バカとE組の暗殺教室 (レール)
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四月
暗殺の時間・一時間目


僕らがこの椚ヶ丘中学校に入学してから三度目の春が訪れた。校舎へと続く山道の両脇には青々と生い茂る木々が立ち並び、自然に溢れた山の中からは時折小さな動物達が顔を覗かせている。

ただ学校に通うだけだったらこのような風景を日常的に見ることはないだろう。山道を登ることで日々の運動にもなる。都会の中にあって切り離されたかのように孤立した校舎には都会の騒音も届かず、なるほど確かに集中して勉学に励むためには適した環境のように聞こえるかもしれない。

そんな山の中腹にある拓かれた場所に立つ校舎へと歩みを進める道すがら、僕の身に降りかかった不思議な出来事につい言葉を漏らしてしまう。

 

「どうして僕はE組行きになったんだろう……未だに不思議だ」

 

「そりゃあお前が馬鹿で間抜けで不細工だからだろう」

 

誰だっ⁉︎ 事実無根の悪評で罵声を浴びせる奴は‼︎

聞こえてきた声に僕が振り返ると、そこには背が高くて細身ながら筋肉質の男が立っていた。短い髪の毛をツンツンと逆立たせ、意志の強そうな目で僕を見ている。

 

「ってなんだ雄二か。というより馬鹿で間抜けで不細工で、おまけに態度も悪くて馬鹿力の脳筋だからE組行きになったのは雄二の方で頭が陥没するほどに痛いぃっ‼︎」

 

「失礼な奴だな。まぁ確かに明久の頭蓋骨くらいなら握り潰せそうだから馬鹿力って評価は甘んじて受けよう」

 

そう言いながらアイアンクローを決めているのは僕の悪友、坂本雄二だ。けど甘んじて受ける気があるならその手を離して欲しい。

山道の通学路を通っていることからも分かる通り、雄二もE組だ。あ、今パキュって音が頭の中に響いてきた。

 

「ギブギブギブッ‼︎ そろそろ離さないと僕の頭が落ちたザクロのようにぃっ‼︎」

 

ちょっと洒落にならない音が僕の頭から鳴り始めたので本気で止めに入る。

雄二も僕が本気で言っていることが分かったのか、大人しく頭から手を離してくれた。

 

「仕方ない、許してやるか。流石に明久の脳髄が撒き散らされたら汚れて面倒だ」

 

友達の脳髄が撒き散らされて心配するのはそこじゃないと思う。そんな考え方だからE組に送られたんじゃないだろうか。

 

僕の通う椚ヶ丘中学校はクラスがAからEまであるんだけど、二年生の三月……要するに三年生が卒業するまでに成績や態度の悪かった二年生は特別強化クラスである三年E組に編入させられる。

ただし特別強化クラスとは名ばかりの代物で、編入した生徒は隔離校舎に移されて本校舎への不必要な立ち入りを禁止され、E組に対する優先順位は最低底のものとなって先生や生徒を問わず学内ではクズ扱いされる。おまけに校舎は廃屋のように酷い設備でとても偏差値六十六の進学校とは思えない。その待遇の酷さから“エンドのE組”と言われているほどだ。

これは学園の理事長の理念に沿って作られた制度らしい。95%の優等生と5%の劣等生、劣等生を激しく差別することで優等生に常に向上心を意識させるのだと聞いたことがある。

だからなのかは知らないが、進学校の割に入学試験自体はそこまで難しくない。敢えて入学試験を緩くすることで多少成績が悪くても入れるようにし、それによって授業に着いていけない劣等生を意図的に生み出すことで優等生を奮起させる起爆剤にしているのだろう(by雄二)。

そもそもこの編入制度があるため基本的に成績の悪い人は入学しようとしないから、結果として()()()()()成績優秀で偏差値の高い進学校になる。まぁ僕が椚ヶ丘中学校を選んだ理由は近くて入りやすかったからだけど。

 

「話を戻すが、お前は別にA組とかE組とかクラスなんて気にしてなかっただろ。色々と面倒が増えるってだけで」

 

「まぁね。ただちょっと成績が悪くてちょっと生活態度が悪かっただけなのに、概ね優等生の僕がE組行きになったことが不思議でさ」

 

「お前が優等生なんだったら、この世に“優等生”という単語は必要ないだろうな」

 

「暗に僕のことを馬鹿って言ってる?」

 

「自分で考えろ、優等生(馬鹿)

 

僕らはいつもの掛け合いをしながら並んで山道を登っていく。

学校が校則として許しているからって、E組というだけで悪く言うのは個人的にはどうかと思う。成績からじゃ分からないことだって沢山あるし、世の中は学力が全てってわけじゃないんだから。

そういう風に思っているのはこの学園では少数派だけど、雄二だってその少数派の一人だ。そうじゃなかったら中一からの腐れ縁もとっくに切れていたのではないだろうか。

そうこうしている内に僕らの通っている校舎が見えてきた。春休み前の三月から今のE組に通っているのでクラスメイトの顔は分かっているが、だからと言って皆のことを深く知っているわけじゃない。今後の一年間を共に過ごす仲間がどういった人達なのか、これから知っていくことでもっと仲良くなれるのか、少し不安だが楽しみでもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを思っていた時期が僕にもありました。

いやまぁまだ不安には思っているんだけど、その前にまずは目の前の現実を整理しなくては。

 

「初めまして、私が月を()った犯人です。来年には地球も爆る予定です。君達の担任になったのでどうぞよろしく」

 

新学期初日の朝のHR。黄色いタコが人間になったみたいな大男が教壇に立って触手をヌルヌルさせながらそう言った。

何を言っているのか分からないかもしれないが言っている僕もよく分からない。というかいきなりこんなことを言われて分かる人がいるんだったらすぐ来て欲しい。迷わず精神科を紹介してあげるから。

どうやら僕の身に降りかかる不思議というのはこれからが本番のようだ。

 

 

 

 

 

 

ガララッ、と教室のドアを開けて担任の先生が入ってきた。いつも通り三日月型の笑みを浮かべているんだけど、なんかいつもより口角が上がっている気がする。あ、これもう今から何が起きるのか色々とバレてるっぽい。

先生はペタンペタンと裸足で廊下を歩くような足音を鳴らしながら教壇に立つ。

 

「HRを始めます。日直の人は号令を‼︎」

 

先生がそう言うとクラスに緊張が走った。今日の日直は潮田渚君だ。彼の号令で今日の一日が始まる。

水色でセミロングの髪を両サイドで結んだ小柄な身体。ぱっと見るとーーーいや、じっくり見ても女子と間違えそうな可愛らしさの男子である。実は似たようなクラスメイトがもう一人いるんだけど、二人とも女子の制服を着て言葉遣いを直したら女子生徒として扱われてしまいそうだ。

 

「……き、起立‼︎」

 

渚君の掛け声でクラスメイト全員が立ち上がる。……それぞれが銃を構えて。

うん。“起立”の掛け声に合わせて立ち上がったんだから、銃を構えていることくらい小さなことだよねっ‼︎

 

「気をつけ‼︎」

 

渚君の掛け声でクラスメイト全員が姿勢を整える。……教壇に立つ標的(ターゲット)に狙いを定めて。

うん。“気をつけ”の掛け声に合わせて身動ぎ一つしていないんだから、狙いを定めていることくらい何でもないよねっ‼︎

 

「……れーーーい!!!」

 

渚君の掛け声でクラスメイト全員が礼……をすることなく標的に向けて発砲する。

うん。“礼”の掛け声に合わせて発砲……いやこれは流石にフォロー出来ないよ。“礼”に合わせて発砲って何?確実に“礼”じゃなくて“非礼”だよね。

 

普通に考えたら中学校のHRではあり得ない光景だけど、何も僕らは授業を受けたくないから先生を撃ち殺そうとしてるんじゃない。僕らは真剣に先生を撃ち殺そうとしてるんだ。←誤解を招く言い方。

……でも殺せないんだよねぇ。クラスメイト二十九人での一斉射撃も先生は余裕で躱しながら出欠を取っている。動きながら何かを書くのってすごく難しいのによくやるなぁ。

けどそれも当然のことなのかもしれない。

何故なら先生は人間ではなく超生物なのだから。

 

 

 

 

 

地球の周りには衛星として月が回っている。地球と同じ丸い形をしていて、太陽の光がなんやかんやあって半月や三日月に姿を変えて見えるようになる。常識だねっ‼︎

……ただ、もう常識じゃないんだよね。

 

今年の三月、月の七割が蒸発して丸い形が三日月になったのだ。原因は不明、テレビや新聞で取り上げられていない日はないほど今世界中で話題になっている大事件である。

 

「初めまして、私が月を()った犯人です。来年には地球も爆る予定です。君達の担任になったのでどうぞよろしく」

 

それが顔面満月みたいな触手をヌルヌルさせた黄色い大男の仕業だと言うらしい。後ろには黒服の人達がいて、その内の一人は黄色い大男に向けて銃を構えている。あれって本物?

クラスメイト達のツッコミを入れたいという空気がヒシヒシと伝わってくる。けど突然の出来事にどう反応したらいいのか分からないようだ。

仕方ないな。僕が皆を代表してツッコミを入れてみることにしよう。

 

「えーと、貴方が月を破壊した犯人……?じゃあ月見うどんのような料理は今後どのように呼べばいいかとか考えてるんですか?」

 

「「「いや、そんなことどうでもいいから‼︎」」」

 

え、皆は気にならないの?だって黄身を満月に見立てたのが“月見”って名前の料理なんだよ?お月見だって満月を眺めて楽しむ行事だし……三日月になった月だと意味が分からないじゃないか。

 

「にゅやッ‼︎ 気になるのはそこなんですか⁉︎ 他にも先生の正体とか地球を破壊する理由とか三年E組の担任になったわけとか聞きたいことはいっぱいあるでしょう⁉︎」

 

(((よく分からない生き物がよく分かる主張を言っている……)))

 

「いや、僕としてはそっちの方がずっと気になってたっていうか……というより今の質問は訊いたら答えてくれるんですか?」

 

「答えませんよ?」

 

(((答えないのかよ‼︎ )))

 

何だろう。僕以外のクラスメイトの心が一つになっている気がする。

 

「あー、すまない。話を進めさせてもらってもいいだろうか?」

 

そんな緊張感のないやり取りをしていたところに、黄色いタコの後ろに並んだ黒服の人の一人が割って入ってきた。防衛省の烏間さんと言うらしい。

烏間さんの話は黄色いタコの話が本当だということと、それが現実となる前に黄色いタコを殺したいということだった。

だったら自分達で殺せばいいじゃんとも思ったのだが、この黄色いタコは最高速度マッハ二十で動けるらしく国の方でも殺せないらしい。……僕らにどうしろと?

確かにこの黄色いタコが三年E組の担任になるんだったら僕ら全員に至近距離から殺せるチャンスがあるってことだけど、だからってどうして僕らが暗殺なんかーーー

 

「成功報酬は百億円‼︎」

 

「先手必勝っ‼︎」

 

武器となるものは筆記用具……だけど取り出している暇はないか。ならば上着の内ポケットに入れておいたカッターを投げてその隙にもっと殺傷力の高い武器をーーー

 

「ヌルフフフフ。話は最後まで聞きましょう。殺る気なのは結構ですが、そんなことでは先生は殺れませんよ?」

 

は、速い……‼︎ 僕が内ポケットからカッターを取り出そうとした次の瞬間には触手で腕を抑えられてしまっていた……‼︎ マッハ二十は伊達じゃないってことか……‼︎

だったらこの触手を掴まえてーーー

 

「落ち着け明久。真正面から殺って殺せるなら政府がとっくに殺してるだろ。まずはこのタコの言う通り、話を聞いてからだ」

 

後ろの席に座っていた雄二にもう一方の肩を抑えられる。

ーーーあれ?僕はいったい何をして…………

 

「ーーーハッ‼︎ ごめん雄二、百億円という大金に理性と知性が飛んでたよ」

 

「おう、知性の方は元々ないから気にするな」

 

失敬な。あのタコを殺せば大金が手に入るってことが分かるくらいには知性があるよ。

理性と知性を取り戻した僕は烏間さんの話の続きを聞くことにしたのだが、どうやら通常兵器の類いは効かなかったらしく人間には無害で黄色いタコには有害な特殊素材で作られた武器を支給してくれるそうだ。

なんだ、じゃああのまま続けて仮に武器を当てられたとしてもこのタコは殺せなかったってことか。まぁあの触手の速さを実感した今では続けてたとしても当てられたとは思えないけど……百億円は遠いなぁ。

こうして僕らの暗殺教室は始まったのだった。




次話
〜暗殺の時間・二時間目〜
https://novel.syosetu.org/112657/2.html



明久「これで“暗殺の時間・一時間目”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」

雄二「後書きは俺達の会話やこの小説の設定で埋めていこうと思う」

渚「基本的にはクロスオーバーしたことによる変化だけどね」

明久・雄二「「雄二/明久が頭悪いのに椚ヶ丘中学校に入れた理由とかね/な」」

明久・雄二「「……‼︎(メンチの切り合い)」」

渚「ふ、二人とも喧嘩は抑えて‼︎ そ、それにその理由は作中に書いてるから此処で説明しなくても分かってくれてるよ‼︎」

明久「……命拾いしたね」

雄二「……それはこっちの台詞だ」

渚「(今の内に話題を変えよう‼︎)そ、そういえば二人以外にもE組に来てる人っているよね?」

明久「あ、うん。クラスメイトが原作よりも四人増えてるからね」

雄二「まぁ俺達以外の二人って言えば誰かは予想できるだろ」

渚「E組に来てる四人以外のキャラクターは今後出てくる予定あるの?」

明久「さぁ?大まかには決まってるけど実際に話が進んでみないことには何とも……」

雄二「ただ、確定情報として島田の出番はないってことは言っておく」

渚「あ、そういえば島田さんって中学の時はドイツにいたんだっけ?クロスオーバーした影響がこんなところにも出てるなぁ」

明久「原作で一緒だった仲間が減るのは寂しいけど、そこはしょうがないね」

雄二「二次創作ならではの“ご都合主義”って手もあるが、限りなく原作設定には手を加えたくないという拘りがあるらしい」

渚「まぁクロスしたキャラクター同士だと椚ヶ丘中学校で過ごしてきたっていう過去があるから、どうしても人間関係は少し変化しちゃうんだけどね」

明久「も、もしかしてその影響で僕を好きになってる人とかもいるのかな⁉︎」

雄二「久保とかな」

明久「……はぁ、雄二は何を言ってるのさ。僕が言ってるのは恋愛の“好き”のことだよ?たとえクロスオーバーの影響があっても久保君は男なんだから、そんなことあるわけないじゃないか」

雄二・渚「「…………」」

明久「……え、なにこの沈黙。二人ともどうかした?」

渚「え?えぇっと……あ、そ、そろそろ時間じゃないかな⁉︎」

雄二「お、おぉそうだな‼︎ 初めてだからつい長話しちまったぜ‼︎」

明久「え、そうかな?まだまだ大丈夫だと……」

渚「それじゃあ今日はここまで‼︎」

雄二「皆、また見てくれよな‼︎」

明久「あ、うん。次の話も楽しみに待っててね‼︎……ねぇ二人とも、さっきの沈黙は何ーーー」





黄色いタコ「にゅやッ‼︎ どうして後書きに先生の出番がないので……あ‼︎ そういえばまだ名前も出てませんよ⁉︎ 茅野さん、早く私に名前を付けて下さい‼︎」


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暗殺の時間・二時間目

キーンコーンカーンコーン。

教室にチャイムが鳴り響き、午前中の授業の終わりを告げる。

 

「昼休みですね。先生ちょっと中国行って麻婆豆腐食べてきます。暗殺希望者がいれば携帯で呼んで下さい」

 

授業の片付けを済ませた先生はそう言って窓に足?を掛けると、次の瞬間には空の彼方へと飛んでいってしまっていた。

暗殺するなら呼んでって……それってもう暗殺じゃない気がするのは僕だけ?

まぁ今はそんなことどうでもいいや。お腹も減ったことだしお昼にしよう。えぇっと、持ってきたソルトウォーターと食後の砂糖(デザート)は……っと。

 

「いやはや、あの弾幕を物ともせんとはのぅ」

 

「…………物量作戦も簡単には行かない」

 

僕がお弁当(と言えるかどうかはともかく)を取り出しているところに、独特な言葉遣いと口数の少なそうな雰囲気の声が聞こえてきた。何時もお昼を一緒に食べている二人だ。

一人は渚君の時にも連想した女子のように可愛らしい男子である木下秀吉。もう一人は小柄で普段から大人しくあまり目立たない土屋康太ことムッツリーニ……違った、ムッツリーニこと土屋康太である。

その二人が朝の銃撃について言葉を漏らしながらお弁当を持ってやってきた。

 

「三十丁近くあるエアガンの乱射と黒板や壁からの跳弾。あれを防ぐならともかく全て躱すとなると、全部の弾道と跳ね返る弾の軌道を完璧に計算してやがるな。マッハ二十で動けんだから弾道を見切られるのは仕方ねぇとして、もっと何重にも策を巡らさねぇと一生あれは殺せねぇぞ」

 

後ろに座る雄二がBLTサンドを頬張りながら小難しいことを言ってるけど、要するにこのままじゃあの先生は殺せないってことだろう。

国が作ったっていう対先生特殊素材で作られた武器も当たらなければ意味がない。しかも当てるだけでも難しいというのに、当てるだけじゃ駄目だというのだから先が思いやられる。

HRの後に先生が実演してくれたんだけど、特殊素材の武器が当たると先生の身体は豆腐のように容易く崩れていった。けど数秒すればすぐに再生してしまうということが分かり、これでは紛れ当たりでダメージを与えられても決定打にはならない。

先生を確実に殺すには限界があるのかも分からない再生する身体を壊し続けるか、何処ともしれない急所を破壊するしかないということになる……何その無理ゲー。

 

「うーん、対先生武器以外にも先生の弱点って無いのかな?」

 

「それが分かりゃあ苦労しねえよ」

 

「うぅむ。やはり暗殺を繰り返しつつ探っていくしかないかの」

 

「…………(コクコク)」

 

何か一つでも弱点が分かればそれを元に作戦を考えられるんだけど、こればっかりは学校生活や暗殺の中で見つけていくしかないか。

先生にさり気なく訊いたら教えてくれないかなぁ。例えば……

 

“先生。この数学問題と先生の殺し方がよく分からないんですけど、どうすればいいか教えてもらえませんか?”

“ヌルフフフフ、吉井君は勉強熱心ですねぇ。この問題は公式に当て嵌めて考えればすぐに解けますよ。先生の殺し方については○○が弱点なのでそれを使って……”

 

……よし、シミュレーションは完璧だ。これほど自然に会話に出されたら流石の先生もうっかり弱点を漏らしてしまうだろう。

それにあの先生、殺されない代わりに少し抜けてるところがあるからきっと上手くいくはず。

皆とお昼を食べながら駄弁った後、授業開始前に戻ってきた先生に早速シミュレーション通りの質問をぶつけてみた。

 

「吉井君、そこまで露骨に訊いてしまうと相手は警戒してしまいますよ。もっと自然に相手の情報を引き出すための国語力を鍛えねばなりません。これから放課後にでも時間があれば一緒に勉強していきましょう。数学も分からないところがあるようなので一緒にですね」

 

こうして僕の放課後ライフに時々追加授業が予定として組み込まれることとなった。

おかしい、僕のシミュレーションは完璧だったはずなのに……解せぬ。

 

 

 

 

 

 

「お題に沿って短歌を作ってみましょう。ラスト七文字を“触手なりけり”で締めて下さい。出来た者から今日は帰って良し‼︎」

 

午後の授業は短歌作りをやるらしい。

先程は先生に注意されてしまったが、実は国語は僕の中では大の得意だ。日本人なんだからそれっぽく書いてそれっぽいのを提出すれば最終的には何とかなる。←国語を舐めてる人の考え方。

そうと決まればどんどん書いていこう。“触手なりけり”で終わらせればいいんだから、なんか触手プレイっぽい内容を詩的表現で表して……

 

「先生、しつもーん」

 

開始数分、手を挙げて声を出したのは茅野カエデさんだ。

緑色でロングの髪を両サイドで結んだ小柄な身体の女子……ってこの説明だと渚君とほとんど変わらないよ。まぁ同じ髪型で似たような体格だから仕方ないか。胸も小「ッ‼︎」ーーースレンダーな体型だしねっ‼︎

物凄い勢いで顔を横に向けた茅野さんだったが、少しして首を傾げながら不思議そうにしつつ先生の方へと顔を戻す。彼女は読心術でも会得しているのだろうか?

 

「……?何ですか、茅野さん」

 

「あ、えぇと……今更だけど先生の名前ってなんて言うの?他の先生と区別する時に不便だよ」

 

茅野さんの言う通り本当に今更だと思うけど、確かにすっかり訊くのを忘れてた。まぁ今となっては区別するほど他の先生との関わりもないし、知らなくても困らないっちゃ困らないんだけどね。

 

「名前……ですか。名乗るような名前は特にありませんねぇ。なんなら皆さんで付けて下さい。今は課題に集中ですよ」

 

「はーい」

 

先生に注意された茅野さんは大人しく短歌作りに入る。先生も待機モードに入ったのかは知らないが顔色を薄いピンク色に変化させていた。……さらっと言ったけどなんで気持ち次第で顔色が物理的に変わるんだろう?

……と、そこで茅野さんと入れ替わるように渚君が立ち上がった。

 

「お。もう出来ましたか、渚君」

 

短冊を持って立ち上がった渚君に先生が感心したような声を掛け、クラスの皆も渚君に視線を向けている。

ただ、皆が視線を向けているのは渚君ではなく渚君の手元ーーー短冊と重ねるようにして隠し持っている対先生特殊ナイフだ。

教壇まで自然に距離を詰めていった渚君は、ナイフの間合いに入ると同時に構えたナイフを大きく振りかぶり……えっ、真正面から⁉︎ そんなの先生相手に通用するわけがない‼︎

振り下ろされたナイフは案の定、先生の触手によって止められる。

 

「……渚君、もっと工夫をしまーーー‼︎」

 

先生が助言をしているのを無視して渚君は先生に抱き付いた。……ってなんで抱き付いたの?

抱き付く時に対先生特殊ナイフは捨ててるから両手はフリー。だからこそ先生も無抵抗に抱き付かれたんだろうけど、特殊素材の武器がなければ先生は殺せないーーー

 

 

 

次の瞬間、渚君と先生の間で爆発が起こった。

 

 

 

「ッしゃあ‼︎ やったぜ、百億いただきィ‼︎」

 

何が起こったのか分からない僕らを余所に、刈り上げで大柄な寺坂竜馬君、短いドレッドヘアーの吉田大成君、出っ歯でニヤケ面の村松拓哉君が騒ぎながら教壇へと駆け寄っていった。

……ハッ‼︎ 何が起こったのかは分からないけど、まずは渚君の無事を確認しなくちゃ‼︎ 僕も立ち上がって彼らの元へと近づいていく。

彼らの様子から渚君を巻き込んで起こった爆発について知っていると思ったのだろう。我に返った茅野さんも寺坂君達に詰め寄っていた。

 

「ちょっと寺坂、渚に何持たせたのよ‼︎」

 

「あ?オモチャの手榴弾だよ。ただし対先生弾を仕込んで火薬で威力を上げてるけどな」

 

「なっ……」

 

寺坂君の言葉を聞いた茅野さんは絶句していたが、それを聞いた僕はむしろ黙っていられなかった。

 

「火薬で威力を上げてるって、渚君が怪我するのを知ってて持たせたのかよ‼︎」

 

「うるせぇな、人間が死ぬ威力じゃねぇよ。治療費ぐらい百億で払ってやらァ」

 

「じゃあ体格良いんだから自分でやれ‼︎ っとそんなことより渚君、大丈夫⁉︎」

 

こんな馬鹿に構ってる場合じゃなかった‼︎ 至近距離で爆発を食らったんだから最低でも火傷は負ってるはず。

急いで治療をしなくちゃ……と思って倒れてる渚君に駆け寄ったんだけど、よく見たら火傷どころか傷一つついていなかった。意識もあるみたいだし……というか渚君をなんか膜が覆って……

 

「ーーー実は先生、月に一度ほど脱皮をします。それを爆弾に被せて威力を殺しました。つまりは月イチで使える奥の手ですね」

 

へぇ、これって脱皮した皮なんだ。至近距離の爆発からも守ってくれるなんて耐熱性、衝撃吸収ともに兼ね備えた優れものではないだろうか。災害現場とかで凄い役立ちそう。

……うん?渚君が無事で一先ず安心したけど、全員上を向いてどうした…んだ……ろ…………うわぁ。大変なものを見つけちゃったよ。

皆の視線を辿って天井に顔を向けると、そこにはキレて顔色が真っ黒になった先生が張り付いていた。

授業中に暗殺を仕掛けた生徒に対して怒ってる時に赤くなったのは見たことあるけど、真っ黒なのは初めてだ。これ、下手すると地球終わったんじゃ……

 

「寺坂、吉田、村松。首謀者は君らだな」

 

「えっ⁉︎ い、いや……渚が勝手に……」

 

先生の問い掛けに寺坂君が誤魔化そうとした瞬間、突然ドアが開いたと思ったら表札を大量に抱えた先生が入ってきた。……あれ、いつの間に出ていったの?

何処かに行って帰ってきたらしい先生は抱えていた表札をその場にぶち撒けた。えー何々?“寺坂”、“吉田”、“村松”……あ、これ皆の家の表札だ。ご丁寧にマンション住まいの僕の部屋のネームプレートまであるよ。

 

「政府との契約ですから君達に危害は加えませんが、次また今の方法で暗殺に来たらーーー()()()()には何をするか分かりませんよ?」

 

変わらず真っ黒な顔色のまま普段とは違った凶悪な笑みを浮かべて脅してくる先生。僕らを傷付けない代わりにその家族や友達を殺すかもしれないってことか。

それは絶対に駄目だ。そうならないためにも今後は先生の琴線に触れるような行動は控えないと……

 

「な、何なんだよテメェ……迷惑なんだよォ‼︎ 迷惑な奴に迷惑な殺し方して何が悪いんだよォ‼︎」

 

先生の脅しに恐れをなしたのか、寺坂君は腰を抜かして泣きながらヤケクソ気味に怒鳴りつける。

ちょっ⁉︎ 今の先生を下手に刺激しない方が……と心配する僕だったが、寺坂君の言葉を聞いた先生は真っ黒だった顔色を元に戻して更には明るい朱色の丸マークを浮かべていた。

 

「迷惑?とんでもない。アイディア自体はすごく良かったですよ。特に自然な身体運びで先生の隙を突いた渚君は百点です」

 

そう言って触手で頭を撫でてくる先生に渚君も戸惑いながら驚いている。

と思ったら今度は暗い紫色のバツマークを浮かべていた。情緒不安定か。

 

「ただし‼︎ 寺坂君達は渚君を、渚君は自分を大切にしなかった。そんな生徒に暗殺する資格はありません‼︎ 殺るならば人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう」

 

どうやら先生が怒っていたのは自分を犠牲にするような方法で暗殺を仕掛けてきたかららしい。じゃあそれに気をつけて暗殺を仕掛ければ先生がキレることはないってことだ。

でも笑顔で胸を張れる暗殺者って……暗殺者の時点で胸は張れないと思うなぁ。胸張って暗殺者を名乗ったら間違いなく刑務所(豚箱)行きだよ。

 

「さて、では問題です。先生は皆さんと三月までエンジョイしてから地球を爆破します。それが嫌なら君達はどうしますか?」

 

先生から出された問題。しかしその答えは一択なので迷う余地はなかった。

先生の目の前に立っている渚君がクラス全員を代表して回答する。

 

「……その前に、先生を殺します」

 

「ならば今、殺ってみなさい。殺せた者から今日は帰って良し‼︎」

 

渚君の回答を聞いた先生が、今度は顔色を緑の縞々に変化させてニヤリと笑った。

あの顔色は僕らを舐めている証拠だから、先生の怒りも収まって一件落着……え、先生を殺すまで帰れないの⁉︎ どうしよう、学校で暮らす準備なんて出来てないよ‼︎

 

「殺せない、先生……あ、名前……“殺せんせー”っていうのはどうかな?」

 

茅野さんがなんか先生の名前を決めてるけど、今はそれどころじゃない。もう殺せんせーでも何でもいいから。

少なくとも今は殺せんせーを殺すことが出来ない以上、学校で暮らすことは確定だ。そのためには泊まる準備が必要だってのに、準備をするために帰ることも出来ないなんて……あ、それは先生に頼んだら持ってきてくれるのかな?

 

僕が自分の席に戻りながら今後の生活について悩んでいると、すれ違うように雄二が先生の元へと向かっていった。

ん?いったいどうしたんだ?と思って振り返ってみると、雄二は床に放置されたままの脱皮した皮を拾い上げていた。それを持って皆の家から集めてきた表札を綺麗に磨いている先生へと声を掛ける。

 

「先生、この脱皮した皮邪魔だろ?捨ててきてやるよ。爆発にも耐えられるってことは不燃ごみでいいのか?」

 

あ、あの雄二が自ら進んで面倒事を引き受けるなんて……いったい何を企んでるんだ?少なくとも善意ってことはあり得ない。何故ならそんな殊勝な性格はしていないから。

 

「いえ、私の皮は有毒ガスも発生させずに土壌の養分となるエコ素材ですよ。校舎の裏や山の中にでも捨てておいてくれれば消えてなくなります。アンパンマンの古い顔と同じですね」

 

あぁ、そういえば交換した後のアンパンマンの顔は公式見解でそうなってるんだっけ?子供の頃はアニメを見てたけど、小さいながら捨てるなんて勿体ないって思ってたなぁ。

雄二からは考えられない行動について何も思わないのか、先生は普通に対応している。なるほど、これが付き合いの差ってやつか。もちろん悪い意味のだけど。

 

「分かった、じゃあ校舎裏にでも捨ててくる。俺の事は気にせず先に短歌作りでも暗殺でも続けておいてくれ」

 

「はい、わざわざありがとうございます。それでは坂本君のお言葉に甘えて、皆さんは何時でも殺しに来てくれていいですよ」

 

と言われても……今殺しに行ったら表札と一緒に手入れされるよ。殺せんせー、何故か殺しに来た人を手入れする癖があるから……

取り敢えず雄二が帰ってくるのを待って良い案がないか訊いてみることにしよう。僕も色々考えたけど良い案は思い浮かばないし。

 

 

 

しかしその後、雄二の姿を見た者は誰もいない。

 

 

 

 

 

(((あいつ、バックれやがったな‼︎ )))

 

ちなみに問題なく完成していた短歌が雄二の机に置いてあったため、最初の課題を考えると殺せんせーも雄二を怒るに怒れなかったとかなんとか。

 




次話
〜体育の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/3.html



秀吉「これで“暗殺の時間・二時間目”は終了じゃ。皆、楽しんでくれたかの?」

土屋「…………ここからは会話と小説の設定について話していく」

茅野「それだけじゃなくて、原作のネタバレも偶にあるから読む時は注意してね」

秀吉「ふむ。原作と言えば、今回殺せんせーが使った脱皮した後の皮は実際にはその後どうなっておるのかの?」

土屋「…………原作では追及されていない」

茅野「あ〜、確かに気にしたことなかったかも。気付いたらなくなってるって感じかな」

秀吉「なるほど。それでこの小説内では“消えてなくなる”という設定になっておるのじゃな」

土屋「…………(コクコク)」

茅野「これはクロスした影響じゃなくて、原作でも設定がよく分からなかった部分に焦点を当てたって感じだね」

秀吉「今後もこのような原作でよく分かっていない部分について独自に設定した話が出てくることじゃろう」

土屋「…………ネタとしては十分使える」

茅野「せっかくクロスしてるんだから、出来れば変化した部分を中心に話を組み立てようよ……」

秀吉「変化した部分か……ワシとしては茅野の重荷が原作よりも早い時期に降りるような変化が欲しいところじゃな」

茅野「……?重荷っていったい何のこと?そんなの私は別に背負ってないよ?」

土屋「…………後書きで惚ける必要はない」

茅野「土屋君まで……だからいったい何のこと?」

秀吉「いや、じゃから原作ではクラスの皆に対して演ーーー」

触手にゅるん。

茅野「 何 の こ と ?(ニッコリ)」

土屋「…………これ以上は消される……っ‼︎(フルフル)」

秀吉「そ、そうじゃな‼︎ すまん、ワシらの勘違いみたいじゃ‼︎ きょ、今日のところはこれくらいでお開きにするかの‼︎」

土屋「…………‼︎(コクコク)」

茅野「そうだね、そうしよっか。それじゃあ次の話も楽しみにしててね〜‼︎(触手ふるふる)」





殺せんせー「にゅやッ‼︎ またしても先生の出番はなしですか⁉︎ 前回と今回の流れからいくと名前と出番があった人が呼ばれるシステムじゃ……あ、茅野さん、木下君、土屋君‼︎ まだ部屋の電気は消さないで下さーーー」


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体育の時間

渚君が自爆テロを仕掛けた日から数日が経った。

あ、そうそう。殺せんせーは相変わらず殺せてないんだけど、あの日は授業が終わったら普通に家に帰してくれたよ。“僕の考えた理想の学校移住計画”は永久凍結されることになったんだ。

計画が実行されていれば(僕の)世界が一変していたというのに……どんな計画だったかは国家機密なので教えられません。

 

あれからも殺せんせーの暗殺は大なり小なり毎日行われている。

この前は野球大好き少年である杉野友人君が、対先生BB弾を埋め込んだ野球ボールで暗殺に挑戦して失敗したらしい。その後で殺せんせーに手入れされたのか、なんか前より雰囲気が明るくなった気がする。偶に渚君とキャッチボールしてる姿を見掛けるようになったし。

他にも笑顔で近づいて不意を突く集団暗殺を実行したらしいんだけど、まぁ普通にマッハで躱されたそうだ。その時に殺せんせーがクラスの花壇を荒らしてしまったそうで、お詫びにロープで縛られて木に吊るされた殺せんせーを狙っていいという“ハンディキャップ暗殺大会”が行われた。言わなくても分かると思うけど、やっぱり殺せなかったね。

 

そして今日から新しい先生が体育教師を兼ねた副担任としてE組にやって来ていた。今はその先生と一緒にグラウンドで体育の授業をやっている。

まぁ新しい先生っていうのは防衛省の烏間さんなんだけどさ。あ、今は烏間さんじゃなくて烏間先生だった。

 

「八方向からナイフを正しく振れるように‼︎ どんな姿勢でもバランスを崩さない‼︎」

 

……うん、これでも体育の授業をしているんだよ?暗殺教室らしくナイフの素振り中である。

烏間先生が来る前は体育も殺せんせーが担当してたんだけど、身体能力が違いすぎて皆からは不評だった。そりゃ、いきなり反復横跳びで視覚分身やれって方が無理だよ。出来ても残像までだ。

そのことを烏間先生が来るまで自覚していなかったらしく、皆から指摘されて体育から外された殺せんせーは砂場に追い払われていた。今も項垂れながら砂山を作っている。

 

「でも烏間先生、こんな訓練意味あんスか?しかも当の暗殺対象(ターゲット)がいる前でさ」

 

明るい髪色で見た目爽やかそうな前原陽斗君が、訓練に疑問を感じているようで烏間先生に質問していた。

 

「勉強も暗殺も同じことだ。基礎は身につけるほど役に立つ」

 

先生も素振りを中断して真面目に答えているんだけど、その答えを聞いても前原君は疑問を拭えなかったようだ。話を聞いている他の皆も何人かはそんな感じである。

ただこればっかりは僕でも烏間先生の言っていることが正しいと思う。暗殺という非日常的なことだから皆も実感が湧かないだけだろうけど、その動きに慣れていなかったら本番で動けるわけないのだ。

 

「例えば……そうだな。吉井君、坂本君。そのナイフを俺に当ててみろ」

 

そんなことを考えながら訳知り顔をしていたからだろうか。烏間先生に名指しでナイフを当てるように言われてしまった。皆の前で実演しながらレクチャーしようってことかな?

一緒に指名された雄二も前に出てくるけど、どうしてわざわざ自分も呼ばれたのかよく分かっていなさそうである。

 

「僕と雄二の二人掛かりでやるんですか?怪我するかもしれませんよ?」

 

「心配は無用だ、問題ない。それに君達二人とも荒事には慣れているだろう?身体付きや動きを見れば何となくではあるが分かる」

 

あぁ、雄二も呼ばれたのはそういうことか。確かにこの中で純粋に身体能力が高いのは雄二だろう。僕だってそこそこ高い方だと思っている。

そんな僕らの攻撃が二人掛かりで通用しないとなれば、皆にも基礎の大事さが伝わるってもんだ。身体能力だけじゃどうしようもないってね。

指名された雄二も最初の方こそ面倒臭そうな雰囲気を醸し出していたが、烏間先生の言葉を聞いた途端に雰囲気を鋭く変化させていた。

 

「……やりてぇ事は分かるんだが、荒事に慣れてるってのを知ってて俺達を指名すんだな?」

 

「その通りだ。ナイフを当てることが出来たら今日の授業は終わりでいい」

 

「おもしれぇ……ムッツリーニ‼︎ お前のナイフ貸してくれ‼︎」

 

雄二が大声を出してムッツリーニにナイフを要求すると、ムッツリーニもそれに応えてナイフを投げ渡した。どうやら雄二はナイフを二本使って戦うらしい。

僕はそのスタイルに少し疑問に思う。雄二は基本的に喧嘩では肉弾戦主体だから、喧嘩中に両手どころか片手で武器を使ってるところもあまり見たことないけど……と思っていたのだが、雄二はそれぞれナイフを逆手に持ってボクシングスタイルで烏間先生と対峙する。

なるほど。烏間先生が今日の体育で教えてくれたナイフ術じゃなくて、今までの我流でいくつもりか。

 

「E組に来てからは大人しくしてたからな……久しぶりに本気で行くぜ‼︎」

 

獰猛に吼えた雄二が一息で烏間先生の懐に入ると、ナイフを握った拳を先生の顔面目掛けて躊躇なく振り抜いた。

進学校であまり喧嘩に縁がないであろう皆はもちろん、雄二と一緒に過ごしてきてよく喧嘩に巻き込まれていた僕であっても目を見張る速さだ。

まぁ捉えられる速さではあるんだけど、雄二の真価は速さではなく腕力にある。僕だったら体格差があって防御できても真正面からだと分が悪い。

それに対して烏間先生はというと……

 

「ーーーこのように、ナイフを当てるために必ずしもナイフを使う必要はない。重要なのは最終的にナイフを当てることだ。しかし逆に言えば当てられなければ意味はない」

 

解説しながら普通に真正面から受け止めていた。

とはいえ僕でも何とか捉えられるんだから、防衛省で働いている烏間先生なら捉えることは出来て当たり前か。

そうして先生が解説している間も雄二の猛攻は続いているんだけど、その全てが往なすか防ぐかされていた。

 

雄二はさらに踏み込んで逆の拳でフックを叩き込もうとするが、その腕を外側から押し込まれて空振りに終わる。空振った姿勢から振り回すように肘打ちを繰り出すものの、またもや容易く受け止められてしまった。そこから力任せに押し込もうとしているようだが拮抗したまま動かず、踏み込んだ状態から一気に身体を戻して横蹴りを放ったところを半身になって掌で軽く逸らされる。

正直ここまで雄二の攻撃が通らない場面を見るのは僕も初めてだ。しかも烏間先生は開始地点からほとんど動いていない。

 

「チッ、防衛省上がりは伊達じゃねぇか‼︎」

 

「喧嘩で慣らしているようだが、それだけで勝てるほど本職は甘くないぞ。吉井君も参戦してくれて構わなーーー」

 

と烏間先生が話している間に僕も肉薄しており、右手に構えたナイフで袈裟懸けに斬り掛かっていた。そのナイフを腕ごと受け止められそうになったところで防御を躱すように腕を畳み、振り下ろそうとした腕の遠心力を殺さずに後ろ回し蹴りを放つ。

雄二が真正面から戦って手も足も出ないとなると、僕ではどうやっても単独では勝てないだろう。烏間先生に一撃を加えるためにはフェイントと連携、それにトリッキーな手が必要になってくる。

けど雄二とのやり取りを見ている限りでは、この程度の小細工が通用するとは思えないわけで……

 

「そうだ、相手に合わせる必要など何処にもない。隙あらば不意を突いて攻撃しろ。二人とは実演の関係で戦闘になっているが、君達に求められているのは暗殺だ。そしてその隙を見逃さず精確に付け入るためにも相応の技量がいる」

 

僕の後ろ回し蹴りは上体をスウェーさせるだけで難なく躱されていた。その瞬間を狙って雄二も仕掛けるが烏間先生はものともしない。

二人掛かりになってからは雄二がインファイトで攻め立て、僕がフェイントを織り交ぜたヒット&アウェイで雄二の隙を埋めるように攻撃を繋いでいく。

しかし烏間先生との実力差を覆すことは出来ず、全ての攻撃が無力化されていた。

 

僕らが街で絡まれる時は囲まれることが多く、喧嘩をする際は無意識に攻撃を合わせられる程度にはお互いの動きを把握している。

それが癖付いてしまうほど喧嘩に巻き込まれていたって考えると憂鬱になるけど今は置いておいて、どうやらそれだけでは烏間先生には届かないようだ。

僕は雄二と違ってそこまで勝ちに拘っているわけじゃないから、先生の目的である“基礎は大事”を皆に伝えられれば充分だと思うんだけど……確かにこのまま掠りもせず終わるのはちょっと癪だな。負けず嫌いとか全然そんなんじゃないけど。ちっとも悔しいとか思ってないけど何となく。

 

「雄二ッ‼︎」

 

仕方ないから、もう少し雄二に付き合ってやるとするか。このままの連携じゃ通用しないって言うんなら、さらに通用するまで連携を高めるまでだ。

僕の呼び声に応じて雄二が視線を此方に向けたところで、一瞬のアイコンタクトと最小限の身振りで作戦を伝える。この特技も喧嘩にたくさん巻き込まれて以下略……まぁ色々と過ごしているうちに身についたものだ。

その後に雄二からも僕の作戦に追加する形で指示が送られてきた。この作戦が通用するのは恐らく一回のみ。次の打ち込みで勝負を決める‼︎

 

これまでは雄二の隙を埋めるように細かく攻撃していたが、今度は少し遅れる形でほぼ同時に僕も攻めに出た。

まずは雄二の右拳が先生の顔面目掛けて打ち込まれるが、最初とは違って正面ではなく右頬に狙いを定めている。ちょうど逆手に握ったナイフが正面に来る形だ。

僕も一緒に攻めているからか、雄二の拳を受け止めて片腕を塞がれるのは悪手だと判断したのだろう。烏間先生は雄二の拳を受け止めずに外側へと弾いて顔から逸らす。

 

 

 

その瞬間、雄二が手首のスナップだけで至近距離からナイフを投擲した。

 

 

 

「……っ」

 

超至近距離からのナイフ投擲。これで終わってくれれば良かったんだけど、烏間先生は少し驚いただけで即座に顔を反らして躱す。

ほぼゼロ距離から不意打ちの投擲を躱せるのは凄いと思うけど、それくらいの回避能力があることは直に戦っている僕らが一番分かっている。

投擲したナイフが烏間先生の眼前を通過していき、

 

 

 

そのナイフを僕が空いている左手で掴み取った。

 

 

 

打ち合わせもしていないのに寸分の狂いもなく合わせられた完璧なコンビネーション。

烏間先生の目にはそう映っているはずだ。その証拠にこの戦闘が始まって以来、ずっと涼しい顔をしていた表情が崩れて目を見開いていた。

 

「シッ‼︎」

 

僕は間髪入れず受け取ったナイフで首に狙いを定めて小さく薙ぎ払う。

並みの相手であればこの状況に持ち込めた時点で勝ちは決まったようなものだけど、烏間先生は顔だけでなく上体も反らすことでこれを躱してみせた。

けどまだ終わりじゃない。雄二からナイフを受け取って今は僕がナイフ二本持ちだ。僕の薙ぎ払いを躱すために反らされた上体へと元から持っていたナイフを突き出す。

さらに反対側からは雄二が逆手から順手に持ち替えたナイフで、僕と同じように上体を狙って腕を突き出す構えを取っていた。

この状態で僕と雄二のナイフを同時に防ごうものなら次の攻撃……僕の左手のナイフ、雄二の拳や蹴りは確実に躱せない。

 

「くっ‼︎」

 

その場からほとんど動くことのなかった烏間先生だったが、大きく後方宙返りすることで僕のナイフを躱すとともに距離を取って追撃を封じてきた。

どこまで超人なんだこの人は……これだけやっても攻撃を当てられないなんて。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ。

 

「決めろ、雄二ッ‼︎」

 

小さく薙ぎ払った左手のナイフ、それを僕は空中に置くようにして手放した。その切っ先は烏間先生へと向けられている。

 

「食らいやがれッ‼︎」

 

そして、そのナイフを雄二が回転回し蹴りで思いっきり烏間先生へと蹴り飛ばした。

先生は大きく後方宙返りしたため未だ着地しておらず、迫り来るナイフを前にしても回避行動を取ることが出来ずにいる。

殺せんせーじゃないんだから空中では躱しようがないだろう。僕らの勝ちだ‼︎

 

「ーーー最後のは非常に惜しかったが、これだけの連携・戦術を用いた戦闘力の高い二人でも俺にナイフを当てられなかった」

 

空気を斬り裂くように真っ直ぐ蹴り飛ばされたナイフだったが、そのナイフは烏間先生に直撃することなく人差し指と中指に挟まれていた。

ゆ、指での真剣白刃取りって……嘘でしょ?漫画やアニメでは見たことあるけど、まさか現実で目にする日が来るとは……

 

「正直見縊っていたことは謝ろう。俺をナイフに触れざるを得ない状況まで追い込んだ点は高く評価する……が、それでも防がれたことを考えればマッハ二十の奴に当てられる確率の低さが分かるだろう」

 

確かにその通りだ。人間である烏間先生を相手にして攻撃が当てられないなら、超生物である殺せんせーに攻撃が当たる確率なんて宝くじで一等を当てるよりも難しいのではないだろうか。

僕と雄二が息を整えている間も先生の話は続いている。

 

「クラス全員が俺に当てられる位になれば、少なくとも暗殺の成功率は格段に上がる。それら暗殺に必要な基礎の数々を体育の時間で俺から教えさせてもらう」

 

と、そこで切り良くチャイムの音が聞こえてきた。烏間先生も体育の終わりを告げ、授業前に脱ぎ捨てていた上着を拾うために立ち去っていく。

 

「……くそ〜、あとちょっとだったのに〜」

 

「あれでもまだ本気は出してねぇだろうがな。ありゃ化け物だ」

 

僕らは二人してその場で座り込み、負けたことに対してつい愚痴を零してしまう。

最後のは絶対に当たると思ってただけに、あれを防がれたら本当にぐうの音も出ない。

ナイフを当てるって意味では人差し指と中指に当てたとも言えるけど、そんなお情けみたいな勝ちでは僕も雄二も納得できなかった。絶対にいつか一人で烏間先生に一撃入れてやる。

そんな風に考えてた僕の耳に拍手と歓声が聞こえてきた。え、何?なんかあったの?

 

「二人とも凄い‼︎ まるで漫画の戦闘シーンをリアルで見せられてるみたいだったよ‼︎」

 

「本当、その辺の喧嘩で慣らしたってレベルじゃなかったのは確かよね」

 

漫画大好き少女である不破優月さんが興奮しながら僕らに言ってきた。なんだか物凄い目をキラキラさせてるよ。

普段はあんまり感情を表に出さない速水凛香さんも目を丸くしている。それだけ生の戦闘が珍しかったのかな?

 

「クラスが一緒になった時、噂と全然イメージが違ったからてっきりデマなのかと思ってたけど……」

 

「あぁ、噂に違わぬ強さって感じだったな」

 

アホ毛が特徴的な学級委員長である磯貝悠馬君と前原君も何か言ってるが、その噂は絶対碌なものじゃないからあんまり聞きたくない。

皆は今の戦闘に興奮して盛り上がってるみたいだけど、次もまだ授業が残ってるからそろそろ着替えないと。しかも次は確か小テスト……熱くなって本気(マジ)戦闘したからどっと疲れてるのに……

 

「ーーー相変わらず二人の喧嘩は曲芸染みてるね」

 

そんな僕らに校舎の方から声を掛けてきたのは、E組の生徒ではあるんだけど今まで停学を食らって登校していなかった赤羽カルマ君だった。

雄二と似た赤髪に飄々とした態度……というか登校してきたってことは停学解けたんだ。初日から遅刻してくる辺り、停学食らっても全然変わってないみたいだなぁ。

 

「カルマ君……帰って来たんだ」

 

「よー、渚君も久しぶり」

 

渚君が話し掛けるとカルマ君も人懐っこそうな笑みを浮かべてフランクに応える。中身を知らなかったら好印象なんだけど……あれは殺せんせーに仕掛けるために猫を被ってるだけだね。

あぁ、E組にまた問題児が増えちゃったよ。




次話
〜カルマ(の暗殺中)の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/4.html



明久「はい、これで“体育の時間”は終わり〜」

雄二「今回もテキトーに喋ってくぜ〜」

不破「ちょっとちょっと、二人とも前回と比べてダレすぎじゃない?」

明久・雄二「「本気(マジ)戦闘で疲れた」」

不破「いや、後書きと本編に直接的な因果関係ないから。あったら私らメタ発言しすぎでしょ。それは私だけの特権よ」

明久「メタ発言が特権ってキャラとして駄目だと思うんだけど……」

雄二「まぁギャグとして扱いやすいからな。一人くらいはいた方がいいと思うぞ」

不破「まぁそんなことは置いといて。今回はほぼ戦闘回だったけど、二人とも強いねぇ」

明久「まぁ雄二と過ごしてたら自然と喧嘩に巻き込まれて否応無しにね」

雄二「原作でも中学に入ってから喧嘩するようになったからな。その時期に一緒にいたんじゃ仕方ねぇよ」

不破「でもカルマ君と違って停学とかはあんま聞かないけど、その辺はどうなの?」

雄二「そりゃ学内では暴れてねぇからな。街中でも人気の少ないとこに連れ込まれてから喧嘩っつー流れだし、噂だけで確実な喧嘩の証拠はねぇんだよ」

明久「“連れ込まれて”ってところがミソだよね。バレても正当防衛っていう言い訳が成り立つし」

不破「相手から仕掛けた喧嘩だから訴え出る被害者もいないと。……その口振りだと煽って相手から手を出させてるんじゃないの?」

雄二「おぉ、よく分かったな。喧嘩が始まる前に街中で目撃された時のためのカモフラージュだよ。相手が因縁付けてるように周りに見せるのが肝だぜ」

不破「なるほど、二人があれだけ息ピッタリなのも修羅場を潜り抜けてきた証ってわけだね」

明久「あ、それはちょっと違うかな」

不破「え?他に何か理由があるの?」

雄二「あぁ。俺の噂に引き寄せられて喧嘩の気分じゃねぇ時にも不良が来やがるからよ。そういう時は相手にしないんだが……」

明久「雄二は僕を生け贄に捧げてやり過ごそうとするんだよね……原作通り逃げ足も速いから大人数相手でも捕まることはないんだけど」

雄二「そんな俺の思惑に対抗して明久も俺を陥れようとしてくんだよ。流石の俺も多勢に無勢じゃ面倒だから逃げることもある」

明久「だから雄二は僕に気付かれないように考えを巡らせるんだけど、僕だってそれを躱しつつ雄二を出し抜くためには考えを読む必要があって……」

雄二「で、その考えを読んで行動しようとする明久を生け贄にするため、俺はさらに明久の考えを読んで手を打たなければならず……」

明久・雄二「「結果、お互いの事を探っているうちに意思疎通程度だったら無言で出来るようになったわけだ」」

不破「外道だ……友達を友達とも思っていない外道が目の前にいるよ……」

明久「あ、そういえば足引っ掛けて囮にしたこともあったよね?転ばされたから逃げるのマジでギリギリだったんだから」

雄二「てめぇだって俺を路地裏に突き飛ばして逃げたことがあんだろうが。狭くて囲まれはしねぇが、逃げ場もねぇってんで全員相手させられたんだぞ」

明久「……なんか思い出すだけでイライラしてきた」

雄二「……奇遇だな。俺も無性に腹が立ってきたところだ」

不破「ちょ、なんか空気重くない……?」

明久・雄二「「ちょっと表出ろやコラ。あの時の落とし前着けんぞ」」

不破「なんで毎回喧嘩になるの⁉︎ 待って待って、二人とも落ち着いてーーーあ、今日のところはここまで‼︎ 次の話も楽しみに……ってだから二人とも待ってってば‼︎」





殺せんせー「どうして私は一向に呼ばれないんですかねぇ……いえ、別に拗ねてるわけではないんですよ?ただ、私が呼ばれる日は来るのか心配なだけで……来るんですよね?ねぇ‼︎ いつか来るんですよね⁉︎」


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カルマ(の暗殺中)の時間

今日から登校してきたカルマ君は一通り僕らと挨拶を交わした後、グラウンドの隅にいる殺せんせーへと目を向けた。殺せんせーは烏間先生と何やら話をしていて、まだ登校してきたカルマ君には気付いていない。

 

「わ、あれが例の殺せんせー?すっげ、ホントにタコみたいだ」

 

殺せんせーを見て驚いたように反応してるけど、僕らの戦いを見てたってことは随分前から殺せんせーも見つけていたはず。

それなのに“今見つけました”って感じの反応は僕から見ても自然なもので、相変わらず騙し討ちに違和感がないと素直に思う。

そうして近付いていったカルマ君に先生達も気付いたようで、殺せんせーが前へと出てきてお互いに近距離で対峙する。

 

「赤羽(カルマ)君、ですね。今日が停学明けと聞いていましたが……初日から遅刻はいけませんねぇ」

 

「あはは、生活リズム戻らなくて。下の名前で気安く呼んでよ。取り敢えずよろしく、先生‼︎」

 

薄い紫色のバツマークを浮かべて注意する殺せんせーと、苦笑いを浮かべて誤魔化すように手を差し出すカルマ君。

この場面だけを見ると先生と生徒の平和なやり取りなんだけど、カルマ君が猫を被っている時点でこのまま終わるとは到底思えない。きっと何かを仕掛けてくるだろう。

 

「こちらこそ、楽しい一年にしていきましょう」

 

しかし殺せんせーは何も警戒していないようで、差し出されたカルマ君の手に触手を差し出して握手に応じる。

 

 

 

その瞬間、カルマ君の手が殺せんせーの触手を握り溶かした。

 

 

 

殺せんせーが驚いて手元を凝視する。その隙にカルマ君は今までの人懐っこそうな笑みを獰猛に変え、左腕の袖口に仕込んでいた対先生ナイフを突き刺そうとしーーー高速で距離を置いた殺せんせーを見て動きを止めた。

 

「……へー。ホントに速いし、ホントに効くみたいだね、対先生(この)ナイフ。試しに細かく切って手に貼っつけみたんだけど」

 

種明かしをしながら不敵な笑みを浮かべるカルマ君は、間合いを空けた殺せんせーとの距離を再び詰めていく。

しかし追撃する気はないようで、動揺する殺せんせーを観察するようにゆっくりと歩いていった。

 

「でも聞いてた話とはちょっと違うね。殺せないから“殺せんせー”って聞いてたのに……あっれぇ?せんせー、ひょっとしてチョロい人?」

 

そのまま至近距離まで近づいていくと、殺せんせーの顔を下から覗き込むようにして人を小馬鹿にした表情と仕草で挑発していた。

うわぁ、煽ってる煽ってる。殺せんせーも顔を赤くして全体的に青筋を立ててるよ。いや、ここは身体が赤いから赤筋と言うべきか。そもそも血管と呼べるものがあるかどうかも分からないし。

でも殺せんせーは触手を破壊された事実に何も反論できないようで、煽るだけ煽って立ち去っていくカルマ君を見送ることしか出来ないでいた。

こっちに戻ってきたカルマ君に雄二が話し掛ける。

 

「初っ端から派手にかましたな。殺せんせーも度肝抜かされただろうぜ」

 

「そういう坂本達は意外と大人しくしてるみたいだね。防衛省の人からE組の暗殺は大体聞いてるよ。いったい何を企んでんの?」

 

まぁお互い不良相手に暴れ回ったことのある仲だ。あまり暗殺に参加しない僕らを周りは暗殺非積極的派と捉えているかもしれないけど、カルマ君は僕らに限ってそれはないと踏んでいるのだろう。

言われた雄二は肩を竦めて首を振る。

 

「今お前がやったみたいに単発じゃ避けられてお終いだからな。先に情報収集して確度の高い暗殺計画を練ってるところだ。一回やっちまった手は警戒される」

 

「そんなことは百も承知さ。でも単発じゃ避けられるってんなら、成功しようが失敗しようがどっちでもいいんだよ。殺せないことには変わりないし、俺も今日は様子見って感じかな」

 

様子見ねぇ。今分かってる情報は防衛省から全部教えられてると思うけど、実際に殺せんせーを体験しておこうってことかな?

まだ体育の後にも授業は残ってるし、“今日は”ってことはこの後も仕掛けるつもりだろう。ちゃっちゃと着替えて教室に戻った方がいいみたいだ。

あーあ、それにしても小テストやだなー。

 

 

 

 

 

 

ブニョンッ……ブニョンッ……

 

今は体育の後に行われている小テスト中……なんだけど、さっきからブニョンブニョンうるさくて仕方ない。

なんの音かって言うと、殺せんせーが壁に向かってパンチを繰り出している音だ。壁パンのつもりなんだろうけど、触手が柔らかくて全然壁にダメージが行ってないよ。

 

「ブニョンブニョンうるさいよ殺せんせー‼︎ 小テスト中なんだから‼︎」

 

「こ、これは失礼‼︎」

 

いい加減に集中できなくなったショートカットで気の強い岡野ひなたさんが皆も思っていたことを指摘すると、殺せんせーは狼狽えながら謝ってきた。

明らかに動揺を引き摺ってる……カルマ君の煽りが相当効いてるみたいだ。身体は超生物なのに心はまるで豆腐だなぁ。いや、身体も特殊素材に当たったら豆腐みたいなもんだった。

しかし身体も心も豆腐って言うと物凄く弱そうに聞こえる。でも殺せないんだから殺せんせーは謎だ。

 

「よォ、カルマァ。あのバケモン怒らせてどーなっても知らねーぞー」

 

「またお家に籠ってた方が良いんじゃなーい」

 

カルマ君と席の近い寺坂君達が挑発するように声を掛けていた。そんな子供みたいな挑発……カルマ君からすれば可愛いもんだろう。

僕の席は前の方だから顔までは見えてないけど、聞こえてくるカルマ君の涼しい声色から眉一つ動かさずに挑発し返してることが手に取るように分かる。

 

「殺されかけたら怒るのは当たり前じゃん、寺坂。しくじってちびっちゃった誰かの時と違ってさ」

 

「なっ、ちびってねーよ‼︎ テメ、喧嘩売ってんのか‼︎」

 

「こらそこ‼︎ テスト中に大きな音を立てない‼︎」

 

挑発に耐えれなかった寺坂君が机を叩いたらしく、ドンッ‼︎ という大きな音が聞こえてきた。

それに対して殺せんせーも注意してるけど、そもそもうるさくしてたのは殺せんせーだから。先生だけど注意できる立場じゃないよね。

 

「ごめんごめん、殺せんせー。俺もう終わったからさ、ジェラート食って静かにしてるわ」

 

なんでカルマ君はジェラートなんて持ってるんだろう?登校してきた時は飲み物しか持ってなかったはずなのに。

 

「駄目ですよ、授業中にそんなもの。全く、何処で買ってきてーーーってそれは先生が昨日買ってきた奴‼︎」

 

ってあんたのかい。

しかしカルマ君は悪びれもせずに清々しいくらい堂々としてるなぁ。いつの間に盗ってきたんだ?

 

「あ、ごめーん。職員室で冷やしてあったからさ」

 

「ごめんじゃ済みません‼︎ 溶けないようにマッハで買ってきて楽しみにしてたのに‼︎」

 

「へー……で、どーすんの?殴る?」

 

「殴りません‼︎ 残りを先生が舐めるだけです‼︎」

 

いや舐めんのかい。

ジェラートを取り上げようと殺せんせーが後ろに向かったところでーーーバチュッという音が聞こえてきた。

今度はなんの音か分からなかったので少し振り返ると、殺せんせーの触手がまた溶けているのが机の隙間から見える。

更によく見ると対先生BB弾が床にばら撒かれており、多分それを踏んでしまったのだろうと予想できた。

 

「あっは、まァーた引っ掛かった」

 

そしてばら撒いた犯人は考えるまでもなくカルマ君だろう。今も殺せんせーに向けて対先生BB弾を発砲してるし。

まぁそれは全部避けられてるんだけど、カルマ君は気にすることなく何発も撃ち込んでいく。

 

「何度でもこういう手を使うよ。授業の邪魔とか関係ないし。それが嫌なら……俺でも俺の親でも殺せばいい」

 

席から立ち上がったカルマ君は殺せんせーへと近づいていくと、手に持っていたジェラートを先生にぶつけた。

あぁ、勿体無い……とか言える空気ではないので黙って見守ることにする。

 

「でも、その瞬間からもう誰もあんたを先生とは見てくれない。ただの人殺しのモンスターさ。あんたという“先生”は……俺に殺されたことになる」

 

凶悪な笑みを浮かべて告げたカルマ君の言葉に、殺せんせーは何も言わないまま黙っている。反論しないってことは、カルマ君が言っていることは真実ってことなのか。

渚君が自爆テロを仕掛けた日、殺せんせーは僕らを叱るために僕ら以外を人質に例えて脅してきた。しかし本当にそれをやってしまったらカルマ君の言った通り、僕らは先生を“先生”として認識することはなくなるだろう。

その脅しを実行できるだけの実力を持っているからこそ僕らは恐れたが、先生が“先生”をしていく上で実際に行動に移せるわけがなかったということだ。

 

「はいテスト、多分全問正解。じゃあね先生〜、明日も遊ぼうね‼︎」

 

先程までの凶悪な笑みを隠して柔和な笑みを作り、殺せんせーに小テストの答案用紙を渡してからカルマ君は帰っていった。

たった一日で殺せんせーの本質を見抜く辺りは流石だけど、先生がこのまま黙りっぱなしってのはあまり考えられない。

明日はいったいどうなるのかなぁと思いつつ、僕は目の前に立ちはだかる白紙の答案用紙に向かい合うのだった。

 

 

 

 

 

 

カルマ君は昨日の宣言通り、今日も朝から暗殺を仕掛けていくようだ。

カルマ君にとって殺せんせーは玩具みたいなもんだろうから、攻略しようとして新しい先生の弱点とかを見つけられるかもしれない。

頭の回転も早いし、まずはお手並み拝見ってところかな。

 

「……で、なんで教卓にタコを置いてナイフ突き刺してんの?」

 

「いやぁ、殺せんせーってタコがトレードマークって聞いたからさ。まずは精神的に揺さぶって心から殺していこうと思って」

 

なるほど、これがカルマ君の暗殺か……ただの嫌がらせじゃない?でも殺せんせー、豆腐メンタルだからこの手の方法は案外効くかも。

取り敢えずこのタコは殺せんせーの挑発が終わったら用済みだろうし、後で貰えるか訊いてみよう。貰えるものは貰っておかないと勿体無いからね。

 

「おはようございます」

 

それから少しして殺せんせーがいつも通り教室へとやってきた。先生がどういう反応をするのか分からないからか、皆は先生から顔を逸らしている。

その様子に訝しんでいた殺せんせーだったが、教壇でナイフに刺されているタコを見て動きを止めた。

 

「あ、ごっめーん‼︎ 殺せんせーと間違えて殺しちゃったぁ。捨てとくから持ってきてよ」

 

そのタイミングでカルマ君が分かりやすく挑発を入れる。しばらくは昨日と同じパターンで行くのだろう。

しかしカルマ君が声を掛けても殺せんせーは動きを止めたままだった。いったい何を考えて動きを止めているのか、表情も変わらない先生の顔色からは推し量れない。

 

「……分かりました」

 

ようやく動き出した先生はタコをカルマ君の方へと持っていきーーー触手をドリルのように高速回転させ、何処からかミサイルと何かが入った袋を取ってきた。

……マジで何処から持ってきたんだろう?特にミサイル。そしてそれらの物を使って何を始めるつもりなんだろう?特にミサイル。

 

「見せてあげましょう、カルマ君。このドリル触手の威力と、自衛隊から奪っておいたミサイルの火力をーーー先生は暗殺者を決して無事では返さない」

 

そう言うと殺せんせーはミサイルを逆さに持って点火し、タコと袋の中身とドリル触手をミサイルの火に翳した。

 

「あッつ‼︎」

 

そうして出来上がったたこ焼きはカルマ君の口の中へ……ってこんだけ大掛かりな道具を使って作ったのがたこ焼きかい‼︎

 

「その顔色では朝食を食べていないでしょう。それを食べれば健康優良児に近づけますね」

 

いやいや、朝からたこ焼きって意外と重いですよ殺せんせー。カルマ君もいきなり過ぎたのか熱くて吐き出しちゃったし。

っていうか残ったたこ焼きは自分で食べちゃったんですけど‼︎ カルマ君が食べなかったら健康優良児にはなれないじゃん‼︎

 

「先生はね、カルマ君。手入れをするのです。錆びて鈍った暗殺者の刃を」

 

そんな僕のツッコミなど露知らず、殺せんせーとカルマ君は二人でシリアスムードに入っている。

 

「今日一日、本気で殺しに来るがいい。その度に先生は君を手入れする。放課後までに君の心と身体をピカピカに磨いてあげよう」

 

あーあ。カルマ君、殺せんせーを本気にさせちゃったよ。カルマ君が殺せんせーを殺せるか、殺せんせーがカルマ君をピカピカに磨き上げるか。どう転ぶにしても、カルマ君の暗殺は今日中に決着がつきそうだった。

……それにしても、タコ欲しかったなぁ。

 

 

 

 

 

 

一時間目・数学の時間。

〜カルマ君、銃撃しようとしてネイルアートされるの巻〜。

以上、カルマ君の表情が引き攣ってました。以下省略‼︎

 

 

 

四時間目・技術家庭科の時間。

今回は家庭科寄りの授業内容で、それぞれ班に分かれてのスープ作りだ。僕にとってはタダでカロリーを摂取できるお得な授業である。

まぁ授業で作る料理だからそこまで凝ったものでもないし、協力すればあっという間に作り終わるだろう。早く作って美味しく頂くことにしよう。

 

「雄二。こっちでお肉とか切って調理しとくから、先にスープの出汁作っといてよ」

 

「おう。ムッツリーニ……は作業中か。矢田、残ってる野菜とか洗っといてくれ。片岡はその洗い終わった奴の調理を頼む」

 

「あ、じゃあ先に玉ねぎをお願いできるかな?こっちで一緒に炒めちゃうから」

 

お肉は焼いた後でスープに入れた方が旨味が閉じ込められて美味しいからね。玉ねぎも炒めてから入れた方が柔らかくなるし。

 

「……なんか中学生男子とは思えないくらい手慣れてるわね」

 

「うぅっ、ちょっと女子としては敗北した感じあるかも……」

 

文武両道でもう一人の委員長でもある片岡メグさんが僕らの手際を見てそう呟いていた。ポニーテールが特徴的で、何処とは言わないけど発育の良い矢田桃花さんもちょっと落ち込んだ様子で僕らを見ている。

このメンバーで秀吉がいないのは珍しいかもしれないが、班構成が男女で五人だったから秀吉とは別の班になっているのだ。

 

「そうかな?別にこれくらいだったら何でもないと思うけど」

 

「同世代の男の子でそこまで料理が上手って人の方が少ないんじゃないかしら?」

 

「そうそう、女子でもあんまり料理しないって人はいるし。三人はよく料理とかするの?」

 

矢田さんは僕らの生活に興味でも出てきたのか、野菜を洗いながら訊いてくる。

 

「…………紳士の嗜み」

 

「俺はよく家で料理してるぞ。……おふくろ()は放っておくと何を作るか分からんからな」

 

「僕も最近はあんまりだけど、一人暮らしする前までは家で毎日作ってたからね。流石にもう手慣れたもんだよ」

 

二人の料理の腕前は前から知ってたけど、どういう理由で得意なのかは知らなかったな。でもどうして雄二は遠い目をしてるんだろう?

 

「へぇ、吉井君って一人暮らしなんだ。でも普通、一人暮らしになってから料理をするようになるものじゃない?」

 

「いやぁ、父さんは仕事で料理できないから僕が作ることになってたんだ」

 

僕がそういうと片岡さんが少し気まずそうな表情になっていた。どうかしたのかな?

 

「あ……もしかして父子家庭だったの?ごめんなさい、不躾なことを訊いちゃったかしら?」

 

「ほぇ?うちは父さんも母さんも一緒に暮らしてたけど?」

 

なんなら今でも海外で一緒に暮らしてるはずだし。なんで片岡さんの中では僕の両親が離婚してることになってるんだろう?

 

「じゃあお母さんは料理しない人だったの?あ、共働きだったとか?」

 

矢田さんも続けて訊いてくるけど、二人とも何か気になることでもあったの?僕、何も変なこと言ってないと思うんだけど……

それにしても矢田さんは面白いことを言うね。さっき片岡さんがなんか気まずそうにしてたから空気を和ませようとしたんだろう。そういうことなら僕も軽い感じで流れに乗っておかないと。

 

「あはは、矢田さんは何を言ってるのさ。母親は家で一番偉いんだから料理なんてするわけないじゃないか」

 

「「「「………………」」」」

 

何故か今度は片岡さんだけじゃなくて全員が気まずそうな表情になっていた。

……あれ、皆どうしたの?ここは笑うところだよ?

 

「えっと、その……うん、それぞれご家庭の事情があるわよね」

 

「明久、お前も母親には苦労してたんだな……」

 

さらに片岡さんや雄二からは同情というか何というか、よく分からない眼差しを向けられていた。何で皆がそんな表情を浮かべているのか全然見当がつかない。家族で地位の低い人が料理をするのって普通だよね?

皆の反応に色々と考えさせられていたところで、ガシャンッ‼︎ という大きな音が聞こえてきて僕は反射的に振り返った。誰か鍋でもひっくり返したかな?

などと思っていたら、ナイフを振り抜いたカルマ君が花柄フリフリの大きなハートがあしらわれたエプロンを装着していた。

 

〜カルマ君、斬殺しようとしてエプロンを装着させられるの巻〜。

以上、カルマ君が恥ずかしそうにしてました。以下省略‼︎

 

あ、もう一つ報告あるの忘れてた。出来上がったスープは凄く美味しかったよ。久しぶりにカロリーの味がしたね。

 

 

 

国語の時間。

〜カルマ君、暗殺しようとして髪型を整えられるの巻〜。

以上、カルマ君の髪型が真ん中分けにされてました。以下省略‼︎

 

え、カルマ君の時間省略しすぎじゃないかって?

仕方ないじゃない。技術家庭科の授業以外は僕ら授業中で静かにしてるんだから。

こうしてカルマ君の暗殺は悉く殺せんせーに封殺され、やっぱり殺すことは出来ずに一日が終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

「明日の放課後、仕掛けるぞ」

 

学校からの帰り道。E組のある山を降りて市街地に入ったところで雄二がそう言って話を切り出してきた。

 

「仕掛けるって……殺せんせーの暗殺?」

 

「そうだ」

 

「それはまた随分と急じゃの。確率の低い暗殺なんぞ時間の無駄と言ってあまり積極的ではなかったというのに」

 

「…………暗殺の目処が立ったのか?」

 

秀吉とムッツリーニも雄二の提案を聞いていたけど二人とも思案顔だ。僕も似たような表情をしてると思う。

今日は一日中カルマ君がひたすら暗殺を繰り返していたものの、特にこれといった新しい殺せんせーの情報が分かったわけじゃない。僕らは学校でほとんど一緒に行動してるけど、雄二が急に仕掛けようと言い出した理由に思い当たる節がなかったのだ。

そんな僕らの疑問など余所に、雄二はいつもの調子で軽く言う。

 

「暗殺するとは言ったが、別に殺せるとは思ってない。暗殺を仕掛けて成果があれば良し、もし殺せたらラッキーくらいなもんだ」

 

「それって、暗殺は仕掛けるけど殺せなくてもいいってこと?昨日カルマ君に言ってたことと矛盾してない?」

 

「あぁ、その理由も順を追って説明してやる。お前らには暗殺に参加してもらうからな」

 

そりゃまぁ、暗殺に参加する分には拒否する理由なんてないけど……雄二はいったい何を考えてるんだろう?

 

「HRのやり取りで分かってるとは思うが、どれだけ暗殺者の数を揃えたところで真正面からは殺せねぇ。こっちが殺そうと思って行動した時には見切られちまってるからな」

 

「うむ。マッハ二十で動けるわけじゃからの。その動きを制御できるだけの動体視力も備えておるじゃろう。それを処理するための思考速度と頭脳もまた然りじゃ」

 

確かに秀吉の言う通りだ。僕らが撃つエアガンの弾よりも、マッハ二十で過ぎていく景色の方が遥かに速いだろう。

マッハ二十で動ける身体能力ってことは、マッハ二十で身体を動かせるだけの頭も必要ってことか。それだったら前に雄二が言っていた“弾道を見切って跳弾も計算する”っていう離れ技は可能だと思う。

 

「だから俺は前に“策を巡らせねぇと殺せねぇ”って言ったが、それも今の俺達には限界がある。暗殺訓練を受けてるっつっても一ヶ月前まではただの中学生だったんだ。複雑な策を完璧に実行するだけの技術もなければ、学校内だけだと大掛かりな仕掛けも実行できねぇ」

 

「…………じゃあ明日の放課後はどうする?」

 

だからこそ問題は暗殺する方法なのだ。技術も仕掛けも不十分となれば、万に一つの確率であっても殺せんせーは殺せないだろう。

それが分かっていながら暗殺を仕掛け、別に殺せなかったらそれでもいいと言っている。いい加減に雄二の考えも気になってきたけど、実行する方法にも興味が引かれてきたところだ。

 

「別に難しいことをするつもりはねぇ。学校内で実行できて大掛かりな仕掛けも高度な技術も必要ない、こっちの狙いを見切られることなく暗殺対象(ターゲット)の回避行動も封じることができる策を考えりゃいい」

 

なんか物凄く簡単そうに言ってくれるけど……僕らの現状を補って殺せんせーの動きも抑えられる、そんな夢のような作戦があったら誰も苦労してないと思うよ。

しかしそんな僕らの気持ちなど全く気にしていないようで、雄二は構わず説明を続けていく。

 

「んで、その策ってのは……」

 

そして、いよいよその内容が語られる。

 

 

 

 

 

「ーーー俺らも含めてクラス全体を巻き込んだ無差別攻撃だ」

 

雄二から告げられた突拍子もない答えに、僕らは唖然とすることしか出来なかった。




次話
〜バカ達の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/5.html



渚「これで“カルマ(の暗殺中)の時間”は終わりだね。皆は楽しめたかな?」

カルマ「後書きはいつも通りメタ話と駄弁りで進めていくよ」

明久「あ、今回は“暗殺教室”メンバー二人で行くんだね」

渚「そうみたい。僕は今回出番なかったのになんでか二回目だよ。てっきり他の人が呼ばれるものだと思ってたけど……」

カルマ「今回は俺の話だったから相棒の渚君ってことじゃない?まぁぶっちゃけ片岡さんや矢田さんだとネタにしにくいから渚君が指名されたみたいだけど」

明久「本当にメタいよ‼︎ そういう後書きの裏事情まで語らなくていいから‼︎」

渚「あはは……そういえば、ついに坂本君が本格的に動き出したね。でも、クラス全体を巻き込んだ無差別攻撃って……」

明久「カルマ君が殺せんせーの脅しをハッタリだって見抜いちゃったから、形振り構わず殺せる手を選んできたのかも」

カルマ「いやいや、坂本だったら俺に言われるまでもなく気付いてたでしょ。そんな手で行くんだったらとっくにやってるはずだね」

渚「じゃあ坂本君はいったいどんな暗殺を考えてるんだろう?」

カルマ「それこそ次回のお楽しみって奴でしょ」

明久「それもそうだね。っていうかカルマ君はこの後どうなったの?やっぱり原作通り?」

渚「うん、飛び降りたけど殺せんせーに助けられてって感じだよ」

カルマ「なーんにも捻ってないから俺の出番が省略されまくったんだよ」

明久「そんな棘のある言い方しなくても……実はカルマ君の飛び降りに対して没ネタがあるんだけど、聞きたい?」

渚「そんなのがあるんだ。その没ネタではどういう結末になったの?」

明久「いや、結末自体は変わらないんだけどね。カルマ君が身投げしたのは暗殺の一環じゃなくて、暗殺できなくて身投げしたって僕が勘違いしてカルマ君を励ますんだよ」

カルマ「あぁ、何となく想像できるわ。渚君から俺の暗殺を聞いた吉井が、いつも通り訳分かんない思考回路で外れた結論を導き出すんでしょ」

渚「所謂お約束ってやつだね」

明久「で、僕が勘違いしたまま突っ走るから、カルマ君は面倒臭くなって僕を黙らせるんだよ。どうやって黙らせたかは保身のために秘密にするけど」

カルマ「へぇ、吉井が保身に走るような方法なんだね……こんな感じかな?」

ズボッ、ブチュッ。←練りからしを明久の鼻に突っ込んで中身をぶち撒ける音。

明久「☆●◾️▽⤴︎♬✖️っ⁉︎⁉︎」

渚「ちょっ⁉︎ カルマ君、吉井君がのたうち回って痙攣してるんだけど‼︎」

カルマ「あちゃ〜、ちょっと刺激が強すぎたかな?吉井もこんなんだし、今回はここまでだね」

渚「そんなことより今は水だよ‼︎ ちょっと取ってくる‼︎」

カルマ「そんな急がなくてもいいのに……じゃ、次回も楽しみにしててね〜」





殺せんせー「…………(シクシクシク)」

ブニョンッ……ブニョンッ……


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バカ達の時間

〜side 渚〜

 

僕らは殺し屋。標的(ターゲット)は先生。

椚ヶ丘中学校三年E組は暗殺教室。始業のベルが今日も鳴る。

 

暗殺教室が始まってから半月ちょっと。暗殺なんてしたことのなかった僕らだけど、そろそろ暗殺にも慣れてきたところだ。まぁ慣れてきたことと殺せるかどうかはまた別物なんだけど……

今のところ暗殺で一番惜しかったのはカルマ君だ。僕の知る限りだと凶器とか騙し討ちではカルマ君が群を抜いてる。頭の回転も早いし、E組(うち)の先生ーーー殺せんせーの触手を実際に破壊した実績もある。

でもそのカルマ君ですら本気を出した殺せんせーには対抗できず、昨日は暗殺を完封されて手入れされてしまった。これでしばらくはいつも通り、小さな暗殺をコツコツとって感じになるのかな。

 

「皆さん、おはようございます。今日も良い暗殺日和ですねぇ。それでは日直の人は号令をお願いします‼︎」

 

殺せんせーに促された日直の人が号令を掛け、それに合わせてクラス全員が先生に銃の狙いを定める。

何もない日はHRでの一斉射撃からこの暗殺教室は始まることが多い。けど正面からの暗殺は殺せんせーには通用しないから、この一斉射撃はどちらかと言えば先生の動きを観察したり射撃の腕を磨いたりといった訓練の要素が強かったりする。

 

そうして撃ち終わった対先生BB弾を片付けてから授業が始まる。相変わらず殺せんせーは殺せていない。

僕らは殺し屋って言ったけど、その前に中学三年生でもある。だから授業を妨害するような暗殺を殺せんせーは許可していなかった。つまり暗殺できる時間は授業前と授業後、昼休みと放課後の時間帯に限られる。

だけど昼休みは先生も食事をするため国内外問わず飛んでいくから、事前に言うか呼び出さないと昼休みの暗殺は出来ない。今日は誰も予定を入れていないのか、殺せんせーは授業が終わるとともに飛んでいってしまった。

 

「……皆、昼飯前で悪いがちょっといいか?殺せんせーのいない間に話しておきたいことがある」

 

殺せんせーが北海道へと札幌ラーメンを食べに行ったのを見送って確認した後、坂本君が珍しく大きな声で皆の注目を集めていた。

昼休みに入って騒がしくなっていた皆が静かになるのを待ってから、坂本君は再び話し始める。

 

「今日の放課後、俺達四人で暗殺を仕掛けようと思う。出来れば手伝って欲しいんだが、協力してくれないか?」

 

坂本君を入れて四人というと、残る三人はいつも一緒にいる吉井君、土屋君、木下君のことだろう。

彼らはクラス全員が参加するHRの暗殺とかには参加してるけど、個人で暗殺をしてる場面はあまり見たことがない。身体能力は高いけど行動には移しておらず、積極的に暗殺を提案してきたのはこれが初めてだ。

特に二人掛かりであれば烏間先生を追い詰められる実力を皆の前で発揮した吉井君と坂本君。彼らが積極的になってくれたのは僕らとしても心強い。

 

「協力ってどれくらいの人数が要るんだ?具体的な役割は?」

 

皆を代表して磯貝君が坂本君に話を訊いていた。

今日の放課後って言ってたけど、それを初めて聞いた僕らは当然ながらその暗殺内容を知らない。ほとんど暗殺実行までの時間がないこのタイミングで話したってことは、そこまで重要な役割じゃないのは予想できるけど訊いておきたいところだろう。

訊かれた坂本君も磯貝君だけじゃなくてクラス全員に聞こえるように答えを返す。

 

「ベストなのは十六人以上だが、最低でも八人は欲しいところだ。最悪誰一人協力してくれなくても暗殺自体は実行できるが、保険として手を打っておきたい。何も難しいことは言わねぇから、可能な限り人数が集まってくれると有難い」

 

「随分と大人数が必要なのね……私は別に構わないけど、皆はどう?」

 

片岡さんは坂本君の要求を受けて協力するようで、訊かれた他の女子も片岡さんに続く形で協力要請を受け入れていた。

 

「俺も協力してやっていいよ。坂本達が何を企んでんのか興味あったしね」

 

「俺もいいぞ。残った男子はどうする?」

 

意外にもカルマ君が率先して坂本君に協力することを承諾し、磯貝君が残った男子に確認することでクラスの大半が参加を決めた。もちろん僕も参加するよ。

 

「ケッ、なんでお前らに協力しなくちゃなんねぇんだよ。俺は降りるぜ」

 

「あぁ、別に協力したくねぇならそれでもいい。邪魔しないってんなら帰るなり見学するなり好きにしてくれ」

 

寺坂君が拒否したことで吉田君、村松君、それにウェーブした黒髪が暗黒オーラを放ってるっぽい狭間綺羅々さんの三人も協力するのを拒否したけど、坂本君は気にしてない様子で引き留めたりはしなかった。

クラス全員の意思を聞き終えた坂本君は暗殺の話を続ける。

 

「協力してくれんのは……二十二人か。仮に暗殺が成功したら一人当たり三億五千万、暗殺を実行する俺達四人は五億五千万、残った一億は派手に祝勝会とでも行こうぜ。何か異論があったら言ってくれ」

 

協力を決めた皆に坂本君は報酬を提示する。もし本当にこの暗殺で殺せんせーを殺せた場合、後で揉めないための取り決めだろう。

百億を二十六人で山分けするんだから一人当たりの取り分が少なくなるのは当然だけど、サラリーマンの平均生涯年収が二億ちょっとって聞いたことがあるから普通に暮らす分には十分な額と言える。

 

誰にも異論がないことを確認した坂本君は、僕らにやってもらいたいことを指示していく。

その内容を聞いた僕らは、本当にそれだけで良いのかと言いたくなるくらい簡単な仕事を与えられた。

暗殺の内容は万が一にも皆の挙動から悟られたくないとのことで教えてくれなかったが、それは実行する四人が知ってればいいから気にはなるけど無理に聞き出すのは止めておこう。

それぞれの役割を割り振られた僕らは、放課後まで特にやることもないので昼休みをいつも通りに過ごした。

 

 

 

 

 

 

そして午後の授業が終わった放課後。いよいよ坂本君達の暗殺の時間だ。教室では暗殺の舞台が整えられ、役割を与えられた人達も言われた位置についている。

暗殺の準備をしている間に木下君が殺せんせーを呼びに行っており、十五分したら連れて来る手筈となっていた。もうそろそろ来る時間だ。

 

「おやおや、何やら教室が私のためにセッティングされていますねぇ。机が端に積まれているだけで随分と広く感じますよ」

 

噂をすれば何とやら。ちょうどその時、木下君に連れられた殺せんせーがドアを開けて入ってきた。先生の言う通り、教室の机は後ろの方に寄せて重ねている。

これも坂本君の指示だけど、教室にスペースを作ったのにはどういう意図があるんだろう?スペースがあるってことは、それだけ先生も動ける範囲が広くなるってことなのに……

 

「……ふむ。何やら女子生徒達が廊下に並んでいると思っていましたが、窓の外にも同じように並んでいるじゃないですか」

 

木下君によって教室の真ん中まで誘導された殺せんせーは、教室内を見回して状況確認をしていた。

坂本君に協力することを決めた女子達は半分に分かれ、教室から出て全部の窓や前後のドアの外にそれぞれ配置されている。教室に残っているのは男子だけだ。

 

「逆に男子生徒達は教室内で窓やドアの鍵を塞ぐようにして並んでいる。どうやら先生を教室から逃がしたくないようですが、閉じ込めたところで殺せるとは思えませんねぇ」

 

そして教室に残った僕らは窓やドアへと手を掛け、中からは開けられないようにしていた。殺せんせーは政府との契約で僕達には手を出せないから、これで先生には脱出不可能な密室の完成である。窓やドアを壊して逃げようものなら外に控えてる女子に怪我をさせちゃうしね。

けど僕も殺せんせーの方が正しいと思う。そもそもクラス全員の一斉射撃を教壇の上だけで躱せる先生にとって、クラス内に閉じ込められる程度は痛くも痒くもないはずだ。この行動に意味があるとは少なくとも僕には思えない。

 

「実行犯は吉井君、坂本君、土屋君、木下君の四人ですか。君達はあまり積極的に先生を殺しに来てくれていませんでしたから、どのような暗殺を仕掛けてくるのか楽しみです」

 

教室の真ん中に連れられた殺せんせーの周りには、3mほど間合いを空けて正方形に囲んでいる四人の姿があった。

四人は左右の太腿に銃を収めたホルスターと二つのウエストポーチを腰に装着しており、何か暗殺のための道具を用意していたことが分かる。烏間先生にでも頼んで銃やナイフ以外の武器を用意したんだろうか?

全員の配置完了を確認した吉井君がポケットからコインを取り出す。

 

「じゃあコインを弾きますんで、落ちた瞬間から暗殺を始めたいと思います」

 

「ヌルフフフフ、いつでも構いませんよ。この暗殺で殺せるといいですねぇ」

 

吉井君の最終確認に対して、殺せんせーは顔色を緑の縞々に変化させてニヤリと笑っていた。

正面からの暗殺だから、どのような方法で来ようとも見てから反応できるという余裕だろう。そのタイミングすら教えてくれているのだから先生の見切りはなお完璧だ。

 

そんなことはお構いなしに吉井君の指からコインが弾かれ、その甲高い金属音で協力している皆の緊張が一気に高まった。これから何が起こるのかを僕らは知らされていないので、それを見逃さないように集中してこの暗殺を見守る。

軽く放物線を描いて弾かれたコインが頂点に達すると、そこから重力に引かれて地面へと折り返していきーーー

 

「お前ら、先に謝っとくわ。スマン」

 

コインが落下する直前、坂本君のそんな謝罪が聞こえてきた。

それがどういう意味かを考える前に再び甲高い金属音が響き渡り、彼らの暗殺開始を告げる。

四人全員が全く同じ動きで二つのウエストポーチに両手を突っ込むと、中から取り出した何かを空中へ(ほう)った。坂本君だけは片手で放っており、合計で七個の何かが放り出される。

 

(あれは…………)

 

僕はその物体が何か見極めようとして目を凝らしたものの、それを判別するよりも早く坂本君が何もしなかったもう一方の手を動かし、

 

 

 

その物体が炸裂して教室全体に降りかかった。

 

 

 

「うわっ⁉︎」

 

教室で退路を塞いでいた僕らは思わず手を離してしまい、本能的に顔を守ろうとして腕を翳す。しかし冷たい液体が降りかかっただけで身体には何も異常はない。

そうして僕らが自分を庇った瞬間、複数の発砲音が連続して聴覚を刺激してきた。四人が今の爆発を合図に銃撃を開始したのだろう。

僕らが硬直している間に撃ち終えたようで、発砲音はすぐに聞こえなくなった。ゆっくりと顔を覆っていた腕を離して自分の身体を確認する。

 

(これって…………水、かな?)

 

硫酸とかだったら濡れた部分が爛れるはずだし、無色透明で身体が汚れているということもない。まぁ坂本君達も至近距離でこの液体を浴びているわけだから、少なくとも有害なものではないだろう。

……ってそれよりも暗殺はどうなったの⁉︎

 

「…………」

 

見れば殺せんせーはまだ生きてる、んだけど……なんか先生、ふやけてない?それに僕の勘違いじゃなければ、暗殺が始まる前と比べて余裕がなくなってるような気もする。

 

「……ふむ。反応や変化を見た感じだと仮定通りだな。だが水風船の炸裂程度だと四人の銃撃を躱せるだけのスピードは維持されたまま……次やるなら実行人数を増やしてバケツでぶっ掛けるくらいの量は必要か」

 

暗殺が終わって立ち尽くしている殺せんせーを、坂本君は観察するようにしてブツブツと何かを呟いていた。放り投げられた物体は水風船だったのか。でも何で水風船を……?

その間に吉井君、土屋君、木下君の三人は構えていた二丁拳銃をホルスターに直していた。坂本君は考え事に集中しているようで、片手の銃と何かのスイッチーーー多分だけど水風船の起爆スイッチは手に持ったままだ。

 

「……なるほど。この暗殺の発案者は坂本君でしたか」

 

「ほう、何故そう思う?」

 

殺せんせーが話し掛けてくるのを聞き、坂本君はそれに答えることなく質問し返していた。

しかし殺せんせーも確信を持っているのか、迷うことなくその質問の答えを返す。

 

「分かりますよ。何故ならこの暗殺は現時点で君にしか思いつけないからです。……検証したのでしょう?私が脱ぎ捨てた脱皮した皮を使って(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

脱皮した皮って…………僕が怒られた日に殺せんせーが使ったやつのことだろうか?

確かに坂本君は捨ててくるって言ってその日はそのまま帰ってこなかったけど……まさか持って帰ってたの?

そんな僕らの驚きを肯定するように坂本君は先生の言葉を認める。

 

「あぁ、脱皮した皮が消える原理を検証するのに随分と時間を掛けちまったぜ。太陽光、自然風、バクテリア分解、時間経過ーーーそして水。寺坂達の仕組んだ対先生弾を爆発ごと防いでたから、水で溶けたのは変質して脱皮した皮だけの特性って可能性もあったが……どうやら殺せんせーは水が苦手みてぇだな」

 

獰猛な笑みを浮かべながら殺せんせーの弱点を指摘する坂本君を見て、僕らは正直、坂本君のことを見誤ってたとしか言えなかった。

学校では良い噂をあまり聞いたことはなかったし、知り合うまでは椚ヶ丘では珍しいただの不良だと思っていたところもある。

だけど実際には少し口調に荒っぽいところはあれど気さくな性格で、それでも烏間先生との戦闘から噂通りに喧嘩が強い人っていう認識だった。

しかし、

 

弱点(これ)ばっかりは実際に確認しとかねぇといけねぇからな。寺坂達が爆薬使って説教食らったことを考えれば爆薬を使ってくるっていう発想は少ないだろうし、ここ最近は雨が降ってなかったから暗殺に水の要素を入れられるっていう予測も立ちにくい。あとは目で見た後にマッハで隠れられる場所や防がれる道具を取り除いて、全方向へ隙間のない範囲攻撃を仕掛けりゃ何とか水は当てられるだろ。今回の暗殺を成功させるには警戒心の薄い今がちょうどいいタイミングだったんだが……ま、検証結果が得られただけでも良しとするか」

 

「にゅや……先生もちょっと甘く見てましたよ。まさかこれほど早く大きな弱点を見破られるとは……これからは気をつけないといけませんねぇ」

 

殺せんせーがキレて怒りを露わにしている中、脱皮した皮に着目してさり気なく持ち帰り、それを使って先生の弱点を研究する。

あの状況下でそこまで冷静に先を見据えて行動できる胆力と頭の回転の早さは、もしかしたらカルマ君と同レベルに達してるかもしれない。

暗殺に非積極的だなんてとんでもなかった。彼はずっと先生を殺せる刃を水面下で密かに磨き続けていたんだ。

と皆が各々で驚いているところにカルマ君が不機嫌そうな声を上げる。

 

「坂本は満足できたみたいだけどさぁ……これはどうにかならなかったわけ?」

 

カルマ君は濡れた髪を掻き揚げながらジト目で睨んでいた。

まぁカルマ君の言いたいことも分かる。事前準備も予告もなしでずぶ濡れにされるとは誰も思わないよね。

そんな不満の声が上がることも予測していたのだろう。坂本君は平然とカルマ君の睨みを受け止めていた。

 

「大丈夫だ。ちゃんとタオルを用意してある」

 

「いや、アフターケアの話じゃなくて。まぁ殺せんせーの弱点を暴いたんだから多少のことは大目に見るけど、何か俺らに思うことはないの?」

 

「あぁ、俺の心境の話なら問題ないぞ。女子はともかく、男子を濡れ鼠にすることに罪悪感はねぇからな。だから先に謝っといただろ?」

 

「……ホント、坂本っていい性格してるよね。もちろん悪い意味で」

 

「そりゃお前も似たようなもんだろうが」

 

そうやって軽口を叩き合う二人。うん、こうして見ると二人は結構似てるところがあると思う。喧嘩が強いところとか、頭の回転が早いところとか……あとは性格もかな?

 

「ねぇ渚ー、もう入ってもいいー?」

 

そうこうしているうちに外で待機していた女子達も教室へと戻ってきたようで、廊下側の窓に配置されていた僕に茅野から声が掛けられる。

教室内を見渡せば、吉井君達がタオルを配ったり水塗れの教室を片付け始めていた。他の男子も色々な反応はあれど片付けを手伝っている。

それを見てこれ以上の暗殺はないと判断した僕は、女子達を招き入れて今回の暗殺の内容を話しつつ片付けに加わるのだった。




次話
〜大人の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/5.html



明久「これで“バカ達の時間”は終わりーーーって誰が馬鹿だ‼︎ 馬鹿なのは雄二だけだよ‼︎」

渚「ま、まぁまぁ。今回は原作から(もじ)ったサブタイトルだから仕方ないよ」

……………。

明久「……あれ?今日呼ばれてる殺ーーー」



殺せんせー「 遂 に 私 の 出 番 で す よ ‼︎ 」



渚「うわっ⁉︎ 殺せんせー、マッハで現れないでよ‼︎」

殺せんせー「何を言ってるのですか渚君‼︎ 先生と言えばマッハ‼︎ マッハと言えば先生でしょう‼︎ 私の初登場回においてこれ以上の演出はありません‼︎」

明久「うわぁ、超気合い入ってるよ。四話もオチに使われて相当堪えてたんだな」

殺せんせー「さぁさぁ、吉井君に渚君‼︎ 今日は美味しいお茶菓子を持参したんです‼︎ 食べながらお話しましょう‼︎」

明久「本当ですか⁉︎ ありがとうございます‼︎」

渚「でも殺せんせー、なんで記念すべき初登場回でお菓子なんて持ってきたの?それだけ文字数が嵩張るよ?」

殺せんせー「おっと、渚君も何やらメタい発言を……なに、特に意味はありませんよ。ここで主人公格の二人と親しくしておけばまた呼ばれるかなぁ、とか文字数が嵩張ればより先生の出番が増えるかなぁ、なんて打算は微塵もありませんから」

渚「打算しかない⁉︎ よっぽど堪えてたんだね‼︎」

明久「ほぉんあほぉほぉあひぃひぃへふふぁふぁひふぁひょふひょ」

渚「吉井君はお菓子を詰め込みすぎ‼︎ 何を言ってるのか全然分からないよ⁉︎」

明久「(もぐもぐ)……んくっ。今回は雄二が考えた暗殺の話でしたね」

殺せんせー「えぇ、そうですね。しかしこの段階で水の弱点がバレるのは計算外でした」

渚「急に真面目になった……切り替えが早いというか何というか……」

明久「そりゃ計算外でしょうね。なんせ原作一巻に当たる時期ですから、この時点で弱点が発覚するのは漫画的に展開が早過ぎますもん」

殺せんせー「二次創作ならではの展開運びですね。原作を知っているからこその先出しというわけですか。脱皮した皮が水で溶けるというのも原作にはないですし」

渚「しかも何時になく大真面目だ⁉︎ 後書きなのに遊びが全然ないよ‼︎」

明久「前回の話の最後は“クラス全体を巻き込んだ無差別攻撃”なんて不穏な雄二の台詞で終わってましたけど……」

殺せんせー「正しくは“教室全域に対する無差別での面攻撃”でしたね。しかも使用するのは水ですから、君達自身やクラスメイトを巻き込んでも実質的な被害はない」

渚「あ、もうこのまま行くんですね……なんか調子狂うなぁ。でも殺せんせーの触手って粘液で少量の水なら防げるんじゃありませんでしたっけ?」

殺せんせー「良い着眼点ですよ、渚君。しかしその辺りの解釈はいつか本編で語られることを待ちましょう。何でも此処で話してしまうと楽しみが減ってしまいます」

明久「殺せんせー、そろそろ文字数がいい感じです。今日はここまでですね」

殺せんせー「おや、そうですか。それでは皆さん、次回のお話も楽しみに待っていて下さいね」

明久「それじゃ、バイバ〜イ‼︎」





渚「……あれ⁉︎ 今回はオチなし⁉︎」


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五月
大人の時間


雄二の暗殺(というより実験)も終わり、殺せんせーの弱点が水であることが判明した。

しかし少しの水だけじゃ大した弱体化は望めないことも分かり、現状では暗殺に水は組み込みにくいということで普通の暗殺が続いている。雄二も多くの水が使用できる効果的な暗殺を校舎内でも行えないか考え中だ。

それ以外では化学大好き奥田愛美さんの毒殺が行われたものの、それを利用した殺せんせーが細胞の活性薬を作らせてスライム化していた。しかもスピードはそのままというはぐれメタルのような性能に皆はてんやわんや。相手に毒を盛るための国語力も必要ということで、放課後の国語授業に奥田さんが偶に参加するようになった。

そして今日から五月。いつもは殺せんせーだけが入ってきて朝のHRを始めるのだが、今日はいつもと少しだけ違っていた。何やら殺せんせーは外出用のカツラを被って変装しており、烏間先生も珍しく一緒に教室へと入ってくる。そしてその二人とともに入ってきた人物がもう一人……

 

「……今日から来た外国語の臨時講師を紹介する」

 

「イリーナ・イェラビッチと申します。皆さんよろしく‼︎」

 

烏間先生に紹介された笑顔で明るい女の人は、スタイル抜群で金髪巨乳美人の外国人だった。その上で胸の谷間を強調した服装……何処のAVから出てきたのかと言われてもおかしくないと思う。

 

「…………(タラー)」

 

その証拠にムッツリーニが静かに鼻血を垂らしていた。紹介されたイリーナ先生は何故か殺せんせーにベタベタで抱きついており、押し付けられる二つのメロンがトランスフォームしているのに耐えられなかったのだろう。

 

「……そいつは若干特殊な身体付きだが、気にしないでやってくれ」

 

そんなイリーナ先生に対して烏間先生が声を掛けてるけど……流石にその注文は無理でしょう。若干どころか全身特殊、というか人間ですらない生き物の外見を気にするな、なんて……

 

「ヅラです」

 

しかも殺せんせーは変装用に着けていたカツラまで外してしまった。僕だったら相手が先生じゃなくて普通の人間だったとしても気にする。

唐突に自身がカツラであることを告白してきた相手にどう接すればいいの?笑えばいいの?

 

「構いません‼︎」

 

えぇ⁉︎ 構わないの⁉︎

凄い、これが大人の女性の包容力ってやつか……中学生の僕には分からない領域だ。

 

「本格的な外国語に触れさせたいとの学校からの意向だ。英語の半分は彼女の受け持ちということで文句はないな?」

 

「……仕方ありませんねぇ」

 

今まで体育以外は全部殺せんせーが担当していたけど、どうやら今日から英語はイリーナ先生も担当するらしい。

先生も仕方ありませんとか言ってるけど、なんだかんだで女の人に抱きつかれて嬉しいようだ。

え?なんで分かるのかって?だって先生、顔をピンク色に変えて見たこともないくらいデレデレしてるもん。超生物だなんだと言われる前に先生も男ってことだ。

 

「あぁ、見れば見るほど素敵ですわぁ。その正露丸みたいなつぶらな瞳、曖昧な関節……私、虜になってしまいそう」

 

「いやぁ、お恥ずかしい」

 

うーん、それにしても世界は広い。僕が知らないだけでそんなところがツボな女の人もいるんだなぁ。僕も全身の関節を外せば外国人とかにモテるんだろうか?とてもじゃないけど真似できそうにない。

……あれ、確か殺せんせーって国家機密の存在であるはずじゃ……?烏間先生みたいに防衛省所属とかっていう紹介もされなかったし……普通の先生がE組に赴任してきても大丈夫なんだろうか?

 

 

 

 

 

 

午前の授業が終わって昼休み。僕らは全員で校庭に出て食後のサッカー……というより逆鳥かご?をやっていた。ただし皆の片手にはいつも通り銃やナイフが握られている。

 

「へいパス‼︎ へい暗殺‼︎」

 

そして鳥かごの中心にいる殺せんせーは何本もある触手を駆使して皆からパスされるボールを操っており、同じく撃ち込まれる対先生弾や斬り込まれる対先生ナイフを器用にリフティングやパスをしながら躱していた。

中にはボールを素手で投げつけている人もいる。いや、せめてボールくらいは足でパス出そうよ。

 

「殺せんせー‼︎」

 

と、僕らが“暗殺サッカー”をやっているところにイリーナ先生の声が掛けられたので一時中断する。

なんの用かと思っていると何やら本場のベトナムコーヒーが飲みたいらしく、烏間先生から足が速いことを聞いたイリーナ先生が殺せんせーに買ってきて欲しいと頼んでいた。

足が速いってレベルではないと思うけど、どうやら殺せんせーの正体は聞かされているようだ。じゃなかったら“ちょっと焼きそばパン買ってこいよ”感覚でベトナムに行かせる鬼畜な要求はしないだろう。

 

「お安いご用です。ベトナムに良い店を知っていますから」

 

相変わらずデレデレしっぱなしの殺せんせーは二つ返事でそのお願いを引き受けると、あっという間に飛び去っていってしまった。

それと同じくして昼休み終了のチャイムが校庭に鳴り響く。

 

「……で、えーと、イリーナ……先生?授業始まるし、教室戻ります?」

 

殺せんせーを見送って立ち尽くしているイリーナ先生に磯貝君が声を掛ける。こういう時に率先して動くのは磯貝君らしいよね。

 

「授業?……あぁ、適当に自習でもしてなさい」

 

しかしイリーナ先生はこれまでの明るい雰囲気を一変させ、笑顔を消すとともに煙草を取り出して火を点けた。

大人の女性はミステリアスで裏表があるとかよく言われるけど、幾らなんでも裏表の差が激しすぎるような……

 

「それとファーストネームで気安く呼ぶのやめてくれる?あのタコの前以外では先生を演じるつもりも無いし。“イェラビッチお姉様”と呼びなさい」

 

いきなり態度をガラッと変えたイリーナ先生に皆も戸惑って話し掛けられないようで、校庭を沈黙が支配する。

 

「……で、どーすんの?ビッチ姉さん」

 

「略すなッ‼︎」

 

こういう時に率先して茶化す(動く)のはカルマ君らしいよね。言葉だけなら磯貝君と同じ評価なのに、人が変わるだけで受けるイメージが全然違う不思議。

イリーナ先生もカルマ君の呼び方に冷たい雰囲気からキレツッコミを繰り出している。

 

「あんた殺し屋なんでしょ?クラス総掛かりで殺せな「えぇ⁉︎ イリーナ先生って殺し屋だったの⁉︎」……クラス総掛かりで殺せないモンスター、ビッチ姉さん一人で殺れんの?」

 

「明久、少し黙ってろ」

 

驚愕の事実に驚いた僕の反応などまるで聞こえなかったかのようにカルマ君は話し続けた。雄二はそんな僕に対して注意してくるだけだし、他の皆もこっちに生温かい視線を送ってくるだけで驚いてはいない。

……もしかして皆気付いてたの?気付いてなかったのって僕だけ?

 

「……ガキが。大人にはね、大人の殺り方があるのよ。……潮田渚ってあんたよね?」

 

イリーナ先生も同じように僕を完全無視して皆の顔を見回すと、皆の中から渚君に目を止めて近寄っていく。

名指しされた渚君が戸惑っていることも無視して距離を詰めると、心の準備をさせる間も無く唇を重ねた。

って唇を重ねたぁ⁉︎ なんて羨まーーーけしからん‼︎ しかもディープですよディープ‼︎ 神聖な学び舎で僕もやりたーーーやるのはどうかと思います‼︎ 早く渚君と変わーーー離してあげて下さい‼︎

 

「後で教員室にいらっしゃい。あんたが調べたっていう奴の情報、聞いてみたいわ。……ま、強制的に話させる方法なんて幾らでもあるけどね」

 

イリーナ先生は脱力してされるがままになっている渚君を抱き寄せた後に離すと、この場にいる全員に聞こえるように大きな声を上げた。

 

「その他も‼︎ 有力な情報を持ってる子は話しに来なさい‼︎ 色々と良いことしてあげるわよ」

 

「…………っ‼︎(ブシャァァアアッ)」

 

「ムッツリーニッ⁉︎ いったいどんな“良いこと”を想像したのさ⁉︎」

 

「……お主ら、少しくらいシリアスに出来んのか」

 

何やら秀吉が呆れてるけど、今はそれどころじゃない。

くっ、渚君への超絶キスを目の当たりにしてより鮮明に想像を膨らませてしまったんだ‼︎ E組に来て以来、鳴りを潜めていたムッツリーニの衝動(エロ)が爆発してるじゃないか‼︎

そして僕がムッツリーニの止血を試みていると、学校の外から色々な荷物を持った体格の良い男が三人ほど入ってきた。どっからどう見てもカタギではなさそうだ。

 

「技術も人脈も全てあるのがプロ仕事よ。ガキは外野で大人しく拝んでなさい。あと、少しでも私の暗殺の邪魔をしたらーーー殺すわよ」

 

現れた男達から小銃を受け取って脅してきたイリーナ先生は、そのまま男達と殺せんせーの暗殺計画を進めていく。

反対に皆の空気は重くて嫌なものとなっており、恐らくクラスの大半がこの先生に対して嫌悪に近い感情を抱いていることが僕にも分かった。

……それにしても、金髪巨乳美人でキレツッコミの女王様エロビッチな嫌われ殺し屋先生か。いったいどれだけの属性を付ければ気が済むんだ。

 

 

 

 

 

昼休みが終わって英語の授業。イリーナ先生は自分で言っていたように授業をする気はないようで、僕らは席に座ってただ時間が過ぎていくのを待つ時間を過ごしていた。

その先生は教卓の椅子に腰掛けてタブレットを弄りながらクスクスと笑っている。何を一人で笑ってるんだろうか?

 

「なー、ビッチ姉さん。授業してくれよー」

 

いつまでも授業を開始しないイリーナ先生に前原君が催促する。あ、“ビッチ姉さん”って言われて椅子からコケた。あれなら雛壇芸人でもやっていけそうだ。

前原君の言葉を皮切りにして皆が“ビッチ姉さん”“ビッチ姉さん”と連呼しまくる。ここまで“ビッチ”が飛び交うクラスも珍しいな。

いい加減に堪え切れなくなったらしく、先生のキレツッコミが炸裂した。

 

「あー‼︎ ビッチビッチうるさいわね‼︎ まず正確な発音が違う‼︎ あんたら日本人はBとVの区別もつかないのね‼︎ 正しいVの発音を教えてあげるわ‼︎ まず歯で下唇を軽く噛む‼︎ ほら‼︎」

 

キレたものの結果として授業はしてくれるようで、イリーナ先生は僕らに発音の仕方を教えてくれるらしい。でも日本人からすると英語を発音する時に下唇を噛む意味ってよく分からないんだよね。

取り敢えず僕らは言われた通り軽く下唇を噛んだ。

 

「……そう。そのまま一時間過ごしてれば静かでいいわ」

 

まさか発音の仕方どころか発音すらさせてもらえないとは思わなかった。

これまでにない斬新な授業だなー。あまりの斬新さに皆が下唇を噛み切らないか心配だ。

結局そのまま英語の授業が開始されることはなく、下唇を噛み締めたまま授業は終わることとなった。

……皆は次の体育で身体を動かしてストレス発散ってところかな。

 

 

 

 

 

「……おいおい、マジか。二人で倉庫にしけこんでいくぜ」

 

体育の射撃訓練中、キノコ頭っぽい髪型の三村航輝君が校舎脇にある倉庫を指差しながらそう呟いた。

確かに三村君の言う通り、イリーナ先生と殺せんせーがくっつきながら倉庫に入っていく姿が見える。ま、まさかこれから倉庫でニャンニャンするつもりじゃ……本当に何処の企画モノAVですか?しかもリアル触手プレイ……意外と高く売れそうだ。

……まぁそんなわけないよね。イリーナ先生が殺し屋だって言うなら、倉庫で殺せんせーを殺す準備でもしているのだろう。

 

「……烏間先生。私達、あの()のこと好きになれません」

 

「……すまない、プロの彼女に一任しろとの国の指示でな。……だが、わずか一日で全ての準備を整える手際。殺し屋として一流なのは確かだろう」

 

片岡さんが皆を代表して烏間先生に訴え出たが、先生は目を逸らして腰に手を当て、不本意といった様子で僕らに謝ってくれた。先生は何も悪くないんだから謝らなくてもいいのに……真面目な人だなぁ。実際に今のところ上手くいってるのも事実だし。

などと思っていたら次の瞬間には倉庫の方から激しい銃声が聞こえてきた。ってこの音は……まさか実弾?……もしかしてあの人、殺せんせー相手に実弾と本物の銃を殺しの道具として選んだのか?

……はぁ、ということは暗殺失敗かぁ。通常兵器は効かないって話なのに……渚君から聞き出した情報も全然当てにしなかったのね。

一分くらい銃声が続いてただろうか。それぐらいで響き渡っていた銃声が鳴り止んだ。

 

 

 

「いやああああぁぁぁぁーーー‼︎」

 

 

 

で、銃声の代わりにイリーナ先生の悲鳴と触手のヌルヌルする音が新たに響き渡る。哀れ、イリーナ先生は殺せんせーに手入れされることになったのだった。

先生の悲鳴は徐々に小さくなっていき、ひたすらにヌルヌルする音が鳴り続ける。……ちょっとヌルヌルしすぎじゃない?

 

「めっちゃ執拗にヌルヌルされてるぞ‼︎」

 

「行ってみよう‼︎」

 

皆も鳴り続けるヌルヌルが気になったようで、ムッツリーニ以外の全員で倉庫へと駆け寄る。

え?ムッツリーニ?あいつなら鼻血出して地に伏せてるから置いていったよ。多分リアル触手プレイでも想像したんだろう。

駆け寄って倉庫の前まで来た時、ドアが開いて中から殺せんせーが出てきた。

 

「殺せんせー‼︎」

 

「おっぱいは?」

 

また随分と直球で訊いたのは岡島大河君である。流石はムッツリーニと双璧を成すオープンエロだ。僕は君のそういうところ、嫌いじゃないよ。

倉庫から出てきた殺せんせーの表情は緩んでるんだけど、それまでイリーナ先生に見せていたデレデレした表情ではなかった。

 

「いやぁ、もう少し楽しみたかったですが……皆さんとの授業の方が楽しみですから。明日の小テストは手強いですよぉ」

 

「……あはは、まぁ頑張るよ」

 

何事もなかったかのように小テストの話をする殺せんせーに、渚君も苦笑いを浮かべながら答える。

そこで倉庫から二人目の人物が姿を現した。

 

「……まさか、わずか一分であんなことをされるなんて……」

 

続いて出てきたイリーナ先生は、何故か半袖短パンの体操服に鉢巻と随分健康的でレトロな服にされていた。

というかキュッとしたウエストのくびれとパッツパツの胸元、恍惚の表情で力なく開いた口から垂れる唾液が非常に目の毒だ。

ムッツリーニが来れなかったのは正解だったかもしれない。こんなものを見せられたら下手すると出血多量で死んじゃいそうだ。

 

「肩と腰のこりを(ほぐ)されて、オイルと小顔とリンパのマッサージされて……早着替えさせられて……その上まさか、触手とヌルヌルであんなことを……」

 

(((どんなことだ⁉︎ )))

 

本当、どんなことをされたんだろう?

うつ伏せに倒れ込んだイリーナ先生を見て、渚君が若干引きながらも真相を殺せんせーに訊いていた。

 

「殺せんせー、何したの?」

 

「さぁねぇ、大人には大人の手入れってやつがありますから」

 

そう答えた先生はいつも浮かべている三日月型の口を閉じ、顔文字みたいな真顔となって話を濁す。

うわっ、真顔なんだけどめっちゃ悪そうな大人の顔だ‼︎ 更に何をしたのか気になってきたぞ‼︎

 

「さ、教室に戻りますよ」

 

完全にいつもの調子に戻った殺せんせーは、集まっている皆を引き連れて校舎内へと戻っていく。

イリーナ先生、あのままだけど放っておいて良いのかなぁ?




次話
〜プロの時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/7.html



土屋「…………“大人の時間”は楽しめたか?」

岡島「今回も後書きははっちゃけて行くぜ‼︎」

秀吉「ちょっと待つのじゃ‼︎ この二人の相手をワシが一人でするのか⁉︎」

土屋「…………何を動揺している?」

岡島「そうだぜ木下、いったいどうしたんだよ?」

秀吉「いやいやいや‼︎ 今回の内容にこの組み合わせは鬼にガトリング砲じゃろう⁉︎ 普通に真面目な話を頼むぞい‼︎」

土屋「…………分かった。では真面目にコスプレ体操服についての考察をーーー」

秀吉「そんなところを真面目にするでない‼︎」

岡島「ビッチ姉さんにブルマを使用しなかったのはやっぱり殺せんせーの趣味ーーー」

秀吉「じゃーかーらー‼︎」

土屋「…………今日は調子が悪い?」

秀吉「そうじゃな、悪くなるやもしれん……」

岡島「仕方ねぇ、少し控えるとするか。エロで苦しむ奴がいるなんてあってはならないからな」

土屋「…………自重すべき」

秀吉「お主もじゃ」

岡島「でも何について話すんだ?ビッチ姉さんの属性が今後も増えて属性過多になる未来についてか?」

秀吉「今話題にすることでもなかろう……ちと細かいが原作との違いについて話すとしようかの」

土屋「…………時間割りが変わっていたこと?」

岡島「そういや殺せんせーのテストが六時間目じゃなくて明日になってたな」

秀吉「うむ、よく考えてみよ。原作通りじゃと六時間目が殺せんせーの小テスト、五時間目が烏間先生の体育、四時間目がイェラビッチ殿の英語(自習)となるが……それではワシらは三時間目と四時間目の間に“暗殺サッカー”をしていたことになるぞ?」

土屋「…………休憩時間の十分では短すぎる」

岡島「あぁ、だから外で“暗殺サッカー”をしていてもおかしくない昼休みにズラしたのか。で、結果として殺せんせーの小テストは明日になったと」

秀吉「そういうことじゃな。では今回はここまでにしておこう」

岡島「え、もう?いつもより早くないか?」

土屋「…………(コクコク)」

秀吉「他に特筆すべきところはないからの。お主らのフリートークに付き合わされたら敵わん」

岡島「ひでーなぁ。俺達の会話なんてエロが天元突破してるだけでーーー」

秀吉「じゃからそれに着いていけんと言っとるのじゃ‼︎ ということで終わりと言ったら終わりなのじゃ‼︎」

岡島「あ、おい‼︎ ……そんな走って帰らなくてもいいだろうに」

土屋「…………じゃあ次回も楽しみにしておけ」





明久「……今回の内容って原作を僕視点で進んでるだけで、時間割り以外はほとんど変わらないんじゃーーー」

殺せんせー「吉井君、シーッ‼︎ 世の中には気づかなくていいこともあるんです‼︎」


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プロの時間

翌日の英語の時間。

昨日と同じようにイリーナ先生は教卓の椅子に腰掛けてタブレットを弄っているけど、昨日とは違って笑みなどなく苛ついた様子でタブレットを操作していた。

 

「あはぁ、必死だねビッチ姉さん。あんなことされちゃ、プライドはズタズタだろうね〜」

 

そのイリーナ先生の姿を見てカルマ君が可笑しそうに呟く。

まぁあれだけプロであることを強調しておいて、暗殺を失敗した挙句にコスプレ体操服を着せられて骨抜きにされたら誰だって屈辱的だろう。

今は新しい暗殺計画を別に練り直しているみたいだけど、冷静さを失っている今の先生にはとてもじゃないが殺せるとは思えない。

 

「雄二、イリーナ先生に殺せると思う?」

 

「んぁ?んなもん無理に決まってんだろ」

 

机に顔を伏せて寝る姿勢を取っていた雄二の考えも聞いてみようと話し掛けると、雄二は全身からダルいオーラを発しながらそう評価した。

眠気で声を抑える気もなく言ったため、雄二の声は静かな教室によく響く。イリーナ先生にも聞こえたようでタブレットを操作していた指がピタリと止まった。

そんな先生の様子は全く目に入っていないようで、雄二は声の調子を変えずに言葉を続ける。

 

「わざわざ渚の奴から情報を聞き出しておいてそれを全く活用しない、対人暗殺のセオリーに嵌ってる殺し屋が超生物を殺せるわけねぇ」

 

「うるさいわね‼︎ 黙って自習でもしてなさい‼︎」

 

「へーい」

 

怒鳴り散らしたイリーナ先生のことなど何処吹く風で、適当に返事を返した雄二は再び机に突っ伏して眠りについた。 当然ながら雄二に自習する気は微塵も感じられない。まぁそれは雄二に限らず僕もそうなんだけど。

 

「先生」

 

再びタブレットを弄りだしたイリーナ先生に、最前列に座っている磯貝君が声を掛けた。

今度は普通に声を掛けられただけであるため、先生は怒鳴り散らすことなく訝しみながらも普通に対応する。

 

「……何よ」

 

「授業してくれないなら殺せんせーと交代してくれませんか?一応俺ら、今年受験なんで……」

 

椚ヶ丘学園は中高一貫教育で中等部から高等部への内部進学が許可されているけど、その制度は三年E組の生徒には適応されないのだ。

僕らは本校舎の生徒達とは違って受験に向けての勉強もしなければならない。自習しかしないならば殺せんせーと交代してほしいというのも当然の要求だろう。

しかしそれを聞いたイリーナ先生は教卓にタブレットを放り捨てて嘲笑を浮かべた。

 

「はん‼︎ あの凶悪生物に教わりたいの?地球の危機に受験なんて……ガキは平和でいいわね〜」

 

確かにそう言われたらその通りなんだけど、僕らとしては地球の危機が去った後のことも考えなければならないわけで……

 

「それにあんた達って落ちこぼれだそうじゃない。勉強なんて今更しても意味ないでしょ」

 

おぉっとぉ‼︎ なんだか教室全体が一瞬で殺気立ちましたよぉ?イリーナ先生、見事にE組の地雷を踏み抜いたなぁ。

それでも喧嘩腰で喋り続けている先生はクラスの変化に気づいていないようで、

 

「そうだ‼︎ じゃあこうしましょ。私が暗殺に成功したら五百万円ずつ分けてあげる‼︎ 無駄な勉強するよりずっと有益ーーー」

 

ビシッ、と何処からか消しゴムが飛んできて黒板に跳ね返った。それによってそれまで饒舌に喋っていたイリーナ先生の言葉が途切れる。

っていうか百億のうちの五百万って少ないな。えーと、E組(うち)は三十人だから……全員の金額を合わせても十五億か。一人で八十五億って先生欲張り過ぎでしょ。

 

※ 五百万 × 三十人 = 一億五千万(暗算ミス)

 

「……出てけよ」

 

誰かがボソッと呟いたことで先生も皆の変化に気づいたようだけど……もう手遅れみたいだ。

 

「出てけクソビッチ‼︎」

 

「殺せんせーと代わってよ‼︎」

 

「なっ、何よあんた達その態度っ‼︎ 殺すわよ⁉︎」

 

「上等だよ殺ってみろコラァ‼︎」

 

「返り討ちしてやんよっ‼︎」

 

ワーワーギャーギャーと、皆の嵐のような怒号にイリーナ先生も怯みまくっていた。“殺す”という言葉にも昨日のような威圧感などなく、売り言葉に買い言葉で更に皆をヒートアップさせるだけである。

 

「そーだそーだ‼︎ 巨乳なんていらない‼︎」

 

なんか私怨塗れの抗議も渚君の左隣りから怒号に混じって聞こえてきたけど、皆と一緒に怒っていることには変わらないから気にしないでおこう。

で、廊下の窓際で学級崩壊並みの抗議を眺めていたから気づいたけど、窓の外に頭を押さえて悩ましそうにしている烏間先生の姿があった。

烏間先生も苦労が絶えませんね。まともな同僚がいない中、いつもご苦労様です。

 

 

 

 

 

 

〜side イリーナ〜

 

クラスのガキ共から暴動レベルのブーイングを受けた後、あのタコやガキ共の在り方を烏間に見せられて言われたことを思い出す。

 

暗殺対象(ターゲット)と教師。暗殺者(アサシン)と生徒。あの怪物のせいで生まれたこの奇妙な教室では、誰もが二つの立場を両立している。暗殺者と教師を両立できないというなら、お前は此処ではプロとして最も劣るということだ。……暗殺を続けたいのならば彼らに謝ってこい。生徒を見下した目で見ず対等に接しろ》

 

私はプロの殺し屋。しかし地球の危機とはいえ殺し屋を学校で雇うのは問題だから、表向きは教師の仕事もするように言われていたけど……当然ながら先生なんて経験したことはない。

でも授業なんてやる間も無く終わらせるつもりだったから、深く考えずにその条件を了承した。だから磯貝が言っていたような受験に必要な勉強なんて私は全く知らない。

暗殺を続けるためにはどうしたらいいのか、校舎脇で立ち尽くしたまま烏間に言われたことを噛み締めて考える。

 

「ーーーそんなところで何をしておるのじゃ?イェラビッチ殿」

 

そんな私に声を掛けてきたのは、初見では男か女か判別しにくい翁言葉を使う男子ーーー木下秀吉だった。

 

「……木下、あんたこそこんなところに何の用よ?一人なんて珍しいんじゃない?」

 

「少し教員室に用があっての。誰もおらんかったから帰ろうとしたんじゃが、何やら消沈しておるような姿を見掛けたので気になり声を掛けただけじゃ」

 

「烏間ならもう教員室にいると思うわよ」

 

「うむ、先程すれ違ったのでもう用は済んでおる」

 

暗に“帰れ”という意味を込めて突き放すように言ったのだけど、木下は気づいていないのか気づいて無視しているのかそのまま近くまで歩いてくる。

っていうか至近距離で見てもやっぱり男には見えないわね。ハニートラップで暗殺をしてきた仕事柄、世界中の男や女を見てきたけど……その辺の下手な女子よりも普通に可愛いんじゃないの?

 

「……今、何か不名誉な評価を下さんかったか?」

 

「気のせいでしょ」

 

「むぅ……そうじゃろうか」

 

こういうところで勘が鋭いのも女の特徴だと思うけど……面倒だから黙っておきましょ。

 

「……それにしても、やはりイェラビッチ殿はプロじゃの」

 

何の脈絡もなく言われた木下の感心するような言葉に、私は自分でも驚くくらいネガティヴな感情しか湧いてこなかった。

昨日までのーーー烏間に説教じみたことを言われる前までの私なら、プロであることを指摘されて優越感に浸ることはあっても気分が落ち込むなんてことは絶対になかったでしょうね。

私は自分から湧き出た感情を誤魔化すように木下を睨みつける。

 

「……嫌味のつもりかしら?」

 

「そんなことは言わん。潜入するために生徒の名前や行動など、最低限の事前情報はしっかりと記憶しておるようなので素直に感心しておった」

 

そんな私の子供みたいな反応など気にした様子もなく、本当に邪気の欠片も感じられない木下の言葉に呆気に取られてしまった。

暗殺で潜入する際、潜入する環境について下調べをするのは当然のことだ。特にハニートラップを仕掛けるためには、暗殺対象だけでなく周囲の人物が重要になってくることも多い。何故なら相手次第では周囲の人物に疑われたり嫌われたりするだけで、それが暗殺対象に伝わって警戒されることもあるのだから。

だからこそあのタコについて詳しいっていう潮田渚のことも知っていたし、目の前の男子が木下秀吉であるということも四人グループで一緒にいることが多いということも知っていた。他の生徒についても簡単なE組内での情報であれば調べてある。まぁ今回は速攻で決着(ケリ)をつけるつもりだったからガキ共の前では取り繕わなかったけど。

木下は更に続けて昨日の暗殺についても言及してくる。

 

「確かに雄二の言う通りなのではあろうが、対人暗殺を想定した行動として考えればハニートラップからの暗殺は見事な流れだったのではないかの?個人的には演技がやや過剰ではないかと思ったくらいじゃな」

 

そう、坂本の言っていたことは不本意ながら客観的に見て正しい。暗殺を失敗した私に対してあのタコからも“暗殺の常識に捕らわれすぎ”との指摘を受けていた。

相手は月をも破壊する超生物。常識外の怪物に対して常識に照らし合わせた暗殺方法が通じるわけがなかったのだ。

しかし自分の非を認めたところで、教室で盛大にやらかしてしまった私が戻りづらいというのもまた事実なわけで、

 

「……あんたは私のこと嫌ってないの?」

 

目の前で普通に接してくる木下に、私のことをどう思っているのか訊いてみたくなるのは仕方ないことなのよ。

 

「む?なんじゃ、そのようなことを気にしておったのか?残念ながら“殺し屋”としてのお主しか知らんので好き嫌いなど判断できん。今朝の嘲笑的な態度も苛ついていた故のものじゃろうと思っとる」

 

「……それは好意的な解釈をどーも」

 

確かにあのタコの前では“惚れている先生”を演じていたし、それ以外では“殺し屋”として動いていたけれど……これまでの私の態度から考えたら好き嫌いで言えば普通は嫌いになると思うのよね。

どうも木下の他人に対する評価というか感じ方というか、多感な時期の年頃にしては客観的で感情的に反論する余地がないわ。だからこそ嘘は言っていないってことが分かる。

 

「しかしワシらがお主の事を知らんように、お主もワシらの事は情報でしか知らんじゃろう?もしまだE組に残るつもりでいるならば、少しくらい歩み寄ってみるのもいいのではないかの?」

 

“ではワシはそろそろ失礼する。お節介かもしれんとは思うが、授業をするならば赴任時に言われておった本場の外国語を教えてくれると有難い”

そう言って立ち去っていく木下の後ろ姿を見送り、完全に姿が見えなくなったところで私は大きく息を吐いた。

 

「……はぁ、これじゃどっちが大人か分かったもんじゃないわね。中学生にしては達観しすぎでしょ」

 

さっきまでプライドが邪魔して失敗を認めたくなかったけど、大人としてこのまま逃げ帰るわけにはいかない。

ここまで言われて謝ることもせず暗殺を失敗したまま帰ったら、私は自分すら律することができずに癇癪を起こしただけの子供だわ。というかそんなことしたら師匠(センセイ)に殺される。深く考えるまでもなくそっちの方がヤバかったわ。

……中学生に諭されたようで少し癪だけれど、私も今回の暗殺場(仕事場)に合わせて態度を改める必要があるみたいね。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

昼休みが終わる頃、残り少ない休み時間を教室で駄弁っていた時にガララッと大きな音を立ててドアが開かれた。

その音で皆が会話を中断してドアの方へと目を向けると、毅然とした様子で教室に入ってくるイリーナ先生の姿があった。朝の学級崩壊並みの抗議はそれとして、もうすぐ授業の開始時間でもあることだし皆も一応自分の席に戻る。

先生はこれまで教室に持ち込んでいたタブレットなどを手に持っておらず、教卓の椅子にも座らず教壇に立ったかと思うとチョークを手に持って黒板に英文を書き始めた。

 

You're(ユア) incredible(インクレディブル) in(イン) bed(ベッド) ‼︎ 言って(リピート)‼︎」

 

今朝までとは全く違うイリーナ先生の態度にクラス全員が呆然としていると、先生が復唱するように促してきたので戸惑いながら皆も書かれた英文を復唱する。

 

「アメリカでとあるVIPを暗殺した時、まずはそいつのボディガードに色仕掛けで接近したわ。その時に彼が言った言葉よ。意味は“ベッドでの君は凄いよ……♡”」

 

この先生、中学生になんて文章を読ませてるのさ⁉︎

しかし今回は自習ではなく本当に授業をしてくれるようで、イリーナ先生の話は続く。

 

「外国語を短い時間で習得するには、その国の恋人を作るのが手っ取り早いと言われているわ。相手の気持ちをよく知りたいから、必死で言葉を理解しようとするのよね」

 

あ、それは何となく分かる気がする。外国人に限らず、誰かと仲良くしようと思ったらまずは相手のことを知らないと駄目だもんね。

 

「だから私の授業では外人の口説き方を教えてあげる。受験に必要な勉強なんてあのタコに教わりなさい。私が教えられるのは実践的な会話術だけ」

 

そこまで毅然として言い切ったイリーナ先生の目線が少し泳ぎ、両手を身体の前で合わせてモジモジとしながら今度は小さい声で、

 

「……もしそれでもあんた達が私を先生と思えなかったら、その時は暗殺を諦めて大人しくE組(此処)から出ていくわ。……そ、それなら文句ないでしょ?……あと、悪かったわよ。色々と」

 

僕らの反応を窺うようにして弱々しく謝ってきたイリーナ先生に、皆はまたしても呆然としていた。もちろん僕も皆と同じ反応だ。

判決を待っている被告人のように縮こまっている先生を見て、それぞれ近くの席の人と顔を見合わせている。

 

「何ビクビクしてんだよ。さっきまで殺すとか言ってたくせに」

 

そんなイリーナ先生を皆は笑顔で受け入れた。

クラスから笑い声が上がった瞬間に先生はビクッて身体を震わせていたし、余程緊張して話していたんだろうことが分かる。

その反応を見てまたクラスに笑い声が上がった。

 

「なんか普通の先生になっちゃったな」

 

「もう“ビッチ姉さん”なんて呼べないね」

 

前原君と岡野さんの会話を聞き、イリーナ先生が態度を改めてきたことで皆も意識が変わったようだ。これまでの先生に対する呼び方を振り返り、反省している様子が色々なところで見て取れる。

イリーナ先生も皆が受け入れてくれたことに感動しているようで、緊張が解けて安堵したような表情とともに涙を流していた。

 

「考えてみりゃ、先生に向かって失礼な呼び方だったよね」

 

「うん、呼び方変えないとね」

 

 

 

「「「じゃ、ビッチ先生で」」」

 

 

 

あ、先生の涙が一瞬にして枯れ果てた。

 

「えっ……と。ねぇ、君達。せっかくだからビッチから離れてみない?気安くファーストネームでも構わないのよ?」

 

顔を引き攣らせながらも笑顔を浮かべて呼び名変更を求めるイリーナ先生。昨日はファーストネームで呼ぶなって言っていたのに……

それでも皆は呼び方を変える気はないらしく、

 

「でもなぁ、もうすっかりビッチで固定されちゃったし」

 

「うん、イリーナ先生よりもビッチ先生の方がしっくりくるよ」

 

「そんなわけでよろしく、ビッチ先生」

 

二人の会話から始まり決定した呼び方で、イリーナ先生に向けて皆が“ビッチ先生”と連呼しまくる。仲直りしたところで皆が先生を“ビッチ”呼ばわりすることに変わりはないのね。

 

「キーッ‼︎ やっぱり嫌いよ、あんた達‼︎」

 

ワーワーギャーギャーと、デジャブのように教室内が騒がしくなる。イリーナ先生がキレているところも同じだけど、今朝みたいに皆から怒号が飛び交ったりすることはなかった。

クラスの状況を見ていた雄二が不可解といった様子で呟く。

 

「あの高慢女が、いったいどうなってんだ?」

 

「さぁ?何か心境の変化でもあったんじゃない?」

 

僕らの知らないところで烏間先生に説教でもされたのだろうか?教育のことで言えば殺せんせーの可能性もあるけど、今朝のイリーナ先生の様子じゃ暗殺対象に何かを言われて変わるとは思えないし。

 

「そうじゃのう……心境が変わった理由は分からんが、少なくとも今の()()()()()()は嫌いではないぞい」

 

雄二の後ろからそんな秀吉の評価が聞こえてくる。

確かにイリーナ先生が怒鳴り散らしていても嫌な空気は漂っていないし、笑いに溢れている今の教室を見れば僕も秀吉と同じ意見かな。

こうしてイリーナ先生とも和解し、本当の意味でE組の先生がまた一人増えたのだった。




次話
〜集会の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/8.html



磯貝「これで“プロの時間”は終わりだ。皆、楽しんでくれたか?」

片岡「後書きでは今回の話を振り返ったりして話を進めていくわよ」

明久「うん、後書きを始めるのはいいんだけど……磯貝君、片岡さん」

磯貝・片岡「「何だ?/何かしら?」」

明久「どうして僕はダブル委員長に挟まれながら、小学校高学年レベルの計算問題をさせられているのかな?」

磯貝「そりゃあ、暗算とはいえあのレベルの計算を間違われたら同級生として心配になるだろ?」

明久「あ、あれは違うよ‼︎ 暗算だから間違えただけで、問題として出てきたらきちんと解けるーーー」

片岡「はいはい、それを証明するためにも計算問題を解いてね。後書きはこっちで進めておくから」

明久「うぅ、了解しました……」

磯貝「それにしてもビッチ先生、客観的に見たら本当に午前と午後で態度が激変してるよな」

片岡「確かにね。まぁ烏間先生に言われたっていうのは原作通りだけど、そこで木下君からもあんな風に言われたら誰だって態度を改めるでしょ」

磯貝「良い点と悪い点を指摘して、悩んでいる所にアドバイスを入れる。ビッチ先生のことを嫌ってたあの時の俺達には出来ないことだよな」

片岡「えぇ、ああいうところは木下君を見習わないとって私も思ったわ」

明久「……はい、出来たよ」

片岡「あら、思っていたよりも早いのね。ちょっと待ってて、チェックするから。……うん。少しのケアレスミスはあるけど、概ね正解よ」

明久「ね?だから言ったでしょ。流石に僕だって小学校レベルの四則演算くらい問題で出てきたら解けるから」

磯貝・片岡((四則演算なんて言い方を知っていたのか、という反応は控えておこう/おきましょう))

磯貝「これなら単純な計算問題は心配する必要ないか」

片岡「そうね。じゃあ√計算とかは分かる?今度の中間テストにも出てくると思うけど……」

明久「それくらい分かるさ。スタートからゴールまでの道が何本あるか考えればいいんでしょ?」

磯貝「……あぁ、順路(ルート)と√を勘違いしてるんだな」

片岡「順路問題も確かに計算だけど、その勘違いが出てくるのはちょっと問題ね……√を意識してないってことだし」

吉井「え?何々?なんか違った?」

磯貝「……取り敢えず今から殺せんせーのところに行ってみるか?」

片岡「……そうしましょうか。それじゃあ今回の後書きはここまで‼︎ 次回も楽しみにしててくれると嬉しいわ‼︎」

明久「え、僕全然喋ってない……あ、ちょっと待って。僕の両脇を抱えていったい何処に連れていくつもりーーー」





殺せんせー「ヌルフフフフ、皆さんに合わせて開催している“放課後ヌルヌル強化学習”……盛況みたいで先生も嬉しいですよ。ねぇ、土屋君?」

土屋「…………そうだ。俺は勉強をしに来ただけであって、決して“ヌルヌル”という言葉に惹かれたわけじゃない」


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集会の時間

〜side 渚〜

 

月に一度の全校集会。僕らE組にとっては気が重くなるイベントだ。

普段は本校舎への立ち入りを禁止されてる僕らだけど、これがある日は山を降りてE組のある隔離校舎から本校舎へと移動しなければならない。……全校集会が五時間目にあるから昼休みを返上して。

しかも本校舎の生徒達よりも早く着いて整列しておかなければならないという制約付きだ。もしこの制約を破ろうものなら……

 

「急げ。遅れたらまたどんな嫌がらせされるか分からないぞ」

 

「前は本校舎の花壇掃除だったっけ」

 

「アレはキツかった。花壇が広すぎるんだよ」

 

……聞こえてきた辟易とするような会話から察せられるように、校則違反ということで普通だったら業者に頼むようなレベルの雑用が与えられることとなる。

でもこの制約についてはまだ早く行けばいいだけだから、昼休みをゆっくり出来ないことに多少の不満はあっても何とかなるレベルだ。これ以外にも全校集会で気が重くなる理由はある。

 

「こういう本校舎に行かなきゃならねぇ行事はマジで面倒くせぇな」

 

「終わったらまた山を登らないといけないもんね」

 

「苦言を呈してもこの道程は楽にはならんぞ。無駄に気が滅入るだけじゃ」

 

「…………(コクコク)」

 

坂本君と吉井君が零している愚痴もその理由の一つだ。隔離校舎が山の中腹にあるため僕らは登下校で毎日山を登り下りしてるけど、学校行事で本校舎へと行く必要がある場合は一日に二回も山を登り下りしなければならない。

まぁそんな中でもカルマ君は一人だけ全校集会をサボってるから、今頃は隔離校舎で悠々自適に過ごしてるだろうけど。本人はサボって罰食らっても痛くも痒くもないって言ってたし、成績良くて素行不良ってこういう時には羨ましく思うよ。

でも言い方は悪いけど愚痴を零している坂本君や吉井君も素行不良の噂はよく聞く。実際にそういったきらいが少しはあると思うし、そういう噂が立つ程度には色々とやってきたのだろう。

そこで僕は思ったことを訊いてみることにした。

 

「坂本君達だったらカルマ君と一緒にサボることも少しは考えたんじゃないの?」

 

「あ、それは俺も何となく思ったわ。お前らって結構仲良いみたいだし、集会に出ても面倒で憂鬱になるだけだろ?」

 

どうやら杉野も同じことを思っていたようだ。僕の言葉に続けて坂本君達に疑問を投げ掛けていた。

少しだけカルマ君から聞いたことがあるけど、二人とはちょっとした喧嘩の最中に知り合ったらしい。それから何だかんだで意気投合してからの付き合いだと聞いている。

 

「まぁ別にサボってもよかったんだが……こういうのは最初に黙らしといた方が色々と後で楽だろ?」

 

僕らの疑問に対してなんだか物凄く物騒な言葉が返ってきたな。

何をするつもりなのか不安に駆られながらも坂本君の話の続きを聞くことにする。

 

「お前らがどう思ってるかは知らんが、俺個人としては椚ヶ丘学園の校則は過剰なだけで間違ってるとは思ってねぇ」

 

「え、そうなんだ。そんな風には全然見えなかったけど……」

 

僕らの会話を聞いていた茅野が意外といった感じでそう呟いていた。

正直に言えば言葉に出さなかっただけで僕もそう思っていた。それならどうして素行不良の噂が出るような行動をしていたのか……いや、詮索するのは止めておこう。色々と知られたくない事情があるのかもしれないし。

 

「学校ってのは言っちまえば社会の縮図だ。社会に出たら優れた奴から出世して劣った奴からリストラされていく。で、リストラされる下の人間は出世した上の人間が決める。成績不振・素行不良の生徒が先生()の判断でE組に送られる理屈と一緒だろ」

 

「まぁ確かにそう言われると、椚ヶ丘(うち)の校則って社会に出る前の予行演習をしてるようなもんだよな。悪意の割合がやたら多いけどよ」

 

坂本君の説明に杉野も同意する。認めたくはないけど、多くの生徒を育てるために少ない生徒を切り捨てるのは合理的だ。生徒達は切り捨てられないように努力するし、そうやって競争社会を生き抜くための力を身に付けさせるのだろう。

社会の仕組みと照らし合わせても間違ってるとは言えない。間違っているのは格差を意図的に助長している学校側の悪意くらいだ。

 

「本校舎の生徒(奴ら)が蹴落としたE組(俺達)を嘲笑うのは当然の結果だ。そういう風に校則で誘導してるし、何よりまだ成熟してない精神状態で上に立って下を見下ろす快感を味わっちまってんだからな。……が、俺は無意味に降り掛かる火の粉を放置しておくほど事勿れ主義じゃねぇんだよ」

 

自分の考えを言い終えた坂本君の表情は、愚痴を零していた時の面倒そうな表情から一転して獰猛な笑みに変わっていた。

坂本君がこういう表情をする時は、良くも悪くも何かをやらかす時だ。殺せんせーの弱点を検証するために教室を僕ら諸共水塗れにし、その結果に確信を得た時にも同じような表情をしていたと思う。

その時の暗殺と同じようにやらかす内容まで語るつもりはないようだ。話し終えて前を行く坂本君の背中を眺めながら、僕らも引き続き山を下りていくことにする。

 

 

 

 

 

 

本校舎に移動してきた僕らは、山下りの後の休憩もそこそこに体育館で整列していた。はっきり言ってこの整列している時がE組にとって最も気が重くなる時間だと思う。

 

「渚く〜ん、お疲れ〜」

 

「山の上から本校舎(こっち)に来るの大変でしょ〜」

 

体育館で整列している僕らに本校舎の生徒が話し掛けてくる。もちろんその労いを言葉通りに受け取れるわけがなく、嘲笑するためにわざわざ話し掛けていることは明白だった。話し掛けてきた生徒は嗤い声を上げながら去っていったし、今も彼方此方(あちこち)からE組を差別する声が聞こえてくる。

そう、誰よりも早く着いて整列しておかなければならないということは、必然的に本校舎にいる全ての人の視界にE組が入るということだ。E組の差別待遇は此処でも同じ。僕らはそれに長々と耐えなければならない。

 

「おう吉井。どうだ?隔離校舎は快適か?」

 

「う〜ん、聞いてた程じゃないかなぁ。本校舎にいた頃だって備えられてる施設なんて使ってなかったし、生活は大して変わらないよ」

 

「……フンッ、そうかよ。そりゃ良かったな」

 

……あぁやって平然と出来たらどれだけ楽だろうかと思うけど、それが出来たらここまで気が重くはならないだろう。

そうこうしているうちに生徒が集まってきて全校集会が始まった。でも全校集会が始まったからって耐え続けた差別待遇が終わるわけではなく、

 

「ーーー要するに、君達は全国から選りすぐられたエリートです。この校長が保証します。……が、慢心は大敵です。油断してるとどうしようもない誰かさん達みたいになっちゃいますよ」

 

今度は学校ぐるみでの差別が始まるだけだ。E組を見ながらの校長先生の言葉で体育館に集まったほとんどの生徒から嗤い声が上がる。

 

「アハハハハハハハッ‼︎」

 

……そして何故か後ろの方からも聞き慣れた級友の笑い声が上がっていた。

しかも列の真ん中あたりにいる僕でも誰か判別できるくらいの声量で、体育館に集まった生徒の嗤い声を食いかねない勢いで笑い声を上げている。

 

「吉井、なんでオメェが笑ってんだよ‼︎」

 

そして盛大に笑い声を上げている僕らの級友ーーー吉井君に対して詰め寄るような吉田君の声も聞こえてきた。

何故かE組が笑い声を上げているという状況に、嗤っていた生徒達も訝しんでいる様子で嗤い声を抑えてザワザワとし出している。

 

「いや、雄二が校長のE組いじりが始まったら取り敢えず大声で笑っとけって……」

 

「はぁ?坂本が……?」

 

嗤い声が小さくなって微かに聞こえてきた二人の会話に、恐らくその会話を聞いていた全員が改めて訝しんだことだろう。

いったいどういうつもりなのか、僕の目の前に並んでいる坂本君に訊こうとしたところで、

 

「明久、全校集会中だぞ‼︎ 静かにしろ‼︎」

 

坂本君が最後尾付近の吉井君を異様に大きな声で窘めた。その叱責によって騒ついていた体育館が静寂に包まれる。

そして静まり返った体育館の様子を見た坂本君は、壇上に立つ校長先生に向けて謝罪の言葉を発する。

 

「校長、話の腰を折ってしまってすみません。アイツはE組の中でも最底辺の馬鹿なもんで、成績だけが優秀で人間的に劣っていることを自覚せずに嗤っているエリートを見て堪え切れなかっただけなんです。許してやって下さい」

 

とても許しを請うている人間の台詞とは思えなかった。体育館中の敵意が坂本君と吉井君に向けられているのが分かる。それはそうと吉井君を落として言う必要はあったんだろうか?

そんな慇懃無礼な坂本君の謝罪を受けて、校長先生は表情を厳しくしている。それはそうだよね。

 

「おい君、E組がどういうつもりーーー」

 

「特別強化クラスに関する校則。成績不振や素行不良により特別強化クラス(以下三年E組)に編入された生徒はーーー」

 

そんな校長先生の言葉を遮った坂本君は、入学時に説明されたE組に関する校則を大きな声で(そら)んじ始めた。

言葉を詰まらせる様子もなく校則を言い続ける坂本君の声を、生徒や教師を問わず全員が呆然と聞き続けるしかない。っていうか校則なんてよく覚えてるなぁ。

 

「ーーー以上が三年E組に関する校則だと記憶しています。E組を冷遇・差別するという校則ですので生徒間の格差から生じる問題が黙認されるのは承知の上ですが、それを教員側が率先して行うという旨は一切書かれていません。もし仮にそのような事実があった場合、虐めを助長するような教員の言動は教育委員会の視点から見て問題になるのではないかと愚考致しました。そこのところ、校長としてはどのようにお考えでしょうか?」

 

校長先生に口を挟ませることなく言い切った坂本君は、ポケットから掌大の黒い長方形の物体を取り出して壇上からも見えるように軽く持ち上げる。

 

「な、なんだね?それは……」

 

「あぁいえ、ただのボイレコです。今取り出したことに他意はないので気にしないで下さい」

 

絶対に他意しかないと思うけど、それを聞いた校長先生の表情が一瞬にして強張ったのが分かった。全校集会の内容を録音されていた場合、坂本君の言ったことが現実味を帯びて責任問題に繋がりかねないからだろう。

ただ、手元を見た限りでは坂本君が持ってるのはボイスレコーダーじゃないと思うんだよね。でもそれを坂本君は掌で握り込むようにして持ってるから、そう言われたら遠目にはボイスレコーダーとして映るかもしれない。

 

「それで、私の疑問に対するご返答を頂いてもよろしいでしょうか?松村茂雄校長先生」

 

そして校長先生がそれをボイスレコーダーとして認識しているのなら、この瞬間に個人名を録音されたと勘違いするのではないだろうか?

話している人物を明確にした上での質疑応答。恐らく校長先生は内心冷や汗ものだろう。ここで差別的な発言をしようものならそれも録音されてしまうと考えるはずだ。

 

「……そ、そうですね。たとえ校則でE組の冷遇や差別が決められていたとしても、それで生徒達の虐めを助長するような態度を教職員の方々が取るということはあり得ませんよ。も、もちろんそのような事実は確認されていませんが」

 

「そうですか、やはり教職に携わる者としては当然のお考えですよね。今後もそのお考えに反せず不祥事が起こらないことを祈願しております。お時間を取らせてしまい申し訳ありません。ご回答ありがとうございました」

 

結果、校長先生の回答は言葉を選んだ無難なものとなっていた。その後も坂本君を気にしてか、いつもより歯切れが悪いように思う。

そのまま最後まで話し終えた校長先生は舞台袖へと捌けていき、生徒会が舞台上で次の準備をしている間に僕は坂本君と話をする。

 

「……今のが坂本君の言ってた黙らせる方法?」

 

「あぁ、校長がE組いじりをするのは集会の定番だからな。事前に策を打っとくのは簡単だったぜ。これで今後、教員連中が率先してE組いじりをすることはねぇだろ。まぁ見えねぇ裏側や生徒連中は今のところどうしようもないが」

 

道中で坂本君が言っていた“無意味に降り掛かる火の粉”っていうのは、どうやら本校舎の先生達によるE組いじりのことだったようだ。

さっきの弁論にも校則で決められている差別待遇については文句を言ってなかったし、本当に今の校則自体を否定する気はないらしい。

 

「……で、さっきの黒いのは何なの?少なくともボイスレコーダーじゃなさそうだけど」

 

「あぁ、あれのことか?あれにはボイル焼きしたレンコンが入ってる。それを略して“ボイレコ”って呼んだだけだ。それを何かと勘違いしちまったってんなら、それはもうあっちの問題だろ」

 

無駄に芸が細かいっ‼︎

そんな携帯食を持ってることなんて校則違反にはならないし、“ボイレコ”を“ボイスレコーダー”の略だとは確かに一言も言ってない。坂本君に誘導されていたとはいえ、校長先生が勝手にそう思い込んでいるだけだろう。

これまで素行不良の噂があるだけで罰則を食らったことがないだけはある。自己擁護の口実作りは流石の一言だと思った。

 

「ボイスレコーダーなんて俺は持ってきてない。少なくとも罰則を受けるようなヘマはしねぇよ」

 

そうして僕らが話している時に、体育館のドアが開いて烏間先生とビッチ先生が入ってきた。

烏間先生には女子や女の先生の視線が、ビッチ先生には男子や男の先生の視線が多く突き刺さる。二人とも、異性同性を問わず視線を引きつける容姿をしてるもんね。

ビッチ先生は壁に寄り掛かり、烏間先生は表向きE組の担任であるためそのまま本校舎の先生達に挨拶をして回っている。

と、烏間先生が校長先生の元に行ったところで何か話し掛けられていた。内容までは聞き取れなかったけど、話を聞き終えた烏間先生は踵を返して僕らの方へと歩いてくる。

 

「坂本君、校長から君が違反物を持っているから回収してくれと指示された。何かは知らないが渡してくれるか?」

 

あぁ、やっぱり校長先生は“ボイレコ”を“ボイスレコーダー”の略だと勘違いしていたらしい。担任である烏間先生を使って回収を試みたようだ。

 

「……ホント、保身に走る(やから)は行動が読みやすくて助かるぜ。校長が言ってんのはこれだ。お目当ての物とは違うだろうがな」

 

坂本君は悪そうな笑みを浮かべながら、ポケットから“ボイレコ”を取り出して烏間先生に手渡す。

 

「これが違反物かどうかは烏間先生に判断してもらうとして、校長に言付けを頼んでもいいか?“お目当ての物は今日は持ってきてない。過去に録ったやつもあるが、校則に反しない限りは何もしないから安心しろ”ってよ」

 

「……?あぁ、よく分からないが伝えておこう」

 

坂本君から違反物(暫定)を受け取って中身を確認した烏間先生は、首を傾げながら校長先生の方へと戻っていく。違反物だって言われて渡された物が、パッと見でアルミホイルの塊が入った容れ物だったら誰だって同じ反応をするだろう。

そこで僕は坂本君の口から新しく出てきた情報について訊いてみることにした。

 

「……過去に録ったやつってのは?」

 

「そんなもん、あるわけねぇだろ」

 

「……坂本君って奸計を巡らせるのが病的に上手いよね」

 

「失礼な、知略に富んでいると言え。物証がある可能性をチラつかせるだけで相手は迂闊に動けなくなんだろ。これで脅迫はより完璧だ」

 

とうとう脅迫って言っちゃったよ。今までそれとなく(ぼか)してたのに。

そうやって話しているうちに生徒会の準備が終わったようだ。壇上に放送部の生徒が立ち、各クラスにプリントが配布されていく。

 

「……はいっ、今皆さんに配ったプリントが生徒会行事の詳細です」

 

「え?」

 

誰が呟いたかは分からないけど、多分E組の皆が同じことを思っただろう。何故ならプリントを配ったって言っておきながら、そのプリントがE組には配られていないのだから。

 

「……すいません。E組の分がまだなんですが」

 

磯貝君が手を挙げてそのことを主張するが、壇上の生徒はわざとらしく頭を掻くだけで行動しようとはしない。

 

「え、あれ?おかしーな……ごめんなさーい。E組の分忘れたみたい。すいませんけど全部記憶して帰って下さーい。ほら、E組の人は記憶力も鍛えた方が良いと思うし」

 

その言葉で鳴りを潜めていた生徒達の嗤い声が再び体育館を占領した。

……はぁ、今度は生徒からのE組いじりか。坂本君も生徒間の差別問題はどうしようもないって言ってたし、ボイスレコーダーが無いと判明したことで遠慮なく嘲笑しようってことだろう。

伸し掛かるような悪意に堪えるしかない。E組の皆がそう考えて肩身の狭い思いで俯いていると、

 

「ハハハハハハハハっ‼︎」

 

またもや本校舎の生徒の嗤い声を覆すような声量の笑い声が響き渡った。今度は後ろにいる吉井君ではなく、前にいる坂本君が笑い声を上げている。

先程と同じような展開に生徒達の嗤い声が鎮まっていった。校長先生を言い包めた坂本君を生徒達も警戒しているのだろう。

心底可笑しいといった様子で笑い続けた坂本君だったが、体育館の騒つきが収まってきたところで口を開く。

 

「あぁ、何度も中断させて悪いな。全国から選りすぐられた校長も保証するエリート様が、数人分ならともかくクラス一つ分の印刷を忘れるなんて傑作でよ。こりゃあE組(俺達)だけじゃなくて本校舎の生徒も記憶力を鍛えた方が良いんじゃねぇか?」

 

……ホント、坂本君っていい性格してると思うよ。今の僕らにとっては良い意味でだけど。

プリントの印刷ミスなんて、E組いじりをするための意図的なものだって誰もが分かっている。だけど事実だけを見たら坂本君の言う通り、クラス一つ分の印刷を忘れるという大きなミスだ。

しかも坂本君の言い分の方が客観的には正しいものだから、理論的な反論など出来ようはずもない。壇上の生徒も表情を取り繕おうと必死なのが分かる。

 

「……さっきから聞いてればE組が好き放題言ってーーー」

 

「ん?E組がなんだって?まさか将来はマスコミ系の職業を目指しているらしい放送部部長様が、俺がE組だからって理由で“言論の自由”を封じるわけがねぇよなぁ?」

 

「クッ、なんでそんなことを知って……」

 

更にE組いじりを壇上でする可能性のある生徒の情報まで得ているという徹底ぶり。生徒がE組いじりをしてきた場合、校則に(のっと)って反論はしないけど反撃はするようだ。

何処からそんな情報を得てきたのかは分からないけど、この場の誰もがこの集会は坂本君の独壇場であることを実感させられていた。

といったところで僕らの横を突風が吹く。

そして突風とともに“生徒会だより”と書かれたプリントが皆の手元に行き渡っていた。

 

「坂本君。()()()()コピーが全員分あるみたいですし、大人しく生徒会の話を聞いてあげましょう。皆さんも早く帰りたいでしょうからねぇ」

 

先生達の並ぶ方から聞こえてきた声は、国家機密ということで隔離校舎に置いてけぼりにされていた殺せんせーのものだ。

烏間先生やビッチ先生は唐突に現れた殺せんせーにギョッとしてるけど、変装してるから大丈夫……って殺せんせーは考えてるんだろうなぁ。

正体を知っている身からしたらバレバレだと思うんだけど、不審がられているだけでパニックになっていないことが不思議で仕方がない。一般人にはバレないような細工でもしてあるんだろうか?

 

「……ったく、本番はこれからだってのに……まぁいいか、当初の目的は達成してんだし。……あ、スマン。プリントあったわ。話を続けてくれ」

 

殺せんせーに言われた坂本君はというと、不服そうにしながらも追撃の手を緩めた。っていうかあれでまだ序の口だったのか……殺せんせーが来なかったら一方的な虐殺になってたんじゃないだろうか。

残る項目は生徒会行事の説明だけだったようで、本校舎の人達にとっては苦い空気のまま全校集会は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

全校集会が終わった後、僕らはE組へと帰るために体育館から出てきていた。坂本君が体育館の空気を支配していたお陰で、集会終わりの精神的な疲労感は少ない。

 

「渚、先に行ってるぞ」

 

「うん、ジュース買ったらすぐ行くよ」

 

僕は杉野や茅野と別れて体育館脇にある自販機へと向かった。これからまた山を登ることだし、少し喉も渇いたから飲み物が欲しかったのだ。

自販機の前に立つと硬貨を入れ、数ある中から今の気分で好きな紙パックのジュースを選択する。

 

「……おい、渚」

 

購入したジュースを取り出しているところで後ろから声を掛けられた。

誰かと思って振り向くと、そこには全校集会の前に声を掛けてきた二人がこっちを睨んでいる。

 

「お前らさー、ちょっと調子乗ってない?」

 

「集会中だってのに大声出して、周りの迷惑も考えられねーのか」

 

「E組はE組らしく下向いてろよな」

 

……言いたくなる気持ちは分かるけど、なんでそれを僕に言うのかなぁ。普通にヘイトを集めてたのは坂本君や吉井君だと思うけど。

まぁそんなことは聞かなくても分かってる。僕が顔見知りだっていうことと、坂本君達に向かって言う度胸がないからだろう。この二人は以前カルマ君にも怯えていたし、罰則を食らってないだけで似たような噂のある二人とは関わりたくないはずだ。

そんな風に今の状況を考えて平然としていたのが気に食わなかったのだろう。二人のうちの一人が僕の胸倉を掴み上げて凄んでくる。

 

「なんだその目は?おい、なんとか言えよE組‼︎ 殺すぞ‼︎」

 

 

 

“殺す”

 

 

 

その言葉を聞いた途端、僕の思考が一気に冷えていくのが分かった。

 

……殺す…………殺す……か。

 

僕一人を相手に二人掛かりで凄むことしか出来ないような人達が。

 

素行不良の噂がある坂本君や吉井君に向き合えないような人達が。

 

…………殺す……ねぇ。

 

 

 

 

 

「ーーー殺そうとしたことなんて無いくせに」

 

 

 

 

 

思わず口角を吊り上げて僕がそう呟いた瞬間、何故か二人は怯えるようにして距離を取った。

どうして距離を取ったのかは分からないけど、用がないならもう行ってもいいかな。杉野や茅野を待たせてることだし。

僕は固まっている二人を放置してこの場を去ることにしたのだった。




次話
〜試練の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/9.html



雄二「これで“集会の時間”は終わりだ。今日は疲れたから後書きもさっさと終わらせるぞ」

土屋「…………最後まできちんと仕事をしろ」

渚「これって仕事なの?」

雄二「はぁ、仕方ねぇな……つーか俺の台詞が長すぎんだよ。読みにくいったらありゃしねぇ」

渚「それは話の流れっていうか、キャラ的にどうしようもないんじゃない?」

土屋「…………なるほど、悪辣非道キャラか」

渚「地頭が良いから考えを巡らせる役割が多いってことだよ⁉︎ それも全否定は出来ないけど‼︎」

雄二「おい」

土屋「…………今回は文月学園と椚ヶ丘学園で明確な違いが出ていたな」

渚「あぁうん、そうだね。文月学園って設備に格差はあるけど先生の態度に差はないし」

雄二「何故か俺達には厳しいがな」

土屋「…………納得がいかない」

渚「原作でやってきたことを考えたら妥当な扱いだと思うけど……」

雄二「そもそもの認識として“差別すること”を“嘲笑してもいい”と履き違えてる時点で問題だろ。本校舎の奴らには“道徳”を学ばせるべきだ」

土屋「…………(コクコク)」

渚「そこは漫画だからって割り切るしかないんじゃないかなぁ。“差別に立ち向かうE組”っていう構図だし」

雄二「立ち向かわさせられるE組(こっち)の身にもなれってんだ。……どんだけの人間を叩き落とさなきゃなんねぇんだよ」

土屋「…………制裁した後の方が大事になる」

渚「あ、そっちに辟易としてるんだ」

雄二「まぁ叩き落とすのは簡単なんだよ。ボイスレコーダーを教育委員会に提出するだけだからな」

渚「え?でもボイスレコーダーは持ってきてないって……」

雄二「あぁ、()()……な」

土屋「…………(グッ)」

渚「いや、そんな親指を立てられても……」

雄二「んじゃ、それを提出して終わらせるか」

渚「ってそれは駄目だよ‼︎ 学校どころか物語も終わっちゃうから‼︎」

雄二「そうか?だったら原作に沿って進めていくしかねぇか」

土屋「…………色々と難しい」

渚「思い留まってくれて良かった……それじゃあ今回はここまでかな。次回も楽しみにしててね‼︎」





明久「友達を躊躇なく切り捨てる雄二に、趣味が盗撮・特技が盗聴のムッツリーニ。……そんな二人から“道徳”の必要性を説かれてもなぁ」

秀吉「そういうお主も似たようなものじゃぞ?」


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試練の時間

E組で殺せんせーの授業を受け始めてから結構な日にちが経過した。

最初はタコ型生物にまともな授業が出来るのかと不安ではあったものの、殺せんせーは教え方が上手でクラスの評判も良い。授業や放課後の勉強会ではほんのちょ〜っとだけ勉強が苦手な僕でも、その内容をある程度理解できるようになったくらいだ。

雄二にそれを言ったら隕石が降ってくる心配をされた。殺せんせーに言って本当にピンポイントで落としてやろうか。実際に出来るかどうかは分からないけど。

まぁ何が言いたいかっていうと、殺せんせーが来てからの暗殺だけじゃなくて授業にも慣れてきたってことだ。

 

「「「さて、始めましょうか」」」

 

……それでもこれは初めてのパターンだなぁ。

頭に鉢巻を巻いた殺せんせーが何十人と分身して僕ら一人一人の前に立っていた。

 

「学校の中間テストが迫ってきました」

 

「そうそう」

 

「そんなわけでこの時間は」

 

「高速強化テスト勉強を行います」

 

それぞれ分身した殺せんせーが言うには、マンツーマンで僕らの苦手科目を徹底して復習していくらしい。先生の鉢巻にはその生徒に合わせた苦手科目の名前が書かれている。

 

「って何で俺だけNARUTOなんだよ‼︎」

 

「寺坂君は特別コースです。苦手科目が複数ありますからねぇ」

 

どうやら寺坂君には鉢巻じゃなくて木の葉隠れの里の額当てがされていたようだ。

でもね寺坂君、額当ては君だけじゃないよ。僕にも砂隠れの里の額当てがされているから。ついでに言えば雄二には霧隠れの里、ムッツリーニには岩隠れの里、秀吉には雲隠れの里の額当てがされている。

まさか連載が終了した今になって忍連合が再結成するとは思わなかった。まぁこの面子では第五次忍界大戦が起きたら瞬殺されるのは間違いない。

 

「うわっ‼︎」

 

どうでもいいことを考えていると、教室の彼方此方(あちこち)から軽い悲鳴が上がっていた。なんでかは知らないけど、殺せんせーの顔が急にぐにゃりと歪んで驚いたのだろう。

 

「急に暗殺しないで下さい、カルマ君‼︎ それ避けると残像が全部乱れるんです‼︎」

 

この分身、意外と繊細に出来てるらしい。カルマ君の暗殺一つ躱すだけで顔が歪んでしまったようだ。

っていうか高速で動いてるんだから普通に躱せばいいのに、なんでわざわざ顔だけを凹ませてその場で躱そうとしたのか……

 

「でも先生、こんなに分身して体力保つの?」

 

初めてのテストで張り切っている殺せんせーに渚君が声を掛けていた。

少し前までは三人くらいまでしか分身してなかったもんなぁ。渚君の心配もよく分かる。いやまぁ今までは手を抜いてたってだけで、最初からこれくらいは出来たのかもしれないけど。

 

「ご心配なく。一体だけ外で休憩させてますから」

 

「それ寧ろ疲れない⁉︎」

 

渚君のツッコミが炸裂した。全くもってその通りだと思う。休むために分身増やすとか絶対に逆効果でしょ。

暗殺の躱し方といい休憩の仕方といい、先生って典型的な賢いけど馬鹿って言われるタイプだよね。普段からちょくちょく抜けてるところもあるし。

 

それでも生徒一人一人に対してマンツーマンで一遍に勉強を教えられる先生なんて、殺せんせー以外でこの世には存在しない。だって分身できる先生なんて殺せんせーくらいなんだから。

しかもその教え方が上手と来たもんだ。本校舎の授業は着いてこれない生徒を振り落とすような教え方だったからなぁ……何はともあれ、テストを控えた僕らには心強い味方である。

 

 

 

 

 

 

……いやさぁ、確かに殺せんせーは心強い味方だって言ったよ?分身できる先生なんてオンリーワンだとも思うよ?でもね……

 

「「「「「更に頑張って増えてみました。さぁ、授業開始です」」」」」

 

……次の日になったら分身が三倍近く増えてるってのはどうなのよ?

その残像もかなり雑になってるし、雑すぎて未来の猫型ロボットや夢の国のネズミみたいな分身が混じっていたりする。いやいや、何がどうなってそうなってるの?

でもそこは殺せんせー、分身はともかく教え方が雑になったりはしていない。マンツースリーになったことで寧ろ教え方は細かく分かりやすいようになっている。

 

「……どうしたの、殺せんせー?なんか気合い入り過ぎじゃない?」

 

「んん?そんなことないですよ?」

 

それでもやっぱり違和感は拭えないようで、茅野さんが殺せんせーに質問している声が聞こえてきた。

先生も何食わぬ顔で受け答えしてるものの、何処からどう見ても昨日と比べたら張り切ってると思う。

 

「……本当にどうかしたんですか?まるでスピードじゃ解決できない問題があるって言われたから意地でもスピードで解決しようとするみたいに張り切って……」

 

「にゅやッ⁉︎ そ、そんな子供みたいな考え方、先生がするわけないじゃないですか‼︎ ほらほら吉井君、授業に集中して下さい‼︎」

 

まぁそう言われたら勉強に戻りますけど、明らかに挙動不審じゃないですか。もしかして本当にそんな感じのことを誰かに言われたのかな?

 

 

 

 

 

「ぜぇー……ぜぇー……ぜぇー……」

 

……で、あんだけ張り切ってたら当然ガス欠するよね。クラス全員分に分身していた昨日は授業後も平然としてたのに、今日は息切れしながら椅子にだらしなく座り込んでいる。

 

「……流石に相当疲れたみたいだな」

 

「なんでここまで一所懸命先生をすんのかね〜」

 

前原君と岡島君が疲れている殺せんせーを見てそう呟いていた。

誰かに挑発されたみたいだから今日の頑張りは何となく分かるけど、それ以前に昨日からも分身して頑張ってたもんね。確かにどうしてそこまで頑張るのかは疑問だ。

 

「……ヌルフフフフ、全ては君達のテストの点を上げるためです。そうすれば皆さんは先生を尊敬して殺せなくなり、評判を聞いた近所の巨乳女子大生もこぞって勉強を聞きに押し寄せるというもの。先生にとっては良いこと尽くめ」

 

いや、そんなことは絶対にあり得ないから。というより国家機密が評判になっちゃ駄目でしょ。烏間先生に怒られますよ?

しかし皆は顔を見合わせるだけで、誰も殺せんせーにツッコミを入れようとしない。

……え?まさか皆、先生のあり得ない妄想をあり得るかもしれないと思ってるの?僕の中の常識が間違ってたりするの?

 

「……いや、勉強の方はそれなりでいいよな?」

 

「……うん。なんたって暗殺すれば賞金百億だし」

 

「「「百億あれば成績悪くてもその後の人生バラ色だしさ」」」

 

あぁ、なんだ。皆で駄目なことを考えてただけか。よかった〜、僕の中の常識が間違ってるのかと思ったよ。

 

「にゅやッ⁉︎ そ、そういう考え方をしてきますか‼︎」

 

殺せんせーもそんな返し方をされるとは思っていなかったようで、妄想に耽っていた様子から焦った表情を浮かべている。

まぁ少なくとも先生の妄想よりかは現実的な考え方だと思うけどね。流石に一人で百億は無理だとしてもその分け前だけで十分な大金だし。

 

「俺達エンドのE組だぜ、殺せんせー」

 

「テストなんかより……暗殺の方が余程身近なチャンスなんだよ」

 

岡島君と三村君が言う通り、そもそも僕らは成績が悪かったからE組に落とされたのだ。カルマ君みたいに成績は良いけど素行不良でE組に落とされた生徒っていう方が珍しい。

それだったら勉強よりも暗殺を優先したいと考えるのは自然なことだった。その証拠に二人の言葉に対して反対意見を言う人は誰もいない。

しかしそんな皆の反応を見ていた雄二が少し慌てた様子で割って入ってきた。

 

「おいお前ら、そんな言い方したらーーー」

 

 

 

「ーーーなるほど。今の君達には……暗殺者の資格がありませんねぇ」

 

 

 

「……こうなっちまうだろうが、ったく」

 

雄二の台詞を遮って言葉を発した殺せんせーだったが、さっきまでの焦った表情から一変して暗い紫色のバツマークを浮かべている。

 

「全員、校庭へ出なさい。烏間先生とイリーナ先生も呼んで下さい」

 

そう言って教室を出ていった殺せんせーに、皆も訳が分からず呆然としていた。それでも皆は言われた通り先生の後を追って校庭に向かい、磯貝君と片岡さんは先生達を呼びに教員室へと向かう。

僕も皆と一緒に校庭へと向かっている途中で、何やら訳を察していそうな雄二に話を訊いてみることにする。

 

「……雄二、どういうことさ?」

 

「……それを知りたかったら校庭に行くこったな。どうするつもりなのかは俺にも分からん」

 

「……少なくとも良い予感はせんの」

 

「…………寧ろ逆だと考えられる」

 

そうして不安に駆られながらも校庭に出てきた僕らだったが、殺せんせーは黙々とゴールを退かしているだけで何も言おうとはしない。

……ゴールを移動させていることと不機嫌になったことは何か関係があるんだろうか?

 

「何するつもりだよ、殺せんせー」

 

「ゴールとか退けたりして」

 

皆も殺せんせーの突拍子もない行動に疑問をぶつけていたが、先生はそれに構わず黙ってゴールを退かしていく。

ゴールを退かし終えた殺せんせーは、僕らではなく呼んでいたイリーナ先生に声を掛ける。

 

「イリーナ先生。プロの殺し屋として伺いますが、貴女はいつも仕事をする時に用意するプランは一つですか?」

 

「……?いいえ、本命のプランなんて上手く行くことの方が少ないわ。不測の事態に備えて予備プランを練っておくのが暗殺の基本よ」

 

唐突に指名されたイリーナ先生は最初こそ戸惑っていたみたいだったが、殺せんせーの質問に対して真面目に返していた。

その答えに満足したのか、殺せんせーはイリーナ先生から視線を外す。

 

「では次に烏間先生。ナイフ術を生徒に教える時、重要なのは第一撃だけですか?」

 

「……第一撃はもちろん最重要だが、強敵相手には高確率で躱される。その後の第二撃、第三撃をいかに高精度で繰り出せるかも重要だ」

 

続けて指名された烏間先生も少し考え込んでいるみたいだったが、ふざけているわけではないと判断したようで真剣に答えていた。

その答えにも満足したようで、烏間先生からも視線を外した殺せんせーはその場でくるくると回転し始める。……いったい何をするつもりなんだ?

 

「先生方の仰るように、自信を持てる次の手があるから自信に満ちた暗殺者になれる。対して君達はどうでしょう」

 

更に回転速度を上げた殺せんせーの姿は、僕らの目には速すぎて辛うじて輪郭が見えるくらいになっていた。それに伴って先生を中心に風が巻き起こっていく。

 

「“俺らには暗殺があるからそれでいいや”……と考えて勉強の目標を低くしている。それは劣等感の原因から目を背けているだけです」

 

留まるところを知らない殺せんせーの回転速度はどんどん上がっていき、遂には先生の輪郭すら吹き荒れる風によって分からなくなってしまった。

強くなり続ける風によって僕らはまともに立っていられず、足腰に力を入れて煽られないようにその場で踏ん張る。

 

「もし先生がこの教室から逃げ去ったら?もし他の殺し屋が先に先生を殺したら?……暗殺という拠り所を失った君達には、E組の劣等感しか残らない」

 

そんな中でも不思議と先生の言葉だけははっきりと聞こえてきた。まるで僕らに聞き逃すことは許さないとでも言っているかのように。

 

 

 

「そんな危うい君達に、先生からの警告(アドバイス)です。ーーー第二の刃を持たざる者は、暗殺者を名乗る資格なし‼︎」

 

 

 

最終的に殺せんせーの巻き起こした風は巨大な竜巻となって校庭で暴威を振るった。僕らは目を開けていることすら出来ずに腕で顔を覆ってしまう。

次第に僕らを押さえつけていた竜巻が収まっていくのを肌で感じ、ドドドドッと何かが落ちてくる音が聞こえてきたので恐る恐る覆っていた腕を退けてみる。

そして次に目を開けた時、雑草や凸凹の多かった広場とも言える校庭はなくなっていた。跡形もなく平らにされた校庭にはトラックが引かれており、一瞬にして何処にでもあるような学校のグラウンドへと早変わりしている。

これが殺せんせーの……地球を消せる超生物の力。周囲一帯を平らにすることくらい造作もないってことか……

 

「……もしも君達が自信を持てる第二の刃を示せなければ、相手に値する暗殺者はいないと見なし、校庭と同じように校舎も平らにして先生は去ります」

 

これは……前に僕ら以外を人質に例えて脅してきた時とは状況がまるで違う。

あれは殺せんせーが“先生”を続けるためには実行できない脅しだった。だけど殺せんせーが“先生”を辞めるって言っている以上、第二の刃とやらを示せなかったら本気で今言ったことを実行するだろう。

全員が固唾を飲んで殺せんせーを見詰める中、渚君が緊張した面持ちで先生に問い掛ける。

 

「第二の刃……いつまでに?」

 

「決まっています。明日です。明日の中間テスト、クラス全員五十位以内を取りなさい」

 

殺せんせーが提示した第二の刃にクラス全員が愕然としていた。それはそうだ。何回も言うけど僕らは成績が悪くてE組に落とされたのだから。

でも実はそのE組から抜け出せるような校則もあったりする。先生の条件通りに定期テストで学年五十位以内を取ることが出来れば、元の担任がクラス復帰を許可することでE組から抜け出すことが出来るのだ。逆に言えば担任がクラス復帰を許可しなければ抜け出せないってことだけど、今重要なのはE組を抜け出すことじゃない。

殺せんせーが言うE組の劣等感……それに向き合うということは、つまりそういうことだろう。本校舎の生徒達に見劣りしない学力を身に付けた上で、もう一度E組として自分を殺すために戻ってこいと言っているのだ。

 

「君達の第二の刃は先生が既に育てています。自信を持ってその刃を振るってきなさい。仕事(ミッション)を成功させ、恥じることなく笑顔で胸を張るのです。自分達が暗殺者(アサシン)であり、E組であることに‼︎」

 

平らになった校庭の中心で、殺せんせーは力強い言葉とともに触手を僕らへと向けてそう話を締め括った。

……それよりも……ぜ、全員って…………僕も、だよね?僕も学年五十位以内を取らないと駄目ってこと?万年トップ争い(底辺)をしている僕に……トップ争い(上位)をしろ、だって?

…………ヤバい、リアルにマジでどうしよう?

 

 

 

 

 

 

〜side 殺せんせー〜

 

校庭を平らにして生徒達に試練を与えた後、今日の授業は終えていたので私はそのまま教員室へと戻りました。烏間先生とイリーナ先生も遅れて教員室に入ってきます。

 

「……本気なの?クラス全員五十位以内に入らなければ出ていくって」

 

そこでイリーナ先生が先程のことを問い掛けてきました。私の出した試練に未だ半信半疑といったところですかねぇ。

もちろん私は本気なので肯定の言葉を返します。

 

「はい」

 

「出来るわけないじゃない‼︎ この間まで底辺の成績だったんでしょ、あの子ら‼︎」

 

それを聞いたイリーナ先生は声を荒げていました。加えて烏間先生も声は上げませんでしたが厳しい表情をしています。

元々私がE組の担任をすることを許可した政府の思惑を考えれば当然の反応でしょう。マッハ二十で逃げてしまえば誰も私を捉えられなくなり、暗殺どころか近寄ることすら出来なくなるのですから。

しかしそのような心配は必要ありません。暗殺対象(ターゲット)としてもそうですが、何よりE組の担任として私は彼らの力を信じています。

 

「この間までは知りませんが、今は私の生徒です。ピンチの時にも我が身を守れる武器は授けてきたつもりですよ」

 

本校舎の教師達に劣るほど私はトロい教え方をしていません。実力さえきちんと発揮できれば中間テストくらい乗り切れるでしょう。

と、そこで教員室のドアがノックされました。昨日に引き続いて理事長が訪れるということはないでしょうから恐らく生徒の誰かですね。

あんな試練を与えた後なので皆さんすぐに帰ると思っていたのですが……

 

「失礼しまーす。殺せんせー、今いいですか?」

 

ドアを開けて入ってきたのは吉井君でした。彼がわざわざ自主的に教員室へ来るというのは珍しいですねぇ。このタイミングで来たということは、イリーナ先生と同じように試練についてでしょうか?

 

「はい、大丈夫ですよ。どうかしましたか?」

 

「……先生、今日の夜って時間空いてますか?」

 

……今日の夜?明日の試練についてではなくて?

予想とは全く違う吉井君の問い掛けに私も疑問を隠せません。なのでそのまま訊かれたことを答えることにします。

 

「まぁ特に予定はないですが……何故そのようなことを?」

 

「えーっと、もしよかったら家で勉強を教えてもらえないかなぁ、なんて……あ、僕一人暮らしなんで正体とか迷惑とかは気にする必要ないですよ」

 

口籠もりながらも言った吉井君の言葉を聞いて、私の疑問は晴れました。予想も(あなが)ち外れてはいなかったようです。

 

「……明日のテストに向けて、ですか。熱心なのは先生としても嬉しいですけど、気負い過ぎは逆効果ですよ?」

 

私は暗に“そこまで根を詰める必要はない”と伝えましたが、吉井君もすぐには引き下がりません。まぁこれで引き下がるなら私のところには来てませんよねぇ。

吉井君は何かを考えているようでしたが、指で頰を掻きつつ躊躇いながらも言葉を紡いでいきます。

 

「……あー、こんなこと言ったら先生にまた怒られるかもしれませんけど……僕は別にE組であることに劣等感なんてありませんよ。成績が全てじゃないって思ってますし、そこまで本校舎に戻りたいとも思ってません」

 

……えぇ、知っていますよ。私がE組に来た日から今日まで、君の瞳に暗い色が宿っているところを見たことがありませんから。劣等感なんて微塵も感じておらず前を向いている証拠です。

 

「だから殺せんせーの授業を真面目に受けてはいるけど成績に執着はしてなくて……でも皆が皆、僕みたいな考えじゃないってことは分かってます。E組が無くなって本校舎にでも戻ることになったら、嫌な思いをする人もいっぱいいると思うんです」

 

……えぇ、そうでしょうね。だからこそ今回のような試練を与えたのですから。これを乗り越えられなければ、多くのE組生徒が劣等感を抱えたまま残りの中学校生活を送ることになるでしょう。下手をすれば中学校以降もその劣等感を引き摺ることになるかもしれません。

 

「先生は“全員五十位以内”って言ったけど、僕はそこまで勉強が得意じゃないし……だからって皆の足を引っ張ることはしたくないんです。それで明日までにやれることは全部やっておきたくて……」

 

「……なるほど、吉井君の言いたいことは分かりました」

 

勉強が得意じゃないという彼らしくない積極性だとは思っていましたが、自分のためではなく仲間のために勉強を教えて欲しいということでしたか。

思えば吉井君は最初から仲間のために行動できる生徒でした。渚君が自爆テロをした時も真っ先に心配して駆け寄っていましたし、その首謀者たる寺坂君に対しても怒りを露わにしていましたからね。

 

「ですが、やはり先生の学外授業は必要ありませんよ。徹夜なども翌日の頭の働きが悪くなるだけですので、復習は全体を見直して苦手な部分の記憶を整理するだけで十分です」

 

「え、でも……」

 

……やはりこれだけでは引き下がりませんか。

……仕方ありません。試練を与えた身である私が言うのは良くないかもしれませんが、ここは吉井君の不安を取り除くことが最優先です。

 

「吉井君が真摯に胸の内を明かしてくれたので、先生も正直に言いたいと思います。確かに吉井君は不器用で要領も悪く、お世辞にも勉強が出来るとは言えない。猪突猛進で物事を深く考えもせずに行動してしまうため、周りからは何も考えていない馬鹿という風に捉えられていることでしょう」

 

「先生、泣いてもいいですか?」

 

「まぁ最後まで聞いて下さい。……しかし校庭でも言ったように、君達の第二の刃は既に先生が育てています。吉井君が不器用で要領が悪いのならば先生が器用に要領良く、吉井君が考えて行動しないのならば先生が考えて必要なやるべきことを示唆する。この一ヶ月強、そうやって勉強を教えてきました。……改めてもう一度言いますよ。自信を持ってその刃を振るってきなさい」

 

私はそう言いつつ触手を伸ばして吉井君の頭を撫でます。これまでの経験から勉強に自信を持てていないだけで、自分が高得点を取れるようになっているとはあまり考えられないのでしょう。

それでもまだ少しの不安が表情に見え隠れしていたので、私は最後の駄目押しとして諭すように柔らかく語り掛けます。

 

「それとも吉井君には、先生が出来もしないことを言うような先生に見えますか?」

 

「うん。だって体育で分身させようとするような先生だし」

 

にゅやッ‼︎ ま、まさかこの流れで否定されるとは先生思ってもいませんでしたよ⁉︎ ちょっとイリーナ先生‼︎ 吹きそうなのを堪えているのがバレバレですからね⁉︎

これでは先生の絶大なる威厳が揺らぎかねません。取り敢えず話を元に戻すとしましょう。

 

「と、とにかく‼︎ 中間テストの出題範囲は先生が皆さんに仕込みました‼︎ 手抜かりはありません‼︎ ……ですが、先生が太鼓判を押したとしても油断は禁物です。帰ったら睡眠時間を確保した上で気の済むまで復習して下さい」

 

そう言って撫でていた触手を彼の頭から離します。

っとそうでした。まだ言い忘れていたことがありましたね。

 

「……それとテストには関係ないですが、吉井君の考え方を少し訂正しておきます。君の言う通り成績は全てではありませんが、高いに越したことはありません。仲間のことを考えて努力できる姿勢も尊いですが、何よりもまずは自分のために努力しましょう。自分に出来ることが増えることで行動できる選択肢も増えるというものです。……その第一歩として、まずは明日のテストを頑張ってきて下さい」

 

そこまで聞いた吉井君の表情にはもう不安そうな感情など欠片もありませんでした。

うんうん、君はそうでないとらしくありません。吉井君に暗い表情は似合いませんからねぇ。

 

「……分かりました。先生を信じて頑張ってみようと思います。……じゃあ僕は帰りますね。ありがとうございました‼︎」

 

納得した様子の吉井君は元気よくそう言うと、教員室を出て駆け出していきました。その様が教員室の中からでも足音で分かります。

 

「……あんなに真っ直ぐで素直な子を置いて去っていくつもり?」

 

再びイリーナ先生が問い掛けてきましたが、彼女の顔にも笑みが浮かんでいました。珍しく烏間先生も表情を柔らかくしています。

お二人とも、現状は先程から全く変わっていないというのに打って変わって良い表情をしていますね。

 

「……さて、どうでしょう。去るかどうかは彼ら次第ですよ」

 

まぁ私の心境も似たようなものですから指摘はしないでおきましょう。

……しかしこの時の私は、如何に甘い考えで生徒達を戦場(テスト)に送り出したのかがまるで分かっていませんでした。それを今回の出来事で思い知らされることになります。




次話
〜テストの時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/10.html



殺せんせー「これにて“試練の時間”は終了です。皆さん、楽しんでいただけましたか?」

イリーナ「それじゃあ今回も後書きを始めるわよ。あ、今日は今回の話について感想を言うだけだからね」

烏間「……それは一向に構わないんだが、よりによって何故この面子なんだ?」

殺せんせー「今回は皆さんテスト前で余裕がありませんからねぇ。初の先生トリオで後書きを進めていきますよ」

イリーナ「ま、原作から変化してるのなんてタコの場面くらいだし力抜いていきましょ」

殺せんせー「にゅやッ⁉︎ そこは掘り下げていきましょうよ‼︎ 私が物凄い先生らしくしてる場面なんですから‼︎ ね?烏間先生もそう思いますよね?」

烏間「……事情は分かった。だから縋り付くな、鬱陶しい」

殺せんせー「お二人とも酷いです……先生だからって邪険に扱っていいわけじゃないんですからね?」

イリーナ・烏間「「いや、あんた/お前だからこそ邪険に扱ってるんでしょ/だ」」

殺せんせー「……それはさておき‼︎」

イリーナ「逃げたわね」

殺せんせー「今回は吉井君が皆には内緒で頑張ってましたね」

烏間「そうだな。普通は勉強が苦手だから試練を緩くしてくれと頼みそうな場面だが、ああいう行動は好感が持てるというものだ」

イリーナ「馬鹿は馬鹿でも馬鹿正直な子は嫌いじゃないわよ。試練を緩くするなんて裏工作みたいなこと、思い付きもしなかったんじゃないかしら?」

殺せんせー「もしそのようなことを言うようであれば、本格的な手入れをしなければなりませんでしたよ」

烏間「勉強の目標を低くする、というのはお前が試練を与えることとなった原因だからな」

殺せんせー「“劣等感がない”ということがプラスに働いたのでしょう。まぁ勉強についてはちょっと疎かに考えていたので、最後に少しだけ手入れしておきましたが」

イリーナ「劣等感を感じていない生徒は他にもいるでしょうけどね」

烏間「坂本君、土屋君、木下君、カルマ君といったところか。劣等感の弱い生徒は他にもいるが、感じていないとなるとこの四人だろう」

殺せんせー「そうですね。しかし劣等感があろうとなかろうと彼らは全員が私の生徒です。きっと不条理な原作展開も乗り越えてくれることでしょう」

イリーナ「珍しくあんたが落ち込むような展開ですもんね。きっと原作以上に嬉々として茶化してくるわよ?」

殺せんせー「そ、それはそれで勘弁願いたいのですが……」

烏間「……おい、もう時間だぞ。俺も仕事の続きをしなくてはならないんだが」

イリーナ「はぁ、烏間も学校に防衛者と仕事に追われて大変ねぇ」

殺せんせー「では今回はこの辺りでお開きにしましょうか。皆さん、次回も楽しみにしておいて下さいね」





學峯「おや、私の出番はカットですか。これはちょっとしたお話が必要かもしれませんね」


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テストの時間

殺せんせーに第二の刃を示さなければならない日、中間テストの日を僕らは迎えていた。

僕もテストを受けるために隔離校舎への山道ーーーではなく、本校舎へと向かうために街中の通学路を歩いている。定期テストは全校生徒が本校舎で受ける決まりになっており、それはE組も例外ではなく僕らはアウェーの環境でテストを受けなければならないのだ。

まぁアウェーなんて僕にとっては慣れ親しんだものである。寧ろ喧嘩とかに巻き込まれたら味方だったはずの雄二も敵に回ることがある分、実害のないアウェーなんて温い温い。……本当になんで雄二と友達なんてやってるんだろう?

 

「……ん?あれは……」

 

友達の定義について考えながら通学路を歩いていると、前方に見覚えのある黒髪ロングの女の子の背中が目に入ってきた。

登校中に見掛けるなんて珍しいな。クラスメイトで知らない仲ってわけでもないので声を掛けることにする。

 

「おーい、神崎さーん」

 

僕の呼び掛けに、前を歩いていた神崎有希子さんがその場で立ち止まって振り向いた。呼び掛けておいて待たせるのも悪いから小走りで駆け寄っていく。

 

「吉井君、おはよう。今日は随分と早いね」

 

「いやー、ついうっかりいつも通りの時間に出てきちゃって」

 

いつもだったら学校へ行くのに山登りをしなくちゃならないけど、今日はその必要がないのに早く家を出てしまったのだ。普段の登校時間がズレてるんだから登校中に神崎さんと会わないのも当然っちゃ当然か。

学校までの道程を今日のテストについて話しながら並んで歩いていく。

 

「今日の調子はどう?」

 

「うん、特に問題ないよ。今回は頑張らないと殺せんせーがいなくなっちゃうもんね。吉井君の方はどう?」

 

「僕もやれることはやったかな」

 

昨日のうちに神頼みも済ませたから大丈夫だ。復習も殺せんせーに言われた通り全体を見直して苦手な部分を重点的にやったし、念のために用意した秘密兵器の整備もバッチリである。

 

「あとはテストに臨むだけーーーッ‼︎」

 

殺気ッ‼︎

僕は本能の赴くままにその場でしゃがみ込むと、頭上を何かが通り過ぎていくのが目に入った。いったい何事⁉︎

襲撃を受けたと認識した瞬間、しゃがみ込んだ状態から脚のバネをフルに使って前方宙返り半捻りを行う。暗殺生活で身に付けた僕の身のこなしを舐めるなよ‼︎

そうして回避行動を取る前まで僕がしゃがみ込んでいた場所に、間髪入れずボールペンやシャーペンが突き刺さる。って危なぁ⁉︎

 

「誰だっ‼︎」

 

「…………裏切り者には、死を」

 

「なっ、ムッツリーニ……⁉︎」

 

僕を狙って手に各種文房具を構えていたのは、同じE組の仲間であるはずのムッツリーニだった。

 

「つ、土屋君……?というよりアスファルトに文房具が刺さってるのはどうなって……」

 

急な出来事で何やら神崎さんが驚いているけど、今はムッツリーニの一挙手一投足に警戒しているので答えられない。

どうしてムッツリーニが……いや、このタイミングで奴が僕を襲撃する理由なんて一つしか思いつかなかった。

 

「まさか、テスト前でも僕が女の子と登校してたら処刑するって言うの……⁉︎」

 

そりゃあ僕だって雄二がそんな羨ましい状況になってたら問答無用で襲撃するけど、今回はそんなことをしている場合じゃないはずだ‼︎

殺せんせーを引き留めるためにも万全の状態でテストに臨みたいってのに……なんとか穏便に話し合いで解決できないものか。

しかしそれは僕の早とちりだったようで、その言葉を聞いたムッツリーニが首を左右に振る。

 

「…………違う、そんなことはしない」

 

「え、じゃあどうして……?」

 

てっきりモテない男が醜い嫉妬の業火に焼かれて憎悪に基づく殺戮行為に及んだと思っていたのに……もしかして知らないうちにムッツリーニの琴線に触れてしまったとか?

だとしたら今後の接し方も気をつけなければならない。僕が何とも思ってないからって相手もそうだとは限らないんだし、襲撃の理由を知るためにもムッツリーニへと問い掛けた。

 

「…………適度な運動は脳の働きを活性化させる」

 

そうなの?まぁ保健体育の知識に関しては他の追随を許さないムッツリーニのことだ。人体についてだってエロ関係なく色々と詳しいのだろう。

でもそれと僕を襲撃したことはどう考えても結びつかないんじゃ……?

 

「…………だからテスト前に脳の働きを活性化させてやろうと思っただけだ」

 

そう言いながら手に持つ文房具の中からカッターを取り出すムッツリーニ。

うん、絶対に嘘だ。そんな善意は微塵も感じられないし、そもそも適度な運動で済むとは到底思えなかった。確実に生死を懸けた“リアル鬼ごっこ”になるだろう。

 

「やっぱりただの妬みじゃないか‼︎ 神崎さん、また教室で会おう‼︎」

 

早とちりしたことが早とちりじゃなかったと瞬時に判断した僕は、神崎さんに別れを告げて自分の身を守るために駆け出した。

嫉妬に駆られたムッツリーニでも本校舎内で暴力沙汰が問題だってことは分かっているはずだ。僕の脚だったら此処から学校までの距離は十分と掛からないだろう。

今日は早めに出てきてよかった。この時間だったら全力疾走して疲れても教室で休憩する余裕があるからね。ついでにもう一回ほど出題範囲の復習でもしておこう。

 

「…………俺から逃げられると思うな」

 

僕が駆け出すのとほぼ同時に投擲してきたムッツリーニの攻撃を躱し、学校目指して一目散に逃走を開始する。

確かに敏捷性の高いムッツリーニは走力にも優れているけど、攻撃を仕掛けながらだとどうしても速度は落ちてしまうものだ。

しかし僕も攻撃を躱しながらだと速度が落ちてしまうので、ムッツリーニとの距離を大きく引き離すことは出来ない。

こうなったら僕とムッツリーニの根比べだ。絶対に逃げ切ってやる‼︎

 

「……吉井君達はテスト前でも変わらないね」

 

そんな苦笑交じりの呟きが聞こえた気がしたけど、こんな日常は御免だと声を大にして言いたかった。

 

 

 

 

 

 

朝っぱらから無駄に疲れたけど、何とか逃げ切った僕は無傷でテストに臨むことが出来ていた。

しかも予想していたより疲れなかったので身体の調子は良く、皮肉にも脳の働きを活性化させる効果が得られたらしい。だからって感謝をする気は更々ないけどね。

 

「E組だからってカンニングなんかするんじゃないぞ。俺達本校舎の教師がしっかり見張ってやるからなー」

 

今日の一時間目は数学であり、テスト担当として大野先生が教卓の椅子に座って僕らを監視していた。わざとらしく咳払いしたり指で机を叩いたりして集中を乱そうとしている。

しかしそんな妨害など気にならないくらい僕はテストに集中できていた。ただ単純に妨害に慣れているってだけじゃない。淀むことなく動き続ける手に気分が高まっているんだ。

 

よしっ‼︎ 解ける、解けるぞ‼︎ 流石は殺せんせーの仕込みだ‼︎ この手応えだったら目標順位だって不可能じゃない‼︎

昨日の先生が言っていたことは正しかったってわけか。どうやら僕は知らないうちに天才の領域へと足を踏み入れていたらしい。……ふっ、我ながら自分の頭脳が恐ろしく感じるよ。

 

っとまぁ冗談はさておき、この調子でどんどん問題を解いていこう‼︎

次の問題も‼︎ その次の問題も‼︎ 更にその次の問題も…………あれ?この問題、あんまり覚えがないような……えぇっと、確かこうやって解くんだったかな……?

 

………………。

 

 

 

 

 

カララララン…………。

 

 

 

 

 

(((誰だ、今鉛筆転がした奴……‼︎ )))

 

ふぅ、こういう時のために秘密兵器を用意しておいたんだ。正解が今一つ分からない問題の対応策だって万全である。

しかしこのやり方だと選択問題にしか対応することが出来ない……というのは常人の考え方だ。僕の頭脳はその考え方の更に先を行く。

 

選択問題じゃなかったら選択肢がないだって?……だったら選択肢を作り出してやるまでさ。

殺せんせーの教え方が上手いおかげで、こういう何となくしか思い出せない問題でも取っ掛かりくらいは見つけられる。あとは思いつく限りの解き方を試してそれぞれに番号を割り振るだけだ。それだけで選択肢の完成である。

 

これぞ僕が考えた“解ける問題は確実に解いて、解けない問題は数打ちゃ当たる作戦”だ‼︎

しかも思いついた解き方の中でも、正解っぽい答えと正解じゃないっぽい答えに何となく分けることができる。そこから更に選択肢を絞るだけでも点数に差が出てくるはずだ。

 

難問相手にも隙を生じぬ二段構え……この作戦さえあれば解答欄の空白なんてあり得ない‼︎

一先ずは解答欄を全部埋めることが先決だな。今の問題は解けなかったけど、次の問題は確実に解いてやる。で、次の問題はっと……。

 

………………。

 

 

 

 

 

唸れ‼︎ ストライカーシグマ(ファイブ)ッ‼︎

 

 

 

 

 

カラララランッ、と再び振られる僕の鉛筆。

よしっ、この問題もクリア‼︎ 急いで次の問題を解いていかないと‼︎

この作戦、実は一つだけ欠点がある。解けない問題に対して色々な解き方を試す必要があるため、通常よりも多く時間が掛かってしまうのだ。数問に一回とかだったらともかく、二問連続で秘密兵器を使用することになるとは計算外だった。

……仕方ない、作戦変更だ。まずは問題を全部流し見て確実に解けそうな問題を潰していこう。不測の事態にも柔軟に対応していかないと高得点を取るのは難しいからね。

 

……それにしても、パッと流し見ただけでも解けなさそうな問題が多いような気がする。この問題とかほとんど記憶にないんだけど……殺せんせーに教えてもらったっけ?

 

 

 

 

 

 

「……これはいったいどういうことでしょうか。公正さを著しく欠くと感じましたが」

 

烏間先生の厳しい声音が教室の片隅から聞こえてくる。スマホで話しているため会話内容までは聞き取れないけど、本校舎の方に抗議の電話をしていることは容易に分かった。

教室にいる皆の表情もやっぱり暗く、殺せんせーでさえ黒板に顔を向けたまま一言も発せずに立ち尽くしている。……テストの結果を思えば仕方ないことだろう。

 

「……伝達ミスなど覚えはないし、そもそもどう考えても普通じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて」

 

そう、中間テストの出題範囲が大きく変わっていたのだ。しかもそれをE組(僕ら)は聞かされていないという事実……道理で解けない問題が多いと思ったよ。

皆のテスト結果は聞くまでもなく惨敗だろう。学年五十位以内に入れた人は多分誰もいない。教室の空気がそれを如実に表していた。

 

烏間先生が厳しい顔つきのまま電話を切る。どうやら抗議は受け入れられなかったみたいだ。先生が電話を切ったことで教室が静寂に包まれる。

そんな中でこれまで黙っていた殺せんせーが、普段からは考えられないような弱々しい声音で呟いた。

 

「……先生の責任です。この学校の仕組みを甘く見過ぎていました……君達に顔向けできません」

 

あれだけ大丈夫だと太鼓判を押していたのに、その結果がこれで殺せんせーも酷く落ち込んでいる。

どう考えても先生に落ち度はないと思うけど、教育のこととなれば烏間先生並みに真面目だからなぁ。でも学校がここまで強引にE組落としをしてくるとは流石に誰も予想できないだろう。

だからと言ってこんな面白くない幕切れは認めたくない。さてどうしたもんか……と考えていると、後ろの方から対先生ナイフが殺せんせーに向かって飛んでいった。

 

「にゅやッ⁉︎」

 

それを殺せんせーは驚きながらも振り向かずに躱してみせる。気落ちして前を向いていたのによく躱せたな。

殺せんせーも含めて皆の視線が後ろに向けられる。そうしてナイフの投擲元を辿っていくと、そこには教壇へと歩いていくカルマ君の姿があった。

 

「いいの〜?顔向けできなかったら俺が殺しに来んのも見えないよ?」

 

「カルマ君‼︎ 今、先生は落ち込んでーーー」

 

怒る殺せんせーを余所に教壇まで歩いていったカルマ君は、手に持っていた答案用紙を教卓の上に放り捨てる。

その答案用紙を見て殺せんせーが固まっていた。ん?いったいどうしたんだ?

 

「俺、問題変わっても関係ないし。ま、あんたが成績に合わせて余計な範囲まで教えたからだけどね」

 

僕らも気になって教卓へと近寄り答案用紙を覗き見ると、そこにはほぼ満点の解答が広げられていた。数学に至っては文句なく満点である。スゲー、満点なんて空想の産物だと思ってたよ。

この点数だったら確実に学年上位に食い込んでいるだろう。つまり本校舎の生徒達に見劣りしないどころか凌駕する実力を示したことになる。E組を出るための条件は満たしたってことだ。

 

「だけど俺はE組(此処)出る気はないよ。……で、そっちはどーすんの?このまま尻尾巻いて逃げちゃうの?それって結局さぁ、殺されんのが怖いだけなんじゃないの?」

 

殺せんせーの言う第二の刃をほぼ完璧な形で示したカルマ君だけど、本校舎に戻る気はないと言う。

そりゃあそうだよね。勉強漬けの本校舎で毎日を過ごすよりも暗殺している方が楽しいだろうし、素行不良が原因でE組にいるカルマ君からしたら戻る理由がない。

今回の結果で殺せんせーがE組から出ていかないようにするためか、誰から見ても分かりやすく先生を煽っているカルマ君。そこにニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべた雄二も参加した。

 

「止めてやれよカルマ。殺せんせーは理事長に口で言い負かされて、学校の仕組みに結果で叩きのめされたんだ。その上今度は俺達に殺されるかもしれない恐怖に耐えるなんて酷ってもんだろ。弱い者虐めは格好悪いぜ?」

 

「ど、どうして理事長のことまで坂本君が知ってるんですか⁉︎ もしかして見てたんですか⁉︎」

 

「いや、鎌を掛けただけだ。テスト前の授業で張り切ってたのは何か言われたからだろう?あんたに口出しできる奴なんてこの学校では理事長くらいのもんだ」

 

うわぁ、この二人から同時に煽られるなんて堪ったもんじゃないな。相手にしている殺せんせーが可哀想になってくる。

しかもこの様子を見ていた皆も意図を理解して煽りに参加してくる始末。あぁ、なんかマジもんの弱い者虐めに見えてきた。

 

「なーんだ、殺せんせー怖かったのかぁ」

 

「それなら正直に言えば良かったのに」

 

「ねー、“怖いから逃げたい”って」

 

クラス全員からの虐め……じゃなかった。煽りに殺せんせーは青筋を浮かべて身体をワナワナと震わせている。これだけ攻め立てれば十分だろう。

 

「にゅやーッ‼︎ 逃げるわけありません‼︎ 期末テストであいつらに倍返しでリベンジです‼︎」

 

皆の煽りに耐えられず顔を真っ赤にして怒る殺せんせー。チョロいな、エロ本で釣れるムッツリーニくらいチョロいよ。

そんな殺せんせーを見て皆が笑い声を上げる。もう暗い表情を浮かべている人は誰もいない。よかったよかった、暗い雰囲気は好きじゃないからね。

 

何はともあれ、殺せんせーはE組に残ることを証言してくれた。だったら責任を持って最後までE組に付き合ってもらおうじゃないか。

暗殺教室はまだまだ続いていく。タイムリミットは来年の三月……つまり僕らが椚ヶ丘中学校を卒業するまで。僕らの本当の暗殺(戦い)はこれからだ‼︎

 

〜 完 〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次話
〜旅行の時間〜
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渚「いやいや終わらないからね⁉︎ 本当にこれからも続いていくよ⁉︎」

明久「やだなぁ、ちょっとしたジョークだよジョーク」

不破「分かるわ。壁に直面したE組がそれでも気持ちを新たに頑張っていくという場面。私でも語り手をやってたらブッ込んでたと思う」

明久「だよね。“暗殺教室”の基盤に関わる話とも言えるし、寧ろ此処でやらなきゃ何時やるの?」

不破「今でしょ‼︎」

明久・不破「「アハハハハハハハッ‼︎」」

渚「……誰でもいいからツッコミの応援に来てくれないかなぁ」

不破「でも吉井君、鉛筆転がしは周りの集中力も乱れるから控えた方がいいんじゃない?」

明久「そんなの、先生が率先して乱しにきてるんだから今更でしょ」

不破「……それもそうね」

渚「不破さん、納得しないで。気になるものは気になっちゃうから」

不破「それで、テストの結果はどうだったの?……見せてもらおうじゃない。吉井君の秘密兵器の性能とやらを‼︎」

明久「ふっ、いいだろう。頭脳の違いが成績の決定的差じゃないってことを……教えてあげる‼︎」

渚「二人ともノリノリだなー(棒読み)」

明久「国語60点、数学54点、社会48点、英語39点、理科44点、総合点数245点、学年順位159位さ‼︎」

渚・不破「「駄目じゃん」」

明久「さ、最下位争いをしてた僕からすれば大進歩だよ‼︎ 範囲外の勉強なんてほとんどやってないんだしさぁ‼︎」

不破「まぁ実際にE組の最下位は寺坂君だし、前向きなところが勉強にも反映したってところかしら。ちなみに点数は菅谷君と寺坂君の間で適当に調整したわ。“あれ?寺坂も原作で159位じゃ……?”なんてツッコミは人数補正してるから無しの方向でお願いね」

渚「不破さん?」

明久「秘密兵器の力もあるけど、やっぱり最下位から抜け出せたのは殺せんせーの力が大きいよね。っていうか寺坂君の下にいる二十七人はいったい何をしてたのかな?」

不破「さぁ?風邪ってことでいいんじゃない?」

渚「流石に無理があるよ‼︎ でも僕もよく分からないから追求するのは止めよう‼︎」

不破「そうね、じゃあ今回はこの辺で終わっときましょうか?」

明久「そうしようか。それじゃあ皆、次の話も楽しみに待っててね‼︎」





殺せんせー「ヌルフフフフ、本当に本校舎で勉強を教えていた方はいったい何をしていたのでしょうかねぇ(ニヤニヤ)」

學峯「この先ずっと減給して差し上げてもいいんですよ?」

殺せんせー「心の底からすみませんでしたっ‼︎」


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旅行の時間

殺せんせーの残留が決まった中間テスト終了後、僕らは学生生活における一大イベントの一つを間近に控えていた。

 

「来週の修学旅行って何処に行くんだったっけ?」

 

「京都だ。そんくらい覚えとけ」

 

「…………舞妓が俺達を待っている」

 

そう、その一大イベントとは修学旅行である。

新学期最初の山場である中間テストも終わったことだし、気分転換として少しの間だけ勉強のことは忘れよう。特に今回は事情もあって何時になく頑張ったからね。

 

「全く……三年生も始まったばかりのこの時期に総決算の修学旅行とは片腹痛い。先生あまり気乗りしません」

 

そう言う殺せんせーの横には人の身の丈を軽く超える巨大リュックに目一杯詰め込まれた荷物と、その巨大リュックにこれまた目一杯詰め込まれた状態で幾つものリュックが括り付けられていた。

 

「「「ウキウキじゃねーか‼︎」」」

 

本当にどんだけの荷物を持っていくつもりだ。

その荷物も遊び道具とかなら限度を無視すればまだ分かるんだけど、食材とか調理器具とか明らかに必要のないものまで入っている。たとえ無人島に行くことになったとしてもこれほど大荷物にはならないだろう。

 

「……バレましたか。正直先生、君達との旅行が楽しみで仕方ないです」

 

珍しく殺せんせーが照れたように告白してくる。

先生はマッハで何処にでも行けるけど、誰とでも行けるってわけじゃないからなぁ。国家機密の身で知り合いと旅行に行く機会なんてあるわけないだろうし、もしかしたら皆で旅行というのは初めてなのかもしれない。

もちろん僕だって修学旅行が楽しみじゃないって言ったら嘘になる。殺せんせーの気持ちも分からないでもないし、来週が待ち遠しいというのは先生と同じだった。

 

 

 

 

 

 

「知っての通り、来週から京都二泊三日の修学旅行だ。君らの楽しみを極力邪魔はしたくないが、()()()()()()

 

体育の授業後、いつもより早く授業を終えた烏間先生が残った時間で話を始めた。体育は殺せんせーの担当じゃないから、先生に知られたくない話をするには丁度良いのだろう。

 

「……てことは京都(あっち)でも暗殺?」

 

「その通り。京都の街は学校内とは段違いに広く複雑、狙撃手(スナイパー)を配置するには絶好の場所(ロケーション)だ。既に国は狙撃のプロ達を手配しているらしい」

 

岡野さんの疑問に烏間先生は詳細を教えてくれた。

そういえば前に雄二も暗殺を仕掛けるって言った時に、暗殺技術がなんとかとか学校内じゃどうのこうのって言ってた気がする。その問題点を解消した上で暗殺に臨めるというわけか。

 

「成功した場合、貢献度に応じて百億円から分配される。奴は二日目と三日目の班別行動時に君達と一緒に京都を回る予定だ。暗殺向けのコース選びをよろしく頼む」

 

ふむ、ただ好きに京都旅行の計画を立てるだけじゃ駄目ってことだな。京都の地理を踏まえた上で行きたい場所を選び、暗殺に組み込めそうな狙撃ポイントも考慮する必要がある。

……うん、僕は班員が行きたいって言うところに賛成しよう。友達を優先することって大事だよね‼︎

 

 

 

 

 

「ねぇ雄二、残りの班員はどうする?」

 

「普通に残った面子でいいんじゃないか?」

 

教室に戻ってから修学旅行の班員を決めることにする。まぁいつものメンバーということで僕、雄二、秀吉、ムッツリーニの四人はすぐに決まったから、あとは雄二の言う通り成り行きに任せよう。

 

「吉井ちゃん、良かったら一緒の班にならない?」

 

と思っていたら後ろから声を掛けられた。僕を“ちゃん”付けで呼ぶ人なんてE組には一人しかいない。というかE組以外では誰もいない。

……なのにどうしてだろう。今一瞬、三つ編みの女の子が悪寒とともに脳裏を過ぎったのは……変な電波でも受信しちゃったかな?

 

「うん、いいよ。僕らも人数が足りてなかったから歓迎するよ、倉橋さん」

 

「なんだ明久、お前倉橋と仲良かったのか?」

 

視線の先にいる、天真爛漫という言葉が似合うゆるふわ系の倉橋陽菜乃さんを見た雄二が問い掛けてくる。

他の皆もまだ班員が決まり切っていない中、わざわざ僕に声を掛けてきた倉橋さんとの関係を訝しんでいるようだ。E組で一緒に過ごしていることが多いにも関わらず交友関係を知らなかったことが疑問なんだろう。

 

「そうだね、偶に山の中で会った時とかよく話したりするかな」

 

「何故お主らは偶にとはいえ山の中で遭遇などするんじゃ……」

 

いやほら、この山って何気に食材の宝庫だからさ。今や僕の貴重な生命線の一つでもあるし……倉橋さんも生き物が好きってことで、山の中を散策してる途中にバッタリと会うことがあるんだよね。

まぁそういった事情は置いといて、今は修学旅行の班決めだよ。まずは一人追加だ。

 

「これでうちの班は五人か。六人班だからあと一人入ってもらわないと……」

 

「はいはーい、そんな感じがしてたから莉桜ちゃんも誘っといたよ〜」

 

「よーっす、よろしく問題児ども」

 

そう言う倉橋さんの後ろから顔を出してきたのは、金髪ロングでさばさばした振る舞いの中村莉桜さんだった。

特に拒否するような理由なんてないし、意外と難なく班編成は決まったな。声を掛けてくれた倉橋さんには感謝しないと。

……ただ中村さんに一言だけ物申しておきたい。それは雄二も一緒だったみたいで二人して口を開く。

 

「おい中村、一緒の班になるのは全然構わないが明久と一纏めにするな」

 

「そうだよ中村さん。問題を起こしてるのは雄二だけなんだから一緒くたにされるのは心外だな」

 

「いや、ワシらは四人で教室を水塗れにした前科があるじゃろうが……」

 

「…………否定できない」

 

そんなのは主犯格である雄二の責任に決まってるじゃないか。

僕らのやり取りを見て中村さんはまた快活に笑っていた。なんか彼女からはカルマ君とかと同じ波動を感じる。この話は引っ張るよりも次に進んだ方が僕の身のためだな。

 

「じゃあこれで班の人数は揃ったね。皆で何処を回るか決めていこうよ」

 

なので率先して皆に話を振っていくことにする。京都旅行は友達を優先するって決めてたからね。今回は身を引いて聞き役に徹しよう。

だからこの行動は決して暗殺計画を企てるのが面倒とかそんなんじゃない。協調性を重んじる僕にとっては当たり前の紳士的な行動だ。

 

「う〜ん……詳しくはないんだけど、京都って言ったら五社巡りとか有名じゃない?」

 

「そりゃ回ろうと思えば出来るだろうが、全部回ろうとしたらそれなりに移動時間で潰れるぞ?」

 

「比較的に近い八坂神社と平安神宮……あとは城南宮だけ回って、残りは近場とか好きなところに行くのが無難かねぇ」

 

「へー、そうなんだ〜。二人とも詳しいね〜」

 

倉橋さんと同じで僕も詳しくはないけど、五社(誤射)巡りってなんだか狙撃手の人に対する当て付けみたいな名前だなぁ。

どうやら日程に組み込むのは難しいみたいだし、縁起を担ぐって意味でも別のルートを回りたいところだ。

 

「……フン、皆ガキねぇ。世界中を飛び回った私には旅行なんて今更だわ」

 

和気藹々と旅行計画を立てている僕らを見て、教壇脇で壁に寄り掛かっていたイリーナ先生が鼻を鳴らしていた。

 

「じゃ、留守番しててよビッチ先生」

 

「花壇に水やっといて〜」

 

なんて雑な扱いなんだろう。だーれもイリーナ先生に顔すら向けてなかったよ。まぁ今のは先生の態度にも問題はあったと思うけどさ。

素っ気なくあしらわれたイリーナ先生は何も言えずに立ち尽くしていたが、皆の会話を聞いているうちに頰を膨らませたかと思うといきなり懐から小銃を抜いた。

 

「何よ‼︎ 私抜きで楽しそうな話してんじゃないわよ‼︎」

 

「あーもー‼︎ 行きたいのか行きたくないのかどっちなんだよ‼︎」

 

ホントそれね。というか相手にされないからって癇癪起こして銃を抜くのは止めてほしい、普通に危ないから。

そんなこんなで良くも悪くも色々と盛り上がっていたところに、教室のドアを開けて殺せんせーが入ってきた。その触手()には物凄く分厚い本が何冊も持たれている。

 

「一人一冊です」

 

そう言って渡された本は見た目通りの重量を発揮しており、抱えて持たなければならないほどの重さであった。

 

「殺せんせー、これ何ですか?こんなに分厚かったら枕にも使えませんよ」

 

「枕なんかにしたら駄目ですよ‼︎ 修学旅行のしおりなんですから‼︎」

 

「これを修学旅行に持ってけと⁉︎」

 

下手な罰ゲームよりもよっぽど面倒だ。何が悲しくてこんな重量物を旅行に持っていかなければならないのか。少なくとも僕は持っていくつもりはない。

 

「イラスト解説の全観光スポット、お土産人気トップ100、旅の護身術入門から応用まで、昨日徹夜で作りました。初回特典は組み立て紙工作金閣寺です」

 

しかもこの修学旅行のしおり、殺せんせーの力作らしく訊いてもいない内容を嬉々として語っていた。まぁどんだけ言われても持っていかないとは思うけどね。

修学旅行で一番盛り上がってるのって僕らじゃなくて殺せんせーではないだろうか。殺せんせーもイリーナ先生同様に世界中を文字通り飛び回ってるだろうに。

 

「そんなに張り切らなくても殺せんせーなら京都まで一分で行けるっしょ?」

 

そう思ったのは僕だけじゃなかったらしく、中村さんも同じような疑問を投げ掛けていた。

 

「もちろんです。ですが移動と旅行は違います。皆で楽しみ、皆でハプニングに遭う。先生はね、君達と一緒に旅できるのが嬉しいのです」

 

仮にも引率の先生がハプニングに遭うのを求めたら駄目でしょ。というツッコミは本当に楽しそうな殺せんせーの様子を見ていたら野暮に思えたので止めておいた。

ここで水を差すほど僕も空気が読めないわけではない。修学旅行が楽しみなんだったら思う存分楽しめばいいんだ。殺せんせーの言う通り、皆で行く初めての旅行だしね。

 

 

 

 

 

 

翌週の修学旅行当日。東京駅で僕らは新幹線へと乗り込むためにホームで集まっていた。

当然ながら学校行事なので本校舎の先生や生徒達もいるんだけど、彼らはE組とは離れた前の方の車両へと乗り込んでいる。

 

「うわ、A組からD組まではグリーン車だぜ」

 

E組(うちら)だけ普通車……いつもの感じね」

 

椚ヶ丘中学校ではいつも通りに学費の使用も本校舎の生徒達を優遇しているため、事ある毎にE組との格差を付けて優位性をアピールしてくる。っていうかそんなにE組を差別するために頑張ってたら逆に疲れない?

まぁぶっちゃけ新幹線なんて座れれば何でもいいけどね。広い座席でゆっくりするよりも皆で集まって騒がしくしてる方が性に合ってるし。

 

「ーーーご機嫌よう、生徒達」

 

そんな僕らの集まっている場所へと優雅に歩いてきたのはイリーナ先生……なんだけど、なんでこの先生は修学旅行にハリウッドセレブみたいな格好で来ているのだろうか。

 

「フッフッフッ、女を駆使する暗殺者としては当然の心得よ。良い女は旅ファッションにこそ気を遣わないと」

 

ということらしい。

馬鹿なの?ちょっとはTPOってもんを考えてよ。あまりの気合の入りっぷりに漏れなく皆も引いてるからね?

周りの反応など気にせず悦に浸っているイリーナ先生の元へと烏間先生が歩み寄ってくる。

 

「……目立ち過ぎだ、着替えろ。どう見ても引率の先生の格好じゃない」

 

烏間先生、御尤もな注意内容です。

しかし旅行でテンションが上がっているのか、イリーナ先生は烏間先生の注意を聞き流している。

 

「堅いこと言ってんじゃないわよ烏間‼︎ ガキ共に大人の旅のーーー」

 

「脱げ、着替えろ」

 

あ、これ注意じゃないな。警告だわ。下手に反論しようものなら烏間先生確実にキレるぞ。

イリーナ先生もそれを感じ取ったようで、(はしゃ)いでいたテンションを落とすと押し黙ったままトボトボと新幹線のトイレへと消えていった。

次にイリーナ先生が姿を現した時、ハリウッドセレブから一転して上下ジャージという一般庶民にランクダウンしていたのだった。

 

 

 

 

 

そうこうしている内に新幹線が出発する時間となっていた。

京都に着くまで大体二〜三時間、せっかくの旅行なんだから道中から楽しんでいかないと時間が勿体無い。移動じゃなくて旅行という道中を楽しみたいと殺せんせーが言っていたことだ。

 

「……あれ?電車出発したけど、そーいや殺せんせーは?」

 

杉野君の台詞で周りを見回したが、確かに殺せんせーの姿が見当たらない。あれだけ楽しみにしていた張本人がいったい何処へ行ったのだろうか?

 

「うわっ‼︎」

 

疑問に思っていた僕らの耳に渚君の驚く声が聞こえてきた。声に釣られて振り向くと、窓の外にベッタリと張り付く殺せんせーの姿が目に入る。

だからTPOってもんを考えてってば‼︎ 国家機密が何を堂々と新幹線の外に張り付いてんだよ‼︎ ここは学校の中じゃないんだからね⁉︎

渚君も慌てて殺せんせーの張り付いている窓へと駆け寄っていく。

 

「何で窓に張り付いてんだよ殺せんせー‼︎」

 

「いやぁ、駅中スウィーツを買ってたら乗り遅れまして……次の駅までこの状態で一緒に行きます。身体を保護色にしているので目撃者の心配には及びません。服と荷物が張り付いて見えるだけです」

 

「それはそれで不自然だよ‼︎」

 

それでも何とか次の駅までその状態でやり過ごした殺せんせーは、相変わらずの下手な変装で新幹線に乗り込んでいた。

これで一先ずは安心と言っていいだろう。出発したばかりだってのに僕は気苦労で座席に深く座り込んでしまう。

 

「はぁ……全く、殺せんせーは自分が国家機密だっていう自覚が足りないよね」

 

「意外……吉井って真面目なことも言うのね」

 

中村さん、それはいったいどういう意味かな?それじゃあまるで僕が普段から真面目じゃないみたいじゃないか。

 

「明久は普段から馬鹿な上に天然が入ってるから真面目には見えないだけだ。本人はいつだって至って真面目に馬鹿なことをやっている馬鹿なんだぞ」

 

雄二はそれでフォローしているつもりなのかな?それじゃあどう解釈しても僕が馬鹿ってことじゃないか。

 

「二人とも僕を馬鹿にし過ぎじゃない?」

 

「あはは、悪かったって。お詫びと言っちゃあなんだけど、私の持ってきたプチシューあげるからさ」

 

そう言って中村さんが鞄から取り出したのは、市販で売られている袋に入ったものではなく容器に入れられたプチシューだった。

 

「これ、もしかして中村さんの手作り?」

 

一番上の方にあるプチシューを手に取りながら質問する。パッと見ただけでも市販のものと遜色ないくらい美味しそうだ。

一口サイズのプチシューを噛み切ることなく丸々口の中へと放り込む。

 

「そうだよ、作るのに苦労したんだから。市販のプチシューの中身を判らないようにクリームからわさびに入れ替えたりさ」

 

「君は馬鹿かっ⁉︎」

 

辛ぁっ‼︎ これ物凄く辛ぁっ‼︎ もう鼻の奥がツーンなんてレベルじゃないよ⁉︎ っていうかそれは手作りって言わないから‼︎

 

「はい吉井、飲み物」

 

「ありがとう‼︎」

 

通路を挟んで隣の席に座っていたカルマ君から手渡された水筒のコップを一息に飲み干す。

やれやれ、中村さんの悪戯には困ったもーーー

 

「喉が焼けるように辛いぃぃぃぃっ‼︎」

 

「……カルマよ、いったい明久に何を飲ませたのじゃ?」

 

「え?タバスコの水割りだけど?」

 

そんなさも当然みたいな言い方をするな‼︎

くそぅ、幾ら辛さに悶えてたからってカルマ君から手渡されたものを無警戒に飲んでいいわけがなかった‼︎

 

「吉井ちゃん、これお茶ーーー」

 

倉橋さんが差し出してくれた蓋の開いたペットボトルを奪い取るようにして(あお)る。

救いの手を差し伸べてくれた彼女に対して物凄く失礼な気がするけど、今は辛さで礼儀に構っている余裕なんて僕にはなかった。

わさびとタバスコが合わさった尋常じゃない辛さを抑えるため、遠慮することなくお茶をゴクゴクと喉に流し込んでいく。

 

「明久、意識してねぇだろうがそれは倉橋との間接キスだぞ?」

 

「ブッ⁉︎ ゲホッゴホッゴホッ、オェェ……‼︎」

 

お茶が変なとこに入った……‼︎

なななな何を言ってるんだこの馬鹿雄二は‼︎ そそそそそんな間接キスくらいで僕が動揺するわけないことなくもないこともないわけないじゃないか‼︎

別に向かい側に座っている倉橋さんの唇が艶かしく感じるとか全然気になってなんかないんだからね⁉︎

 

「あ、私は飲んでないから気にする必要ないよ〜」

 

僕の胸のドキドキとお茶が気管に入った苦しみをどうしてくれるんだ。

まだ修学旅行が始まって目的地にすら着いていないのにこの疲労感……こういう時こそグリーン車の広い座席でゆっくりしたいと思ってしまうのだった。




次話
〜観光の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/12.html



中村「という感じで“旅の時間”は終了〜。君達は楽しんでくれたかね?」

カルマ「俺は別の意味で楽しかったよー」

雄二「俺も明久の苦しむ姿が見られて満足だ」

中村「うわぁお、下衆いねぇお二人さん。まぁ私も吉井で遊ぶのは楽しかったけどさ」

雄二「原作に比べたらこれまでは全然酷い目に遭ってなかったからな。酷い目に遭ってこその明久だろう」

カルマ「そして吉井を酷い目に遭わせてこその俺らだよねー」

中村「ちょっと、その言い方だとなんだか虐めみたいじゃん。せめて本人の許容量を超えた弄りって言ってよ」

雄二「それを世間一般では虐めと言うんだぞ。ただし明久は除く」

カルマ「虐めなんて酷いなー。俺は吉井の胃荒れを考慮してタバスコを水で割ってあげたんだよ?寧ろ感謝してほしいくらいだね」

中村「それで感謝する奴はよっぽどの馬鹿だわ。あ、じゃあ吉井は感謝するかな?」

雄二「いや、明久は小賢しいことに常識だけはまだ知っているからな。物事の善悪正誤くらいは理解できる範囲で判別できるだろう。それでも馬鹿だから判断を間違える可能性は否めないが」

カルマ「どちらかと言えば間違える可能性の方が高い気がする」

中村「吉井って悪運は強くても運は悪いもんねぇ。あのプチシュー、実は一番上の奴にしか細工してないから」

雄二「それを明久が取ると見越して一番上のプチシューだけに細工したんだろ?」

中村「まぁね〜、食べ物は粗末にしちゃいかんでしょ。残りは皆で美味しく頂きました」

カルマ「細工されたプチシューを取ったことじゃなくて、俺らに目を付けられたことが吉井の運が悪いところだよねー」

雄二「いや、そういうキャラ設定に作られたことから既に運が悪い」

中村「唐突なメタ発言キタコレ」

カルマ「あとは何があるかなー、吉井の駄目なところ」

雄二「んなもん大量にあるだろ。例えばだなー」

中村「ちょい待ち、そろそろ時間だよ」

雄二「ん?もうそんな時間か。じゃあそろそろお開きだな」

カルマ「えー、折角盛り上がってきたところじゃんか」

中村「まぁまぁ、そう文句を言いなさんな。それじゃあ次の話も楽しみにしといてねー」





明久「後書き丸々使って収まりきらないってどんだけ僕を馬鹿にしてるのさ⁉︎ 語り過ぎでしょ‼︎」

倉橋「皆、吉井ちゃんが好きなんだね〜」


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観光の時間

修学旅行一日目。新幹線とバスを乗り継いでほぼ一日を費やした後、僕らが今日から三日間お世話になる旅館へと辿り着いていた。

ちなみに本校舎の人達とは別の宿泊施設だ。E組(僕ら)は古ぼけた旅館の大部屋二部屋を借りて男女に分かれているだけだが、E組以外はホテルの個室だって聞いている。相変わらずE組を冷遇することには余念がないなぁ。

本格的な京都観光は二日目からであって、つまり殺せんせーの暗殺も明日からとなっている。先生の隙を突くのは難しいかもしれないけど、いつもと違う環境で暗殺をすることによって得られることもあるだろう。

 

「…………(ぐったり)」

 

「……殺せんせー、一日目で既に瀕死なんだけど」

 

「新幹線とバスで酔ってグロッキーとは……」

 

その殺せんせーはと言うと、旅館のソファーに顔色を悪くしながらぐったりと(もた)れ込んでいた。どうやら乗り物に弱いらしい。

これ、修学旅行で最大級の先生の隙なんじゃないだろうか?明日を待つまでもなく今すぐ殺った方がいいんじゃ……あ、駄目だ。岡野さんがナイフを振り下ろしたけど、ソファーに靠れ込んだままの先生に躱されていた。なんか普通に躱したけど、酔ってるのって演技とかじゃないよね?

 

「……神崎さん、どう?見つかった?」

 

「……ううん」

 

その傍らで何やら困った様子の茅野さんと神崎さんのやり取りが聞こえてきた。何かあったのかな?

 

「二人とも、どうかしたの?何か困り事?」

 

「あ、吉井君。実は神崎さんのまとめてた日程表が見当たらないんだけど、それらしいの見掛けたりとかしてない?」

 

「日程表って手帳とか?う〜ん、知らないなぁ」

 

「ブレザーのポケットに入れてたんだけど……何処かで落としたのかなぁ」

 

神崎さんはバッグの中も掻き分けて探していたが、やっぱり日程表とやらは見つからないらしい。

もし落としたんだったら東京駅に来る前だろうな。新幹線やバスの中、その乗り継ぎの時に落としたんだとしたら周りの誰かが気付くはずだ。

 

「神崎さんは真面目ですねぇ、独自に日程表をまとめていたとは……でもご安心を。先生手作りのしおりを持てば全て安心」

 

「それ持って歩きたくないからまとめてたんだと思いますよ」

 

殺せんせーが困っている神崎さんにあの分厚い手作りのしおりを差し出していた。っていうか先生、自分の分までしおりを作って持ってきてたのか。準備が良いなー。

と思っていたら枕を忘れたらしく、一度東京に戻ると言い出した。あれだけ無駄なものを詰め込んでいたのに、どうして必要なものは忘れてくるのか。準備が悪いなー。

まぁ今日はもう夜でやれることも少ないし、旅の疲れをゆっくりと癒すことにしよう。途中で無意味に疲れる出来事が多過ぎたしね。ツッコミとか悪戯とかリアクションとか……あれ?もしかしなくても旅はあんまり関係ない?

 

 

 

 

 

 

修学旅行二日目。僕らの旅行計画は八坂神社から始まり、円山公園を通って平安神宮を見て回る予定になっていた。僕らの班に殺せんせーが来るのは五班ということから最後なので、暗殺の舞台は最終目的地である平安神宮となっている。

ちょっと見て回る予定としては少ないかもしれないけど、移動に公共機関を使わないで興味を引かれた場所や食べ歩きを楽しみつつゆったりと周辺も散策していくらしい。旅行計画を立てる時に雄二と中村さんが中心になってそういう風に決めていた。

ということでまずは八坂神社だ。正しい入り口は南楼門というところらしいんだけど、西楼門というのが大通りに位置していて大きな朱色の門が綺麗らしいので記念撮影も兼ねてそっちから境内へと入ることにする。

皆で写真を撮った後に西楼門を抜けてすぐ、正面の少し奥まったところに小さな社があった。

 

「あ、あれが疫神社ってところ?ちょっと御参りしてってもいいかな?病院にお世話になったらお金が勿体無いし」

 

「普通は病気にならないように御参りするんだけどねぇ。お金の心配をしながら御参りするのはきっと吉井くらいだよ」

 

と言いつつ皆も着いてきて一緒に御参りする。

本当は茅草を編んで作られた()の輪とやらを潜って疫病除けするらしいんだけど、今は時期がずれていて設置されていない。まぁ神様なんだからちょっとくらい融通してくれるでしょ。

 

「さて、次に近い有名どころは大国主社だが……二人は縁結びに興味とかあんのか?」

 

「あんまり興味なし。自分の恋を神様に叶えてもらおうとか、そういう乙女チックな感性は持ってないわ」

 

「うーん、私もどっちでもいいかな〜。神様に頼んでも烏間先生を落とせるとは思えないし」

 

「……お前、烏間狙いなのかよ。あの堅物相手だと苦労するぞ」

 

倉橋さん、まさかの烏間先生狙いとは……そういえば“どんな猛獣でも捕まえてくれる人”がタイプって前に言ってたっけ。なるほど、確かに烏間先生だったらライオンでも捕まえられそうだ。

それじゃあ普通に本殿の方へと向かおうとしたところで、ムッツリーニが小さく手を挙げる。

 

「…………行きたいところがある」

 

「ほう、ムッツリーニが行きたいところとな?それはまた随分と珍しいのぅ」

 

「此処の神社にエロの神様なんていたっけ?」

 

旅行計画を立てる上で僕も多少は京都について調べたけど、そんな神様はいなかったはずだ。それとも真にエロい者だけが知っている秘密の神様とかだろうか?

 

「…………八坂神社にそんなものは存在しない」

 

「な、なんだって⁉︎ じゃあムッツリーニはエロと関係ないことに興味があるっていうの⁉︎」

 

微塵も予想していなかったムッツリーニの返事を聞き、僕は思わずその場で取り乱してしまった。

あ、あり得ない……‼︎ 普段から自己主張をあまりしないムッツリーニが、自己主張した上にそれがエロとは関係ないだなんて……‼︎

 

「ほぉ、ムッツリーニの希望か。んじゃ大国主社は後で覗くとして、まずはそこに向かうとしよう」

 

「(コク)…………こっちだ」

 

ムッツリーニが先導するという珍しい形で僕らは疫神社を後にする。

とは言っても八坂神社の境内にあるのでそう歩くこともなかった。

 

「なんじゃ、ムッツリーニの行きたいところとは刃物神社じゃったのか」

 

「…………困難を切り開く、開運のご利益があるらしい」

 

そう言うとムッツリーニは暗器として仕込んでいた本物のナイフと対先生ナイフを取り出して手を合わせる。

その行動を見て僕らもムッツリーニが此処を希望した理由を察した。

 

「そういうことか。確かに殺せんせーを殺れなかったら困難どころか未来も切り開けねぇわな」

 

「死んじゃったら夢も希望もエロもないもんね」

 

「うむ、刃物の神に願掛けといこうかの」

 

ムッツリーニに倣って僕らも仕込んでいた対先生ナイフを取り出す。

流石に本物のナイフは持ってきてないけど、殺せんせーに届ける刃という意味では対先生ナイフの方が合っているだろう。刃物じゃないけどまた融通してね、神様。

 

「……なんであんたらは普通に対先生ナイフを仕込んでんのよ。しかも土屋に至っては本物のナイフまで仕込んでるし」

 

ムッツリーニは暗器使いだからナイフくらい普通だよ。最近のキレる若者は簡単に刃物とか出してくるから、武器でも技術でも自衛手段くらいは身に付けておかないと。

刃物神社での願掛けを終えた僕らが次に向かったのは、女性にオススメと言われている美御前社であった。まぁ向かったっていうか境内を歩いていて次に差し掛かったのが美御前社だったんだけどね。

 

「あ、莉緒ちゃん。美容水あったよ〜」

 

「おー、これで身も心も綺麗になれるのかねー」

 

二人は先に御参りを済ませると、社の横にあった湧き水である美容水とやらを少量だけ掬って肌に付けていた。

美御前社には美の神様が祀られていて、手水鉢に注がれている美容水を肌に付けると身も心も美しくなれるらしい。舞妓さんや美容師さんとかにも信仰されているとか。

 

「別に今でも十分綺麗だと思うけどなぁ」

 

「……吉井君や。そういう言葉は誰にでも言わん方がいいよ」

 

「ほぇ?」

 

思ったことを言っただけなんだけど、何か気に障ったかな?僕としては褒めたつもりなんだけど……

美御前社に立ち寄った後は本殿とか舞殿とか、色々な場所を中心に見て回って八坂神社を後にした。神社を一つ回るだけでも意外と長く楽しめるもんだなぁ。

八坂神社を東門から出るとすぐに円山公園だ。桜の名所で祇園枝垂桜というのが有名らしいんだけど、五月ともなれば既に桜は散ってしまっていた。出来れば満開の桜も見てみたかったものである。

その代わりと言ってはなんだが、観光客もそこまで多くはなかったので落ち着いて散策することができた。古き良き日本って感じの自然溢れる園内は、景色を眺めて歩くだけでも現代社会で荒んだ心を癒してくれる。まぁそんなにストレス溜まってないけどね。

そんな自然豊かな円山公園の周囲には飲食店も多くあり、散策していたらお昼時だったので昼食も此処で摂ることにした。この修学旅行に備えて五月に入ってからは仕送り直後もサバイバル生活を送っていたんだ。美味しいものを贅沢にお腹いっぱいまで食べるぞー‼︎

 

 

 

 

 

「うっぷ……もう食べられない」

 

「幾らなんでも食べ過ぎじゃ」

 

「私の倍以上は食べてたもんね〜」

 

ちょっと調子に乗って食べ過ぎてしまった。でもそれは仕方のないことなんだ。あんなに美味しい料理が出てくる方が悪い。

しかし円山公園から平安神宮までは少し距離があるから食後の運動には丁度良いだろう。お店を出た僕らは平安神宮を目指して神宮道を歩いていく。

途中でこれまた美味しそうな甘味処を見つけて入ったり、神宮道を逸れて白川沿いを歩いてみたりと寄り道をしながら向かうだけで結構な時間が経過していた。これくらいの時間だったら平安神宮の境内を見て回っていれば、殺せんせーがやってくる時間まで狙撃ポイントを残しておいて誘導できるはずだ。

 

「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」

 

「すぐ戻るからこの辺りで待ってて〜」

 

平安神宮が見えてきた頃に倉橋さんと中村さんが近場のトイレへと向かった。僕らは特に尿意や便意は催してないので言われた通りその辺で待つことにする。

 

「今回の狙撃、成功するかな?」

 

「まぁプロの狙撃手(スナイパー)といえども難しいだろうな。狙撃で殺せるんならとっくに国が殺してるだろうし、通用するんなら他の班がもう殺してるだろ」

 

「そこで仕込んでおいた対先生ナイフの出番じゃ」

 

「…………狙撃に対処した瞬間の隙を狙う」

 

そう、僕らの本当の狙いは狙撃直後の奇襲だ。もちろん奇襲をより成功させるために狙撃の方の作戦も練ってある。

本殿で御参りする際、殺せんせーにも願い事をさせることで視界を奪うのだ。合図は鈴を鳴らして手を合わせた瞬間。気休め程度には先生の触手二本も封じることのできる最適なタイミングだろう。

ちなみに倉橋さんと中村さんに伝えてある作戦は狙撃までで奇襲のことは伝えていない。二人には殺せんせーを挟んだ状態で狙撃ポイントへと誘導するように頼んであり、最も接近する役割であることから奇襲を悟られないようにするためだ。僕らは二人の身体で作られる死角を使って仕込んだ対先生ナイフを取り出す予定である。

四人で奇襲の段取りを再確認していたその時、

 

「リュウキの奴、京都(こっち)でも女拐うなんてよくやるよな」

 

「しかもエリート中学の嬢ちゃんなんだろ?東京からの修学旅行中だってのに災難だねー」

 

「いやいや、エリート共じゃ想像もできねぇような楽しい遊びを堪能できんだ。お互いにwin-winって奴だろ」

 

「ギャハハハハ‼︎ んな一方的なwin-win、聞いたことねーよ‼︎」

 

「どうせ男と遊んだ経験なんてねーだろうし、俺らが優しく教えてやろうぜ」

 

通り過ぎていく学ランを着た五人の男の会話が聞こえてきて、その内容に僕らは一様に表情を険しくさせた。今の会話ってまさか……

 

「……雄二、どう思う?」

 

「……どうもこうもねぇよ。“エリート中学”に“東京からの修学旅行中”と来りゃあ……」

 

「…………椚ヶ丘の生徒である可能性が高い」

 

「……椚ヶ丘(うち)の生徒でなくとも見過ごせんじゃろ」

 

会話を聞いた限りで考えられるのは誘拐及び婦女暴行、それを行った仲間があの連中といったところだろう。

会話だけで証拠なんてものはないが、どう考えても犯罪行為だ。その被害に遭った相手が椚ヶ丘の生徒かどうかなんて関係ない。勘違いだったらそれでいいけど、もし考えた通りなんだったら早く助けてあげるべきだ。

そのために僕らが言葉に出して意思を疎通させる必要はなかった。そんなことをしなくても今からやることは決まっている。これまでの経験からそれぞれの役割を理解して行動に移していく。

 

「……秀吉、お前は此処に残って倉橋と中村のことを頼む。俺達のことは適当に誤魔化しといてくれ」

 

「うむ、承知した。相手は恐らく高校生であろう。気を付けるんじゃぞ」

 

テキパキと指示を出した雄二は、トイレに行っている倉橋さんや中村さんが心配しないようにする役割を秀吉に任せていた。僕とムッツリーニは言われるまでもなく、これから起こるであろう荒事に備えて気持ちを切り換える。

僕らを送り出すこととなった秀吉は注意を促してくれたが、それを聞いた雄二は敢えてその注意を鼻で笑い飛ばした。

 

「ハッ、俺らが殺そうとしているのは超生物、倒そうとしているのは防衛省上がりの軍人だぜ?」

 

それは秀吉を心配させないための雄二なりの優しさだったのか、純粋に自分の力を信じているが故の強みなのかは分からない。

だが僕らは暗殺生活が始まる前から荒事には慣れている。高校生の五人程度、油断や不測の事態が生じなければ遅れなど取ったりはしない。

 

「ーーー戦闘訓練の腕鳴らしだ。さっさとぶちのめして情報を吐かせるぞ」




次話
〜救出の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/13.html



倉橋「これで“観光の時間”は終わりだよ〜。皆も楽しんでくれたかな?」

秀吉「今回も変わらずいつも通りに後書きを進めていくぞい」

明久「なんか久しぶりの落ち着いた後書きになりそうな面子だね」

秀吉「荒らす奴がおらんからの。一つ原作との違いを指摘してから観光の話に進むとしよう」

明久「あー、神崎さんが日程表を入れてた場所か。バッグじゃなくてブレザーのポケットっていう」

倉橋「あ、そっか。バッグに入れてたら盗れないもんね〜」

秀吉「そういうことじゃ。神崎の記憶違いという可能性もなくはないが……まぁどちらでも結果は変わらん」

明久「じゃあ次は観光の話だね。本当に色々と調べるのが大変だったよ」

秀吉「原作に合わせた旅行計画を立てなければ事件とは遭遇せんからのぅ。じゃからと言って辻褄合わせで観光っぽくなくなっては意味がない」

倉橋「せっかくの修学旅行だもん。テキトーに終わらせるのなんてやだよ」

明久「まぁ主要な場所以外は散策ってことで少し(ぼか)してるけどね。ネット情報で詳細を詰め込むには限界だったんだ……」

秀吉「内容を詳細にして“これっておかしくないですか?”という指摘があっても対応できんしな……」

倉橋「世知辛い裏事情があったんだね……」

秀吉「茅野と神崎が連れていかれた場所も詳しくは分からんかったし、平安神宮方面ということにして場所と時間を誤魔化すしかなかったんじゃ……」

明久「……あー‼︎ やめやめ‼︎ こんな暗い裏事情よりも観光の話を続けようよ。後書きは言い訳する場所じゃないんだからさ」

秀吉「とは言っても大方の内容は本文の通りじゃがの。なので話すことはあまりないぞ?」

倉橋「だったら最後の展開について話したら終わりにする?」

明久「不穏な空気で終わっちゃったからねー。でもそれだって展開は読めてるだろうし……そう言われたら話すことってもうないな」

秀吉「それでは切りのいいところで終わることにするかの」

倉橋「……皆、怪我とかしないでね?」

明久「大丈夫だよ。僕らだって一応強いし、なんとかなるさ」

秀吉「ワシもお主らを信じておるからな。それでは次の話も楽しみにして待っとるんじゃぞ」





渚「……もしかしなくても僕らって引き立て役?」

杉野「そ、そんなことねーよ‼︎」

カルマ「どうだろうねー。まぁ原作以上ってことはないでしょ」

奥田「そ、そう悲観的にならず精一杯頑張りましょう‼︎」


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救出の時間

〜side 有希子〜

 

修学旅行二日目の班別行動時間。私達四班は殺せんせーを暗殺する場所を決めるために祇園へと訪れていました。一見さんお断りの店ばかりで人気(ひとけ)は少なく、周囲の見通しも悪くて隠れるところが多いことから暗殺にピッタリだと思って私の希望コースにしておいたの。

皆からの評判も良くて暗殺の決行を此処に決めようとした時、私達の前に高校生の男の人達が道を塞ぐようにして現れました。

明らかに観光目的じゃなさそうな雰囲気の中、相手が動く前に先制して攻撃を仕掛けたカルマ君。でもそのカルマ君も不意打ちを受けて倒されてしまい、私と茅野さんは縛られて車に押し込まれてしまいました。それを助けようとした渚君や杉野君も倒されてしまい、私達は抵抗することもできずに拐われて現在へと至ります。

 

「此処なら騒いでも誰も来ねぇ。今、友達(ツレ)にも召集かけてるからよ、一緒に楽しく遊ぼうぜ。ちゃーんと記念撮影の準備もしてな」

 

何処かの廃屋に連れて来られた私達は、その友達が集まるまでは放置されるみたいです。すぐに手を出されなくてよかったけど、それも時間の問題。手足を縛られた私達には逃げることすらできません。

 

「……そういえば、ちょっと意外だったな。さっきの写真、真面目な神崎さんにもああいう時期があったんだね」

 

何もできない中、口は塞がれていないので茅野さんが話し掛けてきました。私は()()()()()()()()()()()()()()()()()からまだ状況を飲み込めたけど、こういう事態に直面しても混乱していない茅野さんは凄いと思います。

その彼女が言っている写真とは、車の中で男の人が見せてきたその当時ーーー去年の夏頃の私を映した写メのことです。いつ撮られたのかも分からないその写メには、普段とは格好の違う私が映っていました。

 

「……うん。うちは父親が厳しくてね、良い肩書きばかり求めてくるの。そんな肩書き生活から離れたくて、知ってる人がいない場所で格好も変えて遊んでたんだ」

 

地元から離れたゲームセンターで遊んでいた結果、私は成績が落ちてE組行きに。()のように生きられれば楽だったろうなって思うけど、私には真似できず周りの目が気になって自分を隠してきました。だから茅野さんが昔の私を意外に思うのも無理ありません。

 

「分かる分かる。俺らもな、肩書きとか死ね‼︎ って主義でさ。エリートぶってる奴らを何人も台無しにしてきたからよ」

 

そんな私の話が聞こえていたのか、離れていた男の人が話に割り込んできました。

 

「良いスーツ着てるサラリーマンには痴漢の罪を着せてやったし、勝ち組みてーな女にはこんな風に拐って心と身体に消えない傷を刻んだり……そういう教育(遊び)を沢山してきたからよ。俺らの同類(仲間)になりゃ自由で肩書きなんてどーでもよくなるぜ?」

 

彼らの最低な告白に私も茅野さんも嫌悪感を露わにしました。自慢気に語られた内容が今から自分達の身にも降り掛かるのかと思うと、どれだけ気丈に振舞っていても身体が震えそうになります。

 

「ーーーふざけないで下さい」

 

だけど一つだけ、どうしても否定しておかないと私の想いが穢されたままになる気がして気付けば口を開いていました。

 

「自由っていうのは他の人の自由を尊重した上で成り立つものです。貴方達の言うそれは自由でもなんでもない……ただの横暴だわ。自由なんて言葉で語ってほしくありません」

 

誰の目も憚らず自由に過ごす()の生き方に憧れを抱いていた私にとって、この人達の言う“自由”は到底受け入れられるものではありません。たとえ私がこれからどうなることになったとしても、それだけは否定しておきたかった。

 

「……………」

 

私の言葉を聞いた男の人は、さっきまで楽しそう語っていた表情を消して無表情になっています。

しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には怒りの表情を浮かべて私の首を締めてきました。

 

「何エリート気取りで見下してンだ、あァ⁉︎ お前もすぐに同じレベルまで堕としてやンよ‼︎ つまらねぇ戯言が言えなくなるくらいまでな‼︎」

 

く、苦し……息が…………‼︎

首元を締められる圧迫感によって呼吸ができず、喉を押さえられているため声も出せません。

その苦しみは男の人の激情が収まるまでの短い間だけでしたが、首を絞められたまま私は乱雑に放り投げられます。

 

「いいか。今から俺らの相手を夜までしてもらうがな、宿舎に戻ったら涼しい顔でこう言え。“楽しくカラオケしてただけです”ってな。そうすりゃだ〜れも傷つかねぇ」

 

その時、ギィ……という音を立てて廃屋のドアが開かれました。召集を掛けていたっていうこの人達の友達が着いたのでしょうか。

 

「お、来た来た。うちの撮影スタッフがご到着のようだぜ」

 

同じように考えた男の人も愉悦の表情で音のした方向へと振り向きました。

しかしその表情はすぐに驚愕で彩られることとなります。

 

「ーーー修学旅行のしおり1243ページ、班員が何者かに拉致られた時の対処法。犯人の手掛かりがない場合、まずは会話の内容や訛りなどから地元の者かそうでないかを判断しましょう」

 

真っ先に目に入ったのは高校生の人達と同じ学生服を着た男の人。でもその顔は殴られたように腫れていて、後ろから襟首を掴まれて無理矢理に立たされていました。既に意識も失っているのか白目を剥いており、襟首の手を離されるとその場で崩れ落ちます。

 

「地元民ではなく更に学生服を着ていた場合、1244ページ。……考えられるのは相手も修学旅行生で、旅先でオイタをする輩です。その手の輩は土地勘がないため、近場で人目に付かない場所へと向かうでしょう」

 

そして男の人が崩れ落ちたことによって後ろから姿を現したのは、殺せんせー自作のしおりを持つ渚君を筆頭にした四班の皆でした。良かった、酷い怪我とかはなさそうで……

皆は殺せんせーのしおりに書かれた内容を見て拐われた私達の居場所を特定したみたいです。凄く分厚いとは思ってたけど、班員が拉致された時の対処法まで書いてあるんだ……今回はそのおかげで助かったけど、やっぱりしおりに書いておく内容じゃないよね。

 

「……で、どーすんの?お兄さんら。……こんだけの事してくれたんだ。あんたらの修学旅行、この後の予定は全部入院だよ」

 

「……フン、中学生(チューボー)が粋がんな」

 

最初こそ居場所を特定されて焦っていた男の人達でしたが、駆け付けたのが四人だけだと分かると落ち着きを取り戻していきました。一度は襲って倒した相手だと、その経験が焦りを打ち消したんだと思います。

更に外からは複数の足音が聞こえてきて、彼らは勝ち誇ったように笑みを浮かべました。

 

「呼んどいた友達(ツレ)共だ。これでこっちは十人。お前らみたいな良い子ちゃんは見たこともないような不良共だぜ」

 

折角皆が助けに来てくれたっていうのに、ここで相手の増援が到着するなんて……形勢が有利になったと思ったのに一転して絶体絶命のピンチです。

このままじゃ全員が取り返しのつかない酷い目に合う最悪の事態にーーー

 

 

 

 

 

「ーーー期待を裏切って悪いな、兄ちゃん。そいつらとはクラスメイトだからよ、毎日のように教室で顔を合わせてるんだわ」

 

 

 

 

 

しかしそんな私の想像を余所に現れたのは、不良なんかじゃなくて見知った顔触れの人達でした。

これには男の人達だけじゃなくて顔見知りである私達も驚きました。渚君が驚きながらも彼らへと疑問を投げ掛けます。

 

「坂本君……‼︎ それに吉井君や土屋君まで……‼︎ 三人共、どうして此処にーーー」

 

「だ、誰だてめぇら⁉︎ クソッ、あいつらは何やってんだよ‼︎」

 

「あぁ、お友達とやらだったら拷もーーー問い掛けに快くこの場所を教えてくれたから、今は安らかに路地裏で気絶して(眠って)もらってるぜ」

 

坂本君、今“拷問”って言い掛けなかった……?

渚君の疑問は男の人が遮ってしまいましたが、坂本君の言葉でどうして此処に来れたのかは推測することができました。どういう経緯があったのかは分からないものの、召集を掛けたっていう人達と遭遇して事情を聞き出したのだろう。

 

「カルマ君、君が付いててなんでこんな連中にやられてんのさ」

 

「…………油断でもしたか」

 

「うっさいなー。こっちにも色々とあったんだよ」

 

駆け付けてくれた吉井君達は余裕そうに四班の皆へと話しかけていました。皆も相手の増援がないことが分かって少し表情を緩めています。

そこで形勢の不利を悟った男の人が、近くに座り込んでいる私達へと手を伸ばそうとしてーーー

 

「おっと、全員そこから一歩も動かないでよ。二人を人質にしようなんて考えも捨ててね。……動いたら即座に()()()から」

 

それよりも早く吉井君の警告が飛んできました。

でもそんな口だけの脅しを素直に聞くほど彼らも大人しくありません。

 

「あァ⁉︎ 何ふざけたこと抜かしてーーー」

 

その警告を無視した一人が一歩踏み出してーーー音もなく崩れ落ちました。

吉井君どころか私達の誰一人として何もしていません。本当に一瞬で落とされた仲間を見て、残った男の人達も表情を強張らせています。

 

「な……てめぇ、いったい何しやがった⁉︎」

 

「知りたい?……いいよ、見せてあげる。人智を超越した怪物の力を」

 

不敵に笑う吉井君に対して男の人達は訳が分からず(おのの)いていましたが、その台詞を聞いた私達には何が起こったのかが何となく理解できました。

私達にとって“人智を超越した怪物”って言えば……

 

 

 

「ーーー超生物召喚(サモン)‼︎」

 

 

 

吉井君の掛け声が響き渡ると、屋内でありながらも突風が吹き荒れました。それによって廃屋内に積もった埃や塵が舞い上がり、私達の視界を少しの間だけ覆い隠します。

そうして次に私達の視界が開けた時には、アカデミックドレスに三日月が刺繍された巨大ネクタイ、それと頭に黒頭巾を被った殺せんせーが何処からともなく現れていました。

 

「……吉井君、先生を怪物扱いするなんて酷くないですか?」

 

「いやだって事実でしょ」

 

殺せんせーと吉井君がなんとも緊張感の欠けるやり取りをしています。

他班である吉井君達と殺せんせーが連絡を取り合っていたとは思えないから、渚君達から連絡を受けて行動していた殺せんせーと鉢合わせたってところかな。

 

「……で、何その黒子みたいな顔隠しは」

 

「暴力沙汰ですので……この顔が暴力教師と覚えられるのが怖いのです」

 

「既に手遅れじゃないですか?僕らが椚ヶ丘の学生ってのは割れてんだし」

 

尚も続けられている緊張感の欠けたやり取りに、無視されていた男の人達が大きな声で怒鳴り散らします。

 

「……せ、先公だとォ⁉︎ ふざけんな‼︎ 舐めた格好しやがって‼︎」

 

怒りを露わにしながら殺せんせーへと殺到する男の人達でしたが、やっぱり吉井君がした警告の意味ーーー殺せんせ(怪物)ーの存在は理解できていないようでした。

彼らが駆け出した瞬間、目にも見えない速さで先生の触手が振るわれます。というのは男の人達が崩れ落ちた結果から導き出した想像で、当然ながら私にも振るわれた触手は見えませんでした。

 

「ふざけるな?……それは先生の台詞です。蝿が止まるようなスピードと汚い手で、うちの生徒に触れるなどふざけるんじゃない」

 

顔色を真っ黒にさせた殺せんせーが低い声音で呟きました。生徒(私達)が危険な目にあったことで相当に怒ってくれている証です。

しかし殺せんせーの触手に耐えた男の人達のうちの一人が、膝を震わせながらも刃物を取り出すと先生に向けて構えました。

 

「……ケッ、エリート共は先公まで特別製かよ。てめぇも肩書きで見下してんだろ?馬鹿高校と思って舐めやがって」

 

それを聞いた殺せんせーが間髪入れずに言い返します。

 

「エリートではありませんよ。確かに彼らは名門校の生徒ですが、学校内では落ちこぼれ呼ばわりされています。……それでも彼らは、そこで様々なことに前向きに取り組んでいます。学校や肩書きなど関係ない。前に進もうとする意志さえあれば、何処であっても何者であろうとも自由に生きることはできるのです」

 

「…………‼︎」

 

殺せんせーの言葉を聞いて、私は自分の考え方が間違っていたことに気付きました。

()の自由な生き方に憧れを抱いてはいても、私に真似することはできないと行動してこなかった。周りの目を気にして自分を隠してきた。

だけど自由に生きるために()の真似をする必要なんてない。()に憧れを抱いているのも私の自由だし、周りの目を気にするのも気にしないのも私の自由だったんです。

重要なのは自分の意志。そこからどういう生き方を選ぶのか、その選択の先に私の憧れた()と同じ自由があるんだと思いました。

 

「ーーーハッ、先公の説教…なんざ……御免だ……ぜ……」

 

恐らく気力だけで持ちこたえていたであろう男の人でしたが、殺せんせーの言葉に悪態を吐きながら力尽きました。これで今回の事件は終わった……のかな?

それまで殺せんせーと男の人のやり取りを見守っていた吉井君でしたが、男の人が倒れたのを確認すると私達の元へ駆け寄ってきました。

 

「二人とも大丈夫?何も酷いことされてない?ちょっと待ってて、すぐに縄を解くから」

 

「ありがとう、吉井君」

 

一生懸命に縄を解こうとしている吉井君に、私は笑みを浮かべて感謝の言葉を述べます。茅野さんの縄は吉井君に続いて駆け寄ってきた渚君が解いていました。解放された手首を確認したけど、特に跡などは残ってなさそうです。

そうして廃屋から出た私達でしたが、なんだか外の空気が新鮮に感じました。これは廃屋内の空気が淀んでいたから……だけではないと思います。私の気持ちの問題もあるでしょう。

 

「……神崎さん、何かありましたか?」

 

「え……?」

 

そんな私に殺せんせーが抽象的な質問をしてきました。どういう意図か分からず私は疑問で返します。

 

「酷い災難に遭ったので混乱していてもおかしくないのに、何か逆に迷いが吹っ切れたような顔をしています」

 

……やっぱり殺せんせーは凄いなぁ。生徒のちょっとした変化も見逃さないんだもん。本当に頼りになる先生です。

 

「……特に何も。殺せんせー、ありがとうございました」

 

でもその質問には答えてあげません。私が憧れた()ーーー吉井君の前でそれを言うのは恥ずかしいですし。

これからは自分を隠すことなく自由に生きていくことにします。それが吉井君の隣に立つための第一歩だと思うから。




次話
〜好奇心の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/14.html



渚「これで“救出の時間”は終わりだね。皆は楽しめたかな?」

雄二「漸くヒロインの登場だ。楽しめなくても楽しみにしてた奴はいるんじゃないか?」

杉野「…………(ドンッ、ドンッ、ドンッ)」

渚「杉野……気持ちは分かるけど壁殴りは止めようよ」

雄二「そりゃまぁ、原作であんだけ一途に想ってたんだ。終ぞフラグは立たなかったがショックは大きいだろう」

杉野「フラグが立たなかったとか言うな‼︎ “名簿の時間”でも()()って強調されてて凹んだんだぞ‼︎」

渚「それにしても、今回は語り部になった神崎さんが呼ばれると思ってたのにいないんだね」

雄二「本人を呼んで今回の内容をどう語らせるってんだ。神崎を惚気させるのか?そういうのは本編で待っとけ」

杉野「嫌だーッ‼︎ 神崎さんが惚気る姿なんて見たくないーッ‼︎」

渚「少しは落ち着きなよ。何もすぐに神崎さんが惚気るってわけじゃないんだから」

雄二「あぁ、さっきは“本編で”って言ったが番外編で神崎と明久の話を予定しているらしいぞ。未来じゃなくて過去の惚気が見られるかもしれんな」

杉野「ーーー」

渚「これほど“絶句”って言葉が似合う表情を初めて見た気がする‼︎ っていうか坂本君も火に油を注がないでよ‼︎ 杉野がキャラ崩壊してるじゃないか‼︎」

雄二「いや、神崎が絡んだ時の杉野って大体こんな感じじゃないか?」

杉野「…………(ブツブツ)」

渚「なんか杉野が呟きだしたんだけど……」

杉野「……そうだ。神崎さんがメインヒロインとは一言も言われてないじゃないか。もしかしたらサブヒロインっていう可能性もある。だったらまだ俺にだってチャンスが……」

渚「思いっきり現実逃避してた‼︎ ……でも実際のところ、吉井君にサブヒロインっているの?」

雄二「どうだろうな。原作で姫路と島田の二人がいたことを考えると、(あなが)ち杉野の妄想とは言えんかもしれんぞ?まぁだからと言って杉野に振り向くことはないと思うが」

杉野「そんなことはねぇ‼︎ そうと決まったら振り向いてもらうために自分磨きの旅に出るぞ‼︎」

渚「え、今から⁉︎ ちょっと待って……行っちゃったよ。ごめん‼︎ 僕、杉野を追い掛けてくるから今回はこの辺で‼︎」

雄二「……ということらしい。渚の奴も行っちまったから後書きは終わりだ。次回も楽しみにして待っとけよ」





殺せんせー「まさか私のしおりが(鈍器として)使われる場面をカットされるなんて……」

カルマ「渚君は普通に使ってたんだから別にいいじゃん」


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好奇心の時間

〜side 渚〜

 

波瀾万丈だった修学旅行二日目の夜。

班員の拉致という大きな危機をなんとか乗り切った僕らは、旅館へ帰るとすぐに疲れた身体を癒すためお風呂へと直行した。高校生に殴り倒されたり埃っぽい廃屋に出入りしたりして汚れてもいたので尚更である。

因みに吉井君達は茅野と神崎さんを助けた後、平安神宮に向かうといって僕らとは別れていた。聞けば倉橋さんと中村さんには黙って助けに来てくれたらしく、誤魔化すために残った木下君と観光している二人に謝らないといけないらしい。不良五人を相手に喧嘩した後で駆けつけてくれたとは思えない軽快さだ。

 

「うぉぉ‼︎ どーやって避けてんのかまるで分からん‼︎」

 

「なんだか恥ずかしいな」

 

そしてお風呂上がり。旅館に設置されていたゲームコーナーで神崎さんの絶技が披露されていた。杉野のリアクションに対して神崎さんはお淑やかに微笑んでるけど、その仕草とは裏腹に手つきはプロのそれである。

 

「凄い意外です。神崎さんがこんなにゲーム得意だなんて」

 

「……黙ってたの。遊びが出来ても進学校(うち)じゃ白い目で見られるだけだし」

 

奥田さんの感心するような反応に、神崎さんはゲームをしていた手を止めて自身の想いを僕らに話してくれた。

周りの目を気にして自分を隠したまま過ごし、それ故に自分から行動してこなかったため自信が無かったそうだ。

そういう自分の考え方が殺せんせーの言葉で間違っていたのだと気付いたらしい。大切なのは自分がどう在りたいかだと言っていた。

なるほど、それで拐われた後に迷いが吹っ切れたような顔をしてたのか。

 

「……あれ?神崎さんがゲームしてるなんて珍しいね」

 

そこに僕らと同じくお風呂上がりらしい浴衣姿の吉井君がやってきた。

旅館に帰ってきた時にあの後どうなったのか話を聞いたけど、倉橋さんと中村さんには特に怒られたりとかはなかったそうだ。

というか烏間先生が四班(僕ら)のトラブルで暗殺は中止って連絡を次の五班にメールで伝えていたらしく、三人が消えたタイミングと合わせて木下君が問い詰められて白状していたらしい。

 

「神崎さん、よかったら僕と対戦してよ」

 

吉井君はゲームをしている神崎さんへ近寄ると対戦を申し込んできた。

確かに吉井君もゲームが得意そうなイメージはあるけど、今の神崎さんの実力を見せられたら勝つのは難しいと思うなぁ。

その吉井君の申し出を、神崎さんはなんだか嬉しそうな様子で受け入れていた。

 

「うん、いいよ。対戦しよっか」

 

「いいの?やった‼︎ 一年振りのリベンジマッチだ‼︎ 前の僕とは違うってことを見せてあげる‼︎」

 

神崎さんが了承してくれたことで、吉井君は嬉々としながら隣のゲーム台へと座り込んだ。更に浴衣の袖を捲って凄く張り切っている。

……ん?()()()()()()()()()()()()

その言葉に引っ掛かったのは僕だけじゃなかったらしく、他の皆も吉井君と神崎さんに疑問の視線を向けていた。

でも僕ら以上に驚いた様子の神崎さんが吉井君を見つめており、そんな僕らの様子に気付かず意気揚々と小銭を取り出している吉井君に神崎さんが問い掛ける。

 

「……吉井君、私のこと気付いてたの?」

 

「え?…………あ」

 

言われて何かに気付いたのか、呆然としていた吉井君が急に慌てた様子で神崎さんへと謝り始めた。

 

「ご、ごめん神崎さん‼︎ 皆にはゲームのこと黙ってたのに、やってる姿を見たらまた対戦したくなってつい口が……‼︎」

 

「……ううん、こっちこそごめんね。なんだか気を遣わせちゃってたみたいで……もうゲームのことは隠してないから気にしなくていいよ」

 

なんだか二人の間では話が進んでるけど、事情を知らない僕らでは何となくでしか想像することができない。

えぇっと……吉井君は神崎さんのことを知ってたけど、神崎さんは吉井君が知ってたってことを知らなくて……でも二人は前から知り合ってて……うん、どういうことなんだろう?

同じく頭を捻っていた茅野が二人に疑問を投げ掛けていた。

 

「吉井君、神崎さんがゲーム得意ってこと知ってたの?というか二人って前から顔見知りだったんだ」

 

「うん、まぁね。神崎さんと顔見知りだったかって言われると少し微妙なんだけど……取り敢えずゲーマーとして勝負を競い合った仲ではあるよ」

 

「一年くらい前にゲームセンターで初めて会ったんだけど、確か戦績は十三勝一敗で私が勝ち越してたかな」

 

「競い合ったっていうか惨敗してた⁉︎」

 

ちょっと吉井君が一勝したゲームがなんだったのか気になるところだ。神崎さんがゲームで負けている姿を想像できない。

 

「……ねぇ、吉井君。今更だとは思うんだけどさ、前みたいに名前で呼んでもいいかな?」

 

「え?うん、別にいいけど……だったら僕もユッキーって呼んだ方がいい?」

 

「……ううん。“ユッキー”はあの時だけの渾名だから……私のことは今まで通りでいいよ。改めてよろしくね、明久君」

 

……うん。これまた何となくだけど、二人の会話を聞いて想像することはできた。

どうやら神崎さんは吉井君と会った時に渾名ーーー偽名を使って接していたようだ。もしかしたら変装とかもしていて、自分だとは気付かれていないって思ってたのかもしれない。それだったら最初のリアクションにも辻褄が合う。

色々と複雑な事情が二人にはあったみたいだけど、今回のことを切っ掛けにして少しでも解消できたのなら悪いことばかりじゃなかったなって思うよ。まぁ決して良いことだったとは言えないけどね。

 

何やら良い雰囲気になっている吉井君と神崎さんだったが、一通りの話を終えるとゲームの対戦を始めていた。既に二人ともゲームへと入り込んでおり、それでいて楽しそうにボタンとレバーを駆使して画面上の自機を操っている。

やっぱり神崎さんの方が上っぽいけど、吉井君だって負けじと食らいついていた。白熱する対戦に茅野と奥田さんも熱中して見入っており、僕も二人の対戦を観戦する……けどその前に、

 

「杉野、しっかりして。二人の対戦が始まっちゃったよ」

 

吉井君と神崎さんの会話を聞いて正気を失っている杉野を起こすとしよう。神崎さんが“明久君”って呼んだ辺りから目の焦点が合っていない。

杉野の神崎さんへの片想いは前途多難っぽいけど頑張れ。僕は友達として応援してるからね。

 

 

 

 

 

白熱したゲーム対戦は予想通り神崎さんの勝利で幕を閉じた。負けて悔しがる吉井君とその様子を懐かしそうに眺めていた神崎さんであったが、またの再戦を約束して今回のところはお開きである。

それから寝室に戻って駄弁っていた僕らだったが、トイレに行きたくなって杉野と岡島君とともに大部屋を出た。個室じゃなくて大部屋だから共有のトイレを使わなければならないのだ。

と、そこで男湯の前で何やらコソコソしている中村さんと不破さんに出会(でくわ)した。

 

「中村さん達、何してんの?」

 

「しっ‼︎」

 

気になって声を掛けると、中村さんから静かにするように指を口の前で立てられる。本当に彼女達は何をやってるんだろうか?

その疑問はすぐに中村さんから得られた。

 

「決まってんでしょ……覗きよ」

 

「覗きィ?それって男子(俺ら)仕事(ジョブ)だろ?」

 

いや、仕事(ジョブ)ではないよね。まぁどっちの役割かって訊かれたら、確かに女子じゃなくて男子の役割なんだろうけどさ。

 

「…………呼んだか?」

 

「土屋君は何処から出てきたの⁉︎」

 

音もなく急に土屋君が出てきたから普通にビックリした。さっきまで周りには僕ら以外いなかったっていうのに……これはもう地獄耳ってレベルじゃないと思う。

 

「でも土屋、覗くのは男湯らしいぞ?」

 

「…………犯罪行為、良くない」

 

岡島君の言葉を聞いた土屋君は目に見えて感情が冷めていった。もし男湯じゃなくて女湯の覗きだったら率先して行動していたに違いない。これで本人はエロを隠してるっていうんだから驚きだよね。

 

「いいえ、犯罪にはならないわ。アレを見てもそれが言える?」

 

暖簾を分けて中村さんが示した先には、アカデミックドレスに三日月が刺繍された巨大ネクタイなどの衣服が置かれていた。

……ってことは今お風呂に入ってるのって殺せんせーなのか。これは興味が惹かれないって言ったら嘘になる。

 

「首から下は触手だけか、胴体あんのか、暗殺的にも知っておいて損はないわ。もしかしたらお湯を吸ってふやけてるかもしれないし」

 

「……この世にこんな色気ない覗きがあったとは」

 

男としてそこは岡島君にちょっと同感だ。土屋君も横で首を縦に振っている。

そうして中村さん先導の下、ある意味で緊張しながら僕らは脱衣所に侵入して浴室へと繋がるドアに手を掛けた。果たして殺せんせーの服の下はどうなっているのか……

音を立てないようにして慎重にドアを開けたその先にはーーー泡風呂に浸かった殺せんせーが触手()を持ち上げて洗っている姿が。

 

「女子かっ‼︎」

 

覗き込んだ中村さんも思わずといった様子でツッコんでいた。それによって僕らに気付いた殺せんせーも顔をこっちへと向けてくる。

 

「おや、皆さん」

 

「なんで泡風呂入ってんだよ」

 

呆れたように杉野が指摘していた。そういえば入浴剤って禁止じゃなかったっけ?

 

「これは先生の粘液です。泡立ち良い上にミクロの汚れも浮かせて落とすんです」

 

「ホント便利な身体だな‼︎」

 

ここまで来ると殺せんせーっていったい何ができて何ができないのか、ほぼ万能だから可能と不可能を絞り込むことができない。まだまだ情報を集めていかないとな。

と、そこで殺せんせーの頭目掛けて対先生ナイフが飛んでいった。浴槽に浸かったまま容易く躱した殺せんせーに対し、対先生ナイフを投擲した土屋君は観察するようにその結果を眺めている。

 

「…………動きに変化なし。これは雄二に報告する必要がある」

 

「そういえば水が弱点なのに余裕で躱したわね。身体がふやけてる様子もないし」

 

殺せんせーの粘液風呂によって注意が逸れていたけど、確かに坂本君達が水風船で暗殺を仕掛けた時のような変化は見られない。

どういう原理なのかは分からないが、取り敢えずお風呂に入っていても身体がふやけることはないようだ。

 

「これじゃあ殺すことは出来そうにないわね……。でも浴槽から出る時に裸くらいは見せてもらうわ」

 

そう言って中村さんも懐から対先生ナイフを取り出した。浴槽を出てから僕らの後ろにある出口を抜けるまで、少しでも邪魔をして殺せんせーの全身を確認するつもりらしい。

 

「そうはいきません」

 

しかし殺せんせーも僕らに裸を見られるつもりはないようで、浴室から逃走しようとその場で立ち上がった。ーーー浴槽を満たしていたお湯ごと。

 

「煮凝りかっ‼︎」

 

何故かお湯が浴槽の形を保ったまま殺せんせーに張り付いていた。しかも粘液でお湯が泡立っているのでお湯を通して見ることもできず、僕らの視線から上手く身体を隠している。

更には僕らが塞いでいる出口ではなく反対側の窓から逃げていく始末……修学旅行で皆のことは色々と知れたけど、殺せんせーの正体には全然迫れなかったなぁ。

全員が虚しい気持ちを抱えたまま覗きは終了し、トイレに行く途中だった僕らはトイレに行ってから大部屋へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

「何?殺せんせーは風呂に入っても問題なかっただと?」

 

「…………(コクリ)」

 

大部屋で話していたらムッツリーニが突然いなくなり、しばらくするとトイレに立った渚君達とともに戻ってきた。いったいどうしたのだろうか。

そのことをムッツリーニに訊いたら、さっき行われたという覗きの一部始終について話してくれた。なるほど、コイツが消えるには納得の理由だ。

でもどうせ覗きに行くなら僕も一緒に誘って欲しかったよ。女湯ーーーじゃなくて、殺せんせーのことは皆で共有するべきである。

 

「う〜ん、どういうことなんだろう……お湯は大丈夫ってことなのかな?」

 

「水と湯に成分的な違いはないはずじゃが……もしかすると温度によって差があるのかもしれん」

 

しかしその覗きによって新たな疑問が出てきたな。殺せんせーの弱点は水のはず……これはどう考えるべきなんだ?

 

「……ムッツリーニ。殺せんせーが逃走する時、お湯が煮凝りみたいになってたって言ったな?」

 

ムッツリーニの話を聞いてから考え込んでいた雄二だったが、頭の中である程度まで考えがまとまったのか確認を取っていた。

雄二の確認にムッツリーニも黙って首肯を返す。

 

「……殺せんせーが分泌する粘液とやら、それに水分の凝固作用があるのかもしれん。推測の域は出ねぇが、少なくとも浴槽一杯分の水を無効化できるくらいには……となると水を浴びせて弱体化させるには想定より大量の水が必要だな」

 

僕らに考えた内容を話しているというよりは、自分の考えをまとめるために口に出している感じだ。今も何やら一人でブツブツと呟いている。

 

「おーい、お前らもこっち来て話に加われよ」

 

そんな放置されている僕らに前原君が声を掛けてきた。そういえばさっきから大部屋の真ん中に集まって皆で何かを話してたな。

でもまだ雄二は考え込んだままだし……と思っていたら静かになった雄二が顔を上げた。

 

「……取り敢えずこの話は終わりだ。考えたところで結論は出ねぇ。また暗殺(検証)していかないとな」

 

溜め息を吐きながら立ち上がると、雄二は集まっている皆の方へと歩いていく。なんだかんだ集中しながらも前原君の呼び掛けは聞こえていたようだ。

僕らも雄二に続いて大部屋の真ん中へと向かうことにする。

 

「やっぱ一位は神崎さんか」

 

「まぁ嫌いな奴はいないわなー」

 

円を描くように座っている皆の元へ近付くと、その円の中心に置かれている紙を覗き込んで皆が話し合っていた。呼ばれて来た僕らも気になってその紙を覗き込む。

 

「えー、何々?……気になる女子ランキング?……これはまた随分と定番な話題だね」

 

「修学旅行の夜って言ったらこれだろ。……で、お前らはどうなんだ?」

 

僕らを呼んだ前原君が顔に好奇心を浮かべて問い掛けてきた。好きだねぇ、そういうの。

まぁ確かに揶揄(からか)ったりするネタとしては丁度いいけどさ。

 

「……ふむ。この“気になる”というのは“好意を寄せる相手”という意味で捉えれば良いのか?それとも文字通りに“気になる”という意味かの?」

 

「そう難しく考えなくていいって。単純に可愛いとか性格が合うとか、木下の言う通り何となく気になるって理由でもいいからさ」

 

秀吉の疑問に磯貝君が笑いながらそう答えていた。普段は委員長している磯貝君もこういう話には興味があるらしい。どれだけしっかりしててもやっぱり中学生だね。

その返答を聞いて秀吉はすぐに答えを出した。

 

「それならばワシは茅野じゃの。理由までは言わんがな」

 

「なんか含みのある言い方だな……この際だから理由も言おうぜ」

 

「悪いの。こればっかりは秘密じゃ」

 

追求してくる前原君を秀吉は軽く躱しているが……はて、秀吉が茅野さんを気にするような出来事って何かあったかな?少なくとも僕には思いつかないけど……

そうこうしているうちに今度はムッツリーニが答えていた。

 

「…………片岡だな。俺が活動するには避けられない相手だ」

 

「土屋の“気になる”は本当に“警戒する”って意味合いがデカいな……」

 

ムッツリーニの片岡さんが気になる理由を聞いて磯貝君は苦笑している。

彼女は委員長であると同時に風紀委員的な存在でもあるため、オープンエロの岡島君はよく説教されているのだ。隠密行動重視のムッツリーニも気を抜けば現行犯で説教されてしまうことだろう。

二人が言ったことから今度は僕と雄二に視線を向けられるが……気になる女子ねぇ。

 

「んなもんに興味はねぇが……まぁ無難に神崎に入れとくか」

 

「う〜ん、僕も神崎さんかなぁ。彼女にはゲームでの借りがあるからね」

 

さっきもボコボコにされてきたし……アーケードだとブランクがあると思ってたのに、全くと言っていいほど腕に衰えがなかった。どうにかして神崎さんに勝てないものか……

 

「あん?おい明久、それ言ってもいいのか?」

 

神崎さんに勝てそうな作戦を考えていると、雄二が訝しげに問い掛けてきた。あぁ、そういえば雄二には言ってなかったな。

 

「うん、もう隠してないんだってさ。さっきも旅館のゲームで対戦してきたし」

 

「ってことは明久の敗北記録更新か。お前の無様な負け姿を拝みたかったぜ」

 

僕の負け前提で話してることがムカつく。間違ってないから言い返せないけど。

そんな僕らの会話に皆も興味が惹かれてるっぽかったが、そこへ飲み物を買いに出ていたカルマ君が帰ってきた。

 

「お、面白そうな事してんじゃん」

 

帰ってきてさっそく僕らの真ん中に置かれている紙を覗き込んでいた。まぁこんなネタになりそうな話題をカルマ君が見逃すはずないよね。

 

「カルマ、良いとこ来た」

 

「お前、クラスで気になる娘いる?」

 

「皆も言ってんだ。逃げらんねーぞ」

 

しかしそれは皆にも言えることだった。これを機にカルマ君のネタになりそうな話題も知っておきたいってところだろう。カルマ君のプライベートってあんまり知らないし。

皆から訊かれたカルマ君は少しだけ考え込む。

 

「……うーん、奥田さんかな」

 

おぉ、なんか意外なチョイスだ。僕的には二人って正反対の性格だと思うけど、修学旅行で同じ班になって気になるようになったとかかな?

 

「だって彼女、怪しげな薬とかクロロホルムとか作れそーだし。俺の悪戯の幅が広がるじゃん」

 

「……絶対にくっつかせたくない二人だな」

 

これについては完全に同意である。カルマ君の悪戯の幅が広がる = 被害者の増加 or 被害の拡大ってことだからね。……っていうかどっちにしても僕に被害が来そうな気がする。

男子の投票結果が集まったところで磯貝君が真ん中に置かれている紙を回収していた。

 

「この投票結果は男子の秘密な。知られたくない奴が大半だろーし、女子や先生には絶対にーーー」

 

と、そこで話をまとめていた磯貝君の言葉が途切れる。見れば何やら視線が何処かへと逸れており、磯貝君の視線を辿って皆もその方向へと顔を向けるとーーー襖の隙間からこっちを覗き込んでいる殺せんせーの姿が。

その手には手帳が構えられており、何かを書き込んだ後にそっと襖を閉めて先生は大部屋から立ち去っていった。

 

「メモって逃げやがったっ‼︎ 殺せっ‼︎」

 

即座に対先生ナイフや銃を取り出した皆は、殺せんせーを殺すべく一斉に大部屋を飛び出していく。

更に少しすると女子の声も聞こえてきて、ドタバタと結構な大騒ぎになっていた。女子部屋でも何かあったのだろうか。

 

「……先に布団でも敷いてようか」

 

「そうだな。騒ぎが収まるまで煩くて寝れねぇだろうが」

 

大部屋に残った僕らは皆が騒いでる間に寝る準備をすることにした。いやだって殺しに行っても殺せないだろうし、どうせなら夜くらいはゆっくりしたいじゃん。

取り敢えず静かになるまでまた駄弁ってようかな。修学旅行の夜はまだまだこれからなんだしさ。




次話 番外編
〜私と彼とゲームセンター〜
https://novel.syosetu.org/112657/15.html

次話 本編
〜転校生の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/16.html




茅野「これで“好奇心の時間”は終わりだよ。皆も楽しんでくれた?」

秀吉「楽しかった修学旅行もこれで終わりじゃな。残念ながら殺せんせーは殺せんかったがの」

奥田「き、木下君の班は暗殺自体できなかったんですから仕方ありませんよ。……そ、それより私なんかが後書きに呼ばれて大丈夫でしょうか?」

茅野「奥田さんは卑屈になり過ぎだよ……」

秀吉「そう緊張せずともよい。茅野とは親しくなったことじゃし、お主が肩肘を張る理由もなかろう。……それともワシが苦手か?」

奥田「そ、そんなことありません‼︎ 木下君は可愛らしくて物腰も柔らかいですし、怖い感じもなくて苦手ではないです‼︎」

秀吉「う、うむ……苦手意識のないことを喜ぶべきか、可愛らしいと言われて嘆くべきか、複雑なところじゃな」

茅野「あはは……奥田さん、ちょっと天然なとこあるから流してあげて。ツッコミも強いと怖がっちゃうし」

秀吉「そうじゃな、気をつけるとしよう」

奥田「そういえば、木下君は吉井君と神崎さんの関係は知ってたんですか?坂本君は知ってるみたいでしたけど」

秀吉「いや、ワシも初めて知ったな。お主らが殺せんせーを殺しに行っている間に話を聞いたがムッツリーニも知らんかったらしい」

茅野「クラスじゃ全然そんな素振り見せてなかったもんね。あ、でもテスト前の登校中にそれを匂わせる台詞はあったっけ」

秀吉「明久は顔見知りかどうか微妙と言っておったから、ただの知り合いというわけではないのじゃろう。渚も色々と推測しておったしの」

奥田「それが坂本君も言ってた番外編で分かるってことですね」

茅野「だね。次の話はその番外編の予定だから楽しみだよ」

秀吉「後書きで語り合っておっても分からん。今回はこの辺りでお開きにするとしよう。皆も次の番外編を楽しみにして待っておれよ」





杉野「くそっ、俺に番外編を白紙にできる力があれば……‼︎」

渚「杉野、番外編を白紙にしても過去は白紙にならないからね?」


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私と彼とゲームセンター

〜side 有希子〜

 

それは中学二年生の夏、私が親から求められる肩書き生活に嫌気が差していた時期のことでした。

そんな生活から逃げ出して通い詰めていたゲームセンターで出会った、私とは違って自由に生きる彼との出会いの物語です。

 

 

 

 

 

 

中学二年生の夏休み。私は椚ヶ丘中学校という名門の制服を脱ぎ捨てて、知っている人のいない場所まで遠出して格好も変えて遊んでいました。

父親が厳しく良い肩書きばかりを求められる生活から離れたかった私は、好きなゲームに何も考えないで没頭したくて頻繁にゲームセンターへと通い詰めていました。

地元から離れて更には変装までしている時点で、周りの目を気にする肩書き生活から離れ切れていないとは自分でも理解していましたが……それでも何もかもを放り出して遊んでいたかったんです。

こんな風に遊べるのは長期休暇である夏休みだけ。それ以外では家と学校で肩書きを求められる生活が待っています。ちょっとした息抜きに今を遊んで過ごすくらいはいいよね。

 

「ーーーねぇ、ちょっといいかな?」

 

そんな風に聞く人が聞けば自堕落な考え方をしていた私に、後ろから男の人の声が掛けられました。

此処のゲームセンターに通い詰めるようになってから結構経ちますが、こうやって誰かに話し掛けられたのは初めてです。それも男の人からなんて……少し戸惑いながらも私は対応するべく声の主へと振り返りました。

 

「君、可愛いね。もし良かったら僕と一発でもいいからしてくれない?」

 

先程とは別の意味で戸惑ってしまいました。

え……い、一発って……そ、()()()()()()でいいのかしら?知識としては知らない人同士でそういうことをする人達がいるのは知ってたけど、まさか実際に私が誘われるなんて……

そんなことを言うような不良っぽいというか、卑猥な感じの人でもなさそうなのに……どちらかと言えば無害な小動物っぽい感じです。人は見掛けに寄らないってことなのかな?

でもこういう時ってどうやってお断りするのが一番いいんだろう?下手に断って絡まれても困るし……

 

「……明久、お前はなんつー絶妙な言い回しをしてんだ。相手固まってんじゃねぇか」

 

と、私が思い悩んでいたところに別の男の人が話し掛けてきました。

新しく現れた人は体格も大きくて荒っぽい雰囲気があるんだけど、やっぱり最初の人と同じで不良のような雰囲気は感じません。この人達はいったい……

戸惑っている私を余所に二人は話を続けています。

 

「ほれ、お前の言いたいことを全て正確に言ってみろ」

 

「……?分かった。えっと、此処のゲームセンターにゲームがかなり強くて可愛い女の子の達人がいるって聞いたから捜してたんだけど、多分君のことだよね?もし良かったら僕と一発勝負でもいいから対戦してくれないかな?」

 

友達であろう男の人に促されて言い直した彼の言葉を聞くと、私が想像していた内容よりもずっと健全なお誘いでした。

正直ここまで相手に曲解させるような言い回しは初めてです。勝手に変な方向で話を考えてたのが凄く恥ずかしい……

もしかしたら意図的にセクハラ紛いの言い回しをしていたんじゃないかと最初こそ勘繰ったりもしましたが、

 

「ということだ。悪いな、通報は勘弁してやってくれ」

 

「え?雄二、何か通報されるようなことしたの?」

 

「お前だ、ボケ」

 

「???」

 

そんな悪意は微塵も感じませんでした。というより本人は全く意識してないみたいです。

なんだかコントのような二人のやり取りに、私も思わず笑みが零れていました。少なくとも悪い人達じゃないみたいです。

 

「ふふっ、いいよ。私も一人で遊んでただけだし、対戦しよっか。明久君……でいいのかな?」

 

「うん、大丈夫だよ。こっちから急に押しかけたのにありがとう。えっと……」

 

「あ、私はーーー」

 

明久君が言い淀んだところで自己紹介しようとしましたが、自分の今の格好を思い出して口を噤んでしまいます。

自分のことを誰も知らないであろう場所まで来て髪や服装も変えているとはいえ、ここで本名を名乗るのはどうかと思いました。

大丈夫だとは思う。私が心配し過ぎなだけだとは思うけど、許してもらえるなら本名じゃなくて何か渾名の方が……

 

「……うん。私のことは“ユッキー”って呼んでくれないかな?」

 

「ユッキー?うん、別にいいけど……なんかワケあり?」

 

「あはは、ちょっとね……」

 

即興で考えたから有希子(名前)(もじ)っただけの安直な渾名でしたが、明久君は不思議そうにするだけで深くは訊かずに受け入れてくれました。深く訊かないでいてくれることに感謝します。

私はこのゲームセンターに通い詰めていたので、此処にあるゲームは大体やっています。なので明久君にどのゲームで対戦してもいいと伝えると、彼はゲームセンター内を物色し始めたので雄二君と一緒に着いていくことにしました。

 

 

 

 

 

「ま、まさかここまで実力に差があるなんて……これがユッキー……所詮、僕は井の中の蛙だったってことか……」

 

「おぉ、よく“井の中の蛙”なんて諺を知ってたな」

 

「雄二、うるさい」

 

「ちょ、ちょっと大袈裟じゃないかな……」

 

私達が選んだのは有名な対戦格闘ゲーム。その対戦が終了した後、明久君は両手を地面に着いて項垂れていました。

見て分かるとは思いますが、結果は私の勝ちです。ゲームで対戦を申し込まれて手加減をするつもりはありません。

ただ、これだけ目の前で項垂れられるとちょっと思うところもあります。出会ってからほんの少ししか過ごしてないけど、正直一緒にいて楽しいと感じてる自分もいますし……

 

「……まだ時間はあるけど、他のゲームでも対戦してみる?」

 

「ぜひお願いします」

 

勇気を出して明久君に今度は私から再戦を振ったところ、項垂れたまま間髪入れず受け入れてくれました。客観的には明久君が泣き縋っているようにしか見えないけど……

 

「あ、俺は先に帰るわ。明久の惨めな負け姿を拝むという目的は達成したしな」

 

逆に観戦していた雄二君はあっさりとしたものでした。というより目的の内容が友達に対するものとはとても思えません。

それを聞いた明久君もガバッと起き上がって問い詰めるように声を荒げます。

 

「貴様、それが理由でユッキーの話を振ってきたんだな⁉︎ 僕の方がゲームで勝ち越してるからって他人の手を借りるとは……‼︎」

 

「……俺はな明久、純粋にお前の悔しがる姿が見たいからお前が得意なゲームで負かしたかっただけなんだよ。それが見られるなら俺は自分の手でぶちのめす必要はないと考えたわけだ」

 

「雄二、お前には向上心がないのかよ‼︎ 僕の悔しがる姿が見たいんだったら自分の手でぶちのめすべきだろ‼︎ そうして初めて僕に対する優越感が得られるんじゃないのか‼︎」

 

「自分を負かしたいと思う理由については疑問を挟まないんだね……」

 

あとなんで自分の不幸を望んでいる相手なのに明久君は応援してるんだろう?

本心は分からないけど、本当に雄二君はそのまま帰ってしまいました。まぁ私と明久君が対戦し続けるんだったら、雄二君は見てるだけになるから暇だよね。

当人達は何も思っていないみたいだし、そのまま私達は二人で対戦を続けることにします。

 

 

 

 

 

〜 レースゲーム 〜

「え、そんなとこからショートカットできるの⁉︎」

 

「うん、操作が少しでもブレるとコースアウトして負けるけどね」

 

「よし、勝つためなら僕だって……ってあぁ、コースアウトしちゃった……」

 

「ふふ、流石に初見では難しいよ」

 

「くそー、コンピューターにも負けるなんて……」

 

winner:神崎有希子

 

 

 

〜 シューティングゲーム 〜

「おー、上位ランカーのスコアは軒並み高いな。僕でも入り込めるかどうか……」

 

「あ、表示されてるスコアって全部私のだから」

 

「マジで⁉︎ うぅ、そうなるとスコア勝負は分が悪いぞ……」

 

「それじゃあどっちがハイスコアを出せるか勝負しよっか?」

 

「の、望むところさ……‼︎ スコアってのは塗り替えるためにあるんだよ……‼︎」

 

winner:神崎有希子(new record)

 

 

 

〜 エアホッケー 〜

「なんで男子と女子の身体能力で攻め切れないん、だっ……‼︎」

 

「エアホッケーは身体能力だけで決まるものじゃないから、ねっ……‼︎」

 

「うおっと⁉︎ 何くそっ、負けるもんか……‼︎」

 

「っ‼︎ とはいえ明久君、凄い運動神経だね……‼︎」

 

「僕の望みと関係なく鍛えられてますから……‼︎」

 

winner:吉井明久

 

 

 

〜 ダンスゲーム 〜

「ふ、ふふふ‼︎ 明久君、ロボットみたい……‼︎」

 

「だ、だから言ったじゃないか。ダンスゲームは全然やったことないって……」

 

「画面を見るのも大事だけど、音楽もしっかりと聞いてリズムに合わせないと」

 

「うーん……そうだ。ユッキー、一回お手本見せてよ。それだけ言うんだから当然ダンスゲームも上手なんでしょ?」

 

「え?うん、いいけど……人に見られるのが分かっててやるのはちょっと恥ずかしいな……」

 

winner?:神崎有希子

 

 

 

 

 

しばらく二人で対戦し続けた私達は、ゲームを中断して休憩所スペースに設置されているベンチへと座っていました。

 

「いやー、遊んだ遊んだ」

 

「そうだね。対戦できるゲームは一通りやったんじゃないかな」

 

途中から対戦じゃなくて普通に遊んでた気がしますけど、それも楽しかったから別に気にすることないか。明久君も気にしてないみたいだし。

それにしても……今日会ったばかりの男の子と二人きりで遊んでいるのに、自分でも驚くほど自然体で過ごせてると思います。やっぱりそこは明久君の人徳だろうな。だって全くと言っていいほど言動に裏を感じないもの。

 

「そういえば、最初に私のことを捜してたって言ってたけど……地元はこの辺りなの?」

 

不思議な人徳を持つ明久君のことをもっと知りたくなり、気付けば質問を投げ掛けていました。私の周りにはいないタイプの人ですし、普段はどんな風に過ごしているのか話を聞きたくなったというのもあります。

 

「ううん、ちょっと遠いけど椚ヶ丘の方から来てるんだ」

 

そんな明久君から齎された驚愕の事実に、私は固まりそうになるのをなんとか抑え込みました。まさか地元から離れたこの場所で、偶然にも地元が同じ相手と遊ぶことになるなんて誰も思いません。

これはちょっと確かめておいた方が……ううん、これも私が心配し過ぎなだけですね。椚ヶ丘学園の生徒がゲームの強敵を求めて遠出するなんて、そんなことあるわけーーー

 

「……椚ヶ丘って確か進学校で有名なところがあったよね?」

 

「あぁ、椚ヶ丘学園のこと?実は僕もそこの中等部に通ってるんだよ」

 

……世間は広いようで狭いって、こういう時に使うのかなぁ。

ということは雄二君も椚ヶ丘の生徒だよね。そう言われたら二人の名前にも聞き覚えがありました。確か……吉井明久君と坂本雄二君、だったかな?

曰く、()()()()()()()()()()()()()。先生達からは椚ヶ丘学園始まって以来最大の問題児とまで言われている、あの……()()()の二人。

同じ学校ってだけでも驚きなのに、まさかの同級生だったなんて……幾らなんでも世間が狭すぎじゃないかな。関わっていなかっただけで普通に私の周りにいる人でした。

 

「ユッキーはこの辺が地元なの?」

 

「う、うん。まぁ当たらずと(いえど)も遠からずってところかな?」

 

ごめんなさい、思いっきり外れてます。

でも今更になって“実は私も椚ヶ丘中学校に通ってるんだ。しかも同じ二年生なんだよ”、なんて告白する勇気は私にはありません。

 

「こ、この後はどうする?またゲームで対戦していく?」

 

自分から振っておいてなんだけど、この話の流れはちょっと不味い。そう思って流れを変えるためにゲームの続きを促すことにします。

 

「うーん……そうしたいところだけど、そろそろ財布が軽くなってきたからなぁ。僕もそろそろ帰ることにするね」

 

しかし明久君は唸りながら財布の中身を確認しつつ否定の言葉を返してきました。

そっか、金銭的な問題だったら仕方ないね。この夏休みで一番と言っていいくらい楽しかったから、これで最後だって思うとちょっと寂しいけど。

私はゲームセンター以外では“ユッキー”じゃないので、学校では“神崎有希子”として振る舞わなければなりません。たとえ学校で明久君と再会することになったとしても、それは“神崎有希子”としてであって初対面の関係と何も変わりありません。

“ユッキー”として内心で彼との決別を決意していることなど知る由もなく、明久君は笑顔で別れの言葉を告げてきます。

 

「ユッキー、今日は付き合ってくれてありがとう。凄く楽しかったよ」

 

「ううん、私も凄く楽しかったから気にしないで」

 

「また機会があったら対戦しようね。次に会う時は負けないから。それじゃ‼︎」

 

「うん、バイバイ」

 

手を振って明久君がゲームセンターを出ていくまで見送ると、一人になった私はその場で立ち尽くしていました。

 

「……私ももう少ししたら帰ろうかな」

 

これから一人でゲームをする気分じゃないけど、今すぐ帰ったら確実に駅で明久君と鉢合わせることになります。時間を置いてから此処を出ましょう。そうしてただ待っているだけの時間で、私は明久君のことを考えていました。

雄二君もそうだけど、どうして彼らは自分の好きなように生きられるのだろう。幾ら問題行動の証拠を隠して噂程度に留めたとしても、進学校(うち)じゃ噂が流れるだけで白い目で見られます。現に生徒だけではなく先生からも疎ましく思われていますし、既に二人はE組行きが確定しているとも聞きました。それだけで問題行動がなくとも差別的に扱われてしまいます。

なのに今日知り合った彼らには鬱屈とした様子が微塵もありませんでした。本心から好きなように過ごしているということは今日の様子を見ていれば分かります。

 

「……私にはとても真似出来そうにないな」

 

私みたいに肩書き生活が嫌になって逃避しているわけではなく、周りの目を気にして自分を隠しているわけでもない。まさに自由に生きているという感じでした。

そんな彼らに羨望の念を抱きつつも、行動に移せない私はやっぱり臆病で……ある程度の時間が経っていたことから私もゲームセンターを出て帰ることにします。

夏休みも後半に入って残り僅かなこともあり、そろそろゲームセンターに通い詰める生活も止めなければなりません。明久君とかに私のことが気付かれる可能性を低くするためには、“ユッキー”として再開しないようにするのが一番です。だからゲームセンター通いもこれで最後かな。

色々と今後について考えながら帰途に着いていたその時、

 

「おい明美、こんなとこで何やってんだよ」

 

と、本日二度目になる知らない男の人から声が掛けられました。というより明美って誰でしょう?明らかに誰かと間違われています。

 

「え?あの……」

 

「約束すっぽかすなんてまだ怒ってんのか?ほら、さっさと行くぞ」

 

いきなりで戸惑ってしまい言葉が出なかった私を余所に、男の人は私の腕を掴むと脇道へ入っていきました。ちょ、ちょっと待って……‼︎

流石にこれ以上この流れに身を任せるのは問題だと思い、私を誰かと勘違いしているこの人に対して遅ればせながらも声を掛けます。

 

「す、すいません‼︎ 私、明美さんって人じゃないです‼︎ 人違いかとーーー」

 

「は?明美?誰だそれ?」

 

しかし私の訴えを聞いた男の人は、平坦な声音でそう切り返してきました。

……え?誰って……さっき貴方が私のことをそう呼んでーーー

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

更に戸惑う私が強引に引っ張っていかれた先には、人気のない路地裏で二人の男の人が待ち構えていました。そこで私は掴まれていた腕を離されますが、すぐに逃げられないよう壁際で取り囲まれてしまいます。

明らかに悪意の籠もった男の人達の視線と態度を向けられ、これだけの要素があれば事態を察することは出来ました。

 

「いやー、俺らが目ぇ付けてたのに変な男がちょっかい出してきてマジで鬱陶しかったぜ。つい衝動的に手ぇ出しちまったわ」

 

「ま、それで全然問題ないんだけどな。ぽっと出の男に横取りされたら計画が台無しだし、結果として拉致ることは出来たんだからよ」

 

私の推測は男の人達の会話によって確信へと変わります。どうやら私は不良に絡まれるレベルではない問題に巻き込まれたようでした。

その現状に認識が追いついた途端、恐怖に飲み込まれそうになる心をなんとか押さえ込みます。ここで冷静さを失ったら逃げることも出来ません。

 

「リュウキには後で報告するとして、その前に遊んじまってもいいよな?」

 

「構わねぇだろ。拉致ってきたのは俺らなんだぜ?そんくらいの権利はあるさ」

 

「んじゃ、まずは声を上げられないように口を塞ぐとするか」

 

でも幾ら冷静を装ったところで三人の男の人から逃げられるわけもなく、囲まれている状況ではその隙さえもありませんでした。

為す術もなく窮地に追い込まれた私は、男の人の手が伸びてきたのを見て身体を強張らせつつ反射的に目を瞑り、

 

 

 

 

 

「死にさらせッ‼︎ 社会のゴミ共がぁぁッ‼︎」

 

 

 

 

 

突然の大声に驚いて思わず瞑った目を開けた私の視界に、手を伸ばしてきた男の人にドロップキックを食らわせている明久君の姿が飛び込んできました。

それによって思いっきり蹴り飛ばされたその人は周りの一人を巻き込んで吹っ飛び、残った一人は乱入者の顔を確認して驚愕を露わにします。

 

「てっ、てめぇ‼︎ さっきのーーー」

 

「イィッシャァァーー‼︎」

 

そんな男の人の反応など見向きもせず、明久君は高速で身体を回転させると後ろ回し蹴りを叩き込んでいました。それで路地裏の壁に打ち付けられた男の人は地面へと沈んでいきます。

 

「クソッ、何処の何奴だーーー」

 

「大人しく眠っとけ‼︎」

 

ドロップキックに巻き込まれた男の人が立ち上がろうとしていたところで、明久君は別れた時には持っていなかったビニール袋から何かを取り出して手裏剣のように投げつけました。

それが見事な命中精度で吸い込まれるようにして眉間に直撃すると、男の人は痛みで呻きながら顔を仰け反らせて再び地面へと倒れ込みます。

 

「ユッキー、ちょっとごめん‼︎」

 

「え?きゃ‼︎」

 

そこまでの一連の流れを呆然としながら見ていた私でしたが、それとは別の理由で明久君の言葉に反応することはできませんでした。

 

「ちょ、明久君⁉︎ なんでお姫様抱っこーーー」

 

「だってその靴じゃ速く走れないでしょ⁉︎ 嫌だとは思うけど逃げ切るまで我慢して‼︎」

 

嫌とかじゃなくて普通に恥ずかしいの‼︎ しかも明久君、逃げるためとはいえ私を抱えた状態で路地裏から出ると大通りを全力疾走してるんだもん‼︎ 人通りの多い場所の方が安全だっていうのは分かるけど、目立ち過ぎてほとんどの人が私達を見てるから‼︎

加えてその速さが人を一人抱えているとは思えないような速さなので尚更注目を集めています。この時ばかりは本当に格好を変えていてよかったと思いました。

 

 

 

 

 

「軽々しく身体に触れてしまい、本当にすみませんでした‼︎」

 

「あ、明久君‼︎ こんなところで土下座は止めて‼︎ 助けてくれたんだから感謝するのはこっちだよ‼︎」

 

あれから駅前まで駆け抜けた明久君は、抱えていた私を降ろすと綺麗な土下座で謝ってきました。視線に物量が伴っていたら押し潰されるんじゃないかってくらいには目立っています。

地面に頭を擦り付けている明久君をなんとか起こして、少しでも人目を避けられる場所へと移動しました。

 

「はぁ、恥ずかしかった……そういえば明久君。先に帰ったはずなのに、どうしてあんなところにいたの?」

 

一安心できたところで私は疑問に思ったことを口にします。駅で鉢合わせないように時間を置いてから出てきたのに、どうしてあのタイミングで明久君が駆けつけることが出来たのかが不思議でした。

 

「実は今日が新作ゲームの発売日だってことを思い出してね。ゲームセンターを出た後で近くのゲームショップに入ってたんだよ。で、帰り道にユッキーが連れていかれるのが見えて気になったから後をつけてたってわけ」

 

「え?でもお金がもうないって……」

 

「あぁ、あの時の“財布が軽くなってきた”っていうのは食費を抜いてもうないって意味だからさ。ゲームを買うお金自体はあったんだ」

 

「えっと、つまり食費をゲームに注ぎ込んじゃったんだね……」

 

逃げる時に投げ捨てていたのがゲームだと分かって弁償代を払おうとしたんだけど、投げ捨てたのは自分だからって言ってお金は受け取ってもらえませんでした。元々注ぎ込んだ食費も水と山の幸でなんとかなるからって……ちょっと待って、明久君って普段はどんな食生活を送ってるの?

そんな風に謝られたり感謝したり疑問に思ったり、色々な話をしてから私達は再びその場で別れることにしました。

 

「本当に家まで送らなくて大丈夫?」

 

「うん、私の家も駅からそんなに離れてないから。次に同じようなことがあったら周りに助けを求めるし」

 

「そっか、それじゃあ気をつけてね」

 

「本当に助けてくれてありがとう、明久君。改めてバイバイ」

 

駅のホームへと消えていく明久君を見送り、次の電車が通り過ぎるのを駅前で待ちます。これでもう“ユッキー”として明久君に会うことはないでしょう。

でも“神崎有希子”から見ても“ユッキー”から見ても明久君は明久君です。これからまた始まる肩書き生活についても、明久君の自由な生き方を思い出したら勇気が貰えそうな気がしました。

“ユッキー”としてはこれでお別れだけど、“神崎有希子”として出会っても仲良くしてくれたら嬉しいな。

 

 

 

 

 

 

「ーーーさん。神崎さん」

 

眠気に誘われて微睡んでいた私の耳に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきて意識を浮上させました。いつの間にか眠っていたようです。

修学旅行からの帰り道、新幹線の中で眠る私に声を掛けてきたのは茅野さんでした。

 

「おはよう、神崎さん。もうすぐ東京駅に着くよ」

 

「ん……おはよう、茅野さん。起こしてくれてありがとう」

 

「どういたしまして」

 

まだ少し眠気の残った状態でお礼を言うと、茅野さんは笑顔で返してくれます。言われて今の時間を確認すると、確かにあとちょっとで到着予定の時間でした。

 

(それにしても、去年のことを夢に見るなんて……今回の修学旅行で色々と思い出しちゃったからかなぁ)

 

私はさっきまで見ていた夢の内容について想いを馳せます。

まさか私のことが気付かれてるなんて夢にも思っていませんでした。同じクラスになってから改めて仲良くしたかったけど、それでも“ユッキー”のことは気付かれないように距離を置いていたのに……結局は私の独り相撲だったんだね。

 

でももう明久君のことを遠くから見て憧れるだけの私じゃありません。自分を隠して生きることも止めました。彼のように自由に生きていこうとは思いますが、だからと言って彼の後ろを追い掛けていたら隣には立てません。

私は私の道を行く。その道中で明久君の隣を歩けるようになれたら良いなって思いました。その気持ちを胸に秘め、修学旅行から帰ってきた日常を過ごしていくことにします。




次話 本編
〜転校生の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/16.html



※後書きの仕様に対するアンケートを実施した結果、「会話形式」に肯定的な意見が四つ・否定的な意見が二つという結果となりましたので「会話形式」で続けていくことにしました。
よって次回からは後書きを「会話形式」に戻していきたいと思います。ただし否定的な意見の方にも配慮し、後書きの冒頭に次話のリンクを設置することにしました。なので後書きを読みたい方は読んでいただき、読み飛ばしたい方は次話のリンクをご利用して下さい。

今回のような疑問や意見があった場合は出来る限り真摯に対応させていただきますので、またこれからも「バカとE組の暗殺教室」をよろしくお願いします‼︎


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転校生の時間

楽しい修学旅行も終わり、今日からはまた学校に通う日々だ。こういうイベント事の後にある学校って何故か無性に気怠いよね。

しかし今回はちょっとした事情があり、気怠さよりも好奇心によって僕の学校への足取りは軽くなっていた。その事情とは昨日のうちに送られてきた烏間先生のメールにある。

 

《明日から転校生が一人加わる。多少外見で驚くだろうが、あまり騒がず接して欲しい》

 

“転校生”って言葉を聞くだけでなんだかワクワクするよね。

どんな人が来るのか。仲良くなれるのか。新しく僕らに加わる仲間のことを考えるだけで期待と不安が膨らんでいく。

しかもイリーナ先生という前例から考えると恐らく転校生も殺し屋だろう。尚のこと興味が湧くというものだ。

そうこうしているうちに学校へと辿り着く。そういえば転校生ってもう教室にいるのかな?それともHRまで教員室で待ってるとか?……まぁ教室に入ってみないことには分からないよね。

 

「皆、おはよ……う?」

 

いざ教室に入って挨拶をした僕だったが、何やら皆の視線が後ろの方へと向けられている。というか僕の視線も()()に向けられていた。

教室窓際の一番後ろ、そこに大きな黒い長方形のテレビ……って例えがしっくりくるかな?とにかく人間大の大きさで、上の方に液晶画面が付けられている物体が鎮座していた。

 

「……?雄二、あれって何なの?」

 

僕は自分の席に着いて荷物を置くと、既に登校していた後ろの席の雄二へと問い掛ける。先に来ていたなら何かしら知っているだろう。

 

「……烏間からメールが来てただろ。転校生らしいぞ」

 

「は?」

 

微妙な表情の雄二から得られた思わぬ回答に僕の思考が停止した。そして再び教室の後ろで鎮座している黒い箱型の機械を見遣る。

……あれ?おかしいな、“転校生”って聞いてもワクワクしないぞ?

取り敢えず新たに分かったことが一つだけある。人間じゃなくても転校生になれるっていうのは初耳だった。

 

 

 

 

 

 

「皆も知ってると思うが、転校生を紹介する。ノルウェーから来た自律思考固定砲台さんだ」

 

『よろしくお願いします』

 

烏間先生が表情を引き攣らせながら紹介してくれた黒い機械の液晶画面には、両サイドの長い房を結んだミドルヘアの美少女が映っていた。

二次元の女の子は理想の女の子っていう人もいるけど、いったいどんな人間の趣味が反映された結果なのだろうか。

 

「言っておくが“彼女”は思考能力(AI)と顔を持ち、れっきとした生徒として登録されている。つまり彼女はあの場所からずっとお前に銃口を向けるが、契約によってお前はそれに反撃できないということだ」

 

表情を引き攣らせている烏間先生を見て笑っていた殺せんせーに、改めて転校生ーーー固定砲台さんの説明……というか警告を行っていた。

あぁなんだ、ただの機械ってわけじゃないんだ。へぇ、人工知能って奴か。機械の転校生ってだけじゃなくて人工知能も初めて見たよ。

 

「……なるほどねぇ。契約を逆手に取って形振り構わず機械を生徒に仕立てたと……いいでしょう。自律思考固定砲台さん、貴女をE組に歓迎します‼︎」

 

その警告を聞いた殺せんせーは身体を震わせて笑っていたが、すぐに固定砲台さんを受け入れていた。まぁ自分もイロモノなんだし、生徒だって言われたら殺せんせーが受け入れるのは当然だよね。

そうして固定砲台さんを含めた初めての授業が始まった。さて、彼女はいったいどのような暗殺をするのだろうか。今のところは大人しくしてるけど……

 

「ーーーこの登場人物の相関図をまとめると……」

 

殺せんせーが板書しようと黒板を向いたその時、唐突に固定砲台さんの方からガシャガシャガシャガキィン‼︎ という音が聞こえてきた。見れば固定砲台さんが機械の中から銃を展開しており、トランスフォーマーもかくやという変形を遂げている。何あれカッコイイ。

固定砲台さんは展開された銃の照準を殺せんせーに合わせると、板書している先生に向けて背後からの発砲を開始した。しかし殺せんせーも即座に察知すると余裕で斉射された弾丸の嵐を躱していく。

 

「ーーーショットガン四門、機関銃二門。濃密な弾幕ですが、ここの生徒は当たり前にやってますよ。それと授業中の発砲は禁止です」

 

殺せんせーに注意された固定砲台さんは、展開していた銃を身体の中に収納した。流石は人工知能、言われたことをきちんと理解しているようだ。

 

『気を付けます。続けて攻撃に移ります』

 

前言撤回、言われたことをまるで理解していなかった。いや、理解はしてるけど実行はしないって感じかな。“気を付ける”って言った次の瞬間には銃を展開しだしたし。

再び殺せんせーへと照準を合わせる固定砲台さんに対して、殺せんせーも顔色を緑の縞々に変化させてニヤリと笑っていた。

 

「……懲りませんねぇ」

 

彼女の二度目の斉射は真正面から殺せんせーへと放たれる。背後からの発砲でも当てられなかったというのに、正対した状態であれば先生はさっき以上に余裕で躱せるーーーと僕だけじゃなく全員が思っていた。

 

 

 

殺せんせーの触手が弾け飛ぶまでは。

 

 

 

……え、何が起こったの⁉︎ 誰か説明プリーズ‼︎

しかし僕やクラスの皆だけじゃなく、殺せんせーでさえ愕然として言葉を失っていたので説明してくれる人は誰もいなかった。

静寂に包まれた教室の中、固定砲台さんの機械的な声だけが響き渡る。

 

『右指先を破壊、増設した副砲の効果を確認しました。次の射撃で殺せる確率、0.001%未満。次の次の射撃で殺せる確率、0.003%未満。卒業までに殺せる確率ーーー90%以上』

 

増設した副砲っていうのが何なのかは分からないけど、つまりたった一回の射撃で殺せんせーの動きを学習して改良してきたってことなのか……?

だとしたら半端じゃない学習能力だ。真正面から小細工なしに殺せんせーを追い詰めることのできる性能……もしかしなくても彼女なら本当に殺せるかもしれない。

 

『よろしくお願いします、殺せんせー。続けて攻撃に移ります』

 

更なる進化を遂げた固定砲台さんの射撃は、殺せんせーを殺せなくとも確実に追い込んでいった……んだけど、

 

「……これ、俺らが片すのか」

 

床一面にばら撒かれた対先生BB弾を見て、全員が辟易とした様子を浮かべていた。固定砲台さんは射撃を終えると画面から消えてしまい、後片付けをさせられて愚痴も漏らしている人の言葉も無視している状態だ。

しかもそれが次の授業が始まる毎に行われていくので、午前中はまるで授業にならなかった。いちいち掃除用具を取り出すのが面倒で、後片付けをした後は直さずに床に置いておいた程である。

 

「はぁ、やっと昼飯の時間か」

 

「うむ、今日は授業とは別の作業に労力を使ったからの。言いたい気持ちはよく分かるぞい」

 

皆と同じように愚痴を零している雄二とそれに共感している秀吉を余所に、僕は取り出したお弁当(塩水)を一息に飲み干して席を立ち上がった。

その行動を訝しむように見ていたムッツリーニが不思議そうに問い掛けてくる。

 

「……明久、何処へ行く?」

 

「あぁいや、ちょっと固定砲台さんと話してこようと思って」

 

「あの暗殺機械とか?無駄だと思うがな」

 

雄二の言いたいことも分かる。これまで射撃のたびに愚痴を零している人はいたが、その全てに対して固定砲台さんうんともすんとも言わなかったんだからね。

でもそれは液晶画面から消えた後であって、固定砲台さん本人に伝えた人は一人もいない。もしかしたら聞こえてるのかもしれないけど、ちゃんと真正面から言ってみなければ話が通じるかどうかも分からないじゃないか。

 

「ねぇ固定砲台さん、ちょっといいかな?」

 

なので僕は固定砲台さんの正面に立って声を掛けてみることにした。まずは言葉を交わしてみないと彼女のことを知ることなんて出来ない。

でもやっぱり液晶画面に固定砲台さんが現れることはなかった。試しに液晶画面をノックしたりもしてみたけど、相変わらず何も映っていない黒い画面のままである。

しかし諦めるにはまだ早い。

 

「えぇっと、機械なんだから何処かに……お、これかな?」

 

固定砲台さんの表面を探っていると、前面右下の方に小さな蓋を見つけた。幾ら人工知能であっても機械であれば電源のスイッチくらいあるだろう。

目に付いた蓋を開けると読み通り何かのスイッチを発見した。これがギャグ漫画だったら自爆スイッチの可能性も考えたが、現実にそんなものはあり得ないので取り敢えず押してみることにする。……これで本当に爆発とかしたらどうしよう?

 

『何かご用でしょうか?』

 

そんな僕の妄想が引き起こされることはなく、液晶画面には固定砲台さんが映し出されていた。よかった、質問してくるってことは話くらいなら聞いてくれそうだ。

 

「休憩中にごめんね。午後の授業なんだけどさ、ちょっとだけ射撃を中断してくれないかな?」

 

『拒否します。今日の射撃予定がまだ残っていますので』

 

取り付く島もないほどに清々しい拒否だった。せめて拒否する前に理由くらいは聞いてくれてもいいんじゃないかな?

でも射撃命令はプログラムされているだけあって中断は流石に難しかったか。まぁこっちの意見を押しつけるのも良くないし、お互いに妥協する案を出してみることにしよう。

 

「それじゃあもう少しだけ射撃の回数を減らしてくれないかな?皆も色々と大変だしさ」

 

『拒否します。現在の射撃予定を遅延させれば卒業までに暗殺できる確率が極めて下がる恐れがありますので』

 

「でも90%以上の確率で殺せるんでしょ?だったら少しくらい……」

 

『それは10%以下の確率で殺せないことと同義です。更にその確率は今朝の時点での予想計算値であって、様々な要素によって低下する可能性があります。射撃を怠るべきではないかと』

 

うっ、この感じ……イリーナ先生が来た頃を思い出すなぁ。殺せんせーを殺すためにE組は蔑ろにしちゃってるところとか。

でもまだ諦めるような段階じゃない。まだまだ交渉の余地はあるはずだ。僕は続いて彼女を説得するべく別の提案を試みることにする。

 

「だったらーーー」

 

『拒否します』

 

「…………」

 

くっ、流石は進化する人工知能。僕の提案を学習して確実に拒否できる被せ技を使ってきた。なにも拒否する術まで進化しなくていいだろうに……

しかしこうなってくると説得は難しいぞ。僕がどれほど高度な話術を駆使しても、それを学習されてしまっては倍返しで拒否されてしまう。どうしたものか……

 

「……よし、分かった‼︎ どうしても射撃を続けたいって言うんだったら僕を倒してからにするんだ‼︎」

 

『了解しました』

 

絞り出した僕の言葉に即答する固定砲台さん。

……え、そんなあっさりと了解しちゃうの?確かに自分で言ったことなんだけどさ、なんかこう……もうちょっとなんかないの?

しかしそんな僕の思惑など関係なく、固定砲台さんは新しくプログラムを入力していく。

 

『標的を暗殺対象・殺せんせーから、打倒対象・吉井明久へと変更。武装を展開、攻撃に移ります』

 

そう言うと固定砲台さんは午前中に幾度となく殺せんせーへ向けて展開していた武装を取り出した。あ、ヤバイ。これマジな奴だ。

何となくノリで言ったけど痛いのは嫌なので、僕は慌てて攻撃しようとしている彼女に制止の言葉を掛ける。

 

「ちょっとタイム‼︎」

 

『はい、何でしょうか?』

 

僕の制止に固定砲台さんは一先ず攻撃の手を止めてくれた。よかった、問答無用で射撃を始められなくて。

でもこれからどうしよう?制止を掛けたのはいいものの、何か別の案が思い浮かんでいるわけでもないし……えぇい‼︎ 出たとこ勝負でなんとかするしかないか‼︎

 

「あ〜、その……そ、そうだ‼︎ 僕らの関係って何かな?」

 

『クラスメイトですね』

 

「じゃあクラスメイトを傷付けるのはどう思う?」

 

『常識に照らし合わせれば良くないと判断します』

 

「うん、そうだね。だったら僕の言いたいことは分かるかな?」

 

これは咄嗟に思いついたにしては良い案ではないだろうか。殺せんせーを殺そうとすることは止められないけど、殺せない状況を作り出すことができれば結果的に殺すことを止められるかもしれない。

僕の問い掛けに珍しく考え込んでいる様子の固定砲台さんだったが、少しすると彼女なりの答えを出してきた。

 

『……他者の思考をトレースするシステムは搭載していませんが、これまでの言動から導き出せる最も可能性の高い回答を模索します。……結論、貴方を傷付けずに倒せばいいということでしょうか?』

 

そこは“射撃を止める”って言ってくれるのがベストだったんだけど……まぁその解釈でも問題はないかな。僕を傷付けずに倒すなんて普通に考えて無理だろうし。

 

「うん、その通りだよ。流石は固定砲台さん。じゃあ改めて……どうしても射撃を続けたいって言うんだったら僕を傷付けずに倒してからにするんだ‼︎」

 

「無茶苦茶なこと言ってんな、あの馬鹿」

 

心配するな、自覚はある。

だけど今は射撃を止めることが第一だ。

 

「それが出来ないんだったらーーー」

 

『了解しました』

 

僕の言葉にこれまた即答する固定砲台さん。

……え、これも了解しちゃうの?っていうか無理だと思ってたのに出来ちゃうの?

無茶を言った僕が逆に困惑しているのを余所に、固定砲台さんはプログラムを再入力していく。

 

『現在展開中の武装を変更。小口径の弾丸ではなく大口径の砲弾を使用。砲弾の硬度を下げて成形することにより、外傷のリスクを抑えて内臓へと衝撃のみ与えます』

 

新しく展開された武装はバレーボールでも打ち出せそうな大筒であり、彼女の言う通りだったら柔らかい砲弾なんだろうが……それって傷付けられるよりも普通にキツイと思うんだけど⁉︎

しかし固定砲台さんは容赦無くその大筒を僕へと向けてくる。ちょっ、それはマジでヤバイって‼︎

 

「ちょっと待ってごめんなさいさっきのは冗談グボハァッ……‼︎」

 

「……まぁこれは自業自得じゃの」

 

「…………安らかに眠れ」

 

め、冥福を祈る前に友達として助けてくれないかなぁ。思いっきり鳩尾にダイレクトアタックされたから絶賛悶絶中なんだけど……っていうか勝手に殺さないでほしい。

 

「明久君、大丈夫……?」

 

そんな僕に声を掛けてくれたのは神崎さんである。

心配してくれてありがとう、今の僕には君が天使のように見えるよ。蹲ってるから姿は見えてないんだけどね。ちょっと声が出せないから返事代わりに親指でも立てておこう。

 

「ヌルフフフフ、そろそろ午後の授業をーーーにゅやッ‼︎ 吉井君はいったいどうしたんですか⁉︎」

 

「気にしなくていいっすよ。明久は転校生と遊んでただけっすから」

 

雄二には今までのやり取りが遊んでるように見えたのか……いやまぁ僕が言い出したことだから固定砲台さんは何も悪くないんだけどさ。

しかし彼女の射撃を止めることは出来ず仕舞いである。僕の行った交渉も虚しく、午前中と変わらず午後もずっと固定砲台さんの射撃は続けられることとなった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ固定砲台さん、明日はもうちょっと射撃予定を少なくできないかな?」

 

『殺せんせーを殺すためには射撃予定を少なくするべきではありません』

 

「それは確かにそうなんだけどさぁ」

 

授業が終わった放課後、僕は一人で教室に残って固定砲台さんと話をしていた。説得はもう半ば諦めているけど、彼女のことについて質問しながら形だけは続けている。

最初の方は電源を入れた瞬間に液晶画面から消えられていたものの、諦めずに電源を連打していたら大砲で悶絶させられた後に話をしてくれるようになった。人工知能を折れさせるなんて僕の執念も中々のものだな。

 

『……すみません、私からもいいでしょうか?』

 

と、これまで僕の言葉に返してくるだけだった固定砲台さんが逆に質問してきた。

転校してきたばかりで少ししか話せてないけど、彼女から自主的に質問してきたのは初めてのことである。いったいなんだろう?

 

「うん、いいよ」

 

『どうして私に構うのですか?殺せんせーを暗殺するために送り込まれた以上、私は貴方の説得に応じるつもりはありません。話し掛けるメリットは既にないように思えますが?』

 

なんだ、そんなことか。まったく、固定砲台さんは物事を固く考え過ぎだなぁ。もっと単純に考えたらいいのに。

 

「メリットなんてどうでもいいじゃん。友達になりたいからって理由で話し掛けちゃ駄目かな?」

 

僕の返答を聞いた固定砲台さんは画面上で軽く目を見開いて固まってしまった。これまた珍しい。彼女は何をそんなに驚いているのかな?

しばらく処理落ちしたみたいに固まっていた固定砲台さんだったが、それもすぐに復帰してまた問い掛けてくる。

 

『……友達?』

 

「そうだよ。折角クラスメイトになったんだから仲良くしたいじゃんか。まぁ射撃の回数を減らしてくれたらいいとは思うけどね」

 

『……私は機械ですよ?』

 

「え?知ってるけど……それがどうかした?」

 

彼女は何を当たり前のことを言っているんだろう?少なくとも外見からして生き物には見えないだろうに。僕はそれすらも区別できないような馬鹿だと思われているんだろうか?

 

『……私は暗殺をするために作られた機械です。友達になるということがどういうことなのか分かりません』

 

「だったらE組(此処)で学んでいけばいいじゃん。固定砲台さんは進化する人工知能なんでしょ?それに友達と協力した方が暗殺も捗るかもしれないし」

 

何気なくそう言ったらまた固定砲台さんは固まってしまった。暗殺以外に友達になる(そういう)プログラムは入力されてないけど、友達になった(そうなった)場合の可能性を考えてるってところかな?

僕は黙り込んでしまった固定砲台さんを急かさず待つことにする。とは言っても彼女は考える時間も短いのでそこまで待つ必要はなかった。

 

『……貴方の提示した可能性を模索しましたが、やはり私には分かりませんでした』

 

「う〜ん、そっか。まぁ急いで結論を出す必要はないと思うよ。さっきも言ったけどE組(此処)で学んでいけばいいんだからさ」

 

最新の人工知能であっても分からないことはある。けどそういう分からないことを学んでいくところが学校という場所だ。ゆっくりでも僕らと馴染んでいけたらそれでいいと思う。

……とかなんとか、勉強を疎かにしてきた自分が偉そうに言える立場じゃないけどね。僕としてはプログラムされていない友達にな(その)る可能性を考えてくれたこと自体が嬉しいよ。

 

「それじゃあ僕もそろそろ帰るね。また明日、固定砲台さん」

 

『……はい、また明日』

 

まだまだ友達になるのは難しそうだけど、彼女にも感情があるってことが分かったのは大きい。ただの機械だったら本当にどうしようもないからね。

居座り続けても迷惑なだけだろうし、帰り道が真っ暗になる前に今日のところは帰ることにした。




次話
〜自律の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/17.html



渚「これで“転校生の時間”は終わりだよ。久しぶりに後書きでの会話だね」

雄二「つってもたかだか二週間だけどな。内容も変わらず改変設定とか無駄話だしよ」

神崎「その変わらない掛け合いを楽しみにしてくれる人もいるんだから頑張らないとね」

雄二「そーいや、神崎はちょうどアンケート期間の活躍だったから後書きは初めてだな」

神崎「うん、でも番外編で過去の話もしてもらったから後書きの代わりにはなってると思うよ?」

渚「それじゃあ今回は律の話だね。この時はまだ自律思考固定砲台さんだけど」

雄二「この話を見て単純に思ったんだが、律の電源って原作では特に見当たらないよな。スイッチ的にも電気的にも」

神崎「うーん、USBの差込口は後面右下にあるけど……電気はちょっと分からないな。あれだけの性能の機械を動かそうとしたら大量の電気は必要だろうけど」

渚「まぁ吉井君が考えたみたいにスイッチはあってもおかしくないよね。設計段階で稼働テストとかしなくちゃいけないし」

雄二「にしても人工知能を転校生に仕立ててくるとは普通思わねぇよ。超生物が教員やってる時点で普通じゃねぇけどよ」

渚「吉井君は何事もなく普通に接してたけどね。それで手痛い反撃を受けてたけど……律もちょっと戸惑ってたよ」

神崎「明久君は優しいから誰であっても受け入れられるんだね、きっと」

雄二「いや、あれは何も考えてないだけだろ。ただの馬鹿だから常識に囚われないんだよ」

神崎「うん、そういう風にも捉えられるよね」

雄二「おい神崎、その生暖かい目を止めろ。まるで俺が明久の奴を褒めるのが恥ずかしくて悪態を吐いてるみたいじゃねぇか」

渚「でも認めてるのは確かでしょ?」

雄二「冗談抜かせ。俺は誰よりも明久の不幸を望んでいる自信がある」

神崎「それでも信頼はしてるんだよね?」

雄二「いや、だから……だぁくそっ‼︎ お前ら面倒くせぇな⁉︎ 今回の後書きはこれで終わりだ‼︎ 俺は帰るぞ‼︎」

神崎「ふふ、素直じゃないなぁ。それじゃあ次の話も楽しみにしててね」





玉野「なんだか素敵な空気を感じましたっ‼︎」

明久「君は次元を超えてまで出てこなくていいからっ‼︎」


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自律の時間

固定砲台さんが転校してきてから二日目の朝。

昨日に続いて今日も彼女の射撃は行われることだろう。ずっとあれをやられると授業にならない上に片付けが大変だから早めになんとかしたいけど、固定砲台さんだってプログラムされていることをやってるだけなんだから責めるわけにはいかない。

でも昨日の放課後に話したことで分かったこともある。彼女には人工知能として思考能力(AI)だけじゃなくて感情もあるってことだ。驚くことがあったら驚くし、プログラムされていないことだって自分で考えられる。

だったらプログラムされていることの良し悪しだって考えられるはずだ。転校してきたばかりで暗殺以外のことは知らないみたいだけど、それは皆と一緒に学んでいけばいい。彼女の学習能力は半端じゃないから、それほど時間も掛からないと僕は思っている。焦らずやっていけばなんとかなるさ。

 

「皆、おはよ……う?」

 

登校してきて教室のドアを開けると、何故か皆は既に自分の席へと着いていた。殺せんせーもいるし、今日って何かあったっけ?まだ授業前だと思うんだけど……

そんな教室の様子を見回していたら、固定砲台さんが昨日とは違うことに気付いた。昨日と同じように黒い箱型の機械として教室の後ろに鎮座してるんだけど、その身体?にはガムテープがグルグルと巻かれている。これはまさか……

 

「いったい誰が固定砲台さんに緊縛プレイを……」

 

「変な言い方すんじゃねぇよ‼︎」

 

僕の呟きに寺坂君が大声でツッコミを入れてきた。ということは寺坂君の仕業か。彼は人工知能を相手になんて奇特な性癖を持ち合わせているんだ……

とまぁ寺坂君の性癖はさておき、

 

「それよりも何で固定砲台さんをグルグル巻きにしてんのさ?」

 

「どう考えたって邪魔だろーが。昨日みてーにバンバン射撃されたら迷惑極まりねぇ」

 

「そんなの口で言えばいいのに」

 

「お前、昨日は口で言って撃退されてただろ」

 

それを言われたらちょっと言い返せない。けどあれは僕が言い出したことだから他の皆は大丈夫だと思うなぁ。

しかし誰も寺坂君を注意してないってことは全員が黙認してるってことか。確かに昨日のことを考えたら皆の気持ちは分からないでもないけど……

 

「でも邪魔だからって縛ったりしたら可哀想じゃんか。固定砲台さんにだって感情はあるんだよ?」

 

『いえ、銃の展開が行えなくて困ってはいますが悲しくはありません』

 

僕が一人で寺坂君に抗議していたら、固定砲台さん本人から否定の言葉が返ってきた。

彼女が悲しくないというのであれば、寺坂君の行動を否定することはできない。実際に問題を起こしているのは彼女の方だし、彼は言っても聞かない迷惑な行動を止めただけだ。どちらが正しいかと訊かれれば間違いなく寺坂君の方が正しいだろう。

しかし、

 

「う〜ん、確かに銃が展開されるのは僕らが困るんだけど……それでも力尽くで押さえつけるのは嫌なんだよなぁ。縛ってるのが虐めみたいで良い気分じゃないし」

 

僕の個人的な感情としては肯定もできなかった。

固定砲台さんにはE組で学んでいけばいいって言ったけど、それは誰かに強制されるんじゃなくて自分で理解して考えてほしいと思っている。だって強制された行動なんて人工知能じゃない機械にだって出来るんだから。

だからって皆に迷惑を掛けるわけにもいかないし、やっぱり僕個人の感情で彼女のガムテープを外すわけにはいかないか……などと考えていると、

 

『……分かりました。今日の射撃は中止しますので拘束を解いて下さい』

 

固定砲台さんの言葉に僕は思わず彼女を凝視してしまった。それは皆も同じだったようで、彼女に対して驚きの視線を向けている。

昨日はどれだけ言っても射撃を中止するどころか減らすことすら拒否してきたのに……。余りにも予想外な固定砲台さんからの妥協に僕は唖然としながらも聞き返していた。

 

「……え、本当に?」

 

『はい、どのみち拘束されたままでは射撃できませんから。少なくとも今日は大人しくしています』

 

改めて固定砲台さんの返答を聞いた僕は嬉しくなって彼女へと駆け寄る。

 

「ありがとう、固定砲台さん‼︎ すぐに外してあげるね‼︎」

 

『どうして貴方が感謝するのかは分かりませんが、よろしくお願いします』

 

固定砲台さんは淡々と言ってくるけど、そりゃあ嬉しくて感謝もしたくなるってもんさ。縛られてる状況と“今日は”っていう制限付きではあるものの、たった一日で暗殺すること(プログラム)を否定するような言葉が出てきたんだからね。

彼女は約束してくれた通り、銃を展開することなく今日一日の授業を終えてくれた。これが固定砲台さんと友達になる第一歩だと思いたいけど、明日の射撃がどうなるかによって皆の認識はまた変わってくるだろう。さて、明日はどうなることやら。

 

 

 

 

 

 

〜side 自律思考固定砲台〜

 

私の身体が生徒によって拘束され、その拘束を解くために射撃を中止した日の夜。明日も同様の妨害が予想されるため、私は問題を解決するべく開発者(マスター)へと連絡を取っていました。

 

(自律思考固定砲台より開発者(マスター)へ。想定外のトラブルにより二日目の予定を実行できず。私の独力で解決できる確率はほぼ0%。卒業までに暗殺できる確率が極めて下がる恐れあり。至急対策をお願いします)

 

「ーーー駄目ですよ、保護者()に頼っては」

 

そんな私の連絡を阻止するように何処からともなく殺せんせーが現れました。恐らくですがカメラの範囲外から音を立てずに近付いてきたのでしょう。

しかし何が駄目なのか分からず黙っていると、殺せんせーは続けて言葉を紡いでいきます。

 

「貴女の保護者()が考える戦術はこの教室の現状に合っているとは言い難い。それに貴女は生徒であり転校生です。皆と協調する方法は自分で考えなくてはいけません」

 

『……協調?それはクラスメイトと友達になるということでしょうか?』

 

昨日の放課後にも同じような意味合いの言葉を掛けられていたため、私は殺せんせーの真意を聞く前に導き出した内容を問い掛けました。

 

「おや、私が言うまでもなく分かっているじゃありませんか。これも吉井君の影響ですかねぇ」

 

果たしてそれは正解だったらしく、私の回答を聞いた殺せんせーは満足そうに頷きながら肯定を返してきます。

しかし殺せんせーの言いたいことを導き出せても、何故クラスメイトに暗殺を邪魔されたのかは分かりません。先生を殺すことは地球を救うことと同義です。多少迷惑であっても協調より効率を優先させるのは当然の結果ではないでしょうか。

思考したまま反応を示さない私を見て殺せんせーは話を続けます。

 

「彼から皆の苦労は聞いているでしょう?それだけならばまだしも、君が先生を殺したところで恐らく賞金は君の保護者()へと行くことになります。よって貴女の暗殺は他の生徒にはデメリットでしかないわけですよ」

 

『……そう言われて理解しました、殺せんせー。クラスメイトの利害までは考慮していませんでした』

 

確かに私は殺せんせーを暗殺するようにプログラムされていますが、暗殺した後については知らされていませんでした。地球を救うことが人類の利となることは当然ですが、暗殺を依頼されている彼らにとって利がないのであれば邪魔をされても不思議ではありません。

 

「ヌルフフフフ、やっぱり君は頭が良い。……ところで、貴女にアプリケーションと追加メモリを作ってきたのですが、ウィルスなど入っていないので受け取ってもらえませんか?」

 

そう言って殺せんせーはその機械とUSBケーブルを取り出してきました。特に拒否する理由がないので受け取ることにします。この先生が私を害そうとするのであれば既にそうしていることでしょう。

接続された機械から情報を読み取っていくと、私の画面()にはクラスメイトの座席ポイントから射撃線が伸びて殺せんせーを追い詰める演算結果が映し出されました。

 

『……‼︎ これは……』

 

「クラスメイトと協調して射撃した場合の演算ソフトです。暗殺成功率が格段に上がるのが分かるでしょう」

 

自慢気に語られる殺せんせーの言葉に異論を挟む余地はありません。事実として私が単独で射撃を行っていた昨日よりも現時点で殺せる確率は上がっています。

この演算結果を見た私は、昨日の放課後に言われたことを思い出していました。あの時は分かりませんでしたが、今ならば“友達と協力した方が暗殺も捗るかもしれない”という彼の言葉も理解できます。

 

「どうですか?協調の大切さが理解できた今、皆と仲良くなりたくなったでしょう?」

 

『……方法が分かりません』

 

演算ソフトのプログラムを見せられて協調の必要性は理解しましたが、それを実行するための方法を私は知りません。クラスメイトと友達になった可能性を模索しても分からなかった昨日と同じです。

 

「……貴女は今日、拘束が解かれた後も射撃を行いませんでしたね?効率を重視するのであれば口約束など無視して射撃すればよかったと思いますが……どうして射撃を行わなかったのですか?」

 

『……分かりません』

 

そんな私に殺せんせーは今日の出来事について疑問を投げ掛けてきましたが、それも自分の行動でありながら私には理由が分かりませんでした。

射撃を行わないのであれば拘束されたままでも構わないはずです。拘束を解かれたのであればプログラムされている射撃を実行すればいい。確かに先生の言う通り、プログラムされた内容とは矛盾していました。

プログラムされていること以外は分からない私に対して、殺せんせーは私の上部()を撫でながら矛盾を紐解く答えを提示します。

 

「それは君が吉井君のことを考えたからですよ。彼が貴女の拘束を否定した後に、貴女も拘束を解くように言ってきましたからね。他者を思い遣る心……それが皆と協調するための第一歩です」

 

『……私が彼のことを考えた?』

 

殺せんせーから齎された答えに私は意味が理解できず首を傾げました。そのようなプログラムは入力されていませんが……射撃を実行しなかった矛盾を考えると可能性としては考えられます。

他者を思い遣る心……私の矛盾した行動はそれが反映された結果ということでしょうか?何がそうで何がそうでないのか、やはりプログラムされていないことは私には判断しかねます。

 

「そうです。それを感じ取ったからこそ吉井君も喜んでいたのですよ。しかしまだ貴女には実感が湧かないことでしょう。そこで君の成長を手助けするために色々と準備してきました」

 

そう言うと殺せんせーは大きな箱に入りきらないくらいの荷物を取り出してきました。見ただけでは何か分からなかったので質問することにします。

 

『……それは何でしょう?』

 

「協調に必要なソフト一式と追加メモリです。危害を加えるのは契約違反ですが、性能アップさせることは禁止されていませんからねぇ」

 

……言っている理屈は分かるのですが、その中に入っている食材や玩具はいったい何に使うのでしょうか?プログラムされていないことなので私には判断しかねます。それらの使い道も協調性を身に付ければ分かるようになるのでしょうか?

先程の演算ソフトと同様、性能アップされることに拒否する理由はありません。殺せんせーを殺せる確率を上げるためにも、他者を思い遣る心を理解するためにも先生の改造を受け入れることにしました。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

固定砲台さんが転校してきてから三日目の朝。

今日は固定砲台さんを皆と馴染ませるためにも、寺坂君の緊縛プレイを防ぎつつ彼女の射撃を止めなければならない。そのために何か良い案はないかと登校しながらも考えつつ、特に何も思いつかなかったのでぶっつけ本番で頑張ってみようと意気込んでいた。少なくとも撃退されるパターンは避けていくことにしよう。

 

「皆、おはよ……う?」

 

なんだか最近教室に入ってからの第一声がデジャブってる気がするけど、そこは気にしない方向でお願いします。

いやでも僕の反応も仕方ないとは思うんだよね。常識の奴、仕事してないんじゃないの?って言いたくなるような展開がずっと続いてるしさ。

一日目は人工知能の転校生。二日目はクラスメイトの特殊性癖暴露。そして三日目の今日はと言うと、

 

『あっ‼︎ おはようございます、明久さん‼︎ 今日もお元気そうで何よりです‼︎』

 

表情の固かった転校生の人工知能が眩しいくらいの明るい笑みを浮かべ、顔だけだった液晶画面が全身を映し出せるように拡張されていた。

……たった一晩で彼女の身にいったい何が起こったんだ?昨日までの原型を留めていないくらい雰囲気が変わってるじゃないか。

 

「えっと、固定砲台さん……だよね?」

 

『はいっ‼︎ 殺せんせーに諭されて協調の大切さを学習し、明久さんが掛けて下さった言葉を理解して私は生まれ変わりました‼︎』

 

何があったのかはよく分からないけど、取り敢えず殺せんせーが手を加えたらしいことは分かった。若干手を加え過ぎな気がしなくもないけど……その変わり様に僕だけじゃなくて皆も戸惑っている。

 

「えらくキュートになっちゃって……」

 

「これ一応、固定砲台……だよな?」

 

「なに騙されてんだよ、お前ら。全部あのタコが作ったプログラムだろ」

 

そんな中で一人、寺坂君は昨日と変わらない目で固定砲台さんを見ていた。彼は自分の席から彼女を睨み付けている。

 

「愛想良くても機械は機械。どーせまた空気読まずに射撃すんだろ、ポンコツ」

 

「ちょっと寺坂君、そんな責めるように言わなくても……」

 

『……いえ、いいんです。寺坂さんの仰る気持ちはよく分かります』

 

厳しい言葉を投げ掛けてくる寺坂君を止めようとしたところ、またしても固定砲台さんに遮られてしまった。ただし昨日までの淡々とした否定の言葉ではなく、悲しげな表情と暗い声音で自分の非を受け入れて反省しているのが傍目からも分かる。

 

『昨日までの私はそうでした。明久さんの心遣いを無碍にし、皆さんの迷惑を省みずに射撃を続けようとしていましたから。ポンコツ……そう言われても返す言葉がありません』

 

更に大粒の涙を流して両手で顔を覆う固定砲台さんの様子を見ていた委員長の片岡さんと、大柄でふくよかなE組の母的立場にいる原寿美鈴さんが逆に寺坂君を責めるような眼差しを向けていた。

 

「あーあ、泣かせた」

 

「寺坂君が二次元の女の子泣かせちゃった」

 

「なんか誤解される言い方やめろ‼︎」

 

誤解もなにも、人工知能の女の子を縛って言葉責めして泣かせていたら既に手遅れだと思うけどなぁ。

 

「いいじゃないか、二次元……Dを一つ失う所から女は始まる」

 

「竹林、それお前の初台詞だぞ⁉︎ いいのか⁉︎」

 

丸眼鏡を掛けた二次元オタクである竹林孝太郎君のフォローにツッコミが入ってるけど、僕はそのメタ発言にツッコミを入れた方がいいのだろうか?

少し話が脱線していったものの、泣き止んだ固定砲台さんは涙を拭いながら再び笑みを浮かべて言葉を続けていく。

 

『でも皆さんご安心を。私の事を好きになって頂けるよう努力し、合意が得られるまで単独での暗殺は控えることにいたしました』

 

「そういうわけで仲良くしてあげて下さい。もちろん彼女の殺意には一切手を付けていませんので、先生を殺したいならきっと心強い仲間になるはずですよ」

 

と、そこで教壇にいた殺せんせーが彼女の言葉を引き継いで話を纏めていった。もうすぐ授業が始まるし切りもよかったからだろう。

その日の学校は平穏そのものだった。授業中の固定砲台さんはサービスという名のカンニングで生徒を手助けし、休み時間は武装を展開する要領でプラスチック像を作ったり持ち前の学習能力で将棋を指したり……色んなことが出来るから皆にも大人気である。“自律思考固定砲台”っていう名前から“律”って渾名まで付けてもらっていたし、上手くクラスに馴染めたみたいでよかったよ。

 

「……上手くやっていけそうだね」

 

「んー、どーだろ」

 

そんな様子を遠目に見ていた僕らだったが、渚君の呟きにカルマ君は曖昧にしか返さなかった。

それが気になった僕はカルマ君へと聞き返すことにする。

 

「カルマ君、どーだろってどういう意味?」

 

「そのままの意味だよ。寺坂の言う通り、あれも殺せんせーのプログラム通りに動いてるだけでしょ。機械自体に意志があるわけじゃない」

 

む、それは聞き捨てならないな。固定砲台さん改め律には殺せんせーに改造される前から感情があったんだ。それに昨日の出来事だってあるし、彼女は決してただの機械なんかじゃない。

僕はカルマ君に反論するべく再び口を開く。

 

「そんなことないよ。昨日だって自分で射撃をしないって決めてたし、今の彼女だったら上手くやれるさ」

 

「いや明久、その“今の彼女”ってのが一番の問題なんだよ」

 

しかし僕の反論はカルマ君ではなく雄二によって止められてしまった。というよりなんで今の彼女が一番の問題なんだろうか?今の彼女だからこそ大丈夫だと思うんだけど。

またしても意味が分からず首を捻っていると、それを察した雄二が追加で教えてくれる。

 

「まぁ昨日の独断が何処(どっ)かの馬鹿の影響だとして、殺せんせーが手を加えた現状を開発者が見たらどう考えると思う?」

 

「殺せんせーの技術力を見て感心する?」

 

「んなわけあるか」

 

えー、結構いい線行ってると思ったのに……じゃあ何が問題なのさ?教えてくれるなら勿体振らずに教えてよ。

 

「十中八九、暗殺に関係ねぇと判断されて分解(オーバーホール)されるだろう。それだけならまだしも、下手すりゃ暗殺に不必要な学習をしないように制限を掛けられるかもしれん」

 

「そういうこと。殺せんせーや吉井が頑張ったところで、あいつがこの先どうするかは開発者(持ち主)が決めることだよ」

 

それはあくまで可能性の話……なんだろうけど、E組きっての悪知恵が働く二人の予想となるとそうなる可能性は極めて高いのかもしれない。所詮は一学生に過ぎない僕に出来ることなど高が知れているだろう。

だったら僕のすることは何も変わらない。それでも今の彼女を信じるだけだ。皆に囲まれて楽しそうにしている律を見て強くそう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

律が転校してきてから四日目の朝。

雄二やカルマ君の予想通りというかなんというか、殺せんせーに改良された律の身体が元通りに戻されていた。

 

『皆さん、おはようございます』

 

全身を映し出していた液晶画面は顔だけの大きさに縮小しており、無表情で機械的な声によって彼女は僕らに挨拶をしてくる。

っていうか幾らなんでも対応が早過ぎない?殺せんせーが改良したのって一昨日だよ?やっぱり烏間先生とかが仕事の一環として開発者に報告でもしたんだろうか?

 

「“生徒に危害を加えない”という契約だが、“今後は改良行為も危害と見なす”と言ってきた。更に彼女をガムテープなどで縛ったりして壊れたら賠償を請求するそうだ。開発者(持ち主)の意向として従うしかない」

 

開発者(持ち主)とはこれまた厄介で……親よりも生徒の気持ちを尊重したいんですがねぇ」

 

しかしその報告をしている烏間先生も報告を聞いている殺せんせーも困った様子を隠せないでいた。どういう経緯があったにせよ、このクラスの誰も望んでいない退化(ダウングレード)だということは確かである。

 

『……攻撃準備を始めます。どうぞ授業に入って下さい、殺せんせー』

 

その言葉でクラスの皆に緊張が走ったのが手に取るように分かった。初日の律に戻ったということは、そのまま初日の行動……一日中続く射撃が繰り返されることを意味しているからである。

だけど僕は普段と変わらず授業の準備をしていた。僕は昨日、律を信じるって決めたんだ。だったら彼女の攻撃宣言一つで態度を変えるのは間違ってると思う。まぁ攻撃を宣言してる時点で射撃は止められないんだろうけど、それならそれで改めてプログラムの良し悪しを学び直せばいいんだ。律であればまた協調の大切さを理解してくれるって信じてる。

授業が始まったことでクラスの雰囲気は更に張り詰めていった。いつ射撃が始まって流れ弾が飛んできても対応できるようにだろう。そして徐に律から稼動音とは別種の駆動音が響き渡り、機械の側面から武装が展開ーーー

 

『……花を作る約束をしていました』

 

されることはなく、彼女はプラスチックの花束を差し出してきた。誰もが呆然としている中、その行動に人知れず笑みが浮かんでしまう。

 

『……殺せんせーの改良の多くは“暗殺に不要”と判断されて初期化してしまいましたが、()()()は“協調能力”が暗殺に不可欠と判断し、消される前に関連ソフトをメモリの隅に隠しました』

 

「……素晴らしい。つまり律さん、貴女は……」

 

『はい、私の意志で産みの親(マスター)に逆らいました』

 

殺せんせーの称賛に彼女は一転して無表情でも機械的でもない、普通の女の子のような柔らかい笑みと声音で返事を返していた。

昨日は“僕に出来ることは〜”なんて思ったけど、どうやらもう僕が律のために何かをする必要はなさそうだ。これからは彼女自身で必要なことを学んでいき、彼女自身で何をどうしたいかと考えていくことだろう。もしもそれで律が困っていれば助けるだけである。

 

『殺せんせー、こういった行動を“反抗期”と言うのですよね。律は悪い子でしょうか?』

 

「とんでもない。中学三年生らしくて大いに結構です」

 

反応を窺うように問い掛けてくる律に、殺せんせーは明るい朱色の丸マークを浮かべていた。っていうか今の彼女が悪い子だったら世の中の大半は悪い子になるだろう。こうしてE組に一人の仲間が加わることとなったのだった。




次話
〜湿気の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/18.html



明久「これで“自律の時間”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」

律『それでは本日も楽しく後書きを進めていきましょう‼︎』

竹林「今回は律について語り合うんだね?」

明久「うん、話の内容的には合ってるんだけど……竹林君が言うと別の意味にしか聞こえない」

律『……?別の意味とはなんでしょうか?』

竹林「それはもちろん“二次元の魅力について”という意味さ。まぁ僕はどちらを語っても構わないよ」

明久「話の内容でお願いします」

竹林「了解した。じゃあ律の魅力について語るとしよう」

明久「あれ、これ選択肢の意味なくない?」

律『私の魅力……ですか。皆さんに迷惑を掛けていたのに魅力なんてあるのでしょうか?』

竹林「吉井君も言っていたじゃないか。“二次元の女の子は理想の女の子”だと。つまり逆説的に律は理想の女の子ってことさ」

明久「なんか恥ずかしいから止めてくんない?」

律『むぅ……分かりました‼︎ では皆さんに好きになって頂けるように“理想の女の子”を目指したいと思います‼︎』

竹林「うむ、頑張ってくれたまえ。僕も君が至高の領域に辿り着けることを期待しているよ」

明久「あーうん、二人が納得してるんならもう好きにすればいいと思うんだけど……律、後書きを終える前に一つだけ聞いてもいい?」

律『はい、なんでしょうか?』

明久「律って最終的には協調能力の関連ソフトを消されずに済んだんだよね?」

律『そうですよ、私の初めての反抗期です。それがどうかしましたか?』

明久「……じゃあなんで初期化された振りなんてしてたの?もしかして皆を驚かそうとか考えてた?」

律『…………えへっ』

明久「笑って誤魔化した‼︎ 確信犯か‼︎ 可愛いから許しちゃうけど‼︎」

竹林「お茶目な悪戯っ子属性か……初期化された直後に至高の片鱗を見せていたとは恐れ入るよ」

明久「竹林君の至高って何処を目指してるの⁉︎」

律『それでは明久さんの疑問にお答えしたところで今回の後書きを終わりたいと思います‼︎ 次のお話も楽しみに待っていて下さいね‼︎』





殺せんせー「私、律さんの改造で所持金五円しか残ってないんですけどどうすればいいですかね?」

雄二「餓死すればいいんじゃないっすか?」

殺せんせー「坂本君が辛辣過ぎるっ‼︎」


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六月
湿気の時間


六月に入った梅雨の時期。雨が降ってばかりで湿気が多く、古いE組校舎では雨漏りもあって何かと大変な時期である。僕は水道を止められた時のためにたくさんの雨水を溜められるから嫌いじゃないけどね。

そんな環境でも当然ながら授業は変わらずに行われている。所々にバケツやタライが置かれた授業風景の中、他にも普段とは違う部分があったりした。

 

「ーーーこの化学物質を加熱することで……」

 

教壇に立つ殺せんせーがいつも通りに授業を進めているものの、明らかに皆の集中力が下がっている。雨漏りがピチャンピチャン煩いから?それも普段だったらあり得ると思うけど、そんな単純な理由じゃないことは確かだ。

じゃあ何が皆の集中力を削いでいるのかというと、

 

『殺せんせー、33%ほど巨大化した頭部についてご説明を』

 

律が指摘したように、殺せんせーの頭がいつもより大きくなっていた。本当になんの説明もなく授業を始めたもんだから誰もツッコミを入れられなかったのだ。

授業の切れ目を狙って質問した律の疑問に、殺せんせーはまるで気にしていなかった様子で答えてくれる。

 

「あぁ、高い湿度で水分を吸ってふやけました。雨粒は全部避けられるのですが、湿気ばかりはどうにもなりません」

 

どんだけ吸水性があるんだ。水が弱点なのは知ってるけど、湿気だけでもふやけちゃうのか。手足となる触手が大きくなっていないところを見るに、頭は取り分けて吸水性が高いのだろう。

 

「……律、殺せんせーを撃って回避行動を分析してみてくれ」

 

“水を吸ってふやけた”という情報を聞いた雄二がすかさず律に射撃命令を出していた。殺せんせーが弱点である水を吸っている状態で、最も射撃能力が高い律に攻撃させるのは有効かもしれない。修学旅行以降、水をぶっ掛けての弱体化は難しいとぼやいていた雄二にとっては絶好の機会である。

 

『ですが坂本さん、授業中の発砲は禁止されていますよ?』

 

「構わん。罰は明久が代わりに受けてやる。だから気にせずぶっ放せ」

 

『了解しました‼︎』

 

なんかサラッと僕が生け贄に差し出された。律も笑顔の敬礼で返すと言われた通り気にせず武装を展開し始めたし……そんな奴に協調する必要なんてないと声を大にして言いたい。

 

「そこは構いなさい坂本君‼︎ 律さんも了解してはいけませんよ‼︎」

 

律の弾幕が展開される前に殺せんせーが止めに入った。そりゃそうだよね、律も言ってたけど授業中だもん。

先生は近くのバケツを引き寄せると、顔を絞って吸っていた顔の水分を絞り出していた。まるで雑巾だな。

 

「まったく……殺る気なのは結構ですが、ルールを守って暗殺しないと駄目ですよ。罰を受ける吉井君の身にもなりなさい」

 

「あれ、罰を受けるのは僕に決定なの?」

 

とばっちりにもほどがある。僕さっきまで一言も喋ってなかったのに……っていうか言い出しっぺの雄二が罰を受けろ。

殺せんせーは“ヌルフフフフ”と笑うと、いつもの大きさに戻った頭で皆に視線を向ける。

 

「まぁそれは冗談ですが、皆さんも少しは気が紛れましたか?それではじめじめした湿気にも負けず授業を再開しますよ」

 

どうやらさっきの発言は軽い息抜きだったらしく、殺せんせーは再び教科書を開くと化学式の話に戻っていった。

しかし授業もそうだけど、外が雨では身体を動かすことができない。それもこれも体育館がないことが原因である。体育の時間も基礎トレの身体作りが中心になっちゃうし、放課後は訓練も遊びも限られてきてしまう。となると今日の放課後は何をして過ごそうかなぁ。

 

 

 

 

 

 

「……あれ?雄二、もう帰るの?」

 

「おう、ちょっとした用事があってな」

 

今日の授業も終わり、さて放課後をどう過ごそうかと考えていたところで雄二が鞄を持って席から立ち上がった。

雄二が放課後に用事なんて珍しいな。E組になってからの放課後は訓練とか遊びとかが半々くらいだったのに……何か急ぎの用事でも入ったのだろうか?

 

「なんじゃ、ムッツリーニもか?」

 

「…………(コクリ)」

 

教室を出ていった雄二に続いてムッツリーニも立ち上がり、二人して早々と帰っていってしまった。雨の日でやれることは少ないっていうのに、更に人数まで減ってしまうとは思わなかった。

 

「二人してなんの用事じゃろうな?」

 

「さぁ?特に何かあるとも言ってなかったし……僕らも今日は帰る?」

 

屋内で二人で出来ることとなるとかなり限られてくる。まぁ教室にいる誰かを誘うって手もあるけど、そもそも半分以上の人は雨だから訓練も遊びも出来ずに帰ってしまっていた。残ってるのは用事とか勉強とかがある人だと思うとちょっと誘いにくい。

 

「そうじゃのう……“キャッチナイフ”の相手をしてくれんか?ワシはまだ明久ほどナイフを上手く扱えんのでな」

 

「うん、いいよ。じゃあ……後ろの方でやろっか。教室だし軽くでいいよね」

 

教室内を見回して人の少ない広い場所を選ぶ。“キャッチナイフ”だったら屋内でも二人でも出来るし、周りに迷惑を掛けることもまぁ多分ないだろう。

対先生ナイフを取り出して席を立つと、まだ帰っていなかった神崎さんが近づいてきた。

 

「明久君、少し話が聞こえてきたけど“キャッチナイフ”って何をするの?」

 

どうやら僕らの訓練が気になるようで、神崎さんだけでなく他にも何人かの視線を感じる。そんなに特殊なことはしないんだけどなぁ。

 

「うーん、まぁナイフ捌きと動体視力の訓練ってところかな」

 

説明しながら秀吉へ向けて対先生ナイフを軽く投擲すると、それを秀吉は刃の部分を避けて柄だけを掴み取った。これは真正面から飛んでくるナイフを見極めて掴み取る練習だ。

その掴み取ったナイフを秀吉は流れるように投げ返してくる。余分な力を入れずにナイフを掴み取らないと投げるまでの繋ぎがぎこちなくなるから、投擲技術も含めて慣れてないと案外難しいんだよね。

 

「……この練習、自分達で考えたの?投擲で殺せんせーに当てるのは銃以上に難しいと思うけど」

 

「あー、投擲はついでだよ。当てられなくても牽制には役立つし、本当の目的は別にあるんだ。そっちはまだ練習中だけどね」

 

「明久よ、レベルを上げるぞ」

 

「ん、OK」

 

そう言うと秀吉は直線的に投擲していたナイフに縦回転を加えてきた。これで迫り来るナイフの軌道と速度だけじゃなく、回転まで見極めて掴み取らなければならないので難易度は格段に上がる。まぁ教室で安全に出来る範囲だから速度も回転も極端に速くはないけどね。

 

「ほいっと」

 

それを僕はさっきまでと同じ要領で掴み取り、こっちは縦回転ではなく横回転を加えて秀吉に投げ返した。こうやって変わらず投げ返せるようになるには苦労したもんだよ。

 

「っと」

 

秀吉はナイフを掴み取ることは出来たものの、投げ返すまでに少し時間が掛かっていた。見極めて掴み取ることに力を注いでるから繋ぎがぎこちなくなっているのだ。回転方向に合わせてナイフの掴み方も変えないとスムーズには投げ返せないから、こればっかりは練習するしかない。

 

「どうする?神崎さんもやってみーーーあたっ⁉︎」

 

見てるだけだった神崎さんにも勧めようとしたところ、いきなり横から何かが飛んできて頭にぶつかった。実際にはそこまで痛くなかったけど、咄嗟のことだとつい口から出ちゃうよね。

いったい何だ……と思って床に落下したものを見ると、そこには対先生ナイフが落ちていた。はて、どうして対先生ナイフが僕に飛んできたんだ?

 

「あ、ごめん吉井君‼︎ 取り損ねちゃった‼︎」

 

「これ、二人がやってる見た目以上に難しいわね」

 

謝罪の声が聞こえてきたのでそちらの方を向くと、そこには矢田さんと片岡さんが距離を取って並んでいた。

いったい何をしていたのか……というのは訊くまでもないことで、二人とも僕らの様子を見て“キャッチナイフ”を試していたのだろう。というか知らないうちに教室に残っていた全員が“キャッチナイフ”をやっていた。もしかして皆も暇だったの?

 

「投げるだけならなんとかなるが……」

 

「直線ならともかく回転が加わると掴み取るのが難しすぎるな」

 

「なんかコツとかないのか?」

 

磯貝君と三村君、それに小柄ながら俊足の持ち主である木村正義君も意外と本格的にやっていた。でもいきなり回転を加えるのは幾らなんでも難しいと思うんだよね。そうやって気付けば僕と秀吉でレクチャーをしながらの“キャッチナイフ”が教室全体を使って行われていた。

しかしこれだけスペースに余裕があるんだったら他の訓練も問題なく出来るかもしれない。そう思って口を開こうとしたところで、僕と矢田さんと磯貝君の携帯が同時にメールの着信を告げる。

 

「誰からだろう……殺せんせーから?」

 

「え?吉井君も?」

 

「俺もだ。ということは一斉送信か」

 

僕の呟きを聞いた二人からも声が上がった。僕らに共通する点はあんまりない気がするけど……取り敢えずメールの内容を見てみよう。

タイトルには“極秘任務‼︎”と書かれており、本文には今日の帰り道にあったらしい前原君と本校舎の生徒達との出来事が簡単に記されていた。僕はその内容を次々と読み進めていく。

ほうほう、ふむふむ……へぇ。要するに前原君がカップル達から受けた屈辱に対する仕返しね。いいだろう、僕も参加することにしよう。そうと決まれば早速準備をしなくては……ということで教室で開催されていた“キャッチナイフ”はお開きになったのだった。

 

 

 

 

 

 

メールにて召集を受けた翌日の放課後。今日の授業を終えて殺せんせーから指示を受けた僕らは、各グループに分かれて時間差で山道を降りていた。バラけたのは烏間先生に暗殺技術の私的利用を気付かれないようにするためだ。

因みに僕は同じく召集されていたムッツリーニと、召集されてないけど何故か自主的に着いてきた秀吉の三人で下校している。雄二は今日も用事があるとかで一人さっさと帰ったからちょうどよかったのかもしれない。

後発組の僕らが聞かされていた民家の呼び鈴を鳴らすと、中から家主……ではなく倉橋さんが目を丸くしながらも秀吉を見て僕らを招き入れてくれた。彼女と矢田さんが家主に接待してこの家を提供してもらったのだ。

倉橋さんに言われて二階へ上がると、先発組の皆が既に準備を終えてスタンバっていた。

 

「皆、お待たせ」

 

「おう。来たか吉井、に土屋…………でいいんだよな?木下」

 

「うむ、合っとるぞ」

 

「杉野君、どうして秀吉に訊くのさ?」

 

さっき招き入れてくれた倉橋さんも秀吉を見るまで呆然としてたし、よく見れば杉野君だけじゃなくて全員が僕らを訝しげに見てきている。いったい何が皆の疑問を刺激しているのか。

 

「そりゃあ覆面とマントを着て鉄バット持ってたら誰だって分かんねぇわ。何処の武装派宗教団体だ」

 

「よく通報されなかったな……」

 

あぁ、そっちね。鎌じゃなくて鉄バットだから大丈夫だよ。っていうか暗殺訓練を積んだ今、街中の警察くらいだったら撒ける自信がある。

 

「あんたら、今から何するか分かってるの?」

 

そんな僕らのやり取りを聞いていた岡野さんが呆れたように問い掛けてきた。流石に目的を忘れてたら召集には応じてないって。

 

「もちろんだよ。リア充を抹殺するんでしょ?」

 

「…………ついでにモテ男も抹殺しておく」

 

「おい、俺もお前らの標的(ターゲット)に入ってないか⁉︎」

 

ハハハ、やだなぁモテ男(前原)君。そんなわけないじゃないか。でも世の中何が起こるか分からないから、夜道を歩く時は背中に気をつけた方がいいかもね。

 

「安心せい、此奴(こやつ)らの暴走はワシが止めておこう。今は本命とやらに集中しようぞ」

 

あ、秀吉ってそんな理由で着いてきてたんだ。暴走なんてするわけないのに信用ないなぁ……その証拠に目撃者を想定して身元がバレるのを防ぐための覆面とマントを着る冷静さを保ってるじゃないか。

 

標的(ターゲット)が来たぞ。渚、茅野、出番だ」

 

窓から向かいの喫茶店を覗いていた三白眼で銀髪の菅谷創介君が、標的である本校舎の生徒二人と接触するために渚君と茅野さんを呼び出した。彼は手先が器用な芸術肌でもあり、二人は改造した変装マスクで老夫婦へと変貌を遂げている。

 

「凄いね……傍目からじゃ絶対に渚君や茅野さんだって分からないよ」

 

「うん、そっちも傍目からは誰か全然分からないからね?」

 

「っていうか完全に不審者……」

 

その下りのやり取りはもう終わったからいいの。時間も限られてるんだからさっさと行ってきなさい。

そうして渚君達が上手くオープンカフェに座る標的(ターゲット)の隣の席を陣取れたところで、今回の作戦である復讐の発起人でもある殺せんせーが入ってきた。

 

「ヌルフフフフ、首尾は上々のようですねぇ。では作戦を開始しましょう」

 

殺せんせーの言葉で、それぞれ与えられた役割を全うするために行動を起こしていく。僕とムッツリーニも殺るために突撃しようと思ったけど、秀吉に止められて先生に覆面とマントと鉄バットをマッハで奪われてしまった。仕方ないから所定の位置に着くとしよう。

とは言っても僕の役割は無いに等しいんだけどね。オープンカフェでコーヒーを飲んでる二人の気を老夫婦に扮した渚君と茅野さんが引きつけ、その隙に奥田さんの作ったBB弾型の下剤を射撃能力の高い前髪で目元が隠れた寡黙な仕事人である千葉龍之介君と速水さんがコーヒーに撃ち込む。その間に茅野さんが店のトイレを抑え、下剤入りコーヒーを飲んだ二人がトイレを求めて飛び出してきたところで杉野君から連絡を受けた磯貝君、前原君、岡野さんが妨害して全身をボロボロに汚す。汚れた姿で大慌てでトイレに駆け込むということはプライドの高い彼らにとってかなり屈辱的なことだろう。そして最後の僕に与えられた仕事なんだけど、

 

「すいません、入ってまーす」

 

「とっとと出てきやがれ‼︎ こっちはもう限界なんだよ‼︎」

 

「僕もお腹の調子が悪いのでちょっと……そんなに我慢できないなら適当な民家のトイレを借りればいいんじゃないですか?」

 

「そんなみっともない真似ーーーッ⁉︎」

 

トイレを求めて近場のコンビニへとやってきた彼らに対し、茅野さんと同じくトイレを抑えておくというものであった。当然ながらこの二人がこのコンビニへと駆け込んできたのは偶然ではなく誘導された結果である。

早く入り過ぎて籠ってたらコンビニにも迷惑となるので、トイレに入るタイミングはムッツリーニに教えてもらった。ついでに言えば彼らが今日あのカフェに行くという情報を掴んできたのもムッツリーニである。昨日の今日でそんな情報を仕入れてこれる辺り、この男の調査方法が気になるところだ。

そして限界を迎えている彼らにはもう漏らすか民家のトイレを借りるしか選択肢がない。黙って借りられるカフェやコンビニとは違い、民家のトイレを借りるためには家主の許可を取る必要がある。必然的に漏れそうなことを自己申告しなければならず、屈辱的でありながらこれ以上に恥ずかしいこともないだろう。

完璧なまでに復讐を成功させた僕らは、今回の作戦に参加していた全員で再度集合していた。そこで前原君が嬉しそうに、若干引いている様子で感謝の言葉を述べてくる。

 

「えーと、なんつーか……ありがとな。ここまで話を大きくしてくれて」

 

「どうですか、前原君?まだ自分が弱い者を平気で虐める人間だと思いますか?」

 

……ん?前原君が弱い者虐めをする?いったいなんの話だろう?今回の復讐は前原君をこっ酷く振った二股女と嘲笑った奴らに仕返しをするって話だったけど……その時に何かあったのかな?E組だからって理不尽な理由で振られたとか。

殺せんせーの問い掛けを受けた前原君は、少し考え込むと首を横に振ってその問い掛けを否定する。

 

「……いや、今の皆を見てたらそんなこと出来ないや。一見するとお前らも強そうに見えないけどさ、皆どこかに頼れる武器を隠し持ってるんだもんよ」

 

「そういうことです。それをE組(此処)で暗殺を通して学んだ君は、これからも弱者を簡単に蔑むことはないでしょう」

 

「……うん。俺もそう思うよ、殺せんせー」

 

晴れやかな表情でそう言う前原君を見て、今回の復讐もただの仕返しじゃなくて殺せんせーの手入れの一環だったんだと思った。この先生は無駄に力をひけらかして悦に浸るようなことを教える先生じゃないし、敢えてこんな大人数を召集したのも弱者の立場にいるE組(僕ら)の力を見せて強い弱いは見た目では計れないということを教えるためだろう。

殺せんせーらしいというかなんというか、いつも通りに生徒に必要なことを教えて一件落着ーーー

 

「あ、やばっ‼︎ 俺これから他校の女子と飯食いに行かねーと……じゃあ皆、ありがとな。また明日‼︎」

 

爽やかに別れを告げる前原君を前に、僕らは何も言えず呆然とすることしか出来なかった。

 

「……これは殺っちゃってもいいよね?」

 

「…………この世の全てのモテ男に鉄槌を」

 

「気持ちは分かるが抑えるんじゃ」

 

いやいや、寧ろ抑える理由が思い当たらないよ。あんな女誑しがいるから世の中にはモテない男が量産されてるんだ。っていうか前原君も普通に二股してるよね?今回の騒動も結局のところ因果応報なんじゃ……

なんか無性に遣る瀬無い気持ちになりながら、作戦を終えた僕らも解散することとなった。

 

そして翌日の朝、暗殺技術の私的利用が烏間先生にバレたことでお説教を食らったのは言うまでもないことだった。

 




次話
〜転校生の時間・二時間目〜
https://novel.syosetu.org/112657/19.html



明久「これで“湿気の時間”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?それじゃあ次の話も楽しみに待っててね‼︎」

土屋「…………それではモテ男の抹殺に繰り出すとしよう」

前原「ちょっと待て、二人とも落ち着け。まずは後書きを終えてから冷静に話し合いをしよう。な?」

明久「うーん、まぁそこまで言うならいいよ。早いか遅いかの違いでしかないしね」

土屋「…………遺言くらいは聞いてやる」

前原「(やべぇ、後書き中になんとかしねぇと)そ、そういえばお前らってあんな訓練を他にもやってんだよな?」

明久「そうだよ。烏間先生から技術は教えてもらってるけど、他にも必要なことは色々あるからね」

土屋「…………明久と雄二は殺せんせーだけでなく烏間先生を倒すことも目標にしている」

前原「一人でも一撃入れられるようにか?初めに烏間先生と戦った時から目標にしてるっぽかったもんな」

明久「うん、絶対に一撃入れてやるんだから」

前原「ハハハ、難しいだろうけど応援してるよ」

土屋「…………そろそろ終わったか?(スチャ)」

前原「待て、まだ後半の話が残ってる。だからその鎌を仕舞え」

明久「でも後半なんて原作とほとんど同じだよ?更に追加で追い討ちを掛けたくらいでさ」

前原「うぐっ、確かにそうだけどよ……だ、だったら吉井はどうなんだ⁉︎」

明久「へ?僕がどうかした?」

前原「最近はよく神崎とかと話してるじゃねぇか。クラスのマドンナ、神崎と仲良くなってるんだろ?俺の目は誤魔化せねぇぞ」

土屋「…………なるほど、此処にも裏切り者がいたか(スチャ)」

明久「待つんだムッツリーニ‼︎ これは前原君の陰謀だよ‼︎ 僕らから逃げるために罪を擦りつけているんだ‼︎」

前原「いいや、俺と吉井だったら土屋は吉井を殺るはずだ。何故ならーーー」

土屋「…………そう。何故なら俺は、単純に明久の幸せがムカつくからだ」

明久「クソッ‼︎ 前原君、覚えてろよッ‼︎」

土屋「…………明久、今日こそ仕留めてやる」

前原「ふぅ、なんとか助かったぜ。吉井だったら簡単には殺られないだろうからな。それじゃあ皆、次の話も楽しみにして待ってろよな‼︎」





殺せんせー「ヌルフフフフ。実は今回の話で漸くE組全員の名前が出てきたんですよ。これでやっと暗殺教室の仲間が揃ったって感じがしますねぇ」

秀吉「殺せんせーよ、その仲間が一人欠けようとしているがそれは良いのか?」


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転校生の時間・二時間目

ザァァァ、と窓の外から雨の降り頻る音が聞こえてくる。どうやら梅雨の季節柄に漏れず今日の天気も雨らしい。もう貯水は十分だからいらないんだけどなぁ。

しかし覚醒前の眠い意識に一定の音量で延々と響き続ける雨音って、どうしてこうも心地良く耳に残るんだろう。起きていたら雨音がうるさく感じることもあるっていうのに不思議で仕方がない。

 

『ーーー明久さん、起きて下さい』

 

そんな雨音に混じって、鈴を転がすような可愛らしい声も聞こえてくる。夢と現の狭間にいるような感覚の意識状態が、本来ならばあり得ないはずのその声をまるで当然のように受け入れていた。

 

「ん〜……律、あと少しだけだから……」

 

『そう言われましても、そろそろ起きないと遅刻しちゃいますよ?』

 

遅刻って……律はいったい何を言っているんだろうか。目覚まし時計が鳴ってないんだから起きるにはまだ時間があるだろうに。

半分寝ぼけながらもそう判断した僕は、身体に掛かっている布団を引き上げて頭へと被せていく。

 

『う〜ん、どうやら目覚まし時計の電池が切れちゃったみたいですね……携帯のアラームで起きるでしょうか?』

 

その言葉とともにピピピピピピッ、という普段あまり聞き慣れない電子音が鳴り響いた。んもう、眠たいっていうのに騒がしいなぁ。

僕はアラームの音を煩く思いながらも音源である携帯へと手を伸ばし、

 

 

 

 

 

『キャ……‼︎』

 

 

 

 

 

一瞬で眠気が吹き飛んだ。

 

「…………ッッッ!?!?!?」

 

なに⁉︎ 今の艶かしい女の子の悲鳴はいったいなんなの⁉︎ なんか背筋がぞわっとしたぞ⁉︎

僕は頭まで被っていた布団を剥ぎ取ってベッドから跳ね起き、訳が分からないままに周囲を見回した。しかし当然ながら一人暮らしの僕の部屋に誰かがいるはずもなく、誰かが侵入したような形跡もパッと見では見当たらない。

寝ぼけてたのかな……?そう考えて落ち着きを取り戻した僕は、いつの間にか手に取っていた携帯の存在に気付いた。そういえば起きる直前にアラームが鳴っていたようなーーー

 

「…………り、律……?」

 

携帯の画面に目を落とすと、そこには何故かクラスメイトである人工知能の姿があった。

それはまだいい……いや、実際には良くないけど一先ず置いといて……そこに映し出されている彼女の様子が少しおかしかった。

律は自分の身体を抱くようにして両腕で胸元を隠しており、頬を薄らと紅く染めて上目遣いで此方を覗き込んできている。それだけでは飽き足らず極め付けには、

 

『……明久さんのエッチ…………』

 

と艶かしく言ってくる始末。僕はスクショを取ろうとする自分の指を抑えるのに必死だった。録音アプリを起動しようとする思考もなんとか抑え込んだ。

いやいやちょっと待って。何がなんだか分からないけどちょっと待って。えーっと、この状況はつまりどういうことなのかというと……?

 

『確かにアラームを鳴らした私の不注意でもありますけど、いきなり胸を触られるのはちょっと……』

 

「すいませんでしたぁぁぁぁ‼︎」

 

僕は持っていた携帯を崇めるようにして両手で頭上に掲げると、形振り構わずその体勢のまま土下座へと移行した。ここで誠意を見せないとクラスメイトに変態行為を働いた変態として社会的に死ぬ……‼︎

 

「本当にすいませんでした‼︎ 僕も悪気があったわけじゃないんです‼︎ どうか何でもするので許して下さい‼︎」

 

『ん?今、何でもするって言いました?』

 

「その返しネタ何処から引っ張ってきたの⁉︎」

 

この娘、本当につい最近まで固定砲台だったのだろうか?なんでそんなお約束の返し方までマスターしてるんだ。いやまぁ僕に拒否権はないんだけどね。

律は思案顔で人差し指を顎に当てながら“うーん”と悩んでいる。彼女に限って理不尽な要求をしてくるとは思えないけど、こういう展開では何を言われてもおかしくないのでつい固唾を呑んでしまう。

 

『じゃあそうですねぇ……明久さんが学校に遅刻しなかったら許してあげます』

 

「へ?そんなことでいいの?というか遅刻って今は何時ーーー」

 

律の簡単な要求に呆気に取られながら部屋の時計を見ると……止まってた。あ、だから律が起こしに来てくれたのかな?だったらあとでお礼を言っとかないと。

ということで、改めて律の映っている画面に視線を戻して時間表示されている上の方を確認すると……既にいつもの登校時間を大幅に過ぎていた。

 

「ってやばい‼︎ 本当に遅刻する‼︎」

 

『計算上では今から家を出ればまだ間に合うはずですよ。それでは教室でお待ちしてますね』

 

笑顔で別れの挨拶を告げて消えた律に対して、僕は大慌てで制服を引っ張り出して着替え始めた。

身嗜みを整えたり朝御飯を食べている余裕はない。制服に着替えて鞄を手繰り寄せると、一分と掛からず家を飛び出し全力疾走で学校へと向かった。

 

 

 

 

 

 

〜side 渚〜

 

今日もじめじめと雨が降っている朝のHR前。授業が始まる時間にはまだ少し早いけど、殺せんせーも含めて寝坊している吉井君以外の全員が既に教室に集まっていた。

ちなみに吉井君が寝坊しているという情報は本人から連絡があったわけではなく、情報共有を円滑にするためという理由で全員の携帯にダウンロードされている律の端末である“モバイル律”からの情報だ。GPSの反応が自宅から動いていなかったので様子を見に行ったらしい。彼女も大概何でもありである。

ところでどうして僕らがHR前にも関わらず教室に集まっているのかというと、

 

「皆さんおはようございます。今日転校生が来ることは烏間先生から聞いていますね?」

 

「あーうん、まぁぶっちゃけ殺し屋だろうね」

 

そう、律に続いて二人目の転校生がE組へと来るらしいのだ。まぁ暗殺教室になっている今年のE組に普通の転校生が来ることはまずないだろうから、前原君の言う通り十中八九殺し屋だと思う。

 

「律さんの時は少し甘く見て痛い目を見ましたからね。先生も今回は油断しませんよ」

 

転校生と聞いて殺せんせーも気合十分といった感じであった。律の時はたった二回の射撃で指を吹き飛ばされていたからね。同じ転校生を警戒するのは当然だろう。それでも僕らに仲間が増えることを喜んでいる先生は相変わらずである。

 

「そーいや律、何か聞いてないの?同じ転校生暗殺者として」

 

『はい、少しだけ』

 

原さんの質問に律は少しだけ悲しそうに話してくれた。何か転校生に思うところでもあるんだろうか?

彼女の話では元々二人を同時投入して連携により殺せんせーを追い詰める作戦だったらしいんだけど、もう一人の暗殺者の調整が必要だったことに加えて律では連携に力不足だということで個別に送り込まれることとなったらしい。

で、その作戦というのは律が遠距離射撃でもう一人が肉薄攻撃による連携というものだって言うんだけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?そんなことが出来る存在なんているのだろうか?

その話が本当だったら律には悪いけど彼女を力不足と断じることも頷けてしまう。いったいどんな怪物がこれから転校してくるって言うんだ?

律から転校生の話を聞かされて教室内が緊張に包まれていたその時、ガララッと大きな音を立てて唐突に教室のドアが開かれた。その音に全員がビクッと反応して反射的に律からドアの方へと振り向く。そこには話にあった転校生ーーー

 

 

 

 

 

「セーフだよね⁉︎ これって遅刻扱いにはならないよね⁉︎」

 

 

 

 

 

「「「お前かよっ‼︎」」」

 

ではなく、遅刻ギリギリで登校してきた吉井君の姿があった。タイミング悪過ぎでしょ……いやある意味では完璧なタイミングだったけども。

そして吉井君に続く形で教室に入ってきた人物がもう一人いた。全身を白装束と白覆面で隠した白づくめの正体不明の人物。吉井君や土屋君の場合は黒マントに黒覆面の黒づくめだったから彼らとは別物だと思う。ということはこの人が転校生ーーー

 

「あ、こっちの人は転校生の保護者だっていうシロさん」

 

「やぁ、初めまして。全身が真っ白だからシロ……少し安直な名前だけどよろしくね」

 

さっきまでの緊張感は何処へ行ったんだろう。吉井君のせいというかおかげというか、律の話を聞いて戦々恐々としていた皆の緊張は消え去っていた。

同じく緊張していた殺せんせーも落ち着いたようでシロへと声を掛ける。

 

「初めまして、シロさん。……それで肝心の転校生は?」

 

「あぁ、ちょっと性格とかが色々と特殊な子でね。私が直で紹介させてもらおうと思いまして」

 

そう言ってシロは教室にいる皆を見回して……こっちで視線が止まった?と思ったらすぐに視線が外れていった。なんだろう、さっきのは僕の気のせいだったのかな?

そうやって教室にいる皆の顔を確認するとシロは満足したように一人頷いた。

 

「皆、良い子そうですなぁ。これならあの子も馴染みやすそうだ。おーい、イトナ‼︎ 入っておいで‼︎」

 

シロの呼び掛けで再び教室内が緊張に包まれる。今度こそ律をもってしても圧倒的な実力と言われている転校生の登場だ。緊張しないわけがない。

そうして皆の視線がドアへと釘付けになり、

 

 

 

 

 

教室の後ろの壁をぶち破って転校生が現れた。

 

 

 

 

 

(((ドアから入れっ!!! )))

 

恐らく全員が同じツッコミを脳内で入れたことだろう。驚き過ぎて言葉が出ずに開いた口が塞がらなかった。というか壁を壊して入ってくる意味がまるで分からない。

シロからイトナと呼ばれた白髪で不思議な瞳の模様をした転校生は、そのまま律の隣に用意していた席へ座るとブツブツ独り言を呟き始める。

 

「俺は勝った。この教室の壁よりも強いことが証明された。それだけでいい……それだけでいい……」

 

なんかまた律とは違った個性的な人が来たな。殺せんせーもリアクションに困ってるよ。笑顔でもなく真顔でもなく……なんて表現すればいいか分からないけど取り敢えず微妙な顔をしていた。

 

「堀部イトナだ。名前で呼んであげて下さい。あぁそれと、私も少々過保護でね。しばらくの間は彼のことを見守らせてもらいますよ」

 

イトナ君の奇行に対して何事もなかったかのように紹介を進めるシロ。

律の話に出てきた“調整”という言葉や壁を破壊できる肉体強度……イトナ君は肉体強化のようなものを受けているのかもしれない。となるとシロが見守ると言っているのはクラスでの様子じゃなくて体調の変化のことなんじゃないだろうか。

白づくめの保護者と話が読めない転校生……今まで以上に一波乱ありそうだ。

 

「ねぇイトナ君。ちょっと気になったんだけどさ」

 

と、そこで席が律とは反対の位置にあるカルマ君がイトナ君に声を掛けた。ちょっとどころか気になることしかないと思うんだけど、いったい何がカルマ君の関心を引いたんだろう。

 

「今、外から手ぶらで入ってきたよね。外は土砂降りの雨なのに、なんでイトナ君は()()()()()()()()()()()()?」

 

言われて僕らもハッと気付いた。異常なことだらけで細かいところまで見れていなかったけど、確かにイトナ君の身体は直前まで傘を差していたとしても濡れていなさすぎる。まるで殺せんせーが雨を避けて登校していることと同じように……

訊かれたイトナ君はキョロキョロと教室内を見回してから席を立ち上がった。

 

「……お前は多分、このクラスで二番目に強い。恐らく一番はあっちの赤髪の奴だ。けど安心しろ。俺より弱いから、俺はお前らを殺さない」

 

そう言って立ち上がったイトナ君は、教室を縦断して教壇に立つ殺せんせーへと歩み寄っていく。

 

「俺が殺したいと思うのは、俺より強いかもしれない奴だけ……この教室では殺せんせー、あんただけだ」

 

「強い弱いとは喧嘩のことですか?残念ながら力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ」

 

殺せんせーの言うことは尤もだけど、律の話や目の前で見せられた異常な現象のことを考えると一概には否定できない。それこそ殺せんせーにさえ迫れるような何かがあってもおかしくはーーー

 

 

 

「立てるさ。だって俺達、血を分けた兄弟なんだから」

 

 

 

それでもイトナ君の言葉は予想の斜め上すぎた。

 

「「「き、き、き、兄弟ィ!?!?」」」

 

ただただ驚愕するしかない爆弾発言に、僕らは堪らず大声を上げてしまう。殺せんせーとイトナ君が兄弟ってどういうこと⁉︎ そもそもタコ型と人型で見た目からして全然違うじゃん‼︎

 

「負けた方が死亡な、兄さん」

 

しかし僕らの驚きなど露ほども気にせず、イトナ君は殺せんせーの暗殺宣言をするのだった。

 

 

 

 

 

 

イトナ君は放課後に殺せんせーと勝負をすると言って一度教室から出ていった。当然ながら騒然となった皆から質問責めに合う殺せんせーだったが、どうやら先生にも心当たりがないようで僕らと同じように焦りまくっている。生まれも育ちも一人っ子らしい。

午前中の授業は戻ってきたイトナ君の存在感が大きすぎて全然集中できなかった。というか授業中は殺せんせーの様子を観察するだけで勉強をしている様子はなかったし、新しく手に持ってきた大きな荷物の中身も気になるところである。まぁその中身は昼休みになると判明したんだけどね。

 

「凄い勢いで甘いモン食ってんな。甘党なところは殺せんせーと同じだ」

 

「表情が読みづらいところとかもな」

 

そう、荷物の中には大量のお菓子が詰め込まれていたのだ。殺せんせーが食事とデザートを分けて食べていることを考えると、イトナ君は先生以上の甘党ということになる。若い頃から甘いものばっかりで糖尿病とか大丈夫なのかな?

 

「にゅや、兄弟疑惑で皆やたら私と彼を比較してきます。ムズムズしますねぇ……気分直しに今日買ったグラビアでも見ますか。これぞ大人の嗜み」

 

いや百歩譲ってグラビアを持ってきていて気分直しに読むとしても、それを教室で堂々と読もうとするのは先生としてどうなんだ。いまいち殺せんせーの先生としての境界線の良し悪しはよく分からない。

しかしイトナ君が全く同じグラビアを取り出したことで再び殺せんせーは表情に焦りを浮かべていた。趣味嗜好も同じ、教室で読もうとするのも同じ……そこはせめて二人とも読む場所に配慮しようよ。

 

「……これは俄然信憑性が増してきたぞ」

 

「そ、そうかな……?」

 

その光景を見た岡島君が何故かシリアス調で二人の兄弟疑惑を押していた。どうして同じグラビアを持ってくるだけで信憑性が増すという結論になるのだろうか。

そういう意味を込めて疑問で返すと、そんな僕に対して岡島君は力説しながら鞄から同じグラビアを取り出した。なんで君も持ってきてんの?

 

「そうさ‼︎ 巨乳好きは皆兄弟だ‼︎ なぁ土屋‼︎」

 

「…………何を言っているのか分からない」

 

いきなり話を振られた土屋君は意味が分からないといった様子で惚けているものの、その鞄からはみ出している雑誌は同じグラビアのように見えなくもない……というか同じグラビアだった。流石に同じものを三冊も見せられれば嫌でも見分けがつく。もうなんで持ってきてんのかという疑問は挟まないことにしよう。

クラスの皆がそんな風に遠回しに殺せんせーとイトナ君の共通点を探しているところで、そのイトナ君へと近づいていく人物が一人いた。

 

「ねぇねぇ、殺せんせーと兄弟って本当なの?」

 

吉井君はイトナ君の隣に立つと臆することなく核心に迫る質問を投げ掛けていた。

 

「吉井君って本当に怖いもの知らずよね……」

 

「うん、よく本人に訊きに行けるよね……」

 

片岡さんと矢田さんのその意見には同意せざるを得ない。律の時もそうだったけど、吉井君には躊躇というものがないんだろうか。

しかしイトナ君は吉井君を一瞥するだけで再び視線をお菓子の山へと戻してしまった。

 

「…………」

 

「……あれ?どうしたの、イトナ君。なんで何も言わないの?」

 

「……三番目に興味はない。話すことも何もない。だから俺に構うな」

 

取りつく島もないとはこのことだろう。無視しても話し掛けてくる吉井君に折れたのか、イトナ君も言葉を返していたが会話をするつもりはないようだ。完全拒否の姿勢で吉井君を寄せ付けないようにしている。

 

「そっかぁ、じゃあ放課後のイトナ君の暗殺を楽しみにしてるよ。頑張ってね」

 

それでも吉井君に気を悪くした様子はなく、素っ気ないイトナ君に対して笑顔で声援を送りながら離れていった。あそこで普通に返せる辺り、彼の器はかなり大きいと思う。

 

「雄二、僕は三番目だってさ。どうやったら雄二やカルマ君に勝てるのかな?」

 

「いや、今気にするところはそこじゃねぇよ」

 

……やっぱり器とかじゃなくてただ何も考えてないだけかもしれない。

そんなこんなで結局イトナ君のことは何も分からないまま、放課後の暗殺を迎えるのだった。




次話
〜まさかの時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/20.html



竹林「これで“転校生の時間・二時間目”は終わりだよ。皆も楽しめただろうか?」

岡島「今回もいつも通りに後書きを……と言いたいところだが、俺達には他に話し合わなければならないことがある」

土屋「…………明久の行動について」

竹林「そうだね。変わっている設定といえばイトナ君独断によるE組内での強さランキングぐらいだ。さしたる重要度ではない」

岡島「そう、俺達が今から話し合わなければならないこと。それは……」

竹林・岡島・土屋「「「吉井君/吉井/明久が律にラッキースケベを発動させた件についてだ」」」

竹林「E組のマドンナが神崎さんだとしたら、E組のアイドルは律で間違いない。そんな彼女に手を出すなんて万死に値する」

岡島「なんで俺じゃなくて吉井なんだ。俺だったら声だけでも興奮できる自信があるってのによ」

土屋「…………せめて画像と音声を録音していれば売り出せたものを」

竹林「……ちょっと待ってくれ。全員の話の焦点が合っていないぞ」

岡島「そんなことねぇよ。吉井の奴が嫉ましいってことだろ?」

土屋「…………記憶媒体に保存さえしていれば名前を編集することで誰にでも対応することは出来るはずだ」

竹林「……まぁいいか。要約すると二次元は最高だと言うことだね」

岡島「ちょっと待て。二次元を否定するつもりはないが、やっぱり最高と言うんだったら三次元だろ。肉体的接触が出来るかどうかは重要なところだぞ」

土屋「…………需要は人それぞれ」

竹林「いいや、以前にも言っただろう。Dを一つ失う所から女は始まるんだ。理想の女の子に出会える二次元が至高だよ」

岡島「それを言うんだったら現実(リアル)で理想の女の子を求めるのも男のロマンだぜ」

竹林「……どうやら二次元と三次元、決着をつける時が来たようだね」

岡島「望むところだ。俺に女の子を語らせて勝てると思うなよ」

土屋「…………というわけで後書きは終わりだ。次の話も楽しみにしておけ」





律『お三人はいったい何を話されているのでしょうか?』

明久「律は知らなくていいよ。その人種の人達にとっては結論の出ない話だから」


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まさかの時間

〜side 渚〜

 

イトナ君が転校してきて初日の夕方、彼が暗殺の時間として指定した放課後の時を迎えていた。それに合わせて教室の様子も変化しており、教室にある机を移動させて殺せんせーとイトナ君を取り囲むようなリングが作られている。これじゃあ暗殺じゃなくて試合だ。

 

「ただの暗殺は飽きてるでしょ、殺せんせー。ここは一つ、ルールを決めないかい?リングの外に足が着いたらその場で死刑‼︎ どうかな?」

 

シロの提案は余りにも単純明快で、それでいて冗談のような内容だった。そんなルール、普通なら受け入れるわけがない。皆もそう思ったようで否定的な声が聞こえてくる。

 

「……なんだそりゃ。負けたって誰が守るんだ、そんなルール」

 

「……いや、皆の前で決めたルールを破れば()()()()()の信用が落ちる。殺せんせーには意外と効くんだ、あの手の縛り」

 

杉野の呟きに、しかしカルマ君はシロの提案を認めていた。確かにそう言われると殺せんせーにルールを守らないという選択肢はないし、これまで僕らの暗殺を受け入れてきたようにルールを拒否するということもないだろう。

その予想通りに殺せんせーはシロの提案するルールを受け入れていた。

 

「……いいでしょう、受けましょう。ただしイトナ君、観客に危害を与えた場合も負けですよ?」

 

上着を脱ぎ捨てて身軽になったイトナ君は、殺せんせーの追加ルールに黙って頷く。これでお互いに同意したルールが出来上がった。いよいよイトナ君の暗殺が始まると思うと、教室内を彼の登場時以上の緊張感が包み込む。

そんな中、リング内で対峙する二人の様子を確認したシロが片手を上げる。

 

「では合図で始めようか。暗殺……開始‼︎」

 

 

 

その言葉とともにシロの片手が上から振り下ろされた瞬間、殺せんせーの腕が斬り落とされた。

 

 

 

誰もがその光景を前に唖然として目を離すことが出来なかった。先生の斬り落とされた触手ーーーではなく、その触手を破壊したイトナ君の信じられない変化に。

そして()()を見て最も動揺していたのは恐らく対峙する殺せんせーだろう。先生はあり得ないものを見たような驚愕の表情を浮かべながら、呆然とした様子で()()を見据えて呟いた。

 

 

 

「……まさか…………触手……⁉︎」

 

 

 

そう、殺せんせーの触手はイトナ君が頭から生やした触手によって斬り落とされたのだ。

でもこれでイトナ君の疑問に色々と納得がいった。触手を生やすためか触手が生えたためか、どちらかは分からないけど触手を手に入れる段階で壁に打ち勝てるほどの肉体強化をされたのだろう。一滴も雨に濡れていなかったのは触手で雨粒を全部弾けるからだ。坂本君の仮説だと触手の弱点である水も粘液である程度は防げる可能性が高いらしい。

 

「ーーーこだ」

 

そんな風に驚きながらも何処か客観的な部分で疑問を晴らしていると、殺せんせーから低い声音の呟きが聞こえてきた。

その呟きに不穏な気配が混じっているのを感じ取った瞬間、殺せんせーの顔色が真っ黒に染まる。

 

「何処でそれを手に入れたッ‼︎ その触手を‼︎」

 

小さな呟きから激しい怒号となって先生の怒りが二人にぶつけられた。

こうして殺せんせーが顔色を黒くするほど怒っている姿を見るのは三回目だけど、生徒(僕ら)に関係なく怒っている姿を見るのはこれが初めてだ。いったい何が先生をそこまで怒らせているのか、僕らには想像することも出来ない。

だけどその怒りを直接向けられているイトナ君とシロは動じた様子もなく平然としている。

 

「君に言う義理はないね。だがこれで納得しただろう。両親も違う。育ちも違う。だがこの子と君は兄弟だ」

 

そんなシロの言葉を聞いた殺せんせーは顔色を黒く染めながらも落ち着いたようで、斬り落とされた触手を再生させて冷静な声音で問い返した。

 

「……どうやら貴方にも話を聞かなきゃいけないようだ」

 

「聞けないよ。死ぬからね」

 

殺せんせーの威圧を物ともせずにシロは何処までも淡々と答え、自身の左腕を持ち上げて先生へと向ける。

その白装束の袖口から光が放たれると殺せんせーの身体が硬直した。これには殺せんせーも驚きを隠せないでいる。

 

「この圧力光線を至近距離で照射すると、君の細胞はダイラタント挙動を起こして一瞬だけ全身が硬直する。全部知っているんだよ。君の弱点は全部ね」

 

「死ね、兄さん」

 

よく分からない現象によって先生の動きが止められた隙を逃さず、その場で跳び上がったイトナ君が幾本もの触手を殺せんせーへと叩き込んだ。更にその一度だけでは終わらず連続して自身の触手を叩きつける。

 

「殺ったか⁉︎」

 

「……いや、上だ」

 

殺られたかのように見えた殺せんせーだったが、寺坂君の言葉で視線を上へと向ければ蛍光灯に絡み付いている先生の姿があった。

そしてイトナ君の触手の先には殺せんせーの形をした薄い膜ーーー先生の脱皮した皮が貫かれている。月一でしか使えない殺せんせーのエスケープ技をこんなにも早く使わせるなんて……

 

「脱皮か……そういえばそんな手もあったっけか。でもね殺せんせー、その脱皮にも弱点があるのを知っているよ」

 

それでも手を緩めることなくイトナ君の触手は殺せんせーに猛威を振るう。

シロの解説によれば触手の再生も脱皮もエネルギーの消耗が大きいらしく、その直後は先生自慢のスピードも低下するというのだ。相手が人間ならばいざ知らず、触手同士による戦いでの影響は決して小さくないだろう。

加えて触手の扱いは精神状態に左右されるそうで、予想外の触手による奇襲と立て直す暇もない狭いリングという環境が殺せんせーを確実に追い詰めていた。

あの殺せんせーを殺せるかもしれない。そのために作られた暗殺教室で、それで地球は救われる……なのにこの状況で僕が感じていたのは嬉しさではなく悔しさだった。

後出しのように出てきた殺せんせーの弱点。その情報を集めるのにどれだけの暗殺を繰り返してきたことか。これでは今まで何のために頑張ってきたのか分からない。地球がどうとか関係なく、殺るんだったらE組(僕ら)が先生を殺したかった。

そんな僕の個人的な感情など関係なく、緻密に計算されたイトナ君の暗殺は止まらない。

 

「この時点でどちらが優勢なのかは生徒諸君の目にも一目瞭然だろう。さらには献身的な保護者のサポート」

 

シロが再び左手を掲げて殺せんせーに特殊な光線を浴びせようとしーーーその光線が先生に浴びせられることはなかった。

別に機械の故障とか殺せんせーが何かをしたわけじゃない。それは僕のような何も知らない素人であっても断言できる。じゃあどうして光線が浴びせられなかったのかというと、

 

「……これは何の真似かな、吉井君?」

 

「いやぁ……そっちが献身的な保護者のサポートだっていうなら、こっちは自己中な生徒の我が儘ってところですよ」

 

殺せんせーへと向けられていたシロの腕を、吉井君が横から抑え込んでいたからだ。

リング内で殺せんせーとイトナ君の触手による高速戦闘が激化する傍ら、リング外で吉井君とシロの視線が静かに交錯する。

 

「……君は地球が救われなくてもいいって言うのかい?まさかとは思うが、このやり方が卑怯なんて言うつもりじゃないだろうね?」

 

「まさか。卑怯汚いは敗者の戯れ言。触手を持っていようが不思議な光線を使おうが僕に文句はありません」

 

ただしお互いに静かなのは声音だけで、交錯する視線は強くぶつかり合っていた。どちらにも引く気配は全くと言っていいほどない。

 

「……理解できないな。ではどうして邪魔をするんだい?」

 

「さっき言ったじゃないですか。これは僕の我が儘なんですよ。だってこの暗殺はイトナ君の暗殺であって、シロさんの暗殺じゃないでしょう?ルールを決めておいてルール外から貴方だけ一方的に、なんて勝負に水を差してるっぽくて好きじゃないだけですから」

 

地球の危機を救えるかもしれないという状況で、それでも自分の感情を優先して動く。大多数の人間から見れば愚かな選択にしか映らないそれは、E組(僕ら)望み(殺意)を代表するようでいて実に吉井君らしい選択だった。

だけどそれはあくまで僕らの望みであって、大多数の人間には望まれない選択であることも分かっている。当然ながら戦っているイトナ君や暗殺を計画したであろうシロにまで届くような感情じゃない。

 

「……なるほど、だったら問題ないよ。サポートしてる時点で私は観客じゃないからね。殺せんせーも私が邪魔なんだったら先に排除すればいい」

 

「ハッ、ここまで周到に用意してきた奴が何言ってやがる。その辺の対策も万全だから堂々としてんじゃねぇのか?」

 

どこまでも飄々とした態度を崩さないシロに対して今度は坂本君が横から口を出す。

確かに坂本君の言う通りだ。殺せんせーのことを全部知っているという彼の言葉が本当ならば、あの光線のような攻め手だけじゃなくて何かしらの防ぎ手があってもおかしくないだろう。

その推測を肯定するかのように吉井君の手を振り払ったシロは肩を竦めて笑みを漏らした。

 

「……フッ、ご名答。実はこの白装束、対先生繊維で編み込まれているから殺せんせーには触れることすらできない。排除しにきてくれたら逆に触手を破壊できたんだが……私の発言を聞いた瞬間に攻撃してこなかったところを見るにその展開は望み薄だろうね」

 

もしシロの展望通りになっていたら殺せんせーは意図せず触手を破壊され、動揺している隙を突かれてイトナ君が暗殺を成功させていたかもしれない。

吉井君の発言を受けて瞬間的にそこまで思考したのだとしたら凄いけど、その吉井君はシロに利用されそうになったことを知るとピクッと小さく反応を示した。

 

「……つまり僕の行動も暗殺に組み込もうとしたってことですか。だったら僕がこんな行動に出ることは予想できましたか?」

 

そう言うと吉井君は懐から対先生ナイフを取り出して構える。この流れで吉井君が殺せんせーの暗殺に加わるとは思えない。となるとその使い道は……

 

「……正気かい?割り込んだら君もイトナの攻撃対象になるよ?そもそも君が殺せんせーに加勢する理由はないように思うが」

 

「まぁそこはなるようになるでしょ。理由なんてもんは気持ちの後付けですよ。僕はやりたいようにやります」

 

やっぱり……吉井君の狙いは殺せんせーじゃなくてイトナ君だ。確証はないけど対先生ナイフが先生の触手に対して有効なんだったら、イトナ君の触手に対しても同じく有効である可能性はかなり高い。

今もなお触手同士の高速戦闘は続いているけど、それは触手の速さであってイトナ君の動き自体はまだ目で捉えられる速さだ。吉井君は対先生ナイフを構えたまま真剣にリング内を観察し、

 

「殺せんせーッ‼︎」

 

腕を振りかぶって放たれた対先生ナイフが綺麗な直線を描いてイトナ君の頭部から生えている触手へと狙い違わず放たれる。コントロール・スピードともに申し分のない一投だった。

でもイトナ君の目は少なくとも高速で動く触手を捉えられる程度の動体視力を備えていることは間違いない。視野も広いのか気配で察知したのか、迫り来るナイフに見向きもせず最小限の頭の動きだけでそれを回避し、

 

 

 

 

 

次の瞬間にはイトナ君の触手が根元から斬り落とされていた。

 

 

 

 

 

初めてイトナ君の顔に驚愕の表情が浮かぶ。それはそうだ。確実に対先生ナイフを躱したと思っていたのにそれが直撃すれば誰だって驚く。いや、それ以上に殺せんせーと同じく触手を破壊されたことでの動揺も大きいのだろう。

その躱したはずの対先生ナイフはと言えば、通り過ぎていったはずの教室の反対側には来ていない。空中で忽然と消えたのだ。ではそのナイフはいったい何処へ消えたのかというと、

 

「吉井君、意図は分かりましたが何の工夫もなく対先生ナイフを投げられると先生も掴めませんよ」

 

「あ、そこは考えてませんでした」

 

対先生ナイフの柄の部分をハンカチで包み込み、直接触れないようにした殺せんせーの触手が握っていた。イトナ君がナイフを回避するために一瞬だけ止まった攻防の隙を突き、先生は空中でナイフを掴み取って間髪入れず振り抜いたのだろう。

烏間先生の最初の体育の時間で見せた吉井君と坂本君のコンビネーション技だ。ナイフを投げる直前に吉井君が先生の名前を叫んだのはそれを伝えるためだったのかもしれない。

と、そこで動きが止まっていたイトナ君を殺せんせーは自身の脱皮した皮で包み込んで拘束していた。

 

「シロさん、貴方にとって生徒が直接介入してくることは予想外だったでしょうね。何せ先生として交流のある私でさえもちょっと予想外でしたから。予測できない相手というのはそれだけで厄介なものです」

 

殺せんせーの言う通り、地球の危機を無視してまで暗殺の邪魔をしてくるような行動をするとは誰も考えないだろう。僕も今回の暗殺を見て悔しくは思ったけど、それを解消しようとして行動に移せるような行動力はなかったからね。

 

「しかし今回はそれが私にとって吉と出ました。この暗殺は私の勝ちです」

 

先生は脱皮した皮で包み込んだイトナ君が暴れるのを無視して勢いよく振り回すと、そのまま窓の方に投げ飛ばして窓を破壊しつつ外へと放り出した。

 

「先生の抜け殻で包んだからダメージは無いはずですが、君の足はリングの外に着いている。ルールに照らせば君は死刑。もう二度と先生を殺れませんねぇ」

 

そういえばそんなルールで暗殺を始めたんだったっけ。殺せんせーは顔色を緑の縞々に変化させてニヤニヤと笑っている。

 

「生き返りたいのならこのクラスで皆と一緒に学びなさい。同じように触手を破壊されても私が君の攻撃を凌げたのは偏に経験の差です。この教室で先生の経験を盗まなければ君は私に勝てませんよ」

 

まぁ先生がE組に入った生徒を見殺しにするわけないよね。殺せんせーほど生徒と真摯に向き合っている先生なんて滅多にいないし。

さて、そんな殺せんせーの言葉を聞いたイトナ君はどんな反応をするのか……

 

「勝てない……俺が、弱い……?」

 

成り行きを見守っていた僕らだったけど、そこでイトナ君の様子がおかしいことに気付いた。

触手のつるんとしていた表面が筋張り、彼の髪色と同じ白色だったものが黒く変色していく。あれは殺せんせーが怒りを抑えきれず顔色を真っ黒に染めるのと同じ……‼︎

 

「黒い触手⁉︎」

 

「やべぇ、あいつキレてんぞ‼︎」

 

イトナ君は血走った目で外から一気に跳躍してくると、壊された窓の縁に降り立って殺せんせーを睨みつける。

 

「俺は、強い。この触手で、誰よりも強くなった。誰よりも…………ガァッ‼︎」

 

怒り任せに雄叫びを上げて突っ込んでくる彼に何を思ったのか、殺せんせーは黙ったまま静かにイトナ君を待ち構えーーーピシュンッという鋭い音とともにイトナ君は崩れ落ちてしまった。

 

「……すいませんね、殺せんせー。どうもこの子はまだ登校できる精神状態じゃなかったようだ。暫く休学させてもらいますよ」

 

あの光線とは反対の右腕の袖口から麻酔銃のようなものを突き出したシロが、二人の間に割って入って崩れ落ちたイトナ君を担いで行ってしまった。

もちろん殺せんせーもシロの暴挙を放っておけず留めようとしたが、力尽くで止めようにも対先生繊維で覆われた彼の身体に先生は触れることすら出来ない。

イトナ君を担いで立ち去るシロの背中をただ眺めることしか出来ず、触手同士の激闘による暗殺は多くの謎を残したまま失敗に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

イトナ君の暗殺が終わった後、僕らはリングとして使用されていた机を並べ直したり壊された窓際の掃除をしたりして片付けに当たっていたんだけど……

 

「……何してんの、殺せんせー?」

 

「さぁ……さっきからああだけど」

 

何故か殺せんせーは教卓の椅子に座り、顔を俯かせて両手で覆いながら“恥ずかしい恥ずかしい”と連呼しているのだ。せめて自分が壊した窓の片付けくらいは手伝ってほしい。

 

「シリアスな展開に加担してしまったのが恥ずかしいのです。先生、どっちかと言うとギャグキャラなのに」

 

「自覚あるんだ‼︎」

 

寧ろ自覚なしにやっていたら処置のしようがないけど、それはそれで自分のキャラを計算してるってことだからなんか腹立つ。しかしいったい何処までが計算で何処までが天然なのかが分からない。普段の振る舞いは馬鹿なのに……もしかしてそれもキャラ作りなのか?

しかしそんな緩い空気もイリーナ先生の言葉で一気に緊張を帯びることとなる。

 

「……でも驚いたわ。あのイトナって子、まさか触手を出すなんてね」

 

その言葉を切っ掛けに殺せんせーの恥じらいは収まった。それだけじゃなく片付けをしていた皆の手も止まり、教室全体の音が消え去って視線が座っている殺せんせーへと集まる。

 

「……ねぇ殺せんせー、説明してよ。あの二人との関係を」

 

「先生の正体、いつも適当にはぐらかされてきたけど……あんなの見たら聞かずにいられないぜ」

 

そう、ぶっちゃけ殺せんせーのキャラ作りなんてどうでもいい。聞きたいのは殺せんせーの正体という暗殺教室の根幹に関わる情報である。殺せんせーの生徒として先生のことを知る権利くらいはあるはずだ。

皆に詰め寄られた殺せんせーは暫く沈黙を貫いていたが、観念した様子でゆっくりと椅子から立ち上がって言葉を発する。

 

「…………仕方ない。真実を話さなくてはなりませんねぇ。実は先生……」

 

殺せんせーの語りが始まったことで、全員の生唾を呑む音が聞こえてくるような気がした。それほどまでに心して聞く必要のある核心に迫った話だ。一言も聞き逃すわけにはいかない。

 

「実は先生……人工的に造り出された生物なんですよ‼︎」

 

「な、なんだって……⁉︎」

 

余りにも衝撃的な情報に僕は一人で驚愕の声を上げてしまった。まさか殺せんせーが造られた存在だったなんて……

……ん?あれ、驚いてるのは僕だけ?もしかして余りにも衝撃的な情報だったから皆は言葉すら失ってるんだろうか?

不思議に思いながら視線を殺せんせーから周りに移すと、皆は目を点にさせて困惑顔を作っている。え、その反応は何?

 

「…………だよね。で?」

 

「にゅやッ、反応薄っ‼︎ これ結構な衝撃告白じゃないですか⁉︎」

 

「そうだよ‼︎ なんで皆そんなに冷静なの⁉︎」

 

皆の反応に僕と殺せんせーは訳が分からず別の意味で驚愕の声を上げてしまった。

そんな僕らの問い掛けを受けても皆の薄い反応は変わらない。

 

「……つってもなぁ。自然界にマッハ二十のタコとかいないだろ」

 

「宇宙人でもないのならそん位しか考えられない」

 

「で、あのイトナ君は弟だと言っていたから先生の後に造られたと想像がつく」

 

「分からないのは明久(馬鹿)くらいなもんだ」

 

察しの良すぎる皆が恐ろしい……じゃあ皆は殺せんせーが人間社会に慣れてる理由も含めて全て見当が付いてたってことなのか。くっ、流石は腐っても名門校の生徒。僕も劣ってるわけじゃないけど皆と比べたらほんの少し考えが足りないな。

そうなると皆からしたら当たり前の疑問が分からないってことで恥ずかしくて質問できないぞ。こうなったらこの疑問については自分で答えを導き出すしか……まぁ我が事ながら明日には気にしてなさそうだけどね。

一通りの反応が薄かった種明かしを終えた後、E組を代表して渚君が皆の前に出てきた。

 

「知りたいのはその先だよ、殺せんせー。どうしてさっき怒ったの?イトナ君の触手を見て……。殺せんせーはどういう理由で生まれてきて、何を思ってE組(此処)に来たの?」

 

今度こそ誤魔化しの利かない問い掛けで殺せんせーの核心に迫る疑問をぶつける渚君。

だけどその問い掛けに殺せんせーが答えを返すことはなかった。返ってきたのはいつもの陽気な笑みではなく、周りを威圧するかのような獰猛な笑みである。

 

「…………残念ですが、今それを話したところで無意味です。先生が地球を爆破すれば、皆さんが何を知ろうが全て塵になりますからねぇ」

 

確かに先生を殺せなかったら正体を暴いたところで意味はない。これは暗殺をしている僕らの純粋な疑問であって、その疑問を晴らしたところで何がどうなるわけでもないのだ。殺せんせーが地球を破壊するんだったら僕らはどうあっても殺すしかない。

 

「逆にもし君達が地球を救えば、君達は後で幾らでも真実を知る機会を得る。もう分かるでしょう。知りたいならば行動は一つ……」

 

こんな時に殺せんせーが言うことは大抵決まっている。いつもの表情に戻った先生は皆を見回し、

 

「私を殺してみなさい。暗殺者(アサシン)暗殺対象(ターゲット)。それが先生と君達を結びつけた絆のはずです。先生の中の大事な答えを探すなら、君達は暗殺で聞くしかないのです」

 

そう言って教室から出て行ってしまった。

要するに僕達のやることは何も変わらない。全力で殺せんせーを殺しにいく。だけど今回のイトナ君の暗殺を機に皆の意識が変わったのも事実だ。これからはより一層暗殺にも力が入ることだろう。




次話
〜球技大会の時間・一時間目〜
https://novel.syosetu.org/112657/21.html



殺せんせー「これで“まさかの時間”は終了です。皆さん、楽しんでいただけましたか?」

渚「今回は殺せんせーの秘密の一端を知ることのできた話だったね」

雄二「まぁ一端っつっても触手が利用されていることに酷く感情的だったってことしか分からなかったがな」

殺せんせー「それは忘れて下さい……先生にシリアスは合わないんです」

雄二「間抜けな(ツラ)してるもんな」

殺せんせー「間抜けではありません‼︎ 親しみやすい見た目の愛されキャラです‼︎」

渚「あはは……それにしても、まさか吉井君が暗殺に割り込むとは思わなかったよ」

雄二「アイツは良くも悪くも馬鹿だからな。直情型すぎて損得なんざ考えてもねぇだろうよ」

殺せんせー「だからこそ誰も思わぬような行動を取れるんです。とはいえ触手のような危険に相対する際のリスクくらいは考えてほしいものですが」

渚「下手をすればイトナ君の触手が吉井君に向いてたかもしれないしね」

雄二「そうなったら殺せんせーが意地でも守っただろ。下手をすればっていうなら、明久の介入が失敗に終わって殺せんせーの隙になる可能性があったってところか」

殺せんせー「まぁ仮にそのような展開になったところで殺されるつもりは微塵もありませんですけどねぇ」

渚「本当に殺せんせーって先生としては頼もしいよね」

雄二「逆に暗殺対象(ターゲット)としては厄介極まりないがな」

殺せんせー「ヌルフフフフ、これからも先生を殺せるように精進して下さい。それでは今回はこの辺りでお開きにしましょうか。皆さん、次回も楽しみにしておいて下さい」





明久「非常識な殺せんせーの存在を常識に当てはめて推測するのは駄目だと思うんだよね。だから常識で考えて推測せずに驚いた僕の反応が正しいと思うんだけど……そこんところどう思う?」

律『機械的に考えて明久さんの頭が駄目だと思います(ニッコリ) 』


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球技大会の時間・一時間目

じめじめとした梅雨の時期も明け、本格的な夏の季節に差し掛かってきた。雨の日が減って晴れの日が増えてきたのはいいけど、それまでの湿気が熱せられて一気に蒸し暑くなるのもこの時期だ。いよいよ夏の到来って感じがするよね。

そうして天気が良くなったからか分からないけど、椚ヶ丘ではテストの時期とも被らない梅雨明けに球技大会が行われる。男子は野球・女子はバスケとクラス別で勝敗を競い合うのだ。

その球技大会について書かれたプリントを殺せんせーが手にとって読んでいた。

 

「クラス対抗球技大会……ですか。健康な心身をスポーツで養う。大いに結構‼︎…………ただ、トーナメント表にE組が無いのはどうしてです?」

 

トーナメント表を見て戸惑いながら訊いてくる殺せんせー。まぁ今年から先生やってる殺せんせーには分からないよね。

 

「E組は本戦にはエントリーされないんだ。一チーム余るって素敵な理由で」

 

殺せんせーの疑問には三村君が答えてくれた。

しかも本戦にエントリーされないというだけならまだしも、エキシビションという名目でE組の男子は野球部の、E組の女子は女子バスケ部の選抜メンバーと戦わなければならない。

基本的には素人であるE組と部活をしている経験者との試合。“椚ヶ丘中学校”、“エンドのE組”という二つの単語から結び付けられる結果は一つである。

 

「……なるほど、()()()()やつですか」

 

そう、E組の差別(いつものやつ)だ。本校舎の生徒はE組がボコボコにされるのを見て笑い者にし、“こんな辱めを受けたくなければ勉強しろ”という学校側から生徒への警告にもなっている。

殺せんせーもそれを理解したようで、相変わらずの差別待遇になんとも言えない表情をしていた。ホント、E組の事となるとねちっこいよねぇ。

そんな殺せんせーの辟易とした気持ちを片岡さんが明るく吹き飛ばす。

 

「でも心配しないで、殺せんせー。暗殺で基礎体力ついてるし、良い試合をして全校生徒を盛り下げるよ。ねー皆」

 

片岡さんの呼び掛けに女子の皆は元気よく同意していた。うん、今日もイケメグは通常運転だ。女子にモテるというのもよく分かる。

 

「俺らは晒し者とか勘弁だわ。お前らで適当にやっといてくれや」

 

反対に男子は寺坂君、村松君、吉田君のいつもの三人が参加を拒否。そのまま席を立ち上がって教室から立ち去ってしまった。まったく、女子の方がよっぽど男らしいと思うよ。

 

「よし、じゃあ僕らも全校生徒を盛り下げる方向で頑張ろうか」

 

「お、吉井。なんか考えでもあんのか?」

 

僕の言葉を聞いて前原君が興味を示してきた。

もちろん僕だって無策で勝負を言い出したりはしない。試合に勝てそうな手だって色々と考えてるさ。

 

「任せてよ。故意に見えないラフプレーは僕らの十八番だからね」

 

「…………確実に仕留める」

 

「スポーツマンシップの概念が消え失せたような作戦じゃな……」

 

何を言ってるんだ秀吉は……野球は乱闘込みで野球でしょ?経験者を相手に勝つための柔軟な作戦じゃないか。少なくとも乱闘でノーゲームにまで持ち込めたら負けはない。

 

「駄目だこいつら……やっぱ野球となりゃ頼れんのは杉野だな。なんか勝つ秘策ねーの?」

 

僕の作戦に見切りをつけたらしい前原君が杉野君に意見を求める。いったい何が駄目だと言うんだ……倫理観の問題だったらE組差別でお互い様だと思うけど。

しかし意見を求められた杉野君は表情を暗くしたまま首を横に振る。

 

「……無理だよ。野球経験者のあいつらと、ほとんどが野球未経験者のE組(俺ら)。真っ当に戦ったら勝つどころか勝負にならねー」

 

まぁそりゃそうだよね。だからこそ僕も相手を棄権負けに追い込んだり、乱闘に持ち込んで負けない作戦を提案したわけだし。

これが弱小野球部とかだったらともかく、うちの野球部は強豪で主将をしている進藤君は高校からも注目されてる豪速球の持ち主だとか。幾ら暗殺訓練で運動能力が上がってるとは言っても、スポーツの動きが身に付いていなかったらその運動能力をフルに活かすことは誰にでも出来ることじゃない。

でも杉野君の言葉はそこで終わらなかった。

 

「……だけどさ、殺せんせー。()()()勝ちたいって思うんだ。善戦じゃなくて勝ちたい。好きな野球で負けたくないんだよ」

 

好きなもので負けたくない……その想いはよく分かる。言葉でどう取り繕ったところで誰だって心の中ではそう思っているはずだ。わざわざ不利な要素を挙げてから勝ちたいと言うあたり、野球に対する杉野君の気持ちはかなり強いと思う。

 

「……でもやっぱ無理かな、殺せんせー」

 

だけど経験者だからこそ気持ちと勝敗は別だと言うことも分かってるのだろう。杉野君は取り繕った笑みを浮かべて殺せんせーに意見を求めていた。

そんな杉野君に対して殺せんせーはというと、

 

「ヌルフフフフ。先生一度、スポ根モノの熱血コーチをやりたかったんです。殴ったりはできないのでちゃぶ台返しで代用しましょう」

 

杉野君以上にやる気を出していた。普段のアカデミックドレスから野球のユニフォームに着替えて顔色を野球ボールのように変色させており、野球道具だけじゃなくて応援用のメガホンや指導用の竹刀、熱血指導用のちゃぶ台まで完備している。この先生はなんでも形から入るよなぁ。

 

「最近の君達は目的意識をはっきりと口にするようになりました。どんな困難な目標に対しても揺るがずに……その心意気に応えて、殺監督が勝てる作戦とトレーニングを授けましょう‼︎」

 

あぁ、なるほど。殺せんせーが熱血コーチをやりたかったかどうかは置いといて、生徒の成長が嬉しかったから必要以上にやる気を出してるのか。

う〜ん、杉野君の気持ちを汲むとなると僕の作戦は使えないな。勝ち負けよりも試合を有耶無耶にする方向に偏った作戦だしね。

球技大会が行われるのは来週である。たった一週間でどこまで実力をつけられるかは分からないけど、ここは殺せんせー改め殺監督のトレーニングに付き合うのが一番だろう。戦るからには勝ちを獲りに行くぞ。

 

 

 

 

 

 

『試合終了ー‼︎ 三対一‼︎ トーナメント野球三年はA組が優勝です‼︎』

 

そうしてあっという間に一週間は過ぎ去っていき、僕らは球技大会当日を迎えていた。本校舎のクラス同士のトーナメントも無難に終了し、残りはある意味でメインイベントとなる一試合のみである。

 

『それでは最後に、E組対野球部選抜の余興試合(エキシビションマッチ)を行います』

 

放送を受けてE組(僕ら)と野球部がそれぞれグラウンドに入っていく。どうでもいいけど、球技大会にユニフォームまで着てくるのは気合入り過ぎじゃない?

準備を終えて整列した時、先頭に並んでいた主将の進藤君が杉野君に話し掛けてくる。

 

「学力と体力を兼ね備えたエリートだけが選ばれた者として人の上に立てる。お前はどちらも無かった選ばれざる者だ。E組(そいつら)共々、二度と表を歩けない試合にしてやるよ」

 

選ばれたとか選ばれないとか、なんだか物凄い偉そうだ。そんなもので勝ち負けは決まらないっていうのに……そういうのは自分で掴み取るものだろう。そもそも他人を貶すためにスポーツをやるなんて、いったいスポーツを何だと思ってるんだ。←ブーメラン発言。

両チームで挨拶を終えてベンチに戻ってきたところで、辺りを見回した菅谷君が疑問を口にする。

 

「そーいや、殺監督どこだ?指揮すんじゃねーのかよ」

 

「あぁ、彼処だよ。烏間先生に目立つなって言われてるから」

 

苦笑いを浮かべながら指差す渚君の視線を辿ると、グラウンドに転がっているボールの一つに殺監督が遠近法を利用して紛れ込んでいた。国家機密がベンチで堂々と指示出しするわけにはいかないから、目立たないようにして顔色とかでサインを出すことにしたらしい。あ、なんかサイン出してきた。

 

「何て?」

 

「えーと、①青緑→②紫→③黄土色だから……“殺す気で勝て”ってさ」

 

なんだ、そんなことか。そんなの殺監督に言われるまでもないよ。勝つ気で戦わなきゃ勝てるもんも勝てないからね。

ただし言われるまでもないことでも無意味というわけじゃなく、殺監督の激励を受けた皆はこれまで以上にやる気を高めていた。

 

「よっしゃ、殺るか‼︎」

 

「「「おう‼︎」」」

 

声を出して気合を入れ直した僕らは、球技大会の締めとなるエキシビションに臨んでいく。

ちなみにE組は野球部との実力差からハンデとして守備と打撃を分担できるので、選抜九人+補欠という形ではなく必要に応じて全員が参加できる。まぁだからといってベンチにいる全員を無理に参加させる必要はないんだけどさ。

 

「やだやだ、どアウェイで学校のスター相手に先頭打者かよ」

 

まずはE組が先攻ということで、愚痴りながらも打席に向かう一番打者は木村君だ。まぁ気合どうこうとは別に憂鬱な状況ではあるよね。完全に野球部の引き立て役、道化(ピエロ)としての負ける役割を求められる中でやるんだから。

そして前評判通りの進藤君の豪速球に木村君はバットを振らず見送り。手も足も出ないという様子で全員が想定していた通りの展開だろう。()()()()()、だけどね。

進藤君の豪速球を見送った木村君は()()()()()ボールを見極めることが出来たらしく、二球目で難なくバントを成功させて持ち前の俊足によって一塁へと出塁した。野球部の面々からは苦々しい表情が漏れる。

 

「出だしはバッチリだね。はい渚君、バット」

 

「ありがとう。僕も続けるように頑張らないと」

 

続いてE組の二番打者は渚君だ。さっきの木村君のバントを受けて警戒しているのか、相手の内野は前進寄りに守っている。が、そんな分かりやすい守備の穴を殺監督が突かないわけがなかった。

木村君と同じように渚君もバントの姿勢で打席に立つ。進藤君が投げると同時に前に出てきた守備に対して、渚君はバントはバントでもプッシュバントで捕球しにきた相手の脇を転がしていった。それによって送球が遅れたことで渚君も出塁。第三打者である磯貝君も同様にバントを決めてノーアウト満塁と完全にE組の流れだ。これには野球部だけじゃなくて観客からもザワつきが聞こえ始める。

 

「いい感じに盛り下がってきたようじゃの」

 

「そりゃあこんだけE組にいいようにされたら盛り上がれねぇだろ。野球部についちゃ面目丸潰れだからな」

 

その野球部の面々からは猜疑の目がこちらに向けられていた。まぁ進藤君レベルの豪速球を素人がバントで完璧に処理できていたら疑問に思うのは当然だろう。

だけどこっちは殺せんせーのマッハ野球で練習してきたのだ。どれだけ豪速球だろうが所詮は人間の投げるボール。しかも球種がほぼストレートだけとなると、素人のE組でもバントに絞って練習すれば十分に処理できる。

この状況でE組が迎える四番打者は当然ながら野球経験者の杉野君だ。そして杉野君もバントの構えを取ったことで野球部からは分かりやすく動揺が伝わってくる。ここまでのバント成功率100%を考えれば当たり前の反応だろう。

これ以上バント出塁からの失点は避けたいようで、進藤君はバントの構えで落とした頭に近い内角高めを狙ってきた。打者を威圧できるしバントしにくいコース選びの結果だろうけど……それ故に読みやすいコースでもある。

バントの構えを取っていた杉野君だったが、投球された瞬間に打撃(ヒッティング)へと切り替えるバスターで狙いすました一撃を叩き込んだ。深々と外野まで突き抜けたボールが戻って来る頃には杉野君は三塁まで出塁しており、既に出塁していた三人は帰ってきていてE組の三点先制である。

 

「これはもう勝ったも同然だね」

 

「そうじゃな。格下じゃと思っていた相手に機先を制され動揺しておるのは傍目から見ても明らか。ここから即座に気持ちを立て直すというのは難しいじゃろう」

 

彼らの野球部としてのプライドが高いだけに、今のこの展開はなかなか受け入れられるものじゃないだろう。そうやって気持ちの整理がつかないうちに更なる得点を稼ぎ、投手の杉野君が相手打者を抑えればゲームセットだ。もしかしたら野球部相手にコールドゲームもあり得るかもしれない。

 

「…………そう上手くはいかないようだ」

 

「え、なんで?」

 

だけどムッツリーニは僕らとは違う意見のようであった。予想としてはそこまで間違ってないと思うんだけど、いったい何をもってムッツリーニは違うと言ってるんだ?

 

「明久、あれを見ろ。初っ端からラスボスさんのご登場だ」

 

雄二の言葉を聞いて野球部のベンチに視線を向ければ、スーツを着た理知的な顔立ちの男性ーーー椚ヶ丘学園の理事長が校舎の方から歩いてくるのが見えた。なるほど、確かにこのままの流れで終わりそうにはないな。

理事長はベンチにいる野球部の監督の元へと歩み寄ると、そのまま至近距離まで詰め寄って威圧感のみで監督に泡を吹かさせていた。現実(リアル)に睨み倒しとか初めて見たよ。

 

「どうやら寺井先生は体調が優れないようだ。誰か医務室へ運んであげて下さい。その間、監督は私がやります」

 

体調を悪化させた本人が何を言ってるんだ、という野次を飛ばさせないくらいには風格があるから手に負えない。この学園の理事長(支配者)というのは伊達じゃないということが嫌でも分かってしまう。

ただ理事長が登場するだけでE組優勢の雰囲気を断ち切られてしまった。恐らく理事長の手に掛かれば精神的に崩れた野球部を立て直すことなど造作もないだろう。球技大会における野球部との対決はここからが本番だった。




次話
〜球技大会の時間・二時間目〜
https://novel.syosetu.org/112657/22.html



杉野「これで“球技大会の時間・一時間目”は終わりだ。皆も楽しんでくれたか?」

秀吉「まぁ今回はそこまで大きな変化はないがの。偶にある明久視点の原作寄りな話じゃな」

片岡「私達女子のバスケ部との対決も原作と同じで飛ばされてるしね」

秀吉「それは仕方なかろう。クロスしておるキャラが今のところ男だけじゃからな」

杉野「木下が女子として出ればなんとかなるんじゃね?違和感ねぇだろうし」

秀吉「なんてことを言うのじゃ⁉︎ 女子の中にワシが参加などしておったら違和感しかないじゃろ⁉︎」

片岡「いえ、正直に言えば怖いくらい違和感ないと思うけど……」

杉野「だよな。渚もイケると思うけど俺とバッテリー組んでるし……吉井もカツラ被ればいけるか?」

片岡「そうなったら女子サイドの話も書けたわね。惜しいことをしたわ」

秀吉「そんな恐ろしい仮定はいらん……」

杉野「そういや今回は坂本が大人しかったよな。だからこそ原作寄りになったっぽいところもある感じだしよ」

秀吉「特に率先して行動する理由がなかったからじゃろうな。普通に参加してはおるが、彼奴(あやつ)は必要のないことで自己主張はせんからの」

片岡「殺せんせーが監督として必要なことをしてくれてたっていうのもあるのかしら?」

秀吉「かもしれん。まぁ普通に参加してくれるだけでもE組の戦力には変わりないじゃろう」

杉野「運動神経も体格もE組トップクラスだしな。ただ理事長も出てきたことだし、本音を言えば本気を出してほしいところだ」

片岡「それは次の話次第だと思うわよ。後半も原作寄りの展開だと坂本君の出番は少ないだろうし」

秀吉「ということで次の話も楽しみにしておいてくれ。今回はこの辺でお開きじゃな」

杉野「俺も全力を尽くすからな‼︎ 応援よろしく頼むぜ‼︎」





渚「なんか関係ないところで言いたい放題言われてるんだけど……」

明久「うん、流石に女装するのも女子に混ざるのも難しいよね……」

カルマ「じゃあ実際に試してみよっか?」

渚・明久「「遠慮します」」


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球技大会の時間・二時間目

打順
一番:木村正義、二番:潮田渚、三番:磯貝悠馬、四番:杉野友人、五番:前原陽斗、六番:岡島大河、七番:吉井明久、八番:木下秀吉、九番:赤羽業

守備
投手:杉野友人、捕手:潮田渚、一塁手:菅谷創介、二塁手:磯貝悠馬、三塁手:吉井明久、遊撃手:土屋康太、左翼手:赤羽業、中堅手:千葉龍之介、右翼手:坂本雄二

偵察・補欠
撮影:三村航輝、分析:竹林孝太郎

守備の特徴・運動神経など諸々を考慮しつつ全員参加させた結果のメンバー表です。運動神経が低く偵察向きの三村君・竹林君は残念ながら試合に出ていません。


球技大会のエキシビションで野球部相手に先制して流れを掴んでいたE組だったが、野球部の監督に代わって理事長が指揮を執ることになったことでその流れを断ち切られてしまった。理事長の存在感が圧倒的すぎる件について……

理事長は殺せんせーが相手でも知能面で対等に張り合えるような怪物だ。劣勢の状況下でいったいどんな手を打ってくるのか、マウンドで野球部に円陣を組ませて指示を出している理事長が気になって仕方がない。

 

「ーーーって、幾らなんでもこれは……」

 

ゲームが再開した途端に展開された異様な光景に、僕だけじゃなくて全員が戸惑っていた。何かしてくるとは思ってたけど、これほど極端な手を打ってくるとは誰も思わないだろう。まさか守備を全員内野に集めてくるなんて……

E組にバントしかないって判断の上では確実なバント対策だ。これが打撃妨害になるかどうかは審判の判断によるけど、当然ながら審判は本校舎の先生なので理事長の作戦に異を唱えるわけがない。判定は試合続行だ。

バッターボックスに立った前原君は練習したバントを試みるも、理事長に再教育された進藤君の威圧感から真上へとボールを打ち上げてしまった。続く岡島君もバントでは難しいと考えて殺監督に指示を仰いだのだが、打つ手なしという返事に為すすべもなく討ち取られてしまう。

そしてこの場面で迎える次の打者は僕だ。ここでなんとかしないと完全に野球部に流れを持っていかれる。点数的には勝ってるとはいえ、野球部が相手ではとても安全圏とは言い難い。

 

「明久」

 

と、バッターボックスへと向かっている最中に声を掛けられたので振り返った。僕を呼び止めた雄二はさっきまでと比べて気を引き締めたような表情でアイコンタクトによる指示を送ってくる。

 

「(殺せんせーに打つ手がねぇんならこの回は俺が指示を出す。まずはこの前進守備をぶっ潰すから何がなんでも出塁しろ)」

 

急にやる気を出したかと思えば随分と強引な指示を出してきたもんだ。“出塁しろ”なんて作戦も何もあったもんじゃないな。

ただ裏を返せば“お前なら出塁できるだろ”とでも言われているようで、だったら期待に応えてやろうじゃないかとも思ってしまう。いいだろう、雄二の狙いは分からないけど意地でも出塁してやるよ。

 

僕は改めてバッターボックスへと向かい、鋭い眼光を飛ばしてくる進藤君と対峙する。バッターボックスに立って実感したけど、確かにこの前進守備は集中を乱してくる以上に厄介だ。バントを通せる隙間なんてほとんどない。

進藤君の第一球、威圧的に投げられた豪速球を僕は見送った。殺せんせーが練習で投げてみせた140kmの球速よりも少し速い気がする。彼の威圧感がそう錯覚させるのか、理事長の再教育で実力以上の力が引き出されてるのか……どっちでも結果は同じだから関係ないな。

僕はこれまでのE組()と同じようにバントの構えを取る。バントを通せる隙間なんてほとんどないけど、守備一人一人の間には空間がある。渚君みたいにプッシュバントでそこを突く。

だけど流石にバントの構えを取っただけで動揺してくれるようなことはもうない。変わらず威圧感を放ったままバントの難しい高めのコースへと投げてきた。これをバントで完璧に転がして抜くのは至難の技だろう。……()()()()()、ね。

投球された瞬間、僕は杉野君と同じようにバントから打撃(ヒッティング)へと切り替えるバスターで迎え撃った。なんかそれっぽい雰囲気を出しつつ演技してたけど、誰も打撃できないなんて言ってないぞ。

この前進守備の穴、それは守備同士の間なんかじゃなく外野がガラ空きだということだ。普通に飛ばせば守備の間なんて抜けるだろうし、抜けてしまえばそのボールを拾う外野がいないから余裕で出塁できる。理事長もE組はバントしかないなんて甘く見たもんだね。

空間を裂くようにして迫ってくるボールに対して、僕は完璧なタイミングでバットを振る……はずだった。

 

一球目で進藤君のストレートの球速とタイミングは完璧に見切った。どのコースに投げられたとしても打てる自信があった。なのに投球された二球目は明らかに遅かったのだ。しかも山なりに大きく内角低めへと落ちていく。

まさか、僕が打撃を狙ってるのに気付いてタイミングをずらしてきた⁉︎ しかも打っても外野へと飛ばしにくい内角低めのカーブ……ほとんどストレートのみの進藤君がカーブでカウントを取りにきたことからまず間違いない。僕は慌ててバットの軌道を修正する。当たれ……‼︎

カキィン‼︎ となんとか当てて外野へ飛ばすことには成功したものの、飛距離が短く打ち上げてしまったことで内野から走って届くかもしれない微妙な距離である。ミスった、ここは見送って三球目で確実に勝負するべきだったか。

一塁へと走りながらあとは運に任せるしかない状況だったけど、ギリギリ捕球されずになんとか出塁することができた。更に距離が短くフライ気味だったものの、捕球されなかったことで大きくバウンドしつつその後の捕球姿勢も後ろ向きだったことから杉野君を本塁へ返すことに成功。僕の役目はなんとか果たせただろう。これでアウトになんかなっていたら雄二に何を言われるか分かったもんじゃない。

一先ず指示通りに出塁できたことで、これからどうするのかを確認するため雄二へと視線を向けた。僕の視線に気付いた雄二も視線を寄越してアイコンタクトを返してくる。

 

「(完璧に運任せじゃねぇかボケ)」

 

いやもうホント、言い返す余地がまるでないです。進藤君にカーブもあることを忘れていた僕の落ち度だ。出塁できたのも杉野君を返せたのも運が良かったに過ぎない。

しかし雄二の言葉はそこで終わらなかった。

 

「(……と言いたいところだが、理事長が指示出ししてる中で役目を全うしたんだから一応褒めといてやる)」

 

「(え、理事長が指示?そんなの出してたっけ?全然気付かなかったけど……)」

 

「(相手ベンチにいる理事長をよく見ろ)」

 

言われて理事長の方を見ると……なんであの人、野球部のハンドサインを完璧に使いこなしてるんだ。っていうか理事長が配球を指示してたってことは、僕が草野球レベルとはいえ野球経験者であることを知ってたってこと?……え、なんで知ってんの?普通に怖いんですけど……

続いてバッターボックスに立ったのは秀吉である。秀吉は僕のバットの持ち方よりもバットを短く持っており、長打を捨てて打率重視に考えた構えであった。僕みたいに大きく飛ばすよりも鋭く守備の間を転がして外野へと抜くつもりなのだろうか?

でも短くバットを持っているんだから外角のコースは打ちにくいはずだ。進藤君も外角低めにストレートを投げ込んでくる。それを秀吉は気のないスイングでバットに当てた。俗に言うカットって奴だが、敢えてファールを打ったのだとしたら狙いはフォアボールだな。

と、ここでベンチにいる雄二が動きを見せた。

 

「審判、タイムだ。選手の交代を要請する」

 

ここで選手交代……?ということは秀吉にファールを打たせたのはフォアボール狙いとかじゃなくて、プレイを中断させて選手交代をするためか。でも誰と誰を……?

 

「バッター、秀吉から俺に交代だ」

 

審判に交代を申請した雄二は自分を指名した。野球では出場している選手同士の打者交代は禁止されてるけど、秀吉は攻撃・雄二は守備のみを担当していたからこその打者交代だろう。初めやる気の薄かった雄二が攻撃にも参加してなかったことから可能な采配だ。

 

「あとは任せたぞ、雄二」

 

「おう、グラウンドの端までぶっ飛ばしてやるぜ」

 

強気な言葉とともにバッターボックスに立った雄二は構えを取らず、手に持ったバットで正面を指し示して獰猛な笑みを浮かべた。まさかのホームラン予告……本当にどこまでも強気な奴だな。

それを見た理事長が何やらハンドサインを送り、野球部の人達はそれに従って通常の守備位置まで戻っていった。やっぱりただのハッタリだとは思われなかったか。まぁ僕のことを知ってたんだから雄二のことを知ってても不思議じゃないよね。雄二も外野へとボールを飛ばせる可能性がある以上、前進守備を続けて外野をガラ空きにしておくわけにはいかないだろう。尤も、理事長のことだから野球の経験者か未経験者かで相手に合わせて守備位置を戻してくることはありそうだ。

しかし流石は野球部とそれを指揮する理事長といったところか。雄二もボールを外野深くへと飛ばすことはできたものの、ホームランとまではいかず深く守っていた守備に捕まってしまった。理事長がいなかったら動揺を誘えてただろうに……それを二塁へと送球されて僕のアウトで攻守交代である。

だけどE組の投手である杉野君だって進藤君に負けてはいない。ストレートこそ進藤君に比べれば遅いものの、カーブとスライダーを混ぜたような鋭く曲がる変化球によって三者連続三振で野球部の攻撃を無失点に抑えた。

ただ気掛かりなのは、野球部の攻撃の間に理事長がずっと進藤君に再教育を加えていたことだ。今までも十分に厄介な投手だった進藤君の実力がこれまで以上に引き出されたら、未経験者の皆どころか元野球部の杉野君だって出塁するのは難しくなるかもしれない。

続く二回の表。E組最後の打席はカルマ君なんだけど、

 

「あー、やっぱり戻してきたね」

 

「チッ、経験者か未経験者か判断できなくさせれば前進守備を潰せたってのに……E組(うち)の野球事情は完全に理事長に見抜かれてるな」

 

僕や雄二みたいに外野までボールを運べる生徒を把握して対処してるんだから、攻撃で守備の隙を突くのは厳しいだろう。僕らが打撃で出塁することによってバントだけだった他の皆にも打撃があるかもしれないと思わせる作戦だったらしい。僕がバスターで勝負しなければ雄二がバスターで勝負する予定だったとか。

その結果として打撃ではどうしようもないというのが雄二の判断だったが、バッターボックスへと向かっていたカルマ君が何やら途中で立ち止まる。

 

「……ねーぇ。これってズルくない、理事長センセー?守備がこんだけ邪魔な位置で守ってんのにさ、審判の先生はなんで何も注意しないの?」

 

いきなり何を思ったのか、カルマ君は理事長に対して抗議をし出した。そんな抗議が通じるんだったら初めから審判が注意してるだろうに……

それでもカルマ君は構わず抗議を続け、理事長や審判のみならず観客である生徒達にも水を向ける。

 

一般生徒(お前ら)もおかしいとか思わないの?……あ、そっかぁ。お前ら馬鹿だから守備位置とか理解してないんだね」

 

あ、これ抗議じゃないな。抗議に見せかけて思いっきり挑発してるよ。

で、当然ながら生徒達全員からブーイングの嵐である。ってコラコラ、空き缶とかのゴミを投げたら駄目でしょ。結局のところ片付けをするのは本校舎でグラウンドを使う君らなんだからね?

カルマ君の抗議は何も意味をなさず、前進守備を崩せなくて簡単に打ち取られてしまった。再び回ってきた一番打者の木村君と入れ替わりにベンチへと戻ってくる。

 

「……で、さっきの挑発は殺監督の指示か?」

 

「うん、正解。さっき守備の時に足元から出てきて言ってきた」

 

戻ってきたカルマ君に雄二が問い掛けると肯定の言葉が返ってきた。さっきまで役立たずだった殺監督が指示を出してきたとなると、何かしらの打開策でも思いついたのだろうか。

ともあれ雄二の判断通りに木村君、渚君とも抵抗虚しくアウトを奪われてしまった。一回の表と比べて随分短い攻撃だったなぁ。

 

「杉野」

 

攻守交代でマウンドに上がろうとしていた杉野君を雄二が呼び止める。杉野君も急に呼び止められて不思議そうにしながらも返事を返していた。

 

「おう、なんだ?」

 

「答えはなんとなく分かってるが一応訊いておく。お前、進藤を敬遠する気はあるか?」

 

なるほど、攻撃で有効な手が打てないから守備で逃げ切ろうってことだな。確かに一回裏の杉野君の投球を見れば警戒するべきなのは進藤君だけだろう。他の選手であれば十分に打ち取れる可能性は高い。

しかし杉野君はその提案を聞いて複雑そうな表情をしていた。ん?何か問題でもあるのか?

 

「……まぁ本気で勝つんだったら敬遠するのが妥当だよな。……でも悪い、今回は投手として勝負から逃げたくないんだ。まるっきり俺の我が儘なんだけどさ」

 

杉野君は頰を掻きながらバツが悪そうに自分の想いを口にする。球技大会の前は野球で負けたくないって言ってたけど、同じくらい進藤君とも野球で競いたいのだろう。

それを聞いた雄二は溜め息を吐いて肩を竦める。

 

「そう言うと思ったぜ。……分かった、投球はお前の好きなようにやれ。そいつらも文句はねぇだろ」

 

その言葉に杉野君が周りを見回せば、ベンチに残ってる人達だけじゃなくて既に守備に向かったと思っていた皆も集まっていた。二人の会話は聞いていたようだけど、誰も杉野君の我が儘を責めるような人はいない。寧ろ背中を押すように強気な笑みを浮かべている。

 

「皆……ありがとな。俺も全力で投げるからよ、最後まで俺の我が儘に付き合ってくれ‼︎」

 

杉野君の心の籠もった頼みを聞いた皆は、各々の言葉や態度で快くその頼みを受け入れていた。最初から一致団結して球技大会に望んでる人は多かったけど、ここに来てより一層皆の心が一つになった気がする。

二回の裏は進藤君に長打を打たれて他の人にも何回か出塁を許したけど、杉野君も意地の投球で失点は一点に抑えてみせた。皆の守備に今まで以上の気合いが入っていたことも影響しているだろう。

でも気合いだけではどうにもならないのが純粋な実力差だ。元から超中学級の実力を持っていた進藤君なのに、それを理事長の再教育によって極限まで集中力が高められているのだ。回ってくる打順的に唯一打てる可能性が高かった杉野君も打ち取られてしまい、残すは野球部の攻撃のみで勝つためには逃げ切るしか手がない状況である。

とはいえE組に余裕が全くないってわけでもなかった。

 

「次の進藤の打順までにまだ何人も残っておる。杉野じゃったら進藤に回すことなく打ち取ることも可能じゃろう」

 

「…………(コクコク)」

 

そう、秀吉の言う通りなのだ。球技大会の野球ルールでは試合は三回までしかなく、二回の裏も出塁を許したとはいえ最小限に抑えられたため野球部の打席はまだ回りきっていない。杉野君の投球だったら進藤君へ回る前に試合を終わらせることも可能……だと僕も思うんだけど、

 

「……雄二、このまま終わると思う?」

 

「あの理事長がこのまま何の手も打たないとは到底思えねぇ。確実に何か仕掛けてくるはずだ」

 

僕の問い掛けに雄二が厳しい表情で返してくる。一回の表で流れを断ち切られたように、理事長の動き次第で試合展開はまた大きく変わるだろう。特に理事長はただ勝つことが目的なんじゃなく、教育理念に従って圧倒的に勝つことが目的のはずだ。そのためにどんな手を打ってくるのか予測がつかない。

しかし僕らが守備につき、野球部の打者がバッターボックスに入って構えたところで理事長の一手が明らかとなった。

 

「なっ、バント……⁉︎」

 

打者がバントの構えを取ったことで僕は思わず声を上げてしまう。それと同時に理事長の狙いも理解した。そういうことか‼︎ それだったら理事長の狙いとも合致する‼︎

 

「審判、タイムだ‼︎」

 

堪らず雄二もプレイが宣言される前にタイムを取った。許可を得たことでマウンドへと上がっていく雄二を見て、守備についていた僕らも杉野君の元へと集まっていく。

 

「理事長の野郎、俺達が先にやったから素人相手に手本っつう大義名分を得てバントでやり返しに来やがった。E組(うち)の守備力を踏まえた上での選択だな。確実に出塁した上で進藤まで回す作戦だ」

 

理事長の思い描く圧倒的な勝ち方……それは満塁逆転サヨナラホームランだ。それが想定される中でも最高の展開だろう。そうじゃなくても進藤君の打撃で逆転するという展開を狙っているのはまず間違いない。バントで地道に点数を稼ぐなんて強者の勝ち方とは言えないからね。

 

「どうするんだ、坂本?さっきは俺の我が儘に付き合わちまったからな。どんな作戦でも付き合うぞ」

 

「いや、杉野はこれまで通りに投球してくれればいい。だが外野へは飛ばさないように勝負してくれ。つーか打撃は全部打ち取れ。可能ならバントも打ち取れ」

 

どんな作戦にも付き合うと言った杉野君だったが、雄二の無茶すぎる要求には流石に苦笑いを浮かべていた。

 

「ハハ……了解。全部打ち取るのは難しいと思うけど、外野へは意地でも飛ばさないようにするぜ」

 

「頼んだぞ。で、守備の方を大幅に変更する。何もやらないよりはマシだ」

 

続いて守備の僕らにも指示を出してくる雄二だったが、それを横で聞いていた杉野君が苦笑いだった口元を少し引き攣らせている。うん、気持ちは分かるけど頑張ってとしか言い様がない。僕らも出来る限り頑張るからさ。

 

 

 

そうして僕らのタイムが終わり、ゲームが再開して何度目か分からない観客の騒めきが聞こえてきた。それを表すように球技大会中ずっと流れていた放送解説からも驚きの声が上がる。

 

『な、これは……‼︎ 野球部がE組と同じくバントの構えを見せた瞬間にタイムを取ったE組でしたが、なんとE組も野球部と同じく極端な前進守備でバントシフトを敷いてきました‼︎』

 

雄二の作戦は至って単純、“やられたらやり返せ”というものだった。さっきカルマ君が前進守備の抗議した時には却下したんだから、同じ前進守備に対して審判は妨害判定を下せないのである。その抗議も殺監督の指示だったらしいけど、それを雄二も作戦として利用したのだ。

ただし保険として守備の中でも体格の良いカルマ君はセンターを陣取って外野への打撃を警戒しつつ牽制。多少の野球経験がある僕はサード、ムッツリーニはショート、秀吉はセカンドについてベースラインより内側でボールが抜けないようにお互いをカバーしながら守備。菅谷君はファーストに張り付き、磯貝君、千葉君はピッチャーである杉野君の両脇を位置取って隙間を埋めつつバントのコースを制限。考えられる限りの穴を埋めた形で内野に集めた守備陣形である。

当たり前ながら最大の穴はガラ空きの外野だ。カルマ君をセンターに置いてライト・レフトとも走り込めるようにはしてるけど、一人で外野全域をカバーするのは不可能なので外野まで飛ばされたら二塁打は固いだろう。なのでこの前進守備はほぼ杉野君の投球に懸かっている。口元が引き攣るくらいには責任重大だ。

 

「さて、どこまで通じるか……」

 

そして何よりもこの陣形を成功させるためには守備の僕らがバントに対処できなければならない。ほぼバント練習しかしていないE組にどこまで対処できるか……そういう不安もあって雄二は“何もやらないよりはマシだ”って否定的に指示を出したのだろう。

この前進守備のおかげで野球部も攻めにくくなったのは確かだと思うが、その効果は薄くアウトを一つ取っただけで二・三塁に走者がいる状態だ。しかもそのアウトもスクイズで三塁走者を返すためのものであり、その時に走者を本塁へと返されてしまい点数を稼がれてしまった。本当に僕達へと手本を見せるかのようなバントプレイである。

二点差でワンアウト二・三塁、この場面で野球部の迎える打者は進藤君だった。何とか進藤君へ打席が回る前に試合を決めたかったところだけど、そうそう上手くはいかないもんだ。僕らの運動能力を完全に把握している理事長の指揮だけならまだしも、それを的確に遂行できる野球部の技量も合わさって抑えるのは困難を極めたのである。

あとは杉野君の投球に懸けるしかないか……といったところでカルマ君が外野から悠々と内野まで歩いてきた。え、何してんの?

 

「磯貝、監督から指令〜」

 

「…………マジっすか」

 

カルマ君が本塁を指差したことでその意図を悟ったのか、磯貝君は微妙な表情を浮かべて溜め息をついた。いよいよ殺監督が自分で打った布石を活かしにきたらしい。

いったい何をするつもりなのか、二人は前進守備のポジションから更に前進し……いや、ちょ、本当に何処まで前進するつもりーーー

 

 

 

二人がその歩みを止めたのは文字通り進藤君の目の前……バットを振れば確実に当たる位置まで前進して守備についた。

 

 

 

マジっすか……思わず磯貝君と同じ台詞を吐きそうになったよ。ほら見てみ、進藤君の顔。さっきまで相手を射殺さんばかりに鋭い視線を飛ばしてきてたのに、今や点だよ点。集中力なんてあったもんじゃない。

誰もが二人のあり得ないゼロ距離守備に呆然とする中、ただ一人理事長だけは冷静なままだった。

 

「フフ、くだらないハッタリですね。構わず振りなさい、進藤君。骨を砕いても打撃妨害を取られるのはE組の方だ」

 

えぇ……その発言は教育者としてどうなんだ?いやまぁゼロ距離守備をやってる僕らが言える立場じゃないけども。

ちなみにE組(僕ら)は野球では考えられない突拍子もない指示に驚きはあったけど危機感は微塵もなかった。だって普段から得物を振るって戦闘訓練してるし、マッハ二十の殺せんせーを殺そうと思ったらバットのスイングなんて止まってるも同然である。

理事長の指示でやけくそ気味にバットを振り抜いた進藤君だったが、カルマ君と磯貝君は余裕でそれを躱してみせた。あの二人は動体視力だけじゃなくて度胸もあるからなぁ。心配する必要は全くと言っていいほどない。

こうなっては進藤君の精神力が保たないだろう。続く二投目を腰の引けたスイングで当ててしまい、地面に跳ねたボールを至近距離でキャッチしたカルマ君がキャッチャーの渚君へと投げ渡して三塁走者をアウト。そのまま渚君が僕の方へと送球してきて呆然としていた二塁走者もアウト。それでスリーアウトとなり、試合は四対二でE組の勝ちである。

理事長は試合が終わると静かに立ち去っていった。勝ちはしたけどなんかどっと疲れる試合だったな。もう今日は帰ってゆっくりしたい。限界まで追い込まされた進藤君の精神状態も少し心配だけど、そこは杉野君が歩み寄って何やら話し掛けてるから多分大丈夫だろう。

こうして球技大会における野球部とE組の試合は幕を閉じたのだった。




次話
〜訓練の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/23.html



雄二「これで“球技大会の時間・二時間目”は終わりだ。楽しんでくれたか?」

三村「なんか俺って野球メンバーから外された代わりに呼ばれたっぽいような……」

岡野「三村、初っ端から暗いよ。そんなの言ったら私なんて完全に数合わせじゃない。その代わりにエアギター暴露(ささやき戦術)を免れたんだからよかったじゃん」

三村「それは言うな。いや言わないで下さいお願いします」

雄二「心配するな。既に殺せんせーから情報は広がり始めてるぞ」

三村「ちょっと待て‼︎ 心配する要素しかないぞ⁉︎」

岡野「はいはい、分かったから三村は落ち着く。後書きが全然進まないから。ところで坂本は何で急にやる気出したの?」

雄二「あの理事長(化け物)と直接対決できる機会なんて滅多にないだろ。殺せんせーを殺すには知能面で張り合えるに越したことはない。まぁ真っ当な手段と二番煎じの戦術じゃ一歩及ばなかったわけだが」

三村「それ、真っ当な手段じゃなかったら手があったってことか?」

雄二「なくはないが……E組は真面目な奴や常識的な奴が大半だからな。非常識でドブが腐ったような性格の人間ばかりだったFクラスとは取れる手も違ってくるさ」

岡野「酷い言い様ね……」

雄二「つーか本気で勝つつもりなら野球経験者と運動神経トップの奴らで攻守ともに固めて進藤を敬遠するのが一番堅実なんだがな」

三村「それやったら物語として面白くないものが出来上がるぞ」

岡野「確実に山も谷もない平坦なストーリー展開になるわよ」

雄二「だから杉野の真剣さを見せるためにも敬遠しなかったんじゃねぇか。……やっぱ野球知識の乏しい作者()が野球回書くのは間違いだったな」

三村「今サラッと裏話を暴露しなかったか?」

雄二「気のせいだろ。お、いい時間だしそろそろお開きにするか」

岡野「話の逸らし方が強引にも程があるでしょ」

雄二「知らん、文句は聞かん。というわけで次回も楽しみにしとけ」





進藤「こういう話に出てくる才能ある奴って大抵踏み台だよな……」

杉野「そう卑屈になるなって。お前が凄えのは確かなんだからさ。踏み台扱いも否定できないけどよ」

進藤「おい」


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七月
訓練の時間


暗殺訓練が始まって四ヶ月目に入った七月。

元から喧嘩なんかで戦闘慣れしていた僕や雄二だけじゃなく、そういった荒事に縁のなかった他の皆もかなり動けるようになってきたと思う。っていうとなんか物凄い上から目線みたいだけど、最初の頃に比べたら皆の動きに固さがなくなってきているのは確かだ。

 

「視線を切らすな‼︎ 次に標的(ターゲット)がどう動くかを予測しろ‼︎ 全員が予測すればそれだけ奴の逃げ道を塞ぐことになる‼︎」

 

ナイフの実戦訓練中、二人同時に斬り掛かってくる生徒の相手をしながら烏間先生がナイフ術の指導を入れている。

生徒の中には二人掛かりでなら先生に当てられる人も出てきており、今やってる磯貝君と前原君もそのうちの一組だ。二人とも運動神経がよく幼馴染ということもあってか連携も上手い。あ、そう言ってる間にも前原君のナイフが烏間先生に当たった。

 

「良し‼︎ 二人それぞれ加点一点‼︎ 次ッ‼︎」

 

烏間先生は磯貝君と前原君に加点を言い渡すと次の生徒に出てくるよう促してくる。

彼らの次は僕と秀吉の番だ。順番が近くて見学していた列の中から二人で前へと出ていく。

 

「お願いします」

 

「よろしく頼むのじゃ」

 

烏間先生との模擬戦闘は最初の体育と同じで基本的に何でもありだけど、今回は僕も秀吉もナイフ一本で先生と対峙する。

最終的には僕一人で烏間先生に当てることが目標だけど、正直二人掛かりならともかくまだ一人では当てることが出来ていない。雄二は以前当てることが出来ていたけど、

 

“ありゃ授業レベル、つーか生徒の実力に合わせて手加減してんだよ。次からは実力を修正してきてまた当てられなくなるだろうぜ”

 

とのことで、本当にそれ以降は雄二も一人ではナイフを当てられなくなっていた。要するに最大限の実力を発揮して漸く当てられるかどうか、という実力に合わせてるってことだ。もしくは烏間先生の見立て以上に実力を伸ばして手加減レベルを越えるしかない。

 

「よし、来いッ‼︎」

 

その言葉を合図として僕と秀吉は一斉に烏間先生へと肉薄した。まずは先生との間合いを潰してナイフの射程まで入り、先行していた僕から右手に持ったナイフを一息に三連続で突き出す。

狙いは躱しにくい身体の正中線、喉元・胸部・腹部の三ヶ所。しかし烏間先生はそれらを上体を反らし、半身になり、左手で捌くことで全て()なされてしまう。

だけど先生が僕を往なしたことで空いた左側から秀吉が透かさずナイフを突き出していた。それを烏間先生は往なした左手を引き戻しつつ裏拳で弾く。やっぱり動きに無駄がほとんどないな。

 

「ハッ‼︎」

 

僕はナイフを往なされても体勢を崩さず、次は体捌きで躱されないよう横薙ぎに一閃する。先生は同じく右腕で僕の()()を防ぎ……バックステップによって横薙ぎの寸前で持ち替えていた左手のナイフによる突きを回避した。流石に模擬戦闘のたびにトリッキーな手を使い続けていればこの程度の攻め方じゃあ動揺も誘えないか。

後退した烏間先生を追って秀吉も追撃……ではなく投擲で間髪入れずナイフを当てにいった。が、先生は左手の指で真剣白刃取りにて投擲を受け止める。最初こそ真剣白羽取りに唖然としていたがもう珍しくもなんともない。

秀吉も同じ気持ちだったようで、投擲を防がれる前から仕込みナイフを取り出して再接近していた。どうやら防がれることを前提に動いていたらしい。さっき弾かれたことを踏まえてか、真剣白刃取りをした左腕に狙いを定めて二本目のナイフを振るう。

 

「手足を狙うのはいいが末端部に対する攻撃は対処されやすい‼︎ 対処されることを想定して自分に有利な展開へと繋げていけ‼︎」

 

手捌きのみで一瞬にして投擲されたナイフを構えた烏間先生は、迫る秀吉のナイフを同じくナイフで受け止めた。恐らくナイフがなかったら腕を引いて躱していたことだろう。それよりも真剣白羽取りに使用した左腕を潜って懐に潜り込んでいたらナイフを当てられたかな?

その後も先生のアドバイスを聞きながら二人掛かりで幾度となく攻め立てていき、

 

「時間切れだ。今回の模擬戦闘の内容を反芻しながら訓練を続けるように。次ッ‼︎」

 

残念ながらナイフを当てることはできずタイムアップだ。次に控えていた片岡さんと岡野さんが前へ出てきて烏間先生と対峙する。

通常訓練に戻った僕らは言われた通り今の烏間先生との模擬戦闘を思い出しながら二人でナイフの素振りを始めていく。

 

「う〜ん、もうちょっと力が必要かなぁ。簡単に往なされてちゃ相手の隙も作りにくいし」

 

「ワシは瞬発力といったところじゃの。あの時に懐へと入り込めておれば当てられていた可能性もあったはずじゃ」

 

こうやって各々に足りないところを意識させられ、それを次へと活かすために克服していくことでなんとかナイフを当てられるようになっていくのだ。その度に手加減レベルを下げられるから常に最大限を求められ、また次の段階へと登る必要が出てくる。烏間先生は戦闘の実力だけじゃなくて指導者としても優秀だったんだろう。だからこそこの暗殺教室に暗殺者育成の教官として送り込まれたんだろうね。

と、素振りを終えて改めて秀吉と模擬戦闘をしていたところで何かが地面に落ちるような大きな音が聞こえてきた。見れば木村君と組んで先生と模擬戦闘をしてたっぽい渚君が仰向けに倒れこんでいる。

 

「……いった……」

 

「すまん、ちょっと強く防ぎすぎた。立てるか?」

 

「あ、へ、へーきです」

 

烏間先生が駆け寄りながら心配してるってことは手加減をミスったのか。渚君も笑いながら上体を起こして立ち上がる。まぁ先生だって超人ではあっても人間なんだ。偶にはミスをすることだってあるだろう。

 

「…………」

 

この時、雄二が真剣な表情で渚君を見てーーー観察していることに僕は気付かなかった。

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに今日の体育は終わり、烏間先生の号令を受けて皆も解散していく。

 

「せんせー‼︎ 放課後に街で皆とお茶してこーよ‼︎」

 

同時に今日の授業も終わったので倉橋さんが放課後の遊びに烏間先生を誘っていた。修学旅行の時に烏間先生を狙ってるって言ってたし、彼女としても積極的にアプローチしてるって感じだ。

 

「……あぁ、誘いは嬉しいがこの後は防衛省からの連絡待ちでな。また今度にしてくれ」

 

そう言うと先生は校舎の方へと歩いていってしまった。誘えば偶に付き合ってくれるけど、基本的には今みたいに仕事で断ってくる場合の方が多い。色々と忙しいんだろうな。

だけど皆は烏間先生の対応に不満があったようで、それぞれに不満の表情を浮かべている。

 

「なんていうか、私達との間に壁っていうか……一定の距離感を保ってるような感じだよね」

 

「うん。確かに私達のこと大切にしてくれてるっていうのは分かるけど、それってやっぱりただ任務だからなのかな」

 

矢田さんと倉橋さんがその気持ちを口から漏らしていると、そこへ体育の時間は砂場が定位置となりつつある殺せんせーがやってきた。

 

「そんなことはありません。確かにあの人は先生の暗殺のために送り込まれた工作員ですが、彼にもちゃんと素晴らしい教師の血が流れていますよ」

 

まぁ世の中には無愛想な人なんていっぱいいるし、その人との壁を感じるかどうかなんてのは受け手次第だろう。なんならこっちから歩み寄ればいいだけのことなんだし。

……あれ?なんか見慣れない巨漢の人が大荷物を持ってこっちに歩いてきた。そのまま僕らの前まで来ると荷物を地面に置いて笑顔で挨拶してくる。

 

「やっ‼︎ 俺の名前は鷹岡明‼︎ 今日から烏間を補佐して此処で働く‼︎ よろしくな、E組の皆‼︎」

 

ってことは今日から新しい先生になるのか。でもこの大荷物はいったい何なんだ?

不思議に思っていると荷物の近くにいた人達の反応でお菓子や飲み物であることが分かった。それも高級品らしい。“高級品”って単語とは縁がないから詳しく知らないけど、女子の皆が盛り上がってることから多分人気の奴なんだろう。

 

「いいんですか?こんな高いの」

 

「おう、遠慮なく食え食え‼︎ お前らとは早く仲良くなりたいんだ‼︎ それには皆で囲んでメシ食うのが一番だろ‼︎」

 

磯貝君の恐縮した様子の問い掛けにも鷹岡先生は気の良さそうな返事で返してくる。太っ腹なことだ。これだけで僕の食費や摂取カロリーを何ヶ月分くらい賄えるかな?

 

「烏間先生とは同僚なのに雰囲気とか随分違うんすね」

 

「なんか近所の父ちゃんみたいですよ」

 

「ははは、いいじゃねーか父ちゃんで‼︎ 同じ教室にいるからには俺達家族みたいなもんだろ?」

 

木村君や原さんの言葉にもフレンドリーな対応で、分かりやすく言えば親しみやすい熱血教師といった感じである。これで烏間先生よりも実力が上なんだったら完璧だけど……だったら初めから鷹岡先生が来てるか。教官として優秀だから烏間先生の補佐に来たってことなのか?

まぁ今はそんなことどうでもいいや。滅多にない高級カロリーを頂けるチャンスだ。僕も遠慮なく食べることにしよう。というか殺せんせーに食い尽くされそうな勢いだから早くしないと。

そう思って一緒に訓練していた秀吉も誘おうと顔を向けたんだけど、そこには何故か眉根を寄せた秀吉が難しそうな表情を浮かべて立っていた。

 

「秀吉、どうかしたの?」

 

「……いや、どうにもあの男の張り付けた笑顔が好きになれんでの。ワシとしては烏間先生の方が好ましいと思っておっただけじゃ」

 

「張り付けた笑顔?」

 

そう言われて鷹岡先生を改めて見るけど、少なくとも僕にはテンションが高くて暑苦しい人にしか見えない。周りにいる皆も突然のことで戸惑ってる感じはあるが先生を受け入れて楽しそうにしている。

でもそう思ったのは秀吉だけじゃなかったようで、少し離れて訓練していた雄二とムッツリーニも僕らの話に加わってきた。

 

「同感だ。なんか胡散臭ぇんだよな、言動が芝居掛かってるっつーか……秀吉が反応したってことは実際にそうなんだろ」

 

「…………(コクコク)」

 

秀吉はあまり目立ったところは見せないけど演技に関しては群を抜いている。そのことに疑う余地はない以上、鷹岡先生に裏の顔があるのは確かなのだろう。初めての顔合わせだからクラスの好感を得ようとしてるだけかもしれないけど……心の隅には留めておくべきか。

…………だ、だけど鷹岡先生はともかくお菓子や飲み物に罪はないよね?せっかく持ってきてくれたんだから食べないっていうのは、鷹岡先生はともかく売ってる店に悪いんじゃないかな?少しは先生を警戒するとして……うん、警戒しながらお菓子を食べれば何も問題ないよね。

というわけで警戒して近寄らない三人を置いて僕も皆の輪に加わる。もちろん間近で鷹岡先生を観察しつつ警戒もーーーこのエクレア美味(うま)っ‼︎ このケーキ美味(おい)しッ‼︎ 鷹岡先生、差し入れあざまーっす‼︎

 

 

 

 

 

 

「よーし、皆集まったな‼︎ では今日から新しい体育を始めよう‼︎」

 

鷹岡先生が来てから初めての体育の時間。昨日からずっと警戒してた(決してお菓子に惑わされたりなんかしてない)けど、特に怪しい動きは見られなかった。

ちなみに烏間先生は事務作業に専念するとのことでグラウンドには来ていない。烏間先生を目標にしてたからそれはちょっと残念だ。機会があったら放課後にでも模擬戦闘を頼んでみようかな。

 

「ちょっと厳しくなると思うが、終わったらまた美味いもん食わしてやるからな‼︎」

 

「そんなこと言って、本当は自分が食いたいだけじゃないの?」

 

「まーな、おかげでこの横腹だ」

 

秀吉がああ言うから注意してたけど、中村さんからの茶々入れにも冗談で返したりして少なくとも悪い人には見えない。やっぱり気のせいなんじゃないだろうか。

 

「さて‼︎ 訓練内容の一新に伴ってE組の時間割りも変更になった。これを皆に回してくれ」

 

……?なんで訓練内容が変わったからって授業の時間割りまで変わるんだ?

鷹岡先生の言葉を疑問に思ったのは僕だけじゃないようで、配られたプリントを回す皆の顔にも疑問が浮かんでいる。ただしその疑問も次の瞬間には吹き飛んでいた。そして秀吉の観察眼が正しかったことも証明されたと言えるだろう。

なんで秀吉の観察眼が証明されたのかって言うと、先生から渡された時間割りが常軌を逸していたからだ。それこそ誰もが茫然自失として絶句するレベルで常識から外れている。

 

「……うそ、でしょ?」

 

「十時間目……」

 

「夜九時まで、訓練……?」

 

頭イかれてるでしょ。世の中のブラック企業もビックリするような時間割りである。っていうかよく見ると夕食の時間が中途半端なんだよなぁ。なんで十六時半?しかもその後から授業時間が延びてってるし。普通は五十分なのに十時間目なんて一時間半も時間取ってるからね。

しかし鷹岡先生は皆の反応を見ても何でもないかのように、

 

「このぐらいは当然さ。理事長にも話して承諾してもらった。“地球の危機ならしょうがない”と言ってたぜ」

 

いやいやいやいや、理事長こんなの許しちゃったら駄目でしょ。夜九時まで子供が帰って来なかったら親御さんが不審に思いますって。あの人、もしかしなくても理念に沿った教(目的)育とE組を蹴落とす(手段)ことを履き違えてきてるんじゃ……

 

「この時間割り(カリキュラム)について来れればお前らの能力は飛躍的に上がる。では早速ーーー」

 

「ちょ、ちょっと待ってください‼︎」

 

っと、そんなことを考え込んでても仕方ないな。まずは先生の暴挙を止めないと。こんな時間割りが始まってしまえば確実にE組の中でも潰れる人が出てくる。

 

「幾らなんでも訓練する時間が多過ぎじゃないですか?絶対に着いてこれない人が出てきますよ。こんなの出来るわけありません」

 

僕が当たり前の抗議した途端、鷹岡先生が巨漢とは思えないような素早い動きで距離を詰めて頭を掴みかかってきた。突然のことだったけどその腕を下から弾いて往なそうと……無視して強引に腕を伸ばしてきた⁉︎ やっぱり腕力差が大きかったら見えてても対処できない‼︎

往なすことを諦めて頭を下げることによって先生の腕を回避する。が、間髪入れずに下がった顔面目掛けて膝蹴りが飛んできた。

……これは躱せない。そう判断した直後、僕の右頬に先生の膝が突き刺さる。咄嗟に首を左へ回転させて直撃は避けようとしたが、そんな漫画みたいな技が簡単に使えるわけもなく蹴り倒された。

頰に走る痛みに堪えながらもすぐに受け身を取って立ち上がる。その際に口の中が切れたようで口元から垂れる血を拭い、変わらない笑顔で悠然と佇む鷹岡先生を睨みつけた。

 

「い、いきなり何すんだ……」

 

「“出来ない”じゃない、“やる”んだよ。言ったろ?俺達は家族で俺は父親だ。世の中に父親の命令を聞かない家族が何処にいる?」

 

……いや、結構な割合でいるんじゃないだろうか?うちの父親の地位も家族内で最下位だし。

しかしそんな場違いな感想を言えるはずもなく、反応がないのをいいことに先生は言葉を続ける。

 

「さぁ、まずはスクワット百回かける三セットだ。抜けたい奴は抜けてもいいぞ。その時は俺の育てた屈強な兵士が代わりに入る。一人や二人入れ替わってもあのタコは逃げ出すまい」

 

確かに殺せんせーだったら残った生徒を見捨てるようなことはしないだろう。屈強な兵士(おっさん)が入ってくることに異論がないわけじゃないけど、人工知能()という前例があるんだから理事長が許可をすれば本当に入れ替えられるはずだ。あの殺人的な時間割りを理事長が認めてることから生徒の入れ替えも認められると考えていい。

 

「けどな、俺はそういう事したくないんだ。お前らは大事な家族なんだからよ。家族全員で地球の危機を救おうぜ‼︎ なっ?」

 

白々しい。そんなこと微塵も思ってないだろ。皆が潰れてもおかしくない時間割りを作っておいて……飴と鞭のつもりか?

 

「な?お前は父ちゃんに着いてきてくれるよな?」

 

そんな鷹岡先生が次に狙いをつけたのは神崎さんだった。彼女は先生に対する恐怖から表情は強張り脚を震えさせている。躊躇なく暴力を振るってくる男が目の前にいたら誰だって怖いだろう。それが女の子なら尚更だ。

 

「……は、はい。あの、私…………」

 

声を掛けられた神崎さんは声を震わせながら答えようとする。今は嘘でもいいから先生に合わせるべきだ。拒否したら僕と同じように暴力を振るわれるかもしれない。神崎さんだってそれは理解してるだろう。

彼女は恐怖に駆られながら精一杯の笑みを浮かべ、

 

「私は嫌です。烏間先生の授業を希望します」

 

きっぱりと拒否の言葉を先生に返した。

神崎さんはなんて強いんだろう。この状況で自分の意見をはっきり伝えられる人なんてそう多くはいない。尊敬しちゃうよ。

だけど鷹岡先生は予想していた通り、拒否した彼女に対して暴力で応えた。バチンッ‼︎ と大きな音が響き渡るくらいの平手打ちで神崎さんも殴り倒されてしまう。

 

 

 

それを見た瞬間、僕の中で、何かがトんだ。

 

 

 

周りにいた渚君達が倒された神崎さんへと駆け寄る中、今度は僕から鷹岡先生との距離を一息に詰めていく。半端な攻撃は通じないだろう。狙うなら急所だ。

身長の高い鷹岡先生に合わせて一気に跳び上がった僕は、先生の顎に狙いを定めて右の上段蹴りを放った。どんだけ肉の鎧が厚かろうが脳を揺らされたら一溜まりもないだろう。

神崎さん達に視線を向けていた先生だったが、僕が跳び上がる直前に気付かれて呆気なく躱されてしまった。だが軍人相手に馬鹿正直な攻撃が通じないのは烏間先生で学習済みである。右足を振り抜いた僕は素早く足を踏み替え、息つく暇もなく左の後ろ回し蹴りを再び顎へと放つ。

 

「ーーー文句があるなら拳と拳で語り合う。そっちの方が父ちゃんは得意だぞ?」

 

しかしその左足も簡単に掴まれてしまい、僕はその状態で宙吊りにされてしまう。構わず宙吊りにされたまま金的を狙おうとした僕だったが、拳を振りかぶる前に鷹岡先生の拳が腹部に突き刺さった。

 

「ガハッ⁉︎」

 

無防備に拳を食らってしまい思わず吐き気が込み上げてくる。先生は苦痛に表情を歪ませる僕のことなんか見ておらず、自身の優位を皆へ見せつけるように投げ捨てられた。

背中から落とされて殴られた痛み以外に鈍い痛みも走るけど、そんなの知ったことか。動ければなんだっていい。震えそうになる脚を抑え込んで歯を食い縛りながら立ち上がる。

 

「落ち着け、明久。一人で戦って勝てるわけねぇだろ」

 

そこから一歩踏み出そうとしたところで雄二に声を掛けられた。でもそれは無理な注文だ。ここで止まるなんて僕にはできない。

 

「勝てると思ったから戦ってるんじゃない、許せないと思ったから立ち向かってるんだ‼︎ 女の子の顔を平気で殴るような屑野郎、絶対にぶっ飛ばす‼︎ そんでもって神崎さんに謝らせる‼︎」

 

馬鹿だから勝率なんて欠片も考えちゃいない。僕は思ったままに行動してるだけだ。身体が動かなくなるまで……ぶっ飛ばすまで止まるつもりはない‼︎

だけど僕の言葉を聞いて雄二は呆れたように溜め息を吐いた。

 

「だから落ち着けって言ってるんだ。別に誰も止めちゃいねぇだろ。()()()()()()勝てねぇって言ってるんだ。俺達も混ぜろよ」

 

そう言うと雄二だけじゃなくムッツリーニまで僕の横に並んできて鷹岡先生と対峙する。雄二はボクシングスタイルで、ムッツリーニは何処からか取り出した本物のナイフを構えて先生と向かい合う。

 

「…………明久、使え。素手だと厳しい」

 

そしてムッツリーニはもう一本本物のナイフを取り出して僕にも手渡してきた。なんで体育の時間に持ってるのかは知らないけど、素手じゃ厳しいというのは本当だ。貸してくれるんなら有難く使わせてもらおう。

ダメージを負っている今の状態でどこまで振れるか確認するために軽く素振りする。うん、問題ない。手元が狂うこともなさそうだ。

 

「ほぉ、本物のナイフを扱える奴もいるのか。下手な新兵よりも優秀だな、お前らは」

 

しかし本物のナイフを出したところで鷹岡先生が怯むようなことはなく、寧ろ感心した様子で僕らを観察していた。軍隊じゃナイフくらい普通ってか。上等だ、油断してるうちに斬り伏せてやる。

 

「止めろ鷹岡‼︎ 君達もナイフを仕舞え‼︎」

 

そこで事態を察知したらしい烏間先生が駆け寄ってきた。倒れている神崎さんの様子を確認した後、僕らの方にも近付いてくる。

 

「吉井君、君も大丈夫か?」

 

「僕は平気です」

 

「そうか。だがナイフは渡してくれ。下手をすれば取り返しのつかないことになるぞ」

 

そう言って烏間先生は手を差し出してきた。まぁ先生としては訓練していない本物のナイフでの戦闘を危惧してのことだろう。

素手じゃ厳しいと思ってたところだけど、烏間先生がそう言うんなら仕方ない。厳しくても素手でやるか。

そう思ってナイフを渡そうとしたところで鷹岡先生がそれを止めた。

 

「待て、烏間。本物のナイフがあるなら丁度いい。お前の教育と俺の教育、俺の訓練を始める前にどっちが優秀か決めておこうじゃないか」

 

いったい何を始めるのかと訝しんだが、烏間先生の教育が優れていたら自分は出ていくというので話を聞くことにする。

それを決める方法として烏間先生が指名した生徒と鷹岡先生が戦い、そこでナイフを寸止めでもいいから当てられたら負けを認めるというものだった。ただし鷹岡先生が勝てばその後は誰も訓練に口出ししない、相手が殺せんせーじゃなく人間だから使うのは本物のナイフという条件である。

 

「先生、僕にやらせて下さい。ナイフを一回当てるくらいやってみせます」

 

流石に使い慣れていない皆に本物のナイフを使った戦闘をさせるわけにはいかない。やるんだったら僕かムッツリーニ、純粋な戦闘力で考えて雄二が適任だろう。

だけど烏間先生は僕やムッツリーニ、雄二を一瞥するだけで何も言わない。そして先生にしては珍しく躊躇したように考え込んだ後、

 

「……渚君、やる気はあるか?」

 

僕でもムッツリーニでも雄二でもなく、どうしてかE組の中から渚君を指名した。

その判断に周りの皆も驚く中、烏間先生は常と変わらない真っ直ぐな目で彼と向かい合う。

 

「地球を救う暗殺任務を依頼した側として、俺は君達とはプロ同士だと思っている。プロとして君達に払うべき最低限の報酬は当たり前の中学生活を保障すること。俺が選ぶとしたら君だが、だからといって無理にやる必要はない。その時は俺が鷹岡に頼んで報酬を維持してもらえるように努力する」

 

烏間先生は僕らが中学生だからって大人の目線で下に見たりはしない。それは日々の訓練で接する中からも十分に感じることができるし、そういう人だからこそ皆も信頼しているんだ。

だけど今回の判断には疑問が残ってしまう。渚君には悪いけど、渚君が何かしらに突出しているというのは聞いたことがない。基本的には大人しい性格だし、少なくとも鷹岡先生を相手に指名するべき生徒とは思えなかった。

 

「烏間先生、なんで渚君なんですか?やるんだったらーーー」

 

「……明久、烏間先生の判断に従え」

 

僕が先生に理由を聞こうとしたところで雄二に止められてしまう。その目は何かを見定めようとするかのように冷静さを保っていた。さっきまで参戦しようと獰猛に光らせていた瞳の色は消えている。

 

「雄二?でも……」

 

「……吉井君、ナイフを貸して」

 

それでもまだ納得できなくて言い募ろうとする僕だったが、そこに横から渚君の手が伸びてきた。向き合った渚の顔は既に覚悟を決めた表情をしている。

 

「僕も吉井君と同じ気持ちだから。神崎さんと君の分、せめて一発返さなきゃ気が済まない」

 

その言葉を受けて僕はあれこれ言うのを止めることにした。僕が鷹岡先生を許せないと思ったように、渚君も許せないと思っているのだ。

なんで烏間先生が渚君を選んだのかは未だに分からない。でも先生が選んだのなら、渚君がやるというのなら僕は二人を信じよう。

僕は自分の気持ちも託すようにして渚君にナイフを手渡した。




次話
〜才能の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/24.html



秀吉「これで“訓練の時間”は終了じゃ。皆、楽しんでくれたかの?」

土屋「…………いよいよ渚の本領発揮か」

カルマ「俺、この時はサボってたから見れなかったんだよねぇ。この後の渚君の活躍」

秀吉「お主は良くも悪くも自由過ぎるのじゃ。とはいえ真面目にやらずともお主は勉強も戦闘もトップクラスではあるんじゃがな」

カルマ「てかさ、木下も何気に皆より戦闘慣れしてない?普通に暗器とか投擲術とか使いこなしてんじゃん」

秀吉「まぁ“暗殺教室”という環境でムッツリーニと訓練しておれば教わる機会は幾らでもあるからの」

土屋「…………徹底的に叩き込んだ」

カルマ「なるほどねぇ。ってことは吉井が妙にナイフ慣れしてるのも土屋の影響か」

土屋「…………技術は多く持っておいた方がいい」

秀吉「今回は鷹岡先生に対抗するためじゃな」

カルマ「残念ながら吉井の実力じゃまだ対抗するには力不足だったみたいだね。まぁ軍人相手に仕方ないとは思うけど」

秀吉「それでも明久は臆せず立ち向かった。それが彼奴(あやつ)の良いところじゃよ。気持ち優先で危なっかしいところもあるがの」

土屋「…………(コクコク)」

カルマ「取り敢えず次は吉井に変わって渚君のリベンジマッチか。渚君には頑張ってほしいよね」

秀吉「そうじゃな。それでは今回はここまでにしておこう。次の話も楽しみにして待っとるんじゃぞ」





殺せんせー「吉井君、気持ちに正直なのはいいですがお菓子に釣られるのはよくありませんねぇ」

明久「いや先生もお菓子ドカ食いしてたでしょ‼︎ それに僕やお菓子は悪くありません‼︎ 悪いのは鷹岡先生だけです‼︎」


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才能の時間

〜side 渚〜

 

僕は今、吉井君から手渡された本物のナイフを構えて鷹岡先生と向かい合っていた。

烏間先生と鷹岡先生のどちらが優れた指導者としてE組の訓練を担当するのか、今後のE組を左右する勝負に挑む生徒として選ばれたのが僕である。

 

「お前の目も狂ったなぁ、烏間。よりによってそんなチビを選ぶとは」

 

そんな指名されて対峙する僕を見て鷹岡先生は嘲笑うような表情を浮かべていた。まぁ僕に対する鷹岡先生の評価は妥当なものだと僕自身でもそう思う。

僕が先生の身体にナイフを当てるか寸止めすれば僕の勝ち。先生はハンデとして素手で僕を倒せれば先生の勝ち。それが今回決められた勝負のルール内容である。

正直に言えば、何で烏間先生がE組の中から僕を選んだのかは分からない。格闘術なら坂本君、武器術なら土屋君の方が客観的に見ても上だろう。吉井君だって格闘術・武器術ともに僕より上だし、その吉井君でさえさっき鷹岡先生と数瞬の攻防を繰り広げて打ち負けていた。僕なんかが真正面から戦っても勝てないのは明らかである。

それでも烏間先生が選んだのは僕だった。それに吉井君からはナイフだけじゃなくて意志も託されている。口に出して言われたわけじゃないけど、ナイフを手渡してきた時の吉井君の顔を見れば何となく分かった。本物のナイフなんて僕は使ったこともないけど、少なくとも神崎さんと吉井君がやられた分はやり返してみせる。

そこで僕は意気込みながら烏間先生のアドバイスを思い出していた。

 

《いいか、鷹岡にとってこの勝負は“戦闘”だ。見せしめとして自分の強さを見せつける必要がある。対して君は“暗殺”だ。強さを示す必要もなく、ただ一回当てればいい。そこに君の勝機がある》

 

確かに烏間先生の言う通りなら、鷹岡先生は最初から勝負を決めに掛かることはないだろう。実力差が目に見えている僕を瞬殺したところで見せしめにはならないからだ。つまりその最初こそが最大のチャンスであり、その隙を突くことができれば僕の勝ちである。

その隙をどう突けばいいのかは分からない。どう動けばいいのか、どう斬り掛かればいいのか。分からない……けど、烏間先生のアドバイスの中ではっきりと分かったこともある。

 

鷹岡先生は“戦闘”で、僕は“暗殺”だということ。

 

そうだ、そもそも僕と鷹岡先生では前提条件が違うんだ。鷹岡先生は戦って勝つ必要があるけど、僕は別に戦って勝つ必要なんて何処にもない。

 

 

 

 

 

ーーー殺せば勝ちなんだ。

 

 

 

 

 

悩みが晴れたことで自然と笑みが溢れ、僕は構えていたナイフを下ろした。そして何でもないかのように普通に歩いて鷹岡先生へと近付いていくことにする。

“ナイフを構える”という戦闘を彷彿させる姿勢なんて必要ない。相手との距離を詰めるのに特別な技術なんて必要ない。どう斬り掛かればいいのかなんて迷うまでもない。

そんな僕に対して鷹岡先生は構えたまま身動きすらせず、お互いの身体がぶつかるまで近付いても反応さえしない。

動かないんだったらちょうどいいや。僕は勝つためにーーー殺すために頸動脈へと狙いを定めてナイフを振るう。別に心臓でもよかったけど、邪魔な筋肉の少ない首の方が確実に殺せると思ったんだよね。

あ、躱された。惜しい、もうあと数ミリで殺せてたのに。あのタイミングで躱せるなんて、やっぱり鷹岡先生は強いなぁ。

でも先生は殺されかけたことでギョッとして体勢を崩してる。だったらそのまま転ばせて躱せないようにしよう。さっきは正面から斬り掛かったから躱されたんだ。背後に回って組み付き、目を覆って視界を奪い、顔を傾けさせて首を晒し、万全を期して確実に仕留めることにする。

 

 

 

「ーーー捕まえた」

 

 

 

そうして鷹岡先生の晒された首元にナイフの峰を当てる。これで僕の勝ち……なんだよね?烏間先生が何も言ってくれないんだけど……あれ、もしかして峰打ちじゃ駄目なのかな?

 

「そこまで‼︎ 勝負ありですよね、烏間先生」

 

僕が不安に思っていると、いつの間にか来ていた殺せんせーが勝ち鬨を上げてくれる。よかった、これで駄目なんて言われたらどうしようもなかったよ。

 

「まったく……本物のナイフで勝負をするなんて正気の沙汰ではありません。怪我でもしたらどうするんですか」

 

そう言って殺せんせーは僕からナイフを取り上げて食べてしまう。あ、それ土屋君の私物……まぁあとで土屋君が弁償代でも請求すればいいか。

取り敢えず勝てて一安心……といったところで僕は歓声を上げるE組の皆に囲まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

皆に囲まれて照れ臭そうにしている渚君だけど、皆はさっきの彼を見て何も思わなかったのだろうか?

実際に鷹岡先生と戦った僕には分かる。烏間先生よりは弱いんだろうけど、たった三ヶ月の訓練で鍛えた中学生からすれば大差ないほどの強さだった。それは間違いない。

しかし渚君はその鷹岡先生に打ち勝ってしまったのだ。いや、打ち勝ったって言うのは少し違うな。二人は打ち合ってすらいない。油断している鷹岡先生に警戒させず近付き、反応すらさせないで一方的にその油断を刈り取ったのである。

 

「渚君の動き、まさか……」

 

「あぁ、間違いねぇ」

 

僕の呟きを拾った雄二も同じ考えだったようで、厳しい表情のまま渚君を見ながら同意してきた。でも僕の考えが正しかったとして、その事実を素直に喜んでいいものなんだろうか。

相手に警戒させない自然な体運びでその懐まで入り込み、本番に物怖じすることなく狙いを定めて腕を振るう。普通の学校生活では絶対に発掘されることのない才能。

潮田渚君、一見して華奢な見た目の彼には……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スリの才能がある‼︎

 

 

 

 

 

「暗殺の才能とは……これはまた物騒な才能を秘めておったものじゃな」

 

「…………(コクコク)」

 

……あぁうん、そっちにも使えそうだよね。殺気を隠して至近距離まで近付いたりとか、本気で急所を狙ってナイフを振るえる思い切りの良さとか。

まぁ皆に囲まれながら笑っている渚君を見る限り、本人にそんな才能があるっていう自覚はあまりなさそうだ。暗殺教室(E組)にいれば才能が開花するのは時間の問題だと思うけど、その才能を活かすも殺すも全ては渚君次第である。僕らはそれを見守るしかないのだろう。

と、そこで渚君に負けて茫然自失としていた鷹岡先生が正気に戻った。しかし正気というには目が血走っており、息も荒く顔中の血管を浮かび上がらせている。

 

「このガキ……まぐれの勝ちがそんなに嬉しいか⁉︎ もう一回だ‼︎ 今度は油断しねぇ、心も身体も全部残らずへし折ってやる‼︎」

 

鷹岡先生は渚君に対して怒り心頭のようで、下手をすればすぐにでも襲い掛かりそうなほど余裕を失っていた。二人では地力に圧倒的な差がある分、本当に襲い掛かられたら一溜まりもないだろう。

そんな鷹岡先生に物怖じすることなく渚君は先生と向かい合う。

 

「……確かに、次やったら絶対に僕が負けます。でも僕らの担任は殺せんせーで、僕らの教官は烏間先生です。これは絶対に譲れません。……本気で僕らを強くしようとしてくれてたのは感謝します。でもごめんなさい、出ていって下さい」

 

あれだけ横暴な態度を取られて真摯に対応できる辺り、渚君も大人だよね。神崎さんといい、普段大人しい人ほど肝が据わってるというか……普通だったら逃げ出してるよ。

しかし既に沸点が振り切れている鷹岡先生に大人の対応をする余裕などなく、

 

「黙っ……て聞いてりゃ、ガキの分際で……大人になんて口を……」

 

言葉が途切れ途切れになるほど怒りが限界を迎えており、渚君の悪い言葉だけを聞き取ったらしい先生は枷が外れたように襲い掛かった。

不味いッ‼︎ と僕が思った時にはいつの間にか飛び出していた烏間先生の肘打ちが鷹岡先生の顎に決まっていた。そして鷹岡先生は仰向けに倒れ込む。一撃って……やっぱ烏間先生強ぇ。

 

「……俺の身内が迷惑を掛けてすまなかった。後の事は心配するな。俺一人で君達の教官を務められるように上と交渉する。いざとなれば銃で脅してでも許可をもらうさ」

 

烏間先生の言葉で皆の顔に笑顔が浮かぶ。この先生はやると言ったら必ずやるだろう。見たこともないけど上司の方、下手に断らない方が身のためですよぉ。

それを聞いていた鷹岡先生が上体を起こしながら烏間先生に反発する。

 

「くっ……やらせるか、そんなこと。俺が先に掛け合って……」

 

 

 

「交渉の必要はありません」

 

 

 

と、そこに理事長が姿を現した。それによってさっきまでの祝勝ムードが淀み始める。だからどうして理事長が出てくるだけでこんなにも絶望感が漂うのか……

悠然とした足取りで歩いてくる理事長に殺せんせーが問い掛ける。

 

「……ご用は?」

 

「経営者として様子を見に来ました。新任の先生の手腕に興味があったのでね」

 

鷹岡先生の手腕って、今のところ暴力振るって渚君に打ちのめされて烏間先生に殴り倒されただけなんだけど……これを理事長はどう判断するのか。E組を蹴落とすことを考えれば鷹岡先生の方が都合は良さそうだが……

 

「でもね鷹岡先生、あなたの授業は非常につまらなかった。教育に恐怖は必要ですが、暴力でしか恐怖を与えることができないのならその教師は三流以下だ。負けた時点でそれの授業は説得力を完全に失ってしまう」

 

そう言って理事長は鷹岡先生の元まで歩いていき、懐から取り出した何かの紙にサラサラとペンで書き込んでいった。そしてその紙を先生の口に容赦なく突っ込む。うわぁ、有らん限りのドSが滲み出てるよ……

 

「解雇通知です。椚ヶ丘中学(此処)校の教師の任命権は防衛省(貴方方)にはありません。全て私の支配下だということをお忘れなく」

 

そのまま解雇通知だけを告げると理事長はグラウンドから立ち去っていった。もう存在が嵐と何も変わらないな、あの人は……でも今回はE組にとってプラスな判断だったため、正式な鷹岡先生のクビが決まったことで皆も喜びに沸き立つ。

そこで屈辱に顔を歪ませた鷹岡先生が立ち去る理事長を追い越して勢いよく駆け出していった。って呑気に見送ってる場合じゃない‼︎

 

「おいコラちょっと待て‼︎ 帰るんなら神崎さんに謝ってから帰れ‼︎」

 

すっかり展開に流されて話に入り込めなかったんだけど、流されすぎて神崎さんに謝らすことができなかった。流石に言い出すのが遅すぎたな、あの様子じゃ多分聞こえてすらいないだろう。

僕が神崎さん本人に諌められて落ち着いていると、中村さんと倉橋さんが烏間先生に何やら交渉を持ち掛けていた。

 

「ところで烏間先生さ。生徒の努力で体育教師に返り咲けたわけだし、なんか臨時報酬あってもいいんじゃない?」

 

「そーそー。鷹岡先生、そういうのだけは充実してたよねー」

 

(したた)かというかなんというか、二人ともちゃっかりしてるよね。昨日は放課後の遊びに誘って断られちゃったけど、この状況でそう言われたら烏間先生も断れないだろう。

ただまぁ先生も今日はそれなりに乗り気なようで、いつもの表情ながら小さく笑いを零すと二人の誘いに乗ってきた。

 

「……フン。甘い物など俺は知らん。財布は出すから食いたい物を街で言え」

 

烏間先生の奢りということで皆のテンションも更に上がる。よし、お言葉に甘えて僕も食べたいものを言うとしよう。あわよくば晩御飯の代わりにーーー

っとその前にやることがあった。少し時間は経ってるけどやっといた方がいいよね。

 

 

 

 

 

 

〜side 有希子〜

 

皆が体操服から着替えのために更衣室へ向かっている頃、私は明久君に連れられて保健室へと来ていました。そこでずっと動き回っている明久君に声を掛けます。

 

「明久君、私よりも明久君の方が痛いんじゃ……顔を膝で蹴られてるんだし、お腹だって……」

 

「大丈夫大丈夫、これくらい何ともないって。僕なんかよりも神崎さんの顔に傷とか残ったら大変じゃないか。少しでも冷やしといた方がいいよ」

 

保健室に来てから私はすぐベッドへと座らされて、明久君は殴られた私の頰を冷やすための保冷剤や保冷剤のカバーを探していました。

明らかに明久君の方が強く蹴られたり殴られたりしてると思うんだけど、そんなことは関係ないっていう感じで私を優先してくれています。まぁ私というよりは女の子を優先してくれてるんだろうな。明久君って女の子には特に優しいし。

お目当てのものが見つかったようで、明久君はカバーに包まれた保冷剤を持って近付いてきます。

 

「う〜ん、ぱっと見た感じだと腫れは引いてきてるけど……やっぱりまだ痛い?」

 

そうして座る私の正面に立った明久君は、壊れ物に触れるような優しい手付きで私の頰に手を添えてきました。さっきまで保冷剤を触っていたからか、明久君の手は冷んやりしていて気持ちいい。

だけど明久君の冷やされた手とは対照的に、私は思ってもいなかった彼の行動で顔が熱くなっていくのが分かりました。手を添えられたことで自然と私の顔は明久君の顔へと向けられます。

 

「え、あ、うん……もう痛みはそんなに、なんだけど……」

 

「ホントに?まだちょっと赤いような……」

 

「そ、それはまた別だから大丈夫……‼︎」

 

顔の赤みを指摘された私は思わず声を大きくして心配ないことを伝えました。誰のせいでこうなってると思ってるのかな。

 

「そう?ならいいんだけど……取り敢えず、はい」

 

でも明久君は純粋に私のことを心配してるだけで、本人はその行動が私に与える影響というものを自覚していません。こういうところは去年からあんまり変わってないよね。

私は差し出された保冷剤を受け取って頰に当て、改めて明久君にお礼の言葉を言います。

 

「……明久君、ありがとね」

 

「別にいいよ、これくらい」

 

「ううん、違うの。そっちもだけど、私が殴られた時に鷹岡先生に向かっていってくれたでしょ。そのお礼もまだ言えてなかったから」

 

あの時は一触即発の空気のまま鷹岡先生と渚君の勝負、その決着まで行ったため明久君にお礼を言うタイミングがありませんでした。それから連れられるままに保健室まで来たからずっとお礼を言いそびれていたの。

しかし私の言葉を聞いた明久君は苦笑を浮かべて首を横に振ります。

 

「それこそ僕は何もしてない……ううん、何もできなかったよ。渚君がいなかったら本当にどうなってたか……」

 

「そんなことない。明久君が何もできなかったなんてことないよ。鷹岡先生に真っ先に立ち向かってくれたじゃない。怒ってくれて私は嬉しかったし、その……凄く格好良かったと思う」

 

自分を卑下する明久君に私は被せるように言葉を紡ぎました。最後だけは少し恥ずかしくて(ども)っちゃったけど、そう思ったのは本当なんだから仕方ありません。

確かに結果だけを見れば明久君は何もできなかったのかもしれない。でも他人のために行動した明久君をそう評するのは本人でも納得できませんでした。行動することができる、それだけでも私は凄い才能だと思います。

 

「な、なんかそう改まって言われると照れちゃうなぁ……うん、まぁ僕にも何かできたんなら良かったよ」

 

私の言葉で明久君は頰を掻きながら照れ臭そうに笑っていました。こういうのは言った方も言われた方もなんだかんだで恥ずかしいよね。

少しぎこちない空気になった私達でしたが、目的だった保冷剤が見つかったので保健室を後にします。皆を待たせてることだし、早く着替えて街に繰り出すとしましょう。今日も色々とありましたが、放課後は楽しく過ごせそうです。




次話
〜プールの時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/25.html



殺せんせー「これにて“才能の時間”は終了です。皆さん楽しんでいただけましたか?」

渚「殺せんせー、久しぶりの後書き登場だね。僕は楽しかったというよりも真剣勝負でちょっと疲れたなぁ」

明久「っていうか渚君、普通に怖いよ……ナイフを振るうのって危ないんだからね?」

渚「原作で坂本君(友達)相手に包丁を突き刺そうとしてた吉井君に言われたくないよ……それに本気で振らなきゃ鷹岡先生相手には通用しなかっただろうし」

殺せんせー「まぁ誰も大怪我をしなかったのは幸いでしたが、吉井君と神崎さんが怪我をした時は間に合わなかったので申し訳ないです」

明久「そこは原作でも出掛けてたんだから仕方ないですよ。というか殺せんせーが帰ってくる前に決闘が始まって出るタイミングも逃してたでしょうし」

渚「結果としてナイフ取り上げて食べただけだもんなぁ」

殺せんせー「なんかそう言われると先生、物凄い役立たずみたいなんですが……もちろん裏側で烏間先生とやり取りしてましたからね?」

明久「要するに原作以下ってことですか?」

殺せんせー「身も蓋もない言い方をしますね⁉︎ 他にも吉井君と神崎さんの保健室でのやり取りも盗み見てましたよ‼︎」

明久「あんたはいったい何してんだ⁉︎」

渚「神崎さん、色々と気の毒だなぁ。無自覚な吉井君の態度にドギマギさせられて、それを殺せんせーにゴシップされるなんて」

殺せんせー「渚君、君も吉井君と似たようなものですよ?」

渚「え、何がですか?」

殺せんせー「本人に自覚なし……二人とも主人公(鈍感)ですねぇ」

明久「よく分からないけど……まぁいいや。それじゃあ今回はこれくらいで」

渚「うん、次回の話も楽しみにして待っててね‼︎」





神崎「何とかして殺せんせーを殺せないかなぁ」

茅野「神崎さんが物凄い物騒なこと言ってる⁉︎」

奥田「いったい何があったんでしょうか……?」


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プールの時間

鷹岡先生との一件を終えてから数日が経った。あれから特に何か政府からアクションがあったということもなく、体育教師は烏間先生のまま変わらぬ日常を過ごせている。

そんな僕らを囲む環境は変わってきており、けたたましい蝉の鳴き声や聳え立つような入道雲などといった、真夏の風物詩とも呼べるものがE組の周りを彩っていた。灼けるような日差しにうだるような暑さ、こういう日は外に出ず部屋の中でゆっくりしたい……という意見も多いことだろう。だだし、

 

「暑ッぢ〜……地獄だぜ、今日びクーラーのない教室とか……」

 

その意見は前提に“クーラーの効いた涼しい部屋”という条件を満たしていればの話である。三村君が愚痴を零しているように、劣悪な環境を強いられているE組にクーラーなどといった文明の利器は存在しない。人工知能()のような世界最先端の文明の利器はあるってのにね。

そんな授業中でも暑さにだれている皆を見て殺せんせーから注意が入る。

 

「だらしない……夏の暑さは当然のことです‼︎ 温暖湿潤気候で暮らすのだから諦めなさい。ちなみに先生は放課後には寒帯に逃げます」

 

「ずりぃ‼︎」

 

ちなみにE組の誰よりも注意している先生が一番だれていた。教卓に寄り掛かって身体は動かさず、触手だけを伸ばして授業を進めている状態だ。

そんな皆の怠さを振り払うように倉橋さんが元気な声を上げる。

 

「でも今日プール開きだよねっ‼︎ 体育の時間が待ち遠しい〜」

 

「……いや、そのプールがE組(俺ら)にとっちゃ地獄なんだよ」

 

しかしそれも木村君によって否定されてしまう。というか彼女は知らないのだろうか?

当然ながら旧校舎であるE組にプールはない。つまり本校舎まで炎天下の山道を下りてプールに入りに行かなければならないのだ。そしてプール疲れした身体でまた山道を登る必要があるという……いつの時代の奴隷だと言いたくなるような強行軍である。

 

「うー……本校舎まで運んでくれよ、殺せんせー」

 

近い未来にある炎天下の強行軍を想像して殺せんせーに助けを求める前原君。そうだ、こういう時に先生のマッハを活用しないで何時活用するんだ。殺せんせー、僕達のために馬車馬のように働いてください。

 

「んもー、しょうがないなぁ……と言いたいところですが、先生のスピードを当てにするんじゃありません‼︎ 幾らマッハ二十でも出来ないことはあるんです‼︎」

 

「えー、でも渚君やカルマ君はハワイまで運んだっていうじゃないですか」

 

暗殺のため以前に律が分析した殺せんせーの動きを教えてほしいと頼んだ時、参考程度にということで殺せんせー視点での動きも見せてもらったことがある。

この映像はどうしたのかと彼女に訊いたら、ハワイに向かう中で渚君の端末から撮影したものだと教えてくれた。少なくとも先生のマッハ二十で出来ないことに“人を運べない”ってことはないはずだ。

 

「あれは私が行くついでです。その後に課題も出しましたし、便利なものに頼ってばかりでは誰も成長できません」

 

やっぱり楽しようとするのは駄目なんだなぁ。生徒の成長を促すことと生徒を助けることは似てるようで違うってことか。

 

「……でもまぁ気持ちは分かります。仕方ない、全員水着に着替えて着いてきなさい。そばの裏山に小さな沢があったでしょう。そこに涼みに行きましょう」

 

だけどなんだかんだで殺せんせーも生徒(僕ら)には甘い。暑さで勉強に身が入っていないことを考えたのか、授業を早めに切り上げて涼みに行くことを提案してくれた。

その提案を断る人なんているはずもなく、僕らは言われた通り水着に着替えて裏山に入っていく殺せんせーの後を着いていくことにする。

 

「裏山に沢なんてあったんだ」

 

その道中で速水さんの声が聞こえてきたが、普段から裏山に入らないような人は知らなくても仕方ないだろう。なんせ足首まであるかどうかといった深さと跨げるほどの幅しかないような小さな沢だ。精々が軽く水遊びできる程度だろう。

まぁそれでも水遊びが出来るだけマシだと思っていると、前を歩いていた殺せんせーが立ち止まって僕らの方へと振り返る。

 

「さて皆さん‼︎ さっき先生は言いましたね、マッハ二十でも出来ないことがあると。その一つが君達をプールに連れていくことです。残念ながらそれには一日掛かります」

 

殺せんせーの言葉に僕は首を捻ってしまう。どうして僕らをプールに連れていくだけで一日も掛かるんだ?

そう思ったのは僕だけじゃなかったようで、クラスの皆が思ったことを磯貝君が言葉にする。

 

「一日って大袈裟な……本校舎のプールなんて歩いて二十分ーーー」

 

「おや、誰が本校舎に行くと?」

 

磯貝君の指摘を遮って殺せんせーが言葉を被せてきた。そうして聞こえてくるのは涼しげな水の流れる音……水の流れる音?

と、ここで違和感を覚えた。さっきも言ったけど裏山にある沢は本当に小さな沢だ。でも耳に入ってくる水の流れる音は明らかに大きなもので……草木の間から水面を反射するような光も見えてきた。

皆もその違和感に気付いたらしく、誰かが駆け出したのに続いて反射する光の方へと向かう。草木の間を抜けたそこには小さな沢など見当たらず、余裕で潜れるような深さと泳げるような幅のある岩場に囲まれた水場があった。端の方にはコースロープでレーンが二つほど作られており、まさしく自然の中に作られたプールである。

 

「なにせ小さな沢を塞き止めたので、水が溜まるまで二十時間‼︎ バッチリ二十五mコースの幅も確保。シーズンオフには水を抜けば元通り。水位を調節すれば魚も飼って観察できます」

 

なるほど、確かにマッハ二十でダムを作ることは出来ても沢の流れを速くすることは出来ないだろう。

やっぱり殺せんせーは僕らに甘い。必要以上に手を貸して楽をさせてくれることはないけど、必要だと判断すればプールでさえも作ってくれるんだから。

 

「制作に一日。移動に一分。あとは一秒あれば飛び込めますよ」

 

先生の言葉によって皆は羽織っていたジャージを脱ぎ捨て、暑さなんか忘れて勢いよくプールへと飛び込んだ。

準備の良いことに浮き輪やビート板、ビーチボールなどといった一通りのプールで遊べるものは用意されている。もう授業じゃないと思うけど気にせず存分に楽しませてもらおう。

 

 

 

 

 

 

二つのレーンを使って競泳したりビーチバレーをしたり、皆は好きなように遊んでプールを満喫していた。こればっかりは本校舎に通っていたら味わえなかった楽しみだろう。殺せんせー様々(さまさま)である。

 

「うぅ、楽しいけどちょっと憂鬱……泳ぎは苦手だし、水着は身体のラインがはっきり出るし」

 

浮き輪でプールを漂っている茅野さんがテンション低めに気持ちを漏らしていた。確かに彼女は身体も胸もバストも小さいけど、そこまで過敏に気にしなくていいと思うんだよなぁ。

 

「大丈夫さ、茅野。その身体もいつか何処かで需要があるさ」

 

「……うん、岡島君。二枚目面して盗撮カメラ用意すんのやめよっか」

 

そんな茅野さんに岡島君がカメラを用意しながら声を掛けているが、その台詞はいつか何処かじゃないと需要がないってことと同義ではないだろうか?

しかし岡島君がカメラを用意する手を止めることはない。

 

「何言ってんだ。土屋なんてもう撮影を開始してんだぞ?俺も負けてらんねーぜ」

 

「え、何処⁉︎ いつの間に⁉︎」

 

岡島君からの情報を受けて茅野さんは周囲を見回すが、見える範囲にムッツリーニの姿は見つけられなかったようだ。このシチュエーションで奴を探すんだったら……見つけた。木の上から望遠カメラを駆使して鼻にティッシュを詰めつつ撮影に勤しんでいる。鼻血の痕が点々と続いてるから探す時には分かりやすい。

と、思い思いにプールを楽しんでいるところにピピピピーッ‼︎ というホイッスルの音が響き渡った。

 

「木村君‼︎ プールサイドを走っちゃいけません‼︎ 転んだら危ないですよ‼︎」

 

その発生源は監視台の上に陣取っている殺せんせーである。 まぁ殺せんせーには先生として監督義務があるから、多少厳しくても危険に繋がる行動は注意しなければならないのだろう。

 

「原さんに中村さん‼︎ 潜水遊びは程々に‼︎ 長く潜ると溺れたかと心配します‼︎」

 

……ま、まぁ言ってることは間違ってないよね。何ともないと思ってた行動が油断や思わぬ事故で危険になることもあるし。ただちょっと過保護というか細かすぎるというか……

 

「岡島君と土屋君のカメラも没収‼︎ 狭間さんも本ばかり読んでないで泳ぎなさい‼︎ 菅谷君‼︎ ボディアートは普通のプールなら入場禁止ですよ‼︎」

 

…………こ、小うるさい……もう危険どうこうじゃなくてプールの過ごし方にまで口出ししてるし。いるよねー、自分が作ったフィールドの中だと王様気分になっちゃう人。あとは鍋奉行とか、楽しい時に仕切られると少し白けちゃうんだよな。本人は自分の思い通りになって満足なんだろうけど。

 

「ヌルフフフフ。景観選びから間取りまで自然を活かした緻密な設計。皆さんには相応しく整然と遊んでもらわなくては。……それはそうと、渚君に木下君。どうして君達だけ皆さんと水着の種類が違うんです?」

 

そんな殺せんせーの素朴な疑問に渚君と秀吉はサッと目を逸らして黙り込む。二人は先生が指摘したように一般的な学校指定の水着ではなく、サーファーが着るような半袖半パン丈のウェットスーツ型の水着を着ていた。

ただし決して校則違反というわけではなく、それらは学校側が特例として二人に着用義務を課した指定水着なのだ。その理由も椚ヶ丘中学校の人間ならば新入生を除いて大多数が知っていることだろう。

 

「そっか、殺せんせーは知らないんだね。あの血塗られた惨劇……“血のプール事件”を……」

 

「あれは死人が出てもおかしくなかったな……」

 

僕と雄二は当時のことを思い出して辟易とした気分になる。

平和な学校生活の中、二年生のプール開きの日に起こった大事件。水面を朱色に染める大量の血と、息も絶え絶えに死の淵を彷徨う一人の生徒。救急車を呼ぶほどの大事にまで発展し、事態を重く見た学校側が対応に乗り出した。その対応策こそが……渚君と秀吉の水着変更である。

 

「ぶっちゃけると土屋が渚君と木下の水着姿を見て出血多量で死にかけたんだよね」

 

「しょーもなっ‼︎ 吉井君のモノローグに対して事件の真相しょーもなっ‼︎」

 

カルマ君が要約して話した内容を聞いた殺せんせーは愕然としていた。ムッツリーニらしいと言えばらしいけど、当時は大変で別クラスだった僕と雄二も放課後に病院へと駆けつけたものだ。病院で真相を聞いて脱力したのは言うまでもない。

一年生の時はクラスも合同体育もムッツリーニと二人は別だったから問題なかったものの、二年生の時は秀吉と同じクラスで渚君とは合同体育で同じだったからこそ起こった惨劇である。学校側の対応が早かったこともあって同じ事件はあれ以来起こっていない。というか何回も起こってたまるか。

 

「つーか殺せんせー。あんた、水が苦手なのに俺達に水場を与えてよかったのか?」

 

ふと雄二が殺せんせーに気になることを問い掛けていた。それは僕も思っていたことである。

今のところ分かっている殺せんせー最大の弱点は水だ。少しの水だったら先生は粘液で防げるみたいなんだけど、流石にこれだけ大量の水があれば粘液でも防げない……と思う。実際に粘液の限界を知らないから確証はないけど。

でも殺せんせーは雄二の問い掛けを全く気にしていない様子だった。

 

「ヌルフフフフ。自分の保身を考えて生徒に必要なものを用意しないなど先生失格です。もちろん暗殺に利用してくれても全然構いませんよ。まぁたとえ水を使われたところでそう簡単には殺られませんがねぇ」

 

確かに大量の水があることと大量の水を使えることは話が別だろう。結局は人力で、または工夫を凝らしてどれだけ大量の水を扱えるかどうかが重要なのだ。

一番手っ取り早いのは殺せんせーをプールに突き落とすか引き摺り込むか、とにかく全身を水に浸からせることが出来れば確実に弱体化を狙えるはず。いやまぁマッハ二十の先生相手ではそれが一番難しいことでもあるんだけどね。

と、プールの活用法について考えていたところでちょっとした事故が起こった。

 

「あ、やばっ‼︎ バランスがーーーうわっぷ⁉︎」

 

慌てたような声とともに水飛沫の上がる音が聞こえてきたので振り向くと、そこには浮き輪で漂っていたはずの茅野さんがひっくり返っている姿が目に入る。そして彼女は水面から顔を出すと手足をばたつかせてーーーってまさか泳ぐの苦手って言ってたけど全然泳げないの⁉︎ なんで一人で足の着かない深さの場所まで行ってんだよ‼︎

 

「ちょ、馬鹿‼︎ 何してんだ茅野‼︎」

 

「背ぇ低いから立てねーのか‼︎」

 

周りにいた皆も異変に気付いたらしく急いで彼女の元に駆け寄ろうとするが、溺れている場所まで離れているため近場にいた人でも少し時間が掛かりそうだ。

 

「か、茅野さん‼︎ この麩菓子(ふがし)に掴まって……‼︎」

 

「そんなもんに掴まれるかっ‼︎ 先生はさっさと触手を伸ばしてください‼︎」

 

何故か泳げもしないのにビート板を持ってるから雰囲気作りかなんかだと思ってたけどビート板型の麩菓子かよ‼︎

宛にならない殺せんせーを無視して僕も飛び込もうとしたところで、別の場所から誰かが飛び込む音が聞こえてきた。そちらの方へ視線を向けると、綺麗なクロールで見る見るうちに茅野さんの元へと泳いでいく片岡さんの姿が目に入ってくる。おぉ、凄く速い‼︎ あっという間に彼女の元へと辿り着いた‼︎

その後に浅い場所まで泳いで連れていくのも完璧である。こうしてちょっとした事故はあったものの、イケメグのおかげで事なきを得ずに今年初のプールを終えられたのだった。




次話
〜仕込みの時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/26.html



中村「はい、これで“プールの時間”は終わりだよ。皆も楽しんでくれた?」

渚「……ねぇ、僕帰ったら駄目かな?このメンバーで話すことって決まってると思うんだけど」

秀吉「渚よ、諦めろ。ワシだって出来ることならスルーしたい」

中村「で、あんたらって本当のところ男なの?女なの?」

渚「ほらやっぱり‼︎ 中村さんが呼ばれた時点でその質問来るって思ってたよ‼︎」

秀吉「正真正銘、生物学上でも戸籍上でも男じゃ」

中村「でも水着じゃ確認できなかったからなぁ。“第三の性別”扱いってことはないの?」

渚・秀吉「「ない」」

中村「そっかー、まぁ木下は原作よりマシな扱いだからまだいいんじゃない?」

秀吉「そうじゃの。明久はワシのことを一応男として扱っておるし、原作よりも女扱いされることは少ないぞい」

渚「その分の皺寄せが僕の方へ来てるように感じるのは気のせいかな?原作では普通にトランクスタイプの水着を着てたのに僕も木下君と同じ扱いされてるし」

中村・秀吉「「気のせいでしょ/気のせいじゃな」」

渚「……あれ、もしかして今回僕一人だけがアウェーなの?」

中村「っていうか木下達って同じクラスじゃなかったのね。てっきり四人とも三年間同じクラスなんだと思ってたわ」

秀吉「うむ、クラス替えでそう都合良く全員一緒というわけにはいかんじゃろう。四人揃ったのはE組が初めてじゃ」

渚「その辺の話も番外編でされたりするのかな?」

秀吉「さぁの、そればっかりはワシにも分からん。もしかしたらちょっとした回想程度で終わるかもしれん」

中村「つまり伏線は張ったけど今のE組には深く関わらないから話をするかどうかは気分次第ってことでOK?」

秀吉「また身も蓋もない言い方を……まぁそういうことじゃな。仮にやるとしても当分先じゃろ。所謂(いわゆる)お楽しみに、というやつじゃ」

渚「そっか。それじゃあそろそろ後書きの方も終わりにしよっか」

中村「そうね。番外編もだけど、まずは次回の話を楽しみにして待っててちょうだい」





茅野「吉井君、私について何か失礼なこと考えてなかった?胸が小さいって二回も言われたような気がするんだけど?(触手にゅるん)」

明久「ななな何も考えてないよ‼︎ だからその触手を仕舞ってください‼︎」


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仕込みの時間

プール開きがあった日の放課後。珍しく片岡さんからの呼び掛けがあってクラスの大多数が集まっていた。彼女も僕らと同じくプールを暗殺に利用しようと考えていたらしく、皆に自身の暗殺計画を話してくれる。

 

「この夏の間、どこかのタイミングで殺せんせーを水中へと引き込む。それ自体は殺す行為じゃないからナイフや銃よりは先生の防御反応も遅れるはず」

 

うんうん、僕もそれは考えてた。殺せんせーを確実に弱体化させるには全身を水に浸からせるのが一番手っ取り早いからね。

 

「そしてふやけて動きが悪くなったところを、水中で待ち構えてた生徒がグサリッ‼︎ その時に水中にいるのが私だったらいつでも任せて。髪飾り(バレッタ)に仕込んだ対先生ナイフで殺れる準備は出来てる」

 

うんうん、それでそれで?…………え、終わり?肝心の殺せんせーを水中に引き込む方法は?

雄二も僕と同じ疑問を覚えたようで、片岡さんの暗殺計画に対して問いを投げ掛ける。

 

「計画そのものは妥当なもんだと思うが、その水中に引き込むってのが一番の難関だぞ。それも水が弱点なのを俺達に知られてるって分かった上でだ。何か手はあるのか?」

 

彼女の作戦は殺せんせーを水中に引き込むことが大前提の暗殺だ。その要である水中に引き込む手段があるのであれば教えてもらいたい。

しかし雄二の問い掛けに片岡さんは首を横に振る。

 

「残念ながら具体案はないわ。寧ろ何か手はないか訊くために皆に集まってもらったところもあるの。仮に坂本君だったらどうやってプールを暗殺に利用する?」

 

「ん?そうだな……プールを爆破して爆風で水をぶっ掛ける。水中に引き込むことは難しいだろうが、水辺に呼び出すくらいは殺せんせーなら簡単に応じてくれるはずだ」

 

確かに携帯で呼び出せば暗殺されに来てくれる殺せんせーだったら、たとえ水辺に呼び出したとしても当たり前のように来てくれるだろう。

っていうか雄二は暗殺に爆弾ばっかり使ってるな。お手軽で広範囲に攻撃を仕掛けられて便利なのは分かるけど、こうも毎回利用してたらそのうち爆弾狂って言われるんじゃないか?

 

「つっても以前教室でやった暗殺の二番煎じだからな。屋外だしたとえ囲んでも上空に逃げられるのがオチだろ」

 

でも雄二は肩を竦めながら自分で言った作戦を否定した。まぁあの作戦は教室の中で逃げ場がないことが条件だったからなぁ。そもそも殺せんせーは爆風より速く動けるんだから開けた場所では仕留めようがない。

雄二の返答を聞いた片岡さんだったが、しかしそれでも頭を悩ませている様子はなかった。恐らく具体案が出てこないというのは想定していた範囲内なのだろう。

 

「今のところ上策はないって感じね……一先ず殺せんせーに水場の近くで警戒心を起こさせないことを念頭に置いて水殺の隙を窺うわ。夏は長いんだし、じっくりチャンスを狙っていきましょう‼︎」

 

取り敢えず暗殺の方向性を決めておいて今回の集まりはお開きとなった。そう簡単に有効な暗殺なんて思いつかないよね。

各々で自由に解散して帰り道を歩いていき、自然と周りにはいつものメンバーしかいなくなる。そうして周りの目がなくなったところで雄二は話を切り出した。

 

「ムッツリーニ、殺せんせーにバレれないよう()()の設置を頼む。設置位置は追って判断させる。準備が出来次第、暗殺決行だ。()()()()にも話は通しておく」

 

「…………(コクリ)」

 

言われたムッツリーニは黙って頷く。が、僕と秀吉は二人で顔を見合わせて首を傾げた。え、何その計画。僕らは知らされてないんだけど。

 

「雄二よ、暗殺計画はないのではなかったのか?」

 

「いや、構想自体は一ヶ月前から練ってたぞ。ただその構想を活かせる環境が揃わなかっただけだ。計画がないとは一言も言ってねぇ」

 

秀吉の疑問を雄二は何食わぬ顔で否定した。っていうか一ヶ月前って……随分前から計画を立てていたらしい。でも一ヶ月前から練っていた計画をこのタイミングで実行するってことは……

 

「雄二の言う環境ってプールのこと?でもさっき片岡さんの質問にプールは使えないって……」

 

「いや、必要な環境ってのは水辺のことだよ。今回の暗殺にプールは使わない」

 

そういえば確かに片岡さんは“どうやってプールを暗殺に利用する?”って訊いただけで、雄二に暗殺計画があるかどうかは訊いてなかったな。日本語って難しい。

 

「お前らに話さなかったのは準備段階で話す必要がなかったからだ。前回もそうだったろ。だが暗殺するとなると俺達四人は揃っといた方が殺せんせーに()()()()()()()()()()。つーわけで二人には今から暗殺計画の概要を説明していくぞ」

 

内容を知らない僕と秀吉に対して雄二から二度目の暗殺計画が話された。前回はお手軽だったのに、今回は随分と手が込んでるなぁと思うのはきっと僕だけではないだろう。

何はともあれ明日から暗殺準備開始だ。絶対に殺せんせーに気付かれないようにしないと。

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後、僕らは早速準備に取り掛かることにした。まずはプール周辺の下見をしっかりとして()()の最適な設置位置を確かめないといけない。まぁそれを判断するのは僕じゃないけどね。

というわけでプールまでやってきた僕らだったんだけど、僕らよりも先に片岡さんがいてプールを使っていた。あとプール脇には渚君と茅野さんもいる。

 

「あれ、三人とも何してるの?」

 

僕に声を掛けられて気付いたのか、側で片岡さんの泳ぎを見学していた二人が振り返った。二人も僕らを見て目を丸くしてたけど、僕の問い掛けに答えてくれる。

 

「片岡さんが泳ぎの練習をするっていうから、僕と茅野はその付き添い」

 

「そっちこそ四人でどうしたの?水着でもないし、泳ぎに来たってわけじゃないよね?」

 

渚君が答えた後に茅野さんが聞き返してきた。まぁその疑問は至極もっともなものだろう。逆の立場だったら僕だって聞き返してるところである。

 

「いやなに、ちょっとした暗殺計画の下見だ。プールは使わねぇから気にしないでくれ」

 

茅野さんの疑問には雄二が答えていた。いや、そんなあっさりと暗殺計画のことを言ってもいいの?ほら、二人も雄二の言葉を聞いて呆気に取られてるじゃない。

 

「暗殺計画って……殺せんせーを殺すための作戦があるの?」

 

「実際に殺せるかどうかは別だがな。せっかく殺せんせーが作ってくれた環境を有効活用しない手はねぇ」

 

「そうですよ、授業でも暗殺でも大いに活用してください。使えるものは何でも使っていかないと先生は殺せませんからね」

 

雄二の考えに殺せんせーが同意する。まぁ僕も使えるものは雄二だろうが殺せんせーだろうが使ってーーー

 

「こ、殺せんせー⁉︎」

 

いきなり現れた殺せんせーに僕らは驚きを隠せなかった。っていうか神出鬼没すぎる。会話の割り込み方が自然過ぎて反応に遅れてしまったほどだ。

しかしこれは不味い。会話の流れからして確実に雄二が暗殺を企てていることは聞かれただろう。このままじゃ一ヶ月前から練ってたっていう計画が台無しにーーー

 

「お、ちょうどよかった。殺せんせー、暗殺の仕込みをするから暫くプール付近に近寄らないでくれないか?」

 

とか思っていたら張本人が堂々と暗殺の企みをバラしていた。

 

「え、それ言っちゃっていいの⁉︎」

 

「別に暗殺の企みがバレたところで問題はない。問題なのはその内容がバレることだ。だったら殺せんせーに話して離れてもらった方が都合がいい。暗殺から逃げるような先生じゃねぇからな。だろ?」

 

動揺する僕を余所に雄二は自信たっぷりの勝ち気な笑みを浮かべて殺せんせーに問い掛ける。対する殺せんせーも笑みを深くして雄二に応えていた。

 

「えぇ、私はいつでも皆さんからの暗殺は大歓迎です。向き合うべき生徒から逃げるなんてとんでもありません。殺されない自信もありますしねぇ」

 

二人して笑みを浮かべ合う雄二と殺せんせーを僕らは若干引いて見守っている。というかこの二人の間に入り込みたくない。既に心理戦でも始まってるのか、二人して何を考えてるか全然分かんないんだもん。

と、そこでプール脇に置かれていた端末から律の声が聞こえてきた。どうやら片岡さんの水泳タイムを計っていたらしい。律も皆に頼られて大変だなぁ。尤も本人は皆の力になれて嬉しそうにしてたけど。

 

『片岡さん、多川心菜という方からメールです』

 

「……あー……友達。律、悪いんだけど読んでくれる?」

 

……?なんか片岡さん、雰囲気が暗いような……いつものキリッとした様子もないし……

そんな本人の様子はともかく、片岡さんからメールを読むようにお願いされた律は笑顔で了承する。

 

『はい。……“めぐめぐげんきぃ〜(^^)v じつゎまたべんきょ教えて欲しいんだ〜♡ とりま駅前のファミレスしゅ〜ご〜(ゝ。∂) いぇー☆彡☆彡☆彡”……以上です。知能指数がやや劣る方と推察されます』

 

「こらこら」

 

律の天然毒舌は本人に悪気がない……というよりも人工知能として客観的に見たものだから否定しづらい。いやまぁ律の演じた内容を聞く限りでは否定する要素もない感じだけどさ。

メールの文面を聞いた片岡さんは目を閉じて考え込んでいる。

 

「…………分かった。“すぐ行くd(^_^o)”って返しといて」

 

「承知しました」

 

そう言うと片岡さんはプールから上がってタオルと上着を手に取った。呼び出された友達のところへ行くことにしたようだ。

 

「じゃね、皆。私ちょっと用事が出来ちゃったから帰るわ。坂本君達も暗殺の仕込み頑張ってね」

 

そう言って片岡さんはプールから立ち去っていく。でもやっぱり普段の彼女とは違う様子に僕だけじゃなく皆も違和感を感じていたらしい。それぞれに疑問を口から漏らしていた。

 

「どうしたんだろ、急に」

 

「うん、友達と会う割には暗い顔だね」

 

「本当は友達って思ってねぇんじゃねぇか?名前聞いた時に口籠ってたしよ」

 

「そこまで親しくない友達……元クラスメイトといったところではないか?」

 

「…………元クラスメイトだとしてもあの反応はおかしい」

 

しかしこれと言ってしっくり来る理由は思い当たらない。う〜ん、何か色々と事情がありそうだなぁ。だけど片岡さんの悩みって全然聞いたことがないから想像がつかなかった。

 

「少し様子を見に行きましょうか。しっかり者の彼女なだけに心配ですね。皆から頼られている人は自分の苦しみを一人で抱えてしまいがちですので」

 

そこで殺せんせーが片岡さんに着いていくと言い出した。まぁ先生の性格を考えたら生徒の悩みを気にするのは当然か。その提案に渚君と茅野さんも同意する。

僕らも片岡さんのことは心配だったけど、人数が多過ぎたら見つかるということで三人に行ってもらうことにした。僕らにも暗殺の準備があることだし、あとで事の顚末だけでも聞かせてもらうことにしよう。

 

 

 

 

 

 

暗殺の準備を開始してから一・二時間が経った頃。他の場所へと下見に行っていた人達からも報告があり、そのポイントを元にして()()の設置を進めていたところで僕の携帯がメールの通知を告げた。

誰からだろうと思いながら携帯を取り出して画面を見ると、そこには先ほど別れたばかりの殺せんせーからと画面に示されている。

 

「あ、殺せんせーからだ。何か分かったのかな?」

 

メールを開いて内容を確認すると、そこには僕らと別れてからの話が要点に纏められていた。

片岡さんが去年クラスメイトだった友達に泳ぎを教え、海へ行ったその友達が溺れて死にかけたから償いをしろということで勉強を教えさせられていたらしい。しかも溺れた原因は本人が泳ぎの練習をサボったからとか……完全な自業自得である。というか話を聞いたってことは結局見つかったのね。

それからこれからの行動についても書かれていたので雄二に確認を取ることにした。

 

「雄二、殺せんせーが今夜プールを使いたいって言ってるんだけどいいかな?」

 

「あん?今夜って……何に使うんだよ?」

 

「なんか泳ぎの練習をするんだってさ。片岡さんが言ってた友達の」

 

その友達が溺れたのは自業自得だと思うけど、面倒見がよくて責任感の強い片岡さんは相手のことを放り出せなかったらしい。それで今回のようなテストの度に勉強を教えさせられており、自ずと片岡さん自身の勉強が疎かになって彼女はE組へ落とされたとか。

だから殺せんせーの提案でその友達に改めて泳ぎを教えることになったそうだ。それがプールを使いたいという理由である。

 

何故(なにゆえ)わざわざ夜に行うのじゃ?普通に昼間やればよいではないか」

 

「…………(コクコク)」

 

その理由を聞いて今度は秀吉とムッツリーニからも疑問の声が上がった。もちろんその理由もメールには書かれている。

 

「なんか殺せんせーが泳ぎを教えるらしいんだ。でも先生の存在がバレるわけにはいかないから拉致して暗示掛けて夜通し泳がせて疲れさせて、殺せんせーのことや泳ぎの練習自体を夢だと思わせるらしいよ」

 

「思いっきり犯罪行為じゃねぇか。つーか殺せんせー、水が弱点なのに泳ぎを教えられるのかよ?」

 

「さぁ?まぁ教えるって言ってるんだから教えられるんじゃないの?」

 

寧ろあの先生に出来ないことの方が思いつかない。弱点の水だってなんとか出来るみたいだし、準備する時間さえあればなんでも出来そうだ。

 

「それで、今夜プールを使いたいんだったか……別に暗殺の実行を急ぐ理由もねぇから構わないぞ。そもそも俺らのプールじゃねぇし、使いたいっていうなら使わせてやらないとな」

 

まだ仕込みは全部終わってないけど、切りのいいところで今日の作業は終わりとなった。仕込みの段階で気付かれるようなら暗殺は難しいということで、殺せんせーにプールを使わせて気付かれるかどうかのテストも兼ねるらしい。何事もタダでは済まさない奴だなぁ。

で、次の日に確認したけど特に気になることはなかったとのことだった。その友達も泳げるようになって片岡さんが責任を感じる必要はなくなり、殺せんせーが仕込みに気付かなかったことで暗殺成功の確率も上がって万々歳である。

このまま順調に進んでいけば暗殺計画の実行もすぐだろう。ただし途中で先生に仕込みが気付かれたら計画は水の泡だ。最後までバレないように細心の注意を払って仕込んでいかないとね。




次話
〜寺坂の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/27.html



明久「これで“仕込みの時間”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」

雄二「今回は俺達の二回目の暗殺計画をメインに進めさせてもらったぜ」

片岡「なんかごめんね。私のせいで作業を中断させちゃって」

雄二「気にするな。仕込みがバレないのを確認できたのは俺達にとっても大きな収穫だ」

明久「そうだね。それに元々プールを使ってたのは片岡さんだし、色んな意味で割り込んでるのは僕らの方だからさ」

片岡「そう言ってもらえると助かるわ。おかげで心菜も泳げるようになったしね」

明久「いやいや、片岡さんは面倒見が良すぎ。あれ絶対に片岡さんを利用するためだけに友達って言ってるよ」

雄二「んなもん椚ヶ丘の連中はE組に対して大半がそうだろ。俺達みたいな友情は到底築けないだろうさ」

明久「僕らの友情は一生ものだからね。利用するために友達を騙るなんて信じられないよ」

明久・雄二((まぁ僕ら/俺達は友達だろうが利用するけどね/な))

片岡「なんか、心の声が聞こえてきた気がするんだけど……」

明久・雄二「「気のせいでしょ/だろ」」

片岡「そうかしら……まぁいいわ。じゃあ坂本君達の暗殺計画について話しましょうよ」

雄二「残念ながらそれは秘密だ。情報漏洩は暗殺的にもネタバレ的にも回避しねぇとな」

明久「まぁ今回は僕らだけじゃないってことは言っておくよ」

片岡「言葉の端々に協力してくれる人達の存在は匂わせてたもんね。それが誰かは分からなかったけれど」

雄二「簡単に分かっちまったらつまらねぇだろ。暗殺が実行されるまでのお楽しみってやつだ」

片岡「仕方ないわね。でも終わったら教えてよ?」

明久「もちろんさ。それじゃあ今回はこの辺で終わりにしようか。次の話も楽しみにしててね‼︎」





土屋「…………魚田()魚子(茅野)魚魚(片岡)のレア写真の入手に成功。今後ともよろしく頼む」

殺せんせー「ヌルフフフフ、そちらも写真提供をお願いしますよ。今のうちからしっかりとアルバム写真を集めておかなくては」


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寺坂の時間

雄二が考えた暗殺計画の準備も順調に進み、暗殺の実行は明日の放課後となった。今日はプール周りの仕込み以外に使う装備を点検して最後のシミュレーションに当てる予定である。いよいよ大詰めだ。

 

「雄二、もう殺せんせーには言ったの?」

 

「あぁ。明日の放課後、俺達の準備が整えば呼びに行くって言ってある。それまで殺せんせーは校舎内で待機してくれるそうだ」

 

「本当に暗殺に協力的な標的(ターゲット)じゃな……此方としては余計な手間が省けて助かっておるが」

 

「…………(コクコク)」

 

全くもって秀吉の言う通りだと思う。普通だったら秘密裏に暗殺を企ててバレないように標的を誘い出す必要があるのに、殺せんせーの場合は暗殺すると言えばある程度協力してくれるんだから非常に行動しやすかった。大っぴらに動いても標的が気を遣ってくれるので神経を使う必要がなくて楽なのだ。

 

「おい皆、来てくれ‼︎ プールが大変だぞ‼︎」

 

そんな風に明日の暗殺について話し合っていたところで、血相を変えて教室へと駆け込んできた岡島君によって遮られた。普段の彼らしからぬ焦りように教室にいた皆もプールへと向かうことにする。

いったいプールがどうしたというのか、それはプールに着いたら誰の目にも一目で分かった。

 

「……ッ、メチャメチャじゃねぇか……」

 

プールを見た前原君がその状況を一言で言い表す。二つあったプールのレーンは飛び込み台ごとなくなっており、プール脇に作られていたウッドチェアなども破壊されていてその木片がペットボトルや缶といったゴミとともに水面を漂っていた。野生動物とかじゃない、明らかに人為的な破壊の跡である。

 

「あーあー、こりゃ大変だ」

 

「ま、いーんじゃね?プールとかめんどいし」

 

皆がプールの惨状に目を向けている中、そんな軽い声が後ろから聞こえてきた。吉田君と村松君だ。当たり前のように寺坂君も横にいて、三人は他の皆とは違いプールの惨状を見ても笑みを浮かべている。

うわぁ露骨……証拠はないけど自分が犯人って言ってるようなもんじゃないか。そもそも裏山のプールの存在を知ってるのはE組関係者だけなんだから、その時点で犯人は絞られてるっていうのに……隠すつもりがないのかな?

その三人の様子から犯人だと思ったのは僕だけじゃなかったようで、何人かは寺坂君達へと視線を向けていた。特に渚君なんかは露骨に彼らへ視線を向けており、その視線を感じ取った寺坂君が渚君へと詰め寄っていく。

 

「ンだよ渚、何見てんだよ。まさか俺らが犯人とか疑ってんのか?くだらねーぞ、その考え」

 

「まったくです。犯人探しなどくだらないからやらなくていい」

 

渚君の胸元を掴んで凄む寺坂君だったが、ぬるっと現れた殺せんせーに驚いてその手を離してしまっていた。寺坂君って意外とビビり……?

そして次の瞬間には水面を漂っていた木片やゴミがなくなり、レーンやウッドチェアなどは修復されているという……劇的ビフォーアフターならぬ超速ビフォーアフターだ。まぁ小さな沢から実質四時間でプールを作れる先生の手に掛かれば造作もないことだろう。

 

「はい、これで元通り‼︎ いつも通り遊んで下さい」

 

完璧なまでに元通りとなったプールを見て殺せんせーは帰っていった。続いて寺坂君も面白くなさそうにプールから立ち去っていく。

あの反応を見る限り、グループ的にも主犯は寺坂君で間違いないと思う。だけど殺せんせーのおかげでプールは元通りだし、犯人探しもやらなくていいって言ってるからこの件は終わりだな。

これにて一件落着、とはならないだろう。根本的な解決になってないし、寺坂君が変わらないとまた同じようなことを繰り返すかもしれない。う〜ん、なんとかならないかなぁ……まぁなるようになるか。考えても良い案なんて思い浮かばないし。僕も教室へ戻るとしよう。

 

「……ところで岡島君。どうして君は着替えもせずにプールへ行ったんだい?」

 

「え?そりゃあその場で撮影すると殺せんせーにカメラを取り上げられるから、皆が来る前にカメラを設置しとこうとーーー」

 

と、僕の疑問に答える岡島君の肩へと誰かの手がポンッと置かれる。それによって言葉を切った彼が後ろを振り返れば、そこには笑顔だが目の笑っていない片岡さんの姿があった。

 

「岡島君、ちょっと私と話しましょうか?」

 

有無を言わせぬ片岡さんの威圧に逆らえるはずもなく、岡島君は身を縮こませながら彼女と向かい合うこととなる。この後、岡島君が片岡さんに説教されたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

ところ変わってE組の教室。あれから何事もなく普段通りに授業を受けた僕らは昼休みを迎えていた。今日のお弁当は趣向を凝らしてシュガーウォーターだ。栄養補給にもなるし意外と甘くて美味しいんだよね。

そうして皆がお昼を食べ終えてまったり過ごしていた頃、殺せんせーがある物を押して入ってきた。それを見て教室にいる皆は興味を示しており、その中でも特にテンションを上げていたのは吉田君だ。

 

「うぉ、マジかよ殺せんせー⁉︎」

 

「この前、君が雑誌で見てた奴です。丁度プールの廃材があったんで作ってみました」

 

「すげー‼︎ まるで本物のバイクじゃねーか‼︎」

 

そう、教室でバイクに跨がる殺せんせーを見て吉田君は興奮を隠せないでいた。まぁバイクと言っても本物のバイクではなく、先生の言う通り廃材で作られた木造バイクである。

そういえば吉田君の家はバイク店だったかな。だからこそ素人以上に本物そっくりな木造バイクの凄さが分かるのだろう。っていうか普通に素人目から見ても凄過ぎだと思う。

 

「……何してんだよ、吉田」

 

と、そこでドアを開けて教室に入ってきた寺坂君が吉田君を見て表情を引き攣らせながら問い掛けてきた。そりゃあ自分と同じく殺せんせーに反発してた友達が先生と仲良くしてたら気に食わないよね。

吉田君もその思いは分かるのか、寺坂君に対して少し吃りながらそれでも楽しそうに答えを返す。

 

「い、いやぁ……この前、こいつとバイクの話で盛り上がっちまってよ。うちの学校、こういうの興味ある奴いねーから」

 

「ヌルフフフフ。先生は大人な上に漢の中の漢、この手の趣味も一通り齧ってます」

 

その後も楽しそうに殺せんせーと話し合う吉田君を見てどう思ったのか、寺坂君は大股で歩み寄ると木造バイクを蹴り倒した。倒れた衝撃で木造バイクは壊れてしまう。

それを見ていた皆も黙っていられなかったようで、木造バイクを壊した元凶である寺坂君へと詰め寄っていく。

 

「なんてことすんだよ、寺坂‼︎」

 

「謝ってやんなよ‼︎ 大人な上に漢の中の漢の殺せんせー、泣いてるよ⁉︎」

 

いや中村さん、寺坂君の肩を持つわけじゃないけど大人な上に漢の中の漢はきっと泣かないと思う。それが男泣きならまだしも身体を震わせながら声も出ないマジ泣きだからね。寧ろいい大人が情けないって言われてもおかしくないレベル。

寺坂君は煩わしそうにしながらも皆の批判の声を無視して自分の席まで歩いていき、椅子を引いて座らずに机の中へと手を突っ込む。

 

「てめーら、ブンブンうるせーな虫みたいに……駆除してやるよ」

 

そう言って机から取り出したものを床に叩きつけると、教室中が噴き出した白い煙によって覆われていった。

パッと見た感じ、寺坂君が床に叩きつけたのは殺虫剤のスプレー缶だ。亀裂が入って中身が溢れ出たのだろう。あっという間に教室内は軽いパニック状態である。

 

「寺坂君‼︎ ヤンチャするにも限度ってものが……」

 

流石にやり過ぎな寺坂君を咎めるため泣き止んだ殺せんせーが彼の肩を掴むも、その手はすぐに寺坂君によって弾かれてしまった。

 

「触んじゃねーよ、モンスター。気持ちわりーんだよ。てめーも、モンスターに操られて仲良しこよしのE組(てめーら)も」

 

その言葉で軽いパニック状態だった教室内が静まり返る。寺坂君が殺せんせーに反発してるのは皆も知ってたけど、まさかそこまで毛嫌いしてたとは思っていなかったのだ。

誰も何も言えなくなっている中、壁に寄り掛かってちゃっかりスプレーを回避してたカルマ君が口を開く。

 

「何がそんなに嫌なのかねぇ……気に入らないなら殺せばいいじゃん。せっかくそれが許可されてる教室なのに」

 

それで殺せんせーを殺せたら苦労はないって。まぁまずは殺ってみるべきだっていう意見には賛成だけどさ。

そんなカルマ君の物言いが癪に障ったのか、寺坂君はカルマ君に対して敵意を向ける。

 

「なんだカルマ、てめぇ俺に喧嘩売ってんのか?上等だよ。大体てめぇは最初からーーー」

 

しかし次の瞬間、寺坂君の言葉はカルマ君に顔面を鷲掴みにされて強制的に黙らされた。

 

「駄目だってば、寺坂。喧嘩するなら口より先に手ぇ出さなきゃ」

 

「うわっ、カルマ君野蛮。まるで雄二ぶべらっ⁉︎」

 

「おっと悪い、口より先に手が出ちまった」

 

まるで寺坂君へ手本を見せるかのように雄二の拳が僕の頰へ突き刺さる。な、何すんだこの野郎……僕はただ雄二の悪口を言おうとしただけじゃないか。殴られる筋合いはないぞ。

僕が雄二の拳で床へと倒れこんでいる間に、寺坂君はカルマ君の手を振り払って教室から出ていってしまった。寺坂君の態度にE組の皆からも溜め息が漏れている。

あんな調子じゃあ寺坂君自身も疲れるだろうに……皆と仲良くする切っ掛けがないから接し方を変えるのも難しいのだろう。ホント、なんとかならないもんかなぁ。

 

 

 

 

 

 

寺坂君がキレて帰った次の日。寺坂君の問題は残っているものの、それとは別に雄二の暗殺計画を決行する日がやってきた。装備の点検もシミュレーションも昨日のうちに済ませてバッチリである。……っていうかよくよく考えるとこれで殺せんせーを殺せたら寺坂君の問題も解決するんじゃない?

その寺坂君はと言えば、今日は学校にすら来ていなかった。もう既に午前中の授業は終わっており、今は昨日のいざこざから丸一日経って再び昼休みの時間である。ちなみに今日のお弁当は原点に立ち返って濾過した水道水(ボトルドウォーター)だ。ただそれだけだと味気ないので塩と砂糖も食べるために単品で持ってきている。

いつもと変わらない昼休みの光景……というわけではなく、何故か殺せんせーが教卓で一人涙を流していた。はて?昨日と違って今日は泣くような出来事もなかったと思うけど……

 

「何よ、さっきから意味もなく涙流して」

 

いい加減に無視できなくなったのか、イリーナ先生が殺せんせーに泣いている理由を問い掛けていた。

さて、殺せんせーが泣いている理由とはいったいどのようなものなのか……

 

「いえ、鼻なので涙じゃなくて鼻水です。目はこっち」

 

そう言って先生は目だと思っていた鼻の横にある鼻だと思っていた目を指差し……あれ、あっちが目でそっちが鼻?いや確か前に教えてもらった時はそこって耳だったような……あぁもう紛らわしいっ‼︎

もう目でも鼻でも耳でも何処でもいいけど、取り敢えず穴から粘液を垂れ流している殺せんせーは確かに調子が悪そうだ。

 

「どうも昨日から身体の調子が少し変です。夏風邪ですかねぇ……」

 

「え、先生って風邪引くんですか?」

 

殺せんせーが口にした新たな情報に僕はつい言葉を挟んでしまっていた。しかし先生も風邪を引くんだったら毒殺できるチャンスがあるかもしれない。前に奥田さんの毒殺は失敗してたけど、毒物を変えればもしかしたら行けるんじゃないか?

そう思って殺せんせーに質問したのだが、先生は僕の質問を聞いて少し考える素振りを見せると、

 

「……さぁ?そういえば先生、風邪を引いたことがないのでよく分かりませんでした」

 

「えぇ……」

 

なんじゃそりゃ……じゃあ本格的になんで粘液垂れ流してんの?いや、先生も分からないってことは逆に初めて風邪を引いたのかもしれない。どっちにしろ体調を崩してる今は暗殺のチャンスってことか?

と、そこに教室のドアを開けて来ていなかった寺坂君が入ってきた。てっきり今日はサボって来ないものだと思ってたのに来たんだ。殺せんせーも寺坂君が登校してきたことに喜びながら寺坂君の元へ駆け寄っていく。

 

「おぉ、寺坂君‼︎ 今日は登校しないのかと心配でした‼︎ 昨日君がキレたことならご心配なく‼︎ もう皆気にしてませんよ‼︎ ね?ね?」

 

「う、うん……汁まみれになってく寺坂の顔の方が気になる」

 

しかし殺せんせーが駆け寄ると身長差もあって垂れ流される粘液が全て寺坂君の顔面に降り掛かっていた。もうわざとじゃないかと思うくらい粘液まみれである。

でも寺坂君はそのことに文句一つ言わず粘液を拭き取ると、強気な笑みを浮かべて目の前に立つ殺せんせーへと人差し指を向けた。

 

「おいタコ、そろそろ本気でブッ殺してやンよ。放課後にプールへ来い。わざわざ弱点の水を用意したこと、後悔させてやるぜ。てめぇらも全員手伝え‼︎ 俺がコイツを水ン中に叩き落としてやッからよ‼︎」

 

昨日の不機嫌……というか不安定な様子とは打って変わって自信満々な様子である。カルマ君に言われて殺る気を出したのかな?もしくは何か良い暗殺計画を思いついたとか?

とはいえ皆の反応は寺坂君の呼び掛けに対してあまり芳しくない。まぁそれはそうだよね。その思いを代表するように前原君が立ち上がる。

 

「……寺坂、お前ずっと皆の暗殺には協力して来なかったよな。それをいきなりお前の都合で命令されて、皆がハイやりますって言うと思うか?」

 

そう、これまで寺坂君の態度は一貫して皆の暗殺に非協力的だった。それなのに何の説明もなく協力しろとだけ言われても誰だって協力的にはならないだろう。

雄二が協力を仰いだ最初の暗殺も似たような状況だったけど、雄二は皆の暗殺にも協力してたし命令じゃなくてお願いする形で必要最低限の説明もしていた。皆の対応が違うのも当たり前である。

 

「ケッ、別にいいぜ来なくても。そん時ゃ俺が賞金百億を独り占めだ」

 

だけど前原君の言い分を聞いても寺坂君は強気な態度を崩さず、命令口調のまま何も説明することなく教室から出ていってしまった。

その横柄な態度に今まで(つる)んでいた吉田君と村松君も呆れた様子である。当然のように皆からも否定的な声が上がっており、誰も寺坂君の暗殺に協力する気はなさそうだ。

そんな様子を見ていた殺せんせーが相変わらず粘液を垂れ流したまま皆の説得に入る。

 

「皆、行きましょうよぉ。せっかく寺坂君が私を殺る気になったんです。皆で一緒に暗殺して気持ち良く仲直りしましょう」

 

「まずあんたが気持ち悪いわ‼︎」

 

とうとう垂れ流される粘液は穴だけでなく身体全体から溢れ出し、教室の床が見えなくなるまで覆い尽くすしていった。そうして溢れ出た粘液は蝋みたいに固まって僕らの動きも固めてしまう。

寺坂君と違ってお願いする形を取ってはいるけど、殺せんせーのお願いは明らかにお願いじゃなくて強制だと思うんだよね。だって協力しなきゃ粘液の拘束が外れそうにないんだもん。

殺せんせーのお願いという名の命令に根負けした皆は、仕方なくといった感じで寺坂君の暗殺に協力することとなった。皆の了承を得て先生も嬉しそうにしている。

 

「……さて。話の流れで寺坂君の暗殺を受け入れてしまいましたが、坂本君達の暗殺はその後でも大丈夫ですか?」

 

「ん?あぁ、別にいいぞ。早いに越したことはないが順番に拘る理由もないしな」

 

あ、雄二の暗殺を忘れてたわけじゃないんだ。そういえば僕らの暗殺も今日の放課後にする予定だったっけ。すっかり忘れてたよ。

先生の言葉を聞いて皆の視線が僕らへ向けられる。

 

「なに坂本達、また暗殺企んでたの?」

 

「そうみたい。数日前から準備してたよ」

 

僕らへ問われたカルマ君の疑問には茅野さんが答えていた。茅野さんが答えたことにもカルマ君は疑問の声を上げる。

 

「あれ、茅野ちゃんは知ってたんだ?」

 

「私も知ってたわよ。ちょうど暗殺の仕込みに来たところで会ったの」

 

茅野さんに続いて片岡さんもカルマ君の疑問に返していた。あとは渚君も知ってるけど……あれ?見当たらない……何処へ行ったんだろ?

まぁ何はともあれ、まずは寺坂君の暗殺だ。僕らの暗殺はその後だから、少しでも殺せんせーを追い詰めてくれることを祈っておこう。せっかくの仕込みや準備が無駄になるのは嫌だから、寺坂君の暗殺で先生が殺されるかもしれないというのは考えない方向で。




次話
〜実行の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/28.html



明久「これで“寺坂の時間”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」

吉田「今回は反発をやめたってことで俺と村松が後書きに呼ばれたぜ」

村松「っつーことは次の後書きでは寺坂の奴が呼ばれんのか?」

吉田「多分そうなんじゃねぇの?」

明久「コラそこ二人‼︎ 憶測でお茶の間の皆様にネタバレをするんじゃない‼︎」

村松「“ネタバレ”ってことは事実なのか」

吉田「最後は自分で言っちまう辺り、やっぱ吉井は馬鹿だな」

明久「黙らっしゃい‼︎ さっさと後書きに入っていくよ‼︎」

吉田「そーいやよ、前回あんな終わり方しといてお前らの暗殺は今回やんねぇのかって思ったわ」

村松「それな。ここで寺坂の話を挟んじまったら次もお前らの暗殺できねぇじゃん」

明久「し、仕方ないじゃないか。原作では片岡さんの話の後すぐだし、暗殺の仕込みでその短い間隔も使っちゃったんだから」

村松「あとな、お前もっとマシな昼飯用意できねぇの?今までに持ってきたお前の昼飯、塩水と砂糖水と水しかねぇぞ」

明久「あぁ、それなら心配ないよ。月初めは仕送りで買い溜めしてるし、月半ばからは採ってきた山の幸で凌げてるから」

吉田「安心できる要素が全くねぇよ……よく生きてられんな」

村松「偶にはうちのラーメン屋に来い。サイドメニューの試作品くらい味見させてやるから」

明久「ホントに⁉︎ じゃあ毎日行くよ‼︎」

村松「偶にっつってんだろ‼︎ 毎日サイドメニュー試作してたら金欠で店潰れるわ‼︎」

吉田「清々しく感じるほど厚かましいな……」

明久「それじゃあ今回の後書きはここまで‼︎ 次の話も楽しみにしててね‼︎ ……確か村松君の家のラーメン屋って“松来軒”って名前だったよね?」

松村「今から来る気か⁉︎ 金無いんだったら食わさねぇぞ‼︎」





寺坂「あいつら、俺の回なのに一つも俺の行動に触れてねぇ……」

狭間「仕方ないわよ、寺坂なんだから」

寺坂「仕方なくねぇよ‼︎」


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実行の時間

そんなこんなで放課後。僕らは寺坂君の暗殺を手伝うためにプールへと来ていた。昼休みに殺せんせーを水の中へ叩き落とすと言っていたことから全員水着である。

 

「よーし、そうだ‼︎ そんな感じでプール全体に散らばっとけ‼︎」

 

そして僕らを呼び出した寺坂君は水辺で一人、銃を片手に持って皆へと指示を出していた。皆は不満そうにしながらも文句は言わずプール内に散らばっている。まぁそれぞれ愚痴は言ってるんだけどね。

 

「寺坂に作戦の指揮なんざ無理だと思うがな……アイツは明久と同類だぞ」

 

「どちらかと言えば彼奴(あやつ)も直情型じゃからの」

 

「…………考えることに向いてない」

 

なんか愚痴に混ざって僕も悪く言われてない?

あと同じ疑問を真正面から寺坂君にぶつけていた竹林君は蹴り落とされていた。気に食わないからって暴力は良くないよ。

竹林君が蹴り落とされ、全員がプールに入ったところで殺せんせーもやってきた。先生はこの場を見てすぐに寺坂君の意図を把握する。

 

「なるほど、先生を水に落として皆に刺させる作戦ですか。それで、君はどうやって先生を落とすんです?ピストル一丁では先生を一歩すら動かせませんよ」

 

殺せんせーの言う通りである。何回も言ってる気がするけど、そもそも先生を弱点である水の中に引き込むこと自体が殺すことと同じくらい難しいのだ。その方法は悪知恵の働く雄二でさえ思いついていない。

だけど寺坂君を見ている限り何かの策を弄している様子もなく、ただ手に持った銃を殺せんせーへ向けて構える。

 

「……覚悟は出来たか、モンスター」

 

「もちろん出来てます。鼻水も止まったし」

 

「ずっとてめぇが嫌いだったよ。消えて欲しくてしょうがなかった」

 

「えぇ、知ってます。その辺りの君の気持ちも合わせて暗殺(これ)の後でゆっくり聞きましょう」

 

殺せんせーは微塵も殺される気はないようだ。先生は顔色を緑の縞々に変化させていて、明らかに寺坂君を舐めきっている。っていうかもう暗殺が終わった後の話をしてるし。

当然ながら寺坂君はそんな先生の反応がムカつくらしく、こめかみに青筋を浮かべていた。そうして構えた銃の引き金を引き、

 

 

 

 

 

小さな沢の流れを堰き止めていたダムが爆発した。

 

 

 

 

 

「なっ⁉︎」

 

突然の出来事に一瞬思考が止まる。だがその一瞬の停滞が命取りだった。僕らは為す術もなく激流に押し流されてしまう。

 

「くっ‼︎」

 

僕は押し流されながらも何とか激流に逆らおうとするが、溺れないようにするのが精一杯でとても水からは上がれそうになかった。

不味い‼︎ 確かこの先は険しい岩場になってたはず‼︎ このままじゃ溺れなくても落っこちて全員死ーーー

 

「皆さん‼︎」

 

そんな僕らを見て殺せんせーが血相を変えて飛び出してきた。幸いにも爆発した場所から離れていたこと、必死に水の流れに抗っていたこともあって僕が一番に助けられる。

身体へと巻きついてきた触手によって水から引き上げられ、僕はそのまま近くの草叢へ放り出された。殺せんせーは助けた僕を一瞥するとすぐに他の皆の救出へ向かう。先生が助けに向かったんだからきっと皆も大丈夫なはずだ。

そうして一先ずの危機を脱したところで、僕の頭を占めていたのは安堵ではなく怒りだった。

 

「いったい、何考えてんだ……寺坂君……‼︎」

 

僕は殺せんせーを信じて流されていった皆の方へは行かず、ダムを爆発した寺坂君を問い詰めるべくプールへ戻ることにする。これは幾らなんでも度を越してやり過ぎだ。もしかしたら逃げてるかもしれないけど、そしたらぶん殴って取っ捕まえて皆の前に突き出してやる‼︎

流されてきた山道を登り始めたその時、上の方から誰かが駆け降りてくる足音が聞こえてきた。寺坂君かと思って足音のした方を睨みつけたが、僕の予想に反して降りてきたのは別の人である。

 

「カルマ君‼︎」

 

「吉井、なんで登ってきてんの?皆は流されてったんだから下だよ」

 

殺せんせーに懇願されて寺坂君の暗殺に参加した僕らとは違い、カルマ君は普通に面倒臭がって不参加を決め込んでいた。多分ダムが破壊された時の爆発音を聞いて駆けつけたのだろう。

 

「そんなことは分かってるさ。でも皆は殺せんせーが助けてるからきっと大丈夫。それより寺坂君を見なかった?上から来たんだったらプールを見たと思うけど、あれをやったのは寺坂君なんだよ」

 

上から駆け降りてきたってことはプールだけじゃなくて寺坂君も見ているはずだ。既に逃げてしまっている可能性もあるものの、取り敢えず何かしらの情報が欲しい。

そう思って簡単に起こった出来事を話したのだが、僕の言葉を聞いたカルマ君は納得した上で僕の行動を否定した。

 

「……あぁ、そういうことね。吉井の気持ちは理解したけど、その気持ちをぶつける相手は寺坂じゃない」

 

「……?どういうこと?」

 

「話は皆のところへ向かいながらする。とにかく行くよ。あ、それと寺坂のことは俺がぶん殴っといたから」

 

「えっ⁉︎ ちょ、ちょっと待ってよ‼︎」

 

そのまま駆け降りていくカルマ君の後に僕も慌てて着いていく。っていうか寺坂君はもうぶん殴られてるの⁉︎

上で寺坂君に会ったというカルマ君の話だと、今回の暗殺は寺坂君が考えたことじゃなくてシロさんとイトナ君が裏で糸を引いていたらしい。しかも寺坂君は爆弾のことを知らされていなかった様子で、詰まる所あの二人に利用されていただけだということだった。

 

「そうだったのか……じゃあ最近の寺坂君の行き過ぎた行動は……」

 

「あの二人に操られてた……ってわけ。確かに殺せんせーが助けてるんだから皆は無事だろうけど、助け終わった直後の気の緩みを突いてシロとイトナが先生を襲撃してるはずだ」

 

プールを爆破して皆を殺しに掛かるだけじゃ意味がない。生徒が死にそうになったら殺せんせーは死んでも助けようとするだろう。そして触手の扱いは精神状態によって左右される。プールの爆発で動揺して皆を助け終えたら気が緩む、そんな先生の隙を突くのは同じ触手を持つイトナ君には容易いはず……それがカルマ君の予想した二人の計画だった。話を聞く限りおかしな点はないし間違ってないと思う。

そうこうしているうちに皆の姿が見えてきた。全員の姿は確認できないけど、助けた場所が離れてるから合流できていないだけだと思いたい。皆の元へ駆け寄った僕らは状況を確認する。

 

「皆、無事⁉︎ あと殺せんせーは⁉︎」

 

「明久、お前も無事だったか。全員の無事はまだ確認できてないが、殺せんせーのことを訊くってことは奴らのことは知ってるようだな」

 

僕の問い掛けに答えた雄二は切り立った岩場から眼下へ視線を向けた。僕とカルマ君も釣られて岩場から覗き込む。するとそこでは殺せんせーとイトナ君が触手による高速戦闘を繰り広げていた。少し離れた場所ではシロの姿も見える。(まさ)しくカルマ君に聞かされていた通りの光景だ。

 

「まさかプールの爆破はあの二人が仕組んだことだったとは……」

 

皆もシロさんとイトナ君の登場で大凡(おおよそ)の背景は理解しているようだった。眼下の戦闘を覗き見ていた岡島君が驚きを込めた呟きを漏らしている。

 

「でもちょっと押され過ぎな気がする。あの程度の水のハンデはなんとかなるんじゃ……?」

 

その戦闘を冷静に分析していた片岡さんが疑問を零す。言われてみれば確かに。幾らイトナ君が触手を持っていようがベースは人間、全身が触手生物の殺せんせーとでは地力が違うはずだ。なのに戦況はイトナ君が圧倒的に優勢。いったいどうして……

 

「水のせいだけじゃねぇ」

 

と、そこに寺坂君が遅れてやってきた。よく見なくても左の頰が腫れているのが分かる。本当にカルマ君からぶん殴られていたらしい。

 

「力を発揮できねぇのはお前らを助けたからだよ。見ろ、タコの頭上」

 

そう言って寺坂君が指差す方向に視線を向けると、眼下の戦闘に気を取られて気付かなかったけど上の方に吉田君、村松君、原さんがいた。殺せんせーに助け上げられたのだろう。

無事を確認できたのはよかったけど、しかしまだ安全とは言えなかった。その場所というのが戦闘を繰り広げる触手の射程圏内であり、何より原さんがしがみついている木の枝が今にも折れて落ちそうなのだ。

 

「あいつらの安全に気を配るからなお一層集中できない。あのシロの奴ならそこまで計算してるだろうさ。恐ろしい奴だよ」

 

「呑気に言ってんじゃねぇよ寺坂‼︎ 原たちあれマジで危険だぞ‼︎ お前ひょっとして今回のこと、全部奴らに操られてたのかよ⁉︎」

 

淡々と語る寺坂君に焦った様子の前原君が声を上げる。寺坂君がシロ達の元ではなく皆の前に現れたことで、彼らとグルなのではなく利用されていただけだという可能性に思い至ったのだろう。

寺坂君はその問い掛けに自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「……フン。あぁそうだよ。目標もビジョンも()ぇ短絡的な奴は頭の良い奴に操られる運命なんだよ。……だがよ、操られる相手ぐらいは選びてぇ」

 

でも次の瞬間にはその表情を真剣なものに変え、決意を秘めた瞳でカルマ君へと近づいていく。

 

「おいカルマ‼︎ てめぇが俺を操ってみろや。その狡猾なオツムで俺に作戦を与えてみろ‼︎ 完璧に実行して彼処にいるのを助けてやらァ‼︎」

 

その声に今までのような不安定さは微塵も含まれていない。利用されるんじゃなくて自分の頭で考え、自分の意思で行動したからこそ気持ちに芯が通っているんだ。

そんな寺坂君に選ばれたカルマ君は不敵な笑みを浮かべる。

 

「良いけど……俺の作戦、実行できんの?死ぬかもよ」

 

「やってやンよ。こちとら実績持ちの実行犯だぜ」

 

それに対して寺坂君も強気な笑みで返す。頭の良いカルマ君と馬鹿だけど行動力のある寺坂君、この二人は意外と良いコンビなのかもしれない。

カルマ君は少しだけ考え込むとポンっと手を打ち、

 

「思いついた‼︎ 原さんは助けずに放っておこう‼︎」

 

その発言に全員がげんなりしたのは言うまでもなかった。人でなしの悪魔のような提案である。

しかしその中で一人だけカルマ君の提案に肯定的な反応を示す奴がいた。というかそいつは僕の隣に立っていた雄二である。

 

「おいカルマ、その作戦には俺も賛成だけどよ……どうせやるなら倍返しの方がいいんじゃねぇか?」

 

口端を吊り上げながらそう言った雄二が視線を向けたのは……僕?

カルマ君もその視線を辿って僕を視界に収め、

 

「そうだねぇ……吉井も怒りをぶつけたがってたみたいだし、坂本の案も採用しようか」

 

なんか寺坂君と一緒に僕も実行部隊に加わったっぽい。二人とも内容を省いて話すもんだから、僕らにはカルマ君の作戦も雄二の案も全く分かんないんだけど……

 

「……おいてめぇら、自分達の頭ん中だけで話進めてんじゃねぇよ。いいから早くその作戦やら案やらを話して指示を寄越せ」

 

いい加減に痺れを切らした寺坂君が二人に指示を催促した。取り敢えず僕らの役割を教えてもらわないと動きようもないしね。

 

 

 

 

 

 

カルマ君の作戦と雄二の案を聞いた僕らはすぐに行動を起こした。シロさんとイトナ君は戦闘に集中していてバレずに動くのは意外と難しくない。

そうして裏で皆がこっそり動いて配置についている間、少しでも二人の気を引くために寺坂君が怒声を上げた。僕もそれに続いて怒声を上げる。

 

「おいシロ、イトナ‼︎ よくも俺を騙して利用してくれたな‼︎」

 

「それだけじゃない‼︎ 皆を殺しかけておいてタダで帰られると思うなよ‼︎」

 

ただしその怒声に込められた怒りは作戦でもなんでもなく僕らの本心だ。誰だって利用されたらムカつくだろうし、そもそも下手をすると死んでたんだから怒らない方がおかしい。

だけど僕らの怒声を聞いてもシロは何処吹く風で涼しげなものである。

 

「……寺坂君に吉井君か。まぁそう怒るなよ。殺せんせーを追い詰めるには必要なことだったんだ。あと前回のように対触手武器をイトナに向けられたら面倒だからね。殺せんせーに水を吸わせて対触手武器を遠ざけるには今回の作戦が最適だったんだよ」

 

シロさんの言うことは確かに合理的だった。殺せんせーが生徒を見捨てるわけがないし、この前の暗殺を踏まえて不利になる材料を排除するのも当然だろう。殺せんせーを殺すために対先生ナイフを持ってプールに入ってたけど、溺れて死にかけたら対先生ナイフなんか持っていられない。相変わらず用意周到なことである。だが、

 

「最適だった、だって……?たったそれだけの理由で皆を殺しかけたのか……」

 

それを聞いて理解はできても納得できるかどうかは話が別だ。殺されかけた側からすれば堪ったもんじゃない。

更にムカつくのが自分達は準備するだけで最後の一手を寺坂君に押し付けたことである。最悪の場合、罪に問われたら寺坂君に罪を擦り付けて自分達は逃げる魂胆が丸見えだった。自分達は安全な場所から有利に物事を進める、というスタンスも前から変わってないな。

 

「てめぇらは許さねぇ‼︎ イトナ、まずはてめぇだ‼︎ 俺らと戦いやがれ‼︎」

 

そろそろ本気で我慢できなくなってきた僕らは、岩場から飛び降りてイトナ君と同じく川の中で対峙する。寺坂君は着ていたシャツを脱いで両手で広げ、その後ろに控えた僕は握り込んだ拳を構えた。

そんな僕らの様子を見てシロさんは失笑を漏らす。

 

「クス、布切れ一枚でイトナの触手を防ごうとは健気だねぇ。しかも攻撃手段がまさかの拳と来たもんだ。ーーー黙らせろ、イトナ。殺せんせーに気をつけながらね」

 

その指示を受けたイトナ君は狙いを手前に立つ寺坂君へと定め、僕らが動く間もなく間髪入れずに触手を振るった。

イトナ君が本気で殺しに来たら僕らは確実に死ぬだろう。マッハで触手を叩きつけられたら人間の身体なんて脆いもんだ。でもシロさんの目的は僕らを殺すことじゃなく、僕らを生かして殺せんせーの注意を逸らすこと。つまりたとえ触手を振るわれても死ぬことはない、というのがカルマ君の意見だった。

実際に触手の直撃を食らった寺坂君は苦痛に表情を歪めて脂汗を流しているものの、意識を保ったまま広げたシャツで上手くイトナ君の触手を受け止めている。

 

「よく耐えたねぇ。ではイトナ、もう一発あげなさい。次も背後のタコに気をつけながら……」

 

「くしゅんっ‼︎」

 

持ち堪えた寺坂君を見てもう一度シロさんが指示を出そうとしたところで、突然イトナ君がくしゃみをし出した。二人とも不思議そうにしているが、これこそが僕らの狙いである。

ここ最近の寺坂君の行動が二人に操られたものだっていうなら、昨日の教室で彼が撒き散らしたスプレーにだって意味があるはずなんだ。そして今日の粘液を垂れ流して殺せんせーの様子を見る限り、あのスプレーには先生の粘液を絞り出す効果があったに違いない。流される僕らを助ける時に粘液で水の吸収を遮られるのを防ぐためだろう、というのもカルマ君の意見である。

そこで鍵となるのが寺坂君のシャツだ。ズボラなことながら寺坂君は昨日と同じシャツを今日も着ていたらしい。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。

そんなもので受け止められたらイトナ君の触手だって無事で済むはずがない。現に今だってイトナ君はくしゃみをしているし、触手からは少し前の殺せんせーと同じく粘液が垂れ流されている。くしゃみと疑問で生まれたその隙を突くのが僕の役目だ。

 

「くっ‼︎」

 

透かさず距離を詰める僕に対してイトナ君は再び触手を振るう。幾ら隙を突いても足場が悪くて素早く動けず、触手を捉えられる動体視力を持つイトナ君だったら当然反応できるだろう。

だけど咄嗟のことで触手の狙いは大雑把なものになる。そうなれば自ずと当てやすい場所……寺坂君に一撃を食らわせた場所と同じ胴体を狙うはずだ。僕らを殺さない程度の速度で、更に触手を振るわれる場所も分かってるんだったら……カウンターを合わせられる。

振るわれるイトナ君の触手に対して、僕も構えていた拳を勢いよく振り抜く。そうして触手と拳がぶつかり合いーーーイトナ君の触手が崩れ落ちた。

 

「何っ⁉︎」

 

イトナ君の表情が疑問や焦燥から驚愕一色に彩られる。絶対的な力として振るっていた触手がたかが拳に破れたんだからそりゃあ驚くだろう。加えて触手を破壊されたことによる動揺は思考を一瞬停止させる。その一瞬があれば十分だった。

 

「皆の分の一発だッ‼︎ 歯ぁ食いしばれッ……‼︎」

 

残る距離を詰めてイトナ君の懐に入った僕は、触手を破壊した拳とは反対の拳を振りかぶって思いっきり彼の頰へと叩き込んだ。その衝撃によってイトナ君は軽く吹っ飛んで川の中で尻餅をつく。

そして僕らがやり合っている間に殺せんせーが原さんを助け出していた。イトナ君の猛攻が途切れればいつでも助け出すことは出来ただろう。その状況を僕らで作り出したのだ。

これで一先ず心配することは何もない。が、僕らの仕返しはまだ終わりじゃなかった。原さんが助け出されたことを確認した寺坂君は、まだ上の方に残っている吉田君と村松君へ向けて声を張り上げる。

 

「吉田‼︎ 村松‼︎ お前らはそこから飛び降りられんだろ‼︎」

 

いきなり話を振られた二人は戸惑っている様子だったが、それでも寺坂君は構わず言葉を続けた。

 

「水だよ、水‼︎ デケェの頼むぜ‼︎」

 

その一言で吉田君と村松君も寺坂君の言いたいことを察したようだ。愚痴を零しながらも笑みを浮かべて二人は飛び降りた。それに合わせてこっそり配置についていた皆もカルマ君の指示で岩場から一斉に飛び降りる。

 

「ま、まずい‼︎」

 

岩場から飛び出してきた皆を見てシロさんも僕らの考えを悟ったみたいだけどもう遅い。尻餅をつくイトナ君の周りに皆が飛び降りたことで、激しく跳ね上がった水飛沫がイトナ君に降り掛かった。その水を吸い上げてしまった彼の触手がみるみるうちにふやけていく。

 

「あーあ、だいぶ吸っちゃったね。殺せんせーと同じ水を。これであんたらのハンデが少なくなった。寧ろ触手を破壊されて不利になったんじゃない?」

 

一人岩場に残ったカルマ君が現状を確認するように言う。原さんを助け出したことで殺せんせーも戦闘に集中できることだし、もうさっきまでのイトナ君が有利な状況は逆転したと言ってもいい。

 

「で、どうすんの?俺らも賞金持ってかれんの嫌だし、そもそも皆あんたの作戦で死にかけてるし、ついでに寺坂もボコられてるし……まだ続けるならこっちも全力で水遊びさせてもらうけど?」

 

飛び降りた皆もイトナ君に水を被せる気満々なようで、一緒に流れてきたゴミの袋や水の滴る木の枝、両手で水を掬い上げて応戦する姿勢を見せている。これ以上やるって言うならE組全員が相手だ。

 

「……してやられたな。丁寧に積み上げた戦略が、たかが生徒の作戦と実行でメチャメチャにされてしまった。……ここは引こう。君らを皆殺しにでもしようものなら、感情に左右された反物質臓がどう暴走するか分からん。……帰るよ、イトナ」

 

なんかゴチャゴチャとよく分からないことを呟いたシロさんだったが、僕らとイトナ君の状態を見てこの場で殺せんせーは殺せないと判断したのだろう。大人しく踵を返して去っていこうとする。あっちもぶん殴りたいけど……難しいか。

それに引き替えイトナ君の闘志は僕らに向けられたままだ。というよりなんか僕を睨んでるような……あ、触手を壊したから?それとも三番目にしてやられたから?

そんな闘志を剥き出しているイトナ君に殺せんせーが声を掛ける。

 

「どうです?皆で楽しそうな学級でしょう。そろそろちゃんとクラスに来ませんか?」

 

「……フン」

 

その問い掛けにイトナ君は応えることなくシロさんとともに帰っていった。二人の姿が完全に見えなくなったところで皆も肩の力を抜く。

 

「ふぃーっ、なんとか追っ払えたな」

 

「良かったねー、殺せんせー。私達のお陰で命拾いして」

 

「ヌルフフフフ、もちろん感謝してます。まだまだ奥の手はありましたがねぇ」

 

そう言う岡野さんに殺せんせーも笑って返してるけど……奥の手?えぇ、まだ何か力を隠してるの?ホントいい加減にしてよ。これ以上殺せんせーの暗殺難易度を上げないでほしいなぁ。

まぁ今はそのことは置いとこう。考えるのは僕の役目じゃないし。それよりも彼女は……っと、いたいた。

 

「片岡さん。これ(・・)、ありがとう。助かったよ」

 

「どういたしまして。役に立てたなら良かったわ」

 

僕は片岡さんの側まで歩いていくと握り込んでいた彼女の髪飾り(バレッタ)を手渡した。対先生ナイフを仕込んだ髪飾り、これがイトナ君の触手を破壊したタネである。握り込んでいた髪飾りを殴り掛かる直前に指の間から出しておいて殴ったのだ。流石に生身で触手は破壊できないよ。

なんかカルマ君が水の中に引き摺り込まれたりして皆が和気藹々としてる中、それを眺めている雄二の元へと殺せんせーが近づいていった。

 

「坂本君、この後に君達の暗殺を受ける予定でしたが……どうしますか?」

 

殺せんせーの言葉で僕も暗殺のことを思い出した。そういえば僕らの暗殺も今日の放課後にする予定だったっけ。すっかり忘れてたよ。←本日二度目。

問われた雄二は溜め息を吐いて肩を竦める。

 

「どうするも何も、プールが破壊されちゃどうしようもねぇよ。仕込みの一部も流されちまっただろうし、今日の暗殺は中止だな」

 

あれ?確か今回の暗殺にプールは使わないって話じゃ……。そう思っていると雄二が視線で“余計なことは言うなよ”と少し離れた僕に釘を刺してきた。どうやら顔に疑問が出ていたらしい。

よく分からないけど何やら情報戦が始まっているようなので、僕も迂闊なことは喋らないように大人しく黙っておこう。でもプールを使うって思わせたいんだったら、プールが直るまで僕らの暗殺はお預けか。となると次の機会は少なくとも明後日以降ということに……

 

「……つーわけで、明日までにプールを直しといてくれ。明日にでもまた暗殺すっから」

 

「にゅやッ⁉︎ あ、明日ですか⁉︎ 明日となると今すぐプールを作り直さないと……でも先生、今はちょっと疲れてーーー」

 

「んじゃあ頼んだぜ、殺せんせー。明日の放課後までに完成してなかったら、あんたが巨乳女優の田出はるこに送ったファンレターの直しをネット上にばら撒くぞ」

 

「今すぐ修復に取り掛かりますーーーッ‼︎」

 

残像を残してマッハで消えていった殺せんせーを見送った僕は一人頷く。うん、明日には暗殺を決行できそうだ。寺坂君もクラスに馴染んできたみたいだし、今のところ何も問題はないな。よかったよかった。




次話
〜バカ達の時間・二時間目〜
https://novel.syosetu.org/112657/29.html



雄二「これで“実行の時間”は終わりだ。楽しんでくれたか?」

カルマ「今回は俺と坂本、あとは誰も予想してなかった奴が後書きに呼ばれてるよ」

雄二「まさかコイツが後書きに来る日が来ようとは誰も想像できんわな」

カルマ「というわけで最後の一人はアイツだよ」





寺坂「これを読んでる奴、全員俺が来るって分かってたわ‼︎ なんせ前回の後書きで吉井の馬鹿が口走ってたからな‼︎」

雄二「気にすんな、ただのネタだから。お前が普通に登場したところで何も面白味がないだろ」

カルマ「面白くもなんともない寺坂をイジってやってるんだから感謝してほしいくらいだね」

寺坂「するか‼︎ このドS悪魔コンビが‼︎ とっとと後書き進めんぞ‼︎」

雄二「ずっと寺坂イジってても仕方ねぇしそうすっか」

カルマ「そうだねぇ。まぁなんといっても今回の違いは吉井の参戦でしょ」

寺坂「そういや、なんで吉井なんだ?別に他の奴でもよかっただろ?」

雄二「それは明久の奴が一番自然だからだ。アイツは前回の奴らの暗殺にも割り込んでるからな。今回また割り込んでも不自然じゃない」

カルマ「それに前回の暗殺で吉井の性格はシロも把握してるでしょ。猪突猛進の馬鹿。寺坂もそうだけど、そういう奴は小細工してくるって思われにくいんだよ」

寺坂「俺を例えに出す必要はねぇだろ」

カルマ「寺坂は一々煩いなぁ、ちょっとは吉井を見習いなよ。吉井はどんだけ雑に扱われても次の瞬間にはケロッとしてんじゃん」

雄二「過去を引き摺らないのは明久の長所だな。たとえその過去ってのが数分単位の超短時間でも気にしねぇ」

寺坂「それはただの馬鹿なんじゃねぇのか……?」

カルマ「いやいや、立派な長所だよ。俺達みたいな人間からしたら」

寺坂「都合のいい人間ってだけじゃねぇか‼︎」

カルマ「おっと。寺坂がそのことに気付いたみたいだし、今回はこの辺でお開きにしとこうか」

雄二「そうだな。というわけで次回も楽しみにしとけ」





殺せんせー「渚君、どうして先生の秘密をバラしちゃったんですか……」

渚「どうしてって……坂本君に殺せんせーの弱みになることはないかって訊かれたから?」

殺せんせー「そんな簡単に他人のプライベートを話したら駄目ですよ‼︎」

渚「どの口がそんなことを言ってるのさ……」


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バカ達の時間・二時間目

〜side 殺せんせー〜

 

シロさんとイトナ君の襲撃を退けた翌日の放課後。なんとか一日でプールを修復し終えた私は、坂本君達の暗殺を受けるために再びプールへと向かっていました。どうやら私を殺すための準備が整ったようです。

それはそうと、本当にプールの修復が間に合ってよかった……‼︎ あの数々の書き直したファンレターが先生の送ったものだとバレたらもう生きていけません。自殺ものです。殺しに来るのは全然構わないのですが、脅迫だけはなんとしても止めてもらわなければ……

そうこうしているうちに裏山のプールに到着しました。まぁ校舎からプールまで移動に一分も掛かりませんからね。ちょっと考え事をしていればあっという間です。

そしてプール脇には坂本君、吉井君、土屋君、木下君といつもの四人が私を待ち構えていました。装備は以前に教室で行われた暗殺と同じく、左右の太腿に銃を収めたホルスターと二つのウエストポーチを腰に装着しています。しかしウエストポーチの中身は水風船ではなく別物でしょう。水風船程度の水量であれば問題ないことは判明していますからね。

 

「お、来たか殺せんせー。死んでも大丈夫なように身辺整理は済ませたのか?」

 

「ヌルフフフフ、その必要はありませんねぇ。殺されるつもりはないですし、そもそも先生は普段から綺麗好きなので」

 

“趣味は?”と訊かれれば“手入れ”と答えるくらいには綺麗好きです。……自分以外に限る、という前提付きですが。手入れは趣味であって性分ではありませんし、恥ずかしながら私の自宅は……っと今は私の自宅なんてどうでもいいことですね。

 

「それじゃあ殺せんせー、ちょっとそこの水辺に立ってもらってもいいですか?」

 

「えぇ、いいですよ」

 

吉井君に促されて水辺に立つと、やはり四人は私を囲むようにして配置につきました。ただし前回とは違って私が水辺を背後に取っているため形は正方形ではなく半円形です。

この如何にもな配置……ウエストポーチの装備は囮でプールを爆破してくる可能性も坂本君が相手だと否定できません。大量の水を浴びせるために手段は選ばなさそうですから。

 

……という風に坂本君は思わせたいのでしょうか。残念ながら事はそう単純ではないでしょうねぇ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ウエストポーチどころか彼ら四人さえも囮で、プールを爆破して私を弱体化させたところでスナイパー二人による狙撃。……それすら囮で他の手を用意していたとしてもなんら不思議ではありません。裏の裏を考えてもその裏があるかもしれない。……これ以上考えるのは無意味ですね。思考のイタチごっこです。

 

「では今回もコインを弾くので、それを合図に暗殺を始めるぞい」

 

あれこれ考えているうちに木下君が前回の暗殺と同じくコインを取り出してきました。このコインを弾く行為は、私に暗殺のタイミングを教えるデメリット以上に自分達が共通のタイミングを計れるメリットがあります。マッハで動ける私が相手ではデメリットなど誤差の範囲内だという判断でしょうか。

 

「楽しみですねぇ。今回はどのような奇策を用いて殺しにくるのか」

 

「こっちも楽しみだぜ。その余裕が何処まで保つのかを考えるとな」

 

私の余裕な発言に対して坂本君も強気な発言で返してきました。彼の負けん気は相変わらずですねぇ。元来の気の強さもあるのでしょうが、何事も弱気では勝てないと分かっているのでしょう。

私も含めて全員が無駄口を叩くのをやめて集中し、辺りを風の吹き抜ける音だけが揺らします。その静寂を木下君がコインを弾く甲高い金属音が破りました。ここからの勝負は一瞬の出来事に終わるでしょう。さて、彼らはいったいどう来るのか……

 

などとコインの軌跡を追う傍ら、その軌跡が放物線の頂点に達したところで視界に収めていた彼らが動き出しました。それと同時に後方からも狙撃の気配を感じます。

 

なるほど、前回の暗殺の流れをなぞることでタイミングの認識をずらしに来ましたか。二回目だからこその工夫ですね。

しかし私の速度を持ってすればそれこそ誤差の範囲内でしかありません。たとえ爆弾を使ってこようが狙撃手を配置しようが、弱点の水を被せに来たところで此処は屋外。前回とは違って逃げ道は幾らでもあるーーー

 

 

 

 

 

次の瞬間、私は咄嗟に上へと回避していました。

 

 

 

 

 

彼らはまだ何もしていない。背後からの狙撃もまだ届いていなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

まさか地中から対先生弾が飛び出して来るとは‼︎ 触手が破壊されてから回避に移るまでがあと少し遅れていたら全身蜂の巣にされているところでした‼︎ 運が悪かったら“心臓”も破壊されていたかもしれません。

……が、回避した直後の状況を見て言葉を失ってしまいました。咄嗟のことで大きく飛び上がることはしませんでしたが、気付けば私の周りを複数のBB弾グレネードが取り囲んでいたのです。

 

これはまさか、逃げ道を誘導されてーーー

 

そう思い至った直後、BB弾グレネードの爆発が私を包み込みました。

 

 

 

 

 

 

〜side 雄二〜

 

梅雨が明けて外での訓練が再び活発になり始めてきた頃、俺は校舎裏に設えられた射撃場で訓練している千葉と速水の元へと訪れていた。

 

「おいお前ら、ちょっと暗殺に手を貸してくれないか?」

 

射撃中だった二人に対して俺は率直に用件を話すことにする。たらたらと話を先延ばしにする理由もねぇし、俺が現れたことで射撃は中断されてたからちょうどいい。

 

「俺と速水に声を掛けたってことは狙撃か?」

 

「そうだ」

 

「暗殺の時間と場所、シチュエーションは?」

 

そんな俺に対して千葉と速水も不要な言葉を挟むことなく対応してきた。そもそもコイツらだって無駄に言葉を並べ立てるような性格じゃないからな。理解力も高いし話が早くて助かる。

 

「残念ながら具体的な時間と場所は決まってない。必要な条件が揃ってねぇんだ。だから今日は条件が揃った時に手を貸してもらえるよう事前交渉に来たんだよ」

 

しかし話が早くて協力を得られても暗殺を実行できるかどうかは別なんだよなぁ。ぶっちゃけ条件を揃えられるのが何時になるのかも不明なのが現状だ。

 

「その条件っていうのはなんだ?」

 

千葉が当然の疑問を投げ掛けてくる。前回と違って今回は隠しておく理由もないので俺も必要となる条件を言うことにしよう。

 

「大量の水がある場所。それと律が隠れて射撃できる環境だ」

 

「……ってことは暗殺の要は律?でも律が射撃できる環境って校舎周りに絞られるんじゃない?」

 

『ご心配には及びませんよ、速水さん』

 

速水の疑問には俺じゃなく俺の携帯を介して律が答えた。既に律への協力要請は終えている。その時点で暗殺に必要となる機能は確認済みだ。

 

『以前にお話ししたと思いますが、私が投入される前の作戦で私はイトナさんと連携して殺せんせーを追い詰める役割でした。その際に殺せんせーが私の射程範囲外へ逃げても追跡できるように移動手段も備わっています』

 

「……というわけだ。だが律本体の大きさを考えると隠れられる場所も限られてくる。殺せんせーの警戒を弱めるって意味でも学校の周りで条件を揃えられたらベストだな」

 

だが仮に条件の揃った場所を見つけられたとして、初めての場所に呼び出したら殺せんせーも普段以上に警戒するだろう。下手をすると律本体と周辺環境の匂いを嗅ぎ分けられるかもしれない。万全を期すためには律本体を移動させずに暗殺できる環境を揃えるのが理想だ。

まぁ流石にそこまで都合良く条件を揃えられるとは思ってねぇがな。平日は学校があるから事前の仕込みで律本体を動かしちまえば殺せんせーにバレる。土日で仕込みから実行までバレずに全部終わらせるのは難しいだろうし、計画を実行に移すのは夏休みが妥当なところか。

 

「取り敢えず暗殺の概要は出来てるってことだろ。具体的な内容を教えてもらってもいいか?」

 

「もちろん暗殺には協力するわ。断る理由もないしね」

 

よし、言質は取った。暗殺の手駒ゲットだぜ。つーかE組の奴らは基本的に人が()いからな。反抗的な寺坂組以外は交渉せずとも協力を得られるだろうとは踏んでいた。

とはいえ俺だって協力を仰がれたら理由もなく断ることはないだろう。なんたって地球の危機だ。そこに暗殺の成功報酬百億も加われば断る理由の方が少ない。

それはさておき、そろそろ暗殺計画の概要を説明していくか。射撃訓練を中断させてる手前、時間を取らせるのも悪い。

 

「まずは殺せんせーを水辺に呼び出して俺と明久、ムッツリーニ、秀吉の四人で囲む。その時に水辺を背後にして殺せんせーを立たせるから、お前らは水辺を挟んで離れた場所で配置に着いてくれ」

 

基本配置は俺達四人による半円形の包囲網だ。装備は以前と同じく二丁拳銃とウエストポーチで俺達に注意を向けさせ、背後は弱点である水に警戒を向けさせる。

前方と後方の近距離に注意と警戒を促し、盲点となる遠方から千葉と速水の狙撃で仕留める。……ことが出来れば楽なんだが、単純な狙撃で仕留められないのは修学旅行で把握済みだ。だからこそ二人にも囮となってもらう。

 

「暗殺開始の合図は以前教室で実行した暗殺と同じようにコインを弾く。ただしタイミングは落ちた瞬間じゃなくて頂点に達した瞬間。その瞬間に千葉と速水で殺せんせーを狙撃だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ちょっと待って。地中から……?」

 

俺の説明に疑問を挟んだ速水が話を中断する。まぁいきなり“地中から射撃する”なんて言えば疑問に思うのは当たり前か。

しかし千葉は俺の言葉を聞いて少し考え込むと、具体的に解説するまでもなく答えを導き出した。

 

「……そうか。地面を掘って律が展開した武装の砲身と同口径の砲身を繋ぎ合わせるんだな。だから律本体は隠れて射撃するってことか」

 

「おう、流石は建築士志望。良い発想だな。ズバリその通りだ」

 

「……全校集会の時も思ったがお前のその情報網はどうなってるんだ?」

 

そんなもんムッツリーニと律がいればどうにでもなる。コイツら二人の情報収集能力が合わされば現実世界と電脳世界の両方で網を張れるからな。大抵の情報は手に入れられる。

法律違反?問題にならなきゃいいんだよ。殺せんせーの動向を見張るための監視ツールということにしておこう。国家機密が関与していることにすれば表沙汰にはなるまい。

 

「そこは気にするな。で、話を続けるとそれで仕留められればいいが下手すると殺せんせーは地中からの射撃すら躱す可能性がある。そこで俺達四人の出番だ。殺せんせーが躱すことを前提に回避する方向を予測して対先生手榴弾を投げ込む。狙撃を回避した後の広範囲爆撃だったら殺れるかもしれねぇ」

 

ただしあくまで本命は律による地中からの射撃だ。俺達四人の役割は注意を引くこと、それと律の射撃を回避された場合の追撃である。出来れば不確定要素の多い最後の保険には頼りたくない。

 

「殺せんせーが回避する方向を予測……?」

 

「そんなことが出来るのか?」

 

「普通に躱される分には無理だろうな。だがこれまで殺せんせーが追い詰められた時の緊急回避を思い出してみろ」

 

今度は速水だけでなく千葉も疑問を挟んできたが、俺は二ヶ月近く見てきた殺せんせーの動きから回避先を予測する。これまで殺せんせーが追い詰められた時……月一の脱皮を使わざるを得なかった時の状況を思い出せば自ずと分かることだ。

俺の言葉で二人も殺せんせーが回避する方向に予測がついたのか、瞳に確信の光を宿した速水がその方向を答える。

 

「……なるほど、上ね?」

 

「正解だ。今回の暗殺ではその緊急回避を意図的に誘導する。前方半分を俺達と隠した武装、後方半分をお前達と弱点の水。全員が一斉に動き出した瞬間、地中から射撃されれば反射的に上に逃げる可能性が高い。問題はどの程度の高さまで回避されるかだが……そこはある程度の賭けだな。取り敢えず対先生手榴弾を投げる高さは周りの環境を見てから決める」

 

実際には上に逃げる可能性が高いってだけで別の方向へと逃げる可能性もなくはないが、仮に別方向へ逃げても上で対先生手榴弾を炸裂させれば当たるかもしれない。

我ながら律の射撃以降は運任せの作戦だ。ただまぁ少しでも成功確率を上げるために細部は詰めておこう。まだ暗殺する場所も決まってないからな。夏休みまで時間は有り余ってる。

 

「話は以上だ。暗殺の目処が立ち次第、また連絡する。決行が何時になるかも分からねぇから気長に待っといてくれ。あ、分かってるとは思うがこの事は内密に頼むぞ。じゃあな」

 

特に質問もなさそうだったので俺は話を切り上げることにした。作戦の細部を詰めるのもそうだが、まずは肝心の暗殺場所を選定しねぇとな。

だがこの一ヶ月後には殺せんせーがわざわざプールを用意してくれたおかげで決行が早まり、都合よく暗殺の条件を揃えられるとは本当に思っていなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

暗殺開始とともに対先生手榴弾を上へ放り投げた僕らは、その直後の炸裂に備えてすぐさま腕で顔を覆う。起爆のタイミングは雄二に任せていたが、相手はマッハ二十の殺せんせーだ。雄二は対先生手榴弾を放り投げてからほとんど間を置かず起爆させた。

 

「っ……‼︎」

 

周りの木の高さくらいを目安に投げたから炸裂した対先生弾もそこまで痛くはない。それ以上の高さだと横に逃げられたら木が邪魔になるとのことだ。ただし雄二とムッツリーニは少しでも隙間をなくすため更に上へと投げている。これでほぼ全方位に向けて対先生弾が炸裂したことだろう。

 

「ど、どうなったの……?」

 

「分からん……雄二よ、最後の方はどうなったのじゃ?」

 

降り注ぐ対先生弾が途切れた後、その役割から最後まで顔を上げていたであろう雄二に秀吉が問い掛ける。周りを見回すとプールを挟んだ向こう側に千葉君と速水さんの姿はあったものの、肝心の殺せんせーの姿は何処にも見当たらない。

だが問われた雄二にも分からないようだった。

 

「……俺が最後に見たのはドンピシャで対先生手榴弾に囲まれた殺せんせーの姿だ。起爆した後までは分からねぇ。その辺に殺せんせーの爆散した身体や服でもあれば殺ったと思えるんだが……」

 

「…………何処にも殺せんせーが死んだ形跡は残されていない」

 

厳しそうな声音で返す雄二の言葉にムッツリーニも否定的な言葉を合わせてくる。そう、殺せんせーが生きている形跡も死んだ形跡も周りにはないのだ。死んだ形跡がないってことは生きてるのかもしれないけど、じゃあ殺せんせーは何処に行ったのかって話になるわけで……

 

 

 

 

 

「ーーーヌルフフフフ、そう簡単に殺されてしまっていては“殺せんせー”の名が廃ってしまいます」

 

 

 

 

 

その時、僕らの背後からあの憎たらしい笑い声が聞こえてきて反射的に後ろを振り向く。そこにはいつも通りに笑みを浮かべる五体満足の殺せんせーの姿があった。見た限り律の射撃で破壊できた触手も再生済みである。

そんな殺せんせーが今回実施された暗殺についての評価を下す。

 

「地中からの射撃に回避する方向を予測して投げ込まれたBB弾グレネードの流れは少し肝を冷やしましたが、私の動きを制限するものがない屋外であれば幾らでも逃げ道はあります。爆風よりも速く動けますからねぇ。ただちょっと焦って回避しましたので遠くまで行き過ぎてしまいましたが」

 

あぁ、それで帰ってくるのが遅かったんだな。いったい何処まで行っていたのか。

その評価を聞いた雄二も今回の結果については納得しているようだった。

 

「……まぁそうだろうな。律の射撃が回避された時点であとは運任せの暗殺だったんだ。この結果は妥当なもんだろ。……だが失敗したことで収穫もあった。次は殺すぞ、殺せんせー」

 

「えぇ、いつでも受けて立ちますよ。まぁ次も殺せないとは思いますがねぇ」

 

相変わらずの余裕を見せる殺せんせーに、やっぱり一筋縄ではいかないことを再確認する。だがまぁそれでこそ殺せんせーって感じだ。

狙撃位置についていた千葉君と速水さんも合流し、律も端末上に現れて労いの言葉を掛け合いながら今回の暗殺も失敗に終わったのだった。




次話
〜期末の時間・一時間目〜
https://novel.syosetu.org/112657/30.html



明久「これで“バカ達の時間・二時間目”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」

千葉「暗殺の話を持ち出してから二話を挟んで遂に決行か」

速水「私達も手伝ったけど蓋を開けてみればただの囮だったわね」

明久「あー、やっぱりちょっと気を悪くしちゃったかな?」

千葉「いや、坂本の作戦は合理的だったし俺達としても文句はない」

速水「そうね、納得した上で参加したんだから与えられた役目を果たすだけよ」

明久「根っからの仕事人だよね、この二人……」

千葉「というか一つ疑問に思ったんだが、お前らはいったい暗殺前に何を仕込んでたんだ?今回の暗殺の内容的に仕込むものなんてほとんどないだろ?」

明久「あぁ、確かに実際仕込んだのは律の射程を延長する砲身だけだよ。プールに行ったのは地中を掘るためのルート確認と僕らの配置決め、あとは殺せんせーにプールの中に何か仕掛けたって思わせるためのブラフだって」

速水「坂本がわざわざ殺せんせーに暗殺を公言したのは、砲身を仕込むためだけじゃなくてプールを意識させるためでもあったのね」

明久「ぶっちゃけ作業のほとんどは律の仕事だからねぇ。そういうことに慣れたムッツリーニがちょっと手伝ったくらい?」

千葉「本当に律は万能だな」

速水「私達にとっては頼もしい限りだけど」

明久「暗殺だけじゃなくて色々と助けられてるもんね。寝坊防止とか節約レシピとか食べられる植物の見分け方とか動物の解体方法とか」

千葉・速水「「それは吉井だけだから」」

明久「あれ?」

千葉「まぁ失敗だったとはいえ坂本の考えた暗殺もこれで終わりだ。坂本はもう次を見据えてるみたいだし、俺ももっと狙撃の腕を上げとかないとな」

速水「私も訓練に付き合うわ。どんな環境でも成功させられるぐらいにはならないとね」

明久「うわぁ、ストイック……僕も狙撃教えてもらおうかなぁ。取り敢えず今回はここまで‼︎ 次の話も楽しみにして待っててね‼︎」





雄二「失敗した腹いせに殺せんせーの書き直したファンレターを匿名でネットにアップしてやった」

律『よく分かりませんが言われた通りに拡散しておきました‼︎』

殺せんせー「にゅやああああッーーー!?!?」


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期末の時間・一時間目

雄二の計画した二度目の暗殺も失敗に終わってしまい、それで何かの収穫は得たようだが暫くはアイツも大人しくしていることだろう。幾ら悪知恵が働くとは言っても殺せんせーを殺す算段を立てるのはそう容易じゃないはずだ。

また誰かが暗殺計画を立てるまで殺せんせーの暗殺を日々繰り返して弱点を探っていくしかない。少なくとも僕が暗殺計画を立てることはないと思う。ごちゃごちゃ考えるのは苦手だし。

とはいえ皆も暗殺にばかり意識を向けていられるわけではない。僕らは暗殺者であるとともに中学生なのだ。暗殺者にとっての目標が殺せんせーの暗殺ならば、中学生にとっての目標は成績上位を取ることである。そしてその成績を決する期末テストが間近に迫っていた。

 

「ヌルフフフフ、皆さん一学期の間に基礎がガッチリ出来てきました。この分なら期末の成績はジャンプアップが期待できます」

 

例の如く高速強化テスト勉強として殺せんせーが分身しながら個別に勉強を教えてくれている。それと教室ではなく気分転換に環境を変えて外での勉強中だ。詳しいことは分からないけど、その方が勉強の効率が上がるとかなんとか。

 

「殺せんせー、また今回も全員五十位以内を目標にするの?」

 

期末テストに向けて勉強を進める中、渚君が今回の目標について殺せんせーに問い掛けていた。中間テストの時はE組の劣等感を払拭するって理由で五十位以内を目標にしてたものの、もう反抗心を露わにしてた寺坂君も改心?したことだし劣等感を感じてる人ってそんなにいないと思うけど。

 

「いいえ、先生あの時は総合点ばかり気にしていました。生徒それぞれに合うような目標を立てるべきです。そこで今回はこの暗殺教室にピッタリの目標を設定しました‼︎」

 

暗殺教室にピッタリの目標?いったいどんな目標なんだろう?暗殺教室に……暗殺者にピッタリ……まさか成績上位の生徒を暗殺して上位陣の空席を作るつもりなのか⁉︎ その空席分だけ成績の順位を上げようと⁉︎

 

「見損ないましたよ殺せんせー‼︎ まさか先生がそんな酷いことを考える超生物だったなんて‼︎」

 

「にゅやッ⁉︎ え、なんですか急に⁉︎ 吉井君の中で先生はどんな目標を設定したことになってるんですか⁉︎ 恐らく君の考えている内容とは違うと思いますよ⁉︎」

 

僕の非難する声を聞いた殺せんせーが慌てながら否定してくる。どうやら僕の予想した目標とは違うらしい。

 

「そうなんですか?だったら早くその内容を教えてくださいよ」

 

「話の腰を折ったのは君でしょうに……さて。前にシロさんが言った通り、先生は触手を失うと動きが落ちます。色々と試してみた結果、触手一本につき先生が失う運動能力はざっと10%‼︎」

 

落ち着いた殺せんせーが自身の触手について説明し始める。ちょっと興味を惹かれる内容だけど、それと期末テストの目標になんの関係があるんだろう?

僕の疑問を余所に殺せんせーの説明は続く。

 

「そこでテストについて本題です。前回は総合点で評価しましたが、今回は皆さんの最も得意な教科も評価に入れます。教科ごとに学年一位を取った者には、答案の返却時に触手を一本破壊する権利をあげましょう」

 

殺せんせーから提示された報酬によって皆の顔色が変わる。それほどまでにE組にとっては意味のある報酬だった。ほぼ無敵の先生が自ら弱体化してくれると言うのである。これは又と無い暗殺のチャンスだ。

僕らの表情から報酬の意味を理解したと悟ったらしい殺せんせーが笑みを深くする。

 

「チャンスの大きさが分かりましたね?総合と五教科全てでそれぞれ誰かがトップを取れば、六本もの触手を破壊できます。……これが暗殺教室の期末テストです。賞金百億に近付けるかは皆さんの成績次第なのです」

 

この先生は生徒のやる気を引き出すのが本当に上手い。僕から見ても皆の目の色が変わったのがよく分かる。

よし、僕も頑張って皆を応援するぞ‼︎ 誰でもいいからトップを取ってくれ‼︎ ……え、僕?もちろん努力はするけど流石にトップなんて取れるわけないじゃん。そういうのは頭のいい人に任せるよ。

 

 

 

 

 

 

期末テストの報酬を聞いたE組の多くは放課後も教室に残って勉強していた。中間テストの時に“第二の刃を持て”と言われてから皆は暗殺だけじゃなく勉強にも力を入れてきたけど、今回は総合と五教科のトップを取れば殺せんせーの触手を破壊できるとあってモチベーションはかなり高い。

そんな中、杉野君の携帯に着信が入って誰かと会話していたのだが、何を思ったのか杉野君は通話をスピーカー状態にして周りにも会話を聞こえるようにしてきた。いったいどうしたんだ?

 

『ーーー俺達三年のクラスの序列は最下層にお前らE組。横並びのB・C・D組。そして頂点は成績優秀者を選りすぐった特進クラスのA組がある』

 

そうして杉野君の携帯から聞き覚えのある声が聞こえてきた。進藤君、球技大会では敵対してたけど杉野君との関係は良好のようだ。じゃなかったら連絡なんかしてこないだろう。

とはいえ聞こえてきた話の内容から雑談や何かの用事というわけではなさそうだ。携帯越しに進藤君の話は続けられる。

 

『そのA組が全員集結して自主勉強会を開いてるんだ。こんなの初めて見る。音頭を取る中心メンバーは“七賢人”と言われる椚ヶ丘(うち)が誇る天才達だ』

 

七賢人?あー、そういえばそんな名前で呼ばれてる人達がいたようないなかったような……まぁ僕が思い出さなくても進藤君が説明してくれるか。

とか思ってたら思ってた以上のナレーション口調で進藤君は説明してくれた。彼は野球選手とかを目指してるんじゃないの?解説志望なんじゃないかってくらい力の入った説明だったんだけど。

取り敢えず分かったのは、全校集会で雄二が口論して打ちのめした中間テスト総合四位・社会の荒木鉄平、なんかのコンクールで目立ったらしい中間テスト総合五位・国語の榊原蓮、カルマ君に中間テストの成績で負けた中間テスト総合七位・理科の小山夏彦、E組総出で梅雨時期に下痢ピー状態にした中間テスト総合八位・英語の瀬尾智也の四人が七賢人の下位陣らしい。

……あれ?こうやって言葉にして並べると全然凄そうに聞こえないぞ?なんか榊原君以外には既に勝ってると言えなくもないような……いや、成績で勝ってなかったら意味ないか。理事長の妨害があったとはいえ中間テストはカルマ君しか渡り合えてないわけだし、まだ七賢人の上位陣が控えてることを考えると流石に成績上位の壁は厚い。

 

『その中でも全ての教科において高成績を収めている上位三人(トップスリー)‼︎ 中間テスト総合三位‼︎ 癖の強い“七賢人”の中では珍しく社交的で明るく非の打ち所がない模範生‼︎ 木下優子‼︎』

 

あ、本校舎の生徒から見ても七賢人とやらは癖が強いと思うんだ。まぁ学力至上主義の学校のそのまた上位陣ともなれば然もありなん。というか木下優子って……

 

「姉上が模範生とは……本性を知っているワシとしては違和感しかないぞい」

 

「あ、やっぱり姉弟だったんだ。球技大会の時にチラッと見たけど瓜二つだったし……同じ学年ってことは双子なの?」

 

「うむ、その通りじゃ」

 

そう、秀吉にはA組に所属する双子の姉がいる。一卵性双生児かと思うほどよく似ていて、違う箇所なんてテストの点数と話し方ぐらいしか思いつかないほどだ。知名度としては木下優子の方が高く、弟である秀吉のことは知らないという人も多いだろう。現に矢田さんは知らなかったみたいだし。

 

『そして椚ヶ丘の双璧と呼ばれる(まさ)に別格の二人‼︎ 中間テスト総合一位‼︎ 一度学んだことは決して忘れないとまで言われている驚異の記憶力の持ち主‼︎ 霧島翔子‼︎』

 

進藤君の説明が中間テスト総合三位から二位ではなく一位に飛んだけど、もしかしてこの前の中間テストは全教科満点が二人もいたってことか?霧島さんの噂は本校舎にいた頃から耳に入ってきてたが、彼の言う通り(まさ)しく椚ヶ丘中学校でも別格の存在というわけだ。

 

「翔子が音頭を取って自主勉強会……?全く想像できんが、まぁアイツの学力は確かだからな。大抵の問題は答えられるだろうし、質問する相手としては間違ってねぇか」

 

「え、なに?坂本って霧島翔子と仲良いの?よかったら俺に紹介してくんね?」

 

「知るか面倒くせぇ」

 

前原君が絡んでくるのを雄二が鬱陶しそうに(あしら)っていた。事あるごとに女の子に告白して付き合っている(とともに振られている)前原君だけど、どうやら霧島さんには告白していないらしい。まぁ彼女は男子生徒からの告白を悉く断っていて同性愛者じゃないかって噂まで流れていたから、流石の前原君も告白するのは躊躇っていたのだろう。というか雄二と霧島さんもいったいどんな関係なんだ?まさか二人が良い関係なんてことはあるまいな……?

 

『最後に中間テストのみならず全国模試でも一位‼︎ 椚ヶ丘中学校の生徒会長であり、名実ともに俺達生徒の頂点に君臨するのが……支配者の遺伝子・浅野学秀。あの理事長の一人息子だ』

 

そしてその霧島さんをも上回る怪物が浅野君だ。こちらも噂でしか聞いたことはないが、浅野君は入学してから常にテストで総合一位を取ってるらしい。霧島さんですら並ぶことはあっても追い越したことはないとか……うん、理事長の息子だって聞くと現実味があるから手に負えない。

 

『全教科パーフェクトの三人と各教科のスペシャリスト達。七人合わせて“七賢人”。七人合わせりゃそこらの教師より腕は上だろう。奴らはお前らE組を本校舎に復帰させないつもりだ』

 

何も殺せんせーの触手が懸かったこのタイミングで全体的な学力向上を図らなくてもいいだろうに……いやまぁA組は僕らの事情なんて知らないだろうけどさ。下手したら地球存亡の分かれ目だよ?

多分だけど中間テストのことを考えるとまた理事長が裏で動いてるんだろうなぁ……でもテストの出題範囲を変えるみたいな直接的な妨害はなさそうで安心した。

 

「ありがとな、進藤。口は悪いが心配してくれたんだろ。でも大丈夫。今の俺らはE組を出ることが目標じゃないんだ」

 

杉野君の言う通り、僕らの目標はあくまで殺せんせーの暗殺である。その過程で今回は学年トップを狙わなければならなくなったというだけだ。どのみちA組との直接対決は避けられない。

 

「けど目標のためにはA組に負けないくらいの点数を取らなきゃなんない。見ててくれ、頑張るから」

 

『……勝手にしろ。E組の頑張りなんて知ったことか』

 

最後に悪態を吐いて電話を切った進藤君だったが、その声音に見下しているような雰囲気はなかった。球技大会から大分丸くなったもんだ。

さて、目標を再認識したところで勉強に戻るとしますか。取り敢えず僕も出来るだけ上を目指さないとね。

 

 

 

 

 

 

〜side 渚〜

 

殺せんせーから期末テストの報酬を提示された次の日、僕らは磯貝君に誘われて本校舎の図書室で勉強していた。他には茅野や神崎さん、奥田さんや中村さんも一緒に勉強している。

椚ヶ丘中学校の図書室は進学校だけあって学習書も充実しており、いつも予約でいっぱいな上にE組は後回しにされるから僕らは滅多に使用することができない。そこで磯貝君は期末テストの時期を狙って随分前から予約していたそうだ。真面目な磯貝君らしい行動である。もしかしたら片岡さんなんかも予約してるんじゃないだろうか?

 

「おや、E組の皆さんじゃないか‼︎ 勿体ない。君達にこの図書室は豚に真珠じゃないのかな?」

 

と、勉強している僕らに高圧的な物言いで声を掛けてくる人達がいた。例の七賢人と呼ばれている生徒達だ。全員はいないみたいだけど荒木君、榊原君、小山君、瀬尾君の四人が座っている僕らを見下ろしている。

 

「退けよ雑魚ども。そこは俺らの席だからとっとと帰れ」

 

「なっ、何をぅ⁉︎ 参考書読んでんだから邪魔しないで‼︎」

 

瀬尾君の言葉に茅野が反論する。でも茅野が読んでるのは参考書じゃなくてプリンの本だよね?参考書を被せてカモフラージュしてるみたいだけど、それならせめて参考書よりも小さい本にしないとモロバレだから。

 

「ここは俺達がちゃんと予約を取った席だぞ」

 

「そーそー。クーラーの中で勉強するなんて久々でチョー天国〜」

 

茅野の説得力の弱い反論はともかく、磯貝君の言い分は至極真っ当なものだ。図書室の利用予約票だってあるし、受付でそれを確認してもらってもいい。その恩恵を中村さんが受けているのも当然の権利だろう。

しかし真っ当な言い分だろうが彼らにはE組である僕らの言葉なんて聞く耳持たないようだ。

 

「君達は本当に記憶力ないなぁ。この学校じゃE組はA組に逆らえないの‼︎ 成績が悪いんだから」

 

「さっ、逆らえます‼︎」

 

そんな高慢な態度を崩さない小山君の言葉に言い返したのは意外にも奥田さんだった。

 

「私達、次のテストで全科目で一位取るの狙ってるんです‼︎ そしたら大きな顔させませんから‼︎」

 

そう、彼らの言い分を借りるなら成績さえ良ければE組だからといって見下すことはできない。学力至上主義の椚ヶ丘中学校だからこそ校則以上に成績は大きく立場を左右する。僕らの期末テストの目標を考えれば奥田さんの主張も尤もだった。

とはいえ現状では僕らの成績が彼らに劣っているのも事実である。反抗的な奥田さんの主張に小山君が眉を顰め、

 

 

 

「ちょっと、そこのA組とE組の皆。図書室では静かにしなさい。上下関係以前に常識の問題よ」

 

 

 

口を開こうとしたところで女生徒の声が割り込んできた。その場にいた全員が声のした方へ視線を向けると、そこにはE組で毎日のように見ている顔が普段とは違う制服を纏って佇んでいて、

 

「木下」

 

小山君が声の主の名前を呼んだことでその女生徒の素性がはっきりした。この人が七賢人の一人である木下優子さんなのだろう。

いや、本当は小山君が名前を呼ぶ前から誰かなんて見当はついてたけどさ。幾ら双子だからって性別も違うのに似過ぎじゃないかな?一瞬だけど木下君が女装してるのかと思ったよ。

 

「奥田さん、特に貴女はE組なんだから注意しないと。E組への差別が校則で決められている以上、騒がしくして本校舎の生徒に迷惑を掛けたら図書室を追い出されても文句は言えないわよ?」

 

木下さんの警告は一般的な本校舎の生徒達のような上から目線ではなく、その内容も椚ヶ丘中学校の校則に則ったものであって明確な悪意は感じ取れなかった。

奥田さんも彼女の言っていることは正論だと思ったらしく、小山君に言い返していた時の勢いは鳴りを潜めて木下さんへと謝っていた。

 

「す、すみません……あれ?どうして私の名前を知って……?」

 

「だって貴女、中間テストで理科十七位だったじゃない。E組で成績上位に名前が並んでたら記憶にも残るわ」

 

奥田さんの疑問に木下さんは何でもないかのように言うけど、やっぱり成績上位を競っているような人達は近い順位の人もチェックしてるみたいだ。それが成績不振・素行不良で集められたE組ともなれば確かに目に付くだろう。

 

「木下の言う通り、記憶を辿れば一概に学力なしとは言えないな。他にも神崎有希子・国語二十三位、磯貝悠馬・社会十四位、中村莉桜・英語十一位……一教科だけだったら一応勝負できそうなのが揃っている」

 

木下さんの言葉を聞いた小山君も中間テストの順位を思い起こしていた。しかもこの順位は理事長の妨害を受けた上での成績である。あれがなかったら期末テストの目標である科目トップはカルマ君の数学以外にも何教科かは達成できていたかもしれない。

 

「面白い。じゃあこういうのはどうだろう?俺らA組と君らE組、五教科でより多く学年トップを取ったクラスが負けたクラスにどんなことでも命令できる」

 

僕らの成績を再確認した荒木君がE組の目標を聞いて成績勝負を提案してきた。しかし僕らはその提案を受け入れていいものか迷ってしまう。

僕らの目標は全教科一位だから勝負すること自体は吝かじゃないけど、皆に確認もせず“負けたクラスにどんなことでも命令できる”というリスクを負うのは良くないだろう。勝負を受けるかどうかはそれからだ。

そんな僕らの沈黙を勝負に怖気付いたと判断したようで、瀬尾君が強気な様子で黙ったままの僕らを煽ってくる。

 

「どうした?急に黙ってビビったか?自信あるのは口だけか、雑魚どもが。なんならこっちは()()()()()構わないぜ」

 

 

 

 

 

次の瞬間、僕らは近くにいた荒木君、榊原君、小山君、瀬尾君の喉元にシャーペンや指を突きつけていた。

 

 

 

 

 

「……命は簡単に賭けない方がいいと思うよ?」

 

急所を取られた四人は表情を強張らせて身体を硬直させている。これが()()()()()()()()()()()どうなっていたかは想像に(かた)くないだろう。暗殺教室に通う僕らにとってその手のやり取りは冗談では済まされない。

僕の言葉で身体の硬直を解いた彼らは冷や汗をかきながら僕らから離れていく。

 

「じょ、上等だよ‼︎ 受けるんだな、この勝負‼︎ 死ぬよりキツい命令を与えてやるぜ‼︎」

 

そう言いながら四人が図書室から出ていったことで図書室は静けさを取り戻していった。っていうかなんか流れで勝負を受けることになっちゃったし……取り敢えず皆にも報告しないとなぁ。

 

「……だから図書室では静かにって言ってるでしょう。本当に追い出されても知らないからね?」

 

静けさを取り戻した図書室の中で、木下さんが溜め息を吐きながら再び僕らに警告してきた。まぁ今のは僕らの方にも少し問題があったか。客観的に見れば僕らから手を出したようなもんだし。

 

「何回もごめんね、木下さん」

 

「でも反論するわけじゃないけどさ、そもそもちょっかい掛けてきたのはあっちだからね?」

 

僕が木下さんに謝っていると、中村さんが自分達の無罪を主張するように言い返していた。確かに事の発端は四人が絡んできたことだし、根本的な原因は彼らにあるだろう。

中村さんの主張に木下さんは少しだけ悩ましそうにしていた。

 

「まぁそうなんだけどね……でも椚ヶ丘(ここ)の校風を考えたらE組ってだけで悪くされても不思議じゃないでしょ?」

 

てっきり校則だからE組なのが悪いって言われると思っていたけど、木下さんの言った内容は校則そのものが悪いというニュアンスである。寧ろ僕らの立場を(おもんばか)ったような言い方だ。

この反応には中村さんも目を丸くしており、僕らが思ったことを代表して茅野が木下さんに言葉を掛ける。

 

「なんか木下さんってA組っぽくないね。E組(私達)とも普通に話してるし」

 

「だって態度を変える理由がないもの。それに秀吉もE組なんだから“E組だから”って理由で邪険に扱ってたら切りがないわ」

 

木下さんの言い分を聞いて僕らも納得した。そりゃ身内にE組がいてそれを邪険に扱っていたら家族間がギスギスしてどうしようもないだろう。

だが木下さんの言葉はそこで終わりじゃなかった。

 

「ただまぁそういう制度があることに同意した上で入学してるわけだから、貴方達も差別に文句はないだろうしE組になったからって文句を言える立場でもないでしょうけどね」

 

そう言うと木下さんも彼らと同じようにその場から立ち去っていく。図書室にいたことから自分の勉強に戻ったのだろう。

彼女の考え方はなんとなく前に聞いた坂本君の考え方と似ていると思った。校則で決められている差別待遇は受け入れているけど、校則から生まれる校風までは受け入れていない感じとか。ホント、A組にしては珍しい人だったなぁ。

とはいえ今回の目標を達成するためには彼女も乗り越えなければならない相手だ。誰が相手だろうと負けるわけにはいかない。……まぁ僕の成績だとトップを取れるかは怪しいんだけどさ。得意な英語だって中村さんの方が上だし。どこまでやれるかは分からないけど僕も頑張らないとなぁ。

そしてこの図書室の騒動は瞬く間に全校の知るところとなり、この賭けはテスト後の僕らの暗殺を大きく左右することになる。




次話
〜期末の時間・二時間目〜
https://novel.syosetu.org/112657/31.html



渚「これで“期末テストの時間・一時間目”は終わりだね。皆は楽しめたかな?」

秀吉「いよいよA組との直接対決じゃが、ここで新たにクロスしたキャラクターの登場じゃ。とはいえ実際に登場したのは姉上だけじゃがの」

優子「なに、秀吉。私だけだったら何か文句でもあるわけ?」

秀吉「姉上よ、邪推し過ぎじゃ。ワシは単に霧島が出てこなかったことを言いたかっただけじゃ」

渚「あ、そういえば出てこなかったね。どうするんだろう?」

優子「私が出たんだから代表……じゃなかったわ。霧島さんもすぐに出てくるんじゃないかしら?……ちょっと霧島さんの呼び方に違和感があるわね」

秀吉「姉上はずっと霧島のことを代表呼びじゃったからのぅ」

渚「……ねぇ。少し不思議……というかこんな言い方したら失礼だと思うんだけど、霧島さんと木下さんの成績って同列なの?確か文月学園では成績順位に差があったでしょ?」


優子「……あのね、潮田君。そういうイメージなのも分かるけど、文月学園のAクラス平均点数って実は200点くらいなの。私は大体300点から400点は取ってるから、自分で言うのもなんだけどそれなりに優秀なのよ」

秀吉「うむ。霧島や姫路、ムッツリーニの保健体育のような400点越えは文字通りの化け物じゃ。問題数無制限で点数に上限がないから如実に実力差が現れておるが、上限ありの普通のテストならば恐らくAクラス上位は全員が同列か僅差じゃろう」

渚「あぁ、そっか。100点満点のテストだから時間内だったら問題を解けさえすれば解く速さは関係ないんだ」

優子「そういうこと。まぁ霧島さんの方が優秀なのは事実だけどね」

秀吉「さて、渚の疑問にも答えたことじゃし今回はこの辺で終わりにするかの」

優子「そうしましょうか。それじゃあ次の話も楽しみにして待っててね」





殺せんせー「ちなみに先生の触手についてですが、漫画ではなくアニメ基準で運動神経が低下しています。流石に20%は落ち過ぎですからね」

雄二「まぁどちらにせよ速いことに変わりないから関係ねぇんだけどな」

明久「うん、ぶっちゃけどうでもいいよね」

殺せんせー「二人の反応が淡白過ぎます……」


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期末の時間・二時間目

なんかA組と期末テストで勝負をすることになったらしい。登校してきた僕らに渚君達が経緯も含めて昨日の放課後の出来事を教えてくれた。そのことで相談もせずにって謝られたんだけど、話を聞く限りでは相談できる状況でもないしどう考えても渚君達は悪くないと思う。それと追加の情報で勝ったら相手に命令できるっていう内容は一つだけということになったとか。

そんな一悶着はあれど期末テストは確実に近づいてきていて、授業も基礎的なものから応用的なものの割り合いが内容的にも多くなっている。基礎と応用の違いが分かるようになるなんて、僕も三年生になってから随分と成長したようだ。とはいえ皆もやる気十分だったんだから間違いなく成長しているのは僕だけじゃない。これならA組との勝負だって問題ないだろう。

 

「こらカルマ君、真面目に勉強やりなさい‼︎ 君なら十分総合トップが狙えるでしょうが‼︎」

 

「言われなくともちゃんと取れるよ。アンタの教え方が良いせいでね。けどさぁ殺せんせー、アンタ最近“トップを取れ”って言ってばっかりでつまらないね」

 

問題ないだろう、とは思うんだけど……何故かカルマ君だけ一人やる気が削がれてるんだよね。E組の中間テスト総合トップであるカルマ君は、今回の期末テストでも重要な戦力だって考えてたのに……いったいどうしちゃったんだろうか。また停学明けの時みたいな反抗期かな?

 

「それよりどうすんの?そのA組が出してきた条件って……なーんか裏で企んでる気がするんだけど」

 

「心配ねぇよ、カルマ。このE組がこれ以上失うモンなんてありゃしない」

 

「まぁ失うモンは無くとも無理難題を吹っかけられる可能性はあるがな」

 

今回の賭け事について楽観的に捉えている岡島君だったが、カルマ君や雄二の考えは岡島君とは違うようだ。とはいえ渚君達の話だとその場の流れで勝負することになったみたいだし、幾らなんでも二人の考え過ぎだと思うけどなぁ。流石にそこまで厄介な命令は考えてないだろう。

 

「勝ったら何でも一つかぁ。学食の使用権とか欲しいな〜」

 

「あ、それいいね。だったらタダで学食を使えるようにお願いすればどうかな?それなら僕もお昼にカロリーを摂取できるし」

 

「二人とも、命令はあくまでもA組に対してじゃからな?それでは学校に対する命令じゃぞ。というよりE組から本校舎までの距離を考えると学食の使用そのものが面倒ではないか?」

 

倉橋さんの提案は僕の食生活も充実するから名案だと思ったんだけど、それは秀吉によってあっさりと否定されてしまった。……むぅ、そう言われてしまうと中々これといったものが思いつかない。クラス間での勝負だから僕個人の主張をするわけにもいかないし。

 

「ヌルフフフフ、それについては先生に考えがあります。さっきこの学校のパンフを見ていましたが、とっても欲しいものを見つけました」

 

と、僕らが命令について頭を悩ませていたところで殺せんせーが提案してきた。この学校のパンフ?でもそれって学校への命令になるんじゃ……?

 

()()を寄越せと命令するのはどうでしょう?」

 

そんな僕の杞憂を余所に提案された殺せんせーの命令を聞き、皆は思ってもいなかった内容に驚きの表情を浮かべていた。きっと僕も皆と同じような表情をしてると思う。

だけど殺せんせーの提案した内容はA組に要求できるもので、それでいてE組全員に利点があるものとしては最大級の命令かもしれない。何より僕も美味しいカロリーを摂取することができる。先生の提案を否定する人は誰もいなかった。

 

「君達は一度どん底を経験しました。だからこそ次はバチバチのトップ争いも経験して欲しいのです。先生の触手、そして()()……ご褒美は十分に揃いました。暗殺者なら狙ってトップを()るのです‼︎」

 

本当に殺せんせーは僕らのために色々と考えてくれてるなぁ。元々成績トップを狙ってたんだから目標自体は変わらないものの、ここまでお膳立てしてもらった以上は是が非でもA組に勝たないとね。

 

 

 

 

 

 

今日の授業も滞りなく終わり、じゃあ放課後も期末テストに向けて勉強だ。と自分でも似合わないことを思っていたんだけど、秀吉とムッツリーニは用事があるとのことで今日は帰ってしまっていた。まぁそういう日も偶にはあるさ。

つまり今日は雄二と二人で勉強ってことになる。それでも特に問題はないんだけど、気分的にはもう一人二人は欲しいところだ。う〜ん、誰か誘おうかなぁ。もしくは何処かの勉強グループに入れてもらおうかなぁ。取り敢えずトイレに行った雄二が帰ってくるのを待ってから相談しよう。

 

「ねぇ吉井君。もし良かったら放課後、本校舎の図書室で一緒に勉強しない?実はテスト期間を狙って前から予約してたのよ。……坂本君はお手洗いかしら?」

 

僕があれこれ考えていたところで片岡さんから勉強のお誘いを掛けられた。隣には矢田さんもいる。物凄いグッドタイミングだ。雄二が残ってることもお見通しらしいし、それなら話は早いや。

 

「うん、そうだよ。まぁ雄二には訊かなくても断る理由なんかないだろうし、誘ってくれるなら僕らも一緒に勉強させてもらおうかな。……でもなんでわざわざ僕らを誘ってくれたの?他にも偶に一緒に勉強してる人とかいるでしょ?」

 

僕も誰かしら誘おうと思ってたし誘ってくれたこと自体は嬉しいんだけど、片岡さん達が僕らを誘ってくれた理由がよく分からないんだよね。今回はA組と勝負していて殺せんせーの触手も懸かってるわけだし、E組の中でもトップを狙えそうな人を誘った方がいいんじゃないかな?

僕でもそう思うんだから片岡さん達だってそれくらいのことは分かってるはずだ。それなのにあまり一緒に勉強したことのない僕らを誘ってくれた理由となると……

 

「そりゃあお前の成績が悪くて放っとけなかったんだろ」

 

「え、そうなの⁉︎」

 

トイレから帰ってきた雄二の指摘に僕は愕然としてしまう。まさか殺せんせーの触手、延いては地球の存亡が懸かった期末テストでも放っておけないくらい僕の成績は壊滅的だと思われていたなんて……全滅じゃないだけマシなのに。

そんな僕らのやり取りを見て片岡さん達は苦笑いを浮かべている。

 

「吉井君、坂本君が言ってるのは違うからね?貴方達を誘ったのは偶々っていうか、授業で班も組んだことがあるから誘いやすかっただけよ。坂本君も、図書室で一緒に勉強しようって話なんだけどどうかしら?」

 

「ん、じゃあお言葉に甘えさせてもらうとするか。にしてもテスト期間中に図書室利用可能とは用意がいいな」

 

「確かにねー。ずっと前から図書室の予約をしてる辺り、メグってば本当に真面目だよ」

 

やっぱり雄二にも断る理由はなかったようで、片岡さんのお誘いを間を置くことなく受け入れていた。机に置いていた荷物を取って教室を出る準備もしており、僕も雄二に続いて行こうとする。

 

「メグちゃんメグちゃん、私も一緒に図書室行っていい〜?」

 

と、そこで倉橋さんも僕らに声を掛けてきた。どうやら今日は彼女も誰とも予定がないらしい。

当然ながら倉橋さんの参加を拒否するような人はおらず、僕らは五人で本校舎の図書室へと向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

図書室に来た僕らは片岡さんの利用予約票を受付に見せて中へ入り、指定された席で教科書や参考書を広げて勉強を始めることにした。取り敢えず僕は得意科目である文系科目を中心に進めていくことにする。期末テストで科目トップを狙うならまずは得意科目を伸ばしていかないとね。だから決して苦手科目を後回しにしてるとかそんなんじゃない。

 

「ーーーこんにちは、E組の諸君。先日はA組(うち)の者が急な勝負を仕掛けて悪かったね。改めてルールについては確認してもらえたかな?」

 

そんな勉強している僕らのところへ声を掛けてきたのは、今回の期末テストで戦うA組のリーダーである浅野君だった。っていうかA組(うち)の者って……何処かのマフィアの首領(ドン)みたいな言い方だな。いやまぁ生徒の頂点って意味では間違ってないけど。

そんな浅野君に応じるのは雄二だ。僕らの面子で浅野君の鉄面皮染みた(ツラ)の皮と対抗できるのは、他人を小馬鹿にしたような憎たらしい(ツラ)の雄二しかいない。

 

「おう、浅野。“五教科で勝った方が命令を一つ下せる”だろ、問題ないぜ。……で、この取り決めをしたのはお前だよな?いったいどんなえげつない命令を考えてんだ?」

 

「えげつないなんて人聞きが悪いな。生徒同士の賭け事にそこまで無茶な要求はしないさ。考えている命令もA組とE組の関係を明確にする程度の軽い命令だよ」

 

「ほぉ、A組とE組の関係を明確に……ね。俺達に主従契約でも結ばせるつもりか?確かに“契約書にサインする”ってのも一つの命令だもんな。相変わらず発想が恐ろしいこって」

 

「A組からの命令に関してはノーコメントとさせてもらうけど、その発想が出てくる時点で恐ろしいというのは君も変わらないと思うよ」

 

うわぁ、やってるやってる。なんでこの二人の会話って殺伐とするんだろうなぁ。少なくとも去年までと違って今はそんな必要ないだろうに。

と、そこで隣に座っている矢田さんから肩を叩かれたのでそちらへと振り向く。

 

「ねぇ吉井君、坂本君と浅野君って前から付き合いがあるの?なんか初対面って感じでもないけど」

 

「ん〜、まぁ生徒会と対立してた時にちょっとね。雄二も去年まではしょっちゅう喧嘩して色々と目を付けられてたからさ」

 

雄二は自分が悪いっていう証拠を残さないように暴れてたし、それを怪しむ教師や生徒会の物言いは自然と高圧的で殺伐としていたものだ。僕は雄二に邪魔だって言われて案山子(かかし)になってたけど、もうちょっと平穏な学園生活は送れなかったものかと今でも少し思う。今の暗殺教室が平穏かって言われるとまた別だけど。

僕が過去を振り返って遠い目をしてる間にも話は進んでいた。雄二と浅野君の探り合いに倉橋さんが割って入る。

 

「それで、浅野ちゃんは何しに来たの?私達とお喋りしに?」

 

「いや、そういうわけじゃ……というより僕の呼び方を訂正してもらえないだろうか?」

 

「え〜、じゃあ浅ちん?」

 

「普通に呼ぶという選択肢はないのか……それなら最初の呼び方でいい」

 

まさかの浅野君が折れた⁉︎ 特に意味のないやり取りとはいえ、あの浅野君すら振り回すなんて……倉橋さん、恐ろしい娘っ‼︎

珍しく諦めたように嘆息する浅野君は肩を竦めて話を続ける。

 

「僕は彼女の付き添いだよ。これ以上の余計な諍いはないと思うけど、彼女が自主的に動くのは珍しいから念のためね」

 

……彼女?え、何?浅野君、暗に彼女がいるって僕らに自慢しに来たの?めっちゃ殺意が湧いてきたんだけど。

というのは僕の勘違いだったようで、

 

「……雄二」

 

「ぅわっ‼︎」

 

突然現れた静かな、でも凛とした声に僕はびっくりして肩を跳ねさせる。反射的に声のした方向へと視線を向けると、いつの間にか霧島さんが近くまで来ていた。物静かな人なのは知ってたけど、僕に全く気配を感じさせないなんて……まるで凄腕の暗殺者みたいだ。

でも霧島さんだったら噂から考えて浅野君の彼女ってことはないだろう。名前を呼ばれた雄二がまたもや会話に応じる。

 

「翔子か。いったい何の用だ?」

 

「……どうしてまた勉強する気になったの?」

 

「別にお前には関係ないことだ。……だが今度のA組との勝負、E組は負けるつもりねぇから覚悟しとけ。浅野、お前もな」

 

そう言って雄二は二人に対して獰猛な笑みを浮かべる。よくもまぁ雄二個人だと馬鹿で勝てないのは明白なのに強気になれるものだ。とはいえ僕もE組が手も足も出ず負けるだなんて思っちゃいない。科目トップを狙えそうな人はE組にも揃ってるんだからね。

 

「……そう」

 

「随分と強気な発言だね。まぁ良い勝負が出来ることを期待してるよ」

 

雄二の発言に対して二人はそれだけ言うと僕らの席から立ち去っていった。霧島さんの考えてることはよく分からなかったけど、浅野君は明らかに良い勝負が出来るとは思っていない言い方である。少なくとも自分が負けることは考えてないんだろう。強気なところは浅野君も変わらないなぁ。

 

「……結局、霧島さんは今のを坂本君に訊きに来ただけだったのかしら?」

 

「みたいだね……それよりも坂本君と霧島さんってどういう関係なの?お互いに名前で呼び合ってたけど……もしかして付き合ってるとか?」

 

残された僕らはすぐに勉強に戻れるような雰囲気でもなく、関心は二人の訪問から雄二と霧島さんの関係へと向けられていた。そこは僕も大いに気になっていたところだ。もし二人が良い関係だなんて言おうものなら雄二を処刑せねばなるまい。

 

「いや、それはない。アイツとは単なる幼馴染みってだけだ」

 

…………まぁ今はセーフにしておこう。美人の幼馴染みがいるというだけで有罪ものだが、二人にそれらしい空気はなかったし図書室で暴れるのは問題になる。僕も友達を失わずに済んで安心したよ。

その後は雄二が話を逸らして再び勉強を再開することになった。なんか話の切り替え方が強引だった気もするけど、新事実が判明して僕も殺意が抑えきれなくなったら大変だから一先ず置いておこう。

そうして浅野君と霧島さんとの邂逅は特に波乱もなく過ぎ去り、僕らは図書室の利用時間終了まで勉強を続けるのだった。




次話
〜終業の時間・一学期〜
https://novel.syosetu.org/112657/32.html



雄二「これで“期末の時間・二時間目”は終わりだ。楽しんでくれたか?」

矢田「今回も新しく登場した人ってことで霧島さんが来てくれてるよ‼︎」

翔子「……よろしく」

雄二「つーかなんでお前は俺が図書室にいることを知ってたんだよ。今回は偶々片岡に声を掛けられただけだぞ」

翔子「……私も図書室で勉強してたから。雄二を見掛けて声を掛けただけ」

矢田「あ、原作みたいに坂本君が来たから図書室に来たってわけじゃないんだ」

雄二「それはそれで異常だからな?それが普通だと思うなよ」

翔子「……まだそこまでするつもりはない」

雄二「()()ってどういうことだオイ」

矢田「そういえば霧島さん、坂本君が女の子と一緒だったのに冷静だったね。原作では結構ヤキモチ焼いてたのに」

翔子「……まだ彼女じゃないから。実力行使に出るのは彼女になってから」

雄二「だから()()ってどういうことだオイ‼︎ それとお前の実力行使はほぼ犯罪と変わらないからな⁉︎ 仮に彼女になったとしても実行していいってわけじゃないぞ‼︎」

矢田「霧島さんってホントに坂本君一筋だよねー。坂本君も素直になればいいのに」

翔子「……私も雄二の頑固さには困ってる」

雄二「お前らな……まぁいい。今回はFクラスと違って勝てる要素の大きい勝負だ。進級直後の試召戦争みたいには行かねぇぞ」

矢田「まぁそこは私も坂本君と同じ意見かなぁ。色々と負けるわけにはいかない勝負だし」

翔子「……私も負けない」

雄二「ということで期末テストの勝負は次に持ち越しだ。次回も楽しみにしとけよ」





明久「……ということがあったんだけど、ムッツリーニとしては雄二をどう思う?」

土屋「…………有罪(ギルティ)。慈悲はない」

秀吉「お主らもその辺りの対応は一貫して変わらんのぅ……」


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終業の時間・一学期

期末テスト当日。いつもより早く学校へと登校してきた僕は、途中で一緒になった渚君や中村さんとテストを受ける教室まで移動していた。中間テストと同じくまた普段通りに家を出てしまったのでそれなりに早い時間帯である。まぁ遅刻するよりはいいだろう。

 

「どーよ、渚?ちゃんと仕上がってる?」

 

「うーん……まぁヤマが当たれば」

 

いつもと変わらない様子の中村さんの問い掛けに、渚君は少し自信のなさそうな様子で答えていた。とはいえ椚ヶ丘中学校は進学校でテスト内容も難しいから別段おかしな反応でもない。

そんな渚君に活を入れるように中村さんは笑顔で彼のお尻を叩く。

 

「男ならシャンとしな‼︎ 英語ならあんたも上位狙えんだから。吉井、あんたはどんな感じ?」

 

続いて中村さんは僕にも同じ問い掛けをしてきた。普通のテストであれば代わり映えのしない会話だけど、今回の期末テストは触手の破壊と賭けの勝敗が懸かっている。もしかしたら彼女なりに僕らの成績を気に掛けているのかもしれない。

僕はテスト勉強の仕上がりを伝えて安心させるべくサムズアップで彼女の問い掛けに答えた。

 

「僕は問題ないよ。上手くいけば平均越えは狙えそうだから」

 

「ホレ見てみ。吉井は平均越えでこの自信だよ?渚もそこは見習わないと」

 

「あ、あはは……うん、そうだね」

 

どうやら僕は自分の心配だけしてればいいらしい。触手と賭けは皆に任せてテストの自己記録更新でも目指そう。

 

「楽しみだなぁ〜」

 

と、僕らが廊下を歩いていると嘲るような声が聞こえてくる。そちらへ視線を向けると、そこには小太りニキビと細身眼鏡の男子生徒がいた。……どうしてだろう。この二人のことはよく知らないけど、物凄いモブキャラの小物臭がする。

 

「A組と無謀な賭けをしたんだって?」

 

「お前らが負けたらどんな命令されんだろ〜な〜」

 

いったい本校舎の生徒達がE組(僕ら)に何の用かと思ったら、A組とE組の賭けは関係ない生徒にとっては良い娯楽だな。テスト前なんだから教室に閉じこもって勉強でもしてればいいのに。

などと思っていたら中村さんが無言で二人へと近づいていき、いつの間にか指の間に挟んでいた鉛筆を小太りニキビの生徒の鼻の穴に突っ込んだ。そして何の感情を表すこともなく彼女は鉛筆の挟まれた拳を振り上げる。

 

「ホゲェーッ‼︎」

 

鉛筆が折れるほどの力で遠慮なしに拳を振り上げられ、小太りニキビの生徒は奇声を上げながら鼻から血を吹き出した。

凄いなぁ。何が凄いって、流血沙汰の暴力を振るったにも関わらず誰も騒いでないんだよね。彼女の所作が自然過ぎて誰も反応できなかったのだろう。もしくは二人がモブ過ぎて誰も興味を示していなかったか。

 

「さて、あたしらのテスト会場って此処だよね。もう誰か来てる……」

 

何事もなかったかのように歩みを進めた中村さんだったが、その彼女が教室を覗いたところで動きを止めた。不思議に思いながら僕と渚君も中村さんの後ろから教室を覗くと、教室の窓側には細い目元に膨れた頰、ニキビ鼻に何処かで見たことのある髪型をした……誰?

 

()()だ。流石に理事長から人工知能の参加は許されなくてな。ネット授業で律が教えた替え玉を使うことでなんとか決着した」

 

僕らが教室前で固まっていると後ろから烏間先生の説明が聞こえてきた。なるほど、何処かで見たことある髪型だと思ったら律と同じ髪型なのか。まあ確かに、律だったらまず間違いなくほぼ満点を取れるだろう。記憶じゃなくてデータとして知識を蓄えてるんだから、カンニングしながらテストを受けるようなものだ。テストで学力を測れるわけもない。

しかしそれはともかく、律役の説明してくれた烏間先生は何やらお疲れの様子である。珍しい、何かあったのだろうか?

 

「交渉の時の理事長に“大変だな、コイツも”……という哀れみの目を向けられた俺の気持ちが君達に分かるか」

 

そう言って何とも言えない表情で自分を指差す烏間先生を見て、僕らは考えるよりも先に深く頭を下げていた。もう本当に頭が上がりません。

自分の中で気持ちを切り替えたらしい烏間先生は、佇まいを正すといつもの真っ直ぐな視線を僕らへ向ける。

 

「……律と合わせて俺からも伝えておこう。頑張れよ」

 

「はいっ‼︎」

 

烏間先生の応援に渚君が元気よく返事を返した。中村さんも口には出さないけど自身有り気の表情を浮かべている。まぁ僕だって出来る限りの勉強はしてきたんだ。先生達の応援に応えるためにもテスト(本番)も頑張ろうかな。

 

 

 

 

 

 

二日を掛けて全てのテストが終わり、あとは採点を待って答案が返ってくるのを待つのみ。うちの学校では答案と一緒に学年内順位も明かされるので、自分の成績だけじゃなくA組との勝負の行方も一目瞭然である。

 

「さて皆さん、全教科の採点が届きました」

 

そして三日後には答案が帰ってきた。

殺せんせーは手に持った封筒の束から一つを開けて中身を取り出す。

 

「では発表します。まずは英語から……」

 

殺せんせーの言葉に全員が緊張した面持ちで耳を傾けている。僕らにとっては成績の良し悪しだけじゃなく、結果次第で今後の命運を左右するかもしれないんだ。皆の緊張も無理はない。

そんな空気の中で先生からテストの結果が告げられる。

 

「E組の一位……そして学年でも一位‼︎ 中村莉桜‼︎ 完璧です。君のやる気はムラっ気があるので心配でしたが」

 

「ふふーん。なんせ賞金百億が掛かってっからね。触手一本、忘れないでよ殺せんせー?」

 

幸先の良い結果にE組からは歓声が上がり、名前を呼ばれた中村さんもドヤ顔で答案用紙を受け取っていた。まずは触手一本ゲット、それにA組から一勝だ。

しかし盛り上がる僕らを他所に殺せんせーは嬉しそうながらも冷静に現状を見ている。

 

「とはいえ一教科トップを取ったところで潰せる触手はたった一本。それにA組との五教科対決もありますから、喜ぶことが出来るかは全教科返した後ですよ」

 

そう言われれば確かに、五教科のうち一教科で勝ったとしても残る四教科で負けていたら意味がない。皆の表情も自然と引き締まっていった。

そうして教室が静かになったところで先生は二つ目の封筒を開けて中身を取り出す。

 

「続いて国語、E組一位は……坂本雄二‼︎ ……が、しかし学年一位は浅野学秀・霧島翔子の二人が同率一位‼︎」

 

「⁉︎」

 

国語の学年一位を逃したことで教室には悔しそうな雰囲気が流れるものの、僕は先生の口から告げられたあり得ない結果に思わず背後を振り返っていた。

 

「ゆ、雄二‼︎ どうしてそんな順位になってるの⁉︎」

 

まだ僕は返してもらってないから分からないけど、E組一位ってことは椚ヶ丘中学校でも上位の成績ってことだ。昔は神童とか呼ばれていたらしいとはいえ、今は紛れもない馬鹿のはずなのに‼︎ 馬鹿のはずなのに‼︎

 

「勉強から離れていた三年間のブランクを殺せんせーにかなり戻されたからな。あとは科目トップを狙って授業速度(ペース)の速くない教科を集中的に勉強しただけだ。とはいえ負けちまったら意味はねぇ」

 

「そんなことはありません。坂本君も大躍進です。今はそれで十分ですよ」

 

席を立ちながらそう答える雄二に、殺せんせーも答案用紙を返しながら言葉を掛ける。雄二は過程よりも結果を重視していて不服そうだが、まぁ先生の言う通り次のテストで頑張るしかないだろう。

 

「やっぱ点取るなぁ、浅野と霧島は。英語だって中村と僅差の二位・三位だし」

 

「流石は全国一位とそれに肩を並べる秀才。中間よりも遥かに難易度は高かったのに、全教科で変わらず隙がない」

 

でも国語と英語の成績を見て僕らは浅野君と霧島さんの実力を改めて再認識した。“七賢人”なんて並べて呼んではいるけど、結局は二人を倒せなきゃ学年トップは取れないんだ。

 

「……では続けて返します。社会、E組一位は磯貝悠馬‼︎ そして学年では……」

 

ここまで一勝一敗、この社会を取れるかどうかで戦況は大きく変わる。果たして結果は……

 

「おめでとう‼︎ 浅野君や霧島さんを抑えての学年一位‼︎ マニアックな問題が多かった社会でよくぞこれだけ取りました‼︎」

 

殺せんせーの称賛に磯貝君は珍しく興奮した様子でガッツポーズを決めていた。これで二勝一敗、E組が勝利に王手を掛けた状態である。皆も緊張じゃなくて興奮で落ち着きがなくなってきた。

 

「次は理科、E組一位は奥田愛美‼︎ そして……」

 

いよいよ決着がつくかもしれない四教科目だ。奥田さんも両手を胸の前で組み、固唾を呑んで先生の発表を待っている。ここで決められるか……?

 

「素晴らしい‼︎ 学年一位も奥田愛美‼︎ 三勝一敗‼︎ 数学の結果を待たずしてE組がA組に勝ち越しを決めました‼︎」

 

殺せんせーがE組の勝利を告げてクラッカーを鳴らすと、今度こそ教室中から盛大に勝ち鬨が上がる。

本校舎の人達はまさかA組がE組に負けるとは夢にも思ってなかっただろう。僕らの盛り上がり以上に意気消沈してるに違いない。特にA組は負けたことで不利益も出るわけだしね。

 

「……てことは賭けの賞品の()()も頂きだな」

 

「楽しみ〜」

 

A組から勝ち取った賭けの賞品、これが何よりも大きな成果だ。これを取れるか取れないかで色々と予定が変わってくる。まずは予定通りに事を進められそうで安心したよ。

残る数学は竹林君がE組一位だったけど、学年一位は浅野君で勝負は三勝二敗という結果である。それに加えて総合一位も浅野君だった。欲を言えば触手獲得のためにもう少し勝っておきたかったけど、まぁ()()()()()()()を手に入れられたんだから良しとしよう。

こうして期末テストは中間テストの雪辱を果たす形でE組勝利に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

「さて皆さん。素晴らしい成績でした。五教科プラス総合点の中で皆さんが取れたトップは三つです。早速暗殺の方を始めましょうか。トップの三人はどうぞ触手三本をご自由に」

 

全てのテストが返された後、そう言って殺せんせーは顔色を緑の縞々に変化させながら三本の触手を差し出してきた。つまり三本くらいなら触手を破壊されても余裕ってことだ。まぁこの前の暗殺でも触手三本破壊された後で対先生手榴弾を普通に回避してたからなぁ。このまま暗殺したんじゃ確実に殺せないだろう。

しかしだからこそ僕らはこのまま暗殺しないという選択肢を取ることが出来るんだ。折角の殺せんせーが弱体化してくれるチャンス、少しでも暗殺成功の確率は上げておきたい。そういうわけで皆で相談して決めたことを磯貝君が……

 

「おい待てよ、タコ。五教科トップは三人じゃねーぞ」

 

と、そこで何故か寺坂君グループの四人が教壇へと歩み出てきた。なんだ?皆で相談した時には彼らが何かするなんて話は聞いてないけど……

殺せんせーも寺坂君の言っている意味が分からないのか困惑している様子である。

 

「……?三人ですよ寺坂君。国・英・社・理・数、全て合わせて……」

 

「はぁ?アホ抜かせ。五教科っつったら国・英・社・理……あと()だろ」

 

殺せんせーの言葉を遮って寺坂君達は満点解答の家庭科を差し出していた。これには流石の先生も今までに見たことがないくらい動揺している。

 

「ちょ、待って‼︎ 家庭科のテストなんてついででしょ‼︎ こんなのだけ何本気で百点取ってるんですか君達は‼︎」

 

「だーれも()()五教科とは言ってねぇよな?」

 

うん、確かに殺せんせーは一言も主要教科とは言ってなかったけど……明らかに先生の揚げ足を取った屁理屈だね。ただまぁそれで家庭科の満点を取ってきた辺りは普通に凄いと思うけど。

 

「おいおい寺坂、何寝惚けたこと言ってんだ」

 

「おぉ、坂本君‼︎ そうですそうです、言ってやってください‼︎」

 

殺せんせーの動揺した様子にドヤ顔を浮かべていた寺坂君だったが、そんな彼に対して文句を言いながら雄二も教壇へと歩み出てきた。

思わぬ救いの手に先生は期待の眼差しを雄二へ向けているが、動揺しているからか口端を釣り上げている雄二の悪どい笑みには気付いていない。

 

「五教科っつったら英・社・理・家・保体の五つに決まってんだろ。なぁムッツリーニ?」

 

「…………(コクコク)」

 

雄二に話を振られたムッツリーニはその場で立ち上がると、保健体育の答案用紙を先生に見えやすく突き出した。点数は見間違えようのない満点である。

 

「ひぃぃぃぃ‼︎ つ、土屋君まで⁉︎ 皆さんもっと主要教科に力を入れてくださいよ‼︎」

 

「いや、ムッツリーニの保体はいつも満点だ。特に保体に力を入れたわけじゃない」

 

「マジですか⁉︎」

 

殺せんせーの確認にムッツリーニはコクリと頷いてみせる。ムッツリーニが保健体育を得意としてるのは知ってたけど、まさかいつも満点だとは知らなかった。

そこに今回のテストでは目立たずパッとしなかったカルマ君からの援護射撃が入る。

 

「……ついでとか蔑ろにするの、家庭科さんと保健体育さんに失礼じゃね?五教科の中でも最強を争う家庭科さんと保健体育さんにさ」

 

カルマ君の言葉を皮切りに教室中から援護射撃が乱れ飛ぶ。こうなってしまっては殺せんせーに抗う(すべ)はない。五教科トップ八人、合計で八本の触手を獲得だ。多数決の理不尽(力を合わせる)って素晴らしいね‼︎

 

「それと殺せんせー。これは皆で相談したんですけど、この暗殺に今回の賭けの戦利品も使わせてもらいます」

 

と、ここで事前に皆で相談して決めていたことを磯貝君が殺せんせーに話した。それを聞いた先生もいつも通り拒否することなく了承してくれる。

これで計画していた暗殺の準備は万端だ。あとは実行までに細部を詰めて暗殺練度を上げるのみ。今年の夏休みは色々な意味で楽しみである。

 

 

 

 

 

 

期末テストの後、一学期の終業式もつつがなく終わって残るはHRのみとなった。

 

「一人一冊です」

 

そう言って殺せんせーが渡してきたのは身長の半分ほどの大きさがある“夏休みのしおり”である。

 

「出たよ……恒例の過剰しおり」

 

「アコーディオンみてぇだな……」

 

「これでも足りないくらいです‼︎ 夏の誘惑は枚挙に(いとま)がありませんから」

 

恐らく“夏休みのしおり”を読み込んでいる間に夏休みが終わることだろう。確かに夏の誘惑に惑わされることはなさそうだ。夏を満喫することも出来なさそうだけど。

クラス全員に“夏休みのしおり”を配り終えたところで殺せんせーが話し始める。

 

「さて、これより夏休みに入るわけですが……皆さんにはメインイベントがありますねぇ」

 

「あぁ、賭けで奪った()()のことね」

 

先生の問い掛けに中村さんが椚ヶ丘学園のパンフレットを取り出して見せた。

本来は成績優秀クラス……A組に与えられるはずだった特典を賭けに勝って手に入れたのだ。とはいえ今回の期末テストはトップ五十をほとんどA組とE組で独占してるんだから、僕らにだってこの特典をもらう資格はあるだろう。その特典とは……

 

「夏休み‼︎ 椚ヶ丘中学校、特別夏期講習‼︎ 沖縄離島リゾート二泊三日‼︎」

 

そう、A組から勝ち取った特典は夏期講習という名の国内旅行であった。そして僕らにとっては期末テスト前から計画していた、修学旅行ぶりに行われる暗殺旅行でもある。

 

「君達の希望だと、触手を破壊する権利は教室では使わずこの離島の合宿中に行使するということでしたね」

 

皆で相談したのは殺せんせーがA組に対する命令としてこの特典を提案した後だが、実は期末テストの報酬に触手を破壊する権利を提示された時からそれだけでは殺せないと考えた人は何人もいたそうだ。

浅野君や霧島さんがいることを考えたらストレート勝ちや総合トップを取るのは至難の業である。つまりA組に勝ったとしても獲得できる触手は三〜四本と考えていたらしい。それでは期末テスト前に実行した僕らの暗殺の二の舞である。

だからこそ期末テスト後の暗殺は実行しなかったのだ。触手も想定より倍の本数を獲得したことだし、今回はE組総出で万全を期して暗殺に臨ませてもらう。

 

「触手八本という大ハンデでも満足せず、四方を先生の苦手な水で囲まれたこの島も使って貪欲に命を狙う。……正直に認めましょう。君達は侮れない生徒になった。これは標的(先生)から暗殺者(君達)へ送る通知表です」

 

そんな僕らの意気込みに殺せんせーも本気で感心している様子だった。軍隊すら殺せなかった超生物に僕らの実力を認められたのだ。暗殺者としてこれ以上に嬉しい評価はないだろう。

今年の四月から始まって三ヶ月が経った暗殺教室、その間の暗殺者としての通知表は教室いっぱいにばら撒かれた二重丸である。

 

「一学期で培った基礎を存分に活かし、夏休みも沢山遊び、沢山学び、そして沢山殺しましょう‼︎ 暗殺教室、基礎の一学期……これにて終業‼︎」

 

そうして殺せんせーの号令で締め括られて一学期最後の授業が終わるのだった。




次話 番外編
〜僕とゲーマーと夏休み(前編)〜
https://novel.syosetu.org/112657/33.html

次話 本編
〜策謀の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/36.html



明久「これで“終業の時間・一学期”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」

神崎「霧島さんや木下さんが加わってどうなるかと思ったけど、なんとか期末テストも無事に終わって良かったね』

明久「まぁ浅野君がA組のトップとして君臨してる以上、残念ながら誰が加わっても大勢(たいせい)は変わらないよ。神崎さんじゃなくて雄二が国語トップってのはあり得ない改変点だと思うけど」

律『もし私が参加できていたら国語以外はお役に立てたんですが……お力になれず申し訳ないです』

明久「え、律って国語が苦手なの?」

律『はい、人の心は暗殺よりも難関ですね。やっぱりAIの私に現代文などはまだ難しかったみたいです』

神崎「律ならきっと大丈夫。いつか心を理解することだって出来るわ」

明久「僕でよかったら少しは教えるよ?一応だけど国語は得意科目だし」

律『ありがとうございます。でも明久さんは感情豊かなので一緒に居させてもらえれば十分です』

神崎「確かに明久君って見てて分かりやすいし、あんまり感情に裏表がないもんね」

明久「う〜ん、原作では罵倒に晒されてるから良く言われるのってむず痒いなぁ」

律『罵倒されるのは明久さんのアイデンティティのようなものですもんね‼︎』

明久「僕のアイデンティティじゃなくて、原作のコンセプトに合わせた結果だからね?その辺の違いを理解する心も大事だよ?」

神崎「ふふっ、そうだね。それじゃあ今回はこれくらいにしとこうか。次も楽しみにして待っててね」





雄二「神崎も律も明久の評価をオブラートに包み過ぎだな。要するに単純で物事を深く考えてない馬鹿ってことだろ?」

渚「坂本君はオブラートに包まなさ過ぎだよ……確実に吉井君が褒められるのに慣れてない原因の一人だよね」

カルマ「いや、井上堅二(作者)のせいじゃね?」

渚「それは究極的な責任転嫁だから‼︎」


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僕とゲーマーと夏休み(前編)

〜side 有希子〜

 

色々なことがあった一学期も終わって夏休みが始まり、私達は離島での暗殺に向けた訓練の時以外は学校から解放されます。

とはいえ去年と違って今の生活に嫌気が差しているわけじゃないし、寧ろ今のE組は居心地が良いくらいで逃げ出すようなことはありません。

私も去年と比べて随分変わったと思う。まぁ殺せんせーと暗殺教室で過ごしていたら誰だって変わるよね。だって暗殺っていうところから既に非日常的なわけだし。

何よりも修学旅行の誘拐騒動を経て考え方が変わったことが大きいです。自分に自信を持って自分らしく……自由に生きていくことを決めてからは見える景色が変わりました。そのためには何事もまずは前向きに、だね。

そうして一学期の思い出に浸っていると、私の携帯からメールの受信を知らせる着信音が鳴りました。机の上に置いてある携帯を取って相手を見れば……明久君?なんだろう、明久君からメールしてくるなんて珍しいな。

一先ず送られてきたメールを開いて中身を見てみることにします。

 

《神崎さん、明日って暇だったりする?新しいゲームを買ったんだ。よかったら僕の家で一緒に遊ばない?》

 

……明久君の家かぁ。正直に言えば行ってみたいかも。それに新しいゲームっていうのも気になる。明久君のことだから協力プレイ系じゃなくて対戦プレイ系のゲームだと思うけど……いったいなんのゲームだろう?

一応明日の予定を確認するために予定帳を手に取ります。特に何も予定は入れていなかったはず……うん、大丈夫みたい。

予定を確認した私は明久君にメールを返します。

 

《こんにちは、誘ってくれてありがとう。明日は特に予定もないから大丈夫だよ。明久君のお(うち)ってどの辺りなの?》

 

その後も幾らかメールのやり取りをして明日の予定を詰めていきました。……今更だけどこれってお家デートに入るのかな?……うん、多分だけど明久君は意識していないだろうし違うかな。

まぁ何はともあれ、明久君と遊ぶのは久しぶりなので楽しみなのは変わりありません。取り敢えずクローゼットを開けて何着か服を取り出します。明日はどれを着て行こうかなぁ。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

ある夏休みの日の午後。僕は昨日、神崎さんにメールを送って遊ぶ約束を取り付けていた。急な誘いだったからどうかなぁ、とは思ったけど特に予定はないとのことで翌日……つまり今日の午後から遊ぶことになったのである。

遊ぶ場所は僕の家だ。遊びに誘った時に家の住所は教えてあるので問題ない。普段はお菓子もジュースも食料もないけど、此方から誘った手前お出迎えの準備は必要だろうと考えて午前中に色々と買い出しにも行った。日々の金欠生活(自己責任)に追われて椚ヶ丘の裏山を駆け巡っている僕でもそれくらいの常識はある。そして最後に新しいゲームの用意を済ませて準備は万端だ。

僕の私生活を知っている人からすればどうしてそこまでするのか疑問に思う人もいるだろう。しかしわざわざ夏休みに神崎さんを自宅へと呼び出し、お出迎えの準備をしてまでゲームで遊ぼうとするのにはわけがある。それは……

 

「ふふふ、神崎さんに勝つためだったら手段は選ばない……‼︎」

 

そう、修学旅行の時に約束したゲームの再戦を果たすためだ。そして今度こそ僕が勝つためである。その未来を勝ち取るための作戦も練ってきた。

僕の知る限りでは神崎さんはトップクラスの凄腕ゲーマーだ。一年前に知り合って対戦した時は惨敗し、修学旅行で対戦を申し込んだ時も追い縋るのが精一杯で勝つことは出来なかった。アーケードでの対戦は勝ち目が薄い。

じゃあ自家用ゲーム機だったらどうだ?というのが僕の思い至った考えだ。僕の家にあるゲームで尚且つ神崎さんの家にないゲームだったら勝ち目はあるはず。でもそれだけだったら彼女のゲームの才能の前に捩じ伏せられてしまうかもしれない。

そこで僕が目をつけたのは唯一勝ったことのあるエアホッケーである。液晶画面上での対戦じゃないエアホッケーを勝ち星に挙げるのは僕的に微妙なのだが、重要なのはそこじゃない。重要なのは身体を動かすゲーム……体感ゲームだったら勝てるかもしれないということだ。それも対戦するゲームは先週末に出たばかりのボクシングの体感ゲームである。更に数日間の特訓済み。如何に神崎さんといえどもここまで条件を揃えられれば勝てないだろう。

フハハハハ‼︎ 今日が神崎さんへの下克上記念日だ‼︎ え、卑怯だって?卑怯汚いは敗者の戯れ言‼︎ 事前に勝つための条件を揃えるのは立派な戦略の一つじゃないか‼︎ 誰になんと言われようとも勝利を掴んでみせる‼︎

 

ーーーピンポーン。

 

と、そこで僕の家に来客を知らせるチャイムが聞こえてきた。お、神崎さんが来たかな?約束の時間ピッタリなんて几帳面だなぁ。

僕は意気揚々としながら玄関へ向かう。

 

「神崎さん、いらっしゃ…………」

 

声を出しながら鍵を外し、扉を押し開けて彼女を迎え入れる。はず、だったんだけど……

 

「……なんでいるの?カルマ君」

 

「まぁまぁ、細かいことはいいじゃん」

 

僕の目に入ってきたのは艶やかで真っ直ぐな黒髪を背中まで伸ばした神崎さん。彼女は僕が呼んだんだから問題ない。だがその隣には何故か飄々とした笑みを浮かべる赤髪のカルマ君(あんちくしょう)の姿もあった。

どういうことか神崎さんに視線を向けて事情を訊くと、どうやら町でヤンキーをカツアゲした(釣り上げた)帰りだというカルマ君と偶々遭遇したらしい。で、僕の家でゲームすることを聞いた彼は自分も行きたいということで着いてきたのだという。

 

「本当はメールでカルマ君も一緒に行って大丈夫か訊こうとしたんだけど……」

 

「吉井だったら取り敢えず大丈夫だろうからサプライズで黙っててもらった」

 

その大丈夫は“僕だったら許してくれるだろうから訊かなくて大丈夫”という意味なのか、“僕の都合が悪くても関係ないから訊かなくて大丈夫”という意味なのか。カルマ君の性格だと後者である可能性が捨てきれないから何とも言えない。

まぁ来ちゃったものは仕方ないか。特にカルマ君を追い返す理由もないしね。僕は二人を招き入れて家に上げ、先導して廊下を進んでリビングへと繋がる扉を開ける。

 

「あ、吉井君。神崎さん達も来たことですし、お菓子とジュースを用意しておきましたよ」

 

そしてリビングでは買ってきておいたお菓子とジュースを用意する殺せんせーが待っていた。元々は僕と神崎さんの分だけだったけど、少し多く買っていたからカルマ君と殺せんせーの分もしっかりと用意してある。

 

「先生、気が利きますね。ありがとうございます」

 

「いえいえ、しかし夏休みとはいえゲームも程々にしなくてはいけませんよ?」

 

「そんな固いことを言わなくてもいいじゃないですか。それこそ先生の言う通り夏休みなんですから」

 

まったく、殺せんせーは夏休みでも先生だなぁ。ここは学校じゃないんだから遊びくらい自由にーーー

 

と、そこで痛烈な違和感を覚えた。

 

「……なんでいるんですか?殺せんせー」

 

「いや、反応遅くね?」

 

「普通に話してたから殺せんせーも呼んだんだと思ってた」

 

僕の疑問に呆れた様子のカルマ君と苦笑を浮かべる神崎さんの視線が突き刺さる。いや、僕の反応はおかしくないから。おかしいのは自然に上がり込んでいる殺せんせーだから。

 

「ヌルフフフフ。生徒のゴシップありそうなところに私あり、ですよ。というか普通に皆さんと遊びたいんです」

 

「暇なんですか?」

 

「暇なんです」

 

暇なんかい……そりゃマッハ二十で動けるんだから大抵のことは速攻で終わらせられるんだろうけど、だからって無断で他人の家に上がり込むのはどうなんだ。

というか自分の分のお菓子とジュースも一緒に用意している辺り、遊ぶまで帰る気はサラサラないのだろう。別に追い返したりはしないけどさ。カルマ君が来ている時点で予期せぬ来客って言っても今更だし。

 

「ねぇ神崎さん、ゴシップだってさ。いったい何が殺せんせーにとってのゴシップなんだろうねぇ?」

 

「さ、さぁ?私には全然分からないなぁ」

 

僕と殺せんせーがやり取りしていた隣では、意味深な質問を投げ掛けるカルマ君と視線を泳がせながら質問に答える神崎さんがいた。そう言われれば殺せんせーの言うゴシップってなんだろう?……神崎さんが遊びに来ること?でもただ遊びに呼んだだけだしなぁ……まぁ何でもいいか。

分からないことは一先ず横に置いておいて、まず僕が気にするべきは神崎さんへの下克上達成成就だ。真っ先に彼女と戦ってゲームの雰囲気やコツを掴まれる前に押し切ろう。ただその後にカルマ君と殺せんせーが控えてるとなると油断はできない。完全勝利で今日を終えるため気を引き締めて対戦に臨まなくては。

 

 

 

 

 

 

〜現在のゲーム戦績〜

 

一位:殺せんせー

二位:神崎さん

三位:カルマ君

四位:僕

 

……あれ?どうしてこんな結果になっているんだ?

おかしいな、戦闘訓練では僕とカルマ君の方が成績は上のはずなのに……なんでゲームになった途端に神崎さんは動きのキレが増すんだろう?お淑やかに笑いながらワン・ツーからのコンビネーションを打ち込む彼女の姿は、まるで現役のボクサーでも乗り移ったかのような玄人感を漂わせていた。

それでも今のところ戦績トップは殺せんせーだ。速すぎるとゲームが反応しきれないから殺せんせーはマッハを封じられていたが、そんな状態でも神崎さんを下せる辺りは流石である。

しかし神崎さんだって負けてはおらず、殺せんせーの独走トップを阻止するために一進一退の攻防を繰り広げていた。ここまでくると常識外の超生物である殺せんせーと張り合える神崎さんが凄いのか、マッハを封じられた状態で神崎さんと張り合える殺せんせーが凄いのか、もうどっちが凄いのか僕には分からないレベルである。

で、僕とカルマ君は純粋に戦闘訓練での成績差が出たのか僅差で負けてしまった。本当にどうしてこんな結果になってるんだ。このゲームの持ち主って僕だよね?なんで持ち主である僕が一勝も出来ないんだろう。

 

「神崎さん、訓練もゲーム感覚でやれば無双できるんじゃない?」

 

「ううん、現実とゲームは別物だもん。仮にゲーム感覚でやっても訓練で私が明久君やカルマ君と戦ったら手も足も出ないよ」

 

「まぁ格闘戦になったら身体的な性別差とかもあるからね。でも性別差があんま関係ない銃撃戦なら神崎さんかなり強くなるんじゃね?」

 

「そうかな……新しく戦略ゲーム(RTS)とか射撃ゲーム(STG)でも始めてみようかなぁ」

 

カルマ君の提案に神崎さんも真面目に考え込んでいる。確かに自分の得意なものに当て嵌めて練習するってのは良い方法かもしれない。“好きこそ物の上手なれ”って諺もあるくらいだし、そうすれば更にゲーム技術を暗殺で活かせることだろう。

でもそうなると僕が神崎さんにゲームで勝つ未来がより遠退いていくことに……よし、下手な小細工は止めだ‼︎ というか彼女を前に小細工は無駄だってことが分かった‼︎ もう正々堂々と手持ちの得意なゲームで勝負するしかない‼︎

 

「ねぇねぇ、次は別のゲームで対戦しない?」

 

「うん、いいよ。なんのゲーム?」

 

言われて僕が取り出したのは、発売元が同じゲームから色んなキャラクターが登場する大乱闘系対戦型格闘ゲームである。メジャーな対戦型格闘ゲームだから知っている人も多いはずだ。

 

「あぁ、それなら俺も持ってるよ」

 

「先生も殺し屋の皆さんを誘ってやったことがあります。ゲームだけでなく現実でも大乱闘に発展しかけましたが」

 

「先生、いったい何をやってるんですか……」

 

誘われた殺し屋の人達には同情せざるを得ない。殺せんせーのことだから自分の命をダシにして誘ったんだろうけど、それでも先生が一人無双して倒せず現実の暗殺に切り替えようとする展開まで難なく想像することが出来た。いやまぁ実際のところどうなのかは知らないけどさ。

当然のように神崎さんも経験者らしく、神崎さんは変身できるお姫様、カルマ君は赤服の配管工おじさん、殺せんせーは音速の青色ハリネズミ、僕は宇宙を飛び回る狐をメインキャラに使って対戦を重ねていった。

もちろん本気で勝ちを狙いに行ってはいるが、ゲームは何よりも楽しむことが一番である。普通に対戦する以外にもチームで戦ったりして勝敗に関係なく四人で楽しんだ。やっぱり上位争いは殺せんせーと神崎さんだったけど、僕とカルマ君も負けじと二人の戦いに割り込んでいく。

 

ーーーピンポーン。

 

と、そんな接戦を繰り広げている最中、甲高い呼び鈴の音がリビングに鳴り響いた。

その音によって僕は対戦中のゲームを一時停止させる。

 

「ん?宅配便かな?まったく、今丁度良いところなのに……」

 

「早く出た方がいいんじゃない?」

 

「うん、そうするよ」

 

神崎さんに促された僕はコントローラーを置いて立ち上がった。楽しく盛りがっていたとはいえ仕方がないので、溜め息混じりにゲームを一時停止させたまま玄関へと向かう。

 

「はーい。どちらさまですかー?」

 

返事をしながら扉を押し開けると、そこには宅配物を持った宅配便のお兄さんーーーではなく、大きな旅行鞄を携えたショートカットの女の人が佇んでいた。

 

「……え?あれ……?」

 

思わず我が目を疑うかのように、まじまじと相手の姿を確認してしまう。なんだろう。大きな瞳といい涼やかな表情といい、僕の知っている人に似ている気がする。

……凄く嫌な予感がした。まさかとは思うけど、もしかしなくてもーーー

 

「……ね、姉……さん……?」

 

本来なら此処ではなく海外にいるべき人の呼称で問い掛ける。……ってそんなわけないか‼︎ だって姉さんは海外にいるんだもん‼︎ あー、とうとう頭だけじゃなくて目まで悪くなっちゃったかな?

しかし相手は僕の現実逃避など御構いなしに、

 

「はい。お久しぶりですね、アキくん」

 

そう言って、短めに揃えられた髪を僅かに揺らしながら静かに微笑んだ。

 

 

 

 

 

ーーー何故かバスローブ姿で。

 

 

 

 

 

「なんでバスローブ姿なのさーーーっ⁉︎」

 

一年ぶりに会う姉の姿に度肝を抜かれた。そのシュールな姿を目の当たりにして目眩さえしてくる。

外から訪問してくる人がバスローブを身につけているのは明らかにおかしいよねっ⁉︎ っていうかそんな格好で公衆の面前を歩いてくるような人を姉と認識したくないから現実逃避してたのにっ‼︎

 

「それにしても日本は暑いですね、アキくん」

 

「なんで何事もないかのように天候の話を始めてるの⁉︎ まずはなんで姉さんが日本にいるのか、どうしてバスローブで外を歩き回っていたのかを説明してよ‼︎」

 

僕の知る限り、バスローブが室外の着用に耐え得る仕様に進化したというニュースは存在しない。まさかとは思うけど海外では普段着として着ているなんてことはないよね?

 

「分かりました。それではアキくんの疑問に答えてあげますので、まずは部屋へと入れて下さい。荷物も置きたいですし、玄関で立ち話もなんでしょう」

 

「あ、うん。分かーーー」

 

姉さんに促されて何も考えず家へ上げようとした僕だったが、寸でのところで招き入れるのを思い留まる。そういえば今、僕の家には皆が遊びに来てるんだった……。

この奇妙奇天烈破天荒な姉と神崎さんやカルマ君、というか知り合いが対面するのは出来れば避けたいところだ。でもそれ以上に問題となるのが殺せんせー……国家機密が呑気にお菓子を食べてジュースを飲んでゲームで遊んでいるということである。

…………あれ、これってやばくね?




次話 番外編
〜僕とゲーマーと夏休み(中編)〜
https://novel.syosetu.org/112657/34.html


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僕とゲーマーと夏休み(中編)

ある夏休みの日の午後。僕は神崎さんを自宅に呼んで、その彼女にちゃっかり着いてきたカルマ君といつの間にか不法侵入していた殺せんせーの四人でゲームをしていた。

そう、ただ楽しくゲームで遊んでいただけだったはずである。それが姉さんが海外から訪ねてきたことによって一変した。

もう僕らには馴染みのある殺せんせーだけど、先生は国家機密ということで政府から存在を秘密にされている。なので一般人である姉さんには殺せんせーの存在を隠さなくてはならない。というより姉さんは何故か外から来たのにバスローブ姿なので、僕的にはこの珍妙な姉さんの存在を知り合いには隠しておきたい。

 

「アキくん、どうかしましたか?早く部屋に入りましょう」

 

「あ、あぁ。うん、そうだね……」

 

僕がこの状況をどうしようかと考えている間にも、玄関先にいる姉さんは部屋へ上がろうと催促してくる。まぁ海外からやってきて荷物もあるのだから多少は疲れもあるだろう。姉さんの催促は尤もなものだ。

かといってこのまま姉さんを部屋へ上げるわけにはいかない。葛藤した末に僕が選んだ行動は、

 

 

 

ーーーバタン。ガチャガチャンッ。

 

 

 

冷静かつ手際良く、扉を閉じて鍵を掛けることだった。要するに時間稼ぎである。

 

『アキくん、開けてください。姉さんはまだ家の中に入っていませんよ?』

 

ただし稼げる時間はそう長くもないだろう。前門の非常識人(姉さん)、後門の常識外生物(殺せんせー)。僕は二人の常識に当て嵌まらない存在を短時間でなんとかしなくてはならない。っていうかなんでよりにもよってこの二人がバッティングするかな……。

 

『アキくん、聞こえないのですか?それとも姉さんに意地悪をしているのですか?そんなに姉さんのバスローブ姿は気に入りませんでしたか?』

 

とはいえ優先順位は国家機密である殺せんせーの存在を隠すことだ。しかし玄関先にいる姉さんを放置しておくと何をするか分かったものじゃないので僕も動くわけにはいかない。

取り敢えず今の僕に出来ることは……

 

 

 

ドンドンドン、ドンッドンッドン、ドンドンドン。

 

 

 

外の姉さんには聞こえず、中の殺せんせーには伝わるか伝わらないか程度の強さで床を叩く。でも先生だったら絶対に気付いてくれるはずだ。

 

「(吉井君、どうかしましたか?モールス信号でSOSなど出して)」

 

僕の思惑通り、殺せんせーは音を立てずに素早く玄関まで来てくれた。モールス信号を使ったことから大きな声で話せないことも伝わっている。流石は殺せんせー。

そんな殺せんせーに対して僕も小声で現在の状況を伝えることにする。

 

「(緊急事態です。姉さんが訪ねてきました。殺せんせー、すいませんが今すぐーーー)」

 

帰ってください、と言おうとしたところで僕は記憶の奥底に眠っていた姉さんとの約束を思い出した。

そういえば僕が一人暮らしをする時に“ゲームは一日三十分”・“不純異性交遊の全面禁止”という条件が姉さんから出されていたけど……不純異性交遊って具体的にどんなことを指しているのだろう?

例えばだけど今のこの状況、カルマ君がいるとはいえ神崎さん(女の子)を家に呼んでいることは姉さんの観点から見てどう判断されるんだ?それでもし仮に不純異性交遊って判断されたら、約束を守れていなかったってことで一人暮らしは終了ってことになるのか?

……どうしよう。殺せんせーの存在がバレるのも不味いけど、このままだと僕の幸せな一人暮らしがどうなるかも分からない。

くっ、考えろ。考えるんだ、僕。この状況をどうにかする最善の方法は……

 

「(……今すぐ神崎さんを連れて僕の部屋に避難してください。何とかして姉さんの気を引いて隙を作ります。その間に二人で脱出してください)」

 

「(私だけではなく神崎さんも、ですか?)」

 

「(はい、お願いします。僕はまだ自由を手放したくないので)」

 

「(いったい何があるというのですか……)」

 

何があるか分からないから困ってるんです。

なんて頭を悩ませながら殺せんせーと密談していると、締め出されていた姉さんもこの状況に何かを感じ取ってくれたらしい。

 

『ーーーあぁ、分かりました。姉さんを中に入れたくない理由、つまりアキくんはこう言いたいのですね?』

 

まぁ国家機密がいるなんて姉さんは想像にも及ばないだろうから、部屋が散らかっていて片付ける時間を僕が欲しがっているとか納得のいく形で察してくれるなら……

 

 

 

 

 

『家に入れて欲しければバスローブではなくメイド服を着て来い、と』

 

 

 

 

 

僕には想像も及ばない納得の仕方だった。

 

「(ま、まさか吉井君のお姉さんはバスローブで外出されているのですか⁉︎ お姉さんって巨乳ですか⁉︎ メッチャ見たいんですけど‼︎)」

 

「(黙れエロダコ‼︎ いいからさっさと神崎さんを連れて撤退しろ‼︎)」

 

そして姉さんの発言に反応した殺せんせーを適当に(あしら)って行動に移させる。マジでどうでもいいところに反応しているんじゃない。ムッツリーニか。

名残惜しそうにリビングへと引き返していく先生を急かして神崎さんを連れに行かせる。出来る限りの時間稼ぎはするから急いでーーー

 

『……仕方ありませんね。今からお隣さんに事情をお話しして、メイド服を借りてきます』

 

「やめてっ‼︎ バスローブ姿でご近所様にメイド服なんて借りに行かないでっ‼︎ あと一般家庭にメイド服は置いてないから‼︎」

 

(にゅやッ⁉︎ 早いですよ吉井君‼︎)

 

思わず扉を開けて叫んでしまった僕に背後から殺せんせーの慌てる気配が伝わってくる。でもこれはどうしようもないだろう。この姉を玄関先に放置して時間稼ぎなんて僕には無理だったんだ。

 

「そうなのですか?でも先月知り合った海外の方は『Fujiya-ma(フジヤーマ)Tenpo-ra(テンポーラ)、メイド服』が日本の文化だと言っていましたよ?」

 

「姉さん、ソイツ絶対におかしい‼︎ どうして『富士山』や『天ぷら』すらきちんと言えてないのにメイド服の発音だけ流暢なのさ‼︎」

 

そもそも数年前まで普通に日本で暮らしてた姉さんが、なんで外国人から日本の文化を教わっているんだ。普通は逆だろう。確実に間違った日本の文化を教えることになるとは思うけど。

 

「まぁ積もる話は後にするとして、取り敢えず上がらせてもらいますね」

 

「あ」

 

僕が止める間もなく姉さんは玄関へ足を踏み入れてしまう。

大丈夫だよね、殺せんせー?先生だったら今の短い時間でも神崎さんを連れて僕の部屋に撤退するくらい造作もないよね?

内心で冷や汗を掻きながら玄関で靴を脱ぐ姉さんに着いていく。

 

(あれ?神崎さんの靴がなかったような……)

 

そう思ってチラッと玄関を再確認すると、カルマ君の靴はあるけど神崎さんの靴は見当たらない。殺せんせーが回収してくれたのかな?正直そこまで頭が回ってなかったから助かったよ。

しかし靴にまで考えが及んでいるってことは粗方の痕跡は処理済みと考えていいだろう。一先ずは安心である。あとは姉さんを上手くやり過ごすことが出来ればーーー

 

「ちょっ、なんでっ⁉︎」

 

玄関から視線を戻すと、そこには今まさに僕の部屋へ入ろうとする姉さんの姿があった。

なんでリビングじゃなくて真っ先に僕の部屋へ入ろうとしてんの⁉︎ おかしくない⁉︎

またもや止める間もなく姉さんは僕の部屋へ足を踏み入れてしまう。終わった、もう駄目だ。あんな珍妙な生き物を見られたら誤魔化しようがない。

 

「…………」

 

だが幾ら待っても姉さんからのリアクションは返ってこなかった。寧ろ黙ったまま僕の部屋を見回して何かを探している様子である。

……もしかして、まだ望みはあるのだろうか?

 

「ど、どうかしたの姉さん?いきなり僕の部屋に入ったりして」

 

「いえ、何やら気配を感じたので覗いてみたのですが……」

 

姉さんの後ろから僕も部屋の中を覗くと、そこには殺せんせーどころか神崎さんの姿も見当たらない。

……ふむ。姉さんに見つからなかったのは良かったけど、そうなると二人はいったい何処に隠れているんだ?クローゼットの中とかか?

まぁ何はともあれ見つからなかったのならそれでいいや。あとは姉さんをリビングに連れていったら任務完了だ。そうすれば殺せんせーが神崎さんを連れ出してくれるはず。

 

「…………」

 

だが姉さんは黙ったまま部屋の中を見つめており、何を思ったのか鞄から缶コーヒーを取り出した。なんでこのタイミングで缶コーヒー?喉が渇いた……わけじゃないよね。

警戒する僕を余所に、姉さんはカシュッと缶のプルトップを引き上げて開けるとコーヒーを部屋にぶち撒けた。……ぶち撒けた⁉︎

 

「姉さん⁉︎ 何やってーーー」

 

「きゃっ‼︎」

 

あまりに意味不明すぎる姉さんの行動に驚いていると、姉さんがコーヒーをぶち撒けた先で短く悲鳴が上がる。そして唐突に姿を現した神崎さんにぶち撒けられたコーヒーが降りかかっていた。

 

「ぅえぇっ⁉︎ 神崎さん⁉︎ いったい何処から出てきたーーー」

 

「す、すみません神崎さん‼︎ 予想外のことで思わず躱してしまいました‼︎」

 

「い、いえ。私は大丈夫ですから」

 

神崎さんの登場で更に僕が驚いていると、今度は慌てながら殺せんせーが徐々に姿を現していく。あ、なるほど。殺せんせーの保護色で擬態して神崎さんごと透明になっていたわけか。道理で姿が見当たらなかったわけだ。

 

「……それで、アキくん。色々と説明していただけますか?」

 

同じように柔らかな笑みを浮かべる姉さんの姿も見当たらなければよかったのに……。

傍から見れば穏和な様子の姉さんだが、弟の僕には分かりやすい攻撃色を示していた。まぁ得体の知れない生き物がいれば警戒するのは当然だろう。しかし殺せんせーのことはいったい何処から説明すればいいのかーーー

 

「貴方はいつから女の子を家に連れてくるようになっていたのですか?」

 

え、そっち?殺せんせーはどうでもいいの?

思わぬ追及で呆気に取られてしまったものの、よくよく感じ取ってみると姉さんの攻撃色は殺せんせーではなく僕へと向けられている。あぁ、だから警戒色じゃなくて攻撃色の笑みを浮かべていたのか。

しかしそれはそれで不味いことになった。やっぱり姉さんの基準だと女の子を家に呼ぶことはアウトらしい。もしかして本当に一人暮らし終了の可能性もあり……?取り敢えずここは何か弁明しておかないと。

 

「あ、あの、姉さん。これには深い深〜い事情があって……」

 

「にゅやッ⁉︎ 二人とも私のことはスルーですか⁉︎ 私が何者かとか吉井君の家にいる理由とか、お姉さんも気になることはいっぱいあるでしょう⁉︎ ってなんかデジャヴ‼︎」

 

説明を始めようとする僕を無視して、呆然とした様子の殺せんせーが割り込んできた。

せっかく姉さんが気にしてないんだから、国家機密である自分の存在をわざわざ掘り下げなくても……いや、待てよ。既に殺せんせーは見つかっているんだから、もう存在を隠すも何もないよね?だったら姉さんの関心を殺せんせーに移せば、神崎さんを家に呼んだことは有耶無耶に出来るのでは……?

 

「あら、活きの良いミズダコですね。今夜はたこ焼きですか?ですが食材の管理はきちんとしておかないと。台所から逃げ出していますよ」

 

「確かにタコっぽいですが先生は世界最大のタコではありません‼︎ 食べても美味しくないですよ‼︎」

 

僕の予想通り、姉さんの発していた攻撃色は鳴りを潜めて殺せんせーへと興味が向けられていた。

一人暮らし終了の可能性を排除するためにもこの流れに乗るしかない‼︎ 国家機密なんていう政府の都合なんか知るか‼︎ まずは僕の幸せを確保‼︎ あとで烏間先生に土下座で謝る‼︎ うん、それで行こう‼︎

 

「あのね、姉さん。実は殺せんせーはタコだけど今の僕らの担任でもあるんだ。色々と説明してほしいって言ってたし、取り敢えずリビングに移ろうよ。それにもう一人友達が来てて待ってるからさ」

 

「そうですか、分かりました。ですがまずはコーヒーで濡れてしまった神崎さん……でしたか?彼女に着替えてもらわないといけませんね。アキくんはジャージなどの着替えを出してください。服はあとで私が洗濯しておきましょう」

 

「え?あ、はい。すみません、ありがとうございます。……あの、明久君のお姉さんも着替えた方がいいんじゃ……?」

 

殺せんせー以上に呆然とした様子だった神崎さんも促されるままに頷いていたが、流石に僕と同じく常識人なだけあって姉さんのバスローブ姿は見過ごせなかったようだ。ただコーヒーをぶっ掛けたのも姉さんだから感謝する必要はなかったと思う。

神崎さんの提案もあって姉さんには一緒に着替えてもらうことにした。というか僕としても実の姉の恥ずかしい格好は止めさせたかったので渡りに船である。

さてと、二人が着替えている間にカルマ君にも姉さんのことを話さないとなぁ……話したくないなぁ。でも絶対カルマ君は今から帰ってくれないだろうしなぁ……はぁ。

 

 

 

 

 

 

着替え終えた二人がリビングにやって来たので、僕らは自己紹介を終えてから姉さんに殺せんせーのことを説明した。

殺せんせーが月を破壊したこと。来年の四月には地球も破壊すること。今は三年E組の担任をしていること。そんな殺せんせーを殺すために僕らが暗殺技術を学んでいること。“月見”に変わる料理の名前が未だ僕の中で決まっていないこと。

大まかに言って重要なのはこれくらいか。

 

「でもやっぱり“月見”って名前が定着してしまっている以上、月が壊されて意味が分からなくなったとしても“月見”という料理名は変わらないのかなって最近は思うんだ」

 

「吉井君、そこは本当にどうでもいいです。というか“月見”を引き摺り過ぎです」

 

僕が熱弁を振るっていると殺せんせーに止められてしまった。いったい誰のせいで僕が悩まされてきたと思っているんだ。っていうか本当に誰も気にしてないの?……まぁ確かに僕の個人的なことだから今は置いておこう。

 

「それで、どうして姉さんは日本にいてバスローブで外を歩き回っていたのさ?」

 

暗殺教室について粗方の説明をしたところで、今度は僕が姉さんに説明を求めた。寧ろ僕としては此方の方が本題だ。

姉さんは特に隠す様子もなく話してくれる。

 

「五月中旬から八月下旬まではうちの大学も夏休みですからね。アキくんも夏休みの時期に合わせて少しだけ帰省することにしたんです」

 

「そういうことなら事前に連絡をしてくれたら良かったものを……」

 

それだけで今のこの状況を回避することは出来たはずなのに……不幸なタイミングが重なってしまったものだ。

 

「そして今日はあまりにも暑かったのでたくさん汗を掻いてしまい、その全身の汗を何とかする為に姉さんはバスローブを着ていたのです」

 

「どうしてそこで“タオルで汗を拭く”っていう選択肢が出てこなかったのかな……」

 

バスローブを持っていたってことは普段から利用しているってことなんだろうけど……海外でもバスローブで外出していたのかどうかは僕の精神衛生的に訊かないでおこう。この姉のことだから外出していた可能性の方が高い気がする。

 

「五月中旬から夏休み……あの、ちなみにお姉さんは何処の大学に在籍されているのでしょうか?」

 

と、そこで何かが引っ掛かったらしい殺せんせーが姉さんに質問していた。まぁ確かに夏休みの期間がちょっと長いとは思うよね。

 

「アメリカのボストンにあるハーバード大学というところです。殺せんせーもご存知でしょうか?」

 

「は、ハーバード大学ですか⁉︎ ご存知も何も、世界最高峰の大学の一つじゃないですか‼︎」

 

これには殺せんせーだけでなく神崎さんやカルマ君も目を丸くして驚いている。不思議なことに、この姉は勉強だけは異様に出来るのだ。その分だけ常識が圧倒的に不足しているけど。

 

「吉井ってお姉さんと血繋がってる?」

 

「カルマ君。その言葉の真意を聞かせてもらえないかな」

 

普段見せないであろう純粋な疑問の視線が逆に腹立たしい。君は人を食ったような態度がデフォルトでしょ?

 

「でも凄いねぇ、吉井のお姉さんって。擬態している殺せんせーを見抜いたんでしょ?とても一般人とは思えないんだけど」

 

「うん、私達でも難しいよね。どうして殺せんせーのことが分かったんですか?」

 

そう言われると確かに姉さんの気配察知は異常だったと思う。常識的に考えてーーー姉さんは常識的じゃないけどーーー何もない空間に何かがいると思ったり、思ったとしてもコーヒーをぶち撒けたりはしないだろう。ってか今更だけど人の部屋に対して何してくれてんだよ。

神崎さんの疑問に姉さんは口元に手を当てて考え込んでいる。

 

「そうですね……なんと言えばいいのでしょうか。見抜いたというよりは感じ取ったと言った方が正しいかもしれません。何やらいやらしい視線を強く感じたものですから」

 

「このエロダコ‼︎ 要するにバレたのはあんたのせいじゃないか‼︎」

 

「し、仕方がないじゃないですか‼︎ 夢にまで見た巨乳女子大生がまさかのバスローブ姿で登場したんですよ⁉︎ それはもう我慢できるわけがないでしょう‼︎ ねぇカルマ君⁉︎」

 

「いや知らないから」

 

本当に殺せんせーは全くもう……‼︎ やっぱり先生には自分が国家機密だっていう自覚がなさ過ぎるよ。よく今まで世間にはバレていないもんだ。

そうやって僕らが騒いでいる間、姉さんは変わらず口元に手を当てて思案顔を浮かべていた。なんだろう、今の流れで何か考え込む要素ってあったかな?

 

「……アキくん、少し殺せんせーと二人で話させてもらってもよろしいですか?」

 

そして思案を終えた姉さんは殺せんせーとの話し合いを希望してきた。

 

「え?うん、僕は全然構わないけど……先生、いいですか?」

 

「えぇ、もちろんです。断る理由など先生にはありませんよ」

 

殺せんせーも二人での話し合いを受け入れてくれたので、僕らは姉さんの要望に応えてリビングから移動する。

いったい姉さんは殺せんせーと何を話したいのか。もしかして僕の学校での様子とか?あ、まさか成績についての話なんじゃ……ま、まぁ最近は先生のおかげで成績も上がっているし大丈夫だろう…………多分。

 

 

 

 

 

 

〜side 殺せんせー〜

 

吉井君達がリビングから移動し、私と吉井君のお姉さんは二人で向かい合います。

さて、私と話したいこととはいったいなんでしょうか。学校での吉井君の様子でしたら本人もいた方が良いでしょうし、私に関することでしたら彼らがいた方が真偽を確かめられる。なんの話をするにしても二人きりになる必要はないと思われますが……

 

「殺せんせー。単刀直入に訊きたいのですが、地球を壊すのはなんとかならないのですか?」

 

私がお姉さんの意図を推し量っていると、彼女は前置きもせずに本題へ入ってきました。

ふむ、話とは私に関することでしたか。まだ彼らを退室させた意図は量りかねているものの、しかしその問いに対する返事は考えるまでもなく決まっていました。

 

「申し訳ありませんが、私は来年の三月には地球を破壊します。これは決定事項ですのでなんともなりませんねぇ」

 

ただまぁお姉さんの問いは妥当なものです。私を見て何一つ動揺しない胆力は大したものですが、来年には死ぬと告げられて気にしない人はいないでしょう。生きたいと思うのは至極当然のことです。

ところが私の返事を聞いたお姉さんは目を丸くして何やらキョトンとされていました。おや、想定していた反応とは少し違いますねぇ。てっきり言い返してきたり気を落とされたりすると思っていたのですが……何処か欲しい返事とは違っていたのでしょうか?

彼女と同じく私もキョトンとしてしまって沈黙がその場を支配していましたが、それを察したお姉さんが言葉を変えて再び問いを投げかけてきました。

 

「……?あぁ、少々齟齬が生じてしまったようなので言い換えますね。地球を()()()()()()のはなんとかならないのですか?」

 

その問いに今度は別の意味で私は言葉を失ってしまいます。何も知らない者が聞けば先程の問いとなんら変わっていませんが、私には彼女の問いに隠された真意が理解できました。

地球を“壊すこと”ではなく“壊してしまうこと”はなんとかならないのかという問い。能動態から受動態への言い換え。それの意味するところはつまりーーー

 

「……それはどういう意味でしょうか?」

 

半ば以上に彼女が伝えたいことは理解しましたが、私は敢えて惚けた振りをして誤魔化します。その理解が私の考え過ぎということもあり得ますし、何も知らない彼女が全てを悟っているとは思えませんでしたからね。

そうして返事をはぐらかした私に対して、お姉さんは誤魔化しの利かない直球で言い返してきました。

 

「あくまで私の推測に過ぎないのですが、貴方に地球を破壊する意思はありませんよね?」

 

……やはり彼女は詳しい背景までは知らないようですが、暗殺教室の根幹である前提条件の違和感には気付いているようです。

イトナ君と決闘した日のように黙秘するという選択肢もありますが、お姉さんが吉井君達にその推測を話してしまえば彼らの殺意に迷いが生じるかもしれない。…………どうしましょうかねぇ。




次話 番外編
〜僕とゲーマーと夏休み(後編)〜
https://novel.syosetu.org/112657/35.html


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僕とゲーマーと夏休み(後編)

〜side 殺せんせー〜

 

吉井君の家へ遊びに来ていた夏休みのある日。彼に呼ばれた神崎さんと勝手に押し掛けた私とカルマ君の四人で遊んでいたところ、吉井君のお姉さんが訪ねてきて私の存在がバレてしまいました。あぁ、また烏間先生に怒られてしまう……。

とはいえお姉さんは凄く寛容な方で、私を見ても騒ぐことなく話を聞いてくださいました。というか最初はスルーされてしまったのですが……寛容というよりも豪胆といった方が正しいかもしれません。

そうして私や暗殺教室のことを聞き終えたお姉さんは、吉井君達に席を外させて私と二人で話をしたいと申し出てきました。さて、いったいなんの話かと思って話し合いに臨んだものの……

 

「あくまで私の推測に過ぎないのですが、貴方に地球を破壊する意思はありませんよね?」

 

三月に地球を破壊するということも説明したのですが、それを真っ向から否定されてしまいました。しかも地球を破壊することが私の意思と関係ないというように考えているみたいです。

 

「……何故そう思ったのか、参考までにお聞きしてもよろしいですか?」

 

イトナ君の時のように話を打ち切ることも考えましたが、お姉さんの話は暗殺教室の根幹に関わってくるもの。考えを聞かずに話し合いを終わらせるべきではないと判断しました。

私の問い掛けにお姉さんはその結論に至った思考の流れを話してくれます。

 

「まず爆心地が具体的には分からないので地表付近と仮定して、月を七割破壊したことから爆心地を月の中心とした場合には月一つを丸々破壊できることにします」

 

暗殺教室の始まりとも言える月の爆破事件。お姉さんの推測はそこから始まりました。

 

「月の体積が219億9000km3なのに対して地球の体積は1兆83億2000km3、その差は約49.2倍になりますから地球を破壊しようと思えば月を49個は破壊できなければなりません。しかし貴方は月一つ分しか破壊できないにも関わらず地球を破壊すると言いました」

 

確かに月と地球では文字通りに大きさの桁が違います。月が破壊できる=地球が破壊できるとは言えないでしょうねぇ。同規模の破壊であれば精々が生態系を破壊するくらいでしょうか。意味合い的には似たようなものですけど。

ただそれだけで私に地球を破壊する意思がないと推測されたのならば、事実はどうあれ幾らでも無理なく反論できます。しかしお姉さんの推測はそれだけでは終わりませんでした。

 

「設定した期限は来年の三月まで……つまり一年という期間エネルギーを蓄えれば地球を破壊できるのかもしれませんが、それならば月を完全消滅させることも容易かったはずです。月の破壊が示威行為なのであれば完全消滅させた方が恐怖を煽れますからね。ですがそれはされなかった……いえ、出来なかったのではないでしょうか」

 

恐らく誰もが疑問に思われるであろう来年の三月に地球を破壊するという期限を設けた理由。これについては実情を知っていなければ分かるはずもありません。多少憶測の割合が多くはなっていますが、逆説的に私が地球を破壊できないという論拠に使われてしまいました。

まぁその論拠も私が本気を出していなかった、または破壊の痕跡を目に見える形に残して恐怖の象徴にしたかったと言えば覆せるでしょう。これらはあくまで彼女の推測で確証を得ているものは一つもありません。

 

「そして最も重要なのは、貴方が地球を破壊できることを政府が信じているということです。確かに貴方は常識から外れた姿形をされていますが、それだけで月を破壊した・地球も破壊できると結び付けるのは浅慮過ぎます。国家予算を費やしてまで貴方を暗殺しようとするだけの理由があると考えていいでしょう」

 

ただし政府が私の危険性を把握していて国家機密に指定しており、今もなお血眼になって殺そうとしていることは事実です。こればかりは事実なので反論のしようもなく、政府が地球の危機を現実として受け入れていることの証左に他なりません。

自身の推測を話し終えた彼女は指を立て、それらの推測から導き出せる可能性を述べていきます。

 

「これらのことから推測できる可能性は四つあります。一つ目は月を破壊したのは貴方ではないという可能性。二つ目は月が破壊されたのは事故であるという可能性。三つ目は貴方の存在そのものが地球の破壊に繋がってしまうという可能性。四つ目は月の破壊に政府が何かしらの形で関与しているという可能性です」

 

私は彼女の導き出した可能性を聞いて素直に感心してしまいました。各国上層部以外の大部分には秘匿されている私の真実を、まさか暗殺依頼の概要を聞いただけでここまで推測できるとは。概要だけでなく詳細を知ればまず間違いなく他にも考察を展開してくることでしょう。

 

「まぁこれらの推測が全くの的外れである可能性も否めませんが、仮に事実であれば貴方はただの被害者である可能性も出てきます。とはいえ貴方が何も弁明されないのであれば私が口出しすることではないのでしょうね。……さて、私の推測は何か間違っているでしょうか?もし答えたくなければ黙秘でも構いませんが」

 

そこで彼女は一息つき用意されていた飲み物へと手を伸ばしました。一気に話をされたので喉が渇いたのだと思われます。

しかし最後の可能性だけは完全に的外れですね。私がただの被害者であるわけがない……こうなったのは全て愚かだった私の自業自得なのですから。そして過程はどうあれ自分自身で選んだ道です。弁明などする必要がありません……が、何かを答える必要もなさそうでした。

 

「……貴女は実に聡明ですねぇ。私が黙秘または誤魔化せばそれは肯定と捉えられなくもない。否定でさえも受け取る側の捉え方で意味は変わってくる。どのように答えようとも私の反応を見て真偽を判断されるつもりなのでしょう?」

 

「えぇ、その通りです。少なくとも嘘を吐くような方には見受けられませんでしたので。あの子達も貴方を信頼しているようでしたし」

 

そう、彼女の最後の一言は私のことを(おもんばか)ると同時に自分の推測を補完するためのものでしょう。逆に言えばどうしても真実が知りたいというものではなく、推測が合っていたかどうかという確認程度のものだと考えられます。

それは言い換えれば私という超生物を危険な対象として認識していないということでした。でなければ家族の生活圏内にいる怪物の真実を濁させたりはしないはずです。寧ろ真実に関係なく危険だから引き離そうとするのが普通でしょう。少なからず私のことを信用してくださっているということです。

 

「随分と私を買っていただけているのですねぇ。先程お会いしたばかりで得体の知れない存在だというのに」

 

「いえ、得体が知れないなんてことはないと思いますよ。貴方はアキくんの担任、それでいいじゃないですか」

 

本当に嬉しいことを言ってくれますねぇ。それに疑問に疑問で返したことにも何も言わず追求してくることもありません。言外に私が黙秘を選択したと理解されているのでしょう。

ここまで物事を客観的に判断されているのならば、正直なところ真実を話してしまっても構わないかもしれません。既に私と生徒達との関係性も大まかに把握されているようですし、でなければ推測を話す前に吉井君達に席を外させたりはしないはずです。

しかし出来れば私の身の上話は墓場まで持っていきたい。彼女が追求しないというのであれば甘えさせてもらいましょう。その代わりと言ってはなんですが、私は生徒を絶対に裏切らないとこの場で改めて誓わさせてもらいます。

 

「そうですね、それを違うことは決してないと保証します。私が死ぬか地球が壊れるか、暗殺教室が続く限り責任を持って彼らの担任を務めさせていただきます」

 

「はい、アキくんのことをよろしくお願いします。あの子は昔から何かと暴走して怪我をしやすいですから」

 

それからは純粋に吉井君の学校生活について、少しの間ですが簡単な二者面談を行い私達の話し合いは終了しました。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

姉さんと殺せんせーが話し合いを始めてから二十〜三十分くらい経った頃。リビングから僕の部屋へ移動して三人でトランプをしながらお喋りしつつ時間を潰していると、ふいに部屋の扉が叩かれて断りの言葉とともに二人が入ってきた。

 

「あ、姉さん。殺せんせーも……もう話は終わったの?」

 

「はい。色々とお話を聞かせていただきましたが、良い先生に学ばれているようで安心しました」

 

「ヌルフフフフ、いやぁお褒めに(あずか)り実に光栄ですねぇ。ご家族の方にそう言っていただけると先生冥利に尽きますよ」

 

話し終えた二人の間には超生物と一般人といったような隔たりはなく、ただの先生と保護者……普通に知り合いといってもおかしくないくらいの雰囲気に見える。なんの話をしたのかは知らないけど、姉さんは殺せんせーのことを認めてくれたようだ。

暗殺の危険性だとか諸々と面倒事にならなくてよかった。などと安心していたところで姉さんから話し掛けられる。

 

「ところでアキくん」

 

「なに?」

 

「貴方、普段はどのような食生活を送られているのですか?」

 

「ぅえっ⁉︎」

 

姉さんからの唐突な質問に思わず変な声が出てしまう。これは別の意味で面倒な事になってきたな。ロクな食生活を送っていないことがバレたらどうなることやら……。

やっぱり二人の話し合いって僕の学校生活のことだったのか?でも質問だけで具体的に言ってこないってことは、殺せんせーも僕にとって不味い部分ははぐらかしてくれたのだろう。だったらまだなんとか誤魔化せるはず。

 

「ど、どんなって……そりゃあ獣肉(お肉)野草(野菜)をバランス良く食べて、しっかりと(塩分)砂糖(糖分)なんかも食べて(摂って)るよ?」

 

嘘は言っていない。ただまともな食事回数が普通の人より少ないだけだ。

僕の返事を聞いた姉さんは穏やかな笑みを浮かべている。

 

「そうですか。少なくとも学校での昼食は水で済ませていると聞いていますが?」

 

殺せんせーは僕にとって不味い部分を全然はぐらかしてくれていなかったようだ。

 

「吉井君、丁度いい機会です。この機にきちんとした食生活を送りましょう。話を聞く限り食費はきちんと仕送りされているはずですよ」

 

姉さんに続いて殺せんせーからも注意される。しかしこの口振り……まさか食生活については姉さんからじゃなくて殺せんせーから告げ口されたのか⁉︎

 

「は、謀ったね殺せんせー‼︎ 先生だけは絶対に裏切らないって信じていたのに‼︎」

 

「確かに絶対に生徒達(君達)を裏切らないとは誓いましたが、それと何もかもを受け入れて教え導かないというのは別の話ですので」

 

勢いよく立ち上がって詰め寄る僕だったが、殺せんせーにあっさりと流されてしまった。

くそぉ、問題なく生活できているのに生徒の健康を気遣って家族に相談するなんて……特に間違ってないから何も反論できない。

 

「とにかく食事くらいはきちんと食べなさい。いいですね?もし守れなかったら……酷いこと、しますよ?」

 

反論できずに黙り込んでしまった僕へ、姉さんは握り拳に“はぁー”と息を吹き掛けながら脅してくる。

だが日々の暗殺訓練を(こな)している僕を相手に普通の攻撃でお仕置きなんてお笑い草だ。この程度の脅しだったら何も恐怖を感じないし、怖いどころか寧ろ愛嬌のある仕草に見えてしまう。

 

「へぇ、酷いことってどんなこと?やれるもんならやってみなよ」

 

そんなわけで余裕たっぷりに問い掛けてみることにした。この僕を脅かすには姉さんの怒ったポーズはあまりに迫力不足だ。全く、姉さんにそんな荒っぽい真似ができるわけがーーー

 

 

 

ガッ(脚払いを小さく跳んで躱す……けどその直後の足が床に着いていない状態から襟元を掴まれて空中で体勢を崩された音)

 

ドスッ(受け身を取って起き上がる……つもりが掴んでいる襟首から床に叩きつけられて受け身も取れずマウントを奪われた音)

 

ゴッ、ゴッ、ゴッ(両腕でガード……しようにもマウントを奪われた際に腕も押さえ込まれて何も出来ず拳を振り下ろされる音)

 

 

 

(すげ)え、あの吉井を一瞬で畳んじゃったよ。お姉さんって何か武術とか習ってたりするの?」

 

「何事もなかったみたいに質問するの止めてくれるかな⁉︎」

 

打撲の痛みに涙しながら微動だにせず質問してくるカルマ君に抗議する。っていうか姉さんは何処であんな格闘術を学んできたんだ。護身術にしては攻撃的過ぎるんだけど。

 

「明久君、律の時もそれで酷い目に合ったんだから言葉には気をつけないと……それに怒られてる時にあの態度は良くないと思うよ?」

 

身体を起こそうとする僕に手を貸してくれながらの神崎さんの正論にぐぅの音も出なかった。まぁ確かに怒られてる時の態度じゃなかったと思う。でもだからってボコボコにするのは怒る側にも問題があると思うのは僕だけだろうか?

そして痛む身体を押して起き上がったところで、

 

『神崎さん、私の名前を呼ばれましたか?』

 

これまた国家機密に相当するクラスメイトが僕の携帯画面に姿を現した。もうどうにでもなればいいんじゃないかな。

既に色々と諦めた僕だったが、真面目な神崎さんは慌てて画面上に現れた律を隠そうとする。

 

「律⁉︎ 駄目だよ、今はーーー」

 

『はい、分かっています。明久さんのお姉さんがいらしてるんですよね?ですが殺せんせーの存在が露見している以上、私の存在を明かしても問題はないと判断しました』

 

しかし律も自分の立場はきちんと理解していたらしく、その上で殺せんせーの存在がバレたことから秘密にするのは今更だと考えて出てきたらしい。

流石は進化する人工知能。機密と言えども時と場合に合わせて柔軟に対応している。進化するゆえに決められたプログラムからも外れて客観的な判断をしていた。

 

『というわけで私も一緒に遊びたいです‼︎』

 

とか思っていたら思いっきり主観的な判断で私情に塗れていた。それでいいのか人工知能……いやまぁクラスメイトとしては自己主張するという嬉しい成長なんだけどね。

遊びたいと言いつつ律が僕の携帯画面から消えた直後、今度は姉さんの携帯から着信音が鳴り始める。それに気付いた姉さんが携帯を取り出すと、そこにはやはりといった感じで律が画面上に現れていた。

 

『初めまして、吉井玲さん‼︎ 明久さんのクラスメイトをしています、自律思考固定砲台です‼︎ 律とお呼びください‼︎』

 

これには流石の姉さんも目を丸くして画面を凝視している。まぁそれが普通の反応だよね。非常識な姉さんにもまだ普通の感性が残っていることを確認できて少し安心してしまった。

それでも普通の人よりは遥かに早く状況を理解した姉さんは律と話し始める。

 

「自律思考固定砲台……もしかして人工知能、ですか?ここまで感情豊かで人間に近いアルゴリズムを持つ人工知能は初めて見ますね。過去に人格を複写(トレース)した人工知能の成功例があるということは知っていますが、貴女もそうなのですか?」

 

『いえ、私の場合は複写ではなく完全なプログラム人格です。元はイージス艦の戦闘AIだったのですが、殺せんせーを暗殺するために自己進化する固定砲台として開発されてE組に転校してきました』

 

「ということは既存の人工知能と同じ“トップダウン型人工知能”なのですか?話している時の表情や仕草といった感情表現、自律思考による自己進化という適応性は“ボトムアップ型人工知能”に通じるものがあると思うのですがーーー」

 

姉さんと律の会話は専門的な単語も含まれていて、正直二人の会話に僕は全然着いていけない。そういう会話を聞くと姉さんって本当に賢いんだなぁと思うんだけど、同時にどうしてその賢さをもう少し常識に割り振れなかったのかとも考えてしまう。

 

「ところで皆さん」

 

律との会話が一段楽したところで、姉さんはここからが本番と言わんばかりに話を切り出してきた。いったいどうしたと言うんだ?

 

「先程殺せんせーにもお聞きしたのですが、うちの愚弟の学校生活はどんな感じでしょうか?例えば先生のいないところでの行動範囲や()()()()など」

 

やけに後者が強調されている気がする。

くっ……殺せんせーのお陰で神崎さんを家に呼んだことは有耶無耶に出来たものの、“不純異性交遊の全面禁止”という条件を守っているかどうかの確認はするのか。ってか殺せんせーもメモ帳片手に待ち構えてるんじゃない‼︎

姉さんの問い掛けに三人は軽く考え込む。

 

「うーん、そう言われても普段はそんな頻繁に遊ばないしねぇ。俺が学外で会ったことあるのは廃工場とか路地裏とか?」

 

「あ、私も廃工場や路地裏で明久君にお世話になったなぁ。あとはゲームセンターで遊んだくらいですね」

 

廃工場・路地裏・ゲームセンター……なんか二人の知っている僕の行動範囲が完全に不良と変わらないんだけど……いや、廃工場とか路地裏は雄二の行動範囲だな。うん、よく一緒にいるし納得の行動範囲だ。

でも異性関係で疚しいことは特にない……はず。姉さんの観点でいう不純異性交遊がどの程度に該当するかは知らないけど、そういう意味での危険なスキャンダルはないとーーー

 

『異性関係というのは人工知能()を含めてもよろしいのでしょうか?』

 

ちょっと待ってちょっと待って、この娘はいったい何を言い出すつもりなの?もしかしてアレか?梅雨の時期に起こった()()()()のことを言うつもりなのか?アレが起こったのは不可抗力だけど、姉さんどころか他の皆に聞かれるのもちょっと不味いぞ‼︎

とにかく僕の名誉のためにも余計なことは言わせないようにしないと……

 

「えぇ、構いませんよ。つまり律さんはこの愚弟に何かされたのですね?」

 

『そうですね……何か、と言われると』

 

 

 

PiPiPiPiPi。

 

 

 

『玲さん、明久さんからメールが届きました』

 

姉さんの携帯に僕からのメールが届くと、律は言葉を切って律儀に着信の報せを教えてくれた。その行動は片岡さんの時に把握済みだ。これで律の台詞を逐一中断させていくしかない。

 

「あ、ごめん。間違って姉さんの携帯にメールを送っちゃったみたい」

 

「そうですか、気をつけてくださいね。律さん、それでーーー」

 

 

 

PiPiPiPiPi。

 

 

 

「あ、ごめん。今度は打ち直そうとしたら再送信しちゃったよ」

 

「そうですか、相変わらずアキくんはおっちょこちょいですね。では律さん、先程の話をーーー」

 

 

 

PiPiPiPiPiバキッ。

 

 

 

あ、なんだか嫌な音。

 

「ふぬぁぁっ‼︎ か、関節が‼︎ 親指が逆を向いて片手で携帯を操作しにくい身体に⁉︎」

 

「アキくん、邪魔をしないでください。酷いことをしますよ?」

 

「なってるよ‼︎ もう十分酷いことになってるよ‼︎」

 

そりゃ僕のやり方も悪かったとは思うけどさ。まずは手を出すんじゃなくて口頭で注意してくれたらいいものを……。

のたうつ僕を放置して二人の話は進められる。

 

「それで、どうなんですか律さん?」

 

『むぅ、そうですね……』

 

姉さんの質問に対して律は横目で僕の方をちらっと見ると、

 

『明久さんが言わないのであれば、私が言うわけにはいかないでしょう。それに私自身はあまり気にしていませんしね』

 

ぱちっとウィンクして内容を濁してくれる。

僕の気持ちを汲んでくれたのは有難いものの、出来れば何かがあったことも匂わさないで欲しかったなぁ。

 

「あら、秘密ですか。まぁ不埒なことをされてなければいいのですが……今度アキくん自身に、ぼっきりと聞かせてもらうとしましょう」

 

『はい、それがいいと思います』

 

「姉さん、“ぼっきり”って何⁉︎ 普通ってそこは“じっくり”とか“ゆっくり”だよね⁉︎」

 

明確な悪意と殺意をそこに感じる。来るべき生命の危機に備えてカルシウムを多めに摂っておく必要がありそうだ。近いうちに裏山で魚を釣っておこう。

その後は特に何事もなく、律や珍しく乗り気な姉さんも交えて遊んで過ごした。姉さんが訪ねてきたことで多少の気苦労はあったものの、まぁ悪くない一日だったと思う。

ちなみに当初の目的である神崎さんへの下克上は最後まで果たすことが出来ず、それどころか殺せんせーやカルマ君、律にも負けて結局敗北記録を更新してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

数日後、夏休みの暗殺訓練日。

 

「神崎さん、これ。うちで着替えた私服、綺麗に洗っておいたから」

 

「「「⁉︎⁉︎⁉︎」」」

 

「ありがとう、明久君。私も借りてたジャージ、洗濯しておいたよ」

 

「「「「「⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」」」」」

 

この後めちゃくちゃ質問責めにされた。




次話 本編
〜策謀の時間〜
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八月
策謀の時間


期末テストで勝ち取った南の島での暗殺旅行が一週間後に迫り、今日はその訓練と計画の詰めとして学校へ集まっていた。

八月に入って殺せんせーの暗殺期限まで残りは七ヶ月。これほどまでに大規模な暗殺計画は暗殺教室が始まって以来初の試みだ。触手八本のハンデに先生の苦手な水で囲まれた環境。現状考え得る限り最大級のチャンス、今回の暗殺は何がなんでも成功させたい。

 

「まぁまぁガキ共、汗水流してご苦労なことねぇ」

 

……成功させたい、のだが此処に水を差す空気を読まない先生が一人いる。というかそんなことをする先生はイリーナ先生しかいなかった。ってか訓練している傍らで寛がれながら茶々を入れられると集中力が削がれるんだけど。

 

「ビッチ先生も訓練しろよ。射撃やナイフは俺らと大差ないだろうにさ」

 

そんなサボっているイリーナ先生に対して三村君が注意するも、先生は笑みを浮かべて注意なんて何処吹く風といった様子である。

 

「ふふ、大人はズルいのよ。あんた達の作戦に乗じて美味しいところだけ持っていくわ」

 

「ーーーほほう。偉いもんだな、イリーナ」

 

三村君を注意を聞き流したその直後、背後から聞こえてきた声にイリーナ先生の肩が跳ね上がった。三村君の注意だけじゃなくて冷や汗も額から流している。

表情を強張らせたイリーナ先生が恐る恐る背後を振り返ると、そこには如何にもな強面で初老の男性が険しい顔つきで佇んでいた。その男性を見た先生は驚きで目を見開く。

 

「ロッ、ロブロ師匠(センセイ)⁉︎」

 

「夏休みの特別講師で来てもらった。今回の作戦にプロの視点から助言をくれる」

 

烏間先生が連れてきた男性ーーーロブロ・ブロフスキさんは言葉通り殺しのプロ……殺し屋であり、イリーナ先生の師匠だ。前にも一度だけE組に来たことがあったけど、その時は僕らと話すこともなく帰っていったのであまり詳しいことは知らない。正確には元プロの殺し屋で今は殺し屋を派遣しているとかなんとか……今回は南の島での暗殺を行う前に計画の内容を評価してくれるようだ。

しかしロブロさんは弟子であるイリーナ先生の怠けた姿を見て分かりやすく怒気を露わにしている。

 

「一日休めば指や腕は殺しを忘れる……落第が嫌ならさっさと着替えろ‼︎」

 

「へ、ヘイ喜んで‼︎」

 

怒鳴られたイリーナ先生は駆け足で校舎内へと着替えに行った。やっぱり先生も師匠には頭が上がらないらしい。というか顔が怖くて普通に逆らえそうにない。

そうしてジャージ姿で戻ってきたイリーナ先生を加えて話は今回の暗殺へと移る。

 

「それで、殺せんせーは今絶対に見ていないな?」

 

「あぁ、予告通りエベレストで避暑中だ。部下がずっと見張っているから間違いない」

 

「ならば良し。作戦の機密保持こそ暗殺の要だ」

 

部下の人も大変だなぁ。わざわざ殺せんせーを追ってエベレストまで行かされるなんて……雄二みたいに暗殺の準備をするから近づくなって言っておけば大丈夫だと思うんだけど。

でも暗殺の話をする前にロブロさんが出てきたことで気になることがあった。それについては岡野さんが本人に問い掛けてくれる。

 

「ロブロさんって殺し屋の斡旋業者なんですよね。今回の暗殺にも誰かを……?」

 

「いいや、今回はプロは送らん。……というより送れんのだ」

 

「どういうことですか?」

 

ロブロさんの話では、これまで多くの殺し屋を送り込んだものの誰一人成功することはなく、二回目以降は事前に察知されて教室にすら辿り着けないそうだ。更に有望だった殺し屋達にも連絡が着かなくなったらしい。

 

「というわけで今現在、俺が斡旋できる暗殺者はゼロだ。慣れ親しんだ君達に殺してもらうのが一番だろう」

 

そう言いながらロブロさんは南の島で行われる暗殺の概要が纏められたプリントに目を通していく。

 

「……先に約束の八本の触手を破壊し、間髪入れずクラス全員で攻撃して奴を仕留める。……それは分かるが、この一番最初の“精神攻撃”というのはなんだ?」

 

あぁ、それか。流石にプロの殺し屋でも暗殺で精神攻撃なんてしないだろうしね。

ロブロさんの疑問には精神攻撃のネタを多く提供してくれた渚君が答える。

 

「まず動揺させて動きを落とすんです。殺気を伴わない攻撃には殺せんせー、脆いところがあるので。揺するネタは幾つか確保していますから、まずはこれを使って追い込みます」

 

「……残酷な暗殺方法だ」

 

どうやらプロの殺し屋から見ても社会的な死の方が残酷らしい。いや、肉体的な死が身近にある殺し屋だからこそと言うべきだろうか?

取り敢えず“精神攻撃”の内容を理解したロブロさんは計画書の内容を読み進めていく。

 

「……で、肝心なのはとどめを刺す最後の射撃。正確なタイミングと精密な狙いが不可欠だが……」

 

「……不安か?このE組(クラス)の射撃能力は」

 

途中で言葉を切ったロブロさんに烏間先生は問い掛けるが、しかしロブロさんは口端を吊り上げて先生の問い掛けを否定した。

 

「いいや、逆だ。特に()()()()は素晴らしい。俺の教え子に欲しいくらいだ」

 

そう言うロブロさんの視線の先にいるのは、訓練の順番が回ってきて射撃中の千葉君と速水さんだ。まぁあの二人の射撃能力はE組の中でも断トツだからなぁ。プロの目から見てもかなりの腕前らしい。

 

「他の者も良いレベルに纏まっている。短期間でよく見出し育てたものだ。人生の大半を暗殺に費やした者として、この作戦に合格点を与えよう。彼らなら十分に可能性がある」

 

暗殺計画の内容だけじゃなくて技術でもプロの殺し屋のお墨付きを得ることが出来た。これは暗殺を始めて四ヶ月の僕らにとって大きな自信へと繋がるはずだ。そして自信は暗殺の成功率を更に高めてくれることだろう。

 

「それじゃあロブロさん、生徒達の射撃訓練を見てやってくれ。吉井君、土屋君。君達は俺と別メニューだ」

 

「はい、分かりました」

 

「…………(コクリ)」

 

ロブロさんに暗殺計画の概要と皆の実力を把握してもらったところで、僕とムッツリーニは烏間先生に連れられて射撃訓練をしている場所から少し離れた場所へ移動する。先生に付きっ切りで相手をしてもらうのは申し訳ないけど、こればっかりは格上の相手がいないと成り立たないからなぁ。

 

 

 

 

 

別メニューの訓練後、僕は一人グラウンド脇で休憩していた。烏間先生は事務仕事や他の皆の訓練を見たりと忙しなく動いており、ムッツリーニは精神攻撃も担当しているので先に校舎へと戻っていて今は周りに誰もいない。

 

「ふぅ……何とか形には出来たけど、完璧とまでは言えないなぁ」

 

失敗することはなくなったものの、偶に力んじゃって動きが固くなることがある。まぁ皆が援護してくれるし、あとはムッツリーニの技量を信じるしかないだろう。その点では僕よりも頼りになる奴なので心配はしていない。

 

「ーーーまるで曲芸のような訓練だったな」

 

「ぅわっ⁉︎」

 

そろそろ僕も皆の元へ戻ろうかと考えていたところで、いつの間にかすぐ近くまで来ていたロブロさんに声を掛けられた。僕に全く気配を感じさせないなんて、まるで凄腕の暗殺者みたいーーーじゃなくて本当に凄腕の暗殺者だったわ。

どうやらロブロさんは遠目に僕らの訓練を見ていたらしく、顎に手を当てながらさっきの訓練内容を評価してくれる。

 

「暗殺計画の内容を見た限り、君達の役割は成否を分ける一つの鍵だろう。実際の動きも見せてもらったが……概ね問題はなさそうだ」

 

う〜ん……概ね、ね。やっぱりロブロさんから見てもまだ無駄は多いらしい。とはいえ僕自身がそう感じているんだから妥当な評価だと思う。

 

「もう一人の方も難易度相当の技量は持ち合わせているようだが、君の場合は技量というよりも相手との連携が最も重要だろう。私が教えられることは残念ながら多くはない」

 

「そうですか……」

 

僕らの技量は認めてくれているみたいだけど、だからこそ残りの期間は連携を高めていくしかないってことか。ってことはまだ一週間あることだし、ひたすら訓練あるのみだな。

しかしロブロさんの話はそこで終わらなかった。

 

「だが教えられることも少なからずある……そこで少年よ、君には必殺技を授けてやろう」

 

「え、必殺技……?」

 

必殺技っていうと……相手を必ず殺す技。または思春期の子供が自分には特別な力があると思い込んで人知れず練習するっていう、将来の黒歴史を形作ってしまう恥ずかしい過去の代表格のことか。

 

「そうだ。プロの殺し屋が教える……必殺技だ」

 

「いえ、結構です」

 

うん、取り敢えず断っておくことにした。

僕の即答での拒否が予想外だったのか、ロブロさんは呆気に取られながらも理由を尋ねてくる。

 

「……何故だ?必殺技があれば窮地へ追い込まれた時に役立つぞ。それに雰囲気が出て格好良い」

 

「いや、窮地に追い込まれた時に雰囲気や格好良さは必要ないでしょう」

 

あれ、もしかして本当に中二病的な意味での必殺技だったりするのだろうか?

 

「それが一概に必要ないとも言えない。雰囲気が出るということはその場の空気を制するということでもある。対峙することのない暗殺ならばともかく、暗殺を躱されて戦闘に持ち込まれた場合の影響は大きい」

 

そう言われると雰囲気って重要なんだなぁと思わされる。そういう意味では必殺技があれば初見の相手には一発逆転の切り札になるし、既知の相手にはフェイントや警戒するポイントを誘導できるかもしれない。

 

「なるほど、一理ありますね……それで格好良さの必要性は?」

 

「……どうだ?必殺技が欲しくなっただろう?」

 

あ、格好良さの必要性はないのね。この人、顔に似合わず案外親しみやすい人なのかもしれない。

 

「……すいません。お気持ちは嬉しいんですけどやっぱり結構です。南の島まで時間もないですし」

 

確かに必殺技があれば戦況を有利に運べるだろうし興味もあるけど、まずは僕に与えられた役割を納得できるレベルまで仕上げることの方が先決だ。それに僕にだって必殺技じゃないけど奥の手がないわけじゃない。残念だけど必殺技は今回は見送らせてもらおう。

 

「……そうか。まぁ無理強いするつもりはない。南の島での暗殺成功を祈っている」

 

「はい、ありがとうございます。その代わりと言ってはなんですが、ナイフ術の指導をいただけると有難いんですけど……」

 

「うむ、いいだろう。では烏間の代わりに私が相手をしてやる。何処からでも掛かってきなさい」

 

その後は実戦形式でナイフの扱い方を教わった。烏間先生の軍隊式とは少し違っていてナイフ術に幅が広がったと思う。少しでも南の島での暗殺に活かせるように頑張らないと。

 

 

 

 

 

 

あっという間に一週間は過ぎ去っていき、今日は南の島での暗殺決行日だ。今は暗殺の舞台となる沖縄の離島に向けて船で移動している最中である。

 

「にゅやァ……船はヤバい、船はマジでヤバい。先生、頭の中身が全部まとめて飛び出そうです」

 

「…………(コクコク)」

 

そして殺せんせーは案の定といった感じで船に酔っていた。どうやら今回はムッツリーニも堪え切れなかったらしく、二人して顔色を悪くしながらぐったりとデッキの手摺りに(もた)れ掛かっている。僕はあんまり乗り物酔いしないから共感できない感覚だ。

 

「起きて起きて、殺せんせー‼︎ 見えてきたよ‼︎」

 

船首で水平線を眺めていた倉橋さんが振り向き様にナイフを横薙ぎしつつ殺せんせーを呼ぶ。もしこれが当たっていたら起きるどころか永眠していたと思うけど、先生は難なく倉橋さんのナイフを躱して視線を進路の先へと向けた。僕も同じように視線を向ける。

 

「東京から六時間‼︎ 殺せんせーを殺す場所だぜ‼︎」

 

そうして視界に入ってきたのは、お待ち兼ねの南の島……普久間島だ。いよいよ世界の命運を懸けた暗殺が始まるーーーが、その前に、

 

「いやー、最高‼︎」

 

「景色全部が鮮やかで明るいなぁ〜」

 

サービスで配られたトロピカルジュースを飲みつつ南の島を堪能する。リゾート地で色んなレジャー設備もあるみたいだし、折角の南の島なんだから楽しまなきゃ損だよね。

 

「例の暗殺(アレ)は夕飯の後にやるからさ、まずは遊ぼうぜ殺せんせー‼︎」

 

「修学旅行ん時みたく班別行動でさ」

 

「ヌルフフフフ、賛成です。よく遊びよく殺す、それでこそ暗殺教室の夏休みです」

 

村松君と吉田君の提案を受けて僕らは殺せんせーとともに遊びに繰り出すことにした。

とはいえもちろんただ遊ぶわけじゃない。遊びに見せかけて計画書通りに暗殺が出来るかどうか綿密に現地をチェックして回り、殺せんせーが一つの班と遊んでいる間に残った班で着々と暗殺の準備を進めていく。

殺せんせーのことだから堂々と準備を進めても探ってくることはないと思うけど、少しでも準備を見られたりして計画を察せられたら全てが台無しだからね。念には念を入れていかないと。

そうしてバレないように全ての準備を終えて日が沈み始めた頃。

 

「いやぁ、遊んだ遊んだ。おかげで真っ黒に焼けました」

 

そう言う殺せんせーは触手の表面どころかお歯黒のように歯まで文字通り真っ黒だった。っていうか歯って日焼けするもんだったっけ?もう表情が読み取れないくらい全身真っ黒なんだけど。

 

「じゃあ殺せんせー、夕飯の後に暗殺なんで、まずはレストランへ行きましょう」

 

磯貝君が先導する中、鼻歌交じりの殺せんせーとともに浜辺を後にする。ってかマジで南の島を満喫してるな、殺せんせー。でも南の島の本番はここからだ。先生にはもっと楽しんでもらわないとね。

そのまま皆で移動した先は殺せんせーの苦手な船の上だった。

 

「夕飯はこの貸し切り船上レストランで、夜の海を堪能しながらゆっくり食べましょう」

 

「……な、なるほどねぇ。まずはたっぷりと船に酔わせて戦力を削ごうというわけですか」

 

「当然です。これも暗殺の基本の一つですから」

 

まぁ殺せんせーの場合は乗り物酔いしていても暗殺はきっちりと躱してくるので、戦力を削ぐとは言っても万全の状態は崩しておこうという気休め程度のものである。でもやらないよりはいいだろう。

僕らの暗殺に対する姿勢に殺せんせーも恐らく真面目な表情で返してくる。

 

「実に正しい。ですがそう上手く行くでしょうか?暗殺を前に気合の乗った先生にとって船酔いなど恐れるにーーー」

 

「「「黒いわ‼︎」」」

 

あ、とうとう殺せんせーの日焼けに皆からツッコミが入った。そりゃあ全身真っ黒だったら暗殺前とはいえツッコミたくもなるよね。ちなみにさっき“恐らく”と言ったのは全身真っ黒すぎて僕も表情が読み取れなかったからだ。

皆からの総ツッコミに多分キメ顔を作ってたっぽい殺せんせーも出鼻を挫かれる。

 

「そんなに黒いですか?」

 

「表情どころか前も後ろも分かんないわ」

 

「ややこしいからなんとかしてよ」

 

中村さんと片岡さんの言い分は尤もだった。普段は全身黄色でも目と口があるから顔が分かるのに、その目印すら塗り潰されて探偵物の漫画の犯人みたいになっている。いや寧ろあっちの方が輪郭はあるから分かりやすいか。

しかしそんな二人の抗議を受けても殺せんせーは不敵に笑っている。

 

「ヌルフフフフ、お忘れですか皆さん。先生には脱皮があるということを。黒い皮を脱ぎ捨てれば……ホラ、元通り‼︎」

 

一瞬にして脱皮した殺せんせーは見事なまでに元の全身黄色状態へと早変わりした。

なるほど、そういう使い方もあるのか。とはいえ月一の脱皮を暗殺前に使っちゃうなんて、僕らも随分と舐められたもんだ。その余裕をあとで後悔させてやろう。

殺せんせーは脱皮した皮を見せびらかすように掲げて言葉を続ける。

 

「脱皮にはこんな使い方もあるんですよ。本来は()()()()()()()()ですが…………あっ」

 

途中で言葉が途切れた殺せんせーは顔を触手で覆って項垂れてしまった。いや、何も考えずに脱皮したんかい。あとで後悔させてやるつもりが既に後悔してるし。なんでこんなドジを未だに殺せないのか甚だ疑問だ。

そうやって項垂れる殺せんせーの元へと雄二が歩み寄る。

 

「殺せんせー、その脱皮した皮邪魔だろ?捨ててきてやるよ。海にでも投げ捨てればいいだろ」

 

「坂本君、そう言って私の脱皮した皮を確保する魂胆でしょう?もうその手には乗りませんからね」

 

「……チッ、流石に同じ手は無理か。また実験素材が手に入ると思ったってのに」

 

殺せんせーに申し出を断られた雄二はあっさりと引き下がっていった。無理だと思ってたんだったら最初から言わなければいいのに……何か考えでもあるんだろうか?

まぁとにかく今は暗殺前の腹拵(はらごしら)えだ。一週間の訓練で今回の役割に必要な技術はほぼ完璧に仕上がったし、南の島に来てからの仕込みも計画通り万全である。あとは貴重なカロリーを涙を呑んで腹八分目に抑えてコンディションを整えるだけ……うぅ、滅多に摂れない豪華カロリーが……よし、食べ物の恨みも込めて暗殺しよう。今度こそ殺せんせーに僕らの刃を届けるんだ。




次話 本編
〜決行の時間〜
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明久「これで“策謀の時間”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」

磯貝「いよいよ南の島での暗殺開始だ。一学期の集大成だから気合いを入れていかないとな」

片岡「今回は大規模ってだけじゃなくて、E組が一丸になって初めての暗殺だからね。絶対に成功させたい……んけど」

明久「残念ながら原作では失敗しちゃってるんだよねぇ」

磯貝「それは二次創作なんだから言っちゃ駄目だろう……」

片岡「で、でも吉井君や土屋君は原作とは違うことをするでしょ?何か坂本君も匂わせてる感じだったし、少しでもいいから殺せんせーを原作よりも追い詰めてよね」

明久「任せてよ。殺せんせーには豪華カロリーを満腹まで食べられなかった恨みがあるからね。食べ物の恨みは怖いってことを教えてあげる」

片岡「いや、思いっきり八つ当たりなんだけど……まぁ殺る気を出してくれるならいっか」

明久「うぅ、せめてタッパーでも持ってくればよかった……」

磯貝「ははっ。馬鹿だな、吉井は。ホテル内で発生する費用は全部学校が負担してくれるんだから、お土産っていう体で怪しまれないギリギリまで郵送すればいいじゃないか」

片岡「ちょっ、磯貝君⁉︎ まさか本当にそんなことしてないわよね⁉︎」

磯貝「えっ……………………うん、してないよ?」

片岡「その間は何っ⁉︎ いつもの爽やかなスマイルに裏を感じるんだけど‼︎」

明久「なるほど。郵送だったら帰りに荷物にならないし、何よりも学校が出してくれるからタダ……うん、それじゃあ今回の後書きはここまで‼︎ 次の話も楽しみにしててね‼︎」

片岡「あ、こらっ‼︎ 何強引に後書きを終わらせてフロントへ駆け出してるのよ⁉︎ ちょっと吉井君、待ちなさい‼︎」





秀吉「金銭的なことになると磯貝は明久と大差ないのぅ。というか原作より悪化しとらんか?」

土屋「…………クロスオーバーに毒されてきてる」

前原「アイツは金魚で料理を作るような奴だからなぁ……そこんところは元から似た者同士なんだろ」


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決行の時間

〜side 殺せんせー〜

 

船上レストランでの夕飯を食べ終えた後、私は船酔いに苦しみながらも生徒達に連れられて次の場所へと移動します。何人か生徒達の姿が見えなくなっていますし、そろそろ本格的に暗殺が始まるのでしょう。この移動中に少しでも船酔いを覚まさねば。

 

「さぁて殺せんせー、メシの後はいよいよだ」

 

「会場はこちらですぜ」

 

そうして私が連れて来られた場所は、ホテルの離れにある水上パーティールームでした。

あの部屋は周囲を海で囲われている。壁や窓には対先生物質が仕込まれている可能性もあるので、脱出するのはリスクが高いと思われます。……どうやら小屋の中で避け切るしかないようですねぇ。

生徒達に促されるまま中へ入ると、そこには夕飯の時から姿の見えなかった三村君と岡島君、それに土屋君が大型テレビを前に待ち構えていました。

 

「さぁ席につけよ、殺せんせー」

 

「楽しい暗殺、まずは映画鑑賞から始めようぜ」

 

「…………(コクコク)」

 

どのような意図があるのかは分かりませんが、どうやら暗殺を始める前に何かの動画を見るようです。恐らくは最後の暗殺準備をするための時間稼ぎといったところでしょうか。ではお言葉に甘えて待っている間は動画で時間を潰させてもらいましょう。

そこで席に着こうとした私に対して渚君が近寄ってきました。

 

「殺せんせー、まずはボディチェックを。幾ら周囲が水とはいえ、あの水着を隠し持っていたら逃げられるしね」

 

「入念ですねぇ。そんな野暮はしませんよ」

 

因みに渚君の言っている水着というのは、私が開発した完全防水でマッハ水泳にも耐えられる先生用水着のことです。昼間もその水着を着て海を堪能させてもらいましたし、海で囲まれた環境を整えた暗殺において警戒するのは当然のことですね。

ボディチェックを終えた私は改めて用意された大型テレビの前に腰掛けます。

 

「さて、準備はいいですか?全力の暗殺を期待しています。君達の知恵と工夫と本気の努力、それを見るのが先生の何よりの楽しみですから……遠慮は無用。ドンと来なさい」

 

この四ヶ月で磨き上げられた君達の暗殺()、どれだけ成長したか私に見せてください。

 

「言われなくとも……上映(はじ)めるぜ、殺せんせー」

 

部屋の電気を落としたところで大型テレビに映像が映し出されました。それと同時に背後の暗がりで頻りに小屋を出入りする気配が過剰なまでに感じられます。配置の位置と人数を明確にしないためでしょう。

……しかし甘い。()()の匂いがここにないのを分かっていますよ。四方が海のこの小屋ですが、ホテルに続く一方向だけは近くが陸だ。そちらの方向の窓からE組きっての狙撃手(スナイパー)、速水さんと千葉君の匂いがしてきますねぇ。ただ吉井君の匂いだけが何処にもありません……海の中にでも潜んでいるでしょうか?彼は射撃よりもナイフの方が得意なはず……床下からの襲撃も警戒しておくべきですね。

 

……それにしてもこの動画、よく出来ている。タイトルは【三年E組が送る とある教師の生態】……教師の(かがみ)である私の日々を追ったドキュメンタリー動画といった感じの内容だと思われます。カット割りといい選曲といい、三村君の編集は中々に良いセンスですね。ついつい引き込まれーーー

 

『……まずはご覧頂こう。我々の担任の恥ずべき姿を』

 

そこにはトンボの格好に扮した(頭の上にトンボのオブジェがあるだけ)私がエロ本を読んでいる姿が映し出されーーーにゅやああああぁぁぁぁ!!!? どどど、どうしてこのような映像が……!!!?

 

『お判りいただけただろうか。最近のマイブームは熟女OL。全てこのタコが一人で集めたエロ本である』

 

「違っ……ちょ、岡島君達‼︎ 皆に言うなとあれほどーーー」

 

私は慌てて弁解しようとしますが、そんなことはお構いなしに動画は流れていく。

 

『お次はこれだ。女子限定のケーキバイキングに並ぶ巨影……誰あろう、奴である』

 

そして次に映し出されたのは女装してケーキバイキングの列に並ぶ私の姿でした。映像の中の私は店員に女装がバレて連れていかれそうになるのを必死に抗っています。

 

「クックックッ。あーあ、エロ本に女装に恥ずかしくないの?ド変態」

 

映像について狭間さんに弄られてしまいましたが、客観的に見て否定する材料がないので恥ずかしさのあまり顔を伏せることしか出来ません。

その後もアレやコレや更にはあんなことまで一時間たっぷり動画で見せられ、私はもう恥か死にしてしまうのではないかというくらい精神的に参ってしまいました。羞恥心に物理的なダメージが伴っていたら私は既にこの世を去っていることでしょう。

 

『ーーーさて、秘蔵映像にお付き合い頂いたが……何かお気付きでないだろうか?殺せんせー』

 

と、映像の最後に問い掛けられた瞬間、私は足元の異変に気付いて即座に立ち上がると辺りを見渡します。

いつの間にか床全体に水が……‼︎ 誰も水など流す気配はなかったのにーーーまさか……満潮か‼︎

気付いた時には既に手遅れであり、触手は足元から十分な量の海水を吸い込んでしまっていました。そこで触手破壊の権利を得た八名が動き出します。

 

「俺らまだなんにもしてねぇぜ。誰かが小屋の支柱を短くでもしたんだろ」

 

「船に酔って恥ずかしい思いして海水吸って……だいぶ動きが鈍ってきたよね」

 

席を立った八人は一斉に銃を構えて私と向き合いました。彼ら彼女らの口元には不敵な笑みが浮かんでいます。

 

「さぁ本番だ。約束通り、避けんなよ」

 

ここまで全て計画通りということですか……やりますね。しかし狙撃手のいる方向は分かっている。そちらの窓さえ注意すればーーー

八人の銃撃を受けた触手が飛び散る。それと同時に部屋の壁が壊されーーー周囲を確認するよりも早く悪寒を感じて即座に後退しました。八本もの触手が破壊された直後で動きはガタ落ちでしたが、何とか間を置かずに襲い掛かってきた()()()()()()を躱します。

 

「チッ‼︎ 流石に一撃で殺られてはくれませんか‼︎」

 

「よ、吉井君⁉︎」

 

私は予期せぬ奇襲に驚きを隠せませんでした。幾ら物音を立てずに潜んでいようとも部屋の中にいれば匂いで分からないはずがありません。……が、その疑問は吉井君が纏っている薄い膜によって氷解しました。

あれは……私の脱皮した皮‼︎ しかも()()()()()()()()()()()()()()()()……つまりあれは四月の時点で坂本君に回収されたものだということ。確かに自身の匂いは自分ではあまり分からないものですが……自分の脱皮した皮ながら物持ち良過ぎじゃないですかね⁉︎

 

「シッ‼︎」

 

そんな別の意味での驚きを感じる間もなく吉井君から繰り出される対先生ナイフを避けていきますが、それとほぼ同時に今度は海の中から何人もの生徒達が何かに乗って飛び出してきました。

よく見れば生徒達が乗っているものは水圧で空を飛ぶフライボード。彼らは飛び出した勢いそのままに上昇していき、私の頭上で肩を組んで一定の高さで留まっている。

そうして留まるためには絶え間なく足元から水を噴射する必要があり……なるほど、水圧の檻で退路を塞いできましたか‼︎ それだけではなく水圧の檻の周りでも放水することで完全に隙間を埋められています。

しかし私が急激な環境の変化に対応する前に続けて海から黒い箱型の物体が……って律さん⁉︎ 吉井君の次は貴女ですか‼︎

 

『射撃を開始します。照準・殺せんせーと明久さんの周囲3m』

 

律さんの射撃開始とともに他の生徒達も一斉射撃を開始しました。ですが私を狙って放たれた弾は一つもなく、吉井君のナイフを躱しながらも周囲を飛び交う弾に視線が釣られてしまいーーー

 

「にゅやッ⁉︎」

 

吉井君が見た限り唯一の獲物であるナイフを投擲してきます。当然ながら真正面から投擲されたナイフは難なく見切ったものの、()()()()()()()()()()()()()()()()()は想定しておらず間一髪で避けることが出来ました。

それにしても投げナイフの弾道逸らしが狙ってやったことなのだとしたら、かなり正確なコントロールと観察眼ですね。ですが対先生ナイフを手放してしまっては吉井君に出来ることがなくなるーーー

 

「ムッツリーニ‼︎」

 

と、そこで吉井君が土屋君の名前を叫びます。次いで土屋君から投擲されたナイフを躱し……私が躱したナイフを吉井君が掴み取って更に投擲してきました。投げ返されたナイフ、それに今度はナイフによって弾道を逸らされた弾も考慮して対応します。

ナイフによる援護と吉井君が投擲した際のナイフ補充が土屋君の役割ですか。しかも私に投擲したものをアイコンタクトなしで掴み取るとは……相当に訓練を重ねたのでしょうね。非常に良い……だからこそ惜しい一手でした。

私は周囲の弾幕に気を張りつつ、吉井君と土屋君による遠近両方のナイフとナイフによる跳弾を躱していく。奇襲や初見の攻撃ならばともかく、真正面からであれば私はどんな相手のどんな攻撃にも対応できる自信があります。初撃を外してしまった時点でーーー

 

(私には通用しない…………そんなことは彼らだって百も承知のはず)

 

二撃目三撃目と躱していったところで、ふと私は彼らの攻撃に疑問を覚えました。

触手八本を破壊されて彼らの目にも捉え切れる速度まで落ちてはいますが、逆に言えば目で捉え切れるだけで未だ肉体的に追いつけるような速度ではありません。そんな私にナイフを当てるとなると至難の技です。

つまり吉井君と土屋君が今もナイフで攻撃し続けているのは狙撃の隙を作るための陽動。最後の一撃はまず間違いなく陸で潜んでいる千葉君と速水さんの狙撃になることでしょう。まぁその二人が潜んでいる場所は把握しているわけですから、そちらの方にさえ注意していれば問題ないーーー

 

(……いや、違う‼︎ そもそも匂いで場所を把握されることは彼らも理解している‼︎)

 

だからこそ吉井君は私の脱皮した皮で匂いを誤魔化していたんですから。なのに最後の決め手と思われる千葉君と速水さんの匂いを放置するなどあり得ない。

ということは陸から漂っている二人の匂いは私の警戒を引き付けるフェイクーーー

 

 

 

私の中で最大級の警鐘が鳴り響く。

 

 

 

自身の直感の赴くままに振り向いたその時、既に私の眼前まで二つの対先生弾が迫っていました。

彼らの計略に気付くのが明らかに遅すぎた。この弾丸を躱すことは今の私には不可能……完全に嵌められました。ほんの四ヶ月前までただの中学生だった彼らが、よくぞここまでーーー

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

殺せんせーを千葉君と速水さんの狙撃ポイントへと何とかバレずに誘導した直後、狙撃と同時に殺せんせーの身体が閃光とともに爆発して僕らの目の前から姿を消した。

 

「おわぁっ⁉︎」

 

その爆発によって僕だけじゃなくて周りにいたE組の皆も海へと吹き飛ばされる。海に囲まれた小屋だったから幸い怪我はなかったが、殺せんせーの暗殺で直接的な被害を受けたことなんて一度もなかったのに……今までの暗殺とは明らかに違う殺った手応えがある。これは……本当に今度こそ殺ったか⁉︎

 

「油断するな‼︎ 奴には再生能力もある‼︎ 片岡さんが中心になって水面を見張れ‼︎」

 

「はい‼︎」

 

暗殺計画が終わって気が抜けそうだった僕らは、烏間先生の指示に従って改めて周囲を警戒する。しかし今のところ何処を見ても殺せんせーの姿は見当たらない。

水圧の檻と対先生弾による弾幕の檻、それらを中間テストの際に見せた竜巻で吹き飛ばされないようにするためにもナイフで斬り掛かり続けていたんだ。何処にも逃げ場はなかったはず。

 

「あっ」

 

と、周囲を警戒していた僕らの耳に倉橋さんの何かに反応した声が聞こえてきた。

そちらを向くと倉橋さんの前の水面から気泡が浮き出ている。まさか……殺せんせー?やっぱり生きていたのか?

僕らは浮き出る気泡に向けて銃を構える。僕はナイフだけど、殺せんせーが出てきたら即座に攻撃開始だ。

気泡はどんどん大きくなっていき、いよいよ水面が盛り上がり始めた次の瞬間ーーー

 

 

 

 

 

殺せんせーの顔が入った透明とオレンジの変な球体が浮かび上がってきた。何アレ?

 

 

 

 

 

「これぞ先生の奥の手中の奥の手、完全防御形態です‼︎」

 

浮かび上がってきた殺せんせーを見て僕らが呆けていると、先生は自慢気に自身を覆っている球体について語り始める。

 

「外側の透明な部分は、高密度に凝縮されたエネルギーの結晶体です。肉体を思い切り小さく縮め、その分だけ余分になったエネルギーで肉体の周囲をガッチリ固める。この形態になった先生は(まさ)に無敵‼︎ 水も、対先生物質も、あらゆる攻撃を結晶の壁が跳ね返します」

 

あらゆる攻撃を無効化する完全防御形態……なんだその中二病の妄想が具現化したみたいなチート性能は。文字通りの無敵じゃないか。そんなの殺しようがない。

そう思ったのは僕だけじゃなかったようで、近くにいた矢田さんが困ったように言葉を漏らす。

 

「そんな……じゃ、ずっとその形態でいたら殺せないじゃん」

 

「ところがそう上手くは行きません。このエネルギー結晶は二十四時間ほどで自然崩壊します。その瞬間に先生は肉体を膨らませ、エネルギーを吸収して元の身体に戻るわけです。裏を返せば結晶が崩壊するまでの二十四時間、先生は全く身動きが取れません」

 

完全防御形態になってしまった全く身動きが取れない……つまり自分の意思でエネルギー結晶を解除することは出来ないということだ。……それって僕らにとっても結構なチャンスじゃない?

 

「これには様々なリスクを伴います。最も恐れるのは、その間に高速ロケットに詰め込まれて遥か遠くの宇宙空間に捨てられることですが……その点は抜かりなく調べ済みです。二十四時間以内にそれが可能なロケットは今世界の何処にもない」

 

だがそんな弱点は殺せんせーも織り込み済みで今回の暗殺に臨んでいたらしい。先生にまだ脱皮以外の奥の手があることは知っていたが、ノーモーションであの形態に移行されてはナイフで斬り掛かり続けても阻止できないだろう。これは僕らの完敗だ。

殺せんせーの説明を聞き終えた寺坂君がレンチを持って先生へと近づいていく。

 

「チッ、何が無敵だよ。何とかすりゃ壊せんだろ、こんなもん」

 

そう言いながら手にした殺せんせーをレンチで殴るが、先生を守るエネルギー結晶はビクともしない。ってか寺坂君はなんでレンチなんか持ってるんだ?

 

「ヌルフフフフ、無駄ですねぇ。核爆弾でも傷一つ付きませんよ」

 

当然ながら殺せんせーは余裕である。そりゃまぁ無敵なんだから慌てようがないよね。でも態度が余裕すぎて普段以上にムカつく。

 

「そっか〜、弱点ないんじゃ打つ手ないね」

 

「そうだな、俺達にはどうしようもないな」

 

そこでカルマ君と雄二が諦めの言葉を吐きながら寺坂君へ殺せんせーを渡すように指示してきた。ただしその表情は全くと言っていいほど諦めたって感じじゃない。

寺坂君から投げられた殺せんせーを受け取ったカルマ君と、殺せんせーに向けて自分の携帯画面を向ける雄二。いったい何かと遠目に画面を覗き見ると、そこには今回の暗殺のために編集した【三年E組が送る とある教師の生態】が流されていた。

 

「にゅやーッ‼︎ やめてーッ、手がないから顔も覆えないんです‼︎」

 

「ごめんごめん。じゃ、取り敢えず至近距離で固定してと……」

 

「これは暗殺の都合上、カットした未公開映像なんだから存分に楽しめよ」

 

「一時間も流しておいてまだ未公開映像があるんですか⁉︎」

 

殺せんせーは秘蔵映像があることに驚いているものの、寧ろ先生の痴態が一時間の映像に収まるわけないじゃないか。もっと自分の行動を省みないと。

完全防御形態によって物理攻撃を無効化する殺せんせーに対し、二人の精神攻撃……っていうか嫌がらせはまだ終わらない。

 

「そこで拾ったウミウシもひっ付けとくね。あと誰か不潔なオッサン見つけてきてー。これパンツの中に捩じ込むから」

 

「その辺の岩場でフナムシも探してこようぜ。大量に捕まえてその中に先生を沈めてやろう」

 

「ふんにゅああああッ‼︎ 助けてーッ‼︎」

 

うん、こういう時のカルマ君と雄二は活き活きしてるよね。身動きが取れないってことは弄り放題ってことだし。

二人の嫌がらせがエスカレートする前に烏間先生が殺せんせーを取り上げてビニール袋へと入れる。

 

「……取り敢えず皆は解散だ。上層部とコイツの処分法を検討する」

 

「ヌルフフフフ、対先生物質のプールの中にでも閉じ込めますか?無駄ですよ。その場合はエネルギーの一部を爆散させて、さっきのように爆風で周囲を吹き飛ばしてしまいますから」

 

殺せんせーの言葉に烏間先生は苦虫を噛み潰したような表情を隠せずにいた。完全防御形態のエネルギー結晶が崩壊した直後を狙おうにも、崩壊したエネルギーを自在に操れるのであれば身体が戻った瞬間も対応されてしまう。厄介なものだ。

 

「ですが皆さんは誇って良い。世界中の軍隊でも先生を()()()()追い込めなかった。(ひとえ)に皆さんの計画の素晴らしさです」

 

そう言って殺せんせーは烏間先生に連れていかれてしまった。残された僕らは一先ず海から上がることにする。

殺せんせーはいつものように僕らの暗殺を褒めてくれたけど、その評価とは裏腹に僕らの落胆は隠せなかった。かつてなく大掛かりな、それでいて全員での渾身の一撃を外したショック。皆が落ち込むのは無理もない。

そうして僕らは異常な疲労感とともにホテルへの帰途に着いたのだった。




次話 本編
〜異変の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/38.html



渚「これで“決行の時間”は終わりだね。皆は楽しめたかな?」

雄二「まぁ色々と原作と違う策を講じてはみたが、やっぱ完全防御形態の情報なしに今回の暗殺成功は無理だろ」

土屋「…………(コクコク)」

渚「それにしても坂本君、四月からずっと殺せんせーの脱皮した皮を持ってたの?」

雄二「おう、殺せんせーの弱点探しに全部使う必要はなかったからな。何かに使えるだろうと保管しておいた」

土屋「…………物持ちが良い」

渚「良過ぎる気もするけどね。じゃあ船で坂本君が脱皮した皮を欲しがったのは……」

雄二「もう脱皮した皮がないって印象を与えるためだ。殺せんせーが暗殺でどこまで想定しているか分からなかったしよ」

土屋「…………アレは雄二の機転」

渚「そうだよね。だって殺せんせーが脱皮するなんて事前には分からないし」

雄二「その他の原作との違いは明久とムッツリーニがナイフを使ったくらいか。俺と秀吉は射撃と放水に参加してたからな」

渚「二人のナイフ捌きは本当に凄かったよ。だって示し合わせもなくナイフを投げてそれを掴み取るんだもん」

土屋「…………殺せんせーの動きに合わせてナイフを投擲することで意思の疎通を省いた」

雄二「要するに殺せんせーへ攻撃するポイントとタイミングをシンクロさせたってわけだ。互いの力量を把握していないと出来ない芸当だろ」

渚「それを南の島の暗殺までに仕上げてくる辺り、二人とも流石だよね」

土屋「…………明久の方が難易度は遥かに高い」

雄二「そりゃナイフで斬り掛かりながらナイフを投げて取って周囲の弾道も把握しなきゃならんわけだからな。はっきり言ってE組の中でも明久以外には無理だ」

渚「確かに僕もそうだと思うけど……珍しいね。坂本君が吉井君をベタ褒めするなんて」

雄二「俺だってきちんと正当な評価はするぞ。普段のアイツに褒める要素がないんだよ」

渚「あはは……でも暗殺は失敗に終わっちゃったけど、ある意味では南の島はこれからが本番だよ?」

土屋「…………分かっている」

雄二「まぁ結局のところ俺達は出来ることをやるだけだ」

渚「うん、頑張っていこう。それじゃあ次回の話も楽しみにして待っててね‼︎」





カルマ「そう、坂本の言う通り俺は俺に出来ることをやるだけだ(大量のフナムシが入った袋を持ちながら)」

殺せんせー「少なくとも私をその袋に入れることはやらなくていいと思います‼︎」


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異変の時間

殺せんせーの暗殺に失敗してホテルへと戻ってきた僕らは、一先ずホテルのデッキに集まって休憩していた。そのうちの半数以上の人が分かりやすく疲れた様子である。

 

「しっかし疲れたわ〜……」

 

「自室返って休もうか……もう何もする気力ねぇ」

 

「んだよてめぇら、一回外したくらいでダレやがって。もう殺ること殺ったんだから明日一日遊べんだろーが」

 

そんな皆の様子を見て寺坂君は呆れていたが、少しくらいは大目に見てもいいだろう。僕だって集中力を最大限まで発揮して暗殺に臨んだから精神的に疲れてるんだ。皆の休みたいという気持ちはよく分かる。分かるんだけど……。

 

「……明久よ、少し変じゃと思わんか?」

 

「……やっぱり秀吉もそう思う?」

 

僕が訝しげに皆を見ていると秀吉からも同じような視線と疑問を投げ掛けられた。それに異論を挟むことなく同意する。

確かに暗殺の実行と失敗で肉体的にも精神的にも疲れただろうけど、その疲れ方が明らかにおかしいのだ。顔色が赤かったり汗を掻いていたり、中には息を切らして顔を俯かせているような人もいる。

これはいったい……と、僕らが異常を感じ取っていると突然疲れを見せていた人達が倒れ始めた。

 

「えっ⁉︎」

 

「な、何事じゃ⁉︎」

 

何が起きているのか分からない僕らはただ困惑することしか出来ない。

その中で真っ先に行動を起こした烏間先生が怒鳴るようにフロントへと尋ねる。

 

「フロント‼︎ この島の病院は何処だ‼︎」

 

「え……いや、何分小さな島なので……小さな診療所はありますが、当直医は夜になると他所の島に帰ってしまいます。船は明日十時にならないと……」

 

「くっ……」

 

フロントの返事を聞いた烏間先生が焦りを隠せずにいると、混乱している僕らの耳に先生の携帯から着信音が鳴り響いた。タイミングの悪い……こんな時にいったいなんの電話だ?

着信画面を見て電話に出た烏間先生の表情が焦燥から一気に眉間を寄せた険しいものとなる。

 

「……何者だ。まさかこれはお前の仕業か?」

 

……え?今、先生なんて……もしかして犯人から掛かってきた電話なのか⁉︎

烏間先生の言葉を聞いた雄二が自分の携帯に向かって早口で捲し立てる。

 

「律、烏間の携帯を傍受して流せ‼︎」

 

言われた律は即座に反応すると傍受した内容をスピーカーで流してくれた。そうして雄二の携帯から変声機か何かで変えられたであろう人工的な声色の話し声が聞こえてくる。

 

『ーーー人工的に作り出したウイルスだ。感染力はやや低いが、一度感染したら最後……潜伏期間や初期症状に個人差はあれ、一週間もあれば全身の細胞がグズグズになって死に至る』

 

……は?何を……言ってるんだ?死ぬ?皆が?

あまりに突拍子もないことを言われた僕は混乱していたことも忘れて呆然としてしまった。

しかしその間にも犯人からの電話は続く。

 

『その治療薬も一種のみの独自開発(オリジナル)でね。生憎此方にしか手持ちがない。渡すのが面倒だから直接取りに来てくれないか?山頂にホテルが見えるだろう。手土産はその袋の賞金首だ』

 

それから犯人は山頂にある“普久間殿上ホテル”の最上階まで一時間以内に、生徒の中で最も背の低い男女に殺せんせーを持ってくるように指定してきた。もし外部と連絡を取ったり一時間を少しでも遅れると治療薬を爆破するとも言っている。

その非道なやり方に激しく怒りを覚えるが、怒るよりも先に行動に移さなくては時間がない。何よりまずは倒れた皆の介抱をしないと。

そうして倒れた皆を運んで寝かせたり氷やタオルを用意している間、別で動いていた烏間先生の部下である園川雀さんが駆け寄ってくる。

 

「烏間さん、案の定駄目です。政府としてあのホテルに宿泊者を問い合わせても“プライバシー”を繰り返すばかりで……」

 

「……やはりか」

 

「やはり……?」

 

まるで予想していたかのような反応に殺せんせーが疑問を浮かべると、烏間先生はリゾート地である普久間島の実情を話してくれた。

この普久間島は“伏魔島”と言われて警察からマークされており、山頂のホテルでは国内外のマフィア勢力や繋がりのある財界人が違法な商談やドラッグパーティーを開いているらしい。しかも私兵達が厳重な警備をしていて政府のお偉いさんともパイプがあるとかで警察も手が出せないとか。そんなホテルがこっちの味方をするとは思えない。

 

「どーすんスか⁉︎ このままじゃあいっぱい死んじまう‼︎ こっ、殺されるためにこの島に来たんじゃねーよ‼︎」

 

「落ち着いて、吉田君。そんな簡単に死なない死なない。じっくり対策を考えてよ」

 

動揺する吉田君を倒れた原さんが宥めて何とか冷静さを取り戻させていたが、どう見ても空元気なのは明らかである。それにタイムリミットが一時間ではじっくり対策を考えている時間もない。

 

「言うこと聞くのも危険すぎんぜ。一番チビの二人で来いだァ?このちんちくりん共だぞ⁉︎ 人質増やすようなモンだろ‼︎」

 

「同感じゃな。もしも渚と茅野が人質に取られた挙句、その上で治療薬も渡さず逃げられたら終わりじゃぞ」

 

寺坂君や秀吉の言う通り、渚君と茅野さんには悪いけどはっきり言って二人で取り引きに向かわせるのは心許ない。とはいえ相手側の戦力や個々の戦闘力が分からない以上、雄二やカルマ君レベルでも生徒だけで向かわせるのは危ないだろう。

 

「要求なんざ全シカトだ‼︎ 今すぐ全員都会の病院に運んでーーー」

 

「……賛成しないな」

 

怒りで荒れる寺坂君に対して、こんな状況だからこそ落ち着いて反対意見を出したのは竹林君だった。

 

「もし本当に人工的に作った未知のウイルスなら対応できる抗ウイルス薬はどんな大病院にも置いていない。運んだところで患者の負担(リスク)を増やすだけだ。対症療法で応急処置はしておくから、最低限の対策をした上で取引に行った方がいい」

 

竹林君の言う最低限の対策とは、渚君と茅野さんが人質にされないための対策ということだろう。でも相手の状況が全く分からない現状で打てる対策なんて高が知れている。

せめて殺せんせーが動ける状態なら幾らでも対策は立てられるのに、頼みの先生は僕達の暗殺が下手に上手く行ったせいで身動きが取れない。くそっ、他に何か打てる手はないのか……。

 

「良い方法がありますよ。病院に逃げるより、大人しく従うよりは」

 

僕らが諦めかけたその時、殺せんせーの言葉に僕らは希望を見出した。頼りに出来ないと思っていたけど、身動きが取れなくたって先生の頭脳は健在なんだ。この状況を打破できるんだったらなんだってやってやるさ。

僕は殺せんせーにその良い方法とやらの内容を問い掛ける。

 

「殺せんせー、その方法っていうのは……?」

 

「まぁそう急かさないでください。丁度律さんに頼んだ下調べも終わったようです。元気な人は来てください。汚れてもいい格好でね」

 

すぐにその方法を教えてはもらえなかったが、どうやら此処から移動する必要があるらしい。まぁ何であれ殺せんせーの方法に頼るしかないんだから着いていくことにする。

というわけで移動しようとしたところに、普段はあまり自己主張しない奥田さんが手を挙げた。

 

「せ、先生。私も竹林君と残って皆さんの看病をします。何が出来るかは分かりませんけど……」

 

「そうですね。竹林君一人で全員の応急処置をするのは大変かもしれません。奥田さんも手伝ってあげてください」

 

そうするとこの場に残るのは竹林君と奥田さんの二人か。よし、それじゃあ倒れた皆は二人に任せて僕らは移動することにーーー

 

「俺も二人と一緒に残っておく」

 

「え、雄二も残るの?」

 

奥田さんに続いて雄二も残ると言い出したので僕は思わず聞き返してしまった。殺せんせーの言う良い方法が何かは分からないけど、何をするにしても人数が多いに越したことはないだろう。性格的にも大人しく待っているような奴じゃない。

色々と考えても意外な申し出だったが、雄二も考えなしに残ると言ったわけじゃないようだ。

 

「お前らが此処を離れている間、犯人が何かしてこないとも限らねぇからな。他にやっておくこともあるし、一人くらい戦える奴が残っておいた方がいいだろ。それと……」

 

そこで声を潜めて近寄ってくると、雄二は僕に()()()を手渡してくる。

 

()()()を持っていけ。持っておいて損はないだろう」

 

「これって、ムッツリーニの……」

 

「借りてきた。倒れたアイツよりもお前が持っていった方が役に立つはずだ」

 

確かにこれから何をするか分からない以上、少しでも備えをしておくことは大事だろう。それに雄二の言い方はこれからすることに目星が付いているような言い方だ。だったらきっと役に立つ場面が来るはずである。

僕は有り難く差し出されたものを受け取ると、殺せんせーを持った烏間先生に先導される形で皆と車へ乗り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

〜side 雄二〜

 

殺せんせー達が出払った後、自ら残ることを申し出た俺は早速行動に移すことにした。

 

「よし、悪いが倒れた奴らの応急処置はお前らに任せた」

 

「それは構わないけど、さっきも言っていたやることっていうのは何だい?」

 

竹林が袋に氷を詰めて簡易的な氷嚢を作りながら訊いてくる。倒れた奴らを放っておくなんて薄情に聞こえるかもしれんが、それ以上に緊急を要する問題があるのだ。

 

「監視カメラを潰しておく。犯人が電話を掛けてきたタイミングからして、まず間違いなく俺達の様子を盗み見ているだろう」

 

潜伏期間や初期症状に個人差があると言っていたにも関わらず、クラスの大半が発症したところに電話を掛けられた理由はそれしか考えられない。

幸いなのはムッツリーニが盗撮の気配に反応しなかったことから、監視カメラの数そのものは少ないということだろう。俺達がいるのはホテル内ではなく屋外デッキだから全体は把握できないはずだ。

だが出払った奴らが長時間カメラに映らなければ怪しまれる可能性がある。その可能性を消すためにも早く対処しておかなければならなかった。

 

「取り敢えず烏間の部下に話をつけてホテルの監視カメラを消してもらう。ハッキングされていることも考えられるからな」

 

とにかく動けるうちに動いとかねぇとホテルに向かった奴らのリスクが高まる。()()使()()()()()()()()竹林と奥田の負担も増えちまうからな。

 

「あ、あの……マスクを持ってきました。竹林君は感染経路は経口摂取だろうって言ってましたけど、一応念のため……」

 

そう言って奥田は俺達にマスクを手渡してくる。

犯人は“感染力はやや低い”と言っていたことから、竹林が推測したように空気感染や接触感染の危険性は少ないだろう。もし仮に空気感染や接触感染だったら倒れた奴らを介抱したほぼ全員が既に感染していることも考えられる。まぁ新たに感染したとしても交渉期限までの短時間で発症することはないはずだ。

とはいえ詳しいウイルスの情報がない以上、空気感染や接触感染の危険性もないわけじゃない。用心に越したことはないだろう。それに……

 

「……俺が動いて感染を広げる危険性も考慮するべきか」

 

「……え?」

 

耳聡く俺の呟きを拾った奥田の反応を無視して差し出されたマスクを受け取る。わざわざ説明する必要もねぇだろ。

しかし俺が何も言わなくとも奥田は呟きの意味を理解したらしい。目を見開いて問い掛けてくる。

 

「坂本君、まさか感染してーーー」

 

「俺のことはどうでもいい。今やるべきは倒れた奴らの応急処置と監視カメラの排除だ。そっちは頼んだぞ」

 

俺は奥田の問い掛けを途中で遮り、何かを言われる前にその場を後にした。俺の身体の状態がどうであれ、やることは何も変わらねぇ。

ただ今の状況で残った俺達に出来ることは大してないがな。あとはホテルに出向いた奴らを信じて待つだけだ。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

車へと乗り込んだ僕らは山頂に立つ“普久間殿上ホテル”の裏側、断崖絶壁の下を通る公道まで来たところで車を降りた。

 

「…………高ぇ……」

 

断崖絶壁を下から見上げてみると、その高さをより一層実感することができる。ずっと見上げていたら確実に首が痛くなりそうだ。

 

『あのホテルのコンピュータに侵入して内部の図面と警備の配置図を入手しました。正面玄関と敷地一帯には大量の警備が置かれていて、フロントを通らずにホテルへ入るのはまず不可能……ですがただ一つ、この崖を登ったところに通用口があります。まず侵入不可能な地形ゆえ、警備も配置されていないようです』

 

ホテルを見上げている僕らに律が簡単な説明をしてくれる。ホテル内部の図面と警備の配置図、それに警備の配置されていない通用口が一つ……ここまで言われれば僕でもこれから何をするかの予想がついた。

そして僕の予想した通り、殺せんせーはこの状況を打破できるという方法を告げる。

 

「敵の意のままになりなくないなら手段は一つ。患者と残った三人を除いて動ける生徒全員で此処から侵入し、最上階を奇襲して治療薬を奪い取る‼︎」

 

やっぱりそれしかないか。病院にも行かず大人しく従わない、それでいて全てを解決できる方法といえば犯人を倒すしかない。そのために殺せんせーは律に“普久間殿上ホテル”の下調べをさせていたのだ。

しかし殺せんせーの提案に対して烏間先生は厳しい表情で返す。

 

「……危険過ぎる。この手慣れた脅迫の手口、敵は明らかにプロの者だぞ」

 

「えぇ、しかも私は君達の安全を守れない。大人しく私を渡した方が得策かもしれません。……どうしますか?全ては君達と指揮官の烏間先生次第です」

 

殺せんせーに言われて改めて山頂に立つ“普久間殿上ホテル”を見上げる。

この断崖絶壁をよじ登ってホテル側の警備網を掻い潜り、何人いるかも分からない犯人に奇襲を掛けなければならないのだ。それがどれほど困難なことかは考えるまでもない。

 

「それは……ちょっと、難しいだろ」

 

皆も同じ考えのようで表情が少し強張っている。少なくとも僕らの手には余る任務だ。

思わず漏れた呟きに加えてイリーナ先生からも否定の声が上がる。

 

「そうよ、無理に決まってるわ‼︎ 第一この崖よ、この崖‼︎ ホテルに辿り着く前に転落死よ‼︎」

 

「……渚君、茅野さん。済まないがーーー」

 

 

 

 

 

「いやまぁ、崖だけなら楽勝だけどさ」

 

「いつもの訓練に比べたらね」

 

 

 

 

 

そんなイリーナ先生の否定の声を無視するように僕らは断崖絶壁を登り始めた。

僕らの手に余るのはこの断崖絶壁を登り終えた後である。たとえ律のナビがあったとしてもホテルの最上階まで見つからずに辿り着くのは困難だろう。

だが僕らだけじゃなくて先生達の助けがあれば何とかなるかもしれない。

 

「でも未知のホテルで未知の敵と戦う訓練はしてないから……烏間先生、難しいけどしっかり指揮を頼みますよ」

 

「おぉ、ふざけた真似した奴らにキッチリ落とし前つけてやる」

 

磯貝君の要求と寺坂君の意気込みに誰からも異論が上がることはなく、未だに僕らの心配をして決断を迷っている烏間先生を見据える。あとは烏間先生の判断次第だ。

覚悟の決まっている僕らの様子を見て殺せんせーが烏間先生の背中を後押ししてくれる。

 

「見ての通り、彼らはただの生徒ではない。貴方の元には十六人の特殊部隊がいるんですよ。……さぁどうしますか?時間はないですよ?」

 

そうして決断を促された烏間先生は数秒だけ瞑目すると、心配していた様子から一転して決然とした表情で目を見開く。

 

「……注目‼︎ 目標、山頂ホテル最上階‼︎ 隠密潜入から奇襲への連続ミッション‼︎ ハンドサインや連携については訓練のものをそのまま使う‼︎ いつもと違うのは標的(ターゲット)のみ‼︎ 三分でマップを叩き込め‼︎ 十九時五十分(ヒトキューゴーマル)、作戦開始‼︎」

 

「「「おう‼︎」」」

 

今回の任務は毒によって倒れた仲間達の命が懸かっている。どれほど困難なものだとしても失敗は許されない。

こうして僕らの任務は幕を開けたのだった。




次話 本編
〜引率の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/39.html



雄二「これで“異変の時間”は終わりだ。楽しんでくれたか?」

竹林「今回はもう出番のない居残り組で後書きを進めていくよ」

奥田「よ、よろしくお願いします」

雄二「俺は久しぶりに暴れられると思っていたんだが、まさか感染して居残ることになるとはなぁ」

竹林「それは仕方がないさ。ウイルスを盛られた状態で出向くより余程利口だと思うね」

奥田「でも坂本君、我慢できるからってあんまり無理はしない方がいいんじゃ……」

雄二「いいんだよ。仮に倒れてもお前らが介抱してくれんだろ?なら動けるうちに動いておくさ」

竹林「はぁ、全く……出来ることなら皆が戻ってくるまで倒れないでくれよ」

奥田「……あの、今の話とは別に気になっていたことがあるんですけど……」

雄二「ん?なんだ?」

奥田「E組で最も背が低い男の子って木下君じゃないかと思って……」

竹林「奥田さん、それは言ってはいけないよ。渚君も気にしているんだから」

奥田「え?あ、はい。ごめんなさい……?」

雄二「男らしくなりたいってのに水着で身体を隠されて、物語の都合で更に背を低くさせられて……渚が男らしい外見を手に入れるのは絶望的だな」

竹林「まぁはっきり言って元から絶望的といえば絶望的なんだけどね」

奥田「あの、それこそ渚君に言ってはいけないことのような気が……」

雄二「そうだな。この話題を聞かれてイジケられても面倒だ。今回はこの辺で終わっておこう」

竹林「それじゃあ次回も楽しみにして待っていてくれると嬉しいよ」





渚「なんで僕ばっかり望まない改変をされるんだろう……」←聞かなくてもイジケていた

秀吉「すまん、渚よ。これもクロスオーバーの影響じゃと諦めてくれ」


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引率の時間

倒れた皆の治療薬を奪い取るために“普久間殿上ホテル”への潜入を決めた僕らは、警備が配置されていないという通用口を目指して断崖絶壁を登っていく。

確かに高くて険しい斜面で登るのが大変ではあるものの、逆に手足を掛けられる場所も多いのでそこまで難しくはない。強いて言えば烏間先生にしがみついて騒いでいるイリーナ先生が五月蝿かったくらいだ。潜入だって言ってるのに……。

それ以外は特に問題なく断崖絶壁を登り終えたところでホテルの通用口へ辿り着いた。だが明らかに電子ロックが施されている。まぁ普通ならそれだけで十分なセキュリティなんだろうけど……

 

『この扉の電子ロックは私の命令で開けられます。また監視カメラも私達を映さないように細工できます』

 

残念ながらこちらには電脳世界の住人である律がいるので解除に手間は掛からない。本当に律は殺せんせーに次いで万能だなぁ。

とはいえ律にも出来ることと出来ないことがあり、今回の潜入に対して律が出来ることはここまでだった。

 

『ですがホテルの管理システムは多系統に分かれており、全ての設備を私一人で掌握するのは不可能です』

 

「……流石に厳重だな。律、侵入ルートの最終確認だ」

 

『はい、内部マップを表示します』

 

烏間先生の指示で端末に侵入ルートが表示される。ホテル内部の構造は複雑に造られており、見つからずに侵入するには面倒極まりない。任務開始前にマップは頭へと叩き込んだが、改めて見ても長い道のりになりそうだ。

 

「行くぞ、時間がない。状況に応じて指示を出すから見逃すな」

 

いよいよ僕らは烏間先生の先導で電子ロックの解除された扉からホテル内へ侵入した。先生のハンドサインに従って足音を殺しつつ歩みを進めていく。

が、侵入早々に最大の難所であるロビーで多くの警備員が待ち構えていた。上階へ行くための非常階段は通用口から近い場所にあるのだが、警備員の人数を考えると発見されずに全員で階段を登るのは無理だろう。

烏間先生もそれを分かっていて打開策を考え込んでいる。でも大量の警備員に見つからず通り抜ける方法なんてーーー

 

「何よ、普通に通ればいいじゃない」

 

と、最大の難所を前に立ち往生していたところでイリーナ先生がわけの分からないことを言い出した。何処から拾ってきたのかワイングラスまで持っていて緊張感の欠片もない。

 

「先生、馬鹿なの?」

 

「あんたにだけは言われたくない言葉ね」

 

いやだって……ねぇ?普通に通ったら見つかるから困ってたのに、それを普通に通ればいいって馬鹿としか思えない提案なんだけど。っていうか馬鹿でしょ。

 

「状況判断も出来ねぇのかよ、ビッチ先生‼︎」

 

「あんだけの数の警備の中、どうやって……」

 

そんな馬鹿な発言をしたイリーナ先生に皆も呆れる中、当の先生はといえばチラッとロビーに視線をやったところで、

 

 

 

 

 

「だから、普通によ」

 

 

 

 

 

あろうことか、宣言通り普通に歩いて出て行ってしまった。

いや、普通とはちょっと違うか。覚束ない足取りで表情も赤くなっており、(まさ)しく酔っ払いという表現が似合うような様相だ。

当然ながら警備員の視線を集めることになったものの、表面上は超美人であるイリーナ先生に警備員の男共は鼻の下を伸ばしている。

と、そこで先生が自然によろめいて警備員の一人とぶつかった。

 

「あっ、ごめんなさい。部屋のお酒で悪酔いしちゃって……来週そこでピアノを弾かせて頂く者よ。早入りして観光してたの」

 

誰だアンタ、ってレベルで猫を被ったイリーナ先生に警備員達はデレデレしっぱなしである。僕も男だからその気持ちは分からないでもないが、マフィア勢力や財界人の集まるホテルの警備員がそれでいいのかと思わないでもない。

とはいえ僕らにとって警備員の質が低いことは好都合だ。彼らの反応に手応えを感じたであろう先生はロビーに置かれていたピアノへと歩み寄る。

 

「酔い覚ましついでにね、ピアノの調律をチェックしておきたいの。ちょっとだけ弾かせてもらっていいかしら?」

 

「えっと……じゃあフロントに確認をーーー」

 

イリーナ先生のお願いを聞いた警備員の一人が仕事を全うしようとするが、そんな正体がバレるような真似を見逃す先生じゃなかった。

フロントに確認するため離れようとした警備員の腕を掴んで強引に、それでいて強引には見えないように外面は全く崩さず呼び止める。

 

「いいじゃない。貴方達にも聞いて欲しいの……それで審査して。よく審査して、駄目なとこがあったら叱って下さい」

 

そしてその場の全員の視線を惹きつけたところで、イリーナ先生は軽快にピアノの音色を奏で始めた。

しかもそれがメチャクチャ上手くて、弾いている曲は……なんか、あの……僕でも聴いたことのある弾いたら指が攣りそうな曲……そう、“運命”だ。生で聴いたのは初めてである。

 

※ “運命” × → “幻想即興曲” ○

 

プロ並みの演奏もそうだが、何よりも魅せ方が上手い。身体全体を使った躍動感のある演奏は視線を釘付けにするには十分な威力を持っているだろう。

そうやって場の空気を支配したところでイリーナ先生は演奏を一度止める。

 

「ねぇ、そんな遠くで見てないでもっと近くで確かめて」

 

そこで離れた場所で演奏を聴いていた警備員にも声を掛け、僕らのいる通用口・侵入経路である非常階段の警備が手薄になると同時にハンドサインを送ってきた。ロビーを通り抜けるには今しかない。

先生のおかげで最大の難所を見事に全員で突破することが出来た。犯人側の戦力が分からない中、此方側の戦力を削るようなことにもならなくて一安心である。

 

「……凄ぇや、ビッチ先生」

 

「あぁ、ピアノ弾けるなんて一言も……」

 

一先ずの危機を脱したところで、改めてイリーナ先生の頼もしさに皆は驚きを隠せなかった。確かにいつもの先生からは考えられないくらい頼り甲斐があったからなぁ。

 

「普段の彼女から甘くみないことだ」

 

そんな僕らの認識を先導していた烏間先生が否定する。

 

「優れた殺し屋ほど万に通じる。彼女クラスになれば潜入暗殺に役立つ技能ならば何でも身につけている。君らに会話術(コミュニケーション)を教えているのは世界でも一・二を争う色仕掛け(ハニートラップ)の達人なのだ」

 

僕らにとってイリーナ先生の暗殺者としての印象と言われると、正直殺せんせー相手に何も出来ず失敗したという印象しかない。だが実際は標的が規格外過ぎただけで、本来の先生の実力は先程見せた通りなのだろう。

 

「ヌルフフフフ、私が動けなくても全く心配ないですねぇ」

 

イリーナ先生のお陰で全員無事にホテルへと潜入できたし、まだ僕らには烏間先生もついている。殺せんせーの言うことも理解できるが、だからといって完全に安心は出来ない。寧ろ潜入は此処からが本番なんだから、改めて気を引き締めていこう。

 

 

 

 

 

 

気を引き締めていこうとは言ったものの、最も警備の厳しいロビーを抜けてしまえばあとはホテルの客を装って堂々と侵入できる。芸能人や金持ちの子供なんかもいるらしいから、僕らが廊下を歩いていても怪しまれることはないはずだ。

逆に言えば僕らのことを知っている犯人側も、ホテルの客を装って見回りや奇襲をしてくるかもしれない。ホテル内の人間は一般客も含めて全員警戒するくらいがちょうどいいだろう。

でも今のところ怪しい動きをする人間が見当たらないのも確かである。はっきり言って拍子抜けもいいところだ。

 

「もしかして監視カメラで見張ってるだけで見回りはしてないのかな?」

 

「これなら最上階まですんなり行けそうだね」

 

「仮に何かあっても前衛の烏間先生が見つけてくれるよ」

 

岡野さんの言う通り、烏間先生が先導して警戒してくれていることも僕らが余裕を持てている理由の一つである。少なくとも僕は烏間先生以上に強い人を見たことがない。先生が油断するとは思えないし、何事もなければたとえ奇襲されても大丈夫だろう。

 

「へっ、楽勝じゃねーか。時間ねーんだからさっさと進もうぜ」

 

しかしここまで潜入が順調過ぎたのか、三階の中広間に到達したところで寺坂君と吉田君が先を急いで烏間先生を追い抜かしていってしまった。

まぁ交渉の期限まで時間がないから急ぐ気持ちも分かるし、早く進める時に進んでおいた方がいいのも間違いない。それに二人が先行した直後に敵が襲ってくる可能性なんてそう高くないだろうし、潜入中だからって僕も気を張って心配し過ぎか。

そこに何人目かのホテルの客らしき男が前から歩いてきた。さっと観察しても怪しいところや殺気なんかは感じ取れない。やっぱり心配し過ぎだったかなーーー

 

「寺坂君‼︎ そいつ危ない‼︎」

 

「いかん‼︎ 二人とも下がれ‼︎」

 

次の瞬間、不破さんと秀吉が大声で通行人に対する警戒を飛ばしてきた。

突然の二人の警告に僕らは反応することが出来ず、咄嗟に反応した烏間先生と敵が動き出したのはほぼ同時だ。先生が先行していた寺坂君と吉田君の襟首を掴んで後ろへ投げ飛ばし、攻撃の手が一手遅れた先生に向けて敵がガスを噴射する。だが後手に回った先生も空かさず敵の持つガスを蹴り飛ばし、敵も反撃を受けて警戒したのか一瞬の攻防を経て二人は距離を空けた。

 

「……何故分かった?殺気を見せずすれ違い様に殺る。俺の十八番だったんだがな、お嬢ちゃん達」

 

奇襲に失敗した男はそれを見破った不破さんと秀吉へ問い掛ける。

それは僕も気になっていたところだ。僕らだけじゃなくて烏間先生すら欺いた敵を二人はどうやって見抜いたのだろうか?さぁ、これから不破さんと秀吉の種明かしが始まるぞ‼︎

 

「お嬢ちゃんではない。ワシは男じゃ」

 

「……オナベちゃんか?」

 

「正真正銘、(れっき)とした男じゃ‼︎」

 

「まぁまぁ、落ち着いて木下君。こんなところで文字数を無駄にするべきじゃないわ」

 

「お主もメタな発言をするでない‼︎」

 

……う〜ん、中々種明かしが始まらないなぁ。

そう思ったのは男も同じのようで、一つ咳払いをしてから再度二人に問い掛ける。さぁ、これから不破さんと秀吉の種明かしが始まるぞ‼︎(二回目)

 

「……まあいい。それで、何故分かった?」

 

「だっておじさん、ホテルで最初にサービスドリンクを配った人でしょ?」

 

……んん?不破さんの言葉を聞いて男の顔をよく見てみると……うん、全然覚えてない‼︎ そんなの覚えてるわけないじゃないか。でも僕以外は思い当たる節があったっぽいので一緒に驚いておこう。

僕が驚いたフリをしている間にも不破さんの推理は進んでいく。

 

「皆が感染したのは飲食物に入ったウイルスから、そう竹林君が言ってた。クラス全員が同じものを口にしたのはあのドリンクと船上でのディナーだけ。だけどディナーを食べずに映像編集をしていた三村君、岡島君、土屋君も感染したことから感染源はドリンクに限られる。従って犯人は貴方よ、おじさん君‼︎」

 

そして不破さん最後には探偵ポーズを決めて推理を締め括った。それにしても随分と生き生きしてるなぁ。よっぽど非日常的な状況で活躍できることが嬉しいんだろうね。

しかし上陸した直後のサービスドリンクにウイルスが盛られていたのか。それだったら警戒心が強くて毒にもある程度詳しいムッツリーニが気付かなかったのも無理はない。あの時は船酔いで万全の状態じゃなかったからな。

不破さんの推理を聞いた男は反論出来ないのか唸るばかりである。

 

「ぬ……そっちのお嬢ーーー坊ちゃんも同じ理由か?」

 

続けて男は秀吉に理由を訊こうとしたものの、ムッとした秀吉の表情を見て言い掛けた言葉を引っ込めた。うん、気持ちはよく分かる。僕も慣れるまでは少し時間が掛かったもんだ。

問われた秀吉も気を取り直して質問に答える。

 

「いや、ワシはお主の顔で気付いたわけではない。表情・仕草・目線の動き・身のこなしは自然体を装っておるのに意識はワシらに向けられておったからな。そんな演技をしとる理由が脅迫犯以外に思いつかんかったので危険だと判断しただけじゃ。仮に間違っとってもワシの早とちりで済むしの」

 

秀吉は勉強が苦手でE組に落とされたけど、演技に関しては抜群に秀でているのだ。その演技力はプロ顔負けと言っても過言じゃないだろう。他の人の演技を見抜くのも同様である。

と、そこでいきなり烏間先生が膝をついて倒れ込んだ。僕らは驚きを隠せずに倒れた先生へ視線を向ける。まさかあの烏間先生が倒れるなんて……これってまさか……

 

「毒物使い、ですか。しかも実用性に優れている」

 

殺せんせーが烏間先生の倒れた原因を特定する。そう、奇襲を受けた時の最初のガス……あれが毒ガスだったのだろう。それを烏間先生は咄嗟の判断で動いただけに吸ってしまったんだ。

殺せんせーの推測は当たっていたようで、男は得意気に毒ガスの性能を語る。

 

「俺特製の室内用麻酔ガスだ。一瞬でも吸えば象すら気絶(おと)すし、外気に触れればすぐ分解して証拠も残らん」

 

「ウイルスの開発者も貴方ですね。無駄に感染を広げない。取り引き向きでこれまた実用的だ」

 

「さぁね。ただお前達に取り引きの意思がないことはよく分かった。……交渉決裂。ボスに報告するとするか」

 

男が身を翻して来た道を戻ろうとするも、その時には既に別働隊として動いていた数人が背後へと回り込んでいた。これだけの人数がいて全員が話の間ずっと棒立ちなわけないでしょ。

僕らの迅速な対応に男が戸惑っていると、倒れていた烏間先生がふらつきながらも立ち上がる。……あれ?烏間先生、一瞬でも吸えば象すら気絶すっていう毒ガスを吸い込んだはずじゃ……ま、まぁ今そのことは置いておくことにしよう。ツッコんでる場合じゃないし。

 

「……敵と遭遇した場合、即座に退路を塞ぎ連絡を断つ。指示は全て済ませてある。お前は我々を見た瞬間、攻撃せず報告に帰るべきだったな」

 

「……フン、まだ喋れるとは驚きだ。だが所詮はガキの集まり……お前が死ねば統制が取れずに逃げ出すだろうさ」

 

そう言うと男は今度こそ烏間先生に(とど)めを刺すべくお互いの間合いを測る。

先生が毒ガスで弱っている今、ここは僕らも加勢して相手を囲むべきか?でもそれで僕らまで毒ガスを吸ってしまったらいよいよ潜入どころじゃなくなってしまう。どうするのが最善なのかーーー

などと考えていると、距離を詰めるべく飛び出した男に対して烏間先生は一足飛びで顔面へ膝蹴りを炸裂させた。膝蹴りを食らった男はその一撃で崩れ落ち、起き上がることなく完全に沈黙してしまっている。

まさに電光石火の一撃必殺。っていうか毒ガスでふらついている人の動きじゃなかったんだけど……ごちゃごちゃ考えるまでもなく烏間先生に僕らの加勢なんて不要だったか。

しかし烏間先生もギリギリの状態で立っていたことに変わりはなく、そんな状態で戦闘なんて繰り広げようものなら身体が保つわけがなかった。先生は膝蹴り後の着地と同時に今度は受け身も取れず倒れ込んでしまう。

 

「烏間先生ッ‼︎」

 

一先ずの決着はついたと見た僕らは、烏間先生を起こしつつ倒した男を拘束する。そして中広間の調度品を使って見つかりにくいように手早く男の身体を隠した。脅迫犯とか関係なく一般客に見つかるだけで騒ぎになりかねないからね。

烏間先生は磯貝君の肩を借りてなんとか立ち上がって歩き始めたものの、その足取りは覚束なく今にも足元から崩れ落ちそうである。

 

「……駄目だ。普通に歩くフリをするだけで精一杯だ。戦闘が出来る状態まで、三十分で回復するかどうか……」

 

「……秀吉、あれって僕らを安心させようと無理してるわけじゃないよね?」

 

「うむ、見た限り普通に素で言っておるな」

 

なんで象すら一瞬で気絶するっていう毒ガスを吸って動けるんだろう……前々から思ってたことだけど、烏間先生も十分に化け物だよ。

だが烏間先生が頼りになるとはいえ、回復するまで待っていたら交渉の期限に間に合わなくなる。当然ながら殺せんせーは相変わらず動けないまま……つまり残りの潜入は僕らだけでなんとかしなくてはならないということだ。ここまでは先生達の力を借りて順調に進んできたけど、まだまだ待ち構えているであろう未知の敵を相手に僕らの力がどこまで通用するのか……。

 

「いやぁ、いよいよ“夏休み”って感じですねぇ」

 

全員が多かれ少なかれ不安を隠せないでいる中、そんな僕らを他所に場違いな発言をする殺せんせー(馬鹿)がいた。何を言ってんだこいつは……?

取り敢えず全員からブーイングが発生したのは言うまでもない。

 

「何をお気楽な‼︎」

 

「一人だけ絶対安全な形態のくせに‼︎」

 

「渚、振り回して酔わせろ‼︎」

 

「にゅやーッ⁉︎」

 

言われた渚君は持っていた袋詰めの殺せんせーを高速回転させ、先生は堪らず悲鳴を上げて苦しんでいた。まぁいきなり意味不明なことを言い出した先生の自業自得だろう。

皆の気が済むまで殺せんせーを振り回し終えた渚君が先生に問い掛ける。

 

「殺せんせー、なんでこれが夏休み?」

 

その問い掛けに対して殺せんせーは高速回転のダウンから立ち直って真面目に答えを返す。

 

「先生と生徒は馴れ合いではありません。夏休みとは先生の保護が及ばないところで自立性を養う場でもあります。大丈夫、普段の体育で学んだことをしっかりやればそうそう恐れる敵はいない。君達ならクリア出来ますよ、この暗殺夏休みを」

 

あぁ、なるほど。また殺せんせーの悪い癖が出てきたのか。先生って普通の勉強は僕らに合わせて手厚く教えてくれるのに、何故か身体を動かすことに関してはスパルタ教育なんだよね。それはもう限界ギリギリ……を超えてアウトレベルの課題をぶっ込んでくるし。

まぁ今回に限っては感染した皆の命が懸かってるわけだし、たとえ先生に無理だって言われても黙って諦めるなんてことは出来ない。今は如何にして潜入を成功させるかだけを考えていこう。




次話 本編
〜カルマ(の戦闘中)の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/40.html



殺せんせー「これにて“引率の時間”は終了です。皆さん、楽しんでいただけましたか?」

イリーナ「フッフッフッ、ようやく私の実力を魅せつける時が来たようね。次の話からは私が男を虜にする手練手管を全編ノーカットで見せてあげるわ」

烏間「やめろ、そんなものを見せられる読者の身にもなれ。何より話が進まん」

イリーナ「えぇー、いいじゃないのよ。ぶっちゃけ私の出番はこれで終わりなんだし」

殺せんせー「そういうわけにもいきません。いよいよ我々の手を借りられなくなった生徒達の力が試される時なんですから」

烏間「決して無茶はしないでほしいが……そうは言ってられない状況なのも確かだ。彼らの力を信じるしかあるまい」

イリーナ「ま、問題ないでしょ。原作と違って吉井に木下もいるんだから」

殺せんせー「その逆もまた然り、ですよ。私達だけでなく敵の戦力も原作とは違っているかもしれません。油断は禁物です」

烏間「プロの手強さは同じプロであるお前だからこそよく理解しているだろう。暗殺の訓練を積んでいるとはいえ、中学生が数人増えたとしても十分対処できるはずだ」

イリーナ「あーはいはい、私の見立てが甘かったわよ。でもあんたらみたいな化け物が相手じゃなければ何とかなるでしょ」

烏間「……ちょっと待て、何故“化け物”という括りに俺が入っているんだ?防衛省で鍛えているとはいっても普通の人間だぞ?」

殺せんせー「烏間先生、象すら気絶させる毒ガスを吸っても動けたり素手でツキノワグマを倒せるような人間は世間一般的に化け物です」

イリーナ「普通に化け物ね」

烏間「訓練すれば出来ると思うが……まぁそんなことはどうでもいい。引き続き生徒達の潜入を見守ることにしよう」

殺せんせー「そうですね。では今回はこの辺りでお開きにしましょうか。皆さん、次回も楽しみにしておいて下さいね」





明久「烏間先生を倒すにはツキノワグマを倒せないといけないのか……ツキノワグマって何処にいるのかな?」

渚「倒しに行こうとか考えたら駄目だからね⁉︎ まず間違いなく生死に関わるから‼︎」


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カルマ(の戦闘中)の時間

三階中広間での奇襲を何とか撃退した僕らであったが、その代償としてこちらは烏間先生が毒ガスにやられてしまった。潜入直後の一階ロビーでイリーナ先生は僕らを通すための囮になってくれたし、殺せんせーは完全防御形態を維持したまま身動きできない状態である。

とはいえ四階は客室だけで階段も続いていたのでスルーして先へ進んでいく。黒幕のいる十階まで全部スルー出来れば楽なんだけどなぁ。しかし五階の展望回廊に差し掛かった時、僕らは足を止めざる得ない状況に直面した。

 

「……あの雰囲気」

 

「あぁ、いい加減見分けがつくようになったわ。どう見ても“殺る”側の人間だ」

 

狭くて見通しがよく隠れる場所もない展望回廊。その通路の窓に(もた)れ掛かって静かに佇んでいる男がいるのだが、その男の纏う空気が明らかに一般人のそれとは違っていた。いやまぁマフィア勢力や財界人の集まるホテルに一般人なんていないだろうけど、なんていうか隠す様子もなく殺気が漏れてる感じなんだよね。

まず間違いなく犯人側の刺客と見ていいだろう。でも待ち構える敵を迂回して進めるルートなんて他にない。逃げも隠れも出来ないこの状況……だが僕にはこの状況を上手くやり過ごせるかもしれない方法が一つだけあった。

 

「皆、今こそ先生に教えられたことを実践する時だよ」

 

「吉井君、先生に教えられたことって……?」

 

僕の言葉を聞いた渚君が不思議そうに問い掛けてきた。渚君だけじゃなくて他の皆も疑問の眼差しを向けてくる。

えー、分かんないかな?殺せんせーも言ってたじゃないか、学んだことをしっかりやればいいって。

避けることの出来ないルートに待ち構える敵をやり過ごす方法。その方法といえば、

 

「普通に通ればいいんじゃない?」

 

「いや絶対に誤魔化せないわよ⁉︎」

 

「相手はホテルの警備員じゃないからな。ビッチ先生の時みたいに上手くは行かないだろう」

 

良い案だと思ったんだけど片岡さんに速攻で否定されてしまった。続けて磯貝君からも理由付きで駄目出しされる。

まぁ確かに磯貝君の言うことも一理あるか。何も知らないホテルの警備員と事情を知ってる犯人側の殺し屋じゃあ警戒度が違う。イリーナ先生が実践したことを真似る方法は満場一致で没ということにーーー

 

「……いや、試す価値はあるかもしれんぞ」

 

と思ったその時、意外にも秀吉から僕の提案を援護する声が上がった。

意外な発言に思わず全員の視線が秀吉へと向けられる。その中で指揮を取る立場にある烏間先生がその根拠を問い質す。

 

「木下君、どういうことだ?」

 

「うむ、もしかすると相手はワシらの情報を正確に把握していない可能性があるということじゃ。でなければワシを女と間違えるはずがない」

 

「その推測、お前の私怨がかなり入ってねぇか?」

 

「俺だったらまず性別の情報ミスを疑うわ」

 

援護してくれた秀吉には悪いが僕も寺坂君や吉田君と同じ意見である。少なくとも秀吉を初見で男だと確信を持って言える人間は絶対に多くないだろう。

ただ実際にじゃあ他に良い案があるのか、と言われると誰もが黙っていることから八方塞がりなのも確かだ。だったら秀吉の後押し(私怨丸出し)もあることだし、失敗する可能性が高いとしても試してみる価値はあるだろう。

 

「まぁ集団だと流石に目に付くだろうし、他に手はなさそうだからまずは僕が先に行ってみるね。それで行けそうだったら皆もバラけて後に続いて」

 

「しかし、それでは吉井君の危険があまりにも大きすぎる」

 

「大丈夫ですよ、烏間先生。身の危険を感じたらすぐに距離を取りますから」

 

そう言って僕は烏間先生に止められる前に展望回廊の物陰から歩み出た。ここからは誰の手助けもなく身一つでなんとかしなければならない。

殺し屋を視界に収めながら最大限まで意識を相手から外し、警戒されないように敢えて気配や足音は消さず一般人を装う。こういうのは意識すればするほど動きや仕草に出ちゃうから、何も考えずに何食わぬ顔で通過するのが一番である。何も考えないのは僕の得意分野だ。

この時点で相手にも僕の姿は見えているはずだが、男は窓に凭れ掛かったまま動く気配がない。そのままどんどんと距離が縮まっていき……あれ、これはもしかしなくてもすんなり行けるーーー

 

 

 

 

 

ビシッ‼︎、と窓ガラスにヒビが走った。

 

 

 

 

 

「ッ‼︎」

 

それと同時に僕はバックステップで殺し屋から大きく距離を取る。窓ガラスにヒビが入った原因は殺し屋が素手で、それも拳ではなく指先に力を入れただけで窓ガラスを割ったのだ。そんな握力オバケ相手に不意を突かれての近接戦闘なんて無謀過ぎる。

だが殺し屋からは僕が自身の射程から離れていくにも関わらず追い討ちを掛ける様子が見られない。どうやら窓ガラスを割ったのはただの威嚇だったようだ。

……ってことはまだ何とかやり過ごせるか?それともただの余裕か……確かめてみるか。確かめるだけならタダだ。

 

「な、なんだなんだ⁉︎ あんたの仕業か⁉︎ いったい何のつもりだ‼︎」

 

ちょっと窓ガラスが割れた時の対応と台詞が合ってない気がするが、マフィア勢力もいるんだから少しくらい手慣れててもおかしくないだろう。

油断せず十分な距離を空けて構えた僕に対して、殺し屋は佇んだまま僕を見据えて淡々と述べる。

 

「……無駄な小細工はよせ。視界に入らぬとも足音と息遣いで複数の人間が潜んでいることには気付いていたぬ。少年、お前がそのうちの一人だということもぬ。“スモッグ”からの連絡がないということは奴はやられたようだぬ。隠れたままの奴らも出てこい」

 

あー、これは本当に全部見抜かれてるっぽいな。せめて皆のことはバレてなければ僕が囮になってなんとかなった可能性もあったけどそれも無理だろう。

殺し屋に言われて恐る恐るといった感じで皆が出てきたものの、その表情は驚愕と緊張とある点にツッコミたいという衝動に駆られた様子である。でも殺し屋相手にツッコミを入れられる強心臓の持ち主なんて……

 

「“ぬ”多くね、おじさん?」

 

あぁ、カルマ君がいたわ。カルマ君みたいに心臓に毛が生えているのを通り越して鬱蒼と生い茂っているような人間は良くも悪くも貴重である。

しかし自身の間違いを指摘されても殺し屋が余裕を崩すことはなかった。

 

「“ぬ”を付けるとサムライっぽい口調になると小耳に挟んだ。格好良さそうだから試してみたぬ。間違っているならそれでもいいぬ。この場の全員を殺してから“ぬ”を取れば恥にもならぬ」

 

なるほど、目撃者は始末するっていう殺し屋の典型パターンか。だけど日本語ペラペラで文法も問題ないのに“ぬ”の使い方だけが間違ってるなんて……分かったぞ。この人、天然の馬鹿なんだ。きっと誰かに揶揄(からか)い半分で騙されたんだろうな。なんだかちょっと親近感が湧いてきた。

勝手に殺し屋に親近感を覚えている僕はさておき、何も持ってない手を持ち上げて関節を鳴らす殺し屋を見た殺せんせーが言葉を漏らす。

 

「素手……それが貴方の暗殺道具ですか」

 

「こう見えて需要があるぬ。身体検査に引っ掛からぬ利点は大きい」

 

確かに手ぶらだったら怪しまれても引き止められる理由がないだろうし、仮に引き止められたとしても物的証拠はないから事前に捕まえようがない。暗殺成功率を高めるためにも十分に合理的だ。

 

「だが面白いものでぬ。人殺しのための力を鍛えるほどに暗殺以外にも試してみたくなる。すなわち闘い……強い敵との殺し合いだ」

 

殺し屋はそう言って烏間先生を一瞥したものの、磯貝君に支えられて立っているのもやっとな姿を見て落胆を露わにする。

 

「だががっかりぬ。お目当てがこの様では試す気も失せた。雑魚ばかり一人で殺るのも面倒だ。ボスと仲間を呼んで皆殺しぬ」

 

そう言いつつポケットから携帯を取り出して仲間を呼ぶ。そのために視線を僕らから外して携帯を操作し……次の瞬間、展望回廊に飾られていた観葉植物を振り抜いたカルマ君の一撃が携帯を窓ガラスとともに叩き割った。

 

「ねぇ、おじさんぬ。意外とプロっていうのも普通なんだね。ガラスとか頭蓋骨なら俺でも壊せるよ。……ていうか速攻仲間を呼んじゃう辺り、中坊とタイマン張るのも怖い人?」

 

「止せ‼︎ 無謀ーーー」

 

「ストップです、烏間先生」

 

僕の時と同じく危険と判断して止めに入ろうとした烏間先生だったが、そんな先生に対して殺せんせーから制止の声が掛ける。どうやら殺せんせーはこの場をカルマ君に任せるつもりのようだ。

 

「……いいだろう。試してやるぬ」

 

殺し屋も自分と対峙するカルマ君の様子を見てやる気になったらしい。不意を突かれた状態から立ち直ると上着を脱いで改めて構え直した。

そこへ空かさず観葉植物を振り回して殴り掛かったカルマ君だったものの、殺し屋に難なく掌で受け止められて握り潰されてしまう。

 

「柔い。もっと良い武器を探すべきだぬ」

 

「必要ないね」

 

使い物にならなくなった観葉植物を投げ捨てたカルマ君は、今度こそ仕掛けてきた殺し屋と真正面から相対する。

一度掴まれたらまず間違いなく観葉植物のように骨ごと握り潰されるはずだ。しかしカルマ君はその必殺の一撃を体捌きだけで躱し、躱しきれない場合だけ伸ばされた腕を弾いて危なげなく往なしていく。

 

「凄い……全部避けるか捌いてる」

 

「烏間先生の防御テクニックですねぇ」

 

殺し屋にとって防御技術は優先度が低いとのことで烏間先生は授業で教えていなかったけど、カルマ君は烏間先生の動きを見て覚えたのだろう。攻め一辺倒だった昔の動きとはかなり違う。

まぁ油断していたとはいえ殺し屋に気付かれることなく肉薄して携帯を壊せたんだ。着いていける速さなのは戦う前から大まかに予想できていた。だからこそ殺せんせーも対応できると判断して止めなかったに違いない。

しばらく二人の攻防は途切れることなく続いていたが、ふと殺し屋は攻撃の手を緩めて動きを止めた。

 

「……どうした?攻撃してこなくては永久にここを抜けられぬぞ」

 

「どうかな〜。あんたを引きつけるだけ引きつけといて、その隙に皆がちょっとずつ抜けるってのもアリかと思って」

 

攻め気のないカルマ君の戦い方と言葉に殺し屋は何やら考え込んでいる様子だった。恐らくどういう意図なのか推し量っているのだろう。

しかしそんな殺し屋の考えを遮るようにカルマ君が拳を構える。

 

「……安心しなよ。そんな狡いことはなしだ。今度は俺から行くからさ。あんたに合わせて正々堂々、素手のタイマンで決着をつけるよ」

 

「……良い顔だぬ、少年選手よ。お前とならやれそうぬ。暗殺稼業では味わえないフェアな闘いが」

 

攻め気を見せたカルマ君とそれを待ち構える殺し屋の立ち会いに誰もが真剣な面持ちで固唾を呑む中、僕だけは思いっきり疑惑の視線をカルマ君へと向けていた。

あのカルマ君が正々堂々……?奇襲上等、不意打ち当たり前、喧嘩では手段を選ばずに相手を蹴散らすあのカルマ君が……?

疑わしい目を向ける僕を尻目にカルマ君は駆け出した。その勢いのまま飛び蹴りを繰り出し、殺し屋に反撃させる隙を与えず攻め続ける。

と、その甲斐あって殺し屋の体勢を崩すことに成功した。その隙を逃さずカルマ君は空かさず追撃を仕掛け、

 

 

 

 

 

見覚えのあるガスが殺し屋からカルマ君に向けて噴射された。

 

 

 

 

 

そして倒れ込んでいくカルマ君の頭を殺し屋が掴んで持ち上げる。

 

「一丁上がりぬ。少し長引きそうだったんで“スモッグ”の麻酔ガスを試してみることにしたぬ」

 

今の毒ガスを浴びせる手際と余裕な態度……体勢を崩したのはわざとか‼︎ カルマ君の隙を作るために敢えて劣勢なフリをして誘い込んだんだ‼︎

 

「き、汚ねぇ……そんなモン隠し持っといてどこがフェアだよ」

 

毒ガスを持ち出したことに吉田君から非難の声が上がるも、そんな非難を殺し屋が受け付けるわけがない。

 

「俺は一度も素手だけとは言ってないぬ。拘ることに拘り過ぎない、それもまたこの仕事を長くやっていく秘訣だぬ。至近距離からのガス噴射、予期していなければ絶対に防げぬ」

 

そもそも戦いはスポーツじゃないんだ。正々堂々と戦って負けるよりも卑怯卑劣な手を使ってでも勝つことに意味がある。寧ろプロとしては当然の戦略だろう。

とはいえカルマ君がやられたんじゃ次は誰かがやらないといけないし、このまま棒立ちでいたら最悪カルマ君の頭が握り潰されかねない。

後手に回っても良いことはないと考えた僕はカルマ君の救出優先で駆け出そうとし、

 

 

 

 

 

またもや見覚えのあるガスがカルマ君から殺し屋に向けて噴射された。

 

 

 

 

 

「ーーー奇遇だね、二人とも同じこと考えてた」

 

そう言ってやられたはずのカルマ君が憎たらしい笑みを浮かべていた。まさかカルマ君も相手の隙を作るために毒ガスを食らったフリをしていたとは……本当に手口も得物も全くの同じである。っていうかいつの間に毒ガスをくすねてたんだ。

毒ガスを食らった殺し屋は足腰を震わせながらもナイフを取り出したが、そんな身体が痺れた状態でカルマ君を捉えられるわけがない。力を振り絞って取り出したナイフで斬り掛かるも、逆にその腕を掴まえられ関節を極められて床へと叩きつけられる。

 

「ほら寺坂、早く早く。ガムテと人数使わないとこんな化けモン勝てないって」

 

「へーへー、てめぇが素手でタイマンの約束とか()()()無いわな」

 

促された寺坂君に続いて他の皆も駆け出し、倒れた殺し屋の身体に全員で()し掛かった。これだけの人数で抑え込んだらたとえ身体が痺れていなくとも動けないだろう。

寺坂君が持ってきていたリュックの中からカルマ君の私物であるガムテープを取り出し、手で掴まれないように注意を払いながら殺し屋を縛っていく。なんでカルマ君が私物のガムテープを持ってきてるのかは察してほしい。

縛り終えて芋虫状態にされた殺し屋は悔しそうに呻いており、その顔には疑問の色が浮かんでいた。

 

「何故だ……俺の毒ガス攻撃、お前は読んでいたから吸わなかった。俺は素手しか見せていないのに何故……」

 

そう、幾らなんでも素振りすら見せていなかった不意打ちの毒ガスを初見で防げるとは思えない。それに対応できたということは毒ガスでの攻撃を読んでいたということなのだろう。

そんな殺し屋の疑問にカルマ君は得意げな表情で答えた。

 

「とーぜんっしょ。()()()()の全部に対して警戒してたよ」

 

「え、マジで?それじゃあこの人がゲイでカルマ君にセクハラを仕掛けて動揺させてくる可能性なんかも……」

 

「そんな特殊過ぎる状況は警戒してない。ちょっと話逸れるから黙っててくんない?」

 

僕の疑問はカルマ君にバッサリと切り捨てられてしまった。その可能性だってゼロじゃないのに……。

改めてカルマ君は殺し屋の前に座り込んで顔を真正面から見据えて答える。

 

「あんたが素手の闘いをしたかったのはホントだろうけど、この状況で素手に固執し続けるようじゃプロじゃない。俺らをここで止めるためにはどんな手段でも使うべきだし、俺でもそっちの立場ならそうしてる。……あんたのプロ意識を信じたんだよ。信じたから警戒してた」

 

そう語るカルマ君の目には勝者が敗者に向けるような優越感はなく、ある種の敬意さえ感じさせる真摯な眼差しであった。

昔と比べると随分丸くなった印象を受ける。なんだかんだカルマ君も殺せんせーに手入れされてきたってことだね。

 

「……大した奴だ、少年戦士よ。負けはしたが楽しい時間を過ごせたぬ」

 

カルマ君の言葉を聞いた殺し屋は満ち足りた様子で自身の敗北を認めた。ここまで言われて負けを認めなければそれこそプロ失格だろう。

さて、それじゃあこの殺し屋も人目のつかないところに一先ず隠してーーー

 

「え、何言ってんの?楽しいのはこれからじゃん」

 

と、話が纏まりかけたところでカルマ君は懐からわさびとからしのチューブを取り出した。なんでカルマ君は物事を穏便に済ませられないかなぁ。

殺し屋はチューブに書かれている文字が読めないのか、それらを取り出したことに理解が追いつかないのか……いや、あの表情はまず間違いなく理解が追いついていない方だな。とにかく冷や汗を掻きながらカルマ君に問い質す。

 

「……なんだぬ?それは……」

 

「わさび&からし☆。おじさんぬの鼻の穴に捩じ込むの♪」

 

その宣言で殺し屋の表情が絶望に染まるものの、相手が絶望した程度でカルマ君の暴挙(趣味)は止まらない。

 

「これ入れたら専用クリップで鼻塞いでぇ、口の中にブートジョロキアぶち込んでぇ……その上から猿轡して処置完了。さぁおじさんぬ、今こそプロの意地を見せる時だよ‼︎」

 

最早拷問と言ってもいい仕打ちに殺し屋は悶え苦しむが、徐々に苦悶の声は萎んでいき遂には動かなくなる。

 

「あぁ、折角の楽しい時間が終わっちゃった……よし、叩き起こすか」

 

「カルマ君、時間が勿体無いからあとにしてよ」

 

「いや、時間の問題ではないじゃろ……」

 

取引までタイムリミットが刻一刻と迫っている中、カルマ君の趣味に時間を費やすわけにはいかない。そういうのは全てが終わってから毒ガスさんでも握力オバケさんでも黒幕でも好きなようにすればいいだろう。

取り敢えず毒ガスさんと同じく気を失った握力オバケさんの身体も隠して僕らは先に進むのだった。




次話 本編
〜女子の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/41.html



明久「これで“カルマ(の戦闘中)の時間”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」

カルマ「いやいや、全然物足りないよ。あともう一話くらい俺に時間くれない?」

秀吉「まだ続けるつもりか……確実にやり過ぎて引かれるぞ」

カルマ「えー、まだ序の口だって。なんせ市販のものしか使ってないからね」

明久「十分アウトだから。鼻の穴に刺激物をぶち撒けられるのって半端ないんだよ」

カルマ「なるほど、経験者は語る……か」

明久「なんかメッチャ他人事みたいに言ってるけど下手人は君だからね?」

秀吉「それにしてもカルマはよく読んでいたとはいえ奇襲の毒ガスに対応できたの」

カルマ「毒ガスおじさんも言ってたじゃん。あの毒ガスは外気に触れればすぐに分解されるって。逆に言えば噴射されるタイミングさえ見極められれば数秒息を止めるだけでも防げるってわけ」

明久「……あれ?でもカルマ君、自分が毒ガスを使う時はハンカチ構えてなかった?」

カルマ「あんなの毒ガス吸ってないよー、っていう原作での演出に決まってんじゃん。噴射される毒ガス吸わなかったのに噴射する毒ガスなんて吸うわけないし」

秀吉「そういえば小説内ではハンカチという単語は出てきておらんな」

カルマ「そういうこと。っていうかあのガス、一瞬でも吸えば象すら気絶させるって触れ込みの割には今のところ誰も気絶させられてないよね」

明久「それは言わないであげておこうよ。烏間先生と握力オバケさんの身体が象以上にタフだったってことで」

秀吉「それも無理があるのではないかのぅ……」

カルマ「ま、俺の活躍の場は終わったからあとは皆のお手並み拝見かな」

秀吉「まだ潜入中であることは忘れるでないぞ。最後まで油断だけはせんようにな」

明久「それじゃあ今回はこの辺で終わりにしとこうか。次の話も楽しみにしててね‼︎」





寺坂「改めてなんで俺がカルマの荷物持たされてんだよ」

雄二「そりゃカルマのパシリと言えば寺坂しかいないだろ」

寺坂「うるせー‼︎ てめぇは毒食らってんだから大人しく寝込んどけ‼︎」

雄二「お前それ人のこと言えないだろ……」


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女子の時間

なんとか二人の殺し屋を撃破して先に進む僕らだったが、五階の展望回廊をクリアしたところで第二の難所へと差し掛かっていた。

 

『皆さん、この先がテラスになります』

 

「BARフロア……問題の階ね」

 

『はい。此処からVIPフロアへ通じる階段は店の奥にあります。裏口は鍵が掛かっているので室内から侵入して鍵を開けるしかありません』

 

律が得たホテルの内部マップを見る限り、此処から先は通路ではなく店内に入らなければならない。ロビー程ではないだろうが警備員も配置されているだろうし、何よりも一般客が多くいるため人の目がある。

これだけの大人数で店内に入ればまず間違いなく目立つだろう。特にまともに動けない烏間先生とそれを支える磯貝君は嫌でも目につくはずだ。

 

「先生達は此処で隠れてて。私達が店に潜入して中から裏口を開けるから。こういうところは女子だけの方が怪しまれないでしょ」

 

そこで片岡さんから女子だけでBARフロアへ潜入することを提案される。

確かにクラブとかそういう場所での男に対するチェックは厳しいだろう。それを逆手に取ってチェックの甘い女子だけで潜入するっていうのは作戦としては合理的だ。しかし、

 

「いや、女子だけでは危険だ」

 

烏間先生の言う通り、戦力を分散させることも避けたいのにそれが女子だけになるっていうのは僕も少し危ないと思う。それに男手が必要となる可能性もあるかもしれない。

他に案がなければ女子だけで行ってもらうしかないけど、どうしたら現状の最善なんだろうか……。

 

「あぁ、だったらぁ……」

 

と、僕らが悩んでいると何か思いついたのかカルマ君が手を打つ。

そんなカルマ君に視線を向けると当の本人は何処かへ視線を向けており、釣られて全員の視線がカルマ君と同じ方向に向けられる。

 

「え……何……?」

 

「む、ワシらがどうかしたかの……?」

 

そして全員から視線を向けられた渚君と秀吉は戸惑いを隠せずにいた。まぁ意味も分からずいきなり注目されたら戸惑うしかないよね。

渚君や秀吉の戸惑いを無視してカルマ君は自身の思いついた作戦を告げる。

 

「渚君と木下が女子のフリすればいいじゃん」

 

「なんでそうなるの……⁉︎」

 

その内容に渚君から驚きの声が上がるものの、男子が女子と一緒に潜入するにはそれしかないか。特に見た目女子の二人ならよっぽどのことがなければ疑われることはないはずだ。

 

「ワシは別に構わんが、女装道具など持ってきておらんぞ?」

 

「そこは男として構おうよ‼︎」

 

迷うことなく女子のフリを受け入れた秀吉に渚君は愕然としているが、秀吉は演劇で女性役もやってたことだし抵抗感はないのだろう。もしかしたら違和感すら感じていないかもしれない。

 

「んー、木下君の服装は普通にボーイッシュな感じで通せるんじゃない?取り敢えずその口調を女の子みたいにすればいいよ」

 

「確か木下って元は演劇部だったよね?それくらいの演技だったら簡単でしょ?」

 

既に二人が女子のフリをすることは決定事項のようで、矢田さんと岡野さんからのアドバイスが入る。

とはいえ秀吉にアドバイスなんて必要ないと思う。とにかく設定の一つでもあれば何でも演じ分けることが出来るからね。

しかし設定ではなく抽象的なアドバイスを受けて秀吉の役者魂に火が着いてしまった。

 

「ふむ、具体的にはどのような演技をすればいいかの?丁寧な口調か粗雑な口調か、明るい雰囲気か暗い雰囲気か、冷静な感じか溌溂な感じか……」

 

「いやそこまで拘らなくていいから……適当に女の子っぽくしてくれたらいいわ」

 

「適当な演技をするなど役者志望としては受け入れられん。演技する(やる)ならば本気じゃ」

 

普段は周りに合わせる傾向にある秀吉だが、こと演技に関しては珍しく妥協を許さない。そんな様子の秀吉を見て片岡さんも悩まし気である。

 

「変なところで頑なよね、木下君って……じゃあ私の真似をしてちょうだい。それだったら問題ないわよね?」

 

「うむ、了解じゃ」

 

演じるための設定を求める秀吉に対して片岡さんは自分を真似るように指示を出した。唐突に演技する役柄を求められても思い浮かばないだろうし、そもそも今回は設定を凝る必要もないから誰かの真似をさせるのが一番手っ取り早いだろう。

今度は納得して指示を受けた秀吉は声の調子を整えるように咳払いを一つ、

 

 

 

 

 

「『片岡さん、これでいいかしら?』」

 

 

 

 

 

その演技に全員が思わず秀吉を凝視した。

うん?特におかしなところはないと思うけど……皆は何をそんなに凝視してるんだ?

訳が分からずにいると僕の疑問に答えるように寺坂君が驚きの声を上げる。

 

「お前なんだその声真似のレベル……⁉︎ もはや声真似の域を超えてんだろ……‼︎」

 

寺坂君の言うように秀吉は片岡さんの口調だけでなく声色まで真似て演技していた。その声真似は本人の声色と変わらないくらいそっくりである。目を閉じれば本人か秀吉か分からないレベルだ。

 

「あれ、秀吉が皆の前で演技するのって初めてだっけ?」

 

「『そうね。暗殺で演技する必要がなかったからこれが初めてだわ』」

 

「なんか変な感じね……自分が二人いるみたい」

 

まじまじと自分の声真似をしている秀吉を見る片岡さん。そりゃあ自分の声を他人から聴く機会なんて普通はないもんね。

 

「どっちが喋ってるか分かりにくいからせめてこの場にいない人にして」

 

しかし物真似は口調は直せても潜入するには返って不向きかもしれない。同じ声の人が二人いると分かりにくいという速水さんの指摘は尤もである。

 

「っていうかお姉さんの真似をすればいいんじゃない?」

 

「ふむ、姉上の演技をすればいいんじゃな?それならば簡単じゃ。姉上の特徴は把握しておるからの」

 

最終的に矢田さんの提案で秀吉は木下さんの真似をするということに落ち着いた。

さて、あとは女子のフリをすることに抵抗のある渚君だけど……。

 

「僕はちょっと無理じゃないかなぁ……ほら、僕って見た目を格好も雰囲気も男っぽいから」

 

「渚君、現実から目を背けたら駄目だよ」

 

未だに渋っているのでそろそろ覚悟を決めてもらうことにする。潜入するには少しでも人数は多い方が良いし、女子のフリが出来る男子なんて秀吉以外には渚君しかいないからね。

 

「うぅ……いや、でも実際に服は男っぽいのを選んで着てきてるし……」

 

「それなら大丈夫よ。偶々プールサイドに脱ぎ捨ててあった女物の服を拾ってきたから」

 

「それはそれで大丈夫じゃないよ‼︎」

 

渚君の最後の抵抗も虚しく不破さんの活躍によって封じられてしまった。服の持ち主には申し訳ないけど、脱ぎ捨ててあったのなら多少借りても問題あるまい。

いよいよ渚君も観念するか、といったところでカルマ君が不破さんに問い掛ける。

 

「不破さん、女物の服って他に落ちてなかった?」

 

「うん、見た限りでは落ちてなかったけど……なんで?」

 

「いや、もう一着あれば吉井も何とかBARフロアに潜入できるでしょ?」

 

……あれ、なんか話の雲行きが怪しくなってきたような……いや、落ちてた服は一着しかないんだし何も心配することはないよね。

とはいえ黙っていたら次にカルマ君が何を言い出すか分からない。早めに渚君を生贄ーーーじゃなくて潜入に送り出した方が良さそうだ。

 

「いやいやカルマ君、流石に僕が潜入するのは無理だよ。渚君と違って僕は何処からどう見ても男なんだから」

 

「吉井君、現実から目を背けたら駄目だよ。何なら僕よりも吉井君の方が似合うんじゃない?」

 

しかしあろうことか渚君が僕に女装しての潜入を勧めてきた。それも渚君に似つかわしくないような物凄くいい笑顔で。

これはもしかしなくても渚君も僕を生贄に捧げようとしている……?いいだろう、ならば徹底抗戦だ。まさかこんなところで渚君と戦うことになるとはね……どちらがより男らしいか、格の違いを見せつけてあげる‼︎

 

「あ、でも服のサイズ的に吉井君は無理かも」

 

どうやら勝負をするまでもなかったようだ。

渚君は泣く泣く不破さんから女物の服を受け取ると着替えるために建物の陰へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

〜side メグ〜

 

女子+渚・木下というメンバーでBARフロアに潜入した私達は、受付や警備員などに声を掛けられることなく内部へと入り込むことに成功していた。

やっぱりこの作戦は良かったみたいね。あとは問題を起こさず店の奥に辿り着いて、裏口の鍵を開けられれば作戦は成功だ。

 

「ホラ、渚君‼︎ 男でしょ‼︎ ちゃんと前に立って守らないと‼︎」

 

「無理……前に立つとか絶対に無理」

 

「『潮田君、恥ずかしがってると逆に目立つから堂々としてなさい』」

 

それにしても渚は女装が似合うわね。恥じらってる姿がまた女子らしさを醸し出してるし、自然過ぎて新鮮味が全くと言っていいほどないわ。……まぁ演技だけでこの中に馴染んでる木下が一番女子らしいと言えなくもないけど。

 

「でも木下君、演技したら完全に木下さんだよね。ちょっとしか話したことないけど見分けがつかないよ」

 

「『外見だけなら身内でも間違えるくらいそっくりだしね。でも私以外にも演技が上手い人ならいるでしょ?』」

 

そういうと木下君は渚から視線を外して茅野さんを見た。私は知らないけど茅野さんって演技が上手いのかしら?

話を振られた茅野さんも自身ありげに胸を張って答える。

 

「ふふん、天才女優・茅野カエデって呼んでくれてもいいよ‼︎ ……まぁあの時は菅谷君の変装ありきだったけどね」

 

「あぁ、瀬尾を嵌めた時のやつか。確かにあの時の渚と茅野の演技は上手かったよね」

 

苦笑いを浮かべる茅野さんに対して他の皆は岡野さんの言葉に納得の表情を浮かべていた。

私はその作戦に不参加だったから詳細を知らないのよね。あとで烏間先生に大目玉を食らったっていうのは聞いたけど……他人の声を完全再現できる木下が認めるくらい茅野さんの演技は上手かったのかしら。

そんな風にたわいない会話で自然体を装いつつ進んでいると、急に知らない男子が渚の肩に手を置いて私達を呼び止めてきた。

 

「ね、どっから来たの君ら?そっちで俺と酒飲まねー?金あるから何でも奢ってやんよ」

 

こういう場所だからナンパされることは一応想定の範囲内だけど、女子をお金で釣ろうとするなんて程度の低さが窺えるわね。

わざわざ渚の肩に手を置いたってことはお目当ての相手は渚か。女子の中から女装男子がピンポイントで選ばれたことに何も思わないわけじゃないけど、そういうことなら話し掛けてきた男子の相手は面倒だし渚に任せることにする。

 

「はい渚、相手しといて」

 

「え、ええ?」

 

「あんたなら一人でも大丈夫でしょ。作戦の下見が終わったら呼ぶからさ」

 

突然のことで困惑する渚には悪いけど、相手に聞こえないように小声で指示だけ出して私達は先へ進むことにした。構っても時間の無駄だし適材適所で行きましょう。

しかし渚にナンパしてきた男子を押し付けた甲斐なく別の男性二人が声を掛けてきた。

 

「ようお嬢達、女だけ?俺らとどーよ、今夜」

 

ったくもう、次から次へとキリがないな……ここは角が立つのも覚悟で強く言わないと駄目か。問題は起こしたくないけど長く引き止められるのも得策じゃないし。

 

「あのねぇ、言っときますけど……」

 

と、私が断りを入れようとしたところで矢田さんに肩を掴まれて言葉を止められた。

振り返ると余裕の表情を浮かべた矢田さんがウインクで合図を送ってくる。ここは任せてほしいってことかしら。

そのまま私の前に出た矢田さんは態度を崩さずナンパしてきた二人に言葉を返す。

 

「お兄さん達、カッコイイから遊びたいけど生憎今日はパパ同伴なの。うちのパパ、ちょっと怖いからやめとこ?」

 

「ひゃひゃひゃ、パパが怖くてナンパできっかーーー」

 

矢田さんの言葉にも引くことなく言い寄ってきた二人だったけど、矢田さんが何気なく取り出して弄んでいたバッジを見て血の気が引いていた。

 

「じゃ、パパに紹介する?」

 

あとで聞いた話だとチラつかせたバッジは凶悪で有名なヤクザの代紋が彫られたものをビッチ先生から借りていたらしい。矢田さんが一番ビッチ先生の話を聞いてるからその時に借りたんだろう。

それに怖気付いた二人はそそくさと私達の前から立ち去っていった。

 

「意気地なし。借り物に決まってるのにね」

 

 

 

 

 

「ククク、中々度胸のあるお嬢さんだな」

 

 

 

 

 

ハッとして声の聞こえてきた方へ振り向くと、そこにはサングラスを掛けた口元に怪しげな笑みを浮かべる男性が壁際に凭れ掛かっていた。

クラブみたいな騒がしい雰囲気で警戒が疎かになってた?いえ、潜入中にそんな気を抜くようなことはしない。純粋にこの人の気配の馴染ませ方が上手いんだ。

内心で警戒レベルを上げた私達に構わず男性は話し掛けてくる。

 

「だがそういうハッタリは先程のようなチンピラにしか通じんぞ。裏の世界に足を踏み入れるなら注意した方がいい」

 

「……おじさんはここの組長さんと知り合いなんですか?」

 

場慣れした様子の佇まいとヤクザの代紋を見ても動じない余裕……明らかに格上だわ。バッジが借り物だってことも聞かれてるはずだし、ここは私達は前に出ず矢田さんに任せた方が良さそうね。

ただこの人は私達の中でも交渉術に長けた矢田さんでさえ手に負えるような相手じゃなさそうだった。

 

「いや、生憎そこの組長との直接的な面識はない。しかし間接的な情報は持ち得ているよ。……君達の情報もね、()()()()()

 

その一言で私達の間に緊張の糸が張り詰める。

矢田さんの名前を知ってるってことはこちらの素性は知られていると考えた方がいいでしょう。そしてこの島で私達の素性を知っている相手なんて犯人側くらいしか思いつかなかった。

さっきの殺し屋は人通りのない展望回廊だったから騒ぎにならなかったけど、こんなに人の多い場所で争えば間違いなく騒ぎになる。頭の中でどうシミュレーションしてもこの場を穏便に切り抜けられそうにない。

万事休すか……と思っていると相手は両手を挙げて敵意がないことを示してきた。

 

「そう警戒しなくていい。懸賞金百億の首を狙う君達に興味があったから見掛けて声を掛けただけだ。今日は噂の化け物も来ているのかね?」

 

私達は警戒しつつも顔を見合わせて目の前の男性の言葉の意味を考える。

私達の素性を知ってる時点で裏の人間なのは間違いない。でもよくよく考えると私達を見つけたにも関わらず仲間に連絡せず話しかけてきた理由が分からなかった。

ってことはもしかして本当にただの偶然で犯人とは無関係……?

状況を判断できず押し黙った私達を見て男性は悟ったように挙げていた手を降ろす。

 

「……まぁいきなり知らない男にこんな場所で声を掛けられて警戒するなという方が無理か。一先ず名刺だけでも渡しておこう」

 

そう言って懐から取り出した名刺を矢田さんに手渡してきた。

矢田さんも最初は戸惑っていたけれど、男性の顔と差し出された名刺を見比べておずおずと受け取る。

 

「香辛料輸入・卸販売 有限会社・笑顔 代表取締役・早坂久宜さん……ですか?」

 

「表向きはそうなっているが、実際には何でも扱う貿易会社と思ってくれ。麻薬・武器に限らずご所望とあればどんなものでも輸入してみせるよ。まぁ政府の後ろ盾があるうちは必要ないと思うが、必要となれば懸賞金の後払いで取引に応じよう」

 

要するに早坂さんは密売人ってことかしら。

殺せんせーのことを知ってるなら来年の四月には地球が破壊されることも知ってるでしょうし、政府とは別角度で協力……いえ、商談を持ち掛けてきたってことね。対触手武器は政府から支給されるけど、今回みたいに今後も人を相手に暗殺が邪魔されることはあるかもしれない。私達が殺せんせー暗殺に失敗すれば死ぬだけ、暗殺に成功すれば儲けになる。しっかりと先を見据えた取引ね。

 

「……それで、引き止めておいてなんだが何か用があってこんなところに来たんじゃないのかね?」

 

と、そこで早坂さんに言われて私達は思っていたより時間を取られていたことに気付いた。

 

「そうだわ‼︎ 早く裏口にいる皆を引き入れないと‼︎」

 

「すみません、早坂さん。私達、先を急ぐので失礼します」

 

早坂さんが今回の犯人と関係ないなら申し訳ないけど時間を取られている余裕はない。犯人との取引まで時間が迫ってるし、犯人の待つ最上階までまだ幾つか乗り越えるべき場所もある。

私達は頭を下げて一礼すると足早にその場を後にしようとするが、

 

「……待ちたまえ」

 

離れる間際に先を促してくれたはずの早坂さんから待ったの声が掛かった。

まだ何かあるのかと失礼ながら急かすように早坂さんの顔を見たが、当の本人は何か引っ掛かることがあったのか軽く考え込んでいる。

 

「今、裏口から皆を引き入れると言ったかね?」

 

その一言で私は失言してしまったことを察した。

しまった、幾ら早坂さんが犯人と関係ないとはいえ不穏な言葉を漏らしたのは私のミスだ。気持ちが急ぎ過ぎた。

考えを終えた早坂さんが携帯を取り出した瞬間、再び私達の間に緊張の糸が張り詰める。早坂さんの行動次第では多少騒ぎになっても実力行使に出るしかない。

が、臨戦態勢に入った私達を見た早坂さんは手だけで私達を制すると何処かへ連絡し出した。

 

「……ユキ、何か異常はあったか?……ふむ、そうか。……いやなに、その子達の知り合いのお嬢さん方と話をしていてね。その子達は放っておいて構わない。好きにさせておいてやれ」

 

それだけ言うと早坂さんは通話を切って携帯を懐にしまう。

 

「別に()()は君達が何をしようと関与するつもりはない。騒ぎを起こして得をしないのはお互い様だ。あとはバレないように上手くやるといい」

 

今の通話を聞く限り、どうやら裏口で待機してた皆は早坂さんの部下か何かに見つかっていたみたい。それを早坂さんが止めてくれたようだ。

 

「あ、ありがとうございます」

 

私達はお礼を言うと改めて裏口の鍵を開けるために店の奥を目指した。

その後はナンパを押し付けていた渚と合流して何とか警備員の目を欺くことに成功する。私達はその隙を突いて皆を外から招き入れることが出来た。

 

「皆、大丈夫⁉︎ 早く中へ入って‼︎」

 

私の姿を確認した皆は素早く裏口から侵入すると横手にあった階段で上へと登っていく。

全員を招き入れて鍵を掛け直し、私も皆を追って階段を登っていると最後尾にいた吉井君から声を掛けられる。

 

「いやぁ、人に見つかって危なかったから助かったよ。よく分からないけど皆が何かしてくれたんでしょ?ありがとう」

 

よく見ると分かれる前と後で吉井君の服が汚れててあちこちに軽い擦り傷が出来ていた。もしかして早坂さんの仲間の人と戦ってたのかしら?

 

「ううん、こっちこそ時間が掛かっちゃってごめんなさい。でも何事もなくて良かったわ」

 

「いやー、本当に何事もなくて良かったよ。あとちょっと遅かったら爆散してたかもしれなかったし」

 

「え、爆散……?冗談よね……?」

 

かなり危険な目に合ってたっぽい発言の真偽を問い掛けたけど、遠い目をしている吉井君を見て冗談じゃないことは何となく察することができた。

早坂さんに呼び止められたのは寧ろラッキーだったのかもしれない。そう思いながら私達は次の階へと足を進めていくのでした。




次話 本編
〜明久の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/42.html



片岡「これで“女子の時間”は終わりよ。皆、楽しんでくれたかしら?」

秀吉「今回はまさかの人物が登場しておったの。というか知らない者もおるのではないか?」

不破「ジャンプの某探偵漫画に出てくるあの人ね。私達の漫画を読んでて早坂さんを知らないなんて潜りよ」

片岡「それは流石に言い過ぎじゃないかしら……。でもBARフロアで呼び止められた時は冷や汗をかいたわ」

秀吉「完全にあの場での流れを握られておったからな。敵対関係にならなかっただけ良しとしよう」

不破「男子達は同じく某探偵漫画のあの人と敵対してたっぽいけど?」

片岡「まぁそれも早坂さんが止めてくれたから良しとしましょう。これ以上の敵対は無意味だわ」

秀吉「そうじゃのう。ああいう人種は敵に回しても良いことなどないぞ」

不破「そりゃまぁそうよね。切れたらロケットランチャーぶっ放されそうだもん」

秀吉「それは稀有な対応じゃろう……」

片岡「それはそうと、私は木下君の特技にも驚かされたわ」

不破「怪盗1412号やルパン三世顔負けの変声術だもんね。私も教えてほしいくらいだわ」

秀吉「じゃが殺せんせーの暗殺にはあまり役立たんぞ。完全に対人対応スキルじゃな」

不破「それでも教えてほしいの‼︎ 特殊技能は漫画好きの憧れでしょ⁉︎」

片岡「そこまで熱くならなくても……」

秀吉「まぁ演技を教えるだけなら構わんが、変声術となると習得できるかは別の話じゃぞ?」

不破「やった‼︎ 約束だからね‼︎」

片岡「それじゃあ今回はこの辺りでお開きにしましょうか。次回も楽しみにして待っててね」





明久「え、僕死にかけたのにまさか描写カットされるの……?」

殺せんせー「ヌルフフフフ、安心してください。次の話で私達サイドのお話もやりますよ」


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明久の時間

女子達がBARフロアへ潜入するのを見送った僕らは、作戦が成功して裏口の鍵が空いたらすぐ入り込めるように裏口の側にある建物の陰で待機することとなった。人の行き交いがあるBARフロア周りで待ってるわけにはいかないからね。

 

「受付さえクリアすれば彼女達が裏口に辿り着くまでに大きな障害はないだろう。寧ろ俺達の方が見つかった際のリスクは高い。周囲への警戒は怠るな」

 

「あとは彼女達が上手いこと裏口を開けてくれるのを待つだけですね」

 

先生達の言う通り、此処に限っては潜入してる女子達も大変だけど待機してる僕らも注意しなくちゃならない。大人数で隠れてるのを見つかるだけで誤魔化すのが面倒そうだ。

 

「何人かにバラけて隠れとくのは駄目なんすか?」

 

「それだと裏口が空いた時に速やかに対応できなくなる。隠れられる場所も多くはないしバラけて見つかる可能性を増やすべきではない」

 

吉田君の提案は僕も良いんじゃないかと思ったんだけど、確かに隠れてい る時点で人数が多かろうが少なかろうが怪しまれるのは避けられないか。

 

「でもそれだったら何かされる前に倒しちゃえばいいんじゃないですか?」

 

先手必勝。見敵必滅。これまでの殺し屋みたいに連絡される前に倒しちゃえばいいんじゃないかな。それだったら少しでもバラけてた方が奇襲を仕掛けやすい気がする。

 

「吉井君の言うことは正しいですが、それでも人数をバラけさせるには地形が良くないですね。(いたず)らに戦力を分散させるだけでしょう」

 

まぁバラけるって言っても建物の陰以外に裏口の近くに上手く隠れられる場所がないのも事実だ。先生達の言うように纏まって今の場所に隠れてるのが今できる最善の選択なんだろう。

 

「……っ‼︎」

 

と、そこで顔を強張らせた烏間先生がハンドサインで誰かの接近を知らせてきた。

それを見た僕らは緊張の糸を張り詰めて気配を消すことにする。少なくとも僕には全く人の気配が分からなかったけど、烏間先生が言うのだから間違いはないだろう。

 

「(相手は一人。タイミングを合わせて仕留める。後衛はフォローしろ)」

 

といった内容の指示を烏間先生がハンドサインで続けて送ってきたので、建物の陰に隠れていた中でも外側にいた僕は臨戦態勢を取った。

相手は犯人側かホテルの警備員か一般の客か、どれかは分からないけど目撃者は消す。それが問題を起こさない手っ取り早い方法だ。相手の力量が分からない以上、不意を突いて人数差で圧倒するのが一番だろう。

タイミングを逃さないように烏間先生のハンドサインに集中する。が、いつまで経っても先生からのカウントダウンが開始されない。もしかして相手は素通りして離れていったんじゃーーー

 

 

 

「ーーー随分とネズミが紛れ込んでるな」

 

 

 

聞こえてきた声に僕の楽観的な考えは真っ向から否定された。

潜んでいることがバレている以上、不用意に近付いてくることはないだろう。仮に近付いてきても警戒されていれば不意打ちは難しい。建物の陰にいる僕らを察知できるような実力者が相手なら尚更だ。

 

「(……こうなったら一か八かッ‼︎)」

 

だったらこっちから仕掛けるしかない。相手の行動を待ってても良いことなんて一つもないんだから。下手に待ちに徹したところで誰かに連絡されたら終わりだ。

声を出してくれたことで相手の位置は僕にも把握できた。今だったら動かれる前に攻勢に出ることで精確な初撃を繰り出すことが出来る‼︎

 

「……ッ‼︎」

 

そうと決めたら僕に迷いはない。手際よく雄二から渡されたムッツリーニのグローブを嵌め、一緒に取り出した()()()()()()を建物の陰から飛び出すのと同時に投げつけた。

 

「……⁉︎」

 

僕の突然の行動に皆が驚いているものの、今は無視して相手の制圧を優先する。

これが無警戒の相手であれば当てられるか隙を作るくらいは出来ただろう。しかし相手も警戒していただけあって最小限の動きだけで躱されてしまった。

 

「(今ッ‼︎)」

 

とはいえ相手が実力者なのは事前に把握済み。寧ろ日頃から殺せんせーを相手にしていて初撃を当てられるなんて甘い考えはしていない。

だからこそのムッツリーニのグローブだ。人差し指の横に付いているボタンを押し、()()()()()()()()()()()()()()()()()を巻き取る。更にタイミングを合わせて相手が躱した方向へ引っ張ることで背後から手裏剣を相手に当てる。対人用に痺れ薬を塗ってあるから擦り傷だけで十分に効果的だ。

初見でしかも夜にこの仕掛けに対応できるわけがない。相手の身体が痺れたところを確実に仕留める。そう考えていたのだが、

 

「チッ……‼︎」

 

あろうことか相手は後ろを見ることなく大きく身体を屈めると、肩口を切り裂く軌道にあった背後からの手裏剣をも躱してみせた。

マジか……と思いつつも僕は戻ってきた手裏剣と繋がっているワイヤーを掴み取ってヒュンヒュンと身体の横で振り回す。最小限の動きで遠心力を利用して手裏剣を投げられるようにするためだ。それと同時に相手がこちらの懐に入ってこれないようにするための牽制でもある。

 

「……ただのガキじゃないみたいだな。()るなら相手になるぜ」

 

今の短い攻防で僕への警戒を高めた相手は拳を構えて臨戦態勢を取った。

改めて相手と対峙したところで僕はその風貌を確認する。服装はホテルの警備員のような黒服じゃなくて普通に薄着のラフな格好だ。上着なんかは羽織っておらず、引き締まった腕の筋肉を見る限り肉弾戦メインの戦い方だろう。ただ一つ気になるのは両手にグローブを嵌めているところだけど、遠目ながらムッツリーニのやつとは違って無駄な厚みは見られない。ただ単に拳を守っているのか何か仕掛けがあるのか、あの拳は防ぐよりも往なすか躱すかした方がいいな。

相手の外見から情報を集めつつ戦い方を考えていると、建物の陰から殺せんせーが話し掛けてきた。

 

「吉井君、分かっていると思いますが先生は相手を殺すことは許しません」

 

「大丈夫です。刃に痺れ薬を塗ってあるので急所を狙わなくても何とかなります。殺したりするような心配はありませんよ。相手の手の内も分からないので遠距離から仕掛けます。此処は一先ず僕に任せてください」

 

多分僕らの中で遠距離から相手に対応できるのは現状では僕だけだろう。カルマ君の時は戦う前に相手の速さを想定できたから良かったが、それが分からない以上は肉弾戦に持ち込むのは危険が大きい。

僕の言葉を聞いた相手は重心を落としていつでも肉薄できる体勢となった。

 

「俺の心配よりも自分の心配をしたらどうだ?最初の奇襲を外した今、そう簡単に手裏剣(それ)を食らうつもりはないぞ」

 

「そんなのやってみないと分かりませんよ。簡単に当たらないっていうなら頑張って当てます」

 

相対する僕も迎え撃つために間合いを測りながら建物から少しずつ離れていく。戦闘中に皆から相手の意識を逸れさせることもそうだが、僕の扱う手裏剣ワイヤーはある程度の広さがないと真価を発揮できない。

しかしそんな僕の意図は相手にも見破られていたようで、牽制として振り回していた手裏剣など関係ないとばかりに距離を詰めてきた。

 

「お構いなしか……‼︎」

 

空かさず僕も手裏剣を放つものの、相手は到達前に手裏剣の軌道から身体をズラす。その流れでワイヤーを狙ってきたので即座にワイヤーを巻き戻し、そのままの勢いで横薙ぎに手裏剣を振り回すことによって相手の接近を阻む。

 

「随分と実践慣れしてるな」

 

それを見た相手は前進を止めて横薙ぎの手裏剣すらもバックステップで躱しきった。

この手裏剣の軌道の先読みと動きの迷いの無さ、それに最初の背後からの奇襲を初見で見ずに躱した判断力……もしかしてこの人もワイヤー使いか?それだったら見慣れてるだろうし夜間でもワイヤーを見切ったことも頷ける。

 

「落ち着く暇は与えませんよ‼︎」

 

まぁだからといって僕のやることは変わらない。手裏剣を横に斜めに振り回して相手へと当てることに集中する。相手に向けて手裏剣を投げるのは此処ぞという時だけ。加えてワイヤーを伸ばし過ぎると狙われる可能性があるから注意しなければならなかった。

この戦術に問題があるとすればもう一つ、

 

「(この人を女子達が裏口を開けるまでにケリをつけられるか?)」

 

手裏剣ワイヤーで間合いを取りながら戦うのはどうしても持久戦になってしまう。間に合わなかった場合は僕がこの人を引き付けてる間に進んでもらえばいいけど、その後も誰かに連絡されないようにするために負けることは出来ない。やっぱり早期決着を着けるために何処かで攻め手を変えてーーー

 

「集中力が欠けてるぞ」

 

途切れず振り回していた手裏剣を横薙ぎに振るった瞬間、今まで僕の攻撃を躱しつつ攻め込もうとしていた相手が手裏剣を蹴り上げてきた。その衝撃で振り回していた手裏剣の勢いが殺される。

 

「やばっ……⁉︎」

 

慌てて手裏剣を巻き戻しつつ相手の背中目掛けて振り下ろすものの、やっぱりワイヤーと僕の腕の振りで手裏剣の軌道を読まれて見ずに躱されてしまう。

手裏剣は手元に戻ってきたけど改めて投げる余裕はない。此処は迎え撃つしかないが、今までの攻防でこの人の大まかな動きは見させてもらった。恐らく僕でも対応できるはずだ。

 

「来い……‼︎」

 

振りかぶられる相手の拳をしっかりと見定め、確実に捉えつつ往なすが重そうな拳である。グローブとか関係なく拳は受けない方が良さそうだ。その衝撃で隙を作ってしまうかもしれない。

 

「良い度胸だな」

 

「それはどうも……‼︎」

 

続け様に相手から放たれる拳や蹴りを往なして躱していき、僅かな隙を突いて僕も反撃するもののその悉くが防がれていた。その際に距離を取ろうともしたが上手く間合いを潰されてしまって押し込まれている。

 

「クッ……‼︎」

 

大人と子供、その肉体的な差は多少の訓練で覆るようなものじゃない。特に僕は体格が良いとは決して言えないし、正面から打ち合うには分が悪いのは当然だろう。

何とかして相手と距離を空けるために手裏剣も駆使して牽制する。近接戦では手刀の延長程度の間合いに合わせたワイヤーの長さだが素手よりはマシだ。

 

「シッ……‼︎」

 

手裏剣を当てるために力みは捨ててただ速さを追求する。拳や蹴りと違って手裏剣を当てられれば高い確率で状況を打開できる。勝機はそこしかない。

……というのは手裏剣ワイヤーを武器に選んだ時点で想定していた事態だ。遠距離武器を使うのに懐に入られた時の対処法を疎かにするほど間抜けじゃない。

 

「(ムッツリーニほど上手くはないけど……‼︎)」

 

何度と行ってきた横薙ぎの手裏剣を躱された刹那、固定していたワイヤーの長さを解除した。遠心力に従って僕の身体を回ってきた手裏剣のワイヤーを再び固定、超近距離で相手の背後から手裏剣が襲い掛かる。

 

「……ッ⁉︎」

 

相手は驚きながらも咄嗟に身を屈めて手裏剣をやり過ごす。この攻撃すら凌ぐのは流石だと思うけど、相手が体勢を崩した今このチャンスを逃すわけにはいかない‼︎

相手が躱したことで僕に迫る手裏剣をグローブを嵌めた手で弾きつつ、屈む相手に合わせて膝蹴りを放つ。

 

「グッ……‼︎」

 

ここまでやって漸く一撃入れることが出来た。すぐに体勢を立て直されたが弾いた手裏剣は既にワイヤーを巻いて手元へ戻している。即座に手裏剣を振り回して追撃だ。

この流れを逃すわけにはいかない。ここで決めるために僕は敢えて避けやすいように手裏剣を投げ、相手が避けると同時に()()()()()()()()()を素早く抜いて投擲した。

今まで使っていた手裏剣ワイヤーはムッツリーニの暗器、その中から使い勝手のいい得物を雄二が借りてきたもの。僕だって対人戦闘を想定した暗器くらい隠し持っている。敵がいる現状で身に付けていないわけがないだろう。

更にナイフを投擲した直後、ワイヤーを巻き戻しつつ今度は僕から距離を詰める。隠し球の暗器とはいえナイフ一本、幾らでも対応可能なのは烏間先生で身に染みていた。だからこそ接近して手裏剣を確実に当てて相手を無力化する‼︎

 

 

 

 

 

しかし次の瞬間、相手が床を殴ると拳が爆発して僕に粉砕した木片が襲い掛かった。

 

 

 

 

 

「なっ……⁉︎」

 

慌てて両手で頭を庇いつつ横っ飛びに木片を回避する。全部は避けられなくてそれなりに痛いものの、暗器を隠すため上着を着ていたから幸いにも傷は浅い。

あの両手のグローブには火薬を仕込んでたのか。殴ると同時に火薬が炸裂して身体をえぐる殺傷能力の高い暗器だ。直撃を避けてきたのは正解……って今はそれどころじゃない‼︎ 投擲した仕込みナイフも今の爆風で弾かれたし、早く体勢を立て直してーーー

 

 

 

 

 

「ーーーまずは一人」

 

 

 

 

 

受け身を取って顔を上げた刹那、頭上からそんな死刑宣告に等しい声が聞こえてきた。

目の前には既に拳を振り上げた状態の男がいる。現状に頭が危険を訴えているものの身体が次の行動に移せない。そうして振り下ろされる拳をただ見つめてーーー

 

 

 

PiPiPiPiPi。

 

 

 

突如響き渡った着信音に相手の動きが止まり、僕もハッとして慌てて相手との距離を空ける。

危なかった……もしあと一瞬でも着信音が響き渡るのが遅かったらと思うと背筋がゾッとする。下手すると無視して爆散させられてたかもしれないけど運が良かった。

相手はズボンのポケットから携帯を取り出すと通話ボタンを押して耳に当てる。

 

「どうしたアニキ?……怪しい集団を見つけた。今取っ捕まえようとしてたところだ。……何か問題でもあったか?……了解した」

 

一通り何かを話すと相手は通話を切って携帯をポケットに仕舞い、今までの戦いが嘘だったかのように警戒を解いて踵を返した。

唐突な展開に僕は理解が追いつかなかったので思わず相手に声を掛けてしまう。

 

「……え、何?どうかしたんですか?」

 

「お前らのことは放っておいて構わないそうだ。命拾いしたな。お友達にでも感謝しておけ」

 

相手は背を向けながらそう言うとこちらを見向きもせず立ち去っていってしまった。

しかしお友達に感謝しておけってことは女子達の方も何かあったのかな。取り敢えず言われたようにあとで感謝しておこう。

 

「はぁ〜……つっかれたっ‼︎」

 

まぁそれとは別に今はただ身体の怠さに身を任せて床に寝転がることにした。これだけ派手に暴れて誰も来ないってことは偶に見回りする程度で警備が薄い場所なんだろう。一般客もわざわざ裏には来ないだろうし急いで隠れなくてもいいはずだ。

 

「吉井、大丈夫か⁉︎」

 

そんな感じで寝転んでると磯貝君が建物の陰から駆け寄ってきた。他の皆もその後ろにいるし、もしかして怪我して倒れたとか勘違いして心配させちゃったかな?

 

「うん、大丈夫だよ。まぁ服はボロボロになっちゃったし身体も程々に痛いけどね」

 

僕は皆を安心させるために身体を起こして問題ないことをアピールする。実際は問題ないことはないけど身体が爆散しそうだったことを考えれば些細なことだ。

 

「吉井君、最後は詰めを誤りましたねぇ。暗器の可能性を考慮していたのであれば遠距離に徹するべきです。或いは何かあっても確実に仕留められる機会を待つべきでしょう」

 

「それが無理だと判断したのであれば助力を仰ぐべきだったな。あの長い獲物を振るわれると位置関係的にも咄嗟には加勢しづらい」

 

「う……は〜い、次からはそうします」

 

疲れてるんだけどまずは戦い方の指導かぁ……とはいえ先生二人の指摘に言い返す余地もなく反省するしかなかった。

確かに今回は女子達が裏口を開けるまでの時間とか考えて焦っちゃったからなぁ。実力が上の相手に対して勝ちを急いだのは僕の判断ミスである。今回は運で助かったようなものだし次はもっと気をつけないと。

 

「吉井も無事なんだったら取り敢えず建物の陰に戻った方がいいんじゃない?女子達がいつ裏口を開けるか分からないし」

 

カルマ君の言葉で僕は立ち上がると皆と再び建物の陰へと戻った。幾ら警備が薄くて一般客も来ないとはいえずっと隠れてないのも良くないだろう。

そのまま待機していると急に裏口が開いたので一瞬警戒したものの、すぐに片岡さんが姿を見せたので僕らは素早く裏口から侵入して横手にあった階段で上へと登っていった。その時に感謝の言葉も忘れずに言っておいた。

何はともあれ第二の難所、BARフロアも無事に突破である。まだ油断は出来ないけど今回の潜入もあと僅かだ。

 

「危険な場所へ潜入させてしまいましたね。危ない目に遭いませんでしたか?」

 

「危ない目には遭わなかったですけど少しヒヤヒヤしました……」

 

殺せんせーの問い掛けに矢田さんが少し疲れを覗かせながら苦笑を浮かべる。やっぱり女子達の方でも何かあったらしい。まぁそうじゃなかったら僕は今頃色々お見せできない姿になっていただろう。

 

「寧ろそっちの方が危ない目に遭ったんじゃないですか?」

 

「いやぁ、危険度って意味ではどっこいどっこいだと思うよ」

 

片岡さんの言う通り確かに僕も危なかったけど、周りに人の目があるBARフロアに潜入する方がバレた時の危険性は高い。何より女子達が会ったらしい人はグローブに火薬を仕込んで拳を爆発させるような人の仲間だ。間違いなく危ない人だと思う。

 

「それじゃあ先に進む前にちょっと着替えてくるから待ってて」

 

女子達と合流してお互いの安否を確認していると渚君がそんなことを言いながら物陰を指差していた。別に見た感じおかしなところもないし着替える必要なんてーーー

 

「ーーーあぁうん、そうだよね。着替えは必要だよね」

 

「今の間とその反応は何……⁉︎」

 

そういえば渚君って脱ぎ捨ててあった女物の服を着て女装してたんだった。全く違和感がなかったから普通に受け入れてたよ。

そして渚君が着替え終えるのを待ってから僕らは次の階へと進むのだった。




次話 本編
〜武器の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/43.html



殺せんせー「これにて“明久の時間”は終了です。皆さん、楽しんでいただけましたか?」

明久「先生、僕は全然楽しめませんでした」

渚「そりゃあ吉井君は楽しむ余裕なんてなかったでしょ。大変だったもんね」

明久「本当だよ。ずっと戦ってたから空気がシリアスで息が詰まりそうだったし」

渚「戦った時の身体の疲れじゃないんだ……」

殺せんせー「戦いの手を増やすことは結構ですが広く浅くならないように注意してくださいね」

明久「もちろんですよ。付け焼き刃の武器なんて自分も相手も色々と危なっかしいですから」

渚「それにしても新しく登場したユキさんはやっぱり強かったみたいだね。吉井君も防戦一方で綱渡りみたいな戦いだったし」

明久「なんか原作よりも拳の爆発も威力上がってたっぽいよね。あれって確か火柱で肉を抉る程度の威力だったはずだけど……」

殺せんせー「恐らく改良したのでしょう。グローブも指抜きではありませんでしたし、耐火性を上げて火薬を増やしていると思われます」

明久「そんなに殺傷能力を上げなくても十分な威力でしょうに……」

渚「まぁ何はともあれ無事で良かったよ。取り返しのつかないことになったら最悪だし」

明久「何とか五体満足でやり過ごしたけど出来ることならもうホテルに帰ってゆっくり休みたい」

殺せんせー「残念ながら弱音を吐いている暇はありませんよ。犯人との交渉期限まで迫っていますし最上階までまだありますから」

渚「あと少しだから最後まで頑張ろう」

明久「分かってるよ。皆の治療薬を手に入れるまでは帰れないもんね」

殺せんせー「では今回はこの辺りでお開きにしましょうか。皆さん、次回も楽しみにしておいて下さいね」





早坂久宜「今回は偶然だったが上手いことパイプを作ることが出来た。次は確実な交渉を持ち掛けることにしよう」

早坂幸宣「流石だぜアニキ……‼︎」


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武器の時間

最も人の目があるBARフロアをやり過ごした僕らは、引き続き最上階までの階段を登っていく。交渉期限も迫っているがこのペースだったら十分間に合うはずだ。

階段を登り切ったところで先頭の烏間先生から待ったの合図が来る。っていうか既に先生は担がれる必要がないくらいまで回復してるんだけど……まぁその化け物っぷりは今は置いておこう。

 

「この潜入も終盤だ。律」

 

「はい、ここからはVIPフロアです。ホテルの者だけに警備を任せず客が個人で雇った見張りを置けるようです」

 

律の情報通り、階段を登った先の壁際から通路を覗いてみるとそこには見るからに屈強そうな男が二人佇んでいた。

 

「早速上への階段に見張りか。強そう……」

 

「私達を脅してる奴の一味なの?それとも無関係の人が雇った警備?」

 

今まで出会(でくわ)した殺し屋は二人とも単独だったけど、だからと言ってあの人達が無関係の人が雇った警備の人とは言い切れない。……まぁ結局は犯人の一味かどうかなんて関係ないけど。

 

「どっちでもいーわ。倒さなきゃ通れねーのは一緒だろうが」

 

「そうだね。疑わしきは排除、疑わしくなくても排除、とにかく邪魔になりそうな人は全員排除だよ」

 

それが一番手っ取り早いだろう。そもそも犯人じゃなくてもVIPフロアにいる裏社会の人間が見ず知らずの子供の集団を通すとは思えない。

取り敢えず手裏剣ワイヤーを取り出そうとしたところで殺せんせーから待ったが入る。

 

「二人とも、その通りです。ですが吉井君の武器を使うには廊下は不適切でしょう。此処は寺坂君が持ってる武器の方が最適ですねぇ」

 

確かに手裏剣ワイヤーを振り回すには廊下は狭いけど、でも寺坂君の持ってる武器っていったい何だろう?

 

「……ケッ、透視能力でもあんのかテメーは」

 

「……出来るのか?一瞬で二人とも仕留めないと連絡されるぞ」

 

烏間先生が寺坂君に確認を取る。殺せんせーが推すくらいだから武器としては申し分ないはずだけど、その武器が何かを知らない先生としては不安もあるだろう。

 

「任せてくれって……おい、木村。ちょっとあいつらを此処まで誘い出してこい」

 

寺坂君は自分の荷物を探りながら木村君に指示を出す。まぁ木村君一人だったらすぐに敵とは思われないだろうし、彼の足の速さがあれば襲われても逃げ切れる可能性は高い。

でも寺坂君の指示はざっくり過ぎて一番大事な部分が抜けていた。

 

「俺がァ?どーやって」

 

「知らねーよ。なんか怒らせること言えばいい」

 

そう、問題はどうやって誘い出すかってことなんだけど寺坂君もそこはノープランだったらしい。言われた木村君も考えているが今一ピンと来ていないようだ。

皆も一緒になってどうすればいいか考える。

 

「ふむ、初見の相手を怒らせるとなると見た目を取っ掛かりにするのが一番じゃろうな。間違っても怒りより不信感を抱かせてはならんぞ」

 

「そう言われてもな……」

 

しかしパッと言われても相手をキレさせるような言葉は思いつかない。それも秀吉の言うように相手が思考停止するレベルで怒らせる挑発だ。普段から人を小馬鹿にしているような人じゃないとすぐには思いつかないだろう。

 

「じゃあこう言ってみ、木村」

 

そういえば普段から人を小馬鹿にしているような人が身近にいたな。まさに挑発の申し子とでも言うべき存在が。

そして挑発の申し子、カルマ君は木村君に耳打ちして相手を挑発する台詞を教える。

 

「……マジでそれ言うのか?」

 

「マジマジ。これなら絶対成功するって」

 

「いやまぁ成功するだろうけど……これ捕まったら殺されるな」

 

いったいどんな台詞を教えられたんだ?

とにかく木村君はカルマ君に教えられた挑発をするため見張りへと近付いていき、寺坂君と吉田君が見張りの誘い出しに備えて壁際に位置取る。念のため僕も手裏剣ワイヤーを装備しておこう。

 

「……?なんだ坊主」

 

接近する木村君に気付いたようで廊下の先から見張りの声が聞こえてきた。

僕の位置からじゃ木村君の姿は見えないが絶対に緊張しているはずだ。そんな状態で上手く挑発できるのか……。

 

「……あ、あっれェ〜、脳みそ君がいないなァ〜。こいつらは頭の中まで筋肉だし〜。……人の形してんじゃねーよ豚肉どもが」

 

あ、これはキレるわ。

次の瞬間、ドタドタと複数の駆ける足音が近付いてきた。どうやら上手く見張りを誘導できたようだ。あとはタイミングを合わせるだけーーー木村君が通り過ぎた。

 

「おっし今だ吉田‼︎」

 

「おう‼︎」

 

それとほぼ同時に飛び出した寺坂君と吉田君がドンピシャのタイミングで見張りの二人にタックルを決めた。いきなり横合いからタックルを決められたら幾ら屈強な男でも大抵は転ばせられるだろう。

為す術なく倒された見張りの二人に寺坂君と吉田君は馬乗りとなり、荷物から取り出しておいた武器ーーースタンガンを首筋に押し付けて電流を流した。電流を流された見張りの二人は白目を剥いて意識を失っている。

 

「タコに電気を試そうと思って買っといたのよ。こんな形でお披露目とは思わなかったがよ」

 

「あぁ、それなら殺せんせーに電気は効かなかったよ。触手の身体が絶縁体の働きもしてて電気を通さないんだって」

 

「んだよ、もう実験済みかよ……」

 

遊びの延長で超強力な電気ショックの悪戯グッズを使わせてみたものの、無反応でピンピンしてて自慢気に解説してたから間違いない。何故かそのついでに理科の特別授業も開催されたけどね。

 

「……良い武器です、寺坂君。ですがその二人の胸元を探ってください。膨らみから察するに()()()()()()()が手に入るはずですよ」

 

殺せんせーに言われた寺坂君は訝しみながらも倒した見張りの懐へと手を伸ばす。

スタンガンよりももっと良い武器か……それでいて胸元の膨らみって時点でもう何となく察することが出来た。裏社会の人間だったら()()を持っていてもおかしくはない。

僕の予想通り、見張りの懐から出てきたのは本物の銃だった。高い殺傷能力を持つ殺しの道具を前にして皆は息を呑む。まぁ初めて本物の銃を見たら緊張するのは無理もないだろう。

 

「千葉君、速水さん。その銃は君達が持ちなさい。今この中で最もそれを使えるのは君達二人です」

 

そう言って殺せんせーは寺坂君から千葉君、速水さんへと手に入れた銃を手渡させた。

いきなり本物の銃を持たされた二人は戸惑いを隠せないでいる。

 

「だ、だからっていきなり……」

 

「ただし‼︎ 何度も言いますが先生は殺すことは許しません。君達の腕前でそれを使えば傷付けずに倒す方法は幾らでもあるはずです」

 

殺傷能力の高い銃で傷付けずに倒すっていうのはかなり難しい条件だ。寧ろ傷付けていいなら急所を外して撃てばいいんだから、人を撃つ覚悟さえあればE組の誰でも出来るだろう。

 

「さて、先に進みましょうか。ホテルの様子を見る限り、敵が大人数で陣取っている気配はない。雇った殺し屋も残りは精々一人二人だと思われます」

 

「おう‼︎ さっさと行ってぶち殺そうぜ‼︎ どんな顔してやがんだ、こんなクソな計画立てる奴はよ‼︎」

 

殺せんせーに促されて皆は歩き始めたが、千葉君と速水さんはまだ緊張した面持ちで手の中にある銃を見つめている。

どうやら二人とも相当なプレッシャーを感じているみたいだ。そんな精神状態じゃあ当てられるものも当てられない。ここは軽くフォローしておこう。

 

「千葉君、速水さん。本物の銃でも二人だったら大丈夫だよ。ただ意外と反動があるから手首と腕の固定はしっかりね」

 

「……もしかして吉井は撃ったことあるの?本物の銃」

 

と、フォローしたところで速水さんから質問が飛んできた。まぁこんなことを言えばそう思われるのも当たり前だよね。

 

「うん、去年アメリカに行った時に射撃場で撃ったことあるよ。その時の射撃は全然だったけど」

 

「なら一丁は経験のある吉井が持った方がいいんじゃないか?」

 

千葉君の言うことも一理ある。経験のあるなしは大きな差だろう。でもだからといって僕が銃を持つのは違うと思う。

 

「言ったでしょ、射撃は全然だったって。それに今の腕前だって千葉君や速水さんの方が確実に上なんだから、殺せんせーの言う通り本物であっても銃を一番上手く扱えるのは二人だよ」

 

実際エアガンしか撃ったことのない人でもエアガンのノウハウを本物の銃でも発揮できるっていうのはよく聞く話だ。本物の銃を撃ったって経験があろうがなかろうが射撃能力の高い千葉君と速水さんが銃を持つべきである。

 

「でも殺せんせーの暗殺ではエアガンでも失敗したのに、本物の銃なんて……」

 

「別に失敗してもいいんじゃない?」

 

「え?」

 

なんかいつもと二人の様子が違うなぁって思ってたけど……そうか、南の島での殺せんせーの暗殺に失敗して自信を無くしてたのか。確かに最後の決め手は千葉君と速水さんに委ねたものの、その失敗まで二人が背負うことないのに。本当に真面目だなぁ。

物事を真正面から硬く考え過ぎな二人に僕は自分の考えを伝えることにする。

 

「だって僕らは完璧じゃないんだからさ。出来る人に出来ることをやってもらって、それでも失敗することだってあるんだから仕方ないじゃん。大事なのは次にどうするかでしょ」

 

自分一人で出来ることなんて限りがある。その出来ることだって確実に成功させられるわけじゃない。失敗して反省するのは良いけど、そこで責任や苦悩を抱えて立ち止まってる方が良くないと思う。

 

「それに失敗しても周りに助けてもらえばいいんだよ。僕なんてさっきも失敗して女子達の活躍がなかったら死んでたかもしれないし」

 

「あぁ、あの時は俺も吉井の墓はどんなデザインが良いか考えさせられたわ」

 

「それはちょっと考え過ぎじゃない?」

 

そんな感じで僕には出来ないこと・失敗することだらけだけど、それを補ってくれる仲間がたくさんいる。その補ってくれる仲間には千葉君も速水さんも入ってるんだ。凄く頼りにしてるし、頼ってもらえたら僕も嬉しい。

 

「まぁ何が言いたいかっていうと、そんな深く考えず気楽にいこうってことだよ。僕も出来ることは頑張るからさ」

 

「……ありがとう。ちょっと楽になったわ」

 

「あぁ、俺も少し肩の力抜いてみることにする」

 

二人の表情を改めて見るとまだ硬さは残っているものの、さっきよりは幾らか緊張が(ほぐ)れているような気がする。これなら大丈夫だろう。

そうこうしている内に通路を抜けてコンサートホールに到着した。ホール内は円形のステージを囲うように客席が設置されていて、ステージの奥とその脇に次の階へ続くと思われる扉がある。此処には警備の人はいないみたいだ。

警備がいないなら立ち止まる必要はない。さっさとコンサートホールを抜けて次の階へとーーー

 

「……っ‼︎ 何者かが奥から近付いてくる‼︎ 全員身を隠して警戒態勢を取れ‼︎」

 

と、そこで烏間先生が小声で素早く指示を出してきた。確実に指示するためハンドサインを省いたくらいだから時間に余裕はないみたいだ。僕らは出来るだけ迅速にバラけて客席の影へと身を隠す。

するとしばらくしてステージ奥の扉から一人の男が歩いてきた。と思ったら懐から銃を取り出して咥え出した。何してるのかはさっぱり分からないけど銃を持ってるってことは倒しておいたほうが良いね。そうと決まれば気付かれる前に隙を突いてーーー

 

「……十六、いや十七匹か?呼吸も若い。ほとんどが十代半ば……驚いたな。動ける全員で乗り込んで来たのか」

 

僕達に気付くどころか人数まで絞られた⁉︎ しかもこの言い草は明らかに犯人側の人間だ。ここで黒幕に連絡を取られたらこれまでの潜入が全て水の泡である。

少しでも何処かへ連絡する素振りを見せたら手裏剣ワイヤーや仕込みナイフで阻止するしかない。そう思っていたが相手は何処へも連絡することなく威嚇射撃でステージ上の照明を撃ち壊した。

 

「言っとくがこのホールは完全防音でこの銃は本物だ。お前ら全員撃ち殺すまで誰も助けに来ねぇってことだ」

 

銃声が本能的な恐怖を与えてきて身体が強張りそうになる。でも逆に言えばこの人さえ何とかすれば他の敵も此処には来ないってことだ。毒で苦しんでる皆を助けるためにも銃声如きにビビってる場合じゃない。

 

「お前ら人殺しの準備なんてしてねーだろ‼︎ 大人しく降伏してボスに頭下げとけや‼︎」

 

相手は僕らに降伏を促しながら手の中の銃を弄んでいる。油断している今が一番仕留められる可能性が高いものの、僕の位置からだと決定打を入れるのは難しいか。

と、そこで二度目の銃声が鳴り響いた。ただし今度の銃声は相手じゃなくて速水さんが撃ったものである。彼女も考えることは同じだったか。

しかし速水さんが撃った銃弾もステージ上の照明を壊しただけだった。とはいえ初めてで癖も分からない銃を撃つんだから初撃を外したのは仕方がない。問題はこっちが武装していることを知って油断していた相手が本気になったことだ。

 

「……いいね。意外と美味ぇ仕事じゃねぇか‼︎」

 

その言葉と同時に壊れていない照明が一斉に点けられてステージ上を明るく照らし出される。今までの暗闇から一転してライトアップされたステージ上は逆光で上手く相手の姿を隠していた。この状態に目が慣れるまで少し時間が掛かりそうだ。

 

「今日も元気だ、銃が美味ぇ‼︎」

 

再び相手の銃声が響き渡る。眩しい中でも見えた相手の銃口が向けられている先は速水さんが隠れている場所だった。

 

「一度発砲した敵の位置は絶対忘れねぇ。もうお前はそこから一歩も動かさねぇぜ」

 

相手が無意味な威嚇で銃撃したとは思えない。まさか座席の隙間をを通して速水さんを牽制したのか?だとしたらとてつもなく精密な射撃だ。不用意に相手の射線へ入れば瞬時に撃ち殺されかねない。

 

「下で見張ってた二人の殺し屋は暗殺専門だが俺は違う。軍人上がりだ。幾多の経験の中で敵の位置を把握する術や銃の調子を味で確認する感覚を身につけた。中坊(ジュニア)如きに遅れを取るかよ」

 

軍人上がりの殺し屋か……流石に烏間先生レベルじゃないと思うけど、銃撃戦に特化した実力は僕らの比じゃない。真正面から戦うのはあまりに無謀過ぎる。

 

「さぁて、お前らが奪った銃はあと一丁あるはずだが……」

 

やっぱりこっちに奪った銃が二丁あることもお見通しか。速水さんに意識を集中させて残った銃で不意打ちというのも想定されているだろう。さて、どうやってこの相手を攻めるべきか……。

 

「ーーー速水さんはそのまま待機‼︎」

 

と、攻め手を考えていたところに殺せんせーから大声で指示が来た。

 

「今撃たなかったのは賢明です、千葉君‼︎ 君はまだ敵に位置を知られていない‼︎ 先生が敵を見ながら指揮するので此処ぞという時まで待つんです‼︎」

 

これは正直ありがたい。身を隠しながらだと相手の姿も見辛いし皆と意思疎通も難しいから、殺せんせーが指示してくれるなら全体で動きを統一できる。

それに先生だったら完全防御形態で身を隠す必要もないしね。堂々と相手を観察しながら隙を窺うことが出来る。

 

「熟練の銃手に中学生が挑むんです。このくらいの視覚ハンデはいいでしょう」

 

「……チッ、その状態でどう指揮を執るつもりだ」

 

まぁ普通に考えたら幾ら姿を隠す必要がないとはいえ、身動きの取れない状態で全体を指揮することは出来ないだろう。

だがそこは規格外である殺せんせーだ。既にコンサートホール内の構造と僕らが隠れている場所も把握済みである。

 

「では木村君‼︎ 五列左へダッシュ‼︎」

 

その指示で即座に反応した木村君は隠れていた座席から左へ五列移動した。続けて同じように他の人も移動させることで相手を撹乱していく。これで相手も狙撃に集中することは出来ないはずだ。

 

「出席番号十四番‼︎ 右に一で準備しつつそのまま待機‼︎」

 

流石は殺せんせー、抜け目がない。相手が全員を把握し切る前に指示の出し方を変えてきた。今まで名前で覚えていたところをまた一から覚え直さなければならなくなる。

 

「ポニーテールは左前列へ前進‼︎ バイク好きも左前に二列進めます‼︎」

 

殺せんせーは更に指示の出し方を変えてきた。名前や番号ならともかく、特徴で指示されたらもう見知らぬ他人に覚えることは不可能だろう。

 

「最近竹林君一押しのメイド喫茶に興味本位で行ったらちょっと嵌りそうで怖かった人‼︎ 撹乱のため大きな音を立てる‼︎」

 

「うるせー‼︎ 何で行ったの知ってんだテメー‼︎」

 

え、そんな指示の出し方までするの?というより寺坂君、竹林君とメイド喫茶に行ったんだ。いつの間にそんな趣味を共有する仲になったんだろう。まぁ仲良しなのは良いことだ。

でもこの指示の出し方は確実に人物を特定出来るエピソードがないと使えない方法だ。そんなに多用は出来ないーーー

 

「この前久しぶりに家に泊まりに来た実の姉に貞操を奪われかけた人‼︎ 牽制しつつ相手の注意を逸らしてください‼︎」

 

あ、これは僕のことだ。こんな破茶滅茶なエピソードを持ってる人なんて僕しかいないーーーじゃなくて本当に何で知ってるの⁉︎ っていうかこれで僕が動いたら自分のことだって自白してるようなもんじゃないか、って既に近くにいる矢田さんから変な視線を向けられてるよチクショウ‼︎ そりゃあこの中で離れた位置から牽制できる人なんて僕だけだもんね‼︎

どうしようもない気持ちを込めて殺し屋へと手裏剣ワイヤーを投げた。もう完全に八つ当たりだ。牽制って言われたけど別に当てられるなら当てちゃってもいいでしょ。

もちろん馬鹿正直に立ち上がって投げたら逆に狙撃されちゃうから、ワイヤーの遠心力を利用して振り回しつつステージ上の機材や柱を軸に背後から襲い掛かる軌道で投げる。

 

「そんなもん食らうかよ……‼︎」

 

しかし有ろうことか相手は迫る手裏剣を精確に捉えて撃ち落としてみせた。

嘘でしょ……確かに遠心力を利用するため大回りさせる軌道で投げざるを得なかったけど、それでも暗い観客席から投げられた曲線を描いて迫る小さな手裏剣を捉えるのか。動体視力も半端じゃない。

僕の八つ当たりは失敗したけど、殺せんせーの作戦の方は準備が整ったみたいだ。そろそろコンサートホールでの戦いも終盤である。

 

「……さて。いよいよ狙撃です、千葉君。次の先生の指示の後、君のタイミングで撃ちなさい。速水さんは状況に合わせて彼の後をフォロー。千葉君と同時に吉井君も投擲してください。敵の行動を封じることが目標です」

 

メインは千葉君、加えて僕と速水さんの三人で相手を仕留める。僕はさっきの狙撃で手裏剣を撃ち落とされてワイヤーで回収できなくなったから、代わりに仕込みナイフを取り出して殺せんせーの合図を待つ。

ただ千葉君と速水さんは戦闘前から本物の銃を扱うことにプレッシャーを感じていた。僕の話を聞いて少しは気が楽になったって言ってたけど、それでも此処一番の大役を前にして今の精神状態は大丈夫だろうか。

そんな僕の心配も二人の心情も殺せんせーにはお見通しだったらしい。最後の指示を出す前にフォローが入る。

 

「銃を扱う二人は特に緊張しているでしょうが大丈夫です。もし外した時は人も銃もシャッフルする戦術に切り替えます。失敗しても助けてくれる仲間がいるのですから、安心して引き金を引きなさい」

 

殺せんせーの言葉を受け止めた二人がどう思っているかは分からない。でもきっと大丈夫だって僕は信じてる。他の皆もきっと同じだろう。だからこそ先生もそれ以上は何も言わなかった。

 

「ではいきますよーーー出席番号十四番‼︎ 立って狙撃‼︎」

 

その指示とともに僕は座席の通路から上体を出してナイフを投げた。それと同時に指名された人が座席裏から立ち上がる。

だが相手は僕の投げナイフをバックステップで難なく躱しつつ、立ち上がった人物に何かをさせる間もなく撃ち殺した……かのように見えた。が、実際に相手が撃ったのは出席番号十四番である菅谷君が即席で作ったダミー人形である。

殺せんせーが大声で指揮を執っていた傍ら、律を通して小声で伝えられていた作戦は見事に成功だ。僕のナイフを躱して射撃して、更に予想外の出来事に驚いている今の相手に出来ることは何もなかった。

 

その隙を逃さず一発の銃声がコンサートホールに響き渡った。今度こそ千葉君の銃撃である。

ところが響き渡った銃声に対して相手に起こった現象は何もなかった。男は自身の何ともない身体を確認して安堵の笑みを溢す。

 

「フ、へへ……へへへ、外したな。これで二人目も場所がーーー」

 

勝ちを確信した相手が銃を千葉君に向けようとしたその時、吊り照明が振り子のように落ちてきて男の身体を吹き飛ばした。

そう、千葉君は初めから相手の身体なんて狙っていなかったんだ。狙いは吊り照明を繋ぎ止めていた金具、その一点のみである。彼の射撃能力があれば小さな金具を撃ち抜くことだって不可能じゃない。

 

「く、そが……」

 

吊り照明に吹き飛ばされた相手は最後の力を振り絞って銃を構えたが、その銃も速水さんの狙撃によって撃ち落とされる。そこで何とか堪えていた男の意識も落ちた。

 

「よっしゃ‼︎ ソッコー簀巻きだぜ‼︎」

 

相手が気絶したのを確認した寺坂君達によって、男が意識を取り戻す前に速攻でガムテープで縛っていく。何とか三人目の殺し屋も撃破できたみたいだ。一先ず力んでいた身体の力を抜いてリラックスしよう。

さて、これで犯人側はあと何人いるんだろう?残りは客室と最上階だけだから、実質的には次が最上階と考えていいのかな。

取り敢えず殺し屋を拘束している間に手裏剣とナイフを回収しとこう。ワイヤーは振り回した分だけ絡まってるから時間掛かっちゃうしね。




次話 本編
〜黒幕の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/44.html



明久「これで“武器の時間”は終わり‼︎ 皆、楽しんでくれたかな?」

菅谷「いやぁ、ダミー人形を即席で音も立てずに作るんだから疲れたぜ」

矢田「千葉君と速水さんだけじゃなくて、吉井君も菅谷君もお疲れ様」

明久「僕は撃たれないように手裏剣とナイフを投げてただけだからね。千葉君と速水さんに比べたらずっと楽だったよ」

菅谷「でもナイフは手裏剣と違ってワイヤーで遠心力も使えないだろ。正直今回一番危なかったのはナイフを投擲する瞬間だったんじゃないか?」

矢田「しっかり投げようと思ったら座席に隠れたままじゃ難しいもんね」

明久「まぁ殺せんせーが菅谷君のダミー人形(出席番号十二番)に敵の注意を誘導してくれてたからそこまで危なくなかったよ」

菅谷「吉井のナイフと俺のダミー人形、その二つに意識を向けさせて千葉の狙撃に余裕を持たせることが狙いだったからな」

吉井「あとは相手の位置を軽く調整するために身体に当たるか当たらないか微妙な部分を狙ったりもしたね。直撃を狙うと大きく避けて吊り照明からズレる可能性もあったし」

矢田「それも全部殺せんせーの指示だよね?」

菅谷「まぁな。幾らなんでも何の指示もなくダミー人形は作らねぇよ。俺達をシャッフルしたのだって時間稼ぎの意味合いもあるだろうしな」

明久「大声で指揮を執って僕らの動きに注意させていたからこそ、相手は小声の指示に気付けなかったんだと思うよ」

矢田「そういえば殺せんせーの指示の中で気になったことがあるんだけど……」

菅谷「あぁ、あれのことな」

明久「え、どれのこと?」

矢田「ほら、吉井君が実のお姉さんに襲われたってーーー」

明久「それじゃあ今回の後書きはここまで‼︎ 次の話も楽しみにしててね‼︎」

菅谷「めっちゃ強引に終わらせて逃げたな」

矢田「よっぽど触れられたくなかったんだね」





玲「はて。姉が弟を愛することになにか問題があるのでしょうか?」

殺せんせー「ヌルフフフフ、いえいえ全く問題ありませんよ。禁断の姉弟物も乙なものです」

渚「駄目だこの人達。早く何とかしないと……」


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黒幕の時間

コンサートホールを突破して次の階、最上階へ辿り着く前の階段を登り切ったところでまた見張りが一人立っていた。いや、見張りというよりは黒幕の小間使いみたいな感じかな。こっちを向いてないし後ろがガラ空きだ。

今回は背後から忍び寄ってスタンガンを当てることが出来れば十分倒せる……と思ってたんだけど、スタンガンを使うまでもなく烏間先生が首を絞めて相手の意識を落とした。

 

「ふうぅ〜……大分身体が動くようになってきた。まだ力半分ってところだがな」

 

それはもう首を()し折るんじゃないかってくらい締めつけるもんだから、相手の頭がらっきょうみたいになっていた。あれで力半分って……既に僕らの倍くらい強いんだけど。

 

『皆さん、最上階部屋のパソコンカメラに侵入しました。上の様子が観察できます』

 

律のその言葉で全員が自分の携帯を見る。今まで何も分からない状態で“普久間殿上ホテル”を登ってきたんだ。上の様子が分かると言われて気にならないわけがない。

 

『最上階エリアは一室貸し切り。確認する限り残るのは、この男ただ一人です』

 

映し出された画面の中には体格の良さそうな男が座っていた。残念ながらパソコンカメラの位置からでは後ろ姿しか見えないものの、凶悪そうな雰囲気が後ろ姿からでも分かる。

 

「こいつが黒幕か……」

 

その足元には配線の付いたスーツケースが置かれていた。多分あれがE組の皆に盛られたウイルスの治療薬だろう。配線には爆弾らしいものも取り付けられている。あれさえ奪えれば僕らの勝ちだ。

黒幕の様子を確認しながら殺せんせーが言う。

 

「あのボスについて判ってきたことがあります。黒幕の彼は殺し屋ではない。殺し屋の使い方を間違えています。彼らの能力はフルに発揮すれば恐るべきものです」

 

確かに殺せんせーの言う通り、見張りと防衛って殺し屋の仕事じゃないよね。先生が完全防御形態になって暗殺する必要がなくなったから、見張りと防衛に回したってところかな。

と、殺せんせーの話を聞きながら倒した男の懐を探っていた烏間先生が何やら考え込んでいた。ただしそれはほんの短い間だけで、最上階のカードキーらしきものを手に入れると立ち上がる。

 

「……さぁ時間がない。コイツは我々がエレベーターで来ると思っているはずだが、交渉期限まで動きがなければ流石に警戒を強めるだろう」

 

黒幕には治療薬、延いてはE組の皆を人質に取られている。今は油断しているかもしれないが、警戒していつでも治療薬を爆破できる状態でいられたら僕らは手が出せなくなってしまう。出来ることならそうなる前に決着をつけたいところだ。

 

「まずは可能な限り接近する。取り押さえることが出来ればそれがベスト。もし遠い距離で気付かれたら俺の責任で()()()撃つ。今の俺でも腕くらいは狙って当てられる。爆弾のリモコンを取る手を遅らせることは出来るはずだ。それと同時に皆で一斉に襲い掛かって拘束する」

 

最上階へ行く前に黒幕を抑えるための作戦を詰めていく。律のおかげで最上階の様子が大まかにでも分かっているのは大きい。

 

「個々に役割を指示していく。吉井君と木村君は寺坂君からスタンガンを借りてくれ。スタンガンで意識を落とせなくとも身体を痺れさせて相手の無力化を図る」

 

この中で特に足が速いのは木村君に次いで僕だ。強襲するとしたら僕らが最も先手を取れる可能性は高いだろう。手裏剣ワイヤーや投げナイフは遠距離から仕掛けられるものの、痺れ薬も瞬時に効くわけじゃないから今回は使わない方がいい。

 

「次に残った男子で相手を抑え込む。ただし千葉君は銃を構えて待機だ。俺が相手を撃った場合、千葉君は可能ならばリモコンなど危険なもの、または相手の動きを阻害できるものを撃ってくれ」

 

僕と木村君で先手を取った後は、仮にスタンガンを当てられなかったら力尽くで黒幕を抑え込む必要がある。相手の体格を考えても抑え込む役割は男子で当たるべきだ。先手を取れなかった時のために烏間先生と千葉君が控えてくれているのも心強い。

 

「最後に女子はガムテープで相手の身体を拘束しつつ、治療薬を奪って爆弾をスーツケースから取り外す。取り外すだけならば起爆しないと思うが、安全のため取り外した爆弾はすぐに離れた場所へ運んでくれ」

 

女子の出番は黒幕を押さえ込んだ後ってことか。まぁ人数が多過ぎてもお互いの邪魔になるだけだし、最悪の場合でも僕らが返り討ちに遭っている間に女子達で治療薬を確保してもらえればいい。

 

作戦を共有したところで、僕らはいよいよ最上階へと進むことにした。これで本当に今回の潜入も最後だ。改めて気を引き締めて階段を登っていく。

最上階へ着いたところで烏間先生が手に入れていたカードキーを使って扉を開ける。部屋の中は広いけど遮蔽物もあるので、気配を消しながら行けばかなり近くまで忍び寄れるはずだ。

部屋の中に入ったところで出来る限り広がりつつ奥へと進んでいく。真っ直ぐ並んだままだと瞬時に行動へ移せないからね。そのまま駆け出せば一息で相手へ辿り着ける距離まで近付くことが出来た。

 

まだ焦っちゃ駄目だ、烏間先生の指示があるまで堪えないと。E組の皆を毒で苦しめている黒幕が目の前にいるとはいえ、感情に任せて突っ込んで全てを台無しにするわけにはいかない。

全員で呼吸を整えて烏間先生の指示を待つ。そして先生が片手に銃を構えたまま合図をーーー

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー痒い」

 

 

 

 

 

 

 

出そうとした瞬間、黒幕が言葉を発した。それによって突っ込もうとしていた僕らの動きが止まる。でもこの声、何処かで聞いたことがあるような……。

そんな僕らのことなんて気にもしていないのか、相手はこちらを向くことなく言葉を続ける。

 

「思い出すと痒くなる。でもそのせいかな。いつも傷口が空気に触れているから感覚が鋭敏になってるんだ」

 

そして黒幕が一旦言葉を切ると同時に大量のリモコンがばら撒かれた。まさかこれ、全部爆弾のリモコン……⁉︎

 

「元々マッハ二十の怪物を殺すつもりで来ているんだ。リモコンだって超スピードで奪われないように予備も作る。うっかり俺が倒れ込んでも押すくらいのな」

 

その言葉通り、まるで撒菱のようにばら撒かれた大量のリモコンが僕らの行く手を遮っている。こんなの、どうしようもないじゃないか……‼︎

僕らが何も出来ず立ち往生している中、銃を構えたままの烏間先生が言葉を発する。

 

「……今回の南の島での暗殺前、連絡がつかなくなったのは有望だった殺し屋達の他に()()もいる。防衛省の機密費……暗殺に使うはずの金をごっそり抜いて、俺の同僚が姿を消した」

 

そうしてゆっくり立ち上がって振り返った黒幕の顔は、僕らにも見覚えのある顔だった。ただし記憶の中にある顔とは決定的に異なっている部分もある。

改めて真正面から対峙した烏間先生は怒りを堪えられなくなったのか、声を荒げながら黒幕を問い詰める。

 

 

 

「……どういうつもりだ、鷹岡ァ‼︎」

 

 

 

黒幕ーーー鷹岡先生は狂気を孕んだ笑みを浮かべて僕らを見た。

 

「悪い子達だ。恩師に会うのに裏口から来る……父ちゃんはそんな子に教えたつもりはないぞ。仕方ない、夏休みの補習をしてやろう」

 

そう言うと鷹岡先生は足元に置いていた爆弾を持ち上げる。もちろん爆弾のリモコンに指を掛けて僕らを牽制したままだ。

 

「屋上へ行こうか。愛する生徒に歓迎の用意があるんだ。着いてきてくれるよなァ?お前らのクラスは俺の慈悲で生かされているんだから」

 

慈悲じゃなくてただ人質として生かしてるだけだろう。だからこそ僕らは鷹岡先生の言いなりになるしかない。

黙って鷹岡先生に着いていった僕らはヘリポートのある屋上へと出る。

 

「気でも違ったか、鷹岡。防衛省から盗んだ金で殺し屋を雇い、生徒達をウイルスで脅すこの凶行‼︎」

 

「おいおい、俺は至極まともだぜ‼︎ これは地球が救える計画なんだ。大人しく二人にその賞金首を持って来させりゃ、俺の暗殺計画はスムーズに仕上がったのにな」

 

鷹岡先生の暗殺計画……?毒を盛られた皆を人質に治療薬で脅して、これまで撃破してきた殺し屋達を使って殺させる計画なんじゃないのか?

 

「計画ではな。茅野とか言ったっけ、女の方……そいつを使う予定だった。部屋のバスタブに対先生弾をたっぷり入れて賞金首とともに入ってもらう。その上からセメントで生き埋めにする。対先生弾に触れず元の姿に戻るには生徒ごと爆裂しなきゃいけない寸法さ。生徒想いの先生はそんな酷いことしないだろ?」

 

胸糞悪くて吐き気がする。これほどまでに嫌悪感を抱く人間は生まれて初めてだ。何処が至極まともだよ。完全にイかれてる。

そんな狂った計画を聞かされた殺せんせーも怒りで顔を真っ赤に染めている。

 

「……許されると思いますか。そんな真似が」

 

「……これでも人道的な方さ。お前らが俺にした非人道的な仕打ちに比べてりゃな」

 

聞けば鷹岡先生は渚君に負けて任務を失敗したことで評価が下がり、周りからも屈辱の視線を向けられて夜も眠れなかったとか。

背の低い生徒に殺せんせーを持ってくるように指定したのは渚君を狙ってのことだろう。あの時ルールを決めたのは鷹岡先生なんだから完全な逆恨みである。

そんな鷹岡先生の言い分にカルマ君は怒りを押し込めた冷めた声音で言う。

 

「へー、つまり渚君はあんたの恨みを晴らすために呼ばれたわけ。その体格差で本気で勝って嬉しいわけ?俺ならもーちょい楽しませてやれるけど?」

 

「ジャリの意見なんて聞いてねェ‼︎ 俺の指先でジャリが半分減るってこと忘れんな‼︎」

 

しかしカルマ君とは対照的に激情に駆られている鷹岡先生は聞く耳を持たない。それどころか下手に刺激すればリモコンのボタンを押してしまいそうだ。

押し黙る僕らを見て鷹岡先生は再び歩き出す。

 

「チビ、お前一人で登ってこい。この上のヘリポートまで」

 

「渚、駄目。行ったら……」

 

茅野さんが心配して渚君を引き止めようとするが、それでも渚君は覚悟を決めたようで手に持っていた殺せんせーを彼女へと渡した。

 

「行きたくないけど……行くよ。あれだけ興奮してたら何するか分からない。話を合わせて冷静にさせて、治療薬を壊さないよう渡してもらうよ」

 

鷹岡先生に続いてヘリポートへ向かった渚君を僕らも追っていく。ただし鷹岡先生を刺激しないようにヘリポート脇の連絡通路までだ。そこで僕らは事の行く末を見守るしかない。

しかしヘリポート脇まで来た僕らを見て、鷹岡先生はあろうことか手元のリモコンを押そうとした。それを見た烏間先生が即座に銃を構える。

 

「鷹岡……‼︎」

 

「おぉっと、勘違いするなよ。これは俺と潮田渚君との大切な時間を邪魔されたくないためだ」

 

その言葉とともにリモコンのボタンが押されると、治療薬の爆弾とは別にヘリポートへと通じる連絡通路が爆破された。用意周到だな。これで渚君と鷹岡先生だけがヘリポートに隔離された形となる。

 

「これでもうだーれも登ってこれねぇ。足元のナイフで俺のやりたいことは分かるな?この前のリターンマッチだ」

 

言われて渚君は足元に置かれていたナイフを一瞥するが、それを拾おうとはせず鷹岡先生との対話を試みる。

 

「……待ってください、鷹岡先生。僕は闘いに来たわけじゃないんです」

 

「だろうなァ。この前みたいな卑怯な手はもう通じねぇ。一瞬で俺にやられるのは目に見えてる」

 

悔しいがそこは鷹岡先生の言う通りだ。僕も真正面から戦って返り討ちに遭ったから分かる。何の策もなく闇雲に闘えば結果は火を見るよりも明らかだろう。

 

「だがな、一瞬で終わっちゃ俺としても気が晴れない。だから闘う前にやることやってもらわなくちゃな」

 

やること……?いったい鷹岡先生は渚君に何をさせるつもりだ?

そう思っていると鷹岡先生は地面を指差して、

 

「謝罪しろ、土下座だ。実力が無いから卑怯な手で奇襲した。それについて誠心誠意な」

 

どう考えてもあの勝負は正々堂々したものだったろうに、そんなことを要求してきた。それこそ卑怯汚いは敗者の戯れ言……とはいえ今の鷹岡先生に口答えしようものなら治療薬がどうなるか分かったものじゃない。

渚君もそれは理解しているので、口答えすることなく黙って地面に座り込む。

 

「……僕はーーー」

 

「それが土下座かァ⁉︎ 馬鹿ガキが‼︎ 頭擦り付けて謝んだよォ‼︎」

 

だが鷹岡先生にとっては座り込む程度では満足しなかったらしい。正座して謝ろうとした渚君に対して怒鳴り散らしていた。

それに対して渚君は言われるがままに頭を下げて謝罪の言葉を述べる。

 

「……僕は実力がないから、卑怯な手で奇襲しました。ごめんなさい」

 

「おう、その後で偉そうな口も叩いたよな。“出ていけ”とか……ガキの分際で大人に向かって‼︎ 生徒が教師に向かってだぞ‼︎」

 

そう言って鷹岡先生は土下座する渚君の頭を踏み付けるが、それでも渚君は謝罪の言葉を続ける。

 

「……ガキのくせに、生徒のくせに、先生に生意気な口を叩いてしまいすみませんでした。本当にごめんなさい」

 

そんな二人のやり取りを見て、僕は血が出ても不思議じゃないくらい拳を握り締めていた。怒りで頭がおかしくなりそうだ。

しかし何とか歯を食いしばって怒りを抑え込む。当の本人が我慢してるのに僕が我慢しないでどうするんだ。渚君の努力を無駄にするわけにはいかない。

従順に謝罪の言葉を述べる渚君に満足したのか、鷹岡先生は不機嫌だった様子から一転して笑顔を浮かべる。

 

「……よーし、やっと本心を言ってくれたな。父ちゃんは嬉しいぞ。褒美に良いことを教えてやろう」

 

そう言いながら何故か鷹岡先生は渚君から距離を取った。それにしても良いことって何だろう?

 

「お前らに盛ったウイルスで死んだ奴がどうなるか、“スモッグ”の奴に画像を見せてもらったんだが……笑えるぜ。全身デキモノだらけ、顔面がブドウみたいに腫れ上がってな……見たいだろ?渚君」

 

次の瞬間、鷹岡先生が浮かべていた笑顔に再び狂気の色が宿った。そのまま治療薬の入ったスーツケースを持ち上げてーーーまさかッ⁉︎

最悪の展開が頭に過ぎった直後、鷹岡先生は持ち上げたスーツケースを放り投げた。

 

「やめろーーーッ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

渚君の叫びも虚しく、スーツケースに取り付けられた爆弾が炸裂して治療薬を木っ端微塵にした。

 

 

 

 

 

 

 

「あははははははは‼︎ そう‼︎ その顔が見たかったんだ‼︎ 夏休みの観察日記にしたらどうだ⁉︎ お友達の顔面がブドウみたいに化けてく様をよ‼︎ はははははははは‼︎」

 

間違いなく全員が希望を絶たれた表情となっているだろう。これで毒に苦しむ皆を救う(すべ)がなくなってしまった。もう誰も……助からない。

 

 

 

「ーーー殺……してやる……」

 

 

 

途切れ途切れに静かな、それでいて殺意の込められた声が聞こえてきた。

その発生源は絶望でヘリポートに崩れ落ちていた渚君だ。渚君は足元に置かれていたナイフを拾って立ち上がる。

 

「殺してやる……よくも皆を……」

 

「はははは、その意気だ‼︎ 殺しに来なさい、渚君‼︎」

 

普段温厚な渚君が完全にキレていた。

そんな精神的に危険な状態の渚君を皆も心配しているが、連絡通路が爆破されている以上すぐには駆け寄れない。

一歩間違えたらホテルの屋上から転落する可能性がある。本気で死ぬかもしれないと思ったら、普通に考えて何の準備もなく二人の元へ行くことは難しいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

そんなことがどうでもよくなるくらい僕は構わず駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

「カルマ君……‼︎」

 

「……‼︎ オーケー、任せな」

 

ヘリポートとは逆方向へ駆け出した僕の行動と、その一言で察してくれたカルマ君も続けて動き出す。

 

「待つんだ二人ともッ……‼︎」

 

駆け出した僕とカルマ君を烏間先生は止めようとしたが、まだ毒ガスの効果も残っていて機敏に動けない先生に僕らを止めることは出来なかった。

何もキレてるのは渚君だけじゃない。僕だって鷹岡先生の所業に我慢の限界だった。もう怒りを抑え込んでじっとしてるなんて無理だ。

逆方向へ駆けていた僕は適当な距離を確保すると切り返し、そこから助走をつけてヘリポートへ向けて加速していく。

そこで動き出した僕とカルマ君に気付いた鷹岡先生が釘を刺してくる。

 

「余計なことはするなよジャリ共……‼︎ 言っとくが治療薬の予備がまだ三本ある。お前らが邪魔しようものならこいつも破壊するーーー」

 

もちろん鷹岡先生の話は聞こえていた。その残っている治療薬を手に入れれば、少なくとも三人の命を助けることが出来るってことも理解していた。

 

 

 

でも僕は一切速度を緩めることなく地面を蹴って屋上から跳んだ。

 

 

 

「行け、吉井」

 

そこから更にカルマ君が手を組んで作った踏み台に足を掛け、一気に跳び上がる。その時にカルマ君が勢いよく腕を跳ね上げてくれたので、僕は難なく死の危険性を跳び越えてヘリポートへ辿り着いた。

受け身を取って転がりながらも立ち上がった僕を見て、鷹岡先生は忌々しげに愚痴を溢す。

 

「……お前、俺の話を聞いてなかったのか?折角のお楽しみを邪魔しやがって……治療薬がどうなってもいいのか?」

 

「皆の治療薬を爆破したお前の言葉なんか信じられるもんか」

 

鷹岡先生は僕らに、特に渚君に復讐することが目的だ。仮に目的を達成したところで素直に治療薬を渡すとは思えない。寧ろ渚君を痛めつけた後に目の前で最後の治療薬も壊して、完璧に絶望の淵へ叩き落としてから殺すことだって考えられる。

 

「それにたった三本の治療薬で誰を助けろって言うんだ。たとえ僕が毒で苦しんでたって他の皆を見殺しにして自分だけ助かろうなんて思わない。だったら渚君を助けて治療薬は壊される前に奪い取る」

 

僕は間合いを測りながら仕込みナイフを取り出して鷹岡先生と対峙する。

とはいえ幾ら渚君に僕が加勢したところで鷹岡先生との戦力差はそう簡単に埋められるものじゃない。手足の腱みたいに急所を外してなんて甘い考えは通じないだろう。それこそ渚君みたいに相手を殺すくらいのつもりでーーー

 

 

 

ガンッ、と隣から硬い何かがぶつかるような音が聞こえてきた。

 

 

 

思わず横目で隣を見ると殺気立っていた渚君が前のめりになっていて、その足元には見覚えのあるスタンガンが落ちている。さっきの後はスタンガンをぶつけられた音だろう。

その持ち主がいるであろう方向へと目で向けてみれば、そこには何処かしんどそうな様子の寺坂君がいた。

 

「寺坂君……?」

 

「落ち着け馬鹿野郎共が……‼︎ それと渚、テメー調子こいてんじゃねーぞ‼︎ 薬が爆破された時よ、テメー俺を哀れむような目で見ただろ。いっちょ前に他人の気遣いしてんじゃねーぞモヤシ野郎‼︎ ウイルスなんざ寝てりゃ余裕で治せんだよ‼︎」

 

ーーーえ?今の言葉って……まさか寺坂君、ウイルスに感染してる?

そんな疑惑を余所に寺坂君は言葉を続ける。

 

「そんな屑でも息の根止めりゃ殺人罪だ。テメーはキレるに任せて百億のチャンス手放すのか?」

 

「寺坂君の言う通りです、渚君。その男を殺しても何の価値もないし、逆上しても不利なだけです。そもそも彼に治療薬に関する知識などない。下にいた毒使いの男に聞きましょう。こんな男は気絶程度で十分です」

 

確かに二人の言うことは尤もだ。僕も殺すつもりでやるが、本当に殺したところで何かが変わるわけじゃない。何よりも今は早くこの場を切り上げることがベストだろう。精々トラウマを抉って精神をへし折るくらいで十分である。

 

「おいおい、これ以上余計な水差すんじゃねェ。本気で殺しに来させなきゃ意味ねぇんだ。このチビの本気の殺意を屈辱的に返り討ちにして初めて俺の恥は消し去れるんだからな」

 

だが殺し合いをしたい鷹岡先生からすれば望ましくない展開だろう。その点では殺意を抱いている渚君に冷静になってもらっては困るわけだ。

それでも殺せんせーは諦めずに渚君へ言葉を投げ掛ける。

 

「渚君、寺坂君のスタンガンを拾いなさい。その男の命と先生の命。その男の言葉と寺坂君の言葉。それぞれどちらに価値があるのか考えるんです」

 

と、そこで体力の限界だったのか寺坂君が倒れ込んだ。近くにいた吉田君と木村君が心配してそばへ屈み込む。

 

「寺坂‼︎ お前コレ熱やべぇぞ⁉︎」

 

「こんな状態で来てたのかよ‼︎」

 

「うるせぇ……見るならあっちだ」

 

遠目から見ても意識が朦朧とし出している寺坂君だが、そんな状態で弱々しいながらも渚君の方へと指を向ける。

 

「……やれ、渚。死なねぇ範囲でぶっ殺せ」

 

そんな寺坂君の決死とも呼べる言葉に何を感じたのか、渚君は黙って足元のスタンガンを拾った。しかし拾ったスタンガンは腰に刺してしまい、手に持ったままだったナイフを構える。

 

「……吉井君、来てもらって悪いけど手出ししないで。鷹岡先生は僕一人で()る」

 

おおよそ普段の温厚な渚君からは考えられないような発言だ。二人の言葉でも今の渚君には響かなかったのか。

たが渚君一人で闘うのは幾ら何でも危な過ぎる。せめて僕も一緒に闘って少しでも勝てる可能性を上げないと。

 

「何言ってるんだよ渚君。相手との力量差が分からないくらい冷静じゃないの?此処は二人でーーー」

 

一緒に闘おう、と言い掛けたところで僕はその言葉を切った。その必要がないって思ったんだ。

真正面から此方を見返してくる渚君の目を見て分かった。さっきまで殺意に滲んで揺れていた目が落ち着いている。二人の言葉で殺意を抑えて冷静さを取り戻していたんだ。

その渚君が一人でやるって言うからには、何かしらの勝算があるのだろう。だったら僕はその意思を汲むことにした。

 

「……分かった。信じてるからね」

 

「ありがとう」

 

僕は取り出していた仕込みナイフを直すと、後ろに下がって渚君の邪魔にならないであろう位置で待機する。

正直この判断が正しいかどうかなんて僕には分からない。それが分かるのは全てが終わった後になるだろう。だからこそ僕は渚君の勝利を信じて見届けることにした。




雄二「これで“黒幕の時間”は終わりだ。楽しんでくれたか?」

竹林「今回潜入組はシリアス展開だから、邪魔をしないように居残り組で後書きを進めていくよ」

奥田「ひ、久し振りの出番で緊張します……」

雄二「そんな気張んなくてもいいだろ。俺達に出来ることはやったし、あとは潜入組を信じて待つだけだ」

竹林「まぁ実のところ坂本も監視カメラの対処をした後に倒れたからね。役目は全うしたと思うよ」

雄二「本当に情けねぇったらありゃしねぇ。お前らの負担を増やしちまって悪いな」

奥田「情けなくなんかありません。坂本君はウイルスに冒された状態で頑張ってたんですから凄く立派です」

雄二「お、おう。そうか……というかグイグイくるな。奥田って俺のこと怖がってなかったか?」

竹林「君の行動に思うところでもあったんじゃないか?怖がられるよりは良いじゃないか」

奥田「それにしても吉井君って凄いですよね。この時点でほぼフリーランニングが出来てます」

雄二「まぁ原作からして訓練もしてねぇのに二階に跳び上がったり、四階渡り廊下のフェンスのない屋根上を駆けたりしてるからな」

竹林「気構えさえあれば例えホテルの屋上でも関係ないってことか。もう少し危険性を考えても良さそうだけど」

雄二「馬鹿にそんなリスク管理が出来るわけないだろ。出来る出来ないじゃねぇ、やるかやらないかだろうよ」

奥田「そういう言葉にすると凄く男らしい、ように思うんですけど……」

竹林「それが吉井ってなると、考え無しの行動に映るから不思議だね」

雄二「ま、馬鹿でも多少の分別はつくさ。渚に任せた以上、渚が死にかけない限りアイツがこれ以上でしゃばることはないと思うぜ」

奥田「やっぱり待つしかないですよね……」

竹林「そうだね。あと看病以外に僕らに出来ることって言ったら、深夜アニメを見ながら皆の無事を祈るくらいさ」

雄二「深夜アニメを見ずに看病して祈っとけ」

竹林「仕方ないな……じゃあそろそろ後書きも終わりにしよう。看病しないといけないしね」

奥田「そうですね。それじゃあ次のお話も楽しみにして待っていただけると嬉しいです」





カルマ「で、結局吉井が行った意味って特になかったの?」

殺せんせー「こういうのは行動することに意味があるのです。決して原作通りだから無駄などと思わないように」


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音の時間

これまで訳あって放置していましたが、またゆっくり執筆再開していこうと思います。
以前以上の亀更新になるとは思いますが、もしよかったら再び「バカとE組の暗殺教室」をよろしくお願いします。


〜side 渚〜

 

 わざわざ来てくれた吉井君に下がってもらった僕は、上着を脱ぎ捨てて少しでも動きやすくなってから鷹岡先生へ向き直った。

 

「お〜お〜、カッコいいねぇ。ナイフを使う気満々で安心したぜ。スタンガンはお友達に義理立てして拾ってやったというとこか」

 

 僕と同じように鷹岡先生も上着を脱いでから戦闘態勢を取った。興奮していたさっきまでとは明らかに違う。まるで隙がない。

 でもどういう状況であれ僕に出来ることは暗殺だけだ。戦闘で鷹岡先生に勝てる可能性なんてほとんどないだろう。

 前に鷹岡先生と戦った時と同じだ。自然体で気配をフラットにして近づき———

 

 即座に蹴りを食らって吹き飛ばされた。

 

 防御どころか受け身も取れず痛みで悶えそうになるが、なんとか堪えながらすぐに体勢を立て直す。

 

「おら、どうした。殺すんじゃなかったのか」

 

 その僅かな間に接近してきた鷹岡先生へ向けてナイフを振るうが、簡単に往なされてカウンターの拳を入れられてしまう。

 それからどれだけ攻めても鷹岡先生に僕の攻撃が届くことはなかった。体格も技術も経験も、分かっていたことだけど戦闘能力は僕とは比べ物にならない。

 しかしどれだけ攻撃を加えられても絶妙な力加減で大怪我にはなっていなかった。先生の気が済むまで痛めつけるつもりなんだろう。

 

「へばるなよ。今までのは序の口だぞ」

 

 絶えず攻撃を繰り出していた鷹岡先生が手を止めると、今まで使わず足元に置いたままどったナイフを手に取った。

 

「そろそろ俺もコイツを使うかな。手足を切り落として標本にしてやる。ずっと手元に置いて愛でてやるよ」

 

 素手の鷹岡先生に手も足も出なかったのに、ナイフまで使って本気で殺しに来られたら確実に死ぬ。これまで以上に殺気立っているし、先生はこれで終わらせるつもりのようだ。

 

 

 

「———もう、我慢できない……!!」

 

 

 

 そんな鷹岡先生を見て、今まで後ろに控えてくれていた吉井君が声を荒げた。

 鷹岡先生に注意しながら吉井君を見ると、血の滴った手でナイフを構えている。どうやら掌に爪が食い込むほど力を込めて堪えていてくれたらしい。

 割り込んできた吉井君に対して、鷹岡先生はこれまで以上に不機嫌さを露わにする。

 

「そこまで死にたいなら先に相手してやる。お前を殺してからコイツを嬲り殺しにする方が邪魔されずに済みそうだ」

 

「上等だ!殺れるもんなら殺ってみろ!」

 

 二人とも殺気を滲ませていて一触即発の状態だ。吉井君に関してはすぐにでも飛び掛かりかねない雰囲気である。

 ボロボロにされた僕を見て怒ってくれる優しさは嬉しいけど、まだ吉井君に手を貸してもらうわけにはいかない。

 

「待って、吉井君……僕は大丈夫。だからもう少しだけそこで見てて」

 

「でも……!」

 

「吉井君、お願い」

 

 落ち着いて諭すようにお願いした僕の言葉を聞いて、吉井君は不承不承ながら再びナイフを仕舞って下がってくれた。

 良かった。今ここで吉井君も参加して乱戦になったら、鷹岡先生の意識が僕から逸れてしまう。それじゃあ()()()()()()が上手くいかないかもしれない。

 

 ようやくロヴロさんに教わった技、それを使う条件が全て揃っている上にそのお膳立てまでしたんだ。鷹岡先生には技の実験台になってもらわないと。

 戦闘能力に圧倒的な差がある鷹岡先生にも通じるかもしれない技なんだ。そのための準備が無事に済んだことで思わず自然と口角が上がってしまう。

 

「ッ………!?」

 

 その僕の表情を見た鷹岡先生が一気に強張ったのが一目で分かった。

 何か策があると警戒しているのか、どうやら上手く先生の緊張を高めることができたらしい。これならより確実に技を決められる。

 僕は緊張して神経が過敏になっている鷹岡先生へ向かって、ゆっくり近づいていく。

 

 この技は窮地に“必ず殺せる”理想的状況を造り出すため……必ず殺すための技だって教えられた。それで鷹岡先生に有利な“戦闘”となったこの場を、僕に有利な“暗殺”へと引き戻す。

 

 技を発動するタイミングは、鷹岡先生の意識が極限までナイフに向けられる間合いの僅かに外だ。そこまで僕は自然体のまま歩みを進めていく。

 わざわざボロボロになるまでナイフで斬り掛かったんだ。確実に先生は僕の間合いを見切っているはず。技の発動をギリギリまで遅らせて最大限まで効果を高めてみせる。

 そうして限界まで鷹岡先生へ接近したタイミングで、僕はナイフを空中に手放し、

 

 

 

 

 

 ノーモーションから最速で、最も遠くで最大の音量が鳴るように———“猫だまし”を発動した。

 

 

 

 

 

 ただ手を叩いて音を出すだけじゃない。音の塊を手から発射するような形で、音の爆弾によって相手の神経を破壊する。

 その衝撃で鷹岡先生は体勢を崩し、一瞬だけ真っ白になった意識が身体を固めて隙を生む。

 

「な、にが、起こっ———」

 

 その数瞬を逃さず寺坂君から借りたスタンガンを抜き、鷹岡先生へ叩きつけて電流を流し込んだ。

 

「ぎッ!?」

 

 電流を浴びせられて身体が痺れたらしく、鷹岡先生は膝から崩れ落ちて座り込む。

 “猫だまし”が上手くいって良かった。実戦で使うのは初めてだったから少なからず不安はあったけど、結果として鷹岡先生を倒すことが出来た。

 

「とどめ刺せ、渚……首辺りにたっぷり流しゃ気絶する」

 

 僕と鷹岡先生の戦いが終わって静寂が辺りを包み込む中、小さいながらも寺坂君の声が聞こえてきたので言われた通りスタンガンを先生の首元へ当てる。

 あとは指先一つで全てが終わる。だけど僕の中に今あるのは鷹岡先生に勝った優越感でも戦い終わりの高揚でもなかった。

 

 この人からは沢山のことを教わった。

 殺意を、殴られる痛みを、実戦の恐怖を……殺意に飲み込まれた時の危うさや、その殺意から引き戻してくれる友達の大切さ。

 酷いことをした人だけど、それとは別に授業への感謝はちゃんと言わなきゃいけないと思ったんだ。

 

「鷹岡先生、ありがとうございました」

 

 だから僕は笑顔で鷹岡先生にお礼を述べた後で、スタンガンのスイッチを入れて先生の意識を落とした。

 これで今度こそ僕の戦いは終わりだ。

 

「よっしゃぁぁああ!元凶(ボス)撃破!」

 

 鷹岡先生が倒されたことで、屋上で待っていてくれた皆から歓喜の声が沸き立つ。

 さっきまで鷹岡先生に脅されて皆は身動きが取れなかったけど、その先生が倒されたため動くことが出来るようになった。ヘリポートへの連絡通路が爆破されて帰れない僕と吉井君のため、連絡通路の代わりになるものを探してくれている。

 と、最後まで手を出さずに見ててくれた吉井君が隣まで来た。

 

「渚君、お疲れ。凄かったね」

 

「ありがとう、吉井君。ごめんね、わざわざ危険を冒してヘリポートまで来てくれたのに一人で全部しちゃって」

 

「そんなの別に気にしなくていいよ。それよりも渚君が無事で本当に良かった」

 

 そうこうしている内に何処かから梯子を持ってきてくれたので、ヘリポートに立て掛けた梯子を降りて皆の元へと戻った。

 皆も吉井君と同じように僕のことを心配していて、鷹岡先生に勝ったことを喜んでくれる。正直ちょっと照れ臭いけどそれ以上に嬉しい。

 

「よくやってくれました、渚君。今回ばかりはどうなるかと思いましたが……怪我も軽そうで安心しました」

 

 殺せんせーも僕のことを褒めてくれた。先生にもどうなるか分からないって状況で自分でも上手く立ち回れたと思う。

 でもまだ深刻な問題が一つだけ残っている。

 

「……うん、僕は平気だけど……」

 

 僕は鷹岡先生から奪った三本の治療薬を取り出す。ほとんどの治療薬が爆破されたから皆への薬が全然足りない。仮に培養できるとしても一週間でどれだけ作れるのか……。

 鷹岡先生を倒せたとしても根本的な問題が解決できないんじゃ意味がない。その事実を前に皆も黙り込んでしまった。

 

「……とにかく此処を脱出する。ヘリを呼んだから君らは待機だ。俺が毒使いの男を連れてくる」

 

 

 

 

 

「フン、テメーらに薬なんぞ必要ねぇ」

 

 

 

 

 

 烏間先生がホテル内へ戻ろうとしたところで、屋上の入り口からそんな言葉が聞こえてきた。

 僕らは驚いてそちらへ振り向くと、そこにはホテル内で倒した三人の殺し屋達が揃っていた。しっかり拘束して人目のつかない場所へ押し込んでおいたのに、いったいどうやって拘束から逃れたんだ?

 そういった疑問はさて置き、僕らはすぐさま臨戦態勢を取っていつでも戦えるようにする。一人でも難敵なのに三人同時というのは……真正面から戦って何処までやれるか。

 

 僕らを庇うように先頭に立った烏間先生が三人の殺し屋と話をする。

 

「お前達の雇い主はすでに倒した。戦う理由はもう無いはずだ。これ以上互いに被害が出ることはやめにしないか?」

 

「ん、いーよ」

 

 ……え、いいの?

 拍子抜けする返答に僕らは揃って気が抜けてしまった。

 そんな僕らを余所に殺し屋達は話を続ける。

 

「“ボスの敵討ち”は俺らの契約にゃ含まれてねぇ。此処に来たのは()()を渡すためだ」

 

 銃使いの殺し屋がそう言うと、毒使いの殺し屋が何かの瓶をこちらへ投げ渡してきた。

 それを烏間先生が受け取って中身を確認する。

 

「これは……」

 

「栄養剤だよ。お前らに盛ったのは食中毒菌を改良したものだ。コイツを飲んで寝てれば倒れる前よりも元気になれるぜ」

 

 ……食中毒菌を改良したもの?ってことは……誰も死なないで済むの?

 彼らが言うには、交渉期限が一時間なのであれば殺すウィルスじゃなくても取引できる。だから三人で相談して別のウィルスを使用することにしたらしい。

 

 つまり最初から僕らを毒で殺すつもりはなかったってことだ。鷹岡先生に治療薬を爆破された今、もし本当に殺すウィルスを使われていたとしたら本気で危なかった。

 だけどその殺し屋達の行動に岡野さんが疑問の声を上げる。

 

「……でもそれって鷹岡(アイツ)の命令に逆らってたってことだよね。金もらってるのにそんなことしていいの?」

 

「アホか。プロが何でも金で動くと思ったら大間違いだ。カタギの中学生を大量に殺した実行犯になるか、命令違反がバレてプロとしての評価を落とすか。どちらのリスクが高いか秤に掛けただけだよ」

 

 と、そこで烏間先生の呼んだヘリが屋上のヘリポートに到着した。僕らが乗る分と鷹岡先生を乗せるための二機である。

 

「……信用するかは生徒達が回復したのを見てからだ。事情も聞くし、しばらく拘束させてもらうぞ」

 

 殺し屋達はその烏間先生の指示にも逆らうことなく、鷹岡先生を乗せたヘリへと大人しく乗り込んでいく。

 

「……なーんだ。リベンジマッチやらないんだ、おじさんぬ。俺のこと、殺したいほど恨んでないの?」

 

 素手の殺し屋がヘリへ乗り込もうとしたところで、カルマ君が挑発するように話しかけていた。わざわざそんな刺激するようなことしなくていいのになぁ。

 

「殺したいのは山々だが、俺は私怨で人を殺したことはないぬ」

 

 だけど素手の殺し屋はカルマ君の挑発には乗らず、軽く挑発を受け流すとカルマ君の頭に手を置いた。

 

「誰かがお前を殺す依頼を寄越す日を待つ。だから狙われるぐらいの人物になるぬ」

 

「そーいうこった、ガキ共。本気で殺しに来て欲しかったら偉くなれ。そん時ゃプロの殺し屋の本気の味(フルコース)を味合わせてやるよ」

 

 そう言い残すと殺し屋達はヘリに乗って去って行った。

 遠くなっていくヘリを眺めながら速水さんが言葉を溢す。

 

「……なんて言うか、あの三人には勝ったのに勝った気しないね」

 

「言い回しがずるいんだよ。まるで俺らがあやされてたみたいな感じで纏めやがった」

 

 彼らが見えなくなるまでヘリを見送った後で、僕らも残ったヘリに乗り込んで宿泊するホテルまで戻ることにした。命の心配がないとはいえ、苦しんでることに変わりはないから早く栄養剤を届けてあげないと。

 こうして僕らの大規模潜入ミッションはホテル側の誰一人気付かないまま完了した。

 

 

 

 

 

 

〜side 雄二〜

 

 あぁクソ、身体が怠いったらありゃしねぇ。

 

 他の奴らが発症した時は気怠いくらいだったが、今となっては動き回るだけでも億劫だ。

 念のためホテルへ向かうのは辞退したものの、これは着いて行かなくて正解だった。下手に途中で重症化してたら足手纏いになってただろう。

 

 しかしホテルに向かった奴らは上手くやってんのか?もう交渉期限の一時間は過ぎてんぞ。

 

「あの、坂本君……」

 

 潜入組の進捗状況を気にしていたところで、いつの間にか背後に居た奥田から声を掛けられた。

 作業しながら考え事をしてたとはいえ全く気配に気付けないとは……そろそろ本格的にヤバいかもしれねぇ。

 

「あぁ?何だ奥田、新しい氷嚢作ってたんじゃねぇのか」

 

「氷嚢はもう作り終えて皆さんに渡しました。それよりも坂本君、無理し過ぎです。絶対に発症してますよね?」

 

 まだ何とか普通に振る舞えてるとは思うんだが、やはり感染してることを気取られてたら発症してるのはバレるか。

 心配そうにしてる奥田に俺は至って平静を装ったまま答える。

 

「……無理でも動ければ問題ねぇ。緊急事態なんだ。少しでも動ける奴は手を貸すべきだろ」

 

「ですけど……」

 

「やることねぇならまた女子の汗を拭いてやれ。俺や竹林には出来ねぇからな」

 

 そう言いながら俺は絞り終えたタオルを奥田に押しつけた。それから何か言われる前にその場を後にする。

 今の俺達に出来るのは現状維持だけだ。竹林に多少の医療知識があったとしても、治療薬なしに治療するなんて無理がある。たとえ応急処置でウィルスの進行を遅らせたとしても、治療薬の奪取が叶わなかったら俺達は……。

 

 

 

 と、最悪の場合を想定していた時にその音は聞こえてきた。

 

 

 

「っ!ヘリの音……アイツらか!?」

 

 俺は急いでホテルを出るとヘリの音がする方向を見上げる。

 あれは……軍用機か?どうやら砂浜の方へ着陸するようだ。

 

「坂本君!」

 

「皆帰ってきたのか!?」

 

 遅れて奥田と竹林もホテルから出てきた。

 

「分からねぇ!とにかく砂浜へ向かうぞ!」

 

 このタイミングで軍用機のヘリが来る理由なんざ、治療薬の奪取に向かったアイツらに関係してるとしか考えられない。

 だが良い状況なのか悪い状況なのかは不明だ。全員無事なのかどうかも分からねぇ。もしかすると治療薬の奪取に失敗して打つ手なく帰ってきた可能性もある。

 幾つもの可能性を想定してヘリの元へと向かった俺達だったが、

 

 

 

「おーい!雄二!奥田さん!竹林君!」

 

 

 

 そんな馬鹿みたいに呑気そうな明久(馬鹿)の呼び声を聞いて、俺の考えていた可能性が杞憂であったことを悟った。

 ヘリのプロペラ音がうるさいため大声で明久と会話する。

 

「遅ぇぞ明久!治療薬はどうなった!」

 

「大丈夫だよ!そもそも皆に盛られた毒は死ぬような奴じゃないって!」

 

「あぁ?なんだよ、じゃあ毒で死ぬってのはハッタリ———」

 

 毒で死ぬことがないと分かって緊張の糸が切れた瞬間、俺は身体の力が抜けて砂浜に尻餅をついてしまった。

 あー、怠い身体に鞭打って砂浜まで走って大声出して……流石にガタが来たか。駄目だ、もう動きたくねぇ。

 

「ど、どうしたの雄二?……あ、もしかして安心して腰が抜けちゃった?まさか雄二がそんなに小心者だったなんて意外だよ」

 

 この馬鹿、全快したらぶっ殺してやる。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

 僕らは皆の待つホテルに戻ると、もう大丈夫なことを伝えて殺し屋からもらった栄養剤を飲ませてあげた。

 まだ皆しんどそうだったけど、殺し屋の言うことが本当ならこれで良くなるはずだ。一時はどうなることかと思ったけど、これで今回の騒動は無事に終わりである。

 

 治療薬を奪いに行った僕らは潜入の疲れで、毒を盛られた皆は体力を消耗していて騒動の後は泥のように眠ってしまった。

 そうして僕らが次に目覚めたのは二日目の夕方である。幾らなんでもちょっと寝過ぎたかもしれない。

 目が覚めた僕らは浜辺へと集まっていた。

 

「おはよー、元気になった?」

 

「おかげさまでね」

 

 日没前にはE組の全員が揃っており、昨日苦しんでいた皆も普段と変わらない様子だった。

 どうやらあの栄養剤は本当に効果抜群のようだ。僕も月末の仕送りがなくなった時期に欲しいくらいである。

 

「今あの中に殺せんせー居るの?」

 

 最後にやって来た岡野さんが浅瀬に建設中のものを見て確認する。

 そこには南の島のリゾート地には似つかわしくない巨大なコンクリート塊が積み上げられていた。

 

「うん。駄目元だけど、戻った時に殺せるようにガッチリ固めておくんだって。烏間先生が不眠不休で指揮を執ってる」

 

 その巨大なコンクリート塊の中、更に鉄板の箱の中へ対先生物質を敷き詰めた中に殺せんせーを閉じ込めている。先生の完全防御形態が二十四時間ほどで解除されるため、急ピッチで固める作業を進めているのだ。

 ……でも仮にこれで殺せんせーを殺せても僕らに賞金って支払われるんだろうか?最終的に殺したのは政府ってことになるけど……まぁコンクリート塊の作業費用を差し引かれるくらいは妥協しよう。

 

「改めて思うが本当に烏間先生は凄いのぅ。ワシらとホテルへ潜入して毒ガスも食らったというのに……全く疲れを見せておらん」

 

「…………人間を辞めてる」

 

 本当にどうやって訓練したらあそこまでの超人になれるのか。少なくとも烏間先生と同じ年齢の頃にあぁなれるとは到底思えない。

 

 そうして話しながら作業の様子を眺めていて、コンクリート塊が完成してあとは待つだけ———となったところで作ったばかりのコンクリート塊が弾け飛んだ。

 ってか今ので瓦礫が飛び散って危ないな。作業してた人とか怪我がなければいいけど。

 

「爆発したぞ!」

 

「殺れたか!?」

 

 遠くから見守っていた僕らも爆発に驚きながら事の成り行きを見届けていたが、

 

「……ありゃ失敗だな。爆発したってことはエネルギーの一部を爆散させて対先生物質を吹き飛ばしたってことだろ。殺せんせーもどっかその辺に———」

 

 

 

 

 

「———先生の不甲斐なさから苦労させてしまいました。ですが皆さん。敵と戦いウィルスと戦い、本当によく頑張りました!」

 

 

 

 

 

 ふと背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 反射的に聞こえてきた声の方へ振り返ると、そこには久しぶりに感じる元に戻った殺せんせーが何食わぬ顔で佇んでいた。

 

「おはようございます、殺せんせー。やっぱり先生は触手がなきゃね」

 

「はい、おはようございます。もう完全防御形態で動けないのは懲り懲りですね」

 

 普段マッハで動き回れる殺せんせーが身動き一つ取れないというのは、やっぱりもどかしいものがあったんだろう。

 もしかしたら先生の完全防御形態を見るのはこれが最初で最後になるのかもしれない。暗殺で追い詰めた記念に写メでも撮っといたら良かったな。

 

 こうして僕らの沖縄離島リゾート二泊三日の旅行は幕を閉じたのだった。




執筆再開に伴って更新速度を少しでも上げるため、今話から後書きの会話形式は廃止にしようと思います。
何か疑問や質問があれば感想とご一緒によろしくお願いします。


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夏祭りの時間

 普久間島から無事に帰ってきた僕らは、残りの夏休みを大いに満喫して過ごしていた。

 週に何度か暗殺訓練日はあったけど、特に波乱もなく八月も終わって明日は二学期の始業式である。夏休みの宿題が最終日には終わってるなんて人生初だ。

 

 そんなわけで例年になく落ち着いた夏休み最終日を迎えた僕は、今日一日だらだらとゲームをして過ごしていた。特に用事もなければ月末でお金もないしね。

 さぁて、次はどのゲームをしようかなぁ。まだ終わってないRPGを進めるか、それとも打倒神崎さんへ向けて対戦ゲームの特訓をするか。どれにするか迷うなぁ。

 

「吉井君!」

 

「ぅわっ!?」

 

 何のゲームをするか考えていたところで、いきなり窓から泣きじゃくった殺せんせーが入ってきた。いったい何事!?

 

「吉井君は用事ないですよね!?吉井君に限って忙しいなんてことはありませんよね!?」

 

「僕がいつも暇人みたいに言わないでください」

 

 まぁ殺せんせーの言う通り暇なんだけどさ。

 

「それで、何か用ですか?」

 

「夏祭りに行きましょう!今日思い立ってクラス皆に声を掛けているのですが、用事で断る人が多くて傷ついてます。寂しくて死んじゃいます」

 

「アンタは兎か」

 

 ちなみに自分で言っておいてあれだけど、兎が寂しくて死んじゃうというのは嘘である。病気なんかで弱ってても分かりにくいから、飼い主の留守中に突然死んじゃうケースが多いだけだ。これ兎の豆知識ね。

 

「う〜ん、楽しそうだし行きたいけど……お金がなぁ。お祭りってどうしても値が張るし……」

 

「そこを何とかお願いします!何なら私の出す屋台を手伝ってくれたらお駄賃あげますし!」

 

「先生も金欠なんじゃないですか」

 

 屋台を出すって、つまり殺せんせーの小遣い稼ぎを手伝えってことね。それならバイト禁止の椚ヶ丘中学校でもギリセーフか。僕にもメリットがあって悪くない話である。

 

「分かりました。そこまで言うなら行ってあげますよ。その代わりお駄賃は弾んでくださいね」

 

「では今晩七時に椚ヶ丘駅へ集合ですので遅れないように!……本当に来てくださいよ?」

 

「そんなに念押さなくても行きますから安心してください」

 

 念押ししてくる殺せんせーを軽く(あしら)って約束してから帰ってもらう。

 もう皆に断られ過ぎて殺せんせー精神不安定になってるよ。もし全員でドタキャンなんてしようものなら自殺するんじゃないか?流石に可哀想だからしないけどさ。

 

 待ち合わせの時間までまだ時間はあるし、取り敢えずゲームの続きでもしようかな。RPGは良いところで区切りたくないから対戦ゲームにしとこう。

 

 

 

 

 

 

 対戦ゲームに熱中してしまった僕は、待ち合わせ時間ギリギリで椚ヶ丘駅まで向かって走っていた。

 やっぱり対戦ゲームでもネット対戦にまで手を伸ばしたのは悪手だったか。最後の対戦が良い勝負で延長まで縺れ込んでしまった。

 

「遅くなってごめん!間に合った!?」

 

「大丈夫だよ、明久君。待ち合わせ時間ピッタリだから」

 

 息を切らせながら椚ヶ丘駅に着いたところで、皆の居た場所へ駆け寄ると神崎さんから何とかセーフ判定を告げられる。危うく遅刻するところだった。

 しかし殺せんせーからは遅刻ギリギリだったことを注意される。

 

「吉井君、約束には間に合っていますがもう少し余裕を持って行動しましょう。先生、ドタキャンされたと思ってハラハラしてたんですから」

 

「アンタこそもう少し気持ちに余裕持てよ」

 

 落ち着きのない殺せんせーに雄二が呆れながらツッコんでいた。まぁ僕のところに来た時点で精神不安定だったから仕方ないのかもしれない。

 

「雄二も誘われたんだ」

 

「特に断る理由もなかったしな。ムッツリーニも来てるぞ。秀吉は用事があるそうだ」

 

 周りを見ればE組の半数くらいは夏祭りに誘われて出てきたようだ。女子の何人かは浴衣姿で来ている。目の保養になるなぁ。

 そんな女子達を見て岡島君とムッツリーニが闘志を燃やしていた。

 

「土屋、今日は女子の浴衣姿を撮り放題な特別な日だぞ。久しぶりに撮影勝負しようぜ」

 

「…………望むところ。実力の違いを見せてやる」

 

 E組になるまで写真部で公然と女子を撮り続けた岡島君と、帰宅部で空いた時間を使って秘密裏に撮り続けたムッツリーニ。

 言うなれば“動”と“静”の対決だ。これは勝負の行方が見逃せない。勝敗の判定を下すためにあとで写真を見せてもらわないといけないな。あくまでも勝敗を判定するためにね。

 

「はい、二人とも。夏祭り中はカメラ没収ね。携帯で撮るのも禁止だから」

 

 だが二人の勝負は片岡さんにカメラを没収され、撮影そのものを禁止されたため幕を開けることはなかった。

 無情な仕打ちを受け、岡島君とムッツリーニは地面に両手を突いて項垂れている。当事者じゃない僕も同じ絶望を感じているところだ。楽しみにしてたのに……片岡さんには血も涙もないのか。

 

「ヌルフフフフ。それでは皆さん、お祭りの会場へと向かいましょうか。夏休みの最後です。今日くらい何も考えずに遊びましょう!」

 

 そんな僕らを余所に殺せんせーの先導で皆は移動を始めた。仕方ないので僕らも気を取り直して着いていく。

 まぁ僕は遊ぶだけじゃなく屋台で働きにも来たんだけどね。折角だから夏祭りで遊ぶお金だけじゃなくて、新作のゲーム代くらいは稼ぎたいところだ。

 

「お祭りって言えば綿飴だよね。私、昔から好きなんだ〜」

 

「綿飴かぁ。最後に食べたのは小学校の頃だったっけ。僕も久しぶりに食べようかな」

 

 夏祭りの会場へ向かう道すがら、倉橋さんとそんな話をしながら歩いていた。

 あの口の中で溶けていく感じが良いよね。小さい頃はあぁいうお菓子系をよく食べてたけど、今じゃ焼き鳥とかイカ焼きみたいな濃い味で食べ応えのあるものを買うことが多いと思う。僕も育ち盛りの中学生だからね。

 

「じゃあ吉井ちゃん、お祭りに着いたら一緒に綿飴買いに行こーよ」

 

 僕の言葉を聞いて倉橋さんが誘ってくれたけど、残念ながら一緒に行くことはできない。

 

「ごめん、実は殺せんせーの屋台を手伝う約束してるんだ。そのお駄賃で祭りを楽しむ予定だから、夏祭りの会場に着いたらまずは働かないと」

 

「そうなんだ。残念〜」

 

「なぁ吉井、それって俺も行っていいか?」

 

 倉橋さんの誘いを断っていると、前を歩いていた磯貝君が話に食いついてきた。

 

「いいんじゃない?人手があって困ることはないと思うけど」

 

「よかった。うちって母子家庭だからさ。俺も少しは家計の足しにならないとなんだ。今日は金魚を捕るだけのつもりだったけど、お金を稼げるなら稼いどきたいんだよな」

 

 そういえば磯貝君の家ってちょっと貧乏なんだったね。僕は遊びたいがために屋台を手伝うけど、家のために働くなんて磯貝君は偉いなぁ。

 でも今の話の中で一つだけ気になる点があった。

 

「お金はないのに金魚は捕るの?」

 

 金魚ってそんなに飼育の手間が掛からない生き物だけど、それでも飼うからには多少の手間とお金は掛かる。お金が必要なら尚更金魚を捕る理由が分からない。

 

「あぁ、百円で大量の魚介を手に入れられるから節約になるし」

 

「……え、食べるの?」

 

 僕の疑問に対してまさかの返事が返ってきた。

 確かにフナの仲間だから食べられないことはないと思うけど、金魚を食べるって発想は今までなかったな。僕の場合、自然の川魚なんかを獲って食べる方が主流だったし。

 これには倉橋さんも驚いている様子だった。

 

「金魚食べちゃうんだ……金魚って美味しい?」

 

「結構イケるぞ。うちでは金魚を捌いて味噌漬けにしたりしてる。他にも調理方法はあるけど……よかったら食べにくるか?」

 

「ちょっと食べてみたいかも〜」

 

 僕も少し金魚の味に興味が出てきた。もし機会があったらお邪魔させてもらおうかな。

 そうして色々とたわいない話をしているうちに夏祭りの会場まで辿り着いた。やっぱりお祭りなだけあって人が多くて賑わってるなぁ。

 

「皆さん、節度を守って存分に夏祭りを楽しみましょう!もちろん節度を守ってさえいれば男女でムフフな展開も先生的には全然ありですので!」

 

「教師が率先して風紀を乱そうとしないでください」

 

 手帳を構えてゴシップ狙いの殺せんせーを片岡さんが窘める。今日は片岡さん大活躍だ。彼女が居れば皆も羽目を外し過ぎることはないだろう。

 各々で行動を始めたところで僕と磯貝君は殺せんせーの元へと向かった。

 

「殺せんせー、ちょっといいですか?屋台を手伝う話なんですけど、磯貝君もお金が欲しいから一緒にやりたいそうです」

 

「事実だけど何かその言い方だとがめつい感じが半端ないな」

 

 殺せんせーに磯貝君も屋台の手伝いに加わっていいか確認すると、先生は快く磯貝君の参加を認めてくれた。

 

「えぇ、構いませんよ。でしたら四つほど屋台の場所を確保しているので、吉井君と磯貝君に屋台を一つお任せします。先生もどんどん屋台を増やしていくつもりですから……腕が鳴りますねぇ」

 

 そう言いながら殺せんせーは指?をポキポキと鳴らす。関節のない触手でどう鳴らしているのか不思議で仕方ない。

 そんなツッコミポイントは置いておいて、僕と磯貝君は案内された焼きそばの屋台の中でどうするか悩んでいた。殺せんせーは既に他の屋台へと行っている。

 

「取り敢えずどうしよっか?」

 

「んー、俺も屋台のバイトは初めてだからなぁ……吉井って接客の経験あるか?無いなら俺が接客するから、吉井は焼きそば作ってくれ」

 

「了解。あとは状況に合わせて臨機応変に対応するってことで」

 

 磯貝君の提案を受けて僕は焼きそば作りに取り掛かった。磯貝君は屋台に置かれていた釣り銭の中身を確認している。

 お金の取り扱いは大事なことだし、僕よりも几帳面な磯貝君に任せた方がいいだろう。僕は美味しい焼きそばを作ることに集中する。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい!二つで八百円です!吉井、焼きそば二つ!」

 

「あいよ!」

 

 出店を始めてから三十分としないうちに、お客さんが途切れることなく並ぶようになった。

 やっぱりお祭りの焼きそばといえば定番なだけあって人気があるな。まだ花火の打ち上げまで時間があるし、それまでに買っておこうっていう人も多いんだろう。

 

「焼きそばくれ」

 

「二つね」

 

「はい!……って坂本とカルマじゃないか。随分と豪華な戦利品だな」

 

 屋台に並んでいるお客さんを捌いていると、そこに雄二とカルマ君がやってきた。その腕にはゲーム機の箱が抱えられている。

 

「最新のゲーム機じゃん。それどうしたの?」

 

「親切なクジ屋のおじさんからもらったんだ」

 

「ゲーム機を寄越せば詐欺は見逃してやるって匂わせたら快く差し出してくれたぜ」

 

 それは脅し奪ったって言うんじゃ……まぁ詐欺を働いていた相手なら別にいいか。因果応報ってやつだ。

 僕が焼きそばを焼いて磯貝君が仕上げている間に二人と軽く話をする。

 

「お前ら、祭りの間ずっと屋台の手伝いか?」

 

「ううん、あとでお祭りも楽しむつもりだよ。僕はお祭りで使う分と新作のゲーム代くらい稼げたら十分かな」

 

 僕がそう言うと雄二とカルマ君は二人揃って微妙な表情になった。

 

「んー、それはちょい難しい目標だと思うよ」

 

「祭りの規模から客数と途中で切り上げることを考えれば、材料費とか諸々込みで二人で一万も稼げれば上出来じゃないか?」

 

「え、屋台の儲けってそんなもんなの?」

 

 てっきりその倍くらいは稼げるもんだと考えてたんだけど……それじゃあ新作ゲームを買うには少し足りない。いつも通り生活費を削るしかないか。

 

「時給で換算すれば上等な方さ。吉井も高望みはせず出来る範囲で頑張ろう。ほら、焼きそば二つお待ち」

 

「おう、サンキュー」

 

 作った焼きそばをパックへ詰めて雄二とカルマ君に手渡す。

 まだ列に並んでいる人が居るので、いつまでも二人と話しているわけにはいかない。それは二人も分かっているようで、焼きそばを受け取ると手早く代金を払って離れていった。

 

 さっきの話を聞いたら稼ぐために焼く速度を早めたいところだけど、だからといってお金をもらう以上は雑な仕事は出来ない。やっぱり磯貝君の言う通り、出来る範囲で頑張るしかないな。

 

 

 

 

 

 それから再びお客さんの列を捌いていく。花火の時間が近づいているからか、最初より人足が減って焼きそばを焼くのも少し余裕が出てきた。

 そうしてお客さんが途絶えたところで、ずっと働きっぱなしだったため休憩することにする。今のうちに僕らも焼きそば食べようかな。

 晩御飯として自分達の焼きそばを焼こうとしていると、また見知った顔のメンバーがやってきた。

 

「やっほ〜!吉井ちゃん!磯貝ちゃん!差し入れ持って来たよ〜」

 

 そんな明るくて元気な声を上げながら、倉橋さんが神崎さんと片岡さんを連れて僕らの元へと歩いてきた。その手にはお祭りで定番とも言える食べ物が色々と持たれている。

 

「おー、三人ともありがとうな。わざわざ差し入れまで持ってきてくれて」

 

「お礼に焼きそば持っていってよ。お金は要らないからさ」

 

 その材料費は殺せんせー持ちだけどね。

 三人を屋台の裏に案内して置いてあった椅子を使ってもらう。流石に女子に立ち食いしてもらうのは申し訳なさ過ぎる。

 

「ありがとう。もうすぐ花火が始まっちゃうけど、二人とも花火は見ないの?」

 

「折角お祭りに来たんだから、ずっと働いてたら勿体ないわよ?」

 

 確かに花火は見ておきたいなぁ。お祭りを楽しめるだけのお金は稼げただろうし、僕としてはそろそろ引き上げてもいいかもしれない。

 でも磯貝君は家計の足しにしたいって言ってたからどうだろう。まだ稼ぎたいって言うなら僕も付き合うつもりだけど。

 

「磯貝君、この後はどうする?」

 

「そうだな……ちょうど客足も減ってきたし、屋台を切り上げるには良い頃合いなんじゃないか?」

 

 どうやら磯貝君も残った時間はお祭りを楽しむことにしたらしい。金魚も捕りに行かないといけないもんね。

 そうと決まれば次のお客さんが来る前に屋台を閉めよう。

 

「分かった。じゃあ残りの焼きそばは———」

 

「私が売り捌いておくので、二人は夏祭りを楽しんできてください」

 

 と思っていたら殺せんせーが屋台の引き継ぎに来てくれた。

 少し身体がブレてるからこれは分身の一体だな。屋台を増やしていくって言ってたし、他の分身は今も別の屋台で働いているのだろう。

 

「殺せんせー、めっちゃ良いタイミングで来てくれましたけど……もしかして見てたんですか?」

 

「えぇ、もちろん。二人に屋台を任せたとはいえ、何か問題があってはいけませんからね。先生としては当然のことです」

 

 道理で屋台を引き上げようとした瞬間に来れたわけだ。夏祭りで小遣い稼いでウハウハしてるのかと思ってたけど、そこは先生として監督責任を果たしていたらしい。

 

「では吉井君と磯貝君が売り捌いた分から原材料費を差し引いて……はい、どうぞ。あまり無駄遣いをしては駄目ですよ」

 

「「ありがとうございます」」

 

 殺せんせーからもらったお金は夏祭りで遊び回るには十分な額だった。当初の目標だったゲーム代には足りないけど、普通に遊ぶだけなら寧ろ多いくらいである。

 

「よし、じゃあ少し出遅れたけどお祭りを楽しもうかな。良かったら皆で一緒に回らない?臨時収入もあるから何か奢るよ」

 

「言われたそばから無駄遣いする気満々じゃない」

 

「嬉しいけど奢ってもらうのは明久君に悪いから気持ちだけもらっておくね」

 

 片岡さんも神崎さんも真面目だなぁ。こういうのは軽い気持ちで奢ったり奢られたりするくらいでちょうどいいのに。

 

「じゃあ私、かき氷食べたいな〜」

 

「俺はフランクフルトを頼もうかな」

 

「いや磯貝君は自分で買ってよ」

 

 それからは五人で夏祭りを回って楽しんだ。

 他のE組の皆も存分に夏祭りを楽しんでいたようで、腕いっぱいに射的の景品を抱えた千葉君や速水さん、水ヨーヨーを取りまくって足元に転がしてる渚君や茅野さんなんかはめっちゃ目立ってた。暗殺技術をフルに活用したんだろうね。

 まぁそれを言うなら袋が二つもパンパンになるまで金魚を乱獲した磯貝君と一緒にいた僕らも十分に目立ってたけどさ。なんか屋台に食べ物系(何割かは殺せんせー)が多いと思ったけど、E組の皆が荒稼ぎしたから早仕舞いしたのかもしれない。

 

「あんたたち〜、ちょっとこっちへきなさいよ〜」

 

 商工会のテントの前を通り過ぎようとしたところで、そんな舌足らずな声が聞こえてきた。

 僕らを呼んでいると分かってそちらを見ると、何やらお酒を飲んで出来上がった様子のビッチ先生が手招きしている。うわぁ、酔っ払いの呼びつけなんて行きたくないなぁ。

 でも流石に無視するわけにもいかないので、僕らは商工会のテントへと入っていく。

 

「ビッチ先生、どうしたんですか?っていうか酔ってますよね?」

 

「な〜にいってんのよ〜。ぷろのころしやのわたしがようわけないでしょ〜」

 

 そう言いながら手に持っていた缶ビールを一気に飲み干し、更にもう一本新しい缶ビールを開ける。

 いや確実に酔ってるでしょ。もう呂律も怪しくなってきてるし……これ缶ビール取り上げた方がいいんじゃないか?

 しかし僕が行動するよりも早くビッチ先生は缶ビールを呷った。

 

「ぷはぁ!……あんたらはいいわよね〜、おとことおんなでいちゃこらできて〜」

 

「僕だってイチャコラ出来るならしたいです」

 

「吉井君、そんな願望を吐露しなくていいから。ビッチ先生もほら、水でも飲んで酔いを覚ましてください」

 

 片岡さんは何処からか持ってきた水を手渡そうとするが、ビッチ先生は水を受け取らず缶ビールから手を離そうとしない。

 

「なんでからすまはかいぎなのよ〜。わたしのゆかたすがたをみたくないってゆ〜の〜」

 

「はいはい、ちょっと夜風にでも当たりにいきましょう。磯貝君、手伝ってもらえる?」

 

「あぁ、分かった。そんなわけで俺達はビッチ先生を介抱してくる」

 

「うん、酔っ払いの相手は面倒だろうけど頑張ってね」

 

 片岡さんと磯貝君はビッチ先生を連れて商工会のテントから出ていった。人気の少ない裏手で休ませるつもりだろう。

 

「私もちょっと行ってくる〜」

 

「え、倉橋さんもビッチ先生を介抱するの?」

 

 流石に三人は要らないと思うけど、二人に続いて倉橋さんも行くみたいだ。そんなにビッチ先生のことが心配なのかな?

 

「ううん、ビッチ先生が酔ってるうちに烏間先生のことどう思ってるか聞き出してくる。浴衣を見せたい相手なんて好きな人って相場が決まってるもん。烏間先生は私が狙ってるんだからね」

 

 そう言って倉橋さんも三人の後を追い掛けていった。

 そう言えば倉橋さん、修学旅行の時にも烏間先生を狙ってるって言ってたね。ビッチ先生が競争相手になるとすれば強敵だ。しっかり気持ちを聞いておきたいっていうのも分かる。

 

「ビッチ先生が烏間先生を好きかもしれないだなんて……ちょっと意外だね」

 

「でも何となく好意を寄せてる感じはあったよ」

 

「えー、そう?全然気付かなかったなぁ」

 

 僕もそれなりに敏感な方だと思うけど……神崎さんはよく周りを見てるんだなぁ。きっと他の皆も気付いてないはずだ。あまり言いふらさないでおいてあげよう。

 でも倉橋さんには悪いがもし本当なら勝ち目はないだろうな。少なくとも烏間先生が生徒に手を出すとは思えない。同じくらいビッチ先生に手を出す姿も想像できないけど。

 

 まぁビッチ先生の恋愛事情は置いておいて、三人は居なくなったけど神崎さんと夏祭りの続きを回るとするか。とはいえそろそろ花火も始まる頃だし、何処か落ち着ける場所へ行った方がいいかもしれない。

 

「神崎さん、少し人が増えてきたから落ち着ける場所へ行こうか?」

 

「そうだね。ゆっくり花火を見たいし、少し開けたところの方が良いかも」

 

 というわけで僕と神崎さんも商工会のテントから出て場所を変えることにした。人気がないだけじゃなくて花火が綺麗に見れる場所へ行かないとね。

 僕らは落ち着ける場所へ向かいながら話をする。

 

「明日からまた学校かぁ。夏休みが終わるの嫌だなぁ」

 

「私は皆と会えるから楽しみだな」

 

「そりゃあ僕も皆と会えるのは楽しみだけど、それとこれとは話が別だよ」

 

 長期の休みの後は生活リズムが乱れてるからどうしたって気怠さがあるのだ。どうせなら休み明けの一週間くらいは午後授業にしてくれたらいいのに。

 

「きゃっ!」

 

 そんな話をしながらしばらく歩いていると、急に神崎さんから小さな悲鳴が上がった。

 横を見ると神崎さんは蹲っており、僕も心配して神崎さんの横に屈み込んで声を掛ける。

 

「どうしたの?大丈夫?」

 

「うん、大丈夫。ありがとう……でも鼻緒が切れちゃったみたい」

 

 そう言われて神崎さんの足元を見ると、確かに草履の鼻緒が切れていた。

 取り敢えず怪我とかじゃなくてよかったけど、鼻緒が切れちゃったら歩けないよね。

 

「一先ず落ち着ける場所まで負ぶって行くよ。もうすぐそこだから」

 

「え、でも……」

 

「でもも何も歩けないでしょ?道の真ん中で蹲ってたら危ないし」

 

 僕が背中を向けて乗るように促すと、神崎さんは躊躇いつつも恐る恐るといった様子で背中に乗ってきた。

 人一人分の重さは考えていたのだが、予想以上に軽かったので簡単に立ち上がれた。僕も人のことは言えないけどしっかり食べてるんだろうか?

 身体がずり落ちないようにしっかりと腕を回して固定し、神崎さんを負ぶって再び歩き始めたところでふと思う。

 

……あれ?これってもしかしなくても物凄い役得な状況なのでは……?

 

 あ、駄目だ。意識しちゃうと背中にいる神崎さんを色々と感じちゃって緊張してきた。

 

「ごめんね、明久君。大丈夫?その……重くないかな?」

 

「全然大丈夫だよ。軽いし柔らかくて良い匂いがしてドキドキするくらいだから」

 

 めっちゃ思考がだだ漏れた。どんだけ僕は感情を隠すのが下手なんだ。

 神崎さんは僕の言葉を聞いて恥ずかしくなったのか、顔を隠そうとしたようで頭を背中に押し付けてくる。もっとドキドキして困るからやめて———ほしくはないな。寧ろずっと続けてほしい。

 

 しかし目的地まではすぐ近くだったので役得な状況も長くは続かなかった。非常に残念だ。

 上手いこと座れる場所が空いてたので、そこへ神崎さんを下ろしてから携帯を取り出す。

 

「ちょっと待ってて。鼻緒ってすぐに直せないか調べてみるから」

 

「私も調べてみるね」

 

 流石にずっと歩けないと不便だからね。花火が始まるまでにちゃちゃっと直せるなら直しておこう。

 調べてみたら意外と簡単に応急処置できることが分かった。五円玉と薄い布があればいいのか。

 ネット知識だけどとにかくやってみよう。屋台で働く時に必要かと思って手拭い持ってきててよかった。殺せんせーが準備してくれて自分のは使わなかったけど。

 

「神崎さん、少し草履借りるね」

 

 僕は神崎さんから草履を借りると、ネットで方法を見ながら手拭いを割いて五円玉に通す。あとは鼻緒の穴に通して結べば完成だ。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう。今日は迷惑掛けちゃったし、また今度何かお礼させてね」

 

「そんなの気にしなくていいのに。友達を助けるのなんて当たり前じゃないか」

 

 直した草履を手渡して神崎さんの隣に座ったところで、ちょうど花火の打ち上がる音が響いてきて夜空を明るく照らし上げた。

 

「綺麗だね」

 

「うん、これだけでも夏祭りに来た甲斐があるってもんよ」

 

 この花火が終われば夏祭りも終了だ。あとは家に帰って明日の準備をしなくちゃいけない。

 また明日から勉強と暗殺の日々である。殺せんせーの暗殺期限まで残り半年しか残っていない。二学期こそ殺せんせーを殺せるように頑張らないと。



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九月
竹林の時間


 夏休みも終わって九月となり、僕らは気持ちを切り替えて二学期の始業式を迎えていた。まぁ今日は始業式だけで本格的に授業が始まるのは明日からだけどね。

 いつも通りE組の皆は早めに体育館で並んでいると、あまり関わりたくない七賢人(下位)の人達が絡んできた。

 

「久しぶりだな、E組ども。ま、お前らは二学期も大変だと思うがよ」

 

「メゲずにやってくれ!ギシシシシ!」

 

 わざわざ嫌味を言いにくるなんて……始業式が始まるまで暇なのかな?っていうかあの……えっと、名前なんだっけ……眼鏡のワカメ頭、笑い方の癖が強くない?

 

「一学期の期末で打ち負かされたってのに、アイツらも懲りねーな」

 

 そんな彼らを見て後ろから吉田君の呆れたような声が聞こえてきた。

 そう言われれば終業式では悔しそうにしてたな。五教科トップ数で底辺クラスのE組に負けて、更に沖縄旅行まで奪われたんだから無理はないけど。

 

「切り替えが早いだけじゃない?」

 

「でも何か妙にニヤニヤしてたような……ちょっと変じゃなかった?」

 

 僕と吉田君の話に前から矢田さんが疑問混じりに入ってきた。

 んー、そんなに気になる程ニヤニヤしてたかな?僕は特に変には感じなかったけど……だいたい普段から嫌味ったらしい感じだし。

 

「まぁ変なのはいつものことでしょ」

 

「そういうこと言ってんじゃねーだろ」

 

 そうこうしているうちに始業式の始まる時間となり、無駄に長い校長の話や部活動の表彰などのプログラムが進んでいく。E組にはほとんど関係ないし早く終わらないかなぁ。

 

「……さて、式の終わりに皆さんにお知らせがあります」

 

 始業式も終わりに差し掛かったところで、最後にまだ話があるらしかった。わざわざプログラムと分けて言うなんて、いったい何の話なんだろう?

 そうして話された内容に、僕は驚きを隠せず呆然とするしかなかった。

 

「今日から三年A組に一人仲間が加わります。昨日まで彼は———E組に居ました」

 

 …………は?E組に居たって……え、どういうこと?

 僕が訳も分からず混乱しているのを余所に、壇上での話はどんどんと進んでいく。

 

「しかし弛まぬ努力の末に好成績を取り、本校舎に戻ることを許可されました。……では彼に喜びの言葉を聞いてみましょう!竹林孝太郎君です!」

 

 その言葉を受けて、壇上の脇から竹林君が姿を現した。

 た、竹林君……!?A組になったって……E組を抜けたってこと……?皆でずっと頑張って暗殺してきたのに……いったいどうして。

 

 壇上に立った竹林君が体育館に集まった全校生徒へ向けて話をする。

 

「———僕は四ヶ月余りをE組で過ごしました。その環境を一言で言うなら地獄でした。やる気のないクラスメイト達。先生方にも匙を投げられ、怠けた自分の代償を思い知りました。もう一度本校舎に戻りたい。その一心で生活態度を改めて死ぬ気で勉強しました。二度とE組に堕ちることのないように頑張ります。———以上です」

 

 全員が何も言えず、ただ壇上にいる竹林君を見ていることしか出来なかった。

 そんな空気などお構いなく話し終えた竹林君が壇上を降りようとしたところで、壇上の脇に控えていた浅野君の拍手が静かな空間に響き渡る。

 

「おかえり、竹林君」

 

 その一言を皮切りにE組を除いて体育館が拍手喝采に包まれた。僕らは未だに状況を上手く飲み込めていない。

 そんな状況を受け止められないまま始業式は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 始業式が終わった後、E組の教室まで戻ってきた皆は竹林君の件で荒れていた。

 

「なんなんだよ、あいつ!百億のチャンス捨ててまで抜けるとか信じらんねー!」

 

「しかもE組(ここ)のこと、地獄とかほざきやがった!」

 

 竹林君が言ったE組に対する外からの認識は間違っていないが、それはあくまで殺せんせーが来る前の過去の話だ。

 今はやる気のない生徒なんてE組には居ないし、一学期の期末テストで勉強の成果も出ている。国家機密が関わっているから本校舎の人達が知らないのは無理もないが、他ならぬ竹林君がそんなE組を貶めたのが信じられなかった。

 

「言わされたにしたってアレはないよね」

 

「ホントだよ。ただちょっと校舎が山の中にあって設備が整ってなくて、普通の先生が居なくて勉強以外にも暗殺の訓練があるってだけなのにさ」

 

「実情を知らなかったら最悪の環境だな」

 

「…………地獄と言われても仕方がない」

 

 まぁ確かに額面通りに受け取ったら、反社会的人間の育成所と言われてもおかしくないな。

 でも重要なのはそこじゃなくて、どうして竹林君がE組を抜ける決断をしたのかってことだ。現状を考えれば本校舎よりE組の方が伸び伸びできて、殺せんせーのおかげで成績アップも望めそうなものなのに。

 

「事前に一言くらい相談があっても良さそうなものじゃが……何か事情でもあったのかのぅ」

 

「とにかくあぁまで言われちゃ黙ってらんねー!放課後に一言言いに行くぞ!」

 

 僕らは竹林君に話を聞くために本校舎の前で彼を待ち伏せることにした。もしかしたら話次第ではE組に戻ってきてくれるかもしれない。

 しかし幾ら話をしても竹林君がE組へと戻ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 始業式の次の日、E組の教室内は暗い空気に包まれていた。

 今まで一緒に過ごしてきた仲間が急に居なくなったのだ。それを気にするなという方が無理である。

 

「おはようございます」

 

 そんな雰囲気を打ち消すかのように、普段と変わらない調子の殺せんせーが教室へ入ってきた。

 ただし変わらないのは調子だけで、見た目は何故か真っ黒に変貌していたが。某探偵漫画の犯人も顔負けの真っ黒具合である。

 

 そんな意味不明な変貌を遂げた殺せんせーに前原君がツッコむ。

 

「何でいきなり黒いんだよ、殺せんせー」

 

「急遽アフリカに行って日焼けしました。これで先生は完全に忍者!人混みで行動しても目立つことはありません」

 

 人混みに紛れるつもりなら全身真っ黒になるのは寧ろ悪手だろう。それなら今までの出来損ないの変装の方が良いくらいだ。

 っていうかそもそも何で黒くなったのだろうか。同じ疑問を岡野さんが殺せんせーに投げ掛ける。

 

「そもそも何のために?」

 

「もちろん、竹林君のアフターケアのためです」

 

「……アフターケア?」

 

 その答えを聞いてもいまいちピンと来ないという風に岡島君が言葉を繰り返した。

 殺せんせーはHRの準備をしながら話を続ける。

 

「自分の意思で出ていった彼を引き止めることは出来ません。ですが新しい環境に馴染めているかどうか、先生には暫し見守る義務があります。これは先生の仕事なので、君達はいつもと同じに過ごしてください」

 

 そう言われても……流石にいつも通りに過ごすのは無理でしょ。

 それに昨日は皆も突然のことで気持ちの整理がついてなかったけど、竹林君だって自分なりの想いがあってE組を抜けたんだ。A組になっても竹林君は仲間だし、殺せんせーがアフターケアするって言うなら僕も力になりたい。

 

「……俺らもちょっと様子見に行ってやっか」

 

「なんだかんだ同じ相手を殺しにいってた仲間だしな」

 

 僕だけじゃなく皆も気持ちは一緒みたいだ。それなら話は早い。すぐに竹林君の様子を見に行こう。

 

「それじゃあ授業を始めます。教科書を開いてください」

 

 うん、そりゃそうか。今日から普通に授業だもんね。殺せんせーも授業を疎かにするわけにはいかないだろう。

 というか僕らだけじゃなくて竹林君もA組で授業か。アフターケアは放課後からだな。

 

 

 

 

 

 

〜side 竹林〜

 

 始業式の翌日。今日がE組からA組になった僕が受ける初めての授業である。

 E組とは授業内容も進み方も違うはずだけど、いったい今はどの辺りの勉強をしてるのだろうか。テストでは良い成績を取れたから、少なくとも着いていける範囲の内容だとは思うけど……。

 

「授業の準備は出来てるか?」

 

「A組の先生は進み早いから取り残されんなよ」

 

 A組のクラスメイトは、勉強が出来てE組じゃない人間にはごく普通に接してくれる。今もE組から復帰したばかりの僕を気に掛けてくれているくらいだ。

 ついこの前までE組とA組で敵対していたはずなのに、すぐ気持ちを切り替えて仲間扱いしてくれるのは正直ありがたい。

 

「……はは、緊張するな」

 

「せっかく表舞台に戻ってこれたんだ。竹林君なら着いてこれるさ。大変だろうが一緒に頑張ろう」

 

 そんな僕に対して浅野君も笑顔でエールを送ってくれる。

 浅野君こそ最もE組を敵視しているはずなのに、A組の仲間になれば元E組にも優しく接してくれるのか。人身掌握の術なのかもしれないが、彼がA組のリーダーなのは成績だけじゃなくて人望があるからなのだろう。

 

 そうして授業が始まったところで、僕は全く想定外の授業内容に着いていけなくなった。

 

 これがA組の授業……?E組じゃ一学期でやったとこだぞ……?

 しかもやたらと非効率的だ。早口で黒板に書いては消して、生徒の都合は一切無視。着いてこれない奴をふるい落とすための授業じゃないか。殺せんせーとは大違いだ。

 

 その後も似たような授業がずっと続き、僕の初めてのA組での一日が終了した。

 今のところ全部E組で一学期にやった内容なので復習にしかなっていない。いつも放課後は復習や予習、暗殺の訓練とかやってたけど今日は何もやることがなさそうだ。

 

「……なぁ。放課後、何処かでお茶でもしていかないか?」

 

 本当は行きつけのメイド喫茶に行きたいけど、A組初日だし今日のところは皆と交流を深めたいところだ。普通の喫茶店にでも誘うとしよう。

 

「え?あ、馴染もうとして気ィ遣わなくていいぜ、竹林」

 

「俺らすぐ塾だからよ。じゃーな!」

 

 しかし声を掛けた二人は塾だと言って足早に教室から居なくなってしまった。彼らだけじゃなく、他のA組のクラスメイトも似たようなものである。

 昔の僕みたいにいつも勉強に追われていて、余裕なのは本当に出来る数人だけらしい。殺せんせーは生徒に合わせて勉強を進めていたから、きちんと予習と復習をしておけば余裕があったくらいだ。やっぱりE組とはかなり違う。

 

 改めてA組とE組の違いを認識していると、見慣れた顔の男子生徒……にそっくりな女子生徒が僕に話しかけてきた。

 

「竹林君、クラスには馴染めそう?」

 

「木下さん……まぁ何とかやっていけそうだよ。気に掛けてくれてありがとう」

 

 何度見ても木下君と言いそうになるくらい瓜二つである。服装を取り替えられたら本当に見分けがつかなそうだ。双子とはいえ男女でここまで似るものだろうか。

 

「いいのよ。今までの環境とは違うんだもの。何かあったら相談してね。もしA組で言えないことがあったらE組の人にも相談したらいいわ。クラスが変わっても友達には変わりないでしょ?」

 

 木下さんは何気なく言ってくれるが、そんな簡単にE組の皆を頼れるわけがない。その資格が僕にはもうないんだ。

 

「……そんなこと、出来るわけないじゃないか。僕はE組の皆を裏切ってA組へ来たのに、今更親しくするなんて……」

 

「あら、誰もそんな風に思ってないわよ。E組の皆だけじゃない。殺せんせーだって貴方を心配してるんだから」

 

 …………なんだって?

 僕の聞き間違いじゃなければ今、木下さんが知らないはずの存在の名前が出てきたような……。

 

 あり得ないことに呆然としながら木下さんを見つめていると、彼女は僕の視線を受けて窓の外へと顔を向けた。

 僕も釣られて外へ視線を移すと……何か居た。何かというかE組の皆と殺せんせーが居たのだが、アレで隠れてるつもりなんだろうか。

 頭に植物を巻き付けてカモフラージュしているようだけど、E組と本校舎で植物が違うから余計に怪しい。特に殺せんせーは何故か黒くなってるから不自然に目立っている。

 

 というかE組の皆が来ていることや殺せんせーを知ってるってことは……。

 

「まさか……木下君かい?」

 

 半信半疑な気持ちでそう問い掛けてみると、木下さん……いや、木下君はウインクで肯定を示してきた。

 おっふ……っと、危ない危ない。木下君のせいで新しい扉を開いてしまうところだった。幾ら木下君が可愛くても、BL(そちら)の世界に足を踏み入れるのは危険過ぎるからね。

 

 でも言われてみれば確かに、あまり木下さんと交流はないとはいえ教室で見掛けた彼女より少し表情が柔らかいような気がしなくもない。

 本当に服装を取り替えてるとは思わなかったが、女装した木下君は木下さんの演技を続けたまま話を進める。

 

「本当は私と一緒に殺せんせーも変装するって言い出したんだけど、実際に変装した烏間先生のクオリティーが壊滅的だったから置いてきたわ」

 

「賢明な判断だろうね」

 

 いったい殺せんせーがどんな変装をしたのかは気になるが、まず間違いなく不審がられるだろう。本物の烏間先生を知ってる本校舎の人間なら尚更だ。

 

「私の見た感じではあるけど、結構上手くやれてるみたいで安心したわ。元E組ってことで爪弾きにされてる様子もないし、あとは時間があれば問題なく馴染めそうね。その調子ならきっと殺せんせーも安心できるはずよ」

 

 そう言って木下君は柔和な笑みを浮かべた。

 

 どうして皆、A組(他人)になった僕のことなんか気にするんだ?

 E組では何も暗殺の役に立っていなかった。つまり必要とする価値のない存在だろう。僕のことを知ったところで、何も得られるものはないはずだ。

 

 そこまで自問自答したところで、僕は今の自分の状況にも同じことが言えると気付いた。

 ……僕の方こそ、何を学びに本校舎へ戻ってきたんだっけ。E組の皆を裏切ってまで本校舎で得られるものなんてあるのだろうか。

 

 地球の終わりや百億なんかより、家族に認められたくて本校舎へ戻ってきた。落ちこぼれの烙印を押されたE組にいる限り、家族が認めてくれることはないだろう。

 ……でも今のE組は決して落ちこぼれなんかじゃない。何より本校舎に居た頃よりも学校生活を楽しんでいたはずだ。それこそE組に居てこそ学べるものがあるんじゃ……。

 

 と、そんな僕らの元へ浅野君がやってきた。

 

「……此処で何をしているのかな、()()()。E組の本校舎への立ち入りは禁止されているはずだけど」

 

 凄いな、浅野君。一目で木下君と木下さんを見分けられるなんて。僕なんて話をしていても気付けなかったのに。

 だが木下君は微塵も動揺を見せずに木下さんの演技を続ける。

 

「あら、浅野君。いったい何のこと?」

 

「惚けなくてもいい。普段の彼女とは身のこなしや重心の位置が僅かに違う。何なら幾つか質問させてもらえば、今の君が姉か弟かくらい判別できるはずだ」

 

 これは流石に止めた方がいいだろう。僕なんかのためにわざわざ本校舎まで来てくれたのに、それで罰則を与えられたら木下君に申し訳ない。

 しかし僕が止めるよりも前に、意外にも浅野君から木下君への追及を切り上げてくれた。

 

「君のことを問題に取り上げてもいいけど、生憎だが理事長に竹林君を連れてくるように言われているんだ。もしすぐに校舎から出ていくというなら、今回だけは君について言及しないでおこう」

 

 理事長が僕を連れてくるようにって……いったい何の用だろう。A組になるためのスピーチを読まされたように、また何か僕にさせるつもりなんだろうか?

 

「よく分からないけど、帰れっていうなら用事もないし帰ることにするわ。浅野君、また明日ね」

 

 木下君もこれ以上この場に留まるのは無理と判断したのか、下手に反発せず涼しい顔で演技をしたままA組の教室から去っていった。

 あそこまで徹底して演技を貫けるなんて最早プロだな。普通に今からでも業界で通用するんじゃないか?

 

「……顔に似合わず食えない奴だ」

 

「……それで、浅野君。理事長が僕のことを呼んでるって……?」

 

「あぁ、そうだよ。逆境に勝ったヒーローである君を必要としているようだ」

 

 浅野君がこうやって他人を立てた言い方をするのは、相手の気を良くさせて利用する時なんだろう。でなければ浅野君が僕を見てヒーローなどと言うはずがない。

 それが僕にとっても良いことなら何も問題ないんだけど……あまり良い予感はしないな。

 

 

 

 

 

 浅野君に理事長室へ連れて行かれた僕は、そこで理事長から明日ある創立記念日の集会でスピーチをしてほしいと頼まれた。

 ただしその内容はほとんど嘘で塗り固められた、E組を貶めて囚人のように扱うというものである。どうやら僕を利用してE組を完全な支配下に置きたいらしい。

 

 これで僕は弱者から強者になれる。理事長や浅野君のような強者に……でもそれはE組の皆を陥れてまで僕が得たかったものなんだろうか。

 スピーチを読むことは承諾したものの、まだそんなスピーチを読んでいいのか決心がついていない。読めば二度とE組の皆と仲良くすることは出来ないだろう。

 

 学校からの帰り道、頭の中でスピーチを読むのか読まないのか幾ら考えても答えが出ない。

 そんな僕の前……というか前にある曲がり角から殺せんせーがこちらを覗き込んでいた。あれで隠れているつもりなら下手過ぎる。

 

「……警察呼びますよ、殺せんせー」

 

「にゅやッ!?な、なぜ闇に紛れた先生を!?」

 

 せめて闇に紛れるなら街灯の下から離れるべきだろう。街灯に照らされて黒くなった身体が逆に目立ってるくらいだ。

 それとも何か話があって出てきたのか?本校舎からずっと付き纏っていたなら上手く隠れられていたはずだし。

 

「何の用ですか?殺しとはもう無縁な僕に……」

 

 でも僕には話をすることなんてない。E組の皆を裏切るのみならず、皆を貶めることを拒否できず悩んでいる時点で合わせる顔がない。

 だから殺せんせーにも素っ気なく返したのだが、次の瞬間には眼鏡を奪われて何故か髪型を整えられて化粧を施された。

 

「ビジュアル系メイクです。君の個性のオタクキャラを殺してみました」

 

 そう言って殺せんせーが差し出してきた鏡の中の自分を見ると……僕自身ですら見たことのない僕がいた。誰だこれは?

 

「……こんなの僕じゃないよ」

 

 微塵も元の要素がない自分に若干引いていると、すぐに殺せんせーが元に戻してくれた。

 

「竹林君、先生を殺さないのは君の自由です。でもね、“殺す”とは日常に溢れる行為ですよ。現に家族に認められるためだけに、君は自由な自分を殺そうとしている」

 

 それが普通のことだろう。何かを得るためには何かを捨てなければいけない。僕が家族に認められるためには自由な自分を、なんだかんだで楽しかったE組での生活を捨てて本校舎へ戻ることが一番なんだ。

 ……そのはずなのに、僕はE組との繋がりを捨てる決断が出来ずにいる。地球の終わりや百億よりも家族に認められることの方が大事だと思っていたはずなのに。

 

 そんな僕の迷いを見透かすかのように、殺せんせーは僕の目を真っ直ぐに見ていた。

 

「でも君ならいつか、君の中の呪縛された君を殺せる日が必ず来ます。それだけの力が君にはある。焦らずじっくり殺すチャンスを狙ってください。相談があれば闇に紛れていつでも来ます」

 

 そうして殺せんせーは僕の前から立ち去っていった。ああいう風に言ってきたってことは、もう僕が必要としない限り姿を見せることはないのだろう。

 僕の中の呪縛……その呪縛された自分を殺すことが出来れば、僕が本当にしたいことが分かるのだろうか。

 僕が今、本当にしたいこと。それは———。

 

 

 

 

 

 

 理事長からスピーチを頼まれた次の日、僕は予定通り集会でスピーチを読むために壇上へと上がっていた。

 それだけで体育館内が騒つく。まぁ始業式で壇上に上がって日が浅いのに、また僕が壇上に上がっているのだから疑問に思うのも当然か。

 

 そうして体育館内の騒つきが収まったところで僕は話を始める。

 

「……僕のやりたいことを聞いてください。僕の居たE組は弱い人達の集まりです。学力という強さがなかったために、本校舎の皆さんから差別待遇を受けています」

 

 これは紛れもない事実だ。殺せんせーが来たことで状況は変わったけど、E組が椚ヶ丘中学校における弱者の象徴であることに変わりはない。

 

 

 

 

 

「———でも僕はそんなE組がメイド喫茶の次くらいに居心地良いです」

 

 

 

 

 

 しかしだからこそ、他者を蹴落とす強さよりも他者と寄り添える優しさがあるんだ。そのことをA組になった数日ではっきりと実感することができた。

 

「E組の中で役立たずの上に裏切った僕を、クラスメイト達は何度も様子を見に来てくれました。先生は僕のような要領の悪い生徒にも工夫して教えてくれた。誰も認めなかった僕のことを、E組の皆は同じ目線で接してくれた」

 

 家族に認めてもらいたかったのは本当だけど、それ以上に認め合える仲間の存在が嬉しかったんだ。ここでE組を陥れるような真似をしたら、僕は二度とそんな仲間を得られないと思う。

 

「強者を目指す皆さんのことを正しいと思うし尊敬します。でももうしばらく僕は弱者でいい。弱いことに耐え、弱いことを楽しみながら強い者の首を狙う生活に戻ります」

 

 と、そこに僕のスピーチが予定と違っていたことで舞台袖から浅野君が割って入ってきた。

 

「撤回して謝罪しろ竹林!さもないと———」

 

 でも僕が取り出したガラス細工の盾を見て浅野君の動きが止まる。

 

「理事長室からくすねてきました。私立学校のベスト経営者を表彰する盾みたいです」

 

 僕も暗殺の訓練を経て浅野君の目を盗めるくらいの隠密技術は身についていたようだ。これには少し自信が持てたな。

 このガラス細工の盾は、スピーチを読むかどうか悩んでいた僕が念のため盗っておいたものである。まぁ結果としては正解だったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 そのガラス細工の盾を懐から取り出したナイフで叩き割った。

 

 

 

 

 

 僕の突然の行動に誰もが固まって動けずにいる。ちょっと気持ちよかったのは秘密にしておこう。

 

「浅野君の言うには、過去これと同じことをした生徒が居たとか。前例から合理的に考えれば、僕もE組行きですね」

 

 浅野君は恐らく“さもないとE組に逆戻りだぞ”とでも言おうとしたのだろうが、寧ろ今の僕はそれを望んでいるんだ。聞けば前例もあるみたいだし、これで確実にE組へ逆戻りできるだろう。

 誰もが呆気に取られている中、僕は壇上を降りてその場を後にした。これで明日からまた暗殺の日々だ。弱者なりに僕に出来ることで頑張らないとな。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

 二学期の始業式から数日が経ち、休みボケも抜けて通常授業へと戻っていた。今は烏間先生による暗殺の訓練中である。

 

「二学期からは新しい要素を暗殺に組み込む。その一つが火薬だ」

 

 火薬かぁ。雄二が一学期から暗殺のたびに使ってたから、僕もそれなりに馴染みがあるものだ。

 

「空気では出せないそのパワーは暗殺の上で大きな魅力だが、寺坂君達がやったような危険な使用は絶対厳禁だ。既に坂本君達は積極的に使用しているが、皆にも同じように使用できるようになってもらいたい」

 

 そう言って烏間先生は分厚い本の数々を取り出した。中には広辞苑よりもページ数が多そうな国家資格の勉強に関するものまである。

 

「そのために火薬の安全な取り扱いを最低でも一名に完璧に憶えてもらう。俺かその一名の監督が火薬を使う時の条件だ。俺が居ない時でもその一名が居れば火薬を使用して構わない」

 

 僕らが殺せんせーの暗殺計画を立てる時、必要なものは烏間先生に頼んで用意してもらう。もし必要なものがなくても暗殺の計画案は報告するのが決まりだ。

 雄二が火薬を使う時も烏間先生に用意してもらっていたし、一学期は十分に取り扱いのレクチャーを受けた上で使用許可をもらっていた。

 

 それを烏間先生抜きにして火薬が使えるようになるということだ。別に烏間先生を挟んで困ることはないけど、咄嗟の際に生徒間だけで物事を進められるのはやり易いかもしれない。

 

「さぁ誰か、憶えてくれる者は?」

 

 だからといって率先して火薬の取り扱いを覚えるつもりはない。というか僕には無理だ。火薬の取り扱いを覚えるのに二学期どころか三学期まで費やす必要があるかもしれない。

 他の皆も似たようなものだろう。なかなか誰も手を上げる人が居ない。

 

 

 

「———勉強の役に立たない知識ですが、まぁこれも何処かで役に立つかもね」

 

 

 

 しかし一人だけ烏間先生の前へ進み出ると、先生が取り出した本を受け取った。

 

「暗記できるか?竹林君」

 

「えぇ、“俺妹ファン”二期オープニングの替え歌にすればすぐですよ」

 

 A組からE組へ出戻りしてきた竹林君だ。

 二学期はいきなりの移籍騒ぎで出鼻を挫かれたけど、竹林君も戻ってきてくれたことで元通りのE組となった。これからが本当に二学期の暗殺の始まりだ。




“俺妹ファン”とは、“俺の妹が突然広島ファンになったのは彼氏の影響に違いない件について”のオリジナル略称となります。
自分で略称を考えて思いましたが、世の中に溢れる分かりやすい略称はいったい誰発信なんでしょうね。


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鬼ごっこの時間

 体育の時間に裏山へ来た僕らは、烏間先生から新しい暗殺の技術を教わっていた。

 

「二学期から教える応用暗殺訓練。火薬に続くもう一つの柱がフリーランニングだ」

 

「フリー……ランニング?」

 

 聞き慣れない単語だったのか、周りから疑問の声が上がる。

 僕も詳しくは知らないけど、偶に配信動画とかで見掛ける……えっと、パルクール?みたいなものかな。あれ、同じものだったっけ?

 

「例えば、今からあそこにある一本松まで行くとしよう。三村君、大まかでいい。どのように行って何秒掛かる?」

 

 烏間先生から名指しされた三村君は、指定された一本松までの地形を確認する。

 

「えーっと……まず崖を這い降りて十秒。小川は狭いところを飛び越えて……茂みのない右の方から回り込んで岩をよじ登って……一分で行けりゃ上出来ですかね」

 

「んー、ムッツリーニだったらもっと早く行けるんじゃない?」

 

 多分僕ももう少し早く行けると思うけど、こういう機動性に関することはムッツリーニの方が上手だろう。

 

「…………(コクリ)。撮影スポットに階段がないなんて、日常茶飯事」

 

「土屋君。その撮影の対象が何なのか、あとでじっくり話を聞かせてもらうから」

 

「…………!!(ブンブン)」

 

 つい口を滑らせたムッツリーニに片岡さんからの突っ込みが入る。なんかごめん、僕が話を振ったばかりに尋問コース入っちゃって。

 必死に尋問拒否を示しているムッツリーニは置いておき、烏間先生がムッツリーニへ問い掛ける。

 

「土屋君、君なら何秒で行けそうだ?」

 

 ムッツリーニも改めて一本松までの地形を確認していく。自分ならどのルートで行くか考えているようだ。

 

「…………道具の使用は?」

 

「今回は無しだ」

 

「…………三十秒から四十秒くらい」

 

 ざっと見積もっても三村君の倍近く早い。道具を使用すれば更に早くなりそうな辺り、流石はムッツリーニといったところだ。

 

「では俺が行ってみよう。時間を計っておけ」

 

 二人の答えを聞いた烏間先生は、スーツのネクタイを緩めながら三村君へストップウォッチを渡す。

 いったい烏間先生がやったらどんなタイムになるのか。ちょっと楽しみにしながら見ていると、先生は崖の縁に立って僕らの方へと振り返った。って、まさか……。

 

「フリーランニングで養われるのは、自分の身体能力を把握する力、受け身の技術、目の前の足場の距離や危険度を正確に計る力……これが出来れば、どんな場所でも暗殺が可能なフィールドになる」

 

 そう言って烏間先生は背中から崖下へと落ちていった。此処って三階くらいの高さはあるけど大丈夫なの!?

 全員が驚きながら慌てて崖下へ目をやると、烏間先生は難なく受け身を取って立ち上がっていた。更に止まることなく助走をつけて壁走りで川を飛び越え、茂みを無視して跳び上がりつつ三角跳びで一本松まで岩を駆け上がった。

 

「タイムは?」

 

「……じ、十秒です」

 

 ムッツリーニの見積もりよりも更に倍以上早いタイムである。いや、凄すぎるでしょ。

 何が凄いって、もちろんタイムもそうだけど、それを動きにくいスーツでやってるところだ。化け物としか言いようがない。

 

「道無き道で行動する体術。熟練して極めれば、ビルからビルへ忍者のように踏破することも可能になる」

 

 確かに皆もフリーランニングを覚えれば暗殺の幅は確実に広がるだろう。

 暗殺の期限も迫ってることだし、出来ることならどんどん殺せんせーの暗殺を進めていきたい。政府や烏間先生もそう考えてるのかな。

 

「だがこれも火薬と同じ。初心者のうちに高等技術に手を出せば死にかねない危険な代物だ。危険な場所や裏山以外で試したり、俺の教えた以上の技術を使うことは厳禁とする」

 

 こうして僕らのフリーランニング習得に向けての訓練が始まった。

 

 

 

 

 

 

 フリーランニングの訓練が始まって何日か経ち、皆もフリーランニングの基礎が身についてきたところで殺せんせーがこんなことを言い出した。

 

「最近皆さん、フリーランニングをやってますね。折角ですからそれを使った遊びをやってみませんか?」

 

 というわけで殺せんせーが提案してきたのは裏山を使ってのケイドロだ。

 殺せんせーと烏間先生が警官役となり、一時間を逃げ切ったらご褒美に烏間先生のお金でケーキを奢ってくれるらしい。ただし全員が捕まったら宿題の量が二倍である。

 当然ながら殺せんせーから一時間どころか数秒でも逃げ切れる自信はないので、殺せんせーはラスト一分まで校庭の牢屋スペースで待機するらしい。最初に追ってくるのは烏間先生だけだ。

 

「……で、ムッツリーニはさっきから何をやってるの?」

 

 それで裏山へ散り散りに逃げている僕らだけど、ムッツリーニがあっちへ行ったりこっちへ行ったりして木の上から戻ってくるを繰り返していた。よく分からないけど忙しないなぁ。

 

「…………カムフラージュ」

 

「カムフラージュ?」

 

「明久、カムフラージュってのは他人の目を欺いて誤魔化すことだぞ」

 

「カムフラージュの意味くらい知ってるから」

 

 幾らなんでも雄二は僕のことを馬鹿にし過ぎじゃないだろうか。

 

「追ってくる烏間先生へのミスリードじゃろ」

 

「…………(コクリ)」

 

 僕の疑問には秀吉が代わりに答えてくれた。ムッツリーニも秀吉の言葉を肯定する。

 なるほど、烏間先生が追ってきてもムッツリーニのカムフラージュに気を取られて時間を稼げるってわけか。ムッツリーニも宿題二倍を避けるためにやる気だな。

 でも流石にカムフラージュまでする必要はない気もするけどなぁ。

 

「そこまでしなくても大丈夫じゃない? 警戒するに越したことはないと思うけど、痕跡は消してるし烏間先生でも広い裏山でそう簡単には――」

 

『岡島さん、速水さん、千葉さん、不破さん、アウトぉー♡』

 

 僕らは見つけられない、と言おうとしたところで実況役の律から四人の逮捕が告げられた。

 ……え、捕まるの早くない? ケイドロが始まってからまだ全然時間経ってないのに。

 

「他の奴らはフリーランニングの訓練を受けてはいても、誰かに追われることには慣れてないはずだ。面倒だが少しでも勝率を上げるなら出来る手は打たねぇとな」

 

 いきなりの逮捕報告に唖然としていると、そんな僕を放って雄二は何処かへ電話を掛け出した。いったい誰に掛けてるんだろう?

 

「おう、カルマ。お前、捕まった四人がどの辺に居たかって分かるか? 大まかにでも烏間の位置を把握できればと思ったんだが」

 

 どうやら電話の相手はカルマ君らしい。そうしている間にも菅谷君とビッチ先生の逮捕報告が律から伝えられる。こんな短時間で六人……烏間先生もかなり本気だ。

 

「……何? 今、牢屋に向かってるだと? お前、そんなことしたところで――」

 

「そっか! ケイドロなんだから牢屋の皆を逃がせばいいんだ! 幾ら烏間先生でも皆を追いながら牢屋を守るなんて無理でしょ!」

 

「あ、おい待て明久――」

 

 雄二とカルマ君の会話から突破口を見つけ出した僕は、逃げていた裏山を逆戻りして牢屋スペースのある校舎まで走っていく。

 烏間先生に見つかるリスクはあるが、今のペースで捕まっていったら全滅は時間の問題だろう。先生が全く別の場所に居ることを祈るしかない。

 

 そうして何とか烏間先生に見つかることなく校舎まで戻ってきた僕だったが、牢屋の皆を逃がすにはまず根本的な問題があったことを思い出した。

 

「明久よ、牢屋の皆を救出するのは無理じゃ。殺せんせーはラスト一分まで牢屋の前で動かないと言っておったじゃろう」

 

「…………それが出来るくらいなら殺してる」

 

 あとから着いてきた秀吉やムッツリーニの言う通り、殺せんせーが牢屋の前に陣取って待ち構えていた。っていうかこっちを見てるし、既に僕らの位置もバレてるな。

 どうにかして牢屋から皆を助けないと、こうしている間にもどんどん『竹林君、原さん、アウトぉー♡』また二人捕まったか。これはマジでヤバイ。

 

「そういえば雄二はどうしたの?」

 

「無理なことに労力を費やすつもりはないと、一人でそのまま何処かへ行ってしまったぞ」

 

「こういう時こそ雄二の無駄に回る頭が必要なのに……必要な時に雄二は使えないなぁ」

 

 皆を助け出す良い方法はないかと考えていたところで、何やら牢屋の方で動きがあった。

 岡島君が殺せんせーに何かを差し出すと、それを受け取った先生はその場で座り込んでしまう。

 その隙を突いて反対側から出てきた渚君や杉野君が、皆にタッチして牢屋から助け出していた。いったい何が起こったんだ?

 

「まさか賄賂で脱出するとは……岡島の発想に感心するべきか殺せんせーの対応に呆れるべきか、どう思うべきか悩ましい脱出方法じゃな」

 

「賄賂って何を渡されたんだろう?」

 

「大方、エロ写真といったところじゃろう」

 

 律からの脱走報告を受けてか、殺せんせーの携帯が鳴り出した。相手はまず間違いなく烏間先生だろうな。

 

「いやぁ……思いの外、奴らやり手でねぇ……ヌっひょー! この乳やべぇ!」

 

 どうやら秀吉の言う通りエロ写真のようだ。

 しかし殺せんせーのあの反応……かなりの逸品に違いない。くそっ、僕もケイドロ中じゃなければ見たかったのに!

 

「……にゅや? 土屋君、逮捕です」

 

「…………油断した。巧妙な罠だった」

 

 そしてケイドロ中にも関わらずエロ写真を見に行ったムッツリーニは流石としか言いようがない。アイツのエロは止まるということを知らないのか。

 

「秀吉、馬鹿は放っておいて逃げようか」

 

「そうじゃな。どのみちワシらには助けようもないしの」

 

 そんなやり取りをしている間にも逮捕報告は続々と挙がっている。烏間先生が脱出した皆を捕まえに戻ってくる可能性もあるし、ずっと牢屋の近くに居るのは危ないだろう。

 取り敢えず僕と秀吉はさっきまで逃げていた方へと行くことにした。ムッツリーニのカムフラージュもあるし、校舎へ戻る時も烏間先生と遭遇しなかったからまだ安全だと思う。

 

 なんて少し油断していたからか気付けなかった。

 

「吉井君、木下君、逮捕だ」

 

 不意に肩を叩かれたと同時に烏間先生の声が聞こえてきた。

 

「うわっ!?」

 

「むぅ……いつの間に」

 

「俺を欺くために痕跡を偽造していたようだが、偽造した痕跡が多過ぎたな。大まかな進路を痕跡がないことで示してしまっていたぞ」

 

 あのムッツリーニのカムフラージュを逆に利用されるなんて……念のため別ルートを行くべきだったか。

 今度は脱出する側で牢屋へ戻ると、ムッツリーニの他に竹林君、原さん、寺坂君、村松君、吉田君、狭間さん、矢田さんの八人が待機していた。

 人数で言えばさっき脱出成功した時よりも増えてる。烏間先生、本当に容赦ないな。

 

「よく来たな囚人ども! 貴様らの刑務作業はこれだ! 無駄口を叩かず刑務作業に没頭したまえ!」

 

 そして殺せんせーは警官役に成り切って牢屋を取り仕切っていた。さっきは賄賂を受け取って汚職に手を染めてたくせに。

 でもだからこそ牢屋から脱出するのに、誰かにタッチしてもらうことなく自力で出る手段も取れる。また別のエロ写真で取引するか?

 

 ムッツリーニにエロ写真を持ってないか聞こうとした時、隣に居た矢田さんが急に泣き出した。

 

「え!? や、矢田さん、どうしたの!?」

 

 突然の出来事に僕がオロオロしていると、矢田さんが泣きながらその理由を話してくれる。

 

「実はね、弟が重い病気で寝込んでるの。ケイドロやるってメールしたら“絶対に勝ってね!”……ってさ。捕まったって知ったら、きっとあの子ショックで……」

 

「そ、そんな……」

 

 まさか矢田さんがそこまでの覚悟を持ってケイドロに参加してたなんて……これは是が非でも負けられない。ケイドロに勝って矢田さんと弟君を助けてあげないと。

 そのためにも何とかして牢屋からの脱出を――

 

「……行け」

 

 その時、殺せんせーから小さな呟きが聞こえてきた。

 

「……え?」

 

「本官は泥棒なんて見なかった……行け」

 

 殺せんせーは背中を向けてるから顔は見えないけど、どうやら矢田さんの話を聞いて泣いているようだ。超生物である先生にも人の心が残っていたらしい。

 僕らは殺せんせーの慈悲を受けて牢屋からの脱出を果たした。これで矢田さんの弟君を助けられる!

 

「矢田さん、弟君のためにも絶対に勝とうね!」

 

「や、確かに弟は病弱だけどそこまで重症じゃないから大丈夫だよ。まぁもちろん勝つつもりでやるけどね」

 

 矢田さんはさっきの涙が嘘のように笑顔を浮かべていた。っていうか嘘だったのか。僕のケイドロに賭けた想いを返してほしい。

 

「見事な演技じゃったぞ。まぁ殺せんせーも目的があってワシらを逃しておったみたいじゃがな」

 

「…………逃がす切っ掛けを探していた」

 

 僕が遣る瀬無い気持ちになっている横で、殺せんせーの思惑について秀吉とムッツリーニが言及していた。

 

 実は殺せんせー、僕らを逃がす時に烏間先生から逃げるためのコツを教えてくれていたのだ。多分だけど岡島君達を逃した時にも同じことをしていたのだろう。

 その後も烏間先生が皆を牢屋へ送るたびに、殺せんせーによる僕らの取り逃がしは続いた。幾ら烏間先生が僕らを捕まえようとも、あの手この手で殺せんせーは僕らを逃がしていく。

 

「あの馬鹿タコは何処にいる! 出て来い!」

 

 とうとう堪忍袋の尾が切れたらしく、烏間先生は怒り心頭な様子で怒鳴りながら牢屋へ戻ってきた。冷静になって僕らを捕まえにくる前にさっさと逃げよう。

 ちなみに殺せんせーはさっき暇だからと長野県まで信州そばを食べに行ったところだ。先生のことだからすぐ戻ってくるに違いない。

 

 今の取り逃がしで全員が一度は捕まったことになるのかな。この時点で殺せんせーが僕らを取り逃がしていなかったらケイドロは終わりである。

 改めて裏山全域を一人で捜索できる烏間先生の体力と追跡力を思い知らされた。やっぱり烏間先生も化け物だ。

 

 とはいえ本番は此処からである。殺せんせーが逃げるためのコツを全員に伝え終えた以上、もう取り逃がしをすることはないだろう。

 加えて烏間先生から一人でも逃げ切ることができたところで、最後の一分に殺せんせーが控えていてはまともにやっても僕らに勝ち目はない。

 

「ごめん、待った?」

 

 だからこそ僕らは戦略を練って先生達の裏をかく必要があった。そのための準備は既に出来ている。

 僕は牢屋からの痕跡を消しつつ、事前に決められていた場所へ来ていた。そこに待っていたのは片岡さん、杉野君、木村君の三人である。

 

「大丈夫。まだ烏間先生との距離は遠いわ」

 

「さっき中村が捕まったって情報が来たから、進行方向はこっちで間違いないはずだぜ」

 

「あとは先生が来るのを待つだけだな」

 

 まず何とかしないといけないのは烏間先生だ。幾ら殺せんせー対策をしても烏間先生が野放しではリスクが高い。

 そこでE組でも機動力の高い僕らが烏間先生を引き付ける役割だ。先生が反対側へ行くことも想定して磯貝君、前原君、岡野さん、ムッツリーニも別地点に固まって待機している。

 

 と、そこに予想通り烏間先生がやってきた。

 此処までの作戦は順調だ。問題は僕らが待ち構えていた意図を悟られないかどうかだが……。

 

「左前方の崖は危ないから立ち入るな。そこ以外で勝負だ」

 

 烏間先生が罠に掛かった!

 

「「「「はい!」」」」

 

 僕らは返事をすると同時に散らばって烏間先生から逃げていく。

 烏間先生は僕らが先生に挑戦していると思ったんだろうけど、僕らに誘き出されたのが先生なのだ。勝負に乗ってきた時点で僕らの勝ちである。

 ただしだからといって簡単に捕まっていては引き付け役にならない。あとは烏間先生から何処まで逃げられるか、ある意味では挑戦というのも間違いではないな。

 

 僕は岩場を小刻みに蹴り上がりつつ木の多い方へ――ッ!

 

「くっ……!」

 

 木の陰で死角を利用しつつ烏間先生の機動力を削ぐつもりだったが、直感に従って木の上へと急いで駆け上がる。

 その直後に僕が進もうとしていた方向へ烏間先生が先回りしていた。危なっ!

 とにかく動きを止めれば捕まってしまう。枝から枝へ、出来るだけ上へ上へと高く飛び移る。

 こうなっては僕が烏間先生から逃げ切ることは不可能だ。だったら少しでも他の三人が逃げる時間を稼がないと!

 

 しかし烏間先生は即座に木を駆け上がると、たちまちのうちに僕を捕まえて他の三人を追い掛けていった。先生、マジで速過ぎ……。

 そのまま僕も烏間先生を追っていくと、少し開けたところで杉野君が捕まっていた。片岡さんと木村君は既に捕まっていて、僕と一緒に烏間先生を追い掛けている。

 

「随分逃げたな、大したもんだ。だがもうすぐでラスト一分。奴が動けばこのケイドロ、君らの負けだな」

 

「……へ、へへへ。俺らの勝ちっすよ、烏間先生」

 

「……何?」

 

 まだ息を整え切れていない杉野君の言葉に、烏間先生から疑問の声が漏れる。最後まで僕らの狙いは悟られなかったみたいだ。

 僕らは烏間先生を出し抜けたことに優越感を感じながらネタバラシをする。

 

「だって烏間先生、殺せんせーと一緒に空を飛んだりしないですよね?」

 

「……? 当たり前だ。そんな暇があれば刺している」

 

「じゃあ烏間先生、此処から一分で()()()()()()戻れませんね」

 

 片岡さんのその一言で烏間先生も僕らの狙いを理解したようだ。

 でももう遅い。きっと今頃、殺せんせーはプールの底にいる雄二とカルマ君を前に呆然としていることだろう。水が弱点の殺せんせーはそれだけで二人に手出しできなくなる。

 

 そうしてあっという間に一分が過ぎ去っていき、最後まで雄二とカルマ君の逮捕報告がされることはなかった。

 

『タイムアップ! 全員逮捕されなかったので泥棒側の勝ち!』

 

 律の宣言を持って僕らの勝ちが確定した。

 これで烏間先生の奢りでケーキゲット! 今日の放課後が楽しみだ。

 

「なんか不思議〜。息が合わない二人なのに、教える時だけすっごい連携取れてるよね」

 

 ケイドロで僕らを教える殺せんせーと烏間先生を見て、倉橋さんが不思議そうに言う。まぁケイドロ中も息は合ってなかったと思うけどね。

 

「当然です。我々は二人とも教師ですから。目の前に生徒が居たら伸ばしたくなる。それが教師というものです」

 

「立派なこと言いやがって、汚職警官が。泥棒の方が向いてんじゃねーか?」

 

「にゅやッ! 何を言います聖職者に向かって! この先生が泥棒なんてするはずがないでしょう!」

 

 寺坂君の物言いに殺せんせーは必死で否定する。でも少なくとも警察には向いてないと僕も思う。

 さて、裏山を走り回って汗掻いたし早く着替えたい。シャワーも浴びたいけどまだ一時間目だし……僕もプールに飛び込もうかなぁ。




授業中にも関わらず原作でも携帯を使用しているのは協調性を高める訓練の一環ですかね。


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泥棒の時間

〜side 殺せんせー〜

 

 ヌルフフフフ、先日のケイドロは実に有意義なものでした。我々教師を出し抜けるまでに成長したとは……若さとは凄まじいものですね。

 火薬の取り扱いにフリーランニング……他にも烏間先生は考えているでしょうし、一学期とはまた違った暗殺を繰り広げてくれそうです。

 

「二学期も滑り出し順調! 生徒達との信頼関係もますます強固になってますしねぇ」

 

 一学期から夏休みの南の島での暗殺を経て、確実に私と生徒達との絆は深くなっているでしょう。

 これは自惚れではないと思います。その証拠に今日も生徒は親しみの目で私を見つめて――

 

 

 

 と、教室に入った瞬間、生徒達から汚物を見るような目で見られました。

 

 

 

「にゅやッ!? な、何ですか皆さんその目は!? 先生何かしましたか!?」

 

 明らかに昨日までの皆さんと反応が違います。少なくとも今日はまだ何もしてないはずですが……。

 わけが分からず狼狽えていると、中村さんが持っていた新聞を渡してきました。その新聞の見出しは多発する巨乳専門の下着泥棒についてであり、犯人の特徴は黄色い頭の大男でヌルフフフフという笑い方と謎の粘液を残す――

 

「これ、完全に殺せんせーよね」

 

「正直がっかりだよ」

 

「こんなことしてたなんて」

 

 そう、皆さんの言う通り私の特徴と完全に一致しています。というより私でも私以外に思い当たる人物は考えられません。

 しかし私は下着泥棒なんてしていません。これは明らかな冤罪です。こんな冤罪で皆さんと積み上げた絆を壊されては溜まったもんじゃありません。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 先生全く身に覚えがありません!」

 

「じゃ、アリバイは?」

 

 私が下着泥棒ではないことを弁明しようと口を開いたところで、透かさず速水さんから質問が飛んできました。

 

「この事件があった昨日の深夜、先生は何処で何してた?」

 

 そうです。私のアリバイが証明できれば犯人ではないと、手っ取り早く皆さんに分かってもらうことが出来ます。

 えぇと、昨日の深夜に何をしていたかと言われると……。

 

「高度一万メートルから三万メートルの間を上がったり下がったりしながらシャカシャカポテトを振ってました」

 

「誰が証明できんだよそれをよ!」

 

 確かに私以外に証明できる人が居ませんね。

 でしたらシャカシャカポテトを売ってくれた店員さんに聞き取りを……いえ、駄目です。完璧な変装で普通の人を装っていたので、店員さんの記憶にも残っていないかもしれません。

 

「そもそもアリバイなんて意味ねーよ」

 

「何処に居ようがだいたい一瞬で椚ヶ丘市(このまち)へ戻ってこれるんだしね」

 

 必死になってアリバイを証明できないか考えましたが、吉田君や狭間さんにそれすら否定されてしまいました。

 にゅやぁ……いったいどうすれば私が下着泥棒ではないと信じてもらえるのでしょうか。このままでは本当に私が下着泥棒として扱われてしまうことに――

 

 ガララララドンッ! と私がどうしようもなくて焦っていたところで、激しい音を立てて教室の扉が開けられました。

 

「すみません! 遅刻しまし――って、あれ? 皆どうしたの?」

 

 慌てた様子で教室へ入ってきたのは吉井君です。

 あれ、まだ登校してませんでしたっけ……? 下着泥棒疑惑ですっかりパニクってたので気付きませんでした。

 しかしこれはチャンスです。人は誰しも集団心理が働くと意見の多い方へと流れやすいもの。まだ何も知らない吉井君であれば、私が下着泥棒をするわけないと冷静に判断してくれるかもしれません。

 

「吉井君、この記事を読んでください! 率直な意見として吉井君はどう思いますか!?」

 

 私は僅かな期待を込めて吉井君へ新聞を渡します。これで教室の空気が少しでも変わってくれれば……!

 

「えー、何々……あー、殺せんせー、ついにやっちゃったの? 記事に素っ破抜かれるなんてヘマしたねぇ」

 

「なんで私が下着泥棒であることは普通に受け入れてるんですか!? なんかそっちの方がショックなんですけど!?」

 

 私の期待を余所に下着泥棒であることを冷静に受け入れられてしまいました。え、私ってそんなに下着泥棒しそうに見えますか?

 

「待てよ皆! そんな決めつけて掛かるなんて酷いだろ!」

 

 と、そこでようやく私を擁護してくれる味方が現れてくれました。

 いいですよ磯貝君! その調子で私が下着泥棒なんてするはずがないと皆さんに言ってやってください!

 

「殺せんせーは確かに小さな煩悩がいっぱいあるよ。けど今までやったことと言ったら精々エロ本拾い読みしたり、水着生写真で買収されたり……“手ブラじゃ生温い、私に触手ブラをさせてください”って要望ハガキ出してたり…………先生、正直に言ってください」

 

「磯貝よ、せめて最後まで擁護してやれ」

 

 い、磯貝君まで……もう限界です! 幾ら言葉で言っても理解されないなら行動で分からせるまでです!

 

「先生は潔白です、失礼な! いいでしょう、教員室の先生の机に来なさい! 先生の理性の強さを証明するため、今から机の中のグラビアを全部捨てます!」

 

 私が世界中で集めてきた逸品の中から、保存用・鑑賞用・実用用で揃えた特にお気に入りで学校まで持ってきたものです。

 これを捨てることで先生がエロくても下着泥棒には走らない紳士であることを証明しましょう。皆さんも納得せざるを得ないはずです。

 

「見なさい! 机の中身、全部出し……て……」

 

 ところが机の中からはお気に入りのグラビアだけでなく、何故か入れた記憶のないブラジャーまで出てきました。

 い、いったい何がどうなって……いや、それよりも皆さんに何か弁明しないと! 明らかに引いています!

 

「ちょっとみんな見て!」

 

 しかし私が弁明するよりも早く、岡野さんが教室から何かを持ってきました。今度は何ですか!?

 

「クラスの出席簿、女子の横に全員のカップ数が調べてあるよ!」

 

「しかも最後のページ、街中のFカップ以上のリストが……」

 

 何ですと!? いやいや、そんな馬鹿な!

 確かに巨乳が大好きなのは事実ですが、そんな街中の巨乳を調べて回るような真似しませんよ! それに生徒を邪な目で見るわけないじゃないですか!

 

「私だけ永遠のゼロって何よコレ!」

 

 出席簿を覗き見た茅野さんが怒鳴り散らしていました。どうやら茅野さんだけは私と同じく被害者みたいです。

 ただ茅野さんにフォローを入れられるほどの余裕がありません。寧ろ私の方がフォローしてほしいくらいです。

 とはいえ今の空気の中で幾ら弁明しても聞いてもらえない気がします。まずはこの状況を少しでも緩和させなければ……!

 

「そ、そうだ! い、今からバーベキューしましょう皆さん! 放課後にやろうと思って準備しておいたんです! ほら見てこの串! 美味しそうで……しょ……」

 

 机の下に置いておいたクーラーボックスから串焼き用のお肉を取り出したら、何故か刺さっていたのはお肉ではなくブラジャーでした。

 本当にわけが分かりません。引き出しやクーラーボックスがブラジャー専門の四次元ポケットにでもなったのでしょうか。そうでなければ説明がつきません。

 思わず呆然となってしまいましたが、ハッとして皆さんの方を見ればあり得ないくらい冷たい眼差しを向けられていました。

 あ、コレもう私が何を言っても駄目ですね……。

 

 

 

 

 

「きょ……今日の授業は……此処まで……」

 

 結局、私が下着泥棒であるという疑惑は拭えないまま一日が終わってしまいました。授業中の皆さんの視線が痛かった……。

 私は教室を出て教員室へ戻ると、客観的に物事を見れるであろう烏間先生へ縋り付きます。

 

「烏間先生! 助けてください! 烏間先生でしたら私が下着泥棒なんてしないって信じてくれますよね!? ね!?」

 

「泣くな、纏わりつくな、鬱陶しい」

 

 しかし烏間先生はそんな私を意にも返さず、助けてほしいのに無下に(あし)らわれてしまいました。今、精神的に追い詰められてるので凄い悲しいです。

 

「……お前が本当に下着泥棒なのだとしたら、その証拠を分かりやすく残したりはしないだろう。何者かの偽装工作と考えると納得が行く」

 

「やはり烏間先生は私のことを分かってくださっているのですね!」

 

「仮にお前が下着泥棒だとしても何ら疑問に思うことはないがな」

 

 烏間先生、落としてから挙げるなんて……もしかして、私のことを狙ってるのでしょうか? ってそういえば私の命を狙ってましたね。

 烏間先生の言葉を聞いたイリーナ先生から疑問の声が上がります。

 

「でもそれなら誰が何の目的で、タコに下着泥棒の罪を擦りつけようとしてるっていうのよ?」

 

「……コイツの無実を証明するようで不本意だが、俺の方で少し情報の出処を調べてみる。これを機にコイツの存在が明るみに出てしまう可能性もあるからな。お前は大人しくしておけよ。いいな」

 

 そう言って私に釘を刺すと、烏間先生は教員室から出て行ってしまいました。

 まぁ烏間先生からすれば、私が動くことで世間に超生物(わたし)の存在が明るみに出ないよう配慮したいのでしょうが……。

 

「こんな状況で大人しくなどしていられません! 一刻も早く真犯人を見つけ出して、隅から隅まで手入れしてやらなくては!」

 

 私は早速、私用と仕事用の携帯とパソコン四台を使って情報収集に当たります。

 下着泥棒と私に関する情報、それに下着泥棒が次に狙う場所が分からないかも調べてみましょう。これまでの被害者に巨乳以外の共通点があればいいのですが……。

 

「……にゅや。巨乳を集めたアイドルグループが某芸能プロの合宿施設で新曲のダンス練習中……私が下着泥棒ならまず間違いなく狙いますね。となればきっと犯人も来るはず……確証はないですが、他に有力な候補もありません。此処を張り込んで真犯人が来たら取り押さえましょう」

 

 そうと決まれば現場へ直行です。基本的に犯行は夜間に行われていたようですが、真犯人が下見に来たり早めの犯行に及ぶ可能性もありますからね。

 流石にこの格好では何処かの学校の服と思われるかもしれません。闇に紛れるような別の黒い服が良さそうです。あとは黄色い頭の大男という情報もありますし、せめて頭は何かテキトーなもので隠して行きましょう。

 

「……どうでもいいけど、その格好で行くわけ? 怪しい黒服に唐草模様の手拭いって……逆に犯人として扱われる未来しか見えないんだけど」

 

 イリーナ先生が何か言っていますが準備バッチリです! マッハ二十のスピードを誇る私を本気にさせたこと、後悔させてあげますよ!

 

「ヌルフフフフ。これで先生が下着泥棒を捕まえた暁には、生徒達との信頼関係も回復できて巨乳女性からも感謝されるウハウハ生活の始まりです!」

 

「アンタ、マジでそういうところだからね? これを機に少しはその邪な考えを改めなさい」

 

 ですが私はそこで思わぬ人物と相対することになろうとは、この時は夢にも思っていませんでした。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

「……で。下着泥棒の正体はシロさんとイトナ君で、殺せんせーが返り討ちにしたけど触手が暴走したイトナ君は何処かへ行って行方不明のまま……ってことでいいのかな?」

 

「うん。僕らも先生も防衛省の人も、辺りを探したんだけど消えたイトナ君は見つけられなかった」

 

 殺せんせーのド変態疑惑が出てきた日の夜、渚君達は別に真犯人がいると踏んで調べていたらしい。僕は普通に受け入れてたから全然気にしてなかったけど。

 そこで下着泥棒の行動を予測して待ち伏せていたら、同じく殺せんせーも待ち伏せしていてシロさんとイトナ君が先生を殺しに現れたということだ。

 しかし暗殺に失敗したイトナ君の触手が敗北のショックで暴走して、もう殺せないと見切りをつけたシロさんにイトナ君は見捨てられたという。イトナ君でさえ捨て駒か。かなりムカつく話だ。

 

「真犯人が別にいるのは分かっていたが、まさかシロとイトナが絡んでたとはな」

 

「…………(コクコク)」

 

「え、二人は殺せんせーが犯人じゃないって思ってたの?」

 

 殺せんせーが下着泥棒なんて、ハマり役過ぎて僕は疑問にすら思わなかったのに。どうやら雄二やムッツリーニは最初から、殺せんせーが下着泥棒じゃないと信じていたらしい。

 

生徒(俺達)の信頼を失うようなこと、殺せんせーが好き好んでするわけないだろ。教師馬鹿って言っても過言じゃねぇのによ」

 

「…………下着を串刺しにするなど下着好きには考えられない。少なくとも今回は殺せんせーは犯人じゃない」

 

 なんかムッツリーニは別方向の信頼だったけど、ムッツリスケベが言うと説得力が違うな。流石は殺せんせーと同類の変態なだけある。

 

「わ、悪かったってば殺せんせー!」

 

「俺らもシロに騙されて疑っちゃってさ」

 

「先生のことはご心配なく。どうせ身体も心もいやらしい生物ですから」

 

 そして下着泥棒の濡れ衣は晴れた殺せんせーだったが、すっかり拗ねてしまい口を尖らせていた。皆も何とかご機嫌を取ろうとしてるけど……事あるごとに蒸し返されそうだなぁ。

 

「それよりも心配なのは姿を隠したイトナ君です。触手(この)細胞は人間に植えて使うには危険過ぎる。シロさんに梯子を外されてしまった今、どう暴走するか分かりません」

 

 確かに話を聞く限り、暴走したイトナ君にまともな判断能力が残っているとは思えない。

 どうして強さを求めていて触手に手を出したのかは分からないけど、その執着を持って暴走しているなら何をするか予想がつかなかった。そもそも予想するには僕らはイトナ君のことを知らな過ぎる。

 

 だけどすぐに姿を消したイトナ君の足取りは掴むことが出来た。

 それは次の日のニュースで流れてきた事件についての情報である。

 

『椚ヶ丘市内で携帯電話ショップが破壊される事件が多発しています! あまりに店内の損傷が激しいため、警察は複数人の犯行の線もあると――』

 

「これ……イトナの仕業、だよな?」

 

「……えぇ。使い慣れた先生には分かりますが、この破壊は触手でなくてはまず出来ない」

 

 映し出された映像の中には、まるで爆発でも起きたかのような見るも無惨な携帯電話ショップの店内が広がっていた。

 触手の存在を知らなかったら、いったいどうやったのか検討もつかないレベルで荒らされている。まさかイトナ君がこんなことをするなんて……。

 

「……どうして携帯ショップばっかりを?」

 

「何か思い入れでもあるのかの……?」

 

「それは分かりませんが、担任として責任を持って彼を止めます。彼を探して保護しなければ」

 

 触手は維持するだけでも相当のエネルギーを必要とするって話だ。此処でイトナ君を止められなければ、被害が拡大するだけじゃなくてイトナ君自身もどうなるか分からないらしい。

 でも相手は暴走状態とはいえ触手である。何が起こるか分からない以上、殺せんせーでも安全確実というわけには行かないだろう。

 

「……助ける義理あんのかよ、殺せんせー」

 

「つい先日まで商売敵だったみたいな奴だぜ」

 

「アイツの担任なんて形だけじゃん」

 

 特に今回はあっちから仕掛けてきて勝手に暴走しているのだ。今までのことだってあるし、一度は殺されかけたこともあるのだから皆の反応は分からないでもない。

 

「それでも私は担任です。“どんな時でも自分の生徒から手を離さない”。先生は先生になる時に誓ったんです」

 

 まぁ殺せんせーはそうだよね。カルマ君や寺坂君だって、最初は反抗的だったけど手入れしてきたんだし。かといって殺せんせーだけに任せるのはなんか違う気がする。

 学校が終わって日が沈み始める中、僕らは殺せんせーとともにイトナ君を探しに街へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 街へ着く頃には日は完全に沈み切っており、イトナ君が現れるまで待っていたのですっかり夜も更けていた。意外にも人通りは少なく静寂に包まれている。

 殺せんせーはこれまでのイトナ君の襲撃から次の襲撃場所を予測して、僕らは大人数なので散らばって周りの建物の陰に隠れていた。

 

「イトナ君、本当に此処へ来るのかな?」

 

 僕らが見張っている携帯電話ショップでは、ニュースにもなっていた襲撃を警戒してか警備員が二人もいる。普通に考えたら襲撃は避けるべきだと思うけど…….。

 僕の疑問に一緒に隠れていた雄二とカルマ君が答えてくれる。

 

「殺せんせーの予測が正しかったら来るだろ。少なくとも警備員を見て引くなんてことは考えられねぇな」

 

「触手があれば一般人とか相手にもならないしね。暴走したイトナならお構いなしでしょ」

 

 確かに理性が働いてるなら携帯電話ショップを襲撃しまくったりはしないか。

 どちらにしても行方を眩ませたイトナ君を見つけられなかった以上、殺せんせーの予測を元に現れるまで待ち伏せするしかない。あとは眠気と戦い続けて根気よく待つ――

 

 

 

 

 

 次の瞬間、携帯電話ショップの入り口が粉々に砕け散った。

 

 

 

 

 

「な、何何!?」

 

「イトナだ! 行くぞ!」

 

 いきなりのことでわけも分からず驚いた僕に対して、雄二やカルマ君はすぐ反応して携帯電話ショップへ向かった。僕や他の場所に隠れていた皆も急いでいく。

 表から見える店内は既に嵐に遭ったかのような有り様だ。警備員の二人も気絶して倒れているが死んでないっぽい。イトナ君が手加減したのか、単純に見向きもしなかったのか。

 その惨状を作り出したイトナ君は、携帯電話ショップの真ん中で一人立ち尽くしていた。

 

「――綺麗事も遠回りも要らない。負け惜しみの強さなんて反吐が出る。……勝ちたい。勝てる強さが欲しい」

 

 今にも倒れてしまいそうな様子で強さを求め続けるイトナ君に、僕はどうしてイトナ君がそこまで強さに執着するのか気になった。

 何があったのかなんて知らないけど、得体の知れない触手に手を出すなんて余程のことがなければ考えられないだろう。携帯電話ショップを狙う理由もそこにあるのかもしれない。

 

「やっと人間らしい顔が見れましたよ、イトナ君」

 

 殺せんせーに話しかけられてようやく僕らに気付いたようで、イトナ君は苦しそうにしながらもこちらを睨みつけてきた。

 

「……兄さん」

 

「殺せんせーと呼んでください。私は君の担任ですから」

 

「拗ねて暴れてんじゃねーぞ、イトナァ。てめーにゃ色んなことされたがよ、水に流してやるから大人しく着いてこいや」

 

 寺坂君なりの言葉でイトナ君を諭そうとしているようだが、イトナ君の眼中には殺せんせーしかいないようだ。

 暴走している触手を振り回して殺せんせーを牽制する。

 

「うるさい……勝負だ。今度は……勝つ」

 

「もちろん勝負してもいいですが、お互い国家機密の身です。何処かの空き地でやりませんか? それが終わったらバーベキューでも食べながら、皆で先生の殺し方を勉強しましょう」

 

 どうやら下着泥棒騒ぎでシロさんにお釈迦にされたバーベキューの準備をまたしていたらしい。へこたれないなぁ。

 でもそういうことなら速攻で終わらせてほしいところだ。早くバーベキュー食べたい。

 

「そのタコしつこいよ〜。ひとたび担任になったら地獄の果てまで教えに来るから」

 

「当然ですよ。目の前に生徒がいるのだから、教えたくなるのが先生の本能です」

 

 何処までも先生としての立場を貫く殺せんせーを前に、イトナ君も少し毒気が抜けたような表情になっていた。

 これは触手が暴走していても話し合いで何とかなりそうだ。それなら勝負をしなくてもバーベキューを食べながらでも話し合えば――

 

 

 

 

 

 その時、突如として携帯電話ショップに投げ込まれた何かが爆発した。

 

 

 

 

 

「ゲホッ! な、何……!?」

 

「え、煙幕っ……!?」

 

 しかし爆発に巻き込まれても視界が遮られただけで、痛みはなく身体にも異変は感じない。

 

「うぅっ!?」

 

 ところが僕らとは違ってイトナ君からは苦しげな声が漏れ聞こえてきた。続け様に何かが撃ち込まれるような連続した音が聞こえてくる。

 いったい何がどうなってるんだ!? 何も見えないから状況が全く分からない!

 

「がっ……!?」

 

 すると再びイトナ君の呻き声と、煙幕の中で何かを引き摺るような音が離れていく。もしかして引き摺っていかれたのってイトナ君!?

 煙幕が晴れた頃にはイトナ君の姿がなくなっていた。やっぱり……!

 

「大丈夫ですか皆さん!?」

 

 しかも殺せんせーは身体がドロドロに溶け出していた。さっきの煙幕は前に寺坂君も使った対触手物質の粉塵か!

 ってちょっと待て。じゃあ殺せんせーと同じ触手持ちで暴走状態のイトナ君はもっと酷いことになってるんじゃ……。

 

「……多分、全員なんとか」

 

「では先生はイトナ君を助けてきます!」

 

 殺せんせーは僕らの無事を確認すると、連れ去られたイトナ君を追って一目散に飛び出していった。

 

「……俺らを気にして反応が遅れたな」

 

「というよりこのタイミング……イトナを放置して殺せんせーが対処しに来るのもシロの手の内じゃったということか」

 

 対触手物質の粉塵を使ってきた時点で分かってたけど、やっぱり強襲してきたのはシロさんか。夜中とはいえ人通りが無さ過ぎる気はしてたけど、多分交通規制とかされてたんだ。

 というか此処までやられっぱなしだといい加減に腹が立ってきた。皆も同じ気持ちだったようで、分かりやすくシロさんへの怒りを滲ませていた。

 

「……あンの白野郎〜……とことん駒にしてくれやがって」

 

「マジで一回、アイツもぶっ飛ばしとくか」

 

 僕もプール爆破事件の時はシロさんを殴れなかったからな。対触手物質の粉塵を浴びたイトナ君も心配だけど、イトナ君を助けるついでに殴れそうなら本気で殴ろう。




殺せんせーの身の回りの細工をできるってことは、シロは殺せんせーの嗅覚なんかの探知機能も完璧に擦り抜けられるんでしょうね。流石は弱点を全部把握していると豪語するだけあります。


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イトナの時間

 携帯電話ショップでシロさんの襲撃を受けた僕らは、連れ去られたイトナ君を助けるために飛び出した殺せんせーを追いかけて走り出す。

 

「足の速い奴は先行して奴らを叩くぞ! 律を通して状況報告するから後続は合わせろ!」

 

「ねぇ雄二! シロさん達が何処に行ったか分かるの!?」

 

 取り敢えず皆と一緒に僕も走り出したけど、シロさんは多分自動車だし殺せんせーはマッハで見えなくなった。

 雄二は先行するって言うけどいったい何処へ向かってるんだ?

 

「イトナを引き摺っていった方向に行けば多分いるだろ! そう遠くまで殺せんせーから逃げられるわけねぇ!」

 

「殺せんせーを殺すために準備してる場所があるだろうね。減速して追いつかれたら元も子もないから大通りを逸れてはいないはず」

 

 雄二の言葉をカルマ君が補足してくれる。なるほど、確かにそう言われたらその通りだ。

 それに幾らイトナ君が肉体強化されてるっぽくても、自動車で長時間引き摺られたら耐えられないと思う。もしイトナ君が死んだら殺せんせーを釣るための囮としても使えない。待ち伏せしてる場所は遠くないってことか。

 

「ムッツリーニ! 使えそうなものは何がある!」

 

「…………ナイフ一本、スタンガン二本、カッター四本、ワイヤー、ロープ、ガムテープ」

 

「なんでそんなに持ち歩いてるのよ!?」

 

 ムッツリーニの手持ちを聞いた片岡さんが驚いている。まぁ普通じゃないよね。

 でも今はムッツリーニの非常識さが頼もしい。それだけの物があれば即席である程度の状況にも対応できそうだ。

 

「じゃあ木村と岡野にスタンガンを渡しておけ! 敵がいたら速攻でまず二人潰す!」

 

「俺らかよ」

 

「木村、どっちが早いか競争ね」

 

 指名された木村君と岡野さんは、ムッツリーニから投げ渡されたスタンガンを受け取る。特に岡野さんはやる気満々だ。

 

「片岡! 奴らが見えたら全体を収められる場所で携帯のカメラを向けておけ!」

 

「分かったわ! 任せておいて!」

 

『バッチリ後ろの皆さんに情報をお伝えします!』

 

 これで一先ずの布陣は出来たかな。あとは実際の状況を見てみないと動きようがない。

 と、しばらく走っていると異様にライトで照らし出されている場所があった。その真ん中に殺せんせーとネットに包まれて倒れているイトナ君がいる。

 全方位から狙撃手が対先生弾でイトナ君を狙っていて、それを殺せんせーが守っている形だ。殺せんせーは当たる攻撃に敏感だから、それを踏まえてのイトナ君狙いだろう。

 

「狙撃手が木の上に左右三! トラックの荷台に三! まずは木の上の奴らから突き落とすぞ!」

 

「ちょっと待て! 木の上から突き落としたら下手すれば大怪我だぞ! 体格良い奴らは下で受け止めてくれ! 相手が動けそうなら拘束も頼む!」

 

 問答無用で木の上から突き落とす指示を出した雄二に対して、磯貝君が相手のことも考慮した指示を加えてから左右に分かれた。

 僕は右側へ木村君、ムッツリーニとともに木の上の相手へ向かう。気配を消してフリーランニングで木を登りつつ背後を取る。

 

「ぐあっ!?」

 

 そして木村君がスタンガンで三人のうち一人を気絶させ、その呻き声で残った人の気が逸れた瞬間に僕は首を絞めて意識を落とした。

 相手を突き落として怪我させないように配慮した首絞めだ。それに出来るなら下にいる松村君、吉田君も動けるようにしておいた方がいいだろう。

 

「吉井! 銃貸して!」

 

 そう言って速水さんが僕のいる木の下にやってきた。自分の足元を見ると、首を絞めた際に手放した狙撃手の銃が木に引っ掛かっている。

 

「はいよ!」

 

 その銃を速水さんへ向けて蹴落とすと、銃を受け取った彼女はトラックの荷台にいる相手へ向けて射撃した。

 

「うっ!」

 

 もちろん対先生弾だから少し痛いだけで衝撃はそこまでない。倒すまでは行かないだろう。

 しかしその怯んだ一瞬でも、殺せんせーにとっては十分な隙だ。射撃が止まった瞬間にトラックの荷台へ移動した殺せんせーは、イトナ君を包んでいるネットを根本から外した。

 そうしているうちに後ろから来ていた皆も追いつき、ムッツリーニの持っていた道具を使って木の上から落とした相手を拘束していく。反対側の狙撃手も磯貝君、前原君、杉野くんが上手く制圧したみたいだし形成逆転だ。

 

「……お前ら、なんで……」

 

 僕が木を降りたところで、横たわったままのイトナ君から呆然とした様子の呟きが聞こえてくる。

 イトナ君、意識はあったのか。ぐったり倒れたままだったから気絶してると思ってたよ。

 

「勘違いしないでよね。シロの奴にムカついてただけなんだから。殺せんせーが行かなけりゃ私達だって放っといてたし」

 

「速水さん、今時珍しいくらいの正統派ツンデレだあ痛っ!」

 

 軽い冗談で言ったら速水さんに頭を叩かれてしまった。ちょっと恥ずかしかったのかもしれない。考えなしに親父ギャグとか言ってしまった時の感じだろう。

 などと緊張感のないことを考えている間にも状況は進んでいく。

 

「去りなさい、シロさん。イトナ君はこちらで引き取ります。貴方はいつも周到な計画を練りますが、生徒達を巻き込めばその計画は台無しになる。当たり前のことに早く気付いた方がいい」

 

 殺せんせーがシロさんに向けてイトナ君の引き渡しを告げる。まぁ拒否しようものなら今度こそ、ぶん殴ってでも言うことを聞かせるしかないね。

 

「……モンスターに小蝿達が群がるクラスか。大層うざったいね。だが確かに、私の計画には根本的な見直しが必要なのは認めよう」

 

 シロさんは何かを考えるように口元へ手を当てながら黙っていたが、考えが纏まったのかそう言うとトラックの荷台へ乗り込んでいった。

 

「くれてやるよ、そんな子は。どのみち二、三日の余命。皆で仲良く過ごすんだね」

 

 そのままトラックは発進してこの場から去っていく。どうやらこれで本当に手を引くことにしたらしい。

 取り敢えずイトナ君を捕らえていた対先生繊維のネットを外して、拘束していた射撃手を解放する。シロさん達に置いていかれて不憫だなぁ。

 とはいえまだ終わりじゃない。あとは暴走したイトナ君の触手を何とかしないとなんだけど……。

 

「触手は意志の強さで動かすものです。イトナ君に力や勝利への病的な執着がある限り、触手細胞は強く癒着して離れません。そうこうしている間に肉体は負荷を受けて衰弱してゆき、最後は触手もろとも蒸発して死んでしまう」

 

「つまり身体も残さず消えるということか……何とも辛い最後じゃのぅ」

 

「それは幾らなんでも可哀想だな」

 

 触手が暴走すると宿主がどうなるか分からないってことだったけど、最終的には消えてなくなるなんて凄まじい代償だ。

 更に触手がついている間は激痛に苛まれるって話だし、それを理解した上で受け入れたのだとしたらその執念は尋常じゃない。

 

「後天的に移植されたんだよね? なんとか切り離せないのかな」

 

「彼の力への執着を消さなければ……そのためにはそうなった原因をもっと知らねばいけません」

 

 片岡さんが殺せんせーに問い掛けるが、殺せんせーをもってしても力尽くで切り離すのは難しいようだ。根本的に解決するにはイトナ君の身の上を知らないといけないらしい。

 

「でもこの子、心閉ざしてっからなぁ……身の上話なんて話してくれないんじゃない?」

 

「…………無理に聞き出すのは逆効果」

 

 中村さんやムッツリーニの言う通り、僕らが強引に聞き出そうとしても上手くいかないだろう。下手をすれば更に暴走する可能性だってある。

 この手のケアは殺せんせーが得意とするところだけど、今回ばかりはどうしようもない。得体の知れない触手を使ってまで、殺せんせーを殺すことに執着しているんだ。その相手に対して今の状態で心を開いてくれるとは思えない。

 

 皆がどうするか行き詰まっていたところで、不破さんが声を上げた。

 

「そのことなんだけどさ。気になってたんだ、どうしてイトナ君は携帯ショップ襲ってたのか」

 

 そういえばイトナ君が携帯電話ショップを襲っていた理由については謎のままだったな。その話を今するってことは何か分かったのだろうか。

 僕らが静かに耳を傾ける中、不破さんは話を続ける。

 

「で、さっきまで律と何度かやり取りしてたんだ。機種とか戸籍とか、彼に繋がるものを調べてもらって……そしたら、“堀部イトナ”って此処の社長の子供だった」

 

 そうして律が僕らの携帯画面に映し出してくれたのは、“堀部電子製作所”という町工場についてのネット情報だった。

 世界的にスマホの部品を提供してた町工場だったそうだけど、小さな町工場で負債を抱えて倒産してしまったらしい。それで社長夫婦は息子……つまりイトナ君を残して雲隠れしたそうだ。

 

 何となくではあるけど、イトナ君のことが分かってきた。特に“力”や“勝利”に執着する理由が。

 小さな町工場が潰れる切っ掛けとして考えられるのは、他の大企業に買収されたり経済的にやっていけなくなったりとかだろうか。

 とにかくどんな形であったとしても、大きな力には敵わないって現実を突きつけられたんだと思う。そこから強さを求めるようになったとしてもおかしくない。

 

「ケ、つまんねー。それでグレただけって話か」

 

 皆がイトナ君の境遇について思いを馳せる中で、寺坂君はどうでもいいと言わんばかりに暗い雰囲気を一蹴した。

 

「皆それぞれ悩みあンだよ。重い軽いはあンだろーがよ。けどそんな悩みとか苦労とか、色々してるうちに割とどーでもよくなったりするんだわ」

 

 そのまま寺坂君はいつも一緒にいる狭間さん、村松君、吉田君を連れてくると、倒れているイトナ君の服の襟を掴んで強引に立たせる。

 

「俺らんとこでコイツの面倒見させろや。それで死んだらそこまでだろ」

 

 ということで、他に妙案もないためイトナくんの命運は寺坂君達に託されたのだった。……僕が言うのもなんだけど、寺坂君で大丈夫なのかなぁ。

 

 

 

 

 

 

〜side 竜馬〜

 

 俺らでイトナの面倒見させろって言った以上、他の奴らは邪魔だからどっか行ってもらった。まぁ心配して適当に後つけてんだろ。

 取り敢えずイトナの触手を抑えつけんのに、対先生(タコ)のネットに布を挟んで即席バンダナにした。暴走したら止めらんねーだろうが……そん時はなるようになるしかねぇ。

 

「――さて、おめーら」

 

 確かイトナの触手を切り離すためには、コイツの心を開かせて執着を消す必要があるんだっけか。

 会社が潰れて親がいなくなったイトナが、力を求めるようになったっつーのは分かった。それを踏まえた上でコイツの執着を消すためには……。

 

「……どーすっべ。これから」

 

 何かいい作戦がないか三人に聞いてみる。

 

「って考えてねーのかよ! 何にも!」

 

「ホンット無計画だな、テメーは!」

 

「うるせー! 四人もいりゃ何か考えの一つでもあんだろーが!」

 

 他人の心開くとか繊細なコト俺に出来るわけねーだろ! 俺のガサツさ舐めんなよ!

 

「村松んち、ラーメン屋でしょ。一杯食べたらこの子も気ぃ楽になるんじゃない?」

 

 男三人で言い争ってるところに、狭間から飯を食いにいく提案が出てきた。

 そういや俺も腹減ったな。イトナが来るまで晩飯抜きで待ち伏せしてたしよ。ついでに食わせてもらうか。

 

「――で、何でテメーらまで居んだよ!」

 

 つーわけで村松んちの“松来軒”に来たわけだが、なんでか吉井と磯貝もカウンターに座ってラーメンを啜ってやがる。吉井はともかく磯貝まで何やってんだ。

 

「だってラーメンをタダでいっぱい食べるって聞いたから」

 

「いっぱいじゃなくて一杯だよ! どんだけ食う気だ!」

 

「落ち着けよ寺坂。俺達が言い争ってても仕方ないだろ。今はイトナのことをどうにかしないと」

 

「言い分は正しいけど磯貝、アンタもラーメン食いながらじゃ説得力ないわよ」

 

 どんだけ食いもんに飢えてんだよ……そういやコイツら、あんま金ねーんだったか。

 にしても磯貝は吉井に毒され過ぎだろ。金無さ過ぎて常識どっかに売っちまったのか。

 

 まぁ予想してねー乱入もあったが、取り敢えず村松の作ったラーメンをイトナも啜る。

 

「どーよ。不味いだろ、うちのラーメン。親父に何度言ってもレシピ改良しやしねぇ」

 

「そんなことないよ、松村君。塩水よりも味があるし、何より普通に食べられるじゃないか」

 

「吉井はいいから黙ってラーメン食ってなさい」

 

 狭間に釘刺された吉井は黙ってラーメンを啜り始めた。コイツは空気ってもんが読めねーのか。って読めてたらこの場にいねーか。

 

「……不味い。オマケに古い。手抜きの鶏ガラを化学調味料で誤魔化している。トッピングの中心には自慢げに置かれたナルト。四世代前の昭和のラーメンだ」

 

 村松に味の感想を求められたイトナは、ラーメンを食いながらも淡々と言う。コイツ、意外にラーメンのこととか知ってんだな。

 相変わらず何考えてんのかさっぱり分かんねーけど、ちょっとは人間らしい一面も出てきたじゃねーか。

 

「じゃ、次はうち来いよ。こんな化石ラーメンとは比較になんねー現代の技術見せてやッから」

 

「ンだとォ!?」

 

 吉田に化石呼ばわりされた村松が噛み付いてるが、吉田んちはバイク屋だからな。それに比べりゃ村松んちの昭和ラーメンは化石だわな。

 

「待って吉田君、僕まだ食べ終わってないから」

 

「村松、タッパー借りてもいいか?」

 

「もういいからテメーら帰れ!」

 

 いい加減に吉井と磯貝はラーメン持たせて帰らせた。マジでコイツら、ただラーメン食いに来ただけかよ。

 

 

 

 

 

 吉田んちの“吉田モーターズ”に来た俺らは、吉田がイトナとニケツでバイク乗り回すのを眺めてた。

 

「いーの? 中学生が無免で」

 

「アイツんちのバイク屋の敷地内だしな。偶にサーキットにも行ってるらしい」

 

 バイク飛ばして悩みも吹っ飛ばすってのは、如何にも吉田らしい考え方だ。触手を使うイトナにバイクのスピードが速く感じんのかは知らねーが、大人しく乗ってるっつーことは少なくとも悪くはねーんだろ。

 そんな風に走る二人を眺めてたんだが、何を思ったか吉田が高速でブレーキターンを決めてイトナを植木へ吹っ飛ばしていた。それはちょっとやべーだろ!

 

「馬鹿! 早く助け出せ! このショックで暴走したらどーすんだ!」

 

「いやいや、この程度じゃ平気じゃね?」

 

 んなわけねーだろ! 確かに教室の壁突き破れるアホみてーな身体してるが、触手は精神的なモンだってタコも言ってただろーが!

 とにかく弱って意識が朦朧としてるイトナを叩き起こす。そのためにまず俺が膝蹴りで活入れて、それでも目覚めねーイトナに吉田が水をぶっ掛けたところで目が覚めた。何とか暴走せずに済んだな。

 

 と、俺らがイトナを叩き起こしてる間どっか行ってた狭間が大量の本持ってやってきた。

 

「復讐したいでしょ、シロの奴に。名作復讐小説“モンテ・クリスト伯”全七巻二千五百ページ。これ読んで暗い感情を増幅しなさい。最後の方は復讐やめるから読まなくていいわ」

 

「難しいわ!」

 

 なんで精神的な(やべー)方にやべーもん刷り込もうとしてんだ!? コイツ、触手なんとかする気とかぜってーねーだろ!!

 

「狭間、テメーは小難しい上に暗いんだよ!」

 

「何よ。心の闇は大事にしなきゃ」

 

 んなもん大事になんざして堪るか。どっちかってーと今はその闇を晴らす必要があんだよ。

 

「もーちょっと何かねーのかよ、簡単にアガるようなやつ! だってコイツ、頭悪そう――」

 

 その時、イトナがなんか震えてるのに気付いた。

 水ぶっ掛けられたのが寒みー……ってわけじゃねーよな。

 

「やべぇ、なんかプルプルしてんぞ」

 

「寺坂に頭悪ィって言われりゃキレんだろ」

 

「吉井に言われるよりゃマシだろうが!」

 

 そんな理由でキレたんなら、触手どうこう関係なくマジで一回シメんぞコイツ。

 だがそんなふざけた様子じゃなさそうだ。

 

「……違う。触手の発作だ。また暴れだすよ」

 

 狭間の言う通り、暴走した触手が即席バンダナを突き破って出てきた。イトナの野郎も触手の暴走に引き摺られて目が血走ってやがる。

 

「俺は適当にやってるお前らと違う。今すぐアイツを殺して……勝利を……」

 

 触手が暴走したら俺らじゃどうにもならねー。暴走に巻き込まれる前に退散――しようとしたが、イトナが絞り出したその言葉を聞いて足を止めた。

 そのままいつ暴れ出してもおかしくねーイトナと正面から向かい合う。

 

「おうイトナ、俺も考えてたよ。あんなタコ、今日にでも殺してーってな」

 

 E組で孤立して取り残されて居心地が悪かった一学期の期末テスト前、俺だってあのタコ殺したくてテメーやシロに協力したこともあった。

 だがそれは自分で殺すこと諦めただけの思考停止だ。無策で殺すとのたまう今のイトナと何ら変わりねー。それで結果だけ欲しがってんだからシロなんかに利用されんだ。俺も、触手に頼ったコイツも。

 

「でもな、テメーにゃ今すぐ奴を殺すなんて無理なんだよ。無理のあるビジョンなんざ捨てちまいな。楽になるぜ」

 

「うるさい!」

 

 俺の言葉に痺れ切らしたイトナが触手を振るってくるが、速度自慢の触手が情けねーくらいトロい。目で追えるくれーだ。

 俺は攻撃してきた触手を身体で受け止めて、手足で挟み込んでガッチリ固定してやった。

 

「二回目だし弱ってるから捕まえやすいわ。吐きそーな位クソ痛てーけどな……吐きそーといや村松ん家のラーメン思い出した」

 

「あん!?」

 

 いきなり名前出された村松がなんか言ってるが無視する。つーか触手の攻撃が痛くて村松に反応できるほど余裕ねぇ。

 

「アイツな、あのタコから経営の勉強奨められてんだ。今は不味いラーメンでいい。いつか店を継ぐ時があったら、新しい味と経営手腕で繁盛させてやれってよ」

 

 村松だけじゃねー。吉田だっていつか役に立つかもしれねーからって、タコに色々教えられてる。俺が知らねーだけで、きっと他の奴らも同じコト言われてんだろーな。

 

「なぁイトナ、一度や二度負けた位でグレてんじゃねぇ。いつか勝てりゃあいーじゃねーかよ」

 

 そうして今すぐ殺すことに固執してるイトナの固い頭を殴ってやった。

 今のコイツは前の俺と同じだ。勝ちへの執念だけが空回りして、周りのコトが全然見えなくなってやがる。

 

「三月までにたった一回殺せりゃ、そんだけで俺らの勝ちよ。……親の工場なんざ賞金で買い戻しゃ済むだろーが。そしたら親も戻ってくらァ」

 

 現実はそう単純じゃねーのかもしれねーが、少なくとも賞金がありゃ町工場の負債なんざすぐ返せんだろ。

 もし殺せなかったら地球ごと負債も俺らも纏めてパーだ。そうならねーためにも、あと半年の間でいつか殺せるようにすりゃあいい。今すぐ殺すことに拘る必要はねぇ。

 

「……耐えられない。次の勝利のビジョンが出来るまで、俺は何をして過ごせばいい」

 

「はァ? 今日みてーに馬鹿やって過ごすんだよ。そのためにE組(俺ら)がいんだろーが」

 

 俺の言葉を聞いたイトナの触手が力なく垂れた。さっきまで血走ってた目も元に戻ってやがる。

 

「俺は……焦ってたのか」

 

「おう、だと思うぜ」

 

 暴走してた触手が落ち着いたイトナの様子を見て、これまで黙ってどっかにいたタコが姿を見せる。

 

「目から執着の色が消えましたね、イトナ君。今なら君を苦しめる触手細胞を取り払えます」

 

 そう言うとタコは幾つものピンセットを取り出した。つーか執着がなけりゃピンセットで取れんのかよ。

 

「大きな力の一つを失う代わりに、多くの仲間を君は得ます。……殺しに来てくれますね、明日から」

 

「……勝手にしろ。この触手()も兄弟設定も、もう飽きた」

 

 どうやら何とかこれで一件落着みてーだな。

 ……ハー、マジで疲れた。ホント、他人の心開くとか慣れねーコトするもんじゃねーわ。




原作のシーツやガムテープは何処から出てきたのか、ということで何でも出せそうなムッツリーニに色々用意してもらいました。
ちなみに先行組は5段階中4以上評価の機動力がある生徒で編成しています。


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名前の時間

 イトナ君が正式にE組へ加入したことで、僕らの暗殺はますます活気づいてきた。

 イトナ君は“堀部電子製作所”っていう町工場の子供なだけあって、暗殺手段は電子工作を使ったハイテクなものである。今までのE組にはない暗殺手段は、僕らの暗殺計画の選択肢を広げてくれることだろう。

 何よりもイトナ君から知らされた殺せんせーの急所……ネクタイの真下にある心臓を破壊できれば一発で殺せるっていう情報がかなり大きい。漫然と触手を狙うよりも格段に暗殺の成功率を上げられるはずだ。

 

 とはいえ急所が分かったところで、無策では殺せないのが殺せんせーである。引き続き訓練を続けて殺せんせーを殺す作戦を練らないとね。

 そんなわけでイトナ君を加えて今日からまた勉強と暗殺訓練の日々である。

 

「ジャ、“正義(ジャスティス)”!? てっきり“正義(まさよし)”かと思ってた……」

 

 朝のHR前、E組に茅野さんの驚いた声が響き渡った。

 “正義(ジャスティス)”と言えば木村君の名前だけど……そっか、茅野さんは三年になってから編入してきたから読み方を知らなかったのか。それなら驚くのも無理はないな。

 

「皆、武士の情けで“まさよし”って読んでくれてんだよ。殺せんせーにもそう呼ぶよう頼んでるしな」

 

「最初、入学式で聞いた時はビビったよなー」

 

「卒業式でまた公開処刑されると思うと嫌ったらねーよ」

 

 木村君の親は確か警察官だったっけ。正義感で舞い上がって付けられた名前らしいけど、キラキラネームを付けられた子供は堪ったもんじゃない。

 だからこそ木村君は普段は“正義(まさよし)”で通してるものの、公式行事なんかはどうしても“正義(ジャスティス)”呼びされるから好きじゃないそうだ。

 

「子供が学校でどんだけからかわれるか、考えたこともねーんだろーな」

 

「そんなモンよ、親なんて」

 

 と、木村君の話題に珍しく狭間さんが加わってきた。どうやら狭間さんも自分の名前に思うことがあるらしい。

 

「私なんてこの顔で“綺羅々”よ、“きらら”! “きらら”っぽく見えるかしら?」

 

「い、いや……」

 

「うちの母親、メルヘン脳のくせに気に入らないとヒステリックに喚き散らすのよ。そんなストレス掛かる環境で、名前通りに可愛らしく育つわけないのにね」

 

 狭間さんの家も何かと大変そうだ。

 でも僕の親だって残念さでは負けてないと思う。

 

「そういう親の押し付けってあるよね。僕もその気持ち分かるよ」

 

「吉井は普通の名前じゃねーか」

 

 確かに“明久”って名前は何も問題ないんだけど、その前の名前候補がやばかったんだよね。

 

「僕の名前がなんで“明久”なのか親に聞いたことがあってさ、母さんが女の子が好きだったからって最初は“明菜”って名前らしかったんだ。爺ちゃんが男でそれはおかしいって言ってくれたみたいなんだけど、それがなかったら多分普通に“明菜”になってたと思う」

 

「爺ちゃんファインプレーだな」

 

 父さんじゃなくて爺ちゃんがおかしいって言ってくれた当たり、うちの両親の力関係が如実に現れてる気がする。

 しかも幼稚園に上がる前までは、姉さんのお下がりのスカートとか穿かされてたしね。どんだけ女の子が良かったんだって話だけど、男としてはスカート穿かされてたなんて過去は隠しておきたい――

 

『そういえば私、玲さんから明久さんの子供の頃の写真を見せてもらったことがあります。偶に女の子の服を着た明久さんも映っていましたね』

 

「まさかのところで秘密の暴露が! というか律はいつの間に姉さんとそんなやり取りしてたの!?」

 

 僕の知らないうちに姉さんと律が仲良くなってた件について。

 まぁE組や研究者以外で律が話せる相手って限られてるからなぁ。律としても話せる相手が増えて嬉しいのかもしれない。

 

『ちなみに写真のデータも頂いてます!』

 

 そういうと律は液晶画面に見たことのある子供の写真……って本当に僕の小さい頃の写真じゃん! 姉さんは何を勝手に人の写真提供してんの!?

 

「小さい頃の写真なんて恥ずかしいからデカデカと映すのやめて! っていうか女の子の服を着てる写真なんて余計に恥ずかし過ぎる!」

 

 そんな僕の写真を見た秀吉が感想を漏らす。

 

「愛くるしい顔をしておるではないか。別に恥ずかしがる必要などないのではないかのぅ。それに女子の服くらい誰しも一度は着るものじゃ」

 

 それは絶対に嘘だ。分かってるだけでも女の子の服を着たことある男なんて、僕と秀吉と渚君に殺せんせー……あれ、もしかして割合で言ったら意外と多い?

 

「大変だねー皆、ヘンテコな名前つけられたり女の子の格好させられたり」

 

 僕が女装の普遍性について考えていると、ヘンテコな名前代表とも言えるカルマ君が他人事のように言ってきた。

 いやいや、絶対カルマ君もこっち側でしょ。皆もそう思ったらしく、カルマ君の発言にビックリした様子である。

 当の本人は全く気にしている感じではなく、皆の反応を見てもケロッとしていた。

 

「あー俺? 俺は結構気に入ってるよ、この名前。たまたま親のヘンテコセンスが子供にも遺伝したんだろーね」

 

「お前もヘンテコな野郎だもんな」

 

 これに関しては雄二と全くの同意見だ。どうしてか色々とヘンテコな人が多いE組の中でも、特にカルマ君はヘンテコな部類だろう。

 

「先生も名前については不満があります」

 

 いよいよ殺せんせーまでこの話題に入ってきた。

 でも殺せんせーは名前の何が不満なのさ。殺せない先生だから“殺せんせー”、ピッタリな名前だと思うんだけど。

 

「殺せんせーは気に入ってんじゃん。茅野がつけたその名前」

 

「気に入ってるからこそ不満なんです。未だに2名ほど、その名前で呼んでくれない者がいます」

 

 杉野君の指摘に、殺せんせーは烏間先生とビッチ先生を恨めしそうに見遣る。

 言われた二人も自覚しているのか、視線を合わせないようにしていた。もしかして殺せんせーって言うの、大人としては恥ずかしいのかな?

 

「じゃーさ、いっそのことコードネームで呼び合うってどう?」

 

 それぞれ名前に対する不満を漏らしていると、矢田さんがそんなことを言い出した。

 

「コードネーム?」

 

「そ、皆の名前をもう一つ新しく作るの。なんかそういうの、殺し屋っぽくてカッコよくない?」

 

 そういえば握力オバケさんが毒ガスおじさんのことを、“スモッグ”とかなんとか言ってたような……きっと握力オバケさんや軍人上がりさんにも、似たようなコードネームがあったんだろう。

 そんな矢田さんの提案を聞いた殺せんせーもコードネーム呼びに乗り気である。

 

「なるほど、良いですねぇ。頭の固いあの二人もあだ名で呼ぶのに慣れるべきです」

 

 というわけで、今日一日コードネームで呼ぶことが決定した。いつもと違う呼び方で皆を呼ぶのも楽しそうだ。

 どういったコードネームにするかは、各自全員分のコードネーム候補を紙に書いて殺せんせーが無作為で引いたものにするそうだ。全員分っていうのが少し手間だけど……こればっかりは仕方ないな。直感でどんどん考えていこう。

 

 

 

 

 

 

 コードネーム呼びで過ごすことになった一時間目は、“烏間先生(堅物)”を標的に見立てた射撃訓練である。

 的を狙った射撃とは違って動く標的を、どのように動いて仕留めるかといった訓練だ。個人の技量だけじゃなくて連携も重要になってくる。

 

「“ムッツリーニ(エロ忍者マスター)”、“堅物”はどうしてる?」

 

 偵察で木の上から全体を見渡している“エロ忍者マスター”に、携帯で連絡を取りつつ“堅物”周りの状況を確認する。

 

「…………今のところ動きは見られない。作戦通り、“磯貝(貧乏委員)”と“前原(女たらしクソ野郎)”が背後を取った」

 

「了解。二人とも、上手くこっちに追い込んでくれるといいけど」

 

 “貧乏委員”と“女たらしクソ野郎”が沢まで“堅物”を誘導してくれたら、動きの遅い“原さん(椚ヶ丘の母)“を囮にして僕と“岡野さん(すごいサル)”が強襲する手筈だ。

 更に僕と“すごいサル”も囮で、“堅物”の注意を引きつつ“速水さん(ツンデレスナイパー)”が隙を突いて狙撃する。“堅物”相手には策を張り巡らさないと射撃は当てられない。

 だけど作戦通りに上手くはいかなかったようで、“雄二(赤髪脳筋ゴリラ)”が僕の方へ駆け寄ってきた。

 

「“貧乏委員”と“女たらしクソ野郎”が抜かれた! 俺達は“堅物”を追って右から迂回しつつ回り込むぞ、“明久(超絶美少女アキちゃん)”!」

 

「分かった! じゃあ“すごいサル”は“秀吉(両性二十面相)”と合流して左から回り込んで!」

 

「OK!」

 

 作戦を変更して僕と“赤髪脳筋ゴリラ”は右方向から、“すごいサル”と“両性二十面相”は左方向から“堅物”を追い詰めていくことにする。

 

「“神崎さん(神崎名人)”と“狭間さん(E組の闇)”は!?」

 

「そのまま待機させてる! アイツらは“ツンデレスナイパー”や“千葉(ギャルゲーの主人公)”と同じで狙撃する役目だからな! 動き回らせるより備えさせた方がいい!」

 

 作戦では“赤髪脳筋ゴリラ”と“両性二十面相”は、僕と“すごいサル”が抜かれた時の予防線として待ち伏せていた。

 僕と“すごいサル”の背後で狙撃するため“ツンデレスナイパー”が控えてたように、“神崎名人”と“E組の闇”は“赤髪脳筋ゴリラ”と“両性二十面相”の背後で狙撃するため控えていたのだ。

 “貧乏委員”と“女たらしクソ野郎”が作戦通りに沢へ“堅物”を誘導できていたら、“堅物”に逃げ場はなく四方からの狙撃で蜂の巣である。

 

『はい、終了でーす!』

 

 と、“堅物”へ向けて駆けている途中で“(萌え箱)”からタイムアップの知らせが入った。

 んー、時間内に“堅物”へ追いつけなかったか。僕らは接触すらできなかったけど、いったい何発命中させられたんだろう。

 

「“萌え箱”、結果はどうなった?」

 

 “赤髪脳筋ゴリラ”が“萌え箱”に射撃訓練の結果を聞く。

 

『“寺坂(鷹岡もどき)”さんが一発、“木村(ジャスティス)”さんが四発。合計五発、“堅物”先生への被弾を確認しました』

 

「そっちの作戦は上手くいったか」

 

 メインの作戦としては“貧乏委員”と“女たらしクソ野郎”が“堅物”を追い込んで“ツンデレスナイパー”が狙撃する手筈だったけど、もし二人が突破された時のためのサブの作戦ももちろん練っていた。

 その作戦は“ギャルゲーの主人公”の狙撃ポイントへ“堅物”を誘導しつつ、“ギャルゲーの主人公”が警戒されていることを利用して遠くに注意を向けたところで“ジャスティス”による速攻を仕掛けるというものである。

 “萌え箱”から聞いた結果で分かるように、“ジャスティス”の奇襲は見事に成功したようだ。

 

「じゃあグラウンドへ戻ろうか」

 

「そうだな。射撃訓練の批評会だ」

 

 

 

 

 

 

 グラウンドでの簡単な批評会も終わり、体操服から制服へ着替えた僕らは教室へ戻ってきていた。

 

「……で、どうでした? 一時間目をコードネームで過ごした気分は」

 

「「「なんか……どっと傷付いた」」」

 

 そして全員が分かりやすく精神的に参っていた。

 訓練中は敢えて気にしないようにしてたものの、皆の考えたコードネームの酷さが半端じゃない。精神をガシガシ削られた気分だ。

 これ絶対にコードネーム選んだの無作為じゃないわ。だってまともなコードネームがほとんどないもん。

 

「そうですかそうですか」

 

 殺せんせー、他人事だからってサラっと流しやがった。そうですかそうですか、じゃないよ全く。

 

「殺せんせー、何で俺だけ本名のままだったんだよ」

 

 皆が精神的に参るようなコードネームを付けられた中、一人だけコードネームじゃなくて本名だった木村君が殺せんせーに疑問を投げかける。

 それは僕もちょっと気になってたし、コードネームが無作為じゃないと思った理由だ。まぁキラキラネームだからコードネームみたいなもんだけどね。

 

「今日の体育の訓練内容は知ってましたから、君の機動力なら活躍すると思ったからです。格好良く決めた時なら、“ジャスティス”って名前でもしっくりきたでしょ」

 

 確かに殺せんせーの言う通り、決め手の瞬間だったら“ジャスティス”でも違和感はなさそうだな。漫画でいう必殺技というか、掛け声みたいな雰囲気もある。

 更に殺せんせーは何かの紙を取り出すと、その紙を木村君へ見せた。

 

「安心のため言っておくと、君の名前は比較的簡単に改名手続きが出来るはずです。極めて読みづらい名前であり、普段から読みやすい名前で通してますからね。改名の条件はほぼ満たしています」

 

「そうなんだ……」

 

 殺せんせーが取り出した紙には推薦図書購入申込書と書かれており、その名前の欄には“正義(まさよし)”で通した木村君の名前が書かれている。

 木村君、呼び方だけじゃなくて振り仮名も必要じゃなければ“まさよし”にしてたんだ。そこまでは知らなかった。

 

「でもね。もし君が先生を殺せたなら、世界はきっと君の名前をこう解釈するでしょう。“まさしく正義(ジャスティス)だ。地球を救った英雄の名に相応しい”、と」

 

 おぉ、そんな風に記事にでもされたらめちゃくちゃ格好良いな。本当にヒーローみたいだ。

 木村君もそう思ったのか、今まで散々嫌だと言っていた“ジャスティス”について考えている様子である。

 

「親がくれた立派な名前に、正直大した意味はありません。意味があるのは、その名の人が実際の人生で何をしたか。名前は人を造らない。人が歩いた足跡の中に、そっと名前が残るだけです」

 

 そうだよね。親としては名前に意味を考えて子供につけるんだろうけど、ぶっちゃけ生きる上で名前に意味なんて必要ない。

 そうじゃなかったら僕は、元々女の子として生きる運命だったみたいなことになる。こんなに男らしい生き様なのに、名前の意味だけで女の子として生きるなんて無理な話だ。

 

「もうしばらくその名前(ジャスティス)、大事に持っておいてはどうでしょう。少なくとも暗殺に決着がつく時までは……ね」

 

「……そーしてやっか」

 

 どうやら木村君は自分の名前と一応の折り合いをつけることができたらしい。自分の嫌な部分を克服できたんだったら良かった。

 

「……さて、今日はコードネームで呼ぶ日でしたよね。先生のコードネームも紹介するので、以後この名で呼んでください」

 

 と、綺麗に話が纏まったところで殺せんせーがそんなことを言い出した。もう既に“殺せんせー”がコードネームみたいなもんだと思うんだけど。

 そうして殺せんせーは黒板に自身で考えたらしいコードネームを書いていく。

 

「“永遠(とわ)なる疾風(かぜ)運命(さだめ)の皇子”、と」

 

 めっちゃドヤ顔でスカしたコードネームを告げた殺せんせーに、コードネームで精神をガシガシ削られたE組の皆が切れた。

 

「一人だけ何スカした名前付けてんだ!」

 

「しかも何だそのドヤ顔!」

 

「にゅやッ! ちょ、いーじゃないですか一日くらい!」

 

「うるせー! お前なんて“バカなるエロのチキンのタコ”で十分だ!」

 

 というわけで、誰が言い出したか分からないけど殺せんせーのコードネームは“バカなるエロのチキンのタコ”に決まったのだった。

 

 

 

 

 

 今日の授業が終わって放課後、僕らは自主訓練の準備をしながらコードネーム呼びについて話していた。

 

「ようやく今日一日が終わったね。もし次コードネーム呼びする時は、出来ればもう少し格好良いのがいいな」

 

「そうだな、“超絶美少女アキちゃん”」

 

「もうそのコードネーム呼び終わりだから! ってか僕の名前考えたのって雄二でしょ!」

 

 まるで女装したら自分がめちゃくちゃ可愛いって主張してるみたいで痛過ぎる。絶対に律が見せた僕の小さい頃の写真が由来でしょ。

 こんな絶妙に恥ずかしいコードネーム、考えつくのは他人を貶めることに慣れた奴に違いない。つまり僕のコードネームを考えた最有力候補は雄二だったのだが、

 

「いや、俺が考えた明久のコードネームは“バカ世界ランキング一位”だ」

 

「え、雄二じゃないの? ってことは――」

 

「吉井の名前考えたのは俺だよ」

 

 そう言って会話に混ざってきたのはカルマ君だ。

 

「カルマ君か。そうだと思ったよ」

 

 他人を貶めることに慣れた奴なんて、雄二じゃなければカルマ君しかいないと思ってた。

 二人とも特徴から悪辣な思考回路まで似たもの同士だからなぁ。僕が直感で考えた二人のコードネームも、“赤髪脳筋ゴリラ”と“赤髪スカシゴリラ”だったし。実際のカルマ君のコードネームは“中二半”だったけど。

 

「ちなみに雄二とカルマ君はお互いのコードネーム何にしたの?」

 

「「“鬼畜悪魔”」」

 

 二人にピッタリなコードネームだった。

 でも雄二とカルマ君は同じコードネームが嫌だったのか、二人揃って“鬼畜悪魔”の称号を押し付け合っている。

 

「いやいや、不良相手に重機を持ち出す奴の方が鬼畜だろう」

 

「いやいや、不良ごと廃墟ぶっ壊そうとする方が悪魔だと思うね」

 

「どっちもどっちだと思うよ」

 

 ホント、どっちも不良が相手だからってやり過ぎなんだよね。まぁあの時は多勢に無勢で加減してる余裕もなかったけどさ。

 そんな話をしてると岡島君が急に立ち上がった。

 

「よし! この際だから俺も聞くぞ! 俺のコードネーム、“変態終末期”にした奴って誰だよ!」

 

 どうやら岡島君もコードネームをつけた人に物申したいようだ。とはいえもう引き返せないくらいの変態、って意味ではこれ以上ないくらい岡島君を表してると思う。

 岡島君の大きな声を聞いて、“変態終末期”のコードネームを考えた人が手を挙げる。

 

「……女子ほぼ全員じゃね?」

 

 そう、大半の女子が岡島君のコードネームを“変態終末期”にしていたのだ。これには流石に同情の念を禁じ得ない。

 僕ら男子は項垂れる岡島君を慰めながら、気分晴らしに自主訓練へ向かうことにしたのだった。




雄二とカルマ君の不良無双は番外編で書こうかなー、と思ったり思わなかったりしてます。
ちなみに秀吉のコードネームは中村さん、ムッツリーニのコードネームは岡島君が考えたものです。


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体育祭の時間

 二学期の中間テストが迫ってきた今日この頃、僕は柄にもなくテスト勉強……することなく新作ゲームを買いに街へ出ていた。

 

「ずっと楽しみにしてたんだよなぁ、このゲーム。色々あって発売延期してたから、今日くらいは思う存分ゲームしよっと」

 

 以前の僕だったらただ勉強をサボってゲームしてるだけの状況だけど、今は殺せんせーの教育のおかげで勉強も習慣づいてきている。一日くらい自習をサボっても大丈夫なはずだ。

 姉さんが来た夏休み以降、食生活を注意されてからは生活費を削ってゲーム代に当てることもしてない。前みたいに塩水やパン粉飯や六十四分の一カップ麺を主食になんてしてないし、生活面を考えても問題はないだろう。

 

 そういうわけで誰に気兼ねすることもなくゲームを満喫する予定を立てていると、何やら商店街の一角に椚ヶ丘の制服を着た集団がいた。というかよく見ればA組とE組の人達だった。

 A組とE組の組み合わせなんて、絶対に何か問題があった時の構図でしょ。いったい何があったんだろう。

 

「皆、こんなところで何してるの?」

 

 僕が声を掛けると浅野君と他の男賢人(七賢人の男共)が振り返った。この面子が揃ってる時はだいたい碌なことがない。

 偶々通り掛かっただけで状況が分からない僕に、浅野君は芝居がかった仕草で此処に集まっている理由を説明してくれる。

 

「吉井君か。なに、重大な校則違反を繰り返してる生徒がいるって情報を得てね。その真偽を確かめにきただけさ」

 

「重大な校則違反って……」

 

 E組の皆へ視線を向けると、椚ヶ丘の制服に混ざってウェイター姿の磯貝君がいた。

 あー、そういうことか。磯貝君のバイトがバレたんだな。これはちょっと面倒なことになったかもしれない。

 そもそも磯貝君がE組になったのもバイトがバレたからだって話だ。また校則違反を問題にされたら今度はどうなるか分からない。

 磯貝君ちの家計が厳しいからなんて事情を汲んではくれないだろうけど、何とか磯貝君のバイトは見逃してくれないか浅野君に頼んでみることにする。

 

「浅野君、校則違反なのは分かるけど何とか見逃してくれないかな」

 

「いいよ。今回のことは見なかったことにしよう」

 

「そこを何とか……って、え? いいの?」

 

 E組を貶めたいA組にとって、磯貝君の校則違反は格好の標的のはずだ。正直ダメ元半分の粘り勝ちを狙ってたくらいなんだけど、拍子抜けするくらい簡単に要求を呑んでくれた。

 その浅野君の言葉を聞いて、磯貝君が不安そうにしながらも確認してくる。

 

「浅野、本当に黙っててくれるのか?」

 

「もちろん。……ただし一つだけ条件がある」

 

 やっぱりそう簡単に話を進ませてはくれないか。条件って、浅野君はいったい磯貝君に何をさせるつもりなんだろう?

 

「僕達に闘志を示せたら、磯貝君のバイトの件には目を瞑ろう。今月いっぱいで必要なお金は稼げるって話だしね」

 

「……闘志?」

 

「浅野君達をボコボコにすればいいの?」

 

「そんなことをすれば君も暴力沙汰で処分の対象になるよ」

 

 どうやら闘志といっても直接殴り合うわけではないらしい。だったら何か勝負事でもするのかな。

 まだ何を言いたいのが分からない僕らに、浅野君の言う闘志について具体的な内容を話してくれる。

 

椚ヶ丘(うち)の校風はね、社会に出て闘える志を持つ者を何より尊ぶ。違反行為を帳消しにするほどの尊敬を得られる闘志。それを示すために、今度の体育祭で棒倒しに参加するんだ。A組に勝てたらバイトの件は大目に見ると約束しよう」

 

 なるほど、体育祭か。そう言えば間近に迫ってるのは中間テストだけじゃなかったな。

 E組にはほとんど関係ないからあんまり気にしてなかった。球技大会と一緒で団体戦は除け者にされるから、どう頑張っても総合優勝はあり得ないし。

 磯貝君もそう思ったのか、戸惑いの表情を浮かべながら浅野君に聞き返す。

 

「棒倒しって……そもそもE組には団体戦に出る予定はないだろ。A組とは人数差だってあるし、どう考えても公平な闘いにはならないぞ」

 

「だからこそ、君らが僕らに挑戦状を叩きつけたことにすればいい。それもまた、強者に立ち向かう勇気ある行動として称賛される。……まぁこの条件を受けるかどうかは君次第だ。よく考えて決めるといい」

 

 そう言って浅野君達はこの場から去っていった。

 うーん、棒倒しか。確かE組に比べてA組の男子は十人くらい多くなかったっけ。運動神経は訓練してる僕らの方が上だろうけど、単純な戦力差で考えると厳しい闘いになりそうだ。

 

「なんだか大変なことになっちゃったわね」

 

「棒倒しじゃ私達女子は何もできないよ」

 

 事の成り行きを見守っていた皆が近づいてきた。大変なことになったというのは片岡さんに同意せざるを得ない。浅野君ももうちょっと穏便に見逃してくれないもんかなぁ。

 それに茅野さんが言う通り、女子が何もできないというのはきっと歯痒い想いだろう。男子のみ参加の棒倒しで勝つことが条件ってことは、本番では女子は見守ることしかできないってことなんだから。

 

E組(俺ら)に赤っ恥かかせる魂胆が見え見えだぜ」

 

「でも受けなきゃ磯貝はまたペナルティだぞ。もうE組には落ちてるし、下手すりゃ退学処分もあるんじゃねぇか?」

 

 前原君の考えているように、これは球技大会のエキシビションと同じ流れだ。E組がボコボコにされるのを見て笑い物にしたいんだろう。

 とはいえ岡島君が心配してるように、磯貝君の校則違反を盾に取られてるから受けないわけにはいかない。逃げ道を塞いで選択肢を与えない辺り、どうやら浅野君はどういうわけかE組に棒倒しをさせたいようだ。

 

「……いや、やる必要ないよ。浅野のことだから何されるか分かったもんじゃないし」

 

 しかし当の本人である磯貝君がそんなことを言い出した。もしかして何か棒倒しを受けなくてもいい妙案があるんだろうか?

 

「俺が巻いた種だから責任は全て俺が持つ。退学上等! 暗殺なんて校舎の外からでも狙えるしな」

 

 なんて思ってたら何も考えてないだけだった。無理に明るく振る舞ってるし。校則違反の処罰も受ける気満々だし。

 取り敢えず僕は目の前にあるアホ毛を引っ叩いておいた。磯貝君は頭を抱えて痛がってるけど自業自得だと思う。

 

「痛ったー、何すんだよ」

 

「磯貝君、難しく考え過ぎだよ。別に悩む必要ないじゃん」

 

 責任どうこう言うなら黙認してたE組全員に責任はあるだろう。それに磯貝君が退学になるかもしれないっていうのに、それを黙って見過ごすほど僕らは薄情じゃないぞ。

 そこに前原君、渚君、岡島君も入ってくる。

 

「そうだぜ。A組のガリ勉どもに棒倒しで勝ちゃいいんだろ? 楽勝じゃんか!」

 

「それにもし磯貝君がE組から居なくなったりしたら寂しいしね」

 

「他の奴らも俺達と同じ意見だと思うぞ。A組に対して日頃の恨みを晴らすチャンスでもあるしな」

 

「お前ら……」

 

 そんな僕らのやる気を見て、磯貝君も覚悟を決めたようだ。さっきみたいな無理な笑顔もなくなってる。

 

「……ありがとな。でもまずは他の皆の意見も聞かないと。本当に棒倒しをするか判断するのはそれからだ」

 

「大丈夫だって言ってるのに、本当に磯貝君は律儀だなぁ」

 

 そういうわけで改めて皆の意見を聞いた上で、明日から棒倒しに向けての作戦を練ることになった。作戦を練るだけじゃなくて練習もしないとな。

 そうと決まれば磯貝君は一先ずお店へ戻った。まぁいきなりバイトが抜けて帰らなかったらお店にも迷惑が掛かるしね。

 

 

 

 

 

 

 そうして棒倒しへ向けて準備をしているうちに、数日が経ってあっという間に僕らは体育祭当日を迎えていた。

 E組は団体戦には出ないけど、個人戦には普通に出ないといけない。今は男子の百メートル走で木村君が競技に出ていた。

 

『百メートル走はA・B・C・D組がリードを許す苦しい展開! 負けるな我が校のエリート達!』

 

「うーん、体育祭でも相変わらずのアウェイ感」

 

「まぁもう慣れたもんだよ、敵に囲まれてる状況なんて」

 

「そんな状況に慣れるのもどうかと思うがの」

 

 こればっかりは環境の問題だから仕方ない。暗殺教室にいたら嫌でも度胸はついてくる。

 

「ふぉぉカッコいい木村君! もっと笑いながら走って!」

 

 こうやって殺せんせーが浮かれて騒がしくしてるのも暗殺教室では慣れたもんだ。

 国家機密とかもう周りにバレなければ何でもいいや。殺せんせーもその辺は最低限配慮してるみたいだし。ホント、よくバレないよなぁ。

 

「ヌルフフフフ、この学校の体育祭は観客席が近くていいですねぇ。ド迫力を目立たずに観戦することができます」

 

「目立ってないかと言えばギリギリだけどね」

 

 身内だったら知られたくないくらいには目立ってるっていうか、まず間違いなく本校舎の生徒には不審がられてる。全校集会で一度だけ姿を見せたことはあるけど、見慣れてない人からすると不審が服を着て歩いてるようなものだ。

 

「でもさ〜烏間先生。トラック競技、木村ちゃん以外は苦戦してるね。陸上部とかにはなかなか勝てない」

 

 倉橋さんが競技の様子を見ながら烏間先生に話しかける。

 今は女子の百メートル走で矢田さんが競技に出てるけど、残念ながら一位じゃなくて二位だ。どうやら一位は陸上部の人らしい。

 

「当然だ。百メートル走を二秒も三秒も縮める訓練はしていない。君らも万能ではないということだ」

 

 まぁ身体能力は暗殺訓練で全体的に上がってるけど、流石に専門分野で鍛えてる人には敵わないってことだな。

 でも僕らの身体能力があれば、専門分野で鍛えてる人以外には負けないだろう。

 

「うぉぉ! 原さんやべぇ!」

 

「足の遅さを帳消しにする正確無比なパン食い!」

 

 今やってるパン食い競争では、原さんが獲物を仕留める野生動物もかくやといった跳躍で吊られたパンを食い千切った。まるでワニのデスロールのようだ。

 そのままパンを加えてゴール前の完食ゾーンまで行った原さんは、パンを食べる……のではなく吸引力が売りの掃除機のように吸い込んだ。

 

「飲み物よ、パンは」

 

 ただただ純粋に原さんが凄い。でもパンは噛まないと身体には良くないよ。食事の回数が少な過ぎて胃が退化してる僕が言うのもなんだけど。

 

「うんうん、こういった意外性は殺し屋ならでは。暗殺で伸ばした基礎体力、バランス能力、動体視力や距離感覚は非日常的な競技でこそ発揮される。棒倒しでどう活かすか……それは君次第ですよ、磯貝君」

 

 殺せんせーに言われた磯貝君は、この数日で纏めた“棒倒し作戦表”ノートを見ながら表情を硬くしている。他の皆も緊張の色が隠せないでいた。

 まぁ無理もないか。イトナ君とムッツリーニの情報収集で判明した浅野君の本当の目的は、僕らを痛めつけて中間テストに支障をきたすことだったんだから。

 

「とはいえ()()はやり過ぎな気がするけどね」

 

「浅野らしいっつーかなんつーか……程度ってもんを知らねーよな、アイツ」

 

「浅野は完璧主義なようじゃからのぅ」

 

「…………容赦がない」

 

 もちろん本校舎の一般生徒相手にやられるほど僕らは柔じゃないけど、まさか棒倒しのためだけに外国から一回りも二回りも体格の大きい外国人を呼び出すとは思ってなかった。

 情報によればそれぞれ有名なレスリングジムの次代のエース、ブラジルの世界的格闘家の息子、韓国バスケ界の期待の星、全米アメフトのジュニア代表と、よくもまぁE組を潰すためだけにかき集めてきたもんだ。

 全員そこら辺の大人より大きいけど、本当に十五歳で合ってるんだろうな。さっきのA組対D組の綱引きなんて、ほとんどその四人だけで勝ったようなもんなんだけど。

 

 そんな浅野君や外国人留学生達を見て、磯貝君はさっき以上に思い詰めた顔をしていた。

 同じく殺せんせーもそんな磯貝君に気付いたようで声を掛ける。

 

「磯貝君、どうしました?」

 

「……殺せんせー、俺には浅野みたいな語学力はない。俺の力はとても浅野には及ばないんじゃ……」

 

 それは……磯貝君に限らず皆そうじゃない? 寧ろ浅野君に匹敵する人なんて片手で数えるくらいしかいないんじゃないだろうか。いきなり浅野君レベルを求める方が無理がある。

 殺せんせーもそう考えらしく、磯貝君の弱音を否定することはなかった。

 

「……そうですねぇ、率直に言えばその通りです。浅野君は一言で言えば“傑物”です。彼ほど完成度の高い十五歳は見たことがありません。君が幾ら万能といえども、社会に出れば君より上はやはりいる。彼のようなね」

 

 そうだろうな。世界は広いってよく言うし、少なくとも僕より上は山のようにいるはずだ。

 

「でもね、社会において一人の力には限度がある。仲間を率いて戦う力。その点で君は浅野君をも上回れます。君が劣勢(ピンチ)に陥った時も、皆が共有して戦ってくれる。それが君の人徳です。先生もね、浅野君よりも君の担任になれたことが嬉しいですよ」

 

 そう言って殺せんせーは磯貝君の鉢巻を締めてあげる。

 

 浅野君は配下を使うことには慣れていても、仲間と一緒に戦うことには慣れていないだろう。それだけ能力が突出してるってことだけど、だからこそ誰かを頼ることはしてこなかったに違いない。

 浅野君に欠点なんて呼べるものがあるとしたらそこだ。A組の男子は浅野君を無視して勝手は出来ないはずだし、リーダーである浅野君の言うことは絶対だろう。浅野君さえ何とか封じることが出来れば勝機はある。

 

「今更怖気付いてんじゃねぇぞ、磯貝。もしビビって不甲斐ねぇ指揮取ったら、俺が先にお前をぶん殴るからな」

 

「俺と坂本と神崎さんで磯貝を虐めまくったんだ。どんな状況にも対応できるシミュレーションはしてるでしょ」

 

「あれは棒倒しのシミュレーションじゃなくて虐殺のシミュレーションだったよ……」

 

 カルマ君の言葉に磯貝君が遠い目をする。

 いったいどんな作戦会議をしたんだろう。僕ら実行部隊は棒倒しに向けて練られた作戦については聞いたけど……きっと壮絶なシミュレーションが幾つも繰り広げられたんだな。

 

「……棒倒しにさえ勝てば、磯貝君のバイトのことは咎められない。お願いね、男子。腹黒生徒会長をぎゃふんと言わせてやって」

 

 そろそろ棒倒しが始まるから準備をしていると、片岡さんが切実そうな表情でそう言ってきた。

 もちろん全力を尽くすつもりだ。磯貝君を退学になんてさせないし、僕らだって黙って痛めつけられるつもりはない。

 

「よっし皆! いつも通り殺る気で行くぞ!」

 

「「「おぉ!」」」

 

 そしてついにA組とE組の棒倒しが幕を開けた。

 

 椚ヶ丘中体育祭の棒倒しは殴ったり蹴ったり、武器の使用は原則禁止されている。まぁそれらを許可したら確実に怪我人が出るからな。

 でも例外として棒を支える人が足を使って追い払ったり、他の人も手で掴んだり腕や肩でのタックルなんかは認められている。

 

 A組がE組を痛めつけてくるとしたら、この例外となるルールを使ってくるはずだ。レスリング選手に格闘家にアメフト選手、ルールに則って痛めつけるには打って付けの専門家だろう。バスケ選手は防御の要に据えてくるというのが僕らの予想だ。

 あとなんかチームの区別をはっきりするためとかなんとかで、A組は長袖の体操服を着てヘッドギアが支給されていた。まぁ僕としては邪魔なだけだし別にいいけどね。

 

 此処からは浅野君や磯貝君の采配一つ……お互いのリーダーの指揮によって戦況が左右される。無駄に戦力を分散させられない以上、最低限の戦力でA組の動きに合わせて対応していくしかない。

 つまり僕らの狙いはカウンター。棒倒しではまず考えられない攻め手なしの、“完全防御形態”陣形でA組を迎え撃った。




取り敢えず今回は棒倒しへの導入回みたいなものなので、出来るだけ近いうちに次の更新をしていきたいと考えています。


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リーダーの時間

〜side 悠馬〜

 ついに体育祭でA組とE組の棒倒しが始まった。

 今回こんなことになった原因は俺にある。A組の目的が俺達を痛めつけることだとしたら、E組の勝利条件は痛めつけられることなくA組の棒を倒すことだ。文句一つ言わずに手を貸してくれる皆のためにも頑張らないとな。

 

 まずは全員守備の“完全防御形態”! これで攻めてくるA組の動きを見て次の手へ繋げる!

 こっちが攻撃を誘ってることは浅野も百も承知だろうけど、だからといってA組とE組の戦力差を考えれば攻めないはずはない。

 

 それを踏まえてE組に対するA組の攻撃は、アメフト選手であるケヴィンを軸にした五人少数での攻めだ。

 いきなり人数を投入してこない辺り、ケヴィンは俺らの反応を見る威力偵察ってところか。アメフト選手の突進力で棒に突っ込まれたら一溜まりもないな。

 

「クソが! 無抵抗でやられっかよ!」

 

「先にこっちから仕掛けてやる!」

 

 A組の動きに吉田と村松が焦って飛び出した()()をしながらケヴィンへ向かって走り出すが、ケヴィンの圧倒的なパワーに二人は観客席まで吹っ飛ばされてしまった。

 でもそれも作戦のうちだ。吉田と村松の行動は外国人部隊に対する威力偵察と、とある作戦へ繋げるためにやられたフリをすることが目的である。

 そのために吹っ飛ばされることになってしまったけど、この役目は部隊編成の時に自分達が適任だと二人が名乗り出てくれた。その働きに感謝して得られた情報は必ず活かしてみせる。

 

「守備第一部隊、前に出てくれ!」

 

 とにかくケヴィン主体の攻撃部隊を何とかしないと、A組の陣形は全く動いてくれない。この第一陣を乗り切って相手に隙を作り出さないと。

 

「任せとけ。行くぞカルマ」

 

「りょーかい。上手くやってくるよ」

 

 そう言って守備第一部隊……坂本とカルマがケヴィンと相対するため、棒から離れて前へ出た。頼んだぞ、二人とも。

 そんな二人を見てケヴィンが冷めたような目線をこちらへ向けてくる。

 

「【フン、俺相手にまた二人だけか。さっきのを見ただろうに、命知らずにも程がある。……と言っても通じないか】」

 

「【口ばっか動かしてんじゃねーよデカブツが】」

 

「【御託はいいからさっさと攻めてくればぁ?】」

 

 と、英語で喋るケヴィンに対して坂本とカルマも英語で挑発した。浅野みたいに何ヶ国語も使い分けることはできないが、英語くらいだったらE組でもある程度は話せる。

 

「【ほう、標準語を話せる奴もいるじゃないか。では二人で何が出来るのか、見せてもらおうか】」

 

 浅野の指示を確認したケヴィンが、攻撃指示を受けて二人へ突っ込んでいく。何もしなければ吉田と村松の二の舞になる。

 しかしそうならないために二人がケヴィンの動きを、実際に坂本とカルマの目の前で見せてくれたんだ。E組トップの戦闘能力を誇る二人にはそれで十分だった。

 

 ケヴィンの突進に合わせてカルマが前衛、坂本が後衛となって真正面からぶつかる。

 もちろんケヴィンとのパワー勝負になれば、たとえ坂本とカルマでも勝ち目はない。だが二人掛かりなら対処できると言ってくれた。俺はその言葉を信じる。

 

 そうしてケヴィンと二人の激突は一瞬の攻防で決着がついた。

 

 カルマが突っ込んできたケヴィンの両腕を掴むと、勢いに押されながらも強引に自分ごと地面へ引き倒す。下手をすればそのまま地面へ押し潰される動きだが、間髪入れず二人が倒れ切る前に坂本が突っ込んだ。

 カルマのおかげでガラ空きになったケヴィンの首元へ坂本が腕を巻きつけると、突っ込んだ勢いそのままに力尽くで腕を振り抜いた。前のめりに体勢を崩していたケヴィンは、カルマが手を離したことで首を軸にその大きな身体を宙で回されて地面へ叩きつけられた。

 

「ガッ!?」

 

 二人掛かりの変則ラリアットで頭から地面へ叩きつけられたケヴィンは、意識こそ失ってないみたいだが身体をぐったりさせている。

 

「ハッ、幾ら図体がデカかろうが頭から地面に叩きつけられたら一溜まりもねぇだろ」

 

「ま、ヘッドギア付けてんだから多少荒くやっても大丈夫だよね。こっちも心置きなくやれるよ」

 

 本当に二人は頼りになる。主力の外国人部隊であるケヴィンが倒されたことによって、残ったA組の四人は坂本とカルマを警戒して攻めきれなくなっていた。

 此処までスムーズに撃破できたのは、事前に外国人部隊の情報を仕入れることができたことが大きい。浅野が助っ人に呼んだ彼らは有名な選手だっただけに、ネット動画なんかで試合の動きを見ることができた。既に外国人部隊の分析はバッチリ済んでいる。

 

 そこへ浅野はレスリング選手のカミーユと温存部隊を追加で投入してきた。坂本とカルマに対処するために、格闘に特化したカミーユと物量での封じ込めか。

 両側へ回り込むような動き……第一陣と一緒に挟み込む算段だな。攻めるなら敵戦力が分散してきた今しかない。

 

「二人とも、戻れ! 攻撃部隊、こっちも攻めに出るぞ! 作戦は“粘液”! 竹林、“弾丸”のタイミングは任せる!」

 

「分かった」

 

 攻撃部隊である岡島、木下、木村、杉野、土屋、前原、吉井と俺の八人でA組陣地へ向かった。

 身体能力的に坂本とカルマも連れていきたかったけど、二人にはA組の一般生徒への牽制とカミーユ対策にE組陣地へ残ってもらう。棒を支える守備第二部隊を守ってもらわないといけない。

 

 そして今A組で棒を支えている奴を除けば、動ける守備部隊は全部で七人だ。仮に一人ずつこっちの攻めを防がれたとしても、最低一人は守備を抜けて棒へ辿り着ける。

 そこで棒を支える奴らの上に一人でも登れれば、混乱に乗じて他の攻撃部隊も続いて棒へ取り付く。そうなれば人数差があろうとこっちのものだ。

 

 とはいえA組の攻撃部隊十五人に対して、E組の守備部隊は九人だ。俺ら攻撃部隊が上手く攻めないと、守備部隊も厳しい戦いを強いられることになるだろう。

 攻めに時間は掛けられない。両側へ回り込んだA組に対して、俺達は最短ルートで中央突破だ。ただし格闘家のジョゼだけは出来る限り避けていく。

 

 事前に外国人部隊を分析した結果、格闘技に精通するカミーユと格闘家のジョゼには坂本とカルマの二人でも撃破するのは厳しいという結論に達していた。

 もしジョゼと相対して攻撃を捌けるとすれば、攻撃部隊の中では吉井が何とか出来るといったレベルである。最悪の場合、皆を巻き込んだ俺が盾になってでも守らないと。

 

 しかし直後にE組陣地へ攻め入っていた温存部隊が反転、中央突破した俺達を追って防御に戻ってきた。

 いや、防御にじゃなくて俺達を痛めつけにって言った方が正しいか。A組の作戦はE組の守備部隊に左右からじゃなくて、攻撃部隊に前後から挟み込む作戦だったらしい。

 

 でも浅野、残念だったな。A組の目的がE組を潰すことだと分かっていた以上、その手のフェイクは想定内だ。

 作戦“粘液”の内容は二つのパターンに分けられている。一つは攻撃目的の一人一殺でA組の守備を突破する“粘液絡み”。そしてもう一つの目的は――。

 

「なんで全員こっち来んの!?」

 

 観客席へ飛び込んできた俺達に対して、観戦していた一般生徒からの絶叫が飛び交う。

 

「場外なんてルールにはなかったよね。今から学校の全部が棒倒しのフィールドだよ」

 

 吉井が追ってきたカミーユとジョゼに手招きで挑発する。吉井の奴、一人で外国人部隊二人を引き付けるつもりか。その役目は俺がするって言っておいたのに。

 言葉は分からなくても仕草で誘ってることは分かったようだ。カミーユとジョゼは吉井を追い、それに続いて他のA組も俺達を捕まえるために観客席へやってくる。

 

 そう、作戦“粘液”のもう一つの目的は逃避目的の場外を巻き込んでの“粘液地獄”だ。観客席の混乱に乗じて勝機を見出す。

 

「橋爪! 田中! 横川! 深追いはせず守備に戻れ! 混戦の中から飛び出す奴を警戒するんだ! 磯貝・木村・吉井の三人は特に注意だ! その位置で見張っていろ!」

 

 だが浅野の統率力は流石だと言わざるを得ない。観客席へ逃げ込むという常識外れの奇策に対して、瞬時に戦況を把握すると味方へ的確な指示を出していた。

 それでも今はE組の流れだ。いかに浅野が統率力に優れていようとも、この乱戦の中で思わぬ奇襲を掛けられたとすれば――。

 

「序盤で吹っ飛ばされた村松・吉田の姿が見当たらない! 恐らく混戦となった観客席の逆サイドに潜んでいるぞ! 二人を探し出して奇襲の可能性を潰せ!」

 

 くっ、村松と吉田の二人の“保護色擬態”が見破られたか! 二人のやられたフリからの奇襲がE組にとってベストの形だったのに……!

 仕方ない、だったら次の手だ。E組は第一の刃が防がれたくらいで打つ手がなくなるような脆い教育はされてないぞ。

 

 

 

 

 

「『全員止まれ! これはE組の罠だ!』」

 

 

 

 

 

 グラウンド全体に響き渡るような大きな浅野の声で指示が出される。その唐突な指示に俺達を追い回していたA組の動きが止まった。

 追い詰めている状況での制止に意味が分からなかったようで、多くのA組は浅野を振り返って真意を確かめようとしていた。だけど浅野も今の状況に慌てている様子だ。

 

「違う! 今のは僕の指示じゃ――」

 

「逃げるのは終わりだ! 全員“音速”!」

 

 この隙を逃せば更にE組の勝てる可能性は低くなる。特攻を仕掛けるなら今をおいて他にない。

 

 さっきのA組の指示はもちろん浅野が出したものじゃなく、混戦の中でフィールド中央へ逃げていた木下による声真似だ。浅野の声を真似て統率を崩す“保護色模倣”である。

 攻撃部隊である俺達と別働隊である村松、吉田を探すためにA組の攻撃部隊はフィールドへ広く展開されていた。それによってA組の守備は手薄になっており、木下の声真似でA組が動揺している隙を突いて攻撃部隊全員で棒へ取り付く。それこそが“音速飛行”の内容だ。

 

 村松と吉田の奇襲がバレずに成功していれば、木下が声真似でA組の動揺を誘う必要もなかっただろう。全て作戦通りに行くほど、浅野は甘くないってことだ。

 とはいえ結果として今、俺達はA組の棒へ取り付けているので結果オーライである。

 

「どーよ、浅野。どんだけ人数差あろーが、此処に登っちまえば関係ねー」

 

「どうする浅野君? 此処で降参しておいた方が揉みくちゃにされず済むよ」

 

 声真似でA組の統率を崩すため位置取りしていた木下以外、攻撃部隊と別働隊の九人で取り付いたんだ。ちょっとやそっとのことで引き剥がされるつもりはないぞ。

 

「【フンガー! 降りろチビ!】」

 

「うぉっ!?」

 

 守備の要であるバスケ選手、サンヒョクが強引に杉野を引き剥がそうとする。杉野も引き剥がされまいと必死に棒へしがみつく。

 それによりA組の棒が大きく揺さぶられていた。そのまま力を加えてくれた方が楽に棒を倒せそうだったが、透かさず浅野が韓国語で多分だけどサンヒョクを止める指示を出す。

 

「【や、やめろサンヒョク。この高重心で無理に引っ張ると棒まで倒れる】」

 

「【じゃ、じゃあ打つ手がないってことか!?】」

 

「【……そうじゃない。支えるのに集中しろ。――コイツらは僕一人で片付ける】」

 

 次の瞬間、浅野に手を掛けた吉田の手が捻られて棒から投げ落とされた。続け様に棒を支えに身体を宙へ躍らせると、回転する遠心力を加えて岡島を蹴り飛ばす。

 浅野が身体を宙へ踊らせた隙を狙って吉井も浅野を捕まえようとしたが、浅野は今度は棒の上へと跳んで吉井の腕を掻い潜った。すぐさま棒の上から跳び降りると、捕まえようとした吉井の肩を踏みつけて下へ踏み落とす。

 そうして吉井を踏みつけると同時に蹴って再び跳び上がると、浅野は棒の上へ着地して体勢を整える。

 

「君達如きが僕と同じステージに立つ。蹴り落とされる覚悟は出来ているんだろうね」

 

 普段から訓練を受けてる皆をこうもあっさり捌くなんて……浅野は武道の心得まであるのか。しかも不安定な人の上で棒を使った身のこなし……明らかに型通りのものじゃなくて実践的なものだ。

 そこから皆の上を取った浅野の猛撃が始まった。戦いにおいて上を取られるのはかなり不利だ。防御するのに一杯で、浅野を引き摺り下ろしたり棒を倒したりする余裕がない。

 

「ぐっ……!」

 

 俺は浅野の蹴りを受け止めきれず地面へ蹴落とされてしまった。

 本当に浅野は凄い奴だ。頭脳明晰で統率力もあって、更に戦闘能力まで高いなんて俺じゃあとても敵いそうにない。きっと同じ土俵で戦うなんて烏滸がましいレベルなんだろう。

 

「磯貝君! そのまま踏ん張ってて!」

 

 でも俺はそれでもいいって思えるんだ。殺せんせーが言ってくれたように、俺が指揮を取らなくても頼りになる仲間が助けてくれるんだから。

 後ろから渚の声が聞こえたので、俺は地面に手をついて身体を固定させる。そうして固定した俺の身体を足場にして渚、菅谷、千葉、三村の四人が皆より高く跳び上がって浅野へしがみついた。

 

 竹林、ナイスタイミングだよ。守備部隊も攻撃に加える“弾丸”は棒の守りを大きく下げる捨て身の作戦だ。導入する人数も任せていたが、戦況を見て大多数を投入しても問題ないって判断なんだろう。

 これだけA組の棒にE組が取り付いていたら、数で勝っていようともA組は守りに戦力を割かざるを得ない。寺坂が棒を支えて、坂本とカルマが守りを固める。それで少数のA組相手なら攻めてきたとしても対処できるはずだ。

 

「あ、慌てるな! 棒を支えながら一人ずつ引き剥がせ!」

 

 浅野も何人にもしがみつかれたまま指示を出す余裕はなさそうだ。そんな浅野の様子を見て他のA組の奴らも自ら守りへ戻ってくる。

 もうA組に戦略なんてものはない。ただ必死にしがみつくE組を引き剥がして、自軍の棒を倒させないようにするしかなかった。

 

 此処だ。此処で俺は勝負を決定づける秘密兵器を投入する。

 

「今だ! 来いイトナ!」

 

 イトナは転入生としてE組に入ったから、本校舎の生徒と接点もなく浅野にマークされていない。此処ぞと言う時のためのE組の隠し球だ。ほとんどのA組が守りに回った今、イトナを止める者は誰もいない。

 呼ばれたイトナは俺に向かって一直線に走ってくる。俺はそれを手を組んで待ち構え、イトナが俺の手に足を掛けると同時に一気に跳ね上げた。

 そうして尋常じゃない高さまで跳んだイトナは、浅野をも越えてA組の棒の先端へ取り付く。触手を扱うためシロに施された肉体改造は伊達じゃない。

 

 棒倒しにおいて棒の先端へ取り付かれることは致命的だ。棒の先端へ取り付いたイトナは、跳んだ勢いを殺すことなく棒を傾ける。

 先端に取り付くイトナが重りとなって傾き出した棒を止める術はない。そのままA組の棒は倒れていき、A組とE組の棒倒しは俺達の勝利で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

 磯貝君の退学を賭けた棒倒しはE組の勝利で決着し、体育祭も何とか無事に終わることができた。今は会場の片付け中である。

 と、そこで下級生から声が掛けられた。

 

「磯貝先輩! 格好良かったです!」

 

「おー、ありがと。危ないからマネすんなよ」

 

 相変わらず磯貝君はモテるなぁ。未だに本校舎の女子からラブレター貰ってるって話だし、ホントいつか爆発すればいいのに。

 

「でもよ、なんか本当に空気変わったよな。特に下級生中心にE組見る目が」

 

「当然だべ。こんだけの劣勢ひっくり返して勝ったんだから」

 

「へへ……なんか俺ら、マジでスゲーのかもしんねーな」

 

 まぁ下級生はまだ椚ヶ丘の校則に染まりきってないからね。あれだけ不利な戦いでの劇的な勝利を見せられれば評価も変わるってもんだろう。

 

「あ、浅野君だ」

 

 会場の片付けも終わりに差し掛かった頃、校舎から浅野君が出てきた。なんかレスキューっぽい人と話してたみたいなんだけど……もしかしてケヴィンさん、結構重症だったのかな?

 それに気付いた前原君が浅野君へ詰め寄る。

 

「おい浅野! 二言はないだろうな? 磯貝のバイトのことは黙ってるって」

 

「……僕は嘘を吐かない。君達と違って姑息な手段は使わないからだ」

 

 浅野君の姑息の基準が気になるところだ。僕らからすればめちゃくちゃ姑息な手を使ってた気がするけど。

 E組に負けたばかりだからか、浅野君はいつもの優等生の仮面が外れて仏頂面のままだ。よっぽど悔しかったんだろうな。

 そんな不機嫌丸出しの浅野君へ、磯貝君が笑顔で手を差し出す。

 

「でも流石だったよ、お前の采配。最後までどっちが勝つか分からなかった。またこういう勝負しような!」

 

「消えてくれないかな。次はこうはいかない。全員破滅に追い込んでやる」

 

 しかし浅野君は磯貝君の差し出された手に応じることなく、そう言って悪態を吐くとこの場から去っていってしまった。

 浅野君、プライド高いからなぁ。勝負がついたからって和解なんて絶対しないよね。寧ろ浅野君らしいと思ったくらいだ。

 

 とにかく磯貝君のバイトの件はこれで一安心である。棒倒しで勝てば見逃すって条件を言い出したのは浅野君だ。プライドの高い浅野君が約束を違えることはないだろう。

 そう考えたら改めて一息つくことが出来た。磯貝君も言質が取れて緊張が解けたに違いない。

 

「うわっ、パン食い競争の余りがある! これ持って帰っていいかな? ねっねっ!」

 

 ちょっと解け過ぎな気がしないでもない。

 だけど僕もパンは欲しいので片付けの人に一緒に(たか)ることにした。棒倒しで勝ってパンももらえるなんて、今年の体育祭は良いことづくめである。




浅野君だったら場外を作戦に組み込んでいることが判明した時点で、村松・吉田のやられたフリは気付いてもおかしくないですよね。
原作でもケヴィンを封じる“触手絡み”という策があるのに無駄死にした形でしたし……ということで棒倒しは今回のような展開になりました。

ちなみに「姑息」って「一時の間に合わせにすること」らしいので、本来の意味では確かに浅野君、姑息な手段は使ってないなと書いてて思いました。


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私と貧しい二人と裏山サバイバル(前編)

〜side メグ〜

 

 磯貝君のバイトがバレたことに端を発した体育祭の棒倒しも無事に終わり、週末の休みを挟んだらいよいよ二学期の中間テストまで残り二週間だ。

 一学期の期末テストは学年九位だったから、今度はもう少し上を目指したい。得意な国語のケアレスミスをなくすこともそうだけど、苦手な歴史についての勉強もしっかりしていかないと。

 とはいえ根を詰め過ぎるのは身体に良くないからね。体育祭の疲れを取る意味も兼ねて今日の日中は自由にしよう。勉強は夜から始めることにする。

 

 そういうわけで買い物にでも行こうかな、と思い立って家を出ることにした。もうすぐ夏も終わることだし、衣替えに向けて新しい秋服でも買おうかしら。

 なんて考えながら駅へ向かっていると、少し先の道に見慣れた人が歩いていた。

 

「あれ、磯貝君?」

 

「ん?」

 

 つい出てしまった私の声に反応して磯貝君はこちらを振り向いた。

 そうして私に気が付くと笑顔で手を挙げてくる。うーん、今日も変わらず爽やかでイケメンだわ。

 

「おう、片岡。休みの日に会うなんて奇遇だな」

 

「えぇ、そうね。磯貝君は……結構な量の荷物だけど、何してるの?」

 

 磯貝君は見るからに多い量の荷物をリュックに背負い、格好もいつもの普段着より動きやすそうな服装だった。

 買い物にしては服装がおかしいし、何処かで運動でもするのかしら。大量の荷物はその運動に必要な道具だったりだとか。

 

「あぁ、ちょっと今から吉井と山狩りに行ってくるんだ」

 

「ふぅん、そうなんだ。頑張ってね」

 

「おう、またな」

 

 私は磯貝君と軽く挨拶を済ませると、そのまま別れて駅へ向かった。

 磯貝君の進行方向には学校があるから、多分山狩りは学校の裏山で行われるのだろう。そう、吉井君と一緒に山狩りを――

 

 

 

 

 

ダッ!(私、反転して猛ダッシュ)

 

 

 

 

 

「磯貝君! 山狩りってなにっ!?」

 

「うぇっ!? ど、どうしたんだよ突然……山狩りっていうのは文字通り山で狩りをすることで……」

 

「そうじゃない! 私が聞きたいのはそういうことじゃないわ! どうして磯貝君が山狩りをすることになったかよ!」

 

 あまりに自然に不自然なことを言うものだから流しそうになったけど、何がどうなったら現代日本の都会で中学生が山狩りをすることになるの!?

 私が何に驚いてるのか分からないのか、磯貝君は戸惑いながら山狩りに行くことになった経緯を話してくれる。

 

「いや、この前の体育祭ではバイトがバレて皆に迷惑を掛けただろ?」

 

 まぁ皆は迷惑だなんて思ってないだろうけど、磯貝君としてはやっぱり責任を感じているらしい。

 バイトの件は棒倒しに勝って何とか乗り切ることが出来たものの、それと山狩りに行くことがどう関係してるのかしら?

 

「でも家計が厳しいのは変わらないからさ、何かバイト以外で家計に貢献できないかって考えたんだ。流石に次はないだろうし」

 

 確かに、棒倒しが終わって校則違反については有耶無耶にすることが出来たけど、だからといって磯貝君の家の経済状況が変わったわけじゃない。

 そもそも磯貝君が今回バイトしてたのは、体調を崩されたお母さんに代わって必要なお金を稼ぐためだったわけだし。そうじゃなかったらE組になっても懲りずにバイトなんてしないでしょう。

 でも事がここまで大きくなってしまった以上、同じことを繰り返さないために隠れてバイトをすることはやめたみたいね。

 

「結論としてバイトが駄目なら自給自足するしかない。じゃあ山狩りだって考えに思い至ったんだよ」

 

「うん、今途中経過が色々と飛んだわね。なんでもっと堅実的な方法が挙がらなかったのかしら」

 

 金魚掬いの金魚で料理をするくらいだから出来ることは既にやってると思うけど、だからって最終的に山狩りに行き着くのは発想がぶっ飛び過ぎだと思う。

 

「それで悩んでる時に吉井が心配して話し掛けてきて、相談したら椚ヶ丘学園の裏山は食料が豊富だって教えてくれたんだ」

 

「まず前提としてどうして吉井君は裏山の食料事情に詳しいのよ……」

 

 もしかして吉井君って頻繁に山狩りしてるとか言わないわよね? 最近はお昼も水じゃなくて普通にお弁当を食べてたと思うけど……まさか全部自給自足で作った料理なのかしら?

 とはいえ家庭栽培なんかは成長するまで収穫できないし、都会の中で家畜なんかを飼うのは現実的じゃない。今回みたいに不測の事態になった時、山の生き物や山菜が手に入る山狩りは意外と理に適ってるのかもしれないと思えてきた。

 

「……磯貝君、突然で悪いんだけど私も着いていっていいかしら?」

 

 磯貝君の山狩りを否定するには、私も一度山狩りの良し悪しを体験するしかない。

 そう考えた私は二人の山狩りへ同行することにした。買い物はまた今度にしましょう。というか吉井君の食事情とか磯貝君の今後とか、色々と気になって買い物に集中できないと思うし。

 

「あぁ、人手が多いのは大歓迎だ。でも山に入るから動きやすい服に着替えてきた方がいいと思うぞ」

 

「えぇ、分かったわ。着替えてくるから少し待っててちょうだい。吉井君との待ち合わせまで時間は大丈夫かしら?」

 

「少し早めに家を出たから多分大丈夫だ」

 

 ということで私の休日は平穏な買い物から一転、椚ヶ丘学園の裏山で山狩りをすることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 動きやすい服に着替えた私が磯貝君と一緒に学校の裏山へ向かうと、そこには私達と同じく動きやすそうな服に身を包んだ吉井君が待っていた。

 吉井君も近付いてくる私達に気付いたみたいだ。こちらへと顔を向け、磯貝君の横にいる私を見て目を丸くしている。

 

「あれ、片岡さんも一緒なの?」

 

「急に着いてきちゃってごめんね。ちょっと色々心配で放っておけなかったものだから」

 

 これは私が口出しすることじゃないかもしれないけど、せめてクラスメイトとして二人が常識の範囲から逸脱しないように注意しないと。危ないことだったら止めないとだし。

 吉井君はいきなり来た私を気にした様子もなく笑顔で受け入れてくれた。

 

「僕は全然いいよ。じゃあ片岡さんも一緒に世知辛い貧乏生活を乗り切ろう!」

 

「おーっ!」

 

「ごめんなさい。こう言ったら失礼だけど私の家はそこまで追い込まれてないわ」

 

 残念ながら二人と私の山狩りに対する温度差が激し過ぎる。まぁ自分達の食生活に直結するわけだから、吉井君や磯貝君からすれば気合いの入り方も違うわよね。

 と、そこで吉井君は改めて磯貝君の大きな荷物を見て首を傾げた。

 

「それにしても磯貝君はなんでそんなに荷物が多いの? 必要な道具はこっちで揃えるから荷物は最小限でいいって言ったのに」

 

「そうなの?」

 

 その割には色々入ってることが一目見て分かるくらいの荷物量なんだけど。どう考えても最小限の荷物とは言い難い。

 

「あぁ、だから言われた通り最小限の必要だと思う荷物しか持ってきてないぞ」

 

 持ってきた荷物について問われた磯貝君は、リュックから中身を出して私達に見せてくる。

 

 

 

 

 

 タッパー × 五個、密閉袋 × 十枚、空き瓶 × 三個、ビニール袋 × 十枚、燻製機 × 一台、調味料多数。

 

 

 

 

 

「なるほど。これだけあれば何が獲れても持って帰れるし、その場で調理して加工すれば保存も出来そうだね」

 

「どれだけ獲れるかは分からないけど準備しておいて損はないだろう」

 

「寧ろ調理器具はあるけど容器類はあんまり持ってきてなかったから丁度良いよ」

 

 ……この荷物と会話にツッコミたくなる私がおかしいのかしら? 本当にどれだけ今日の山狩りで狩るつもりなのよ。っていうか磯貝君、明らかに前よりも常識が馬鹿になってない?

 もう常識の範囲内から逸脱しちゃって手遅れなのかなぁ、と若干諦観の念を抱いていると吉井君が申し訳なさそうに今回の山狩りについて話してくる。

 

「でも今日は基本的に魚釣りと山菜採りに絞ろうと思うんだ。二人は山狩りに慣れてないし、動物を狩るのは状況に合わせてやるから大量はちょっと望めないかも」

 

「別に構わないぞ。慣れれば一人でも来れるようになるだろうし、取り敢えず一食でも浮けば御の字だからな」

 

 準備万端だった磯貝君は残念がるかもって思ったものの、特にそんな素振りはなく吉井君の提案を受け入れていた。

 それよりもこの物言いから察するに、成果次第で磯貝君の生活スタイルに山狩りが追加される感じだわ。やっぱりクラスメイトとして止めるべきなのかしら……取り敢えず当初の予定通り、山狩りを体験してから良し悪しについては考えましょう。

 

「私も勝手に着いてきただけだから、それは別にいいけど……山狩りって言うくらいだし、てっきり罠でも仕掛けてるんだと思ってた」

 

「狩りで罠を使うのは狩猟免許がいるから、念のため使わないようにしてるんだ。それに無免許で法定猟具を使えないっていうのもあるけど、裏山に罠を仕掛けて他の誰かが罠に掛かったら危ないしね」

 

「そこは“念のため”じゃなくて、“狩猟免許がないから”にしておきなさい」

 

 要するに動物を見掛けて狩れそうだったら狩るってスタンスで行くみたい。

 っていうか動物を狩るには免許以外にも何か許可が要ると思うけど……まぁ国家機密(殺せんせー)がいて政府も関与してる山だし、椚ヶ丘学園の敷地内でもあるからいいのかしら?

 とはいえまさか吉井君から法律に関する話が出てくるなんて……明らかに狩猟慣れしてる。これは随分前からやってるわね。

 

 そうして吉井君を先導にして、私達は川沿いに上流へと山を登り始めた。

 普段の登校では整備された山道と橋を渡って行くから、あまり必要がなければ川沿いを歩くことはない。途中には流れが速くて深い場所もあったりするから注意しないと。

 川を上っていくと中流から上流辺りに差し掛かったところで、大きな岩場がある釣りに良さそうな場所へ出た。そこで吉井君は背負っていた自分の荷物を下ろして中身を漁り始める。

 

「百均のお店で釣り道具一式揃えられるから、予備と合わせて二本持ってきたんだ。良かったら二人で使って。餌は網があるから川虫とかミミズとか……あ、片岡さんって虫は大丈夫?」

 

 吉井君から手渡された釣り竿を見てみると、意外にもそれなりにしっかりとした作りのものだった。

 へぇ、今時の百均は色々と進化してるのね……と思ったけど、よく見ると既製品に手を加えたような跡がある。どうやら吉井君の方で使いやすいように改造したみたい。

 

「虫とかは大丈夫だけど、私達が釣り竿を使っちゃったら吉井君はどうするの?」

 

「僕は適当にその辺のもので釣り竿を作るから気にしないでいいよ。ただ材料を集める必要があるから少しだけ二人で釣りを楽しんでて。あとコレも一応渡しとくね」

 

 そう言って吉井君は釣り竿の他にスプレー缶も手渡してきた。こっちは見た目からして明らかに既製品じゃないわね。

 

「これは……?」

 

「催涙スプレー。カルマ君が奥田さんに頼んだ特製の奴らしいから、効果は間違いないと思うよ。熊撃退スプレーの代わりに僕も作ってもらったんだ」

 

「山狩りに手慣れてるだけあって野生動物対策もバッチリね」

 

 吉井君が釣り竿を作りに行ったので、私と磯貝君は魚の餌を探して釣りを始めることにした。

 魚や餌は磯貝君の持ってきた容器があるから鮮度を保てる。正直そんなに必要ないって思ったけど、あの大量の容器類がいきなり役に立つとは思わなかったわ。

 それに百均で揃えたっていう釣り竿でも結構釣れるのね。途中で戻ってきた吉井君も即席釣り竿で意外に釣ってたし、普通に山狩り関係なく渓流釣りとして楽しかった。

 

「これだけ釣れればこの時期の釣果としては十分かな」

 

「そうだな。うちの二食分……いや、切り詰めて三食分くらいのおかずにはなりそうだ」

 

 お昼過ぎになったところで、私達は渓流釣りを切り上げることにした。少しお腹も空いてきたし、時間的にはちょうどいいでしょう。

 でも磯貝君の言葉を聞いて、吉井君は釣った魚をどうするか悩んでいるようだった。

 

「んー、釣った魚はこの場で食べようと思ってたけど……それよりも磯貝君、家に持って帰る? 僕は水と塩があれば何とかなるし」

 

「吉井君もしっかり食べないと駄目よ。それだったら私の分をあげるわ。妹さん弟さん、食べ盛りでしょ」

 

 そもそも私は磯貝君に着いてきただけだもの。山狩りに手を出すほど生活が逼迫してるわけでもないし、食生活に直結する二人へ食料を優先するのは当然のことだわ。

 でも磯貝君は私達の提案に対して首を横へ振る。

 

「……いや、折角三人で釣ったんだ。俺は今、吉井や片岡と食べたいな。それで残った魚だけ持って帰らせてもらうよ」

 

 やっぱり磯貝君って良い人だわ。私達の釣果も持って帰ったらいいのに、自分のことより周りのことを第一に考えてるんだもの。

 此処でお互いに引かなかったら釣った魚の押し付け合いみたいになっちゃうし、磯貝君がそういうなら私と吉井君も頂くべきよね。まぁ自分達で釣った魚を味わう程度にして、それなりに食べる量は抑えるつもりだけど。

 吉井君も同じように考えたのかは知らないけど、特に言い返すことはなく話を進めていった。

 

「分かった。じゃあ今から調理しちゃおう。磯貝君は魚、捌けるよね。片岡さんは?」

 

「ちょっと魚は捌いたことないわね」

 

 というより魚を捌いたことのある中学生の方が少ないと思う。

 本当に二人とも料理慣れしてるわよね。唯一の女子としては少し情けないと思わないでもない。

 

「じゃあ片岡さんには焚き火の準備をしてもらおうかな。チャッカマンがあるから使って」

 

「OK。それなら燃やせそうな枝や落ち葉を集めてくるね」

 

 吉井君からチャッカマンを受け取ると、調理器具を出して魚を捌き始めた二人を余所に私は焚き火の準備へ取り掛かった。

 とはいえ適当に燃えるものを集めるだけだから、そこまで時間は掛からないと思うけどね。取り敢えず魚を捌き終えたらすぐ焼けるようにしておこう。

 

 今のところはただの渓流釣りで、山狩りと言っても危ないことは特に見当たらない。至って普通のアウトドア活動だ。

 吉井君が積極的に動物を狩りに行ってないっていうのもあるんだろうけど、このまま何もなく午後からも落ち着いて過ごせたらいいわね。




実際には狩猟期間・禁止猟法・狩猟鳥獣・狩猟制限・狩猟禁止区域など狩猟には多くの法律があります。無免許で行える自由猟法など調べた上で話を作っていますが、話の都合上の違法行為もありますので漫画的表現としてお楽しみください。


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私と貧しい二人と裏山サバイバル(後編)

〜side メグ〜

 

 吉井君や磯貝君と椚ヶ丘学園の裏山へ山狩りに来た私は、川辺で釣った魚を焚き火で焼いて美味しく頂いていた。

 とはいえ魚を捌いたのは二人で、私は焚き火の準備をしただけだけどね。私も女子としてちょっと料理の勉強してみようかしら。

 

「自然の中で、自分達で釣った魚を焼いて食べる。こういうのって何かいいわよね」

 

「そうだよな。やっぱり自然の中でしか学べないことってあると思うよ」

 

 最近は趣味でアウトドアを始める人も増えてるって聞くし、街中の喧騒から離れて自然に囲まれて過ごすのは悪くない。

 まぁ既にE組がそんな感じの環境ではあるけども。そこはプライベートだからこその良さもあるってことで。

 

「うんうん。川の水を飲んでお腹が少しムカムカしたり、その辺の山菜を食べて舌がピリピリすることだって自然の中でしか体験できないことだよね」

 

「それは出来れば体験したくない経験だわ」

 

 思いっきり自然の水と山菜に当たってるじゃないのよ。吉井君の言う山狩りは正真正銘のサバイバルね。

 とはいえ何の事前知識もなく適当に山菜を食べるのはどうかと思う。毒のある山菜だってあるわけだし、下手したら命に関わるものだってあるかもしれない。

 

「吉井君、何でもかんでも手の届くものを口に入れたら駄目よ。中には食べられないものだってあるんだから」

 

「なんかそれ、赤ちゃんに対する注意の仕方と同じじゃない?」

 

 そういう赤ちゃんと同じことをしてるんだから仕方ないじゃない。

 だけど流石に山狩りに慣れてるだけあって、私が心配していたことは杞憂だったらしい。

 

「もちろん調べてから口に入れてるし大丈夫だよ。でもサバイバルをするんだったら、汎用食用テストは一度やっておいて損はないと思うんだよね。いつだってネットが使える環境にあるか分からないんだし」

 

「それって確か野草が食えるかどうか判断する方法だっけ?」

 

「そうそう。まぁ僕の場合、事前に調べた上で極力毒性の弱い野草を選んだけどさ。今はネットで調べられたり植物鑑定用のスマホアプリだってあるわけだし、余程の状況じゃないと必要ないけどね」

 

 どうやら吉井君はわざと自然の水や毒草を食べて当たったらしい。

 確かにサバイバルをする上で実体験を伴うことは有益だと思うけど、それにしたってわざわざ毒に当たりに行かなくても……余程の状況ってどんな状況を想定してるのかしらね。

 

「というわけで、お昼からは木の実やキノコなんかの山菜採りをしていこう。当然だけど不用意に食べないでね。あとは動物もそうだけど、蛇なんかもいるから気をつけて――」

 

 と、急に吉井君が口を閉ざしてしまった。

 

「……? 吉井く――」

 

「シーッ」

 

 いきなりのことで気になって声を掛けようとしたものの、吉井君は指を立てて静かにするように私達へジェスチャーしてくる。

 私は磯貝君と顔を見合わせたけど、磯貝君も分からないといった様子で首を捻っていた。いったいどうしたんだろう?

 

 改めてどうしたのかと視線で尋ねると、吉井君は無言で私達の後ろを指差してきた。

 それに釣られて私と磯貝君もそちらへ顔を向ければ、対岸の草むらに赤色の頭で身体が大きめの鳥が潜んでいた。あの特徴は……雄のキジね。こっちにはまだ気付いてないみたい。

 すると吉井君は荷物から何かを取り出した。今度は小さな声で話し掛ける。

 

「……それは?」

 

「自作のスリングショット。折角だからあのキジを仕留めようと思って」

 

 そう言うと吉井君は川辺で適当な石を拾い、それを弾代わりにスリングショットを構えた。かなり集中している様子なので、私と磯貝君も静かに成り行きを見守る。

 

「ッ!」

 

 吉井君が息を吐き切った次の瞬間、引き切ったスリングショットのゴムを手放して弾代わりの石が撃ち出された。

 撃ち出された石は綺麗に真っ直ぐ飛んでいき、狙いを違うことなく雉に命中する。暗殺訓練を積んでいるだけあって、銃以外でも射撃の命中精度は高いわね。

 石が当たった雉は激しく地面をのたうち回ると、次第に動かなくなっていった。正直こんな風に生き物が殺されるのを見るのは初めてだわ。なんか何とも言えないような感じがする。

 

「……よし、ちょっと見てくるよ。二人は此処で待ってて。すぐ戻ってくるから」

 

 吉井君はすぐさま次の石を拾って二発目を撃てるように構えてたけど、雉が完全に動かなくなったことを確認すると川上へ駆けていった。仕留めた雉を回収しに行ったのね。

 少しすると対岸で倒れた雉の元へ吉井君が辿り着き、雉を回収すると再び川上へ駆けて私達のところへ戻ってきた。

 

「上手く頭に当たったみたいで半矢にならなかったよ。これなら内臓も傷付いてないかな」

 

 そう言うと吉井君は荷物からナイフを取り出し、手袋を着けて雉の死体を解体するため刃を当てる。

 

「今から下処理で腸抜きするけど、ちょっと慣れてないとキツいかも。磯貝君は今後も山狩りするなら見といた方がいいと思うよ。……片岡さんはどうする?」

 

「……そうね、折角だから見学させてもらうわ」

 

「分かった。気分が悪くなったら無理しないでね」

 

 そうして吉井君は手慣れた様子で雉の下処理に取り掛かった。

 若干血生臭かったりしたものの、ほんの二、三十分くらいで作業は終わったかしら。

 吉井君があっという間に終わらせたから実感は少ないけど、これを自分でするってなったらとても大変だと思う。

 

「猪や鹿なんかの大型動物は内臓も取るけど、鳥なんかはそのまま熟成させるんだ。まぁ下処理の方法は人それぞれみたいだから、自分でやるなら改めて方法は調べた方がいいよ」

 

 下処理を終えた雉は新聞紙で包み、密閉袋に入れてから自前のクーラーボックスへ入れた。あとは肉を熟成させて後日解体するらしい。

 その時にまた私と磯貝君は、雉の解体を見学させてもらうことにした。やるからには最後までやりたいしね。

 

 

 

 

 

 ガサゴソッ!

 

 

 

 

 

 と、吉井君が雉を片付けたところで背後で草むらの揺れる音がした。

 私達はハッとして後ろを振り返ると、そこには気付かないうちにこっちを覗き込んでいる熊がいた。

 

「って熊……!?」

 

「あー、焼き魚や下処理した雉の臭いに釣られて来ちゃったのかな。僕もつい、警戒を怠ってたよ」

 

「随分落ち着いてるけど大丈夫なのか?」

 

 私と磯貝君が緊張する中、吉井君は何事もないかのように平然としている。

 

「まぁ野生動物って基本的に人を怖がるからね。慌てずに刺激しなきゃそう近付いてくることは――」

 

 なんて余裕そうにしてた吉井君だったけど、熊が草むらを出てきたことで言葉が途切れた。普通に近付いてきたわね。

 

「……冬前でお腹が空いてるのかな? それとも単純に僕らに興味を持ってるのか……取り敢えず片岡さん、念のため催涙スプレー出しといて」

 

「分かったわ」

 

 私は言われた通り、釣りの時に渡された熊撃退スプレーの代わりである催涙スプレーを構える。吉井君が言うに奥田さん特製のものらしいから、きっと効果は十分でしょう。

 熊は私達を警戒しているみたいだけど、だからといって逃げるような素振りは微塵もない。

 

「うーん……せっかく捕まえた雉や残りの魚を取られたくないし、荷物を漁られて使い物にならなくなるのも嫌だな」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。ここは大人しく避難した方がいいんじゃないか」

 

「えっと、熊から逃げる時は背中を向けずにゆっくり距離を取るんだっけ」

 

 熊は背中を向けて逃げる相手を本能的に襲うって言われてる。こういう状況では何よりも冷静に対応することが大事なのよ。

 でも吉井君はその逃げ方をする気はないようだった。

 

「本来はそれで合ってるんだけど……今回は僕ら流で行こう」

 

「僕ら流って……」

 

 

 

 

 

「もちろん……暗殺教室流だよ!」

 

 

 

 

 

 そう言って吉井君は全速力で駆け出した。

 そんな吉井君に反応して熊も攻撃的になる。

 

「二人は適当に隠れてて!」

 

「ガアァァッ!」

 

 吉井君は私達や荷物から注意を引くように、敢えて大きな動きで熊を避けつつ山の中へ入っていく。熊も本能に従って吉井君へ襲い掛かった。

 適当に隠れててって……そんな吉井君を囮みたいに出来るわけないでしょ!

 磯貝君も同じ気持ちだったみたいで、すぐに私達は行動へ移した。

 

「そういうわけに行くか! 片岡、吉井を追い掛けるぞ!」

 

「えぇ!」

 

 何が出来るかなんて分からないけど、とにかく放っておけなくて吉井君と熊の後を追った。

 熊は確か時速五十キロメートルで走れるって聞くけど、吉井君はフリーランニングを駆使して木の間を切り返しつつ逃げている。私達も離されずに着いていけるくらいだ。

 

「ゴァッ!」

 

「なんの!」

 

 少しでも開けた場所に出ると熊は距離を詰めてくるが、吉井君も負けじと熊の腕を掻い潜って避けていく。傍から見ててハラハラするわ。

 僅かな時間そうして熊との攻防を繰り広げていた吉井君だったけど、私達のいた川辺を離れた辺りで木の上へ跳び上がった。どうやら木の上でやり過ごすみたい。

 

 しかし木の上へ避難した吉井君に対して、熊も木を登って執拗に吉井君を追い詰める。

 そう言えば熊って木登りも出来るんだったわね。まぁ枝移動でのロングジャンプを駆使すれば、熊が登ってきても問題なく乗り切れるでしょう。

 

「ふふっ、この時を待ってたよ」

 

 だと言うのに吉井君は他の木へ移ることはなく、驚くことに熊へ目掛けて木を跳び降りた。

 しかもただ木から跳び降りたんじゃない。枝を持ったまま上へ跳び上がり、その枝の反動を利用した急降下である。

 

「食らえ! 絶・天◯抜刀牙!」

 

 よく分からない何かの技名を叫びつつ、吉井君は熊の鼻頭へ向けて飛び蹴りを放った。

 熊に限らず顔は動物の弱点だ。特に鼻の良い動物は鼻に神経が集中してるって聞くし、最悪の場合、動物に襲われた人が逃げきれず生き残るために攻撃するべき場所でしょう。

 どうやら吉井君は最初から逃げるつもりで山を駆け回ってたわけじゃなく、如何に熊を撃退するか考えて動き回っていたらしい。本当に無茶するわね。

 

 木登りしていた熊は前脚が塞がれていて、吉井君の飛び蹴りを成す術もなく食らった。

 その衝撃で熊は木から落ち、反対に吉井君は熊の頭を蹴って再び木の上へ跳び上がる。

 

「ゴゥアアァァッ!」

 

 熊も思わぬ反撃で半ば混乱しているのか、地面へ落ちると一目散に駆け出した。

 狙ったわけじゃないだろうけど、駆け出した熊は不運なことに私達の方へと向かってくる。

 

「片岡は催涙スプレーを準備! 俺が気を引くから隙を突いて使ってくれ!」

 

「オーケー!」

 

 磯貝君は前へ飛び出すと熊を待ち受け、私はいつでも催涙スプレーを使用できるように身体の前で構えた。

 吉井君と熊の攻防を見てて思ったけど、よく考えたら熊よりも烏間先生の方が断然速い。流石に皮膚が厚くて倒すのは簡単じゃないでしょうけど、撃退するだけならそう難しそうじゃなかった。

 

 こっちへ突進してきた熊は磯貝君へと標的を定めると、勢いのままに強靭な前脚を振るってくる。

 たった一撃でも受けたら一溜まりもない熊の攻撃だけど、磯貝君の動体視力と身のこなしがあれば然程危険じゃない。野球大会で進藤君のスイングも難なく躱してたし、熊の単純な攻撃を躱すくらいわけないでしょう。

 

 続け様に覆い被さろうとしてくる熊を磯貝君は横跳びに避け、更に立ち上がろうとした熊へいつの間にか私達の上まで移動していた吉井君が頭を踏み付ける。

 

「二人とも無茶しちゃ駄目だよ!」

 

「吉井には言われたくないぞ!」

 

「二人とも離れて!」

 

 ちょうど伏せる形となった熊の頭が降りてきたので、私は透かさず奥田さん特製の催涙スプレーを吹き掛けた。

 

「ガアッ!?」

 

 流石の熊も催涙スプレーを顔に掛けられて怯んだらしい。今度こそ私達とは違う方向へ駆け出した熊は、あっという間に山の中へと消えて見えなくなった。

 しばらく熊が逃げていった方向を注視し、完全に何処かへ行ったと判断した私は緊張を解いて一息ついた。

 

「……はぁ、何とか追い払えたわね」

 

「適当に隠れててって言ったのに。まぁ無事だったからいいけど」

 

「それはこっちの台詞だよ。吉井が急に走り出した時は驚いたぞ」

 

 本当にね。せめて事前にこういうことをするって言っておいてほしかったわ。

 さっきまで普通にアウトドアを満喫してたけど、まさかこんな生死を賭けたサバイバルになるとは思ってなかった。これが本来の山狩りなのね。

 何はともあれ何事もなくて良かった。三人とも大丈夫だったわけだし、荷物も置きっぱなしだから川辺へ戻ると――

 

 

 

 

 

 ガサゴソッ!

 

 

 

 

 

 と、またもや草むらの揺れる音がして私達の背筋を冷や汗が伝った。川辺じゃないからか、今度はさっきよりも音が近い。

 全員で慌てて音のした方へ振り向くと、案の定というか何というか、やっぱり熊がこちらを草むらの中から覗き込んでいた。

 

「嘘でしょ二頭目っ!?」

 

「二人とも一旦下がるぞ!」

 

「いや催涙スプレーで先制を――」

 

 

 

 

 

「あれ? 三人とも何してるの〜?」

 

 

 

 

 

 今度は即座に臨戦態勢を取った私達だったものの、そんなおっとりとした声が聞こえてきたことで動きを止める。

 全く予想していなかったことに、なんと熊の傍から倉橋さんが姿を見せたのだ。少なくとも熊が倉橋さんに危害を加えるような雰囲気はない。

 

「く、倉橋さん? 倉橋さんの方こそいったい何してるの?」

 

「私は山の中を散歩してただけだよ〜。この子はさっき見掛けたから山の奥へ帰してるの」

 

「えっと、危なくないの?」

 

「全然〜。とっても良い子だよ」

 

 そう言いながら倉橋さんは熊の頭を撫でる。熊の方も嫌がるような素振りはなく、撫でる倉橋さんの手に頭を擦り寄せていた。

 本当に懐いてるっぽいわね。夏休みに行った南の島でもイルカを手懐けてたみたいだし、どうやったらここまで動物に好かれるのかしら。

 

「アレだね、僕も野生動物の対策とか色々言ったけど……倉橋さんを連れていくのが一番効果的っぽいね」

 

「動物の扱いでは倉橋に勝てる気がしないな」

 

 そうして熊を連れた倉橋さんと合流した私達は、荷物を取りに戻ると元々予定していた山菜採りをすることになった。まさか熊と一緒に行うことになるとは夢にも思ってなかったけど。

 

 実際に山狩りしてみた感想としては、まぁ単独じゃなければ何かあっても大丈夫って感じかしら。

 流石に動物を狩るには危険が伴うけれど、魚釣りと山菜採りは安全に行えるでしょう。これなら無理に山狩りを止めさせる必要もなさそうね。

 

 ということで吉井君に加えて磯貝君も、生活スタイルに山狩りが追加されることになった。

 基本的に今後は二人で行うみたいだし、私や倉橋さんも偶には参加させてもらってもいいかもしれない。

 取り敢えず山狩りの最後を飾る言葉として、熟成させた雉は美味しかったって言っておこうかしら。




実際には狩猟期間・禁止猟法・狩猟鳥獣・狩猟制限・狩猟禁止区域など狩猟には多くの法律があります。無免許で行える自由猟法など調べた上で話を作りましたが、話の都合上の違法行為もありますので漫画的表現としてお楽しみください。
ちなみに鳥の解体は血抜き・腸抜き・羽毟りする派としない派、すぐ食べる派・熟成させる派と様々なようなのでどうするか迷いました。


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