マルバ・アーケイ、再起する (なみ高志)
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あんな俺は俺じゃねえ
不定期になると思いますがよろしくお願いします。
「うがあ!」
叫び声と共にマルバ・アーケイは眼を覚ました。
急ぎ辺りを見渡すと、そこは勝手知ったるクリュセ・ガード・セキュリティ(以下CGS)自室のベッドの上だ。
「ゆ、夢だった…のか?」
つい自問する程に、先ほどまで見ていた夢はリアルな夢であった。
夢の中でマルバは、雇用主を裏切り部下を見捨てて逃走を図るも失敗、有り金のほとんどを失ったうえに、見捨てた部下達にCGSを乗っ取られていた。
更に失意で飲んだくれていたところに、知り合いのヤクザに声をかけられCGSの奪回を取り返した総資産を折半する、という条件で手を組むもヤクザが部下達の方に付き、逆にそれまでにかかった経費を捻出するため、として鉱山衛星での労働五十年をヤクザから言い渡されたのだ。
これを悪夢といわずなんだというのか。今寝たらあの夢の続きをみそうで二度寝する気のなくなったマルバは、仕方なく顔でも洗うかと部屋の中を移動する。
床に散乱する酒の空き瓶を回避しつつ、薄汚れた部屋を抜け洗面所で顔を洗い、ついでに伸びていたひげも剃り終えてふと鏡の中の自分を見る。
「なんてえ顔してやがる俺」
そこに映るのは欲深そうなにごった眼をした中年。
それがまぎれもなく己だとマルバは自覚する。
思い返せば最近は仕事を取るか人に会う以外は酒を飲んでいるか、金庫の中の私財を数えるくらいでろくに運動もしておらず、その仕事にしても取るだけとってきて後のことは部下に丸投げ状態だった。
(流石に不味いな。ちょいとばかりたるみすぎだろ)
部屋にある悪趣味なごてごてした装飾の時計を見るとまだ四時を少し回ったあたり。仕事開始にはまだ時間がある、そう考えたマルバはとりあえず自分の寝室を少しこぎれいにしてみるかと思い立ち、行動を開始する。
元傭兵のマルバは、己が体を動かしながらでないと頭の働きが相当に鈍る性質である事を理解していた。
理解していて、ここ最近はあえてそれをしてこなかったのは数年前、雇った新入り達が仕事中に大量に死んだ直後、飼っていた愛犬たちが亡くなった日からだ。
その日の悲しみから、マルバはその出来事から逃げるように酒と金に溺れていた。
それらも今部屋の整理で頭の回転を上げている最中に思い出したことであり、今まで思い出しもしなかった己の弱さにマルバは怒りを覚える。
(こんな様が俺のなりたかったものかよ、マルバ・アーケイ!)
心で己を罵倒しつつ体は順当に部屋の整理を終えており、幾分以上にすっきりした室内にうっすらとかいた汗をふきつつ、マルバは意識を切り替える。
(とりあえず心機一転しねえとな、あんな夢みてえな最後はまっぴらだ)
洗面室に併設されたシャワーを浴び汗と酒気の残りを流しさったマルバはクローゼットから新しい服を取り出して身につけ、暫くしてこなかったネクタイをクローゼットの内扉に付いた鏡をみながら締めCGSのジャケットを羽織る。
大分ましに鏡に映る自分に満足そうにうなづくとマルバは社長室へと向かった。
オルガ・イツカと昭弘・アルトランドは困惑している。
CGSには朝の定時報告があり朝食後に社長室で社長であるマルバに一軍、三番組の隊長とヒューマンデブリの代表が前日までの報告をしたり当日の仕事の打ち合わせを行ったりすることになっていた。
がここ最近は社長のマルバは現われずに、定時に来る参番組隊長のオルガとヒューマンデブリ代表の昭弘が来た後、大分遅れて一軍隊長のハエダ・グンネルがやってきて自分達一軍の都合に合わせて、参番組の隊員たちを連れて行くという形になっていた。
仕事に連れて行かれた参番組のものたちが、時には大怪我を、悪いときには死亡したこともあり、オルガは何度か社長であるマルバに抗議した。
「ハエダの指示に従っておけ」
だが、マルバはただそれだけを言い放ち、抗議など聞き入れることはなかった。
日に日に不満を募らせるオルガと、目がだんだんと死んでいく昭弘であったが、今朝は常と異なり二人が到着した時には既にマルバはデスクに座っておりなにやら書類をめくっていたのだ。
「おう、ご苦労。とりあえず楽にしとけ」
「うす」
オルガは短く応じ、昭弘は黙ってうなずきその場で休めの姿勢をとる。
暫く経って一軍のハエダがどかどかと音を立てて社長室に入り、オルガたちのように困惑の表情を浮かべる。
「しゃ、社長!今日は早いですね」
「おめえが遅いんだよハエダ、給料引くぞ?」
「か、勘弁してくださいよ」
ひきつった笑みを浮かべるハエダを横目に、マルバは定時報告を始める。
「参番組、何か報告あるか?」
「…チビ共の食事量が少し不足気味す。成長早くて二割増は欲しいとこです」
「あ?餓鬼共に余分なメシなんぞ…」
「黙ってろ、ハエダ。俺は参番組の隊長に聞いてんだ」
「…へい」
よく響く声でハエダを黙らせてから腕を組んで考えるマルバにいままでにない真剣さを感じ、オルガは緊張して返事を待つ。
「経理のデクスターに予算を組みなおさせる。がさしあたっての分でお前に幾らかギャラー預けるから当面それで凌いでくれ」
「あざっす!」
思わぬ色よい返事にオルガは頭を下げる。
「次に昭弘、どうだ」
「…人が増えて毛布が足りないんで少しまわしてください」
「は?ゴミクズどもが毛布だと?いらねえだろ!」
「ハエダ」
「す、すんません」
再び口を出してくるハエダを、先ほどより強い声で黙らせると昭弘と眼を合わせる。
「お前らがさび付いたら俺らの仕事は難しくなる。欲しい枚数を書いてもってこい、いいな?」
「…ありがとうございます」
口数は少ないが昭弘は感謝の意をこめてマルバに深く頭を下げた。
「最後に一軍だが、おいハエダ?」
「へ、へい」
「報告書が適当すぎる上に、無駄に他の隊から人もってくんじゃねえ。その上何だこの請求書は?てめえらの仕事後の酒代まで会社で面倒見ろってことか?」
「あっ、いや、それはなんというか」
まだ処理されずに社長の机の上に乗っていた報告書。そこに必要経費として清算するために添付された請求書のなかに明らかに仕事以外に使用したそれをハエダにつきつけた。
今までは社長がほぼノーチェックで経理に回していたため問題にならなかったそれを指摘され上手い言い訳が思いつかず、顔を引きつらせるハエダにマルバはにらみを利かせる。
「俺のチェック抜かりもあるからさかのぼっては追及はしねえが今後は許さん。いいな?」
「へい、ありがとうございます社長」
すっかりとしょげかえるハエダの様子にオルガと昭弘は思わず吹きだしそうになるのをかろうじて押さえていた。
「後は無いな?じゃあ、俺からの連絡だ」
三人は黙ってうなずく。
「今までお前らに任せすぎていたようだ。悪いがこれからは色々と口を出させてもらうことになるぜ」
社長であるマルバの言葉に三人は緊張と困惑の表情を浮かべながらもCGSが変わるという予感を感じていた。
時にPD320年。
CGS社長、マルバ・アーケイは再起したのである。
誤字脱字のご指摘、ご意見ご感想あればお願いします。
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いつかの俺に戻れたか?
「おう、雪之丞ご苦労さん。差し入れだ」
「こりゃすまんな、おいおめえら!社長からの差し入れだ!少し休憩にするぞ!」
「やったあ!」
「ありがとうございます社長!」
マルバの手土産にCGSの年少整備班員たちが喜んで飛びついていくのを優しい目で見守った雪之丞はマルバに振り返る。
「で、今日は何のようだ?余り人前でいえないことか?」
「流石に話が早いな、少し顔貸してもらうぜ」
「おう」
そう応じると、マルバと雪之丞は整備班の集まる休憩スペースとはなれた位置へ移動する。
そして、周囲に人影の無いことを確認すると二人は話し始める。
「雪之丞、ちゃんと整備のほうに品は届いてるか?」
「ああ、前と同じいい部品がちゃんと来てるぜ。これでモビルワーカー(以下MW)や重機なんかの故障は大分減った。おかげで新入りへの目も届かせる余裕もできた。ありがとよ」
「礼はいい、元はといえば俺の目が届いてなかったせいだ、悪い」
「あやまんなよ、マルバ。お前とあいつを支えきれなかった俺のせいでもあるんだからよ」
夕焼けの中、マルバが再起してから3ヶ月後の現在、CGS立ち上げ当初の数少ない生き残りの内の二人は、若干の照れ隠しの笑いをお互いに交わす。
彼らの話は、マルバが任せ切りにしていた仕事内容の見直しをしていた時に、判明した事態についてのことだ。
半年ほど前から、MWや重機の故障によるトラブル報告の件数が急増していたのを不審に思ったマルバは、機械部品の仕入先を経理のデクスターに確認すると。今までの業者ではなく新しい所と取引をしていた。
その後に整備班長のナディ・雪之丞・カッサバの元に足を運び、現物を見せてもらったところ、新たに納入された機械部品のほとんどが見た目はまし、だが性能は廃棄寸前のもののばかりで、整備班のほうで何とか手直しとレストアを重ねて、なんとか使い物にしている状態であることが判明したのだ。
当然、その間の苦情が整備班から出されていたが、かつての金と酒に溺れていたマルバに届いていなかったため整備班の仕事は増える一方で休みもろくに取れず、そのせいで凡ミスが出始めそれを直すためにまた仕事が増えるという悪循環に陥っていた。
そのことを確認したマルバは、即座にデクスターから納品元の会社を確認すると、参番組からオルガ他数名のものを連れて行き、納品元の会社へと向かった。
一軍から連れて行かなかったのは、そもそもこの会社を斡旋したのがハエダであり、それまでの仕事ぶりを含めてマルバからの信用は底辺にあったからだ。
その会社からハエダが、金品等の利権を受け取ってる可能性もあり、その部下である一軍も誰が信用できるか、という判断に難しいという状況であった。
そしてその会社へ向かう途中、オルガらと簡単な打ち合わせをおこない、彼らは問題の会社へと向かった。
「おまえらのとこの商品のせいでうちのもんが大怪我したんだぞ!」
怒りの表情でほえるオルガ。
「ともだちをかえしてよお!」
大声で泣く年少の参番組のもの。
相手の会社入り口で中から人が出てくるまで、マルバ本人は物陰に隠れ、これを繰り返させた。
人の命が軽い火星ではあるが、評判や人の目は無視できるものではなく、逆に悪い評判など流されたら、法的に問題が無くとも仕事に直ちに悪影響を及ぼすことを、マルバは知っている。
徐々に、騒ぎを聞きつけた周辺の人が集まりだし、ひそひそと話をしだす。
「おい、あそこの会社またなにかしたのか?」
「最近悪い噂しか聞かないが、なにかやらしたんじゃないか」
「ここの社長ギャンブル狂いってことだし、なんかしたんだろ」
周囲の人々の口調からもこの会社がよく思われてない様子である。
暫くして、中から作業服の下にネクタイをつけた男があわてて飛び出して来てオルガと言い争いになったのを見てマルバは物陰から姿を現し、オルガたちをなだめた後にネクタイの男に話を持ちかけてた。
「いやね、おたくの会社だけが悪いとは言いませんぜ。でもうちの若いもんを納得させる誠意ってもんがいるんじゃないですかねえ」
聞けば、CGSへの納入はその会社の社長が珍しく取ってきた仕事で、『廃棄前の部品をいい値段で買い取ってくれる所を見つけた』と言われ、疑問には思っていたが、雇用者である社長に口出しも出来ずにいたとのことであった。
その後、不在がちの社長の代行をしていたネクタイの男とマルバの『話し合い』で、CGSへは程度のいい機械部品、加えて。その会社での警備の仕事が提供されることが決められた。
早速派遣されたヒューマンデブリの一人、ダンテ・モグロの手により、社長の個人PCから会社資金の横領など、解任の理由に必要なだけの情報が暴かれ、社長は会社を追放されることになった。
ちなみに新社長はネクタイの男である。
「お前、相変わらずえぐいことすんな」
「ん、あっちもこっちも得になる提案だろ?まあ、向こうさんはあれでいいとして後はこっちの落とし前だ」
「ハエダの野郎のことか」
「自分の命預ける道具にあんなことしてるようじゃ、とても隊長を任せておけねえからな」
「そうすると、誰に後を継がせるかってことか?…ああ、それで俺に相談か」
「ああ、恥ずかしい話あいつとはあれっきり禄に顔を合わせてねえ。でお前の意見を聞きたくてな」
「そうだな…あれから大分経ったし前に比べれば大分ましな反応してくれる。もうそろそろ復帰していい頃合いかもしれねえな」
腕組みをしつつ、マルバに応じる雪之丞の返事にマルバは安堵の息を吐く。
「そうかい、それじゃああいつと話してみるぜ。ありがとよ」
「おい、あいつのとこに行くなら俺も連れてけよ?俺からも話したほうがいいだろ」
きびすを返し立ち去ろうとするマルバに、雪之丞が声を掛ける。
「いいのか?忙しいんだろ」
「何、少しはあいつらにも俺がいない時の動き方を教えておかないとな。少しまってくれや、一声掛けて来るからよ」
「すまねえな」
「いいってことよ」
マルバと雪之丞はお互いの拳を軽く打ち合わせて、にやりと笑った。
その日の夜、マルバと雪之丞はCGS本社敷地内にある畑に併設された小屋を訪ねた。
「おい、まだ起きてるか」
ノックと共に声を掛けたマルバに応じるように小屋の扉が開かれる。
小屋の中から出てきたのはCGSの作業服を着た長身で痩せ型のカイゼル髭の中年だった。
「えっ、社長と雪之丞かい。どうしてここに」
「おう、新しい仕事の話だ。ルイス・ミリオン」
元一軍隊長、ルイス・ミリオン。
彼にも転機のときが訪れたのであった。
誤字脱字のご指摘、ご意見ご感想あればお願いします。
最後に登場したルイス・ミリオンはオリジナルキャラですので検索しても出てこないです。
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現も夢もきっかけだ
補足 ルイス・ミリオン:元一軍隊長。とある事件から一軍の隊長を辞退し、CGS敷地の一
角で菜園を作り半隠居していた。
穏やかな性格だが、軍人としては相当に有能、教官としては鬼。
参番組とは菜園の手伝いや作物のやり取りなどで、友好な関係。
本来ならば原作開始前に退社し、菜園も破棄されていた。
「なるほど、大体言いたいことはわかったよ」
ルイスの部屋に通されたマルバと雪之丞の話に、ルイスはそういうと大分冷めたコーヒーで唇を湿らせる。
「でも、その提案を受けるにはいくつか条件があるね」
「いいぜ、言ってみてくれ」
「まず、装備兵器類の補充だ。出来れば新型のMWや武器弾薬をそろえて欲しい。暴走する奴らを抑えるにはそれなりの力が無いと駄目だ」
「それはそうだな、手配する」
「次に、任務中の負傷で働けなくなった者たち、又は死亡した際にはその家族へ。幾らかの見舞金を出すこと。これがあるとないとでは任務の成否は大分違うからね」
「…流石に一生分は無理だ。が、当座の生活が成り立つ程度のまとまった額、ということなら可能だな」
「それでいいよ。本来は地球の、上の連中どもが何もしないのを、僕らで何とか補うしかない」
「お前の地球嫌い、相変わらずだな。で、まだあるのか?」
「最後に『阿頼耶識システム』あれを、子供達に埋め込むのをやめて欲しい」
ルイスの最後の条件にマルバは顔をしかめ、横で話を聞いていた雪之丞も腕を組んでうなる。
「だがよ、アレがないと仕事にならない」
「もう埋め込んでしまった、という子供達は残念だけどどうしようもないだろう。でも、これから入れる子供達にはしないで欲しいんだ」
ルイスとマルバはお互いの目をそらさずに、暫し睨みあう。
雪之丞が二人を執り成そうか、と考え始めた時にマルバが大きなため息をついて目を閉じた。
「ならよ、埋め込むのは希望者だけ、かつ上手くいかなかった場合は一年分の給金を渡す、という条件にするのならどうだ」
「おいおい、そんなんで仕事が回るのかよ、マルバ」
「まあ当面の、俺の給料が小遣い程度になりそうだな」
心配顔の雪之丞に、マルバを肩をすくめて苦笑する。
そんなマルバの表情を見たルイスは、表情を少しばかり崩す。
「マルバのそういう顔を久しぶりに見た気がするよ。何だかこの会社の結成のときみたいで懐かしいな」
「そうか?まあ、ここだけの話ひでえ夢を見てな。そのショックで色々と思い出したってわけさ」
「なんだよ、そりゃあ」
呆れたような声を挙げる雪之丞とカイゼル髭を指でしごきながら微笑するルイス。
「まあ、マルバが立ち直ったのなら、僕もいつまでも落ち込んでられないか」
「ああ、悪いがお前の力が要るんだよ、ルイス」
「俺からも頼む。機械以外のことじゃ、俺はお前らの助けになれなかった。悪い」
「そうじゃないよ、雪之丞がまともだったから、今こうして三人で話すまでCGSは持ち堪えていたんだと、僕は思う。ありがとう雪之丞」
「そうだな、俺からも礼を言うぜ。雪之丞」
「おいおい、止めてくれよ。ケツがかゆくなる」
CGS結成時のメンバーであり、それ以前からの付き合いである三人はそれぞれに笑いあった。
それからの今後のCGSについて話し合いは、深夜まで続いたが、翌日朝のマルバたち三人の顔に疲れは無く、逆に精気にあふれるものであった。
そして、三人の話し合いから数日後のCGSの朝の報告会儀の場で、それぞれの報告と指示が終わった後にマルバがその場に集まったものたちにあることを告げる。
「ああそれからな、組織の体制を少し変える、おい入ってきてくれ!」
マルバの言葉に少し時間をずらして社長室前で待機していたルイスが入ってくる。
一軍と同じズボンとブーツを履き、参番組と同じ色のジャケットの下に白いシャツを着たルイスの姿に、マルバ以外の三名、ハエダ、オルガ、昭弘は驚きの表情で迎える。
「た、隊長!?」
「えっ、ルイスさん、すよね」
「……どうも」
「よう、君達元気そうだね!元一軍隊長ルイス・ミリオンだ!」
驚きで固まる三名に気さくに話しかけるルイス。
「今後はこのルイス・ミリオンにCGSの教導隊を率いてもらう。後俺の不在時はルイスが俺の代行に成るからな、ちゃんと各自の部下に伝えておけ」
「えっ、俺は何も聞いてませんぜ?」
「ハエダ、何でお前に話す必要がある?」
「そら、今まで俺ら一軍がその役目を」
「その役目が出来てねえから、こういうことになったんだ。いちいち言わせるな馬鹿が!解雇されねえだけましだと思え」
「うっ、す、すいやせん」
実際、ハエダの任じた教育係はトド・ミルコネンを始めとして、まともにその役目を果たしているとは言えず、錬度の低さから現場でもトラブルを頻発させていた。
その苛立ちを、主に参番組の年少者達にぶつけるハエダたち一軍により、更に練度の向上が阻害される悪循環に陥っているのを、ここ最近の観察でマルバは確認していた。
そこで、新たに教導隊を設置し、その隊長に元一軍の隊長であるルイス・ミリオンを任命するために、あの夜の話し合いをしたのである。
「そうそう、教導隊には僕と同じ服装をしてもらうから、その人たちの指示にはきっちりと従ってね。そうしないと、僕の特別訓練を強制的に受けてもらうからね」
「う、ハッハイ!」
ルイスのにこやかな表情と共に告げられた言葉に、すぐに直立の敬礼をするハエダ。
そのハエダの冷や汗をかく姿に、その特別訓練が想像以上にきついものである、そう察したオルガと昭弘は仲間達にきちんと釘を刺しておく事を、心に留める事にした。
その後一軍から引き抜かれた数名が率いるルイスの指導は、厳しくはあったが大怪我をしないよう、配慮されたものであり、何より一軍、参番組に平等におこなわれた。
一度、調子に乗ったササイ・ヤンカスが参番組にちょっかいを出したが、すぐさまやって来たルイスの鉄拳制裁の後に公開特別訓練の対象とされた。
その特別訓練の内容は詳細を省くが、ササイは暫く夜中に奇声を上げて飛び起きたり等の挙動不審になり、特別訓練の様子を見ていた一同は、トドですら真面目に、教導隊の指示に従うようになったことだけを記しておく。
「おい、オルガ!出かけるから一緒にこい。後誰か、MWの扱いが上手い奴を一人一緒にな」
「わかりました社長。おい、ミカ!」
「うん」
そんなある日、マルバに声をかけられたオルガはすぐさま三日月・オーガスを呼び、三日月もすぐに応じて駆け寄ってきた。
「やはり、こういうときは三日月か」
「はい、社長。誰か一人といわれたら、やはりこいつです」
「まあ大事にしてやれ。そういう奴がいるといないでは、大分違う」
「了解す。で、どこにいくんすか社長?」
「ああ、輸送会社でタービンズさんのとこだ。大事な取引先だからな、お前ら向こうでは礼儀正しくしておけよ」
「うす。気をつけます」
「うん。オルガに恥をかかせたくないしね」
(こいつら、すこしは驚きやがるかな?)
悪戯を企む悪ガキの笑顔で、応じる二人を見るマルバであった。
誤字脱字のご指摘、ご意見ご感想あればよろしくお願いします。
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縁があれば、仕事も入る
補足 MWバトル:火星での数少ない娯楽のひとつ。
MW同士の戦いを観戦して楽しむ。
裏では勝ち負けをかけた博打を、大手組織が仕切っている。
イメージとしては第二次大戦後のプロレス。
マルバの運転する車両で、オルガと三日月の連れて行かれた場所は、市街のはずれにある空き地であった。
そこでは柵で囲われた大きな円形の空間がつくられ、その空間を中心に小さい天幕や、組み立て式の店舗が、多くの人々によって組み立てられていた。
あるものは端末を片手に周囲のものに指示を出し、またあるものはMWの集められた天幕で。MWに新たな塗装や装飾を施したりと忙しげに動いている。
「社長。ここはなんかするんですか?」
「ああ、夕方からここで興行をすんだよ」
「えっと、あそこのMWを使うやつ?」
「おお、よく見てんなオルガ!MWを使ったバトルの興行だ」
「へえ、そんなのがあるんだ」
「ああ、これくらいの規模でできるのはここ最近、でだがな」
マルバはかいつまんで、オルガと三日月にMWバトルについて説明をする。
組織間での揉め事の解決方法の一つ、として行われていたMWを使った一対一の決闘。
それにショーとしての可能性が見出され、色々な決闘方法が派生したのだ。
「今晩にやるのは、ショーの要素が大きいやつだな。弾はペイント弾をつかうし、MW同士をぶつけ合って相手を動けなくすれば勝ちだ。それでもMW同士がぶつかり合うからな、それなりの迫力はある」
「成る程、でここに来たのは、ここの警備の仕事か何かの打ち合わせすか?」
「いや、俺が選手として出るんだよ」
「え?」
マルバの答えに、オルガと三日月は同時に驚きの声を挙げた。
『本日のセミファイナル!流星・スミス選手対Mrギャラルコング選手の入場です!』
夜深くにも拘らず、MWバトルの会場は大勢の人で賑わっている。
その中で、次の試合がコールされると、人々の声はいっそう大きくなった。
一方は白を基調に流れ星がペイントされたMW、一方は紫を基調にどこかギャラルホルン、現在世界を支配している軍事組織、のものに似た紋章がペイントされた機体が、柵で囲まれた試合場に現われる。
両者とも使用している機体は、CGSでも使用しているTK-53型という、旧型機の正面に衝突角をつけたものであるが、観客の反応は対照的であった。
「がんばれ!流星!」
「くたばれ!ギャラルコング!」
大別して流星のペイントされたほうには歓声と応援が、ギャラルホルン似の紋章をつけた機体には罵声と怨嗟が集中して送られていた。
更に入場した流星選手が周囲の観客に応える様に、試合場の中を周回しているところへ、ギャラルコング選手が不意にペイント弾を発射し、背後のエンジン部へと命中させた。
試合中ならば、エンジン部にペイント弾を命中させれば、そこで命中させたほうの勝利であるが、試合前ではただの弾薬の無駄使いである。
だがそのフライングの効果は劇的であり、観客からのブーイングが飛び交い、試合開始前から盛り上がりを見せていた。
「ねえ、オルガ、あの何とかコングに乗ってるの社長だよね?」
「ああ、さっきの話だとそうなるな」
「社長もMW使えたんだね」
「そうだぜ、マルバも昔は傭兵だったからな。一通りの武器の扱いは出来る」
「そうなんですか、えーと、名瀬さん」
試合の様子をオルガと三日月は、普通の観客席より高い場所へ天幕付きで作られた、特別観客席で観戦していた。
その横には試合前に紹介された、タービンズの名瀬・タービンとその護衛の女性二名も共にである。
「うちの兄弟から頼まれてね。興行をするのに丁度いい悪役が出来る人材がいない、ということでマルバに相談してな。引き受けてもらったのさ」
「はあ、でも操縦の腕とかなら、他にも人はいたんじゃないですか?」
「いやいや、こういうものは腕が立つ、というだけでできるもんじゃあないんだよ、オルガくん」
チッチッチと指を左右に動かして、名瀬はオルガと三日月に笑顔で話しかける。
「いいかい、MWの操縦がそれなりに出来て、対戦相手への配慮ができる悪役ってのはすごい貴重だよ、こういう世界だとな。見せ場を作りつつ、安全にも配慮しなくちゃあいけない」
「結構、やることが多いんですね」
「俺には無理かも」
「こういう加減は、色々な経験を重ねないと難しいもんだ。善玉を作るよりも受ける悪役、かつ相手に華を持たせるように終わらせるってのは」
そういう名瀬の目の前にある試合場では、いつの間にか追い詰められたギャラルコングが流星に対して、命乞いの声を挙げているところだった。
その命乞いを受けて、流星の機体が後ろを向いた瞬間に
『馬鹿が!死ねえ!』
と叫んで、衝突角を背後から流星に突きたてようとするギャラルコング。
が、その攻撃は流星の機体が急旋回したことで回避され、衝突角が試合場を作る柵に突き刺さり、ギャラルコングは身動きが取れなくなる。
何とか脱出しようともがくギャラルコングに、流星が雄たけびと共にペイント弾を射出、見事エンジン部に命中させて試合は終了した。
会場は盛り上がり、罵声と歓声の中、最後の試合への期待を観客達は高めていった。
「あー、いてて、首がムチウチになっちまうぜ」
「あ、お疲れさんです、社長」
「お疲れ、マルバ。いい仕事だったよ」
「ああ、名瀬さんもどうもありがとうございます」
「いやいや、これで俺らの面子も立つってもんだ。例の件も、何とかできると思うから期待していてくれ」
「分かりました。これからもよろしく頼みます」
暫くして、特別観客席にやってきたマルバを、名瀬とオルガたちが迎えて労いの言葉と、いくらかの酒と軽食を振舞う。
そのうちに、最後の試合も盛り上がりのうちに終わり、解散の運びとなった。
「ああ、そこの二人、ちゃんと社長を送ってくれよ?」
「はい、わかってます」
「うん、いや、はい」
「では、今後も頼みます。失礼します」
運転をオルガに任せ助手席に三日月が、マルバが後部座席に座り、CGSへと帰宅する。
「あの、社長なんでMWバトルって奴に出たんです?」
帰宅の途中、オルガは疑問に思っていたことを、マルバにぶつけた。
「ああ、それか。元々地元で手配してた悪役をする奴がな、名瀬さんの護衛の女性にちょっかいを出してな。まあ、そのアホは火星の大地に帰ってもらったんだが、その穴埋めってやつだ」
オルガは名瀬の両脇を固めていた美女達のことを思い出し、なるほどと納得する。
と同時に、その元悪役の軽率さに呆れもする。
「タービンズって,あのテイワズ直参なんですよね?そこのもんにちょっかいって、ちょっと信じられないです」
「ああ、おかげで興行主は真っ青だ。幸い名瀬さんは、話の出来る人だからな。そいつの命と多少の示談金で話はついたし、興行もそのままそいつが行えることになったからな」
「俺としては、いい取引だったさ。新しい仕事は増えたし、タービンズとのコネも出来た。これで俺に万が一があっても、名瀬さんに後を頼める」
「万が一って…縁起でもないですよ、社長」
「社長は殺しても死ななそうだけど」
「おい、ミカ!失礼だろ!」
三日月の言葉に、マルバは笑う。
「ハッ、俺も死ぬ気はないさ。だが万が一に備えておくのも大事だ。特に人を使ってる奴はな、そうだろオルガ?」
「そうすね、うん。そう思います」
肯くオルガの後頭部をみながら、マルバは心の中でつぶやく。
(それに地下のアレ、まともに動かすにはテイワズさんとこの力がいるからな)
時にPD321年3月の事であった。
ご意見ご感想、誤字脱字のご指摘あればお願いします。
一期でユージンとシノが無事だったのは、子供扱いだったからと思ってください。
ヤ○ザの情婦にちょっかいだすとか、怖いもの知らずですよね。
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大人は嘘つき、ではなく忘れるだけ
「とまあ、こんな奴をつくりたいが、予算はどうだ?デクスター」
「ええと…規模的に三m程のものであればいけますね」
マルバはCGS内の社長室で、経理部長のデクスター・キュラスターに相談を持掛けている。
CGSは現在、MWバトルの興行、その出店への人材派遣等の業務増大により、デクスター個人での事務処理が困難になってきた為、読み書きができ、かつひとあたりがましな人材を募集し、経理部を設置している。
加えて今後の事も考え、一軍からトド・ミルコネン、参番組からビスケット・グリフォンにも仕事を手伝わせ、未来の経理部長候補として教育にも当たらせている。
まあ、トドの場合、目の届く位置において仕事をサボらせない、という意味合いが強いが。
「じゃあ、手配を頼むわ」
「はい、いい機会かもしれませんね」
それから数ヵ月後の早朝、CGS施設内に大声が響き渡る。
『全員、起床!三十分後に第二集合地点に集結せよ!』
声の主は教導隊隊長のルイス・ミリオン。
教導隊の設立後に、こういった抜き打ちの集合合図が、時折発せられる様になった。
「くっそ、いい夢だったのに!おい、急げよユージン!」
「待てよ、シノ!シャツきっちりしまってかねえと!ルイス隊長に絞られるぞ」
「おお、すまねえ!じゃあお前も急げよ、俺はちび共の支度、手伝ってくるからよ!」
「オッケー!よし、準備できた奴らは、第二集合地点へ急げ!おら、お前!靴紐ほどけてる!」
参番組古参のユージン・セブンスタークとノルバ・シノも、ここ最近に行われる様になったこの行事に最初は戸惑いもしたが、かつての憧れでもあった一軍隊長の指導を受けられている、その嬉しさもあって今は率先して従っていた。
三十分後、第二集合地点に定められた裏口前に、CGS隊員はほぼ集結を終えた。
既に集結を終えた教導隊員を背後に、ルイスは制服をきっちりと身にまとい、腕時計で時間を確認する。
「よし!時間だ!各隊長は点呼開始せよ!」
一軍と参番組、そして整備班がそれぞれに整列し、先頭から順に番号を叫ぶ。
一列で十人ずつの隊列を組ませ、年少者にも一から十までの数字は教えてあるので、間違うものはいない。
点呼が終了した後に、年少のものを数名かついで来たシノと、動きの鈍いトドとササイがやってきた。
「トドとササイ、その場で腕立てとスクワット百回五セット!シノ!仲間を見捨てないのは偉い!だが遅れた罰として、腕立てとスクワット百回を一セット!かかれ!」
「イエッサー!」×三
ルイスの指示に三名は大人しく従う。抗議の言葉を口にすると二倍三倍へと増やされることは、骨身に染みているからだ。
「残りの遅れた者は十日のトイレ掃除だ!了解したものから整列!」
年少者たちも自分が悪い事は自覚していたのか、敬礼をして隊列へと並ぶ。
そこで初めて隊員たちは、ルイスら教導隊の背後に覆いのされた何か、三mくらいの高さのものがあることに意識を向け、はてなと首をかしげる。
何名かは、工事の業者がここで何かを設置していた事は知っていたが、それが何かまでは思い至らないでいた。
「総員、注目!」
が、ルイスの一言でその意識を切り替える程度の錬度を、今のCGS隊員は手に入れていた。
「社長からのお言葉がある!傾聴!」
ルイスの言葉どおりに、CGSのジャケットと帽子を身につけたマルバがやってきて、ルイスの横に並ぶ。
「お前ら、朝からご苦労。今朝ここに集まってもらったのは、これを見てもらうためだ」
マルバがルイスに顎で促すと、ルイスは教導隊員に指示を出す。
教導隊員の数名が、背後にあった覆いに隠された何か、のもとに駆け寄り覆いを外す。
そこには白い四角柱の塊とその下、地上一mほどまでを、取り付けられた銀色のプレート板で覆われた建造物であった。
「このプレートには、今までCGS任務中に死亡したもの達の名前を刻んだ。これを慰霊碑とする。今朝は俺とお前らで、今まで死んでいった奴らに黙祷を捧げる」
「総員、脱帽!」
ルイスの言葉にマルバ始め総員が帽子をとる。
「目を閉じて、死んだ仲間達を思え、黙祷!」
ルイスの言葉の後に、暫し沈黙の祈りがその場に満ちる。
「黙祷、やめ!」
そして、ルイスのその言葉の後にも、自分たちの胸に静かな何かが残るのを、多くの隊員たちは感じていた。
「よし、今後は年に一度は黙祷式を行う。が、その後は美味い飯用意してやるからな。今日の飯も期待しておけよ」
マルバはにやりと笑い、隊員たちにそう告げると、年少者を中心に笑顔が広がった。
「では、解散!各自朝食前の業務にかかれ!」
ルイスの言葉に隊員たちは速やかに、自分のなすべきことをなす場所へと向かう。
そして、その場で慰霊碑を見上げるマルバに、声をかけるものがいた。
「社長」
「どうした、オルガ?不満そうだな」
「よくわからないんすが、この式に何か意味があるんすか?」
「ハッ、こんなことする暇あれば手を動かせってか?」
「ええ、死んだ奴らには死んだら、また会える。そうじゃないんですか?」
「まあ、お前の考えは正しいし、もっともだな」
「だったら、何で?」
そういい募るオルガの肩に、マルバは手を置く。
いつの間にか自分より背が高くなりつつある、オルガにマルバは告げる。
「だがな、それは強い奴の考え方だ。皆がみなそうじゃねえ、死んでいった奴らの事を上手く飲み込めねえ奴のほうがほとんどなんだよ。俺も含めてな」
「はあ、それは…まあ」
昨日までいた奴が今日はいない。そういう事は、CGSに入る以前から見て来たオルガにはその時の自分と三日月以外の連中の反応に思い当たり、納得の表情を浮かべる。
「そういう奴らをまとめていくにはな、上に立つ奴が、うまいこと飲み込めるようにしてやらなくちゃならねえ。それができねえと、いつか足元をすくわれるぜ。覚えとけ」
「うす!」
「よし、さっさと仲間達のとこにいってこい。きっちり仕事してこい」
「うす、オルガ・イツカ、仕事に戻ります!」
お互いに不敵そうな笑顔をかわし、オルガは仲間達の元へ戻っていく。
「おう、ずいぶんとオルガを買ってるじゃねえか、マルバ」
「まあ、あいつが俺らの部下の中じゃ、一番の出来物だろ。ならせいぜい恩でも売っておくさ」
「かぁっ、素直じゃねえ言い方すんなよ!」
「止めろ!イテテッ!てめえ力加減しろ、ボケ之丞!」
笑顔で近づいてきて、バシバシとマルバの肩を叩く雪之丞にマルバは抗議する。
「なんにせよ、こういうのは必要だ。俺らにも、若い奴らにもな」
「ああ、こういうもんでもないと、俺はまた忘れちまうからなあ」
「何を忘れるってんだ?」
「ん、まあ、あれだ。初心みたいなもんだ」
皆に見せた慰霊碑の反対側の隅に、小さく彫られた名前に、マルバは心でつぶやく。
(今まで悪かったな、お前ら。これからはちょくちょく来るから、勘弁してくれや)
小さく彫られた名前は『ケンケン』と『ワンワン』。
かつて、マルバの飼っていた愛犬たちの名前であった。
ご意見ご感想、誤字脱字のご指摘ありましたらお願いします。
原作開始まで、もう少しかかるかな。
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金で買えるもの、買えないもの
昼休憩中のCGSの空き地で、マルバと昭弘はナイフを構えて、対峙する。
暫くのにらみ合いの後に、昭弘が身体能力に任せてマルバに突きかかるも、マルバは半歩ほど下がり、突きの届く間合いを外しつつ、昭弘の腕に素早く小刻みにナイフを当てる。
無論、練習用の刃のないナイフであるが、痛みが皆無というわけではなく、昭弘は顔をしかめ、その突きは速度を殺されたものとなる。
その腕を、ナイフを持つ反対の腕と自身の脇の間に挟みこみ、思わず体勢を崩した昭弘の喉元に、マルバの手にしたナイフが、本来ならば刃のある部分を当てて止まる。
「まだ続けるか?昭弘」
「いえ、参りました」
昭弘の答えに、マルバは満足した表情で肯き、昭弘の腕を開放する。
「んじゃあ、今度のMWバトルにでてもらうぞ。リングネームは参番組で募集してやる」
「…うす」
周囲で観戦していた参番組を中心に歓声が上がる。
MWバトルの参加に難色を示した昭弘に、マルバが出した条件が、今行われていたナイフを使った模擬戦であったのだが、マルバが勝つとはほとんどのものが思っていなかった。
「すげーな!何か知らんうちに昭弘が抑えられてたぜ」
「昔から、MW抜きの近接戦闘は強かったからな。僕でも、戦績は負け越してたよ」
「えっ!ルイス隊長でもですか!」
「マジすか!社長ぱねえ!」
観戦していたルイスの横にいた、シノとユージンは驚きの声を挙げる。
「まあ、それ以外はルックスも含めて、僕の圧勝だけどね」
おどけた口調で片目をつぶるルイスに、シノとユージンは、自分達がCGSに入った当時の頃のルイスを思い出し、憧憬の表情を浮かべた。
「あっ、マルバのおじ様、見てましたよ!お疲れ様ー!」
「こら、ラフタ!ちゃんと社長さんていいなさいよ」
「えーっ、エーコはいつも真面目ちゃんなんだから」
「私達は、名瀬の指名できてるの!名瀬に恥かかせられないでしょ!」
「分かったわよ、反省してマース」
「ああ、いいですよ。エーコさん。好きに呼んでください」
近くで観戦していたらしい、ラフタ・フランクランドとエーコ・タービンズという女性二名がマルバに声をかけてきた後に、恒例と言っていい言い合いになったのを見て、マルバは苦笑いと共に告げる。
数日前から、CGSに技術協力として、幾ばくかの資金と引き換えにタービンズから派遣された両名他数名の彼女らは、皆が名瀬・タービンの妻という立場であり、マルバらCGSにとっては大事な客人でもあるからだ。
彼女らを迎えるに当たり、CGSへ食材運搬をしている少女からの助言を元に、全員に一日一度のシャワーと制服のこまめな洗濯、敷地内の清掃強化を命じた。
加えて『暴発』を防ぐために年長の参番組と一軍の連中に、マルバのポケットマネーから、事前に夜の繁華街での『ガス抜き』も実施した。
副産物として、一軍と参番組年長者らの反目が、若干おさまったのはマルバの出費へのささやかな報酬であろう。
「でも、おじ様。彼ってヒューマンデブリなんでしょ。命令すれば済むんじゃないの?」
「確かにラフタさんの言うとおりですがね。同じ命令でも、されるほうが納得してるのとそうじゃないのとでは、結果が違いますからね。昭弘のやつは、ああいった勝ち負けで決めてやると、一番納得するんですよ。まあ、おかげで今後はあいつに何かと勝負を挑まれそうですがね」
「成る程ねえ、やっぱりダーリンの知り合いの人って、変わった人が多いね」
「嫌いですか、こういうのは?」
「ううん、いいと思いまーす」
笑顔で応じるラフタに、マルバはもう少し大人しい服装にしてくれねえかなと思いつつ、出来るだけの丁寧口調で応じた。
「まったく、ラフタは。あっ、こちらは順調ですよ、社長さん。予備電源の設置は終わったので、後は稼動テストだけですね。それが終わったら、ガンダムの整備と、諸々の運用方法を教えれば完了します」
「そうですか、ありがとうございます」
「とはいえ、ガンダムフレームを使ったモビルスーツ(以下MS)は今のものと大分勝手が違うので、万全とはいえないですね。テイワズの本社なら大分ましに出来るんですけどね」
「いやあ、そこまでしてもらうと、うちの会社がもちませんので」
「正直、今やってる分でも結構かかってますよね?大丈夫ですか?」
「まあ、名瀬さんのおかげで何とかなってますよ」
今回、マルバが彼女らに依頼したのは、以下の四つ。
テイワズ製の新型MW数台の導入、地下発電室で動力源となっているガンダムを稼動できるように整備、更にガンダム稼動時に施設の電力を確保するための予備電源の設置、の三点に加え、それらを運用できるようにするための教育である。
護衛としてついてきたラフタが、空いた時間でMWの訓練を見てくれているのは、彼女の時間つぶしらしいので、『今回』は無料だ。
とはいえ、実際に上の四つだけでも相当の資金が必要であった。
「MWバトルのほうで大分『利便』させてもらってるんでね」
名瀬の口利きで、MWバトルの際に、内密で行われている賭博行為にかませてもらっていたのである。
トラブルがなければ、どちらが勝つかはあらかじめ分かってる鉄板ともいえる方法で、それなりの資金を確保できたのだ。
多少足らない分は、マルバの個人資産から出しているが、それを言わないのは、マルバの見栄からであった。
「でも、あんなガンダムみたいな骨董品まで持ち出す事って、あんまりないと思いますよ」
「いやあ、火星もこの前のノアキスの七月会議以来、大分きな臭いんでね。使えるもんは何でも使えるようにしておきたい、そう思いましてね」
「社長さんは心配性ですね。まあ、上に立つ人は用心深いと、聞きますけど」
「まあ、性分でね。さっきの近接戦なんかも、その一環で鍛えなおしたんですよ」
まさか、ギャラルホルンに襲撃された夢をみたからとはいえないマルバは、苦笑してごまかした。
エーコもそこまで不審がることはなく、昼の休憩を終えるとまた作業へと戻り、ラフタもそれについていったため、マルバは安堵のため息をつく。
「マルバ、色々とお疲れ様」
「なんだよ、ルイス。ちっとくらい助けてくれよ」
「いやいや、偉い人のお嬢さん方の相手は社長に任せるよ。僕だと、口説いてると勘違いされるかもだろ?それは不味いだろうし」
「けっ、いってろよ。単に好みじゃないだけだろうが」
「そうともいうね。マルバは好みかい?」
「皆若すぎらあな。俺の好みはもう少し年上の、仕事できますって感じの女だ」
「そんなこといってるから、まだ独身なんじゃないか?」
「うるせえ、お前だってそうだろ」
「ははっ、まあこんな仕事してたら、仕方ないね」
「ふん、因果な商売だが、これしか俺らになかったろ」
「そうだね、違いない」
そこまで話すとルイスとマルバは顔を見合わせて、笑いあう。
「んじゃ、後で社長室まで来てくれ。今後の相談があるからよ」
「了解、雪之丞もつれていくよ」
二人はお互いの拳同士をぶつけ合うと、それぞれの仕事へと戻るのであった。
余談になるが、昭弘のリングネームは選考の末『ガチムチナイト』に決まった。
「初めまして、クーデリア・藍那・バーンスタインと申します」
そして、マルバにとっての大きな岐路の日がやってきた。
ご意見ご感想、評価、誤字脱字のご指摘あればお願いします。
マルバの設定、近接戦闘が得意は、この作品独自です。
最後に、お気に入り登録ありがとうございます。
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汚い手だと思うかい? その一
第五話に補足 MWバトル を入れました。
「マルバ、どうしてクソ野郎の仕事を、また受けたんだい?」
「そうだぜ、確かに報酬はいいんだろうがよ。あいつは信用ならねえ」
時は数日戻り、夜更けのCGS社長室でマルバ、ルイス、雪之丞の三人は密かに会合を行っていた。
今マルバの目の前で、不満の表情を浮かべる二人と話しているのは、最近の火星で革命の乙女と呼ばれている、クーデリア・藍那・バーンスタインの地球行きの護衛と輸送を受け持つという仕事についてだ。
この仕事は、クーデリアの父であり、クリュセ自治区代表をつとめ、バーンスタイン家当主であるノーマン・バーンスタインからもたらされた。
この男からの依頼を、CGSは過去に一度、受けたことがある。
ノーマンの前妻が、出産のため実家に帰る際の護衛として雇われたその仕事は、CGSにとって最悪の結果をもたらしたからだ。
バーンスタイン家からの注文で、あまりいかつい人員が警備につくと妻がおびえるから、という理由でマルバは新人による弐番組にこの仕事を任せたのであるが、実家に着いた時に、MWなどで武装した集団に襲撃され、護衛に当たったCGS弐番組数十名の社員が全て殺された。
ノーマンの妻とその子供、さらには家にいた両親も守る事ができなかった。
その集団も、駆けつけたギャラルホルンの実行部隊に全滅させられ、怒りのぶつけどころを失くしたマルバたちCGSは殺された社員達とその遺品を引き取り、遺族達に渡すためにその整理をしていた最中にあるものを見つける。
亡くなった社員の一人が、私物としてもっていた小型ハンディカメラ、その最後の部分に記録された情報である。
仕事が終わった直後らしく、複数の社員と目的地の家の前から始まった映像は、数名の社員を映した後に、何か複数の機械や人の近づく音を捉えていた。
その直後に激しい銃声が聞こえたかと思うと、映っていた社員が次々と崩れ落ち、カメラをもっていた社員が倒れたのだろうか、映像は空を映し出すのみで、ただ襲撃の音だけが続き、それが途絶えた後に襲撃者らしき男達の会話が聞こえだす。
『おう、久しぶりにすっきりしたな』
『ああ、弾代ガス代込みでの依頼だ。金持ちは違うぜ』
『さっすがクリュセ自治区の代表様ってか!』
そういって下品に笑い出す男達の声、直後別の機械の駆動音が複数近づいてくる。
『おい、アレってギャラルホルンじゃ?』
『馬鹿な!あいつはギャラルホルンは足止めしとくっていってたぜ』
『ちくしょう!はめやがったな!ノーマン・バーンスタイン!』
その叫び声の後に、規則正しい銃撃が響きだしたところで映像は終わっていた。
この映像を見つけたルイスが、表情のない顔で、マルバと雪之丞に見せた後
「ちょっと、あいつをブチコロシテクル」
そう抑制の無い声で告げて、出て行こうとするルイスを二人がかりで必死に止めた。
この映像記録があれば、ノーマンの犯行依頼の証拠にはなるだろう。
しかし、相手は自治区代表であり、ギャラルホルンの火星支部とのパイプも持っている。
訴える、若しくはノーマンを殺せたとしても、今度はルイス自身だけでなくCGS全体にも何らかの嫌疑をかけて潰しに来るだろう。
残された奴らのためにも、こらえてくれ。
そう何度もルイスに叫びかけ、最後には三人でお互いを殴りあい、涙を流しあった。
かろうじて、踏みとどまったルイスだったが、すっかりと魂が抜けた様子ですぐに一軍の隊長を退き、構内で隠居のような生活を始めた。
マルバはそれまで以上に金儲けに邁進し、一方で、引き取った孤児やヒューマンデブリ達へ、阿頼耶識システム装着を強要する等、急速な戦力確保に手をつけた。
雪之丞はただ熱心に、後進へ自身の技術を教え、育成する事に力を注いだ。
この事件はギャラルホルンから、火星独立運動グループによるテロ行為として発表され、ノーマンは妻を殺された悲劇の人、殺されたCGS社員達は巻き込まれた犠牲者として扱われた。
暫く後、ノーマンが報道陣を引き連れてCGSを訪れ、妻を守ろうとしてくれたお礼として、それなりの金額を渡してきた。
事実を知るマルバには、別の意味がある金だと思いつつも、黙って金を受け取った。
その後、ノーマンが資産家だった前妻やその両親の遺産を相続した、葬儀のすぐ後に子供のいる後妻を娶った、その後妻が実は愛人で子供は実の子ではないか、等の噂も全て、マルバは無視してきた。
ただ噂を聞くたびに、マルバの酒量は増加していった。
「まあ待てよ。お前らの言うとおり、あの野郎の依頼がその通りなら、受けねえさ。これを見てくれ」
そういってマルバは、ルイスと雪之丞に手に持ったデータ端末を見せる。
「なんでえ、これは?」
「おいマルバ、これって…」
訝しげな顔の雪之丞と、唖然とするルイスにマルバは告げる。
「おう、クーデリア・藍那・バーンスタインの売買証明書さ。あの野郎にとっては、肉親でも邪魔者は容赦しないってことだ」
「まじかよ、火星独立運動の旗印つっても、自分の娘だろ?」
「いやあ、僕の予想を超えるクソ野郎だったな。吐き気がするよ」
「地球までの護衛と輸送ってのは表向きの事で、本当のところはクーデリア嬢をどこかに売り払うなり、飼うなり好きにしてくれという事さ。ご丁寧に、結構な手間賃までくれたぜ」
そこまでのマルバの話を聞いて、ルイスの表情が薄くなる。
「で、マルバ。どうするつもりかな?」
「ルイス、そのおっかない顔はやめてくれ!どうもしねえよ、ただ表向きの仕事を通すだけだ」
「へえ、この書類データだけでも、クソ野郎にダメージ与えられるのに?」
「そんなもん、偽造だ何だとごねられて、俺達がギャラルホルンに犯罪者として処分されて仕舞いだろうぜ。それじゃ、なんにもならねえ」
「だがよ、地球まで女の子一人連れていってどうすんだ?」
「雪之丞、このクーデリア嬢はただの女の子じゃねえ。ノアキスの七月会議を成功させた、革命の乙女様だぜ?新聞で読んだろ」
「おいおい、この子はただの神輿だろうが。どこのどいつかしらねえが、美味い事動かしてる奴がいるんだろ?」
「まあ、そうだろうな。だがその神輿を『俺ら』で担いじまえばどうだ?」
にやりと笑うマルバに、ルイスと雪之丞は呆れたようにため息をつく。
「もうこの神輿は、至る所で知られているんだぜ。そいつの権利が今、俺達のところに転がり込んできたんだ。上手く使えば、あの野郎を奴の土台ごとぶち壊せるぜ」
「まったく、無茶な事を考えるね。…とはいえ、地球でアーブラウの代表との会談だっけ?それが成功するだけでも、あのクソ野郎の面目は台無し、かつギャラルホルンからも睨まれるわけか」
「ついでに、女の子の目的も果たせて、めでたしめでたし、そういうことかよ」
「そういうことよ、汚い手だと思うかい?」
「いいや、僕は賛成するよ」
「ちゃんと女の子を送るなら、まあ悪かねえ話だよな」
ルイスと雪之丞の了承を受け、マルバは満足そうに肯く。
「ありがとよ。だが、あの野郎がただ邪魔者を売り飛ばしておしまい、って奴じゃない可能性はでかいよな」
マルバの言葉に、二人はうなずく。
「だからよ、そのときのための対策、今から立てようじゃねえか」
その日、CGS社長室の明かりは、夜が明けるまで消える事はなかった。
ご意見ご感想、誤字脱字、評価等ありましたらお願いします。
多くのお気に入り登録と評価、ありがとうございます。
今作で、ノーマンさんには、立派な『吐き気を催す邪悪』になってもらいました。
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汚い手だと思うかい? その二
PD323年、十月のCGS社長室にて、マルバ・アーケイはクーデリア・藍那・バーンスタインと地球行きに向けての打ち合わせを行っていた。
「こいつらが、今回の護衛にあたるもんの代表です」
「参番組隊長、オルガ・イツカです!」
「副隊長、ユージン・セブンスタークっす」
「兵站長のビスケット・グリフォンです」
「三日月・オーガス」
地球行きに当たり、参番組に任せたのはオルガ・イツカの統率力を期待しての事であるが、それ以前に一軍への信頼の低さ、教導隊の人数の少なさがそれを後押ししていた。
その件はルイス、雪之丞とは相談の上であり、整備統括として雪之丞が地球行きに同行する事にも、両者は同意していた。
その後、クーデリアが三日月にCGS内を案内してほしい、と願い出て後の打ち合わせはどうするんだと、マルバは内心思ったが、クーデリアと同行していた怜悧な美貌をした眼鏡をかけたメイド、フミタン・アドモスが打ち合わせを引き継ぐ事を申し出てきた。
フミタンの表情に動揺がないことから、このようなことは日常的に行われていたのであろうと、マルバはフミタンにいささかの同情を覚えた。
打ち合わせはスムーズに行われ、何点かの変更を加えた後に解散となるが、クーデリアが未だに戻らないため、フミタンには契約書の確認作業が残っているので、社長室に残ってもらい、オルガたちを業務に戻らせつつ、クーデリアを見かけたら、用意した客室へ向かってもらうように言い付けて、社長室を後にさせた。
「さて、ここから本題に移りやしょうか、フミタンさん」
マルバは応接セットのソファーから立ち上がり、自身のデスクに置いたタバコを咥えて、ソファーに座るフミタンに語りかける。
同時に、マルバの背後で起立していたルイスが、静かに社長室の入り口へと移動する。
「本題といいますと?」
「バーンスタインのメイドのあんたなら、聞いてるんじゃないですか?クーデリア・藍那・バーンスタインをどうするかを」
「…旦那様からは、ことの推移を見届けた後、報告するように言われております」
「結構、それなら話は早いですな」
マルバはそういって、にやりと笑う。
「あの!どうかお嬢様を地球へ送り届けて、いただけませんか!その代わりに、私をいかようにでもして構いません!」
「へ?」
思いがけないフミタンの発言に、マルバは咥えていたタバコを床に落とす。
幸いにも火はつけていなかったので、床の敷物は無事だ。
「私では物足りないとお思いでしょうが!誠心誠意お尽くし致しますので!どうか!」
「あっ、いや、足るとか足らないとかじゃなくですな」
そのマルバの笑顔に、フミタンが何か勘違いしたらしく、自身をクーデリアの身代わりにと懇願を始め、マルバがわたわたと何とかなだめようと務めている光景に、ルイスは思わず吹き出していた。
「マ、マルバのその笑顔じゃ、仕方ないか!アッハハハ!」
「うるせえ!どうせ俺は悪人顔だよ、笑うんじゃねえ!」
「いやいや、充分いけてるって、僕ほどじゃあないけどね」
「女に不自由してねえ、ルイス様はお黙りやがれよ!」
ルイスとマルバのやり取りに、フミタンは自分が勘違いしていた事に気がついたのか、赤面して俯いた。
「…お騒がせしまして、申し訳ありません」
「あー、いや。まあ、フミタンさんがお嬢様をどう思ってるのか、わかったんでいいでさ」
「マルバ様にも、ひどい誤解から失礼な事を…」
「俺も、まあ善人顔はしてないのは、わかってるんで構わんですよ…。一度、仕切りなおしましょうや」
マルバは立ち上がると、部屋の脇に置かれたポットから、そのポット近くに伏せていくつかある金属製カップ二つに、黒い液体を注ぐ。
「作り置きのブラックしかないが、どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
マルバも応接セットに座りなおし、フミタンと共にブラックのコーヒーをすする。
「で、お嬢さんの件ですがね。俺らCGSはお嬢さんを地球へ送り届けたい、そう考えてます」
「それはありがたいのですが、失礼を重ねますが、何故とお聞きしてもよろしいですか?」
「そうですなあ、いくつか理由はありますぜ。成功すれば、革命の乙女様とコネが出来るし、名声も手に入る。バーンスタインの当主野郎に一泡噴かせられるとかね」
「それでも、この自治区のトップとギャラルホルン、両方に目をつけられますよ?」
「でしょうな。まあ、その辺は何とかなる計算はあるんでね。それと、美人二人と地球旅行できるなら悪かないでしょう」
「まあ、ご冗談を」
少し表情を緩ませるフミタンであるが、マルバの方はまんざら冗談でもねえんだがなと心の中でつぶやきつつ、扉の前でにやついているルイスを睨む。
付き合いの長いルイスはマルバの女性の好みが、丁度、目の前の女性と多く合致する事は知っているからだ。
「で、その計算にはお嬢さんの身柄は俺が持っておく必要があるんで、それだけ納得してくだせえ」
「…わかりました。今回の件、何卒よろしくお願いします」
「ありがとうございます。精一杯頑張らせて貰いますぜ」
マルバとフミタンは握手を交わし、真の意味での契約を成立させたのであった。
翌日の未明、衝撃と警告放送により、マルバは浅い眠りからたたき起こされる。
「やはり来やがったが、あの野郎め!」
ののしりの言葉と共に、手元においていたナイフホルダーとCGSのジャケットを身に着け、放送で叫んでいる集合地点へと急ぐ。
地下格納庫にマルバが到着した頃には、ルイス、オルガ、ハエダが既に集結していた。
「おう、集まってるな。ルイス、状況は?」
「CGS敷地の南側から、MWの部隊が襲撃をかけてきている。その後方から、歩兵らしきものが支援攻撃をしているね。規模的にみて中隊ぐらいだね。今、当直の参番組と教導隊が迎撃しているところだよ」
「敵の所属は、どうだ」
「今ビスケット君に、レーダーで確認してもらっている。…と通信が来たね」
ルイスは、身に着けていたインカムのコール音を確認し。通話をする。
「敵の所属が、確認できたよ。最悪な事にギャラルホルンだ。おまけにエイハブリアクターの反応が三つもあるそうだよ」
オルガとハエダはその言葉にぎょっとするも、マルバとルイスはにやりと笑う。
「おお、ルイスよ、こりゃ想定していた内でも最悪の一つ手前くらいだな」
「そうだね、航空戦力は無いみたいだし。なんとかなるでしょ。プランGでいくよ」
オルガとハエダはその二人のやり取りに、信じられないものを見たような表情を浮かべる。
ギャラルホルンに襲撃されてる状況で、この二人のように振舞えるものは、そういないだろうからだ。
『CGS全職員へ告げる。襲撃者は中隊規模。これより迎撃作戦を開始するが、この場所を守るという意思のあるものだけ、この作戦に参加せよ。そうでないものは、北側にMWに牽引させるカーゴ数台を整備班に用意させたので、それでこの場から去れ。俺も社長もこの場に残る』
「しゃ、社長!相手はギャラルホルンですぜ?逃げないんですかい?」
「馬鹿野郎、相手が誰であれ、人様の家に土足で上がりこんできた相手に、一発食らわせてやらねえ手はねえだろ。俺らの仕事は舐められたら仕舞いだろ」
「そりゃ、そうですが…」
動揺するハエダに、マルバは応じる。
「逃げたきゃ、あんたも逃げなよ。ハエダのおっさんよ。後は俺ら参番組と、ルイスさん達で何とかするぜ?」
動揺から立ち直ったのか、オルガが片目をつぶりにやりと笑う。
やせ我慢でも、出来るだけたいしたものだ、とマルバとルイスはオルガを心の中で賞賛した。
「クッ、舐めるなよ、オルガ!クソガキ共に出来て、俺らに出来ねえこたあねえ!ルイス隊長、指示をください!やってやりますよ!」
ハエダはオルガを睨みつけ、挑むようにそう吠えた。
こいつにも、まだ意地が残っていたかと、計算外のことにマルバはほくそ笑む。
「ようし、お前ら、これから反撃開始と行くぜ!」
CGSは、今強敵を前にして、一つに纏まりつつあった。
ご意見ご感想、評価、誤字脱字ありましたら、よろしくお願いします。
前回に引き続き、多くのお気に入り登録ありがとうございます。
後一.二回ほど同じサブタイトルになると思います。
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汚い手だと思うかい? その三
戦闘描写で字数が増えたので、後一回は同サブタイトル。
『参番組はそのまま迎撃を継続!一軍と教導隊は西側に集結後、合図の信号弾を待って、南側に集結しているギャラルホルンMW群の側面、及びその後方の歩兵部隊を叩く。以上かかれ』
ルイスの命令を受け、CGS残留を決めた者たちが動き出す。
結局、逃亡を選択した者たちは一軍が約半数、参番組は数名、教導隊と整備班からはゼロとなったことを踏まえての作戦命令である。
ちなみに、デクスターは残留組に、ササイとトドはいち早く逃亡組に加わっている。
序盤、参番組は集中砲火を加えるギャラルホルン部隊に対し、遮蔽物に身を隠して防戦につとめる。
双方MWを主力としているが、総合した錬度、火力、機体数はギャラルホルンが上であるためにうかつに飛び出せる状況ではない。
だが、ある距離をギャラルホルンのMW群が通過したところで、オルガの号令が飛ぶ。
『投擲隊、発射!』
オルガの声に続き、防衛に当たっていたMWの後方に待機していた部隊から、一斉にドラム缶が投擲された。
整備班の製作した、着脱式投擲装置を設置した輸送用MWから投擲されたドラム缶を反射的に射撃したギャラルホルンのMW数台が炎上する。
ドラム缶内に満載されたバイオ燃料が爆発炎上し、それがそのまま降り注いだためだ。
続いて、守備にまわっていたCGSのMWらも、優先してドラム缶に射撃を当て、爆発炎上させていく。
予備電源の燃料として、ビスケット自宅の農園その他から、定価の倍で優先的に集められたトウモロコシを原料に、タービンズの輸送してきた精製装置で作られた、その燃料はよく燃えた。
本能的な火に対する恐れと、MWへの熱によるダメージにより、ギャラルホルンの足が止まる。
『よし、続いて切り込み隊、行け!』
オルガの次の号令に、三日月や昭弘ら錬度の高いMW乗りが、ギャラルホルンのMW群に肉迫し、撃墜につとめる。
たまらず後退するギャラルホルンに、切り込み隊は深追いをせず、守備にあたるMWらの援護射撃を受けつつ、後退する。
『ルイス隊長、敵の足を止めました。MSが出るまで現状を維持は可能そうです』
『了解、苦労だが、参番組は暫しの間その場を死守しろ』
『了解、訓練の成果を見せてやりますよ』
CGS施設を見下ろせる監視塔から、参番組の報告を受け、ルイスは次の段階へと取り掛かる。
側に待機していた、デクスターとビスケットの両名に、クーデリアとフミタンの地下格納庫への誘導と、各部署への連絡役を任じ彼らが走り去った後に、ルイスは傍らに置いたスイッチを押した。
少しの間を置いて、CGS施設の北側から多数の信号弾が上がる。
逃走した連中の乗る機体に、あらかじめ仕込んでおいた信号弾が、発射されたのだ。
「マルバが素直に逃がしてくれるわけないだろ。悪いが僕らのために頑張ってね」
聞く者のいない監視塔でルイスが一人つぶやくその眼下には、更に火力の鈍るギャラルホルンの攻撃が映る。
ギャラルホルンの目的がクーデリアの拘束ないし、殺害と見ていいこの襲撃で、今CGSの敷地から逃げるものがあれば、彼らはそれを追跡せざるを得ない。
だがその発覚が突発であれば、いかに練度の高いギャラルホルンとはいえそちらへの追撃か攻撃続行かの判断が下るまでの、時間差が生じる。
その隙を突くかのようにMW群に一軍が、歩兵達には教導隊が西側から側面攻撃をかける。
守備に回る参番組からも、援護射撃がおこなわれ、ギャラルホルンのMW群は更に数を減らす。
「さて、これで相手が引いてくれればいいんだが、そうはいかないか」
目視で襲撃の更に後方を、監視していたルイスの目に、大きな移動物が映る。
『MS一機、接近中!参番組と一軍は後退!教導隊は適当なところで切り上げて帰還せよ!以降エイハブリアクターの影響で通信は困難となる。各自身近の上官判断に従い奮戦しろ!以上通信終わり!』
最後の通信を終えるとルイスは、監視塔から走り退出する。
目的地は地下格納庫、そこに眠るMSの元である。
CGS地下格納庫、現在そこでは一機のMSを起動させようとしていた。
この敷地で見つけ、マルバが敷地ごと買い取ったガンダムフレーム、ガンダムバルバトスである。
事前の整備により、稼動に問題の無い様にレストアされたそれに、MS襲来の連絡と共に、オルガの指示でここに来た三日月が、コクピットに乗り込み起動の準備をしている。
「あの社長さん。三日月はアレを動かせるのですか?」
「ああ、あいつは阿頼耶識システムを三つ埋め込んでいる、うちの中じゃ一番ガンダムを上手く使えるはずですぜ」
「阿頼耶識システム!?あれは」
「非人道的システムって言いたいんでしょうが、黙っていて下さいよ。俺らは清く正しく飢え死により、毒でも皿でも食って生きてたいんでね」
「それは!でも」
「社長の言うとおりだよ。これのおかげで俺も仲間も生きてこられた」
避難してきたクーデリアは先に地下格納庫にいたマルバに、言い募ろうとするも先に三日月に釘を刺されて沈黙する。
本人が納得している以上、部外者である自分が騒ぐ事の愚かさと傲慢さを、優秀なクーデリアは理解したからだ。
故に、雪之丞からレクチャーを受ける三日月を見送るしか出来ない自分が、クーデリアは歯痒かった。
「一度、起動はしたが、今度はどれくらい稼動を続ける事になるかわからねえ。死なない程度にきばってけや」
「わかったよ、おやっさん。じゃ出すよ」
施設内の予備電源への切り替えと、バルバトスの起動を終え、三日月は出撃する。
地上で奮闘する仲間達を救うために。
ギャラルホルンのMS、グレイズが戦闘に参加してから、CGS側は徐々に不利に陥っていた。
ギャラルホルンのMW群は、グレイズからの指示で信号弾を発した逃亡組へ向かい、歩兵らの方も教導隊のかく乱で無力化され、数としてはグレイズ一機のみ。
にも拘らず、その戦力差はCGSに不利であった。
MWの攻撃は命中しても、その装甲にほぼはじかれるが、グレイズからの攻撃は命中すれば致命的な上に、機動力もグレイズが圧倒している。
かろうじて投擲組のドラム缶投擲のみが有効であったため持ち堪えているが、用意した数の残りは後五回分で打ち止めである。
対MS用の弾頭が、隊長機には装填されているが、これはあくまでこちらのバルバトスの援護用であり、現状で発射しても、わずかばかりの足止めにしかならないだろう。
そう判断したオルガは、ひたすらに三日月の到着を待ち、参番組や一軍のMWが、グレイズに潰されるのを、歯噛みしつつも指揮を続けていた。
「お前ら、もう少しで三日月が戻る!それまでの辛抱だ!」
せめて士気を下げないように、そう思っての激励であったが、その声はグレイズに拾われてしまった。
『貴様が指揮をしているのか?』
グレイズから、そう声が響いたかと思うと、オルガの乗るMWに攻撃を仕掛けてきたのだ。
せめて仲間を巻き込まないようにと、オルガは機体をジグザグに走らせ、荒野のほうに出る。
『ほう、なかなか素早いな。どこまで逃げられるかな?』
グレイズから聞こえる声には、侮りと慢心がにじみ、オルガが子供の頃から聞き慣れた、大人が自分らをいたぶる時と同じ声色だった。
そして、その声色の通りに、グレイズは射撃を使わずに、手にした武器か足で、オルガの機体を潰そうとしてきたのである。
グレイズの武器と足が、荒野に降り注ぐたびに、衝撃と瓦礫がオルガの機体を襲い、遂に回避に致命的なほどに体勢を崩してしまう。
その隙を見逃さず、グレイズの武器攻撃がオルガの機体をその搭乗者の高笑いと共に振り注ごうとした時、横合いから飛び出した機体、一軍の隊長機が弾き飛ばす。
直後のグレイズの武器が地面に突き刺さるのと同時に、グレイズの背後から土砂の吹き飛ぶ音が響き、その音に思わず振り向いたグレイズのコクピットめがけ、巨大な鉄塊が迫り、次の瞬間にそのコクピットを搭乗者ごと叩き潰した。
その鉄塊はメイスであり、それを握るのは三日月の乗るバルバトス。
悪魔の名を冠したガンダムが、地上へと帰還を果たした瞬間であった。
ご意見ご感想、誤字脱字のご指摘、評価等ありましたらお願いします。
やっとここまで、先はまだ長い。
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汚い手だと思うかい? その四
投稿時間を間違えていたのは、ここだけの秘密。
一機のグレイズを倒した、三日月の乗るバルバトスに対し、残った二機が迫ってくる。
MWの体勢を立て直したオルガは、未だ転倒したまま動かない一軍隊長機を気にしつつも、残り二機のグレイズ迎撃を優先する。
この二機をなんとかしなければ、CGSの皆に先が無い。
「ミカ、俺達の施設から、あいつらを離せ」
『うん。じゃあいってくるよオルガ』
そう告げるとバルバトスはスラスターを吹かし、南へ跳躍する。
グレイズ二機もバルバトスを最優先の排除対象と考えたのか、その後を追いCGS施設から離れていく。
「よし、参番組!今のうちに負傷者を回収だ。急げ!俺はミカのフォローに行く!」
施設に残る参番組に指示を出すと、オルガはバルバトスの跳躍した方へと、MWを走らせた。
『くっ、歩兵を盾にするとは卑怯な!』
激昂した声で、グレイズの一機がバルバトスに叫ぶ。
バルバトスの跳躍した先は、ギャラルホルンの無力化された歩兵達が集結している場所。
追ってきたグレイズ二機が、友軍を気にして攻撃を控えると予測したからだ。
そして、激昂する声のまま、もう一機の制止を聞かず接近してきたグレイズに三日月は思う。
ああ、こいつ『新品』か、と。
ルイスさんが、同じ装備なら『新品』を狙えって言ってたな、とも。
そして、ルイスの教えに従い、三日月は扱いやすい新品から狩ることを決める。
バルバトスが手にしてメイスで、歩兵ごと地面をなぎ払う。
赤黒い液体にまみれた土ぼこりが派手に舞い、バルバトスの姿を覆い隠す。
『目くらましのつもりか!無駄だ!卑怯ものめ!』
無論、MSのセンサーには影響なく、グレイズはバルバトスの位置を見失っていない。
が、そんな事は三日月も承知の上で土ぼこりを上げた事に、激昂した新品は気がつけない。
『下だ!アイン!』
もう一機のグレイズからそう声がかかり、反応を見せる新品であるが、もう遅かった。
土ぼこりをかいくぐるように、地を這うような前傾姿勢のバルバトスがメイスの先を槍の様に構え、新品のグレイズのコクピットを襲った。
最後の踏み込みから、バルバトスのスラスターを使った高速突撃の勢いに、新品の乗るコクピットは原型を留めることなく叩き潰された。
『おのれ、アインを!』
残る一機のグレイズが、攻撃を加えようと動き出したときに、後方から接近する物体をセンサーに捉え、その速度に思わず振り返る。
それは限界速度一杯で走るオルガの乗るMWであり、その機体から射撃音とともに弾丸がグレイズに発射された。
グレイズの頭部に命中したそれはダメージは与えなかったが、命中箇所に白い粘着性の液体が付着し、グレイズの視界を塞ぐ。
反射的に、機体の手で液体をぬぐおうとするも、その液体は手にも付着しぬぐった手の動きも制限させた。
『これでは視界が!まずい!』
一番安い白い塗料入りのペイント弾、それに整備のヤマギ・ギルマトンが細工を加え、強度の粘着性をもたせた特殊な弾丸。
MWでMSにダメージを与える事は困難、なら戦いにくいようにしてやれというマルバの発案により開発された弾丸は、確かな効果を発揮していた。
そこに、新品の乗るグレイズからメイスを引き抜いたバルバトスがスラスターを吹き上げて、残る一機に突撃をかける。
その事を察知したのか、最後のグレイズは咄嗟にもう片方の手に持った斧をバルバトスに投げつけると同時に、後方へと全速で後退する。
視界を防がれつつも、投擲された斧はセンサーと恐らく長年の戦闘への勘により、バルバトスを正確に捉えていた。
メイスで斧をはじいたバルバトスは、すぐさま追撃に移るも加速の途中でいきなり減速し、その場に跪いて活動を停止させた。
「おい、どうしたミカ!大丈夫か!?」
あわてた様子でオルガが三日月に声を掛けるも、応答は無い。
最後のグレイズの撤退にあわせ、歩兵達も撤退していく様子から、今回のギャラルホルンの襲撃は中断されたと判断したオルガは三日月の乗るバルバトスを回収させるべく、昇り始めた日の光の下、CGSへと急ぎ戻るのであった。
『よし、一軍と参番組は負傷者の回収と応急手当、整備班と教導隊はMWとMSの回収とその警備に当たれ。一軍と参番組は三人一組で行動しろ。かかれ!』
襲撃を凌いだCGSでルイスが全体の指揮を執り、立て直すための命令を下すと、社員達は一斉に動き出す。
「あの、僕とデクスターさんは?」
「ああ、ビスケットとデクスターは、監視塔から周囲を見張っていてくれ。何か変化があれば連絡するようにね」
「わかりました。向かいます」
見かけによらず、俊敏な動きを見せて走り去るビスケットと入れ違いにマルバがルイスに近づく。
「俺はどうする?ルイス隊長さんよ」
「マルバはそこでみていなよ。下手に動き回られても邪魔だしね」
「へっ、そりゃ俺の仕事は戦闘になるまでと、その後の尻拭いだがよ」
「悪いけど、そういうこと。僕と一緒に結果を待っていなよ」
「そうするよ…だいぶいっちまったな」
「そうだね」
「…つれえな」
「…そうだね」
立ったまま、社員達の報告を待つルイスの横で、マルバは胡坐をかいて座り込んだ。
その後オルガの報告により整備班らに回収された、三日月とハエダの容態確認を待つルイスとマルバのもとに、ビスケットから連絡が入る。
北から逃げた逃走組の生き残りらしきものが五名ほど、こちらに徒歩で近づいてるとのことだ。
「何だよ、生き残ったならそのまま逃げりゃいいのに。面倒かけさせやがるな」
「マルバ、僕も行こうか?」
「いらねえよ。ああインカムだけ貸してくれや」
マルバはそういうと、ルイスからインカムを受け取り装着しつつ北の裏口へと向かった。
「おい、そこで止まりな」
北の裏口前に近づく薄汚れた五人に、インカムをつけたマルバが声をかける。
ササイに率いられた、一軍でも態度の悪かった連中はその声に応じるように、その場に止まる。
「おう、アーケイさんよ。よくも俺らをはめやがったな!」
前に立つ四人の後ろに隠れていたササイがマルバに叫ぶも、マルバは呆れた顔で五人に告げる。
「はあ?俺ら見捨てて逃げたのはお前らだろ?だから有効活用してやっただけだ」
「ふざけんな!おい、おまえら。こいつを締め上げてやれ!それから俺達への謝罪と賠償を絞ってやっからよ!」
ササイの掛け声に、ここに来るまでに消耗したのか武器ももたずに、残りの四人がマルバに向けて走り出す。
と、それと同時に銃声が響き、走り出した男の一人が倒れる。
その出来事に驚いた男たちの耳に次の銃声が響き、また一人倒れる。
「ちくしょう、狙撃か!」
「俺がただ何の備えも無く、おめえらみてえなのの前に出ると思ったか?しかもご丁寧に俺に危害を加えようとしやがるときた。もう、大人しく裏切り者としてここで終わっておけ」
会話が続く間にも、銃声は響き裏切り者たちを地に伏せさせ続け、残るはササイのみとなる。
顔を青ざめさせて逃亡を図ろうとしたのか、回れ右をしたササイの頭に、銃声と共に赤い花が咲いた。
『もう隠れてる奴はいないか?』
『ここから見る限りでは、そこの五名だけですね』
『んじゃ、そこの奴らの生死確認すッから、見張っててくれ』
『了解です、社長』
彼ら五名の裏切り者たちの生死をマルバが確認する間、デクスターは監視塔の上でスナイパーライフルを構え続ける。
狙撃の非人道な面に嫌気が差し前線から退いていたデクスターであったが、CGSの子供達に接する機会が増えた事により仲間を守るための技として、再び銃を手に取ったのだ。
CGS最高の狙撃手といわれた男も、再起していたのであった。
ご意見ご感想、誤字脱字のご指摘、評価等あればよろしくお願いします。
一般人に溶け込めるスナイパーって、怖いですよね。
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くだらない、そして大事な事
補足 デクスター:本名デクスター・キュラスター。
原作ではCGS経理担当の一軍で比較的善良な眼鏡の人。
今作では並狙撃手として並み程度の腕前と、優秀な情報分析力をもつ。
ビスケットと原作より深い付き合いをしている。
襲撃から明けて翌朝、CGSの社長室にてマルバとルイス、雪之丞の三人は纏まった被害状況について話し合っていた。
「死者は一軍が三十二名、参番組が十四名。重傷者は一軍がハエダ含む十名に参番組が二十名、整備班と教導隊に一名ずつだね。三日月は気絶してた以外は軽傷程度だね」
「そうか、三日月とバルバトスがいなかったらと思うと、ぞっとするぜ」
「そうだね、MSがなければ僕らが全滅の可能性もあったはずだよ」
「重傷者は医療ベッドを使えば何とかなるとして、機材の方はどうだ?雪之丞」
「そうだな、修理不能なのが四割、ギャラルホルンの連中から分捕った分を合わせれば、まあ九割がたなんとかなんだろうが、時間はかかるぜ。後MS二機のうち一機は予備パーツとして分解するぜ」
結果としては、ギャラルホルンの中隊一つと当たったにしては損害は少ないといえるものであり、物的損害については、鹵獲したMSを売却なりすれば補って余りある状況。
が、これはあくまで今回の襲撃の結果である。
「だが問題はここからだね。ギャラルホルンもだけど、あのクソ野郎が何もしてこないはずないだろう」
ルイスの言葉に、マルバと雪之丞はうなずく。
ギャラルホルンを敵に回したことが知られれば、取引相手のなかには恐れをなして取引を中止してくる所がでるだろうし、ルイスの言うあのクソ野郎こと、ノーマン・バーンスタインは吐き気がする悪党だが無能ではない。
予定ではギャラルホルンがCGSごと処分していた、自身が娘を売った証拠を握るマルバたちを消し去るために、合法非合法問わず何らかの手を打ってくるだろう。
「まあ、ギャラルホルンの方は中隊規模が全滅に近い被害を出しちゃったんだし、すぐには襲っては来ないだろうけどね」
「だな、いっくらあいつらでも、すぐさま動けるはずもねえだろうよ」
「それに取引先なら、MWバトル関係は大丈夫だろ。テイワズ絡みの件にギャラルホルンもあの野郎もうかつには手を出してこねえさ」
加えて、今マルバたちの手元にクーデリアという鬼札が存在している。
切り方一つで、どのような展開にもなりうる危ういが強力なカードだ。
「となるとだ。あいつらがうごかねえ内に先手を取る必要があるわな」
「何か、いいアイデアでもあるのかい?マルバ」
「前におまえらに相談してた件、実行しようじゃねえか」
「おいおい、まだ早すぎねえか?」
「いや、雪之丞。逆に今なら一軍と参番組も纏まって同じ敵を相手にした直後だし、抵抗が少ないはずだよ」
「それによ、今なら俺らであいつらをサポートしてやれば、独り立ちまでなんとかできるんじゃねえか?」
「ふむ…確かにそれならありだな」
「よし、じゃあ例の件をあいつらに飲ませるぜ」
マルバの言葉に、残る二人はうなずいて了承した。
その日の夕方、ルイスに呼ばれたオルガ、昭弘、ハエダが社長室にやって来る。
利き腕を手巾で吊り固定したハエダを、横目でチラチラと見るオルガらを出迎えたのは、マルバ、ルイス、雪之丞にデクスターを加えた四名であった。
「おう、ご苦労さん。今日は重大な決定をお前らに伝えたくてな」
新たに入ってきた三人の顔を見ると、マルバはにやりと笑う。
「まずは結論からいうとだ。俺、マルバ・アーケイはCGS社長職を引退、CGSの全業務と全資産に加えて私財の一部を後継者を指名して、譲渡することにしたぜ」
その言葉にオルガら三人は驚きの表情を浮かべる。
「随分急な話ですね。で、誰が後を継ぐんですか社長、ルイスさんすか?」
「お前だよ、オルガ・イツカ。お前が後継者だ」
「えっ、いや。そりゃ無茶じゃ」
「まあまあ、僕から説明するよ」
マルバの言葉に驚くオルガをルイスが執り成し、CGSの現状を説明する。
「まあ、そんなわけでね。今のままCGSを続けるのは詰みが見えたチェスをするようなものなのさ。でゲームとプレイヤーを変えて、一から始めようって事さ」
「はあ、まあ理由はわかりましたけど、何で俺なんすか?」
ルイスの説明に納得はしたオルガだが、自身が後継者といわれたことにはまだ疑問を残していた。
「疑問はもっともだがよ、俺らの中で誰かと言われりゃおめえしかいねえよ,オルガ。おめえには人を惹きつけて引っ張っていく力があんだよ」
「そういうこと、それにここにいる僕ら四人が、オルガをきっちりサポートするからね。その間にきっちり足場を固めればいいよ」
オルガの疑問に雪之丞とルイスが応じ、デクスターも笑顔でうなずいた。
「まあ、そんなわけだ。この話、受けてくれや、オルガ・イツカ」
「…基本的に俺らのやり方に従ってくれるんすね」
「意見と小言はいうけどな、最終決定はお前のもんだぜ」
「わかりました、謹んで継がせてもらいます社長」
オルガは真剣な表情でマルバの要請を了承し、明日の朝に引継ぎの旨を社員全員に知らせる事とその前にオルガが幹部候補とするもの数名へ話を通しておく事で決め、その場は解散となった。
「おい、オルガ」
その帰りの通路で、終始無言であったハエダがオルガに声をかけた。
「夜、慰霊碑前まで顔を貸せ。サシできっちりしときたい事がある」
「いいすよ、俺もアンタにはきっちりしときたいすから」
「逃げんなよ」
「あんたこそな」
それだけ言葉を交わし、オルガとハエダはその場で別れた。
夜中、CGSの慰霊碑が建つ裏口前の広場で、オルガとハエダは対峙する。
お互いに相手から視線をそらさずに睨みあう。
「オルガ、俺は昔からお前が気にいらねえ。ガキの癖にいきがりやがって」
「奇遇だな、ハエダのおっさん。俺も昔からあんたの偉そうな態度がむかついてたんだ」
「なら、こいよ。ガキの相手なんぞ片手で充分だ!」
「そうか、よっ!」
言葉が終わるか終わらないか之タイミングで、オルガが素早くハエダに近づき、その拳でハエダの顔面をとらえる。
のけぞったハエダも、体勢を立て直すとお返しとばかりに、無事な方の拳でオルガのボディに拳をねじ込んだ。
その後も両者は退かずにお互いの体を殴り、蹴り、を繰り返し、互いの体にダメージの刻み会いを続け、お互いに顔がはれ上がるも、どちらも一歩も退かない。
やがて、よろよろとしだした足どりで両者はお互いの距離を縮めると、互いの襟元を掴み取り互いの額に頭突きを食らわせあうと、そのまま二人とも地面へと倒れこんだ。
それがオルガとハエダのどちらとも、最後の力を振り絞ったものだったのか、どちらもその場から立ち上がる気配は無かった。
「オラ、どうしたオルガ!さっさとかかってこいや!」
「うるせえ!てめえからかかってこいってんだ!」
「ばかやろう!てめえのほうが体力あんだから、そっちからこいや!」
「おっさんのほうが、ガタイあんだから、そっちからこいよ!」
お互いに持ち上がらない体をよそに、顔だけ突き合わせて罵倒しあっていたが、やがてハエダが眼をそらしため息をついた。
「ハア、わかったよ!俺の負けだ!」
「何だよ、ガキに使われていいってか?」
「ああ、てめえのしぶとさなら、まあ何とかなんだろ。せいぜい上手く俺らを使いこなしてみろや」
「おお、そうさせてもらうぜ。末永くこきつかってやるぜ」
「へっ、いってろよ」
「…後よ、あの時助けてくれてありがとな」
「ふん、今度酒でもおごれ」
そこまで会話を交わした後に、お互いのボコボコになった顔を見て、両者は笑いあった。
その光景を見たトレーニング上がりの三日月と昭弘は、不思議そうな顔はしたものの険悪な雰囲気もないオルガとハエダの様子に、そのまま通り過ぎていった。
翌朝、緊急集合の合図とともに集められたCGS社員の皆に、マルバの口からCGSの解散とオルガを代表とした新組織の設立を告げられた。
「今日から俺達は『鉄華団』だ!決して散らない鉄の華のお前らを、俺が束ねて率いる!」
はれ上がった顔をしながらも、オルガは強い意志の瞳で元CGSの皆を見つめて宣言したのであった。
ご意見ご感想、誤字脱字のご指摘、評価等ありましたらお願いします。
ギャラルホルン側の描写は、基本カットしていく予定。
描写するとしたら、幕間になるかと思います。
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けじめ、つけるならば
前話に、補足 デクスター を追加しました。
鉄華団結成の宣言後、社長室にて引継ぎと新体制についての話し合いがおこなわれていた。
参加者はCGS側からマルバ、ルイス、デクスターが、鉄華団側からはオルガ、三日月、ビスケットの計六名である。
数時間の話し合いにより、以下の事が決まる。
新組織、鉄華団の組織編制と役職についての事。
クーデリアの地球行きの業務は引き続き請け負う事。
マルバが鉄華団顧問として、地球行きに同行する事。
火星にルイス、デクスターが残留し、地球行き以外の業務を継続させる事。
昭弘らヒューマンデブリの所有権を、オルガに譲渡する事である。
「留守の間は、私とルイスさんで何とかしますので、ご安心を」
「よろしくお願いします、デクスターさんとルイス隊長」
「もう君の組織だから、呼び捨てでもいいんだよ。オルガ団長?」
「いや、なかなか慣れないもんで」
「地球から帰る頃には、充分トップらしく振舞えるようになってるさ」
「とはいえ、マルバみたく悪人顔にはならないでくれよ」
「うるせえ、いってろよルイス」
おおよその事は決まり、参加者の間に弛緩した空気が流れる。
だが、まだ伝えておくべき事は残っていた。
「今からの話は、ここだけの話に納めてくれ」
マルバがそう最初に言い置いて語ったのは、クーデリアが親であるノーマンからマルバへと、譲渡されていたことについての経緯であった。
「ひどい話…ですね」
「ああ、親が娘を売るなんてな」
オルガが顔をしかめる横で、ビスケットは帽子を両手で強く握る。
子供を自分のために犠牲にする親という存在に、彼らが強い憤りを覚えていることが伝わってきた。
「この話、あいつは知ってるの?」
「いや、メイドのアドモスさんは知っていたが、お嬢さんはなにもしらねえ」
「そっか」
いつもの表情で三日月は火星ヤシを手で転がす。
が、三日月が自身やオルガ、参番組に関しない事に関心が薄い事を知る、この場にいる者たちにとっては自主的にマルバに質問をしてきた時点で、三日月がクーデリアの事を気にしている事に気がつく。
「そのメイドの人は大丈夫なんですか?その、お嬢様を何かしようとするとかは?」
「ああ、確認はしてある。アドモスさんはお嬢様の味方と考えてくれていいだろ」
「そうですか、ならひとまずは安心ですね」
「ビスケット、お前のそういう細かいところに気が回る所、俺も買ってるぜ。オルガを支えてやれよ」
「はい、分かってます。オルガが無茶しがちなのは知ってますから」
「なんだよ、俺だってちゃんと考えて動いてるだろ」
「はいはい」
「俺はオルガの無茶をちゃんと通せるよう、頑張るよ」
「ミカ、お前もかよ!」
鉄華団の中心となるだろう三人の反応に、マルバは噴出しそうになるのをこらえつつ、この三人さえ無事ならば、鉄華団は上手く動いていくだろうと考えた。
(まあ、そのためにも俺もまだがんばらねえとな)
切欠はただ、夢で見た自分とそれを取り巻く環境への憤りだった。
それを覆すために、あれこれと手を打ち社員達と接するうちに、気がついたのだ。
参番組の子供達の可能性、その先にあるものをみたい。
自分だけでは見れなかった光景が、その先にあるではないかという希望へと変化している自分の心境にマルバは思う。
こういうのも悪かねえ、と。
最後に、クーデリアについては他言無用の釘を刺し、まだマルバの資産としておく事を了承させる。
「いいたい事はあるだろうが、地球行きを成功させるために必要なんでな。けして悪いようにはしねえよ」
マルバの言葉を信用した鉄華団の三人はクーデリアへの現状の告知と、地球行きについての予算を含めた説明をするために動き出した。
「じゃあ、俺達は席をはずしとくからよ。初契約頑張れよ」
「うす、しゃ…顧問はどこへ?」
「ああ、自分の部屋の片付けをしとかねえとだ。ルイスとデクスターもちいと手伝ってくれ」
「まったく、人使いが荒い顧問様だね」
「じゃあビスケット君、やり方はわかるね」
「はい、大丈夫です。ありがとうございますデクスターさん」
マルバたち三人は準備を始める鉄華団の様子をみて、社長室を退出する。
「で、私達に何の相談ですか?マルバさん」
「まあ、詳しくは俺の部屋で話そう」
「判りました、ではいきましょうか」
それまでの柔和な雰囲気を消し去ったデクスターに、マルバはふてぶてしい笑みで応じマルバの個室へと移動した。
マルバの自室は、ギャラルホルンの襲撃後とは思えないほどに片付いていた。
その部屋にあるソファーに、ルイスとデクスターを座らせると、マルバは蒸留酒とグラス三つを棚から取り出し、二人の前と自分の前にグラスを置き酒を注ぐ。
「こっからは鉄華団じゃねえ、CGSとしてのケジメの話だ」
ぐいと一口久しぶりの酒を飲み、マルバが切り出した。
「うかがいましょうか」
「ノーマン・バーンスタイン、お前とルイスに火星に残ってもらう理由の一つでもある。お嬢様が無事地球での交渉を終えた場合、まあ上手くいくように俺らが頑張るわけだが、あの野郎がどうなると思う?」
「まあ、政治家としては終わりでしょうね。最悪、資産没収の上でクリュセ追放くらいはあるかもしれませんね」
「そうだな、そうなった時にあの野郎には俺達へのツケを払ってもらおうと思う。その『取立て』をお前に頼みてえ、デクスター」
「何故、と聞いても?どの道奴は終わりでしょうに、私達の手を汚さなくても独立運動屋たちが始末するかと」
「そうだな、お前のいう通りかも知れねえが、あのクソ野郎は下種だが無能じゃねえ。どこかに上手く取り入って生き延び、また権力を握るかも知れねえ。それは許さねえ、だろルイス?」
マルバとデクスターがルイスのほうに顔を向けるとちびちびと酒を舐めていたルイスが口を開く。
「本来なら僕が取り立てたいんだけどね、ほらマルバも雪之丞もいないときだと動けないだろ。それに僕がやるとどうしても派手になるからね、鉄華団の皆にも迷惑だろ?」
「私ならいいんですか?」
「デクスター君ならそういうの得意でしょ、証拠を残さない『取立て』は」
「まあ、否定はしませんけどね。もう大分やってないですから昔みたいに上手くいくかどうか」
「そりゃ判ってるよ、だからマルバも僕もお願いするだけさ。あのクソ野郎は『身内で片を付けたい』、そういうわがままなのは判ってるからね」
そういって肩をすくめるルイスに、デクスターはため息をつく。
「まったく、そんな言い方されたら断れないじゃないですか」
「やってくれるかい?」
「但し、方法は任せてもらいますよ。期限もなし、いいですか?」
「それでいいよ、ねえマルバ」
「ああ、その条件でいい。これで安心して地球へいけるぜ」
マルバはそういうとポケットから個人端末を出す。
「こいつを持っておいてくれ。クリュセ市街、特にバーンスタイン邸周辺の情報を定期的に見張らせてる奴らから連絡がはいってくる」
「それは助かりますけど、ちなみにどうやって?」
「ん?ああ、ギャラルホルンの襲撃のときに逃げた奴らがいただろ、その中に紛れさせておいた。人選はルイスに任せたから、まず裏切りはねえと思う」
「また危険なことを、途中でギャラルホルンに襲われてるじゃないですか」
「ハッ、あいつらの乗ったMWと荷台には信号弾は付けてねえ、逆に信号弾があがったら全速で逃げるように指示もしてある。それで下手打つような奴はルイスは選ばねえよ」
「結構、皆快く受けてくれたよ。参番組のダンジ君なんかは、『社長と隊長のために頑張るッす!』って目をキラキラさせてたし」
マルバとルイスの言葉に、デクスターは再びため息をつく。
「ついでになにも知らないで同乗してた逃亡組が、市街をうろついて囮になると?まったくひどい人たちだ」
「そういう事に気がつくお前も、同類だろデクスターよお」
「まあ、これも鉄華団の未来をましなものにするためだよ、泥は僕らがかぶればいいだろ?」
悪びれないマルバとルイスに、呆れつつもデクスターはうなづき、。
「そうですね、では鉄華団の未来のために」
ぐいと一息にグラスの酒を飲み干す。
「きっちりと『取立て』出来るように務めますよ」
デクスターの目は眼鏡の奥で、きりりと細められた。
ご感想、誤字脱字のご指摘、評価等あればよろしくお願いします。
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多くの方のアクセスありがとうございます。
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これで後は進むだけ
書くほどに文字数が増えてすみません。
「私は、諦めるわけには参りません。鉄華団の皆様、私を地球まで連れて行ってください」
結論として、クーデリアは地球行きを諦めなかった。
追加予算についても、出させるあてがあるとのことで問題は無いそうだ。
「で、そのあてがノブリス・ゴルドンてわけか」
「しゃ、じゃなくて顧問。知ってるんですか?」
「ああ、超のつく金持ちだな。武器からおしめまで、扱わないものが無いほどの大商人様だ」
「なら、金については心配ねえすね。やったなオルガ!」
鉄華団に移行した翌日の朝、社長室にて地球行きの打ち合わせがおこなわれていた。
参加者はオルガとビスケット、マルバにデクスターに加え、副団長に就任したユージンの五人である。
「まあな、だが油断はするなよ」
「どういうことすか?」
「もつ金が増えるほど人はひとでなしになりやすいってこった。肝に銘じておけ、ノブリスは俺らの味方じゃねえ、自分の利益にならないと思われたら、俺らはどこぞに売り飛ばされるだろうよ」
「隙を見せるな、自分の価値を示し続けろ、ってことすね」
「そういうこった、まあ今すぐはどうという事はねえだろうが、用心はしておけよオルガ団長」
「うす」
自分の経験からの忠告をしたマルバの言葉に、オルガはうなずいた。
「となると問題は地球までの案内人、ということか」
「そうですね、ギャラルホルンが介入してきた以上は正規ルートは使えないですね」
「じゃあ、どうすんだビスケット」
「民間業者で地球までの独自ルートをもっていて、信用できるところとなるとマルバ顧問の知り合いにお願いするのが一番確実だろうね」
「…タービンズ、確かにテイワズ直系のあそこなら信用も実績もあるな。どうすか、顧問」
「おう、連絡はいつでもとれるぜ。後はまあ相手の条件次第だな」
二年前から続く取引で、互いの信用にある程度の実績をつけているマルバの返事に、オルガは片目をつぶり言葉を続ける。
「助かります、ついでというわけじゃあないですが、俺らも入れませんかね、そのテイワズの傘下に」
「おいおい、オルガマジでいってんのか!?」
「俺はマジだぜ、ユージン。考えてみろよ、俺らはあのギャラルホルンと事を構えちまった。加えてこれからお嬢さんを地球へ連れて行くとなれば、今後もギャラルホルンの連中との衝突は避けられねえぜ」
「まあ、オルガの言う通りテイワズ傘下となれば、ギャラルホルンもそう簡単には手出しできなくなるだろうけど、オルガはそれでいいのかい?」
ビスケットがオルガに問うのは、いくつかの意味がある。
テイワズは表向きは複合企業であるが、実体はマフィアともヤクザとも呼ばれる地球由来の暴力組織であり、それに加われば当然母体組織であるテイワズへの少なくない上納金を納める必要が生じる。
加えて、独立組織でなくなれば鉄華団の行動にも様々な制限が生じる事もあるだろう。
それらを含めて、ビスケットはオルガに問い、オルガもビスケットに答えを返す。
「かまわねえよ、ビスケットそれにユージンよ、俺らの相手取るのはあのギャラルホルンだぜ?多少の制限があろうと勝ちの目は多くしておくべきだ。それに、テイワズに入ってそこでのしあがったほうが面白いだろ?」
「まったく、いきなり無茶な事を言うけど、間違いはないね」
「おう!成る程な、そう考えれば悪い事はねえな!」
苦笑するビスケットと笑顔で応じるユージンの了承に、オルガも笑顔を見せてマルバに向き直る。
「そういうわけで、一つ頼みますよ顧問。鉄華団のテイワズ入り」
「馬鹿野郎、簡単に言ってくれるけどな、交渉するのは俺だぞ?」
「顧問なら、何とか出来ますって」
「へっ、お望みならやってやるがよ、まずはビジネスの話をつけてからだぜ。それから面談でナシを通す。いいな?」
渋い顔をしたマルバの答えに、一同は了承のうなずきを返したのであった。
「ああビスケット君、そろそろ農場の手伝いに行く時間じゃないかな」
「あ、もうそんな時間か、じゃあ皆悪いけど僕とデクスターさんはちょっと出てくるよ」
「おう、ココの食事と燃料もかかってるからな、頼むぜ」
CGSはビスケットの祖母やその周辺で経営している農場と収穫の手伝いに加え、基地内で使うバイオ燃料の原料及び食材としての収穫物の買取りをおこなっており、その仕事は鉄華団にも引き継がれていた。
金銭的な収入としては然程ではないものの、人手の不足がちな農場の需要は途切れることはなく、消費する燃料や食料の安価な供給先としての地位を確立した仕事先である。
また、一部社員には退職後に農作業従事を希望するものもおり、その予行演習と受け入れ先にもなりつつあった。
「じゃあ、残った者たちで後片付けと地球行きの準備だな。また夕飯後に集合だ、いいな?」
オルガの指示に従い、その場にいた者たちは各自の仕事へと動き出した。
「で、ウチに話もって来たってか?また面白いこと始めたな、マルバ社長」
「予想外にでかい獲物が釣れちまったんで、もう大慌てですぜ。ああ後これからは顧問でお願いします」
マルバの私室での暗号回線をつかった名瀬との映像付き通話は、比較的穏当に進んでいた。
「鉄華団だったか、また思い切ったもんだ」
「ギャラルホルンと事を構えちまった以上、CGSの看板は出しておけねえ。ならいっそ新しく立ち上げたほうが早かったってことですよ」
「だからってまだガキのオルガだっけか、そいつに跡目を譲るこたあなかったんじゃねえか」
瞬間、名瀬の目が鋭くなるもマルバに動揺は無い。
「ウチのオルガはそれだけの器がある、俺はそう思ったからそうしただけでさあ。まあ当面は俺も含めて皆で世話焼くつもりですがね」
「そうかい、世の中美味い餌だけぶら下げてひでえところへ進ませる奴もいるからな、おまえさんがそうじゃねえなら問題はねえさ」
「まあ、名瀬さんのところで断られたら、ひでえことになりそうですがね」
「安心しな、仕事の件はわかったしもう一つの件もまあ選択としてはわかった。だが、それなりの手土産はあるんだろうな?俺が親父に口を聞くにしても、手ぶらってわけにはいかねえぜ?」
「もう情報はもってるでしょうに…それ以外にも色々と用意はしてますぜ、まあ詳しくは会ってからにしましょうや。いつがいいですかね」
「そうだな…火星で会うのはヤバイから、五日後に今から送信するポイントで会おうや。お前らも宇宙船はもっているんだったな」
「ええ、名称は恐らく変わるでしょうが、エイハブリアクターの波は変わらんですからな、うちの船なのはわかるでしょう」
「じゃあ、そういうことでいいな。土産は期待しておくぜ」
合流ポイントのデータを受け取り、通信を終えたマルバは大きく息をつく。
ひとまず、地球行きの案内に関しての問題は片付き時間を確認するマルバは予想以上に時間がたっていた事に気がつき、緊張していた事に気がつき苦笑する。
「ったく、そう簡単に楽は出来ねえなあ」
一人つぶやきつつ、屋外の食堂施設へとマルバは向かう。
鉄華団になって所属員は仕事のない限りは同じ時間と場所で食事を、という方針に変わったからであり、暫くは宇宙にいくことになるならばなるべく日の光を浴びていようと、マルバは考えたからだ。
建物の外に出たマルバは日没前の強い日差しに少し目が眩む。
やがて目が馴染んだ頃に目に入ったのは、施設の壁になにかを書き終えたライド・マッスとそれを見上げているオルガだった。
「そんなところでどうした、団長よう」
「ああ、しゃ、じゃねえな、顧問。今ライドに頼んでた鉄華団のシンボルが書き上がったところです」
「ほう」
白い塗料で書かれたそれはシンボルとしての高い完成度があり、マルバは感心する。
「上手いもんだな。ありゃあ、華かなにかか?」
「ええ、俺らの鉄華団の名前をこのシンボルと一緒に、世間に広めてやりますよ」
「その心意気は買うがよ、無理はすんなよ。とりあえずの一歩としてタービンズに了解は取れたぜ。五日後に合流だから、準備を急がせな」
「ありがとうございます、この仕事成功させて見せますよ」
オルガとマルバが笑みを浮かべて語り合う内に、他の者たちがシンボルに気がつき集まり始める。
鉄華団がまた一歩、その歩みを始めた。
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さあ、行こう宇宙へ
朝の五名に加え、三日月を入れた六名の夕食後会議で議題にあがったのは、農場でデクスターたちが遭遇したというギャラルホルン所属と思われる二人の青年らについてであった。
現在その場にいたビスケットと三日月、デクスターから経緯を聴取し終えて、意見と印象を確認しているところである。
「二人とも軍服ではない綺麗な身なりからして、最近地球からきた感じでしたね。新任前の見回りか、それとも何かの調査に来たかでしょうかね。少なくとも逃亡者という感じはなかったですね」
「確か、僕らにもこの前の襲撃についての情報を聞いてきましたね。聞き方からして、襲撃があった事を知らないみたいで、何があったのか調べてる感じは受けました」
「チョコレートの人は、鋭いかな。隣の人も吊るした時、シノぐらい重かった。昭弘ほどじゃないけど大分鍛えてると思う」
「ミカはもうちょっと、冷静にいこうぜ」
「うん、ごめん。オルガ」
「で、でもよ、なんかやばいんじゃねえか?」
「落ち着けユージン。でその三日月のいうチョコの人は、マクギリス・ファリドと名乗ったのか?デクスター」
「ええ、間違いないです。恐らくはセブンスターズの一つ、ファリド家ゆかりの人物でしょう。同行していた男性のガエリオさんもそのマクギリスさんと同年代、かつ親しげに見えましたので同レベルの身分もちでしょうね」
そこまでの話を聞き、オルガは腕を組んで頭をひねり、マルバは後ろに手を組んで、室内をうろつき始める。
所作は違えども、悩みだすタイミングが一致しだした二人であるが、当人同士は気がついてないあたりに、その場にいたものは噴出しそうになるをこらえていた。
シノがいれば、空気を読まずその場で噴出しつつ指摘していたレベルである。だから彼は呼ばれないのだが。
「顧問はどう思います?その二人の目的」
「そうだな、十の内、七で監査、二で新任、一で観光ってとこか。まあ、ギャラルホルン詐欺だということでなければだが」
「ああ、一時あったギャラルホルンの身内を騙るってやつすか。今の火星でんな事したら、大地へ帰らされますね」
「ギャラルホルンは好かれてねえからな。誰でも三百年以上も頭の上で同じ輩に威張られたら嫌気がさすもんだ。で、まあ今は除外していいだろ」
そこまで話し、オルガはふと何かを思いついたような顔をした。
「その二人が本物の地球から来た奴らなら、火星のギャラルホルンは派手に動けねえんじゃないですか?」
「ほう、よく思いついたな」
「おい、どういうことだよオルガ!」
感心するマルバと疑問を投げかけるユージンにオルガは自身の考えを語りだす。
「そのミカたちの見た二人組が本物だとしたらだ、火星にいるギャラルホルンの連中からすれば、はるか上のご身分の身内に、自分達の縄張りをうろつかれてる状態のわけだ。そこで何か、はるか上の方々にご報告できねえ悪さをしてる証拠が出てきたらどうなる?」
「そりゃまずい事に…って、うちへの襲撃がその悪さだって言うのかよ」
「ああ、何かおかしい気はしてたんだ。お嬢様は火星独立運動の旗印と呼ばれてる上に、クリュセ自治区当主の身内、もし殺すとしてももっと大々的に宣伝した上で処刑して見せしめにする方が効果的だ。なにもこんな片隅で、あんだけの襲撃で俺らごと殺すようなことはしねえ」
「そうだね。それなら僕らがお嬢様を護衛する移動中、それこそシャトルに乗ってる時にでも襲うなり捕えるなりしたほうがはるかに楽だ。つまり、それが選べないほど時間が無かったと」
「その時間制限が、二人組の連中が来るまでだったんじゃないか、そう思いついたんだ」
ノーマン・バーンスタインは自身の保身と得の為ならば、身内であろうと喜んで売り渡す下種である。
ギャラルホルンが適当な罪状を用意しクーデリアの逮捕を要求してきたならば、いくつか条件をつけた上で熨斗をつけて引き渡した事だろう。
だが、今回はそれをせず性急にクーデリア殺害を持ち出し、実行した印象が強いとオルガは感じた。
「つまり、あの襲撃は火星支部のギャラルホルン連中の独断で、今は派手に動けないってことだ。逆に言えば今俺らが手早く静かに動けば、ギャラルホルンの連中は手出しできねえはずだ。どう思うビスケット?」
「その可能性は高そうだね、とりあえず地球行きの準備は急がせるよ。後はギャラルホルンの連中がどう動いてるか分かればいいんだけど」
「ああ、ビスケット君、それなら大まかには判りますよ」
「本当ですか!?」
「顧問とルイス隊長のおかげで、市内に何名かを潜らせてます。ギャラルホルンの地上基地近くの夜の繁華街にも張り付けてあります」
酒と女が絡むと、口の軽くなるの男の性(さが)は人類の有史以来不動の法則であり、火星人も地球人も変わる事はなかった。
そして幾ばくかの金と引き換えに、その軽くなった口から漏れる情報を入手するのは火星ではたやすい部類のお仕事である。
「まとめると、昨日からほとんどギャラルホルンの連中は出歩いていません。何でも暫くそういう店の出入りを自重するよう上からお達しがあったようですね」
「そうなると、オルガの推理どおりに事が運べそうですね」
「情報をまとめると、そうなります。いえ、そうなる可能性がかなり高いというべきですね」
タービンズと合流してしまえば、最悪でも地球到着まではほぼ問題なくいけることになる現状で今一番問題になるのは、火星を出るまでにギャラルホルンの妨害があるかどうかという一点にある。
オルガの推理どおりであるならば、今こそが火星を出る最大の好機といえる状況にあるのだ。
「なら時間をかけてはいられねえな。ビスケット、明日は朝一でシャトルで『箱舟』まで向かって宇宙船の名義と名称の変更を頼む。昭弘たちを連れて行ってくれ」
「了解、早速声をかけてくるよ」
「ユージンとミカ、それに顧問は地球へ行くやつらの準備を手伝ってくれ。ビスケットの連絡があり次第、火星を出れるようにしたい」
「おう!任せろよ」
「うん、おやっさんをてつだっておく」
「じゃ、一軍連中には俺から言っておこう」
「最後に、デクスターさ…デクスターは明日から俺達がいない場合の業務形態に移行させてくれないか。いつでも火星を出れるようにしておきたい」
「了解だよ。ああ、それとクーデリアさんへの説明はどうします?」
「俺が明日の朝食後にでもしておきますよ。大体の流れだけでいいですかね」
「そうですね、いつ動けるかははっきりしないなら言わないほうがいいでしょう」
どこからこちらの予定が漏れるかわかりませんから、という言葉を飲み込みデクスターはオルガに穏やかに応じる。
「よし、じゃあ皆明日から忙しくなるが、よろしく頼むぜ。この仕事を皆で無事終わらせようぜ!」
オルガの言葉に、皆がおお、と応じる。
思いがけず訪れた幸運に、一同の士気はあがるのであった。
「と思っていたら、こういう落ちかよ」
「顧問、それを言ったら駄目でしょ」
マルバとオルガは現在の状況に顔を覆いたくなるのを、かろうじてこらえる。
初動は問題なかった。
宇宙船の名義変更は迅速に行われ、新たに『イサリビ』と命名された強襲装甲艦は昭弘らの手により火星軌道の近くまで航行されている。
合流する地球行きのメンバーたちも三日月始め皆の協力により、予定以上に早く出発の準備も整えられたため、最短時間のシャトル便を押さえてイサリビに合流できると喜んだものだ。
どう考えても、今の状況になる要素はないように思えた。
オルガたちの乗るシャトルが、突如近づいてきたグレイズに取り付かれるようなことになるとは。
『私は、火星支部支部長のコーラル・コンラッドだ!この船の人員は人質として徴収する!』
運命は、鉄華団を素直に火星から出す気はないようであった。
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要望の類は感想欄以外でお願いします。
若干コメディよりな書き方ですが、当人達はシリアスです。
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真実は特に役に立たない
『コーラル!もうこれ以上罪を重ねるな!』
『黙れクランク!この裏切り者の役立たずが!貴様がクーデリアか、監査の青二才どもを始末しさえすれば、こんな事には!』
『大人しく裁きを受けよう!俺も一緒に罰を受ける!』
『貴様のその在り様がこんな事になってる原因だ!騎士気取りの馬鹿野郎が!貴様のせいで俺の将来設計が台無しだ!』
『大儀なき行いの果てだ!受け入れてくれ、コーラル!』
「顧問、何かえらい事になってます」
「わかってる、とりあえず三日月はまだ待機させとけ、タイミングをみるぜ」
「うす」
状況を確認するためにシャトルの操縦室へ向かい、今自分達の乗るシャトルを捕まえているグレイズと、それを包囲した複数のグレイズの一機との通信会話が、共通回線を使用しているためかシャトルに届いてくる中オルガとマルバは小声で相談をしあう。
漏れて来る会話内容からして、ギャラルホルンらはこちらがコーラルの追われる原因の一つをつくった者たちであるとは気がついてない様だが、それが露見しないように慎重に動く必要がある。
まずマルバは同乗している女性陣であるクーデリア、フミタンに加え調理担当として雇用したアトラ・ミクスタのところに向かい、自分達に任せて席についておくように指示を与える。
特にクーデリアには、先走らないようにしっかりと言い含めておく事を忘れない。
一方のオルガはその場にとどまり、取り付いているグレイズがシャトルのどの部分にどう取り付いているのかをパイロットらに確認を取る。
スペースデブリ衝突等に備えて、外部センサーを簡易ながらに備えているのであれば、凡そでもその挙動を掴めるだろうとのマルバの助言によるものだ。
「な、なあどうすんです!顧問!」
「まずいって、早く逃げようぜ!こうズバーッと飛んでよ!」
「いいから黙って座ってろ」
いつも騒がしいユージンとシノはこの場合でも騒々しいが、対策を考えなくてはならないマルバは短く命令を出して二人を座らせ、通路をうろうろと往復を始めた。
現状シャトルに体を固定しないのは危険であるが、マルバの思考回路は体を動かさないと稼動が著しく鈍る為にやむをえないのだ。
囲んでいる側のグレイズらはまずは説得を試みる為か、取り付いているグレイズとは一定の距離を保っている。
だが説得が失敗すれば、恐らくは戦闘になるだろう。
彼らギャラルホルンは大義名分や手順にはこだわるが、逆にそれさえ屁理屈でも何とかなれば武力に任せて無茶をねじ込んでくる理不尽な組織である。
治安維持の名目で活動家組織や政治家達が、問答無用で処刑された話は枚挙に暇が無く、今回の件でもMS捕縛の為ならば、シャトルの一台が巻き添えになる事もたやすく許容されるだろう。
まして、自分達の乗るシャトルを捉えているグレイズに至っては、その大義名分すらも必要無いときているのだ。
つまり、自分達が主導でこの状況を打破しなければならないとマルバは結論した。
「オルガ、どうだ?」
「シャトルに接触しているのは一箇所だけ、MSの手か有線通信装置のどちらかだろうと言ってます。貨物室の開閉には問題ないです」
「よし、鉄雄!三日月をいつでも出せるように準備しておけ!タイミングは団長に任せろ」
「了解です!」
貨物室の開閉に問題なければ、用意していた手が使える。
そう判断したマルバは今回地球行きに同行する事になった教導隊の一員である鉄雄・ブランドンに指示を出す。
鉄雄は素早く席から離れシャトル後部の貨物室へと繋がる扉の前に立ち、懐からインカムを取り出し装着する。
「三日月、オルガから指示があったら開けるから取り付いてる奴にだけ当ててくれ。それ以外は手を出しちゃ駄目だよ」
『判った。いつでもいいよ』
「三日月OK!団長、タイミングの指示お願いします」
「おう、もう少し待ってろ」
鉄雄の声に応じたオルガは、操縦室へ戻り二機のグレイズの会話を聞き取り、介入のタイミングを計る。そしてコーラルの口調が呂律も怪しく成りだした瞬間に行動開始の指示を出した。
ビスケットのパネル操作でシャトルの貨物室がゆっくりと開きだすも、コーラルとクランクの会話の口調は変わらず、気がついた様子は無い。
が、ほぼシャトルの貨物室の屋根が半分ほど開いた瞬間にその口調が変わる。
『何、エイハブリアクター反応!?グワッ!シャトルからモビ!』
コーラルの会話が途切れると同時にシャトルに衝撃が伝わる。
マルバはシャトルの窓から様子を伺うと、取り付いていたコーラルのものらしきグレイズが、シャトルの後方へと回転しながら高速で飛ばされていく姿が見えた。
コーラルのグレイズはその両手を使い、頭部のメインカメラに付着したものをはがそうとしているが逆に両腕の動きが阻害され、機体の回転を止めることもままならないようであった。
「はっ、無駄な事だぜ!MSでの射撃用に作らせたトリモチ弾だ、MWのよりしつこいぜ?」
オルガとマルバは万が一の襲撃に備え、三日月をバルバトスに搭乗したまま貨物室で待機させたのに加えて、通常弾ではナノラミネートアーマー付きのMSへの足止めが難しいので、雪之丞らに頼み込み鹵獲したグレイズの滑腔砲で射出できるトリモチ弾を、複数用意してもらい装填させていた。
結果、取り付いていたグレイズの排除に成功したのである。
「顧問、やりましたね」
「おう、開閉操作ご苦労さん鉄雄。良い仕事だったぜ」
「いやあ大分緊張しました」
精密な作業に関しては元CGSでも随一である鉄雄は、年齢よりも若く見える童顔を破顔して応えた。
「おかげでたいした損害も無く切り抜けられたぜ。ああ、後はオルガについてやってくれ。多分ギャラルホルンから通信が入るだろうからよ」
「了解です。じゃ俺のインカムをどうぞ」
「おう、頼んだぜ」
鉄雄が操縦室へ向かうのを横目に外をみると、複数のグレイズにワイヤーを掛けられて引き立てられていくコーラルのグレイズが見えた。
(せいぜい裁いてもらうが良いぜ、コーラル・コンラッドさんよお)
命だけでなく、奴の持つ財産全ても失われますようにと祈りつつ、マルバは鉄雄から受け取ったインカムを装着し、また通路をうろうろと歩き始めた。
『こちらはギャラルホルン監査部付武官、ガエリオ・ボードウィン特務三佐だ。『犯罪者』の捕縛に際し、民間人に無用の危害を与えた事を謝罪する』
「こちらは鉄華団団長、オルガ・イツカっす。余計な手出しすみませんでした」
『鉄華団?…悪いが宇宙へ出た目的を教えてもらいたいのだが』
「ああ。今つかったアレ、ガンダムっていうんですか?アレを売りにいくんですよ。社長が財産もってどっかに逃げちまったんで、仕方なく残った仲間でやっていくことになりまして」
『資金稼ぎか、よく買い手がついたな』
「前からの取引先の人が、そういう骨董品好きな人を紹介してもらえるって話しなんで、藁にもすがる思いですよ」
『そうか…では、迷惑料と礼を兼ねていくらかの資金を渡そう。代わりと言っては何だが、もし前の社長の行方がわかれば知らせて欲しい』
「お安い御用ですぜ。うちの経理担当のデクスターと言う男に話しておきますんで、そいつと話してもらえますか?ああ、後俺らは何も見なかったことにしますんで、資金のほうへの色付けお願いしますぜ」
『ふん、わきまえてるじゃないか。当分は火星支部にいるから、俺宛に繋いでくれ。では』
通信を終え、オルガは大きく息を吐く。
インカムでガエリオの会話をマルバに聞かせ、それに応じたマルバの台詞を又オルガが吹き替えてガエリオに返すという作業は、思いのほかにオルガに疲労を与えた。
「お疲れ様です、団長」
「おお、ありがとよ鉄雄さ、じゃない鉄雄」
後ろに立っていた鉄雄がオルガににこやかに微笑む。
教導隊であり隙の無い立ち振る舞いをする彼が背後にいたことは、幾分オルガに与える疲労を軽減させていた。
「やっぱ、オルガ団長はすごい人です!」
ただ、年上の鉄雄からの若干以上に高い尊敬が少しばかり重く感じるオルガであった。
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少しでも、ましな将来の為に
補足 鉄雄・ブランドン;20台後半の童顔黒髪の青年。
細かい機械操作の腕は鉄華団一の持ち主。
元々はCGS弐番組に所属していたが、とある事件から弐番組が壊
滅し一軍に編入される。
失意の中、参番組をまとめるオルガの姿に心酔し、彼らの側に立つ
事を心に誓い再起する。
コーラル・コンラッドの起こしたシャトル人質事件より数時間後、マルバたちは無事ビスケットたちの操る強襲装甲艦『イサリビ』へと到着した。
「皆無事でよかったよ」
「心配掛けたなビスケット」
「他の艦からの途切れ途切れの通信で、ギャラルホルンのMS同士が戦闘しているって情報を聞いたときは、てっきり積荷のアレを使ったのかとひやひやしたよ」
「いざとなりゃ、使っていたがよ。ミカと顧問のお陰でそこまでの事にはならなかったぜ」
イサリビに到着しオルガは鉄華団の面々に艦での役割を割り当て、各自が作業に取り掛かるのを確認した後に、マルバを始めとする鉄華団幹部らとクーデリアらを連れブリッジへと向かいビスケットとの再会を果たすと、シャトルでの出来事を説明した。
「でも、僕らがクーデリアさんたちを連れていると知ったら、ギャラルホルンの連中が追ってくるんじゃないの?イサリビの登録した船員名簿とか調べられたらばれるんじゃないかな?」
「ああ、そっちは心配ねえぜビスケットよう、元からマルバ・アーケイでは登録しちゃいねえからよ」
「えっ、どういうことですか?」
「昔、俺は傭兵でなあ、あちこちと飛び回ってる時に別の名前を手に入れてな。そっちで船員登録してあんだよ。よく見てみな『マルバ・アーケイ』じゃなく『カリー・ジャワナン』てのがいるはずだぜ」
それを聞いたビスケットは、慌ててタブレットを操作し船員名簿を確認する。
「本当ですね。マルバ・アーケイの名前は無くて、代わりにカリー・ジャワナンで登録されてる」
「だろ?つまりギャラルホルンはまだ火星にいるはずの『マルバ・アーケイ』の捜索に必死こいて人手をまわさなけりゃならねえってことさ。その間に俺らはタービンズと合流すりゃいいってわけだ」
「うわあ、俺ギャラルホルンに少し同情するぜ」
「おいおいユージン、俺は使える手を使っただけだぜ。これもギャラルホルンの穴だらけ統治のお陰だからよ。それでギャラルホルンが苦労するんだから自業自得ってえやつさ」
そういって悪い笑顔を見せるマルバの言葉に偽りは無く、今の火星で孤児にヒューマンデブリ、不法入出国者などが入り乱れ、正確な人口など測れない状態にあるのは 一部の特権階級者たち以外の治安を放置していたギャラルホルンと地球側の姿勢による賜物であるのだ。
「問題は、どうやって火星にいるデクスターに連絡を取るかだな、なあオルガ団長」
「ですね、あんな事件に巻き込まれるなんて予想はできませんから」
「そうか、この艦からじゃ短距離通信しかできないね」
「そりゃ、タービンズさんとこの船からうちの本部へ連絡するしかねえんじゃないか?」
「普通ならユージンのいうとおりで、良いんだけどね。こういう予定と違う事があったら、なるべく早く動いておかないと後手後手に回ると僕らには損しかないんだ」
「でもよ、ビスケット。他に方法がねえんじゃ」
「あの」
マルバらが、火星への迅速な連絡方法がないかを話し合っているところに、フミタンが声をかける。
「一つ方法がありますが、よろしければ試しましょうか?」
「そりゃありがてえけど、できるんですかいアドモスさん」
「ええ、すみません席を失礼」
そう声を掛けて、フミタンはそれまで座っていた褐色の小年と席を代わってもらい、暫く操作をする。
「これで大丈夫です」
「すげえな、どうやったんだ?」
「正規航行ルートを示すアリアドネのネットワークを利用しました。毎回暗号通信でランダム化すればほぼ盗聴の類の心配はありません」
「すごいわフミタン!いつの間にそんなことを」
「…お嬢様の指示にある連絡を取るのにどうしても必要でしたので」
「あら…あははは」
クーデリア・藍那・バーンスタインは優秀な頭脳による判断力に不屈の精神力、可憐な容姿を持つ才女だが、細々とした調整や身の回りのことについてはかなり残念な性能であった。
平静なフミタンの返しになんとなく事情を察した一同を代表をし、マルバは話題を変えることにした。
「お、おう、それじゃ、オメエやり方を教えてもらっておけ」
「判りました、チャド・チャダーンです」
「フミタン・アドモスです。よろしく」
「へえ、そんな名前だったんだ」
なおブリッジにいた者たちの一部が、褐色の少年ことチャドの名前を改めて知った瞬間でもあることは秘密である。
結果として通信に関しては操作が難しいため、クーデリアの許可を得てメインオペレーターをフミタン、サブをチャドが担当することを決めたオルガは、火星のデクスターらへの連絡はビスケットに一任した後、クーデリアとフミタンをイサリビ内に用意した船室へと案内する事にした。
「どうもしょっぱなから苦労掛けました。お詫びします」
「いえ、アレは団長さん達のせいではないですから。お気になさらないで」
道中で船内施設を案内しつつ、申し訳なさそうな顔をしたオルガの謝罪を、クーデリアは鷹揚に受け入れる。
「ありがとうございます。で、もう一つ謝らなきゃいけない事があるんです」
「?なんのことでしょう」
「そいつは俺から、お話しますんで」
目的の部屋の前で今しがた到着したオルガたちを、マルバが待っていた。
シャトルからイサリビへと皆が乗り移る時に、最後まで残ったオルガとマルバの間での話し合いで、各施設を案内する口実で回り道をしていたオルガたちを、最短のルートでマルバが追い抜き部屋の前で待機する事にしていたのだ。
「あまり他人に聞かせられるもんじゃねえんで、中で話しましょうや」
マルバの口調からかなりの重要な内容であると察した、クーデリアはフミタンの方を一度振り返ると意を決してうなずき室内へと誘われた。
その部屋の中でマルバの口から、今回のCGSへのギャラルホルン襲撃に関するマルバの知る情報をクーデリアとフミタンに説明を行った。
「そうですか、やはりお父様は私を始末しようとそこまで…」
並みの少女ならば、泣き叫んで錯乱してもおかしくない情報であるが、青ざめた表情ながらクーデリアは冷静に情報を受け止めた。
「思ったより、取り乱さないあたり予想してましたか?」
「ええ、最悪に類する予想ですが。『あの人』がする事にしてはおかしいとは思ってましたので、覚悟だけはしておりました」
「お嬢様…」
クーデリアの返答に悲痛な顔をするフミタンと、感心した表情のオルガをよそにマルバは話を続けることにする。
「でまあ、今後の話ですがね。今回の地球行きでまとめる話がまとまったとしやしょうか、どうなると思います?」
「それは、火星の人たちが少しでも豊かになる…」
「そうなる前に派手なことになるでしょうな。クーデリアさんのもたらす権利の奪い合いで、それこそ火星全体を巻き込む奪い合いですぜ」
「そんな!それは交渉で決めるべきことです!」
「甘いですぜ。食うや食わずの火星の連中がお宝を目の前にして大人しく話し合いで解決させる?そんなのはお互いの力が消耗しきって、手打ちにする気にならねえ限りはあり得やせん。そうなっても恨みつらみは残っちまうんで、また力を取り戻せば奪い合いの再開って寸法でしょうなあ」
クーデリアはその言葉にフミタンとオルガの顔を交互に見るも、彼らの顔にマルバの言葉を否定や非難するものは読み取れなかった。
「失礼ですが、お嬢様。私もそうなる可能性が一番高いと思います」
「そんな…」
自分が売られた事実よりもよほど傷ついた表情になるクーデリアに、マルバは幾分か柔らかい口調で語りかける。
「でまあそんな事態を防ぐ手、ないわけじゃあねえです。まあギャラルホルンの連中みたいな手で、癪には触りますがね」
「…つまり、誰かの大きな力でそういう揉め事をおさえると?でもそんな力は」
「無論、俺達もありませんぜ。ありませんが、一つそういう力のある組織を知っていますぜ」
「それは、まさか、今から行くテイワズ?」
理解の早いクーデリアにマルバは笑みを浮かべる。
「遠い地球のギャラルホルンより、近くの木星のテイワズ。悪い手でもねえでしょうし、まだ火星の得になるように話は付けやすいでしょうぜ」
「確かに有効でしょうが、彼らとて火星の人たちとは立場が違うとなると、ただ搾取されるものが変わるだけになりませんか?」
「そこで、俺らの出番ですな。俺らがテイワズ傘下になれば、その話にもいっちょ噛みする事もできるでしょう。で後は相談になりますがね」
疑問を浮かべるクーデリアに、マルバから促されたオルガがうなずき、片目をつぶりながら口を開く。
「クーデリア、この仕事が終わっても俺らと一緒に仕事を続けねえか?」
誤字脱字のご指摘、感想評価等ありましたらお願いします。
要望は感想欄以外でお願いします。
オルフェンズの二次創作が増えてきて嬉しい事です。
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戦争稼業じゃ終われねえ
多くのお気に入りありがとうございます。
数日後、鉄華団のイサリビとタービンズの旗艦である『ハンマーヘッド』は、特に問題も無く予定のポイントで合流した。
詳細はハンマーヘッドの船長室で行うことを通信で決め、鉄華団幹部の代表三名とクーデリアは名瀬・タービンとの交渉に臨む。
「で、マルバは座らんで良いのか?」
「今はただの一顧問ですからね。主役はうちの団長と、クーデリアさんに任せますぜ」
「そうか、そういうことなら構わんぜ」
「すいやせんね。けじめはしっかりしとかねえと、間違えちまうんで」
着席したオルガとクーデリアの後方で、ビスケットと並んで立つマルバに声を掛けた名瀬は興味深そうな表情を浮かべ、自身の隣に座る第一夫人、アミダ・アルカと顔を見合わせる。
「じゃあ、まずは仕事の話だが。そこのクーデリアお嬢さんを地球まで連れて行く道案内、ということでいいんだな?」
「はい、現状名瀬さんのとこに頼むのが、一番確実だと思いますんで」
「成る程、うちらタービンズはこういっちゃ何だが、荷物を確実に運ぶ事なら圏外圏なら右に出るものはいねえと自負してるがよ、それなりの代金は必要だぜ」
「そうだね。自衛できる戦力があるから、いくらかは割り引いてあげるけどさ」
名瀬とアミダはお互いに顔を突き合わせてタブレットを操作し、必要な金額の見積もりをオルガとクーデリアに提示する。
安いとはいえない額であるが、事前にマルバやデクスターらと予想していた額と然程離れていない額であったために、オルガは内心ほっとした。
後ろでそのタブレットに表示された金額を見たマルバとビスケットも、納得の頷きをオルガに送る。
「勉強していただいてありがとうございます」
「知らん仲でもないからな、多少はな。でもう一つの問題だが、まあなんとなくは推測は付くがな」
「ええ、俺ら鉄華団をテイワズに入れちゃあもらえないでしょうか?」
「ふむ、ギャラルホルンを敵に回す可能性が高いなら、テイワズの後ろ盾が欲しいということか?」
「無論、それもありますが、それだけじゃありません。僕らがこれから大きく変わるにはテイワズ、特にタービンズさんとの付き合いが必要なんです」
オルガの発言を引き継ぎ、ビスケットが名瀬に答える。
「僕らはCGSの頃から兵隊の仕事以外も少しやった事があるんですけど、今後はそういった仕事を増やして行きたいんです。そのためには、そういう仕事を回してくれる相手が必要なんです」
「成る程、新しく出来たお前ら鉄華団じゃ、火星ではもう相手がいるしうかつには割り込めねえし、舐められる。で俺らと提携したいってことか」
「ええ、今回のクーデリアとの仕事を成功させれば新しい道ができます。けど、その道を伸ばすには誰かの助けが必要になるんです。なら俺らは、その助けを名瀬・タービンに頼みてえんです」
オルガの言葉に名瀬は破願する。
「中々の口説き文句じゃねえかよ。マルバの目もまんざら節穴でもないようだな」
「ま、俺が仕切るよりはましな夢がみれるでしょうぜ」
「まったく、あんたの仕込みじゃないのかい?名瀬の弱いところを良く知ってるじゃないか」
「へへっ、アミダの姐さんには及ばねえですぜ」
お互いの軽口で場を軽くする大人たちに、オルガらは緊張を少しばかり緩めるが、ビスケットは参謀役として自身の気を引き締める事を忘れない。
「まあいいだろ、俺の兄弟分から始めてみな。そっから仕事積んでマクマードの親父の信頼を取れれば、直で盃なりもらえば良いだろ。後手土産の方は大丈夫か?それなりのもんがねえと周りがうるせえぞ」
「はい、今リストをお見せします。おいビスケット」
オルガに促され、ビスケットは手元のタブレットを操作して手土産として用意したリストを見せる。
「どれどれ…なるほどギャラルホルンのMS二機分のエイハブリアクターを含めた部品と、トリモチ弾の作成方法か。こりゃたいしたもんだ」
エイハブリアクターの新規製造はギャラルホルンが独占し、他の組織は厄祭戦時代のそれを鹵獲や回収して使いまわしている現在において最新といえるそれが手に入るのは実に貴重である。
もう一つのトリモチ弾にしても、MSを含めての足止めの効果は元より、破壊や損傷をともなわない点もテイワズという組織には有用である事が、もめた相手からの慰謝料や侘び代の一環として現物の譲渡を多々受けることが多い名瀬にはわかる。
自分達の手で自分達のものになる資産を痛めつける機会が減る、それだけでも十分なものであろう。
「これなら、間違っても話にならずに宇宙へ裸で投げ出されるようなことにはならねえだろ。だがよ、こういっちゃあ何だが、お前らの資金繰りは大丈夫なのかよ」
「ああそいつは今回の仕事が終わるまでは、何とかなりそうです。臨時の収入が入る予定なんで」
名瀬の親切心から出た疑問に、オルガは片目をつぶり良い笑顔で、後ろでマルバが悪い笑顔で答えた。
表現の差はあれ、色々と似て来た両者である。
同時刻、火星軌道上の宇宙ステーション『アーレス』にて。
「わざわざすまないな、確か鉄華団の」
「鉄華団経理担当のデクスター・キュラスターです、ええとどうお呼びすれば?」
「俺は監査局付武官、ガエリオ・ボードウィン特務三佐。隣がクランク・ゼント一尉だ」
「はい、どうぞよろしくお願いします。ボードウィン特務三佐とゼント一尉」
アーレス内のこじんまりとした個室に通されたデクスターは、デスクに座るガエリオとその横に直立するクランクと対面していた。
「失礼ですが、ゼント一尉が同席しての問題はないのでしょうか」
「構わん。決闘の代理人としてお互いに剣を交えた仲だが、もはや10年来の友人同然と考えている」
特に表情を変えることなく、されど深々と頭を下げるクランクに、彼の立ち振る舞いからうかつな事はしないと判断したデクスターも、それ以上の追及はしなかった。
会談は特にもめる事も無くスムーズに運び、互いの監視下の迷惑料という名の口止め料は滞りなく鉄華団の口座へと振り込まれた。
「はい、確認取れました。ありがとうございます」
「いや、こちらこそだ。では、今帰りの案内を呼ぶ」
「ああ、少しお待ちいただけますか?」
「?構わないが、何だろうか」
穏やかな笑顔のデクスターは持ってきたアタッシュケース、危険物のない事は検査済みのそれを開けると、中から大きめの包みをとりだした。
「これをお返しします」
「これは?」
「CGSへの襲撃の際、亡くなられたギャラルホルンの方々の徽章や私物らしきものを集めて持ってまいりましたので、どうぞお納めください」
「…何故、そんな事を?君達からすれば家を襲いに来た襲撃者に等しい存在ではないのか?」
困惑の表情を浮かべるガエリオとクランクに、デクスターは静かに語りかける。
「恨みつらみで命の取り合いをしたわけではありません。お互いただ上の命令に忠実であった結果の出来事ですから、なるべく後に引きずるような考えはしたくないとの団長の判断ですのでどうぞお受け取りいただきたい」
言外に、起きた事は忘れないがそれを元にこれ以上の争いは望まないという意思を含んだ言葉に、ガエリオに促されたクランクが震えだしそうな手を抑えてそれを受け取った。
「貴官らのような、誇りある相手にまみえたことを兵らを代表して感謝する」
「こちらこそ、全滅を選ばずに撤退を決意した勇気ある誰かに感謝をします」
そう告げて、お互いに形は違えど敬礼で返すクランクとデクスターを、ガエリオは何か尊いものを見るような眼差しで見つめていた。
「ゴホン、これは独り言だが」
気を取り直したガエリオは、わざとらしく前置きをする。
「今回の襲撃の後に統制局のダルトン家を中心に何やら動いているという情報がある。もしそれでCGSに累するものたちに危害が及ぶと、その、気に入らないことになりそうだ」
無骨なガエリオの気遣いにデクスターは無言で頭をさげつつ、今しがたもたらされた情報を迅速に確認する方法を頭の中で組み立てる。
ある程度の予想を持って行った遺品渡しであるが、その効果は充分であった。
誤字脱字の報告、感想評価等あればお願いします。
要望は感想欄以外でお願いします。
急に気温が暖かくなり、体のサイクルが乱れやすくなりました。
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それでは、商売の話をひとつ
偉い人同士の会話は強敵でしたね。
タービンズとの合流から十日ほど後、鉄華団の一同はテイワズが本拠とするコロニー『歳星』へと到着していた。
その間、火星の鉄華団本部のルイスらからの報告が五日毎にはイサリビに届けられており、オルガたちは火星での状況を大まかにであるが知る事ができている。
鉄華団の業務はやはり縮小気味ではあるが、ギャラルホルンからの入金を計上すればオルガたちが地球から帰還するまではやりくりはつけられること。
ギャラルホルンの火星本部長が『急病』により地球で療養するために、引継ぎ業務であわただしいことや、それに前後するかのように、ノーマン・バーンスタインとノブリス・ゴルドンの秘書が自殺した事が知らされた。
「顧問、これってやっぱり切り捨てたって事でしょうかね」
「そうだろうよ、ビスケット。多分今頃はどっちも自分とこの秘書がコーラルと繋がって悪さしてた証拠がギャラルホルンへ恐れながらと、届けだされてるだろうぜ」
「自分の部下を切り捨てか…きたねえ奴らだぜ!」
「熱くなんなよユージン。全体のために一部を犠牲にする、そういう事自体は組織をやってりゃ直面するもんだぜ」
現在マクマードへの訪問前の空き時間を利用して、受け取った情報をオルガの個室で鉄華団幹部らを集め、報告と相談をする中憤慨するユージンをなだめつつ、マルバは話を聞いていたオルガへと向き直る。
「ただし、そのことをリーダーは慣れちゃいけねえし、やるとしてもあくまで組織の為ってことすよね。判ってますよ顧問」
「そういうことだ、組織の頭やってるとよ、私利私欲とそこらが混ざりやすくなるからな。気をつけろよ団長」
「うす、精々そうならねえように気をつけます」
「そうなったら僕らが殴りつけてでも修正してやりますよ、顧問」
「そうだったな、ビスケット。団長の操縦をしっかりしとけよ」
「なんだよ、信用ねえなあ」
オルガの不貞腐れたようなぼやきに、皆が笑顔で返しそれまでの重い空気を変えた後にビスケットが話を続ける。
「それより、緊急扱いでデクスターさんからの情報があったダルトン家の動きが気になるところですね」
「ああ、その辺は俺らじゃ探りようがねえからな、名瀬さんに頼んでテイワズの情報網にあたってもらってるからよ。その結果まちってとこだ」
「ギャラルホルンの、しかも地球の情報なんてそうでもしないと取れないですね」
「そういうこった。それより、これから会う人はテイワズ入りするには一度は会わなきゃならねえお人だからな。皆、気を緩めんなよ。名瀬さんが『圏外圏で一番おっかねえ人』というほどだからな」
マルバの言葉に一同は頷く。
これからこの場の面々にクーデリアと三日月を加え、会う事になる人物に各自は思いをはせたのであった。
「おお、名瀬とお客人がた。ようこそ」
名瀬の案内により、水堀と壁に囲まれた歳星で一番大きい敷地であろう地所にたつ、豪勢なつくりの屋敷内で鉄華団の面々はマクマードと対面した。
私室と思われる高級かつ統一された調度品の並ぶ室内で対面した、恰幅の良く気さくなマクマードの態度に、鉄華団の面々は戸惑うが、三日月とマルバは別の感想を抱いていた。
三日月は直感から、マルバは経験からであるが、言葉にしがたいマクマードの持つ極力控えられてはいる暴力の匂いを感じ取っていた。
マルバは心の中で警戒心を保ちつつも、表情が硬くならないように気を配る。
その後の名瀬とオルガの盃事についての相談は、貫目を四分六とし名瀬を兄貴分とすることを条件に、数日後にマクマード自身が媒酌人となる式を行うことが了承された。
実積等を鑑みれば、立ち上げたばかりの鉄華団とテイワズ直系のタービンズで結ぶには破格の待遇といえるものである。
が、その後に話があるとマクマードに声をかけられて、マルバとクーデリアはその場に残る事になり、念のための護衛として三日月にその場に残るように頼むと、名瀬に連れられオルガたちは退室した。
「さて、人払いもすんだところでお嬢さんの件の相談といこうか」
「ココからが本題、ということですか?」
「まあな、名瀬が見込んでのことなら鉄華団のテイワズ入りは問題はない。いい土産ももらったしな。で、だ」
マクマードはクーデリアの提案したハーフメタル採掘権の譲渡を、アーブラウ連邦の代表者は了承する方向である事を掴んだと語る。
「下手をすれば戦争になるぜ。お嬢さん」
「…矢張りそうなりますか」
「おや、驚くかと思ったがそうでもないようだな」
「ええ、オルガ団長さんたちからその可能性を指摘されましたので、考えてみれば歴史上そのような事は幾度となく起こっていた事を思い出せました」
そうマクマードに語るクーデリアの声に緊張は見られたが動揺はない。
「つきましては、その差配をテイワズにお願いしたいのです」
「お嬢さん、うちらテイワズの実態を知って言ってると考えていいのかい?」
「裏の顔のことですか?無論です。むしろ、その顔がなければこの件をお願いは出来ません。もし地球から採掘の利権を譲渡されたとしても、その差配次第では仰るとおり火星全土を巻き込む紛争となりましょう。それは避けたいのが一つ」
「一つというとまだあるのかな?」
「ええ、採掘の権利を火星が手に入れたところで、それを加工し精製する技術が地球からの企業に独占されてるのが今の火星です。採掘したハーフメタルを不当な値段で買い叩かれる可能性があります。いえ、そうする前提で採掘権のみ譲渡するつもりでしょう」
端的なクーデリアの言葉にマクマードは内心感心するも、表向きはそれをもらさず会話の先を促す。
「ですので、その技術を火星の方々へ教育する事を条件に火星にテイワズの企業をより多く誘致したいと考えております」
「それは随分と政治的な問題だぜ。それをするには、権力がそれなり以上に必要になるぜ」
「ええ、ですので」
そこでクーデリアは一度、言葉を切りわずかに顔を扉近くに控えていた三日月に向ける。
「大丈夫。俺もオルガもクーデリアが裏切らない限りはずっと味方だ。その道を邪魔するものは、全部壊してあげるよ」
淡々と物騒な三日月のかけた言葉に、クーデリアは安心し頷き言葉を続ける。
「私が、父ノーマン・バーンスタインを排斥し、クリュセ自治区の代表となります。そのお力添えをお願いしたいのです」
暫しの沈黙の後、それまで咥えていた葉巻の火を灰皿でもみ消すとマクマードは低く笑った。
「ククッ、どうやらあんたを見くびっていたようだ、クーデリア・藍那・バーンスタイン。非礼をわびよう」
「いえ、私も言われて始めて気がついた愚か者です。どうぞお気遣いなく」
「不義理な親に追われた子を助ける、か。確かに俺らにふさわしい仕事だな。良いだろう、首尾よく地球での交渉を終えて戻ってきた暁には、力を貸すとマクマード・バリストンの名にかけて誓おうじゃねえか」
「ありがとうございます。そのときはよろしくお願い致します」
会話の終了を見計らい、マルバがマクマードに平静な声で話す。
「この件はこの場の四人以外にはオルガ団長と、クーデリア付きのメイドしか知りませんので、一つご理解くださいや」
「おう、任せとけ。で、こいつはアンタの絵図面かいマルバ・アーケイ?鉄華団はまっとうな商売をしたかったんじゃねえのか」
「そりゃあ、出来れば皆でそういう生活がしたいですぜ。ですがね、ご存じでしょうが世の中そういう血なまぐさい所で無いと輝けない、生きていけない奴らもいましてね。そういう仲間の事も考えなきゃあいけねえのが顧問のつらいところですぜ」
「命の使いどころ、か。まあこれ以上は追求はしねえが、お前さんの今もっている『権利』は破棄するんだろうな?」
「それは今回の成果が出たらすぐにでも、『権利』も『書類』も捨てますぜ」
言葉を濁しつつ、クーデリアがマルバの資産扱いにある事についての処遇を決めると、話し合いはここまでとなりマルバらは退室する運びとなる。
「マルバぁ。名瀬とは良い付き合いをしてやってくれや」
「ウチとしても、それは望むところですぜ。親分」
最後に短い言葉を交わして、マルバたちが完全に退室したのを見計らい、マクマードは室内の電話を操作する。
「ああ、整備長か。ちょいと今度面白い奴らが入ってな。お前さんたちも力を貸してやってくれ」
その後も暫く、マクマードは各傘下へと指示を出し続けた。
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次回はもう少し女性だせるかなあ。
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たまには一息いれようぜ
暖かいと眠くなりますね。
マクマード・バリストンとの会談を終えたマルバたちは、屋敷の警備をしている男達の案内により屋敷の庭園で歓待されていたオルガたちと合流を果たした。
彼らの身のこなしはそれなり以上に修練されたものであり、各場所で不動の姿勢をとる警備の者が同程度の能力だとすれば、自分の予想以上に武力を有しているテイワズにマルバは内心の警戒を一段階引き上げる。
幸い歓待の場では、出されたカンノーリをためらいなく両手でほおばるユージンのお陰で警備の視線は若干の暖かいものが混じっているのを感じ、彼を副団長にした甲斐があったとマルバはほくそえむ。
他者の警戒心や緊張感を緩ませる才能は、ユージンの稀有な才のひとつであるが本人のみがそれを自覚していないあたりがシノと通じる点であり、両者の仲が友好な理由の一つであるのかもしれない。
「おう、今戻ったぜ」
「ああ、顧問とクーデリアさん、どうもお疲れ様です。後三日月もご苦労様」
名瀬と対話していたオルガに代わり、ビスケットがマルバたちを出迎える。
「まあ、詳しい事は後で話すぜ。で、そっちは何か問題はあったか?」
「いえ、クーデリアさんの地球までの護送ルートとか、今盃事のやり方とか用意するものについての話をしていたところです。明後日の今頃に固めの式を開くことまでは決まりました」
「順調でなによりだぜ」
マルバはそういいつつ出されたカンノーリを口に運ぶ。
「うん、美味いな。お嬢さんも一つどうですかい?」
「いえ、ちょっと食欲が」
「なら、これ食べる?」
「ありがたいですが、すみません」
緊張が未だ解けないクーデリアに、三日月がポケットから出した火星ヤシをすすめるもクーデリアは辞退する。この場合は大物であるマクマードと対面後に、緊張の見えないマルバと三日月のほうが図太い神経の持ち主であるといえた。
「お、帰ったか。親父と対面した割りに普段とかわらねえなあ」
「いえ、別段悪さして絞られたわけでもないですからね。まあでも流石にしんどいですわな」
オルガと会話を終えた名瀬がにこやかにマルバに語りかけている所へ、黒服の男がタブレットを手に近づくと、無言で名瀬に会釈してからそのタブレットを手渡した。
「それはなんですかい?」
「頼まれていたギャラルホルン周りの情報が『今』届いたところだ。お前らの奴出しな、今転送してやるからよ」
内容にざっと目を通した名瀬の言葉に、ビスケットはタブレットを取り出しデータを転送してもらう。
転送が終わると、名瀬はタブレットを持ってきた黒服の男に返し、受け取った男はまた無言で会釈をするとその場から去っていった。
「今のが情報部門の方ですかい?」
「まあな、あまり詮索はするなよ?内輪でも名前は知らんし、知ろうとはしないことになってるからな。ただその正確さは信用してくれて良いぜ」
情報というデリケートな商品を扱う部門だけに、特殊な地位にあるということを察したマルバは納得の表情を浮かべると、ビスケットに向き直る。
「おう、とりあえずイサリビに帰ってから検討しようや。今はしまっとけ」
「わかりました。オルガとユージンもそれでいいよね」
「ん、おう」
「ふぉっけい(オッケー)」
「ユージン、とりあえず全部食べてから話そうよ…」
「でオルガは何か考え事か?」
「ああ、顧問たいしたことじゃないんすがね」
若干上の空気味のオルガに、マルバが問いかけると前置きの後に話を続けた。
「こうして、名瀬さんと兄弟分になれると決まったし、何か皆で祝いてえと思ったんす」
「成る程、悪くはねえな。やったらいいんじゃねえか」
「いや、でもあまり不用意な出費は不味いかなとも思ったんで」
「おいおい、水臭せえなあ。ほらよ」
途中で口を挟んできた名瀬が懐から何かを取り出して、オルガにアンダースローで投げ渡した。
オルガが思わず受け止めたそれはギャラー札のぎっしりと詰まった財布だった。
「前祝いと、土産にもらった分をあわせると少し足りねえが足しにしてくれ」
「そんな!悪いですよ」
「いいんだよ、この仕事が上手くいけば充分元は取れるしよ。その金でお前ら鉄華団の英気が養われたらそれだけ俺らタービンズも楽が出来る、そう考えとけ」
「オルガ、そういうこった。有り難くもらっとけ」
「…わかりました、ありがとうございます兄貴」
「少し早いが、よろしく頼むぜ兄弟」
両手で財布を掲げて頭を下げるオルガの真摯な礼に、名瀬はオルガの肩を優しく叩いて応じた。
「オルガと鉄雄、オメエら酒弱いんだから少しはペース考えろや」
「うっ、すんません口当たり良過ぎてつい」
「ぐお、世界が回ってるっす!」
タービンズとの盃事の前祝いと慰労を兼ねて夜の街に遊びに出た鉄華団一同は、マルバから仕切りを任されたオルガとビスケットの采配でまず一軒貸切にして飲み食いから入った。
が、店で出た口当たりの良すぎたカクテルに早い段階でオルガ含む数名が酔いつぶれたため、夜遊び継続組をユージンとシノ、ハエダに任せて、マルバを含む幹部とヒューマンデブリ組は酔いつぶれた者たちをイサリビへと運ぶことになった。
「おい、おめえらの次いく店は名瀬さん紹介の店だぜ。くれぐれも行儀よく遊んでこいよ」
「了解です!よっしユージン、ハエダのおっさん!いくぜ」
「何でお前が仕切るんだよ!ここは副団長の俺がだな」
「てめえら、年上に譲ることを覚えろや!俺がまず先にだな」
騒がしい割りにしっかりした足取りの彼らに、マルバは再度の釘を刺した後に送り出す。
「すまねえ、こんなだらしない団長ですまねえ」
「大丈夫、オルガはやればできるし、俺がついてる」
「まだいけるは、もう危ない…覚えたぜ」
「かっこいい台詞だけど、台無しだよオルガ」
昭弘に支えられつつふらふらと歩くオルガのよくわからない台詞に、その都度合いの手を入れる三日月とビスケットを眺めながら、マルバたちはイサリビへと帰路へついたのであった。
蛇足だが、翌朝帰還した継続組一同の意見は『名瀬さん、すげえ人だ』という意見で一致した。
「で俺らが何で、クーデリアの買い物につきあってんだよ!」
「いいじゃないかライド、その代わりに僕らも買いたい物買っていいって顧問に言われてるんだし」
「こんな機会でもないと、オレたち歳星で買い物なんてできないしね」
「そりゃ、タカキやヤマギは欲しい物や、あげたい相手がいるからいいけどよお」
年長の元参番組と一軍が飲み食いと『買い』に繰り出した翌日、待機していたライド、タカキ、ヤマギらと年少組に整備班、女性陣三名らが交代で休養となり、年少組はタービンズのアジーら数名の引率で名瀬の子供らとテイワズのテーマパークへ遊びにいったのだが、上の三人には女性陣の買い物に同行する様にオルガから指示があったのだ。
同じくタービンズのラフタに案内され、女性陣三名はあちらこちらと店を回り、嬉々として買い物を続けていくが、付き合うライドたちは自分達の持たされる増え続ける荷物の量と、立ち寄る店数の多さに若干以上にげんなりしていた。
「今の服だって、前の店に同じのがあったじゃんか」
「いやライド、この店のほうが少し安かったし、店員さんもこっちのほうが親身だよ」
「そうか、こういうとこを見習えって事だね!流石団長だ」
「なあヤマギ、タカキはちょっと団長らのこと美化しすぎじゃね?」
「まあそこがタカキのいいとこだし」
「ほらほら、そこの男子!無駄口叩かない。あんた達の私服もあるし、もう少ししたらお茶するからちゃっちゃと動く!」
「はーい」×3
ラフタの鋭い指摘の声に、ぼやいていた三名は姿勢を正してその後をついて行くしかなかったのである。
ちなみに彼らの戦利品は、ライドが最新イラスト集データ、タカキが年少向け学習ソフト、ヤマギはクーデリアと同じ店で買った揃いのネックレスであった。
「で、俺らがオメエの部屋に集められた理由は何だよ、マルバ」
「そうすよ、顧問。ちょっと飲みすぎで頭いたいんすけど、俺」
上記と同時刻、上陸休養の交代の際にマルバに声をかけられた雪之丞と鉄雄はその私室に集められていた。
「なあに、ちょいとお前らに頼みたいことがあってな」
マルバはそういって悪い笑顔を浮かべた。
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今回は場面転換多すぎたかな?
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地球への道は楽じゃねえ
補足 テイワズ情報部門:上はギャラルホルン高官、下は市井の主婦等から集めた玉石混合の莫大な情報を精査しテイワズの利益になる形でまとめる情報収集組織。テイワズ直参9部門の一つであるが、主要な構成員はマクマード・バリストン以外は把握していない。もし、それを調べようとしたならば、その人物は不幸なことになる。
その日の鉄華団定例会議は団長であるオルガが酒から、副団長であるユージンが女からの酔いが醒めた昼前に行われた。
艦内の異常、団員の様子に問題なしの報告の後に、昨日テイワズから受け取ったギャラルホルンの情報を共有することになった。
「割と量がないのはありがてえな」
「判りやすくまとめてくれてるんだろうね、これなら他の団員にもある程度覚えてもらえると思うよ」
歳星への道すがら、歴史に詳しいクーデリアから幾分その成り立ちを聞いていたギャラルホルンの現状が、最初の情報として簡単にまとめられていた。
創立者たちの子孫であるセブンスターズによる要職の独占。
組織を維持する費用の増加のほとんどを各地球経済圏へ捻出させており、際限ないその要求に各経済圏に不満がたまっている事実。
加えて、その凡その軍事力についてまで記載してあった。
「ひでえもんだな、監視者が聞いて呆れるぜ。ショバ代せびる暴力組織でももうちっとは大人しくせびるぜ」
「そして凄い規模だよ。僕らが相手した火星支部なんて、彼らからしたらほんの一部だったって良くわかりますよ」
情報内容を閲覧していたマルバはその要求額の増加に、ビスケットはその規模に呆れの声を上げる。
「その上、このセブンスターズがおいしいとこ全部占めてんだろ、同じ組織にいてもやってらんねえじゃねえか、これ」
「ユージンの言うとおりだ。火星支部の奴らが独断で動きたくもなるな。まともに仕事しても得られる報酬が割りにあわねえ」
ユージンはその要職を独占するセブンスターズに怒り、オルガはその下で働く隊員達の境遇に少々の同情を示す。
それぞれの感想を抱きつつ、四人は本編ともいえるダルトン家の情報に目を通す。
そこに記されているのは、大まかには次の二つであった。
一つは、当主はギザロ・ダルトン技術開発部副長、セブンスターズの一つファルク家の傍系としてギャラルホルン内で一定の影響力を持つ一族であり、庶子の一人アイン・ダルトンがCGS襲撃作戦中に死亡した事。
もう一つは統制局にいる嫡子のグルーガ・ダルトン三佐の呼びかけで、CGS襲撃時に亡くなった者たちの縁者を集め、ダルトン家の庶子を中心に仇討ちの為の部隊を編成した事である。
「なんともめんどくさい事になってるみてえだなこりゃ」
「どう見ても僕ら専門に追いかけますって事だよね、これは」
「おい、どうすんだよ!やべえじゃねえか!」
「落ち着けユージン。不味いことだが、悪くねえ点もあるぜ」
動揺するユージンにオルガは落ち着いた声で話しかける。
「その仇討ち部隊とやらができたんなら、それ以外のギャラルホルンの連中は俺らに手出ししにくいだろうぜ。うっかり俺らを攻撃して死なせたら、セブンスターズ所縁のそいつらに恨まれるわけだからな。それにこれは明らかに私怨だぜ?ギャラルホルンの掲げる目的とは、まったく関係がない」
「なるほどね、そんな部隊に表立っては協力はしにくいということだね」
「そうだ。それに、俺らの目的はあくまでクーデリアをアーブラウ代表に合わせて話を付けさせることだ。最悪俺らの何人かでそいつらを惹きつけ、その隙に目的を果たしちまえば俺らの勝ちってことだ」
「ついでに言うなら、その代表様に口を利いてもらえば、私怨の奴らも大人しくできる可能性もある。万が一、火星にそいつらが行ってもルイスたちがなんとかしてくれるだろ」
「な、なるほどルイス隊長や三日月がいれば、俺らでもなんとかできるかもしれねえな」
オルガの説明と、マルバの補足を加えられた意見にビスケットとユージンは同意と納得の返事を返す。
無論、オルガの説明は楽観的な意見であることはマルバは理解しているが、リーダーが皆の士気をあげるためには必要な説明であることも同時に理解している。
であれば、自分が今まで以上に知恵を回すだけのことだと、マルバは内心で静かに決意した。
それから暫く後、整備班の年少組がイサリビに帰還してまもなく、艦を一台のトレーラーが訪れた。
身分を照会したところ、テイワズの整備部門の人間でマクマードの依頼で届け物をもってきており、加えてテイワズの整備工場へ、バルバトス再整備のための引き取りに来たということであった。
念のため、雪之丞と整備班数名がトレーラーに同行することを認めさせることで話はまとまり、まず持ってきたMSの搬入から始めた。
「ん~、昔よく見たロディに装甲は似てるみてえだが、なんか違うな?フレームが違うのか」
「わかりますか、テイワズフレームにスピナロディの装甲をとりつけたものです。規格が合わない部分は百錬と同じ物を使用してます。まあ百錬では具合が悪いんで、方天画(ほうてんが)と呼んでます」
雪之丞とテイワズ整備部門の人物との会話に、テイワズ傘下のものにしか与えられないMSを与える、つまり見た目はどうあれテイワズの一員として認められたということであると理解し、立ち会っていたマルバとオルガは笑みを浮かべる。
「式の前からでかい引き出物もらったじゃねえか。なあ団長さんよ」
「ですね。明日の式は恥かかねえ様に頑張りますよ。さて誰にアレを動かしてもらうかだが」
「なんかバルバトスより、ガチムチって感じだねあのMS」
「ああ、あいつには似合うんじゃねえか。ガチムチならよ」
「まあ、ミカの次にMSもたすなら昭弘しかいねえよな」
かくして鉄華団二機目のMS、方天画の搭乗者は様々な理由から満場一致で昭弘に決定した。
明けて翌日、鉄華団とタービンズの兄弟盃の儀が行われるテイワズホールの控え室のひとつでマクマードとの対面を許されたオルガとマルバ、クーデリアが歓談を行っていた。
マクマードとオルガは現代でいう紋付袴、クーデリアは黒のイブニングドレス、マルバは背広の上から紋付をひっかけたスタイルである。
「この度の支援ありがとうございます」
「なに、ジジイの気まぐれと土産のお礼だ。せいぜい地球まで『気を抜かず』ふんばりな」
「私も、交渉を成功させてみせますので、今後とも良しなに」
「おう、期待してるぜ。お前さんたちは実に興味深い。ぜひとも末永い付き合いをしてえからな」
オルガとクーデリアの言葉に鷹揚にマクマードは頷く。
「で、まあお前さんたちのガンダムだが、何せ物がものだけに仕上がるのに少しかかる。後で送る手段はこちらで手配するが、パイロットと整備の奴を少しの間こちらに残してもらうことになる」
「わかりました。今の俺らの切り札ですので、どうかよろしくお願いします」
「そうだな、お前さんたちが地球に近づく程に厄介なことが増えるだろうからな。降りかかる火の粉を払える道具はきっちりした物を渡してやる」
「すみません、ついでといってはなんですがね、二つほどお願いしたいんですが」
マクマードとオルガの会話に、マルバが詫びを入れつつ横から口を挟んだ。
「何かな?顧問さん」
「俺も居残り組にいれてもらいたいのと、後誰か医療に明るい方をうちのイサリビに呼んで欲しいんですよ。恥ずかしながら、応急処置はともかく火星だとろくな医者の心当たりが無かったもんで」
CGS時代に利用していた医者はいるが、艦に同行させるだけの医者を手配するだけの時間的また経済的余裕がなかったため、ここでマクマードの顔の広さを使わせてもらう頼みごとをマルバは切り出した。
「一通りの設備はあるんだな?」
「医療ベッドの整備や医薬品等は余分目には用意したんですがね。人だけはどうにも」
「成る程、いいだろう。その辺は用心しておいて足りねえことはないからな。お前さんらの出航までにはなんとかしよう」
「よろしくお願いします」
マクマードの快諾にマルバは頭を下げ、式の時間が近づいてきたためオルガら三人はマクマードの部屋を後にした。
「顧問もこっちに残るんですか?」
「まあな、俺がいなくても上手く鉄華団を回せる練習だと思っとけ」
「いや、俺だけじゃまだ足りないというか、少し不安つうか」
「だから少しでも経験を積んどけ。いきなり出たとこ勝負ばかりじゃお前が俺の年になる頃には、髪の毛がストレスで全滅してるぞ」
「げっ、それやばいっすよ。俺の団長像がピンチすよ!」
「だから、今から慣らしとくんだよ。そうすりゃ俺ぐらいは残るぜ」
そういって自分の頭を叩くマルバに、オルガは顔をゆがめ、クーデリアはくすくすと笑い出す。
「お二人とも仲が良いんですね。親子みたいです」
「「いやいや、それはないです(ぜ)」」
同時に否定の言葉を上げるオルガとマルバに、クーデリアは式の緊張も忘れ笑顔を深くするのであった。
誤字脱字、感想評価等あればよろしくお願いします。
要望は感想欄以外でお願いします。
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幕間 野望の角笛
今回はギャラルホルン側の悪巧み組の視点のみです。
薄暗い一室にて、モニター越しに会談をする者たちがいる。
一人は金髪碧眼の美青年、もう一方は銀髪を肩まで伸ばし髭を蓄えた厳格そうな壮年であった。
「仇討ちとは良い口実ですね、ギザロ殿」
「人を動かすには利か情に訴える必要がある。今回は情のほうが都合が良いのでな」
「ファリド家から個人的な奨励金として幾ばくかご用意しましたが、他は大丈夫でしょうか?」
「セブンスターズ傍流でも繋がりをという連中、身内の仇をとりたい連中はそれなりにおる。現状駒には不自由せんよ。情報もそちらの分とあわせれば相手の動きを掴むのに問題はない」
「それはなにより。こちらはもう暫くすれば地球へ旅立てると思いますが、何分後始末に手間がかかりますので、当面はそちらが主体で動いてもらいます」
「仕事とはいえご苦労なことだな、マクギリス特務一佐」
マクギリスとギザロ、両者の出会いは数年前に技術開発部を訪れたマクギリスの案内役として、副長のギザロがあてがわれた時のことになる。
初対面で両者は互いの目に隠そうとして隠しきれない野心の炎を見取り、その後に何度かの会合を重ね互いが互いの野望をかなえるに必要な存在であることを認め、野心成就までの協力を誓い合った仲である。
彼らの野心はセブンスターズ一席たるイシュー家、その当主が病により公務から長く遠ざかっている現在、火種から炎へと変わろうとしてた。
「いえ、自身の油断を戒める良い機会になりましたよ」
「コーラルめが、まさか自身の所業を見逃すか否かで決闘をしかけてくるとはな。向こうの代理人とやらも相当の技量もちであったと聞くが」
「ゼント二尉ですね。こちらもボードウィン特務三佐を代理人として立てられねば不覚を取っていたかもしれません」
「流石のお主でも、生身の剣勝負では分が悪かったであろうな」
「まったくです。危うく相手の策ともいえぬものに足をとられるところでしたよ」
火星支部のコーラル三佐についての顛末を語り合う両者は、互いに貼り付けた笑みを浮かべてお互いの表情を伺いあう。
マクギリスは自身の幼馴染達を更に有効につかうことを、ギザロは自分のための強力な武器を開発することを、会話を続ける今現在も脳内で計算しており、その事を互いに明かすことは考えてはいない。
「で、念を押すがそのクーデリアという少女は鉄華団という連中の元にいることは間違いないのだな?」
「ええ、コーラルの件で大分人手を取られ確認が遅れましたが、鉄華団の前組織であるCGSをコーラルらが襲撃させたとき逃亡した社員数名を確保、尋問をおこない確認しました。念のため鉄華団本部周辺も調査しましたが、それらしき人物を見かけたという証言も証拠も得られませんでした」
「となればボードウィン家の子倅がコーラルを拿捕した時に居合わせたシャトル内にいた、という線が濃いか」
「ええ、私も出撃できればよかったのですが、基地内部のコーラル派を押さえるのに手が離せませんでしたのでね」
マクギリスのこの言葉に嘘はなく、決闘に敗北したコーラル逃走に少なくない火星支部のものが手を貸し、それの掃討指揮にマクギリスがあたり、コーラル自身の追撃はガエリオと非コーラル派で行わざるをえない状況であったのだ。
現在火星支部の正常化の名目で、マクギリス自身の配下に組み込める手はずを整えたところであり、鉄華団とクーデリアの件にすぐに動ける駒を割ける余力がマクギリスにはない。
その為に、今こうして同盟者であるギザロに情報と資金を流し、ギザロを動きやすくしているのだ。
「火星にまわされた不平分子の取り込みは上手かったようだな、コーラルという男は」
「MS乗りとしても相当な腕でした。時代が違えば別の出番もあった、そう思わざるをえないですね」
「であるならば、こちらで使えるやもしれんな。折角の有用な人材ではある」
「彼は犯罪者でありますが、よろしいのですか?」
「フン、武勲にて汚辱を雪ぐ。下らぬ考えだが、今のギャラルホルンでは有効な方便でもあるのも事実。それに罪人であればこそ、どう使おうと文句も出ぬだろうて」
「あまり派手に動かれて、我らの真意を見抜かれぬように願いますよ、ギザロ副長殿」
「ワシを誰だと思っておる、マクギリス。そのような手抜かりをするほど、耄碌をしておるとでもいいたいか?」
「いえ、ただの同盟者としての忠告ですよ。お気に障ったのであれば謝罪しましょう」
「まあよい、忠告として受けておく。そちらも足元を掬われぬように、振舞ってもらおうか。ただえさえ貴官は人目をひきやすい」
一瞬両者の間に緊張が走るも、衝突する事もなく両者の会話は続き、他にいくつかの案件をまとめた後に今回の密談は終了した。
彼らの通信は、技術部であるギザロ、監査局であるマクギリスのそれぞれのノウハウから高度な秘匿性が保たれており、彼らが同席を許したもの以外にこの同盟関係を知ることは不可能であるといえた。
たとえば、今ギザロと同室にいる男のようなもの以外には。
「よろしいのですか、父上。いかにファリド家のものとはいえ、妾腹風情にあのような物言いを許して」
それまで部屋の隅に控えていた、ギャラルホルン士官服をまとうグルーガ・ダルトンが口を開く。
その容姿はアイン・ダルトンが十ほど年を重ね、髪を銀髪にした姿が近い。
知る者が見ればアインとグルーガ、両者に血の繋がりがある事を認めるであろう。
「構わぬ、奴は使える男だ。使えるうちはせいぜい利用するまでだ」
「では、いずれは」
「最終的には始末する腹積もりなのは奴とて同じであろうがな。だが最後に笑うのは我らであることには変わらぬ。その日のためにもお前には骨を折ってもらうぞ、グルーガ」
「ハッ、我がダルトン家が全てを掌握する日の為、奮闘します」
「よろしい、ではいくがよいグルーガ。下の者たちの差配見事果たして見せよ。追加の情報は後ほど送る故、今は部隊の編成に務めよ」
「あの下賎の者たちの情報、信じてよい物でしょうか?何らかの思惑で我らを踊らそうとしているのではないでしょうか?」
「であろうな、だが情報は情報だ。無頼の徒や商人どもの思惑などたかが知れておるわ。最後に我らが全てを牛耳るのだ、せいぜい連中には今は良い夢でも見せておけばよい」
「ハッ、了解しました。全ては我がダルトン家のために」
ギザロの言葉に、グルーガは敬礼をもって返し部屋を出て行く。
「そう良い夢をな、ワシの真の野望が成就するまでどいつもこいつも夢にまどろんでおるが良いのだ」
誰もいない私室でギザロは、静かにつぶやき酷薄な笑みを浮かべた。
誤字脱字のご指摘、感想評価等ありましたらお願いします。
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マッキーより黒くなりそうなギザロ様。
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つまらないプライドでも、俺の芯
タービンズとの兄弟分の儀式を無事に終え、地球行きに向けて準備を整えていた鉄華団のイサリビに、ある日訪れた者がいた。
中型のトラックを運転してきたその女性は見た目40代程、茶色の髪を後ろに束ねサングラスを掛けていた。
「そこの僕達、ここが鉄華団の艦であってるかい?団長のオルガ・イツカさんに取り次いで欲しいンだけど」
「すいません、今団長たちはタービンズさんとこにいってて留守です。しばらくしたらもどってくると思います。留守番役のチャドさんを呼んできましょうか?」
「いや、それじゃそっちに二度手間取らせるからね。団長さんが戻るまで、少しまたしてもらうよ」
「はい、では少しあちらのほうで待っていてください」
最初の対応が、船外でタービンズを主とするテイワズからの物資積み込み作業の指揮を取っていたタカキ・ウノという、鉄華団で比較的穏当な性格の少年であったことはお互いにとって幸いなことであった。
他の団員の多数派である失礼な対応であった場合それなりの悲劇が彼ら鉄華団を襲ったであろうから。
それから暫くしてユージンとビスケット、ハンマーヘッド艦内で名瀬に紹介してもらった経営コンサル兼監視役のメリビット・ステープルトンを伴い、オルガがイサリビへと帰還してくると、タカキは来客の旨を早速に伝えた。
「どうも。お待たせしたみたいで、鉄華団団長のオルガ・イツカっす」
「問題ないよ、マクマードの親分から話は来ていると思うけど、この船の医療担当になる音羽(おとわ)・テレジアだよ」
「ああ、もう一人の人と同時かと思ってましたが、イサリビに直接いらっしゃるとは知りませんで、すいません」
「こっちは商売道具一式積んできたからね。団長さんの許可なく勝手に艦に積んじまうのも悪いから、ちょいと待たせてもらったよ」
そこまで言うと、音羽はトラックから降りてくる。
身長は女性にしては高く、オルガよりやや低いくらいであり、ラフなジーンズ姿の上に白衣をまとっていた。
「まあ、これからよろしく頼むよ。団長さん」
そういって差し出された音羽の右腕は機械製の義手であったが、オルガはためらわずその手をとり握手をする。
「おや、あまりびびらないかい?」
「俺らも、宇宙ネズミです。それに右手を差し出してくるのは信頼の証、と顧問から聞いてます。テイワズから来た方にそこまでされたら、応えないわけにはいかんですよ」
「うん、それなりの仁義を知ってる様でよかったよ。前の職場では散々でね、仁義よりカネカネ煩いケツ顎上司をぶちのめしちまったからね」
「エッ、右でですか?」
「いんや、左だよ。右でやってりゃ、あいつのケツ顎が増えちまってたよ」
そう告げた音羽の獰猛な笑みに、オルガは内心プレッシャーを受けるも表情には出さずに済んだのは、マクマードとの対面後だからであろう。
「あの、もしや『鋼のテレジア』さんですか?」
「そういう風にも呼ばれるときもあるね、で、誰だいアンタは?」
「私、メリビット・ステープルトンといいます。今は経営コンサルとしてこの艦にきたところですが、看護資格もありますので、何かあればお手伝いできるかと」
「そうかい、それは助かるね。まあ同じ艦に乗る同士なンだ、よろしく頼むよ」
「はい、光栄です」
オルガとの話にわり込んできたメリビットは音羽と握手を交わし、満足そうな笑みを浮かべた。
「じゃ、トラックの荷物を積み込んでおくれ。最新の医療ベッド数台と医療品を積んであるから、慎重に医務室まで頼むよ。じゃ、団長アタシは医務室で設置準備にかかるよ」
「ああたのんます。と、ライド!音羽さんを医務室まで案内してやってくれ」
「了解す!じゃ、こっちですから、ついてきてください」
「ああ、頼んだよえーと、ライド君か」
「うす、ライド・マッスっす!」
オルガに指名されたライドは、イサリビの医務室までの案内を張り切って請負い、音羽を先導して艦内へと向かう。
他の団員達がタカキの指示の元で、音羽の乗ってきたトラックからの荷降し作業に取り掛かるのを横目に、オルガはメリビットに問いかける。
「あーメリビット、さん。あの音羽さんって、この辺じゃ有名な人なんですか?」
「ええ、テイワズの医療従事者なら一度は耳にするお名前ですね」
「俺ら火星のこともろくに知らないんで、良ければ教えてもらえますか?」
オルガの謙虚な姿勢に、メリビットは喜んで知ってる範囲で音羽のことを伝えた。
10代後半からテイワズ医療部門に所属し、精力的にテイワズ内での医療活動を行ない『患者が生を望む限りは全力を尽くす』という姿勢が各所で評価をされている事、その姿勢のためならば雇い主の意向に逆らってでも治療を行う事なども教えられた。
「自腹で高度な医療設備を導入するとか、意見が対立した雇い主を部屋に押し込めてまで患者の治療を行ったとか色々な逸話から『鋼のテレジア』とまで呼ばれるようになったんですよ」
「よく今まで無事だったすね」
「彼女の担当した所はどこも過酷なところでしたが、他のものが担当したときよりも死亡率が明らかに低かったですからね。表立って彼女を排斥したら逆に部下から恨まれます」
命の軽い世界で、自分達の命を永らえさせてくれる存在の有難みはオルガにも実感できた為に素直に納得は出来た。
「でも、そんな人が来るってことは俺らの仕事はそれだけ危ないと思われてるんすかね?」
「かもしれません。でも音羽さんでしたら、前の職場で問題を起こして、木星近くにいられなくなった可能性も捨てられませんね」
この時、笑顔で問題発言をするメリビットと先ほどの音羽の態度に、オルガは女性のたくましさを垣間見た気がしたと、後日仲間内に語ったという。
翌日、歳星を出発するイサリビとハンマーヘッドを見送る者たちがいた。
「何だ、三日月。仲間とはなれて寂しいのか?」
「そうだね…うん」
「バルバトスの整備が終われば、すぐに追いつけるだろ。ちょっとの辛抱だぜ」
「わかってるけど、やっぱり寂しいね」
「なら、バルバトスをきっちり仕上げて、オルガたちを楽させてやらねえとな」
「そうだね、顧問とおやっさんもその為に残ってるんだし」
二隻が見えなくなるまで見送りながら、バルバトスに出来る限りの整備を受けさせるべく歳星に残った三日月、雪之丞、マルバの三人は言葉を交わす。
やがてテイワズの整備長に呼ばれて、阿頼耶識システム等の調整に向かった三日月がその場を去り、雪之丞とマルバがその場に残った。
「で、マルバ。そっちの用事は大体済んだのかよ」
「まあな、さすが歳星だぜ。金次第で大体のものは手に入るんだからよ」
「オメエみたいな奴には、住みやすそうだな。俺は火星のほうが落ち着くわ」
「どこでも住めば都っていうだろ?まあ、こういう綺麗と汚いの混じるところは悪かねえけどな」
そういってマルバは笑いつつ、紙巻の煙草を取り出し雪之丞に勧める。
雪之丞は無言で一本受け取り、手持ちのライターでそれに火をつけた後に、マルバの咥えた煙草にも火をつける。
「で、イサリビについたら取り付けておいたアレの確認か。本当に映ってるかね」
「映らなきゃ、それはそれでかまわねえだろ。今回の仕事はここまでは上手く行ってるほうだが、だからこそ気は抜けねえぜ。テイワズがバックについてはくれたが、相手はまだまだでかいんだからよ」
「だからこそ、できるだけ静かに見つけられねえようにってか。まあドンパチの回数はすくねえに越したことはねえな」
「そういうこった。一番不味いのは気がつかないうちに、俺らの情報が抜かれることだ。気がついてりゃ俺らが好きなタイミングで情報を抜かせる、ってこともできるからよ」
「ったく。そういうことばっか考えてるから、悪い顔になるんだマルバ」
「ほっとけよ雪之丞。元からそういう性分だし、そういうまともな意見はお前に任せてる。なら俺がまともじゃねえ方を受け持つだけだぜ」
「まあ、そういうオメエだから俺らもここまでこれたんだろうだがよ」
「やめろよ、ケツがかゆくなんだろうが」
「やめねえよ、嘘はついてねえんだからよ」
会話の合間に短くなった煙草を二人は、ほぼ同時にもみ消すと整備長の待つブロックへと足を向け歩き出す。
「じゃ、俺らもお仕事がんばらねえとな、この年でシミュレーターにまた乗るとは思わなかったぜ」
「俺も、またMSの勉強する羽目になるとは思わなかったぜ。ああ、ガキの頃を思い出してちょっとうんざりだ」
「ああ、オメエの師匠厳しかったからな」
「オメエの隊長もそうだっただろ、いつの間にかあの人らと同じ年だな、俺ら」
「そういやそうだな。お互い年食ったな雪之丞」
「まあ、そういうもんだろ。 後はあいつらが成長してくれりゃ楽できんだがな」
「じゃ、その日のためにやることはしとかねえとな」
「おう」
並んで歩くお互いの拳同士を打ち合わせ、二人は先へと進むのであった。
誤字脱字の指摘、感想評価等ありましたらお願いします。
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やっと、歳星出発できた。
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鉄の華は、安かねえぜ その一
歳星にて限りなく厄祭戦当時の姿に復元されたバルバトスを搭載した、武装長距離輸送機クタン参型はイサリビとハンマーヘッドに合流すべく宇宙の海を高速で航行中に、そのイサリビからの緊急通信を拾う。
哨戒に出ていた昭弘の乗る方天画が所属不明のMS三機に襲撃された事を受け、イサリビとハンマーヘッドの両艦が迎撃と防衛の準備を急いでいる、という内容を受けマルバは、自身の操縦するクタン参型に搭載されているバルバトスに乗る三日月に通信を繋ぐ。
『三日月、イサリビとの合流は後だ。先に昭弘の加勢に行くぜ。いいな?』
『そうだね。この機体なら俺たちのほうが早く駆けつけられる』
『じゃあ、ちっととばすぜ覚悟しとけよ』
『了解』
「お、おい俺を降ろしてからでも」
マルバと三日月の会話を聞いて横から口を出したのは雪之丞である。
現在マルバが操縦するクタン参型の後部座席で、雪之丞はその大柄な体を窮屈そうに屈めアーム操作等を担当する席に着いていた。
「んな暇ねえだろが、まあ落とされねえ様に頑張るから、ちいと我慢しとけ」
「そんなこといってもよお、こういう狭いスペ」
マルバは雪之丞のボヤキを無視して、取り付けられた追加ブースターを最大速へと加速させ襲撃現場へと機体を走らせた。
途中、席の後ろから断続時に雪之丞のうめき声が聞こえてきたが、マルバは無視をして先を急ぐ。
暫く後、バルバトスに乗る三日月から通信が入り、昭弘と襲撃者らの反応を捕らえた旨を告げた。
『三日月、お前の操縦じゃあ俺も雪之丞も体がもたねえから、こっからおめえが先に行ってくれ』
『わかった。顧問は危ないことしなくて良いから』
『よし、クタンのアームが外れたら、好きに動きな』
マルバはそういうと燃料のなくなった追加ブースターを切り離した後に、減速で復活した雪之丞に指示を出し、クタン参型のアームを操作させバルバトスを切り離す。
クタン参型から切り離されたバルバトスは、クタン参型に積まれた唯一の白兵武器である太刀を掴むと自らのスラスターを使い、空間を切り裂くような速度で目的の場所へと飛んでいった。
「おお、はええはええ。エイハブリアクター二基持ちは伊達じゃあねえねあ」
「お、おう…吐きそうだぜ」
感心するマルバの後ろで、顔色を悪くした雪之丞が久しぶりに言葉を発する。
「まあ三日月と昭弘の二人が揃えば、めったな敵にはやられねえだろ」
「そりゃ、そうだな。とイサリビからの通信だぜ」
クタン参型の中で気を抜いた二人にイサリビからの通信が入り、それに応じ通信内容を聞く内に二人ともに顔をしかめる。
「哨戒にタカキがMWに乗って着いていったとなると、話は別だぜ。MWを庇いながらじゃ思うように動けねえな」
「スペースデブリの警戒だけなら、問題なかったろうがな。で、どうするよマルバ」
「どうするもねえわな。雪之丞、もう少し付き合ってもらうぜ」
「せいぜい俺の意識があるうちに、終わらせてくれよ?」
「約束はしねえが、まあ気に留めとくぜ」
少しの間、会話を交わしたマルバと雪之丞はすぐさまタカキのMWを回収するべく、クタン参型を戦闘宙域に向わせる事を決め、機体を加速させた。
やがて、エイハブリアクターの反応を捕らえたマルバは、そちらにクタン参型を向けて暫く後に方天画の機体を視界に捕らえる。
そこには緑色のずんぐりしたMS二機と、その後ろからその親分のような一回り以上でかい緑色の機体の計三機が方天画に迫っているところであった。
片手でMWを抱え、空いた手でハルバードを振り回し牽制する方天画に、追髄する緑の二機の速度は高出力を誇るテイワズフレームの方天画にも劣らない上に二機の連携もうまくとれており、巧妙に方天画の逃走経路を妨害し、戦闘宙域からの逃走を容易ならざるものにしていた。
幸いにも後方にいたでかい緑のMSは、さらに後方からやってきたバルバトスとの交戦に入ったため、方天画はかろうじて持ち堪えていた。
「『阿頼耶識付き』の方天画にあれだけ食いつける、ということは」
「ああ、恐らく敵も使っているな、『阿頼耶識システム』をよお」
「ちっ、厄介そうな敵だな『昭弘、マルバだ!こっちにタカキをよこせ!』」
『顧問!…タカキ許せ』
『エッ』
一瞬の逡巡のみで昭弘は、片手で掴んでいたタカキの乗るMWをクタン参型へと全力で投擲した。
タカキの悲鳴とともに迫るMWをマルバはクタン参型を上手く操り、バルバトスを収納していたスペース内へ納めるように機体を操作する。
収納時に内壁にMWが衝突し、若干の衝撃がクタン参型を襲うも素早く正確に収納アームを操作する雪之丞により、タカキのMWが再び外へと飛び出すことはなかった。
息をついたマルバが見ると、一機の緑のMSが方天画に組み付いたところであり、後少し遅れていたならば、タカキと彼の乗るMWに重大な損傷が生じていたであろうことが予想され、マルバは冷や汗をかく。
『よし、昭弘!タカキは回収した!後は任せるぜ』
『了解です!タカキを頼みます!』
昭弘の乗る方天画は、そのまま緑のMSに組み付いて動きを抑えるとともに、残りの一機にもクタン参型への射線を通さないように上手く位置取りをおこなう。
昭弘の腕と、阿頼耶識、高出力MS方天画の組み合わせでなければ難しい芸当である。
エイハブリアクターのないクタン参型のエネルギー残量を使い尽くす勢いで、マルバは戦闘宙域からの離脱を図った。
方天画と組み付いていない緑のMSが、クタン参型に追いすがろうとするもイサリビのある方向から射撃が行われ、襲撃者側の意図をくじいた。
『昭弘、マルバのおじ様!助けに来たよ!』
『ラフタさんとアジーさんか、すまねえ助かる!』
ラフタの乗る百里につかまった、アジーの百錬の到着により戦況はマルバたちのやや優位へと傾きを見せたのを感じたのか、でかい緑のMSから信号弾が発射され、それを合図に襲撃に来たMSは速やかに撤退していった。
ラフタが昭弘に声を掛けるも、生返事を返すのを横目に見つつ、マルバは三日月へ通信を繋げる。
『ご苦労さん、怪我ないか三日月。あの丸い緑の奴らどれか倒したか?』
『うん大丈夫、これであいつらの一機倒したからまだその辺に浮いてると思う』
『なら、それを回収してからイサリビへ戻ってくれ。できるだけ襲撃者の情報が欲しいからよ』
『了解、アジーとラフタ。どっちか手を貸してくれる?』
太刀を手にしたバルバトスに乗る三日月からの求めに、アジーが応える。
『それなら、アタシがやるよ。ラフタは昭弘連れて艦の警備に戻ってなよ』
『あっうん、そうするね。いこっ昭弘』
『あ、ああ』
『じゃあ俺らはタカキ連れてイサリビへ戻るから、よろしく頼むぜ。後アジーさんもすんませんが三日月を頼みます』
かくして三日月とアジーをその場に残し、残りの者たちは自分達の艦へと帰還を果たした。
クタン参型の回収したMWに乗っていたタカキは、気を失っていたが目立った外傷はなく、昭弘と三日月の乗る機体の装甲に多少の損壊が認められたが、当人らに大きな怪我はなかった。
だが念のため、とオルガに医療チェックを受けるように言われたマルバら五人はタカキを肩に担いだお米様抱っこしたオルガを先頭に医務室へと向かった。
医務室でオルガらを出迎えた音羽・テレジアは、マルバと雪之丞との挨拶もそこそこにタカキの診察を始める。
「失神してるだけだね。脳に後遺症の心配はないよ」
いくつかの機械での手際よい音羽の診断結果に、一同は安堵のため息を漏らす。
「ただ緊張と疲労が大分溜まってたみたいだね。自分のペースを掴めない張り切りすぎた新米がよくなりやすい奴みたいだけど、心当たりはあるかい団長さん」
「…最近、火星の家族からのメールが来たんで、それで色々と張り切ってたんじゃないかと」
「なら、そこらの管理もきっちりしときな。人の精神力も肉体あってのもんだからね、程ほどにしとかないと壊れちまうよ」
「はい、助言ありがとうございます。テレジアさん」
「俺もその辺甘くみてましたんで、すいやせん」
音羽の強めの助言に、オルガとマルバは素直に謝罪の言葉を返した。
タカキをそのままベッドに寝かせて安静にした後、戦闘に遭遇したマルバたちも簡単な身体チェックを行い、何れも異常無しと判断した音羽は昭弘に向き直る。
「で、昭弘。何かあったかい?表情が暗いし、動きも硬いよ。そんなんじゃ次の時に無事に帰ってこれないよ」
音羽の真剣な表情の指摘に、昭弘は一瞬言葉を失い今まで見たことの無い程に逡巡した後に、搾り出すように呟いた。
「襲撃してきた緑のMS,その一つに、俺の弟、昌弘が乗っていやがったんです…」
誤字脱字のご指摘、感想評価等ありましたらお願いします。
要望等は、感想欄以外でお願いします。
ガチムチナイト、人生の岐路に立つ。
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鉄の華は、安かねえぜ その二
医務室で昭弘は、弟の昌弘と自分に起きた事についてをボツボツと語り始めた。
惑星間貿易の仕事をしていた両親について、航行中に海賊に襲撃された事。
両親はその際の襲撃で、どちらとも死亡し積荷は奪われ、弟の昌弘共に海賊に捕らえられた事。
ヒューマンデブリとして、別々の相手に売られていった事までを話し昭弘は一度口を閉じた。
「俺は、楽しかった。MWバトルに出たり、仲間が出来たり、ラフタやアジーさんたちにしごかれるのだって楽しかったんだ。…だから罰が当たったんだ。ヒューマンデブリの俺が楽しいなんて」
「馬鹿だね、この子は、ヒューマンデブリが楽しんで悪いわけ無いだろ」
「えっ」
「それにお前が楽しかったのは、団長の俺のせいだな」
「顧問の俺も反省しねえとな、悪かったな昭弘」
「いや、ちが」
搾り出すような自身の最後の発言に、さらりと反論する音羽と、大仰にうなずいて返事を返すオルガとマルバに昭弘は思わず言葉に詰まる。
「罰うんぬん言うなら、まずはその襲撃してきた海賊どもから当てなきゃ筋が通んないだろ?」
「それから、俺と顧問で最後に昭弘だな」
「まあ、それが筋だな。だからてめえに当分罰はこねえよ」
「団長…すまん。動揺しすぎてた」
三人の発言に若干いつもの調子を取り戻した昭弘は頭を下げた。
「で、お前はどうしたいんだ昭弘?」
「俺はあいつを、昌弘を取り返したい。団長『例の話』は途中参加でも有効なんだよな」
「ああ『この仕事が終わり、火星に帰ったらヒューマンデブリの契約データを本人へ渡す』この取り決めは鉄華団団長として変わることはねえ」
「なら、俺に昌弘を説得させてくれ。あいつが好きでMSに乗って命の取り合いをしてるんなら、その時は俺の手であいつを止める」
「じゃあ、そのための作戦を考えなきゃいけないね」
「まあ、昭弘の弟なら俺らの身内みてえなもんだろ」
昭弘の発言の直後、三日月を連れたビスケットとユージンが医務室の入り口でそう告げてくる。
「いや、これは俺の我侭だ。皆を巻き込むわけには」
「昭弘は俺と同じで頭よくないんだし、みんなの知恵借りたほうが確率上がるでしょ」
「ぐっ」
三日月の的確な発言に二の句を告げられない様子に一同は笑いをかみ殺す。
「はいはい、じゃ続きはブリッジでもやんな。ここは医務室だよ」
その後、音羽からのもっともな指摘を受け、一同はイサリビのブリッジへと移動すると、ほぼ同時に通信を担当していたフミタンから声がかかる。
「団長、ハンマーヘッドの名瀬様から通信が入ってます。可及的速やかにとの事でしたのでメインモニターに回します」
「ああ、頼む」
オルガが短く了承の言葉をかけると、イサリビブリッジのメインモニターに名瀬の苦笑いした顔が映し出される。
『よお、災難だったな兄弟。早速だが良いニュースと悪いニュースがある』
「どういうことですか、兄貴」
『この辺を仕切ってる『業者』のブルワーズに今回の件を問い合わせたんだがな、その結果俺らを襲った相手がわかったぜ』
「本当ですか、でどこのどいつです?」
『ああ、ブルワーズ当人が襲撃者だったわ』
「はあ?」
オルガの気の抜けた返事もやむを得ない事である。
事前の説明で、この辺りの宙域を根城にしている『業者』、主に通りかかった艦への海賊行為を主な収入源とする組織があることは聞いていた。
同時に近隣では武闘派だが、テイワズと正面切って喧嘩を吹っかけるほどの武力は無いとも聞いていたのであるから、当然の疑問であろう。
『まあ兄弟がそういう顔になるのも当然だが、今のが良いニュースでな』
「つまり、もっと悪いニュースがあるんすね」
『ああ、ブルワーズが動いたのは、例のギャラルホルンの仇討ち部隊の動きに合わせてのものだったってこった』
「マジですか!」
『ああ、ブルワーズの連中との会話が終わる間際に、こっちによこしてきた鉄華団宛のメールがあってな、それで判った。まあ今からそのメールを送るからよ、それを見終わってからこっちで打ち合わせといこうや兄弟』
「わかりました、送ってください」
ハンマーヘッドから送られてきた映像メールは、まず着信と同時にギャラルホルンの紋章が映し出されその存在を送りつけた相手を容易に推察させるものであった。
『初めまして、私はギャラルホルン統制局のグルーガ・ダルトン三佐だ。この度セブンスターズの一つ、ファルク家の命により今回の仇討ちへの見届け人の任を拝領している者だ。私自身は公務として此処に立つものであり、仇討ちとは無関係である事を此処に宣言するものである』
次に映し出された銀髪の整った顔立ちの青年、グルーガ三佐はそう淡々と最初に告げると仇討ちの説明を継いで行った。
今回の仇討ちは、CGS襲撃の際に討ち取られたMSに乗っていたアイン・ダルトン、オーリス・ステンジャ両名の血縁者によって行われるという事。
仇討ち対象はMSを討ち取ったバルバトス、及びそのパイロットに加え今回のCGS襲撃の原因となったクーデリア・藍那・バーンスタインとなる事。
討つ方討たれる方の双方に助太刀という協力者をつけることが許されており、お互いがその裁量で用意する事と助太刀同士での戦闘行為も許されている事が告げられた。
『今から送るデータの機体に私が搭乗する事になるが、それは狙わないで頂きたい。他のものは私情にて公務から離脱の扱いになっているが、私は公務中の身である故に明確なギャラルホルンへの敵対行為とみなされ、諸君らに追っ手がかかることになるからだ。
最後に個人的な意見として、仇討ちという非合理的なものに加担するのは心苦しいが、主命とあっては果たさざるを得ない事を詫びる。以上だ』
そこで映像メールは終了し、見終わった鉄華団メンバーはその内容を吟味する。
「あの銀髪の人以外の襲ってくるやつらを全部やれば良いの、オルガ?」
「簡単に言えば、ミカの言うとおりだがよ。相手の数がわからねえ以上、そう簡単にもいかないだろうな」
「確かに協力者なんてギャラルホルンの方がどうしたって集めやすいだろうし、俺らはすげえ不利じゃねえか」
「とはいえバルバトスだけならともかく、クーデリアさんを渡す選択は僕らにはできないよ。第一それをしてギャラルホルンが納得しても、協力者達がどう動くか予想がつかないからね」
最後のビスケットの発言にオルガとマルバは頷く。
仇討ちの協力への見返りとして、鉄華団団員を支配下に置く、ヒューマンデブリとして売り飛ばす、設備だけ奪い皆殺し等最悪に近い出来事の数々が容易に予想されたからである。
「まあ良い情報は、仇討ちする奴らは公務扱いされてない事が確認できた事か、嘘の可能性もゼロじゃねえが、仇討ちとか名誉が好きそうな連中だけにその可能性は低いだろうがよ」
「そうですね、とりあえずあの三佐の人が送ってきた機体データは登録しておかないとですね」
皆の真剣な様子に、昭弘はうつむき加減につぶやく。
「これじゃ、俺の事なんぞ気にしてる場合じゃない、か」
「あ?何言ってんだ昭弘。お前の弟は俺らに迎え入れるのは変わらねえぜ」
「けどよ、大変な事になってるじゃねえか!そんなときに俺の我侭を通すのはよくねえだろ」
「違うぜ、昭弘。オメエの弟がブルワーズにいるのがわかったんだぜ。そしてそいつらが仇討ち部隊の奴らに協力してるだろう事もな」
「確かに、ギャラルホルンのメールをブルワーズから送ってきた、という事からその可能性は高いですね。なら昌弘君の引き入れは僕らにも好都合だね」
「敵が減って、味方が増える。一人できればその仲間も引き込めるってことか!たしかにな」
「オルガがやれっていうなら、俺は何でもするよ」
オルガの昭弘への答えに、ビスケットとユージンは納得の答えを返す。
説得という難易度の高さを問わず、そのメリットだけを口にすることで昭弘の思いを通そうとしてくれる仲間達に昭弘は熱くなる目頭を押さえ深々と頭を下げた。
「すまねえ、皆。どうか俺と昌弘を助けてくれ」
昭弘の言葉に、ブリッジにいた鉄華団のメンバーは一様に笑顔と頷きで返し、このスペースデブリの舞う宙域での仇討ち部隊とブルワーズへの戦意を高めたのであった。
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次は作戦回予定、事前準備が勝利の鍵。
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鉄の華は、安かねえぜ その三
鉄華団で得られた情報をまとめたオルガたちは、今後の作戦を打ち合わせるべくタービンズの艦ハンマーヘッドの応接間へと移動していた。
名瀬とアミダに加え、エーコがオルガたちに対面し、まずはタービンズの得られた情報とのすりあわせから両者の打ち合わせは始まる。
先に鉄華団の情報に加え、昭弘からの要望も添えて説明された内容に名瀬は顔をしかめる。
「仇討ちねえ、まあ身内をやられて黙ってられないのはどこも同じとはいえ、逆恨みもいいとこだな」
コーラルの私的な欲望に基づく命令で命を散らす羽目になったのは哀れではあるが、そのためにクーデリア一とCGSの社員達は命を狙われたのであるから、正当なる防衛の結果であるといえた。
「言い方は悪いけど、喧嘩を吹っかけてきた出来の悪い弟が殴られたから、親の命令で兄貴がそいつを殴りに来たみたいなものだね。かっこわるいったら無いね」
「そうだな。そんなダセエ奴らに弟分殴られて黙ってるわけにはいかねえ、まあ相手の親が出てくるまでは喧嘩に付き合うのも兄貴の役目だしな」
「じゃあ、今回は」
「俺らタービンズもお前らの喧嘩に乗ろうじゃねえか。昭弘の件も協力するぜ」
「かたじけねえ、兄貴」
名瀬の回答にアミダもうなずきで了承を示し、オルガは頭を下げて感謝の意を示した。
次に、タービンズの知る情報が鉄華団のメンバーにもたらされる。
今回ギャラルホルンについたブルワーズの戦力は強襲装甲艦二隻と武装輸送船一隻、所持MS数推定15機MW数十機を有している。
テイワズの情報部門により、今回の航海にあわせ危険度の高そうな組織としての情報として簡単にまとめられたものであるが、信用性は高いと名瀬はいう。
「まあ、さすがに数だけならこちらが不利だな。ルックスなら俺らの圧勝だがな」
その情報には、ブルワーズ代表のブルック・カバヤンとNO2のクダル・カデルの容貌データも添付されており、それを受けての名瀬の軽口であった。
実際両者の風貌は豚と人間のハイブリット生命体と装飾品好きの爬虫類人の如き姿であり、同じ人類かを疑うレベルの容姿であった。
「あ、それとアジーと三日月の鹵獲したMSの分析も、大体出来たから報告しておくね」
タービンズ特有の布面積の少ない制服を着たエーコが、名瀬の軽口を軽く流しつつ報告をする。
「相手のMSはロディフレームだったよ。そこに燃料込みで限界重量ギリギリの装甲をつけて、鈍った動きを各部に取り付けたスラスターで強引に補ってるね。メカニックとしてはどうなんだと思うけど、瞬間的な戦闘力は高そうだね。あっ、あとここら辺の稼動部とかは装甲薄いし狙い目だね」
「そこまでわかるなんて、仕事が早いですね」
「そりゃビスケット君、実際ものがあるんだからこれくらいはメカニックなら常識よ」
ビスケットの賞賛に、何気ない風を装いつつも得意げな顔をするエーコであったが、次のマルバの言葉に表情を暗くする。
「中のMS乗りはどんな感じでしたかね?」
「…破損が大きいから詳しくはわからなかったけど、まだ10台前半くらいだと思うってうちの船医が言ってたよ。阿頼耶識システムを積んでいたし、遺体にそれらしい痕跡があったって」
「そして、栄養状態も悪かったんじゃねえですかい?」
「…うん、推測だけどね。胃の内容物が無かったし、残った遺体部分もやせ細っていたって」
ヒューマンデブリであろう彼らの扱いがいいはずは無い、そう思っていた一同も改めて告げられたブルワーズの彼らの待遇は、その中でも最低に近い部類である事が実感される証拠であった。
「そうですかい、であのでかい緑のMSについてはどうでしたか?」
重くなる雰囲気を変えるように、マルバは次の話題に持っていく。
「ああ、でかいあれね。こっちは映像とエイハブリアクターの反応しかないからいまいちわからないけど、ガンダムフレームのどれかね」
「見た目が大分、うちのバルバトスと違うけどホントすか?」
「あのねユージン君、ガンダムフレームくらいよエイハブリアクター二基積んでるのは。だからガンダムフレームなのは間違いないわね」
「ああ、そりゃそうか」
意図してのものかは不明だが、ユージンの反応に一同の雰囲気は幾分明るいものに変わる。
「でもガンダムフレームなら阿頼耶識システムに対応してるだろうし、強敵になりそうだね」
「いや、それは違うなビスケット。そうだろ顧問」
「だろうな、連中がガンダムフレームみたいに貴重で強力なMSにヒューマンデブリを乗せるとは考えにくいぜ。むしろ、腕の立つ見張り役を乗せて万が一の反乱に備えさせるだろうな」
「成る程、確かにそうだね。とすれば僕らが狙うのはギャラルホルンのMS、それに緑のガンダムフレームを重点的にということだね。そうすれば他のMSは戦意が相当下がりそうだね」
ビスケットの指摘通り、大義名分且つ後ろ盾である助太刀の対象と、敵組織で一番強い個体の排除、これが成功すれば戦闘継続を断念させる確率は大きく上がるだろうと、一同はその指摘に頷いた。
「そうすると、後ろの艦を手出し出来なくさせて、その隙にうちの最大戦力でそれらを排除、が一番勝てそうだな。とするとお前ならどう動くアミダ?」
「そうだねえ、私なら相手が逃げられないような場所で進路を艦で塞いで、相手が転進するために減速したところを伏せていたMSで艦を襲撃するかしら。確か今回の予定航路に丁度良いところがあったわよねエーコ」
「はい、姐さん。二日後に通過予定の航路にスペースデブリ密集地帯の通過ルートがあります」
アミダの問いにエーコが答えた場所は、厄祭戦時に破壊された機体に搭載されたエイハブリアクターが、今なお稼動する事で発生している重力場により隕石等が引き寄せられ、加えて電波障害のおまけもついてくるので、航行困難の地帯と化してた。
だが困難であれば、それだけそこを利用できるメリットは大きく、タービンズでは何度かの調査と航海により、その地帯を強襲装甲艦が通過できるルートを見つけ出していた。
「なるほど、先の襲撃から俺たちの航海ルートはどこからか漏れている事は間違いねえ。ならそれを前提に逆に不意をつけば、ということですな」
「そういうこと、そして情報として知っているだけと、実際使った事のある差も生かせる。何でもやってみないとわからないものよ」
「となると、まず相手に錯覚させる為に足の長いMSに通過ルートを走らせて、偵察しているように思わせておいて、イサリビとハンマーヘッドを相手の予想外の方向から相手の艦に攻撃させる。というのはどうでしょうか」
「策としては悪くねえが、それだと問題が二つ。先行するMSが敵の集中攻撃を受けることと、不意をつく為にスペースデブリ帯を突っ切る必要があるってことだな。その辺はどうだビスケット」
ビスケットの提案に頷きつつも、名瀬は指を二本突き出して更に考えるべき点をあげる。
暫く顎に手を当てて思案していたビスケットは顔を上げると追加の提案を行う。
「先行するMSを二機にして、それぞれに僕たちの最大戦力である三日月とアミダさんに搭乗してもらい相手のMSを釣り出して貰い、その隙にユージンの操作するイサリビを先頭にデブリ帯を抜け敵の艦に突貫する、というのはどうでしょう」
「え!俺ぇ!?」
「成る程、阿頼耶識で艦を精密に操縦できるユージンならできるか。どう思うオルガ」
「そうだなユージンの操作技術はウチでも一二を争うからな」
「ま、まあ俺らなら楽勝だぜ!」
なおユージンの射撃能力に関してはビスケットよりまし程度なのは、この場合は関係ないのでビスケットもマルバも、オルガですら口にはしなかった。
「あら、ご指名は嬉しいけど、名瀬がうんと言うかねえ。結構心配性なんだよこの人」
「いや、確かにアミダなら問題ねえよ。うん」
そういいつつも、心なしか浮かない顔の名瀬である。
「まあまあ名瀬さん。一応歳星の整備長に頼んでいくつか新しい武装も用意してもらったんで大丈夫ですよ」
「ずいぶんと準備が良いな、マルバよお」
「いやあ、なるべく相手の知らない手を用意してないと不安になるもんで。整備長も面白い仕事だって喜んでましたぜ」
「まったく、食えねえおっさんだぜ。オルガの将来が不安になるぜ」
そうぼやきつつも、名瀬は弟分の顧問を務めるこの抜け目ない男を信じアミダの出撃を決めた事で作戦は決まった。
鉄華団とタービンズ、両者の反撃が開始されたのだ。
要望等は、感想欄以外でお願いします。
また、原作への思い『だけ』を感想欄に書くのはご自重ください。
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取られたものは取り返すだろ? その一
投稿したつもりがされてなかった。急いで投稿します。
『今回、俺らはタービンズと協力して、地球への道を邪魔して来た連中を叩き潰す。ブルワーズとかいう連中の手を借りたギャラルホルンの逆恨み野郎どもに、俺たちの力を見せてやるぞ!それに昭弘の弟も救出だ!』
オルガの作戦前の激を受けタービンズのハンマーヘッド、鉄華団のイサリビの両艦から一機ずつMSが発進する。
一つは三日月の乗るバルバトス、一つはアミダの乗る百錬先行生産型であり、二つの組織でのそれぞれ最強戦力と目される技量を持つ少年と美女だ。
今回の作戦上、長距離の航行能力とスペースデブリや敵対するブルワーズ、ギャラルホルンのMSからの攻撃に対する防御能力の必要性から、二人の乗る機体には無人のクタン参型が装着されていた。
テイワズで開発されたものは汎用性が高いものが多いが、このクタン参型もテイワズ勢らしい汎用性を有しており、長距離輸送機、MSの追加武装、迎撃機等の複数の役割をこなす事が可能なのである。
『じゃあ、お願いします姐さん』
『あいよ、団長さんとうちの亭主に恥はかかせられないからね。きっちり作戦を成功させるよ』
『うん。そういえば、そっちにもそれあったんだ』
『クタン参型かい。そりゃこれは基本輸送用だから、ウチらタービンズが一番使う機会は多いからね。ドンパチやることの多いうちら用にナノラミネート加工もされてるよ』
エイハブリアクターの発するエイハブ粒子無しでは効果の無いナノラミネート加工であるが、MSの搭載時に限りクタン参型はMS本体のエイハブリアクター影響下におかれ、その効果を発揮できるのだ。
無論、その加工を施す事で諸々の費用が凡そ五割り増し程度になる上に、クタン参型の装甲自体がMSほどは無いために戦闘中に一番先に損傷する可能性も高い為に、一部希望者のみにしか行わない処置である。
が女性、特に自分の妻達の安全のために金を惜しむ事はない名瀬にとっては安い買い物であるといえた。
『鉄華団のクタン参型にも同じ処置をしたけど、MSほど丈夫じゃないからね。気をつけるんだよ』
『うん、判った』
アミダと数回のシミュレーターでの模擬戦と会話により、アミダの実力と影響力を知る三日月はアミダの言葉に素直に従う。
かくして、二機のMSはギャラルホルンとブルワーズが待ち受けると予想されるスペースデブリ帯へと向けて航行していった。
「いよいよ作戦開始だなユージン、準備は良いか?」
「おう、いつでもいけるぜ!」
現在イサリビのブリッジには出撃の準備のために格納庫にむかったダンテとチャドに代わりオルガとマルバが座り、常であればオルガの座る艦長席には阿頼耶識システムをイサリビと接続したユージンが座っている。
鉄華団の副団長に就任して以来の初めての大任に、直前までシノに不安をこぼしていた様には見えない自信にあふれた態度でこの場に臨んでいた。
直前にタービンズからの通信で、ブリッジの名瀬とその妻達からの『頼りにしてるから頑張って』の通信を受けての事であるとは思われたが、テンションの高い方がユージンが力を発揮する事を知る鉄華団のメンバーはそのままにしておいた。
「ギャラルホルンとブルワーズの待ち構えてる予想地点まで、スペースデブリの漂う場所をどれだけ無事に素早く行けるかはおめえの腕次第だ、頼むぜ」
「ユージンならやってくれますよ顧問。俺ら鉄華団自慢の副団長すからね。なあユージン?」
「お、おう!大船に乗ったつもりで任せてくれよ!」
「…大船じゃデブリ帯抜けるのに不安しかないんだけどね」
オルガの返した答えに、大分テンションの上がったユージンを見てぼそりとつぶやくビスケットの声は幸いにもユージンには聞こえていなかった。
「フミタンさん。そろそろデブリ帯に向かいますんで艦内連絡を頼みます」
「わかりました」
マルバの言葉を受け、フミタンはイサリビ内へデブリ帯突入間近の警戒放送を流す。
その放送を医務室で聴きつつ、音羽たちはいつでも治療に移れる様に準備を進めていた。
「よし医療ベッドの電源は入れたね。次は応急手当用の道具の整理だ、小分けにして各自で対応できるようにしとくンだよ」
音羽の言葉に、医務室に集められた三名、アトラ、クーデリア、メリビットは頷いた。
イサリビに音羽が着任してすぐに鉄華団のメンバーを何組かに分けて、音羽による応急処置の講習が行われたが、戦闘要員でも整備班でもないこの三名には、折に触れてより専門に近い医療行為のあれこれを叩き込んでいた。
元から知識と技能のあるメリビットや、度胸と手先の器用さをもつアトラに比べ、最初は戸惑いともたつきを見せたクーデリアであったが、持ち前の熱意と物覚えのよさに加え音羽の的確な指導により、充分な技量を持つに至っている。
「あんた達には必要な分は大体教えたからね。後は本番でびびらない事さね。まあこの練習用の時を思い出して焦らないようにね」
そういって音羽は足元に落ちていた医療用ダミー人形『けつあご君2号』を足で蹴り飛ばし部屋の隅に寄せた。
「あの、テレジアさんの私物ですから。細かくは言いませんけどもう少し丁寧に扱ったほうが」
「ああ大丈夫だよ。アレくらいで壊れるほどやわな作りはしてないからね」
「あ、ははは…」
「で、でもこの子のお陰で私たち色々覚えられたよね!」
メリビットの苦笑交じりの言葉に平然と返す音羽に、引きつった笑みと微妙なフォローで応じるクーデリアとアトラ。
設定された障害の度合いにより、妙にリアルな苦痛の声や暴言を吐くこの人形のお陰で彼女らのスキルが上がった事は事実である。
ちなみに、誰かモデルがいるのかとクーデリアが聞いた時、音羽はただ良い笑顔を浮かべるだけで答える事はなかった。
「三日月、大丈夫かなあ」
一区切りの準備を終え、右腕に巻いた三日月とお揃いのお手製お守りを押さえつつ、アトラがつぶやいた時とほぼ同じくして、三日月はアミダと共に敵MSらと遭遇していた。
『我が名はコーリス・ステンジャ!我が弟オーリスの魂の安らぎのために!バルバトスとそのパイロットの命貰い受ける!』
『姐さん、なにあれ?』
「さあ、殺してほしいんじゃない?」
バルバトスと百錬を包囲する十二機のマン・ロディの後方に見える二機のグレイズ。
その一つの全身が黒く塗られ、両肩を赤で染め上げたグレイズからの共通回線による発言に、三日月とアミダは呆れに近い感情をこめた通信を交わす。
『もう一機の白いグレイズは先にデータをもらった見届け人らしいから攻撃しちゃ駄目よ、三日月』
『うん、後緑のロディってやつもなるべく殺さないようにするんだよね』
『そうだね、一応昭弘の弟が乗っていた機体のエイハブリアクター反応は知ってるけど、別の機体に乗り換えてたりするかもしれないからね。まあアンタなら楽なもんだろ』
『コイツの調子もいいし。多分大丈夫、です』
会話を交わす間にもマン・ロディからの攻撃が加えられているが、お互いに背中合わせに回転しながら戦うバルバトスと百錬にまともにダメージを与えられていない。
一方で二機の持つクタン参型の滑腔砲から放たれるトリモチ弾が。モニターカメラやセンサー部分に命中する度にマン・ロディらの動きは鈍くなっていく。
機体のダメージは軽微であるが動きが確実に阻害される未知の攻撃に必要以上に警戒するもの、ダメージが少ないからと接近戦を挑もうとするものと別れだし、マン・ロディの包囲網は綻びを見せ始めた。
その隙を見逃す三日月とアミダではなく、すぐさま守りから攻勢へと移行する。
『じゃあ、アタシがロディのお守りしとくから、あの死にたがりをさっさと始末してきな』
『了解。さっさと始末してくる』
短く言葉を交わし三日月はバルバトスを動かし包囲の穴を高速で抜けると、後方にいたグレイズに襲い掛かる。
『おのれ、バルバトスめ!その首大人しく寄越せ!』
『そんなわけないじゃん』
コーリスのグレイズに短く返した三日月は勢いを殺さず、そのまま加速して彼我の距離を縮める。
対するコーリスも射撃では間に合わないと見たのか、大降りのアクスを抜き取りバルバトスの脳天へそれをつきたてようと図った。
が衝突の寸前でクタン参型のアーム部より射出された槍状のものがグレイズに迫ってきた為に咄嗟にアクスで払いのける。
がそれは両アームから射出された二本の内の一本であり残る一本はコーリスのグレイズの腰部に命中し深く突き刺さった。
二機はそのまますれ違い、コーリスのグレイズは振り返り追撃を行おうとするが、急速にバルバトスのほうに轢き付けられ体勢を立て直すことが出来ない。
『な、なんだ!槍にワイヤー?』
『槍じゃなくて銛って言うらしいよ』
慌てるコーリスの声に短く返した三日月はバルバトスを更に加速させ、狭い空間で器用に急旋回させる。
バルバトスの射出した銛によって繋がれたコーリスのグレイズも同じ挙動を取るが、ワイヤーで延長された分大回りの軌道を描く事になり、周囲のデブリ帯へと機体を突っ込まされた。
コーリスはうめき声を上げつつも自機に刺さる銛を抜こうとするが、巧妙な返しのついたそれは平時でも簡単に抜けるものではなく、ましてやデブリに機体を衝突させつつグレイズのマニピュレーターで抜く事はほぼ不可能であった。
三日月はそのままバルバトスを走らせ、丁度百錬の背後に回ったマン・ロディに加速したグレイズをデブリ帯から引き抜き衝突させて、マン・ロディの攻撃を防いだ。
『姐さん。大丈夫?』
『ありがとう、三日月。そのロディのほうは大丈夫かい?』
『一番硬そうなとこにぶつけたし、まあ死なないと思うよ』
『なら、いいか。じゃそのグレイズ捨ててこっちを手伝ってくれないかい?』
『うん、判った』
三日月はそういうと、既にコクピットブロックの無くなったグレイズだったものに刺さった銛をワイヤーごと分離するとアミダの加勢へと入った。
「これが、ガンダム…いや阿頼耶識の力ということか」
見届け人として白に青く縁取られたグレイズに乗り、その場にいたグルーガはバルバトスの大出力とその搭乗者の技量に、人知れず呟いた。
「実に…恐ろしくも、素晴らしいものだ」
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取られたものは取り返すだろ? その二
補足:仇討ち(ギャラルホルン式)…決闘と同じくギャラルホルン内での問題解決方法。
本来は身内を殺された者に限定した復讐対象を提示し、際限ない報復の連鎖を抑止する目的で作られたが、最近ではセブンスターズと繋ぎを持つ為の申し出が多い。
セブンスターズのいずれかに申し出て、許可を得た後に見届け人を同行させた上で行うことが義務づけられている。
なお助太刀に関しては、個人の裁量次第ということで制限はないが、全て私事としての行動となる。
「よっしゃ、ビンゴだぜ!」
イサリビを操るユージンがデブリ帯を抜けた先には、彼らの予想通りにブルワーズのものらしき強襲装甲艦二隻が彼らに腹を向けてその場に存在していた。
相手の二隻が反応する間もないうちに、イサリビとその後に続くハンマーヘッドが襲いかかる。
ハンマーヘッドが、その肉厚な前面に張り出した装甲部分を一隻の強襲装甲艦の側面に叩きつけ、そのまま近くに浮いていた大型のデブリへとぶつけて動きを封じる。
残る一隻に対しイサリビが前面についたアンカーを射出命中させ、イサリビの軌道を固定すると直ちにアンカーの巻上げを開始し、彼我の距離を一気に詰めた。
『よし、襲撃部隊行け!』
オルガの号令に従い、イサリビから敵艦へノーマルスーツを着用し武装した鉄華団員数名を上に乗せたMW十機が、イサリビの格納庫から敵艦へ発進しすぐさま敵艦へと取り付く。
がそれと同時に、敵艦の格納庫が展開しマン・ロディ二機と緑の重武装ガンダムが出撃する反応を捕らえたフミタンの報告に、オルガもイサリビからもMSを出撃させる。
出撃したのは二機、一機は昭弘の乗る腕部装甲を追加した方天画、残るもう一機は適正重量の装甲に変更した結果、スリム化したピンクに塗られたマン・ロディであった。
『昭弘・アルトランド、方天画。出る』
『ノルバ・シノ!流星号いくぜえ!』
掛け声と共に出撃した方天画と流星号は緑の重武装ガンダムと二機のマン・ロディの足止めを図った。
『このクダル・カデル様のグシオンの邪魔するんじゃないわよ!お前ら行け!』
緑の重武装ガンダム(以下グシオン)から耳障りな声が響くと、それにあわせて二機のマン・ロディが動き、それぞれが方天画と流星号に手にしたマシンガンで牽制攻撃を行う。
方天画は両腕を肘のところで曲げ、装甲を厚くした両腕で頭部センサーとコクピットを防御したが、流星号は射撃を回避してしまい、後方のイサリビに被弾させてしまう。
『あっ、わりい!』
『こら!俺たちの盾が避けてどうすんだ!』
『つい反射的にな、すまん!』
『お前はもう少し頭使えよ!』
戦場らしからぬユージンとシノの、平素と変わらないやり取りはイサリビを襲った突然の衝撃で中断された。
「おい、ビスケット今のは敵艦の砲撃か?」
「いや、違うよオルガ。あのガンダムフレームからの射撃だよ」
オルガに返事を返したビスケットはコンソールを操作し、メインモニターにいつの間にかイサリビに肉薄したグシオンの姿を投影する。
巨大なハンマーを担いだグシオンには銃器の類はないように見えたが、熱反応センサーでスキャンした結果を同調させると、胸部に高い熱反応が左右に二つあることがわかる。
「何だよ、あの機体対艦砲を埋め込んでるのかよ!」
「不味いね、今の攻撃でイサリビのナノラミネート装甲に弱いところが出来てる。そこをあのハンマーで叩かれ続けたら、いくらイサリビでも無事じゃすまないよ」
「さて、どうするかだな」
ユージンとビスケットの言葉にオルガは待機させていたMW隊を出撃させる事を考える。
艦に設置された砲ではグシオンの機動力に追いつくことができず、MWでの牽制攻撃ではMW搭乗者の生存率はほぼゼロに近くなるだろう。
団員の命のかかった選択に、オルガはその重圧をひしと感じた後にそのプレッシャーを跳ね返す。
「外で戦ってる奴らを信じるぞ。出来る限りの回避行動で時間を稼げ!」
「了解!」
オルガの指示にユージンは制御下のイサリビの挙動を微調整し、グシオンのハンマーが当たる箇所を微妙にずらす。
再びイサリビに衝撃が走るも大きい破損は無く、ユージンの操縦技術の優秀さが伺えた。
「新たなリアクター反応。…バルバトスです」
暫く衝撃の続いたイサリビ内でフミタンの朗報がもたらされ、ブリッジの雰囲気が和らぐ。
「よし、フミタンさん。ミカに表の張り付いた奴らの相手を頼んでください」
「ああそれと、あの緑のデカブツの胸部に弱点があることを伝えとけ」
「対艦砲のついたところですか、顧問?」
「そうだ。イサリビのナノラミネート装甲を削るほどの火力だぜ。それをあんな埋め込み式で発射したら、そいつ自体のナノラミネート装甲も無事じゃすまねえだろうぜ」
「それに加えて、機構が埋め込まれた分装甲も薄いということですね」
「そういうこった。じゃフミタンさん。よろしく」
オルガとマルバの言葉にフミタンは頷くと、バルバトスに乗る三日月へと連絡を取る。
『わかった。何とかする』
フミタンからの連絡に短く返した三日月は、残り燃料の少なくなったクタン参型を分離させると、片手に持ったライフルでグシオンの妨害を行う。
先の襲撃時の情報を元に、グシオンの装甲が薄いと予想される箇所への的確な射撃に、グシオンは攻撃を嫌がるようにイサリビから離れるとバルバトスへとその攻撃の矛先を変える。
「よし、釣れたな」
三日月はグシオンの反応を確認すると、方天画へ通信を繋げる。
『昭弘、向こうは俺と姐さんで大体大人しくさせた。多分誰も死んでないと思うから、弟を探して』
『了解、こっちは海賊の大人だったから、そちらに向かう』
接触時の通話でこちらの二機のマン・ロディに昌弘らヒューマンデブリたちが乗ってないことを確認した昭弘とシノは攻勢に移っており、今しがた方天画のハルバードの槍の部分で一機のマン・ロディのコクピットを貫いたところだ。
残る一機も、流星号のチョッパーによる乱打の前に防戦一方であり、イサリビの当面の危機は去った状態である。
『シノ、もう一機は任せて良いか?』
『おう、こっちは任せて行って来い昭弘!』
『頼む、じゃあいってくる!』
シノの答えに昭弘は焦る気持ちを抑えつつ、三日月に教えられた宙域へと方天画を奔らせた。
この時、敵艦に取り付いた鉄華団員たちはハッチをMWの攻撃で吹き飛ばし船内に浸入、ダンテのハッキングにより割り出されたブリッジへの最短ルートを進んでいた。
「おら、そこ!勝手に頭出すんじゃねえ!」
ハエダはそう叫び、通路角から不用意に飛び出そうとした鉄華団ヒューマンデブリの一人を後ろに吹き飛ばす。
それとほぼ同時に通路の向こうから射撃音が断続的に響きわたり、ハエダが止めていなければうかつなヒューマンデブリは死んでいたであろう。
やがて角の向こうからの射撃音が途絶えたのを聞き逃さずに、ハエダがハンドサインで攻撃を指示する。
ルイス率いる教導隊の訓練により、ハエダら一軍と鉄華団ヒューマンデブリらの動きは淀みなく的確に障害を排除していく。
無論、敵艦内での遭遇戦である以上、被害ゼロとはいえないが重傷者は後方のチャド率いる脱出口確保組に連れて行き、できる限りの応急処置を行っている。
「てめえらの命は鉄華団のものだ!団長の許可なく簡単にくたばるんじゃねえ!」
ハエダはそう叫びつつも、部屋から飛び出してきたブルワーズらに躊躇なく銃弾を浴びせ、先陣を切り開いていくのであった。
『待たせたな、昌弘。迎えに来たぞ』
三日月とアミダによりほぼ無力化されたブルワーズのマン・ロディの中から、昌弘の乗る機体を見つけた昭弘は方天画でマン・ロディを抱きしめ、説得の言葉を投げかける。
『何だよ、兄貴。いまさらだよ!俺はもうこの手で何人も殺したヒューマンデブリの屑だ!どうせいつか誰かに殺されるだけなんだよ!』
応じたのは昌弘の涙交じりの悲痛な叫びであり、拒絶の意思であった。
『違うぞ昌弘。俺もヒューマンデブリだ、人に自慢できる仕事ばかりやってきたわけじゃねえから、お前の気持ちは少しはわかるつもりだ』
『兄貴?』
『だがな、本当に屑なのは、俺たちヒューマンデブリをそういう気持ちにさせる仕事ばかり押し付けてくる持ち主の奴らだ!昌弘、お前や俺が屑だなんだと傷ついて、泣かされて良いわけじゃ断じてねえ!』
昭弘は出撃前にマルバから自身が言われた言葉を、自分なりの言葉で昌弘に伝える。
『それによ昌弘、お前は俺の弟だ。それだけは誰にも否定させねえ!お前をそんな気持ちにさせる場所においておく事を俺が許せねえ。だから俺と来い』
『なんだよ、勝手じゃないか兄貴…でも駄目だよ。俺だけ兄貴に救われるなんて』
『ならお前の仲間も一緒で良い。今の俺たちの所有者、団長からも許可はもらってる』
『えっ、そんなまさか』
『俺の言葉だけで信じろ、というのは無理か?なら今からうちの団長からのメッセージを見せる、それで判断してくれ』
一度言葉を切った昭弘は、オルガから預かった録画メールを、接触通信で繋がる昌弘だけでなく周囲のマン・ロディに乗る者たちへと聞こえるように、共通回線で発信する。
『初めましてだ、俺は鉄華団団長のオルガ・イツカだ。俺は仲間の昭弘の弟の昌弘だけでなく、その仲間たち、いやヒューマンデブリと呼ばれるお前達だからこそ、仲間として歓迎して迎える!だから俺たちと一緒に仕事しねえか?』
簡潔なメッセージであったが、そこに映るオルガとそれを囲むヒューマンデブリ達、年少の団員達の楽しげな笑顔に、ブルワーズのヒューマンデブリ達は衝撃を受ける。
『なあ、兄貴。俺も俺達もあそこにいけるのか?』
『そうだ。そこに俺もお前も、そしてお前の仲間達もこれるんだ。だから俺と来い、昌弘!』
『…俺は行く、兄貴!俺をあそこに連れて行ってくれ!皆と一緒に!』
『ああ、昌弘。俺達はまた一緒だ』
『昭弘、昌弘!気をつけな!敵が近づいてる!』
涙声で昭弘の言葉を受け入れた昌弘と静かに涙を流す昭弘に、アミダが警戒の言葉を発する。
『よおし、そこのお前!そいつをそのまま抑えとけ!』
三日月のバルバトスに追われた、クダルのグシオンがいつの間にかこの宙域に侵入し昭弘と昌弘の二人の機体をと攻撃範囲内に捕らえていたのだ。
ガンダムフレームの機動力に、説得に全神経を注いでいた昭弘も説得を受け入れて放心状態にあった昌弘も、咄嗟の対応が出来ず、気がつけばもはやグシオンの振り上げたハンマーが目前に迫っていた。
が二機の乗るMSは横合いから飛び出したマン・ロディのタックルにより、ハンマーの軌道から逃れた。
そして、その代わりにタックルをしたマン・ロディのコクピットに、グシオンのハンマーは炸裂した。
『ビトー!!』
昌弘の悲痛な叫びが、デブリの海に響き渡った。
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映像でわかるということは強いですね。
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取られたものは取り返すだろ? その三
補足:方天画…テイワズフレームにスピナ・ロディのパーツをメインに取り付けた近接戦闘主眼のMS。昭弘・アルトランドが搭乗。
規格が合わない部分は百錬のものを使用しており、全体で見るとスピナ・ロディの白色の上半身に百錬の青色の下半身がついたガチムチという印象。
フレームが厄祭戦後期の設計の為、阿頼耶識システムの取り付けが容易であり、鉄華団搬入後に阿頼耶識システムを導入している。
『ビトー!ビトー!!』
昌弘は搭乗していたマン・ロディから降り、グシオンのハンマーから自分と兄を庇い、MS程もあるデブリに縫い付けられたビトーの乗るマン・ロディにそう何度も呼びかける。
『昌弘!少し下がってろ!』
昭弘は方天画を操縦し、ビトーのマン・ロディのコクピット周りを丁寧にこじ開けていく。
が、昭弘と昌弘はそこに下半身を押しつぶされた、瀕死のビトーを見出す事になった。
『昌弘、無事だったか?』
『ああ、ビトー。お前のお陰で俺も兄貴も無事だ!今から助けるからじっとしててくれ!』
『いや、俺はいいんだ。俺は、お前らとは、いけない』
『何でだよ!俺らはチームじゃないか!一緒に行こう!』
昌弘の誘いに、ビトーは静かに首を振る。
『俺は、ペドロを殺した、お前の兄貴達を、許せない。だけど、お前らが、向こうにいって、ココよりましな、生き方をする、邪魔もしたくない、から』
『だからって…』
『じゃあ、最後、に約束。俺と、ペドロが生まれ、変わったら、また五人、チームを』
『約束する、約束するから!死なないでくれビトー!』
『あり、がと…アストン、とデルマ、にも…ともだち…』
その言葉を最後に、ビトーは息を引き取り、遺された昌弘は号泣した。
いつの間にか、方天画を降りた昭弘は昌弘を正面から抱擁し、昌弘が泣き止むまでそのまま黙って抱きしめ続けた。
『ああー!!どいつもコイツも、煮ても焼いても叩いても食えねえ屑ばかりねぇ!』
この事態を起こしたクダルは、すぐに猛追してきたバルバトスにより、その場にとどまることを許されずに、逃走を続けていた。
途中、何度かマン・ロディを見つけ接触を図るも、グシオンを見るやマン・ロディはその場から離れていき、誰もグシオンの側によろうともしなかった。
痺れを切らせ強引に近づこうとするも、その度にアミダの百錬から的確な射撃が飛んできて、グシオンの装甲の薄い部分へと命中させ、少なくないダメージを与えられてしまうのだ。
そして、その間にバルバトスが接近してきて、両手に持った太刀をグシオンに叩きつけ、その装甲を削り取っていく。
どれほど逃げても逃げ切れない二機の存在に、クダルは自身の少ない正気も削り取られていく気分を味わっていた。
二匹の猫にいたぶられるネズミ、その心境を今一番わかる存在がクダルであろう。
『てめえら!そんなに人をいたぶるのが楽しいかよ!ゲスどもが!』
『は?コイツも何言ってんの?』
『ほっときな、三日月。それより、止めは任せるよ』
『うん、任せてよ』
実際はアミダはグシオンの高出力と高火力を警戒して、地道に遠距離からの攻撃によるダメージ蓄積に専念しているだけであり、三日月は慣れない太刀の扱いで、重装甲のグシオンに思うようなダメージを与えられていないだけであり、クダルの考えるようにいたぶる意図はなかった。
『三日月、とりあえず突きでやってみな。それならいけるだろ』
『そっか、ありがとう姐さん』
アミダと三日月の会話をする間にも、グシオンの速度は徐々に落ちていく。
重装甲、高機動の代償として燃費の悪いグシオンの推進剤は、急速に枯渇に向かい、対する百錬とバルバトスはクタン参型のお陰で今だ推進剤に充分な余裕があった。
『じゃ、やってくる』
『きっちり仕留めるんだよ』
共に戦場とは思えないほどに淡々と会話を交わす両名の共通回線での通信を聞き、クダルは真に恐怖していた。
アミダと三日月にとって、自分の相手をする事に何の緊張も高揚もなく『いつも通り』に動けば仕留められる、そう言われていると感じたからだ。
そして、恐怖から更にその速度が落ちたグシオンにバルバトスが更に速度を上げて追いすがり、遂にはその前方に回り込んだ。
『よっ、と』
バルバトスの太刀による高速の突きが吸い込まれるようにグシオンの対艦砲の発射口を捕らえ、そのまま深く刃を内部へと滑らせる。
グシオンの加速も相乗されたその突きの威力は、わずかに残るナノラミネート装甲をたやすく貫いたのだ。
クダルにとっての不幸はその発射口に装填された弾頭がまだ残っていた事であり、バルバトスの突きがその弾頭を機体内部で起爆させてしまった事であろうか。
確かにナノラミネート装甲に加え、稼動ぎりぎりの装甲で覆われたグシオンは頑健であった。
内部で次々と誘縛する残弾の影響を、外部に漏らさず、わずかにグシオンの装甲の隙間から見せた発光のみで押し留めるほどに頑健であった。
当然の帰結として、クダル・カデルはグシオン内部にて、一握りのデブリと化したのであった。
間も無くして主戦力のMSを失い、ブリッジもハエダ率いる強襲部隊に占拠されたブルワーズは、鉄華団とタービンズに降伏を申し入れ、今各組織の代表たちはデブリ帯の外で待機させていたブルワーズの武装輸送艦、その格納庫の一つで対面していた。
適当な貨物の上に腰掛ける名瀬と、その横に立つオルガ、両手を拘束バンドで押さえられ両脇で銃を構える鉄華団員に押さえられたブルックという具合に、各組織の現在の力関係を物語る配置であった。
「さて、ギャラルホルンもいつの間にかいなくなったようだし、仕方ねえからお前と手打ちの話をするぜ、ブルック・カバヤン」
「へ、へへ、仕方なかったんだよ名瀬さん。ギャラルホルンに逆らえなかったんだ」
「それがお前さんの言い分か?なあ兄弟どうしたら良いと思う?」
「そうすね。六:四でいいんじゃないですか」
「そこらが妥当かねえ」
名瀬とオルガの言葉にブルックは豚のような顔に卑しい笑みを浮かべる。
「う、うちの財産の四割でいいんだな」
「なに勘違いしてやがる」
「へ?」
「ブルワーズの全資産の六割を兄貴のタービンズが、残り四割を俺達鉄華団がもらうって意味だよ」
「ふ、ふざけ!グヘア!」
オルガの宣告に怒りで立ち上がりそうになるブルックを、両脇にいた団員たちが数回銃床で殴りつけてその場に再度跪かせる。
「なあ、ブルック。てめえらブルワーズは俺らテイワズに弓引いたんだぜ。圏外圏で俺らテイワズを舐めた罪の判決は『死刑』しかねえんだよ」
冷たい目で見下ろす名瀬の瞳に、ブルックは頭と肝が冷えていくのを感じる。
テイワズの首魁、マクマード・バリストンが若かりし頃起こした血の粛清劇『木星の嵐』は、子供の頃から聞かされており、悪い事をするとテイワズに連れて行くと、年長者連中に脅されたことを鮮明に思い出していた。
「まあ、俺は優しいから、お前らの命まではとらねえぞ。ただ『ブルワーズ』という組織は今日で死んでもらうことになる」
「…もし、俺がその条件を飲まなかったら?」
「その時はお前さんを宇宙に放り出すかこの場で始末するかして、次のNO2、はいねえからNO3か。そいつをココに呼んで来て了承するまで同じ事をするだけだな」
冷たい目のまま淡々と告げる名瀬に、ブルックは心の底から震え上がる。
名瀬の言葉に一切の淀みはなく、発言のままに躊躇い無く実行するだろうという確信を得てしまったからだ。
「か、完敗だ。俺が甘かった…クダル、すまねえ」
ブルックは心を折られ、情人への侘びの言葉を呟き、その場へと蹲った。
その日、『ブルワーズ』という組織はこの世界から消滅した。
「よお、やっぱりまだ起きてたか」
「ああ、顧問なんすか?」
ブルワーズの件に目処をつけ明日の朝から処理を開始する事を決め、自室へと戻ったオルガを、 その手に琥珀色の液体が入った瓶と二つのグラスを持ったマルバが訪問した。
「顧問、俺は酒は」
「こいつは度数の強い奴だからよ、舐めるようにしてやる奴だ。試してみな」
オルガの返事を待たず、マルバは二つのグラスに指一本分ほどの分量の琥珀色の液体を注ぎ、一つをオルガに差し出す。
やむを得ずと思ったのか、オルガはそのグラスを手に取り、共に部屋のソファーに対面で座るとマルバと琥珀色の液体をちびちびと喉に流し込む。
「結構、上手くやれたと思うんすよ」
「そうだな」
グラスの液体が無くなる頃に、オルガがポツリと呟く。
「でも、死んじまった奴も救えなかった奴もいるんすよ」
「そうだな」
マルバはただ肯定の言葉だけを返す。
「精々ふんばっても、こんなものなんすかね?」
「俺から見りゃ、十分上等な結果だぜ。圏外圏で俺達を舐める奴らはほぼいなくなるだろうからな。まあ、後気をつけるとすりゃ、恨まれるほどに強くならねえことだな。どこぞの地球圏の守護者気取りみてえにな」
「強すぎても、不味いですか?」
「ああ、不味いな。今でさえ良くわからねえ恨みを買ってるだろ?強くなればなるほど、こんなのがどんどん増えるってこった。そんな連中ばかり増やしても、いいことはねえからな」
「…ああ、そういう仕組みすか。まったく、碌でもねえ仕事すね」
マルバの少しおどけた言葉に、オルガはわずかに笑みを漏らす。
「まあ、だからよ。オメエやその下のもんに、お嬢さんや名瀬さんからまっとうな仕事をもらえるようにしねえとな。それが今回の俺らの目的なんだからよ」
「うす」
そういってマルバは立ち上がると、酒精で赤らんだ顔をするオルガの頭を撫でる。
「それまで、潰れんなよ?オメエを頼りにしてるし、少しは俺らを頼っても良いんだぜ団長さんよ?」
「いや、やめてくださいよ。ガキじゃねえんすから」
そう返しつつも、オルガは自身の重かった心が、少し軽くなっていくのを感じていたのであった。
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仲間が増えて、トラブルも増える
27話に補足:仇討ち(ギャラルホルン式)を追加しました。
ブルワーズとの抗争から数日後の今、鉄華団とタービンズはデブリ帯近くでの係留を強いられていた。
ハンマーヘッドはともかく、イサリビはグシオンにより与えられたダメージが、想定以上であり船外作業を含めた修理の必要があったためだ。
幸いにもブルワーズの武装輸送艦にはその資材は充分にあるため、修理自体は問題が無い。
この先にも同様のトラブルがある可能性を考えれば、ここでできる限り直しておくべき、という意見で鉄華団とタービンズの首脳部も一致したのは当然であろう。
「一緒に作業することで、ブルワーズのヒューマンデブリの人たちと、少しは仲良くなれたのは嬉しい誤算というべきかな」
「そうだな、ビスケット。後は音羽さんの公平な医療手当てのお陰か」
「ああ、怪我の酷い人から立場に関わらず、優先的に治療していたからね。ブルワーズの人たちも大分協力的に動いてくれてるよ」
抗争後の治療や修理等は、基本各自が自前で行うのが当然の時代に音羽の取った行動は異端であり、初めはいぶかしんでいたブルワーズ側も、実際に治療を受けることで驚きと共に態度の軟化を見せていた。
「まあ、そのせいで一部勘違いして、暴走した人たちもいたけどね」
「そいつらのその後は悲惨なもんだがな。俺はあの人の恐ろしさがよくわかったぜ、ビスケット」
治療に当たったクーデリアらに、性的な要求をしてきたブルワーズの一部のものは、音羽の怒りの制裁により両手足を砕かれ、床を苦痛のうめきと共に這い蹲る羽目になっている。
「綺麗に繋げてあるらしいけど、痛み止めは一切無しだからね」
「命に関わらない程度の痛めつけ方って、えぐいよなあ」
「その上仲間からも、助けてもらえない、か。まあ自業自得といえばそれまでか」
艦内の自室で雑談を交わしつつも、オルガとビスケットは、ブルワーズの資産チェック作業を続けていた。
メリビットによりまとめられた一覧に目を通しつつ、今後の鉄華団に必要な物資と資産を抜き出す事は、タービンズとの折衝を行う為に必要な作業である。
現在、新たに増える予定の人材に伴い、支給する衣食からして一度計算をしなおす必要もあった。
そのためにオルガ発案の合同慰霊式の準備を、マルバをサポートにつけた副団長のユージンに丸投げしている状態にあり、オルガは事務系の人材の不足を痛感していた。
「今考えると、CGSは良くまわしていたよな」
「まあ、顧問もそう言う計算は得意だし、ルイスさんも暇があれば手を貸してくれてたからね。基本的には、デクスターさんが仕切ってまわしていたよ」
「今だから気がつくけど、あの人もすごい人だよな。まったく俺らはまだまだ足りねえ」
「でも、だからこそやりがいも感じる。でしょ?」
笑い掛けるビスケットにオルガも片目をつぶり、笑みで返す。
「まあな。火星への仕送りもいくらかできるしな」
「そうだね、途中で寄るドルトコロニーから送ってもらえるって話しだし。それまでにはまとめとかないとね」
「ああ、頼むぜビスケット。こういうことはお前がいないとな」
「了解。精々頑張るよ」
そう言葉を交わして、再び作業に専念するオルガとビスケットであった。
『この戦いで死んでいって奴らのために、そいつらがあの世で安らぎ、望んだやつがまたこちらで生まれ変われるように、祈ってやってくれ。弔砲の後に一分間の黙祷してくれ!』
武装輸送艦の甲板から宇宙へと、今回死亡した者たち全ての遺品をつめた棺が送り出された後に、イサリビのブリッジからオルガの言葉が伝えられる。
その言葉が終わると同時に、イサリビの主砲から弔砲が放たれる。
それは宇宙へ放たれると青い華のように咲き、参加者一同を感嘆させる。
二つの華が三度宇宙を飾った後に、オルガが黙祷の声を掛け参加者一同はその声に従った。
今だけは立場に関係なく、皆が死んでいった者たちへと祈りを捧げた。
「で、あんたが俺に話があるって人かい?」
「ああ、名前はスリン・スリング。傭兵崩れの海賊ってとこだな」
慰霊式を終え、後ろを振り向いたオルガの前に三十後半と思われる大柄な男が、両脇に銃を構えた鉄華団員二名を背後に立っている。
禿げあがった頭髪と反比例に黒々とした髭を口周りにたくわえブルワーズの制服を若干窮屈そうに着て、両手をオルガに見えるようにひらひらとさせていた。
武器を持っていない事のジェスチャーであるが、スリンの体格と傭兵という経歴ならば、油断はできないところである。
「で、そのスリンさんが何のようだ?」
「簡単に言うと、売り込みだ。『俺たち』を雇っちゃくれないか」
「…元傭兵っていってたが、そっちのほうでか」
「話が早くて良いねえ。元『スリングショット傭兵団』の生き残り十名、のことだ」
「悪いが、兵隊は間に合ってるぞ」
「ああ、そうだな。兵隊は足りてるな」
スリンはそういってにやりと笑う。
いかつい顔だが不思議と愛嬌のある笑顔であると、オルガは感じた。
「つまり、アンタを含めた十名は兵隊以外のこともできることはあるといいたいのか?」
「ああ、MS乗りはこれまでのドンパチでおっ死んじまったんで無理だが、操船から料理まで色々得意なやつらが生き残ってるぞ」
「…経理ができる奴は?」
「うちの元金庫番はしぶとくてね、ピンピンしてるぜ」
「後で条件を提示する。その内容でよければ、採用しよう」
「ああ、それでいい。良い条件を期待してるぜ、団長さん」
「アンタも元は団長だったんだろ?」
「もう潰れちまった団だ。名前で呼んでくれや」
そういうとスリンは、両脇に控えていた鉄華団の団員のほうを見て頷くと、彼らを従えるようにブリッジから退出しようとした。
「なあ、スリン。何でうちに入ろうとしたんだ?」
「理由か?ブルワーズは再建できそうにないし、タービンズの紹介してくれるまっとうな仕事ってのも性にあわねえからってとこだ」
「それだけか?」
「まあ、後あげるとしたら、俺も含めてほとんどの奴は立ち上げからいる元ヒューマンデブリだからかな。ヒューマンデブリのために何かしようって奴は今まで会った事がなくてな。そういうやつの元で働いてみるのも悪かねえ、とな」
振り向かずにオルガにそう伝えたスリンは、ブリッジから退出していった。
「…海賊にも、色々あるんだね」
「ああ、そうだな…じゃあ悪いがビスケット、残業つきあってくれ。頼むマジで」
「わかったよ。ああユージン、君も一緒だよ。いいよね?」
そう告げた、あいつの笑顔が、怖かった。
後にユージンは、シノにそう零したという。
「さて、ぼちぼちこいつの中身を調べねえとな」
同時刻、マルバはイサリビに積まれた、テイワズのマーク入りコンテナの群れを眺めつつ、雪之丞の横でそう呟く。
「なんかあんのかよ、マルバ。俺だけ連れてきてよ」
「ああ、オルガから話を聞いたときからどうも気になってな」
「そうか、急ぎの荷物を頼まれただけだろ?」
イサリビが今積んでいる荷物は、飛び込みでテイワズに入った仕事で、届け先は地球圏にあるアフリカンユニオン直営のドルトコロニー群にあるドルト2。
荷物は工業用の物資で、送り主はGNトレーディングという一般企業であり、タービンズを介して、鉄華団の仕事として運んでいるものである。
「一つ一つは問題ねえがよ。全てを重ねると怪しいんだよ。まず何でその依頼がテイワズを通して、タービンズに来たかだ。地球圏にあるんだから物資を地球から運んだら良いだろ?時間も手間も輸送費もそのほうが安く済むぜ」
「そりゃ、あれだ木星圏でしか取れない希少な物資とかなんだろ」
「そんな希少な物資をだ、俺らみたいな入りたての組織に運ばせるか?それに、前に聞いたがドルトにもテイワズの支部はあるんだぜ。そこに運んで、そいつをドルトの連中に売るとかするだろ」
「むう、確かに妙だな」
「つまり、地球圏からは運べない、若しくは知られたくねえ荷物って可能性が出てくるわけよ」
そこまでマルバの話を聞いた雪之丞は、わずかにマルバの疑念を理解する。
「でだ、今丁度ブルワーズの襲撃後の修理をしてるよな。そして襲撃の影響で荷物を係留しておく装置に異常があり、積んだ荷物のコンテナの『一部』に破損があったのを発見した俺らが、念のため中身を確認するってことよ」
「よくもまあ、そんな屁理屈を思いつくよ、お前さんは。でもそんな破損どこにあるんだ?」
そう問うた雪之丞への返事の代わりに、マルバは貨物室の入り口近くに積んである修理用資材から、棒状の資材を取りだして手にすると一番手前のテイワズマークの入ったコンテナを何度か殴りつけた。
「おお、手が痛てえわ。ほら、ここにあんだろ、へこみが」
「お、おお」
若干引き気味の雪之丞を尻目に、マルバは自らが僅かにへこませたコンテナを開封しようとする。
「おい、危なくねえのかよ」
「細工でこいつが開けたらドカン!と行くやつでも向こうで起こすよりは、今ココで起こしたほうが被害は少ねえぜ。精々、おっさん二人がこの世から消える程度だ」
「俺もかよ!ひでえなあ」
「俺がひでえのは、よく知ってるだろうがよ」
軽口を叩きつつ、開いたコンテナは幸いにも爆発はしなかった。
だが、その中にあるものは工業用の資材、などではなかった。
「新型のアサルトライフルとその弾が満載かよ、おいマルバ」
「ああ、こりゃあ厄介な事になりそうだぜ」
その中身を見た二人は、思わずお互いの顔を見合わせて苦い表情を浮かべたのであった。
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幕間 野望の角笛 その二
補足で現セブンスターズの当主一覧を追加。
補足 セブンスターズ 当主一覧(今作品)…カルタ・イシュー(代行 マクギリス大好き)、イズナリオ・ファリド(マクギリス義父 ショタホモ)、ガルス・ボードウィン(ガエリオ父 善人)、ラスタル・エリオン(肉の人 貪欲)、アリー・クジャン(クジャン父 腹黒名君)、ネモ・バクラザン(仙人ぽい爺さん)、エレク・ファルク(肥満おじさん ギザロ・ダルトンの宗家)
『アグニカ・カイエルは神話?つまりお伽話…プロパガンダだったと!』
『そうだ、我がダルトン家に伝わる記録、技術開発部に残る秘匿されたデータ、それらを統合した結果、今日アグニカ・カイエルの功績とされているものをなした人物の該当者が少なくとも三人はいる』
『そんな、俺の夢、希望は偽りの光だったとッ!』
『…セブンスターズの直系ならば、より詳細な情報を秘匿しておろう。まずはイズナリオからそれを引き出してみてはどうだ?それで貴様の心も定まるであろう』
マクギリスは、自身に近づく規則正しい足音に思索の中から我に返る。
ギャラルホルンの本拠である海上基地ヴィーンゴールヴ、その通路の一つから外洋を眺めるマクギリスは振り返り、足音の主と相対する。
「久しぶりだな。カルタ」
「そうね、マクギリス。二年振りかしら」
カルタ・イシュー、セブンスターズ筆頭であるイシュー家の一人娘であり当主『代行』、 『前』地球外縁軌道統制統合艦隊の指揮官であるマクギリスの幼馴染だ。
「そういえば、貴方も昇進だったわね。おめでとうマクギリス一佐殿」
「ありがとう、カルタ火星統制統合艦隊司令。貴女は准将だったな」
「フン、相変わらずのにやけ顔と嫌味だこと。貴方の差し金なんでしょ、そんなに私が目障りなのかしら?」
カルタが今日ヴィーンコールヴに来た理由、それはマクギリスにも関係のあることであった。
マクギリスの行った火星支部の査察、その成果が火星支部が運営に困難をきたすほどに苛烈なものであったせいである。
とはいえ、火星本部長コーラル・コンラッドの汚職に支部の半数が彼の私兵として加担し、残りの大半がそれを黙認。
僅かにその汚職を弾劾しようとした者らも配置換えや事故による死亡により処理されたという結果が判明した以上、そのままの放置はギャラルホルンの勢力外からの監視組織としての建前上、できぬ相談でもあった。
先ほど急遽開かれたセブンスターズの会議により、その対策が討議された結果、カルタ・イシューが増強一個大隊を率いて火星支部の残存兵力を統合した新組織、火星統制統合艦隊を統率することが決定された。
「腐敗した組織の引き締めにセブンスターズ自らが出向く、別段の問題は無いと思うが?」
「白々しい!ガエリオ坊やの妹との婚約発表までに私を遠ざけたかったのでしょう!」
「義父上に助言したのは認めるよ。でも、その意図は違うな、カルタ」
詰め寄るカルタに、マクギリスはその涼しげな笑みを変えることなく応じる。
「カルタ・イシュー。イシュー家の美しく誇り高い一人娘である君だからこそ、私は君を推薦した」
「な、何を…」
マクギリスの言葉に僅かにほほを朱に染め立ち止まるカルタにマクギリスは言葉を続ける。
「私の調査した火星は各経済圏と火星本部による圧政と搾取により、虐げられていた。本来それらを正すべきギャラルホルンすらまともに機能せず私欲による圧政と搾取を人々に強いていたのだ。そのような状況を正せる人を、私は君しか知らない」
「あ、相変わらず、口だけは上手いわね」
「本心だ、幼き私を出自ではなく私として公平に見てくれた、当時と変わらぬ君にこそこの大任を務めて欲しいのだ」
そこまで語るとマクギリスはカルタの手を取り、そっと自身の両手で包む。
「どうか、火星の人々に示して欲しいのだ。真のギャラルホルンとしての高潔さと公平さを」
「…わ、わかったわよ!わかったから、その手を離しなさい!」
口調こそはきついが、マクギリスの手を自らは振りほどこうとしないカルタにマクギリスは笑みを崩さず、ゆっくりとその手を離した。
「すまなかった。つい子供の頃に戻ったような気がしてしまった、許して欲しい」
「い、いいわよ。確かに火星支部の建て直しは急務、私としても前の閑職よりは腕が振るえるもの。けど礼は言わないわよ」
「それで構わないよ。もし何かあれば連絡をしてくれ。私のできる限りにおいて、力を貸すことを約束するよ」
「そ、そう?ま、まあそんなことは無いと思うけど、その時はお願いするわね」
まだ若干赤い顔のまま、マクギリスに別れを告げ、カルタはその場から軽い足取りで離れていった。
「たいした人たらしぶりだな。マクギリス一佐殿」
「盗み見とはお人の悪いことですね、ギザロ副長殿」
カルタの姿が見えなくなるのと前後するように、技術開発部副長、ギザロ・ダルトンが姿を見せる。
「貴様一人に任せたほうが、話が早く片付くであろうから待機してたまでだ。それより、確認だが彼女の後任は貴様になると考えて良いのだな?」
「ええ、義父上には『家で』よくお願いしましたから、大丈夫でしょう。もとより閑職扱いの部署ですから、さほどの反対も無いでしょう」
「ならば良い。いずれ月の獅子と狐を狩る時に、その地位は役に立つであろうからな」
「やはり、彼らとの対立は避けられませんか」
「我らの望みは、現体制で潤ってる連中とは基本的に対立するものだ。特に月で大戦力をもつあの二家であれば尚更であろう。さて、続きは歩きながらでよかろう」
このエリア一帯に盗聴装置の無いことを知り、なおかつ盗聴防止の装備も持つ二人は人目のみを注意して二人は歩き出す。
「例の仇討ち部隊、上手くいってますか?」
「鉄華団か、連中の足取りは掴めたから、今頃交戦しておるだろうな。これでガンダムフレームと阿頼耶識システムの戦闘データが間も無く届くだろう」
「実際の機体が届くとはお考えでないのですね」
「無理だろうな、阿頼耶識システムとガンダムフレームの二つを揃えた者に、ただMSの扱いが上手いだけではどうにもならん。グルーガの機体にもデータ収集用の機材を搭載しておるから、精々長く交戦して戦闘データ収集の役に立てばよい。最悪コクピット周りの回収は命じてある」
そう告げるギザロの表情に、死に逝くであろうステンジャ家の若者への思いは一片たりと浮かんでいない。
「貴方は恐ろしい人だ。全ては自分の目的のために使えるかどうかでしか、判断をしていない」
「フッ、貴様も同類であろう。全ては己を飾る装飾程度にしか感じておらぬではないか」
「これも、貴方に教えていただいたアグニカ・カイエルの真実のお陰ですよ。アレがなければ、俺は今頃アグニカにとり憑かれていたでしょう。助かりましたよ」
「構わんよ、あのままでは使い物にならぬ可能性が高いと思ったので、修正を加えたまでの事よ」
会話の間も二人は互いの顔を見ることは無く、ただ己の前だけを見つめただ歩調のみを、互いに合わせて進んでいく。
「それでも、その貴方の冷徹さのお陰で己の価値と、欲望を見つめ直せた事は感謝しますよ」
「フッ、それがワシの目的の邪魔にならなんだのは感謝してやっても良いがな」
「その時は俺を始末していたでしょうに」
「その手間を考えれば、だ。貴様を仕留めるのはそれこそ骨であろうからな」
マクギリスとギザロ、その両者の間には情は無く、ただ互いの目的を果たすための有効な存在である、そういう認識しかない。
が、それ故に互いに飾ることの無い心からの言葉を相手にぶつけていた。
「では、ギザロ殿。また次の機会に」
「うむ、データの解析後にでもまた連絡をいれよう」
互いの目的の場所への岐路に近づき、二人は再び顔を合わせる。
「貴方が、ガンダムフレームを超える機体を開発できるように」
「貴様が、アグニカ・カイエルを超える英雄となれるように」
金髪と銀髪の怪物は、互いの野心の成就を祈り、互いの目的の場所を目指しその場を離れていく。
互いにその野心の成就の障害となるならば、何者をも葬る決意を秘めて互いの道を歩む。
それが、例え先ほどまでの同盟相手であっても、と。
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マクギリスのともだちが増えたよ。よかったね!
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憎いからこそ愛おしく
音羽から渡される睡眠剤と栄養剤の分量が日々増えるのを自覚しつつ、フミタン・アドモスが強引にでも休息をとろうとしていた夜中、彼女に与えられた部屋を訪れるものたちがいた。
「どうもこんな時間にすいませんなあ」
そう告げて、どうしても内密な相談があるといいマルバとオルガの二人がフミタンの部屋に入ってきた。
イサリビという閉鎖空間において、この二人の動向に異を唱えることは限りなく難しいことである。
「いえ、少し寝付けませんでしたので大丈夫です。それでどういったことでしょうか?」
軽く着衣と髪の乱れを直し、二人を迎え入れたフミタンにマルバが問いかける。
「フミタンさん、貴女の本当の雇い主は誰か、教えてもらいてえんですわ」
「…私が仕えているのは、バーンスタイン家のクーデリア様です」
「なら、今から見せる情報について、教えてもらえますかい?」
フミタンの若干間を空けた返答に、マルバは部屋にあるモニターに自身の持つタブレットからデータを転送させつつ、再度問いかける。
そこに映るのは、イサリビのブリッジを出入りする人を捕らえた映像と、何かを時間ごとに並べた一覧表である。
「俺が歳星に残った理由の一つはね、フミタンさん。内通者がいねえかをチェックするためだったんですぜ。その為に、歳星を出る前に極小型のカメラをブリッジの艦長席裏に仕込ませてもらいやした。流石金があれば何でもそろう歳星、カメラの入手も簡単でしたぜ」
「…その上で、ご本人は歳星に残りわざと監視を緩くして、その内通者が動くのを誘ったと?」
「その通りでさ。いやあ、フミタンさんは頭の回転が速くて、助かりますぜ」
マルバは軽く笑みを浮かべ、フミタンと会話しているが、もう一人部屋にいるオルガは両手をジャケットの上着ポケットに突っ込んだまま、憮然とした顔で沈黙している。
そのポケットには何か手以外のものが、入っているようにフミタンには感じられた。
「で、まあこの映像はブリッジに出入りする人を、こっちの一覧はイサリビからの発信記録ですな。残念ながら、発信データ自体は消されててどんな内容を誰に送ったかは不明なんですよ」
「でも発信記録だけ残すとは、その誰かはうかつな方ですね」
「まあ、発信記録ってのは艦内管理システムのひとつでね。記録操作しようと思ったら、その艦内管理システム自体をメインフレームから一度消さねえとならないんでね。そしてそのメインフレーム室には俺とオルガ、後雪之丞しか入れないですからな」
「なるほど、勉強になりました」
「この映像と発信記録を付き合わせるとですな、フミタンさん。貴女が必ず『ブリッジで一人のときのみ』どこかと通信していた、そういう状況が浮かんでくるんですよ。で、説明をして欲しいんですが、どうですかい?」
笑みを消したマルバの真剣な表情を見つめた後、フミタンは大きくため息をつく。
「私の仕えている人物は、ノブリス・ゴルドン。彼の手のものと通信をしていました」
其処からフミタンは、当初からノブリス配下として、バーンスタイン家の内情偵察として働いていた事、クーデリアの利発さと行動力を何度か報告した後は、彼女の動向を専属メイドとして掴むよう命じられた事、クーデリアに革命活動に興味を持たせ、その後にノブリスをパトロンとして紹介させる命令を受けた事等を訥々と語る。
「随分と簡単に色々教えてくれるな、アンタ」
「隠したところで、『どのような手段を用いてでも』口を割らされたでしょう?そういう決意をした目をお二人がしていらしたので。ノブリスにはスラムから拾い上げられて、育ててもらった恩はありますが、自分の身を捨ててまで仕えることもありませんから」
フミタンの告白が一区切りしたところで、漏らしたオルガの言葉にフミタンは感情の無い声で返す。
「それだけじゃねえでしょう、フミタンさん」
「といいますと?」
「貴女は意識してるか知らねえが、心がクーデリアを裏切り続けてるという事に苦痛を感じている。だから少しの疑惑を出された今、楽になりたかった。そういうことじゃねえんですかい?」
「違います…私はそんな上等な人間ではありません。所詮はただの芸を覚えた野良犬です」
そう答えつつも、フミタンの手は自身の服の裾を強く握り締め、何かに耐えるような姿勢をとる。
「なら音羽さんに処方してもらっている薬が増えたり、そんなつらそうな顔をする必要はねえでしょうよ。貴女はこれからもクーデリアと共にありたい、そう思ってるんだろ?」
「貴方に!私の何がわかるの!!」
「わかるさ、俺も似たようなもんだからな」
思わず激昂し声を荒げるフミタンに、マルバは静かな声で返す。
「最初は失ったものを埋める為、拾っていった連中がいつの間に成長して自分を慕ってくれるなんて、そんな都合の良いことは無え、そう思っていたんですがね。実際にそうなると、いや、そうではないかと感じちまったら、そいつを裏切るのはつらい。薄汚い自分を照らしてくれる光を、自分で消してるみてえでよ」
マルバの静かな、心からの声にフミタンの心の何かが壊れたのか、その瞳からは涙が零れ落ちる。
「…つらかった。あの瞳を、ただ未来の希望と、自分を信じるあの瞳を裏切っている自分が惨めで…本当はあの人に、全身全霊でお仕えしたかったんです!あの人の未来に自分の居場所が欲しかったんです!」
嗚咽と共に告げられたフミタンの言葉に、マルバとオルガは顔を見合わせる。
「まあ、その辺のことはお二人で話してください。おい、ミカ」
オルガの言葉に合わせて、フミタンの部屋の扉が開かれる。
そこには三日月とアトラに両脇を支えられたクーデリアが立っていた。
「お嬢様…」
「ごめんなさい、フミタン…私、今まで」
「ほら、クーデリアさん。ちゃんとフミタンさんとお話しなきゃ!後男の人は部屋から出る!」
「うん、じゃあ後はよろしくアトラ」
「任せてよ!」
オルガがポケットに忍ばせていたインカムを通じて、室内での会話を聞いていたクーデリアたちの中で、率先して事態を動かしたのはアトラである。
こういう時のアトラは頼りになるとの三日月の言葉を信じ、男三人は部屋から出て行った。
「じゃ、私お茶入れるから、二人でよくお話してね」
有無を言わせないアトラの笑みに押され、クーデリアはフミタンに向き合う。
「考えてみたら、フミタンには色々教えてもらってたのに、フミタン自身のことはほとんど知らなかったわ。ごめんなさいフミタン」
「いえ、私が話したくなかったのです。お嬢様を傷つけてしまうのが、怖くて」
「なら、これからはフミタンの事を色々と教えてね?私はフミタンのことをもっと知りたいの!」
フミタンはクーデリアのまっすぐな瞳に、涙を流しながら微笑む。
「お嬢様の、そのまっすぐな瞳が私は憎くて、その何倍も愛おしいと思ってましたよ」
「よかったんすか、顧問?」
「フミタンを裏切り者として処分しなかった事か?」
「まあ、俺もしたいわけじゃねえすけど、筋としてどうかなと」
「フミタンはクーデリアの従者だからな。そっちでお構いねえなら、俺らがどうこう言う事じゃねえ、ってのが建前だな」
「じゃあ本音は?」
その言葉にマルバはにやりと笑う。
「繋がってるのがゴルドンなら、奴はどこまでもいっても『商売人』だ、利益をかませればいくらでも話の持ってき様はある。ギャラルホルンだったら、まあ監禁でもしていたかもだが」
「やっぱり、顧問はえげつないね」
「ああ、ミカの言うとおりだな」
「いいんだよ、何でもかんでも殺して仕舞いにできるもんじゃねえんだ。そこらをよく覚えとけ」
マルバの言葉にオルガは片目をつぶり、笑みを浮かべる。
「了解、拾われた俺らは顧問を信じてますよ」
「オルガが言うなら俺もそうする」
「おいおい、こんなおっさん信じてると痛い目にあうぜ?いつでも警戒を忘れんなよ」
そっぽを向いたマルバが足早にブリッジへ向かうのを、オルガと三日月は笑いながら付いていった。
次のトラブルを解決する為に。
「どうも、鉄華団の顧問をしてます。マルバ・アーケイです」
「ドルトコロニー労働組合代表、ナボナ・ミンゴと申します」
それから暫く後、ドルトコロニーの近く閉鎖寸前の資源採掘衛星で、お互いに三名の仲間を連れたマルバとナボナ、二人の男が対面していた。
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なんて事だ、原作との乖離は止まらない!加速する!(アイン調ポエム)
後、おかげさまで10万字超えることができました。
読んで頂いてありがとうございます。
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沼で泳ぐなら、底は確認しろよ
ドルト労働組合に、代表者宛のメールが届いたのは二日前の事だ。
差出人は、鉄華団の顧問を名乗る人物からで、曰く『お届けする荷物』について、代表者と面談の場を設けたいとの内容であり、その場所としてテイワズの管理する資源採掘衛星の一つを用意してもらっている、というものである。
マスコミに流れる情報によれば、彼らは航行中『何度も』襲撃されており、ドルト近郊に到着すると予想されていた日時よりは、いくらか早い鉄華団の到着であったが、ナボナたちは『荷物』についてのことを知っているために、不審には思わない。
むしろギャラルホルンの目を掻い潜り、『荷物』を届けるために必要なのであろうと、彼らの慎重さに感心する者がほとんどであった。
これは資源採掘衛星での労働は、常に労働力が不足しており、各コロニーから労働者が臨時に派遣されることが多く、ナボナたち労働組合のものが数名いたとしても問題は無いということを、鉄華団でも知っているということが想像できたからだ。
(まさに、革命の乙女を守る騎士たちにふさわしい思慮深さですね)
そう考えていたナボナは、用意された面談の場で出会った鉄華団顧問と名乗るマルバの悪い笑顔に、一瞬何かの罠を疑ったが、その柔和な笑顔は一切崩さなかった。
ドルト労働組合代表として数万人を束ねる彼に、容易い動揺は許されていない。
それに良く見れば、マルバの連れてきた三名は皆年若いが屈強、マルバと同じジャケットをまとって直立して並ぶ姿は、よく訓練されたものであった。
やはり彼らは騎士たちだとナボナは思い直し、面談を続ける。
「後ろに控えているのが、右から鉄雄、昭弘、ノルバです。私の護衛としてきてもらっとります」
「地球行きの途中で、わざわざ私たちのためにご足労おかけします。私の後ろにいるのが、護衛のブッセさんとビーンズさん。そして」
「ドルト労働組合、副代表のマカロン・フラグレッドです。名高い鉄華団の方と出会えて光栄ですよ。いやあ皆さんお強そうですな!」
ナボナの説明を遮るように発言する、黒縁メガネをかけたちょび髭中年のマカロンに対し、ブッセとビーンズの両名は顔をしかめるのをマルバは見逃さない。
「マカロンさん、この場に来たいと言い張った貴方ですから、興奮するのはわかりますが、まずは私に任せてください」
「おっと、これはすみませんなナボナ代表。これからのことを思うと、つい興奮してしまいました」
「じゃあ、早速面談にはいりますが、よろしいですかな?」
「ええ、お願いします」
室内に用意された席に対面で座ったマカロンと、それをたしなめるナボナを正面に見据え、マルバも席に着くと同時に話を始める。
「まずは、今回の面談に至った経緯をご説明しやしょうか」
そう切り出されたマルバの語る内容に、聞き手にあるドルト労働組合の面々は徐々に顔が青ざめていく。
木星を出てから、何度も起きた襲撃がその都度航路を変えても起きた為、内部の密告者を疑いまずは手始めとして、通信担当者に尋問を行いその結果、通信担当者の一人がN(エヌ)氏なる人物の指示で、外部に情報を漏えいさせていた事が判明。
更に密告者の自白内容から、自分達のドルトコロニーへ運んでいた荷物が資材ではなく、MWを含む武器であることが判明したと語ったからだ。
「そ、それではクーデリアさんはこの件はご存じない、と?」
「本人に聞きましたが、寝耳に水といった顔できっぱりと否定されてましたぜ」
「マカロンさん、話が違いますよ。貴方は確か、クーデリアさんが我々に力を貸してくれるからという事で今回の話をもってきましたよね?」
柔和な表情も崩れ、マルバの話を聞いたナボナはマカロンに詰問する。
「い、いえ!私もクーデリアさんの代理を名乗る人の話を受けましてですね!我々の活動に非常に共感して武器の供給という形で力を貸していただけるという話でして…」
「まず、そこらからしておかしいですな。対話による解決を図る為に地球へ向かうクーデリアさんが、何故武器を提供してくれると考えなさったのか」
「それに関しては、私が説明します」
動揺するドルト労働組合の面々へぶつけたマルバの質問に、動揺を抑えたナボナが淡々と状況を説明する。
ドルトコロニーでは上層部がほぼ地球出身者で占められており、コロニーに生まれ住むナボナたちの待遇がほとんど考慮されない事。
一部の良識ある、コロニー出身者の役員を窓口に粘り強く交渉を行っていたが改善の兆しは無く、組合内に不満が暴走寸前まで溜まっていた事。
よって、不満を持つ者たちの暴走を抑えつつ、会社側と強い交渉を行う為に武力を欲した事を、苦悩をにじませつつ語った。
「サヴァラン君、コロニー出身の役員の人にも止められましたよ。ろくな事に成らないとね。それでもこのまま暴動になるよりは、まだ交渉で終わる可能性があるほうに賭けるしかないんです。私たちの子供の世代への希望の為にも」
「…なるほど、お気持ちはわかりましたぜ。ちなみにその不満が溜まっているのは組合全体になんですかね?」
「いえ、その辺はコロニーごとに温度差がありますね」
「では、その暴走しそうな所というのは、そちらのマカロンさんが担当していたりしませんか?」
「…そういえば、ドルト5はマカロンさんの受け持ち区域でしたね」
「え、ええ。あそこは採掘衛星向け労働者が多くてですね。荒っぽい人たちが多くて、押さえるのに難儀してますよ!ア、アハハ」
マルバの指摘に動揺を見せるマカロンに、マルバは笑みを浮かべて応じる。
「そうそう、さっきの密告者の話ですがね。件のN氏からの指示を受けてましてな『ドルト2へ、クーデリア・藍那・バーンスタインを誘導し、ギャラルホルンへ始末させろ』とね」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、当人は始末しましたが個人端末に情報が残ってましてね。それともう一つ、『その後マカロン・フラグレッドに接触し。今後は彼の指示に従え』とね」
「な、なんのことですか!?そんな馬鹿な話!」
「オウ、座ってなよマカロンさんよ」
思わず立ち上がりそうになるマカロンを、いつの間にか背後にたっていた昭弘が肩を抑え、強引に座り直させる。
ここまでのマルバの話は、ほとんどが事実であるが、二つほどの嘘が含まれていた。
実際の襲撃はブルワーズらのものだけで、それ以外は改心したフミタンを通じてノブリスへ流した誤情報であり、ほぼ予定通りにドルトコロニー域へ到着していたのがひとつ。
密告者にあたるフミタンは当然始末されずに、タービンズを通してテイワズに別の人物としての立場を用意してもらっている事がもうひとつである。
「密告者の証言に、クーデリアの代理人を自称する人物との接触、加えて暴走を起こしやすい区域の担当とこれだけ揃えば充分だぜ」
「な、なにが充分だと?」
「俺ら鉄華団の障害物だという証拠だ。ここからはお前さんは尋問の時間だぜ」
「ふ、ふざけるな火星人どもが!不当な対応には断固とした!ぐぎい!」
騒ごうとするマカロンの腕を昭弘が取り、ためらわずにへし折り黙らせると、ナボナたちも立ち上がるのを止めて、席に座りなおす。
マルバたちの話が本当ならば、マカロンの行動は組合への裏切り行為になる可能性も高く、実のところを知りたいのはナボナたちも同じであり、元々過激な言動で組合の調和を乱していたマカロンへの擁護は無用、そう判断してマカロンの切捨てを心中に決定した。
「ああ、安心しな。うちの医者は親切だからそれくらいの怪我は治してくれるからよ。おい連れて行け昭弘、ノルバ。抵抗するならもう一、二本は折っても構わんぞ」
「うす」「りょーかい」
昭弘とシノは短く返すと、うめいているマカロンを両脇から抱えて、退出する。
それと入れ違いに鉄華団のジャケットを纏った、長身の精悍な男と恰幅の良い男が室内へと入り、マルバの隣へと着席した。
「き、君はビスケット君かい!?お母さんそっくりになったね!」
「お久しぶりです、ナボナさん。父と母が生前にお世話になりました。それより、今から今後の事についてうちの団長を交えて相談しましょうか」
「ああ、そうだね。それと隣のかたが団長さんですか」
「初めまして、鉄華団団長のオルガ・イツカです。ドルト労働組合代表のナボナさんでしたか。うちのビスケットが昔世話になったそうで、感謝します」
「どうぞよろしく、どうやら状況は私の思った以上に悪いようだね」
面識のあったビスケットの成長した姿に、驚きと喜びの声を上げたナボナであったが、オルガの声に意識を現状に呼び戻し応じる声を上げる。
「私たちの苦渋の決断が、そもそもお膳立てされたもので、クーデリアさんを始末する為に利用されていたとはね。まったく情けない話です」
「身内に裏切り者がいたんですから、貴方達全体が悪いとは俺は思ってません。それよりこれからどうするつもりですか?」
「そうですね、武器のあてはもう無いですが予定通りにデモをして、何とか話し合いの場を会社側に用意してもらえるよう、働きかけますよ。そのための組合代表ですから」
自身でも、実現するとは思ってはいないであろうに柔和な笑みでそう伝えるナボナに、オルガは組織の上に立つものとして、責任を果たす覚悟を感じていた。
見習うべき大人は、ここにもいたのだとも。
「ビスケットの恩人である人を見捨てるのも目覚めが悪いし、クーデリアを始末しようとする連中の企みを放置するのも俺はしたくない。ナボナさん、俺たちと組んで一仕事しませんか?」
「良いのかい、オルガ?」
「このままマカロンの野郎を締め上げただけで終わり、というのももったいないだろビスケット。逆に奴を利用して俺らの損害への賠償をしてもらわねえとな。でしょう、顧問」
「おう、オルガの言うとおりだが、ここにいるナボナさんらが仕事してくれるかどうかだぜ?」
「わかってます、でどうでしょうかナボナさん?」
片目をつぶり、自分に笑顔で問いかけてくるオルガの魅力的な誘いに、ナボナは抗えないだろう自分を強く感じるのであった。
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根っこから、ひっくり返すぜ
「お久しぶりです、サヴァラン兄さん。昔よりやつれてる気がするけど大丈夫?」
「そういうお前は立派になったな、ビスケット」
ドルトコロニーを運営するドルトカンパニー、その役員の一人であるサヴァラン・カヌーレが、弟であるビスケット・グリフォンとドルト3のとある喫茶店のテーブル席で10年ぶりに近い対面を果たした。
連絡はビスケットの方からで、仕事で地球へ向かう途中であり、ドルトに立ち寄る時間が出来たので、サヴァランと会いたいとのことであった。
久しぶりの朗報ともいえるニュースに、サヴァランは喜んでその日の午後の予定をあけ、成長したビスケットと会う約束をする。
「しかし、ビスケットのスーツ姿を見る日が来るとは、思ってなかったぞ。ほんとに母さんそっくりに成ったよ」
「ああ。今の会社の人がドルト3に行くならそれなりの格好でいけ、といわれて…そんなに似てるの?」
「そうだ。母さんは包容力のある人だったぞ」
暗にビスケットの体型が、育ちに関わらず豊満である、との意図はサヴァランにはない。
ただ、歳星で買った一張羅のスーツを着て、髪型を整えたビスケットの成長した姿を喜んでいるだけである。
「しかし火星から、地球までの仕事なんて大したものだよ。よほど大きな仕事が出来るところに入れたんだな」
「まあ、できたばかりの会社だけど、そこには信頼できる人たちと支えたい人たちがいる、良い会社だと思うよ」
「それは大事な事だ。…ただ大きいだけの俺のところとは違うな、お前がうらやましいよ」
「でも、そんな兄さんの頑張る背中を見てきたから、僕はそれに追いつこうとして、ここまで頑張れたんだよ。ありがとう兄さん」
表情を暗くするサヴァランに、ビスケットは今まで言えなかった感謝の言葉を伝える。
ビスケットの言葉に、思わず熱くなる目頭を押さえつつ、サヴァランは静かに微笑む。
「そうか、それなら俺のしてきた事もまったくの無駄でもなかったな」
「そうだよ、そんな兄さんの力を貸して欲しいんだ」
「どういうことだビスケット?」
そう訝しがるサヴァランの隣に、サングラスを掛けたスーツの男が腰掛ける。
ここは四人掛けのテーブル席である為、スペース的には問題ないが、折角の兄弟対面を邪魔された気がして不機嫌な表情になるサヴァランであったが、その表情は同じくビスケットの隣に座ってきた人物を見て、驚愕の表情になる。
「ナ、ナボナさん?どうしてここに!」
「どうも、久しぶりだね、サヴァラン君。またやつれたみたいだけど大丈夫かい?」
そこに丈に合わない背広を着てサングラスを掛けた、ナボナ・ミンゴがいたからであった。
サヴァランの知るナボナは、今頃組合を押さえる手立てをドルト2で模索しているはずであり、ここにいるはずがないからだ。
「サヴァラン君、すまないが緊急で内密な話なんだ。これから話すことを驚かないで聞いて欲しい。もし、驚いても出来れば大きな声を出さないでくれるかな?」
ナボナの浮かべるいつもの困ったような笑みに、サヴァランはここが喫茶店の一席であった事を思い出し、黙って頷く。
幸いにも先ほどのサヴァランの驚きの声は、この席が店の端であるために周囲の注意を惹かなかったようであった。
「まずは、私から今の組合の状況を手短に説明しましょう。副代表のマカロン・フラグレッドは裏切り者でした」
その台詞から始まったナボナの説明は、驚くべき内容であった。
マカロンは労働者組合とは別に自身の派閥をドルト5に形成しており、その派閥は今回のナボナたちの『荷物』受け取りの後の行動が失敗に終わることを、N氏なる人物の使いから知らされている事。
その際にナボナや火星から来たクーデリアらはギャラルホルンに始末される事になっていたという事。
その後に、マカロン率いる派閥が他の労働者を扇動することで、ドルト3を占拠し、ドルト3の人々を人質にドルトカンパニーの実際の所有者であるアフリカンユニオンに、自分たちをドルトカンパニーの支配者と認めさせることが計画されていた事を告げたのだ。
「つまり、私とクーデリアさんを生贄にして、ドルトカンパニーを武力で乗っ取ろうとしているんですよ。そいつらは」
「馬鹿な、そんな事をアフリカンユニオンとギャラルホルンが許すわけが無いでしょう」
「まあ、その通りでしょうなあ」
ナボナの説明に、思わずもらしたサヴァランのつぶやきに対し、サヴァランの隣に座る男が同意の言葉を発する。
「武力による違法行為、これを許しちまうとギャラルホルンが存在する意味がねえ。恐らく最大の力でこれをねじ伏せるでしょうなあ」
「あ、あなたは一体?」
「どうも、申し遅れやしたな。鉄華団顧問のカリー・ジャワナンといいます、どうぞよろしく」
「鉄華団!あのクーデリア配下の、武装犯罪者組織と聞いているが」
「ああ、ギャラルホルン経由で聴いてるなら、そうなるでしょうなあ」
サングラスを外し、サヴァランに笑いかけるカリーことマルバ・アーケイの顔は確かに悪い笑みであったが、どこと無く人目を惹きつけるものがあった。
そしてマルバは、簡単に今までの経緯をサヴァランに説明する。
「とまあ、クーデリアさんとうちらはパートナーみたいなもんでしてね。一蓮托生というやつですわ」
「…対話による問題解決か、成る程何事も武力で解決を第一とするギャラルホルンとは合わない。むしろ俺から見たら、あなた方のほうが合理的なように思えるくらいです」
「そりゃあ、うちらも商売でクーデリアさんと組ませてもらってる面もあるんで、商売人ならそうでしょうな」
実際、秩序の崩壊していた厄祭戦前後の状況ならば、ギャラルホルンの手法は迅速な問題解決手段であったが、ここ百年ほどに限っていえば、問題は解決するがそれによって生じる周辺への損害を考えると、ギャラルホルンが出てこないほうがましだったという事例はいくつも出てきている。
無論、その事実はギャラルホルンにより情報規制されているのであるが、人伝によりじわりじわりと、静かに広まっているのが現実である。
「さて、こちらの提示できる情報はこんなものですが、どうしますかサヴァランさん?」
「どうする、というと?」
「今までの情報を踏まえて、あんたはどう動くかと聞いていんだよ、サヴァラン・カヌーレ。頭の良いあんたなら、このナボナさんたちがどうなるかはよくわかんだろ」
サヴァランにはわかってた。
このままでは、どうあってもナボナたちは助からない事をわかっていた。
武力を背景にした行為をギャラルホルンが見逃すはずも無く、どのような手段を用いてでもこれを殲滅するであろうことも、その後に起きる暴動すらギャラルホルンに殲滅されるであろう事も。
そして、その後に残されるドルトカンパニーの被害が甚大なものであり、最悪組織自体が解散されることも考えられた。
地球出身の者たちはただ地球へと帰れば良いだけであるが、コロニー出身の者たちはどう扱われるだろうか。
放棄されたコロニーにそのまま残されるか、ついでとばかりにヒューマンデブリとして財政の足しにでも売り飛ばされるか、あるいは暴動の加担者として抹殺されるのか、どの道悲惨な末路しか思いつかない。
ならば、どうするか?
一瞬の自問の末にサヴァランは口を開く。
「俺は、ドルト2で生まれたサヴァラン・グリフォンとして、最後までナボナさんたちと共にありたいです」
「…サヴァラン君、ありがとう。その言葉だけでも私は嬉しいよ」
「ありがとう兄さん。兄さんならそういってくれると思っていたよ」
「腹は括れたようだな、サヴァランさん。ならここからは俺たちも協力させてもらうぜ」
涙ぐむナボナと純粋な笑みを浮かべるビスケットの二人。
残るマルバはサヴァランの肩に手を回し、もう片方の手でサヴァランの胸をポンと軽く叩く。
それだけの行為であるが、サヴァランは自身の緊張がほぐれるのを感じた。
「じゃあ、どこか場所を変えて話そうか。これからの俺たちの『ドルトカンパニー乗っ取り作戦』についてな。あんたが作戦の肝だからよ、よろしく頼むぜ」
そのほぐれた緊張は、マルバの発言ですぐに台無しにされ、サヴァランの胃腸薬に頼る日々は、まだ終わりそうに無かった。
誤字脱字のご指摘、感想評価等あればお願いします。
マカロン説得の簡略図
N氏の代理人「つまり、マカロンさん、貴方がドルトの王になるんです」
マカロン 「俺が、ドルトの王!?」
駄目そうですね。
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乗りかかったその船は何製だ?
タービンズ旗艦のハンマーヘッド、その応接室でのオルガと名瀬の商談が、大詰めに入っていた。
「じゃあ、今回のブルワーズ処分で得れる資産のお前らの取り分、二割五分がうちらへの報酬ということで良いんだな?」
「ええ、余分な仕事を増やしてすんません、兄貴」
「なに、この計画がうまくいけばテイワズには良い儲け話になる。あのケツアゴに一枚かませねえといけないのが、気に障るがな」
「とはいえ、俺らじゃ話にもならねえすから、よろしく頼んます」
「おう、弟分の頼みなら出来る限りはしてやるざ。それより、ドルト5の奴らは間違いなく動くとしてだ。残りの地球寄りの役員のほうは大丈夫なのか?」
今回マルバ主導で仕掛ける計略、テイワズの一員としてそれに加担する以上は、名瀬はその辺りの不安材料を確認しておかなければいけない。
「そっちはクーデリアがノブリスと交渉して、動かすって約束をもらったんで大丈夫すよ」
「裏切れば今回の件の暴露、ということか。あのおっさんの策らしいぜ」
組織間のスパイ行為自体は、恐らくどこでもやっていること。
だが、ノブリスのように、対象組織内に長期間潜伏させるというやり方は、コスト面からあまり採用されにくい点を除けば実に効果的で探知されにくい方法だ。
その手法が今回の件で広く世間に暴露されれば、当然各組織は内部査察を強化し潜伏したスパイを炙り出そうとするだろう。
結果ノブリスの情報網にいささか以上の不利益をもたらすということになる。
それらを踏まえたうえでの交渉、という名の恫喝行為であった。
オルガから、クーデリア付きのメイドがノブリスの手のものであった、という情報は受け取っている名瀬は苦笑しながら操作していたタブレットを、後ろに控えているアミダに手渡す。
「で、ここからドルト5までの最短かつ発見されにくいルートもこちらへ依頼?人を頼るのが上手い事だね」
「まあ、確かに俺ら以上に信用できる相手がいないってことだろうがよ。頼られて悪い気はしねえさ」
そういって笑う名瀬の性格すら、マルバは折込済みでこちらに話を持ってきたのだろうと、アミダは心中で察している。
「末永いお付き合いになりそうだねえ」
そうでなければ、タービンズがどんな目にあうかと想像しつつ、アミダは名瀬に笑いかけるのであった。
数日後、未明のドルト5。
労働者の大半が今だ寝床で惰眠をむさぼるこの時に、物々しい装備を整え動く一団がある。
彼らはドルト人民軍。
マカロン・フラグレッドが集めた、元ならず者集団の自称である。
それがいまや、訓練されたならず者集団としてドルトカンパニーに牙を突き立てようと動いていた。
『俺は今何者かに追われている。撒くことは難しく、これが最後の通信となる可能性が高い。よって今から言う時間に俺が戻らなければ、俺の意思を継ぎ、お前らの手で計画を実行せよ。我らドルト人民軍に栄光あれ』
深夜、ドルト人民軍のアジトにもたらされたマカロンからの通信メッセージ。
これを受け、アジトに集結した彼らは、所定の時間になっても現れなかったマカロンの遺志を受け、動き出したのだ。
「同志マカロンの遺志は我らが実現させる!行くぞおまえら!」
実行部隊の隊長として選抜されていた、シルニキ・ソイバーの指揮の元で、彼らは計画通りにドルト5の宇宙作業用MS格納庫を襲撃し、そこにいた警務局人員を殺害し、MSスピナ・ロディと連絡用ランチ、警務局用クルーザーを奪取する。
交代直前の時間を襲われたこともあり、改造したネイルガンやバーナーを利用した火炎放射器で武装したドルト人民軍により、その場にいたギャラルホルンのものは誰も生き残る事も、外部への連絡もとれなかった。
これはドルト人民軍の予想外の練度もあるが、事前にギャラルホルン内で実行寸前である『計画』のために、ドルトカンパニーに出向した人員のほとんどがドルト3に集結させられていたことが大いに影響していた。
「よし、各自MSのチェックを急げ、手の空いたものは武器を積んだ車両を運び込め!」
MSこそ自前ではなかったが、使用する武器に関しては、MS用として改造ネイルガンと鋼材を利用したスパイクロッドを用意した。
これらは船外作業に偽装した軍事訓練時に使用していたものであり、使い慣れない武器よりも使い慣れた武器を、と彼らが望んだのはこれからの命がけの行為を考えれば、ある意味で当然の心理といえよう。
それを用意できるマカロンの後ろ盾をシルニキらは知らないし、知ろうともしなかった。
ただマカロンの用意した計画を実行する、それだけで彼らは今までここまで大きくなってきたためであり、マカロンの秘密主義的性格も大きく影響している。
そうであるから、今度もマカロンの計画であれば、本人がおらずとも上手くいくだろうと信じていた。
この盲信のツケは、すぐそこまで来ているということを、彼らは気がつけなかった。
『な、なんなんだこいつら!』
『今日来るなんて聞いてないぞ!畜生!』
不幸にも、ドルト3付近で定時パトロールに当たっていたグレイズ三機が、彼らドルト人民軍と対峙していた。
既にその内の一機は、ドルト人民軍のスピナ・ロディからのネイルガン一斉射により、全身を釘に貫かれて沈黙させられている。
残る二機は、不規則な加減速により、射線をずらし生き延びつつも、襲撃の知らせをドルトに駐留する本隊へと送ることには成功していた。
『本隊は何だって?』
『今迎撃部隊を編成しているそうだ!後600秒で第一陣がくるそうだ』
『ふざけるな!それまで俺らが生きてられるか!』
そう叫んだグレイズの前後から、二機のスパイクロッドを構えたスピナ・ロディが肉薄する。
咄嗟に避けたグレイズであるが、避けた位置に待ち構えていたスピナ・ロディの射撃を受ける。
『クソッ、こいつら連携が上手いぞ!』
悪態をつきつつも、二機のグレイズは応戦に務める。
ドルト人民軍は個々の技量は、さほどでもないが、三機ごとの連携はそれなり以上であり、現状六対一にあるギャラルホルン側は徐々に不利に陥っていた。
そして、二機のグレイズが行動不能になろうかというときに、それはやってきた。
『新たなエイハブウェーブ反応?』
そうつぶやいたスピナ・ロディの機体に、鉄塊がめり込む。
連携を取っていた残る二機のスピナ・ロディの足が止まったところを、一つがハルバードに、一つがチョッパーによりそのコクピットを破壊された。
『シルニキ隊長!見ないMSが三機現われました!』
『敵なら潰せ、それだけだ』
クルーザーから短く指示を出すシルニキに応じ、残る九機のスピナ・ロディは、新たに現われたMS三機を三対一の形で包囲する。
『何か、昭弘のと似た奴ばっかりだな』
『まあ、同じ部品使ってるからな』
『こいつら、全部やっちまえば良いんだよな?』
この場にやってきた、三日月、昭弘、シノの三名は、各自の機体を動かしつつ会話を交わす。
『そうだ、あそこのハリネズミになってるのに知らせないと』
『おう、そうだったな。んじゃ、たのむぜ昭弘!』
『何で、俺なんだ?』
『昭弘はこういうの慣れてる。ガチムチナイトとかで』
『そうだぜ、頼むぜガチムチナイト!』
『…わかった。わかったが、それは勘弁してくれ』
いささか緊張感の無い会話を交わしながらも、彼らの機体、バルバトス、方天画、流星号に攻撃は命中しない。
後ろに目がついているかのように、ドルト人民軍の連携をかいくぐっていた。
『き、君達はいったい?』
『俺達の名は、鉄華団。ドルトコロニーのサヴァラン・カヌーレさんの依頼により、ドルト3の防衛に来た。共にドルトの平和のために戦おう!』
『お、おお、ありがとう!』
『心強い!我らの正義に天が力を貸してくれたぞ!』
若干芝居がかった、しかし力強い昭弘の言葉に、グレイズの乗り手たちは安心の声を上げる。
『やっぱり、昭弘で正解』
『おう、まったくだぜ!』
『…勘弁してくれ…』
そうして暫くの後に、その場に残ったのは、大破した二機のグレイズを守りつつ、十二機のスピナ・ロディを全滅させた、鉄華団の三機のMSの姿であった。
「あれだけの時間で、俺たちのスピナ・ロディ十二機が全滅…だと!?」
呆然とつぶやくシルニキと残りのドルト人民軍の乗るクルーザーの周囲は今、鉄華団と増援に来たドルト駐留部隊らによって完全に包囲されていたのであった。
誤字脱字のご指摘、感想評価等あればお願いします。
十二機だったのが敗因かもしれない。さらばドルト人民軍。
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花の欠片は渡してやるぜ
補足 コロニー群について…各経済圏の公営、または国有の組織。
地球の環境破壊防止のために、重工業等の二次産業を宇宙空間へ隔離する為に設立された。
その為、作業の危険度、人体への汚染、重労働の仕事がコロニー生活者に重くのしかかり、搾取しか考えない各経済圏への潜在的不満は相当に高まっている。
ドルト3宙域での戦闘行為が終結に近づきつつある頃、ドルト3にあるドルト本社ビル、その会議室の一つで沈痛な顔をした大人たちがいる。
彼らは全部で九人いるドルトカンパニーの役員たちであり、今回のドルト人民軍の起こした行動に対しての対応策を練るために、早朝にも拘らずこの会議室に集まっているのだ。
「しかし、我々が集まる意味があるのかね?戦闘なぞギャラルホルンに任せておけばよかったのではないか?」
「そうですね、とうさ…社長。僕達は会社経営をアフリカンユニオンに任せられた、いわば選ばれた存在。その過酷な任務の為に、充分な休息の時間は確保しておくべきでしょ」
そう発言するのは、代々ドルトカンパニーの社長と副社長を務める一族のものであり、初代はギャラルホルンの退役将校であった彼らの発言に、残りの七人の役員達は、返事はせずに顔をしかめる。
先の二人が、実情はアフリカンユニオンの要求をドルトカンパニーに押し付けるだけの存在であり、残りの七人の役員らが苦労してその要求を実現している間、この二人が何をしているかを知っているからだ。
「ギャラルホルンの太鼓もち共が、偉そうに」
ぼそりと七人のうちの誰かがつぶやくも、先の二人は慣れない早朝出勤に集中力がないのか気がつかず、残りの者たちはその発言を取り上げなかった。
言葉にはせずとも、駐在する統制局や警務局のギャラルホルンたちに接待すること以外していない社長と副社長に対して、思うことは同じだ。
昨日とて、『大きな作戦』前の慰撫としてドルト3の高級店でギャラルホルン駐留部隊の幹部らと、会社経費で散々飲み食いしているである。
その結果が、今会議室のスクリーンに映し出される光景であるとなれば、残る七人の示した態度はまだ穏当であろう。
『今、鎮圧されつつあるテロリスト、ドルト人民軍を自称する者たちが駆けつけたギャラルホルン駐留部隊に包囲されてております。もはや解決までは時間の問題のようですが、今だ予断を許しません』
ドルトコロニーネットワーク(以下DCN)の女性キャスターが画面の向こうから告げてくる活舌の良い声が、ボリュームを押さえつつも室内に良く響き渡る。
今回の事件の最大の問題は、この事件が『偶々』ギャラルホルン駐留部隊への、DCNによる密着取材中に起きた事であろう。
会議室で映されてる映像は、襲撃直後から事件現場に居合わせたDCNクルー達の手により、緊急生放送としてドルトコロニー全域に生中継されている。
つまり、ドルト3を襲撃してきたドルト人民軍により、ギャラルホルンのグレイズが討たれる場面や追い詰められる場面、鉄華団のMSが助けに入る場面なども、ドルトコロニー中に放送されたのだ。
「ともかく、ギャラルホルンの皆さんの手を煩わさないように、じっとしているべきですね」
「社長の言うとおりだ、特にサヴァラン君!君はスタンドプレーが多すぎる!僕らに逆らうと解任するぞ!」
こと今に至って、このような言動しかできない社長と副社長に、サヴァランは意を決して、強い声で発言した。
「対策の前に、緊急動議を提案いたします!現社長グラッセ・ドルト及び現副社長ボンボン・ドルトの解任を要求します!賛成の方はご起立を願います!」
「馬鹿な、正気かね君…えっ」
サヴァランの発言を鼻で笑おうとしたグラッセとボンボンは唖然とする。
社長と副社長を除く役員全員が、起立していたからであった。
「過半数の賛成により、提案は受理されました。次に、新しい社長職の選任を行います」
次に発言をしたのは、ドルト6で圏外圏との取引担当であった役員。
「新社長には、サヴァラン・カヌーレ氏を推薦します。賛成の方はご起立を願います」
彼の発言に、一度着席していた役員達は再び起立する。
「全会一致で、新社長はサヴァラン・カヌーレ氏と決定します。では新社長お願いします」
「ふ、ふ、ふざけるな!」
それまで口をパクパクとさせていたボンボンが顔を赤くして激昂し叫ぶ。
「き、貴様ら俺たちに逆らうつもりだな!警備員!早く来い!会社への反逆者どもを捕まえろ!」
その叫びが聞こえたのか、会議室の扉が開き、警備員達がなだれ込んで来る。
が、その先頭に立っているのは、ギャラルホルン警務局の者たちであり、彼らがあごで警備員達を動かし、グラッセとボンボンを拘束した。
「こ、これは一体!?」
「グラッセ・ドルト、ボンボン・ドルト。貴様らを機密漏えい、殺人教唆及び収賄罪で逮捕する!抵抗するな」
「し、知らないぞ、何のことだ!」
「こ、これは罠だ!おい貴様ら俺を誰だと」
「抵抗だ、鎮圧しろ!」
警務局の人間の声に、警備員達は腰の変形警棒を抜き、グラッセとボンボンを囲んで一斉に打ち据える。
その動きに一切の加減は無く、一部はうっすらと笑みすら浮かんでいたのは気のせいではないだろう。
警務局の職員から二人の罪状を聞き、逮捕に協力を申し出た者を多数から選び出すことになる程に、彼らには人望が無かった。
やがてわずかに痙攣するだけで、動かなくなったグラッセとドルトを、引きずるようにして警備員達が運び出す。
「ドルトカンパニーの皆様、お騒がせしました」
「いえ、警務局の皆様もお勤めご苦労様です。今後ともよろしくお願いします」
「ハッ、我らは常に秩序のために粉骨砕身しております」
声を掛けてきたギャラルホルン警務局の職員に、サヴァランが代表して応答する。
そして、彼らが退出した後に、サヴァランはグラッセの座っていた席へと着席し、言葉を発する。
「では、今後は労働者と圏外圏との融和を第一として、新たな役員として、ナボナ・ミンゴ氏とジャスレイ・ドノミコルス氏を迎え…」
その顔には決意と覚悟に満ちた、戦士の顔であった。
グラッセとボンボンを乗せ、ドルト本社ビルから遠ざかるギャラルホルンの車両を物陰から見つめる者たちがいる。
「顧問、上手くいったようですね」
「そうだなビスケット、これもこいつらのお陰だぜ。よくやってくれたよ、スリン」
「なあに、死体をひとつ、人気のないちょいと監視のきつい家にほおりこんで来るだけだ。大して手間じゃねえ」
「まったくでさ、ドンパチ無しなら楽なもんすわ」
背広を着たビスケットとマルバの言葉にそう返したのは、労働者用の服を着て帽子を目深にかぶったスリン・スリングとその仲間達だ。
「後は、ビスケットの兄貴が対策を軌道に乗せるまで、労働組合が大人しくしてれば何とかなるな」
「でも顧問、あのマカロンを始末したことになった人は、裏切りませんか?」
「ああ、あいつはノブリスの部下らしいが、大丈夫だろ。何かノブリスにすごい忠誠誓ってるらしくてよ、今度のこともノブリス直々の命令だって喜んでたくらいだぜ」
「へ、へえ。人はそれぞれなんですね」
「まあな、世の中には能力が在っても、したいことのない奴はいるもんだ。そういうのを取り込むのが上手いのかもな。それよりも、ビスケット、お前は大丈夫か?」
「…今回の件ですか?確かにこういう謀(はかりごと)は好きにはなれないです。でも、こうすれば皆が、オルガが楽になれるのなら、僕は後悔もためらいもないですよ。それに、兄さんとナボナさんのドルトでの立場も、結果的にいい方向に進められたと思いますから。でも心配はありがとうございます」
「何、ビスケットの兄貴がここの実権握ってくれたほうが都合がいいから、テイワズとノブリスへ『提案』したまでだ。これからどうなるかは悪いがお前の兄貴次第ってとこだぜ」
「それでも、ありがとうございます。今回のことがなければ、兄さんがどうなっていたか判らないですから」
マルバの言葉に、ビスケットは帽子を胸に頭を下げる。
「それとな、これからもこういうことはあるだろうが、オルガを頼むぜビスケット」
「はい、皆を引っ張るオルガを、僕らが支えますよ」
マルバとビスケットの会話を、スリンたちは笑みを浮かべて聞いていた。
「で、顧問。これからどうするんで?」
「おう、そうだな。次はオルガに連絡とって、次の計画に入るぜ。こいつをしとかねえと地球へ入りづれえからよ」
「了解でさあ。よし、行くぞおめえら」
スリンの掛け声に、元スリングショット傭兵団の面々は頷き、彼らは路地裏へと消えていく。
それから暫くして、最後まで抵抗していたドルト人民軍が、ギャラルホルン駐留部隊の集中砲火により、奪取したクルーザーごと宇宙の藻屑となったことで、今回の騒動はひとまずの落着を見るのであった。
誤字脱字のご指摘、ご意見感想等ありましたらよろしくお願いします。
多少は派手になったドルト編だったな。
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秘密は多少は漏れるもの
『ご覧ください!火星から地球へ向かう途中の、クーデリア・藍那・バーンスタイン女史と、先日労働階級から初めて役員となったナボナ・ミンゴ氏がにこやかに握手を交わしております!ともに対話での待遇改善をよしとする二名の時の人の会見です!』
画面の向こうで、着慣れないスーツを着てぎこちなく笑う中年男性と、真新しい洋装に身を包んだ金髪碧眼、手袋をつけた美少女が握手をする場面を背景に、DCNの女子ナレーターが興奮気味に叫んでいる。
それをなんともいえない表情で見つめる、クーデリアとサヴァラン、手持ちのタブレットを操作するビスケット、ソファに座り葉巻をくゆらせるマルバの四人が今、ドルト本社の社長室にいる人員である。
「そうそう、今回の『荷物』ありがとうございました」
「いえ、今のドルトには必要なものでしょう。今その代金の代わりを頂いていますから」
画面に映る、イサリビから降ろしたテイワズ印のあるコンテナには、治療ベッドを中心とした医薬品と、火星産の食材、それにいくらかの建材を積んである。
本来積んであった武器類を降ろし、音羽によって過剰気味に備蓄された医薬品と、ブルワーズ接収によりいくらか余裕が出来た品目を、その代わりに搭載させたのである。
「今までのドルトでは、そういうものは富裕層優先でして、数が増えるのは助かります」
「これからのドルトは今までとは違う、そういうことが良くわかる絵ですね」
ドルト2での生中継を映す画面の中で、クーデリアとサヴァランが見守る中、ナボナと握手をしている美少女は当然クーデリアではなく、彼女の影武者である。
見るものによっては、自分よりもお嬢様らしいしぐさを取る自身の影武者に、クーデリアの内心は複雑だ。
そもそもこの影武者は、女性ですらないのだから。
「やっぱり、ヤマギが一番しっくり来るなあ、そうだろビスケット?」
「まあ、タービンズから人を借りて影武者にするわけにはいかないから、仕方ないですね」
「名目上は、みいんな名瀬さんの奥さんたちだからな。まあ、お陰で仕草とか化粧は勉強できたがよ」
クーデリアとの一蓮托生を決めた、マルバとオルガはその時点からクーデリアの影武者を作る事を考えていたが、男所帯の鉄華団は女性比率が圧倒的に少なく、その少ない女性陣でもクーデリアの代役を務められそうな人材は、主に外見の面でいなかった。
そこで、クーデリアの外見を知られていない今回に限り、火星から来た十代のお嬢様、という印象を受ける人物を鉄華団内で選考した結果、選ばれたのがヤマギ・ギルマトンであり、それがか現在の状況を作ったのだ。
「アトラじゃ色々足りねえし、メリビットさんが10代とか無理すぎだろ、火星の店でもチェンジするぜ!」
選考の際に、不用意にでかい声でそう漏らしたシノが、女性特有のネットワークでその発言を知られ、タービンズの女性陣含む、女性全員からシカトを続けられてへこんでいたのは苦い思い出だ。
「こういうのは苦肉の策っていうんでしょうかね、兄さん」
「俺に振るな、ビスケット。それより情報はまとまったのか?」
サヴァランとしては、メイクとウイッグにより目の前のクーデリアと甲乙つけがたい美少女と化した、画面内のヤマギについてのコメントに悩むよりも、先に片付けるべき案件があることをビスケットに告げる。
現在彼らがいる社長室は、ドルトコロニー群の中でも高いセキュリティを誇る場所、そこを利用して鉄華団とクーデリアは地球との連絡と、事前情報の収集を行っている。
この場所を使う許可を得ることが、今回のコンテナの中身への報酬という事で話はつけてある、
サヴァランにしても恩義があり、弟のビスケットがいるマルバら鉄華団の今回の申し出を、喜んで引き受け、現在に至っている。
「アーブラウの情報は、手持ちの中ではまとめられたよ。蒔苗・東護ノ介(まかない とうごのすけ)という人が代表を務めていたけど、現在は私有地で病気療養中らしいね」
「そいつが、さっきクーデリアさんに連絡していた奴の親玉か?」
「ええ、病気療養中とは言わなかったけど、合流地点として指示してきたのがオセアニア連邦内にあるミレニアム島です。そこは蒔苗氏の私有地ですから、つじつまは合いますね」
「成る程、クーデリアさんと会うのに問題はねえが、アーブラウの中では会いたくねえ、もしくは会えない事情があるかだな」
テイワズの情報部門から得られる情報は、地球圏以外では精緻を極めるが、地球圏においては現在の鉄華団の様に表層の情報どまりのものが多く、そこからはマルバたちが推測していくしかない。
無論、ギャラルホルンの情報統制をかいくぐり、それらを集められるだけでも、恐るべき情報網であるのも事実だ。
「それで、現在のアーブラウの運営は副代表の人が代行しているけど、近く代表指名選挙をして新しい代表を選考するみたいだね」
「なら、それまでには俺らは地球へ行って、その蒔苗とかいうやつに会わねえとならねえわけか」
「確かに、新しい代表の方が、蒔苗氏と同じ路線をとられるとは限りませんね。であれば、かの方の指定する場所に行くしかないでしょう」
「よし、この件はクーデリアさんの言うとおりでいいとして、もう一つの方はどうだ、ビスケット」
マルバはもう一つの問題についての情報を、ビスケットに求める。
「労働組合内でクーデリアさんの顔を知っていた人たちの件ですね。ナボナさんたちの協力もあって、こっちは大分わかってます。知っていた人は十一人。しかも、ドルト3でのデモ参加予定の人達が知っていました」
「俺も知らなかった、クーデリアさんの顔をか。それも全部、マカロンとかいう奴の仕業なのかビスケット?」
「正確には、その内の十人はマカロンから『当日デモに参加する予定だから、覚えておくように』といわれてマカロンのタブレットからクーデリアさんの画像を見せられたんだけど、残りの一人が違ってたんだ兄さん」
「というと、マカロン以外からということか」
「うん、その人は同僚二人が手持ちのタブレットを見て話してるところへ、後ろから声を掛けた時そのタブレットに、クーデリアさんの画像があったといってたんですよ。で、その人が『この美人は誰だ?』と聞いたらその人たちは『今度、火星からくるお嬢さんだよ』といったそうです」
「その二人は、ドルト人民軍ではないんだな?」
「うん。人民軍とは住んでたコロニーが違うから、その可能性は低いと思うんだけど、その話していた二人はドルト人民軍の襲撃直後から行方がわからないみたいなんだよ」
ビスケットの説明に、サヴァラン始め室内の三名は顔をしかめる。
ドルト人民軍以外で、会社役員のサヴァランも知らなかったクーデリアの情報をもっていた人物がいた、というよろしくない報せである。
「その二人についてのテイワズからの情報はねえのか?」
「一応、名前と顔の特徴は報せたんですけどね、三ヶ月前にドルトコロニーに来る以前の情報がないそうです」
「ああ、つまり偽装だったって可能性が高けえということかよ」
マルバの言葉に、サヴァランは頭を抱えたくなるのを抑える。
労働組合に偽装した人を送り込み、恐らくは今の状態を受け撤退させたという事は、ギャラルホルン、その中でも月外縁統制統合艦隊であるアリアンロッドの手のものであった可能性が高い事に思い至ったからだ。
彼らの起こす予定であった『暴徒鎮圧』作戦について概要だけは知らされ、口外を禁止されていたサヴァランは、機密に抵触しない程度の情報を口にした。
「成る程ねえ、まあその作戦の詳細とやらは聞かねえほうがいいんでしょうな」
「そうしてくれますか、実際に起きていたらと思うと、未だに夜にうなされるほどのものとだけ言っておきます」
「兄さん…」
引きつった笑みを浮かべるサヴァランに、一同が同情を覚えたその時、室内の電話が鳴り響く。
すかさず電話を取ったサヴァランが、短いやり取りの後に電話を保留にして、クーデリアらへと尋ねる。
「今、鉄華団のミスト・ランドという人物から、鉄華団の方どなたかへと繋いで欲しいと、連絡が入ってますが繋ぎますか?」
「ああ、フミ…ミストは私の執事ですから間違いないです。繋いでください」
クーデリアの言葉に、サヴァランは電話をフリーハンズに切り替えた後に、繋ぐ事を了承した。
『お嬢様、マルバ様、ビスケット様。急な連絡申し訳ありません』
電話越しに、性別と年齢の判断しにくい機械音声めいた声が聞こえてくる。
「大丈夫です、どうしましたかミスト?」
『今しがた、ギャラルホルンから二つのメールが前後してイサリビに届きました。その対応について相談したいので、取り急ぎイサリビまでお戻りいただきたいと、オルガ団長からのお言葉です』
抑揚を抑えたミストの声が、新たな混乱を伝えてきた。
誤字脱字のご指摘、感想評価等ありましたらよろしくお願いします。
今作の感想以外は、感想欄に書き込まないようにお願いします。
ミスト・ランド…一体、何タン・アドモスなんだ?
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不利であろうが、行くんだよ
「お帰りなさいませ、お嬢様、マルバ様、ビスケット様」
ドルト3から、サヴァランにチャーターしてもらったランチで、急遽イサリビへ戻ったマルバたちをミスト・ランドが出迎える。
顔の上半分を覆う銀色のマスクをつけ、肩の高さで揃えられた黒髪を丁寧に下げるミストの声は、機械により変成されたものであり、年齢性別の判断はつかない。
服装も青を基調としたズボンとチョッキ、白いシャツに白手袋で覆われ、体型を推測するのは難しいものを着こなしている。
「ただいま、フミ…じゃない、ミスト」
「ここなら他所の目は気にしなくてもいいですぜ、クーデリアさん」
「いえ、普段から慣らしておかないと、どこで漏れるかわからないですから。ミストもそれでいいわね?」
「はい、全てはお嬢様のお心のままに」
「まあ、その件は今のうちに慣らしておかないとね。で、ミストさん、そのメールを見せてもらえるかな?」
ビスケットの言葉にフミタン・アドモス改めミストは頷き、ブリッジへと三人を導いた。
「おお、すまねえな大事な話のときに」
「大丈夫です。およその事は詰められましたので」
「そうか、なら早速その二つのメールを見て欲しいんだが、ダンテいけるか?」
「大丈夫です団長、時間順でいいすかね?」
「ああ、それで頼む」
今、イサリビのブリッジには、入ってきた四人以外にはオルガとダンテしかいない。
ユージンは昭弘、ハエダとタカキを連れ、新たに入手した鉄華団の強襲装甲艦、弐番艦カガリビで新メンバーの編成中であり、チャドは鉄雄とシノを連れ、クーデリアの影武者を務めるヤマギのサポートと護衛に回っており、不在だ。
ちなみに三日月はシュミレーターでの訓練漬けであり、『戦う以外ももっとしないと駄目』とアトラに注意されているところである。
『初めまして、鉄華団の諸君。私は月外縁軌道統合艦隊アリアンロッド、司令官のラスタル・エリオン。まずは諸君らの治安維持への協力活動へ感謝しよう』
ダンテによって再生された映像メールの出だしは、身なりの整った、髭のいかめしい中年のアップから始まった。
途中で映像を停止し、テイワズの情報資料からも本人で間違いないようであったので続きを確認した。
『よって、諸君らには後ほど感状と、記念品を送らせていただく。今後とも健勝であることを願う』
とそこまで告げて、メールは終わったかと思われたが、一度きれた画面に別の男性が映る。
『私はアリアンロッド副司令官、アリー・クジャン。このような形で申し訳ないが、急ぎ鉄華団の諸君に情報を送らせてもらう』
顎鬚を整えた、褐色の目つきの鋭い壮年男性が、アリアンロッドの一部のものが隊を抜け、私怨で鉄華団を狙っている、という情報を告げる。
彼らは、ドルト3での作戦行動を鉄華団に妨害されたと主張し鉄華団の拘束を訴えてきたが、それをアリーが諫め退けると逆上し、隊から逃走したとの事である。
『我々アリアンロッドとしては諸君らの活動を、なんら妨害する意図は無く、今もって彼らを捜索中である。だが、捜査の手が及ばずそちらに現われたならば、いかな処分をとろうとも、アリアンロッドは一切の関与はしない事を明言しておく。では良い旅を』
その言葉とともに、一つ目のメールは終了した。
「後はデータとして、今回の逃走者たちの情報リストが付随してます」
「ふん、なるほど。まあ次のメールも見てみようじゃねえか」
「では次のメール、再生します」
マルバの言葉を受け、ダンテが次のメールを画面に映し出す。
そこに映ったのは、以前もメールで見たグルーガ・ダルトン三佐の姿であった。
『再び知らせを送らせてもらう。ギャラルホルン統制局のグルーガ・ダルトン三佐だ。前回でステンジャ家の仇討ちが終わったので、次は我がダルトン家の番となる。ただ、私は見届け人としての任を受けている為に、弟のツヴァイ・ダルトン三尉に仇討ちを任せることになる。なお、助太刀としてギャラルホルン内部の有志が付くものとする。そちらの助太刀も随意にされるように』
そこまでを、平坦な口調で告げると一度言葉を切り、再び言葉を続ける。
『もし、弟ツヴァイ・ダルトンを返り討てば、今回の仇討ちは仕舞いとなる事を告げておく。私自身もツヴァイの生死に関わらず、諸君らには手出しはしない事をここに宣言する。以下に今回の日時と場所を同封する』
その続けられた言葉にも、感状の起伏を見せないままに、グルーガからのメールはそこで終了した。
「後は、先程のように付随したデータですね」
「で、この二つはほぼ同時に来たのか?」
「いえ、一つ目がドルト2に入った直後くらいで、もう一つが連絡入れる直前ですから一時間は開いてました」
「よっしゃ、じゃあ先のメールと合わせて、データの確認といくか」
マルバの指示で、ダンテは両方のメールのデータをこの場にいるもののタブレットと、ブリッジのモニターに送った。
「まずはアリアンロッドを抜けた人たちだけど、全部で九人か、多いような少ないような」
「後は、一人年齢の上の奴以外は、ほとんど若手ばかりなとこか、気になるのは」
一つ目のメールデータを一通り読み、ビスケットとオルガは感想を交し合う。
「それと、こいつら全員が、月面やコロニー出身というとこだな」
「それがどうしたんすか、顧問」
「サヴァランさんとのお話にあったのですが、地球に住む場所を持つものとそうでないものの間に、格差と差別があります。無論地球に住む側を上としているのです」
「まあ、火星に住む俺らへの態度からすれば、そうなんだろうな」
「で、そんな月面やコロニーの奴らが這い上がろうとするなら、商人として大成するか、ギャラルホルンでのし上がるか位なわけだ。そんな連中が、わざわざ上に逆らって組織を抜ける、ちょっと考えられねえな。俺なら石にかじりついてでも残ろうとするぜ」
「つまり、それほど僕らを恨んでいるか、若しくは誰か、例えば組織の上の命令?」
「そういうこったビスケット、後加えるならそうまでしても上の人の役に立ちたい、そう思っているかだな。どの道俺らには厄介なこったが」
最悪なのは、上に上げた三つの全てを満たした奴らだがな、とマルバは心中でつぶやくも、口には出さない。
そういう予想ができる程度には、オルガとビスケット、そしてクーデリアも頭の回転はあると確信しているからだ。
「じゃあ、その三つを同時に満たした連中がくると、想定して動くしかねえか」
「そうだねオルガ、最悪を考えておけば、いろいろと対策はできるからね」
「当初の予測どおり、アリアンロッドは表向き動かないようになった事を確認できただけ、よしとするべきですね」
そう会話を重ね、対策を練る三人を、マルバとミストは頼もしそうに見つめる。
ダンテは今一つわからないようであるが、空気を呼んで沈黙していた。
「そうすると、この仇討ち部隊と連携してくるかもしれないね」
「いえ、それは無いでしょうね、ビスケットさん」
「理由を聞いてもいいかな?クーデリアさん」
「仇討ち部隊が求めているのは私と顧問の命、そしてバルバトスですが、アリアンロッド離脱組はいまだその目的も不明です。それにメールのタイミングから妙です。両者が連動しているならば、アリー副司令がわざわざあのような発言をする必要がありません」
「つまり、逆を言えば、だ。俺らの主力が仇討ち部隊の相手をしている隙に、俺らにちょっかい出してくる可能性がでかいって事だな、クーデリア」
「そのほうが合理的で無駄が無いでしょう?」
「うん、確かに最悪の状況になるね」
若干首を傾げたクーデリアが指摘する最悪の状況に、オルガとビスケットは苦笑する。
誰の影響かは知らないが、悪辣な発想ができるようになったものだと二人は、マルバを見ると悪い笑顔で迎えられたので、すぐに目をそらす。
「ともかく、仇討ち部隊に対抗するには名瀬さんたちとも話さないとね」
「そうだな、また兄貴たちに世話掛けることになりそうだぜ」
とそこに通信コールが入り、ミストが素早く応対する。
「オルガ様、ハンマーヘッドから通信ですがお繋ぎしますか?」
「丁度いい、繋いでくれミスト」
オルガの了解を得て、ミストは通信を繋ぎ、スクリーンに通信相手の姿、洒脱な伊達男名瀬・タービンを映し出す。
『おお、ビスケットと顧問もいたか。丁度良かったぜ』
「どうかしましたか、兄貴」
『それがよ、地球のモンターク商会からの売り込みでな。何でもでかい商談があるんで、お前ら鉄華団に会いたいそうだぜ』
名瀬の言葉に、新たな面倒事の予感を感じるオルガとマルバであった。
誤字脱字のご指摘、感想評価等ありましたらよろしくお願いします。
個人的には、アリアンロッドに喧嘩売るくらいなら、残りのギャラルホルン相手にしたほうがましだと思ってます。
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減らない悩みは後回しだ
「なるほどねえ、お前さんたちはよほどトラブルの女神に愛されてるみたいだな」
「生身の女にゃ、もてねえんですがね」
タービンズの旗艦ハンマーヘッドのブリッジで、マルバたちから説明を受けた名瀬は呆れ気味にそう言ったのを受け、マルバは大げさに肩をすくめる。
幾分かでも、その場の雰囲気が緩和されたのを見て、同行したビスケットが口を開く。
「というわけで、このアリアンロッド脱走組九人もこちらにくるものとして、作戦を練りたいんですけど、よろしいですか?」
ビスケットの問いかけに、名瀬とアミダは頷いた。
「今までは、偽装した二番艦カガリビにクーデリアさんの影武者を乗せて、地球の二つあるステーションのひとつに接近、そちらに人目を集めてるうちに、ドルトコロニーで用意してもらった降下艇で、オセアニア連合ミレニアム島近くのアフリカンユニオンの拠点まで降下、その後船舶でミレニアム島まで向かう予定でした」
ビスケットは作戦用のスクリーンと自身のタブレットを同調させ、鉄華団の予定ルートの説明を始める。
「ですが、仇討ち部隊と脱走組の出現で、この予定は変更せざるを得ないでしょう」
「なるほど、九人とはいえギャラルホルン最精鋭のアリアンロッド隊員がどう動くか不明なせいだな?」
「ええ、ドルトでサヴァラン兄さんの権限でわかるだけの情報を集めてもらいましたが、アリアンロッドの実戦経験は他と群を抜いて多いんですよ」
ドルトコロニーでサヴァランの協力により、ギャラルホルン内部の情報は以前より多く、鉄華団にもたらされている。
その結果、他のギャラルホルンの組織に比べ、著しく実戦経験の多いアリアンロッドの姿が浮き彫りにされていた。
「コロニーや月面、火星から地球間の定期航路巡回を担ってるだけに馬鹿にできねえわけだ」
「ええ、そうなんです兄貴。今までのギャラルホルンと同じに思っていい相手でもなさそうなんで、人手を別けすぎるのも不味いんです」
「オルガの言うことに加えて、仇討ち部隊にも対応しないといけないわけです。平たく言うと人手が僕らだけでは足りなくて」
すまなそうにビスケットは帽子のつばをいじりながら、頭を下げる。
「いやいや、確かに仕事は地球圏まで送り届ける事だったがよ、もうお前ら鉄華団と俺らは兄弟分なんだ。当然力を貸すさ。なあアミダ?」
「そうだね、それなりに長い付き合いだし、手のかかる弟たちにはお姉さんたちが助けてあげないとね」
アミダと名瀬の言葉に、ブリッジにいたタービンズのクルー達は同意の声を掛ける。
「そうそう、ほっとくと寝覚めよくないよ」
「エーコとか、ラフタなんか喜んでついていきそうだしね。そういや最近ラフタも変わったよね」
「あのガチムチ君のお陰かな。まあ、そんなわけでうちらは賛成だよ」
一部に何らかの意図が見えるも、鉄華団への協力に否定的な意見は無かったことにオルガとビスケットは安堵の表情を浮かべる。
そして、その後の話し合いで、地球降下の際にラフタ、アジーの二人と、メカニック担当としてエーコの、仇討ち部隊への助太刀としてアミダが加わることが、残存する鉄華団の護衛と協力をタービンズが受け持つことが決められていった。
「まあ、正面からギャラルホルンとドンパチするわけじゃねえからな。これくらいはさせてもらうぜ」
「ありがとうございます兄貴。仇討ちの奴らもここで型つけておかねえと、地球でやらかす事になりそうだったんで」
「それなら、向こうの指定した場所で叩きのめそうって言うんだろ。それはいいが、三日月と昭弘だけいいのか?」
「ええ、あいつら二人なら乱戦に持ち込めば、そう簡単に負けません。それにアミダ姐さんがアレで助太刀してくれたら鬼に金棒ですよ」
「あら、随分と持ち上げてくれるわね?なら、たっぷりとサービスしてあげないとね」
アミダの妖艶な笑みに、オルガとビスケットは思わず赤面するも、マルバは悪い笑みで返した。
「ああ、それと昭弘が方天画の改良してほしいところがあるらしいんで、エーコさんのところに向かわせてもいいですかね?うちは今、バルバトスとマン・ロディの換装で手一杯でして」
「おう、エーコは最近あのグシオン、だっけかアレの調整が終わったところで手は空いてるよな?」
「そうだね、後は私が使ってみて微調整するだけだし、大丈夫だよ」
「なら、お願いします。MSの扱いだとうちの雪之丞より、エーコさんのほうが慣れてますんで」
名瀬とアミダの答えに、マルバは頭を下げる。
ヒューマンデブリらのまとめ役をやっていた昭弘に、マルバはオルガの次くらいには気に掛けている自分に、特に疑問を感じてはいなかった。
「とりあえずの対策はすんだか、じゃあ次は連絡してきたモンターク商会とかいうやつらの件だな。あと半日もしないでこちらに来れるそうだが、どうするよ?会ってみるならセッティングするぜ?」
そう名瀬は、鉄華団の三人へと問いかけた。
「初めまして、鉄華団の皆様。モンターク商会の代表、アルベルト・モンタークです」
「シグルド・モンターク、モンターク商会の顧問です」
ハンマーヘッドの応接間にて、金髪碧眼の四十代の紳士然とした男と、くすんだ灰色の長髪と顔の上半分を金属の面で覆った男二人はそう名乗った。
応接テーブルを挟んで対面しているのは、オルガ、マルバ、ビスケットに加えクーデリアが同席し、両者の間を取り持つように名瀬とアミダが席についている。
結局、マルバたちはモンターク商会との会合を了承した。
より多くの情報や協力の欲しい現状で、地球圏の商会との顔つなぎの機会は、多少怪しくても欲しかったからである。
予想よりも大分怪しい風体の人物が約一名いたが、所作と服装は両者ともに全て洗練されており、クーデリアは高い教養を、マルバとオルガはその隙の無さを、ビスケットは高い資金力を感じていた。
「まずは名瀬様の仲介に感謝を。そして鉄華団の皆様には、対面の機会をお礼申し上げます」
「ご丁寧にありがとうございます。失礼な事をお尋ねしますが、お二人はご兄弟でしょうか?」
そして、こういう手合いには一番慣れているクーデリアが、まず応じることにしている。
「血の繋がりは無いですが、縁あって義兄弟となりましてね。人の出会いとはわからないものですよ、そうでしょうクーデリア様?」
「ええ、おっしゃるとおりですね。すみません、話を続けましょうか」
少々の世間話でお互いの背景を探りあった後に、アルベルトは本題を切り出した。
彼らモンターク商会が望むのは、火星でのハーフメタル採掘利権にモンターク商会を参加させてもらうことであり、その代金として地球降下後の物資供給、情報提供を行うというものであった。
「要求に対して、代金が大きすぎませんか?」
「いえいえ、この話が纏まれば、我々モンタークが地球圏で初の参画者として他社に優位に立てます。その価値は計り知れないものですよ」
「それはわかりますが、正直商会の屋台骨を揺るがしかねない程の行為ですよ?百年以上の伝統ある商会にしては博打が過ぎませんか?」
「その点ですか…私の恥にもなるのでこの場だけにして欲しいのですが、よろしいですか?」
アルベルトはビスケットの問いに、少しの思考の後にそう告げ、その場の人々からの了承を受け語りだした。
「先代に拾われるまで、私自身は浮浪者同然の身でしてね。その原因がギャラルホルン上層部のある人物のせいでした。そして、先代のお陰で今日の地位についた私は、同じようにギャラルホルンに虐げられた者たちを密かに集め、機会を窺っていたのです。ギャラルホルンに一泡吹かせる機会を。それが今ということです」
具体的な事柄はアルベルトは語らなかったが、その言葉にこもる情念は彼の言葉が真実であると、その場のものたちに伝えてきているのを感じさせるものであった。
「ですので、まずはお近づきの印として、近々MS同士でやりあうご予定があるでしょう?そこに我々の戦力で最高の、隣のシグルトと『ブリュンヒルデ』をお貸ししましょう」
「どこでその話を聞きやしたか?」
「何、当人らは語らずとも周辺の雀共のさえずりはよく聞こえますのでね」
マルバの凄みを利かせた問いを、アルベルトは涼しく流す。
「シグルト、それで構わないですね?」
「ええ、義兄上。我らの力をギャラルホルンの連中に見せ付けるいい機会でしょう」
アルベルトの問いに、シグルトと名乗る仮面の男は不動の自信を滲ませてで平然と応じた。
そのシグルトの背後に何か恐ろしいものの気配を感じつつも、マルバはこの協力を断る不利益を見出すことができないのであった。
誤字脱字のご指摘、感想評価等あればよろしくお願いします。
仮面の男、シグルド・モンターク!その正体とは?待て次号!
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反故にならない約束は珍しいぜ?
補足 ブリュンヒルデ…シグルド・モンタークの乗るMS。
グレイズフレームの原型であるヴァルキュリアフレームを使用している。
軽装甲、高出力を活かす為に遠心力を利用するスピアを主武装とする。
本人の力量もあり、戦闘能力は恐るべきものがある。
エイハブリアクターは本来のものではなく、鹵獲品を取り付けてあるので、ギャラルホルンのデータバンクでは判別できない。
グルーガ・ダルトンが見届け人として乗る白青のシュヴァルベグレイズを挟み、鉄華団とダルトン家の仇討ち部隊が対峙する。
お互いに既にMSを展開させ、いつでも戦闘に移れる状態にあるのは互いに承知していた。
『規定の刻限が目前につき、簡単に今回の仇討ちについてを再度知らせる。ダルトン家の仇討ち対象は、ガンダムバルバトスとその操縦者のみとし、機体の破壊と操縦者の死亡、若しくは戦闘不能を持って仇討ちの完了とする。また、仇討ち側のダルトン家は、代表者のツヴァイ・ダルトンの死亡、若しくは戦闘不能をもって仇討ちの失敗とみなす。双方異論はないか?』
グルーガの宣告に、バルバトスが手を挙げる。
『ねえ、銀髪の人。いいかな?』
『何かな、三日月・オーガス』
『その周りについてる人たちは、どうすればいいの?皆やっちゃえばいいのかな?』
『戦闘放棄、つまり武器を捨てて負けを宣言しない限りは、それでいい』
『うん、わかった』
互いに日常会話レベルの平坦さで会話を終え、他に質問は無く開始の刻限を待つ中、バルバトスに通信が来る。
相手は対峙するツヴァイが乗る機体からだ。
前回のステンジャ家のグレイズ同様のカラー、黒い機体の両肩を赤く塗り、通常のグレイズより大き目の脚部を備えたその機体からの通信を、三日月は特に考えるでもなく受信をする。
『ダルトン家、アドラーグレイズのツヴァイ・ダルトンだ』
『え、あー鉄華団、バルバトスの三日月・オーガス、です』
『事を始める前に、一つ礼をしておく。アインを始末してくれてありがとう。お陰で僕の出番ができたよ』
『?そいつ誰?』
『知らなくていいさ、ただの気持ちの問題だよ。君を殺す前に言って置きたかったんだ』
『ああ、そう。まあ俺がお前を殺すと思うけど』
『たいした自信だね。まあいい、じゃあそろそろやろうか』
『そうだね、やろうか』
『では、両者とも存分に成されよ』
鉄華団と仇討ち部隊の戦闘は、代表者同士の会話のぶつけ合いが終わった直後に届いた、グルーガからの通信によりその火蓋が切られた。
ダルトン家仇討ち部隊が指定してきて来た地点は、地球が目前に迫る軌道上近くであり、アリアンロッドと地球外縁軌道統制統合艦隊の受け持ちが曖昧な地点であるというのは、何故かギャラルホルンの事に詳しいアルベルトとシグルドの言である。
相対する陣容は、鉄華団側が所有する強襲装甲艦の弐番艦カガリビとMSが四機、仇討ち部隊側が旧型のロックドラス級戦艦に、ゲイレールフレームとアドラーグレイズでMSが十六機。
数の上では、仇討ち部隊側の有利である。
互いの技量に大きな差が無ければ。
『よしやるぞ!これを成功させれば俺達は無罪放免だ!』
『上手くすれば、上層部への取立ても狙える!勝つぞ!』
前回のステンジャ家の仇討ち失敗を踏まえ、鉄華団側の戦力を少数精鋭であるとみたダルトン家は、不意打ちでの戦力削減を捨て、正面から鉄華団を潰すべく、仇討ち対象をバルバトスとその操縦者に絞込み、常に一機のMSに対して複数で当たる策を立てた。
加えて、セブンスターズの覚えをめでたくしたい者たちだけでなく、コーラルの元で不正を働き、処分を待つだけの元火星支部のMS乗りたちを減刑を条件に助太刀に組み込み、士気と練度を高めることも忘れていなかった。
加えて、ダルトン家当主ギザロの手配により、ゲイレールの状態は現役のグレイズと同等程度に良好な状態にレストアされていた。
がそれ故に、今対峙する鉄華団側のMS乗り達の技量が、自分達のそれよりも大きく上回る事を実感する事となる。
『クソ!コイツらなんて回避力だ!』
『ライフルが当たらん!接近戦を仕掛けるぞ!』
まず両端から、バルバトスを包囲しようとした三機編成の部隊二つが一機ずつのMSにそれを阻まれる。
一つは、全身を赤に染め、背中に大型スラスターを搭載したガンダムフレームとみられる機体であり、もう一つは頭部のツインアンテナが特徴的な、全身の銀色を赤で縁取った見たことの無い機体であった。
どちらも三機がかりの射撃をほとんど回避しつつ、手にしたアサルトライフルで各ゲイレールにダメージを与えてくるのだ。
ならば接近戦をと、アックスを手に距離を縮めた六機のゲイレールであったが、それが相手の望むところであった事には気がつかない。
まず一機がライフルを捨て、腰に装着したスピアを手にした銀赤の機体、シグルドの乗るブリュンヒルデにコクピットを貫かれ沈黙する。
『おのれ!くらえ!』
『遅いぞ』
残る二機が左右に別れ、ほぼ同時にブリュンヒルデに襲い掛かるゲイレールに、シグルドが楽しげな声でつぶやき、引き抜かれたスピアを高速で横に回転させ、左右のゲイレールのアックスを持った手を弾く。
ほぼ同時に見えたゲイレールの攻撃を、どちらが早いかを見抜き瞬時に対応したシグルドの技量と、それに答える俊敏性を備えたブリュンヒルデに一瞬呆けたゲイレールの搭乗者達は、続いて迫るブリュンヒルデのスピアの高速の突きにより、あの世へと旅立つ羽目となる。
『やるね。シミュレーターだけの腕前じゃなかったようだね』
『恐縮です。そちらももう終わりそうですね』
『手を貸してくれても、構わないよ?』
『必要ないでしょう、貴女には』
『そういう態度だと、女から恨まれるよアンタ』
『その点には気をつけましょう』
『お、俺を無視しやがって!ぐひやあああ!』
最後の通信はアミダの乗る赤いガンダムフレーム、グシオンルージュの持つジェット加速したグシオンチョッパーにより、鍔迫り合いをしていたアクスの柄ごとコクピットをへし切られたゲイレールの搭乗者のものだ。
残る二機のゲイレールは既に大型スラスターを利用し間合いを奪った、グシオンルージュの両手に装着した電磁ナックルガードの餌食となり宇宙を漂うデブリと化している。
アミダとしては電磁ショックによる、機体の無効化を狙っていたのだが、グシオンルージュの高出力により強化された突撃力に、ゲイレールのコクピット部分を圧壊させてしまった事はアミダ本人以外は気がつかないであろう。
『中々の槍さばきじゃないか』
『ええ、以前はブレード二刀流に固執していましたが、こちらのほうが俺には合うようです』
『また随分と尖った武器を使っていたね。まあナックルを使う私が言えた義理でもないけどさ』
『ハハハ、さて次はどうしますか?援護にしても、直接あの場に乗り込むのは難儀そうですが』
そういってブリュンヒルデが指し示すのは、合計十機に囲まれる三日月の乗るバルバトスと、昭弘の乗るカスタムされた方天画、方天画・激(ほうてんが・げき)の姿があった。
通常であれば、それは苦戦の状況であろうが、彼ら二人の場合では事情が異なる。
シグルドとアミダの見るところ、逆に自在に宇宙空間を駆けるバルバトスと方天画・激により十機のMSが翻弄されているようである。
『あのアドラーグレイズという機体だけは動きがいいですが、あとは然程の脅威でもなさそうですね』
そうシグルドが言う間にも、バルバトスと方天画・激に両足を掴まれた二機のゲイレール同士が衝突させられ戦線から離脱した。
『鉄華団になる前からの付き合いの阿頼耶識持ち同士だしね。たいしたコンビネーションだよ』
『では、我々は後ろの船でも襲いますか』
『それでいこうか、じゃあ着いて来なよ』
帰るべき艦を失う、そう思わせれば敵方の判断が鈍る事を期待してのシグルドの発言にアミダは頷き、ロックドラス級目掛けて二機のMSが駆ける横で、バルバトスのメイスと、方天画・激のハルバードに左右からコクピットを潰されたゲイレールが戦闘から離脱させられる。
『ふん、言うだけはあるね、三日月・オーガス』
『アンタも手ごわいね。早くやられて欲しいんだけど』
混戦の中、バルバトスとアドラーグレイズは、何度か接触するが互いに決定的な一撃には至らずにいる。
だが周囲のゲイレールらは、どこかしら損傷を受けており、既に六機へと数を減らしていた。
『おいお前ら、バルバトスともう一機の連携を崩す!三番と四番は俺に従い、残りの四機であの白い上半身のMSを足止めしろ!』
『ハッ、わかりました!』
「まったく、使えない道具はどこまでも使えない…」
ゲイレールの搭乗者達への通信を終え、アドラーグレイズの中でそうつぶやくツヴァイの顔立ちは、アインとほぼ同一のものであるが、その肌は青白く、髪は色素が抜けたように白い。
「だが、俺は使えない道具じゃないって事を、父上たちに証明してやるぞ!」
ツヴァイは赤い瞳を光らせ、バルバトスを睨みつけるのであった。
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『さっきのは地獄の阿頼耶識コンビネーション、パート1だっけ?』
『…勘弁してくれ』
命名者はユージン。
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間を持たせれば、本命が来るぜ
補足 グシオンルージュ…回収したグシオンをバルバトス用パーツを用いて、アミダの戦闘スタイルに合わせて改修した機体。
背中にクタン参型の大型スラスターを搭載することで長期航行戦闘にも対応できる。
イメージとしてはグシオンリベイクの射撃モードと、隠し腕部分をはずし、大型スラスターを背負わせて、全身を赤く塗ったもの。
武器は、ライフルとグシオンチョッパー、電磁ナックルガード。
「今ごろ、三日月達は戦っている頃ですね」
「でしょうな、まあ今の内にこっちの準備を急いで終わらせねえといけませんぜ」
「わかっております。私共の荷物の整理は終わりましたので、後は積み込みだけです」
お互いにノーマルスーツに身を詰め込んだマルバとクーデリアはイサリビの通路を荷物を抱えて、格納庫へと急ぐ。
現在、イサリビとハンマーヘッドは、アリアンロッドと地球外縁軌道統制統合艦隊(以下地統艦隊)の管轄の境目であり、両者のどちらが受け持つべきか曖昧な地帯で、地球行きの為の積み込み作業を行っている状況だ。
「こういう状況を見逃してくれると、ありがてえんですがねえ」
そうぼやいたマルバの言葉に応じるように、艦内に警戒音が響き渡る。
『所属不明のMS六機が本艦、及びハンマーヘッドに接近中!各自戦闘体制に移行してください。繰り返します…』
「そうもいかねえみてですな」
「な、なんとも嫌なタイミングですね」
「俺の所為じゃねえですよ?」
「わかってますよ」
ミストの艦内放送が響き渡る中、微妙な雰囲気のままマルバとクーデリアは更に足を速めるのであった。
『アストン、デルマ!ここであいつらを止めるぞ!』
『ああ、昭弘さんたちが戻るまでは俺たちが鉄華団を守るんだ!』
『少しでもイサリビから、引き離す!』
お互いに声を掛け、昌弘たちの乗るマン・ロディ三機が迎撃にあたる。
現在のイサリビとハンマーヘッドは、地球環境での運用に換装されたMSに加え、ダルトン家との決闘に最強戦力である三日月らが当たっているために、戦力が一時的に低下している。
加えて、降下船への荷物の積み込み作業中により、この場から動けない状態にあった。
その隙を突く形での襲撃は敵ながら、よくタイミングを練られているものであり、恐らく暫く前より狙っていたのであろう。
『いいか、昌弘、アストン、デルマ。命を捨てるような戦いはするな。まだお前らにゃ教え足りないことばかりだからな!』
『わかってます、鉄雄教官。時間稼ぎに徹します』
昌弘が代表してブリッジで指揮を取る鉄雄に返事を返し、アストンとデルマはその言葉に頷きで返す。
ここまでに来る間に、鉄雄の指導にしごかれた彼らの意識は、命を捨てたヒューマンデブリの戦い方から、技量で無茶をしない傭兵のそれへと変化をしつつあった。
『まあ、死ななきゃうちのテレジア先生がきっちり治してくれるぜ?小言つきでな!』
『うええ、あの先生、いい腕だけどおっかないからなあ』
『俺は、嫌いじゃない、ああいう人』
『でも小言はいやだから、怪我しないようにしなくちゃな』
デルマのぼやきに、アストンは朴訥に応じ、昌弘がまとめる。
ブルワーズ時代からのチームワークは、今なお彼らの間には健在であった。
「襲撃者は二手に別れ、当艦とハンマーヘッドに向かってます。数は互いに三ずつです」
「機体はグレイズか?」
「いえ…補足した百里からの映像データの照合の結果、ジルダが二、スピナ・ロディが四。それが一:二の三機編成を組んでいるようです」
「支援つきとは、面倒だぜ団長」
「スリン、詳しいのか?」
「大体の場合、ジルダに乗ったやつが支援と指揮を取る。ジルダは動きは早いが装甲は薄い。先にスピナ・ロディを潰すと逃げる可能性があるな」
イサリビのブリッジで、ミストからの報告を聞いていたオルガは、つぶやくようなスリンの短い情報を聞き、判断を下す。
「今回は防衛が目的だ。それを前提としての指示を、防衛チームに頼むぜ鉄雄。ミストはおやっさんたちに作業の続行を伝えてくれ。所定の荷物を積み終えたら、そのまま人員の乗り込みにかかるぞ」
「了解ですが、大丈夫でしょうか?」
「防衛してくれてる奴らを俺は信じるぜ。ああ、あとカガリビのユージンにもこの情報は渡しておいてくれ、あいつなら上手く活かしてくれる」
オルガの判断に、多少の不安を機械音声に滲ませるミストであったが、オルガは片目をつぶり笑いながらでそう応じた。
『くそっ、あいつら妙に動きがいいな』
『落ち着け、デルマ。こちらの被害は軽微、悪くない状況だ』
ジルダ、スピナ・ロディの混合三機編成の襲撃者達を前に、昌弘たちマンロディ隊は善戦している。
暫く前に、会敵した後は相手の前進を阻み、いくらかの被弾を受けつつも、重厚なマンロディの装甲にたいした損害は無い。
ジルダのロングライフルによる支援の元で動く、スピナ・ロディ二機は厄介であったが、事前に鉄雄から連絡を受けていた為に、その程度の被害で済んでいる。
『ただの物取り連中じゃないな、こいつら』
『なんであれ、兄貴たちの邪魔はさせない!』
昌弘たちの士気は高く、それを下支える操縦技能も、阿頼耶識込みとしても充分であり、ただの海賊程度の相手ならば、容易い。
が、襲撃者三機の連携と練度は、海賊程度になしうるものではなかった。
ジルダの精密な射撃により、徐々にダメージが蓄積され、マン・ロディの動きは鈍くなっていく。
加えて、別れた襲撃者側の相手をしているのは、百里に乗ったラフタのみでこなしている状態であることを知る昌弘たちに焦りの気持ちが大きくなる。
『くそっ!』
『やめろ、昌弘!』
焦りからか、昌弘はアストンの制止も聞かずに、思わず一機のスピナ・ロディにダガードスによる接近戦を仕掛けてしまう。
その隙を見逃さないジルダの正確な射撃が、昌弘のマン・ロディを捕らえる。
一瞬の行動不能に追い込まれ、そこに合わせるように狙われたスピナ・ロディがライフルを捨て、接近しつつアクスを手にもち、それをマン・ロディのコクピット目掛けて大きく振りかぶった。
『昌弘!』
思わず悲鳴を上げたのは、アストンかデルマか。
その言葉に反応するように、アクスを振りかぶったスピナ・ロディの上方からMSの反応が現われた、と思う間も無く、スピナ・ロディが大きく弾き飛ばされる。
『弟たちに手を出す奴は、この俺が許さねえ!』
『兄貴!』
そこに出現したのは、白い上半身に四本の腕を持ち、下半身を深い緑に染めた昭弘の乗る、方天画・激の姿。
離れた場所で決闘に挑んでいた彼が、どのようにしてこの場所に存在するのか?
『兄貴!どうしてここに』
『襲撃を受けた情報を聞いてな。決闘で敗北を認めて離脱した後、アミダ姐さんのグシオンルージュに送ってもらった』
オルガにより、イサリビ襲撃の報を受け取ったユージンが、既に五機まで数を減らした仇討ち部隊の様子を見て取り、アミダと昭弘に援護に戻るように指示を出し、仇討ち部隊の相手を三日月とシグルドに任せたのだ。
その後、クタン参型の大型スラスターを搭載したグシオンルージュに掴まり、最大速度でイサリビとハンマーヘッドの場所まで駆けつけ、アミダがハンマーヘッドの応援に向かう途中で別れた昭弘が、アクスを昌弘に振り下ろそうとしたスピナ・ロディに体当たりを仕掛けたということだ。
『俺の機体の残りガスが少ない。協力して一機落とすぞ』
『わかった、兄貴』
短く会話を交わすと、思わぬ乱入者に動きを止めていたジルダと残りのスピナ・ロディの内、身近にいたスピナ・ロディに方天画・激が襲い掛かる。
咄嗟にアクスで応戦するスピナ・ロディの攻撃をかいくぐり、背後に回った方天画・激が四本の腕で、スピナ・ロディの四肢を拘束すると、そのままスピナ・ロディを頭上に担ぎ上げ上方にスラスター全開で上昇する。
『ぐああ!貴様何をする気だ!』
『行くぜ、昌弘』
急速なGに叫ぶスピナ・ロディの搭乗者を無視して、短く告げた昭弘はその勢いのまま反転し、今度は下方へと急降下する。
方天画・激により金縛りにされたスピナ・ロディの搭乗者が見たのは、これも急速にこちらにダガードスを両手で構えて上昇してくる昌弘のマン・ロディの姿であった。
『や、やめろ!きさ』
最後まで言葉を告げることなく、スピナ・ロディはマン・ロディのダガードスによりコクピットを貫かれて沈黙した。
それをその場に放り捨て、ジルダのほうを見た昭弘は、ジルダが残るスピナ・ロディの腕を掴み、この場から遠ざかっていくのを見た。
『どうやら、終わったようだな』
『昭弘さん!ラフタさんたちから、向こうも撃退したって今連絡が!』
『そうか、ラフタも無事か。ありがとうな、デルマ。よし、お前らイサリビに戻るぞ』
『うん。それと、さっきはありがとう兄貴』
『気にするな、今までの分もお前らを守る。それが俺のしたい事だ』
兄貴、やっぱり兄貴は俺の、俺達のヒーローだよ。
昌弘はそう心の中でつぶやき、アストン、デルマと共に、イサリビへと帰還を果たすのであった。
『ほんとにしつこいね、アンタ。妙に鋭いし、早くて嫌になるよ』
『貴様も、阿頼耶識だけのガキじゃないな。もう壁が使えなくなった』
鉄華団とダルトン家仇討ち部隊の戦闘は終盤に入っていた。
バルバトスはアドラーグレイズと一対一の戦いに突入しており、仇討ち部隊の残るゲイレール三機が、かろうじてシグルドの乗るブリュンヒルデをひきつけていた。
だが、風に舞う木の葉のごとき回避を見せるブリュンヒルデにろくなダメージを与えられず、逆に追い込まれている状況だ。
後数分ほどしか持たないであろうゲイレールらが落ちれば、ツヴァイの側に圧倒的不利が訪れるのは自明である。
「それでも、勝つのは俺だ!」
人知れず一人吼えたツヴァイは、バルバトスへとアドラーグレイズを奔らせたのであった。
誤字脱字のご指摘、感想評価等あればよろしくお願いします。
度々になりますが、感想以外を感想欄に書き込むのはご遠慮ください。
ツヴァイは果たして仇討ちの本懐を遂げられるのか?
兄と父の見守る中、ツヴァイは奔る。
次回「ツヴァイ、散る」 ご期待ください。
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身勝手な理屈は、大概にしてくれ
補足 方天画・激…方天画にグシオンルージュへの改装の際に、余剰になった装甲を各部に取り付け、エーコ・タービンの手によりサブアーム機構に手を加え、追加アーム二本を増設した。
機動力は若干落ちるも、元来のテイワズフレームの高出力を損なうほどではなく、装甲強化による頑強性を手に入れる。
方天画に比べて一回りマッシブ感を増し、追加アームの操縦が阿頼耶識システム前提な事も加わり、昭弘専用機に近づいた。
ゲイレールが一機、ブリュンヒルデのスピアに貫かれるのとほぼ同時に、ツヴァイはアドラーグレイズの機構を作動させる。
アドラーグレイズの下半身が半回転し、脚部に格納されていた大型クローを展開させるアドラーグレイズに驚きからか、バルバトスはの動きが一瞬止まる。
が、その一瞬でバルバトスにアドラーグレイズが肉薄するには充分な時間であった。
『隙ありだ!』
『っ!しまっ!』
三日月は咄嗟に、バルバトスの手にしたメイスを振るうも、ツヴァイはアドラーグレイズを直前で急速に上方へと、全身のスラスター駆動を駆使して方向を転換させメイスを回避する。
『ぐぶ!』
当然のように生じる急激なG変化による嘔吐感と目眩を、ツヴァイは必死に押さえる。
訓練での経験と直感から、ここで堪えて決めなければこの強敵相手に勝利は掴めないと、ツヴァイは確信していたからだ。
ツヴァイはそのままアドラーグレイズを操作し、バルバトスの頭上へと足からの急降下を放ち、振り回したメイスを再度構えなおしていたバルバトスの両肩を、アドラーグレイズの大型クローで捕らえることを成功させた。
『捕らえた!このまま!』
続けざまツヴァイはアドラーグレイズの両腕を操り、両手に握られたアックスで、バルバトスを搭乗者の三日月ごと脳天からかち割ろうと大きく振りかぶる。
『させない、よっ!』
『何…だと!?』
が、相手は阿頼耶識システム以外にも天性の戦闘センスを備えた三日月・オーガス。
瞬時にバルバトスのアドラーグレイズの大型クローが食込んだ両肩の装甲をパージさせ、攻撃を加えようとしていたアドラーグレイズのバランスを崩させる。
さらに、隙をさらしたアドラーグレイズのコクピットに、手にしたメイスを素早く押し当てる。
『終わりだ』
『くっ、ぐああ!』
次の瞬間にメイスから射出させたパイルバンカーがアドラーグレイズを貫く。
わずかながらに、アドラーグレイズの身を逸らし致命を避けられたのは、ツヴァイの瞬時の判断が功を奏したといえたが、もはや戦闘を継続できない程度にはアドラーグレイズは破損していた。
距離をとり、メイスを構えるバルバトスの前でコクピットブロックを射出させ、アドラーグレイズは停止したのであった。
『両者、それまで!今回のダルトン家による仇討ちはダルトン家の返り討ちで決着とする!』
共通回線で鉄華団、ダルトン家の両者へグルーガの乗るシュヴァルベ・グレイズからの宣告が届き、地球を目前としたダルトン家の仇討ち戦は終了を告げた。
この時点で生き残っていたダルトン家の戦力は中ば破壊され、かろうじて動くゲイレール二機のみであり、彼らはツヴァイの乗るコクピットブロックを回収するとそのままロックドラス級戦艦へと帰っていく。
『では、討ち取られたものの処遇はそちらにお任せするが、どうされるか?』
『機体はこっちでもらうけど、遺品なり遺体はそっちに返すから、持ち帰って手厚く葬るなりしなよ』
『…了解した。厚情を感謝する』
平坦な口調のグルーガからの通信に、カガリビの艦長を務めていたユージンからの回答が返され、ロックドラス級戦艦の艦長らしき人物からの返信によりこの場の処理が進められる。
密かに、カガリビ内で待機していたシノの流星号の手伝いもあり、それらの作業は比較して迅速に進められ、イサリビとハンマーヘッドからの積み込みを終えた降下船二隻が到着する頃には、全ての作業を終了させていた。
『皆、ご苦労だった。一人も怪我が無くてよかったぜ。疲れているところ悪いが、これから機体を積み込んだらすぐに地球へ降りるぞ。そこの、シグルドさんだったか、それで大丈夫なんだな?』
『ええ、今の地外艦隊の司令官は、よく知る人物でしてね。話は通してあります』
『なら、信用して俺達はこのまま、ミレニアム島への降下に入らせてもらうぞ』
『勿論です。それで一つお願いなのですが、あのアドラーグレイズ、我々に譲っていただけませんか?珍しい機体には目が無いものでして』
『…まあ、あんたらには色々と用立ててもらっているし、後三機ぐらいは譲渡しても構わねえ』
『いえいえ、一機だけで結構です。只の俺の我侭ですから。仇討ち後の分配は、問題ないですね、グルーガ殿』
『…仇討ち終了後については、当事者同士で決めればいい事だ。立会人としては別段問題は無いと判断する』
『では頂戴いたします』
その場に到着したオルガに、シグルドは求められた要求が通り、残りのゲイレールはカガリビの格納庫と、貨物室へと詰め込まれる。
稼動する機体としてではなく、荷物としての搭載は問題は無く、今後の鉄華団とタービンズの財産として、ゲイレールたちは役に立つことになるであろう。
『では、私はここで迎えの船を待ちますので、鉄華団の皆さんはどうぞ地球へと向かってください』
『そうか、じゃあこれからもよろしく頼むぜ、シグルドさん』
『じゃあ、またね。えーっと今は仮面の人?』
『ハハハ、三日月君。今はそれで頼むよ』
『わかった、じゃあね』
会話を終え、一路地球へと向かう降下船二隻とイサリビとの合流を目指す鉄華団たち、遺品とツヴァイらを回収したロックドラス級戦艦の姿が見えなくなったのを見計らい、グルーガの乗るシュヴァルベ・グレイズから、シグルドの乗るブリュンヒルデに通信が入る。
接触通信によるものであり、他に通信が漏れる事はエイハブリアクターの特性上ほぼ皆無だ。
『父上からの伝言です。ツヴァイの帰還後、その戦闘データのフィードバックをもって『例の機体』の準備が整う、『標的』の正確な場所を常に把握しておけ、との事です』
『フッ、ギザロ殿も恐ろしい人だ。自分の息子たちすら、目的の為の手駒でしかないのだからな』
『我々は父上の為とあらば、全てを使われようと本望かつ光栄です。父上の悪口は止めて頂きたい』
『すまない、そのような意図は無かったのだ。俺とて、人のことを言える立場ではないからな。さて、伝言は受けとったし返事を返しておこうか?』
『結構です。父上は貴方のミスが無ければ、問題は無いとお考えですので、その点だけをお忘れなきよう』
『了解した、ならば精々上手く踊らせて貰うとしよう』
と、近くにモンターク商会の艦の反応を確認した両者は離れ、シグルドはブリュンヒルデによりアドラーグレイズを曳航しつつ、艦へと帰還する。
「英雄気取りの私生児めが、精々父上の役に立ち、そして死ね、マクギリス・ファリド」
「狂った科学者に仕える忠犬、グルーガ・ダルトンか。俺の世界には要らないな」
それを見送るグルーガは、機体の中で誰に聞かれる事無く、静かなそれでいて深い侮蔑の感情を込めて一人呟き、シグルドも機体の中で、楽しげな笑みを浮かべつつ不要なゴミでも捨てるような気軽さで、そう呟いたのであった。
「よう来なさった、クーデリアさんと鉄華団の皆さん」
地球へと降下した鉄華団一同は、夕暮れ近くにミレニアム島付近へと無事到着し、蒔苗東護ノ介の秘書の一人からの出迎えを受け、島内の航空施設一帯を借り受けることができた。
その日はその施設へと降下船の荷物を運び込み、MS等の整備と換装に当てられる事となり、蒔苗との会合は翌日に行われる運びとなった。
自分の名にされた月を見上げる三日月に、寄り添うクーデリアとアトラ、流星号の整備で顔を付き合わせ続けるシノとヤマギ、百錬を改装した漏影(ろうえい)を自慢するラフタに付き合う昭弘と昌弘等、それぞれの時間を過ごすうちに日は変わり、蒔苗との会談へとオルガたちが向かう運びとなり、最初の歓迎の台詞にクーデリアやオルガ、ビスケットなどはほっとした表情を浮かべる。
が、マルバとミストは表情を変えず、次の言葉を待つ。
経験上、最初に歓迎してくる手合いは、次に厄介ごとを持ち込んでくることが多いからだ。
「というわけで、今のワシにアーブラウとクリュセの間の事をどうこうする力は無いんじゃよ」
そう締めくくった蒔苗の言葉は、クーデリアに軽い絶望を抱かせる。
会談の相手が、収賄疑惑をかけられ療養を理由にアーブラウを離れ、ここオセアニア連邦のミレニアム島に逃亡しているという事実を知ったためだ。
既に代表でもないこの老人に会う為に、今まで苦労をしてきたと思えば、そういう状態になるのもやむをえないことであろう。
「で、蒔苗さんよ、そんな与太話する為だけに俺らを呼んだわけじゃねえだろ、話を続けなよ」
「おう、お前さんは話が早いな。オルガ・イツカ君だったかな」
我が意を得たりとばかりに膝を叩き、蒔苗は話を続ける。
曰く、収賄疑惑は捏造であり、今度行われるアーブラウ代表指名選挙に当選すれば、覆すのは容易であるから、自分を代表指名選挙の開催されるエドモントンまで送り届けて欲しいということである。
「立候補するとされてる、アンリ・フリュウ。全てはあの女狐が、ギャラルホルンの一部と組んで仕組んだ事ゆえ、ワシが再選されれば全ての問題は解決という事じゃよ」
「成る程、確かに解決しやすな。じゃあ、商談といこうじゃねえですか」
蒔苗のこともなげに語られた無理難題の説明を受け、マルバは不敵に笑い、そう告げたのであった。
誤字脱字のご指摘、感想評価等ありましたら、お願いします。
後、度々になりますが感想欄に感想以外の書き込みはご遠慮ください。
「今日の三日月さんは女もツインドライブだね、ライド!」
「やっぱすげえよな、三日月さんは!」
一方のオルガは、次の日に備える為に、マルバとビスケットのツインドライブだった。
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幕間 七星、栄光の光と挫折の影
独自設定ばかりの上に、常より長文になりましたことをご容赦ください。
早朝のセブンスターズの本拠地、海上基地ヴィーンゴールヴのファリド家にて。
「今日もよい朝だ。さあ、起きなさい」
「う…ハイ」
ファリド家の現当主にしてギャラルホルン統制局、地球本部司令官代行たるイズナリオはベッドの上で横たわる、昨晩自身の相手を務め、肢体の所々にあざを残す美少年を目で愛でつつ、今後の方針について思いを馳せる。
イズナリオは、セブンスターズの一角を担う程度に優れた才覚を有しているが、美少年を甚振ることで、性的興奮を得る変態性欲の持ち主である。
「務めご苦労であった。今日はゆっくりと養生しなさい」
「ハイ…ありがとうございます」
とはいえ、現状は数名のタイプの異なる美少年達を、当番制で相手をさせているだけ、以前の彼よりはましである。
とある少年が来るまでは、一人の美少年を壊しきるまで痛めつけ、壊れたらまた次の美少年をというおぞましいサイクルを回していたからだ。
ある時に、戯れで街の高級娼館で買い求めた少年、マクギリスと出会い、その美しさと知性を秘めた瞳の強さに、イズナリオは惚れこんだ。
「あのマクギリスを、養子としてファリド家に迎え入れる手配をせよ」
数日入り浸った高級娼館から帰ったイズナリオは、家臣たちを集めそう言い放った。
一斉に反対を口にする者たちを、数名見せしめとして処分した後に、もう一度同じことを告げると、もはや誰も反対するものはいなかった。
その後に、マクギリス一人に自身の相手をさせて、壊す事を惜しんだイズナリオは、複数の美少年を同時に屋敷に囲い込み、当番制で自身の相手をさせるようになり、それが現在まで続いている。
「当主様、朝食の準備が整いました」
「うむ」
当番の美少年が退出し、暫く後に家宰を務める者が、ベッドの惨状を無視し入出して告げる。
同時に、家付きのメイドたちが一例の後に入室し、イズナリオの服を寝巻きからギャラルホルンの制服へと着替えさせる。
イズナリオはそれを当然のように受けて佇む。
「急がずとも良い。今日の出立には充分余裕がある故な」
「ハ、ハイ!申し訳ありません」
途中着せ替えに戸惑う新人メイドに対して、声を掛ける気遣いを見せるイズナリオは、その性癖を除けば充分に仕えるに値する人物であった。
「今日からアーブラウに向かう。暫くはお前に家を預ける」
「承りましてございます」
マクギリスがファリド家に来る以前、末の息子をイズナリオに壊されつつも、動揺なく仕え続けた初老の家宰はイズナリオの言葉に頭を下げる。
セブンスターズの一角を担うイズナリオの暴虐を止めるものは、もはやこの家には存在しないかの有様に、イズナリオは優雅な笑みを浮かべる。
マクギリスを養子に迎えて以降、イズナリオの人生は順風に近い。
監査局を司るボードウィン家ともマクギリスを使う事で縁を結び、地球本部司令官の地位もイシュー家当主の難病による退位で転がり込んできた。
そして、これから向かうアーブラウにて、自身の手駒であるアンリ・フリュウ、元ギャラルホルン高級将校を祖にもつ人物を代表の地位に据えれば、ほぼ磐石といえる権力が己の手に入るのだ。
その際に、マクギリスが自ら技術開発部と交渉をし、ギャラルホルンの威光を示すのに相応しい新型MSを発表する手はずを整えてくれているという。
虎に翼とは、このことだな。
心中でそうつぶやき、マクギリスの次にお気に入りの美少年を連れ、高揚した気分で家を発ったイズナリオ。
マクギリスや、家宰、隣に連れた美少年の眼に宿る静かな深い憎悪の炎に、気がつかない。
その翼が、イカロスの翼のように限定期間しか飛べないものであることに、気がつかない。
同時刻、アリアンロッドの月面本部基地ティル・ナ・ノーグの司令官室にて。
アリアンロッド司令官である、ラスタル・エリオンと副司令であるアリー・クジャンの余人を交えない会議が行われている。
「で、どうだったアリー。あの鉄華団という連中は?」
「見事なものだ。例の仇討ち部隊の動きに合わせて、一番手薄な時を狙い襲わせたが、見事撃退してのけたぞ」
「そうか!ならばイズナリオの動きの牽制、あわよくば頓挫まで狙えそうだな」
「そうだが、そう嬉しそうな顔はするなラスタル。表向きはアリアンロッドを脱走した者たちの仕業という事になっている。誰の耳目があるとも限らん」
「ハハハ、いつもながら用心深いことだな、アリー」
そういいつつも笑顔を崩さないラスタルに、アリーは苦笑する。
今回の偽装脱走者を使った計画の目的は主に二つ。
一つはドルトコロニーでのアリアンロッドによる暴動鎮圧作戦を逆手にとった鉄華団の、対応能力を見るためでありその目的は完遂され、満足な結果が出せた。
たとえ三名の隊員が戦死したとしても、今後の展開を予測する為の情報を得る、その目的は果たされたからだ。
そしてもう一つの目的が、地球で活動するアリアンロッド密偵部隊員の増員である。
鉄華団に送り込んだ六名は技量にやや不安があった為に、試金石として鉄華団に宛がい、生き延びたものを正式に採用することを定めていた。
「先に送り出した四名に、鉄華団との戦闘を生き延びた三名。これで活動に支障はでるまい」
「アリーの人選なら問題はないな。しかし、イズナリオでなくマクギリスの小僧にしてやられていたとはな。ただのアグニカ大好きっこではなかったか」
月面に拠点を持つアリアンロッドを代々指揮するエリオン家とクジャン家は、能力があり高い忠誠心を持つアリアンロッド隊員を選抜し、その身分に関わらず厚く遇している密偵部隊を、他のセブンスターズにも秘密にして編成している。
ギャラルホルンの身分を捨て、同じ組織からも命を狙われる危険もある任務をこなす部隊であるが、退職時より二階級上のものと同じ俸給と待遇、殉職時の遺族へに二十年の生活保障、当主らとの直接面談を約束されている。
この密偵部隊はスカサハの弟子達と呼ばれ、アリアンロッド内では密かに『栄光無きされど名誉ある部隊』として浸透しており、指名されたもので着任を断るものは、皆無に近い。
その精鋭らが、同じくファリド家の有する、マクギリス率いる密偵組織の手により、不自然な逮捕や事故死等の手段により、少なくない数を減らされていたのだ。
「ああ、昔はどこにいてもアグニカ・カイエル物語を読み耽っていた子供が、大きくなったものだな」
「その言い方は止せ。俺達が年寄りみたいではないか」
「俺達とて永遠に生きるわけでもないぞ。特にラスタル、お前はそろそろ後継者を決めておくべきではないかな?」
「相応しい者がいればそうする。あのイズナリオのように養子という手でもな。奴の稚児趣味には賛同できんが」
そう嘯くラスタルは、実際未だに後継者を定めていない。
当主と司令官を兼任できる人物という、ラスタルの要求が高いという面もあったが、今の候補者らは何れも才覚が小粒であり、配下には良いが自身の後継とするには足りないものばかりでもあった。
「そういえば息子が、私の似顔絵を書いてくれたのだが、見るか?」
「おい、今は公務中だ。ほどほどにしておけ」
一方のアリーにも問題はある。
後継者は既に一人息子のイオクと決まっていたが、アリーは息子を溺愛しているという点である。
最愛の妻との一粒種であり、妻に良く似た顔立ちの息子を愛さないはずはないのだが、名君、名指揮官と呼ばれるアリーの冷徹な面が息子のイオクには一切発現せず、ただひたすらに彼を甘やかした。
その結果、イオクは善良ではあるが、酷く幼児性を残した青年へと成り果てていた。
ラスタルからしてみれば、折角の人材を不法投棄しているようなものであると感じられたが、近しいとはいえ他家の教育方針に首を突っ込むわけにもいかず、精々後に矯正せねばと、心中で誓う程度に留める。
「ともかく、今回のアーブラウ代表選挙、これがどうなるかで今後の我々の方針も変わるというものだ。部下達の引き締めを頼むぞアリー」
「無論、アンリが落選後には速やかにイズナリオの勢力をそぐ準備はしてある。だが、それ以外は監視程度でいいのか?もっと積極的な工作をするべきではないか?」
息子以外には冷徹な判断を下せるアリーの言葉に、ラスタルはにやりと笑う。
「技術開発部のあの男が動くらしいからな。もはや、上にファルクの七光りがいる状態に我慢がならんそうだ」
「成る程、それであれば問題は無いか。精々速やかな事後の事態収拾に協力すればよいな」
「そうだ、さてこの件はこれくらいでよかろう。では次の議題に移ろう」
その後も続く議題の中で、鉄華団への贈り物として、大量の冷凍保存した牛肉を送る事も決定され、後日受け取ったユージンが処分に頭を抱えたという。
新設された火星統制統合艦隊の本拠地、軌道衛星基地アーレスの司令官室にて。
新たに着任した、カルタ・イシュー准将が、ガエリオ・ボードウィン特務三佐より任務引継ぎの為に、現状の説明を受けていた。
「わかりました、ガエリオ坊やにしてはよくやってたわね。もう少しひどい事になっていると持っていたわ」
「これでも、マクギリスに任された身だからね。色々な人の手を借りて何とかしてきたよ。正直武官のほうが気楽で良かったんだが」
そうにこやかに告げるガエリオの顔は若干不健康に青ざめており、口には出さないが、前任者であるコーラル・コンラッドの不始末の尻拭いに奔走していた事が、カルタにもわかった。
「結局処分したのは、コーラルとやらと癒着の激しかったオルクス商会他三つの商会の取り潰しだけなのね」
「手持ちの人材では、各自治政府内部までは手が届かなくてね。まあ、取り潰した商会からいくらかまともな人材も引き入れたから、今は最低よりは大分ましだ」
「良く、そこまで気が回ったわね。副官になったゼント特務三尉のお陰かしら?」
そういってカルタは、アーレス到着時にガエリオと自分を出迎えた副官のクランク・ゼントの顔を思い浮かべる。
クランク当人は、現在どこかしらマクギリスに似た容姿の特徴を持つ、カルタの親衛隊員らとシミュレーション戦で親睦を深めている。
激しい決闘の末に敗北した相手に下り、不義のあった自らの上司と刃を交えたという、クランクの経歴が、カルタ配下たちの心の琴線が触れたようであり、階級を問わない尊敬を集め、戸惑っていたなとも思い出す。
「いや、クランクも俺と似たような無骨者だからな。火星の民間人が協力してくれたんだ」
「ふうん、随分と信用しているのね。火星人がーとか言って毛嫌いしてそうだったのに」
「いや、地球にいたころの俺は狭量だったと反省するばかりさ」
そう照れるガエリオを、弟の成長を喜ぶ姉のような顔になったカルタはすぐに顔を引き締める。
「そういう人物は今後も必要そうね。資料をまとめて頂戴」
「そういうと思って用意してある。この男だ」
ガエリオは手持ちのタブレットを操作し、カルタの座るデスクのモニターにとある人物を映し出す。
「今は、地上基地の非常勤隊員扱いにしている。本業と兼任だからその点は注意してやって欲しい」
「ふうん、デクスター・キュラスター、ね。わかったわ」
カルタはモニターに映る、善良そうな眼鏡をかけて笑みを浮かべる中年男性の顔を見ながら、そう呟いたのであった。
この日から、カルタの新しい任務の日々は始まる。
「さて、後はガロウ様のご決断のみでございます」
イシュー家の奥まった当主の間、そこにある豪奢なベッドに横たわり、浅い呼吸を繰り返すやせ衰えた顔色の蒼白な老人、イシュー家当主にして前地球本部司令官であるガロウ・イシューに対して、何の感情を感じさせない声で、ダルトン家当主にして技術開発部副長であるギザロ・ダルトンは告げるのであった。
誤字脱字のご指摘、感想評価等あればお願いします。
度々になりますが、感想欄には感想以外の投稿はご遠慮ください。
デクスター「ついでに溢れた人材もうちに引き込んで、一石二鳥でした」
ルイス「僕がみっちり教育してあげるから、安心してね」
火星に残ったおっさん達も怖い。
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無理と無茶は、似て違うもの
補足 アドラーグレイズ…猛禽類の鷲(わし)の名を冠したグレイズ。
厄祭戦初期にガンダムフレーム等に施された可変機能を現代に再現した機体。
脚部の大型クローを展開する事で、対MS,MAへの近接戦闘力を向上させる。
加えて、継続戦闘能力、回避力も通常のグレイズを大きく上回る。
公式開発者は、マクエレク・ファルクとなっているが、実際の開発はギザロ・ダルトンによるものである。
「まず確認しやすが、エドモントンまで蒔苗先生をお送りすりゃその代表選挙に勝てるんですかい?」
「そうじゃの、まずは我がアーブラウの今の状況を簡単に説明しておくかの」
マルバの問いに、蒔苗はアーブラウの現状を説明する。
まず前提として、ギャラルホルンを支配するセブンスターズにアーブラウ出身者が一人としていないことと、その為にギャラルホルン設立当初から不公平な扱いを受けていたことをあげる。
各経済圏が負担するギャラルホルン基地の維持費を含む供出金は他の経済圏と比較しても割高であり、その割りに、配置される人員装備ともに他の経済圏よりも質が落ちるものしか派遣されない事、経済圏間の争議をギャラルホルンが調停する際には常にアーブラウに不利な条件を提示されること等だ。
「つまり、セブンスターズの威光で、それぞれの出身の経済圏に対しての配慮のしわ寄せが全部アーブラウに来るわけですかい」
「まあ、ギャラルホルンに経済圏を挙げて賛同したのが、アーブラウが一番最後じゃったのを今だ引きずっておるのもあるだろうのう」
要は勝ち馬に乗るが遅れたのだなと、マルバは心中に思うが相手の心証を悪くするだろう為に、口には出さない。
とはいえ、アーブラウ全体に反ギャラルホルン志向があることは理解できた。
続けて蒔苗は、最近ギャラルホルンへの積極的協力により融和すべし、とする意見で纏まったフリュウの一派が急激に力を伸ばしてきた、という事を語る。
「とすると、そのフリュウ女史は積極的にセブンスターズへ擦り寄ることで、そこらへんを何とかしようってんで?」
「それならば、まだよかったんじゃがの。アレはただの売国奴よ」
そういって蒔苗は、長いアゴヒゲをさすりつつ、顔をしかめる。
マルバの言うとおりであれば、それはそれでアーブラウの未来の為の選択であり、敗北し亡命した蒔苗も復帰にそこまではこだわらなかった。
「あの雌狐は、自身と子飼いの利権さえ保証されればよしとし、アーブラウ全体をまとめてセブンスターズの一角、ファリド家に売りとばす算段よ」
「そこまで調べが付いていて、亡命せにゃならんかったのですかい?手持ちの武力が無いと惨めなもんですなあ」
「君、先生に失礼だぞ!」
「よい、事実だからの。ギャラルホルンの持つ力を振るわれれば、ワシもただのジジイじゃったわい」
会話を聞いていた年若い秘書が、マルバの言動に制止の声を上げるも、蒔苗はそれを押し留める。
「ギャラルホルン、各経済圏を外部から監視すると言う大前提を自ら放棄するのですか…」
「お嬢様、落ち着いてください」
話を聞いていたクーデリアは唇をかみ締めるのを見たミストは、そっと諫める。
「まあ、そんなわけで議員の大半は、フリュウの台頭を望んではおらんよ。ただギャラルホルンのごり押しがその無理を押し通しておるだけじゃ。よってワシは色々な手を使うべくここミレニアム島へとやってきたわけじゃ」
「で、その成果はあったんで?」
マルバの問いに、蒔苗はにやりと笑う。
「他の経済圏首脳部からのギャラルホルンへの抗議活動と、加えて別のセブンスターズの一角と非公式ながら協力の約束を取り付けておる。加えて残してきたワシの派閥のものも動かしてアーブラウ駐在の基地司令官らも治安維持の名目で、基地周辺から動かぬという約束までは取り付けた」
「よくギャラルホルンに対して、そこまでの約束を取り付けられましたね」
「同じギャラルホルンというても、本部と支部に温度差が出るのは、お前さんたちのおった火星と基本変わらぬよ。まあ火星よりは無茶はできぬがな」
思わず驚きの声を上げるビスケットの声に、蒔苗は短く告げる。
詳しくは言葉には出さないが、アーブラウ内の基地司令官らにはそれなりの付け届け等の高待遇を、恒常的に行っていたのであろう事を匂わせた。
更にいうならば、各地の基地に派遣されるのは本部基地での政争より落とされたり、出自がセブンスターズ累系でないものが大半であり、本部への潜在的な不信感と敵愾心を抱いていることも大きい。
それらはマルバらの知るところではないが。
「で結果はどうなりやした?」
「ファリド家の当主、イズナリオ・ファリド自らが動くことで選挙監視に加えて身辺警護の名目を利用し、本部から一個連隊規模のエドモントンへの動員を行うそうじゃ」
「そんな中に飛び込もうたあ、正気ですかい?一部とはいえギャラルホルンの相当な武力が、狙って来るんですがね」
「無茶な事を言っとるのは、理解しておるよ。で、何が必要かね?」
テイワズからの資料によれば、ギャラルホルンの編成上で連隊は三個大隊に相当する。
ドルトコロニーで掃討したドルト人民軍がおよそ中隊規模であったから、およそその九倍か十倍だ。
確かに、セブンスターズの当主の一人が出張ってきたにしては小規模であろうが、虎の代わりにオオヤマネコが来たとして喜ぶネズミはいないのと同じ事だ。
「…無茶ではあるが無理ではねえってところか。まず、前提となりやすが、計画は俺達で立てますが、現地の情報が欲しい。現地と連絡を取れる人員を貸してくだせえ。そして、こちらの計画に全面的に従ってもらいますぜ」
「もっともな話だ。了解した」
「次に報酬ですが、この作戦に参加する団員がもし作戦中に負傷や死亡した場合の補償をお願いしてえ。できれば十年かそこらは本人と家族が生活に困らない額が欲しい。無論、誰も無駄に死なせる気はねえですがね」
「ふむ、ならばワシの私財から用立てよう。ついでに、成功したら全員にアーブラウの名誉市民としての資格を贈らせてもらうとしようかの」
名誉市民、アーブラウへの貢献が著しい人物に送られるそれは、生涯に渡り年金が支払われるだけでなく、公的サービスも優先的且つ無料に受けられる身分であり、それなりに厳しい審査を必要とする資格。
それにねじ込む事を、今、蒔苗は約束しているわけである。
「そして最後ですが、蒔苗先生が政権を取った暁には、ここにいるクーデリアの後見人となってもらいてえんですよ」
「ふむ、それは大きく出たな。ワシが二十前の娘さんの後見をせいと?」
「火星からアンタらの前まで、色々と面倒を潜り抜けてこれたんですぜ?その資格は充分あるんじゃねえんですかね」
ジロリと睨む蒔苗に目をそらさず見つめ返すマルバ。
暫くの間、誰も一言も発しない重たい沈黙が続き、やがて蒔苗が大きく息を吐く。
「そうじゃな。それにお主らを頼るより、現状を速やかに何とかできる手もなし。よかろう」
「では、商談成立ということで」
先ほどまでの緊張が無かったように、にこやかに握手を交わす両者に、秘書を含めて周囲は呆れ気味に大きく息を吐く。
「では早速、仕事にかからせてもらいやすぜ」
「よろしく頼むぞ。ああ、現地との連絡役は坂浦、お前に任せる」
「分かりました。業務を引き継いだ後にそちらに加わります」
蒔苗に声をかけられた秘書が、頭を下げて了承の意を示す。
「鉄華団の皆さん、蒔苗先生の第二秘書、坂浦 譲次郎(さかうら じょうじろう)です。よろしくお願いします」
「鉄華団顧問、カリー・ジャワナンだ。よろしく頼むぜ」
坂浦に対し、その場にいた鉄華団の面子が各々の紹介をした後に、マルバたちは仲間達の下へと戻り、作戦を練ることとなる。
そして皆が部屋から退出していく中、ふとクーデリアは振り返り、室内に残る蒔苗に向けて口を開く。
「なぜ、蒔苗さんは、そこまでされるのですか?このままここで過ごせば、余裕のある余生をまっとうできるのではないですか?」
クーデリアは心中の疑問を素直にぶつけると、蒔苗はくつくつと笑う。
「クーデリアお嬢さん、その考えは死人に等しい。生きている以上は、まして自分ならばできることがあるうちは足掻かずにはいられない、それが人の業と言うものじゃよ。お前さんもそう考えたから、火星から今ここに来ておるのではないかな?」
蒔苗の言葉に、一瞬はっとした表情になったクーデリアは、次の瞬間に美しい笑みを浮かべる。
「そうですね。人というものは理屈に合わないです。だからこそ素晴らしいと思います」
そう言い残し、クーデリアが去っていくと部屋に残った蒔苗は楽しげに秘蔵していた日本酒の封を切り、盃に手酌で注ぐとひと息で飲み干す。
「成る程、あのカリーという男が推すだけあって、面白い子じゃ。これならばもしかするかも知れぬな」
誰に聞かせるでもなく、一人部屋で呟く蒔苗は、政治家としての活力が、ふつふつと己の身の内で騒ぎ出していくのを感じるのであった。
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原作と比較して、エドモントンに展開できるギャラルホルンの戦力は三割程度になります。
不足した戦力は質を高める事で補われます。
黒い巨大グレイズ「おっ、そろそろ俺の出番かな?」
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目指す先は、はるか先
補足:スリングショット傭兵団…スリン・スリングとジョブ・ショットにより結成されたヒューマンデブリらによる傭兵団。
スリンとジョブが、ドルトコロニーとは異なるコロニー出身者で通学経験もあったことから所有者に重用(酷使)され、色々な経験を経て後に仲間達と所有者を始末し、その財産を手に入れたことが始まりであった。
その後、ブルワーズに吸収され、そのブルワーズが崩壊したことにより鉄華団に参加する。
「さあて、これで少しは時間が稼げるぜ」
「お疲れ様です顧問」
現在、マルバたち鉄華団はミレニアム島に設置された、航空施設を一つ間借りしている。
その施設の一角に、地球に下りた鉄華団の頭脳担当といえる者たちが集う。
マルバ、オルガ、ビスケットの元CGS組に加え、クーデリアとミスト、スリングショット傭兵団の元リーダーのスリン・スリングと元金庫番のジョブ・ショットが参加し、部屋の外では、三日月が警護に当たっている。
「おやっさんはMSの整備で不参加として、メリビットさんは呼ばなくて良かったのオルガ?」
「まあ、あの人はまだまだテイワズの人だからな、まずは鉄華団としての方針を決めてから報告するほうがいいだろ」
「そんな席に新参の俺らを呼んでくれたのは、ありがてえがよ。なあ、ジョブ」
「つまり、それだけ厄介な事。だろ?団長さん方」
スリンの問いに、かつての地球の中南米で良く見られた人種の特徴の顔立ちをし、眼鏡をかけたドレッドパーマの男、ジョブが応じる。
「そういうこった、これからの鉄華団がどうなるかがかかってるからよ」
「ほらね、重大事。勿論スリンも俺も否応無しでやるしかない」
「じゃあ皆さん、まずは蒔苗前代表との話し合いの内容を説明しますね」
ビスケットの口から、蒔苗との話し合いで決まったことが、順序立てて説明されるのを、黙って聞く一同。
余談であるが、この室内は雪之丞とエーコの手により、秘匿されていた盗聴器の類は全て取り外す等により無効化されいることをここに記しておく。
「成る程、こりゃ大事だな」
「俺達の進退、ここにかかってると理解」
ビスケットの説明を聞き終え、スリンとジョブは大きく頷く。
「僕達鉄華団は、確かに今はテイワズの傘下にいますし、ギャラルホルンという存在に対抗する手段としてはこれは有効ですので、当面はこのままでしょうが僕達の目標は、火星を本拠とした安定し且つ、強力な組織づくりにあります」
「つまりはテイワズって非合法な後ろ盾だけでなく、合法的なアーブラウの後ろ盾も、必要になるってこったな」
「その通りです。その為にも私達はクリュセ自治区を、正常な独立国家へと穏便に移行し、その政府の元で成長しなければなりません」
現在の火星の体制は、四つの地球経済圏がギャラルホルンの武力により火星を分割統治という形で成立している。
これは今は厄祭戦と呼ばれる戦争の呼び水ともなった、火星独立戦争の結果、敗北した火星政府の生き残りで編成された臨時政府との間で結ばれた、地球有利の取り決めによるものであり、この枠をまずは壊さねばならない。
その方法として、支配する経済圏の決議により火星の支配領域の開放を認めるという一文があることを、クーデリアは語る。
火星のクリュセ大学で歴史を学んだ際に知りえた事であり、締結から三百年を過ぎた今でも有効な条約に記載されている内容だが、これを実現するとなると途方もない困難が簡単に予想される為に一部の研究者や活動家以外はこの部分に触れようとはしない。
「私は武力による急激な変革を望みません。あくまで対話による解決を望みます」
「まあ、正面切ってドンパチすりゃ、ギャラルホルンに潰されて終わりだしな。だが俺らは今、上手くすれば代表に恩を売れるかもという状況にいるってことだぜ」
現状、多くの人達が諦めてきた上記の条文を満たせそうな状況に自分達がいることも含ませ、クーデリアの言葉に、マルバが頷きつつ補足をつける。
「するとだ、そのフリュウとか言うバアさんが代表じゃあ不味いわけだな」
「そういうことだ、スリン。だが、ただ蒔苗に協力するだけでいいってわけじゃねえ」
「どういうことだ?団長」
「…一つ確認、蒔苗先生の任期は今何年継続?」
「いい質問だジョブ。おいビスケット頼む」
「蒔苗東護ノ介は既に任期二十年、四期に渡り代表を務めてます。つまり僕らが生まれる前からアーブラウの代表だったってことですね」
アフリカンユニオンやSAUと異なり、再選に規制のないアーブラウでは、政権が安定しやすい反面、政策の硬直化の危機を常に孕んでいる。
実際に蒔苗のそれまでの政策は、ほぼ前任の踏襲であり、改革的というよりはむしろ保守的であった。
「そんな人物が、火星のハーフメタル利権を火星側に譲渡する、という発想をするとは考えにくいだろ、なあ」
ビスケットの説明の後のマルバの発言に、皆は頷く。
人はそれまで上手くいっていた事柄への手法を、変える事ができるものは多くない。
かつて成功していたという経験が、自身の行動を縛るからだ。
「つまり、本人が超有能、でなけりゃその蒔苗が意見を取り入れる程に信頼されてる誰か有能な人物がいるってことか」
「そうだな、俺にとっての顧問やビスケット、それにお前らみたいなやつがいると考えるほうが自然だろう」
「そして、その人物が恐らくは蒔苗さんの後継者か、そのブレーンになる可能性は高いと思う。僕らはこの人と接触して、コネクションを持たなくてはいけないんだ」
その理由をビスケットはいくつか説明するが、一番大きいのは蒔苗がかなりの高齢であるということだ。
いかに優れた地球の医療技術、その最先端を受けられる立場にいる蒔苗といえど永遠に生きられるわけはない。
鉄華団が助けて、蒔苗が政権をとったとしても、そのすぐ後に彼が死去したのでは、まったく割に合わないであろう。
「成る程、蒔苗の爺さんが倒れたとして、次の交渉相手に今から顔をつないでおく必要はあるわな」
「太い客とのコネ大事。俺達がでかくなるとより必要」
スリンとジョブにも充分な納得が得られたとみて、オルガはこれからの方針を示す。
「これからは、ここにいる連中で二つのチームに別ける。一つはエドモントンまで安全に行く為の作戦を練るAチームと、もう一つはその隠れた後継者と協力をしていく作戦を練るBチームだ。多分同時進行になるだろうから、お互いの連絡を密にしておく必要があるぞ」
そう切り出したオルガは、クーデリア、ビスケット、ミストをAチームに、マルバ、スリン、ジョブをBチームへと別ける。
団長であるオルガは、両チームの作戦を客観的に判断する為、どちらのチームにも入らないということである。
「アーブラウとの連絡員である坂浦さんが来てから、正式に動く事になるが、最悪の場合の心構えとして、隠れた後継者が望むのなら、蒔苗を見捨てる可能性があることを覚悟して置いてくれ」
オルガは、若干顔を不本意そうに歪めながらその場にいるものに告げる。
ありえない事ではない。
人は自身の上に、長期間君臨するものがいればいずれ我慢し難くなるという事は、ギャラルホルンと各経済圏との関係を見れば明らかだからだ。
隠れた後継者が、一刻も早く蒔苗を取り除きたいと願うような人物であれば、それを叶える事で鉄華団はその人物と強いつながりを持つことができるであろう。
「まあ、非情なようだけど、今まで火星の状態を放置してきたのはあの人とその周囲の人達でもあるんだから、多少のツケ払いと思ってもらうしかないね」
「私も、CGSで襲撃を受けたときから、自らの手を血で汚してでも事を成す覚悟はしております」
「クーデリア様の為であれば、私は如何様にでもお使いください」
火星から地球に至るまでに試練を潜り抜けてきたビスケットとクーデリア、ミストは少し苦笑を浮かべつつオルガに告げる。
「そう深刻な顔するんじゃねえよ、オルガよお。あくまでも最悪の場合の心構えだぜ。うまくすりゃ、それほど面倒にはならねえよ」
「そうだぜ団長、若いうちからそんなに悩んでると俺みたいに禿げるぞ?」
「スリンは頭つかわなすぎた成果。頭使う俺は毛根元気」
「うるせえぞジョブ。オメエにはトップの苦悩ってもんが判ってねえよ!」
それなり以上の修羅場をくぐってきたであろうマルバ、スリン、ジョブの三人は、オルガの気負いをほぐすようにおどけた調子で応じる。
それぞれに反応は違えど、自身を気遣う態度に、オルガは片目をつぶり笑みを浮かべる。
「ありがとよ。俺は最高の仲間たちに恵まれたようだ」
部屋の外で周囲の警戒を続けているであろう相棒の三日月を含めて、深い感謝の念を、オルガは心の底から彼らに送った。
その後に会議を終えたオルガたち鉄華団一同は、交代で初めての海を満喫した後に、夕食に坂浦から差し入れられたヒラメ、或いはカレイを出され、見たことも無い食材の料理に騒然となるも、
「おっ、なんだこりゃ、うめえじゃねえか!」
と意地からか平然を装い、一口食べたオルガの一言に勇気付けられ、皆が魚料理に舌鼓を打つことになり調理を担当したアトラとタービンズの女性陣は満足そうな笑顔であったという。
「やっぱり、オルガはすごいな」
こっそりと手持ちの火星ヤシを口に入れつつ、三日月はそう呟いた。
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おかしいな、まだ島から出れないぞ?
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森から木を取り、ばれない方法
深夜のミレニアム島、蒔苗邸にて。
人目を忍んで動く男、カルロス・デクマンがいた。
彼の表向きの仕事は、アーブラウ前代表である蒔苗に雇われた警備員であるが、副収入としてアーブラウのフリュウ派に蒔苗の情報を売ることで、それなり以上のものを上げていた。
無論、一介の警備員である彼の情報は然程重要でないものが多いが、蒔苗の情報を少しでも求めたいフリュウ派にとってカルロスの情報は、有益に累するものであったのか、フリュウ派からの報酬はカルロスの懐を暖めた。
「ワシらは明日の夜、この島に秘匿してある飛行機を使って、アーブラウに帰る」
そんなカルロスに千載一遇の機会が巡って来たのは、夕食後に蒔苗邸で働く全ての従業員、秘書から料理人まで五十数名を集めて行われた緊急の会合でのことだ。
その場にて、蒔苗が発言した内容はこの場に集まる者たちからすれば、ただの業務連絡に近いもの。
だが、これを他の組織、とりわけフリュウ派に知らせれば、今までの以上の大金を得れるということは、カルロスのいささか足りない頭でも思いつけた。
もっとも、それが発覚した場合のリスクは思い至れないのが、カルロスという男の頭の程度でる。
(さてこのあたりかな?)
明かりを落とした一室、常は食堂として使われている人気のない部屋で、カルロスはでかい身をかがめて左右を見渡す。
そこに人気がないのを確認した後に、懐から携帯型通信装置を取り出す。
ここ蒔苗邸は前代表の避難住居に相応しく、防諜の設備は充実しており、通信を行えるのは専用の通信室と蒔苗の私室に限定されている。
それ以外では通常の電波は送受信できないようにされており、カルロスたちは各室や警備詰め所に設置された専用の有線電話を使用している。
そして、通信室は特に忠誠の高い秘書と警備員が二人一組で常に見張っており、カルロス単独ではいかんともし難く、ましてや蒔苗の私室にたどり着くには、手前の控えの間にいる武装した警備員四人を相手取る必要がある。
加えていうならば、水上に建てられた平屋式の建物は、随所にある警備詰め所から床下や上空からの侵入を用意に発見できる仕組みであり潜入に難しいつくりである。
(「でもよ、この辺りだけは少し妨害が弱いんだぜ」)
(「へえ、そうかい」)
だが、同僚のホセが以前自慢げに語っていた所によれば、食堂の一部の場所だけが例外的に若干通信の妨害が弱いという。
その理由として、室内に設置してあるテレビジョンの受信装置に関係があると、ホセは語っていたが、理由などカルロスにはどうでもよいことだ。
警備員としては学はあるのだろうが、それをひけらかすホセに、カルロスはうんざりとしていたが、このときだけは感謝した。
上手くいけばホセのお陰で大金を手にすることができるからであるが、それを彼と分け合うことはないだろう。
そして、暫く身を縮めて携帯型通信装置を手に、ホセの指摘した辺りをうろつくと、ある場所で通信可能の表示が付く。
この装置は、強力な通信機能をもっており、通常であれば不安定な通信地域でも安定した性能を発揮するものであり、フリュウ派からの支給品だ。
今この通信で得られる報酬を思い、カルロスは一人ほくそ笑む。
「これで、この女っ気のない島からおさらばできて、大金も手に入るぜ」
己の得るであろう金とその使い道の事を思い浮かれるカルロス、だが、不意にその首に何かが巻きつき、その意識が遠のく。
何者かに首を締められている事までを理解したところで、カルロスの意識は途絶えた。
「ああ、顧問。今もう一匹かかった。うん、じゃあそっちにもっていく」
最後に、そんな少年の声を聞いた気がした。
何らかの刺激臭に、カルロスが眼を覚ました時、そこはどこかの室内で、自身はその床、畳の上に転がされている状態であった。
思わず起き上がろうとして、ご丁寧に自身の両手と両足が親指同士を拘束されているのか、動かせない事に気がつく。
「さて、目が覚めたかの?」
混乱状態にあったカルロスに声がかけられ、そちらを振り向くと一人の老人が立っていた。
「ま、蒔苗先生…これは一体?」
「おお、お前さんも目を覚ましたようじゃし、説明するとするかの」
そういわれて周囲を見渡すと、周囲においてある独特な日本式とされる調度品等から、自分がいるのが蒔苗の私室である事に気がつく。
その室内に自分を含めて三名の人物が、一人は警備員、もう一人は雑用係であるが、同じような状態で転がされていた。
「こ、これは一体?」
「ああ、これは今回のエドモントン行きの計画のひとつでさあ」
カルロスの疑問に答えたのは、蒔苗の後ろにいた二人の人物、悪そうな顔の中年とハゲの大男の内の一人、悪そうな笑顔をするマルバであった。
「蒔苗さんが、エドモントンに行く前のサービスでね。少し身奇麗にしようという事でさあ」
「つまり内通者のあぶり出しじゃな、それも程度の低い奴の」
「そ、それじゃ、あの会合の話は」
「嘘じゃよ。どこに飛行機なんぞ隠す余裕がある?操縦者もいないし、いてもギャラルホルンの眼をかいくぐる手段はどうするのじゃ?」
そこまで蒔苗にいわれて、カルロス含む内通者らはうめく。
ただ有力な情報を掴んだという思い込みで動いていたことに、遅まきながら気がついたからだ。
多少なりとも頭が動くか、欲に目が眩んでなければ、気がつけていたかもしれない嘘に、引っ掛かった間抜けが自分達だという事に。
「あの程度で動かされるものが三人もいたとはな、しかも事前にわざと流していた防諜の穴に食い付く始末じゃ」
「えっ、ではホセの話は」
「ワシが故意に流したものじゃ。隙があると思わせておけば、その場所だけを見張ってるだけで、愚か者がかかるでの」
「くそっだましやがっ、ぐえ」
叫びだそうとした床に転がるもう一人の警備員を、スリンが無言で暫く蹴りつけて大人しくさせる。
呻き声しか上げられなくなったその男を見て、カルロスともう一人は大人しくするしかなかった。
「じゃあ、今後の予定を説明しやすぜ」
その様子を見てマルバが話を始める。
「蒔苗先生は、俺ら鉄華団にエドモントン行きを断られて、絶望し焼身自殺を図ろうとしやす。そして警備当番のあんたら二人が気がついて止めようとするも一緒に焼死する。いやあ忠誠心ゆえの悲劇ですなあ」
「まあ、実際は使えない駒の排除だがの」
マルバの説明と蒔苗の補足に、床に転がる三人は青ざめる。
要は自分ら内通者を、何かの計画のついでに始末しようということだ。
「そ、そんな計画、少し調べたらばれるぞ!」
「調べる?前代表の私有地をかの?ないのう。残りのものが口裏を合わせればそれまでじゃ。まあいくつかの細工で何とでもなる程度よ」
「お、俺たちのバックにいる奴らの事を聞かなくていいのかよ!」
「ああ、それもいらねえです。この程度にかかる奴の情報何ぞたかが知れてやすからね。でしょう、蒔苗先生」
「その通りじゃな、こちらに取り込む手間も惜しい程度じゃ」
三人は必死に命乞いに似た提案を口にするも、マルバと蒔苗はそれらを次々と切り捨てていき、やがて彼らが無言になるのを見計らい、マルバらは次の行動に移る。
スリンとマルバは事前に用意していた容器の蓋を開け、中身を私室内に撒き始める。
それは粘性のある、刺激臭のある液体であった。
「宇宙から持ってきたナパームの材料。役に立ってなりよりだな顧問」
「そうだな。捨てるのも勿体ねえしな」
上手く自身の体に付かないように、マルバとスリンは容器の中身を撒き終える。
「まあ、そんなわけでお前さんら、これが最後のご奉公というわけじゃ。今までご苦労さんじゃったの」
「そ、そんな、先生!お許しください!」
「私達が悪かったです!これからは心を入れ替えますから!」
「悪いが、ワシは政治家になって以来、使えぬ裏切り者を許した事はないんじゃよ。一度たりとのう」
叫び、侘びを口にするカルロスたちに蒔苗は、平然とそう告げる。
これから起こる事を知りつつも、蒔苗のその声にも表情にも、一切の動揺はなかった。
その日の未明、蒔苗邸から火の手が上がり、邸宅を燃やし尽くした。
秘書の坂浦らの適切な指示により、ほとんどの従業員は手荷物とともに避難できたが、蒔苗を含む四名が行方不明であった。
夜が明けて、近くの基地からギャラルホルンの隊員が派遣されるも、私有地内のことであり、坂倉やマルバの証言に基づき蒔苗氏の自殺とそれに巻き込まれた犠牲という事で事故としての処理をされることが決まり、捜査は打ち切られる。
「さあて、次はどうするのかのう、オルガ君」
「まあ楽しみにしてなよ、爺ちゃん」
その様子を、オルガとヒゲをそり落とし、派手な洋装に着替えた蒔苗が楽しそうに眺めるのでった。
誤字脱字のご指摘、感想評価等あればお願いします。
「そういえば、どうやって隠れていたんだ、ミカ?」
「人が来たら天井の縁に張り付いて、下に人が来たら後ろに下りた」
「やっぱすげえよ、ミカは」
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病って奴は、油断が大敵
補足 各経済圏の特徴 SAUは北米出身者優遇政策のある自称自由の経済圏。
アーブラウは能力第一、ギャラルホルンアンチの経済圏。
オセアニア連邦は、縁故と根回しを重視する全会一致好きの経済圏。
アフリカユニオンは、普段は身内で争いあうが外敵には一致して対処する経済圏。
ミレニアム島にある航空施設、昨日までは鉄華団の貸切であったこの施設は、今現在島の生存者全員の宿泊施設となっていた。
炎上した蒔苗邸以外の宿泊可能施設がこの航空施設しかないためであるが、鉄華団と蒔苗邸従業員の全員を収容ができるほどの容量はなく、一部鉄華団団員が施設周辺にテントを張ったり、MSの収まっている格納庫に寝袋を置いたりする事で対応している。
「どうもすみませんね。他に場所がありませんものでして」
「いえ、大丈夫ですよ。僕らは雨風の凌げる場所なら文句はないですし、明日にはこの島を出ますから」
格納庫で雪之丞とエーコの指示の元、MSの整備等に動き回る鉄華団員を見ながら、ビスケットと蒔苗邸の従業員らをまとめているひょろ長い警備員の青年、ホセこと穂世 巧(ほせ たくみ)は会話を交わす。
「ああ、降下船を回収に来る、どこかの商会の船に乗せてもらうんでしたね」
「ええ、蒔苗さんとの交渉もこの通りの結果でしたし。こちらとしても心苦しいところです」
「いえ、先生がご迷惑をおかけしまして申し訳ありません。このお礼はいずれということで」
「ええ、今後も良い取引につながる事を祈りますよ」
傍から聞く分には、火災で焼け出された蒔苗邸の者たちを、元は間借りしているとはいえ受け入れ、怪我の手当てから寝床の世話までを見てくれた、鉄華団へのお礼の言葉。
だが、現在秘密裏に進行している、蒔苗アーブラウ帰還計画に両者が関わっているとなると、その意味合いは変わってくる。
穂世の役割は、焼け出された蒔苗邸から不安がる従業員達を上手く誘導し、ギャラルホルンの連中が島に着くまでに、従業員らの思考をまとめる事である。
「恐らくは蒔苗先生の覚悟の上の自殺であると思うが、あまり余計な推測は当局に話さないほうがいいだろうな」
航空施設に着き、鉄華団らと施設間借りの交渉を決めてきた直後に、焼け出された従業員へ穂世は説明をする。
うかつな発言をして事件の可能性を疑われた場合、ギャラルホルンの取るであろう証人にたいする拷問に近い尋問の様子を、臨場感を持ってなされたその説明は、従業員一同に恐怖と実感を与える事に成功していた。
加えて、今後の身の振り方についても、当人らの希望を出来る限り叶えるという飴も用意する。
危機に際してリーダーシップを発揮する者の言葉には逆らい難いことに加え、反ギャラルホルン精神の強いアーブラウっ子が多い事も幸いし、事情聴取に来たギャラルホルンの取調べにも一同は、ただ火災の様子のみを語るだけであった。
後は、事情を知る秘書たちがそういえばと、鉄華団に何かを断られ気落ちしていた、屈辱に耐えがたい顔をしていた等の証言を添える。
最後に、そり落として蒔苗邸の私室に捨ててきた、蒔苗のヒゲからDNAを採取でもすれば、自殺として処理されることは確実であろう。
「ああ、そうだ。もし機会があれば火星に遊びに来てください。歓迎しますよ穂世さん」
「それもいいですね。ではそれまで、お互いに幸運がありますように」
鉄華団の団員たちや自分についてる阿頼耶識システム、雪之丞の義足にも嫌悪感を出さない穂世を、好意と打算から自陣に引き入れる方法がないかと密かに算段をしていたが、表向きはただにこやかに笑っているだけであるビスケット。
悪い笑顔の大人、マルバの教育は確実に彼らに変化をもたらしていた。
「かー!青空の下、潮風に吹かれての一杯は美味いのう!」
ミレニアム島を離れアーブラウへと向かう、モンターク商会手配のタンカーのデッキ上に設置されたビーチパラソル。
その下にピクニックシートを引き胡坐をかいて手酌で酒を煽りつつ、蒔苗 東護之介はそう叫ぶ。
アゴヒゲのみを短く残して長大なヒゲを剃り落とし、麦藁帽子とサングラス、アロハシャツに白いスラックスで身を固めた彼は、アーブラウ前代表と見抜くのは近しいものか、観察眼に優れたものに限られるであろう姿だ。
そんな彼に近づき、声をかけたのは同じく上にアロハシャツを引っ掛けたオルガであった。
「何だ、爺ちゃんは元気だな」
「おお、オルガ君か、皆はどうだね?」
「酔い止めが効いて寝てるとこっすね。まさかここまでひどくなるとは計算外でした」
「まあ船の揺れは独特じゃからのう。宇宙育ちでは仕方あるまいよ」
現在鉄華団は、大人勢と整備班、女性陣のほぼ全員が絶賛船酔い中であり、比較的平気な阿頼耶識持ちの少年達がその介抱に当っている。
アジーとラフタは影響がなかったために、介抱の陣頭指揮を取る羽目になっていた。
その過程で、シノがヤマギ専属、三日月がアトラとクーデリア専属に近い配置がなされたと後々語られるようになるが、それはまた別の話。
「MS乗りやMW乗りは比較的船酔いに強い、というのは間違いなさそうだの」
「そういう爺ちゃんは、酒飲んで余裕そうだな」
「慣れじゃよ。昔はそれこそ毎日船倉で吐いておったよ」
昔を思い出したのか、少し遠い目をする蒔苗に、オルガはにやりと笑い、敷かれたビニールシートに腰を下ろす。
「エドモントンに着くまでは、祖父と孫って設定らしいからよ。予行演習って事で昔話でも聞きましょうか?」
「でかい孫じゃのう。まあええわい」
にやりと笑い返して、許可の意味の笑みを返す蒔苗の姿は、オルガの祖父といわれれば納得するほどに雰囲気が似ていた。
「とはいっても、たいした話でもないがの。昔に船で、オセアニアからアーブラウへと移民としてきただけの話じゃ」
「いや結構たいした事じゃねえか、それは」
この時代に国籍を移す事に対しては、違法性はない。
だが逆に、最低限受けられる生活保障の権利を放棄する事であり、移民先の経済圏でのしあがれなければ、野垂れ死にしても文句は言えない立場になることであった。
「それなりの勝算もあったからの。オセアニアに残るより、アーブラウへ行けばワシはでかくなれる。そう信じて行動したまでじゃよ」
「まあ、その結果アーブラウ代表にまで上り詰めたんだから、正しかったんだろうがよ。その…怖くはなかったのかよ?」
「そりゃあ、怖かったわい。それでも、オセアニアで腐りながら死んでいく事になる恐怖のほうが強かったのう」
オセアニア連邦は、ギャラルホルンほどではないが、大企業や財閥等の富裕層との血縁関係や縁故による繋がりや根回しが重視されており、才覚だけでは支配者層に食い込むのは実に困難であった。
これはオセアニア連邦内に安定した成長をもたらしたものの、見えない身分階級に従って生きていく必要を住民に生じさせていた。
よって蒔苗は、一番人種的出自的な制限がなく、法治主義の経済圏アーブラウで生きる事を決意したのだ。
「ワシがのし上がるにはアーブラウが必要じゃった。だからそうしたまでじゃ。人は生まれは選べないが、どう生きるかは自分で決められる。そういう世界は素晴らしいと思わんかね?」
「…どうすかね、俺らは生きるので精一杯だったんで、何とも」
「そこら辺は今まで放置してきたワシ等のせいでもあるか。とはいえ詫びても何にもならぬからの、精々これからのおぬしらに助言でもしておこうかの」
「何すか?聞かせてもらいますよ」
「一つ、敵を増やさず味方を増やせ。但し、裏切り者は許すな。一つ、初心を忘れず、忘れたらすぐに思い出せるようにしておけ。まあこんなところじゃ」
「聞くだけだと簡単そうすけど、やると難しそうすね」
「そうじゃの、人は感情で動くからの。生きておれば、理屈で分かっていても許せない奴は出てくるものじゃ。それでも自分の手は汚さぬほうがよいの」
「そいつの破滅に協力するのは、ありすかね?」
にやりと片目をつぶり笑うオルガに、にやりと片目を開けて応じる蒔苗。
「ありじゃの、どんどんやるとよいぞ。さて、どうじゃ一献」
「うす。いただきます」
蒔苗は手にした盃をオルガに渡し、そこに酒瓶から酒を注ぐ。
「度数はそれなりにある酒じゃ。自分のペースで好きに飲む事じゃ」
「うす、いただきます」
ゆるゆると、オルガは盃を傾け、中身を体内に摂取する。
やがて、盃を空にしたオルガは、若干頬を酒気で赤くしつつ、盃を蒔苗に返した。
「確かに、きついです。でも、何というか複雑な味すね」
「そうじゃろう、ニホンシュという酒じゃ。覚えておくと良いぞ」
「はい、そうします。では、今度は俺が爺ちゃんに」
「おう、すまんのう」
そうして一つの酒をゆっくりと楽しむオルガと蒔苗の二人は、祖父と孫のようにも、年の離れた友人同士のようにも周囲には見えていた。
誤字脱字のご指摘、感想評価等あればよろしくお願いします。
その頃の船内。
「次はどうすればいい?アトラ、クーデリア。なんでもしてあげるよ」
「ううっ、天国と地獄が、ここにある!」×2
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雪の街から、お邪魔さま
「この雪って最初はすげえ!と思ったけど、ずっと降っていられるとただ寒いだけだな」
「そうだねライド、でもフウカに見せてあげたら喜びそうだな」
「タカキは妹思いだからね。ビデオメール用のは撮影したんでしょ?」
「うん、でもこれは実際この場にいないと伝わりにくいかなって」
「ああ、確かにこの寒さとか、そうかも」
タンカーの上から、ライドとタカキ、そして船酔いから早々に開放されたヤマギの三人は、うっすらと見えてきた陸地を前に白い息を吐きながら、雪の降る中で上陸準備を整えつつ、会話を交わす。
彼らの服装は、ミレニアム島にいる時と異なり、しっかりと防寒具に覆われている。
そうでなければ、このアーブラウ最北のアラスカ地区で寒さに震えるどころか凍死も止む無しであったであろう。
船酔い前の鉄華団首脳陣は、其のあたりの対策も忘れていなかったのは幸いである。
「おう、オメエらは元気そうで羨ましいな」
「そーいうおやっさんは、まだ調子悪そうっすね」
「良くはねえな、まあマルバたちよりはましな程度だな」
「顧問は、船が苦手だったんですね」
「まあ、火星じゃ水に浮かぶ船なんざ乗ることはねえからよ。俺も今まで知らなかったがよ」
そうライドらに話しかけてきたのは日常生活可能なにまで、船酔いを克服し防寒具を着込んだ雪之丞だ。
船の揺れを意識すると気分が悪くなるためか、常以上に仕事で忙しく走り回ることで意識を逸らしている様に見られたが、一部を船酔いで脱落させている鉄華団にとってはありがたいことである。
「おやっさん、陸に上がったらそこから鉄道でエドモントンへ向かうんだよね?」
「そうだヤマギ、アンカレッジってえ街に着いたら、荷物の積み替えとかで忙しくなるぜ」
「そういや、何で鉄道なんすか?」
「ああ、ライドそりゃあよう」
「ギャラルホルンの眼に留まらず、大きい集団を動かすには鉄道が最適です。加えて鉄道の輸送部門はテイワズの影響下にあるのも大きくプラスですね」
「元アーブラウを預かるものとしては、思うところもあるが、今は幸いといったところじゃの」
「特に、この先のアンカレッジのあるアラスカ地区はほんの十年ほど前に、SAUからアーブラウの買い取った土地。もし蒔苗先生の正体に気がついても、おいそれとギャラルホルンに売り渡す事はないでしょう」
タンカー内の一室にて、蒔苗と坂浦は船酔いから復帰したクーデリアとミストから、今後の説明を受けてるところである。
今回の計画では、輸送鉄道が都市郊外しか通らないために、バルバトスらMSのエイハブリアクターの影響を、通過する都市に与えないという点は、密かに蒔苗の評価を上げている。
「よく短期間に調べたものじゃのう」
「火星である程度調べました。交渉相手のことは、知っておくべきでしたので」
加えて、地下資源をあらかた掘り尽くし、収益よりもインフラ整備等の支出が大きいとして、SAUから不経済を理由に冷遇されていたアラスカ地区を、蒔苗の指示の元でアーブラウが買収し、アーブラウ圏内を結ぶ交易と観光の都市として再興したという事実を、火星から来たクーデリアらが知っており、それを計画に組み込んだ点も高く評価していい点である。
大きな恩恵を受けた事を実感するものは、裏切りを起こしにくい事実は今だ人類に共通していますからと、クーデリアは微笑む。
「後は、ラスカーさんの働きも大きいです。蒔苗先生抜きで良く派閥を維持してましたので、楽に一列車分の貸し切りに成功しましたので」
「そうじゃな、あれならばワシの後継を任せても問題は無いじゃろうて」
「今後とも、是非お付き合い願いたいですね」
「フリュウ派閥との問題を解決できれば、であろうよクーデリア嬢」
鉄華団の計画では、テイワズ、ドルトコロニー、モンターク商会に協力をさせ、エドモントン行きの貨物を架空発注し、貨物列車一本をほぼ貸切にするという形であった。
後日、発注取り消しによる違約金という形で、幾ばくかの金銭をやり取りさせる予定であったが、蒔苗派閥の二番手と目され、蒔苗のアーブラウ帰還作戦の現地協力者でもあるラスカー・アレジの手配により、現地企業数社が貨物の架空発注を行い、かつ不自然さを感じさせない処理を行ったのだ。
各企業間の勢力を把握し、多大な影響力を持つ蒔苗派閥の力を、鉄華団首脳陣は改めて認識する出来事である。
「さて、それで列車で移動するのはワイルドウッドまでということじゃったの」
「ええ、当初はエドモントンまで向かう予定でしたが、こちらで入手した情報を元に変更しました」
「其の情報当てにして良いのか?到着等の時間的余裕が減る事となるが」
「情報源としては、半々というところですが、これを取り入れると判断をされた鉄華団の皆様を、私は信じます」
「ならば良し。一度預けた下駄を返せと文句は言わんよ。それに、女の勘というものは得てして外れ難いしのう」
そう冗談めかして了承する蒔苗に、ミストは心中安堵のため息をつく。
新たに協力関係となった、モンターク商会からの信頼という点では一段劣るものになるが、地球を拠点とするだけに情報の精度は高いと推測されるだけに、この作戦変更を蒔苗が大人しく了承するかが不安であったためだ。
迷いの無いクーデリアの横にいるだけに、その不安を仮面に押し込めることに終始していたミストはマルバのそのときの台詞を思い出す。
「まあ、あいつらがギャラルホルンに思うところがあるのは、間違いなさそうだ。最悪、俺らを出汁にしようというなら、生き延びて皆で一泡吹かせてやろうじゃねえか、なあ」
船酔いを抑えて、無理に作った悪い笑顔のマルバの顔を思い出すと、つい吹き出したくなるのを押さえ、ミストはクーデリアのサポートに務めるのであった。
その頃、タンカー内の通信室にて、どうにか船酔いを押して業務を務めるマルバと、その補佐をするビスケットがいた。
団長のオルガは、上陸の準備を指導するためにこの場にはいない。
「で、前に言っていた面白い情報の続きはどうですかい?」
「そうですね、今判明しているのはエドモントン近くのギャラルホルンの拠点のひとつ、コールドレイク基地でのセレモニー中に一波乱起きる可能性がかなり高いですね」
応じるのは、モンターク商会の代表、アルベルト・モンターク。
このタンカーの所持者だけに、タンカーから彼への秘匿通信の手段は用意してあり、比較的容易に通信を取れる人物である。
「そのセレモニーって何をするんで?」
「ギャラルホルンの新型MSの発表をするとの事です。イズナリオ・ファリド自ら参加するものですから盛大にするでしょう」
「そんなところじゃ、逆に問題なんか起きそうにないですよね、アルベルトさん」
「それは一面的な考えだよ、ビスケット君。確かに、外部からでは問題は起こすのは至難といっていいだろうね」
疑問を提示するビスケットに、アルベルトはモニターの向こうから、やんわりと否定の言葉を返す。
「…つまり、ギャラルホルンの基地で、何かを起こせるとしたら…それは同じギャラルホルン、それもかなり上のほうの思惑が絡んでいると?」
「その通りです。イズナリオという男は自身の権力を高めるために、色々な手を使っていると聞きます。恐らくはその動きを看過できぬと、若しくは邪魔と思った何者かがいても不思議ではありません」
「で、その恨まれてるイズ何とか様が本拠地からのこのこと出てくる、この機会を生かすということですかね」
「そうです。通常イズナリオの権限で動かせる規模を考えれば、三割程度の兵力で動いてくれるのですから、動く事は間違いないでしょう」
「成る程ねえ」
納得の声を上げつつも、マルバは妙にギャラルホルン内情に詳しいモンターク商会に、不審なものは感じている。
だが、その情報は有益であり、鉄華団の害とならぬ内は、彼らの思惑通りに精々踊ってやるのも悪くは無い、と考えていた。
既に、テイワズの情報部門を通し、エドモントンの詳細な地図と通常時の市内での警備体制等の情報は掴んでいる。
そこに、新たに追加されるギャラルホルンの部隊配置を想定すれば、最悪でもMWを使った議事堂への強行突破という策もとれる状況だ。
故に、傍目にはのんきな様子で船酔いを忘れた様にアルベルトとの対話を継続する。
「まあ、そのどこの誰かの計画が上手く行くといいですなあ」
「まったくですね。我々の商売のためにも」
お互いに、その本心には触れないように、情報だけをやり取りする為に。
ギャラルホルン本拠地たる洋上基地ヴィーンゴールヴ、そこにある技術開発部の機密研究室の格納庫にて。
技術開発部の副長、ギザロ・ダルトンは、目の前に並ぶ『三機』の、完成が近いと思われる大型のMSフレーム達を見上げていた。
「もう、間も無く出番だ。お主等の力、怠惰と惰眠を貪る奴らに、見せ付けてやるがよい」
『はい、父上。了解しました』
『全てはギャラルホルンの為に』
『諸悪の根源に、裁きの鉄槌を』
乗るもののいないMS達がそう応じる光景は、常から冷徹なギザロの表情に、地割れの如き強烈な笑みを刻み付ける。
もはや幕間の劇は無く、演者は一つの舞台に上ろうとしていた。
誤字脱字のご指摘、感想評価等ありましたらよろしくお願いします。
何度も書きましたが、観想以外の勘騒乱への書き込みはご遠慮ください。
「もう少し、体調の悪いままでも良かったかな?」
「おっ、どうしたヤマギ、ぼうっとしてよ」
「なんでも無いよ…ばか」
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ようこそ、素晴らしき狩猟場へ
マクエレク・ファルクという人物を一言で表すならば、「平凡」若しくは「凡才」という言葉が相応しい。
「ファリドの妾腹と足して二で割れば丁度良い」
「ほら、ファルク家の平凡な跡取りよ」
ギャラルホルン上層部の集うパーティ会場に参加する度に、そうさえずる声を耳にしては、マクエレクはその巨体を密かに震わせて不快に耐えていた。
彼自身も、自身に才覚や華というものがないことは自覚している。
自然をいじる事を禁忌とするギャラルホルンでは、整形という手段を利用できないために、父エレク譲りの巨体と部品の大きな顔のつくりは、どうにもならない。
ギャラルホルン上層部で催される社交パーティなどで同年代の眩い才覚、カルタ・イシューの高潔さと柔軟な思考、ガエリオ・ボードウィンの実直な武人の立ち振る舞い、マクギリス・ファリドが卓越した社交力、イオク・クジャンですらその天真爛漫さで、存在を高らかに示す様を、指を咥えて見ている事しかできなかった。
「グフフ、そんな日々ももうすぐで終わりだ」
誰もがマクエレク・ファルクの名を、偉大なMS開発者として記憶することになるであろうと、笑みを浮かべる。
これまでにも、アドラーグレイズと言う革新的機能を持つ機体を完成させた、技術開発部の所長である彼の、更なる研鑽の末に完成させた『グレイズシェッツエ』、その姿に人々は驚嘆し、その後に賞賛するとマクエレクは確信するからだ。
例え実際の開発者が、副長であるギザロ・ダルトンであろうとも、それを己の功績とする権力をセブンスターズが有しており、ただそれを実行しただけだと考えるマクエレクには何の問題にもならなかった。
もっとも、ギザロの真の意図に気がつかない所が、マクエレク・ファルクの「凡才」という評価は妥当なりと人知れず証明していた。
そして、マクエレク・ファルクの名が、本人の意図しない形で残る事になるのも、必然であったのかもしれない。
「この基地で新型MSのデモンストレーションをおこなう。受け入れと準備を頼む」
かつてのカナダという国の空軍基地跡を利用したコールドレイク基地は、今かつて無いほどに人で溢れている。
側近の隊員達と共に、この基地を訪れたイズナリオ・ファリド地球本部司令官代行の放った上記の一言のお陰である。
わずかな日数しかないにも拘らず、一部民間人と放送局の受け入れまでも可能とし、形を整えたコールドレイク基地司令は有能であるといえよう。
「ちっ、司令のおべっか野郎が、そんなに出世したいのか」
「枕営業でもすればいい、俺達に迷惑がかからん」
例え陰で、酷使された基地の隊員達にそのようにささやかれていたとしても、有能であるといえよう。
ともあれ、三機の大型輸送機によって、ギャラルホルンの本拠地ヴィンゴールヴから運ばれてきたコンテナと人員を、専用の一角を貸し与えてデモンストレーション当日に備えさせる。
現状でも、基地の隊員とイズナリオ直轄の隊員達の反目が頻発している状態であり、これ以上の問題はご免こうむるという基地司令の思惑もあるが、お陰で当日まで新MSの詳細秘匿に成功していた。
かくして、アーブラウ代表選挙が三日後に迫る中、行われたデモンストレーションの当日は朝より快晴であった。
イズナリオは連れの美少年と共に、基地の管制塔へと上り、滑走路の一部を改修して作られた会場を眺める。
「短い期間でご苦労であった。君のことは覚えておこう、基地司令」
「はっ、感謝の極みであります」
基地司令は美少年をイズナリオの世話係と紹介され、色々と思うところはあるものの、奥ゆかしく口には出さない。
例え、夜半に少年のものらしき呻き声が、イズナリオの宿泊する部屋からもれ聞こえてきたとしても、それは彼の職分ではないからだ。
基地司令は、己の職分に従い、整えた状況をイズナリオに説明する。
MSを扱う以上、万が一のことがあってはならない事に加え、新型MSの詳細な情報を盗み見られるのを防ぐために、報道機関は報酬次第で昨日の敵も賞賛する、と噂されるモーニングサン社一社、招待者もアンリ・フリュウとその一派らギャラルホルンの、詳しく言えばイズナリオの賛同者のみとしてある。
現在の最大スポンサーであるイズナリオをモーニングサン社が裏切る事はない。
少なくとも報酬を支払い続けるうちは、であるが。
「本日はお招きいただき光栄ですわ」
「このような歴史的場面を映像に残せるとは!」
「これもイズナリオ様のお陰です」
招待された者たちが、次々とイズナリオに阿りの賞賛を送るのを、洗練された営業用の笑みで受け取るイズナリオは、彼らへの内心の侮蔑を欠片ほども見せない。
(使えるうちは、精々と踊ってもらう必要があるからな)
そう内心を隠しつつ、連れてきた美少年のほっそりした肩を舐めるように撫で回しつつ、デモンストレーションの開始時間までは待ちわびた。
やがて時間となり、まず会場に入ってきたのは、新型MSの相手を務める為に用意された、スピアと大型の長方形シールドを装備した九機のゲイレールであった。
旧型であるはずのそれらは、技術開発部でのフルチューンを受けたお陰であるのか、操るパイロットの腕であるのか、並みのグレイズよりも動きが滑らかで無駄が無い。
ゲイレールらが管制塔に一礼し、整列し終えた頃に、先ほどのゲイレールのものよりも、力強く響く足音を立て、会場に新型MS、グレイズシェッツエが姿を現す。
その姿を見て管制塔内のみならず周囲にどよめきの声が上がる。
それはグレイズシェッツエの姿が機体の上半分が装甲の厚い大型のグレイズ、下半分が恐らく馬であろう四足獣を模した姿であることが大きいであろう。
全身を鉄色に染め、装備した銅色のランスと円形シールド、角のような一角の大型アンテナを頭頂部に輝かせる姿は、騎乗する騎士を思わせる。
その機体が三機、互いの足並みを揃えて現われた光景はまさに圧巻であった。
「素晴らしい、まさにギャラルホルンの思想を体現したかのような機体ではないか」
「はっ、まさにイズナリオ様のお言葉の通りです」
事前にスペック等のデータを知らされていたイズナリオであるが、やはり実際に稼動する姿を見れば違うものだと評価を改める。
通常のグレイズの倍のコストはかかるが、グレイズ三体を軽く凌駕するであろうと、昨日の打ち合わせで語っていたマクエレクの言葉も、あながち嘘ではなさそうであるとイズナリオに感じさせる程には、感銘を与える機体であった。
「マクエレク所長自らが操縦するほどだ、模擬戦のほうも期待できそうではないかな」
「はっ、まさにイズナリオ様のおっしゃるとおりです」
イズナリオのイエスマンと化した基地司令を、呆れたような視線で見つめるその場の一同であるが、自身もその同類である自覚がないのは実に滑稽ですぜと、マルバがいたら大笑いをしていたであろう。
「あ、あのイズナリオ様」
「うん、どうした」
「す、すいません、急におトイレに行きたくなりまして…」
「ハハハ、それはいかんな、一人で行けるかな?」
「ハ、ハイ、申し訳ありません、このようなときに」
「構わないよ、いってきなさい」
急にもじもじとし始めた美少年からの言葉に、イズナリオは笑みを浮かべて快諾する。
自宅であれば、美少年の恥じらいと苦悶の表情を楽しむ為に焦らしていたであろうが、ここは仕事場であるためにそのような事をしない程度には公私の分別が、イズナリオにはあった。
仕事場に愛人を連れてくる時点で、かなり怪しい分別であるが。
やがて時間となり距離を置いて対峙した、三機のグレイズシェッツェと九機のゲイレールグラディアトル(以下グラディアトル)との模擬戦が開始しれた。
合図代わりに、管制塔から鳴らされたサイレンに呼応し、三機のグレイズシェッツエが九機のグラディアトルを目掛けて駆けて行く。
そして、グラディアトルに接敵すると思われた瞬間に、三機のグレイズシェッツエはその頭上を跳躍する。
ほぼスラスターを用いずに、脚力を生かしたのみでのその跳躍力は、実に驚異的性能であるといえた。
が、真の驚愕は次の瞬間に起きる。
『今こそギャラルホルンを私する奸賊、イズナリオ・ファリドとその一党を誅滅する!行くぞ同志諸君』
グラディアトルの頭上を飛び越え、そのまま疾走するマクエルクの乗るグレイズシェッツエから、マクエルクの声で発せられた言葉と共に、その手に持つランスが、管制塔へと投擲される。
そのランスが、管制塔を貫いた時をもって、後に『マクエルク・ファルク事件』と呼ばれる事件は開始されたのであった。
誤字脱字のご指摘、感想評価等ありましたらお願いします。
イズナリオの性的嗜好表現にご不快な方がいたら、申し訳ありません。
彼の人間性表現に必要でしたので、ご理解ください。
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乱を正す為に乱を起こすってどうよ?
「イズナリオ様!イズナリオ様!どこですか!」
グレイズシェッツエの投擲したランスに貫かれ、瓦礫に埋もれた管制塔の室内に、イズナリオの連れてきた美少年の声が響き渡る。
そこかしこで、呻き声と助けを求める声が聞こえてくるが、イズナリオのものでないためか、美少年は特に反応しない。
「う、ううむ…ここだ…」
「イズナリオ様、そこですか!?」
イズナリオの声を聞いた美少年は、すぐさまその場へと駆けつける途中で、散乱するコンクリート片から手にすることのできる最大のものを拾う。
そして声を頼りに、下半身を瓦礫に埋もれさせたイズナリオを見つけ、
「大人しく死んでいろ、クソ野郎」
ぼそりと呟き、美少年は手にしたコンクリート片を思い切りイズナリオの頭部へと叩きつける。
「ぐぼ、びきゅ」
「しっかりしてくださいイズナリオ様!傷は浅いですよ!」
意味不明の呻き声をあげるイズナリオに、言葉だけの励ましを掛けつつ、美少年は何度も何度もコンクリート片をイズナリオの頭部に叩きつけ続ける。
やがて、驚愕の表情を浮かべつつ血の海に沈み絶命したイズナリオに美少年は表向きの悲しみの声を上げる。
だが、その内心は自らと敬愛するマクギリス兄様を苦しめ続けた外道の死を、心の底から喜んでいた。
「返事をしてください!イズナリオ様!」
「クソッ、一体どうなっている!?」
ランスを投擲したグレイズシェッツエの中で、マクエレクは混乱を抑えきれず叫ぶ。
デモンストレーションが始まったと思ったら、機体が制御から外れ、マクエレクの声で叫んびつつ管制塔へとランスを投擲していたのだから、無理も無い事だ。
そのような暴挙をして、無事に済むはずも無く、今三機のグレイズシェッツエの周囲を、多数のグレイズが取り囲んでいる。
『マクエレク様!何ということを!』
『大人しく投降してください!申し開きは法廷でお願いします』
「違う、俺じゃない、俺じゃ無いんだ!」
マクエレクはそう叫ぶも、その声は彼らには届かず、別のマクエレクの声が彼らに届けられる。
『既に、我らの覚悟は決まっている。奸賊イズナリオとその一党を討ち果たせば、後は大人しく裁きを受けよう。しかし、今はまだそのときではない!』
「ふざけるな、俺は何もしていない。冤罪だ!」
そう叫び、マクエレクは制御の利かない操縦機器を思い切り殴りつける。
『やれやれ、少しは落ち着いてくださいマクエレク様。あまり暴れられては機体に悪い影響が出ます』
「誰だ、貴様は!?」
突然スピーカーから聞こえてきた声は、マクエレクの現状を指摘する内容であり、どこかで聞いた声であった。
誰かまでは思い出せないということは、マクエレク自身の出世、立身に影響の無い人物であると評価している事を指す。
そのような人物がこの現状を把握しているという事に、マクエレクは怒りを覚え、後に処罰するためにその名を確認したいのだ。
『この作戦ではZ0(ゼットゼロ)。貴方にはツヴァイ・ダルトンと名乗れば、誰だか判りますかね?マクエレク様』
「た、たしか、ギザロの機体専属のパイロットだったか。だが、その男は死んだはずだ」
事実、ツヴァイ・ダルトンという人物は、地球軌道上での仇討ち戦の傷が元で死亡したという届出が、他ならぬギザロからあった事は覚えていた。
特に思うことなく、口先だけのお悔やみで済まし、今の今まで忘れていたことではあるが。
『確かに尋常の手段では助かりませんでした。ですが父上は天才です。私の活躍の場をまた用意していただけました』
「それは…ま、まさか」
『そうです、阿頼耶識ユニットによるMSとの一体化、その効果により私は生き延びました。いえ、新生と言い換えてもいいでしょう』
嫌悪に顔をゆがめるマクエレクに、ツヴァイはそう楽しげに歌うように告げる。
マクエレクの脳裏に、かつてギザロの研究の一つである『兵士教育プログラム』のことがよぎる。
阿頼耶識システムの導入を含めた洗脳に近いそのプログラムを、実現不可能の机上の空論として、一笑に付したものであるが、あの恐るべき男はいつの間にか完成させていたのであろう。
それを実の息子にすら適用する非情さに、マクエレクは自分の飼っていた男に恐怖を感じた。
『今はこのグレイズシェッツエが俺の体ということです。実にいい気分ですよ、これが父上の目指すものだったんですね』
「ふ、ふざけるなこの狂人が!俺を降ろして事情を説明するんだ、ファルク家次期当主としての命令だ!」
『申し訳ありません。その命令には完全に従えませんね。父上より最優先の命令を受けておりますので』
「一体何だそれは!」
『マクエレク・ファルク、貴方に英雄として死んでいただく事です』
そう答えたツヴァイの声は、マクエレクと同じ声へと変わっていた。
ここに至り、マクエレクはギザロの手のひらで踊っていた事に気がつく。
技術開発部での音声データのやり取り等を元に、マクエレクの声を合成しておいたと思われるものだけでも、その周到さを感じさせる。
「違う…俺はこんな事は望んでいない…」
両手で顔を覆い、力なく呟くマクエレクの声は、誰に聞かれること無く操縦席に浮かび、そして消えた。
マクエレクの乗るグレイズシェッツエ内部でのやり取りに関係なく、外界では事態が進んでいた。
投降を促すも拒絶の言葉を受け、基地司令とイズナリオ不在の現状で混乱しつつも、事態を引き起こした三機のグレイズシェッツエの捕縛若しくは破壊を、基地とファリド家の次席に当たる者達がそれぞれに命令を下した。
いささか以上に遅い命令であったが、三機のどれも逃亡する事が無かったために、遂行に移る事は問題が無かった。
が、実現の段階になりその難易度を彼らは思い知る事になる。
『クソッ、どういうことだ!』
『何であたらないんだよ!ヒッ』
包囲しての牽制の一斉射撃、その後の接近戦という定石で挑んだグレイズに乗る者たちは驚愕する。
まず射撃がろくに命中しないのだ。
正面はもとより、背後からの射撃すら視えているかの様に、高速で反応し回避する三機のグレイズシェッツエにグレイズは翻弄される。
そして、その突進力を生かしたランスや蹄のような脚部による攻撃を受け、ほぼ一撃で一機づつ数を減らしているのだ。
『こ、この動き、コンピューター制御では再現できないぞ!』
『ま、まさか、それでは奴らは!』
『いかにも、我らは既に人を捨て、使命にのみ生きる事を覚悟している!』
グレイズシェッツエの一機から発せられた言葉に、一部の者たちは、この性能の理由に察しが付いてしまった。
『やはり、こいつら阿頼耶識システムを体内に!』
『馬鹿な、それではもはや人ではないぞ!』
動揺するグレイズの操縦者達に更なる衝撃が襲う。
待機していた九機のグラディアートルらが、グレイズへの攻撃に参戦してきたのだ。
そのどれもが、グレイズシェッツエに似た異常なる反応速度と動きを見せたのであるから、動揺はさらに広がる事になった。
『畜生、こいつらも阿頼耶識持ちかよ!』
『い、嫌だ、こんなところで!』
元より、本部勤務と基地勤務の違いはあるが、実戦経験も無く地球から出た事のないグレイズの操縦者らであったが、禁忌を体内に埋め込んだ集団との戦闘を強いられる事により、よりその動きを鈍らせていき、五十以上あったその数を十に満たない数までに減らされてしまう。
『告げる!我らの目的はイズナリオに与する者共のみ!それ以外は手向かいしなければこれ以上の危害は加えぬと誓う!』
そして、串刺しにしたグレイズの頭部をそのままに、ランスを突きつけてきたグレイズシェッツエに対して、コールドレイクのギャラルホルンらに、それ以上の戦闘継続を望めるわけも無かった。
『判った!奴らを引き渡す!我々はもう貴公らとの戦闘の意思はない!』
『何を言う、貴様それでも!ぐぼッ』
その後はツヴァイらが手を出す必要も無く、イズナリオに与した者たちは、生き延びたコールドレイク基地のものたちにより、狩り立てられる。
MSに乗る者たちは、基地勤務のグレイズらに取り押さえられるか撃破され、基地内部に隠れていた者たちは、同じく基地勤務の者たちにより処分されるか、捕縛され、基地の格納庫の一つに、イズナリオの連れてきた美少年を含む、イズナリオ閥の生存者らは、閉じ込められる事になった。
『貴様らには、奸賊イズナリオの数々の悪行の証人となっていただく』
「ふ、ふざけるな、この下郎共ぎゅばら!」
その際に、出された条件に不服のあった者たちには、周囲のものとまとめてMSのライフル弾を馳走したためか、それ以上の抵抗は無かった。
『これで、このコールドレイク基地での目的は果たした。次はエドモントンに駐屯するイズナリオの飼い犬共を誅殺する!』
『応!全てはギャラルホルンの大義の為に!』
マクエレクの声で、ツヴァイ・ダルトンのなした宣言に、残りの十一機が高らかに応じる。
彼らの狩りは、まだ終わらない、終われない。
誤字脱字のご指摘、感想評価等あればよろしくお願いします。
「すごい、これでいつでもマッキーの言葉か再現できるのね!」
「喜んでくれて嬉しいよ、アルミリア」
(私も欲しいです、准将…)
マクギロイド、一部で大好評。
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理由のある暴力なら、こっちもあるぜ
補足:兵士教育プログラム…ギザロ・ダルトン開発の兵士強化方法の一つ。
阿頼耶識システムを通じ、対象者の脳内に直接、戦闘方法や兵士としてのあるべき姿、忠誠心などを送り込む。
対象者に、多少の精神障害が起きる場合があるので、現在改良中。
エドモントン近郊に設置された、ギャラルホルンの仮駐屯所。
そこには、イズナリオ・ファリドの引き連れてきた暗灰色のグレイズとその搭乗者、及び運用者らのための施設である。
PD世界において、搭載したエイハブリアクターの作用により電波障害を引き起こすMSは、都市部への緊急時以外の立ち入りを制限されているため、このような配慮が取られているのだ。
現在その仮駐屯所は、慌しい動きを見せている。
「グレイズ全機の稼動準備急げ!」
「3から5番!集結点呼後に直ちに搭乗だ、走れ!」
その動きの理由は、エドモントンに設置された司令部よりもたらされた指令のためだ。
曰く、コールドレイク基地にて、今回の作戦に合流予定であったマクエレク・ファルクとその配下が突如反抗を起こした。
現地にいたイズナリオ・ファリドを初め基地のものが鎮圧を試みるも、敵が強力なために攻めあぐねているという。
MS部隊は、全機を持って基地へと向かい、反抗者らの捕縛若しくは排除をせよ、との指令であった。
「準備状況はどうだ、副官」
「はっ、シーバック二佐!現在五個中隊の準備が整いました」
「ならば、最後の中隊は守備として残し、準備の完了した部隊で指令を実行する」
「よろしいので、指令では全機でとありましたが?」
「構わん、全機準備を待ちこれ以上の時間の浪費は避けたい」
既にエドモントンの司令部よりの命令から、一時間以上が経過している現状を、仮駐屯地を任されているシーバックは苦々しく思っていた。
今回の任務は、ややイズナリオ様の独断に近いものであったためか、そのほとんどがファリド家の私兵か、ファリド家の縁者である貴族階級のものが多い。
ギャラルホルンの成立の経緯からか、貴族階級のものは、MS乗りこそが戦場の華であると思っているものが大半である。
その結果、現在のシーバックの配下に貴族階級のものが多く集まっているのだ。
そして、貴族階級のものは大半が、軍人としては無能な怠け者か、無能な働き者であった。
『隊長、何をしている早く出撃だ!』
『そうだ、早く逆賊に鉄槌を振り下ろすのだ!』
『もういい、我らだけでも先行する!諸君行くぞ!』
貴族出身者で固めた一個中隊が、シーバックの命令を待たず、勝手に出撃していく。
戦功に目が眩み、軍事行動の基本である、上官命令の絶対性を致命的に理解できていないのである。
ちなみに、遅れている一個中隊も貴族階級者で形成されており、彼らは軍規を破り、エドモントンの繁華街で豪遊していたため急ぎ呼び戻している所だ。
「おい貴様ら!勝手なことを!」
「構うな、威力偵察として報告書にはあげる。残りをまとめろ」
「ハッ、了解です」
なまじまともな感性であったために、苦労の多い貴族階級であるシーバックは三十台前にしてほとんど白髪となった髪を掻き揚げつつ、副官に残りの部隊掌握を急がせた。
シーバックが四個中隊三十六機を率いて出発できたのは独断専行という名の威力偵察の一個中隊が出撃して、十分ほど経過して後であった。
コールドレイク基地までは、最大加速であれば一時間程の距離であるが、作戦開始時の燃料等を計算すれば当然全速では迎えるはずも無く、二時間程度での到着を予定している。
が、先行している一個中隊にその考えは無いのか、レーダーと通信に反応は無い。
恐らくは後先を考えない最大加速で行動しているのであろうと、シーバックはグレイズのコクピットで人知れずため息をつく。
(このままでは、ギャラルホルンは駄目になる)
事あるごとに頭をもたげる思考を、強引に断ち切り作戦に集中する。
『二佐、前方六百にエイハブウェーブ反応。先行した一個中隊のものです』
『よし、通信し状況を確認せよ』
『それが、先ほどから試みておりますが、反応がありません』
『まさか敵対勢力と交戦中か?』
『いえ、自軍以外のエイハブウェーブ反応はありません』
つまり、想定されるのは心を入れ替えた一個中隊が、合流のために待機しているか、既に撃破され敵対勢力はこの場を離れ、グレイズの感知外に存在しているであろうとシーバックは推測する。
加えて、司令部からの情報では、敵対勢力はイズナリオの連れてきた自分を含めるギャラルホルンの人員が標的であるということだ。
ならば、この場合は最悪を想定するのがシーバックの軍人としての思考である。
『敵対勢力の伏兵による襲撃が予想される。全機防御姿勢で前進せよ』
『ハッ、全機防御姿勢で前進!繰り返す全機防御姿勢で前進!』
指示を受けた副官の命令により、全機がシールドを前方に構え、ライフルを発砲可能体勢にして前進する。
先行した者たちを含め、本部勤務の多い彼らの練度は、実戦経験が少ないとはいえ、そう低いものではないのだ。
そして、シーバックらは襲撃も無く先行した一個中隊に合流することに成功した。
いや、動くことが不可能なそれは、元一個中隊というべきであろう。
先行した一個中隊は、全て撃破されていたのであるから。
『全周を警戒!敵対勢力襲撃に備えろ』
周囲を率いる部隊に警戒させ、シーバックは副官と共に、撃破されたグレイズを観察する。
『どれも同じ武器でやられてます』
副官の言葉通りにどの機体も同じ武器、筒状の巨大な矢の様に見えるもので、コクピットや頭部を貫かれていた。
さすがにエイハブリアクターを貫けるほどの威力はないようだが、コクピットを貫いている一撃は強力であったと推測された。
近接時に、このような攻撃を加える武装は幾つか思い当たるものがあったが、それらは基本単発であり、九機全てを撃破できるものとなるとシーバックの記憶には無い。
そして、近くの地面に穴を開けていた箇所にも、同じ武器がめり込んでいた。
まるで、射弾観測のような、そう思った瞬間に、シーバックの脳裏に危険信号が走り、率いる部隊に散開の指示を出そうとした。
が、次の瞬間に衝撃音が響き、周囲を警戒していた二機のグレイズが崩れ落ちる。
そして、わずかの間を開けてまた衝撃音と共に二機が落ちる。
それを目撃した、シーバックは叫んだ。
『全機散開せよ、敵は探知範囲外からの射撃を行っている!回避と探索に専念せよ!』
『残りの機体は回避と探索に移らせたか、中々いい判断だ』
着弾地点から相当に距離のある地点から、マクエレクの声を借りたツヴァイことゼットゼロが呟く。
現在のグレイズシェッツエは頭部を展開し狙撃モードへと移行している。
使う武器は弓を象った電磁投射装置、ライトニングボウという名前が付いているが、みるものが見ればそれは非人道兵器とされているダインスレイヴに酷似していると思ったことであろう。
無論、サイズはダインスレイヴに比して小型であり、射出する弾頭もレアアロイを使用していないために戦艦サイズの標的には然程の効果は無い。
加えて、射撃体勢に入ればグレイズシェッツエの強固な四肢で、体勢を固定しなくてはまともとに発射ができないという欠点があった。
だが連射機能を持つ上に、MSサイズに対しては、現在シーバックらが味わっているように充分な威力。
何よりグレイズ等のセンサー探知外からの攻撃が可能であり、阿頼耶識システムのサポートにより、その命中率は一度の射弾観測でほぼ必中の精度を生み出している。
『ああ、しかしこの阿頼耶識による機体との一体感、素晴らしいですな!』
『その通りだな、C2(シーツー)、これが本来のギャラルホルンのあるべき姿なのだろう』
『真にその通りです。早く逆賊どもを取り除き、あるべき姿へとギャラルホルンを立ち戻らせることが我らの使命ですな』
互いの乗るグレイズシェッツエの強力なセンサーにより、シーバックらのグレイズは補足され続けており、こうした会話の最中でも、グレイズシェッツエの射撃位置を素早く変えて、その攻撃位置を悟らせないように動いているのだ。
こうして、暫くの間戦闘、若しくは一方的な狩りとも言える状況が残るグレイズが一桁になるまで続き、シーバックはかろうじて生き残りの一人に入ることができていた。
『もはや勝負はついた。投降するのだシーバック二佐』
『その声は、コーリス!死んだはずでは!』
『そう、コーリス・ステンジャは死んだ!今の俺は、シーツーという使命の為の道具に過ぎない』
『ふざけるな、道具が人のように語るなど!』
『部下のことも考えるのだ、君の意地だけでどうにかできるとでも?一分やる、有効に使え』
射撃が止み、わずかな時間を与えられたシーバックは思考する。
ここまできて、未だに反撃の糸口は見つかっていない。
もし部下を盾にして、位置を補足したとしても、敵対勢力がここにいるということは基地戦力を無力化したということである。
一つのギャラルホルン基地を落とす戦力に、自分達が勝てるか?
そこまで考えて、シーバックは結論を下した。
『判った、投降しよう。部下の命は助けて欲しい』
『了解した。直ちに機体を一列に並べてから、機体を降りて五十m離れろ』
やがて指示に従い、グレイズを降りたシーバックらは、一列に並んだグレイズのコクピットが次々とライトニングボウで射抜かれていくのを見つめる。
シーバックの生き延びた部下達の中には多少の不満を持つものもいたが、今の光景に青ざめて立っていることしかできなかった。
そして、暫く後に姿を現した二機のグレイズシェッツエと、四機のグラディアートルを無感動に眺める。
『諸君らの命は保証しよう。代わりにこの場にて、迎えが来るまで待て。諸君らにはイズナリオの悪行の証人となってもらう』
「我らは敗者だ、従おう。ただ一つ教えて欲しい」
『できることなら』
「どうやって短時間で、ここまでこれたのだ。基地と此処までにはどう急いでも一時間はかかるはずだ」
『簡単な事だ。基地制圧後に、生き残りの捕虜に通信をさせた。現在苦戦中のため増援を願うとな』
「成る程、我々は戦う前から負けていたのか。回答を感謝する、貴官の名前は」
『マクエレク・ファルク、貴官のような方がギャラルホルンにいて嬉しく思う』
「その名前生涯忘れません、マクエレク様」
シーバックはマクエレクの声で返し去ってゆくツヴァイの言葉に、英雄でも見るかのような瞳をし、敬礼で見送るのであった。
本来のマクエレクの叫びを、聞くものはただツヴァイのみであった。
暫く後、仮駐屯地の目前まで到着したツヴァイ率いるグレイズシェッツエらを、門前で両腕を組み直立で出迎える一機のグレイズから、共通回線で通信が入る。
『ようこそ、反逆者の皆さん。正義の味方ごっこはそこらへんで仕舞いにしてもらえませんかねえ。地域に住む皆さんの迷惑なんですわ』
『無礼な奴め!何者だ貴様は!』
『どうも、鉄華団の顧問をしている、マルバ・アーケイってもんでさあ』
グレイズから返ってきたのは、敬意のないあざ笑うかのような声であった。
誤字脱字のご指摘、感想評価等あればお願いします。
昔のシーバックとコーリス
「シーバック一尉、これが俺と弟、オーリスとの写真ですよ。いい男でしょう?」
「そうだな、貴官に似ている(やべえ、どっちがコーリスかわからねえ)」
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留守番の、駄賃は高けえぜ?
「ほとんどの人は初めましてになるか、鉄華団の諸君。私はマクギリス・ファリド、今はギャラルホルン統制局で准将を務めている』
鉄華団がエドモントンにほど近い街、ワイルドウッドにあるアレジが別荘地として所有する土地での潜伏中に、その通信は入ってきた。
「あんたがモンターク商会の後ろ盾ってことかい」
『そうなるな、では話に入ろうかオルガ・イツカ団長にカリー・ジャワナン顧問。そしてビスケット・グリフォン君だったかな』
「良くご存知ですな、モンターク商会の調べですかい」
『これからの話を思えば、ある程度は調べるさ。ああ、ビスケット君の双子のお嬢さん達は元気かな?』
「?ええ、お陰様で問題なく過ごしてます」
『それは何よりだ。さて用件に入らせてもらってもいいかな?』
モンターク商会とのチャンネルを通じ、マクギリスが鉄華団に要請してきたことは、期間限定の戦力として鉄華団を雇いたい、言葉にすると簡単なものであった。
だが、予想される敵対する戦力がギャラルホルンの一部である、となると話は変わってくる。
『我々独自の調査により、マクエレク・ファルクの率いる一団による陰謀が、エドモントンで実行されるという情報を得た。それに備える戦力として、君達を雇いたいのだよ』
「そりゃ、光栄ですがね。正直内輪もめに巻き込まれるのは御免ですぜ。そちらの手持ちで何とかしたらいいんじゃないですかい?」
『無論、そうできればそうしたいのだがね』
マルバからの答えに、画面の向こうで少し困ったような表情を浮かべたマクギリスが、金髪の前髪を指でいじりつつ事情を説明する。
マクギリスらが得た情報は、マクエレクらが準備しているMSを使い何かをする可能性が高い、というだけで具体的な計画の情報を得ていないために、表立って今から動けない事、加えてマクギリスが現在有している手駒では、マクエレクらが動き出してからの対応に不足があるという事である。
『つまり備えとしての必要な戦力を有している君達、鉄華団に話を持ってきたというわけだ』
「お話は分かりましたがね。報酬の方はどうなります?」
『そうだな、雇用期間中のギャラルホルンに準ずる権限と報酬、必要な物資の融通といったところか。必要なら感状を出してもいい』
「地球からの安全な出発、というのはどうすかね?」
『可能だな、今私が所属し、管理しているのが地外艦隊だからね』
「そういや蒔苗先生のエドモントン入りの妨害、もなかったな」
『本来のギャラルホルンとしてのあり方、それを私は尊いと思うのでね。君たちの情報は、本部には入れていない』
そこまでマクギリスと会話を交わしたオルガは、左右にいるマルバとビスケットの顔を交互に見る。
両者とも真剣な顔で、オルガへ頷き返すのを見て、オルガは言葉を続ける。
「いいでしょう、取引成立だ。但し、どこで動くかはそちらに従うが、どう動くかはこちらに任せてもらいたい」
『いいだろう、結果さえ出してくれれば問題は無いよ。では必要な書類データ等を送るのでよろしく頼むよ』
「では、それをもって行動しますんで、よろしく」
『今後とも取引ができることを望むよ、鉄華団の諸君』
「そりゃ、あんたらの出方次第ですよ。俺達を使い潰そうとしない限りは、きっちり仕事させてもらいます」
『フフ、心に留めておくとしよう、では』
オルガの片目をつぶる不敵な笑みに対して、マクギリスは楽しげな笑みを浮かべ通信は終わる。
かくして、この時より鉄華団は地外艦隊の対マクエレクの協力組織としての行動を開始したのであった。
『逆賊討伐は結構ですがね。身内の始末なら自分の庭でするか、もっと静かにして欲しいですなあ。ねえ、ギャラルホルンの旦那方よお』
『おのれ、黙って聞いておれば鉄華団だと?火星の宇宙ネズミとゴミどもの寄せ集めの分際で!貴様ら下郎に我らの志の崇高さがわからぬか!』
『志は知りませんがね、あんたらも俺らも規模は違うが、他人に暴力を振るって飯の種を稼いでいるんですぜ、もうちっとすまなそうに、世間を騒がせしてすみません位の心持で動いちゃどうですかね?』
『救世をなした我らの祖先と貴様ら傭兵どもを、同列に語るとは!』
場面は再び、エドモントン市街にほど近いギャラルホルンの仮駐屯所へと移る。
激昂し、対峙するマルバの声が聞こえてくるグレイズに対してライトニングボウを構えるコーリスを、ツヴァイがマクエレクの声で抑える。
『落ち着けシーツー。立場が違えば、意見も異なろうというものだ。それよりも、ここにいた連中がどこに行ったのかが問題だ』
『ハッ、そうでしたすみませんゼットゼロ。自制が足りませんでした』
ギャラルホルンを内部から蝕むイズナリオの勢力を一掃する、それこそが重大事であると言外にコーリスへと伝える事に、ツヴァイは成功する。
長らくギザロの研究に協力していたツヴァイとは異なり、促成で強化されたコーリスらは不安定な面があることを改めて確認させられたところで、敷地内に立つグレイズへと語りかける。
『マルバ、とかいったな。ここにいた連中はどうした?』
『さあ?俺らがここの守りにつく説明したら、「我々は司令部を守護するから、ここは君達に任せる」って全員出て行きましたぜ』
要は鉄華団らを捨石にして、より後方へと撤退する名目を手にしたということである。
内心でツヴァイは、撤退した連中への侮蔑の言葉を吐きつつも、外には漏らさない。
『であるならば、我々は彼らを追わねばならない。加えて君達と戦う理由も無いわけだが』
『そちらはそうでも、こっちはあんたらを足止めするのが仕事なんでね』
『退けぬ、ということか』
『退けませんなあ』
『ならば、仕方ないな』
ツヴァイの言葉が終わると同時に、コーリスの乗るグレイズシェッツエの構えていたライトニングボウから矢が放たれ、グレイズのコクピットを貫く。
と同時に、白煙が噴出し辺りを白く染める。
『煙幕など無駄な…むっ』
そこでツヴァイらは己の機体のセンサー類が機能不全を起こしていることに気がつく。
『これはナノミラーチャフだと!今時こんな欠陥品を』
『落ち着け、一時の事だ。すぐに回復する』
『いやいや、そうはいかねえんですなあ、これが』
『その声はさっきの!』
もしツヴァイらの機体のセンサーが正常ならば、その声が声のしたグレイズのさらに後方、建物に隠れるように設置されたギャラルホルンのMWからその声が発されている事、MWから矢の命中したグレイズまで有線で通信装置が接続されていたことに気がついただろう。
『大量に買い付けて余ってるんでね、もっとサービスしますぜ』
そうマルバが言うと同時に、建物の影に隠れていた複数のMW、ギャラルホルンや鉄華団の持ってきたそれら十数機が、一斉に目視により砲弾を発射する。
複座式の機体から一人が身を乗り出し、目視での攻撃を可能とするMWの有効利用といえる攻撃だがツヴァイらには然程の動揺はない。
『馬鹿め、たかがMWの弾でMSにダメージなど』
『そう、ダメージを与えるのは難しいでしょうなあ。ただ足止めなら別ですぜ』
『何を…むっ、何だこの弾は!』
MWから発射された弾は、三発ほどは煙幕入りのナノミラーチャフであったようだが、それ以外は違った。
それはツヴァイらの機体の足元に着弾し粘性の塊をそれぞれの機体の脚部に付着させる。
そして、その塊は大地まで到達し、各機体をその場へと金縛りにしたのだ。
『火星特産のトリモチ弾でさあ。召し上がってゆっくりしていってくだせえ。じゃあ、俺らは次の支度があるんで失礼しやすぜ』
マルバがそう煙幕越しに言い放つ。
かすかにセンサーがMWの駆動音を捕らえ、この場所から離れていこうとするのをコーリスは感じた。
『ふざけるなぁ!』
コーリスの緩い堪忍袋の緒が切れ、自身の乗るグレイズシェッツエのパワーを全力で起動させる。
そのパワーはすさまじく、縛り付けていた大地から強引に脱出を成功させた。
『火星人どもめが!地球の土に埋めてくれる!』
『落ち着くのだ、シーツー!まだ奴らの罠があるかも知れんのだぞ!』
『ならば、その罠ごとき奴らを食い散らかして見せましょう!』
遂には、ツヴァイの制止を振り切り、マルバらが逃走したと思われる方向へと駆け出していった。
『ちっ、猪武者が!やむを得ぬ。残りのものは機体への負荷に注意しつつ、拘束から抜け出せ。その後は、司令部のある地点を目指せ。私は先行して諸君を待つとする』
ここで足止めされ、イズナリオの賊どもを逃がしてしまう可能性を考慮に入れたツヴァイは自らのグレイズシェッツエの出力を徐々に上げて、足の拘束を解きつつ残る四機のグレディアートルに言葉をかける。
ギザロの力を知るツヴァイは、たとえ単騎であろうと残党の制圧は可能という判断からの発言であったが、それはいささか鉄華団への評価が甘いものであったことを、ツヴァイはすぐに思い知ることになるであろう。
勝算無く蛮勇を奮うことは、今の鉄華団にはありえないのだから。
『顧問、一機追ってきますぜ!結構な速度だ!』
『ならグレイズの新型とかいう奴だろうぜ。一機だけか?』
全速で仮駐屯所から逃走するマルバの一団、その後方からの通信がマルバに入る。
マクギリスからの情報により、ツヴァイらのMSのデータはマルバらに送られており、雪之丞やエーコらの解析で凡その戦闘能力は把握されているのだ。
『ああ一機だけですな。しかもほぼ直線できてますぜ』
『なら、相当おつむに血が昇っているってえことだ。ようし、予定ポイントまで引っ張っていくぜ。オメエらそこまで死んでるんじゃねえぞ』
『了解でさあ』
『ガキ共に大人のテクって奴を見せてやりますぜ』
彼らは全て元一軍で構成された大人たちであり、今回の作戦に志願したMW乗りとしては腕のいい連中である。
そう大口を叩くだけあって、彼らの予定するポイントまで脱落したものは三機のみ。
強引な駆動をさせたグレイズシェッツエの脚部の不調もあったであろうが、充分に誇っていい成果であった。
そして、その予定ポイントには、二本のハルバードを四本腕に持つ方天画・激と二機の漏影が待ち構える。
『ここから先は、俺たちが相手だぜ馬野郎!』
方天画・激に乗る昭弘が、片方のハルバードをグレイズシェッツエに突きつけ、そう吼えたのであった。
誤字脱字のご指摘、評価感想等ありましたらよろしくお願いします。
「あのマクギリスって奴、どこかであった気がするんだがよお」
「気のせいじゃないですか?顧問」
気のせいではない、ビスケットよ、何故お前は気が付かないのか(ナレーション)
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劣勢なのは、そっちだぜ
皆さんも季節の変わり目の体調には気をつけてくださいね。
補足:グラディアートル…技術開発部によってフルチューンされたゲイレール。
汎用性を捨て、対MS、近接格闘戦に特化した機体。
搭乗者の技量が同格ならば、グレイズリッターと計算上は互角の戦闘能力を有する。
『マクギリス・ファリド単身にて、この場へと来い!さもなくば人質を一時間に一人ずつ処刑する』
場面は再びコールドレイク基地へと戻る。
今、基地に残ったグレイズシェッツエからの人質を楯に取った要求により、アドラーグレイズに乗ったマクギリスが呼び出されていた。
基地に所属する降伏した者たちの抗議は、彼らが肉片となることで止み、この暴虐に異を挟むものはいなくなっている。
『ククク、来たなマクギリス・ファリド!貴様だけはこの俺の手で葬る!』
『何やら随分と恨まれてるようだが、君は誰だ?』
グライダーシールドにより地球へと降下した、地上装備に換装されそのカラーリングも銀色を基調に赤で縁取るものへと変えられた、アドラーグレイズに乗るマクギリスは、余裕を崩さぬ口調でグレイズシェッツエのパイロットに問いかける。
『今はC1(シーワン)と名乗っているが、貴様にはコーラル・コンラッドといったほうが分かりやすかろう』
『ああ、貴方か。しかし恨みがあるとは心外だな。火星での件は、君の責任だろうに』
『そんな事はどうでもいい!イズナリオの手先として動いた貴様のせいでギャラルホルンは腐敗したのだ!養父共々地獄へと引導を渡してくれるわ!』
兵士強化プログラムの影響か、復讐心と忠誠心を混合させ激昂するコンラッドをよそに、マクギリスは周囲を見渡す。
そこには、アドラーグレイズとグレイズシェッツエの周囲を、残った八機のグラディアートルが取り囲んでいる。
『で、この数で私を嬲り者にでもするのかな?』
『フン、貴様如きは俺だけで充分だ。いや、貴様は俺の手で地獄に送らなくては気が済まん!』
『たいした自信だな。一対一で私に勝てるとでも言うのかな』
『機体性能、操縦の技量とも俺のほうが上だ。それに加えて、阿頼耶識システムも手に入れた!俺が貴様に負ける可能性は…ゼロだな』
表情こそ見えないが、その口調からコーラルの増長と慢心を垣間見たマクギリスは大きくため息をつく。
『やれやれ、たいした勘違いをしているようだ。ではその勘違いを正すのも私の役目だな。さあ、来たまえコーラル君』
そういってマクギリスは器用にアドラーグレイズのスピアを握ってないほうの手を使い、コーラルに手招きをする。
『貴様ぁ!舐めやがって!ぶち殺してやるわあぁぁ!』
激昂したコーラルはそのままマクギリスの乗るアドラーグレイズへと銅色のランスを構え突撃を行うのであった。
『おのれ!ドブネズミ共が!私の邪魔をするな!』
『こっちも仕事なんでね!そっちこそ邪魔なんだよ!』
ギャラルホルンの仮駐屯地付近の街道上で昭弘、ラフタ、アジーと交戦するコーリスは苛立ちの言葉をぶつける。
ギャラルホルン製でないMSを相手取っているにも関わらず、対峙して暫く経つも、今だ一機の撃破もできていないためである。
元からの資質に加え、兵士強化プログラムにより強烈な忠誠心を植え付けられたコーリスはギャラルホルンを絶対視しているために、自身の機体で中々落とせない昭弘らに強い怒りを抑えきれずにいた。
この辺りが、今だこのプログラムが試験段階である所以の一つであった。
『いっくら強くても、そんなみえみえの攻撃あたらないわよ!』
『おのれおのれ!舐めるな女が!』
加えて共通回線で時折入れるラフタらの煽りにより、その腕に装着したライトニングボウの使用を忘れるほどに、コーリスの動きは怒りにより単調化していく。
この辺りの流れは、事前にマクギリスから手に入れたグレイズシェッツエ、及び搭乗者のデータを元にビスケットら鉄華団の作戦どおりにことは運んでいた。
事前の計画がなければ既に三機のいずれか、若しくは全てが機能停止に追い込まれていたことであろうが、この場ではそのようなことは起こらず、順当にグレイズシェッツエを討ち取るための作業を着実に進行させていた。
『ラフタ、アジーさん、頼む!』
『オッケー!行くよアジー』
『ちゃんと合わせなよ、ラフタ』
その掛け声とともに、グレイズシェッツエの同じ側面に回り込んだ二人の乗る漏影のショットガンが同時に火を吹き、グレイズシェッツエを襲う。
『なめるなぁ!小娘共がぁ!』
怒り頂点のコーリスであるが、この射撃をグレイズシェッツエの跳躍力を生かし上方へと飛び、回避する。
しかしながら、それも鉄華団の計画のうちの行動であった。
『ようし、全機一斉に発射!』
マルバの掛け声とともに、ここまでコーリスを誘導し近くに潜んでいたMWたちの砲塔からトリモチ弾が発射され、グレイスシェッツエの着地予想地点に命中し予定道理に着地したグレイズシェッツエをその場に拘束する。
『なんだとお!』
『フン!』
動揺し動きの止まったコーリスへと、昭弘の乗る方天画・激が跳躍し、グレイズシェッツエの馬の背にあたる部分に飛び乗ると同時に、四本の腕のうち二本を相手の腕を上げさせ、残る二本の腕でがら空きになった胴体部を締め上げる。
『これで、しまいだぁ!』
『馬鹿な!このわたしがぁ!』
気合の入った掛け声とともにおこなった方天画・激の締め上げはその腕を圧壊させつつも、同時にグレイズシェッツエの胴体も押しつぶした。
そして、グレイズシェッツエが糸の切れた人形のようにその場にうずくまり、この場での戦闘は終結した。
『よう昭弘やったな』
『…ありがとうございます顧問』
『トリモチの除去にちょいと時間がかかる。暫くはその場で待ってな、まあ、ラフタとアジーの嬢ちゃんらに周囲を警戒してもらってるからめったな事はねえだろうがよ』
『うす』
マルバの通信に答えを返し、昭弘はやり遂げた満足そうな表情で大きく息を吐くのであった。
『何故だ!何故貴様を倒せん!』
場面は戻り、コールドレイク基地で戦闘を続けるコーラルとマクギリスであったが、状況はコーラルにとっては予想外のものであった。
高速のチャージ攻撃はことごとく回避され、ならばと放つライトニングボウは、周囲を囲むグラディアートルを楯に防御されてしまい今だ有効打をアドラーグレイズに入れることができていないのだ。
『勘違いその一。グレイズシェッツエは長距離行軍後の拠点攻略及び防御には最適であるが、対MS戦に限れば私のアドラーグレイズより優れているわけではない事』
そんなコーラルをあざ笑うように、コクピットをライトニングボウで貫かれたグラディアートルを楯にしつつアドラーグレイズがグレイズシェッツエに迫る。
咄嗟に手にしたランスでグラディアートルを跳ね除けるコーラルであったが、その背後にいたアドラーグレイズは既にその場にはおらず、中空を舞っていた。
アドラーグレイズは飛翔能力、及び飛翔体勢に移る速度においてグレイズシェッツエを上回る。
その性能をマクギリスは十二分に引き出していた。
そして、グレイズシェッツエが射撃体勢に移るより早くアドラーグレイズはその後方に着地し、手にしたスピアでグレイズシェッツエの四足の内後方の二脚の間接部に正確無比な突きを入れる。
『勘違いその二。阿頼耶識システムは装備者の空間認識能力を高め、機体性能をほぼ完全に引き出せるが、元の認識は人間のものであり、本来人間にないもの例えばスラスターや、貴方の機体の四足の後ろなどへは対応がとりにくい。まあこれは適性と慣れがあれば克服できるものだがね』
『おのれ!舐めおってからに!』
怒りの声とともに、コーラルはグラディアートルを突き刺したままの体勢でグレイズシェッツエを旋回させ、そのランスでアドラーグレイズをなぎ払おうとするが、後方の二脚が万全でないために、それでも恐るべき出力であるが、通常よりも速度も威力もない。
当然のごとく、アドラーグレイズは宙へと舞いその攻撃を回避。
すぐさま、その脚部を半回転させ巨大脚部クローを展開させ、グレイズシェッツエの両肩にそのクローを食い込ませる。
『くそう!貴様ぁ、降りろ、降りんかぁ!』
『そして最後の勘違いだが、貴様の腕は俺に遠く及ばないんだよ』
そして、振りほどこうと暴れるグレイズシェッツエの上で絶妙のバランスを保ち立つアドラーグレイズが、その手に持つスピアを両手で握りなおし、グレイズシェッツエの首元の装甲の薄い部分へと深々と突き入れ、そのままコクピット部までを貫いた。
『さて、というわけだが、おやもう死んでしまったか』
さもこともなげに呟き、マクギリスは動かなくなったグレイズシェッツエに刺さったスピアを数回ひねり、搭乗者の死亡を確実にした。
そして、モニター越しに見える、後ずさる生き延びたグラディアートルや、歓声を上げる人質達、恐ろしいものを見るような基地の生き残り達の視線を確認し、満足そうに微笑む。
「フフフ、そうだ!もっと俺を見ろ。恐怖、憧れ、畏怖。何でも構わない。もっと俺をその心に焼き付けるといい!」
聞くものもないコクピットの中で、マクギリスはそう呟き、生き延びたグラディアートルらにアドラーグレイズのスピアを突きつける。
『残りのものはどうする?ここで降伏するならは軍事裁判を受けることもできるが?』
マクギリスの言葉を最後通牒であると正確に受け止めた、生き延びたグラディアートルらはすぐさま武装を解除し、降伏の姿勢を示す。
その様子を微笑を浮かべながら見守るマクギリスは、一人呟く。
「最後の幕引きは、君達に任せるよ。鉄華団の諸君」
エドモントン再開発地区に設置された、ギャラルホルンの臨時司令部を目指しツヴァイは最後のグレイズシェッツエを走らせる。
今だコクピットでうめき続けるマクエレクを、英雄として完成させる目的を果たすまで、彼は止まれないから。
だが、その行く手に一機のMS、悪魔の名を冠するガンダムフレーム、バルバトスが立ちはだかる。
地上用に換装し、装甲とスラスターを増設したそれは、ツヴァイに向け手にした太刀を構える。
『最後まで邪魔をするか、バルバトス!いや、三日月・オーガス!』
『アンタ誰?まあいいや、オルガからの命令だからここで終わってもらうよ』
それぞれの目指すものの為に、悪魔と人馬の戦いが、ここに始まろうとしている。
誤字脱字のご指摘、感想評価等ありましたらお願いします。
『昭弘、カッコよかったよ♪』
『ラフタ、お前に怪我がなくてよかったぜ』
『昭弘…心配してくれてありがと!』
『(何この甘い空気は!)』
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ろくでなし達の祭り
やはり戦闘描写は難しいですね。
エドモントンのギャラルホルンが司令部を設置した建物、それに程近い建物の屋上に、オルガは立っている。
そこは、本来は蒔苗が所持するセーフハウスの一つであり、現在はヤマギやタカキらの放ったドローンより情報を収集し指示を出すための鉄華団の司令部となっていた。
「団長、顧問たちのほうは予定通りだそうです。あと三日月さんからこちらに近づく機体があるから迎撃するって連絡がありました」
「おう、ご苦労さんタカキ。シノたちからはまだ連絡は無いか?」
「はい、ギャラルホルンの駐屯地での戦闘開始の連絡以降まだです」
「そうか、連絡があれば知らせてくれ」
「分かりました。任せてください」
今オルガの横にいるのが、タカキ・ウノであるのは、ビスケットが一部年少者を率いてクーデリア、蒔苗らの政治工作担当の護衛、マルバが鉄華団古参を率いて仮駐屯地での作戦指揮に当たっているためだ。
オルガ自身は鉄華団の今後がかかるこの仕事では、前線へと出たがっていたが、ビスケットとマルバによって止められる。
『オメエがくたばると、他のやつらが困るだろ』
『何でも適材適所だよ。オルガは後ろでどーんと構えていてくれればいいんだから』
頭脳担当の両者から、そういわれれば否ともいえず、ここで周囲の情報を探知しつつ、作戦の経過を見守る事になったオルガは、湧き上がる焦りの感情を抑えるのに苦労をしていた。
CGSの隊長時代は常に事態の最前線に立ち動いていた身としては、現状は中々にストレスの溜まる状態なのだ。
「団長、その何かイライラしてないですか?僕なんかが副官ですいません」
「あ、いや。そうじゃねえ。タカキは悪くねえんだ、これは俺のせいだからな」
「団長の?」
「ああ、皆を率いる統べるということは、皆を信じてじっと待ってなきゃいけねえ事もある。それに慣れない俺のせいだ。そして、団員皆が団の事を考え思い、動くその行き先を示してやる、その為に俺は団長として、俺の我侭は抑えなきゃいけねえ」
オルガの覚悟を決めた横顔に、タカキは尊敬の気持ちを感じる。
「俺ももっと頑張ります!今までの三倍くらいやりますよ!」
「期待してるぜ、これからの鉄華団はお前らの力がいるからよ。けど、体は壊すなよ?」
「はい!」
笑顔で応じるタカキに、オルガの焦りの感情は静まり、いつもの様に片目をつぶり笑う余裕まで持てるまでに持ち直した。
今までの積み重ねてきた自分たちの力を信じる。
オルガは心中にそう呟き、仲間たちの報せを待つのであった。
グレイズシェッツエの何度目かのランスチャージが、バルバトスの腕を貫く、と見えたときには既に不規則な回避によりバルバトスは攻撃範囲から逃れる。
次の瞬間には、バルバトスの太刀が死角からグレイズシェッツエの四足の一つをなぎ払おうと迫るも、グレイズシェッツエはこれを跳躍により回避する。
『これも回避するか』
『それはこっちの台詞だよ』
三日月とツヴァイは既に数度の攻撃を相手に行うも、何れも同じ結果をもたらしていた。
阿頼耶識システムを装着した両者は、その適正も高いのか空間認識能力が常人の装着者よりも高く、相手の攻撃が見える。
その上で、機体との相性もよいのか対応速度も理想値に近いほどに速い。
結果として、互いに致命に繋がる一撃を与えられずにいたのだ。
長期戦は不利だと、三日月との戦闘経験のあるツヴァイは、その戦闘センスと集中力を知るだけに悟り、奥の手を切る事を決意する。
『今度こそ終わらせる!』
『また同じ事を…いや違うな!』
グレイズシェッツエのカメラアイからもれる発光に、嫌な予感を覚えた三日月は、バルバトスを大きく後退させる。
と次の瞬間、三日月の回避予定の場所をランスが通過していく。
その攻撃は今までよりも明らかに速い突きの速度と威力であり、それまでと同じ動きをしていれば致命傷を受けるところであった。
『勘のいい奴め!だが!』
ツヴァイの駆るグレイズシェッツエは今までに無い速さですぐさま方向を転換し、再度バルバトスにランスチャージを仕掛ける。
再び大きくかわす事で、ランスを回避する三日月であったが、すぐさま己の失敗に気がつき、バルバトスの機体を回転さて地に転がる。
そのバルバトスを追尾するように、ランスを持つグレイズシェッツエの反対の腕に装着されたライトニングボウの矢が、大地へと突き刺さる。
そして矢の着弾が切れるタイミングを見計らい、機体を立て直すことに成功した。
『危ないところだったな』
『良くぞかわした。が、次は無いぞ。三日月・オーガス』
三日月がグレイズシェッツエに接近戦を挑んでいたのは、絶大な威力ながら、射撃体勢時にその場に立ち止まらなければならないという欠点をもつライトニングボウの使用を封じるためであったからだ。
雪之丞とエーコの計算上では命中すれば致命的な被害が生じる、ということからまず発射させないように立ち回ることをビスケットから注意されていた事を、突然の加速したランスチャージに気を取られて失念したことを、三日月は内心で反省し口の端を歪めた。
『かっこ悪いなあ、仇討ちの人にいいようにやられるなんて…あれ?アンタ仇討ちの人だったの』
『…何のことかわからないな』
天性の直感からかそれとも阿頼耶識システムとの適正からか、一度対峙した自分のことを見破った三日月に、それでもツヴァイはマクエレクの声のままで応じる。
今この場にいるのはツヴァイ・ダルトンではなく、マクエレク・ファルクである必要があるからだ。
『まあいいや、それよりさっきのそれどうやったの?』
『お前に教える義理は…無い!』
三日月と会話を続けるうちに芽生える、三日月への共感めいたものを打ち捨てるようにツヴァイは吼え、バルバトスに攻撃を加える。
先ほどと同様のグレイズシェッツエによる高速のランスチャージの猛攻に、三日月は防戦一方の状態をとらされる。
無傷で回避しようとすれば、先ほどと同じようにライトニングボウの射撃を浴びる事になるために、致命的な部位への命中を避ける程度の回避しか取れないためである。
かといってそのランスチャージを受けとめれば、機体の重量や性能等を含めて考えれば、バルバトスの側が押し切られる可能性が相当に高いために、それも選択できないのだ。
バルバトスの各箇所に損傷を生じさせ、三日月は徐々に不利な状況に追い詰められるのを自覚し、同時に自分とその機体への苛立ちを感じた。
『おいバルバトス、俺達はこんなものじゃあないだろ…もっと力をよこせよ。あいつらに負けるわけには行かないんだよ!そうだろバルバトス!』
『もう手遅れだ、お前は俺に負けろ!三日月・オーガス!』
三日月の叫びを断ち切るように、ツヴァイをそれまでで最高速度のランスチャージをバルバトスへ繰り出す。
とった、そうツヴァイが確信した瞬間にバルバトスの姿が消える。
そのまま通過したツヴァイが振り向くと、そこにはカメラアイから発光を漏らしつつ太刀を振り上げたバルバトスと、地面に突き刺さるグレイズシェッツエのライトニングボウを装備した腕があった。
自身の機体の片腕が、バルバトスに切り飛ばされたという事実をツヴァイはこの時に初めて認識できた。
『まさか…お前も外したのか!?リミッターを!』
『さあね、教える必要は無いんだろ?仇討ちの人』
ツヴァイの驚愕した声を聞きつつ、三日月は自身の左目と鼻から流れる出血を拭おうともせずに、笑いながらそう言い放つ。
三日月自身も自分が笑っている事は認識していない。
ただ自然に、三日月の口に笑みの形が浮かんでいた。
『そうか、そうだったな…為らば参る!』
『来いよ、終わりにしてやるよ』
そして、短く言葉を交わした三日月とツヴァイはお互いの武器を構えた。
グレイズシェッツエが後方に大きく跳躍し、次の瞬間には再びランスチャージの構えを取り、バルバトスの体を貫くために突撃する。
その走りは今までと同じ疾走であるが、その走法は異なる。
今までの最速を目指すものではなく、一足毎にその歩幅を変えていた。
それは速度に任せた一撃を捨て、三日月の間合いの読みを狂わせる事で、確実に一撃を命中させるためのものであった。
相対する三日月は太刀を突きの形に構え、こちらもツヴァイの駆るグレイズシェッツエへと突撃した。
『最後に勝つのは!』
『俺のほうだ!』
叫びと共に両機は激突し、グレイズシェッツエのランスはバルバトスの右腕を完全に吹き飛ばし、バルバトスの太刀はグレイズシェッツエのコクピットを残る左腕のみで刺し貫いた。
『ハハ…見事な攻撃だ…またお前には勝てなかったな、残念だよ…』
貫かれたコクピットからの雑音混じりの接触通信で、ツヴァイの声がツヴァイのままの声で、三日月の耳に届けられる。
三日月は知らない事であるが、既に頭部だけとなりグレイズシェッツエのシステムの一部となっていたツヴァイはバルバトスの一撃からわずかに外れ、生存していたのだ。
とはいえ、生命維持装置に該当する機械は既に破壊されており、頭部のみの存在であるツヴァイの生命活動も五分と経たず停止する事は避けられなかった。
よってツヴァイは、最後の手段を選択した。
『だが、僕はお前の手では死なない!さらばだ、三日月・オーガス!敗者の最後を良く見ておけ!』
ツヴァイはそう叫ぶと、自身に取り付けてあった自爆装置を作動させる。
その爆発は然程大きなものではなかったが、それでもコクピットで無様な死に顔を晒すマクエレクと共に、爆炎の中へとツヴァイ自身を葬るには充分なものであった。
『何だよ…最後まで勝手な奴だな、仇討ちの人は』
左目から流れる血をふき取りもせずに、三日月はコクピットで暫しの残心後に力を抜いた。
『でも何だろう?すごくわくわくして楽しかったな…そして、今は少し寂しいのか?俺』
三日月は自身の心の動きに戸惑いつつも、彼の連絡を待っているであろうオルガに任務完了の連絡を入れる。
その後暫くして、シノ達流星隊が仮駐屯地に残るグラディアートルらを制圧した事により、後に『マクエレク・ファルク事件』と呼ばれる出来事は終結したのであった。
誤字脱字のご指摘、評価感想等ありましたらよろしくお願いします。
「女子供と老人だけだと、相手が油断してくれて工作が楽ですね(笑顔)」
「ビスケットさん…恐ろしい子!」
「お嬢さんも大概恐ろしいんじゃがのう…(小声)」
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我ら火星の、鉄華団
補足:ツヴァイ・ダルトン…白髪と赤目以外はアイン・ダルトンと同じ顔立ちをした青年。グルーガ・ダルトンをベースにダルトン家で製造されたデザインベビーの二番目。阿頼耶識システムを使用しないMSパイロットの強化実験に参加していたが、計画変更につき、マクエレク・ファルクの替え玉として使用された。
父であるギザロ・ダルトンを崇拝のレベルで尊敬している。
「団員の皆、ご苦労だった!火星から続いた依頼は一旦終わる!それを成功という形で完遂できたのはお前たちのお陰だ!ありがとう!」
オルガ・イツカは自身の目前に整列する鉄華団の団員たちに、感謝の言葉を送る。
マクエレク・ファルク事件から数日の後、予定より暫く遅れて開催されたアーブラウ代表指名選挙は、奈落の底から蘇った男、蒔苗が勝ち取った。
最も対抗馬であり、本命と目されていたアンリ・フリュウがコールドレイク基地で事故死しており、かつその派閥の有力者という名の売国奴たちも、アンリと運命を共にしていたためか、対抗馬が出なかったためでもある。
他の対抗馬になりそうな者たちは、事件に前後して次々と代表候補を辞退したのは、恐らく偶然であろう。
『我らアーブラウはクリュセ自治区、ひいては火星圏と真の友邦としてあらねばならん』
上の言葉により始まった蒔苗による就任直後の演説に続き、クリュセ自治区の代表をクーデリア・藍那・バーンスタインと定め、最終的には独立へ向けた支援体制をアーブラウがとることを方針として決定した。
火星を一つの経済圏として独立した存在として、確立させるべきであるという、厄祭戦後にギャラルホルンにより定められた体制に対してのある種の反逆めいた方針であり、ギャラルホルンの介入も危険視されていたが、そうはならなかった。
『ご覧ください!これが秩序の守護者といわれた者たちの姿でしょうか!』
主義も主張も金次第で有名な報道機関、モーニングサン社によりマクエレクらの襲撃を受け、エドモントン仮駐屯地や、市内の司令部から我先にと逃走を図るイズナリオ派閥のギャラルホルン職員たちの姿が、世界に発信されてしまったからだ。
ソース元は匿名とされたが、加工されたものではないと証明されたこの無様な映像により、正義と秩序の守護者というギャラルホルンの大前提を守るための実力が、ギャラルホルンにあるのかと疑問を全世界にもたれてしまったのだ。
「我々は敗者であるが、卑怯者にはならない。約定は守る」
加えて、マクエレク・ファルク事件で死亡したイズナリオ・ファリドが職責を悪用、私物化した行いを、マクエレクらに投降したシーバック二佐ら、イズナリオ配下の者たちが、降伏の際に交わした約定どおりに証言を行った。
その証言に基づき、後継者であるマクギリスの許可の下、ファリド邸で行われた監査局による捜索の結果、その証言を裏付ける証拠資料が数多く発見されてしまった。
ほぼ同時に起きた二つの出来事により、ギャラルホルンとそれを指導するセブンスターズは、内外に対する信用信頼を大きく損ね、直接的な反逆行為ならばともかく、経済圏への政治加入と取られるレベルの行為に出ることは不可能となっていた。
よってギャラルホルンは、自らが正義と秩序の守護者であることを、世界に示し続け、名誉と立場を回復する必要があった。
「前クリュセ自治区代表、ノーマン・バーンスタイン!贈賄、殺人教唆及び職権濫用罪にて逮捕する!」
「な、何だ君達は!出て行きたまえ!」
「抵抗するか!鎮圧後確保!」
「や、やめ!ごひゅ」
未明の火星クリュセ自治区、バーンスタイン邸の寝室にて、前自治区代表であるノーマン・バーンスタインは火星のギャラルホルン職員により逮捕された。
取り潰しにあったオルクス商会に残された文書、クランク・ゼント特務三尉ら元火星支部の者たちの証言により、確定された罪状は数多くあり、今後のノーマンの人生全てを衛星監獄で送らせるには充分な量であった。
このように、イズナリオ体制で見過ごされていた悪行が、世界各所で摘発されることが暫く続くことになるだろう。
ギャラルホルンが正義と秩序の守護者であり、その力もある事を証明するためにも。
「で、カルタが新代表が帰ってくるまでの臨時代表をするのか?」
「仕方ないでしょう。混乱を抑えて、新代表のクーデリアとか言う小娘が火星に戻るまでにそれなりの状態にできるのは私しかいないのだから」
「フーン、そうマクギリスに言われたら張り切るしかないよね?」
「!あ、あの金髪イジイジ男は関係ないわ!そう、これはセブンスターズとしての義務よ!義務!それに貴方にも暫く付き合ってもらうわよ、ガエリオ!」
「エッ、俺は監査局なんだけど?」
顔を腫らし、武装した屈強なギャラルホルン職員に両脇を挟まれたノーマンが、屋敷から引き出されて護送車に詰め込まれるのを眺めつつ、カルタ・イシューをからかっていたガエリオ・ボードウィンは顔をしかめる。
そんなガエリオに、カルタはふふんと鼻で笑い言葉を続ける。
「火星統制統合艦隊司令の権限です!それに貴方のお父様にも許可はもらってるわ『どうぞ使ってやってください』っておっしゃられてたわ」
「まったく、父上も人使いが荒いよ」
「それだけ父上は貴方を買っておられるのですよ、ガエリオ様。私も微力ですがお手伝いします」
「ああ、わかってるよクランク。頼りにしてるぞ」
カルタの言葉にうなだれるガエリオに、クランクは真面目な顔で応じ、それを受けてガエリオは気を入れなおす。
「そうなると、またもや人手不足か、デクスターに相談しなくてはいかんな」
「地球はここから遠いわ。できるだけ現地の人材を確保しなくてはね」
明らかに不足する業務に対しての人的資源を確保するか、カルタとガエリオの苦悩の日々はまだ終わりそうに無かった。
「なあ、ノブリスさんよ。お前さん今回の件で、大分損をした割に機嫌がよさそうじゃねえか?良ければ理由を聞かせて欲しいもんだな」
「ハハハ、そう見えますかな」
同じ頃、テイワズの本拠地歳星にあるマクマード邸にて、テイワズの代表マクマード・バリストンと世界規模の大富豪ノブリス・ゴルドンは今後のクリュセ自治区でのハーフメタル採掘権についての談合のために顔を合わせていた。
「確かに、大分あの娘には人も金もそれ以外も、ねだられましたがね。ハーフメタル利権にクリュセ復興の利権、それなりの利益はでます。がそれ以上にあの娘が大きく化けてくれたことが最大の利益といえますかね」
「クーデリア・藍那・バーンスタインか。確かにたいした成長振りだが、手駒にしちゃ少し暴れすぎねえかい?」
「いえいえ、手駒などど。もしかすれば、私を使いこなす人物になるかもしれません。それが喜ばしい」
ノブリスの笑みを浮かべながらの答えに、マクマードは顔をしかめる。
「自分の上に誰か立って、嬉しいのかい?よく分からんな」
「でしょうな、貴方は自分の主が自分でないと許せないでしょう。でもね、私のように自分が選んだ自分のための主を望む、という人間もいるのですよ」
「そういうもんかい」
「そういうものですよ」
そこまで話した両者は、お互いに理解できない感情であると思い、会話を打ち切る。
とそこに、来客を告げる知らせがマクマードに入った。
「まあいい、もう一人の客人も来たし、ビジネスの話にしようじゃねえか」
「そうですな。これからのためにもきっちりとしたものにしなくては」
部屋で話す二人の前に、案内を受けたもう一人の客人、金髪の身なりの良い中年男性が入ってくる。
「お待たせしました。モンターク商会代表のアルベルト・モンタークです」
今後の火星利権を巡る談合が、今から始まろうとしていた。
「オウ、準備は順調そうだなオルガ」
「ああ顧問、大体荷物はまとめ終わったそうす」
火星への帰還準備をすすめる団員を監督していたオルガは、マルバに返事を返す。
「すみません、まだ残ってもらう事になっちまって」
「仕方がねえだろ、お嬢さんらだけ置いていくわけにもいかねえし、所帯の増えた俺ら全員で残るわけにもいかねえ」
彼ら鉄華団はその大半が、再びタービンズと共に昌弘やスリン、音羽といった新規団員らと共に火星に帰還するが、マルバやハエダ、シノといった古参団員の一部がクーデリアらの護衛とサポートとして、暫く地球に残る事を決定していた。
「増えた連中と残った連中、お互いの顔合せにおめえやビスケットがいねえと難しいからな」
「ミカと昭弘の件は、音羽先生に相談してみますよ。まずこっぴどく怒られそうですが」
マクエレク・ファルク事件の際に、共にグレイズシェッツエを撃破した三日月と昭弘は、大きな怪我こそ無かったものの、三日月は左目が見えなくなり、昭弘は左腕の触覚を失っており、地球では医療ベッドによる治療では治癒しなかった。
阿頼耶識システムの弊害が疑われたが、そもそも阿頼耶識ステムを禁じている地球では対策が分からずじまいであった。
『まだもう一つあるし、バルバトスに乗れば見えるから大丈夫でしょ』
『問題ない。まだ戦えるし筋肉は動く』
当の本人達が然程その事を問題視していないのが、オルガやマルバらにとっては頭の痛い問題であった。
「まったく、ルイスにも帰ったら嫌味を言われそうでなあ」
「あー教官、そういうの直接は言わないですからね」
「そうだ、そのくせ絶対に忘れないで後からちくちくと言われるんだからよお」
「…まあおやっさんと、少しは宥めておきます」
視界の端に、何故かクーデリアとアトラの両者から挟まれ、頭をなでられている三日月と、それをみて笑いをこらえるフミタン・アドモス改めミスト・ランドを捉えつつ、ポツポツと今までの事や、今後の事を話し合うオルガとマルバに、呼び声がかかる。
オルガに呼びかけたのは、困ったような笑みを浮かべるビスケットと、左目に眼帯をつけた三日月であり、マルバに呼びかけたのはクーデリアとその横に控えていたミストであった。
「オルガ、相談したいことがあるんだ。こっちに来てくれる?」
「ああ分かった!今いくから待ってろ」
「マルバ顧問、次の打ち合わせお願いします」
「了解ですぜ、今行きます」
オルガはビスケットたちのほうに向けて歩き出す、とその途上で、不意に立ち止まり振り返ったオルガは、片目をつぶり不敵そうな笑みを浮かべ、マルバに声をかけた。
「じゃあ、火星で待ってますぜ…親父!」
「俺が行くまで、怪我してんじゃねえぞ、馬鹿息子!」
そう言い合うと、お互いに照れたような笑みを浮かべ、オルガは三日月とビスケットらと共に、マルバはクーデリアとミストの待つほうへと歩き出す。
これからの鉄華団の未来のために。
誤字脱字のご指摘、感想評価等あればお願いします。
次回エピローグにて完結となりますので、最後までお付き合いいただけると幸いです。
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エピローグ
補足:グレイズシェッツエ…次期主力MS開発の為に、試験的に開発された機体。
拠点制圧と拠点防御を目的としており、近接格闘能力はグレイズよりもやや強力程度のスペックしかないが、阿頼耶識システムの併用により、恐るべき威力を振るった。
四足型になったのは、新武装ライトニングボウの安定射出を狙っての部分が大。
ギャラルホルンの本拠、洋上基地ヴィンゴールヴにある、セブンスターズ専用の会議室。
そこには今、セブンスターズのトップが集結し、今後のための話し合いが行われていた。
今正装を身にまとい、議席に着席しているのは五名の男達である。
第一席に復帰したイシュー家当主であり、地球統制司令官たるガロウ・イシュー。
第二席にはエリオン家当主であり、アリアンロッド司令官たるラスタル・エリオン。
第三席にバクラザン家当主であり、総務局局長を務めるネモ・バクラザン。
第四席、クジャン家当主であり、警務局局長に就いたアリー・クジャン。
第五席、ボードウィン家当主であり、監査局局長であるガルス・ボードウィン。
「では、会議の前に新たなセブンスターズのメンバーを紹介しよう。入ってきなさい」
技術開発部で作られた車椅子上であり、また病み上がりでありながら、それを感じさせぬ重々しい声で、白髪の老人であるガロウが宣言すると同時に、会議室の扉が開かれ、二人の青年が入室し、着席している五人の前で敬礼する。
一人は金髪碧眼の美丈夫であり、残る一人は銀髪の整った顔立ちをしていた。
「二人とも、皆に名乗りなさい」
ガロウの声に応じ、二人の青年が言葉を発する。
「第六席、ファルク家当主を継承しましたグルーガ・ファルクであります。以後よろしくお願いします」
「第七席、ファリド家当主を継承致しました、マクギリス・ファリドです。どうぞよろしく願います」
短い紹介を終え、ガロウが頷くと同時に、グルーガとマクギリスは着席する。
この席次は、今回起きたマクエレク・ファルク事件に基づき、職務に不備があったとしてボードウィン家を第五席、事件を起こしたファルク家を分家より養子を迎え当主を交代させ第六席に、事件被害者であるがその根源となる不祥事を起こした責として、ファリド家を第七席としたことによって決まった。
だが、実際には名声を落としたギャラルホルンを立て直すために、最適な配置を行った結果でもあった。
無論、事前の着席する五名の談合により、通知と了承はされており、反対するものはいない。
ともあれ新たにこの場に集う七名の会議は始められる。
「クジャン殿の迅速なる対応にて、我らギャラルホルンの信用は幾分かは回復された。だが、今回の事件を奇貨とし、ギャラルホルンを本来の組織意図へと改善するべきである」
第一席として、この会議の議長を務めるガロウの言葉から開催された会議、事前の打ち合わせにより決められた議題に基づいてはいるが、いくつかの変更点や時期尚早として取り下げられたものもあったが、以下のことが決定される。
最初に決定されたのは、ギャラルホルン職員の採用基準の変更、とそれに伴う貴族枠の廃止である。
地球出身者である事を前提とし、セブンスターズ縁(ゆかり)のものを優先していたものを改め、本人の才覚と忠誠があれば出身を問わないものとした。
これまではセブンスターズ縁のものや功績者の血縁を優先する事で、外部勢力からの工作や介入を防止し、内部においてはセブンスターズの権威を確実とするための貴族枠であったが、今回の事件により、戦力として期待できない事が露呈し、逆にその弱兵を優遇するセブンスターズに恨みが溜まると判断されたのだ。
次に、警務局を廃止し各経済圏に警察権を譲渡し自治警察の設置を認める事。
その上で、外部勢力への捜査組織として情報局を新たに設置し、局長としてアリー・クジャンが就任する事もあわせて決定される。
これは、それに伴い行われる人員や設備の整理し少数精鋭による諜報活動に専門化させ、経費を削減と事前の事態察知能力を向上するための方策だ。
そして上の二つは、技術開発部を技術開発局へと昇格させ、その局長にグルーガ・ファルクが就任する事に繋がる。
これは、これまで停滞気味であった、MSを初めとする武装開発をより強力に推し進める為に必要な措置であり、その為の予算と人材を拡充させる目的を含めて、上の二つの処置が必要とされたのだ。
副局長をギザロ・ダルトンとすることも決定されたグルーガには、特に反論はない。
最後の一つは、これまでほぼ機能していなかった地外艦隊の職務を一新し、即応艦隊として再編成する事。
司令官は前任者であるマクギリスが就任する事が決められたのは、今回の事件解決への貢献と、一番苦労する部分を担当させる懲罰の両方が加味されてのものである。
加えていうならば、技術開発局の試作武装を実戦での実験をする事と、情報局との連携任務も見越しての事であった。
危険はあるが、その分今後人々の耳目を集めるであろう組織のトップになることは、己の力量を確信するマクギリスにとっては、むしろ望むところであった。
「このアリー・クジャン、新たな任を謹んで拝命しよう」
「グルーガ・ファルク、身命を賭して一任を全ういたします」
「マクギリス・ファリドたる私の、全能にて当たらせていただきます」
各々が異なる表現にて、就任の了承を表明し、今回の会議は終了となる。
この新たなる四つの変更により、ギャラルホルンはより精鋭の、強力な軍事組織としての道を歩むことになる。
その途上でどれほどの混乱が起きるとしても、彼らはその役目を果たす為に動き出す。
例え、それがギャラルホルン以外の誰もが口を揃えて、お前らは要らないと叫ぼうともその歩みは止まらないし、止められない。
魔の狼を紋章とする黄金の青年は、自らを輝かせる舞台の為に、邪の竜の紋章を持つ男は、自身の権力を浸透させるために、そして世界蛇の紋章を持つ銀の青年は、実父の目的を果たす為に、残る者たちも、使命、義務、友情、愛情を胸にこの新たな演目へと心を躍らせる。
そこには、ギャラルホルンの創設者たちの人類の守護者たる意思は、どれほどに反映されているのであろうか?
だからこそ、同じ基地内で銀髪の脚本家は、密やかに笑う。
「笛吹きどもも、悪魔も、天使も、ワシの創造物の為に踊り果てるがいい。人類はワシがワシの為に統治してやろう」と。
-マルバ・アーケイ、再起する- 完
『私の目的の為に、お前の力を貸しなさい!ヴォラク!』
『英雄は俺一人でいいんだよ、ガエリオ!』
『ソロモンの指輪、その力にひれ伏すがいい!』
次回作『熱き血潮の、カルタ・イシュー』(仮) 現在構成中
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