暗殺教室 ~僕は平穏に過ごしたい~ (三十)
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登校の時間

 

 

 椚ヶ丘中学三年E組。

 

 名門進学校である椚ヶ丘中学において成績不振者が編入されるクラスである。

 

 所謂、落ちこぼれクラスであり、本校舎から離れた山の中の古びた校舎に通わなければならず、設備の利用や学校行事などで様々な差別待遇を受ける通称『エンドのE組』。

 

 事実、このクラスへの編入が決まったクラスメイト達の表情は暗く、「どうせ自分なんか」とか、「将来なんて」とか、そんな諦観で占められていた。

 

 だが僕としてはどうだっていいことだった。

 

 将来なんて? 僕はまだ中学生だ。いくらでも挽回はきくし絶望するには早すぎる。

 

 自分なんか? 僕はちゃんと生きてる。まだ何だって出来るし何にでもなれる。

 

 学校行事だって不遇の中で楽しめば良いし、設備だって気にする程のことでもない。

 

 立地にしたってそう悪いものでもない。山の中の自然に囲まれた静かな教室で勉強できるなんてそれはそれで良いだろう。

 

 時刻は八時三十五分。只今坂道を歩行中。詰まるところ完全に遅刻である。

 

 少しは焦れと自分でも思うが、遅刻が確定したあたりで寧ろ開き直ってしまったのは性分だろう。

 

 どのみち十日間程欠席してしまい今更でもある。何食わぬ顔でクラスに溶け込むよりホームルーム中に入ってワンクッションおいた方が無難かもしれない。

 

 ……と言うか、事前に復学するよう連絡を入れるべきだった。本当に今更だが。

 

 どうも休学中に連絡がきていたらしい。担任が代わったようで尚のこと来ていなかった生徒が気になったのだそうだ。今朝まで忘れていたらしいが、欠席が半ば常習になっていようと報連相は大事だろう。流石に相談はできないが。

 

 雪村先生好きだったのになあと少しだけ残念に思うがまあ仕方がないことだろう。実際良い先生だったしきっと転任先でも慕われているはずだ。

 

 そんなことを考えながら下駄箱に到着。靴を履き替え教室へと向かう。

 

 何もかもが満ち足りてる、と言うわけではないかもしれない。しかし当たり前の平穏、当たり前の日常が待っている。

 

 ありきたりで、何の変哲もないそれが、しかしとても尊いことを僕は知っている。

 

 教室の戸の前に立つ。

 

 これからその当たり前が始まる。

 

 勢い良く戸を開け中へと入る。

 

 

 ようやく僕は帰ってきたんだ──

 

 

 

 

「ニュルフフフフ……。皆さん今日も駄目でしたね~」

 

 毎朝の恒例となっている一斉射撃が終わり、無傷の殺せんせーを確認して意気消沈する。

 

 三年生の始め、僕らは二つの事件に遭った。

 

 一つは月の爆発。月が七割方蒸発し、三日月型に形を変えてしまったこと。

 

 もう一つはその元凶(殺せんせー)が僕らの担任になったこと。

 

 

「初めまして。私が月を()った犯人です。来年には地球も()る予定です。君達の担任になったのでどうぞよろしく」

 

 

 あの自己紹介には言葉を失った。ツッコミ所が多すぎる。

 

 その後、来年に地球が爆破されること、うちのクラスの担任ならやってもいいと交渉したこと、殺したら賞金百億円が支払われることが説明され中学生兼暗殺者として今日に至る。

 

 なんで僕らの担任になったのか、どうして地球を爆破するのか。

 

 わからないことは多いけど、殺せんせーとの授業は不思議と嫌じゃなくて。

 

 殺す気でやろうって、そう思える。

 

 僕らは殺し屋。標的(ターゲット)は先生。

 

 暗殺教室は今日も始まる。

 

 

 

「おはようございます」

 

 元気の良い挨拶とともに教室の戸が開け放たれた。

 

 教室に入ってきたのは九頭龍(くずりゅう)宗沙(そうさ)君。

 

 欠席の常習であり成績は優秀ながらもその生活態度によりE組に落とされた素行不良生徒。

 

 穏やかで人当たりが良く、E組に来たことも「寧ろこっちの校舎の方が落ち着く」とまるで意に介さない前向きな性格。

 

 運動能力も高く、これで欠席さえなければ普通に優等生なんだけど、なんで何度も学校を休むのかは良くわからない。

 

 ただ休むだけじゃなく怪我をすることも多いため実は物騒な事に首を突っ込んでいるとか噂もあるけど、本人は曖昧に笑って誤魔化すだけで真偽は不明。

 

 

「……えーと……?」

 

 

 そんな謎多きクラスメイトは謎多き担任教師(殺せんせー)を前に明らかに動揺していた。

 

 そして銃を片付ける僕らを見渡して再び視線を殺せんせーに戻し、視線を逸らさずゆっくりと後退、廊下まで出たところで足を止めそのまま殺せんせーを視界に留めつつ、

 

 

「あんたは、……何?」

 

 

 そんな何時でも逃げられる準備をして慎重に質問をしていた。

 

 反応がテレビで見た熊と遭遇したときの対処法みたいで、冷静になろうとしてやはり困惑は隠せなかったような感じだ。

 

 これが、暗殺教室と彼とのファーストコンタクトだった。 

 

 

 

 

「つまり月を壊した元凶があれで来年三月には地球滅亡?」

 

「そうだ」

 

 あの後、事情の説明を受けるために職員室へ。

 

 防衛省特務部の烏間(からすま)惟臣(ただおみ)さんの話によると、

 

・この怪物は月を壊した元凶であり、来年三月には地球を破壊する。

・何故か椚ヵ丘中学校三年E組(このクラス)の担任ならやってもいいと国に提案、生徒に危害を加えないことを条件に政府は承諾。

・それまでにこの怪物を暗殺して欲しい。

・暗殺に成功したら賞金として百億円が支払われる。

・尚、機密の口外は厳禁。

 

 とのこと。

 

 ……説明中も何故か寝癖を手入れ(なお)してきて正直鬱陶しかった。

 

 聞きたいことは色々あるがとりあえず、

 

「この怪物については?」

 

「私のことは殺せんせーと呼んでください」

 

「済まないが国家機密であり話すことはできない」

 

「宇宙から来た生命体とかじゃありませんよね?」

 

「失敬な! 地球生まれ地球育ちですよ!」

 

「実は魔術師に召喚されたクリーチャーとか?」

 

「にゅや! 何でオカルトに話を持って行くのですか⁉」

 

「……まあ、流石にそれはないだろう」

 

 困惑するのも無理はないが、と疲れた顔で返答する烏間さん。

 

 こちらにとっては真面目な質問だったが、この様子だと嘘をついている訳ではないだろう。

 

 真面目一辺倒な表情で分かりにくいが説明している間も此方を騙すような素振りはなく、寧ろ気遣っているようであった。

 

 勿論まだ完全には信用できると決まった訳ではないが、一先ず彼の言っていることは事実と仮定して考えても良いかもしれない。

 

 つまり今地球は滅亡の危機に瀕しているのである。

 

「取り敢えず暗殺の件なんですが、申し訳有りませんがお断りさせて頂きます」

 

「む?」

 

「ニュ?」

 

 まあ断るのだけど。

 

「理由を聞かせてもらっても良いか?」

 

「正直荷が重いですし、百億円と言われてもぴんと来ませんし……。ああ、朝で一斉射撃みたいな事やってたようですけど、ああいった事には極力参加しますし、秘密も守りますので」

 

 個人として積極的に参加する気はないが、和を乱すような事もする気はない。

 

 そんなスタンスを伝えておく。

 

 政府にしたって中学生に怪物を殺せるとは思ってはいないだろう。

 

 ならば僕らに求められているのは怪物を教室に繋ぎ止めるための見張り役であり、暗殺云々については当たればラッキーで弱点の一つでも探れれば御の字くらいにしか考えていないはずだ。

 

 であればそれに反しないならば暗殺に協力するか否かは問題ない。

 

「私としては是非とも暗殺に参加して欲しいんですがねえ」

 

「成る程。分かった、こんな事を頼んで申し訳ない」

 

「いえ、地球の危機ですし、こちらこそ済みません……。ああ、そうだ。お二人に聞きたいことがあるのですが」

 

「何だ?」

 

「何でしょう?」

 

 さて、情報収集に移ろう。

 

「まず殺せんせーになんですけど……かめはめ波撃てますか?」

 

「はい?」

 

 期待を込めて、無邪気を装い質問する。

 

「かめはめ波ですよかめはめ波!」

 

「にゅや! 何でそんなこと聞くんですか⁉」

 

「無天老師やピッコロ大魔王もできましたよ!」

 

「ドラゴンボールと比べないでください!」

 

「目からビームでも口から破壊光線でもいいです!」

 

「あなたは何を期待してるのですか⁉」

 

 出来るわけないでしょう⁉ と言う殺せんせーに対し落胆を隠さずに言葉を投げ掛ける。

 

「何だ、出来ないのか……」

 

「そんながっかりされても困るのですが……」

 

「はっ! ビームも撃てなくて何が超生物ですか」

 

「酷い偏見です! ほら、見てください! マッハ20ですよ!」

 

「あー、速いですね。そのままテレポートとか時間停止とか出来ます?」

 

「何でそんなにハードルが高いんですか⁉ 出来ませんよ!」

 

「はあ……」

 

「そんな溜め息つかれましても……。マッハ20じゃ不満ですか?」

 

「まあ、不満って訳じゃないですけど……。そうだ。人乗せて運んだり出来ます? 通学が楽になりますけど」

 

「タクシー代わり⁉ お断りです!」

 

「あと夏休みにクラスの皆で海外旅行とか」

 

「流石にクラス全員は運べませんよ……」

 

 酷く疲れた顔してる殺せんせー。この辺りは烏間さんよりも表情豊かだ。

 

 ちなみに烏間さんはやれやれといった感じだ。意外でもないが苦労人なのだろう。

 

「あはは……。済みません冗談半分です。落ち着いてください」

 

「半分は本気だったのですか……」

 

「それじゃあ、烏間さん。質問良いですか?」

 

「……何だ?」

 

 やや警戒している様子であるが、こっちは百パーセント真面目である。

 

 烏間さんに向き直り、質問した。

 

「雪村先生はどうしたんですか?」

 

「雪村先生?」

 

 烏間さんに向かって出来るだけ誠実に、信頼して貰うよう信用を込めて。

 

「クラスの前担任なんですけど、お世話になりましたしどうしたのかなって。何か知りませんか?」

 

 少し、ほんの少しだが沈黙した。

 

 横目で殺せんせーを観察する。心なしか、思考が止まったというか、身動きが封じられていた。

 

 烏間さんも、外見からして冷徹なイメージがあったが案外感情豊かなのかもしれない。質問が予想外だったのか、或いは答えづらい質問だったのか、

 

 一瞬、回答を躊躇った。

 

「……転勤したと聞いた。済まないがそれ以上は俺も知らない」

 

「そうですか……。ありがとうございます」

 

 会話を打ち切って軽くお辞儀をして退室し、教室に向かった。

 

 

 

 

 さて、思考を巡らせよう。

 

 

 まず来年三月の地球爆破については恐らく嘘ではないが、鵜呑みには出来ない。

 

 まあ、『殺せんせー』が『地球を爆破する』という符合は間違いないのかもしれないが、恐らく殺せんせーの意思とは関係ない。

 

 期限を明確に提示している事から間違いないだろう。月を壊した実績を持つ怪物に対し警戒が乏しく思えるし、また切迫しているように思える。

 

 もしかしたら何かの気まぐれで──そもそも担任自体気まぐれかもしれない──気が変わって今すぐ地球を爆破するかもしれないのに来年三月迄は問題ないと判断しているようである。でなければもっと厳戒態勢が敷かれているはずだし、少なくとも現場の監督役が片手で数えられるほどしかいないのは考えにくい。無論こっちが気づかない所で暗躍している可能性もある、というか暗躍はしているのだろうけど。

 

 それに地球を守るためならば別に暗殺に拘る必要はない。交渉して地球の爆破を取り止めさせれば良いのだし、中学生という事と教師と生徒という関係を考慮すればそれを依頼して然るべきだ。勿論殺せるなら殺すに越したことはないかもしれないが少なくとも保険にはなるだろうし、マッハで動くだの再生能力だのといった身体スペックを解析できるなら生かしておく十分なメリットもあるはずだ。

 

 つまり本人の意思と関係ないから来年三月迄は地球は爆破されないし、交渉は意味がないため殺すしかないのだろう。

 

 まあ、生かしてしておくメリットに関しては既に意味がないのかもしれないが。

 

 殺せんせーの暗殺にあたって対せんせー用の特殊な武器が支給されると説明を受け、更には使用されるところを実演された。

 

 実物も見せてもらったが人体には無害であの殺せんせーには有効という殺せんせーを殺すためだけの武器である。

 

 問題は何故これを開発したか、どうやってこれを開発できたか。

 

 態々中学生のために開発したとも思えない。そんな金があるなら他の武器開発や殺し屋や傭兵などを雇うために使う方が有意義だろう。仮に中学生のためだとしても月爆破からまだ半月も経っていないのに開発が速すぎる。

 

 ならば元々あったものを流用したと考えた方が筋は通るし、殺せんせーは何処かしらの研究機関で研究されていたと考えていいはずだ。

 

 守秘義務についてもただ『混乱を避ける』ためだけでなく、『表沙汰に出来ない醜聞』だからかもしれない。

 

 月の破壊については正直怪しい。

 

 ビームを撃てるかと聞き、出来るわけないと答えられた。

 

 つまり遠距離攻撃手段はないということだろう。

 

 となると、自力で月まで行き月を破壊した? 距離は? 無重力での移動は? 酸素も気圧もない宇宙空間で活動できるのか? しかもそれを往復なんて出来るのか?

 

 地球滅亡の根拠となるからには何かしらの関係はあるのだろうが、一度検証してみるべきだろう。

 

 尤も、最初に調べるべきは雪村先生のことだろうけど。

 

 雪村先生はどうしたか? その質問に対し「転勤したと聞いた」と伝聞調で答えてしまっていた。

 

 多分烏間さんは雪村先生に会ったことがない。

 

 そもそも転勤にしても急過ぎるし、暗殺のためというなら転勤する理由もない。少なくとも、三月時点ではそんな話聞かなかったし、暗殺のためならクラスの勝手を知ってる担任教師に協力を頼んだ方が合理的だ。副担任でも教科担任でも適当に割り振れば良いし、集会など本校舎と係わるときはどのみち殺せんせーの代役は必要になる。

 

 それに本当に転勤したなら少なくとも引き継ぎ等で烏間さんと顔くらいあわせているはずだ。あの先生に限って生徒を放ってさよならなんて考えられない。

 

 また、殺せんせーは『教師』ではなく、『このクラスの担任』ならやるといった。

 

 ならば、殺せんせーとE組を繋げた何かがあるはずだが、そのキーパーソンが雪村先生なのではないだろうか?

 

「現状じゃあ情報が足りなすぎるか……」

 

 取り敢えず雪村先生についての調査から始めよう。

 

 全く関係ないならそれで善し、また調べ直せば良い。

 

 まあ、一年も猶予は有るんだ。なんとかなるだろう。

 

 自分で何とか出来なくとも、政府といった然るべき機関が動いているわけだし、そこまで気負う必要もない。警戒は必要だが。

 

 いや、寧ろ政府が黒幕で殺せんせーの方が味方だったらどうする? あらぬ罪を着せて処分しようとする政府と悪役を演じ政府の目を掻い潜りその企みを阻止しようとする殺せんせーという構図だったら?

 

 烏間さんにしても本当に信用できるのか? 殺せんせーは? 実は二人で共謀してクラスのみんなを利用する計画を建てていないと保証できるのか? 人気のない山中だ。僕らを生け贄に儀式を行っても目立ちはしないだろう。

 

 或いは殺せんせーも政府も敵なのかもしれない。邪神を兵器利用しよう研究していて、殺せんせーはその成果? そもそもあの姿からしてかの風の邪神ハスターの化身に違いない。眷属は宇宙空間においては光速の十分の一の速度で移動できるという。地上だと時速七十キロが精々だが気圧が低ければ更に速度が出る。眷属でもこうだ。殺せんせー(ハスター)ならマッハ20なんて余裕で出せるだろう。

 

 いや、待て。混乱している。問題は月が爆破されたことだ。何故爆破した? 月……月に吼えるもの……ニャルラトテップ? またあいつか? クトゥグアと一悶着起こした、とか? かの生ける炎なら月を蒸発させることもできるかもしれないが、一体何のために?

 

 いや、そんなことよりニャルラトテップが関係してるのなら早く対策を考えなければ。いや、違う。違う? いや、そうだ。ニャルラトテップの陰謀だ。月の爆破のあと星の智慧派が活発に動いていた。お陰でまた学校を休むはめになったというのに、まだ僕の日常を犯すのか……ッ!

 

 そうじゃない、落ち着け。考えなければいけないのはニャルラトテップの目的だ。あの愉快犯が何を企んでいるのか、何に化けているのか、殺せんせーか、烏間さんか、クラスめいトか、いや、そんな配役はないだろう。あの派手好きのとりっくスターはわりとお約束というか様式びを演出として楽しむし、となると。ダレダ?

 

 雪村先生だ。雪村せんせいが化身だった。あいつがまたあんやくシテイタ。はすたーもあの無貌の手引きだ。カラスマはそれを崇める狂信シャだ。ぼくラをイケニエにするきダ。

 

 ハヤクころサナイト。くらすのミンナヲまもルために? クラす? チガウ。アイツラハおとしごだ。スデニてキにかこまレテタ。

 

 ハヤクkoのセ解から2げ無いとイ回しイかりうど戸シャん宅ドリがエイか区KAらジゲンヲ子え手アノ差か名ヅらしたかイブつドモがるる家ヨリ区トゥ流布をよびゆご巣より乃藻のとてけlili手毛リリとなき5えがシャッがイ野紺チゅ卯にヨッテもうモクでhaくちノ……

 

 

 

「どうしました九頭龍君⁉ 顔色が真っ青ですよ⁉」

 

「うわああああーーッ?!!?!?!!」

 

「にゅやーー⁉ だ、大丈夫ですか⁉」

 

「ああ、大丈夫、です……。少し具合悪いので、ちょっと休んでます……」

 

「……本当に大丈夫ですか? 保健室に運びますよ?」

 

「いえ、結構です……。ただ、ちょっと視界に入らないでください」

 

「ちょっ⁉ 先生傷つきますよ⁉ 私何かしました⁉」

 

「いえ、見た目が少し……」

 

「にゅやーー!」

 

 

 こうして、僕の暗殺教室は幕を開けたわけだが、正直日常を謳歌するだけで精一杯であり世界を救う余裕はない。

 

 というより世界の防衛なんて頻繁にやってることだし、たまには人任せでも良いだろう。

 

 僕はこの暗殺教室で平穏に過ごしたいと思う。




殺せんせーの見た目からしてクトゥルフネタがありそうなのにない。

誰か書いてくれないだろうか?


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参入の時間

取り敢えず続きが書けたので投稿。

次回に続けられるなら連載してみようか……?


 

「ねえ、渚」

 

「何?」

 

 あの後、先生と彼はそのまま事情の説明のため職員室へと向かっていった。

 

 どうも欠席中の彼と連絡が取れず殺せんせーの事が伝わっていなかったらしい。

 

 既に一時間目が始まっているものの先生が来るまで各自自習中とのことで、クラスの皆はそれぞれ教科書を確認したり漫画を読んでたり好きに行動している。

 

「さっきの人どんな人なのかなって」

 

「ああ、九頭龍君か」

 

 茅野は四月に転校して来たため、四月からまた欠席していた彼の事は知らない。

 

「九頭龍宗沙。スポーツも勉強も学年で上位に入るくらい優秀な生徒なんだけど、無断欠席の常習で、それが原因でこのE組に落とされたんだ」

 

「ふーん……。何でそんなに欠席してるの?」

 

「それがよく分からないんだよね……。本人は体が弱いとか言ってるけど、空手部の主将相手に勝ったことがあるらしいし、病院に入院や通院もしばしばしてるけど主に外傷だし、それに……」

 

「それに?」

 

「時々、何かに怯えたようになるみたいで、それで一度暴力沙汰を起こした事があって……」

 

「ええ⁉」

 

「一年の時、同じクラスだったんだけど、授業中居眠りしててさ、酷く魘されてたみたいで、先生も生徒の注意というより心配になって起こそうとしたんだけど、その先生にいきなり掴みかかって、周りが慌てて止めに入って事なきを得たんだけど、九頭龍君凄く取り乱してて……。尋常じゃない様子から不問になったんだけど、その時の事が印象に残っててさ」

 

 ──僕は生きてる、生きる、死にたくないって、何度も呟いていたんだ。

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 僕は今保健室で休んでいる。

 

 設備に恵まれないE組も流石に生徒の健康には最低限考慮しているのか保健室は確りと清潔さが保たれている。

 

 或いは手入れ好きな殺せんせーのお陰かもしれないが。

 

「あはは……。済みません……」

 

「別に構わないが……よくこうなるのか?」

 

 殺せんせーは既に教室に戻って行って、今烏間さんと一対一。

 

 心配で様子を見に来てくれたようでこちらを気遣う様子が伝わってくる。

 

「たまにです……。最近は余りなかったのですが……」

 

「そうか」

 

 沈黙が支配する保健室。

 

 互いに積極的に話をする質ではないのだろう。

 

 僕としては烏間さんに──正確には防衛省側に──話したいことはあるのだがまだ早計だ。敵であれ味方であれすぐに話す必要がある訳でもなし、時期を見計らうべきだ。

 

 今はまだ情報が足りない。

 

「では俺は失礼する。君はもう少し休んでいると良い」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 退室していく烏間さんを見送る。

 

 穏やかな気候に、このままうたた寝でもしたら気持ちいいだろうなと誘惑に駆られつつも、それを打ち払いポケットからスマホを取り出す。

 

 ──情報収集といこう。

 

 

 

 

 ネットで調べられる情報は限られている。

 

 少なくとも有名人でもない限りプライベートな情報は中々手に入らない。ブログでもしているなら別だが雪村先生に関してはそんな話は知らない。

 

 それでもネットの情報量は膨大でどんな情報が手に入るかは使い方次第だろう。

 

 

 差し当たって、

 

・雪村製薬について

・四月の始め頃椚ヶ丘市周辺で起きた事件・事故について

・宇宙空間の航行について

・月の爆破事件について

 

 の、四つの事柄について検索を試みる。

 

 

 一つ目については余り有益と思える情報は手に入らなかった。精々数年前に経営不振に陥ったらしいが、それは既に知っていた事でもある。

 

 雪村先生が雪村製薬の令嬢である事は他のクラスメイトのプロフィールを調べた時に一緒に知ったし、雪村製薬自体念のため調査していたがこれといって怪しい研究をしていた様子もなく問題ないものと判断していた。

 

 経営に関しては確かスポンサーがついて問題が解消されたらしいが……その辺りは後で詳しく調べてみよう。

 

 ともあれ、優先順位は下げても問題ないはずだ。

 

 

 二つ目については情報が手に入らない、というより絞り込めなかった。

 

 仮に雪村先生と殺せんせー、ないし彼を研究していた研究機関に接点があるなら、その研究機関はここからそう遠くない場所に所在しているだろうし、殺せんせーが逃げ出したなら多少なりとも事件となっていてもおかしくないと思ったのだが当てが外れたのだろうか?

 

 いや、単に見落としと考えるべきか。月の爆破もあって地方の小さな事件など簡単に埋もれるだろう。それに国家機密の怪物が関わる事件なら規制が敷かれているのかもしれない。

 

 一旦保留にし調査は継続としよう。SNSが発達した今の時代、完全な情報の隠蔽はまず不可能だ。気長に探せば痕跡くらいは見つかるかもしれない。

 

 

 四つ目も大した情報はない。予想通りではあるのだがそもそもあちこちでニュースになっている事だしネットで得られる程度の情報は出尽くしているのだろう。爆破された日時や専門家による通り一遍の推論が得られた程度だ。

 

 

 思いの外有力な情報を得たのは三つ目だった。

 

 スペースシャトルや人工衛星の打ち上げやその周回軌道に関するトピックである。

 

 第一宇宙速度。

 

 物体が衛星として周回軌道するために必要な最低初速であり地表と水平に飛行する衛星にかかる『重力』と『遠心力』が釣り合う速度。

 

 地表においておよそ秒速7.9kmでありこれを越えないと地表へと落下、宇宙へは旅立てない。

 

 そして音速を秒速340mとするとマッハ20は秒速6.8km。宇宙へ行くには遅すぎる。

 

 とはいえ、秒速7.9kmは地表での速度であり、例えばパーキング軌道(宇宙待機軌道)と呼ばれる人工衛星や宇宙船の打ち上げ時に一時的に使われる軌道は高度約200kmにして周回速度は秒速約7.8km。惑星の赤道上を自転と同期して移動する静止軌道は高度約36,000kmの円軌道にして周回速度は秒速約3.1km。

 

 宇宙速度はあくまでも必要な()()であり、継続的に加速を行うならばそれより低速でも衛星軌道に乗せることは可能だ。ISS(国際宇宙ステーション)にドッキングするために打ち上げられたスペースシャトルは徐々に加速を行い軌道高度400m弱で衛星軌道に入り速度は秒速約7.7km。

 

 つまり、例え低速だろうとその速度を維持できるよう加速し続ける事が出来るならばマッハ20でも宇宙へ旅立つことは出来るし、地球を周回する月に行く事も出来ない事はないだろう。燃費の問題で慣性航行が経済的な巡航速度ではあるのだが。

 

 尚、月と地球との距離は約385,000km。マッハ20で最短で行くにしてもおよそ十五時間半、往復なら更に倍は掛かり、当然これも理論値であって実際には月や地球の軌道等も想定しなければならないため更に難度は跳ね上がる。まして、テレポートや時間干渉を行えるわけでもないのに。

 

 地上において最高速高々マッハ20の殺せんせーが地球の重力に逆らいながら無酸素、真空の宇宙空間で十五時間以上も時間をかけ月に渡航しそれを爆破、そしてまた同じ時間をかけ地球に無事帰還する……

 

 流石に無理だ。

 

 殺せんせーのスペックにもよるし、渡航くらいなら出来る生物も結構知ってるため一概には言えない。よって一応これも保留という事になるのだろうが、正直殺せんせーが月を爆破したとは思えない。

 

 というより、やる理由がない。力を示す示威行為にしても手間が掛かりすぎてる。適当な島を消し飛ばすなり山脈を砕くなり政府に働きかけるならもっと簡単な方法もあるだろうに。まあ、世界が滅ぶ分かりやすいデモンストレーションではあるがコストパフォーマンスが悪すぎる。

 

 あそこまで行くと月になにか恨みがあるのかと疑うくらいだが、ハスターが敵対するクトゥルフに月に関する伝承はなかったはずだ。となると月を破壊したのは別の神格か?

 

「って、何考えてるんだか……」

 

 そもそも今この校舎にあの系統の化け物がいるのはありえない。

 

 校舎の玄関や教室の入り口等あちこちに落書きに見せ掛けた旧神の印(エルダーサイン)を刻んでいる。機能が失われている様子もなければ殺せんせーが影響を受けてる様子もない。

 

 それに殺せんせーは明らかに異形だが、あの生物達を見た時に感じる根源的な恐怖感というようなものは感じられなかった。

 

 だからと言って安心と言う訳ではないが、そこまで疑いにかかっても仕方ないだろう。

 

 最低限校舎の改造は行っているし、いざとなれば三十人程の()()()もいる。自衛には十分のはずだ。

 

 

 僕は大丈夫。僕は生きる。僕は死なない。

 

 

 

 

 体調を崩したらしく、彼が教室に戻って来たのは三時間目が終わった後だった。

 

 久々に学校に来たら担任が超生物になっていたという状況の中よく順応していると思う。

 

 休み明けという事もあってかしばしば殺せんせーから指名されていたけど難なく答えている辺りやはり彼は優秀だ。

 

 そして昼休み。

 

「よう九頭龍」

 

 久し振りということもあって前の席の菅谷君が声をかけていた。

 

 他にも何人か集まっている。

 

「うん、久し振り」

 

「久し振りっつーかさ、毎回何してるんだよ」

 

「あはは……。ちょっと色々あってさ……」

 

 快活に声を掛けた前原君に曖昧に笑ってお茶を濁す。いつもの事であり特に掘り下げたりはしない。

 

「にしても驚いたよ。月を破壊した怪物が担任なんてさ」

 

「そうだな。でも賞金百億らしいし、一緒に頑張ろう」

 

 速いし難しいけど、と笑って話す磯貝君に、しかし九頭龍君は返答した。

 

「まあ、暗殺の依頼は断ったんだけどね」

 

「「「え?」」」

 

 磯貝君だけでなく、前原君や菅谷君も、会話を聞いてたクラスの他のみんなも僕も、思わずそんな声が出た。

 

 代表して前原君が訊ねる。

 

「断ったって、何で?」

 

「うーん……何て言うか荷が重いし、百億と言われてもぴんと来ないしさ。ちょっと面倒かなって。ああ、朝の射撃みたいな事は出来る範囲で協力するから全く暗殺に参加しない訳ではないよ? ただ、個人として参加する気にはなれないってだけ」

 

「ふーん……。折角なら参加すればいいのに、賞金百億だぜ?」

 

「正直使い道に困るよ。それに期限が来年三月までならまあ何とかなるかなってさ。来年の事は来年考えればいいし」

 

「楽観的っていうか、マイペースだね」

 

 そう呟いて苦笑する茅野。

 

 それに反応してか彼はそっちに目を向けた。

 

「えっと、見ない顔だけど、君は?」

 

「ああ、四月からこのクラスに来たの。茅野カエデ。よろしく」

 

 それを聞き、彼はふと何やら考えるような顔をする。

 

 何か気になることでもあったのかな?

 

「うーん……一、二年の時見掛けなかったけど、もしかして転校生?」

 

「うん、そうだよ?」

 

「へえ、珍しいね。この学校の編入試験、結構難しいらしいのに」

 

「まあギリギリだったらしくてさ、結局E組になったんだけどね」

 

 若干困ったようにそう返す茅野。

 

 こうして、この教室に九頭龍君が加わった。

 

 暗殺には積極的でないようだけど、今後彼はどう動くのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※ ※

 

 

 

 

現時点における今後の要調査事項

 

1.雪村先生の行方

2.四月頃に起きた事件・事故

3.雪村製薬のスポンサー

 

 

 

 

 

 

 

調査事項の追加及び優先順位の変更

 

 

 

1.茅野カエデの素性

 

 




宇宙速度等については主にネットで調べての素人解釈です。

間違ってる点がありましたら修正や解説お願いします。



尚、主人公はあくまでも平穏を望んでます。

行動がアクティブなだけです。


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考察の時間

思いの外ネタがあったので連載として投稿。
ただし次回は暫く投稿出来ないと思います。

尚、作者はクトゥルフ神話TRPGのルールブック等を持っていません。魔術等は適当です。
また、主人公の情報収集について突っ込みどころが多数あるかもしれませんがスルーして頂くと幸いです。

また、今回は多数のネタバレが存在します(今更かもしれませんが)。

それでは、どうぞ。


 

「どうしたものかな……」

 

 

 時刻は深夜。

 

 僕は自室のパソコンの前で溜め息をついた。

 

 パソコンの画面に写っているのはある研究所──ここからそう遠くない──での爆発事故に関するSNSの書き込みである。書き込みによると月の爆破とほぼ同時刻にそれは起きたらしい。

 

 その爆発事故が殺せんせーによるものだと仮定するならば、月の爆破が殺せんせーの仕業ではないと証明してしまった。

 

 それは同時刻に起きたのだ。

 

 具体的な時刻やどちらが先なんて分からないが、もし殺せんせーが研究所から脱走して月を爆破したなら──或いは考えにくいが月を爆破してから紆余曲折を経て研究所に戻り爆発事故を起こしたなら──同時刻にそれが起こるのはあり得ない。

 

 月までの距離と殺せんせーの最高速からして殺せんせーが研究所から脱走して月を爆破するにしても月を爆破して研究所を爆破するにしても優に半日以上かかるのだ。しかもそれは最短距離であり航行経路によっては丸一日あっても足りない。

 

 殺せんせーに遠距離攻撃手段があるなら別かも知れないがそれは本人に否定されたことである。そもそも地上から月を破壊する威力の何かを放ったら相当目立つだろうし天体観測をする誰かしらの目撃情報があって然るべしだろう。ネットにも月は突然蒸発したとあった。

 

 だが政府は月の爆破を地球の破壊の根拠としている。地球であの月の爆破と同じことを起こすのだと。

 

 であればあの月の爆破は実験だったのだろう。

 

 それがどんなものかは知らないが、兎に角あの実験結果は殺せんせーが地球であの月の爆破と同じことを起こすことを示してしまった。

 

 恐らくそれを知った殺せんせーが、いやその結果によって処分が決まったと知った殺せんせーが脱走して研究所を破壊したのが研究所の爆発事故の真相なのだろう。

 

 まあ、こっちについてはそんな問題はない。ある程度想定していたことであるし僕自身に何かしらの損害が起こり得るという訳でもない。

 

 問題はもう一つの調査結果。

 

 一人は殺せんせーと入れ換わるように姿を消した者。

 

 もう一人は殺せんせーと時同じくしてやって来た者。

 

「雪村先生に茅野カエデか……」

 

 昼休みの後、体調の不調を理由に早退し雪村先生と茅野カエデの二人の調査を行った。

 

 超破壊生物と同じタイミングでの転入、しかも難関な試験をクリアしながらE組に来たという点で疑惑を持つには十分だろう。そうでなくとも同じクラスならプロフィールくらいは確かめるつもりだったが。

 

 本校舎に出向き教頭から話を伺うと案の定茅野はわざとE組に来たらしい。

 

 優秀な成績で転入試験を合格(パス)したものの理事長室に飾られていた盾やトロフィーを壊し、自らE組に行くことを申し出たのだと。

 

 また、市役所で確認したが学校に提示された住民票は偽造のようだ。茅野カエデも当然偽名だろう。

 

 市役所は兎も角教頭の方は説得で何とか聞き出したかったのだが理事長から口止めされていたらしく失敗してしまった。理事長から情報を得られるならそれが一番なのだろうがあの人は妙に隙がないしそれは叶わないだろう。危ない橋は渡りたくない。

 

 まあ、予想より魔術を多用してしまったが結果としては上等だ。消費した分の魔力水晶は時間をかけてまた作ればいい。

 

 そして雪村先生について改めて調べると彼女には妹──雪村あかりが存在し、それは僕らと同年代。

 

 そして僕の経験則からして茅野カエデと同一人物だろう。根拠のない勘のようなものだが。

 

 だがもし彼女が、雪村あかりと茅野カエデが同一人物なら、彼女がE組に来た理由は想像がつく。

 

 彼女の姉、雪村あぐりは、

 

「月の爆破事件、研究所の爆発事故、その同日に死亡、か……」

 

 全く、どうしたものか。

 

 

 

 

「……まだ不調そうだが、大丈夫か?」

 

「ちょっと夕べ眠れなかっただけで、問題ありません」

 

 体育教師としてE組の副担任になることを理事長と交渉、その結果E組への赴任が決まったためそれを伝えるべくE組を訪れたところ九頭龍君と遭遇した。

 

 体調の不調を理由に昨日早退したことは聞いており、顔色が優れなかったため声をかけたが特に問題はないらしい。

 

 九頭龍宗沙。

 

 暗殺の依頼を断った生徒。

 

 とはいえそのことに文句があるわけではない。

 

 そもそも彼らの本分は学業であり地球を守る義務などない。

 

 まして、本来ならば彼らの力を借りず俺達が体を張ってでも対処すべき事案であり、寧ろ守るべき対象である国民(彼ら)の力を借りざるを得ない状況からしても不甲斐ない話だろう。

 

 それに全く参加しないという訳でなく必要なら協力をするというスタンスらしい。それだけでも十分有り難い。

 

「そうか、無理はせず体には気をつけてくれ。それと、明日から俺も教師として君らを手伝う。その事を伝えに来た。よろしく頼む」

 

「そうですか、よろしくお願いします。烏間先生」

 

 先生、か。

 

 教員免許は持っていたが、まさか先生と呼ばれるとは思わなかった。

 

 正直なところむず痒い思いはある。

 

「……ところで奴はどこだ?」

 

「ああ、あそこです」

 

 そう言って指し示す先には、

 

 

「ほら、おわびのサービスですよ? こんな身動き出来ない先生滅多にいませんよぉ~」

 

 

 

 木に縄で吊るされた奴が軽快な動きで槍の刺突や銃の乱射を躱していた。

 

 

「なんでも、クラスの花壇を荒らしたらしく、その罰としてハンディキャップ暗殺大会を開催してるそうです」

 

「どう渚?」

 

「うん……完全になめられてる」

 

 九頭龍君が持っていた棒は槍を作るためのものだったらしい。

 

 顔を緑のしましまにして完全に嘗め切っていた。

 

 くっ……これはもはや暗殺と呼べるのか!

 

「でも待てよ。殺せんせーの弱点からすると……」

 

 そう言ってメモ帳を確認する渚君。奴の弱点を纏めてるようだが、何かあるのだろうか?

 

「ヌルフフフフ、無駄ですねぇE組諸君。君達が私を殺すなど夢のまた……あっ」

 

 枝が折れる音がして地上に落下する標的(ターゲット)

 

 それに群がり攻撃する生徒達。

 

 ふと弱点メモを覗き見ると『カッコつけるとボロが出る』とある。

 

 ……成る程、役に立つな。

 

 縄に絡まりながらも必死で脱げ出し、宿題を倍にすると捨て台詞(ゼリフ)を吐いて飛びさって行く標的(ターゲット)

 

 生徒達は「今までで一番惜しかった」とか「殺すチャンス必ず来る」とか「殺せたら百億円何に使おう」など嬉々として暗殺を語っている。どう見ても異常な空間だ。

 

 ふと本校舎で見かけた生徒を思い出す。

 

 彼らはE組になりたくないと切羽詰まったように語っていた。

 

 ──不思議だ。

 

 生徒の顔が活き活きしているのは、標的(ターゲット)が担任のこのE組だ。

 

 

 

「取り敢えず教室戻るか」

 

 そう前原君が切り出し片付けを始める生徒達。

 

 失敗したことは残念そうだがそれでも彼らの顔は明るい。

 

「にしても中々殺せないね」

 

「まあ仕方ないって。それにまだチャンスはあるさ」

 

「もっとこう、弱点とかねえかな」

 

「少しずつ見つけて行けばいいって」

 

「……まあ、無いこともないかな」

 

 

「「「え?」」」

 

 九頭龍君の何気ない呟きに近くにいた生徒達が固まる。

 

 俺自身も驚いた。あの怪物の弱点を見つけたのか?

 

「おい、弱点って何だよ?」

 

「ねえ、教えて?」

 

「というかどうして気づいたの?」

 

「ちょ⁉ みんな落ち着いて!」

 

 いつの間にかクラスのみんなが集まって来ている。

 

 殺せなかったあの標的(ターゲット)の弱点を見つけたと言うなら仕方のないことだろう。

 

「弱点っていうか、動きが速いなら押さえつけて動きを止めてから殺せばいいってだけだけど 」

 

「押さえつけてってどうやって?」

 

「えーと、クラスのみんなでしがみつくとか」

 

「いや、それじゃあ簡単に逃げ出せるんじゃない?」

 

 そう岡田さんが反論する。

 

 確かにマッハ20で動く怪物がそれだけで押さえられるとは思えない。が……

 

「そうでもないと思うよ? 多分殺せんせーの筋力はそんなに強くない。実際、クラス全員を運んだりは出来ないらしいし」

 

「え? 何でそんなこと知ってるの?」

 

「昨日本人に聞いたから」

 

「「「はあ⁉」」」

 

 そう。確かに聞いていたし言っていた。

 

「マッハ20って聞いてさ、クラスのみんなで海外旅行とか出来ないかって聞いたけどそんなには運べないって言ってたし重量には限界あるよ。多分だけど」

 

「確かにそんな質問していたな」

 

「いや、お前何聞いてるんだよ」

 

「ちなみに人を乗せて運ぶこと自体は出来るらしいよ? 通学に便利そうって言ったら断られたし」

 

「……確かにそれも質問していたな」

 

「本当にお前何聞いてんの⁉」

 

 代表して突っ込む岡島君。

 

 俺自身あの質問がこんな風に役に立つとは思わなかった。

 

「試して見る価値はあるか?」

 

「殺すよりは簡単だろ」

 

「スキンシップって言えば油断するかも」

 

「教室戻って作戦会議しようぜ」

 

「殺せんせーが帰ってくる前に」

 

 口々に語り合い急いで片付けを始める生徒達。

 

 去り際に「サンキュー九頭龍」や「他に何か知ってたら後で教えて」などと声をかけ、九頭龍君も笑ってそれに応じていた。

 

 全員が教室に戻り、のんびりと片付けていた九頭龍君のみがこの場に残っている。どうも彼はマイペースらしい。

 

「それじゃあ、僕も教室に戻りますね」

 

「ああ。にしても、正直意外だったな」

 

「何がですか?」

 

「いや……暗殺の依頼を断っていたから弱点を考えて提示したりするとは思わなかった」

 

 あのやり取りから弱点を導きだしたことが、と言おうと思ったが少し失礼な気がして思いとどまる。

 

 どちらにせよ意外に感じたことは事実だ。

 

「ああ、別段口出しするだけなら特に労力はありませんからね。それに暗殺の依頼を断ったのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、それに対する返答も。

 

「……俺達のことが信用できない?」

 

「ええ、まあ」

 

 一度言われたことを考えてしまい回答に時間がかかってしまったが、まあ、確かにいきなり現れて地球を守るために怪物を殺してくれと言っても信用なんてできないのも無理はないだろう。

 

 信用がなく協力できないなら信用を得られるよう努めるべきだ。

 

「ああ、勘違いしないで欲しいのですが、別に怪しいところがあって信用できないんじゃありませんよ? もっと根本的でどうしようもない部分で信用できませんし、少なくとも烏間先生個人は信用してます。また、烏間先生がどうであろうと関係がありません」

 

 が、その考えを正すように彼は言葉を続けた。

 

「どういうことだ?」

 

「個人を信用できるかと組織を信用できるかは別の問題ですよ。組織を運営するなら多数派を支持し少数派の意見を切り捨てるのはやむを得ないことです。例えば爆弾で生徒もろとも殺せんせーを殺す計画を立てても仕方のないことです。客観的に見れば地球全人口七十億人と中学生三十人なら天秤にかけるまでもないですし、寧ろ世界を守るためなら手を汚す決断も想定しなければ国民に対する不実でしょう。切り捨てられる側は堪ったものじゃありませんが」

 

 そう語る彼は普段と変わらない調子だった。

 

 彼と話すのは今日で二度目だが、さっきクラスのみんなと話していた調子で温度を感じさせない言葉を紡ぐ彼には戦慄を覚える。

 

「ただの中学生に政府が期待しているとは思いませんし、今後殺せんせーを殺す刺客が現れることでしょう。中には僕らを蔑ろにする人もいるでしょうし、それだけならまだしも僕らに危害を加えるものも出てくるかもしれません。……失礼な話ですけど組織人ならば上の命令には従わざる得ませんし、烏間先生のことが信用できても頼れるかは別の話です。下手に逆らえば解任されて終わりでしょうから」

 

 穏やかな様子で、何気ない調子で、淡々と言葉を紡ぐ。

 

 そしてそれらは反論の難しいものばかりだった。

 

「僕が守りたいのは世界の未来でなく日々の日常です。悪の怪人だろうと正義のヒーローだろうと日常を脅かすなら僕にとっては同じことです。害悪でしかない」

 

 確かにそうなのだろう。

 

 本来ならば彼は普通の中学生であり、当然の教育を受け平穏に日常を送る権利が当たり前に存在する。

 

 その当たり前を何より大事にしているのが目の前の彼なのだろう。

 

「だから、暗殺の依頼は断りました。依頼を拒否したからこそできる立ち回りもあるでしょうし、世界なんて重いもの抱え込みたくないですから」

 

 長々と話してしまいましたが、今度こそ教室に戻りますね。これからもよろしくお願いしますね、先生。

 

 そう言い残して彼はその場を去っていった。

 

 

 前に話した時は深く考えもしなかったが、確かに地球の存亡以前に彼ら自身もまた守られて然るべきなのだろう。

 

 暗殺について嬉々として語り合おうと彼らが普通の中学生であることは変わらない。

 

 であればその彼らの日常を守ることこそ俺のすべきことではないだろうか?

 

「先生、か……」

 

 ふと、呼ばれるとは思ってもいなかった呼称を呟いていた。

 

 

 

 

 烏間さん、もとい烏間先生に本心をある程度打ち明けることにした。

 

 少なくとも個人としては信用のできる人だし僕らに危害が来ないよう働いてくれるだろう。

 

 ただ組織という立場があるためこれ以上を望むことも難しいが、長期的に見て押さえるべきポイントは外部の刺客くらいだ。

 

 事実、殺せんせーに対してはもう大分警戒のレベルを落としている。実際あれ自体は急を要する対処は必要ないだろう。

 

 茅野カエデについては今後次第だが、向こうもすぐには行動に移したりはしないはずだ。

 

 最悪中間試験や期末試験で本校舎に復帰すればそれで縁も切れる。逃げるみたいで嫌だし最後の手段としておくが。

 

 というより逃げたところであの醜悪な異形共は待ち構えているだけだ。一々逃げてなんかいられないし切りがない。

 

 目の前に面倒の元凶があり分かりやすい要注意人物がいてそれに備える環境も揃っている。被害が出たときそれを抑えることや隠蔽するのも楽だし寧ろ恵まれた環境であると言えるだろう。

 

 その元凶にしたって地球を爆破するのは一年後なのだ。気がついたらアザトース召喚のカウントダウンが始まってた時に比べたら大分余裕がある。

 

 焦る必要はない。対処できる問題から少しずつ消化していけばいい。

 

 

 あくまで僕は平穏に生きたいだけなんだから。

 




Q.攻撃の反対は?
A.迎撃or反撃or先制攻撃

主人公の思考はこんな感じです。
面倒は御免だから首を突っ込んだりします。


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カルマの時間

個人的な理由で急ピッチで仕上げました。

……感想読んだら書きたくなっちゃったんです。


 

 いっちにーさんし、ごーろっくしっちはっち。

 

 

 烏間先生が教師を勤める体育の時間。

 

 クラスのみんなの元気良い声が澄みきった青空に響き渡る。

 

 設備に恵まれないE組ではあるもののこの穏やかな運動場での一時は本校舎では味わえない趣がある。

 

 確かに本校者の方が機能的には優れているのかもしれないが、情緒的にはこちらの方が好ましい。

 

 何かを善しととるか悪しととるか、結局のところは捉え方一つなのだろう。

 

「晴れた午後の運動場に響くかけ声。平和ですねぇ。……生徒の武器(エモノ)が無ければですが」

 

「八方向からナイフを正しく振れるように! どんな体勢でもバランスを崩さない!」

 

 ……うん、今回ばかりは殺せんせーと同意、かな?

 

 

◇◆◇

 

 

 今日から体育の時間は烏間先生の受け持ちとなった。その時間を利用し僕らに暗殺の基礎を教えてくれるのだと。

 

 殺せんせーは不満の声を上げたもののクラス全員がそれに反論、仕方なく砂場でいじけるという結末に至った。

 

 僕は参加したことがないため知らないのだが、反復横跳びで分身したあげくあやとりを行いやってみよう等と戯れ言を抜かしたらしい。

 

 体育は人間の先生に教わりたい。当然の帰結だった。

 

 ……まあ、うちの父さんならできるだろうけど。時間流の加減速とか得意だし。

 

「でも烏間先生。こんな訓練意味あんスか? しかも当の暗殺対象(ターゲット)がいる前でさ」

 

 という前原君。

 

 気持ちは分からなくもないが、基礎はしっかりと学んだ方が良い。

 

 確かに怪物相手には心許ないかもしれないが、その心許ない技術すら儘ならないのではなおのこと化け物には通用しない。

 

 それに父の友人には武術に長け蹴りでミ=ゴを殺せる人だっているのだ。一撃で。

 

 ……父もそうだけど、あの人も大概だよなあ……本人は巻き込むなって文句を言うけど。

 

 いつの間にか前原君と磯貝君の二人がかりの模擬戦になったが、烏間先生はそれをあっさりといなしてみせた。

 

「俺に当たらないようではマッハ20の奴に当たる確率の低さがわかるだろう」

 

 倒れ込んだ二人に言い放つ。

 

 二人とも驚いてるなあ。

 

「見ろ! 今の攻防の間に奴は砂場に大阪城を造った上に着替えて茶までたてている」

 

 こっちとしては大阪城(アレ)の方が驚きだが。

 

 よく造れたな、ホント。

 

 ともあれ、今後は体育の時間に暗殺の基礎を学ぶこととなった。

 

 僕としては暗殺への参加以前にスキルアップの機会として有り難い。

 

 出来ることなら武器の密造について教わりたいが流石に高望みが過ぎるだろう。そもそも防衛省の領分から外れるだろうし、精々爆薬の扱いくらいか?

 

 ……それも流石に無茶だろうけど。

 

 

 

 

 授業終了後それは起きた。

 

「カルマ君……帰って来たんだ」

 

「よー。渚くん久しぶり」

 

 赤羽(あかばね)(カルマ)

 

 暴力沙汰を起こし停学を受けE組に来た、(自分で言うのもなんだけど)僕とは別の意味での問題児。

 

「わ。あれが例の殺せんせー? すっげホントのタコみたいだ」

 

 既に話は聞いていたらしく、ジュース片手に軽々しく近付いていく。

 

 ……絶対何か企んでる。

 

 一年の時同じクラスだったけど、結構な愉快犯気質だったし、関わったら面倒そうと思ってたから良く覚えてる。

 

 無貌より相対的には遥かにましとは言え進んで巻き込まれたいとは思わないだろう。

 

「赤羽業君……ですね。今日が停学明けと聞いていましたが……初日から遅刻はいけませんねぇ」

 

「あはは……生活のリズムが戻らなくて」

 

 そう言いながら手をさしのべる。

 

 握手のつもりなのだろう。十中八九、罠だろうけど。

 

「下の名前で気安く呼んでよ。とりあえずよろしく先生!」

 

「こちらこそ。楽しい一年にしていきましょう」

 

 そうして互いに手を握り、

 

 

 殺せんせーの触手が溶けた。

 

 

「⁉」

 

 驚愕する殺せんせーを尻目に赤羽君は左手に持っていたジュースを捨てる。

 

 機械的な音がして袖の中から対殺せんせーナイフが突き出た。

 

 そしてそのまま驚いて動きを止めている殺せんせーにナイフを突き刺し──

 

 

「……へー。ホントに速いし、ホントに効くんだ対先生(この)ナイフ。細かく切って貼っつけてみたんだけど」

 

 ──慌てて退いた殺せんせーによりそれは不発に終わる。

 

 握手した手の平にナイフの刃を仕込んでいたらしく、これ見よがしに手を向けている。

 

「けどさぁ先生。こんな単純な『手』に引っかかるとか……」

 

 攻撃を回避され、だけど赤羽君に残念そうな素振りはなく、

 

「しかもそんなところまで飛び退くなんてビビり過ぎじゃね?」

 

 寧ろ楽しそうに、

 

「殺せないから『殺せんせー』って聞いてたけど」

 

 大胆不敵に、

 

「あっれぇ。せんせーひょっとしてチョロイひと?」

 

 殺せんせーを挑発していた。

 

 

 ……うん、やっぱ関わらないようにしよう。

 

 

 

 

 彼は頭の回転が速い。

 

 先生と生徒。

 

 その立場から越えられない一線を把握して駆け引きを仕掛け殺せんせーを翻弄している。

 

 それを人とぶつかるためだけに使うのはもったいない気もするが。

 

 ……授業中にBB弾をばらまくのはまだしも、ジェラート盗み出すのはどうかと思う。

 

 まあ、そんなことはさておき。

 

「……にしても何であそこまでするかな」

 

「? カルマ君のこと?」

 

 放課後の玄関にて渚君と合流。

 

 尤も帰り道が異なるため坂道を下るまでの間だけだが。

 

「いや、殺せんせーのこと。僕が言うのもなんだけどさ、問題児抱えてまで何で先生になったのかなって」

 

 と言ってもある程度は絞り込めているし想像もできないこともないが納得できるかは別である。

 

 人の価値観は人それぞれであり真の意味で『分かり合える』何てことは不可能なのかもしれない。

 

 尤も殺せんせーが何故先生になったか知りたいのも本心ではあるのだが。

 

 羨望か、償いか、契約か。

 

 それによっては対応も変わるのだが……

 

 まあ、それが分かったら苦労はしないだろう。

 

 殺せんせーのことは国家機密であり詮索は難しい。まして本人が過去を語りたがらないのであれば少しずつ探っていくしかない。

 

 だから、その答えが返ってくるなんて思ってもみなかった。

 

「ある人との約束らしいよ?」

 

「えっ⁉」

 

 予想外の回答に驚いてしまったのも無理のないことだろう。

 

「え、約束って、え、それ、本当?」

 

「う、うん。本人がそう言ってたから……」

 

 絶句。

 

 まさか本人から聞き出せたとは思わなかった。

 

 こういう時、自分の詰めの甘さを感じる。

 

 いや、それより約束、だったか。

 

 つまり彼は雪村先生との約束で──

 

 ──あぁ、割りと穏当で面倒なパターンか……

 

…………

 

 可能性としては低かったが、殺せんせーが雪村先生との交流によりE組の担任に憧れ、どうせ一年後に死ぬならと雪村先生の死後に担任を乗っ取りに来たなら面倒だけど手っ取り早かった。

 

 気紛れで人と関わる怪物なんてろくな者がいない。心変わりして被害が出る前に討伐してそれでお仕舞いだったし、そのために労力を使うのも吝かではなかった。というか諦めがついた。

 

 償いなら言い方は悪いが殺せんせーの独り善がりだし、事と次第によっては殺せんせーを殺して解決でも良かった。

 

 自分の手を下す気にはならないが、今は茅野カエデがいる。もし推察通り彼女が雪村あかりなら、その目的は真相の究明か復讐だ。そして復讐なら『雪村先生への償い』として彼女に殺されるよう説得すればいい。勿論ご破算になる可能性も高いが、殺せんせーの対応次第では魔術の使用も視野に入る。

 

 何れにしてもすぐに殺せんせーを殺す計画を立てることができ、上手くいけば防衛省だの外部からの刺客だの煩わしい心配事から解放されるが、二人の間に取り決めがあるなら話は別だ。

 

 正真正銘、殺せんせーは一年間教師を全うするのだろう。心変わりなどしないし、他のことでは代わりにはならない。まあ、地球を本当に爆破したりはしないだろうが。

 

 僕は魔術などの技術を平穏を守る以外に使う気はない。また、使う際にはその相手を選ぶくらいはしている。故に、「本人に害意も悪意もなく、明確な行動指針があり、そして直接的な実害はない」これだと骨を折る気にはなれない。

 

 ましてや殺した後には調査も入るだろう。世界を滅ぼす超生物だ。確実に殺せたか、どのように殺したかはその確認くらいは行って然るべきだ。

 

 魔術の存在は表沙汰にはできないし、適当に誤魔化す必要もある。場合によってはつてで協力を頼むしかないがあいつらに借りを作るのは百億積まれても割に合わない。

 

 ……とりあえず、僕が殺せんせー暗殺計画を立てることはこれでなくなったらしい。

 

…………

 

「どうしたの? そんなに驚いて……」

 

「ん、ああ。正直答えが帰ってくるなんて思わなくてさ、びっくりした」

 

 あはは……。と笑い誤魔化す。

 

 殺せんせーが先生になった理由は黙っていた方が無難だ。防衛省が僕らに殺せんせーの情報を隠すのは暗殺のモチベーションもあるのだろうし。

 

「にしても約束、か……誰とかは知らない?」

 

「いや、流石にそれは話してくれなかったから……」

 

「そっか」

 

 そこで会話を打ちきる。上手く誤魔化せただろう。

 

 それにしても、約束、か。

 

 

 雪村先生は最期、何て言ってたんだろう?

 

 

※ ※

 

 

 翌日。

 

 やや遅れつつも遅刻はせず無事教室に辿り着き、教卓の上の()()を目撃した。

 

 

 タコ。

 

 

 ナイフが突き立てられたタコが教卓の上置かれていた。

 

 ……殺せんせーのつもりなんだろうけど、また幼稚な……

 

 席に着きながら内心苦笑する。あんなもので取り乱す人はいないだろうに。

 

 やれやれ、と思い思考に没頭する。

 

 にしてもタコか……

 

 どうしてもクトゥルフを連想してしまうのはやはりああいったものに関わりすぎたせいだろう。

 

 こうしてみると教卓が祭壇でタコを生け贄とした儀式をしてるみたいだ。

 

 そういえば殺せんせーのトレードマークってタコなんだっけ……

 

 クトゥルフ……

 

 いやまて、黄色い姿から黄衣の王の亜種かと思ったが、寧ろクトゥルフか?

 

 いやないだろ。あれは確か海の神性のはずだし、空を飛んだりとかはしないだろ。

 

 いや、しないと言うだけでできない訳じゃない、か? でなきゃ宇宙を渡って地球に来れないだろうし……

 

 待て、そもそも前提がおかしい。彼はあくまで実験で産み出された怪物だ。そんな神性がどうとか、そうじゃなく、

 

 つまりは既存のものに囚われない新種?

 

 違う! 新しく神を産み出すとかいくらなんでもできるはずがないだろ!

 

 だからアレは新種でもなく、既存のものからなって……

 

 複合体(ハイブリッド)

 

 いや待て⁉ そもそもハスターとクトゥルフは敵対してたはずだろ⁉ いつ同盟を組んだ⁉

 

 いや、そうか! 既に既存の枠組みから逸脱しているからこそ旧神の印(エルダーサイン)が効かなかったのか⁉

 

 どうする⁉ 校舎に仕掛けられたトラップに気付いてないようだから魔術関係の知識はないと考えていたが、よもや相手にさえされてなかったか⁉

 

 いざとなれば殺せるどころじゃない、いつでもあいつらはぼくをころせる……ッ!

 

 どうする? まもりを固める? どうやって? こっちの攻撃なんてつうようしないのに? たいこうすべくかみを招来する? なにをよべばいい? 今すぐにげる? だめだ。あいつらはどこまでもおってくる。にげられるわけがない

 

 

 ゆだんしたつめがあまかったぼくはここでしぬまだやりたいこともたくさんあったのにいやだまだしぬのはいやだおねがいたすけてまだみらいがあるんだなにげないにちじょうをおくりたかったみんなとわらってはなしてけんかしたりもしてそんななんでもないことでいいんですおねがいたのむぼくからこのたいせつなひびをとらないでおねがいしま──

 

 

「九頭龍君ッ!」

 

「ッ! あっ、なっ、なに、が」

 

 教室を見渡すとクラスのみんながこちらを心配そうに見つめている。また発作が起きたらしい。

 

 殺せんせーも心配そうに体を支えてくれているが、今だけは存在しないでいてほしい。

 

「大丈夫ですかッ! 顔色真っ青な上涙と唾液でぐちゃぐちゃですよ⁉」

「あっ、ぁあ──あう……ああ」

 

「ちょっ⁉ 九頭龍君ッ! 九頭龍君ッ!!」

 

 ──薄れ行く意識の中で嘲笑う神性の声が聞こえた気がした……

 

 

 ※ ※

 

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫です……」

 

 気がついたら保健室だった。烏間先生が心配そうに声をかけてくれる。

 

「えーと……今、授業は……」

 

「もう放課後だ。帰るなら送るが?」

 

 そう、心から心配する声を聞き、内心申し訳なく思ってしまう。

 

 ……本当に、大丈夫です。ただ、タコと殺せんせーを見て邪神を連想しただけですから。

 

「いえ、お気遣い結構です……少し歩きたいので……」

 

「そうか……無理はするなよ」

 

 本当、お気遣いありがとうございます。

 

 

 結局、その日は授業を受けることもなく帰路につくこととなった。

 

 殺せんせーにも挨拶はすべきかと思ったけど、正直しばらくは視界に入れたくない。

 

 

 

 マーフィーの法則というものがある。

 

 それは先達の経験から生じたユーモアと哀愁溢れる経験則である。

 

 例えば、『落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率はカーペットの値段と比例する』とか『洗車をすると雨が降る。雨が降ってほしくて洗車をする場合を除いて』、『試験開始前に憶えたことは試験には出ない』など、ああ……と思わず納得してしまう一種のあるあるネタだ。

 

 それに照らし合わせればこういうことだろう。

 

 会いたくない相手は会いたくない時に遭う。

 

「おや? 九頭龍君、大丈夫ですか?」

 

「はい……ところで……一体何を?」

 

 目線を上げると、触手によって作られたネットが赤羽君を捕らえていた。

 

 何これ?

 

「いえ、ちょっとカルマ君の暗殺を受けていたところです。……カルマ君、自らを使った計算ずくの暗殺、お見事です」

 

 そのまま赤羽君に語り始める殺せんせー。

 

 赤羽君の右手には拳銃が握られていた。

 

 ……飛び降りたのか、暗殺のために。

 

「音速で助ければ君の体は耐えられない。かといってゆっくり助ければその間に撃たれる。そこで、先生ちょっとネバネバしてみました」

 

 これでは撃てませんねぇ、ヌルフフフフ。と笑う殺せんせー。暗殺は失敗したらしい。

 

 ……うわぁ、凄いくっついてる……これとれるのかな。

 

「ああ、ちなみに」

 

 そして殺せんせーは、

 

「見捨てるという選択肢は先生には無い。いつでも信じて飛び降りてください」

 

 暖かく、赤羽君に諭すのだった。

 

 

 きっと殺せんせーは僕らを裏切るようなことはしないだろう。

 

 標的(ターゲット)である以前に、教師として。

 

 真摯に僕らに向き合ってくれる。

 

 それを確認し、僕は心から安心した。

 

 

 

 良かった……この様子なら上手くいきそうだ……

 

 

 

 兵は拙速を尊ぶ。兵法の基本らしい。

 

 早速明日にでも仕掛けよう。

 

 

 面倒事を対処する目処がたち、僕の心は晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 

「さて、先生はカルマ君と上に行きますが、九頭龍君は?」

 

「いえ、結構です……それと、できるだけ視界に入らないでください」

 

「ちょっ⁉ 先生何かしました?」

 

「いえ、ちょっと存在が……」

 

「それどうしろと⁉」

 




実は殺せんせーが邪神などといった設定はございません。

ハスターもクトゥルフも無関係です。


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話し合いの時間

思いの外長くなりそうなため2話に分けることに。


主人公がすることは賛否が別れると思います。
実際、半ば反則だと作者は考えていますが、躊躇はしません。

それではどうぞ。


◇◆◇

 

 夜。

 

 少年は手紙をしたためていた。

 

 丁寧にペンを走らせ、念入りに誤字脱字を確認し、綺麗に清書を行う。

 

 どこへ出しても恥ずかしくないよう入念に仕上げる。

 

「……よし、こんなもんか、な」

 

 作業を終え、再度検分する。

 

 満足のいく仕上がりとなったらしい。

 

「……コピーも作っておこうか」

 

 スキャナーをセットし、バックアップをとる。

 

 明日に備え、万全に。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「起立! 気をつけ! 礼!」

 

 日直の号令と共に、クラス全員の一斉射撃が始まる。

 

 夥しい弾丸が射出されるものの、殺せんせーは相変わらず笑顔で出席をとりながら素早い動きで躱していく。

 

 目にも止まらない、どころか速すぎて分身ができる速さだ。

 

「はい。今日も命中弾はゼロです」

 

 銃と弾を片付けましょう。と、無傷でクラスに呼び掛け、クラスのみんなは散らばったBB弾の掃除を始める。

 

 

 

 ──四月の初め、私の姉は化け物(殺せんせー)に殺された。

 

 迎えに行っただけだった。積もる話をする約束をしていて。

 

 教師としてE組の担任をしていたお姉ちゃんが、夜手伝っているという研究所。やたら厳重な警備でどんな研究をしているのかは分からない。

 

 姉の婚約者というあの人がお姉ちゃんのことを遅くまで手伝わせているらしく、内心ではそれが不満だった。

 

 一度会った時から分かっていたけど、あの人は最初の外面は良くても支配下に入ったら横暴になるタイプだ。役者の仕事であの手の人はよく見たし、正直嫌いだった。

 

 それに、最近お姉ちゃんの声が明るい。好きな人でもできたのか聞いてみると面白いように動揺した。

 

 だから、折角の機会にお姉ちゃんの気になる人の話でも聞いてみるつもりだった。良ければあの人と別れないか話すつもりだった。

 

 人に気を遣ってばかりの姉がもう少し自分のことを見れるように、仕事の息抜きにもなるように、久々に話をするつもりだった。

 

 ──轟音が轟いた。

 

 発信源は姉がいる研究所。

 

 突然の大爆発。

 

 壁は吹き飛び、瓦礫は散乱。

 

 警備の人は右往左往と慌ただしい。

 

 じっとしてられる訳がなかった。

 

 幸いなことに、小さな体は大人たちより早く潜り込む事ができ、

 

 

 私は()()を目撃した。

 

 

 息絶えた姉と、その傍に佇む怪物。

 

 大きさは人間大より一回り程大きく、脚部は無数に枝分かれし、頭部には髪の代わりに無数の触手を生やしている。

 

 腕と思われる器官もまた触手であり、人間の腕より長くしなやかなそれで血を弄んでいた。

 

 私がその得体の知れない怪物を前に少しでも冷静さを保っていられたのは、血を流す姉が倒れていたからだろう。

 

 一陣の風と音と共に飛び去っていく触手の怪物。

 

 その場には姉の亡骸と私だけが残された。

 

「……お姉ちゃん」

 

 駆け寄ってみるも既に脈はなく、その大きく開いた傷口はどうやっても──少なくとも人の力では──傷つけることのできそうにないもので、あの怪物の仕業ということは明らかだった。

 

 傍らにはあの怪物が残したと思われるメッセージ。

 

 椚ヶ丘中学校三年E組(お姉ちゃんが担任だったクラス)の担任になる旨が書かれていた。

 

 

 ──お姉ちゃんを殺した怪物は、お姉ちゃんの大事な物を乗っ取ろうとしている。

 

 

 私の殺ることは決まった。

 

 

 

 こうして、私はこのクラスに来た。

 

 住民表を偽造して、転入試験を受け、わざと問題を起こして、E組行きを申し出て。

 

 奴を殺すための切り札もある。

 

 奴を殺すための殺し屋に演技()ることにした。

 

 その時が来るまででしゃばらず、一歩引いてクラスに溶け込んで。

 

 完璧だったはずだった。

 

 

「雪村先生の死の真相について、知りたくない?」

 

 

 彼にそう切り出されるまでは、そう思っていた。

 

 

 

 

「……どういうこと?」

 

 必死に平静を取り繕い、そう口から絞り出すのが精一杯だった。

 

 きょとんとした顔で彼は語る。

 

「雪村あぐりさんが何故死んだのか、殺せんせーとの関係は、知りたいかなって思ったんだけど、どうかな?」

 

 ──()()()()()()()、と。

 

 私のことが知られていることを明かしてきた。

 

 九頭龍宗沙。

 

 私が彼と会ってから一週間と経っていない。

 

 初対面の様子からして疑問を持たれていたようではあるけど、距離は置くようにしていたし、まさか私の正体まで知られているなんて思いもしなかった。

 

「いやさ、放課後にちょっと殺せんせーに用があってさ、一緒にどうかなって」

 

 他のクラスメイトには内緒で、さ。と、

 

 それは明らかな脅迫だった。

 

「まあ、君の目的について吹聴する気は無いからさ、そこは安心していいよ?」

 

 白々しく、そう言う彼に、

 

「……分かった」

 

 私はそう答えるしかなかった。

 

 

◆◇◆

 

 

「ヌルフフフフ……。まさかあなたが暗殺を仕掛けようとは思いませんでした」

 

 楽しみですねぇ、と。

 

 タコが顔を緑の縞模様に変え笑っていた。

 

 ……その様子は腹立つが、俺も同感ではある。

 

 放課後、他の生徒達が帰った後、茅野さんを連れて教員室に来た彼は、いきなり切り出した。

 

「ちょっと仕掛けに来ました。殺せんせー、烏間先生、お時間は大丈夫ですか?」

 

 そう言って適当に椅子を並べ、四人で対面。

 

 この状況で、彼は何をしようと言うのだろうか。

 

 平穏を望み、暗殺を拒んだ彼の意図がまるで分からない。

 

「それと先生、あなたに嫌われたのかと不安でしたよ」

 

「まあ触手とか気持ち悪いですし、この世から消えてほしいのは事実ですけど」

 

「ちょっと酷くありません⁉」

 

 ……まあ、彼は案外辛辣なようだし、それに思慮深くもある。

 

 もしかしたら暗殺を断りながらも計画は立てていたのかもしれない。或いは、暗殺以外に目的があるのか。

 

「それに、仕掛けに来たと言っても僕がしたいのは『暗殺』じゃなく『交渉』なんですけどね」

 

「交渉ですか?」

 

 ちなみに茅野さんは付き添いです、と。彼は変わらない穏やかな笑顔のまま頷いた。

 

 成る程。確かに話し合いを始めるような、いや話し合いのための場なのだろう。

 

 世界を救うと言うならば奴を説得するのも一つの手段ではある。

 

 それができるのなら、だが。

 

 それとも何か策があるのだろうか?

 

「つまり、地球の爆破を取り止めさせようと?」

 

「ええ、まあ」

 

「……ヌルフフフフ。生憎やめる気はありませんねぇ。一体どう私を説得するつもりでしょう?」

 

「人質です」

 

 と、彼は、

 

 何でもないかのように、

 

 端的に言い放った。

 

「……人質、ですか?」

 

「はい。ですので、交渉と言うよりは脅迫と言った方が適切ですね」

 

 言葉を失った。

 

 そして理解して驚いた。

 

 平穏を望み、外部から危険に曝されることを危惧した彼が、そんな手段に出るとは思わなかった。

 

 茅野さんも驚いている。何も知らされていなかったらしい。

 

 いや、ならば人質というのは──

 

「ああ、誤解しないでください。彼女は人質のために付いてきてもらった訳ではありません」

 

 俺が茅野さんを見たのに気付いたのか、そう訂正し、

 

「人質はクラスメイト全員です」

 

 そう断言した。

 

 

「クラスメイト全員、ですか……」

 

「ちょっとそれどういうこと⁉」

 

「そのままの意味です。殺せんせーが地球の爆破を取り止めないとクラスのみんなを皆殺しにします」

 

 一瞬の沈黙。

 

 彼は一体何を考えているのだろう?

 

 その笑顔を絶やさない表情からその真意は読み取れない。

 

 そのまま殺戮を行おうと、或いは冗談だよと撤回しても、どちらをとっても違和感がない。

 

 荷が重いと暗殺を断り、また自由に質問を奴にぶつけたマイペースさ。

 

 鋭い観察眼を披露し、また今後の自分のスタンスを示した思慮深い彼。

 

 かと思えば、急に取り乱し気を失った時は病人のような弱々しさを見せた。

 

 一体彼は何なんだろう。

 

 俺が彼に気をとられている間、奴が彼に話しかけた。

 

「……それは穏やかではありませんねぇ。確かに生徒達が危険に曝されては私は教師として守らざるを得ない。しかし、そんなことができるとでも?」

 

「できますよ? 詳しくは手紙に纏めて来たので今から読み上げますね。ああ、既に仕掛けは作動していますし、僕をどうしようと無駄なので悪しからず」

 

 そう言って懐から封筒を取りだし、中から手紙を広げ読み上げる。

 

 

『地球の爆破を目論む超破壊生物、殺せんせー。貴様の大事な教え子達の命は預かった。彼らの命を助けたくば来年三月までに自ら命を断て』

 

 ゆっくりと、文面を俺達に語りかける。

 

 しかし、ここにきて違和感を覚える。

 

 そもそも、さっき帰っていったばかりの生徒達をどう人質にしたと言うのだろう?

 

『さもなくば、仕掛けられた爆弾により彼らの命は奪われることとなるだろう』

 

 どうやって爆弾を用意したと言うのだろうか。

 

 どこに爆弾を仕掛けたと言うのか。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 今、彼は何と言った?

 

『その爆弾は殺せんせーが来年三月に地球の爆破を行おうとしたその瞬間起爆し、人質達を地球諸共爆破するだろう』

 

 彼は今、何と言っている?

 

『尚、爆弾を取り除く手段はなく、爆弾を止めるには殺せんせーが死ぬ以外に方法は無い』

 

 思考が止まる。

 

『椚ヶ丘中学校三年E組の前担任、雪村あぐりと約束し託された生徒達の命が惜しくばその爆弾が起爆する前に自ら命を断て』

 

 彼は一体……

 

「さて、どうしますか?」

 

 一体、何と言っている?

 

 

「あなたは、どこまで……?」

 

 静寂を打ち破ったのは奴だった。

 

 動揺を隠さず、隠す余裕もなく、彼に質問する。

 

 茅野さんも困惑している。

 

 この場の全員が余裕を失っていた。

 

「どういう……?」

 

「ああ、そのあたりの説明は殺せんせーの返答が終ってからお願いします」

 

 相変わらずの穏やかな笑みで、奴に答えを促す。

 

 茅野さんは何も聞いていないようで、疑問を漏らし、口をつぐんだ。

 

 成り行きを見守ることにしたらしい。

 

「来年三月までに、あなたは自ら命を断ちますか?」

 

 その言葉を聞き、さっき言われたことを反復する。

 

「まあ、こちらとしても要求を飲んでくれないと困るんですけどね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、例え殺せんせーが爆破を取り止めても来年三月に爆発する仕様になってしまっていて、これでは世界が滅ぶことには代わりありませんし」

 

 衝撃の余り理解できなかったそれを、しかしようやく理解した。

 

「でも殺せんせーは見捨てたりしないでしょう? 教師として、生徒のことを」

 

 これは脅迫と言っていた。

 

 確かに、その通りだ。

 

「まあ、僕らにとっては大した問題でもないんですがね。どのみち爆弾が起爆する状態までにあなたを殺せなければ既に手遅れでしょうし」

 

 彼は話をすり替えてる。

 

 奴が爆発し地球が滅ぶことを、俺達は奴が地球を爆破すると伝えていた。

 

 それを自分の仕業だと言っている。

 

 奴が爆発することを、自分の作戦として使っている。

 

「ああ、もし僕の言ったことが信じられないのでしたらあなたを研究していた研究者にでも問い合わせればすぐに分かりますよ? 『あなたは来年三月に爆発する』って、口を揃えて言うでしょうから」

 

 詭弁だ。

 

 だが、反論できない。

 

 奴が地球を爆破するというのも、実際奴の意図ではない。

 

「それと、もし他の方法で爆破を防ぐと言うなら止めません。人質のためにも頑張ってください」

 

 そして防ぎようもない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そして、何より──

 

「あと、()()()()()この事は他言する気はありませんので、ご安心を」

 

 ──真相を知っていること自体が、何よりの脅迫だった。

 

 

「今のところ、ですか……」

 

「ええ。この交渉に失敗した場合、何が悪かったのかクラスのみんなに相談しようかなって」

 

 元々暗殺に興味はありませんし、それが暗殺に影響しても関係ありませんから。

 

 穏やかに、冷たく言い放つ。

 

 何の気負いもなく、興味なさげに。

 

 そして奴に、

 

「それよりどうしますか? このままだと生徒達はみんな死んでしまいますよ?」

 

 返事を催促し、スマホを取り出す。

 

「言いそびれていましたが、ここでの発言は記録させて頂いてます。それでは殺せんせー、返答をどうぞ。勿論すぐに死んでとは言いません。もし爆破を防ぐことができない時、来年三月までに死んでくれれば、そう誓ってくれれば結構です」

 

 それはもはや勝利宣言であり、

 

「……分かりました。来年三月までに爆破を防げない時は自ら命を断ちましょう」

 

 奴はそう返すしかなかった。




話し合いの時間(脅迫)


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真相の時間

お気に入りや総合評価、日刊ランキングを見て狂喜乱舞の作者。

SAN値チェックに失敗したので書き上げたのを投下します。


 

 

「えっと、何をどこまで知っているかでしたっけ。

 

 実を言うと大したことは知らないんですよね。ただ、断片的な情報から推測を重ねただけですし。

 

 まず、殺せんせーが地球を爆破すると言ってましたけど、そもそもそんなことをしてメリットなんてないでしょう?

 

 まあ、愉快犯的な犯行と言うならそれまでですけど。

 

 それに、暗殺の依頼を防衛省からされましたけど、中学生には荷が重いですよね?

 

 生徒と教師という関係なら、信頼関係を築き得るなら、交渉して地球の爆破を取り止めさせればいいですし、暗殺を依頼するよりは合理的のはずです。

 

 ですので殺せんせーの地球の爆破は殺せんせーの意思とは無関係なのではないかと考えました。

 

 最初から交渉の余地はなかった。だから依頼しなかった。

 

 こうして交渉を持ちかけた僕が言うのもどうかと思いますがね。

 

 ……どうしました、茅野さん? 脅迫? なんのことでしょう。 

 

 次に月の爆破ですが、本当に殺せんせーがやったのですか?

 

 確かかめはめ波撃てないんですよね? 無天老師やピッコロさんも撃てたのに。

 

 いえ、関係ありますよ。彼らだって月を破壊したんですよ? かめはめ波で。

 

 まあ、かめはめ波でなくてもいいんですが、目からビームも口から破壊光線も撃てない。

 

 では、どうやって月を破壊したんですか?

 

 遠隔攻撃手段を持たないのに。

 

 ……直接月に行って? 本当に?

 

 第一宇宙速度。宇宙へ行くための速度らしいですね。調べてみましたけどマッハ23ないと宇宙へは行けないらしいですね。それをマッハ20で?

 

 仮に行けたとして、どれくらい時間をかけたんですか? 直線距離でも半日以上かかる計算ですよ? しかも往復なら更に倍です。

 

 ちなみにアポロ11号は月に行くのに四日程かかったそうですよ? 速度は大体マッハ32程らしいです。

 

 ああ、それと……これ。ある研究所の爆発事故に関するSNSの書き込みですけど……何か知りません?

 

 何でも生物化学とか何とか研究していたようですけど……

 

 もし、あなたがこの研究所から脱走して月を破壊したと言うのなら、流石に無理がありますよね。

 

 ほぼ同時刻に事件が起きているようですし、月に行く時間は無いです。あなたにはアリバイがあります。宇宙に時刻表はありませんし、トリックでもないでしょう。

 

 ……あはは、落ち着いてください。もしも、です。あなたがこの研究所にいたなんて言ってませんよ。実際証拠もありませんし。

 

 ともあれ、月を破壊したのは殺せんせーではないと判断しました。

 

 ええ、そうです。しかし政府は地球の爆破の根拠として月の爆破を上げている。無関係ではありません。

 

 恐らくは実験だったのでしょう。

 

 何の実験かは分かりませんが、それにより殺せんせーが地球を爆破すると、地球であれと同じことが起こると示してしまった。

 

 それにより殺せんせーの処分が決まり──殺せんせーは暴走した。

 

 研究所を滅茶苦茶に破壊した。

 

 一体何の研究だったんでしょうね。

 

 月を実験場として使えるなら確実に日本国内に留まる話じゃないですし、複数の国家が共同で行ってますね。月の爆破からの政府の対応の早さも納得です。

 

 研究所が日本にあるなら発案は日本でしょうけど、各国が協力を惜しまない程価値があるのでしょうね。軍事開発なら共同でできはしないでしょうし、宇宙開発ならより赤道に近いところに所在をおくべきですし、そもそもあんな事故が起こるとも思えませんし……

 

 研究による利益が大きく、失敗したときに破壊的な被害が大きいとなると、思い付くのはエネルギー開発くらいですが……

 

 ああ、脱線しましたね。あれ、どうしました? え、いや、思い付きだったのですが……

 

 ……話を戻しましょう。

 

 次に雪村先生のことですけど、正直、殺せんせーの入れ代わりでいなくなった時点で何かあると思いました。

 

 三月の時点ではそんな話聞いてませんでしたし、暗殺を依頼することに関しても生徒と気心知れている方が協力した方が都合がいいでしょうし。

 

 それに烏間先生言ってましたよね。「転勤したと聞いた」って。

 

 伝聞調でしたけど、つまり会ったことはないと?

 

 これから生徒を託すのに引き継ぎも何もなかったと?

 

 ……疑問に思い調べてみましたが、既に亡くなっていました。

 

 ところで、殺せんせーは確かうちのクラスの担任ならなると交渉したんですよね。他の学校でも他のクラスでもなく。

 

 つまりE組とあなたを結び付ける何かが、誰かがいた。

 

 それが、雪村先生でした。

 

 雪村先生は良い先生でしたし、優秀な方でした。

 

 意外にも名門な大学の出身で、化学を専攻としていたそうです。

 

 その繋がりで実験に加わっていたのでしょう。

 

 僕らに親身になって見てくれましたし、あなたにも良くしていたのでしょう。

 

 ……Tシャツはどうかと思いますけど。

 

 彼女が亡くなったのは月の爆破が起きた日と、研究所の爆発事故が起きた日と、同日でした。

 

 そう、あなたが暴れて研究所を脱走したその日です。

 

 あなたにその意図があったとは思いませんし、多分事故だったのではないかと思います。

 

 雪村先生が亡くなったことはあなたにとっても予想外でしたし、或いは暴走したあなたを止めたのが彼女だったのかも知れません。詳しくは知りません。

 

 あなたは哀しんだ。また後悔もしたのでしょう。でなければ約束したりしないでしょうし。

 

 そう、約束です。

 

 あなたは約束したんです。雪村先生と。

 

 渚君から聞きました。あなたは誰かとの約束のためにこのクラスに来たって。

 

 研究所を荒らして、雪村先生が致命傷を負い、死に行く雪村先生に僕達のことを託された。

 

 だから、あなたはこのE組に来た。

 

 雪村先生との約束を守るために。

 

 そうですよね、殺せんせー」

 

 

__________

──────

 ̄ ̄

 

 

 彼からの説明が終わり、俺達は何も言えなかった。

 

 奴も、茅野さんも、俺自身も。

 

 意味の無さそうな質問も情報を引き出すためのものだったらしい。

 

 ほんの小さな失言でさえ、彼は真相を割り出す手掛かりとして使い、そこに辿り着いてみせた。

 

 奴の弱点を見出だした時は予想外に思慮深い生徒と思ったが、それだけではまだ過小評価だった。

 

 この少年は、計算高い。

 

 恐らく、ここで奴が要求を飲まざるを得ないのも計算ずくなのだろう。

 

 そして見事、言質をとった。

 

 世界を滅ぼす怪物に、世界を救うか自害するかの二択を突き付けて。

 

「ああ、これはとっておいてください。一応コピーも残していますが」

 

 そう言って彼は手紙を封筒に戻し、それを奴に渡す。

 

 わざわざご丁寧に、とショックを隠せない様子で受け取る超生物。

 

 そんな反応も無理はない。

 

 こんな手段で世界を救うなんて誰が予想する?

 

 そして彼は俺にも封筒を渡す。

 

 奴に送った脅迫状のコピーらしく、記録した音源も後で提出するらしい。

 

「……これで、君の目的は達成か?」

 

 脅迫状を受け取りながらそう問いを投げ掛ける。

 

 暗殺には参加せず、平穏を望んでいた。

 

 世界よりも日常が大事だと。

 

 これで最低限、世界の未来は保証された。未来において、彼の日常は守られた。

 

 もう暗殺が成功するか以前に参加する必要すらも無いだろう。

 

 勿論、だからと言って暗殺の依頼を取り下げることは無いだろうが、少なくとも彼が関わることはない。

 

 彼からしたら既に解決した問題だ。

 

「うーん……どちらかと言うと()()()()()()()()()()

 

 え?

 

 茅野さんから声が漏れる。

 

 その一言は彼女だけでなく俺の心情も表していた。恐らくは奴も。

 

 まだ何かあるというのか?

 

「あなたの正体についてですよ、殺せんせー」

 

「……私の正体、ですか?」

 

 ええ、そうです。と、

 

 真っ直ぐに向けられた彼の瞳は暗にそう答えていた。

 

「あなたが何者なのか、どういう経緯で生み出されたか、雪村先生とどこでどのように知り合ったか、どのようにしてこのクラスに来たのか。全部、包み隠さず答えてください」

 

 それは、ある意味当然のことだった。

 

 国家機密として、暗殺を依頼するため、秘匿されたものだったが、本来ならば彼らにも知る権利がある。ましてや奴がここに至るまでを粗方暴かれた今の状況ではもう隠している意味もなく、もはや今更だった。

 

 寧ろ、情報を提示した上で彼らに隠匿を頼む方が合理的だろう。

 

 そして、彼は立ち上がり、俺の方に顔を向け、

 

「では、僕達は別室へ行きますか」

 

「何?」

 

 先程から疑問ばかり出てくるが、これはもう仕方のないことだろう。

 

 この少年は、もはやそこの怪物以上に理解不能だ。

 

「君は聞かなくて良いのか?」

 

 本題はこれからと言っていた。

 

 なのに、退室をしようというのは何故なのか?

 

 そもそも、何故彼女を連れて来た?

 

 いや、寧ろ彼女に聞かせるために連れて来たのか?

 

「いえ、殺せんせーからも烏間先生から聞いた後で話を聞かせてもらうつもりですよ? やはり当事者の視点も聞きたいですし」

 

 ですが、と言葉を区切り、

 

 

「まずは遺族の方に話をするべきでしょうから」

 

 

 そう、茅野さんに目を向け微笑んだ。

 

 

 

「え?」

 

 その困惑は、今日何度目だろう。

 

 彼ははっきりと彼女を見据えている。

 

 彼女は狐につままれたように彼を見ている。

 

「彼女の本名は雪村あかりさん。雪村先生の妹さんです。経緯は知りませんが、偽名を使ってこの学校に転入、わざと問題を起こしE組にやって来ました」

 

「本当ですか? 茅野さん」

 

 奴は、恐る恐ると彼女に質問する。

 

 彼女はそれに答えず、彼の方に顔を向けたまま、絞り出すように、

 

「……私のことは話さないって言わなかった?」

 

 そう、暗に認めていた。

 

「いえ、言いませんでしたよ? 目的については言わないと言いましたが。まあ、そもそも知らないですし」

 

 ふてぶてしく答える彼に彼女は二の句が継げない。

 

 事情を知らない俺からみても、彼が彼女の意に反しているのは明らかだった。

 

「一応二つ絞り込めてはいるのですけど」

 

「二つですか? それは一体……?」

 

「答えられませんよ? 約束ですし」

 

 奴の疑問にすげなく断る。

 

 余りにも白々しかった。

 

「それでは、積もる話もあるでしょうし、僕は一旦お(いとま)させていただきますね」

 

 そして彼は出口へと歩いていき、

 

 にこやかな笑顔で、言う。

 

 

「あとの事はよろしくお願いします」

 

 

______________

───────

 

 

「……奴に任せて来て大丈夫だったのか?」

 

「ええ、多分」

 

 誰もいないE組の教室で、烏間先生と僕は対面していた。

 

 やや心配そうに聞いてくる烏間先生に僕は適当に答える。

 

 正直、面倒を押し付けられたのならこっちの目論見は成功、あとの事はどうでもいい。

 

「基本的に生徒に対しては真摯ですからね。まあ、彼女の方は用心すべきでしょうけど」

 

「茅野さん、いや、雪村さんを?」

 

「わざわざ殺せんせーを追って転入するアクティビティですよ? 何しでかすか分からない」

 

 真相解明ならまだしも、あの様子だと復讐だろうし、月爆破からこの短時間で行動力がありすぎる。暴走しかねないし、それを宥めるのは一苦労だろう。

 

 というか、独力ではあり得ない。誰かの手引きがあったとみて間違いないだろう。

 

 その辺の事情も聞き出したいが、今は彼女を落ち着かせることが大事だ。面倒なことに。

 

 そんなことは生徒想いの先生(殺せんせー)に任せとけばいい。

 

「まあ、殺せんせーなら何とかするでしょうし、大丈夫ですよ。それより殺せんせーの事、お願いします」

 

 そう促すと、少しだけ考える仕草をして、やや疲れたように話し出す。

 

 考えても仕方がないと判断したのだろう。

 

 

 

「……俺が知っているのはここまでだ。くれぐれも他言無用で頼む」

 

「分かってます。お話ありがとうございました」

 

 とりあえず殺せんせーに関する話は終了した。

 

 概ね予想の通りであり、しかし最低限の目的はこれでようやく達成できた。

 

 一応交渉(脅迫)は成功したし、脅迫状のコピーも渡した。言質となる音源のデータも後で提出はするが、それで暗殺が撤回されることはまず無い。

 

 それでももしかしたら、僕ら諸共殺せんせーを、という段階にならないための(くさび)にはなるかも知れない。そうなったら御の字だ。

 

 僕の目的は殺せんせーの出生の確認と彼女の対処。

 

 彼女の事は殺せんせーがどうにかするし、殺せんせーもあいつらが関わる存在でないと確認できた。

 

 あとやりたいことはまだあるが、知りたい情報はまだあるが、それは殺せんせーと彼女から聞き出せば良い。

 

 殺せんせーからは問題なく聞けると思うが、彼女からは少しだけ心配ではある。

 

 まあ、大方彼女の行動は先走った結果だろうし、事情を聞いて落ち着いたら聞き出せるだろう。ペテンにかけたとはいえそう悪い結果にはならないだろうし。

 

 ……彼女の匙加減次第だが。

 

「……君は一体?」

 

「ん? 何でしょう?」

 

 ふいに、烏間先生が問いかける。

 

 そんな質問されるなんて、心当たりは少ししかない。

 

「いや、すまん。何でもない」

 

「そうですか。……一応言っておきますけど僕は平穏に過ごしたいだけですよ」

 

 激しい喜びはいらない。その代わり深い絶望もない。

 

 穏やかな植物のような人生。

 

 ある漫画のキャラクターには酷く共感した。

 

 もう諦めてはいるのだけれど。

 

 ……その漫画を読んだあと、無理矢理調査に付き合わされたし。

 

 何だよ、拝読料って。

 

「ですので、目の前の問題に対処したってだけですよ。平穏のために」

 

「……そうか」

 

「まあ、若干彼女には悪いことしたかなとは思いますけどね」

 

 これも本心ではある。

 

 改めるつもりはない。

 

 

 そんなことを話しているうちに、教員室から何かが壊れる音が聴こえた。

 

 何事かと慌てて駆け出す烏間先生。

 

 何事もなく見送る僕。

 

 殺せんせーが何かするとは思えないし、多分彼女の暴走だろう。

 

 もしかしたら何か切り札を持っていたのかもしれない。

 

 まあ、ここまできたら介入しなくとも問題ないだろう。

 

 ……どうせならそれで殺せんせーが死んだら色々と面倒が解決なんだけどな。

 

 それが叶ったら苦労はないし、高望みだろうけど。

 

 そもそも下手に暴走して被害が来ないよう奇襲で仕掛けたから大した準備なんてできるはずもないし。

 

 いや、そもそも彼女の切り札って何だ? これといった武器を隠し持ってたとは思えない。

 

 ……何かしらの異能? 確かに持ち運ぶ必要は無いけど、でもそんなものに関わってるなんて、

 

でも確か彼女の家は製薬会社だし、まさかまたそんな実験による能力開発とか? いや、でも怪しいことはなかったはずだけど、

 

でもあの会社について調べたのは月の爆破の前だし、まさかその間に?いやそんな重要度高く無さそうだし調べるのは後回しにしてたけど、いくらなんでもそんな短時間で劇的に変わるなんて思えない、

 

だけど邪神が関わっていたら?確か星の智慧派が活発に動いてたし、まさかまた無貌が動いてるのか?いやそんなはず無いだろ、

でもあの愉快犯ならあり得るかあのアグレッシブさなら面白がって後押ししそうだしまさか手引きしたのはあいつか

ふざけんな毎回毎回僕らを引っ掻き回してでも待てならば彼女の切り札って魔導書かどうする早く回収しないとでもまて他にも渡ってないよな本校舎の図書館に写本が混ぜられてた時は何とか穏便にすませられたがもしもっと大量にばら蒔かれたら流石に対応しきれないぞ狂信者量産しやがってあいつら今度は何しでかすまた教団同士のいざこざに巻き込まれるのかクトゥグアだろうとハスターだろうとシュブ=ニグラスだろうと信仰するなら人巻き込むな実験で神性を招来してんじゃねえよいやそんなことより喚ばれる神性を退散させなきゃでもどんな神性だアザトースの時は父さんのお陰でなんとかなったけどいやでも或いはしかしだけどもしならばまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか──

 

 

 ──恐らく殺せんせーと彼女が戦っているだろうその間、僕は自分の想像力と戦っていた。

 

 

※ ※※ ※

 

 

 その後。

 

 彼女は入院した。

 

 彼女の目的はやはり復讐だったらしく、姉の迎えに行った彼女は雪村先生の傍で佇む殺せんせーを目撃、殺せんせーが殺したと思い復讐へと走った。

 

 切り札は殺せんせーの触手細胞だったらしく、殺せんせーを目撃したとき偶然手に入れたらしい。

 

 E組には独力で来たらしく触手細胞も自力で理解、本来専門家による調整が必要なそれを気合いで乗りきっていたらしい。

 

 それを聞いた時唖然としてしまったのは無理のない話だろう。何でも調整がないと脳みそを掻き回すような激痛がするらしく、それに耐える胆力といいあの行動力といい本当に中学生だろうか。

 

 そのガッツを感心すれば良いのか、愚直さを呆れれば良いのか……。まあ、復讐に走っただけましなのかもしれない。そのバイタリティーで雪村先生を生き返らせようとしたらどうなっていたか。

 

 殺せんせーから説明を受け、行き場を失った感情が噴出、触手細胞が暴走したのだと言う。

 

 無事殺せんせーに取り押さえられ、触手細胞も摘出。

 

 本来ならば検査のために半月は入院した方が良いと言われたものの余り長く入院するのは誤魔化すのも面倒だと翌週には復帰、検査のため通院はしているものの特に問題はないとのこと。

 

 ちなみに一緒に病院に運ばれた僕はその日のうちに帰宅。回復は早いため精神的な異常で入院したことは二度程しかない。

 

 僕も大分馴れたもので、神性を直視しない限りは何かを目撃して気を失う事は無くなったのだが、想像力による発作は寧ろ頻度が上がってしまっている。何故だ。

 

 真相を知った彼女にはもう殺せんせーに対する執着はなく、ちゃんと教師を全うするかこれから見ていくのだと。

 

 それに一役買った僕にも感謝しているらしい。良し。

 

 ただし騙したことは別とのこと。ちくしょう。

 

 勿論殺せんせーの事は秘密。学校へはこのまま素性を隠し、茅野カエデとして過ごすのだと。

 

 ここ数日で殺せんせーや茅野さんから話を聞くことができ、知りたい情報も知れたので改めて纏めると、

 

・殺せんせーは元は死神と呼ばれる殺し屋。

・仕事で弟子に裏切られ捕まり、研究所へ。

・そこで体内で反物質を生成する実験のモルモットに。

・実験をコントロールし、脱走の準備をしながら監視役の雪村先生と交流。それはかけがえのないものだったと。

・四月の初め、マウスを使い月で行われた細胞の劣化の影響の実験で、反物質が細胞を飛び出し、月を爆破。

・細胞の周期をマウスと人とで比較、来年三月十三日に同じことが起こると判明。地球滅亡の危機。

・その事を雪村先生から聞き、自棄になり暴走。

・研究員と戦闘。その最中に触手を使って開発された兵器の流れ弾が止めようと体を張った雪村先生に命中。

・後悔するも助ける手だてはなく、雪村先生に三年E組を託された。

 

 まあ、大体想像通りである。

 

 それより問題なのは研究者の方だろう。

 

 柳沢(やなぎさわ)誇太郎(こたろう)

 

 殺せんせーを生み出した実験の主任研究員である天才科学者。

 

 プライドが高く傲慢、婚約者である雪村先生の事をこき使ってたらしく茅野さんは彼の事は嫌いだと言う。

 

 さて、どうしよう?

 

 

 

 

 どうやって彼を殺そう。

 

 

 

 

 天才科学者にろくなやつはいない。それは善悪に関わらず、だ。

 

 ましてやプライドが高いという彼は間違いなく騒動を起こす。

 

 彼からしても失った名誉をどうにか挽回したいだろうし、賞金に関わらずとも暗殺に加わってくるだろう。

 

 触手を使った兵器も存在するようだし、一番殺せんせーの事を知っている研究者だ。実際、地球を滅ぼしうる怪物を生み出した実績がある。

 

 毒を以て毒を制す。政府も彼を利用するだろう。

 

 つまり彼の後ろにはある意味政府がついている。迂闊には手を出せ(殺せ)ない。

 

 

「……当面は保留。今は日常を楽しもうか」

 

 そう呟いて僕は学校へ向かう。

 

 触手の怪物が担任を勤める、僕のクラス。

 

 ナイフが振るわれ、弾丸が飛び交う、当たり前の日常。

 

 そんな平穏な光景に胸を踊らせて、

 

 

 始業のベルは、今日も鳴る──

 




とりあえずプロットがあるのはここまで。
一応続けようとは思うものの多分これからは尻すぼみになりそう……

尚、リアル事情もあり更新頻度は大幅に下がる模様。

ついでに描写の甘さを痛感。主人公の説明回を2話後辺りで予定しているもののどうなることやら。

クトゥルフ風味の強めの話を先走って一本書いてしまっているのでできればそこまでは続けたい。時系列的にまだ先ですが……

他にも前半部分の推理シーンは飛ばした方が良いのかとか発狂シーンをもっと濃く書けないかとか色々と悶々したり。

……作品を作るって本当に難しい(笑)


ともあれ、一旦は打ち止めになる模様。

よろしければ今後も応援よろしくお願いします。

それでは次回まで。


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毒の時間

気晴らしに書き投下。
やや短めです。


 

 

 殺せんせーとの平和的な交渉から一週間程経った。

 

 

 殺せんせーがあの存在達と関係がない事を確認して以来、僕の精神状態は大分安定している。

 

 最初の時は相当警戒してしまったものの、今はフランクに話しかける事ができるくらいだ。

 

 殺せんせーとの契約は烏間先生によって防衛省へ伝わったものの依然僕らの教室には変化はなく、当然あの時のやり取りは伏せられ、殺せんせー暗殺のために精を出している。

 

 とはいえ、地球爆破回避の言質をとれたこと、手段によっては超生物(殺せんせー)との交渉が可能だと示したことは一つの収穫にはなったらしい。

 

 一方、茅野さんはと言うとこちらも以前と変わりはない。

 

 元々暗殺には一歩引いていたこともあり──殺せんせーを殺すべく息を潜めていたためであったが──これからのスタンスが劇的に変わるようなことは無いようだ。

 

 強いて言うなら僕や殺せんせーと話す頻度が幾らか増えた程度である。身近で雪村先生のことを話せる相手がいると気が休まるらしい。

 

 殺せんせーは自分の体を研究するようになった。

 

 あの時の契約を僕からの最初で最後の暗殺ととったようで、僕に殺されないためにも抵抗を試みるつもりらしい。

 

 尤も、教師としての仕事や対暗殺のための秘密特訓などやる事は多く設備も儘ならないため見通しは絶望的だが、それでも殺せんせーの表情は明るい。

 

 曰く、「先生も本気であなたの挑戦に挑みます。ですので、できる範囲で構いませんのであなたも暗殺に協力してください」とのこと。

 

 私も死ぬ気で頑張りますので、あなたも殺す気で頑張りましょう。と。

 

 言いたいことは分かるが洒落になっていない。しかし余りに良い笑顔で言うものだから何も言えなくなってしまった。

 

 まあ、こっちもこれまでと変わらず、協力はすれど参加はしないというスタンスで通すつもりなので大して問題ではないのだが。

 

 ちなみに雪村先生は最期までE組(ぼくら)死神(殺せんせー)のことを気にかけていたらしい。

 

 相手のことをちゃんと見て、対等な人間として尊敬し、一部分の弱さだけで判断をしない。そういった教師としての基礎は彼女から学んだと言う。

 

 もし殺されるなら、他の誰でもなく、E組のみんな(きみら)に殺してほしい。

 

 そう殺せんせーは語っていた。

 

 

 

「毒です! 飲んでください!」

 

 

 

 そして今、そんな生徒を前に困惑していた。

 

「……奥田さん、これはまた正直な暗殺ですねぇ」

 

 ……暗殺ってなんだっけ?

 

 

 

 理科の時間、化学実験終了後。

 

 お菓子から着色料を取り出す実験は無事終了し、余ったお菓子は殺せんせーが回収、生徒にはその姿を呆れられていた。

 

 給料日前で金欠らしく、授業でおやつを調達しようと一計を案じたらしい。

 

 ……地球を破壊する怪物が給料で生活してるとか、そもそも給料がでるのかとか、これが死神とかいう腕利きの殺し屋だったのかとか突っ込みどころ満載だが。

 

 誰にも渡さないと言わんばかりに教卓の上に回収されたお菓子を抱き抱える殺せんせーの前に、奥田(おくだ)愛美(まなみ)さんが歩み出た。

 

 何やら緊張した面持ちで、恐る恐ると、殺せんせーの方へと歩みより、液体の入った試験管やフラスコを差し出す。

 

 ……そしてあの正直な暗殺に繋がったわけだが。

 

「わ、私、みんなみたいに不意討ちとかうまくできなくて……。でも、化学なら得意なんで真心こめて作ったんです!」

 

 心をこめてとかそういう問題じゃない気がするけど……

 

「ではいただきます」

 

 殺せんせーも殺せんせーで飲んでるし。

 

「! こ……これは……ッ!」

 

 殺せんせーがガクガクと震える。

 

 驚愕の顔で、汗を流し、そして──

 

 

 

 角が生えた。

 

 額の辺りに二本の角が生え、後頭部がノコギリ状に変形した。

 

「この味は水酸化ナトリウムですね。人間が飲めば有害ですが先生には効きませんねぇ」

 

「……そうですか」

 

 うん、どこから突っ込めば良いんだろう?

 

 周囲も反応に困っている。奥田さんだけは残念そうだが。

 

「あと二本あるんですね。それでは」

 

 そうこうしている間に殺せんせーは二本目の毒を呷る。

 

 苦し気な呻き声を上げ、触手で喉元を抑え、そして──

 

 

 

 頭部に翼が生えた。

 

 ……なんで無駄に豪華になっていってるんだろう?

 

「酢酸タリウムの味ですね。では最後の一本」

 

 味で判別できるものなのか、味で判別していたのか、突っ込んだ方がいいのだろうか。

 

 そして更に最後の毒を呷る。

 

 料理の味見をする気軽さだが、ここは調理室ではなく実験室である。殺せんせーの変化の観察ということなら実験かもしれないが。

 

 もうみんなも暗殺に成功するか以前に殺せんせーがどう変化するかに意識が向いていた。

 

 いや、これで殺せるとは思ってはいないけど、何故殺せんせーの変身ショーになっているんだろう?

 

 そして周囲の注目の中、殺せんせーの顔はまた変形していき──

 

 

 

 真顔になった。

 

「王水ですねぇ。どれも先生の表情を変える程度です」

 

 いや、表情もなくなってる気がするんだけど……

 

 変化の法則性が分からない。

 

 結局、奥田さんの正直な暗殺は失敗し、安全管理のため生徒一人での毒薬作りは見過ごせないと注意され、放課後殺せんせーと一緒に毒薬の研究をすることに。

 

 標的(ターゲット)と一緒にという時点で結果は見えてる気もするが。

 

 

 

 翌日。

 

 上機嫌の奥田さんが丸フラスコを抱き抱えていた。

 

 殺せんせーによるとそれが一番効果があるらしく宿題として作るよう言われたらしい。

 

 明らかに罠だった。

 

 大方、教育のためのだろうし、悪いようにはならないだろう。わざわざ毒物の正しい保管法を漫画にして渡しているあたり殺せんせーの教育はやはり手厚い。

 

 ……僕も時間があったら毒物について教えてもらおうか。そういったものの扱いも手慣れているだろうし、実践者から教えてもらえるのは心強い。

 

 尤も、教えてほしいのは作り方や使い方より見分け方や対処法だけれども。

 

 まさか飲んで判断しろなんて言わないだろうし、夢の中ならまだしも毒を飲んだら普通は死ぬ。

 

 ……殺せんせーはなんで死なないんだろう? 単純に体質の違いだろうか?

 

 そんなことを考えてる内に殺せんせーが教室に入ってきた。

 

 奥田さんが早速殺せんせーに歩み寄り殺せんせーと作ったという毒薬を差し出す。

 

「流石です……では早速いただきます」

 

 毒薬を受け取った殺せんせーはフラスコの蓋をとり、中の液体を口内へと流し込む。

 

 一息で、喉を鳴らしながら、それを飲み干した。

 

「……ヌルフフフフ。ありがとう、奥田さん」

 

 途端、殺せんせーは悪い笑みを浮かべる。

 

 目を光らせ、口の端しから涎を垂らし、声色からは喜悦が滲み出ていた。

 

「君の薬のお陰で……先生は新たなステージへと進めそうです」

 

「……えっ、それってどういう……」

 

 困惑し動揺する奥田さんをよそに、殺せんせーはその姿を変貌させていく。

 

 体が脈動し、雄叫びを上げ、そして気が付くと──

 

 

 

 溶けた。

 

 殺せんせーの体は溶け、教卓の上に横たわっていた。

 

 いや、横たわると言うか、そもそも縦も横も分からないのだが。

 

「君に作ってもらったのはね、先生の細胞を活性化させ流動性を増す薬なのです」

 

 そう言って殺せんせーは素早く片岡さんの机の中に入り込み、

 

「液状ゆえにどんな隙間にも入り込むことが可能に!」

 

 ……そんな得意気に言われても反応に困るのだけど。

 

 しかもスピードはそのままのようで教室内を自由自在に動き回り、それを仕留めようとクラスのみんなはてんやわんやのパニックである。

 

 ……毎度の事ながら何でもありか。

 

 それにしても本当に速い。ショゴスではあんなスピードは出ないだろう。

 

 今の殺せんせーはあの生物と同様スライム状であり、それが縦横無尽に飛び回っている。

 

 薬一つでああも肉体が変貌するのか、本当に元は人間だったのか疑わしいくらいだ。

 

 あの体のどこに内臓があるのか、体内の器官はどうなっているのか疑問は尽きない。

 

 その姿は無定形の肉塊で、体を波立たせながら、絶えず単細胞生物を生み出し続けている。

 

 彼の棲まう沼地の周囲には神々が遺した智慧が刻まれた銘板が埋もれており、幾人もの魔術師がそれを求め彼の元へと挑んだ。

 

 今なお地底深くに存在し、その細胞は刃物で易々と切り取れるものの外気に触れ増殖し、接触した生物を融解す。

 

 其は始原にして終焉。

 

 頭手足なき塊。

 

 自存する源。

 

 無形の白痴なる造物主。

 

 始まりにして終わりの生命。

 

 彼の者、地球上生物の不気味なる原型を生み落としたり。地球上の生物はなべて、大いなる時の輪廻の果て、彼の元へ──

 

 

 

「九頭龍君?」

 

「えっ、あ、はい?」

 

 思考に没頭していると、突然声をかけられた。

 

 気付くと殺せんせーがこちらを覗き込んでいた。

 

「大丈夫ですか? 具合悪いのでしたら無理せず保健室に……」

 

「大丈夫です。パニックにはなっていませんし……」

 

「……ならいいですけど」

 

 無理はしないでくださいね?

 

 そう言って授業が再開される。

 

 奥田さんに、その才能を活かすよう国語力も鍛えてほしいと諭していた。

 

 

 

 ──この超生物(せんせい)に馴れるまでもう少しかかるらしい……

 




次回はビッチ先生登場。
前回、2話後に主人公の紹介回をするといったものの更に先になる模様。


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プロの時間

ビッチ先生登場回。
一話に収まらず二話に分けることに。


 

 月の爆破から一ヶ月。

 

 殺せんせーが地球を爆破するまで残り十一ヶ月となった。

 

 個人的にはまだ余裕のある──それ以前にもはや問題を感じないが──タイムリミットであるが、それでも焦燥を募らせる者が出てもおかしくはないだろう。

 

 マッハ20というスピードに元死神という殺し屋の経験はあらゆる暗殺を掻い潜り、更に超生物という彼の持つ能力は未だに全容を把握できず、これといって暗殺に有効な弱点は掴めていない。

 

 しかし、だからと言って政府も手をこまねているばかりではないだろう。

 

 事実、殺せんせーを殺すためならE組(ぼくら)に対する支援を惜しむ様子はない。

 

 各種ナイフや銃の支給や暗殺の訓練は勿論、必要ならばスタンガンや火薬なども手配する用意があるらしい。それ以外にも暗殺に必要とあらば経費を政府で負担するそうだ。尤も、危険性の高い武器は専門の知識を身に付けた上で、また暗殺の計画も生徒自身の安全を確保した上で烏間先生の監督のもと行われるとのこと。技術的に未熟かつ殺せんせーを殺す手段を模索中の今のところそういった支援は利用されていないが。

 

 それに、いくらチャンスに恵まれているとは言え、中学生に任せきりにと言う訳ではあるまい。

 

 こうして殺せんせーを相手している間にも、地球を守る対策が、殺せんせーを殺す研究が行われていることだろう。

 

「イリーナ・イェラビッチと申します。皆さんよろしく!」

 

 だから政府が殺し屋を雇い送り込んでくることも当たり前の話だ。転校生でも教科担任でも殺せんせーと日常的に接触することができる。それを利用しない手はない。

 

「……そいつは若干特殊な体つきだが気にしないでやってくれ」

 

「ヅラです」

 

「構いません!」

 

 ただの中学生三十人弱とプロの殺し屋ならどちらが暗殺者として優れているかなんて考えるまでもないだろう。

 

 中学生に殺せんせーを教室に留めさせ、その間に標的(ターゲット)を殺す算段を整え、刺客を送り込む。

 

 刺客はプロとして標的(ターゲット)の弱点を探り、殺す計画(プラン)を練り、隙をつき、実行する。当然の流れだ。

 

「ああ……見れば見るほど素敵ですわぁ……。その正露丸のようなつぶらな瞳、曖昧な関節……私、虜になってしまいそう……」

 

「いやぁお恥ずかしい」

 

 ……いや、いくらなんでも露骨過ぎない?

 

 

 

 

「ヘイパス! ヘイ暗殺!」

 

 休み時間。

 

 校庭では標的(ターゲット)がクラスのみんなとサッカー(?)をしている。

 

 銃やナイフを振りながら複数のサッカーボールを蹴ったり投げたりといまいちルールは掴めないが、まあ楽しそうで何よりである。

 

「いろいろと接近の手段は用意してたけど……」

 

 と、その様子を眺めながら話し出す。

 

「……まさか色仕掛けが通じるとは思わなかったわ」

 

「……ああ。俺も予想外だ」

 

「はは……。そうですね」

 

 巨乳に反応していたようだし、雪村先生を連想させるのだろうか?

 

「……で? あんたは混ざらなくていいの」

 

 煙草をくわえ火を着けながら、興味無さげに質問する。

 

 現在、僕と烏間先生とイリーナ・イェラビッチさんの三人で殺せんせー達を眺めていた。

 

「うーん……。個人的に、イリーナさんのことを知りたいなって思いまして」

 

「私のことを?」

 

「ええ。折角こんな綺麗な方が教師として赴任してきた訳ですし、気になるのも当然でしょう?」

 

「……警戒心を隠さずそんなこと言われても嬉しくないわよ」

 

 こちらを一瞥し、そう吐き捨てる。

 

 烏間先生はそれを静観していた。

 

「で? 私に何か用でもあるの?」

 

「暗殺の計画をどう立てているのか質問に」

 

「何であんたにそんなこと話さなきゃいけないのよ」

 

 冷たく突き放すも、それは当然のことだ。

 

 あくまで彼女はプロであり、自分はただの学生。暗殺においては素人である。

 

 わざわざ話す義理も必要もない。

 

「ああ、大丈夫です。こちらも興味はありませんから」

 

 そしてこっちもそんなことはどうでもいい。

 

「どう言うことよ?」

 

 やや苛立った様子で尋ねる。

 

 彼女からすれば、暗殺の計画や自分の能力を軽んじられたように感じたのかもしれないがそんな意図はない。

 

「貴女が行う計画自体は興味はないんです。と言うより、殺せんせーの暗殺自体興味ないですね。学生の本分は勉強ですし、殺せんせーの対処は他の人に任せると言うのが僕個人のスタンスですから。ただ、それによって僕らに被害が及ばないか不安なだけで。例えば極端な話ですけど、こっそり教室に爆弾を仕掛けて授業中に、とか、そんな手段をとられたら困りますから。それだけ確認に」

 

 そう伝えると、彼女は呆れたように返す。

 

「素人の発想ね。そんなことする訳ないじゃない。必要以上に被害を出して標的(ターゲット)を殺すのは三流の仕事よ。無闇に悪目立ちして悪評が流れたら仕事に支障をきたすわ。依頼人(クライアント)からもあんた達を巻き込まないよう言われているしね。それともそんな手段をとらないと殺せないと思っているの?」

 

 まあ、そうなのだろう。

 

 そんな強引な手段であればわざわざ殺し屋を雇う必要なんてない。

 

 標的を殺すのに民間人を巻き込む殺し屋なんて依頼人からしても使い勝手が悪い。

 

 プロの殺し屋だからこそ、合理的にもプロ意識からも、そんな手段はとれないしとる必要もないのだろう。

 

「まあ、いいわ。折角だし、奴の情報でも教えてもらおうかしら?」

 

 気持ちを切り替えたのか、逆に質問をしてくる。

 

 プロとして対象の情報を探るのは、またその対象を知る人物から情報を得ようとするのは当然のことであり、僕からしてもそれによってさしたる損害はない。

 

「うーん……。取り敢えずハニートラップはばれていると考えていいでしょうね」

 

 だから、正直に思っていることを答えた。

 

「ふうん……?」

 

「と言うと?」

 

 続きを促すように相槌を打ち目を向けてくる。

 

 烏間先生も尋ねるが、そこに意外さは感じない。

 

「と言うより、この時期に外部から人が来たら普通に勘付くでしょうし」

 

 二人とも別段驚く様子はなく、寧ろ考えていたことを確認するような様子だった。

 

 当然と言えば当然で、クラスのみんなもそう予想している。これで肝心の標的が気づいていないなんて考えるのは虫がよすぎるのだろう。

 

「つまり気づいてる上で泳がされている訳?」

 

「まあ、それもあるでしょうけど、寧ろ楽しんでいるのではないでしょうか」

 

「楽しんでいる?」

 

「殺されない自信があり、その上で受け入れている」

 

 命を狙われている立場でE組の担任としてこのクラスに留まり、生徒達に暗殺のアドバイスすら行う。

 

 外部の殺し屋に対してもその対応は変わらないのだろう。

 

「だからこそ、ハニートラップも手段として有効なのでしょうね。素性が知られていたとしても、本人がそれを歓迎しているのならどこかに隙は生まれるでしょうし」

 

 例え刺客と分かっていたとしても殺せんせーは彼女を排除できない。

 

 殺せんせーはE組に対して危害を加えないことを条件に担任としてこのクラスに来たが、その条件は周囲の教員に対しても有効に働く。

 

 明文化されてなくとも、守る義理がなくとも、『生徒に対する体裁』のため、無闇に荒っぽいことは行えない。

 

 赤羽君は殺せんせーを挑発した時、『俺でも俺の親でも殺せばいい』と言っていたが、実際に実行したら彼の言う通り殺せんせーは先生として見られなくなる。そしてそれは周囲の教員へも当てはまる。

 

 故に殺せんせーは事実上派遣されてきた殺し屋にも過度に危害を与えられず、多少強行に来たとしてもすぐさま排除という訳にはいかない。すぐそばに自分の命を狙う暗殺者がいても放置せざるをえない。

 

 また、自分が狙われる立場だと自覚している殺せんせーは、殺されないという自信のある殺せんせーは、その上で刺客を迎えている。自分を殺す者を歓迎している。

 

 だからこそ油断や隙を狙うことができる。既に素性がばれていたとしても、その上でハニートラップが通用する。

 

「あと、殺せんせーの情報について知りたいのでしたら潮田渚君に聞くといいと思いますよ? 殺せんせーの観察記録をつぶさにつけているようですし」

 

「そう……。あなた名前は?」

 

「九頭龍宗沙。憶えていただかなくて結構です」

 

 彼女は適当に相槌を打ち、携帯灰皿を取り出して煙草を揉み消す。

 

 そしてそのまま玄関へと向かう。早速行動に移るらしい。

 

「ただの殺し屋を学校で雇うのは流石に問題だ。表向きのために教師の仕事もやってもらうぞ」

 

 去っていく彼女に烏間先生が通告する。ここで働く上ではゆずれない一線なのだろう。

 

「……ああ、別に良いけど」

 

 戸を開けながら、何でもなさそうに返答する。

 

 それが当然だと言わんばかりに。

 

「私はプロよ。授業なんてやる間もなく仕事は終わるわ」

 

 

 

 

「……君は成功すると思うか?」

 

「まあ無理でしょう」

 

 イリーナさんが去った後、烏間先生が問い掛けてきたので、即答する。

 

 あの様子だとすぐに仕掛けそうではあるが、そもそも殺せんせーの手札もまだ不明なところが多く、また赴任してしばらくは警戒されているだろう。現時点だと難易度が高すぎる。

 

「ただ、適任ではあると思いますよ? 能力差が大きすぎますからどのみち隙を突かないと殺せないでしょうし」

 

 日常的に傍で命を狙うと言うのなら殺人の技術や技能に長けた殺し屋よりも相手を油断させ隙を狙うことに特化した殺し屋の方が適任だ。

 

 優れた技術だけでは殺せんせーを殺すのは難しい。殺せんせーを殺すには油断を狙い、隙を突き、不意を打つ必要があるだろう。

 

 また、二十四時間命を狙われている殺せんせーは逆説的に隙も多い。罰ゲームと称して生徒達にハンデを与えたりするように、或いは新任教師のことを殺し屋だと勘付きつつも歓迎しているように。

 

 そこまで計算してこの刺客を送り込んだのかは定かでないが、殺せんせーを狙う刺客としては確かに適任だ。

 

「だから、今後次第ですね」

 

「……君が接触を図ったのは彼女を観察するためか?」

 

 彼女に対する警戒心を烏間先生も感じていたのか質問を重ねる。

 

 事実その通りだし、隠す理由もない。

 

「本人に否定されましたけど、被害が来るならそれに備えたいので。あと、良ければ簡単なプロフィールとか後で教えてくれませんか? 実績とか経歴とか、守秘義務に関わるところは結構ですから」

 

 政府から派遣された腕利きの殺し屋が身近にいるなんて心休まらない。 素性を調査するのは難しいだろうし、ある程度相手の人間性くらいは把握しておきたいと思うのは当然だ。

 

 顔を合わせるにしても一対一で話をするほどの度胸はない。だから烏間先生がいるときを狙い接触を図った。

 

「まあ、取り敢えず人格としてはそれほど問題無さそうで少し安心しました。こちらとしては実害がなければそれでいいですし、ただ……」

 

 問題があるとすれば、

 

「クラスのみんなと確執を作らないか不安ですけど」

 

 高慢そうな性格くらいか。

 

_________

─────

 

 英語の時間。

 

 沈黙する教室に、一人タブレットを操作するイリーナさん。

 

「なービッチねえさん。授業してくれよー」

 

 ……訂正、ビッチねえさん。

 

「そーだよビッチねえさん」

 

「一応ここじゃ先生なんだろビッチねえさん」

 

「あー! ビッチビッチうるさいわね!」

 

 どうやら早速不和が起きているらしい。

 

 

 

 あの後、運動をしているみんなに歩み寄り、授業は自習でもしてなさいとか、気安く呼ばないでとか、邪魔すると殺すとかぶちまけたり、更には渚君にディープキスを行ったらしい。最後だけ意味が分からない。

 

 外部から三人程男を連れ込み暗殺の計画を進め、「ガキは外野でおとなしく拝んでなさい」だとか。

 

 ……確か本人はすぐに終わらせる算段のようだし、協力する必要を感じないのだろう。長引いた時にマイナスだろうけど。

 

 今後のことを考えたら生徒ともある程度良好な関係を維持した方が無難だろうに、プロ意識が空回りして無闇にこっちを見下してしまっているらしい。

 

 優れた外見と人を見下す性質と言うとアレの化身を連想させるけど、あいつは基本的に物腰柔らかと言うか慇懃無礼だし、寧ろ胡散臭さが服を着て歩いているような感じのアレは人を油断させる暗殺者とは対極だろう。人を唆すことは得意だが。死ねばいい。

 

 そして今、ヴィチュ(Vic)とビッチ(bitch)の発音を指摘され、BとVの区別もつかないのかと下唇を軽く噛む授業をしている。なんだこの授業?

 

 苦笑いして教科書を広げる。大人しく自習をしていた方が無難だ。

 

 実害が無いのなら放置で問題ない。教師としての仕事なんて期待もしてないから気にすることもない。

 

 ヘイトの高まる教室を尻目に自習を進めた。

 

 

 

 

 結局、自習で一時間が終了。現在は体育で暗殺の訓練のためジャージに着替え運動場へ。

 

 殺せんせー型の的を相手に射撃を行っている。

 

「……おいおいマジか。二人で倉庫にしけこんでくぜ」

 

 と、三村君が指差す先にはビッチねえさんに連れられ倉庫へと向かう殺せんせーがいた。

 

 だらしなく顔を緩ませて。

 

「……なーんかガッカリだな殺せんせー。あんな見え見えの女に引っかかって」

 

 多分フリとは思うけど、楽しんでるのは本心だろうなぁ。

 

 罠と知ってて本気で引っかかってるのかもしれないけど。

 

「……烏間先生、私達……あの(ひと)の事好きになれません」

 

 みんなの思いを片岡さんが代表する。

 

 外部からいきなりやってきて、高圧的な対応を繰り返し、賞金をかっさらおうとしている。そりゃあいい気はしない。

 

「……すまない。プロの彼女に一任しろとの国の指示でな」

 

「まあ仕方ないですよ。烏間先生も大変ですね」

 

 やや同情しつつ烏間先生を励ます。

 

 軍人で、公務員で、組織人では上の立場の人間には逆らえない。分かっていたことだ。

 

「だが、わずか一日で全ての準備を整える手際、殺し屋として一流なのはたしかだろう」

 

 外部から協力者を募ったらしいその人脈、手早く罠を仕込む手腕、そこへと標的(ターゲット)を誘導するテクニック。

 

 確かにこれはプロならではなのだろう。

 

 プロの仕事がそれだけとも思えないし、連れ込めなかった場合のプランも想定しているはず。

 

 計画通りにいかない事なんて珍しくないし、その場合の予備のプランや本命とは別の目標を複数作り計画が失敗しても成果が得られるよう策を練るのが理想だろう。

 

 そして倉庫に連れ込むのが本命の計画なら、連れ込むことができれば、恐らくは確殺できる計算を行っている。

 

 ──銃声が連続して轟く。

 

 倉庫の狭い空間ではマッハ20も十全に発揮できない。

 

 部屋の全てをカバーする弾幕なら避けることもできないだろう。

 

 銃声が止む。

 

 音からしてマシンガン。より弾幕を濃くするなら使われているのは散弾。

 

 普通の生物ならひとたまりもない。

 

「いやああああああ!」

 

 ……まあ、殺せんせーが普通の生物な訳がないのだが。

 

 多分実弾を使ったのだろうけど、対殺せんせー弾が開発(つく)られた理由とか考えなかったのだろうか?

 

 実弾が効かないと確かめられたのは一つの成果かもしれないが。

 

「な、何⁉ 銃声の次は鋭い悲鳴とヌルヌル音が!」

 

 ヌルヌル音という言霊に突っ込むべきか、殺せんせーの執拗さに突っ込むべきか。というかここまでヌルヌルと聞こえるのは何故だろう?

 

 断続的に聞こえていた悲鳴が小さくなっていく。

 

 これはどうなのだろう? 倫理的にというか、モラル的にというか、教師として。

 

 どんだけヌルヌルしてるのだろうか。あのタコ。

 

 ……うん、ただのタコだ。それ以上考えてはならない。

 

 あの触手生物とクトゥルフは一切関係ない。

 

 若干気分を悪くしつつクラスのみんなで倉庫へと向かうと、丁度殺せんせーが出てくるところだった。

 

 服は所々雑に縫われボロボロだが、本人は無傷である。

 

「殺せんせー! おっぱいは?」

 

「いやぁ……。もう少し楽しみたかったのですが」

 

 ……第一声でどんな会話をしているのだか。

 

「皆さんとの授業の方が楽しみですから。六時間目の小テストは手強いですよぉ」

 

 そう言って朗らかに笑う。

 

 クラス全員が、仕方ないという感じで笑うのだった。

 

 

 

 尚、手入れをされたビッチねえさんに関してはスルーしておく。本人の名誉のために。

 

 大人には大人の手入れがあるって一体……

 

 

    ※

 

 

「九頭龍君はあの人のことどう思ってるの?」

 

 教室へ戻る途中、歩きながら茅野さんに尋ねられる。

 

 質問が大雑把で返答に困るのだが、周りも変に注目してるし。

 

「どうって聞かれても、取り敢えず悪い人ではなさそう、かな?」

 

「悪い人ではって、殺し屋だけど……」

 

 そう苦笑する茅野さん。周囲も似たような反応だ。

 

「そうだね……。高慢なところもあるけど仲良くなれたら良いと思うよ? ハニートラップに長けた殺し屋なら高い交渉能力とか持ってるだろうし、いろいろ教われたら役立ちそうだし」

 

 結局プロフィールについて詳細には聞けなかったけど高い対話能力を持つ潜入や接近に長けた暗殺者らしい。

 

 授業をやる気は皆無のようだが、教師としても優秀に働けそうではある。

 

「相変わらずマイペースだなぁ。もしかして惚れたか?」

 

 前原君がからかうように笑う。

 

「別にそういう訳じゃないけどね。ただ、折角教師として来たんだし、勿体ないでしょ?」

 

 実際、彼女がいたら心強くはある。

 

 もし彼女が教室に加わってくれれば、僕らと打ち解けてくれれば、彼女の存在に助けられることもきっとあるだろう。

 



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大人の時間

後半を投下。
次回は未定。


 

 暗殺は失敗した。

 

 あのガキが言うように暗殺者とはばれていた。罠にかかったフリをしていたのも予想はしていた。

 

 だが、実弾が効かないなんて予想外だった。

 

 強引でも私に注意を向けさせ、大事な事から目を逸らせれば問題ないと思っていた。狩り場に誘導し、部屋の全てに行き渡る散弾で逃げ場もなく殺せる計算だった。

 

 油断しているなら、油断している間に一気に()るのが上策と思ってた。

 

 狩り場に連れ込めなかった時や誘いを拒み逃げ出そうとした時の対応は考えていたが、そもそも鉛の弾が効かないなんて知らなかった。鼻が良いとは聞いてたけど、金属の臭いや男性の加齢臭すら嗅ぎ分けるなんて、倉庫の改造を事前に気付かれるなんて思わなかった。

 

 気付かれてた上で、堂々と銃弾を食らうなんて予想していなかった。

 

 しかも、マッサージされて、肩と腰のこりをほぐされて、そしてあんなことまで……。

 

 ──許せない。

 

 あの時の事を思い出し、怒りに身を震わせる。

 

 ──こんな無様な失敗は初めてだわ。

 

 タブレットを操作しながら屈辱に歯を噛み締める。

 

 ──この屈辱はプロとして必ず返す! 次のプランで絶対に殺してやる!

 

 プロの仕事があの程度でタネ切れな訳はない。

 

 新しく最適な手先(アシスト)を選び直さなければ。

 

 機材も一から調達する必要もある。

 

 通信状態が悪い。Wi-Fiが入らないボロ校舎に苛立ちが募る。

 

「あはぁ、必死だねビッチねえさん。あんな事されちゃプライドズタズタだろうね~」

 

 うるさいガキの茶々を無視して計画を練る。いちいち相手にする暇はない。

 

 プロとして、私には殺るべき標的(しごと)がある。

 

「先生」

 

「……何よ」

 

 最前列の生徒から声がかかる。

 

 無視しようとも思ったがしつこく声をかけられたら面倒だ。手早く用件を済ませるとする。

 

「授業をしてくれないなら殺せんせーと交代してくれませんか? 一応俺ら今年受験なんで……」

 

 ……鬱陶しい。

 

「はん! あの凶悪生物に教わりたいの?」

 

 平和ボケした素人が、

 

「地球の危機と受験を比べられるなんて……。ガキは平和でいいわね~」

 

 仕事として請け負っているプロに口出しして、

 

「それに、聞けばあんた達E組って、この学校の落ちこぼれだそうじゃない。勉強なんて今更しても意味ないでしょ?」

 

 煩わしくて仕方がない。

 

 そもそも、とるに足らないガキがあの怪物と暗殺ごっこで遊んでいるなんて目障りで仕方がない。

 

 こんなガキと一緒だなんて面倒で仕方ない。

 

「そうだ! じゃあこうしましょ。私が暗殺に成功したら一人五百万円分けてあげる! あんた達が一生目にする事ない大金よ!」

 

 どうせ役に立たないだろうけど、喧しく喚かれるよりは幾分ましだ。それに雑用くらいには役に立つかもしれない。

 

 条件としては十分のはずだった。

 

「無駄な勉強するよりずっと有益でしょ? だから黙って私に従い……」

 

 コツン、と。

 

 黒板に何かがぶつかった音がした。

 

 前方から飛んできた消ゴムが、顔の脇を掠め、黒板にぶつかり教卓の上へと跳ねる。

 

「……出てけよ」

 

 誰かが呟いた声がした。

 

 前を見渡すとガキ共が冷たい目で睨み付けている。

 

「出てけくそビッチ!」

 

「殺せんせーと代わってよ!」

 

 教室内に罵声が響く。

 

 一斉に私の事を非難する。

 

 ──一体なんなのよ!

 

「なっ……何よあんた達その態度! 殺すわよ⁉」

 

「上等だよ殺ってみろコラァ!」

 

 次々にガキ共のブーイングが殺到する。

 

 消ゴムやペン、紙屑が投げつけられる。

 

 一部、「巨乳なんていらない!」とか意味不明なものもあったが、クラス中が敵意で溢れていた。

 

 一部、それに参加していない生徒もいたが……

 

 少なくとも、友好的な者は一人もいなかった。

 

 ──ホントなんでこうなるのよ!

 

 

 ※

 

 

「なんなのよあのガキ共!」

 

 教員室で不満をぶちまける。

 

 この調子じゃ暗殺にも支障が出かねない。当然のクレームだ。

 

「こんな良い女と同じ空間にいれるのよ? 有難いと思わない訳⁉」

 

「有難くないから軽く学級崩壊してるんだろうが」

 

 しかしそれは冷たく突き放された。

 

「いいから彼らにちゃんと謝ってこい。このままここで暗殺を続けたいのならな」

 

「なんで⁉ 私は先生なんて経験ないのよ⁉ 暗殺だけに集中させてよ!」

 

 私は殺し屋としてやって来たのに、なんでガキのお守りなんてしなきゃならないのか。

 

 なんで自分の思い通りに動かないのか。

 

 理解できないことだった。

 

「……仕方ない。ついて来い」

 

 

 

 ついて行くと、標的(ターゲット)が椅子に腰掛けジュースを飲みながらクリップボードを手に何かを忙しなく書き込んでいた。

 

「何してんのよあいつ?」

 

「テスト問題を作っている。どうやら水曜六時間目の恒例らしい」

 

 見ると、テーブルの上に問題集を山積みにし、ノートを時折確認しながらペンを走らせていた。

 

 ……くしゃみをしてブドウジュースを吹き掛け作り直しになった時は呆れたが。

 

「……なんだかやけに時間かけてるわね。マッハ20なんだから問題作りくらいすぐでしょうに」

 

 ──こっちが暗殺のために頭を悩ませているのにいい気なものね。

 

 そう思った。こんなの見せられて一体なんになるのか。

 

「一人一人問題が違うんだ」

 

 だがその後に続いた回答に一瞬言葉を失った。

 

 ガキ共の苦手教科や得意教科に合わせて全員の全問題を作り分けていると。

 

 高度な知能とスピードを持つ危険生物が、教師として完璧に働いている。

 

「生徒達も見てみろ」

 

 運動場には木製のナイフでボールを打ち合うガキ共がいた。

 

 一見遊んでいるようで、これも暗殺のトレーニングを行っているらしい。

 

「暗殺など経験の無い彼らだが、勿論賞金目当てとはいえ勉強の合間に熱心に腕を磨いてくれている。暗殺対象(ターゲット)と教師、暗殺者(アサシン)と生徒、あの怪物のせいで生まれたこの奇妙な教室では、誰もが二つの立場を両立している。……暗殺の依頼を断った生徒もいるが」

 

 ──暗殺自体興味ないですね。

 

 ふと、そんな言葉を思い出す。

 

 警戒心を隠さずこっちに接触してきた生徒。

 

 被害が来なければ良いと言われ、気にする相手ではないと見限ったガキ。

 

 名前を憶えなくていいと言ったのは、必要以上に関わる気がない、関わりたくないと言うことだろう。そんな小心者。

 

「暗殺を断ったって……。あの九頭龍って子?」

 

「世界よりも自分の日常の方が大事だと、寧ろ外部の人間に平穏を脅かされることを警戒している生徒だ。それでもできる範囲で協力してくれている」

 

 ──僕らに被害が及ばないか不安なだけで。

 

 自分達への被害だけを気にしていて、それ以外は何も聞いてこなかった。

 

 クラスで暴動が起きた時は、気にすることもなく自習をしていた。こちらの事を気にすることなく。

 

 相手にする気はないと言わんばかりに。

 

「依頼自体は断ったが、この教室の事を一番よく把握している生徒は恐らく彼だろう。だから外部から来た暗殺者であるおまえの事を警戒したし、情報の提供や意見も躊躇わなかった。この教室は生徒達の協力の上で成り立っている。もし暗殺者と教師を両立できないのなら、ここではプロとして最も劣るという事だ。だからこそ、生徒としても殺し屋としても対等に接しろ!」

 

 殺せるだけの殺し屋などいくらでもいる。と、

 

 そう言って烏間は去っていった。

 

 

 

「………」

 

 やりきれない思いに言葉がでない。

 

 殺すべき標的(ターゲット)の教師としての能力を見せられ、格下と侮っていた生徒(ガキ)共の暗殺者としての活動を見せられ、この教室の状況を見せつけられ、

 

 そして殺し屋としての能力を問われた。

 

 まして、暗殺対象(ターゲット)を殺せずに尻尾を巻いて逃げるなんてできず、

 

 だから──

 

 

※※ ※ ※※ ※ ※※ 

 

 

 教室内は喧騒に包まれている。

 

 教師不在で各々が好きに騒いでおり、僕はというと静かに自習をしている。

 

 度々欠席し、いつまた学校に来れなくなるか分からないため、予習を進めていても損はない。殺せんせーにも相談して先の範囲まで効率よくカバーできる問題集を作ってもらっている。本当に教師として有能だ。

 

 問題を解いていると、不意に教室の戸が開く音がした。

 

 一瞬にして教室内は静まり返る。

 

 刺々しい視線が向けられる中、毅然と黒板の前に立ち、チョークを握って英文を書き、

 

You're(ユア) incredible(インクレディブル) in(イン) bed(ベッド)! 言って(リピート)!」

 

 復唱するよう促し……て、それ、え?

 

「「「……ユ、ユーアー インクレディブル イン ベッド」」」

 

 いや、復唱してるけど、これ、

 

「アメリカでとあるVIPを暗殺した時、まずそいつのボディーガードに色仕掛けで接近したわ。その時彼が私に言った言葉よ」

 

 You're  ……あなたは~だ。

 incredible……信じられない。

 in bed  ……ベッドの中の~。

 

 ベッドの中のあなたは信じられない。

 

 つまり……。

 

「意味は『ベッドでの君はスゴイよ……♡』」

 

 ……中学生になんて文章読ませんの⁉

 

 その後、今後の授業の話をした。

 

 プロの暗殺者直伝の会話のコツを教える。受験に必要な勉強は殺せんせーに教わるように言って、自分が教えられるのはあくまで実践的な会話術だけだと。

 

 それでも僕らが自分の事を先生と思えなければ暗殺を諦めて出ていく、と。

 

「……そ、それなら文句ないでしょ? あと、悪かったわよいろいろ」

 

 後半は声が小さく、教室内が沈黙した状態でないと聞き取れなかっただろう。

 

 以前の高慢な様子は見る影もなく、寧ろ怯えたようにこちらの様子を窺っている。

 

 クラスのみんなもその変わりように呆然とし、顔を見合わせ、

 

「「「あはははははは!」」」

 

 一斉に笑いだす。

 

 きっと、彼女も彼女なりの葛藤があったのだろう。

 

 負けず嫌いなようだし、暗殺から手を引く気もなく、暗殺を続けるため歩み寄ろうとし、出た結論がこれなのだろう。

 

 高慢な性格を子供っぽいと思ったが、実際、殺し屋としてはともかく人としてはまだ未成熟なのかもしれない。

 

「考えてみりゃ先生に向かって失礼な呼び方だったよね」

 

「うん。呼び方変えないとね」

 

 みんなの方もそれを察したのか対応は柔らかい。

 

 どうやら彼女はクラスに受け入れられそうだ。

 

 

 

「じゃ、ビッチ先生で」

 

 

 

 そしてオチがついた。

 

「えっ……と、ねぇ君達、折角だからビッチから離れてみない?」

 

 さっきまで感動で涙してたのに、一瞬でそれが吹き飛んだ。

 

 気安くファーストネームで構わないと言うも既にビッチで定着してしまい、クラス中からよろしくと友好的なビッチコール。

 

 流石にこれには僕も苦笑いし、若干同情し、

 

「よろしくお願いしますビッチ先生」

 

 便乗することに。

 

「キーーッ! やっぱり嫌いよあんた達!」

 

 

※ ※

 

 

「すっかり打ち解けて良かったですね、ビッチ先生」

 

「良くないわよ!」

 

 放課後、教員室。

 

 僕、烏間先生、ビッチ先生、殺せんせーの四人がこの場にいる。軍人、殺し屋、怪物と、改めて考えるとスゴイ面子だ。

 

「というか、あんたまでそう呼ぶの⁉ イリーナさんって呼んでたじゃない!」

 

「いえ、折角ですし」

 

 折角って何⁉ と叫ぶビッチ先生をスルーし、烏間先生へと向き直る。手短に本題へ入ろう。

 

「殺し屋が派遣されていい機会ですし、ちょっと相談が」

 

「相談?」

 

「『生徒、及び民間人を暗殺に巻き込み被害を及ぼした場合、賞金は支払われない』。殺せんせーの暗殺の条件として明言するよう伝えてほしいんです」

 

 単刀直入にそう伝える。

 

「……どういう理由よ」

 

 訝しげなのはビッチ先生。最初にそんな手段を取らないと言ったにも関わらずそんな条件を突き付けたのを不審に思ったのだろう。

 

 でも派遣される殺し屋がビッチ先生だけな訳が無いわけで。

 

「ビッチ先生には確かにそう断言して頂きましたけど、今後そういう殺し屋が出てこないとは限らないので。念のための抑止力ですよ。ルールをルールとして明文化することは大切ですし」

 

 例えば、政府の仲介でなく独自の情報網で殺せんせーの存在を知った者、金に目がくらみ独断で殺し屋を雇う者、政府のコントロールから外れた殺し屋が出現した場合、こっちに被害が及びかねない。

 

 その場合、自分達だけで被害が収まる保証もない。生徒への手出しを禁じても、家族などの周辺人物に害が及ぶ可能性だって零ではない。

 

「なるほどね。でもただの中学生の要求を政府が飲むかしら?」

 

「『怪物を殺すために中学生を虐殺する用意でもあるのか?』って聞けば通ると思いますよ? それに、通らなくても申告すること自体にも意味はありますから」

 

 そう言ってスマートフォンを取り出す。

 

 既にレコーダーをオンにしており、会話を記録していた。

 

 意見が通らなくとも、意見を出してたと記録を残せる。

 

「まあ、一介の中学生にできることなんてたかが知れてるでしょうけど、できることはやっておいて損はないでしょう」

 

「……あんたはなんでそんなに警戒しているのよ」

 

 確かに警戒しすぎかもしれない。防衛省や政府を信用していないと露骨に言っているようなものだろう。

 

「必要だからです。この教室には一つ、()()()()()()()()()()()()()

 

 こっちも不本意だ。こんな交渉役なんて目立つこと、できることなら避けたい。

 

「……問題ですか?」

 

「それは一体?」

 

 その回答に、殺せんせーと烏間先生が反応する。

 

 致命的な問題と聞き、見過ごすことはできないのだろう。

 

 それさえなければここまで警戒する必要なかったかもしれない。

 

 超人的な二人でも解決できない問題。

 

 或いは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「生徒を守れる大人がこの教室にはいません」

 

 

 

 しばし間があり、顔をしかめ、意味を理解したあと二人は頭を抱えた。

 

 確かに有事の際は二人とも僕らを助けてくれるだろう。

 

 だが、社会的な立場として純粋に生徒だけを見ることはできない。

 

 烏間先生は軍人であり上の命令には従わざるを得ず、

 

 殺せんせーはそもそもの元凶であり社会的な能力がない。

 

 ビッチ先生にしても、政府(クライアント)の意向を優先せざるを得ないだろう。

 

 学園側の責任者にしても基本暗殺には関わる様子はなく、あの理事長がE組のためどこまで動くかは分からない。

 

 例えば、生徒に被害が及んだ時、どう責任を追及するのか。

 

 例えば、生徒に協力を強いる者が派遣された時、誰が歯止めをかけるのか。

 

 例えば、生徒諸共殺せば殺せんせーを殺せる状況になった時、政府はどう対応するのか。

 

 

 

 僕らの日常が脅かされた時、僕らが守られる保証はあるのか。

 

 

 

 学校という閉鎖的な環境の、E組という隔離教室、さらに国家機密という存在が外部の介入を阻害してしまっており、第三者に助けを求める事を困難にしてしまっている。陸の孤島というか、もはや牢獄だ。

 

 雪村先生のような、E組の生徒を第一に考えられる立場の大人がこの教室にはいない。尤も、彼女がいたら暗殺教室自体が必要なかったかもしれないけど。

 

 だから、自分達の安全を守るため、できることはしておきたい。

 

「まあ、政府を信用していないと言えばそれまでですけど、中立の立場で僕らを守る人がいないんですよね。この教室」

 

「それにあんたがなるつもり?」

 

 こっちだってこんな貧乏くじ、できれば願い下げだ。

 

 だけど、面倒ごとは逃げようとしても必ず起きてしまう訳で。

 

 だったら、自分から首を突っ込んだ方が何かと楽だ。

 

「できる範囲で、ですけど」

 

 

 

 

 とは言え、これで安心とはいかない。

 

 賞金を狙うものに対しては抑止力になるかもしれないが、賞金度外視で殺しに来るものには効果はない。

 

 また、身体的な被害を出さずに僕らを利用する手段なんていくらでも存在する。

 

 教唆、洗脳、催眠……これに魔術が加わったら立証自体が難しくなる。

 

 だから、ビッチ先生の加入は本当に助かった。

 

 そういった搦め手からの攻撃には相当に手慣れているだろうし、いざそんな状況に陥ったとき力を貸してくれるとありがたい。

 

 それに、生徒と民間人の安全を頼み、烏間先生はその要求を伝えてくれると言ってくれた。

 

 烏間先生に頼んだ条件には()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 高いコミュニケーション能力とあの性格ならすぐにクラスとも打ち解けるだろう。殺すべき標的(ターゲット)である殺せんせーとも。それこそ、人質として機能するくらいに。

 

 烏間先生や他の防衛省の職員も当てはまるだろうけど、まず狙うのはビッチ先生のはずだ。同業者として協力を要請することもできるし、いざ切り捨てる時、公僕よりアウトローの方が角は立たない。

 

 だから、ビッチ先生の安否はそんな危険人物が接近した時の指標になるはずだ。もしかしたら、被害がビッチ先生に集中するだけで済むかもしれない。

 

「まあ、それは当面先だろうけど」

 

 仕掛けるのはある程度殺せんせーの情報が集まってから、殺せんせーの手札がある程度出尽くしてから。

 

 しばらくは問題ないはずだ。それまでは気を楽にしてて良いだろう。

 

 思いの外面白い人のようだし、仲良くなれたら良いと思う。

 




注)この主人公、割りとクズです。


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