

 

 

 

ズキッズキッ

 

 

 

 

 

 

ルビィ「ここは……?」

 

曜「あ、もう少し位置を上につければ可愛いんじゃないかな?」

 

ルビィ「な、なるほどぉ……。」

 

曜「まだまだ作業は残ってるから、手分けして頑張ろうね。」

 

ルビィ「はいっ!」

 

 

 

 

ズキズキ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「ただいまー。」

 

曜ママ「おかえりなさい。今日は遅かったわね。」

 

曜「ああ……。今日は衣装作りもしてたから。」

 

曜ママ「夕ご飯はもう作ってあるから、荷物を置いたら下に来なさい。」

 

曜「はーい。」

 

 

 

 

 

パタン

 

 

 

 

曜「…………。」

 

 

 

トン

 

 

 

 

曜「……っ。」

 

 

 

 

 

 

ドサッ

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「うあぅ、ああぐっ……」ズキズキ

 

 

 

 

 

 

 

 

飛び込みでケガをしてから、3日が経った。でも私の左腕は良くなるどころか悪くなっている。

 

 

 

 

曜「いた……い……。いたいよぉ……」

 

 

 

 

 

でも、みんなに知られたら、スクールアイドルの活動も止められちゃう。

 

それはみんなにも迷惑をかけてしまうし、ラブライブに送り出してくれた先輩の気持ちも踏みにじってしまう。

 

 

 

曜「うぅ……なんとか、バレないように……」

 

 

 

外でも、もちろん家の中でも、私は誰にも腕のケガのことを言っていない。

 

 

そんな私が唯一、我慢を解ける場所が私の部屋の中だった。

 

 

 

 

曜「ハァ……ハァ…………」

 

曜ママ「曜?早く降りてらっしゃい。」

 

曜「っ。はーい!!」

 

 

 

予選が終わるまでの我慢。

予選まで頑張れば、少し休憩できる……はず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その次の日

 

 

 

 

 

果南「1.2.3.4 5.6.7.8」

 

 

 

果南ちゃんのリズムに合わせながら、全体練習をしていた時だった。

 

 

 

 

 

果南「ルビィちゃんは動きをはっきりと!」

 

ルビィ「はいっ!」

 

果南「マルちゃんは少し遅れて来てるよ!」

 

花丸「はいっ!

……っととっ!?」ズルっ

 

 

ドンッ!!

 

 

ルビィ「ピ、ピギッ!?」グラッ

 

花丸「ルビィちゃん!?」

 

 

曜「!?」

 

 

花丸ちゃんがバランスを崩して、ルビィちゃんにぶつかった。ルビィちゃんは花丸ちゃんに押された格好になり、体が宙に浮いてしまっている。

 

 

 

そこまでなら、軽い転倒で済みそうだったけど

 

 

 

……今回のは状況が違かった。

 

 

ルビィちゃんはバランスを崩して、足やお尻よりも先に手を地面につこうとしていた。

 

 

 

このままだと、ルビィちゃんはケガをしてしまう。

 

 

 

 

誰かがルビィちゃんを受け止める必要があった。

 

 

 

そのルビィちゃんが倒れた先には

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私しかいなかった。

 

 

 

 

曜「ルビィちゃん!」ガシッ

 

 

私は右腕でルビィちゃんを抱いて、お尻から着地した。

 

 

 

ドサッ

 

 

ルビィ「ピギッ!」

 

 

ダイヤ「ルビィ!!」

 

善子「ルビィ!大丈夫!?」

 

花丸「ルビィちゃん!ごめんね!大丈夫ずら!?」

 

 

 

ルビィ「う、うん……。

曜ちゃんが受け止めてくれたから、ルビィは全然痛くなかったよ?」

 

千歌「よかったね!」

 

花丸「曜ちゃん、ルビィちゃんを助けてくれてありがとう……ず……ら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

やってしまった。

 

直感的にそう感じた。

 

 

 

 

曜「……ぁう……っく!」ギュッ

 

 

千歌「曜ちゃんっ!!」

 

 

 

私はルビィちゃんを支えるために、左腕もついてしまった。

 

 

鞠莉「曜!!」

 

梨子「曜ちゃん!?」

 

善子「曜さん!?」

 

 

 

切れるような痛みが私の腕を襲い、思わず我慢できずに左腕を抱えて、呻き声を上げてしまった。

 

 

果南「曜!大丈夫!?」

 

曜「あ、あはは……ちょっと大げさだったね〜。」ズキズキ

 

ダイヤ「大げさって……。咄嗟にあんなに痛がるような仕草なんてできるわけないでしょう!?」

 

曜「いや〜。反射的にというか……。身構えちゃったら、ああなっちゃったんですよ。」

 

花丸「ご、ごめんなさい!

マルが転んじゃったから、ルビィちゃんと曜ちゃんにも……」

 

 

今にも泣きそうな顔をしながら、花丸ちゃんは私を見て謝っていた。

 

 

曜「大丈夫!花丸ちゃんが転んじゃったところって、昨日私がアドバイスしたところでしょ?」

 

花丸「う、うん……。」

 

曜「ちゃんと頑張ってる子に怒ったりなんかしないよ。」

 

 

そう言いながら、私は花丸ちゃんの頭を撫でた。

 

 

千歌「曜ちゃんは本当に大丈夫なの?」

 

曜「大丈夫、大丈夫。

ほら時間も勿体無いし、練習続けよう?」

 

ダイヤ「無理は……していませんね?」

 

曜「してない、してない!」

 

果南「……なら、今のところからもう一度やり直そうか。」

 

 

 

みんなに心配をかけないように、私は笑顔で

 

 

曜「よし、頑張ろうねっ!」

 

 

と声を出した。

 

 

 

 

 

 

 

ズキ……ズキ……

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#8 そんなにいけないことなの?

 

 

 

 

 

 

 

 

練習が始まってから、ルビィちゃんの顔は暗かった。

 

 

 

花丸「ルビィちゃん、大丈夫ずら?顔色が優れないけど……?」

 

ルビィ「そ、そうかな?」

 

善子「我がリトルデーモンよ。悩み事はこのヨハネに聞くがいい!」

 

ルビィ「だ、大丈夫!なんでもないから。」

 

 

 

 

曜「……。」

 

 

 

 

ルビィ『る、る、ルビィのせいで……曜ちゃんの腕が…………』

 

 

 

 

 

 

昨日、ルビィちゃんに腕を痛めてることを知られてしまった。

 

 

あの時はなんとかして、ルビィちゃんに誰にも話さないことを約束させなければいけなかった。

 

 

 

 

 

でも、あそこで花丸ちゃんの名前を出した私は最低だ……

 

 

 

 

ルビィ『あぅ……うゆ…………』

 

 

 

 

あの時のルビィちゃんの顔は明らかに困っていた。

 

花丸ちゃんを悲しませたくない、でも、曜ちゃんがケガしたままにするのも悪い気がする、って…………

 

 

 

年下の子に、心配させるなんて私は何をやってるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ダメだ。切り替えないと。

 

 

ダンスで気になってるところを話そう。

 

 

 

 

 

曜「梨子ちゃん。」

 

梨子「どうしたの?」

 

曜「ここのステップなんだけどさ……」

 

梨子「ああ。3人で踊るところの部分ね?」

 

曜「もう少し動きがゆっくりな方が良いと思うんだよね。曲のピッチが遅くなるから、ゆっくりと大きくやるといいかなって……」

 

 

話をしているの間、なぜか梨子ちゃんは私の顔をじっとみつめていた。

 

 

 

曜「……だからね、私としたら」

 

 

その後も続けて話そうとしていたら

 

梨子「曜ちゃん。」

 

 

梨子ちゃんに遮られてしまった。

そっか。梨子ちゃんにも意見があるのかもしれないし、話を聞かないとだよね。

 

 

曜「うん?何か気になった?」

 

でも、梨子ちゃんの話は私の予想していたこととは別の話だった。

 

 

 

梨子「最近、ちゃんとご飯を食べてる?」

 

曜「え?」

 

梨子「なんか痩せた気がして……」

 

曜「私が痩せた……?」

 

 

私は顔を触って確かめる。

 

 

曜「三食抜いてるわけじゃないんだけどね。もし気になるなら、意識するよ。」

 

 

そう言って私は笑った。

 

 

でも、内心はビクビクしていて、ルビィちゃんのように、梨子ちゃんにも本当は気づかれているんじゃないかと思って怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習が終わって、私は千歌ちゃんと梨子ちゃんと一緒に帰っていた。

 

千歌ちゃんと梨子ちゃんは私の前を歩いている。

 

 

 

 

 

千歌「今回は披露できる時間が長いんだよね。」

 

梨子「そうね。今度は私たちなりのパフォーマンスも考えないと。」

 

千歌「歌詞も珍しく順調に書き込めてるから、梨子ちゃんの曲に合わせられるよ。」

 

梨子「東京に来たのがいい機会になったね。」

 

千歌「うん!」

 

 

曜「……。」

 

 

 

そうだ。

 

2人はこの前、東京に行ってきたんだよね。

 

 

 

 

それに……

 

 

 

 

 

 

やっぱり、梨子ちゃんと話しているときの千歌ちゃんは楽しそうだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

曜「それじゃ作業が残ってるから、私は帰るね。」

 

 

千歌「うん。曜ちゃんとルビィちゃんの作ってくれた衣装、楽しみにしてるね。」

 

曜「ありがとう。頑張るよ。

またね。千歌ちゃん、梨子ちゃん。」

 

千歌「バイバイ。」

 

梨子「……またね。」

 

 

 

 

 

楽しみにしてる……か。

 

 

千歌ちゃんのためにも、二肌ぐらい脱いで頑張らなきゃだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「ただいまぁ。」

 

曜ママ「おかえり。今日は早いのね。」

 

曜「今日は部屋で作業するからね。」

 

曜ママ「そう。」

 

 

 

さて、早くシャワーでも浴びて、腕のアイシングしないと……

 

 

 

曜ママ「ねえ?」

 

曜「うん?」

 

曜ママ「最近、千歌ちゃんの話が少ないけど、喧嘩でもしてるの?」

 

 

曜「!」

 

 

喧嘩……なんてしてるわけない。

 

 

曜「そんなわけないよ。お互いに忙しくてさ……。」

 

曜ママ「そうなのね。」

 

曜「部活の友達も増えたし、ずっと千歌ちゃんとお喋りしてるわけじゃないから。」

 

曜ママ「それなら良かった。

梨子ちゃんだったかしら?転校生と仲良くなれるなんて、さすがうちの娘といったところね。」

 

曜「ははは。でしょ?

っと、もう大丈夫かな?汗べったりで、シャワー入りたくて。」

 

曜ママ「はいはい。」

 

 

 

 

そう言って、ママはキッチンの方に行ってしまった。

 

 

 

 

 

そして私は自分の部屋に戻って、いつものようにうずくまる。

 

 

曜「いたい…………なぁ…………」

 

 

 

なんか今日は一段と疲れちゃったし、少しくらい……眠っても…………

 

 

 

 

 

いいよね…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん……?

 

 

 

青空…………

 

 

 

 

私は…………?

 

 

 

 

周りを見渡すと、そこは丘の様になっていて、草原が広がっていた。

 

 

 

曜「うわぁっ!すごい!

こんなにひろいはらっぱをみるのなんて、いついらいだろ!?」

 

 

暖かい陽射しと、そよそよと吹く風。それは海風とは違う、心を落ち着かせてくれる暖かい風。

 

 

曜「……ひまわり。」

 

 

 

丘のてっぺんには、太陽を待ちわびている向日葵が一面に広がっているのが見えた。

 

私は吸い寄せられるように、その向日葵畑へと歩いて行った。

 

 

曜「すごい……」

 

 

 

向日葵のところに来た私は驚嘆した。

 

 

伸び伸びとした向日葵が辺り一面に広がっている景色は、私を驚かせるのには十分だった。

 

 

 

千歌「よーちゃーん!!」

 

曜「!」

 

 

この声は千歌ちゃんのものだということはすぐにわかった。声の方向からして、ちょうど向日葵畑の真ん中辺りだろうか。

 

 

私は向日葵を掻き分けて走った。

 

 

そして向日葵の近くに来てわかったことがある。

 

 

それはどの向日葵も随分と大きいってこと。

 

 

曜「ちかちゃーん?どこー?」

 

 

この向日葵の中では、私は千歌ちゃんを見つけることが難しかった。

 

 

千歌「ここだよー!」

 

 

曜「ここって、どこー!?」

 

 

千歌「ここだってばー!」

 

 

曜「ここ、じゃわかんないよ!」

 

 

 

なんでだろ……?

 

 

千歌ちゃんを見つけられないというだけで、泣きそうになる。

 

 

 

 

千歌「ここだよ!」ギュッ

 

 

 

私は後ろから千歌ちゃんに抱きつかれた。

 

私は胸の中からこみ上げてくる想いを止められずに、千歌ちゃんにぶつけた。

 

 

曜「どこにいっちゃってたの!?

わたし、さみしかった!」ポロポロ

 

 

あーあ……。なんで泣いちゃったんだろ?これじゃ、千歌ちゃんを困らせちゃうじゃん。

 

 

千歌「……ごめんね。」

 

 

私は千歌ちゃんの方へ振り向くと、あることに驚いた。

 

 

 

千歌ちゃんが幼かった。

 

いや、多分昔の千歌ちゃんと私は話している?

 

 

それも違う……

 

 

 

私が昔のころに戻ってる……?

 

 

 

千歌「ようちゃんをひとりぼっちにしてごめんね。」ギュッ

 

 

私はまた千歌ちゃんに抱きしめられた。その時に感じた千歌ちゃんの温かさと、優しさに触れられた気がして、私は涙が止まらなかった。

 

 

千歌「そうだ!」

 

曜「……?」

 

千歌「めをとじて?」

 

曜「???……こ、こう?」

 

千歌「うん!

それじゃ、えーとねぇ……」

 

 

 

千歌ちゃんは何をしているんだろう?

 

そのことを考えていると

 

 

曜「いっ!」

 

 

突然左腕に鋭い痛みが走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛みに驚いて目を開けると、そこは私の部屋の中だった。

 

 

そっか……さっきのは夢だったんだ。

 

 

まだ眠気が残っている私はまぶたを擦りながら辺りを見渡すと、なぜか私の前には梨子ちゃんがいた。

 

 

曜「ん、ん〜?

あれ?梨子ちゃん?どうして私の部屋にいるの?」

 

 

梨子ちゃんは私のことをじっと見ていた。

 

 

曜「急にどうしたの?何か相談したいことでもある?

 

……あ、千歌ちゃんのことでしょ!」

 

梨子「……違うよ。」

 

 

困っているように見えたから、千歌ちゃんのことで悩んでいるのかと思ったのに……。

 

 

曜「……梨子ちゃん?

本当にどうしたの?」

 

 

私が質問すると、梨子ちゃんは泣き出しそうな顔をした。

どうしたんだろう?まさか、私が梨子ちゃんに何か……

 

 

曜「り、梨子ちゃん……」

 

梨子「お願い!!」

 

曜「!?」

 

 

梨子ちゃんの声が部屋に響き渡る。

 

 

梨子「もう……。

……もう無理をしないで!」

 

曜「無理?無理なんて……」

 

梨子「無理してるよ!その腕で無理してないわけない!」

 

 

曜「え……」

 

 

 

その腕?

 

私のうで……?

 

 

うそ、なんで……?

 

 

 

梨子ちゃんがそのことを……?

 

 

 

曜「見ちゃったの……?」

 

 

 

 

私の質問に梨子ちゃんは首を縦に振って答える。

 

 

曜「あはは、はは……。

どうしてかな?この前はルビィちゃんにもバレちゃうし、私もがんばってるんだけど。」

 

 

私は苦笑いをして、頭の後ろを手でかいた。

 

 

曜「でも、平気だから。」

 

梨子「……。」

 

曜「痛そうに見えるけど、案外痛くないんだよ?」

 

 

 

嫌だ。

 

ここまで頑張ったのに、この土壇場でみんなに迷惑をかけたくない……

 

 

 

梨子「ダメだよ。怪我をしてるんだから休まなきゃ。」

 

曜「今休んだら、みんなにも迷惑かけるよ。」

 

梨子「迷惑になんてならないよ!私は曜ちゃんに無理をさせるほうが……」

 

 

今、急に出られなくなったら……どう考えたって

 

曜「迷惑にならないわけないじゃん!!」

 

 

梨子「!!」

 

 

梨子ちゃんは驚いた顔をして目を見開いた。

 

 

曜「……もう少しでひと段落つけるから、頑張らせて?」

 

 

そう。もう少し。

もう少し頑張れば、みんなにも迷惑をかけなくて済むんだ。

 

 

梨子「……私が曜ちゃんの分までカバーする。」

 

曜「なに……言ってるの?」

 

梨子「曜ちゃんが私にしてくれたように、今度は私が曜ちゃんを助ける!」

 

曜「っ。」

 

梨子「私が曜ちゃんが抜けたとしても、大丈夫なくらい頑張るよ!曜ちゃんが休んでもみんなに負担がかからないように!!」

 

 

 

……どうしてなの

 

 

他の人のために、自分を犠牲にすることがどうしてそこまでいけないことなの?

 

 

 

曜「どうして……」

 

梨子「曜ちゃん?」

 

曜「どうして!?人のために頑張ることがそんなにいけないことなの!?」

 

梨子「そ、そんなこと言って……」

 

曜「私は悲しませたくないの!!

みんなが私に期待してくれているのを裏切りたくないの!!」

 

梨子「よ、ようちゃん……」

 

曜「おねがい……

おねがいだからぁ…………」

 

 

私は泣いていた。

梨子ちゃんを困らせてまで、私は何をしてるんだろう。

 

 

それでも

 

 

私は千歌ちゃんのためになりたかったし、逆に足を引っ張るようなことはしたくなかった。

 

 

 

梨子「曜ちゃん……。

私はね?本当は曜ちゃんが苦しんでいる顔を見たくない。でも、曜ちゃんが泣いている顔も見たくないの。」

 

 

 

私は……身勝手だ……

 

 

ルビィちゃんも、梨子ちゃんも優しいことを知ってて、私はその優しさに甘えてる。

 

 

身勝手というよりもずるい。

 

 

 

梨子「……だから約束して。

1人で、もし辛いと思ったら私に相談して。1人で苦しまないで。」

 

 

 

 

 

梨子ちゃんは泣いていた。

 

 

 

電話の時も思った。

 

 

 

 

 

 

 

梨子ちゃんは、本当に相手を思いやることができる子だ。

 

 

 

曜「……わかった。」

 

 

 

 

 

 

こうして、みかん色に包まれた部屋の中で、私と梨子ちゃんは約束をした。

 

 

 

 

 

 

 

……本当は千歌ちゃんに話せたら、楽になれるんだろうけど

 

 

 

 

千歌ちゃんのためにも、私のためにも、そんなことは絶対にできないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#9 やくそく

 

 

 

 

 

梨子ちゃんが帰った後、部屋の中での会話を聞いていたのか、ママが私をじっと見つめたまま何か言いたげそうな素振りをしていた。

 

 

 

曜「ママ?どうかした?」

 

曜ママ「……それはあなたに聞きたいわ。」

 

曜「……。」

 

曜ママ「なにか梨子ちゃんとあったの?」

 

 

ママにはどんな話をしていたかは聞かれていなかったみたいだ。

 

 

曜「ちょっとライブのことで意見が食い違っちゃっただけだよ。その後も少し気まずかったけど、明日にはきっと直るから。」

 

 

そう言って私は笑った。

 

 

曜ママ「珍しいわね。ずっと一緒にいた千歌ちゃんとだってあまり喧嘩をしないのに……」

 

曜「そうだね……」

 

 

 

私が千歌ちゃんと怒鳴りあったりするような喧嘩をしたのは、いつが最後だっただろう?

 

 

高校の間にはなかったし。

 

 

 

中学のときも覚えてない。

 

 

 

 

小学生のときは………

 

 

 

 

 

曜ママ「とりあえず、早くシャワーを浴びてきなさい。そうしたらご飯を食べましょ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜ご飯も食べ終わり、私は自分の部屋に戻った。夕方に少し眠ってしまったから、衣装作りを今のうちに進めておかないと……

 

 

衣装も大分できてきて、あとは調整をしていくだけだ。今日は買ってきた小物とのバランスを考えていこう。

 

 

確かルビィちゃんと買いに行った小物は小物入れに入れておいたはず……

 

曜「あ。」

 

 

 

小物入れからアクセサリーを探していると、懐かしいものを見つけた。

 

 

曜「四つ葉のクローバー……」

 

 

 

私は小物入れにある、四つ葉のクローバーの髪どめを手に取った。

これは千歌ちゃんから貰ったもの。忘れられない、私にとって大事な約束が詰まった宝物だ。

 

 

 

曜「普段から髪どめを使う柄でもないし、御守り代わりにして持ってようかな。」

 

 

 

ラブライブは千歌ちゃんとの大切を果たせるチャンスなんだ。だから、なんとしても千歌ちゃんのことをサポートしたい。

 

 

曜「もう一踏ん張り、もう一踏ん張り。」

 

 

全員分のアクセサリーを見つけた私は、早速作業に取り掛かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれ?

 

 

さっきまで私、自分の部屋にいたよね?

 

 

 

それにこの景色は……

 

 

 

 

 

千歌「よーちゃん。」

 

曜「!」

 

千歌「目をとじて?」

 

 

 

やっぱり、私が夕方に見た夢と一緒だ。

 

 

曜「……こ、こうかな?」

 

千歌「うん!それじゃ、えーとねぇ。

……あった!はい、これっ!」

 

 

目を閉じている私の手のひらに、千歌ちゃんが何かを渡したのが伝わった。

 

 

曜「目をあけてもいい?」

 

千歌「いいよ!」

 

曜「……わあ。」

 

 

私の手のひらには、先ほど部屋で見つけた四つ葉のクローバーの髪どめが握られていた。

 

 

曜「かわいい……!」

 

千歌「でしょ〜?」

 

曜「うんっ。」

 

千歌「くろーばーってもってると、こううん?になるんだって!」

 

 

千歌ちゃんは人差し指を突き出して、私に向かって胸を張ってそういった。

 

 

曜「ありがとう。」

 

千歌「これでようちゃんは、ずっとしあわせなのだ!」

 

曜「ふふふ♪そうだね!」

 

 

 

 

そういえばこの後……

 

 

 

 

曜「ねえ、ちかちゃん。」

 

曜「私からいっこ、やくそくしていい?」

 

千歌「なになに〜?」

 

曜「ちかちゃんのまえでは、もうなかない!」

 

千歌「なかない?」

 

曜「ちかちゃんもにっこりできるように、私もにっこりする!」

 

千歌「にっこり……」

 

曜「だって、ちかちゃんといっしょなだけでたのしいから!」

 

千歌「ようちゃん…!」

 

 

千歌ちゃんは驚いた顔をしてたけど、すぐにいつもの笑顔に戻った。

 

 

 

千歌「そしたら、ちかもやくそくをする!」

 

曜「ええっ!ちかちゃんはいいよ〜」

 

千歌「ヤダヤダ!ようちゃんばっかりじゃ、ふとーへーだもん!」

 

曜「ふとーへー?」

 

千歌「ちかがしたいの!おねがい!」

 

曜「……わかったよ。」

 

千歌「えへへ!

ちかのやくそくは……」

 

曜「やくそくは?」

 

 

 

このときの千歌ちゃんの温かい笑顔を、私は今でも鮮明に思い出すことができる。

 

 

 

 

 

千歌「ようちゃんがずっとにっこりできるように、ちかはずっとようちゃんの友だちでいる!」

 

 

曜「!!」

 

千歌「だってちかといっしょにいれば、ようちゃんはにっこりできるもん!」

 

 

 

千歌ちゃんの言葉とともに、千歌ちゃんの笑顔が白くぼやけていって、そのまま見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

ふたたび視界が開けてくると、私は自分の部屋で横になっていた。

 

 

 

 

私はあの日の約束をしてから千歌ちゃんとずっと友達だ。私が持っているクローバーの髪どめは、言わば私たちの約束の印。

 

千歌ちゃんはあのときの約束を守ってくれている。私が笑顔でいられるようにずっと友達でいてくれている。

 

 

 

 

 

私は

 

 

 

 

 

 

確かにあれから千歌ちゃんの前で泣くことはなくなった。悲しいことも辛いことも千歌ちゃんといれば乗り越えられた。

 

 

でも

 

 

 

 

 

曜『スクールアイドル……やめる?』

 

 

千歌『……。』

 

 

 

 

あの瞬間に私は千歌ちゃんを傷つけた。

 

 

 

 

 

 

私のよく使う魔法の言葉は、千歌ちゃんをずっと傷つけてきたのかもしれない。

 

いろいろと考えると、私が千歌ちゃんの前で笑顔でいる度に、千歌ちゃんの笑顔を奪っていっていたのではないかと嫌な思考回路がぐるぐると渦巻く。

 

 

 

 

曜「……。」

 

 

 

 

手元に置いてあったスマホが点滅をしていた。

 

 

 

 

メール 5時間前

ちかちゃん

よーちゃん、だいじょうぶ? 

 

メール 5時間前

ちかちゃん

なにか困ってたら私に相談してねo(^_^)o

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To:ちかちゃん

 

あのときの約束、まだ覚え

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「……。」

 

 

 

 

『作成したメールを破棄しますか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえ、千歌ちゃん

 

 

 

 

 

 

私はこれからどうすればいいかな

 

 

 

 

 

 

 

 

『完了

 

メールを破棄しました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#10 大嫌い!

 

 

 

 

 

 

 

今日は朝から腕の痛みが酷かった。

 

 

 

だいたい家に帰ってから痛みが出始めることが多いのに、なんで大会前の大事な日に……

 

 

 

 

果南「ワン、ツー、スリー、フォー」

 

 

 

 

 

 

 

今日も今日で

 

 

 

梨子「……。」

 

 

ルビィ「……。」

 

 

 

2人からの視線が痛い……

 

 

 

 

 

それに

 

 

善子「……。」

 

 

昨日のことがあってか、善子ちゃんからの視線も正直キツかった。

 

 

 

鞠莉「……。」

 

 

 

ダイヤ「一旦休憩にしましょう。」

 

 

 

千歌「ふぅ〜。なかなかいい感じ!」

 

鞠莉「ちかっちは自信アリってところね♪」

 

 

花丸「曜ちゃん!まる、上手く回転できるようになったずら!」

 

曜「うんうん。キレがあるから、一つ一つのダンスが綺麗に見えるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

ダイヤ「……浮かない顔をしていますね。」

 

果南「ダイヤ……。」

 

ダイヤ「何か問題がありましたか?」

 

 

果南「……いや、形にはなってるけど、なんでだろ?ダンスが前に向けてやってない気がする……」

 

ダイヤ「気持ちが入ってないと?」

 

果南「気持ちが入ってないというか……。」

 

 

そこまで言って果南ちゃんは私のことを見た。

 

 

 

曜「?」

 

 

私が首をかしげると、ダイヤさんは果南ちゃんに耳打ちをしはじめた。

 

 

 

ダイヤ「曜さんの動きのことですか?」

 

果南「いや。曜の動きに問題はないかな……。」

 

ダイヤ「では、なんです?どうして曜さんを見たりなんか……」

 

 

 

鞠莉「それはみんなのハートが曜に奪われているからよ。」

 

ダイヤ「ま、鞠莉さん!?」

 

果南「心が奪われてるというのとは違うような……」

 

鞠莉「It's joke!」

 

ダイヤ「茶化すのはやめてください。こちらは真剣なのですから。」

 

 

鞠莉「ダイヤったら……

ほーら。あんまりシリアスな顔してるとぉ」グイッ

 

ダイヤ「ぶっ!」

 

 

鞠莉ちゃんが手を使ってダイヤさんの顔を私に向けさせた。

 

 

鞠莉「曜に心配をかけるわよ。」

 

ダイヤ「ぁ……。」

 

 

ダイヤさんは何かを言おうとしていたけど、ためらう動きをしたあとに伸ばしていた手をひっこめた。

 

 

 

三年生に限らず、全体的に雰囲気があんまり良くない。

 

 

 

 

理由はわかってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

私のせいだ。

 

 

 

 

こういう時は原因になってる人が責任を取らないと……

 

 

 

曜「よし!休憩もとったし、ラストスパート頑張ろー!」

 

 

 

私が明るく振る舞えばきっとみんなだって明るくなってくれるはず。

 

 

 

鞠莉「テンション『よーし』こーね♪」

 

 

善子「っ!善子言うなっ!!」

 

 

果南「疲れてそうだけど、みんなのやる気はいかがかなん?」

 

 

曜「ダイブ『よーし』こー!」

 

 

善子「善子言うなーっ!!」

 

 

花丸「善子ちゃんはダイブ元気ずら。」

 

 

千歌「あははっ!」

 

 

梨子「ふふふっ。」

 

ルビィ「えへへ…。」

 

 

 

ダイヤ「さて。一笑いしたところで練習を再開しましょう。」

 

 

 

ほら。

 

私が元気印になって明るく振る舞えば、みんなも笑顔になってくれる。

 

 

 

 

 

 

ほんとうに?

 

 

 

今のは本当に私が明るく振る舞ったからみんなも笑ったの?

 

 

 

 

鞠莉「……あと2日。ここまできたらfightよ、曜。」ボソッ

 

曜「!」

 

 

 

 

 

 

……違う。

 

鞠莉ちゃんや果南ちゃんが盛り上げてくれたからだ……

 

 

私が明るくしたところでただの空元気に終わってたよね。

 

 

 

 

 

果南「曜。」

 

 

曜「果南ちゃん……。」

 

 

果南「大会が終わった後さ、久しぶりに遊びに行かない?」

 

曜「遊びに……?」

 

果南「うん。」

 

 

嬉しいけど、なんで……?

 

 

 

果南「千歌と一緒に3人でさ!」

 

 

 

そうだね!とか、楽しみだよっ!とか返したかったのに、声が出てこなかった。

 

その代わり体の中からこみ上げてくるものがあって、背中がぶるって震えた。

 

 

果南「……頑張ろ。」

 

曜「うん。」

 

 

 

 

私は二人みたいに誰かのために何かできているのかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「ハァ…ハァッ……」

 

 

 

その後の練習中は腕の痛みがずっと続いた。

 

 

痛みで頭がクラクラして、左手を使う振り付けの時はズンと響くような鈍い痛みを感じる。

 

 

サビになると一気に大きい動きに変えないといけないから、痛みがどんどん大きくなる。

 

 

 

ダイヤ「曜さん、ワンテンポ遅れていますわ!」

 

曜「あっ……くっ……!」

 

 

 

……まずい、集中が切れてる!

 

 

 

果南「よ、ようっ!」

 

曜「!?」

 

 

 

しまった!テンポが遅れて、ポジションの移動まで遅れて…!

 

 

曜「ううっ!」トッタットッ

 

 

 

ダイヤ「……。」

 

 

梨子「……っ。」

 

 

ルビィ「〜〜っ!」

 

花丸「ルビィちゃん…。」

 

 

 

ダイヤ「少し休憩をとりましょうか。」

 

 

 

みんなに心配させてる……

 

 

 

ライブには出ないとみんなに迷惑をかけるし、出たとしてもみんなに迷惑をかけるかもしれない。

 

 

こんなの、どうすればいいの……

 

 

 

 

 

 

 

千歌「曜ちゃん!!」

 

曜「うわっ!?」

 

千歌「うわっ、じゃないよぉ〜。

何回も曜ちゃんのこと呼んだよ?」

 

曜「ご、ごめ」

 

 

ルビィ「よ、曜ちゃん!」

 

 

ルビィちゃん?

 

 

千歌「ルビィちゃん?」

 

 

ルビィ「やっぱり…やっぱり…!」

 

 

ま、まさか…!

 

 

千歌「?」

 

曜「ルビィちゃ」

 

 

ルビィ「やっぱり、もうやめようよ!」

 

 

 

 

なんで……

 

 

ルビィちゃん…約束したよね…

 

 

 

 

千歌「???

やめる?曜ちゃんが?」

 

曜「そ、そんなわけないよ!ルビィちゃんは何を言ってるの?」

 

ルビィ「うぅ……。」

 

 

ダイヤ「なんの騒ぎです?」

 

花丸「ルビィちゃん!?」

 

 

 

 

ひどいよ…

 

 

 

 

果南「曜。」

 

曜「や、やだなぁ。そんなに怖い顔しないでよ!」

 

果南「これ以上隠していても、何も良いことはないよ。」

 

 

どうしてこのタイミングで……

 

 

いやだよ…

 

 

 

梨子「ダイヤさん。」

 

ダイヤ「なんですか?」

 

梨子「曜ちゃんを本番まで休ませてあげてください。」

 

千歌「え……」

 

 

 

曜「なっ!?」

 

 

ダイヤ「なぜ?」

 

梨子「曜ちゃんがハードワークしてしまうと、本番のパフォーマンスが落ちてしまうので。」

 

 

曜「大丈夫だよー!

ほら、心配しすぎだって!」

 

 

梨子「曜ちゃん!!」キッ

 

 

曜「っ!」

 

 

梨子ちゃんが私を睨みつけていた。

 

その目はいつものやりとりで千歌ちゃんを睨んでる目ではなくて

 

 

芯が通って、絶対曲げない。ここは譲れないと言ってるような目だった。

 

 

 

果南「……曜。休みな。」

 

曜「ま、待ってよ!」

 

千歌「曜ちゃん、お願い。」

 

 

 

なんで?

 

 

 

曜「わかった。なんか、ムード壊しちゃってごめん。」

 

 

 

 

 

ルビィちゃんも梨子ちゃんもひどいよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果南「ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

 

 

 

 

みんなのステップの音が聞こえてくる。

 

 

果南ちゃんと私のところにぽっかりと穴を開けたまま、綺麗に形をキープしている。

 

 

千歌ちゃんと梨子ちゃんの動きも軽快で、私がいないからか動きも伸び伸びとやっているように見えた。

 

 

練習をたくさんしていたおかげで、みんなの動きもダンス中に指摘が入ることもなかった。

 

 

 

 

 

 

なぁんだ。

 

 

 

 

 

 

私、いらないじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「っ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果南「みんな良かったよ!」

 

鞠莉「ダイナミックでエレガントだったわ!」

 

花丸「横文字だらけずら…。」

 

千歌「まあ、良かったってことはわかるよね。」

 

 

 

善子「曜……さん……」

 

 

 

ダイヤ「?

……!曜さん…」

 

 

 

 

あ、こっち見ちゃったんだ……

 

 

 

 

ルビィ「よ、ようちゃん……」

 

 

 

 

やだなあ。

今、すごく見られたくなかったのに。

 

 

 

 

 

千歌「ようちゃん……泣いてるの?」

 

 

 

 

 

 

こんな私は見せたくなかったよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

良かった雰囲気が一瞬にして凍りつくのを感じた。

 

 

本当、なんで私はここにいるの?

 

 

 

 

 

それは千歌ちゃんのため……のはずだった。

 

 

 

 

 

 

でも、千歌ちゃんの隣はもう私じゃないんだ。

 

 

 

 

さっきのダンスの時に確信したよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「りこちゃんは、いいよね……」

 

 

鞠莉「!」

 

 

 

なんで私じゃダメなの?

 

 

 

曜「梨子ちゃんはいいよね!」

 

 

梨子「!?」

 

 

曜「梨子ちゃんがいなければ……

こんな気持ちになんてならかったのに!!」

 

 

千歌「曜ちゃん!?何を言って…」

 

 

 

ああ……

 

もう止まらないや

 

 

 

 

曜「梨子ちゃんなんて大嫌いっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#11 デート

 

 

 

 

 

 

 

練習を抜け出す形で家に帰ってきた私は、ベッドの上に寝転んでいた。

 

 

 

 

眠りたくはない。

 

 

 

 

今、目を閉じるとさっき見た光景が目に浮かんでくるから。

 

 

 

 

みんなの唖然とした顔。

 

 

いや、梨子ちゃんだけは唖然というより諦めたような表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

その後すぐに飛んできた言葉は

 

 

 

 

 

千歌「それ……ほんとうなの?」

 

 

 

悲しそうな表情を浮かべながら、千歌ちゃんは私を見ていた。

 

 

 

 

私はどうするべきだったのか。

 

 

 

 

 

 

 

すぐに謝るべきだった?

 

 

 

それだと、本当に心の中で梨子ちゃんを嫌いだと思っていたことを認めざるを得ない。

 

 

 

 

 

すぐに否定するべきだった?

 

 

 

とっさに言い訳のように否定しても信じてもらえるはずがない……

 

 

 

 

結局、私が取った選択肢は

 

 

 

 

曜「……。」

 

 

 

 

ただ黙っている、というものだった。

 

 

 

 

 

どう考えても、黙ってしまうのは一番良くなかった。

よく考えればわかるはず。

 

そう。

よく考えればわかるはずなのに……

 

 

 

 

ダイヤ「あなたは何をしたのかわかっているのですか?」

 

 

ダイヤさんからの冷たい言葉がささる。

 

 

ダイヤ「大会前2日前という日に……あなたは…!」

 

果南「ダイヤ、やめな。」

 

ダイヤ「しかし!」

 

 

梨子「やめてください。」

 

ダイヤ「梨子さん。わかっているんですか?」

 

梨子「わかってます。私なりに自覚はしてますから。」

 

ダイヤ「っ……。」

 

 

 

梨子ちゃんの言葉でダイヤさんは引き下がった。

 

 

 

 

 

つまり梨子ちゃんが場を収めてくれたわけだった。

 

場を荒らした私と対照的に。

 

 

 

それが私には悔しいとも悲しいともなんとも言えない気持ちにさせた。

 

 

 

だから私はその場からいち早く逃げたくて、みんなに背を向けて走った。

 

 

 

今日の中で腕の痛みが感じられなかったのは、あの一瞬だけだった。

 

胸の中が吐きそうなほどムカムカして、気持ち悪くて、切ないような、やるせないような…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく、もうあそこに私の居場所はない。

 

 

でも今の私からAqoursを取ってしまったら、一体何が残るっていうんだろう?

 

 

 

 

ブーッ、ブーッ

 

 

 

 

ベッドの上に放り投げてあったスマートフォンが鳴った。

 

画面を起動させて見てみると

 

 

 

LINE 30秒前

 

よしこちゃん

明日の練習はお休みになったわ。明後日のライブに向け…

 

 

 

善子ちゃん……

 

 

 

善子『まあ。気が変わったら、気軽に話してよ。いつでも聞くから。』

 

 

 

 

 

 

……私は何を考えているんだ

 

 

 

ここにきて人に頼るなんてずるすぎる。ましてや後輩になんて。

 

 

 

ブーッ

 

曜「!」

 

 

スマホのバイブに反応して見てみると、画面には善子ちゃんの上にもう一件来ていた。

 

 

 

LINE 20秒前

 

マリちゃん

明日は私とデートしない?

 

 

 

 

 

デートか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日は練習も休みになったようで、私はいつもより少しだけ遅く起きた。

 

それなのに体は全然休まっていなくて、どんよりとしたものが私を覆っている感覚だった。

 

 

 

ピンポーン

 

 

 

……あっ。

 

 

 

 

鞠莉『Chao〜♪』

 

 

 

インターホン越しで鞠莉ちゃんが手を振っていた。

 

 

曜「どうして私の家を?」

 

鞠莉『果南から聞いたわ。』

 

 

私の家の場所がメンバーにどんどんとバレてる。

まあ、隠す理由もないけど。

 

 

曜「それは置いておいて、どうして私の家に?」

 

 

私も随分と白々しいなあ、なんて思うけど一応聞いてみる。

 

 

鞠莉『あら?昨日からメールをチェックしてないの?』

 

曜「まあ……。

昨日は色々とあったから……」

 

鞠莉『Sorry.

曜のことだからてっきり見てると思ってたわ。』

 

曜「……それで私に何かあるの?」

 

鞠莉『じゃあ、改めて。

 

今日はマリーとデートしましょ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、一度は断ったものの理事長命令(?)を出されて、私は家の外に引きずり出された。

 

 

 

鞠莉「どこか行きたいところとかある?」

 

曜「ええ?決めてなかったんだ……」

 

鞠莉「私は女の子だし、やっぱりエスコートしてもらいたいじゃない?」

 

曜「いやいや。私も女の子だから。」

 

 

鞠莉「遠慮なんてNo good!どこでもいいのよ?明日に響かないような場所ならね?」

 

曜「まあ、遠出は無理だよね。」

 

 

 

鞠莉「なら、あそこに行く?」

 

曜「あそこ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「鞠莉ちゃんって、意外とここ好きだよね。」

 

鞠莉「イヴニングは特にね。」

 

 

 

私と鞠莉ちゃんは、いつか二人きりで話しをしたことのある展望台に来た。

 

 

 

 

曜「デートって言っても、ここだとあまりすることないね。」

 

 

 

私は青い空を見上げながら言った。

 

 

 

 

鞠莉「ねえ、曜。」

 

曜「うん?」

 

 

 

鞠莉「ハグしない?」

 

曜「は?」

 

鞠莉「聞こえなかったかしら?ハ…」

 

曜「いやいや!聞こえた、聞こえた!!」

 

鞠莉「そう。なら、レッツ…」

 

曜「いやいやいや!

いきなりハグってよくわかんないし、それって果南ちゃんの十八番だし…」

 

鞠莉「あら?私がやるんじゃプライスダウン?」

 

 

ハグに値段とかってあるの…?

 

 

曜「と、とりあえず恥ずかしいからパスで。」

 

鞠莉「もうっ。曜って本当にシャイなんだから。」

 

 

やれやれ、といったような声色で鞠莉ちゃんは言った。

 

 

曜「鞠莉ちゃんが大胆すぎなの。」

 

鞠莉「ん〜?

それはどうかしらね。」

 

曜「鞠莉ちゃんからは私たちとは違う大物感があるよ。」

 

 

ふと鞠莉ちゃんの顔を見ると、難しい顔をしていた。

 

それは何かを悩んでいるような顔。鞠莉ちゃんにしては珍しかった。

 

 

 

鞠莉「でも果南のことについてはちゃんと踏み込めなかったわ。」

 

 

曜「…鞠莉ちゃん。」

 

 

振り返って背中を向けた鞠莉ちゃんからは、何とも言い表せないような空気が漂っていた。

 

 

鞠莉「このままだとお互いに傷つくだけよ。」

 

曜「お互い?」

 

鞠莉「私と果南のように。」

 

 

 

鞠莉ちゃんは相変わらずこっちに顔を向けなかった。

 

私には鞠莉ちゃんがどんな顔をして、どんな気持ちで私に話しかけているのかわからなかった。

 

 

鞠莉「大会が終わったらハッキリ伝えるんだよ。」

 

曜「……。」

 

鞠莉「曜の気持ちをちゃんと伝えなきゃ。」

 

 

 

その後「こーんな暗い話はこれからはタブーね♪」と言って、鞠莉ちゃんは笑顔に戻った。

 

結局、私と誰との間の問題かは言わなかったけど、昨日のことを考えれば誰かなんて決まってる。

 

 

 

 

明日で色々な意味での踏ん切りがつく気がする。

 

 

 

水泳部のことも

 

スクールアイドルのことも

 

梨子ちゃんとのことも

 

 

 

もちろん鞠莉ちゃんに言われたことも

 

 

 

 

とにかく明日はライブが成功しますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、なんとしても成功させなきゃ……

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#12 仲直りしよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえ、ちかちゃん。

 

 

うん?なぁに?

 

 

わたしね、ちかちゃんといっしょにいるとうれしいんだ!

 

 

ちかといると……?

 

 

うん!なんか、ちかちゃんがいればなんでもできちゃうきがする!

 

 

それなら、ちかも!

ちかもよーちゃんといっしょにいるとうれしいし、なんでもできるきがする!

 

 

 

……えへへっ

 

 

えへへっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちかちゃん。やくそくする!

わたし、ちかちゃんのまえではもうなかない!

 

 

なかない……?

 

 

ちかちゃんもにっこりできるように、わたしもにっこりする!

 

 

……それなら、ちかはよーちゃんとずっといっしょにいる!

 

 

ほ……ほんと?

 

 

だってちかといっしょにいれば、よーちゃんがにっこりできるでしょ!

 

 

ちかちゃん……ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちかちゃん……ほんとにやめちゃうの?

 

 

うん……

 

 

何かイヤなことがあるなら私に言ってよ。ちかちゃんのためなら、私…

 

 

そうじゃないんだ……。イヤなこととか、きらいだからとかじゃないんだよ……

 

 

じゃあ、なんで……

 

 

……あき、ちゃった。

 

 

え……。

 

 

なんか、あきちゃったんだ!

 

 

……あき……ちゃった?

 

 

うん。それだけだから、ちかのことは気にしないで!

 

 

…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飽きちゃった

 

 

 

あの時の千歌ちゃんの気持ちはどんな感じだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

ラブライブ東海地区予選。

 

大会が行われる名古屋まで私たちは来ていた。

 

 

 

 

千歌「〜〜。〜〜〜!〜〜。」

 

果南「〜〜。」

 

 

 

駅の前でみんなはそれぞれ思い思いのことをしていた。

 

 

 

 

ダイヤ「曜さん。」

 

曜「ダイヤさん?どうしましたか?」

 

ダイヤ「……ライブの前にしてほしいことがあるのですが。よろしいですか?」

 

曜「してほしいこと?」

 

ダイヤ「はい。」

 

 

 

ダイヤさんの瞳には明らかな懇願の色が見えた。

 

 

 

曜「私にできることならもちろんやるよ。」

 

ダイヤ「では……」

 

 

 

そうして私は駅前の噴水の近くに連れてこられた。

 

 

 

ダイヤ「仲直り……してください。」

 

曜「!」

 

 

梨子「……。」

 

 

 

噴水の前には梨子ちゃんが立っていた。きっと梨子ちゃんもダイヤさんに連れてこられたんだと思う。

 

 

 

ダイヤ「このまま本番を迎えるのは心苦しいではありませんか?」

 

曜「……っ。」

 

 

私は背を向けて荷物を取りに行こうとした。

 

 

ガシッ

 

 

曜「!」

 

 

ダイヤさんがその場から立ち去ろうとした私の右手を掴んでいた。

 

 

 

ダイヤ「…本当に梨子さんのことが嫌いなのですか?」

 

曜「……。」

 

ダイヤ「そんなわけないでしょう?

あんなに仲が良かったのに、そんなわけが!」

 

曜「…うるさい。」

 

 

 

……またやってしまった。

 

 

 

ダイヤ「……それで私が怯むとお思いですか?」

 

曜「……。」

 

 

ダイヤ「私はルビィとは違いますわ。ルビィのように意思が弱くはありませんの。」

 

 

 

ルビィとは、って強調してくるなあ……

 

 

 

ダイヤ「なぜ……

なぜ私がわざわざ反対側にあった右手を掴んだかわかりますか?」

 

曜「なぜって…………!

る…ルビィちゃ」

 

ダイヤ「許しませんわ。」

 

曜「っ!」

 

 

ダイヤさんの目は静かに燃えていた。それはもちろん怒りの炎だ。

 

 

曜「ルビィちゃんにしたことはごめんなさい。」

 

ダイヤ「もちろんルビィに黙っているようにしたことについても怒っています。ですがそれ以上に…」

 

 

ダイヤさんは私の肩を掴んで、私と視線が合うような体勢をとった。

 

 

 

ダイヤ「私を頼ってほしいと言ったではないですか……」

 

曜「……。」

 

 

 

ダイヤ「なぜですか?」

 

曜「ダイヤさん……」

 

ダイヤ「私はただの部活の先輩ですか?」

 

 

そんなこと思ってない。先輩後輩の関係よりももっと大切に思ってる。

 

 

 

 

 

本当に?

 

 

 

 

曜「ち、ちが……ちが………」

 

 

鞠莉「ザッツオール!」

 

ダイヤ「ま、鞠莉さん……。」

 

鞠莉「ほら、もうすぐ移動の時間よ。」

 

ダイヤ「ですがっ!」

 

鞠莉「梨子はすでにみんなのところにいるわよ?しかもダイヤは三年生なんだから、みんなをまとめることがマストでしょ?」

 

ダイヤ「……はい。」

 

 

 

そのままダイヤさんは私に背を向けて歩き始めた。

 

 

 

鞠莉「ダイヤって物事を急いで進めようとするのよね。」

 

 

ただ私にはダイヤさんを非難することはできない。

 

 

鞠莉「今はライブのことに集中しなさい。」

 

曜「はい。」

 

 

 

 

 

その後みんなと合流したけど、結局私の頭からはダイヤさんの言葉が離れなかった。

 

 

ダイヤ『私はただの部活の先輩ですか?』

 

 

自分の中で大事な仲間だと思っていたAqoursメンバーの存在が揺らいでいた。

 

本当に自分はみんなのことを大切だと思っていたのか…って。

 

 

Aqoursは私にとってかけがえのないものだったはずじゃなかったのかって……

 

 

 

 

 

みんなは会場入りして控え室に着いて準備を始めている。

 

 

三年生の3人は控え室から一緒に出ていくのが見えた。

 

一年生の3人はみんな固まっている。お互いを励ましあったりしてるのかな。

 

 

 

私たち二年生は……

 

 

曜「なにを……してるんだ。」

 

 

 

なにを迷ってるの?

なにをためらってるの?

なにを怖がってるの?

 

 

 

 

曜「……梨子ちゃん。」

 

 

梨子「!」

 

 

私が話しかける前から強張っていた梨子ちゃんの顔が一層引き締まった。

 

 

曜「ごめんね。」

 

梨子「……。」

 

曜「今さら何を言っても許せないとは思う。でも、私は梨子ちゃんのことが嫌いなんて思ってないってことは言いたかったの!」

 

梨子「……。」

 

曜「だから……だから……

今日は私と協力してね……。」

 

 

 

梨子ちゃんの言葉を聞く間も無く、突風のように私の言葉を梨子ちゃんにぶつけた。

すると座っていた梨子ちゃんは立ち上がり、私の目の前に立つと

 

 

 

梨子「……よかった。」

 

 

と、ひとこと言って笑顔を私に見せてくれた。

 

 

曜「え……」

 

梨子「もちろん協力するよ。少しでも曜ちゃんの負担が減るようにね。」

 

曜「……梨子ちゃん。」

 

梨子「今まで頑張ってきたんだもん。最後までやり切らなきゃ後悔するに決まってるよね。」

 

 

梨子ちゃんはライブに対して前向きに考えてくれてるんだ。

 

 

梨子「ケガが悪化しないようにだけど、今日のライブは全力でやろうね。」

 

曜「うん!」

 

 

 

さっきまでギクシャクして、笑ったりなんか絶対にできなかったのにこんなに簡単に解決する話だったんだ……。

 

だからダイヤさんは無理にでも合わせようとしてたんだね。

 

 

 

鞠莉「曜。」

 

曜「ま、鞠莉ちゃん……」

 

 

 

後ろから鞠莉ちゃんが現れた。

 

そういえばライブ前に梨子ちゃんとのことを考えるなって言われてたんだったよね。

 

 

曜「ごめんなさい。鞠莉ちゃんとの約束破っちゃった。」

 

鞠莉「良かったわ。」

 

曜「え?」

 

鞠莉「仲直りできるなら、それがベストよ。」

 

曜「それは……」

 

鞠莉「私が考え過ぎてたみたい☆

……まさかダイヤがちゃんと考えてるなんてね。」

 

曜「ダイヤさんが?」

 

 

梨子「私、実は昨日ダイヤさんに会ってるの。」

 

 

そうだったんだ……

 

 

梨子「その時にね、仲直りさせるタイミングを必ず作るって先に言われてたんだ。」

 

鞠莉「随分とヘヴィーなやり方だったけどね。」

 

 

曜「それでも、ダイヤさんにはお礼を言わなきゃだね。」

 

 

 

ダイヤ「ライブの準備は済みましたか?」

 

鞠莉「ナイスタイミングね。」

 

ダイヤ「なんの話ですか?」

 

曜「ダイヤさんには頭が上がらないなって言ってたんだよ。」

 

ダイヤ「……ルビィを困らせた分、いいパフォーマンスをお願いしますわ。」

 

 

鞠莉「照れちゃってダイヤってばキュートね。」

 

 

千歌「……曜ちゃん?梨子ちゃん?」

 

梨子「千歌ちゃん!」

 

 

そうだ。千歌ちゃんには一番心配かけちゃったよね……

 

私は2人の手を右と左のそれぞれの手で掴んだ。

 

 

千歌「わわっ!?曜ちゃん!?」

 

梨子「……ふふっ♪」

 

 

曜「今日は精一杯楽しもうね!」

 

 

私たちのライブを楽しんでもらう。それが私たちがすべきことであり、そのためには私たちが全力で楽しまなきゃいけないんだ。

 

 

 

私が叫んだことに千歌ちゃんは驚いた千歌ちゃんは、最初は目を見開いていたけど、しばらくして口元を緩ませて満点の笑顔を見せてくれた。

 

 

 

千歌「うん!!」

 

 

 

 

 

 

大丈夫。

 

 

 

今日のライブは最高になるよ。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#13 MIRAI TICKET

 

 

 

 

 

いよいよ大会が始まり、ステージやステージ裏でさえ緊張感があった。

 

 

演技の順番はくじ引きで決まることになっていて、私たちが演技するのは

 

 

 

千歌『とりゃあ!……あぁ!?』

 

ルビィ『な、何番だったのっ!?』

 

ダイヤ『見せてくださいまし!』

 

ダイヤ・ルビィ『!?』

 

 

果南『うーん?結局何番だったのか私たちにはわからないんだけど?』

 

鞠莉『それじゃあ見てみよ〜。

……Oh.』

 

梨子『……最後?』

 

 

 

ルビィ・ダイヤ『ピギャァァァ!!』

 

 

 

 

全グループで最後となってしまった。

 

 

果南「結果的には良かったんじゃない?最後の方が印象に残るしさ。」

 

ダイヤ「果南さんはあまりにも楽観視しすぎていますわ!最後に演技をするというプレッシャーがどれほどかわかっていますの!?」

 

千歌「ご、ごめんねー!!」

 

曜「まあ、こればっかりは仕方ないよ……運だし。」

 

 

善子「ルビィ。運が悪いからってさりげなくこっち見ないで。」

 

ルビィ「ピギッ!」

 

 

鞠莉「でも果南の言う通りよ。

最後で目立てれば、予選のパスって話にもリアリティが増すわ♪」

 

花丸「それが簡単にできるなら、こんなに困ってないずら……」

 

 

 

みんな(一部は例外だけど)が控え室で項垂れてああだこうだ言っている中、梨子ちゃんは1人でダンスの確認をしていた。

 

 

千歌「梨子ちゃん?」

 

ルビィ「何をしているの?」

 

梨子「最後まで確認をしているのよ。」

 

花丸「不安にはならないずらか?」

 

梨子「ないって言ったら嘘になるよ?でもここまで頑張ってきたんだから平気じゃないかな。あとはこの不安が自信へと変わるように最後まで練習しないと。」

 

 

 

その梨子ちゃんの言葉は私たちの心に確実に響いた気がした。

 

 

 

鞠莉「That's right!!

その通りよ、梨子。今、私たちがしなくてはいけないのは心配することよりもパーフェクトな演技をする準備だわ。」

 

善子「例え堕天という不遇があっても、ヨハネは今この時を楽しんでいるわ。この宴…だて

 

ルビィ「なんだか梨子ちゃんの言葉で勇気が出た気がする!」

 

果南「そうだね。」

 

善子「話を切るなーっ!」

 

花丸「善子ちゃんの話が長いからずら。」

 

ダイヤ「……まあ、過ぎたことを話していても仕方ありませんわね。今の状況をいかに有利に使うかを考えましょう。」

 

 

みんなの顔から不安の色が消えていく中、千歌ちゃんは遠くを見つめている目をしていた。

 

 

曜「……千歌ちゃん?」

 

千歌「ふぇ?」

 

曜「どこか遠くを見てる感じだったけどどうしたの?」

 

千歌「ああ…えっとぉ……。」

 

 

千歌ちゃんは少し照れくさそうにしながら

 

 

千歌「私たち最後だし、上手くいけばアンコールとかあるかなあって。」

 

ルビィ「あ、あ、あんこーりゅぅ!?」

 

果南「まあ、あってもおかしくはないよね。」

 

千歌「私たち、アンコールされるかな…?」

 

ダイヤ「されたいのであれば、してもらえるだけのパフォーマンスをしないといけませんわね。」

 

千歌「…そうだよね。頑張らなくちゃだ。」

 

 

アンコール……

 

 

 

梨子「……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから各グループのパフォーマンスが終わって、私たちの番になった。

 

 

 

緊張感が漂っているステージ裏で梨子ちゃんは柔らかく微笑んでいた。

 

 

梨子「内浦に引っ越す前は私がこんな未来を歩いてるなんて思ってもみなかったよ。」

 

 

確かに私も半年前は自分がこんな風になるなんて思ってなかった。

 

 

曜「千歌ちゃんのおかげだね。」

 

 

 

千歌「そんなことないよ。」

 

千歌ちゃんは笑顔だった。

 

千歌「ラブライブがあって、μ'sがいて、スクールアイドルがいて……」

 

少しの間を空けて、千歌ちゃんは私と梨子ちゃんを見た。

 

 

千歌「曜ちゃんと梨子ちゃんがいたから。」

 

 

千歌ちゃん……

 

 

千歌「これからも色んなことがあると思う。嬉しいことだけじゃなくて、苦しいことも辛いこともたくさんあると思う。」

 

千歌ちゃんは私たちに背を向けて走った。

 

千歌「でも私、それを楽しみたい!

全部を楽しんで、みんなと進んでいきたい!!」

 

大きく手を広げた千歌ちゃんの姿は私にはとても眩しかった。

 

 

千歌「それが輝くってことだと思う!!」

 

 

 

千歌ちゃんは大きくなった。私が想像している以上に成長したんだ。

 

ダイヤ「そうね。」

 

鞠莉「9人いるし♪」

 

 

それに千歌ちゃんにはみんながついてる。

 

 

もちろん、私だって。

 

 

 

 

千歌「いくよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浦女の制服を来て私たちはステージに上がる。

観客席から放たれているサイリウムの光が私に高揚感を与えてくれる気がする。

 

この大舞台への余韻に浸っていると、千歌ちゃんの第一声が聞こえた。

 

そこから浦女のことや私たちのことを知ってもらうために寸劇をした。会場からは笑い声が聞こえたり、私たちに共感してくれる人がいることが感じられた。

 

 

 

輝くってことは楽しむこと

 

 

 

千歌ちゃんなりに見つけ出した答え。

 

きっとそれは私たちの未来への切符になるんだ。

 

 

千歌「さあ、いくよ!!」

 

 

だから今日のライブは

 

 

千歌「1」

曜「2」

梨子「3」

花丸「4」

ルビィ「5」

善子「6」

ダイヤ「7」

果南「8」

鞠莉「9」

 

 

みんなと一緒に輝くんだ。

 

 

 

 

 

「10!!」

 

 

驚いて後ろを振り向くと、浦女のみんなが大きな声を出して私たちを応援してくれていた。

 

 

曜「キャプテンにななみ先輩……。」

 

 

その座席には私たちに声援を送ってくれている水泳部の先輩たちがいた。

 

 

曜「……私はバカ曜だ。」

 

 

水泳部の大会に出られないからって腐ってたなんて……私はバカだ!!

 

 

 

 

私はこの舞台で今までのどのライブよりも最高のライブをするんだ。

 

私ならできる!

みんなとなら、千歌ちゃんとなら!!

 

やっと掴んだ答え(チケット)を私たちの輝きで照らさなきゃ。

 

 

千歌「今、全力で輝こう!!

0から1へ!アクアーッ!」

 

 

みんな「サーンシャイーン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから後の記憶はあまり無い。

 

 

 

煌びやかに揺れるサイリウムと隣で踊る千歌ちゃんと果南ちゃんの顔がサイリウムよりももっと輝いていたことは覚えてる。

 

 

 

 

 

曜「終わったんだね。」

 

 

 

 

 

 

 

私は包帯でグルグルにされた左手を見てそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 




最近は投稿頻度も少なくなってすみません。

今回で第2話『君のこころは輝いてるかい』が完結しました。最後の終わり方にしっくりこない人が多いと思いますが、第3話以降orAnother episode vol.3で明らかになるのでお待ちください。

それと作者のワガママなのですが、コメントや評価をお待ちしています。みなさんのコメントが見られるとやる気が出るのでみなさんの温かいコメントをよろしくお願いします。まだ返信してないものには、必ず返信していきますので、お待ちしていてください。

長文失礼しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Another Episode vol.2
#4.5 気にしてたでしょ?


ダイヤpart


 

 

 

〜曜とルビィが沼津から帰ってきた後〜

 

 

 

 

 

ルビィ「ただいまー。」

 

 

静かな家に妹の声が響く。

 

 

ルビィ「ただいまぁ。お姉ちゃん。」

 

ダイヤ「おかえりなさい。良い物は買えたの?」

 

ルビィ「うん!曜ちゃんが連れて行ってくれたお店が可愛い物がいーっぱいだったの!」

 

ダイヤ「そう。それは楽しかったでしょう。」

 

 

ただ買い物に行くとだけしか聞いていないのだけど、まるで遊んで来た後のようにルビィはニコニコしていました。

 

 

ダイヤ「さあ、今日も疲れただろうから、早くお風呂に入ってきなさい。」

 

ルビィ「わかった。そうするね。」

 

ダイヤ「それと、夏休みの宿題…

もちろん終わったわよね?」

 

 

ルビィ「……。が、が…」

 

 

が?

 

 

 

ルビィ「がんばるびぃ!」

 

 

ダイヤ「………。」

 

 

 

 

 

一人の姉として、妹がこうも頼りないと心苦しいばかりだわ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

prrrr prrrr

 

 

こんな時間に電話はかけてくるなと、何回言ったらあの人はわかってくれるのかしら…

 

 

 

ダイヤ「もしもし。一体何の用ですか?」

 

鞠莉『Oh!? ダイヤがなぜか、Very angry!!』

 

ダイヤ「心当たりがありませんの!?」

 

 

鞠莉さんにはずっと振り回され続けている。

 

 

ダイヤ「私の機嫌が悪いのは、大事なことではないでしょう?」

 

鞠莉『もうっ。つれないわね〜。』

 

ダイヤ「…あなたのテンションについて行く身にもなってください。」

 

鞠莉『OK、OK。そろそろダイヤが可哀想だから話をするわね。』

 

ダイヤ「ありがとうございます。」

 

鞠莉『千歌と曜についてだけど、ダイヤはどう思う?』

 

 

千歌さんと曜さん?

 

 

ダイヤ「それは…。幼馴染だということもあって、仲が良いという印象ですが。」

 

鞠莉『そうよね。』

 

 

今の質問の意図は何?今の私の答えを聞くだけが目的ではないわよね?

 

 

ダイヤ「鞠莉さんが言いたいことは何ですか?」

 

鞠莉『そうね…。ダイヤと果南は昔から仲が良かったじゃない?』

 

ダイヤ「まあ、同級生でしたから、一緒にいることが多かったことが大きいですわね。」

 

鞠莉『そこに私がやってきた。』

 

ダイヤ「覚えてますわ。果南さんも私もあなたにとても興味がありました。最初に会った時は、後ろをつけるようなことをして、我ながら無礼でしたわね。」

 

鞠莉『そんなことないわよ。私としては注目されることもWelcome!』

 

ダイヤ「元々のあなたはそんなキャラではなかった気がするのですが?」

 

鞠莉『まあ、その話はもういいわ。

それで果南と私がすぐ仲良くなって、ダイヤは私のことどう思った?』

 

 

何を考えているのか、まったく読めない……

 

 

ダイヤ「果南さんも楽しそうにしていましたし、私としても友達が増えて嬉しかったですわ。」

 

 

鞠莉『……そう言ってくれて、嬉しいわ。』

 

 

こんなことを聞くなんて、鞠莉さんらしくない…

 

 

ダイヤ「なにか心配になることでもあるのですか?」

 

 

私の質問から数秒の空白が生まれる。

 

 

鞠莉『もし、私がここにやって来たのが小学生ではなく高校生だったとしたら、ダイヤのさっきの答えは変わる?』

 

 

ダイヤ「……。」

 

 

鞠莉さんが高校生になってから転校してきたら…。

 

 

ダイヤ「私には……想像ができませんわ。」

 

これが私の正直な感想。

だって、ずっと一緒だったのだから。

 

 

 

 

ただ、これだけは言えるかもしれない。

 

ダイヤ「ただ、こうして気を置いて電話することはなかった気がします。」

 

 

 

 

 

 

鞠莉『……。そうよね。』

 

 

鞠莉さんの声色が変わった。ショックを与えてしまった?

 

 

 

ダイヤ「何か私に対して不安があるのですか?」

 

鞠莉『No problem!!

私を心配してくれるなんて、ダイヤは優しいのね。』

 

ダイヤ「ただ私は気になっただけですわ!」

 

鞠莉『ん〜。ダイヤのおこりんぼさん!』

 

ダイヤ「怒ってなんていませんわ!?」

 

鞠莉『It's joke♪』

 

 

 

まったく……。この人はコロコロと猫のように態度が変わって……

 

 

鞠莉『そういえば』

 

ダイヤ「なんですか?」

 

鞠莉『この前、曜のことを気にしてたでしょ?』

 

 

 

……見られていたのね。

 

 

ダイヤ「ええ。」

 

鞠莉『それじゃあ曜のこと、お願いね。』

 

ダイヤ「え?」

 

鞠莉『Aqoursのためにも、あの子のためにも。』

 

 

曜さんに何かあったとでも……?

 

 

鞠莉『ま、あまり深刻には考えないで。リラーックス、リラーックス♪』

 

ダイヤ「不安を煽っているのはあなたじゃないですか……」

 

鞠莉『ちょっと気にしてあげてねってだけよ。』

 

ダイヤ「わかりましたわ。曜さんのこと、少し気にしながら動きますわね。」

 

鞠莉『ありがとう、ダイヤ。

それじゃ、また明日会いましょ。Chao♪』

 

 

 

そうして、鞠莉さんからの電話は切れた。

 

 

ダイヤ「まったく。色々勝手な人で困るわ……。」

 

 

 

でも、鞠莉さんはただの自由人ではない。ああ見えて、ちゃんと彼女なりの考え方があるというか、策略家というか……

 

 

ダイヤ「私は鞠莉さんを随分と信頼しているのね。」

 

 

 

とりあえず言われた通り、曜さんが無理をしていないか、私なりに見ていましょう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#4.5 引きとめて

果南part
ダイヤpart1の次の日


 

 

 

 

 

 

 

屋上にみんなより先に来て道具の準備をしていると、意外な来客が現れた。

 

 

果南「……ん?おっ。最近会ってなかったから懐かしいね。」

 

ななみ「そうだね。私も果南が元気そうで安心したよ。」

 

果南「元気なのは私の取り柄だったからね。」

 

ななみ「いわゆる運動バカ的な?」

 

果南「相変わらずの毒舌……」

 

 

鞠莉ともダイヤとも違う性格だけど、彼女も私の昔からの友達。初めてスクールアイドルをするって言ったときも、水泳部があるのにも関わらず協力してくれていた。

 

 

果南「そういえば大会とかっていつあるの?行けたら見に行きたいな。」

 

ななみ「そうそう。今日はその話をしに来たんだけど。」

 

果南「わざわざありがとう。でも、電話で良かったんじゃない?」

 

ななみ「ちゃんと果南の顔を見て話したくてさ。」

 

果南「……?」

 

 

ななみの一言で空気が変わった気がした。大会のこと以外に大事な話があることを予感させた。

 

 

ななみ「次の大会はもう県予選なんだけど、知ってるよね?」

 

果南「うん。曜からその話は聞いてる。」

 

ななみ「その時に予選がいつかは言わなかったの?」

 

果南「そうだね。」

 

ななみ「……。」

 

ななみは俯いた。何か悩んでいるように見えた。ななみが俯いている理由が私にはわかった気がした。

 

果南「私たちの予選と被るのかな?」

 

ななみ「……!

さすが果南。勘がいいね。」

 

 

そっか。残念だ……。

 

果南「じゃあ、お互いに応援はできないね。」

 

ななみ「果南は来れないと思うけど、私は果南たちの応援には行くよ。」

 

果南「同じ日じゃ無理じゃない?」

 

ななみ「大丈夫。私の大会は果南たちの大会の前日だから。」

 

果南「そっか。でも、私の方からは応援に行けそうもないね。ごめん。」

 

ななみ「別に謝ることでもないでしょ?果南がスクールアイドルに戻ってくれて嬉しいからさ。」

 

果南「ありがとう。」

 

 

 

ななみ「あのさ。」

 

 

話を付け足すように、ななみは話し始めた。

 

 

ななみ「私と果南の大会が被るって、どういうことかはわかるよね?」

 

果南「お互い応援できないってこと以外で?」

 

私がそう言うと、ななみは一層険しい顔をした。

 

 

ななみ「曜のこと、考えてくれてる?」

 

 

ななみに言われて私は初めて気づいた。

 

 

果南「……曜は何か言ってた?」

 

ななみ「私もそのことを聞きたかったんだけど、その反応だとそのことについては何も果南に話してなさそうか。」

 

水泳の大会が私たちの予選と被るなら、曜はどちらかを選ばないといけないってことになる。

 

 

果南「千歌になら……。千歌になら何か話してるかもしれない。」

 

ななみ「ちか?ああ、曜の隣にいる子か。仲が良いし、何か話してるかもね。」

 

果南「千歌から曜のことは聞いておくよ。何か話してそうだったら、また連絡する。」

 

曜に直接聞くっていうのもアリだけど、今まで話してないってことは何か理由があるんだよね。

なら、それは得策じゃないか……

 

 

ななみ「果南。」

 

果南「うん?」

 

ななみ「曜のことさ、引きとめてあげてよ。」

 

果南「……。」

 

ななみ「私も曜と一緒に大会出られるのは最後だし、出られたら良かったって思ってる。でも、アイドルしてる時の曜は飛び込みの時より、楽しそうに見えるからさ。」

 

 

ななみ……

 

 

ななみ「だから、曜のことは引きとめて。」

 

 

ななみがそう思ってくれるなら、私としても曜にいてほしい。

 

 

果南「わかった。曜が嫌がらなければ、こっちの方に来てもらうよ。」

 

ななみ「その方がきっとあの子も喜ぶよ。じゃっ」

 

 

そう言って、ななみは屋上から出ていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

善子「果南さんの友達?」

 

果南「善子ちゃんか。早いね。」

 

善子「ヨハネは先に来て、俗人たちが慌ててやってくるところを嘲笑しながら待つことが好きなのよね。」

 

果南「うーん。中々、ゲスな性格だね?」

 

善子「ぐっ。冗談よ!

遅刻して人を待たせるのが嫌なのよ。」

 

果南「ちゃんと言えたね〜。」

 

善子「私、完全にバカにされてるじゃない……。って私が早く来たことはどうでもいいわ。

あの人となんの話をしていたの?」

 

 

……うまく話をそらしたつもりだったんだけどなあ。

 

 

果南「あんまりいい話じゃないよ。」

 

善子「だからこそ気になるのよ。」

 

 

いつかはわかることになるし、言ってもいいのかな。

 

 

果南「曜の飛び込みの大会が、私たちの予選の日とほぼ被ってるって話。」

 

善子「えっ。」

 

 

善子ちゃんは驚きと絶句の間をとったような顔をした。

 

 

善子「じゃあ、曜さんは……」

 

果南「両立は難しいだろうね。」

 

善子「それで、曜さんはどうするの?」

 

果南「さっきの子は水泳部の子でさ。曜は私たちと一緒にいさせてあげたいって言ってきたよ。」

 

善子「そう……。」

 

 

善子ちゃんは複雑そうな顔をして、海を見つめていた。

 

 

 

千歌「よーし!今日も頑張るぞー!」

 

ダイヤ「練習前に体力を使いきらないようにお願いしますわ。」

 

ルビィ「おはよう、善子ちゃん。」

 

善子「おはよう。」

 

 

みんなが続々と屋上に来てくれたおかげで、善子ちゃんとの間にあった重い雰囲気もなくなった。

 

 

 

鞠莉「なに〜?ヨハネちゃんをじっと見ちゃって、マリーの嫉妬ファイヤーが燃えちゃうよ?」

 

果南「なにそれ?鞠莉の新ネタ?」

 

鞠莉「ノー!

私の果南へのアツい思いを表しているのデース!」

 

果南「もう、鞠莉ってば……。

ふふっ。」

 

鞠莉「……ふぅ。ようやっと、いつもの果南だね。」

 

果南「え?」

 

鞠莉「ものすごい怖い顔してたよ?ハンニャみたい。」

 

果南「般若って、言い過ぎじゃない?」

 

鞠莉「ふふっ♪It's joke!」

 

 

なるほど。私が怖い顔をしてたのを見越して鞠莉は変なジョークを言ってくれたのか。

 

 

果南「ありがとう、鞠莉。」

 

鞠莉「一人で抱え込むのは果南の悪い癖だから。」

 

 

 

果南「にしても、嫉妬ファイヤーってねえ?」

 

鞠莉「ノー!!」

 

果南「あははっ!」

 

ダイヤ「あなたたちはいつまでイチャイチャしているつもりですの?」

 

鞠莉「Oh. ダイヤの方がよっぽどハンニャみたいね。」

 

ダイヤ「鞠莉さん!?」

 

鞠莉「It's joke!!」

 

 

 

 

 

 

こんなやりとりをしてる時に

 

 

 

 

 

私たちの運命の歯車を狂わせる出来事が起きてたなんて私は知らなかった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#7.5 誰の責任?

ルビィpartです

2章#7から2日後


 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「…………。」

 

 

ルビィ「…………。」

 

 

 

もうすぐ予選が始まるので、ルビィと曜ちゃんは衣装の最終調整をしています。

 

曜ちゃんと一緒に考えた衣装は、とっても可愛くて、気分がウキウキする!

 

 

 

 

……はずなんだけど…………

 

 

 

 

曜「うん?どうしたの?ルビィちゃん。」

 

ルビィ「い、いえっ!な、なんでもないです……。」

 

曜「?」

 

 

 

ルビィのせいで曜ちゃんが腕を痛めた時から…………。

ううんううん。本当は、その少し前から、曜ちゃんの雰囲気が変わっちゃった気がしてたんだ。

 

 

ルビィ「あ、あのっ!」

 

曜「うん。なに?」

 

ルビィ「えぇ…えっとぉ……。

衣装、可愛く仕上がってきてるね!」

 

曜「うん。ルビィちゃんが頑張ってくれてるお陰だよ!」

 

 

ち、違うよぉ……。

ルビィは褒められたいわけじゃなくて、曜ちゃんがすごいってことを言いたいのに……。

 

 

 

 

 

 

ルビィ「!」

 

 

曜「ルビィちゃん?どうし……」

 

ルビィ「ごめんなさい!ちょっとおトイレに!!」

 

曜「うわぁあぁっ!?わかった!行ってきな!」

 

 

ルビィは近くのトイレに急いで走りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ「ま、間に合って良かったよぉ……。」

 

 

 

こういう時って、急に犬さんが出てきたり、溝に足をとられて転んじゃったりして、トイレにたどり着けないことがよくあるんだよね。

 

 

 

 

 

 

……ぃ…………ぁ

 

 

 

ルビィ「…………?」

 

 

 

部室の近くまで戻ってきたけど、部室から声が聞こえたような……。

 

 

曜「………っ。……。」

 

 

 

よ、曜ちゃん……?

 

 

 

曜「痛みが……ひどくなってきたなぁ……。」

 

 

ルビィ「ピッ!?モゴモゴッ!」

 

 

思わずいつもみたいに声を出しそうになって、ルビィの手で口を抑えました。

 

 

 

痛みがひどくなってきた?

 

 

 

 

……ルビィのことを受け止めてもらったときのケガが治ってなかった!?

 

 

 

ルビィ「曜ちゃんっ!!」

 

曜「!!」

 

ルビィ「見せてください!

ルビィに左腕を見せてください!!」

 

 

そう言って、ルビィが曜ちゃんの左腕を掴んだときでした。

 

 

曜「い、いっ!」

 

 

曜ちゃんは顔をしかめさせて、苦しげな声を漏らしました。

 

ちょっと腕を掴んだだけなのに……それにルビィの持つ力はとっても弱いし……

 

 

ルビィは曜ちゃんの袖を捲って、左腕を肩のところまで見えるようにしました。

 

 

ルビィ「う、うそ……。」

 

 

ルビィは紫色に腫れた曜ちゃんの左腕を見て、頭が真っ白になっちゃったの。

 

 

ルビィ「る、る、ルビィのせいで……曜ちゃんの腕が……」

 

 

ルビィがあの時、花丸ちゃんにぶつかっても倒れなければ、曜ちゃんはこんなケガをしなくて済んだのに……

 

 

曜「違う!ルビィちゃんのせいじゃないよ!それに、今だってダンスの練習ができてるんだから大丈夫だよ!!」

 

 

ルビィ「う、うゆぅ……。」

 

 

違う……よね。

できてるんじゃなくて、無理やりしてるんだってことはルビィでもわかるよ。

 

 

ルビィ「曜ちゃん。」

 

曜「なに……?」

 

ルビィ「病院に行こ?」

 

曜「……。」

 

 

ルビィはこれ以上、曜ちゃんに無理をしてほしくない。

 

 

曜「……病院に診てもらったら、きっと予選に出られないよ。そうしたら、みんなに迷惑をかけちゃう。」

 

ルビィ「予備予選の時だって、曜ちゃんが頑張ったから上手くいったんだよ?今度はルビィたちが曜ちゃんを支えるから!」

 

 

ルビィの言葉を聞いて、曜ちゃんは何も喋らなくなった。それからしばらく、どっちも喋らなかったんだけど、曜ちゃんはルビィを、じっと見ながらポツポツと喋り始めた。

 

 

曜「……もしこれでさ

私が大ケガをしてたら……

誰の責任になると思う……?」

 

 

ルビィのことを考えてくれているの?

 

 

ルビィ「それはルビィだと思う。

 

 

……本当に、ごめんなさい……。」

 

 

 

 

曜ちゃんは悲しそうにルビィのことを見ていて……それが辛くて、ルビィは泣いちゃった……。

 

 

辛いのは曜ちゃんなのに。

 

 

 

 

 

曜「……違うよ。」

 

ルビィ「え……。」

 

曜「花丸ちゃんになると思うよ……。」

 

 

 

 

 

ルビィ「……ぁ。」

 

 

 

ルビィにぶつかったのは花丸ちゃん。でも、それは曜ちゃんのケガには直接は関係ないよ……!

 

 

ルビィ「は、花丸ちゃんは何も悪くない!」

 

曜「私もそう思ってるよ。

ルビィちゃんも、花丸ちゃんも悪くない。」

 

そこまで言って、曜ちゃんは左腕を押さえました。

 

 

曜「でも。ルビィちゃんならわかるよね?

花丸ちゃんならどう思うか、なんて。」

 

 

花丸ちゃんなら…………

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ「自分のせいにしちゃう気がする。」

 

 

花丸『マルのせいで曜ちゃんが……』

 

 

花丸ちゃんが泣いている顔を思い浮かべると、ルビィは何も言えなかった。

 

 

 

曜「……花丸ちゃんのためにも、このことは内緒にして。お願い。」

 

 

内緒……

 

 

 

本当に内緒……?

 

 

 

 

それは曜ちゃんのために……?

 

 

 

 

 

それとも、花丸ちゃんのために……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとも、ルビィのために……?

 

 

 

 

 

 

ルビィ「あぅ……うゆ……」

 

 

頭が真っ白になったルビィは、思わず首を縦に振ったの。

 

 

 

曜「ありがとう。ルビィちゃん。」

 

 

 

 

その時の曜ちゃんは笑顔だったけど、その笑顔はいつもの曜ちゃんの笑顔じゃなかった。

 

 

泣きそうになっているのを必死に堪えようとしているような顔。

 

 

 

 

 

これはきっと曜ちゃんのS.O.Sだったんだ……。

 

 

 

 

誰にも知られたくないけど、誰かに助けてほしい。

もう、辛くて、苦くて、泣きたいんだって。

 

 

 

 

 

 

 

それなのにルビィは弱虫で臆病だから、ただ、曜ちゃんを悲しませないように、曜ちゃんの言うことを聞くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#8.5 大好きのちから


今回は花丸ちゃん視点



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マルは本当は気づいてます。

 

 

 

 

 

 

ルビィちゃんが最近、ずっと無理をしていること。

 

 

 

 

 

そしてその理由が

 

 

 

 

 

 

曜ちゃんであることも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

善子「ずらまる〜」

 

花丸「……。」

 

善子「……。」

 

花丸「……。」

 

 

 

善子「……ずーらーまーる!」

 

花丸「ずらっ!?」

 

 

善子「別に驚かなくてもいいでしょ?これで4回目よ?」

 

花丸「そ、そんなにオラのことを呼んでたずら?」

 

善子「なに?無視してたんじゃなかったの?」

 

花丸「そんな酷いことはしないずら!」

 

 

善子ちゃんは少し視線を逸らしながら、マルに話しかけた。

 

 

善子「意外ね……。

……何か悩み事?」

 

花丸「そんなところかな……。」

 

善子「あんたが悩み事ねえ……。てっきり、読書と食べ物のことしか頭に無いのかと思ってたけど。」

 

花丸「さっきから心外なことばかり言われてるずらっ!!」

 

 

厨二的な頭をしている善子ちゃんには言われたくないずら!

 

 

 

善子「さすがに悪かったわよ……。」

 

 

マルは顔を膨れさせて「知らないずら。」と一言だけ言ってそっぽを向いた。

 

 

善子「で?」

 

花丸「……?」

 

善子「悩み事って、なに?」

 

花丸「……善子ちゃんには関係ないずら。」

 

善子「ヨハネ、よ。

相談に乗れる話なら教えて欲しいんだけど?」

 

花丸「どうして?」

 

善子「そ、それは……と、と……」

 

そこまで言って、善子ちゃんは顔を赤くさせた。

 

 

花丸「と?」

 

 

善子「…と、永遠に続く契約を交わしたリトルデーモンだからに決まってるじゃない!」

 

 

なんのことだかさっぱりわからないずら。

 

 

善子「とーにーかーく!

1人で悩んでないで、相談しなさいって言ってるの!」

 

花丸「最初からそう言えば良かったのに。」

 

善子「それで、何を悩んでるの?」

 

 

 

 

どこまで言うべきなんだろう。

 

 

ルビィちゃんが無理をしてるってところまで?それが曜ちゃんが原因になってるってところまで?

 

 

……その曜ちゃんがおかしくなった理由がマルのせいかもしれないってところまで?

 

 

 

 

善子「……ルビィのことでしょ?」

 

花丸「え?」

 

善子「ずっとルビィのこと見てるし、わかるわよ。」

 

花丸「そんな善子ちゃんはオラのことをずっと見てるずら。」

 

善子「……むっ。」

 

 

……なんて、からかっちゃったけど

 

 

花丸「ありがとう。」

 

善子「……え?」

 

花丸「オラのことを心配してくれたんでしょ?」

 

善子「ま、まあ……。」

 

花丸「……嬉しかったずら。」

 

善子「……///」

 

 

 

善子ちゃんの顔は、堕天使の涙を食べたときのルビィちゃんと同じくらい真っ赤になった。

 

 

 

善子「……迷えるリトルデーモンを導くのが堕天使の役目よ!」

 

花丸「はいはい。」

 

善子「急に冷めた顔をするなー!」

 

花丸「変なことを言わなければ、ただの優しい女の子なのに……」

 

 

 

マルが言ったことが聞こえたのか、善子ちゃんは顔色を変えた。

 

 

善子「……。」

 

花丸「オラ、そんな嫌なことを言っちゃった?ごめん。」

 

善子「……あんたのせいじゃないから。」

 

花丸「え?」

 

善子「ルビィのことも、曜さんのことも、気にするんじゃないわよ。」

 

 

花丸「!!?」

 

 

 

 

善子ちゃんは堕天使ではなく、エスパーなのかもしれない。

 

 

 

善子「曜さんの様子がおかしいのは、花丸が気にしている時よりも前からよ。」

 

花丸「いつからずらか?」

 

善子「強いて言えば、リリーを迎えに行った後からよ。」

 

花丸「そ、そんなに前から……?」

 

善子「だから、あんたが気に病む必要はないわ。」

 

 

 

マルは気がつかなかったことを善子ちゃんは気づいている。

 

善子ちゃんはエスパーではなく、周りの子の様子をよく見てるんだ。

 

 

 

 

花丸「で、でも。それならそれで、オラ達もなにかしないと……。」

 

善子「……花丸はルビィのことを心配してあげて。」

 

花丸「うん。」

 

 

それは善子ちゃんに言われなくても、やらなきゃいけないってわかってた。

 

 

でも……

 

 

 

花丸「曜ちゃんは……?」

 

 

善子ちゃんはマルに意思を伝えるために

 

善子「それは私がなんとかする。」

 

 

とはっきり言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花丸「マルに?」

 

千歌「うん!」

 

 

その日の練習の後、千歌ちゃんに呼び止められた。どうやら、作詞の相談をしたかったらしい。

 

 

花丸「確かに本はいっぱい読んできたけど、Aqoursに合うような歌詞が思い浮かぶ気がしないずら……。」

 

千歌「そんなこと言わずに〜!お願いっ!」

 

 

千歌ちゃんは顔の前で手を合わせた後に頭を下げた。

 

 

花丸「そ、そんなことしなくても協力はするよ?ただ、力になれるかは別ってことで……」

 

千歌「次のライブは『私たちらしさ』を出すために、みんなで一から作り上げることが目標でしょ?」

 

マルは頷いた。

 

千歌「衣装だって今まで以上にルビィちゃんが曜ちゃんを手伝っているし!」

 

 

そうだよね。ルビィちゃんも頑張ってるんだから、マルだってやらないと……!

 

 

花丸「マル、頑張るずら!」

 

千歌「よろしくね!」

 

 

マルは千歌ちゃんが書いてきた歌詞を見て、足りなかったり間違っている言葉、付け加えた方がいい言葉を千歌ちゃんに教えていった。

 

 

 

花丸「……マルができるとしたら、これくらいかな。」

 

千歌「ありがとう。花丸ちゃんに相談してよかったぁ。」

 

花丸「えへへ……そんな風に言われたら照れちゃうずら///」

 

千歌「あっ。」

 

花丸「?」

 

千歌「ここにもう1フレーズ入れたいなぁって思ってたけど、何か良い案は無いかな?」

 

花丸「ん〜?」

 

 

千歌ちゃんが指を指していたところは、千歌ちゃんがサビの部分と想定している手前の部分だった。

 

 

花丸「……どういうのがいいずらか?」

 

千歌「なんかバシッとハマるフレーズが来るといいかな!……なんて。」

 

バシッと……

 

千歌「なんか、こう……Aqoursだぞ!ってわかる感じの!!」

 

花丸「な、なんだか要求が難しくなってきてるずらぁ……」

 

千歌「あっ。ごめん……」

 

 

 

マルたちに相応しくて、バシッと決まる1フレーズ……

 

 

 

花丸「……この歌って何をイメージしてるずら?」

 

千歌「うーんと、新しい門出かな。青い空と海が広がっている世界へ旅立つ!みたいな感じで……」

 

花丸「まるで出航前の新人船長さんみたいずらね。」

 

 

マルがそういうと、千歌ちゃんは目を丸くさせた。

 

 

千歌「そ、それだよ!!」

 

花丸「ずらっ!?」

 

千歌「ありがとう。おかげで良いのが閃いちゃった!」

 

 

嬉しそうな顔をしている千歌ちゃんはキラキラ輝いていて、その顔はどこか雑誌に載っていた『マルの憧れの子』の笑顔に似ていた。

 

 

花丸「歌詞で人に想いを伝えることってできると思う。」

 

千歌「……う、うん。」

 

花丸「だから、歌詞作りは大変かもしれないけど、千歌ちゃんに頑張ってほしいずら!」

 

 

千歌ちゃんの『大好きの力』がみんなに届くことを願いながら……

 

 

千歌「うん!!」

 

 

 

 

 

マルは少しでもみんなの力になれたら嬉しいずら。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#8.5 わたしの番

今回は梨子ちゃん視点です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「梨子ちゃん。」

 

梨子「どうしたの?」

 

曜「ここのステップなんだけどさ……」

 

梨子「ああ。3人で踊るところの部分ね?」

 

曜「もう少し動きが…………」

 

 

 

 

 

 

曜ちゃん

 

 

 

 

 

 

 

痩せたよね……

 

 

 

 

曜「…………だからね、私としたら」

 

梨子「曜ちゃん。」

 

曜「うん?何か気になった?」

 

 

ちょっと聞いてみよう。

 

 

 

梨子「最近、ちゃんとご飯を食べてる?」

 

曜「え?」

 

梨子「なんか痩せた気がして……」

 

曜「私が痩せた……?」

 

 

曜ちゃんは顔をペタペタと触った。

 

 

曜「三食抜いてるわけじゃないんだけどね。もし気になるなら、意識するよ。」

 

 

そう言って曜ちゃんはニコリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習が終わって、私と千歌ちゃんと曜ちゃんで帰っていた。

 

 

 

 

千歌「今回は披露できる時間が長いんだよね。」

 

梨子「そうね。今度は私たちなりのパフォーマンスも考えないと。」

 

千歌「歌詞も珍しく順調に書き込めてるから、梨子ちゃんの曲に合わせられるよ。」

 

梨子「東京に来たのがいい機会になったね。」

 

千歌「うん!」

 

 

千歌ちゃんはスクールアイドルの話をする時、いつも以上に楽しそうな顔になる。

 

私はこの眩しい笑顔に魅せられてるんだ。

 

 

曜「それじゃ作業が残ってるから、私は帰るね。」

 

 

あ……。

 

 

千歌「うん。曜ちゃんとルビィちゃんの作ってくれた衣装、楽しみにしてるね。」

 

曜「ありがとう。頑張るよ。

またね。千歌ちゃん、梨子ちゃん。」

 

千歌「バイバイ。」

 

梨子「またね。」

 

 

 

 

 

 

振り向いた瞬間に見せていた、寂しげな曜ちゃんの顔を、私は見逃してはいなかった。

 

 

 

 

 

 

梨子「千歌ちゃん。」

 

千歌「うん?」

 

梨子「先に帰っていてくれないかな?」

 

千歌「えー。どうしたの?梨子ちゃんも用事があるの?」

 

梨子「……そうだね。

私にとって、とても大事かな。」

 

千歌「私よりも?」

 

 

なんでそういう聞き方になるのかな?

 

 

梨子「千歌ちゃんは大事だよ。

でも、他にも私には大事にしたい人がいるから……。」

 

 

こう断ると、なんだか浮気をしてるみたいな気持ちになるなあ。千歌ちゃんとはそういう関係じゃないのだけど。

 

 

千歌「だいじな……!」

 

 

千歌ちゃんは何かに気づいた様で、さっきとは打って変わって真剣な顔つきになった。

 

 

千歌「……私もついていっちゃダメ?」

 

 

 

多分、気づいたんだよね?

 

でも……

 

 

梨子「私は二人で話をしたいの。だから、千歌ちゃんは待っててくれると嬉しいな。」

 

千歌「そっか……」

 

 

千歌ちゃんは何か考えたような素振りをした後に「じゃあ、帰るね!」と言って、笑顔で手を振った。

 

 

 

ありがとう、千歌ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

私はバスに乗って、曜ちゃんの家に向かった。初めてだけど、場所は千歌ちゃんに教えてもらったのでわかる。

 

 

 

梨子「……立派なお家。」

 

 

千歌ちゃんが教えてくれた通りに来ると、大きな家が建っていた。

 

 

 

 

渡辺

 

 

 

間違いない。曜ちゃんの家だ。

 

 

 

 

家に付いているインターホンを押す。

 

 

曜ママ『はい。』

 

梨子「曜ちゃんの友達の桜内です。」

 

曜ママ『さくらうち……?

……ああ!梨子ちゃんね?曜から話をよく聞いてるわ。ちょっと待っててね。』

 

 

待っていると、曜ちゃんのお母さんがドアを開けて顔を覗かせた。曜ちゃんに似てるけど、曜ちゃんと違って元気な感じよりも落ち着きのある雰囲気を出していた。

 

 

曜ママ「いらっしゃい。よくうちの場所がわかったわね。」

 

梨子「千歌ちゃんから教えてもらったんです。」

 

曜ママ「そう。千歌ちゃんと仲がいいのね?」

 

梨子「はい。千歌ちゃんも曜ちゃんも大切な友達です。2人とも、こんな地味な私を引っ張ってくれるんです。」

 

 

ここまで言ってしまったら変だったかな……

 

 

 

曜ママ「地味な子だとは思わなかったわよ?

 

品行方正で可愛らしい子に見えるかな。」

 

 

 

 

……よう……ちゃん?

 

 

 

曜ママ「うん?どうしたのかしら?」

 

 

梨子「い、いえ!」

 

 

私を真剣に見つめながら、優しい言葉をかけてくれる姿が、どこか曜ちゃんを感じさせた。

 

やっぱり親子……なんだよね。

 

 

 

曜ママ「今日は遊びに来てくれたの?」

 

梨子「はい、突然で申し訳ないんですが……。」

 

曜ママ「いいえ。

最近は千歌ちゃんが来ることも少なくなっているし、友達とうまくいってないんじゃないかと思って、少し不安だったところよ。」

 

 

梨子「……。」

 

 

曜ママ「さあ、上がっていって。曜なら、自分の部屋にいると思うから。」

 

梨子「ありがとうございます。」

 

 

 

 

そうして、曜ちゃんの家にお邪魔した私は、曜ちゃんの部屋に向かった。

 

 

曜ちゃんの部屋はドアが開いていて、中が夕焼け色に染まっているのが見えた。部屋の中に入ると、ベッドに横になっている曜ちゃんがいた。

 

 

 

スースーと寝息を立てている曜ちゃんの顔は可愛くて、思わずほっぺをさわってしまった。

 

 

梨子「千歌ちゃんみたい。」

 

 

そう思いながら顔をよく見ていると、さっき触った頰のところに何かの跡が残っていた。

 

 

 

なみだ……?

 

 

泣いていたのかな……

 

 

 

曜ちゃん、最近はずっとおかしかった気がする。空元気というか、無理をしているというか。

 

 

 

曜『……ぁう……っく!』

 

 

 

あの時から、曜ちゃんは……

 

 

梨子「あの時抑えていた腕は左だったよね。」

 

 

私は曜ちゃんの袖をめくって、腕を見ようとした。

 

もしかしたら、もしかしたら曜ちゃんは私たちにずっと何かを隠し続けていて……

 

そう考えると怖くなってしまった。

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

梨子「なに……これ…………」

 

 

 

 

真っ赤になって腫れている腕を見て、私は言葉を失った。

 

 

 

まさか、あれからずっとこの腕で練習をしていたの?こんなにパンパンに腫れてしまっている状態で?

 

 

 

私が曜ちゃんの腕の腫れているところをさすると

 

曜「いっ!」

 

と言って、曜ちゃんは顔をしかめた。

 

 

 

 

ダメ……

 

曜ちゃんを休ませなきゃ……

 

 

 

それからすぐに曜ちゃんは体を起こした。

 

 

曜「ん、ん〜?

あれ?梨子ちゃん?どうして私の部屋にいるの?」

 

 

まぶたを擦りながら、曜ちゃんは私を見つめた。

 

 

曜「急にどうしたの?何か相談したいことでもある?

……あ、千歌ちゃんのことでしょ!」

 

梨子「……違うよ。」

 

 

 

私から見た曜ちゃんはいつもそうだ。自分のことは後に考えている。

 

 

 

曜「……梨子ちゃん?

本当にどうしたの?」

 

 

 

 

私は泣きそうだった。

 

ずっと痛い思いをしているのに、私たちの前ではずっと笑顔でいようとしている曜ちゃんの姿が、あまりにも健気で、見ているだけでも痛々しかった。

 

 

曜「り、梨子ちゃん……」

 

梨子「お願い!!」

 

曜「!?」

 

梨子「もう……もう無理をしないで!」

 

曜「無理?無理なんて……」

 

梨子「無理してるよ!その腕で無理してないわけない!」

 

 

曜「え……」

 

 

 

私の一言で、曜ちゃんの顔は一瞬にして暗くなった。その表情は何かに怯えている様にも見えた。

 

 

 

曜「見ちゃったの……?」

 

 

曜ちゃんの質問に私は首を縦に振って答える。

 

 

 

曜「あはは、はは……。

どうしてかな?この前はルビィちゃんにもバレちゃうし、私もがんばってるんだけど。」

 

 

曜ちゃんは苦笑いをして、頭の後ろを手でかいた。

 

 

 

曜「でも、平気だから。」

 

梨子「……。」

 

曜「痛そうに見えるけど、案外痛くないんだよ?」

 

 

 

嘘だ。

 

 

 

梨子「ダメだよ。怪我をしてるんだから休まなきゃ。」

 

曜「今休んだら、みんなにも迷惑かけるよ。」

 

梨子「迷惑になんてならないよ!私は曜ちゃんに無理をさせるほうが……」

 

曜「迷惑にならないわけないじゃん!!」

 

梨子「!!」

 

 

そうだ。曜ちゃんがここまで迷惑をかけないようにしたのは、予備予選のときに一番大変な思いをしたからだ……。

 

私が抜けて、その代わりに曜ちゃんがフォローをしてくれた。でも、それはとても大変なことで、かなり無理をしていたんだと思う。

 

 

 

しかも今回は前と違って、あと一週間もない状況。

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも……私は……

 

 

 

 

曜「……もう少しでひと段落つけるから、頑張らせて?」

 

梨子「……私が曜ちゃんの分までカバーする。」

 

 

 

曜「なに……言ってるの?」

 

梨子「曜ちゃんがしてくれたように、今度は私が曜ちゃんを助ける!」

 

曜「っ。」

 

梨子「私が曜ちゃんが抜けたとしても、大丈夫なくらい頑張るよ!曜ちゃんが休んでもみんなに負担がかからないように!!」

 

 

 

今度は私が曜ちゃんを助ける番だよ。今から、9人で踊るのと同じパフォーマンスを曜ちゃん抜きでやらなくちゃいけないのは大変だけど……

 

 

それでも、これ以上曜ちゃんが苦しんでいるのを見過ごすわけにはいかないよ。

 

 

 

曜「どうして……」

 

梨子「曜ちゃん?」

 

 

曜ちゃんは肩を震わせ、俯きながら叫んだ。

 

 

曜「どうして!?人のために頑張ることがそんなにいけないことなの!?」

 

梨子「そ、そんなこと言って……」

 

 

いけない、なんて言ってない。

でも、それはとても悲しいこと。誰かのために誰かが傷つく道を選ばせたりはしたくない。

 

まして、それが私の友達なら尚更……

 

 

 

曜「私は悲しませたくないの!!

みんなが私に期待してくれているのを裏切りたくないの!!」

 

梨子「よ、ようちゃん……」

 

曜「おねがい……

おねがいだからぁ…………」

 

 

 

曜ちゃんは泣いていた。

 

曜ちゃんへのプレッシャーの大きさはすごかったことが改めてわかった。

 

千歌ちゃんが背負っているリーダーとしてのプレッシャーは私は身近に感じていた。

その千歌ちゃんの押し潰されそうな気持ちは、この前にみんなで解決した。その時から千歌ちゃんには迷いがなくなった気がする。

 

 

 

梨子「曜ちゃん……。

私はね?本当は曜ちゃんが苦しんでいる顔を見たくない。でも、曜ちゃんが泣いている顔も見たくないの。」

 

 

 

でも、本当は解決なんかしてなくて、そのプレッシャーのしわ寄せが曜ちゃんに行っただけだったのかもしれない。

 

曜ちゃんも千歌ちゃんと同じで、1人で抱え込むタイプなんだと予備予選のときに知った。

 

 

ただ、曜ちゃんは千歌ちゃんよりも強い。耐えることができてしまう子なんだ。

 

 

 

 

でも、その先はきっと…………

 

 

 

 

梨子「……だから約束して。

1人で、もし辛いと思ったら私に相談して。

 

1人で苦しまないで。」

 

 

 

このことはきっと、千歌ちゃんには話したくないこと。

 

 

 

曜「……わかった。」

 

 

 

 

なら、私が支えないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

もう、大事な友達が苦しむ姿は見たくないから……。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#9.5 なかまだから

今回は善子ちゃん視点です。


 

 

ラブライブ東海予選3日前

 

 

 

 

 

 

善子「曜さん。話がしたいのだけどいい?」

 

曜「うん。別に平気だよ。」

 

 

 

ラブライブ予選まであと3日。

練習も佳境に差し掛かってきたところで、私は曜さんに声をかけることができた。

 

ここのところ曜さんの様子はずっとおかしかった。それが曜さんだけの問題で収まらなくて、ルビィやずらまるにも広がっていた。もしかしたらリリーが暗い理由も……

 

とにかく私はなんとしても原因を突き止めたかった。

 

 

 

 

曜「それで、どうしたの?」

 

善子「最近の調子はどう?」

 

曜「?」

 

 

曜さんは目を丸くさせた。

 

 

曜「調子?どうしてそんなことを?」

 

善子「なんとなくね。」

 

曜「いやいや。なんとなくって……」

 

善子「それで、はぐらかされても困るんだけど?」

 

曜「……。」

 

 

曜さんは芸が凝ってるというか、常に弱さを見せないようにしてるって感じね。

 

 

善子「無理してるように見えるから。」

 

曜「え?」

 

善子「多分気づいてないのは曜さんだけよ?」

 

曜「!」

 

 

そう。長い時間を一緒にした私たちなら、曜さんが無理して誤魔化してることはわかってる。

 

 

善子「だから話してよ。曜さん。

私なら力になれる。堕天使の力を舐めないでちょうだい。」

 

曜「堕天使……か。」

 

 

曜さんは私を見ると、意地悪そうな笑みを浮かべて

 

 

曜「よーしこーは堕天使じゃなくて天使だ!」

 

と言った。

 

 

善子「ば、バカを言わないで!ヨハネは神に妬まれる美貌を持つ堕天使なのっ!」

 

曜「いやいや。堕天使って普通はこんなにお節介じゃないから。」

 

善子「お、お、おせっかい〜!?」

 

曜「だってそうでしょ?誰かがちょっと疲れてそうだからって、心配をして話しかけてくるなんて。」

 

善子「な、ななっ!///」

 

 

曜「冗談だよ。心配かけてごめんね。

ライブまであともう少しなんだし、ラストスパートだよ。善子ちゃんも頑張るびぃしてね!」

 

 

言い終わると曜さんは目元を緩ませてフフフと笑った。

 

 

 

 

この笑顔よ。

 

 

 

 

 

 

この笑顔なのよっ!

 

 

 

 

 

 

善子「……なんで…よ。」

 

曜「よーしこー?」

 

善子「最近ずっとその顔じゃない!」

 

曜「!?」

 

善子「なにを隠すことがあるのよ!?自分の仲間をそんなに信じられないわけ!?」

 

 

 

曜さんは目が泳いでいた。

なんとか取り繕おうとしてるけど、そんなことさせないんだから……!

 

 

善子「私は曜さんたちに助けてもらって今があるの!どんな私でもいいって、津島善子でも堕天使ヨハネでもいいって、そう言われて受け入れてもらえたから今の私があるのよ!」

 

曜「……。」

 

善子「今度は私の番。私が曜さんを助けたい。」

 

 

私の想いは伝えた。曜さん……お願い。

 

 

曜「……仲間だからだよ。」

 

善子「え。」

 

 

 

曜「仲間だから言えないこともあるんだよ。」

 

善子「あっ……。」

 

 

 

きっとそれは私にはわからない感情。

 

 

だって私は今までに仲間と呼べるような人が周りにいなかったから。

 

 

曜さんが感じていて、私にはわからない気持ち。何もわからないのに否定することなんてできない……

 

 

つまり私のこの行動は所詮お節介にしかすぎないってことになる。

 

 

善子「……そうよね。怒鳴ったりして悪かったわ。」

 

曜「善子ちゃん。」

 

善子「まあ。気が変わったら、気軽に話してよ。いつでも聞くから。」

 

 

 

いつでも話を聞いてあげる。

私が今言えることはこれくらいしかない。

曜さんの中で何が起きているのかわからない。ただ、私たちとのことで悩みを抱えていることはわかった気がする。

 

 

 

曜「必ず成功させようね。」

 

 

善子「ええ……。」

 

 

 

今の曜さんには、3日後に迫る地区予選のことしか頭にない感じだった。何かを背負っているのだろうけど、そこは曜さんならコントロールできると……

 

 

 

どこかで曜さんを頼ってた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから次の日

 

 

 

 

 

 

曜「梨子ちゃんはいいよね!!」

 

 

梨子「!?」

 

 

曜「梨子ちゃんがいなければこんな気持ちになんてならなかったのに!!」

 

 

 

千歌「曜ちゃん!?何を言って…」

 

 

 

 

 

曜「梨子ちゃんなんて大嫌い!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなことになるなんて思ってなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章 『いちばんのともだち』
#1 手を伸ばせば届くのに


 

 

 

 

 

私は海岸沿いを歩いていた。バスには乗らなかった。海風を感じたかったから。

 

 

私はあるところに行きたかった。

 

 

 

私と千歌ちゃんが約束をした場所。

 

 

一面黄色に染まるひまわり畑。

 

 

 

 

 

 

ひまわりは何年経っても変わることなく、ピッカピカに輝いた笑顔で私を迎えてくれた。

 

一枚一枚の花びらは先の方まで活き活きとしていて、少しでも太陽の光を求めてその方へと伸びている。

 

他の余計なことは考えずに、ただひたすらに輝きを求めながら。

 

 

 

 

『おーい。』

 

 

私はひまわり畑の中から声がするのが聞こえた。

 

 

彼女の声にも曇りなんてなくて、ひまわりの様にどこか輝きを放っていた。

 

 

 

『おーい!』

 

 

 

曜「ちょっと待ってて。」

 

 

私は彼女の呼びかけに応じた。

 

 

『じゃあ待ってる!』

 

 

 

私はひまわりをかき分けていった。私はいつの間にかひまわりの背に追いついていた。

 

同じ目線に黄色い花びらと茶色い顔がちらつく。その度に私はかきわける。

 

 

 

最後の一本を右手でかきわけると、そこには見慣れた大きなひまわりがあった。昔からあるなぜか一本だけやたら大きいひまわり。

 

その大きなひまわりの隣に、今まで見てきたひまわりの笑顔よりも輝いた笑顔をこちらに向けてくれている子がいた。

 

 

 

千歌『曜ちゃん。』

 

曜「千歌ちゃん。」

 

千歌『曜ちゃん、その手はどうかしたの?』

 

曜「ああ…。これ?

これはちょっと無茶しちゃってね。」

 

千歌『包帯巻くなんてよっぽどじゃない?大丈夫なの?』

 

曜「まあ…無茶したことは後悔してないかな。」

 

千歌『んー。曜ちゃんがいいならいっか!』

 

 

屈託のない笑顔で千歌ちゃんはそう言った。

 

 

曜「千歌ちゃんはここで何やってたの?」

 

私が抱いた素朴な疑問。

それに……

 

 

曜「なんで制服を着てるの?しかもスカーフが黄色いし。」

 

黄色いスカーフじゃまるで…

 

 

千歌『確かに制服なのはおかしいし理由はないけど……。黄色いスカーフは別におかしくないよ?』

 

曜「え?」

 

千歌『だってわたし』

 

 

柔らかい笑顔とともに私が耳を疑うようなことを千歌ちゃんは言った。

 

 

 

千歌『高校一年生だもん。』

 

 

 

 

曜「こう…こう…いちねん?」

 

千歌『そうだよ。

やだなぁ。曜ちゃんだって一年生でしょ?』

 

 

どういうことなんだろう……

 

 

私は今置かれている状況と日差しの暑さによって目がクラクラしてきた。

 

 

ブーブー ブーブー

 

 

私の一種の酔いの状態を醒ますべく、ポケットに入れてあったスマホが鳴った。

 

曜「……え。」

 

 

LINE 今

千歌ちゃん

ねえ。話したいことがあるの。

いつもの場所に来てね。

 

 

メッセージの内容が意味不明だった。

 

 

だって千歌ちゃんなら目の前にいるのに。

 

 

曜「ちかちゃ」

 

 

すぐに千歌ちゃんを呼びかけようと顔を上げるとそこには誰もいなかった。

 

 

曜「夢?」

 

 

にしては随分とリアルだったけど…

 

 

 

 

 

 

 

千歌ちゃんの家の近くにある砂浜。ここが私と千歌ちゃんのいつもの場所。千歌ちゃんは私が到着する前にそこに立っていた。私もLINEを受けてからバスに乗って急いで来たけど間に合わなかったみたい。

千歌ちゃんはしばらくそこにいたかのような雰囲気を出していたし。

 

 

 

千歌「曜ちゃん。」

 

 

声をかける前に千歌ちゃんは私が来たことに気づいた。

 

 

同じ『曜ちゃん』なのに、ひまわり畑で呼ばれたものとはえらく違く聞こえた。

どこか距離を感じる、少し寒気を覚えるほど冷たくて突き刺さるように感じた。

 

 

 

千歌「あれから、曜ちゃんに会うのは初めてだね。」

 

 

あれ、とは東海地区予選の日のことだと思う。

 

 

千歌「私ね。あの日、とっても楽しかった。人生で一番楽しかったかも。」

 

千歌ちゃんはこっちを向いてはくれなかった。返事をしないから、私が本当に後ろにいるかもわからないはずなのに、ただ話し続けた。

 

 

千歌「あんなにキラキラ輝いたステージで、私たちはめいっぱい輝いてた。」

 

 

千歌ちゃんはなんで私にずっと話しかけているのだろう。私にはちょっと理解ができなかった。

 

 

千歌「アンコールまでされちゃってさあ。地球上の中で一番輝いてたのは間違いなく私たちだって。そう思えた。」

 

 

なんでこっちを見てくれないの…?

 

 

千歌「あの日は私にとって最高の日。」

 

 

いい加減、千歌ちゃんの顔を見て話を聞きたかった私は千歌ちゃんに近づいた。

 

 

千歌「でもね!」

 

 

 

私の足は自然と止まってしまった。

 

 

それは千歌ちゃんの足元の砂が濡れていたから。

 

 

 

千歌「私にとって最低の日でもあるんだ。」

 

 

それは海の水でもなくて、汗でもなくて、涙。千歌ちゃんの涙だった。

 

 

 

千歌「ねえ、どうして?」

 

 

千歌ちゃんは泣いていた。

 

 

 

千歌「なんで私には言ってくれなかったの?」

 

 

 

千歌ちゃん。そう声をかけたいのに、声が喉から出てこない。キュウって音が奥から出てくるだけ。

 

 

千歌「私、こんなことになるなんて思ってなかったんだよ?」

 

 

手を伸ばせば届く距離、それなのに私は千歌ちゃんに触れることができなかった。

 

 

千歌「曜ちゃんがずっと苦しんでたって梨子ちゃんは教えてくれた。」

 

 

梨子ちゃん……

 

 

千歌「梨子ちゃんは知ってた。」

 

 

 

なんで言っちゃったの……

 

 

 

千歌「ダイヤさんも鞠莉ちゃんも私と果南ちゃんに謝ってた。今まで話していなくてごめんなさいって。」

 

 

ウソでしょ……

 

 

 

千歌「ダイヤさんも鞠莉ちゃんも知ってた。」

 

 

 

なんで私はみんなを信じたんだろう…

 

 

 

千歌「ルビィちゃんは私には何も言ってないけど、善子ちゃんに問い詰められて話してた。」

 

 

 

みんなのことを信用してた私がバカだった。

 

 

千歌「ルビィちゃんも知ってた。」

 

 

 

みんな千歌ちゃんが傷つくのなんて、おかまいなしなんだ。

 

 

 

千歌「Aqoursの半分の子たちは曜ちゃんのケガを知ってた。それなのに私は知らなかった。」

 

 

 

 

 

 

みんな最低だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「私、曜ちゃんのこと嫌い。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え……

 

 

 

 

私のこと、きらい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「私が言いたかったのはそれだけだから。」

 

 

 

 

 

そう言って千歌ちゃんは千歌ちゃんの家に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

砂浜に一人取り残された私は、長い間立っていたときについたと思われる千歌ちゃんの足跡を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

曜「ねえ、誰のために頑張ってきたと思ってるの……」

 

 

 

 

嫌い

 

 

 

 

 

曜「痛いのも苦しいのも全部耐えてきたのは誰のためだと思ってるの……」

 

 

 

 

 

きらい

 

 

 

 

 

 

曜「泣きたいのを必死に堪えてきたのは誰のためだと思ってるの……」

 

 

 

 

 

 

キライ

 

 

 

 

 

曜「ぜんぶ千歌ちゃんのためだったんだよ……」

 

 

 

 

 

 

千歌ちゃんにとってはそれはきっと嫌だったんだ。

 

 

 

気づくのが、今さらすぎるよね……

 

 

 

 

ただ立ち尽くす私の背中側にゆっくりと日が沈んでいく。

 

海岸には波音が広がっていた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#2 どっちが最低

 

 

 

 

 

 

 

曜ママ『曜……。腕の疲労による複雑骨折って、何をしていたの?』

 

 

あの日、すぐに手術をした私はそこまで酷いことにはならなかったけど、さすがにお母さんやお父さんにも心配をかけてしまった。

お父さんは沼津にはいないのだけど、お母さんが連絡したら、とても心配していたらしい。

 

 

曜『飛び込みで着水に失敗して、そこで腕を痛めてからずっと我慢してた。』

 

私の話を聞くと、お母さんは眉をハの字にさせて困った顔をしていたけど、私の頭を撫でて『頑張ったわね。』と一言だけ言った。

 

 

あの時、お母さんが何を考えていたかが私にはあまりわからなかった。ただその時に無性に泣きたい気持ちになって、寸前のところで私は涙をこらえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

温かいなあ……。

 

 

夏だから温かいなんて普通は気持ち悪く感じそうなのに、今は心地が良かった。

 

それにいい匂い。心が落ち着く。

 

 

 

目を開けると、暗くなった部屋の中で私は横になっていた。

 

 

曜「ここ、どこだろ……」

 

 

見覚えはある。ただ私の部屋ではない。

 

綺麗に整頓された本に机の上。部屋にはあまり装飾品がなかったけど、なんとなく女の子の部屋であることがわかった。

 

それにあの大きなピアノ……

 

 

 

梨子「起きたんだね。」

 

ドアが開く音とともに、コップを2つ乗せたトレイを持っている梨子ちゃんが現れた。

 

 

曜「梨子ちゃん。」

 

梨子「本当に寝ているだけみたいで良かった。」

 

梨子ちゃんは柔らかい笑顔で私を見ていた。

 

 

曜「どうして私、梨子ちゃんの家に……」

 

梨子「あそこの砂浜で曜ちゃんが倒れてたの。」

 

 

そっか。私はあそこでそのまま寝ちゃってたんだ。

 

 

 

 

 

『曜ちゃんのこと嫌い』

 

 

千歌ちゃんから言われた言葉。そんなこと言われるなんて夢にも思わなかった。私にとってかなりショックな出来事みたいで、思い出すだけでも鳥肌が止まらないし若干吐き気すら感じる。

 

 

 

梨子「何があったの?」

 

 

梨子ちゃんは私の顔をじっと見つめている。

話してしまおうか悩んだけれど、結局そんなことはできなかった。

 

 

 

曜「ううん。何もないよ。

ほら、梨子ちゃんにはない?潮風を浴びながら、あったかい砂浜で寝転がりたくなること!」

 

梨子「え、えぇ……。それはないかな。」

 

曜「今度やってみなよー。お昼間は熱すぎるから、朝とか夕方くらいにやると気持ちいいよ。」

 

梨子「そ、そうだね。海も近いし、せっかくならやってみようかな。」

 

曜「決まりー♪今度やるときは梨子ちゃんも誘うからね!」

 

梨子「うん。」

 

 

 

私はこの時は本当の意味で笑えていたんだと思う。

 

 

 

この時は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日になってAqoursの練習が再開した。私は腕を折っちゃってるし、安静にしていないといけないから、見学という形で参加している。

 

久しぶりにメンバーに会えて私も嬉しかったし、思ったよりも元気そうな私の様子を見たみんなも安心している様子だった。

 

 

善子「どれだけ心配したかわかってるの!?」

 

曜「いやぁ……面目ないであります。」

 

善子「まあ、怒っても仕方ないけど。」

 

鞠莉「そうよ。こうしてトレーニングに参加してくれただけでも嬉しいわ。」

 

ダイヤ「しかし、今後こういうことが無いようにしないといけませんわ。」

 

果南「ちょっと無理しすぎたね。まあ、今まで頑張り過ぎた分、休むのもいいんじゃない?」

 

曜「そうだね。これから次のライブまで時間もありそうだし。ゆっくり休んでるよ。」

 

 

花丸「でも、たまにマルができないところを教えてくれると嬉しいな。」

 

曜「ダンス?」

 

花丸「うん。」

 

曜「もちろん!やる気がある子は応援してあげなきゃだ。」

 

花丸「ありがとうずら!!」

 

ルビィ「ル、ルビィも教えてほしい!」

 

善子「私も!」

 

曜「おー、おー。やる気がある後輩を持つと、賑やかでいいね〜。」

 

 

 

 

みんなひどい……本当に?

こんなに素直であったかいみんなが?

 

 

鞠莉「そういえば梨子。ちかっちとは一緒に来なかったの?」

 

 

確かに千歌ちゃんがいない……

 

 

 

梨子「それが……あまり行きたくないって言っていて……」

 

ダイヤ「行きたくない?」

 

梨子「今はスクールアイドルのことを真剣に考えられないって言っていたんです。」

 

 

なんでさ……千歌ちゃん

 

 

 

果南「参ったね。なんとなく予感はしてたけど……」

 

善子「……それは私もショックだったけど、そこまでになることなの?こうして曜さんは元気にしてるのに……」

 

花丸「善子ちゃん!」

 

 

花丸ちゃんは気づいたみたいだったけど、止めるのが少し遅かったかな。

 

 

曜「どういうこと?善子ちゃん。」

 

 

 

善子「あっ……。」

 

 

鞠莉「まあ、曜に話さないわけにはいかなかったかもしれないわね。

あなたにとってはショッキングな話よ。それでも曜、あなたは話を聞く?」

 

 

選択を迫っている目。ただ、私はこの話から目をそらしてはいけないと思った。

 

私は首を縦に振った。

 

 

 

ダイヤ「本当に言うのですか?」

 

鞠莉「隠すなんて無理な話だし。チームメイトとの隠し事はチームを悪くするだけ。」

 

善子「ごめん。」

 

ルビィ「善子ちゃんが言わなかったら、ルビィが言ってたと思うから……」

 

 

 

鞠莉「ライブが終わったあと、みんな飛び跳ねて喜んだのよ。もちろん、曜もこれは覚えてるわよね?」

 

 

覚えてない……なんて言えないからとりあえず頷く。

 

 

鞠莉「それで、いざ帰るってなったときにあなたはトイレに行くって私たちに言って帰って来なかったのよ。」

 

トイレに?

ああ、そうか。確かあのときは……

 

 

鞠莉「私たちもしばらくして、おかしいとは思ったのよ?そうしたら……」

ダイヤ「ライブスタッフに曜さんがトイレで倒れていたことを教えてもらったんです。」

 

曜「そう……だったんだ……」

 

 

ライブの緊張感と達成感が切れた私は、みんなの前でいつものように振る舞うことなんてできるはずもなくて、逃げ場を求めるようにトイレに行った。

 

そこまでは覚えてる。

 

 

その後が思い出せないのは気絶していたからなんだ……

 

 

花丸「鞠莉さん…もうやめない?」

 

ルビィ「花丸ちゃん…」

 

花丸「この先のことを話しても誰も喜ばないよ……」

 

 

この先のこと?それってなに?

 

 

ダイヤ「鞠莉さん…」

 

鞠莉「Aqoursは本戦には進めないかもしれないわ。」

 

曜「なっ!?」

 

 

なんだって…!?

 

 

曜「アンコールまでされて、あれだけ盛り上がったのに、なんで!?」

 

ダイヤ「……大会規約、ですわ。」

 

曜「大会規約?」

 

ルビィ「……前にね、パフォーマンスのために火を使った演出をしたアイドルグループがいたの。」

 

ダイヤ「そして誤って、一人のメンバーが大火傷を負ってしまったんですわ。」

 

曜「それが今回のこととなにが?」

 

鞠莉「大会中に無理をしてケガをしたメンバーが出たグループは失格とみなされるようになったのよ。」

 

曜「っ!」

 

 

ま、まさかっ!!

 

 

曜「私は無理なんてっ!」

 

鞠莉「でも、世間の目は厳しいわ。」

 

曜「そ、それじゃあ……」

 

ダイヤ「今、ラブライブ本局が審議をしているそうです。」

 

 

 

嘘だ……

 

私のせいで?

 

 

千歌『私、曜ちゃんのこと嫌い。』

 

 

そういうこと、だったの?

 

 

 

善子「曜さん。」ギュ

 

曜「よ、善子ちゃん……」

 

善子「曜さんは悪くない。」

 

曜「……。」

 

果南「私たちが曜に色々と頼りすぎてたね。ごめん。」

 

 

右腕の裾を掴む善子ちゃんと私の頭の上に手を置いた果南ちゃんの顔がぼやけていた。

 

 

花丸「泣かないでほしいずら…」

 

ルビィ「曜ちゃんっ!」ギュッ

 

花丸ちゃんとルビィちゃんも善子ちゃんの後ろから私に抱きついてきた。

 

 

 

最低?

 

私は何を考えていたの?

 

 

曜「さいていなのは……わたしだ……」

 

 

梨子「曜ちゃん。」

 

曜「り…こ…ちゃん……」

 

梨子「みんな、曜ちゃんのことが大好きなの。だから、自分のことを責めたりしないで。」

 

曜「うっ……くっ……

うあぁ…うあぁぁぁん」

 

 

みんなはこんなに優しいんだ。

 

私のことをこんなに想ってくれてる。

 

 

 

 

私は今までなにやってたんだ……

 

 

 

 

本当にバカようだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#2.5 私の妹

ダイヤさん視点です。


 

 

 

 

 

 

 

泣いた曜さんをなだめた後、練習を再開させた私たちはどこかぎこちなく、まだ3年生が加わった直後のような雰囲気の固さを感じた。

 

 

 

 

 

ダイヤ「曜さんが感じていたわだかまりは解けたでしょうか……」

 

鞠莉「All OKではないでしょうね。ただ、私たちに涙を見せてくれた。それはとても大きなことかもしれないわ。」

 

 

涙を見せた。

今まで強情だった曜さんが私たちに素直になってくれたと捉えれば良いのかもしれません。

 

ダイヤ「ですが……」

 

 

 

鞠莉「ダイヤ?」

 

ダイヤ「いいえ……なんでも。」

 

鞠莉「そう…」

 

 

 

今まで耐えてきた曜さんがついに感情を爆発させた。つまり、それほど曜さんは弱っているとも推測もできます。

 

 

 

果南「一年生の3人がいてくれてよかったね。」

 

鞠莉「そうね。」

 

果南「これも狙って、今話したの?」

 

鞠莉「さあ。」

 

ダイヤ「隠し事は禁止、ではないのですか?」

 

鞠莉「ギャンブルにも近かったのよ。」

 

果南「ギャンブル?」

 

 

相変わらずこの人は…

 

 

ダイヤ「では、賭けに勝ったということなのですか?」

 

鞠莉「とは、言い切れないわね。」

 

ダイヤ「はあ?」

 

果南「鞠莉。ずいぶんと無責任じゃない?」

 

鞠莉「手助けまでは私たちにもできる。でも結局は当人で解決しないとどうしようもない、そうじゃない?」

 

 

果南さんは何か察したような顔をして「そうかもね。」と呟いた。

 

 

そこには私には感じることのできない二人の間のようなものがあって、それがまた一層私をモヤモヤさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあと、特に何もなく練習が終わり、私は事務仕事があるために生徒会室で作業をしてから帰宅しました。

 

 

ルビィ「お姉ちゃん。」

 

 

家に帰るなり玄関先でルビィに足止め。

 

 

ダイヤ「どうしたの?早くシャワーを浴びたいのだけど。」

 

ルビィ「お姉ちゃんには何が見えてるのかなって、知りたくて。」

 

ダイヤ「どういう意味?少し説明不足だわ。」

 

ルビィ「今日の曜ちゃん、どう見えたかな?」

 

ダイヤ「私たちの前でも泣けるようになって、前よりも少し素直になれたように見えたわ。」

 

 

三年生の中で出た結論。とりあえず良かったことだと片付けられてしまった結論。

 

 

ルビィ「本当?」

 

ダイヤ「は?」

 

ルビィ「お姉ちゃんにはそういう風に見えたの?」

 

ダイヤ「っ。」

 

 

ルビィにあまり不安を煽りたくなかったから嘘をついた。けど、それも見透かされた。

 

 

ダイヤ「質問に質問で返すようだけど、ルビィにはどう見えたの?」

 

 

少しの間。そして次の答えで、やはり私の妹なのだと思わされた。

 

 

ルビィ「じ、実はルビィもそう思ってたんだ。曜ちゃんは何でも溜め込んじゃいそうだったから、泣けたのは良かったのかなあって。」

 

 

 

 

これはルビィのついた嘘だということはすぐわかった。

 

私と一緒。できれば相手を傷つけたくなくて嘘をつく。でもその嘘は側からみればすぐに嘘だとわかる。

 

 

 

ダイヤ「ルビィ。あなたになら話せるかもしれない。

私が考えていること。」

 

ルビィ「……。」

 

 

ダイヤ「そして、もしかしたらもう取り返しのつかないことになっているかもしれないということも。」

 

 

 

???「……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ「じゃあ、お姉ちゃんが言った通りになったら……。」

 

ダイヤ「……Aqoursが解散になりかねません。」

 

ルビィ「そ、そんな……。」

 

 

ガラッ

 

 

ダイヤ「なっ、何者!?」

 

ルビィ「!?」

 

ダイヤ「外に出て行って…泥棒!?」

 

ルビィ「た、多分違うよ!」

 

ダイヤ「で、では何!?」

 

ルビィ「……花丸ちゃん、だと思う。」

 

ダイヤ「花丸さん?なぜ?」

 

 

ここでようやく、私はまんまと妹にハメられたことに気づきました。

 

 

ダイヤ「最初から私の意見を聞こうとしていましたの?」

 

ルビィ「っ。」フルフル

 

 

首を小さく横に振る。これはルビィにとっては肯定に近い。

 

 

ダイヤ「なぜ私に話を聞こうと思ったの?」

 

ルビィ「ルビィって心配性だから、良くないように捉えてるんじゃないかって思って……。でも」

 

ルビィは握りこぶしを作って、私の目を見た。

 

 

ルビィ「もう後悔したくないの!

ルビィがちゃんと止めていれば曜ちゃんのケガもひどくならなかったから…そんな風にもう後悔したくないよ。」

 

 

わかる。でも

 

 

ダイヤ「なぜ花丸さんをここに呼ぶようなことをしたの?」

 

ルビィ「え?」

 

ダイヤ「自分でそう決意したなら、花丸さんを呼ぶ必要はないはず、それなのになぜ花丸さんをここに呼んだの?」

 

ルビィ「えぇ…あぁ…っと……。」

 

 

決意を固くしたつもりでも、いざというときのために予防線を張っておいたのね。

 

 

ダイヤ「あなたがどうにかしようと考えるにはまだ早すぎるわ。」

 

 

ルビィ「で、でもっ!」

 

ダイヤ「なんのためにお姉ちゃんがいると思っているの?」

 

ルビィ「えっ。」

 

ダイヤ「困ったことがあったら、お姉ちゃんに相談しなさい。辛かったことがあったら、お姉ちゃんのところで泣いていいから。」

 

ルビィ「っ。ル…ルビィは……。」

 

 

泣き虫で何もできないようなルビィでも私の妹。いや、むしろ弱気な彼女だからこそ言い出せなくて溜め込む。

 

 

ダイヤ「おいで。」

 

私は手を広げてルビィのことを抱いた。

 

ルビィ「……曜ちゃんが一人で辛そうにしているのを見るのは…もう見たくないよぉ……」

 

 

私の腕の中で泣きじゃくるルビィを見て、心の底から慈愛を送ろうと思うのと共に、もう一人の『妹』のことも考えなくてはならないと私は感じていた。

 

 

 

 

 

 

ダイヤ「本当に、曜さんはみんなから愛されていますね。」

 

 

 

 




実は最近、μ'sの方で新作を考えています。
そちらの連載を始めていいか皆さんに相談したいです。連載を始めれば、また投稿ペースが落ちるかもしれません。

今回の最新話のところの感想欄に意見を書いていただけると幸いです。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#2.5 マルのお姉ちゃん

今回は花丸ちゃん視点です


 

 

 

 

 

ダイヤ『曜さんは素直になった分、今とても精神的に弱っているのよ。』

 

ルビィ『弱ってる……』

 

ダイヤ『今まで我慢していたのに、このタイミングで泣いたのはそういう理由ね。』

 

ルビィ『じゃあ、やっぱりこのままじゃダメだよ……』

 

ダイヤ『そうね。それにこのままでは大変なことになるわ。』

 

ルビィ『大変な、こと?』

 

ダイヤ『考えたくもないけど…。今の曜さんならやりかねない。』

 

ルビィ『…何を?』

 

ダイヤ『もしそうなったら、きっとAqoursは崩れてしまう。』

 

ルビィ『じゃあ、お姉ちゃんの考えてる通りになったら…』

 

ダイヤ『……Aqoursは解散になるかもしれない。』

 

 

 

 

 

そんなこと、絶対にさせないずら。

 

 

 

 

元はと言えばマルが悪いんだ。マルがなんとかしないと。

 

曜ちゃんがしそうなことってなに?

 

 

また無理をしてダンスをする?

 

そんなことはしないって約束してたよね?

 

 

衣装作りに没頭とか?

 

それでAqoursが解散なんかしないずら……

 

 

もっと……もっと衝撃の強いこと……

 

 

解散ってことは……

 

 

喧嘩とか?

 

 

 

 

 

 

曜ちゃんが誰かと……

 

 

 

 

 

リンリンリンリン

 

 

突然、家の黒電話が音を立てました。

 

 

花丸「も、もしもし!国木田ですが。」

 

ダイヤ『花丸さんですか?』

 

花丸「はい!花丸です。」

 

ダイヤ『今は大丈夫ですか?』

 

花丸「うん。まだ電話してても大丈夫だよ。」

 

ダイヤ『それなら良かった。』

 

 

マルが覗いてたこと、バレちゃったのかな……?

 

 

ダイヤ『突然ですがあなたに質問をします。

あなたの姉は誰ですか?』

 

 

え?

 

花丸「お、オラにはお姉ちゃんはいないずら!」

 

ダイヤさんはなにを……

 

 

ダイヤ『ぶっぶー、ですわ。』

 

花丸「えぇ……」

 

ダイヤ『正解は、果南さん、鞠莉さん、そして私ですわ。』

 

 

三年生のみんな?

 

 

ダイヤ『回りくどい言い方をしましたが、要はもっと私たちに頼ってほしいと言いたいのです。』

 

花丸「ダイヤさん……」

 

ダイヤ『盗み聞きをするのではなく、正々堂々と話を聞き、思ってることを口にするべきだと思いますわ。』

 

 

やっぱりバレバレ…

 

 

ダイヤ『曜さんを助けたいのでしょう?』

 

花丸「それは当たり前ずら!」

 

ダイヤ『であれば、私たちがやるべきことは協力ですわよ。』

 

花丸「協力?」

 

ダイヤ『お互いに思っていること、感じていること、知っていること。それぞれを共有する必要があると思いませんか?』

 

花丸「うん。」

 

ダイヤ『曜さんに何かしてあげたいと思うのなら、しっかりとした計画性が必要になります。』

 

 

ダイヤさんはやっぱり物事の整理ができてる。それに比べてマルは……

 

 

ダイヤ『とにかく、みんなで曜さんについて一度話し合う必要があると思いませんか?』

 

花丸「そうだね。でも練習中は曜さんもいるし、曜さんにとっては聞きたくない話もあるかもしれないから話せないずら。」

 

ダイヤ『一日だけOFFを設けますか?』

 

花丸「そうしたらみんなで話せるね。」

 

ダイヤ『であれば、鞠莉さんや果南さんにも話しておきます。』

 

花丸「了解ずら。」

 

ダイヤ『それではあまり夜更かししてはいけませんから。切りますわね。』

 

花丸「ダイヤさん、おやすみなさい。」

 

ダイヤ『おやすみなさいませ。』

 

 

 

ダイヤさんからの電話が切れると、マルの心には霧が深く立ち込めていた。

 

 

花丸「もう寝よう……」

 

 

曜ちゃんのことについて具体的に何かしてあげられなかったことと、マル自身が役に立ってないことに焦りを感じる。

 

 

リンリンリン

 

 

花丸「く、国木田です!」

 

 

ダイヤ『度々電話をかけてすみません。』

 

花丸「ダイヤさん。」

 

ダイヤ『急遽明日話し合うことになりましたわ。』

 

花丸「明日?確かに突然な話ずら。」

 

ダイヤ『鞠莉さんにはなしたところ、早急に行うべきと判断しました。』

 

花丸「そ、そうだね。マルは全然構わないよ。」

 

ダイヤ『それでは、また明日。』

 

花丸「また明日。」

 

 

 

すぐにでも話さないといけない。

ダイヤさんたちがそう判断したのなら、曜ちゃんの問題はかなり大きいよね。

 

 

花丸「ちっとも解決なんてしてない……」

 

 

 

 

曜『花丸ちゃんが転ばなければ……怪我しないで済んだのに!』

 

 

 

最近、悪夢のような夢しか見れない。曜ちゃんの怒りで歪んだ顔が浮かんでは消えて、また浮かんでは……

 

だから本当は寝たくなんかないよ。

 

 

でも、寝ないと余計みんなに迷惑をかけることになるかもしれないから、マルは寝ることにします。

 

 

 

どうか今日の夢は笑顔の曜ちゃんが見れますように……

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#3 へーき!

 

 

 

 

 

 

鞠莉『Aqoursは本戦には進めないかもしれないわ。』

 

 

鞠莉『大会中に無理をしてケガをしたメンバーが出たグループは失格とみなされるようになったのよ。』

 

 

 

 

練習が終わって家に帰ると、私はベッドに倒れるようにして寝転んだ。

 

結局、そのあとも千歌ちゃんが練習に来ることはなくて、私のせいで練習もギクシャクしてた。たまに気を利かせて鞠莉ちゃんがジョークを言ってくれたけど、みんなからは乾いた笑いしか出てこなかった。

 

 

 

 

曜「みんな、本当はどう思ってるんだろう……」

 

 

 

怖い。優しくしてくれているみんなが、本当は私のことが嫌いで、私のしたことを許してくれていなかったら……

 

 

 

 

千歌『私、曜ちゃんのこと嫌い。』

 

 

 

忘れたいのに、いつまでも頭の中でこだまする。そしてその度に胸が締めつけられて、吐きそうな感覚に襲われる。

 

 

 

曜「もお…いやだ………」

 

 

 

私は誰を憎めばいいの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「っむぅ……うぅん……?」

 

 

最近多いなあ。いつの間にか寝ちゃうこと。

 

でも安心する。だって、大抵は私の好きなひまわり畑に来れるから。

 

 

曜「千歌ちゃん!」

 

 

ひまわり畑の真ん中、大っきなひまわりの場所に千歌ちゃんはいる。

私は夢中でひまわりをかき分けて、千歌ちゃんのいるところに向かう。

 

 

曜「ハァッ、ハァッ!ついた!」

 

 

真ん中の開けた場所。そこに私の大好きな景色がある。

 

大きな向日葵と一人の少女がピッカピカな笑顔で私を出迎えてくれる。

 

 

千歌「よーちゃん♪」

 

 

私は千歌ちゃんの笑顔が見れれば何だってできる気がした。

 

 

曜「待ってたの?」

 

千歌「うん!だってお喋りの途中だったし。」

 

 

途中?

 

 

千歌「よーちゃん、途中で帰っちゃうんだもん…」

 

曜「途中で私が帰ったの?」

 

 

確かあの時は私が顔を上げたときには千歌ちゃんがいなくなっていた気が……

 

 

千歌「よーちゃん何か変だよ?」

 

曜「変?」

 

千歌「なんていうか、遠くを見てるっていうか……。」

 

曜「遠いところなんて見てないよ?」

 

千歌「うーん。なんか私とお喋りしてても楽しくなさそうだし……」

 

曜「そんなことないよ!千歌ちゃんとお喋りできるのは楽しいって!」

 

私が言うと、千歌ちゃんは顔を近づけて私をジッと見つめた。

 

千歌「ジー。」

 

曜「な、なに?」

 

千歌「ま、いっか♪」

 

 

千歌ちゃんは私の目を見つめながら微笑んだ。千歌ちゃんって子供っぽいけど、たまにお母さんのような優しくて温かい笑顔を見せる時がある。

その顔を見ると、とても安心してしまう。甘えそうになってしまう自分がいる。

 

 

 

曜「ねえ?」

 

千歌「なぁに?」

 

曜「もしさ、私が千歌ちゃんの大好きなことを取り上げたら、千歌ちゃんはどうする?」

 

千歌「ほぇ?」

 

 

私の突拍子もない質問に、千歌ちゃんはすっとんきょうな声を出した。

 

 

千歌「うーん?怒っちゃうかも。」

 

曜「そっか……」

 

 

千歌ちゃんはラブライブに対して本気だった。生きてきた中で一番本気だったかもしれない。それを私が邪魔したら、やっぱり怒るよね。

 

 

千歌「あー!よーちゃん、なんか私にしたでしょ!?」

 

曜「ええっ!?」

 

千歌「大好きなことってなんだろ……?勝手に家のプリンとか食べた!?」

 

曜「ふふっ。」

 

千歌「なっ!笑うってことは確信犯でありますな!?」

 

曜「違うであります!ふふっ!」

 

千歌「むむーっ!!」

 

 

怒る、の規模の小さな話に思わず笑ってしまった。千歌ちゃんは本当に可愛らしい。こうやって怒られるのはそこまで悪い気がしない。

むしろ、可愛いから見てたいかも。

 

 

でもあの時の千歌ちゃんの態度は明らかに今と違った。

 

 

 

曜「っ!」

 

千歌「よーちゃん!?」

 

ダメだ。やっぱり思い出すだけで吐き気が……

 

曜「ご、ごめん。ちょっと立ちくらみ。」

 

千歌「ちょっとって!かなり苦しそうだよ?無理しないで。」

 

 

心配そうな顔で千歌ちゃんが見つめてくる。

 

 

曜「へーき、へーき!ほら千歌ちゃんとお喋りできるだけで私は元気なれるから!」

 

千歌「う、うん……」

 

 

 

 

 

その後も暗くなるまでひまわり畑で千歌ちゃんとお話をした。

 

 

 

 

千歌「じゃあねー!」

 

曜「またね!」

 

 

 

あれから嫌な気持ちになることはお互いに無かったと思う。

 

でも、私は見逃さなかったよ。

 

 

私が「へーき!」って言ったときに、千歌ちゃんが顔を曇らせたこと。

 

なんでだろう……。私が平気なのに千歌ちゃんは悲しむの?

 

 

私にはよくわからなかった。

 

どうして悲しそうな顔をするの?

 

 

千歌ちゃんには笑っていてほしいのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブーブーッ、ブーブーッ

 

 

スマホのバイブ音で私は目が覚めた。

 

曜「……?」

 

LINE 1分前

Aqours[黒澤 ダイヤ]

突然ですが、本日の練習はOFFにします。みなさん、暑いので各自体調……

 

 

 

 

お休み?

 

なんで?

 

 

曜「気を遣われているのかな……」

 

 

最近ネガティヴになり過ぎている気はする。でもこのタイミングで突然お休みになるなんておかしい。

 

 

曜「みんなで集まってたりしてるのかな。私に内緒で。」

 

 

みんなを疑うなんて最低だけど、私はやっぱり仲間外れにされるのは嫌だから。

 

 

曜「行こう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこの時、考えてなかったんだ。

 

 

 

 

みんなが集まっていたとして、私が呼ばれなかったことに何か意味があるのかもしれないなんて。

 

 

 

 

 

 

 




最近、本格的にYouTubeでの活動を始めたため、更新が遅れていました。申し訳ありません。本当に少しずつですが、書き溜めをしていっているので今月中にあと数話投稿できると思いますのでよろしくお願いします。
ちなみに興味を持っていただけた方は下記URLから、動画を見てくださると嬉しい限りです。
https://youtu.be/yXlbmy-FKq4


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#3.5 三色のイルカ

今回は果南ちゃん視点です。更新が遅れてすみません。


 

 

〜曜がみんなの前で泣いた次の日〜

 

 

 

 

千歌「果南ちゃん、お待たせ。」

 

果南「全然待ってないって。さあ行こうか。」

 

 

 

今日の練習はOFFになった。

なにやらみんなは曜のことについて話し合うらしい。昨日の夜にダイヤとマルが話してそういう結論になったみたいだ。

 

二人ともいい子だと自信をもって言える。ただ、一つの物事に執着する節が見えるから、ちゃんと見てあげないといけない。

 

というよりもAqoursにはそういう子が多すぎる。

そういうことに自制がかけられるのは、曜だけかもね。

 

その曜も今は……

 

 

 

 

そして一番の問題は隣にいる千歌。

 

 

千歌はいわゆる挫折を経験した子だ。

理由は千歌自身が気づいていないけど、いつも近くにいた曜だ。

 

どんなときも一緒だった曜と自分を比べた時に自分は一歩引こう、ここは諦めようと線引きしてしまっている。

 

 

これって自制をかけれているかに見えるけど、実はかけれていない。

 

一歩引かせることによって、本当に見なくちゃいけないことから目を背けている。

 

 

今回の件、曜のことについても目を背けてしまう気がする。それは誰かが向き合わせてあげなければいけないことなんじゃないかと思う。

 

 

それは先輩であり幼馴染である私の役目だ。

 

 

 

 

果南「どこに行きたいかなん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果南「街中に出てきたいなんて意外だなあ。」

 

千歌「沼津には高校になってから遊ぶようになってね?でも果南ちゃんとは高校に上がってからあまり遊んでなかったし。」

 

果南「へえ、千歌のことだから部屋でゴロゴロするって言われると思ってたよ。」

 

千歌「それはそれで……良いね!」

 

果南「まあ、折角こっち来たんだし何かしよう。」

 

千歌「うん!」

 

 

今日初めて千歌らしい笑顔を見た気がする。まずは第一関門突破かな。

 

 

 

 

果南「千歌も大概だね。」

 

千歌「好きなんだもの。しょうがない!」

 

 

まず私と千歌はアイドルショップに来ていた。ここのお店はダイヤに連れ回されてよく来ていたから、私にとっては馴染み深い。

 

 

千歌「わぁ。この子かわいいっ!ほら、ポージングとかばっちりでしょ?」

 

果南「んー。私はどっちかっていうとこの子の方がいいかな…。」

 

千歌「ほう。確かにこの子もスタイル抜群ですな。」

 

果南「というか、私はあんまり他のスクールアイドルについては知らないよ?」

 

千歌「まあまあ。そう言わずに少しだけお付き合いくだせえ。」

 

果南「江戸っ子…」

 

千歌「あ、μ'sの棚だ!」

 

 

μ'sのロゴを見た瞬間に駆け足になる千歌。お店の中で走るのはご遠慮ください…って言われても知らないよ?

 

 

千歌「ほらほら!これだよ!」

 

果南「何が?」

 

千歌「μ'sの最初のライブ!ここに書いてあるよ。」

 

果南「僕らのLIVE君とのLIFE。へえ、最初の曲は学校で撮影したんだね。」

 

千歌「正式には9人として揃った最初のライブらしいんだけどね。」

 

果南「らしいってことは誰かから聞いたの?」

 

千歌「ダイヤさん。」

 

果南「ああ…納得したよ。」

 

 

合宿でみんなにμ'sのうんちくを語ろうとしたダイヤのことだ。千歌の持ってる情報の多くがダイヤから仕入れたものな気がする。

 

 

果南「じゃあ今度さ、私たちも学校で撮影してみる?」

 

千歌「いいね!じゃあ新しい曲を作らなきゃだ!ちゃんと考えなきゃだね。」

 

果南「ダンスの振りつけは私とダイヤが考えようかな。」

 

千歌「衣装は曜ちゃ……んじゃない人に任せてみてもいいかも。」

 

 

この前のこともあるし、さすがにすぐに曜に任せようとはならないよね。

でも、これは思ったより重症なのかもしれない。顔を伏せながら喋る千歌を見ながら、私はそう考えていた。

 

 

果南「それもみんなと相談しながら決めよう。」

 

千歌「うん……。」

 

果南「ほら、違うお店も見て行こう。」

 

千歌「そうだね。そうしたら、どこに行こっか?」

 

果南「女の子らしく洋服か雑貨屋さんとか?」

 

千歌「いかにも私たちらしくないね。」

 

果南「じゃあ歌詞作りに役立つし、図書館にでも行く?」

 

千歌「それなら雑貨屋さん行く……」

 

 

 

本を読むのを千歌が嫌がったので(私も本当は嫌だけど)、どこ行くわけでもなく、私たちは沼津の街を徘徊し続けた。

 

 

 

千歌「…あ。これってこの前のライブの衣装のやつだ。」

 

果南「本当だ。曜とルビィはここで小道具を買ったんだね。」

 

千歌「センスいいなぁ二人とも。」

 

果南「そうだね。私だったらこんなに色々ある中からパッと決められないね。」

 

 

しばらくして駅から少し歩いたアーケードの中にあるお店の前で千歌が立ち止まった。

 

 

果南「せっかくだし、入っていかない?」

 

千歌「そうだね。」

 

 

中はアクセサリーや小物が色々取り揃えてある様子で、ルビィが喜びそうな内装だった。

 

 

果南「Aqoursメンバーでこういうところにいつも来そうな子っていないよね。」

 

千歌「確かにそうだね〜。」

 

果南「特に私たちには縁が遠いお店だね。」

 

千歌「……意外とそうでもないんだよね。」

 

果南「そうなの?千歌はここに来るんだ。」

 

千歌「…曜ちゃんとたまに来てた。」

 

果南「へぇ…。曜がね…」

 

 

曜はスポーツ少女って感じで、ボーイッシュな雰囲気だけど、料理できたり裁縫したりで、女の子してるんだよね。私も少しは見習うべきか…

 

 

千歌「こ、これ…!」

 

 

千歌の目線の先にはカラフルなイルカのぬいぐるみが置いてあった。色によって表情が違くて面白い。

 

 

果南「これが、どうしたの?」

 

千歌「ほ、ほしいっ!」

 

 

 

始まった。千歌のおねだりタイム。

 

 

果南「今月はお小遣いもそこそこピンチなんだけど?」

 

千歌「う、ぐ…。ほ、ほしい…」

 

買ってあげるかは別として、一応聞いてあげるか。

 

果南「…どの子が欲しいの?」

 

千歌「この子たち!」

 

 

まーた、なんで3個も……

 

 

果南「ぬいぐるみって、一つでも結構するんだよね……」

 

千歌「だ、だよね…。

ワガママ言ってごめんね。」

 

 

改めて千歌が欲しがっていたイルカを見る。

 

 

 

オレンジにピンクに青

 

 

オレンジの子は一番シンプルな作りのやつだ。目とか尾びれとか、とにかくシンプル。でも可愛い。ぬいぐるみ特有のふわふわさとか、まさに正統派ってやつかな。

 

ピンクの子はイメージとしてシュッとしてる。普通はキリッとしてる人形とかぬいぐるみって、可愛くないんだけど…

なんだろ?守りたくなる可愛さ、がどこかから感じる。

 

青の子は……可愛い。

正直、出来は一番良い。惹きつけられる感じがすごいする。愛嬌もあるし形もいい。棚に並べられている在庫の数からも人気だってことがわかった。

 

 

千歌「果南ちゃん…?」

 

 

 

900円……

 

まあ、今まで遊んであげられなかったこともあるし奮発するか。

 

 

果南「2個までならいいよ。」

 

千歌「え!」

 

果南「2個までなら、買ってあげるよ。」

 

千歌「か、果南ちゃん…!」

 

果南「まあ、千歌も最近頑張ってたしね。ご褒美も兼ねてかな。」

 

千歌「ありがとう!」

 

 

 

さて、だいぶ遠回しだけど、千歌の気持ちを教えてもらおうかな。

 

 

 

果南「それで、どの子にするの?」

 

千歌「あ、うん…そうだね……」

 

 

 

多分、千歌のことだ。きっと私に質問してくる。

 

 

 

千歌「オススメするとしたら、果南ちゃんはどの子にする…?」

 

ほらね。

 

果南「私?千歌が選んであげないと、その子は嬉しくないんじゃないの?」

 

千歌「で、でも…」

 

 

果南「なら、オレンジの子は買ったら?みかんっぽい色してるし、どこか千歌に似てるし。」

 

千歌「私に似てる?」

 

果南「雰囲気かな?私からはその子は千歌に見えるよ。」

 

 

私がそう言うと、千歌はオレンジのイルカをマジマジと見てから

「この子にする。」

と言った。

 

 

ここまでは咄嗟に考えたにしては計画通り。

あまり計画を立てずに生きてきた私にしては上出来だ。

 

あとは……

 

 

 

果南「あと一つ。どっちの子にする?」

 

 

 

私が知りたいのはここだ。

 

 

 

 

千歌「……。」

 

 

 

私はこの時の千歌の顔を見て確信する。

 

 

千歌は私の試練に気づいてる。

 

 

さっきのオレンジの子が千歌に似ているという私の言葉がヒントになったのかもしれない。

 

ピンクは梨子ちゃん、青は曜に似ている。感覚的なところで、どちらに似ている子を選ぶのか。それが私の空っぽな頭の中で浮かべた策。

 

 

そしてそのことに千歌は気づいている。

 

 

少しの思考時間があってから、千歌から答えが出た。

 

 

 

千歌「私はピンクを選ぶよ。」

 

 

 

 

梨子ちゃん……か……

 

 

 

 

 

 

果南「わかった。そうしたらオレンジとピンクのやつを買ってくるよ。」

 

 

 

千歌「これ…い……だよね…」

 

 

 

ん?

 

果南「千歌?」

 

 

 

私は千歌が梨子ちゃんを選んだことに対する驚きで、最後に千歌が呟いた言葉を聞き取れなかった。

 

 

諦めと悲しみが入り混じった顔をした千歌の瞳に映っていたのは、先ほどとは違ってどこか寂しい微笑みをしている青色のイルカだった。

 

 

 

 

 

 

千歌「……いい子が見つかるといいね。」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#4 出てって

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたら内緒でみんなは集まっているかもしれない。

 

 

そう思った私は部室の前にやってきた。

 

 

 

 

曜「やっぱり……。」

 

 

 

部室の前まで来た私は、中でみんなが話をしている姿を見た。

 

仲間外れにされていたらどうしようかとか、私の陰口を話していたらショックだとか色々と考えは浮かぶ。

 

それでも私は聞き耳を立てた。このまま帰りたくない。

すると一番最初に聞こえてきたのは花丸ちゃんの声だった。

 

 

 

花丸『曜ちゃんをこのままにはできないよ。』

 

ルビィ『そうだね……』

 

ダイヤ『曜さんがいなくてもやっていけるようにしないとならないと思いますわ。』

 

 

 

は……?

 

 

 

私が居なくても?

 

 

 

 

 

咄嗟に私は自分の体を抱いた。

体の震えが止まらなかった。

 

 

辞めさせられる?

 

 

 

そんなわけが…

 

 

 

 

 

 

来なきゃ良かった。

 

 

 

こんなに悲しい思いをするくらいなら、知らない方が良かった。

 

 

 

 

善子『ケガしてるんだし、これ以上はね……』

 

ダイヤ『曜さんには衣装係としての役目もありましたが、ルビィも手伝いを通して経験しましたし、やっていけますね?』

 

ルビィ『う、うん!

曜ちゃんほど上手にはできないかもしれないけど。』

 

鞠莉『大丈夫♪ルビィだって手先がExcelentよ☆』

 

 

 

 

なんで……

 

 

私のやることがどんどん奪われていく……

 

 

 

 

そういえば梨子ちゃんの声が聞こえない。何をしているんだろう……

 

 

 

 

梨子『……!』

 

 

 

私が覗くと、梨子ちゃんと目が合ってしまった。

 

 

 

梨子『っ!』ガタッ

 

 

 

鞠莉『梨子?どこ行くの?』

 

ダイヤ『梨子さん!』

 

 

 

ま、まずい!このままじゃ私がここにいるってみんなにバレちゃう!

 

 

私は必死になって部室から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 

部室から少し離れて、体育館の裏まで逃げてきた。

 

 

 

曜「なんで…私は逃げてるの……」

 

 

 

よくわからない。私は何がしたいのだろう?

 

 

 

 

「……ちゃん。」

 

 

曜「もう……こんなの……」

 

 

「曜ちゃん!」

 

 

曜「いやだよ……」

 

 

梨子「曜ちゃん!」

 

 

気がつくと目の前に梨子ちゃんがいた。

 

 

曜「りこちゃん…」

 

梨子「私たちの話、聞いていたんだね?」

 

曜「梨子ちゃんたちが何を話していたかなんて気にしてないよ。」

 

梨子「嘘だよ。」

 

曜「なんでそう言い切れるの?」

 

 

ああ…嫌だ……

また梨子ちゃんに対してイライラしてしまっている。

 

 

梨子「私が曜ちゃんの立場だったら悲しいって思うから。」

 

 

悲しい……

 

 

曜「り、梨子ちゃんに…」

 

 

私の気持ちを知られたくなんかない。

 

 

 

曜「私の何がわかるって言うの!?」

 

 

 

こうしてまた私は梨子ちゃんを傷つけた。

 

 

 

 

私が叫び声をあげたことでAqoursメンバーが続々と集まってきた。

 

 

鞠莉「曜!」

 

花丸「なぜ曜ちゃんがここに…?」

 

ダイヤ「今日は練習は休みだとお伝えしたはずでは…」

 

 

 

そうだ。

 

 

 

曜「悪いのはみんなじゃん」

 

 

善子「曜さ」

 

曜「悪いのはみんなの方だ!

私は悪くない!私は悪くない!!」

 

 

ルビィ「ピギッ」

 

 

ダイヤ「わ、私は誰が悪いかという話はしてい」

 

曜「だって騙したのはそっちなんだから!私は悪くない!」

 

 

私は混乱しきっていた。

 

 

 

梨子「曜ちゃん、落ち着いて!」

 

 

喚く私とオロオロしているみんなに梨子ちゃんが一括した。

 

 

梨子「私も考えていたんだよ。これでいいのかなって。」

 

善子「どういうこと?」

 

梨子「曜ちゃんの言った通りだよ。曜ちゃんに嘘ついて、こんな話をしていていいのかなって。」

 

 

花丸ちゃんからは悲しそうな視線、ダイヤさんからは焦りの視線が梨子ちゃんに向けられた。

 

 

花丸「でも…。でも……」

 

 

ダイヤ「…そうしたら花丸さんや私が悪いと間接的に言っていると受け取ってよろしいですか?」

 

 

計画したのはこの2人なんだ

 

 

 

梨子「そんなこと言ってないです。

でも、曜ちゃんのことを考えればこうなるってことくらい予想できた気がして。」

 

 

梨子ちゃんが私の心を弁解してくれている気がした。

 

 

 

鞠莉「意地悪な質問をしてもいいかしら?」

 

梨子「…なんでしょうか?」

 

 

いつもとは違う、明らかに冷たい鞠莉ちゃんの視線が梨子ちゃんに刺さる。

 

 

鞠莉「あなただったらどうしたの?」

 

梨子「……。」

 

鞠莉「他人の批判はいくらだってできるわ。でもね?何かTryしようとすると上手くいかないものよ。」

 

梨子「私だったら……」

 

 

 

 

 

善子「どうだっていいわよ!

こんな責任のなすりつけ合いなんて!」

 

ルビィ「よ、よしこちゃん…」

 

善子ちゃんが怒鳴った。それは悲鳴にも近いものだった。

 

 

善子「私たちは曜さんのことを話していたわ。曜さんのいないところで。」

 

 

 

善子ちゃんははっきりと私を見てそう言った。

そうだ。これくらいはっきりと言ってくれた方がまだ気持ちとしてはスッキリとする。でもこれではっきりとしたよ。

 

 

 

 

善子「でもそれは!」

 

 

曜「もういいよ。

ありがとう善子ちゃん。みんなもごめん。みんなのことを悪いなんて言って。」

 

花丸「そんな…」

 

 

曜「薄々は気づいてたよ。みんなの考えてることに。でも怖くて踏み出せなかったんだ。」

 

 

鞠莉「ということは、もう踏み出せるのね?」

 

 

先ほどの刺さるような視線は鞠莉ちゃんからは微塵にも感じられず、まるでコワレモノを扱う様な慎重な声色で私に聞いてきた。

 

 

曜「うん。もう決めたよ。」

 

ダイヤ「しかし一体何を決めたと言うのです?」

 

 

 

 

気づいてた。

 

邪魔だったんだ。

 

 

何でも1人でやって、勝手にケガして、1人でナーバスになって、迷惑なことばかりしてくる人なんて

 

 

 

 

チームにはいらないんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

曜「私ね」

 

 

次の言葉を出そうとした時だった。

 

 

 

梨子「ダメ!」

 

 

梨子ちゃんが出したとは思えないほど大きな声で私の言葉は遮られた。

 

その声にダイヤさんが連鎖的に反応してしまった。

 

 

ダイヤ「まさか、あなた…!!」

 

 

 

梨子ちゃんやダイヤさんに制止されても止める気なんてなかった。私は今、言わなくちゃいけないんだから。

 

そう思って口を開いた瞬間。

 

 

パァンッ!!

 

 

 

私の右頰に強烈なビンタが飛んできた。

 

 

鞠莉「梨子……あなた………」

 

 

 

梨子「これ以上は言わせない!何としても私は……私はっ!!」

 

 

ルビィ「梨子ちゃん落ち着いて!」

 

花丸「ぶ、ぶつくのは良くないずら!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イラッ

 

 

 

イライラ

 

 

 

 

 

イライライラ

 

 

 

 

 

曜「一番ずるいのは梨子ちゃんだ!」

 

梨子「!?」

 

 

もう我慢できない。言ってやるんだ。私の思ってること全部!

嫌われたっていい。どうせ今日でおしまいなんだから!

 

 

曜「転校してきてすぐに千歌ちゃんと打ち解けて、自分に自信が持てないフリして千歌ちゃんの興味を向けさせて、挙げ句の果てには私のいた場所まで奪っていくんだ!!」

 

 

鞠莉「曜っ!!」

 

 

 

鞠莉ちゃんに肩を掴まれたけど、私の思いはこんなもんじゃないんだ。そんなんじゃ止められないよ。

 

 

 

曜「そしてどこにいても善人ぶってるんだ!

みんなの前では他人を心配するような素振りをして、ピアノの大会があれば自分を優先して!

みんながどうなるかなんて考えないで……本当にずるいよ!

 

一番ずるいのは梨子ちゃんだ!」

 

 

 

 

私は心の中にあったものを全部吐き出した。

 

 

 

戦慄。

 

みんなの顔からは明らかに恐怖を感じられた。

今、目の前にいる渡辺曜は、普段知っている明るく前向きな女の子ではなく、ドス黒い塊のようなものでできている化け物だとみんなは感じているようだった。

そしてそのように私を見つめていた。

 

 

 

曜「がっかりした?

……そうだよ。明るいフリをして、本当は心の中ではこんなにドス黒いことを考えているんだよ。

みんなのことだって信用してないから!!」

 

 

私がそう言い放つと、花丸ちゃんは魂が抜けたように膝から崩れ落ちた。

 

 

ルビィ「は、花丸ちゃん!!」

 

 

ダイヤ「あ、あなたは……なんてことをっ!」

 

 

曜「当然でしょ?

嘘をつかれて、信じろって言う方が無茶苦茶じゃない?」

 

 

ガンッ

 

 

前から歩いてきた善子ちゃんに胸ぐらを掴まれて、後ろの壁に叩きつけられた。

 

 

鞠莉「善子っ!」

 

 

善子「許さないわよ。」

 

曜「こっちのセリフだよ。」

 

善子「私が大好きだった、優しい曜さんを返せ!」

 

 

 

なに、それ?

 

 

 

曜「優しくないんだったら私なんていらないんだ?」

 

 

善子「え……」

 

 

曜「ケガしてて練習できなくて、衣装も作れなくて、迷惑ばかりかけて、大会の邪魔をして、みんなを泣かせる私なんていらないんだ!?」

 

 

善子「ち、ちがっ!」

 

鞠莉「ストーップ!!」

 

 

 

曜「Aqoursなんて辞めてやる!!

みんなにとって私なんかいない方がマシなんでしょ!?」

 

 

梨子「お願いだからやめてぇぇっ!!」

 

 

 

泣き叫ぶ梨子ちゃんの声が響いた。

 

本当にずるいよね。悲劇のヒロインを演じてさ……

 

 

曜「…なら梨子ちゃんが辞めて。」

 

 

とっさに出た言葉に私は驚いた。どこまで私はこの子のことを嫌いになってしまったんだろう。

 

 

 

梨子「やめる……やめるよ……

曜ちゃんが納得するなら、私がやめるよ………」

 

 

ダイヤ「ふ、ふ、ふざけるのも大概にっ!!」

 

 

鞠莉「Crazy.

曜、本当にどうしたの?」

 

 

本当さ、この人達も鈍いというか何というか……

 

 

 

曜「いっそのこと千歌ちゃん以外やめてよ。」

 

 

善子「!?」

 

鞠莉「……。」

 

ダイヤ「な、なぁっ!?」

 

 

ダイヤさんに胸ぐらを掴まれそうになった時だった。

 

 

千歌「よ…う……ちゃん……?」

 

 

曜「え……」

 

 

建物の脇からこちらを見て口を開けている千歌ちゃんがいた。

 

 

千歌「な、なにを……」

 

 

果南「……曜」

 

 

 

もう取り返しなんてつかない。

 

もう後戻りなんてできないんだ。

 

 

 

曜「みんなが私のことを騙してたから、怒ってたんだよ。」

 

千歌「でも、やめてって…」

 

 

 

千歌ちゃんが大事なのは私よりも梨子ちゃん達の方だ。

私が辞めろって言ったら、きっと……

 

 

 

曜「本当にみんな卑怯だよね。」キッ

 

 

 

私がダイヤさんたちに振り向いて睨んだ時だった。

 

 

 

 

千歌「みんなを傷つけないで……」

 

 

 

震えた声の方を見直すと、千歌ちゃんの顔には今まで私に向けられたことのない、最高潮の怒りが込められていた。

 

 

 

千歌「曜ちゃんが出てってよ!」

 

 

果南「千歌! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「……。」

 

 

 

私は何をしているんだろう?

 

 

 

 

自分で自分が制御できていない気がした。

 

 

 

 

 

鞠莉「曜……。」

 

 

目の前に鞠莉ちゃんの顔が映し出された。

 

 

 

曜「……ちゃんと……いいます」

 

 

鞠莉「……聞きたくないわ。」

 

 

曜「わ、わたしは……」

 

鞠莉「やめて。」

 

 

 

千歌ちゃんも言っていたんだから、ほら、早く。

 

 

 

曜「わたし……わたなべよ……ようは……」

 

果南「曜。」ギュッ

 

 

 

果南ちゃんの腕の中。

あったかい。

 

小ちゃい頃からこうして慰めてもらったよね。

 

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

お陰で言う勇気が出たよ。

 

 

 

 

 

 

曜「Aqoursから抜けます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

さようなら。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#4.5 三年生として

鞠莉ちゃん視点です。今まで彼女の視点がなかった分、少し長いですがご容赦を…。


 

 

 

 

 

 

曜のことを話し合うということで、練習をお休みにして、一部のメンバーを除いて部室に集まっていた。

 

 

 

花丸「曜ちゃんをこのままにはできないよ。」

 

 

花丸が最初に口を開いた。

 

 

ルビィ「そうだね……」

 

ダイヤ「曜さんがいなくてもやっていけるようにしないとならないと思いますわ。」

 

善子「ケガしてるんだし、これ以上はね……」

 

 

思い思いに曜についての意見を話していた。私は少し考えを整理させてもらう。

 

 

ダイヤ「曜さんには衣装係としての役目もありましたが、ルビィも手伝いを通して経験しましたし、やっていけますね?」

 

ルビィ「う、うん!

曜ちゃんほど上手にはできないかもしれないけど。」

 

 

ルビィは褒めて伸ばした方が良いことはわかる。褒めちぎるくらいでいいと感覚でわかる。

 

鞠莉「大丈夫♪ルビィだって手先がExcelentよ☆」

 

 

そういえばさっきから梨子が会話に参加していないわね。私と同じで聞き役かしら?

 

 

 

梨子「っ!」ガタッ

 

 

What!?

いきなりなに?

 

まさかね……

 

 

鞠莉「梨子?どこ行くの?」

 

 

私の質問に答えることもなく、梨子はドアへと走っていった。

 

 

ダイヤ「梨子さん!」

 

 

 

部屋を出ていった梨子を追いかける形でダイヤも外に行ってしまった。

 

 

 

鞠莉「私たちも追いかけるわよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梨子を探し始めてからあまりしない間に、体育館の裏から曜の怒号が聞こえてきた。

 

 

曜「私の何がわかるって言うの!?」

 

 

 

居るはずのない曜の叫び声にみんなは驚いていたけど、梨子もそこにいることはわかったので、みんなで向かうことにした。

 

そしてやはり体育館の建物を背に、曜と梨子が立っているのが見えた。

 

 

 

 

鞠莉「曜!」

 

花丸「なぜ曜ちゃんがここに…?」

 

ダイヤ「今日は練習は休みだとお伝えしたはずでは…」

 

 

 

戸惑っている私たちを尻目に、曜が口にしたのは鋭い棘を含んだ言葉だった。

 

 

曜「悪いのはみんなじゃん」

善子「曜さ」

 

 

曜「悪いのはみんなの方だ!

私は悪くない!私は悪くない!!」

 

 

ルビィ「ピギッ」

 

 

善子のフォローも聞かずに、曜はいきなり感情を爆発させた。

 

 

ダイヤ「わ、私は誰が悪いかという話はしてい」

 

曜「だって騙したのはそっちなんだから!私は悪くない!」

 

 

 

曜は勝手に話し合いをしていたくらいで、簡単に怒る子ではないと思っていた。

ただ、精神が不安定になっているときに、自分だけ省かれるようなことをされたら、怒るに決まっている。

 

軽率だったわ……

 

 

 

 

梨子「曜ちゃん、落ち着いて!」

 

 

私の考えがまとまる間も無く、梨子が曜を制止した。

 

 

梨子「私も考えていたんだよ。これでいいのかなって。」

 

善子「どういうこと?」

 

梨子「曜ちゃんの言った通りだよ。曜ちゃんに嘘ついて、こんな話をしていていいのかなって。」

 

 

気持ちはわからなくないけど、梨子の曜へのフォローは私たちへの非難にも聞こえた。それは聞いててhappyな気分になり得ない。

 

 

 

花丸「でも…。でも……」

 

ダイヤ「…そうしたら花丸さんや私が悪いと間接的に言っていると受け取ってよろしいですか?」

 

 

あなた達ではなく私が原因なのだけど、ここで名乗り出ても話が迷走しそうね。

 

 

梨子「そんなこと言ってないです。

でも、曜ちゃんのことを考えればこうなるってことくらい予想できた気がして。」

 

 

鞠莉「意地悪な質問をしてもいいかしら?」

 

 

咄嗟に口から出ていた。あまりcoolになれないのは好ましくないけど、感情を抑えきるのは中々hardね……

 

 

梨子「…なんでしょうか?」

 

 

 

でも、聞きたい。

ずっと議論していた時も黙っていたあなたは何を考えていたのか。

 

 

 

鞠莉「あなただったらどうしたの?」

 

 

梨子「……。」

 

鞠莉「他人の批判はいくらだってできるわ。でもね?何かTryしようとすると上手くいかないものよ。」

 

梨子「私だったら……」

 

 

善子「どうだっていいわよ!

こんな責任のなすりつけ合いなんて!」

 

ルビィ「よ、よしこちゃん…」

 

 

 

善子が間に入ってきた。

 

 

 

善子「私たちは曜さんのことを話していたわ。曜さんのいないところで。」

 

 

 

善子ははっきりと曜を見てそう言った。はっきりと言ったところに清々しさを感じるけど、その選択肢は正しくないわ。まだ青いわね……。

 

善子「でもそれは!」

 

 

曜「もういいよ。

ありがとう善子ちゃん。みんなもごめん。みんなのことを悪いなんて言って。」

 

 

花丸「そんな…」

 

 

曜「薄々は気づいてたよ。みんなの考えてることに。でも怖くて踏み出せなかったんだよ。」

 

 

鞠莉「ということは、もう踏み出せるのね?」

 

 

嫌な予感はするけれど、曜の考えていることを聞くのは悪くないかもしれない。そう思ってしまうのは魔が差しすぎているのかしら。

 

 

曜「うん。もう決めたよ。」

 

ダイヤ「しかし一体何を決めたと言うのです?」

 

 

曜「私ね」

 

 

曜が次の言葉を出そうとした時だった。

 

梨子「ダメ!」

 

 

梨子が出したとは思えないほど、普段よりとても大きな声が聞こえた。

 

するとダイヤが連鎖的に反応する。

 

ダイヤ「まさか、あなた…!!」

 

 

 

 

目まぐるしく変わる展開に目を丸くして様子を見ている一年生と火花を散らしている曜たち。正直、どうにかなる状況なの、これ……

 

 

 

パァンッ!!

 

 

 

軽快な音が鳴り響いたと思い見てみると、梨子が曜の右頰に強烈なビンタをしていた。

 

 

鞠莉「梨子……あなた………」

 

梨子「これ以上は言わせない!何としても私は……私はっ!!」

 

 

かなり梨子は頭に血が上っているみたいだった。

 

 

 

ルビィ「梨子ちゃん落ち着いて!」

 

花丸「ぶ、ぶつくのは良くないずら!」

 

 

 

なんとかなだめようと一年生が間に入ろうとしているけど、曜には多分届いていないわね。まずいわ……

 

 

 

曜「一番ずるいのは梨子ちゃんだよ!」

 

梨子「!?」

 

 

 

そしてダムが決壊したかのように、曜の今まで溜まりに溜まった感情が私たちにむき出しにされた。

 

 

 

曜「転校してきてすぐに千歌ちゃんと打ち解けて、自分に自信が持てないフリして千歌ちゃんの興味を向けさせて、挙げ句の果てには私のいた場所まで奪っていくんだ!!」

 

 

鞠莉「曜っ!!」

 

 

私は曜の肩を掴んだ。でも曜は止まろうとしていない。

Enough!!

これ以上はもうやめてよ……

 

 

曜「そしてどこにいても善人ぶってるんだ!みんなの前では他人を心配するような素振りをして、ピアノの大会があれば自分を優先するんだ!みんながどうなるかなんて考えないで……本当にずるいよ!

 

一番ずるいのは梨子ちゃんだ!」

 

 

 

 

終わった。

 

 

その場が一瞬にして凍りづけになった感覚を味わった。

 

みんなの顔からは明らかに恐怖が感じられる。もちろん私からも。

 

 

 

曜「がっかりした?

……そうだよ。明るいフリをして、本当の心の中は真っ暗。みんなのことだって信用してないから!!」

 

 

その場の空気に耐えかねた曜が追い討ちのようにそう言い放つと、まるは魂が抜けたように膝から崩れ落ちた。

 

 

 

ルビィ「は、花丸ちゃん!!」

 

ダイヤ「あ、あなたは……なんてことをっ!」

 

曜「当然でしょ?

嘘をつかれて、信じろって言う方が無茶苦茶じゃない?」

 

 

ガンッ

 

 

ま、まずすぎる!このまま見過ごすわけには!

 

 

鞠莉「善子っ!」

 

 

 

私は叫んだけど、2人にはまったく届いていなかった。

今更わかった。先輩だと余裕ぶっていたのに、私は本当は無力なのだと。

 

 

 

善子「許さないわよ。」

 

曜「こっちのセリフだよ。」

 

善子「私が大好きだった、優しい曜さんを返せ!」

 

 

 

善子!それは言っちゃダメ…!

 

 

 

曜「優しくないんだったら私なんていらないんでしょ?」

 

 

善子「え……」

 

 

曜「ケガしてて練習できなくて、衣装も作れなくて、迷惑ばかりかけて、大会の邪魔をして、みんなを泣かせる私なんていらないんでしょ!?」

 

 

善子「ち、ちがっ!」

 

鞠莉「ストーップ!!」

 

 

 

とうとう私も声を荒げるしかなかった。というよりもそうせざるを得なかった。

 

 

曜「Aqoursなんて辞めてやる!!

みんなにとって私なんかいない方がマシなんでしょ!?」

 

 

梨子「お願いだからやめてぇぇっ!!」

 

 

 

泣き叫ぶ梨子の声が響く。

 

正直、心の底が一番見えないのはこの子。良い子すぎるというか、模範的すぎるのよ……

 

 

 

 

 

曜「…なら梨子ちゃんが辞めて。」

 

 

どうしたの…曜……

 

 

梨子「やめる……やめるよ……

みんなが、曜ちゃんが納得するなら、私がやめるよ………」

 

ダイヤ「ふ、ふ、ふざけるのも大概にっ!!」

 

鞠莉「Crazy.

曜、本当にどうしたの?」

 

 

私が想像している曜とはかけ離れてしまっている。

笑顔でヨーソローと元気よく挨拶をしてくれる明るい子ではなくなっていた。

 

 

 

 

曜「いっそのこと千歌ちゃん以外やめてよ。」

 

善子「!?」

 

鞠莉「……。」

 

ダイヤ「な、なぁっ!?」

 

 

 

 

 

どうして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「よ…う……ちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

ここにちかっちが来てしまうのよ……

 

 

 

曜「え……」

 

 

建物の脇からこちらを見て口を開けているちかっちがいた。

果南……。どうして止めてくれなかったの?

 

 

 

千歌「な、なにを……」

 

果南「……曜」

 

 

曜「みんなが私のことを騙してたから、怒ってたんだよ。」

 

 

千歌「でも、やめてって…」

 

 

 

 

 

 

 

曜「本当にみんな卑怯だよね。」キッ

 

 

 

違う。

こんなことは考えていなかったのよ…

 

 

 

でも、今更言い訳がましい

 

 

これは私の責任……

 

 

 

so stupid!!

 

 

 

 

千歌「みんなを傷つけないで。

 

曜ちゃんが出てってよ!」

 

 

 

果南「ち……か………」

 

 

 

曜「……。」

 

 

 

ちかっちの一撃とも言える一言で曜は静止した。

黙っている曜から感じられるのは……regret、それもとても深いものね。

 

 

 

鞠莉「曜……」

 

 

目の前に曜の顔がくるように近づいた。

 

 

曜「……ちゃんと……いいます」

 

 

 

ちゃんと?このタイミングで言うことなんてちゃんとしているわけない。

 

 

 

鞠莉「……聞きたくないわ。」

 

 

曜「わ、わたしは……」

 

鞠莉「やめて。」

 

 

曜「わたし……わたなべよ……ようは……」

 

 

私では曜を止められないと感じたその時だった。

 

 

果南「曜。」ギュッ

 

 

 

 

震えていた曜の身体がピタリと止まった。

 

 

幼馴染の大きさ。それ以上に果南への信頼の大きさ?

 

それはとても大きいものなのだとわかる。

 

 

 

 

 

 

 

でも、取り憑かれたものから解かれたような顔をした曜が話したのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「Aqoursから抜けます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイヤ「鞠莉さん。」

 

 

鞠莉「……ダイヤ。」

 

 

ダイヤ「おかしなことを言いますが、あなたらしくないです。」

 

 

 

私と果南とダイヤは生徒会室にいた。

昨日のこともあって、Aqoursの練習は当分できそうになかった。

 

 

 

ダイヤ「いつものあなたなら、次のことに向けて策を練るはずです。」

 

鞠莉「そう…ね。」

 

 

 

正直、次に何をすればいいかが検討がつかない。

 

 

 

ブブッ

 

 

私のスマホの画面が光った。

 

 

 

鞠莉「……。」

 

メールはラブライブの運営局からだった。

 

 

 

果南「また何か背負う気でいる?」

 

 

果南は他人のことに敏感すぎる。

 

鞠莉「背負うも何も、誰かがなんとかしないといけないのよ。」

 

ダイヤ「なんとかとは?」

 

 

私は画面の文字を見ながら、メールの内容を二人に伝えた。

 

 

鞠莉「ルール違反に対する話よ。」

 

 

ダイヤ「……曜さんのことですか。」

 

果南「どうなるの。」

 

 

果南の問いかけに私は答えるしかないと思った。私が今のAqoursにできるベストは何か。

 

 

 

 

それは

 

 

鞠莉「……私が責任を取って理事長の座を降りるわ。」

 

ガッ

 

 

ダイヤ「果南さんっ!」

 

 

 

 

果南の座っていた椅子が飛び、私の頰に果南のビンタが飛んでくる寸前でダイヤが止めた。

 

 

 

果南「なんでよ……」

 

 

震える声で果南は私に問いかける。

 

 

 

果南「いつも勝手に!」

 

ダイヤ「果南さん……」

 

果南「鞠莉が大変だったら、私は助けたいのに、それなのに、なんで!?」ポロポロ

 

 

私はまた果南を泣かせてしまった。

 

 

 

ダイヤ「……せめて、鞠莉さんが責任をとることがAqoursのルール違反についてどう繋がるかを教えてください。」

 

 

 

鞠莉「わかったわ。」

 

 

 

あまり、二人には考えて欲しくなかったことなのだけどね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイヤ「顧問が責任を取る?」

 

鞠莉「そうよ。」

 

ダイヤ「まさか、この部の顧問って」

 

鞠莉「私だったのよ。」

 

ダイヤ「通りで申請から認可までの時間が短いわけですわ。しかし、それでは……」

 

 

果南「鞠莉はこれからどうするの?」

 

 

 

正直、わからない。

部員としては活動できるのか、それとも退部もしないとならない?

 

 

 

 

 

 

 

まさか

 

 

 

理事長の肩書きがなくなって、転校しないといけない?

 

 

 

 

果南「またいなくなるの?」

 

 

鞠莉「それは私にもわからないわ。」

 

果南「……。」

 

 

 

 

 

Why……

 

こんなことになるなんて……

 

 

 

 

鞠莉「ごめん。果南、ダイヤ。

それでも、私は行くわ。Aqoursはもはや私たちだけのものではなくなったのよ。リーダーはちかっちよ。それに他の子たちだって頑張ってる。」

 

ダイヤ「それはわかっていますわ。しかし…」

 

鞠莉「私は輝いてる果南とダイヤを見るのが好き。だから、その手伝いができればいいのよ。」

 

 

果南「……全然わからないよ。」

 

 

 

 

果南が納得してくれるまでは行けないけど、納得なんてしてくれるの?

 

 

 

 

 

鞠莉「でも……」

 

ダイヤ「でも?」

 

鞠莉「曜をこのまま放っておくわけにはいかない。」

 

果南「……。」

 

鞠莉「このままAqoursがラブライブに出場できなかったら、曜は今よりさらに追い詰められるわ。」

 

ダイヤ「それは!

そうですが……」

 

 

 

 

 

果南「曜……」

 

 

 

私は酷いことをしたのかもしれない。

果南は曜のあの退部宣言は自分のせいだと考えている。

 

 

 

鞠莉「安心して。曜は必ずAqoursに戻ってくるわ。」

 

 

 

確信はない。

でも、言ったことはやり遂げる。何としてでも。

 

 

 

目の前で力無くへたり込んだ果南を見て、私は固く誓った。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#5 マリー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Aqoursから抜けることを宣言してから2日が経った。

 

 

退部届を提出していなかった私は、まだAqoursを抜けたことにはなっていないみたいで、LINEのグループにも残ったままだ。

 

 

曜「…私は何を期待しているんだろう。」

 

 

心のどこかで抜けないでほしい、と誰かが声をかけてくれることを望んでいる自分がいる。

 

そんな心も断ち切らないといけない。いつまでもアヤフヤじゃ、なにも進まない、よね。

 

 

私は便箋と封筒を取り出す。

そして封筒には大きく、丁寧に

 

 

 

退部願

 

 

 

 

と書いた。

そして、便箋にも丁寧にネットで調べた定型文を書いていく。普段はあまり綺麗に字を書こうとしてないからか、私の字とは思えないくらい綺麗に書けていた。

 

それが一層私の心を締め付けていった。

 

 

 

あれからみんなはどうしたんだろう。

私のせいで練習もできていないのかな。

 

 

そのまま解散になったりしたら、千歌ちゃんや果南ちゃんのやりたかったことができなくなる。

 

 

 

 

 

みんなの悲しそうに部室を立ち去る姿が目に浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

曜「自分で決めたことなのにさ…」

 

 

 

 

退部届に少しずつポタポタと染みができていた。

 

 

 

 

曜「泣くのはズルいよね……」

 

 

 

 

 

苦しいよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だれかたすけて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、私は千歌ちゃんにいつもの場所に来て欲しいと連絡した。

 

 

正直、見てくれるかわからなかったけど、「わかった」という返信が来たので少し安心した。

 

 

 

 

 

 

 

そして私は千歌ちゃんを待っている。すっかり夏の暑さも薄れて、少し肌寒くなる季節になってしまった。

 

 

涼しい夜風が寂しさを増させる。人肌恋しいって今みたいなときに使うのかもね。

 

 

 

千歌「曜ちゃん。」

 

 

いつの間にか後ろには千歌ちゃんが立っていた。

 

 

 

曜「…来てくれて、ありがとう。」

 

 

海の方から千歌ちゃんを見ているから、建物の逆光でうまく千歌ちゃんの表情が見えない。

でも、とても笑えるような雰囲気ではなかった。

 

 

 

千歌「ねえ、教えて?」

 

 

千歌ちゃんのいきなりの質問。

何年も親友しているんだから、もう慣れた。

 

 

 

千歌「なんで梨子ちゃんだけをあんなに責めたの?」

 

 

 

 

 

 

曜「……ごめん。」

 

 

私にはこう言うしかなかった。

 

 

 

千歌「今日ね、梨子ちゃんに会いに行ったんだ。」

 

曜「どう、だったの?」

 

 

千歌「痩せてた。たった1日で。

一昨日から何も食べてないんだって。」

 

 

 

 

私のせいで、なの?

 

 

 

 

曜「梨子ちゃんには謝ってたって伝えて。もう二度とあんなこと言わないって。」

 

千歌「……うん。そうする。」

 

曜「それと、これ。」

 

 

私は退部届を千歌ちゃんに手渡した。

千歌ちゃんには何の紙なのか見えているのだろうか。

 

 

曜「それを渡しに来ただけだからさ。わざわざここじゃなくても良かったんだけど、なんか家に行くのは気まずくて……」

 

 

私が少し苦笑いしながら話すと、千歌ちゃんが唇を噛んでいる姿がふと見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「ねえ、曜ちゃん。」

 

 

 

 

曜「うん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「友達、やめよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「え……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?

 

 

 

 

ここってベッド?私の家の?

 

 

 

 

私、いつの間に自分の部屋に帰ってきてる。

 

 

 

 

 

 

枕、湿ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌ちゃんと絶交したんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「…………………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

何を言われたのか、何を言ったのか覚えてない。

 

 

 

ただ、もう関わらないようにしようって言われたのは耳に残っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えて……しまいたい。

 

 

 

 

 

曜「……ち…か……ちゃ…………」

 

 

 

 

 

ブーッ、ブーッ

 

 

 

スマホが光って着信を知らせる。

 

 

 

 

 

 

マリちゃん

 

 

 

 

 

 

 

曜「もし…もし?」

 

鞠莉『Hello.』

 

曜「鞠莉ちゃん……」

 

 

いつもと同じように話しかけてくれる鞠莉ちゃんがとても心地よかった。

 

 

鞠莉『元気にしてる?』

 

曜「それなりには、かな…」

 

嘘をつく。

辛い。助けてほしい。今すぐ泣いてしまいたい。

 

鞠莉『あなたは一人じゃないのよ?』

 

曜「一人じゃない?」

 

鞠莉『マリーにはわかるわよ。

 

 

千歌と梨子が大好きなんでしょ?

それでとても苦しんでる。私は邪魔なんだって。』

 

 

 

 

ダメだよ……

 

 

 

そんなの……

 

 

 

曜「やめ……て……」

 

 

 

鞠莉『曜……。』

 

 

 

 

曜「ない…ちゃ…う……からぁ……」グスッ

 

 

 

鞠莉『曜……』

 

 

 

 

止まらない。

 

涙も不安も何もかも止まらない。

大好きなのに、触れることができない。傷つけちゃうんだ。梨子ちゃんも、千歌ちゃんも……

 

 

 

鞠莉『私が言えた義理ではないのだけどね?言わないと伝わらないと思うの。』

 

曜「そんなこと…わかって」

 

鞠莉『わかっていないわ。』

 

 

鞠莉ちゃんには一体何が見えているんだろう。

 

 

鞠莉『あなた、地区予選のときに言っていたわよね?

ちかっちには言わなくても伝わっていたって。』

 

曜「…うん。」

 

鞠莉『きっと伝わってなんかいないわ。』

 

曜「伝わって…ない?」

 

鞠莉『ちかっちは、あなたが梨子へのフレンドシップとジェラシーで揺れていたなんてちっとも知らないわよ。』

 

曜「私は!そんな風に……」

 

 

 

梨子ちゃんへの嫉妬は消えたはずなのに……

結局、羨ましいって……

 

 

鞠莉『自分の気持ちから逃げてはダメ。ちゃんと伝えるのよ、自分の言葉で。』

 

 

曜「……なら、教えてよ。

鞠莉ちゃんは私のこと、どう思ってるのさ……」

 

 

なんでこんなことを聞いたのかわからない。

でも知りたい。

 

 

 

鞠莉『意外と素直になれない、可愛い妹……かしらね。』

 

 

 

 

 

なんでなんだろう?

私は酷いことをしているのに、どうして鞠莉ちゃんは助けようとしてくれるの?この前もそうだった。

 

私がAqoursの中での居場所を失くすと、必ず助けようとしてくれる。

 

 

 

 

でも、それが私には辛い。

 

 

 

 

 

邪魔をしていることが辛い。私がいなければ鞠莉ちゃんも悩む必要がないはずなんだ……

 

 

 

 

鞠莉『曜。これだけは約束して。』

 

曜「なに?」

 

 

鞠莉『たとえAqoursに何かあっても、あなたは離れないで。

あなたからAqoursを見捨てるようなことはしないでほしいの。』

 

 

曜「私は見捨てたりなんかしないよ。」

 

 

 

これはなぜか言い切れた。約束を破らない自信があった。

見捨てたりしない。ただ、邪魔をしないように影から応援しているだけ。

 

 

 

鞠莉『わかった。安心した。

あとは果南とちかっちのこと、頼んだわ……』

 

 

 

 

 

そして鞠莉ちゃんとの通話は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「……あとは。」

 

 

あとって何?

これから先はお願いってこと?

 

 

……これから先は鞠莉ちゃんは、どうなるの?

 

 

 

曜「せめて、鞠莉ちゃんが変なことをしないようにしないと……」

 

 

でも、どうすればいいの?今の私じゃ鞠莉ちゃんを説得することなんてできないよ……

 

 

 

 

私は甘えているの?鞠莉ちゃんの優しさに……。

 

そして、自分の情けなさに。

 

 

 

 

 

曜「誰かに甘える……」

 

 

 

ダイヤ『もっと頼ってくれていいのですよ?私はあなたの先輩なのだから。』

 

 

曜「ダイヤさん……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイヤ『もしもし、曜さん。』

 

曜「ダイヤさん……」

 

ダイヤ『元気ですか。』

 

曜「助けて…」

 

ダイヤ『え……』

 

 

 

 

鞠莉『はっきり言えるのは、あなたがとても大事なメンバーだってダイヤが思ってるってこと。

 

ふふっ♪要は、ダイヤは曜のことが大好きってことよ!』

 

 

 

 

もし、助けてくれるなら…!

 

 

 

 

鞠莉『もちろん、マリーもあなたのことが大好きよ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「鞠莉ちゃんを助けて!」

 

 

 

 

せめて、助けてくれようとしている鞠莉ちゃんを助けたい。

 

 

 

 

 

きっとそれが千歌ちゃんや梨子ちゃん、果南ちゃんを助けることにもなるはずだから……

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#5.5 みんなのできること

ルビィちゃん視点です。


 

 

 

 

 

 

 

 

この前のことがあって花丸ちゃんはあまり口を開かなくなった。

 

曜ちゃんのことがとてもショックなんだと思う。ルビィだって悲しいし、どうすればいいかわからない。

 

 

曜ちゃんがAqoursを辞めるって本当なの?衣装作ってるとき、ダンスしてるとき、どれも曜ちゃんにとって好きなことじゃなかったの……?

 

 

 

ルビィ「何かしたいけど、ルビィにできることなんて……」

 

 

 

 

そうやって何回諦めるんだろう……

ルビィは何をやってもダメで、いつもお姉ちゃんに頼って……

 

 

 

ルビィ「違うよね。ルビィにも何かはできる。何もしないのは自分が逃げてるからなんだ…!」

 

 

 

善子ちゃんを呼ぼう。善子ちゃんなら良い案が思い浮かぶかもしれない。

 

善子ちゃんに電話をかける。

 

 

ルビィ「善子ちゃん。あ、あのね?」

 

善子『ちょうど良かったわ。』

 

ルビィ「え…?」

 

善子『私の家に来てくれる?』

 

ルビィ「何をするの?」

 

善子『少し話したいと思ってたのよ。ルビィもそうでしょ?』

 

 

まだ何をしたわけでもないけど、同じことを考えてくれる人がいるってだけで、少し自身がわいた。

 

 

 

ルビィ「うん!今から善子ちゃんの家に行くから待ってて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

善子「いらっしゃい。」

 

 

 

ルビィが善子ちゃんの家のマンションまで行くと、善子ちゃんはすぐに案内してくれた。

 

 

 

ルビィ「高いね…。善子ちゃんのお家。」

 

善子「そっか。ルビィは私の家に来るの初めてなのね。

 

…こここそが、神をも欺く堕天使に与えられた安息の……」

 

 

 

 

えーと、善子ちゃんのお部屋は…

 

 

善子「って、無視するんじゃないわよ!」

 

ルビィ「あ、あった!」

 

善子「ちょっとぉー!」

 

 

 

 

ルビィは善子ちゃんの部屋から沼津の景色を見ていた。とっても高い。

 

 

こうして沼津の景色を見ていると色々Aqoursのみんなとやったことを思い出す。

 

 

ルビィ「なんだか、随分昔のことみたいだね。」

 

善子「……なにが?」

 

ルビィ「善子ちゃんがAqoursに参加したの。」

 

善子「……そうね。」

 

 

追いかけるルビィたちと、逃げる善子ちゃん。沼津の中を追いかけっこしたよね。

 

 

善子「今でも本当に感謝してる。私を誘ってくれてありがとう。」

 

ルビィ「それは千歌ちゃんたちに言わないと。リーダーの千歌ちゃんが『この子だ!』って言って決めたから。」

 

善子「それでも、ずらまるやルビィが居たから、私はいつものヨハネでいれたのよ。」

 

 

善子ちゃんは自嘲気味にそう言った。

 

 

善子「普通の高校生活を求めて、私は今までの堕天使ヨハネを捨てようとしていた。

何かを手に入れるためには何かは捨てないと、いっぱいいっぱいになってしまうから。」

 

 

そこまでひとしきり善子ちゃんは喋り終わると、こっちを見て笑った。

 

 

善子「でも、ここでは違かったのよ。私にとっては夢のような場所だった。ヨハネ的に言えばユートピアってところかしら。」

 

 

ユートピア…

 

 

善子「でも、それって誰かが裏や陰で頑張ってくれてるから成り立つものなのよ。

だって、何もしないでそんな黄金のりんごを手に入れる話はないでしょ?」

 

ルビィ「お、黄金…?」

 

善子「ああ…気になった?エデンの園の神話よ。まあ、無視していいわ。」

 

ルビィ「うん。でも、善子ちゃんは何もしていなくない!善子ちゃんはみんなと仲良くなるために努力してたよ。ルビィ知ってる!」

 

 

ルビィがそう言うと善子ちゃんは目を丸くして、しばらくして顔を赤らめた。

 

 

善子「リ、リトルデーモンなのに生意気よ///」

 

ルビィ「リトルデーモンは堕天使さまのことを慕っていますから。」

 

善子「ふ、ふんっ。ま、まあいいわ。」

 

 

善子ちゃんは気持ちが表情にすぐ表れて可愛い。

 

 

 

善子「でも、誰かが支えてくれていたのは確かよ。正直、一年の私たちは何かしてきたわけではないわ。特に私はね。」

 

ルビィ「そんなこと…」

 

善子「ルビィも花丸も先輩たちの補助ができる。でも、私には何もそういうことができない。

衣装も可愛いものは作れないし、思ったことを上手く伝える言葉も知らない。ダンスは始めたばかりで、曲なんて以ての外。そんな私が役に立てているわけがないわ。」

 

 

いつも明るく、飄々としてる善子ちゃんも本当は悩んでたんだ…

 

 

 

ルビィ「善子ちゃん、ギュッ。」

 

善子「へ?」

 

ルビィ「ギュッしよ。」

 

善子「果南さんのまね?やめておきなさい。そういうキャラじゃなっふぐっ!」

 

 

ルビィは善子ちゃんの服の裾を引っ張って、無理やり善子ちゃんを抱きしめた。

 

 

ルビィ「ルビィはね、辛いときはお姉ちゃんや花丸ちゃんにすぐ相談するの。だから、善子ちゃんもルビィに教えて、辛いこと、悩んでること。」

 

 

 

善子ちゃんはルビィの胸に顔をうずめた後に、微笑みながら

 

善子「やっぱりルビィが適任ね。」

 

と言った。

 

 

ルビィ「な、何が…」

 

善子「花丸を助けてあげられるのがよ。」

 

ルビィ「花丸ちゃんを?」

 

善子「…あの子、とても傷ついてる。私では何を言っても届かないくらい。」

 

ルビィ「……。」

 

 

それはルビィも一緒だよ。

 

 

 

善子「でも、このままじゃ閉じこもっちゃうのよ!花丸は笑えなくなる!」

 

 

そうだよね。

このままじゃ花丸ちゃんの心がダメになっちゃう……

 

 

ルビィ「ルビィ、花丸ちゃんのところに行ってくる。」

 

善子「頼むわよ。」

 

 

 

 

 

 

 

今までルビィはどうしようもないって心のどこかで諦めていたんだ。

 

 

 

 

ルビィ「善子ちゃんが役に立ってないなんて嘘だよ!」

 

 

ルビィは走りながら叫んだ。

 

 

ルビィ「こんなに、みんなのことを想っているんだよ。」

 

 

 

花丸ちゃんを笑顔にさせたら、2人で善子ちゃんのところに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ「花丸ちゃん!」

 

 

 

ルビィは花丸ちゃんの家の前で叫んだ。

 

 

 

ルビィ「今すぐ会いたいの!」

 

 

するとしばらくして玄関のドアが開いて、花丸ちゃんが出てきた。

 

 

 

花丸「……縁側に来て。」

 

 

 

 

 

 

花丸「……。」

 

 

ルビィ「花丸ちゃん。」

 

 

花丸ちゃんは口をキュッと結ぶとポツポツと話し始めた。

 

 

 

花丸「マル、Aqoursを辞めようと思う。」

 

ルビィ「え……」

 

花丸「マルは全然運動できないし、みんなの足を引っ張るくらいならアイドルしたくないんだよ。」

 

ルビィ「そ、そんな……」

 

花丸「曜ちゃんが辞めるのは間違ってる。辞めるならマルが…」

 

ルビィ「違うよ!」

 

 

思わずルビィは花丸ちゃんの言葉を遮ってしまった。

 

 

ルビィ「やめないで……

花丸ちゃんが1人で抱え込まないで。」

 

花丸「ルビィちゃん…」

 

ルビィ「花丸ちゃんはルビィのことを考えてくれているけど、ルビィだって花丸ちゃんのこと考えてる!

花丸ちゃんはできればAqoursを続けたいって思ってるでしょ?」

 

花丸「……でもこんなことになるくらいなら」

 

ルビィ「ルビィは花丸ちゃんと一緒じゃなきゃイヤだよ!」

 

花丸「ルビィちゃん……」

 

ルビィ「花丸ちゃんが背中を押してくれたから今のルビィがいるの。ルビィはまだまだ甘えん坊だし、怖がりだし、寂しがりやで1人じゃ何もできないし、花丸ちゃんがいなくなったらルビィはきっとダメになっちゃう…」

 

 

花丸「どうしてそこまでマルを…」

 

 

 

 

ルビィの一番の想い。それは

 

 

ルビィ「花丸ちゃんが大好きだからだよ。」

 

 

花丸「!!」

 

 

花丸ちゃんは目を大きく開けて、しばらくして肩を震わせ始めた。

 

 

ルビィ「花丸ちゃん、おいで。」

 

ルビィはお姉ちゃんによくやってもらったことを花丸ちゃんにした。

 

 

花丸「…。」ギュッ

 

ルビィ「花丸ちゃん…」

 

花丸「うっ、うぅ……」グスッ

 

 

花丸ちゃんがこんなに泣きじゃくる姿を見たことはルビィにはあまりなかった。

 

 

花丸「マル、怖かった……」

 

ルビィ「うん。」

 

花丸「曜ちゃんが今までマルのことが嫌いだったのかもしれない。それなのに余計な事ばっかりして迷惑をかけちゃったずら…」

 

ルビィ「うん。」

 

花丸「マルは自分が役に立ちたいって考えていたんだよ?でもよく考えたらそれってマルの自分勝手で…」

 

 

 

花丸ちゃんの思っていたことは善子ちゃんと同じだった。

 

誰かのために何かをしたい。

 

 

 

ただそれがたまたま悪くなっちゃっただけ。

 

 

思ったことを上手く行動に移せない善子ちゃんと、思ったことを爆発させてやり過ぎてしまう花丸ちゃん。

 

 

 

 

 

 

ルビィは……?

 

 

 

 

 

 

 

ただお姉ちゃんの背中にくっついてきて、みんなの機嫌が悪くならないようにニコニコして……お姉ちゃんのマネをして役に立った勘違いをして…………

 

 

 

 

 

ルビィ「ごめんね…花丸ちゃん……」

 

花丸「る、ルビィちゃん?」

 

 

ルビィは震えていた。

いつもみたいに怖かったり、泣きたかったりするわけじゃない。

 

 

 

心の中でとっても悔しくて、震えが止まらなかった。

 

 

 

花丸「…ありがとう。」

 

ルビィ「え?」

 

花丸「ルビィちゃんは優しいから、相手を傷つけないようにいつも気を遣ってくれているよね。」

 

ルビィ「優しくなんてないよ…」

 

花丸「優しいんだよ。自分を隠してまで相手に合わせようとするくらい。」

 

ルビィ「……。」

 

花丸「だからね。ルビィちゃんがあそこまで曜ちゃんを止めようとしていてびっくりしたずら。」

 

 

ルビィはそんなに驚かれることをしたつもりはなかった。

 

花丸「だからマルも何かしなきゃって思えたんだよ。」

 

ルビィがしたことが花丸ちゃんの心を動かしたんだ…

 

 

 

ルビィ「花丸ちゃんは後悔していないの?」

 

花丸ちゃんは一瞬顔を暗くさせたけど、すぐにいつもの優しい瞳に戻っていた。

 

花丸「曜ちゃんに会えなくなってしまったわけではないずら。何とかして曜ちゃんにAqoursに戻ってきてもらうよ。」

 

 

そして花丸ちゃんは手を広げて

 

 

花丸「だから頑張れるように、ギュッとさせてほしいずら!」ギュー

 

ルビィ「うゆ!」

 

 

 

 

暗くなっていた花丸ちゃんの姿はもうなかった。

花丸ちゃんはとてもとても強い子なんだってルビィは思った。

 

 

 

 

 

それと同時に、花丸ちゃんの『強さ』って

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィが曜ちゃんに感じていた『強さ』と似ていた気がした。

 

 

だからせめて花丸ちゃんには、その『強さ』が花丸ちゃん自身を傷つけないようにルビィが見守っていなきゃと思ったの。

 

 

 

 

 

 

 

それと、ルビィと花丸ちゃんを助けてくれた、天使さんのところにも行かなきゃ。

 

 

花丸ちゃんの笑顔を見ながら、ルビィが頑張ってみんなの気持ちを変えることができるかもしれないと、ちょっぴりだけ思った。

 

だからみんなのところに行こう。

 

 

必ず笑顔の曜ちゃんがAqoursに戻ってこれるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#6 本当のキモチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ「なんで花丸ちゃんを責めるようなことを言ったの……?」

 

 

ごめんなさい…

 

 

 

 

 

 

鞠莉「…Chao」

 

 

 

行かないで!鞠莉ちゃん!!

 

 

 

 

 

 

花丸「悲し…かったずら……」

 

 

 

傷つけてごめんね……

 

 

 

 

 

善子「裏切られた…私の憧れだったのに……」

 

 

 

こんな私でごめんね……

 

 

 

 

 

ダイヤ「果南さんと鞠莉さんの傷が癒えることは無理でした。こんなのあんまりではないですか……」

 

 

 

私のせいで…ごめんなさい……

 

 

 

 

 

果南「…千歌とダイヤと鞠莉に謝って。

もう、終わりだとは思うけど。」

 

 

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梨子「……。」

 

 

梨子ちゃん……

 

 

梨子「…酷い。酷いよ…」ポロポロ

 

 

許してください……

 

 

梨子「こん、なに…がんば、ったのに……」ポロポロ

 

 

本当にごめんなさい……

 

 

梨子「……今まで好きだったよ」

 

 

ごめんなさい……

 

 

梨子「さようなら……」

 

 

 

りこ……ちゃん………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「……。」

 

 

 

ごめんなさい

 

 

 

千歌「……。」

 

 

 

千歌ちゃんの友達を傷つけてごめんなさい

 

 

 

千歌「……。」

 

 

 

千歌ちゃんの夢を壊してごめんなさい

 

 

 

千歌「……。」

 

 

 

千歌ちゃんに悲しい思いばかりさせてごめんなさい……

 

 

 

 

千歌「……渡辺さん。」

 

 

 

!!

 

 

 

千歌「もう、遅いんだよ…」

 

 

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 

千歌「何も変わらないからさ、やめてほしいな。」

 

 

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 

千歌「そんなに辛いなら、いなくなっちゃえば?」

 

 

 

そ、そうだよね。

そうすればみんな喜ぶよね?

 

わかったよ。今すぐにでもやるよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ、私の部屋だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「……うっ。うぁ…うぁぁ……」ポロポロ

 

 

 

 

かなしい。かなしい。

 

 

夢だとわかっててもかなしい。

 

 

千歌ちゃんは優しいからあんな事は絶対に言わない。でも、心の中ではあれくらい恨んでいるかもしれない。

 

 

 

曜「…嫌だ。イヤだ、イヤだ、イヤだぁぁっ!!」ポロポロ

 

 

 

Aqoursのみんなから向けられた冷たい視線が忘れられない。怖い、怖い…

 

 

 

曜「っ。」ダッ

 

 

 

ここにずっといると気が狂ってしまいそうだったから、私は無我夢中で外に飛び出して走った。

 

どこかに行く宛もない。

 

 

プール、学校、海、砂浜、水族館、果南ちゃんのお店、梨子ちゃんの家、千歌ちゃんの家、私の家

 

沼津が全部、私にとって辛い場所になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

いや

 

 

 

あるじゃないか

 

 

 

 

私の大好きなあの場所が

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「はぁ……はぁ……」

 

 

最近はめっきり運動することがないからか、体力も大分落ちてしまった。

 

 

曜「着いた……」

 

 

私の目の前に広がる一面のひまわり畑。今となっては、沼津の中で唯一の私の居場所だ。

 

 

 

 

曜「でも…今日はもう…」

 

千歌「よーちゃーん!!」

 

 

曜「!!」

 

 

 

 

いる!!千歌ちゃんがいる!!

 

 

 

 

曜「はぁ!はぁっ!」

 

 

私はひまわりをかき分けて進む。

いる。私の大好きな場所に、私の大好きな子が!

 

 

 

曜「千歌ちゃん!!」

 

 

千歌「よーちゃん、待ってたよ。」

 

 

制服に黄色いスカーフをつけている千歌ちゃん。いつも笑顔で私を迎えてくれる千歌ちゃんだ……

 

 

曜「っ!」ダキッ

 

千歌「おわっ!ととと…

よーちゃん?どうしたの…?」

 

曜「もう…もう……会えないかもって……」

 

千歌「なに言ってるのー?私と曜ちゃんはずっと一緒だよ?」

 

 

もう言わなきゃいけないって思った。

 

 

曜「…絶交、したんだ。」

 

千歌「へ?」

 

曜「千歌ちゃんはわからないと思うけど…私、二年生なんだよ。」

 

千歌「いやいやぁ。まさか…」

 

曜「本当なの!

それで二年生の千歌ちゃんもこの世界にはいるの。」

 

千歌「え…?

じゃ、じゃあ……私は未来を見てるってこと?」

 

曜「…そうだよ」

 

千歌「うそ……」

 

 

 

 

普通の千歌ちゃんだったら「すごーい!タイムスリップだよ!私にはこんな能力があったなんて!」ってはしゃぐはず。

 

 

なのに

 

 

 

千歌「ぜっ…こう……」

 

 

千歌ちゃんは顔を青くさせて、今にも泣き出しそうな顔をした。

 

 

曜「ちか…」

 

千歌「なんで!?」

 

曜「……。」

 

千歌「なんで絶交したの!?」

 

 

 

 

 

千歌ちゃんから言われたなんて言ったら、千歌ちゃんはどう思うのだろう。

 

 

 

とても傷つくに違いない。

だって、千歌ちゃんは優しいから…

 

 

 

曜「私がね、千歌ちゃんの大事な友達を傷つけたの。」

 

千歌「そんな!でも私には曜ちゃんが一番大切な…」

 

曜「ううん。千歌ちゃんはまだ知らないけど、これから私よりもっと大切な友達と会えるんだよ。」

 

千歌「うそだよ!」

 

曜「本当だよ。

千歌ちゃんにとって、かけがえのない友達。」

 

 

 

 

 

梨子ちゃん

 

 

 

 

 

 

千歌「それじゃあ…曜ちゃんはなんでその子を傷つけたの?」

 

 

 

嫉妬

 

 

 

曜「うらやましかった。」

 

 

 

千歌「え?」

 

 

曜「千歌ちゃんの側にいつも居て、千歌ちゃんを本当の意味で支えてあげられて……羨ましかったんだよ。」

 

千歌「曜ちゃん……」

 

曜「優しい子でね。イジワルしてる私にもあったかくて、だから余計に私が惨めに思えてきて……」

 

 

 

私はもうどうしようもなかった。

 

 

 

曜「もう……千歌ちゃんの隣は梨子ちゃんなんだって……」ポロポロ

 

 

結局、今まで隣にいた私が抱いている感情は醜いものだった。あったかくて純粋な梨子ちゃんに惹かれない方がおかしい。

 

 

 

曜「…っ、ぅっ、っ……」ポロポロ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギュッ

 

 

泣いていたせいで最初はよくわからなかったけど、あったかくて心地よい感覚がしたからわかった。

 

私は千歌ちゃんに抱きしめられている。

 

 

 

千歌「……ごめんね。」

 

 

曜「…っ」

 

 

千歌「こんなに辛い想いをさせてごめんね…」

 

 

 

ポトッ

 

 

私の肩に何かが落ちた感触がして、顔を向けると

 

 

千歌ちゃんが泣いていた。

 

 

 

 

曜「ち…か…」

 

 

千歌「私から……なんだよね?

絶交したのって…」

 

 

返答を迷った挙句、私は首を縦に振った。

 

 

千歌「っ。」ギリッ

 

千歌ちゃんの顔に怒りが込められていることが見てわかった。

 

 

 

千歌「会いたい。今の私に会いたい。」

 

曜「多分、無理だと思う。こっちの千歌ちゃんと私が接触すると、千歌ちゃんはいつも消えちゃうから。」

 

千歌「許せない。」

 

曜「ちかちゃん…」

 

千歌「許せないんだよ…!私が私を!

だって、だって…私が言ったんだよ?

曜ちゃんと…ずっと一緒って……私が言ったんだよ……」ポロポロ

 

 

 

 

 

覚えていてくれていたんだ

 

 

 

それなら、きっと今の千歌ちゃんだって覚えてる…

 

 

 

千歌「ひどいじゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「千歌ちゃん。」

 

千歌「…なに?」

 

曜「千歌ちゃんはね、優しいの。」

 

千歌「……。」

 

曜「だからわかったよ。千歌ちゃんの気持ち。」

 

千歌「こっちの私の…?」

 

曜「うん。」

 

千歌「私にはわからないよ…」

 

 

 

 

 

そう。千歌ちゃんの気持ちは

 

 

 

 

曜「きっと私のためだったんだよ。」

 

千歌「え……」

 

 

あくまで私の勝手な妄想にしか過ぎない。でも、千歌ちゃんなら多分…

 

 

 

曜「私をこれ以上傷つけないように、千歌ちゃんは私を遠ざけたんだと思う。」

 

千歌「!」

 

 

 

 

千歌ちゃんならきっと……

 

 

 

 

 

 

でも、目の前の千歌ちゃんはさらに拳を強く握りしめていた。

 

 

 

 

千歌「逃げてるんだよ……。

私はこれ以上曜ちゃんが傷つかないように側にいれたはずなのに。」

 

 

チクッ

 

 

曜「……でもね。

それでも、少しでも私のこと考えてはくれているみたいで嬉しいかな。」

 

千歌「こんなに無責任なのに?」

 

 

曜「私はね、千歌ちゃんに笑っていてほしいんだ。」

 

千歌「よーちゃん……」

 

曜「だから千歌ちゃんを笑わさせてあげたい。夢に向かって頑張ってもらいたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「…そこに曜ちゃんがいなくても、なの?」

 

 

 

 

 

 

 

チクチクッ

 

 

 

 

 

 

 

曜「…少しでも千歌ちゃんの力になってあげたいから。」

 

 

 

千歌「かわいそう、だよ。」

 

 

曜「え?」

 

 

 

 

千歌ちゃんの意味深な言葉に戸惑う私を尻目に千歌ちゃんは口を開いた。

 

 

千歌「……ごめんね。もう行かなきゃ。」

 

 

曜「ど、どこに?」

 

千歌「家まで送っていくね。」

 

曜「い、いやだ!もうあそこには帰りたくない!!」

 

千歌「…どうかしたの?」

 

曜「怖い夢を見るから…。

みんなに責められて、悲しくなって……?」

 

 

 

 

あれ?

なんだか、ねむく…なって……

 

 

 

 

千歌「大丈夫だよ。私が一緒にいるから。」

 

 

 

 

 

 

 

千歌ちゃんに包まれていく気がする中、私はいつもより安心した気持ちで眠っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

??「……曜ちゃん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#6.5 わたしの本気

鞠莉ちゃん視点です。


 

 

 

 

 

 

〜鞠莉が曜に電話した2日後〜

 

 

 

 

私が責任を取れば、もしかしたらAqoursはラブライブのFinalに進めるかもしれない。

 

そうすれば果南とダイヤの夢も叶う。

 

2人はきっと私と一緒に進むことを望んでいるだろうけど、ここは選択をしなければいけないのよ。

 

 

 

鞠莉「Do it, Mary. You can do it…」

 

 

会議室の前で呪文を唱える。私ならできる、やるんだ、と。

 

 

 

 

ダイヤ「鞠莉さん!!」

 

 

後ろから聞き覚えのある声から名前を呼ばれた気がした。

 

 

鞠莉「ダイヤ!何かあったの?」

 

 

ダイヤ「私も一緒に行きますわ。」

 

鞠莉「What!? 何を言っているのかわかっているの?」

 

ダイヤ「当たり前ですわ。私が訳がわからずに行動するほど愚かだと思っていますか?」

 

鞠莉「これは会議というよりもjudgeのようなものよ。」

 

ダイヤ「もし納得のいかない判決が出れば、私は諦めて引き下がるつもりです。」

 

鞠莉「…本気?」

 

ダイヤ「私は私だけの意見でここに立っているわけではありません。」

 

 

ダイヤだけの意見じゃない?

 

 

 

鞠莉「…果南が言ったの?」

 

 

 

ダイヤ「曜さんです。」

 

 

 

……曜!

 

 

 

ダイヤ「私の個人的な意見としても、鞠莉さんが抜けることには反対ですわ。しかし、あなたは曜さんのことで気に病んでいた。」

 

 

 

曜が私のやろうとしたことを見透かした?あの電話で?たったあの会話だけで?

 

 

 

ダイヤ「でも、曜さんが私に鞠莉さんを助けることを頼んできたのです。

あなたの意見にも勿論、尊重しているつもりです。

…しかし、後輩に頼まれてしまった以上、この約束を破るわけにはいきません。」

 

 

 

これはいつものツンデレ?

それともダイヤの本心?

 

 

鞠莉「わかったわ。ついてきて。」

 

 

来て欲しくなかった。

でも

 

 

 

 

 

 

 

 

果南『鞠莉、しっかりね。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイヤ「表情がいつも通りに戻りましたね。」

 

鞠莉「そう?

まあ、今のマリーにはどう運営を言いくるめようかってことしか頭にはないわ。」

 

ダイヤ「まったく、あなたって人は。」

 

 

ダイヤが来てくれただけで落ち着けた。一人で挑むわけではないから。

 

 

 

 

 

鞠莉「失礼します。」

 

 

 

本気のマリー、見せてあげるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイヤ「……何者なんですか。」

 

鞠莉「ん〜?なんのこと?」

 

ダイヤ「ルールには厳正なラブライブの大会運営をこのような形で認めさせるなんて。」

 

鞠莉「ダテに理事長ではないのよ。」

 

 

 

電車に揺られながら、さっき起きたことを思い出す。

 

 

 

 

ダイヤ「披露は来週ですか。」

 

鞠莉「……早急に準備しないとね。」

 

 

meetingが必要ね。

 

 

鞠莉「明日、みんなを集めるよ。」

 

ダイヤ「それは、そうですが…」

 

鞠莉「何か問題があるの?」

 

ダイヤ「曜さんはどうしますか?」

 

 

 

確かに、どうするべき?

 

ここで曜を呼んだとしても、あの腕の様子だとパフォーマンスをするのは無理。

でも、仲間外れにするのはNon senseよね。

 

 

鞠莉「呼ぶ…べきだと思うわ。」

 

ダイヤ「それでは報告しておきますね。」

 

鞠莉「本当に迷惑をかけるわね…」

 

ダイヤ「それは言いっこなしですわ。」

 

 

 

子どもっぽくて可愛らしいと思っていたのに、いつの間にか私のことを色々と助けてくれる存在になるなんてね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ「本当なの!?」

 

花丸「次のライブのパフォーマンス次第では本戦に進めるずら!?」

 

 

ダイヤ「ええ。ルールはルールなのですが、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた以上、ルールだからという理由で切ってしまうのは勿体無い、と。」

 

善子「ふふふ♪やはり、ヨハネの至極美しい妖艶なパフォ…ぐぅぇ!」

 

ルビィ「やったね!花丸ちゃん!善子ちゃん!」ギュー

 

花丸「奇跡…ずら…!」

 

善子「つぶれてるぅ…!」

 

 

一年生の三人はとても嬉しそうな顔をしていた。お姉さん、頑張った甲斐があるわ♪

 

 

 

 

 

 

果南「…鞠莉、一体何をしたの。」

 

 

 

ただ、果南からは鋭い視線が私に刺さった。

 

 

 

鞠莉「…ダイヤのお陰よ。」

 

果南「ダイヤ?」

 

ダイヤ「私は何もしていませんわ。」

 

鞠莉「…私が本気で運営を口説けたのも、ダイヤが隣にいてくれたから。」

 

果南「……。」

 

鞠莉「ダイヤがいてくれたお陰で、もう一つの隣からはね、聞こえたのよ。」

 

ダイヤ「何がです?」

 

鞠莉「…果南の応援してくれてる声がね。」

 

 

果南「……。

それで、鞠莉は居るんだよね。」

 

鞠莉「ええ、私は今もAqoursの一員よ。」

 

 

私の言葉を聞いて、ダイヤの口からは笑みがこぼれた。

 

 

 

ダイヤ「ようやく、曜さんとの約束を果たせましたわ。」

 

 

 

 

 

 

そう。

 

 

 

 

 

 

 

なのに、2年生の三人は一向に部室に現れなかった。

 

 

 

 

 

ルビィ「せっかくの良いニュースなのに、二年生は誰も来ないね…」

 

花丸「早く千歌ちゃん達に言いたいずら。」

 

 

 

ガラッ

 

 

善子「来た!」

 

 

 

梨子「…みんな、久しぶり。」

 

善子「梨子!」

 

ダイヤ「梨子さん!」

 

 

久しぶり。確かに毎日会っていたから、こうして数日合わなくなるだけでそう感じる。

 

 

 

花丸「梨子ちゃん!嬉しいニュースだよ!」

 

梨子「え?え?」

 

ルビィ「ルビィたち、本戦に進めるかもしれないんです!」

 

 

梨子の目が大きく見開かれた。

 

 

梨子「う…そ……」

 

ダイヤ「素晴らしいパフォーマンスを運営の方に披露する必要がありますが。」

 

ルビィ「それでも、チャンスをもらえるなんて思ってなかったから!」

 

 

 

 

 

 

 

目を丸くした梨子だったけど、すぐに顔を暗くさせて私たちが想像もしていなかったことを言った。

 

 

 

 

梨子「千歌ちゃん、やらないと思う……」

 

 

 

 

果南「……」

 

 

善子「は、はぁっ!?」

 

 

 

 

 

梨子「……千歌ちゃんはあの時以来、スクールアイドルの話をしなくなったの。」

 

 

 

花丸「…千歌ちゃん。」

 

 

 

 

 

ちかっちは曜のことで傷ついてしまったのね。あんなに大好きだったスクールアイドルの話を拒むくらい。

 

 

 

 

 

それなのに、よくここまでよく来たわ。

 

 

 

 

 

千歌「…やろうよ。」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#6.5 September rain

善子ちゃん視点です。


 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「…やろうよ。」

 

 

 

 

 

 

梨子「…!」

 

果南「千歌!」

 

 

 

 

 

 

 

千歌「…それと」

 

ダイヤ「なんですか?それは。」

 

 

ダイヤさんが千歌さんの持っていた封筒を手に取った。

 

 

そして少しの間も経たない間に、ダイヤさんの顔は強張っていた。

 

 

ダイヤ「…どういうつもりですか。」

 

 

ダイヤさんの言葉を皮切りに、私はその紙を覗き込んだ。

 

 

 

善子「な、なぁっ!?」

 

 

私は仰天…愕然…

どの言葉で表せばいいかわからない気持ちになった。

 

 

 

ルビィ「ど、どういうこと…?」

 

一緒に覗き込んだルビィと花丸も唖然としている。

 

それはそうだ。

だって、その封筒に書いてあった文字は

 

 

 

 

 

 

退部願

 

 

 

 

 

 

ダイヤ「あなた。さっき、やろう。とおっしゃいましたよね?」

 

千歌「うん。」

 

 

意味がわからない!

 

 

善子「じゃあ、これは何なのよ!?」

 

千歌「私のじゃないよ。」

 

花丸「え……」

 

 

ま、まさか…

 

流れからは察することができる。

 

 

あの退部届……

 

 

 

 

 

梨子「曜ちゃんの…なの…?」

 

ルビィ「うそ……」

 

 

 

 

ルビィがダイヤさんの持っていた封筒を裏返すと、そこには

 

 

渡辺曜

 

と書き記されていた。

 

 

 

果南「ち…か…。」

 

ダイヤ「千歌さん…!」

 

 

 

 

私が信じられなかったのはこの後だった。

 

 

 

 

 

 

 

千歌「曜ちゃん、辞めちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

な、ななっ!?なんなの…そのあっさりとした事後報告!

 

 

 

 

善子「ちょ、ちょっと!」

 

花丸「そんな言い方あんまりずら!」

 

 

 

思わず私と花丸が抗議しようとした時だった。

 

 

 

 

 

果南「ちかぁぁぁっ!!」

 

 

 

善子「!?」

 

ルビィ「ピギィッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

鞠莉「果南!落ち着きなさい!!」

 

 

 

果南さんがここまで怒るところを見たことがない…

 

いや、鞠莉に怒ったときもあったけど…。その時より凄まじい。

 

 

 

果南「なんで、なんで受け取ったの!?なんで止めなかったの!?

曜だよ!?誰よりも千歌の側にいてくれた曜なんだよ!?」

 

鞠莉「果南!」

 

ダイヤ「果南さん!冷静に!」

 

 

荒れ狂う果南さんを鞠莉とダイヤさんで押さえつけるのがギリギリだった。

 

 

果南「どうして!?

よりによって、どうして曜を一番傷つけることをしたの!?」

 

 

 

梨子「しょうがなかったんです!」

 

 

 

黙る千歌さんを庇うように梨子が答えた。

 

 

梨子「千歌ちゃんだって辛かったんです。今までずっと一緒にいた友達とお別れしたいって、千歌ちゃんが思うはずないじゃないですか……。

こうしている今だって、曜ちゃんは千歌ちゃんの大親友に変わりは

「絶交した。」

 

 

梨子「え……。」

 

 

 

千歌「私は曜ちゃんと絶交した。」

 

 

 

 

 

 

千歌さんの言葉によって、曜さんがこの前に作ったあの雰囲気が蘇った。

 

 

 

千歌「もうね、曜ちゃんを見たくないんだ…」

 

 

 

 

 

 

あんまりだ。

 

ここまで苦しんでいたのは誰のためだって思ってるの!?曜さんが報われなさすぎる!

 

 

 

 

善子「言いたくなかったけどね……」

 

言ってやるわよ、ずっと思ってたこと。もう我慢の限界よ…!

 

善子「あんたのせいよ!?

曜さんがあんなこと言ったのは!!」

 

千歌「!」

 

善子「曜さんはずっと一人で悩んでたのよ!」

 

花丸「もうやめて!」

 

 

花丸が涙目にして私を制止しようとした。でも、千歌さんには言わないと、伝えないとダメなのよ!

 

 

善子「それなのに…そんな曜さんを突き放すようなことをしたら、曜さんがどうなるのかわかってるの!?」

 

 

千歌さんは私の言葉に明らかに反応していた。

ただ、今まで我慢していた何かがプツッという音をたてて切れたのか、いきなり泣き叫ぶように話し出した。

 

 

 

 

千歌「わかってる!わかってるんだよ!!」

 

ようやく千歌さんが口を開いた。

 

千歌「わかってるよ…。

そんなことは私だってわかるよ…。

でも、もう嫌だったんだよ。私を助けようと、側にいようとすると曜ちゃんは必ず傷ついちゃう。

嫌だ!私は嫌だよ!」

 

 

そこまで言い切ると、千歌さんは目に溜めていた涙を流した。

 

 

 

 

千歌「あんな顔をした曜ちゃんを見るのが……辛かったんだよ……」ポロポロ

 

 

 

これは……重症。

 

 

曜さんとのすれ違いが引き起こしてしまう取り返しのつかない二人のこじれ。

 

 

なんて声をかければ良いのかわからない。

 

 

 

 

 

鞠莉「果南は私と縁を切ろうとしたこともあったわ。」

 

すると、何かを悟ったような顔をした鞠莉が、千歌さんを諭そうとしている。

 

 

鞠莉「それもお互いに気持ちをぶつけなかったせいよ?

くだらないと言われたら、それまでのこと。」

 

 

千歌さんは聞いてくれているかわからない。それでも鞠莉は話し続けた。

 

 

鞠莉「でも、そのすれ違いで私と果南はとても悲しい想いをした!

今までの人生で一番悲しいことよ。」

 

ダイヤ「鞠莉さん……」

 

鞠莉「このまま曜と疎遠になってしまっていいの?

私は良くないと思う。だって絶対に後悔する!

なぜ、曜と一緒にいなかったのかって。そのまま一生の心の傷になるわ!」

 

 

千歌さんと曜さんは長い間、ずっと友達だった。

 

私にはそういう友達が居たことがないから、本当の意味ではわからないけど、かけがえのない友達を互いの気持ちのすれ違いで拗らせてしまったら、きっと……

 

 

 

千歌「……。」

 

 

 

梨子「千歌ちゃん。」

 

 

梨子の優しい声が千歌さんにかけられた。

 

梨子「曜ちゃんが一緒にいてくれた理由はわかる?」

 

千歌「私が心配だったから。私一人じゃ何もできないからって…」

 

 

その言葉を聞いて、梨子は微笑んだ。

 

 

梨子「その気持ちも少しはあったかもしれない。でもね?曜ちゃんが千歌ちゃんといた本当の理由は違うよ。」

 

 

千歌「じゃあ、なに?」

 

 

 

私はこの会話の中でわかった。梨子は千歌さんの心を動かすことができる。

 

曜さんはこういうところから少しずつ劣等感を抱いていたのかもしれない。

 

 

 

梨子「曜ちゃんは千歌ちゃんが大好きだからだよ。側にいたい。ただ、側にいて千歌ちゃんの笑ってる顔が見たいって、そう思ってたはずだよ。」

 

 

 

千歌「私は…いやだよ。」

 

千歌さんがポツリと言った。

 

千歌「そんな理由で、あんなに苦しまなきゃいけないの?」

 

 

 

 

 

梨子「それほど千歌ちゃんが好きだったんだよ。」

 

 

 

 

 

 

これは多分、千歌さんに刺さったわね。

 

 

 

 

 

 

 

千歌「……ごめんね。私が勝手なことばっかりして。」

 

 

果南「千歌。」

 

 

 

千歌「…今日は少し落ち着いて考えたいから帰るね。」

 

 

そう言うと千歌さんは部室から出て行った。

 

 

 

ルビィ「千歌ちゃん…。」

 

 

 

項垂れながら部室を出た千歌さんを見て、私のしてしまったことを改めて振り替えった。

 

 

 

善子「……千歌さんのこと、追いつめた?」

 

 

梨子「善子ちゃんの言い分もわかるよ。千歌ちゃんもわかるって言ってたよね。」

 

 

ダイヤ「しかし、千歌さんにできた心の穴はとても大きいものでしたわ。」

 

 

 

盲点だった。

曜さんと同じように千歌さんもここまでダメージを受けているとは思わなかった。

 

 

 

果南「千歌は私がなんとかする。」

 

鞠莉「果南!」

 

果南「大丈夫。もう暴れたりしないから。」

 

落ち着いた果南さんの瞳を見て、鞠莉は「お願い。」と一言だけ言った。

 

 

果南さんが部室を出た後に、外では雨が降り始めた。

 

 

ルビィ「雨、降ってきちゃったね…」

 

ダイヤ「…もうすぐ台風が来ますわ。早く帰った方がよろしいかと。」

 

花丸「…でも、話し合いができてないずら。」

 

善子「…こんな状態で続けられると思うわけ?」

 

 

 

 

 

部室に訪れる沈黙。

 

 

 

 

鞠莉「今日は帰りましょう。」

 

 

 

 

 

 

雨。

 

 

この世に良くないものを連れてくる液体。

 

 

 

止まない雨はないという言葉を聞いたことがある。

 

 

それでも

 

 

 

 

 

一度削ってしまった跡を修復するのには何年もかかるし、直らない場合もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

お願いだから、Aqoursの絆をこれ以上削らないで……

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#7 大好きだよ

 

 

 

 

〜遡って、台風が来る前日〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、私は自分の部屋のベッドで眠っていた。

 

 

どこからが夢でどこまでが夢なんだろう。もはやここまでくると訳がわからないや。

 

 

 

 

 

 

あのあったかい感覚。夢かどうかわからない今の中でそれだけはわかる。

 

きっとあれは本物だ。

 

 

 

ふと布団の上を見ると、一本だけ長い髪が落ちていた。

 

月明かりに照らすと、その髪は赤紫に光った。

 

 

 

 

 

曜「……。」

 

 

 

 

千歌ちゃんを壊してしまうことが恐ろしかった。

 

千歌ちゃんのようやく見つけた夢。

私は千歌ちゃんがその夢を叶えるための手伝いができれば、それで良かったはずだったんだ。

 

 

でも、いつからかAqoursのメンバーが増えてから、千歌ちゃんと接することも少なくなって、そのことに寂しいって思って。

 

 

そんな気持ちを抑えようと必死になって、ガムシャラに何でもやろうとして

 

 

 

 

 

失敗した。

 

 

 

結果的にみんなに心配をかけて、そしてみんなの夢を壊してしまったんだ。

 

 

 

怖くなって、誰にも頼れなくて、不安で泣きたくて、でも私に泣く権利なんてなくて……私は壊れた。

 

 

そして千歌ちゃんたちを深く傷つけてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ『なんで花丸ちゃんを責めるようなことを言ったの……?』

 

鞠莉『Chao』

 

花丸『悲し…かったずら……』

 

善子『裏切られた…』

 

ダイヤ『こんなのあんまりではないですか……』

 

果南『もう、終わりだとは思うけど。』

 

梨子『…酷い。酷いよ…』

 

千歌『もう、遅いんだよ…』

 

 

 

 

 

 

 

曜「いやだ……」

 

 

私がいなければ良かった。

私がみんなの立場だったら、きっとそう思う。

 

 

 

曜「なにか……しよう。」

 

 

 

ふと思ったこと。

Aqoursのみんなに何かしてあげたい。

 

今まで迷惑をかけてきた分を取り返したい。

 

 

 

曜「私ができること…」

 

 

 

 

久しぶりにみんな笑ってくれるかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、降りしきる雨の中、部室にやってきたけど、案の定誰もいなかった。

 

 

 

 

曜「これで…良かったんだよね。」

 

 

 

 

私は持ってきた紙袋を机の上に置いて、その場を立ち去ろうとした。

 

 

 

 

 

「曜。」

 

 

 

後ろから声をかけられたから振り返ってみると、そこには腕を組んで立っている鞠莉ちゃんがいた。

 

 

 

曜「鞠莉ちゃん。どうしてここに?」

 

鞠莉「あなたを待ってたのよ。」

 

 

一人で?この暗闇の中?

 

 

曜「私が来るって知ってたの?」

 

鞠莉「ん〜。センス…かな。」

 

 

鞠莉ちゃんの勘は異常だよ…

 

 

 

鞠莉「それより、伝えたいことがあるのよ。」

 

曜「なにかな…?」

 

 

 

私が聞き返すと鞠莉ちゃんは唇を噛んだあとに

 

 

鞠莉「返ってきて。」

 

 

と震える声で言った。

 

 

 

曜「まり…ちゃん……」

 

 

鞠莉「あなたにとって辛いことなのかもしれない。それでも、先輩のワガママを聞いてほしい。あなたが居てくれなきゃAqoursは成り立たない!」

 

 

鞠莉ちゃんの心の中の悲鳴がひしひしと伝わった。

 

私が壊していったAqoursを必死に鞠莉ちゃんは建て直そうとしてくれているんだ。

 

 

 

曜「……ちょっと厳しいかも。」

 

鞠莉「よう…」

 

 

 

 

曜「でも!

やるべきことをしたら、また戻ってきたい。もし、こんな勝手な私を入れてくれるのなら……またみんなと歌いたい。」

 

 

 

 

昨日、あの花畑で千歌ちゃんと会えて良かったのかもしれない。私の気持ちを変えるキッカケになった。

 

ああやって千歌ちゃんと話せていたかけがえのない毎日を私は憂鬱に過ごしてしまった。

 

 

でも、今ならやり直せるかもしれない。なんとなくだけどそんな気がする。

 

 

 

私はなぜか笑顔になっていた。

 

 

 

鞠莉「Waiting for you.

その時が早く来ることを願っているわ。」

 

 

 

ニコリと笑った鞠莉ちゃんはとても安心した顔をしていた。

 

 

 

鞠莉「迎えの車も来たし、曜の家まで送っていくわ。」

 

 

明るくなった鞠莉ちゃんを見れて嬉しかったけど、私にはやらなきゃいけないことがあるから……

 

 

曜「ありがとう。でもね、帰り道でどうしても行きたいところがあるから。」

 

鞠莉「……そこまで送っていくわよ?」

 

曜「本当?……それなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鞠莉「……今は果南がいるかもしれないわよ。」

 

曜「大丈夫だよ。ここまで送ってくれてありがとう。」

 

 

 

 

私は千歌ちゃんの家の前まで鞠莉ちゃんに送ってもらえた。

 

 

 

鞠莉「No problem.

…曜。」

 

曜「うん?」

 

 

 

鞠莉「……なんでもないわ。」

 

 

鞠莉ちゃんのふと見せた表情には不安が募っていた。

 

 

その不安そうな顔が私に伝わって、重苦しい雰囲気になる。

 

 

曜「それじゃあ、またね。」

 

鞠莉「Ciao.」

 

 

 

結局、あまり言葉を交わさないまま鞠莉ちゃんと別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鞠莉ちゃんと別れた後、千歌ちゃんの家とは反対方向に私は歩いていた。

 

 

 

びしょ濡れになりながらも歩いて、目の前には

 

 

 

 

台風の雨風によって荒れ狂っている海がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「……ふぅ。」

 

 

 

正直、バカだ。バカようだ。

 

台風の日は水辺、特に川や海に行かないということは当たり前。船乗りの娘なら耳にタコができるほど聞いてる話。

 

 

 

それでも、私は取りに行かなきゃいけないものがあるんだ。

 

 

私は現実に向き直って、あることを思い出した。

 

 

 

 

大切にしていた千歌ちゃんからもらった四つ葉のクローバーの髪留めがどこにも無いことに。

 

私と千歌ちゃんを繋げている大事なもの。

 

 

 

 

 

私はあの日……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌『友達、やめよ。』

 

 

曜『……え?』

 

千歌『もう、曜ちゃんといたくない。』

 

 

曜『…ぁ…ぇ……ぁ……』

 

千歌『……大丈夫。最初は寂しくなるときもあるかもしれないけど、慣れれば、きっと…ね?』

 

 

曜『……ぃ……ゃ……』

 

千歌『……!

そのネックレス…私の……』

 

 

曜『……そ、そうだよ!これがわた』

 

 

千歌『それ、貸して。』

 

 

曜『え。』

 

 

 

千歌『だって、もう友達じゃないから。』

 

 

 

曜『や、やだ!!嫌だよ!!』

 

 

千歌『…お願い。』

 

 

 

 

 

 

 

このとき何を思ったのか、私の考えうる限りでは最悪のことをしたんだ。

 

 

 

 

 

 

曜『私から取ったら梨子ちゃんに渡すんでしょ!?知ってるよ!渡すもんか!絶対に渡すもんか!!』

 

 

そう言って私は泣きわめいた。

 

 

千歌『…っ。返してよ!』

 

 

千歌ちゃんの口調が強くなったことに錯乱した私はあろうことか

 

 

 

曜『千歌ちゃんが怒るのはこんなもののせいだ!

いらない!いらない!うわぁぁっ!』

 

 

 

 

大切な宝物を海に投げ捨ててしまった。

 

私はそのときの千歌ちゃんの顔を覚えている。

 

 

 

 

本当に悲しそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

だから、私は……

 

千歌ちゃんとやり直すには、あの髪留めを拾いに行かなきゃダメなんだ。

 

 

 

この台風が通り過ぎるまで待ってたら、きっと髪留めくらいの小さなものだと、どこかに流されてしまう。

 

 

 

 

三角巾をしていた左手に懐中電灯を持たせて、私は海の中に向かって歩いていく。

 

暗くてどんよりしていて、どこまで言っても真っ黒な海。私の大好きな場所は地獄のような光景になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「…行ってくるね。」

 

 

 

 

 

そして私は海の中に潜った。

 

 

 

 

 

懐中電灯で照らしてみたけど、今日の海は真っ暗で水も濁ってて、ほぼ何も見えなかった。

 

そして、左腕が思うように動かなくて辛い。早く戻らないと体力的に厳しいかもしれない。

 

 

 

 

私はまず、自分が投げた方向に泳いでいった。流されて別の場所に行ってる可能性が高いけど……

 

 

 

結局見当たらなかったから、一度陸に上がって物が引っかかりやすい桟橋付近を探すことにした。

 

 

桟橋を歩いていくと、ポツンと私の懐中電灯の光だけが海の中で光っているようで怖い。

 

 

 

 

 

早く海の中に入りたいと思った私は、桟橋を走ってそのままの勢いで海に飛び込んだ。

 

本当に飛び込みの選手か疑う飛び込み方だったけど。

 

 

 

 

 

 

 

私の読み通り、桟橋付近にはたくさんの物が引っかかっていた。

 

 

陸に戻るようにして泳いでいたその時だった。

 

 

 

 

千歌『よーちゃん!』

 

曜「!」

 

千歌『こっちだよ!』

 

 

 

 

千歌ちゃん?どこにいるの?

 

 

 

 

千歌『ここ!』

 

 

曜「!」

 

 

よく目を凝らすと、暗闇の中に誰かがいるのがわかった。

 

必死にその方に泳いでいくと、そこには私の探していた四つ葉のクローバーの髪留めが、藻屑の中に紛れて光っていた。

 

 

私は無我夢中で手を伸ばす。両手が使えないから、藻屑をどかすことはできない。だから目一杯手を伸ばす。

 

 

 

 

 

あと少し、あと…もう少し!!

 

 

 

 

 

 

千歌『よーちゃん!』

 

 

 

 

 

 

 

とどけ!!

 

 

 

 

 

曜「ぐぅぅぅぁっ!」

 

 

 

 

 

私の指先にツルツルした感触のものが触れた。

 

届いた。やったんだ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「……?」

 

 

 

 

 

 

あれ?

 

 

 

抜け……ない…………

 

 

 

 

曜「っ!?……っ!」ブクッ

 

 

 

酸素ボンベもないし、手を伸ばすことに力を使った私には息が続かなかった。

 

曜「んっ……んぐっ!」

 

ま、まずい…!いやだ!

ちゃんと浜辺に帰って、千歌ちゃんと仲直りするんだ!

 

 

 

台風のせいで海が荒れているせいか、いつもより体力がもたない…!

 

 

 

左手に持っていた懐中電灯を離して右腕を引き抜こうとした。

 

 

 

いやだ!いやだ!いやだぁぁっ!!

 

 

 

曜「ん………かはっ…………」

 

 

 

 

 

 

 

千歌ちゃん………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌『よーちゃん。』

 

 

 

曜「…千歌ちゃん?」

 

 

 

千歌『…見つけてくれてありがとう。』

 

 

 

 

曜「…ずっと寂しかったよね?悲しかったよね?」

 

 

千歌『…うん。』

 

 

曜「ごめんね。」

 

 

 

千歌『ううん、ううん。よーちゃんも辛かったよね?』

 

 

 

曜「そうかもしれないけど、今は……もう幸せかな。」

 

千歌『…どうして?』

 

 

 

曜「今はこうして千歌ちゃんと一緒に居られるから。」

 

 

 

千歌『うん。チカも幸せだよ。

 

 

 

 

 

ねえ、よーちゃんはチカのこと好きでいてくれる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、大好きだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌ちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄れゆく意識の中、遠ざかっていく懐中電灯を見つめて、私は心の底から笑顔になれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌『私も曜ちゃんのこと、大好きだよ。』

 

 

 

 

 

 

 




これにて第三章完結になります。
ここからは今まであまり語られなかったもう一人のヒロインからの視点でお話が進んでいきます。
辛いお話が続きますが、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Another Episode of Chika
#1 果南ちゃんの選択肢




今回から特別編ということで、千歌ちゃん視点の物語が始まります。気になっている方も多かったようなので、引き続き見ていただけると幸いです。





 

 

 

 

 

 

 

〜曜がみんなの前で泣いた次の日〜

 

 

 

 

 

 

 

千歌「果南ちゃん、お待たせ。」

 

 

果南「全然待ってないって。さあ行こうか。」

 

 

 

今日の練習はなぜかわからないけど、突然OFFになった。

 

 

果南「どこに行きたいかなん?」

 

 

そしてこれまたなぜか果南ちゃんとお出かけすることになっている。

 

どういうことなんだろ、これ。

 

 

 

千歌「うーん。正直、あんまり考えてなかったんだよねー。」

 

果南「まあ、気長に考えてよ。」

 

 

千歌「…じゃあ、沼津!」

 

果南「え?あ、うん。そうしたら、バスに乗ろっか。」

 

千歌「よーし!そうしたら、今日は果南ちゃんと遊び倒すぞー!」

 

 

 

頭の中では疑問に思いつつも、とりあえず果南ちゃんと沼津に遊びに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沼津の駅前まで来ると、果南ちゃんは目を細めて私に話しかけてきた。

 

 

果南「街中に出てきたいなんて意外だなあ。」

 

 

千歌「沼津には高校になってから遊ぶようになってね?でも果南ちゃんとは高校に上がってからあまり遊んでなかったし。」

 

 

果南「へえ、千歌のことだから部屋でゴロゴロするって言われると思ってたよ。」

 

 

 

 

 

千歌「それはそれで……良いね!」

 

 

 

 

なるほど。それは一理あったね……

 

 

でも、それっていつも通りな気がする。

 

 

 

 

果南「まあ、折角こっち来たんだし何かしよう。」

 

千歌「うん!」

 

 

 

 

 

まあ、こうやって二人きりで遊ぶ機会も珍しかったし、今日は楽しもうかな♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果南「千歌も大概だね。」

 

千歌「好きなんだもの。しょうがない!」

 

 

まず私と果南ちゃんはアイドルショップに来ていた。ここのお店はダイヤさんがオススメしてくれて、前に来ていたから大体どこに何があるかは把握済みなのだ。

 

 

 

 

千歌「わぁ。この子かわいいっ!ほら、ポージングとかばっちりでしょ?」

 

 

果南「んー。私はどっちかっていうとこの子の方がいいかな…。」

 

 

 

千歌「ほう。確かにこの子もスタイル抜群ですな。」

 

 

 

鞠莉ちゃんは胸が大きくてくびれとか凄いし、ダイヤさんも控えめだけどスラッとしていて綺麗だし……

 

あれ?果南ちゃんはそういう趣味なの?

 

 

 

果南「というか、私はあんまり他のスクールアイドルについては知らないよ?」

 

千歌「まあまあ。そう言わずに少しだけお付き合いくだせえ。」

 

果南「江戸っ子…」

 

千歌「あ、μ'sの棚だ!」

 

 

μ'sのロゴを見た瞬間、私は駆け足になった。お店の中で走るのは怒られちゃいそうだけど、胸のときめきは抑えられない、よね!

 

 

 

 

千歌「ほらほら!これだよ!」

 

果南「何が?」

 

千歌「μ'sの最初のライブ!ここに書いてあるよ。」

 

果南「僕らのLIVE君とのLIFE。

へえ、最初の曲は学校で撮影したんだね。」

 

千歌「正式には9人として揃った最初のライブらしいんだけどね。」

 

果南「らしいってことは誰かから聞いたの?」

 

 

それはもちろん

 

 

千歌「ダイヤさん。」

 

果南「ああ…納得したよ。」

 

 

実は私の持ってる情報の多くがダイヤさんから仕入れたものだったり、しなかったり。

 

 

果南「じゃあ今度さ、私たちも学校で撮影してみる?」

 

千歌「いいね!じゃあ新しい曲を作らなきゃだ!ちゃんと考えなきゃだね。」

 

果南「ダンスの振りつけは私とダイヤが考えようかな。」

 

千歌「衣装は曜ちゃ……んじゃない人に任せてみてもいいかも。」

 

 

 

…嫌い。この前、もどかしい感情から言ってしまったこと。

 

 

あの後、曜ちゃんは私のことをどう思ってるんだろう。

 

 

 

 

 

果南「それもみんなと相談しながら決めよう。」

 

千歌「うん…。」

 

果南「ほら、違うお店も見て行こう。」

 

 

気持ちを切り替えるために果南ちゃんは次に行く場所を聞いてきた。

 

 

千歌「そうだね。そうしたら、どこに行こっか?」

 

果南「女の子らしく洋服か雑貨屋さんとか?」

 

 

果南ちゃん……

 

 

千歌「いかにも私たちらしくないね。」

 

果南「じゃあ歌詞作りに役立つし、図書館にでも行く?」

 

千歌「それなら雑貨屋さん行く……」

 

 

 

 

本を読むのは嫌だったから、どこ行くわけでもなく、私たちは沼津の街を徘徊し続けた。

 

 

 

すると、この前のライブの衣装に使っていた記事や小物が置いてあるお店を見つけた。

 

 

 

千歌「…あ。これってこの前のライブの衣装のやつだ。」

 

果南「本当だ。曜とルビィはここで小道具を買ったんだね。」

 

千歌「センスいいなぁ二人とも。」

 

 

 

本当に感心しちゃう。ズボラな私にはこの中から可愛いものを選ぶことなんてできない。

 

 

 

果南「そうだね。私だったらこんなに色々ある中からパッと決められないね。」

 

 

私は吸い込まれるようにそのお店を見入っていた。

 

 

 

果南「せっかくだし、入っていかない?」

 

千歌「そうだね。」

 

 

 

果南ちゃんがせっかく気を遣ってくれたので、入ってみることにした。

 

お店の中はアクセサリーや小物が色々取り揃えてある様子で、ルビィちゃんが喜びそうな内装だった。

 

 

 

あれ?このお店って……

 

 

 

 

果南「Aqoursメンバーでこういうところにいつも来そうな子っていないよね。」

 

千歌「確かにそうだね〜。」

 

果南「特に私たちには縁が遠いお店だね。」

 

 

私たち、か…

 

 

 

千歌「……意外とそうでもないんだよね。」

 

果南「そうなの?千歌はここに来るんだ。」

 

千歌「…曜ちゃんとたまに来てた。」

 

果南「へぇ…。曜がね…」

 

 

曜ちゃんは制服とか衣装のことになると目がない。その一環なのか、こういうお店に来ることは何度かあった。その度に目をキラキラさせて、「これ、可愛いよね!」とか「千歌ちゃんに絶対に似合うよ!」とか言ってたっけ……

 

 

 

ん!?何このぬいぐるみ!

 

 

 

千歌「こ、これ…!」

 

 

私の目線の先にはカラフルなイルカのぬいぐるみが置いてあった。色によって表情が違くてとても可愛い!

 

 

お財布にお金は……ない!全然ない!

 

 

 

 

うぅ…ここは、おねだりタイムだあ!

 

 

 

果南「これが、どうしたの?」

 

千歌「ほ、ほしいっ!」

 

 

果南「今月はお小遣いもそこそこピンチなんだけど?」

 

千歌「う、ぐ…。ほ、ほしい…」

 

 

一応聞いてあげるか、という果南ちゃんが言いそうなセリフが頭の中で再生されたけど、これは押し切れそう!

 

 

果南「…どの子が欲しいの?」

 

 

 

キタキタ!もう私の中では決まってます!

 

 

 

千歌「この子たち!」

 

 

そう言って、私は三つのぬいぐるみを抱いた。

 

 

果南「ぬいぐるみって、一つでも結構するんだよね……」

 

 

ごもっともです……

 

 

千歌「だ、だよね…。

ワガママ言ってごめんね。」

 

 

そうは言いつつも、改めて私が欲しがっていたイルカを見る。

 

 

 

みかん色にピンクに青

 

 

みかん色の子はなんというか普通だ。目とか鼻先とか尾びれとか、とにかく普通……。でもそこがなんか可愛い。それに、なんかこの子を見ると私が買わないといけないって使命感が出ちゃう。

 

 

ピンクの子はみかん色の子よりも綺麗な形をしてる。ただ、少し遠慮がちな顔の造形をしていた。どこか躊躇ってるような表情。なんだろ?どこか応援したくなるような子だ。

 

 

青の子は完ぺき、かな?

多分出来が一番良いと思う。大っきい目には惹きつけられる感じがすごいする。可愛さが愛嬌になってるし、形も良くできてる。

よく見てみると、棚に並べられている数が他の子よりも少ない。一番買ってもらってるのかも。

 

 

 

ふと、ぬいぐるみから目を離して果南ちゃんを見ると、果南ちゃんは棚のぬいぐるみ達をじっと見ていた。

 

 

 

 

 

千歌「果南ちゃん?」

 

果南「2個までならいいよ。」

 

 

千歌「え!」

 

果南「2個までなら、買ってあげるよ。」

 

千歌「か、果南ちゃん…!」

 

 

さ、さすがすぎるよ!

 

 

果南「まあ、千歌も最近頑張ってたしね。ご褒美も兼ねてかな。」

 

千歌「ありがとう!」

 

 

果南「それで、どの子にするの?」

 

 

 

千歌「あ、うん…そうだね……」

 

 

 

ど、どうしよう……。

意外と難しいお題の質問だよ…これ。

 

 

 

千歌「オススメするとしたら、果南ちゃんはどの子にする…?」

 

果南「私?千歌が選んであげないと、その子は嬉しくないんじゃないの?」

 

 

た、確かに……

 

 

千歌「で、でも。」

 

果南「なら、オレンジの子は買ったら?みかんっぽい色してるし、どこか千歌に似てるし。」

 

千歌「私に似てる?」

 

果南「雰囲気かな?私からはその子は千歌に見えるよ。」

 

 

 

やっぱり果南ちゃんもそう思うんだ。

私も同じこと考えてた。

 

なんか、私が責任を取って引き取らないといけない気持ち。

 

 

千歌「この子にする。」

 

 

果南「あと一つ。どっちの子にする?」

 

 

 

果南ちゃんが間髪入れずに質問をしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ……。果南ちゃんはぬいぐるみを使って、私を試しているんだ……

 

 

 

 

千歌「……。」

 

 

 

 

さっきのオレンジの子が千歌に似ているという果南ちゃんの言葉がヒントになった。どこかでは感じていたものがようやく理解できた。

 

 

ピンクは梨子ちゃん、青は曜に似ている。感覚的なところで、どちらに似ている子を選ぶのか。それが果南ちゃんの問題だ。

 

 

 

 

 

梨子ちゃんか曜ちゃんか

 

 

 

 

どちらかを選ばないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決めたよ。

 

 

 

 

千歌「私はピンクを選ぶよ。」

 

 

果南「……わかった。そうしたらオレンジとピンクのやつを買ってくるよ。」

 

 

私の答えを聞いた果南ちゃんは、拍子抜けしたような顔をした。そっか。私は曜ちゃんを選ぶと思ったんだね。

 

 

 

 

確かに青の子を選ぼうと思ってた。

 

でも、ピンクの子の儚げな感じが私に罪悪感を感じさせた。その分、青の子の方はとても煌びやかなように見えたんだ。

 

 

だからこのとき私は思った。

 

 

 

 

 

青の子の方なら、私じゃない子にも買ってもらえると。

 

 

それに、普通怪獣のお部屋に飾られたら、せっかくの可愛い子が普通になっちゃうもんね。

 

 

 

きっと私よりあなたにふさわしい子が見つかるよ。

 

 

 

 

私は手に持っていた青色の子を棚に戻した。

 

 

 

千歌「これで良いんだよね…」

 

 

 

私の言葉に反応して果南ちゃんが振り向いた。

 

 

果南「千歌?」

 

千歌「なんでもないよ。」

 

 

 

 

でも、とても気になることがあった。

 

 

それはあの子がこちらに変わらず笑顔を向けてくれているはずなのに、どこか無理して笑っているように見えたところだった。

 

 

千歌「……いい子が見つかるといいね。」

 

 

 

 

 

 

 

私は心の底からそう思いながら、お店の外で果南ちゃんを待つことにした。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#2 コワレタオサナナジミ

 

 

 

 

 

 

果南ちゃんにぬいぐるみを買ってもらった後、私はずっと気になっていたことを果南ちゃんに質問した。

 

 

 

千歌「ねえ、果南ちゃん。」

 

果南「うん?」

 

千歌「今日ってなんでお休みになったの?」

 

果南「え?あぁ…うーん……。私にもイマイチわからない、かな。」

 

 

 

なんとか誤魔化そうとしてるけど、私にはわかるよ。果南ちゃんは何か知ってる。

 

 

千歌「ねえ、部室行かない?」

 

果南「えっ。」

 

 

千歌「もう沼津にいるのも飽きちゃったし、せっかく果南ちゃんと一緒だからダンスとか教えてもらいたい。」

 

 

 

うん。理由付けは完ぺきだね。

本当はこんな嘘つきにはなりたくないけど……

 

 

果南「なに言ってるの?せっかくのOFFなんだし、ちゃんと体を休ませないと。」

 

千歌「なら、せめて歌の練習を!」

 

果南「なら、カラオケにでも行く?私はあまり慣れてないけど。」

 

 

 

だ、ダメだ…!果南ちゃん、手強い!

 

 

 

 

 

千歌「知ってるんでしょ!果南ちゃんはみんなが何をしてるかってこと。」

 

 

私は賭けに出てみた。

 

 

果南「…なんのこと?」

 

千歌「だって、だっておかしいよ!このタイミングで練習をいきなり休みにするなんて普通じゃない。」

 

 

私の言葉を聞いて、果南ちゃんは口をへの字にさせた。

 

 

 

 

千歌「私には話せないことなの?私が何かみんなに悪いことした?」

 

 

果南「千歌は考えない方がいいよ。」

 

 

私は考えない方がいい?

 

 

 

千歌「それってどういうこと?」

 

果南「…今の千歌にはちゃんと考えてから決めることはできないことだよ。」

 

 

なに?ちゃんと考えて…?

 

 

 

千歌「いいよ。わかった。これ以上な果南ちゃんには聞かないよ。」

 

 

そして私は果南ちゃんに背を向けてバス停に向かって歩いた。

 

 

 

果南「千歌!どこに行くの!」

 

千歌「浦女。」

 

 

 

ガシッ

 

千歌「いっ!」

 

果南ちゃんに腕を掴まれた。

 

 

果南「Aqoursにとっても、千歌にとってもここで話を聞かない方がいい。」

 

 

 

千歌「なんで!?なんで私だけは仲間はずれなの!?」

 

 

 

街中に私の叫び声が響く。周りの人の目線が痛いけど、それ以上に胸がチクチクして痛かったから、あまり気にならなかった。

 

 

 

果南「これからの曜のことをみんなが話しているところなんて聞きたいの?」

 

 

 

千歌「っ。」ドクンッ

 

 

 

 

これからの……曜ちゃんのこと……?

 

 

 

 

果南「もしかしたら曜には次のライブは辞退してもらうかもしれない。

水泳部に専念してもらうために、サポート役に回ってもらうように頼まないとかもしれない。

 

そんなことを話しているみんなを、千歌は冷静に見れる?」

 

 

 

 

 

 

曜ちゃんに辞めてもらう?

 

 

 

 

千歌「わ、私は……わかんないよ……」

 

 

果南「そんなガタガタの気持ちで曜の話をしたら、きっとAqoursの方針が決まらない。

私も千歌と一緒。省かれたんだよ。」

 

 

 

省かれた……?

 

 

果南「私だって曜の幼馴染だよ。曜が可哀想なことになって黙ってるはずないでしょ。」

 

千歌「でも……」

 

 

 

 

私は曜ちゃんのこと、どう思ってるんだろ……

 

 

千歌「それでも……そうだとしても、私は曜ちゃんのことをみんなと話したい。」

 

果南「千歌…」

 

千歌「だから、もし千歌が変なこと言ったら、果南ちゃんに止めて欲しいんだ。」

 

 

私は果南ちゃんの目を見て話した。

 

 

 

果南「……わかった。行こうか。」

 

 

 

 

 

 

果南ちゃんにも認めてもらって、私たちはバスに乗った。

 

 

バスの中では私と果南ちゃんの間には気まずい空気が流れていた。何を話せばわからなかったから、私はただ黙っていた。

 

 

 

 

バスを降りて学校に行くための坂の前に着くと、私はなぜか嫌な胸騒ぎに襲われた。

 

 

 

果南「千歌!」

 

 

 

私はこの胸騒ぎを抑えたくて、走って部室へ向かった。

 

 

 

千歌「はぁ…はぁ……。」

 

 

 

息を切らして部室まで来たけど誰もいない。果南ちゃんの言ってたことは嘘?ドッキリ?

 

 

 

 

 

すると、体育館の裏から

 

 

 

 

 

曜「一番ずるいのは梨子ちゃんだよ!」

 

 

 

 

 

曜ちゃんの怒号が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

曜「転校してきてすぐに千歌ちゃんと打ち解けて、自分に自信が持てないフリして千歌ちゃんの興味を向けさせて、挙げ句の果てには私のいた場所まで奪っていくんだ!!」

 

 

鞠莉「曜っ!!」

 

 

曜「そしてどこにいても善人ぶってるんだ!みんなの前では他人を心配するような素振りをして、ピアノの大会があれば自分を優先するんだ!みんながどうなるかなんて考えないで……本当にずるいよ!」

 

 

 

曜ちゃんは何を言ってるの…

 

 

 

曜「一番ずるいのは梨子ちゃんだ!」

 

 

 

 

 

え……。

 

 

 

 

 

曜「がっかりした?

……そうだよ。明るいフリをして、本当の心の中は真っ暗。みんなのことだって信用してないから!!」

 

 

 

私が建物の角から様子を見ると、花丸ちゃんが膝から崩れ落ちていた。

 

 

ルビィ「は、花丸ちゃん!!」

 

 

ダイヤ「あ、あなたは……なんてことをっ!」

 

曜「当然でしょ?

嘘をつかれて、信じろって言う方が無茶苦茶じゃない?」

 

 

曜ちゃんは善子ちゃんに胸ぐらを掴まれて、後ろの壁に叩きつけられていた。

 

鞠莉「善子っ!」

 

善子「…許さないわよ。」

 

曜「こっちのセリフだよ。」

 

善子「私が大好きだった、優しい曜さんを返せ!」

 

 

一瞬の間が空いて、曜ちゃんは鋭い目線で善子ちゃんを睨んだ。

 

 

曜「優しくないんだったら私なんていらないんでしょ?」

 

善子「え……」

 

曜「ケガしてて練習できなくて、衣装も作れなくて、迷惑ばかりかけて、大会の邪魔をして、みんなを泣かせる私なんていらないんでしょ!?」

 

善子「ち、ちがっ!」

 

 

 

鞠莉「ストーップ!!」

 

 

曜「Aqoursなんて辞めてやる!!

みんなにとって私なんかいない方がマシなんでしょ!?」

 

 

 

 

 

 

梨子「お願いだからやめてぇぇっ!!」

 

 

 

泣き叫ぶ梨子ちゃんの声が響いた。

 

私は声が出せなかった。

あまりにも曜ちゃんが怖くて、何も言えなかった。

 

 

すると、曜ちゃんは自分の耳を疑うことを梨子ちゃんに言った。

 

 

 

曜「…なら梨子ちゃんが辞めて。」

 

 

 

梨子「やめる……やめるよ……

みんなが、曜ちゃんが納得するなら、私がやめるよ………」

 

ダイヤ「ふ、ふ、ふざけるのも大概にっ!!」

 

鞠莉「Crazy.

曜、本当にどうしたの?」

 

 

曜「いっそのこと千歌ちゃん以外やめてよ。」

 

 

 

そんなこと…言うなんて……

 

 

 

千歌「よ…う……ちゃん……?」

 

 

 

 

私の第一声は曜ちゃんの名前をボソッとしか言えなかった。

 

 

 

曜「え……」

 

 

千歌「な、なにを……」

 

 

果南「……曜」

 

 

いつの間にか後ろに立っていた果南ちゃんも曜ちゃんの名前を呼ぶことしかできなかった。

 

 

曜「みんなが私のことを騙してたから、怒ってたんだよ。」

 

 

千歌「でも、やめてって…」

 

 

曜ちゃん、そんなこと言う子じゃないよね…?

 

 

 

 

曜「本当にみんな卑怯だよね。」キッ

 

 

嘘だ。こんな曜ちゃん、嘘だ。

 

 

千歌「みんなを傷つけないで……」

 

 

 

私の頭の中はグチャグチャで整理できない。果南ちゃんが言っていたのはこのことだったの……?

 

でも、無理だよ……こんなの無理だよ……。

 

 

曜ちゃんが人を傷つけるところなんて見たくない。いつも誰かのために頑張っている曜ちゃんが、こんな形でみんなに嫌われたりなんかしたら……

 

 

 

千歌「…曜ちゃんが出てってよ!」

 

 

 

果南「ち……か………」

 

 

 

 

曜「……。」

 

 

 

私は何をしているんだろう?

 

 

自分で自分が制御できていない。

 

 

 

鞠莉「曜……。」

 

 

 

鞠莉ちゃんがカバーしようとしてくれてる。

 

 

 

曜「……ちゃんと……いいます」

 

鞠莉「……聞きたくないわ。」

 

曜「わ、わたしは……」

 

鞠莉「やめて。」

 

曜「わたし……わたなべよ……ようは……」

 

果南「曜。」ギュッ

 

 

 

果南ちゃんが曜ちゃんを抱きしめた。

 

そっか……。私が心配しすぎだね。

 

 

 

そんな簡単に曜ちゃんを嫌いになんかならないよね……

 

 

 

 

ごめんね。曜ちゃ

 

 

 

曜「Aqoursから抜けます。」

 

 

 

 

 

 

ぬ…け………

 

 

 

 

 

果南「曜!」

 

 

 

 

曜「ごめん。果南ちゃん。

 

……もう、無理だよ。」

 

 

 

曜ちゃんは背中を向けて走っていった。

 

 

 

私たちは呆気に取られて動けなかった。

 

 

 

 

善子「抜ける?曜さんが?」

 

 

鞠莉「……Why……」

 

 

 

各メンバーが蒼白になっている中、花丸ちゃんが明らかにおかしくなっていた。

 

 

 

花丸「…い、いや……いやぁ……」

 

 

ルビィ「は、花丸ちゃん!」

 

花丸「いやずら!!

曜ちゃん!待ってぇっ!マルがマルが辞めるから!マルがぁぁっ!!」

 

善子「落ち着きなさい!」

 

 

 

崩壊。

 

私はそれに近いものを今のAqoursに感じた。

 

 

 

 

ダイヤ「なぜ……こうなってしまったのですか?」

 

 

梨子「…」ヨロッ

 

鞠莉「梨子!」

 

 

梨子ちゃんが壁にもたれかかった。

 

 

 

梨子「……ぃ……ゃ…………」

 

 

 

真っ青になった梨子ちゃんは声にならない言葉を発していた。

 

 

 

 

 

 

みんながボロボロな中、私は

 

 

 

 

 

 

普通だった。

 

 

 

 

そう、普通だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

千歌「私は間違ってない。」

 

 

 

 

この方が曜ちゃんにとって良いはずなの。

 

 

 

 

 

 

千歌「…曜ちゃんがこれで笑えるようになったら……それで良いんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、バカだった。バカ千歌だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果南「ようっ!ねぇ!よう!!」

 

 

 

 

 

鞠莉「Pleeeease!!」

 

 

 

 

 

 

 

梨子「……ごめん……なさいっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは私のせいなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#3 もう決めたから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜『Aqoursから抜けます。』

 

 

 

 

あれから1日が経って、私は何もできずにいた。

 

 

私には曜ちゃんを傷つけることしかできない。その事実が私にはどうしようもできなくて、悲しくて……

 

 

 

 

千歌「よう……ちゃん………」

 

 

 

 

 

私はどうしてあげればいいかわからなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

そういえば、あれから梨子ちゃんは大丈夫なのだろうか。

あの日、私とダイヤさんに支えられながら梨子ちゃんは家に帰った。

 

 

まさか梨子ちゃんと曜ちゃんの間であんな拗れがあると思わなかった。

 

 

 

もし……もしだよ?

私がイルカの時のようにどちらかを選択しなければならなかったら、私はどっちの味方になるの…?

 

 

私の視線の先にはベッドの上に置かれたみかん色とピンク色のイルカがいた。

 

 

 

千歌「梨子ちゃんの家に行こう。」

 

 

 

 

梨子ママ「どうぞ、上がってね。」

 

 

千歌「ありがとうございます。」

 

 

梨子ちゃんの家に行くと、梨子ちゃんのお母さんが出迎えてくれた。顔では笑ってたけど、明らかに無理してる顔。最近、時折梨子ちゃんが見せていた表情に似ていた。

 

 

梨子ママ「来てくれてありがとう。でも、梨子はね…。」

 

千歌「梨子ちゃんはまだ…」

 

梨子ママ「…あれから梨子は何も話さなくなって、部屋からも出てこなくなったの。」

 

 

千歌「ごめんなさい。私がちゃんとしていれば、喧嘩なんて起こらなかったんです。」

 

 

 

 

すると、梨子ちゃんのお母さんは悲しそうな目をして、梨子ちゃんの昔の話をしてくれた。

 

 

 

 

梨子ママ「梨子はね、東京で一度友達と大喧嘩して、こうして部屋に閉じこもってしまったことがあるの。」

 

 

 

 

 

 

え……?

 

 

 

 

千歌「…梨子ちゃんはそんな子じゃないです。」

 

梨子ママ「あの子はピアノとか絵を描いたりとか、一人で楽しむ趣味ばかり持っているでしょう?本当は誰かと一緒に何かすることが苦手なのよ。」

 

 

千歌「でも、梨子ちゃんは周りの子のことを考えて色々としてくれてます。」

 

 

 

梨子ママ「そのせいで墓穴を掘ってしまうのよ。」

 

 

千歌「そのせいで?」

 

 

梨子ママ「梨子が音ノ木坂学院出身なのは知ってるよね?」

 

千歌「はい。」

 

梨子ママ「音ノ木坂ってスクールアイドルで有名でしょう?そこでスクールアイドルをやろうって誘われているのよ。」

 

 

 

千歌「えっ…。」

 

 

 

梨子ちゃんはスクールアイドルを知ってたの?

 

 

梨子ママ「それで最初の一年は曲作りをしてあげていたんだけど、友達と上手くいかなくて…」

 

 

千歌「きっとそれは梨子ちゃんが悪いんじゃないです!梨子ちゃんはただ巻き込まれただけで…」

 

 

梨子ママ「友達がね、亡くなったの。」

 

 

 

 

千歌「え……」

 

 

 

 

梨子ママ「…あまり梨子にとっては言いたくないことだと思うけど、喧嘩してお互いが口も聞けないまま、その友達は海難事故で亡くなったの。」

 

 

 

千歌「う……そ…………」

 

 

 

梨子ママ「それから梨子は海に妙なこだわりを持つようになってね。

海の声を知りたいって言って、曲まで一から作ったのに、ピアノコンクールでは突然引けなくなったのよ。」

 

 

 

 

そんな辛いことが梨子ちゃんにはあったんだ……

 

 

 

 

 

 

梨子ママ「だから、千歌ちゃんのような優しい女の子に会えて、梨子は幸せだったはずよ。」

 

 

千歌「私は…優しくなんてないです……」

 

 

梨子ママ「優しいわよ。

 

だって、友達のことを自分のことのように悲しんで泣いてくれいるじゃない。」

 

 

梨子ちゃんのお母さんに言われて、私は泣いていることを感じた。私、泣いてる。

 

 

 

千歌「だって……そんなの……つらいとおもって……」

 

 

 

梨子ママ「ありがとう。多分、梨子の心の扉を開けてくれるのはあなたね。」

 

 

 

私にそんなことできるの…?

 

 

 

 

千歌「…梨子ちゃんに会いたいです。」

 

梨子ママ「梨子もきっとそう思ってるはずだから、会ってきてあげてね。」

 

 

私は少しだけ頷いて、二階の梨子ちゃんの部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

千歌「梨子ちゃん、入るよ。」

 

私はノックもせずに梨子ちゃんの部屋に入った。余計なことをすると鍵をかけられてしまいそうだったから。

 

 

 

そこで私が見た梨子ちゃんは私の知っているような梨子ちゃんとは違った。

 

梨子「……。」

 

梨子ちゃんの肌は透き通るような白さから、青白さへと変わっていたし、キリッとした切れ長の目には大量のクマがあった。明らかに痩せこけていて、髪もボサボサで……

 

 

たった1日でこんなに人って変わっちゃうの……?

 

 

 

 

千歌「りこちゃん。」

 

梨子「……。」

 

千歌「…会いに来たよ。」

 

梨子「……。」

 

 

 

本当に梨子ちゃんは何も喋らなくなってしまった。

 

喋り掛ける度に、瞳が揺れていたから私の言葉を聞いていてることはわかったけど、言葉ではなにも返してくれなかった。

 

 

千歌「…謝りたいんだ、梨子ちゃんに。」

 

 

梨子「……。」

 

 

千歌「こんな辛い思いをさせてごめんね。」

 

 

梨子「……。」

 

 

千歌「私ね、決めたの。」

 

 

梨子「……。」

 

 

千歌「梨子ちゃんがもう傷つかないように何とかするって。」

 

 

梨子「……。」

 

 

千歌「だから、気が向いたら私のところに来てよ。」

 

 

 

 

そう言ってお別れしようと思った時だった。

 

 

梨子「…よう…ちゃん。」

 

 

千歌「!」

 

 

梨子「…よう…ちゃんは?」

 

 

千歌「あれから、会ってない。」

 

 

梨子「…だめよ。後悔する。」

 

 

 

梨子ちゃんの言葉で、梨子ちゃんのお母さんの話を思い出した。

 

 

 

梨子ママ『喧嘩してお互いが口も聞けないまま、その友達は海難事故で亡くなったの。』

 

 

 

 

千歌「私は……もう決めたから。」

 

 

 

 

これ以上、曜ちゃんのことを縛り付けちゃいけない。

 

 

私にとっても曜ちゃんにとっても、このままの関係はきっと良くないってわかるから。

 

 

 

 

 

梨子「…わたしよりも曜ちゃんのことをまず考えてあげて。」

 

 

私はあえて、優しいね、とは声をかけなかった。そんな言葉を梨子ちゃんが求めているはずがないから。

 

 

 

千歌「……。」コクン

 

 

だから私は小さく頷いた。

 

 

 

 

 

ブブッ

 

 

 

 

LINE 今

ようちゃん

 

急なんだけど、いつもの場所に来てくれる?

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#4 沈んだおもいで

 

 

 

 

 

 

梨子ちゃんの家から帰ってスマホの画面を見ると、曜ちゃんから連絡が来ていた。「いつもの場所に来てほしい」と。

 

 

 

もうすぐ夜なのにもかかわらず、曜ちゃんはここまでやって来てくれた。どんな用事なのかはわからないけど、とても大事なことなんだと思う。

 

 

千歌「行かなきゃだ。」

 

 

 

それに、このタイミングで曜ちゃんに言った方がいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

家の前にある砂浜に曜ちゃんはいた。どれくらい待ってくれていたんだろう。

 

 

 

千歌「曜ちゃん。」

 

 

私が呼びかけると、曜ちゃんはこっちに振り向いた。

 

 

曜「…来てくれて、ありがとう。」

 

 

曜ちゃんの表情はとても強張っていて、こちらの様子を伺っていることがわかった。なんの遠慮もなく話せていたはずなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。

 

 

 

 

千歌「ねえ、教えて?」

 

 

一昨日からずっと曜ちゃんに聞きたかったことがあった。

 

 

千歌「なんで梨子ちゃんだけをあんなに責めたの?」

 

 

曜ちゃんが梨子ちゃんのことをあんなに嫌っていたとは知らなかった。

だからこそ知りたい。どうしてあそこまで怒っていたのか。そこがわからなければ、私は曜ちゃんとの関係を戻すことができない気がした。

 

 

 

曜「……ごめん。」

 

 

でも、曜ちゃんは謝ることしかしなかった。

 

 

 

千歌「今日ね、梨子ちゃんに会いに行ったんだ。」

 

曜「どう、だったの?」

 

千歌「痩せてた。たった1日で。

一昨日から何も食べてないんだって。」

 

キュッと目をつぶった曜ちゃんは絞り出すような声で

 

曜「梨子ちゃんには謝ってたって伝えて。もう二度とあんなこと言わないって。」

と私に言った。

 

 

 

千歌「……うん。そうする。」

 

曜「それと、これ。」

 

 

すると、曜ちゃんは私に封筒を渡してきた。何なのかはわからないけど、何か紙が入っているみたいだった。

 

 

曜「それを渡しに来ただけだからさ。わざわざここじゃなくても良かったんだけど、なんか家に行くのは気まずくて……」

 

曜ちゃんは少し苦笑いをしながら話していた。相手を傷つけないように誤魔化している時の顔。

 

この時に私には曜ちゃんを笑顔にすることはできないと確信した。

 

 

 

 

千歌「ねえ、曜ちゃん。」

 

曜「うん。」

 

 

 

もう、辛い顔をしている曜ちゃんを見たくない。

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「友達、やめよ……」

 

 

 

 

 

この瞬間、曜ちゃんの目が大きく開くところが見えた。

 

 

 

 

曜「え……」

 

 

 

千歌「もう、曜ちゃんといたくない。」

 

 

 

 

私はこれで良かったんだと自分に言い聞かせる。

 

 

そうじゃなきゃ

 

 

 

 

 

曜「…ぁ…ぇ……ぁ……」

 

 

 

目の前にいる曜ちゃんの怯えている姿を見て、正常でいられない。

 

 

 

千歌「……大丈夫。最初は寂しくなるときもあるかもしれないけど、慣れれば、きっと……

……ね?」

 

 

曜「……ぃ……ゃ……」

 

 

 

 

震える声で拒もうとしている姿は、まるで捨てられた子犬みたいな感じで…

 

 

やめて……

 

だって、これでようやく二人とも傷つかなくて済むんだよ……

 

 

 

拒む曜ちゃんが首を振った時に曜ちゃんの首元にキラッと何か光る物が見えた。

 

 

 

千歌「……!

 

そのネックレス…私の……」

 

 

 

 

曜「……そ、そうだよ!これがわた」

 

 

 

だめだ。あれがいつまでも曜ちゃんを縛っているんだ。アレのせいで曜ちゃんは私とずっと一緒にいようとするんだ。

 

 

 

 

千歌「それ、貸して。」

 

曜「え。」

 

千歌「だって、もう友達じゃないから。」

 

 

私の言葉を聞いた瞬間、曜ちゃんは大きく身震いした。

 

 

曜「や、やだ!!嫌だよ!!」

 

 

 

お互いに依存しすぎたんだよ。でも、それは良くないことなんだ。だから…

 

千歌「…お願い。」

 

 

 

 

すると曜ちゃんは、梨子ちゃんを責めていたときの顔に変わった。

 

 

曜「……私から取ったら梨子ちゃんに渡すんでしょ!?知ってるよ!

 

渡すもんか!絶対に渡すもんか!!」

 

 

曜ちゃんは目に溜めていた涙を決壊させた。本当にもう限界だったんだ。

それなのに、私は梨子ちゃんのことを知らないくせに梨子ちゃんを傷つけることを言って欲しくないって思って

 

 

 

千歌「返してよ!」

 

 

 

思わず口調が強くなってしまった。

 

 

 

 

曜「千歌ちゃんが怒るのはこんなもののせいだ!

いらない!

いらない!!

 

うわぁぁっ!」

 

 

 

千歌「!」

 

 

 

 

次の瞬間、ネックレスを外した曜ちゃんは思いきりそれを海へと投げ捨てた。

 

 

 

 

 

 

ポチャン

 

 

 

 

私と曜ちゃんの思い出が沈んだ音。

 

それはあまりにも小さくて、軽くて、寂しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「……さようなら。」

 

 

 

 

私が呆然としていると、曜ちゃんはそう言い残して浜辺からいなくなった。

 

 

 

 

 

 

ここで曜ちゃんを引き留めることだってできたはずなんだ。

 

 

引き返すことだってできたはずなんだ。

 

 

 

 

 

それでも私は追いかけなかった。

 

 

 

 

 

千歌「…………。」

 

 

 

 

海に入ってないはずなのに、しょっぱいよ……

 

 

 

 

 

 

この日、私はみと姉に見つけてもらえるまで一人で泣き続けた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#4.5 ふたりの友だち

梨子ちゃん視点です。


 

 

 

 

 

 

 

 

曜『転校してきてすぐに千歌ちゃんと打ち解けて、自分に自信が持てないフリして千歌ちゃんの興味を向けさせて、挙げ句の果てには私のいた場所まで奪っていくんだ!!』

 

 

曜『そしてどこにいても善人ぶってるんだ!みんなの前では他人を心配するような素振りをして、ピアノの大会があれば自分を優先するんだ!みんながどうなるかなんて考えないで……本当にずるいよ!

 

一番ずるいのは梨子ちゃんだ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。

いつも私はずるい。

 

 

曜ちゃんが言っていたことは的を射ている。

 

 

 

 

私の隠していることを見透かしているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

千歌「梨子ちゃん、入るよ。」

 

 

 

 

突然千歌ちゃんの声がしたかと思うと、ノックもせずに千歌ちゃんは私の部屋に入ってきた。

 

 

 

梨子「……。」

 

 

 

千歌ちゃんは絶句といった表情だった。いつもと明らかに違う私の様子を見て、慄いているようにも見える。

 

 

 

千歌「りこちゃん。」

 

 

梨子「……。」

 

 

千歌「…会いに来たよ。」

 

 

 

梨子「……。」

 

 

 

正直何を言えばいいかわからない。

 

せっかく会いに来てくれたのに、私からは千歌ちゃんに何もしてあげることができなかった。

 

 

 

千歌「…謝りたいんだ、梨子ちゃんに。」

 

梨子「……。」

 

 

 

千歌ちゃんは何かを知ってしまった。

直感的にそう感じた。

 

 

お母さん……かな。

 

 

 

 

千歌「こんな辛い思いをさせてごめんね。」

 

 

梨子「……。」

 

 

千歌「私ね、決めたの。」

 

 

梨子「……。」

 

 

千歌「梨子ちゃんがもう傷つかないように何とかするって。」

 

 

梨子「……。」

 

 

千歌「だから、気が向いたら私のところに来てよ。」

 

 

 

そのまま千歌ちゃんは立ち去ろうとした。聞きたいことはいっぱいある。でも、思ったことが言葉にできない。

 

 

だから

 

 

 

梨子「…よう…ちゃん。」

 

 

 

 

名前を呼ぶことにした。

 

千歌「!」

 

 

すると、予想より斜め上くらいの反応が千歌ちゃんから返ってきた。

 

 

 

梨子「…よう…ちゃんは?」

 

 

千歌「あれから、会ってない。」

 

 

 

やっぱり……。

 

 

 

 

勝手に考えることはいけないことだと知っていても、ふと過ってしまう。

 

 

 

梨子「……だめよ。後悔する。」

 

 

 

 

千歌「私は……もう決めたから。」

 

 

 

千歌ちゃんは誰のために傷ついているの?

 

自分のためではない……

 

 

曜ちゃんのため、だったとしたら間違ってる……

 

 

 

 

私のため……?

 

 

 

 

 

梨子「…わたしよりも曜ちゃんのことをまず考えてあげて。」

 

 

不安を取り払うために、私は千歌ちゃんに想いを伝えた。

 

 

 

千歌「……。」コクン

 

 

私の言葉に千歌ちゃんは小さく頷いた。

 

そのまま千歌ちゃんは私の部屋から何も言わずに出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は何をしているんだろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千穂『りっちゃん可愛いんだから一緒にスクールアイドルやろうよー。』

 

梨子『わ、わたしは無理だよぉ。』

 

ようこ『勿体無いよねー。』

 

千穂『本当だよ!

ね?一回だけでも自分の作った歌を歌ってみたいでしょ?』

 

梨子『で、でも〜!』はわわ

 

千穂『うん!決まりー!!』

 

ようこ『いえーい!』

 

 

 

 

 

千穂『なんで無理したの!?』

 

ようこ『だって…ちほちゃんが楽しみにしていた大会だったから……』

 

千穂『無理したらどっちみちその先に進めないよ!』

 

梨子『千穂ちゃん!ようこちゃんは無理してでも頑張ったのにそんな言い方はないよ!』

 

千穂『そもそもなんでりっちゃんはようちゃんのケガを知ってたの!?』

 

梨子『そ、それは……』

 

千穂『知ってたなら止めてよ!

ようちゃんのこと考えてあげてよ!』

 

梨子『ひっ!』

 

ようこ『もう、やめて!』

 

 

 

 

 

 

 

千穂『私ね、引っ越すんだ。』

 

 

梨子『…どうしていきなり?』

 

 

千穂『私はスクールアイドルをしたい。でも、問題を起こしちゃって音ノ木坂ではスクールアイドルできないから…』

 

 

ようこ『それって、私たちを見捨てるの?』

 

千穂『っ。』

 

梨子『ようこちゃん、千穂ちゃんはそんなつもりじゃ……』

 

 

 

ようこ『私が千穂ちゃんの夢を奪ったから?私とはいたくないんだ。

 

なら、早く他のところに行きなよ!』

 

 

千穂『…私は後悔しないよ。』

 

 

 

梨子『まっ!……まっ………て……。』

 

 

 

 

 

 

 

 

ようこ『ピアノ頑張ってよ。』

 

梨子『でも、私はようこちゃんと歌いたい……』

 

ようこ『だめだよ!』

 

梨子『どうして…』

 

ようこ『もう、終わったの。スクールアイドルは。』

 

梨子『終わってない!千穂ちゃんだっていつか…』

 

ようこ『もう、戻ってこないんだよ!』

 

梨子『ようこちゃん…』

 

ようこ『だから、梨子ちゃんはせめてピアノを頑張り続けてよ。』

 

梨子『……うん。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが私が最後に見たようこちゃんだった。

 

 

梨子「…久しぶりに千穂ちゃんとようこちゃんに会えたね。」

 

 

前は悪夢のようにリピートしていた音ノ木坂での夢。最近はめっきり見なくなっていた。

 

 

 

千穂ちゃんは今もスクールアイドルを続けているのかな。それとも…

 

 

 

千歌ちゃんのおかげかわからないけど次の日には私は外に出ようという気持ちになれた。

 

 

 

梨子「お母さん、少し外に出るね。」

 

 

梨子ママ「梨子!…もう平気なの?」

 

 

梨子「心配かけてごめんなさい。もう、切り替えることにしたよ。」

 

 

 

 

本当は嘘。切り替えることなんて不可能に近い。でも、だからこそ明るくしなければいけない気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梨子「はぁ……はぁ……」

 

 

 

ダメだね…。何も食べてないし、あれから運動をしてないから体力が落ちちゃってる。

 

 

梨子「ここに来て最初にやったのは体力トレーニングだったよね…」

 

 

階段を上る千歌ちゃんと曜ちゃんの背中姿が目に浮かんだ。

 

 

 

曜『頑張れー!梨子ちゃーん!』

 

千歌『一緒に頑張ろう!』

 

 

 

目の前にある緩やかな坂を私は全速力で走った。

 

 

 

 

二人が居てくれたから、もう一度挑戦しようと思えた。

 

梨子「はぁっ!はぁっ!」

 

落ちてしまった私を二人が引っ張ってくれたんだ。

 

梨子「はぁっ!はぁっ!」

 

だから

 

梨子「っ!」ダンッ

 

 

私は二人を支えてあげないと。

 

 

 

 

梨子「!」ハァ…ハァ…

 

 

 

坂を登ると、そこには一面のひまわり畑が広がっていた。

 

 

 

梨子「すごい…」

 

 

 

 

こんな場所が内浦にあるなんて知らなかった。伸び伸びとひまわり達が太陽に向かって顔を出していて、一つ一つのひまわりからエネルギーを貰える気がした。

 

 

 

梨子「あそこ…」

 

 

よく見ると、ひまわりとひまわりの間に道のように隙間が開いている場所があった。あそこから通り抜けることができるのかもしれない。

 

その獣道に惹かれた私はひまわりの間を歩いていった。

 

 

「おーい!こっちだよー!」

 

梨子「!?」

 

 

 

子どもの声が聞こえた。その声はこの先から聞こえる。

 

 

 

「かくれてたらみえないよー!」

 

「かくれんぼだもん!」

 

「かくれんぼならこえださないでよー。」

 

「いつまでもみつかんないんだもん。」

 

 

 

この声、どこかで聞いたことがある。

身近にいるのだけど、どこか聞いたことのない気がする。

 

 

 

 

「えいっ!」

 

「わっ!みつかったあ。」

 

 

 

梨子「拓けてる?あの先は…」

 

 

 

 

「よーちゃん、みーっけ!」

 

 

 

 

 

 

拓けた場所には大きなひまわりが一本咲いていた。キラキラと輝いているそのひまわりは、この内浦の海を見つめているように立っている。

 

そして

 

 

 

梨子「……曜ちゃん。」

 

 

 

ひまわりの足元には、曜ちゃんが静かに眠っていた。

 

 

梨子「ここで寝てたら、まだ暖かいとは言っても、風邪を引いちゃうよ。」

 

 

声をかけても曜ちゃんは起きることはなく、どこか安心しているようにスヤスヤと寝息を立てていた。

 

梨子「…ここが好きなんだね。」

 

 

でも、ずっとここにはいられないから曜ちゃんの家まで送っていかなきゃ。

 

 

梨子「私で運べるのかな…」

 

 

 

 

でも驚くことに、寝ている曜ちゃんを抱き上げると、予想よりはるかに軽かった。

私でさえ、多分痩せてしまったはずなのに、それを超えるほどに曜ちゃんは痩せてしまった。

 

 

泣いてはいけない。

 

曜ちゃんがこうなってしまったのは私のせいだから。

 

 

 

梨子「曜ちゃん、帰ろう。」

 

 

 

私が微笑みながら話しかけると、背中の上の曜ちゃんが頰を私の背中に擦りよせた気がした。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#5 なんで私は止めないの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえ、ちかちゃん。

 

 

うん?なぁに?

 

 

わたしね、ちかちゃんといっしょにいるとうれしいんだ!

 

 

ちかといると……?

 

 

うん!なんか、ちかちゃんがいればなんでもできちゃうきがする!

 

 

それなら、ちかも!

ちかもよーちゃんといっしょにいるとうれしいし、なんでもできるきがする!

 

 

 

……えへへっ

 

 

えへへっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?

 

私、泣いた後、そのまま部屋で寝ちゃって……

 

 

千歌「……ようちゃん。」

 

 

 

そういえばあの封筒には何が入っていたんだろう。

 

 

 

 

確か、机の上に置きっぱなしにしていた気がする。

 

 

見つけた。

 

封筒は裏面が上になっていて、渡辺曜とかしこまった字が書いてある。

 

 

 

ドクンッ

 

 

 

次の瞬間、心の中に嫌な物が流れ込んでくる気がした。

なんで?この封筒のせい?

 

 

私は封筒を恐る恐る裏返した。

 

 

 

千歌「えっ…………うそ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

封筒の表には大きく、退部願と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

千歌「…やめ……る?」

 

 

 

 

やめる?

 

 

 

 

曜ちゃんが?

 

 

 

 

とっさに私は曜ちゃんに言ったことを思い出した。

そっか、私……

 

 

それに、曜ちゃんはAqoursを辞めるってもう宣言していたじゃないか。

 

 

 

 

千歌「これで、曜ちゃんが私に縛られることはもうなくなったんだ。良かった……良かったよ…………」

 

 

 

ホントウニヨカッタノ?

 

 

 

千歌「よかったんだよ……」

 

 

 

ウソダ。

 

ホントウハイッショニイタイノニ。

 

 

千歌「よかったの!!これでよかったの!!

これ以上は…曜ちゃんがかわいそうだよ………」

 

 

美渡「千歌。」

 

 

千歌「みと……ねぇ……」

 

 

私の声がうるさかったのか、部屋の中にみとねぇが入ってきた。でも、怒ることもなく、曜ちゃんの封筒を手に持った。

 

 

美渡「…やめるの?」

 

千歌「…うん。」

 

美渡「なんであんたは止めないのよ。」

 

千歌「みと姉がなんて言おうと、私はこれで良かったと思ってる。」

 

美渡「…もしかしたら、曜が一緒にやりたいって気持ちを押し殺して辞めようとしていても、それでもいいの?」

 

千歌「私は……いい。」

 

 

 

 

みと姉には悪いけど、もう曜ちゃんとは友達じゃないし、それに曜ちゃんの気持ちを大切にし過ぎたからこうなったんだ…。

 

 

 

私はこうなるべきなんだと、飲み込むしかないんだよ。

 

 

 

 

 

私の頑なな態度に、みと姉は背を向けた。そして出て行く間際に

 

 

 

美渡「今のあんたはスクールアイドルの話しない方がいいわ、聞いてる方の胸くそが悪くなるから。」

 

 

 

 

そう言い終わると、そそくさと出て行った。

 

 

 

 

 

 

それから梨子ちゃんが会いにきてくれることもあったけど、曜ちゃんのことを考えたくなかったこともあるし、私はみと姉の言った通り、スクールアイドルの話を全くしなかった。

 

 

梨子「千歌ちゃんは練習とかしてる?」

 

 

千歌「……。練習で思い出したんだけどさ、このスポーツ系の漫画さ、この前見たら面白くてさ〜。」

 

 

梨子「…そうだったの。」

 

 

 

こんな調子に話を続かせない。

それに梨子ちゃんは優しいから、無理に詮索してこなかった。

 

 

 

 

 

 

そんなある夜、私は夢を見た。

 

それはAqoursのみんなと一緒にいる夢。

 

 

 

 

 

 

花丸「正直、マルたちがここまで来れると思っていなかったずら…。」

 

善子「何言ってるのよ!このヨハネが付いていながら、予選で終わるとか絶対ありえないし!」

 

 

ルビィ「でもみんなで頑張ったから乗り越えられたってところはあるよね。」

 

花丸「うん。」

 

善子「まあ、そうね。」

 

 

ルビィ「ルビィはね、Aqoursのみんなのことが好き。だからここまでみんなと来れたことが本当に嬉しいんだぁ。」

 

 

 

花丸「ルビィちゃんの言う通りずら。」

 

善子「…ま、まあリトルデーモンの協力は確か」

花丸「よしこちゃん?」

 

 

 

善子「直接言うのが恥ずかしいのよ!

…だから……みんなと一緒に来れて嬉しかったわ。はいっ、おしまい!」

 

ルビィ「えへへ…善子ちゃんらしいね。」

 

 

鞠莉「まったくでーす。善子はso shy!!

恥ずかしがらずに、もっとOpenにして良いんだよ?」

 

花丸「そう、おーぷん!ずら。」

 

善子「ずらまるはやかましい!」

 

 

ダイヤ「まったく…。本番前に大声をあまり出すものではありませんわ。」

 

果南「まあ、元気な方が私たちらしくていいんじゃない?」

 

ダイヤ「そうかもしれませんが。」

 

鞠莉「Bright!!

ダイヤ、せっかくの美人が曇ってたら台無しになるわよ?」

 

ダイヤ「……まあ、緊張を解くためには良いことかもしれませんわね。」

 

 

ルビィ「お姉ちゃん。」

 

ダイヤ「ん?どうしたの?」

 

ルビィ「ルビィはお姉ちゃんとここに来ることが一番の夢だったの!

だから、本当に嬉しいな。」

 

 

ダイヤ「私もあなたとスクールアイドルができて幸せよ。」

 

 

鞠莉「いい妹を持ったわね。」

 

ダイヤ「茶化すのはよしてください。」

 

果南「茶化してなんかないよ。ただ単に私たちは羨ましいんだよ。

梨子ちゃんたちもそう思うでしょ?」

 

 

梨子「そうだね。それに、ルビィちゃんだけじゃなくて、みんな優しくて、あったかくて私は本当に恵まれたなって思ってるよ。」

 

 

 

温かい雰囲気でみんな笑ってて、こんなに幸せに感じることもない気がするのに

 

 

 

なぜか笑えない。心の底から笑えないんだ。

 

 

 

 

 

それをみんなからも薄々感じてしまう。

 

 

 

 

 

 

なんで……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この違和感。

 

 

 

 

 

いないんだよ。

 

 

 

 

 

曜ちゃんが。

 

 

 

 

 

 

…それでも、みんな笑ってる。

 

 

だから私も笑う。

 

 

 

それぞれ、心の底から笑えていなかったとしても、お互いを傷つけないために笑ってるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…どうしてなの?

 

 

 

 

結局、その疑問は晴れないまま、私は朝を迎えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#6 くも

 

 

 

 

 

 

ダイヤさんから部室に集まるように連絡があった。

一体なんの報告があるのかわからないけど、久しぶりにみんなに会うことになる。こんな状態で会うのは嫌だったけど、ちゃんとみんなは揃いそうだったし、そこでみんなに迷惑をかけるのも気がひける。それにこの封筒をみんなに見せないといけない。

 

 

 

みんなはどんな反応をするんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

私が部室の前に着くと、すでに部室では梨子ちゃんが着いていたみたいで、とても盛り上がっていた。

 

 

花丸「梨子ちゃん!嬉しいニュースだよ!」

 

梨子「え?え?」

 

ルビィ「ルビィたち、本戦に進めるかもしれないんです!」

 

 

 

梨子「う…そ……」

 

 

 

 

ダイヤ「素晴らしいパフォーマンスを運営の方に披露する必要がありますが。」

 

ルビィ「それでも、チャンスをもらえるなんて思ってなかったから!」

 

 

 

…本戦に進める?

 

 

 

 

 

梨子「千歌ちゃん、やらないと思う……」

 

 

 

善子「は、はぁっ!?」

 

 

梨子「……千歌ちゃんはあの時以来、スクールアイドルの話をしなくなったの。」

 

花丸「…千歌ちゃん。」

 

 

 

梨子ちゃんは私のことを気にしてくれていた。だからこそ、無理をさせたくないって、そう思ったんだろうけど。

 

 

 

千歌「…やろうよ。」

 

 

 

梨子「…!」

 

果南「千歌!」

 

 

 

私が部室に入ると、みんな驚いた顔をしていた。もしかしたら私が来ると思っていなかったのかな?

 

 

 

千歌「…それと」

 

ダイヤ「なんですか?それは。」

 

 

私がダイヤさんに封筒を渡すと、ダイヤさんはそれを手に取った。

 

そして少しの間も経たない間に、ダイヤさんの顔は強張っていった。

 

 

それはそうだよね。

 

 

ダイヤ「…どういうつもりですか。」

 

 

ダイヤさんの言葉を皮切りに、一年生の3人も封筒を覗き込んだ。

 

 

善子「な、なぁっ!?」

 

ルビィ「ど、どういうこと…?」

 

 

 

 

ダイヤさんに渡したのは退部願だから。

 

 

 

ダイヤ「あなた。さっき、やろう。とおっしゃいましたよね?」

 

千歌「うん。」

 

善子「じゃあ、これは何なのよ!?」

 

 

 

 

 

 

千歌「私のじゃないよ。」

 

 

花丸「え……」

 

 

 

みんなの怒って赤くなっていた顔が血の気が引くようにサーッと青くなっていくのが見えた。

 

 

 

 

梨子「曜ちゃんの…なの…?」

 

ルビィ「うそ……」

 

 

 

ルビィちゃんがダイヤさんの持っていた封筒を裏返して、曜ちゃんのものだと確認した。

 

 

 

果南「ち…か…。」

 

ダイヤ「千歌さん…!」

 

 

ここからなんて言っていいかわからなかったけど、とりあえず飄々とすることにした。

 

 

 

千歌「曜ちゃん、辞めちゃった。」

 

 

善子「ちょ、ちょっと!」

 

花丸「そんな言い方あんまりずら!」

 

 

 

すかさず善子ちゃんと花丸ちゃんが抗議しようとしてきた。

 

ただ、それだけでは済まないといった様子の果南ちゃんが私の視界に入った。

 

 

 

 

 

果南「ちかぁぁぁっ!!」

 

 

 

善子「!?」

 

ルビィ「ピギィッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

鞠莉「果南!落ち着きなさい!!」

 

 

 

果南ちゃんがここまで怒るところを私は見たことがないかも。

あまりの果南ちゃんの凄まじさに私は声が出なくなってしまった。

 

 

果南「なんで、なんで受け取ったの!?なんで止めなかったの!?

曜だよ!?誰よりも千歌の側にいてくれた曜なんだよ!?」

 

鞠莉「果南!」

 

ダイヤ「果南さん!冷静に!」

 

 

荒れ狂う果南ちゃんは鞠莉ちゃんとダイヤさんで押さえつけるのがギリギリだった。

 

 

 

果南「どうして!?

よりによって、どうして曜を一番傷つけることをしたの!?」

 

 

 

一番、傷つける?

 

 

 

梨子「しょうがなかったんです!」

 

黙っている私を見かねて、梨子ちゃんが答えてくれた。

 

梨子「千歌ちゃんだって辛かったんです。今までずっと一緒にいた友達とお別れしたいって、千歌ちゃんが思うはずないじゃないですか……。」

 

 

…違うよ。梨子ちゃん、勘違いしてる。

 

 

梨子「こうしている今だって、曜ちゃんは千歌ちゃんの大親友に変わりは…

 

 

 

梨子ちゃん、私はそんなに優しい子じゃないんだよ。

 

 

千歌「絶交した。」

 

 

 

 

 

梨子「え……。」

 

 

 

話がよく聞こえてない、といった様子なのでもう一度ゆっくりとはっきりと梨子ちゃんに言った。

 

 

 

 

 

千歌「私は曜ちゃんと絶交した。」

 

 

 

 

ヒヤッとしたものが私の背中に走った。みんなの空気を壊したことがわかる。

 

 

 

千歌「もうね、曜ちゃんを見たくないんだ…」

 

 

 

この一言で凍りついていたみんなの気持ちが怒っているものへと変わっていった。

 

 

 

善子「言いたくなかったけどね……あんたのせいよ!?

曜さんがあんなこと言ったのは!!」

 

 

千歌「!」

 

 

他の子から面と向かって、私のせいだって言われたのは初めてだった。

 

 

 

善子「曜さんはずっと一人で悩んでたのよ!」

 

花丸「もうやめて!」

 

 

花丸ちゃんが涙目になりながらも善子ちゃんを制止しようとした。でも、それだけでは止まる様子もなかった。

 

 

善子「それなのに…

そんな曜さんを突き放すようなことをしたら、曜さんがどうなるのかわかってるの!?」

 

 

千歌「わかってる!わかってるんだよ!!

わかってるよ…。

そんなことは私だってわかるよ…。

でも、もう嫌だったんだよ。私を助けようと、側にいようとすると曜ちゃんは必ず傷ついちゃう。

 

嫌だ!私は嫌だよ!」

 

 

泣かないって決めていたのに、堪え切れなくて涙がポロポロと地面に落ちた。

 

 

千歌「あんな顔をした曜ちゃんを見るのが……辛かったんだよ……」ポロポロ

 

 

 

もう元通りにすることなんて私にはできなかった。

 

曜ちゃんが壊れてしまったのは私が原因、私が曜ちゃんに無理強いさせたから。私といると曜ちゃんは頑張ろうとしちゃうから。

 

だから曜ちゃんのためにも、私は曜ちゃんを自由にさせてあげてなきゃダメなんだよ。

 

 

 

 

 

 

鞠莉「果南は私と縁を切ろうとしたこともあったわ。」

 

泣いている私を見かねてか、鞠莉ちゃんが私の近くまできて優しく語りかけてきた。

 

鞠莉「それもお互いに気持ちをぶつけなかったせいよ?

くだらないと言われたら、それまでのこと。」

 

私は相槌も打たずに黙っているのに、鞠莉ちゃんは気にせず話し続ける。

 

 

鞠莉「でも、そのすれ違いで私と果南はとても悲しい想いをした!

今までの人生で一番悲しいことよ。」

 

ダイヤ「鞠莉さん……」

 

鞠莉「このまま曜と疎遠になってしまっていいの?

私は良くないと思う。だって絶対に後悔する!なぜ、曜と一緒にいなかったのかって。

そのまま一生の心の傷になるわ!」

 

 

 

多分、そう。

 

このまま何も話さなければ、離れ離れになって、その後大人になっても口を聞かないまま、もう会わなくなってしまうと思う。

 

寂しい。一番近くに居てくれた友達が、遠い存在になってしまう。

 

 

 

千歌「……。」

 

 

 

梨子「千歌ちゃん。」

 

 

今度は梨子ちゃんの優しい声が聞こえた。

 

 

梨子「曜ちゃんが一緒にいてくれた理由はわかる?」

 

千歌「私が心配だったから。私一人じゃ何もできないからって…」

 

 

何を思ったのか、梨子ちゃんは微笑んでいた。

 

 

 

梨子「その気持ちも少しはあったかもしれない。でもね?曜ちゃんが千歌ちゃんといた本当の理由は違うよ。」

 

 

千歌「じゃあ、なに?」

 

 

梨子「曜ちゃんは千歌ちゃんが大好きだからだよ。

側にいたい。ただ、側にいて千歌ちゃんの笑ってる顔が見たいって、そう思ってたはずだよ。」

 

 

本当に曜ちゃんがそう思ってくれていたとしても……

 

 

千歌「私は…いやだよ。」

 

 

怒ったり、泣いたり、普段曜ちゃんが見せないような悲しんでいる姿を見たくないよ。

 

 

千歌「…そんな理由で、あんなに苦しまなきゃいけないの?」

 

 

梨子「それほど千歌ちゃんが好きだったんだよ。」

 

 

 

さっきまで怒っていたみんなの顔が、私を心配そうに見つめていた。

私はみんなの気持ちも聞かずに勝手に曜ちゃんが辞めてしまうことを許してしまった。

 

リーダー失格だ……

 

 

 

千歌「ごめんね。私が勝手なことばっかりして。」

 

果南「千歌。」

 

千歌「今日は少し落ち着いて考えたいから帰るね。」

 

 

 

辛かった。

 

みんなの心配そうに見つめてくる視線も私にかけてくれる優しい言葉も、全部辛くなってしまった。

 

 

 

部室を出た私は、どんよりとした曇り空を俯きながら歩いた。

歩く先に明るいものなんてなくて、この時にはすっかりラブライブのことを忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#7 ピエロ

 

 

 

 

 

 

 

家に帰ってきた私は、梨子ちゃんに言われたことを頭の中で考えていた。

 

 

 

梨子『曜ちゃんは千歌ちゃんが大好きだからだよ。側にいたい。ただ、側にいて千歌ちゃんの笑ってる顔が見たいって、そう思ってたはずだよ。

 

それほど千歌ちゃんが好きだったんだよ。』

 

 

 

曜ちゃん……

 

 

 

 

 

 

果南「千歌。」

 

 

 

千歌「か、果南ちゃん!?」

 

 

突然部屋の中に現れた果南ちゃんに驚いた私は、後ろに倒れこんだ。

 

 

千歌「いたたた………!」

 

 

私はさっきのことを思い出して、身震いをした。

ここまで追いかけてきたってことは、相当怒ってる。

 

 

千歌「……ごめんなさい。」

 

 

果南「私に謝ってどうするの?それに、もうそこまで怒ってないよ。」

 

 

千歌「でも……」

 

 

私がしょげていると果南ちゃんがハグをしてきてくれた。

 

 

果南「…辛かったのはわかるよ。千歌の気持ちはよくわかるんだ。でもね、わかるからこそ許せなかった。」

 

 

果南ちゃんの言葉が私に重く突き刺さる。鞠莉ちゃんとのことがあったから、果南ちゃんも同じような思いをしているんだよね。

 

 

 

果南「でも、それ以上に不甲斐ない自分が許せなかった。

それを千歌に八つ当たりみたいにして、最低な幼なじみだよ……」

 

千歌「果南ちゃん…」

 

 

 

 

果南ちゃんは泣いていた。普段泣くことがあまりない果南ちゃんが泣いてる。

なら、曜ちゃんだって………

 

 

 

 

 

 

 

果南「これさ、千歌に買ってきたんだ。」

 

千歌「え……」

 

 

果南ちゃんが手に持っていたのは、私が諦めて買わなかった水色のイルカのぬいぐるみだった。

 

 

千歌「な、なんで……」

 

果南「この子が寂しいって言ってた気がしたから。あの後お店に行って、まだ居たら買おうって思ってたんだ。」

 

 

果南ちゃんがぬいぐるみに対して、そこまで思い入れをするなんて思わなかった。

 

 

果南「そうしたら健気に待ってたんだよ。千歌が手に取って、欲しいって言ってたこの子が。」

 

パッと見ただけじゃわからなかった。

あの子とまったく一緒だったなんて。

 

千歌「なんで一緒ってわかったの?」

 

 

果南「それはここだよ。」

 

私は果南ちゃんの指さしたところを見た。

 

 

千歌「模様?」

 

果南「多分、若干ほつれてたんじゃないかな?それで、目の横のところにクローバーみたいな跡がついてるんだよ。」

 

 

クローバー

 

言われてみればそう見えるかも。

 

 

果南「そういえばさ、曜って千歌から貰ったクローバーの髪留めを大切にしてなかったっけ?」

 

 

それは……

 

 

果南「なんか偶然だね。」

 

 

 

 

 

 

千歌「…それは捨てたんだ。」

 

 

果南「捨てた?何を……」

 

千歌「クローバーの髪留め。」

 

果南「なっ!?」

 

 

今にも食ってかかりそうになった果南ちゃんに私はもう一言付け加えた。

 

 

千歌「曜ちゃんがだよ。」

 

 

果南ちゃんは驚いていた。果南ちゃんにとって、あの髪留めが曜ちゃんの大切なものであったということは当然だったんだろう。

 

 

でも、それもこの前までの話。

 

 

果南「曜にとって、あれは千歌との絆の証だって…そう言ってたのに。」

 

千歌「私がね、返してって言ったんだよ。」

 

果南「どうして。」

 

千歌「あの髪留めがあるから、昔にした約束を引きずってるんだと思ったの。」

 

果南「昔にした約束って、どんな約束なの?」

 

千歌「…曜ちゃんが私の前では絶対に泣かないって約束したんだ。」

 

 

 

それから曜ちゃんは私の前で弱音を吐くことが少なくなって、泣くことはなくなった。

 

曜ちゃんが本当に辛いときも笑って誤魔化そうとして、本当に苦しくても私に「辛い」って言わなくなった。

 

 

果南「…千歌はそれが嫌だったの?」

 

千歌「私と一緒だったら笑ってくれるって思ってた。

でも本当は違うんだよ。

苦しい、辛いって気持ちに蓋をして、私が不安にならないように無理して笑ってるだけ。」

 

 

 

小さい頃にサーカスでピエロが出て来たときをふと思い出した。笑いながら凄技をしているピエロを私が喜んでいると、しま姉がピエロは本当は泣いていると教えてくれたことがあった。

「顔では笑っているけど心は泣いているのよ」って。

 

よく見てみるとニコニコ笑いながら芸をするピエロの顔には、涙のメイクがされていた。

 

その瞬間に私は笑えなくなってしまったということまで思い出して、ハッとした。

 

 

 

 

 

曜ちゃんは私のピエロだったの?

 

 

 

 

 

 

ニコニコしながら凄いことをやってのけて、失敗しても辛いとか苦しいとか絶対に言わない。

助けて欲しいときにそっと寄り添ってくれて、でも助けを借りようとはしないでいつの間にか何でもやってしまっている。

 

 

 

果南「千歌。」

 

千歌「果南ちゃん、わかったよ。」

 

果南「……。何がわかったの?」

 

千歌「私にとって曜ちゃんは都合の良いピエロだったんだよ。」

 

果南「…何を言ってるのかわかってるの?」

 

千歌「そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ……」

 

 

 

よう『わたしね、ちかちゃんといっしょにいるとうれしいんだ!』

 

 

 

千歌「私が…曜ちゃんをあそこまで傷つけた理由がないんだよ…」

 

 

果南「…千歌は傷つけたことに理由なんて求めるの?ちょっとのすれ違いで起きてしまったことなのに。」

 

千歌「すれ違い…」

 

果南「私が考える限りでは二人の想いがすれ違っただけだと思うんだ。」

 

 

果南ちゃんは目を伏せながら静かに話した。閉じている目で私と曜ちゃんの心を見透かしている。

 

 

果南「そのすれ違いは話し合わないとわからないよ。いつも一緒にいた親友であってもさ。」

 

千歌「果南ちゃんは私がまだ曜ちゃんと一緒にいた方が良いと思っているの?」

 

果南「少なからず曜のことを考えてあげるなら、ね。」

 

千歌「……。」

 

 

 

 

 

曜ちゃんは私にとって本当に都合のいい存在でしかなかったの…?

 

 

 

本当にピエロだったの…?

 

 

 

 

 

果南「雨が止んだら、曜に会って仲直りするんだよ。もし無理そうなら私も仲立ちするからさ。」

 

 

答えが出てこない自問自答を繰り返している私を見兼ねて、果南ちゃんは優しい言葉をかけてくれた。

 

 

果南「それじゃあ私はもう帰るよ。」

 

 

押し黙ってしまった私の頭を撫でながら、果南ちゃんは立ち上がって部屋から出て行こうとした。

 

 

千歌「果南ちゃん!」

 

果南「?」くるっ

 

千歌「私、仲直りできる…かな……」

 

情けない声で情けないような質問を果南ちゃんにすると、フフッという声とともに

 

 

果南「千歌なら大丈夫。」

 

 

あったかい笑顔が返ってきた。

 

 

 

 

曜ちゃんはピエロなんかじゃない。

 

私は笑っている曜ちゃんを見たいとずっと考えすぎていたんだ。

 

 

全部受け止める。

 

 

怒ったり泣いたりしている曜ちゃんも全部含めて、私の一番大切な親友なんだ。

 

 

 

曜『千歌ちゃん!!』

 

 

 

そう思ったら、こちらに向かって太陽のような笑顔をむけてくれる曜ちゃんが目に浮かんだ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#8 スペシャルサポーター

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきまで自分の部屋にいたのに、いつの間にか見慣れたひまわり畑に私はいた。たくさんのひまわりの間からは雨が振ってきている。

 

私が起き上がると、どんよりとした雲が空一面に広がっているのが見えた。その空のせいでひまわりもみんなショゲてしまっている。

 

 

いつものひまわりはどうなっているんだろう

 

 

 

私と曜ちゃんがよく遊んでいた場所に咲いている大きなひまわり。

まるで木のようにしっかりとしていて、私たちを見守ってくれた。

 

 

ひまわりをかき分けて進んでいくと

 

 

 

千歌「あっ…。」

 

 

 

私の見慣れたひまわりは枯れてしまっていた。

 

千歌「ひどい…。」

 

頭を下げたまま枯れてしまっているひまわりは、疲れ果ててしまっているかのように見えた。

 

今まで、このひまわりがここまでグッタリとしているところは見たことがなかった。それだけにショックも大きい。

 

 

私が近づくと、ひまわりの後ろに誰かがもたれかかっているのが見えた。

 

 

誰か?

 

 

 

いや、あの後ろ姿が誰かなんて一瞬でわかる。

 

 

 

千歌「ようちゃん…」

 

 

降りしきる雨は私の小さい声なんてすぐにかき消してしまった。

 

曜ちゃんは雨が降っているのに気にせず、上を向いていた。顔を上向きにして、ただじっとしていた。

 

 

千歌「曜ちゃん。」

 

 

今度はしっかりと声が出たからか、曜ちゃんはひまわりに寄りかかるのをやめた。

 

 

どんな顔をしてるんだろう。この雨の中、ただじっと上を向いていただけなんて…

 

 

疲れてる?怒ってる?泣いてる?

 

 

 

 

その全ての私の予想は裏切られた。

 

 

 

 

 

 

 

曜ちゃんは笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは今までで一番私が見たくなかった笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

曜ちゃんは笑ったまま静かに、こっちに歩いてきた。

なぜ笑っているの?

そんなのわかってる。

なら、この後はどうなるの?

 

 

 

ガシッ

 

千歌「!?」

 

私は曜ちゃんに右手を掴まれた。

あまりにも一瞬の出来事だったので、私は身動きも取れなかった。

 

怖かった。今の曜ちゃんが何をするかなんて考えられないから。

 

 

すると、曜ちゃんは私の右の手のひらに何かを渡した。それはアクセサリーのような小物だった。

 

 

曜「……。」

 

 

曜ちゃんは何も言わずに私の顔をじっと見つめてる。

 

何か言ってほしい。

でも、曜ちゃんには私と話す気持ちなんてなさそうに見える。そのときだった。

 

 

曜「バイバイ。」

 

 

 

そしてそのまま曜ちゃんは私の右手を離して、私の後ろのひまわり畑へといなくなってしまった。

 

追いかけたかったのに足は動かなかった。

 

 

私は曜ちゃんが私の手のひらに置いた物が何かを確認したくて、自分の手のひらに視線を落とした。

 

 

 

千歌「え…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢から目覚めると、部屋には眩しい光が射していた。台風も過ぎ去って、すっかり晴れてしまったみたい。

 

 

昨日のことをみんなに謝りたかった私は、部室に向かうことにした。一応、今日もちゃんと練習日だし、みんな練習にくるはずだから。

 

学校に向かうためのバスに乗ると、先に善子ちゃんが乗っていた。

 

 

 

善子「…っ。」

 

明らかに気まずいといった空気を出していて、可哀想な気持ちになる。

 

 

千歌「善子ちゃん、おはよう。」

 

善子「……おはよう。」

 

千歌「昨日はごめんね。みんなにあんなに迷惑をかけちゃって。」

 

善子「…気にしてないわよ。」

 

千歌「善子ちゃんは優しいね。」

 

善子「…ヨハネよ。」

 

 

それからしばらくの沈黙が続いて、私と善子ちゃんはバスから降りた。

 

 

 

善子「…ごめん。」

 

千歌「え?」

 

善子「千歌さんのこと、何も考えてなかった。」

 

 

歩きながらポツポツと善子ちゃんは話し始めた。

 

 

善子「曜さんのことしか頭に入ってなくて、千歌さんがどういう気持ちなのか、どれほど辛かったのかって考えてなかったの。」

 

 

私が善子ちゃんを見ると、善子ちゃんは私と顔を合わせようとしなかった。

 

 

善子「…なのに出しゃばって、何でも知ってるかのようなことを言ってた。」

 

千歌「善子ちゃん…」

 

善子「本当にごめんなさい。」

 

 

振り返って私に謝った善子ちゃんの目には涙が溜まっていた。

善子ちゃんは昨日のことを後悔していたんだ…

 

 

千歌「ありがとう。」ギュッ

 

私は善子ちゃんにハグした。ハグして気がついたことが一つ。善子ちゃんが小刻みに震えている。

 

千歌「本当はね、私は今日はみんなから怒られようって思ってたんだよ。

それなのに、善子ちゃんは私の心配をしてくれた。」

 

私がハグした時から、善子ちゃんの嗚咽が始まっていた。とても悩ませてしまったみたいだった。

 

千歌「だから嬉しいんだよ。こんなに仲間思いな子がいてくれるから。」

 

 

善子「…わた…しは…っ……ち、か…さんったち、に…かん、しゃ…して、る…から…!」

 

嗚咽交じりになってしまっている善子ちゃんの声は心の叫びだった。

 

千歌「ありがとう。」

 

私は善子ちゃんの背中を撫でて、善子ちゃんが泣き止むまでハグしていた。

 

 

 

 

善子「…///」

 

千歌「何で顔を合わせてくれないの…?」

 

善子「恥ずかしいからよっ!///」

 

 

恥ずかしがって顔を合わせない善子ちゃんと部室に向かうと、すでに部室にはダイヤさん、ルビィちゃん、花丸ちゃんがいた。

 

 

ダイヤ「…ち、千歌さん!?」

 

千歌「こんにちは。遅れてすみません。」

 

ダイヤ「い、いえ…。」

 

ルビィ「もう大丈夫なの?」

 

千歌「私は大丈夫だよ。

昨日はみんなに迷惑をかけちゃって本当にごめんね。」

 

花丸「それは…もう気にしてないよ。」

 

ルビィ「ルビィも千歌ちゃんが元気になってくれたから良かったかな。」

 

みんな優しい顔で私を出迎えてくれた。

 

 

千歌「みんな、ありがとう…」

 

ダイヤ「ただ、今度困ったことがあれば、みんなに相談するのですよ。」

 

千歌「うん。そうするね。」

 

花丸「そういえばどうしたの、善子ちゃん?目が真っ赤ずら。」

 

善子「ふふっ。私の魔力が高まると、魔眼としての力を抑えきれ

 

花丸「あ、そういえばこんな物が部室にあったずら…」

 

善子「質問したからには最後まで聞けー!!」

 

千歌「ん…?」

 

花丸ちゃんが指差した先を見ると、机の上に大きな紙袋が置いてあった。

 

 

 

千歌「これは?」

 

ダイヤ「それがよくわからないのです。」

 

善子「中は見てないの?」

 

花丸「そうしようか迷ったんだけど…」

 

ルビィ「この部室に持ってきたってことは誰かのものだし、見ない方がいいのかなって…」

 

善子「でも誰かが見てあげないと誰のものかわからないじゃない。」

 

ダイヤ「そうだと思って、次に来る人のものでもなければ、見てしまおうと思っていたのです。」

 

千歌「それじゃあ、確認しようか。」

 

 

私が袋の中に手を入れると、色々な物が入ってることがわかった。

 

 

千歌「…?なんだかいっぱい入ってるよ。」

 

ルビィ「1つずつ出していくのがいいかな…」

 

千歌「それじゃあ、この本から。」

 

 

私が取り出すとそこには、『ダンスに必要な体力トレーニング』と書かれている本が出てきた。

 

 

ルビィ「え?」

 

善子「ちょっとよくわからないわね。」

 

花丸「あっ!よく見たらマルの名前が書いてあるずら!」

 

 

確かに本の上には『花丸ちゃんへ』という付箋が貼ってあった。

 

 

ダイヤ「体力作りということは果南さんな気がしますが、果南さんは本なんて読まないですし…」

 

 

今のダイヤさんの一言で私はこの紙袋が誰のものかすぐにわかった。

 

 

 

曜『走り込みも必要なんだけど、ダンスのステップって反復横跳びもやらないと鍛えられないんだよ。』

 

 

 

千歌「っ!」ガサッ

 

ルビィ「千歌ちゃん!?」

 

 

次に私が手に取った二冊のノートには、それぞれ『善子ちゃんへ』と『ルビィちゃんへ』と書いてあった。

 

 

 

善子「だ…誰よ…いきなりこんなプレゼントを置いていったのは……」

 

ルビィ「あっ!このノート凄いよ!

たくさん可愛い衣装が描いてある!」

 

ダイヤ「ま、まさか!?」

 

 

 

 

千歌「これ、曜ちゃんのだ……」

 

 

 

 

花丸「ずらっ!?」

 

善子「は!?曜さんの!?

この部室に来たの!?」

 

ルビィ「でも、こういう可愛い衣装をたくさん考えられるのは曜さんくらいしか……」

 

 

私は小さなメモリーディスクを手にして、ダイヤさんに渡した。

 

 

ダイヤ「3年生のみんなへ……」

 

 

そして最後に残っていたのは大きな布製のもの。袋から取り出そうとして、途中で気がついた。

 

ピンク色……

 

 

ルビィ「そ、それ…!」

 

 

『想いよひとつになれ』の衣装

 

 

花丸「ルビィちゃんの…?」

 

ルビィ「違うよ!ルビィのやつはもっと濃いピンクだよ。」

 

ダイヤ「見たことのない衣装、ということですわね。」

 

 

善子「梨子の、ね。」

 

 

この衣装は予備予選のときに、梨子ちゃんが着ることのなかったライブ衣装だった。

 

 

ルビィ「完成…させていたんだ……」

 

花丸「確かにタグのようなところに梨子ちゃんへ、って書いてあるずら。」

 

 

言葉を出せない私は袋を覗き込んだ。

 

 

千歌「…手紙。」

 

 

私が手に取ると、みんなは私の側に集まって来た。

 

 

ダイヤ「千歌さん、読んでいただけますか?」

 

千歌「いいよ。」

 

 

私は文面を見ながら読み始めた。

 

 

 

千歌「『こんな勝手なことをして、みんなに迷惑をかけてごめんなさい。みんなを……

 

 

 

曜『とても悲しい気持ちにさせてしまったから、私はもうAqoursに戻るつもりはないです。でも、そんな私でも、みんなが受け入れようとしてくれて本当に嬉しかったです。

それでも私は全力で応援するよ。みんなは未来に向かって全速前進、なにがあっても振り返らないで走り抜けるのであります!

 

私はAqoursのメンバーではなくなっちゃったけど、みんなのことが大好きなのは変わらないから。ラブライブ!優勝はみんなにとっても私にとっても大事な夢、絶対叶えてね。本当に今までありがとうございました。

 

Aqoursのスペシャルサポーター

渡辺曜より』

 

 

 

 

花丸「……。」

 

ルビィ「…曜ちゃん。」

 

ダイヤ「本当に勝手です…」

 

ルビィ「お姉ちゃん!?」

 

ダイヤ「一番私たちが悲しむことを進んでやってしまったのですから…」

 

善子「やっぱり、直接話すべきなのよ…」

 

 

 

ブブッ!ブブッ!

 

 

みんなが話している中、私のスマホが鳴った。

 

 

 

千歌「みんな、ちょっとごめんね…。」

 

ダイヤ「構いませんよ。」

 

 

 

 

みと姉

 

 

 

 

千歌「もしもし、なに?」

 

美渡『……。』

 

千歌「みと姉?」

 

美渡『…ち……か…………』

 

 

明らかに電話越しのみと姉は様子がおかしかった。

 

 

千歌「みと姉、何かあったの?」

 

美渡『…ごめん。』

 

千歌「え?」

 

美渡『…やっぱり…あんたには………言えない…』

 

 

胸がざわざわする。すごい嫌な気持ち。

 

 

千歌「みと姉!なに!?何があったの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

美渡「…ようが……」

 

 

千歌「……。」

 

 

 

私は全てを察した気がした。

 

その先を私は聞きたくなかった。

 

 

 

美渡「曜が

 

プツッ

 

 

 

プーッ、プーッ…

 

 

 

 

 

千歌「…………。」

 

 

 

 

 

 

曜『…バイバイ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「ねえ、違うよね。」

 

 

 

私がネガティヴに考えすぎなんだ。

 

 

 

千歌「曜ちゃん…」

 

 

 

きっとこれは私の思い違いなんだ。

 

 

 

千歌「っ。」

 

 

私は不意にこの前見た夢を思い出した。

 

 

曜ちゃんが居ないのに、みんなは舞台袖で必死に笑おうとしていた夢を。

 

何か辛いことを乗り越えようと必死に笑おうとしていたみんなの顔を。

 

 

 

 

ダイヤ「千歌さん!!」

 

千歌「っ!?」

 

ダイヤ「千歌さん、早く行きますわよ!」

 

千歌「…どこへ?」

 

ダイヤ「沼津市内の病院です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜『……さようなら。』

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#9 3日

 

 

 

 

 

 

 

 

私も滅多に行くことのない大きな病院に、部室にいたメンバーで向かっていた。

 

 

 

善子「…なにがあったのよ。」

 

ダイヤ「……。」

 

ルビィ「お姉ちゃん?」

 

ダイヤ「……。」

 

善子「病院に行くなんて、ただ事じゃないんでしょ!?だったら説明くらい!」

 

花丸「善子ちゃん、バスの中ずら。」

 

善子「っ……。」

 

ダイヤ「……。」

 

 

不安と沈黙に押しつぶされそうな空気が流れていた。他のお客さんが居なかったことが余計にそうさせている。

 

 

 

善子「…千歌さんも何も思わないわけ?」

 

 

善子ちゃんの目線が私に移った。

 

 

千歌「…私はあまり暗く考えたくないかな。もし、ダイヤさんが言いたくないことなら、それって聞くべきじゃないんだろうし。」

 

花丸「マルもそう思うずら。ダイヤさんに無理して聞くのは良くないと思うよ。」

 

ダイヤ「千歌さん…花丸さん……」

 

 

 

ダイヤさんがさらに重い表情へと変わった。

 

バスから降りた私たちは何も話さず病院まで歩いた。

 

病院の受付まで来た私たちは、受付のソファーに腰掛けている鞠莉ちゃんを見つけた。

 

 

ダイヤ「鞠莉さん…」

 

 

ダイヤさんが鞠莉ちゃんを呼ぶと、鞠莉ちゃんがこちらを見た。

その顔には泣いた跡がたくさんあって、酷い顔といっても良かった。

 

 

善子「な、なによ…本当に……」

 

ルビィ「…ここに居ないのって、あと果南ちゃんと梨子ちゃんと…」

 

善子「何を言ってるのよ!Aqoursのメンバーがケガをしたって言いたいの!?」

 

ルビィ「っ…。ごめんね。」

 

花丸「…善子ちゃんも落ち着いて。こうなったら、そう疑っても仕方ないよ。」

 

 

 

鞠莉「…あの子達には何も伝えてないの?」

 

ダイヤ「…はい。」

 

鞠莉「…辛かったわね。ここまで連れて来てくれてありがとう。」

 

ダイヤ「……私は……」

 

鞠莉「…ダイヤは先に会いに行ってあげて。」

 

ダイヤ「みなさんは…?」

 

鞠莉「私が責任を持ってみんなに伝えるわ。」

 

ダイヤ「…果南さんと梨子さんは?」

 

鞠莉「…果南は居るわ。梨子は……」

 

 

ダイヤ「…わかりましたわ。」

 

 

 

一年生たちが不安な顔をしながら話している間に、ダイヤさんは病院の奥の方へと消えていった。

 

 

 

鞠莉「みんな、そこのソファーに座って。」

 

私たちは言われた通りにソファに座る。

 

鞠莉「…これから話すことは辛いことだから、みんなには覚悟して欲しいの。」

 

ルビィ「辛い…こと……」

 

善子「回りくどいわよ!何があったのよ?早く教えて!」

 

 

私は聞きたくなかった。

 

 

だって……

 

 

 

鞠莉「わかったわ。」

 

花丸「い、一体…何が……?」

 

 

 

 

 

 

 

鞠莉「…曜が……」

 

 

善子「!?」

 

ルビィ「よ…」

 

花丸「曜…ちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

 

やめて

 

 

 

 

 

お願いだから

 

 

 

 

 

 

 

 

鞠莉「昨日の夜、海で溺れたわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

善子「じょ、冗談も大概にしなさいよ!?あんな台風の日に海に行くわけないでしょ!?」

 

鞠莉「本当よ…」

 

善子「花丸やルビィならまだしも、曜さんが溺れるわけないでしょ!?」

 

鞠莉「…嘘じゃないわ。」

 

善子「そんなっ!そんなはずが!」

 

 

花丸「容体は…?」

 

一番聞いてほしくないことを花丸ちゃんは聞いた。

 

 

鞠莉「……。」

 

 

 

黙らないでよ……

 

 

 

ルビィ「鞠莉ちゃん…」

 

善子「何か言ってよ!!」

 

 

 

 

 

鞠莉「目を覚まさないわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「……帰る。」

 

 

 

善子「何を言ってるの…?」

 

鞠莉「…正しいわ、ちかっち。」

 

善子「どこが正しいのよ!?」

 

鞠莉「…私でさえ狂ってしまいそうに辛かったのに、今のあなたが曜に会ったら、多分壊れるわ。」

 

花丸「……何を言ってるのかサッパリずら。」

 

ルビィ「花丸ちゃん…」

 

花丸「目を覚まさないだけでしょ?どこかケガしたり、無くなってるわけじゃないんだから、きっとすぐに良く…

 

 

善子「現実を見なさいよ!!」

 

 

花丸「っ。」

 

善子「さっきから、逃げてばっかりで!

だから曜さんのことを傷つけたってこと、まだわかってないの!?」

 

ルビィ「もうやめてっ!!」

 

鞠莉「ルビィ…」

 

ルビィ「もう…嫌だよ……

みんなが顔を会わせるたびに、みんな怒ったりするのなんて……」

 

 

 

 

 

鞠莉「…とりあえず、ちかっちはもう帰りなさい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから私はどうやってここまでたどり着いたのかわからないけど、家の前までやってきた。

 

 

 

 

 

千歌「……梨子ちゃん。」

 

 

 

 

後ろを振り向くと、いつもの砂浜に梨子ちゃんが佇んでいた。

 

 

 

千歌「梨子ちゃん。」

 

梨子「とても辛そうな顔をしていた。」

 

千歌「……。」

 

梨子「雨と海の水が混ざって見分けなんかつくはずがないのにね、わかったの。

いっぱい泣いたんだって……」

 

 

梨子ちゃんはこちらを向かない。ずっと海を見ていた。

 

 

 

梨子「どうしてなのかな……

海って、私の大切な友達を奪っていく。」

 

千歌「大切な…友達……」

 

 

前に梨子ちゃんのお母さんが話していたことを思い出した。つまり梨子ちゃんは2回目なんだ。

 

 

2回目?

 

何が?

 

 

友達と喧嘩したこと?友達が溺れたこと?それとも……

 

 

千歌「っ」ブルッ

 

 

梨子「私ね、東京にいた頃にいた友達が事故にあって亡くなってるの。」

 

千歌「…梨子ちゃんはその時はどうしたの?」

 

梨子「…本当に心の底から苦しくて、辛くて、学校に行けなくなってしまったかな。」

 

千歌「その時に誰かに相談しなかったの?」

 

梨子「しなかった、というよりもできなかった…。」

 

 

梨子ちゃんの思いがヒシヒシと私に伝わってくる気がした。

 

 

梨子「私ね、もともと他の子と一緒に何かするのってあまり得意ではないの。それでも……そんな私でも一緒に頑張ろうって言ってくれた友達だった。」

 

 

今まで立っていた梨子ちゃんは砂の上に座った。

 

 

梨子「二人ともそんな優しい子だったのに、ちょっとしたことで仲が悪くなっちゃって、そのまま会えなくなって…………悲しかった。」

 

 

最後の一言の重みは私の中にズシンと響いた。悲しいの一言で本当は伝えきれない気持ちなんだってことは、震えている梨子ちゃんを見ればわかる。

 

 

梨子「本当はね、良くないってわかってたんだけど、どうしても重ね合わせて見てたんだ。その昔の友達と千歌ちゃんと曜ちゃんとを。」

 

いまだに梨子ちゃんはこっちを見ない。でも、はっきりと私へと伝えてきている。目を背くことなんてできない。

 

梨子「怖かった。

またあのときのように傷つけてしまうかもしれない、また何もしてあげられないのかもって……。

でも、千歌ちゃんも曜ちゃんも本当に優しかった。

だから、その優しさに私は甘えてしまったの。」

 

 

すると、梨子ちゃんの呼吸は急に荒くなり、私は慌てて近くに寄ろうとすると梨子ちゃんは砂を殴った。

 

 

梨子「そのせいでまた傷つけた!」

 

千歌「梨子ちゃん……」

 

梨子「わかってたのに!

曜ちゃんがどんな気持ちなのかって、今回はちゃんとわかってたのに!!」

 

 

梨子ちゃんは何度も何度も地面を殴った。梨子ちゃんの綺麗な白い手には切り傷ができて、紅くなっていた。

 

 

梨子「私なんか……邪魔者でしかなかったのに……」

 

 

違う。曜ちゃんは梨子ちゃんのことを邪魔者だなんて思ってない。

 

 

千歌「違うよ!

曜ちゃんは梨子ちゃんのことを思ってた…。梨子ちゃんに『ごめんね、もう二度と傷つけるようなことは言わない』って伝えてほしいって私に言ってた。」

 

 

梨子「なら、なおさら私は悲しいよ。私が傷つかないようにしたいって思ってた曜ちゃんと比べて、私は何をしてたの!?」

 

 

千歌「そんなこと言ったら……私だって…………」

 

 

 

曜ちゃんに何をしてあげられたの?

 

曜ちゃんから貰えるものを貰えるだけ受け取って、曜ちゃんに返したことって何?

 

 

 

わからない。

 

 

 

 

 

何も思い浮かばないんだよ……

 

 

 

 

 

 

梨子「…曜ちゃんには会った?」

 

 

千歌「会いたくなかったから会ってない。」

 

 

梨子「…………。」

 

 

 

穏やかな波音が同じリズムで流れる。

 

でも、私の胸のざわめきの方が音が強くて、気持ち悪くなってクラクラとする。生唾を飲んだその時だった。

 

 

 

梨子「あと3日。」

 

 

千歌「え…?」

 

 

 

梨子「今日を入れてあと3日の間に目を覚まさなかったら、もう曜ちゃんの目が覚めることは無いって……」

 

 

 

 

あまりにも現実味が無い話で、でも目の前にいる梨子ちゃんの様子に嘘をついている気配もなくて、さっきの気持ち悪さと相まった私の思考はパンクした。

 

 

 

 

千歌「……。」

 

 

梨子「…ねえ、私はどうすればよかったのかな……」

 

 

千歌「……。」

 

 

梨子「……千歌ちゃん?」

 

 

千歌「…よー……ちゃん……。」

 

 

梨子「……ちかちゃん。」

 

 

千歌「よーちゃん…。よーちゃん…。ねえ…りこちゃん、よーちゃん…?」

 

 

自分で何を言ってるのか、もうそれさえもわからなかった。どこを向いているの?誰に話しているの?これからどうするの?どうしたいの?

 

 

梨子「千歌ちゃん…ごめんねっ…」

 

 

 

泣きじゃくる梨子ちゃんを見て

 

 

 

 

 

 

 

 

私は何も感情が湧いてこなかった。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#10 想いはひとつだから

 

 

 

 

 

 

虚無感に包まれた私は、ただいまの声も出さずに自分の部屋へと歩いた。

 

 

 

 

志満「千歌ちゃん。」

 

 

それを見兼ねてなのか、私の部屋の前にしま姉が待っていた。

 

 

志満「…最近の様子は美渡ちゃんから聞いていたわ。」

 

千歌「……。」

 

志満「それにね、曜ちゃんのお母さんからも連絡をいただいていたの。

曜ちゃんが毎日泣いてるって…」

 

 

 

毎日…泣いてる…………

 

 

志満「喧嘩していたのね?」

 

千歌「……。」

 

私は沈黙という肯定をした。

 

志満「千歌ちゃん。」

 

千歌「……。」

 

志満「曜ちゃんの気持ち、この手紙に書いてあると思うわ。」

 

 

手紙…?

 

私が伏せていた視線を少し上げると、みかん色の封筒にクローバーのシールが貼られた手紙をしま姉が持っていた。

 

 

志満「千歌ちゃん。

喧嘩はね、友達だったらいつかはある物なの。だからそれを避けようとすることは無理に近いわ。」

 

 

私はしま姉が持っている手紙を受け取った。

 

 

志満「でも大事なのは、そのことから逃げないことよ。

逃げてしまうのは簡単、でもそうしたら修復することが二度とできなくなってしまうわ。」

 

 

 

しま姉の言葉は昔から私の胸に響くものばかりだ。

 

 

 

千歌「……考えるよ」

 

 

 

 

目を背けないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に着いた私は、曜ちゃんの手紙を早速開けた。

 

 

 

封筒の中には便箋とノートの切れ端が入っていた。

 

そっか。これがあの紙袋に入ってなかった私の分の贈り物なんだ。

 

 

私は便箋の方から先に見ることにした。

 

 

 

曜『千歌ちゃんへ

 

手紙を読んでくれてありがとう。

正直、捨てられるかもって思いながらこの手紙を書いています。』

 

 

捨てたりなんか…できないよ……

 

 

曜『千歌ちゃんにだけはどうしても伝えたいことがあるから、こうして部室の紙袋とは違うかたちで渡すよ。手紙だから気持ちが伝わりにくいだろうし、はっきり書くね。』

 

 

私にだけ…

 

 

 

 

曜『私は千歌ちゃんのことが大好きです。』

 

 

 

 

千歌「っ!」

 

 

 

 

曜『友達だからとか、ずっと一緒だからとか、そんなこと関係なくて、千歌ちゃんのことが本当に大好きです。』

 

 

 

千歌「………。」

 

 

 

曜『私はずっと千歌ちゃんのやりたいことを知りたかったんだ。それでスクールアイドルに出会って、千歌ちゃんが何かキラキラしていたのを見て、気づいたの。私は千歌ちゃんに惹かれてるんだなって。』

 

 

千歌「………。」

 

 

曜『でも、振り返るとそんな気持ちはもっと昔からあって、泣き虫で怖がりだった私を勇気付けてくれて、大丈夫だよって励ましてくれていた千歌ちゃんは私の中のヒーローだった。』

 

 

千歌「……。」

 

 

曜『だから諦めさせたくなかった。

私が手助けして何とかなるなら、私のできる限りのことをしてあげたいって。でも、それはもう要らないってわかったんだ。だって千歌ちゃんにはみんながいるから。千歌ちゃんには助けてくれるみんなが側にいるんだ。』

 

 

千歌「………ぅ……ゃ……」

 

 

曜『それに、これ以上私が千歌ちゃんの側にいたら、千歌ちゃんの輝きが無くなっちゃう気がするんだ。

だから、私はAqoursを抜けるね。』

 

 

千歌「……よ…ぅ…ゃ……」

 

 

曜『ずっと一緒って約束、破ってごめんね。』

 

 

千歌「よ…う……ちゃ………」

 

 

 

曜『最後に私からの贈り物として、千歌ちゃんが悩んでたところの歌詞を少し考えてみたんだ。良かったら参考にしてね。

 

今まで本当にありがとう。

大好きです。さようなら。

 

渡辺曜より』

 

 

 

 

 

 

千歌「……。」

 

 

 

 

私はノートの切れ端を開いた。

 

 

 

 

『近くにいたけど 離れてた

 

本当に伝えたいことは上手く言えない

 

それでもお互いにわかってるんだ

 

繋がってることが嬉しいんだって

 

 

大事な夢を追うと大事な人がわかる

 

想いはひとつだって

 

違うところへ向かっていても

 

 

かけがえのない毎日を過ごして

 

今さらわかったよ

 

私にはみんなが居てくれたこと

 

 

かけがえのない日々を積み重ねて

 

今さらわかったよ

 

私は一人じゃない

 

 

想いはひとつだから

 

違う場所にいても信じてる』

 

 

 

 

私が悩んでいた歌詞、それって多分想いよひとつになれのことだと思う。

曜ちゃんと一緒にセンターで歌った曲だ。

 

考えればあの頃から曜ちゃんは悩んでそうだった。私が曜ちゃんともっと踏み込んで話していれば、こんなことにはならなかったんだ。

 

 

 

 

千歌「……。」

 

 

 

ああ……私にも出るんだ……

 

 

 

千歌「……っ……ぅあ……」ポロポロ

 

 

 

 

ようやっと私は泣いた

 

 

 

 

ただ、梨子ちゃんやみと姉に聞こえないように静かに泣いた。私が泣き疲れてしまった頃にはすっかり日も暮れて、結局その日のうちに曜ちゃんに会いに行くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「う、うん……?」

 

 

あれ?ここは?

 

 

曜「おはよ。」

 

千歌「よーちゃん?」

 

曜「うん。そうだよ。」

 

浜辺で膝枕のような体勢で曜ちゃんが私を抱きしめてくれていた。

 

あったかい。

柔らかくて、心がホッとして……

 

 

千歌「……。」ギュッ

 

曜「いたい、いたいって千歌ちゃん。」

 

 

私はつい強く抱きしめたくなる。

 

 

千歌「よーちゃん。あったかいね。」

 

曜「う、うん?そうかな?

私は千歌ちゃんの方があったかく感じるけど?」

 

千歌「違うの。よーちゃんがいてくれるだけで、真っ白に凍りついてた世界が一気に開けて明るくなる気がしたんだ。そんなあったかさなんだよ。」

 

曜「さすが作詞家だね。表現が面白いというか、独特?」

 

 

曜ちゃんが私の頭を撫でる。気持ちいい。ずっと撫でていてほしい。

 

 

 

千歌「よーちゃん…。」

 

曜「うん?」

 

千歌「私ね、本当によーちゃんのこと大好きだったんだよ。」

 

曜「……。」

 

千歌「それなのにね、地区予選のときまでわかってなかったんだ。私は曜ちゃんにずっと無理をさせてたってことに。」

 

曜「そんなこと…」

 

千歌「あるよ。

曜ちゃんは苦しんでた。周りから見ればわかるよ。」

 

 

曜ちゃんは渋い顔をしていた。というよりも観念した様子が近いのかも。

 

 

千歌「私は何とかしてあげたかった。そんなの当たり前じゃん。だってずっと一緒にいた大好きな幼馴染なんだよ?

大切な、わたしにとって…とても…だいじな……」

 

 

ここまできて涙が止まらなくなった。

 

 

千歌「かんがえられないよぉ…。

よーちゃ、んが…いなっ……く、なるっなんて……」グスッグスッ

 

 

悲しい気持ちが止まらなくなった。嫌なんだ。曜ちゃんがいなくなるのなんて耐えられないよ。

 

 

千歌「わたしっは…、ただぁ…よーちゃんに…わらって、ほしかった…」

 

 

ただそれだけだったのに……

 

 

 

 

さっきまで隣で抱きついていた少女はいつの間にか砂浜の上に横になっている。

 

 

目を閉じて、悲しさと苦しさで歪んだ顔をしていた。

 

 

 

千歌「どうしてっ!?

あんまり…だよ…。

ずっとよーちゃんは!よーちゃんは……よーちゃんは……………」

 

 

 

 

手紙の文が曜ちゃんの声に乗せて、私の中でこだまする。

 

 

曜『私は千歌ちゃんのことが大好きです。』

 

 

千歌「ひどい……

こんなの……」

 

 

曜『ずっと一緒って約束、破ってごめんね。

さようなら。』

 

 

千歌「それは…曜ちゃんが望んだことじゃなかったんだ…」

 

 

シワができてクシャクシャになった手紙から見える泣いた跡。

 

 

千歌「私は曜ちゃんといたかった。

キラキラしたいって…なんにもない私も、曜ちゃんと同じように輝きたいんだって!…ただそれだけだったのに。」

 

 

 

ラブライブ!で優勝するとか、廃校を阻止するとか本当はそんなのどうでも良くて、ただ私は仲間と一緒に1つのものに向かってガムシャラに駆け抜けたい。輝きたいって……

 

 

千歌「おねがい……」

 

 

私が本当に願っているのは

 

 

 

千歌「わたしを……おいていかないで……」

 

 

 

曜ちゃんや梨子ちゃんと一緒にいることなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#11 後悔してるの

 

 

 

 

 

 

 

朝、私は一人でいつもの砂浜に行った。

 

今朝の波の音は静かだった。

 

 

私は何をするわけでもなく、ただ海を眺め続けた。

 

 

大好きな海。

 

 

 

でも、もっと大好きな人を私から奪ってしまった。

 

 

 

千歌「…かえしてよ。」

 

 

私の大好きな

 

 

千歌「かえしてよ。」

 

 

私にとって大切な

 

 

千歌「返してよ!」

 

 

 

 

 

 

曜ちゃんを返してよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度か海に向かって叫んだ後、喉がカラカラになって耐えられなくなったから、家に帰ろうとすると、果南ちゃんが私を待っていた。

 

 

 

果南「…千歌。」

 

千歌「……どうしたの。」

 

果南「…千歌だけお見舞いに来なかったから。」

 

 

そうだよね。

 

みんなはちゃんと曜ちゃんに会ってきたのに、私はあれから曜ちゃんと会ってないんだ。

 

 

果南「来なかったからどうだってことはないよ。ただ、曜は寂しがってるかもしれないと思って。」

 

千歌「…うん。わかってる。」

 

果南「あと、2日だよ。」

 

 

果南ちゃんの言葉が私の胸に突き刺さった。

 

 

千歌「そんなわけない!曜ちゃんは起きてくれる!」

 

 

私の言葉に対して、果南ちゃんから向けられたのは哀れみの視線だった。

 

 

 

果南「…後悔する前に会ってきなよ。」

 

 

 

 

その一言だけ残して果南ちゃんはいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身支度をして、曜ちゃんも好きだったみかんをカバンの中にいれた。

 

みかんパワーで曜ちゃんの目が覚めるかも…なんてバカな考えだけど、すがれるものにはすがっておきたい。

 

そして、バスに乗って私は一人だけで、昨日みんなで来た病院の中に入った。

 

 

 

看護師さんに聞いて、ひんやりした黒い廊下を進むと、そこに曜ちゃんのお部屋があった。

 

 

渡辺曜

 

 

部屋の前の表札は、曜ちゃんが出した退部願を思い出させるから、見たくなかった。

 

 

千歌「千歌だよ。入るね、曜ちゃん。」

 

 

 

中に入ると、廊下の薄暗さと打って変わって、陽射しが部屋中に広がっていて眩しかった。

 

 

千歌「……っ。」

 

 

そして、ベッドの上には呼吸器や心拍計に繋がれて、まったく動かない私の幼馴染がいた。

 

 

千歌「…曜ちゃん、会いに来たよ。」

 

 

本当だったら逃げ出したかった。

 

体育会系の元気な少女が、今はこうして静かに眠っている。そしてその原因は私なんだ。

 

 

千歌「…どうして無茶したの?」

 

 

答えてくれるはずがない曜ちゃんに私は問いかける。

 

 

千歌「あの日、曜ちゃんは何をしたかったの…?」

 

曜「……。」

 

 

もはや生きているのか死んでいるのかもわからないほどに曜ちゃんは動かない。

 

 

千歌「私は曜ちゃんの側にいるよ。

曜ちゃんがどこに行っても、私は曜ちゃんといるから。」

 

 

安心させたい、そう思って私は曜ちゃんに話しかける。

 

 

千歌「そう、決めたんだ。」

 

 

曜ちゃんの手を握ってあげると、微かに曜ちゃんの手が動いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

私が病院から帰って来る頃にはもう日が暮れはじめていた。

 

夕日の染まった海はみかん色に輝いていて、無性に飛び込みたい気持ちになる。

 

 

まだ残暑が続いているから、飛び込んでも多分平気。

 

 

 

よし。行こう。

 

 

 

 

千歌「え……」

 

 

 

 

波打ち際まで行くと、私は見覚えのある髪留めを見つけた。

 

 

 

 

 

千歌「これ…曜ちゃんの髪留め…」

 

 

 

キラリと夕日で輝いたクローバーの髪留めが、波が届かない位置に置いてあった。昨日の台風で、海にあったのが打ち上げられたにしては、大分遠い気がする……

 

 

よく見ると、そこには手形のような跡が残っていた。

 

 

千歌「……」スッ

 

 

 

気になった私は、その手形に手を合わせた。

 

 

 

 

 

 

梨子『曜ちゃん!!』

 

 

果南『曜!!』

 

 

 

いつの間にか梨子ちゃんと果南ちゃんが私のすぐ側にいた。周りは土砂降りで、風が今にも私たちを吹き飛ばしそうだった。

 

そして、私の右手には曜ちゃんの右手があった。

 

 

千歌「っ!曜ちゃんっ!!

しっかりして!」

 

 

 

曜『………ゃ……』

 

 

 

千歌「曜ちゃん?話せるの!?」

 

 

曜『…れ…………たい………』

 

 

千歌「…え」

 

震える曜ちゃんの手には、クローバーの髪留めが握られていた。

 

千歌「うそ…。

まさか、海に行った理由って…」

 

 

曜『……った……』

 

 

そのまま曜ちゃんはうごかなくなって、周りはさっきの砂浜に戻っていた。

 

 

 

千歌「どうしてなの…」

 

私の右手はクローバーの髪留めを握っていた。

 

 

千歌「どうして、こんな物のために曜ちゃんは……」

 

 

 

 

 

曜「千歌ちゃん?」

 

千歌「え。」

 

曜「どうしたの?何か嫌なことがあった?」

 

 

私の目の前には理解できないことが起きていた。

 

 

 

千歌「よーちゃんなの?」

 

曜「そうだよ。んー?どうも様子がおかしいけど、私が何かした?」

 

 

さっきと一緒で、私の夢なのかもしれない。そう思うと怖くて、私は曜ちゃんがいるということを感じたかった。

 

 

千歌「よぉ…ちゃん……」ギュッ

 

曜「…ちかちゃん。」

 

抱きついた曜ちゃんはとてもあったかくて、不安だった私の心を落ち着かせてくれた。

 

曜「今日は甘えん坊な千歌ちゃんだね。」ナデナデ

 

千歌「…あったかい。曜ちゃんはとてもあったかいんだ。」

 

曜「千歌ちゃんもあったかいよ。」

 

 

こうして会話できるだけでも、どれだけ幸せなことなんだろう。

 

ただ、私はこの曜ちゃんが私の幻想だということに気づいていた。

 

 

 

だから余計に悲しかった。

 

 

千歌「…行かないでよ。」

 

曜「うん?」

 

千歌「…私を置いて行かないで。」

 

曜「え?」

 

困った顔をした曜ちゃんが、私のことを見つめていた。

 

 

千歌「…曜ちゃんがいなくなったら、私は……生きていけないよ……」

 

 

涙が混じった掠れるような声で私が訴えると、曜ちゃんは大きく目を開いて、そして顔を歪ませた。

 

 

曜「また、私は千歌ちゃんを傷つけたんだ。」

 

千歌「また…?」

 

曜「…ははは。嫌になっちゃうね。

千歌ちゃんのこと大好きなのに、私は千歌ちゃんを傷つけることしかできないよ。」

 

 

卑屈になった曜ちゃんの顔は、無理やりに引きつり笑いをしていた。

その顔は私の胸を苦しくさせる。

 

 

曜「ねえ、もしさ。私と千歌ちゃんが友達じゃなかったら、千歌ちゃんが辛い思いをすることもなかったのかな…」

 

千歌「……そうかもしれない。」

 

 

 

一瞬の静寂。その後に

 

 

 

 

 

 

 

曜「その髪飾り、大切な友達ができたら渡してあげてね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「え…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり暗くなってしまった砂浜に私は一人、うずくまっていた。

 

 

 

 

 

 

なんで優しくしてあげられなかったんだろう。

心の中で泣いていた曜ちゃんを、私はどうして見捨てるようなことをしたんだろう。

 

 

曜ちゃんだけが辛いわけじゃないって。梨子ちゃんやみんなを傷つけるなんて酷いって。

 

私だって泣きたいんだって、そう思ってズルイってどこかで思っていたんだ。

 

 

 

今考えたら、曜ちゃんに部活を辞めさせたり、絶交したりするのはただのイジワルだった。言い方も酷かった。

 

 

千歌「気づくのが…遅いんだよ……」

 

 

 

 

ごめんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

後悔してるの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.5 前日の決意

梨子ちゃん視点です


 

 

 

 

 

私は部室の中にいた。

 

状況がよくわからないし、これは夢?

 

周りを見るとAqoursのメンバーが集まっていて、円を描くようにみんなは立っていた。

 

 

その中心には

 

 

 

曜「ごめんなさい。」

 

正座をしながら、顔を上げずにただひたすらと謝る曜ちゃんがいた。

 

曜「みんなを傷つけてごめんなさい。」

 

声をかけたいのにうまく言葉が出ない。

 

曜「自分勝手でした。」

 

曜ちゃんが自分勝手?そんなわけがない。

 

曜「ワガママでイジワルでした。」

 

曜ちゃん、顔を上げて。誰もそんなこと思ってないよ?

と思った時だった。

 

千歌「梨子ちゃんに何て言ったかわかってるの?」

 

千歌ちゃんの冷たい声が曜ちゃんにかけられた。千歌ちゃんがどうして曜ちゃんを責めるのかわからなかった。

 

曜「私は…梨子ちゃんを……」

 

鞠莉「うまくいかないのを梨子にぶつけるのは筋違いじゃない?」

 

ダイヤ「チームの和を乱すような人はチームには良くない影響を与えますわ。」

 

やめて!そんなこと、曜ちゃんだってわかってる!それをわざわざ強い口調で言わなくてもいいのに!

 

 

曜「許してください……」

 

 

救えない。

 

私の声は曜ちゃんに届かず、曜ちゃんを安心させることも、守ってあげることもできない。

 

 

善子「出てけ。」

 

花丸「出てけ。」

 

ルビィ「出てけ。」

 

 

曜「ごめんなさい。」

 

 

次から次へと「出てけ。」の声が聞こえ始める。

 

鞠莉「出てけ。」

 

ダイヤ「出てけ。」

 

果南「出てけ。」

 

 

曜「いやだ……」

 

 

それが波のように曜ちゃんを襲った。

 

 

千歌「出てけ。」

 

 

 

曜「いやぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

曜ちゃんの泣き叫ぶ声と共に私以外のメンバーは消えた。

 

 

 

 

 

曜「…ごめんなさい。ごめんなさい。」

 

 

耳を塞ぎながら目をつぶって、うずくまる曜ちゃんはあまりにも可哀想で、私は涙が止まらなかった。

 

曜「許して…。本当にごめんなさい…。私がいなければ…Aqoursは…みんなはラブライブに出れたんだ…」

 

 

違う。それは違うよ、曜ちゃん。

曜ちゃんが居なければ、Aqoursのメンバーは誰か一人でも欠けたら、ここまで来れなかったんだよ?

 

 

曜「みんなの夢を…私は………」

 

 

 

この残酷な夢はいつまで続くの…?

そもそもこれは夢なの?現実?なら、なんで私は動けないの?声が出ないの?

曜ちゃんを助けられないの?

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか朝になって明るくなっていた外に目がくらみ、私はカーテンを閉めた。

 

 

最悪な夢だった。

 

 

もし、曜ちゃんがずっとあんな気持ちでいたのだったとしたら、私は曜ちゃんの不安を取り除いてあげないといけなかった。

 

 

いや、私がそんなことしたらむしろ…

 

 

 

 

わからない。正しい答えが何かなんてわからなかった。

 

ただ一つわかっていることは、私は間違ったということだけ。

 

 

砂浜に横たわる曜ちゃんと泣き叫ぶ果南さんの姿が私のしたことが間違いだったと物語っている。そして、その光景は未だにまぶたに焼きついて離れない。

 

失うことの恐ろしさは知っているはずだった。今までの全てを簡単に壊していく、それも一瞬で。

わかっていたはずだったのに…!

 

 

梨子「……千歌ちゃんの声。」

 

 

不意に家の外で、誰かの叫ぶ声が聞こたから耳を澄ましていると、千歌ちゃんが何かを叫んでいることがわかった。

 

私は窓を開けて、千歌ちゃんが何を言っているのか聞いた。

 

その後に聞いてしまったことを後悔した。だって、それは私を責めている言葉だったから。

 

 

千歌「返してっ!返してっ!!」

 

 

もちろん千歌ちゃんは私に向かって言っているわけではない。千歌ちゃんは人を傷つけようとしたりする子じゃないから。

 

 

千歌「返してよ…。曜ちゃんを…返してよ……」

 

 

潮風に乗って聞こえてくる千歌ちゃんの心の奥の叫び声は、私の胸をキリキリと締めつけていった。

 

梨子「ごめんね。」

 

私はこうして謝ることしかできない。

 

 

梨子「何もできなくてごめんなさい。」

 

 

私の小さな声はドアの開く音にかき消された。

 

梨子ママ「梨子、お友達よ。」

 

私が振り向くと、そこには紙袋を持った果南さんが立っていた。

 

 

 

果南「…。」

 

お母さんはその場を察していなくなっていた。果南さんと私の沈黙が続く。

 

 

梨子「…その、どうしたんですか?」

 

果南「渡しに来たんだ。」

 

梨子「え?」

 

果南「これを。」

 

私は果南さんから紙袋を受け取ると、中を見て驚愕した。

 

梨子「この衣装は……」

 

果南「梨子ちゃんの分だけなかったでしょ?でも、曜はちゃんと完成させてたみたい。」

 

 

私がピアノのために東京に行った日のライブ。私が歌うことのなかった『想いよひとつになれ』。そのときの衣装を曜ちゃんは……

 

 

果南「…曜としてはそれが梨子ちゃんに対する置き土産だったみたい。」

 

梨子「……。」

 

果南「他にもさ、各メンバーに思い思いのプレゼントを残していってさ。勝手に抜けてごめんって。」

 

 

曜ちゃんはそんなことまでしていたんだ。信じられないよ…

 

 

果南「…私はビデオレターもらってさ。涙が止まらなくなって、このまま離れ離れになるかもって思った。」

 

梨子「果南さん…」

 

果南「どうしたら良かったんだろうね……」

 

梨子「……。」

 

果南さんの沈痛な表情が私を責め立てていた。果南さんに悪気はない。それでも、ズキズキと私の胸に刺さっていった。

 

 

 

果南さんが帰った後も私は家から一歩も出ることができず、曜ちゃんのお見舞いもせずに1日を終えようとしていた。

明日はついに……

 

…もう考えたくないよ。

 

 

 

千歌「ねえ。」

 

梨子「!」

 

 

目の前には千歌ちゃんがいた。

どうやってこの部屋に入ってきたの?音も立てずに…

 

 

千歌「あなたなんだよね?梨子ちゃんって。」

 

梨子「え…?」

 

 

暗がりでよく見えてなかったけど、千歌ちゃんは制服を着ていて、リボンの色も黄色かった。

 

 

千歌「…曜ちゃんはあなたのことをそう言ってた。」

 

 

この千歌ちゃんは何者?私が見てるただの幻想?

 

 

千歌「ねえ。どうして曜ちゃんは一人ぼっちなの?」

 

ズキッ

 

梨子「ぁ……ぉ……」

 

言葉にならない。私からは息が漏れるだけで、千歌ちゃんに伝わらない。

 

 

千歌「私にとってね、曜ちゃんは一番大事な友達だから、もしその曜ちゃんが傷つけられることがあったら、私はその人を絶対に許さない。」

 

 

 

 

わかってるよ。だからこそ、謝りたい。せめて謝りたいの。

 

 

 

千歌「…でもね。」

 

私の顔の前に千歌ちゃんの顔が現れる。

 

千歌「あなたはずっと曜ちゃんを守ろうとしてくれていたんだよね?」

 

梨子「!?」

 

千歌「…ありがとう。」

 

 

違う。守りたかったのは本当。でも、守れなかった。曜ちゃんを助けてあげることはできなかった。

 

 

千歌「それなのに…ごめんね………」

 

 

ああ…

 

お願いだから…

 

 

千歌「わたしが……よーちゃ…を…っ…きず…つけ……ちゃ…た……」ポロポロ

 

 

千歌ちゃんが傷ついたりしないで……

 

 

 

梨子「…お願い。もう泣かないで。」

 

千歌「…っ…ぁぁ……ぁぅ…」ポロポロ

 

梨子「自分を責めたりしないで…」

 

 

 

 

曜『…ごめんなさい。』

 

 

梨子「っ。」

 

なぜ、私は千歌ちゃんにはこうして慰めてあげようとするのに、曜ちゃんにはしてあげなかったの?

 

 

曜『……ごめ……ん……』ポロポロ

 

 

 

わたしは

 

 

 

千歌「……り…こ…ちゃん?」

 

 

梨子「……。」

 

 

本当にずるい。

 

 

千歌「さっき…自分が言ってた…よ?自分を…責めないで…って…」

 

 

私はこうしてまた許されてしまう。

 

 

ダメ。

 

 

 

私は曜ちゃんを取り戻すまで許されちゃいけない。

 

 

 

梨子「…千歌ちゃん。」

 

千歌「…なに?」

 

梨子「…必ず曜ちゃんを取り戻すからね。」

 

千歌「……」ギュッ

 

無言の抵抗。この千歌ちゃんは多分、私と初対面だ。それなのに、抱きついて裾を捕まえて、行かないでと言わんばかりに涙を流し続けた。

 

 

梨子「…本当にあなたって変だよ。」

 

千歌「……」

 

梨子「だけど」

 

 

 

 

本当に優しくて、友達思いの子。

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、あなたもだよ。

 

 

 

私の目の前には、ここにはいないはずの少女が笑顔でこっちに手を振っていた。

 

 

 

 

 

梨子「…待っててね。」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#12 やめない

 

 

 

 

 

 

曜ちゃんと一緒にいる。

 

 

ただそれだけで良かったんだ。

 

 

 

 

いや、それが良かったんだ。

 

 

 

曜ちゃんが見せてくれた太陽のような眩しい笑顔がもう思い出せない。

 

思い出せるのは、泣きながらみんなに怒鳴る姿と悲しい表情をしたまま目を閉じて横になっている姿。

 

 

 

なんで……なの……

 

 

千歌「ようちゃんのこと……大好きなのに…………」

 

 

 

 

 

今日のうちに目を覚まさなければ、曜ちゃんが目を覚ますことはない。

 

 

曜ちゃんの病室ではAqoursのみんなが泣きながら、目を開けてほしいと曜ちゃんに話しかけていた。

 

私はというと、泣きたくても涙が枯れてしまって泣けなかった。

 

 

 

それに曜ちゃんはもう目を覚ましてくれないってことも私はわかっていたから。

 

 

 

 

 

最低だ。

 

そんな風に考えるなんて私は最低だ。

 

 

私は誰にも話さずに病室から出て、海岸に向かった。

 

あそこに行けば曜ちゃんに会える。そんな気がしたから。

 

 

海に着いた後も放心状態の私は、何をするわけでもなく海を見ていた。繰り返し、リズムを崩さずに波を寄せては返してをする。それが私に語りかけている気がした。

 

 

 

 

『どうしたの?』

 

とても悲しいことがあったんだ。

 

『とても悲しいこと?』

 

そう。とても悲しいこと。

 

『それは嫌だったね。こっちにおいで。』

 

うん。

 

私は波が立っている場所まで歩いた。

 

『ほら、嫌なことは私に相談して?』

 

何でも聞いてくれるの?

 

『何でもいいよ。』

 

あのね。私、ずっと嫌なことがあったの。

 

『いやなこと?』

 

それはね、私の大好きな人の邪魔をすること。

 

『大好きな人の?』

 

私にはカッコよくて、頼りになって、周りの人に優しい、そんなヒーローのような友達がいるんだ。

 

『ヒーローかあ。』

 

でも、そのヒーローはみんなのことばかり気にして、自分のことをいつも最後に考えてた。

 

『本当に…そうなのかな……』

 

そうだよ。

 

『私はそんなことないと思うよ。』

 

 

千歌「なにが……なにがわかるの!?

曜ちゃんはいつも私のことばっかり優先して、大変なことがあっても一人で抱え込もうとしてた!」

 

 

 

曜「違うよ。」

 

 

千歌「え……。」

 

 

 

私の目の前には曜ちゃんが立っていた。

 

 

 

曜「千歌ちゃん。」

 

千歌「よーちゃん……?」

 

曜「私はずるかったんだ。ずっと千歌ちゃんのヒーローのふりをしてた。」

 

千歌「なにを言ってるの。曜ちゃんは私にとっては眩しかったよ。」

 

曜「…それに私は一人で抱え込もうとしてなんかいないよ。」

 

千歌「それも嘘だよ。」

 

曜「ねえ、気づいてる?」

 

千歌「なにを?」

 

曜「一人で抱え込もうとしているのは千歌ちゃんだよ。」

 

 

曜ちゃんはさっきから何を言ってるの。私が一人で抱え込もうとしてる?どこが?梨子ちゃんや曜ちゃんを巻き込んで、みんなを悲しませてるのに、そのどこが一人で抱え込もうとしてるっていうの?

 

 

曜「もう千歌ちゃんには私以上に大切な友達がいっぱいいるはずだよ。」

 

千歌「いないよ!」

 

曜「…私はね、千歌ちゃんが諦めそうになったら、支えてあげるのが私の役目だと思ってる。でも、千歌ちゃんはもうスクールアイドルを諦めたりなんてしないよね?」

 

千歌「それは…しない…」

 

曜「なら、私の役目は終わったの。」

 

やめてよ。

そんな言い方しないで。

 

千歌「曜ちゃんは私の道具じゃない!」

 

曜「なに言ってるの、千歌ちゃん。」

 

 

次の曜ちゃんの一言が私の背筋を一気に凍らせた。

 

 

曜「今まで何もしてくれなかったのに、まさか友達だったなんて言わないよね?」

 

 

曜ちゃんの顔がどんどん歪んでいく。

 

 

曜「千歌ちゃんのやりたいことには賛成してくれて、衣装を作って、チーム内の雰囲気を良くするために笑って、ダンスのやり方も教えてくれて、ずっと側にいてくれる。

そして必要じゃ無くなったら捨てればいい。」

 

 

やめて……

 

 

 

曜「すごい便利だよ!私って!

私はヒーローじゃない。私は千歌ちゃんの便利な道具だよ!!」

 

 

千歌「そんなこと思ってないよ!!

思ってない……おもってない……」

 

 

 

曜「だからさ。」

 

曜ちゃんの顔からはいつのまにか歪みが消えて、瞳は優しく私を見つめていた。

 

 

曜「私のこと、捨てて。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「いやだぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌「あぁぁぁっ!!

違うっ!違うっ!違うっ!!

曜ちゃんは…曜ちゃんは……」

 

私の大好きな友達なんだよ!!

 

 

 

 

待ってて。今、会いにいくから。

 

私はどんどんと海に向かって進んでいった。だってそこには曜ちゃんがいるから。

 

千歌「もし見失っても、また見つける。私には曜ちゃんしか居ないんだよ!!」

 

 

ついに海面に顔が出なくなって、息が苦しくなった。そこまで行っても曜ちゃんはいない。

だから進まなきゃ。だって曜ちゃんが待ってる。

 

 

 

 

 

 

 

曜『ねえ、千歌ちゃん。』

 

海の中で曜ちゃんの声が響く。

 

曜『もう、やめる?』

 

 

 

心配そうに見つめる曜ちゃんが私の前に現れた。

 

 

 

千歌「やめない!

私は曜ちゃんと、ずっと一緒にいたい!!」

 

 

 

手を伸ばせば届く距離まで来た。これでようやっと……

 

 

 

曜「本当にありがとう。」

 

 

 

 

海の中でもわかるほどの涙でクシャクシャになった泣き顔で曜ちゃんは私を迎えてくれた。私は曜ちゃんに思いきり抱きつく。

 

 

千歌「もう見失ったりしないよ。

本当にこれで、ずっと一緒だね。」ギュ

 

 

顔を私の胸に埋める曜ちゃんは、震え続けていて、時々嗚咽を漏らしていた。

 

千歌「大丈夫だよ。もう、一人じゃない。」

 

曜「千歌ちゃん…。」

 

千歌「なあに?」

 

曜「ごめんね……」

 

 

その曜ちゃんの声が聞こえるか聞こえないかってところで、いきなり貧血みたいにふらっとなった。

 

 

そのとき私の側からあったかい何かが離れていく感触がした。

 

 

それは曜ちゃんの熱なのか、私の意識が段々と薄れているからなのかは私にはわからなかった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#12.5 おはヨーソロー

梨子ちゃん視点です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日になっても、砂浜で海に「返して、返して」と叫んでいた千歌ちゃんの声が頭から離れなかった。

 

 

曜ちゃんを殺したのは私だ。

 

千歌ちゃんと一緒にいる。

千歌ちゃんの1番の友達でいる。

 

それを願っていた曜ちゃんを苦しめ続けていたのは、私がいたからだということは紛れもない事実だ。

 

梨子「私が死んでしまえばよかったのにね…」

 

後悔なんて言葉じゃ言い表せない気持ちが止めどなく溢れる。私はなぜ生きているのだろう?

 

可愛くて、器用で、みんなを楽しませてくれて、優しくて思いやりがあって、なによりもAqoursに最後の最後まで本当に愛情を注いでくれた少女。

 

そんな少女を殺したのは私。Aqoursにとって光のような存在を殺した。

 

 

 

 

今日のうちに目を覚まさなければ、曜ちゃんが蘇生することは無いそうだ。

 

千歌ちゃんは完全に壊れてしまっている。寝ている曜ちゃんを見ても、何も言わなくなって、まるで魂が抜けたように空虚を見つめている。

 

 

沼津に来て私は救われた。Aqoursに出会って救われたんだ。曜ちゃんと千歌ちゃんに出会えたから私はこうしていられる。

 

 

それを私は仇で返したんだ。

 

 

梨子「……。」

 

善子「ねえ、梨子。」

 

梨子「…善子ちゃん?」

 

善子「今から私の部屋に来てくれる?」

 

梨子「え……」

 

 

 

 

 

梨子「身代わりの黒魔術?」

 

善子「ええ。」

 

善子ちゃんの部屋に着いた私は、善子ちゃんの話を聞いていた。怪しげに黒魔道書と書かれた分厚い本を片手に善子ちゃんは私の質問に頷いた。

 

梨子「それって……」

 

善子「安心して。身代わりになるのは私だから。」

 

梨子「何を言っているの?身代わりって、そんなことできるわけが…」

 

善子「これしかないのよっ!」

 

梨子「……。」

 

善子「藁にもすがる思いでやってるの。ダメかもしれない。それでもやれることはしたいのよ。」

 

私の想像よりも遥かに善子ちゃんは強かった。私や千歌ちゃんよりもずっと強い。曜ちゃんのために自分のできることを見つけていた。

 

梨子「わかった。協力するよ。」

 

善子「ありがとう。」

 

でも、ここでAqoursにとって大事な善子ちゃんを失うわけにはいかない。

 

梨子「ただ、条件があるの。」

 

善子「なに?」

 

何も悪くない善子ちゃんが身代わりになるなんて間違ってるでしょ?

 

梨子「身代わりになるのは……」

 

 

 

それに、これは私の願いでもあるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼が覚めると、波打ち際の音が聴こえるようになってきた。

 

 

ここは砂浜?さっきまで確か……

 

 

周りを見渡すと、ここは私がよく知らない海岸だった。

 

 

梨子「あっ……。」

 

 

周りを見渡す中で、一人の少女を見つけた。

 

 

梨子「っ!」ダッ

 

 

私はその子に向かって、呼吸を忘れるほど無我夢中で走った。多分、人生で一番速く走った。

 

 

もうどこにも行かせたりしない。

 

 

自ら一人ぼっちになる道を選んだ可哀想な少女。

 

彼女をもう二度と同じ目には遭わせない。

 

 

私は少女の背中に抱きついた。

 

少し筋肉質だけど女の子らしさが残る柔らかい肌。髪からふんわりと香る太陽の匂い。優しく感じるあったかい体温。

 

 

「え?」

 

 

そう。

私が聞きたかった声。

 

 

『ごめんね…ごめんね……』

 

 

 

泣きながら謝り続ける彼女が出てくる夢を何度見たんだろう。罪悪感がずっと私にまとわりついていた。

 

もう、それも終わりにさせるんだ。

 

 

 

 

梨子「……曜ちゃん。」ギュッ

 

曜「り…こ…ちゃん……?」

 

 

曜ちゃんは口をポカンと開けて、大きく目を見開いていた。

 

 

曜「梨子ちゃん?どうしてここに……」

 

曜ちゃんが驚いた表情をしていることがすぐにわかった。

 

梨子「会いに来たんだよ。」

 

曜「私に?」

 

梨子「うん。」

 

曜「どうやって?」

 

梨子「それは内緒。」

 

曜「……。」

 

すると曜ちゃんは私と顔を合わせた。その顔はとても悲しそうにしていた。

 

曜「……帰ろう。」

 

梨子「!」

 

曜「ここは梨子ちゃんが来る場所じゃないよ。」

 

梨子「……。」

 

曜ちゃんは私がどうしてここにいるのかをわかっているみたいだった。

 

曜「こんなことしても、誰も喜ばないよ。」

 

梨子「そんなことない。」

 

曜「そんなことあるよ。」

 

梨子「私じゃなくて、曜ちゃんがいればいいの。」

 

そう言って、私は顔を上げると曜ちゃんの視線とばっちり合った。その後、私は言葉を続けることができなかった。

 

……曜ちゃんが怒ってる

 

 

曜「それ、本気で言ってるの?」

 

ここで引いちゃダメだ。

後悔したくない。

 

梨子「……本気だよ。」

 

 

 

 

 

曜「ねえ、一発殴ってもいい?」

 

梨子「!?」

 

私の覚悟なんてすぐに打ち砕けるほど曜ちゃんはとても怒っていた。あのときみたいに怒鳴ったり、泣いたりしているわけではないけど、曜ちゃんの心の芯からの怒りが私に伝わってきた。

 

 

曜「……しないんだけどね。」

 

梨子「……。」

 

曜「ねえ、梨子ちゃん。」

 

梨子「……。」

 

曜「梨子ちゃんの思いやりのあるところ、私は大好きだよ。」

 

梨子「……。」

 

曜「でもね。今回の梨子ちゃんの行動は思いやりとか、優しさとかじゃないよ。梨子ちゃん自身がこれ以上傷つくのが怖いって思ってるだけなんだよ。」

 

 

核心を突かれた。確かにそう言われてしまったら、そういうことになる。でも認めたくない。

 

梨子「そ、そんなつもりじゃ!」

 

曜「それより他にやらなければいけないことがあるはずだよ。」

 

 

やらなければいけないこと?

 

 

曜「今、梨子ちゃんまでいなくなったら、一人ぼっちになっちゃうよ。」

 

梨子「ひとり…ぼっち…。」

 

曜「…千歌ちゃんを一人ぼっちにさせるつもりなの?」

 

梨子「あっ……」

 

曜「千歌ちゃん、いきなり友達を二人も失ったらどうなっちゃうと思う?」

 

 

それは…

 

 

千歌『……。』

 

 

私の目の前には目に光を宿していない、可哀想な一人の少女がいた。

 

 

梨子「…二人も失うなんてはずないよ。だって私は…私は、曜ちゃんのためにここに来たの。私が代わりになれば、曜ちゃんが生きられるんだよ!?」

 

パシンッ!!

 

突然、私の左の頰に鋭い痛みが走った。

 

 

曜「……。」

 

梨子「……。」ヒリヒリ

 

曜「っ!梨子ちゃんを……

ごめんね、痛かったよね。」

 

梨子「……。」

 

痛かったよ。

 

曜「ごめんね……」

 

でもこの痛みは叩かれたからじゃない。

 

曜「…ごめんっ……」フルフル

 

この痛みは胸の中の想いからくるものだよ。

 

そして、曜ちゃんはそのまま顔を伏せて、何も喋らなくなってしまった。

 

 

梨子「私ね、曜ちゃんが眠ってから、ある夢をよく見るようになったんだ。」

 

曜「……。」

 

梨子「それはずっと曜ちゃんが謝ってる夢。」

 

曜「っ。」

 

 

私を叩いてから曜ちゃんが謝り続けていた姿を見てわかったよ。

 

梨子「あれは私の夢で、私の想像したことだって思ってた。

でも夢じゃなかったんだよ。」

 

 

曜ちゃんはあの日からずっと、ずっとずっとずっと……

 

 

梨子「ずっとみんなに謝ってたんだよね。」

 

曜「……。」

 

傷ついた。

傷ついてボロボロになっても曜ちゃんは一人ぼっちだったんだ。それで謝りたくても謝れるタイミングがなくて、どんどん孤立していった。いくら曜ちゃんが泣いても、叫んでも、誰も助けてあげなかった。

そして曜ちゃんは壊れてしまった。

 

優しいはずの曜ちゃんが、人を傷つけるようなことを言ってしまうほどに。

 

 

 

梨子「つらいよ。」

 

曜ちゃんが壊れてしまってることに私は気づいていた。

 

梨子「つらいよ……」

 

それなのに私はただ見ているだけで、助けることができなかった…!

 

梨子「そんなのつらいよ!

なんで?なんでよ!?なんで曜ちゃんばかりこんな……こんな……ひどいおもいを……」ポロポロ

 

 

 

結局、私はまた泣いてしまった。

泣いても曜ちゃんを困らせるだけなのに。

 

最低だ。

 

曜ちゃんが居なくなってしまうくらいなら、私がもっと早く死んでしまえば、こんなことにならなかったのに。

みんな悲しい思いをしないで済んだのに……

 

 

 

曜「おはよーそろー。」

 

梨子「……?」

 

私は暖かい何かに包まれた気がした。いや、曜ちゃんに抱きつかれているんだ。

 

曜「おはヨーソロー。」

 

どうしてなの?

 

曜「おはヨーソロー!」ニコッ

 

 

 

どうしてそんなに曜ちゃんは強いの?

 

 

梨子「どうして曜ちゃんは笑っていられるの?」

 

曜「梨子ちゃんにも笑ってほしいからかな。」

 

梨子「私が笑ったって、曜ちゃんは戻ってこられないんだよ……」

 

曜ちゃんは目を伏せて少し微笑んでいた。

 

曜「それと」

 

突然強くなった潮風が私たちの髪を揺らす。

 

 

曜「私にはできなかったけど、梨子ちゃんには千歌ちゃんを元気づけてあげさせられるから。」

 

梨子「そんなこと…」

 

無理だよ。曜ちゃんにできなかったことを私ができるはずがない。私はそんなことができるほど強くない。

 

梨子「無理だよ。」

 

 

そう。やっぱり曜ちゃんの言った通り、きっと私は自分が傷つくのが怖いだけなんだ。

 

 

曜「じゃあ…」

 

 

じゃあ……?

 

 

曜「やめる?」

 

 

梨子「……。」

 

 

 

 

千歌『こんなのむりだよぉ〜!』

 

曜『あはは。』

 

千歌『私が作詞なんてできっこないって…』

 

曜『やってみないとわからないよ?』

 

千歌『むぅ……』

 

曜『うーん。それじゃあ、やめる?』

 

千歌『……むぅ。やめないっ!』

 

曜『だよねっ!』

 

 

 

千歌ちゃん……

 

こんな気持ちだったんだね。

 

 

 

梨子「……やめない。」

 

曜「……。」

 

梨子「私は千歌ちゃんを元気にさせる。」

 

曜「…ありがとう。」

 

 

今の曜ちゃんの笑顔は安心したのか、とても穏やかだった。

 

 

梨子「だから」

 

曜「?」

 

梨子「どこにも行かないで。」

 

 

抱きついてくれていた曜ちゃんを抱きつき返す。

私の切実な願い。もう一人になんてさせたくない。

 

 

梨子「一人ぼっちでどこかに行ったりしないでよ!」

 

曜「……。」

 

 

凪のせいか潮風は消えて辺りは静寂に包まれる。私の叫び声が広がっていくのがわかった。

 

 

曜「そのために、おはヨーソローの呪文があるんだよ。」

 

梨子「え?」

 

 

 

それってどういう意味……

 

 

曜「だって、梨子ちゃんがそう言ってくれるだけで、梨子ちゃんの中には渡辺曜が残るでしょ?そうしたら、私は一人ぼっちじゃないから。」

 

 

 

よう…ちゃん………

 

私が曜ちゃんと目を合わせると、にっこりと曜ちゃんは笑った。

 

 

 

曜「………だよ…。」

 

梨子「!!」

 

 

いま…ようちゃん………

 

 

曜「よしっ。

梨子ちゃんと千歌ちゃんの明るい未来へ!フルアヘッツ!」ガシッ

 

梨子「うわっ!?」クルッ

 

 

い、いきなりなに!?

私は曜ちゃんに後ろ向きにさせられていた。

 

曜「全速前進っ!」

 

 

このとき、私は曜ちゃんの声から悟った。

 

梨子「そんなお別れっ…!」

 

 

曜「…バイバイ。」

 

 

だってその声は今まで聞いてきたどの曜ちゃんの声よりも切なくて寂しいものだったから。

 

とっさに感じた、曜ちゃんの雰囲気からは、これが『最期』だって暗示していた気がした。

 

 

そんなの…

 

やだよ!

 

いやだよっ!!

 

 

曜「…頑張ってね。」ドンッ

 

梨子「いやあぁぁっ!!」

 

 

振り返って必死に伸ばした手は曜ちゃんには届かず、ただ空を切った。

 

そもそも、善子ちゃんに名乗り出たときからおこがましいのはわかってた。

 

それでも私は本当に曜ちゃんを助けたかったんだ。一人で寂しそうに笑う少女を、私は置いていきたくなんかなかった。

 

 

 

 

 

梨子「ようちゃぁぁぁん!!」

 

 

 

 

 

 

曜ちゃんに押された私は海の中へ放り込まれた。そしてあっという間に、海の中で意識が遠くなっていくのがわかる。

 

これが最後なんて思いたくない。

 

 

でも、私が最後に見た曜ちゃんの顔は、涙でクシャクシャになって、本当に辛そうな顔だった。

 

もう曜ちゃんには届かないとわかっていても、私は海の中で曜ちゃんに向かって手を伸ばした。

 

 

 

梨子「ごめ…ん…ね……」

 

 

一筋の光も見えなくなって、私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………こ……。」

 

 

 

「……り……こ………。」

 

 

「り…こ…」

 

「りこ」

 

善子「梨子!」

 

 

善子ちゃんの声で私は目を覚ました。

 

梨子「よっ……ちゃん……」

 

善子「良かった…」ポロポロ

 

善子ちゃんは泣いていた。

 

 

善子「私のせいで梨子が死んだらって考えたら怖くて……」

 

そうだ。善子ちゃんは私よりも一つ下。そんな子を置いていって、こんな重荷を背負わせようとしたなんて本当にバカだ。

 

梨子「曜ちゃんにね、会えたんだよ。」

 

私は善子ちゃんを抱きしめながら言った。

 

善子「よ、曜さんはどうなったの!?」

 

 

 

 

 

曜『だいすきだよ…』

 

 

梨子「…………」

 

 

善子「り…こ……」

 

 

梨子「助けられなかった。」

 

善子「え……」

 

梨子「ごめんなさい…」

 

善子「…謝らないで。そもそも、こんな神事に背くような事をしようとした私が間違っていたのよ。」

 

梨子「でも、善子ちゃんには、曜ちゃんに合わせてくれたから感謝してるの。ありがとう。」

 

善子「ええ…」

 

 

 

泣き止んだ善子ちゃんと別れた私は、海岸沿いを歩きながら海を眺めていた。

 

曜ちゃんの温かい言葉は私の冷えきって狂ってしまったいた心を溶かしてくれた。

 

 

梨子「おはヨーソロー。」

 

曜『…バイバイ。』

 

 

二度と帰ってこない人魚姫。

 

人魚姫は好きな人に好きと伝えられずに泡となって消えてしまう。

 

 

曜『だいすきだよ…』

 

 

私じゃなくて、千歌ちゃんに言えたらどれだけ良かったんだろう。

 

千歌ちゃんもどれだけ救われたんだろう。

 

 

梨子「せめて…」

 

 

私が千歌ちゃんを支えてあげないといけない。

 

 

でも、今日は許してね。

 

 

 

梨子「…っ。…うぁ…ぁぁ、ぁぁ…」ポロポロ

 

あんなに優しいあなたを失ったことを、すぐに切り換えて明るく振る舞えるほど、私は強くない。

 

 

でも、きっと千歌ちゃんを笑顔に戻してみせるから。

 

梨子「……よぉ……ちゃん………」ポロポロ

 

 

だから今だけは泣くことを許してね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章 Dying daydream
#1 黒澤 ルビィ


 

 

 

 

 

 

波の音が聞こえる。

 

それ以外は何も聞こえない。

 

 

ここってどこだろう。

私の知っている海辺ではない。見たこともない場所。でも自然といやな気持ちにはならなかった。

 

 

曜「私、千歌ちゃんといた気がしたのに…」

 

あのままどこか知らない場所に流されちゃったのかな。なら、生きてることに感謝しなきゃ。

 

曜「うん?」

 

違和感があったから左手を見てみると、私はギプスをしていなかった。それなのに腕の痛みはない。

 

曜「…治った?」

 

どうして?そんなすぐに治ることなんてあるの?

 

そんなことを考えながらあてもなく、トボトボと海沿いを私は歩いた。

 

 

どこまで行っても続く砂浜と海。そこには人が誰もいなくて、建物もあるわけではないし、ここは異世界のような気がした。

 

曜「どうして…」

 

私はここにいる理由がよくわからなかった。

 

 

 

 

 

しばらく歩くと、さっきまでとは違うものが砂浜に表れていた。

 

曜「…足跡だ。」

 

 

私は嬉しくなって、その足跡を追いかけた。ようやく誰かに会える。話せる相手だったらいい。いや、もう誰でもいい!

 

岩陰に伸びているのがわかったから、私は走った。そういえば走る感覚は久しぶりな気がする。

そして岩の後ろを覗き込んで私は息を飲んだ。

 

 

曜「……ルビィちゃん?」

 

そこにはスヤスヤと寝息を立てているルビィちゃんが座り込んでいた。

 

ルビィ「……ぅゆ。…よーちゃん?」

 

信じられなかった。まさかルビィちゃんだったなんて。

 

 

曜「っ!」ギュー

 

ルビィ「ピギィ!

よ、曜ちゃん!?」

 

曜「…よかった。」

 

ルビィ「へ?」

 

曜「ルビィちゃんに会えてよかった……」

 

ルビィ「曜…ちゃん……!」

 

 

ルビィちゃんからは驚いている様子がわかった。そうだよね。起きたらいきなり抱きつかれてるんだから。

 

 

ルビィ「うそ…じゃないよね…?本当に曜ちゃんなんだよね?」

 

曜「本物だよ。私が渡辺曜だよ。」

 

 

私の耳元でルビィちゃんの喉元がキュゥって鳴ったのが聞こえた。そして

 

 

ルビィ「…よかったよぉ……」ポロポロ

 

 

私に抱きつかれたまま、ルビィちゃんは泣きじゃくり始めた。

 

 

ルビィ「会いたかったよ…」

 

ルビィちゃんが泣き虫だってことは私も知ってたつもりだったけど、この泣き方はいつもとは別格だった。

 

 

曜「泣いてくれるのは嬉しいけど、そんなに私と会ってなかったっけ?」

 

ルビィ「…曜ちゃん、目を開けてくれなかったから。」

 

曜「私が目を開けない?どういうこと?」

 

 

私が顔を見て話しかけようとルビィちゃんを少し引き剥がそうとした。でも、ルビィちゃんは私の袖を掴んで絶対に離れなかった。

 

 

ルビィ「いなくならないで!」

 

 

私は動けなかった。ルビィちゃんの震え方が尋常じゃなかったから。男の人を見たり、暗いところにいて怖がっている時とはレベルが違うとわかる。

 

 

ルビィ「いやだよ。」

 

曜「私はここにいるよ。どこにもいなくなったりし」

 

ルビィ「信じないもん!!」

 

 

明らかに強い意志を持って否定してる。私はルビィちゃんのことを騙しちゃったの?

 

 

ルビィ「…また遊んでくれるんじゃなかったの?」

 

曜「え。」

 

ルビィ「今度お出かけするときは、一緒に遊ぼうって言ってくれたんだよ……」

 

 

ルビィちゃんは覚えていたんだ。私との約束。

 

 

曜「そうだね。そうしたら、今度の土曜日とか、どうかな?」

 

 

ルビィ「土曜日になったら……曜ちゃんは起きてくれる?」

 

 

 

ルビィちゃんの顔、声、言葉、涙で全てを察した気がした。

 

 

 

 

 

 

私、死んじゃった?

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ「…また一緒に踊って、歌って、衣装を作れるの?」

 

 

 

そっか……

 

 

私はあのまま溺れて…………

 

 

 

 

 

 

ルビィ「曜ちゃん……」

 

 

曜「ごめん。」

 

ルビィ「あっ……うぅ……」

 

曜「無責任なこと言っちゃった。」

 

 

 

でも、そうだとして私はどうしてルビィちゃんと一緒にいるの?

 

 

 

曜「ねえ?ルビィちゃん。変なことしてないよね?」

 

 

ルビィ「っ。」ビクッ

 

 

 

嘘でしょ?

 

 

曜「何したのっ!?」

 

 

ルビィ「ただ……」

 

曜「ただ!?」

 

ルビィ「曜ちゃんのところに行けたらなぁって。だからきっとこれはルビィの夢で……」

 

 

ということは、これはルビィちゃんの夢?

 

 

 

ルビィ「曜ちゃんは本当にもう起きないの?こうして曜ちゃんと喋ってると、いつか起きてくれるって思っちゃうよ。」

 

曜「ねえ?」

 

ルビィ「うん?」

 

曜「私って、今はもう死んじゃったの?」

 

 

一拍置いて、ルビィちゃんは私に教えてくれた。

 

 

ルビィ「……死んではいないかな。」

 

曜「でも、起きないって言ってなかった?」

 

ルビィ「…意識が無いの。」

 

死んではいない。意識がないだけ。そう思って安心した矢先だった。

 

 

 

ルビィ「でも、お医者さんは溺れてから3日間で一回も起きなかったら、もう意識が戻ることはないって。」

 

 

それで、起きないの?って聞いてたんだ。

 

 

曜「今は何日経ったかわかる?」

 

ルビィ「もう3日は過ぎちゃったよ。」

 

 

 

 

 

え?

じゃあ、私は……

 

 

さっき受け止めたつもりだったのに、意識が戻らないことをもう一度受け止めようとして、血の気が引いてく感じがした。

 

 

 

曜「色々…教えてくれて、ありがとう。」

 

ルビィ「曜…ちゃん……」

 

曜「みんなはどうしてるの?」

 

 

私は多分聞いちゃいけないことをルビィちゃんに聞いてしまった。

 

 

ルビィ「……み、みん…な…は……」

 

 

そこまで怯えることってある?

 

 

曜「ごめんね。辛かったら、無理に言わなくてもいいから。」

 

私はルビィちゃんの背中を撫でた。

 

ルビィ「よぉ…ちゃん……。」ポロポロ

 

 

しばらくルビィちゃんの背中をさすってあげると、ルビィちゃんはスゥスゥと寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

曜「…………。」

 

 

寝てくれたかな?

 

夢だからルビィちゃんに会えたけど、他の子とはもう会えないのかな。

ルビィちゃんと会えるのも、もしかしたらこれが最後なのかもしれない。

 

そう思うとルビィちゃんにずっと一緒にいて欲しかった。

 

 

 

曜「でも、そんなことしたらダイヤさんや花丸ちゃんが悲しむもんね。」

 

 

夢から覚ましてあげないと。

 

私は海からここにやってきたんだよね。だから、ルビィちゃんを戻してあげるなら、海に返してあげれば帰れるのかな?

 

 

ルビィちゃんを持ち上げて、海に向かって歩く。ルビィちゃんには多分何も言わない方がいい。だって、嫌だって言って離してくれなそうだから。

 

 

 

曜「Aqoursの衣装作りは任せたよ。」

 

 

 

そして私は抱いていたルビィちゃんを海の中にそっと入れた。

 

 

 

曜「バイバイ。」

 

 

 

そしてルビィちゃんは海の中に溶けていって、私の前からいなくなってしまった。

 

 

曜「夢かあ。」

 

 

これはルビィちゃんの夢でもあり、私の夢でもある。

 

 

曜「夢なら、他の子にも会えるよね。」

 

 

 

 

そしてまた私は来た道とは反対に向かって歩いた。

 

 

私の腕の中にはルビィちゃんの熱が確かにあって、今一人で歩いていることがとても寂しくて寒く感じた。

 

 

曜「……。」

 

 

 

これから先はこの孤独の中で生きていくことになると実感して、私は静かに泣きながら、ずっと続く浜辺を歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#2 津島 善子

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ようやっと、見つけたわ。」

 

 

一人で海岸を歩いていると、いつの間にか後ろに誰かがいた。

 

いや、誰かなんて声でわかる。

 

 

 

曜「善子ちゃん……」

 

善子「ここまで来たのに、会えないで終わると思ってた。」

 

 

ここまで来たってことはわざとここに来れたってこと?

 

 

曜「どうやってここに来たの?」

 

善子「私は堕天使よ。異世界と繋がるガフの扉は持ち合わせているに決まってるじゃない。」

 

何を言ってるのかわからないけど、本当に呪文か何かで来たってことなのかな。

 

善子「そんなことはどうでもいいわよ。それよりも曜さんはずっとここにいる気?」

 

曜「え?」

 

善子「帰ってこないのって聞いてるのよ。」

 

帰ってこないかどうか。

ルビィちゃんの話を聞いた限りだと、目を覚ますためのタイムリミットはもう超えてしまっているようだった。

 

 

曜「できることなら帰りたいけど、こうなっちゃった以上、諦めるしかないのかなって。」

 

 

私の言葉を聞いた善子ちゃんはニヤリと笑った。

 

 

善子「諦める?フフッ。

この堕天使ヨハネにかかれば、人の一人や二人、地上に帰すことなど造作もない!!」

 

ルビィちゃんの時と比べると、善子ちゃんは大分いつも通り。というか、むしろいつもよりテンションが高い?

 

曜「…本当のことなの?」

 

善子「もちろん。堕天使に二言はないわ。」

 

 

善子ちゃんの自信に満ち溢れる瞳の奥で、何かが揺れていたことを私は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

善子「ここよ!!」

 

 

善子ちゃんに案内されて着いたのは、浅瀬なのに妙に渦が巻いている浜辺だった。

 

曜「この渦……」

 

善子「そう、正しくここが地上とここを繋ぐ、言わばヘブンズゲート!」

 

 

ヘブンズゲートか。ということはここは天国なのかな。だとしたら、天国なんて良い場所じゃないね。

 

曜「私はどうすればいいの?」

 

善子「何も考えずに入ればいいのよ。」

 

曜「善子ちゃんは?」

 

善子「まあ、とりあえず先に曜さんに入ってもらおうと思ってるから。」

 

 

今の善子ちゃんの顔で私の疑いは確信へと変わった。

 

 

善子ちゃん、ここに残るつもりだ。

 

 

 

曜「本当に…戻れるんだ。」

 

善子「そうよ。だから早く入って、みんなも会って来なさいよ。」

 

曜「まずみんなに謝らなきゃだね。」

 

善子「…本当よ。どれだけみんなに心配させてるのよ。」

 

曜「あはは…申し訳ございません。」

 

 

善子ちゃんの一言一言には何かを噛みしめるような重みがあった。

 

 

曜「もしここから帰ったら、命の恩人である善子ちゃんに何かしたいであります!」

 

善子「……別にいいわよ。」

 

曜「だからさ、デートでもしよ。」

 

善子「っ。」

 

 

いつもなら、「堕天使とデートをしたいなんてあなたも愚かね。」とか、「リア充イベント!……べ、別に行ってもいいけど。」とか来そうなものなのに。

 

 

目の前の善子ちゃんは何かを堪えるのに必死になってる。それってきっと…

 

 

曜「あのね?」

 

私はこんなことをしてほしいって思ってないよ?

 

 

 

善子「早く行きなさいよ!!」

 

曜「っ!」

 

善子「お願いだから、早くみんなと会ってきてよ。みんな、曜さんが帰ってくれば元に戻るから!」

 

 

元に…戻る?

 

 

曜「うわわわっ!?ちょ、ちょっと!」

 

後ろから善子ちゃんに押される。私はその善子ちゃんの力をいなしながら、善子ちゃんの後ろに立った。善子ちゃんからはさっきの明るさは消えていた。

 

 

善子「早く戻ってきてよ!!」

 

そう。善子ちゃんは辛いという気持ちを蓋して、必死に明るく振舞おうとしてた。

 

善子「もう…みんなが辛そうにしてるところを見たくない。曜さんが帰れば、みんなは笑える。」

 

曜「笑えないのは誰がいなくなったって一緒だよ!私か、私じゃないかなんてどうでもいい。」

 

善子「それは違うってわかる。曜さんはAqoursにとって、少なからず千歌さんにとっては絶対にいなくちゃならないって。」

 

 

千歌ちゃんにとって……

 

 

 

曜「……。」

 

善子「…わかったなら早く行ってよ。」

 

曜「じゃあ善子ちゃん、ハグしようよ。」

 

善子「は、ハグぅ?」

 

曜「じゃなきゃ私は行かない。」

 

善子「…したら行くのよね?」

 

曜「決心するよ。」

 

 

善子ちゃんは「ハァ」と一つため息をつくと

 

 

善子「ん。」

 

手を広げてハグを受け止めようとしてくれた。

 

 

曜「よーしこー!」ダキッ

 

善子「っけちょっ!ヨハネだってば。」

 

曜「あー!私もいい後輩を持ったもんだっ!」

 

善子「…何を行ってるのよ。恥ずかしくなるからやめて。」

 

曜「堕天使パワーをチャージ!」

 

善子「…さあ、気がすんっ!?」

 

 

 

私は善子ちゃんに抱きついていた腕を思い切り振り回した。

 

 

善子「んなっ!?」

 

 

善子ちゃんは完全に体制が崩れて、背中から着水する形になった。

 

 

 

 

 

曜「千歌ちゃんにとって必要なのは、千歌ちゃんを慰める人(渡辺曜)じゃない。千歌ちゃんをまた奮起させる人(善子ちゃん)なんだよ。」

 

 

 

私は千歌ちゃんを甘やかしちゃうから、きっと千歌ちゃんも強くなれない。

 

もし千歌ちゃんだけを思うんだったとしたら、私はここにいるべきなんだ。

だから、善子ちゃんには悪いけど、私はここに残るよ。

 

 

 

 

 

曜「憧れの先輩かぁ。」

 

 

私にはちょっと難しかったのかも。

 

ごめんね。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#3 国木田 花丸

 

 

 

 

 

 

また誰かに会ったとしても話しかけない方がいいんじゃないか。心の中でそう思いつつあった。

 

ルビィちゃんも善子ちゃんも私に帰ってきてほしいと言ってきたけど、それって無理なことだし、私には希望を与えて傷つけることしかできなかった。

 

 

ルビィちゃんも善子ちゃんも、本当に同じ夢を見ていたとしたら、どんな気持ちになったのかな。

 

 

 

 

曜「きっと……」

 

 

 

 

 

何も考えたくないから、とりあえず寝てしまおうかな。なぜかお腹は減らないし、喉も乾かないから寝てるだけでも大丈夫そうだしね。

 

夢の中で寝ちゃうなんて、なんだか面白いね。これで夢から覚めて起きれたりしないかなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん?

 

あれ?学校の屋上だ。

 

 

夢の続き?

 

それとも夢の中の夢?

 

 

そういえばなにか頭に柔らかい感触が……?

 

 

 

 

 

花丸「起きたずら?」

 

 

 

 

 

会いたくなかったのに会ってしまった

 

 

 

曜「どうして花丸ちゃんがここに?」

 

花丸「曜ちゃん、寝ちゃってたから、寝違えないように膝枕してたんだよ。」

 

曜「そう…なんだ……」

 

 

 

花丸ちゃんの表情が柔らかかった。

 

最近は悲しそうな顔をした花丸ちゃんしか見てなかったから、とても心が落ち着く。

 

 

花丸「曜ちゃんはやることがいっぱいあるから疲れちゃうよね。」

 

曜「まあ、ね。でも、みんなが笑ってくれるから、全然嫌じゃないよ。」

 

花丸「本当ずら?」

 

私の髪を撫でながら、花丸ちゃんは微笑んだ。

 

曜「本当だよ。」

 

 

なんかこうしてると、後輩だって思えなくて、お母さんみたいで一緒にいて安心してしまう自分がいた。

 

花丸「マル、全部聞くよ?」

 

曜「え?」

 

花丸「マルは全部受け止める覚悟はできてるから。話して。」

 

まっすぐな目。

逃げられない。私の真意を見抜いている目だった。

 

曜「…本当だよ。辛くはなかった。」

 

花丸ちゃんの唇がへの字に歪む。

 

曜「でも、自分で何をしてるのかわからなくなっちゃってさ。」

 

私は花丸ちゃんに話そうとしてることが整理できていなかった。

 

花丸「曜ちゃんは何がしたかったずら?」

 

 

私のしたかったこと……

 

 

曜「千歌ちゃんと何かしたかった。」

 

花丸「そう…だよね。」

 

花丸ちゃんの顔を見て今のは良くなかったと悟った。これじゃあまるで花丸ちゃんたちはどうでもいいって言ってるように聞こえる。

 

 

花丸「マルも一緒ずら。」

 

曜「え?」

 

花丸「マルもルビィちゃんが勇気を出せるようにって思ってAqoursに入ったんだよ。」

 

そう言えばそうだった。花丸ちゃんはあの時、ルビィちゃんはスクールアイドルが大好きだから入れてあげてほしいって言っていた。

 

花丸「だからマルはルビィちゃんさえ入ってくれれば辞めていいって思ってたずら。」

 

曜「今はどうなの?」

 

花丸「今はAqoursの活動が大好きで、読書や食べることよりも夢中になってるよ。」

 

曜「そっか……」

 

そう言ってもらえたら、千歌ちゃんはきっと喜ぶだろうな。

 

花丸「だから、もちろんラブライブには出たいよ?マルたちが頑張ってきた結果を残したいって思うずら。」

 

ラブライブに出たい……

 

花丸「でもマルは9人で行きたい。」

 

9人で……

 

花丸「Aqoursが好きで、スクールアイドルが好きだったのはAqoursのみんなが居てくれたからなんだよ。」

 

花丸ちゃんの瞳から溢れた涙が私の頰に落ちた。

 

そこで私は目が覚めた。

さっき寝ていた景色と変わってない。

 

たった一つを除いて。

 

花丸「起きて…くれたね。」

 

涙を溢れさせながら花丸ちゃんは私の目の前に座っていた。

 

曜「花丸ちゃん。」

 

花丸「わかるよ。曜ちゃんの言いたいこと。」

 

曜「……。」

 

花丸「マルはワガママは言わないずら。これが運命なら仕方がないし、何よりも曜ちゃんがこれ以上苦しむ姿を見たくないから。」

 

次の瞬間に花丸ちゃんの顔がクシャッと歪んだ。

 

花丸「でも……でも…………

こんなに悲しい気持ちになったことなんてないから、辛いよ…………」

 

私のことでこんなに泣いてくれる後輩は今までいなかった。

 

 

いや、花丸ちゃんはただの後輩じゃなくて

 

大事な『友達』でありかけがえのない『仲間』なんだ。

 

 

曜「花丸ちゃん。」

 

花丸「……っ。よぉ…ちゃん……。」

 

曜「こっちにおいで。」

 

花丸「っ。」ギュッ

 

 

それは花丸ちゃんだけじゃなくて、ルビィちゃんも善子ちゃんも。

一年生だけじゃなくて、三年生のみんなも。

 

梨子ちゃんも、そして千歌ちゃんも。

 

 

花丸「悲しいよ……よぉちゃん…」

 

曜「ごめんね…」

 

花丸「いやだ…いやだよ……」

 

 

普段は達観してるような花丸ちゃんの涙。それは私の心の中にジワジワと罪悪感が広がらせていった。

 

 

 

曜「……許して。」

 

花丸「…っ。よ」

 

曜「許して…ください…」ポロポロ

 

私が泣いちゃダメだろ!

でも、もう止められない…

 

花丸「あ…あぁ……」

 

私の腕の中で花丸ちゃんの顔が青ざめていく。私がみんなを傷つけたあのときと同じように。

 

私は傷つけて、傷つけて、傷つけて……

 

 

曜「ごめん…なさいっ」

 

 

腕の中にいたはずの花丸ちゃんはいつの間にかいなくなっていた。

 

 

私は一人でしばらく懺悔しながら、泣き続けるしかなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#4 黒澤 ダイヤ

 

 

 

誰にも会いたくなかった

 

会えば絶対にその人を傷つけるから

 

 

なのに

 

「そこにいたのですね。」

 

どうしてみんな私の前に現れるの?

 

 

 

曜「……。」

 

ダイヤ「必ず会えると思っていましたわ、曜さん。」

 

今の私はダイヤさんから見てどんな顔をしているんだろう。

嫌そうな顔をしているのか、それとも安心した顔をしているのか。

 

ダイヤ「ずっと…こんな場所にいたのですか?」

 

曜「……。」

 

何か喋らなきゃ、とは思っても言葉が前に出て行かない。参ってしまった。さっきの花丸ちゃんとのやりとりでここまでになるなんて思ってなかった。

 

 

ダイヤ「ルビィが言っていたんです。会いたいと思えば、曜さんに会えると。このような場所にたどり着けると。」

 

ここへ来れたのはルビィちゃんと一緒の理由みたいで安心した。

危ないことをしてなくてよかった。

 

ダイヤ「曜さんは言っていましたわ。『頼れる先輩で私のことを考えてくれていて、優しくて大好きでした。Aqoursのことになるといつも真剣で、大変なことはみんなのために背負ってくれて、感謝しています。本当にありがとうございます。』でしたね?」

 

私の送ったビデオレターの言葉。

ダイヤさんは覚えてくれていたんだ。

 

ダイヤ「私は本当に頼れる先輩だったのでしょうか?」

 

あ……。

 

まただ……

 

 

ダイヤ「後輩が苦しんでいるのに、ちゃんと向き合ってあげなかった私が、本当に頼れる先輩だったのでしょうか

?」

 

どんどんと歪んでいくダイヤさんの表情を見るのが辛くて、私は顔を背けてしまう。「当たり前じゃないですか。」とか「ダイヤさんが居てくれたからAqoursはあるんですよ。」って言いたいのに言葉が出せない。

 

ダイヤ「今の曜さんの沈黙が『答え』のようですね。」

 

今のやたら含みのある言い方。嫌な予感しかしない。

すると、ダイヤさんは今までの一年生とは違って、私に背を向けて何も言わずに歩いていってしまった。

 

 

曜「ダイヤさん……。」

 

私はようやく声が出た。でも、すでにその時にはダイヤさんの姿は私の前にはなかった。

 

このままでいいのだろうか。

これが最後なのかもしれないと考えたら、私はこのままでいいはずがないと思った。

 

追いかけなきゃ。

 

私はダイヤさんが歩いた方に走った。体力自慢なはずなのに、なぜか息が切れる感じがした。視界が霞んでいく。

 

曜「ダイヤ…さん…。」ジワッ

 

泣いてる。また泣いてる。枯れたと思ったらまた溢れてくる。

 

このまま誤解されたままお別れしたくない。きっとダイヤさんは私のせいで傷ついた。私は無言というナイフで、無防備なダイヤさんを刺したんだ。

 

鞠莉『ダイヤは曜が大好きってことよ。』

 

私は……私はっ

 

 

「っく……ひっく……」

 

泣いてる声、ルビィちゃんの声…?

 

 

違う…!

 

 

ダイヤ「……。」

 

ダイヤさんの泣いてるところを初めて見た。この姿を見ると、やっぱり姉妹なんだと感じてしまう。そしてそれが私の胸に深く突き刺さっていく。

 

曜「ダイヤさん。」

 

ダイヤ「っ!?」

 

曜「ごめんなさい。」

 

ダイヤ「な、なにを言って…」

 

曜「私、ダイヤさんのことを本当に頼りにしていました。」

 

ダイヤ「私が泣いていることに同情をして、無理に言わなくていいのですよ。」

 

曜「ダイヤお姉ちゃん!」

 

 

ダイヤさんの目が大きく開いた。

 

 

ダイヤ「お…ねえ……ちゃん?」

 

曜「本当だったら、もっといっぱい甘えたかったよ。」

 

私は表情を緩めて言った。

 

ダイヤ「私は曜さんにお姉ちゃんと呼んでもらえる資格はありま」

 

曜「あるよ!」

 

ダイヤ「曜さん……」

 

曜「私が辛かったときに、助けてくれようとしてた。」

 

ダイヤ「しかし私はあなたに黙って話し合いをしてしまったのです。」

 

曜「知っています。そしてその理由もわかってるつもりです。

それでも……いや、だからこそ尊敬できるんです。」

 

ダイヤさんの表情が変わっていくのがわかる。なんとしても誤解を解きたいって気持ちが伝わっているのかもしれない。

 

ダイヤ「尊敬できるところなどあるはずが…」

 

曜「だって、私が苦しんでることに気づいたって、誰かに任せれば良かったのに、わざわざ泥仕事をしたんだよ?」

 

ダイヤ「それは!」

 

曜「私に恨まれるかもしれないのに。」

 

一つトーンを下げて言った私の言葉は、何か言おうとしているダイヤさんに重く響いた。

 

ダイヤ「曜さんは今でも私のことを恨んでいますか?」

 

曜「そんなわけないよ。ダイヤさんが嫌いだなんて思ってない。」

 

私がそう言い切ると、ダイヤさんは涙の溜まっていたダムを決壊させた。

 

曜「今までダイヤさんを追い詰めてごめんなさい。」

 

ダイヤ「こちらの方が謝りたいのに、涙が止まらないんです。良かったと安心してしまって……」

 

曜「良いんですよ。心配なんかしなくて。ダイヤさんを恨むことなんて何もないですから。」

 

そう。ダイヤさんを恨むのはおかしい。だって間違っていたのは自分なんだから。花丸ちゃんも梨子ちゃんも、私が憎かったわけじゃないんだ。

 

ダイヤ「突然ですが、わがままを言ってもいいですか?」

 

曜「どんなこと?」

 

ダイヤ「少し目を閉じたくなってしまって…。安心したら少し眠たくなってしまいました。」

 

ダイヤさんっぽくないあどけない表情は、本当に安心したことを表していた。

 

曜「いいよ。ゆっくり眠ってね。」

 

そしてこれはきっとお別れの合図。

 

ダイヤ「それでは申し訳ありませんが、少しお暇させていただきます……」

 

ダイヤさんは私の膝の上で横になった。スゥスゥと息を立てるダイヤさんはいつもと違って可愛らしかった。

 

曜「本当に姉妹なんだね。」

 

 

しばらくして私はダイヤさんを抱えて海岸に出て、海の中にできた渦を見つけると、そこにダイヤさんをそっと沈めた。

 

ダイヤさんはきっと救われたと思う。ダイヤさんが抱えていた苦しみはもうなくなっただろうから。

 

曜「私が想いを伝えるんだ。」

 

善子ちゃんが言っていたことを考えると、きっとこれから会う子も心が傷ついている。

なら、私がみんなを笑顔にする。そうすればきっと、きっと……

 

 

 

私の胸の中の罪悪感も収まってくれるはずだから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#5 小原 鞠莉

 

 

 

 

 

 

 

私は何日ここにいるんだろう?

そもそも時間というものがこの世界にはあるのだろうか?

 

曜「お腹も空かないし喉も乾かないから、時間の感覚がないや…。」

 

私の意識が無くなってから何日経ってしまったのだろう。みんなはどうしているのだろう。色々と考えると怖い。

 

曜「早く探さなきゃ。」

 

 

そう呟いたときだった。

 

「何を探してるの…?」

 

 

震える声が後ろからした。それはいつものハキハキとした高い声でも、お姉さんのような優しい声でもなかった。

 

曜「Aqoursのみんなのことを探してたんだ。」

 

「それで、みんなには会えたの?」

 

曜「一年生の3人とダイヤさんには会ったよ。」

 

「そう…。そうしたら私は5人目ね。」

 

いつもの余裕さは感じられない。英語混じりの独特なリズムの話し方は崩れていた。

 

曜「今はどんな気持ちなの…?」

 

「……わたし?」

 

曜「うん。

……鞠莉ちゃん。」

 

 

振り返って鞠莉ちゃんの姿を見てびっくりした。だって、いつもの背筋の良さなんてなくて、肩を縮こまらせて必死に涙を堪えていたから。

 

鞠莉「嬉しさと悲しさのhalf and halfかな。」

 

鞠莉ちゃんは少し笑いながら私にそう言った。

 

鞠莉「そういえばここ、何もないのね。」

 

曜「そうだね。広い海と海岸がずっと続いてるだけ。」

 

鞠莉「ねえ、曜。内浦とここだったらどっちが好き?」

 

曜「え?」

 

あまりに突拍子のない質問に私はすっとんきょうな声を上げてしまった。

 

鞠莉「Don't mind.

少し気になっただけ。変に考えなくていいよ。」

 

曜「そんなの内浦に決まってるよ。」

 

鞠莉「そう。」

 

質問した割には鞠莉ちゃんは一つ返事で、特にその後何かあるわけでもなかった。

 

 

鞠莉「私、あの海が嫌いになりそう。」

 

曜「え……」

 

鞠莉ちゃんの話がよくわからなくて、ついていけなくなった私は困惑した。

 

 

鞠莉「あそこの海って、キラキラ輝いてて最高にシャイニーなんだけど、それだけじゃなくて傷ついた心を穏やかに癒してくれるから大好きだったの。」

 

曜「うん。」

 

鞠莉「でも、今は憎くてしょうがない。」

 

私が溺れてしまったからなのかな。

 

曜「それって私が原因?」

 

単刀直入にそう聞いた。

でも私が想定したものの斜め上の答えが鞠莉ちゃんからは返ってきた。

 

 

鞠莉「あなた…だけじゃないわ。」

 

曜「…だけじゃない?」

 

鞠莉「ちかっちと果南……」

 

 

 

千歌ちゃんと果南ちゃん?

 

 

曜「どういうこと?2人が海で何かあったの?」

 

違う。きっと違う。

こんなこと考えるなんて、私が色々と不安になってるからだ。神さまはそんな酷いことはしないはず。

 

 

鞠莉「今でもフラッシュバックするの。

果南が崖から飛び降りるところを。」

 

 

嘘だよね?

 

 

 

 

鞠莉「ごめんなさい。あなたを苦しめたかったわけではないけど…。私もつ」ギュッ

 

私は鞠莉ちゃんを抱き寄せた。

 

鞠莉「よ、よう…」

 

曜「辛かったよね……」

 

鞠莉ちゃんにとっては相当辛かったんだ。

 

鞠莉「あなたに比べたら…」

 

曜「鞠莉ちゃんは鞠莉ちゃんだよ?私じゃない。辛いときは辛いんだよ。」

 

私がそう言うと鞠莉ちゃんは

 

鞠莉「曜に諭されるなんてね…」

 

と自分を嘲笑した。

 

 

曜「果南ちゃんは…?」

 

鞠莉「…病室で眠ってる。命に別状は無いみたいだけど、1日経っても目を覚まさないわ。」

 

曜「そっか。とりあえずは良かったかな…」

 

 

私の予想さえあっていれば、果南ちゃんはこの世界のどこかにいる。もしそれで見つけられたら、無理やりにでもあっちの世界に帰せばいいんだ。

 

 

鞠莉「ねえ。ここってどこかわかるの?」

 

曜「…夢の世界かな。」

 

鞠莉「夢ならワガママをしても神さまは怒らないわよね?」

 

曜「う、うん。多分。」

 

何をしよ…っ!

 

 

私は鞠莉ちゃんに腕を引っ張られて海の中へと引きずりこまれた。

 

曜「ちょ、ちょっと待って!」

 

鞠莉「……。」ピタッ

 

曜「何をするつもり?」

 

鞠莉「帰りましょ。一緒に。」

 

一緒に……帰る?

 

曜「鞠莉ちゃんが引っ張ってくれれば帰れる…?」

 

そうか。今まで私はみんなのことを押してきたから気づかなかったけど、誰かが引っ張ってくれれば私も帰れ……

 

鞠莉「ねえ、いいでしょう?

あなたが帰ってきてくれれば、みんなきっと喜ぶわ。」

 

 

 

ダメなんだよ。

 

 

曜「ありがとう。でも、私はやらなきゃいけないことがあるんだ。」

 

鞠莉「そんなの帰ったあとでもいいじゃない。」

 

曜「鞠莉ちゃんは果南ちゃんとまたお喋りしたいでしょ?」

 

私の言葉で鞠莉ちゃんの顔が曇るのがわかった。

 

鞠莉「……さっきの言葉をそのまま返すわ。曜は曜であって果南ではないわ。」

 

曜「その私自身が果南ちゃんを助けたいと思ってる!」

 

鞠莉「あなたが助ける必要はないわ。」

 

曜「どうして!?」

 

鞠莉「もう後悔したくない!」

 

 

鞠莉ちゃんの叫び声が海にコダマした。

 

鞠莉「いや…いやなのよ。

またこうしてあなたを見届けて、あなたが勝手にどこか行くなんて耐えられないっ!」

 

とうとう鞠莉ちゃんは目に溜めていた涙を流し始めた。

 

曜「ごめんなさい…」

 

鞠莉「あなたが悪いわけじゃない。

だからこそ私がしっかりしなきゃいけないのよ!」

 

 

曜「それでも私は鞠莉ちゃんが果南ちゃんとダイヤさんと笑顔で一緒に居てほしい。」

 

鞠莉「Stop……」

 

 

曜「必ず…」

 

私は泣きじゃくる鞠莉ちゃんの目を見てはっきりと言った。

 

曜「必ず果南ちゃんは帰ってくる!信じて待っててほしい!」

 

鞠莉「…あなたは?」

 

曜「果南ちゃんを助ける。」

 

鞠莉「どうやって…」

 

曜「私ならできる!」

 

 

そう言いきった後に訪れる静寂。波の音だけが聞こえる空間。

 

鞠莉「またあの時みたいに笑いあえる?」

 

曜「笑える!

またいつも通りになるよ!」

 

 

鞠莉ちゃんは初めて見るくらいボロボロに泣いていた。それでも

 

鞠莉「信じるよ?」

 

最後に笑顔で鞠莉ちゃんは私に答えてくれた。

 

 

 

それから鞠莉ちゃんは一人で海に戻ると言った。そういえば、なぜ鞠莉ちゃんは海に潜れば元の世界に帰れることを知ってるんだろう?

 

でも、今考えなきゃいけないのは果南ちゃんのことだ。果南ちゃんを早く探す。そして果南ちゃんを元の世界に連れて行かないといけない。

 

 

鞠莉ちゃんの心は本当に救われたのかな…

 

普段は涙を見せない鞠莉ちゃんだけど、それって我慢してるからだよね。あの泣きっぷりはきっと色々と積み重なってたからだ。

 

曜「また、笑いあえる…か。」

 

 

大丈夫。私も果南ちゃんと一緒に帰るんだ。そうしたらみんな笑える。

 

私が壊しちゃったものも、きっと直せるはずなんだ。

 

そして新しくできた約束を守らなきゃ。

 

 

 

鞠莉『必ず、果南と一緒にあなたも帰ってきて。待ってるから。』

 

 

 

必ず、帰るよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#6 松浦 果南

 

 

鞠莉ちゃんと別れてから私はすぐに果南ちゃん探しを始めた。

 

曜「果南ちゃん…果南ちゃん…!」

 

早く探さないと、鞠莉ちゃんとの約束が守れない。

 

曜「お願いだから…。」

 

 

 

果南ちゃん。

 

昔からの友達であり、お姉ちゃんがいない私にとっては唯一のお姉ちゃん。

 

かっこよくて頼りになって、でも可愛いところもあって、ずっと憧れだった。

 

でも

 

曜「果南ちゃん……」

 

目の前の果南ちゃんは生気のないような目でただ海を眺めているだけだった。

 

果南「やっぱり。」

 

曜「え?」

 

果南「ちゃんと会えたじゃん。」

 

果南ちゃんは何を言っているんだろう。

 

果南「鞠莉が言ってたんだ。『そんなことしても、曜と千歌には会えない。』って。」

 

曜「鞠莉ちゃんの言ってることは間違ってないよ。」

 

果南「合ってるか間違ってるかはどうでもいいよ。とにかく私は曜に会えればよかった。」

 

この果南ちゃんからは今までのみんなの中でも壊れてしまってることが伝わってくる。

 

曜「私は果南ちゃんが見てる幻想に過ぎないかもしれないのに?」

 

果南「幻想?」

 

曜「そうだよ。果南ちゃんの目の前にいる私は果南ちゃんが想像した『渡辺曜』なだけかもしれないってこと。」

 

私は何を言っているんだろう?こんなことを言って、私は果南ちゃんに何を伝えたいの?

 

果南「ははは…。じゃあ、今見えてる曜は私が勝手に作ったかもってことか。」

 

曜「かも、だけどね。」

 

項垂れる果南ちゃんは見るに耐えかねる姿だった。果南ちゃんにはなんとか元の世界に帰ってもらわないといけない。そのためには元気づけさせてあげる何かを言わないと……

 

 

果南「どうして私は曜のことを考えてあげられなかったんだろう……」

 

曜「果南ちゃんは別に考えてなかったわけじゃ…」

 

果南「考えてたら曜が危ないことするのだってわかったはずだよ!」

 

曜「そんなことは…」

 

果南「止められたんだ。

止められるのは私だったんだ……」

 

曜「果南ちゃん……」

 

果南「ごめん……

こんな幼馴染でごめん……」

 

曜「私は……」

 

ここで言葉が詰まってしまった。

何を言ってあげればいいかわからなかった。

 

果南「いいよ。言わなくてもわかってる。

曜のことだから、私は鞠莉たちのところに帰れって言うんでしょ?」

 

目尻に涙が溜まった瞳は私の心を捉えていた。そのことに私は動揺が隠せなくて、ドキッとした顔になる。

 

果南「……帰る。帰るよ。

曜の考えてる通りだよ。きっと。」

 

曜「私が何を考えてるかわかるの?」

 

果南「何年幼馴染をやってると思う?」

 

段々と語気や口調が柔らかくなっていくのがわかった。果南ちゃん自身で落ち着いてきてるんだ。

 

果南「こんなことしたって、って鞠莉が言う気持ちもわかる。曜のみんなを傷つけるって気持ちもわかる。でもさ」

 

自然と果南ちゃんの腕は私を包み込んでいた。

 

果南「私も辛かったんだ…。」

 

曜「……。」

 

こんなに果南ちゃんの辛い気持ちが伝わってくるハグは今までになかった。なんでだろ…。辛い。本当に辛い。

 

果南「曜が一番辛いのはわかってる。

なのに、そこに甘えるなんてわた」

 

曜「ありがとう。」

 

果南「え…」

 

私は果南ちゃんへの言葉が見つからなかった。その中で見つけた簡単な言葉。

 

ありがとう。

 

曜「やっぱり落ち着くなぁ。果南ちゃんのハグは。いつぶりくらいかな?中学生の時とかしてもらったっけ?」

 

果南「…嬉しいの?私にハグされるのが。」

 

曜「果南ちゃんだからね!」

 

果南ちゃんの暖かい熱が感じられる。私が果南ちゃんを元気にさせる。その想いが伝わったのかもしれない。

 

果南「もしさ、私が鞠莉やダイヤだったら、曜や千歌の気持ちに気づいてあげられたのかなって考えると苦しくなるんだ。」

 

曜「果南ちゃんじゃなかったら、そもそも学年も違うのにこんなに仲良くなかったって。」

 

果南「そう…かな。」

 

曜「そうだよ。」

 

私が笑顔でそう言うと

 

果南「曜は本当に優しいね。」

 

果南ちゃんも優しく微笑んだ。

 

果南「だからこそ悔しいんだ。もっとなんとかなったはずなんだって。」

 

曜「それは言いっこなしだよ。そんなこと言い始めたら、私の方が何回どうにかなったことがあったのか……」

 

果南「そうだね。」

 

曜「だから果南ちゃんは見守っていてほしい。私は全速前進って決めたら前しか見れなくなるから、道を踏みはずしちゃうんだけど、それじゃあダメなんだよ。それじゃきっとみんなと笑って一緒にいれない。」

 

果南「今までは飛び込みだったからね。個人競技だし、チームワークはあまり関係なかったかもしれない。」

 

曜「だから私は果南ちゃんが必要だし、向こうで待っていてほしい。」

 

私が懇願し続けたのが果南ちゃんには効いたみたいで、ただ一言

 

果南「わかった。」

 

と呟いて海に向かって歩いていった。

 

やるべきことを果たしたと肩の荷が下りたと思った矢先、肩を掴まれた。このタイミングで肩を掴める人なんて1人しかいない。

 

曜「さっき果南ちゃん言ったよね…。帰るって。」

 

果南「千歌…。」

 

 

ドクンッ

 

 

果南ちゃんから千歌ちゃんの名前を聞いただけで、吐き気すら感じるほどの胸が鳴った。

 

果南「千歌に会った?」

 

曜「会ってないよ。」

 

果南「……ここにいない?」

 

果南ちゃんは察してるんだ。ここがどういう場所なのか。

 

曜「ねえ。果南ちゃんは千歌ちゃんがどうなったか知ってるの?」

 

果南「……。」

 

果南ちゃんは何も話さない。それが私の不安を余計に煽る。

 

曜「何があったの?症状は…」

 

果南「千歌は砂浜で見つかった。」

 

曜「すなはま?」

 

果南「曜が眠っていた場所だよ。」

 

曜「……。」

 

よりによって、同じ場所でなんて……

 

果南「……でも曜のときと違ってさ、すごい幸せそうな顔をして眠ってたんだ。」

 

曜「幸せ?」

 

なんで……

 

果南「曜に会える。そう思ったからだと思う。」

 

どうして……そんなことを……

 

曜「千歌ちゃんは眠ってるだけ?」

 

果南「……。」

 

果南ちゃんの無言がすべての答えを教えてくれた。

 

 

そのとき、私は壊れそうになるくらい感情がメチャクチャになった。

 

曜「…ふぅ……ふぅ……。」

 

今までのみんなが壊れてしまったのが理解できる。こんなことになって耐えられる方が異常だ。

 

 

果南「千歌を守れなくて…本当にごめん。」

 

曜「…まだ、だよ。」

 

 

でも

 

果南「え?」

 

 

曜「まだ、ここで諦めちゃいけないんだよ!」

 

 

私は諦めたくない。一度壊してしまったみんなの気持ちを私は立ち直させなければいけない。

 

果南「曜…。でも…」

 

曜「なんとかする!私が!

私がなんとかする!やれるかどうかじゃないんだってわかる。やらなきゃいけないんだよ!」

 

私は果南ちゃんの目を見てはっきりと言った。

私が挫けたら、ここで終わっちゃう。

みんなには笑っていてほしい。

 

果南「っ。

……信じるよ。」

 

そう言って今度こそ果南ちゃんは海の中に消えていった。

海岸は果南ちゃんに会う前と同じように静まり返っていた。

 

 

曜「うぅぅ……ううああぁぁぁ!」ポロポロ

 

千歌ちゃんやAqoursのみんなをめちゃくちゃにして、泣いていいわけがない。そんなことわかってても涙が止まらなかった。

 

 

曜「ごめんね……ごめん…ちかちゃん…」

 

 

私の涙が収まった頃には、私がここに訪れて初めての夕日を見た。

今までずっとお昼だったのが夜になろうとしてる。それが何を表しているのかということを私はうっすらと感じていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#7 桜内 梨子

#7

 

 

 

千歌ちゃん……

 

なんで…

 

 

曜「千歌ちゃん!!」

 

 

なんで私を追いかけてきたの…

 

 

 

果南ちゃんが黙っていた意味が本当なら、私は悔しさかない。

自分のせいで千歌ちゃんの輝きたい気持ちが消えてしまったのなら、私は最低な親友だ。

 

だから早く千歌ちゃんの目を覚まさなくちゃダメなんだ。

 

 

曜「千歌ちゃん…千歌ちゃん…」

 

私は暗くなりかけている海岸を走っている。沈んでいく夕日には背を向けて、私は必死に走っている。

 

曜「どこ…なの……」

 

ずっと走り続けられるはずもなく、私は膝に手を置いて立ち止まる。こうしている間にも千歌ちゃんや梨子ちゃんは……

 

私が震える膝を叩いて無理にでも走ろうと顔を上げたときだった。

 

 

曜「え?」

 

梨子「……曜ちゃん。」ギュッ

 

曜「り…こ…ちゃん……?」

 

 

後ろを振り向くと、そこには私に抱きついている梨子ちゃんがいた。

 

曜「梨子ちゃん?どうしてここに……」

 

どこかで会うかもしれないと思っていたけど、まさか梨子ちゃんの方から私を見つけてくるとは思わなかった。

 

梨子「会いに来たんだよ。」

 

曜「私に?」

 

梨子「うん。」

 

曜「どうやって?」

 

梨子「それは内緒。」

 

 

何をしたのかはわからない。でも間違いなく梨子ちゃんは危険なことをしたからここにいる。

 

曜「帰ろう。ここは梨子ちゃんが来る場所じゃないよ。」

 

梨子「……。」

 

梨子ちゃんは口をキュッと結んで一文字にさせた。

 

曜「こんなことしても、誰も喜ばないよ。」

 

梨子「そんなことない。」

 

私の言葉に食ってかかるように梨子ちゃんは目尻を上げて言った。

 

 

曜「そんなことあるよ。」

 

梨子「私じゃなくて、曜ちゃんがいればいいの!」

 

本当にそんな気持ちでここに来たの?

 

曜「それ、本気で言ってるの?」

 

梨子「本気だよ。」

 

 

梨子ちゃんに対して、今までのベクトルとは違う意味で怒りの沸点が最高潮にまで達した。

 

 

曜「ねえ、一発殴ってもいい?」

 

梨子「!?」

 

梨子ちゃんの驚いた表情が目に入って、私は肩に入れた力を抜いた。

 

曜「……しないけどね。」

 

梨子「……。」

 

 

私の顔を見て梨子ちゃんは何も言えなくなっていた。冷静を取り戻そうと私は梨子ちゃんに話しかけようと思った。

 

曜「ねえ、梨子ちゃん。

梨子ちゃんの思いやりのあるところ、私は大好きだよ。」

 

梨子「……。」

 

曜「でもね、今回の梨子ちゃんの行動は思いやりとか、優しさとかじゃないよ。梨子ちゃん自身がこれ以上傷つくのが怖いって思ってるだけなんだよ。」

 

梨子ちゃんの表情がハッとする。

 

梨子「そ、そんなつもりじゃ!」

 

曜「それより、他にやらなければいけないことがあるはずだよ。」

 

私は少し間を開けた。梨子ちゃんが私の方を向く。

 

 

曜「今、梨子ちゃんまでいなくなったら、一人ぼっちになっちゃうよ。」

 

梨子「ひとり…ぼっち…。」

 

曜「…千歌ちゃんを一人ぼっちにさせるつもりなの?」

 

梨子「あっ……」

 

曜「千歌ちゃん、いきなり友達を二人も失ったらどうなっちゃうと思う?」

 

 

梨子「…二人も失うなんてはずないよ。だって私は…私は、曜ちゃんのためにここに来たの。私が代わりになれば、曜ちゃんが生きられるんだよ!?」

 

パシンッ!!

 

私の右手は梨子ちゃんの左頬を叩いていた。何が起きたのか自分でもわからない。

叩いた?私が?やっぱり梨子ちゃんを傷つけることは平気だってことなの?

 

曜「っ!梨子ちゃんを……

ごめんね、痛かったよね。」

 

梨子「……。」

 

曜「ごめんね……」

 

唇を噛む梨子ちゃんの表情を見て、私は梨子ちゃんに謝ることしかできなくなってしまった。

 

曜「…ごめんっ……」

 

私は顔を上げられなかった。

危ない思いをして梨子ちゃんはここまで来てくれたのに、私がしたことは梨子ちゃんを悲しくさせることだけなんて最低すぎる。

 

 

梨子「私ね、曜ちゃんが眠ってから、ある夢をよく見るようになったんだ。

それはずっと曜ちゃんが謝ってる夢。でも、あれは私の夢だから私の想像したことなんだって思ってた。」

 

そこまで言い終わると、梨子ちゃんは私の近くに来た。

 

梨子「でも夢じゃなかったんだよ。ずっとみんなに謝ってたんだよ…ね?」

 

 

私は確かにみんなに謝っていた。でも、それは直接みんなに言うことはできなかった。それは謝ったって言えない。

だから私は梨子ちゃんの問いに何も答えられなかった。

 

梨子「つらいよ。」

つらいよ……」

 

梨子ちゃんが考えていることがイマイチ私にはわからなかった。

どうして梨子ちゃんが泣くの?私が本当に苦しかったかどうかなんてわからないのに、なんで辛いって思えるの…?

 

 

梨子「そんなのつらいよ!

なんで?なんでよ!?なんで曜ちゃんばかりこんな……こんな……ひどいおもいを……」ポロポロ

 

 

 

 

そっか…私が辛そうに見えたからなんだね。

 

 

 

 

 

 

曜「おはよーそろー。」

 

梨子「……。」

 

私は梨子ちゃんに抱きつく。

 

曜「おはヨーソロー。」

 

目に涙を浮かべた梨子ちゃんの視線に疑問符がついていた。

 

曜「おはヨーソロー!」ニコッ

 

 

 

梨子「どうして曜ちゃんは笑っていられるの?」

 

どうして、か……

 

曜「梨子ちゃんにも笑ってほしいからかな。」

 

梨子「私が笑ったって、曜ちゃんは戻ってこられないんだよ……」

 

 

そんなことわかってるよ。

 

だからこそ梨子ちゃんには

 

曜「それと…私にはできなかったけど、梨子ちゃんには千歌ちゃんを元気づけてあげさせられるから。」

 

梨子「そんなこと……無理だよ。」

 

 

曜「じゃあ…やめる?」

 

梨子「……。」

 

 

私特有の千歌ちゃんを奮起させるための魔法の言葉。梨子ちゃんにも効いてっ!

 

 

梨子「……やめない。」

 

 

効いた…?

 

梨子「私は千歌ちゃんを元気にさせる。」

 

曜「…ありがとう。」

 

私のおまじないは千歌ちゃん以外にも効果があった。梨子ちゃんにもちゃんと通じて、私はホッと胸をなでおろす。

 

 

梨子「だから」

 

ん?

 

梨子「どこにも行かないで。」

 

抱きついていた私は梨子ちゃんに抱きつき返される形になった。

 

梨子「一人ぼっちでどこかに行ったりしないでよ!」

 

曜「……。」

 

 

どこにも行かないで…かぁ。

 

 

曜「そのために、おはヨーソローの呪文があるんだよ。」

 

梨子「え?」

 

曜「だって、梨子ちゃんがそう言ってくれるだけで、梨子ちゃんの中には渡辺曜が残るでしょ?そうしたら、私は一人ぼっちじゃないから。」

 

梨子ちゃんと目を合わせて私は笑った。

 

 

曜「大好きだよ…。」

 

梨子「!!」

 

梨子ちゃんの顔が驚きに変わったのが見えた。

ちゃんと伝えられた。

 

曜「よしっ。

梨子ちゃんと千歌ちゃんの明るい未来へ!フルアヘッツ!」ガシッ

 

梨子「うわっ!?」クルッ

 

私は梨子ちゃんを後ろ向きにした。

 

曜「全速前進っ!」

 

私の行動の意味に気づいた梨子ちゃんが必死に抵抗しようとしていた。

 

梨子「そんなお別れっ…!」

 

 

 

私は決めた。

 

 

梨子ちゃんに私の想いを託すって。

 

 

 

曜「…バイバイ。」

 

 

 

 

これで最後だよ。

 

 

 

 

曜「頑張ってね。」

 

梨子「いやあぁぁっ!!」

 

 

 

私は思いっきり梨子ちゃんを海の方へと押した。そして梨子ちゃんはバランスを崩しながら海の中へと放り込まれた。

 

その時の梨子ちゃんの表情は悔恨、懺悔、色々な悔しさが溢れ出していた。

 

結局、私は最後まで梨子ちゃんに酷いことをし続けてしまったんだと思う。

 

 

曜「……。」

 

私のおはヨーソローのおまじないは、彼女にとってはきっと私の呪いの呪文だと思われてしまう。

 

きっと梨子ちゃんにとって、思い出すのが辛い存在だとずっと思われるんだ。

 

曜「っ。」ポロポロ

 

涙が止まらない。

 

嫌だ。大好きだったのに。

私は梨子ちゃんのこと、本当に大好きだったのに。

 

 

曜「…どう…して…かなぁ……」ポロポロ

 

 

私は梨子ちゃんといれば、きっとまた傷つける。また無理をさせる。

そんなの嫌だ。なら私はどうするべきなの?

 

 

曜「決まってる…よね。」

 

 

 

鞠莉ちゃん、果南ちゃん

ごめん。

 

 

曜「…千歌ちゃん待っててね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#8 高海 千歌

 

 

 

 

 

よーちゃん。

 

 

うん?

 

 

ちかといっしょだとうれしい?

 

 

うん!

 

 

えへへ。よかったぁ。

 

 

どうしてそんなこと聞くの?

 

 

それはちかが今からあるセンゲンをするから!

 

 

センゲン?

 

 

ちかはね?

 

 

 

 

 

 

千歌「どんな時でも曜ちゃんと一緒にいるよ。」

 

 

千歌ちゃん……。

 

 

 

 

 

 

走り続けた先にあったのは、千歌ちゃんの家の前の砂浜だった。

 

そこには笑顔の千歌ちゃんが待っていた。

 

 

千歌「会えて、嬉しいな。」

 

曜「私は悲しいよ。」

 

千歌「どうして?」

 

曜「千歌ちゃんが危ないことしたってわかるから。」

 

 

私の言葉にピクッと千歌ちゃんは反応して、すかさず

 

 

千歌「曜ちゃんを追いかけただけだよ!」

 

と口調を強くして叫んだ。

 

 

 

千歌「ねえ。なんであの日に海に行ったの?」

 

曜「それは…」

 

千歌「コレのため!?」

 

曜「!」

 

千歌ちゃんが突き出した右手には、私が探していたクローバーの髪どめが置かれていた。

 

 

曜「ちゃんと千歌ちゃんに届いたんだね。」

 

千歌「……。」

 

曜「よか…」

 

千歌「良くない!」

 

 

千歌ちゃんの叫び声が一層強くなる。

 

 

千歌「良くない、よくない…よくない……よく…ない……」

 

 

それから千歌ちゃんの声は段々と小さくなっていって、ついには突き出した右手もブランと下げてしまった。

 

 

曜「それは千歌ちゃんのクローバーの髪どめと同じやつでしょ?

だから、それを捨てたままだとまるで…」

 

千歌「私を捨てたみたいだと思った。」

 

私より先に千歌ちゃんが答えを言った。

 

 

 

曜「その髪どめは、もっと千歌ちゃんと寄り添ってあげられる人が持つべきなんだよ。」

 

逃げられないと思った私はハッキリと千歌ちゃんにそう伝えた。

 

 

千歌「…キライ?」

 

曜「え?」

 

千歌「私のことキライ?」

 

曜「そんなわけないよ。」

 

千歌「じゃあ、好き?」

 

 

千歌ちゃんは目に涙を溜めた姿でこちらを見つめていた。私には答えが見つからない。何が正解なのか、どうすれば千歌ちゃんは納得するのか。

 

 

曜「大好き。」

 

 

私は一言、そう伝えた。

 

私の言葉を聞いた千歌ちゃんは、何も言わずに私の近くまで来て、両手を使って私の右手を握った。

 

 

千歌「私もだよ。」

 

 

伝わる感触。私の右手にはクローバーの髪どめが握らされていた。

 

 

千歌「絶対にひとりぼっちにさせない。

だって、曜ちゃんが本当は寂しがりやさんだって知ってるから。」

 

曜「それじゃダメだよ!」

 

私は髪どめを返そうとした。それでも千歌ちゃんは目を伏せて言葉を続けた。

 

千歌「私が曜ちゃんから離れなければ、私の側に居られる人って曜ちゃんになるんだよ?」

 

この千歌ちゃんの一言で、私の気持ちはグラっと傾いてしまった。

 

千歌ちゃんと一緒に居られるなら……

 

曜「そ、それでも!」

 

 

だめだ!そんな甘い気持ちがあったから、いつまでも千歌ちゃんを苦しめるんでしょ!?

 

 

曜「わたしは、わたしは!!」

 

千歌「ねえ、曜ちゃん。」

 

 

千歌ちゃんの一言で一瞬にして凛とした空気になった。

 

 

千歌「曜ちゃんは誰のために生きてるの?」

 

だれのために……

 

自分はだれのために?

 

 

千歌「私は自分のために生きなきゃダメだって思う。」

 

曜「……。」

 

 

真っ直ぐな目をした千歌ちゃんが私の心に訴えかけている。『渡辺曜の選択肢は間違っている』と思ってることが痛いほど伝わっきた。

 

千歌「私は私のために、今ここにいるよ?」

 

曜「っ。」

 

嘘じゃない。きっと、千歌ちゃんがこうして私の前にいることは千歌ちゃんが願ったことなんだ。

 

千歌「あとは、曜ちゃんがどう思ってるかだよ?」

 

 

 

私は…

 

 

 

わたしは…

 

 

 

 

千歌「いっしょにいようよ」

 

 

曜「〜〜っ!!」

 

 

 

もう無理だよ……

 

 

 

 

私には堪えることができなかった。

 

 

 

手を広げている千歌ちゃんの胸元に私は顔を埋めてしまった。

 

何でもないハグ。

でもそれは今まで感じたことがないくらいにあったかくて、幸せな気持ちになって、涙が溢れ出た。

 

 

曜「…っ……うっ……」ポロポロ

 

千歌「ごめんね。」

 

 

髪を撫でてくれる千歌ちゃんの手が優しくて、ずっとパンパンに張っていた私の心を緩ませていった。

 

 

曜「本当は…ずっと…謝りたくて……」

 

千歌「うん。うん。」

 

曜「ごめんねって…言いたかったのに……」

 

 

千歌「私も曜ちゃんの気持ちに気づけなかったから、お互い様だよ。」

 

 

 

千歌ちゃんは私を優しく見守ってくれてる。

それがとても心地良くて、安心できて余計に涙が止まらなくなる。

 

 

 

千歌「でも、ダイジョーブ!

これからはずっと一緒だから、曜ちゃんの気持ちをわかってあげられる。」

 

 

エヘヘ、とはにかんで笑いながら千歌ちゃんはそう言った。

 

 

 

久しぶりの穏やかな時間を過ごせて、私は幸せな気持ちになれた。今の千歌ちゃんの顔は、昔から知ってる千歌ちゃんで本当に安心できる。

 

 

 

でも

 

 

 

 

 

 

そのはにかんだ笑顔は私の大好きな千歌ちゃんの笑顔ではなかったんだ。

 

 

私の大好きな千歌ちゃんの笑顔は、大きな向日葵のように光に向かって走り抜けてるときの笑顔。

 

 

スクールアイドルを始めて、夢や希望に向かって、ガムシャラに突っ走って、転ぶときもあるし泣くときもあったけど、だからこそ千歌ちゃんは目一杯にキラキラした笑顔をしてくれた。

 

 

千歌ちゃんは新しい輝きを見つけた。

 

 

それは『スクールアイドル』であって、『Aqours』なんだ。

 

 

 

だから

 

 

 

曜「千歌ちゃん。実は言いたいことがあるから、よく聞いてね。」

 

私は久しぶりにハッキリと言った。そのことに千歌ちゃんも少し驚いている様子に見える。

 

曜「私ね、千歌ちゃんのこと」

 

千歌ちゃんの目が大きく開いたのが見えて、私は目をつむった。

 

 

 

 

曜「だあぁぁぁぁぁい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は振り絞った声で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「キライッ!!!」

 

 

 

 

 

私が言い終わると、目の前に千歌ちゃんはいなかった。

目をつむりながら叫んでいたから、いつ居なくなったのかもわからない。

 

なんとなくわかるのは、私がキライと叫んだときに千歌ちゃんの顔が青ざめていることくらいだった。

 

 

 

曜「みんなのところに、帰れたのかな。」

 

 

 

これで千歌ちゃんに会えるのは最後なんだと思う。きっと、私が内浦に帰ることはないだろうから。

 

 

曜「終わったんだよね。」

 

ずっと昇っていた太陽が水平線に沈んでいくのが見えて、私は砂浜に横になって目を閉じる。

 

 

曜「千歌ちゃん。」

 

 

もうここにいないけど、言わせてほしいな。

 

 

曜「本当の本当はね」

 

 

 

千歌『どんな時でも、曜ちゃんと一緒にいるよ。』

 

 

曜「優しくて、勇気をくれる千歌ちゃんが」

 

 

 

千歌『よーちゃん。』

 

 

 

曜「だぁぁい……すき………」

 

 

 

 

 

 

ずっと大好きだよ。

 

 

 

 

 

 

千歌ちゃん

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#9 曜の願い

千歌ちゃん視点です。


#13

 

 

 

 

 

 

 

 

曜『だぁぁぁぁい嫌い!!』

 

 

目をつむって叫んでいる曜ちゃんの顔がいつまでも頭から離れなかった。

 

どうしてこうなっちゃったんだろう…

 

 

 

 

 

果南「千歌っ!!」

 

 

果南ちゃんの声で私は目が覚めた。

 

千歌「かな……ちゃ……」

 

果南「千歌っ!」

 

ルビィ「千歌ちゃん!」

 

ダイヤ「千歌さん!」

 

 

目を開けると、私はAqoursのみんなに囲まれてベッドの上に寝ていた。

 

千歌「わ…ゴホッゴホッ!」

 

みんなに話しかけようとしたけど、喉がカラカラになっている感じがしてうまく喋れなかった。

 

善子「無理しないでいいわよ。」

 

善子ちゃんの瞳が優しくて、心のどこかで安心した自分がいた。

 

千歌「ううん。だい…じょぶだと思う。」

 

果南「バカチカ!」

 

千歌「!?」

 

果南「どれだけ悲しかったのかわかってるの!?」

 

果南ちゃんの眉が逆ハの字になっているのが見えた。タレ目で穏やかな顔をしている果南ちゃんからは想像できないほどの怒った顔だった。

 

 

ダイヤ「果南さん!千歌さんは今起きたばかりですよ…?」

 

果南「しょ、正直…、千歌がこんな状態じゃなきゃ、一発ひっぱたいてるよ…!」

 

ダイヤ「果南さんっ!!」

 

 

千歌「ダイヤさん。果南ちゃんの言う通りだよ。みんなにどれだけ悲しい思いをさせたのかはわかるから。」

 

ルビィ「それじゃあ、なんで…」

 

 

ルビィちゃんの声で部屋の中が静まり返る。病室の空調の音だけが延々と聞こえる。

 

 

その沈黙を破ったのは善子ちゃんだった。

 

善子「曜さんに会いに行ったんでしょ?」

 

花丸「よ、善子ちゃん……」

 

 

果南「だからこそ許さないっ!」

 

果南ちゃんが私の胸ぐらを掴んだ。ベッドに座っていた私の体は少し宙に浮いた。

 

 

ルビィ「ピギッ!」

 

ダイヤ「おやめなさいっ!!」

 

花丸「お、落ち着くずらっ!」

 

 

ダイヤ「第一、千歌さんが責められるのなら、貴女だって同じことをしたじゃありませんか!?」

 

 

同じこと?

果南ちゃんが……?

 

 

果南「確かに私も2人を追いかけるように海に飛び込んだよ…」

 

千歌「とび…こん…だ……!?」

 

 

私は衝撃と悲しさで胸が苦しくなった。頭が痛い。自分の呼吸が乱れていることも感じた。私のせいで果南ちゃんがそんな危ないことをしたのかと考えたら、恐ろしさで震えが止まらなかった。

 

 

果南「それで夢の中でね、曜と会ったんだよ。」

 

善子「っ。」

 

ダイヤ「夢の中…ですがね。」

 

 

夢……

 

 

 

 

曜『だぁぁぁぁい嫌い!!』

 

 

 

果南「…泣いてたんだ。曜が。」

 

 

泣いてたって…

 

 

果南「……曜はね、私と約束してくれたんだ。千歌を必ず帰すんだって。」

 

千歌「そんな…約束……」

 

知らない。勝手に決めないでよ…

 

 

果南「私は諦めてた…。千歌は曜のところに会いに行ったから、きっと帰ってくるつもりはないんだって。」

 

千歌「…そうだよ。」

 

花丸「そん…な…」

 

千歌「だから、みんなの前にいることがちっとも嬉しくないんだよ!!」

 

 

私が叫んだ声が部屋に響き渡る。

 

 

でも、それ以上の怒号が廊下から聞こえた。

 

 

 

鞠莉「ようが…曜がどんな気持ちだったのかわかって言ってる!?」

 

 

 

 

今まで部屋にいなかった鞠莉ちゃんが、ドアを開けてこちらに向かって叫んでいた。今までの誰よりも鋭くて突き刺さる視線だった。

 

 

 

 

鞠莉「どうしてっ……どうして……」

 

 

睨んでいた鞠莉ちゃんはすぐに膝から崩れ落ちてしまった。

 

その姿を見て、みんなの顔が俯いてしまった。ルビィちゃんと花丸ちゃんは目に涙を溜めているのが見えた。

 

 

 

鞠莉ちゃんの言葉、みんなの様子から私は嫌でもどんな状況かわかる。

 

 

 

 

千歌「連れてってよ……」

 

 

 

いやだ…

 

 

 

千歌「つれてってよぉ……」

 

 

 

そのあと私は頭の中がグチャグチャで考えたくもなくて、ただただ大きな声で泣き叫んだ。

 

 

ダイヤさんが状況を察してか、1年生の3人を連れて廊下に出て行った。ルビィちゃんや花丸ちゃんの泣きじゃくる声が廊下から響いてきて、罪悪感に苛まれる。

 

 

果南ちゃんと鞠莉ちゃんと私しか病室にはいなくなり、鞠莉ちゃんがさっきよりも近くに来て話しかけて来た。

 

 

鞠莉「…聞いて、ちかっち。」

 

何も聞くことなんて、ないよ。

 

 

鞠莉「曜はずっと悩んでいたの。」

 

 

キライな私と一緒だったからだよね。

 

 

 

鞠莉「どうすれば、ちかっちを支えてあげられるんだろう。どうすれば、ちかっちが輝けるんだろうって。」

 

 

なに…?

 

 

なに…それ……

 

 

 

果南「千歌が曜になんて言われたかはわからない。でもね、曜は千歌のことが一番大事だった。それは間違いないんだ。」

 

 

ウソだ…よ…

 

 

千歌「よーちゃんは…わたしのこと、大キライって言ってた。」

 

果南「曜……」

 

鞠莉「……。」

 

 

 

鞠莉ちゃんは黙って首を横に振った。

 

 

鞠莉「逆の立場で考えてみて。」

 

千歌「逆の立場って言われても…」

 

鞠莉「心のどこかでは自分が死ぬかもしれないとわかってて、その状況で自分の大好きな子がずっと一緒にいたいって言ってきたとしたら、ちかっちならどうする?」

 

千歌「私は一緒にいるよ。」

 

 

また鞠莉ちゃんの顔が険しくなった。

 

 

鞠莉「…もう一度冷静になって考えて。

自分と一緒ってことは、その大好きな相手も自分と一緒に死ぬのよ?」

 

 

ドクンッ

 

自分の瞳孔が開いた感じがした。

曜ちゃんを殺す?そんなことできるはずがない。

 

 

果南「鞠莉。もうそのことを言うのはやめてよ。」

 

鞠莉「ちかっち……わかって…」

 

 

 

曜ちゃんが私のことを本当に嫌いだったわけではないんだ。ちゃんと考えれば何回も「大好き」って言ってくれてたじゃん…

 

 

千歌「ねえ…。

曜ちゃんって今はどこにいるの。」

 

 

 

果南「今は会わな」

 

鞠莉「隣の部屋よ。」

 

果南「まりっ!!」

 

 

 

鞠莉「…ちかっち。ちゃんと曜に会ってきて。」

 

 

 

 

 

会いたい。その気持ちで私は歩いていった。点滴をつけたまま、フラフラと壁をつたって隣の部屋まで歩いていった。

さっきまでいたはずのダイヤさんたちは、廊下にはもういなかった。

 

歩くたびにヒタッ、ヒタッと履いているサンダルが音を立てる。その音しか聞こえてこないせいで、この世界にまるで私しかいないような感覚にさせる。

 

 

隣の部屋の前に着くと、そこは私が覚悟していたような場所ではなく、普通の病室の中にいるようだった。

 

本当に私のいた部屋と同じ感じ。

 

 

 

ノックもしないでドアを開けると、そこには椅子に座ったまま背中を向けた梨子ちゃんと

 

 

 

 

 

 

相変わらず機械につながれたままの曜ちゃんがベッドの上で寝ていた。

 

 

ゆっくりと振り向いた梨子ちゃんは私を見つめると、何も言わずに泣き始めた。

 

私には梨子ちゃんの気持ちがよくわからなかった。

 

 

 

梨子「ようちゃん……。」

 

お互いに黙っていると、しばらくして梨子ちゃんが曜ちゃんの名前を呼んだ。そして

 

梨子「ごめんね…。」

 

 

 

このタイミングで言った一言を聞いて、私は梨子ちゃんの気持ちがわかった気がした。

 

 

 

そして曜ちゃんの気持ちもなんとなくわかった気がした。

 

 

そのときだった。

 

自分の服のポケットに曜ちゃんに渡したはずの髪どめが入っていたのがわかった。

 

 

 

曜『その髪どめは、もっと千歌ちゃんと寄り添ってあげられる人が持つべきなんだよ。』

 

 

 

ねえ、よーちゃん…

 

 

 

千歌「りこちゃん。」

 

梨子「…ちか…ちゃん。」

 

 

 

 

よーちゃんは…

 

 

 

 

千歌「りこちゃんに渡さなきゃいけないものがあるんだ。」

 

梨子「わた…しに…?」

 

 

 

 

 

 

これで本当に幸せなの…?

 

 

 

 

千歌「っ。」ポロポロ

 

 

梨子「ち、ちかちゃん……」

 

 

 

曜『千歌ちゃん。

 

本当の本当はね…』

 

 

 

千歌「これを梨子ちゃんに…持っててほしい……」ポロポロ

 

梨子「っ!

 

 

だめだよ…ちかちゃん。」

 

 

 

曜『優しくて、勇気をくれる千歌ちゃんが』

 

 

 

 

千歌「これがよーちゃんのお願いでもあるの…。おねがい……」ポロポロ

 

梨子「うぅ……うぅっ。

ようちゃん……どうしてなの……」ポロポロ

 

 

 

 

 

 

 

曜『だぁぁい……すき………』

 

 

 

 

 

私と梨子ちゃんは曜ちゃんの前で泣き続けた。やるせない気持ちをどうすればいいかわからないまま泣き続けた。

 

結局、梨子ちゃんは髪どめを受け取らずに部屋から出ていってしまった。

 

 

 

 

千歌「よーちゃん。」

 

目の前の曜ちゃんはなぜかさっきよりも悲しそうな顔をしていた気がした。

 

曜ちゃんを笑わせたい。

 

それは前から変わらない。

 

 

 

だから

 

 

千歌「……わたし、また前を向くよ。」

 

 

 

 

ラブライブ!で優勝する。

私の輝きを探して、見つけて、精一杯やりきって…。

 

 

曜ちゃんに「やったね。」って言ってもらえるまで

 

 

千歌「泣かない。泣くもんか。」

 

 

 

 

 

やれることをやりきったら、今度こそ

 

 

 

 

 

 

 

大好きって伝えにいくよ。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章 向日葵に憧れた海
#0 託してくれたもの


 

 

 

 

 

 

 

梨子「ねえ、千歌ちゃん……。」

 

 

千歌「うん?」

 

 

梨子「これで…良かったんだよね?」

 

 

千歌「良かったかは、わからない。

 

でも、必死に足掻いた。それしか私たちにはできなかったはずだから…。」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

私はあの後、必死にもがいた。

 

 

曜ちゃんが私に託した夢。

それを叶えるために。

 

 

 

私が回復しないことにはどうにもならなかったから、2日くらい、必死にリハビリをして体力を戻すことに専念した。

 

お医者さんも私の回復力にはびっくりしていた。死んじゃうかもしれないって思われていたみたいだから、起きて2日後に走り回っているのは確かに異常だったのかもしれない。

 

 

私があまりにも必死にリハビリをしていたからか、Aqoursのみんなは誰も私のことを止めなかった。

 

 

花丸ちゃん、ルビィちゃん、善子ちゃんはリハビリ中から少しだけ一緒に練習をしてくれた。

 

ダイヤさんや鞠莉ちゃんも遠くから私の様子を見守ってくれていて、Aqoursのあったかさをすごく感じて、何回も泣きそうになったけど、私はあのときの曜ちゃんとの約束を守るために泣かなかった。

 

 

 

私がダンスも踊れるくらいに回復すると、すぐに退院することが許された。

 

私は我先にダンスの練習を始めた。

 

ダンスのステップは何も考えずに練習をすることができた。それは次のライブで歌う曲を決めていたから。

 

私は曜ちゃんから渡された歌詞を見てから、敗者復活戦とも言える今回のライブで、この曲を歌おうと決めていた。

 

 

 

果南「なんでその曲にしたの。」

 

千歌「果南ちゃん…。」

 

果南「理由、あるんでしょ?」

 

後ろから様子を見ていた果南ちゃんは、私に問いかけながら近づいてきた。その様子はどこか怒っているようにも見えて、私は答えることをためらった。

 

果南「梨子ちゃんはその曲、途中までしか練習していない。それでも千歌はこの曲でライブする気?」

 

果南ちゃんの言ってることはもっともだ。梨子ちゃんはこの曲を最後までは仕上げていない。だから、この曲で挑むのなら短期間で梨子ちゃんに相当な負荷をかけてしまう。

 

 

 

梨子「やりましょう。」

 

 

千歌「梨子…ちゃん。」

 

果南「よく、考えてね。ラブライブ本戦に出るためには次の日曜日がライブをする最後のチャンスなんだよ。それまでに仕上げ切ったことのない曲を完成させるのなんて…」

 

 

 

梨子「やろうよ。果南さん。」

 

 

 

梨子ちゃんの意志はとても固かった。

 

 

果南「どうして、そこまでやりたがるの。」

 

梨子ちゃんは果南ちゃんの質問に一拍おいて答えた。

 

梨子「運命かな、と。」

 

果南「うん、めい…」

 

梨子「はい。

曜ちゃんが私にプレゼントしてくれた衣装。きっとあれは、曜ちゃんが私に託したんじゃいかって思うんです。」

 

千歌「梨子ちゃん…。」

 

 

私と同じ気持ちだったんだ……梨子ちゃんも。

 

 

果南「私はかなりのリスクだと思うよ。

初めての曲じゃないから、高い精度を求められてしまうし、それを再編成して一からダンスし直すなんて…」

 

千歌「果南ちゃん。」

 

果南「なに?」

 

千歌「私は…同じパートをやるつもりはないよ。」

 

果南「…どういうこと?」

 

 

私が考えていたライブは

 

 

千歌「曜ちゃんの作ってくれた2番の歌詞でやりたい。」

 

梨子「!」

 

果南「なっ、なにを言ってるの!?」

 

千歌「時間が無いのもわかってる!

でも、曜ちゃんが残してくれたものを形にしたい!曜ちゃんと一緒にラブライブ!に行きたいんだよ!!」

 

泣かない。

 

泣くもんか。

 

 

曜ちゃんがいないことの辛さで何回も泣きそうになったけど、あの約束からずっと泣かなかった。だから今も泣くもんか…

 

 

果南「…新しい振り付けはどうするの。」

 

 

花丸「ま、まるが考えるずら!」

 

ルビィ「ル、ルビィも!」

 

千歌「2人とも…」

 

花丸「まるは曜ちゃんからダンスのための本をもらったずら。

それってきっと、まるが振り付けを考えるために曜ちゃんが託してくれたものなんだと思うの!」

 

ルビィ「ルビィは…衣装がもうできてるから、あとは花丸ちゃんを支えてあげたいと思ってるよ!」

 

 

果南「メロディーも少し変えないと、2番の意味が薄れると思うけど。」

 

 

梨子「なんとか間に合わせます。歌詞ができているのなら、あとはその想いを感じて創ればいいだけですから。」

 

善子「曜さんがみんなの波動について書かれた魔術書を私に託したのは、きっとこの時のためだったのね…。ククク…面白い。

ならば、堕天使の力を使って、曲の表現力を極限にまで高めるパート分けをしようぞ!」

 

 

果南「なんで…みんなはそんなに前向きなの?」

 

 

 

鞠莉「決まっているじゃない。曜に笑ってもらうには、止まっている私たちの姿を見せるんじゃなくて」

 

ダイヤ「前に向かって進んでいく姿を見せることが一番だと、みんな思っているからですわ。」

 

鞠莉「あなただって、曜が残してくれた輝きと一緒に前に進みたいでしょ?」

 

ダイヤ「……果南さん。」

 

 

果南ちゃんはみんなの顔を見渡すと、最後に私の顔を見た。

 

だから

 

 

千歌「私はもう迷わないよ。自分のやれるだけを尽くす、そう決めたんだ。」

 

 

果南ちゃんに私の気持ちを伝えた。

 

 

 

果南「……やるからには、絶対に成功させるよ。」

 

千歌「果南ちゃん…!」

 

果南「私は曜の気持ちを考えてなかったのかもしれない。千歌を見たら、そんな気がしたよ。」

 

 

顔を曇らせながら果南ちゃんがそう言うと

 

 

善子「そんなに落ち込まないで。弱気になるなんて、果南さんらしくないわ。」

 

ルビィ「え……。」

 

花丸「よしこちゃん……?」

 

 

善子ちゃんが果南ちゃんを励ましていた。

 

 

善子「っ!の、ノートの通りにしたまでよ!!」

 

花丸「ひょっとして果南ちゃんだけじゃなくて、まるたちのことも書いてあるずら?」

 

ルビィ「そうなの?

き、気になるかも!善子ちゃん、見せて!」

 

善子「いやよ!これは堕天使としての契約が無いと扱えない超魔術級の代物よ!?」

 

 

鞠莉「…ねえねえ、善子。果南のことについてはこっそりアフタートークしましょ♪」

 

果南「まーりーっ!」

 

ダイヤ「…はぁ。まったく。どんな状況でも鞠莉さんは鞠莉さんですわね。」

 

 

鞠莉「Oh!! それじゃあ、私がノーテンキーみたいじゃない?」

 

ダイヤ「ノーテンキーじゃなくて、能天気ですわ!!」

 

千歌「あははは…」

 

 

 

 

なんだかあったかい。

 

 

少しずつ、本当に少しずつだけど、久しぶりに昔に戻った気がした。

 

 

 

 

梨子「やっぱり、凄いね。」

 

千歌「え?」

 

梨子「千歌ちゃんのおかげで、またみんながこうして前を向いていこうって思えるような雰囲気になったから…。」

 

 

今のみんなの顔を見て、これから私たちにはまたあのときの笑顔が戻ってくる。そんな予感が確かにあった。

 

 

千歌「でも、これは私の力じゃないよ。

たくさんの想いを残してくれた曜ちゃんのおかげ。」

 

 

そう。

 

曜ちゃんの想いが私を引っ張ってくれているんだ。

 

 

梨子「…なら、見せてあげないとね。」

 

千歌「え?」

 

 

フフッと微笑む梨子ちゃんの目には一粒、涙が溢れていた。

 

 

梨子「ラブライブ!決勝に立つ私たちの姿を。」

 

 

 

 

 

そう。私たちは負けないよ。

 

 

 

だから、私たちの一番近くで見ててね。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#1 向日葵と海

 

 

 

??「……ちゃ……。」

 

う……ん?

 

??「…ぉちゃ……。」

 

なんだろう?

そう考えてる瞬間だった。

 

ギュムッ!

 

曜「ふぐっ!」

 

身体を起こした瞬間に、背後から強烈な勢いで抱きつかれた。

 

千歌「よぉちゃん!!」

 

曜「ち、ちかちゃん!?……っ。」

 

千歌ちゃんの制服のリボンの色が黄色いことにすぐに気づいた私は焦りを取り戻して、"私の"ちかちゃんに向き合った。

 

曜「こんなところにまで会いに来てくれたんだね。」

 

千歌「とーっぜん!だって、私はよーちゃんと一緒って約束したもん。」

 

曜「そっかぁ。ありがとうね……」

 

私はちかちゃんの頭を撫でながら言った。

 

 

曜「……"私の思い出"の千歌ちゃん。」

 

私の言葉とともに目の前にいた千歌ちゃんは消えた。

そうだ。あの子は現実の千歌ちゃんから目を逸らしたくて私が生んでしまった幻。私の欲求を映し出していた千歌ちゃんだ。

千歌ちゃんが本当の意味で輝くことを望んだことで、今の私には見えなくなって当然だった。

 

(千歌ちゃんには胸の中でキラキラしてるものを見つけてほしい。それに、きっと……。)

 

それにしても、ここはどこなんだろう。

風が気持ちよくて、ポカポカしてて、私の大好きな海の匂いも少しする。

気になって寝ていた場所から歩き始めて少しすると海が見えてきて私は幸せな気持ちになる。今日の海はのんびりとしてて穏やかだった。

 

私は本当に海だ。私の気持ちとシンクロしているように波が砂浜に満ち引きを繰り返していた。

 

海を眺めながら歩き続けると、眼前にはいつものヒマワリ畑が広がっていた。

 

太陽だと焦げる。月や星になると儚い。輝くものは全部手を伸ばしても届かないものばかり。その中でも、この眩しく輝く向日葵は、私にも手の届くところにいたキラキラしたものだった。

 

千歌ちゃんは向日葵。キラキラしてて、光に向かってまっすぐ伸びて、純粋な輝きを持った美しい花。荒れ狂う波を起こしたり、奥まで見ると真っ暗闇が広がる私とは遠くかけ離れた存在。それなのに、すぐ手を伸ばせば届く距離にいる不思議な存在。

 

曜「千歌ちゃん。」

 

私が愛しげに向日葵に触ると、「えへへ。」と向日葵が笑ってくれてる気がして、思わず頬が緩む。

 

曜「ずっと憧れてたよ。」

 

そんな風に呟きながら、私は1つ1つの花を丁寧に撫でる。すると突然、一輪の向日葵がしおれた。途端に次々と向日葵が枯れていく。私は慌てて手を離すけど、しおれていく勢いが止まらない。「待って」と叫ぶ声も届かない。

 

ふと気がつくと、私の頰をつたっている何かがあることがわかった。

 

私は泣いていた。

 

そのまま枯れ続けていく向日葵の波を止められず、とうとう最後の一輪になるまで見届けるしかなかった。私が何とかしようとすると余計に萎れていく。私の涙が触れたところからどんどん首を下げていく。こんなのどうしようもないじゃないか……。

昔に聞いた噂だけど、海岸沿いにはお花はあまり咲かないらしい。理由は海の飛沫に含まれる塩分が、お花の水分摂取を邪魔してしまうらしいからだそう。今の私の涙はさしずめ海の潮なんだろう。

 

あぁあ。やっぱりそうだ。

手が届きそうで届かない。

もし届いてしまったら、壊してしまう。

この関係はきっと海と向日葵だけじゃない。

海(私)と向日葵(千歌ちゃん)は一緒にはいられない。

 

私は最後の一輪を枯らせないために、涙を拭いて笑顔で伝えた。

 

曜「さようなら。」

 

大好きな向日葵畑に背を向けて歩く。この先には海がある。最後に残っていた大きな向日葵は守れたのか気になったものの、私は振り返らなかった。私が振り向けば、その瞬間に私の涙で向日葵を枯らしてしまうから。

 

??「曜ちゃん。」

 

曜「は、はいっ!」

 

歩いていたところにいきなり名前を呼ばれて、思わず返事をした。私の声が暗闇の中でわんわんと響く。

 

??「心の声って、怖いね。」

 

曜「こ、心の声って言われても…。」

 

姿の見えない声の主は戸惑う私を尻目に話を続けた。

 

??「わかってる。」

 

その声は悲哀に満ちた声だった。

 

??「取り繕ってるのはバレバレなのよ。」

 

そして、ボワンボワンとハウリングしてるような声と共に、段々と聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

 

 

善子「これ、いらないし気味が悪いから捨てていいわよね?」

 

ルビィ「ル、ルビィも曜ちゃんみたいに怖がられるようになったら嫌だなぁ……。」

 

花丸「マルにこんな本を送るなんて、ダンスが苦手なことへの当てつけなのかな。」

 

ダイヤ「最後の最後まで勝手な人でしたわ。もうお相手は御免です。」

 

鞠莉「浦女は……もう……廃校になったわ。」

 

果南「千歌にはもう近づかせない。こんなに何度も傷つけておいて、帰ってきたら許さないから!」

 

梨子「……こんなに傷つけられて、嘘をつかれて、絶対に恨むから…!絶対に許さないからっ!!」

 

千歌「これがAqoursのみんなの気持ち。

もう一度言うよ?私はAqoursが大好き。

…忘れてないよ、私のこと嫌いなんだよね?

なら、早くいなくなってよっ!」

 

心の声って、そういうことか。

みんなの声ってことね……。

 

うん。

わかってたよ。

 

わかってた。

 

わかってる。

 

わかってるんだ……。

 

…………。

 

曜「大丈夫、私は消えるから。安心してよ。」

 

神さま、早く地獄でも何でもいいから、とにかく千歌ちゃんたちから遠く離れたところに連れて行ってください。

 

曜「そうしたら、少しは喜んでくれるよね。」

 

嫌いな子がいなくなってくれたって……。

 

曜「もう、わたしには……っ。」

 

??「……やっぱり壊れてた。」

 

曜「壊れてはいないよ。改めて楽しみなことが見つかったって、そう思う。」

 

??「もう、やめよう……曜ちゃん。」

 

曜「……やめない。」

 

??「ねえ、気づいてる?

これは曜ちゃんの心の声なんだよ。」

 

曜「なにを言ってるの?」

 

私には理解できなかった。私の心の声なのにみんなが出てくるなんておかしい。

 

??「今、曜ちゃんが見ていたのは、曜ちゃんが推察してるみんなの声に過ぎないの。」

 

曜「え…。」

 

??「だから、本当の私たちの気持ちをちゃんと聞かせてあげる。」

 

その声と共に私は光に包まれる。

さっきの真っ暗闇と違って、キラキラと光ってる世界。

 

 

そこにはみんながいた。

でも、みんな下を向いている。

 

何で下を向いてるのかは、みんなの様子を見た瞬間に何となくわかった気がした。

 

千歌「ねえ、曜ちゃん。ダメ、だったよ。」

 

(……審査が通らなかったんだね。)

 

果南「私たちはやれることをした。

やれるだけやってこの結果なら、曜もきっと納得すると思う。」

 

鞠莉「そうよ?だからスマイル♪曜にやりきったって顔を見せてあげなきゃ。」

 

(みんな……。)

 

ルビィ「エヘヘ……エヘッ…ッ」

 

笑おうと顔を緩ませたルビィちゃんだったけど、目からは涙が溢れてしまっていた。

 

花丸「…ルビィちゃん。」

 

善子「な、泣くんじゃないわよ!」

 

花丸「そう言っても…ルビィちゃんは」

 

善子「笑いなさいよっ!とにかく笑うのよっ!!」

 

ルビィ「……!善子ちゃん……」

 

善子「クックックッ……やりきったわよっ!フフフ…ッ。」

 

善子ちゃんも涙を無理やりねじ込もうと、笑っていた。

でも、ポロポロと出てくる涙は止まらないどころか、余計に溢れ出てしまっていた。

 

ダイヤ「……。」

 

鞠莉「ダイヤ、暗い顔しないの。」

 

ダイヤ「わかってはいます。ですが…。」

 

鞠莉「果南だって我慢してる。泣きたい気持ちを閉じ込めてね。だから、せめて私たちは笑っていよ?ね?」

 

ダイヤ「なにを言っているんですか。本当に一番泣きたいのはあなたでしょう?」

 

鞠莉「…あんまりイジワルを言わないで。私も必死なんだから。」

 

ダイヤ「鞠莉さん……。」

 

(気丈に振る舞えそうな2人が……。)

 

千歌「よーちゃん。」

 

(ちかちゃん……。)

 

千歌「ごめんね?曜ちゃんが残してくれたものを何とか形にしたかったのに…。

もう見えないよ。見えないんだよ。

どうすればいいのか……わからない。」

 

みんなの暗い表情を見ていることしかできない自分に嫌気がさした。

 

 

 

梨子「ねえ、もどかしくない?」

 

気がつくと私の視界にはただの暗闇がまた広がっていた。さっきと違うのは、黒の世界に1人だけホウッと浮かび上がる少女の後ろ姿があること。

 

曜「もどかしいよ、とっても。」

 

梨子「それでも、帰ってきてくれないの?」

 

曜「うん。」

 

梨子「どうして。」

 

曜「……無理だよ。」

 

どんなに頑張ったとしてもみんなを傷つけるってことは、誰よりも自分が一番知ってる。だからみんなの前からいなくなるのが最善の方法なんだ。

 

梨子「私だっているよ。」

 

振り向いた梨子ちゃんの顔を見て私はハッとした。梨子ちゃんの微笑みは心の底に溜まっていた泥を徐々に吐き出させてくれる感じがする。

 

梨子「私じゃダメかな?私だったら2人を助けることができると思うの。」

 

曜「梨子ちゃんが大変になるだけだよ。」

 

梨子ちゃんはクスッと笑って、手を広げた。

 

梨子「それでも居てほしいって思ってるの。」

 

私は電池が切れたようにフラフラとしながら歩き、梨子ちゃんの優しさに満ちた手の中に顔を埋めた。

 

曜「また、一緒にいても…いいの…?」

 

梨子「Aqoursのみんなも待ってるよ。」

 

恥ずかしいとか情けないとか関係なかった。今はその優しさに甘えて思いっきり泣くと心に決めた。わんわんと泣き叫ぶ度に心の闇が晴れていく。待ってくれている大切な人がいることに胸がいっぱいになって、今までの虚無に熱が広がっていく感覚は忘れていた感情を呼び起こしてくれる。いつのまにか私から流れ出る涙は透き通った綺麗なものになっていた。

 

私は今まで何度も突き放してきた親友の繊細な体を、今度こそは逃すまいとギュッと掴んだ。「ちょっと痛いかも。」なんて言いながら、優しく私の髪を撫でてくれた梨子ちゃんの手のひらはとても温かった。

 

曜「待っててね。」

 

またみんなを悲しませるかもしれない。

 

でも、それより今はみんなを笑わせたい。

いつも笑顔にしてくれたあの憧れの花のように。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。