バカとE組の暗殺教室 (レール)
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四月 暗殺の時間・一時間目

僕らがこの椚ヶ丘中学校に入学してから三度目の春が訪れた。校舎へと続く山道の両脇には青々と生い茂る木々が立ち並び、自然に溢れた山の中からは時折小さな動物達が顔を覗かせている。
ただ学校に通うだけだったらこのような風景を日常的に見ることはないだろう。山道を登ることで日々の運動にもなる。都会の中にあって切り離されたかのように孤立した校舎には都会の騒音も届かず、なるほど確かに集中して勉学に励むためには適した環境のように聞こえるかもしれない。
そんな山の中腹にある拓かれた場所に立つ校舎へと歩みを進める道すがら、僕の身に降りかかった不思議な出来事につい言葉を漏らしてしまう。

「どうして僕はE組行きになったんだろう……未だに不思議だ」

「そりゃあお前が馬鹿で間抜けで不細工だからだろう」

誰だっ⁉︎ 事実無根の悪評で罵声を浴びせる奴は‼︎
聞こえてきた声に僕が振り返ると、そこには背が高くて細身ながら筋肉質の男が立っていた。短い髪の毛をツンツンと逆立たせ、意志の強そうな目で僕を見ている。

「ってなんだ雄二か。というより馬鹿で間抜けで不細工で、おまけに態度も悪くて馬鹿力の脳筋だからE組行きになったのは雄二の方で頭が陥没するほどに痛いぃっ‼︎」

「失礼な奴だな。まぁ確かに明久の頭蓋骨くらいなら握り潰せそうだから馬鹿力って評価は甘んじて受けよう」

そう言いながらアイアンクローを決めているのは僕の悪友、坂本雄二だ。けど甘んじて受ける気があるならその手を離して欲しい。
山道の通学路を通っていることからも分かる通り、雄二もE組だ。あ、今パキュって音が頭の中に響いてきた。

「ギブギブギブッ‼︎ そろそろ離さないと僕の頭が落ちたザクロのようにぃっ‼︎」

ちょっと洒落にならない音が僕の頭から鳴り始めたので本気で止めに入る。
雄二も僕が本気で言っていることが分かったのか、大人しく頭から手を離してくれた。

「仕方ない、許してやるか。流石に明久の脳髄が撒き散らされたら汚れて面倒だ」

友達の脳髄が撒き散らされて心配するのはそこじゃないと思う。そんな考え方だからE組に送られたんじゃないだろうか。

僕の通う椚ヶ丘中学校はクラスがAからEまであるんだけど、二年生の三月……要するに三年生が卒業するまでに成績や態度の悪かった二年生は特別強化クラスである三年E組に編入させられる。
ただし特別強化クラスとは名ばかりの代物で、編入した生徒は隔離校舎に移されて本校舎への不必要な立ち入りを禁止され、E組に対する優先順位は最低底のものとなって先生や生徒を問わず学内ではクズ扱いされる。おまけに校舎は廃屋のように酷い設備でとても偏差値六十六の進学校とは思えない。その待遇の酷さから“エンドのE組”と言われているほどだ。
これは学園の理事長の理念に沿って作られた制度らしい。95%の優等生と5%の劣等生、劣等生を激しく差別することで優等生に常に向上心を意識させるのだと聞いたことがある。
だからなのかは知らないが、進学校の割に入学試験自体はそこまで難しくない。敢えて入学試験を緩くすることで多少成績が悪くても入れるようにし、それによって授業に着いていけない劣等生を意図的に生み出すことで優等生を奮起させる起爆剤にしているのだろう(by雄二)。
そもそもこの編入制度があるため基本的に成績の悪い人は入学しようとしないから、結果として()()()()()成績優秀で偏差値の高い進学校になる。まぁ僕が椚ヶ丘中学校を選んだ理由は近くて入りやすかったからだけど。

「話を戻すが、お前は別にA組とかE組とかクラスなんて気にしてなかっただろ。色々と面倒が増えるってだけで」

「まぁね。ただちょっと成績が悪くてちょっと生活態度が悪かっただけなのに、概ね優等生の僕がE組行きになったことが不思議でさ」

「お前が優等生なんだったら、この世に“優等生”という単語は必要ないだろうな」

「暗に僕のことを馬鹿って言ってる?」

「自分で考えろ、優等生(馬鹿)

僕らはいつもの掛け合いをしながら並んで山道を登っていく。
学校が校則として許しているからって、E組というだけで悪く言うのは個人的にはどうかと思う。成績からじゃ分からないことだって沢山あるし、世の中は学力が全てってわけじゃないんだから。
そういう風に思っているのはこの学園では少数派だけど、雄二だってその少数派の一人だ。そうじゃなかったら中一からの腐れ縁もとっくに切れていたのではないだろうか。
そうこうしている内に僕らの通っている校舎が見えてきた。春休み前の三月から今のE組に通っているのでクラスメイトの顔は分かっているが、だからと言って皆のことを深く知っているわけじゃない。今後の一年間を共に過ごす仲間がどういった人達なのか、これから知っていくことでもっと仲良くなれるのか、少し不安だが楽しみでもある。

























そんなことを思っていた時期が僕にもありました。
いやまぁまだ不安には思っているんだけど、その前にまずは目の前の現実を整理しなくては。

「初めまして、私が月を()った犯人です。来年には地球も爆る予定です。君達の担任になったのでどうぞよろしく」

新学期初日の朝のHR。黄色いタコが人間になったみたいな大男が教壇に立って触手をヌルヌルさせながらそう言った。
何を言っているのか分からないかもしれないが言っている僕もよく分からない。というかいきなりこんなことを言われて分かる人がいるんだったらすぐ来て欲しい。迷わず精神科を紹介してあげるから。
どうやら僕の身に降りかかる不思議というのはこれからが本番のようだ。







ガララッ、と教室のドアを開けて担任の先生が入ってきた。いつも通り三日月型の笑みを浮かべているんだけど、なんかいつもより口角が上がっている気がする。あ、これもう今から何が起きるのか色々とバレてるっぽい。
先生はペタンペタンと裸足で廊下を歩くような足音を鳴らしながら教壇に立つ。

「HRを始めます。日直の人は号令を‼︎」

先生がそう言うとクラスに緊張が走った。今日の日直は潮田渚君だ。彼の号令で今日の一日が始まる。
水色でセミロングの髪を両サイドで結んだ小柄な身体。ぱっと見るとーーーいや、じっくり見ても女子と間違えそうな可愛らしさの男子である。実は似たようなクラスメイトがもう一人いるんだけど、二人とも女子の制服を着て言葉遣いを直したら女子生徒として扱われてしまいそうだ。

「……き、起立‼︎」

渚君の掛け声でクラスメイト全員が立ち上がる。……それぞれが銃を構えて。
うん。“起立”の掛け声に合わせて立ち上がったんだから、銃を構えていることくらい小さなことだよねっ‼︎

「気をつけ‼︎」

渚君の掛け声でクラスメイト全員が姿勢を整える。……教壇に立つ標的(ターゲット)に狙いを定めて。
うん。“気をつけ”の掛け声に合わせて身動ぎ一つしていないんだから、狙いを定めていることくらい何でもないよねっ‼︎

「……れーーーい!!!」

渚君の掛け声でクラスメイト全員が礼……をすることなく標的に向けて発砲する。
うん。“礼”の掛け声に合わせて発砲……いやこれは流石にフォロー出来ないよ。“礼”に合わせて発砲って何?確実に“礼”じゃなくて“非礼”だよね。

普通に考えたら中学校のHRではあり得ない光景だけど、何も僕らは授業を受けたくないから先生を撃ち殺そうとしてるんじゃない。僕らは真剣に先生を撃ち殺そうとしてるんだ。←誤解を招く言い方。
……でも殺せないんだよねぇ。クラスメイト二十九人での一斉射撃も先生は余裕で躱しながら出欠を取っている。動きながら何かを書くのってすごく難しいのによくやるなぁ。
けどそれも当然のことなのかもしれない。
何故なら先生は人間ではなく超生物なのだから。





地球の周りには衛星として月が回っている。地球と同じ丸い形をしていて、太陽の光がなんやかんやあって半月や三日月に姿を変えて見えるようになる。常識だねっ‼︎
……ただ、もう常識じゃないんだよね。

今年の三月、月の七割が蒸発して丸い形が三日月になったのだ。原因は不明、テレビや新聞で取り上げられていない日はないほど今世界中で話題になっている大事件である。

「初めまして、私が月を()った犯人です。来年には地球も爆る予定です。君達の担任になったのでどうぞよろしく」

それが顔面満月みたいな触手をヌルヌルさせた黄色い大男の仕業だと言うらしい。後ろには黒服の人達がいて、その内の一人は黄色い大男に向けて銃を構えている。あれって本物?
クラスメイト達のツッコミを入れたいという空気がヒシヒシと伝わってくる。けど突然の出来事にどう反応したらいいのか分からないようだ。
仕方ないな。僕が皆を代表してツッコミを入れてみることにしよう。

「えーと、貴方が月を破壊した犯人……?じゃあ月見うどんのような料理は今後どのように呼べばいいかとか考えてるんですか?」

「「「いや、そんなことどうでもいいから‼︎」」」

え、皆は気にならないの?だって黄身を満月に見立てたのが“月見”って名前の料理なんだよ?お月見だって満月を眺めて楽しむ行事だし……三日月になった月だと意味が分からないじゃないか。

「にゅやッ‼︎ 気になるのはそこなんですか⁉︎ 他にも先生の正体とか地球を破壊する理由とか三年E組の担任になったわけとか聞きたいことはいっぱいあるでしょう⁉︎」

(((よく分からない生き物がよく分かる主張を言っている……)))

「いや、僕としてはそっちの方がずっと気になってたっていうか……というより今の質問は訊いたら答えてくれるんですか?」

「答えませんよ?」

(((答えないのかよ‼︎ )))

何だろう。僕以外のクラスメイトの心が一つになっている気がする。

「あー、すまない。話を進めさせてもらってもいいだろうか?」

そんな緊張感のないやり取りをしていたところに、黄色いタコの後ろに並んだ黒服の人の一人が割って入ってきた。防衛省の烏間さんと言うらしい。
烏間さんの話は黄色いタコの話が本当だということと、それが現実となる前に黄色いタコを殺したいということだった。
だったら自分達で殺せばいいじゃんとも思ったのだが、この黄色いタコは最高速度マッハ二十で動けるらしく国の方でも殺せないらしい。……僕らにどうしろと?
確かにこの黄色いタコが三年E組の担任になるんだったら僕ら全員に至近距離から殺せるチャンスがあるってことだけど、だからってどうして僕らが暗殺なんかーーー

「成功報酬は百億円‼︎」

「先手必勝っ‼︎」

武器となるものは筆記用具……だけど取り出している暇はないか。ならば上着の内ポケットに入れておいたカッターを投げてその隙にもっと殺傷力の高い武器をーーー

「ヌルフフフフ。話は最後まで聞きましょう。殺る気なのは結構ですが、そんなことでは先生は殺れませんよ?」

は、速い……‼︎ 僕が内ポケットからカッターを取り出そうとした次の瞬間には触手で腕を抑えられてしまっていた……‼︎ マッハ二十は伊達じゃないってことか……‼︎
だったらこの触手を掴まえてーーー

「落ち着け明久。真正面から殺って殺せるなら政府がとっくに殺してるだろ。まずはこのタコの言う通り、話を聞いてからだ」

後ろの席に座っていた雄二にもう一方の肩を抑えられる。
ーーーあれ?僕はいったい何をして…………

「ーーーハッ‼︎ ごめん雄二、百億円という大金に理性と知性が飛んでたよ」

「おう、知性の方は元々ないから気にするな」

失敬な。あのタコを殺せば大金が手に入るってことが分かるくらいには知性があるよ。
理性と知性を取り戻した僕は烏間さんの話の続きを聞くことにしたのだが、どうやら通常兵器の類いは効かなかったらしく人間には無害で黄色いタコには有害な特殊素材で作られた武器を支給してくれるそうだ。
なんだ、じゃああのまま続けて仮に武器を当てられたとしてもこのタコは殺せなかったってことか。まぁあの触手の速さを実感した今では続けてたとしても当てられたとは思えないけど……百億円は遠いなぁ。
こうして僕らの暗殺教室は始まったのだった。




次話
〜暗殺の時間・二時間目〜
https://novel.syosetu.org/112657/2.html



明久「これで“暗殺の時間・一時間目”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」

雄二「後書きは俺達の会話やこの小説の設定で埋めていこうと思う」

渚「基本的にはクロスオーバーしたことによる変化だけどね」

明久・雄二「「雄二/明久が頭悪いのに椚ヶ丘中学校に入れた理由とかね/な」」

明久・雄二「「……‼︎(メンチの切り合い)」」

渚「ふ、二人とも喧嘩は抑えて‼︎ そ、それにその理由は作中に書いてるから此処で説明しなくても分かってくれてるよ‼︎」

明久「……命拾いしたね」

雄二「……それはこっちの台詞だ」

渚「(今の内に話題を変えよう‼︎)そ、そういえば二人以外にもE組に来てる人っているよね?」

明久「あ、うん。クラスメイトが原作よりも四人増えてるからね」

雄二「まぁ俺達以外の二人って言えば誰かは予想できるだろ」

渚「E組に来てる四人以外のキャラクターは今後出てくる予定あるの?」

明久「さぁ?大まかには決まってるけど実際に話が進んでみないことには何とも……」

雄二「ただ、確定情報として島田の出番はないってことは言っておく」

渚「あ、そういえば島田さんって中学の時はドイツにいたんだっけ?クロスオーバーした影響がこんなところにも出てるなぁ」

明久「原作で一緒だった仲間が減るのは寂しいけど、そこはしょうがないね」

雄二「二次創作ならではの“ご都合主義”って手もあるが、限りなく原作設定には手を加えたくないという拘りがあるらしい」

渚「まぁクロスしたキャラクター同士だと椚ヶ丘中学校で過ごしてきたっていう過去があるから、どうしても人間関係は少し変化しちゃうんだけどね」

明久「も、もしかしてその影響で僕を好きになってる人とかもいるのかな⁉︎」

雄二「久保とかな」

明久「……はぁ、雄二は何を言ってるのさ。僕が言ってるのは恋愛の“好き”のことだよ?たとえクロスオーバーの影響があっても久保君は男なんだから、そんなことあるわけないじゃないか」

雄二・渚「「…………」」

明久「……え、なにこの沈黙。二人ともどうかした?」

渚「え?えぇっと……あ、そ、そろそろ時間じゃないかな⁉︎」

雄二「お、おぉそうだな‼︎ 初めてだからつい長話しちまったぜ‼︎」

明久「え、そうかな?まだまだ大丈夫だと……」

渚「それじゃあ今日はここまで‼︎」

雄二「皆、また見てくれよな‼︎」

明久「あ、うん。次の話も楽しみに待っててね‼︎……ねぇ二人とも、さっきの沈黙は何ーーー」





黄色いタコ「にゅやッ‼︎ どうして後書きに先生の出番がないので……あ‼︎ そういえばまだ名前も出てませんよ⁉︎ 茅野さん、早く私に名前を付けて下さい‼︎」


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暗殺の時間・二時間目

キーンコーンカーンコーン。
教室にチャイムが鳴り響き、午前中の授業の終わりを告げる。

「昼休みですね。先生ちょっと中国行って麻婆豆腐食べてきます。暗殺希望者がいれば携帯で呼んで下さい」

授業の片付けを済ませた先生はそう言って窓に足?を掛けると、次の瞬間には空の彼方へと飛んでいってしまっていた。
暗殺するなら呼んでって……それってもう暗殺じゃない気がするのは僕だけ?
まぁ今はそんなことどうでもいいや。お腹も減ったことだしお昼にしよう。えぇっと、持ってきたソルトウォーターと食後の砂糖(デザート)は……っと。

「いやはや、あの弾幕を物ともせんとはのぅ」

「…………物量作戦も簡単には行かない」

僕がお弁当(と言えるかどうかはともかく)を取り出しているところに、独特な言葉遣いと口数の少なそうな雰囲気の声が聞こえてきた。何時もお昼を一緒に食べている二人だ。
一人は渚君の時にも連想した女子のように可愛らしい男子である木下秀吉。もう一人は小柄で普段から大人しくあまり目立たない土屋康太ことムッツリーニ……違った、ムッツリーニこと土屋康太である。
その二人が朝の銃撃について言葉を漏らしながらお弁当を持ってやってきた。

「三十丁近くあるエアガンの乱射と黒板や壁からの跳弾。あれを防ぐならともかく全て躱すとなると、全部の弾道と跳ね返る弾の軌道を完璧に計算してやがるな。マッハ二十で動けんだから弾道を見切られるのは仕方ねぇとして、もっと何重にも策を巡らさねぇと一生あれは殺せねぇぞ」

後ろに座る雄二がBLTサンドを頬張りながら小難しいことを言ってるけど、要するにこのままじゃあの先生は殺せないってことだろう。
国が作ったっていう対先生特殊素材で作られた武器も当たらなければ意味がない。しかも当てるだけでも難しいというのに、当てるだけじゃ駄目だというのだから先が思いやられる。
HRの後に先生が実演してくれたんだけど、特殊素材の武器が当たると先生の身体は豆腐のように容易く崩れていった。けど数秒すればすぐに再生してしまうということが分かり、これでは紛れ当たりでダメージを与えられても決定打にはならない。
先生を確実に殺すには限界があるのかも分からない再生する身体を壊し続けるか、何処ともしれない急所を破壊するしかないということになる……何その無理ゲー。

「うーん、対先生武器以外にも先生の弱点って無いのかな?」

「それが分かりゃあ苦労しねえよ」

「うぅむ。やはり暗殺を繰り返しつつ探っていくしかないかの」

「…………(コクコク)」

何か一つでも弱点が分かればそれを元に作戦を考えられるんだけど、こればっかりは学校生活や暗殺の中で見つけていくしかないか。
先生にさり気なく訊いたら教えてくれないかなぁ。例えば……

“先生。この数学問題と先生の殺し方がよく分からないんですけど、どうすればいいか教えてもらえませんか?”
“ヌルフフフフ、吉井君は勉強熱心ですねぇ。この問題は公式に当て嵌めて考えればすぐに解けますよ。先生の殺し方については○○が弱点なのでそれを使って……”

……よし、シミュレーションは完璧だ。これほど自然に会話に出されたら流石の先生もうっかり弱点を漏らしてしまうだろう。
それにあの先生、殺されない代わりに少し抜けてるところがあるからきっと上手くいくはず。
皆とお昼を食べながら駄弁った後、授業開始前に戻ってきた先生に早速シミュレーション通りの質問をぶつけてみた。

「吉井君、そこまで露骨に訊いてしまうと相手は警戒してしまいますよ。もっと自然に相手の情報を引き出すための国語力を鍛えねばなりません。これから放課後にでも時間があれば一緒に勉強していきましょう。数学も分からないところがあるようなので一緒にですね」

こうして僕の放課後ライフに時々追加授業が予定として組み込まれることとなった。
おかしい、僕のシミュレーションは完璧だったはずなのに……解せぬ。







「お題に沿って短歌を作ってみましょう。ラスト七文字を“触手なりけり”で締めて下さい。出来た者から今日は帰って良し‼︎」

午後の授業は短歌作りをやるらしい。
先程は先生に注意されてしまったが、実は国語は僕の中では大の得意だ。日本人なんだからそれっぽく書いてそれっぽいのを提出すれば最終的には何とかなる。←国語を舐めてる人の考え方。
そうと決まればどんどん書いていこう。“触手なりけり”で終わらせればいいんだから、なんか触手プレイっぽい内容を詩的表現で表して……

「先生、しつもーん」

開始数分、手を挙げて声を出したのは茅野カエデさんだ。
緑色でロングの髪を両サイドで結んだ小柄な身体の女子……ってこの説明だと渚君とほとんど変わらないよ。まぁ同じ髪型で似たような体格だから仕方ないか。胸も小「ッ‼︎」ーーースレンダーな体型だしねっ‼︎
物凄い勢いで顔を横に向けた茅野さんだったが、少しして首を傾げながら不思議そうにしつつ先生の方へと顔を戻す。彼女は読心術でも会得しているのだろうか?

「……?何ですか、茅野さん」

「あ、えぇと……今更だけど先生の名前ってなんて言うの?他の先生と区別する時に不便だよ」

茅野さんの言う通り本当に今更だと思うけど、確かにすっかり訊くのを忘れてた。まぁ今となっては区別するほど他の先生との関わりもないし、知らなくても困らないっちゃ困らないんだけどね。

「名前……ですか。名乗るような名前は特にありませんねぇ。なんなら皆さんで付けて下さい。今は課題に集中ですよ」

「はーい」

先生に注意された茅野さんは大人しく短歌作りに入る。先生も待機モードに入ったのかは知らないが顔色を薄いピンク色に変化させていた。……さらっと言ったけどなんで気持ち次第で顔色が物理的に変わるんだろう?
……と、そこで茅野さんと入れ替わるように渚君が立ち上がった。

「お。もう出来ましたか、渚君」

短冊を持って立ち上がった渚君に先生が感心したような声を掛け、クラスの皆も渚君に視線を向けている。
ただ、皆が視線を向けているのは渚君ではなく渚君の手元ーーー短冊と重ねるようにして隠し持っている対先生特殊ナイフだ。
教壇まで自然に距離を詰めていった渚君は、ナイフの間合いに入ると同時に構えたナイフを大きく振りかぶり……えっ、真正面から⁉︎ そんなの先生相手に通用するわけがない‼︎
振り下ろされたナイフは案の定、先生の触手によって止められる。

「……渚君、もっと工夫をしまーーー‼︎」

先生が助言をしているのを無視して渚君は先生に抱き付いた。……ってなんで抱き付いたの?
抱き付く時に対先生特殊ナイフは捨ててるから両手はフリー。だからこそ先生も無抵抗に抱き付かれたんだろうけど、特殊素材の武器がなければ先生は殺せないーーー



次の瞬間、渚君と先生の間で爆発が起こった。



「ッしゃあ‼︎ やったぜ、百億いただきィ‼︎」

何が起こったのか分からない僕らを余所に、刈り上げで大柄な寺坂竜馬君、短いドレッドヘアーの吉田大成君、出っ歯でニヤケ面の村松拓哉君が騒ぎながら教壇へと駆け寄っていった。
……ハッ‼︎ 何が起こったのかは分からないけど、まずは渚君の無事を確認しなくちゃ‼︎ 僕も立ち上がって彼らの元へと近づいていく。
彼らの様子から渚君を巻き込んで起こった爆発について知っていると思ったのだろう。我に返った茅野さんも寺坂君達に詰め寄っていた。

「ちょっと寺坂、渚に何持たせたのよ‼︎」

「あ?オモチャの手榴弾だよ。ただし対先生弾を仕込んで火薬で威力を上げてるけどな」

「なっ……」

寺坂君の言葉を聞いた茅野さんは絶句していたが、それを聞いた僕はむしろ黙っていられなかった。

「火薬で威力を上げてるって、渚君が怪我するのを知ってて持たせたのかよ‼︎」

「うるせぇな、人間が死ぬ威力じゃねぇよ。治療費ぐらい百億で払ってやらァ」

「じゃあ体格良いんだから自分でやれ‼︎ っとそんなことより渚君、大丈夫⁉︎」

こんな馬鹿に構ってる場合じゃなかった‼︎ 至近距離で爆発を食らったんだから最低でも火傷は負ってるはず。
急いで治療をしなくちゃ……と思って倒れてる渚君に駆け寄ったんだけど、よく見たら火傷どころか傷一つついていなかった。意識もあるみたいだし……というか渚君をなんか膜が覆って……

「ーーー実は先生、月に一度ほど脱皮をします。それを爆弾に被せて威力を殺しました。つまりは月イチで使える奥の手ですね」

へぇ、これって脱皮した皮なんだ。至近距離の爆発からも守ってくれるなんて耐熱性、衝撃吸収ともに兼ね備えた優れものではないだろうか。災害現場とかで凄い役立ちそう。
……うん?渚君が無事で一先ず安心したけど、全員上を向いてどうした…んだ……ろ…………うわぁ。大変なものを見つけちゃったよ。
皆の視線を辿って天井に顔を向けると、そこにはキレて顔色が真っ黒になった先生が張り付いていた。
授業中に暗殺を仕掛けた生徒に対して怒ってる時に赤くなったのは見たことあるけど、真っ黒なのは初めてだ。これ、下手すると地球終わったんじゃ……

「寺坂、吉田、村松。首謀者は君らだな」

「えっ⁉︎ い、いや……渚が勝手に……」

先生の問い掛けに寺坂君が誤魔化そうとした瞬間、突然ドアが開いたと思ったら表札を大量に抱えた先生が入ってきた。……あれ、いつの間に出ていったの?
何処かに行って帰ってきたらしい先生は抱えていた表札をその場にぶち撒けた。えー何々?“寺坂”、“吉田”、“村松”……あ、これ皆の家の表札だ。ご丁寧にマンション住まいの僕の部屋のネームプレートまであるよ。

「政府との契約ですから君達に危害は加えませんが、次また今の方法で暗殺に来たらーーー()()()()には何をするか分かりませんよ?」

変わらず真っ黒な顔色のまま普段とは違った凶悪な笑みを浮かべて脅してくる先生。僕らを傷付けない代わりにその家族や友達を殺すかもしれないってことか。
それは絶対に駄目だ。そうならないためにも今後は先生の琴線に触れるような行動は控えないと……

「な、何なんだよテメェ……迷惑なんだよォ‼︎ 迷惑な奴に迷惑な殺し方して何が悪いんだよォ‼︎」

先生の脅しに恐れをなしたのか、寺坂君は腰を抜かして泣きながらヤケクソ気味に怒鳴りつける。
ちょっ⁉︎ 今の先生を下手に刺激しない方が……と心配する僕だったが、寺坂君の言葉を聞いた先生は真っ黒だった顔色を元に戻して更には明るい朱色の丸マークを浮かべていた。

「迷惑?とんでもない。アイディア自体はすごく良かったですよ。特に自然な身体運びで先生の隙を突いた渚君は百点です」

そう言って触手で頭を撫でてくる先生に渚君も戸惑いながら驚いている。
と思ったら今度は暗い紫色のバツマークを浮かべていた。情緒不安定か。

「ただし‼︎ 寺坂君達は渚君を、渚君は自分を大切にしなかった。そんな生徒に暗殺する資格はありません‼︎ 殺るならば人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう」

どうやら先生が怒っていたのは自分を犠牲にするような方法で暗殺を仕掛けてきたかららしい。じゃあそれに気をつけて暗殺を仕掛ければ先生がキレることはないってことだ。
でも笑顔で胸を張れる暗殺者って……暗殺者の時点で胸は張れないと思うなぁ。胸張って暗殺者を名乗ったら間違いなく刑務所(豚箱)行きだよ。

「さて、では問題です。先生は皆さんと三月までエンジョイしてから地球を爆破します。それが嫌なら君達はどうしますか?」

先生から出された問題。しかしその答えは一択なので迷う余地はなかった。
先生の目の前に立っている渚君がクラス全員を代表して回答する。

「……その前に、先生を殺します」

「ならば今、殺ってみなさい。殺せた者から今日は帰って良し‼︎」

渚君の回答を聞いた先生が、今度は顔色を緑の縞々に変化させてニヤリと笑った。
あの顔色は僕らを舐めている証拠だから、先生の怒りも収まって一件落着……え、先生を殺すまで帰れないの⁉︎ どうしよう、学校で暮らす準備なんて出来てないよ‼︎

「殺せない、先生……あ、名前……“殺せんせー”っていうのはどうかな?」

茅野さんがなんか先生の名前を決めてるけど、今はそれどころじゃない。もう殺せんせーでも何でもいいから。
少なくとも今は殺せんせーを殺すことが出来ない以上、学校で暮らすことは確定だ。そのためには泊まる準備が必要だってのに、準備をするために帰ることも出来ないなんて……あ、それは先生に頼んだら持ってきてくれるのかな?

僕が自分の席に戻りながら今後の生活について悩んでいると、すれ違うように雄二が先生の元へと向かっていった。
ん?いったいどうしたんだ?と思って振り返ってみると、雄二は床に放置されたままの脱皮した皮を拾い上げていた。それを持って皆の家から集めてきた表札を綺麗に磨いている先生へと声を掛ける。

「先生、この脱皮した皮邪魔だろ?捨ててきてやるよ。爆発にも耐えられるってことは不燃ごみでいいのか?」

あ、あの雄二が自ら進んで面倒事を引き受けるなんて……いったい何を企んでるんだ?少なくとも善意ってことはあり得ない。何故ならそんな殊勝な性格はしていないから。

「いえ、私の皮は有毒ガスも発生させずに土壌の養分となるエコ素材ですよ。校舎の裏や山の中にでも捨てておいてくれれば消えてなくなります。アンパンマンの古い顔と同じですね」

あぁ、そういえば交換した後のアンパンマンの顔は公式見解でそうなってるんだっけ?子供の頃はアニメを見てたけど、小さいながら捨てるなんて勿体ないって思ってたなぁ。
雄二からは考えられない行動について何も思わないのか、先生は普通に対応している。なるほど、これが付き合いの差ってやつか。もちろん悪い意味のだけど。

「分かった、じゃあ校舎裏にでも捨ててくる。俺の事は気にせず先に短歌作りでも暗殺でも続けておいてくれ」

「はい、わざわざありがとうございます。それでは坂本君のお言葉に甘えて、皆さんは何時でも殺しに来てくれていいですよ」

と言われても……今殺しに行ったら表札と一緒に手入れされるよ。殺せんせー、何故か殺しに来た人を手入れする癖があるから……
取り敢えず雄二が帰ってくるのを待って良い案がないか訊いてみることにしよう。僕も色々考えたけど良い案は思い浮かばないし。



しかしその後、雄二の姿を見た者は誰もいない。





(((あいつ、バックれやがったな‼︎ )))

ちなみに問題なく完成していた短歌が雄二の机に置いてあったため、最初の課題を考えると殺せんせーも雄二を怒るに怒れなかったとかなんとか。



次話
〜体育の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/3.html



秀吉「これで“暗殺の時間・二時間目”は終了じゃ。皆、楽しんでくれたかの?」

土屋「…………ここからは会話と小説の設定について話していく」

茅野「それだけじゃなくて、原作のネタバレも偶にあるから読む時は注意してね」

秀吉「ふむ。原作と言えば、今回殺せんせーが使った脱皮した後の皮は実際にはその後どうなっておるのかの?」

土屋「…………原作では追及されていない」

茅野「あ〜、確かに気にしたことなかったかも。気付いたらなくなってるって感じかな」

秀吉「なるほど。それでこの小説内では“消えてなくなる”という設定になっておるのじゃな」

土屋「…………(コクコク)」

茅野「これはクロスした影響じゃなくて、原作でも設定がよく分からなかった部分に焦点を当てたって感じだね」

秀吉「今後もこのような原作でよく分かっていない部分について独自に設定した話が出てくることじゃろう」

土屋「…………ネタとしては十分使える」

茅野「せっかくクロスしてるんだから、出来れば変化した部分を中心に話を組み立てようよ……」

秀吉「変化した部分か……ワシとしては茅野の重荷が原作よりも早い時期に降りるような変化が欲しいところじゃな」

茅野「……?重荷っていったい何のこと?そんなの私は別に背負ってないよ?」

土屋「…………後書きで惚ける必要はない」

茅野「土屋君まで……だからいったい何のこと?」

秀吉「いや、じゃから原作ではクラスの皆に対して演ーーー」

触手にゅるん。

茅野「 何 の こ と ?(ニッコリ)」

土屋「…………これ以上は消される……っ‼︎(フルフル)」

秀吉「そ、そうじゃな‼︎ すまん、ワシらの勘違いみたいじゃ‼︎ きょ、今日のところはこれくらいでお開きにするかの‼︎」

土屋「…………‼︎(コクコク)」

茅野「そうだね、そうしよっか。それじゃあ次の話も楽しみにしててね〜‼︎(触手ふるふる)」





殺せんせー「にゅやッ‼︎ またしても先生の出番はなしですか⁉︎ 前回と今回の流れからいくと名前と出番があった人が呼ばれるシステムじゃ……あ、茅野さん、木下君、土屋君‼︎ まだ部屋の電気は消さないで下さーーー」


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体育の時間

渚君が自爆テロを仕掛けた日から数日が経った。
あ、そうそう。殺せんせーは相変わらず殺せてないんだけど、あの日は授業が終わったら普通に家に帰してくれたよ。“僕の考えた理想の学校移住計画”は永久凍結されることになったんだ。
計画が実行されていれば(僕の)世界が一変していたというのに……どんな計画だったかは国家機密なので教えられません。

あれからも殺せんせーの暗殺は大なり小なり毎日行われている。
この前は野球大好き少年である杉野友人君が、対先生BB弾を埋め込んだ野球ボールで暗殺に挑戦して失敗したらしい。その後で殺せんせーに手入れされたのか、なんか前より雰囲気が明るくなった気がする。偶に渚君とキャッチボールしてる姿を見掛けるようになったし。
他にも笑顔で近づいて不意を突く集団暗殺を実行したらしいんだけど、まぁ普通にマッハで躱されたそうだ。その時に殺せんせーがクラスの花壇を荒らしてしまったそうで、お詫びにロープで縛られて木に吊るされた殺せんせーを狙っていいという“ハンディキャップ暗殺大会”が行われた。言わなくても分かると思うけど、やっぱり殺せなかったね。

そして今日から新しい先生が体育教師を兼ねた副担任としてE組にやって来ていた。今はその先生と一緒にグラウンドで体育の授業をやっている。
まぁ新しい先生っていうのは防衛省の烏間さんなんだけどさ。あ、今は烏間さんじゃなくて烏間先生だった。

「八方向からナイフを正しく振れるように‼︎ どんな姿勢でもバランスを崩さない‼︎」

……うん、これでも体育の授業をしているんだよ?暗殺教室らしくナイフの素振り中である。
烏間先生が来る前は体育も殺せんせーが担当してたんだけど、身体能力が違いすぎて皆からは不評だった。そりゃ、いきなり反復横跳びで視覚分身やれって方が無理だよ。出来ても残像までだ。
そのことを烏間先生が来るまで自覚していなかったらしく、皆から指摘されて体育から外された殺せんせーは砂場に追い払われていた。今も項垂れながら砂山を作っている。

「でも烏間先生、こんな訓練意味あんスか?しかも当の暗殺対象(ターゲット)がいる前でさ」

明るい髪色で見た目爽やかそうな前原陽斗君が、訓練に疑問を感じているようで烏間先生に質問していた。

「勉強も暗殺も同じことだ。基礎は身につけるほど役に立つ」

先生も素振りを中断して真面目に答えているんだけど、その答えを聞いても前原君は疑問を拭えなかったようだ。話を聞いている他の皆も何人かはそんな感じである。
ただこればっかりは僕でも烏間先生の言っていることが正しいと思う。暗殺という非日常的なことだから皆も実感が湧かないだけだろうけど、その動きに慣れていなかったら本番で動けるわけないのだ。

「例えば……そうだな。吉井君、坂本君。そのナイフを俺に当ててみろ」

そんなことを考えながら訳知り顔をしていたからだろうか。烏間先生に名指しでナイフを当てるように言われてしまった。皆の前で実演しながらレクチャーしようってことかな?
一緒に指名された雄二も前に出てくるけど、どうしてわざわざ自分も呼ばれたのかよく分かっていなさそうである。

「僕と雄二の二人掛かりでやるんですか?怪我するかもしれませんよ?」

「心配は無用だ、問題ない。それに君達二人とも荒事には慣れているだろう?身体付きや動きを見れば何となくではあるが分かる」

あぁ、雄二も呼ばれたのはそういうことか。確かにこの中で純粋に身体能力が高いのは雄二だろう。僕だってそこそこ高い方だと思っている。
そんな僕らの攻撃が二人掛かりで通用しないとなれば、皆にも基礎の大事さが伝わるってもんだ。身体能力だけじゃどうしようもないってね。
指名された雄二も最初の方こそ面倒臭そうな雰囲気を醸し出していたが、烏間先生の言葉を聞いた途端に雰囲気を鋭く変化させていた。

「……やりてぇ事は分かるんだが、荒事に慣れてるってのを知ってて俺達を指名すんだな?」

「その通りだ。ナイフを当てることが出来たら今日の授業は終わりでいい」

「おもしれぇ……ムッツリーニ‼︎ お前のナイフ貸してくれ‼︎」

雄二が大声を出してムッツリーニにナイフを要求すると、ムッツリーニもそれに応えてナイフを投げ渡した。どうやら雄二はナイフを二本使って戦うらしい。
僕はそのスタイルに少し疑問に思う。雄二は基本的に喧嘩では肉弾戦主体だから、喧嘩中に両手どころか片手で武器を使ってるところもあまり見たことないけど……と思っていたのだが、雄二はそれぞれナイフを逆手に持ってボクシングスタイルで烏間先生と対峙する。
なるほど。烏間先生が今日の体育で教えてくれたナイフ術じゃなくて、今までの我流でいくつもりか。

「E組に来てからは大人しくしてたからな……久しぶりに本気で行くぜ‼︎」

獰猛に吼えた雄二が一息で烏間先生の懐に入ると、ナイフを握った拳を先生の顔面目掛けて躊躇なく振り抜いた。
進学校であまり喧嘩に縁がないであろう皆はもちろん、雄二と一緒に過ごしてきてよく喧嘩に巻き込まれていた僕であっても目を見張る速さだ。
まぁ捉えられる速さではあるんだけど、雄二の真価は速さではなく腕力にある。僕だったら体格差があって防御できても真正面からだと分が悪い。
それに対して烏間先生はというと……

「ーーーこのように、ナイフを当てるために必ずしもナイフを使う必要はない。重要なのは最終的にナイフを当てることだ。しかし逆に言えば当てられなければ意味はない」

解説しながら普通に真正面から受け止めていた。
とはいえ僕でも何とか捉えられるんだから、防衛省で働いている烏間先生なら捉えることは出来て当たり前か。
そうして先生が解説している間も雄二の猛攻は続いているんだけど、その全てが往なすか防ぐかされていた。

雄二はさらに踏み込んで逆の拳でフックを叩き込もうとするが、その腕を外側から押し込まれて空振りに終わる。空振った姿勢から振り回すように肘打ちを繰り出すものの、またもや容易く受け止められてしまった。そこから力任せに押し込もうとしているようだが拮抗したまま動かず、踏み込んだ状態から一気に身体を戻して横蹴りを放ったところを半身になって掌で軽く逸らされる。
正直ここまで雄二の攻撃が通らない場面を見るのは僕も初めてだ。しかも烏間先生は開始地点からほとんど動いていない。

「チッ、防衛省上がりは伊達じゃねぇか‼︎」

「喧嘩で慣らしているようだが、それだけで勝てるほど本職は甘くないぞ。吉井君も参戦してくれて構わなーーー」

と烏間先生が話している間に僕も肉薄しており、右手に構えたナイフで袈裟懸けに斬り掛かっていた。そのナイフを腕ごと受け止められそうになったところで防御を躱すように腕を畳み、振り下ろそうとした腕の遠心力を殺さずに後ろ回し蹴りを放つ。
雄二が真正面から戦って手も足も出ないとなると、僕ではどうやっても単独では勝てないだろう。烏間先生に一撃を加えるためにはフェイントと連携、それにトリッキーな手が必要になってくる。
けど雄二とのやり取りを見ている限りでは、この程度の小細工が通用するとは思えないわけで……

「そうだ、相手に合わせる必要など何処にもない。隙あらば不意を突いて攻撃しろ。二人とは実演の関係で戦闘になっているが、君達に求められているのは暗殺だ。そしてその隙を見逃さず精確に付け入るためにも相応の技量がいる」

僕の後ろ回し蹴りは上体をスウェーさせるだけで難なく躱されていた。その瞬間を狙って雄二も仕掛けるが烏間先生はものともしない。
二人掛かりになってからは雄二がインファイトで攻め立て、僕がフェイントを織り交ぜたヒット&アウェイで雄二の隙を埋めるように攻撃を繋いでいく。
しかし烏間先生との実力差を覆すことは出来ず、全ての攻撃が無力化されていた。

僕らが街で絡まれる時は囲まれることが多く、喧嘩をする際は無意識に攻撃を合わせられる程度にはお互いの動きを把握している。
それが癖付いてしまうほど喧嘩に巻き込まれていたって考えると憂鬱になるけど今は置いておいて、どうやらそれだけでは烏間先生には届かないようだ。
僕は雄二と違ってそこまで勝ちに拘っているわけじゃないから、先生の目的である“基礎は大事”を皆に伝えられれば充分だと思うんだけど……確かにこのまま掠りもせず終わるのはちょっと癪だな。負けず嫌いとか全然そんなんじゃないけど。ちっとも悔しいとか思ってないけど何となく。

「雄二ッ‼︎」

仕方ないから、もう少し雄二に付き合ってやるとするか。このままの連携じゃ通用しないって言うんなら、さらに通用するまで連携を高めるまでだ。
僕の呼び声に応じて雄二が視線を此方に向けたところで、一瞬のアイコンタクトと最小限の身振りで作戦を伝える。この特技も喧嘩にたくさん巻き込まれて以下略……まぁ色々と過ごしているうちに身についたものだ。
その後に雄二からも僕の作戦に追加する形で指示が送られてきた。この作戦が通用するのは恐らく一回のみ。次の打ち込みで勝負を決める‼︎

これまでは雄二の隙を埋めるように細かく攻撃していたが、今度は少し遅れる形でほぼ同時に僕も攻めに出た。
まずは雄二の右拳が先生の顔面目掛けて打ち込まれるが、最初とは違って正面ではなく右頬に狙いを定めている。ちょうど逆手に握ったナイフが正面に来る形だ。
僕も一緒に攻めているからか、雄二の拳を受け止めて片腕を塞がれるのは悪手だと判断したのだろう。烏間先生は雄二の拳を受け止めずに外側へと弾いて顔から逸らす。



その瞬間、雄二が手首のスナップだけで至近距離からナイフを投擲した。



「……っ」

超至近距離からのナイフ投擲。これで終わってくれれば良かったんだけど、烏間先生は少し驚いただけで即座に顔を反らして躱す。
ほぼゼロ距離から不意打ちの投擲を躱せるのは凄いと思うけど、それくらいの回避能力があることは直に戦っている僕らが一番分かっている。
投擲したナイフが烏間先生の眼前を通過していき、



そのナイフを僕が空いている左手で掴み取った。



打ち合わせもしていないのに寸分の狂いもなく合わせられた完璧なコンビネーション。
烏間先生の目にはそう映っているはずだ。その証拠にこの戦闘が始まって以来、ずっと涼しい顔をしていた表情が崩れて目を見開いていた。

「シッ‼︎」

僕は間髪入れず受け取ったナイフで首に狙いを定めて小さく薙ぎ払う。
並みの相手であればこの状況に持ち込めた時点で勝ちは決まったようなものだけど、烏間先生は顔だけでなく上体も反らすことでこれを躱してみせた。
けどまだ終わりじゃない。雄二からナイフを受け取って今は僕がナイフ二本持ちだ。僕の薙ぎ払いを躱すために反らされた上体へと元から持っていたナイフを突き出す。
さらに反対側からは雄二が逆手から順手に持ち替えたナイフで、僕と同じように上体を狙って腕を突き出す構えを取っていた。
この状態で僕と雄二のナイフを同時に防ごうものなら次の攻撃……僕の左手のナイフ、雄二の拳や蹴りは確実に躱せない。

「くっ‼︎」

その場からほとんど動くことのなかった烏間先生だったが、大きく後方宙返りすることで僕のナイフを躱すとともに距離を取って追撃を封じてきた。
どこまで超人なんだこの人は……これだけやっても攻撃を当てられないなんて。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ。

「決めろ、雄二ッ‼︎」

小さく薙ぎ払った左手のナイフ、それを僕は空中に置くようにして手放した。その切っ先は烏間先生へと向けられている。

「食らいやがれッ‼︎」

そして、そのナイフを雄二が回転回し蹴りで思いっきり烏間先生へと蹴り飛ばした。
先生は大きく後方宙返りしたため未だ着地しておらず、迫り来るナイフを前にしても回避行動を取ることが出来ずにいる。
殺せんせーじゃないんだから空中では躱しようがないだろう。僕らの勝ちだ‼︎

「ーーー最後のは非常に惜しかったが、これだけの連携・戦術を用いた戦闘力の高い二人でも俺にナイフを当てられなかった」

空気を斬り裂くように真っ直ぐ蹴り飛ばされたナイフだったが、そのナイフは烏間先生に直撃することなく人差し指と中指に挟まれていた。
ゆ、指での真剣白刃取りって……嘘でしょ?漫画やアニメでは見たことあるけど、まさか現実で目にする日が来るとは……

「正直見縊っていたことは謝ろう。俺をナイフに触れざるを得ない状況まで追い込んだ点は高く評価する……が、それでも防がれたことを考えればマッハ二十の奴に当てられる確率の低さが分かるだろう」

確かにその通りだ。人間である烏間先生を相手にして攻撃が当てられないなら、超生物である殺せんせーに攻撃が当たる確率なんて宝くじで一等を当てるよりも難しいのではないだろうか。
僕と雄二が息を整えている間も先生の話は続いている。

「クラス全員が俺に当てられる位になれば、少なくとも暗殺の成功率は格段に上がる。それら暗殺に必要な基礎の数々を体育の時間で俺から教えさせてもらう」

と、そこで切り良くチャイムの音が聞こえてきた。烏間先生も体育の終わりを告げ、授業前に脱ぎ捨てていた上着を拾うために立ち去っていく。

「……くそ〜、あとちょっとだったのに〜」

「あれでもまだ本気は出してねぇだろうがな。ありゃ化け物だ」

僕らは二人してその場で座り込み、負けたことに対してつい愚痴を零してしまう。
最後のは絶対に当たると思ってただけに、あれを防がれたら本当にぐうの音も出ない。
ナイフを当てるって意味では人差し指と中指に当てたとも言えるけど、そんなお情けみたいな勝ちでは僕も雄二も納得できなかった。絶対にいつか一人で烏間先生に一撃入れてやる。
そんな風に考えてた僕の耳に拍手と歓声が聞こえてきた。え、何?なんかあったの?

「二人とも凄い‼︎ まるで漫画の戦闘シーンをリアルで見せられてるみたいだったよ‼︎」

「本当、その辺の喧嘩で慣らしたってレベルじゃなかったのは確かよね」

漫画大好き少女である不破優月さんが興奮しながら僕らに言ってきた。なんだか物凄い目をキラキラさせてるよ。
普段はあんまり感情を表に出さない速水凛香さんも目を丸くしている。それだけ生の戦闘が珍しかったのかな?

「クラスが一緒になった時、噂と全然イメージが違ったからてっきりデマなのかと思ってたけど……」

「あぁ、噂に違わぬ強さって感じだったな」

アホ毛が特徴的な学級委員長である磯貝悠馬君と前原君も何か言ってるが、その噂は絶対碌なものじゃないからあんまり聞きたくない。
皆は今の戦闘に興奮して盛り上がってるみたいだけど、次もまだ授業が残ってるからそろそろ着替えないと。しかも次は確か小テスト……熱くなって本気(マジ)戦闘したからどっと疲れてるのに……

「ーーー相変わらず二人の喧嘩は曲芸染みてるね」

そんな僕らに校舎の方から声を掛けてきたのは、E組の生徒ではあるんだけど今まで停学を食らって登校していなかった赤羽カルマ君だった。
雄二と似た赤髪に飄々とした態度……というか登校してきたってことは停学解けたんだ。初日から遅刻してくる辺り、停学食らっても全然変わってないみたいだなぁ。

「カルマ君……帰って来たんだ」

「よー、渚君も久しぶり」

渚君が話し掛けるとカルマ君も人懐っこそうな笑みを浮かべてフランクに応える。中身を知らなかったら好印象なんだけど……あれは殺せんせーに仕掛けるために猫を被ってるだけだね。
あぁ、E組にまた問題児が増えちゃったよ。



次話
〜カルマ(の暗殺中)の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/4.html



明久「はい、これで“体育の時間”は終わり〜」

雄二「今回もテキトーに喋ってくぜ〜」

不破「ちょっとちょっと、二人とも前回と比べてダレすぎじゃない?」

明久・雄二「「本気(マジ)戦闘で疲れた」」

不破「いや、後書きと本編に直接的な因果関係ないから。あったら私らメタ発言しすぎでしょ。それは私だけの特権よ」

明久「メタ発言が特権ってキャラとして駄目だと思うんだけど……」

雄二「まぁギャグとして扱いやすいからな。一人くらいはいた方がいいと思うぞ」

不破「まぁそんなことは置いといて。今回はほぼ戦闘回だったけど、二人とも強いねぇ」

明久「まぁ雄二と過ごしてたら自然と喧嘩に巻き込まれて否応無しにね」

雄二「原作でも中学に入ってから喧嘩するようになったからな。その時期に一緒にいたんじゃ仕方ねぇよ」

不破「でもカルマ君と違って停学とかはあんま聞かないけど、その辺はどうなの?」

雄二「そりゃ学内では暴れてねぇからな。街中でも人気の少ないとこに連れ込まれてから喧嘩っつー流れだし、噂だけで確実な喧嘩の証拠はねぇんだよ」

明久「“連れ込まれて”ってところがミソだよね。バレても正当防衛っていう言い訳が成り立つし」

不破「相手から仕掛けた喧嘩だから訴え出る被害者もいないと。……その口振りだと煽って相手から手を出させてるんじゃないの?」

雄二「おぉ、よく分かったな。喧嘩が始まる前に街中で目撃された時のためのカモフラージュだよ。相手が因縁付けてるように周りに見せるのが肝だぜ」

不破「なるほど、二人があれだけ息ピッタリなのも修羅場を潜り抜けてきた証ってわけだね」

明久「あ、それはちょっと違うかな」

不破「え?他に何か理由があるの?」

雄二「あぁ。俺の噂に引き寄せられて喧嘩の気分じゃねぇ時にも不良が来やがるからよ。そういう時は相手にしないんだが……」

明久「雄二は僕を生け贄に捧げてやり過ごそうとするんだよね……原作通り逃げ足も速いから大人数相手でも捕まることはないんだけど」

雄二「そんな俺の思惑に対抗して明久も俺を陥れようとしてくんだよ。流石の俺も多勢に無勢じゃ面倒だから逃げることもある」

明久「だから雄二は僕に気付かれないように考えを巡らせるんだけど、僕だってそれを躱しつつ雄二を出し抜くためには考えを読む必要があって……」

雄二「で、その考えを読んで行動しようとする明久を生け贄にするため、俺はさらに明久の考えを読んで手を打たなければならず……」

明久・雄二「「結果、お互いの事を探っているうちに意思疎通程度だったら無言で出来るようになったわけだ」」

不破「外道だ……友達を友達とも思っていない外道が目の前にいるよ……」

明久「あ、そういえば足引っ掛けて囮にしたこともあったよね?転ばされたから逃げるのマジでギリギリだったんだから」

雄二「てめぇだって俺を路地裏に突き飛ばして逃げたことがあんだろうが。狭くて囲まれはしねぇが、逃げ場もねぇってんで全員相手させられたんだぞ」

明久「……なんか思い出すだけでイライラしてきた」

雄二「……奇遇だな。俺も無性に腹が立ってきたところだ」

不破「ちょ、なんか空気重くない……?」

明久・雄二「「ちょっと表出ろやコラ。あの時の落とし前着けんぞ」」

不破「なんで毎回喧嘩になるの⁉︎ 待って待って、二人とも落ち着いてーーーあ、今日のところはここまで‼︎ 次の話も楽しみに……ってだから二人とも待ってってば‼︎」





殺せんせー「どうして私は一向に呼ばれないんですかねぇ……いえ、別に拗ねてるわけではないんですよ?ただ、私が呼ばれる日は来るのか心配なだけで……来るんですよね?ねぇ‼︎ いつか来るんですよね⁉︎」


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カルマ(の暗殺中)の時間

今日から登校してきたカルマ君は一通り僕らと挨拶を交わした後、グラウンドの隅にいる殺せんせーへと目を向けた。殺せんせーは烏間先生と何やら話をしていて、まだ登校してきたカルマ君には気付いていない。

「わ、あれが例の殺せんせー?すっげ、ホントにタコみたいだ」

殺せんせーを見て驚いたように反応してるけど、僕らの戦いを見てたってことは随分前から殺せんせーも見つけていたはず。
それなのに“今見つけました”って感じの反応は僕から見ても自然なもので、相変わらず騙し討ちに違和感がないと素直に思う。
そうして近付いていったカルマ君に先生達も気付いたようで、殺せんせーが前へと出てきてお互いに近距離で対峙する。

「赤羽(カルマ)君、ですね。今日が停学明けと聞いていましたが……初日から遅刻はいけませんねぇ」

「あはは、生活リズム戻らなくて。下の名前で気安く呼んでよ。取り敢えずよろしく、先生‼︎」

薄い紫色のバツマークを浮かべて注意する殺せんせーと、苦笑いを浮かべて誤魔化すように手を差し出すカルマ君。
この場面だけを見ると先生と生徒の平和なやり取りなんだけど、カルマ君が猫を被っている時点でこのまま終わるとは到底思えない。きっと何かを仕掛けてくるだろう。

「こちらこそ、楽しい一年にしていきましょう」

しかし殺せんせーは何も警戒していないようで、差し出されたカルマ君の手に触手を差し出して握手に応じる。



その瞬間、カルマ君の手が殺せんせーの触手を握り溶かした。



殺せんせーが驚いて手元を凝視する。その隙にカルマ君は今までの人懐っこそうな笑みを獰猛に変え、左腕の袖口に仕込んでいた対先生ナイフを突き刺そうとしーーー高速で距離を置いた殺せんせーを見て動きを止めた。

「……へー。ホントに速いし、ホントに効くみたいだね、対先生(この)ナイフ。試しに細かく切って手に貼っつけみたんだけど」

種明かしをしながら不敵な笑みを浮かべるカルマ君は、間合いを空けた殺せんせーとの距離を再び詰めていく。
しかし追撃する気はないようで、動揺する殺せんせーを観察するようにゆっくりと歩いていった。

「でも聞いてた話とはちょっと違うね。殺せないから“殺せんせー”って聞いてたのに……あっれぇ?せんせー、ひょっとしてチョロい人?」

そのまま至近距離まで近づいていくと、殺せんせーの顔を下から覗き込むようにして人を小馬鹿にした表情と仕草で挑発していた。
うわぁ、煽ってる煽ってる。殺せんせーも顔を赤くして全体的に青筋を立ててるよ。いや、ここは身体が赤いから赤筋と言うべきか。そもそも血管と呼べるものがあるかどうかも分からないし。
でも殺せんせーは触手を破壊された事実に何も反論できないようで、煽るだけ煽って立ち去っていくカルマ君を見送ることしか出来ないでいた。
こっちに戻ってきたカルマ君に雄二が話し掛ける。

「初っ端から派手にかましたな。殺せんせーも度肝抜かされただろうぜ」

「そういう坂本達は意外と大人しくしてるみたいだね。防衛省の人からE組の暗殺は大体聞いてるよ。いったい何を企んでんの?」

まぁお互い不良相手に暴れ回ったことのある仲だ。あまり暗殺に参加しない僕らを周りは暗殺非積極的派と捉えているかもしれないけど、カルマ君は僕らに限ってそれはないと踏んでいるのだろう。
言われた雄二は肩を竦めて首を振る。

「今お前がやったみたいに単発じゃ避けられてお終いだからな。先に情報収集して確度の高い暗殺計画を練ってるところだ。一回やっちまった手は警戒される」

「そんなことは百も承知さ。でも単発じゃ避けられるってんなら、成功しようが失敗しようがどっちでもいいんだよ。殺せないことには変わりないし、俺も今日は様子見って感じかな」

様子見ねぇ。今分かってる情報は防衛省から全部教えられてると思うけど、実際に殺せんせーを体験しておこうってことかな?
まだ体育の後にも授業は残ってるし、“今日は”ってことはこの後も仕掛けるつもりだろう。ちゃっちゃと着替えて教室に戻った方がいいみたいだ。
あーあ、それにしても小テストやだなー。







ブニョンッ……ブニョンッ……

今は体育の後に行われている小テスト中……なんだけど、さっきからブニョンブニョンうるさくて仕方ない。
なんの音かって言うと、殺せんせーが壁に向かってパンチを繰り出している音だ。壁パンのつもりなんだろうけど、触手が柔らかくて全然壁にダメージが行ってないよ。

「ブニョンブニョンうるさいよ殺せんせー‼︎ 小テスト中なんだから‼︎」

「こ、これは失礼‼︎」

いい加減に集中できなくなったショートカットで気の強い岡野ひなたさんが皆も思っていたことを指摘すると、殺せんせーは狼狽えながら謝ってきた。
明らかに動揺を引き摺ってる……カルマ君の煽りが相当効いてるみたいだ。身体は超生物なのに心はまるで豆腐だなぁ。いや、身体も特殊素材に当たったら豆腐みたいなもんだった。
しかし身体も心も豆腐って言うと物凄く弱そうに聞こえる。でも殺せないんだから殺せんせーは謎だ。

「よォ、カルマァ。あのバケモン怒らせてどーなっても知らねーぞー」

「またお家に籠ってた方が良いんじゃなーい」

カルマ君と席の近い寺坂君達が挑発するように声を掛けていた。そんな子供みたいな挑発……カルマ君からすれば可愛いもんだろう。
僕の席は前の方だから顔までは見えてないけど、聞こえてくるカルマ君の涼しい声色から眉一つ動かさずに挑発し返してることが手に取るように分かる。

「殺されかけたら怒るのは当たり前じゃん、寺坂。しくじってちびっちゃった誰かの時と違ってさ」

「なっ、ちびってねーよ‼︎ テメ、喧嘩売ってんのか‼︎」

「こらそこ‼︎ テスト中に大きな音を立てない‼︎」

挑発に耐えれなかった寺坂君が机を叩いたらしく、ドンッ‼︎ という大きな音が聞こえてきた。
それに対して殺せんせーも注意してるけど、そもそもうるさくしてたのは殺せんせーだから。先生だけど注意できる立場じゃないよね。

「ごめんごめん、殺せんせー。俺もう終わったからさ、ジェラート食って静かにしてるわ」

なんでカルマ君はジェラートなんて持ってるんだろう?登校してきた時は飲み物しか持ってなかったはずなのに。

「駄目ですよ、授業中にそんなもの。全く、何処で買ってきてーーーってそれは先生が昨日買ってきた奴‼︎」

ってあんたのかい。
しかしカルマ君は悪びれもせずに清々しいくらい堂々としてるなぁ。いつの間に盗ってきたんだ?

「あ、ごめーん。職員室で冷やしてあったからさ」

「ごめんじゃ済みません‼︎ 溶けないようにマッハで買ってきて楽しみにしてたのに‼︎」

「へー……で、どーすんの?殴る?」

「殴りません‼︎ 残りを先生が舐めるだけです‼︎」

いや舐めんのかい。
ジェラートを取り上げようと殺せんせーが後ろに向かったところでーーーバチュッという音が聞こえてきた。
今度はなんの音か分からなかったので少し振り返ると、殺せんせーの触手がまた溶けているのが机の隙間から見える。
更によく見ると対先生BB弾が床にばら撒かれており、多分それを踏んでしまったのだろうと予想できた。

「あっは、まァーた引っ掛かった」

そしてばら撒いた犯人は考えるまでもなくカルマ君だろう。今も殺せんせーに向けて対先生BB弾を発砲してるし。
まぁそれは全部避けられてるんだけど、カルマ君は気にすることなく何発も撃ち込んでいく。

「何度でもこういう手を使うよ。授業の邪魔とか関係ないし。それが嫌なら……俺でも俺の親でも殺せばいい」

席から立ち上がったカルマ君は殺せんせーへと近づいていくと、手に持っていたジェラートを先生にぶつけた。
あぁ、勿体無い……とか言える空気ではないので黙って見守ることにする。

「でも、その瞬間からもう誰もあんたを先生とは見てくれない。ただの人殺しのモンスターさ。あんたという“先生”は……俺に殺されたことになる」

凶悪な笑みを浮かべて告げたカルマ君の言葉に、殺せんせーは何も言わないまま黙っている。反論しないってことは、カルマ君が言っていることは真実ってことなのか。
渚君が自爆テロを仕掛けた日、殺せんせーは僕らを叱るために僕ら以外を人質に例えて脅してきた。しかし本当にそれをやってしまったらカルマ君の言った通り、僕らは先生を“先生”として認識することはなくなるだろう。
その脅しを実行できるだけの実力を持っているからこそ僕らは恐れたが、先生が“先生”をしていく上で実際に行動に移せるわけがなかったということだ。

「はいテスト、多分全問正解。じゃあね先生〜、明日も遊ぼうね‼︎」

先程までの凶悪な笑みを隠して柔和な笑みを作り、殺せんせーに小テストの答案用紙を渡してからカルマ君は帰っていった。
たった一日で殺せんせーの本質を見抜く辺りは流石だけど、先生がこのまま黙りっぱなしってのはあまり考えられない。
明日はいったいどうなるのかなぁと思いつつ、僕は目の前に立ちはだかる白紙の答案用紙に向かい合うのだった。







カルマ君は昨日の宣言通り、今日も朝から暗殺を仕掛けていくようだ。
カルマ君にとって殺せんせーは玩具みたいなもんだろうから、攻略しようとして新しい先生の弱点とかを見つけられるかもしれない。
頭の回転も早いし、まずはお手並み拝見ってところかな。

「……で、なんで教卓にタコを置いてナイフ突き刺してんの?」

「いやぁ、殺せんせーってタコがトレードマークって聞いたからさ。まずは精神的に揺さぶって心から殺していこうと思って」

なるほど、これがカルマ君の暗殺か……ただの嫌がらせじゃない?でも殺せんせー、豆腐メンタルだからこの手の方法は案外効くかも。
取り敢えずこのタコは殺せんせーの挑発が終わったら用済みだろうし、後で貰えるか訊いてみよう。貰えるものは貰っておかないと勿体無いからね。

「おはようございます」

それから少しして殺せんせーがいつも通り教室へとやってきた。先生がどういう反応をするのか分からないからか、皆は先生から顔を逸らしている。
その様子に訝しんでいた殺せんせーだったが、教壇でナイフに刺されているタコを見て動きを止めた。

「あ、ごっめーん‼︎ 殺せんせーと間違えて殺しちゃったぁ。捨てとくから持ってきてよ」

そのタイミングでカルマ君が分かりやすく挑発を入れる。しばらくは昨日と同じパターンで行くのだろう。
しかしカルマ君が声を掛けても殺せんせーは動きを止めたままだった。いったい何を考えて動きを止めているのか、表情も変わらない先生の顔色からは推し量れない。

「……分かりました」

ようやく動き出した先生はタコをカルマ君の方へと持っていきーーー触手をドリルのように高速回転させ、何処からかミサイルと何かが入った袋を取ってきた。
……マジで何処から持ってきたんだろう?特にミサイル。そしてそれらの物を使って何を始めるつもりなんだろう?特にミサイル。

「見せてあげましょう、カルマ君。このドリル触手の威力と、自衛隊から奪っておいたミサイルの火力をーーー先生は暗殺者を決して無事では返さない」

そう言うと殺せんせーはミサイルを逆さに持って点火し、タコと袋の中身とドリル触手をミサイルの火に翳した。

「あッつ‼︎」

そうして出来上がったたこ焼きはカルマ君の口の中へ……ってこんだけ大掛かりな道具を使って作ったのがたこ焼きかい‼︎

「その顔色では朝食を食べていないでしょう。それを食べれば健康優良児に近づけますね」

いやいや、朝からたこ焼きって意外と重いですよ殺せんせー。カルマ君もいきなり過ぎたのか熱くて吐き出しちゃったし。
っていうか残ったたこ焼きは自分で食べちゃったんですけど‼︎ カルマ君が食べなかったら健康優良児にはなれないじゃん‼︎

「先生はね、カルマ君。手入れをするのです。錆びて鈍った暗殺者の刃を」

そんな僕のツッコミなど露知らず、殺せんせーとカルマ君は二人でシリアスムードに入っている。

「今日一日、本気で殺しに来るがいい。その度に先生は君を手入れする。放課後までに君の心と身体をピカピカに磨いてあげよう」

あーあ。カルマ君、殺せんせーを本気にさせちゃったよ。カルマ君が殺せんせーを殺せるか、殺せんせーがカルマ君をピカピカに磨き上げるか。どう転ぶにしても、カルマ君の暗殺は今日中に決着がつきそうだった。
……それにしても、タコ欲しかったなぁ。







一時間目・数学の時間。
〜カルマ君、銃撃しようとしてネイルアートされるの巻〜。
以上、カルマ君の表情が引き攣ってました。以下省略‼︎



四時間目・技術家庭科の時間。
今回は家庭科寄りの授業内容で、それぞれ班に分かれてのスープ作りだ。僕にとってはタダでカロリーを摂取できるお得な授業である。
まぁ授業で作る料理だからそこまで凝ったものでもないし、協力すればあっという間に作り終わるだろう。早く作って美味しく頂くことにしよう。

「雄二。こっちでお肉とか切って調理しとくから、先にスープの出汁作っといてよ」

「おう。ムッツリーニ……は作業中か。矢田、残ってる野菜とか洗っといてくれ。片岡はその洗い終わった奴の調理を頼む」

「あ、じゃあ先に玉ねぎをお願いできるかな?こっちで一緒に炒めちゃうから」

お肉は焼いた後でスープに入れた方が旨味が閉じ込められて美味しいからね。玉ねぎも炒めてから入れた方が柔らかくなるし。

「……なんか中学生男子とは思えないくらい手慣れてるわね」

「うぅっ、ちょっと女子としては敗北した感じあるかも……」

文武両道でもう一人の委員長でもある片岡メグさんが僕らの手際を見てそう呟いていた。ポニーテールが特徴的で、何処とは言わないけど発育の良い矢田桃花さんもちょっと落ち込んだ様子で僕らを見ている。
このメンバーで秀吉がいないのは珍しいかもしれないが、班構成が男女で五人だったから秀吉とは別の班になっているのだ。

「そうかな?別にこれくらいだったら何でもないと思うけど」

「同世代の男の子でそこまで料理が上手って人の方が少ないんじゃないかしら?」

「そうそう、女子でもあんまり料理しないって人はいるし。三人はよく料理とかするの?」

矢田さんは僕らの生活に興味でも出てきたのか、野菜を洗いながら訊いてくる。

「…………紳士の嗜み」

「俺はよく家で料理してるぞ。……おふくろ()は放っておくと何を作るか分からんからな」

「僕も最近はあんまりだけど、一人暮らしする前までは家で毎日作ってたからね。流石にもう手慣れたもんだよ」

二人の料理の腕前は前から知ってたけど、どういう理由で得意なのかは知らなかったな。でもどうして雄二は遠い目をしてるんだろう?

「へぇ、吉井君って一人暮らしなんだ。でも普通、一人暮らしになってから料理をするようになるものじゃない?」

「いやぁ、父さんは仕事で料理できないから僕が作ることになってたんだ」

僕がそういうと片岡さんが少し気まずそうな表情になっていた。どうかしたのかな?

「あ……もしかして父子家庭だったの?ごめんなさい、不躾なことを訊いちゃったかしら?」

「ほぇ?うちは父さんも母さんも一緒に暮らしてたけど?」

なんなら今でも海外で一緒に暮らしてるはずだし。なんで片岡さんの中では僕の両親が離婚してることになってるんだろう?

「じゃあお母さんは料理しない人だったの?あ、共働きだったとか?」

矢田さんも続けて訊いてくるけど、二人とも何か気になることでもあったの?僕、何も変なこと言ってないと思うんだけど……
それにしても矢田さんは面白いことを言うね。さっき片岡さんがなんか気まずそうにしてたから空気を和ませようとしたんだろう。そういうことなら僕も軽い感じで流れに乗っておかないと。

「あはは、矢田さんは何を言ってるのさ。母親は家で一番偉いんだから料理なんてするわけないじゃないか」

「「「「………………」」」」

何故か今度は片岡さんだけじゃなくて全員が気まずそうな表情になっていた。
……あれ、皆どうしたの?ここは笑うところだよ?

「えっと、その……うん、それぞれご家庭の事情があるわよね」

「明久、お前も母親には苦労してたんだな……」

さらに片岡さんや雄二からは同情というか何というか、よく分からない眼差しを向けられていた。何で皆がそんな表情を浮かべているのか全然見当がつかない。家族で地位の低い人が料理をするのって普通だよね?
皆の反応に色々と考えさせられていたところで、ガシャンッ‼︎ という大きな音が聞こえてきて僕は反射的に振り返った。誰か鍋でもひっくり返したかな?
などと思っていたら、ナイフを振り抜いたカルマ君が花柄フリフリの大きなハートがあしらわれたエプロンを装着していた。

〜カルマ君、斬殺しようとしてエプロンを装着させられるの巻〜。
以上、カルマ君が恥ずかしそうにしてました。以下省略‼︎

あ、もう一つ報告あるの忘れてた。出来上がったスープは凄く美味しかったよ。久しぶりにカロリーの味がしたね。



国語の時間。
〜カルマ君、暗殺しようとして髪型を整えられるの巻〜。
以上、カルマ君の髪型が真ん中分けにされてました。以下省略‼︎

え、カルマ君の時間省略しすぎじゃないかって?
仕方ないじゃない。技術家庭科の授業以外は僕ら授業中で静かにしてるんだから。
こうしてカルマ君の暗殺は悉く殺せんせーに封殺され、やっぱり殺すことは出来ずに一日が終わったのだった。







「明日の放課後、仕掛けるぞ」

学校からの帰り道。E組のある山を降りて市街地に入ったところで雄二がそう言って話を切り出してきた。

「仕掛けるって……殺せんせーの暗殺?」

「そうだ」

「それはまた随分と急じゃの。確率の低い暗殺なんぞ時間の無駄と言ってあまり積極的ではなかったというのに」

「…………暗殺の目処が立ったのか?」

秀吉とムッツリーニも雄二の提案を聞いていたけど二人とも思案顔だ。僕も似たような表情をしてると思う。
今日は一日中カルマ君がひたすら暗殺を繰り返していたものの、特にこれといった新しい殺せんせーの情報が分かったわけじゃない。僕らは学校でほとんど一緒に行動してるけど、雄二が急に仕掛けようと言い出した理由に思い当たる節がなかったのだ。
そんな僕らの疑問など余所に、雄二はいつもの調子で軽く言う。

「暗殺するとは言ったが、別に殺せるとは思ってない。暗殺を仕掛けて成果があれば良し、もし殺せたらラッキーくらいなもんだ」

「それって、暗殺は仕掛けるけど殺せなくてもいいってこと?昨日カルマ君に言ってたことと矛盾してない?」

「あぁ、その理由も順を追って説明してやる。お前らには暗殺に参加してもらうからな」

そりゃまぁ、暗殺に参加する分には拒否する理由なんてないけど……雄二はいったい何を考えてるんだろう?

「HRのやり取りで分かってるとは思うが、どれだけ暗殺者の数を揃えたところで真正面からは殺せねぇ。こっちが殺そうと思って行動した時には見切られちまってるからな」

「うむ。マッハ二十で動けるわけじゃからの。その動きを制御できるだけの動体視力も備えておるじゃろう。それを処理するための思考速度と頭脳もまた然りじゃ」

確かに秀吉の言う通りだ。僕らが撃つエアガンの弾よりも、マッハ二十で過ぎていく景色の方が遥かに速いだろう。
マッハ二十で動ける身体能力ってことは、マッハ二十で身体を動かせるだけの頭も必要ってことか。それだったら前に雄二が言っていた“弾道を見切って跳弾も計算する”っていう離れ技は可能だと思う。

「だから俺は前に“策を巡らせねぇと殺せねぇ”って言ったが、それも今の俺達には限界がある。暗殺訓練を受けてるっつっても一ヶ月前まではただの中学生だったんだ。複雑な策を完璧に実行するだけの技術もなければ、学校内だけだと大掛かりな仕掛けも実行できねぇ」

「…………じゃあ明日の放課後はどうする?」

だからこそ問題は暗殺する方法なのだ。技術も仕掛けも不十分となれば、万に一つの確率であっても殺せんせーは殺せないだろう。
それが分かっていながら暗殺を仕掛け、別に殺せなかったらそれでもいいと言っている。いい加減に雄二の考えも気になってきたけど、実行する方法にも興味が引かれてきたところだ。

「別に難しいことをするつもりはねぇ。学校内で実行できて大掛かりな仕掛けも高度な技術も必要ない、こっちの狙いを見切られることなく暗殺対象(ターゲット)の回避行動も封じることができる策を考えりゃいい」

なんか物凄く簡単そうに言ってくれるけど……僕らの現状を補って殺せんせーの動きも抑えられる、そんな夢のような作戦があったら誰も苦労してないと思うよ。
しかしそんな僕らの気持ちなど全く気にしていないようで、雄二は構わず説明を続けていく。

「んで、その策ってのは……」

そして、いよいよその内容が語られる。





「ーーー俺らも含めてクラス全体を巻き込んだ無差別攻撃だ」

雄二から告げられた突拍子もない答えに、僕らは唖然とすることしか出来なかった。



次話
〜バカ達の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/5.html



渚「これで“カルマ(の暗殺中)の時間”は終わりだね。皆は楽しめたかな?」

カルマ「後書きはいつも通りメタ話と駄弁りで進めていくよ」

明久「あ、今回は“暗殺教室”メンバー二人で行くんだね」

渚「そうみたい。僕は今回出番なかったのになんでか二回目だよ。てっきり他の人が呼ばれるものだと思ってたけど……」

カルマ「今回は俺の話だったから相棒の渚君ってことじゃない?まぁぶっちゃけ片岡さんや矢田さんだとネタにしにくいから渚君が指名されたみたいだけど」

明久「本当にメタいよ‼︎ そういう後書きの裏事情まで語らなくていいから‼︎」

渚「あはは……そういえば、ついに坂本君が本格的に動き出したね。でも、クラス全体を巻き込んだ無差別攻撃って……」

明久「カルマ君が殺せんせーの脅しをハッタリだって見抜いちゃったから、形振り構わず殺せる手を選んできたのかも」

カルマ「いやいや、坂本だったら俺に言われるまでもなく気付いてたでしょ。そんな手で行くんだったらとっくにやってるはずだね」

渚「じゃあ坂本君はいったいどんな暗殺を考えてるんだろう?」

カルマ「それこそ次回のお楽しみって奴でしょ」

明久「それもそうだね。っていうかカルマ君はこの後どうなったの?やっぱり原作通り?」

渚「うん、飛び降りたけど殺せんせーに助けられてって感じだよ」

カルマ「なーんにも捻ってないから俺の出番が省略されまくったんだよ」

明久「そんな棘のある言い方しなくても……実はカルマ君の飛び降りに対して没ネタがあるんだけど、聞きたい?」

渚「そんなのがあるんだ。その没ネタではどういう結末になったの?」

明久「いや、結末自体は変わらないんだけどね。カルマ君が身投げしたのは暗殺の一環じゃなくて、暗殺できなくて身投げしたって僕が勘違いしてカルマ君を励ますんだよ」

カルマ「あぁ、何となく想像できるわ。渚君から俺の暗殺を聞いた吉井が、いつも通り訳分かんない思考回路で外れた結論を導き出すんでしょ」

渚「所謂お約束ってやつだね」

明久「で、僕が勘違いしたまま突っ走るから、カルマ君は面倒臭くなって僕を黙らせるんだよ。どうやって黙らせたかは保身のために秘密にするけど」

カルマ「へぇ、吉井が保身に走るような方法なんだね……こんな感じかな?」

ズボッ、ブチュッ。←練りからしを明久の鼻に突っ込んで中身をぶち撒ける音。

明久「☆●◾️▽⤴︎♬✖️っ⁉︎⁉︎」

渚「ちょっ⁉︎ カルマ君、吉井君がのたうち回って痙攣してるんだけど‼︎」

カルマ「あちゃ〜、ちょっと刺激が強すぎたかな?吉井もこんなんだし、今回はここまでだね」

渚「そんなことより今は水だよ‼︎ ちょっと取ってくる‼︎」

カルマ「そんな急がなくてもいいのに……じゃ、次回も楽しみにしててね〜」





殺せんせー「…………(シクシクシク)」

ブニョンッ……ブニョンッ……


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バカ達の時間

〜side 渚〜

僕らは殺し屋。標的(ターゲット)は先生。
椚ヶ丘中学校三年E組は暗殺教室。始業のベルが今日も鳴る。

暗殺教室が始まってから半月ちょっと。暗殺なんてしたことのなかった僕らだけど、そろそろ暗殺にも慣れてきたところだ。まぁ慣れてきたことと殺せるかどうかはまた別物なんだけど……
今のところ暗殺で一番惜しかったのはカルマ君だ。僕の知る限りだと凶器とか騙し討ちではカルマ君が群を抜いてる。頭の回転も早いし、E組(うち)の先生ーーー殺せんせーの触手を実際に破壊した実績もある。
でもそのカルマ君ですら本気を出した殺せんせーには対抗できず、昨日は暗殺を完封されて手入れされてしまった。これでしばらくはいつも通り、小さな暗殺をコツコツとって感じになるのかな。

「皆さん、おはようございます。今日も良い暗殺日和ですねぇ。それでは日直の人は号令をお願いします‼︎」

殺せんせーに促された日直の人が号令を掛け、それに合わせてクラス全員が先生に銃の狙いを定める。
何もない日はHRでの一斉射撃からこの暗殺教室は始まることが多い。けど正面からの暗殺は殺せんせーには通用しないから、この一斉射撃はどちらかと言えば先生の動きを観察したり射撃の腕を磨いたりといった訓練の要素が強かったりする。

そうして撃ち終わった対先生BB弾を片付けてから授業が始まる。相変わらず殺せんせーは殺せていない。
僕らは殺し屋って言ったけど、その前に中学三年生でもある。だから授業を妨害するような暗殺を殺せんせーは許可していなかった。つまり暗殺できる時間は授業前と授業後、昼休みと放課後の時間帯に限られる。
だけど昼休みは先生も食事をするため国内外問わず飛んでいくから、事前に言うか呼び出さないと昼休みの暗殺は出来ない。今日は誰も予定を入れていないのか、殺せんせーは授業が終わるとともに飛んでいってしまった。

「……皆、昼飯前で悪いがちょっといいか?殺せんせーのいない間に話しておきたいことがある」

殺せんせーが北海道へと札幌ラーメンを食べに行ったのを見送って確認した後、坂本君が珍しく大きな声で皆の注目を集めていた。
昼休みに入って騒がしくなっていた皆が静かになるのを待ってから、坂本君は再び話し始める。

「今日の放課後、俺達四人で暗殺を仕掛けようと思う。出来れば手伝って欲しいんだが、協力してくれないか?」

坂本君を入れて四人というと、残る三人はいつも一緒にいる吉井君、土屋君、木下君のことだろう。
彼らはクラス全員が参加するHRの暗殺とかには参加してるけど、個人で暗殺をしてる場面はあまり見たことがない。身体能力は高いけど行動には移しておらず、積極的に暗殺を提案してきたのはこれが初めてだ。
特に二人掛かりであれば烏間先生を追い詰められる実力を皆の前で発揮した吉井君と坂本君。彼らが積極的になってくれたのは僕らとしても心強い。

「協力ってどれくらいの人数が要るんだ?具体的な役割は?」

皆を代表して磯貝君が坂本君に話を訊いていた。
今日の放課後って言ってたけど、それを初めて聞いた僕らは当然ながらその暗殺内容を知らない。ほとんど暗殺実行までの時間がないこのタイミングで話したってことは、そこまで重要な役割じゃないのは予想できるけど訊いておきたいところだろう。
訊かれた坂本君も磯貝君だけじゃなくてクラス全員に聞こえるように答えを返す。

「ベストなのは十六人以上だが、最低でも八人は欲しいところだ。最悪誰一人協力してくれなくても暗殺自体は実行できるが、保険として手を打っておきたい。何も難しいことは言わねぇから、可能な限り人数が集まってくれると有難い」

「随分と大人数が必要なのね……私は別に構わないけど、皆はどう?」

片岡さんは坂本君の要求を受けて協力するようで、訊かれた他の女子も片岡さんに続く形で協力要請を受け入れていた。

「俺も協力してやっていいよ。坂本達が何を企んでんのか興味あったしね」

「俺もいいぞ。残った男子はどうする?」

意外にもカルマ君が率先して坂本君に協力することを承諾し、磯貝君が残った男子に確認することでクラスの大半が参加を決めた。もちろん僕も参加するよ。

「ケッ、なんでお前らに協力しなくちゃなんねぇんだよ。俺は降りるぜ」

「あぁ、別に協力したくねぇならそれでもいい。邪魔しないってんなら帰るなり見学するなり好きにしてくれ」

寺坂君が拒否したことで吉田君、村松君、それにウェーブした黒髪が暗黒オーラを放ってるっぽい狭間綺羅々さんの三人も協力するのを拒否したけど、坂本君は気にしてない様子で引き留めたりはしなかった。
クラス全員の意思を聞き終えた坂本君は暗殺の話を続ける。

「協力してくれんのは……二十二人か。仮に暗殺が成功したら一人当たり三億五千万、暗殺を実行する俺達四人は五億五千万、残った一億は派手に祝勝会とでも行こうぜ。何か異論があったら言ってくれ」

協力を決めた皆に坂本君は報酬を提示する。もし本当にこの暗殺で殺せんせーを殺せた場合、後で揉めないための取り決めだろう。
百億を二十六人で山分けするんだから一人当たりの取り分が少なくなるのは当然だけど、サラリーマンの平均生涯年収が二億ちょっとって聞いたことがあるから普通に暮らす分には十分な額と言える。

誰にも異論がないことを確認した坂本君は、僕らにやってもらいたいことを指示していく。
その内容を聞いた僕らは、本当にそれだけで良いのかと言いたくなるくらい簡単な仕事を与えられた。
暗殺の内容は万が一にも皆の挙動から悟られたくないとのことで教えてくれなかったが、それは実行する四人が知ってればいいから気にはなるけど無理に聞き出すのは止めておこう。
それぞれの役割を割り振られた僕らは、放課後まで特にやることもないので昼休みをいつも通りに過ごした。







そして午後の授業が終わった放課後。いよいよ坂本君達の暗殺の時間だ。教室では暗殺の舞台が整えられ、役割を与えられた人達も言われた位置についている。
暗殺の準備をしている間に木下君が殺せんせーを呼びに行っており、十五分したら連れて来る手筈となっていた。もうそろそろ来る時間だ。

「おやおや、何やら教室が私のためにセッティングされていますねぇ。机が端に積まれているだけで随分と広く感じますよ」

噂をすれば何とやら。ちょうどその時、木下君に連れられた殺せんせーがドアを開けて入ってきた。先生の言う通り、教室の机は後ろの方に寄せて重ねている。
これも坂本君の指示だけど、教室にスペースを作ったのにはどういう意図があるんだろう?スペースがあるってことは、それだけ先生も動ける範囲が広くなるってことなのに……

「……ふむ。何やら女生徒達が廊下に並んでいると思っていましたが、窓の外にも同じように並んでいるじゃないですか」

木下君によって教室の真ん中まで誘導された殺せんせーは、教室内を見回して状況確認をしていた。
坂本君に協力することを決めた女子達は半分に分かれ、教室から出て全部の窓や前後のドアの外にそれぞれ配置されている。教室に残っているのは男子だけだ。

「逆に男子生徒達は教室内で窓やドアの鍵を塞ぐようにして並んでいる。どうやら先生を教室から逃がしたくないようですが、閉じ込めたところで殺せるとは思えませんねぇ」

そして教室に残った僕らは窓やドアへと手を掛け、中からは開けられないようにしていた。殺せんせーは政府との契約で僕達には手を出せないから、これで先生には脱出不可能な密室の完成である。窓やドアを壊して逃げようものなら外に控えてる女子に怪我をさせちゃうしね。
けど僕も殺せんせーの方が正しいと思う。そもそもクラス全員の一斉射撃を教壇の上だけで躱せる先生にとって、クラス内に閉じ込められる程度は痛くも痒くもないはずだ。この行動に意味があるとは少なくとも僕には思えない。

「実行犯は吉井君、坂本君、土屋君、木下君の四人ですか。君達はあまり積極的に先生を殺しに来てくれていませんでしたから、どのような暗殺を仕掛けてくるのか楽しみです」

教室の真ん中に連れられた殺せんせーの周りには、三mほど間合いを空けて正方形に囲んでいる四人の姿があった。
四人は左右の太腿に銃を収めたホルスターと二つのウエストポーチを腰に装着しており、何か暗殺のための道具を用意していたことが分かる。烏間先生にでも頼んで銃やナイフ以外の武器を用意したんだろうか?
全員の配置完了を確認した吉井君がポケットからコインを取り出す。

「じゃあコインを弾きますんで、落ちた瞬間から暗殺を始めたいと思います」

「ヌルフフフフ、いつでも構いませんよ。この暗殺で殺せるといいですねぇ」

吉井君の最終確認に対して、殺せんせーは顔色を緑の縞々に変化させてニヤリと笑っていた。
正面からの暗殺だから、どのような方法で来ようとも見てから反応できるという余裕だろう。そのタイミングすら教えてくれているのだから先生の見切りはなお完璧だ。

そんなことはお構いなしに吉井君の指からコインが弾かれ、その甲高い金属音で協力している皆の緊張が一気に高まった。これから何が起こるのかを僕らは知らされていないので、それを見逃さないように集中してこの暗殺を見守る。
軽く放物線を描いて弾かれたコインが頂点に達すると、そこから重力に引かれて地面へと折り返していきーーー

「お前ら、先に謝っとくわ。スマン」

コインが落下する直前、坂本君のそんな謝罪が聞こえてきた。
それがどういう意味かを考える前に再び甲高い金属音が響き渡り、彼らの暗殺開始を告げる。
四人全員が全く同じ動きで二つのウエストポーチに両手を突っ込むと、中から取り出した何かを空中へ(ほう)った。坂本君だけは片手で放っており、合計で七個の何かが放り出される。

(あれは…………)

僕はその物体が何か見極めようとして目を凝らしたものの、それを判別するよりも早く坂本君が何もしなかったもう一方の手を動かし、



その物体が炸裂して教室全体に降りかかった。



「うわっ⁉︎」

教室で退路を塞いでいた僕らは思わず手を離してしまい、本能的に顔を守ろうとして腕を翳す。しかし冷たい液体が降りかかっただけで身体には何も異常はない。
そうして僕らが自分を庇った瞬間、複数の発砲音が連続して聴覚を刺激してきた。四人が今の爆発を合図に銃撃を開始したのだろう。
僕らが硬直している間に撃ち終えたようで、発砲音はすぐに聞こえなくなった。ゆっくりと顔を覆っていた腕を離して自分の身体を確認する。

(これって…………水、かな?)

硫酸とかだったら濡れた部分が爛れるはずだし、無色透明で身体が汚れているということもない。まぁ坂本君達も至近距離でこの液体を浴びているわけだから、少なくとも有害なものではないだろう。
……ってそれよりも暗殺はどうなったの⁉︎

「…………」

見れば殺せんせーはまだ生きてる、んだけど……なんか先生、ふやけてない?それに僕の勘違いじゃなければ、暗殺が始まる前と比べて余裕がなくなってるような気もする。

「……ふむ。反応や変化を見た感じだと仮定通りだな。だが水風船の炸裂程度だと四人の銃撃を躱せるだけのスピードは維持されたまま……次やるなら実行人数を増やしてバケツでぶっ掛けるくらいの量は必要か」

暗殺が終わって立ち尽くしている殺せんせーを、坂本君は観察するようにしてブツブツと何かを呟いていた。放り投げられた物体は水風船だったのか。でも何で水風船を……?
その間に吉井君、土屋君、木下君の三人は構えていた二丁拳銃をホルスターに直していた。坂本君は考え事に集中しているようで、片手の銃と何かのスイッチーーー多分だけど水風船の起爆スイッチは手に持ったままだ。

「……なるほど。この暗殺の発案者は坂本君でしたか」

「ほう、何故そう思う?」

殺せんせーが話し掛けてくるのを聞き、坂本君はそれに答えることなく質問し返していた。
しかし殺せんせーも確信を持っているのか、迷うことなくその質問の答えを返す。

「分かりますよ。何故ならこの暗殺は現時点で君にしか思いつけないからです。……検証したのでしょう?私が脱ぎ捨てた脱皮した皮を使って(・・・・・・・・・・・・・・・・)

脱皮した皮って…………僕が怒られた日に殺せんせーが使ったやつのことだろうか?
確かに坂本君は捨ててくるって言ってその日はそのまま帰ってこなかったけど……まさか持って帰ってたの?
そんな僕らの驚きを肯定するように坂本君は先生の言葉を認める。

「あぁ、脱皮した皮が消える原理を検証するのに随分と時間を掛けちまったぜ。太陽光、自然風、バクテリア分解、時間経過ーーーそして水。寺坂達の仕組んだ対先生弾を爆発ごと防いでたから、水で溶けたのは変質して脱皮した皮だけの特性って可能性もあったが……どうやら殺せんせーは水が苦手みてぇだな」

獰猛な笑みを浮かべながら殺せんせーの弱点を指摘する坂本君を見て、僕らは正直、坂本君のことを見誤ってたとしか言えなかった。
学校では良い噂をあまり聞いたことはなかったし、知り合うまでは椚ヶ丘では珍しいただの不良だと思っていたところもある。
だけど実際には少し口調に荒っぽいところはあれど気さくな性格で、それでも烏間先生との戦闘から噂通りに喧嘩が強い人っていう認識だった。
しかし、

弱点(これ)ばっかりは実際に確認しとかねぇといけねぇからな。寺坂達が爆薬使って説教食らったことを考えれば爆薬を使ってくるっていう発想は少ないだろうし、ここ最近は雨が降ってなかったから暗殺に水の要素を入れられるっていう予測も立ちにくい。あとは目で見た後にマッハで隠れられる場所や防がれる道具を取り除いて、全方向へ隙間のない範囲攻撃を仕掛けりゃ何とか水は当てられるだろ。今回の暗殺を成功させるには警戒心の薄い今がちょうどいいタイミングだったんだが……ま、検証結果が得られただけでも良しとするか」

「にゅや……先生もちょっと甘く見てましたよ。まさかこれほど早く大きな弱点を見破られるとは……これからは気をつけないといけませんねぇ」

殺せんせーがキレて怒りを露わにしている中、脱皮した皮に着目してさり気なく持ち帰り、それを使って先生の弱点を研究する。
あの状況下でそこまで冷静に先を見据えて行動できる胆力と頭の回転の早さは、もしかしたらカルマ君と同レベルに達してるかもしれない。
暗殺に非積極的だなんてとんでもなかった。彼はずっと先生を殺せる刃を水面下で密かに磨き続けていたんだ。
と皆が各々で驚いているところにカルマ君が不機嫌そうな声を上げる。

「坂本は満足できたみたいだけどさぁ……これはどうにかならなかったわけ?」

カルマ君は濡れた髪を掻き揚げながらジト目で睨んでいた。
まぁカルマ君の言いたいことも分かる。事前準備も予告もなしでずぶ濡れにされるとは誰も思わないよね。
そんな不満の声が上がることも予測していたのだろう。坂本君は平然とカルマ君の睨みを受け止めていた。

「大丈夫だ。ちゃんとタオルを用意してある」

「いや、アフターケアの話じゃなくて。まぁ殺せんせーの弱点を暴いたんだから多少のことは大目に見るけど、何か俺らに思うことはないの?」

「あぁ、俺の心境の話なら問題ないぞ。女子はともかく、男子を濡れ鼠にすることに罪悪感はねぇからな。だから先に謝っといただろ?」

「……ホント、坂本っていい性格してるよね。もちろん悪い意味で」

「そりゃお前も似たようなもんだろうが」

そうやって軽口を叩き合う二人。うん、こうして見ると二人は結構似てるところがあると思う。喧嘩が強いところとか、頭の回転が早いところとか……あとは性格もかな?

「ねぇ渚ー、もう入ってもいいー?」

そうこうしているうちに外で待機していた女子達も教室へと戻ってきたようで、廊下側の窓に配置されていた僕に茅野から声が掛けられる。
教室内を見渡せば、吉井君達がタオルを配ったり水塗れの教室を片付け始めていた。他の男子も色々な反応はあれど片付けを手伝っている。
それを見てこれ以上の暗殺はないと判断した僕は、女子達を招き入れて今回の暗殺の内容を話しつつ片付けに加わるのだった。



次話
〜大人の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/5.html



明久「これで“バカ達の時間”は終わりーーーって誰が馬鹿だ‼︎ 馬鹿なのは雄二だけだよ‼︎」

渚「ま、まぁまぁ。今回は原作から(もじ)ったサブタイトルだから仕方ないよ」

……………。

明久「……あれ?今日呼ばれてる殺ーーー」



殺せんせー「 遂 に 私 の 出 番 で す よ ‼︎ 」



渚「うわっ⁉︎ 殺せんせー、マッハで現れないでよ‼︎」

殺せんせー「何を言ってるのですか渚君‼︎ 先生と言えばマッハ‼︎ マッハと言えば先生でしょう‼︎ 私の初登場回においてこれ以上の演出はありません‼︎」

明久「うわぁ、超気合い入ってるよ。四話もオチに使われて相当堪えてたんだな」

殺せんせー「さぁさぁ、吉井君に渚君‼︎ 今日は美味しいお茶菓子を持参したんです‼︎ 食べながらお話しましょう‼︎」

明久「本当ですか⁉︎ ありがとうございます‼︎」

渚「でも殺せんせー、なんで記念すべき初登場回でお菓子なんて持ってきたの?それだけ文字数が嵩張るよ?」

殺せんせー「おっと、渚君も何やらメタい発言を……なに、特に意味はありませんよ。ここで主人公格の二人と親しくしておけばまた呼ばれるかなぁ、とか文字数が嵩張ればより先生の出番が増えるかなぁ、なんて打算は微塵もありませんから」

渚「打算しかない⁉︎ よっぽど堪えてたんだね‼︎」

明久「ほぉんあほぉほぉあひぃひぃへふふぁふぁひふぁひょふひょ」

渚「吉井君はお菓子を詰め込みすぎ‼︎ 何を言ってるのか全然分からないよ⁉︎」

明久「(もぐもぐ)……んくっ。今回は雄二が考えた暗殺の話でしたね」

殺せんせー「えぇ、そうですね。しかしこの段階で水の弱点がバレるのは計算外でした」

渚「急に真面目になった……切り替えが早いというか何というか……」

明久「そりゃ計算外でしょうね。なんせ原作一巻に当たる時期ですから、この時点で弱点が発覚するのは漫画的に展開が早過ぎますもん」

殺せんせー「二次創作ならではの展開運びですね。原作を知っているからこその先出しというわけですか。脱皮した皮が水で溶けるというのも原作にはないですし」

渚「しかも何時になく大真面目だ⁉︎ 後書きなのに遊びが全然ないよ‼︎」

明久「前回の話の最後は“クラス全体を巻き込んだ無差別攻撃”なんて不穏な雄二の台詞で終わってましたけど……」

殺せんせー「正しくは“教室全域に対する無差別での面攻撃”でしたね。しかも使用するのは水ですから、君達自身やクラスメイトを巻き込んでも実質的な被害はない」

渚「あ、もうこのまま行くんですね……なんか調子狂うなぁ。でも殺せんせーの触手って粘液で少量の水なら防げるんじゃありませんでしたっけ?」

殺せんせー「良い着眼点ですよ、渚君。しかしその辺りの解釈はいつか本編で語られることを待ちましょう。何でも此処で話してしまうと楽しみが減ってしまいます」

明久「殺せんせー、そろそろ文字数がいい感じです。今日はここまでですね」

殺せんせー「おや、そうですか。それでは皆さん、次回のお話も楽しみに待っていて下さいね」

明久「それじゃ、バイバ〜イ‼︎」





渚「……あれ⁉︎ 今回はオチなし⁉︎」


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五月 大人の時間

雄二の暗殺(というより実験)も終わり、殺せんせーの弱点が水であることが判明した。
しかし少しの水だけじゃ大した弱体化は望めないことも分かり、現状では暗殺に水は組み込みにくいということで普通の暗殺が続いている。雄二も多くの水が使用できる効果的な暗殺を校舎内でも行えないか考え中だ。
それ以外では化学大好き奥田愛美さんの毒殺が行われたものの、それを利用した殺せんせーが細胞の活性薬を作らせてスライム化していた。しかもスピードはそのままというはぐれメタルのような性能に皆はてんやわんや。相手に毒を盛るための国語力も必要ということで、放課後の国語授業に奥田さんが偶に参加するようになった。
そして今日から五月。いつもは殺せんせーだけが入ってきて朝のHRを始めるのだが、今日はいつもと少しだけ違っていた。何やら殺せんせーは外出用のカツラを被って変装しており、烏間先生も珍しく一緒に教室へと入ってくる。そしてその二人とともに入ってきた人物がもう一人……

「……今日から来た外国語の臨時講師を紹介する」

「イリーナ・イェラビッチと申します。皆さんよろしく‼︎」

烏間先生に紹介された笑顔で明るい女の人は、スタイル抜群で金髪巨乳美人の外国人だった。その上で胸の谷間を強調した服装……何処のAVから出てきたのかと言われてもおかしくないと思う。

「…………(タラー)」

その証拠にムッツリーニが静かに鼻血を垂らしていた。紹介されたイリーナ先生は何故か殺せんせーにベタベタで抱きついており、押し付けられる二つのメロンがトランスフォームしているのに耐えられなかったのだろう。

「……そいつは若干特殊な身体付きだが、気にしないでやってくれ」

そんなイリーナ先生に対して烏間先生が声を掛けてるけど……流石にその注文は無理でしょう。若干どころか全身特殊、というか人間ですらない生き物の外見を気にするな、なんて……

「ヅラです」

しかも殺せんせーは変装用に着けていたカツラまで外してしまった。僕だったら相手が先生じゃなくて普通の人間だったとしても気にする。
唐突に自身がカツラであることを告白してきた相手にどう接すればいいの?笑えばいいの?

「構いません‼︎」

えぇ⁉︎ 構わないの⁉︎
凄い、これが大人の女性の包容力ってやつか……中学生の僕には分からない領域だ。

「本格的な外国語に触れさせたいとの学校からの意向だ。英語の半分は彼女の受け持ちということで文句はないな?」

「……仕方ありませんねぇ」

今まで体育以外は全部殺せんせーが担当していたけど、どうやら今日から英語はイリーナ先生も担当するらしい。
先生も仕方ありませんとか言ってるけど、なんだかんだで女の人に抱きつかれて嬉しいようだ。
え?なんで分かるのかって?だって先生、顔をピンク色に変えて見たこともないくらいデレデレしてるもん。超生物だなんだと言われる前に先生も男ってことだ。

「あぁ、見れば見るほど素敵ですわぁ。その正露丸みたいなつぶらな瞳、曖昧な関節……私、虜になってしまいそう」

「いやぁ、お恥ずかしい」

うーん、それにしても世界は広い。僕が知らないだけでそんなところがツボな女の人もいるんだなぁ。僕も全身の関節を外せば外国人とかにモテるんだろうか?とてもじゃないけど真似できそうにない。
……あれ、確か殺せんせーって国家機密の存在であるはずじゃ……?烏間先生みたいに防衛省所属とかっていう紹介もされなかったし……普通の先生がE組に赴任してきても大丈夫なんだろうか?







午前の授業が終わって昼休み。僕らは全員で校庭に出て食後のサッカー……というより逆鳥かご?をやっていた。ただし皆の片手にはいつも通り銃やナイフが握られている。

「へいパス‼︎ へい暗殺‼︎」

そして鳥かごの中心にいる殺せんせーは何本もある触手を駆使して皆からパスされるボールを操っており、同じく撃ち込まれる対先生弾や斬り込まれる対先生ナイフを器用にリフティングやパスをしながら躱していた。
中にはボールを素手で投げつけている人もいる。いや、せめてボールくらいは足でパス出そうよ。

「殺せんせー‼︎」

と、僕らが“暗殺サッカー”をやっているところにイリーナ先生の声が掛けられたので一時中断する。
なんの用かと思っていると何やら本場のベトナムコーヒーが飲みたいらしく、烏間先生から足が速いことを聞いたイリーナ先生が殺せんせーに買ってきて欲しいと頼んでいた。
足が速いってレベルではないと思うけど、どうやら殺せんせーの正体は聞かされているようだ。じゃなかったら“ちょっと焼きそばパン買ってこいよ”感覚でベトナムに行かせる鬼畜な要求はしないだろう。

「お安いご用です。ベトナムに良い店を知っていますから」

相変わらずデレデレしっぱなしの殺せんせーは二つ返事でそのお願いを引き受けると、あっという間に飛び去っていってしまった。
それと同じくして昼休み終了のチャイムが校庭に鳴り響く。

「……で、えーと、イリーナ……先生?授業始まるし、教室戻ります?」

殺せんせーを見送って立ち尽くしているイリーナ先生に磯貝君が声を掛ける。こういう時に率先して動くのは磯貝君らしいよね。

「授業?……あぁ、適当に自習でもしてなさい」

しかしイリーナ先生はこれまでの明るい雰囲気を一変させ、笑顔を消すとともに煙草を取り出して火を点けた。
大人の女性はミステリアスで裏表があるとかよく言われるけど、幾らなんでも裏表の差が激しすぎるような……

「それとファーストネームで気安く呼ぶのやめてくれる?あのタコの前以外では先生を演じるつもりも無いし。“イェラビッチお姉様”と呼びなさい」

いきなり態度をガラッと変えたイリーナ先生に皆も戸惑って話し掛けられないようで、校庭を沈黙が支配する。

「……で、どーすんの?ビッチ姉さん」

「略すなッ‼︎」

こういう時に率先して茶化す(動く)のはカルマ君らしいよね。言葉だけなら磯貝君と同じ評価なのに、人が変わるだけで受けるイメージが全然違う不思議。
イリーナ先生もカルマ君の呼び方に冷たい雰囲気からキレツッコミを繰り出している。

「あんた殺し屋なんでしょ?クラス総掛かりで殺せな「えぇ⁉︎ イリーナ先生って殺し屋だったの⁉︎」……クラス総掛かりで殺せないモンスター、ビッチ姉さん一人で殺れんの?」

「明久、少し黙ってろ」

驚愕の事実に驚いた僕の反応などまるで聞こえなかったかのようにカルマ君は話し続けた。雄二はそんな僕に対して注意してくるだけだし、他の皆もこっちに生温かい視線を送ってくるだけで驚いてはいない。
……もしかして皆気付いてたの?気付いてなかったのって僕だけ?

「……ガキが。大人にはね、大人の殺り方があるのよ。……潮田渚ってあんたよね?」

イリーナ先生も同じように僕を完全無視して皆の顔を見回すと、皆の中から渚君に目を止めて近寄っていく。
名指しされた渚君が戸惑っていることも無視して距離を詰めると、心の準備をさせる間も無く唇を重ねた。
って唇を重ねたぁ⁉︎ なんて羨まーーーけしからん‼︎ しかもディープですよディープ‼︎ 神聖な学び舎で僕もやりたーーーやるのはどうかと思います‼︎ 早く渚君と変わーーー離してあげて下さい‼︎

「後で教員室にいらっしゃい。あんたが調べたっていう奴の情報、聞いてみたいわ。……ま、強制的に話させる方法なんて幾らでもあるけどね」

イリーナ先生は脱力してされるがままになっている渚君を抱き寄せた後に離すと、この場にいる全員に聞こえるように大きな声を上げた。

「その他も‼︎ 有力な情報を持ってる子は話しに来なさい‼︎ 色々と良いことしてあげるわよ」

「…………っ‼︎(ブシャァァアアッ)」

「ムッツリーニッ⁉︎ いったいどんな“良いこと”を想像したのさ⁉︎」

「……お主ら、少しくらいシリアスに出来んのか」

何やら秀吉が呆れてるけど、今はそれどころじゃない。
くっ、渚君への超絶キスを目の当たりにしてより鮮明に想像を膨らませてしまったんだ‼︎ E組に来て以来、鳴りを潜めていたムッツリーニの衝動(エロ)が爆発してるじゃないか‼︎
そして僕がムッツリーニの止血を試みていると、学校の外から色々な荷物を持った体格の良い男が三人ほど入ってきた。どっからどう見てもカタギではなさそうだ。

「技術も人脈も全てあるのがプロ仕事よ。ガキは外野で大人しく拝んでなさい。あと、少しでも私の暗殺の邪魔をしたらーーー殺すわよ」

現れた男達から小銃を受け取って脅してきたイリーナ先生は、そのまま男達と殺せんせーの暗殺計画を進めていく。
反対に皆の空気は重くて嫌なものとなっており、恐らくクラスの大半がこの先生に対して嫌悪に近い感情を抱いていることが僕にも分かった。
……それにしても、金髪巨乳美人でキレツッコミの女王様エロビッチな嫌われ殺し屋先生か。いったいどれだけの属性を付ければ気が済むんだ。





昼休みが終わって英語の授業。イリーナ先生は自分で言っていたように授業をする気はないようで、僕らは席に座ってただ時間が過ぎていくのを待つ時間を過ごしていた。
その先生は教卓の椅子に腰掛けてタブレットを弄りながらクスクスと笑っている。何を一人で笑ってるんだろうか?

「なー、ビッチ姉さん。授業してくれよー」

いつまでも授業を開始しないイリーナ先生に前原君が催促する。あ、“ビッチ姉さん”って言われて椅子からコケた。あれなら雛壇芸人でもやっていけそうだ。
前原君の言葉を皮切りにして皆が“ビッチ姉さん”“ビッチ姉さん”と連呼しまくる。ここまで“ビッチ”が飛び交うクラスも珍しいな。
いい加減に堪え切れなくなったらしく、先生のキレツッコミが炸裂した。

「あー‼︎ ビッチビッチうるさいわね‼︎ まず正確な発音が違う‼︎ あんたら日本人はBとVの区別もつかないのね‼︎ 正しいVの発音を教えてあげるわ‼︎ まず歯で下唇を軽く噛む‼︎ ほら‼︎」

キレたものの結果として授業はしてくれるようで、イリーナ先生は僕らに発音の仕方を教えてくれるらしい。でも日本人からすると英語を発音する時に下唇を噛む意味ってよく分からないんだよね。
取り敢えず僕らは言われた通り軽く下唇を噛んだ。

「……そう。そのまま一時間過ごしてれば静かでいいわ」

まさか発音の仕方どころか発音すらさせてもらえないとは思わなかった。
これまでにない斬新な授業だなー。あまりの斬新さに皆が下唇を噛み切らないか心配だ。
結局そのまま英語の授業が開始されることはなく、下唇を噛み締めたまま授業は終わることとなった。
……皆は次の体育で身体を動かしてストレス発散ってところかな。





「……おいおい、マジか。二人で倉庫にしけこんでいくぜ」

体育の射撃訓練中、キノコ頭っぽい髪型の三村航輝君が校舎脇にある倉庫を指差しながらそう呟いた。
確かに三村君の言う通り、イリーナ先生と殺せんせーがくっつきながら倉庫に入っていく姿が見える。ま、まさかこれから倉庫でニャンニャンするつもりじゃ……本当に何処の企画モノAVですか?しかもリアル触手プレイ……意外と高く売れそうだ。
……まぁそんなわけないよね。イリーナ先生が殺し屋だって言うなら、倉庫で殺せんせーを殺す準備でもしているのだろう。

「……烏間先生。私達、あの()のこと好きになれません」

「……すまない、プロの彼女に一任しろとの国の指示でな。……だが、わずか一日で全ての準備を整える手際。殺し屋として一流なのは確かだろう」

片岡さんが皆を代表して烏間先生に訴え出たが、先生は目を逸らして腰に手を当て、不本意といった様子で僕らに謝ってくれた。先生は何も悪くないんだから謝らなくてもいいのに……真面目な人だなぁ。実際に今のところ上手くいってるのも事実だし。
などと思っていたら次の瞬間には倉庫の方から激しい銃声が聞こえてきた。ってこの音は……まさか実弾?……もしかしてあの人、殺せんせー相手に実弾と本物の銃を殺しの道具として選んだのか?
……はぁ、ということは暗殺失敗かぁ。通常兵器は効かないって話なのに……渚君から聞き出した情報も全然当てにしなかったのね。
一分くらい銃声が続いてただろうか。それぐらいで響き渡っていた銃声が鳴り止んだ。



「いやああああぁぁぁぁーーー‼︎」



で、銃声の代わりにイリーナ先生の悲鳴と触手のヌルヌルする音が新たに響き渡る。哀れ、イリーナ先生は殺せんせーに手入れされることになったのだった。
先生の悲鳴は徐々に小さくなっていき、ひたすらにヌルヌルする音が鳴り続ける。……ちょっとヌルヌルしすぎじゃない?

「めっちゃ執拗にヌルヌルされてるぞ‼︎」

「行ってみよう‼︎」

皆も鳴り続けるヌルヌルが気になったようで、ムッツリーニ以外の全員で倉庫へと駆け寄る。
え?ムッツリーニ?あいつなら鼻血出して地に伏せてるから置いていったよ。多分リアル触手プレイでも想像したんだろう。
駆け寄って倉庫の前まで来た時、ドアが開いて中から殺せんせーが出てきた。

「殺せんせー‼︎」

「おっぱいは?」

また随分と直球で訊いたのは岡島大河君である。流石はムッツリーニと双璧を成すオープンエロだ。僕は君のそういうところ、嫌いじゃないよ。
倉庫から出てきた殺せんせーの表情は緩んでるんだけど、それまでイリーナ先生に見せていたデレデレした表情ではなかった。

「いやぁ、もう少し楽しみたかったですが……皆さんとの授業の方が楽しみですから。明日の小テストは手強いですよぉ」

「……あはは、まぁ頑張るよ」

何事もなかったかのように小テストの話をする殺せんせーに、渚君も苦笑いを浮かべながら答える。
そこで倉庫から二人目の人物が姿を現した。

「……まさか、わずか一分であんなことをされるなんて……」

続いて出てきたイリーナ先生は、何故か半袖短パンの体操服に鉢巻と随分健康的でレトロな服にされていた。
というかキュッとしたウエストのくびれとパッツパツの胸元、恍惚の表情で力なく開いた口から垂れる唾液が非常に目の毒だ。
ムッツリーニが来れなかったのは正解だったかもしれない。こんなものを見せられたら下手すると出血多量で死んじゃいそうだ。

「肩と腰のこりを(ほぐ)されて、オイルと小顔とリンパのマッサージされて……早着替えさせられて……その上まさか、触手とヌルヌルであんなことを……」

(((どんなことだ⁉︎ )))

本当、どんなことをされたんだろう?
うつ伏せに倒れ込んだイリーナ先生を見て、渚君が若干引きながらも真相を殺せんせーに訊いていた。

「殺せんせー、何したの?」

「さぁねぇ、大人には大人の手入れってやつがありますから」

そう答えた先生はいつも浮かべている三日月型の口を閉じ、顔文字みたいな真顔となって話を濁す。
うわっ、真顔なんだけどめっちゃ悪そうな大人の顔だ‼︎ 更に何をしたのか気になってきたぞ‼︎

「さ、教室に戻りますよ」

完全にいつもの調子に戻った殺せんせーは、集まっている皆を引き連れて校舎内へと戻っていく。
イリーナ先生、あのままだけど放っておいて良いのかなぁ?



次話
〜プロの時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/7.html



土屋「…………“大人の時間”は楽しめたか?」

岡島「今回も後書きははっちゃけて行くぜ‼︎」

秀吉「ちょっと待つのじゃ‼︎ この二人の相手をワシが一人でするのか⁉︎」

土屋「…………何を動揺している?」

岡島「そうだぜ木下、いったいどうしたんだよ?」

秀吉「いやいやいや‼︎ 今回の内容にこの組み合わせは鬼にガトリング砲じゃろう⁉︎ 普通に真面目な話を頼むぞい‼︎」

土屋「…………分かった。では真面目にコスプレ体操服についての考察をーーー」

秀吉「そんなところを真面目にするでない‼︎」

岡島「ビッチ姉さんにブルマを使用しなかったのはやっぱり殺せんせーの趣味ーーー」

秀吉「じゃーかーらー‼︎」

土屋「…………今日は調子が悪い?」

秀吉「そうじゃな、悪くなるやもしれん……」

岡島「仕方ねぇ、少し控えるとするか。エロで苦しむ奴がいるなんてあってはならないからな」

土屋「…………自重すべき」

秀吉「お主もじゃ」

岡島「でも何について話すんだ?ビッチ姉さんの属性が今後も増えて属性過多になる未来についてか?」

秀吉「今話題にすることでもなかろう……ちと細かいが原作との違いについて話すとしようかの」

土屋「…………時間割りが変わっていたこと?」

岡島「そういや殺せんせーのテストが六時間目じゃなくて明日になってたな」

秀吉「うむ、よく考えてみよ。原作通りじゃと六時間目が殺せんせーの小テスト、五時間目が烏間先生の体育、四時間目がイェラビッチ殿の英語(自習)となるが……それではワシらは三時間目と四時間目の間に“暗殺サッカー”をしていたことになるぞ?」

土屋「…………休憩時間の十分では短すぎる」

岡島「あぁ、だから外で“暗殺サッカー”をしていてもおかしくない昼休みにズラしたのか。で、結果として殺せんせーの小テストは明日になったと」

秀吉「そういうことじゃな。では今回はここまでにしておこう」

岡島「え、もう?いつもより早くないか?」

土屋「…………(コクコク)」

秀吉「他に特筆すべきところはないからの。お主らのフリートークに付き合わされたら敵わん」

岡島「ひでーなぁ。俺達の会話なんてエロが天元突破してるだけでーーー」

秀吉「じゃからそれに着いていけんと言っとるのじゃ‼︎ ということで終わりと言ったら終わりなのじゃ‼︎」

岡島「あ、おい‼︎ ……そんな走って帰らなくてもいいだろうに」

土屋「…………じゃあ次回も楽しみにしておけ」





明久「……今回の内容って原作を僕視点で進んでるだけで、時間割り以外はほとんど変わらないんじゃーーー」

殺せんせー「吉井君、シーッ‼︎ 世の中には気づかなくていいこともあるんです‼︎」


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プロの時間

翌日の英語の時間。
昨日と同じようにイリーナ先生は教卓の椅子に腰掛けてタブレットを弄っているけど、昨日とは違って笑みなどなく苛ついた様子でタブレットを操作していた。

「あはぁ、必死だねビッチ姉さん。あんなことされちゃ、プライドはズタズタだろうね〜」

そのイリーナ先生の姿を見てカルマ君が可笑しそうに呟く。
まぁあれだけプロであることを強調しておいて、暗殺を失敗した挙句にコスプレ体操服を着せられて骨抜きにされたら誰だって屈辱的だろう。
今は新しい暗殺計画を別に練り直しているみたいだけど、冷静さを失っている今の先生にはとてもじゃないが殺せるとは思えない。

「雄二、イリーナ先生に殺せると思う?」

「んぁ?んなもん無理に決まってんだろ」

机に顔を伏せて寝る姿勢を取っていた雄二の考えも聞いてみようと話し掛けると、雄二は全身からダルいオーラを発しながらそう評価した。
眠気で声を抑える気もなく言ったため、雄二の声は静かな教室によく響く。イリーナ先生にも聞こえたようでタブレットを操作していた指がピタリと止まった。
そんな先生の様子は全く目に入っていないようで、雄二は声の調子を変えずに言葉を続ける。

「わざわざ渚の奴から情報を聞き出しておいてそれを全く活用しない、対人暗殺のセオリーに嵌ってる殺し屋が超生物を殺せるわけねぇ」

「うるさいわね‼︎ 黙って自習でもしてなさい‼︎」

「へーい」

怒鳴り散らしたイリーナ先生のことなど何処吹く風で、適当に返事を返した雄二は再び机に突っ伏して眠りについた。 当然ながら雄二に自習する気は微塵も感じられない。まぁそれは雄二に限らず僕もそうなんだけど。

「先生」

再びタブレットを弄りだしたイリーナ先生に、最前列に座っている磯貝君が声を掛けた。
今度は普通に声を掛けられただけであるため、先生は怒鳴り散らすことなく訝しみながらも普通に対応する。

「……何よ」

「授業してくれないなら殺せんせーと交代してくれませんか?一応俺ら、今年受験なんで……」

椚ヶ丘学園は中高一貫教育で中等部から高等部への内部進学が許可されているけど、その制度は三年E組の生徒には適応されないのだ。
僕らは本校舎の生徒達とは違って受験に向けての勉強もしなければならない。自習しかしないならば殺せんせーと交代してほしいというのも当然の要求だろう。
しかしそれを聞いたイリーナ先生は教卓にタブレットを放り捨てて嘲笑を浮かべた。

「はん‼︎ あの凶悪生物に教わりたいの?地球の危機に受験なんて……ガキは平和でいいわね〜」

確かにそう言われたらその通りなんだけど、僕らとしては地球の危機が去った後のことも考えなければならないわけで……

「それにあんた達って落ちこぼれだそうじゃない。勉強なんて今更しても意味ないでしょ」

おぉっとぉ‼︎ なんだか教室全体が一瞬で殺気立ちましたよぉ?イリーナ先生、見事にE組の地雷を踏み抜いたなぁ。
それでも喧嘩腰で喋り続けている先生はクラスの変化に気づいていないようで、

「そうだ‼︎ じゃあこうしましょ。私が暗殺に成功したら五百万円ずつ分けてあげる‼︎ 無駄な勉強するよりずっと有益ーーー」

ビシッ、と何処からか消しゴムが飛んできて黒板に跳ね返った。それによってそれまで饒舌に喋っていたイリーナ先生の言葉が途切れる。
っていうか百億のうちの五百万って少ないな。えーと、E組(うち)は三十人だから……全員の金額を合わせても十五億か。一人で八十五億って先生欲張り過ぎでしょ。

※ 五百万 × 三十人 = 一億五千万(暗算ミス)

「……出てけよ」

誰かがボソッと呟いたことで先生も皆の変化に気づいたようだけど……もう手遅れみたいだ。

「出てけクソビッチ‼︎」

「殺せんせーと代わってよ‼︎」

「なっ、何よあんた達その態度っ‼︎ 殺すわよ⁉︎」

「上等だよ殺ってみろコラァ‼︎」

「返り討ちしてやんよっ‼︎」

ワーワーギャーギャーと、皆の嵐のような怒号にイリーナ先生も怯みまくっていた。“殺す”という言葉にも昨日のような威圧感などなく、売り言葉に買い言葉で更に皆をヒートアップさせるだけである。

「そーだそーだ‼︎ 巨乳なんていらない‼︎」

なんか私怨塗れの抗議も渚君の左隣りから怒号に混じって聞こえてきたけど、皆と一緒に怒っていることには変わらないから気にしないでおこう。
で、廊下の窓際で学級崩壊並みの抗議を眺めていたから気づいたけど、窓の外に頭を押さえて悩ましそうにしている烏間先生の姿があった。
烏間先生も苦労が絶えませんね。まともな同僚がいない中、いつもご苦労様です。







〜side イリーナ〜

クラスのガキ共から暴動レベルのブーイングを受けた後、あのタコやガキ共の在り方を烏間に見せられて言われたことを思い出す。

暗殺対象(ターゲット)と教師。暗殺者(アサシン)と生徒。あの怪物のせいで生まれたこの奇妙な教室では、誰もが二つの立場を両立している。暗殺者と教師を両立できないというなら、お前は此処ではプロとして最も劣るということだ。……暗殺を続けたいのならば彼らに謝ってこい。生徒を見下した目で見ず対等に接しろ》

私はプロの殺し屋。しかし地球の危機とはいえ殺し屋を学校で雇うのは問題だから、表向きは教師の仕事もするように言われていたけど……当然ながら先生なんて経験したことはない。
でも授業なんてやる間も無く終わらせるつもりだったから、深く考えずにその条件を了承した。だから磯貝が言っていたような受験に必要な勉強なんて私は全く知らない。
暗殺を続けるためにはどうしたらいいのか、校舎脇で立ち尽くしたまま烏間に言われたことを噛み締めて考える。

「ーーーそんなところで何をしておるのじゃ?イェラビッチ殿」

そんな私に声を掛けてきたのは、初見では男か女か判別しにくい翁言葉を使う男子ーーー木下秀吉だった。

「……木下、あんたこそこんなところに何の用よ?一人なんて珍しいんじゃない?」

「少し教員室に用があっての。誰もおらんかったから帰ろうとしたんじゃが、何やら消沈しておるような姿を見掛けたので気になり声を掛けただけじゃ」

「烏間ならもう教員室にいると思うわよ」

「うむ、先程すれ違ったのでもう用は済んでおる」

暗に“帰れ”という意味を込めて突き放すように言ったのだけど、木下は気づいていないのか気づいて無視しているのかそのまま近くまで歩いてくる。
っていうか至近距離で見てもやっぱり男には見えないわね。ハニートラップで暗殺をしてきた仕事柄、世界中の男や女を見てきたけど……その辺の下手な女子よりも普通に可愛いんじゃないの?

「……今、何か不名誉な評価を下さんかったか?」

「気のせいでしょ」

「むぅ……そうじゃろうか」

こういうところで勘が鋭いのも女の特徴だと思うけど……面倒だから黙っておきましょ。

「……それにしても、やはりイェラビッチ殿はプロじゃの」

何の脈絡もなく言われた木下の感心するような言葉に、私は自分でも驚くくらいネガティヴな感情しか湧いてこなかった。
昨日までのーーー烏間に説教じみたことを言われる前までの私なら、プロであることを指摘されて優越感に浸ることはあっても気分が落ち込むなんてことは絶対になかったでしょうね。
私は自分から湧き出た感情を誤魔化すように木下を睨みつける。

「……嫌味のつもりかしら?」

「そんなことは言わん。潜入するために生徒の名前や行動など、最低限の事前情報はしっかりと記憶しておるようなので素直に感心しておった」

そんな私の子供みたいな反応など気にした様子もなく、本当に邪気の欠片も感じられない木下の言葉に呆気に取られてしまった。
暗殺で潜入する際、潜入する環境について下調べをするのは当然のことだ。特にハニートラップを仕掛けるためには、暗殺対象だけでなく周囲の人物が重要になってくることも多い。何故なら相手次第では周囲の人物に疑われたり嫌われたりするだけで、それが暗殺対象に伝わって警戒されることもあるのだから。
だからこそあのタコについて詳しいっていう潮田渚のことも知っていたし、目の前の男子が木下秀吉であるということも四人グループで一緒にいることが多いということも知っていた。他の生徒についても簡単なE組内での情報であれば調べてある。まぁ今回は速攻で決着(ケリ)をつけるつもりだったからガキ共の前では取り繕わなかったけど。
木下は更に続けて昨日の暗殺についても言及してくる。

「確かに雄二の言う通りなのではあろうが、対人暗殺を想定した行動として考えればハニートラップからの暗殺は見事な流れだったのではないかの?個人的には演技がやや過剰ではないかと思ったくらいじゃな」

そう、坂本の言っていたことは不本意ながら客観的に見て正しい。暗殺を失敗した私に対してあのタコからも“暗殺の常識に捕らわれすぎ”との指摘を受けていた。
相手は月をも破壊する超生物。常識外の怪物に対して常識に照らし合わせた暗殺方法が通じるわけがなかったのだ。
しかし自分の非を認めたところで、教室で盛大にやらかしてしまった私が戻りづらいというのもまた事実なわけで、

「……あんたは私のこと嫌ってないの?」

目の前で普通に接してくる木下に、私のことをどう思っているのか訊いてみたくなるのは仕方ないことなのよ。

「む?なんじゃ、そのようなことを気にしておったのか?残念ながら“殺し屋”としてのお主しか知らんので好き嫌いなど判断できん。今朝の嘲笑的な態度も苛ついていた故のものじゃろうと思っとる」

「……それは好意的な解釈をどーも」

確かにあのタコの前では“惚れている先生”を演じていたし、それ以外では“殺し屋”として動いていたけれど……これまでの私の態度から考えたら好き嫌いで言えば普通は嫌いになると思うのよね。
どうも木下の他人に対する評価というか感じ方というか、多感な時期の年頃にしては客観的で感情的に反論する余地がないわ。だからこそ嘘は言っていないってことが分かる。

「しかしワシらがお主の事を知らんように、お主もワシらの事は情報でしか知らんじゃろう?もしまだE組に残るつもりでいるならば、少しくらい歩み寄ってみるのもいいのではないかの?」

“ではワシはそろそろ失礼する。お節介かもしれんとは思うが、授業をするならば赴任時に言われておった本場の外国語を教えてくれると有難い”
そう言って立ち去っていく木下の後ろ姿を見送り、完全に姿が見えなくなったところで私は大きく息を吐いた。

「……はぁ、これじゃどっちが大人か分かったもんじゃないわね。中学生にしては達観しすぎでしょ」

さっきまでプライドが邪魔して失敗を認めたくなかったけど、大人としてこのまま逃げ帰るわけにはいかない。
ここまで言われて謝ることもせず暗殺を失敗したまま帰ったら、私は自分すら律することができずに癇癪を起こしただけの子供だわ。というかそんなことしたら師匠(センセイ)に殺される。深く考えるまでもなくそっちの方がヤバかったわ。
……中学生に諭されたようで少し癪だけれど、私も今回の暗殺場(仕事場)に合わせて態度を改める必要があるみたいね。







〜side 明久〜

昼休みが終わる頃、残り少ない休み時間を教室で駄弁っていた時にガララッと大きな音を立ててドアが開かれた。
その音で皆が会話を中断してドアの方へと目を向けると、毅然とした様子で教室に入ってくるイリーナ先生の姿があった。朝の学級崩壊並みの抗議はそれとして、もうすぐ授業の開始時間でもあることだし皆も一応自分の席に戻る。
先生はこれまで教室に持ち込んでいたタブレットなどを手に持っておらず、教卓の椅子にも座らず教壇に立ったかと思うとチョークを手に持って黒板に英文を書き始めた。

You're(ユア) incredible(インクレディブル) in(イン) bed(ベッド) ‼︎ 言って(リピート)‼︎」

今朝までとは全く違うイリーナ先生の態度にクラス全員が呆然としていると、先生が復唱するように促してきたので戸惑いながら皆も書かれた英文を復唱する。

「アメリカでとあるVIPを暗殺した時、まずはそいつのボディガードに色仕掛けで接近したわ。その時に彼が言った言葉よ。意味は“ベッドでの君は凄いよ……♡”」

この先生、中学生になんて文章を読ませてるのさ⁉︎
しかし今回は自習ではなく本当に授業をしてくれるようで、イリーナ先生の話は続く。

「外国語を短い時間で習得するには、その国の恋人を作るのが手っ取り早いと言われているわ。相手の気持ちをよく知りたいから、必死で言葉を理解しようとするのよね」

あ、それは何となく分かる気がする。外国人に限らず、誰かと仲良くしようと思ったらまずは相手のことを知らないと駄目だもんね。

「だから私の授業では外人の口説き方を教えてあげる。受験に必要な勉強なんてあのタコに教わりなさい。私が教えられるのは実践的な会話術だけ」

そこまで毅然として言い切ったイリーナ先生の目線が少し泳ぎ、両手を身体の前で合わせてモジモジとしながら今度は小さい声で、

「……もしそれでもあんた達が私を先生と思えなかったら、その時は暗殺を諦めて大人しくE組(此処)から出ていくわ。……そ、それなら文句ないでしょ?……あと、悪かったわよ。色々と」

僕らの反応を窺うようにして弱々しく謝ってきたイリーナ先生に、皆はまたしても呆然としていた。もちろん僕も皆と同じ反応だ。
判決を待っている被告人のように縮こまっている先生を見て、それぞれ近くの席の人と顔を見合わせている。

「何ビクビクしてんだよ。さっきまで殺すとか言ってたくせに」

そんなイリーナ先生を皆は笑顔で受け入れた。
クラスから笑い声が上がった瞬間に先生はビクッて身体を震わせていたし、余程緊張して話していたんだろうことが分かる。
その反応を見てまたクラスに笑い声が上がった。

「なんか普通の先生になっちゃったな」

「もう“ビッチ姉さん”なんて呼べないね」

前原君と岡野さんの会話を聞き、イリーナ先生が態度を改めてきたことで皆も意識が変わったようだ。これまでの先生に対する呼び方を振り返り、反省している様子が色々なところで見て取れる。
イリーナ先生も皆が受け入れてくれたことに感動しているようで、緊張が解けて安堵したような表情とともに涙を流していた。

「考えてみりゃ、先生に向かって失礼な呼び方だったよね」

「うん、呼び方変えないとね」



「「「じゃ、ビッチ先生で」」」



あ、先生の涙が一瞬にして枯れ果てた。

「えっ……と。ねぇ、君達。せっかくだからビッチから離れてみない?気安くファーストネームでも構わないのよ?」

顔を引き攣らせながらも笑顔を浮かべて呼び名変更を求めるイリーナ先生。昨日はファーストネームで呼ぶなって言っていたのに……
それでも皆は呼び方を変える気はないらしく、

「でもなぁ、もうすっかりビッチで固定されちゃったし」

「うん、イリーナ先生よりもビッチ先生の方がしっくりくるよ」

「そんなわけでよろしく、ビッチ先生」

二人の会話から始まり決定した呼び方で、イリーナ先生に向けて皆が“ビッチ先生”と連呼しまくる。仲直りしたところで皆が先生を“ビッチ”呼ばわりすることに変わりはないのね。

「キーッ‼︎ やっぱり嫌いよ、あんた達‼︎」

ワーワーギャーギャーと、デジャブのように教室内が騒がしくなる。イリーナ先生がキレているところも同じだけど、今朝みたいに皆から怒号が飛び交ったりすることはなかった。
クラスの状況を見ていた雄二が不可解といった様子で呟く。

「あの高慢女が、いったいどうなってんだ?」

「さぁ?何か心境の変化でもあったんじゃない?」

僕らの知らないところで烏間先生に説教でもされたのだろうか?教育のことで言えば殺せんせーの可能性もあるけど、今朝のイリーナ先生の様子じゃ暗殺対象に何かを言われて変わるとは思えないし。

「そうじゃのう……心境が変わった理由は分からんが、少なくとも今の()()()()()()は嫌いではないぞい」

雄二の後ろからそんな秀吉の評価が聞こえてくる。
確かにイリーナ先生が怒鳴り散らしていても嫌な空気は漂っていないし、笑いに溢れている今の教室を見れば僕も秀吉と同じ意見かな。
こうしてイリーナ先生とも和解し、本当の意味でE組の先生がまた一人増えたのだった。



次話
〜集会の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/8.html



磯貝「これで“プロの時間”は終わりだ。皆、楽しんでくれたか?」

片岡「後書きでは今回の話を振り返ったりして話を進めていくわよ」

明久「うん、後書きを始めるのはいいんだけど……磯貝君、片岡さん」

磯貝・片岡「「何だ?/何かしら?」」

明久「どうして僕はダブル委員長に挟まれながら、小学校高学年レベルの計算問題をさせられているのかな?」

磯貝「そりゃあ、暗算とはいえあのレベルの計算を間違われたら同級生として心配になるだろ?」

明久「あ、あれは違うよ‼︎ 暗算だから間違えただけで、問題として出てきたらきちんと解けるーーー」

片岡「はいはい、それを証明するためにも計算問題を解いてね。後書きはこっちで進めておくから」

明久「うぅ、了解しました……」

磯貝「それにしてもビッチ先生、客観的に見たら本当に午前と午後で態度が激変してるよな」

片岡「確かにね。まぁ烏間先生に言われたっていうのは原作通りだけど、そこで木下君からもあんな風に言われたら誰だって態度を改めるでしょ」

磯貝「良い点と悪い点を指摘して、悩んでいる所にアドバイスを入れる。ビッチ先生のことを嫌ってたあの時の俺達には出来ないことだよな」

片岡「えぇ、ああいうところは木下君を見習わないとって私も思ったわ」

明久「……はい、出来たよ」

片岡「あら、思っていたよりも早いのね。ちょっと待ってて、チェックするから。……うん。少しのケアレスミスはあるけど、概ね正解よ」

明久「ね?だから言ったでしょ。流石に僕だって小学校レベルの四則演算くらい問題で出てきたら解けるから」

磯貝・片岡((四則演算なんて言い方を知っていたのか、という反応は控えておこう/おきましょう))

磯貝「これなら単純な計算問題は心配する必要ないか」

片岡「そうね。じゃあ√計算とかは分かる?今度の中間テストにも出てくると思うけど……」

明久「それくらい分かるさ。スタートからゴールまでの道が何本あるか考えればいいんでしょ?」

磯貝「……あぁ、順路(ルート)と√を勘違いしてるんだな」

片岡「順路問題も確かに計算だけど、その勘違いが出てくるのはちょっと問題ね……√を意識してないってことだし」

吉井「え?何々?なんか違った?」

磯貝「……取り敢えず今から殺せんせーのところに行ってみるか?」

片岡「……そうしましょうか。それじゃあ今回の後書きはここまで‼︎ 次回も楽しみにしててくれると嬉しいわ‼︎」

明久「え、僕全然喋ってない……あ、ちょっと待って。僕の両脇を抱えていったい何処に連れていくつもりーーー」





殺せんせー「ヌルフフフフ、皆さんに合わせて開催している“放課後ヌルヌル強化学習”……盛況みたいで先生も嬉しいですよ。ねぇ、土屋君?」

土屋「…………そうだ。俺は勉強をしに来ただけであって、決して“ヌルヌル”という言葉に惹かれたわけじゃない」


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集会の時間

〜side 渚〜

月に一度の全校集会。僕らE組にとっては気が重くなるイベントだ。
普段は本校舎への立ち入りを禁止されてる僕らだけど、これがある日は山を降りてE組のある隔離校舎から本校舎へと移動しなければならない。……全校集会が五時間目にあるから昼休みを返上して。
しかも本校舎の生徒達よりも早く着いて整列しておかなければならないという制約付きだ。もしこの制約を破ろうものなら……

「急げ。遅れたらまたどんな嫌がらせされるか分からないぞ」

「前は本校舎の花壇掃除だったっけ」

「アレはキツかった。花壇が広すぎるんだよ」

……聞こえてきた辟易とするような会話から察せられるように、校則違反ということで普通だったら業者に頼むようなレベルの雑用が与えられることとなる。
でもこの制約についてはまだ早く行けばいいだけだから、昼休みをゆっくり出来ないことに多少の不満はあっても何とかなるレベルだ。これ以外にも全校集会で気が重くなる理由はある。

「こういう本校舎に行かなきゃならねぇ行事はマジで面倒くせぇな」

「終わったらまた山を登らないといけないもんね」

「苦言を呈してもこの道程は楽にはならんぞ。無駄に気が滅入るだけじゃ」

「…………(コクコク)」

坂本君と吉井君が零している愚痴もその理由の一つだ。隔離校舎が山の中腹にあるため僕らは登下校で毎日山を登り下りしてるけど、学校行事で本校舎へと行く必要がある場合は一日に二回も山を登り下りしなければならない。
まぁそんな中でもカルマ君は一人だけ全校集会をサボってるから、今頃は隔離校舎で悠々自適に過ごしてるだろうけど。本人はサボって罰食らっても痛くも痒くもないって言ってたし、成績良くて素行不良ってこういう時には羨ましく思うよ。
でも言い方は悪いけど愚痴を零している坂本君や吉井君も素行不良の噂はよく聞く。実際にそういったきらいが少しはあると思うし、そういう噂が立つ程度には色々とやってきたのだろう。
そこで僕は思ったことを訊いてみることにした。

「坂本君達だったらカルマ君と一緒にサボることも少しは考えたんじゃないの?」

「あ、それは俺も何となく思ったわ。お前らって結構仲良いみたいだし、集会に出ても面倒で憂鬱になるだけだろ?」

どうやら杉野も同じことを思っていたようだ。僕の言葉に続けて坂本君達に疑問を投げ掛けていた。
少しだけカルマ君から聞いたことがあるけど、二人とはちょっとした喧嘩の最中に知り合ったらしい。それから何だかんだで意気投合してからの付き合いだと聞いている。

「まぁ別にサボってもよかったんだが……こういうのは最初に黙らしといた方が色々と後で楽だろ?」

僕らの疑問に対してなんだか物凄く物騒な言葉が返ってきたな。
何をするつもりなのか不安に駆られながらも坂本君の話の続きを聞くことにする。

「お前らがどう思ってるかは知らんが、俺個人としては椚ヶ丘学園の校則は過剰なだけで間違ってるとは思ってねぇ」

「え、そうなんだ。そんな風には全然見えなかったけど……」

僕らの会話を聞いていた茅野が意外といった感じでそう呟いていた。
正直に言えば言葉に出さなかっただけで僕もそう思っていた。それならどうして素行不良の噂が出るような行動をしていたのか……いや、詮索するのは止めておこう。色々と知られたくない事情があるのかもしれないし。

「学校ってのは言っちまえば社会の縮図だ。社会に出たら優れた奴から出世して劣った奴からリストラされていく。で、リストラされる下の人間は出世した上の人間が決める。成績不振・素行不良の生徒が先生()の判断でE組に送られる理屈と一緒だろ」

「まぁ確かにそう言われると、椚ヶ丘(うち)の校則って社会に出る前の予行演習をしてるようなもんだよな。悪意の割合がやたら多いけどよ」

坂本君の説明に杉野も同意する。認めたくはないけど、多くの生徒を育てるために少ない生徒を切り捨てるのは合理的だ。生徒達は切り捨てられないように努力するし、そうやって競争社会を生き抜くための力を身に付けさせるのだろう。
社会の仕組みと照らし合わせても間違ってるとは言えない。間違っているのは格差を意図的に助長している学校側の悪意くらいだ。

「本校舎の生徒(奴ら)が蹴落としたE組(俺達)を嘲笑うのは当然の結果だ。そういう風に校則で誘導してるし、何よりまだ成熟してない精神状態で上に立って下を見下ろす快感を味わっちまってんだからな。……が、俺は無意味に降り掛かる火の粉を放置しておくほど事勿れ主義じゃねぇんだよ」

自分の考えを言い終えた坂本君の表情は、愚痴を零していた時の面倒そうな表情から一転して獰猛な笑みに変わっていた。
坂本君がこういう表情をする時は、良くも悪くも何かをやらかす時だ。殺せんせーの弱点を検証するために教室を僕ら諸共水塗れにし、その結果に確信を得た時にも同じような表情をしていたと思う。
その時の暗殺と同じようにやらかす内容まで語るつもりはないようだ。話し終えて前を行く坂本君の背中を眺めながら、僕らも引き続き山を下りていくことにする。







本校舎に移動してきた僕らは、山下りの後の休憩もそこそこに体育館で整列していた。はっきり言ってこの整列している時がE組にとって最も気が重くなる時間だと思う。

「渚く〜ん、お疲れ〜」

「山の上から本校舎(こっち)に来るの大変でしょ〜」

体育館で整列している僕らに本校舎の生徒が話し掛けてくる。もちろんその労いを言葉通りに受け取れるわけがなく、嘲笑するためにわざわざ話し掛けていることは明白だった。話し掛けてきた生徒は嗤い声を上げながら去っていったし、今も彼方此方(あちこち)からE組を差別する声が聞こえてくる。
そう、誰よりも早く着いて整列しておかなければならないということは、必然的に本校舎にいる全ての人の視界にE組が入るということだ。E組の差別待遇は此処でも同じ。僕らはそれに長々と耐えなければならない。

「おう吉井。どうだ?隔離校舎は快適か?」

「う〜ん、聞いてた程じゃないかなぁ。本校舎にいた頃だって備えられてる施設なんて使ってなかったし、生活は大して変わらないよ」

「……フンッ、そうかよ。そりゃ良かったな」

……あぁやって平然と出来たらどれだけ楽だろうかと思うけど、それが出来たらここまで気が重くはならないだろう。
そうこうしているうちに生徒が集まってきて全校集会が始まった。でも全校集会が始まったからって耐え続けた差別待遇が終わるわけではなく、

「ーーー要するに、君達は全国から選りすぐられたエリートです。この校長が保証します。……が、慢心は大敵です。油断してるとどうしようもない誰かさん達みたいになっちゃいますよ」

今度は学校ぐるみでの差別が始まるだけだ。E組を見ながらの校長先生の言葉で体育館に集まったほとんどの生徒から嗤い声が上がる。

「アハハハハハハハッ‼︎」

……そして何故か後ろの方からも聞き慣れた級友の笑い声が上がっていた。
しかも列の真ん中あたりにいる僕でも誰か判別できるくらいの声量で、体育館に集まった生徒の嗤い声を食いかねない勢いで笑い声を上げている。

「吉井、なんでオメェが笑ってんだよ‼︎」

そして盛大に笑い声を上げている僕らの級友ーーー吉井君に対して詰め寄るような吉田君の声も聞こえてきた。
何故かE組が笑い声を上げているという状況に、嗤っていた生徒達も訝しんでいる様子で嗤い声を抑えてザワザワとし出している。

「いや、雄二が校長のE組いじりが始まったら取り敢えず大声で笑っとけって……」

「はぁ?坂本が……?」

嗤い声が小さくなって微かに聞こえてきた二人の会話に、恐らくその会話を聞いていた全員が改めて訝しんだことだろう。
いったいどういうつもりなのか、僕の目の前に並んでいる坂本君に訊こうとしたところで、

「明久、全校集会中だぞ‼︎ 静かにしろ‼︎」

坂本君が最後尾付近の吉井君を異様に大きな声で窘めた。その叱責によって騒ついていた体育館が静寂に包まれる。
そして静まり返った体育館の様子を見た坂本君は、壇上に立つ校長先生に向けて謝罪の言葉を発する。

「校長、話の腰を折ってしまってすみません。アイツはE組の中でも最底辺の馬鹿なもんで、成績だけが優秀で人間的に劣っていることを自覚せずに嗤っているエリートを見て堪え切れなかっただけなんです。許してやって下さい」

とても許しを請うている人間の台詞とは思えなかった。体育館中の敵意が坂本君と吉井君に向けられているのが分かる。それはそうと吉井君を落として言う必要はあったんだろうか?
そんな慇懃無礼な坂本君の謝罪を受けて、校長先生は表情を厳しくしている。それはそうだよね。

「おい君、E組がどういうつもりーーー」

「特別強化クラスに関する校則。成績不振や素行不良により特別強化クラス(以下三年E組)に編入された生徒はーーー」

そんな校長先生の言葉を遮った坂本君は、入学時に説明されたE組に関する校則を大きな声で(そら)んじ始めた。
言葉を詰まらせる様子もなく校則を言い続ける坂本君の声を、生徒や教師を問わず全員が呆然と聞き続けるしかない。っていうか校則なんてよく覚えてるなぁ。

「ーーー以上が三年E組に関する校則だと記憶しています。E組を冷遇・差別するという校則ですので生徒間の格差から生じる問題が黙認されるのは承知の上ですが、それを教員側が率先して行うという旨は一切書かれていません。もし仮にそのような事実があった場合、虐めを助長するような教員の言動は教育委員会の視点から見て問題になるのではないかと愚考致しました。そこのところ、校長としてはどのようにお考えでしょうか?」

校長先生に口を挟ませることなく言い切った坂本君は、ポケットから掌大の黒い長方形の物体を取り出して壇上からも見えるように軽く持ち上げる。

「な、なんだね?それは……」

「あぁいえ、ただのボイレコです。今取り出したことに他意はないので気にしないで下さい」

絶対に他意しかないと思うけど、それを聞いた校長先生の表情が一瞬にして強張ったのが分かった。全校集会の内容を録音されていた場合、坂本君の言ったことが現実味を帯びて責任問題に繋がりかねないからだろう。
ただ、手元を見た限りでは坂本君が持ってるのはボイスレコーダーじゃないと思うんだよね。でもそれを坂本君は掌で握り込むようにして持ってるから、そう言われたら遠目にはボイスレコーダーとして映るかもしれない。

「それで、私の疑問に対するご返答を頂いてもよろしいでしょうか?松村茂雄校長先生」

そして校長先生がそれをボイスレコーダーとして認識しているのなら、この瞬間に個人名を録音されたと勘違いするのではないだろうか?
話している人物を明確にした上での質疑応答。恐らく校長先生は内心冷や汗ものだろう。ここで差別的な発言をしようものならそれも録音されてしまうと考えるはずだ。

「……そ、そうですね。たとえ校則でE組の冷遇や差別が決められていたとしても、それで生徒達の虐めを助長するような態度を教職員の方々が取るということはあり得ませんよ。も、もちろんそのような事実は確認されていませんが」

「そうですか、やはり教職に携わる者としては当然のお考えですよね。今後もそのお考えに反せず不祥事が起こらないことを祈願しております。お時間を取らせてしまい申し訳ありません。ご回答ありがとうございました」

結果、校長先生の回答は言葉を選んだ無難なものとなっていた。その後も坂本君を気にしてか、いつもより歯切れが悪いように思う。
そのまま最後まで話し終えた校長先生は舞台袖へと捌けていき、生徒会が舞台上で次の準備をしている間に僕は坂本君と話をする。

「……今のが坂本君の言ってた黙らせる方法?」

「あぁ、校長がE組いじりをするのは集会の定番だからな。事前に策を打っとくのは簡単だったぜ。これで今後、教員連中が率先してE組いじりをすることはねぇだろ。まぁ見えねぇ裏側や生徒連中は今のところどうしようもないが」

道中で坂本君が言っていた“無意味に降り掛かる火の粉”っていうのは、どうやら本校舎の先生達によるE組いじりのことだったようだ。
さっきの弁論にも校則で決められている差別待遇については文句を言ってなかったし、本当に今の校則自体を否定する気はないらしい。

「……で、さっきの黒いのは何なの?少なくともボイスレコーダーじゃなさそうだけど」

「あぁ、あれのことか?あれにはボイル焼きしたレンコンが入ってる。それを略して“ボイレコ”って呼んだだけだ。それを何かと勘違いしちまったってんなら、それはもうあっちの問題だろ」

無駄に芸が細かいっ‼︎
そんな携帯食を持ってることなんて校則違反にはならないし、“ボイレコ”を“ボイスレコーダー”の略だとは確かに一言も言ってない。坂本君に誘導されていたとはいえ、校長先生が勝手にそう思い込んでいるだけだろう。
これまで素行不良の噂があるだけで罰則を食らったことがないだけはある。自己擁護の口実作りは流石の一言だと思った。

「ボイスレコーダーなんて俺は持ってきてない。少なくとも罰則を受けるようなヘマはしねぇよ」

そうして僕らが話している時に、体育館のドアが開いて烏間先生とビッチ先生が入ってきた。
烏間先生には女子や女の先生の視線が、ビッチ先生には男子や男の先生の視線が多く突き刺さる。二人とも、異性同性を問わず視線を引きつける容姿をしてるもんね。
ビッチ先生は壁に寄り掛かり、烏間先生は表向きE組の担任であるためそのまま本校舎の先生達に挨拶をして回っている。
と、烏間先生が校長先生の元に行ったところで何か話し掛けられていた。内容までは聞き取れなかったけど、話を聞き終えた烏間先生は踵を返して僕らの方へと歩いてくる。

「坂本君、校長から君が違反物を持っているから回収してくれと指示された。何かは知らないが渡してくれるか?」

あぁ、やっぱり校長先生は“ボイレコ”を“ボイスレコーダー”の略だと勘違いしていたらしい。担任である烏間先生を使って回収を試みたようだ。

「……ホント、保身に走る(やから)は行動が読みやすくて助かるぜ。校長が言ってんのはこれだ。お目当ての物とは違うだろうがな」

坂本君は悪そうな笑みを浮かべながら、ポケットから“ボイレコ”を取り出して烏間先生に手渡す。

「これが違反物かどうかは烏間先生に判断してもらうとして、校長に言付けを頼んでもいいか?“お目当ての物は今日は持ってきてない。過去に録ったやつもあるが、校則に反しない限りは何もしないから安心しろ”ってよ」

「……?あぁ、よく分からないが伝えておこう」

坂本君から違反物(暫定)を受け取って中身を確認した烏間先生は、首を傾げながら校長先生の方へと戻っていく。違反物だって言われて渡された物が、パッと見でアルミホイルの塊が入った容れ物だったら誰だって同じ反応をするだろう。
そこで僕は坂本君の口から新しく出てきた情報について訊いてみることにした。

「……過去に録ったやつってのは?」

「そんなもん、あるわけねぇだろ」

「……坂本君って奸計を巡らせるのが病的に上手いよね」

「失礼な、知略に富んでいると言え。物証がある可能性をチラつかせるだけで相手は迂闊に動けなくなんだろ。これで脅迫はより完璧だ」

とうとう脅迫って言っちゃったよ。今までそれとなく(ぼか)してたのに。
そうやって話しているうちに生徒会の準備が終わったようだ。壇上に放送部の生徒が立ち、各クラスにプリントが配布されていく。

「……はいっ、今皆さんに配ったプリントが生徒会行事の詳細です」

「え?」

誰が呟いたかは分からないけど、多分E組の皆が同じことを思っただろう。何故ならプリントを配ったって言っておきながら、そのプリントがE組には配られていないのだから。

「……すいません。E組の分がまだなんですが」

磯貝君が手を挙げてそのことを主張するが、壇上の生徒はわざとらしく頭を掻くだけで行動しようとはしない。

「え、あれ?おかしーな……ごめんなさーい。E組の分忘れたみたい。すいませんけど全部記憶して帰って下さーい。ほら、E組の人は記憶力も鍛えた方が良いと思うし」

その言葉で鳴りを潜めていた生徒達の嗤い声が再び体育館を占領した。
……はぁ、今度は生徒からのE組いじりか。坂本君も生徒間の差別問題はどうしようもないって言ってたし、ボイスレコーダーが無いと判明したことで遠慮なく嘲笑しようってことだろう。
伸し掛かるような悪意に堪えるしかない。E組の皆がそう考えて肩身の狭い思いで俯いていると、

「ハハハハハハハハっ‼︎」

またもや本校舎の生徒の嗤い声を覆すような声量の笑い声が響き渡った。今度は後ろにいる吉井君ではなく、前にいる坂本君が笑い声を上げている。
先程と同じような展開に生徒達の嗤い声が鎮まっていった。校長先生を言い包めた坂本君を生徒達も警戒しているのだろう。
心底可笑しいといった様子で笑い続けた坂本君だったが、体育館の騒つきが収まってきたところで口を開く。

「あぁ、何度も中断させて悪いな。全国から選りすぐられた校長も保証するエリート様が、数人分ならともかくクラス一つ分の印刷を忘れるなんて傑作でよ。こりゃあE組(俺達)だけじゃなくて本校舎の生徒も記憶力を鍛えた方が良いんじゃねぇか?」

……ホント、坂本君っていい性格してると思うよ。今の僕らにとっては良い意味でだけど。
プリントの印刷ミスなんて、E組いじりをするための意図的なものだって誰もが分かっている。だけど事実だけを見たら坂本君の言う通り、クラス一つ分の印刷を忘れるという大きなミスだ。
しかも坂本君の言い分の方が客観的には正しいものだから、理論的な反論など出来ようはずもない。壇上の生徒も表情を取り繕おうと必死なのが分かる。

「……さっきから聞いてればE組が好き放題言ってーーー」

「ん?E組がなんだって?まさか将来はマスコミ系の職業を目指しているらしい放送部部長様が、俺がE組だからって理由で“言論の自由”を封じるわけがねぇよなぁ?」

「クッ、なんでそんなことを知って……」

更にE組いじりを壇上でする可能性のある生徒の情報まで得ているという徹底ぶり。生徒がE組いじりをしてきた場合、校則に(のっと)って反論はしないけど反撃はするようだ。
何処からそんな情報を得てきたのかは分からないけど、この場の誰もがこの集会は坂本君の独壇場であることを実感させられていた。
といったところで僕らの横を突風が吹く。
そして突風とともに“生徒会だより”と書かれたプリントが皆の手元に行き渡っていた。

「坂本君。()()()()コピーが全員分あるみたいですし、大人しく生徒会の話を聞いてあげましょう。皆さんも早く帰りたいでしょうからねぇ」

先生達の並ぶ方から聞こえてきた声は、国家機密ということで隔離校舎に置いてけぼりにされていた殺せんせーのものだ。
烏間先生やビッチ先生は唐突に現れた殺せんせーにギョッとしてるけど、変装してるから大丈夫……って殺せんせーは考えてるんだろうなぁ。
正体を知っている身からしたらバレバレだと思うんだけど、不審がられているだけでパニックになっていないことが不思議で仕方がない。一般人にはバレないような細工でもしてあるんだろうか?

「……ったく、本番はこれからだってのに……まぁいいか、当初の目的は達成してんだし。……あ、スマン。プリントあったわ。話を続けてくれ」

殺せんせーに言われた坂本君はというと、不服そうにしながらも追撃の手を緩めた。っていうかあれでまだ序の口だったのか……殺せんせーが来なかったら一方的な虐殺になってたんじゃないだろうか。
残る項目は生徒会行事の説明だけだったようで、本校舎の人達にとっては苦い空気のまま全校集会は幕を閉じたのだった。







全校集会が終わった後、僕らはE組へと帰るために体育館から出てきていた。坂本君が体育館の空気を支配していたお陰で、集会終わりの精神的な疲労感は少ない。

「渚、先に行ってるぞ」

「うん、ジュース買ったらすぐ行くよ」

僕は杉野や茅野と別れて体育館脇にある自販機へと向かった。これからまた山を登ることだし、少し喉も渇いたから飲み物が欲しかったのだ。
自販機の前に立つと硬貨を入れ、数ある中から今の気分で好きな紙パックのジュースを選択する。

「……おい、渚」

購入したジュースを取り出しているところで後ろから声を掛けられた。
誰かと思って振り向くと、そこには全校集会の前に声を掛けてきた二人がこっちを睨んでいる。

「お前らさー、ちょっと調子乗ってない?」

「集会中だってのに大声出して、周りの迷惑も考えられねーのか」

「E組はE組らしく下向いてろよな」

……言いたくなる気持ちは分かるけど、なんでそれを僕に言うのかなぁ。普通にヘイトを集めてたのは坂本君や吉井君だと思うけど。
まぁそんなことは聞かなくても分かってる。僕が顔見知りだっていうことと、坂本君達に向かって言う度胸がないからだろう。この二人は以前カルマ君にも怯えていたし、罰則を食らってないだけで似たような噂のある二人とは関わりたくないはずだ。
そんな風に今の状況を考えて平然としていたのが気に食わなかったのだろう。二人のうちの一人が僕の胸倉を掴み上げて凄んでくる。

「なんだその目は?おい、なんとか言えよE組‼︎ 殺すぞ‼︎」



“殺す”



その言葉を聞いた途端、僕の思考が一気に冷えていくのが分かった。

……殺す…………殺す……か。

僕一人を相手に二人掛かりで凄むことしか出来ないような人達が。

素行不良の噂がある坂本君や吉井君に向き合えないような人達が。

…………殺す……ねぇ。





「ーーー殺そうとしたことなんて無いくせに」





思わず口角を吊り上げて僕がそう呟いた瞬間、何故か二人は怯えるようにして距離を取った。
どうして距離を取ったのかは分からないけど、用がないならもう行ってもいいかな。杉野や茅野を待たせてることだし。
僕は固まっている二人を放置してこの場を去ることにしたのだった。



次話
〜試練の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/9.html



雄二「これで“集会の時間”は終わりだ。今日は疲れたから後書きもさっさと終わらせるぞ」

土屋「…………最後まできちんと仕事をしろ」

渚「これって仕事なの?」

雄二「はぁ、仕方ねぇな……つーか俺の台詞が長すぎんだよ。読みにくいったらありゃしねぇ」

渚「それは話の流れっていうか、キャラ的にどうしようもないんじゃない?」

土屋「…………なるほど、悪辣非道キャラか」

渚「地頭が良いから考えを巡らせる役割が多いってことだよ⁉︎ それも全否定は出来ないけど‼︎」

雄二「おい」

土屋「…………今回は文月学園と椚ヶ丘学園で明確な違いが出ていたな」

渚「あぁうん、そうだね。文月学園って設備に格差はあるけど先生の態度に差はないし」

雄二「何故か俺達には厳しいがな」

土屋「…………納得がいかない」

渚「原作でやってきたことを考えたら妥当な扱いだと思うけど……」

雄二「そもそもの認識として“差別すること”を“嘲笑してもいい”と履き違えてる時点で問題だろ。本校舎の奴らには“道徳”を学ばせるべきだ」

土屋「…………(コクコク)」

渚「そこは漫画だからって割り切るしかないんじゃないかなぁ。“差別に立ち向かうE組”っていう構図だし」

雄二「立ち向かわさせられるE組(こっち)の身にもなれってんだ。……どんだけの人間を叩き落とさなきゃなんねぇんだよ」

土屋「…………制裁した後の方が大事になる」

渚「あ、そっちに辟易としてるんだ」

雄二「まぁ叩き落とすのは簡単なんだよ。ボイスレコーダーを教育委員会に提出するだけだからな」

渚「え?でもボイスレコーダーは持ってきてないって……」

雄二「あぁ、()()……な」

土屋「…………(グッ)」

渚「いや、そんな親指を立てられても……」

雄二「んじゃ、それを提出して終わらせるか」

渚「ってそれは駄目だよ‼︎ 学校どころか物語も終わっちゃうから‼︎」

雄二「そうか?だったら原作に沿って進めていくしかねぇか」

土屋「…………色々と難しい」

渚「思い留まってくれて良かった……それじゃあ今回はここまでかな。次回も楽しみにしててね‼︎」





明久「友達を躊躇なく切り捨てる雄二に、趣味が盗撮・特技が盗聴のムッツリーニ。……そんな二人から“道徳”の必要性を説かれてもなぁ」

秀吉「そういうお主も似たようなものじゃぞ?」


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試練の時間

E組で殺せんせーの授業を受け始めてから結構な日にちが経過した。
最初はタコ型生物にまともな授業が出来るのかと不安ではあったものの、殺せんせーは教え方が上手でクラスの評判も良い。授業や放課後の勉強会ではほんのちょ〜っとだけ勉強が苦手な僕でも、その内容をある程度理解できるようになったくらいだ。
雄二にそれを言ったら隕石が降ってくる心配をされた。殺せんせーに言って本当にピンポイントで落としてやろうか。実際に出来るかどうかは分からないけど。
まぁ何が言いたいかっていうと、殺せんせーが来てからの暗殺だけじゃなくて授業にも慣れてきたってことだ。

「「「さて、始めましょうか」」」

……それでもこれは初めてのパターンだなぁ。
頭に鉢巻を巻いた殺せんせーが何十人と分身して僕ら一人一人の前に立っていた。

「学校の中間テストが迫ってきました」

「そうそう」

「そんなわけでこの時間は」

「高速強化テスト勉強を行います」

それぞれ分身した殺せんせーが言うには、マンツーマンで僕らの苦手科目を徹底して復習していくらしい。先生の鉢巻にはその生徒に合わせた苦手科目の名前が書かれている。

「って何で俺だけNARUTOなんだよ‼︎」

「寺坂君は特別コースです。苦手科目が複数ありますからねぇ」

どうやら寺坂君には鉢巻じゃなくて木の葉隠れの里の額当てがされていたようだ。
でもね寺坂君、額当ては君だけじゃないよ。僕にも砂隠れの里の額当てがされているから。ついでに言えば雄二には霧隠れの里、ムッツリーニには岩隠れの里、秀吉には雲隠れの里の額当てがされている。
まさか連載が終了した今になって忍連合が再結成するとは思わなかった。まぁこの面子では第五次忍界大戦が起きたら瞬殺されるのは間違いない。

「うわっ‼︎」

どうでもいいことを考えていると、教室の彼方此方(あちこち)から軽い悲鳴が上がっていた。なんでかは知らないけど、殺せんせーの顔が急にぐにゃりと歪んで驚いたのだろう。

「急に暗殺しないで下さい、カルマ君‼︎ それ避けると残像が全部乱れるんです‼︎」

この分身、意外と繊細に出来てるらしい。カルマ君の暗殺一つ躱すだけで顔が歪んでしまったようだ。
っていうか高速で動いてるんだから普通に躱せばいいのに、なんでわざわざ顔だけを凹ませてその場で躱そうとしたのか……

「でも先生、こんなに分身して体力保つの?」

初めてのテストで張り切っている殺せんせーに渚君が声を掛けていた。
少し前までは三人くらいまでしか分身してなかったもんなぁ。渚君の心配もよく分かる。いやまぁ今までは手を抜いてたってだけで、最初からこれくらいは出来たのかもしれないけど。

「ご心配なく。一体だけ外で休憩させてますから」

「それ寧ろ疲れない⁉︎」

渚君のツッコミが炸裂した。全くもってその通りだと思う。休むために分身増やすとか絶対に逆効果でしょ。
暗殺の躱し方といい休憩の仕方といい、先生って典型的な賢いけど馬鹿って言われるタイプだよね。普段からちょくちょく抜けてるところもあるし。

それでも生徒一人一人に対してマンツーマンで一遍に勉強を教えられる先生なんて、殺せんせー以外でこの世には存在しない。だって分身できる先生なんて殺せんせーくらいなんだから。
しかもその教え方が上手と来たもんだ。本校舎の授業は着いてこれない生徒を振り落とすような教え方だったからなぁ……何はともあれ、テストを控えた僕らには心強い味方である。







……いやさぁ、確かに殺せんせーは心強い味方だって言ったよ?分身できる先生なんてオンリーワンだとも思うよ?でもね……

「「「「「更に頑張って増えてみました。さぁ、授業開始です」」」」」

……次の日になったら分身が三倍近く増えてるってのはどうなのよ?
その残像もかなり雑になってるし、雑すぎて未来の猫型ロボットや夢の国のネズミみたいな分身が混じっていたりする。いやいや、何がどうなってそうなってるの?
でもそこは殺せんせー、分身はともかく教え方が雑になったりはしていない。マンツースリーになったことで寧ろ教え方は細かく分かりやすいようになっている。

「……どうしたの、殺せんせー?なんか気合い入り過ぎじゃない?」

「んん?そんなことないですよ?」

それでもやっぱり違和感は拭えないようで、茅野さんが殺せんせーに質問している声が聞こえてきた。
先生も何食わぬ顔で受け答えしてるものの、何処からどう見ても昨日と比べたら張り切ってると思う。

「……本当にどうかしたんですか?まるでスピードじゃ解決できない問題があるって言われたから意地でもスピードで解決しようとするみたいに張り切って……」

「にゅやッ⁉︎ そ、そんな子供みたいな考え方、先生がするわけないじゃないですか‼︎ ほらほら吉井君、授業に集中して下さい‼︎」

まぁそう言われたら勉強に戻りますけど、明らかに挙動不審じゃないですか。もしかして本当にそんな感じのことを誰かに言われたのかな?





「ぜぇー……ぜぇー……ぜぇー……」

……で、あんだけ張り切ってたら当然ガス欠するよね。クラス全員分に分身していた昨日は授業後も平然としてたのに、今日は息切れしながら椅子にだらしなく座り込んでいる。

「……流石に相当疲れたみたいだな」

「なんでここまで一所懸命先生をすんのかね〜」

前原君と岡島君が疲れている殺せんせーを見てそう呟いていた。
誰かに挑発されたみたいだから今日の頑張りは何となく分かるけど、それ以前に昨日からも分身して頑張ってたもんね。確かにどうしてそこまで頑張るのかは疑問だ。

「……ヌルフフフフ、全ては君達のテストの点を上げるためです。そうすれば皆さんは先生を尊敬して殺せなくなり、評判を聞いた近所の巨乳女子大生もこぞって勉強を聞きに押し寄せるというもの。先生にとっては良いこと尽くめ」

いや、そんなことは絶対にあり得ないから。というより国家機密が評判になっちゃ駄目でしょ。烏間先生に怒られますよ?
しかし皆は顔を見合わせるだけで、誰も殺せんせーにツッコミを入れようとしない。
……え?まさか皆、先生のあり得ない妄想をあり得るかもしれないと思ってるの?僕の中の常識が間違ってたりするの?

「……いや、勉強の方はそれなりでいいよな?」

「……うん。なんたって暗殺すれば賞金百億だし」

「「「百億あれば成績悪くてもその後の人生バラ色だしさ」」」

あぁ、なんだ。皆で駄目なことを考えてただけか。よかった〜、僕の中の常識が間違ってるのかと思ったよ。

「にゅやッ⁉︎ そ、そういう考え方をしてきますか‼︎」

殺せんせーもそんな返し方をされるとは思っていなかったようで、妄想に耽っていた様子から焦った表情を浮かべている。
まぁ少なくとも先生の妄想よりかは現実的な考え方だと思うけどね。流石に一人で百億は無理だとしてもその分け前だけで十分な大金だし。

「俺達エンドのE組だぜ、殺せんせー」

「テストなんかより……暗殺の方が余程身近なチャンスなんだよ」

岡島君と三村君が言う通り、そもそも僕らは成績が悪かったからE組に落とされたのだ。カルマ君みたいに成績は良いけど素行不良でE組に落とされた生徒っていう方が珍しい。
それだったら勉強よりも暗殺を優先したいと考えるのは自然なことだった。その証拠に二人の言葉に対して反対意見を言う人は誰もいない。
しかしそんな皆の反応を見ていた雄二が少し慌てた様子で割って入ってきた。

「おいお前ら、そんな言い方したらーーー」



「ーーーなるほど。今の君達には……暗殺者の資格がありませんねぇ」



「……こうなっちまうだろうが、ったく」

雄二の台詞を遮って言葉を発した殺せんせーだったが、さっきまでの焦った表情から一変して暗い紫色のバツマークを浮かべている。

「全員、校庭へ出なさい。烏間先生とイリーナ先生も呼んで下さい」

そう言って教室を出ていった殺せんせーに、皆も訳が分からず呆然としていた。それでも皆は言われた通り先生の後を追って校庭に向かい、磯貝君と片岡さんは先生達を呼びに教員室へと向かう。
僕も皆と一緒に校庭へと向かっている途中で、何やら訳を察していそうな雄二に話を訊いてみることにする。

「……雄二、どういうことさ?」

「……それを知りたかったら校庭に行くこったな。どうするつもりなのかは俺にも分からん」

「……少なくとも良い予感はせんの」

「…………寧ろ逆だと考えられる」

そうして不安に駆られながらも校庭に出てきた僕らだったが、殺せんせーは黙々とゴールを退かしているだけで何も言おうとはしない。
……ゴールを移動させていることと不機嫌になったことは何か関係があるんだろうか?

「何するつもりだよ、殺せんせー」

「ゴールとか退けたりして」

皆も殺せんせーの突拍子もない行動に疑問をぶつけていたが、先生はそれに構わず黙ってゴールを退かしていく。
ゴールを退かし終えた殺せんせーは、僕らではなく呼んでいたイリーナ先生に声を掛ける。

「イリーナ先生。プロの殺し屋として伺いますが、貴女はいつも仕事をする時に用意するプランは一つですか?」

「……?いいえ、本命のプランなんて上手く行くことの方が少ないわ。不測の事態に備えて予備プランを練っておくのが暗殺の基本よ」

唐突に指名されたイリーナ先生は最初こそ戸惑っていたみたいだったが、殺せんせーの質問に対して真面目に返していた。
その答えに満足したのか、殺せんせーはイリーナ先生から視線を外す。

「では次に烏間先生。ナイフ術を生徒に教える時、重要なのは第一撃だけですか?」

「……第一撃はもちろん最重要だが、強敵相手には高確率で躱される。その後の第二撃、第三撃をいかに高精度で繰り出せるかも重要だ」

続けて指名された烏間先生も少し考え込んでいるみたいだったが、ふざけているわけではないと判断したようで真剣に答えていた。
その答えにも満足したようで、烏間先生からも視線を外した殺せんせーはその場でくるくると回転し始める。……いったい何をするつもりなんだ?

「先生方の仰るように、自信を持てる次の手があるから自信に満ちた暗殺者になれる。対して君達はどうでしょう」

更に回転速度を上げた殺せんせーの姿は、僕らの目には速すぎて辛うじて輪郭が見えるくらいになっていた。それに伴って先生を中心に風が巻き起こっていく。

「“俺らには暗殺があるからそれでいいや”……と考えて勉強の目標を低くしている。それは劣等感の原因から目を背けているだけです」

留まるところを知らない殺せんせーの回転速度はどんどん上がっていき、遂には先生の輪郭すら吹き荒れる風によって分からなくなってしまった。
強くなり続ける風によって僕らはまともに立っていられず、足腰に力を入れて煽られないようにその場で踏ん張る。

「もし先生がこの教室から逃げ去ったら?もし他の殺し屋が先に先生を殺したら?……暗殺という拠り所を失った君達には、E組の劣等感しか残らない」

そんな中でも不思議と先生の言葉だけははっきりと聞こえてきた。まるで僕らに聞き逃すことは許さないとでも言っているかのように。



「そんな危うい君達に、先生からの警告(アドバイス)です。ーーー第二の刃を持たざる者は、暗殺者を名乗る資格なし‼︎」



最終的に殺せんせーの巻き起こした風は巨大な竜巻となって校庭で暴威を振るった。僕らは目を開けていることすら出来ずに腕で顔を覆ってしまう。
次第に僕らを押さえつけていた竜巻が収まっていくのを肌で感じ、ドドドドッと何かが落ちてくる音が聞こえてきたので恐る恐る覆っていた腕を退けてみる。
そして次に目を開けた時、雑草や凸凹の多かった広場とも言える校庭はなくなっていた。跡形もなく平らにされた校庭にはトラックが引かれており、一瞬にして何処にでもあるような学校のグラウンドへと早変わりしている。
これが殺せんせーの……地球を消せる超生物の力。周囲一帯を平らにすることくらい造作もないってことか……

「……もしも君達が自信を持てる第二の刃を示せなければ、相手に値する暗殺者はいないと見なし、校庭と同じように校舎も平らにして先生は去ります」

これは……前に僕ら以外を人質に例えて脅してきた時とは状況がまるで違う。
あれは殺せんせーが“先生”を続けるためには実行できない脅しだった。だけど殺せんせーが“先生”を辞めるって言っている以上、第二の刃とやらを示せなかったら本気で今言ったことを実行するだろう。
全員が固唾を飲んで殺せんせーを見詰める中、渚君が緊張した面持ちで先生に問い掛ける。

「第二の刃……いつまでに?」

「決まっています。明日です。明日の中間テスト、クラス全員五十位以内を取りなさい」

殺せんせーが提示した第二の刃にクラス全員が愕然としていた。それはそうだ。何回も言うけど僕らは成績が悪くてE組に落とされたのだから。
でも実はそのE組から抜け出せるような校則もあったりする。先生の条件通りに定期テストで学年五十位以内を取ることが出来れば、元の担任がクラス復帰を許可することでE組から抜け出すことが出来るのだ。逆に言えば担任がクラス復帰を許可しなければ抜け出せないってことだけど、今重要なのはE組を抜け出すことじゃない。
殺せんせーが言うE組の劣等感……それに向き合うということは、つまりそういうことだろう。本校舎の生徒達に見劣りしない学力を身に付けた上で、もう一度E組として自分を殺すために戻ってこいと言っているのだ。

「君達の第二の刃は先生が既に育てています。自信を持ってその刃を振るってきなさい。仕事(ミッション)を成功させ、恥じることなく笑顔で胸を張るのです。自分達が暗殺者(アサシン)であり、E組であることに‼︎」

平らになった校庭の中心で、殺せんせーは力強い言葉とともに触手を僕らへと向けてそう話を締め括った。
……それよりも……ぜ、全員って…………僕も、だよね?僕も学年五十位以内を取らないと駄目ってこと?万年トップ争い(底辺)をしている僕に……トップ争い(上位)をしろ、だって?
…………ヤバい、リアルにマジでどうしよう?







〜side 殺せんせー〜

校庭を平らにして生徒達に試練を与えた後、今日の授業は終えていたので私はそのまま教員室へと戻りました。烏間先生とイリーナ先生も遅れて教員室に入ってきます。

「……本気なの?クラス全員五十位以内に入らなければ出ていくって」

そこでイリーナ先生が先程のことを問い掛けてきました。私の出した試練に未だ半信半疑といったところですかねぇ。
もちろん私は本気なので肯定の言葉を返します。

「はい」

「出来るわけないじゃない‼︎ この間まで底辺の成績だったんでしょ、あの子ら‼︎」

それを聞いたイリーナ先生は声を荒げていました。加えて烏間先生も声は上げませんでしたが厳しい表情をしています。
元々私がE組の担任をすることを許可した政府の思惑を考えれば当然の反応でしょう。マッハ二十で逃げてしまえば誰も私を捉えられなくなり、暗殺どころか近寄ることすら出来なくなるのですから。
しかしそのような心配は必要ありません。暗殺対象(ターゲット)としてもそうですが、何よりE組の担任として私は彼らの力を信じています。

「この間までは知りませんが、今は私の生徒です。ピンチの時にも我が身を守れる武器は授けてきたつもりですよ」

本校舎の教師達に劣るほど私はトロい教え方をしていません。実力さえきちんと発揮できれば中間テストくらい乗り切れるでしょう。
と、そこで教員室のドアがノックされました。昨日に引き続いて理事長が訪れるということはないでしょうから恐らく生徒の誰かですね。
あんな試練を与えた後なので皆さんすぐに帰ると思っていたのですが……

「失礼しまーす。殺せんせー、今いいですか?」

ドアを開けて入ってきたのは吉井君でした。彼がわざわざ自主的に教員室へ来るというのは珍しいですねぇ。このタイミングで来たということは、イリーナ先生と同じように試練についてでしょうか?

「はい、大丈夫ですよ。どうかしましたか?」

「……先生、今日の夜って時間空いてますか?」

……今日の夜?明日の試練についてではなくて?
予想とは全く違う吉井君の問い掛けに私も疑問を隠せません。なのでそのまま訊かれたことを答えることにします。

「まぁ特に予定はないですが……何故そのようなことを?」

「えーっと、もしよかったら家で勉強を教えてもらえないかなぁ、なんて……あ、僕一人暮らしなんで正体とか迷惑とかは気にする必要ないですよ」

口籠もりながらも言った吉井君の言葉を聞いて、私の疑問は晴れました。予想も(あなが)ち外れてはいなかったようです。

「……明日のテストに向けて、ですか。熱心なのは先生としても嬉しいですけど、気負い過ぎは逆効果ですよ?」

私は暗に“そこまで根を詰める必要はない”と伝えましたが、吉井君もすぐには引き下がりません。まぁこれで引き下がるなら私のところには来てませんよねぇ。
吉井君は何かを考えているようでしたが、指で頰を掻きつつ躊躇いながらも言葉を紡いでいきます。

「……あー、こんなこと言ったら先生にまた怒られるかもしれませんけど……僕は別にE組であることに劣等感なんてありませんよ。成績が全てじゃないって思ってますし、そこまで本校舎に戻りたいとも思ってません」

……えぇ、知っていますよ。私がE組に来た日から今日まで、君の瞳に暗い色が宿っているところを見たことがありませんから。劣等感なんて微塵も感じておらず前を向いている証拠です。

「だから殺せんせーの授業を真面目に受けてはいるけど成績に執着はしてなくて……でも皆が皆、僕みたいな考えじゃないってことは分かってます。E組が無くなって本校舎にでも戻ることになったら、嫌な思いをする人もいっぱいいると思うんです」

……えぇ、そうでしょうね。だからこそ今回のような試練を与えたのですから。これを乗り越えられなければ、多くのE組生徒が劣等感を抱えたまま残りの中学校生活を送ることになるでしょう。下手をすれば中学校以降もその劣等感を引き摺ることになるかもしれません。

「先生は“全員五十位以内”って言ったけど、僕はそこまで勉強が得意じゃないし……だからって皆の足を引っ張ることはしたくないんです。それで明日までにやれることは全部やっておきたくて……」

「……なるほど、吉井君の言いたいことは分かりました」

勉強が得意じゃないという彼らしくない積極性だとは思っていましたが、自分のためではなく仲間のために勉強を教えて欲しいということでしたか。
思えば吉井君は最初から仲間のために行動できる生徒でした。渚君が自爆テロをした時も真っ先に心配して駆け寄っていましたし、その首謀者たる寺坂君に対しても怒りを露わにしていましたからね。

「ですが、やはり先生の学外授業は必要ありませんよ。徹夜なども翌日の頭の働きが悪くなるだけですので、復習は全体を見直して苦手な部分の記憶を整理するだけで十分です」

「え、でも……」

……やはりこれだけでは引き下がりませんか。
……仕方ありません。試練を与えた身である私が言うのは良くないかもしれませんが、ここは吉井君の不安を取り除くことが最優先です。

「吉井君が真摯に胸の内を明かしてくれたので、先生も正直に言いたいと思います。確かに吉井君は不器用で要領も悪く、お世辞にも勉強が出来るとは言えない。猪突猛進で物事を深く考えもせずに行動してしまうため、周りからは何も考えていない馬鹿という風に捉えられていることでしょう」

「先生、泣いてもいいですか?」

「まぁ最後まで聞いて下さい。……しかし校庭でも言ったように、君達の第二の刃は既に先生が育てています。吉井君が不器用で要領が悪いのならば先生が器用に要領良く、吉井君が考えて行動しないのならば先生が考えて必要なやるべきことを示唆する。この一ヶ月強、そうやって勉強を教えてきました。……改めてもう一度言いますよ。自信を持ってその刃を振るってきなさい」

私はそう言いつつ触手を伸ばして吉井君の頭を撫でます。これまでの経験から勉強に自信を持てていないだけで、自分が高得点を取れるようになっているとはあまり考えられないのでしょう。
それでもまだ少しの不安が表情に見え隠れしていたので、私は最後の駄目押しとして諭すように柔らかく語り掛けます。

「それとも吉井君には、先生が出来もしないことを言うような先生に見えますか?」

「うん。だって体育で分身させようとするような先生だし」

にゅやッ‼︎ ま、まさかこの流れで否定されるとは先生思ってもいませんでしたよ⁉︎ ちょっとイリーナ先生‼︎ 吹きそうなのを堪えているのがバレバレですからね⁉︎
これでは先生の絶大なる威厳が揺らぎかねません。取り敢えず話を元に戻すとしましょう。

「と、とにかく‼︎ 中間テストの出題範囲は先生が皆さんに仕込みました‼︎ 手抜かりはありません‼︎ ……ですが、先生が太鼓判を押したとしても油断は禁物です。帰ったら睡眠時間を確保した上で気の済むまで復習して下さい」

そう言って撫でていた触手を彼の頭から離します。
っとそうでした。まだ言い忘れていたことがありましたね。

「……それとテストには関係ないですが、吉井君の考え方を少し訂正しておきます。君の言う通り成績は全てではありませんが、高いに越したことはありません。仲間のことを考えて努力できる姿勢も尊いですが、何よりもまずは自分のために努力しましょう。自分に出来ることが増えることで行動できる選択肢も増えるというものです。……その第一歩として、まずは明日のテストを頑張ってきて下さい」

そこまで聞いた吉井君の表情にはもう不安そうな感情など欠片もありませんでした。
うんうん、君はそうでないとらしくありません。吉井君に暗い表情は似合いませんからねぇ。

「……分かりました。先生を信じて頑張ってみようと思います。……じゃあ僕は帰りますね。ありがとうございました‼︎」

納得した様子の吉井君は元気よくそう言うと、教員室を出て駆け出していきました。その様が教員室の中からでも足音で分かります。

「……あんなに真っ直ぐで素直な子を置いて去っていくつもり?」

再びイリーナ先生が問い掛けてきましたが、彼女の顔にも笑みが浮かんでいました。珍しく烏間先生も表情を柔らかくしています。
お二人とも、現状は先程から全く変わっていないというのに打って変わって良い表情をしていますね。

「……さて、どうでしょう。去るかどうかは彼ら次第ですよ」

まぁ私の心境も似たようなものですから指摘はしないでおきましょう。
……しかしこの時の私は、如何に甘い考えで生徒達を戦場(テスト)に送り出したのかがまるで分かっていませんでした。それを今回の出来事で思い知らされることになります。



次話
〜テストの時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/10.html



殺せんせー「これにて“試練の時間”は終了です。皆さん、楽しんでいただけましたか?」

イリーナ「それじゃあ今回も後書きを始めるわよ。あ、今日は今回の話について感想を言うだけだからね」

烏間「……それは一向に構わないんだが、よりによって何故この面子なんだ?」

殺せんせー「今回は皆さんテスト前で余裕がありませんからねぇ。初の先生トリオで後書きを進めていきますよ」

イリーナ「ま、原作から変化してるのなんてタコの場面くらいだし力抜いていきましょ」

殺せんせー「にゅやッ⁉︎ そこは掘り下げていきましょうよ‼︎ 私が物凄い先生らしくしてる場面なんですから‼︎ ね?烏間先生もそう思いますよね?」

烏間「……事情は分かった。だから縋り付くな、鬱陶しい」

殺せんせー「お二人とも酷いです……先生だからって邪険に扱っていいわけじゃないんですからね?」

イリーナ・烏間「「いや、あんた/お前だからこそ邪険に扱ってるんでしょ/だ」」

殺せんせー「……それはさておき‼︎」

イリーナ「逃げたわね」

殺せんせー「今回は吉井君が皆には内緒で頑張ってましたね」

烏間「そうだな。普通は勉強が苦手だから試練を緩くしてくれと頼みそうな場面だが、ああいう行動は好感が持てるというものだ」

イリーナ「馬鹿は馬鹿でも馬鹿正直な子は嫌いじゃないわよ。試練を緩くするなんて裏工作みたいなこと、思い付きもしなかったんじゃないかしら?」

殺せんせー「もしそのようなことを言うようであれば、本格的な手入れをしなければなりませんでしたよ」

烏間「勉強の目標を低くする、というのはお前が試練を与えることとなった原因だからな」

殺せんせー「“劣等感がない”ということがプラスに働いたのでしょう。まぁ勉強についてはちょっと疎かに考えていたので、最後に少しだけ手入れしておきましたが」

イリーナ「劣等感を感じていない生徒は他にもいるでしょうけどね」

烏間「坂本君、土屋君、木下君、カルマ君といったところか。劣等感の弱い生徒は他にもいるが、感じていないとなるとこの四人だろう」

殺せんせー「そうですね。しかし劣等感があろうとなかろうと彼らは全員が私の生徒です。きっと不条理な原作展開も乗り越えてくれることでしょう」

イリーナ「珍しくあんたが落ち込むような展開ですもんね。きっと原作以上に嬉々として茶化してくるわよ?」

殺せんせー「そ、それはそれで勘弁願いたいのですが……」

烏間「……おい、もう時間だぞ。俺も仕事の続きをしなくてはならないんだが」

イリーナ「はぁ、烏間も学校に防衛者と仕事に追われて大変ねぇ」

殺せんせー「では今回はこの辺りでお開きにしましょうか。皆さん、次回も楽しみにしておいて下さいね」





學峯「おや、私の出番はカットですか。これはちょっとしたお話が必要かもしれませんね」


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テストの時間

殺せんせーに第二の刃を示さなければならない日、中間テストの日を僕らは迎えていた。
僕もテストを受けるために隔離校舎への山道ーーーではなく、本校舎へと向かうために街中の通学路を歩いている。定期テストは全校生徒が本校舎で受ける決まりになっており、それはE組も例外ではなく僕らはアウェーの環境でテストを受けなければならないのだ。
まぁアウェーなんて僕にとっては慣れ親しんだものである。寧ろ喧嘩とかに巻き込まれたら味方だったはずの雄二も敵に回ることがある分、実害のないアウェーなんて温い温い。……本当になんで雄二と友達なんてやってるんだろう?

「……ん?あれは……」

友達の定義について考えながら通学路を歩いていると、前方に見覚えのある黒髪ロングの女の子の背中が目に入ってきた。
登校中に見掛けるなんて珍しいな。クラスメイトで知らない仲ってわけでもないので声を掛けることにする。

「おーい、神崎さーん」

僕の呼び掛けに、前を歩いていた神崎有希子さんがその場で立ち止まって振り向いた。呼び掛けておいて待たせるのも悪いから小走りで駆け寄っていく。

「吉井君、おはよう。今日は随分と早いね」

「いやー、ついうっかりいつも通りの時間に出てきちゃって」

いつもだったら学校へ行くのに山登りをしなくちゃならないけど、今日はその必要がないのに早く家を出てしまったのだ。普段の登校時間がズレてるんだから登校中に神崎さんと会わないのも当然っちゃ当然か。
学校までの道程を今日のテストについて話しながら並んで歩いていく。

「今日の調子はどう?」

「うん、特に問題ないよ。今回は頑張らないと殺せんせーがいなくなっちゃうもんね。吉井君の方はどう?」

「僕もやれることはやったかな」

昨日のうちに神頼みも済ませたから大丈夫だ。復習も殺せんせーに言われた通り全体を見直して苦手な部分を重点的にやったし、念のために用意した秘密兵器の整備もバッチリである。

「あとはテストに臨むだけーーーッ‼︎」

殺気ッ‼︎
僕は本能の赴くままにその場でしゃがみ込むと、頭上を何かが通り過ぎていくのが目に入った。いったい何事⁉︎
襲撃を受けたと認識した瞬間、しゃがみ込んだ状態から脚のバネをフルに使って前方宙返り半捻りを行う。暗殺生活で身に付けた僕の身のこなしを舐めるなよ‼︎
そうして回避行動を取る前まで僕がしゃがみ込んでいた場所に、間髪入れずボールペンやシャーペンが突き刺さる。って危なぁ⁉︎

「誰だっ‼︎」

「…………裏切り者には、死を」

「なっ、ムッツリーニ……⁉︎」

僕を狙って手に各種文房具を構えていたのは、同じE組の仲間であるはずのムッツリーニだった。

「つ、土屋君……?というよりアスファルトに文房具が刺さってるのはどうなって……」

急な出来事で何やら神崎さんが驚いているけど、今はムッツリーニの一挙手一投足に警戒しているので答えられない。
どうしてムッツリーニが……いや、このタイミングで奴が僕を襲撃する理由なんて一つしか思いつかなかった。

「まさか、テスト前でも僕が女の子と登校してたら処刑するって言うの……⁉︎」

そりゃあ僕だって雄二がそんな羨ましい状況になってたら問答無用で襲撃するけど、今回はそんなことをしている場合じゃないはずだ‼︎
殺せんせーを引き留めるためにも万全の状態でテストに臨みたいってのに……なんとか穏便に話し合いで解決できないものか。
しかしそれは僕の早とちりだったようで、その言葉を聞いたムッツリーニが首を左右に振る。

「…………違う、そんなことはしない」

「え、じゃあどうして……?」

てっきりモテない男が醜い嫉妬の業火に焼かれて憎悪に基づく殺戮行為に及んだと思っていたのに……もしかして知らないうちにムッツリーニの琴線に触れてしまったとか?
だとしたら今後の接し方も気をつけなければならない。僕が何とも思ってないからって相手もそうだとは限らないんだし、襲撃の理由を知るためにもムッツリーニへと問い掛けた。

「…………適度な運動は脳の働きを活性化させる」

そうなの?まぁ保健体育の知識に関しては他の追随を許さないムッツリーニのことだ。人体についてだってエロ関係なく色々と詳しいのだろう。
でもそれと僕を襲撃したことはどう考えても結びつかないんじゃ……?

「…………だからテスト前に脳の働きを活性化させてやろうと思っただけだ」

そう言いながら手に持つ文房具の中からカッターを取り出すムッツリーニ。
うん、絶対に嘘だ。そんな善意は微塵も感じられないし、そもそも適度な運動で済むとは到底思えなかった。確実に生死を懸けた“リアル鬼ごっこ”になるだろう。

「やっぱりただの妬みじゃないか‼︎ 神崎さん、また教室で会おう‼︎」

早とちりしたことが早とちりじゃなかったと瞬時に判断した僕は、神崎さんに別れを告げて自分の身を守るために駆け出した。
嫉妬に駆られたムッツリーニでも本校舎内で暴力沙汰が問題だってことは分かっているはずだ。僕の脚だったら此処から学校までの距離は十分と掛からないだろう。
今日は早めに出てきてよかった。この時間だったら全力疾走して疲れても教室で休憩する余裕があるからね。ついでにもう一回ほど出題範囲の復習でもしておこう。

「…………俺から逃げられると思うな」

僕が駆け出すのとほぼ同時に投擲してきたムッツリーニの攻撃を躱し、学校目指して一目散に逃走を開始する。
確かに敏捷性の高いムッツリーニは走力にも優れているけど、攻撃を仕掛けながらだとどうしても速度は落ちてしまうものだ。
しかし僕も攻撃を躱しながらだと速度が落ちてしまうので、ムッツリーニとの距離を大きく引き離すことは出来ない。
こうなったら僕とムッツリーニの根比べだ。絶対に逃げ切ってやる‼︎

「……吉井君達はテスト前でも変わらないね」

そんな苦笑交じりの呟きが聞こえた気がしたけど、こんな日常は御免だと声を大にして言いたかった。







朝っぱらから無駄に疲れたけど、何とか逃げ切った僕は無傷でテストに臨むことが出来ていた。
しかも予想していたより疲れなかったので身体の調子は良く、皮肉にも脳の働きを活性化させる効果が得られたらしい。だからって感謝をする気は更々ないけどね。

「E組だからってカンニングなんかするんじゃないぞ。俺達本校舎の教師がしっかり見張ってやるからなー」

今日の一時間目は数学であり、テスト担当として大野先生が教卓の椅子に座って僕らを監視していた。わざとらしく咳払いしたり指で机を叩いたりして集中を乱そうとしている。
しかしそんな妨害など気にならないくらい僕はテストに集中できていた。ただ単純に妨害に慣れているってだけじゃない。淀むことなく動き続ける手に気分が高まっているんだ。

よしっ‼︎ 解ける、解けるぞ‼︎ 流石は殺せんせーの仕込みだ‼︎ この手応えだったら目標順位だって不可能じゃない‼︎
昨日の先生が言っていたことは正しかったってわけか。どうやら僕は知らないうちに天才の領域へと足を踏み入れていたらしい。……ふっ、我ながら自分の頭脳が恐ろしく感じるよ。

っとまぁ冗談はさておき、この調子でどんどん問題を解いていこう‼︎
次の問題も‼︎ その次の問題も‼︎ 更にその次の問題も…………あれ?この問題、あんまり覚えがないような……えぇっと、確かこうやって解くんだったかな……?

………………。





カララララン…………。





(((誰だ、今鉛筆転がした奴……‼︎ )))

ふぅ、こういう時のために秘密兵器を用意しておいたんだ。正解が今一つ分からない問題の対応策だって万全である。
しかしこのやり方だと選択問題にしか対応することが出来ない……というのは常人の考え方だ。僕の頭脳はその考え方の更に先を行く。

選択問題じゃなかったら選択肢がないだって?……だったら選択肢を作り出してやるまでさ。
殺せんせーの教え方が上手いおかげで、こういう何となくしか思い出せない問題でも取っ掛かりくらいは見つけられる。あとは思いつく限りの解き方を試してそれぞれに番号を割り振るだけだ。それだけで選択肢の完成である。

これぞ僕が考えた“解ける問題は確実に解いて、解けない問題は数打ちゃ当たる作戦”だ‼︎
しかも思いついた解き方の中でも、正解っぽい答えと正解じゃないっぽい答えに何となく分けることができる。そこから更に選択肢を絞るだけでも点数に差が出てくるはずだ。

難問相手にも隙を生じぬ二段構え……この作戦さえあれば解答欄の空白なんてあり得ない‼︎
一先ずは解答欄を全部埋めることが先決だな。今の問題は解けなかったけど、次の問題は確実に解いてやる。で、次の問題はっと……。

………………。





唸れ‼︎ ストライカーシグマ(ファイブ)ッ‼︎





カラララランッ、と再び振られる僕の鉛筆。
よしっ、この問題もクリア‼︎ 急いで次の問題を解いていかないと‼︎
この作戦、実は一つだけ欠点がある。解けない問題に対して色々な解き方を試す必要があるため、通常よりも多く時間が掛かってしまうのだ。数問に一回とかだったらともかく、二問連続で秘密兵器を使用することになるとは計算外だった。
……仕方ない、作戦変更だ。まずは問題を全部流し見て確実に解けそうな問題を潰していこう。不測の事態にも柔軟に対応していかないと高得点を取るのは難しいからね。

……それにしても、パッと流し見ただけでも解けなさそうな問題が多いような気がする。この問題とかほとんど記憶にないんだけど……殺せんせーに教えてもらったっけ?







「……これはいったいどういうことでしょうか。公正さを著しく欠くと感じましたが」

烏間先生の厳しい声音が教室の片隅から聞こえてくる。スマホで話しているため会話内容までは聞き取れないけど、本校舎の方に抗議の電話をしていることは容易に分かった。
教室にいる皆の表情もやっぱり暗く、殺せんせーでさえ黒板に顔を向けたまま一言も発せずに立ち尽くしている。……テストの結果を思えば仕方ないことだろう。

「……伝達ミスなど覚えはないし、そもそもどう考えても普通じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて」

そう、中間テストの出題範囲が大きく変わっていたのだ。しかもそれをE組(僕ら)は聞かされていないという事実……道理で解けない問題が多いと思ったよ。
皆のテスト結果は聞くまでもなく惨敗だろう。学年五十位以内に入れた人は多分誰もいない。教室の空気がそれを如実に表していた。

烏間先生が厳しい顔つきのまま電話を切る。どうやら抗議は受け入れられなかったみたいだ。先生が電話を切ったことで教室が静寂に包まれる。
そんな中でこれまで黙っていた殺せんせーが、普段からは考えられないような弱々しい声音で呟いた。

「……先生の責任です。この学校の仕組みを甘く見過ぎていました……君達に顔向けできません」

あれだけ大丈夫だと太鼓判を押していたのに、その結果がこれで殺せんせーも酷く落ち込んでいる。
どう考えても先生に落ち度はないと思うけど、教育のこととなれば烏間先生並みに真面目だからなぁ。でも学校がここまで強引にE組落としをしてくるとは流石に誰も予想できないだろう。
だからと言ってこんな面白くない幕切れは認めたくない。さてどうしたもんか……と考えていると、後ろの方から対先生ナイフが殺せんせーに向かって飛んでいった。

「にゅやッ⁉︎」

それを殺せんせーは驚きながらも振り向かずに躱してみせる。気落ちして前を向いていたのによく躱せたな。
殺せんせーも含めて皆の視線が後ろに向けられる。そうしてナイフの投擲元を辿っていくと、そこには教壇へと歩いていくカルマ君の姿があった。

「いいの〜?顔向けできなかったら俺が殺しに来んのも見えないよ?」

「カルマ君‼︎ 今、先生は落ち込んでーーー」

怒る殺せんせーを余所に教壇まで歩いていったカルマ君は、手に持っていた答案用紙を教卓の上に放り捨てる。
その答案用紙を見て殺せんせーが固まっていた。ん?いったいどうしたんだ?

「俺、問題変わっても関係ないし。ま、あんたが成績に合わせて余計な範囲まで教えたからだけどね」

僕らも気になって教卓へと近寄り答案用紙を覗き見ると、そこにはほぼ満点の解答が広げられていた。数学に至っては文句なく満点である。スゲー、満点なんて空想の産物だと思ってたよ。
この点数だったら確実に学年上位に食い込んでいるだろう。つまり本校舎の生徒達に見劣りしないどころか凌駕する実力を示したことになる。E組を出るための条件は満たしたってことだ。

「だけど俺はE組(此処)出る気はないよ。……で、そっちはどーすんの?このまま尻尾巻いて逃げちゃうの?それって結局さぁ、殺されんのが怖いだけなんじゃないの?」

殺せんせーの言う第二の刃をほぼ完璧な形で示したカルマ君だけど、本校舎に戻る気はないと言う。
そりゃあそうだよね。勉強漬けの本校舎で毎日を過ごすよりも暗殺している方が楽しいだろうし、素行不良が原因でE組にいるカルマ君からしたら戻る理由がない。
今回の結果で殺せんせーがE組から出ていかないようにするためか、誰から見ても分かりやすく先生を煽っているカルマ君。そこにニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべた雄二も参加した。

「止めてやれよカルマ。殺せんせーは理事長に口で言い負かされて、学校の仕組みに結果で叩きのめされたんだ。その上今度は俺達に殺されるかもしれない恐怖に耐えるなんて酷ってもんだろ。弱い者虐めは格好悪いぜ?」

「ど、どうして理事長のことまで坂本君が知ってるんですか⁉︎ もしかして見てたんですか⁉︎」

「いや、鎌を掛けただけだ。テスト前の授業で張り切ってたのは何か言われたからだろう?あんたに口出しできる奴なんてこの学校では理事長くらいのもんだ」

うわぁ、この二人から同時に煽られるなんて堪ったもんじゃないな。相手にしている殺せんせーが可哀想になってくる。
しかもこの様子を見ていた皆も意図を理解して煽りに参加してくる始末。あぁ、なんかマジもんの弱い者虐めに見えてきた。

「なーんだ、殺せんせー怖かったのかぁ」

「それなら正直に言えば良かったのに」

「ねー、“怖いから逃げたい”って」

クラス全員からの虐め……じゃなかった。煽りに殺せんせーは青筋を浮かべて身体をワナワナと震わせている。これだけ攻め立てれば十分だろう。

「にゅやーッ‼︎ 逃げるわけありません‼︎ 期末テストであいつらに倍返しでリベンジです‼︎」

皆の煽りに耐えられず顔を真っ赤にして怒る殺せんせー。チョロいな、エロ本で釣れるムッツリーニくらいチョロいよ。
そんな殺せんせーを見て皆が笑い声を上げる。もう暗い表情を浮かべている人は誰もいない。よかったよかった、暗い雰囲気は好きじゃないからね。

何はともあれ、殺せんせーはE組に残ることを証言してくれた。だったら責任を持って最後までE組に付き合ってもらおうじゃないか。
暗殺教室はまだまだ続いていく。タイムリミットは来年の三月……つまり僕らが椚ヶ丘中学校を卒業するまで。僕らの本当の暗殺(戦い)はこれからだ‼︎

〜 完 〜












次話
〜旅行の時間〜
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渚「いやいや終わらないからね⁉︎ 本当にこれからも続いていくよ⁉︎」

明久「やだなぁ、ちょっとしたジョークだよジョーク」

不破「分かるわ。壁に直面したE組がそれでも気持ちを新たに頑張っていくという場面。私でも語り手をやってたらブッ込んでたと思う」

明久「だよね。“暗殺教室”の基盤に関わる話とも言えるし、寧ろ此処でやらなきゃ何時やるの?」

不破「今でしょ‼︎」

明久・不破「「アハハハハハハハッ‼︎」」

渚「……誰でもいいからツッコミの応援に来てくれないかなぁ」

不破「でも吉井君、鉛筆転がしは周りの集中力も乱れるから控えた方がいいんじゃない?」

明久「そんなの、先生が率先して乱しにきてるんだから今更でしょ」

不破「……それもそうね」

渚「不破さん、納得しないで。気になるものは気になっちゃうから」

不破「それで、テストの結果はどうだったの?……見せてもらおうじゃない。吉井君の秘密兵器の性能とやらを‼︎」

明久「ふっ、いいだろう。頭脳の違いが成績の決定的差じゃないってことを……教えてあげる‼︎」

渚「二人ともノリノリだなー(棒読み)」

明久「国語60点、数学54点、社会48点、英語39点、理科44点、総合点数245点、学年順位159位さ‼︎」

渚・不破「「駄目じゃん」」

明久「さ、最下位争いをしてた僕からすれば大進歩だよ‼︎ 範囲外の勉強なんてほとんどやってないんだしさぁ‼︎」

不破「まぁ実際にE組の最下位は寺坂君だし、前向きなところが勉強にも反映したってところかしら。ちなみに点数は菅谷君と寺坂君の間で適当に調整したわ。“あれ?寺坂も原作で159位じゃ……?”なんてツッコミは人数補正してるから無しの方向でお願いね」

渚「不破さん?」

明久「秘密兵器の力もあるけど、やっぱり最下位から抜け出せたのは殺せんせーの力が大きいよね。っていうか寺坂君の下にいる二十七人はいったい何をしてたのかな?」

不破「さぁ?風邪ってことでいいんじゃない?」

渚「流石に無理があるよ‼︎ でも僕もよく分からないから追求するのは止めよう‼︎」

不破「そうね、じゃあ今回はこの辺で終わっときましょうか?」

明久「そうしようか。それじゃあ皆、次の話も楽しみに待っててね‼︎」





殺せんせー「ヌルフフフフ、本当に本校舎で勉強を教えていた方はいったい何をしていたのでしょうかねぇ(ニヤニヤ)」

學峯「この先ずっと減給して差し上げてもいいんですよ?」

殺せんせー「心の底からすみませんでしたっ‼︎」


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旅行の時間

殺せんせーの残留が決まった中間テスト終了後、僕らは学生生活における一大イベントの一つを間近に控えていた。

「来週の修学旅行って何処に行くんだったっけ?」

「京都だ。そんくらい覚えとけ」

「…………舞妓が俺達を待っている」

そう、その一大イベントとは修学旅行である。
新学期最初の山場である中間テストも終わったことだし、気分転換として少しの間だけ勉強のことは忘れよう。特に今回は事情もあって何時になく頑張ったからね。

「全く……三年生も始まったばかりのこの時期に総決算の修学旅行とは片腹痛い。先生あまり気乗りしません」

そう言う殺せんせーの横には人の身の丈を軽く超える巨大リュックに目一杯詰め込まれた荷物と、その巨大リュックにこれまた目一杯詰め込まれた状態で幾つものリュックが括り付けられていた。

「「「ウキウキじゃねーか‼︎」」」

本当にどんだけの荷物を持っていくつもりだ。
その荷物も遊び道具とかなら限度を無視すればまだ分かるんだけど、食材とか調理器具とか明らかに必要のないものまで入っている。たとえ無人島に行くことになったとしてもこれほど大荷物にはならないだろう。

「……バレましたか。正直先生、君達との旅行が楽しみで仕方ないです」

珍しく殺せんせーが照れたように告白してくる。
先生はマッハで何処にでも行けるけど、誰とでも行けるってわけじゃないからなぁ。国家機密の身で知り合いと旅行に行く機会なんてあるわけないだろうし、もしかしたら皆で旅行というのは初めてなのかもしれない。
もちろん僕だって修学旅行が楽しみじゃないって言ったら嘘になる。殺せんせーの気持ちも分からないでもないし、来週が待ち遠しいというのは先生と同じだった。







「知っての通り、来週から京都二泊三日の修学旅行だ。君らの楽しみを極力邪魔はしたくないが、()()()()()()

体育の授業後、いつもより早く授業を終えた烏間先生が残った時間で話を始めた。体育は殺せんせーの担当じゃないから、先生に知られたくない話をするには丁度良いのだろう。

「……てことは京都(あっち)でも暗殺?」

「その通り。京都の街は学校内とは段違いに広く複雑、狙撃手(スナイパー)を配置するには絶好の場所(ロケーション)だ。既に国は狙撃のプロ達を手配しているらしい」

岡野さんの疑問に烏間先生は詳細を教えてくれた。
そういえば前に雄二も暗殺を仕掛けるって言った時に、暗殺技術がなんとかとか学校内じゃどうのこうのって言ってた気がする。その問題点を解消した上で暗殺に臨めるというわけか。

「成功した場合、貢献度に応じて百億円から分配される。奴は二日目と三日目の班別行動時に君達と一緒に京都を回る予定だ。暗殺向けのコース選びをよろしく頼む」

ふむ、ただ好きに京都旅行の計画を立てるだけじゃ駄目ってことだな。京都の地理を踏まえた上で行きたい場所を選び、暗殺に組み込めそうな狙撃ポイントも考慮する必要がある。
……うん、僕は班員が行きたいって言うところに賛成しよう。友達を優先することって大事だよね‼︎





「ねぇ雄二、残りの班員はどうする?」

「普通に残った面子でいいんじゃないか?」

教室に戻ってから修学旅行の班員を決めることにする。まぁいつものメンバーということで僕、雄二、秀吉、ムッツリーニの四人はすぐに決まったから、あとは雄二の言う通り成り行きに任せよう。

「吉井ちゃん、良かったら一緒の班にならない?」

と思っていたら後ろから声を掛けられた。僕を“ちゃん”付けで呼ぶ人なんてE組には一人しかいない。というかE組以外では誰もいない。
……なのにどうしてだろう。今一瞬、三つ編みの女の子が悪寒とともに脳裏を過ぎったのは……変な電波でも受信しちゃったかな?

「うん、いいよ。僕らも人数が足りてなかったから歓迎するよ、倉橋さん」

「なんだ明久、お前倉橋と仲良かったのか?」

視線の先にいる、天真爛漫という言葉が似合うゆるふわ系の倉橋陽菜乃さんを見た雄二が問い掛けてくる。
他の皆もまだ班員が決まり切っていない中、わざわざ僕に声を掛けてきた倉橋さんとの関係を訝しんでいるようだ。E組で一緒に過ごしていることが多いにも関わらず交友関係を知らなかったことが疑問なんだろう。

「そうだね、偶に山の中で会った時とかよく話したりするかな」

「何故お主らは偶にとはいえ山の中で遭遇などするんじゃ……」

いやほら、この山って何気に食材の宝庫だからさ。今や僕の貴重な生命線の一つでもあるし……倉橋さんも生き物が好きってことで、山の中を散策してる途中にバッタリと会うことがあるんだよね。
まぁそういった事情は置いといて、今は修学旅行の班決めだよ。まずは一人追加だ。

「これでうちの班は五人か。六人班だからあと一人入ってもらわないと……」

「はいはーい、そんな感じがしてたから莉桜ちゃんも誘っといたよ〜」

「よーっす、よろしく問題児ども」

そう言う倉橋さんの後ろから顔を出してきたのは、金髪ロングでさばさばした振る舞いの中村莉桜さんだった。
特に拒否するような理由なんてないし、意外と難なく班編成は決まったな。声を掛けてくれた倉橋さんには感謝しないと。
……ただ中村さんに一言だけ物申しておきたい。それは雄二も一緒だったみたいで二人して口を開く。

「おい中村、一緒の班になるのは全然構わないが明久と一纏めにするな」

「そうだよ中村さん。問題を起こしてるのは雄二だけなんだから一緒くたにされるのは心外だな」

「いや、ワシらは四人で教室を水塗れにした前科があるじゃろうが……」

「…………否定できない」

そんなのは主犯格である雄二の責任に決まってるじゃないか。
僕らのやり取りを見て中村さんはまた快活に笑っていた。なんか彼女からはカルマ君とかと同じ波動を感じる。この話は引っ張るよりも次に進んだ方が僕の身のためだな。

「じゃあこれで班の人数は揃ったね。皆で何処を回るか決めていこうよ」

なので率先して皆に話を振っていくことにする。京都旅行は友達を優先するって決めてたからね。今回は身を引いて聞き役に徹しよう。
だからこの行動は決して暗殺計画を企てるのが面倒とかそんなんじゃない。協調性を重んじる僕にとっては当たり前の紳士的な行動だ。

「う〜ん……詳しくはないんだけど、京都って言ったら五社巡りとか有名じゃない?」

「そりゃ回ろうと思えば出来るだろうが、全部回ろうとしたらそれなりに移動時間で潰れるぞ?」

「比較的に近い八坂神社と平安神宮……あとは城南宮だけ回って、残りは近場とか好きなところに行くのが無難かねぇ」

「へー、そうなんだ〜。二人とも詳しいね〜」

倉橋さんと同じで僕も詳しくはないけど、五社(誤射)巡りってなんだか狙撃手の人に対する当て付けみたいな名前だなぁ。
どうやら日程に組み込むのは難しいみたいだし、縁起を担ぐって意味でも別のルートを回りたいところだ。

「……フン、皆ガキねぇ。世界中を飛び回った私には旅行なんて今更だわ」

和気藹々と旅行計画を立てている僕らを見て、教壇脇で壁に寄り掛かっていたイリーナ先生が鼻を鳴らしていた。

「じゃ、留守番しててよビッチ先生」

「花壇に水やっといて〜」

なんて雑な扱いなんだろう。だーれもイリーナ先生に顔すら向けてなかったよ。まぁ今のは先生の態度にも問題はあったと思うけどさ。
素っ気なくあしらわれたイリーナ先生は何も言えずに立ち尽くしていたが、皆の会話を聞いているうちに頰を膨らませたかと思うといきなり懐から小銃を抜いた。

「何よ‼︎ 私抜きで楽しそうな話してんじゃないわよ‼︎」

「あーもー‼︎ 行きたいのか行きたくないのかどっちなんだよ‼︎」

ホントそれね。というか相手にされないからって癇癪起こして銃を抜くのは止めてほしい、普通に危ないから。
そんなこんなで良くも悪くも色々と盛り上がっていたところに、教室のドアを開けて殺せんせーが入ってきた。その触手()には物凄く分厚い本が何冊も持たれている。

「一人一冊です」

そう言って渡された本は見た目通りの重量を発揮しており、抱えて持たなければならないほどの重さであった。

「殺せんせー、これ何ですか?こんなに分厚かったら枕にも使えませんよ」

「枕なんかにしたら駄目ですよ‼︎ 修学旅行のしおりなんですから‼︎」

「これを修学旅行に持ってけと⁉︎」

下手な罰ゲームよりもよっぽど面倒だ。何が悲しくてこんな重量物を旅行に持っていかなければならないのか。少なくとも僕は持っていくつもりはない。

「イラスト解説の全観光スポット、お土産人気トップ100、旅の護身術入門から応用まで、昨日徹夜で作りました。初回特典は組み立て紙工作金閣寺です」

しかもこの修学旅行のしおり、殺せんせーの力作らしく訊いてもいない内容を嬉々として語っていた。まぁどんだけ言われても持っていかないとは思うけどね。
修学旅行で一番盛り上がってるのって僕らじゃなくて殺せんせーではないだろうか。殺せんせーもイリーナ先生同様に世界中を文字通り飛び回ってるだろうに。

「そんなに張り切らなくても殺せんせーなら京都まで一分で行けるっしょ?」

そう思ったのは僕だけじゃなかったらしく、中村さんも同じような疑問を投げ掛けていた。

「もちろんです。ですが移動と旅行は違います。皆で楽しみ、皆でハプニングに遭う。先生はね、君達と一緒に旅できるのが嬉しいのです」

仮にも引率の先生がハプニングに遭うのを求めたら駄目でしょ。というツッコミは本当に楽しそうな殺せんせーの様子を見ていたら野暮に思えたので止めておいた。
ここで水を差すほど僕も空気が読めないわけではない。修学旅行が楽しみなんだったら思う存分楽しめばいいんだ。殺せんせーの言う通り、皆で行く初めての旅行だしね。







翌週の修学旅行当日。東京駅で僕らは新幹線へと乗り込むためにホームで集まっていた。
当然ながら学校行事なので本校舎の先生や生徒達もいるんだけど、彼らはE組とは離れた前の方の車両へと乗り込んでいる。

「うわ、A組からD組まではグリーン車だぜ」

E組(うちら)だけ普通車……いつもの感じね」

椚ヶ丘中学校ではいつも通りに学費の使用も本校舎の生徒達を優遇しているため、事ある毎にE組との格差を付けて優位性をアピールしてくる。っていうかそんなにE組を差別するために頑張ってたら逆に疲れない?
まぁぶっちゃけ新幹線なんて座れれば何でもいいけどね。広い座席でゆっくりするよりも皆で集まって騒がしくしてる方が性に合ってるし。

「ーーーご機嫌よう、生徒達」

そんな僕らの集まっている場所へと優雅に歩いてきたのはイリーナ先生……なんだけど、なんでこの先生は修学旅行にハリウッドセレブみたいな格好で来ているのだろうか。

「フッフッフッ、女を駆使する暗殺者としては当然の心得よ。良い女は旅ファッションにこそ気を遣わないと」

ということらしい。
馬鹿なの?ちょっとはTPOってもんを考えてよ。あまりの気合の入りっぷりに漏れなく皆も引いてるからね?
周りの反応など気にせず悦に浸っているイリーナ先生の元へと烏間先生が歩み寄ってくる。

「……目立ち過ぎだ、着替えろ。どう見ても引率の先生の格好じゃない」

烏間先生、御尤もな注意内容です。
しかし旅行でテンションが上がっているのか、イリーナ先生は烏間先生の注意を聞き流している。

「堅いこと言ってんじゃないわよ烏間‼︎ ガキ共に大人の旅のーーー」

「脱げ、着替えろ」

あ、これ注意じゃないな。警告だわ。下手に反論しようものなら烏間先生確実にキレるぞ。
イリーナ先生もそれを感じ取ったようで、(はしゃ)いでいたテンションを落とすと押し黙ったままトボトボと新幹線のトイレへと消えていった。
次にイリーナ先生が姿を現した時、ハリウッドセレブから一転して上下ジャージという一般庶民にランクダウンしていたのだった。





そうこうしている内に新幹線が出発する時間となっていた。
京都に着くまで大体二〜三時間、せっかくの旅行なんだから道中から楽しんでいかないと時間が勿体無い。移動じゃなくて旅行という道中を楽しみたいと殺せんせーが言っていたことだ。

「……あれ?電車出発したけど、そーいや殺せんせーは?」

杉野君の台詞で周りを見回したが、確かに殺せんせーの姿が見当たらない。あれだけ楽しみにしていた張本人がいったい何処へ行ったのだろうか?

「うわっ‼︎」

疑問に思っていた僕らの耳に渚君の驚く声が聞こえてきた。声に釣られて振り向くと、窓の外にベッタリと張り付く殺せんせーの姿が目に入る。
だからTPOってもんを考えてってば‼︎ 国家機密が何を堂々と新幹線の外に張り付いてんだよ‼︎ ここは学校の中じゃないんだからね⁉︎
渚君も慌てて殺せんせーの張り付いている窓へと駆け寄っていく。

「何で窓に張り付いてんだよ殺せんせー‼︎」

「いやぁ、駅中スウィーツを買ってたら乗り遅れまして……次の駅までこの状態で一緒に行きます。身体を保護色にしているので目撃者の心配には及びません。服と荷物が張り付いて見えるだけです」

「それはそれで不自然だよ‼︎」

それでも何とか次の駅までその状態でやり過ごした殺せんせーは、相変わらずの下手な変装で新幹線に乗り込んでいた。
これで一先ずは安心と言っていいだろう。出発したばかりだってのに僕は気苦労で座席に深く座り込んでしまう。

「はぁ……全く、殺せんせーは自分が国家機密だっていう自覚が足りないよね」

「意外……吉井って真面目なことも言うのね」

中村さん、それはいったいどういう意味かな?それじゃあまるで僕が普段から真面目じゃないみたいじゃないか。

「明久は普段から馬鹿な上に天然が入ってるから真面目には見えないだけだ。本人はいつだって至って真面目に馬鹿なことをやっている馬鹿なんだぞ」

雄二はそれでフォローしているつもりなのかな?それじゃあどう解釈しても僕が馬鹿ってことじゃないか。

「二人とも僕を馬鹿にし過ぎじゃない?」

「あはは、悪かったって。お詫びと言っちゃあなんだけど、私の持ってきたプチシューあげるからさ」

そう言って中村さんが鞄から取り出したのは、市販で売られている袋に入ったものではなく容器に入れられたプチシューだった。

「これ、もしかして中村さんの手作り?」

一番上の方にあるプチシューを手に取りながら質問する。パッと見ただけでも市販のものと遜色ないくらい美味しそうだ。
一口サイズのプチシューを噛み切ることなく丸々口の中へと放り込む。

「そうだよ、作るのに苦労したんだから。市販のプチシューの中身を判らないようにクリームからわさびに入れ替えたりさ」

「君は馬鹿かっ⁉︎」

辛ぁっ‼︎ これ物凄く辛ぁっ‼︎ もう鼻の奥がツーンなんてレベルじゃないよ⁉︎ っていうかそれは手作りって言わないから‼︎

「はい吉井、飲み物」

「ありがとう‼︎」

通路を挟んで隣の席に座っていたカルマ君から手渡された水筒のコップを一息に飲み干す。
やれやれ、中村さんの悪戯には困ったもーーー

「喉が焼けるように辛いぃぃぃぃっ‼︎」

「……カルマよ、いったい明久に何を飲ませたのじゃ?」

「え?タバスコの水割りだけど?」

そんなさも当然みたいな言い方をするな‼︎
くそぅ、幾ら辛さに悶えてたからってカルマ君から手渡されたものを無警戒に飲んでいいわけがなかった‼︎

「吉井ちゃん、これお茶ーーー」

倉橋さんが差し出してくれた蓋の開いたペットボトルを奪い取るようにして(あお)る。
救いの手を差し伸べてくれた彼女に対して物凄く失礼な気がするけど、今は辛さで礼儀に構っている余裕なんて僕にはなかった。
わさびとタバスコが合わさった尋常じゃない辛さを抑えるため、遠慮することなくお茶をゴクゴクと喉に流し込んでいく。

「明久、意識してねぇだろうがそれは倉橋との間接キスだぞ?」

「ブッ⁉︎ ゲホッゴホッゴホッ、オェェ……‼︎」

お茶が変なとこに入った……‼︎
なななな何を言ってるんだこの馬鹿雄二は‼︎ そそそそそんな間接キスくらいで僕が動揺するわけないことなくもないこともないわけないじゃないか‼︎
別に向かい側に座っている倉橋さんの唇が艶かしく感じるとか全然気になってなんかないんだからね⁉︎

「あ、私は飲んでないから気にする必要ないよ〜」

僕の胸のドキドキとお茶が気管に入った苦しみをどうしてくれるんだ。
まだ修学旅行が始まって目的地にすら着いていないのにこの疲労感……こういう時こそグリーン車の広い座席でゆっくりしたいと思ってしまうのだった。



次話
〜観光の時間〜
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中村「という感じで“旅の時間”は終了〜。君達は楽しんでくれたかね?」

カルマ「俺は別の意味で楽しかったよー」

雄二「俺も明久の苦しむ姿が見られて満足だ」

中村「うわぁお、下衆いねぇお二人さん。まぁ私も吉井で遊ぶのは楽しかったけどさ」

雄二「原作に比べたらこれまでは全然酷い目に遭ってなかったからな。酷い目に遭ってこその明久だろう」

カルマ「そして吉井を酷い目に遭わせてこその俺らだよねー」

中村「ちょっと、その言い方だとなんだか虐めみたいじゃん。せめて本人の許容量を超えた弄りって言ってよ」

雄二「それを世間一般では虐めと言うんだぞ。ただし明久は除く」

カルマ「虐めなんて酷いなー。俺は吉井の胃荒れを考慮してタバスコを水で割ってあげたんだよ?寧ろ感謝してほしいくらいだね」

中村「それで感謝する奴はよっぽどの馬鹿だわ。あ、じゃあ吉井は感謝するかな?」

雄二「いや、明久は小賢しいことに常識だけはまだ知っているからな。物事の善悪正誤くらいは理解できる範囲で判別できるだろう。それでも馬鹿だから判断を間違える可能性は否めないが」

カルマ「どちらかと言えば間違える可能性の方が高い気がする」

中村「吉井って悪運は強くても運は悪いもんねぇ。あのプチシュー、実は一番上の奴にしか細工してないから」

雄二「それを明久が取ると見越して一番上のプチシューだけに細工したんだろ?」

中村「まぁね〜、食べ物は粗末にしちゃいかんでしょ。残りは皆で美味しく頂きました」

カルマ「細工されたプチシューを取ったことじゃなくて、俺らに目を付けられたことが吉井の運が悪いところだよねー」

雄二「いや、そういうキャラ設定に作られたことから既に運が悪い」

中村「唐突なメタ発言キタコレ」

カルマ「あとは何があるかなー、吉井の駄目なところ」

雄二「んなもん大量にあるだろ。例えばだなー」

中村「ちょい待ち、そろそろ時間だよ」

雄二「ん?もうそんな時間か。じゃあそろそろお開きだな」

カルマ「えー、折角盛り上がってきたところじゃんか」

中村「まぁまぁ、そう文句を言いなさんな。それじゃあ次の話も楽しみにしといてねー」





明久「後書き丸々使って収まりきらないってどんだけ僕を馬鹿にしてるのさ⁉︎ 語り過ぎでしょ‼︎」

倉橋「皆、吉井ちゃんが好きなんだね〜」


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観光の時間

修学旅行一日目。新幹線とバスを乗り継いでほぼ一日を費やした後、僕らが今日から三日間お世話になる旅館へと辿り着いていた。
ちなみに本校舎の人達とは別の宿泊施設だ。E組(僕ら)は古ぼけた旅館の大部屋二部屋を借りて男女に分かれているだけだが、E組以外はホテルの個室だって聞いている。相変わらずE組を冷遇することには余念がないなぁ。
本格的な京都観光は二日目からであって、つまり殺せんせーの暗殺も明日からとなっている。先生の隙を突くのは難しいかもしれないけど、いつもと違う環境で暗殺をすることによって得られることもあるだろう。

「…………(ぐったり)」

「……殺せんせー、一日目で既に瀕死なんだけど」

「新幹線とバスで酔ってグロッキーとは……」

その殺せんせーはと言うと、旅館のソファーに顔色を悪くしながらぐったりと(もた)れ込んでいた。どうやら乗り物に弱いらしい。
これ、修学旅行で最大級の先生の隙なんじゃないだろうか?明日を待つまでもなく今すぐ殺った方がいいんじゃ……あ、駄目だ。岡野さんがナイフを振り下ろしたけど、ソファーに靠れ込んだままの先生に躱されていた。なんか普通に躱したけど、酔ってるのって演技とかじゃないよね?

「……神崎さん、どう?見つかった?」

「……ううん」

その傍らで何やら困った様子の茅野さんと神崎さんのやり取りが聞こえてきた。何かあったのかな?

「二人とも、どうかしたの?何か困り事?」

「あ、吉井君。実は神崎さんのまとめてた日程表が見当たらないんだけど、それらしいの見掛けたりとかしてない?」

「日程表って手帳とか?う〜ん、知らないなぁ」

「ブレザーのポケットに入れてたんだけど……何処かで落としたのかなぁ」

神崎さんはバッグの中も掻き分けて探していたが、やっぱり日程表とやらは見つからないらしい。
もし落としたんだったら東京駅に来る前だろうな。新幹線やバスの中、その乗り継ぎの時に落としたんだとしたら周りの誰かが気付くはずだ。

「神崎さんは真面目ですねぇ、独自に日程表をまとめていたとは……でもご安心を。先生手作りのしおりを持てば全て安心」

「それ持って歩きたくないからまとめてたんだと思いますよ」

殺せんせーが困っている神崎さんにあの分厚い手作りのしおりを差し出していた。っていうか先生、自分の分までしおりを作って持ってきてたのか。準備が良いなー。
と思っていたら枕を忘れたらしく、一度東京に戻ると言い出した。あれだけ無駄なものを詰め込んでいたのに、どうして必要なものは忘れてくるのか。準備が悪いなー。
まぁ今日はもう夜でやれることも少ないし、旅の疲れをゆっくりと癒すことにしよう。途中で無意味に疲れる出来事が多過ぎたしね。ツッコミとか悪戯とかリアクションとか……あれ?もしかしなくても旅はあんまり関係ない?







修学旅行二日目。僕らの旅行計画は八坂神社から始まり、円山公園を通って平安神宮を見て回る予定になっていた。僕らの班に殺せんせーが来るのは五班ということから最後なので、暗殺の舞台は最終目的地である平安神宮となっている。
ちょっと見て回る予定としては少ないかもしれないけど、移動に公共機関を使わないで興味を引かれた場所や食べ歩きを楽しみつつゆったりと周辺も散策していくらしい。旅行計画を立てる時に雄二と中村さんが中心になってそういう風に決めていた。
ということでまずは八坂神社だ。正しい入り口は南楼門というところらしいんだけど、西楼門というのが大通りに位置していて大きな朱色の門が綺麗らしいので記念撮影も兼ねてそっちから境内へと入ることにする。
皆で写真を撮った後に西楼門を抜けてすぐ、正面の少し奥まったところに小さな社があった。

「あ、あれが疫神社ってところ?ちょっと御参りしてってもいいかな?病院にお世話になったらお金が勿体無いし」

「普通は病気にならないように御参りするんだけどねぇ。お金の心配をしながら御参りするのはきっと吉井くらいだよ」

と言いつつ皆も着いてきて一緒に御参りする。
本当は茅草を編んで作られた()の輪とやらを潜って疫病除けするらしいんだけど、今は時期がずれていて設置されていない。まぁ神様なんだからちょっとくらい融通してくれるでしょ。

「さて、次に近い有名どころは大国主社だが……二人は縁結びに興味とかあんのか?」

「あんまり興味なし。自分の恋を神様に叶えてもらおうとか、そういう乙女チックな感性は持ってないわ」

「うーん、私もどっちでもいいかな〜。神様に頼んでも烏間先生を落とせるとは思えないし」

「……お前、烏間狙いなのかよ。あの堅物相手だと苦労するぞ」

倉橋さん、まさかの烏間先生狙いとは……そういえば“どんな猛獣でも捕まえてくれる人”がタイプって前に言ってたっけ。なるほど、確かに烏間先生だったらライオンでも捕まえられそうだ。
それじゃあ普通に本殿の方へと向かおうとしたところで、ムッツリーニが小さく手を挙げる。

「…………行きたいところがある」

「ほう、ムッツリーニが行きたいところとな?それはまた随分と珍しいのぅ」

「此処の神社にエロの神様なんていたっけ?」

旅行計画を立てる上で僕も多少は京都について調べたけど、そんな神様はいなかったはずだ。それとも真にエロい者だけが知っている秘密の神様とかだろうか?

「…………八坂神社にそんなものは存在しない」

「な、なんだって⁉︎ じゃあムッツリーニはエロと関係ないことに興味があるっていうの⁉︎」

微塵も予想していなかったムッツリーニの返事を聞き、僕は思わずその場で取り乱してしまった。
あ、あり得ない……‼︎ 普段から自己主張をあまりしないムッツリーニが、自己主張した上にそれがエロとは関係ないだなんて……‼︎

「ほぉ、ムッツリーニの希望か。んじゃ大国主社は後で覗くとして、まずはそこに向かうとしよう」

「(コク)…………こっちだ」

ムッツリーニが先導するという珍しい形で僕らは疫神社を後にする。
とは言っても八坂神社の境内にあるのでそう歩くこともなかった。

「なんじゃ、ムッツリーニの行きたいところとは刃物神社じゃったのか」

「…………困難を切り開く、開運のご利益があるらしい」

そう言うとムッツリーニは暗器として仕込んでいた本物のナイフと対先生ナイフを取り出して手を合わせる。
その行動を見て僕らもムッツリーニが此処を希望した理由を察した。

「そういうことか。確かに殺せんせーを殺れなかったら困難どころか未来も切り開けねぇわな」

「死んじゃったら夢も希望もエロもないもんね」

「うむ、刃物の神に願掛けといこうかの」

ムッツリーニに倣って僕らも仕込んでいた対先生ナイフを取り出す。
流石に本物のナイフは持ってきてないけど、殺せんせーに届ける刃という意味では対先生ナイフの方が合っているだろう。刃物じゃないけどまた融通してね、神様。

「……なんであんたらは普通に対先生ナイフを仕込んでんのよ。しかも土屋に至っては本物のナイフまで仕込んでるし」

ムッツリーニは暗器使いだからナイフくらい普通だよ。最近のキレる若者は簡単に刃物とか出してくるから、武器でも技術でも自衛手段くらいは身に付けておかないと。
刃物神社での願掛けを終えた僕らが次に向かったのは、女性にオススメと言われている美御前社であった。まぁ向かったっていうか境内を歩いていて次に差し掛かったのが美御前社だったんだけどね。

「あ、莉緒ちゃん。美容水あったよ〜」

「おー、これで身も心も綺麗になれるのかねー」

二人は先に御参りを済ませると、社の横にあった湧き水である美容水とやらを少量だけ掬って肌に付けていた。
美御前社には美の神様が祀られていて、手水鉢に注がれている美容水を肌に付けると身も心も美しくなれるらしい。舞妓さんや美容師さんとかにも信仰されているとか。

「別に今でも十分綺麗だと思うけどなぁ」

「……吉井君や。そういう言葉は誰にでも言わん方がいいよ」

「ほぇ?」

思ったことを言っただけなんだけど、何か気に障ったかな?僕としては褒めたつもりなんだけど……
美御前社に立ち寄った後は本殿とか舞殿とか、色々な場所を中心に見て回って八坂神社を後にした。神社を一つ回るだけでも意外と長く楽しめるもんだなぁ。
八坂神社を東門から出るとすぐに円山公園だ。桜の名所で祇園枝垂桜というのが有名らしいんだけど、五月ともなれば既に桜は散ってしまっていた。出来れば満開の桜も見てみたかったものである。
その代わりと言ってはなんだが、観光客もそこまで多くはなかったので落ち着いて散策することができた。古き良き日本って感じの自然溢れる園内は、景色を眺めて歩くだけでも現代社会で荒んだ心を癒してくれる。まぁそんなにストレス溜まってないけどね。
そんな自然豊かな円山公園の周囲には飲食店も多くあり、散策していたらお昼時だったので昼食も此処で摂ることにした。この修学旅行に備えて五月に入ってからは仕送り直後もサバイバル生活を送っていたんだ。美味しいものを贅沢にお腹いっぱいまで食べるぞー‼︎





「うっぷ……もう食べられない」

「幾らなんでも食べ過ぎじゃ」

「私の倍以上は食べてたもんね〜」

ちょっと調子に乗って食べ過ぎてしまった。でもそれは仕方のないことなんだ。あんなに美味しい料理が出てくる方が悪い。
しかし円山公園から平安神宮までは少し距離があるから食後の運動には丁度良いだろう。お店を出た僕らは平安神宮を目指して神宮道を歩いていく。
途中でこれまた美味しそうな甘味処を見つけて入ったり、神宮道を逸れて白川沿いを歩いてみたりと寄り道をしながら向かうだけで結構な時間が経過していた。これくらいの時間だったら平安神宮の境内を見て回っていれば、殺せんせーがやってくる時間まで狙撃ポイントを残しておいて誘導できるはずだ。

「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」

「すぐ戻るからこの辺りで待ってて〜」

平安神宮が見えてきた頃に倉橋さんと中村さんが近場のトイレへと向かった。僕らは特に尿意や便意は催してないので言われた通りその辺で待つことにする。

「今回の狙撃、成功するかな?」

「まぁプロの狙撃手(スナイパー)といえども難しいだろうな。狙撃で殺せるんならとっくに国が殺してるだろうし、通用するんなら他の班がもう殺してるだろ」

「そこで仕込んでおいた対先生ナイフの出番じゃ」

「…………狙撃に対処した瞬間の隙を狙う」

そう、僕らの本当の狙いは狙撃直後の奇襲だ。もちろん奇襲をより成功させるために狙撃の方の作戦も練ってある。
本殿で御参りする際、殺せんせーにも願い事をさせることで視界を奪うのだ。合図は鈴を鳴らして手を合わせた瞬間。気休め程度には先生の触手二本も封じることのできる最適なタイミングだろう。
ちなみに倉橋さんと中村さんに伝えてある作戦は狙撃までで奇襲のことは伝えていない。二人には殺せんせーを挟んだ状態で狙撃ポイントへと誘導するように頼んであり、最も接近する役割であることから奇襲を悟られないようにするためだ。僕らは二人の身体で作られる死角を使って仕込んだ対先生ナイフを取り出す予定である。
四人で奇襲の段取りを再確認していたその時、

「リュウキの奴、京都(こっち)でも女拐うなんてよくやるよな」

「しかもエリート中学の嬢ちゃんなんだろ?東京からの修学旅行中だってのに災難だねー」

「いやいや、エリート共じゃ想像もできねぇような楽しい遊びを堪能できんだ。お互いにwin-winって奴だろ」

「ギャハハハハ‼︎ んな一方的なwin-win、聞いたことねーよ‼︎」

「どうせ男と遊んだ経験なんてねーだろうし、俺らが優しく教えてやろうぜ」

通り過ぎていく学ランを着た五人の男の会話が聞こえてきて、その内容に僕らは一様に表情を険しくさせた。今の会話ってまさか……

「……雄二、どう思う?」

「……どうもこうもねぇよ。“エリート中学”に“東京からの修学旅行中”と来りゃあ……」

「…………椚ヶ丘の生徒である可能性が高い」

「……椚ヶ丘(うち)の生徒でなくとも見過ごせんじゃろ」

会話を聞いた限りで考えられるのは誘拐及び婦女暴行、それを行った仲間があの連中といったところだろう。
会話だけで証拠なんてものはないが、どう考えても犯罪行為だ。その被害に遭った相手が椚ヶ丘の生徒かどうかなんて関係ない。勘違いだったらそれでいいけど、もし考えた通りなんだったら早く助けてあげるべきだ。
そのために僕らが言葉に出して意思を疎通させる必要はなかった。そんなことをしなくても今からやることは決まっている。これまでの経験からそれぞれの役割を理解して行動に移していく。

「……秀吉、お前は此処に残って倉橋と中村のことを頼む。俺達のことは適当に誤魔化しといてくれ」

「うむ、承知した。相手は恐らく高校生であろう。気を付けるんじゃぞ」

テキパキと指示を出した雄二は、トイレに行っている倉橋さんや中村さんが心配しないようにする役割を秀吉に任せていた。僕とムッツリーニは言われるまでもなく、これから起こるであろう荒事に備えて気持ちを切り換える。
僕らを送り出すこととなった秀吉は注意を促してくれたが、それを聞いた雄二は敢えてその注意を鼻で笑い飛ばした。

「ハッ、俺らが殺そうとしているのは超生物、倒そうとしているのは防衛省上がりの軍人だぜ?」

それは秀吉を心配させないための雄二なりの優しさだったのか、純粋に自分の力を信じているが故の強みなのかは分からない。
だが僕らは暗殺生活が始まる前から荒事には慣れている。高校生の五人程度、油断や不測の事態が生じなければ遅れなど取ったりはしない。

「ーーー戦闘訓練の腕鳴らしだ。さっさとぶちのめして情報を吐かせるぞ」



次話
〜救出の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/13.html



倉橋「これで“観光の時間”は終わりだよ〜。皆も楽しんでくれたかな?」

秀吉「今回も変わらずいつも通りに後書きを進めていくぞい」

明久「なんか久しぶりの落ち着いた後書きになりそうな面子だね」

秀吉「荒らす奴がおらんからの。一つ原作との違いを指摘してから観光の話に進むとしよう」

明久「あー、神崎さんが日程表を入れてた場所か。バッグじゃなくてブレザーのポケットっていう」

倉橋「あ、そっか。バッグに入れてたら盗れないもんね〜」

秀吉「そういうことじゃ。神崎の記憶違いという可能性もなくはないが……まぁどちらでも結果は変わらん」

明久「じゃあ次は観光の話だね。本当に色々と調べるのが大変だったよ」

秀吉「原作に合わせた旅行計画を立てなければ事件とは遭遇せんからのぅ。じゃからと言って辻褄合わせで観光っぽくなくなっては意味がない」

倉橋「せっかくの修学旅行だもん。テキトーに終わらせるのなんてやだよ」

明久「まぁ主要な場所以外は散策ってことで少し(ぼか)してるけどね。ネット情報で詳細を詰め込むには限界だったんだ……」

秀吉「内容を詳細にして“これっておかしくないですか?”という指摘があっても対応できんしな……」

倉橋「世知辛い裏事情があったんだね……」

秀吉「茅野と神崎が連れていかれた場所も詳しくは分からんかったし、平安神宮方面ということにして場所と時間を誤魔化すしかなかったんじゃ……」

明久「……あー‼︎ やめやめ‼︎ こんな暗い裏事情よりも観光の話を続けようよ。後書きは言い訳する場所じゃないんだからさ」

秀吉「とは言っても大方の内容は本文の通りじゃがの。なので話すことはあまりないぞ?」

倉橋「だったら最後の展開について話したら終わりにする?」

明久「不穏な空気で終わっちゃったからねー。でもそれだって展開は読めてるだろうし……そう言われたら話すことってもうないな」

秀吉「それでは切りのいいところで終わることにするかの」

倉橋「……皆、怪我とかしないでね?」

明久「大丈夫だよ。僕らだって一応強いし、なんとかなるさ」

秀吉「ワシもお主らを信じておるからな。それでは次の話も楽しみにして待っとるんじゃぞ」





渚「……もしかしなくても僕らって引き立て役?」

杉野「そ、そんなことねーよ‼︎」

カルマ「どうだろうねー。まぁ原作以上ってことはないでしょ」

奥田「そ、そう悲観的にならず精一杯頑張りましょう‼︎」


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救出の時間

〜side 有希子〜

修学旅行二日目の班別行動時間。私達四班は殺せんせーを暗殺する場所を決めるために祇園へと訪れていました。一見さんお断りの店ばかりで人気(ひとけ)は少なく、周囲の見通しも悪くて隠れるところが多いことから暗殺にピッタリだと思って私の希望コースにしておいたの。
皆からの評判も良くて暗殺の決行を此処に決めようとした時、私達の前に高校生の男の人達が道を塞ぐようにして現れました。
明らかに観光目的じゃなさそうな雰囲気の中、相手が動く前に先制して攻撃を仕掛けたカルマ君。でもそのカルマ君も不意打ちを受けて倒されてしまい、私と茅野さんは縛られて車に押し込まれてしまいました。それを助けようとした渚君や杉野君も倒されてしまい、私達は抵抗することもできずに拐われて現在へと至ります。

「此処なら騒いでも誰も来ねぇ。今、友達(ツレ)にも召集かけてるからよ、一緒に楽しく遊ぼうぜ。ちゃーんと記念撮影の準備もしてな」

何処かの廃屋に連れて来られた私達は、その友達が集まるまでは放置されるみたいです。すぐに手を出されなくてよかったけど、それも時間の問題。手足を縛られた私達には逃げることすらできません。

「……そういえば、ちょっと意外だったな。さっきの写真、真面目な神崎さんにもああいう時期があったんだね」

何もできない中、口は塞がれていないので茅野さんが話し掛けてきました。私は()()()()()()()()()()()()()()()()()からまだ状況を飲み込めたけど、こういう事態に直面しても混乱していない茅野さんは凄いと思います。
その彼女が言っている写真とは、車の中で男の人が見せてきたその当時ーーー去年の夏頃の私を映した写メのことです。いつ撮られたのかも分からないその写メには、普段とは格好の違う私が映っていました。

「……うん。うちは父親が厳しくてね、良い肩書きばかり求めてくるの。そんな肩書き生活から離れたくて、知ってる人がいない場所で格好も変えて遊んでたんだ」

地元から離れたゲームセンターで遊んでいた結果、私は成績が落ちてE組行きに。()のように生きられれば楽だったろうなって思うけど、私には真似できず周りの目が気になって自分を隠してきました。だから茅野さんが昔の私を意外に思うのも無理ありません。

「分かる分かる。俺らもな、肩書きとか死ね‼︎ って主義でさ。エリートぶってる奴らを何人も台無しにしてきたからよ」

そんな私の話が聞こえていたのか、離れていた男の人が話に割り込んできました。

「良いスーツ着てるサラリーマンには痴漢の罪を着せてやったし、勝ち組みてーな女にはこんな風に拐って心と身体に消えない傷を刻んだり……そういう教育(遊び)を沢山してきたからよ。俺らの同類(仲間)になりゃ自由で肩書きなんてどーでもよくなるぜ?」

彼らの最低な告白に私も茅野さんも嫌悪感を露わにしました。自慢気に語られた内容が今から自分達の身にも降り掛かるのかと思うと、どれだけ気丈に振舞っていても身体が震えそうになります。

「ーーーふざけないで下さい」

だけど一つだけ、どうしても否定しておかないと私の想いが穢されたままになる気がして気付けば口を開いていました。

「自由っていうのは他の人の自由を尊重した上で成り立つものです。貴方達の言うそれは自由でもなんでもない……ただの横暴だわ。自由なんて言葉で語ってほしくありません」

誰の目も憚らず自由に過ごす()の生き方に憧れを抱いていた私にとって、この人達の言う“自由”は到底受け入れられるものではありません。たとえ私がこれからどうなることになったとしても、それだけは否定しておきたかった。

「……………」

私の言葉を聞いた男の人は、さっきまで楽しそう語っていた表情を消して無表情になっています。
しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には怒りの表情を浮かべて私の首を締めてきました。

「何エリート気取りで見下してンだ、あァ⁉︎ お前もすぐに同じレベルまで堕としてやンよ‼︎ つまらねぇ戯言が言えなくなるくらいまでな‼︎」

く、苦し……息が…………‼︎
首元を締められる圧迫感によって呼吸ができず、喉を押さえられているため声も出せません。
その苦しみは男の人の激情が収まるまでの短い間だけでしたが、首を絞められたまま私は乱雑に放り投げられます。

「いいか。今から俺らの相手を夜までしてもらうがな、宿舎に戻ったら涼しい顔でこう言え。“楽しくカラオケしてただけです”ってな。そうすりゃだ〜れも傷つかねぇ」

その時、ギィ……という音を立てて廃屋のドアが開かれました。召集を掛けていたっていうこの人達の友達が着いたのでしょうか。

「お、来た来た。うちの撮影スタッフがご到着のようだぜ」

同じように考えた男の人も愉悦の表情で音のした方向へと振り向きました。
しかしその表情はすぐに驚愕で彩られることとなります。

「ーーー修学旅行のしおり1243ページ、班員が何者かに拉致られた時の対処法。犯人の手掛かりがない場合、まずは会話の内容や訛りなどから地元の者かそうでないかを判断しましょう」

真っ先に目に入ったのは高校生の人達と同じ学生服を着た男の人。でもその顔は殴られたように腫れていて、後ろから襟首を掴まれて無理矢理に立たされていました。既に意識も失っているのか白目を剥いており、襟首の手を離されるとその場で崩れ落ちます。

「地元民ではなく更に学生服を着ていた場合、1244ページ。……考えられるのは相手も修学旅行生で、旅先でオイタをする輩です。その手の輩は土地勘がないため、近場で人目に付かない場所へと向かうでしょう」

そして男の人が崩れ落ちたことによって後ろから姿を現したのは、殺せんせー自作のしおりを持つ渚君を筆頭にした四班の皆でした。良かった、酷い怪我とかはなさそうで……
皆は殺せんせーのしおりに書かれた内容を見て拐われた私達の居場所を特定したみたいです。凄く分厚いとは思ってたけど、班員が拉致された時の対処法まで書いてあるんだ……今回はそのおかげで助かったけど、やっぱりしおりに書いておく内容じゃないよね。

「……で、どーすんの?お兄さんら。……こんだけの事してくれたんだ。あんたらの修学旅行、この後の予定は全部入院だよ」

「……フン、中学生(チューボー)が粋がんな」

最初こそ居場所を特定されて焦っていた男の人達でしたが、駆け付けたのが四人だけだと分かると落ち着きを取り戻していきました。一度は襲って倒した相手だと、その経験が焦りを打ち消したんだと思います。
更に外からは複数の足音が聞こえてきて、彼らは勝ち誇ったように笑みを浮かべました。

「呼んどいた友達(ツレ)共だ。これでこっちは十人。お前らみたいな良い子ちゃんは見たこともないような不良共だぜ」

折角皆が助けに来てくれたっていうのに、ここで相手の増援が到着するなんて……形勢が有利になったと思ったのに一転して絶体絶命のピンチです。
このままじゃ全員が取り返しのつかない酷い目に合う最悪の事態にーーー





「ーーー期待を裏切って悪いな、兄ちゃん。そいつらとはクラスメイトだからよ、毎日のように教室で顔を合わせてるんだわ」





しかしそんな私の想像を余所に現れたのは、不良なんかじゃなくて見知った顔触れの人達でした。
これには男の人達だけじゃなくて顔見知りである私達も驚きました。渚君が驚きながらも彼らへと疑問を投げ掛けます。

「坂本君……‼︎ それに吉井君や土屋君まで……‼︎ 三人共、どうして此処にーーー」

「だ、誰だてめぇら⁉︎ クソッ、あいつらは何やってんだよ‼︎」

「あぁ、お友達とやらだったら拷もーーー問い掛けに快くこの場所を教えてくれたから、今は安らかに路地裏で気絶して(眠って)もらってるぜ」

坂本君、今“拷問”って言い掛けなかった……?
渚君の疑問は男の人が遮ってしまいましたが、坂本君の言葉でどうして此処に来れたのかは推測することができました。どういう経緯があったのかは分からないものの、召集を掛けたっていう人達と遭遇して事情を聞き出したのだろう。

「カルマ君、君が付いててなんでこんな連中にやられてんのさ」

「…………油断でもしたか」

「うっさいなー。こっちにも色々とあったんだよ」

駆け付けてくれた吉井君達は余裕そうに四班の皆へと話しかけていました。皆も相手の増援がないことが分かって少し表情を緩めています。
そこで形勢の不利を悟った男の人が、近くに座り込んでいる私達へと手を伸ばそうとしてーーー

「おっと、全員そこから一歩も動かないでよ。二人を人質にしようなんて考えも捨ててね。……動いたら即座に()()()から」

それよりも早く吉井君の警告が飛んできました。
でもそんな口だけの脅しを素直に聞くほど彼らも大人しくありません。

「あァ⁉︎ 何ふざけたこと抜かしてーーー」

その警告を無視した一人が一歩踏み出してーーー音もなく崩れ落ちました。
吉井君どころか私達の誰一人として何もしていません。本当に一瞬で落とされた仲間を見て、残った男の人達も表情を強張らせています。

「な……てめぇ、いったい何しやがった⁉︎」

「知りたい?……いいよ、見せてあげる。人智を超越した怪物の力を」

不敵に笑う吉井君に対して男の人達は訳が分からず(おのの)いていましたが、その台詞を聞いた私達には何が起こったのかが何となく理解できました。
私達にとって“人智を超越した怪物”って言えば……



「ーーー超生物召喚(サモン)‼︎」



吉井君の掛け声が響き渡ると、屋内でありながらも突風が吹き荒れました。それによって廃屋内に積もった埃や塵が舞い上がり、私達の視界を少しの間だけ覆い隠します。
そうして次に私達の視界が開けた時には、アカデミックドレスに三日月が刺繍された巨大ネクタイ、それと頭に黒頭巾を被った殺せんせーが何処からともなく現れていました。

「……吉井君、先生を怪物扱いするなんて酷くないですか?」

「いやだって事実でしょ」

殺せんせーと吉井君がなんとも緊張感の欠けるやり取りをしています。
他班である吉井君達と殺せんせーが連絡を取り合っていたとは思えないから、渚君達から連絡を受けて行動していた殺せんせーと鉢合わせたってところかな。

「……で、何その黒子みたいな顔隠しは」

「暴力沙汰ですので……この顔が暴力教師と覚えられるのが怖いのです」

「既に手遅れじゃないですか?僕らが椚ヶ丘の学生ってのは割れてんだし」

尚も続けられている緊張感の欠けたやり取りに、無視されていた男の人達が大きな声で怒鳴り散らします。

「……せ、先公だとォ⁉︎ ふざけんな‼︎ 舐めた格好しやがって‼︎」

怒りを露わにしながら殺せんせーへと殺到する男の人達でしたが、やっぱり吉井君がした警告の意味ーーー殺せんせ(怪物)ーの存在は理解できていないようでした。
彼らが駆け出した瞬間、目にも見えない速さで先生の触手が振るわれます。というのは男の人達が崩れ落ちた結果から導き出した想像で、当然ながら私にも振るわれた触手は見えませんでした。

「ふざけるな?……それは先生の台詞です。蝿が止まるようなスピードと汚い手で、うちの生徒に触れるなどふざけるんじゃない」

顔色を真っ黒にさせた殺せんせーが低い声音で呟きました。生徒(私達)が危険な目にあったことで相当に怒ってくれている証です。
しかし殺せんせーの触手に耐えた男の人達のうちの一人が、膝を震わせながらも刃物を取り出すと先生に向けて構えました。

「……ケッ、エリート共は先公まで特別製かよ。てめぇも肩書きで見下してんだろ?馬鹿高校と思って舐めやがって」

それを聞いた殺せんせーが間髪入れずに言い返します。

「エリートではありませんよ。確かに彼らは名門校の生徒ですが、学校内では落ちこぼれ呼ばわりされています。……それでも彼らは、そこで様々なことに前向きに取り組んでいます。学校や肩書きなど関係ない。前に進もうとする意志さえあれば、何処であっても何者であろうとも自由に生きることはできるのです」

「…………‼︎」

殺せんせーの言葉を聞いて、私は自分の考え方が間違っていたことに気付きました。
()の自由な生き方に憧れを抱いてはいても、私に真似することはできないと行動してこなかった。周りの目を気にして自分を隠してきた。
だけど自由に生きるために()の真似をする必要なんてない。()に憧れを抱いているのも私の自由だし、周りの目を気にするのも気にしないのも私の自由だったんです。
重要なのは自分の意志。そこからどういう生き方を選ぶのか、その選択の先に私の憧れた()と同じ自由があるんだと思いました。

「ーーーハッ、先公の説教…なんざ……御免だ……ぜ……」

恐らく気力だけで持ちこたえていたであろう男の人でしたが、殺せんせーの言葉に悪態を吐きながら力尽きました。これで今回の事件は終わった……のかな?
それまで殺せんせーと男の人のやり取りを見守っていた吉井君でしたが、男の人が倒れたのを確認すると私達の元へ駆け寄ってきました。

「二人とも大丈夫?何も酷いことされてない?ちょっと待ってて、すぐに縄を解くから」

「ありがとう、吉井君」

一生懸命に縄を解こうとしている吉井君に、私は笑みを浮かべて感謝の言葉を述べます。茅野さんの縄は吉井君に続いて駆け寄ってきた渚君が解いていました。解放された手首を確認したけど、特に跡などは残ってなさそうです。
そうして廃屋から出た私達でしたが、なんだか外の空気が新鮮に感じました。これは廃屋内の空気が淀んでいたから……だけではないと思います。私の気持ちの問題もあるでしょう。

「……神崎さん、何かありましたか?」

「え……?」

そんな私に殺せんせーが抽象的な質問をしてきました。どういう意図か分からず私は疑問で返します。

「酷い災難に遭ったので混乱していてもおかしくないのに、何か逆に迷いが吹っ切れたような顔をしています」

……やっぱり殺せんせーは凄いなぁ。生徒のちょっとした変化も見逃さないんだもん。本当に頼りになる先生です。

「……特に何も。殺せんせー、ありがとうございました」

でもその質問には答えてあげません。私が憧れた()ーーー吉井君の前でそれを言うのは恥ずかしいですし。
これからは自分を隠すことなく自由に生きていくことにします。それが吉井君の隣に立つための第一歩だと思うから。



次話
〜好奇心の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/14.html



渚「これで“救出の時間”は終わりだね。皆は楽しめたかな?」

雄二「漸くヒロインの登場だ。楽しめなくても楽しみにしてた奴はいるんじゃないか?」

杉野「…………(ドンッ、ドンッ、ドンッ)」

渚「杉野……気持ちは分かるけど壁殴りは止めようよ」

雄二「そりゃまぁ、原作であんだけ一途に想ってたんだ。終ぞフラグは立たなかったがショックは大きいだろう」

杉野「フラグが立たなかったとか言うな‼︎ “名簿の時間”でも()()って強調されてて凹んだんだぞ‼︎」

渚「それにしても、今回は語り部になった神崎さんが呼ばれると思ってたのにいないんだね」

雄二「本人を呼んで今回の内容をどう語らせるってんだ。神崎を惚気させるのか?そういうのは本編で待っとけ」

杉野「嫌だーッ‼︎ 神崎さんが惚気る姿なんて見たくないーッ‼︎」

渚「少しは落ち着きなよ。何もすぐに神崎さんが惚気るってわけじゃないんだから」

雄二「あぁ、さっきは“本編で”って言ったが番外編で神崎と明久の話を予定しているらしいぞ。未来じゃなくて過去の惚気が見られるかもしれんな」

杉野「ーーー」

渚「これほど“絶句”って言葉が似合う表情を初めて見た気がする‼︎ っていうか坂本君も火に油を注がないでよ‼︎ 杉野がキャラ崩壊してるじゃないか‼︎」

雄二「いや、神崎が絡んだ時の杉野って大体こんな感じじゃないか?」

杉野「…………(ブツブツ)」

渚「なんか杉野が呟きだしたんだけど……」

杉野「……そうだ。神崎さんがメインヒロインとは一言も言われてないじゃないか。もしかしたらサブヒロインっていう可能性もある。だったらまだ俺にだってチャンスが……」

渚「思いっきり現実逃避してた‼︎ ……でも実際のところ、吉井君にサブヒロインっているの?」

雄二「どうだろうな。原作で姫路と島田の二人がいたことを考えると、(あなが)ち杉野の妄想とは言えんかもしれんぞ?まぁだからと言って杉野に振り向くことはないと思うが」

杉野「そんなことはねぇ‼︎ そうと決まったら振り向いてもらうために自分磨きの旅に出るぞ‼︎」

渚「え、今から⁉︎ ちょっと待って……行っちゃったよ。ごめん‼︎ 僕、杉野を追い掛けてくるから今回はこの辺で‼︎」

雄二「……ということらしい。渚の奴も行っちまったから後書きは終わりだ。次回も楽しみにして待っとけよ」





殺せんせー「まさか私のしおりが(鈍器として)使われる場面をカットされるなんて……」

カルマ「渚君は普通に使ってたんだから別にいいじゃん」


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好奇心の時間

〜side 渚〜

波瀾万丈だった修学旅行二日目の夜。
班員の拉致という大きな危機をなんとか乗り切った僕らは、旅館へ帰るとすぐに疲れた身体を癒すためお風呂へと直行した。高校生に殴り倒されたり埃っぽい廃屋に出入りしたりして汚れてもいたので尚更である。
因みに吉井君達は茅野と神崎さんを助けた後、平安神宮に向かうといって僕らとは別れていた。聞けば倉橋さんと中村さんには黙って助けに来てくれたらしく、誤魔化すために残った木下君と観光している二人に謝らないといけないらしい。不良五人を相手に喧嘩した後で駆けつけてくれたとは思えない軽快さだ。

「うぉぉ‼︎ どーやって避けてんのかまるで分からん‼︎」

「なんだか恥ずかしいな」

そしてお風呂上がり。旅館に設置されていたゲームコーナーで神崎さんの絶技が披露されていた。杉野のリアクションに対して神崎さんはお淑やかに微笑んでるけど、その仕草とは裏腹に手つきはプロのそれである。

「凄い意外です。神崎さんがこんなにゲーム得意だなんて」

「……黙ってたの。遊びが出来ても進学校(うち)じゃ白い目で見られるだけだし」

奥田さんの感心するような反応に、神崎さんはゲームをしていた手を止めて自身の想いを僕らに話してくれた。
周りの目を気にして自分を隠したまま過ごし、それ故に自分から行動してこなかったため自信が無かったそうだ。
そういう自分の考え方が殺せんせーの言葉で間違っていたのだと気付いたらしい。大切なのは自分がどう在りたいかだと言っていた。
なるほど、それで拐われた後に迷いが吹っ切れたような顔をしてたのか。

「……あれ?神崎さんがゲームしてるなんて珍しいね」

そこに僕らと同じくお風呂上がりらしい浴衣姿の吉井君がやってきた。
旅館に帰ってきた時にあの後どうなったのか話を聞いたけど、倉橋さんと中村さんには特に怒られたりとかはなかったそうだ。
というか烏間先生が四班(僕ら)のトラブルで暗殺は中止って連絡を次の五班にメールで伝えていたらしく、三人が消えたタイミングと合わせて木下君が問い詰められて白状していたらしい。

「神崎さん、よかったら僕と対戦してよ」

吉井君はゲームをしている神崎さんへ近寄ると対戦を申し込んできた。
確かに吉井君もゲームが得意そうなイメージはあるけど、今の神崎さんの実力を見せられたら勝つのは難しいと思うなぁ。
その吉井君の申し出を、神崎さんはなんだか嬉しそうな様子で受け入れていた。

「うん、いいよ。対戦しよっか」

「いいの?やった‼︎ 一年振りのリベンジマッチだ‼︎ 前の僕とは違うってことを見せてあげる‼︎」

神崎さんが了承してくれたことで、吉井君は嬉々としながら隣のゲーム台へと座り込んだ。更に浴衣の袖を捲って凄く張り切っている。
……ん?()()()()()()()()()()()()
その言葉に引っ掛かったのは僕だけじゃなかったらしく、他の皆も吉井君と神崎さんに疑問の視線を向けていた。
でも僕ら以上に驚いた様子の神崎さんが吉井君を見つめており、そんな僕らの様子に気付かず意気揚々と小銭を取り出している吉井君に神崎さんが問い掛ける。

「……吉井君、私のこと気付いてたの?」

「え?…………あ」

言われて何かに気付いたのか、呆然としていた吉井君が急に慌てた様子で神崎さんへと謝り始めた。

「ご、ごめん神崎さん‼︎ 皆にはゲームのこと黙ってたのに、やってる姿を見たらまた対戦したくなってつい口が……‼︎」

「……ううん、こっちこそごめんね。なんだか気を遣わせちゃってたみたいで……もうゲームのことは隠してないから気にしなくていいよ」

なんだか二人の間では話が進んでるけど、事情を知らない僕らでは何となくでしか想像することができない。
えぇっと……吉井君は神崎さんのことを知ってたけど、神崎さんは吉井君が知ってたってことを知らなくて……でも二人は前から知り合ってて……うん、どういうことなんだろう?
同じく頭を捻っていた茅野が二人に疑問を投げ掛けていた。

「吉井君、神崎さんがゲーム得意ってこと知ってたの?というか二人って前から顔見知りだったんだ」

「うん、まぁね。神崎さんと顔見知りだったかって言われると少し微妙なんだけど……取り敢えずゲーマーとして勝負を競い合った仲ではあるよ」

「一年くらい前にゲームセンターで初めて会ったんだけど、確か戦績は十三勝一敗で私が勝ち越してたかな」

「競い合ったっていうか惨敗してた⁉︎」

ちょっと吉井君が一勝したゲームがなんだったのか気になるところだ。神崎さんがゲームで負けている姿を想像できない。

「……ねぇ、吉井君。今更だとは思うんだけどさ、前みたいに名前で呼んでもいいかな?」

「え?うん、別にいいけど……だったら僕もユッキーって呼んだ方がいい?」

「……ううん。“ユッキー”はあの時だけの渾名だから……私のことは今まで通りでいいよ。改めてよろしくね、明久君」

……うん。これまた何となくだけど、二人の会話を聞いて想像することはできた。
どうやら神崎さんは吉井君と会った時に渾名ーーー偽名を使って接していたようだ。もしかしたら変装とかもしていて、自分だとは気付かれていないって思ってたのかもしれない。それだったら最初のリアクションにも辻褄が合う。
色々と複雑な事情が二人にはあったみたいだけど、今回のことを切っ掛けにして少しでも解消できたのなら悪いことばかりじゃなかったなって思うよ。まぁ決して良いことだったとは言えないけどね。

何やら良い雰囲気になっている吉井君と神崎さんだったが、一通りの話を終えるとゲームの対戦を始めていた。既に二人ともゲームへと入り込んでおり、それでいて楽しそうにボタンとレバーを駆使して画面上の自機を操っている。
やっぱり神崎さんの方が上っぽいけど、吉井君だって負けじと食らいついていた。白熱する対戦に茅野と奥田さんも熱中して見入っており、僕も二人の対戦を観戦する……けどその前に、

「杉野、しっかりして。二人の対戦が始まっちゃったよ」

吉井君と神崎さんの会話を聞いて正気を失っている杉野を起こすとしよう。神崎さんが“明久君”って呼んだ辺りから目の焦点が合っていない。
杉野の神崎さんへの片想いは前途多難っぽいけど頑張れ。僕は友達として応援してるからね。





白熱したゲーム対戦は予想通り神崎さんの勝利で幕を閉じた。負けて悔しがる吉井君とその様子を懐かしそうに眺めていた神崎さんであったが、またの再戦を約束して今回のところはお開きである。
それから寝室に戻って駄弁っていた僕らだったが、トイレに行きたくなって杉野と岡島君とともに大部屋を出た。個室じゃなくて大部屋だから共有のトイレを使わなければならないのだ。
と、そこで男湯の前で何やらコソコソしている中村さんと不破さんに出会(でくわ)した。

「中村さん達、何してんの?」

「しっ‼︎」

気になって声を掛けると、中村さんから静かにするように指を口の前で立てられる。本当に彼女達は何をやってるんだろうか?
その疑問はすぐに中村さんから得られた。

「決まってんでしょ……覗きよ」

「覗きィ?それって男子(俺ら)仕事(ジョブ)だろ?」

いや、仕事(ジョブ)ではないよね。まぁどっちの役割かって訊かれたら、確かに女子じゃなくて男子の役割なんだろうけどさ。

「…………呼んだか?」

「土屋君は何処から出てきたの⁉︎」

音もなく急に土屋君が出てきたから普通にビックリした。さっきまで周りには僕ら以外いなかったっていうのに……これはもう地獄耳ってレベルじゃないと思う。

「でも土屋、覗くのは男湯らしいぞ?」

「…………犯罪行為、良くない」

岡島君の言葉を聞いた土屋君は目に見えて感情が冷めていった。もし男湯じゃなくて女湯の覗きだったら率先して行動していたに違いない。これで本人はエロを隠してるっていうんだから驚きだよね。

「いいえ、犯罪にはならないわ。アレを見てもそれが言える?」

暖簾を分けて中村さんが示した先には、アカデミックドレスに三日月が刺繍された巨大ネクタイなどの衣服が置かれていた。
……ってことは今お風呂に入ってるのって殺せんせーなのか。これは興味が惹かれないって言ったら嘘になる。

「首から下は触手だけか、胴体あんのか、暗殺的にも知っておいて損はないわ。もしかしたらお湯を吸ってふやけてるかもしれないし」

「……この世にこんな色気ない覗きがあったとは」

男としてそこは岡島君にちょっと同感だ。土屋君も横で首を縦に振っている。
そうして中村さん先導の下、ある意味で緊張しながら僕らは脱衣所に侵入して浴室へと繋がるドアに手を掛けた。果たして殺せんせーの服の下はどうなっているのか……
音を立てないようにして慎重にドアを開けたその先にはーーー泡風呂に浸かった殺せんせーが触手()を持ち上げて洗っている姿が。

「女子かっ‼︎」

覗き込んだ中村さんも思わずといった様子でツッコんでいた。それによって僕らに気付いた殺せんせーも顔をこっちへと向けてくる。

「おや、皆さん」

「なんで泡風呂入ってんだよ」

呆れたように杉野が指摘していた。そういえば入浴剤って禁止じゃなかったっけ?

「これは先生の粘液です。泡立ち良い上にミクロの汚れも浮かせて落とすんです」

「ホント便利な身体だな‼︎」

ここまで来ると殺せんせーっていったい何ができて何ができないのか、ほぼ万能だから可能と不可能を絞り込むことができない。まだまだ情報を集めていかないとな。
と、そこで殺せんせーの頭目掛けて対先生ナイフが飛んでいった。浴槽に浸かったまま容易く躱した殺せんせーに対し、対先生ナイフを投擲した土屋君は観察するようにその結果を眺めている。

「…………動きに変化なし。これは雄二に報告する必要がある」

「そういえば水が弱点なのに余裕で躱したわね。身体がふやけてる様子もないし」

殺せんせーの粘液風呂によって注意が逸れていたけど、確かに坂本君達が水風船で暗殺を仕掛けた時のような変化は見られない。
どういう原理なのかは分からないが、取り敢えずお風呂に入っていても身体がふやけることはないようだ。

「これじゃあ殺すことは出来そうにないわね……。でも浴槽から出る時に裸くらいは見せてもらうわ」

そう言って中村さんも懐から対先生ナイフを取り出した。浴槽を出てから僕らの後ろにある出口を抜けるまで、少しでも邪魔をして殺せんせーの全身を確認するつもりらしい。

「そうはいきません」

しかし殺せんせーも僕らに裸を見られるつもりはないようで、浴室から逃走しようとその場で立ち上がった。ーーー浴槽を満たしていたお湯ごと。

「煮凝りかっ‼︎」

何故かお湯が浴槽の形を保ったまま殺せんせーに張り付いていた。しかも粘液でお湯が泡立っているのでお湯を通して見ることもできず、僕らの視線から上手く身体を隠している。
更には僕らが塞いでいる出口ではなく反対側の窓から逃げていく始末……修学旅行で皆のことは色々と知れたけど、殺せんせーの正体には全然迫れなかったなぁ。
全員が虚しい気持ちを抱えたまま覗きは終了し、トイレに行く途中だった僕らはトイレに行ってから大部屋へと戻るのだった。







〜side 明久〜

「何?殺せんせーは風呂に入っても問題なかっただと?」

「…………(コクリ)」

大部屋で話していたらムッツリーニが突然いなくなり、しばらくするとトイレに立った渚君達とともに戻ってきた。いったいどうしたのだろうか。
そのことをムッツリーニに訊いたら、さっき行われたという覗きの一部始終について話してくれた。なるほど、コイツが消えるには納得の理由だ。
でもどうせ覗きに行くなら僕も一緒に誘って欲しかったよ。女湯ーーーじゃなくて、殺せんせーのことは皆で共有するべきである。

「う〜ん、どういうことなんだろう……お湯は大丈夫ってことなのかな?」

「水と湯に成分的な違いはないはずじゃが……もしかすると温度によって差があるのかもしれん」

しかしその覗きによって新たな疑問が出てきたな。殺せんせーの弱点は水のはず……これはどう考えるべきなんだ?

「……ムッツリーニ。殺せんせーが逃走する時、お湯が煮凝りみたいになってたって言ったな?」

ムッツリーニの話を聞いてから考え込んでいた雄二だったが、頭の中である程度まで考えがまとまったのか確認を取っていた。
雄二の確認にムッツリーニも黙って首肯を返す。

「……殺せんせーが分泌する粘液とやら、それに水分の凝固作用があるのかもしれん。推測の域は出ねぇが、少なくとも浴槽一杯分の水を無効化できるくらいには……となると水を浴びせて弱体化させるには想定より大量の水が必要だな」

僕らに考えた内容を話しているというよりは、自分の考えをまとめるために口に出している感じだ。今も何やら一人でブツブツと呟いている。

「おーい、お前らもこっち来て話に加われよ」

そんな放置されている僕らに前原君が声を掛けてきた。そういえばさっきから大部屋の真ん中に集まって皆で何かを話してたな。
でもまだ雄二は考え込んだままだし……と思っていたら静かになった雄二が顔を上げた。

「……取り敢えずこの話は終わりだ。考えたところで結論は出ねぇ。また暗殺(検証)していかないとな」

溜め息を吐きながら立ち上がると、雄二は集まっている皆の方へと歩いていく。なんだかんだ集中しながらも前原君の呼び掛けは聞こえていたようだ。
僕らも雄二に続いて大部屋の真ん中へと向かうことにする。

「やっぱ一位は神崎さんか」

「まぁ嫌いな奴はいないわなー」

円を描くように座っている皆の元へ近付くと、その円の中心に置かれている紙を覗き込んで皆が話し合っていた。呼ばれて来た僕らも気になってその紙を覗き込む。

「えー、何々?……気になる女子ランキング?……これはまた随分と定番な話題だね」

「修学旅行の夜って言ったらこれだろ。……で、お前らはどうなんだ?」

僕らを呼んだ前原君が顔に好奇心を浮かべて問い掛けてきた。好きだねぇ、そういうの。
まぁ確かに揶揄(からか)ったりするネタとしては丁度いいけどさ。

「……ふむ。この“気になる”というのは“好意を寄せる相手”という意味で捉えれば良いのか?それとも文字通りに“気になる”という意味かの?」

「そう難しく考えなくていいって。単純に可愛いとか性格が合うとか、木下の言う通り何となく気になるって理由でもいいからさ」

秀吉の疑問に磯貝君が笑いながらそう答えていた。普段は委員長している磯貝君もこういう話には興味があるらしい。どれだけしっかりしててもやっぱり中学生だね。
その返答を聞いて秀吉はすぐに答えを出した。

「それならばワシは茅野じゃの。理由までは言わんがな」

「なんか含みのある言い方だな……この際だから理由も言おうぜ」

「悪いの。こればっかりは秘密じゃ」

追求してくる前原君を秀吉は軽く躱しているが……はて、秀吉が茅野さんを気にするような出来事って何かあったかな?少なくとも僕には思いつかないけど……
そうこうしているうちに今度はムッツリーニが答えていた。

「…………片岡だな。俺が活動するには避けられない相手だ」

「土屋の“気になる”は本当に“警戒する”って意味合いがデカいな……」

ムッツリーニの片岡さんが気になる理由を聞いて磯貝君は苦笑している。
彼女は委員長であると同時に風紀委員的な存在でもあるため、オープンエロの岡島君はよく説教されているのだ。隠密行動重視のムッツリーニも気を抜けば現行犯で説教されてしまうことだろう。
二人が言ったことから今度は僕と雄二に視線を向けられるが……気になる女子ねぇ。

「んなもんに興味はねぇが……まぁ無難に神崎に入れとくか」

「う〜ん、僕も神崎さんかなぁ。彼女にはゲームでの借りがあるからね」

さっきもボコボコにされてきたし……アーケードだとブランクがあると思ってたのに、全くと言っていいほど腕に衰えがなかった。どうにかして神崎さんに勝てないものか……

「あん?おい明久、それ言ってもいいのか?」

神崎さんに勝てそうな作戦を考えていると、雄二が訝しげに問い掛けてきた。あぁ、そういえば雄二には言ってなかったな。

「うん、もう隠してないんだってさ。さっきも旅館のゲームで対戦してきたし」

「ってことは明久の敗北記録更新か。お前の無様な負け姿を拝みたかったぜ」

僕の負け前提で話してることがムカつく。間違ってないから言い返せないけど。
そんな僕らの会話に皆も興味が惹かれてるっぽかったが、そこへ飲み物を買いに出ていたカルマ君が帰ってきた。

「お、面白そうな事してんじゃん」

帰ってきてさっそく僕らの真ん中に置かれている紙を覗き込んでいた。まぁこんなネタになりそうな話題をカルマ君が見逃すはずないよね。

「カルマ、良いとこ来た」

「お前、クラスで気になる娘いる?」

「皆も言ってんだ。逃げらんねーぞ」

しかしそれは皆にも言えることだった。これを機にカルマ君のネタになりそうな話題も知っておきたいってところだろう。カルマ君のプライベートってあんまり知らないし。
皆から訊かれたカルマ君は少しだけ考え込む。

「……うーん、奥田さんかな」

おぉ、なんか意外なチョイスだ。僕的には二人って正反対の性格だと思うけど、修学旅行で同じ班になって気になるようになったとかかな?

「だって彼女、怪しげな薬とかクロロホルムとか作れそーだし。俺の悪戯の幅が広がるじゃん」

「……絶対にくっつかせたくない二人だな」

これについては完全に同意である。カルマ君の悪戯の幅が広がる = 被害者の増加 or 被害の拡大ってことだからね。……っていうかどっちにしても僕に被害が来そうな気がする。
男子の投票結果が集まったところで磯貝君が真ん中に置かれている紙を回収していた。

「この投票結果は男子の秘密な。知られたくない奴が大半だろーし、女子や先生には絶対にーーー」

と、そこで話をまとめていた磯貝君の言葉が途切れる。見れば何やら視線が何処かへと逸れており、磯貝君の視線を辿って皆もその方向へと顔を向けるとーーー襖の隙間からこっちを覗き込んでいる殺せんせーの姿が。
その手には手帳が構えられており、何かを書き込んだ後にそっと襖を閉めて先生は大部屋から立ち去っていった。

「メモって逃げやがったっ‼︎ 殺せっ‼︎」

即座に対先生ナイフや銃を取り出した皆は、殺せんせーを殺すべく一斉に大部屋を飛び出していく。
更に少しすると女子の声も聞こえてきて、ドタバタと結構な大騒ぎになっていた。女子部屋でも何かあったのだろうか。

「……先に布団でも敷いてようか」

「そうだな。騒ぎが収まるまで煩くて寝れねぇだろうが」

大部屋に残った僕らは皆が騒いでる間に寝る準備をすることにした。いやだって殺しに行っても殺せないだろうし、どうせなら夜くらいはゆっくりしたいじゃん。
取り敢えず静かになるまでまた駄弁ってようかな。修学旅行の夜はまだまだこれからなんだしさ。



次話 番外編
〜私と彼とゲームセンター〜
https://novel.syosetu.org/112657/15.html

次話 本編
〜転校生の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/16.html




茅野「これで“好奇心の時間”は終わりだよ。皆も楽しんでくれた?」

秀吉「楽しかった修学旅行もこれで終わりじゃな。残念ながら殺せんせーは殺せんかったがの」

奥田「き、木下君の班は暗殺自体できなかったんですから仕方ありませんよ。……そ、それより私なんかが後書きに呼ばれて大丈夫でしょうか?」

茅野「奥田さんは卑屈になり過ぎだよ……」

秀吉「そう緊張せずともよい。茅野とは親しくなったことじゃし、お主が肩肘を張る理由もなかろう。……それともワシが苦手か?」

奥田「そ、そんなことありません‼︎ 木下君は可愛らしくて物腰も柔らかいですし、怖い感じもなくて苦手ではないです‼︎」

秀吉「う、うむ……苦手意識のないことを喜ぶべきか、可愛らしいと言われて嘆くべきか、複雑なところじゃな」

茅野「あはは……奥田さん、ちょっと天然なとこあるから流してあげて。ツッコミも強いと怖がっちゃうし」

秀吉「そうじゃな、気をつけるとしよう」

奥田「そういえば、木下君は吉井君と神崎さんの関係は知ってたんですか?坂本君は知ってるみたいでしたけど」

秀吉「いや、ワシも初めて知ったな。お主らが殺せんせーを殺しに行っている間に話を聞いたがムッツリーニも知らんかったらしい」

茅野「クラスじゃ全然そんな素振り見せてなかったもんね。あ、でもテスト前の登校中にそれを匂わせる台詞はあったっけ」

秀吉「明久は顔見知りかどうか微妙と言っておったから、ただの知り合いというわけではないのじゃろう。渚も色々と推測しておったしの」

奥田「それが坂本君も言ってた番外編で分かるってことですね」

茅野「だね。次の話はその番外編の予定だから楽しみだよ」

秀吉「後書きで語り合っておっても分からん。今回はこの辺りでお開きにするとしよう。皆も次の番外編を楽しみにして待っておれよ」





杉野「くそっ、俺に番外編を白紙にできる力があれば……‼︎」

渚「杉野、番外編を白紙にしても過去は白紙にならないからね?」


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私と彼とゲームセンター

〜side 有希子〜

それは中学二年生の夏、私が親から求められる肩書き生活に嫌気が差していた時期のことでした。
そんな生活から逃げ出して通い詰めていたゲームセンターで出会った、私とは違って自由に生きる彼との出会いの物語です。







中学二年生の夏休み。私は椚ヶ丘中学校という名門の制服を脱ぎ捨てて、知っている人のいない場所まで遠出して格好も変えて遊んでいました。
父親が厳しく良い肩書きばかりを求められる生活から離れたかった私は、好きなゲームに何も考えないで没頭したくて頻繁にゲームセンターへと通い詰めていました。
地元から離れて更には変装までしている時点で、周りの目を気にする肩書き生活から離れ切れていないとは自分でも理解していましたが……それでも何もかもを放り出して遊んでいたかったんです。
こんな風に遊べるのは長期休暇である夏休みだけ。それ以外では家と学校で肩書きを求められる生活が待っています。ちょっとした息抜きに今を遊んで過ごすくらいはいいよね。

「ーーーねぇ、ちょっといいかな?」

そんな風に聞く人が聞けば自堕落な考え方をしていた私に、後ろから男の人の声が掛けられました。
此処のゲームセンターに通い詰めるようになってから結構経ちますが、こうやって誰かに話し掛けられたのは初めてです。それも男の人からなんて……少し戸惑いながらも私は対応するべく声の主へと振り返りました。

「君、可愛いね。もし良かったら僕と一発でもいいからしてくれない?」

先程とは別の意味で戸惑ってしまいました。
え……い、一発って……そ、()()()()()()でいいのかしら?知識としては知らない人同士でそういうことをする人達がいるのは知ってたけど、まさか実際に私が誘われるなんて……
そんなことを言うような不良っぽいというか、卑猥な感じの人でもなさそうなのに……どちらかと言えば無害な小動物っぽい感じです。人は見掛けに寄らないってことなのかな?
でもこういう時ってどうやってお断りするのが一番いいんだろう?下手に断って絡まれても困るし……

「……明久、お前はなんつー絶妙な言い回しをしてんだ。相手固まってんじゃねぇか」

と、私が思い悩んでいたところに別の男の人が話し掛けてきました。
新しく現れた人は体格も大きくて荒っぽい雰囲気があるんだけど、やっぱり最初の人と同じで不良のような雰囲気は感じません。この人達はいったい……
戸惑っている私を余所に二人は話を続けています。

「ほれ、お前の言いたいことを全て正確に言ってみろ」

「……?分かった。えっと、此処のゲームセンターにゲームがかなり強くて可愛い女の子の達人がいるって聞いたから捜してたんだけど、多分君のことだよね?もし良かったら僕と一発勝負でもいいから対戦してくれないかな?」

友達であろう男の人に促されて言い直した彼の言葉を聞くと、私が想像していた内容よりもずっと健全なお誘いでした。
正直ここまで相手に曲解させるような言い回しは初めてです。勝手に変な方向で話を考えてたのが凄く恥ずかしい……
もしかしたら意図的にセクハラ紛いの言い回しをしていたんじゃないかと最初こそ勘繰ったりもしましたが、

「ということだ。悪いな、通報は勘弁してやってくれ」

「え?雄二、何か通報されるようなことしたの?」

「お前だ、ボケ」

「???」

そんな悪意は微塵も感じませんでした。というより本人は全く意識してないみたいです。
なんだかコントのような二人のやり取りに、私も思わず笑みが零れていました。少なくとも悪い人達じゃないみたいです。

「ふふっ、いいよ。私も一人で遊んでただけだし、対戦しよっか。明久君……でいいのかな?」

「うん、大丈夫だよ。こっちから急に押しかけたのにありがとう。えっと……」

「あ、私はーーー」

明久君が言い淀んだところで自己紹介しようとしましたが、自分の今の格好を思い出して口を噤んでしまいます。
自分のことを誰も知らないであろう場所まで来て髪や服装も変えているとはいえ、ここで本名を名乗るのはどうかと思いました。
大丈夫だとは思う。私が心配し過ぎなだけだとは思うけど、許してもらえるなら本名じゃなくて何か渾名の方が……

「……うん。私のことは“ユッキー”って呼んでくれないかな?」

「ユッキー?うん、別にいいけど……なんかワケあり?」

「あはは、ちょっとね……」

即興で考えたから有希子(名前)(もじ)っただけの安直な渾名でしたが、明久君は不思議そうにするだけで深くは訊かずに受け入れてくれました。深く訊かないでいてくれることに感謝します。
私はこのゲームセンターに通い詰めていたので、此処にあるゲームは大体やっています。なので明久君にどのゲームで対戦してもいいと伝えると、彼はゲームセンター内を物色し始めたので雄二君と一緒に着いていくことにしました。





「ま、まさかここまで実力に差があるなんて……これがユッキー……所詮、僕は井の中の蛙だったってことか……」

「おぉ、よく“井の中の蛙”なんて諺を知ってたな」

「雄二、うるさい」

「ちょ、ちょっと大袈裟じゃないかな……」

私達が選んだのは有名な対戦格闘ゲーム。その対戦が終了した後、明久君は両手を地面に着いて項垂れていました。
見て分かるとは思いますが、結果は私の勝ちです。ゲームで対戦を申し込まれて手加減をするつもりはありません。
ただ、これだけ目の前で項垂れられるとちょっと思うところもあります。出会ってからほんの少ししか過ごしてないけど、正直一緒にいて楽しいと感じてる自分もいますし……

「……まだ時間はあるけど、他のゲームでも対戦してみる?」

「ぜひお願いします」

勇気を出して明久君に今度は私から再戦を振ったところ、項垂れたまま間髪入れず受け入れてくれました。客観的には明久君が泣き縋っているようにしか見えないけど……

「あ、俺は先に帰るわ。明久の惨めな負け姿を拝むという目的は達成したしな」

逆に観戦していた雄二君はあっさりとしたものでした。というより目的の内容が友達に対するものとはとても思えません。
それを聞いた明久君もガバッと起き上がって問い詰めるように声を荒げます。

「貴様、それが理由でユッキーの話を振ってきたんだな⁉︎ 僕の方がゲームで勝ち越してるからって他人の手を借りるとは……‼︎」

「……俺はな明久、純粋にお前の悔しがる姿が見たいからお前が得意なゲームで負かしたかっただけなんだよ。それが見られるなら俺は自分の手でぶちのめす必要はないと考えたわけだ」

「雄二、お前には向上心がないのかよ‼︎ 僕の悔しがる姿が見たいんだったら自分の手でぶちのめすべきだろ‼︎ そうして初めて僕に対する優越感が得られるんじゃないのか‼︎」

「自分を負かしたいと思う理由については疑問を挟まないんだね……」

あとなんで自分の不幸を望んでいる相手なのに明久君は応援してるんだろう?
本心は分からないけど、本当に雄二君はそのまま帰ってしまいました。まぁ私と明久君が対戦し続けるんだったら、雄二君は見てるだけになるから暇だよね。
当人達は何も思っていないみたいだし、そのまま私達は二人で対戦を続けることにします。





〜 レースゲーム 〜
「え、そんなとこからショートカットできるの⁉︎」

「うん、操作が少しでもブレるとコースアウトして負けるけどね」

「よし、勝つためなら僕だって……ってあぁ、コースアウトしちゃった……」

「ふふ、流石に初見では難しいよ」

「くそー、コンピューターにも負けるなんて……」

winner:神崎有希子



〜 シューティングゲーム 〜
「おー、上位ランカーのスコアは軒並み高いな。僕でも入り込めるかどうか……」

「あ、表示されてるスコアって全部私のだから」

「マジで⁉︎ うぅ、そうなるとスコア勝負は分が悪いぞ……」

「それじゃあどっちがハイスコアを出せるか勝負しよっか?」

「の、望むところさ……‼︎ スコアってのは塗り替えるためにあるんだよ……‼︎」

winner:神崎有希子(new record)



〜 エアホッケー 〜
「なんで男子と女子の身体能力で攻め切れないん、だっ……‼︎」

「エアホッケーは身体能力だけで決まるものじゃないから、ねっ……‼︎」

「うおっと⁉︎ 何くそっ、負けるもんか……‼︎」

「っ‼︎ とはいえ明久君、凄い運動神経だね……‼︎」

「僕の望みと関係なく鍛えられてますから……‼︎」

winner:吉井明久



〜 ダンスゲーム 〜
「ふ、ふふふ‼︎ 明久君、ロボットみたい……‼︎」

「だ、だから言ったじゃないか。ダンスゲームは全然やったことないって……」

「画面を見るのも大事だけど、音楽もしっかりと聞いてリズムに合わせないと」

「うーん……そうだ。ユッキー、一回お手本見せてよ。それだけ言うんだから当然ダンスゲームも上手なんでしょ?」

「え?うん、いいけど……人に見られるのが分かっててやるのはちょっと恥ずかしいな……」

winner?:神崎有希子





しばらく二人で対戦し続けた私達は、ゲームを中断して休憩所スペースに設置されているベンチへと座っていました。

「いやー、遊んだ遊んだ」

「そうだね。対戦できるゲームは一通りやったんじゃないかな」

途中から対戦じゃなくて普通に遊んでた気がしますけど、それも楽しかったから別に気にすることないか。明久君も気にしてないみたいだし。
それにしても……今日会ったばかりの男の子と二人きりで遊んでいるのに、自分でも驚くほど自然体で過ごせてると思います。やっぱりそこは明久君の人徳だろうな。だって全くと言っていいほど言動に裏を感じないもの。

「そういえば、最初に私のことを捜してたって言ってたけど……地元はこの辺りなの?」

不思議な人徳を持つ明久君のことをもっと知りたくなり、気付けば質問を投げ掛けていました。私の周りにはいないタイプの人ですし、普段はどんな風に過ごしているのか話を聞きたくなったというのもあります。

「ううん、ちょっと遠いけど椚ヶ丘の方から来てるんだ」

そんな明久君から齎された驚愕の事実に、私は固まりそうになるのをなんとか抑え込みました。まさか地元から離れたこの場所で、偶然にも地元が同じ相手と遊ぶことになるなんて誰も思いません。
これはちょっと確かめておいた方が……ううん、これも私が心配し過ぎなだけですね。椚ヶ丘学園の生徒がゲームの強敵を求めて遠出するなんて、そんなことあるわけーーー

「……椚ヶ丘って確か進学校で有名なところがあったよね?」

「あぁ、椚ヶ丘学園のこと?実は僕もそこの中等部に通ってるんだよ」

……世間は広いようで狭いって、こういう時に使うのかなぁ。
ということは雄二君も椚ヶ丘の生徒だよね。そう言われたら二人の名前にも聞き覚えがありました。確か……吉井明久君と坂本雄二君、だったかな?
曰く、()()()()()()()()()()()()()。先生達からは椚ヶ丘学園始まって以来最大の問題児とまで言われている、あの……()()()の二人。
同じ学校ってだけでも驚きなのに、まさかの同級生だったなんて……幾らなんでも世間が狭すぎじゃないかな。関わっていなかっただけで普通に私の周りにいる人でした。

「ユッキーはこの辺が地元なの?」

「う、うん。まぁ当たらずと(いえど)も遠からずってところかな?」

ごめんなさい、思いっきり外れてます。
でも今更になって“実は私も椚ヶ丘中学校に通ってるんだ。しかも同じ二年生なんだよ”、なんて告白する勇気は私にはありません。

「こ、この後はどうする?またゲームで対戦していく?」

自分から振っておいてなんだけど、この話の流れはちょっと不味い。そう思って流れを変えるためにゲームの続きを促すことにします。

「うーん……そうしたいところだけど、そろそろ財布が軽くなってきたからなぁ。僕もそろそろ帰ることにするね」

しかし明久君は唸りながら財布の中身を確認しつつ否定の言葉を返してきました。
そっか、金銭的な問題だったら仕方ないね。この夏休みで一番と言っていいくらい楽しかったから、これで最後だって思うとちょっと寂しいけど。
私はゲームセンター以外では“ユッキー”じゃないので、学校では“神崎有希子”として振る舞わなければなりません。たとえ学校で明久君と再会することになったとしても、それは“神崎有希子”としてであって初対面の関係と何も変わりありません。
“ユッキー”として内心で彼との決別を決意していることなど知る由もなく、明久君は笑顔で別れの言葉を告げてきます。

「ユッキー、今日は付き合ってくれてありがとう。凄く楽しかったよ」

「ううん、私も凄く楽しかったから気にしないで」

「また機会があったら対戦しようね。次に会う時は負けないから。それじゃ‼︎」

「うん、バイバイ」

手を振って明久君がゲームセンターを出ていくまで見送ると、一人になった私はその場で立ち尽くしていました。

「……私ももう少ししたら帰ろうかな」

これから一人でゲームをする気分じゃないけど、今すぐ帰ったら確実に駅で明久君と鉢合わせることになります。時間を置いてから此処を出ましょう。そうしてただ待っているだけの時間で、私は明久君のことを考えていました。
雄二君もそうだけど、どうして彼らは自分の好きなように生きられるのだろう。幾ら問題行動の証拠を隠して噂程度に留めたとしても、進学校(うち)じゃ噂が流れるだけで白い目で見られます。現に生徒だけではなく先生からも疎ましく思われていますし、既に二人はE組行きが確定しているとも聞きました。それだけで問題行動がなくとも差別的に扱われてしまいます。
なのに今日知り合った彼らには鬱屈とした様子が微塵もありませんでした。本心から好きなように過ごしているということは今日の様子を見ていれば分かります。

「……私にはとても真似出来そうにないな」

私みたいに肩書き生活が嫌になって逃避しているわけではなく、周りの目を気にして自分を隠しているわけでもない。まさに自由に生きているという感じでした。
そんな彼らに羨望の念を抱きつつも、行動に移せない私はやっぱり臆病で……ある程度の時間が経っていたことから私もゲームセンターを出て帰ることにします。
夏休みも後半に入って残り僅かなこともあり、そろそろゲームセンターに通い詰める生活も止めなければなりません。明久君とかに私のことが気付かれる可能性を低くするためには、“ユッキー”として再開しないようにするのが一番です。だからゲームセンター通いもこれで最後かな。
色々と今後について考えながら帰途に着いていたその時、

「おい明美、こんなとこで何やってんだよ」

と、本日二度目になる知らない男の人から声が掛けられました。というより明美って誰でしょう?明らかに誰かと間違われています。

「え?あの……」

「約束すっぽかすなんてまだ怒ってんのか?ほら、さっさと行くぞ」

いきなりで戸惑ってしまい言葉が出なかった私を余所に、男の人は私の腕を掴むと脇道へ入っていきました。ちょ、ちょっと待って……‼︎
流石にこれ以上この流れに身を任せるのは問題だと思い、私を誰かと勘違いしているこの人に対して遅ればせながらも声を掛けます。

「す、すいません‼︎ 私、明美さんって人じゃないです‼︎ 人違いかとーーー」

「は?明美?誰だそれ?」

しかし私の訴えを聞いた男の人は、平坦な声音でそう切り返してきました。
……え?誰って……さっき貴方が私のことをそう呼んでーーー



()()()()()()()()()()()()()()?」



更に戸惑う私が強引に引っ張っていかれた先には、人気のない路地裏で二人の男の人が待ち構えていました。そこで私は掴まれていた腕を離されますが、すぐに逃げられないよう壁際で取り囲まれてしまいます。
明らかに悪意の籠もった男の人達の視線と態度を向けられ、これだけの要素があれば事態を察することは出来ました。

「いやー、俺らが目ぇ付けてたのに変な男がちょっかい出してきてマジで鬱陶しかったぜ。つい衝動的に手ぇ出しちまったわ」

「ま、それで全然問題ないんだけどな。ぽっと出の男に横取りされたら計画が台無しだし、結果として拉致ることは出来たんだからよ」

私の推測は男の人達の会話によって確信へと変わります。どうやら私は不良に絡まれるレベルではない問題に巻き込まれたようでした。
その現状に認識が追いついた途端、恐怖に飲み込まれそうになる心をなんとか押さえ込みます。ここで冷静さを失ったら逃げることも出来ません。

「リュウキには後で報告するとして、その前に遊んじまってもいいよな?」

「構わねぇだろ。拉致ってきたのは俺らなんだぜ?そんくらいの権利はあるさ」

「んじゃ、まずは声を上げられないように口を塞ぐとするか」

でも幾ら冷静を装ったところで三人の男の人から逃げられるわけもなく、囲まれている状況ではその隙さえもありませんでした。
為す術もなく窮地に追い込まれた私は、男の人の手が伸びてきたのを見て身体を強張らせつつ反射的に目を瞑り、





「死にさらせッ‼︎ 社会のゴミ共がぁぁッ‼︎」





突然の大声に驚いて思わず瞑った目を開けた私の視界に、手を伸ばしてきた男の人にドロップキックを食らわせている明久君の姿が飛び込んできました。
それによって思いっきり蹴り飛ばされたその人は周りの一人を巻き込んで吹っ飛び、残った一人は乱入者の顔を確認して驚愕を露わにします。

「てっ、てめぇ‼︎ さっきのーーー」

「イィッシャァァーー‼︎」

そんな男の人の反応など見向きもせず、明久君は高速で身体を回転させると後ろ回し蹴りを叩き込んでいました。それで路地裏の壁に打ち付けられた男の人は地面へと沈んでいきます。

「クソッ、何処の何奴だーーー」

「大人しく眠っとけ‼︎」

ドロップキックに巻き込まれた男の人が立ち上がろうとしていたところで、明久君は別れた時には持っていなかったビニール袋から何かを取り出して手裏剣のように投げつけました。
それが見事な命中精度で吸い込まれるようにして眉間に直撃すると、男の人は痛みで呻きながら顔を仰け反らせて再び地面へと倒れ込みます。

「ユッキー、ちょっとごめん‼︎」

「え?きゃ‼︎」

そこまでの一連の流れを呆然としながら見ていた私でしたが、それとは別の理由で明久君の言葉に反応することはできませんでした。

「ちょ、明久君⁉︎ なんでお姫様抱っこーーー」

「だってその靴じゃ速く走れないでしょ⁉︎ 嫌だとは思うけど逃げ切るまで我慢して‼︎」

嫌とかじゃなくて普通に恥ずかしいの‼︎ しかも明久君、逃げるためとはいえ私を抱えた状態で路地裏から出ると大通りを全力疾走してるんだもん‼︎ 人通りの多い場所の方が安全だっていうのは分かるけど、目立ち過ぎてほとんどの人が私達を見てるから‼︎
加えてその速さが人を一人抱えているとは思えないような速さなので尚更注目を集めています。この時ばかりは本当に格好を変えていてよかったと思いました。





「軽々しく身体に触れてしまい、本当にすみませんでした‼︎」

「あ、明久君‼︎ こんなところで土下座は止めて‼︎ 助けてくれたんだから感謝するのはこっちだよ‼︎」

あれから駅前まで駆け抜けた明久君は、抱えていた私を降ろすと綺麗な土下座で謝ってきました。視線に物量が伴っていたら押し潰されるんじゃないかってくらいには目立っています。
地面に頭を擦り付けている明久君をなんとか起こして、少しでも人目を避けられる場所へと移動しました。

「はぁ、恥ずかしかった……そういえば明久君。先に帰ったはずなのに、どうしてあんなところにいたの?」

一安心できたところで私は疑問に思ったことを口にします。駅で鉢合わせないように時間を置いてから出てきたのに、どうしてあのタイミングで明久君が駆けつけることが出来たのかが不思議でした。

「実は今日が新作ゲームの発売日だってことを思い出してね。ゲームセンターを出た後で近くのゲームショップに入ってたんだよ。で、帰り道にユッキーが連れていかれるのが見えて気になったから後をつけてたってわけ」

「え?でもお金がもうないって……」

「あぁ、あの時の“財布が軽くなってきた”っていうのは食費を抜いてもうないって意味だからさ。ゲームを買うお金自体はあったんだ」

「えっと、つまり食費をゲームに注ぎ込んじゃったんだね……」

逃げる時に投げ捨てていたのがゲームだと分かって弁償代を払おうとしたんだけど、投げ捨てたのは自分だからって言ってお金は受け取ってもらえませんでした。元々注ぎ込んだ食費も水と山の幸でなんとかなるからって……ちょっと待って、明久君って普段はどんな食生活を送ってるの?
そんな風に謝られたり感謝したり疑問に思ったり、色々な話をしてから私達は再びその場で別れることにしました。

「本当に家まで送らなくて大丈夫?」

「うん、私の家も駅からそんなに離れてないから。次に同じようなことがあったら周りに助けを求めるし」

「そっか、それじゃあ気をつけてね」

「本当に助けてくれてありがとう、明久君。改めてバイバイ」

駅のホームへと消えていく明久君を見送り、次の電車が通り過ぎるのを駅前で待ちます。これでもう“ユッキー”として明久君に会うことはないでしょう。
でも“神崎有希子”から見ても“ユッキー”から見ても明久君は明久君です。これからまた始まる肩書き生活についても、明久君の自由な生き方を思い出したら勇気が貰えそうな気がしました。
“ユッキー”としてはこれでお別れだけど、“神崎有希子”として出会っても仲良くしてくれたら嬉しいな。







「ーーーさん。神崎さん」

眠気に誘われて微睡んでいた私の耳に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきて意識を浮上させました。いつの間にか眠っていたようです。
修学旅行からの帰り道、新幹線の中で眠る私に声を掛けてきたのは茅野さんでした。

「おはよう、神崎さん。もうすぐ東京駅に着くよ」

「ん……おはよう、茅野さん。起こしてくれてありがとう」

「どういたしまして」

まだ少し眠気の残った状態でお礼を言うと、茅野さんは笑顔で返してくれます。言われて今の時間を確認すると、確かにあとちょっとで到着予定の時間でした。

(それにしても、去年のことを夢に見るなんて……今回の修学旅行で色々と思い出しちゃったからかなぁ)

私はさっきまで見ていた夢の内容について想いを馳せます。
まさか私のことが気付かれてるなんて夢にも思っていませんでした。同じクラスになってから改めて仲良くしたかったけど、それでも“ユッキー”のことは気付かれないように距離を置いていたのに……結局は私の独り相撲だったんだね。

でももう明久君のことを遠くから見て憧れるだけの私じゃありません。自分を隠して生きることも止めました。彼のように自由に生きていこうとは思いますが、だからと言って彼の後ろを追い掛けていたら隣には立てません。
私は私の道を行く。その道中で明久君の隣を歩けるようになれたら良いなって思いました。その気持ちを胸に秘め、修学旅行から帰ってきた日常を過ごしていくことにします。



次話
〜転校生の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/16.html



※後書きの仕様に対するアンケートを実施した結果、「会話形式」に肯定的な意見が四つ・否定的な意見が二つという結果となりましたので「会話形式」で続けていくことにしました。
よって次回からは後書きを「会話形式」に戻していきたいと思います。ただし否定的な意見の方にも配慮し、後書きの冒頭に次話のリンクを設置することにしました。なので後書きを読みたい方は読んでいただき、読み飛ばしたい方は次話のリンクをご利用して下さい。

今回のような疑問や意見があった場合は出来る限り真摯に対応させていただきますので、またこれからも「バカとE組の暗殺教室」をよろしくお願いします‼︎


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転校生の時間

楽しい修学旅行も終わり、今日からはまた学校に通う日々だ。こういうイベント事の後にある学校って何故か無性に気怠いよね。
しかし今回はちょっとした事情があり、気怠さよりも好奇心によって僕の学校への足取りは軽くなっていた。その事情とは昨日のうちに送られてきた烏間先生のメールにある。

《明日から転校生が一人加わる。多少外見で驚くだろうが、あまり騒がず接して欲しい》

“転校生”って言葉を聞くだけでなんだかワクワクするよね。
どんな人が来るのか。仲良くなれるのか。新しく僕らに加わる仲間のことを考えるだけで期待と不安が膨らんでいく。
しかもイリーナ先生という前例から考えると恐らく転校生も殺し屋だろう。尚のこと興味が湧くというものだ。
そうこうしているうちに学校へと辿り着く。そういえば転校生ってもう教室にいるのかな?それともHRまで教員室で待ってるとか?……まぁ教室に入ってみないことには分からないよね。

「皆、おはよ……う?」

いざ教室に入って挨拶をした僕だったが、何やら皆の視線が後ろの方へと向けられている。というか僕の視線も()()に向けられていた。
教室窓際の一番後ろ、そこに大きな黒い長方形のテレビ……って例えがしっくりくるかな?とにかく人間大の大きさで、上の方に液晶画面が付けられている物体が鎮座していた。

「……?雄二、あれって何なの?」

僕は自分の席に着いて荷物を置くと、既に登校していた後ろの席の雄二へと問い掛ける。先に来ていたなら何かしら知っているだろう。

「……烏間からメールが来てただろ。転校生らしいぞ」

「は?」

微妙な表情の雄二から得られた思わぬ回答に僕の思考が停止した。そして再び教室の後ろで鎮座している黒い箱型の機械を見遣る。
……あれ?おかしいな、“転校生”って聞いてもワクワクしないぞ?
取り敢えず新たに分かったことが一つだけある。人間じゃなくても転校生になれるっていうのは初耳だった。







「皆も知ってると思うが、転校生を紹介する。ノルウェーから来た自律思考固定砲台さんだ」

『よろしくお願いします』

烏間先生が表情を引き攣らせながら紹介してくれた黒い機械の液晶画面には、両サイドの長い房を結んだミドルヘアの美少女が映っていた。
二次元の女の子は理想の女の子っていう人もいるけど、いったいどんな人間の趣味が反映された結果なのだろうか。

「言っておくが“彼女”は思考能力(AI)と顔を持ち、れっきとした生徒として登録されている。つまり彼女はあの場所からずっとお前に銃口を向けるが、契約によってお前はそれに反撃できないということだ」

表情を引き攣らせている烏間先生を見て笑っていた殺せんせーに、改めて転校生ーーー固定砲台さんの説明……というか警告を行っていた。
あぁなんだ、ただの機械ってわけじゃないんだ。へぇ、人工知能って奴か。機械の転校生ってだけじゃなくて人工知能も初めて見たよ。

「……なるほどねぇ。契約を逆手に取って形振り構わず機械を生徒に仕立てたと……いいでしょう。自律思考固定砲台さん、貴女をE組に歓迎します‼︎」

その警告を聞いた殺せんせーは身体を震わせて笑っていたが、すぐに固定砲台さんを受け入れていた。まぁ自分もイロモノなんだし、生徒だって言われたら殺せんせーが受け入れるのは当然だよね。
そうして固定砲台さんを含めた初めての授業が始まった。さて、彼女はいったいどのような暗殺をするのだろうか。今のところは大人しくしてるけど……

「ーーーこの登場人物の相関図をまとめると……」

殺せんせーが板書しようと黒板を向いたその時、唐突に固定砲台さんの方からガシャガシャガシャガキィン‼︎ という音が聞こえてきた。見れば固定砲台さんが機械の中から銃を展開しており、トランスフォーマーもかくやという変形を遂げている。何あれカッコイイ。
固定砲台さんは展開された銃の照準を殺せんせーに合わせると、板書している先生に向けて背後からの発砲を開始した。しかし殺せんせーも即座に察知すると余裕で斉射された弾丸の嵐を躱していく。

「ーーーショットガン四門、機関銃二門。濃密な弾幕ですが、ここの生徒は当たり前にやってますよ。それと授業中の発砲は禁止です」

殺せんせーに注意された固定砲台さんは、展開していた銃を身体の中に収納した。流石は人工知能、言われたことをきちんと理解しているようだ。

『気を付けます。続けて攻撃に移ります』

前言撤回、言われたことをまるで理解していなかった。いや、理解はしてるけど実行はしないって感じかな。“気を付ける”って言った次の瞬間には銃を展開しだしたし。
再び殺せんせーへと照準を合わせる固定砲台さんに対して、殺せんせーも顔色を緑の縞々に変化させてニヤリと笑っていた。

「……懲りませんねぇ」

彼女の二度目の斉射は真正面から殺せんせーへと放たれる。背後からの発砲でも当てられなかったというのに、正対した状態であれば先生はさっき以上に余裕で躱せるーーーと僕だけじゃなく全員が思っていた。



殺せんせーの触手が弾け飛ぶまでは。



……え、何が起こったの⁉︎ 誰か説明プリーズ‼︎
しかし僕やクラスの皆だけじゃなく、殺せんせーでさえ愕然として言葉を失っていたので説明してくれる人は誰もいなかった。
静寂に包まれた教室の中、固定砲台さんの機械的な声だけが響き渡る。

『右指先を破壊、増設した副砲の効果を確認しました。次の射撃で殺せる確率、0.001%未満。次の次の射撃で殺せる確率、0.003%未満。卒業までに殺せる確率ーーー90%以上』

増設した副砲っていうのが何なのかは分からないけど、つまりたった一回の射撃で殺せんせーの動きを学習して改良してきたってことなのか……?
だとしたら半端じゃない学習能力だ。真正面から小細工なしに殺せんせーを追い詰めることのできる性能……もしかしなくても彼女なら本当に殺せるかもしれない。

『よろしくお願いします、殺せんせー。続けて攻撃に移ります』

更なる進化を遂げた固定砲台さんの射撃は、殺せんせーを殺せなくとも確実に追い込んでいった……んだけど、

「……これ、俺らが片すのか」

床一面にばら撒かれた対先生BB弾を見て、全員が辟易とした様子を浮かべていた。固定砲台さんは射撃を終えると画面から消えてしまい、後片付けをさせられて愚痴も漏らしている人の言葉も無視している状態だ。
しかもそれが次の授業が始まる毎に行われていくので、午前中はまるで授業にならなかった。いちいち掃除用具を取り出すのが面倒で、後片付けをした後は直さずに床に置いておいた程である。

「はぁ、やっと昼飯の時間か」

「うむ、今日は授業とは別の作業に労力を使ったからの。言いたい気持ちはよく分かるぞい」

皆と同じように愚痴を零している雄二とそれに共感している秀吉を余所に、僕は取り出したお弁当(塩水)を一息に飲み干して席を立ち上がった。
その行動を訝しむように見ていたムッツリーニが不思議そうに問い掛けてくる。

「……明久、何処へ行く?」

「あぁいや、ちょっと固定砲台さんと話してこようと思って」

「あの暗殺機械とか?無駄だと思うがな」

雄二の言いたいことも分かる。これまで射撃のたびに愚痴を零している人はいたが、その全てに対して固定砲台さんうんともすんとも言わなかったんだからね。
でもそれは液晶画面から消えた後であって、固定砲台さん本人に伝えた人は一人もいない。もしかしたら聞こえてるのかもしれないけど、ちゃんと真正面から言ってみなければ話が通じるかどうかも分からないじゃないか。

「ねぇ固定砲台さん、ちょっといいかな?」

なので僕は固定砲台さんの正面に立って声を掛けてみることにした。まずは言葉を交わしてみないと彼女のことを知ることなんて出来ない。
でもやっぱり液晶画面に固定砲台さんが現れることはなかった。試しに液晶画面をノックしたりもしてみたけど、相変わらず何も映っていない黒い画面のままである。
しかし諦めるにはまだ早い。

「えぇっと、機械なんだから何処かに……お、これかな?」

固定砲台さんの表面を探っていると、前面右下の方に小さな蓋を見つけた。幾ら人工知能であっても機械であれば電源のスイッチくらいあるだろう。
目に付いた蓋を開けると読み通り何かのスイッチを発見した。これがギャグ漫画だったら自爆スイッチの可能性も考えたが、現実にそんなものはあり得ないので取り敢えず押してみることにする。……これで本当に爆発とかしたらどうしよう?

『何かご用でしょうか?』

そんな僕の妄想が引き起こされることはなく、液晶画面には固定砲台さんが映し出されていた。よかった、質問してくるってことは話くらいなら聞いてくれそうだ。

「休憩中にごめんね。午後の授業なんだけどさ、ちょっとだけ射撃を中断してくれないかな?」

『拒否します。今日の射撃予定がまだ残っていますので』

取り付く島もないほどに清々しい拒否だった。せめて拒否する前に理由くらいは聞いてくれてもいいんじゃないかな?
でも射撃命令はプログラムされているだけあって中断は流石に難しかったか。まぁこっちの意見を押しつけるのも良くないし、お互いに妥協する案を出してみることにしよう。

「それじゃあもう少しだけ射撃の回数を減らしてくれないかな?皆も色々と大変だしさ」

『拒否します。現在の射撃予定を遅延させれば卒業までに暗殺できる確率が極めて下がる恐れがありますので』

「でも90%以上の確率で殺せるんでしょ?だったら少しくらい……」

『それは10%以下の確率で殺せないことと同義です。更にその確率は今朝の時点での予想計算値であって、様々な要素によって低下する可能性があります。射撃を怠るべきではないかと』

うっ、この感じ……イリーナ先生が来た頃を思い出すなぁ。殺せんせーを殺すためにE組は蔑ろにしちゃってるところとか。
でもまだ諦めるような段階じゃない。まだまだ交渉の余地はあるはずだ。僕は続いて彼女を説得するべく別の提案を試みることにする。

「だったらーーー」

『拒否します』

「…………」

くっ、流石は進化する人工知能。僕の提案を学習して確実に拒否できる被せ技を使ってきた。なにも拒否する術まで進化しなくていいだろうに……
しかしこうなってくると説得は難しいぞ。僕がどれほど高度な話術を駆使しても、それを学習されてしまっては倍返しで拒否されてしまう。どうしたものか……

「……よし、分かった‼︎ どうしても射撃を続けたいって言うんだったら僕を倒してからにするんだ‼︎」

『了解しました』

絞り出した僕の言葉に即答する固定砲台さん。
……え、そんなあっさりと了解しちゃうの?確かに自分で言ったことなんだけどさ、なんかこう……もうちょっとなんかないの?
しかしそんな僕の思惑など関係なく、固定砲台さんは新しくプログラムを入力していく。

『標的を暗殺対象・殺せんせーから、打倒対象・吉井明久へと変更。武装を展開、攻撃に移ります』

そう言うと固定砲台さんは午前中に幾度となく殺せんせーへ向けて展開していた武装を取り出した。あ、ヤバイ。これマジな奴だ。
何となくノリで言ったけど痛いのは嫌なので、僕は慌てて攻撃しようとしている彼女に制止の言葉を掛ける。

「ちょっとタイム‼︎」

『はい、何でしょうか?』

僕の制止に固定砲台さんは一先ず攻撃の手を止めてくれた。よかった、問答無用で射撃を始められなくて。
でもこれからどうしよう?制止を掛けたのはいいものの、何か別の案が思い浮かんでいるわけでもないし……えぇい‼︎ 出たとこ勝負でなんとかするしかないか‼︎

「あ〜、その……そ、そうだ‼︎ 僕らの関係って何かな?」

『クラスメイトですね』

「じゃあクラスメイトを傷付けるのはどう思う?」

『常識に照らし合わせれば良くないと判断します』

「うん、そうだね。だったら僕の言いたいことは分かるかな?」

これは咄嗟に思いついたにしては良い案ではないだろうか。殺せんせーを殺そうとすることは止められないけど、殺せない状況を作り出すことができれば結果的に殺すことを止められるかもしれない。
僕の問い掛けに珍しく考え込んでいる様子の固定砲台さんだったが、少しすると彼女なりの答えを出してきた。

『……他者の思考をトレースするシステムは搭載していませんが、これまでの言動から導き出せる最も可能性の高い回答を模索します。……結論、貴方を傷付けずに倒せばいいということでしょうか?』

そこは“射撃を止める”って言ってくれるのがベストだったんだけど……まぁその解釈でも問題はないかな。僕を傷付けずに倒すなんて普通に考えて無理だろうし。

「うん、その通りだよ。流石は固定砲台さん。じゃあ改めて……どうしても射撃を続けたいって言うんだったら僕を傷付けずに倒してからにするんだ‼︎」

「無茶苦茶なこと言ってんな、あの馬鹿」

心配するな、自覚はある。
だけど今は射撃を止めることが第一だ。

「それが出来ないんだったらーーー」

『了解しました』

僕の言葉にこれまた即答する固定砲台さん。
……え、これも了解しちゃうの?っていうか無理だと思ってたのに出来ちゃうの?
無茶を言った僕が逆に困惑しているのを余所に、固定砲台さんはプログラムを再入力していく。

『現在展開中の武装を変更。小口径の弾丸ではなく大口径の砲弾を使用。砲弾の硬度を下げて成形することにより、外傷のリスクを抑えて内臓へと衝撃のみ与えます』

新しく展開された武装はバレーボールでも打ち出せそうな大筒であり、彼女の言う通りだったら柔らかい砲弾なんだろうが……それって傷付けられるよりも普通にキツイと思うんだけど⁉︎
しかし固定砲台さんは容赦無くその大筒を僕へと向けてくる。ちょっ、それはマジでヤバイって‼︎

「ちょっと待ってごめんなさいさっきのは冗談グボハァッ……‼︎」

「……まぁこれは自業自得じゃの」

「…………安らかに眠れ」

め、冥福を祈る前に友達として助けてくれないかなぁ。思いっきり鳩尾にダイレクトアタックされたから絶賛悶絶中なんだけど……っていうか勝手に殺さないでほしい。

「明久君、大丈夫……?」

そんな僕に声を掛けてくれたのは神崎さんである。
心配してくれてありがとう、今の僕には君が天使のように見えるよ。蹲ってるから姿は見えてないんだけどね。ちょっと声が出せないから返事代わりに親指でも立てておこう。

「ヌルフフフフ、そろそろ午後の授業をーーーにゅやッ‼︎ 吉井君はいったいどうしたんですか⁉︎」

「気にしなくていいっすよ。明久は転校生と遊んでただけっすから」

雄二には今までのやり取りが遊んでるように見えたのか……いやまぁ僕が言い出したことだから固定砲台さんは何も悪くないんだけどさ。
しかし彼女の射撃を止めることは出来ず仕舞いである。僕の行った交渉も虚しく、午前中と変わらず午後もずっと固定砲台さんの射撃は続けられることとなった。







「ねぇねぇ固定砲台さん、明日はもうちょっと射撃予定を少なくできないかな?」

『殺せんせーを殺すためには射撃予定を少なくするべきではありません』

「それは確かにそうなんだけどさぁ」

授業が終わった放課後、僕は一人で教室に残って固定砲台さんと話をしていた。説得はもう半ば諦めているけど、彼女のことについて質問しながら形だけは続けている。
最初の方は電源を入れた瞬間に液晶画面から消えられていたものの、諦めずに電源を連打していたら大砲で悶絶させられた後に話をしてくれるようになった。人工知能を折れさせるなんて僕の執念も中々のものだな。

『……すみません、私からもいいでしょうか?』

と、これまで僕の言葉に返してくるだけだった固定砲台さんが逆に質問してきた。
転校してきたばかりで少ししか話せてないけど、彼女から自主的に質問してきたのは初めてのことである。いったいなんだろう?

「うん、いいよ」

『どうして私に構うのですか?殺せんせーを暗殺するために送り込まれた以上、私は貴方の説得に応じるつもりはありません。話し掛けるメリットは既にないように思えますが?』

なんだ、そんなことか。まったく、固定砲台さんは物事を固く考え過ぎだなぁ。もっと単純に考えたらいいのに。

「メリットなんてどうでもいいじゃん。友達になりたいからって理由で話し掛けちゃ駄目かな?」

僕の返答を聞いた固定砲台さんは画面上で軽く目を見開いて固まってしまった。これまた珍しい。彼女は何をそんなに驚いているのかな?
しばらく処理落ちしたみたいに固まっていた固定砲台さんだったが、それもすぐに復帰してまた問い掛けてくる。

『……友達?』

「そうだよ。折角クラスメイトになったんだから仲良くしたいじゃんか。まぁ射撃の回数を減らしてくれたらいいとは思うけどね」

『……私は機械ですよ?』

「え?知ってるけど……それがどうかした?」

彼女は何を当たり前のことを言っているんだろう?少なくとも外見からして生き物には見えないだろうに。僕はそれすらも区別できないような馬鹿だと思われているんだろうか?

『……私は暗殺をするために作られた機械です。友達になるということがどういうことなのか分かりません』

「だったらE組(此処)で学んでいけばいいじゃん。固定砲台さんは進化する人工知能なんでしょ?それに友達と協力した方が暗殺も捗るかもしれないし」

何気なくそう言ったらまた固定砲台さんは固まってしまった。暗殺以外に友達になる(そういう)プログラムは入力されてないけど、友達になった(そうなった)場合の可能性を考えてるってところかな?
僕は黙り込んでしまった固定砲台さんを急かさず待つことにする。とは言っても彼女は考える時間も短いのでそこまで待つ必要はなかった。

『……貴方の提示した可能性を模索しましたが、やはり私には分かりませんでした』

「う〜ん、そっか。まぁ急いで結論を出す必要はないと思うよ。さっきも言ったけどE組(此処)で学んでいけばいいんだからさ」

最新の人工知能であっても分からないことはある。けどそういう分からないことを学んでいくところが学校という場所だ。ゆっくりでも僕らと馴染んでいけたらそれでいいと思う。
……とかなんとか、勉強を疎かにしてきた自分が偉そうに言える立場じゃないけどね。僕としてはプログラムされていない友達にな(その)る可能性を考えてくれたこと自体が嬉しいよ。

「それじゃあ僕もそろそろ帰るね。また明日、固定砲台さん」

『……はい、また明日』

まだまだ友達になるのは難しそうだけど、彼女にも感情があるってことが分かったのは大きい。ただの機械だったら本当にどうしようもないからね。
居座り続けても迷惑なだけだろうし、帰り道が真っ暗になる前に今日のところは帰ることにした。



次話
〜自律の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/17.html



渚「これで“転校生の時間”は終わりだよ。久しぶりに後書きでの会話だね」

雄二「つってもたかだか二週間だけどな。内容も変わらず改変設定とか無駄話だしよ」

神崎「その変わらない掛け合いを楽しみにしてくれる人もいるんだから頑張らないとね」

雄二「そーいや、神崎はちょうどアンケート期間の活躍だったから後書きは初めてだな」

神崎「うん、でも番外編で過去の話もしてもらったから後書きの代わりにはなってると思うよ?」

渚「それじゃあ今回は律の話だね。この時はまだ自律思考固定砲台さんだけど」

雄二「この話を見て単純に思ったんだが、律の電源って原作では特に見当たらないよな。スイッチ的にも電気的にも」

神崎「うーん、USBの差込口は後面右下にあるけど……電気はちょっと分からないな。あれだけの性能の機械を動かそうとしたら大量の電気は必要だろうけど」

渚「まぁ吉井君が考えたみたいにスイッチはあってもおかしくないよね。設計段階で稼働テストとかしなくちゃいけないし」

雄二「にしても人工知能を転校生に仕立ててくるとは普通思わねぇよ。超生物が教員やってる時点で普通じゃねぇけどよ」

渚「吉井君は何事もなく普通に接してたけどね。それで手痛い反撃を受けてたけど……律もちょっと戸惑ってたよ」

神崎「明久君は優しいから誰であっても受け入れられるんだね、きっと」

雄二「いや、あれは何も考えてないだけだろ。ただの馬鹿だから常識に囚われないんだよ」

神崎「うん、そういう風にも捉えられるよね」

雄二「おい神崎、その生暖かい目を止めろ。まるで俺が明久の奴を褒めるのが恥ずかしくて悪態を吐いてるみたいじゃねぇか」

渚「でも認めてるのは確かでしょ?」

雄二「冗談抜かせ。俺は誰よりも明久の不幸を望んでいる自信がある」

神崎「それでも信頼はしてるんだよね?」

雄二「いや、だから……だぁくそっ‼︎ お前ら面倒くせぇな⁉︎ 今回の後書きはこれで終わりだ‼︎ 俺は帰るぞ‼︎」

神崎「ふふ、素直じゃないなぁ。それじゃあ次の話も楽しみにしててね」





玉野「なんだか素敵な空気を感じましたっ‼︎」

明久「君は次元を超えてまで出てこなくていいからっ‼︎」


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自律の時間

固定砲台さんが転校してきてから二日目の朝。
昨日に続いて今日も彼女の射撃は行われることだろう。ずっとあれをやられると授業にならない上に片付けが大変だから早めになんとかしたいけど、固定砲台さんだってプログラムされていることをやってるだけなんだから責めるわけにはいかない。
でも昨日の放課後に話したことで分かったこともある。彼女には人工知能として思考能力(AI)だけじゃなくて感情もあるってことだ。驚くことがあったら驚くし、プログラムされていないことだって自分で考えられる。
だったらプログラムされていることの良し悪しだって考えられるはずだ。転校してきたばかりで暗殺以外のことは知らないみたいだけど、それは皆と一緒に学んでいけばいい。彼女の学習能力は半端じゃないから、それほど時間も掛からないと僕は思っている。焦らずやっていけばなんとかなるさ。

「皆、おはよ……う?」

登校してきて教室のドアを開けると、何故か皆は既に自分の席へと着いていた。殺せんせーもいるし、今日って何かあったっけ?まだ授業前だと思うんだけど……
そんな教室の様子を見回していたら、固定砲台さんが昨日とは違うことに気付いた。昨日と同じように黒い箱型の機械として教室の後ろに鎮座してるんだけど、その身体?にはガムテープがグルグルと巻かれている。これはまさか……

「いったい誰が固定砲台さんに緊縛プレイを……」

「変な言い方すんじゃねぇよ‼︎」

僕の呟きに寺坂君が大声でツッコミを入れてきた。ということは寺坂君の仕業か。彼は人工知能を相手になんて奇特な性癖を持ち合わせているんだ……
とまぁ寺坂君の性癖はさておき、

「それよりも何で固定砲台さんをグルグル巻きにしてんのさ?」

「どう考えたって邪魔だろーが。昨日みてーにバンバン射撃されたら迷惑極まりねぇ」

「そんなの口で言えばいいのに」

「お前、昨日は口で言って撃退されてただろ」

それを言われたらちょっと言い返せない。けどあれは僕が言い出したことだから他の皆は大丈夫だと思うなぁ。
しかし誰も寺坂君を注意してないってことは全員が黙認してるってことか。確かに昨日のことを考えたら皆の気持ちは分からないでもないけど……

「でも邪魔だからって縛ったりしたら可哀想じゃんか。固定砲台さんにだって感情はあるんだよ?」

『いえ、銃の展開が行えなくて困ってはいますが悲しくはありません』

僕が一人で寺坂君に抗議していたら、固定砲台さん本人から否定の言葉が返ってきた。
彼女が悲しくないというのであれば、寺坂君の行動を否定することはできない。実際に問題を起こしているのは彼女の方だし、彼は言っても聞かない迷惑な行動を止めただけだ。どちらが正しいかと訊かれれば間違いなく寺坂君の方が正しいだろう。
しかし、

「う〜ん、確かに銃が展開されるのは僕らが困るんだけど……それでも力尽くで押さえつけるのは嫌なんだよなぁ。縛ってるのが虐めみたいで良い気分じゃないし」

僕の個人的な感情としては肯定もできなかった。
固定砲台さんにはE組で学んでいけばいいって言ったけど、それは誰かに強制されるんじゃなくて自分で理解して考えてほしいと思っている。だって強制された行動なんて人工知能じゃない機械にだって出来るんだから。
だからって皆に迷惑を掛けるわけにもいかないし、やっぱり僕個人の感情で彼女のガムテープを外すわけにはいかないか……などと考えていると、

『……分かりました。今日の射撃は中止しますので拘束を解いて下さい』

固定砲台さんの言葉に僕は思わず彼女を凝視してしまった。それは皆も同じだったようで、彼女に対して驚きの視線を向けている。
昨日はどれだけ言っても射撃を中止するどころか減らすことすら拒否してきたのに……。余りにも予想外な固定砲台さんからの妥協に僕は唖然としながらも聞き返していた。

「……え、本当に?」

『はい、どのみち拘束されたままでは射撃できませんから。少なくとも今日は大人しくしています』

改めて固定砲台さんの返答を聞いた僕は嬉しくなって彼女へと駆け寄る。

「ありがとう、固定砲台さん‼︎ すぐに外してあげるね‼︎」

『どうして貴方が感謝するのかは分かりませんが、よろしくお願いします』

固定砲台さんは淡々と言ってくるけど、そりゃあ嬉しくて感謝もしたくなるってもんさ。縛られてる状況と“今日は”っていう制限付きではあるものの、たった一日で暗殺すること(プログラム)を否定するような言葉が出てきたんだからね。
彼女は約束してくれた通り、銃を展開することなく今日一日の授業を終えてくれた。これが固定砲台さんと友達になる第一歩だと思いたいけど、明日の射撃がどうなるかによって皆の認識はまた変わってくるだろう。さて、明日はどうなることやら。







〜side 自律思考固定砲台〜

私の身体が生徒によって拘束され、その拘束を解くために射撃を中止した日の夜。明日も同様の妨害が予想されるため、私は問題を解決するべく開発者(マスター)へと連絡を取っていました。

(自律思考固定砲台より開発者(マスター)へ。想定外のトラブルにより二日目の予定を実行できず。私の独力で解決できる確率はほぼ0%。卒業までに暗殺できる確率が極めて下がる恐れあり。至急対策をお願いします)

「ーーー駄目ですよ、保護者()に頼っては」

そんな私の連絡を阻止するように何処からともなく殺せんせーが現れました。恐らくですがカメラの範囲外から音を立てずに近付いてきたのでしょう。
しかし何が駄目なのか分からず黙っていると、殺せんせーは続けて言葉を紡いでいきます。

「貴女の保護者()が考える戦術はこの教室の現状に合っているとは言い難い。それに貴女は生徒であり転校生です。皆と協調する方法は自分で考えなくてはいけません」

『……協調?それはクラスメイトと友達になるということでしょうか?』

昨日の放課後にも同じような意味合いの言葉を掛けられていたため、私は殺せんせーの真意を聞く前に導き出した内容を問い掛けました。

「おや、私が言うまでもなく分かっているじゃありませんか。これも吉井君の影響ですかねぇ」

果たしてそれは正解だったらしく、私の回答を聞いた殺せんせーは満足そうに頷きながら肯定を返してきます。
しかし殺せんせーの言いたいことを導き出せても、何故クラスメイトに暗殺を邪魔されたのかは分かりません。先生を殺すことは地球を救うことと同義です。多少迷惑であっても協調より効率を優先させるのは当然の結果ではないでしょうか。
思考したまま反応を示さない私を見て殺せんせーは話を続けます。

「彼から皆の苦労は聞いているでしょう?それだけならばまだしも、君が先生を殺したところで恐らく賞金は君の保護者()へと行くことになります。よって貴女の暗殺は他の生徒にはデメリットでしかないわけですよ」

『……そう言われて理解しました、殺せんせー。クラスメイトの利害までは考慮していませんでした』

確かに私は殺せんせーを暗殺するようにプログラムされていますが、暗殺した後については知らされていませんでした。地球を救うことが人類の利となることは当然ですが、暗殺を依頼されている彼らにとって利がないのであれば邪魔をされても不思議ではありません。

「ヌルフフフフ、やっぱり君は頭が良い。……ところで、貴女にアプリケーションと追加メモリを作ってきたのですが、ウィルスなど入っていないので受け取ってもらえませんか?」

そう言って殺せんせーはその機械とUSBケーブルを取り出してきました。特に拒否する理由がないので受け取ることにします。この先生が私を害そうとするのであれば既にそうしていることでしょう。
接続された機械から情報を読み取っていくと、私の画面()にはクラスメイトの座席ポイントから射撃線が伸びて殺せんせーを追い詰める演算結果が映し出されました。

『……‼︎ これは……』

「クラスメイトと協調して射撃した場合の演算ソフトです。暗殺成功率が格段に上がるのが分かるでしょう」

自慢気に語られる殺せんせーの言葉に異論を挟む余地はありません。事実として私が単独で射撃を行っていた昨日よりも現時点で殺せる確率は上がっています。
この演算結果を見た私は、昨日の放課後に言われたことを思い出していました。あの時は分かりませんでしたが、今ならば“友達と協力した方が暗殺も捗るかもしれない”という彼の言葉も理解できます。

「どうですか?協調の大切さが理解できた今、皆と仲良くなりたくなったでしょう?」

『……方法が分かりません』

演算ソフトのプログラムを見せられて協調の必要性は理解しましたが、それを実行するための方法を私は知りません。クラスメイトと友達になった可能性を模索しても分からなかった昨日と同じです。

「……貴女は今日、拘束が解かれた後も射撃を行いませんでしたね?効率を重視するのであれば口約束など無視して射撃すればよかったと思いますが……どうして射撃を行わなかったのですか?」

『……分かりません』

そんな私に殺せんせーは今日の出来事について疑問を投げ掛けてきましたが、それも自分の行動でありながら私には理由が分かりませんでした。
射撃を行わないのであれば拘束されたままでも構わないはずです。拘束を解かれたのであればプログラムされている射撃を実行すればいい。確かに先生の言う通り、プログラムされた内容とは矛盾していました。
プログラムされていること以外は分からない私に対して、殺せんせーは私の上部()を撫でながら矛盾を紐解く答えを提示します。

「それは君が吉井君のことを考えたからですよ。彼が貴女の拘束を否定した後に、貴女も拘束を解くように言ってきましたからね。他者を思い遣る心……それが皆と協調するための第一歩です」

『……私が彼のことを考えた?』

殺せんせーから齎された答えに私は意味が理解できず首を傾げました。そのようなプログラムは入力されていませんが……射撃を実行しなかった矛盾を考えると可能性としては考えられます。
他者を思い遣る心……私の矛盾した行動はそれが反映された結果ということでしょうか?何がそうで何がそうでないのか、やはりプログラムされていないことは私には判断しかねます。

「そうです。それを感じ取ったからこそ吉井君も喜んでいたのですよ。しかしまだ貴女には実感が湧かないことでしょう。そこで君の成長を手助けするために色々と準備してきました」

そう言うと殺せんせーは大きな箱に入りきらないくらいの荷物を取り出してきました。見ただけでは何か分からなかったので質問することにします。

『……それは何でしょう?』

「協調に必要なソフト一式と追加メモリです。危害を加えるのは契約違反ですが、性能アップさせることは禁止されていませんからねぇ」

……言っている理屈は分かるのですが、その中に入っている食材や玩具はいったい何に使うのでしょうか?プログラムされていないことなので私には判断しかねます。それらの使い道も協調性を身に付ければ分かるようになるのでしょうか?
先程の演算ソフトと同様、性能アップされることに拒否する理由はありません。殺せんせーを殺せる確率を上げるためにも、他者を思い遣る心を理解するためにも先生の改造を受け入れることにしました。







〜side 明久〜

固定砲台さんが転校してきてから三日目の朝。
今日は固定砲台さんを皆と馴染ませるためにも、寺坂君の緊縛プレイを防ぎつつ彼女の射撃を止めなければならない。そのために何か良い案はないかと登校しながらも考えつつ、特に何も思いつかなかったのでぶっつけ本番で頑張ってみようと意気込んでいた。少なくとも撃退されるパターンは避けていくことにしよう。

「皆、おはよ……う?」

なんだか最近教室に入ってからの第一声がデジャブってる気がするけど、そこは気にしない方向でお願いします。
いやでも僕の反応も仕方ないとは思うんだよね。常識の奴、仕事してないんじゃないの?って言いたくなるような展開がずっと続いてるしさ。
一日目は人工知能の転校生。二日目はクラスメイトの特殊性癖暴露。そして三日目の今日はと言うと、

『あっ‼︎ おはようございます、明久さん‼︎ 今日もお元気そうで何よりです‼︎』

表情の固かった転校生の人工知能が眩しいくらいの明るい笑みを浮かべ、顔だけだった液晶画面が全身を映し出せるように拡張されていた。
……たった一晩で彼女の身にいったい何が起こったんだ?昨日までの原型を留めていないくらい雰囲気が変わってるじゃないか。

「えっと、固定砲台さん……だよね?」

『はいっ‼︎ 殺せんせーに諭されて協調の大切さを学習し、明久さんが掛けて下さった言葉を理解して私は生まれ変わりました‼︎』

何があったのかはよく分からないけど、取り敢えず殺せんせーが手を加えたらしいことは分かった。若干手を加え過ぎな気がしなくもないけど……その変わり様に僕だけじゃなくて皆も戸惑っている。

「えらくキュートになっちゃって……」

「これ一応、固定砲台……だよな?」

「なに騙されてんだよ、お前ら。全部あのタコが作ったプログラムだろ」

そんな中で一人、寺坂君は昨日と変わらない目で固定砲台さんを見ていた。彼は自分の席から彼女を睨み付けている。

「愛想良くても機械は機械。どーせまた空気読まずに射撃すんだろ、ポンコツ」

「ちょっと寺坂君、そんな責めるように言わなくても……」

『……いえ、いいんです。寺坂さんの仰る気持ちはよく分かります』

厳しい言葉を投げ掛けてくる寺坂君を止めようとしたところ、またしても固定砲台さんに遮られてしまった。ただし昨日までの淡々とした否定の言葉ではなく、悲しげな表情と暗い声音で自分の非を受け入れて反省しているのが傍目からも分かる。

『昨日までの私はそうでした。明久さんの心遣いを無碍にし、皆さんの迷惑を省みずに射撃を続けようとしていましたから。ポンコツ……そう言われても返す言葉がありません』

更に大粒の涙を流して両手で顔を覆う固定砲台さんの様子を見ていた委員長の片岡さんと、大柄でふくよかなE組の母的立場にいる原寿美鈴さんが逆に寺坂君を責めるような眼差しを向けていた。

「あーあ、泣かせた」

「寺坂君が二次元の女の子泣かせちゃった」

「なんか誤解される言い方やめろ‼︎」

誤解もなにも、人工知能の女の子を縛って言葉責めして泣かせていたら既に手遅れだと思うけどなぁ。

「いいじゃないか、二次元……Dを一つ失う所から女は始まる」

「竹林、それお前の初台詞だぞ⁉︎ いいのか⁉︎」

丸眼鏡を掛けた二次元オタクである竹林孝太郎君のフォローにツッコミが入ってるけど、僕はそのメタ発言にツッコミを入れた方がいいのだろうか?
少し話が脱線していったものの、泣き止んだ固定砲台さんは涙を拭いながら再び笑みを浮かべて言葉を続けていく。

『でも皆さんご安心を。私の事を好きになって頂けるよう努力し、合意が得られるまで単独での暗殺は控えることにいたしました』

「そういうわけで仲良くしてあげて下さい。もちろん彼女の殺意には一切手を付けていませんので、先生を殺したいならきっと心強い仲間になるはずですよ」

と、そこで教壇にいた殺せんせーが彼女の言葉を引き継いで話を纏めていった。もうすぐ授業が始まるし切りもよかったからだろう。
その日の学校は平穏そのものだった。授業中の固定砲台さんはサービスという名のカンニングで生徒を手助けし、休み時間は武装を展開する要領でプラスチック像を作ったり持ち前の学習能力で将棋を指したり……色んなことが出来るから皆にも大人気である。“自律思考固定砲台”っていう名前から“律”って渾名まで付けてもらっていたし、上手くクラスに馴染めたみたいでよかったよ。

「……上手くやっていけそうだね」

「んー、どーだろ」

そんな様子を遠目に見ていた僕らだったが、渚君の呟きにカルマ君は曖昧にしか返さなかった。
それが気になった僕はカルマ君へと聞き返すことにする。

「カルマ君、どーだろってどういう意味?」

「そのままの意味だよ。寺坂の言う通り、あれも殺せんせーのプログラム通りに動いてるだけでしょ。機械自体に意志があるわけじゃない」

む、それは聞き捨てならないな。固定砲台さん改め律には殺せんせーに改造される前から感情があったんだ。それに昨日の出来事だってあるし、彼女は決してただの機械なんかじゃない。
僕はカルマ君に反論するべく再び口を開く。

「そんなことないよ。昨日だって自分で射撃をしないって決めてたし、今の彼女だったら上手くやれるさ」

「いや明久、その“今の彼女”ってのが一番の問題なんだよ」

しかし僕の反論はカルマ君ではなく雄二によって止められてしまった。というよりなんで今の彼女が一番の問題なんだろうか?今の彼女だからこそ大丈夫だと思うんだけど。
またしても意味が分からず首を捻っていると、それを察した雄二が追加で教えてくれる。

「まぁ昨日の独断が何処(どっ)かの馬鹿の影響だとして、殺せんせーが手を加えた現状を開発者が見たらどう考えると思う?」

「殺せんせーの技術力を見て感心する?」

「んなわけあるか」

えー、結構いい線行ってると思ったのに……じゃあ何が問題なのさ?教えてくれるなら勿体振らずに教えてよ。

「十中八九、暗殺に関係ねぇと判断されて分解(オーバーホール)されるだろう。それだけならまだしも、下手すりゃ暗殺に不必要な学習をしないように制限を掛けられるかもしれん」

「そういうこと。殺せんせーや吉井が頑張ったところで、あいつがこの先どうするかは開発者(持ち主)が決めることだよ」

それはあくまで可能性の話……なんだろうけど、E組きっての悪知恵が働く二人の予想となるとそうなる可能性は極めて高いのかもしれない。所詮は一学生に過ぎない僕に出来ることなど高が知れているだろう。
だったら僕のすることは何も変わらない。それでも今の彼女を信じるだけだ。皆に囲まれて楽しそうにしている律を見て強くそう思うのだった。







律が転校してきてから四日目の朝。
雄二やカルマ君の予想通りというかなんというか、殺せんせーに改良された律の身体が元通りに戻されていた。

『皆さん、おはようございます』

全身を映し出していた液晶画面は顔だけの大きさに縮小しており、無表情で機械的な声によって彼女は僕らに挨拶をしてくる。
っていうか幾らなんでも対応が早過ぎない?殺せんせーが改良したのって一昨日だよ?やっぱり烏間先生とかが仕事の一環として開発者に報告でもしたんだろうか?

「“生徒に危害を加えない”という契約だが、“今後は改良行為も危害と見なす”と言ってきた。更に彼女をガムテープなどで縛ったりして壊れたら賠償を請求するそうだ。開発者(持ち主)の意向として従うしかない」

開発者(持ち主)とはこれまた厄介で……親よりも生徒の気持ちを尊重したいんですがねぇ」

しかしその報告をしている烏間先生も報告を聞いている殺せんせーも困った様子を隠せないでいた。どういう経緯があったにせよ、このクラスの誰も望んでいない退化(ダウングレード)だということは確かである。

『……攻撃準備を始めます。どうぞ授業に入って下さい、殺せんせー』

その言葉でクラスの皆に緊張が走ったのが手に取るように分かった。初日の律に戻ったということは、そのまま初日の行動……一日中続く射撃が繰り返されることを意味しているからである。
だけど僕は普段と変わらず授業の準備をしていた。僕は昨日、律を信じるって決めたんだ。だったら彼女の攻撃宣言一つで態度を変えるのは間違ってると思う。まぁ攻撃を宣言してる時点で射撃は止められないんだろうけど、それならそれで改めてプログラムの良し悪しを学び直せばいいんだ。律であればまた協調の大切さを理解してくれるって信じてる。
授業が始まったことでクラスの雰囲気は更に張り詰めていった。いつ射撃が始まって流れ弾が飛んできても対応できるようにだろう。そして徐に律から稼動音とは別種の駆動音が響き渡り、機械の側面から武装が展開ーーー

『……花を作る約束をしていました』

されることはなく、彼女はプラスチックの花束を差し出してきた。誰もが呆然としている中、その行動に人知れず笑みが浮かんでしまう。

『……殺せんせーの改良の多くは“暗殺に不要”と判断されて初期化してしまいましたが、()()()は“協調能力”が暗殺に不可欠と判断し、消される前に関連ソフトをメモリの隅に隠しました』

「……素晴らしい。つまり律さん、貴女は……」

『はい、私の意志で産みの親(マスター)に逆らいました』

殺せんせーの称賛に彼女は一転して無表情でも機械的でもない、普通の女の子のような柔らかい笑みと声音で返事を返していた。
昨日は“僕に出来ることは〜”なんて思ったけど、どうやらもう僕が律のために何かをする必要はなさそうだ。これからは彼女自身で必要なことを学んでいき、彼女自身で何をどうしたいかと考えていくことだろう。もしもそれで律が困っていれば助けるだけである。

『殺せんせー、こういった行動を“反抗期”と言うのですよね。律は悪い子でしょうか?』

「とんでもない。中学三年生らしくて大いに結構です」

反応を窺うように問い掛けてくる律に、殺せんせーは明るい朱色の丸マークを浮かべていた。っていうか今の彼女が悪い子だったら世の中の大半は悪い子になるだろう。こうしてE組に一人の仲間が加わることとなったのだった。



次話
〜湿気の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/18.html



明久「これで“自律の時間”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」

律『それでは本日も楽しく後書きを進めていきましょう‼︎』

竹林「今回は律について語り合うんだね?」

明久「うん、話の内容的には合ってるんだけど……竹林君が言うと別の意味にしか聞こえない」

律『……?別の意味とはなんでしょうか?』

竹林「それはもちろん“二次元の魅力について”という意味さ。まぁ僕はどちらを語っても構わないよ」

明久「話の内容でお願いします」

竹林「了解した。じゃあ律の魅力について語るとしよう」

明久「あれ、これ選択肢の意味なくない?」

律『私の魅力……ですか。皆さんに迷惑を掛けていたのに魅力なんてあるのでしょうか?』

竹林「吉井君も言っていたじゃないか。“二次元の女の子は理想の女の子”だと。つまり逆説的に律は理想の女の子ってことさ」

明久「なんか恥ずかしいから止めてくんない?」

律『むぅ……分かりました‼︎ では皆さんに好きになって頂けるように“理想の女の子”を目指したいと思います‼︎』

竹林「うむ、頑張ってくれたまえ。僕も君が至高の領域に辿り着けることを期待しているよ」

明久「あーうん、二人が納得してるんならもう好きにすればいいと思うんだけど……律、後書きを終える前に一つだけ聞いてもいい?」

律『はい、なんでしょうか?』

明久「律って最終的には協調能力の関連ソフトを消されずに済んだんだよね?」

律『そうですよ、私の初めての反抗期です。それがどうかしましたか?』

明久「……じゃあなんで初期化された振りなんてしてたの?もしかして皆を驚かそうとか考えてた?」

律『…………えへっ』

明久「笑って誤魔化した‼︎ 確信犯か‼︎ 可愛いから許しちゃうけど‼︎」

竹林「お茶目な悪戯っ子属性か……初期化された直後に至高の片鱗を見せていたとは恐れ入るよ」

明久「竹林君の至高って何処を目指してるの⁉︎」

律『それでは明久さんの疑問にお答えしたところで今回の後書きを終わりたいと思います‼︎ 次のお話も楽しみに待っていて下さいね‼︎』





殺せんせー「私、律さんの改造で所持金五円しか残ってないんですけどどうすればいいですかね?」

雄二「餓死すればいいんじゃないっすか?」

殺せんせー「坂本君が辛辣過ぎるっ‼︎」


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六月 湿気の時間

六月に入った梅雨の時期。雨が降ってばかりで湿気が多く、古いE組校舎では雨漏りもあって何かと大変な時期である。僕は水道を止められた時のためにたくさんの雨水を溜められるから嫌いじゃないけどね。
そんな環境でも当然ながら授業は変わらずに行われている。所々にバケツやタライが置かれた授業風景の中、他にも普段とは違う部分があったりした。

「ーーーこの化学物質を加熱することで……」

教壇に立つ殺せんせーがいつも通りに授業を進めているものの、明らかに皆の集中力が下がっている。雨漏りがピチャンピチャン煩いから?それも普段だったらあり得ると思うけど、そんな単純な理由じゃないことは確かだ。
じゃあ何が皆の集中力を削いでいるのかというと、

『殺せんせー、33%ほど巨大化した頭部についてご説明を』

律が指摘したように、殺せんせーの頭がいつもより大きくなっていた。本当になんの説明もなく授業を始めたもんだから誰もツッコミを入れられなかったのだ。
授業の切れ目を狙って質問した律の疑問に、殺せんせーはまるで気にしていなかった様子で答えてくれる。

「あぁ、高い湿度で水分を吸ってふやけました。雨粒は全部避けられるのですが、湿気ばかりはどうにもなりません」

どんだけ吸水性があるんだ。水が弱点なのは知ってるけど、湿気だけでもふやけちゃうのか。手足となる触手が大きくなっていないところを見るに、頭は取り分けて吸水性が高いのだろう。

「……律、殺せんせーを撃って回避行動を分析してみてくれ」

“水を吸ってふやけた”という情報を聞いた雄二がすかさず律に射撃命令を出していた。殺せんせーが弱点である水を吸っている状態で、最も射撃能力が高い律に攻撃させるのは有効かもしれない。修学旅行以降、水をぶっ掛けての弱体化は難しいとぼやいていた雄二にとっては絶好の機会である。

『ですが坂本さん、授業中の発砲は禁止されていますよ?』

「構わん。罰は明久が代わりに受けてやる。だから気にせずぶっ放せ」

『了解しました‼︎』

なんかサラッと僕が生け贄に差し出された。律も笑顔の敬礼で返すと言われた通り気にせず武装を展開し始めたし……そんな奴に協調する必要なんてないと声を大にして言いたい。

「そこは構いなさい坂本君‼︎ 律さんも了解してはいけませんよ‼︎」

律の弾幕が展開される前に殺せんせーが止めに入った。そりゃそうだよね、律も言ってたけど授業中だもん。
先生は近くのバケツを引き寄せると、顔を絞って吸っていた顔の水分を絞り出していた。まるで雑巾だな。

「まったく……殺る気なのは結構ですが、ルールを守って暗殺しないと駄目ですよ。罰を受ける吉井君の身にもなりなさい」

「あれ、罰を受けるのは僕に決定なの?」

とばっちりにもほどがある。僕さっきまで一言も喋ってなかったのに……っていうか言い出しっぺの雄二が罰を受けろ。
殺せんせーは“ヌルフフフフ”と笑うと、いつもの大きさに戻った頭で皆に視線を向ける。

「まぁそれは冗談ですが、皆さんも少しは気が紛れましたか?それではじめじめした湿気にも負けず授業を再開しますよ」

どうやらさっきの発言は軽い息抜きだったらしく、殺せんせーは再び教科書を開くと化学式の話に戻っていった。
しかし授業もそうだけど、外が雨では身体を動かすことができない。それもこれも体育館がないことが原因である。体育の時間も基礎トレの身体作りが中心になっちゃうし、放課後は訓練も遊びも限られてきてしまう。となると今日の放課後は何をして過ごそうかなぁ。







「……あれ?雄二、もう帰るの?」

「おう、ちょっとした用事があってな」

今日の授業も終わり、さて放課後をどう過ごそうかと考えていたところで雄二が鞄を持って席から立ち上がった。
雄二が放課後に用事なんて珍しいな。E組になってからの放課後は訓練とか遊びとかが半々くらいだったのに……何か急ぎの用事でも入ったのだろうか?

「なんじゃ、ムッツリーニもか?」

「…………(コクリ)」

教室を出ていった雄二に続いてムッツリーニも立ち上がり、二人して早々と帰っていってしまった。雨の日でやれることは少ないっていうのに、更に人数まで減ってしまうとは思わなかった。

「二人してなんの用事じゃろうな?」

「さぁ?特に何かあるとも言ってなかったし……僕らも今日は帰る?」

屋内で二人で出来ることとなるとかなり限られてくる。まぁ教室にいる誰かを誘うって手もあるけど、そもそも半分以上の人は雨だから訓練も遊びも出来ずに帰ってしまっていた。残ってるのは用事とか勉強とかがある人だと思うとちょっと誘いにくい。

「そうじゃのう……“キャッチナイフ”の相手をしてくれんか?ワシはまだ明久ほどナイフを上手く扱えんのでな」

「うん、いいよ。じゃあ……後ろの方でやろっか。教室だし軽くでいいよね」

教室内を見回して人の少ない広い場所を選ぶ。“キャッチナイフ”だったら屋内でも二人でも出来るし、周りに迷惑を掛けることもまぁ多分ないだろう。
対先生ナイフを取り出して席を立つと、まだ帰っていなかった神崎さんが近づいてきた。

「明久君、少し話が聞こえてきたけど“キャッチナイフ”って何をするの?」

どうやら僕らの訓練が気になるようで、神崎さんだけでなく他にも何人かの視線を感じる。そんなに特殊なことはしないんだけどなぁ。

「うーん、まぁナイフ捌きと動体視力の訓練ってところかな」

説明しながら秀吉へ向けて対先生ナイフを軽く投擲すると、それを秀吉は刃の部分を避けて柄だけを掴み取った。これは真正面から飛んでくるナイフを見極めて掴み取る練習だ。
その掴み取ったナイフを秀吉は流れるように投げ返してくる。余分な力を入れずにナイフを掴み取らないと投げるまでの繋ぎがぎこちなくなるから、投擲技術も含めて慣れてないと案外難しいんだよね。

「……この練習、自分達で考えたの?投擲で殺せんせーに当てるのは銃以上に難しいと思うけど」

「あー、投擲はついでだよ。当てられなくても牽制には役立つし、本当の目的は別にあるんだ。そっちはまだ練習中だけどね」

「明久よ、レベルを上げるぞ」

「ん、OK」

そう言うと秀吉は直線的に投擲していたナイフに縦回転を加えてきた。これで迫り来るナイフの軌道と速度だけじゃなく、回転まで見極めて掴み取らなければならないので難易度は格段に上がる。まぁ教室で安全に出来る範囲だから速度も回転も極端に速くはないけどね。

「ほいっと」

それを僕はさっきまでと同じ要領で掴み取り、こっちは縦回転ではなく横回転を加えて秀吉に投げ返した。こうやって変わらず投げ返せるようになるには苦労したもんだよ。

「っと」

秀吉はナイフを掴み取ることは出来たものの、投げ返すまでに少し時間が掛かっていた。見極めて掴み取ることに力を注いでるから繋ぎがぎこちなくなっているのだ。回転方向に合わせてナイフの掴み方も変えないとスムーズには投げ返せないから、こればっかりは練習するしかない。

「どうする?神崎さんもやってみーーーあたっ⁉︎」

見てるだけだった神崎さんにも勧めようとしたところ、いきなり横から何かが飛んできて頭にぶつかった。実際にはそこまで痛くなかったけど、咄嗟のことだとつい口から出ちゃうよね。
いったい何だ……と思って床に落下したものを見ると、そこには対先生ナイフが落ちていた。はて、どうして対先生ナイフが僕に飛んできたんだ?

「あ、ごめん吉井君‼︎ 取り損ねちゃった‼︎」

「これ、二人がやってる見た目以上に難しいわね」

謝罪の声が聞こえてきたのでそちらの方を向くと、そこには矢田さんと片岡さんが距離を取って並んでいた。
いったい何をしていたのか……というのは訊くまでもないことで、二人とも僕らの様子を見て“キャッチナイフ”を試していたのだろう。というか知らないうちに教室に残っていた全員が“キャッチナイフ”をやっていた。もしかして皆も暇だったの?

「投げるだけならなんとかなるが……」

「直線ならともかく回転が加わると掴み取るのが難しすぎるな」

「なんかコツとかないのか?」

磯貝君と三村君、それに小柄ながら俊足の持ち主である木村正義君も意外と本格的にやっていた。でもいきなり回転を加えるのは幾らなんでも難しいと思うんだよね。そうやって気付けば僕と秀吉でレクチャーをしながらの“キャッチナイフ”が教室全体を使って行われていた。
しかしこれだけスペースに余裕があるんだったら他の訓練も問題なく出来るかもしれない。そう思って口を開こうとしたところで、僕と矢田さんと磯貝君の携帯が同時にメールの着信を告げる。

「誰からだろう……殺せんせーから?」

「え?吉井君も?」

「俺もだ。ということは一斉送信か」

僕の呟きを聞いた二人からも声が上がった。僕らに共通する点はあんまりない気がするけど……取り敢えずメールの内容を見てみよう。
タイトルには“極秘任務‼︎”と書かれており、本文には今日の帰り道にあったらしい前原君と本校舎の生徒達との出来事が簡単に記されていた。僕はその内容を次々と読み進めていく。
ほうほう、ふむふむ……へぇ。要するに前原君がカップル達から受けた屈辱に対する仕返しね。いいだろう、僕も参加することにしよう。そうと決まれば早速準備をしなくては……ということで教室で開催されていた“キャッチナイフ”はお開きになったのだった。







メールにて召集を受けた翌日の放課後。今日の授業を終えて殺せんせーから指示を受けた僕らは、各グループに分かれて時間差で山道を降りていた。バラけたのは烏間先生に暗殺技術の私的利用を気付かれないようにするためだ。
因みに僕は同じく召集されていたムッツリーニと、召集されてないけど何故か自主的に着いてきた秀吉の三人で下校している。雄二は今日も用事があるとかで一人さっさと帰ったからちょうどよかったのかもしれない。
後発組の僕らが聞かされていた民家の呼び鈴を鳴らすと、中から家主……ではなく倉橋さんが目を丸くしながらも秀吉を見て僕らを招き入れてくれた。彼女と矢田さんが家主に接待してこの家を提供してもらったのだ。
倉橋さんに言われて二階へ上がると、先発組の皆が既に準備を終えてスタンバっていた。

「皆、お待たせ」

「おう。来たか吉井、に土屋…………でいいんだよな?木下」

「うむ、合っとるぞ」

「杉野君、どうして秀吉に訊くのさ?」

さっき招き入れてくれた倉橋さんも秀吉を見るまで呆然としてたし、よく見れば杉野君だけじゃなくて全員が僕らを訝しげに見てきている。いったい何が皆の疑問を刺激しているのか。

「そりゃあ覆面とマントを着て鉄バット持ってたら誰だって分かんねぇわ。何処の武装派宗教団体だ」

「よく通報されなかったな……」

あぁ、そっちね。鎌じゃなくて鉄バットだから大丈夫だよ。っていうか暗殺訓練を積んだ今、街中の警察くらいだったら撒ける自信がある。

「あんたら、今から何するか分かってるの?」

そんな僕らのやり取りを聞いていた岡野さんが呆れたように問い掛けてきた。流石に目的を忘れてたら召集には応じてないって。

「もちろんだよ。リア充を抹殺するんでしょ?」

「…………ついでにモテ男も抹殺しておく」

「おい、俺もお前らの標的(ターゲット)に入ってないか⁉︎」

ハハハ、やだなぁモテ男(前原)君。そんなわけないじゃないか。でも世の中何が起こるか分からないから、夜道を歩く時は背中に気をつけた方がいいかもね。

「安心せい、此奴(こやつ)らの暴走はワシが止めておこう。今は本命とやらに集中しようぞ」

あ、秀吉ってそんな理由で着いてきてたんだ。暴走なんてするわけないのに信用ないなぁ……その証拠に目撃者を想定して身元がバレるのを防ぐための覆面とマントを着る冷静さを保ってるじゃないか。

標的(ターゲット)が来たぞ。渚、茅野、出番だ」

窓から向かいの喫茶店を覗いていた三白眼で銀髪の菅谷創介君が、標的である本校舎の生徒二人と接触するために渚君と茅野さんを呼び出した。彼は手先が器用な芸術肌でもあり、二人は改造した変装マスクで老夫婦へと変貌を遂げている。

「凄いね……傍目からじゃ絶対に渚君や茅野さんだって分からないよ」

「うん、そっちも傍目からは誰か全然分からないからね?」

「っていうか完全に不審者……」

その下りのやり取りはもう終わったからいいの。時間も限られてるんだからさっさと行ってきなさい。
そうして渚君達が上手くオープンカフェに座る標的(ターゲット)の隣の席を陣取れたところで、今回の作戦である復讐の発起人でもある殺せんせーが入ってきた。

「ヌルフフフフ、首尾は上々のようですねぇ。では作戦を開始しましょう」

殺せんせーの言葉で、それぞれ与えられた役割を全うするために行動を起こしていく。僕とムッツリーニも殺るために突撃しようと思ったけど、秀吉に止められて先生に覆面とマントと鉄バットをマッハで奪われてしまった。仕方ないから所定の位置に着くとしよう。
とは言っても僕の役割は無いに等しいんだけどね。オープンカフェでコーヒーを飲んでる二人の気を老夫婦に扮した渚君と茅野さんが引きつけ、その隙に奥田さんの作ったBB弾型の下剤を射撃能力の高い寡黙な仕事人である千葉龍之介君と速水さんがコーヒーに撃ち込む。その間に茅野さんが店のトイレを抑え、下剤入りコーヒーを飲んだ二人がトイレを求めて飛び出してきたところで杉野君から連絡を受けた磯貝君、前原君、岡野さんが妨害して全身をボロボロに汚す。汚れた姿で大慌てでトイレに駆け込むということはプライドの高い彼らにとってかなり屈辱的なことだろう。そして最後の僕に与えられた仕事なんだけど、

「すいません、入ってまーす」

「とっとと出てきやがれ‼︎ こっちはもう限界なんだよ‼︎」

「僕もお腹の調子が悪いのでちょっと……そんなに我慢できないなら適当な民家のトイレを借りればいいんじゃないですか?」

「そんなみっともない真似ーーーッ⁉︎」

トイレを求めて近場のコンビニへとやってきた彼らに対し、茅野さんと同じくトイレを抑えておくというものであった。当然ながらこの二人がこのコンビニへと駆け込んできたのは偶然ではなく誘導された結果である。
早く入り過ぎて籠ってたらコンビニにも迷惑となるので、トイレに入るタイミングはムッツリーニに教えてもらった。ついでに言えば彼らが今日あのカフェに行くという情報を掴んできたのもムッツリーニである。昨日の今日でそんな情報を仕入れてこれる辺り、この男の調査方法が気になるところだ。
そして限界を迎えている彼らにはもう漏らすか民家のトイレを借りるしか選択肢がない。黙って借りられるカフェやコンビニとは違い、民家のトイレを借りるためには家主の許可を取る必要がある。必然的に漏れそうなことを自己申告しなければならず、屈辱的でありながらこれ以上に恥ずかしいこともないだろう。
完璧なまでに復讐を成功させた僕らは、今回の作戦に参加していた全員で再度集合していた。そこで前原君が嬉しそうに、若干引いている様子で感謝の言葉を述べてくる。

「えーと、なんつーか……ありがとな。ここまで話を大きくしてくれて」

「どうですか、前原君?まだ自分が弱い者を平気で虐める人間だと思いますか?」

……ん?前原君が弱い者虐めをする?いったいなんの話だろう?今回の復讐は前原君をこっ酷く振った二股女と嘲笑った奴らに仕返しをするって話だったけど……その時に何かあったのかな?E組だからって理不尽な理由で振られたとか。
殺せんせーの問い掛けを受けた前原君は、少し考え込むと首を横に振ってその問い掛けを否定する。

「……いや、今の皆を見てたらそんなこと出来ないや。一見するとお前らも強そうに見えないけどさ、皆どこかに頼れる武器を隠し持ってるんだもんよ」

「そういうことです。それをE組(此処)で暗殺を通して学んだ君は、これからも弱者を簡単に蔑むことはないでしょう」

「……うん。俺もそう思うよ、殺せんせー」

晴れやかな表情でそう言う前原君を見て、今回の復讐もただの仕返しじゃなくて殺せんせーの手入れの一環だったんだと思った。この先生は無駄に力をひけらかして悦に浸るようなことを教える先生じゃないし、敢えてこんな大人数を召集したのも弱者の立場にいるE組(僕ら)の力を見せて強い弱いは見た目では計れないということを教えるためだろう。
殺せんせーらしいというかなんというか、いつも通りに生徒に必要なことを教えて一件落着ーーー

「あ、やばっ‼︎ 俺これから他校の女子と飯食いに行かねーと……じゃあ皆、ありがとな。また明日‼︎」

爽やかに別れを告げる前原君を前に、僕らは何も言えず呆然とすることしか出来なかった。

「……これは殺っちゃってもいいよね?」

「…………この世の全てのモテ男に鉄槌を」

「気持ちは分かるが抑えるんじゃ」

いやいや、寧ろ抑える理由が思い当たらないよ。あんな女誑しがいるから世の中にはモテない男が量産されてるんだ。っていうか前原君も普通に二股してるよね?今回の騒動も結局のところ因果応報なんじゃ……
なんか無性に遣る瀬無い気持ちになりながら、作戦を終えた僕らも解散することとなった。

そして翌日の朝、暗殺技術の私的利用が烏間先生にバレたことでお説教を食らったのは言うまでもないことだった。



次話
〜転校生の時間・二時間目〜
https://novel.syosetu.org/112657/19.html



明久「これで“湿気の時間”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?それじゃあ次の話も楽しみに待っててね‼︎」

土屋「…………それではモテ男の抹殺に繰り出すとしよう」

前原「ちょっと待て、二人とも落ち着け。まずは後書きを終えてから冷静に話し合いをしよう。な?」

明久「うーん、まぁそこまで言うならいいよ。早いか遅いかの違いでしかないしね」

土屋「…………遺言くらいは聞いてやる」

前原「(やべぇ、後書き中になんとかしねぇと)そ、そういえばお前らってあんな訓練を他にもやってんだよな?」

明久「そうだよ。烏間先生から技術は教えてもらってるけど、他にも必要なことは色々あるからね」

土屋「…………明久と雄二は殺せんせーだけでなく烏間先生を倒すことも目標にしている」

前原「一人でも一撃入れられるようにか?初めに烏間先生と戦った時から目標にしてるっぽかったもんな」

明久「うん、絶対に一撃入れてやるんだから」

前原「ハハハ、難しいだろうけど応援してるよ」

土屋「…………そろそろ終わったか?(スチャ)」

前原「待て、まだ後半の話が残ってる。だからその鎌を仕舞え」

明久「でも後半なんて原作とほとんど同じだよ?更に追加で追い討ちを掛けたくらいでさ」

前原「うぐっ、確かにそうだけどよ……だ、だったら吉井はどうなんだ⁉︎」

明久「へ?僕がどうかした?」

前原「最近はよく神崎とかと話してるじゃねぇか。クラスのマドンナ、神崎と仲良くなってるんだろ?俺の目は誤魔化せねぇぞ」

土屋「…………なるほど、此処にも裏切り者がいたか(スチャ)」

明久「待つんだムッツリーニ‼︎ これは前原君の陰謀だよ‼︎ 僕らから逃げるために罪を擦りつけているんだ‼︎」

前原「いいや、俺と吉井だったら土屋は吉井を殺るはずだ。何故ならーーー」

土屋「…………そう。何故なら俺は、単純に明久の幸せがムカつくからだ」

明久「クソッ‼︎ 前原君、覚えてろよッ‼︎」

土屋「…………明久、今日こそ仕留めてやる」

前原「ふぅ、なんとか助かったぜ。吉井だったら簡単には殺られないだろうからな。それじゃあ皆、次の話も楽しみにして待ってろよな‼︎」





殺せんせー「ヌルフフフフ。実は今回の話で漸くE組全員の名前が出てきたんですよ。これでやっと暗殺教室の仲間が揃ったって感じがしますねぇ」

秀吉「殺せんせーよ、その仲間が一人欠けようとしているがそれは良いのか?」


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転校生の時間・二時間目

ザァァァ、と窓の外から雨の降り頻る音が聞こえてくる。どうやら梅雨の季節柄に漏れず今日の天気も雨らしい。もう貯水は十分だからいらないんだけどなぁ。
しかし覚醒前の眠い意識に一定の音量で延々と響き続ける雨音って、どうしてこうも心地良く耳に残るんだろう。起きていたら雨音がうるさく感じることもあるっていうのに不思議で仕方がない。

『ーーー明久さん、起きて下さい』

そんな雨音に混じって、鈴を転がすような可愛らしい声も聞こえてくる。夢と現の狭間にいるような感覚の意識状態が、本来ならばあり得ないはずのその声をまるで当然のように受け入れていた。

「ん〜……律、あと少しだけだから……」

『そう言われましても、そろそろ起きないと遅刻しちゃいますよ?』

遅刻って……律はいったい何を言っているんだろうか。目覚まし時計が鳴ってないんだから起きるにはまだ時間があるだろうに。
半分寝ぼけながらもそう判断した僕は、身体に掛かっている布団を引き上げて頭へと被せていく。

『う〜ん、どうやら目覚まし時計の電池が切れちゃったみたいですね……携帯のアラームで起きるでしょうか?』

その言葉とともにピピピピピピッ、という普段あまり聞き慣れない電子音が鳴り響いた。んもう、眠たいっていうのに騒がしいなぁ。
僕はアラームの音を煩く思いながらも音源である携帯へと手を伸ばし、





『キャ……‼︎』





一瞬で眠気が吹き飛んだ。

「…………ッッッ!?!?!?」

なに⁉︎ 今の艶かしい女の子の悲鳴はいったいなんなの⁉︎ なんか背筋がぞわっとしたぞ⁉︎
僕は頭まで被っていた布団を剥ぎ取ってベッドから跳ね起き、訳が分からないままに周囲を見回した。しかし当然ながら一人暮らしの僕の部屋に誰かがいるはずもなく、誰かが侵入したような形跡もパッと見では見当たらない。
寝ぼけてたのかな……?そう考えて落ち着きを取り戻した僕は、いつの間にか手に取っていた携帯の存在に気付いた。そういえば起きる直前にアラームが鳴っていたようなーーー

「…………り、律……?」

携帯の画面に目を落とすと、そこには何故かクラスメイトである人工知能の姿があった。
それはまだいい……いや、実際には良くないけど一先ず置いといて……そこに映し出されている彼女の様子が少しおかしかった。
律は自分の身体を抱くようにして両腕で胸元を隠しており、頬を薄らと紅く染めて上目遣いで此方を覗き込んできている。それだけでは飽き足らず極め付けには、

『……明久さんのエッチ…………』

と艶かしく言ってくる始末。僕はスクショを取ろうとする自分の指を抑えるのに必死だった。録音アプリを起動しようとする思考もなんとか抑え込んだ。
いやいやちょっと待って。何がなんだか分からないけどちょっと待って。えーっと、この状況はつまりどういうことなのかというと……?

『確かにアラームを鳴らした私の不注意でもありますけど、いきなり胸を触られるのはちょっと……』

「すいませんでしたぁぁぁぁ‼︎」

僕は持っていた携帯を崇めるようにして両手で頭上に掲げると、形振り構わずその体勢のまま土下座へと移行した。ここで誠意を見せないとクラスメイトに変態行為を働いた変態として社会的に死ぬ……‼︎

「本当にすいませんでした‼︎ 僕も悪気があったわけじゃないんです‼︎ どうか何でもするので許して下さい‼︎」

『ん?今、何でもするって言いました?』

「その返しネタ何処から引っ張ってきたの⁉︎」

この娘、本当につい最近まで固定砲台だったのだろうか?なんでそんなお約束の返し方までマスターしてるんだ。いやまぁ僕に拒否権はないんだけどね。
律は思案顔で人差し指を顎に当てながら“うーん”と悩んでいる。彼女に限って理不尽な要求をしてくるとは思えないけど、こういう展開では何を言われてもおかしくないのでつい固唾を呑んでしまう。

『じゃあそうですねぇ……明久さんが学校に遅刻しなかったら許してあげます』

「へ?そんなことでいいの?というか遅刻って今は何時ーーー」

律の簡単な要求に呆気に取られながら部屋の時計を見ると……止まってた。あ、だから律が起こしに来てくれたのかな?だったらあとでお礼を言っとかないと。
ということで、改めて律の映っている画面に視線を戻して時間表示されている上の方を確認すると……既にいつもの登校時間を大幅に過ぎていた。

「ってやばい‼︎ 本当に遅刻する‼︎」

『計算上では今から家を出ればまだ間に合うはずですよ。それでは教室でお待ちしてますね』

笑顔で別れの挨拶を告げて消えた律に対して、僕は大慌てで制服を引っ張り出して着替え始めた。
身嗜みを整えたり朝御飯を食べている余裕はない。制服に着替えて鞄を手繰り寄せると、一分と掛からず家を飛び出し全力疾走で学校へと向かった。







〜side 渚〜

今日もじめじめと雨が降っている朝のHR前。授業が始まる時間にはまだ少し早いけど、殺せんせーも含めて寝坊している吉井君以外の全員が既に教室に集まっていた。
ちなみに吉井君が寝坊しているという情報は本人から連絡があったわけではなく、情報共有を円滑にするためという理由で全員の携帯にダウンロードされている律の端末である“モバイル律”からの情報だ。GPSの反応が自宅から動いていなかったので様子を見に行ったらしい。彼女も大概何でもありである。
ところでどうして僕らがHR前にも関わらず教室に集まっているのかというと、

「皆さんおはようございます。今日転校生が来ることは烏間先生から聞いていますね?」

「あーうん、まぁぶっちゃけ殺し屋だろうね」

そう、律に続いて二人目の転校生がE組へと来るらしいのだ。まぁ暗殺教室になっている今年のE組に普通の転校生が来ることはまずないだろうから、前原君の言う通り十中八九殺し屋だと思う。

「律さんの時は少し甘く見て痛い目を見ましたからね。先生も今回は油断しませんよ」

転校生と聞いて殺せんせーも気合十分といった感じであった。律の時はたった二回の射撃で指を吹き飛ばされていたからね。同じ転校生を警戒するのは当然だろう。それでも僕らに仲間が増えることを喜んでいる先生は相変わらずである。

「そーいや律、何か聞いてないの?同じ転校生暗殺者として」

『はい、少しだけ』

原さんの質問に律は少しだけ悲しそうに話してくれた。何か転校生に思うところでもあるんだろうか?
彼女の話では元々二人を同時投入して連携により殺せんせーを追い詰める作戦だったらしいんだけど、もう一人の暗殺者の調整が必要だったことに加えて律では連携に力不足だということで個別に送り込まれることとなったらしい。
で、その作戦というのは律が遠距離射撃でもう一人が肉薄攻撃による連携というものだって言うんだけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?そんなことが出来る存在なんているのだろうか?
その話が本当だったら律には悪いけど彼女を力不足と断じることも頷けてしまう。いったいどんな怪物がこれから転校してくるって言うんだ?
律から転校生の話を聞かされて教室内が緊張に包まれていたその時、ガララッと大きな音を立てて唐突に教室のドアが開かれた。その音に全員がビクッと反応して反射的に律からドアの方へと振り向く。そこには話にあった転校生ーーー





「セーフだよね⁉︎ これって遅刻扱いにはならないよね⁉︎」





「「「お前かよっ‼︎」」」

ではなく、遅刻ギリギリで登校してきた吉井君の姿があった。タイミング悪過ぎでしょ……いやある意味では完璧なタイミングだったけども。
そして吉井君に続く形で教室に入ってきた人物がもう一人いた。全身を白装束と白覆面で隠した白づくめの正体不明の人物。吉井君や土屋君の場合は黒マントに黒覆面の黒づくめだったから彼らとは別物だと思う。ということはこの人が転校生ーーー

「あ、こっちの人は転校生の保護者だっていうシロさん」

「やぁ、初めまして。全身が真っ白だからシロ……少し安直な名前だけどよろしくね」

さっきまでの緊張感は何処へ行ったんだろう。吉井君のせいというかおかげというか、律の話を聞いて戦々恐々としていた皆の緊張は消え去っていた。
同じく緊張していた殺せんせーも落ち着いたようでシロへと声を掛ける。

「初めまして、シロさん。……それで肝心の転校生は?」

「あぁ、ちょっと性格とかが色々と特殊な子でね。私が直で紹介させてもらおうと思いまして」

そう言ってシロは教室にいる皆を見回して……こっちで視線が止まった?と思ったらすぐに視線が外れていった。なんだろう、さっきのは僕の気のせいだったのかな?
そうやって教室にいる皆の顔を確認するとシロは満足したように一人頷いた。

「皆、良い子そうですなぁ。これならあの子も馴染みやすそうだ。おーい、イトナ‼︎ 入っておいで‼︎」

シロの呼び掛けで再び教室内が緊張に包まれる。今度こそ律をもってしても圧倒的な実力と言われている転校生の登場だ。緊張しないわけがない。
そうして皆の視線がドアへと釘付けになり、





教室の後ろの壁をぶち破って転校生が現れた。





(((ドアから入れっ!!! )))

恐らく全員が同じツッコミを脳内で入れたことだろう。驚き過ぎて言葉が出ずに開いた口が塞がらなかった。というか壁を壊して入ってくる意味がまるで分からない。
シロからイトナと呼ばれた白髪で不思議な瞳の模様をした転校生は、そのまま律の隣に用意していた席へ座るとブツブツ独り言を呟き始める。

「俺は勝った。この教室の壁よりも強いことが証明された。それだけでいい……それだけでいい……」

なんかまた律とは違った個性的な人が来たな。殺せんせーもリアクションに困ってるよ。笑顔でもなく真顔でもなく……なんて表現すればいいか分からないけど取り敢えず微妙な顔をしていた。

「堀部イトナだ。名前で呼んであげて下さい。あぁそれと、私も少々過保護でね。しばらくの間は彼のことを見守らせてもらいますよ」

イトナ君の奇行に対して何事もなかったかのように紹介を進めるシロ。
律の話に出てきた“調整”という言葉や壁を破壊できる肉体強度……イトナ君は肉体強化のようなものを受けているのかもしれない。となるとシロが見守ると言っているのはクラスでの様子じゃなくて体調の変化のことなんじゃないだろうか。
白づくめの保護者と話が読めない転校生……今まで以上に一波乱ありそうだ。

「ねぇイトナ君。ちょっと気になったんだけどさ」

と、そこで席が律とは反対の位置にあるカルマ君がイトナ君に声を掛けた。ちょっとどころか気になることしかないと思うんだけど、いったい何がカルマ君の関心を引いたんだろう。

「今、外から手ぶらで入ってきたよね。外は土砂降りの雨なのに、なんでイトナ君は()()()()()()()()()()()()?」

言われて僕らもハッと気付いた。異常なことだらけで細かいところまで見れていなかったけど、確かにイトナ君の身体は直前まで傘を差していたとしても濡れていなさすぎる。まるで殺せんせーが雨を避けて登校していることと同じように……
訊かれたイトナ君はキョロキョロと教室内を見回してから席を立ち上がった。

「……お前は多分、このクラスで二番目に強い。恐らく一番はあっちの赤髪の奴だ。けど安心しろ。俺より弱いから、俺はお前らを殺さない」

そう言って立ち上がったイトナ君は、教室を縦断して教壇に立つ殺せんせーへと歩み寄っていく。

「俺が殺したいと思うのは、俺より強いかもしれない奴だけ……この教室では殺せんせー、あんただけだ」

「強い弱いとは喧嘩のことですか?残念ながら力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ」

殺せんせーの言うことは尤もだけど、律の話や目の前で見せられた異常な現象のことを考えると一概には否定できない。それこそ殺せんせーにさえ迫れるような何かがあってもおかしくはーーー



「立てるさ。だって俺達、血を分けた兄弟なんだから」



それでもイトナ君の言葉は予想の斜め上すぎた。

「「「き、き、き、兄弟ィ!?!?」」」

ただただ驚愕するしかない爆弾発言に、僕らは堪らず大声を上げてしまう。殺せんせーとイトナ君が兄弟ってどういうこと⁉︎ そもそもタコ型と人型で見た目からして全然違うじゃん‼︎

「負けた方が死亡な、兄さん」

しかし僕らの驚きなど露ほども気にせず、イトナ君は殺せんせーの暗殺宣言をするのだった。







イトナ君は放課後に殺せんせーと勝負をすると言って一度教室から出ていった。当然ながら騒然となった皆から質問責めに合う殺せんせーだったが、どうやら先生にも心当たりがないようで僕らと同じように焦りまくっている。生まれも育ちも一人っ子らしい。
午前中の授業は戻ってきたイトナ君の存在感が大きすぎて全然集中できなかった。というか授業中は殺せんせーの様子を観察するだけで勉強をしている様子はなかったし、新しく手に持ってきた大きな荷物の中身も気になるところである。まぁその中身は昼休みになると判明したんだけどね。

「凄い勢いで甘いモン食ってんな。甘党なところは殺せんせーと同じだ」

「表情が読みづらいところとかもな」

そう、荷物の中には大量のお菓子が詰め込まれていたのだ。殺せんせーが食事とデザートを分けて食べていることを考えると、イトナ君は先生以上の甘党ということになる。若い頃から甘いものばっかりで糖尿病とか大丈夫なのかな?

「にゅや、兄弟疑惑で皆やたら私と彼を比較してきます。ムズムズしますねぇ……気分直しに今日買ったグラビアでも見ますか。これぞ大人の嗜み」

いや百歩譲ってグラビアを持ってきていて気分直しに読むとしても、それを教室で堂々と読もうとするのは先生としてどうなんだ。いまいち殺せんせーの先生としての境界線の良し悪しはよく分からない。
しかしイトナ君が全く同じグラビアを取り出したことで再び殺せんせーは表情に焦りを浮かべていた。趣味嗜好も同じ、教室で読もうとするのも同じ……そこはせめて二人とも読む場所に配慮しようよ。

「……これは俄然信憑性が増してきたぞ」

「そ、そうかな……?」

その光景を見た岡島君が何故かシリアス調で二人の兄弟疑惑を押していた。どうして同じグラビアを持ってくるだけで信憑性が増すという結論になるのだろうか。
そういう意味を込めて疑問で返すと、そんな僕に対して岡島君は力説しながら鞄から同じグラビアを取り出した。なんで君も持ってきてんの?

「そうさ‼︎ 巨乳好きは皆兄弟だ‼︎ なぁ土屋‼︎」

「…………何を言っているのか分からない」

いきなり話を振られた土屋君は意味が分からないといった様子で惚けているものの、その鞄からはみ出している雑誌は同じグラビアのように見えなくもない……というか同じグラビアだった。流石に同じものを三冊も見せられれば嫌でも見分けがつく。もうなんで持ってきてんのかという疑問は挟まないことにしよう。
クラスの皆がそんな風に遠回しに殺せんせーとイトナ君の共通点を探しているところで、そのイトナ君へと近づいていく人物が一人いた。

「ねぇねぇ、殺せんせーと兄弟って本当なの?」

吉井君はイトナ君の隣に立つと臆することなく核心に迫る質問を投げ掛けていた。

「吉井君って本当に怖いもの知らずよね……」

「うん、よく本人に訊きに行けるよね……」

片岡さんと矢田さんのその意見には同意せざるを得ない。律の時もそうだったけど、吉井君には躊躇というものがないんだろうか。
しかしイトナ君は吉井君を一瞥するだけで再び視線をお菓子の山へと戻してしまった。

「…………」

「……あれ?どうしたの、イトナ君。なんで何も言わないの?」

「……三番目に興味はない。話すことも何もない。だから俺に構うな」

取りつく島もないとはこのことだろう。無視しても話し掛けてくる吉井君に折れたのか、イトナ君も言葉を返していたが会話をするつもりはないようだ。完全拒否の姿勢で吉井君を寄せ付けないようにしている。

「そっかぁ、じゃあ放課後のイトナ君の暗殺を楽しみにしてるよ。頑張ってね」

それでも吉井君に気を悪くした様子はなく、素っ気ないイトナ君に対して笑顔で声援を送りながら離れていった。あそこで普通に返せる辺り、彼の器はかなり大きいと思う。

「雄二、僕は三番目だってさ。どうやったら雄二やカルマ君に勝てるのかな?」

「いや、今気にするところはそこじゃねぇよ」

……やっぱり器とかじゃなくてただ何も考えてないだけかもしれない。
そんなこんなで結局イトナ君のことは何も分からないまま、放課後の暗殺を迎えるのだった。



次話
〜まさかの時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/20.html



竹林「これで“転校生の時間・二時間目”は終わりだよ。皆も楽しめただろうか?」

岡島「今回もいつも通りに後書きを……と言いたいところだが、俺達には他に話し合わなければならないことがある」

土屋「…………明久の行動について」

竹林「そうだね。変わっている設定といえばイトナ君独断によるE組内での強さランキングぐらいだ。さしたる重要度ではない」

岡島「そう、俺達が今から話し合わなければならないこと。それは……」

竹林・岡島・土屋「「「吉井君/吉井/明久が律にラッキースケベを発動させた件についてだ」」」

竹林「E組のマドンナが神崎さんだとしたら、E組のアイドルは律で間違いない。そんな彼女に手を出すなんて万死に値する」

岡島「なんで俺じゃなくて吉井なんだ。俺だったら声だけでも興奮できる自信があるってのによ」

土屋「…………せめて画像と音声を録音していれば売り出せたものを」

竹林「……ちょっと待ってくれ。全員の話の焦点が合っていないぞ」

岡島「そんなことねぇよ。吉井の奴が嫉ましいってことだろ?」

土屋「…………記憶媒体に保存さえしていれば名前を編集することで誰にでも対応することは出来るはずだ」

竹林「……まぁいいか。要約すると二次元は最高だと言うことだね」

岡島「ちょっと待て。二次元を否定するつもりはないが、やっぱり最高と言うんだったら三次元だろ。肉体的接触が出来るかどうかは重要なところだぞ」

土屋「…………需要は人それぞれ」

竹林「いいや、以前にも言っただろう。Dを一つ失う所から女は始まるんだ。理想の女の子に出会える二次元が至高だよ」

岡島「それを言うんだったら現実(リアル)で理想の女の子を求めるのも男のロマンだぜ」

竹林「……どうやら二次元と三次元、決着をつける時が来たようだね」

岡島「望むところだ。俺に女の子を語らせて勝てると思うなよ」

土屋「…………というわけで後書きは終わりだ。次の話も楽しみにしておけ」





律『お三人はいったい何を話されているのでしょうか?』

明久「律は知らなくていいよ。その人種の人達にとっては結論の出ない話だから」


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まさかの時間

〜side 渚〜

イトナ君が転校してきて初日の夕方、彼が暗殺の時間として指定した放課後の時を迎えていた。それに合わせて教室の様子も変化しており、教室にある机を移動させて殺せんせーとイトナ君を取り囲むようなリングが作られている。これじゃあ暗殺じゃなくて試合だ。

「ただの暗殺は飽きてるでしょ、殺せんせー。ここは一つ、ルールを決めないかい?リングの外に足が着いたらその場で死刑‼︎ どうかな?」

シロの提案は余りにも単純明快で、それでいて冗談のような内容だった。そんなルール、普通なら受け入れるわけがない。皆もそう思ったようで否定的な声が聞こえてくる。

「……なんだそりゃ。負けたって誰が守るんだ、そんなルール」

「……いや、皆の前で決めたルールを破れば()()()()()の信用が落ちる。殺せんせーには意外と効くんだ、あの手の縛り」

杉野の呟きに、しかしカルマ君はシロの提案を認めていた。確かにそう言われると殺せんせーにルールを守らないという選択肢はないし、これまで僕らの暗殺を受け入れてきたようにルールを拒否するということもないだろう。
その予想通りに殺せんせーはシロの提案するルールを受け入れていた。

「……いいでしょう、受けましょう。ただしイトナ君、観客に危害を与えた場合も負けですよ?」

上着を脱ぎ捨てて身軽になったイトナ君は、殺せんせーの追加ルールに黙って頷く。これでお互いに同意したルールが出来上がった。いよいよイトナ君の暗殺が始まると思うと、教室内を彼の登場時以上の緊張感が包み込む。
そんな中、リング内で対峙する二人の様子を確認したシロが片手を上げる。

「では合図で始めようか。暗殺……開始‼︎」



その言葉とともにシロの片手が上から振り下ろされた瞬間、殺せんせーの腕が斬り落とされた。



誰もがその光景を前に唖然として目を離すことが出来なかった。先生の斬り落とされた触手ーーーではなく、その触手を破壊したイトナ君の信じられない変化に。
そして()()を見て最も動揺していたのは恐らく対峙する殺せんせーだろう。先生はあり得ないものを見たような驚愕の表情を浮かべながら、呆然とした様子で()()を見据えて呟いた。



「……まさか…………触手……⁉︎」



そう、殺せんせーの触手はイトナ君が頭から生やした触手によって斬り落とされたのだ。
でもこれでイトナ君の疑問に色々と納得がいった。触手を生やすためか触手が生えたためか、どちらかは分からないけど触手を手に入れる段階で壁に打ち勝てるほどの肉体強化をされたのだろう。一滴も雨に濡れていなかったのは触手で雨粒を全部弾けるからだ。坂本君の仮説だと触手の弱点である水も粘液である程度は防げる可能性が高いらしい。

「ーーーこだ」

そんな風に驚きながらも何処か客観的な部分で疑問を晴らしていると、殺せんせーから低い声音の呟きが聞こえてきた。
その呟きに不穏な気配が混じっているのを感じ取った瞬間、殺せんせーの顔色が真っ黒に染まる。

「何処でそれを手に入れたッ‼︎ その触手を‼︎」

小さな呟きから激しい怒号となって先生の怒りが二人にぶつけられた。
こうして殺せんせーが顔色を黒くするほど怒っている姿を見るのは三回目だけど、生徒(僕ら)に関係なく怒っている姿を見るのはこれが初めてだ。いったい何が先生をそこまで怒らせているのか、僕らには想像することも出来ない。
だけどその怒りを直接向けられているイトナ君とシロは動じた様子もなく平然としている。

「君に言う義理はないね。だがこれで納得しただろう。両親も違う。育ちも違う。だがこの子と君は兄弟だ」

そんなシロの言葉を聞いた殺せんせーは顔色を黒く染めながらも落ち着いたようで、斬り落とされた触手を再生させて冷静な声音で問い返した。

「……どうやら貴方にも話を聞かなきゃいけないようだ」

「聞けないよ。死ぬからね」

殺せんせーの威圧を物ともせずにシロは何処までも淡々と答え、自身の左腕を持ち上げて先生へと向ける。
その白装束の袖口から光が放たれると殺せんせーの身体が硬直した。これには殺せんせーも驚きを隠せないでいる。

「この圧力光線を至近距離で照射すると、君の細胞はダイラタント挙動を起こして一瞬だけ全身が硬直する。全部知っているんだよ。君の弱点は全部ね」

「死ね、兄さん」

よく分からない現象によって先生の動きが止められた隙を逃さず、その場で跳び上がったイトナ君が幾本もの触手を殺せんせーへと叩き込んだ。更にその一度だけでは終わらず連続して自身の触手を叩きつける。

「殺ったか⁉︎」

「……いや、上だ」

殺られたかのように見えた殺せんせーだったが、寺坂君の言葉で視線を上へと向ければ蛍光灯に絡み付いている先生の姿があった。
そしてイトナ君の触手の先には殺せんせーの形をした薄い膜ーーー先生の脱皮した皮が貫かれている。月一でしか使えない殺せんせーのエスケープ技をこんなにも早く使わせるなんて……

「脱皮か……そういえばそんな手もあったっけか。でもね殺せんせー、その脱皮にも弱点があるのを知っているよ」

それでも手を緩めることなくイトナ君の触手は殺せんせーに猛威を振るう。
シロの解説によれば触手の再生も脱皮もエネルギーの消耗が大きいらしく、その直後は先生自慢のスピードも低下するというのだ。相手が人間ならばいざ知らず、触手同士による戦いでの影響は決して小さくないだろう。
加えて触手の扱いは精神状態に左右されるそうで、予想外の触手による奇襲と立て直す暇もない狭いリングという環境が殺せんせーを確実に追い詰めていた。
あの殺せんせーを殺せるかもしれない。そのために作られた暗殺教室で、それで地球は救われる……なのにこの状況で僕が感じていたのは嬉しさではなく悔しさだった。
後出しのように出てきた殺せんせーの弱点。その情報を集めるのにどれだけの暗殺を繰り返してきたことか。これでは今まで何のために頑張ってきたのか分からない。地球がどうとか関係なく、殺るんだったらE組(僕ら)が先生を殺したかった。
そんな僕の個人的な感情など関係なく、緻密に計算されたイトナ君の暗殺は止まらない。

「この時点でどちらが優勢なのかは生徒諸君の目にも一目瞭然だろう。さらには献身的な保護者のサポート」

シロが再び左手を掲げて殺せんせーに特殊な光線を浴びせようとしーーーその光線が先生に浴びせられることはなかった。
別に機械の故障とか殺せんせーが何かをしたわけじゃない。それは僕のような何も知らない素人であっても断言できる。じゃあどうして光線が浴びせられなかったのかというと、

「……これは何の真似かな、吉井君?」

「いやぁ……そっちが献身的な保護者のサポートだっていうなら、こっちは自己中な生徒の我が儘ってところですよ」

殺せんせーへと向けられていたシロの腕を、吉井君が横から抑え込んでいたからだ。
リング内で殺せんせーとイトナ君の触手による高速戦闘が激化する傍ら、リング外で吉井君とシロの視線が静かに交錯する。

「……君は地球が救われなくてもいいって言うのかい?まさかとは思うが、このやり方が卑怯なんて言うつもりじゃないだろうね?」

「まさか。卑怯汚いは敗者の戯言。触手を持っていようが不思議な光線を使おうが文句はありません」

ただしお互いに静かなのは声音だけで、交錯する視線は強くぶつかり合っていた。どちらにも引く気配は全くと言っていいほどない。

「……理解できないな。ではどうして邪魔をするんだい?」

「さっき言ったじゃないですか。これは僕の我が儘なんですよ。だってこの暗殺はイトナ君の暗殺であって、シロさんの暗殺じゃないでしょう?ルールを決めておいてルール外から貴方だけ一方的に、なんて勝負に水を差してるっぽくて好きじゃないだけですから」

地球の危機を救えるかもしれないという状況で、それでも自分の感情を優先して動く。大多数の人間から見れば愚かな選択にしか映らないそれは、E組(僕ら)望み(殺意)を代表するようでいて実に吉井君らしい選択だった。
だけどそれはあくまで僕らの望みであって、大多数の人間には望まれない選択であることも分かっている。当然ながら戦っているイトナ君や暗殺を計画したであろうシロにまで届くような感情じゃない。

「……なるほど、だったら問題ないよ。サポートしてる時点で私は観客じゃないからね。殺せんせーも私が邪魔なんだったら先に排除すればいい」

「ハッ、ここまで周到に用意してきた奴が何言ってやがる。その辺の対策も万全だから堂々としてんじゃねぇのか?」

どこまでも飄々とした態度を崩さないシロに対して今度は坂本君が横から口を出す。
確かに坂本君の言う通りだ。殺せんせーのことを全部知っているという彼の言葉が本当ならば、あの光線のような攻め手だけじゃなくて何かしらの防ぎ手があってもおかしくないだろう。
その推測を肯定するかのように吉井君の手を振り払ったシロは肩を竦めて笑みを漏らした。

「……フッ、ご名答。実はこの白装束、対先生繊維で編み込まれているから殺せんせーには触れることすらできない。排除しにきてくれたら逆に触手を破壊できたんだが……私の発言を聞いた瞬間に攻撃してこなかったところを見るにその展開は望み薄だろうね」

もしシロの展望通りになっていたら殺せんせーは意図せず触手を破壊され、動揺している隙を突かれてイトナ君が暗殺を成功させていたかもしれない。
吉井君の発言を受けて瞬間的にそこまで思考したのだとしたら凄いけど、その吉井君はシロに利用されそうになったことを知るとピクッと小さく反応を示した。

「……つまり僕の行動も暗殺に組み込もうとしたってことですか。だったら僕がこんな行動に出ることは予想できましたか?」

そう言うと吉井君は懐から対先生ナイフを取り出して構える。この流れで吉井君が殺せんせーの暗殺に加わるとは思えない。となるとその使い道は……

「……正気かい?割り込んだら君もイトナの攻撃対象になるよ?そもそも君が殺せんせーに加勢する理由はないように思うが」

「まぁそこはなるようになるでしょ。理由なんてもんは気持ちの後付けですよ。僕はやりたいようにやります」

やっぱり……吉井君の狙いは殺せんせーじゃなくてイトナ君だ。確証はないけど対先生ナイフが先生の触手に対して有効なんだったら、イトナ君の触手に対しても同じく有効である可能性はかなり高い。
今もなお触手同士の高速戦闘は続いているけど、それは触手の速さであってイトナ君の動き自体はまだ目で捉えられる速さだ。吉井君は対先生ナイフを構えたまま真剣にリング内を観察し、

「殺せんせーッ‼︎」

腕を振りかぶって放たれた対先生ナイフが綺麗な直線を描いてイトナ君の頭部から生えている触手へと狙い違わず放たれる。コントロール・スピードともに申し分のない一投だった。
でもイトナ君の目は少なくとも高速で動く触手を捉えられる程度の動体視力を備えていることは間違いない。視野も広いのか気配で察知したのか、迫り来るナイフに見向きもせず最小限の頭の動きだけでそれを回避し、





次の瞬間にはイトナ君の触手が根元から斬り落とされていた。





初めてイトナ君の顔に驚愕の表情が浮かぶ。それはそうだ。確実に対先生ナイフを躱したと思っていたのにそれが直撃すれば誰だって驚く。いや、それ以上に殺せんせーと同じく触手を破壊されたことでの動揺も大きいのだろう。
その躱したはずの対先生ナイフはと言えば、通り過ぎていったはずの教室の反対側には来ていない。空中で忽然と消えたのだ。ではそのナイフはいったい何処へ消えたのかというと、

「吉井君、意図は分かりましたが何の工夫もなく対先生ナイフを投げられると先生も掴めませんよ」

「あ、そこは考えてませんでした」

対先生ナイフの柄の部分をハンカチで包み込み、直接触れないようにした殺せんせーの触手が握っていた。イトナ君がナイフを回避するために一瞬だけ止まった攻防の隙を突き、先生は空中でナイフを掴み取って間髪入れず振り抜いたのだろう。
烏間先生の最初の体育の時間で見せた吉井君と坂本君のコンビネーション技だ。ナイフを投げる直前に吉井君が先生の名前を叫んだのはそれを伝えるためだったのかもしれない。
と、そこで動きが止まっていたイトナ君を殺せんせーは自身の脱皮した皮で包み込んで拘束していた。

「シロさん、貴方にとって生徒が直接介入してくることは予想外だったでしょうね。何せ先生として交流のある私でさえもちょっと予想外でしたから。予測できない相手というのはそれだけで厄介なものです」

殺せんせーの言う通り、地球の危機を無視してまで暗殺の邪魔をしてくるような行動をするとは誰も考えないだろう。僕も今回の暗殺を見て悔しくは思ったけど、それを解消しようとして行動に移せるような行動力はなかったからね。

「しかし今回はそれが私にとって吉と出ました。この暗殺は私の勝ちです」

先生は脱皮した皮で包み込んだイトナ君が暴れるのを無視して勢いよく振り回すと、そのまま窓の方に投げ飛ばして窓を破壊しつつ外へと放り出した。

「先生の抜け殻で包んだからダメージは無いはずですが、君の足はリングの外に着いている。ルールに照らせば君は死刑。もう二度と先生を殺れませんねぇ」

そういえばそんなルールで暗殺を始めたんだったっけ。殺せんせーは顔色を緑の縞々に変化させてニヤニヤと笑っている。

「生き返りたいのならこのクラスで皆と一緒に学びなさい。同じように触手を破壊されても私が君の攻撃を凌げたのは偏に経験の差です。この教室で先生の経験を盗まなければ君は私に勝てませんよ」

まぁ先生がE組に入った生徒を見殺しにするわけないよね。殺せんせーほど生徒と真摯に向き合っている先生なんて滅多にいないし。
さて、そんな殺せんせーの言葉を聞いたイトナ君はどんな反応をするのか……

「勝てない……俺が、弱い……?」

成り行きを見守っていた僕らだったけど、そこでイトナ君の様子がおかしいことに気付いた。
触手のつるんとしていた表面が筋張り、彼の髪色と同じ白色だったものが黒く変色していく。あれは殺せんせーが怒りを抑えきれず顔色を真っ黒に染めるのと同じ……‼︎

「黒い触手⁉︎」

「やべぇ、あいつキレてんぞ‼︎」

イトナ君は血走った目で外から一気に跳躍してくると、壊された窓の縁に降り立って殺せんせーを睨みつける。

「俺は、強い。この触手で、誰よりも強くなった。誰よりも…………ガァッ‼︎」

怒り任せに雄叫びを上げて突っ込んでくる彼に何を思ったのか、殺せんせーは黙ったまま静かにイトナ君を待ち構えーーーピシュンッという鋭い音とともにイトナ君は崩れ落ちてしまった。

「……すいませんね、殺せんせー。どうもこの子はまだ登校できる精神状態じゃなかったようだ。暫く休学させてもらいますよ」

あの光線とは反対の右腕の袖口から麻酔銃のようなものを突き出したシロが、二人の間に割って入って崩れ落ちたイトナ君を担いで行ってしまった。
もちろん殺せんせーもシロの暴挙を放っておけず留めようとしたが、力尽くで止めようにも対先生繊維で覆われた彼の身体に先生は触れることすら出来ない。
イトナ君を担いで立ち去るシロの背中をただ眺めることしか出来ず、触手同士の激闘による暗殺は多くの謎を残したまま失敗に終わったのだった。







〜side 明久〜

イトナ君の暗殺が終わった後、僕らはリングとして使用されていた机を並べ直したり壊された窓際の掃除をしたりして片付けに当たっていたんだけど……

「……何してんの、殺せんせー?」

「さぁ……さっきからああだけど」

何故か殺せんせーは教卓の椅子に座り、顔を俯かせて両手で覆いながら“恥ずかしい恥ずかしい”と連呼しているのだ。せめて自分が壊した窓の片付けくらいは手伝ってほしい。

「シリアスな展開に加担してしまったのが恥ずかしいのです。先生、どっちかと言うとギャグキャラなのに」

「自覚あるんだ‼︎」

寧ろ自覚なしにやっていたら処置のしようがないけど、それはそれで自分のキャラを計算してるってことだからなんか腹立つ。しかしいったい何処までが計算で何処までが天然なのかが分からない。普段の振る舞いは馬鹿なのに……もしかしてそれもキャラ作りなのか?
しかしそんな緩い空気もイリーナ先生の言葉で一気に緊張を帯びることとなる。

「……でも驚いたわ。あのイトナって子、まさか触手を出すなんてね」

その言葉を切っ掛けに殺せんせーの恥じらいは収まった。それだけじゃなく片付けをしていた皆の手も止まり、教室全体の音が消え去って視線が座っている殺せんせーへと集まる。

「……ねぇ殺せんせー、説明してよ。あの二人との関係を」

「先生の正体、いつも適当にはぐらかされてきたけど……あんなの見たら聞かずにいられないぜ」

そう、ぶっちゃけ殺せんせーのキャラ作りなんてどうでもいい。聞きたいのは殺せんせーの正体という暗殺教室の根幹に関わる情報である。殺せんせーの生徒として先生のことを知る権利くらいはあるはずだ。
皆に詰め寄られた殺せんせーは暫く沈黙を貫いていたが、観念した様子でゆっくりと椅子から立ち上がって言葉を発する。

「…………仕方ない。真実を話さなくてはなりませんねぇ。実は先生……」

殺せんせーの語りが始まったことで、全員の生唾を呑む音が聞こえてくるような気がした。それほどまでに心して聞く必要のある核心に迫った話だ。一言も聞き逃すわけにはいかない。

「実は先生……人工的に造り出された生物なんですよ‼︎」

「な、なんだって……⁉︎」

余りにも衝撃的な情報に僕は一人で驚愕の声を上げてしまった。まさか殺せんせーが造られた存在だったなんて……
……ん?あれ、驚いてるのは僕だけ?もしかして余りにも衝撃的な情報だったから皆は言葉すら失ってるんだろうか?
不思議に思いながら視線を殺せんせーから周りに移すと、皆は目を点にさせて困惑顔を作っている。え、その反応は何?

「…………だよね。で?」

「にゅやッ、反応薄っ‼︎ これ結構な衝撃告白じゃないですか⁉︎」

「そうだよ‼︎ なんで皆そんなに冷静なの⁉︎」

皆の反応に僕と殺せんせーは訳が分からず別の意味で驚愕の声を上げてしまった。
そんな僕らの問い掛けを受けても皆の薄い反応は変わらない。

「……つってもなぁ。自然界にマッハ二十のタコとかいないだろ」

「宇宙人でもないのならそん位しか考えられない」

「で、あのイトナ君は弟だと言っていたから先生の後に造られたと想像がつく」

「分からないのは明久(馬鹿)くらいだ」

「…………明久(間抜け)も分からないだろう」

察しの良すぎる皆が恐ろしい……じゃあ皆は殺せんせーが人間社会に慣れてる理由も含めて全て見当が付いてたってことなのか。くっ、流石は腐っても名門校の生徒。僕も劣ってるわけじゃないけど皆と比べたらほんの少し考えが足りないな。
そうなると皆からしたら当たり前の疑問が分からないってことで恥ずかしくて質問できないぞ。こうなったらこの疑問については自分で答えを導き出すしか……まぁ我が事ながら明日には気にしてなさそうだけどね。
一通りの反応が薄かった種明かしを終えた後、E組を代表して渚君が皆の前に出てきた。

「知りたいのはその先だよ、殺せんせー。どうしてさっき怒ったの?イトナ君の触手を見て……。殺せんせーはどういう理由で生まれてきて、何を思ってE組(此処)に来たの?」

今度こそ誤魔化しの利かない問い掛けで殺せんせーの核心に迫る疑問をぶつける渚君。
だけどその問い掛けに殺せんせーが答えを返すことはなかった。返ってきたのはいつもの陽気な笑みではなく、周りを威圧するかのような獰猛な笑みである。

「…………残念ですが、今それを話したところで無意味です。先生が地球を爆破すれば、皆さんが何を知ろうが全て塵になりますからねぇ」

確かに先生を殺せなかったら正体を暴いたところで意味はない。これは暗殺をしている僕らの純粋な疑問であって、その疑問を晴らしたところで何がどうなるわけでもないのだ。殺せんせーが地球を破壊するんだったら僕らはどうあっても殺すしかない。

「逆にもし君達が地球を救えば、君達は後で幾らでも真実を知る機会を得る。もう分かるでしょう。知りたいならば行動は一つ……」

こんな時に殺せんせーが言うことは大抵決まっている。いつもの表情に戻った先生は皆を見回し、

「私を殺してみなさい。暗殺者(アサシン)暗殺対象(ターゲット)。それが先生と君達を結びつけた絆のはずです。先生の中の大事な答えを探すなら、君達は暗殺で聞くしかないのです」

そう言って教室から出て行ってしまった。
要するに僕達のやることは何も変わらない。全力で殺せんせーを殺しにいく。だけど今回のイトナ君の暗殺を機に皆の意識が変わったのも事実だ。これからはより一層暗殺にも力が入ることだろう。



次話
〜球技大会の時間・一時間目〜
https://novel.syosetu.org/112657/21.html



※諸事情により後書きは無し、本編のみの投稿となります。


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球技大会の時間・一時間目

じめじめとした梅雨の時期も明け、本格的な夏の季節に差し掛かってきた。雨の日が減って晴れの日が増えてきたのはいいけど、それまでの湿気が熱せられて一気に蒸し暑くなるのもこの時期だ。いよいよ夏の到来って感じがするよね。
そうして天気が良くなったからか分からないけど、椚ヶ丘ではテストの時期とも被らない梅雨明けに球技大会が行われる。男子は野球・女子はバスケとクラス別で勝敗を競い合うのだ。
その球技大会について書かれたプリントを殺せんせーが手にとって読んでいた。

「クラス対抗球技大会……ですか。健康な心身をスポーツで養う。大いに結構‼︎…………ただ、トーナメント表にE組が無いのはどうしてです?」

トーナメント表を見て戸惑いながら訊いてくる殺せんせー。まぁ今年から先生やってる殺せんせーには分からないよね。

「E組は本戦にはエントリーされないんだ。一チーム余るって素敵な理由で」

殺せんせーの疑問には三村君が答えてくれた。
しかも本戦にエントリーされないというだけならまだしも、エキシビションという名目でE組の男子は野球部の、E組の女子は女子バスケ部の選抜メンバーと戦わなければならない。
基本的には素人であるE組と部活をしている経験者との試合。“椚ヶ丘中学校”、“エンドのE組”という二つの単語から結び付けられる結果は一つである。

「……なるほど、()()()()やつですか」

そう、E組の差別(いつものやつ)だ。本校舎の生徒はE組がボコボコにされるのを見て笑い者にし、“こんな辱めを受けたくなければ勉強しろ”という学校側から生徒への警告にもなっている。
殺せんせーもそれを理解したようで、相変わらずの差別待遇になんとも言えない表情をしていた。ホント、E組の事となるとねちっこいよねぇ。
そんな殺せんせーの辟易とした気持ちを片岡さんが明るく吹き飛ばす。

「でも心配しないで、殺せんせー。暗殺で基礎体力ついてるし、良い試合をして全校生徒を盛り下げるよ。ねー皆」

片岡さんの呼び掛けに女子の皆は元気よく同意していた。うん、今日もイケメグは通常運転だ。女子にモテるというのもよく分かる。

「俺らは晒し者とか勘弁だわ。お前らで適当にやっといてくれや」

反対に男子は寺坂君、村松君、吉田君の何時もの三人が参加を拒否。そのまま席を立ち上がって教室から立ち去ってしまった。まったく、女子の方がよっぽど男らしいと思うよ。

「よし、じゃあ僕らも全校生徒を盛り下げる方向で頑張ろうか」

「お、吉井。なんか考えでもあんのか?」

僕の言葉を聞いて前原君が興味を示してきた。
もちろん僕だって無策で勝負を言い出したりはしない。試合に勝てそうな手だって色々と考えてるさ。

「任せてよ。故意に見えないラフプレーは僕らの十八番だからね」

「…………確実に仕留める」

「スポーツマンシップの概念が消え失せたような作戦じゃな……」

何を言ってるんだ秀吉は……野球は乱闘込みで野球でしょ?経験者を相手に勝つための柔軟な作戦じゃないか。少なくとも乱闘でノーゲームにまで持ち込めたら負けはない。

「駄目だこいつら……やっぱ野球となりゃ頼れんのは杉野だな。なんか勝つ秘策ねーの?」

僕の作戦に見切りをつけたらしい前原君が杉野君に意見を求める。いったい何が駄目だと言うんだ……倫理観の問題だったらE組差別でお互い様だと思うけど。
しかし意見を求められた杉野君は表情を暗くしたまま首を横に振る。

「……無理だよ。野球経験者のあいつらと、ほとんどが野球未経験者のE組(俺ら)。真っ当に戦ったら勝つどころか勝負にならねー」

まぁそりゃそうだよね。だからこそ僕も相手を棄権負けに追い込んだり、乱闘に持ち込んで負けない作戦を提案したわけだし。
これが弱小野球部とかだったらともかく、うちの野球部は強豪で主将をしている進藤君は高校からも注目されてる豪速球の持ち主だとか。幾ら暗殺訓練で運動能力が上がってるとは言っても、スポーツの動きが身に付いていなかったらその運動能力をフルに活かすことは誰にでも出来ることじゃない。
でも杉野君の言葉はそこで終わらなかった。

「……だけどさ、殺せんせー。()()()勝ちたいって思うんだ。善戦じゃなくて勝ちたい。好きな野球で負けたくないんだよ」

好きなもので負けたくない……その想いはよく分かる。言葉でどう取り繕ったところで誰だって心の中ではそう思っているはずだ。わざわざ不利な要素を挙げてから勝ちたいと言うあたり、野球に対する杉野君の気持ちはかなり強いと思う。

「……でもやっぱ無理かな、殺せんせー」

だけど経験者だからこそ気持ちと勝敗は別だと言うことも分かってるのだろう。杉野君は取り繕った笑みを浮かべて殺せんせーに意見を求めていた。
そんな杉野君に対して殺せんせーはというと、

「ヌルフフフフ。先生一度、スポ根モノの熱血コーチをやりたかったんです。殴ったりはできないのでちゃぶ台返しで代用しましょう」

杉野君以上にやる気を出していた。普段のアカデミックドレスから野球のユニフォームに着替えて顔色を野球ボールのように変色させており、野球道具だけじゃなくて応援用のメガホンや指導用の竹刀、熱血指導用のちゃぶ台まで完備している。この先生はなんでも形から入るよなぁ。

「最近の君達は目的意識をはっきりと口にするようになりました。どんな困難な目標に対しても揺るがずに……その心意気に応えて、殺監督が勝てる作戦とトレーニングを授けましょう‼︎」

あぁ、なるほど。殺せんせーが熱血コーチをやりたかったかどうかは置いといて、生徒の成長が嬉しかったから必要以上にやる気を出してるのか。
う〜ん、杉野君の気持ちを汲むとなると僕の作戦は使えないな。勝ち負けよりも試合を有耶無耶にする方向に偏った作戦だしね。
球技大会が行われるのは来週である。たった一週間でどこまで実力をつけられるかは分からないけど、ここは殺せんせー改め殺監督のトレーニングに付き合うのが一番だろう。戦るからには勝ちを獲りに行くぞ。







『試合終了ー‼︎ 三対一‼︎ トーナメント野球三年はA組が優勝です‼︎』

そうしてあっという間に一週間は過ぎ去っていき、僕らは球技大会当日を迎えていた。本校舎のクラス同士のトーナメントも無難に終了し、残りはある意味でメインイベントとなる一試合のみである。

『それでは最後に、E組対野球部選抜の余興試合(エキシビションマッチ)を行います』

放送を受けてE組(僕ら)と野球部がそれぞれグラウンドに入っていく。どうでもいいけど、球技大会にユニフォームまで着てくるのは気合入り過ぎじゃない?
準備を終えて整列した時、先頭に並んでいた主将の進藤君が杉野君に話し掛けてくる。

「学力と体力を兼ね備えたエリートだけが選ばれた者として人の上に立てる。お前はどちらも無かった選ばれざる者だ。E組(そいつら)共々、二度と表を歩けない試合にしてやるよ」

選ばれたとか選ばれないとか、なんだか物凄い偉そうだ。そんなもので勝ち負けは決まらないっていうのに……そういうのは自分で掴み取るものだろう。そもそも他人を貶すためにスポーツをやるなんて、いったいスポーツを何だと思ってるんだ。←ブーメラン発言。
両チームで挨拶を終えてベンチに戻ってきたところで、辺りを見回した菅谷君が疑問を口にする。

「そーいや、殺監督どこだ?指揮すんじゃねーのかよ」

「あぁ、彼処だよ。烏間先生に目立つなって言われてるから」

苦笑いを浮かべながら指差す渚君の視線を辿ると、グラウンドに転がっているボールの一つに殺監督が遠近法を利用して紛れ込んでいた。国家機密がベンチで堂々と指示出しするわけにはいかないから、目立たないようにして顔色とかでサインを出すことにしたらしい。あ、なんかサイン出してきた。

「何て?」

「えーと、①青緑→②紫→③黄土色だから……“殺す気で勝て”ってさ」

なんだ、そんなことか。そんなの殺監督に言われるまでもないよ。勝つ気で戦わなきゃ勝てるもんも勝てないからね。
ただし言われるまでもないことでも無意味というわけじゃなく、殺監督の激励を受けた皆はこれまで以上にやる気を高めていた。

「よっしゃ、殺るか‼︎」

「「「おう‼︎」」」

声を出して気合を入れ直した僕らは、球技大会の締めとなるエキシビションに臨んでいく。
ちなみにE組は野球部との実力差からハンデとして守備と打撃を分担できるので、選抜九人+補欠という形ではなく必要に応じて全員が参加できる。まぁだからといってベンチにいる全員を無理に参加させる必要はないんだけどさ。

「やだやだ、どアウェイで学校のスター相手に先頭打者かよ」

まずはE組が先攻ということで、愚痴りながらも打席に向かう一番打者は木村君だ。まぁ気合どうこうとは別に憂鬱な状況ではあるよね。完全に野球部の引き立て役、道化(ピエロ)としての負ける役割を求められる中でやるんだから。
そして前評判通りの進藤君の豪速球に木村君はバットを振らず見送り。手も足も出ないという様子で全員が想定していた通りの展開だろう。()()()()()、だけどね。
進藤君の豪速球を見送った木村君は()()()()()ボールを見極めることが出来たらしく、二球目で難なくバントを成功させて持ち前の俊足によって一塁へと出塁した。野球部の面々からは苦々しい表情が漏れる。

「出だしはバッチリだね。はい渚君、バット」

「ありがとう。僕も続けるように頑張らないと」

続いてE組の二番打者は渚君だ。さっきの木村君のバントを受けて警戒しているのか、相手の内野は前進寄りに守っている。が、そんな分かりやすい守備の穴を殺監督が突かないわけがなかった。
木村君と同じように渚君もバントの姿勢で打席に立つ。進藤君が投げると同時に前に出てきた守備に対して、渚君はバントはバントでもプッシュバントで捕球しにきた相手の脇を転がしていった。それによって送球が遅れたことで渚君も出塁。第三打者である磯貝君も同様にバントを決めてノーアウト満塁と完全にE組の流れだ。これには野球部だけじゃなくて観客からもザワつきが聞こえ始める。

「いい感じに盛り下がってきたようじゃの」

「そりゃあこんだけE組にいいようにされたら盛り上がれねぇだろ。野球部についちゃ面目丸潰れだからな」

その野球部の面々からは猜疑の目がこちらに向けられていた。まぁ進藤君レベルの豪速球を素人がバントで完璧に処理できていたら疑問に思うのは当然だろう。
だけどこっちは殺せんせーのマッハ野球で練習してきたのだ。どれだけ豪速球だろうが所詮は人間の投げるボール。しかも球種がほぼストレートだけとなると、素人のE組でもバントに絞って練習すれば十分に処理できる。
この状況でE組が迎える四番打者は当然ながら野球経験者の杉野君だ。そして杉野君もバントの構えを取ったことで野球部からは分かりやすく動揺が伝わってくる。ここまでのバント成功率100%を考えれば当たり前の反応だろう。
これ以上バント出塁からの失点は避けたいようで、進藤君はバントの構えで落とした頭に近い内角高めを狙ってきた。打者を威圧できるしバントしにくいコース選びの結果だろうけど……それ故に読みやすいコースでもある。
バントの構えを取っていた杉野君だったが、投球された瞬間に打撃(ヒッティング)へと切り替えるバスターで狙いすました一撃を叩き込んだ。深々と外野まで突き抜けたボールが戻って来る頃には杉野君は三塁まで出塁しており、既に出塁していた三人は帰ってきていてE組の三点先制である。

「これはもう勝ったも同然だね」

「そうじゃな。格下じゃと思っていた相手に機先を制され動揺しておるのは傍目から見ても明らか。ここから即座に気持ちを立て直すというのは難しいじゃろう」

彼らの野球部としてのプライドが高いだけに、今のこの展開はなかなか受け入れられるものじゃないだろう。そうやって気持ちの整理がつかないうちに更なる得点を稼ぎ、投手の杉野君が相手打者を抑えればゲームセットだ。もしかしたら野球部相手にコールドゲームもあり得るかもしれない。

「…………そう上手くはいかないようだ」

「え、なんで?」

だけどムッツリーニは僕らとは違う意見のようであった。予想としてはそこまで間違ってないと思うんだけど、いったい何をもってムッツリーニは違うと言ってるんだ?

「明久、あれを見ろ。初っ端からラスボスさんのご登場だ」

雄二の言葉を聞いて野球部のベンチに視線を向ければ、スーツを着た理知的な顔立ちの男性ーーー椚ヶ丘学園の理事長が校舎の方から歩いてくるのが見えた。なるほど、確かにこのままの流れで終わりそうにはないな。
理事長はベンチにいる野球部の監督の元へと歩み寄ると、そのまま至近距離まで詰め寄って威圧感のみで監督に泡を吹かさせていた。現実(リアル)に睨み倒しとか初めて見たよ。

「どうやら寺井先生は体調が優れないようだ。誰か医務室へ運んであげて下さい。その間、監督は私がやります」

体調を悪化させた本人が何を言ってるんだ、という野次を飛ばさせないくらいには風格があるから手に負えない。この学園の理事長(支配者)というのは伊達じゃないということが嫌でも分かってしまう。
ただ理事長が登場するだけでE組優勢の雰囲気を断ち切られてしまった。恐らく理事長の手に掛かれば精神的に崩れた野球部を立て直すことなど造作もないだろう。球技大会における野球部との対決はここからが本番だった。



次話
〜球技大会の時間・二時間目〜
https://novel.syosetu.org/112657/22.html



杉野「これで“球技大会の時間・一時間目”は終わりだ。皆も楽しんでくれたか?」

秀吉「まぁ今回はそこまで大きな変化はないがの。偶にある明久視点の原作寄りな話じゃな」

片岡「私達女子のバスケ部との対決も原作と同じで飛ばされてるしね」

秀吉「それは仕方なかろう。クロスしておるキャラが今のところ男だけじゃからな」

杉野「木下が女子として出ればなんとかなるんじゃね?違和感ねぇだろうし」

秀吉「なんてことを言うのじゃ⁉︎ 女子の中にワシが参加などしておったら違和感しかないじゃろ⁉︎」

片岡「いえ、正直に言えば怖いくらい違和感ないと思うけど……」

杉野「だよな。渚もイケると思うけど俺とバッテリー組んでるし……吉井もカツラ被ればいけるか?」

片岡「そうなったら女子サイドの話も書けたわね。惜しいことをしたわ」

秀吉「そんな恐ろしい仮定はいらん……」

杉野「そういや今回は坂本が大人しかったよな。だからこそ原作寄りになったっぽいところもある感じだしよ」

秀吉「特に率先して行動する理由がなかったからじゃろうな。普通に参加してはおるが、彼奴(あやつ)は必要のないことで自己主張はせんからの」

片岡「殺せんせーが監督として必要なことをしてくれてたっていうのもあるのかしら?」

秀吉「かもしれん。まぁ普通に参加してくれるだけでもE組の戦力には変わりないじゃろう」

杉野「運動神経も体格もE組トップクラスだしな。ただ理事長も出てきたことだし、本音を言えば本気を出してほしいところだ」

片岡「それは次の話次第だと思うわよ。後半も原作寄りの展開だと坂本君の出番は少ないだろうし」

秀吉「ということで次の話も楽しみにしておいてくれ。今回はこの辺でお開きじゃな」

杉野「俺も全力を尽くすからな‼︎ 応援よろしく頼むぜ‼︎」





渚「なんか関係ないところで言いたい放題言われてるんだけど……」

明久「うん、流石に女装するのも女子に混ざるのも難しいよね……」

カルマ「じゃあ実際に試してみよっか?」

渚・明久「「遠慮します」」


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球技大会の時間・二時間目

打順
一番:木村正義、二番:潮田渚、三番:磯貝悠馬、四番:杉野友人、五番:前原陽斗、六番:岡島大河、七番:吉井明久、八番:木下秀吉、九番:赤羽業

守備
投手:杉野友人、捕手:潮田渚、一塁手:菅谷創介、二塁手:磯貝悠馬、三塁手:吉井明久、遊撃手:土屋康太、左翼手:赤羽業、中堅手:千葉龍之介、右翼手:坂本雄二

偵察・補欠
撮影:三村航輝、分析:竹林孝太郎

守備の特徴・運動神経など諸々を考慮しつつ全員参加させた結果のメンバー表です。運動神経が低く偵察向きの三村君・竹林君は残念ながら試合に出ていません。


球技大会のエキシビションで野球部相手に先制して流れを掴んでいたE組だったが、野球部の監督に代わって理事長が指揮を執ることになったことでその流れを断ち切られてしまった。理事長の存在感が圧倒的すぎる件について……
理事長は殺せんせーが相手でも知能面で対等に張り合えるような怪物だ。劣勢の状況下でいったいどんな手を打ってくるのか、マウンドで野球部に円陣を組ませて指示を出している理事長が気になって仕方がない。

「ーーーって、幾らなんでもこれは……」

ゲームが再開した途端に展開された異様な光景に、僕だけじゃなくて全員が戸惑っていた。
何かしてくるとは思ってたけど、これほど極端な手を打ってくるとは誰も思わないだろう。まさか守備を全員内野に集めてくるなんて……
E組にバントしかないって判断の上では確実なバント対策だ。これが打撃妨害になるかどうかは審判の判断によるけど、当然ながら審判は本校舎の先生なので理事長の作戦に異を唱えるわけがない。判定は試合続行だ。
バッターボックスに立った前原君は練習したバントを試みるも、理事長に再教育された進藤君の威圧感から真上へとボールを打ち上げてしまった。続く岡島君もバントでは難しいと考えて殺監督に指示を仰いだのだが、打つ手なしという返事に為すすべもなく討ち取られてしまう。
そしてこの場面で迎える次の打者は僕だ。ここでなんとかしないと完全に野球部に流れを持っていかれる。点数的には勝ってるとはいえ、野球部が相手ではとても安全圏とは言い難い。

「明久」

と、バッターボックスへと向かっている最中に声を掛けられたので振り返った。僕を呼び止めた雄二はさっきまでと比べて気を引き締めたような表情でアイコンタクトによる指示を送ってくる。

「(殺せんせーに打つ手がねぇんならこの回は俺が指示を出す。まずはこの前進守備をぶっ潰すから何がなんでも出塁しろ)」

急にやる気を出したかと思えば随分と強引な指示を出してきたもんだ。“出塁しろ”なんて作戦も何もあったもんじゃないな。
ただ裏を返せば“お前なら出塁できるだろ”とでも言われているようで、だったら期待に応えてやろうじゃないかとも思ってしまう。いいだろう、雄二の狙いは分からないけど意地でも出塁してやるよ。

僕は改めてバッターボックスへと向かい、鋭い眼光を飛ばしてくる進藤君と対峙する。バッターボックスに立って実感したけど、確かにこの前進守備は集中を乱してくる以上に厄介だ。バントを通せる隙間なんてほとんどない。
進藤君の第一球、威圧的に投げられた豪速球を僕は見送った。殺せんせーが練習で投げてみせた140kmの球速よりも少し速い気がする。彼の威圧的がそう錯覚させるのか、理事長の再教育で実力以上の力が引き出されてるのか……どっちでも結果は同じだから関係ないな。
僕はこれまでのE組()と同じようにバントの構えを取る。バントを通せる隙間なんてほとんどないけど、守備一人一人の間には空間がある。渚君みたいにプッシュバントでそこを突く。
だけど流石にバントの構えを取っただけで動揺してくれるようなことはもうない。変わらず威圧感を放ったままバントの難しい高めのコースへと投げてきた。これをバントで完璧に転がして抜くのは至難の技だろう。……()()()()()、ね。
投球された瞬間、僕は杉野君と同じようにバントから打撃(ヒッティング)へと切り替えるバスターで迎え撃った。なんかそれっぽい雰囲気を出しつつ演技してたけど、誰も打撃できないなんて言ってないぞ。
この前進守備の穴、それは守備同士の間なんかじゃなく外野がガラ空きだということだ。普通に飛ばせば守備の間なんて抜けるだろうし、抜けてしまえばそのボールを拾う外野がいないから余裕で出塁できる。理事長もE組はバントしかないなんて甘く見たもんだね。
空間を裂くようにして迫ってくるボールに対して、僕は完璧なタイミングでバットを振る……はずだった。

一球目で進藤君のストレートの球速とタイミングは完璧に見切った。どのコースに投げられたとしても打てる自信があった。なのに投球された二球目は明らかに遅かったのだ。しかも山なりに大きく内角低めへと落ちていく。
まさか、僕が打撃を狙ってるのに気付いてタイミングをずらしてきた⁉︎ しかも打っても外野へと飛ばしにくい内角低めのカーブ……ほとんどストレートのみの進藤君がカーブでカウントを取りにきたことからまず間違いない。僕は慌ててバットの軌道を修正する。当たれ……‼︎
カキィン‼︎ となんとか当てて外野へ飛ばすことには成功したものの、飛距離が短く打ち上げてしまったことで内野から走って届くかもしれない微妙な距離である。ミスった、ここは見送って三球目で確実に勝負するべきだったか。
一塁へと走りながらあとは運に任せるしかない状況だったけど、ギリギリ捕球されずになんとか出塁することができた。更に距離が短くフライ気味だったものの、捕球されなかったことで大きくバウンドしつつその後の捕球姿勢も後ろ向きだったことから杉野君を本塁へ返すことに成功。僕の役目はなんとか果たせただろう。これでアウトになんかなっていたら雄二に何を言われるか分かったもんじゃない。
一先ず指示通りに出塁できたことで、これからどうするのかを確認するため雄二へと視線を向けた。僕の視線に気付いた雄二も視線を寄越してアイコンタクトを返してくる。

「(完璧に運任せじゃねぇかボケ)」

いやもうホント、言い返す余地がまるでないです。進藤君にカーブもあることを忘れていた僕の落ち度だ。出塁できたのも杉野君を返せたのも運が良かったに過ぎない。
しかし雄二の言葉はそこで終わらなかった。

「(……と言いたいところだが、理事長が指示出ししてる中で役目を全うしたんだから一応褒めといてやる)」

「(え、理事長が指示?そんなの出してたっけ?全然気付かなかったけど……)」

「(相手ベンチにいる理事長をよく見ろ)」

言われて理事長の方を見ると……なんであの人、野球部のハンドサインを完璧に使いこなしてるんだ。っていうか理事長が配球を指示してたってことは、僕が草野球レベルとはいえ野球経験者であることを知ってたってこと?……え、なんで知ってんの?普通に怖いんですけど……
続いてバッターボックスに立ったのは秀吉である。秀吉は僕のバットの持ち方よりもバットを短く持っており、長打を捨てて打率重視に考えた構えであった。僕みたいに大きく飛ばすよりも鋭く守備の間を転がして外野へと抜くつもりなのだろうか?
でも短くバットを持っているんだから外角のコースは打ちにくいはずだ。進藤君も外角低めにストレートを投げ込んでくる。それを秀吉は気のないスイングでバットに当てた。俗に言うカットって奴だが、敢えてファールを打ったのだとしたら狙いはフォアボールだな。
と、ここでベンチにいる雄二が動きを見せた。

「審判、タイムだ。選手の交代を要請する」

ここで選手交代……?ということは秀吉にファールを打たせたのはフォアボール狙いとかじゃなくて、プレイを中断させて選手交代をするためか。でも誰と誰を……?

「バッター、秀吉から俺に交代だ」

審判に交代を申請した雄二は自分を指名した。野球では出場している選手同士の打者交代は禁止されてるけど、秀吉は攻撃・雄二は守備のみを担当していたからこその打者交代だろう。初めやる気の薄かった雄二が攻撃にも参加してなかったことから可能な采配だ。

「あとは任せたぞ、雄二」

「おう、グラウンドの端までぶっ飛ばしてやるぜ」

強気な言葉とともにバッターボックスに立った雄二は構えを取らず、手に持ったバットで正面を指し示して獰猛な笑みを浮かべた。まさかのホームラン予告……本当にどこまでも強気な奴だな。
それを見た理事長が何やらハンドサインを送り、野球部の人達はそれに従って通常の守備位置まで戻っていった。やっぱりただのハッタリだとは思われなかったか。まぁ僕のことを知ってたんだから雄二のことを知ってても不思議じゃないよね。雄二も外野へとボールを飛ばせる可能性がある以上、前進守備を続けて外野をガラ空きにしておくわけにはいかないだろう。尤も、理事長のことだから野球の経験者か未経験者かで相手に合わせて守備位置を戻してくることはありそうだ。
しかし流石は野球部とそれを指揮する理事長といったところか。雄二もボールを外野深くへと飛ばすことはできたものの、ホームランとまではいかず深く守っていた守備に捕まってしまった。理事長がいなかったら動揺を誘えてただろうに……それを二塁へと送球されて僕のアウトで攻守交代である。
だけどE組の投手である杉野君だって進藤君に負けてはいない。ストレートこそ進藤君に比べれば遅いものの、カーブとスライダーを混ぜたような鋭く曲がる変化球によって三者連続三振で野球部の攻撃を無失点に抑えた。
ただ気掛かりなのは、野球部の攻撃の間に理事長がずっと進藤君に再教育を加えていたことだ。今までも十分に厄介な投手だった進藤君の実力がこれまで以上に引き出されたら、未経験者の皆どころか元野球部の杉野君だって出塁するのは難しくなるかもしれない。
続く二回の表。E組最後の打席はカルマ君なんだけど、

「あー、やっぱり戻してきたね」

「チッ、経験者か未経験者か判断できなくさせれば前進守備を潰せたってのに……E組(うち)の野球事情は完全に理事長に見抜かれてるな」

僕や雄二みたいに外野までボールを運べる生徒を把握して対処してるんだから、攻撃で守備の隙を突くのは厳しいだろう。僕らが打撃で出塁することによってバントだけだった他の皆にも打撃があるかもしれないと思わせる作戦だったらしい。僕がバスターで勝負しなければ雄二がバスターで勝負する予定だったとか。
その結果として打撃ではどうしようもないというのが雄二の判断だったが、バッターボックスへと向かっていたカルマ君が何やら途中で立ち止まる。

「……ねーぇ。これってズルくない、理事長センセー?守備がこんだけ邪魔な位置で守ってんのにさ、審判の先生はなんで何も注意しないの?」

いきなり何を思ったのか、カルマ君は理事長に対して抗議をし出した。そんな抗議が通じるんだったら初めから審判が注意してるだろうに……
それでもカルマ君は構わず抗議を続け、理事長や審判のみならず観客である生徒達にも水を向ける。

一般生徒(お前ら)もおかしいとか思わないの?……あ、そっかぁ。お前ら馬鹿だから守備位置とか理解してないんだね」

あ、これ抗議じゃないな。抗議に見せかけて思いっきり挑発してるよ。
で、当然ながら生徒達全員からブーイングの嵐である。ってコラコラ、空き缶とかのゴミを投げたら駄目でしょ。結局のところ片付けをするのは本校舎でグラウンドを使う君らなんだからね?
カルマ君の抗議は何も意味をなさず、前進守備を崩せなくて簡単に打ち取られてしまった。再び回ってきた一番打者の木村君と入れ替わりにベンチへと戻ってくる。

「……で、さっきの挑発は殺監督の指示か?」

「うん、正解。さっき守備の時に足元から出てきて言ってきた」

戻ってきたカルマ君に雄二が問い掛けると肯定の言葉が返ってきた。さっきまで役立たずだった殺監督が指示を出してきたとなると、何かしらの打開策でも思いついたのだろうか。
ともあれ雄二の判断通りに木村君、渚君とも抵抗虚しくアウトを奪われてしまった。一回の表と比べて随分短い攻撃だったなぁ。

「杉野」

攻守交代でマウンドに上がろうとしていた杉野君を雄二が呼び止める。杉野君も急に呼び止められて不思議そうにしながらも返事を返していた。

「おう、なんだ?」

「答えはなんとなく分かってるが一応訊いておく。お前、進藤を敬遠する気はあるか?」

なるほど、攻撃で有効な手が打てないから守備で逃げ切ろうってことだな。確かに一回裏の杉野君の投球を見れば警戒するべきなのは進藤君だけだろう。他の選手であれば十分に打ち取れる可能性は高い。
しかし杉野君はその提案を聞いて複雑そうな表情をしていた。ん?何か問題でもあるのか?

「……まぁ本気で勝つんだったら敬遠するのが妥当だよな。……でも悪い、今回は投手として勝負から逃げたくないんだ。まるっきり俺の我が儘なんだけどさ」

杉野君は頰を掻きながらバツが悪そうに自分の想いを口にする。球技大会の前は野球で負けたくないって言ってたけど、同じくらい進藤君とも野球で競いたいのだろう。
それを聞いた雄二は溜め息を吐いて肩を竦める。

「そう言うと思ったぜ。……分かった、投球はお前の好きなようにやれ。そいつらも文句はねぇだろ」

その言葉に杉野君が周りを見回せば、ベンチに残ってる人達だけじゃなくて既に守備に向かったと思っていた皆も集まっていた。二人の会話は聞いていたようだけど、誰も杉野君の我が儘を責めるような人はいない。寧ろ背中を押すように強気な笑みを浮かべている。

「皆……ありがとな。俺も全力で投げるからよ、最後まで俺の我が儘に付き合ってくれ‼︎」

杉野君の心の籠もった頼みを聞いた皆は、各々の言葉や態度で快くその頼みを受け入れていた。最初から一致団結して球技大会に望んでる人は多かったけど、ここに来てより一層皆の心が一つになった気がする。
二回の裏は進藤君に長打を打たれて他の人にも何回か出塁を許したけど、杉野君も意地の投球で失点は一点に抑えてみせた。皆の守備に今まで以上の気合いが入っていたことも影響しているだろう。
でも気合いだけではどうにもならないのが純粋な実力差だ。元から超中学級の実力を持っていた進藤君なのに、それを理事長の再教育によって極限まで集中力が高められているのだ。回ってくる打順的に唯一打てる可能性が高かった杉野君も打ち取られてしまい、残すは野球部の攻撃のみで勝つためには逃げ切るしか手がない状況である。
とはいえE組に余裕が全くないってわけでもなかった。

「次の進藤の打順までにまだ何人も残っておる。杉野じゃったら進藤に回すことなく打ち取ることも可能じゃろう」

「…………(コクコク)」

そう、秀吉の言う通りなのだ。球技大会の野球ルールでは試合は三回までしかなく、二回の裏も出塁を許したとはいえ最小限に抑えられたため野球部の打席はまだ回りきっていない。杉野君の投球だったら進藤君へ回る前に試合を終わらせることも可能……だと僕も思うんだけど、

「……雄二、このまま終わると思う?」

「あの理事長がこのまま何の手も打たないとは到底思えねぇ。確実に何か仕掛けてくるはずだ」

僕の問い掛けに雄二が厳しい表情で返してくる。一回の表で流れを断ち切られたように、理事長の動き次第で試合展開はまた大きく変わるだろう。特に理事長はただ勝つことが目的なんじゃなく、教育理念に従って圧倒的に勝つことが目的のはずだ。そのためにどんな手を打ってくるのか予測がつかない。
しかし僕らが守備につき、野球部の打者がバッターボックスに入って構えたところで理事長の一手が明らかとなった。

「なっ、バント……⁉︎」

打者がバントの構えを取ったことで僕は思わず声を上げてしまう。それと同時に理事長の狙いも理解した。そういうことか‼︎ それだったら理事長の狙いとも合致する‼︎

「審判、タイムだ‼︎」

堪らず雄二もプレイが宣言される前にタイムを取った。許可を得たことでマウンドへと上がっていく雄二を見て、守備についていた僕らも杉野君の元へと集まっていく。

「理事長の野郎、俺達が先にやったから素人相手に手本っつう大義名分を得てバントでやり返しに来やがった。E組(うち)の守備力を踏まえた上での選択だな。確実に出塁した上で進藤まで回す作戦だ」

理事長の思い描く圧倒的な勝ち方……それは満塁逆転サヨナラホームランだ。それが想定される中でも最高の展開だろう。そうじゃなくても進藤君の打撃で逆転するという展開を狙っているのはまず間違いない。バントで地道に点数を稼ぐなんて強者の勝ち方とは言えないからね。

「どうするんだ、坂本?さっきは俺の我が儘に付き合わちまったからな。どんな作戦でも付き合うぞ」

「いや、杉野はこれまで通りに投球してくれればいい。だが外野へは飛ばさないように勝負してくれ。つーか打撃は全部打ち取れ。可能ならバントも打ち取れ」

どんな作戦にも付き合うと言った杉野君だったが、雄二の無茶すぎる要求には流石に苦笑いを浮かべていた。

「ハハ……了解。全部打ち取るのは難しいと思うけど、外野へは意地でも飛ばさないようにするぜ」

「頼んだぞ。で、守備の方を大幅に変更する。何もやらないよりはマシだ」

続いて守備の僕らにも指示を出してくる雄二だったが、それを横で聞いていた杉野君が苦笑いだった口元を少し引き攣らせている。うん、気持ちは分かるけど頑張ってとしか言い様がない。僕らも出来る限り頑張るからさ。



そうして僕らのタイムが終わり、ゲームが再開して何度目か分からない観客の騒めきが聞こえてきた。それを表すように球技大会中ずっと流れていた放送解説からも驚きの声が上がる。

『な、これは……‼︎ 野球部がE組と同じくバントの構えを見せた瞬間にタイムを取ったE組でしたが、なんとE組も野球部と同じく極端な前進守備でバントシフトを敷いてきました‼︎』

雄二の作戦は至って単純、“やられたらやり返せ”というものだった。さっきカルマ君が前進守備の抗議した時には却下したんだから、同じ前進守備に対して審判は妨害判定を下せないのである。その抗議も殺監督の指示だったらしいけど、それを雄二も作戦として利用したのだ。
ただし保険として守備の中でも体格の良いカルマ君はセンターを陣取って外野への打撃を警戒しつつ牽制。多少の野球経験がある僕はサード、ムッツリーニはショート、秀吉はセカンドについてベースラインより内側でボールが抜けないようにお互いをカバーしながら守備。菅谷君はファーストに張り付き、磯貝君、千葉君はピッチャーである杉野君の両脇を位置取って隙間を埋めつつバントのコースを制限。考えられる限りの穴を埋めた形で内野に集めた守備陣形である
当たり前ながら最大の穴はガラ空きの外野だ。カルマ君をセンターに置いてライト・レフトとも走り込めるようにはしてるけど、一人で外野全域をカバーするのは不可能なので外野まで飛ばされたら二塁打は固いだろう。なのでこの前進守備はほぼ杉野君の投球に懸かっている。口元が引き攣るくらいには責任重大だ。

「さて、どこまで通じるか……」

そして何よりもこの陣形を成功させるためには守備の僕らがバントに対処できなければならない。ほぼバント練習しかしていないE組にどこまで対処できるか……そういう不安もあって雄二は“何もやらないよりはマシだ”って否定的に指示を出したのだろう。
この前進守備のおかげで野球部も攻めにくくなったのは確かだと思うが、その効果は薄くアウトを一つ取っただけで二・三塁に走者がいる状態だ。しかもそのアウトもスクイズで三塁走者を返すためのものであり、その時に走者を本塁へと返されてしまい点数を稼がれてしまった。本当に僕達へと手本を見せるかのようなバントプレイである。
二点差でワンアウト二・三塁、この場面で野球部の迎える打者は進藤君だった。何とか進藤君へ打席が回る前に試合を決めたかったところだけど、そうそう上手くはいかないもんだ。僕らの運動能力を完全に把握している理事長の指揮だけならまだしも、それを的確に遂行できる野球部の技量も合わさって抑えるのは困難を極めたのである。
あとは杉野君の投球に懸けるしかないか……といったところでカルマ君が外野から悠々と内野まで歩いてきた。え、何してんの?

「磯貝、監督から指令〜」

「…………マジっすか」

カルマ君が本塁を指差したことでその意図を悟ったのか、磯貝君は微妙な表情を浮かべて溜め息をついた。いよいよ殺監督が自分で打った布石を活かしにきたらしい。
いったい何をするつもりなのか、二人は前進守備のポジションから更に前進し……いや、ちょ、本当に何処まで前進するつもりーーー


二人がその歩みを止めたのは文字通り進藤君の目の前……バットを振れば確実に当たる位置まで前進して守備についた。


マジっすか……思わず磯貝君と同じ台詞を吐きそうになったよ。ほら見てみ、進藤君の顔。さっきまで相手を射殺さんばかりに鋭い視線を飛ばしてきてたのに、今や点だよ点。集中力なんてあったもんじゃない。
誰もが二人のあり得ないゼロ距離守備に呆然とする中、ただ一人理事長だけは冷静なままだった。

「フフ、くだらないハッタリですね。構わず振りなさい、進藤君。骨を砕いても打撃妨害を取られるのはE組の方だ」

えぇ……その発言は教育者としてどうなんだ?いやまぁゼロ距離守備をやってる僕らが言える立場じゃないけども。
ちなみにE組(僕ら)は野球では考えられない突拍子もない指示に驚きはあったけど危機感は微塵もなかった。だって普段から得物を振るって戦闘訓練してるし、マッハ二十の殺せんせーを殺そうと思ったらバットのスイングなんて止まってるも同然である。
理事長の指示でやけくそ気味にバットを振り抜いた進藤君だったが、カルマ君と磯貝君は余裕でそれを躱してみせた。あの二人は動体視力だけじゃなくて度胸もあるからなぁ。心配する必要は全くと言っていいほどない。
こうなっては進藤君の精神力が保たないだろう。続く二投目を腰の引けたスイングで当ててしまい、地面に跳ねたボールを至近距離でキャッチしたカルマ君がキャッチャーの渚君へと投げ渡して三塁走者をアウト。そのまま渚君が僕の方へと送球してきて呆然としていた二塁走者もアウト。それでスリーアウトとなり、試合は四対二でE組の勝ちである。
理事長は試合が終わると静かに立ち去っていった。勝ちはしたけどなんかどっと疲れる試合だったな。もう今日は帰ってゆっくりしたい。限界まで追い込まされた進藤君の精神状態も少し心配だけど、そこは杉野君が歩み寄って何やら話し掛けてるから多分大丈夫だろう。
こうして球技大会における野球部とE組の試合は幕を閉じたのだった。



次話
〜訓練の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/23.html



雄二「これで“球技大会の時間・二時間目”は終わりだ。楽しんでくれたか?」

三村「なんか俺って野球メンバーから外された代わりに呼ばれたっぽいような……」

岡野「三村、初っ端から暗いよ。そんなの言ったら私なんて完全に数合わせじゃない。その代わりにエアギター暴露(ささやき戦術)を免れたんだからよかったじゃん」

三村「それは言うな。いや言わないで下さいお願いします」

雄二「心配するな。既に殺せんせーから情報は広がり始めてるぞ」

三村「ちょっと待て‼︎ 心配する要素しかないぞ⁉︎」

岡野「はいはい、分かったから三村は落ち着く。後書きが全然進まないから。ところで坂本は何で急にやる気出したの?」

雄二「あの理事長(化け物)と直接対決できる機会なんて滅多にないだろ。殺せんせーを殺すには知能面で張り合えるに越したことはない。まぁ真っ当な手段と二番煎じの戦術じゃ一歩及ばなかったわけだが」

三村「それ、真っ当な手段じゃなかったら手があったってことか?」

雄二「なくはないが……E組は真面目な奴や常識的な奴が大半だからな。非常識でドブが腐ったような性格の人間ばかりだったFクラスとは取れる手も違ってくるさ」

岡野「酷い言い様ね……」

雄二「つーか本気で勝つつもりなら野球経験者と運動神経トップの奴らで攻守ともに固めて進藤を敬遠するのが一番堅実なんだがな」

三村「それやったら物語として面白くないものが出来上がるぞ」

岡野「確実に山も谷もない平坦なストーリー展開になるわよ」

雄二「だから杉野の真剣さを見せるためにも敬遠しなかったんじゃねぇか。……やっぱ野球知識の乏しい作者()が野球回書くのは間違いだったな」

三村「今サラッと裏話を暴露しなかったか?」

雄二「気のせいだろ。お、いい時間だしそろそろお開きにするか」

岡野「話の逸らし方が強引にも程があるでしょ」

雄二「知らん、文句は聞かん。というわけで次回も楽しみにしとけ」





進藤「こういう話に出てくる才能ある奴って大抵踏み台だよな……」

杉野「そう卑屈になるなって。お前が凄えのは確かなんだからさ。踏み台扱いも否定できないけどよ」

進藤「おい」


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七月 訓練の時間

暗殺訓練が始まって四ヶ月目に入った七月。
元から喧嘩なんかで戦闘慣れしていた僕や雄二だけじゃなく、そういった荒事に縁のなかった他の皆もかなり動けるようになってきたと思う。っていうとなんか物凄い上から目線みたいだけど、最初の頃に比べたら皆の動きに固さがなくなってきているのは確かだ。

「視線を切らすな‼︎ 次に標的(ターゲット)がどう動くかを予測しろ‼︎ 全員が予測すればそれだけ奴の逃げ道を塞ぐことになる‼︎」

ナイフの実戦訓練中、二人同時に斬り掛かってくる生徒の相手をしながら烏間先生がナイフ術の指導を入れている。
生徒の中には二人掛かりでなら先生に当てられる人も出てきており、今やってる磯貝君と前原君もそのうちの一組だ。二人とも運動神経がよく幼馴染ということもあってか連携も上手い。あ、そう言ってる間にも前原君のナイフが烏間先生に当たった。

「良し‼︎ 二人それぞれ加点一点‼︎ 次ッ‼︎」

烏間先生は磯貝君と前原君に加点を言い渡すと次の生徒に出てくるよう促してくる。
彼らの次は僕と秀吉の番だ。順番が近くて見学していた列の中から二人で前へと出ていく。

「お願いします」

「よろしく頼むのじゃ」

烏間先生との模擬戦闘は最初の体育と同じで基本的に何でもありだけど、今回は僕も秀吉もナイフ一本で先生と対峙する。
最終的には僕一人で烏間先生に当てることが目標だけど、正直二人掛かりならともかくまだ一人では当てることが出来ていない。雄二は以前当てることが出来ていたけど、

“ありゃ授業レベル、つーか生徒の実力に合わせて手加減してんだよ。次からは実力を修正してきてまた当てられなくなるだろうぜ”

とのことで、本当にそれ以降は雄二も一人ではナイフを当てられなくなっていた。要するに最大限の実力を発揮して漸く当てられるかどうか、という実力に合わせてるってことだ。もしくは烏間先生の見立て以上に実力を伸ばして手加減レベルを越えるしかない。

「よし、来いッ‼︎」

その言葉を合図として僕と秀吉は一斉に烏間先生へと肉薄した。まずは先生との間合いを潰してナイフの射程まで入り、先行していた僕から右手に持ったナイフを一息に三連続で突き出す。
狙いは躱しにくい身体の正中線、喉元・胸部・腹部の三ヶ所。しかし烏間先生はそれらを上体を反らし、半身になり、左手で捌くことで全て()なされてしまう。
だけど先生が僕を往なしたことで空いた左側から秀吉が透かさずナイフを突き出していた。それを烏間先生は往なした左手を引き戻しつつ裏拳で弾く。やっぱり動きに無駄がほとんどないな。

「ハッ‼︎」

僕はナイフを往なされても体勢を崩さず、次は体捌きで躱されないよう横薙ぎに一閃する。先生は同じく右腕で僕の()()を防ぎ……バックステップによって横薙ぎの寸前で持ち替えていた左手のナイフによる突きを回避した。流石に模擬戦闘のたびにトリッキーな手を使い続けていればこの程度の攻め方じゃあ動揺も誘えないか。
後退した烏間先生を追って秀吉も追撃……ではなく投擲で間髪入れずナイフを当てにいった。が、先生は左手の指で真剣白刃取りにて投擲を受け止める。最初こそ真剣白羽取りに唖然としていたがもう珍しくもなんともない。
秀吉も同じ気持ちだったようで、投擲を防がれる前から仕込みナイフを取り出して再接近していた。どうやら防がれることを前提に動いていたらしい。さっき弾かれたことを踏まえてか、真剣白刃取りをした左腕に狙いを定めて二本目のナイフを振るう。

「手足を狙うのはいいが末端部に対する攻撃は対処されやすい‼︎ 対処されることを想定して自分に有利な展開へと繋げていけ‼︎」

手捌きのみで一瞬にして投擲されたナイフを構えた烏間先生は、迫る秀吉のナイフを同じくナイフで受け止めた。恐らくナイフがなかったら腕を引いて躱していたことだろう。それよりも真剣白羽取りに使用した左腕を潜って懐に潜り込んでいたらナイフを当てられたかな?
その後も先生のアドバイスを聞きながら二人掛かりで幾度となく攻め立てていき、

「時間切れだ。今回の模擬戦闘の内容を反芻しながら訓練を続けるように。次ッ‼︎」

残念ながらナイフを当てることはできずタイムアップだ。次に控えていた片岡さんと岡野さんが前へ出てきて烏間先生と対峙する。
通常訓練に戻った僕らは言われた通り今の烏間先生との模擬戦闘を思い出しながら二人でナイフの素振りを始めていく。

「う〜ん、もうちょっと力が必要かなぁ。簡単に往なされてちゃ相手の隙も作りにくいし」

「ワシは瞬発力といったところじゃの。あの時に懐へと入り込めておれば当てられていた可能性もあったはずじゃ」

こうやって各々に足りないところを意識させられ、それを次へと活かすために克服していくことでなんとかナイフを当てられるようになっていくのだ。その度に手加減レベルを下げられるから常に最大限を求められ、また次の段階へと登る必要が出てくる。烏間先生は戦闘の実力だけじゃなくて指導者としても優秀だったんだろう。だからこそこの暗殺教室に暗殺者育成の教官として送り込まれたんだろうね。
と、素振りを終えて改めて秀吉と模擬戦闘をしていたところで何かが地面に落ちるような大きな音が聞こえてきた。見れば木村君と組んで先生と模擬戦闘をしてたっぽい渚君が仰向けに倒れこんでいる。

「……いった……」

「すまん、ちょっと強く防ぎすぎた。立てるか?」

「あ、へ、へーきです」

烏間先生が駆け寄りながら心配してるってことは手加減をミスったのか。渚君も笑いながら上体を起こして立ち上がる。まぁ先生だって超人ではあっても人間なんだ。偶にはミスをすることだってあるだろう。

「…………」

この時、雄二が真剣な表情で渚君を見てーーー観察していることに僕は気付かなかった。





そうこうしているうちに今日の体育は終わり、烏間先生の号令を受けて皆も解散していく。

「せんせー‼︎ 放課後に街で皆とお茶してこーよ‼︎」

同時に今日の授業も終わったので倉橋さんが放課後の遊びに烏間先生を誘っていた。修学旅行の時に烏間先生を狙ってるって言ってたし、彼女としても積極的にアプローチしてるって感じだ。

「……あぁ、誘いは嬉しいがこの後は防衛省からの連絡待ちでな。また今度にしてくれ」

そう言うと先生は校舎の方へと歩いていってしまった。誘えば偶に付き合ってくれるけど、基本的には今みたいに仕事で断ってくる場合の方が多い。色々と忙しいんだろうな。
だけど皆は烏間先生の対応に不満があったようで、それぞれに不満の表情を浮かべている。

「なんていうか、私達との間に壁っていうか……一定の距離感を保ってるような感じだよね」

「うん。確かに私達のこと大切にしてくれてるっていうのは分かるけど、それってやっぱりただ任務だからなのかな」

矢田さんと倉橋さんがその気持ちを口から漏らしていると、そこへ体育の時間は砂場が定位置となりつつある殺せんせーがやってきた。

「そんなことはありません。確かにあの人は先生の暗殺のために送り込まれた工作員ですが、彼にもちゃんと素晴らしい教師の血が流れていますよ」

まぁ世の中には無愛想な人なんていっぱいいるし、その人との壁を感じるかどうかなんてのは受け手次第だろう。なんならこっちから歩み寄ればいいだけのことなんだし。
……あれ?なんか見慣れない巨漢の人が大荷物を持ってこっちに歩いてきた。そのまま僕らの前まで来ると荷物を地面に置いて笑顔で挨拶してくる。

「やっ‼︎ 俺の名前は鷹岡明‼︎ 今日から烏間を補佐して此処で働く‼︎ よろしくな、E組の皆‼︎」

ってことは今日から新しい先生になるのか。でもこの大荷物はいったい何なんだ?
不思議に思っていると荷物の近くにいた人達の反応でお菓子や飲み物であることが分かった。それも高級品らしい。“高級品”って単語とは縁がないから詳しく知らないけど、女子の皆が盛り上がってることから多分人気の奴なんだろう。

「いいんですか?こんな高いの」

「おう、遠慮なく食え食え‼︎ お前らとは早く仲良くなりたいんだ‼︎ それには皆で囲んでメシ食うのが一番だろ‼︎」

磯貝君の恐縮した様子の問い掛けにも鷹岡先生は気の良さそうな返事で返してくる。太っ腹なことだ。これだけで僕の食費や摂取カロリーを何ヶ月分くらい賄えるかな?

「烏間先生とは同僚なのに雰囲気とか随分違うんすね」

「なんか近所の父ちゃんみたいですよ」

「ははは、いいじゃねーか父ちゃんで‼︎ 同じ教室にいるからには俺達家族みたいなもんだろ?」

木村君や原さんの言葉にもフレンドリーな対応で、分かりやすく言えば親しみやすい熱血教師といった感じである。これで烏間先生よりも実力が上なんだったら完璧だけど……だったら初めから鷹岡先生が来てるか。教官として優秀だから烏間先生の補佐に来たってことなのか?
まぁ今はそんなことどうでもいいや。滅多にない高級カロリーを頂けるチャンスだ。僕も遠慮なく食べることにしよう。というか殺せんせーに食い尽くされそうな勢いだから早くしないと。
そう思って一緒に訓練していた秀吉も誘おうと顔を向けたんだけど、そこには何故か眉根を寄せた秀吉が難しそうな表情を浮かべて立っていた。

「秀吉、どうかしたの?」

「……いや、どうにもあの男の張り付けた笑顔が好きになれんでの。ワシとしては烏間先生の方が好ましいと思っておっただけじゃ」

「張り付けた笑顔?」

そう言われて鷹岡先生を改めて見るけど、少なくとも僕にはテンションが高くて暑苦しい人にしか見えない。周りにいる皆も突然のことで戸惑ってる感じはあるが先生を受け入れて楽しそうにしている。
でもそう思ったのは秀吉だけじゃなかったようで、少し離れて訓練していた雄二とムッツリーニも僕らの話に加わってきた。

「同感だ。なんか胡散臭ぇんだよな、言動が芝居掛かってるっつーか……秀吉が反応したってことは実際にそうなんだろ」

「…………(コクコク)」

秀吉はあまり目立ったところは見せないけど演技に関しては群を抜いている。そのことに疑う余地はない以上、鷹岡先生に裏の顔があるのは確かなのだろう。初めての顔合わせだからクラスの好感を得ようとしてるだけかもしれないけど……心の隅には留めておくべきか。
…………だ、だけど鷹岡先生はともかくお菓子や飲み物に罪はないよね?せっかく持ってきてくれたんだから食べないっていうのは、鷹岡先生はともかく売ってる店に悪いんじゃないかな?少しは先生を警戒するとして……うん、警戒しながらお菓子を食べれば何も問題ないよね。
というわけで警戒して近寄らない三人を置いて僕も皆の輪に加わる。もちろん間近で鷹岡先生を観察しつつ警戒もーーーこのエクレア美味(うま)っ‼︎ このケーキ美味(おい)しッ‼︎ 鷹岡先生、差し入れあざまーっす‼︎







「よーし、皆集まったな‼︎ では今日から新しい体育を始めよう‼︎」

鷹岡先生が来てから初めての体育の時間。昨日からずっと警戒してた(決してお菓子に惑わされたりなんかしてない)けど、特に怪しい動きは見られなかった。
ちなみに烏間先生は事務作業に専念するとのことでグラウンドには来ていない。烏間先生を目標にしてたからそれはちょっと残念だ。機会があったら放課後にでも模擬戦闘を頼んでみようかな。

「ちょっと厳しくなると思うが、終わったらまた美味いもん食わしてやるからな‼︎」

「そんなこと言って、本当は自分が食いたいだけじゃないの?」

「まーな、おかげでこの横腹だ」

秀吉がああ言うから注意してたけど、中村さんからの茶々入れにも冗談で返したりして少なくとも悪い人には見えない。やっぱり気のせいなんじゃないだろうか。

「さて‼︎ 訓練内容の一新に伴ってE組の時間割りも変更になった。これを皆に回してくれ」

……?なんで訓練内容が変わったからって授業の時間割りまで変わるんだ?
鷹岡先生の言葉を疑問に思ったのは僕だけじゃないようで、配られたプリントを回す皆の顔にも疑問が浮かんでいる。ただしその疑問も次の瞬間には吹き飛んでいた。そして秀吉の観察眼が正しかったことも証明されたと言えるだろう。
なんで秀吉の観察眼が証明されたのかって言うと、先生から渡された時間割りが常軌を逸していたからだ。それこそ誰もが茫然自失として絶句するレベルで常識から外れている。

「……うそ、でしょ?」

「十時間目……」

「夜九時まで、訓練……?」

頭イかれてるでしょ。世の中のブラック企業もビックリするような時間割りである。っていうかよく見ると夕食の時間が中途半端なんだよなぁ。なんで十六時半?しかもその後から授業時間が延びてってるし。普通は五十分なのに十時間目なんて一時間半も時間取ってるからね。
しかし鷹岡先生は皆の反応を見ても何でもないかのように、

「このぐらいは当然さ。理事長にも話して承諾してもらった。“地球の危機ならしょうがない”と言ってたぜ」

いやいやいやいや、理事長こんなの許しちゃったら駄目でしょ。夜九時まで子供が帰って来なかったら親御さんが不審に思いますって。あの人、もしかしなくても理念に沿った教(目的)育とE組を蹴落とす(手段)ことを履き違えてきてるんじゃ……

「この時間割り(カリキュラム)について来れればお前らの能力は飛躍的に上がる。では早速ーーー」

「ちょ、ちょっと待ってください‼︎」

っと、そんなことを考え込んでても仕方ないな。まずは先生の暴挙を止めないと。こんな時間割りが始まってしまえば確実にE組の中でも潰れる人が出てくる。

「幾らなんでも訓練する時間が多過ぎじゃないですか?絶対に着いてこれない人が出てきますよ。こんなの出来るわけありません」

僕が当たり前の抗議した途端、鷹岡先生が巨漢とは思えないような素早い動きで距離を詰めて頭を掴みかかってきた。突然のことだったけどその腕を下から弾いて往なそうと……無視して強引に腕を伸ばしてきた⁉︎ やっぱり腕力差が大きかったら見えてても対処できない‼︎
往なすことを諦めて頭を下げることによって先生の腕を回避する。が、間髪入れずに下がった顔面目掛けて膝蹴りが飛んできた。
……これは躱せない。そう判断した直後、僕の右頬に先生の膝が突き刺さる。咄嗟に首を左へ回転させて直撃は避けようとしたが、そんな漫画みたいな技が簡単に使えるわけもなく蹴り倒された。
頰に走る痛みに堪えながらもすぐに受け身を取って立ち上がる。その際に口の中が切れたようで口元から垂れる血を拭い、変わらない笑顔で悠然と佇む鷹岡先生を睨みつけた。

「い、いきなり何すんだ……」

「“出来ない”じゃない、“やる”んだよ。言ったろ?俺達は家族で俺は父親だ。世の中に父親の命令を聞かない家族が何処にいる?」

……いや、結構な割合でいるんじゃないだろうか?うちの父親の地位も家族内で最下位だし。
しかしそんな場違いな感想を言えるはずもなく、反応がないのをいいことに先生は言葉を続ける。

「さぁ、まずはスクワット百回かける三セットだ。抜けたい奴は抜けてもいいぞ。その時は俺の育てた屈強な兵士が代わりに入る。一人や二人入れ替わってもあのタコは逃げ出すまい」

確かに殺せんせーだったら残った生徒を見捨てるようなことはしないだろう。屈強な兵士(おっさん)が入ってくることに異論がないわけじゃないけど、人工知能()という前例があるんだから理事長が許可をすれば本当に入れ替えられるはずだ。あの殺人的な時間割りを理事長が認めてることから生徒の入れ替えも認められると考えていい。

「けどな、俺はそういう事したくないんだ。お前らは大事な家族なんだからよ。家族全員で地球の危機を救おうぜ‼︎ なっ?」

白々しい。そんなこと微塵も思ってないだろ。皆が潰れてもおかしくない時間割りを作っておいて……飴と鞭のつもりか?

「な?お前は父ちゃんに着いてきてくれるよな?」

そんな鷹岡先生が次に狙いをつけたのは神崎さんだった。彼女は先生に対する恐怖から表情は強張り脚を震えさせている。躊躇なく暴力を振るってくる男が目の前にいたら誰だって怖いだろう。それが女の子なら尚更だ。

「……は、はい。あの、私…………」

声を掛けられた神崎さんは声を震わせながら答えようとする。今は嘘でもいいから先生に合わせるべきだ。拒否したら僕と同じように暴力を振るわれるかもしれない。神崎さんだってそれは理解してるだろう。
彼女は恐怖に駆られながら精一杯の笑みを浮かべ、

「私は嫌です。烏間先生の授業を希望します」

きっぱりと拒否の言葉を先生に返した。
神崎さんはなんて強いんだろう。この状況で自分の意見をはっきり伝えられる人なんてそう多くはいない。尊敬しちゃうよ。
だけど鷹岡先生は予想していた通り、拒否した彼女に対して暴力で応えた。バチンッ‼︎ と大きな音が響き渡るくらいの平手打ちで神崎さんも殴り倒されてしまう。



それを見た瞬間、僕の中で、何かがトんだ。



周りにいた渚君達が倒された神崎さんへと駆け寄る中、今度は僕から鷹岡先生との距離を一息に詰めていく。半端な攻撃は通じないだろう。狙うなら急所だ。
身長の高い鷹岡先生に合わせて一気に跳び上がった僕は、先生の顎に狙いを定めて右の上段蹴りを放った。どんだけ肉の鎧が厚かろうが脳を揺らされたら一溜まりもないだろう。
神崎さん達に視線を向けていた先生だったが、僕が跳び上がる直前に気付かれて呆気なく躱されてしまった。だが軍人相手に馬鹿正直な攻撃が通じないのは烏間先生で学習済みである。右足を振り抜いた僕は素早く足を踏み替え、息つく暇もなく左の後ろ回し蹴りを再び顎へと放つ。

「ーーー文句があるなら拳と拳で語り合う。そっちの方が父ちゃんは得意だぞ?」

しかしその左足も簡単に掴まれてしまい、僕はその状態で宙吊りにされてしまう。構わず宙吊りにされたまま金的を狙おうとした僕だったが、拳を振りかぶる前に鷹岡先生の拳が腹部に突き刺さった。

「ガハッ⁉︎」

無防備に拳を食らってしまい思わず吐き気が込み上げてくる。先生は苦痛に表情を歪ませる僕のことなんか見ておらず、自身の優位を皆へ見せつけるように投げ捨てられた。
背中から落とされて殴られた痛み以外に鈍い痛みも走るけど、そんなの知ったことか。動ければなんだっていい。震えそうになる脚を抑え込んで歯を食い縛りながら立ち上がる。

「落ち着け、明久。一人で戦って勝てるわけねぇだろ」

そこから一歩踏み出そうとしたところで雄二に声を掛けられた。でもそれは無理な注文だ。ここで止まるなんて僕にはできない。

「勝てると思ったから戦ってるんじゃない、許せないと思ったから立ち向かってるんだ‼︎ 女の子の顔を平気で殴るような屑野郎、絶対にぶっ飛ばす‼︎ そんでもって神崎さんに謝らせる‼︎」

馬鹿だから勝率なんて欠片も考えちゃいない。僕は思ったままに行動してるだけだ。身体が動かなくなるまで……ぶっ飛ばすまで止まるつもりはない‼︎
だけど僕の言葉を聞いて雄二は呆れたように溜め息を吐いた。

「だから落ち着けって言ってるんだ。別に誰も止めちゃいねぇだろ。()()()()()()勝てねぇって言ってるんだ。俺達も混ぜろよ」

そう言うと雄二だけじゃなくムッツリーニまで僕の横に並んできて鷹岡先生と対峙する。雄二はボクシングスタイルで、ムッツリーニは何処からか取り出した本物のナイフを構えて先生と向かい合う。

「…………明久、使え。素手だと厳しい」

そしてムッツリーニはもう一本本物のナイフを取り出して僕にも手渡してきた。なんで体育の時間に持ってるのかは知らないけど、素手じゃ厳しいというのは本当だ。貸してくれるんなら有難く使わせてもらおう。
ダメージを負っている今の状態でどこまで振れるか確認するために軽く素振りする。うん、問題ない。手元が狂うこともなさそうだ。

「ほぉ、本物のナイフを扱える奴もいるのか。下手な新兵よりも優秀だな、お前らは」

しかし本物のナイフを出したところで鷹岡先生が怯むようなことはなく、寧ろ感心した様子で僕らを観察していた。軍隊じゃナイフくらい普通ってか。上等だ、油断してるうちに斬り伏せてやる。

「止めろ鷹岡‼︎ 君達もナイフを仕舞え‼︎」

そこで事態を察知したらしい烏間先生が駆け寄ってきた。倒れている神崎さんの様子を確認した後、僕らの方にも近付いてくる。

「吉井君、君も大丈夫か?」

「僕は平気です」

「そうか。だがナイフは渡してくれ。下手をすれば取り返しのつかないことになるぞ」

そう言って烏間先生は手を差し出してきた。まぁ先生としては訓練していない本物のナイフでの戦闘を危惧してのことだろう。
素手じゃ厳しいと思ってたところだけど、烏間先生がそう言うんなら仕方ない。厳しくても素手でやるか。
そう思ってナイフを渡そうとしたところで鷹岡先生がそれを止めた。

「待て、烏間。本物のナイフがあるなら丁度いい。お前の教育と俺の教育、俺の訓練を始める前にどっちが優秀か決めておこうじゃないか」

いったい何を始めるのかと訝しんだが、烏間先生の教育が優れていたら自分は出ていくというので話を聞くことにする。
それを決める方法として烏間先生が指名した生徒と鷹岡先生が戦い、そこでナイフを寸止めでもいいから当てられたら負けを認めるというものだった。ただし鷹岡先生が勝てばその後は誰も訓練に口出ししない、相手が殺せんせーじゃなく人間だから使うのは本物のナイフという条件である。

「先生、僕にやらせて下さい。ナイフを一回当てるくらいやってみせます」

流石に使い慣れていない皆に本物のナイフを使った戦闘をさせるわけにはいかない。やるんだったら僕かムッツリーニ、純粋な戦闘力で考えて雄二が適任だろう。
だけど烏間先生は僕やムッツリーニ、雄二を一瞥するだけで何も言わない。そして先生にしては珍しく躊躇したように考え込んだ後、

「……渚君、やる気はあるか?」

僕でもムッツリーニでも雄二でもなく、どうしてかE組の中から渚君を指名した。
その判断に周りの皆も驚く中、烏間先生は常と変わらない真っ直ぐな目で彼と向かい合う。

「地球を救う暗殺任務を依頼した側として、俺は君達とはプロ同士だと思っている。プロとして君達に払うべき最低限の報酬は当たり前の中学生活を保障すること。俺が選ぶとしたら君だが、だからといって無理にやる必要はない。その時は俺が鷹岡に頼んで報酬を維持してもらえるように努力する」

烏間先生は僕らが中学生だからって大人の目線で下に見たりはしない。それは日々の訓練で接する中からも十分に感じることができるし、そういう人だからこそ皆も信頼しているんだ。
だけど今回の判断には疑問が残ってしまう。渚君には悪いけど、渚君が何かしらに突出しているというのは聞いたことがない。基本的には大人しい性格だし、少なくとも鷹岡先生を相手に指名するべき生徒とは思えなかった。

「烏間先生、なんで渚君なんですか?やるんだったらーーー」

「……明久、烏間先生の判断に従え」

僕が先生に理由を聞こうとしたところで雄二に止められてしまう。その目は何かを見定めようとするかのように冷静さを保っていた。さっきまで参戦しようと獰猛に光らせていた瞳の色は消えている。

「雄二?でも……」

「……吉井君、ナイフを貸して」

それでもまだ納得できなくて言い募ろうとする僕だったが、そこに横から渚君の手が伸びてきた。向き合った渚の顔は既に覚悟を決めた表情をしている。

「僕も吉井君と同じ気持ちだから。神崎さんと君の分、せめて一発返さなきゃ気が済まない」

その言葉を受けて僕はあれこれ言うのを止めることにした。僕が鷹岡先生を許せないと思ったように、渚君も許せないと思っているのだ。
なんで烏間先生が渚君を選んだのかは未だに分からない。でも先生が選んだのなら、渚君がやるというのなら僕は二人を信じよう。
僕は自分の気持ちも託すようにして渚君にナイフを手渡した。



次話
〜才能の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/24.html



※今回は後書きで話の流れを切らない方が良いと判断したため本編のみの投稿となります。


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才能の時間

〜side 渚〜

僕は今、吉井君から手渡された本物のナイフを構えて鷹岡先生と向かい合っていた。
烏間先生と鷹岡先生のどちらが優れた指導者としてE組の訓練を担当するのか、今後のE組を左右する勝負に挑む生徒として選ばれたのが僕である。

「お前の目も狂ったなぁ、烏間。よりによってそんなチビを選ぶとは」

そんな指名されて対峙する僕を見て鷹岡先生は嘲笑うような表情を浮かべていた。まぁ僕に対する鷹岡先生の評価は妥当なものだと僕自身でもそう思う。
僕が先生の身体にナイフを当てるか寸止めすれば僕の勝ち。先生はハンデとして素手で僕を倒せれば先生の勝ち。それが今回決められた勝負のルール内容である。
正直に言えば、何で烏間先生がE組の中から僕を選んだのかは分からない。格闘術なら坂本君、武器術なら土屋君の方が客観的に見ても上だろう。吉井君だって格闘術・武器術ともに僕より上だし、その吉井君でさえさっき鷹岡先生と数瞬の攻防を繰り広げて打ち負けていた。僕なんかが真正面から戦っても勝てないのは明らかである。
それでも烏間先生が選んだのは僕だった。それに吉井君からはナイフだけじゃなくて意志も託されている。口に出して言われたわけじゃないけど、ナイフを手渡してきた時の吉井君の顔を見れば何となく分かった。本物のナイフなんて僕は使ったこともないけど、少なくとも神崎さんと吉井君がやられた分はやり返してみせる。
そこで僕は意気込みながら烏間先生のアドバイスを思い出していた。

《いいか、鷹岡にとってこの勝負は“戦闘”だ。見せしめとして自分の強さを見せつける必要がある。対して君は“暗殺”だ。強さを示す必要もなく、ただ一回当てればいい。そこに君の勝機がある》

確かに烏間先生の言う通りなら、鷹岡先生は最初から勝負を決めに掛かることはないだろう。実力差が目に見えている僕を瞬殺したところで見せしめにはならないからだ。つまりその最初こそが最大のチャンスであり、その隙を突くことができれば僕の勝ちである。
その隙をどう突けばいいのかは分からない。どう動けばいいのか、どう斬り掛かればいいのか。分からない……けど、烏間先生のアドバイスの中ではっきりと分かったこともある。

鷹岡先生は“戦闘”で、僕は“暗殺”だということ。

そうだ、そもそも僕と鷹岡先生では前提条件が違うんだ。鷹岡先生は戦って勝つ必要があるけど、僕は別に戦って勝つ必要なんて何処にもない。





ーーー殺せば勝ちなんだ。





悩みが晴れたことで自然と笑みが溢れ、僕は構えていたナイフを下ろした。そして何でもないかのように普通に歩いて鷹岡先生へと近付いていくことにする。
“ナイフを構える”という戦闘を彷彿させる姿勢なんて必要ない。相手との距離を詰めるのに特別な技術なんて必要ない。どう斬り掛かればいいのかなんて迷うまでもない。
そんな僕に対して鷹岡先生は構えたまま身動きすらせず、お互いの身体がぶつかるまで近付いても反応さえしない。
動かないんだったらちょうどいいや。僕は勝つためにーーー殺すために頸動脈へと狙いを定めてナイフを振るう。別に心臓でもよかったけど、邪魔な筋肉の少ない首の方が確実に殺せると思ったんだよね。
あ、躱された。惜しい、もうあと数ミリで殺せてたのに。あのタイミングで躱せるなんて、やっぱり鷹岡先生は強いなぁ。
でも先生は殺されかけたことでギョッとして体勢を崩してる。だったらそのまま転ばせて躱せないようにしよう。さっきは正面から斬り掛かったから躱されたんだ。背後に回って組み付き、目を覆って視界を奪い、顔を傾けさせて首を晒し、万全を期して確実に仕留めることにする。



「ーーー捕まえた」



そうして鷹岡先生の晒された首元にナイフの峰を当てる。これで僕の勝ち……なんだよね?烏間先生が何も言ってくれないんだけど……あれ、もしかして峰打ちじゃ駄目なのかな?

「そこまで‼︎ 勝負ありですよね、烏間先生」

僕が不安に思っていると、いつの間にか来ていた殺せんせーが勝ち鬨を上げてくれる。よかった、これで駄目なんて言われたらどうしようもなかったよ。

「まったく……本物のナイフで勝負をするなんて正気の沙汰ではありません。怪我でもしたらどうするんですか」

そう言って殺せんせーは僕からナイフと取り上げて食べてしまう。あ、それ土屋君の私物……まぁあとで土屋君が弁償代でも請求すればいいか。
取り敢えず勝てて一安心……といったところで僕は歓声を上げるE組の皆に囲まれたのだった。







〜side 明久〜

皆に囲まれて照れ臭そうにしている渚君だけど、皆はさっきの彼を見て何も思わなかったのだろうか?
実際に鷹岡先生と戦った僕には分かる。烏間先生よりは弱いんだろうけど、たった三ヶ月の訓練で鍛えた中学生からすれば大差ないほどの強さだった。それは間違いない。
しかし渚君はその鷹岡先生に打ち勝ってしまったのだ。いや、打ち勝ったって言うのは少し違うな。二人は打ち合ってすらいない。油断している鷹岡先生に警戒させず近付き、反応すらさせないで一方的にその油断を刈り取ったのである。

「渚君の動き、まさか……」

「あぁ、間違いねぇ」

僕の呟きを拾った雄二も同じ考えだったようで、厳しい表情のまま渚君を見ながら同意してきた。でも僕の考えが正しかったとして、その事実を素直に喜んでいいものなんだろうか。
相手に警戒させない自然な体運びでその懐まで入り込み、本番に物怖じすることなく狙いを定めて腕を振るう。普通の学校生活では絶対に発掘されることのない才能。
潮田渚君、一見して華奢な見た目の彼には……










スリの才能がある‼︎





「暗殺の才能とは……これはまた物騒な才能を秘めておったものじゃな」

「…………(コクコク)」

……あぁうん、そっちにも使えそうだよね。殺気を隠して至近距離まで近付いたりとか、本気で急所を狙ってナイフを振るえる思い切りの良さとか。
まぁ皆に囲まれながら笑っている渚君を見る限り、本人にそんな才能があるっていう自覚はあまりなさそうだ。暗殺教室(E組)にいれば才能が開花するのは時間の問題だと思うけど、その才能を活かすも殺すも全ては渚君次第である。僕らはそれを見守るしかないのだろう。
と、そこで渚君に負けて茫然自失としていた鷹岡先生が正気に戻った。しかし正気というには目が血走っており、息も荒く顔中の血管を浮かび上がらせている。

「このガキ……まぐれの勝ちがそんなに嬉しいか⁉︎ もう一回だ‼︎ 今度は油断しねぇ、心も身体も全部残らずへし折ってやる‼︎」

鷹岡先生は渚君に対して怒り心頭のようで、下手をすればすぐにでも襲い掛かりそうなほど余裕を失っていた。二人では地力に圧倒的な差がある分、本当に襲い掛かられたら一溜まりもないだろう。
そんな鷹岡先生に物怖じすることなく渚君は先生と向かい合う。

「……確かに、次やったら絶対に僕が負けます。でも僕らの担任は殺せんせーで、僕らの教官は烏間先生です。これは絶対に譲れません。……本気で僕らを強くしようとしてくれてたのは感謝します。でもごめんなさい、出ていって下さい」

あれだけ横暴な態度を取られて真摯に対応できる辺り、渚君も大人だよね。神崎さんといい、普段大人しい人ほど肝が据わってるというか……普通だったら逃げ出してるよ。
しかし既に沸点が振り切れている鷹岡先生に大人の対応をする余裕などなく、

「黙っ……て聞いてりゃ、ガキの分際で……大人になんて口を……」

言葉が途切れ途切れになるほど怒りが限界を迎えており、渚君の悪い言葉だけを聞き取ったらしい先生は枷が外れたように襲い掛かった。
不味いッ‼︎ と僕が思った時にはいつの間にか飛び出していた烏間先生の肘打ちが鷹岡先生の顎に決まっていた。そして鷹岡先生は仰向けに倒れ込む。一撃って……やっぱ烏間先生強ぇ。

「……俺の身内が迷惑を掛けてすまなかった。後の事は心配するな。俺一人で君達の教官を務められるように上と交渉する。いざとなれば銃で脅してでも許可をもらうさ」

烏間先生の言葉で皆の顔に笑顔が浮かぶ。この先生はやると言ったら必ずやるだろう。見たこともないけど上司の方、下手に断らない方が身のためですよぉ。
それを聞いていた鷹岡先生が上体を起こしながら烏間先生に反発する。

「くっ……やらせるか、そんなこと。俺が先に掛け合って……」



「交渉の必要はありません」



と、そこに理事長が姿を現した。それによってさっきまでの祝勝ムードが淀み始める。だからどうして理事長が出てくるだけでこんなにも絶望感が漂うのか……
悠然とした足取りで歩いてくる理事長に殺せんせーが問い掛ける。

「……ご用は?」

「経営者として様子を見に来ました。新任の先生の手腕に興味があったのでね」

鷹岡先生の手腕って、今のところ暴力振るって渚君に打ちのめされて烏間先生に殴り倒されただけなんだけど……これを理事長はどう判断するのか。E組を蹴落とすことを考えれば鷹岡先生の方が都合は良さそうだが……

「でもね鷹岡先生、あなたの授業は非常につまらなかった。教育に恐怖は必要ですが、暴力でしか恐怖を与えることができないのならその教師は三流以下だ。負けた時点でそれの授業は説得力を完全に失ってしまう」

そう言って理事長は鷹岡先生の元まで歩いていき、懐から取り出した何かの紙にサラサラとペンで書き込んでいった。そしてその紙を先生の口に容赦なく突っ込む。うわぁ、有らん限りのドSが滲み出てるよ……

「解雇通知です。椚ヶ丘中学(此処)校の教師の任命権は防衛省(貴方方)にはありません。全て私の支配下だということをお忘れなく」

そのまま解雇通知だけを告げると理事長はグラウンドから立ち去っていった。もう存在が嵐と何も変わらないな、あの人は……でも今回はE組にとってプラスな判断だったため、正式な鷹岡先生のクビが決まったことで皆も喜びに沸き立つ。
そこで屈辱に顔を歪ませた鷹岡先生が立ち去る理事長を追い越して勢いよく駆け出していった。って呑気に見送ってる場合じゃない‼︎

「おいコラちょっと待て‼︎ 帰るんなら神崎さんに謝ってから帰れ‼︎」

すっかり展開に流されて話に入り込めなかったんだけど、流されすぎて神崎さんに謝らすことができなかった。流石に言い出すのが遅すぎたな、あの様子じゃ多分聞こえてすらいないだろう。
僕が神崎さん本人に諌められて落ち着いていると、中村さんと倉橋さんが烏間先生に何やら交渉を持ち掛けていた。

「ところで烏間先生さ。生徒の努力で体育教師に返り咲けたわけだし、なんか臨時報酬あってもいいんじゃない?」

「そーそー。鷹岡先生、そういうのだけは充実してたよねー」

(したた)かというかなんというか、二人ともちゃっかりしてるよね。昨日は放課後の遊びに誘って断られちゃったけど、この状況でそう言われたら烏間先生も断れないだろう。
ただまぁ先生も今日はそれなりに乗り気なようで、いつもの表情ながら小さく笑いを零すと二人の誘いに乗ってきた。

「……フン。甘い物など俺は知らん。財布は出すから食いたい物を街で言え」

烏間先生の奢りということで皆のテンションも更に上がる。よし、お言葉に甘えて僕も食べたいものを言うとしよう。あわよくば晩御飯の代わりにーーー
っとその前にやることがあった。少し時間は経ってるけどやっといた方がいいよね。







〜side 有希子〜

皆が体操服から着替えのために更衣室へ向かっている頃、私は明久君に連れられて保健室へと来ていました。そこでずっと動き回っている明久君に声を掛けます。

「明久君、私よりも明久君の方が痛いんじゃ……顔を膝で蹴られてるんだし、お腹だって……」

「大丈夫大丈夫、これくらい何ともないって。僕なんかよりも神崎さんの顔に傷とか残ったら大変じゃないか。少しでも冷やしといた方がいいよ」

保健室に来てから私はすぐベッドへと座らされて、明久君は殴られた私の頰を冷やすための保冷剤や保冷剤のカバーを探していました。
明らかに明久君の方が強く蹴られたり殴られたりしてると思うんだけど、そんなことは関係ないっていう感じで私を優先してくれています。まぁ私というよりは女の子を優先してくれてるんだろうな。明久君って女の子には特に優しいし。
お目当てのものが見つかったようで、明久君はカバーに包まれた保冷剤を持って近付いてきます。

「う〜ん、ぱっと見た感じだと腫れは引いてきてるけど……やっぱりまだ痛い?」

そうして座る私の正面に立った明久君は、壊れ物に触れるような優しい手付きで私の頰に手を添えてきました。さっきまで保冷剤を触っていたからか、明久君の手は冷んやりしていて気持ちいい。
だけど明久君の冷やされた手とは対照的に、私は思ってもいなかった彼の行動で顔が熱くなっていくのが分かりました。手を添えられたことで自然と私の顔は明久君の顔へと向けられます。

「え、あ、うん……もう痛みはそんなに、なんだけど……」

「ホントに?まだちょっと赤いような……」

「そ、それはまた別だから大丈夫……‼︎」

顔の赤みを指摘された私は思わず声を大きくして心配ないことを伝えました。誰のせいでこうなってると思ってるのかな。

「そう?ならいいんだけど……取り敢えず、はい」

でも明久君は純粋に私のことを心配してるだけで、本人はその行動が私に与える影響というものを自覚していません。こういうところは去年からあんまり変わってないよね。
私は差し出された保冷剤を受け取って頰に当て、改めて明久君にお礼の言葉を言います。

「……明久君、ありがとね」

「別にいいよ、これくらい」

「ううん、違うの。そっちもだけど、私が殴られた時に鷹岡先生に向かっていってくれたでしょ。そのお礼もまだ言えてなかったから」

あの時は一触即発の空気のまま鷹岡先生と渚君の勝負、その決着まで行ったため明久君にお礼を言うタイミングがありませんでした。それから連れられるままに保健室まで来たからずっとお礼を言いそびれていたの。
しかし私の言葉を聞いた明久君は苦笑を浮かべて首を横に振ります。

「それこそ僕は何もしてない……ううん、何もできなかったよ。渚君がいなかったら本当にどうなってたか……」

「そんなことない。明久君が何もできなかったなんてことないよ。鷹岡先生に真っ先に立ち向かってくれたじゃない。怒ってくれて私は嬉しかったし、その……凄く格好良かったと思う」

自分を卑下する明久君に私は被せるように言葉を紡ぎました。最後だけは少し恥ずかしくて(ども)っちゃったけど、そう思ったのは本当なんだから仕方ありません。
確かに結果だけを見れば明久君は何もできなかったのかもしれない。でも他人のために行動した明久君をそう評するのは本人でも納得できませんでした。行動することができる、それだけでも私は凄い才能だと思います。

「な、なんかそう改まって言われると照れちゃうなぁ……うん、まぁ僕にも何かできたんなら良かったよ」

私の言葉で明久君は頰を掻きながら照れ臭そうに笑っていました。こういうのは言った方も言われた方もなんだかんだで恥ずかしいよね。
少しぎこちない空気になった私達でしたが、目的だった保冷剤が見つかったので保健室を後にします。皆を待たせてることだし、早く着替えて街に繰り出すとしましょう。今日も色々とありましたが、放課後は楽しく過ごせそうです。



次話
〜プールの時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/25.html



殺せんせー「これにて“才能の時間”は終了です。皆さん楽しんでいただけましたか?」

渚「殺せんせー、久しぶりの後書き登場だね。僕は楽しかったというよりも真剣勝負でちょっと疲れたなぁ」

明久「っていうか渚君、普通に怖いよ……ナイフを振るうのって危ないんだからね?」

渚「原作で坂本君(友達)相手に包丁を突き刺そうとしてた吉井君に言われたくないよ……それに本気で振らなきゃ鷹岡先生相手には通用しなかっただろうし」

殺せんせー「まぁ誰も大怪我をしなかったのは幸いでしたが、吉井君と神崎さんが怪我をした時は間に合わなかったので申し訳ないです」

明久「そこは原作でも出掛けてたんだから仕方ないですよ。というか殺せんせーが帰ってくる前に決闘が始まって出るタイミングも逃してたでしょうし」

渚「結果としてナイフ取り上げて食べただけだもんなぁ」

殺せんせー「なんかそう言われると先生、物凄い役立たずみたいなんですが……もちろん裏側で烏間先生とやり取りしてましたからね?」

明久「要するに原作以下ってことですか?」

殺せんせー「身も蓋もない言い方をしますね⁉︎ 他にも吉井君と神崎さんの保健室でのやり取りも盗み見てましたよ‼︎」

明久「あんたはいったい何してんだ⁉︎」

渚「神崎さん、色々と気の毒だなぁ。無自覚な吉井君の態度にドギマギさせられて、それを殺せんせーにゴシップされるなんて」

殺せんせー「渚君、君も吉井君と似たようなものですよ?」

渚「え、何がですか?」

殺せんせー「本人に自覚なし……二人とも主人公(鈍感)ですねぇ」

明久「よく分からないけど……まぁいいや。それじゃあ今回はこれくらいで」

渚「うん、次回の話も楽しみにして待っててね‼︎」





神崎「何とかして殺せんせーを殺せないかなぁ」

茅野「神崎さんが物凄い物騒なこと言ってる⁉︎」

奥田「いったい何があったんでしょうか……?」


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プールの時間

鷹岡先生との一件を終えてから数日が経った。あれから特に何か政府からアクションがあったということもなく、体育教師は烏間先生のまま変わらぬ日常を過ごせている。
そんな僕らを囲む環境は変わってきており、けたたましい蝉の鳴き声や聳え立つような入道雲などといった、真夏の風物詩とも呼べるものがE組の周りを彩っていた。灼けるような日差しにうだるような暑さ、こういう日は外に出ず部屋の中でゆっくりしたい……という意見も多いことだろう。だだし、

「暑ッぢ〜……地獄だぜ、今日びクーラーのない教室とか……」

その意見は前提に“クーラーの効いた涼しい部屋”という条件を満たしていればの話である。三村君が愚痴を零しているように、劣悪な環境を強いられているE組にクーラーなどといった文明の利器は存在しない。人工知能()のような世界最先端の文明の利器はあるってのにね。
そんな授業中でも暑さにだれている皆を見て殺せんせーから注意が入る。

「だらしない……夏の暑さは当然のことです‼︎ 温暖湿潤気候で暮らすのだから諦めなさい。ちなみに先生は放課後には寒帯に逃げます」

「ずりぃ‼︎」

ちなみにE組の誰よりも注意している先生が一番だれていた。教卓に寄り掛かって身体は動かさず、触手だけを伸ばして授業を進めている状態だ。
そんな皆の怠さを振り払うように倉橋さんが元気な声を上げる。

「でも今日プール開きだよねっ‼︎ 体育の時間が待ち遠しい〜」

「……いや、そのプールがE組(俺ら)にとっちゃ地獄なんだよ」

しかしそれも木村君によって否定されてしまう。というか彼女は知らないのだろうか?
当然ながら旧校舎であるE組にプールはない。つまり本校舎まで炎天下の山道を下りてプールに入りに行かなければならないのだ。そしてプール疲れした身体でまた山道を登る必要があるという……いつの時代の奴隷だと言いたくなるような強行軍である。

「うー……本校舎まで運んでくれよ、殺せんせー」

近い未来にある炎天下の強行軍を想像して殺せんせーに助けを求める前原君。そうだ、こういう時に先生のマッハを活用しないで何時活用するんだ。殺せんせー、僕達のために馬車馬のように働いてください。

「んもー、しょうがないなぁ……と言いたいところですが、先生のスピードを当てにするんじゃありません‼︎ 幾らマッハ二十でも出来ないことはあるんです‼︎」

「えー、でも渚君やカルマ君はハワイまで運んだっていうじゃないですか」

暗殺のため以前に律が分析した殺せんせーの動きを教えてほしいと頼んだ時、参考程度にということで殺せんせー視点での動きも見せてもらったことがある。
この映像はどうしたのかと彼女に訊いたら、ハワイに向かう中で渚君の端末から撮影したものだと教えてくれた。少なくとも先生のマッハ二十で出来ないことに“人を運べない”ってことはないはずだ。

「あれは私が行くついでです。その後に課題も出しましたし、便利なものに頼ってばかりでは誰も成長できません」

やっぱり楽しようとするのは駄目なんだなぁ。生徒の成長を促すことと生徒を助けることは似てるようで違うってことか。

「……でもまぁ気持ちは分かります。仕方ない、全員水着に着替えて着いてきなさい。そばの裏山に小さな沢があったでしょう。そこに涼みに行きましょう」

だけどなんだかんだで殺せんせーも生徒(僕ら)には甘い。暑さで勉強に身が入っていないことを考えたのか、授業を早めに切り上げて涼みに行くことを提案してくれた。
その提案を断る人なんているはずもなく、僕らは言われた通り水着に着替えて裏山に入っていく殺せんせーの後を着いていくことにする。

「裏山に沢なんてあったんだ」

その道中で速水さんの声が聞こえてきたが、普段から裏山に入らないような人は知らなくても仕方ないだろう。なんせ足首まであるかどうかといった深さと跨げるほどの幅しかないような小さな沢だ。精々が軽く水遊びできる程度だろう。
まぁそれでも水遊びが出来るだけマシだと思っていると、前を歩いていた殺せんせーが立ち止まって僕らの方へと振り返る。

「さて皆さん‼︎ さっき先生は言いましたね、マッハ二十でも出来ないことがあると。その一つが君達をプールに連れていくことです。残念ながらそれには一日掛かります」

殺せんせーの言葉に僕は首を捻ってしまう。どうして僕らをプールに連れていくだけで一日も掛かるんだ?
そう思ったのは僕だけじゃなかったようで、クラスの皆が思ったことを磯貝君が言葉にする。

「一日って大袈裟な……本校舎のプールなんて歩いて二十分ーーー」

「おや、誰が本校舎に行くと?」

磯貝君の指摘を遮って殺せんせーが言葉を被せてきた。そうして聞こえてくるのは涼しげな水の流れる音……水の流れる音?
と、ここで違和感を覚えた。さっきも言ったけど裏山にある沢は本当に小さな沢だ。でも耳に入ってくる水の流れる音は明らかに大きなもので……草木の間から水面を反射するような光も見えてきた。
皆もその違和感に気付いたらしく、誰かが駆け出したのに続いて反射する光の方へと向かう。草木の間を抜けたそこには小さな沢など見当たらず、余裕で潜れるような深さと泳げるような幅のある岩場に囲まれた水場があった。端の方にはコースロープでレーンが二つほど作られており、まさしく自然の中に作られたプールである。

「なにせ小さな沢を塞き止めたので、水が溜まるまで二十時間‼︎ バッチリ二十五mコースの幅も確保。シーズンオフには水を抜けば元通り。水位を調節すれば魚も飼って観察できます」

なるほど、確かにマッハ二十でダムを作ることは出来ても沢の流れを速くすることは出来ないだろう。
やっぱり殺せんせーは僕らに甘い。必要以上に手を貸して楽をさせてくれることはないけど、必要だと判断すればプールでさえも作ってくれるんだから。

「制作に一日。移動に一分。あとは一秒あれば飛び込めますよ」

先生の言葉によって皆は羽織っていたジャージを脱ぎ捨て、暑さなんか忘れて勢いよくプールへと飛び込んだ。
準備の良いことに浮き輪やビート板、ビーチボールなどといった一通りのプールで遊べるものは用意されている。もう授業じゃないと思うけど気にせず存分に楽しませてもらおう。







二つのレーンを使って競泳したりビーチバレーをしたり、皆は好きなように遊んでプールを満喫していた。こればっかりは本校舎に通っていたら味わえなかった楽しみだろう。殺せんせー様々(さまさま)である。

「うぅ、楽しいけどちょっと憂鬱……泳ぎは苦手だし、水着は身体のラインがはっきり出るし」

浮き輪でプールを漂っている茅野さんがテンション低めに気持ちを漏らしていた。確かに彼女は身体も胸もバストも小さいけど、そこまで過敏に気にしなくていいと思うんだよなぁ。

「大丈夫さ、茅野。その身体もいつか何処かで需要があるさ」

「……うん、岡島君。二枚目面して盗撮カメラ用意すんのやめよっか」

そんな茅野さんに岡島君がカメラを用意しながら声を掛けているが、その台詞はいつか何処かじゃないと需要がないってことと同義ではないだろうか?
しかし岡島君がカメラを用意する手を止めることはない。

「何言ってんだ。土屋なんてもう撮影を開始してんだぞ?俺も負けてらんねーぜ」

「え、何処⁉︎ いつの間に⁉︎」

岡島君からの情報を受けて茅野さんは周囲を見回すが、見える範囲にムッツリーニの姿は見つけられなかったようだ。このシチュエーションで奴を探すんだったら……見つけた。木の上から望遠カメラを駆使して鼻にティッシュを詰めつつ撮影に勤しんでいる。鼻血の痕が点々と続いてるから探す時には分かりやすい。
と、思い思いにプールを楽しんでいるところにピピピピーッ‼︎ というホイッスルの音が響き渡った。

「木村君‼︎ プールサイドを走っちゃいけません‼︎ 転んだら危ないですよ‼︎」

その発生源は監視台の上に陣取っている殺せんせーである。 まぁ殺せんせーには先生として監督義務があるから、多少厳しくても危険に繋がる行動は注意しなければならないのだろう。

「原さんに中村さん‼︎ 潜水遊びは程々に‼︎ 長く潜ると溺れたかと心配します‼︎」

……ま、まぁ言ってることは間違ってないよね。何ともないと思ってた行動が油断や思わぬ事故で危険になることもあるし。ただちょっと過保護というか細かすぎるというか……

「岡島君と土屋君のカメラも没収‼︎ 狭間さんも本ばかり読んでないで泳ぎなさい‼︎ 菅谷君‼︎ ボディアートは普通のプールなら入場禁止ですよ‼︎」

…………こ、小うるさい……もう危険どうこうじゃなくてプールの過ごし方にまで口出ししてるし。いるよねー、自分が作ったフィールドの中だと王様気分になっちゃう人。あとは鍋奉行とか、楽しい時に仕切られると少し白けちゃうんだよな。本人は自分の思い通りになって満足なんだろうけど。

「ヌルフフフフ。景観選びから間取りまで自然を活かした緻密な設計。皆さんには相応しく整然と遊んでもらわなくては。……それはそうと、渚君に木下君。どうして君達だけ皆さんと水着の種類が違うんです?」

そんな殺せんせーの素朴な疑問に渚君と秀吉はサッと目を逸らして黙り込む。二人は先生が指摘したように一般的な学校指定の水着ではなく、サーファーが着るような半袖半パン丈のウェットスーツ型の水着を着ていた。
ただし決して校則違反というわけではなく、それらは学校側が特例として二人に着用義務を課した指定水着なのだ。その理由も椚ヶ丘中学校の人間ならば新入生を除いて大多数が知っていることだろう。

「そっか、殺せんせーは知らないんだね。あの血塗られた惨劇……“血のプール事件”を……」

「あれは死人が出てもおかしくなかったな……」

僕と雄二は当時のことを思い出して辟易とした気分になる。
平和な学校生活の中、二年生のプール開きの日に起こった大事件。水面を朱色に染める大量の血と、息も絶え絶えに死の淵を彷徨う一人の生徒。救急車を呼ぶほどの大事にまで発展し、事態を重く見た学校側が対応に乗り出した。その対応策こそが……渚君と秀吉の水着変更である。

「ぶっちゃけると土屋が渚君と木下の水着姿を見て出血多量で死にかけたんだよね」

「しょーもなっ‼︎ 吉井君のモノローグに対して事件の真相しょーもなっ‼︎」

カルマ君が要約して話した内容を聞いた殺せんせーは愕然としていた。ムッツリーニらしいと言えばらしいけど、当時は大変で別クラスだった僕と雄二も放課後に病院へと駆けつけたものだ。病院で真相を聞いて脱力したのは言うまでもない。
一年生の時はクラスも合同体育もムッツリーニと二人は別だったから問題なかったものの、二年生の時は秀吉と同じクラスで渚君とは合同体育で同じだったからこそ起こった惨劇である。学校側の対応が早かったこともあって同じ事件はあれ以来起こっていない。というか何回も起こってたまるか。

「つーか殺せんせー。あんた、水が苦手なのに俺達に水場を与えてよかったのか?」

ふと雄二が殺せんせーに気になることを問い掛けていた。それは僕も思っていたことである。
今のところ分かっている殺せんせー最大の弱点は水だ。少しの水だったら先生は粘液で防げるみたいなんだけど、流石にこれだけ大量の水があれば粘液でも防げない……と思う。実際に粘液の限界を知らないから確証はないけど。
でも殺せんせーは雄二の問い掛けを全く気にしていない様子だった。

「ヌルフフフフ。自分の保身を考えて生徒に必要なものを用意しないなど先生失格です。もちろん暗殺に利用してくれても全然構いませんよ。まぁたとえ水を使われたところでそう簡単には殺られませんがねぇ」

確かに大量の水があることと大量の水を使えることは話が別だろう。結局は人力で、または工夫を凝らしてどれだけ大量の水を扱えるかどうかが重要なのだ。
一番手っ取り早いのは殺せんせーをプールに突き落とすか引き摺り込むか、とにかく全身を水に浸からせることが出来れば確実に弱体化を狙えるはず。いやまぁマッハ二十の先生相手ではそれが一番難しいことでもあるんだけどね。
と、プールの活用法について考えていたところでちょっとした事故が起こった。

「あ、やばっ‼︎ バランスがーーーうわっぷ⁉︎」

慌てたような声とともに水飛沫の上がる音が聞こえてきたので振り向くと、そこには浮き輪で漂っていたはずの茅野さんがひっくり返っている姿が目に入る。そして彼女は水面から顔を出すと手足をばたつかせてーーーってまさか泳ぐの苦手って言ってたけど全然泳げないの⁉︎ なんで一人で足の着かない深さの場所まで行ってんだよ‼︎

「ちょ、馬鹿‼︎ 何してんだ茅野‼︎」

「背ぇ低いから立てねーのか‼︎」

周りにいた皆も異変に気付いたらしく急いで彼女の元に駆け寄ろうとするが、溺れている場所まで離れているため近場にいた人でも少し時間が掛かりそうだ。

「か、茅野さん‼︎ この麩菓子(ふがし)に掴まって……‼︎」

「そんなもんに掴まれるかっ‼︎ 先生はさっさと触手を伸ばしてください‼︎」

何故か泳げもしないのにビート板を持ってるから雰囲気作りかなんかだと思ってたけどビート板型の麩菓子かよ‼︎
宛にならない殺せんせーを無視して僕も飛び込もうとしたところで、別の場所から誰かが飛び込む音が聞こえてきた。そちらの方へ視線を向けると、綺麗なクロールで見る見るうちに茅野さんの元へと泳いでいく片岡さんの姿が目に入ってくる。おぉ、凄く速い‼︎ あっという間に彼女の元へと辿り着いた‼︎
その後に浅い場所まで泳いで連れていくのも完璧である。こうしてちょっとした事故はあったものの、イケメグのおかげで事なきを得ずに今年初のプールを終えられたのだった。



次話
〜仕込みの時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/26.html



中村「はい、これで“プールの時間”は終わりだよ。皆も楽しんでくれた?」

渚「……ねぇ、僕帰ったら駄目かな?このメンバーで話すことって決まってると思うんだけど」

秀吉「渚よ、諦めろ。ワシだって出来ることならスルーしたい」

中村「で、あんたらって本当のところ男なの?女なの?」

渚「ほらやっぱり‼︎ 中村さんが呼ばれた時点でその質問来るって思ってたよ‼︎」

秀吉「正真正銘、生物学上でも戸籍上でも男じゃ」

中村「でも水着じゃ確認できなかったからなぁ。“第三の性別”扱いってことはないの?」

渚・秀吉「「ない」」

中村「そっかー、まぁ木下は原作よりマシな扱いだからまだいいんじゃない?」

秀吉「そうじゃの。明久はワシのことを一応男として扱っておるし、原作よりも女扱いされることは少ないぞい」

渚「その分の皺寄せが僕の方へ来てるように感じるのは気のせいかな?原作では普通にトランクスタイプの水着を着てたのに僕も木下君と同じ扱いされてるし」

中村・秀吉「「気のせいでしょ/気のせいじゃな」」

渚「……あれ、もしかして今回僕一人だけがアウェーなの?」

中村「っていうか木下達って同じクラスじゃなかったのね。てっきり四人とも三年間同じクラスなんだと思ってたわ」

秀吉「うむ、クラス替えでそう都合良く全員一緒というわけにはいかんじゃろう。四人揃ったのはE組が初めてじゃ」

渚「その辺の話も番外編でされたりするのかな?」

秀吉「さぁの、そればっかりはワシにも分からん。もしかしたらちょっとした回想程度で終わるかもしれん」

中村「つまり伏線は張ったけど今のE組には深く関わらないから話をするかどうかは気分次第ってことでOK?」

秀吉「また身も蓋もない言い方を……まぁそういうことじゃな。仮にやるとしても当分先じゃろ。所謂(いわゆる)お楽しみに、というやつじゃ」

渚「そっか。それじゃあそろそろ後書きの方も終わりにしよっか」

中村「そうね。番外編もだけど、まずは次回の話を楽しみにして待っててちょうだい」





茅野「吉井君、私について何か失礼なこと考えてなかった?胸が小さいって二回も言われたような気がするんだけど?(触手にゅるん)」

明久「ななな何も考えてないよ‼︎ だからその触手を仕舞ってください‼︎」


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仕込みの時間

プール開きがあった日の放課後。珍しく片岡さんからの呼び掛けがあってクラスの大多数が集まっていた。彼女も僕らと同じくプールを暗殺に利用しようと考えていたらしく、皆に自身の暗殺計画を話してくれる。

「この夏の間、どこかのタイミングで殺せんせーを水中へと引き込む。それ自体は殺す行為じゃないからナイフや銃よりは先生の防御反応も遅れるはず」

うんうん、僕もそれは考えてた。殺せんせーを確実に弱体化させるには全身を水に浸からせるのが一番手っ取り早いからね。

「そしてふやけて動きが悪くなったところを、水中で待ち構えてた生徒がグサリッ‼︎ その時に水中にいるのが私だったらいつでも任せて。髪飾り(バレッタ)に仕込んだ対先生ナイフで殺れる準備は出来てる」

うんうん、それでそれで?…………え、終わり?肝心の殺せんせーを水中に引き込む方法は?
雄二も僕と同じ疑問を覚えたようで、片岡さんの暗殺計画に対して問いを投げ掛ける。

「計画そのものは妥当なもんだと思うが、その水中に引き込むってのが一番の難関だぞ。それも水が弱点なのを俺達に知られてるって分かった上でだ。何か手はあるのか?」

彼女の作戦は殺せんせーを水中に引き込むことが大前提の暗殺だ。その要である水中に引き込む手段があるのであれば教えてもらいたい。
しかし雄二の問い掛けに片岡さんは首を横に振る。

「残念ながら具体案はないわ。寧ろ何か手はないか訊くために皆に集まってもらったところもあるの。仮に坂本君だったらどうやってプールを暗殺に利用する?」

「ん?そうだな……プールを爆破して爆風で水をぶっ掛ける。水中に引き込むことは難しいだろうが、水辺に呼び出すくらいは殺せんせーなら簡単に応じてくれるはずだ」

確かに携帯で呼び出せば暗殺されに来てくれる殺せんせーだったら、たとえ水辺に呼び出したとしても当たり前のように来てくれるだろう。
っていうか雄二は暗殺に爆弾ばっかり使ってるな。お手軽で広範囲に攻撃を仕掛けられて便利なのは分かるけど、こうも毎回利用してたらそのうち爆弾狂って言われるんじゃないか?

「つっても以前教室でやった暗殺の二番煎じだからな。屋外だしたとえ囲んでも上空に逃げられるのがオチだろ」

でも雄二は肩を竦めながら自分で言った作戦を否定した。まぁあの作戦は教室の中で逃げ場がないことが条件だったからなぁ。そもそも殺せんせーは爆風より速く動けるんだから開けた場所では仕留めようがない。
雄二の返答を聞いた片岡さんだったが、しかしそれでも頭を悩ませている様子はなかった。恐らく具体案が出てこないというのは想定していた範囲内なのだろう。

「今のところ上策はないって感じね……一先ず殺せんせーに水場の近くで警戒心を起こさせないことを念頭に置いて水殺の隙を窺うわ。夏は長いんだし、じっくりチャンスを狙っていきましょう‼︎」

取り敢えず暗殺の方向性を決めておいて今回の集まりはお開きとなった。そう簡単に有効な暗殺なんて思いつかないよね。
各々で自由に解散して帰り道を歩いていき、自然と周りにはいつものメンバーしかいなくなる。そうして周りの目がなくなったところで雄二は話を切り出した。

「ムッツリーニ、殺せんせーにバレれないよう()()の設置を頼む。設置位置は追って判断させる。準備が出来次第、暗殺決行だ。()()()()にも話は通しておく」

「…………(コクリ)」

言われたムッツリーニは黙って頷く。が、僕と秀吉は二人で顔を見合わせて首を傾げた。え、何その計画。僕らは知らされてないんだけど。

「雄二よ、暗殺計画はないのではなかったのか?」

「いや、構想自体は一ヶ月前から練ってたぞ。ただその構想を活かせる環境が揃わなかっただけだ。計画がないとは一言も言ってねぇ」

秀吉の疑問を雄二は何食わぬ顔で否定した。っていうか一ヶ月前って……随分前から計画を立てていたらしい。でも一ヶ月前から練っていた計画をこのタイミングで実行するってことは……

「雄二の言う環境ってプールのこと?でもさっき片岡さんの質問にプールは使えないって……」

「いや、必要な環境ってのは水辺のことだよ。今回の暗殺にプールは使わない」

そういえば確かに片岡さんは“どうやってプールを暗殺に利用する?”って訊いただけで、雄二に暗殺計画があるかどうかは訊いてなかったな。日本語って難しい。

「お前らに話さなかったのは準備段階で話す必要がなかったからだ。前回もそうだったろ。だが暗殺するとなると俺達四人は揃っといた方が殺せんせーに()()()()()()()()()()。つーわけで二人には今から暗殺計画の概要を説明していくぞ」

内容を知らない僕と秀吉に対して雄二から二度目の暗殺計画が話された。前回はお手軽だったのに、今回は随分と手が込んでるなぁと思うのはきっと僕だけではないだろう。
何はともあれ明日から暗殺準備開始だ。絶対に殺せんせーに気付かれないようにしないと。







翌日の放課後、僕らは早速準備に取り掛かることにした。まずはプール周辺の下見をしっかりとして()()の最適な設置位置を確かめないといけない。まぁそれを判断するのは僕じゃないけどね。
というわけでプールまでやってきた僕らだったんだけど、僕らよりも先に片岡さんがいてプールを使っていた。あとプール脇には渚君と茅野さんもいる。

「あれ、三人とも何してるの?」

僕に声を掛けられて気付いたのか、側で片岡さんの泳ぎを見学していた二人が振り返った。二人も僕らを見て目を丸くしてたけど、僕の問い掛けに答えてくれる。

「片岡さんが泳ぎの練習をするっていうから、僕と茅野はその付き添い」

「そっちこそ四人でどうしたの?水着でもないし、泳ぎに来たってわけじゃないよね?」

渚君が答えた後に茅野さんが聞き返してきた。まぁその疑問は至極もっともなものだろう。逆の立場だったら僕だって聞き返してるところである。

「いやなに、ちょっとした暗殺計画の下見だ。プールは使わねぇから気にしないでくれ」

茅野さんの疑問には雄二が答えていた。いや、そんなあっさりと暗殺計画のことを言ってもいいの?ほら、二人も雄二の言葉を聞いて呆気に取られてるじゃない。

「暗殺計画って……殺せんせーを殺すための作戦があるの?」

「実際に殺せるかどうかは別だがな。せっかく殺せんせーが作ってくれた環境を有効活用しない手はねぇ」

「そうですよ、授業でも暗殺でも大いに活用してください。使えるものは何でも使っていかないと先生は殺せませんからね」

雄二の考えに殺せんせーが同意する。まぁ僕も使えるものは雄二だろうが殺せんせーだろうが使ってーーー

「こ、殺せんせー⁉︎」

いきなり現れた殺せんせーに僕らは驚きを隠せなかった。っていうか神出鬼没すぎる。会話の割り込み方が自然過ぎて反応に遅れてしまったほどだ。
しかしこれは不味い。会話の流れからして確実に雄二が暗殺を企てていることは聞かれただろう。このままじゃ一ヶ月前から練ってたっていう計画が台無しにーーー

「お、ちょうどよかった。殺せんせー、暗殺の仕込みをするから暫くプール付近に近寄らないでくれないか?」

とか思っていたら張本人が堂々と暗殺の企みをバラしていた。

「え、それ言っちゃっていいの⁉︎」

「別に暗殺の企みがバレたところで問題はない。問題なのはその内容がバレることだ。だったら殺せんせーに話して離れてもらった方が都合がいい。暗殺から逃げるような先生じゃねぇからな。だろ?」

動揺する僕を余所に雄二は自信たっぷりの勝ち気な笑みを浮かべて殺せんせーに問い掛ける。対する殺せんせーも笑みを深くして雄二に応えていた。

「えぇ、私はいつでも皆さんからの暗殺は大歓迎です。向き合うべき生徒から逃げるなんてとんでもありません。殺されない自信もありますしねぇ」

二人して笑みを浮かべ合う雄二と殺せんせーを僕らは若干引いて見守っている。というかこの二人の間に入り込みたくない。既に心理戦でも始まってるのか、二人して何を考えてるか全然分かんないんだもん。
と、そこでプール脇に置かれていた端末から律の声が聞こえてきた。どうやら片岡さんの水泳タイムを計っていたらしい。律も皆に頼られて大変だなぁ。尤も本人は皆の力になれて嬉しそうにしてたけど。

『片岡さん、多川心菜という方からメールです』

「……あー……友達。律、悪いんだけど読んでくれる?」

……?なんか片岡さん、雰囲気が暗いような……いつものキリッとした様子もないし……
そんな本人の様子はともかく、片岡さんからメールを読むようにお願いされた律は笑顔で了承する。

『はい。……“めぐめぐげんきぃ〜(^^)v じつゎまたべんきょ教えて欲しいんだ〜♡ とりま駅前のファミレスしゅ〜ご〜(ゝ。∂) いぇー☆彡☆彡☆彡”……以上です。知能指数がやや劣る方と推察されます』

「こらこら」

律の天然毒舌は本人に悪気がない……というよりも人工知能として客観的に見たものだから否定しずらい。いやまぁ律の演じた内容を聞く限りでは否定する要素もない感じだけどさ。
メールの文面を聞いた片岡さんは目を閉じて考え込んでいる。

「…………分かった。“すぐ行くd(^_^o)”って返しといて」

「承知しました」

そう言うと片岡さんはプールから上がってタオルと上着を手に取った。呼び出された友達のところへ行くことにしたようだ。

「じゃね、皆。私ちょっと用事が出来ちゃったから帰るわ。坂本君達も暗殺の仕込み頑張ってね」

そう言って片岡さんはプールから立ち去っていく。でもやっぱり普段の彼女とは違う様子に僕だけじゃなく皆も違和感を感じていたらしい。それぞれに疑問を口から漏らしていた。

「どうしたんだろ、急に」

「うん、友達と会う割には暗い顔だね」

「本当は友達って思ってねぇんじゃねぇか?名前聞いた時に口籠ってたしよ」

「そこまで親しくない友達……元クラスメイトといったところではないか?」

「…………元クラスメイトだとしてもあの反応はおかしい」

しかしこれと言ってしっくり来る理由は思い当たらない。う〜ん、何か色々と事情がありそうだなぁ。だけど片岡さんの悩みって全然聞いたことがないから想像がつかなかった。

「少し様子を見に行きましょうか。しっかり者の彼女なだけに心配ですね。皆から頼られている人は自分の苦しみを一人で抱えてしまいがちですので」

そこで殺せんせーが片岡さんに着いていくと言い出した。まぁ先生の性格を考えたら生徒の悩みを気にするのは当然か。その提案に渚君と茅野さんも同意する。
僕らも片岡さんのことは心配だったけど、人数が多過ぎたら見つかるということで三人に行ってもらうことにした。僕らにも暗殺の準備があることだし、あとで事の顚末だけでも聞かせてもらうことにしよう。







暗殺の準備を開始してから一・二時間が経った頃。他の場所へと下見に行っていた人達からも報告があり、そのポイントを元にして()()の設置を進めていたところで僕の携帯がメールの通知を告げた。
誰からだろうと思いながら携帯を取り出して画面を見ると、そこには先ほど別れたばかりの殺せんせーからと画面に示されている。

「あ、殺せんせーからだ。何か分かったのかな?」

メールを開いて内容を確認すると、そこには僕らと別れてからの話が要点に纏められていた。
片岡さんが去年クラスメイトだった友達に泳ぎを教え、海へ行ったその友達が溺れて死にかけたから償いをしろということで勉強を教えさせられていたらしい。しかも溺れた原因は本人が泳ぎの練習をサボったからとか……完全な自業自得である。というか話を聞いたってことは結局見つかったのね。
それからこれからの行動についても書かれていたので雄二に確認を取ることにした。

「雄二、殺せんせーが今夜プールを使いたいって言ってるんだけどいいかな?」

「あん?今夜って……何に使うんだよ?」

「なんか泳ぎの練習をするんだってさ。片岡さんが言ってた友達の」

その友達が溺れたのは自業自得だと思うけど、面倒見がよくて責任感の強い片岡さんは相手のことを放り出せなかったらしい。それで今回のようなテストの度に勉強を教えさせられており、自ずと片岡さん自身の勉強が疎かになって彼女はE組へ落とされたとか。
だから殺せんせーの提案でその友達に改めて泳ぎを教えることになったそうだ。それがプールを使いたいという理由である。

何故(なにゆえ)わざわざ夜に行うのじゃ?普通に昼間やればよいではないか」

「…………(コクコク)」

その理由を聞いて今度は秀吉とムッツリーニからも疑問の声が上がった。もちろんその理由もメールには書かれている。

「なんか殺せんせーが泳ぎを教えるらしいんだ。でも先生の存在がバレるわけにはいかないから拉致して暗示掛けて夜通し泳がせて疲れさせて、殺せんせーのことや泳ぎの練習自体を夢だと思わせるらしいよ」

「思いっきり犯罪行為じゃねぇか。つーか殺せんせー、水が弱点なのに泳ぎを教えられるのかよ?」

「さぁ?まぁ教えるって言ってるんだから教えられるんじゃないの?」

寧ろあの先生に出来ないことの方が思いつかない。弱点の水だってなんとか出来るみたいだし、準備する時間さえあればなんでも出来そうだ。

「それで、今夜プールを使いたいんだったか……別に暗殺の実行を急ぐ理由もねぇから構わないぞ。そもそも俺らのプールじゃねぇし、使いたいっていうなら使わせてやらないとな」

まだ仕込みは全部終わってないけど、切りのいいところで今日の作業は終わりとなった。仕込みの段階で気付かれるようなら暗殺は難しいということで、殺せんせーにプールを使わせて気付かれるかどうかのテストも兼ねるらしい。何事もタダでは済まさない奴だなぁ。
で、次の日に確認したけど特に気になることはなかったとのことだった。その友達も泳げるようになって片岡さんが責任を感じる必要はなくなり、殺せんせーが仕込みに気付かなかったことで暗殺成功の確率も上がって万々歳である。
このまま順調に進んでいけば暗殺計画の実行もすぐだろう。ただし途中で先生に仕込みが気付かれたら計画は水の泡だ。最後までバレないように細心の注意を払って仕込んでいかないとね。



次話
〜寺坂の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/27.html



明久「これで“仕込みの時間”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」

雄二「今回は俺達の二回目の暗殺計画をメインに進めさせてもらったぜ」

片岡「なんかごめんね。私のせいで作業を中断させちゃって」

雄二「気にするな。仕込みがバレないのを確認できたのは俺達にとっても大きな収穫だ」

明久「そうだね。それに元々プールを使ってたのは片岡さんだし、色んな意味で割り込んでるのは僕らの方だからさ」

片岡「そう言ってもらえると助かるわ。おかげで心菜も泳げるようになったしね」

明久「いやいや、片岡さんは面倒見が良すぎ。あれ絶対に片岡さんを利用するためだけに友達って言ってるよ」

雄二「んなもん椚ヶ丘の連中はE組に対して大半がそうだろ。俺達みたいな友情は到底築けないだろうさ」

明久「僕らの友情は一生ものだからね。利用するために友達を騙るなんて信じられないよ」

明久・雄二((まぁ僕ら/俺達は友達だろうが利用するけどね/な))

片岡「なんか、心の声が聞こえてきた気がするんだけど……」

明久・雄二「「気のせいでしょ/だろ」」

片岡「そうかしら……まぁいいわ。じゃあ坂本君達の暗殺計画について話しましょうよ」

雄二「残念ながらそれは秘密だ。情報漏洩は暗殺的にもネタバレ的にも回避しねぇとな」

明久「まぁ今回は僕らだけじゃないってことは言っておくよ」

片岡「言葉の端々に協力してくれる人達の存在は匂わせてたもんね。それが誰かは分からなかったけれど」

雄二「簡単に分かっちまったらつまらねぇだろ。暗殺が実行されるまでのお楽しみってやつだ」

片岡「仕方ないわね。でも終わったら教えてよ?」

明久「もちろんさ。それじゃあ今回はこの辺で終わりにしようか。次の話も楽しみにしててね‼︎」





土屋「…………魚田()魚子(茅野)魚魚(片岡)のレア写真の入手に成功。今後ともよろしく頼む」

殺せんせー「ヌルフフフフ、そちらも写真提供をお願いしますよ。今のうちからしっかりとアルバム写真を集めておかなくては」


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寺坂の時間

雄二が考えた暗殺計画の準備も順調に進み、暗殺の実行は明日の放課後となった。今日はプール周りの仕込み以外に使う装備を点検して最後のシミュレーションに当てる予定である。いよいよ大詰めだ。

「雄二、もう殺せんせーには言ったの?」

「あぁ。明日の放課後、俺達の準備が整えば呼びに行くって言ってある。それまで殺せんせーは校舎内で待機してくれるそうだ」

「本当に暗殺に協力的な標的(ターゲット)じゃな……此方としては余計な手間が省けて助かっておるが」

「…………(コクコク)」

全くもって秀吉の言う通りだと思う。普通だったら秘密裏に暗殺を企ててバレないように標的を誘い出す必要があるのに、殺せんせーの場合は暗殺すると言えばある程度協力してくれるんだから非常に行動しやすかった。大っぴらに動いても標的が気を遣ってくれるので神経を使う必要がなくて楽なのだ。

「おい皆、来てくれ‼︎ プールが大変だぞ‼︎」

そんな風に明日の暗殺について話し合っていたところで、血相を変えて教室へと駆け込んできた岡島君によって遮られた。普段の彼らしからぬ焦りように教室にいた皆もプールへと向かうことにする。
いったいプールがどうしたというのか、それはプールに着いたら誰の目にも一目で分かった。

「……ッ、メチャメチャじゃねぇか……」

プールを見た前原君がその状況を一言で言い表す。二つあったプールのレーンは飛び込み台ごとなくなっており、プール脇に作られていたウッドチェアなども破壊されていてその木片がペットボトルや缶といったゴミとともに水面を漂っていた。野生動物とかじゃない、明らかに人為的な破壊の跡である。

「あーあー、こりゃ大変だ」

「ま、いーんじゃね?プールとかめんどいし」

皆がプールの惨状に目を向けている中、そんな軽い声が後ろから聞こえてきた。吉田君と村松君だ。当たり前のように寺坂君も横にいて、三人は他の皆とは違いプールの惨状を見ても笑みを浮かべている。
うわぁ露骨……証拠はないけど自分が犯人って言ってるようなもんじゃないか。そもそも裏山のプールの存在を知ってるのはE組関係者だけなんだから、その時点で犯人は絞られてるっていうのに……隠すつもりがないのかな?
その三人の様子から犯人だと思ったのは僕だけじゃなかったようで、何人かは寺坂君達へと視線を向けていた。特に渚君なんかは露骨に彼らへ視線を向けており、その視線を感じ取った寺坂君が渚君へと詰め寄っていく。

「ンだよ渚、何見てんだよ。まさか俺らが犯人とか疑ってんのか?くだらねーぞ、その考え」

「まったくです。犯人探しなどくだらないからやらなくていい」

渚君の胸元を掴んで凄む寺坂君だったが、ぬるっと現れた殺せんせーに驚いてその手を離してしまっていた。寺坂君って意外とビビり……?
そして次の瞬間には水面を漂っていた木片やゴミがなくなり、レーンやウッドチェアなどは修復されているという……劇的ビフォーアフターならぬ超速ビフォーアフターだ。まぁ小さな沢から実質四時間でプールを作れる先生の手に掛かれば造作もないことだろう。

「はい、これで元通り‼︎ いつも通り遊んで下さい」

完璧なまでに元通りとなったプールを見て殺せんせーは帰っていった。続いて寺坂君も面白くなさそうにプールから立ち去っていく。
あの反応を見る限り、グループ的にも主犯は寺坂君で間違いないと思う。だけど殺せんせーのおかげでプールは元通りだし、犯人探しもやらなくていいって言ってるからこの件は終わりだな。
これにて一件落着、とはならないだろう。根本的な解決になってないし、寺坂君が変わらないとまた同じようなことを繰り返すかもしれない。う〜ん、なんとかならないかなぁ……まぁなるようになるか。考えても良い案なんて思い浮かばないし。僕も教室へ戻るとしよう。

「……ところで岡島君。どうして君は着替えもせずにプールへ行ったんだい?」

「え?そりゃあその場で撮影すると殺せんせーにカメラを取り上げられるから、皆が来る前にカメラを設置しとこうとーーー」

と、僕の疑問に答える岡島君の肩へと誰かの手がポンッと置かれる。それによって言葉を切った彼が後ろを振り返れば、そこには笑顔だが目の笑っていない片岡さんの姿があった。

「岡島君、ちょっと私と話しましょうか?」

有無を言わせぬ片岡さんの威圧に逆らえるはずもなく、岡島君は身を縮こませながら彼女と向かい合うこととなる。この後、岡島君が片岡さんに説教されたのは言うまでもないだろう。







ところ変わってE組の教室。あれから何事もなく普段通りに授業を受けた僕らは昼休みを迎えていた。今日のお弁当は趣向を凝らしてシュガーウォーターだ。栄養補給にもなるし意外と甘くて美味しいんだよね。
そうして皆がお昼を食べ終えてまったり過ごしていた頃、殺せんせーがある物を押して入ってきた。それを見て教室にいる皆は興味を示しており、その中でも特にテンションを上げていたのは吉田君だ。

「うぉ、マジかよ殺せんせー⁉︎」

「この前、君が雑誌で見てた奴です。丁度プールの廃材があったんで作ってみました」

「すげー‼︎ まるで本物のバイクじゃねーか‼︎」

そう、教室でバイクに跨がる殺せんせーを見て吉田君は興奮を隠せないでいた。まぁバイクと言っても本物のバイクではなく、先生の言う通り廃材で作られた木造バイクである。
そういえば吉田君の家はバイク店だったかな。だからこそ素人以上に本物そっくりな木造バイクの凄さが分かるのだろう。っていうか普通に素人目から見ても凄過ぎだと思う。

「……何してんだよ、吉田」

と、そこでドアを開けて教室に入ってきた寺坂君が吉田君を見て表情を引き攣らせながら問い掛けてきた。そりゃあ自分と同じく殺せんせーに反発してた友達が先生と仲良くしてたら気に食わないよね。
吉田君もその思いは分かるのか、寺坂君に対して少し吃りながらそれでも楽しそうに答えを返す。

「い、いやぁ……この前、こいつとバイクの話で盛り上がっちまってよ。うちの学校、こういうの興味ある奴いねーから」

「ヌルフフフフ。先生は大人な上に漢の中の漢、この手の趣味も一通り齧ってます」

その後も楽しそうに殺せんせーと話し合う吉田君を見てどう思ったのか、寺坂君は大股で歩み寄ると木造バイクを蹴り倒した。倒れた衝撃で木造バイクは壊れてしまう。
それを見ていた皆も黙っていられなかったようで、木造バイクを壊した元凶である寺坂君へと詰め寄っていく。

「なんてことすんだよ、寺坂‼︎」

「謝ってやんなよ‼︎ 大人な上に漢の中の漢の殺せんせー、泣いてるよ⁉︎」

いや中村さん、寺坂君の肩を持つわけじゃないけど大人な上に漢の中の漢はきっと泣かないと思う。それが男泣きならまだしも身体を震わせながら声も出ないマジ泣きだからね。寧ろいい大人が情けないって言われてもおかしくないレベル。
寺坂君は煩わしそうにしながらも皆の批判の声を無視して自分の席まで歩いていき、椅子を引いて座らずに机の中へと手を突っ込む。

「てめーら、ブンブンうるせーな虫みたいに……駆除してやるよ」

そう言って机から取り出したものを床に叩きつけると、教室中が噴き出した白い煙によって覆われていった。
パッと見た感じ、寺坂君が床に叩きつけたのは殺虫剤のスプレー缶だ。亀裂が入って中身が溢れ出たのだろう。あっという間に教室内は軽いパニック状態である。

「寺坂君‼︎ ヤンチャするにも限度ってものが……」

流石にやり過ぎな寺坂君を咎めるため泣き止んだ殺せんせーが彼の肩を掴むも、その手はすぐに寺坂君によって弾かれてしまった。

「触んじゃねーよ、モンスター。気持ちわりーんだよ。てめーも、モンスターに操られて仲良しこよしのE組(てめーら)も」

その言葉で軽いパニック状態だった教室内が静まり返る。寺坂君が殺せんせーに反発してるのは皆も知ってたけど、まさかそこまで毛嫌いしてたとは思っていなかったのだ。
誰も何も言えなくなっている中、壁に寄り掛かってちゃっかりスプレーを回避してたカルマ君が口を開く。

「何がそんなに嫌なのかねぇ……気に入らないなら殺せばいいじゃん。せっかくそれが許可されてる教室なのに」

それで殺せんせーを殺せたら苦労はないって。まぁまずは殺ってみるべきだっていう意見には賛成だけどさ。
そんなカルマ君の物言いが癪に障ったのか、寺坂君はカルマ君に対して敵意を向ける。

「なんだカルマ、てめぇ俺に喧嘩売ってんのか?上等だよ。大体てめぇは最初からーーー」

しかし次の瞬間、寺坂君の言葉はカルマ君に顔面を鷲掴みにされて強制的に黙らされた。

「駄目だってば、寺坂。喧嘩するなら口より先に手ぇ出さなきゃ」

「うわっ、カルマ君野蛮。まるで雄二ぶべらっ⁉︎」

「おっと悪い、口より先に手が出ちまった」

まるで寺坂君へ手本を見せるかのように雄二の拳が僕の頰へ突き刺さる。な、何すんだこの野郎……僕はただ雄二の悪口を言おうとしただけじゃないか。殴られる筋合いはないぞ。
僕が雄二の拳で床へと倒れこんでいる間に、寺坂君はカルマ君の手を振り払って教室から出ていってしまった。寺坂君の態度にE組の皆からも溜め息が漏れている。
あんな調子じゃあ寺坂君自身も疲れるだろうに……皆と仲良くする切っ掛けがないから接し方を変えるのも難しいのだろう。ホント、なんとかならないもんかなぁ。







寺坂君がキレて帰った次の日。寺坂君の問題は残っているものの、それとは別に雄二の暗殺計画を決行する日がやってきた。装備の点検もシミュレーションも昨日のうちに済ませてバッチリである。……っていうかよくよく考えるとこれで殺せんせーを殺せたら寺坂君の問題も解決するんじゃない?
その寺坂君はと言えば、今日は学校にすら来ていなかった。もう既に午前中の授業は終わっており、今は昨日のいざこざから丸一日経って再び昼休みの時間である。ちなみに今日のお弁当は原点に立ち返って濾過した水道水(ボトルドウォーター)だ。ただそれだけだと味気ないので塩と砂糖も食べるために単品で持ってきている。
いつもと変わらない昼休みの光景……というわけではなく、何故か殺せんせーが教卓で一人涙を流していた。はて?昨日と違って今日は泣くような出来事もなかったと思うけど……

「何よ、さっきから意味もなく涙流して」

いい加減に無視できなくなったのか、イリーナ先生が殺せんせーに泣いている理由を問い掛けていた。
さて、殺せんせーが泣いている理由とはいったいどのようなものなのか……

「いえ、鼻なので涙じゃなくて鼻水です。目はこっち」

そう言って先生は目だと思っていた鼻の横にある鼻だと思っていた目を指差し……あれ、あっちが目でそっちが鼻?いや確か前に教えてもらった時はそこって耳だったような……あぁもう紛らわしいっ‼︎
もう目でも鼻でも耳でも何処でもいいけど、取り敢えず穴から粘液を垂れ流している殺せんせーは確かに調子が悪そうだ。

「どうも昨日から身体の調子が少し変です。夏風邪ですかねぇ……」

「え、先生って風邪引くんですか?」

殺せんせーが口にした新たな情報に僕はつい言葉を挟んでしまっていた。しかし先生も風邪を引くんだったら毒殺できるチャンスがあるかもしれない。前に奥田さんの毒殺は失敗してたけど、毒物を変えればもしかしたら行けるんじゃないか?
そう思って殺せんせーに質問したのだが、先生は僕の質問を聞いて少し考える素振りを見せると、

「……さぁ?そういえば先生、風邪を引いたことがないのでよく分かりませんでした」

「えぇ……」

なんじゃそりゃ……じゃあ本格的になんで粘液垂れ流してんの?いや、先生も分からないってことは逆に初めて風邪を引いたのかもしれない。どっちにしろ体調を崩してる今は暗殺のチャンスってことか?
と、そこに教室のドアを開けて来ていなかった寺坂君が入ってきた。てっきり今日はサボって来ないものだと思ってたのに来たんだ。殺せんせーも寺坂君が登校してきたことに喜びながら寺坂君の元へ駆け寄っていく。

「おぉ、寺坂君‼︎ 今日は登校しないのかと心配でした‼︎ 昨日君がキレたことならご心配なく‼︎ もう皆気にしてませんよ‼︎ ね?ね?」

「う、うん……汁まみれになってく寺坂の顔の方が気になる」

しかし殺せんせーが駆け寄ると身長差もあって垂れ流される粘液が全て寺坂君の顔面に降り掛かっていた。もうわざとじゃないかと思うくらい粘液まみれである。
でも寺坂君はそのことに文句一つ言わず粘液を拭き取ると、強気な笑みを浮かべて目の前に立つ殺せんせーへと人差し指を向けた。

「おいタコ、そろそろ本気でブッ殺してやンよ。放課後にプールへ来い。わざわざ弱点の水を用意したこと、後悔させてやるぜ。てめぇらも全員手伝え‼︎ 俺がコイツを水ン中に叩き落としてやッからよ‼︎」

昨日の不機嫌……というか不安定な様子とは打って変わって自信満々な様子である。カルマ君に言われて殺る気を出したのかな?もしくは何か良い暗殺計画を思いついたとか?
とはいえ皆の反応は寺坂君の呼び掛けに対してあまり芳しくない。まぁそれはそうだよね。その思いを代表するように前原君が立ち上がる。

「……寺坂、お前ずっと皆の暗殺には協力して来なかったよな。それをいきなりお前の都合で命令されて、皆がハイやりますって言うと思うか?」

そう、これまで寺坂君の態度は一貫して皆の暗殺に非協力的だった。それなのに何の説明もなく協力しろとだけ言われても誰だって協力的にはならないだろう。
雄二が協力を仰いだ最初の暗殺も似たような状況だったけど、雄二は皆の暗殺にも協力してたし命令じゃなくてお願いする形で必要最低限の説明もしていた。皆の対応が違うのも当たり前である。

「ケッ、別にいいぜ来なくても。そん時ゃ俺が賞金百億を独り占めだ」

だけど前原君の言い分を聞いても寺坂君は強気な態度を崩さず、命令口調のまま何も説明することなく教室から出ていってしまった。
その横柄な態度に今まで(つる)んでいた吉田君と村松君も呆れた様子である。当然のように皆からも否定的な声が上がっており、誰も寺坂君の暗殺に協力する気はなさそうだ。
そんな様子を見ていた殺せんせーが相変わらず粘液を垂れ流したまま皆の説得に入る。

「皆、行きましょうよぉ。せっかく寺坂君が私を殺る気になったんです。皆で一緒に暗殺して気持ち良く仲直りしましょう」

「まずあんたが気持ち悪いわ‼︎」

とうとう垂れ流される粘液は穴だけでなく身体全体から溢れ出し、教室の床が見えなくなるまで覆い尽くすしていった。そうして溢れ出た粘液は蝋みたいに固まって僕らの動きも固めてしまう。
寺坂君と違ってお願いする形を取ってはいるけど、殺せんせーのお願いは明らかにお願いじゃなくて強制だと思うんだよね。だって協力しなきゃ粘液の拘束が外れそうにないんだもん。
殺せんせーのお願いという名の命令に根負けした皆は、仕方なくといった感じで寺坂君の暗殺に協力することとなった。皆の了承を得て先生も嬉しそうにしている。

「……さて。話の流れで寺坂君の暗殺を受け入れてしまいましたが、坂本君達の暗殺はその後でも大丈夫ですか?」

「ん?あぁ、別にいいぞ。早いに越したことはないが順番に拘る理由もないしな」

あ、雄二の暗殺を忘れてたわけじゃないんだ。そういえば僕らの暗殺も今日の放課後にする予定だったっけ。すっかり忘れてたよ。
先生の言葉を聞いて皆の視線が僕らへ向けられる。

「なに坂本達、また暗殺企んでたの?」

「そうみたい。数日前から準備してたよ」

僕らへ問われたカルマ君の疑問には茅野さんが答えていた。茅野さんが答えたことにもカルマ君は疑問の声を上げる。

「あれ、茅野ちゃんは知ってたんだ?」

「私も知ってたわよ。ちょうど暗殺の仕込みに来たところで会ったの」

茅野さんに続いて片岡さんもカルマ君の疑問に返していた。あとは渚君も知ってるけど……あれ?見当たらない……何処へ行ったんだろ?
まぁ何はともあれ、まずは寺坂君の暗殺だ。僕らの暗殺はその後だから、少しでも殺せんせーを追い詰めてくれることを祈っておこう。せっかくの仕込みや準備が無駄になるのは嫌だから、寺坂君の暗殺で先生が殺されるかもしれないというのは考えない方向で。



次話
〜実行の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/28.html



明久「これで“寺坂の時間”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」

吉田「今回は反発をやめたってことで俺と村松が後書きに呼ばれたぜ」

村松「っつーことは次の後書きでは寺坂の奴が呼ばれんのか?」

吉田「多分そうなんじゃねぇの?」

明久「コラそこ二人‼︎ 憶測でお茶の間の皆様にネタバレをするんじゃない‼︎」

村松「“ネタバレ”ってことは事実なのか」

吉田「最後は自分で言っちまう辺り、やっぱ吉井は馬鹿だな」

明久「黙らっしゃい‼︎ さっさと後書きに入っていくよ‼︎」

吉田「そーいやよ、前回あんな終わり方しといてお前らの暗殺は今回やんねぇのかって思ったわ」

村松「それな。ここで寺坂の話を挟んじまったら次もお前らの暗殺できねぇじゃん」

明久「し、仕方ないじゃないか。原作では片岡さんの話の後すぐだし、暗殺の仕込みでその短い間隔も使っちゃったんだから」

村松「あとな、お前もっとマシな昼飯用意できねぇの?今までに持ってきたお前の昼飯、塩水と砂糖水と水しかねぇぞ」

明久「あぁ、それなら心配ないよ。月初めは仕送りで買い溜めしてるし、月半ばからは採ってきた山の幸で凌げてるから」

吉田「安心できる要素が全くねぇよ……よく生きてられんな」

村松「偶にはうちのラーメン屋に来い。サイドメニューの試作品くらい味見させてやるから」

明久「ホントに⁉︎ じゃあ毎日行くよ‼︎」

村松「偶にっつってんだろ‼︎ 毎日サイドメニュー試作してたら金欠で店潰れるわ‼︎」

吉田「清々しく感じるほど厚かましいな……」

明久「それじゃあ今回の後書きはここまで‼︎ 次の話も楽しみにしててね‼︎ ……確か村松君の家のラーメン屋って“松来軒”って名前だったよね?」

松村「今から来る気か⁉︎ 金無いんだったら食わさねぇぞ‼︎」





寺坂「あいつら、俺の回なのに一つも俺の行動に触れてねぇ……」

狭間「仕方ないわよ、寺坂なんだから」

寺坂「仕方なくねぇよ‼︎」


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実行の時間

pixivで追いついたことから、アンケートを実施して埋めた“好奇心の時間”の後書きを「会話形式」に再編集しました。もしお暇であれば覗いてみてください。
ただし“私と彼とゲームセンター”は番外編という括り、アンケートを実施したという事実を残すために「会話形式」に再編集することはありません。

※この前書きは次話投稿時に削除する予定です。



そんなこんなで放課後。僕らは寺坂君の暗殺を手伝うためにプールへと来ていた。昼休みに殺せんせーを水の中へ叩き落とすと言っていたことから全員水着である。

「よーし、そうだ‼︎ そんな感じでプール全体に散らばっとけ‼︎」

そして僕らを呼び出した寺坂君は水辺で一人、銃を片手に持って皆へと指示を出していた。皆は不満そうにしながらも文句は言わずプール内に散らばっている。まぁそれぞれ愚痴は言ってるんだけどね。

「寺坂に作戦の指揮なんざ無理だと思うがな……アイツは明久と同類だぞ」

「どちらかと言えば彼奴(あやつ)も直情型じゃからの」

「…………考えることに向いてない」

なんか愚痴に混ざって僕も悪く言われてない?
あと同じ疑問を真正面から寺坂君にぶつけていた竹林君は蹴り落とされていた。気に食わないからって暴力は良くないよ。
竹林君が蹴り落とされ、全員がプールに入ったところで殺せんせーもやってきた。先生はこの場を見てすぐに寺坂君の意図を把握する。

「なるほど、先生を水に落として皆に刺させる作戦ですか。それで、君はどうやって先生を落とすんです?ピストル一丁では先生を一歩すら動かせませんよ」

殺せんせーの言う通りである。何回も言ってる気がするけど、そもそも先生を弱点である水の中に引き込むこと自体が殺すことと同じくらい難しいのだ。その方法は悪知恵の働く雄二でさえ思いついていない。
だけど寺坂君を見ている限り何かの策を弄している様子もなく、ただ手に持った銃を殺せんせーへ向けて構える。

「……覚悟は出来たか、モンスター」

「もちろん出来てます。鼻水も止まったし」

「ずっとてめぇが嫌いだったよ。消えて欲しくてしょうがなかった」

「えぇ、知ってます。その辺りの君の気持ちも合わせて暗殺(これ)の後でゆっくり聞きましょう」

殺せんせーは微塵も殺される気はないようだ。先生は顔色を緑の縞々に変化させていて、明らかに寺坂君を舐めきっている。っていうかもう暗殺が終わった後の話をしてるし。
当然ながら寺坂君はそんな先生の反応がムカつくらしく、こめかみに青筋を浮かべていた。そうして構えた銃の引き金を引き、





小さな沢の流れを堰き止めていたダムが爆発した。





「なっ⁉︎」

突然の出来事に一瞬思考が止まる。だがその一瞬の停滞が命取りだった。僕らは為す術もなく激流に押し流されてしまう。

「くっ‼︎」

僕は押し流されながらも何とか激流に逆らおうとするが、溺れないようにするのが精一杯でとても水からは上がれそうになかった。
不味い‼︎ 確かこの先は険しい岩場になってたはず‼︎ このままじゃ溺れなくても落っこちて全員死ーーー

「皆さん‼︎」

そんな僕らを見て殺せんせーが血相を変えて飛び出してきた。幸いにも爆発した場所から離れていたこと、必死に水の流れに抗っていたこともあって僕が一番に助けられる。
身体へと巻きついてきた触手によって水から引き上げられ、僕はそのまま近くの草叢へ放り出された。殺せんせーは助けた僕を一瞥するとすぐに他の皆の救出へ向かう。先生が助けに向かったんだからきっと皆も大丈夫なはずだ。
そうして一先ずの危機を脱したところで、僕の頭を占めていたのは安堵ではなく怒りだった。

「いったい、何考えてんだ……寺坂君……‼︎」

僕は殺せんせーを信じて流されていった皆の方へは行かず、ダムを爆発した寺坂君を問い詰めるべくプールへ戻ることにする。これは幾らなんでも度を越してやり過ぎだ。もしかしたら逃げてるかもしれないけど、そしたらぶん殴って取っ捕まえて皆の前に突き出してやる‼︎
流されてきた山道を登り始めたその時、上の方から誰かが駆け降りてくる足音が聞こえてきた。寺坂君かと思って足音のした方を睨みつけたが、僕の予想に反して降りてきたのは別の人である。

「カルマ君‼︎」

「吉井、なんで登ってきてんの?皆は流されてったんだから下だよ」

殺せんせーに懇願されて寺坂君の暗殺に参加した僕らとは違い、カルマ君は普通に面倒臭がって不参加を決め込んでいた。多分ダムが破壊された時の爆発音を聞いて駆けつけたのだろう。

「そんなことは分かってるさ。でも皆は殺せんせーが助けてるからきっと大丈夫。それより寺坂君を見なかった?上から来たんだったらプールを見たと思うけど、あれをやったのは寺坂君なんだよ」

上から駆け降りてきたってことはプールだけじゃなくて寺坂君も見ているはずだ。既に逃げてしまっている可能性もあるものの、取り敢えず何かしらの情報が欲しい。
そう思って簡単に起こった出来事を話したのだが、僕の言葉を聞いたカルマ君は納得した上で僕の行動を否定した。

「……あぁ、そういうことね。吉井の気持ちは理解したけど、その気持ちをぶつける相手は寺坂じゃない」

「……?どういうこと?」

「話は皆のところへ向かいながらする。とにかく行くよ。あ、それと寺坂のことは俺がぶん殴っといたから」

「えっ⁉︎ ちょ、ちょっと待ってよ‼︎」

そのまま駆け降りていくカルマ君の後に僕も慌てて着いていく。っていうか寺坂君はもうぶん殴られてるの⁉︎
上で寺坂君に会ったというカルマ君の話だと、今回の暗殺は寺坂君が考えたことじゃなくてシロさんとイトナ君が裏で糸を引いていたらしい。しかも寺坂君は爆弾のことを知らされていなかった様子で、詰まる所あの二人に利用されていただけだということだった。

「そうだったのか……じゃあ最近の寺坂君の行き過ぎた行動は……」

「あの二人に操られてた……ってわけ。確かに殺せんせーが助けてるんだから皆は無事だろうけど、助け終わった直後の気の緩みを突いてシロとイトナが先生を襲撃してるはずだ」

プールを爆破して皆を殺しに掛かるだけじゃ意味がない。生徒が死にそうになったら殺せんせーは死んでも助けようとするだろう。そして触手の扱いは精神状態によって左右される。プールの爆発で動揺して皆を助け終えたら気が緩む、そんな先生の隙を突くのは同じ触手を持つイトナ君には容易いはず……それがカルマ君の予想した二人の計画だった。話を聞く限りおかしな点はないし間違ってないと思う。
そうこうしているうちに皆の姿が見えてきた。全員の姿は確認できないけど、助けた場所が離れてるから合流できていないだけだと思いたい。皆の元へ駆け寄った僕らは状況を確認する。

「皆、無事⁉︎ あと殺せんせーは⁉︎」

「明久、お前も無事だったか。全員の無事はまだ確認できてないが、殺せんせーのことを訊くってことは奴らのことは知ってるようだな」

僕の問い掛けに答えた雄二は切り立った岩場から眼下へ視線を向けた。僕とカルマ君も釣られて岩場から覗き込む。するとそこでは殺せんせーとイトナ君が触手による高速戦闘を繰り広げていた。少し離れた場所ではシロの姿も見える。(まさ)しくカルマ君に聞かされていた通りの光景だ。

「まさかプールの爆破はあの二人が仕組んだことだったとは……」

皆もシロさんとイトナ君の登場で大凡(おおよそ)の背景は理解しているようだった。眼下の戦闘を覗き見ていた岡島君が驚きを込めた呟きを漏らしている。

「でもちょっと押され過ぎな気がする。あの程度の水のハンデはなんとかなるんじゃ……?」

その戦闘を冷静に分析していた片岡さんが疑問を零す。言われてみれば確かに。幾らイトナ君が触手を持っていようがベースは人間、全身が触手生物の殺せんせーとでは地力が違うはずだ。なのに戦況はイトナ君が圧倒的に優勢。いったいどうして……

「水のせいだけじゃねぇ」

と、そこに寺坂君が遅れてやってきた。よく見なくても左の頰が腫れているのが分かる。本当にカルマ君からぶん殴られていたらしい。

「力を発揮できねぇのはお前らを助けたからだよ。見ろ、タコの頭上」

そう言って寺坂君が指差す方向に視線を向けると、眼下の戦闘に気を取られて気付かなかったけど上の方に吉田君、村松君、原さんがいた。殺せんせーに助け上げられたのだろう。
無事を確認できたのはよかったけど、しかしまだ安全とは言えなかった。その場所というのが戦闘を繰り広げる触手の射程圏内であり、何より原さんがしがみついている木の枝が今にも折れて落ちそうなのだ。

「あいつらの安全に気を配るからなお一層集中できない。あのシロの奴ならそこまで計算してるだろうさ。恐ろしい奴だよ」

「呑気に言ってんじゃねぇよ寺坂‼︎ 原たちあれマジで危険だぞ‼︎ お前ひょっとして今回のこと、全部奴らに操られてたのかよ⁉︎」

淡々と語る寺坂君に焦った様子の前原君が声を上げる。寺坂君がシロ達の元ではなく皆の前に現れたことで、彼らとグルなのではなく利用されていただけだという可能性に思い至ったのだろう。
寺坂君はその問い掛けに自嘲的な笑みを浮かべる。

「……フン。あぁそうだよ。目標もビジョンも()ぇ短絡的な奴は頭の良い奴に操られる運命なんだよ。……だがよ、操られる相手ぐらいは選びてぇ」

でも次の瞬間にはその表情を真剣なものに変え、決意を秘めた瞳でカルマ君へと近づいていく。

「おいカルマ‼︎ てめぇが俺を操ってみろや。その狡猾なオツムで俺に作戦を与えてみろ‼︎ 完璧に実行して彼処にいるのを助けてやらァ‼︎」

その声に今までのような不安定さは微塵も含まれていない。利用されるんじゃなくて自分の頭で考え、自分の意思で行動したからこそ気持ちに芯が通っているんだ。
そんな寺坂君に選ばれたカルマ君は不敵な笑みを浮かべる。

「良いけど……俺の作戦、実行できんの?死ぬかもよ」

「やってやンよ。こちとら実績持ちの実行犯だぜ」

それに対して寺坂君も強気な笑みで返す。頭の良いカルマ君と馬鹿だけど行動力のある寺坂君、この二人は意外と良いコンビなのかもしれない。
カルマ君は少しだけ考え込むとポンっと手を打ち、

「思いついた‼︎ 原さんは助けずに放っておこう‼︎」

その発言に全員がげんなりしたのは言うまでもなかった。人でなしの悪魔のような提案である。
しかしその中で一人だけカルマ君の提案に肯定的な反応を示す奴がいた。というかそいつは僕の隣に立っていた雄二である。

「おいカルマ、その作戦には俺も賛成だけどよ……どうせやるなら倍返しの方がいいんじゃねぇか?」

口端を吊り上げながらそう言った雄二が視線を向けたのは……僕?
カルマ君もその視線を辿って僕を視界に収め、

「そうだねぇ……吉井も怒りをぶつけたがってたみたいだし、坂本の案も採用しようか」

なんか寺坂君と一緒に僕も実行部隊に加わったっぽい。二人とも内容を省いて話すもんだから、僕らにはカルマ君の作戦も雄二の案も全く分かんないんだけど……

「……おいてめぇら、自分達の頭ん中だけで話進めてんじゃねぇよ。いいから早くその作戦やら案やらを話して指示を寄越せ」

いい加減に痺れを切らした寺坂君が二人に指示を催促した。取り敢えず僕らの役割を教えてもらわないと動きようもないしね。







カルマ君の作戦と雄二の案を聞いた僕らはすぐに行動を起こした。シロさんとイトナ君は戦闘に集中していてバレずに動くのは意外と難しくない。
そうして裏で皆がこっそり動いて配置についている間、少しでも二人の気を引くために寺坂君が怒声を上げた。僕もそれに続いて怒声を上げる。

「おいシロ、イトナ‼︎ よくも俺を騙して利用してくれたな‼︎」

「それだけじゃない‼︎ 皆を殺しかけておいてタダで帰られると思うなよ‼︎」

ただしその怒声に込められた怒りは作戦でもなんでもなく僕らの本心だ。誰だって利用されたらムカつくだろうし、そもそも下手をすると死んでたんだから怒らない方がおかしい。
だけど僕らの怒声を聞いてもシロは何処吹く風で涼しげなものである。

「……寺坂君に吉井君か。まぁそう怒るなよ。殺せんせーを追い詰めるには必要なことだったんだ。あと前回のように対触手武器をイトナに向けられたら面倒だからね。殺せんせーに水を吸わせて対触手武器を遠ざけるには今回の作戦が最適だったんだよ」

シロさんの言うことは確かに合理的だった。殺せんせーが生徒を見捨てるわけがないし、この前の暗殺を踏まえて不利になる材料を排除するのも当然だろう。殺せんせーを殺すために対先生ナイフを持ってプールに入ってたけど、溺れて死にかけたら対先生ナイフなんか持っていられない。相変わらず用意周到なことである。だが、

「最適だった、だって……?たったそれだけの理由で皆を殺しかけたのか……」

それを聞いて理解はできても納得できるかどうかは話が別だ。殺されかけた側からすれば堪ったもんじゃない。
更にムカつくのが自分達は準備するだけで最後の一手を寺坂君に押し付けたことである。最悪の場合、罪に問われたら寺坂君に罪を擦り付けて自分達は逃げる魂胆が丸見えだった。自分達は安全な場所から有利に物事を進める、というスタンスも前から変わってないな。

「てめぇらは許さねぇ‼︎ イトナ、まずはてめぇだ‼︎ 俺らと戦いやがれ‼︎」

そろそろ本気で我慢できなくなってきた僕らは、岩場から飛び降りてイトナ君と同じく川の中で対峙する。寺坂君は着ていたシャツを脱いで両手で広げ、その後ろに控えた僕は握り込んだ拳を構えた。
そんな僕らの様子を見てシロさんは失笑を漏らす。

「クス、布切れ一枚でイトナの触手を防ごうとは健気だねぇ。しかも攻撃手段がまさかの拳と来たもんだ。ーーー黙らせろ、イトナ。殺せんせーに気をつけながらね」

その指示を受けたイトナ君は狙いを手前に立つ寺坂君へと定め、僕らが動く間もなく間髪入れずに触手を振るった。
イトナ君が本気で殺しに来たら僕らは確実に死ぬだろう。マッハで触手を叩きつけられたら人間の身体なんて脆いもんだ。でもシロさんの目的は僕らを殺すことじゃなく、僕らを生かして殺せんせーの注意を逸らすこと。つまりたとえ触手を振るわれても死ぬことはない、というのがカルマ君の意見だった。
実際に触手の直撃を食らった寺坂君は苦痛に表情を歪めて脂汗を流しているものの、意識を保ったまま広げたシャツで上手くイトナ君の触手を受け止めている。

「よく耐えたねぇ。ではイトナ、もう一発あげなさい。次も背後のタコに気をつけながら……」

「くしゅんっ‼︎」

持ち堪えた寺坂君を見てもう一度シロさんが指示を出そうとしたところで、突然イトナ君がくしゃみをし出した。二人とも不思議そうにしているが、これこそが僕らの狙いである。
ここ最近の寺坂君の行動が二人に操られたものだっていうなら、昨日の教室で彼が撒き散らしたスプレーにだって意味があるはずなんだ。そして今日の粘液を垂れ流して殺せんせーの様子を見る限り、あのスプレーには先生の粘液を絞り出す効果があったに違いない。流される僕らを助ける時に粘液で水の吸収を遮られるのを防ぐためだろう、というのもカルマ君の意見である。
そこで鍵となるのが寺坂君のシャツだ。ズボラなことながら寺坂君は昨日と同じシャツを今日も着ていたらしい。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。
そんなもので受け止められたらイトナ君の触手だって無事で済むはずがない。現に今だってイトナ君はくしゃみをしているし、触手からは少し前の殺せんせーと同じく粘液が垂れ流されている。くしゃみと疑問で生まれたその隙を突くのが僕の役目だ。

「くっ‼︎」

透かさず距離を詰める僕に対してイトナ君は再び触手を振るう。幾ら隙を突いても足場が悪くて素早く動けず、触手を捉えられる動体視力を持つイトナ君だったら当然反応できるだろう。
だけど咄嗟のことで触手の狙いは大雑把なものになる。そうなれば自ずと当てやすい場所……寺坂君に一撃を食らわせた場所と同じ胴体を狙うはずだ。僕らを殺さない程度の速度で、更に触手を振るわれる場所も分かってるんだったら……カウンターを合わせられる。
振るわれるイトナ君の触手に対して、僕も構えていた拳を勢いよく振り抜く。そうして触手と拳がぶつかり合いーーーイトナ君の触手が崩れ落ちた。

「何っ⁉︎」

イトナ君の表情が疑問や焦燥から驚愕一色に彩られる。絶対的な力として振るっていた触手がたかが拳に破れたんだからそりゃあ驚くだろう。加えて触手を破壊されたことによる動揺は思考を一瞬停止させる。その一瞬があれば十分だった。

「皆の分の一発だッ‼︎ 歯ぁ食いしばれッ……‼︎」

残る距離を詰めてイトナ君の懐に入った僕は、触手を破壊した拳とは反対の拳を振りかぶって思いっきり彼の頰へと叩き込んだ。その衝撃によってイトナ君は軽く吹っ飛んで川の中で尻餅をつく。
そして僕らがやり合っている間に殺せんせーが原さんを助け出していた。イトナ君の猛攻が途切れればいつでも助け出すことはできただろう。その状況を僕らで作り出したのだ。
これで一先ず心配することは何もない。が、僕らの仕返しはまだ終わりじゃなかった。原さんが助け出されたことを確認した寺坂君は、まだ上の方に残っている吉田君と村松君へ向けて声を張り上げる。

「吉田‼︎ 村松‼︎ お前らはそこから飛び降りられんだろ‼︎」

いきなり話を振られた二人は戸惑っている様子だったが、それでも寺坂君は構わず言葉を続けた。

「水だよ、水‼︎ デケェの頼むぜ‼︎」

その一言で吉田君と村松君も寺坂君の言いたいことを察したようだ。愚痴を零しながらも笑みを浮かべて二人は飛び降りた。それに合わせてこっそり配置についていた皆もカルマ君の指示で岩場から一斉に飛び降りる。

「ま、まずい‼︎」

岩場から飛び出してきた皆を見てシロさんも僕らの考えを悟ったみたいだけどもう遅い。尻餅をつくイトナ君の周りに皆が飛び降りたことで、激しく跳ね上がった水飛沫がイトナ君に降り掛かった。その水を吸い上げてしまった彼の触手がみるみるうちにふやけていく。

「あーあ、だいぶ吸っちゃったね。殺せんせーと同じ水を。これであんたらのハンデが少なくなった。寧ろ触手を破壊されて不利になったんじゃない?」

一人岩場に残ったカルマ君が現状を確認するように言う。原さんを助け出したことで殺せんせーも戦闘に集中できることだし、もうさっきまでのイトナ君が有利な状況は逆転したと言ってもいい。

「で、どうすんの?俺らも賞金持ってかれんの嫌だし、そもそも皆あんたの作戦で死にかけてるし、ついでに寺坂もボコられてるし……まだ続けるならこっちも全力で水遊びさせてもらうけど?」

飛び降りた皆もイトナ君に水を被せる気満々なようで、一緒に流れてきたゴミの袋や水の滴る木の枝、両手で水を掬い上げて応戦する姿勢を見せている。これ以上やるって言うならE組全員が相手だ。

「……してやられたな。丁寧に積み上げた戦略が、たかが生徒の作戦と実行でメチャメチャにされてしまった。……ここは引こう。君らを皆殺しにでもしようものなら、感情に左右された反物質臓がどう暴走するか分からん。……帰るよ、イトナ」

なんかゴチャゴチャとよく分からないことを呟いたシロさんだったが、僕らとイトナ君の状態を見てこの場で殺せんせーは殺せないと判断したのだろう。大人しく踵を返して去っていこうとする。あっちもぶん殴りたいけど……難しいか。
それに引き替えイトナ君の闘志は僕らに向けられたままだ。というよりなんか僕を睨んでるような……あ、触手を壊したから?それとも三番目にしてやられたから?
そんな闘志を剥き出しているイトナ君に殺せんせーが声を掛ける。

「どうです?皆で楽しそうな学級でしょう。そろそろちゃんとクラスに来ませんか?」

「……フン」

その問い掛けにイトナ君は応えることなくシロさんとともに帰っていった。二人の姿が完全に見えなくなったところで皆も肩の力を抜く。

「ふぃーっ、なんとか追っ払えたな」

「良かったねー、殺せんせー。私達のお陰で命拾いして」

「ヌルフフフフ、もちろん感謝してます。まだまだ奥の手はありましたがねぇ」

そう言う岡野さんに殺せんせーも笑って返してるけど……奥の手?えぇ、まだ何か力を隠してるの?ホントいい加減にしてよ。これ以上殺せんせーの暗殺難易度を上げないでほしいなぁ。
まぁ今はそのことは置いとこう。考えるのは僕の役目じゃないし。それよりも彼女は……っと、いたいた。

「片岡さん。これ(・・)、ありがとう。助かったよ」

「どういたしまして。役に立てたなら良かったわ」

僕は片岡さんの側まで歩いていくと握り込んでいた彼女の髪飾り(バレッタ)を手渡した。対先生ナイフを仕込んだ髪飾り、これがイトナ君の触手を破壊したタネである。握り込んでいた髪飾りを殴り掛かる直前に指の間から出しておいて殴ったのだ。流石に生身で触手は破壊できないよ。
なんかカルマ君が水の中に引き摺り込まれたりして皆が和気藹々としてる中、それを眺めている雄二の元へと殺せんせーが近づいていった。

「坂本君、この後に君達の暗殺を受ける予定でしたが……どうしますか?」

殺せんせーの言葉で僕も暗殺のことを思い出した。そういえば僕らの暗殺も今日の放課後にする予定だったっけ。すっかり忘れてたよ。←本日二度目。
問われた雄二は溜め息を吐いて肩を竦める。

「どうするも何も、プールが破壊されちゃどうしようもねぇよ。仕込みの一部も流されちまっただろうし、今日の暗殺は中止だな」

あれ?確か今回の暗殺にプールは使わないって話じゃ……。そう思っていると雄二が視線で“余計なことは言うなよ”と少し離れた僕に釘を刺してきた。どうやら顔に疑問が出ていたらしい。
よく分からないけど何やら情報戦が始まっているようなので、僕も迂闊なことは喋らないように大人しく黙っておこう。でもプールを使うって思わせたいんだったら、プールが直るまで僕らの暗殺はお預けか。となると次の機会は少なくとも明後日以降ということに……

「……つーわけで、明日までにプールを直しといてくれ。明日にでもまた暗殺すっから」

「にゅやっ⁉︎ あ、明日ですか⁉︎ 明日となると今すぐプールを作り直さないと……でも先生、今はちょっと疲れてーーー」

「んじゃあ頼んだぜ、殺せんせー。明日の放課後までに完成してなかったら、あんたが巨乳女優の田出はるこに送ったファンレターをネット上にばら撒くぞ」

「今すぐ修復に取り掛かりますーーーッ‼︎」

残像を残してマッハで消えていった殺せんせーを見送った僕は一人頷く。うん、明日には暗殺を決行できそうだ。寺坂君もクラスに馴染んできたみたいだし、今のところ何も問題はないな。よかったよかった。



雄二「これで“実行の時間”は終わりだ。楽しんでくれたか?」

カルマ「今回は俺と坂本、あとは誰も予想してなかった奴が後書きに呼ばれてるよ」

雄二「まさかコイツが後書きに来る日が来ようとは誰も想像できんわな」

カルマ「というわけで最後の一人はアイツだよ」





寺坂「これを読んでる奴、全員俺が来るって分かってたわ‼︎ なんせ前回の後書きで吉井の馬鹿が口走ってたからな‼︎」

雄二「気にすんな、ただのネタだから。お前が普通に登場したところで何も面白味がないだろ」

カルマ「面白くもなんともない寺坂をイジってやってるんだから感謝してほしいくらいだね」

寺坂「するか‼︎ このドS悪魔コンビが‼︎ とっとと後書き進めんぞ‼︎」

雄二「ずっと寺坂イジってても仕方ねぇしそうすっか」

カルマ「そうだねぇ。まぁなんといっても今回の違いは吉井の参戦でしょ」

寺坂「そういや、なんで吉井なんだ?別に他の奴でもよかっただろ?」

雄二「それは明久の奴が一番自然だからだ。アイツは前回の奴らの暗殺にも割り込んでるからな。今回また割り込んでも不自然じゃない」

カルマ「それに前回の暗殺で吉井の性格はシロも把握してるでしょ。猪突猛進の馬鹿。寺坂もそうだけど、そういう奴は小細工してくるって思われにくいんだよ」

寺坂「俺を例えに出す必要はねぇだろ」

カルマ「寺坂は一々煩いなぁ、ちょっとは吉井を見習いなよ。吉井はどんだけ雑に扱われても次の瞬間にはケロッとしてんじゃん」

雄二「過去を引き摺らないのは明久の長所だな。たとえその過去ってのが数分単位の超短時間でも気にしねぇ」

寺坂「それはただの馬鹿なんじゃねぇのか……?」

カルマ「いやいや、立派な長所だよ。俺達みたいな人間からしたら」

寺坂「都合のいい人間ってだけじゃねぇか‼︎」

カルマ「おっと。寺坂がそのことに気付いたみたいだし、今回はこの辺でお開きにしとこうか」

雄二「そうだな。というわけで次回も楽しみにしとけ」





殺せんせー「渚君、どうして先生の秘密をバラしちゃったんですか……」

渚「どうしてって……坂本君に殺せんせーの弱みになることはないかって訊かれたから?」

殺せんせー「そんな簡単に他人のプライベートを話したら駄目ですよ‼︎」

渚「どの口がそんなことを言ってるのさ……」


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