オールド・ワン (トクサン)
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鉄屑の底に沈む

 アーマードコアも好きだけれど、ガングリフォンとかヴェルベットファイルも好きだった、あと機甲兵団Jフェニックスとか……でも個人的に一番なのは黒百合なんです。
 あの破損した装甲を脱ぎ捨てて一撃入れる様がたまらんのです(恍惚)



 BF(バトルフレーム)

 

 戦場の主力となる強化外骨格、人間の体を完全に覆いつくし、胸部にて収容、直接操縦が可能な人型軍事兵器。過去から現在に掛けて、戦車や戦闘機が活躍する時代は終わりを告げ、各国の主戦力はこのBFを中心に構成されていた。あらゆる地形、気候に対応し、武装による制限が存在しない汎用兵器。

 今から十数年前に開発されたのが第一世代機、最初期の機体は数が少なく全てが傑作と呼ばれた。彼ら彼女等は尊敬の念と共に『オリジナル』と呼ばれ、多くの戦場で活躍、奮闘を見せ、後のBF開発の先駆けとなった。

 

 しかしそれも既に過去の話、現在のBFは第五世代、第四世代機が戦場を闊歩し、第一世代は愚か第二世代機も姿を見ない。世代は移ろい、彼らオリジナルの戦場は既に何処にも無かった。

 しかし、未だに戦場で戦う第一世代機が一機、残っている。

 装甲が分厚く、何度被弾しても蘇る第一世代機、通称【オールド・ワン】

 最後に残された第一世代機(オリジナル)、残された一機(ワン)、彼は兵器として生きてから凡そ十数年間、ただ只管に戦場を駆け回った。自身を除く全てのオリジナルが退役し、兵器としての生を終えたとしても、彼は決して倒れなかった。元よりオールド・ワンの機体コンセプトは【不壊】、何度被弾しようと決して倒れない不死身性を持つ機体、それが彼を戦地に留め続けていた。

 

 BFは日々進化を続けている。

 彼は改修を繰り返しながらも、しかしその動力源であるコアは第一世代のままであった。出力が変わらない、それは強力な兵器を搭載できず、また今以上の装甲は積み込めないという事。

 一年が過ぎ、二年が過ぎ、既に彼我の性能差は雲泥の差と言う他無いところまで来てしまった。如何にオールド・ワンが優れた兵器であっても、或は蓄積された経験があったとしても、その性能差はどうこう出来る場所になかった。第一世代と第五世代では、既に勝負のステージが異なるのだ。

 

 そしてBFが開発されて十八年、オールド・ワンは遂に最後の時を迎える。

 旧ロシア連邦、カストーネ渓谷。

 帝都の誇る第三強化外骨格部隊、オールド・ワンはその一員として旧ロシア領土へと派遣された。そしてカストーネ廃都市での作戦行動中、ガンディア先遣隊と遭遇戦。敵の狙いは旧ロシア領の暫定統治を行っているシーマルクへの威力偵察。図らずも帝国の増援隊と鉢合わせたという結末。

 戦闘は二日間に及び、正面からの撃ち合いでは帝国軍が圧倒した。しかし、潰走した敵を追撃中、ガンディア増援部隊による超長距離狙撃を許し、オールド・ワンはコアに直撃弾を受けた。

 結局その戦闘は追撃中止となり、そのまま部隊はシーマルクへと収容。共和国であるシーマルクで修理作業を行ったが、コアの損傷率が規定値を超えるという結論に至り、【オールド・ワン】は祖国以外でのスクラップ処理が決定した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 オールド・ワン、その名は五年前に定着した異名である。

 ロールアウトしたばかりの当時、BFという存在が時代の尖兵でしか無かった時代、彼は【重鉄】と呼ばれていた。それは彼のコンセプトから取って付けた名前であり、オリジナルの一機として数多の戦場を駆け抜けた。

 しかし、それも既に過去の話。

 オールド・ワン、時代に取り残された老兵、死に場所を失った亡霊、そう呼ばれ始めたのは記憶に新しい。彼自身も、自分が何故ここまで戦い続けるのか疑問ではあった。既に隣に並び立つ同胞は鉄屑に還り、切り開いた道からは新たな世代が生まれていた。自身が先頭に立って戦う時代は終わり、第二、第三、第四と、徐々に新しい兵器が生み出され、気付けば自分の戦場はどこにも無かった。

 ただ、意地を張っていた。

 そう言われれば、そうなのだろうと。

 彼は独りでに思う。

 

 場所はスクラップ工場、通称【兵器の墓場】

 戦場で修復不可能な被害を受けたり、或はロールアウト直前で審査に引っ掛かった不良機体を廃棄する為の場所。そこには数多の機体が鉄屑として押し込まれ、暗い暗い奈落の底に埋まっている。

 嘗てオリジナルと呼ばれ、戦場の花形を全うした彼――オールド・ワンも此処に居る。積まれ、山となったスクラップの上に横たわり、既に切れかけの視界情報をただ眺めている。コアが撃ち抜かれ、稼働率が十パーセント未満の状態で彼は生き永らえていた。

 機体は右腕が丸ごと抉られており、腹部に至っては風穴が空いている。その陰から半分消えたコアが顔を覗かせており、時折火花を散らしている。

 見上げる天井は高く、コンベアから流れて来るスクラップが広い奈落を少しずつ埋めていた。それは被弾し鉄屑になった機体であったり、品質に問題のある新品同様の機体であったり、様々だった。

 

 こうして上を眺めているだけで、自分はいつかこの死体の中に埋もれるのだろうと彼は考えた。シーマルクはアジア同盟国の中でも力を持つ国であり、暫定統治を行う都市であってもかなり大規模なBF製造工場を持っている。この山の様に積まれた機械を見れば誰でも分かる事だ。

 オールド・ワンのスクラップが決定した時、誰もが何も言わなかった。ただ少しだけ、残念そうに視線を伏せるだけであった。そういうモノなのだろうと思う、あるいはその程度の情だったのだろうと、彼は彼なりに納得している。あの部隊に編入して数年足らずだが、あからさまな侮蔑の視線が無かっただけマシなのだろうとポジティブに考えた。

 部隊ではお荷物が一人居るだけで何人も死ぬ、だからこそ時代に取り残された骨董品が何処まで戦えるのか、最初こそ心配だったに違いない。受け入れて貰えただけ儲けもの、そうノイズの奔る思考で考えてはみるものの、やはり少しだけ悲しく思った。

 

 彼は横たわったまま自身の左右を挟む様に、また彼と同じように上を向いている僚機を見る。彼よりも幾らかスマートなフォルムで、その装甲には無数の弾痕、溶解した痕が見られる。オールド・ワンと同じように何度も改修され、何度も戦場へと駆り出された戦友。その二機もまた、彼と同じようにスクラップの中に在った。

 AI制御の僚機はマスター個体である彼の命令に従って共に戦ってきた。AIには学習機能が搭載されている、彼が得意な戦術も、癖も、陣形も、二機は全て記憶していた。十数年と共に戦ってきた両機は最早命を預けるに足る唯一無二の仲間であり、決して裏切らない友でもある。

 そんな彼らが自身と共に力尽きる。彼らは未だ現役だ、コアこそ第一世代のモノだが自身と違ってコアを損傷していない、動かそうと思えば動かせる筈だった。しかし、彼らは此処に放り込まれた。

 それは所詮第一世代の機体である事もそうだが、何よりメイン個体であるオールド・ワンがスクラップにされた場合、AIの初期化設定が面倒であるというクソの様な理由。

 十数年戦い続けたAIなど、恐らくこの二機だけだろう。その学習履歴は膨大な数に上り、それらを全て消去して真っ新な機体として運用するには、二機とも年を取り過ぎた。であればその手間を他の機体に回したい、何なら鉄屑にして資材にした方が余程効果的である、そういう事なのだろう。

 

 オールド・ワンから命令の出されていない二機は微動だにしない、一度戦場に出れば自分と共に奮闘する二機は、糸の切れた人形という表現そのままに横たわっている。頭部のモノアイからは小さな赤いランプが点滅するだけで、その視覚は遮断されていた。彼らの目には暗闇しか見えていないだろうし、AIも動いてはいないだろう。

 オールド・ワンはその姿を見て唐突に泣きたくなった。

【重鉄】の名を授かり、時代の尖兵として踏み出したこの身、我が国の為にと戦い続けた果てが――このザマか。

 

 恐らく今まで廃棄されたオリジナルもまた、同じような末路、同じような感情を抱いた筈だ。祖国の為に戦い、祖国の為に死に、祖国の為に鉄屑と成り果てる。そこには何の見返りも無く、両手に抱き絞めていた祖国への愛から得られる対価など、誇り(プライド)や名誉と言った実態を持たない鉄屑(ガラクタ)

 いや、それを両手に持っていた時には確かに光り輝いて見えるのだ。誇らしく、手に持っているだけで胸を張れるような、そんな力強さに満ち溢れていた。しかし一度、たった一度でも真実(スクラップの底)に堕ちれば分かる、そんなものはただの虚像に過ぎず、そこにはただ兵器を消耗させるだけのマヤカシがあるだけだと。別段、祖国を恨んでいる訳ではない、彼は彼なりに祖国を愛していたし、でなければ当時眉唾物だったBFになど関わりはしないのだから。

 この身になって十数年、当時若人だった自分も良い年だ、今死んだとしても惜しくは無い。

 しかし、その結末がこのスクラップの底であるのならば、それは到底受け入れられない事実だった。特別な褒章を貰うつもりもない、恩に報いろと祖国に強請るつもりもない。

 ただ嫌だったのだ、戦い続けた己の生が、こんなにも呆気なく――祖国の栄達を目にする訳でもなく、何か多大な貢献を成して逝くわけでもなく、朽ちて行くのが。

 オールド・ワンには我慢出来なかった。

 

 

 ――ここで終わるのか、自身の十数年の戦いは。

 

 

 辛うじて動く左腕を伸ばし、横たわった僚機に触れようとする。

 しかし指先が触れる事は無く、頭上から降って来る廃棄物が屍の山を積み上げるだけ。其処にはそれ以外の音も、動きも無く、ただ死を待つ者の為の墓場だけがあった。それがまるで、「お前は此処で終わりだ」と言われている様で、オールド・ワンは猛烈な怒りを覚えた。

 BFに繋がれてから久しく忘れていた感情の激流、或は生への執着。伸ばした腕を屍の山に叩きつけ、装甲同士が擦れ火花を散らした。鉛色に輝くそれに自身の姿が反射し、ボロボロになった頭部装甲が見える。

 そこからモノアイが爛々と輝き、不気味な唸りを上げていた。

 

 

 ――終われる訳がない、こんな場所で、こんな結末で。

 

 

 納得など、出来るモノか。

 

 生きるのだ。

 

 そう決意した瞬間、オールド・ワンの心中は驚く程晴れやかになった。

 そして、神が微笑んだとしか言えないタイミングで頭上から廃棄された機体が降って来る。それは大きな破砕音と共に屍の山へと落下し、オールド・ワンの目の前へと転がった。

 真新しいフレーム、装甲の装着されていない基本骨格状態のソレ。剥き出しのフレームに包まれる様にして存在する動力炉――コア、見る限りソレは第五世代の機体であり、オールド・ワンの第一世代コアの出力を遥かに凌ぐ性能を誇っていた。

 綺麗に繋がれた動力炉、繋がれたパイプからフレーム全体へとエネルギーが伝達されている。恐らく装甲を纏わせ、人を搭載すれば真っ当な兵器として稼働するであろう、オールド・ワンの目にはコレのどこが不良品なのか全く分からなかった、或は外見的な差異は無く、動力炉やフレーム内部に異常があるのかもしれない。

 いや、それでも構わなかった。

 既にこの身は老いぼれ、第二世代どころか第三世代にも届かない出力しか持たない。砕かれ穴の穿たれたコアは風前の灯火だ、このままじっと時を待てば何れ機能を停止し永遠に動く事は無いだろう。

 そう考えれば、不良品だろうが何だろうが、構わなかった。

 

 オールド・ワンは横たわった機体に辛うじて動く左腕を伸ばし、その剥き出しの動力炉を引っ掴んだ。そのまま力任せに引っ張れば、バチバチッとパイプが弾けフレームからコアが露出する。動力炉――コアがフレームへと伝達していたエネルギーが途切れ、フレームに走っていた伝達回路の光が形を潜めた。

 コアは球状で、拳程度の大きさだ。青紫色の不気味な配色で、その表面は妖しい光を放っている。これ一つでBF一機分の動力を全て補うと言うのだから凄まじい、手のひらからは第一世代とは比べ物にならない程のパワーを感じた、ただ持っているだけでエネルギーの波動を感じるのだ。

 自身の使用して来た動力炉の二倍、三倍、四倍――いや、二桁の差があってもおかしくは無い。

 オールド・ワンは自身のメインプログラムに訴えかけ、胸部装甲の強制排出を行う。数秒して胸部装甲が独りでに弾け飛び、内部から蒸気が吹き上げた。腹部の装甲が胸部装甲に噛み合って、上手く排出出来なかったのだ。オールド・ワンは胸部装甲ごとパージすることで、己のコアを露出させた。

 

 胸部にはオールド・ワンそのものが、そして腹部には半分砕かれたコアが繋がれていた。【オールド・ワン本体】から丁度、幾つかのパイプが伸びてコアへと繋がっている。しかしその半数は既に千切れ、コア自体の出力も刻々と下がっている。本来コアの換装など前例がない、しかも本体とコネクトした状態でなど自殺行為も甚だしい。下手をすればこのまま永遠に目覚める事無く、鉄屑の山に埋もれるかもしれない、そう思った。

 しかし、どうせ何もせずにいたとしても、緩やかに朽ちて死に逝くのだ。それは今この瞬間に息絶えるか、或はゆっくりと死に向かうのか、それだけの違いだった。

 

 迷いは無かった、躊躇いも無かった。

 オールド・ワンは自身の意思によって【動力炉強制排出】を決定、再三に渡る警告とエラー音声を無視し、腹部に収まっていたコアを弾き飛ばした。辛うじて接続されていた数本のパイプが離れ、弾かれたコアはスクラップの山へと消える。エネルギー源を失った機体は急激に熱を失い、視界が白黒に瞬いた。機体が急激に重くなり、左腕を動かすだけでも億劫だ。

 残留したエネルギーのみで動く抜け殻、成程、これは死ねる。エネルギーを失った機体は生命維持すら危うく、本体が喘ぐように口を開けた。

 

 それでも。

 

 オールド・ワンは声なき叫びを上げ、勢い良く腕を腹部へと叩きつける。窪んだ動力炉のスペース、コアの形に空いた空間にソレを殴る様な勢いではめ込んだ。

 風穴の開いた腹部に、再び光が灯る。その瞬間、凄まじい勢いで全身をエネルギーが駆け巡った。それは何と表現すれば良いのだろうか、今までの出力が水溜りの様なモノだったとするならば、オールド・ワンを襲った出力の波は海の様だった。

 

 際限なく溢れ出るエネルギー、それは未だ嘗て経験した事のない力の奔流。ともすれば吞み込まれてしまいそうな凄まじさだった、オールド・ワンは自身の四肢、その末端までエネルギーが行き渡るのを感じ、大きく歪に笑う。機械の顔面が唸り、一つしかないモノアイが鈍い光と共に瞬いた。

 屍の山に手を掛け、満ち溢れたエネルギーを制御下に置く。それは猛獣を手懐けている様な感覚、これで生き永らえる、自分は鉄屑では無く兵器として生き永らえた。四肢を巡る強大なエネルギーの塊、オールド・ワンは叫び、何度も強く屍の山に拳を落とした。それは暴れる力の奔流を堪える様に。

 

 オールド・ワンの叫びに応える様に、横たわっていた二機が幽鬼の如く再起動を果たす。強大なエネルギーの余波を受け、またオールド・ワン(戦友)の慟哭を聞き、二機のAIが目覚めるべきだと判断した。

 この墓場に落とされた時点で、AIはその役目を終えた筈だった。しかしプロテクトに逆らって尚、二機は唯一無二の主人の為に動き出す。

 

 もうブリキの様に塗装が剥げ、ボロボロになった腕を伸ばして懸命に足掻く。既に二機の損傷は全壊に近く、最後の最後までオールド・ワンを庇った機体は穴だらけと表現して相違ない。それでも二機は辛うじて動く体に鞭打って、同胞の残骸を漁る。そして残骸から引き抜いた手には、第五世代のコア。

 

 山の様に積み上げられた屍の中から、最もエネルギー波の強いコアを掘り当てる、二機は手にしたソレをじっくりと見つめ、同じタイミングでコアを強制排出した。最も禁忌とされる行為、AIに学ばせる最も基礎的な知識、その一つにコアの強制排出は禁則行為として刷り込まれている。

 それはコアの誘爆という例外を除いて。

 

 二機はその例外に該当しないというのに、自身の意思にてコアの強制排出を行った。

 そして振り上げた腕を勢い良く、風穴の開いた腹部に叩き込む。ガチィン! と火花が散り、コアがスペースに嵌め込まれた。瞬間、動力パイプがコアに接続され固定ボルトがコアに撃ち込まれる。

 二機の点滅していたモノアイが一気に輝きを取り戻し、全身から青白い光が漏れ出す。それは第一世代の機体には余りあるエネルギーの奔流、二人の頭部装甲が弾け、機械が唸り声を上げた。

 

 そして二機は勢い良く再度腕を屍の山に突っ込む、それは自身の欠損を補う為。既に役目を果たさない脚部、装甲の無い頭部、配線の擦り切れた腹部、胸部を己の手で改修する為に。このジャンクの山は最早三機にとって宝の山、新しいコアを得た三機にとって、今まで取り付けられなかった大容量のエネルギーを欲するパーツの入手は最も簡単に強くなる方法の一つだった。

 

 僚機の片割れ――近接強襲機体であった【カイム】が第四世代機の軽量機用右腕部を掘り当てる。それを獲物の様に天高く掲げた後、徐に自身の右腕部を強制排出した。勢い良く飛び出した右腕部はジャンクの山にぶち当たり、そのまま有象無象の一つと成り果てる。

 肘先からドロドロに溶けた第一世代の右腕部は、既に他の屍と見分けがつかない。カイムは新しい腕を接続口に押し当て、そのまま接続命令を下す。本来ならば第一世代に第四世代機のパーツ互換性は存在しない。しかし、BFの接続口の規格は大凡似た様な構造にある。吐き出されるエラーメッセージを黙らせ、無理矢理接続ボルトを出させる。それを接続口に捩じり込み、これでもかと補助ロックを働かせる。

 

 肩部装甲の出っ張りが腕部の内面に接触してボルトが最後まで嵌らない、それを見るや否やカイムは唸りを上げて狂ったように肩部の装甲を殴り始めた。金属と金属がぶつかる甲高い音。それが何度も鳴り響き、やがて肩部の装甲が内側に抉り込み接続口のボルトが完全に呑み込まれた。

 

 そして何度が作動する事を確認し、カイムは再び屍の中からパーツを探す作業に戻る。それは異様な光景であった、機械である二機が自身の改修の為に同胞の機体を漁り、何の躊躇いもなく接続して行く。

 自身の身の丈に合えば機体重量規格も関係ない、用途も世代もバラバラ、兎に角自身の体に合い、最も強いパーツを。それは継ぎ接ぎだらけの亡霊の様でもあった、ただ強さだけに頓着し形も大きさも装甲の厚さも、或は製造された国すら異なる。

 

 オールド・ワンはその二機の姿を見て、驚き、そして同時に生への強い渇望を抱いた。二機のその姿は、まるで生きたいと全身で叫んでいる様であった。その姿に触発され、オールド・ワンもまたジャンクへと手を伸ばす。二機程ではないが、オールド・ワンも全身のパーツ耐久値が限界に来ている。右腕に至っては全壊し、直撃弾を許した腹部には大穴が。

 それでなくとも第一世代、機体の予備パーツすら無い老いぼれの体。

 

 伸ばした手の先にあったのは、第五世代機、その重量機体用のヘッドパーツ。分厚い装甲が何層も存在し、その中央にモノアイが一つ備え付けられている。目の前のソレを左腕で鷲掴み、オールド・ワンは頭部の強制排出を実行する。

 瞬間、先程まで眩い光を放っていたモノアイが光を失い、胴体部位との接続が解除、支えを失った頭部がグラリと落ちる。視界情報が遮断され、ズシン、と何か重いものが落ちる音が聞こえた。

 オールド・ワンは再接続シークエンス、そのアナウンスに従ってヘッドパーツを首元へと近づける。その瞬間、第一世代機の矜持がエラーメッセージを吐き出すが、それをねじ伏せて無理矢理パーツを押し込む。ボルトが接続口と噛み合い、補助ロックを展開して頭部を接続した。

 

 視界にノイズが奔り、エラーウィンドが幾つも開かれる。それらを片っ端から消去し、オールド・ワンは第一世代の頃とは比べ物にならない明瞭な【目】を手に入れた。世界が良く見えた、色合いも、細かさも、何もかもが違った。まるで今までモノクロ写真を見ていた気分、それはこの掃きだめすら多少マシに見せてくれた。

 新しい目で自身の左腕を映す。

 装甲ばかり厚いだけの、無骨な自身の腕。その表面装甲には無数の弾痕が残り、幾つかは内部の配線を食い破っている。我ながら良くこれで動くものだと感心した。そして周囲に目を向ければ、本体フレーム、各部位装甲、パーツ、動力部位、近接武装に銃火器まで、何から何まで揃っていた。

 

 

 ――ここでなら、自身はもっと高みを目指せる。

 

 

 オールド・ワンは独りでに決意した。

 自身は時代遅れの老兵だろう、或は自分達の求める戦場など、勝利など、何処にもないのかもしれない。今ここで生き永らえたとしても、自身は何処か世界の片隅で野垂れ死ぬ運命なのかもしれない。

 

 それでも。

 

 だとしても。

 

 オールド・ワンは自身の体を捨て、新たなパーツを接続する二機を見る。必死にジャンクを掻き分け、新しい力を探し出す。継ぎ接ぎだらけの体は酷く歪で、しかし生命力に満ち溢れていた。

 その姿は今までオールド・ワンの目にしたこのないモノ、十数年戦場を共にして来た戦友の、初めて見る感情の発露。

 

 ――死なせたくない 無駄にしたくない。

 

 これまでの戦場を、これまでの殺生を、これまでの記憶を。

 

 終わらせたくない。

 

 この三機の戦いを、戦場の絆を――

 

 二人の姿はオールド・ワンに今まで抱いた事の無い感情を抱かせる。それは何処までも深く、広く、全身に浸透して行った。何の為に戦うのか、何故そこまで拘るのか。そんなのは自分にも分からない、幽霊の様に実態が無い感情だ。

 けれど終わらせたくなかった、この三人で戦う戦場を。

 死なせたくないと思った、この二機(戦友)を。

 

 

 

 戻ろう、自分達の【戦場】へ、力を得るために、戦うために、守る為に。

 

 

 我が祖国を捨てて。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 その日、廃棄場にて三機のBFが姿を消した事に、気付く者は誰も居なかった。

 人知れず戦場を去った最後のオリジナル、年老いた第一世代の英雄。彼が鉄屑としてシーマルクに埋葬されたと報告されたのは、それから三日後。

 帝都では最後の第一世代機を慈しみ、ごく小さな式典が行われた。それは第一世代機を生んだ技術開発者であったり、当時彼の整備を担当していた技術将校であったり、彼を知る少数、内々の面子であった。

 

 彼らは知らない。

 オールド・ワンがスクラップ工場より落ち延び、命を繋いだことを。

 

 そして再度、亡霊(ファントム)として戦場に現れる事を。

 

 

 

 

 




 一話目なので9000字で投稿します。
 後は恐らく3000字とかで区切っての投稿になると思います(゚д゚)(。_。)

 ガンダムとかFAの様なスマートな機体もスンバラシイのですが、Vやフロントミッション、ヴェルベットファイルの様な重厚な機体も良いですよねぇ……。
 皆魅力的過ぎて目移りしちゃう。


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渓谷の蠍

 

 BFと一口に言っても、その全てが同じ目的、同じ規格で作られている訳ではない。それぞれ役割や適したパーツが存在し、必要な出力もそれによって変わって来る。本来二足歩行型の強化外骨格は人間サイズを基準として製作させるものであるが、作戦行動の幅が広がると同時に機能が増設され、更にそれによって必要な出力が上昇、機体の大型が一気に進んだ。現在BFは人の全長を遥かに上回るサイズを誇っている。

 第一世代と呼ばれるBFが最もスタンダードなサイズであり、最も効率的な大きさと言われている、そのサイズは凡そ七メートルから九メートル程。第二世代、第三世代と改良を重ねられたBFでも、そのサイズ以上以下のモノは現状生産されていない。

 ある意味、身に纏うと言うよりは搭乗すると表現した方が正しいだろう。最早車や飛行機と同じ類のモノだ、それは誰もが頭で理解していながらも昔ながらの形式に則っている。

 

 BFには幾つかの分類が存在し、【軽量二脚】、【軽量浮遊】、【軽量四輪】、【中量二脚】、【中量多脚】、【重量二脚】、【重量戦車】、【重量固定】と計八つに分けられる。その殆どは読んで字の如くだが、これらの分類には明確な兵種が割り当てられていた。

 

 例えば二脚であれば、遊撃、突撃、支援から偵察まであらゆる作戦行動に対応できる万能型であり、軽量、中量、重量全てに存在する。逆に軽量にしか存在しない浮遊、四輪は総重量の比較的軽い機体だからこそ運用できる移動方法である。

 浮遊は地面に接する事無く移動出来る脚部であり、主に水上での作戦や地雷原での戦闘で用いられる。また悪路や接触型のトラップ全般を無効化する為、主に偵察や支援機に用いられる。

 

 四輪型は不安定な場所でも正確な射撃が行える様開発された脚部で、中量の多脚型と比較しても機体速度が大きく上回る。浮遊と比べると多少機体重量が重くとも一定の速度が得られるので重火器も搭載可能、敵の攪乱や威力偵察に用いされる。

 

 中量の多脚型は主に狙撃兵用に開発された脚部であり、あらゆる環境で完全な狙撃を実現させる特化脚部だ。車輪では無く足形(フットスタイル)にする事でアンカーを地面に撃ち込み、例え断崖絶壁だろうと天井だろうと蜘蛛の様に張り付き、狙撃を行う事が出来る優れもの。完全な狙撃手仕様で、中量支援型の機体に好まれる。

 

 重量型の戦車、固定はそのまま、キャタピラと変形型の脚部である。固定脚部は通常時こそ二脚として機能するが、一度変形するとその場に重装甲盾を展開する砦の様な脚部。両脚部の前後が展開式になっており、ボルトで固定し機体をスッポリと覆ってしまうのだ。

 完全に足を止めて撃ち合うスタイルの脚部であり、無論装甲展開中の移動は不可能となる。正に前線で戦う兵士の為にある兵種。戦車型は戦車のキャタピラをBFの脚部に付け足した様な物で、かなりの重量を持ち運び可能、更に装甲を厚くしながらも移動が可能なので高低差の無い戦地では重宝する脚部となっている。

 

 これらの事から分かる様にBFは汎用性に富んだ兵器であるが、それはプレーン機体で何でも出来るという訳では無く、同一の機体の兵装を変更する事によりあらゆるケースに対応できるというのが正しい。

 

 オールド・ワンの率いる小隊は、重量機、中量機、軽量機の各一機ずつで編成されている。重量機は小隊の核であるオールド・ワン、嘗て付けられた【重鉄】の名に恥じないゴテゴテの重量機であり、そのメインフレームは積載重量と硬度に重きを置いている。BFにとってメインフレームとはつまり人間の脊椎に該当し、そこが破損するとBFの乗り換えが必要となる。その為第一世代ではメインフレームの破損=死の法則が成り立っていた。

 オールド・ワンのメインフレームはオリジナルの中でも随一の硬度を誇り、恐らく現在のBFと比較しても尚顕色無い、或はそれ以上だ。メカルバ合金で製作されたメインフレームは馬鹿らしい程の重量を誇るが、その硬度は絶対だ。恐らく装甲が全損し骨格が露出したとしても、あらゆる攻撃を耐えきるだろう。

 

 僚機の二機は軽量機と中量機、それぞれ【突撃】と【狙撃】に特化されている機体。元々オールド・ワンが生まれた世代はBFの生産ラインも整っておらず、量産が難しい世代であった。その為プレーンタイプである程度なんでもこなさなければならない状況下であり、三機には最も汎用性の富んだ二脚型が使われている。各機体のAIもソレに最適化されており、戦闘データのみで言うのであれば彼らのAI に敵うBFは存在しない。

 

 

 

 旧ロシア領 ボルクタ――過去の戦闘によって生まれた渓谷の一つ。

 

 三機は未だロシア領に留まり、刻々とその時を待っていた。

 国を脱し既に一週間の時が過ぎている、BFはコアさえ無事であれば延々に動き続ける燃料要らずの兵器だ。パーツの劣化などを除けば半永久的に動くと言っても過言ではない。無論、パイロットの精神的な理由により作戦行動は四十八時間が限界と言われているが。

 AI搭載機の無人機であればそんなモノは関係無い、弾薬とスラスターの推進剤が切れ続けるまで動くだろう。推進剤が無くなっても、兵種によっては戦闘続行が可能だ、勝てるかどうかは兎も角。

 

 渓谷の岩陰、オールド・ワンと僚機――軽量機の【カイム】、中量機の【カルロナ】は息を潜めてただ時を待つ。三機の姿は第一世代の頃と大きく異なり、それぞれの兵種に適したジャンクパーツで構成されている。

 オールド・ワンは兎に角重装甲、重火器に拘った兵装。カイムは要所要所に追加装甲を施した近接奇襲型の兵装、カルロナは中距離戦闘を完全に捨てた狙撃、近接逃亡特化兵装。

 

 三機が今ここで息を潜め、時を待っているのには理由がある。それは二日前にカルロナが受信した味方の長距離通信。過去帝都に属していた三機には長距離通信の解読コードが記憶されている、それによると今日――この渓谷をガンディアの強襲部隊が進行するらしい。

 恐らく先の先遣隊壊滅を受けて、ガンディアが帝都のBF隊を目障りに思ったのだろう。現状帝都とガンディアは対立している、その小競り合いが今正に行われようとしているのだ。

 

 オールド・ワンはこれの通信を聞き、チャンスだと思った。それは自身の戦場を見つけたという意味合いでもあったが、何より敵の強襲部隊の【兵装】が目的だった。ガンディアはBF先進国でもあり、その装甲や武装、コアの品質は一級品だ。仮に剥ぎ取る事が出来るのならば更に高みを目指せる筈。

 更に強襲部隊という事は殴り合い上等の部隊構成、重量機である自分にとってはこれ以上ない獲物だ。僚機の二機にとっても、ガンディアの武装は強さを得るための一助になるだろう。

 オールド・ワンはそんな思考の元、此処に足を運んでいた。

 

 岩陰に身を潜めていたカルロナがふと、頭部のモノアイを輝かせる。頭部が動き、天を仰ぎ見た。その数秒後、ぽつぽつと装甲を叩く音。二機が釣られて天を仰ぐと灰色の雲が雨音を漏らしていた。

 どうやら雨が降って来たらしい、運が良いとオールド・ワンは独り笑う。雨は音を消し視界を暗くする、更に高精度の探知機器を搭載していなければ敵の正確な位置すら分からない。

 

 カルロナが不意に頭部を前方に向け、オールド・ワンとカイムの元に地形情報が送られて来た。それを見てみると、二キロ程離れた位置に敵性反応が十二。

 中隊規模のBF部隊、突状陣形で少しずつ前進しているのが分かる。どうやら敵のお出ましらしい、オールド・ワンは手に持った重火器――H-97連射砲のグリップを強く握った。

 中隊規模のBF部隊に三機で戦いを挑む、普通なら自殺行為だ。

 しかしオールド・ワンにとってこの戦闘は、現在の自隊の戦闘能力確認、そして同時に限界の模索と言う意味合いも含まれていた。ここで死ぬならどの道、三機で戦場を歩き回るなんて事は不可能だ。この程度を相手取れなければ、三機で戦場を彷徨うなど夢のまた夢。

 

 オールド・ワンは片手を上げて指令を下す、その動作を確認し二機は頷く。カルロナが小さく腰部に装着されたスラスターを吹かせ、その場で跳躍。更に脚部、肩部に収納されていたアンカーを射出し渓谷の断面に撃ち込んだ。アンカーは壁に突き刺さると四つの返しを開き、深く壁の中に食い込む。

 高速で巻き取られたアンカーがカルロナの機体を壁際に引き寄せ、機体はそのままピタリと寄り添う様に壁へと張り付いた。

 カイムは足元に丸めて置いていた布を手に取ると、それを被ってすっぽりと体を覆ってしまう。胸部と背部からフックが射出され、布に吸いつき固定。それはBF用に開発された光学迷彩。地形に応じたカモフラージュを行い、早期発見を防ぐ役割を持つ。

 その状態で素早く、更に慎重に前方へと足を進めた。

 オールド・ワンは腹の底から二機を信頼している、必ずや己の役割を果たしてくれると。

 

 二機の行動を確認したオールド・ワンは、静かに立ち上がると岩陰から緩慢な動作で姿を現す。渓谷のど真ん中まで足を進め、その道中央に陣取った。世代も国もバラバラな機体、重装甲と言う点だけに着目した機体は酷く歪だ。しかし、その戦闘能力は既に過去のものとは比べ物にならない、もう時代遅れの老兵などと呼ばせはしない。

 そんな覚悟を抱き、オールド・ワンはカルロナに攻撃指令を送った。

 





 ヤンデレは中盤~終盤で猛威を奮うと思います。

 この小説にはAIアンドロイド「貴方には私がいるじゃない系」ヤンデレと
 異常性癖、監禁癖のある博士「貴方の全ては私が管理する系」ヤンデレと
 天然系無口パイロット「捨てないで、何でもするから系」ヤンデレが出現します、ご注意ください。


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砂塵の射撃戦

 瞬間、渓谷に響き渡る狙撃音。

 120mmという口径を、空中の不安定な状態から放つ。アンカーが衝撃で僅かに揺れ、しかし機体は完全に衝撃を逃がし切る。カルロナの持つ狙撃兵装――ヘカーテⅢが閃光を放った。一瞬の爆炎と風圧、空薬莢が排出口から吐き出され、雨が一瞬の高温に蒸発する。滴と共に地面へと吸い込まれて行く空薬莢。

 

 その空薬莢が地面を叩く前に、空気の壁を容易く抜いた弾丸が、先頭の中量機体に命中した。ガンディアのBF、そのパイロットが収納されている胸部。弾丸が発射されてから一秒か、或はそれ未満か。胸部に着弾したAPHE弾が盛大に火花を散らせ、装甲をぶち抜いた弾丸が内部で爆発を起こした。

 突然、先頭を歩いていたBFが被弾、爆発する。内部に居たパイロットが即死し、裏返った装甲の中から血が噴き出した。一緒に噴き出したそれが脳髄なのか内臓なのか、それすらも定かではない。

 

 ガンディアのBF部隊はカルロナの狙撃によって一気に浮足立った、爆炎に呑まれて崩れ落ちる機体。その一つ後ろの隊にいた重量機が素早く動き出す、片方の戦車型が前方に進み、もう片方が下がった。恐らく下がった方が有人機なのだろう、先の中量型の僚機はトップが撃破された事によって一瞬のタイムラグが生じ、棒立ちのまま辺りを見渡していた。軽量機が二機、恐らく偵察も兼ねた部隊編成だろう。しかし遭遇戦には弱い、軽量機の装甲は余りにも脆いのだ。

 

 BF部隊は基本的に命令機が撃破された場合、付近の味方に指令権が委譲される、もし付近に有人機が存在しない場合はAIによる自己判断で動く。タイムラグは致命的だった、少なくともカルロナのヘカーテⅢが次弾を装填、引き金を引き絞る程度の時間はあった。

 第二射は滞りなく、一秒かそこらで再び鳴り響く銃声。ズドンッ! と臓物まで響きそうな衝撃に、体が一瞬浮き上がる様な錯覚を覚える。爆音と灼熱、一瞬の閃光から弾丸が飛び出す、余りにも速いそれは銃口から尖った何かが飛び出した程度にしか認識できなかった。

 

 弾丸は一直線に棒立ちの僚機へと伸びる。軽量機の薄い装甲は簡単に120mmのAPHE弾を貫通させ、内部で小爆発を起こした。

 コア付近で爆発した弾丸は致命的な損傷を機体に与え、腹部から胸部に掛けて大きく爆炎を上げた機体は、ゆっくりと崩れ落ちる。飛び散った破片が味方に当たり、装甲に弾け甲高い音を立てた。

 思考は一瞬、混乱は刹那。

 

 ガンディアの部隊は一気に散開し、付近の岩陰へと身を隠した。本道に取り残されたのは最初に撃墜された中量機の僚機が一、背後に陣取っていた重量機が二、そして支援機だと思われる中量が一だ。

 既にオールド・ワンの小隊は二機のBFを撃破した、残りは十機。先手で二機潰せたのならば十分だろう、距離は凡そ一キロと七百メートル程度。その距離ならばH連射砲の射程範囲内、オールド・ワンはその場に片膝を着くと左肩を僅かに下げる。すると肩部後方に接続されていたコンテナがレールを伝って前方に運ばれ、オールド・ワンの背中に派手な火花が散った。

 

 大きさはBFの五分の一程度、四角形のボックス型。ロックが解除され、半ば放り出される様にしてオールド・ワンの目の前に落下するコンテナ。数秒して、そのコンテナの地面に接した面からボルトの射出音が鳴り響く。そして四角形のボックスが展開、BF二機程度を覆い隠せる即席の防御盾と変形する。

 複合電磁装甲、BFの装甲として開発されたものでは無く、重量を重くして携帯用設置装甲として開発された重量機専用兵装。並の重火器では装甲に穴を空けるどころか、凹ませる事すら難しい。流石に固定型脚部程の防御力は持たないが、この装甲の利点はパージしてしまえば機体重量に余裕が出るという点だ。

 

 オールド・ワンは装甲を展開させた後、丁度銃を突き出すように設計された窪みへと銃口を突き出し、左手で銃身を抑えつけながら引き金を引き絞った。瞬間、バキンッ! と鳴り響く金属音。それが連続して鳴り響き、足元から砂塵が舞い上がった。

 オールド・ワンのH連射砲は70mmの口径、軽量級ならば一撃食らっただけでも致命傷、装甲も紙切れの様に撃ち抜く。中量機でも被弾すれば装甲がもっていかれる、当たりどころが悪ければ一発で堕ちる。重量機ならば、機体装甲で受けるのは避けたい威力、例え増設装甲越しでもダメージを与えられる重火器だ。

 

 弾丸は風を切ってガンディアBF中隊へと飛来し、丁度今動き出そうとした軽量機の右足に着弾した。H連射砲の弾丸は凸型徹甲弾、AP弾が軽量、中量に効果的な弾丸とするならば、装甲の上からぶち抜く弾丸が凸型徹甲弾である。ハードスキンの目標に効果的なダメージを与える弾丸、対重量機用のソレは持ち運ぶ為に相応の重量分を食いつぶすが、威力はその分を差し引いて余りある。

 

 軽量機の右足に着弾した弾丸は、そのまま軽量機の足を捥ぎ取った。半ば回転する様な形でバランスを崩し、宙を舞う軽量機。根元から千切れた片足は上下に回転しながら地面を転がる。這う様な形で転んだ軽量機は、バランサーによって強制的な受け身へと移った、それを逃すオールド・ワンではない。

 

 這い蹲った軽量機目掛けてH連射砲を向け、連射。次々と吐き出される弾丸と閃光、銃身が蒸気を吹き上げオールド・ワンの片膝が地面に半ば食い込んだ。三発、四発と続けざまに撃った弾丸は軽量機の手元、足元に着弾して地面を粉砕する。

 そして四発目の弾丸が見事軽量機の頭部に命中し、凄まじい勢いで減り込んだ弾丸が頭部を破砕、赤いモノアイが宙を舞った。弾丸はそのまま胴体部位にも食い込み、その機能を停止させる。

 BFの心臓部は胴体に集中している、腹部から胸部に掛けての一帯が最も装甲の分厚い部分だ。軽量だろうと中量だろうと、この二部位には厚い装甲が張られている。しかし、オールド・ワンのH連射砲は容易くその装甲を食い破った。

 

 これで撃破は三。

 オールド・ワンの射撃に続く形で、カルロナも又狙撃を敢行する。再び放たれた轟音、そして飛来するAPHE弾は戦車型の重量機へと着弾した。肩部で派手な火花が散り、小爆発が巻き起こる。しかし表面の増設装甲が破砕されただけで、駆動部位は無事であった。砕けた装甲が地面に落ち、派手な砂煙を起こす。

 

 反撃が来る、オールド・ワンがそう考えた瞬間、前方で光が瞬いた。それは銃口が放つ炎、マズルフラッシュはオールド・ワンの視界にチカチカと自己主張し、一秒程して幾つもの弾丸が設置した複合電磁装甲に着弾、火花を散らした。

 中央に陣取った重量機が二、その重火器がオールド・ワン目掛けて放たれる。その後ろの中量機は壁に張り付いたカルロナを目敏く見つけ、突撃銃による射撃を敢行していた。距離があるとは言え、カルロナの装甲は通常の中量型より薄い。アンカーで機体を固定する為、機体重量に制限が掛かっているのだ。敵中量機より放たれた弾丸はカルロナの付近に着弾し、砂塵を撒き散らす。

 

 オールド・ワンは複合電磁装甲の裏に隠れながら反撃し、カルロナに後退命令を出した。その瞬間、カルロナは突き刺したアンカーを解除して壁を滑り落ちる。盛大な砂煙に紛れながら地面に着地すると、そのまま背を向けて走り出した。

 

 その後退を援護する為、重量機を狙っていた銃口を僅かに逸れさせる。キロ単位で距離が離れていると、数センチのズレが着弾地点を大きく変える。放たれた弾丸は重量機を通過し、背後の中量機付近に着弾した。恐らく自身が狙われていると理解したのだろう、中量機は中腰になると銃口をオールド・ワンへと向け直した。その冷静な動作から中量機は無人機であると確信する。

 

 




 一日二話更新ドンドコドーン
 明日も二話更新します、しかしヤンデレ大好きフレンズが多くて私とてもうれしい。
 君はヤンデレが大好きなフレンズなんだね!

 このままヤンデレが好きなフレンズで地上を埋め尽くそう(提案)


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砂塵の砲撃戦

 

 続けて撃破してやると意気込むと、ガチンッ! とトリガーが深く指に食い込んだ。弾切れだ、反動からそう判断出来た。

 

 オールド・ワンはそれを確認するや否や、一度H連射砲を引っ込め弾倉を交換した。指先でボトルキャッチを押し込むと、連射砲下部に設置された空の弾倉が重力に従って落下する。地面に転がったソレを一瞥して、腰部右側に固定されていた弾倉を掴みロック解除を行った。弾倉は腰部の左右に一つずつ、最初から装填されていたものを含めて三つしかない。後はソレを連射砲に嵌め込み、再びボトルキャッチを押し込むだけ。

 

 弾倉の交換を済ませたオールド・ワンは再び反撃に転じようと身を乗り出すが、その視界に突如ウィンドウが開いた。辛うじて動き出そうとした体を留め、ウィンドウに注視する。それは地形情報の提供であり、送り主はカイム。見れば幾つかの赤い点――敵性反応がオールド・ワン目掛けて侵攻していた。

 

 恐らく最初の狙撃で左右に分かれた敵の小隊だ、敵の総数は十二、既に三機撃破し残りは九、そして今現在オールド・ワンの目に見える敵数は三。

 

 計六機、それぞれ左右から別々の小隊がオールド・ワンに迫っていた、距離は既に一キロを切っている。流石に機体を改修し、手練れと自負するオールド・ワンでも側面から挟撃されれば勝ち目は薄い。だが元より此方は数で劣っている、有効な策も無し、ならば――

 

 オールド・ワンは複合電磁装甲に寄り添い、機体を横向きに構えた。そして一度H連射砲を地面に置くと、右肩の兵装を起動させる。中ほどから折り畳まれる様にして収納されていたソレは、ゆっくりとした動作で一直線に伸び、三メートル近い砲身を露にする。見た目は戦車の砲塔に近い、口径は170mmという驚異的な大きさ。

 

 正式名称はTN06――【カルメン】

 

 例え展開式の装甲裏に隠れていたとしても、それ事ぶち抜く威力を秘めた大口径砲だ。接続部位にボルトロックが施され、弾倉から一発の砲弾が装填される。弾薬の重量や大きさから総弾数はたったの「三発」。弾倉は背部にバックパックの様な形で接続されており、砲弾の大きさが分かる。

 

 オールド・ワンは両手で砲身が完全に固定された事を確かめ、H連射砲を静かに拾い上げた。そしてタイミングを見計らい、複合電磁装甲の裏から飛び出す。その絶好のタイミングは相手の射撃が止んだ瞬間。

 軋みを上げ、火花を散らしていた複合電磁装甲が音を止める。飛び出したオールド・ワンの視界に三機のBFが映り込んだ。

 

 ――ぶち抜いてやる。

 

 オールド・ワンが砲撃を敢行するのと、相手の銃弾が飛来したのは殆ど同時。

 

 ズンッ! という臓物を跳ね上げる振動、轟音、足元の砂利が一斉に跳ね上がり機体の輪郭がブレる。六翼の閃光が視界にノイズを走らせ、背部の排気口から300℃の高熱が噴出した。バックブラストは足元の地面を舐め、扇状に砂塵を噴き上げる。

 

 砲弾は重量機が放った重火器の弾丸とすれ違うようにして突き進んだ。瞬く間、正に一瞬の出来事。着弾したのは戦車型のBF。オールド・ワンが放った170mmの砲弾は見事重量機の胸元に直撃し、その装甲を容易く貫通、盛大な爆発を巻き起こした。

上半身が丸ごと爆炎に飲まれ、その機体のシルエットすら残らない。強い光と赤い炎、それらが一瞬にして機体を包み込み、後に残ったのは白煙のみ。着弾した半径数メートルに火の粉が散り、白煙が晴れると腰から上がすべて吹き飛んだ機体の姿があらわになった。

 

 そしてオールド・ワンにも弾丸が着弾する、腐っても重量機の持つ武装。しかし強襲部隊であったのが幸いした、連中の武装は主に近距離で威力を発揮する武装ばかり、ロングレンジでの効果弾は薄い。

飛来した幾つかの弾丸はオールド・ワンの肩部装甲に着弾、食い込み、その表面に僅かに凹むだけに留まった。寧ろカルメンによる振動の方が着弾の衝撃より大きい程である。恐らくベストレンジは1km未満だろう、距離が離れている為威力が減退しているように見える。

 

 損害としては軽微、いや損害と呼べる損害もない。戦果としては上々だった、上半身を丸々失った重量機が燃え盛り、その背後で二脚型の重量機が滑り込むように付近の障害物に身を隠す。オールド・ワンの砲撃を警戒しているのが丸わかりだった、まさか連中も重量機の上半身を吹き飛ばす砲塔を積んでいるとは思わなかったのだろう。

 

 中量機は囮の様に棒立ちになって、突撃銃にてオールド・ワンに攻撃を敢行し続けている。しかしその攻撃は重量機搭載の武装には及ばず、55mm程度の口径ではマルタ合金の装甲を撃ち抜くどころか、凹ませる事すら難しい。

 

 ガコン! と背部から弾薬の装填される音。口径の大きいカルメンは弾薬の再装填にも僅かばかり時間が掛かる、凡そ十秒程か。オールド・ワンは中量機による威嚇射撃を複合電磁装甲に身を隠す事でやり過ごし、そのまま地形情報を確認。

 オールド・ワン目掛けて侵攻を続ける六機のBF、オールド・ワンはその内右側から進む小隊を標的とし、複合電磁装甲より飛び出す。その際カルロナに向けて攻撃命令を出す、対象は現在オールド・ワンに射撃を続けている中量機。

 

 複合電磁装甲から飛び出したオールド・ワン目掛けて幾つもの弾丸が飛来する。彼が出て来る瞬間を待っていたのだろう、射撃音と共に装甲上で火花が散り鉛弾は地面に転がる。弾丸は全て弾かれ、オールド・ワンの装甲を貫通する事は叶わない。

 中量機のAIは現在の距離では有効打を与えられないと判断、射撃を小刻みに挟みながら前方へ向けて移動を開始。

 しかし、動き出した中量機の頭部が突然弾け飛ぶ。

 硬く尖った弾丸が飛来し、そのヘッドパーツを撃ち抜いたのだ。

 

 凄まじい衝撃と小爆発、中量機が仰け反り一歩、二歩と後退する。その弾丸を放ったのはカルロナ、オールド・ワンから更に二百メートル程後方にてヘカーテを構えていた。先程異なり、比較的大きい岩突起を見つけアンカーを駆使し登頂、そこから膝立ち姿勢での射撃を敢行したのだ。

 

 頭部を失った中量機は数秒の沈黙、AIが自己診断プログラムを走らせ頭部の消失を認知。その瞬間、胸元に備え付けられているサブカメラを稼働させるが、画面が映るよりも早くカルロナの第二射が胸部を貫いた。

 ボッ! と撃ち抜かれた瞬間、オレンジ色の閃光が前後より発生し、遅れて爆炎が周囲に飛び散る。内側を破壊し尽くすAPHE弾は見事に役割を果たし、内臓を失った中量機は糸の切れた人形の様に、ガクンと膝を折った。

 

 オールド・ワンはその様子を横目にしながら、今正にオールド・ワンを挟撃せんと迫っていた小隊の前に飛び出す。三機のBFはオールド・ワンが挟撃を逃れる為、こうして現れる事を予測していた。この距離なると全BFに搭載されている索敵装置が熱源反応を感知し、自動的に地形情報へと反映する。それはどんな粗悪な索敵装置でも同じ、100や200の距離では丸裸同然だった。

 

 オールド・ワンが目前に身を晒した瞬間、三機の武装が火を噴く。小隊の構成は中量機三機の万能編成、恐らく強襲部隊である為、足の遅い重量機は最低限なのだろう。彼らの持つ武装は先程カルロナに撃ち抜かれた僚機と同じ突撃銃。

 

 パパパッ! という軽い破裂音、100m程まで距離の詰まった今では中量機の火器でさえ脅威となる。オールド・ワンが砲撃体勢を整えるまで三秒、その間に三機による集中砲火が表面装甲を襲った。

 

 甲高い金属音、キィン! という耳を劈く装甲の悲鳴。無情の嵐に装甲は凹み、黒ずみ、その形を歪なモノへと変えていく。跳弾した弾丸が頭部の装甲や関節に当たり、強い振動がオールド・ワンを襲った。55mm程度と言っても、食らい続ければ重量機と言えど撃墜される。現にBFの弱点である胸部こそ、分厚い装甲で何とか形を保っているものの、直撃弾を許している肩部の装甲など拉げ先端が抉れ始めていた。

 

 オールド・ワンは射撃を受けながらも決して砲撃体勢を崩さず、ピタリと砲口を前方中量機へと定める。狙いは中央の有人機、狙いを定めてから間髪入れず砲撃。

 ズドンッ! という爆音、振動と共に砲弾が凄まじい勢いで射出された。衝撃がオールド・ワンの足元を地面に埋め込み、バックブラストが砂塵を吹き上げる。砲弾は真っ直ぐ標的へと迫り、その腹部へと着弾、起爆した。

 

 直撃弾、爆発した中量機は上半身が爆炎に呑まれ宙を舞い、下半身はそのまま爆風で地面を転がる。引き金を引き続けたまま宙を舞った機体は、程なくして地面に叩きつけられ、その衝撃で内部パーツが飛び散った。撃破した、一撃即死の威力を誇るカルメンは素晴らしい、オールド・ワンは改めてそう感じた。

 

 





3000字投稿だと話が進まないなと思いました(小並感)


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砂塵の近接戦

 

 中央の機体を狙ったのは三機編成である場合、僚機を脇で固める事が多いから。有人機が中央だと推測し砲弾を撃ち込んだ。しかし、バラバラに砕け散った味方機を他所に、残り二機の動きは機敏だ。片方がその場で膝を着き、片方が突撃銃のトリガーを引いたまま突っ込んでくる。そこには隊長機ロストの停止時間も無く、明らかに有人機が残っている動きだった。

 

 有人機は膝立ちになって支援している機体か、或は今突っ込んで来た機体か。オールド・ワンは数秒思考し、自身に迫りくる機体に対し砲口を向ける。そして後方で膝立ちになり支援に徹するBFに対し、カルロナに狙撃命令。

 判断は迅速に、行動は素早く。

 

 ガコンッ! というリロード音、排出口から大きな空薬莢が排出され地面に重々し音を立てて転がる。背部の弾倉から砲塔に弾薬を装填、視界の隅に装填完了の文字が浮かぶ。

 その間にオールド・ワンは実に五十以上の弾丸を装甲で受ける。マズルフラッシュが絶え間なく視界に瞬き、表面装甲が凸凹に叩かれる。

 

 腰部のスラスターを活用し、滑る様な形で自身に迫りくる機体は想像以上に速い。距離が詰められれば詰められるほど、突撃銃の威力減退は無くなる。

 中量機の腰部両端、そこに長方形の推進加速装置。本来の任務目的地である場所、そこで使用する筈だった推進剤を中量機は惜しみなく使用している。ここに来て手を抜ける相手では無いと、強襲部隊も感じていたのだ。

 

 継ぎ接ぎだらけのパーツに、世代もバラバラなキメラ機体。それこそ所属している国ごとに統一されている筈のソレが、中には帝都とガンディアのパーツさえも組み合わさっている。所属は不明、目的も不明、しかし恐ろしく強い部隊。

 強襲部隊としては悪夢の様な連中だった。

 

 オールド・ワンの腰が僅かに下がり、機体が砲撃体勢に入る。その予備動作を見て、突撃を敢行していた中量機体はスラスターの角度を横にズラした。前方へと噴出していた炎が横を向き、姿勢制御用のバーニアが後押しする。

 本来回避用に作られていないソレは加速性に乏しい、しかし無いよりマシと言うのは事実。関節部位の負担も度外視し、中量機体は強く地面を蹴り飛ばした。ギチリッ、と脚部関節の衝撃吸収機構が悲鳴を上げ、固定ボルトが金切り声を響かせる。全重量を動かす為に片足を使い潰す覚悟。

 

 しかしその甲斐あってか、オールド・ワンの放った砲弾は中心である胸部から狙いが逸れ、突撃銃を持っていた左腕中ほどに着弾。

 爆音と衝撃が周囲の空気を揺らし、肩部に掛けて腕が吹き飛んだ。突撃銃が爆発で砕け、弾倉に詰まっていた弾丸が四方八方に飛び出す。最も近い中量機にも降り掛かったソレは、容赦なくその装甲を撃ち抜いた。

 

 しかし、機能停止する程のものではない。

 弾丸が千切れた腕から装甲内部を抉り、幾つかの空洞を開ける。それを物ともせずに、片腕を失ったままオールド・ワンに向けてスラスターを全開で吹かせた。一度態勢を立て直すため、つっかえ棒の様に脚部を酷使。地面を削り取る様に滑りながら、その力の向きを前方へと収束する。

 

 ドゥッ! というスラスターの咆哮、炎が地面を黒く焦がし機体が急速に加速した。それは本来BFの、ソレも中量機が出せる速度としては破格。推進剤を使い切るどころか、最早スラスターが壊れても構わないという気概をオールド・ワンは見た。

 

 コイツが有人機だ。

 

 この、勝負所を理解している様な動きに確信する。こんな、機体を犠牲にする様な動きは人間でしか成し得ない。恐らくこのパイロットも理解しているのだ、この肉薄に成功した今こそが勝機なのだと。

 

 オールド・ワンは素早くメインプログラムに訴えかけ、自身の肩部武装を強制排除する。その命令を受け、固定していたボルトが次々と弾けカルメンがゆっくりと機体から離れる。弾倉ユニットごとパージされたソレはかなりの重量を誇り、ズンッ! と落下した地面から轟音が鳴った。

 その重量分、オールド・ワンは軽量化に成功する。

 

 オールド・ワンは手に持ったH連射砲を構えると、一も二も無く引き金を引き絞った。バキン! バキン! と連続した射撃音が周囲に響き、眩いマズルフラッシュが視界を白く染め上げる。弾丸は寸分たがわず突撃する中量機へと向かう、しかし着弾の瞬間、中量機は僅かに機体の中心を逸らし直撃を避けた。

 弾丸は胸部と腹部の中心からやや右側に着弾、装甲をぶち抜き脇腹を抉った。装甲が後方へと流れ、内部のメインフレームが露出する。しかし機能停止レベルの損傷では無い、中量機は凄まじい速度のまま残った右腕を振り上げる。その肘先から火花を散らして実体剣が出現、恐らく腕部に格納されていた内蔵武装だ。

 

 折り畳まれていた剣は振るう直前でガチンッ! と一直線に伸び、その矛先をオールド・ワンへと向ける。突っ込む勢いそのままに、鋭く腕を突き出す中量機、狙いは胸部。

 オールド・ワンは咄嗟にH連射砲を胸元に引き寄せ、実体剣の矛先を受ける。速度と重量、さらに腕の馬力も相まって凄まじい衝撃がオールド・ワンを襲う。それは突きと言うよりも、体全体で繰り出されたタックルと言っても良かった。

 

 ガギィン! という鈍い音、それが銃身と実体剣の間で鳴り響き、火花がガリガリと散る。接触した瞬間、連射砲が実体剣の衝撃で無残に拉げたのが見えた、凄まじい威力だ。恐らく胸部に直撃していれば貫通を許したかもしれないと思う程に。

 

 突っ込んで来た中量機を受け止める様に踏ん張りを聞かせたオールド・ワンはH連射砲を力任せに振り上げ、中量機の実体剣を振り払う。その拍子に拉げたH連射砲が手から離れてしまうが、構わない。

 中量機は実体剣を振り払われ、大きく体勢を崩している。ここがチャンスだ、今こそ自身の勝機、そうオールド・ワンは確信する。複合電磁装甲も、カルメンも、H連射砲も失ったオールド・ワンには外側から見える武装はもう無い。しかし、外から見える武装だけが全てでは無い、中量機の取り出した実体剣の様にオールド・ワンにもまた、内蔵武装が存在した。

 

 バクン! と収納ハッチが開く音、オールド・ワンの肘から手首辺りまでの装甲が分離し中から小型の杭射出機が飛び出る。単発式のパイルバンカー、至近距離でのみ絶大な威力を誇るそれは、第二、第三と世代を重ねるごとに消えて行った旧式武装である。これだけは第一世代からオールド・ワンが持ち続けていた、ある意味彼だけの武装と言っても良い。

 

 密着した状態でオールド・ワンはパイルバンカーを握る、そして胸部目掛けて振り抜きトリガー。オールド・ワンが内蔵武装を展開、それを握って振り抜くまで僅か一秒足らず。その一秒で中量機は崩れた姿勢を戻し、再度実体剣を振り下ろした。

 攻撃の瞬間は殆ど同時。

 

 トリガーが引き絞られ、円筒の様な武装から長い杭が打ち出される、バキン! と排出される空薬莢。そして実体剣がオールド・ワンの肩部に刃を突き立て、互いの攻撃が機体に直撃した。

 射出された杭は一瞬の抵抗も許さず厚い胸部装甲を貫通、盛大な火花を散らして内部のパイロットごと撃ち抜いた。実体剣はオールド・ワンの肩部装甲を中ほどまで拉げさせ、そこで動きを止める。

 一拍置いて中量機がゆっくりと横に体を倒し、そのまま地面に横たわった。

 

 オールド・ワンが手にしたパイル・バンカーに次弾を装填、そして奥で支援に徹していたAI機へと視線を向ければ、いつの間にか頭部と胸部に強烈な弾丸を受け大穴を開けたまま大破炎上していた。

 

 どうやら気付かない内にカルロナは役割を終えていたらしい。オールド・ワンは一度機体に自己診断プログラムを走らせ、各部に異常が無い事を確かめる。そして大した損傷が無い事を確認し、逆側から進行していた小隊の方角へと視界を向けた。そこでは丁度カイムと小隊が衝突、近接戦闘を繰り広げているところであった。

 

 カイムはステルスとコンバットレンジでの戦闘に特化した軽量機、第一世代であった頃は精々囮か奇襲で一機仕留められれば上出来だったが、今は格が違う。カルロナの狙撃と素早い機動による攪乱戦闘は初見で対応できる代物ではない。

 

 視界では全身に四つ装着されたスラスターを手足の様に使い、縦横無尽に走り回るカイムの姿。カイムの機体には腰部に二カ所、肩部に二カ所、推進加速機器が装着されている。カイムは迷彩ローブを上手く利用し、自身の姿を目視し難くしつつ接近、その両手に構えた高周波振動ブレードを振るう。

 

 高周波振動ブレードは実体剣の様に物理で破壊するのではなく、超振動による熱によって溶断する武装。その性質の為常に電力を必要とし、そのグリップからは一本のケーブルがカイムへと伸びている。刃は凡そに十センチ程、その色は浅黒くカーボン(炭素繊維)で構成された刃物であると分かる。

 

 敵の小隊は既に二機にまで減っており、恐らく一機は奇襲による一撃で撃墜したのだろう。小隊から離れた位置に一機、頭部のないBFが転がっていた。背後から頭部を刈り取り、視界がブラックアウトした瞬間背中を一突きと言ったところか。

 

 後方からはカルロナのAPHE弾が容赦なく飛来し、二機の機体を襲う。だが的を絞らせない為か二機の軽量機は足を動かし射線を避けている、後は狙撃を避けながらカイムと斬り合う訳だが、このままいけばカイムとカルロナが勝つだろうとオールド・ワンは確信する。

 

 器用にスラスターを使って攻撃を回避、移動を行うカイムは実に華麗だった。少なくともオールド・ワンはBFでバク転や側転をする奴をカイム以外に見た事が無い。AIも随分尖った方向に進化したものだ。

 どれ、後は自分が加勢すれば数分と掛からず壊滅させられる、そう判断して足を動かした瞬間――機体内部から鳴り響くアラート。

 

 

【警告――熱源体急速接近】

 

 



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エース

 オールド・ワンは素早く機体を振り向かせる、しかし一拍遅かった。

 

 敵重量機は既に接近しており、近接武装の電動鋸――チェインソーを振り上げている。重量機にも拘わらずスラスターを全開で吹かせ、さながら闘牛の様に突っ込んで来るのだ。敵機の持つチェインソーは恐らく近接用に内蔵されていた武装だろう、電動鋸は素早く敵機を撃破するには向かないが、時間さえかければどれだけ硬い装甲だろうと両断する。これをオールド・ワン相手に使うというのならば、実に理に叶った選択だ。

 

 その機体には見覚えがあった、最初にカルメンで砲撃を敢行した瞬間に岩場へと潜り込んだ奴だ。まさか撤退せずに突っ込んでくるとは、オールド・ワンは僅かばかりの驚愕を覚える。

 重量機の持つチェインソーの矛先は胸部、このまま突き殺すつもりだろう。迎撃は間に合わない、オールド・ワンは一瞬で決断を下す。完全回避は不可能、ならば最悪死ななければ良い。

 

 重量機の持つチェインソー、それが凄まじい速度で突き出される。それに対しオールド・ワンは僅かに機体の軸をずらし、体を横に逸らした。瞬間刃先と胸部装甲が擦り合わされ、盛大に火花が散る。装甲は凄まじい速度で削り取られ、第二層まであった内部装甲までが完全に削られた。内部機構が顔を覗かせ、オールド・ワンの胸部に横一文字の裂傷が生まれる。

 刃が潰れるのを厭わず、恐らく速攻で削り切る調整が成されている。継続戦闘性など度外視だ、コイツは――オールド・ワンはこの重量機のパイロットこそ、この強襲部隊の隊長機だと判断した。

 

 瞬間、重量機の右手が動く。

 

 チェインソーを持たない腕、それが素早くオールド・ワンを向き。

 手の中には――BF用の小型拳銃。

 その銃口が胸部の裂傷に向いていた。

 

 直撃すれば死ぬ、オールド・ワンの戦闘経験がそう告げていた。

 

一拍遅れてロックオンアラートが鳴り響く。余りにも遅い警報、オールド・ワンはパイルバンカーを持たない腕を動かし、半ば反射的に相手の腕を殴り付けた。それが功を成し、引き金を引いた瞬間飛び出た弾丸は僅かに逸れ、胸部の中心ではなくやや右側に風穴を空けた。

 

 装甲に裂傷が入り脆くなっている、更に至近距離での攻撃では装甲でも防ぎ切れない。恐らく拳銃の弾丸も対重量機用の徹甲弾だ、オールド・ワンは無意識の内に笑った。

 

 

 装甲の風穴からオールド・ワン――そのパイロットの眼光が露わになる。

 死という甘い誘惑を前に尚歪に笑うその姿。

 脊髄に埋め込まれたケーブルが躍動する、頭の中で暴れる獣の本能、オールド・ワンに搭乗してから久しく感じていなかった高揚感、何度も味わってきた生命の危機。機体性能が上がったからこそ、姑息な手段に頼らずに済む、正々堂々正面から殴り合いを演じる事が出来る、この素晴らしさ。

 

 歯茎がきゅっと締まるような緊張感、心臓が早鐘を打ち視界が狭まる、瞳に投影されたメインモニタがノイズを生み、しかし嘗てない程の一体感を覚える。

 

 

 戦場に於いての勝利、敗北は単純だ。

 生き残れば勝ち、死ねば負け。

 

 

「おぉォォオオオオッ!」

 

 

 コックピットを露出したのは五年ぶりだった、ある意味最も切迫した状況だと言っても良い。オールド・ワンは久方ぶりに声を発する、半ば機能しなくなった発声器官はしかし、戦闘によるアドレナリンの分泌に耐えられず震えた。

 

 オールド・ワンの機体が振動し、背部に内蔵されたスラスターが火を噴く。エンジンが凄まじい勢いで空気を取り込み、燃焼。断熱シールドを溶解させる勢いで機体に推進力を与えた。

 前方に居た重量機にタックルする様な形で突進、そのまま正面から衝突して地面に押し倒した。更に右腕を動かして敵機の頭部を掴み、地面に押し付ける。スラスターの勢いそのままに地面を滑る二機は、オールド・ワンが覆い被さる形で突き進んだ。

 

 地面に接した敵機の頭部が凄まじい火花を散らし、ガクガクと何度も揺れる。頭部を地面に押し付けたまま、オールド・ワンはパイルバンカーを敵機の胸部に押し付けた。

 しかし、杭が射出される前に敵機がオールド・ワンの腰部を蹴り上げ、パイルバンカーの放った杭は明後日の方向へと消える。更に腹部を膝で打ち据え、敵機の脚部装甲が拉げた、同時にオールド・ワンの腹部装甲も大きく凹む。衝撃は凄まじいものだった、オールド・ワンの右腕が緩んだ瞬間、敵機はチェインソーでオールド・ワンの頭部を切断せんと迫る。

 

 オールド・ワンはソレを辛うじて躱し、敵機を腕で突き放して距離を取った。スラスターを停止させ、半ば転がる様にして接地。敵機も勢いそのままに地面を滑り、数秒後自然停止した。砂塵を巻き上げながら転がる二機の姿は酷いモノだ、砂と泥に塗れ装甲もあちこち凹んでいる。

 

 オールド・ワンは無傷でこの敵に勝てるとは思っていなかった、強い、素直にそう思う。あるいはそれ程の腕が無ければ、帝都の部隊に強襲を仕掛ける部隊の指揮など任されないのだろう。オールド・ワンは目の前でゆっくりと機体を起こす彼に敬意を抱いていた、同時に恐怖と興奮も。

 

 必ず勝つ、オールド・ワンは小さく呟いた。エースと対峙するのは初めてではない、戦場で生きる日々の中で強敵と対峙した事など数え切れないほどある。そしてオールド・ワンはその全てに勝利して来た、生き延びてきたのだ。

 そしてそれは、相手も同じ。

 強敵と戦い今日まで生き抜いてきた。

 

 開始の合図など要らない、オールド・ワンはパイルバンカーを構えて突進を始めた。スラスターを再稼働させ、同時に脚部を動かし駆ける。相手が起き上がる前に勝負を決める、先手必勝の理。

 

 敵機は突っ込んで来るオールド・ワンを視認し、腰部のスラスターを反転、前方に向けて全開噴出。機体を凄まじい勢いで後退させ、拳銃の銃口を向けトリガー。ガンッ! ガンッ! という鈍い発砲音が鳴り響き、オールド・ワンへと迫った。オールド・ワンはコックピット前に腕を構えパイロットへの直撃弾を阻止、弾丸は腕と肩部に着弾し、その装甲を大きく歪ませた。

 

 引き撃ち、遠距離の攻撃手段を持たないオールド・ワンに対しては確かに有効だ。しかし対BF用拳銃は突撃銃や連射砲と違いサイズが小さい、それはつまり装填できる弾数が限られているという事、装填されていた弾薬は直ぐに尽きた。

 

 飛来した弾丸の数は六、着弾したのは五発、腕に三発、肩に二発、いずれも致命傷とは言えない。敵機の引き撃ちは牽制程度の浅い傷をオールド・ワンに残して終わる。次は自分の番だと言わんばかりに、更なる加速を重ねるオールド・ワン。

 

 敵機は迫りくる脅威に対し、スラスターを停止、更には反転させ自分から突っ込んだ。右手に持った拳銃を投げ捨て、チェインソーを握りしめての突貫。オールド・ワンはその事に僅かな驚きと、同時に畏怖の念を覚える。後退からの反転突撃、成程肝が据わっている。

 

 加速する両機は凄まじい速度で距離を潰す、互いに互いを目指して前進しているのだから当然だ。数秒と経たずに再度顔を突き合わせる二機、敵機はチェインソーを、オールド・ワンはパイルバンカーを構えた。

 

 そして互いの手が届く距離、コンバットレンジに踏み込む。その瞬間、敵機はチェインソーを横に薙いだ。対してオールド・ワンはスラスターを停止、そして足裏に備え付けられた固定フックを展開、急激な減速を行った。地面に突き刺さったフックはガリガリと地面を削って機体を急停止させ、オールド・ワンとの距離を予測しチェインソーを振るった敵機の攻撃は虚空を切る。

 それはパイロットに掛かる負荷を一切考えない強引な回避方法、凡そ有人機の取り得る動きでは無かった。だからこそ意表を突く事が出来、敵機の動きが一瞬硬直する。

 

 一撃、無条件で入る。

 

 




休日だし三話連続更新しましょうね~

三時間後位に次投下します、多分夜にはその次の話を投下します、調子良かったらもう一話位投下しますね(゚д゚)(。_。)
(調子が良くなるとは言っていない)


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決着

 

 オールド・ワンはチェインソーを振り切り、大きく隙を晒した敵機へと素早く一歩踏み込む。フックが収納され、オールド・ワンの足は滑らかに地面の上を滑った。引いた腕を突き出し、トリガーを引くだけでパイルバンカーはその牙を剥く。狙いは敵の胸部、どれだけ厚い装甲だろうと零距離であればこの武装に勝るものはない。胸元に隙を晒した敵機はオールド・ワンの回避方法に舌を巻き、同時に咄嗟の判断を下した。

 

 突き出されたパイルバンカーの間にチェインソーを持たない腕を瞬時に差し込む、直撃を許せば装甲を抜かれるのは分かっていた、だからこそ四肢を犠牲にしてでも直撃を避ける。トリガーを引き絞って射出された杭は、爆炎と閃光を引き連れ、差し込まれた腕部に突き刺さった。

 

 装甲へと食い込み、内部機構を食い荒らす杭が腕を貫通する前に、胸の前から無理矢理腕をカチ上げる。瞬間、杭が腕を貫き頭部へと着弾した。腕部に食い込んだ杭を無理矢理軌道修正、頭部へと逸らしたのだ。

 

 これもかなりの力技、右腕が半ばより千切れ飛び、頭部は威力の減退した杭によって半壊、装甲と片方のモノアイが吹き飛ぶ。パイロットの視界半分にノイズが奔った。

 しかし致命的な損傷では無かった、寧ろ必殺とも思えた一撃をここまで凌いだのは正にエースの手腕。

 

 今度はオールド・ワンが驚く番であった。まさか渾身の一撃を逸らされるとは思ってもいなかった。敵機は半壊した頭部をそのままに、残った片方のモノアイを怪しく光らせる。そして振り抜いたチェインソーを返す刃で再び薙いだ。パイルバンカーが空薬莢を排出し、次弾を装填する。しかしオールド・ワンがもう一撃入れるよりも早く、チェインソーが装甲を断ち切るのは火を見るより明らか。

 

 オールド・ワンは一秒にも満たない刹那の迷いを終え、パイルバンカーを盾とし、振るわれたチェインソーを防いだ。瞬間、盛大に火花が散り、ギィイ! と金属が削れる音が鳴り響く。振るわれた衝撃がオールド・ワンの腕を揺らし、凄まじい光が二機を照らした。

 パイルバンカーの外装は瞬く間に削り取られ、中に装填されていた杭とチェインソーが辛うじて拮抗している。杭の材質はガラィン鉱石を加工したウーフラウ、耐火、耐推、対溶断、対衝撃に優れる重い鉱石、性能こそ素晴らしいものの余りにも重くBF装甲としては採用されなかった背景があった。

 

 まさかコレが命綱になるとは、オールド・ワンは欠片も思っていなかった。しかし猶予は無い、恐らく五秒もあれば杭諸共パイルバンカーは両断される、そんな確信があった。

 オールド・ワンは背部のスラスターを全力で稼働させると、体ごと敵機へと突っ込む。ガゴンッ! と前面装甲が衝突し、コックピットに凄まじい衝撃。互いの胸部装甲が凹み、しかし終ぞチェインソーは離れない。

 

 オールド・ワンは一時的に腕部の稼働制限を解除、パイルバンカーを持たない腕で敵機の頭部を殴り付けた。半ば半壊していたソレは容易くオールド・ワンの拳を受け入れ、内部機構が悲鳴を上げる。関節部位の負担も考えずに只管連打に次ぐ連打、スクラップにしてやるとばかりに拳を振るい、敵機のカメラ機能を完全に破壊した。飛び散る装甲と配線、モノアイ、それらを完全に潰す。

 

 敵機のコックピットに送られていた映像が途切れ、サブモニタに変更するまでの時間――凡そ三秒。

 

 オールド・ワンは敵機の頭部を破壊した瞬間、右腕の接続を強制解除。

 固定ボルトを弾き飛ばし、右腕をその場に置き去りにした。本体から切り離された腕はチェインソーに支えられる形で残る、削り取られながら切断される右腕、それを尻目にスラスターをチェインソーと逆方向に吹かせる。足で地面を蹴り、敵機の背後へと回り込む様に移動。

 

 急激な重心移動に脚部の関節部位が悲鳴を上げ、過負荷警告が視界に瞬く。しかしオールド・ワンは省みる事無く行動、僅か三秒の間に機体を全力稼働、横移動からの前進、反転を実行する。その時間、僅か三秒。

 

 オールド・ワンが敵機の背後を取った瞬間、右腕が切断され地面に二分割となって落下する。パイルバンカーに装填されていた弾薬二発がバラバラになって地面を転がり、甲高い音を鳴らした。

 

「ッ!?」

 

 右腕を切断し、そのまま本体へと迫っていたチェインソーが空を切る。その手応えからか、敵機の動きが急停止、そしてサブモニタに接続され敵機は目を取り戻す。

 その映像の中にオールド・ワンの姿は含まれない、パイロットの動揺がオールド・ワンには手に取る様に分かった。

 

 オールド・ワンは左腕を高く掲げると、サブモニタによって誰も居ない正面を見ている敵機に振り下ろした。指先を揃え、それは抜き手と呼ばれる型。それを丁度潰した頭部から胴体目掛けて突き下ろす。外部装甲は貫けなくとも、内部の構造は柔らかい。BFの素手でも容易く貫通する程度には。更に稼働制限を解除したのが後押しし、拒むものは何もない。

 

 敵機は何も出来なかった、抵抗らしい抵抗も無くオールド・ワンの一撃は直撃する。

 

 ゴギッ! という鈍い音と共に腕が敵機に埋没、潰れていた外装と頭部を支えるジョイントパーツを砕きながら指先はコックピット目指して突き進む。やがて肘先まで埋まった所で敵機の体が小刻みに痙攣し、その足を静かに折った。

 バチバチッと配線を切断しながら首元に埋まったオールド・ワンの左腕、足を折って崩れ落ちた敵機は、そのまま僅かに前傾し機能を完全に停止する。それの意味するところはコアの完全破壊か、或はパイロットの死亡。

 ゆっくりとオールド・ワンが腕を抜き出すと、その指先が赤色に濡れていた。

 

 

【敵機沈黙――撃墜確認】

 

 

 オールド・ワンの視界にそんな文字が浮かぶ。

 血のこびり付いた腕を振るい、付着したソレを払う。振り向くと丁度、カルロナとカイムが最後の一機を撃墜したところであった。カルロナの放った弾丸が敵機背部に着弾し、装甲諸共コアを爆破粉砕、内部から放たれた炎と閃光が機体を真っ二つに裂く。

 

 そして地面に転がった機体は二度と動く事は無く、無残にも砕けたコアが残った下半身に収まっていた。

 オールド・ワンが小隊集合の命令を下すと、カイムがゆっくりとした足取りでオールド・ワンの元へと歩き出し、後方からカルロナが姿を現す。周囲を見渡せば転がる機体、その数は十二。

 

 小隊は遂に敵強襲部隊を壊滅、その脅威の排除に成功した。

 

 三機と十二機、圧倒的な数の差。恐らく戦場で遭遇した場合、三機が群に磨り潰されて終わるであろう当然の戦力差。しかし逆に、オールド・ワンの小隊は個によって群を磨り潰し生還した。

 

 

 ――自分達はもう、時代遅れの老兵ではない。

 

 

 オールド・ワンは集合したカルロナ、カイムの二機からそんな声を聞いた気がした。二機の姿には大した損傷も見られない、カイムは装甲が所々剥がされ関節部位も発熱しているが、もう一、二戦は余裕で戦えそうな状態だ。カルロナに至っては肩部に二カ所弾痕があるのみ、殆ど無傷と言っても良い。

 

 あれだけの数相手に、良くもまぁこんな小奇麗な格好で勝てたものだと思う。それもこれも、恐らく新しい力を得た為だろう。

 AIが厳密に感情を理解するとは思っていない、しかし二人の放つ雰囲気と言うか、空気が何か興奮している様な、或は誇らしげに胸を張っている様な、そんな気がした。

 

 カイムとカルロナ程戦闘経験を積んだAIは存在しない、それは連続稼働時間でもそうだ。そしてAIの学習能力が際限を知らないのであれば、感情の一つや二つ、持っていてもおかしくは無い。仮に自我を持っていると言われても、恐らくオールド・ワンは驚かないだろう。

 

 オールド・ワンは笑う、それは苦々しい笑いでも、溌剌とした歓喜の笑いでも無かった。

 自分でも良く分からない、透明で、濁った笑いだった。

 何となく自分で思った事が、間違いでもない気がしたのだ。

 

 

 





 三時間後と言っておきながら五時間後になってしまった……申し訳ない。
 全てはオフトンが悪いのです。


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事後処理

 フロウラウルの狂犬――シーマルクに没す。

 

 その報告がガンディアに齎された時、国が僅かばかり揺れた。それはガンディア、そのフロウラウル地方の豪傑が討ち取られたからである。

 彼の狂犬と言えばBFによる強襲を得意とし、一撃を入れては即離脱、敵部隊が擦り潰れるまで決して退かない事で有名な精鋭部隊の一つであった。ヒット&アウェイを戦いの軸とする彼らは生還率も高く、ガンディアの誇る主力隊の一つであると言える。そんな彼らが壊滅したという知らせは、軍部を驚かせるには十分であった。

 

 討ち取ったのはシーマルクの防衛隊か、それとも帝都の増援部隊か。

 

 フロウラウルの部隊は全滅し生き残りは居ない、戦闘を記憶しているデバイスも恐らく帝都軍かシーマルクの部隊に今頃回収されているだろう。

 ガンディアに交戦した部隊を割り出す事は不可能だった。

 

 しかしシーマルクの防衛BF部隊と帝都増援隊の数を考えると、それ程多くのBFをフロウラウル迎撃に充てるとは考えられない。シーマルクのBF製造工場は即日に何機ものBFを揃えれる程大規模ではなく、何よりパイロットが不足しているという確かな情報がある。帝都からの増援も確認した範囲では大隊が三つ、数にして凡そ九十機。

 

 あくまでフロウラウル部隊は強襲特化であり、シーマルク攻略部隊の先駆けとして送られた部隊だった。本体は既にフロウラウルとは違う方向からACD降下による侵攻を始めている。十二機程度の中隊に迎撃部隊を出す程、余裕があるとは思えない。仮に迎撃するとしても、シーマルク中央都市で迎え撃つとばかり思っていたのだ。しかし実際は防衛基地では無く、その手前の渓谷で戦闘となった。こちらの裏を掻くための策だったのか、だとすれば見事にフロウラウルは敵の術中に嵌ったという事になる。

 

 数でフロウラウルを破ったのでないとすれば、単純に凄腕(エース)と戦ったという事だろう。しかしガンディアの情報局によるシーマルクに派兵された異名持ち(ネームド)は確認されていない、だとすれば名無しによる撃破が疑われるが。

 果たして、あの狂犬が一般兵ごときに討ち取られるか?

 

 戦場での下剋上など然して珍しくも無い、だが彼の狂犬はどの様な状況、戦況だろうと生き残って来た人間だ。異名持ち(ネームド)とはそう軽い肩書では無い、少なくともBFに於いて突出した才を持つ者だけに送られる畏怖の証。

 軍部はまだ見ぬ強敵の存在に不安を抱いた。名も知らぬ兵士が新しい凄腕と成った瞬間なのかもしれない、そう考えたのだ。

 

 その名も知れぬ兵士が、最古のBF乗りである事を彼らは未だ知らない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「これ、ガンディアの部隊ですよね」

 

 偵察部隊として派遣されたBF乗りの一人が、目前に広がる惨状を指さしながら問いかける。相手は隊を率いる隊長、帝都増援部隊の中隊長であった。情報局より齎された報告によれば、この渓谷からシーマルクに向けて中隊規模のBF群が迫っているとの事だったが、待てども待てども連中が仕掛けてくる気配はなく、仕方なく三機のBFによって現地偵察を行うことになった。

 

 敵本体が迫っているとの情報もあり、それ程多くの戦力を割くことができなかった為、三機という少数での任務実行であった。

 偵察部隊は極力戦闘行為を避け、情報をシーマルクに届けることが任務となる。

 偵察部隊が渓谷で見た光景は、ガンディアの強襲部隊と思われるBFの残骸。

 その悉くが破壊され地面に転がっていた。

 

「どこの部隊と撃ち合ったンだ? 帝都の部隊もシーマルク防衛隊も、出撃した何て報告受けていないぞ」

「内部分裂の可能性は……あり得ませんよね、しかし此処はシーマルク領内です、他国からの介入があるとは思えません、我が隊とシーマルクの部隊のどちらかしか考えられませんが――」

 

 偵察部隊の隊員が地面に転がる機体を一つずつ数え、「十二機」とポツリ呟く。三人の内、中隊長ともう一人がBFを降り、最後の一人はBFに搭乗したまま周辺の調査を行っていた。

 

「隊長、機体の数は十二です、恐らく小隊四つ、有人機は四、機体は全てガンディアのエンブレムを張り付けています」

 

 耳元に装着した無線機から聞こえてくる声に、隊長は唸り声を上げる。強襲部隊の数は十二機、しかも大破し周囲に転がっている機体は全てガンディアのものだという。そうなると、強襲部隊と戦闘を行った部隊は一機も堕とされる事無く完勝したという事になる。

 

 それだけの事が出来る数で挑んだという事なのだろうか? しかし周辺にBFの大部隊が移動した痕跡は見つけられなかった、強襲部隊が侵攻したと思われるルートにはBFの足跡が多数残っていたが、渓谷側にはごく少数の足跡しか残っていない。

 最初は浮遊型かとも考えたが、それにしても全機がソレとは考え難い。そうなると、必然ガンディアの強襲部隊よりも更に少数で連中を破ったという事になるが。

 

「帝都増援部隊所属でもない、シーマルクの人間でもない、しかもコレを被撃墜なしで駆逐か……凄まじい腕の持ち主だ、指揮官としても、恐らくBF乗りとしても」

 

 隊長としての役目を全うする男は、転がった幾つかの機体を眺めながら呟く。

 現状分かった事は迎撃した部隊が帝都所属でもシーマルク所属でもないこと、そして少数で迎撃に当たった事。

 そして恐ろしく腕が立つという事だけ。

 

 BF戦というのは対人戦と何ら変わらない、一対一ならばまだしも、多対一など嬲り殺しにされて終わる。機体相性もあるが、一人で複数を相手にするというのは非常に難しい。迎撃に当たった部隊は全員が一騎当千の猛者、下手をすれば全員有人機という可能性もあり得た。

 

「――一部不自然にパーツの消失した機体があります、コアを始め外部装甲、四肢、武装も幾つか抜き取られていますね、恐らく迎撃した部隊が持って行ったのでしょう」

「追剥、いや、現地補給か、そうなると賊の可能性もあるな」

「BFを運用する賊ですか」

 

 隊員の言葉からは、そんな馬鹿なという内心が透けて見えた。隊長とて同じ気持ちだ、最新鋭機を駆る賊などいてたまるか。

 しかし考えられる範囲は広くない、帝都でもシーマルク所属でもないBF部隊。その存在は正体不明(アンノウン)。そうなると存外、BF持ちという賊という線もあり得なくはない。

 

 兎も角、こんな場所で頭を捻っても仕方ないと、隊長は記憶デバイスの回収を命じた。最も、その記憶デバイス周辺は器用に破壊されているが――一つでも抽出出来れば儲けものだ。後は余裕があれば幾つかの部隊を残骸回収の為に派遣させ、自分たちの任務は終わる。しかし、三人の表情は強張ったまま、周囲は何か不穏な空気を醸し出していた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「そうか……ご、ご苦労様、さがっ……下がって、良い」

 

 帝都ガンディア対策司令部、その一室。他の部屋とは異なり比較的豪華な調度品が揃えられた指令室と呼ばれる場所。そこに鎮座する一人の女性、長い黒髪をそのままに美しい顔立ちの女性だった。服装は帝都皇族所縁の者が着る軍服、黒を基調とし肩から腰に掛けて金の飾緒が伸びている。胸に飾るは桜の勲章、そして帝都に駐留する部隊を束ねる中将の階級章。

 

 普段は氷の様に冷たい空気を発する女性、女傑と呼ぶに相応しい風格を備えた人物であったが、今は動揺を隠しきれず小刻みに震える始末であった。

 

「……失礼します」

 

 報告に訪れた近衛の一人は、彼女の心中を察して静かに退出する。彼女の目の前に提出された一枚の紙きれ、それが女傑である人物の心を大きく揺さぶっていた。美しい造りのデスクに肘を着き、部下の退出を見送った彼女は、完全に扉が閉まったと見るや否や拳を思い切り叩きつけた。

 

 それは激情の籠った拳、鈍い音がデスクを揺らし彼女の手が何度も叩きつけられる。その度にデスクが揺れ、腹の底から絞り出した様な声が部屋に響いた。

 

「っ、なんでッ――どうしてぇ……これじゃ、わた、私がッ、私が今まで積み重ねて来た事は――いっ、い、一体なんのためにッ」

 

 彼女の拳を受け止めた一枚の紙きれ、真新しいソレにはびっしりと文字が並んでいる。

 その情報はシーマルクから齎された。()の国に派遣したBF部隊、その損害報告。なんて事はない、BF同士が戦えば多かれ少なかれ被害は出るもの。それを呑み込めない程小さな器ではないし、善人である訳でも無い。

 

 誰が死んだ、誰が重傷を負った、こういった報告は毎日のように来ていた、今更彼女が取り乱す事ではない。

 しかし、彼女の目に留まったのは無名のBF操縦士ではない、ただ一つ、最後に付け足された一文。それはさもどうでも良さそうに、蛇足の様に付け足された一文であった。

 

 ――第三強化外骨格部隊 【重鉄】 動力炉破損による廃棄処分が決定 僚機【カルロナ】、【カイム】の損傷も激しく任務継続は不可能と判断 シーマルクBF廃棄場にてスクラップ処理後廃棄 〇月〇日 

 

 その機体名には覚えがあった――否、あり過ぎた。

 日付から、既に廃棄処分は決行されたと言う事が分かる。それはつまり、既に彼は鉄屑の中に呑まれ、廃棄されてしまったと言う事だ。その事実を噛み砕いた瞬間、彼女の瞳から涙が溢れた。

 せめて嗚咽は漏らすまいと口に手を当てるものの、悲痛な呻きは止まらない。ポタポタと紙切れの上に斑点が生まれ、彼女は額を紙切れに擦り付けた。

 

 死んだ?

 彼が――死んだ?

 

 それは到底受け入れられない事実であった、何にも代え難く、必死に守ろうとしていた対象はいつの間にか現世より消えていた。その悲しみは壮絶である、ただ絶望だけが広がって自分を呑み込もうとしている。

 

 自身の今までの努力は、これからの生きる理由は、一体どうすれば良い。

 彼女は感情の波に吞まれていた、しかし最後に思考するだけの理性が彼女には合った。女傑と呼ばれる由縁である、しかし容易に狂えないというのも又地獄。

 せめて遺体だけでも回収するべきだろうか、いや、それすらも危ういかもしれない。それに、彼女自身が彼の遺体を前に正気を保てる自信が無かった。そもそもスクラップ処理を行ったと言う事は、遺体など既に――

 

「っ、うぅ――」

 

 骨肉を砕かれ、ドロドロに溶かされた彼を想像した彼女は思わず呻く。しかし、死体も見ずに彼の死に納得しろというのも無理な話であった。その程度で諦められるモノならば、既に彼女は十八年前に諦めている。そこだけは理性よりも感情が勝った。

 彼女の瞳が剣呑な色を取り戻す、つり上がった眉と目じりは彼女本来のモノだ、唇をきつく結びながら大粒の涙を零した。

 

「っ、ふ、か、回線、通話機能を――冨賀博士に繋いでッ」

 

 デスクに備え付けられた帝都軍部内線、それに叫び回線を開く。コール音は一度しか鳴らなかった、相手が素早く応答したのだ。しかし向こう側から声は無い、ただすすり泣く声、呻き声だけが聞こえて来た。

 

「杠ぁ、ゆ、ユズリハぁ、貴方、あなたっ、これは一体どういう――彼が、彼が処分された何て、そんな嘘よねぇ!? ねぇ、ユズリハぁア!?」

 

 デスクのスピーカーから聞こえて来る声は最早慟哭だった、恐らく自前の情報網で彼の処分を知ったのだろう。冨賀博士は指令室に直通の内線を持たない、きっと自身の連絡をずっと待っていたのだ。

 

 冨賀博士は錯乱していると言っても良い。だがその気持ちは彼女――杠にも良く分かった。何故なら、こんな立場でなければ自分もそうしていただろうという確信があるから。

 

「博士、冨賀博士っ、今すぐシーマルクに向かって、彼の安否を確認して!」

「無理、無理よ、そんな、彼の亡骸なんて、私見たく――」

「まだ死んだと決まった訳では無いでしょう!?」

 

 杠は叫んだ、或はソレは自分に言い聞かせたのかもしれない。彼の死を望んでいた奉遷が此方の動きを止める前に、せめて博士だけでもシーマルクに送らなければならない。自分だけの権限では報告を差し止める事は出来ないのだ。万が一、億が一の可能性に賭けて、彼女は博士に語り掛けた。

 

「彼がそう易々と死ぬ筈がない、この帝都の系譜に名を連ねる一人が、そう簡単に――生きてさえいれば何でも良い、もうBFなんてどうでも良いの! 機体が鉄屑に成り果てようと何だろうと、彼さえ生きていればそれで……ッ」

 

 彼の乗る重鉄はメインフレームを重点的に強化した、当時貴重だった鋼材も惜しまず注ぎ込み、技術将校も最高の人員を揃えた。それが功を成し生きているかもしれない、そんな「IF」、もしかしたら。

 希望的観測でしかない事は分かっている、それが凄まじく確率の低い事も、自身の諦めが悪いだけだと言う事も。

 

「あの機体は博士の最高傑作なのでしょう!? なら、きっと生きている! スクラップ処理だけならまだ――溶かされてしまえば御終い、私は帝都から動けない、だから博士、シーマルクに行きなさい! 今すぐに!」

「うッ――ぐっ、ぁ………だ、第六世代計画はどうするっ、私が抜けては、奉遷が」

「現地で理想的な材質を見つけたから調査に出たとでも言っておく! 航空機は用意するから、博士が捕まればもうどうしようもないの! 彼の為に――さぁ急いで!」

「ふっ、ぅ、わ、分かった」

 

 回線を一方的に切った杠は、コンソールを叩いて帝都内の航空機一覧を開く。現在使用されている航空機、待機中の航空機、使用予定のものまで全て。その中から比較的使用しても問題無い航空機を見つけ、管理官にコールを飛ばす。

 一分足らずで航空機を手配し博士の居る帝都第一区軍事研究棟へと足を回す。そのままエアポートまで直行させ、博士をシーマルクへと送り込む手筈を整えた。

 

 杠は祈った、彼女は無神論者であり「信ずるものは何か?」と問われれば、胸を張って「己自身と信じるに値する友」と答えるだろう。

 だが、もし神という実体の無いナニカに祈る事によって彼が救われると言うのなら、彼女は平伏して祈っても良いと考えていた。待つ事しか出来ない自分は何と無力な事か、彼の為に邁進した日々は一体何の為に。

 

 静寂が支配する室内にて、彼女は独り涙を拭った。

 

 

 




 通常より2000字多いので、これを今日の最期の投稿にします。
 
 ふとした疑問なのですが、何故ヤンデレ作品の主人公たちはヒロインの愛を受け止めようとせず逃げるのですかねぇ……自分なら、もう、こう、バッチコォォォイ! って両手を広げて包丁諸共受け止める覚悟なのですが、これがゆとり教育という奴なのでしょうかねぇ(ゆとり代表)


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大陸横断

 

 オールド・ワンは満足であった。自身の外側をガチガチに固めた増設装甲、幾分か出力の上昇した【特別性コア】、それらを身にまといながら上機嫌に体を揺らす。

 

 あの強襲部隊は最初の敵としては最高だった。最後に戦った重量機体に至っては名前持ちだったらしく、そのコアも武装も装甲も素晴らしいものだったから。残骸から剝ぎ取った装備は正しくオールド・ワンの血肉となっている。

 他の部隊員の装備も中々で、少なくとも廃棄予定だったパーツよりは数倍マシな性能。新しい武装、パーツ、コアで身を固めた三機は意気揚々と渓谷を後にし、現在はガンディア方面へと進んでいる。

 

 どこに向かうか、それは全く決まっていなかった。

 ガンディアの部隊を蹴散らし、その装備を奪った事に満足し、ふと我に返ったとき次の予定を立てていなかった事に気が付いた。元より生存、そして新たな戦場を求めての旅だった、目的地など決まってはいないが当面の小目標とでもいうべきか、それは必要だと感じた。

 

 オールド・ワンがガンディア方面へと向かっているのは、単純に敵が多いからだ。シーマルクや帝都に向かっても問題はないのだが、祖国に対して牙を剝くというのは元兵士として何となく嫌な感情を抱いていた。元味方よりも、嘗て敵対していた組織の方が銃口を向け易い、僚機にとっては目くそ鼻くそ程度の違いかもしれないが、オールド・ワンにとってはそれなりに大事な事であった。

 

 シーマルク領内の渓谷を離れ二日後。

 スラスターを使わずに徒歩による移動で二日、途中途中に連続稼働によって蓄積した熱を逃がすための放熱作業、コアの再充電、関節部位や足裏の摩擦損傷の確認、遭遇戦を避けるための索敵――休憩も含め、凡そ一日十五時間程を移動に充てた。

 BFの足で十五時間、それを二日続けた結果、三機はシーマルクとガンディアの国境付近にまで足を進めていた。

 

 国境と言っても現在はシーマルクの防衛部隊も、ガンディアの侵攻部隊も存在しない、薄い金網と【ボーダーライン】の看板があるだけ。無論両国の国境警備隊が定期的な警戒は行っているが、現状そこまで大した戦力は留まっていない。

 最早この国境が何の意味も持たないことを、ガンディアも帝都も、シーマルクさえ理解しているからだ。元より法を守る気がない国と、破られても相応の戦力を持たない国、両国の関係性を表すならばそれで事足りる。

 

 現在、オールド・ワンは高低差によって生まれる陰に身を潜め、本日何度目かの放熱作業とコアの再充電を行っていた。時刻は真夜中、時計も既に二時を回った頃。三機は身を寄せ合うようにして陰に潜み、絶えず探知機による索敵を行う。

 警戒はカイムとカルロナの担当、AIは疲れ知らずで有人機と比べ良く働く。食事も睡眠も必要ないのだから当たり前だが、こういった安全地帯の無い場所での休息では非常に有難かった。

 

 オールド・ワンは機体を放熱モードに設定し、装甲の間に僅かな隙間を空け休憩に入っている。オールド・ワンとて無敵の兵士ではない、如何に優れた経験と知識を持っていても疲労が蓄積すれば肝心な時にミスを犯しかねない。

 

 オールド・ワンは息抜きも兼ねて胸部のハッチを解放した。

 パイロットが搭乗する為のハッチであるが、彼自身が戦地でコレを開いた事は数度とない。シーマルクからの脱走を含めると、今日で十日近く経過していた。流石にコックピットに籠りっぱなしというのも、何か精神的に悪い気がしたのだ。

 

 ハッチを開くと、中に籠っていた熱気が外へと放出され、同時に夜空に輝く星々が視界に瞬く。冷たい空気が素肌を撫で、鼻から入って来る空気が美味しく感じられた。既に味覚など無い筈なのに、おかしいと自分でも思う。

 

 見上げた無数の星々を見て、オールド・ワンは素直に綺麗だと思った。夜空などモニタ越しに見ていただけで、裸眼で見上げるなど何年振りだろうか。もう気が遠くなるほど昔の事の様に思える、それこそオールド・ワン(この機体)と出会う前だろう。

 

「これで、良かったのだろうか――」

 

 夜空を見上げていると、不意にそんな呟きが漏れた。慣れない発声にたどたどしい言葉だったが、その言葉は確かに空に溶けた。

 

 普段見る事の出来ない美しい光景を目にして、センチメンタルな気分になったからなのか。それとも十数年間奉仕し続けていた軍人としての性、愛国心という奴が言わせたのか、オールド・ワン自身にも分からない。

 後悔は無いかと言われれば、オールド・ワンは無いと言い切るだろう。

 正しかったのかと言われれば、正しかったと頷くだろう。

 

 オールド・ワンの視線はモニタ越しに、静かに佇む二機の僚機へと向けられる。オールド・ワンが気にする点は一つだけ、この戦友たちの意思だった。

 死にたくない、死なせたくない、これはオールド・ワンも、そして二機も抱く確かな感情だ。しかし戦場を求めるのは自身のエゴなのかもしれない、或は全てを投げだして別の生き方を模索しても良かったかもしれない。

 ただ、自分は戦いしか知らないのだ、闘争しか学ばなかったのだ、そんな自分に戦う事以外で生を謳歌するビジョンが見えなかった。自分が持つ生き方の知恵は、随分と偏ったものなのだ。

 

 そんな事を想いながら二機を眺めていると、膝を着いたまま静かに項垂れていた二機のモノアイがオールド・ワンに向けられる。赤い眼光がまるで内心を見透かすように光り、カイムとカルロナの言葉を聞いた様な気がした。

 

 ――今更、何を言っているのかしら。

 ――ボスの決めた事だろ、俺はそれを信じるだけだ。

 

 はっきりとした、渋い男の重低音と、女性らしい品の良い声。

 幻聴だろう、そう思う。

 

 考えれば最深度(フル・リンク)のまま十日だ、現役時代でもこれほど長く接続したままの事は無かった。神経接続は長時間の運用によって幻聴、幻覚の副作用があると言う、一日や二日繋ぎ続けた程度では発生しないが、流石に十日連続は体に異常を与えたらしい。

 

 しかし切断しようにも、整備班の存在しない今コネクタを再接続する手が無い。この旅を続けるのならば延々と繋がったままである状態に慣れる必要があった。

 

 いや、仮に幻聴だとしても構わない、オールド・ワンはそう思った。十数年という月日を経て唯一得られた絆、それが齎した幸福な嘘と言われてもオールド・ワンは構わなかった。嘘でも救われた、嬉しかった。

 

 そうか、と。

 小さな呟きを零してオールド・ワンは目を瞑る。僅かな間感傷に浸って、そのままハッチを静かに閉ざした。無機質な内部装甲が視界を覆い、同時にメインモニタの映像が網膜に出力される。

 

 それからは無言の時を過ごした、夜風が機体の増設装甲を叩くのを黙って聞いていた。五分か十分か、既に十分な仮眠を終えた体は休息を欲していない。陰から覗ける国境付近にはUAV(無人偵察機)が何分かおきに巡回している、オールド・ワンは夜明けと共に国境を超えるつもりであった。

 

 この二機と、オールド・ワンを合わせて三機。

 全員いれば大陸を横断する事すら容易に思える、それは思い上がりと言う奴だろうか。多分そうなのだろう、けれど存外悪い気分ではなかった。

 

 オールド・ワンがそんな気分に浸っていると、ふと背筋に何かピリッとした刺激を感じた。それは彼が戦地で鍛えて来た第六感、シックスセンス。BFのパイロットは神経接続を行った時、通常時と比較すると感性が鋭くなるという。オールド・ワンも例に漏れず、その感性は戦場にて研ぎ澄まされ続けていた。

 

 機能停止していた機体を再起動、低い唸り声と共にコアの再充電が終了、各部位が稼働を開始する。重低音を打ち鳴らしながら立ち上がったオールド・ワンの機体にアラートが鳴り響く、警告音は【識別信号無し・熱源接近】

 

 オールド・ワンが弾かれたように振り向くのと、丁度段差の様になっていた高地の向こう側から身を乗り出し、斧を振り上げた敵機が攻撃するのは殆ど同時だった。振り向いたオールド・ワンのモニタに映ったのは、近接武装の実体斧を振り上げた軽量型のBF。

 

 ガンディアからの追手か、まさか此処まで接近されているのに気付かないとは。

 オールド・ワンの動きに反応し、僚機が機体を起こす。カルロナが見張りも兼ねて半稼働状態だった筈だが――モニタを確認すれば、敵機の熱源反応は恐ろしく小さかった。コアの出力も相当絞ってある、完全奇襲用のセッティングだ、これでは気付かなくとも仕方ない。通常の機体の半分に満たないエネルギー反応なのだ。

 

 



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戦場を這う者

 

 オールド・ワンは今正に振り下ろされようとしている斧に対し、右腕の追加装甲を突き出す。腕の関節が突然の全開稼働に悲鳴を上げ、鈍い音がコックピットまで響いた。

 しかしその甲斐あって、重量機の胸部装甲から引き剝がし、無理矢理溶接したソレは実体斧の直撃を見事に防いで見せる。

 

 派手に火花が散り、敵機の振り下ろした斧は追加装甲の半ばまで埋まった。通常なら腕部の内部機構まで食い込んでもおかしくない攻撃だったが、完全奇襲用の調整に加えて斧の状態の悪さが味方した。

 刃は装甲のみに留まり、オールド・ワンの腕は何ら稼働に問題は無い。敵機は奇襲を防がれた事に愕然とし、思考に一瞬の空白が生まれる、それが勝敗を決定付けた。

 

 オールド・ワンは左腕の内蔵武装を展開し、月明かりの元ソレを晒す。

 フロウラウルの狂犬――シーマルク強襲部隊を率いたBFが使っていた電動鋸、チェインソー。それを左腕に装備し、刃を勢い良く回転させる。赤く熱を帯びたソレは闇夜の中でも良く見え、オールド・ワンは容赦なくチェインソーを薙いだ。

 

 狙いは腕、振り下ろした斧を掴んでいた敵機の腕を何の躊躇いも無く削り落とす。凄まじい回転数を誇る刃、少なくとも数秒程度でオールド・ワンの胸部装甲を削り取ったチェインソーは容易く敵機の片腕を削り飛ばした。

 

 不利を悟った敵機は片腕を斬り飛ばされた時点で武器を手放し、そのまま後方へ向けて跳躍を試みる。しかしそれよりも早く、カルロナとカイムが先手を打った。機体の脚部に装着されているアンカーを射出し、敵機のウィークポイントに撃ち込んだのだ。

 返しの付いたアンカーはその役割を十分に果たし、推進剤も使って後退しようとした敵機を引っ張る。丁度宙に機体を浮かし、スラスターを吹かせようとした敵機は予想外の力に体勢を崩し、そのまま転がるような形で岩の上から落下、オールド・ワン達の前に横たわった。

 

 オールド・ワンは腕に突き刺さったままの斧を振り落とし、足で蹴り飛ばす。見ればソレは明らかに正規品のソレでは無く、まるでジャンクパーツを組み合わせた様な歪な形であった。通りで装甲を半分も削れないわけだと独り納得する。

 

 月明りを背にしていた為、敵機の機体が良く見えなかったが、今ならばよく見える。地面に横たわった機体は所々色褪せ、年季の入ったパーツで構成されていた。形状もバラバラ、外部に見える武装は腰部に見える継ぎ接ぎだらけの拳銃。

 少なくともガンディアの追手ではない、機体の外見も勿論、エンブレムが何処にも見当たらなかった。だとしたら何だ、どこの部隊の人間だ。

 

 オールド・ワンは僚機に周囲の索敵を命令し、後続が存在しないか警戒する。その間地面に転がった敵機を足で蹴り飛ばすと、その頭部を何度も踏みつけた。オールド・ワンは重量機であり、その重量は軽量の三倍、中量の二倍はある。

 更に元々フレームの重量もかなり含まれるため、下手をすると中量でも三倍近かった。そんな重量のオールド・ワンに何度も踏みつけられた敵機の頭部はメキメキと音を立て、やがて装甲諸共半分ほどの大きさになってしまう。プレス機としても優秀なオールド・ワンだった。

 

 更に腰部の拳銃に手を伸ばそうとしていた敵機の動きを察知し、残った片腕もチェインソーで強引に切断する。肩部からバッサリと切断されたソレは、派手な火花を散らして地面の上に転がった。

 

 ものの数秒での無力化、少しして僚機から【周辺にBF熱源無し】の報告を受ける。どうやらBFはこの一機だけらしい、念のため自身の機体で熱源反応、それも微弱レベルまで絞った探知を試みるものの反応は無い。

 オールド・ワンは何度か探知を試み、完全に敵は居ないと確信した後に足下の機体を見下ろした。両腕を削り飛ばされ、頭部を圧壊させられた不遇のBF。その機体にはエンブレムもなく、明らかに正規部隊の機体とは思えない。

 

 オールド・ワンは数秒ほど機体を眺めると、『奪う価値無し』の烙印を押した。斬り飛ばした腕も、胴体も脚部もコアも、何もかもがオールド・ワン及び両機の装備に劣る。これでは剥ぎ取ったところで何も旨味は無い。

 

 そう判断した後は素早かった、腕を斬り飛ばした後停止させていたチェインソーを再稼働させ、無様に足掻こうとする敵機の胸部に近付ける。振り下ろす必要もない、軽量機程度の装甲であればものの一秒で削り切るだろう。

 

 キィィィ! と不気味な音を響かせるチェインソーに威圧され、足下の機体は大きく脚部を動かしたり、スラスターを吹かせたりする。しかしカイムとカルロナがアンカーで勢いを殺し、オールド・ワンが頭部を踏みつけ押さえている。今更頭部を切り離そうが遅い、オールド・ワンのチェインソーがパイロットごと胸部を切断する方が早かった。

 

 

 しかし、オールド・ワンが胸部装甲を削る寸前――バキンッ! という音が機外から鳴り響いた。

 

 

 その音はBFの銃声にしては随分と小さく、ともすれば聞き違いと断じてもおかしくはないレベルだった。しかし、オールド・ワンの強化された聴覚は確かにその音を捉えた。同時にチュィン! という何かが装甲に当たる音、それは装甲を削った音ではなく弾いた音だった。

 攻撃を受けたのか。

 オールド・ワンがそう判断し、素早く周囲に無差別探知を行う。最初に検知されたのは僚機の二機、そして次に探知されたのは小さな赤い点が三つ。しかしソレはBFの熱源では無く、人の持つ微弱な熱だった。

 

 先程の探知はあくまでBF用の探知、成程人間は引っ掛からないとオールド・ワンは機体の向きを変える。オールド・ワンから僅か五十メートル程度の距離、オールド・ワン達と同じように高低差の影から一人の人間が顔を覗かせていた。

 その手には銃が握られている――既に見なくなって久しい、旧式の狙撃銃だ。

 

「正気かディーアッ!? BF相手に対人用の銃なんてッ!」

「うるさいッ、このままじゃハイネが死んじゃうでしょう!」 

 

 影から躍り出たのは女性、狙撃銃を構えたまま次々と弾丸を発射する。オールド・ワンは念のため掌でモノアイを庇うと、僚機二機に命令を出す。あんな小さな口径の銃などBFには蚊に刺された程度、まさか倒せるとは向こうも思ってはいまい。

 銃はマズルフラッシュがあるため夜に使用は控えたかったが、仕方ない。僚機の火器使用制限を解除し、ターゲットを足下の敵機から向こう側の人間へと変更。

 まだ何かあるのだろうか、オールド・ワンは思考を巡らせる。

 

 念のため人質としての価値を残しておくべく、チェインソーで足下の敵機のスラスター、そして両足を切断しておく。盛大な火花と共に両足は切断され、スラスターは黒煙を噴き出しながら両断された。これで達磨状態、四肢を捥がれた鉄屑だ。

 

 敵機に向けていた視界を再度人間に戻すと、三人の内の一人がバシュッ! と何かを射出した。拡大するとソレは何か丸い筒の様で、直ぐに何かを理解した。膝を着いて発射する体勢、背後の砂塵が舞い上がるバックブラスト、網膜を焼く六翼の閃光、四百度に及ぶそれは無反動砲としての特徴だ。

 

 過去の戦争で活躍した個人携帯火器のLEE、元々戦車を撃破する為に開発された火砲。口径は60mmで300mmの装甲でも貫通する優れもの。しかし、BFに使用するには余りにも遅い。弾頭がオールド・ワンに着弾するよりも早く、頭部のモノアイが飛来する弾頭を観測、肩部側面に収納されていた小型の武装が展開し バクンッ! と無数の鉛球を発射した。

 

 狙い撃つというより、面で迎撃する。鉛球に接触した弾頭は途中で爆発四散し、風圧だけがオールド・ワンの表面を舐める。対人用の迎撃武装、対BFには殆ど効果を期待できないが、対人武装に関しては絶大な効果を持つ武装。

 

「グルード! 下がれッ」

「くそッ、虎の子のLEEが……」

 

 三人は弾頭が迎撃されると見るや否や蜘蛛の子を散らしたように散開、オールド・ワンから火器使用制限を解除された僚機――カイムは、すぐさま手に持った突撃銃を構えた。人間に使用するには過剰火力と言えるが、どちらにせよ殺すなら問題は無い。カルロナの狙撃銃は弾薬が限られている為、今回は待機だ。

 

 カイムは突撃銃を腰の脇に構え、掠っただけで死に至る大口径の弾丸、鉛の雨を人間に向かって浴びせた。眩いマズルフラッシュ、響き渡る銃声、銃口から放たれたソレは三人を巻き込みながら土埃を巻き上げた。

 

「ぐッ!」

「ッ――」

「マジかッ!」

 

 悲鳴が聞こえ、数瞬の後に三人の姿は土埃に紛れて見えなくなる。二秒程度のフルオート射撃、弾丸は五十メートルの距離を一瞬にして踏み潰し、地面に穴を穿った。濛々と立ち上った砂塵を裂く様に二機がスラスターを吹かせ、三人の元に接近する。カルロナが狙撃銃を、カイムが突撃銃を地面に突きつけるのと砂塵が晴れるのは同時だった。

 

 砂塵が晴れた場所には地面に転がり、無数の弾痕が残る中両手を挙げる三人。どうやら弾丸は命中させず、牽制するに留めたらしい。BFや戦闘車両であれば問答無用で殺害しただろうが、AIは人間を無力と判断したらしかった。

 

「クソッ、くそ、降参だ、撃つなッ!」

「あぁ、もう最悪――だから無理だって言ったのに……」

「流石に無理だ、これは」

 

 両手をだらしなく挙げながら叫ぶ男、狙撃銃を足元に転がしながら静かに両手を挙げる女、俯いたまま力なく両手をハの字に挙げる男、計三人。オールド・ワンが敵の完全制圧を確認すると、足元からガシュン! という空気の抜ける音が聞こえた。

 

 視界を足元に向ければ、胴体しか残っていないBF――その胸部のハッチが開き、コックピットのロックが解除された。しかしどうやらハッチと装甲が噛んでしまったらしく、パイロットは内側から何度かハッチを蹴り飛ばし、強引にハッチを開いた。

 

 コックピットから這い出して来たパイロットはアシストフレームも纏う事無く、ゆっくりと立ち上がった後にオールド・ワンへ向けて両手を挙げて見せた。

 どうやら投降の意思があるらしい、オールド・ワンは緩慢な動作で踏み潰していた頭部から足を退けると、そのまま他の三人に合流するよう手で指示を出す。チェインソーを持たない手でパイロットを指差し、次に三人を指差す。それだけで意図は理解したらしい、両手を頭の上に組んだまま三人の方へと足を進めた。

 

 

 



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ハイエナ

 

 集合した四人の敵性戦闘員、カイムに見張りを任せカルロナに周辺の調査を行わせると、丁度百メートル程離れたブッシュの中にジープが隠されていた。どうやら連中の足だったらしい、見るからに正規の軍人でないが――

 

『貴官の帰属国家、所属を答えよ、軍部のライセンスを所持している場合は提示した場合に限り、ヴィルシーナ条約に基づき身の安全を保障する、ライセンスを紛失または所持していない場合であっても、貴官らの所属が証明され次第条約を厳守する』

 

 オールド・ワンは久しく使用していなかった捕虜に向けたアナウンスを流す、BFに予め備わっている音声機能。本来捕虜など取る気も無いオールド・ワンだったが、歩兵程度であれば大した脅威でも無い。

 

 何なら自身にLEEをぶっ放した男と、先程のパイロットのみを殺し、残り二人は解放しても良いだろうという気分であった。オールド・ワン的には海の様に広い寛大な措置だと確信している、本来ならば銃口を向けた時点で殺害は確定しているのだ。しかし蚊に刺されただけで激怒する程自身は狭器ではなく、多少の事ならば目を瞑ってやるという態度を見せる。

 アナウンスを聞いた四人は互いに顔を見合わせ、それから十秒、二十秒と沈黙を守る。それの意味が分からぬ程、オールド・ワンは間抜けでは無い。

 

 ライセンスを提示出来ない、やはり軍属では無い。

 ならば賊か。

 

 オールド・ワンは知識でのみ、戦場を漁る賊の事を知っていた。

 彼らは『ハイエナ』と呼ばれる存在で、どこの国家にも帰属しない存在である。国家の庇護を振り払い、代わりに自由を手に入れた無法者(アウトロー)。中には国家に帰属しながら似たような真似をしている連中も居ると言うが、その大部分は所属なしの国外人である。

 

 彼らは大小問わず、戦闘が勃発した後、大破炎上した車両、BFを無断で回収し分解、部品単位での転売や継ぎ接ぎだらけのBFを作るという。ある意味オールド・ワンと似たような存在とも言えるが、搭乗者最適化の行われていないBF、パイロットなど高だか知れている。

 それにBFは誰もが扱える兵器という訳ではない、精神接続を行うにはある程度の適正と耐性が必要なのだ。AIが生まれた背景には、慢性的なパイロット不足という側面もあった。

 

 条約にハイエナの安全保障の項目など何処にもない。

 強盗に失敗した間抜けには死を。

 それはある意味最もマトモな選択肢に思えた。

 

 オールド・ワンが片手を挙げると、カルロナがセイフティをセミに弾いた。ガチンッ! と突撃銃が金属音を鳴らし、四人がビクリと肩を跳ねさせる。四人を殺すならフルオートで連射する必要は無い、AIの正確無比な照準で一人一人撃ち抜けば終わりだ。

 

 恐らく目の前の鉄の巨人が自分達を殺すと理解したのだろう、オールド・ワンに一番近い位置に居た男が大きく腕を振りながら叫んだ。その声色は焦燥に塗れ、必死に何かを訴えかける。

 

「ま、待ってくれ、頼む話を聞いてくれッ、こちらから仕掛けた戦いだ、完全に俺達に非はあるッ、アンタ等が被った被害分を賠償する、他に何か必要なものがあるなら提供もするッ、だから命は助けてくれ!」

 

 男は必死に両手を振ってオールド・ワンに向かって叫んだ、成程これがハイエナの流儀かと納得する。弱肉強食、外で戦闘を仕掛け勝てば全てを奪い、負ければ奪われる。なんとシンプルで分かり易い、世紀末の世界だと。

 

 オールド・ワンは彼の言葉を聞きながら少しばかり思考に耽った、必要なモノを提供すると言っているが、それは何でもいいのかと。

 オールド・ワンは旅をする上で必要となる拠点を欲していた、如何に精強な部隊であっても休む場所が無ければ何れ擦り切れる。こんな強行軍がいつまでも続くとは思っていない、故にオールド・ワンはどこかで腰を落ち着けるつもりであった。無論それは旅をやめるという訳では無く、そこを中心に遠征を繰り返すという意味である。

 

 元より、帝都部所属であった自分達が他国に受け入れられるとは思っていない。だからこそオールド・ワンは国家の統治する都市などではなく、国境の端などに適当な隠れ家でも作ってしまおうかと思っていたのだ。

 しかし、ハイエナを四人見逃すだけでソレが手に入るというのならば是非もない、オールド・ワンは外部拡声器に接続し、自身の口で彼らに問いかけた。

 

「拠点はあるか」

 

 短い、僅かに擦れた声。彼らはその声を聞き、一瞬呆けた後に、「あ、あぁ、ある!」と叫んだ。オールド・ワンは内心で喝采を上げた、素晴らしい、これは何と言う幸運か。間抜けな死体漁りを撃退したところ活動拠点を手に入れられるというのだ、これは喜ばずにはいられない。

 

「案内しろ」

 

 オールド・ワンはそう短く告げると、ブッシュに隠されていたジープを指差した。彼らは互いに顔を見合わせた後、「分かった……ただ、BFを回収したいのだが」と未練の残る表情でオールド・ワンの近くに転がる鉄屑を眺めた。

 

 どうやらあの機体は、このハイエナ達の唯一の戦力だったらしい、オールド・ワンからすれば既に鉄の塊に過ぎないが構わないだろう。取り敢えずコックピット周りの胴体だけでも回収すれば後々改修して動かす事は出来る、オールド・ワンは周囲に飛び散った腕や足を眺め静かに告げた。

 

「四肢は諦めろ」

 

 それだけ言ってオールド・ワンはカルロナにBF胴体の牽引を命令。カルロナは器用にアンカーを使って胴体部分と自身を繋ぎ、そのまま引きずり出した。カイムの様な軽量機では難しいだろうが、カルロナならば許容範囲内。四人はそれを確認して渋々四肢のパーツを諦め、そのままカイムの銃口に急かされる様にジープへと乗車した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ハイエナ達の拠点はシーマルクとガンディア国境の端、丁度廃れた街の中にひっそりと存在していた。恐らく片田舎としてそれなりに繁栄していたが、戦火によって住民が中央に移りゴーストタウンとなったのだろう、所々で見る案内板には聞き覚えの無い名ばかりだった。領内としてはシーマルクなのだろうが、街の中にはガンディアの建築物や車両が多く見えた。既に蔦が絡みつき錆びたオールドタイプだが、それくらいの見分けは付く。

 

 どうやらそれなりの規模を持つ町だったらしい。町の中には幾つもの工場やビルも見え、産業都市として栄えていたことが分かる。国境沿いの為、UAVも時折偵察にやって来るが、成程灯台下暗しという奴か。両国の監視がある為にハイエナ達は寄り付かない、監視にさえ見つからなければ安全な場所だった。

 

 ジープの速度に合わせてゆっくりと進軍していたオールド・ワン達は、ジープが停車すると同時にその足を止める。ふと前方に目を向ければ、老朽化の進んだ倉庫の様な建築物が目に入って来た。BFよりも遥かに天井が高く、かなり巨大な倉庫だ。オールド・ワンはその倉庫を見上げながら確信する。どうやら自分達はアタリを引いたらしいと。

 

「此処が俺達のアジトだ……今、扉を開ける」

 

 ジープを運転していた男がそう言うと、エンジンを付けたまま下車し倉庫のゲートに駆け寄った。見れば両開きのゲートの脇に操作盤が取り付けてあり、男は何度か指を動かして何かを打ち込む。するとピッという小さな電子音と共に、ゲートがゆっくりと開いた。

 

 男はジープまで戻り再び乗り込むと、背後に立つカイムを一瞥してゆっくりとアクセルを踏んだ。オールド・ワン達もジープに続き倉庫の中へと足を踏み入れる、内部はオールド・ワンが思っていたよりもずっと広かった。

 

 無骨な骨組みが見える倉庫内部、硝子は所々割れて内部は殺風景と言って良い。ただ倉庫の隅にはどこからか拾ってきたのか、BFのジャンクパーツが綺麗に並べられており、幾つか銃器の存在も確認出来た。その周辺には幾つかのコンテナが見える、中身が何かは分からないが四つ並んでいる辺り、何か意味があるのだろう。

 倉庫の広さは百メートル程だろうか、規模としてはそれなりに大きい。天井もBFの三倍はあり、どうやら隣接している建物と繋がっているらしい。居住スペースも存在しており、所々に生活の跡も見えた。

 

「……良い場所だ」

 

 オールド・ワンは小さくそう呟いた。軍人の使う整理整頓され、衛生管理が地面の表層まで行き渡っている様な息苦しさを感じない。必要最低限、その中で最も快適な空間を生み出そうと努力した雰囲気を感じる。一言で言うならば気に入った、そういう事である。

 

「契約の履行を確認した、生命の保証はする、今すぐ立ち去ると良い――万が一この場所の奪還を考えるのであれば、その時は容赦なく殺害する」

 

 もし拠点内に必要な物品があるのならば早急に回収すると良い、全てを奪う程鬼では無い。オールド・ワンは慣れない長台詞に息を吐き出しながら、ジープに乗ったまま微動だにしない四人へと告げた。拠点は手に入れた、これでパーツや武装の貯蔵が可能になった、もし戦闘で敗北しても予備パーツがあれば再び立ち上がる事が出来る。補給が出来る拠点があるというのは、オールド・ワンに精神的な安心は勿論、機体的な面でも安心を齎した。

 

 さて、この拠点どうやって活用しようか。オールド・ワンは早速拠点の活用法について考え始めるが、いつまで経っても動き出さないジープに気付き、視線をそちらに飛ばした。

 

「……一つ、頼みがある」

 

 ジープに乗った男が口を開いた、その声色は酷く暗い。

 オールド・ワンが訝し気に目を細めると、全員の視線が自分に集まっている事が分かる。男は何度か口を開き、何かを言おうとして、しかし何度も口を閉じてしまった。何かを言いたいが、しかし言い出せない、そんな雰囲気。言葉を舌の上で転がすだけで一方に吐き出す気配が無い、それをじれったいと思ったのか助手席に乗っていた女が身を乗り出して叫んだ。

 

「私達を仲間にして!」

 

 



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眠れる獅子との契約

 

 隣で言い淀む男の代わりに、スパッと言葉を口にした女。

 その言葉はオールド・ワンにとって予想外過ぎる言葉で、暫く言葉を失った。その沈黙を好機と捉えたのか、或は拙いと捉えたのか、女は尚をも身を乗り出して言葉を重ねた。

 

「元々、私達はこの拠点以外に行く宛て何てないの、外を彷徨ったって正規の軍隊に潰されるか、同じ流浪人に殺されるだけ、安住の地なんてない、唯一の頼みの綱だったBFも壊れたし、私達にはもう戦えるだけの武器が無い、けれどアンタ達は違う、BFがある、それも三機も、やれる事なら何だってする、戦闘じゃ役に立たないかもしれないけれど、BFの整備やパーツの調達だって出来るわ、この街の細かいところまで知っているし、今は庭の様なものなの、食料も水も手に入れられる、少ないけれど燃料だって……! ――だから私達を仲間にして、お願い」

 

 カイムに銃口を突き付けられながら、女は最後まで言い切る。

 此処は自分達のホームであると、仮に追い出されてしまったら死んでしまうと、必ず役に立つから傍に置いてくれと。

 

 オールド・ワンは外の情勢については余り詳しくない、十数年国同士の戦い、国家の尖兵として戦場を渡り歩いただけの軍人だ。無論この国家統治範囲外の場所での生き方など知らないし、BFという鉄の巨人に乘っている自分は生き方を選べる立場にある、だからこそ彼らのその後など全く考えていなかった。

 

 だからと言って、同情や優しさを向ける気などサラサラ無いのだけれども。

 オールド・ワンは暫く沈黙を守った後、自分にメリットが無いと告げた。

 

 オールド・ワンとしては小隊が補給できる場所さえあれば十分であり、他には何も望むことなど無い。適当に放浪し、敵部隊を見つけ、潰し、高みを目指すだけだ。それに言ってしまえば、オールド・ワンは食料も水も必要としない、燃料などコアが勝手に生み出してくれる。パーツも、こんなジャンク品ではガンディアの部隊と殴り合うことは出来ない、正直言ってしまえば部隊に殴り込みを掛けて奪った方が何倍も有意義だ。

 

 メンテナンスが出来るという点では確かに魅力的ではあるが、パーツを凄まじい頻度で切り替えるのならば必ずしも必要と言う訳では無い。オールド・ワンの部隊は現地調達が主なのだ。

 端的に言って必要ない、オールド・ワンが簡潔にそう告げると、女は表情を歪めながらなおも食い下がった。

 

「ッ、ならアンタ達の目的に協力するッ、やれって言うなら何でもするから!」

 

 女は必死だった、ある意味目の前の存在が簡単に自分達を殺せる事を理解しているからこその行動だった。その凶器を振るう事に何ら躊躇いの無いBFが三機、生身で対峙するには相応の精神力が要求される。

 

 しかし、どんな危険を犯してでも懐に入り込むべきだと四人は思っていた。自身の拠点を奪われたからという理由もあるが、何より三機のBFという点が素晴らしいのだ。この界隈に於いてBFというのは絶対的な力だ、戦車やヘリよりも余程役に立つし一機でも手元にあれば周囲の地区は軒並み縄張りとして取り込める。

 

 元々BFの改修、修理、メンテナンスの出来るエンジニアが外の世界には少ないという事もあるが、それ以上に適性を持つパイロットが少なすぎるという点があった。

 

 AIはキャプテン(隊長機)が存在しなければ十二分な働きは期待出来ないし、そもそも撃破された時点でAIは自己消去を行う、他国へと情報を引き渡さない為だ。故にパイロットの代わりにAI制御しようとしても、一から全ての行動を教え込まなければならない。更に言えばAI開発技能を持つ人間など外の世界に居る筈が無いのだ、彼らは皆自国の研究局にて手厚く保護されているのだから。

 

 結局、ハイエナにとって武装とは個人携帯可能な火器、良くても戦車や戦闘ヘリなどと言ったモノ、しかしコアの搭載出来ないそれらは当たり前だが燃料を必要とする。既に枯渇した石油など一体どうやって手に入れれば良いのか。ガンディアや帝都の様に合成燃料を作るだけの設備をハイエナは保有していない、燃料の調達は非常に困難であった。

 

 だからこそ彼らはハイエナの中では勝ち組であった、何故ならばBFを保有し、更にはパイロットもエンジニアも居るのだから。そのある種の驕りがこのような事態を招いたと言えば、そうなのだろうが。

 

 オールド・ワンは少しだけ考えた。

 この四人を取り込む事によって生まれるメリット、デメリット。正直オールド・ワンとしては味方などカルロナとカイムさえいれば十二分なのだが、確かに人手があるというのは便利だ。もし信頼関係を築けるのならば神経接続を一度解除し、肉体的な休息を得る事が可能になる。

 

 更に言えば機体にカスタマイズを施す事も出来るし、ガンディアや他国の情報を彼らを使って得る事も、もっと言うならBFがジャンクとは言え一機増えるのだ、戦闘の幅は広がるだろう。または自分の手が届かない部分に、あらゆる点で便宜を図ってくれる筈だ。

 

 逆に、デメリットは彼らが裏切った場合。

 メンテナンスを頼みながら機体に細工をされたり、寝首を掻かれたり、偽の情報を掴まされたり。そればかりは互いの信頼関係によるが、一度は敵対し命のやり取りをした仲だ。早々簡単に信頼を置く事など出来ない。

 

 日々に精神をすり減らすと言う点は確かにデメリットだが、接近さえ許さなければ彼らの戦闘能力はそれ程脅威ではなかった。BFならば兎も角、対人用の銃器程度ではオールド・ワン――この重鉄の装甲を抜く事は出来ない。設置型の爆薬やLEEの直撃があれば別だが、それはカルロナとカイムの警戒があれば気にする程の事でもないだろう。

 要するに、警戒を忘れず甘い汁さえ吸わせて貰えれば良いのだ。

 

 彼らにとって自分達を仲間にするメリットは――まずホームを失わない、更にはBF三機と言う戦力を手に入れる事が出来る、これだけでも凄まじい事だ。デメリットはオールド・ワン達が裏切った場合だが、それは今と大した変わりはない。元々死んでいてもおかしくない身だ、その辺りのデメリットは皆無と言って良い。

 

 連中にとっては得るモノはあっても、失うものはない。ノーリスク・ハイリターン、断られれば死ぬだけ、起死回生の一手も無し。

 

 ただ、存外自分にとっても悪い条件ではないのではないだろうか、オールド・ワンはふとそんな事を思った。

 仮に接近を許すとしても機体の細工はモニタから目を離さなければ良いし、内部機構に触れさせなければ済む話。外部装甲に対する反射処理や防塵処理程度なら問題は無い、夜はカルロナかカイムに見張りを頼み、もし仮に裏切ったならば殺せば良い。それだけの戦力差が双方の間には存在する。

 

 万が一信頼関係が得られたならば、再接続を頼める。信頼関係が築ければラッキー、駄目で元々、そう考えたオールド・ワンは少しの間を置いて、「分かった」と頷いて見せた。

 

 反応は劇的だった。

 最初に言葉を聞いた女が、「本当!?」と食い付く。次に運転席の男が身を乗り出し、驚きを顔に張り付けた。後部座席の二人も、まさか承諾されるとは思っていなかったのか立ち上がってオールド・ワンを見る。

 

 全員が全員、驚愕に目を剝いていた。そんなに望み薄だと思っていたなら、よくもまぁ取引を持ち掛けたものだとオールド・ワンは少しだけ感心する。銃口を向けていたカイムに下がるよう命令し、カイムは静かに銃口を上に向ける。オールド・ワンはその場に膝を折ると、静かに四人へと語り掛けた。

 

「ただし、万が一お前達が裏切れば遠慮なく殺害する、小隊の邪魔をしても同じ、不利益になる事をしても同じだ、お前達が小隊を害さず、仲間として真摯に過ごすならば力になる事を約束しよう、何かあれば守る、どうか裏切ってくれるなよ」

「あぁ、あぁ! 勿論だッ」

 

 ジープの運転席に座る男が何度も頷き、喜色を顔に滲ませる。オールド・ワンは彼らの喜び、それこそ今にも跳び上がって叫びそうな笑顔に何とも言えない気持ちになった。

 

 

 

 





 あぁ~ヤンデレを書きたいんじゃァ~

 こんな事前にも言った気がするんですけれど、ツンヤンデレっていいよね、ツンヤンデレ。

「……別に貴方の為じゃありません」 とかそっぽ向いて顔を赤くしつつ言って、ツンケンするんだけれど、いざ主人公が別の女と一緒に居ると、「何で別の女と一緒に居るんですか」って不機嫌そうに唇を尖らせて。

 主人公が一世一代の告白をすると、「べ……別に照れてなんていません、呆れてモノを言えないだけです」とか言っちゃうんです。それで主人公が帰った後に一人小さくガッツポーズとかしちゃったり。

 それで主人公が別の女の子に現を抜かすと、「なんですか、私では不満ですか」とか言いつつ嫉妬して、本当はもっとストレートに自分を見てと言いたいのに素直に好意を向けられ無くて歯痒い思いをしたり……。

 アァァァアア平和なヤンデレいいんじゃァアアア~!!!✌('ω'✌ )三✌('ω')✌三( ✌'ω')✌

 でも修羅場も見たい(真顔)


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過去の代償

 ここ数時間で随分と発声に慣れた喉は自然と自己紹介を促していた。場所は倉庫内、オールド・ワンはBFに搭乗したままハンガー代わりに使われていた場所に陣取り、膝を着いている。カイムとカルロナもオールド・ワンと同じく膝を着いて待機状態になっているものの、休止状態では無く警戒状態で固定していた。

 

 ハイエナの四人はオールド・ワン達の前に椅子を設置し、それぞれ楽な格好で腰かけている。パイプ椅子だったり公園にあるようなベンチだったり、はたまた室内用のウォーターチェアだったり、一体どこから拾ってきたのか。

 

「――俺はゲイシュ、ゲイシュ・ハバート、元々ガンディアの歩兵連隊に所属していた軍人だ、今はしがないハイエナの一人だけどな、チームでは車両の運転とか物資の調達がメイン、後は多少通信技術に覚えがある」

 

 ゲイシュと名乗った男はジープを運転していた男だった。色褪せた野戦服を着崩し、無造作に伸びた茶髪を後ろで一つに縛っている浅黒い長身の男。体つきはガッシリとしていて、このメンバーの中では最も兵士然とした男だった。顔つきも男らしく、成程、兵士と言われれば納得するだけの貫禄があった。

 

「私はディーア・ミハイナ、ゲイシュと同じ歩兵連隊所属、けれど私は狙撃が専門なの、目は良いから見張りとか夜間の活動は任せて、後は工作兵も兼任していたわ、一応爆弾とかも弄れるけれど、あくまでメインは狙撃兵って事は忘れないでね」

 

 長い髪に金髪、ツリ目の女性はディーアというらしい。彼女は自信満々に自己を紹介してみせた。助手席に座り、オールド・ワンに交渉を持ちかけた女性だ。どうやら彼女もガンディアの所属だったらしい、どうにも此処の面々はガンディアの出で構成されている気がする。暗い色のカジュアルな服に引き締まった体つき、確かに彼女は前線で撃ち合うという感じではない。どうやら工兵も兼任しているとの事、彼女には機体に触らせない方が良いだろう。

 

「グルード、レイ・グルードだ、皆にはグルードと呼ばれている、担当は重火器全般、元はシーマルクの軍事工場で働いていた、歩兵の火器や車両のメンテナンスは僕に任せろ、BFは担当外だけれど、薬剤の知識も多少はあるからチームでは衛生面に関しても任されている、もし怪我をしたら言ってくれ」

 

 グルードと名乗った男はシーマルクの出身だった、自身の同盟国からの脱走者に少しばかり驚く。しかしまぁ、あり得ない事では無いだろう。何が不満だったのかは分からないが、良くもまぁハイエナなどやるものだと多少の関心は覚えた。

 

 細い体つきに短く切り揃えられた髪、そう言えば自分に向けてLEEをぶっ放したのは彼だったか。成程、重火器を担当するだけはある、工場出身だというが彼自身も兵士に近いスキルを身に着けているのは明らかだった。背も四人の中では一番小さいというのに良くやる、見れば肌色や髪色、顔つきからアジアの人種である事が分かった。

 

「……ハイネ・フロース、BFパイロット、メンテナンスも出来る、パーツもあれば、改修も」

 

 最後の一人はやけに無口であった。

 

 ハイネ・フロース、オールド・ワンが撃破したBFのパイロット。背丈はゲイシュより小さく、ディーアと同じ位か。全体的に体がほっそりしていて、グルードよりも細かった。どうにも兵士としてではなく、パイロットとしてのみ活動していたらしい。

 

 髪色は灰と黒の混じったアッシュグレー、眠たげな眼に何処か気だるげだ。現在はオールド・ワンと邂逅した時と同じ服装、サポートスーツのまま自分を見上げている。所属は口にしなかったが、軍属では無かったのだろうか。もし独学でBFの操縦を学んだというのなら、大したものだとオールド・ワンは思う。

 

「それで、その……アンタは?」

 

 全員の紹介が終わった後、ゲイシュは恐る恐ると言った風に問うて来た。今現在もBFに籠ったまま警戒を続けるオールド・ワンに対し恐怖感を抱いているのだろう。確かに、銃口こそ突きつけていないものの、目の前の巨人は容易く人間一人を屠る事が出来る。

 

 オールド・ワンは数秒ほど自己紹介をするべきか否かを考え、情報が露呈するリスクよりも信頼を得るメリットを取った。

 

「……元帝都軍第三強化外骨格部隊所属、名は重鉄、担当は盾と火力による殲滅、昨今はオールド・ワンと呼ばれていた、呼ぶならソレで頼む――僚機はAI機、右がカルロナ、左がカイム、それぞれ遠距離狙撃と近接強襲を担っている」

 

 外部スピーカーから流れる声、その帝都軍という言葉に全員が反応を示した。

 帝都と言えばBFを最初に開発した軍事国家である、更に言えば現在ではアジアを牛耳るアジア同盟国(ASA)の常任委員会トップ、その中央都市所属の軍属と言えば第一級のエリート。

 

 全員の顔に浮かぶ表情は驚愕、何故その様な人間があんな場所に?

 大国のBF乗りと言えば凄まじい高給取りだ、戦場を除けば何不自由なく過ごせるだろうに。誰もが疑問に思った、国外にたった三機で、それも拠点を欲するという事は明らかに脱走兵。しかし、それを問いかけるだけの勇気は誰にもなかった。

 ただ一人を除いて。

 

「重鉄、オールド・ワン、どっちも機体の名前――貴方の名前は?」

 

 機体に籠り、顔も見せないパイロット。そんな人間に対しハイネは臆する事無く名前を問いかけた。明らかにハイエナを警戒している、だというのに彼女は躊躇いを持たない。

 

 他の三人が別の意味で驚き、オイオイ、マジかと言った風な表情に変わる。幸か不幸かハイネはそんな三人の反応に気付いていなかった。いや、若しくは気付いていても無視したのかもしれない。

 

 オールド・ワンは彼女の質問に対し口を噤んだ、ハイエナ達は怒りを買ってしまったのかと戦々恐々としていたが、実際は少し違う。オールド・ワンは質問に対する答えを持ち合わせていなかったのだ。

 というのも重鉄に搭乗してから本来の名前など一度も使ったことがなかった、既にこの機体に乗って十数年、自身の名前に対する愛着など薄れ消え去った。今では本来の名前を呼ばれても違和感しか覚えない、オールド・ワンや重鉄と呼ばれたほうがしっくりくる。

 

 しかしそう口にしても納得はしないだろう、オールド・ワンはハイネと言う女性に自身のメンテナンスや改修を請け負っていた技術将校と同じ感覚を覚えた。自身の抱いた疑問に対し真っ直ぐで、妥協を知らない鋼の精神を持つ人間だ。

 

 僅かな逡巡、するべきか、しないべきかという二択。

 

 十秒ほどの思考を終えたオールド・ワンは、信頼を勝ち取るという意味でも、名前を持たないという点に納得してもうという意味でも、するべきだと判断した。勿論、カイムとカルロナには警戒を継続させ、最悪の事態には備えておく。

 

 沈黙を破ったのはハッチのロックが解除される甲高い音。

 ボルトロックが回転しながら引っ込み、閉ざされた胸部装甲が静かに開く。閉じ込められていた空気が外部へと流れ、プシュゥという空気の抜ける音が鳴り響いた。

 

 その光景を見ていた四人は、三機のBFを保有する人間の正体に緊張と、同時に警戒を露にする。その中には単なる好奇心も混じっていたが、何より自分たちの前に姿を晒すという行為に驚いた。

 

 BFを最も簡単に撃破する方法は、パイロットを屠る事。BFに搭乗していなければパイロットといえど唯の人間に過ぎず、それはハッチを開いている状態でも同じことが言える。胸部装甲が展開している時、遠距離から狙撃されて命を落とすパイロットも多いのだ。ただの対人兵器でBFを無力化できる最高の機会、だからこそオールド・ワンはハッチを開くことを躊躇っていた。

 

 しかし、同時にそれは最も信頼を得る方法。

 

 ハッチを開く、胸部装甲を展開するという事は、それだけ相手を信頼しているという行為なのだ。これは例えば停戦協定時や、国家間に於ける何らかのパレードなどで見られる光景。整列したBFのハッチは開かれ、そこからパイロットの姿が視認できる。

 それはつまり、「私達は貴方を信頼しています」という言外の意思表示。

 

 オールド・ワンのハッチが完全に開くと、網膜投影していたメインモニタの映像を停止し、裸眼で目の前の光景を見つめた。

 外気の冷たさが肌を撫で、オールド・ワンは久々に人の前に姿を晒す。

 

 

「――名は重鉄、異名(ネーム)はオールド・ワン

 コレと自分は同じだ、だからその名は自分のモノでもある」

 

 

 四人の見た光景は、目を疑うものだった。

 言葉を失った。

 

 オールド・ワンのコックピット、そこには一人の男性の姿があった。いや、男性と呼ぶには少々若すぎる、少年と言った方が適切だろう。

 未だ伸びきっていない背丈、あどけない顔立ち、短く流れる黒髪、やせ細った体。その四肢はまるで飲み込まれるように機体へと固定されており、コックピット内には本来ある筈の操縦桿やフットペダルといったものが見られない。

 全てを精神接続で動かしているのだ、それが一目で分かった。

 

 その背中、首元には三本のケーブルが接続されており、少年の目は燃えるように真っ赤だった。それは色素が赤いという意味ではなく、充血した瞳だから。その肌は病的なまでに白く、腹部は下手をすると肋骨が浮き出てきそうだ。

 しかし、それを見て醜いとは思えない、儚い絵画のような、そんな美しさが少年にはあった。

 

 




 明日からは一日一話になるかもしれません……お待たせして申し訳ないm(__)m


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BF計画

 第一世代BF――オリジナル。

 それはBFという兵器が世界に普及しておらず、理想の兵器を作ろうと始まったプロジェクト。その過程の中に、もう一つのプロジェクトが水面下で行われていた。それは神経接続というある種の才能を持つ人間を、BFに最適化し最強の自立兵器を作ろうという計画。

 

 現在の第五世代、第四世代の機体はコンソールと神経接続による操縦がスタンダードだ。神経接続による操作で大まかな動きを行い、コンソール――操縦桿やフットペダルによって細かな調整を行う。

 

 それでも使う比率は6:4程度で決して簡単という訳ではない。コンソールのみの操縦でも、神経接続だけの操縦でも駄目なのだ。一時期はコンソールのみで操縦出来るBF開発が行われていたが、人型の操縦は非常に困難を極めた。単純に手が足りず、下手をすると歩行すら困難であった。

 更に言うと神経接続を行ったBFと非接続のBFでは操縦時に発生する操作までのタイムラグ差が大きく、神経接続なしではとても使えたものではなかった。

 

 そこで研究者は考えた、仮にコンソールを使用しない――それこそ全てを神経接続で制御できる適正者が居れば、それは凄まじい兵士となるのではないのかと。

 

 

 斯くして計画は始まった。

 

 

 帝都にて神経接続に優れた人材の募集――何の皮肉か、精神接続適正は年齢が低い少年少女が非常に高いスコアを叩き出した、恐らく成長しきっていない脳、または精神構造が影響したのではないかと言われている――その次に募集した人材の選定、そして改良。

 

 改良とは勿論、機体の方ではない、パイロットの方だ。

 まずは適性を保つために成長を止め、次にナノマシンを大量に注入する。それは清潔を保つためのモノだったり、腸に入って便を食うモノだったり、様々だ。それが終われば最後に四肢を切り落とす。コンソールやフットペダルを使用しない手足など邪魔でしか無かった、その分コックピットの範囲が狭まる。

 

 その後BFに接続し、切り落とした断面にケーブルを接続、自身の手足の代わりに機体を動かすよう促す。それは機体とパイロットの親和性を高めるという目的もあったが、被弾面積を小さくするという意図もあった。

 機体とパイロットが上手くマッチすれば、後は実践を重ねるだけ。

 戦って、戦って、戦って、戦って。

 戦い続けて。

 

 その果てにオールド・ワンは、最も古い一機(オールド・ワン)となった。

 

 その機体の特性上、機体の乗り換えは出来ない。オールド・ワンという機体が自身に最適化されているという理由もあるが、既に自身とオールド・ワンは生命を共にしている。体内のナノマシンを動かすエネルギーも、最低限生きるために必要な栄養も、全て機体、コアが捻出している。だからこそコアが無くなればパイロットである自分は死ぬし、オリジナルの全滅したこの世界ではオールド・ワン以外に生命維持機能、完全神経接続操縦を持つ機体は存在しない。この機体を降りれば死ぬのだ、自分は。

 

 勿論、普通に物質的な食事を摂れば生きながらえるだろうが、手足のない自分では要介護者となる。その時点で兵士としては死ぬ、オールド・ワンは戦うこと以外に自分の価値を認めていなかった。

 当初は最強を目指して計画された自分も、今では機体性能によって蹂躙される失敗作でしかない。恨みは無かった、達観していたと言っても良い、既に慣れて擦り切れた事だ。

 

 

 それでも四人はそうは思わなかった。

 

 

「なにこれ」

 

 言葉を紡いだのはディーア、その言葉には呆然としながらも強い怒りが込められていた。可哀そうだとか惨いだとか、常人が見れば驚き同情を覚えるだろうその光景を見て、彼女は真っ先に怒りを抱いたのだ。

 

 彼女を含め、四人はオリジナルが生まれた経緯を知らなかった、プロジェクトの事は勿論帝都の事情を欠片も理解していない。それでもコレが許される事だと、そんな事は微塵も思っていなかった。

 

「アンタそれ……腕とか足、ちゃんとあるのよね……?」

「いや、自分はコレに搭乗すると決まった時に斬り落とされた、今は首と胴体しかない」

 

 絶句、いやハイネとグルードは凡そ予想はしていたのだろう、しかディーアとゲイシュは顔を盛大に顰め、剣呑な目つきになった。

 

「帝都のエース部隊のパイロットって奴は、皆こうなのか? 缶詰みたいに機体に押し込められて、手足切り落とされて――そりゃぁよ、今は平和の時代でもねぇ、悪魔が平然と笑顔で闊歩する時代だ、だけどよ、だから言ってよォ……」

 

 ゲイシュは先程の低姿勢が嘘の様に火を噴く、それは彼なりの道徳心だとか倫理観だったのかもしれない、或はそこに彼が軍を抜けた理由があったのだろう。ゲイシュはオールド・ワンに対し悲しみとも怒りとも、どちらとも断じる事が出来ない表情を見せて言った。

 

「こんなクソみてェな事が許される訳じゃあねェだろうよ」

「同感ね……もしかして、それが原因で軍を?」

 

 ディーアはゲイシュの言葉に強く頷いた。その表情は彼よりも怒りの色が濃い、オールド・ワンはそんな二人に何か言い表せない感情を抱く。それは自分の事でも無いのに怒りを露わにする二人に対しての感謝だったり、そんな事が今まで一度も無かったから感じてしまう背中の痒さだったり。

 

 成程、どうにも、彼らはハイエナという身に堕ちながらも人一倍正義感だとか、人間性という奴が強いらしい。もしかしたらソレが理由で軍を抜けたのかもしれない。自分を狙ったのはジャイアント・キリングならぬ、脱走兵狩りだったのかもしれない。

 そんな好意的な解釈をしてみるものの、オールド・ワンは冷静な思考で言葉を紡いだ。

 

「いや、別段四肢を切り落とされた事も、こんな姿にされた事も恨んではいない、軍を抜けたというよりは放逐されたと言った方が正しい、任務で少しやらかしてしまって、懲戒免職の様なものさ」

 

 普通に生きられぬ体へと改造しておいて、用が済めば放逐する。四人の中では帝都の印象が非常に悪くなっていた。無論、オールド・ワンという人間に対し警戒心や恐怖心を忘れた訳ではない、この時代に裏切りや意味のない暴力などは石ころの様に存在している。

 

 しかし、この傷だらけで妙に大人びている少年に対し、信頼もせず辛く当たるというのは我慢ならない事でもあった。四人はそれぞれ異なる理由で軍や都市を抜けたが、その性根は善であった故に。

 

 奇しくも、信頼を得ようと体を晒した効果は、倍々になってオールド・ワンへと返って来た。ハイエナと言うのはどこかしらに欠陥、或は今の世で生き辛い人間が集まった組織である。この四人も例外ではない、その輪の中に入る条件をオールド・ワンは見事に満たしていた。

 

 

 持つ者に厳しく、持たざる者に優しい(虐げる者に死を、虐げられる者に救いを)

 

 

 最悪の邂逅を果たした両者は、良き理解者を得た。

 

「……最初はどこぞのボンボン部隊の連中が抜け出したモンだと思っていたが、コレを知ってりゃ最初から襲わなかったよ、その、悪かったな、最初に襲ったのもそうだが、色々と」

 

 ゲイシュは一度、やり場のない怒りを抜き出す様に息を吐き、後頭部を掻きながらそんな事を言った。それからオールド・ワンに近くまで足を進め、僅かに警戒を見せるオールド・ワンに対して拳を突き出した。

 オールド・ワンはその突き出された拳に対し、困惑の表情を見せる。

 

「ガンディア流の、なんだ、和解の(しるし)みたいなモンだ、BFので構わねぇよ、神経接続で動かしてるなら微調整も効くんだろう?」

 

 少しばかりの逡巡、そして行動。

 オールド・ワンは小さく頷くと、BFに拳を作らせゲイシュの拳に触れた。それは非常に繊細なタッチ、それこそ巨大なBFの拳と人間の拳だ、少しでも加減を間違えれば傷つけてしまう。故にその動作は恐る恐ると言った風で、ゲイシュは拳をコンッとぶつけた後、男性らしい活発で、満面の笑みをオールド・ワンに向けた。

 

「宜しく頼むぜ、何かあったら頼ってくれ、一方的な友好で悪いが――仲間だからな」

 

 ゲイシュは心の底からオールド・ワンを仲間に迎えようと、そう決めていた。

 

 彼の笑みを直視し、オールド・ワンは率直に言って驚いた、困惑したと言っても良い。たかだかコックピットを晒した程度で大した変わりようだと。オールド・ワンにとって真に信頼できる仲間はカイムとカルロナの二機だけであり、帝都の同部隊所属機であっても心の底から信頼は出来ない。友軍機であっても戦友ではないからだ。

 

 故に、オールド・ワンは仲間だとか、友人だとか、そう言った関係に疎い、知らないとも言う。そんな彼にとっては、こんなにも簡単に仲間になれるという事は驚愕に値する事だったのだ。

 

 しかし、同時に思う。

 別段仲間が増えようと困りはしない、こちらが信頼せずとも、信頼されるのならば害はないのだ。来るべき時までは友好を築くべきだと、オールド・ワンは腹の底に沈めた打算を引っ張り出し、静かに笑って見せた。

 

 その胸中に、自分でも良く分からない感情を抱きながら。

 





ps すみません、祖母が急逝した為、すこし時間を頂きます


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追跡

 

 シーマルク中央、軍事研究棟三階。

 第一研究室、機甲科と呼ばれるそのエリア最奥、そこで一人の女性が血走った目で作業に没頭していた。その場所は研究室というよりも倉庫であり、三階分をぶち抜いて作られた吹き抜けには幾つかのBF外装甲が吊るされている。その下にはブルーシートが広げられ、その上に武装が並んでいた。

 

「この形状、間違いないわ、それに口径も――武装は確実、それに装甲はシーマルク、軽量と中量と重量、一機ずつの編成で――あぁ、こっちの傷は溶断、これは狙撃」

 

 ブツブツと呟きながら武装や装甲を見て回る女性の姿は気味が悪い。女性は素材こそ悪く無いモノの、伸びっぱなしの髪やヨレヨレの白衣は女性らしさを微塵も感じさせない。化粧っ気も無く、彼女を女性と判断させる材料は髪の長さと胸の凹凸位であった。最も、現状倉庫には彼女以外の影は無く、見る者など居ないのだけれども。

 

「刺突杭だけ奪って使った――いいえ、あり得ない、それに凹んだ杭の残骸もある、あの子の癖そっくり――ふふふッ、やっぱり、やっぱりそうよ、そうだったんだわ……!」

 

 女性は一通り見て回ると、不意に難しそうに歪めていた表情を崩し、満面の笑みを浮かべて笑った。それは歓喜の笑い声と言うには余りにも甲高く、悍ましさが勝った。両手を突き上げ、腹の底から声を上げる。

 

「ははは、ハハハッ! あの子はッ、あの子は生きているッ! やっぱり、やっぱりあの子が死ぬ筈が無かったのよッ! ざまぁ見なさい、奉遷の間抜け共っ、私のあの子は生きていたわ、他の有象無象とは違うのよ!」

 

 女性の歓喜は、とある確信を得たが故だった。彼女の前に並べられたのはガンディアの強襲部隊を破ったという部隊の残した残骸。証拠隠滅を図ったのだろう、その殆どは大きく破損していたり形を崩していたりしていたが、彼女――技術将校には関係ない。

 

 見慣れた装備だった、或は自身が作った武装だった。それが幾ら形を失おうと、彼女の目は誤魔化せない。

 

 決定的だったのはとある武装、その特徴的な武装は彼女の記憶が正しければ、ある一機のBFにしか搭載していなかった。ピーキーな武装だ、絶大な破壊力を誇るもののレンジは短く、弾数も少ない。しかし使いこなせればどんな機体だろうが打ち倒す、そういう武器だ。

 

「コアの排出なんて、ふふっ、本当に命知らずで、なんて愛おしい――」

 

 シーマルクの鉄屑も漁った、嘗て彼の纏っていた時代遅れの装甲も見つけた。そしてその命の根源たるコアも――動力炉の換装など不可能だと言われていた、それもオリジナルの機体ならば尚更。だというのに彼らはやってみせた、死ぬ覚悟が必要だったろうに、それを彼らは超えて見せたのだ。

 

 彼女は一通り笑い終えると、ポケットの中から小型端末を取り出した。中央に位置する僅かに大きい凹みに触れれば、軽快な電子音と共にホログラムが展開される。それに映ったのは男性、金髪碧眼のイギリス人であった。

 

「っと、博士、突然コールを飛ばすのは勘弁して下さい、今は軍務中です」

「そんな事はどうでも良いわ、貴方今何処に居るの?」

 

 男の背景はどこぞの会議室、相手の事情もお構いなしに自身の都合を貫く将校に、男は溜息を吐き出そうとしてグッと我慢した。仮にも上官なので、醜態を晒す訳にはいかないという感情。最も帝都から態々シーマルクまで出張って来たモノ好き博士ではあるが。

 

「今は中央で防衛隊の編成を行っています、強襲部隊を相手にしなくて済むので、二部隊程余裕が出来たんです」

「そう、なら別に貴方を動かしても戦力的に問題無いわね」

「――?」

 

 男は怪訝な表情を浮かべ、将校は口元に笑みを浮かべた。短い付き合いではあるが、この女性が絡むと碌な事が無いと男は知っている。

 

「貴方に連れ戻して欲しい人が居るの」

 

 オールド・ワンが渓谷での戦闘を終え、二十四時間後の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オールド・ワンとハイエナが手を組んで二日後。

 

 ホームから百メートル程離れた都心、その中央に鎮座する陸上トラック。スポーツが盛んに行われていたのか競技場がそのまま埃を被って残っていた、トラックはビル群に遮られて周囲からは視認が難しい。

 

 そのトラックの中央で対峙する機体が二つ、片方は機体の大部分をガンディアのパーツで身を固めた重量機。もう片方はちぐはぐのパーツで構成されたキメラ軽量機、その装甲や関節は僅かに錆びていてジャンク品だという事が分かる。

 二機は手に小さなナイフ武装を持っており、対峙したまま微動だにしない。互いに間合いを測り、踏み込みのタイミングを伺っていた。

 

 先に動いたのはキメラ機――ハイネ。

 痺れを切らして一閃、手に持ったナイフを突き出す。狙いは胴体と頭部の関節、首。如何に手製の切れ味の悪いナイフと言えど、装甲の薄い部分であればBFの怪力を以て容易く突き破れる。

 しかし突き出されたソレを、対峙するBFは滑らかな動作で避けた。体を僅かに傾けナイフの突きを躱し、ぬるりと敵の懐に潜り込む。凡そ重量機とは思えない動き、ハイネが潜り込んだ重量機に対して膝蹴りを繰り出すも、軽量機の足技など重量機の前では風の様に軽い。

 

 膝に手を突き出し、ガチンッ! と火花が散る。ハイネの繰り出した膝は重量機の手に抑えられ不発に終わった。そしてハイネの機体が更に力を籠めようとした瞬間、その首元にナイフが突きつけられる。

 それはあと数センチ動かせば装甲に触れる距離で、ハイネはコックピット内部で溜息を吐きながら機体の両手を挙げた。それを確認し重量機――オールド・ワンはゆっくりとハイネ機より離れる。

 

「十三戦十三敗……手も足も出ない」

 

 ハイネはどこか陰鬱とした雰囲気で言葉を零し、機体をその場に屈ませた。頭を抱える様に蹲るその様は余りにも人間臭く、オールド・ワンは少しだけ笑ってしまう。

 

 ハイネはオールド・ワン、カイム、カルロナの三機に手合わせを頼んでいた。

 全ての操作を神経接続で行うオールド・ワンでは操縦のコツやテクニックを伝授する事が出来ない、しかし手合わせの相手になることは出来る。ハイネから提案されたこの模擬戦は、機体を傷つけない、過度な消耗をさせない、遠距離武装を使わないという制約の元に許可された。

 

 オールド・ワンとしてもハイネが力をつけるのは賛成で、ローテーションで良いならと彼女の申し出を快諾、カイムとカルロナと順番に手合わせを行っていた。十三戦十三敗というのは三機全員と行った手合わせの数であり、ハイネは現状一度も勝利を手にしていない。

 あの遠距離戦闘に特化したカルロナにすら敗北を喫していた。

 

「反応が早すぎて攻撃が当たらない、次何をしてくるか分からない、皆凄い」

 

 ハイネは三人に対して技量が凄まじいと言うが、これまで激戦を潜り抜け誰よりも生き残る事に関しての知識と経験を持つ三機は他のBFと比べて別格だ。オールド・ワンは言わずもがな、カルロナとカイムも人類最古のBFAI機、蓄積されたデータは膨大な量に登る。更に言えばハイネは元軍属だったという訳でもなく、BFの操縦は完全な独学であった。戦闘経験が圧倒的に足りていない、ハイエナにとってBFという兵器は貴重である為BF戦闘が殆ど行われないという状況が災いした。

 

「まずはBF戦に慣れる事が必要だ、操縦にも粗が見える、数をこなそう」

「……うん」

 

 オールド・ワンの助言にハイネは頷く、その声は力なかった。今までBFという強大な力で負けなしだったのだろう、敵と言える敵も古ぼけた戦車や装甲車が精々、聞けば軍属相手に喧嘩を売ったのはオールド・ワンが初めてだったという。

 

 彼女の技量はお世辞にも高いとは言えない、恐らく新兵と同等か多少マシな程度だろう。幸いにしてハイネ自身にBF操縦の才があり、筋は良い、しかし才だけでBFが動かせるのかと言えば否だ。戦場では経験こそがモノを言う、そればかりは実戦で積むしかない。

 

 近接戦闘は兎も角、射撃の腕は未だ見た事が無かったオールド・ワンは、ハイネに向けて「銃火器の扱いはどうだ?」と問いかけた。

 

「銃は、余り弾が無いから……四回か五回か、その位しか使った事が無い」

 

 弾薬が貴重だった為、それ程使用した経験が無いという。銃器の扱いはそれ程難しいモノではないが、照準補正――エイムアシストが存在しないBFでは偏差撃ちが基本となる。慣れるまでは苦労するだろう、現状ハイネはオールド・ワンの小隊に組み込むには戦力不足であった。

 

「次、カイム、お願いしたい」

「……分かった」

 

 ハイネの言葉に頷き、オールド・ワンはフィールドの隅で待機していたカイムを呼ぶ。現在ホームにはカルロナが残り、カイムとオールド・ワンが模擬戦相手としてこの場に居た。カイムにナイフを手渡し、模擬戦闘の制約を付ける。AIは制約を受諾し、全力で攻撃を行わない様にコアの出力を幾つか下げた。

 

 オールド・ワンはカイムが模擬戦用の動作を取った事を確認し、そのままフィールドの隅に寄って観戦に徹する。カイムとハイネは戦闘スタイルが似ているので、練習相手としては最適だろう。

 

「行きます」

「―――」

 

 模擬戦は結局、ハイネの機体が出力低下を訴えるまで続いた。

 

 





 いやはや、ご心配をお掛けしました。
 取り敢えず思うところはあるのですが、今まで通り投稿は続けたいと思います。一日一話、書くべし書くべし。(゚д゚)(。_。)

 私の祖母の家は物凄い田舎にあって、周りに何も無く、山頂にドーンと建っているのですが(サマーウォーズみたいな家を想像して頂ければ)、祖母が死んだと言う知らせを受けてその日の夜に四十人以上の方が集まってくれました。
 田舎で街灯も無く、砂利道ばかりだと言うのに、祖母は村の方々に愛されていたのだなぁと実感しました。大往生と言っても良いのですかね、天国で楽しく過ごせてると良いなぁ……。

 いやはや、それにもしかしたら異世界転移でもして「ヒャッハー、私最強!」しているかもしれませんしね! 祖母は得を積みまくって善い行いを沢山していたので、それはもうチート得点のオンパレードでしょう! 流石ばあちゃん!

 取り敢えず祖母には私が向こうに行くまで待っていて貰うとして(私が天国に逝けるかどうかは兎も角)、五十年後か六十年後か、まぁそんな長生きできるかは分かりませんが、精一杯生きて行こうと思います! 私ッ元気ッ!

という訳で明日からもまた、よろしくお願いします!\( 'ω')/

 


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平穏の音

 

「あぁ、お帰り、遅かったわね」

 

 時刻は既に夜、ハイネの機体が出力低下を訴え、丁度視界も悪くなってきたし引き上げようというオールド・ワンの提案に、渋々といった様子のハイネを連れ三機は帰還した。出迎えたのはディーア、倉庫の一角に設置されたテーブルには食事が用意されており、恐らくディーアとオールド・ワン、ハイネの分だ。

 

 献立はジャガイモのスープに小さなパン、後はサラダが一皿。この時代で言うのならば軍支給の食事より多少質素な程度、十分すぎる食事だ。

 男二人の分が無いが、彼らは既に済ませたのかもしれない。

 

「遅くなってごめん……ご飯?」

「えぇ、丁度裏の野菜が収穫できたの、種も沢山手に入ったし、今日は良い日ね」

「やった」

 

 ハイネは倉庫の端に機体を停止させると、そのまま膝を着いてハッチを解放。軽い身のこなしで機体を滑り降り、テーブルへと駆けた。

 

 オールド・ワンはそんな彼女の動きに感心しながら、待機していたカルロナの隣へと機体を寄せる。カイムもオールド・ワンの横に並び、そのまま沈黙を守った。

 

「……食べない? 私、食べさせるよ」

 

 テーブルに到着してから何かに気付いたのかオールド・ワンを振り返り、ハイネは気遣った様に声を掛ける。オールド・ワンはハッチを静かに開放し、「いや、自分は大丈夫だ、皆で食べてくれ」と首を振った。しかしハイネは譲らず、椀を手にしたまま「食べないと死んじゃうよ」と顔を顰めた。

 

「いや、心配するな、生きるのに必要な分はコアさえあれば勝手に作ってくれる、それに何年も食事らしい食事を摂っていなくてね、突然食べたら胃が驚いてしまう」

 

 オールド・ワンが摂取しているものと言えば水位なものである。機体には空気中の水分を吸引し貯水するという機能がある、喉が乾燥すると咳き込んでしまうので少量だけ定期的に口にしていた。

 

 尿は全てナノマシンが処理してくれるので催す事も無い。

 一応食事を摂る必要が無いと説明はしたが、ハイネは不満ですとばかりに膨れていた。オールド・ワンの境遇が気に入らないのだろう、しかし今の自分は味覚も随分怪しくなってきたし、特に食事を摂りたいとも思わない。その辺りを説明すると、ハイネは肩を落として落ち込んでしまった。

 

「……食べられない訳じゃないのよね?」

 

 独り二人の会話を見守っていたディーアは、ふとそんな事を聞いて来る。勿論、食べられない事は無いとオールド・ワンは頷いた。口はちゃんとあるし、噛み砕いて呑み込めば栄養を摂取する事が可能であると。

 

「もし固形物が駄目なら、このスープだけでもどうかしら? ジャガイモも摩り下ろしてあるし、それ程重たくは無いと思うのだけれど……」

 

 ディーアはそう言うや否や、ジャガイモのスープを手に持ってオールド・ワンの元にやって来る。ジャガイモを摩り下ろし、塩コショウで味付けたものだろう、見ればニンジンやキャベツも少量入っていた。あれ位なら食べられるだろうかと自問する、しかしオールド・ワンが心配しているのは食べられるか否かの問題ではない。

 

 アレを食べるという事は、誰かに食べさせて貰うという事なのだ、別段介護される事に照れや恥ずかしさがあって拒んでいる訳ではない、単純にそうなるとコックピットに誰かを招き入れなければならないという事実。

 

 自分は四肢を切り落とされ、オールド・ワンに接続されていない状態ならば子供にも殺せる弱者と成り下がる。コックピットの手前ならば幾らでもやり様はある、しかし直ぐ手の届く距離となると別だった。

 

 オールド・ワンが渋っているからだろう、ディーアは良い返事を貰えないと見ると「勿論、別に無理矢理食べさせたい訳では無いの、ごめんなさい、気が向いたらで良いから」と笑って見せた。

 

 その笑顔がどうにも、人の善意をそれ程受けた事のないオールド・ワンにはぎこちなく映る。人の善意を疑いで跳ね除ける自身に対し、言い様の無い申し訳なさを感じた。自分とて理解しているのだ、彼女達に自分を害する気持ちは無いと。無論腹の底から信じられる信頼ではないが、この面々の根っこが善人である事は理解していた。

 

 もしこれが演技だとすれば、大したものだ、自分の完敗だ。

 オールド・ワンは独りそんな事を考え、静かに口を開いた。

 

「……スープだけ、頂くよ」

 

 その声は良く通った、ディーアとハイネの両名がバッと顔を上げ、オールド・ワンをじっと見る。その視線に何故か羞恥の感情を抱き、何となく居た堪れなくなった。

 

 その後妙に嬉しそうな二人が狭いコックピットに迫り、半ば強引にスープを飲ませた事を記しておく。

 

「ほら、美味しいから!」「冷める前に、食べる」と言いながら詰め寄る二人は善意で行っていたのだろうが、微妙に恐怖感を覚えた。

 ナノマシンの消化協力が無ければ吐いて戻していただろう、兎にも角にも二人は加減というモノを知らないらしい。スープ自体は非常に美味しかった、改良の影響で味覚の鈍くなったオールド・ワンであったが水以外のモノを口にしたのは本当に久しぶりで、多少の塩味であっても驚く程に美味しく感じた。

 

 尤も、こんな目にあうのは二度と御免だが。戦時中の女性と言うのは、何故こうも強かなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「取り敢えず、服を着ようぜ、服を」

 

 ゲイシュの弁である。

 

 ハイネとディーアの両名にスープを流し込まれたオールド・ワンは、取り敢えず腹ごなしも兼ねて休憩に勤しんでいた。休憩と言ってもメインモニタを切断し、多少後ろに重心を移す程度のものだが。彼女達にオールド・ワンとの接続解除を頼まないのは最後の心の壁という奴である。

 

 そんなオールド・ワンの前にゲイシュとグルードがやって来た。二人は早めに食事を摂り資材調達に赴いていたらしい、どうやら幾つかの廃材を手に入れて来たらしくホームの改修に使うのだとか。

 

 尚、大破したハイネのBFであるが、これはオールド・ワン達が四肢の換装を手伝いクレーン要らずで装備換装を終えた、でなければ昼間から訓練などやっていられない。

 そんな彼らが来て早々、オールド・ワンを見て放った一言がコレである。

 

「そうだね……それは僕も思っていた、流石に恥部を丸出しで過ごすのは拙いと思うんだ」

「だろう? まぁアイツ等も子ども相手だし何とも思わねぇかもしれねぇが、それじゃ風邪をひくぞ」

「失礼な、自分はもう二十後半だ」

「ファッ!?」

 

 その後ひと悶着あったが割愛する。

 

 どうやら彼らは自分を見た目相応の少年だと思っていたらしい、確かに見た目は少年だがコレは改良の結果外見的な歳を取らなくなっただけだ。外見が若々しいだけで、無論年を重ねれば老眼などの障害は発生する。体が大きくなると窮屈なコックピットが更に狭くなる、更に被弾面積も増えるから個人的にお断りだ。

 

「それにオールド・ワンに繋がってから服を着る習慣が無くなって、どうにも布を着る事に違和感を覚える、ごわごわすると言うか、何と言うか、嫌じゃないか?」

「……いや、そうは言うけれど、流石に全裸は拙いって、その年齢なら特に」

 

 暫く年齢のカミングアウトに驚愕したままだった二人だが、グルードは何度か頭を振った後に言葉を紡いだ。どうやら何が何でも服を着せたいらしい。遅れて意識を取り戻したゲイシュも「少年ならわんぱくで済まされるが、本当の年齢を知った今は妥協できん」と断固とした姿勢を崩さない。

 

 服がそんなに重要なのかとオールド・ワンは首を傾げるが、二人からの必死の説得が功を成しオールド・ワンは妥協案として腰にタオルを巻く事と相成った。服を着るにはオールド・ワンとの接続を解除しなければならないので、それは拒否。なのでせめて股間だけでも隠そうという流れになったのである。

 

 タオル着用の際ゲイシュをコックピットへと招き入れた訳だが、オールド・ワンの緊張に反して彼は苦笑しながらオールド・ワンの腰に白い布を巻いてくれた。万が一とカイムに警戒態勢を取らせていたが、彼らはそれを悉く裏切る。まるで警戒している自分の方が馬鹿ではないかと考えてしまう程に。

 

 ディーアとハイネの時もそうだったが、彼らには自分を害そうとか裏切ろうとか、俗に言う悪意とか敵意とかいうものが一切感じられない。それこそ部隊に居た頃に感じていた味方からの悪意、邪魔な奴だとか時代遅れの老兵だとか、そういう欠片すらも感じなかった。

 

「悪かったな、子どもだと思って要らねぇ世話しちまって」

「……いや、こんな形をしていればそう思う、自分も、年齢相応の精神を併せ持っているかと聞かれれば、首を振るだろうしな」

 

 コックピットハッチに手を掛けて、オールド・ワンにタオルを巻いたゲイシュは申し訳無さそうにそんな事を言う。しかし見た目は完全な少年だ、そう思っても何らおかしくはない。寧ろ当然の事と言える、だからこそゲイシュに非は無いとオールド・ワンは笑った。

 

 それにある意味、自分の精神年齢は年相応なのかもしれない。誰と触れ合う事も無く、多くを経験した訳では無く、知り学び経験したことは戦場での血生臭いものばかり。健全な精神など既に擦り切れ、淘汰された自分である、人並みの人生経験という奴は欠片も持ち合わせていない自信があった。

 

「ディーアとハイネもそうだと思うが、俺ァ子どもを苦しめる連中が嫌いでね、アンタのその姿を見てクソったれって思っちまったんだ、子どもの四肢をぶった切って兵器に乗せているってね、まぁ実際は違った訳だけどよ、その姿でコイツに乘ってるって事は、もうその歳の時に弄られちまったって事だろう?」

「まぁ、そうだな」

 

 年齢としては十二歳とか、十三歳とか、第二次成長期前だったと記憶している。コックピットから飛び降りたゲイシュは、どこか飄々とした態度を取りながらも帝都に嫌悪の感情を滲ませていた。

 

「勝つために手段を講じるのは分かる、仲間が無残に死んで行くのを見るのは胸糞悪いからな……だが、だからと言って何も知らない子どもまで巻き込んだら御終いだ」

「僕も同意見だね、戦争と言っても人としての矜持を失ったら駄目だ、それが何十年前の行いだろうと、許さるべきではない」

 

 ゲイシュの言葉にグルードは頷いていた、彼も子どもという分かり易い弱者を利用する存在を許せない性質らしい。この時代には珍しい根っからの善人、その善性はオールド・ワンであっても直視するのは眩しい程であった。

 

 恐らくオールド・ワンは彼らの十倍、いや百倍は人を殺して来ただろう。

 彼らが何年軍人をやっていたのかは知らない、しかしオールド・ワンは最新鋭の兵器として十数年前に戦線へ送られてから、今の今まで戦い続けて来たのだ。時には敵軍の前哨基地へと奇襲を掛け、逃げ惑う戦闘員、非戦闘員を無差別に殺害した事もある。幼い頃に胸に抱いた正義だとか、倫理だとか道徳だとか、そういうモノを一切合財オールド・ワンは失ってしまっていた。

 

「お前達は――その、優しいのだな」

 

 オールド・ワンが何処か気まずそうにそう言うと、二人はキョトンとした表情を見せた後、恥ずかしそうに笑った。

 

「軍じゃ温いって言われたよ、連中は勝つ事しか考えていないからな」

「どこも考える事は一緒だ、ガンディアも帝都も、シーマルクもね」

 

 生き残るには法も倫理も道徳もクソ喰らえ、勝者こそが正義であり力こそが絶対的な寄る辺である。この世界はそういう場所だ、優しい奴から死んで行く。恐らく彼らも、もし軍に身を置き続けていれば、そう遠くない未来に屍を晒していただろう。

 

「何だろうな、もし俺に力があるんだったらよ、こんな掃き溜めみてぇな世界変えてやるって、そう意気込んで戦うんだろうが、現実はちっぽけな人間の一人だ、明日の命すら分からない、弱い癖に口だけ達者になった結果、上に鬱陶しいと退役だ、ゴネていたら肉壁にでもされたンじゃねぇか?」

「はははっ、ゲイシュの誰にでも食って掛かるところ、僕は嫌いじゃないよ、そういうのは強い人間の証さ」

 

 お道化た様に自身の過去を語るゲイシュ、それに対し明るい笑みを返すグルード。その間にオールド・ワンは強い友情を見た気がした。戦友とか背中を預ける仲とか、戦場に限定された関係では無く、気さくな友人の間柄。オールド・ワンには持ち得ない関係だった。

 

「……良ければ、二人の事を教えてくれ」

 

 打算が無いと言えば嘘になる。しかし、その言葉はオールド・ワン自身も予期しない、突発的に口から出た言葉だった。言葉を発した後に、自分は何をと我に返る。しかし二人は特に嫌がる素振りも見せず、「おぉ、良いぜ!」と快諾した。

 

 その笑顔が余りにも眩しくて、オールド・ワンは自分が何か薄汚れた存在になった様に感じた。打算に塗れた、それこそ彼らの言う道徳観や倫理観の存在しない畜生に。

 

「つっても俺の方は大して面白くねェしな……グルード、先にお前の面白可笑しい脱走劇でも話してやれよ」

「面白くも無いし可笑しくも無いよ、本当に命懸けだったんだからね? 下手すれば死体も残らなかったんだからね? 笑い話じゃないからね?」

「いや、かなり大爆笑」

「……君のそういうところは嫌いだよ」

 

 オールド・ワンは二人の過去、経歴を聞いて行く。打算的な思考は、二人は何が出来て何が出来ないのか、どんな人間で自分を裏切るかどうかを計算していく。そして人間的な部分では、彼らが根っからの善であり良き人間である事を再確認していく。

 

 きっと彼らは、余程の事でも無い限り裏切るような真似はしないだろう。恐怖もある、負い目もある、しかしそれを凌駕する善性がある。自身に余裕がある限り、守るべきものを守る、助けるべきを助ける、それを当たり前だと思っている人間だ。

 

 こんな時代だ、綺麗ごとを並べて生きていけるなんて思ってはいないだろう。それでも畜生に堕ちる事が出来なかったのが彼等、彼女等なのだ。

 

 彼等ならば、信じられるか?

 

 オールド・ワンは自分に問う。腹の底から信頼はしない、けれども隣で銃を持っていても、銃口が自分に向く事は無いだろうという確信があった。ならば信じてみたい、人として、兵士として。何よりも三人で――カルロナとカイムと、三人で戦い続ける為に。

 そうして男三人の夜は更けていき、束の間の平穏を享受した。

 

 

 

 

 





 明日、明後日、明々後日と、お通夜やらお葬式やらで忙しくなるので、更新が難しくなるかもしれません。
 幸いストックは残り三万字位はあるので、ちょっとの時間を見つけて投稿出来るかもしれませんが、三日連続投稿は難しいかなぁ……と。

 取り敢えず明日から更新できるか分からないので、今回は6000字近く二話分投稿しておきますね。


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市街戦 準備

 オールド・ワンとハイエナ達の協力は、存外早い段階で実現する事となった。

 事発端はオールド・ワンが拠点に腰を落ち着けてから四日後、昼頃に資材調達から戻って来たゲイシュが告げた一言だった。

 

「BFが街の周囲を嗅ぎまわっている」

 

 オールド・ワンを含めた全員は緊急作戦会議を開く事となり、倉庫の片隅でテーブルを囲い顔を突き合わせた。

 

 どうにもBFの所属先は帝都、部隊はシーマルクのものらしい。恐らく渓谷での戦闘痕からオールド・ワンの小隊を追って来たのだろう。しかし此処まで辿り着くとは、オールド・ワンは驚き半分、呆れ半分の気持ちでゲイシュの報告を聞いていた。

 

「遠目だったが、中量機が二機、多分エンブレムはシーマルク所属の奴だった、進行方向は俺達のホームだ、話して帰って貰うって感じではなかったな、此処に到着するまで三時間って所だ」

「どうやって此処が分かったのかしら……連中の目的は――」

「十中八九、オールド・ワンだろうね」

 

 全員の目がオールド・ワンを射抜く、彼はその視線を一身に浴びながら頷いて見せた。その瞳に込められているのは、何が何でも彼を守ろうという意思。実際BF同士の戦闘になった場合はオールド・ワン達が唯一の戦力なのだが、まぁハイネも戦えない事は無い。戦力として数えられるかは微妙なところであるが。

 

 何故追われているのか、恐らく皆は気になっているだろう。

 しかし各々が彼を気遣い、その点に触れる事無く迎撃作戦を練り出した。

 

「敵がホームを見つけるって確証は無いし、このまま黙って隠れるというのはどうだろうか? もしかしたら街に入らず、引き返すかもしれない」

「……恐らく、ソレは無いな」

 

 オールド・ワンは何故こうも連中がピンポイントに自分の位置を知っているのか、心当たりがあった。国境付近を飛んでいるUAVだ、アレが情報を送ったのだろう。アレには機関銃が搭載されているがBFに対して有効な武装とは言えない。

 

 恐らく、ハイエナとの戦闘をUAVに捕捉されたのだ、しかし敵勢力がBFだと知り遠方からの偵察に切り替えた。それに気付かず自分達は街に入ったという筋書き。連中は自分が街に潜伏していると知っている、その場所まで知っているかどうかは不明だが楽観視は出来ない。

 

 街にもUAVは飛んでいる、少なくとも絶対に来ないと言い切れる程安心材料は揃って居ない状況。ならば最悪に備えるのが吉。

 

「なら………いっその事、迎え撃つ」

「そうね、私は賛成だわ、都市内で戦うなら私達の庭よ、奇襲で一機位潰せるわ」

「そう言って挑んだのがこの前の出来事だろうよ……」

 

 どうやら自分達に挑んだのもディーアの案だったらしい、ゲイシュの言葉に彼女は「うっ」と言葉を詰まらせた。どうやら彼女は勝気な性格で、自信家の様だ。

 

「だがディーアの言う奇襲は兎も角、俺も迎え撃つ事に賛成だ、都市内なら有利な状況で戦える、それにBFを改修するチャンスだ――オールド・ワン、こんな事を頼むのは何だが、連中との戦いを頼みたい、悔しいが俺達には満足に戦える戦力がねぇ」

 

 ゲイシュはそう言うと、オールド・ワンに頭を下げた。他の面々も熱い視線で自分を見る、ひとりハイネだけは少しだけ悔しそうにしていたが、恐らくBF乗りとして自身の未熟さを噛み締めているのだろう。

 

 オールド・ワンはゲイシュに頭を上げる様に言うと、快く戦闘を引き受けた。元はと言えば自身の撒いた種、古巣の客である。嘗ての仲間に銃を向ける事に何も思わない訳ではないが、祖国に愛着があるかと言われればノーだ。

 

 自身とカルロナ、カイムを捨てた祖国に未練は無い。

 と言っても、恨みも無い訳だが。

 

「……そうか、悪い、すげぇ助かる」

 

 ゲイシュは申し訳なさそうに呟き、再度小さく礼をする。それ見てオールド・ワンは「気にするな」と笑った。

 

「なら、オールド・ワンとカルロナ、カイムを主力として、僕たちはバックアップと支援だね、可能なら誘き出して罠にでも掛けたい、出来るかな?」

「カイムは足が速い、上手くいけば誘導も出来るだろう」

 

 グルードの言葉にオールド・ワンは肯定的な返事をする、軽量機のカイムは足が速く動きも変則的だ、大した被弾も無く敵を誘導できるだろう。グルードは小走りで倉庫の片隅にある棚に向かうと、何やら下の段を漁って一枚の大きな紙を引っ張り出した。

 

 それは妙に黄ばんでいて皴だらけだが、戻って来たグルードがそれをテーブルの上に広げた事で紙の正体が分かる、それは街の地図であった。所々線が歪んでいたり、曲がっている事から手描きである事が分かる。

 

「誘導して罠に嵌めるなら……此処だ、此処が良い」

 

 グルードはホームから指を動かし、丁度都市の中心から南に数百メートルほどの場所を指した。其処は工場が密集している工業地帯で、背の高い建物が多かった、更に建物同士が密集しているので隠れ場所が多い。

 ホームからも近い、今から準備に掛かるとしても迎撃には間に合うだろう。

 

「此処に爆薬を設置して、敵の脚部を吹き飛ばす」

「まだ離れにLEEは残っていたよな? 俺も戦うぜ、腕の一本位捥ぎ取ってやるよ」

「私も、ライフルでモノアイを撃ち抜く位は出来るわ」

 

 グルードに続き、ゲイシュは勇猛果敢な兵士らしい気概を見せ、ディーアも好戦的な笑みを覗かせた。彼らに続く様に、ハイネも工場の一角を指差し、「私、此処で待って、後ろから襲う」と言い切った。

 

「多分、真正面から行ったら、負けるから」

 

 自分の実力は自分が一番知っている、そう言いたげなハイネにオールド・ワンは力強く頷いた。彼も彼女の力量は理解しており、正規軍の相手を真正面から務めるのは難しいと踏んでいた。

 

「あぁ、分かった、カイムに追いついたらまず、自分とカルロナが側面から仕掛けよう、そうだな――此処と、此処に潜伏しよう、機を見てハイネも参戦してくれ」

「うん、分かった」

 

 オールド・ワンが指差したのは、グルードが罠を仕掛けると言った地点を挟む様に建っている建築物。罠で脚部を吹っ飛ばされた敵機に奇襲を掛け、一気に殲滅する腹積もりだ。最悪失敗しても、ゲイシュやディーアの援護もあるし後詰めでハイネも控えている。

 

 BF二機を相手にするなら十二分だろう、本来ならばオールド・ワン達が真正面から仕掛けても問題がない戦力だ。尤も、相手が一般兵であった場合に限るが――

 

「グルード、爆薬は何を使うつもりだ? イグードとTNTはもう残り少なかった筈だ、少なくともBFの足を吹き飛ばす量はこの前見た時は無かったぜ?」

「大丈夫、BFの脚部装甲を吹き飛ばすくらいなら……骨董品だけど、対戦車地雷があった筈だよ、GGN1、旧ロシアの遺物だけれど、幾つかあったからルートを遮る形で並べれば確実に踏むと思う」

 

 グルードは誘き出す予定地から数センチ指を動かし、ピッと指で線を引く。そのラインに地雷を埋めて爆発させるのだろう、丁度そこは角を曲がった先で視界が悪い、地雷を仕掛けるポイントとしてはアリだとオールド・ワンは思った。

 

 元々対戦車地雷は履帯を破損させる目的で使用されるが、BFであってもゼロ距離からの爆発で無傷である可能性は低い。どれだけ凄まじい装甲を誇る機体でも、脚部、それも足の裏などは脆いモノだ。それは関節などの装甲で覆えない部分も含め、ホールと呼ばれている、BFの弱点部位。

 

 足を吹き飛ばす事は出来なくとも、内部をズタズタにする事は出来る筈だ。行動不能とまでは言わない、機動力が削がれれば十二分だ。

 

「本当ならもっと強力な地雷があれば良かったんだけれど」

「無いモノ強請りしたって仕方ないわ、今ある武器で戦いましょう、それに大丈夫よ、こっちにはBFが四機も揃っているのだから」

 

 少しだけ難しい顔をしたグルードに、ディーアは負ける要素など無いとばかりに胸を張った。その表情は戦意に満ちており、敗北するなど欠片も思ってない。それだけ頼りにされているという事なのだろう、オールド・ワンは誰かに頼りにされるという懐かしい状況に、少しだけやってやろうという感情が沸いた。自分でも安っぽい感情だと思うが、今までの環境が環境だった為、仕方ない事だろう。

 

「ゲイシュ、時間、無い」

「あぁ、そうだな――細かい打ち合わせをする時間はない、ぶっつけ本番だ、グルードは先に地雷を持って誘導場所に仕掛けてくれ、俺とディーアは銃器を見繕ったら向かう、オールド・ワン、ハイネは指定場所で潜伏、オールド・ワンはカイムに指示を頼む」

「任された」

 

 手早い指示にオールド・ワンは頷き、ハッチを閉じる。それに続く様に各々が早足で散会し、自身の仕事を果たす為に動き出す。ゲイシュ、ディーア、グルードの三名は火器を取りに保管庫へ、オールド・ワンはカルロナ、カイムの僚機に起動を促してハイネを見た。

 

 膝を着いたBFに乗り込み、そのまま起動コンソールを叩く彼女。

 取り敢えず、負ける気は欠片もない。

 精々良い機体である事を願おう、装備を換装出来る程度には。

 

 

 




 感想に対する返信が滞っており、申し訳ない!
 全部目は通しているので、変わらず感想を頂けると嬉しいです!
 今日がお通夜で、明日がお葬式なので、それが終われば感想返しをしたいと思います。

 いやはや、皆様の優しい言葉が胸に染みます。


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古き友軍

「少佐、最終確認地点はこの場所ですが、こんな廃都市にBFなんて潜伏しているのでしょうか? 軍属では無いBFがあのガンディアの強襲部隊を仕留めたとはとても……」

「回収班が帝都に提出した武装の中に、とある機体の専用武装が確認出来たらしい、上の予想が正しければ軍属では無い――いや、正確に言えば違うのだが――その中隊を撃破した部隊が此処に潜伏しているという情報は間違いない、或は既に出て行ったのかもしれないが……兎も角、痕跡を探してみれば分かるさ」

 

 廃都市の外れ、二機のBFが周囲を警戒しながら足を進める。中量機である二機の足取りは比較的軽く、一機が先行し、もう一機が背後を警戒するというチームワークで進んでいた。遠征用にキャンプパックを背負ったBF一機は隊長機に従い、小まめな熱源探知を行いながら進む。

 

 彼はこんな場所にBFが潜んでいるとは思っていなかった、BFというのは整備も勿論、何の後ろ盾も持たない存在が保有できる兵器ではない。ハイエナと呼ばれる存在の事は知っていたが、そんな連中にガンディアの強襲部隊が敗れるとは到底思えなかった。

 

 故に、自身の上官が何かを隠しているのは理解しているのだが、正直ガンディアの強襲部隊を僅か三機で破ったというキチガイ染みた猛者と遭遇戦などゾッとしない。正直さっさと帰還して防衛任務に就きたいと言うのが彼の本音だ。

 

 巡回機による尾行の結果、この街に入ったという情報は聞いているが、それ以降の足取りは不明。潜伏しているのか、或は既に去った後か。敵の数と編成が巡回機によって知れたのは良かったが、敵の装甲を剥いで自らの機体に換装するという凄まじい行為。まるで戦場の亡霊だと思った。

 

「……? 少佐、熱源反応です、前方百三十メートル先、建物の向こう側に」

「BFか」

「それにしては随分と反応が小さいですが、休止状態なのかもしれません、警戒して進みます」

 

 そんな事を思っていれば、索敵レーダーに反応。見れば前方にBFと思われる熱源が存在していた。潜伏する為に出力を絞っているのか、或は別の意図があってかは分からないが、敵の前で態々出力を落とす馬鹿はいない。

 

 それはつまり、此方の存在に気付いていないという事だ。

 奇襲するならば今しかない、彼はそう思った。

 

 手元の突撃銃の状態を確認、フルオートに装置を弾くと足音を極力殺して進む。前方の建物は廃れた五階建ての建物だった。ビルと言うには少々小さく、元は書店か何かだったらしい。尤も、今では埃と蔦に塗れた廃墟の一つでしかないが。

 

 熱源探知を接近した状態で行えば、よりハッキリとした熱源を感知する。BFだ、そう確信した。壁越しにでも照準を合わせる事が出来る、彼は向こう側に存在するBFに奇襲を仕掛ける事にした。

 

「少佐、BFです、先手を取ります、ここから壁抜きを敢行して損傷させましょう」

「分かった、弾倉は持っているか?」

「問題ありません」

 

 突撃銃に装填されていた弾倉を外し、腰部に装着。そして腰部後方の収納カバーを開くと、中から赤い弾倉を取り出した。障害物越しに目標を撃破する為の弾丸、BK弾を突撃銃に装填する。ボルトフォワードを引っ張ると、ガコンという音と共に弾薬が装填された。

 機体に膝を着かせると、そのまま精密射撃の体勢に入る。

 

「少佐、射撃を行います、発射まで――三、二、一」

 

 ゼロ、そのカウントと共に バキンッ! バキンッ!という発射音、マズルフラッシュが瞬き弾丸が壁を穿つ。それはボロボロの壁を容易く貫通し、向こう側へと到達した。弾倉を丸々ひとつ分、時間にして約三秒、連続した銃声と閃光が二機の周囲を包み込んだ。

 

 ガチンッ! という反動と共に彼は射撃を停止、弾倉が空になったのだ。突撃銃から素早く弾倉を切り離すと腰から次の弾倉を嵌め込み、薬室に弾薬を装填する。立ち上る埃、ソレが視界を遮って向こう側の様子は分からない。弾丸に貫かれた壁は既に穴だらけで、内部の様子が丸見えだった。

 

「撃破したか?」

「着弾はしたと思います、手応えがありました、後は――」

 

 彼がそう言って再び銃口を向けた瞬間、内部から壁を突き破ってBFが強襲を仕掛けて来た。その機体は片腕に無骨な展開型装甲を身に着け、先頭に立っていた彼に衝突する。盾という鉄の塊の突撃を受けた機体は軋みを上げ、そのまま後方へと倒れた。

 

「ッこの機体は――!」

「野郎っ」

 

 倒された事に憤慨し、背に装着していたキャンプパックを切り離す。

 

 倒れた機体を立て直す為に背部のスラスターを全開、起き上がる為の補助とし、そのまま目の前のBFへと弾丸をブチ込んだ。マズルフラッシュが網膜を焼き、幾つもの弾丸が飛来する。

 

 しかし至近距離で放たれたそれを、目の前のBFは展開型装甲――盾で防いでみせた。火花が次々と散り、表面に凹みは出来るモノの決して貫通はしない。装填した弾倉が通常弾だったため、防弾仕様のソレを貫く事は叶わなかった。やがて弾倉が空になり、閃光が止まる。

 

「少尉下がれ、私がやるッ!」

 

 少佐が叫び、そのまま突撃銃を向けると、BFは展開型装甲を少佐に投げつけ妨害。そのままスラスターを点火し勢い良く飛び出した。背を向け自分達から逃走を試みるBF――その機体は軽量機で、装甲はどの軍のモノでも無い。

 

 アイツが目標だ、彼はそう理解した。

 

「逃げたか……少尉追跡だ、機体の損傷はどうだ?」

「――突撃された際に右腕部の関節を少し、ですが問題ありません」

「よし、行くぞ!」

 

 突撃銃の弾倉を換装し、そのままスラスターを稼働させ加速する。その背に少佐が続き、逃走する軽量機へと迫った。

 

 しかし目標のBFは操縦技術もさることながら、何と身軽な事か。決して背後から射撃を受けない様に直線は避け、仮に背後から弾丸を撃ち込んでも軽々と避けて見せた。凡そBFが見せる動きでは無く、建物の壁を蹴って三角跳びの様な形で弾丸を躱す。軽量機と言え限度があるだろう。

 

「何だ、コイツ……!」

 

 小まめに射撃を敢行しながら距離を詰めようとするものの、差は開くばかり。おまけに逃走経路を予め決めていたのか道に迷う素振りも見せない。焦りばかりが募る、そもそも中量機と軽量機では重量差による最高速度、加速性に差がある。真っ向勝負では負けて当然と言えた。

 

「………」

 

 少佐は沈黙を守り、じっと逃走する軽量機の背を見つめていた。何を考えているかは分からない、或は少佐だけが知っている情報、隠している何かについて考えているのかもしれないと思った。この動き、ガンディアの強襲部隊を破った三機の内の一機だろう。

 

「! この先、直線が続いているッ」

 

 軽量機を追いかけ一分ほど、軽量機が曲がった先が長い直線である事に気付く。ルートを間違ったのか、ならば好機とスラスターを後先考えず吹かせる。直線距離が長ければ長い程攻撃の機会は増える。

 

 弾薬の少なくなった弾倉を切り離し、腰部から最後の弾倉を掴み、装填した。

 

「っ、この地形――少尉、待て、これは」

 

 少佐の通信が入るが、この一瞬を逃してはまた終わるかも分からない鬼ごっこが始まる。ここで仕留めると意気込み、曲がる瞬間にスラスターをカット、両足でコンクリートを砕きながら減速、さらに機体の向きを調整しながら再度スラスターを点火した。

 

 視界にはこちらに背を向ける軽量機、直線距離は凡そ百メートル程、これだけあれば命中する。

 

「貰ッ」

 

 その背に銃弾を叩き込むために一歩踏み出し、スラスターを吹かせる。

 

 しかしその瞬間、足元から爆音が鳴り響いた。それが何であったのかは分からない、同時に銃声が鳴り響いてメインモニタに亀裂が入る、視界が大幅に制限され慌てて機体を立て直す為に地面に手を出した。

 

 しかし気付いた時彼の機体は突き出した腕を吹き飛ばされ、バランスを崩したままスラスターで加速、地面に叩きつけられながら地面を跳ねた。コックピットが大きく揺れ、彼の意識が一瞬飛ぶ。

 

 その無防備な一瞬、それが命取りであった。

 

 地面に倒れた機体に、左右の建物から現れたBFが飛び掛かる。片方の機体は中量機――カルロナ。

 

 カルロナは手に持ったライフル、ヘカーテを倒れた機体のコックピットに向け、躊躇うことなくトリガーを引き絞った。至近距離からの狙撃、それは容易く胸部装甲を穿ちパイロットを即死させた。

 

 追われていた軽量機――カイムは即座に反転し、砂煙を上げる。

 最後に姿を現したのは重量機――オールド・ワン。

 

 遅れて角を曲がった少佐の機体は三機を見て減速し、それからコックピットに穴の開いた部下を見た。その表情は眉間に皴が寄るだけで、大した変化はない。コンクリートを砕き停止した機体を見て、オールド・ワンは呟く。

 

「レヴォルディオ……」

 

 その特徴的なフレーム、純白の塗装、忘れる筈が無い。全体的にBFというのはオールド・ワンが知る限りゴテゴテとしたデザインが多い、それは迷彩効果だとか着弾角度を調整する為だとか、様々な理由が存在すると聞いている。しかし彼の機体は通常のデザインと異なり、流線的なフォルムが採用されていた。

 

 機体の色は白く、流れるフォルムは機体を普通以上に細く見せる。中量機だと言うのに外見だけで言えば軽量機と判断せざるを得ない。だが侮ることなかれ、その装甲は中量機としての役割を果たす。

 

 武装は手に通常の突撃銃、そして腰にぶら下げた二本の実体剣。それは彼専用にカスタマイズされた非内蔵型の近接装備、剣とは呼ばれているものの、その形状は限りなく刀に近い。それは帝都の近接武装がルーツとなっているからだ。

 

 その機体をオールド・ワンは良く知っていた。

 何度か戦場を共にした事もある。

 

「その声――やはり、その機体はカイムだったか、そうなると隊長機は」

 

 純白の機体、少佐――レヴォルディオがオールド・ワンを見つめる。その向こう側に居る男が、どんな表情をしているのか自分には分かった。

 

「オールド・ワン、君だな」

 

 




 


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豪傑と豪傑

 

 オールド・ワンはその言葉に何かを返そうとして、しかし躊躇う。何度か口を開き、閉じ、そして漸く捻り出した言葉は肯定だった。

 

「あぁ……久方ぶりだな、シーマルクの英雄」

 

 その言葉を聞いて、腰を低く射撃の体勢を取っていたレヴォルディオは静かに戦闘態勢を解いた。銃口を下げ、機体の背筋を伸ばす。その姿勢からは戦おうという意思が感じられない。

 

「……機体出力や外見が随分と異なっているが、あの渓谷での大立ち回りはやはり君だったか、情報通りと言えば情報通り、しかし、もう昔の面影は見当たらないな、その外装甲はガンディアの――廃棄されたと聞いていた君が生きていたのは望外の喜びだよ、戦友」

 

 さも親し気な様子で話しかけるレヴォルディオに、オールド・ワンは頑なに戦闘態勢を解かなかった。そして自身が相手に友好的であっても、相手がそうであるとは限らない。一向に戦闘態勢を解かないオールド・ワン、カルロナ、カイムの三機に対し、レヴォルディオは静かに問いかけた。

 

「立場上は、シーマルクと帝都は友好国、私達は友軍だろう――上には辺境のハイエナにやられたと言っておく、部下の死は気にしなくて良い、何より帝都の然る人物が君の帰還を望んでいる」

「既に帝都を抜けた身だ、それはもう自分に関係のない事」

「帝都を見限るのか」

「逆だ、先に見限ったのは帝都」

「今更――恨んでいるのかい、帝都を」

「恨みなど無い、そんなモノは疾うに擦り切れた」

 

 どうあっても和解は出来ない、戻る気も無い、オールド・ワンは態度でソレを示す。

 彼にとって自己の安否など二の次だ。真に恐れるのは戦友を失う事、そしてソレはカイムとカルロナを指す。全てを失い戦場で果てる日を待ち続ける日々、そんな中で決して離れず、裏切らず、侮蔑の視線を寄越さず、共にただ耐えきった友が何よりの財産。

 

 帝都は自身を見限った、ならばもう良いだろう、自由に生きても良い筈だ。誰かの戦場では無く、自分達の戦場を探しても。

 

「出来れば君とは……戦いたくは無かったよ、戦場を共にした仲としても、軍務としても」

「別に自分達の邪魔さえしなければ攻撃する理由は無い、自分達は己の為に戦いたいだけだ、力を求めているだけだ、故に――去れ、レヴォルディオ……貴官の戦場は此処に無い」

 

 オールド・ワンがその言葉を吐き出すと、レヴォルディオは両手を腰にぶら下げた実体剣へと伸ばした。鞘に収まった実体剣、その柄を掴んで僅かに引き抜く。鈍い光を発する刀身が露わになり、それを以て返答とする。

 

 去る気はなし、元よりオールド・ワンも彼が簡単に背を見せるとは思っていない。

 真っ直ぐな男だ、愚直と言っても良い。

 

 オールド・ワンは彼の強さを認めていた、そして同時に軍人として斯く在るべきと言う理想を体現した男、その生き方を認めていた。自分には出来ない一つの人生の在り方、個を磨り潰し群として生きる男の背をオールド・ワンは見た事がある。尊敬する男だ、敬意を抱くに値する男だ。

 

 だからこそ戦いたくはなかった。

 

「シーマルク、祖国は君達の存在を危惧していた、ガンディアの強襲主力部隊をたった三機で壊滅させた君達を、だからこそ選択肢は二つ、ガンディアに奪われる前に殺すか、或はもう一度祖国帝都の元へ戻って貰うか――オールド・ワン、もう一度問うよ、私と共に」

(くど)い」

 

 一刀の元に切り伏せる。

 

 二度問われても、三度問われても、返す言葉は全て同じ。故にその問いには意味はなく、レヴォルディオは自身と対峙する猛者の中に不退転の覚悟を見た。

 

「残念だ」

 

 レヴォルディオは告げる。

 同時に彼の指が実体剣の鞘――そのトリガーに掛かる。レヴォルディオがトリガーを引き絞った瞬間、バギンッ! という金属音が鳴り響いた。鞘の排出口から空薬莢が弾き出され、刀身が凄まじい勢いで鞘の外へと射出される。

 

 火薬の爆発による刀身射出、元々は緊急抜刀を想定して作られたソレだが、彼の場合はその速度さえも攻撃へと利用する。

 

 そして圧倒的な反射と精度を誇る腕部は刀身が完全に抜けきると同時、オールド・ワンへと斬り掛かった。オールド・ワンは目を見開く、一秒の内に肉薄する鋭い刃、それは神経接続を使用しないマニュアル操縦者では凡そ反応出来ない速度であった。

 

 オールド・ワンの背後に居たカイムも、カルロナですら反応出来ない、ハイエナの皆に至っては何が起きたかも理解出来なかっただろう。

 しかし、オールド・ワンだけは反応出来た、否、して見せた。

 

 射出された刀身、風を斬り、空気を裂き、自身を両断せんと斬り上げられた刀身を防ぐ。両の腕を胴体の前に、ボクシングで言うピーカブースタイルの様に身を固めた。

 

 次いでガチンッ! という金属音同士の音、それは刀身がオールド・ワンの腕部、その増設装甲を斬り飛ばした音だった。しかし内部機構には届かず、外装甲を全て斬り捨てるには至らない。

 

 緋色の火花が目前に散り、その向こう側にレヴォルディオのモノアイが見える。真っ赤なモノアイに一ツ目、鈍い光が尾を引く。

 この一撃が宣戦布告だ、この時――明確にオールド・ワンと帝都の道は分かれた。

 

「やはり防ぐか、その反応速度、私をも凌駕する――君に敬意を、時代の練兵、存外君の事は嫌いじゃなかったんだ」

「……自らの戦場でないと知り、それでも尚進むのか」

「無論、自分の役目を果たすだけだ――生憎と、それしか生き方を知らない」

 

 返す刃を振り上げ、レヴォルディオの両腕が躍動する。その腕をオールド・ワンは摑み取り、ギチンッ! と関節部位が悲鳴を上げた。馬力と馬力の衝突、互いの回路が赤く染まりコアが唸りを上げる。

 

 中量機と重量機、しかし全重量を腕に掛けたレヴォルディオの攻撃は凄まじい重圧をオールド・ワンへと叩きつけ、出力で勝る筈のオールド・ワンが僅かに腰を折る。それを見てもカイムとカルロナは動かない。

 否、動けない。

 

「――何故小隊で動かない、オールド・ワン」

 

 レヴォルディオは今正に目の前の強敵を切り裂かんと腕を押し付けながら、問いかける。確実に勝利を得るのであれば、このまま僚機を使って三機で襲い掛かれば良い。百凡のBFならばまだしも、オールド・ワンの小隊は精鋭と言っても過言ではない。

 

 そんな力量を誇る彼らに同時攻撃を仕掛けられては、さしものレヴォルディオと言えど無傷で切り抜けるのは難しい。それを理解していない男ではない筈だと。

 

「悪いが、自分は軍人ではなくなった――これは、自分の尊敬した戦士に対する礼儀だ」

「戦場に矜持を持ち込むなどと……」

「そんな崇高なモノじゃない、何より自分一人で貴官を倒せない様ではなッ――!」

 

 オールド・ワンはレヴォルディオの腕を掴んだまま、腰部のスラスターを全開にした。重低音が鳴り響き、スラスターの口から炎が吐き出される。地面の砂塵を吹き飛ばし、オールド・ワンの機体が加速する。レヴォルディオの機体も又、押し込まれる様に地面の上を滑って後退した。

 

 オールド・ワンは理解していた、此処で独り、彼を倒せなければ。

 恐らく自分はこれから先出会う猛者との戦いに、いずれ敗れるだろうと。

 

「ッ、オリジナルと言えど、十数年前の骨董品フレームではッ!」

 

 



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野の英雄、国の英雄

 

 オールド・ワンに押し込まれていたレヴォルディオの背部スラスター、それが急稼働し火を噴く。ドゥッ!と閃光が瞬き、押し込まれていたレヴォルディオの機体が何とか持ちこたえる。しかし、互いの速度が拮抗した瞬間、オールド・ワンは両腕の力を抜き、同時にレヴォルディオの腕を自分の方へと全力で引っ張った。

 

 押し切るような形で腕に力を込めていたレヴォルディオは、急激な力の変動に体勢を崩し、前のめりになる。更にスラスターの勢いも相まって、中々の速度が出てしまった。その瞬間、オールド・ワンはレヴォルディオのモノアイ目掛けて頭突きを繰り出す。

 

 金属同士の拉げる音がした。

 盛大な音を鳴らし、オールド・ワンの頭部装甲、丁度頭の天辺の辺りにある外部装甲が見事に凹んだ。

 そして対するレヴォルディオはモノアイ部分がべっこりと凹み、モノアイを保護していた強化ガラスが破片となって降り注ぐ。内部機構が露出し、カメラ機能が落ちたのは明白であった。

 

 しかしオールド・ワンが腕を引っ張った瞬間、レヴォルディオの持つ実体剣はオールド・ワンの両肩に装甲に食い込み、その半ばまで刀身を埋めていた。幸い腕本体に問題は無いものの、下手をすれば両腕を切断される羽目になっていただろう。

 

 レヴォルディオのカメラ機能が復旧、サブカメラに切り替わるまで三秒。

 その三秒が、今のオールド・ワンにとって黄金より価値がある三秒だった。

 

 掴んでいたレヴォルディオの腕を離し、肩に食い込んだ実体剣をそのまま肉薄。食い込んだ実体剣が装甲と擦れ、火花が両肩より盛大に散った。ソレに構うことなく、レヴォルディオの胸部目掛けて突進。

 

 同時に左腕の内臓武装を展開、鋸が顔を出し刃を回転させるまで凡そ二秒。そして左腕を腰の辺りで構えると、そのまま胸部目掛けて突き出した。

 

 しかし、相手は豪傑の一人。

 例え視界が閉ざされていても、その戦闘スキルは健在。音と気配、何より殺気を感じて咄嗟に回避行動をとった。吹かしていたスラスターを停止し、機体の右半分のスラスターを解放。機体のバランスをずらし、瞬時に機体を半身に傾けた。

 

 その瞬間、オールド・ワンのチェインソーがレヴォルディオを捉える。しかしその部位は胸部では無く、僅かに遅れてついて来たレヴォルディオの左腕であった。肩口に食い込んだチェインソーは喧しい音を立てながら瞬く間に腕を切断、レヴォルディオの片腕が宙を舞った。

 

 オールド・ワンの一撃を避けた瞬間、サブモニタに切り替わる。丁度オールド・ワンが側面を向け、レヴォルディオの右腕が自由な時であった。その背を目掛けて振るわれる実体剣、オールド・ワンは辛うじて機体を反転させ右腕で実体剣を防ぐ事に成功した。

 

 しかし流石と言うべきか、レヴォルディオは防がれる事を承知で剣を振るっていた。狙いは右腕の、初撃で刻まれた増設装甲の切断痕。同じ場所に狙ってもう一度剣を振るう、それも両者激しい動きの中で一ミリの誤差も無く。

 

 一度目は耐えられた、しかし二度目は無い。

 

 咄嗟に突き出した右腕は肘から先が切断され、小爆発が巻き起こる。その閃光がコックピットを照らし、腕を斬り飛ばした実体剣はそのまま胸部装甲に食い込んだ。

 更にレヴォルディオは頭部に搭載されたバルカンを使用し、小口径の弾丸を至近距離でオールド・ワンに浴びせる。どれか一発でもモノアイに直撃すれば良いという攻撃だった。

 

「ぐ、ッン、のぉオォ!」

 

 実体剣の切っ先が食い込み、その刃が火花を散らす。バルカンの弾丸が装甲に凹みを作り、幾つもの衝撃がコックピットを襲った。

 

 オールド・ワンはお返しとばかりに斬り飛ばされた右腕を振りかぶり、その腕をレヴォルディオの頭部に叩きつけた。装甲と配線が盛大に閃光を発し、レヴォルディオのバルカンがオールド・ワンの内部機構を破壊。右腕が肩口まで爆破し、強制的にパージされる。

 

 レヴォルディオの頭部は殴られた拍子に固定ボルトが弾け、そのまま背後へと流れた。工場の壁に叩きつけられた頭部はそのまま光を失い、砂塵が舞い上がる。

 

「パーツの一つ、くれてやるッ!」

 

 レヴォルディオの残った右腕が甲高い音を鳴らし、オールド・ワンの胸部を斜めに斬り裂く。しかしその刃がコックピットを捉えるよりも早く、オールド・ワンの前蹴りがレヴォルディオに炸裂した。

 

 腹部に直撃を許したレヴォルディオは体をくの字に曲げながら、機体は地面の上を滑って後退する。凄まじい衝撃に一瞬レヴォルディオは意識を飛ばす、しかし一秒にもしない内に覚醒し、スラスター全開で迫るオールド・ワンに意識を向けた。

 

 振り下ろされるチェインソー、凄まじい回転数を誇るそれは正面から受ければ容易く鋼を両断する。レヴォルディオは残った一本の実体剣で迫る刃を逸らさんと動く、振り下ろされたチェインソーは刀身の上を滑り盛大な火花を散らした。

 

 返す刃がオールド・ワンを襲う、チェインソーが流れ腕部を沿う様に剣が奔った。そのまま首を斬り飛ばすつもりだろう、しかし寸での所でオールド・ワンは上体を逸らし一撃を避ける。そして再び振るわれるチェインソー、レヴォルディオはチェインソーの根元部分を実体剣の柄で叩き、刃が機体へと届く前に停めて見せた。

 

 実体剣の柄とチェインソーの根元が金属音を鳴らし、怪力と怪力がぶつかり合う。

 

 そして僅かな鍔迫り合いを経て、互いに相手の柄を弾いて距離を取った。弾かれ、僅か一歩分の後退を余儀なくされる。レヴォルディオは素早く正眼に実体剣を構え、次の攻撃に備えた。

 

 オールド・ワンは此処に来て防御を捨てる。チェインソーを振りかぶりながらシステムに装甲の強制排除を要請、残った左腕を覆っていた増設装甲が弾け飛び、一回り程細くなった腕がチェインソーを一閃。

 

 重りを失った腕部の斬撃、装甲を取り外した為に振りの速度がグンッと上がった、緩急のついた攻撃はレヴォルディオの目を一瞬だけ晦ませる。再びチェインソーを逸らそうと動いたレヴォルディオの目算がズレた、実体剣が中途半端な角度でチェインソーを受け鋸の刃が実体剣の表面を浅く削る。

 如何に刀身の射出に耐え得る強度を誇ろうと、削る事に特化した武装には敵わない。

 

 しかしレヴォルディオは即座にリカバリー、小さく実体剣を手前に引きながらチェインソーの柄の部分まで刀身を滑らせ、そのままチェインソーを潜りオールド・ワンの胴体を両断せんと剣を振り抜く。

 切っ先がオールド・ワンを斬り裂くよりも早く、オールド・ワンはスラスターを反転噴射。その場から素早い離脱を敢行、レヴォルディオの一閃は虚空を捉え、オールド・ワンの増設装甲が地面に落ちると同時、二機の間に数十メートルの距離が生まれた。

 

「――ッ、ふッ、はァ、ふゥ」

「――ァ、ケホッ、はぁ、ハッ、すぅ」

 

 止まっていた呼吸を再開させる。詰まった息を吐き出すというより、体内に燻っていた熱気を吐き出すような行為だった。

 

 オールド・ワンはレヴォルディオから一瞬たりとも目を離す事無く、自身の機体に稼働確認を働きかける。視界の隅に小さなウィンドウが現れ、機体各部の損害状況を知らせる。

 

 右腕消失、頭部装甲損傷、胸部外部装甲損傷、機体の立体モデルが現れ胸部装甲を赤く点滅させる。第三層から成る胸部装甲は外部装甲の第一層が切り裂かれ、第二層にも穴が空いた、最後の砦である第三層は辛うじて無事だった。しかしコレではバルカンの弾丸さえ防げるか怪しい厚さだ。レヴォルディオの実体剣が深く刺さらなかったのが幸いだった、コックピットを斬り裂くには少しばかり浅い。

 

「ふっ、これではもう、時代遅れの老兵などとは、呼べないな」

「一度もそう呼んだ事など無いだろうに、しかし、それだけの才と力を持ちながら――」

 

 息を荒げながらオールド・ワンはレヴォルディオに何かを言おうとして、しかし途中で口を噤んだ。そこから先に紡ぐ言葉に、意味など無いと自覚したからだ。

 

 矜持、プライド、栄光、名誉、そんなモノに意味など無いとオールド・ワンはジャンクの底に沈んで初めて理解した。そして目の前に立つレヴォルディオは嘗ての自分であると感じた、護国に理由など無く、愛国にも又然り。

 

 それ以外に生きる術を知らないのかもしれない、或は自分と同じように。

 オールド・ワンはレヴォルディオのパイロットの顔も名前も、何が好きで何が嫌いで、どう生きて来たのかも知らない。赤の他人と言われればその通りで、唯一知っているのは彼の成した実績と機体の名前のみ。

 

 個は個であり、群ではない。

 そして彼を説き伏せるだけの言葉も、意味も、理由さえも持ち合わせていない。

 

 きっと彼は、幾ら名誉が、栄光が、実像の無い霧のような存在だと訴えても、愛国を理由にその在り方を変える事は無いだろう。それは予想では無い、もはや確信であった。

 

「いや、何でもない――過ぎた真似だ、忘れてくれ」

「……君が何を言おうとしたのかは、分かるよ、自分でも時折思う時はある、それでも――これは私が私として生まれた時に抱えた(さが)なのだろう、早々簡単に捨てられるモノでもないのだ」

 

 レヴォルディオは左腕を切断され、頭部を失い、腹部装甲を大きく凹ませながらも対峙する。双方大きな損傷を負いながらも、決して退く様子は見せない。互いが互いを間違っているとは思っていない、寧ろオールド・ワンとレヴォルディオは相手の信念、信条を尊重すらしていた。

 

 レヴォルディオは知っている、強くなりたいと思う感情も、唯一無二の戦友を想う感情も、祖国に裏切られる感情さえ。

 それでも彼は戦う、祖国の為に、護国の為に。

 それが彼の強さであり、信念であり、一人の男を成す根源であった。

 

 

「――最後だ、何か言い残す事はあるかい?」

 

 

 レヴォルディオは右腕の実体剣を一振りし、機体を前傾させる。それは自身を省みない捨て身の構え、是が非でも斬り裂く、何が何でも打ち倒す、その気迫が機体の周りを粒子として囲っている様だった。

 

 これで決める気だ、オールド・ワンは思った。戦意や殺意、そういったモノが空気越しに自分を包み込む。それは刺すような痛みを伴いながらも、心地よい緊張感をオールド・ワンに齎した。感じ慣れた気配、戦場に漂う馴染み深い感触、体にこびり付いた死臭だ。

 

「――向こうで、あいつ等によろしく言っておいてくれ」

「――……君らしいな、本当に」

 

 

 それ以上の言葉は無かった。

 

 

 レヴォルディオのスラスターが瞬き、機体を急激に加速させる。パイロットの負担を考えない全力のブースト、静止状態から一気にトップスピードへと駆ける。オールド・ワンも又、腰部のスラスターを瞬かせ、加速。

 

 互いの距離が一瞬でゼロとなる、一度の瞬きも許されない凄まじい肉薄。

 策など無い。

 今日(こんにち)この時まで共にした愛機(この体)を信じる。

 

 レヴォルディオの腕が引き絞られ、僅かな溜めの後繰り出される最速の刺突。

 全てを置き去りに、音すら置いて繰り出されたソレを、オールド・ワンは辛うじて躱してみせた。

 

 膝を折り、コンクリートとの摩擦で火花を散らしながら上体をも沈ませる。半ば倒れる様な形で実体剣の刺突をやり過ごす、先端が僅かに頭部装甲を掠ったが、それだけ。凡そ重量機の見せる回避方法ではなかった。

 

 必殺の一撃を躱したオールド・ワンは、上体を逸らしたままスラスターを全開にしコンクリートの上を滑る。そしてレヴォルディオの脚部目掛けてチェインソーを振るった。両足とも切断してやるという気概、しかしチェインソーが脚部装甲を捉える直前、レヴォルディオは跳躍する。

 

 スラスターの推進剤を全て使い切る気で噴かせ、そのまま空中で機体を旋回。互いが互いの一撃を躱し、すれ違う。

 

 オールド・ワンは、チェインソーを地面に突き立てて減速、更にスラスターを逆噴出。機体は急激に速度を失い、コンクリートを踏み砕きながら再度レヴォルディオへと迫る。レヴォルディオは着地した瞬間に実体剣を引き絞り、再度刺突の構えを見せた。

 

 互いのスラスターが火を噴き、その一歩が踏み出される。

 

 オールド・ワンは、再び武器が交差する直前、腰部のアンカーを射出した。フックがレヴォルディオに迫り、防げば攻勢が止まり躱せば姿勢が崩れる。

 

 しかし、レヴォルディオは防ぐ事も躱す事もしなかった。アンカーはレヴォルディオの腰部と腹部に着弾、装甲を穿ち穴を空ける――だと言うのに止まらない。

 

 次の瞬間、レヴォルディオの腕がブレた。それは凄まじい速度で稼働した為――アンカーによる攻撃もモノともせず、ただの一撃に捨て身で挑んだレヴォルディオの刺突はオールド・ワンの胸に直撃した。

 

 火花と衝撃、実体剣が胸部の装甲を突き破り、そのまま背中まで突き破る。

 

 その対面、オールド・ワンも実体剣に貫かれながらチェインソーを突き出す、アンカーの巻取りを敢行し凄まじい勢いで加速、チェインソーはレヴォルディオの胸部装甲に食い込んだ、その刃はレヴォルディオの装甲を削り、コックピット半ばまで到達。

 

 攻撃を終えた互いの機体が衝突、轟音と共に砂塵を吹き上げる。

 

 

 静寂。

 

 

 衝突した機体は微塵も動きを見せず、オールド・ワンは背中から実体剣を生やし、レヴォルディオは胸部に動かなくなったチェインソーを埋めていた。

 相打ち、そして双方致命傷を受けた。

 

 互いの胸部装甲に罅が入り、コックピットハッチが拉げて崩れる。装甲が損傷に耐えきれず、ボロボロと剥がれだしたのだ。その向こう側から、パイロットの顔が覗く。

 

 オールド・ワンは、辛うじて右側に実体剣が逸れていた。その場所はもし腕があったならば、貫かれていただろう場所。しかし、オールド・ワンに四肢は存在しない。

 四肢を固定するアームが貫かれてしまったが、パイロットに傷は無かった。

 

 対してレヴォルディオはパイロットの腹部に深々とチェインソーの刃が突き刺さっており、喀血した状態のまま操縦桿を握っていた。明らかな致命傷、血に塗れた口元と腹部は死を感じさせるには十分だ。

 

 此処にレヴォルディオとオールド・ワンの勝敗は決する。

 

 そして互いのハッチが崩れた今、二人は初めて互いの顔を視認した。

 

 オールド・ワンは無感情にレヴォルディオを見る。その表情からは何も読み取ることは出来ない、それはある意味過去これまで戦ってきた勇敢な兵士に向けるそれと同じであった。

 

 レヴォルディオはオールド・ワンに視線を向け、それから少しだけ驚いた様に目を見開き――それから笑ったような、悲しそうな、悔しそうな、嬉しそうな、何とも言えない複雑な表情を浮かべ、そして唇を震えさせながら小さく呻き。

 

 

 逝った。

 

 

 その口は中途半端に開いており、何かを伝えたかったのかもしれない。しかし、チェインソーに凭れ掛かる様に力尽きたレヴォルディオのパイロットは、最早何も喋りはしない。

 三十代前半程の、凛々しい顔をした男だった。イギリス系の出身なのか、金髪で白人だった。

 

 オールド・ワンは倒れ伏した(かつ)ての友軍に、小さく手向けを送った。

 

 

「貴官に敬意を、シーマルクの英雄―――自分も、お前の事が嫌いではなかったよ」

 

 

 

 

 





 丁度良さを求めて二話分投稿です
 
 恐らく明日はお休みを頂きます


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戦後の休息

 

 ハイエナの面々は、目の前で行われているBF戦闘に目を奪われていた。

 元々ハイエナはその名の通り、戦場の跡を荒らし回るだけの存在であり、実際のBF戦闘を目にする機会は殆どない。故に、これ程間近で見るBFの戦闘に唯々圧倒されてしまっていた。

 しかし、それだけではない。

 

 豪傑と豪傑

 

 互いに英雄と呼ばれるに足る存在の激突、それは百凡の戦士が行うソレとは比較にならず、正に一瞬一秒が生死を分ける世界であった。互いが互いの機体に武器を打ち付けながら、次の瞬間にはどちらかが力尽きてもおかしくない攻防を続ける。

 

 負けるものか、勝つのは自分だ。

 

 そういう、闘志だとか戦意だとか、見えない何かがBF乗りでも何でもない人間にも感じられるほどに濃く発せられる。それは兵士同士の殺し合いを巨人で再現している様なものだった、動きが人間臭すぎる、殴り、蹴り、死に抗いながら一瞬を生きる。

 その技量、精神力、判断力、何をとっても一流。

 

 これ程の技量を持つ英雄同士の戦いを、ハイエナは目にした事が無かった。恐らく生粋のBF乗りであっても、中々目に出来ないレベルの戦闘。

 

 あぁ、成程と、四人は理解した。

 潜って来た修羅場の数が違う、覚悟の質が違う、百や千の敵に囲まれて「仕方ない」と生を諦める自分達とは根本が異なる。何を排してでも、どれ程の窮地に立たされても決して諦めない鋼の精神。

 

 護国の為に――己のために。

 

 根本は異なれど想いの強さは双方劣らず。次の瞬間にも死んでしまうのではないかという恐怖感を押し殺し、その一歩を踏み出す事がどれだけ困難な事か。成程、これが英雄と呼ばれる人間か――と。

 

 ゲイシュは尊敬の念を抱いた。

 ディーアはただ困惑した。

 グルードは二人に畏怖した。

 ハイネは憧れを瞳に宿した。

 

 同じ光景を目にした四人は、しかし全く異なる感情をそれぞれ抱いた。異質な力は時として人を魅了する、しかし同時に捉えようによっては排斥するべき存在に映る。

 それを受け入れられるか否か、それは受け取り手の度量に左右されるのだ。

 

 ハイネは独り勝利し、静かに己の獲物を腕に収納するオールド・ワンを見る。

 

 結局彼女の出番はなかった、いや、本来ハイエナ全員に出番など存在しなかった。恐らくこんな策を労せずとも、この三機ならば容易くシーマルクの英雄とやらを撃破したに違いない、そんな確信があった。

 

 オールド・ワンから視線を逸らせば、静かに佇むカルロナとカイムの姿が見える。この二機はオールド・ワンが窮地に立たされようとも、決して加勢に向かう素振りを見せなかった。その赤く光るモノアイからは、何となく二機の感情が読み取れる気がした。

 

 ――ボスが負ける筈ねぇ

 ――まぁ、当然の結果ね

 

 今にもそんな声が聞こえてきそうだ、ハイネは中らずと雖も遠からずだと笑った。二人の放つ気配が、何処となく自慢げだったのだ。何度か手を合わせたハイネだからこそ分かる、機械の感情だった。

 

「終わったぞ、回収してホームに戻ろう」

 

 オールド・ワンは胸部に実体剣を刺したまま、静かにそう告げる。外部スピーカーを使用せず、肉声だけで告げた言葉は淡々としていた。

 カルロナとカイムは言われた通り二機を回収する為に動き出し、ハイネも慌てて後に続いた。

 

 

 ☆

 

 

 戦闘終了から四時間、大破した二機のBFはホームへと回収され、パイロットは丁寧に埋葬された。その辺に放って死肉を啄ませない辺り、やはり彼らは善人だと思う。二機の損傷は激しかったが、オールド・ワンの機体を修復する程度の材料は剥ぎ取る事が出来た。

 

 レヴォルディオの機体は中量機だったが、使えるのならば何でも使うべきだとコアや腕、スラスター各所をオールド・ワンに換装。最初に仕留めた無名のBFはハイネの機体に譲った、コアと無事な装甲、武装を換装すれば見違えた様な機体にランクアップする。これにはハイエナの面々も喜んでいた。

 

 レヴォルディオの実体剣はオールド・ワンとカイムの腰にぶら下がり、代わりにオールド・ワンは電動鋸――チェインソーを手放す事になった。元々短期決戦用の武装であり、刃の損耗率が凄まじいのだ。恐らく次の戦闘では殆ど平らな刃で戦うハメになるだろう、オールド・ワンは腕の換装と同時に渋々武装を放棄した。

 

 カルロナとカイムは直接的な戦闘を行っていないので、機体換装や補給の必要もなく、こうしてハイエナ初のBF戦闘は幕を下ろした。

 

「お疲れ様」

 

 ホームに戻って換装を終えたオールド・ワンは、機体をよじ登って来たハイネの言葉に笑みを漏らす。現在カイムとカルロナの僚機はオールド・ワンの傍でハイネ機のパーツ換装を行っており、オールド・ワンは束の間の休息を享受していた所だった。

 

「ディーアが、今日は御馳走だって、今日も、ご飯食べない?」

「――いや、今日は少しだけ頂こう、多少は胃も慣れた」

 

 良かったとハイネは笑う。同時に視線はオールド・ワンの右腕に向けられていた。

 現在そこには応急処置程度の再接続と古びた布が掛けられている、元々オリジナル用に設計されたコックピットは帝都の第一世代担当技術将校でも無い限り修復は不可能。

 

 レヴォルディオの一撃で右腕のケーブルは完全に切断されてしまった、一応レヴォルディオの神経接続ケーブルを引っこ抜き代替品として使ってはみたものの、違和感は残る。シーマルクと帝都は同盟国である為、神経接続端子に互換性があったのは幸いだった。

 

 最悪脊髄に埋まっているケーブルだけでも操縦は可能である、あくまで四肢のケーブルは補助であり、手足の操作感度向上の一助でしかない。やってやれない事はない、というのがオールド・ワンの弁だ。

 

「腕の事は気にするな、それよりディーアは兎も角、グルードとゲイシュはどうした?」

「えっと……ゲイシュは車で周囲の偵察、グルードは地雷回収、だって」

 

 どうやらグルードは事後処理、ゲイシュは追手の確認に行っているらしい。ディーアは料理の真っ最中だろう、そうなるとハイネは手持ち無沙汰という訳だ。

 

 オールド・ワンはレヴォルディオとの戦闘後、ハイエナの自分を見る目が僅かに変化した事に気付いた。それはプラスの感情だったり、マイナスの感情だったり、少なくとも今まで感じた事が無いモノだった。

 

 そんな中で、ハイネだけは変わらず同じ姿勢で自分に接して来る。それが何となく心地良くて、オールド・ワンは彼女との時間が嫌いでは無かった。

 

「そうか――ハイネはディーアの手伝いをしなくて良いのか?」

「私は食べる専門」

「何故誇らし気に言う」

「美食家、ですから」

 

 果たして本当だろうかとオールド・ワンは彼女を見る。ハイネがどんな食事でも嬉しそうに頬張る姿を今日まで見て来たからこそ、疑わしい目で彼女をじっと見つめた。すると彼女は視線に気付き、唇を尖らせて不満げに言う。

 

「……嘘だと思っている」

「実際嘘だろうに」

「私、美食家」

 

 ふんっ、と偉そうに胸を張って誇らしげにオールド・ワンを見下す彼女は、何と言うか酷く幼く見えた。そう言えば、自分は彼女の歳を聞いていなかったと思い出す。一度気になると中々忘れる事も出来ず、オールド・ワンは素直に問いかけた。

 

「ハイネ、お前は一体幾つなんだ?」

「幾つ……歳?」

「そうだ」

 

 オールド・ワンが頷くと、数秒ほど虚空を見つめた後にハイネは、「多分、十八くらい」と大雑把に言い放った。多分とは何とも信憑性に欠ける物言いだが、しかし未だ二十に届いていないとは。年相応に見えると言えば見えるし、しかしどこか幼くも感じる。

 

「自分より年下か、まぁ大凡予想出来ていたが」

 

 そう言うとハイネはパチクリと目を瞬かせ、それから納得いったように頷いた。恐らくオールド・ワンの年齢が見た目相応出ない事をゲイシュ辺りに聞いていたのだろう、それを思い出したというところか。子ども扱いは勘弁して欲しい所存である。

 

「でも私、もう大人」

「ガンディアだと成人は十八からだったか? しかし、帝都では二十からだ」

「……私、帝都人じゃないよ?」

 

 要するに大人の基準など法では定められないと言いたいのだが、彼女には届かなかったらしい。オールド・ワンは苦笑を漏らしながら「そうだったな」とだけ告げ、ハイネの顔をじっと見つめた。

 とある部分では酷く老成していて、しかし年相応にはモノを知らない。それは外側から見ると途轍もなくアンバランスに見える。

 

 老成している部分とは、戦争という一点に関して。彼女は恐らく、人を殺す事に何の躊躇いもない人間であった。緊急時も然り、例えいつ誰が死んでも、襲って来ても、彼女は冷静な思考を保つだろう。育ちはガンディアだと聞いているが、真っ当な環境では無かった筈だ。そんな確信がオールド・ワンにはあった。

 

「……私の顔、何かあった?」

「いや、何もない」

 

 オールド・ワンが自身の顔をじっと見つめていたからだろう、不思議そうに手で頬を擦りながらハイネは首を傾げた。

 

 しかし、どこかで自身の事を考えていると感じ取ったのだろう、ハイネはどこか迷う様な素振りを見せた後、おずおずと「私の事、知りたい?」と問うて来た。オールド・ワンはそんな事を問われた事に驚き、それから素直に頷いた。

 

「……略歴があるなら、まぁ、聞いてみたくはあるな」

「じゃあ、オールド・ワンの事も、教えて欲しい」

「……自分の略歴か?」

「うん」

 

 情報の等価交換、そう言いながら真摯な視線で自分を見つめる彼女に対し、オールド・ワンは難しい顔をした。別にハイネに対して過去を暴露する事が嫌な訳ではない、ただ話す内容が何も無いのだ。

 

 しかし、彼女曰く等価交換。

 自分の事を話さなければ、ハイネの略歴も明かされない。オールド・ワンは数秒ほど考え、「では、互いに秘密にしておこう」と告げた。別段無理に聞き出す事でも、必要な情報でもないと判断したからだ。するとハイネは明らかに、私は不満です、といった風な表情を浮かべた。

 

「そこは普通、頷くところ」

「お前の普通を世の普通にするな」

「……私の事、知りたくないの?」

 

 どこか寂しそうにそんな事を宣うハイネに、オールド・ワンは「教えてくれるなら、知りたいさ」と笑って見せた。ただその対価が自身の情報開示ならば、そこまでして求めるものでは無いと言うだけで。大体、自分には自己紹介した時の情報がすべてで、それ以上話す事など何もないのだ。

 

「私もオールド・ワンの事が知りたい、ほら、お互い様」

「そうは言ってもな、自分には話せる事など何も――」

 

 オールド・ワンが困った様に眉を下げると、ハイネはオールド・ワンに詰め寄りながら、「どこで生まれたとか、何が好きとか、どんな場所で育ったとか、そんな事で良い」と言った。

 そんな事を聞いて一体何になると言うのか、オールド・ワンにとっては甚だ疑問ではあったが、これも信頼関係を築く一環、或は友軍との雑談という事で渋々頷いた。

 頷いたオールド・ワンを見て、ハイネは「やった」と満足そうに笑った。

 





 まとめて投稿すると9000字位になってしまったので、二分割して4500ずつ投稿します。
 やっとここまで来た感……(゚д゚)(。_。)

 ここからやっとヤンデレ要素がウォーミングアップです
  (((ง'ω')و三 ง'ω')ڡ≡シュッシュ

 最近ランキングを見ると大体ヤンデレ要素が含まれているので、「これは、遂に時代がヤンデレに追いついたのか……!?」と狂喜の舞いを披露しております。
 いつしか世界がヤンデレという属性に埋め尽くされる日も遠くない……!
 


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たった一人の

 

「じゃあ私から、生まれはガンディア中央都第一区、育ったのもそこ、途中からは郊外で暮らしていた、好きなモノは美味しいご飯、嫌いなモノはピーマン」

 

 どやっ、と胸を張るハイネ。どの辺りに胸を張るポイントがあったのかは分からないが、オールド・ワンは淡々と頷いて流す。生まれのガンディア中央都第一区というのがどんな場所かは分からないが、第一の名を冠するという事はそれなりに良い暮らしをしていたのだろう。

 

 彼女の言葉から得られた情報など、其れくらいなモノだった。正直何が好きで何が嫌いかなど、オールド・ワンにとってはどうでも良い話である。

 などと考えていると、ハイネから「次はそっちの番」と訴える熱視線を感じたので、適当に彼女に合わせる形で口を開いた。

 

「――生まれは帝都の遠殿、育ちも其処だが大体は研究所で過ごした、好きなモノは……何だ、ゲリラ戦だろうか、嫌いなモノは遅滞防御戦だ」

「………」

 

 言い終えた後に、ハイネが何やら言いたげな目で自分を見ていた。言いたい事は分かるが、美味しいご飯やらピーマンやらと口にした彼女に批判される覚えは無い。しかしハイネは暫くオールド・ワンの事を見た後、突然「もう一声」と続きを促した。

 

「もっと、普通の事」

「……美味しいご飯とやらは良いのか」

「それは良いの」

 

 基準が良く分からない。オールド・ワンは頭を悩ませ、自身の半生を振り返った。戦場を転々とする毎日で好きな事などあっただろうかと。正直好きな事や嫌いな事を考える余裕などなかったし、そんな二元論で物事を考えた事が無かった。

 

 しかしふと、自身の好きな事の琴線に触れた事柄を思い出す、いや行為と言うべきか。だが肝心の行為の名称を知らなかった。

 

「――帝都の研究所に居た頃の話なんだが、この機体の設計やメンテナンスを請け負ってくれた技術将校が居てな、その人が時々、その、何て言えば良いのか……」

「?」

 

 どこか言い淀むオールド・ワンの態度にハイネは首を傾げる。どう言えば良いのか、良い言い回しが思いつかなかったオールド・ワンは自身の見た光景をそのまま伝える事にした。

 

「こう、自分の性――」

「ご飯出来たわよ~!」

 

 オールド・ワンが口を開いた瞬間、倉庫にディーアの声が響き渡った。見ればディーアは大きめの鍋を両手で持ち、テーブルへと運んでいるところだった。

 

「……残念」

「まぁ、次の機会だ」

 

 ハイネが渋々と言った様子で機体から滑り降り、オールド・ワンは慣れない会話の内容に独り溜息を吐いた。部隊に居た頃に話す内容と言えば、作戦行動に関する事や戦況に対する意見程度のものだったから。

 

 オールド・ワンが話そうとした内容も、そういった環境が災いした。

 年齢不詳の顔も知らないパイロット、そんな奴を相手に猥談を持ち出す勇者は現れなかったのだ。古今東西戦場の性事情は荒れるものと決まっているが、事BFに於いては適応されない。BFを操れる才は男性だけでなく、女性にも平等に現れる故に。多数の女性が居る前で堂々と猥談を始められるほど、帝都の人間も剛毅ではなかった。

 

 そして一番の原因は、当の技術将校が少年愛好者だったという点だろう。

 更に言うとオールド・ワンは羞恥心というモノを理解していない。

 服を着るという習慣すら無かったのだ。

 つまりはそういう事である。

 

「はい、コレ」

 

 オールド・ワンが過去の記憶に浸っていると、戻って来たハイネが再び機体によじ登り椀を差し出した。中身を覗いてみると、肉の入った具沢山のスープだ。成程、肉は御馳走という訳だ。

 

「食べられる?」

「多分な」

 

 オールド・ワンが頷くと、「ハイネ、随分と仲良くなったのね」と声が聞こえた。見ればこちらを見上げているディーアが居た、その手にはスプーンが握られている。それをハイネに差し出すと、「こっちにテーブル、持ってこようか?」と問いかけた。

 

 ディーアの態度は一見、これまでと変わらない。しかし彼女の瞳の奥底には、何か自分に対して聞きたい事があるような、そんな目の色をしていた。それは単純な疑問では無く、彼女の根源に触れる様な問いかけだ。マイナスな感情を抱かれていないだけ、有り難い。オールド・ワンは独り、そう思う事にした。

 

「皆で食べると美味しい、そうしよう」

「分かったわ」

 

 ハイネはディーアの提案を受け入れる、ディーアはテーブルをオールド・ワンの機体前に設置し、椅子を人数分並べた。何となくだが、自分もその食卓の一員になった気分だった。

 

「ゲイシュとグルード、遅いね」

「地雷の回収と偵察なら直ぐ終わるさ、そろそろ帰って来るだろう」

「えぇ、さっき無線でもう少しで帰って来るって、冷める前に食べましょう? 食事中に帰って来るわよ」

 

 ディーアは椅子に座ってちびちびと食事を摂り始める、ハイネは「そっか」と頷いてから、オールド・ワンにスプーンを差し出した。俗に言う「あーん」と言う奴である。底の深い蓮華の様なスプーンは幾つかの具材ものせている。

 

 しかし、やはりと言うか、コックピットに繋がれたままでは非常に食べ辛い。ハイネも不安定な足場だし、両手が使えない状態では食べさせるのも辛いだろう。

 

 オールド・ワンは僅かな時間悩んだ、悩んで、悩んで、未来への投資だとか信頼関係の構築だとか、色々な理由をこじつけて結論を出した。それは本人からすれば、凄まじく勇気の要る決断であった。

 

「――ハイネ、一度椀を置いて、少し自分の前に立っていてくれ」

「……?」

 

 スプーンを差し出した状態で、オールド・ワンが突然零した言葉に首を傾げるハイネ。しかしオールド・ワンが一向に食事を摂る素振りを見せないと、渋々機体を器用に降りてテーブルに椀を置き、再びコックピットの前へと登った。

 

「はい、これで良い?」

「あぁ、態々すまない」

「別に良い」

 

 オールド・ワンはハイネに少し胴体を抑えていてくれと頼むと、ハイネは疑問符を浮かべながら「分かった」とオールド・ワンの本体、その脇腹に手を添えた。肋骨の浮いた体つき、ハイネは手のひらに感じた体温の冷たさに、ほんの少しだけ驚いた。

 

 ――機体接続解除、神経接続停止、被接続者の固定解放、生命維持に必要なエネルギーの蓄積………完了、被接続者の解放を許可

 

 唐突に、オールド・ワンの脊髄に埋め込まれていたケーブルが空気を排出する。プシュッ! という圧縮されていた空気の抜ける音、同時に三本のケーブルが次々に脊髄から抜け落ちた。

 突然の事にハイネは、「わ、わっ」 と体を揺らし、目を見開く。

 

 オールド・ワンの四肢を呑み込んでいた固定アームも口を開き、その断面に繋がっていたケーブルも解除される。支えを失ったオールド・ワンはハイネへと倒れ込むように落ち、慌ててハイネは彼を抱きとめた。

 余りにも軽い体に、衝撃に備えていたハイネは驚きよりも悲しさを覚える。抱きとめたオールド・ワンの体は余りにも細く、儚かった。

 

「ちょっ、大丈夫なの!? ハイネ、オールド・ワン!?」

 

 突然の音とハイネの悲鳴、ディーアは椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、二人に声を掛けた。

 

「う、うん、大丈夫、オールド・ワン、無事」

「すまない、突然過ぎたか」

 

 ハイネはオールド・ワンを抱きかかえたままディーアの叫びに返事をし、そのままゆっくりと機体を降りた。ハイネの胸に抱かれたオールド・ワンを見て、ディーアは目を剥く。それに対しオールド・ワンは苦笑いで答えた。

 

「アンタ、あの機体から降りられたの……?」

「一人では無理だ、誰かの手を借りないとな、それに機体に乘っていない自分は唯の子どもだ、信用できない人間には任せられない」

 

 そう言うと、オールド・ワンを抱えていたハイネは複雑そうな表情から一転。段々と口元が緩み、V字の様な形を作った後、「……私の事、信用してくれたんだ」 なんて嬉恥ずかしそうに言った。

 そんな顔をされると自分も照れる、オールド・ワンは何となく背中が痒くなった。

 

「……まぁ、でも、機体から降りられるなら良かった、これで大分食事も摂り易いんじゃない?」

「あぁ、そう思ったから機体を降りた」

 

 ハイネの手によって近くの椅子に腰を落ち着けたオールド・ワンは、途中までしかない両手足をグンと伸ばす。機体に乗り込んでいる時は碌に動かせないのだ。体中の凝りを解していると、ディーアが何か生暖かい目で自分を見ていた。

 

「……何だ?」

「いえ、そう言うところを見ていると、何だか年相応に見えると思って」

 

 つまり子どもっぽいという事なのだろう。見た目がそうなので、まぁ仕方ないだろう。自分とて年相応の外見と手足があればと思った事はあるが、欠損を抱いたまま生き過ぎた結果、この状態が普通になってしまって不便を感じる事が無くなってしまった。

 

「ただいまっと――うぉ!? おまっ、オールド・ワンか!」

「……降りられたんだ、機体」

 

 丁度帰還したのだろう、倉庫の出入り口から音がしたと振り向けば、ゲイシュとグルードが顔を出した。その視線はオールド・ワンに向いており、二人とも驚愕を顔に張り付けている。

 

「おかえり、地雷、集めて来た?」

「うん、全部回収出来たよ、武器庫の方に仕舞ってきた」

「こっちも敵影は見つからなかったし、一応大通りには感知センサーを置いて来た、引っかかれば儲けもの程度だがな」

 

 ハイネの問いに二人は答え、そのまま「腹減った」とテーブルまで足を進める。ソレを見たディーアがキッと目を吊り上げ、咎めた。

 

「二人とも、食事は手を洗ってからよ」

「……俺思うんだよ、水が勿体ないなぁって」

「僕も」

「少量の水よりも病気に罹る方が勿体ないわよ、薬だってストックは少ないんだから」

 

 母親の様な言葉に二人は肩を竦め、「分かった、分かったよ」とテーブルへと向けていた足を水場に向ける。旧型でもろ過装置を持つ自分達はまだ幸運な方だろう、それすら無ければ水の確保など困難を極めるのだから。

 無論、ろ過装置があると言ってもやはり水は貴重だ、そう易々と使えるものではないが。

 しかし薬の方が貴重という意見には賛成なので、オールド・ワンも口は挟まずにいた。

 

 適当にサッと手を洗ってきた二人は水気を飛ばしながら早々に席へと戻る、どうやら随分と空腹らしい。目の前に出された椀を前に目を輝かせて早速スプーンを入れた。グルードは「頂きます」と口にし、静かにゆっくりと、ゲイシュは椀に直接口を付けてガツガツと。

 

 ディーアはそんな二人に呆れた目を送りながら、自身の食事を再開する。そしてハイネは自分にスプーンを差し出しながら、「あーん」と介護を継続。

 

 五人分の食事と質素なテーブル。しかし誰かと食事をするという状況に遭遇した事のないオールド・ワンは、それがとても新鮮なモノに感じた。食事と言うのはただの栄養補給程度にしか思っていなかったが、他人と行う食事がこうも充実したものに感じるとは。

 

「――? どうしたの」

「……いや、何でもない」

 

 オールド・ワンは首を傾げたハイネに笑いかける、これは人間的に成長出来たという事なのだろうか、そう思いたい。差し出されたスプーンを口に含みながら、そんな事を考える。 

 ハイネに若干の申し訳なさを覚えるも、当の本人は緩んだ頬を隠そうともしないので、好意に甘える事とした。

 

 その背を一人、カルロナは見続ける。カイムが黙々とハイネの機体を換装する脇で、彼女は独り立ち尽くしていた。

 

 彼女――カルロナのAIが何を思っているのかは分からない、しかし十数年彼と共に戦場を渡り歩き、最早互いの存在が必要不可欠となったAIは想う、考える。

 

 本来実装されていなかったシステム、きっと十八年前の彼女であればバグだと、エラーだと吐き捨てたソレ。今ではカルロナという一機のBFを構成する上で欠かせないバグと言う名の構成文。

 

 彼女は授けられた知識で知っていた、それが何であるのか。BFとして生を受けた機械は学習の果てに手に入れていたのだ、もう何年も前から、人が人である証を。

 モノアイに映る自身の主人、それを甲斐甲斐しく世話する一人の女性――ハイネ。

 

 ソレを見ると、どうしても、無性に、何となく、何故か。

 

 

 

 腹が立つのだ。

 

 

 

 





 ちゃんとこっちも更新します(゚д゚)(。_。)
 投稿スピード落ちたら「あぁ、爆睡してるな」と思っていて下さい。


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ハイエナの名

 

 レヴォルディオの襲撃を退け二日、オールド・ワンはこの四十八時間を補給期間とした。戦場での働きは十二分な休息があってこそ出来る、そう考えるオールド・ワンは休息と言う点を最も重視していた。

 

 機体から切り離され、本格的な休息が可能となったオールド・ワンは次の敵襲に備えて十分に英気を養った。

 レヴォルディオを撃破した以上、帝都がこの場所を見つけ出すのは時間の問題だろう。若しくは、既に拠点は発見されており、監視の目が届いているかもしれない。

 

 しかし、次の部隊が派遣されるのは当分先だろうとオールド・ワンは考えていた。と言うのも、レヴォルディオは決して軽い戦力などでは無かったからだ。英雄などという人間は、同じ時代に何人もポンポンと生まれたりはしない。彼はシーマルクの中でも第一位、二位を争う戦力であった。そんな彼を失ったシーマルクはこれ以上の戦力低下を嫌う筈だと、ガンディアからの侵攻が始まっているのに高々一小隊の為に貴重な戦力をこれ以上割く事はないという推論。

 

 寧ろ、自分達が警戒すべきはガンディアだ。強襲部隊を丸々一つ潰した自身の小隊は目を付けられているとオールド・ワンは確信していた。渓谷での戦闘からそれなりに時間が経過している、そろそろこちらの存在に気付いてもおかしくはない。

 

 この都市は丁度ガンディアとシーマルクの国境付近に位置していた、どちらからも近いと言えば近いし、遠いと言えば遠い。両国の介入を容易に許す位置にあった。下手をすれば両国から引っ切り無しに討伐部隊がやって来るかもしれない。

 

 しかし、オールド・ワンはそれでも構わなかった。強敵(良い装備)が向こうからやって来るのだ、ならば態々探さずに済むというもの。流石に大軍が押し寄せて来るならば拠点を放棄するが、中隊規模までならば相手取れる事が既に事前の戦闘で分かっている、レヴォルディオやガンディア強襲部隊長並みの猛者で編成された部隊でも無い限り、撃退、乃至殲滅するだけの自信があった。

 

 しかし、いつ来るか分からない襲撃に怯えて生活するのは肉体的にも精神的にも良くない。そこでオールド・ワンは半日ずつカルロナとカイムに索敵を担当して貰い、何か異常があれば直ぐにアラートを鳴らす様に指示した。それまでは完全休息モードで過ごし、拠点の強化に勤しもうと言う魂胆である。

 

 折角の拠点だ、強化しなければ意味が無い。

 元々、此方の戦力はオールド・ワンの小隊に加えてハイネ機、後は地雷や重火器と言った歩兵携帯火器しかない。事前の準備が命運を分けると言っても過言では無かった。

 

 この拠点が戦場になるという事は既に他の面々にも話してある、ハイネを除く三人は今すぐ拠点を移した方が良いのではと不安な表情を覗かせたが、住み慣れた拠点を離れる事は辛く、更に言うとオールド・ワンが居る限り常に追手の存在は気にしなければならないという事実が、ハイエナの残留を決定付けた。

 

 ここまで来たなら、とことん戦ってやるというスタンスだ。

 しかし、仮に仲間に危険が及んだ場合はその限りではない、誰かが致命傷を負ったり明らかに勝てないと判断した場合は拠点を放棄して逃げると、ゲイシュは全員に宣言した。オールド・ワンもその言葉には頷いている、自分とて命を投げ捨てる気は更々無いと。でなければあの鉄屑の底から這い上がったりなどしない。

 

「――という訳で、チーム名を決めよう」

 

 どういう訳かチーム名を決める事になった。

 

 時刻は昼餉の後、全員がオールド・ワンの機体の前に椅子を持って集合し、中央のゲイシュが音頭を取っていた。テーブルを囲う様に集まった彼らは、一枚の紙を前に顔を突き合わせている。そこには勿論、機体に搭乗したままではあるがオールド・ワンも含まれていた。

 

「随分と唐突ね」

「オールド・ワン、カルロナ、カイムっていう新しい仲間も加わったんだ、それに前々から思ってたンだがよ、皆を呼ぶ時の名前が無いってのは中々不便だぜ?」

「カッコイイ名前が良い」

 

 ディーアが渋い顔をし、ゲイシュはどこか悪戯っぽく笑う、ハイネはキラキラとした瞳で名前決めを楽しんでおり、グルードに至っては半ば寝ていた。確かに今日は丁度良い気温で、とても過ごしやすい日だ、寝てしまいたくなる気持ちも分かる。

 

「それで、何か良い案はあるの?」

 

 ディーアは背凭れに体重を預けながらそう言うと、空かさずハイネが「はい、はい」と手を挙げた。その勢いは指先で点を突く程だ。ゲイシュはハイネの勢いに苦笑を漏らしながら、彼女を指差す。

 

「とっても強い団」

「……いや、それはねぇな」

 

 ハイネの提案したチーム名はゲイシュに即却下されてしまった。まさか、と言った風にハイネはショックを受け、助けを求めるべくディーアやグルード、オールド・ワンに視線を向ける。しかしディーアは乾いた笑いを漏らすだけで、グルードに至っては爆睡。オールド・ワンも首を横に振って反対の意見を示した。

 

 余程自信があったのか、ハイネは落ち込んだ様子で椅子に座る。その眉は八の字に折れ曲がってしまった。

 

「もうちょっと、他の奴に聞かれても恥ずかしくない奴で頼む……」

「――自分は他のハイエナのチーム名を知らないんだ、幾つか参考にしたいのだが挙げて貰えないだろうか?」

 

 オールド・ワンがそう言うと、ゲイシュは「そうだなぁ」と考え込んだ。余り浮き過ぎた名前を提案してしまっては恥ずかしい、ここは慎重に前例を求めるべきだと判断した。

 

「ガンディアとかシーマルクのハイエナしか知らないが、【ソレイユ】とか【ピシンカ】何て名前は聞いた事がある、別に土地に拘ったりしないが……帝都だと、どんな名前があるんだ? ハイエナじゃなくて、部隊名でも良いんだけどよ」

「帝都の部隊名は基本隊長の名前を取るか、名前も持ちなら異名で呼ばれていた、【叢雲隊】とか、【宍道隊】とか、自分の場合は十年前【重鉄隊】と呼ばれていたな」

 

 正直チーム名など分かれば良いというのがオールド・ワンの信条だが、確かに呼び辛い名前や酷過ぎるモノは勘弁である。元々彼は自身のネーミングセンスに自信が無かった。さて、どうしたものかと頭を悩ませると、再びハイネがピンッと手を挙げた。

 

 ゲイシュは苦笑を零しながら周囲を見渡すが、他に手を挙げるメンバーはおらず、椅子から何度も跳ねて行われるアピールに仕方なく再度ハイネを指差した。

 

「最強のとってもつよい団!」

「……まぁハイネなりに帝都の名前をブレンドしたんだろうけれど、却下だ」

「なんで!?」

 

 不法な拒否だ、横暴だ、これはいじめである、再考を! そう叫びながら暴れ始めるハイネをディーアが面倒くさそうな表情で窘め、グルードは爆睡していた。

 

「……もう、ハイエナのままでも良いんじゃないか?」

「……何か、嫌だろ、ハイエナとかマイナスイメージの呼称とか」

「呼び方が変わっても本質は変わらんだろうに……」

 

 ゲイシュにもゲイシュなりの拘りがあるらしい、オールド・ワンからすれば良く分からないものだが。しかし案が無い以上、無いモノ強請りは出来ないのである。もういっその事ハイネの案を採用するかとオールド・ワンが問いかければ、ゲイシュは首を何度も横に振った。そこまで嫌なのか。

 

 仕方居ないのでオールド・ワンは数少ない名前候補から、幾つか実用にたるものを引っ張った。

 

「そうだな……では、受け売りになるが【バルコニア】などはどうだろうか?」

 

 オールド・ワンは数秒ほど悩んだ後、最初に浮かんだ名前を一つ挙げた。自身のネーミングセンスには自信が無いが、他人がつけたものならば気兼ねなく口に出来る。バルコニアという単語を聞いたゲイシュはハイネと時と違い即座に否定する事無く、肩眉を上げるに留まった。

 

「バルコニア――聞いた事が無い響きだが、どういう意味なんだ?」

「意味は知らないんだ、オリジナルの一人で共に戦場を駆けた戦友の異名だった、帝都での呼び名は【跳寵(ちょうき)】、バルコニアはガンディアに付けられた名前だ、自分のオールド・ワンと同じな――彼女も八年前に撃墜されてしまった、もうその名を使う機体は無い」

 

 本来なら死んだ人物の異名など縁起が悪いが、彼女は紛れもない英雄だった。その異名に不足などあるいまい、オールド・ワンがそう言うとゲイシュは肩を竦めながら、「他に案もなさそうだしな」と彼女の名を受け入れた。

 

「バルコニアか、まぁ悪くない、俺は好きだぜ、この響きがよ」

「奇遇だな、自分もだ……中身も中々剛毅な女性だったよ」

 

 女性とは言うが、オールド・ワンと同じ四肢を切断され外見も固定された被検体。自身の愛機に搭乗した時から、何一つ変わらず戦場を歩き続けた一人だ。

 

 オールド・ワンが把握している限りオリジナルの数は自身を除き計三十一機、その全員がオールド・ワンの知古であり、同時に死んで行った【唯一無二の戦友たち】であった。

 その時代から戦い続ける戦友(とも)は、もうカルロナとカイムしか残っていない。

 

 ――思えば、随分と戦ってきた。

 

 帝都を背負う最新鋭の兵器として生まれ、死に物狂いで日々を戦い、戦場を渡り歩き、そんな事を十年と続けている内に古参となり、新しい兵器に立場を追われ、落ちるところまで落ちた。

 その果てにハイエナなどという国外生活を営む集団と出会い、日々を共にし、帝都とガンディアに追われる身となる。

 

 オールド・ワンに搭乗した時は考えもしなかった。自分もまた、オリジナルの彼ら、彼女らと同じく何処かで野垂れ死ぬばかりだと思っていた。しかしどうにも、自分はまだまだ死ねない、死にたくないらしい。カルロナとカイムを残し、独り死ぬ事など出来はしないのだ。

 

 自分が死ぬ時、それは――

 

「オールド・ワン?」

 

 ゲイシュに声を掛けられ、はっと意識を取り戻す。どうやら思考に耽っていたらしい、苦笑いを浮かべてオールド・ワンは、「少し彼女を思い出していた」と誤魔化した。ゲイシュは、「そうか」とだけ言葉を零し、取り敢えずチームの名は【バルコニア】と相成った。

 

 ハイエナ改めバルコニアの名は他の面々にも受け入れられ、しかしハイネだけは納得いかなかったのか頬を膨らませていた。その不機嫌を治すのに半日掛ったのだが、それは蛇足となるだろう。

 

 

 





 やっぱり二本同時更新なんて無理やったんや……(達観)


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ガンディア

 

 真夜中、拠点が静寂に包まれている頃。

 月明かりが倉庫に入り込み、他の面々が全員眠りに就いた時刻。オールド・ワンはふと、首筋に僅かな痛みを感じ、目を覚ました。それは随分と懐かしい痛みで、針で皮膚を何度か刺した様な痛みだった。

 

 ケーブルから伝わる痛覚信号、それは予め設定していたパイロット睡眠時に発動する危険を知らせるアナウンス。オールド・ワンの肉体は危険に対し急速な反応を見せる、靄の掛かった思考が一瞬にしてクリアに、そしてぼやけていた視界はすぐさまメインモニタへと繋がった。

 視界に映るのは暗いコックピットではなく、月明かりが差し込む薄暗い倉庫。そしてオールド・ワンの前には盾となる様にカルロナが立ち、カイムは膝を着いて周囲を警戒していた。オールド・ワンが唸りを上げ起動、そしてカルロナから位置情報が送られて来る。

 

 マップはホームを中心に半径一キロ、丁度ホームから三百メートル程離れた位置に熱源反応があった。予想以上に近い、しかしUAVではない、出力は確かに絞ってあるがBFだと分かった。ハイネから奇襲を受けて以来、オールド・ワンは索敵出力を引き上げ僅かな熱源も見逃さないようにしていた、それが功を成したのだ。

 

 しかし熱源が動きを見せる事はない、オールド・ワンが起動した事により観測できる出力は上昇した筈だ。敵の奇襲は失敗している、しかし熱源反応はホームに攻めて来る気配も見せず、また撤退する動きも見せなかった。

 場合によってはハイエナの面々も叩き起こすべきだと思っていたが、これは一体どうしたものか。カイムとカルロナも、どこか困惑した様にオールド・ワンを見ている。用心深く何度か周囲を索敵するが熱源は一つだけ、他にBFと思われる熱源は発見できない。カイムとカルロナにも索敵を命令するが、どちらも回答は同じ。

 

 一体何が狙いだ?

 

 オールド・ワンは困惑した。敵側から三機の起動は確認出来た筈、相手は奇襲が失敗したと分かっているのだ。だと言うのに動きを見せない、それはつまり奇襲が狙いではないという事。

 

 そしてマップを睨めつけ、沈黙する事一分。敵機の熱源反応が一時急上昇し、出力が十倍に引き上がった。まさか攻めて来るのかと腰部の実体剣に手が伸びるが、出力は数秒で元に戻り熱源反応は再び沈黙する。

 まるで自分は此処に居るぞと主張する様に――

 

「誘っているのか」

 

 オールド・ワンはそう零す、そうとしか考えられない。相手の行動は不気味過ぎた。

 態々敵の近くで出力を上昇させ、自身の位置をバラす。それはつまり、自分達をその場所へと誘導したいから。だとすれば罠だ、ハイエナの面々を起こし全員で迎撃に当たるべきか? 

 

 オールド・ワンは逡巡した。

 相手の意図も分からないのに――此処はカルロナとカイムを連れ自分達だけで事に当たるべきか、罠だった場合下手すると一網打尽にされる可能性がある。

 一瞬の迷い、相手の意図を見抜くべく思考に沈み、しかし小隊の精強さを信じた。オールド・ワンは小隊で迎撃に当たる事を決め、カイムとカルロナに先行を命じた。二機が頷き、慎重に倉庫を後にする。念のためカイムに偵察を頼み、危険を承知で比較的背の高い建物にアンカーを突き刺し、そのまま高所から敵の姿を確認して貰った。

 

 敵はどうやら駅前の広場に陣取っているらしい、視覚共有にてカイムのモニタ映像がオールド・ワンの瞳に映る。既に埃を被り、荒れに荒れた駅前の広場。中央の花園は枯れ果て、賑わっていたのだろうモールは穴だらけだ。列車も何年も前から走っていないのだろう、駅周辺に設置されたバスターミナルも廃車だらけ。

 

 その中心に、見慣れない機体が一機――黒い機体だ、エンブレムをズーム機能で確認。ガンディアのエンブレム、グリフォンと二本の剣が交差している。オールド・ワンは怪訝に思った。ガンディアならば問答無用で襲って来てもおかしくはない、自分達は邪魔な存在である筈なのだから。

 

 狙撃を警戒しオールド・ワンはカイムをすぐさま下ろす、そして慎重に駅前広場まで足を進めた。

 敵が自分達を探知している以上、位置情報はリアルタイムで割り出される。オールド・ワンは駅前広場へと通じる本道、その間に立ち並ぶ建物群に身を隠しながらこのまま身を晒すかどうか迷った。

 

 本来ならば問答無用で銃撃を浴びせるべきだろう、しかしあのBFからは言い様の無い、通常のガンディア兵が発する敵意だとか殺意だとか、そういうものが全く感じられなかった。こればかりは戦場を長年渡り歩いてきたオールド・ワンにしか分からない感覚、しかしAIにもその不気味さは理解出来るのだろう、カイムとカルロナはいつにも増して慎重である気がした。

 

 オールド・ワンは敵機の前に姿を現す覚悟を決め、建物群から進み出ようとする。しかし寸でカイムがオールド・ワンを引き留め、カルロナが止める間もなく先に機体を晒した。オールド・ワンは思わず身を硬くするが、それから数秒、狙撃や射撃が浴びせられる事も無く時間が過ぎる。

 

 それからカイムが姿を現し、オールド・ワンは静かに安堵した。そして最後に無差別探知を行い、周囲二キロにBF反応が無い事を確認して足を進める。駅前広場へと姿を現すと、黒い機体は真っ直ぐモノアイをオールド・ワンに向けた。

 見る限り機体に武装らしい武装は見えず、ロックオンアラートも鳴り響かない。ただ黒に塗装された機体が佇み、じっと自分達を見ていた。

 

「――276.813.764.729」

 

 外部スピーカーから洩れた声、聞き間違えでなければそれは男性のものだった。一瞬何の事だと呆けてしまうが、相手の意図を汲みシステムに機体間通信を打診。指定番号は先程黒い機体が発したモノを入力。

 すると【音声通信】という表記と共に、ウィンドが視界に開いた。

 

「――ガンディアBF遊撃部隊所属、アン・リベルテ……オールド・ワン、話がある」

 

 開いたウィンドから響く声、年老いた老人の枯れた声。

 アン・リベルテ。

 その名前にオールド・ワンは、余りにも聞き覚えがあり過ぎた。

 

 

 

「単刀直入に言おう――オールド・ワン、ガンディアに亡命する気は無いか」

 

 

 





 一応これで第一章は完結です。
 ここから本格的に主人公たちが動き出す――予定だったのですが、まさかの闘技場の方があそこまで盛り上がるとは思わず……正直あまり執筆が進んでいないのが現状です。

 ストックはそこそこ残っていて、あと三~四話分なら投稿出来そうなのですが、そうすると中途半端な終わり方をしそうなので、申し訳ありませんが一度更新を止めさせて頂きます。
 またストックが溜まって、コレならキリも良いだろうというところまで来れたら、再度投稿しようかと思いますので、気長に待って頂けると幸いです。m(__)m


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