『完結』家族ができるよ! やったねモモンガ様! (万歳!)
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Prologue 鈴木悟はマザコンである
第1話


なお家族にするやり方を間違えたのが、育成計画です。

序盤の大筋はリメイク前とあまり変わりません。ここにお詫び致します。


 ネム・エモットはあの日の出来事を忘れはしない。帝国の騎士たちに平穏を奪われたあの日を。

 

 父がいて、母がいて、姉がいた。農村での暮らしはけして豊かとは言えない。でもネムにとって、とても大切な日常を。

 

 でも日常は奪われた。父は逃げる時間を稼ぐために死んだ。母も同じだ。姉と二人で逃げた。姉も私を必死に守ろうとしてくれた。

 

 騎士から必死に二人で逃げているときネムは転倒してしまった。姉が助け起こそうとした時に、絶望がやってきた。大切な(日常)を奪った(悪魔)たちは嘲笑気味に言った。

 

「無駄な抵抗をするな」

 

 その目は語っていた。お前たちが死ぬ運命は変えられない。余計な手間をかけさせるな……と。

 

 なんで、私には家族を守る力がないんだろう。

 

 騎士(悪魔)は二人に近づいてくる。ゆっくりと剣を持ち上げる。まるで恐怖心を煽るかのように。

 

(どうしてこんな目に遭うの。家族で平和に暮らしていただけなのに……)

 

 結末は決まっている。姉と共に二人で殺される。それはネムにとって覆えしようのない事実だった。しかし姉は違った。

 

「なめないでよねっ!」

 

「ぐがっ!」

 

 騎士(悪魔)が装備する兜を思いっきり殴ったのだ。いったいどこからそれだけの力を出しているのかネムには分からなかった。

 

「はやく!」

 

 私は姉に連れられ逃げ出そうとする。

 

 しかし騎士(悪魔)は逃がしてくれなかった。

 

「―――っく!」

 

「貴様らぁぁ!!」

 

 姉が騎士(悪魔)に斬られていた。自分を庇うかのように。

 

「お姉ちゃん!」

 

 どうしてネムの大切な物を悪魔(騎士)は奪おうとするんだろう……

 

 ネムは何もできない。当然だ。ただの子どもが悪魔(騎士)に勝てるはずがない。

 

 初めから殺される運命は決まっていたのだ。彼らに標的にされた時点で。

 

(せめて二人で死ぬ事ができますように……)

 

 ネムは、何も助けてくれない神にそう祈った。

 

 本心では誰でもいいから、私たちを助けてくださいと……私の大切な物を奪わないで下さいと願いながら。

 

 視線だけは騎士から目を逸らさずに――それがせめてもの抵抗のように――そして奇跡は起きた。悪魔が止まったのだ。悪魔はただ一ヵ所に視線を留めている。何が起きたのか分からず、ネムも悪魔たちが見ている方向に視線を向けた。

 

 漆黒色の絶望が存在した。何かの扉のように見える。

 

 そして扉から死が現れた。

 

 悪魔よりも怖い死がこちらを見ていた。まるで私たちを迎えに来たように。

 

 形を作った死は呪文のような物を唱えていた。

 

心臓掌握(グラスプ・ハート)

 

 ネムは一瞬殺されると思い目を閉じた。しかし気づけば自分たちの後ろで何かが崩れる音が聞こえた。怖がりながら振り返ると悪魔が倒れていた。

 

 一体何が起きているのか分からない。

 

(なんでネム達を連れて行か(殺さ)なかったんだろう?)

 

 考えを読んだのか死はこちらに近づいてきた。今度はネム達を殺すために。

 

 しかし、その考えは外れていた。死はネム達を通り過ぎた。理解ができない。

 

 そしてネム達を庇うかのように二人の前に立った。近くにいたもう一人の悪魔は怯えるように後退した。

 

「……女子供は追い回せるのに毛色が違う相手は無理か?」

 

 ネムは理解した。あの御方は私の願いを叶えてくださる方なんだと……ネムは無意識的に呟いた。

 

「神……様?」

 

 その後神様はもう一人の悪魔を簡単に倒して、何かを作りだす。思わず姉共々、悲鳴を上げてしまう。

 

 神様が作り出した物に命令を下す。

 

この村を襲っている騎士を殺せ(村の人間を助けてやれ)

 

 作りだされた存在は、命令に応えるように、咆哮を上げる。

 

「オオオァァ!」

 

 そして村の方へ駆けだした。

 

 神様は本当にネム達を助けに来てくれたんだと理解した。

 

 ネムは姉から手を離し、神様に向かって歩き出す。お礼を言うために。

 

「ネム!? 行っちゃ駄目!!」

 

 なぜかお姉ちゃんは焦った声で神様に近づくのを止めるが無視する。――途中また黒い靄のような物から何かが現れビクっと驚くが――そして自分からお礼を言う前に神様が話しかけてくる。

 

「どうした?」

 

 ネムは頭を下げながら答えた。願いを叶えてくれた事に。

 

「神様……ネムを、お姉ちゃんを助けてくれてありがとうございます」

 

 ネム・エモットはこの日両親を殺された。決してその事を忘れる事はできない……

 

 同時にアインズに救われた事も忘れないだろう。

 

★ ★ ★

 

 モモンガは困惑していた。助けに来たのは一目瞭然であるはずなのに、まるで変な行動をしているかのように、戸惑いを見せている少女たちに。ただ姉の少女は剣で切られているため疑問を晴らす時間がない。そのため二人の少女を自らの背に隠し、現れた騎士に対して言葉をかける。

 

「……女子供は追い回せるのに毛色が違う相手は無理か?」

 

 後ろから「神……様」との声が聞こえて。少し疑問が晴れた。死にかけているときに助けに来たのだから錯乱しているのだろうと。

 

 実験も兼ねて騎士を殺し、死の騎士(デスナイト)を召喚する時、黒い靄が騎士に纏わりついて召喚される。姉妹も悲鳴を上げるがモモンガも悲鳴を上げたいほど驚いた。ユグドラシルではありえないからだ。そして自分が人間を殺して何も感じない事に、人間を止めたのだと理解した。悲しみはなかった。

 

 また召喚者の近くしか行動できないはずのユグドラシルとの違いを見せつけられ驚愕していた時、後ろから妹と思われる少女の方が近づいてきた。

 

 近づくときに姉の方が近づいちゃだめと叫んでいたが、助けに来たはずなのに、なぜそんな事を叫ぶのだろう……と困惑したが、血が足りず錯乱しているのだろうと思う事にした。少女が近づく合間にもう一体死の騎士(デスナイト)を媒体がなくても召喚できるかの実験と護衛のため召喚しておく。

 

(どうやら媒体がなくとも召喚は可能のようだ……さらに実験が必要だな)

 

 そして近づいてきた少女は比較的錯乱していないように見える。

 

「どうした?」

 

 自分の言葉に反応したのか、深々と少女は頭を下げる。

 

「神様……ネムを、お姉ちゃんを助けてくれてありがとうございます」

 

 モモンガは一瞬驚いた。とはいえ、お礼を言ってきたのは素直に嬉しい。

 

(……そうだよな! 助けに来たんだから、これが正しい反応だよな! しかし神だと……俺の事だよな、これは訂正しとくべきだよな)

 

 そしてモモンガは片腕を顎に当てながら誤解の解き方を考える。

 

「ふむ……何か勘違いしているようだな私は神ではない。私はモモン――」

 

 名乗ろうとして止めた。今の自分はモモンガと名乗るべきではない。俺、いや、私はただ一人ナザリックに残った最後のプレイヤーなのだ……少女が首を傾げている。途中で名乗りを止めたからだろう。

 

「少女よ、我が名を知るがいい、我こそが、アインズ・ウール・ゴウンである」

 

「アインズ・ウール・ゴウン様」

 

「アインズで良い……ところでだ、私は確かにお前たちを助けに来たがお前の姉はまだ助かっていないぞ?」

 

 目の前の少女と姉が同時に「「え」」と呟いた。背中を切られているのに助かったと思っていたのだろうか?

 

「お前の姉は剣で斬られて血を流している以上治療をしないと助からないぞ?」

 

 目の前の少女が悲しそうに目を伏せるのを見ながら下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取出し姉の方に近づく。

 

 姉の少女は何が起きているのか分からないかのように困惑した顔を浮かべている。早くポーションを使わないとまずいだろう。

 

「お願いします。私なら、何でもします! だから、お姉ちゃんを助けてください!」

 

「ああ。助けよう」

 

 錯乱している少女に近づき、薬を突き出す。

 

「飲め」

 

 姉は何が何だか分からないような顔を浮かべ硬直している。

 

(物事を認識する事も難しいくらい血を失ったか……当然と言えば当然だが……どうする? 私が直接口に流しこむのはまずいだろう……下手したらセクハラになるかもしれないし)

 

 決してまともに女性と触れ合った事がないからへたれた訳ではないと誰かに言い訳しながら――自分の部下にセクハラ(パイタッチ)をしている事を頭の隅に追いやりながら――

 

「ネムだったか? 姉を助けたいならこの薬を飲ませろ。すでに物事を認識できないほど血を失ってるらしい」

 

「わかりました!」

 

 よほど慌てたのか転びそうになりながら傍にまでくる。薬を渡すとすぐに受け取り姉の口に薬のビンを持っていく。姉は困惑したようにネムを止めようと叫んでいたみたいだが、叫んで開いた口に薬を飲ませた。姉は口の中に無理やり瓶を突っ込まれたため、少し苦しそうにしていたがある程度飲み干したようだ。

 

 それにしても、嫌がっている姉に無理やり、液体を口に突っ込んで飲ませる妹。何か背徳的な雰囲気を感じる。そしてネムの立場に自分を当てはめてみる。自分が飲ませていたら間違いなく、たっち・みーが本業をすることになった。

 

(……うん。ここにペロロンチーノさんがいたら、間違いなく喜んでいたな。やっぱり俺が飲ませなくてよかった)

 

 さらに口から流れるように零れ落ちて、服が濡れていることも変な想像を加速させる。……どうやら効果が出たようだ。姉の少女が目を見開いている。

 

「うそ……」

 

 呟きながら自らの背中の感触を確かめていた。ネムという少女もとても嬉しそうに涙を滲ませながら喜んでいる。何となく、心温まる光景だ。

 

 丁度そこに転移門からアルベドが現れた。

 

 アルベドは普段と違い完全装備だ。命令は伝わっているようだな……などと考えると転移門が消えアルベドが話しかけてくる。

 

「遅くなり申し訳ありません」

 

「構わない」

 

「ありがとうございます。そこの下等生物はどう致しますか? よろしければ私が処分いたしますが?」

 

 どうやら命令は途中までしか伝わっていなかったようだ。自分が上位者と意識しながら問い質す。幼い少女とは友好関係を構築できているのだ。このままいけば、姉の方やほかの村人たちとも友好関係を構築して情報収集ができそうなところで、ぶち壊しにされたら困る。

 

「セバスにはこの村を助けると伝えるよう命令したはずだが……何を聞いた?」

 

「申し訳ありません!」

 

「……まぁ、ここでしっかりと認識してくれれば構わない。とりあえずの敵はそこの騎士だ。村人に敵意を向けるな」

 

 そこには無邪気に喜んでいる少女と今のアルベドの発言からか怯えながらネムを庇おうとしている少女がいる。

 

(確かに、恐ろしい事を言っているが、私が助けたのは理解できているはずなんだがな~ネムの方はしっかり理解しているみたいだし)

 

 まあいいかと考え、姉妹の周りに防御の魔法をかける。対魔法用の魔法はどうするかと考え一応唱えておく。

 

「防御の魔法をかけておいた。そこにいれば大抵は安全だ――後は……そうだな」

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力を解放し、月光の狼(ムーン・ウルフ)を召喚する。

 

「二匹は周辺を警戒せよ。一匹はこの少女達の近くで護衛せよ」

 

 命令に従い二匹が散る。一匹は待機している。二匹は発見器としての狙いもある。先程の騎士は弱く死の騎士(デス・ナイト)も現状倒されていないが拮抗しているか圧倒しているかの判断材料にはなる。倒されればレベル20以上の敵が周辺に存在する事になるだろう。ナザリックに所属する者から見れば弱いが、多少の判別には使えるだろう。それに失っても特に惜しくは無い。

 

 さらにモモンガ改めアインズは最初姉の方に渡そうかと考えたが今までの反応からネムに近づき、膝を突く。目線を合わせ、二つのみすぼらしい角笛を手渡す。

 

 アインズはできる限り優しく語りかける。

 

「その角笛を吹けば小鬼(ゴブリン)――小さいモンスターがネムに従うために召喚されるはずだ。それで自分と姉の身を守るといい。一応月光の狼(ムーン・ウルフ)一匹は護衛にしておく」

 

「アインズ様、ありがとうございます!」

 

「アインズ様? 何を言ってるのかしら。その御方は――」

 

 ややこしくなりそうだったのでアルベドに仕草で後で説明すると伝え、ネムに向き直る。

 

「それとだネム。お前は魔法詠唱者(マジック・キャスター)を知っているか?」

 

 これは聞いておく必要がある。もしいなければ、対応を考えなければならない。下手をすればこの少女たちの口を封じる必要が出てくる――できるなら避けたい――しかしそうはならなかった。

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)? ンフィー君もそうです! アインズ様は違うんですか?」

 

 少し首を傾げながら返答される。何故だろう。小動物のようでかわいい。

 

(確かにあれだけ魔法を使えばそう思うか……いや大事なのは使用する人間が近くに存在する事だな。しかし幼いな。信じても良いのか?)

 

 もしかしたら手品を魔法と勘違いしている可能性も0ではない。

 

(しかし姉の方に聞くにしてもさっきまでの反応を見ると信用しかねるな……ここは信じよう)

 

 万が一の場合の口封じ方法を考える……そもそもこの少女の口を封じる必要はないのだ。村人たちは別に対応は考えなければならないかもしれないが、二人だけならナザリックに連れて帰って見てもいいのだ。

 

「あぁ私も魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。これから村の人達を助けに行ってくる。じっとしてるんだぞ?」

 

 その言葉を聞き現状を思い出したのか、ネムは少し泣き出しながらお願いをしてくる。何となくお願いの内容は想像がついた。

 

「お願いします、お父さんたちも助けてください! 私はどうなっても――」

 

「それ以上言う必要はない。生き延びているなら必ず助け出そう。アインズ・ウール・ゴウンの名に誓って」

 

 それを最後に立ち上がり村に向かい歩き出す。途中からアルベド達も追従する。その時、後ろからおそらく正気を取り戻したのだろう少女の声が聞こえる。

 

「助けて頂いてありがとうございます! 図々しいと思いますが家族を助けてください!」

 

 手をヒラヒラと振る事で返答として村の方向に向かう。

 

(正気に戻ったなら、戻って魔法詠唱者(マジック・キャスター)の存在を確かめるべきだったか? ……確実に正気かどうかも分からない以上、これ以上の時間の浪費は避けるべきだな――それとたっちさん……俺は恩を少しでも返せましたか? たっちさんに少しでも近づけましたか?)

 

 傍にいないはずの友に語りかける。想像の中の友はしっかりと首を縦に振ってくれていた。

 

(ふ……これはただの願望だな……だが悪くは無いな)

 

 その背中はとても喜びに満ちていた。

 

 

 

 

 少し歩いた後、機嫌が良さそうなアインズをアルベドが何かあったかと質問した。

 

「モモン……失礼いたしました。アインズ・ウール・ゴウン様」

 

「アインズで良いぞ、アルベド」

 

 アインズの答えを受けアルベドは混乱を表すかのように動く。

 

「しっ至高のお方の名前を略すなどは、ふ、不敬でしゅ!」

 

 構わないと思うのだが……それこそウルベルトさんがこの場にいて、毎回フルネームで呼ぼうとしたら、いつか舌を噛みそうだ。本人だってこそばゆいだろう。

 

「それだけ、この名を尊い物と思ってくれて嬉しいぞアルベド。私は仲間たちが戻る日までこの名を名乗る。お前や他の者に思うことは無いか? もし不快にさせるのであれば止めるぞ?」

 

 そしてアルベドは動きすぎだと思う。顔が見えないから奇妙だ。

 

「とんでもない! ただ、」

 

「ただ? 何だ?」

 

 アルベドが居住まいを正す。今までの動きがなくなり、しっかりと自分を見据えている。

 

「アインズ様を不快にさせれば自害を命じてください。他の至高の方々がモモンガ様を差し置いて名乗った場合思う所はあるかもしれません。しかしモモンガ様なら喜びだけです!」

 

「……そうか。そうだな。感謝するぞ、アルベド」

 

「あぁ♡ アインズ様に感謝するぞと言っていただけるなんて幸せでございます! っは! もしかして私だけ特別だから名前を略させて頂けるのでしょうか!!」

 

 アルベドがさらに喜びを表すように体をくねらせている。喜ばれるのは嬉しいが誤解は解く必要はある。

 

「長い名前で呼ばれるのがこそばゆいだけだ。全員私の呼び方は統一するぞ? というよりさっきの少女(ネム)にアインズと呼ばせていただろう?」

 

 アルベドの動きが一瞬にして止まる。

 

 何故アルベドが止まったのか分からずアインズも立ち止まる。

 

「どうした」

 

 返事がない。ただの石像のようだ。

 

(何か問題が起こったか? そんな気配はないが? いや前衛職のアルベドが返事を返せないくらい固まっている以上何かあったと考えるべきか?)

 

 考えに従い配下に命令を下す。

 

死の騎士(デス・ナイト)アルベドが何かを感じたらしい、警戒を密にせよ」

 

 無事に命令を受諾したようだ。一応、村の方の死の騎士(デス・ナイト)にも命令を下す。

 

(しかし、この返答の感覚は謎だな……救援に行かせた死の騎士(デス・ナイト)も無事なようだし、村の方にも強い敵はいなかったようだが)

 

 村に送った死の騎士(デス・ナイト)からも受諾の意思が返る。こちらに戻さないのはおとりにするためだ。死ねばすぐに帰還するしかないだろう。あの少女との約束を破る事になるのは残念だが……一応偵察にだした月光の狼(ムーン・ウルフ)にも強者を探せと命令する。

 

 少し語尾を強めながらアルベドに尋ねる。

 

「アルベドよ…どうしたのだ。強者が存在するのか? お前をして固まるような存在が!」

 

「違います! アインズ様!」

 

 アルベドの叫び声が返ってくる。その姿は悲しんでいるようにも怒り狂っているようにも見える。下手をすれば。自分に襲い掛かりそうだ……何か地雷を踏んだのだろうか? この距離は不味い。この距離でアルベドに襲い掛かられたらほぼ勝ち目がない。そのため死の騎士(デス・ナイト)に自分とアルベドの間に入れと命令しようとするが、どうやら間に合わなかったようだ。

 

「なぜあの小娘に優しくするのですか! まさかアインズ様はあのような小娘を妃にするつもりですか!!」

 

 アルベドの怒りに満ちた大声が村に向かう道に響き渡る。途中から怒りではなく悲しみが満ちた声で泣きそうになりながら。最初アインズはアルベドが何を言っているのか理解できなかった。意味を咀嚼すると感情が鎮静化される。つまりそれほど大きく感情が動いたのだ。

 

「アアアルベドよ一体何を言っているのだ!」

「だってアインズ様は膝まで突いてやさしいお言葉をかけておられたではありませんかっ!」

「誤解だ! アルベドよ私にはそんな気持ちはなかった! あのとき優しくしたのは昔を思い出していたからだ!」

 

 それにたいしてアルベドは訝しそうに発言する。どうやら信じていないようだ……アルベドには私がロリコンにでも見えているのだろうか? ロリコンはペロロンチーノだけ(もっとも、彼はロリコンだけではなかったが)で十分だと思う。

 

「私はな……昔、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』ができる前だ。その時PK()されかけたのだ、いや何もなければ確実にPK()んでいた」

 

 一瞬の空白の後、アルベドが憤怒の感情を表す。はっきり言って自分でも怖い。

 

「わ、わたしの大好きな――」

 

「続けるぞ。あのとき死んでいれば私は完全に死んで今この時お前たちと一緒にいる事もなかっただろう。しかしだ。私はたっちさんに救われたのだ……あれがあったからこそ今の私がある」

 

 アルベドが驚いた感情を露にする。フルプレートのせいで顔は見えないが間違いないだろう。

 

「私はな、あの姉妹を救った時にたっちさんに少しだが近づけた、恩を返せた、そんな気がしたのだよ。アルベドよ。だからあの少女に恋愛感情はない。あるのはたっちさんに近づく事ができた、恩を返す事ができたと思える事に対する感謝だよ」

 

 無言のまま時間が経過する。暫くすると意味を理解できたのだろう。

 

「失礼致しました。アインズ様」

 

「良い。ではアルベドよ何も問題がないのであれば村を助けに行くぞ……それとだ、恥ずかしいから他のNPC達には内緒だぞ? それに俺は必要があればどんなことでもするつもりだからな。純粋にたっちさんと同じ事をするつもりはないからな?」

 

(実際たっちさんみたいになりたいと考えているのをNPC(子どもたち)に知られるのは何かが辛い。それに下手をすると不和を撒き散らす事になりそうだからな。……ウルべルトさんは悪に括ってた訳だし)

 

 そしてアルベド達を伴いアインズ達は村に近づいていった。

 

★ ★ ★

 

 法国の偽装工作の兵士たちは絶望を感じていた。仲間が次々と死に、現在生きているのは四人だ。しかも実力で生き延びた訳ではない。我々に死を撒き散らした騎士が急に止まったのだ。まるで何かを警戒するかのように。この隙に逃げられるのであれば良いが足がすくんで動かない。だだ恐怖の混じった息遣いだけが聞こえる。仲間だけでなく村人も同じようだ。

 

 早く終わってくれと願っていると死の騎士より恐ろしい存在(超越者)が近づいてきた。よく見れば死の騎士が後一体いる。早く悪夢が終わる事を騎士たちは祈った。

 

 

「はじめまして、村に死を撒き散らした騎士たちよ。私はアインズ・ウール・ゴウンという。お前たちが降伏するなら命を助けよう。戦いたいのなら――」

 

 言葉は続かなかった。なぜなら全員がすぐに武器を捨てたからだ。

 

「……ずいぶんお疲れのご様子だな。しかしだ、そこにいる死の騎士(デス・ナイト)の主人に頭を下げないのはどうかな?」

 

 すぐさま騎士たちは頭をたれる。はたから彼らを見れば死刑を待つ死刑囚のようだ。

 

「騎士の諸君。この辺で二度と虐殺をせぬよう上に伝えよ。さて、それでは逃げてくれて構わないよ……死の騎士(デス・ナイト)途中までお見送りしてやれ」

 

 騎士たちは戸惑うが死の騎士(デス・ナイト)が走り出そうとするのを見て逃げ出す。後ろから死の騎士(デス・ナイト)が追いかける。

 

(多少離れたら、戻ってこい)

 

 それを見送り村人に近づく……しかし村人たちは近づくたびに怯えの色を大きくする。

 

(助けたはずなのになぜこいつらは怯えているんだ? まともな反応を返したのはネムだけだぞ?)

 

 疑問に思いながら近づく。彼らはより怯える。助けているのになぜ、こんな対応なのだろう?

 

「さて、君たちはもう安全だ。安心すると良い」

 

 そう言葉を発すると、村人たちは絶句したように眼を見開いた。

 

(なぜそれほど驚愕するんだ? 助けに来たと言っているのに……まともな対応をするのはネムだけか?)

 

 疑問はすぐに解決した。なぜなら村人の代表と思われる者が怯えながら口を開いたからだ。

 

「あ、あな、あなた様はせ、生命を憎み死をま、撒き散らす、アン、アンデッドではないのでしょうか?」

 

(…………はぁ!! 死を撒き散らすって…鎮静化した。この世界じゃアンデッドはそう思われてるのか。だったらさっきの姉の方の対応も当たり前か。死を撒き散らす物って考えられているなら……ネムの方はなぜ私に感謝したのだ? むしろネムの方が錯乱していたのか? しかしこれは失態だな。何とか誤魔化さないと……)

 

 アインズが考え込むと村人たちの不安は増す。さらにアルベドがアインズが黙り込んだことを怒りと感じて動き出したのだろう。村人達の恐怖はさらに上昇したようだ。

 

「助けて頂いておりながら、感謝の言葉すら表さないとは……その罪万死に値する!」

 

 アルベドが武器(バルディッシュ)を持ち上げた。村人を殺すため殺気を撒き散らしながら……ここで村人の何人かは倒れたようだ――モモンガは自分達の力が村人達から見れば完全に異質な物とようやく理解できた――

 

「止めよ! アルベド! 私は村人を助けると命令したぞ!!」

 

 アルベドが何かを言いかけるが、無視する。情報収集のためにもアルベドの身勝手を許す訳にはいかないのだから。

 

「部下がすまない。確かに私はアンデッドだが、死を撒き散らそうとは思わない。今回は君たちが殺されているのを見かけたから助けに来たのだ。見過ごせなくてね……しかしだ、アンデッドがこの辺りでは死を撒き散らすのが当たり前なら、こちらのルールに従った方が良いのかな?」

 

 少し冗談を交えて言葉(ボール)を投げる。後は相手の反応を待つだけだ……少し待つと理解ができたのかなぜかより大きい混乱が生じる。

 

「とんでもない! こちらこそ助けていただいた方に失礼を致しました! どうかお許しください! 殺さないでください!」

 

 土下座しながら話してきた。それに付随して他の村人たちも土下座を始め意識がある者たちは泣きながら命乞いをし始めている。

 

 アインズは思う。

 

(どうしてこうなった)

 




「小さな幼女に「何でもします!」と言わせた上に、嫌がる姉の口に無理やり突っ込んで液体を飲ませるように仕向けた、だと(ゴクリ)」

「弟、黙れ」



 何とか、15日までに投下できました。遅くなったのには理由があります。作者はギリギリまでタイトルを悩んでいました。

「家族ができるよ! やったね、モモンガ様!」

「家族が増えるよ! やったね、ネムちゃん!」

 この二つで最後まで悩んでいました。あらすじを考える事すら放棄して悩み続けました。決まったのが9日です。そしてタイトルが定まった後、タイトルによりふさわしくしようと修正作業をしていました。


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第2話

モモンガ様を主体にしたため、前作では泣く泣く諦めたエピソードを追加します。だって入れてしまうと暫くの間ネムちゃんが霞んじゃうからね!

なお、そのエピソードはweb版から元ネタ設定を輸入して、多少改変しております。ご了承ください。


 アインズの混乱した思考は、鎮静化により強制的に冷静な思考状態に戻された……もっとも、普段の自分に戻ったところで、こんな状況経験した事が無いため、誤差の範囲かもしれないが。

 

(さて、この状況をどうするか)

 

 村人たちは何かを叫びながら土下座を続ける。これからどうすれば良いかを考えながら、アインズは声をかける。最低でも、村人たちから情報を収集できる程度には、自分を受け入れてもらう必要がある。

 

「立ち上がってください皆さん」

 アインズの言葉に全員が即座に立ち上がるのは、アインズを恐れているからだろう……それは諦めた。情報を収集するためにも誤解を解く必要はあるが。

 

「私は本当に貴方達を、殺そうとは思ってはいません。確かに一般のアンデッドは死を撒き散らす者かもしれませんが私は別です。もし本当に殺すつもりなら貴方達は既に死んでいるはずです。部下が貴方達を殺そうとするのも止めません」

 

 これでも、自分が普通のアンデッドではないと納得しないか? ……少し観察してみたところ、どうやら村人たちは混乱しながらも少しずつ信じはじめたように見える。

 

 不安の色はまだ消えていないが。そんな中一人の村人が意を決したように一歩前に進み出る。村人の中心的人物にみえるのだから、おそらく村長だろう。彼が代表して質問をしてくる。

 

「では、なぜ助けて頂けたのでしょうか?」

 

 村人が自分に対して疑問をぶつけた事に、アルベドは怒りを表すが手で止める。疑問を投げかける事すら、怒りを表すのは問題じゃないかと考えて……改善の必要があると心のメモ帳に記入しながら。

 

「先程も述べましたが、見過ごせなかったのと……そうですね理由を挙げるなら二つです」

 

「何で……しょうか?」

 

 村長の不安が透けて見える。やはり自分が彼らを殺すつもりだと考えているのだろうか? いい加減、自分が彼らを殺そうとしていないことぐらいは納得してもらいたいが。

 

「私はこの辺りのアンデッドではないので、この辺の常識を知らないのです。長い間ナザリックという場所に引きこもっていたので……そのため情報が欲しいのです。私にとっての常識が貴方達にとって非常識な場合もある。丁度、今のようにね。なので貴方達の常識を助けた報酬として教えて頂きたい」

 

 村人たちの顔色から少し緊張が薄れ、理解の色が浮かぶ。人間は無報酬で助けられるのを恐れる。無料よりも怖いと言う物はないからだ。例えば、ユグドラシル。基本料無料と謳われているゲームに一体どれ程の金額をつぎ込んだだろう? 後悔は一つもないが。

 

「それと……これは個人的な事ですが、純粋に人助けをしたいと思ったからです」

 

 村人が驚愕の色を浮かべる。アンデッドが生命を憎むと言うのが常識なのだから……その存在が純粋に人を助けたいと言った事は驚愕を浮かべるしかないだろう。少し自分の常識に当てはめて考える。たっち・みーが『悪』に括り、ウルべルトが『正義』に括っている状況を想定するのが妥当だろうか? ありえない光景に一瞬沈静化が発動する。

 

(……うん。何か、納得できた。自分にとっての常識外の行動を取られたら怖い)

 

 アンデッドは人の命を奪う存在。確実に裏があると疑われて当然なのだ。

 

 自分だって先程の、たっち・みーとウルベルトの主義主張の入れ替わりが現実になったら、間違いなく気絶したはずだ。だってありえない光景だから。もっともアンデッドになった今では気絶もできないだろうが。

 

 だからこそ打算を述べて安心させて、正直な気持ちを述べる事で信頼を勝ち取るべきだ。顔が割れていなければ、別の方法もあったが、もう遅い。さすがに全員の記憶を魔法で書き換えるのは無理だろうし。何れ、実験を行うべきかもしれないが、今じゃない。

 

「……昔。本当に昔、私もある人に助けられた事があるんです。その人の事が頭に浮かんでしまってね……いてもたってもいられなかったんです。私は彼に憧れているのです」

 

 感情を抑えきれずに笑ってしまう。そうだ。あれが、あったからこそ自分は救われたのだ。

 

 村人たちからすると骸骨が笑うのは少し怖いのだろうが、機嫌が良くなったのは分かるのだろう。安堵の表情が浮かぶ。

 

 これはアインズが気付かなかったことであるが、アインズの顔は何かを成し遂げる事が、願いをかなえる事ができたようなニンゲンのものに村人達は見えた。一瞬の事だったので村人達も錯覚かと感じたが、なぜか一瞬の出来事を忘れる事ができなかった。

 

「それでは、常識の話をする前に、向こうで助けた少女二人を連れてくるので少し待っていてください」

 

 そこまで話をして歩き出す。何も命令はしていないが、アルベド達も追従する。はっきり言ってナザリックの主として失格と思われている可能性もある。成果を上げるしかない。

 

(……しかし、先程逃がした騎士たちはどうするか? それとネムにも少し話を聞かないとな……なぜ常識外の判断をしたのか…魔法を使って記憶を覗いてみるか? いや、折角気分が良いんだ。止めておこう。それに、「困っている人がいたら助けるのが当然」か、たっちさん。私はあなたに近づけたでしょうか?)

 

 考えながら最初に救った少女たちへ歩いていく。――アインズの背中は……輝いていた……アインズの一瞬の笑顔をみたアルベドは黙って付いていく。彼女の頭の中ではアインズの一瞬の笑顔が繰り返し再生されていた。それほどまでに魅了されていたのだ。それ程美しい物だったのだ――

 

★ ★ ★

 

 エンリは一体何が起きているのか理解できなかった。

 

 先程の方は生命を憎むアンデッドなのになぜ私達を助けてくれたのか。

 

 なぜネムは、助けてくれたと信じられたのか。自らの疑問に従いエンリは妹に問いたいが、近くにアインズが召喚した狼が存在する。疑うようなことを聞いても大丈夫か少し不安になる。もしかしたら、アインズに知られるかもしれないのだから。とはいえ、聞かない訳にもいかないので意を決して質問する。

 

「ネム、なんでアインズ様が私たちを助けに来てくれたと分かったの?」

 

 ネムは少し首を傾げながら答えようとする……そんなに疑問なのだろうか? 一応、アンデッドが生命を憎む存在と言うのは常識なはずだ。知らなかったとしても恐れると思うのだが?

 

「……私も聞きたいな。ネム」

 

 どきりとしてしまう……恐る恐る振り返るとそこには、助けてくれた方がいた。タイミングがいいのは気のせいだろうか? やはり何かの魔法で聞いてから移動したのだろうか? 疑問が募る。いや疑っている訳ではないのだが……単純に間が悪いのだろう。

 

「アインズ様!」

 

 ネムが元気よく立ち上がりお礼を言っている。アインズがネムを止めている。先程の質問振りでは、自分が感じていた物とほぼ同じ疑問を感じていたようだが……言い方は悪いが、アンデッドと同じ思考なのは何か変じゃないだろうか?

 

 やはり、自分が可笑しいのだろうか?

 

「あぁ、君が私に感謝してくれているのはよく理解できる。だからこそ聞きたいのだ……先程村人達から聞いたがこの辺の常識ではアンデッドは死を撒き散らす存在らしいな? なのになぜネムは私が助けに来たと理解できたのだ? はっきり言ってこの見た目だ。今更だが、怖がられるのが当然だと私も思うが?」

 

 ネムが首を傾げる……ネムは怖いもの知らずなのかもしれない。こんな場面でなければ素直に感心できたかもしれないが、ふとした拍子にアインズ達を怒らせそうで不安だ。

 

 特に、素顔が見えない鎧の人を。というより、先程武器を振りかざした時、アインズが止めていなければきっと自分達は死んでいた。そこまで思ってはたと気づく。

 

(……あれ、もしかしてネムの行動って正しいの?)

 

 鎧の人――胸に膨らみがあるから女性だろう――はアインズに従っている。でも、彼女は私たちが嫌いに見えた。だったら、アインズと仲良くしていれば、彼女に殺される事はないんじゃないだろうか? ……そうこう考えていると、最善の手段を取っていると思われるネムが理由を話していた。

 

「? だってアインズ様私たちを殺そうとした騎士(悪魔)を殺す時に「……女子供は追い回せるのに毛色が違う相手は無理か?」って言いながら私たちを庇ってくれたもん!」

 

 ……確かによく思い出すとそうだ。そう言っていた。ネムがお礼を言った時には助けに来たと明言していた。気づけなかった自分が恥ずかしい。

 

(……私の方が年上なのに)

 

 妹の方が冷静だった。姉として助けると誓ったのに状況の判断も出来ていない。自分は何をしているんだろう。少し自虐してしまう。

 

「確かにそのとおりだ。しかし、だからこそ気になる。先ほども言ったがアンデッドは死を撒き散らすのが常識なのだろう? 怖くなかったのか?」

「えっと……最初門から出てきた時と、そこの騎士さんが、出てきた時は怖かったです」

 

「なるほど」

 

 助けてくれた骸骨が相槌を打ちながら続きを待つ。まるで人間のように。もし最初から体や顔を隠されていたら、人間と勘違いしていただろう。

 

 それとも、生前は人間だったのだろうか? それにしては、アンデッドが人間に恐れられているのを知らない様子が不思議だが。

 

「その……助けに来てくれたって思うと何も怖くなかったんです。アインズ様は優しい方と理解できたんです……騎士(悪魔)の方が怖かったんです。私から大事な物を奪っていく騎士(悪魔)が……」

 

 ネムが泣き出す。その時の恐怖を思い出したのだろう。アインズが召喚した狼? がネムを心配そうに見上げているようにも見えた。

 

 ……ネムの言うとおりだ。悪魔はあいつらだ。私達から、平穏を奪っていった。気づけば私の目からも、涙が溢れていた。理不尽を強いた世界に対して。

 

「……すまない、つらい事を聞いたな」

 

 アインズがネムの頭を撫でる。そしてネムが少し泣きやむと……泣いた跡を拭いてネムを優しく立たせている。何故だろう、鎧の人の視線が強くなった気がした。怖い。

 

「さて、そろそろ村人たちの方向に向かうか。君たちの両親が生き延びているかの確認もしなくてはな」

 

 それに現状を思い出す。自分達は人間に襲われたのだ。今目の前にいる人たちは、助けてくれた人たちなのだ。必死に繰り返して恐怖を振り払う。

 

「では、行こうか」

 全員が歩き出して村に向かう。エンリはアインズに謝罪する。今までの失礼な態度を。これ以上失礼な態度を取らないために。

 

「助けて頂いたのに、失礼ばかりして申し訳ありません!」

 

「気にするな、君は常識に従っただけだ」

 

 確かに常識に従った結果だ……しかし常識とは良い事なのだろうか? 騎士に襲われる結果になったのは、常識に従っていたからではないだろうか? 草原には今のエンリの心を表すかのようにヒュウヒュウと風が吹いていた。

 

(両親が生き延びていますように)

 

 アインズが来るまで生きていれば、助かっている可能性はある。もっとも自分でもありえないと考えてしまったが……

 

★ ★ ★

 

(それにしても、子どもとは偉大だな……常識に囚われず、私が助けに来たのを理解するのだから。もしかして、やまいこさんが学校の先生をしていたのも、子どもの純粋さが好きだったからかもしれないな)

 

 アインズはリアルで学校の教師をしていた仲間の事を思い出す。何故か分からないがこの村を訪れてから、仲間を思い出すことが多くなった。ついで、仲間の軍師の行動を思い出しながら、今後どうするべきかを考える。

 

(さっきの騎士は見逃していいだろう。常識から考えればアンデッドが人を助けたとは思えないだろう。彼らが「アンデッドが人を助けたんだ!」と言ってもバカにされるだけだろう。その分村の人達とも話を合わせないとな……)

 

 打ち合せを考えながら村人達と合流する。死の騎士(デス・ナイト)も戻っている。二人の少女も村人たちの方に行き、村人達と生き延びた事を喜びながら両親を探している。月光の狼(ムーン・ウルフ)も付いて行くが特に問題ないだろう。

 

「では村長、話を伺っていいだろうか? 他の村人たちは、他にする事があるだろう?」

 

「おお、ありがとうございます!」

 

「一つだけ皆さんに頼みがあります。この村を助けたのはアンデッドではなく――」

 

 片手を上げて構わないと返事をしながら、嫉妬する者たちのマスクを取出して顔に付ける。なぜ自分はこれを装備してしまったのか迷いながら。まぁたくさんあるんだ、これを選んでも仕方がない。

 

「仮面を付けた魔法詠唱者(マジック・キャスター)という事にしておいてください。知られるとお互い大変でしょうし……」

 

 村長たちはその言葉にアンデッドに助けられたと言えば、他の人達から差別される可能性を理解したのだろう。彼らは自らの意志ではないが、世の中の常識から外れたのだから。

 

「……分かりました。決して誰にも言いません。しかし騎士達は」

 

「あなたたちの言葉通りなら、アンデッドは死を撒き散らす者なのでしょう? あなた達が助けた人は仮面をしていたと言えば、恐怖で錯乱したんだろうと、バカにされますよ。丁度恐怖の対象(死の騎士)も存在しますしね」

 

「……分かりました。ただこれだけは言わせてください。我々を助けてくれた方に数々のご無礼をして申し訳ありませんでした。村を助けて頂き感謝いたします!」「「本当にありがとうございます!」」

 

 村長が頭を下げる。それに続くように遅れて村人全員が頭を下げながら感謝を言ってくる。

 

 アインズは少し瞠目した。この世界に来る前にこれほど純粋な感謝をされた事はない。それもこの人数にだ。少し気恥ずかしいが、それ以上に胸が熱くなり嬉しい思いが駆けあがる。

 

 そしてその余韻を楽しむように、先程まではしていないことを実行する。自分が助けた人がどんな人達か知りたいのだ。村人たち全員を眺める。最初に目についたのはやはりネムだった。何となく自分でもそうなるのではないかと予想はついていた。続いてエンリ。先程とは打って変わり、彼女も心底自分に感謝してくれている。

 

 それだけではない。ほかの村人たちも同じだ。この場にいる村人全員が同じようだ。自分に感謝をしてくれている彼らの顔を記憶に残そうとしている時に……村長に隠れてよく見えなかった人物を見つける。その瞬間アンデッドの体に電流が走り、瞬時に沈静化が起こり続ける。

 

 沈静化が何度も起こり、起きなくなってからは思考が停止して、ただただ、呆然と立ち尽くす。一点を眺め続けながら。

 

 アインズは可笑しな状況に巻き込まれて、未知の世界にいるのは自分だけではない可能性を信じていた。そう、自分以外にもアインズ・ウール・ゴウンのメンバーもいるのではないかと、予測はしていた。仲間たちが同じように巻き込まれていて、もう二度と会えないはずの仲間たちに会える可能性に希望すら抱いていた。

 

 だからこそ、『アインズ・ウール・ゴウン』の名を自分が背負い、世界中に自分の名前が轟けば再会の可能性も高まると思い改名を実行したのだ。 

 

 何度も言うが、仮想世界が現実になった以上、どんな不思議なことだって起きてもおかしくない。アインズだって、そう考えてできる限り慎重に行動したつもりだ――すぐに失敗したが――

 

 だが、この出来事は予測すらしていなかった。

 

 自分の視界の前には、少し暗そうで静かな雰囲気を漂わせている女性がいる。アインズ(鈴木悟)には朧気だが見覚えがあった。

 

 リアルでは生き抜くのに必死で、少しずつ記憶に浮かぶ顔は摩耗した。だとしても絶対に彼女の存在は忘れない。

 

 

(…………かあ、さん?)

 

 そう、自分を生んで、育ててくれた母だ。アインズ……いや、鈴木悟の前には、亡くなったはずの母がいた。仲間と再会するため、ナザリックのために『アインズ・ウール・ゴウン』の名を背負うと誓ったはずだ。なのに強制的に鈴木悟に戻されていた。母を見たせいで。

 

 

(…………いや、違う。似ているだけの、別人だ)

 

 

 そうだ。母がいる訳がない。母は自分が子供の頃に亡くなっているのだ。いるはずがない。そもそも、自分は別世界に来ているのだ。いていいはずがない。

 

 それによく見れば、母と顔立ちが異なる事も理解できる。それでも間違えてしまう程度には面影がある。二度と見ることが叶わないはずの母が目の前にいるのだ。

 

 別人だと分かっていても、仮面越しで彼女の姿をずっと眺めてしまう。目を離せない。離したくない。

 

 そしていつの間にか、周りが不審に思い出す程度には眺め続けたのだろう。

 

「如何なされましたか、アインズ様?」

 

 アルベドが兜越しに自分を眺めていた。正気に戻される。自分はここに情報を収集するためにいるのだ。思考を停止して固まっている訳には行かないのだ。

 

 村人たちも少し困惑しているようにも見える。これ以上、黙っているのは不味いだろう。

 

(……冷静になれ、アインズ。ぷにっと萌えさんの言葉を思い出せ)

 

 冷静な論理思考こそ必要。視野を広く考えに囚われず、回転させるべき。要約すればこうだったはずだ。後はもう一度実践するだけだ。それにアルベドが完全に味方かも確定していない現状で、これ以上弱みを見せるべきではないのだ。

 

「いや、何でもない」

 

 できる限り威厳を出したつもりで、会話を続けさせないようにする。アルベドとこれ以上話すのは危険だ。自分が襤褸を出す可能性が非常に高い。時間を置くべきだ。

 

 それに、村人たちとの話を進めるべきだ。いつまでも彼女達に頭を下げさせているわけにはいかないだから。

 

「頭を上げてください。私は自分のためにあなた方を助けただけです……感謝されるようなことじゃない」

 

「……それは承知しています。ですが我々は死しかない未来をあなた様に覆していただいたのです。ありがとうございます。アインズ・ウール・ゴウン様のおかげで多くの村人が生き延びる事ができました!」

「「アインズ・ウール・ゴウン様、ありがとうございます!」」「アインズ様、ありがとうございます!」

 

 先程の少女達も一緒に唱和している。仲間達に置いて行かれて生まれていた心の澱みに、光が差し込んだように。ようやく気付いた……村人達を助ける事で、自分は救われていたのだ。

 

 何よりも、母に似た人を救えた。それで十分であるし……一番嬉しいかもしれない。やはりあの時行動したのは正しかった。そして、仲間への感謝を。

 

(たっちさん……また、あなたに助けられました) 

 

 あの時、あの場所にいたのがセバスで無ければ、きっとこの村を見捨てていた。今のように幸せな気持ちに包まれることもなかっただろう。

 

「……受け取りましょう。あなた達の感謝を……頭を上げてください。……そうですね村長。常識の話をする前にまずは村人の生き残りを探しましょう。アルベド、我々も手伝うぞ」

 

「アインズ様!?」

 

 少し驚愕したようにアルベドが叫ぶ。止めようとしたのかもしれないが、その言葉は出来る事はなかった。なぜなら、アルベドには涙を流せないアインズが泣いているように見えたからだ。

 

「みなさん急ぎましょう。今なら救える人がいるかもしれない」

 

「「「ありがとうございます」」」

 

「では、生きている人を助けに行くぞアルベド……」

 

 全員が行動を開始した……ある者は友人を救うために。ある者はだれかを救い、自分がより救われるために。ある者は疑問を頭に過ぎらせながら、命令に従うために。

 

 

★ ★ ★ 本日の守護者統括

 

 アルベドはアインズに従い続けていた。そんな中、アルベドでさえ。いや、NPCの誰もが見たことない笑顔をアインズは見せた……アルベドはその笑顔にただただ見惚れた。

 

(美しかったわ……ただ、私に対して見せて頂けた訳ではない事だけが口惜しいわ)

 

 それを思うと、アインズの美しすぎる笑顔を向けられた人間達に嫉妬する。しかし、それだけでもない。

 

(アインズ様があんな笑顔もなされる事を教えてくれた事だけは、感謝してあげるわ……せいぜい、アインズ様のお役にたちなさい……それがあなた達のできる事なのですから)

 

 だからこそ、苛立たしくなる気持ちを抑えて、人間を助けているのだから……それにおそらくだが、モモンガは人間が嫌いじゃない。むしろ、好きなのかもしれない。この村でアインズが人間に見せた優しさを見れば理解できる。

 

 だが、確証がない。アインズは我々より頭が良いのだ。本当に情報を得るために演技をしているだけなのかもしれないのだ。

 

 仮に、アインズが人間を好きというのであれば……私も愛そう。愛する人が愛するなら。むろん例外はあるが。筆頭はモモンガを除いた至高の40人だ。どのような理由であれ、あいつらはモモンガや自分たちを捨てたのだから。

 

 とはいえ、たっち・みーがモモンガを救ったのであれば、多少標的を選ぶ必要もあるかもしれないが……モモンガとあいつらの詳しい関係を探ってみるべきかもしれない。

 

 そして、もう一つの例外がアインズに擦り寄る泥棒猫だ。筆頭はシャルティアだ。そして、アインズに救われたあの小娘だ。

 

(あの小娘、アインズ様がいくらお優しいからって、ベタベタベタベタ)

 

 アインズに抱き着いて、涙を拭いてもらう。自分だってしてもらったことなんてない。はっきり言えば羨ましすぎる。だが、自分の勝ちだ。アルベドは胸をおさわりされているのだ。それもモモンガが望んで、だ。緊急事態でなければ、玉座の間で破瓜していたのだ。

 

 その事を思い出すと下着が濡れてくる。鎧から漏れ出さないか心配でもあるし、今すぐにでも慰めてほしい。それが駄目なら、あの笑顔で愛していると耳元で囁いてほしい。このまま、想像だけで逝けそうだ。

 

 …………大きく深呼吸して発情した思考を頭の隅に追いやる。

 

 今のモモンガは少し浮かれているようにも見える。それ自体は嬉しい。だから、自分が冷静でいて情報を多く得る。危険を見逃さないようにすべきだ。

 

 仮面をしてからのモモンガは何かが可笑しい。

 

 村人を眺めている時、アインズは驚愕したかのように止まっていた。さらに、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが手から滑り落ちて、手で何かを捕まえるように伸びようとしていた。ただ事ではない。

 

 何よりアインズに声をかけたが、最初の2回は声が届いていないようだった。顔を覗き込んで話しかけた3度目にして、ようやく反応が返ってきたのだ。

 

 そして、今は人間を助けている。おそらく、アインズだけが感じた何かがあったのだろう。

 

 アルベドはそれが何かを考えながら、アインズの手伝いに従事し続けた。

 

 なお。アルベドは気づいていないが、多くの村人はアルベドを恐れていた。あれだけの殺気をまき散らしたのだから当然である。――この事が、アインズの妻の座を競う上でアルベドの足を引っ張ることになる事を、アルベドはまだ知らなかった――




読んで頂き、ありがとうございます!

まず、今作品はwebの設定から村長夫人が悟様のお母様に似ている点を拝借しました。そして、webよりも似ている点を改変させていただきました。

少しでもクオリティーを上げるため頑張りますので、お待ちください!

感想お待ちしております。


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第3話

 皆さんは総集編見に行かれましたか? 私は見に行きました。そして、ぷれぷれを見てパンドラズ・アクターが一層好きになりました|∵|


 暫くの時間が過ぎさり、アインズは村長の家の椅子に座っていた。救助作業があらかた終了したので、報酬の話をするために場所を変えたのだ。今は、死体の後片付けの時間だろう。これは家族や友人を亡くした者たちが、行うべき作業。自分たちができるのは死体を一か所に集めたりする手伝い程度である。だったら、自分は不要だ。

 

(そういえば、ネムの両親はどうなったか……それにしても母によく似ている)

 

 アインズは少女の事を思い出してしまうが、今考えるべきことは別だと思い目の前の人物について観察する。

 

 母と彼女は違う。違うが、もし最初に遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で見つけたのがネムではなく今にも殺される寸前の彼女だったら、セバスの存在など忘れて「母さん!」と叫び後先何も考えずに助けに行ってたかもしれない。先程は間近にいながら間違えかけて……一瞬とはいえ間違えたのだから。……これも今考えるべきことではない。

 

 村長の家の中は、可笑しいほど洗練されていない。一つも機械製品はないのだ。見た限り、大した技術もないのだろう。この村限定で今見た限り、と前置きがつくが。

 

 今自分が座っている椅子はアインズの動きに比例して悲鳴を上げている。これも時代を表していると言えるが、下手な体重移動を行えば壊れるだろう。修理の手間をかけさせるわけには行かない。慎重に行動しなければならない。

 

「何か、お飲み物を用意しましょうか……いえ、用意してよろしいでしょうか? その……」 

 

 向かいに座った村長夫人が言い淀みながら話しかけてくる。隣には村長もいる。むしろ村長が主で夫人が副だろう。

 

(仮面があってよかった)

 

 恐らく、自分は村長が目に入っていない。彼女に気づいてからほとんど、彼女の行動を追いかけてしまっている。仮面がなければ、間違いなくストーカーと疑われるほどに。

 

 ……軽く頭を振って、馬鹿な考えを振り払う。今から行われるのは交渉だ。浮かれた頭では失敗する。まずは夫人の質問に答えるべきだ。言葉に詰まったのは、アンデッドである自分に飲み物は失礼にあたるかもしれないと考えたからだろうか?

 

「いえ、見ての通り私はアンデッドです。なので、飲食は不要です。ご厚意ありがとうございます……後で時間が取れた時に、私の部下……アルベドに飲ませて頂ければ幸いです」

 

「……分かりました」 

 

 今は情報を集めるべきなのだから。まずはフレンドリーに呼んで貰うところから始めて距離を縮めてみよう。彼らも毎回フルネームで呼ぶのは疲れるだろう。

 

「それと毎回フルネームで呼ぶのは長いですし、アインズで結構ですよ。村長……それに奥様」

 

 村長や夫人が少し戸惑いや困惑、そして不思議そうな顔をする。……また常識はずれな行動をしているのだろうか?

 

「……ゴウン様。誠に失礼なのですが、この周辺では目上の人等と話す時などは名字から呼ぶのです」

 

 なるほど。西洋式の呼び方が一般的なのか。確かに村人全員は外人の様に見える。なら、基本的な食生活等の常識は西洋に準じていると考えていいのだろうか? 魔法がある異世界である以上、固定観念を持つのも危険か。 

 

「構いませんよ。ある程度親しくなれたと私は考えているので、よろしければアインズと呼んでください。他の村人達にも伝えてください……奥様もそれでお願いします」

 

 それに村長達が朗らかに笑う……何となくだが、自分との繋がりがあるように感じた。夫人ともだ。

 

「よろしいのですか、アインズ様?」

 

「構いません、それで……」

 

 アインズは話を進めようとする。しかし話が進むことはなかった。村長たちが途中で口をはさんだからだ。

 

「アインズ様。帝国の騎士達の殺戮から助けて頂いただけでなく、救助作業までして頂きありがとうございます!」

 

「アインズ様。村の者達を助けて頂き、ありがとうございます」

 

 村長達は先程の件を述べているのだろう。壊れた家等に押しつぶされた人たち。ただの村人では生きていても救助はできなかっただろう。その時役立ったのが死の騎士(デスナイト)だ。

 

 軽々と重い物を持ち上げ、生きている人を救い出した。また月光の狼(ムーン・ウルフ)も狼らしく鼻が利き埋もれた人たちの発見に役立った。

 

 自分は助けた人たちの治療に従事した。そこに夫人もいたのと、助け出された人たちの何人かは致命傷だったためポーションを使い治療するためだ。こんな事なら、プレアデスからルプスレギナも連れてくるべきだっただろうか? いや、人間にここまで、親しくしている姿を多くの者に見せるのはリスクがある。やはり来させたのはアルベドだけで正解だろう。

 

 

「貴重な薬まで使って頂き申し訳ありません……」

 

 そしてこの場にいないアルベドにはポーションを幾つか預け治療を任せている。召喚した者達は現在もアルベドの指示の下、村人たちの手伝いをしているはずだ。それにしても、ここまで人間に肩入れしたことをどうごまかすのが正解だろう?

 

(ここで、多くの情報を得るしかないな。そうすれば、自分の行動が正しかったと証明できるし)

 

 人間に肩入れしたのが正解だったとアルベドに思わせるしかない。それでも、疑問を持つなら、先程アルベドに語った、たっち・みーの件で押し切ろう。これも本心なのだから。

 

 それにしても、助けた人たちが感謝してくれるのは素直に嬉しい。しかし一方で、母に似た人に感謝されるのはくすぐったい。別人と分かっていてもやはり重ねているのだろう。

 

「構いませんよ。村長……それに奥様。私も無償で助けた訳ではないので。……報酬を期待してますよ?」

 

「責任重大ですが、しっかりお支払(伝え)させて頂きます」

 

(まぁ個人的には十分頂いたと思うがな……それに、あの薬は下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)だからそこまで貴重じゃないんだが……これも俺がずれてるのか? その当たりも聞かないとな)

 

 様々な事をアインズは質問していく。通貨の事や物価等、村人から当たり前と思われることにも村長は分かる範囲で説明した。ただただ時は過ぎていき、夫人は村人達を手伝うために途中で離席した――残念とは一つも思っていない――……そのため夫人がいては聞きにくい国の話に踏み込んだ。下手をしたら彼女を怒らせたり、悲しませたりしてまうかもしれないからだ。それは嫌だ。

 

「なぜ王国は村に兵士を派遣しなかったのですか? 民が襲われたら助けを出すのは当然だとおもいますが?」

 

 アインズとて本気でそんな事を思ってるわけではない。リアルの世界でも、政府は弱者を助けてくれない。共通点であり、あまり口にしたくないことだ。が、次の話に繋げるために必要だから質問した。

 

「……王様が我々民を助けてくれることはありません。税は六割以上持っていかれ、毎年行われる帝国との戦争に若い男達は連れていかれます」

 

 思った通り、気分を害してしまったようだ。やはり、夫人が居ないときに聞いてよかったと思いながら、次の疑問を口に出す。

 

「……これは失礼しました。しかし徴兵されるのであれば、多少武芸の心得がある者もいたのでは? それにこれだけの辺境の地なら、モンスター等から身を守る手段はあると思うのですが……私の思い違いでしょうか?」

 

 それに村長が毎年のように戦争が起き始めたのはここ数年であり、自分は立場と年齢で徴兵されていないから、聞いた話になると前置きをしてから話し始める。徴兵された本人がいるなら、直接話を聞くべきなのだろうか? 後でアルベドに相談してみよう。

 

「……帝国の騎士達は戦いを専業にした兵士らしく、徴兵で訓練を受けた程度ではまともに戦えないらしいのです。モンスターに関しては……お恥ずかしい話ですが、我々は森の賢王様と言われる強い存在の縄張りの近くに村を作っております。そのため森の賢王様が防波堤の様になっておりまして、今までまともに魔物に襲われた経験もないのです。人間が襲ってくる事もなかったので、まったく警戒もしていなかったのです」

 

「……なるほど。確かにそれなら、油断をしていても仕方ないかもしれませんね」

 

 彼らにとって、何も防衛手段を整えなくとも、安全と言うのが常識だったのだろう。しかし、人の悪意は容易く常識を壊す。たとえ、悪意がなかろうとも常識は崩れ去る。アインズとて何度も経験している。

 

 彼らは運が良く、今まで常識が崩れなかっただけだ。そして、最悪の出来事で常識が崩れたのだ。人間に襲撃を受けて死人が出るという悲劇で。

 

「ですが、今回の事で自分達はただ言い訳をしていただけと思い知りました……我々も覚悟を決めて村を守るために努力したいと思います」

 

 村長の目にはとても強い意志が存在した。たとえ命を賭してでも必ず子どもたちの未来を切り開くと。愛するものを守ると。

 

(ああ……死を覚悟の上で進むか……強い目だな。先程私に、ただ救われただけの村人とは思えない……憧れるよ)

 

 もし仮に、自分が彼らの立場だったら、何もできなかっただろうと思いながら……

 

 ――余談だが…村長がここまで覚悟をしたのはアンデッド(アインズ)の人を救いたいという意思を見たからである。死者になったとしても自分を失わない存在がいる事を知ったからだ。つまり、自身のお陰で強い意志を持ったことをアインズは知る由もなかった――

 

★ ★ ★

 

 村長との話が終わり、村の広場に向かう。周囲を見渡すと夫人が、火を作り始めていた。近くに水があるのを見る以上、アルベドの飲み物を作ってくれているのだろう。

 

 近くを見れば、多くの死体が存在した。アインズたちは尽力したが、やはり救えない人物は存在したのだ。特にアンデッドである自分を真っ先に受け入れてくれたネムの両親が亡くなっていたのは辛い。広場ではネムたちが両親の亡骸に縋りつき泣きついていた。アルベドが自分に付いて来るのを横目にアインズは少女たちに近づく。

 

「すまない。私がもう少し早く、行動していれば……」

 

 思わず、謝罪の言葉を述べていた。そして、これは事実だ。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)の操作に戸惑っていなければ、襲撃前に訪れていたかもしれない。——最もその場合、友好関係を構築する難易度が上昇していただろう。アンデッドであるアインズにここまで心を開いてくれたのは、人間に襲撃されたことが大きな要因なのだから――

 

自分たちに気づいた二人は縋りついていた両親から手を放して立ち上がる。そして口々にお礼を言う涙を堪えるような仕草で。

 

「……アインズ様がいらっしゃなければ、二人とも、生きていませんでした」

 

「お姉ちゃんを助けてくれて、ありがとうございます」

 

(……強い、な。俺とは大違いだ)

 

 何となく、慰めるつもりで二人の頭を撫でる。何故だろう? エンリは最初戸惑ってはいたようだが、拒絶はしていなかったと思う。しかし何故か顔を引きつかせ始めている。そんなに嫌だったのだろうか?

 

 ネムはいつの間にか自分に抱き着きながら、涙を流しているのに。年齢のせいだろうか? それにしては、必死に何かを伝えようとしているように見えるが。

 

(うん? どうも必死に後ろを指さしているのか…………あ)

 

 まずい。何がまずいって、アルベドだ。恐る恐る後ろを窺うと瘴気を纏っているように感じるアルベドがいる。と言うより、危機感が強い人たちは逃げ出しそうだ。

 

 どうしよう。どうも、エンリと気持ちが通じ合ったようだ。やはり、自分が何とかしなければならないのだろう。正直逃げたい、逃げたいが逃げちゃ駄目だ。自分の不注意が招いたことだから。何かきっかけさえあれば、上手く話しかけられるのだが……どうやら、自分は運があるようだ。丁度、村長夫人がおどおどしながら大変そうに作ってくれていた飲み物を持って来てくれている。

 

「その、お飲み物をお持ちしました……アルベド様」

 

「アルベド。先程私に出そうとしてくれていたのだが、私は飲めないから断った。お前が私の代わりに好意を受けてくれ」

 

「…………畏まりました」

 

 ネムに抱き着かれたまま、振り返り頼む。これがアルベドの不機嫌を治す、好機に代わってくれると信じて。

 

「ただの白湯じゃない……こんな物をアインズ様にお出ししようとしてたの? 失礼にも程があります」

 

「も、申し訳ありません。村ではこれが精一杯なんです」

 

「アルベド、失礼なことを言うな! 私もすべては見ていないが、火を起こすところから始めていた。大変な重労働に見えたぞ。部下が失礼な態度をとって申し訳ない」

 

「い、いえ、こちらこそ、申し訳ありません」

 

「いや、こちらこそ。アルベド、私にこれ以上恥をかかせるな」

 

「……申し訳ありません」

 

 未だに、納得しきれてはいないようだが、不承不承と頷いて兜を外す。そして、今まで隠れていたアルベドの素顔が明らかになる。傾国の美女と言われても可笑しくはないほどの美貌を。どうやらこちらを注視していた全員がアルベドの素顔を凝視しているようだ。あるいは兜の中から出てきた、異様な角に驚いたのだろうか。泣いて自分に抱き着いていたネムも目をぱちくりさせながら、アルベドを見ている。

 

「きれい……もしかして、アインズ様のお嫁さんですか?」

「ええ、そうよ」「いや、違うぞ」

 

「「え」」

 

「?」

 

 ……アルベドの不機嫌が一応収まりを見せ、ネムが抱き着いていても文句を言わなくなったから良しとしよう。それにしても、自分はなぜこの少女にここまで優しくしているのだろうか? 自分に最初に感謝してくれたからだろうか? それもあるだろうが、何かが欠けている様に感じる。何か手掛かりになる物はないかと周りを見る。あるのは彼女たちの両親の遺体だけだ。

 

(ああ、そうか)

 

 自分が母を失った時は丁度ネムと同じぐらいではなかっただろうか? 最低でも近い年齢だったはずだ。無意識のうちに重ねていたのかもしれない。境遇は大きく違う……それでも、理不尽に家族を奪われたことは一緒だ。

 

 膝をついて、しっかりネムと目線を合わせる。

 

「いいか、ネム。君は一人じゃない。確かに、両親を失ったのは辛いだろう。だが、君にはまだ家族がいる。大切にするんだぞ?」

 

「……はい!」

 

 俺と違って、ネムにはまだ身近で愛してくれる人がいる。ネムを手放して、村人たちと共に遺体を村外れに運び出し葬儀に向かう。周辺で陣頭指揮をしていた村長は申し訳なさそうにしていたが、一度深々と頭を下げて、村人たちに続く。

 

 そして、アインズは彼らが墓地の方向に向かうのを仮面越しに眺め続ける。

 

 ――通称、嫉妬マスク。聖夜の夜に一人身の者が一人身ではない者に対して、怒りや涙を現す象徴だ……だが今回嫉妬マスクは別の使われ方をした。アンデッドが人間達に存在する物に対して、自分に無い事に悲しみを表現する物として……もしかしたらこの使い方も正しいのかもしれない。だって嫉妬マスクは自分には存在しないものを表現する象徴でもあるのだから――

 

 

 村人たちを見送った後、アインズ達は村外れに移動する。これから行われるのは死者の弔いだ。アンデッドである自分が葬儀に出席するのは、死者への冒涜になるかもしれない。

 

 やるべきこともある。今まで得た情報を頭の中で整理することだ。村長と徴兵制の話になった時、気になったのが常備軍がいないかどうかだ。やはり、存在するらしい。徴兵制もある以上そこまで人数はいないだろうが。

 

 特に、御前試合で優勝した王国戦士長とその直属の戦士たち。そして、生まれながらの異能(タレント)。はっきり言って危険だ。ユグドラシルには存在しなかった力だ。その中でも、村に時々訪れる、ンフィーレア・バレアレの生まれながらの異能(タレント)は、ありとあらゆるマジックアイテムが使用可能という力。危険すぎる。ネムが言っていた人物と同一人物だろう。人となり等を詳しく聞いてみたほうがいいかもしれない。

 

(それにしても本当に十分な報酬(情報)を頂いた、貰いすぎた気もするな……ひとまず、エ・ランテルに誰かを送るべきだな。後でアルベド達と作戦を考える必要があるな。それと死者蘇生の実験も何れは必要だ。今行うべきか?)

 

 もし、ここで彼らを救えば、きっと自分の心はより満たされるだろう。だが死者蘇生を行う訳には行かない。

 

(情報が少なすぎる。止めるべきだ)

 

 もしかしたら、この世界には死者蘇生の魔法は公に広まっていない、もしかしたら存在すらしないかもしれない。それなのに死者蘇生を行えば、必ず誰かが疑問に思う。

 

 村人たちだけなら黙っているように説得できるかもしれないが、見逃した騎士たちがいる。そこから嘘が漏れる可能性が高い。やはり彼らは見逃すべきではなかったのかもしれない。だが、時間は戻らない。あるいは超位魔法を使えば時間を巻き戻すことも可能かもしれないが……確実に愚かな考えだ。

 

 故にアインズに死者を蘇らせることはできない。

 

(それにも拘らず、私は亡くなった村人たちを蘇生させたいと考えている。だがこれ以上援助するのはまずい。情報も不足している……私は何だ。アインズ・ウール・ゴウンの名を背負う以上、ナザリックの利益を一番に考えるべきだ)

 

 何よりもナザリックの安全のために。危険性が高い行為は慎むべきだ。もし仮に、ナザリックが存在しなければ、危険を冒してもよかった。だが、ナザリックは存在する。自分の宝物が、だ。

 

 少し自虐しながら自分の心と向き合う……それでも、この村を守りたいと言う気持ち……自分に最初に感謝してくれた少女。母の面影がある人を見捨てたくない気持ちが、どうしても邪魔をするのだ。

 

 彼女は母ではないのだ。割り切らなければならない。ネムだって十分幸せになれるはずだ。どこかで線引きは必要なのだ……愚かな思考のなか、アルベドから声がかかる。

 

「アインズ様。後詰の者が参りました」

 

 どうやら、セバスに頼んでいた後詰が到着したようだ。隠密能力や透明化の特殊能力を所持しているものを送り込むように命令したはずだ。今からでも、騎士たちの後を追わせてみるか? ……世辞を言ってくるが遮る。早く後詰の部隊編成を把握しなければ。

 

「四百のシモベが到着しました。いつでも襲撃可能です」

 

 ……今こいつは何と言った? 自分に救いを与えてくれた者を襲う? ……母に似た人を殺すだと。俺はまた失うのか?

 

 ――アインズは鈴木悟に戻り、ナザリックを共に築き上げた大切な者たちとの思い出が駆け巡る。そしてそれを失った時の記憶が次々とよみがえる。

 

 多くの者達とまた遊ぶ約束をした。しかしその願いはほとんどかなえられなかった。リアルが大切なのだから仕方がない事だ。

 

 しかし、寂しいのだ。ユグドラシル最終日でさえ、集まってくれたメンバーは極僅かである。それでも納得できたはずだった。たとえ、『アインズ・ウール・ゴウン』がただの残骸だったとしても。

 

 だが、何の奇跡か気まぐれかは分からない……分からないが、確かなこともある。自分は望んでいた、ユグドラシルの続きをすることができるのだ。上手くいけば、仲間達との再会だってあるかもしれない。

 

 いや、たとえ再会できないとしても、仲間たちが残していった者たち(NPC)がいる。それだけでも、鈴木悟には十分すぎる。さらに言えば、一番最初にアンデッドである自分に感謝をして受け入れてくれたネム。ネムと同じように感謝してくれた村人たち。

 

 リアルでは得る事が出来なかった、温もりを与えられたのだ。手に入ることがないと諦めていた物を、だ。

 

 正確には、鈴木悟にも温もりが存在した。自分を育ててくれた母だ。母は確実に自分を愛してくれていた。だからこそ、自分を育てるために過労死したのだ。

 

 そして、断言できる。鈴木悟は母を愛していた。今までは決して面に出てこなかった感情だ。だが、母に似た人を見たせいで、思い出してしまったのだ。

 

 それも当然だ。鈴木悟が手に入れた温もりは常に無情にも、その手をすり抜けて行ったのだから。自分の感情を守るためにも、心の奥底に押し込んでいたのだ。

 

 鈴木悟にとって、温もりを得ることは一番嬉しいことだ。それと同時に常に失ってきた故にトラウマでもある――

 

 感情を抑えきれない。アンデッドの特性で何度も沈静化が起きるが、無駄だ。この怒り、いや、この悲しみだけは止まらない。彼は正しく、トラウマを抉ったのだ。大切な人が自分の手から離れていくことの。

 

「私は、この村を、助けるために来たのだ! なぜそんな話になっている! ……止めてくれ、私からこれ以上大切な物を奪わないでく――」

「申し訳ありません! アインズ様、守護者統括である私のミスでございます!」

 

「………………いや、すまんな。どうかしている」

 

 

 

 沈静化が追い付いたようだ。とはいえ、何かあれば直ぐに沸騰するだろう。先が思いやられる。どこかで区切りをつけなければならない。どれだけ似ていようとも、彼女は母ではないのだ。これ以上過去の幻想に振り回されるわけにいかない。

 

 このままではナザリックを、『アインズ・ウール・ゴウン』を背負えないと自分に言い聞かせて。

 

★ ★ ★ 今日の守護者統括

 

 モモンガが情報の収集をすることに対してアルベドは何も思うところはなかった。村人を助けるように命令されたことにも思うところは一つもなかった。

 

 しかし、しかしだ。今のアルベドは苛だたしさを隠しきれなかった。何故か? 簡単だ。

 

 モモンガが小娘二人の頭を撫でているからだ。さらに言えば、小さいほうはアインズに抱き着いていても咎められない。

 

(…………アインズ様。そんなに小娘(ロり)が良いのですか?)

 

 抑えるべきだ。いや、もしかしたらこれこそ噂に聞く放置プレイだろうか? 昂った女性を放置して別の女性とイチャイチャする。

 

 ……私自身それでも構わないが、できれば、手を早く出してほしい。それとも、アンデッドだから性的な考えは抑圧されるのだろうか? しかし、同じアンデッドのシャルティアはそんなこと無かったはずだが……色々情報を集めるべきだ。

 

 そんなことを思案していると一人の女が近づいてきている。手には飲み物を持って来ているようだ。アインズに出すためだろう。当然だ。遅いぐらいだ。

 

「その、お飲み物をお持ちしました……アルベド様」

 

「アルベド。先程私に出そうとしてくれていたのだが、私は飲めないから断った。お前が私の代わりに好意を受けてくれ」

 

 どうやら、私に用意したようだ。つまり、どれほどの飲み物を出すか調べろという事だろうか? 調査の一環だろう。それとも、アインズだけが理解しているこの村特有の何かだろうか?

 

「…………畏まりました」

 

 手を出して受け取り飲み物を見る。もし、これを本気でアインズに出そうとしていたのなら期待外れだ。

 

「ただの白湯じゃない……こんな物をアインズ様にお出ししようとしてたの? 失礼にも程があります」

 

「も、申し訳ありません。村ではこれが精一杯なんです」

 

「アルベド、失礼なことを言うな! 私もすべては見ていないが、火を起こすところから始めていた。大変な重労働に見えた。部下が失礼な態度をとって申し訳ない」

 

「い、いえ、こちらこそ、申し訳ありません」

 

「いや、こちらこそ。アルベド、私にこれ以上恥をかかせるな」

 

 アインズに出すのにこんな粗末な飲み物を出すことは侮辱だ。しかし、主の言葉なら従おう。

 

「……申し訳ありません」

 

 そして、飲むために兜を外す。どうやら、村人の多くが息を呑んだようだ。アインズのためにあるアルベドの美貌を見たからだろうか? 当然と言えば、当然だ。多少不機嫌そうな顔だとしてもだ……もっとも、不機嫌はすぐに吹き飛んだが。それも、一番アルベドを苛つかせていた小娘によって。

 

「きれい……もしかして、アインズ様のお嫁さんですか?」

「ええ、そうよ」「いや、違うぞ」

 

「「え」」

 

 なぜ、否定されるのだろう。無性に悲しかった。

 




それとプロローグ(カルネ村編)を終えるまで、更新は遅くなると思います。

なぜ、作者は出来上がっていたもので満足せずに修正を繰り返しているんだろう?

早く、いちゃいちゃを描きたいです。


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第4話

 ふと気が付くとアインズやアルベドたちの周りを、気まずい空気が覆っていた。もちろん、自分が怒鳴ったせいであり、アルベドに責任はない。しかし、アルベドは自分のせいだと発言した。故に否定の言葉を発する必要がある。元はと言えば、セバスがしっかりと命令を伝えていなかったせいで……

 

 自分がセバスにした発言を唐突に思い出す。話の流れで分かると思ったが、確かに村を助けるとは一言も明言していないのだ。そしてさらに言えば、配下のミスは上司のミスでもある。つまり、今回の出来事全ての責任を持つのは最初からただ一人しかいないのだ。

 

(……俺の、せいか)

 

 この事態を招いたのは偏に、アインズ自身の采配ミスのせいである。もし一言でも助けると明言していれば、この事態は避ける事ができたのだろう。

  

「アルベド。今回の事は全て私の命令ミスだ。すまなかった」

 

「そのようなことはありません! アインズ様の御考えを理解しなかった我々が悪いのでございます!」

 

 アルベドが大きく頭を下げている。このままでは埒が明かないと考えて……感情を大きくぶつけてしまったシモベに話を振る事にした。それにしても、このシモベにも悪いことをした。

 

「……その話は後にしよう、アルベド。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)、お前たちの指揮官は誰だ?」

 

「はっ。アウラ様と、マーレ様です」

 

「そうか。ならアウラとマーレ、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)たちのみ周辺で待機し、他の者たちは帰還させろ……それと、怒鳴ってすまなかったな」

 

「至高の御方が、我々に謝られる必要はございません!」

 

「それでも、だ。アウラたちへの命令の伝達を頼む」

 

 納得はしていなかったようだが、命令に従うように静かに頷き八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が下がる。そして、何かを言いたそうにしているアルベドに向き直る。

 

「ここで死者蘇生の実験をするのは如何でしょうか?」

 

 アインズは思わずアルベドを見つめた。予想だにしない事だったからだ。だが、嫌ではなかった。

 

「ユグドラシルから転移した事により、様々な点で実験が必要になっております。そのため、この村の人間はアインズ様に感謝の念を示しておられますので、確実に裏切らないように恩で縛っては?」

 

(確かに何れはしないといけない事だがなぜ今進言してくる? アルベドなら情報が足りていない段階での死者蘇生は危険だと気付けるはずだが……いや私の考えを汲んでくれたのか?)

 

 アインズは嬉しくなると同時に……自分を恥じた。ナザリックのために私情は殺すべきだ。情報がない現状では、特にだ。

 

(仲間の子ども達に俺は何を言わせている。俺がしっかりしなくてどうする!)

 

 自分にはNPCたちが思うような能力はない。しかし名ばかりではあろうとも、彼らの上に立つのだ。方針に責任ぐらい持つ必要がある。だから、カルネ村の事は割り切らなければならない。

 

「アルベド。私の意を汲んでくれた事、感謝する。実行すれば、この村との友好関係はより強固になり、これからも利用できるだろう。しかし、だ。現状では蘇生を行う危険性の方が高い。今回はやめておこう。すまんな、迷惑をかけて」

 

「迷惑だなんて! 私たちはアインズ様に従うために存在しているのです! 迷惑などではありません!」

 

「ありがとう。なら、今回は死者蘇生の実験は行わない。命令だ」

 

「……畏まりました」

 

「ところでだ、アルベドよ、人間は嫌いか?」

 

「……アインズ様がお助けするのをみて申し上げるのは失礼ですが、あまり好きではありません…………でした

 

 何か裏がありそうに、声が小さくなっていく……深入りして聞きたいが、この場では止めるべきだろう。万が一の場合を考えて、玉座の近くで、自分が身を守れる周辺で聞くべきだ。今までの自分の言動を顧みれば忠誠心が揺らいでいたとしても可笑しくない。そこまで行かずとも、ナザリックの主に相応しいか疑問に思っているだろう。

 

 

 そう考えれば、先程の人間を蘇生させるべきとの発言も別の視点が浮かび上がる。つまり、自分がナザリックの主に相応しいか、テストしているのかもしれない。先程、断ったのは正解なのだろう。

 

 現状では、アルベドがナザリックのナンバー2だ。自分がトップに相応しくないと判断されれば、弾劾される可能性も0ではない。

 

「そうか……しかし演技は大切だぞ……アルベド。ここではできる限り、やさしく頼むぞ」

 

 アルベドに言いながら、自分にも演技の重要性を言い聞かせる。どんな理由であれ子ども(NPC)たちに対して偽るのだ。むしろ、自分にこそ演技は大切だ。

 

 ……アルベドが小さく頷くのを見て思考に没頭する事にする。何かあれば、アルベドが気付いてくれるだろう。そして何より、思考を一度リセットする必要がある。このままでは、最低限の演技すらできなくなる。……アルベドがこの場で自身を支配者の器ではないと断じて、敵に回る可能性を無意識の内に除外しながら。

 

(それにしても不思議だ……なぜ死の騎士(デス・ナイト)一体は消えていないのだ。死体を使えばずっと消えないのか? これも要検証だな。月光の狼(ムーン・ウルフ)の方は神器級(ゴッズアーティファクト)を用いた特別な召喚だから帰還させない限り残るのは分かるんだが……もう暫く出しておくとしよう)

 

 

★ ★ ★

 

 葬儀が終わった後引き続き、村長宅で続きの話をする。ある程度の常識を学び終える頃には夕陽が浮かんでいた。その夕日はあの時見たキラキラと輝いていた夜空とは趣が異なる。それでありながら、モモンガの心を引き付けていた。

 

 だがそれ程美しい風景でも、モモンガの心を完全に埋めてはくれなかった。ぽっかりと、心に穴が開いているのだ。

 

(美しいな……夕陽というものは。みんなと一緒に見たかったな)

 

 もし、仲間たちと一緒に見る事ができれば、どれだけ嬉しい事だろう。この幻想的でありながら、力強くもある夕焼けを見れば、普段は仲の悪い組み合わせの人々(たっち・みーやウルベルド、ぶくぶく茶釜やペロロンチーノの組み合わせである)でも魅了されただろう。ブルー・プラネットに至っては自分たちの制止を振り切って、太陽に向かって飛んで行ったかもしれない。

 

 若しくは、この場に母がいれば……思考がまた可笑しくなっている。先程から思考がずれる。もちろん原因は分かっている。彼女のせい……違う。偏に自分のせいだ。全ては彼女を亡き母と重ねていることが、過ちなのだ。

 

(やれやれ。本格的にナザリックの支配者失格、かな? アルベドにギルド長から引きずり降ろされたほうが、ナザリックのためかもな)

 

 愚かなことを思い浮かべてしまう。しかし、モモンガの能力を考慮すれば、ナザリックの長には相応しくないのも必然だ。なぜならギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は多数決を重んじていたからだ。

 

 仲間たちがともにあった時でも、自分の仕事は仲間たちとの連絡や精々、まとめ役である。つまり、本来なら率先してリーダーとして振舞うべき役割を経験したことは少ないのだ。またギルド長としての特権すらほとんど使用していない。

 

 だとしても、自らの意志でギルド長を降りる事はできない。それは逃げだ。ナザリック全体への背信だ。モモンガがすべきことはただ一つ。ナザリックの主に相応しくなるように努めることだけである。だからこそ、鈴木悟の私情は捨てなければならない。

 

(……この村で学べる事はもうないだろう。より情報を手に入れるためにも、早急にナザリックに帰還して情報を共有するべきだ)

 

「この村でするべき事は終了した。アルベド、ナザリックに帰還するぞ」

 

 アルベドは自分の命令に従ってか柔らかい雰囲気を出している……それこそ本当に、自分の妻になって欲しいと願いたくなるほどの……そんな事はしないが。

 

「承知しました」

 

(アルベドの柔らかい雰囲気は、私が命令したから浮かべているのだろうな……もし自発的にしてくれているなら、あるいはこの村とも……)

 

 そこで考えを切る。人間を敵視するナザリックの支配者が浮かべてはいけない物なのだから。何よりも、今のモモンガの考えは、ナザリックのためではない。自らのために思った事柄だ。

 

(これ以上、ナザリックの支配者に相応しくない事を考えるべきじゃない。NPC達に失望される可能性がある事は避けるべきだ)

 

 もっとも、アルベドに関しては手遅れかもしれないが。カルネ村に降り立ってから、何度も無様な姿を見せ続けているのだから。

 

 とはいえ、カルネ村は情報源として大変有用でもあり、初めて友好関係を築くことができた村だ。自分の正体を知っていることもあるので、継続して情報のやり取りをすることも可能なはずだ。多少甘い顔をしても許してくれると信じよう。後は、自分が鈴木悟の感情に区切りをつけて、彼女に母を重ねなければ、全て上手くいってくれるはずだ。

 

 アインズは村長たちに別れを告げるために探し出す。途中でネムを見つける。ネムもこちらに気づいたのか近づいてくる。月光の狼(ムーン・ウルフ)も一緒だ。

 

(ずいぶん仲良くなったように見えるな)

 

 一人と一匹は笑顔でじゃれ付いているようにも見える。何となくペロロンチーノが幼女(ロり)が好きだったのも分かる気がする。幼女(ロり)が天真爛漫な姿でいるのは心が温かくなる。ロリコンになるつもりは一切ないが。

 

「ネム、私たちはそろそろナザリックに帰ろうと思う」

 

 ネムが目を見開き驚きを表現している……アインズが帰るのが寂しい。まるで帰らないで欲しいかのように。ネムの子供らしい率直な感情表現を見ていると、荒んでいた心が落ち着いた。ネムはモモンガの感情にとって癒しのようだ。……ロリコンではないが、ただ見て癒されるぐらいはセーフだろう。そう、ちょうど小動物を見ているような感覚だ。だから、俺は決して道を踏み外していない。

 

(この思考も、今までの失敗からくる逃避なのかも、な)

 

「……もう帰られるんですか?」

 

「あぁ……私がここでできる事は終わったからな……後はネムたちがすべきことだ」

 

 ネムがより寂しそうにしている……月光の狼(ムーン・ウルフ)と別れるのも辛いのだろうか? 自分からみても仲良くなっているようにも見える。……ンフィーレアの事もある。ネムとも仲良くしていても、アルベドも特に問題はしないだろう。

 

「ネム……そう寂しそうな顔をするな。また会える。それと月光の狼(ムーン・ウルフ)、私がいない間しっかりネムに仕えて、この村を守るんだぞ?」

 

「……良いんですか? ありがとうございます、アインズ様!」

 

「構わない。ところでネム、村長たちはどちらかな?」

 

「はい、こっちです!」

 

 ネムが大きな声で話しながら、月光の狼(ムーン・ウルフ)と一緒に小走りで駆け出す。アインズ達も後ろから歩いて追いかける。歩幅の違いでネムが小走りでも、周りを観察するぐらいの余裕はあるぐらいだ。そのとき警戒に出していた月光の狼(ムーン・ウルフ)から二つの集団がこちらに近づいてきたとの報告がきた。

 

(また敵か……この村を滅ぼすつもりか……)

 

 周りを見ると村人たちはアインズに感謝を述べながらも、全力で様々な作業に取り組んでいる。その眼には虐殺をされたとは思えないほどの、強さを感じた。

 

(なぜ、この村を滅ぼそうとするんだ……彼らはその日その日を、全力で生きているだけだろう!……なぜ彼らを苦しめるんだ!)

 

 アインズは、彼らに命の輝きを見た。鈴木悟のころには無かった人間の光を……掛け替えのないものを。だとしても彼らを救うことはできない。もし、ナザリックが存在せず、この世界に来たのが自分ただ一人であるなら、命を懸けて救ってもよかった。しかし、自分にとっての宝物が存在しているのだ。

 

 

(……俺は、ナザリックの支配者だ。仲間たちが見つかるまで、これは不変だ。……確かに彼らには十分以上の報酬は頂いたが、これ以上ナザリックに危険を招きかねない行動は慎むべきだ……そうだ。彼女は母じゃない。ただ似ているだけの他人なんだ。彼女と母をこれ以上重ねるな。……優先順位を間違えるな、『アインズ・ウール・ゴウン』!)

 

 何度も心の中で繰り返す。自分はアインズ・ウール・ゴウンであると……そして村長の下に辿り着く。何人かの村人達と真剣に話し合っている。もしかしたら危険が迫っている事に気付いたのかもしれない。

 

「何かありましたか、村長?」

 

「おお、アインズ様。実は戦士風の者達が近づいているらしいのです。」

 

 村長達は少し遠慮がちに伝えてくる。これ以上迷惑をかけるわけにはいかないという感情が伝わる。しかし手を借りなければ生き残れないのも分かっているのだろう。村長が意を決して話しかけてくる。

 

「アインズ様! ご無礼は重々承知です! 何度も手を借りるのは間違ってるのも分かっております。ですがお願いです! ……女と子ども達を逃がしては頂けないでしょうか?」

 

 ……意表を突かれた。村の助けを求めるとばかり考えていた。村人たちも何か覚悟を決めた眼をしている。

 

「なぜ私に助けを求めないのです?そこの死の騎士(デス・ナイト)を使えば、おそらくあなた方全員を救えるはずです」

 

「我々は、アインズ様に返しても返しきれないほどの恩を受けました!これ以上ご迷惑をおかけしたくありません!……それなのに女子供を助けてくださいと願うのは間違いなのは承知しています! ですがどうかお願いします!」

 

「「お願いします!アインズ様!」」

 

 村人たちも村長に続きお願いをしてくる。何故だろう? 彼らの姿は輝いているように見える。全員が死を覚悟しているからだろうか?

 

(……この村人たちを、見捨てる? 女子供を救うために、命を捨てる覚悟をしている者たちを? 私にこれ以上迷惑をかけずに、解決しようとしている者達を?)

 

 ネムが前から少し不安そうに見上げてくる……一瞬だがその目に、悔しさを見る……自分が何もできない事に対して。仲間たちを失った日……母を失った日、自分もそうだったのではないか?

 

 そして、彼女も……母に似た人も自分を見つめている。

 

 止めてくれ。俺にこれ以上、過去を思い出させないでくれ。母を思い出させないでくれ。俺を、鈴木悟に戻そうとしないでくれ。俺は、アインズ・ウール・ゴウンなんだ。ナザリックの安全を最優先で考えるべきなんだ。だからあなたたちを見捨てるしかないんだ。

 

「アインズ様。私からもお願いします。どうか子どもたちだけでも、お救い下さい」

 

 止めろ。俺を母に似たその瞳で見るな……そうだ。1日にこんな辺鄙な村が何度も襲われるんだ。確実に危険だ。自分達がどれほどの強者か分からないんだ。ナザリックを危険に晒していいはずがない。

 

 たとえ、自分に人間の輝きを見せてくれた彼らが虐殺されるのだとしても。ナザリックのためなら我慢できる。

 

 たとえ、アンデッドになった自分を最初に受け入れてくれたネムが面白おかしく玩具にされたとしても、ナザリックのためになら、辛くとも許容してみせよう。

 

 たとえ、母に似た人が切り刻まれ、誰かを庇って殺されたとしても。残虐な拷問をされて殺されるのだとしても許容して……

 

 ――『悟』――

 

 …………駄目だ。ナザリックのためだとしても、許容できない。ほかの者たちを見捨てる事は、ナザリックのためなら、どんなに辛くとも許容してみせよう。だが、彼女だけは見殺しにできない。ナザリックの安全のためだとしても許容できない。

 

 彼女が母ではなく、ただの赤の他人だとは分かっている。だとしても見捨てられない。もし仮に、彼女を見捨てれば永遠に後悔する。だって、自分は彼女を母と重ねているのだ。彼女を見捨てる事は間接的に母を見捨てる事になってしまう。

 

 それは、それだけは、絶対に許容できない。

 

 それでも見捨てれば、アンデッドの特性すら凌駕して、きっと心が壊れる。ナザリックの支配者に必要な演技すらできなくなる。

 

 ……故に救おう。彼女たちを。だが、これは『アインズ・ウール・ゴウン』の支配者に必要な感情ではない。モモンガ、否、鈴木悟の個人的な感情だ。

 

「……少し待っていて……いや、村人たちを一か所に集めていてください。アルベド付いてこい」

 

「畏まりました」

 

 少し歩く。村人たちから遠すぎず、内緒話ができる程度の距離だ。アルベドも自分が内緒話をしたいと感づいているのだろう。質問をしてくる。

 

「……如何なさいますか、アインズ様? 御命令さえあれば、この村に近づく者たちは、私が排除いたしますが?」

 

「それには及ばない。私の手で救おう」

 

「畏まりました。僭越ながら前衛を――」

 

「いや、それにも及ばない。アルベド、今すぐこの場を離れ、アウラたちと合流せよ」

 

「なっ! 危険です! 誰がアインズ様を護衛するのですか!」

 

「護衛は、いらん。これは『俺』の個人的な感情だ。私情でお前たちを危険に晒すわけにはいかん……アウラたちと合流次第、ナザリックに帰還せよ」

 

「いけません! アインズ様が何をお考えかは私には理解できません! しかしアインズ様を危険に晒す命令を受け入れる事なんて――」

 

「お前が……お前たちが本当に、私に対して忠誠を誓ってくれているなら、今だけは命令に従ってくれ」

 

 アルベドの絶句した表情が目に浮かぶ。それと同時に、絶対に受け入れないという意志を感じる。だが、『鈴木悟』も引く訳には行かない。彼らは仲間たちとの思い出の結晶だ。ナザリックに何一つ関係がない、自らの私情で彼らを危険に晒すわけにはいかない。支配者として失格と思われたとしても。

 

「これは『アインズ・ウール・ゴウン』としてではなく、ただのモモンガとしての感情だ。ナザリック全体を危険に晒すわけにはいかん」

 

「……モモンガ様の御意思こそ、ナザリック全体の御意思で御座います!」

 

「……すまない。一つ誤解をさせた。これは、モモンガになる前の(鈴木悟)の感情だ。故に、何一つナザリックは関係がない。仲間たちの遺産でもある、お前たちを危険に晒すことはできない」

 

 アルベドの表情から光が抜け落ちていくのがわかる。やはり、ナザリックの支配者として、相応しくないと考えられただろうか? だとしても、もう後には引けない。賽は投げられたのだ。 

 

「モモンガ様がこの村に何を見られたかは、私ごときには理解できません。ですがモモンガ様に、万が一の事があれば我々は生きていけません! モモンガ様を危険に晒すぐらいなら、どうか私を使い潰してくださいますよう、お願い致します」

 

 ……これは説得に時間がかかる。下手をすれば、説得すらできない可能性がある。彼らを危険に晒したくはなかったが、妥協しよう。

 

「ならば、だ。アウラたちの下に向かえ。敵が強敵だった場合、伏兵として行動せよ。それと、これを持っていって護衛せよ」

 

 これなら、自分の願いとアルベドの思い、どちらの思いもくみ取ったものだ。どちらの立場でもベストではないが、ベターにすることができる。後は『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』をアルベドに預けて、護衛してもらえばいい。ギルド武器が失われるリスクを考えれば、ナザリック最高の楯ともいえる、アルベドに護衛してもらうのがベターなはずだ。たとえ、自分に不慮の事態が起きたとしても、ナザリックの滅亡と言う、忌避すべき最悪の事態は避けられる。

 

 本来なら、この村を見捨てて帰還するのが最善なのは分かっている。若しくは、彼らを全員連れて逃げ出すかだ。とはいえ、どこに逃がすかが問題になる。一番はナザリックの第6階層かもしれないが……それこそ、人間に対する悪感情で何かが起きる可能性もある以上、除外するしかない。

 

 だからこそ、自分がすべきことは、彼女たちを守りたいという『鈴木悟』の私情を成し遂げる事、『アインズ・ウール・ゴウン』としてナザリックを危険に晒さないことだ。同時に実行しようとする以上、ギルド武器がない事で起きる、ステータスの低下と、前衛がいない事のリスクを許容しよう。自らのステータス低下等にによる敗北のリスクより、『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』が破壊されることのリスクの方が高い。それに、ギルド武器は、ギルド長より価値がある。

 

 ユグドラシルではギルド長が死んだとしても、プレイヤーである以上レベルダウンだけで蘇生できた。しかし、ギルド武器は一度破壊されれば、それで終わりである。『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』が破壊されることはナザリックの滅亡と同義だ。それに対してギルド長の死亡のリスクは軽い。たとえ、この世界で蘇生ができるかは分からず、一度死んでしまえば終わりだとしても、だ。

 

「………前者は了解いたしました……しかし、その杖をお預かりすることはできません。それは、モモンガ様だけがお持ちになるべき物で御座います」

 

 違う。この武器は仲間たちとの思い出の結晶でもある。危険に晒すことはできない。だが、時間が惜しい。早く動かなければならない。マジックキャスターである自分には戦いのためには準備が必要である。それが整う前に敵が到着してしまえば、より不利な戦いになってしまう。

 

(皆さん……すいません。俺はナザリックを危険に晒します。間違いだってことは分かってます。それでも、この村が滅ぼされることは見過ごせないんです。たっちさんが……皆さんが私を救ってくれたみたいに、救いたいんです。だから、この村を救います!)

 

 頭の中で大切な仲間達に村を救うと宣言する。きっと誰もが仕方ないと言ってくれると信じて。

 

 そして、母に似た人を救おう。

 

「分かった。ならば、行動を開始せよ……敵が我々を打倒できる存在だった場合、私よりギルド武器を守れ。私は死んでも蘇生できるが、この杖は別だ」

 

「なっ! そのような事――」

 

「時間は有限だ。行動を開始せよ……文句は後で聞こう」

 

 アルベドが一瞬陰のある表情を作ったように見えるが、静かに礼をして、アウラたちのもとに向かう。やはり、ナザリックの主失格と思われただろうか? 当然なのかもしれない。もし仮に、アルベドがナザリックの主失格と言うのであれば、大人しく弾劾を受け入れよう。アルベドがそれでも自分が主に相応しいというのであれば、少しでも彼らが言う絶対の支配者に近づく努力をしてみせよう。

 

 だから、この場だけは、自分の私情の下に動こう。モモンガは自分から離れ行くアルベドをもう一度眺めて、村人たちの元に戻る。

 

 ナザリックの主であるアインズ・ウール・ゴウンやモモンガとしてではなく、ただの鈴木悟として。その背中には絶対にこの村を守る覚悟があった。

 

 

★ ★ ★ 今日の守護者統括

 

 アインズは何も答えない。だが、一つだけはっきりしたことがある。この村には何かがある。モモンガの大切な物が、だ。それが何かは分からない。どちらにせよ、アルベドにとって嬉しい話ではない。恋敵になる可能性がある者がいると判断できるのだから。だがそれに対する嫉妬心が今は浮かび上がらない。

 

 だって、今のモモンガは壊れそうなのだ。

 

 感情がただ揺さぶられたでは済まない。本来ならアンデッドの特性で、すぐに沈静化しているはずだ。しかし沈静化が追い付いていないのだろう。沈静化が追い付かないほどのモモンガの何かを抉ったのだ。

 

 それを思うと、ただ命令されただけのシモベをこの手で八つ裂きにしたいほどだ。だが、本来の罪人は別にいる。

 

(セバス! なぜ、モモンガ様のご命令をちゃんと伝えないの!)

 

 ……後で、叱責すべきことだが、今考える事ではない。考えるべきことは他にある。モモンガは「私からこれ以上奪わないでくれ」と明言した。

 

 つまり、だ。モモンガ以外のギルドメンバーは何者かに奪われた可能性が浮上した。自分たちやモモンガを捨てたわけじゃない可能性が、だ。

 

 仮にこの考えが事実なら、アルベドの恨みを向ける対象は変更される。モモンガからギルドメンバーを奪い去った者たちにだ。

 

 それとも、感謝すべきなのだろうか? 彼らがいないことで、自らがモモンガの一番になれる可能性が上昇したのだから……今のモモンガを見ていなければ、そう思ったかもしれない。

 

(私は……どうすれば、モモンガ様の御心をお救いできるの?)

 

 分からない。何があったのか分からない以上、自分に判断することはできない。仮に彼らがいれば、救えただろうか? モモンガを救った、たっち・みーなら救えるのだろう。だが、彼らが今いない上に、モモンガを捨てた可能性も現時点では完全には排除できないのだ。

 

 それに、アルベドにはもう一つ疑問がある。モモンガの怒りは、ギルドメンバーを奪われたことではなく、何かもっと根源的な物に思えた。

 

 その証明として、名乗るといわれた『アインズ・ウール・ゴウン』としてでも、モモンガとしてでもなく、それ以前の名前でこの村を救うと仰ったのだ。

 

 だからこそ、アインズ・ウール・ゴウンの一部である、私たちに帰還するように命令されたのだ。ギルドの象徴を持って。万が一の場合、死ぬのはモモンガだけでいいと判断されて……もっとも、それは絶対に許容できないため、一部は撤回させたが。

 

 

(……アウラたちと合流して伏兵として動く準備を整えないと。エイトエッジアサシンたちは……村人の護衛? 私たちがモモンガ様の護衛として動けばいいのかしら?)

 

 そして、モモンガが別れ際に発した一言を考える。自分よりもギルド武器を守れ。論理的に捉えるとしたら、正解なのかもしれない。プレイヤーは蘇生できることは知っている。しかし、ギルド武器である『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』は『ナザリック』その物ともいえる。

 

 仮に破壊されれば、ナザリックの全てが崩壊するかもしれないのだから。だが、それでもモモンガの死亡は絶対に許容できない。他のNPCたちも同じなはずだ。

 

 それに本当に蘇生できるかもわからないのだから。

 

 万が一の場合は、アウラたちにギルド武器を持って、ナザリックに救援を呼びに逃げ帰ってもらうしかない。そして、自分がモモンガの楯になる。現状で考えられるのはこれだけだ。

 




二人はすれ違い中。

でも、アルベドの危険な思考の一つ、ギルメン殺しに迷いを抱かせられました。

それと、遅くなりました。なぜ、こんなにスロー投稿になってしまってるんだろう?

本編に入るまでスロー投稿が続きますが、お付き合いいただけると幸いです。


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第5話

|ω・`)チラ

遅くなって誠に申し訳ありません。何と言うかスランプに陥ったりしてまして。新たな決意のものここに投下致します


 アルベドを見送ったモモンガは、アルベドに後ろ髪を引かれながら村人たちの元に戻る。途中召喚者のつながりを通じて、二匹の月光の狼(ムーンウルフ)に自分が戦いの準備をする間、少しでも時間を稼ぐように命令を下しながら……どうやら村人たちは一か所に集まっているようだ。

 

「……アインズ様。アルベド様は?」

 

「アルベドには伏兵になってもらいました。今から私は魔法で戦いの準備をします。女子供たちだけで避難する必要はありません。この村は……あなた方は私が守りましょう」

 

「…………ありがとうございます!」

 

「「ありがとうございます!」」

 

 村長をはじめ、村人たち全員が感謝の印としてだろう。深々とお辞儀をする。

 

「構いません。それに、私にも目的があります」

 

「……目的、ですか?」

 

「ええ。目的です。生前では叶えることができなかった、願い。かの……あなた達を助ける事で、私は生前の願いを一部ながら叶えることができます……なので、私があなた達を助ける事で気に病む必要は一切ありません」

 

 村長をはじめ村人全員が困惑している。なぜ自分たちを助ける事で、生前の願いをかなえることができるのか不思議なのだろうか?

 

(まぁ、代償行為に過ぎないんだがな……)

 

 自然と視線は一人の女性に吸い込まれていた。仮面があるからはばれてはいないだろう……浮かついている場面ではない。気を引き締めなければ。敗北は許されないのだから。

 

「さぁ、皆さん下がっていてください。今から私は魔法などを使って戦いの準備をします」

 

「……アインズ様。よろしければ、いえ、私たちも共に戦わせてください。アインズ様だけに戦わせるなんて失礼な真似はこれ以上できません。足手まといかもしれませんが、どうか」

 

 確かにそうだ。自分は彼らを守るために戦う。本来なら自身で身を守らなければならない以上、アインズが戦うのは偏に彼らの代理と言う立場ではあるのだろう。

 

 村長は先ほど言った通り、命を懸けても子供たちの未来を守りたいのだろう。もちろん、村長だけでなくほかの村人たちも。これが、これこそが本当の人間だと信じたい。

 

(……人間とは、かくも偉大な者だったのだな……)

 

 それでも、彼らともに戦う訳には行かない。だってこの戦いは自分の我儘でもあるのだから。

 

「共に戦うと言ってくれるのは、嬉しいです。ですが、強力な魔法を使用することになる可能性もあります。なのであなた達は、私の後ろで女性や子供たちを守ってください……あなたたちの真の戦いは、この後です」

 

 そう、彼らはこの後村の復興をしなければならないのだ。それこそが、彼らがすべきことだ。村長達も理解しているはずだ。それに村長が傷つく事は彼女が悲しむ結果になる。それは嫌だ。

 

 

「……感謝いたします」

 

「感謝には及びません……さぁ下がっていてください」

 

 有無を言わさずに下がるように言う。これ以上時間のロスは許容することはできない。村長や村人たちは静かに礼をして後ろに下がる。ただ、夫人は下がらずに前に出た。

 

ありがとうございます(悟、ありがとう)

 

 ただ、その一言だけを述べて下がっていった。何に対しての感謝だったかは分からない……だが、自分の判断は間違っていなかった。ただ、その感情を深く噛みしめながら、敵が近づいている方向に向き直る。

 

 その時、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「アインズ様! 無事に帰ってきてくださいね!」

 

 その声の持ち主は自分が最初に助けたネムである。

 

(……守らなければならない物が、たくさんあるな)

 

 今アインズが守らなければならないものは多い。本来ならナザリックだけでよかった。だが、自分に最初に感謝をくれたネム。ネムの存在は大きい。彼女がいなければ、ここまでこの村と仲良くなることもできなかった。もし、ネムが自分に怯えていたら、きっと素顔を晒すことはなく、ずっと自分を偽るしかなかった……きっと母に似た人とも仲良くなることはなかった。

 

 振り返らずに手を上げる事でネムに対する返事として、自分や村人たちに防御の魔法を唱える。MPを考慮して適切に配分しながら。

 

「防御魔法はこれぐらいでいいだろう。後は、前衛か」

 

 元々アインズは前衛無しで戦うつもりであった。アインズ自身には複数の前衛を召喚する能力を持ち合わせているが、今すぐに使える物がなかったからだ。

 

 例えば特殊技術(スキル)で召喚できるアンデッドの副官は経験値を使用して自身が弱体化するため、敵の強大さが分からない現状では使う訳にはいかない。それに今回の件を乗り越えた時のことを考えても、リスクが高すぎるため自ずと却下されてしまう。

 

 また特殊技術(スキル)アンデッド創造を使用すれば、七十レベルまでであるが前衛を召喚できる。敵が自分と同格と考えても、楯の役割ぐらいならこなしてくれるはずだ。とはいえ、アンデッドが生者を憎んでいる事が常識である以上、これ以上アンデッド系のモンスターを召喚する事は却下だ。彼女たちを不安にさせる真似は慎もう。今召喚してしまっている死の騎士(デス・ナイト)は諦めるしかないし、自分ではなく彼女の護衛にするため自分の前衛にはなりえない。

 

(……それに、アンデッド系のモンスターは人間に対して、危険なパッシブスキルを持っている存在も多いしな)

 

 例を挙げればオーバーロードである、モモンガ自身だ。パッシブスキルである、絶望のオーラを解除していなければ、この村の者たちは誰一人生きていない。そしてアンデッド系モンスターは少なからず、自分に近しいパッシブスキルを持っている。召喚した時点でモモンガの望みである、彼女たちを救うという目的の達成は不可能になる。たとえ、敵が強大だったとしても絶対に召喚できない。

 

(ははは……本当に不利な戦いだ、な。オーバーロードの利点を封じて戦わなければならないなんて……)

 

 だが、後悔はない。救うと決めた時から、不利は覚悟はしていたのだ。

 

 次に、位階魔法で前衛を召喚する事も考えたがMPを相応に使用するため、継戦能力が落ちる。アインズのMPなら誤差かもしれないが、MPの回復は時間経過しかない。使用するなら、敗勢濃厚で彼女……村人たちをどこかに逃がす場合だ。

 

 では前衛を呼び出す手段として、超位魔法はどうだろう? ……確かに護衛対象が多いこの場で最適と言えるかもしれない魔法もある。アンデッドである自らに相応しいとは決して言えない超位魔法、天軍降臨(パンテオン)だ。

 

(これなら、護衛の役目も楯の役割……殿もこなしてくれるはず何だが)

 

 ネムは自分を神と間違えていた。あるいは今からでも、アンデッドの姿をした神の演技をしてみてもいいかもしれない。

 

 超位魔法に弱点が存在しなければ、だが。残念ながら超位魔法にも弱点が存在する。発動までに長い詠唱を必要とし、リキャスト時間が長く再使用に時間がかかるのだ。前者は課金アイテムで解除できるが、後者はどのような手段でも解除できない。

 

 何よりも戦術的に超位魔法を先に放つのは愚かの行為でもある。ユグドラシル時代のプレイヤー戦では先に超位魔法を放って勝ったためしがほぼ存在しないことが、先手を打って超位魔法を放つことが下策であると証明している。

 

(それに、超位魔法を一度も実験せずに行使するのは怖い)

 

 威力故に一度も検証せずに使用する事には躊躇いもある……使用しなければどうしようもなくなった場合には、躊躇なく使うつもりだが。

 

 以上の点からアインズは自身の能力で前衛を呼び出すつもりは無かった。しかし、しかしだ。ここにはそれを覆すアイテムが存在する。

 

 そう、『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』だ。アルベドに預けるはずだった、最重要アイテムだ。この武器は召喚魔法では召喚が叶わない、最上位に最も近い精霊を呼び出すことが可能だ。レベルも80代後半である。

 

 アルベドには劣るが十分にアインズの前衛を務める事ができる。スキルで召喚したものと違い、村人たちに悪影響を及ぼすパッシブスキルもない。熱波は危険かもしれないが、十分離れている。それに火に対する防御魔法はかけている。万が一の場合の殿として使い捨てにもできる。一定時間が経過すれば何度でも呼び出せるのだから。

 

 良いことづくめだ。

 

(……この杖が傍にあることに感謝だな……これがあれば、同格の敵がいてもどうにかできる……それにしても、足止めに出した月光の狼(ムーンウルフ)たちも無事だな……敵は弱いのか? いや、弱いモンスターがいる事で逆に警戒しているだけのかもしれない)

 

 アインズは二匹の月光の狼(ムーンウルフ)たちに自分に合流するように命令を下す。3匹とデス・ナイトは彼女たちの護衛に専念させよう。

 

(さて、準備は整った。始めよう)

 

 そして火の宝玉の力を開放し、根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)を召喚した。村の中心の空気を燃やしながら炎の渦が走り、やがて人型となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインズにより召喚された炎の塊を見た村人たちの心はただ一つである。それを代表するかのように幼い一人の少女の声が村中に響いた。

 

「……すごい」

 

★ ★ ★

 

 

 ガゼフ以下戦士達は急いでいた。

 

 ガゼフ以下戦士達には使命がある。無差別に殺戮されている、村人たちを救う事だ。これはガゼフ達にしかできない事だ。

 

 いや、ガゼフを殺すために無関係の村人を殺戮しているのだから村人を救出する事は義務である。

 

 辺境の村では魔物が出ても誰も手を差し伸べてはくれない。金がなければ冒険者を雇うこともままならない。貴族は一部を除き助けてくれない。

 

(だからこそ、村人を救う存在がいる事を絶対に示さなければならない)

 

 間に合ってくれと。これ以上犠牲が出ないようにとガゼフは願う。

 

「戦士長! 次の村が近づいてきました!」

 

「そうか……各員戦闘準備! 必ずこれ以上の殺戮を止めるぞ!!」

 

 ガゼフ直轄の戦士達が同意の返事を力強く返してくる。ただ我武者羅に馬を走らせ村に向かう草原を突っ切る……そして、ガゼフは何かを感じた。感じたままに叫ぶ。

 

「止まれ! 武器を構えろ!」

 

 訓練された部下たちは、自身の言葉に何も疑うことなく命令に従う。全員が草原の真ん中で、警戒する。

 

 ……草原が風で動いたのではない不自然な動きをし、何かが目の端を横切った。

 

「っ!?」

 

 気づいた時ガゼフは剣を振るっていた。大きな狼が飛び掛かっていたのだ。驚いたことに狼の研ぎ澄まされた牙と剣が硬質な音を周囲に響かせた……結果は簡単だ。周辺諸国最強の戦士であるガゼフが攻撃を防ぎ、足場がない空中でガゼフを前に一瞬であるが無防備な状態をさらした。特徴である敏捷を活かせない以上、狼の死亡は明白だ……そう、本来ならそうなるはずであった。第二の攻撃がなければ。

 

 そう、気づいた時にはもう一体の狼が先程と同じようにガゼフに襲い掛かっていた。今のガゼフは一匹目に追撃しようとしていたため虚を突かれる結果になった。受ければ死にはしないが大ダメージを追う。

 

 咄嗟にガゼフは馬から落馬するように爪の一撃をよける。二匹目の大きな爪が空気を裂きながらガゼフは地面に着地……それを待たずに着地を済ませてた一匹目がすでに、馬を回り込むようにして自身に追撃をかけようとしていた。

 

「このっ!」

 

 しかし狼の攻撃はガゼフに届かない。事態に気づいた戦士たちが馬上から各々武器を振るって攻撃を仕掛けていたからだ。だが敵も然るもの。敏捷を活かして武器が振り下ろされた場には既におらず、もう一匹と合流してこちらに唸り声をあげているのだ。

 

 ガゼフに対処を遅らせたあの敏捷なら、部下たちの攻撃を無視して突っ切ることもできたはずだ。しかしそれをしないのは相手も理解しているのだ。ガゼフ相手に一瞬でも隙があれば負けると。

 

「戦士長、御無事ですか!?」

 

「大丈夫だ! それより、あの二匹から目を離すな!」

 

 一瞬でも隙を見せれば、奴らはまた襲い掛かってくる。何より脅威なのは二匹ともガゼフに準ずる力を持っていることだ。一対一なら負けはない。二匹同時に襲い掛かられても、後の事を考えず深手を覚悟すれば確実に勝てる。しかし、部下たちは別だ。この場にガゼフがおらず、戦士たちだけで戦えば全滅の恐れすらある。それほどまでに、あの二匹は危険だ。一匹ずつの難度は六十位だろうか?

 

 単純に難度が六十程度であればガゼフなら簡単に勝てる。しかし、狼たちの特徴である敏捷さと連携を活かされ、長期戦に持ち込まれた場合、ガゼフですら殺しきられる可能性がある。

 

 イヌ科の動物たちは賢い。同じイヌ科の狼たちも同様なはずだ。彼らは集団で人間を襲う。そして襲う方法も恐怖を感じる物だ。数日間、あるいは数週間に亘って付け狙い続けるのだ。自分たちが眠りについた瞬間に彼らは襲いかかり睡眠をとらせずにガゼフの疲弊を待ち、ガゼフが疲弊しきった瞬間に、咽喉元に食らいつくのだ。

 

 馬を利用して撤退した場合、自分の手が回らない方向から少しずつ戦士たちを消していくはずだ。ガゼフが庇うように隙を見せればそこに喰らいつく。

 

 救いがあるとすれば、群れではない事だ。もしあの二匹が多少力が劣る狼たちを連れて群れを形成していたのであれば対処する方法はなかった。少なくとも貴族たちに装備を奪われた今は。 

 

 それに狼たちも分かっているのだ。狼たちの脅威となる存在がガゼフしかいないと。仮に部下たちを守ることを考えて戦う場合、完全武装のガゼフならいざ知らず今のガゼフの武装では荷が重い。この後襲撃を受けた村人たちをエ・ランテルまで護衛をすることまで考えれば絶望的とも言える。

 

(だが、襲撃してきた今なら倒せる。いや、今倒すしかない!)

 

 単純に考えればあの狼の討伐はミスリル級の冒険者なら十分勝算があるだろう。一匹ならば、だ。二匹同時の連携を考慮した戦力で考えた場合、ミスリル級の冒険者でも厳しいと言わざるを得ない。二匹同時に討伐するなら最低でもオリハルコン級冒険者が必要だ。

 

 それも、あちらから襲い掛かってくれればだ。逃げに徹されたら追い付けない可能性が濃厚だ。そして万が一逃げられれば、多くの村人や行商人、ミスリル以下の冒険者が犠牲になる。

 

 またあの二匹は帝国がガゼフを殺すために差し向けた存在……逸脱者が使役しているかもしれないのだ。

 

 故にガゼフは覚悟を決めた。手痛いダメージを追うことになろうとも、必ずこの場で二匹を討伐すると。

 

 暫くの睨み合いを経て、ガゼフが武技を発動して踏み込もうとした瞬間、あの二匹は動いた。自分に向かってではなく、村に向かって。

 

「まずい! お前たち、今すぐに村に向かうぞ!」

 

 ガゼフは馬に乗り全力で駆け出す。途中、部下たちに村人の生き残りを連れて逃げるように命令を下しながら。村人たちが少しでも多く生き残っていてくれと願いながら。途中、莫大な炎の渦が巻き起こった……まだ距離はあるはずなのに、熱波さえ感じられる。

 

 元々、今回の任務はガゼフを殺すための帝国の謀略ではないかとの予想は存在した。なら、あの場にはガゼフを上回る魔法詠唱者(マジック・キャスター)、フールーダ・パラダインがいるはずだ。……もし本当にいるのならば勝ち目は無い。

 

(やはり、逸脱者があの場にいるのか? ……だが、引く訳には行かない)

 

 ガゼフは先程から鳴りやまない、チリチリとした殺気のような何かを意識的に無視する……無視し続ける。だが戦士たちは別だ。誰も彼も表情が強張り呼吸が荒くなっている。この結果だけで、ガゼフが英雄であると暗示していると言える。

 

 村が見えた。村の広場の辺りに来ると、ガゼフは驚愕を隠せなかった。ガゼフが想像していたものと全く違うのだ。

 

 大きな炎の塊がこちらを見下ろしていた……炎は全てを焼き、新しい物を生み出す。また、物語などでは不浄な存在を浄化する役目を担う時もある。それを証明するようにアンデッド系のモンスターは火が弱点なことが多い。また火は救済や信仰の対象にも、恐怖の対象にもなりうる。では、目の前の存在は何か?

 

 きっと、人間が想像しうる全ての概念を兼ねた物なのだろう。暖かくもあり、恐怖を精神に直接語り掛けている。しかし、鍛え抜かれた体は何も言ってくれない。本来なら、あれだけの炎の塊であれば強敵と断言できるはずだ。

 

 ならばある程度の力量なら理解できるはずだ。しかしガゼフは相手の力が分からない……それは非常に歪だ。

 

 自分を含めた戦士たち全てが、心に直接訴えかけるような恐怖からか呆然としてしまう。ただその中でも観察を続けることはできたのは、幾度も死線を越えてきたからだ。

 

 先程ガゼフに襲い掛かってきた、狼二匹も唸り声を上げて警戒を露わにしている。どうやらあの二匹も炎の塊の仲間のようだ。

 

 ……気づいた。先程の攻撃は囮だったのだ。恐らく炎の塊の後ろにいる仮面をした魔法詠唱者(マジックキャスター)が、炎の塊を召喚するための時間稼ぎだったのだ。そう、ガゼフに準ずる力を持つ二匹の狼たちはただの、時間稼ぎでしかなかったのだ。

 

 よく目を凝らせば、後ろにいる村人たちの近くには死の姿を象ったと言える、アンデッドの騎士の姿すら見える。……それにガゼフたちに襲い掛かってきた狼と同種がもう一匹。

 

(……まずい!)

 

 本能が告げている。今すぐにこの場から逃げだせ、と。

 

 ガゼフが見たところアンデッドの騎士は自分と同格と捉えるしかない。それを使役する魔法詠唱者(マジック・キャスター)も逸脱者と同格か、それ以上と捉えるべきだ。いや、炎の塊を使役している点からも、間違いなく逸脱者よりも上だ。

 

 それに、アンデッドの騎士の強さはある程度理解できたのだ。力量差が分からないように、何らかの魔法をかけられた訳ではないのだろう。つまり、炎の塊はガゼフが力量差を把握できないほどの絶対的な差があると考えるしかない。それなら、本能がこの場から逃げろと言っているのも良く分かる。

 

 ……完全装備のガゼフでさえ、逸脱者には勝てるか分からない。なのに、逸脱者以上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が自身と比べて桁外れの前衛を呼び出し、ガゼフと互角のアンデッドの騎士を使役し、ガゼフに準ずる三匹の狼を使役している。

 

 ガゼフでは魔法詠唱者(マジック・キャスター)が使役している中で一番弱いはずの狼三匹の連携にすら絶対に勝てると断言できない。死の騎士とは一対一で立ち会ったとしても、完全武装でなければ勝ち目は低い。炎の塊と魔法詠唱者(マジック・キャスター)に関しては戦いになるかすら分からない。

 

 戦力差は絶望的であり、ここは死地だ。しかし引く訳にはいかない。何故か? もし仮に卑怯にも逃げ出したとしても、数歩も行かないうちに追いつかれ殺されるからだ。逃げる事は意味がないのだ。

 

 さらに言えば、彼らと敵対することは愚かだからだ。たとえ王国の全戦力を以てしても、彼らには敵わない。ガゼフはそう直感してしまう。

 

 ――ガゼフの考えは当たっている。もし仮に『アインズ・ウール・ゴウン』を打倒しようとした場合、法国、評議国、八欲王の戦いに参戦しなかった竜王たち……現地の全戦力が集結しなければ敵わないのだから―

 

 救いがあるとすれば、魔法詠唱者(マジックキャスター)は村人たちを庇うように立っていることだ。村人たちが一切恐れた表情を出してない事からも間違いがないはずだ。

 

 なら、交渉の余地はあり敵対しない方法も、友好関係を築くことも不可能ではないはずだ。

 

 ガゼフの後ろで驚愕と恐怖を滲ませた戦士達が立ち直る前に、ガゼフは身分を明かす。分かりあえると信じて。友好関係を気付くことが、自分を引き上げてくれた王の恩義に報いる結果になると信じて。

 

「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフである! 王命により近隣を荒らす騎士たちの討伐のために村々を回っている……我々は君達の敵ではない! どうか、話を聞いてもらいたい!」

 

★ ★ ★

 

 王国戦士長の声を聞き周りではざわめきが起こる。アインズは村長に聞いた話の中に王国戦士長の話があった事を思い出す。王直轄の精鋭を指揮する戦士らしい。

 

(しかしなぜ戦士長が来たのか……名を騙ってる人物ではないか?)

 

 上層部に属する者が助けに来るのは信じられない。アインズは後ろにいる村長に聞こえるように、大声を上げる。本物かどうかの確認のためだ。

 

「目の前の人物は本物ですか?」

 

「……申し訳ありません。噂でしか聞いたことがありませんので……誰か、知ってるか?」

 

 村長の質問に村人全てが首を横に振る……つまり彼らはグレーな存在だ。敵とも敵でないとも断言できない。

 

 しかし一つだけ言えることがある……警戒が滲みでる空気を無視して大声を張り上げて自らの名前を名乗った……本物の戦士長かは判断しかねるが、根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)を無視できるのだから……大物ではあるのだろう。

 

 事実、彼以外は驚愕の姿勢から立ち直れず恐怖の表情から立ち直れていない。彼が、ほかの者たちと違う事を証明している。

 

 そう、自らに匹敵する強者の可能性だ。

 

「…………あなたは一体何者ですか?」

 

「……私はアインズ・ウール・ゴウン。この村を騎士たちから救った者です」

 

 その返事を聞きガゼフは馬から降りて、自らに近づいてくる。何をするつもりか分からないが、もし根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)を避けて自分や村人たちに接近しようとした場合、即座に攻撃を下す必要がある。しかしその必要はなかった。

 

 なぜなら王国戦士長と名乗った者は、根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)の前で立ち止まって頭を下げたからだ。

 

「この村を救って頂き、心から感謝する!」

 

 一瞬の静粛の後、後方の村人たちからも動揺が起こる。当然だろう、特権階級と思われる者が身分不明の者に頭を下げるのだから。

 

「……みなさん、恐らくですが王国戦士長と言うのに偽りはないでしょう。……しかし欺くための罠という事も考えられます。警戒は怠らないでください」

 

 後方の村人たちに指示をしながらどうするかを考える。一番は敵の強さを調べる事だが、残念なことにモモンガは敵の強さを調べる魔法を所持していない。なので奇妙な繋がりを通して彼の足止めを行った月光の狼(ムーンウルフ)に確認してみると、月光の狼(ムーンウルフ)を少し上回っている程度であり、3匹同時でかかれば勝ち目は大きくなり、死の騎士(デス・ナイト)ならほぼ勝てるとの返事が奇妙な繋がりを通して返された。

 

 つまり、根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)が前衛としているアインズにとって万が一にも負けはない敵だ。

 

(……偽物か? 王直轄の精鋭を指揮する人物がその程度とは考えられない。いや、力を隠している可能性もあるか? もしかしたら強力な生まれ持った異能(タレント)を保有しているからこその戦士長なのか?)

 

 警戒は続けるべきと結論付けたアインズは、戦士長に話しかけ少しでも多くの情報を集めることにした。

 

「……失礼な話をしているのですが、何も言わないのですね?」

 

「この村は騎士に襲われている。警戒があっても仕方がない。……それにしても村人達はゴウン殿を信頼しているな……」

 

 後方の村人達から声が上がった「アインズ様は私達を騎士から助けてくださった!」「死にかけている者にポーションを振る舞い、救助活動も手伝ってくださった!」

 

 村人から声が飛んでくる。それを聞いたガゼフは驚愕を露わにする。

 

「……そこまでしてくださったのか……本来は我々がすべきことだが……ゴウン殿。我々の代わりにそこまでして頂き感謝する。掛かった費用を教えてくだされば用意しよう」

 

「それには及びませんよ……報酬は既に村人達から頂いている」

 

「報酬? ……すると冒険者なのかな? 私は寡聞にしてゴウン殿のような偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)の名前を存じないが……」

 

「旅の途中でしてね? 名前は売れてないでしょう」

 

 予想していた質問なので上手に、誤魔化して強い情報の流出を避けることができた。まぁ、これから少しずつ名前を売るつもりではあるが。

 

「……旅の途中か。ゴウン殿のような仁徳ある方の時間を奪うのは心苦しいが、時間を頂いても?」

 

「構いませんよ。騎士達の事等説明も必要でしょう? 大半はそこの死の騎士(デス・ナイト)に命を奪わせましたが」

 

「なるほど、ではそちらの狼もゴウン殿が召喚したのかな?」

 

「えぇ。そこの月光の狼(ムーンウルフ)は鼻が利くので敵の警戒に召喚しました。中々優秀でしてね?」

 

「……では、この炎の塊もゴウン殿が?」

 

「……ああ。根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)の事ですか。ええ。そうですよ。その精霊は私が召喚しました」

 

「精霊……ですか」

 

 戦士長は根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)を見上げながら少し考え込む。まるで何かを迷っているかのように……

 

「……それでは、もう一つだけ聞かせて頂きたい……その仮面は?」

 

「敵になる可能性がある人物に、顔を見せるのは危険ですから……呪術の中には顔が分かれば呪いをかける物もあるかもしれませんし。名前を教えたのはかなりの譲歩ですよ?」

 

「……なるほど」

 

 つまりまだ自分達はお前を疑っていると伝えると、深く悩み始める……相手が疑いを晴らす方法を考えている間に話を進める。そう、これだけは確認しておかなければならない。

 

「ところで戦士長殿。私が召喚したシモベが見つけた集団は二つ。一つがあなた達で、もう一つの集団がいます」

 

 戦士長の顔は変わらない。しかし確かに空気が変わった。まるで新たな危険を感じたかのように。

 

「単刀直入に聞きます。あなた達は本当に村人の味方ですか? もう一つの集団が村の味方ですか?……それともどちらも敵ですか?」

 

 アインズの言葉で死の騎士(デス・ナイト)月光の狼(ムーン・ウルフ)達が警戒心から敵意を露わにし臨戦態勢に入り、根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)が呻き声を上げ体から火花が散り真下にいたガゼフに降りかかる。

 

 根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)に威圧されたのか後ろの戦士団は表情に恐怖を表しながらが武器を手にかける。

 

 それに応じるようにアインズもスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを構える。……火花が散ってくるのを腕で庇っていた戦士長は部下たちを咎める大声が響いた。

 

「お前達、今すぐ武器を下ろせ! 我々は本当にあなた方の敵ではない! 信じてくれ!」

 

「…………では、その集団は王国戦士長を殺すための集団ですかな? 多少この村を見たところ、なぜ虐殺されたのか理解できない。……しかしあなた達をおびき寄せるために虐殺したのなら理解はできる」

 

「……なぜそれを?」

 

 非常に小さく喘ぐような声だったがアインズは聞き逃さなかった。……これで彼らに対する行動が決定した。

 

「なるほど。この考えは正しかったか……では戦士長殿、すぐにこの村を立ち去って頂きたい……あなた個人はとても素晴らしい人物だ……身分不詳な私に対しても頭を下げるほどのね。もし出会いが違えば、友になるのを願ったかもしれない」

 

 出会い方が違えばそれこそ共に冒険だってしてみたかったかもしれない。だが、彼らはカルネ村が襲われることになった原因でもある。……アインズの怒りを現すかのように、仮面の下の目は赤い光を増していた。

 

「しかしだ……お前達はこの村に政治的な争いを持ちこんだ。彼らは一日一日を懸命に生きているだけなのに。政治の都合で村は虐殺された……彼らは戦争にも出てない。何も悪い事もしていないだろう? もしかしたら大勢の為という視点なら正しいのかもしれない。多数の為にと言いながら少数を切り捨てる事はよくある事だ。お前がこの村の味方になろうとして、本当に村を救おうと行動しているのなら、今すぐこの村を去れ! ……これ以上政治の都合を、この村に持ち込むな!」

 

 

 怒りのままに根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)に命令を下したい。だがそれはしない。ある意味彼らは自分にとっての恩人でもあるからだ。カルネ村が襲われていなければ彼女と出会うこともなかったからだ。最も許すつもりは一切ないが。理不尽ではあるかもしれないが、アインズは我儘である以上仕方がない。

 

 戦士長は頭を伏せて沈黙している。少し経つと何も言わずに馬の下に戻る。後悔を滲ませながら村人たちに向かって頭を下げた。

 

「……行くぞ」

 

 ガゼフ達は何も言わずに村を立ち去ろうとした。しかし一歩遅かった。一人の戦士が戦々恐々しながら近づいてきたからだ。

 

「戦士長! 周囲に複数の人影が、この村を囲む形に接近しております」

 

「……どうやら警告を出すのが遅かったな……」

 

 アインズはぽつりと呟く。村人達から視線でどうすればいいかと問われながらアインズは考える。何が最善か、を。

 

★ ★ ★

 

 その後アインズは一先ず村人に村長の家の周辺に集まるように指示する。

 

 緊急事態なので戦士長達もそばにいる。村長も近くにいる。何かあった時にすぐに村人達に指示するためだ。根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)が近くにいるため自分の安全も確保できている。村人たちの安全も同様だ。

 

「……なぜ、スレイン法国の特殊工作部隊群の六色聖典たちが」

 

「知っているので?」

 

「詳しくは知らないが……貴族共を動かし、武装をはぎ取り何の罪もない村人を殺してまで、私を殺そうとするとは……彼らは人類の守護者を自認しているはずだが……なぜこのような事を!」

 

 戦士長が強い怒りを滲ませる。アインズは鼻で笑いながら話す。この男は確かに良い人間なんだろう。見知らぬ民草のために怒っているのだから。しかし、村人が虐殺された要因の一つであるこの男に怒る資格はあるのだろうか?

 

「それが政治では? 無辜の民少数を犠牲にして何かを掴もうとする……それに人類の守護者? 表の顔でしょう?」

 

 つまりアインズは法国もどこにでもある利益を追求する国と断じているのだ。実際人類の守護者を名乗る者たちが、なぜ無辜の民を殺すのかアインズには理解できない。

 

 ―――これはアインズは知らない事だが……王国には罪がある。王や貴族、戦士長のみならず、無辜の民にさえ存在するものだ。

 

 人類は法国がいなければ確実に滅んでいる。これは避けようのない事実である……実際に竜王国という国はいつ滅んだとしてもおかしくない程にぼろぼろだ……法国の秘密裏の支援がなければ確実に全ての人間が、生きたままビーストマンに食べられるという地獄を味わっただろう。現に、手が届かない場所では生きながら食われる人間が続出しているのだ。

 

 そして王国の罪は重い。王国の隣にある帝国は腐敗を乗り越えて正常な国家への道のりを歩み出している。帝国が人類の国を滅ぼそうとするのが、正しいかは判断が分かれる所ではあるが……。

 

 しかし王国の腐敗は、帝国が王国を滅ぼす事を法国に容認させてしまったのだ。貴族や王族は政争に明け暮れ、どれだけの民が飢えて死のうとも相手派閥が弱れば解決できると現状を容認してしまっている。一部の貴族や国王を始めとした勢力が必死に立て直そうとしているが、ただ滅びの時の時間を延ばしているだけに過ぎない。

 

 麻薬を裏の産業にまで発展させ周辺国家に輸出しているのだ。

 

 たとえ法国が全力を出し切ったとしても、人類の滅びを回避できるかは分からない。そんな現状を理解せずに同じ人間同士で争い麻薬を作り、犯罪組織が政治の世界にまで勢力を伸ばしている。

 

「ふざけるな!!」

 

 法国が怒りのままに叫んでも許されるだろう。

 

 そして王国の上級階級に君臨する者たちにはより許されない罪がある。なぜならガゼフ自身も認めているのだ。『冒険者』がいなくなれば、王国は滅びる事になると。だから王国は冒険者に無理難題を強いれない。彼はここまで理解しているのだ。

 

 これは六大貴族と呼ばれる者達も理解しているのだ……国が常に滅びの可能性を占めている事に対して自分達の手で身を守れず、所詮傭兵という要素が強く王国を去ろうと思えば去れる者達に国防の一つを任せきりにしている。

 

 確かに冒険者がいるから何も手を打つ必要はない。住み分けは大事という考えもあるかもしれない。

 

 しかしだ。ガゼフは……平民出身であるガゼフだけは本当に理解する事ができたかもしれないのだ。冒険者がいても王国がいつ滅んでもおかしくない事を。

 

 辺境の村では魔物が来て、冒険者を雇えなければ、頭を低くして通り過ぎる事を願うしかできないのだ。

 

 冒険者は適正な報酬が無ければ動く事はできない。それが冒険者のルールである。これは冒険者の実力を考慮して実力に見合った敵と戦わせる、冒険者を守るという点で正しいと言えるだろう。

 

 それが何十年も続いたらどうなるだろう?

 

 王国は税金がかなり高額であり、100の内60は税収として持っていかれる。残った物では生きていく事がギリギリできるかどうかだ……そんな現状で魔物が来て、辺境の村々が払う報酬があるだろうか? そもそも依頼を出すためには、冒険者組合がある街に依頼をしに行かなければならないが、そんな時間的余裕はあるのだろうか? 依頼を出しに行く途中で、村は滅びるのではないだろうか?

 

 塵も積もれば山となり、少しずつ村はなくなり王国は領土と税を納める平民たちを失うのだ。

 

 ほとんどの貴族が村人を助けない。税金は払え、労役につけ。この現状が続けば王国の民が住める場所は減少する。帝国ではなく、魔物によって。依頼が無ければ不幸な遭遇戦以外冒険者は動いてはいけないのだから。大都市では黄金の姫(怪物)の政策により多少改善傾向にあるが……もしかしたら黄金の姫(怪物)はこのことにまで気付いていたのかもしれない。だとすれば、どれだけ性根が悍ましい物であろうとも、王国に貢献しているのは怪物である。

 

 しかし、いくら王国の問題を改善させようとも、焼け石に水だ。つまり王国は帝国ではなく、魔物に滅ぼされる可能性すらある。

 

 万が一王国が滅びた場合、周辺諸国はどんな状況に陥るだろう? 法国は裏切り者であるエルフとの戦線を抱えている。また、竜王国にも支援をしなければならない。今ですらギリギリ保っているはずの平和が崩れる危険性すらあるのだ。

 

 また人類の切り札と言われる、通常のアダマンタイト級冒険者は難度にして九十前後。そしてこの世界には、アダマンタイト級冒険者を鼻で笑える強者が数えきれないほどいるのだ。そんな化物を相手に法国は単独で抗い続けている。

 

 スレイン法国からすれば、そんな現状で何も行動をしない、民も民だろう。現状を容認してしまっているのだから。もし誰かが立ち上がれば現状を好転させる事が可能だったかもしれないのに……確かに不可能に近いだろう。不可能と断言してもいいかもしれない。そんな事をするのは後先考えない愚か者だけで、実際に行動すれば馬鹿にされすぐに鎮圧されるだろう。

 

 しかし法国だけはそれを馬鹿にはしないし、それを不可能と断じないだろう。スレイン法国は人類を救ってくれた六大神亡き後、人類滅亡という確定事項を覆し続けているのだから……

 

 

 

 

 こんなふざけた、現状を打開するために法国は動いた。この事を責める事ができる者がどれだけいるだろう? 王国や人類の惨状を考慮すると、法国が少数(王国)を切り捨て(人類)を救うと決断したのを責める事はできない。切り捨てられる側(王国)も批難する事は許されない。そんな行動をしなければならない程、法国を追い詰めたのは他ならない王国なのだから。

 

 全てを知れば、まともな人間ならば、法国とともに行動するしかないだろう。――少数を切り捨てるという感情面を排除すればだが――人間の観点でみればスレイン法国は正しいのだから。

 

 しかし、残念な事にアインズは法国の行動を理解する情報を持たなかった。

 

 もしもこの時点で人間の光をみたアインズと対話する事ができれば、手引き者と上層部の犠牲だけで法国と手を取り合い人類すべてが黄金の時代を掴みとる事も不可能ではなかったかもしれない。カルネ村はアインズに人の光を見せた。

 

 そして法国も人類の光を見せる事は可能だった。常に人類の生存競争の最前線に立ち続け、後方では政治的腐敗を無くして前線をサポートできるように動く彼らを見れば。

 

 アインズはまだ知らない事が多すぎる。

 

 この時点で陽光聖典がアインズと手を取り合えない事で法国の将来は確定しているのだ。何より彼らは、知らない内にモモンガの逆鱗の一つに触れてしまった。故に人類を懸命に救おうとした者達は、カルネ村に光を……母の面影を見たアンデッドに滅ぼされるのだ―――

 

 

 

 

 

 その後ガゼフ達は自分達のせいで村が虐殺された責任を負うために、アインズに村人を頼むと言い特殊部隊に戦いを挑んだ。結末は決まっている。装備を剥ぎ取られたガゼフではこの戦力差を覆す事は出来ない。

 

 ——また仮に武装が剥ぎ取られていなかったとしても、陽光聖典に魔神を単独で打倒した存在であり、人間ではたどり着けないとされる第7位階を使える切り札を召喚されれば、ガゼフたちに勝ち目は100%なかった。たとえ英雄に片足を突っ込んでいるガゼフであっても覆せない高みを陽光聖典は所持しているのだ——

 

 しかし、カルネ村には圧倒的戦力差を覆せる人物が存在する。

 

 ガゼフは敗北を覚悟した時、視界が変わりそばには農具を持った村長がいた。話を聞くと入れ替わるようにアインズの姿が消えたらしい。ガゼフは力を抜く。この村の滅びは回避されたと思いながら。

 

 だが、この時のガゼフは知らなかった。

 

 確かにカルネ村は救われたが、この出来事が、ガゼフ自身の心を大きく切り付け、リ・エスティーゼ王国滅亡への第一歩となることを……

 

★ ★ ★ 今日の守護者統括

 

「あれ、モモンガ様の護衛はどうしたのアルベド?」

 

「……後でモモンガ様からも伝えられるでしょうけど、先に伝えておくわね。モモンガ様は、至高の御方々がナザリックに帰還なされるその日まで、『アインズ・ウール・ゴウン』とお名乗りになられます」

 

 アルベドの目の前にいる後詰の部隊の指揮官である、双子が目を見開いている。だが微妙に納得の表情も見受けられる。確かに、『アインズ・ウール・ゴウン』の名前は愛する人にしか相応しくない。

 

「それと、私がこの場にいる理由だったわね……アインズ様に伏兵として行動せよと命令されたからよ」

 

「伏兵? でも、アインズ様の護衛がいないのは……問題じゃない?」

 

 アウラの顔が不満げに歪む。マーレは表情こそは変わっていないがやはり不満げの様子が見受けられる。当然だ。自分がアウラの立場だったとしても、同じように不満を持つだろう。たった一人残られた慈悲深い御方を危険に晒すなんて、と。

 

「そのとおりね……でもそれがアインズ様の御命令なの……これでも多少御命令に逆らったのよ? ……それは良いわ。とりあえず、私たちがどう動くべきかの計画を立案します。異論は?」

 

 質問をしているがこれはただの確認にすぎない。確かに彼らは今回の部隊の指揮官であるのだろうが、自分の方が上位者であり、モモンガの思いを聞いてこちらに来ているのだから、自分が指揮官になるべきだ。

 

 二人も思うはずだ。守護者統括が護衛の任を解かれ後詰の部隊と合流する。普通に考えれば、アルベドに指揮権が移る命令が下されたもの、と。モモンガにはただ合流しろと言われただけだが、これぐらいの拡大解釈なら問題ないはずだ。

 

(……戦闘指揮官としては、不安は残るけど)

 

 アルベドはナザリックで比類なき智者である。上回るのはモモンガだけである。自分に匹敵する智者はデミウルゴス及びまだ見ぬ財政面の責任者だけである。しかしそんなアルベドにも弱点はある。専門は組織の運営管理であり軍事面には不安がある。だからこそ戦争時にはデミウルゴスが指揮官になるのだ。

 

 だとしても、アウラたちよりは効率よく指揮できるはずだ。それに、モモンガの心情を一番理解できているのは自分との自負もある。モモンガの思いを汲んで行動するためにも、アルベドが指揮権を握る必要がある。

 

「無いよ」

 

「え、えっと。だ、大丈夫です」

 

 二人が返事を返すのを聞きながら、二人にモモンガの思いを告げるべきか一瞬思案するが、二人に告げるには少し不安が残る。特にマーレに関しては、ナザリック以外はどうでもいいとの思いが顕著だからだ。

 

 本来はそれが正しかったはずだが、今からは違う。意識改革には時間がかかる以上自分から話すことはない。何より、モモンガの秘密を自分だけが知っている状況。必要なら崩してもいいが、進んで崩す気にはなれない。

 

「では、あなた達に命令を下します」




今更ながらこの作品はモモンガ様×ネムなんです……早く第一章へ……持っていかなければ。

本編開始まで後多目に見て8話? ぐらいです。 第1章 美幼女とアンデッド(美女と野獣)(仮)まで今しばらくお待ちください!

次回没予告

「モモンガ様はこの村に何をご覧になられたのでしょうか?」

「……私が唯一愛した女性……その人によく似た人を見つけてしまってな……振り払ったはずだったんだがな……」

没にした理由
お察し下さい。


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第6話

考察すれば考察するほど人類って詰んでるなと思いました(小並感)
ニグンさんはこれぐらいかっこよくていいはずだ!



 ガゼフたちは敵を引き付けて撤退するために、特殊部隊に突撃を開始した。別れ際に村人たちを頼むとだけアインズに告げて。

 

 カルネ村の者たちを守るのは当然だ。そのためにアインズはここにいるのだ。言われるまでもない。

 

 

 ただ彼らを村を確実に守るために利用させてもらいはした。特殊部隊の能力を把握するために、魔法で観察していたのだ。

 

 そう、ただそれだけであった。どちらにせよ特殊部隊たちはアインズに能力をある程度把握されたため、ガゼフたちが逃げ切った……または全滅した後に強襲される事は確定していた。

 

 アインズにとってガゼフは生きようとも死のうとも、どちらでも構わない程度の存在でしかない。だからこそ陽光聖典は全滅と引き換えに、戦士長殺害の任務は成功することが可能なはずであったのだ。

 

 

 しかし、特殊部隊の長は決して言ってはいけない言葉を……アインズが絶対に許すことができない言葉を吐いてしまった。

 

「——村長。戦士たちは敗北したようです。今から魔法で敵を排除してきます……邪魔になるので戦士団たちはこちらに転移させます。護衛として月光の狼(ムーン・ウルフ)死の騎士(デス・ナイト)を残して置きます……それでは」

 

 

 隣にいた村長の返事を聞くこともせずに、魔法を行使した。はっきり言えば戦士団を転移させるのは無駄の一手だろう。それでも転移させたのは情報の流出を少しでも避けたいという思いが、辛うじて残っていたからである。

 

 理性が少しでも残っていなければ、この場でガゼフたちは巻き込まれて死んだ可能性が高い。感謝すべきことである。

 

 だがここからは別だ。村人たちもいない。アルベドを含めた部下たちもいない。自分の周囲にいるのは前衛として呼び出した炎の根源精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)と対峙する特殊部隊だけだ。

 

 つまり怒りの感情を理性でもって無理やり押し留める必要性は皆無だ。今までにたまっていた怒りの全てを露にするのを止める存在はもういない。

 

「——クゥ、クズがぁあああああああ! 貴様らは俺が救った者達を、俺に憧憬の眼差しを抱かせた村人達を殺すと言ったのだぞ!……俺がようやくたっちさんに恩を返せたと思える人達を殺すだと! ……俺の大切な人を殺すだと! 許せるかぁ! 許すものかぁ! ……もう二度と、死なせたりなんかしない!!」

 

 沈静化は行われる。しかし、このどうしようもない怒りは間欠泉の様に吹上、決して収まることはない。

 

 

 

 

 ここに恐怖劇(グランギニョル)の幕が切って落とされたのである。

 

 

 

★ ★ ★

 

 ニグンは焦っていた。目の前にいる存在は仮面やローブで姿を隠しているため、何者かは不明だ。だが一つだけ分かることがある。

 

 この敵と対峙すべきなのは我々ではない。

 

 殲滅戦に長けた陽光聖典ではなく、英雄という人外たちで構成された漆黒聖典が対峙すべきだという事だ。

 

(まさか、ガゼフ・ストロノーフの言葉は真実だったのか!?)

 

 

 

 ガゼフは確かに強かった。数々の至宝を奪われ、力量差は明白であった。だがそれでも、強く捨て身であった。

 

 陽光聖典に襲われ生き延びるには捨て身にならざるを得ないのは間違いない。それでもなお、ガゼフの強さは鬼気迫る物があった。もし後一手、ガゼフに何かがあれば、切り札を使用することも検討せざるを得ないほどに。

 

 腹立たしかった。何故、王国に仕えているのかと。お前が仕える場所は違うだろう。お前が武力を振るう場所はこんな場所じゃないだろうと。

 

 ……何かに駆り立てられたように戦うガゼフも遂に倒れた。後は止めを刺すだけ……その時、ガゼフは自分より強い人がいると、どこか悲しそうに、しかしはっきりと呟いていた。

 

 ハッタリだと思っていた。法国ならまだしも、王国に王国戦士長より強い存在がいる訳がないと断じていた。

 

 しかし事ここに至っては、強者がいないとの判断は間違いだったと認めざるを得ない。

 

 

 

 陽光聖典に所属する者たちは強い。人を超越した英雄たちで構成された漆黒聖典を除けば法国の中でも精鋭中の精鋭である。そして仮に相手が漆黒聖典級の化物だとしても、一人だけなら十分に勝ち目はあるはずなのだ。

 

 では、今目の前で起こっている惨状は一体何だ?

 

 ニグンも部下たちも目の前に相対する存在の危険性を感じとってしまった。だからこそ、すぐに天使たちに突撃の命を下せた。しかし……仮面をした存在にはダメージを与える以前に攻撃することすらできなかった。

 

「■■■■■!」

 

 そう、ほとんどの攻撃は、言葉にできない雄叫びを上げている、炎の巨人に遮られているからだ。さらに言えば、迂回する形で炎の巨人を抜けた天使たち……恐らく見逃されたのだろう。その天使たちの攻撃を喰らったはずなのに、仮面の存在はダメージを喰らった素振りすら見せず、何らかの魔法で天使たちを消し飛ばしていた。  

 

 あれは化物である。陽光聖典では勝ち目が万に一つもない。深い絶望が陽光聖典を覆っていた。

 

「……これで、終わりか?」

 

 仮面の存在が一歩踏み出す。ただそれだけで、法国の精鋭である陽光聖典の士気は地に落ちる。すでに軍勢としてのモラルは壊滅寸前である。それでも誰も逃げないのは、あの存在を相手に後ろを見せたくないからだ。

 

 仮面で顔を隠している存在は、化物だ。人間ではどうしようもない程の。そう、魔神と言っても差支えが無い存在なのだ。

 

(……まだだ、切り札はある)

 

 本来の陽光聖典では勝ち目は絶対にない。しかし、ニグンの手元には切り札がある。だが、恐怖から体が動いてくれないのだ……もう、全てを忘れて楽になりたい。このまま目を閉じればきっと、全てが夢だ。

 

 そして、眠りに就こうとしたその瞬間、唐突に思い出す。

 

 ――もしここで陽光聖典が全滅すれば、竜王国は遠からず亜人たちに飲み込まれる。そうなれば、人間の生存のための一角が食い破られたことになる。

 

 いや、殲滅戦に長けた陽光聖典がいなければ王国や帝国が、トブの大森林などから湧き出てくる、ゴブリンを代表する亜人たちの狩場になるかもしれない。

 

 事実、そうなるはずだ。自分たちの任務は人類の生存圏で台頭しようとする亜人たちの間引きなのだから。間引きする者がいなくなれば、結末は簡単だ。本来の食物連鎖に従って、人間のほとんどが食べられるだけの存在に堕とされる。

 

 自分たちの代替えに成りうる者たちはほぼいない。代わりになれるとすれば、自分たちを上回る存在であり法国の切り札、漆黒聖典だけである。力量だけなら、アダマンタイト級冒険者でも可能だろうが……現状を理解しない者たちに期待するだけ無駄だ。また漆黒聖典でも例外を除けば殲滅戦が得意と言える訳ではない。

 

 それに、陽光聖典の任務を唯一肩代わりできる存在である、漆黒聖典は破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活に備え神器の護衛に入っているため動けないのだ。

 

 漆黒聖典は切り札中の切り札。陽光聖典だけで対応可能な任務に彼らを投入するのは愚の骨頂だ。いつ、漆黒聖典が必要になるか分からない以上、できる限り彼らにはフリーハンドでいてもらうことが重要なのだ。

 

 さらに言えば、敵は亜人や異形種たちだけではないのだ。裏切り者の薄汚いエルフども……同じ人間種でありながら、人類の生存を妨げようとする汚物たち。

 

 現状の法国は事実上のではあるが多方面作戦を実施している。戦力の分散は危険と分かっていても、多方面作戦を実施せざるをえないのだ。

 

 だから、現状の法国に余力はないのだ。法国が、六つの神殿が、六色聖典が力を合わせる事で今はある。陽光聖典が崩れれば、法国はさらに余力を失うのだ。きっと、均衡は大きく傾く。

 

 

 

 ……陽光聖典には自負がある。桁が違う漆黒聖典と共に人類生存への最前線に立ち続けているという自負が。必要があれば同じ人間ですら手にかけよう。人類を守るために。ただ一心に人類の未来を守るために……自分たちはこんなところで、死ぬ訳にはいかない――

 

 

 恐怖で閉ざそうとしていた目を大きく見開いた。我を見失いかけていた。我々の任務は人類を守護する事。ならば、漆黒聖典でも難しい任務であろうとも、決して諦める訳には行かない。最後の時まであがき続ける。

 

「——最高位天使を召喚する! 時間を稼ぐのだ! それしか勝ち目はない!」

 

「……あれは、魔封じの水晶?……最悪の場合、切り札を切るか?」

 

 聖なる存在、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は今ここに降臨した。陽光聖典を守るため、引いては陽光聖典が守護する人類を守るために。しかし――

 

 

 

 

 

 ニグンは絶望の淵にいた。最高位天使の攻撃は炎の巨人を倒す事すらできずに、炎の巨人のただ一度の反撃で消滅した。伝説の最高位天使はただの一撃で打倒された。

 

 そう、魔神すら単騎で打倒した最高位天使がただの一撃で破れたのだ……

 

(……人類は終わり、なのか?)

 

 もう人間の滅びを覆すことはできないのかもしれない。もし可能性があるとすれば漆黒聖典が破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)と、目の前にいる最高位天使を歯牙にもかけなかった存在を被害なく打倒して、際限なく湧き出る亜人たちを殲滅してくれることだ。

 

 それが、どれほど可能性が低いかは理解している。だが、ニグンには望むことしかできなかった。

 

 陽光聖典の者たちはニグンも含めて心は折れてしまっていた。もう、立ち向かおうという勇気も無様に生き延びようとする気持ちもない。

 

 これが絶望だ。これ以上の絶望があるはずがない。あって良いはずがないのだ。

 

 仮面の男が炎の巨人より前に出た。そしてまるで見せつけるように仮面を外した。

 

「………あ」

 

 ……知っている。知っている。自分たちはあの御方を知っている。

 

 六百年前に人類を救ってくれたのは誰だ? 我々人類を守護してその命を擲ってくださったのは誰だ?

 

 六大神様たちだ。そして目の前にいる御方は誰だ? 最後まで我々を守護してくださり、大罪人によって追放された存在は誰だ? スルシャーナ様だ。

 

「スルシャ――」

 

「貴様らにはただの死すら生ぬるい……この村に殺戮を招いた事を永遠の絶望に身を包ませて、後悔させてやる」

 

 その言葉を最後に何らかの魔法を使われたのだろう。ニグンの意識は落ちて行った。我々は神と敵対し、神の思いを踏みにじった末に捨てられたことを理解して……信じた存在を知らず知らずに裏切っていた……真の意味で絶望しながら。

 

 

 

 声が消えた。近くであった戦いの音が嘘のように消えていた。決着が付いたのだ。それも自分たちを救ってくれた方の勝利で。

 

 その姿が村に近づいてくるのをただ眺めていた。そして、少し離れた場所で村長との話声を、お借りした狼を抱きしめて、ただ声を聞いていた。

 

「では、今日のところは失礼します」

 

「……はい。いつでもお越しください!」

 

「ええ。その時はぜひ……それと――」

 

 また会いたいな。そう思っていた……願いは比較的早く叶えられることになる。

 

 

★ ★ ★

 

『アルベド聞こえているか?』

 

『はい、聞こえております。アインズ様』

 

『ナザリックに帰還するぞ……私は一足先に帰る。それと、今回の件で話がある。お前も私に言いたいことがあるだろう?……後で執務室に来てくれ』

 

『……承りました』

 

『……あと、あの村での出来事は他の者たちには内密で頼む……ではな』

 

 本来なら一緒に帰るべきなのだろう。だがそれはできなかった。何故か? 簡単である。アルベドに顔向けができなかったからである。

 

 鈴木悟としては今回の行動に恥じるべきことは一つもない。それは断言できる。しかし、ナザリックのモモンガとして考えれば、行き過ぎだろう。

 

 アインズ・ウール・ゴウンとして、支配者として考えれば完全に失格である。

 

 

 ナザリックに帰還したアインズはアルベドと二人きりになる機会を作らずに、ギルドの名を全世界に広める命令を階層守護者やシモベたちに伝えて、今は宝物殿に来ていた。アルベドに自分が人間達にどのような思いを持っているか、自分がカルネ村でどのように行動したかの詳細の口外を禁じたまま。

 

 

 本来なら玉座での命令が終われば、カルネ村の件をすぐに話し合うつもりだったが、その前に確認すべきこと……必要になる事があると思ったため、アルベドの件は後回しにした。

 

 そう、もしかしたらアルベドはカルネ村の件で自分に失望している可能性すらある。思われていなくとも人間を愛している事が知られれば、自分が支配者に相応しくないと思われる可能性が高い。いや、思われるはずだ。

 

 だがこれは偏に自分の想像でしかない。……ほかのNPCで失望されないかを聞いて確かめるべきだ。

 

 宝物殿領域守護者なら外に出られないため時間は稼げる。それに自らが創造したNPCなら安心感が違う。自身にとって味方に一番近いだろう。裏切りの可能性も一番低いはず。

 

 いや、そうではないのだ。もし本当にアルベドが今の自分をギルド長として相応しくないと断じるのであれば、それは正しい。今の揺れに揺れている自分では受け入れるしかない。

 

 沈静化を以てしても微弱な感情の揺れは続くのだから。

 

 隠居しろと言われれば、素直に受け入れよう。さすがに、殺されそうになれば、抵抗はするだろうが。

 

 

 しかし、自らをギルド長から引きずり下ろすことを、アルベドにさせるには不安がある。アルベド以外から見れば自分は絶対の主に相応しいという思いに変化が無いはずなのだ。そんな中アルベドが何か行動を起こしたとしても不和が残るだけだ。

 

 彼らがみんなの思いを受け継いでいるのなら、下手をすれば空中分解すら起きる可能性がある。たっち・みーやウルベルト・アレイン・オードルの様に……。

 

 それは嫌だ。ギルドの崩壊。それだけは絶対に阻止する。

 

 問題なくギルド長から降りる方法は一つしかない。ギルドメンバーが帰還して、多数決を以て解任してもらう事だが、現時点ではできない。

 

 ならば少しでもナザリックに不和を残さない方法を、探さなければならない。アルベドが決断したときに被害を少しでも減らすために。それが今の自分が唯一できる行動だ。

 

 被害を減らすためには、アルベドが弾劾をしてはいけない。だが、自ら主の座を降りるなんて無責任な真似はできない。

 

 なら代役を立てる必要がある。そして最適な人材はただ一人。自らが創造した宝物殿領域守護者だ。

 

 彼が弾劾するのなら、ナザリック全体の不和は減るはずだ。少なくともすぐにナザリックが割れる事態は防げる可能性が高い。そうすれば、アルベドが事実上のトップだ。自らより、円滑にナザリックを運営できる。

 

 だがそれは自らが背負うべきはずの重荷全てを持たせるような事、自ら責任を放り投げる事と同義でもある。一言でいえば……。

 

(最低だ……な)

 

 いや、アルベドが自らを見放していない可能性もある。だからそれは本当に最後の手段だ。ここに来た真の目的は別にある。自分の思いを話した場合NPCはどう行動するかを知ることだ。

 

 そして宝物殿領域守護者が自分に失望せず、アルベドも今でも自分を主として見てくれているのなら、彼らが見ている主に近づこう。それが礼儀だ。

 

 だが自分には足りないものが多すぎる。誰かに教えを乞うしかないだろう。しかし、ナザリック最高の智者であるデミウルゴスやアルベドに支配者として相応しい教育をしてくれなんて言える訳がない。

 

 そんな中、唯一の例外が彼だ。彼は表には出ない。他の者たちと知り合う機会もない。自らが創造したNPCであり、アルベドやデミウルゴスに匹敵する智者……教えを乞うにこれ以上最適な人材はいない……何となく情けなくもあるが。

 

 合言葉で戸惑い時間を使ったが無事にたどり着いた。かつての友人の姿に変身しているNPCが見えた。

 

「戻れ。パンドラズ・アクター」

 

 言葉に従い、パンドラズ・アクターの姿が歪み真の姿が現れる。彼は二重の影(ドッペル・ゲンガー)であり、アインズが創り出したNPC……自らがカッコイイと思った、中二的な設定を詰め込んだ……黒歴史である。

 

(認めたくないな……自分自身の若さゆえの過ちは)

 

「ようこそ、お見えになりました! モモンガ様! 私の創造主よ! このたびはどのようなご用件で? もしや私の力を振るう時が来たのですかな?」

 

「……そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」

 

 この返答は予想していなかったのか黒歴史が驚愕していた……オーバーなリアクションで……精神が削られていくようだ。アインズにこの世界で最初にダメージを与えたのは黒歴史である。

 

「それは一体どのようなことでございますのでしょうか?」

 

「……そうだな。まずは現状の説明をする」

 

 アインズは今までに起きた事を要点を摘まんで黒歴史に語る。黒歴史も真剣に聞いているが。重要な事を話すたびオーバーなリアクションをするため説明は難航した。……主にアインズの沈静化で。

 

 自らが創り出した動く黒歴史と顔を合わせながら話す……ある意味地獄だった。

 

 苦行を何とか終える頃アインズのHPは大幅に削られていた。ような気がする。実際肉体的には削られていないのだろうが、精神的には削られている。

 

 沈静化が無ければ即死だった。むしろ気絶したい。

 

「……では、アインズ様とお呼びいたします。それで私はどのような任務を拝命されるのでしょうか?」

 

「その前に一つ、お前に聞きたい事がある」

 

 凛とした空気が張り詰め、黒歴史が襟を正し敬礼する。自らがカッコイイとありありと見せつけて。いや、まるでそこに舞台があり自らが主演役者の様に振舞っているのかもしれない。

 

「どのようなことでもお聞きください! アインズ様に、我が創造主に対してお答えできない事など存在しません!」

 

 死にた……逃げたい。先程まであったはずの覚悟や罪悪感より強い感情(羞恥心)が全身を駆け上り……沈静化されてしまった。あと何度繰り返せばいいんだろう? いっそ清々しいほどに絶望的な戦いである。

 

「……まず確認させてくれ。お前は私にどれほどの忠誠を捧げている?」

 

「私の全てを! たとえ他の至高の方々を殺せと命じられても迷いなく実行できます!」

 

「なに!?……いや、そうか。ならば、もし私がナザリックの支配者として相応しくない行動をした場合、お前は私に忠誠を誓えるか? もしお前を失望させる行動をとっても、その忠誠は変わらないか? ……私が命令すれば、お前は私をギルド長の座から引きずり下ろすことができるか?」

 

 今まで自分が沈静化されて止まった時のように黒歴史が固まった。立場が逆転し気づけば先程まであった軽い空気がすべて消え去り、重苦しい空気だけが宝物殿を支配していた。

 

「…………何が、ございましたか?」

 

「まず私の質問に答えよ」

 

 黒歴史が軍靴の音を鳴らして綺麗に敬礼する。

 

「失礼を、承知で言わせて頂きます。……何をふざけた事をあなた様は仰るのですか?」

 

 黒歴史は怒気すらこめて言い放った。これは予想がつかなかった。そう今まであってきたNPCの中で自分に怒りの感情を示すなんて初めてのことなのだ。

 

「アインズさ……いえ、あえてモモンガ様とお呼びさせて頂きます」

 

 霊廟前には宝物殿の荘厳さに相応しくない、怒気が集っていた。

 

「もしモモンガ様がナザリックの支配者として、相応しくないと言う者がいるのでしたら、どのような手を使ってもそいつを殺しましょう。モモンガ様以上にナザリックの支配者に、相応しい方などいないのですから。他の方々はどのような理由であれ、ここをお捨てになられたのだから……ナザリックにおられるだけでモモンガ様はナザリックの支配者なのです」

 

 彼の口からは洪水のように言葉が飛び出す。一体何を言っているのか理解できないし、理解したくない。だがモモンガのその思いを汲まれずに、まるで宣誓のような思いは続く。

 

「私がモモンガ様を裏切る? そんな事絶対にありません。たとえモモンガ様がどのような行動を取ろうと私の忠誠は揺らぎません。私がモモンガ様に対して失望する? ふざけないで頂きたい。モモンガ様がたとえ愚かな存在であろうと、忠誠を誓い続けます。モモンガ様が何かを成し遂げるのに邪魔な存在があれば全て取り除きます。仮に世界級(ワールド)を破壊すると仰れば、必ず破壊する手段を見つけ出して御覧に入れましょう」

 

 黒歴史がここまで言い切ると一瞬ではあるが静粛が戻ってきた……訳が分からない……なぜそんな不可能な事でも実行すると言うんだ。

 

「……もしモモンガ様がナザリックが邪魔になり、ギルド長の座から降りたいと仰るのであれば、私が先頭に立ち全てのNPCやシモベたち、必要があれば至高の御方々……全てを殺害し自害致しましょう……これが私の嘘偽りのなに一つない私の思いでございます!」

 

 

 彼の思いや敬礼した姿に一瞬ではあるが魅了されてしまったのだろうか?……まるで彼に触発されたかのようにモモンガは自分の思いや疑問を吐き出す……今までNPC達に向けられて、疑問に思っていた全てを。

 

 この後どうなるか全てを放り投げて。

 

「……なぜそんなことを言えるのだ! お前達は私が何者かを知らないだけだ!……私は愚かなただの人間だ! お前に、お前たちに忠誠を尽くされるような存在じゃないんだ!」

 

 黒歴史(パンドラズ・アクター)が途中で話を遮ろうとするが無視する。だって我慢できないのだ。ただの子供のように。

 

「私は、ただの人間だ! どこにでもいる社会の歯車でしかない。この姿は(ゲーム)の姿でしかない! ユグドラシルなんてのはな、ただの幻想(遊び)なんだ。いやだったんだ! 今でこそお前達は自ら動き喋るがこの世界に転移する前はお前達はただの置物(フィクション)に過ぎなかった……お前達と喋れるのは嬉しいさ! でもな、俺がお前達に何をしたんだ……俺はお前達に何もしていないだろう! ただのゲームだったんだぞ! 一度も話したことは無いだろう!……お前はそんな奴に忠誠を誓うのか……何でお前達はそんな奴に忠誠を誓うのだ!?」

 

 何度も沈静化が起こるが、そのたびに自身の思いが憤怒のように燃え上がる。モモンガは長くて短い時間に疑問に思っていた事全てをさらけ出した。

 

★ ★ ★ 今日の守護者統括

 

 アウラたちの指揮権を得たが、使用する機会はなかった。敵が余りにも脆すぎたからである。それでも本当は駆けつけたかった……必死にその思いを堪えて、別方向からの敵襲が無いかの監視に徹した。

 

 いやそれだけではないのだ。モモンガの余りの怒りの強さで動くことができなかったのだ。アルベドも、アウラやマーレも。

 

 二人も疑問に思ったのだろう。何故そこまでの怒りを示してるのか分からずに最終的に困惑していた。

 

 自分だって完全には理解できてはいない。だが、今はそれでいいのだ。

 

 撤退が始まり、玉座の間での命令の伝達……その間アルベドはアインズに避けられ続けた。

 

 焦る気持ちが全くないと言えば噓になるが、そこまで心配もしていない。後で詳しく話すと伝えられている上に、自らの疑問に答えてくださると仰っておられるのだからだ。そして何よりも重要なことは……

 

(ナザリックでモモンガ様に一番近い存在は私だわ)

 

 元々アルベドは守護者統括と言う地位であり、役職的には一番近かった。これに加えて精神的にも近くなれる。嬉しいことだらけである。

 

 あの村の立ち位置が不明な点が気がかりではあるが……

 

「皆、面を上げなさい」

 

 今考えるべきことではない。今は守護者統括として先程の命令の徹底及び、デミウルゴスの聞いた話を守護者各員で共有……少しずつ意識改革も必要だろう。

 

 嬉しさの感情を解き放つのはまだ早い。




もうちょっとだけ、シリアスは続きます。
きゃっきゃうふふはもう暫くお待ちください。


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第7話

 モモンガは自分の内にあった黒い感情を吐き出した。いや、吐き出してしまった。言わなくてもいいこと、言ってはいけないことまで、一時の感情で全て喋ってしまっていた。

 

 確かに教えを乞うと思ってた以上、自分が支配者としての能力に欠如している点は、言わなければならない。必要があれば、人間であったことまでは語っても良かったかもしれない。

 

 

 だが、だからと言ってユグドラシルがただのゲームであったという、真実を話す必要はなかったはずだ。

 

 否、NPCには絶対に告げてはいけない残酷な真実である。モモンガは正気に戻ったが、時既に遅い。

 

(……失態だ。ユグドラシルとリアルの事まで言うなんて、俺は何を考えていたんだ! 裏切ってくれと言うようなものだろう!)

 

 殺されても仕方がない。この場で彼が自分を殺しに来たとしても、反論することはできない。

 

 だからモモンガは、恐怖故に一度この場から逃げようと考えた。沈黙している今なら逃げられると……しかし実行には、どうしても移せなかった。黒歴史(パンドラズ・アクター)の語ってくれた自分への思い。たとえユグドラシルが幻想(ゲーム)であったとしても、彼の言葉に嘘は無いように感じた。

 

 そして、カルネ村で見た村人達の死を覚悟して進む意思……記憶に残る様々な遺恨。これ以上、後悔を作る事だけはしたくない。今のモモンガにあるのはその思いだけだ。その思いだけで目の前のパンドラズ・アクターを見据える。

 

(……目を背けては駄目だ。ここで逃げたら何かが終わる)

 

 先程から黒歴史は静かだ。まるで何かを考え込むかのように。その静粛はどれだけ続いただろうか? 長い時間かのように感じられたし、とても短い時間だったのかもしれない。

 

 そして、遂に審判の時は訪れた。長い沈黙の後、遂にパンドラズ・アクターが口を開いたのだ。

 

「――ユグドラシルがゲーム、ですか」

 

 何を考えているのだろう。もしかしたら自分達の存在をゲームと呼ばれて怒ってるのかもしれない。自分がただの人間と言う事に怒りを感じているのかもしれない。

 

 そして、モモンガは信じられない事を聞いたのだ。

 

「なるほど。そういう事でしたか。言われてみれば、確かに思い当たるモノがあります」

 

 モモンガは固まっていた。なぜ怒りの感情を自分にぶつけないのか分からずに、困惑してしまったのだ。

 

「……今回モモンガ様が来られる以前は、自分から話しかける事も出来ませんでした。確かに私は置物でありました。命令されなければ何もできない」

 

「しかし、それではこの記憶は何なのでしょうか? この新たな世界に移動するまで、私が置物であった事は理解できましたが、なぜユグドラシルの頃の記憶が存在しているのでしょうか? ……何か心当たりはございますか?」

 

 予想も出来ない事で話を振られた。だが、確かにそれはモモンガ自身も疑問に思っていたのだ。ユグドラシルの全盛期に大侵攻を受けた時、八階層で返り討ちにすることができた。

 

 できたが、被害も甚大で七階層守護者までのNPC全員が死亡していた。彼らの中でその記憶はどうなっているのか? 死亡して復活した、同一人物なのか? だが残念ながら、聞くことができない。アインズでは墓穴を掘る可能性が高いからだ。

 

「……分からない。この世界に転移した日ユグドラシルのサービスは終了するはずだった。お前達も、私のこの姿も、泡沫の夢として消える運命だった。それがいきなり、リアルの世界になったからな。法則にも変化が見えている。分からない事だらけだ」

 

「……さようでございますか。ではこの事を現状で、これ以上考えるのは無意味でございますね」

 

 緊張感を纏ったまま、一呼吸置かれた。今までのは前振りだったのだろう。冷静になるための時間稼ぎだったのかもしれない。だから。今度こそ静かになされるはずの糾弾を受け入れる。

 

「……モモンガ様はリアルの世界に帰られたいと思わないのですか? 超位魔法や世界級(ワールド)を使用すれば可能かと思われますが?……不可能な場合を考えてこの世界で帰還のためのアイテムを探されるので?」

 

 だが、彼の言葉はモモンガを気遣う物であった。リアル(地獄)に帰りたいのかと言う気づかいだ。もし、リアルに未練が一つでもあれば、きっと幸せだったのだろう。だが、そんなものモモンガには存在しない。

 

「リアルに未練はない。家族はいない。母は……私が小さいときに、俺の好物でも作ろうとしてくれたんだろうな。疲れた体に鞭打って……台所で、冷たくなってたよ」

 

 目の前の出来事に集中すべきなのに我知らず、震えてしまう。それが怒りなのか、悲しみなのかは分からない。だが、あの時の母の姿が鮮明に、モモンガの頭に浮かぶ――

 

「……如何なされましたか?」

 

「……いや、すまん。どうにもこの体になってから、感情が大きく動くと感情が抑制されてしまうのだ。アンデッドの特性だな。どこまで話したか……リアルでは、ナザリックの仲間たち以外に友人はいない。あの世界は地獄だからな」

 

 リアルの世界の状況をできる限り話す。

 

 リアルは人が生きる土地ではないこと。防護マスクをしなければ、生存すらできない不毛の……死の大地。勝ち組が負け組を搾取し、梯子すら外された世界。

 

 緩やかに死滅していくだけの世界の事を、自らの知る限り語る。そして、同時にユグドラシルの事も。

 

 仲間たちの間で決して埋まることがなかった溝……ウルベルト・アレイン・オードルとたっち・みーのどうすることもできない、一方的な反目。

 

 最後にアルベドにしてしまった、馬鹿なこと。

 

 語る必要がないことまで、全て語ってしまう。きっと、誰かに悲しい胸の内を打ち明けたかったのだ。

 

もしかしたら、誰かに話して懺悔をしたい感情があったのかもしれない。人間―――多少語弊があるが――の心は複雑怪奇なもの。どれが正解かは判断できないが。

 

「……リアルとはそのような世界でしたか」

 

 途中、話は横にそれたが質問に答えることはできた。だが、黒歴史が静かに何かを考え込むばかり。モモンガが覚悟していたことは、決して言われない。

 

 自ら聞くことが、モモンガに課せられた罰なのだろうか? 一歩、踏みだした。糾弾を受け入れるために。

 

「……パンドラズ・アクター。お前は私に騙されたと感じないのか? 本当の私は脆弱な人間なんだぞ?」

 

「そのようなこと、決してありません。先程語った事が全て真実であります」

 

「……なぜだ? ユグドラシルの記憶があるらしいが、それは偽りかもしれない。それに私はお前に何もしていないだろう?」

 

「何もしていない? いいえ! いいえ! モモンガ様は私に掛け替えのない物をくださいました! ……私を生み出してくださいました! 例え……例え、それがゲームの一環だとしても、それだけは真実であり、それだけで私がモモンガ様に忠誠を尽すには十分でございます!」

 

「……」

 

 

 耳を疑う言葉が聞こえ、彼からモモンガを詰る言葉は一つも出てこない。いや、信じられない事だが感謝の言葉すら述べられているのだ。……信じきれない。

 

「……私は確かにお前を生み出したかもしれない。だがな、ずっとここに閉じ込めてきた。怨まないのか? もし別の階層に配置すれば、偽りの記憶だとしても他のNPC達との会話もあったかもしれない。常に一人でいる事もなかったはずだ」

 

「……なぜ怨まないといけないのでしょうか? モモンガ様。私は命令を下され、宝物殿の領域守護者として、モモンガ様にとって、一番大事な場所を守護するように命令されたのです。何よりもモモンガ様の命令です」

 

 言葉が区切られ、もう一度大きな敬礼がなされた。まるで、殉教者のように。

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)!」

 

 パンドラズ・アクターは言いたい事を全て述べたのだろう。敬礼をしながらモモンガの言葉を待つ。

 

 今の彼は一言でいえば、輝いていた。普段ならドイツ語、オーバーなアクションでダメージを受けていた。だが、覚悟が伝わっている。

 

 

 パンドラズ・アクターは、自身にとって辛いはずの出来事を乗り越えている。自らが意思を持たない、ただの人形だったと明言されても。

 

 アイデンティティが崩壊しても可笑しくないはずだ。だって、恐らく存在するのだろう記憶すら、偽物と断じられたのだから。

 

 だが彼は乗り越えて見せた。

 

 これ以上彼の言葉を疑うのは間違いである。何より彼には鈴木悟の頃にはなかった強い意思を感じた。そう、まるでカルネ村の人々が、家族や隣人を守るために見せた輝きを目にした。

 

「お前の考えは分かった。疑ってすまなかった」

 

 モモンガは頭を下げる。パンドラズ・アクターが何かを言おうとしたが止める。

 

「そしてだ……お前のユグドラシルの頃の記憶は確かに偽りなのかもしれない。だからこそ、この現実で共に生きよう。……本物の記憶(思い出)を作ろう。今度こそ一緒に、な」

 

 静寂が舞い戻り、モモンガの言葉が心に沁み込むのに十分な時間が経過し……パンドラズ・アクターから静かな嗚咽が漏れ始めていた。知らずに手が伸び頭を撫でていた。

 

「……我が神よ。ありがとうございます。」

 

「感謝するのは私の方だ、パンドラズ・アクター。お前のおかげで私は黒い感情を払拭する事ができた」

 

(黒歴史、か。……いや、違うな、パンドラズ・アクターは俺の希望()だな。俺が創造した存在が強い意志を持っていた。俺に可能性を見せてくれたのだから。だったら)

 

 これから言うことに一抹の不安はある。が、話さない選択肢はない。

 

「パンドラズ・アクター。そこまで畏まるな。私がお前を創ったのだから、我々は家族のようなものだ……これからは私がお前の父なのだから……お前が認めてくれればだが……」

 

 自らの子供であるパンドラズ・アクター(希望の光)が深く頭を下げた。

 

「畏まりました。父上。私が認めぬ訳ありません。感謝致します」

 

「ふふ。それにしても人生は面白いな。リアルで一度も恋人がいなかったのにまさか子持ちになるとはな?」

 

「確かに。面白い物がありますな父上。私が偽りの存在ではなく、本物になるのですから」

 

 お互いを眺めあい、同じ拍子で大きく笑い出した。先程までの暗い空気はすべて消え去り、二人の陽気な笑い声が宝物殿を支配して――

 

「ははは!…………っち」

 

「……抑制なされましたか?」

 

「ああ。役には立っているんだが、楽しい気分まで台無しにされるのは、嫌な気分だ」

 

「……それでしたら、何かアイテムをお探しになられますか? 一時的にですがアンデッドの特性を解除できるアイテムがあったかと……確か完全なる狂騒という名前のアイテムでした。それに宝物殿には似たようなアイテムがあったと思いますが……如何なさいますか?」

 

 確かに感情を抑制されず楽しめるというのにはメリットがある。が、答えは簡単だ。

 

「メリットとデメリットが釣り合わなさすぎる。確かに沈静化は面倒だが、役に立つ部分も多いからな……特に支配者として演技をするときに」

 

「演技、ですか……失礼ながら、先程のお話をお聞きした限り、父上はただの一般人であり、社会の歯車でしかなかったとか?」

 

 ここからは本題だ。恐らくモモンガの目的にも感づかれたのだろう。緩やかな空気から、重要な話をするとき……会社の会議で重要な議題を話し合う時の空気に変化しているのが証拠だ。

 

「その通りだ。そして、恐らくお前が思っている通りでもある。俺は上手くナザリックを率いていける自信……方針を示せる自信……過ちを犯さない自信がない。手伝ってくれるか?」

 

「このパンドラズ・アクターめにお任せあれ! 必要な支配者としての振舞い、考えかた、私の力の限り伝授致しましょう!! 父上のお望みを果たせるように方針も打ち立てて見せましょう! ついに、このパンドラズ・アクターがお役に立つときが参りました!」

 

 我が世の春が来たと、モモンガが考えたカッコイイポーズを繰り返しながら、喜んでいる。喜んでくれるのは嬉しいし、父よりも賢い息子に申し訳無い思いも確かにある。だが、どうしても早急に何とかしなければならない問題がある。

 

 時々なら、良い。覚悟を見せてくれる時ならかっこいいと思える、はず。だが、普段からは無理。

 

「なぁ、パンドラズ・アクター。敬礼は止めないか? あとその、過剰すぎるアクション……舞台演技みたいなのも、な?」

 

 分かっている。理不尽だってことは重々承知している。パンドラズ・アクターがただ単に自分が決めた当時カッコイイと思っていたポーズをカッコイイと理解して行動しているのも分かっている。全ての元凶は自分自身だ。

 

 だとしても、これから一生共に生きて行く過程で、その姿を常に見せ続けられるのは……無理だ。とてもじゃないが耐えられない。

 

 いや、感情の動き次第で抑制される以上、耐える事ならできる。だが、確実に何かが摩耗する事だけは分かる。

 

我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)……いえ、違いますね。神ではなく、父上(Vater)なのですから――」

 

「――ドイツ語も止めよう。頼むから? なっ?」

 

「は、はぁ」

 

 これ以上喋らせたら、沈静化があっても精神的に死亡するのは明白だ。

 

 敬礼をしてドイツ語を叫ぶパンドラズ・アクターを精一杯止める……納得はしていないようだが。不承不承従ってはくれるだろう。どうすべきなのだろう? 本当のことを語るべきなのだろうか? いや、これは語るべきではない。

 

 お前の姿やドイツ語が常に私の精神にダメージを与えるから動きを抑えてくれ……十中八九、リアルについて語る事と同じぐらい残酷なことだ。

 

 パンドラズ・アクターからは演技やドイツ語を話している時に何故か、誇りが見え隠れしていることを考慮すれば、リアルのことを告白するよりも、反逆される可能性が高いのではないだろうか?

 

 だから、傷つけないように誘導して、止めてもらうしかないのだ。

 

「……パンドラよ。お前は私の子どもなのだから、ユグドラシルの頃の設定全てに従ってはならないぞ? それでは私の子どもではなく、変化のないNPC(置物)と変わらないからな?」

 

「……なるほど、そういうことでしたか。承知致しました、父上。必ず変わってみせましょう!」

 

「楽しみにしている。本当に、心から……それでだ、ここに来た理由のうち一つは方が付いた。もう一つの難題だが、アルベドとどう話せば言いと思う?」

 

 変な方向に行っていた空気が修正されパンドラズ・アクターは熟考に入る。実際問題この後で話し合う予定のアルベドとどうすべきなのだろう? どうするのが最善なのだろうか? アルベドの疑問全てに答えるのは恐らく難しい。

 

「まず、カルネ村での出来事を詳しくお聞かせ願いますか? それ次第で、今後の対応に変化が現れます」

 

「そうだな。そもそも、カルネ村にはたっちさんへの恩返しのつもりで向かったんだ。それで、ネムという子にとても感謝されてな、舞い上がってたんだろう。ネムの姉であるエンリという少女が、私の姿に恐怖を抱いていたことに気付かないぐらいに……そのせいで、アンデッドがこの周辺で生者を殺戮する存在と思われてることに気付けずに、多くの者たちに顔を晒してしまった」

 

 そして最終的にアンデッドである自分を受け入れ、感謝してくれたことで親近感が湧いてしまった事。そしてある意味、現在の全ての元凶ともいえる存在。

 

「母に良く似ている人を見付けてしまってな」

 

「――モモンガ様のお母様にですか!?」

 

「ああ。本来なら、ナザリックのためにあの村を見捨てる事が、最善だというのは分かっていたんだ」

 

 確かに今になって思えばこれで良かったのだろう。しかし、情報が無いときにナザリックを危険に晒そうとしたこともまた変わりはない。

 

 もし、モモンガがナザリックを危険に晒すことを許容できるとすれば、ギルドメンバー……友達を救うのに必要な時だけだ。

 

「でもな、どうしても彼女を見殺しにすることはできなかったんだ……それに、あの村を助けたこと、そのこと自体は一つも後悔していないんだ」

 

 だが、アルベドに無理やり帰れと命令したり、動揺した姿を見せすぎたり、理不尽にも怒鳴ったりしてしまった。ナザリックよりもあの村を優先した姿を見せてしまった。

 

「まぁ、だいたいこんなところだ」

 

「なるほど……確かに絶対なる支配者が見せてはいけないお姿を、お見せになられすぎたかもしれません。ですが、問題は何一つないかと」

 

 それに、と一区切られ話は続く。

 

「……恐らくになりますが、アルベド殿の疑問の解消のために、先程私に話されたこと全てを話さられても問題はないかと……ほかのNPCたちも同様かと思われます」

 

 モモンガは考える。自分が全てをアルベドたちに話した後のナザリックを。パンドラズ・アクターの言う通りなら、きっと重圧を感じずに……もしかしたら、仲間達がいた頃のように過ごせるかもしれない、と。だがそれはできない。

 

「……いや、駄目だな。真実を話していいのは、NPCの創造主だけだ。私が彼らに語るのは、裏切りだろう。パンドラ、お前とて私以外から、真実は語られたくないだろう? 確かに私はアインズ・ウール・ゴウンとしてナザリックの代表ではあるが、彼らの本物の創造主にはなれない。ただの代理人に過ぎないんだ」

 

「他の御方々もこの地におられるので? 確か、アカウントでしたか? それを残されておられるのも、ごく少数とか? それに、ユグドラシル最後の瞬間、ナザリックにおられたのはモモンガ様だけだとか。どのような条件で、この世界がリアルに変化したかは皆目見当が付きませんが、他の御方々が存在される可能性は皆無といっても良ろしいのでは?」

 

 ……深く、心が抉られる。パンドラズ・アクターの言うとおりだ。確かに自らは何らかの奇跡で、今この場にいる事ができる。だが、あの瞬間にログインしていなかった仲間たちが本当にこの世界のどこかにいるのだろうか? 可能性はどれぐらい存在するのだろうか?

 

「……ああ。お前の言う通りだろうな。可能性は低い。いや、皆無に近いだろう、な」 

 

「それでしたら、嘘偽りなく全てを語られたほうがよろしいのでは? それでこそ――」

 

「――それでも、俺は信じたいんだよ。パンドラズ・アクター。奇跡を、願いたいんだ。もう一度、みんなに会えることを信じたいんだ。この世界には奇跡も魔法もあるのだから」

 

 分の悪すぎる賭けだとしても信じたいのだ。

 

 この世界で、ようやく一歩踏み出した程度だ。なら、今までと同じように待ち続けてもいい。

 

 もちろん、出会えない事も覚悟はしている。独りなら耐えられないかもしれないが、ナザリックには思い出がある。仲間たちの子供たちだっている。十分に耐えられる。

 

 もう、モモンガは独りぼっちではないのだ。

 

 それに、自らは寿命の無いアンデッド。永遠の時を以てしても絶対に再会することはできないのだろうか? 否だ。世界の可能性はそんなに小さい訳がない。

 

「……左様でございますか。それは困りましたね……アルベド殿はナザリックで一、二位を争う智者だとか……下手な回答では矛盾が生じて、違和感から何かを感づかれる場合があります」

 

「……やはり、無理か? 例えば、リアルの事に関りが無い点だけで話を誤魔化すとかはどうだ?」

 

「それも考えましたが、この後すぐにアルベド殿の疑問にお答えになられるとのこと?」

 

「……そうだ」

 

「では、モモンガ様と共に辻褄の合わせ方を考える、時間が足りないと思われます」

 

「……そうか」

 

 確かにアルベドからされる質問への対策。生半可な物では疑惑を残すどころか、より深くアルベドに疑惑を植え付ける結果になる。

 

 疑問を払拭するために疑惑を作るのでは意味がない。

 

「父上。アルベド殿の質問に答える時期を先延ばしにしては如何でしょう?」

 

「……なに? だがそれは、アルベドの疑問を高めるだけではないか?」

 

「いえ、アルベド殿は父上を愛しているとのこと。真摯にお願いすれば、問題はないかと……それに見ようによっては、モモンガ様の秘密をただ一人握っている立場になります。短期間でしたら問題はないかと」

 

 ……やはりそこを利用せざるを得ないのか。仕方がないのだろう。納得するほかない。

 

「それにナザリックが現状でどう変化しているかの情報収集も必要です。ある程度情報が集まってからの方が私としても対応策を練りやすくなります……できれば、アルベド殿の観察もしたいですし」

 

「……すまんが、頼む。ただ、アルベドには一言だけでもいいから謝りたい。問題はないか?」

 

「問題はないかと思われます。後は……そうですな、父上がこの世界でなさりたい方針をお教えください」

 

「方針か……そうだな。アインズ・ウール・ゴウンの名を全世界に広めること。ナザリックを守り抜くこと……」

 

 本来ならこの二つだけでいい。だが、断言しきれない。やはり引きずられているのだろう。

 

「……前の二つに抵触しない範囲で、カルネ村を見守ること、だな。あと付け加えるなら冒険もしてみたいな」

 

「承りました! このパンドラズ・アクターにお任せください!」

 

 これで二人の会話は終了した。モモンガはパンドラズ・アクターに自身の教育方針及び、モモンガ自身の思いを元に、実際にどう行動するかを一任したのだ。

 

 

★ ★ ★ おまけ

 

 モモンガはこの時知るよしもなかった。パンドラズ・アクターが善意から……本当にただの善意から、モモンガを永遠力暴風雪(エターナルフォースブリザード)する計画を立案していたことを。

 

「父上! 必ずや不肖パンドラズ・アクター、お望みに従いモモンガ様から頂いた設定を、自らの手で昇華させて見せましょう! そう、定められた偽りの演技ではなく、モモンガ様が本心からかっこいいと思えるように!」

 

 モモンガは早まった。一言も止めろとは言っていないせいで、パンドラズ・アクターは単に定められた演技では満足いかないから、止めさせられたと理解してしまったのだ。

 

 平穏をモモンガは得る事ができる。パンドラズ・アクター自身が満足できる代物にならない限り、モモンガは直に見ないで済むのだから。

 

 だから、モモンガの未来はとても明るい。誰が何と言おうとも、明るいのだ。ただ単に勝手に黒歴史を昇華されて公開されるだけなのだから。

 

 独りぼっちで支配者の演技をして、知らない内に取り返しがつかずに世界征服しなければならない事に比べれば、ましなのだから。

 

 

 

 

 

 例え、パンドラズ・アクターの手によって、アルベドにモモンガがカッコイイと思っていたポーズなどが暴露されて、アルベドがパンドラズ・アクターの動きやドイツ語を真似してモモンガに披露してこようとも……

 

 それは遥か未来の話なのだから。

 




誤字報告、感想いつもありがとうございます!

おまけはおそらく本編には関係ありません(*´ω`*)


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第8話

前回のあらすじ

モモンガ「奇跡も、魔法も、あるんだよ」


 荘厳な廊下に、アインズの足音が響く。アインズはアルベドの下に重くなりがちな足を動かしていた。

 

 理由はもちろん、カルネ村の一件を話し合うためだ。 

 

 ここでアインズがすべきことはただ一つ、パンドラズ・アクターに言われた通り、時間を稼ぐことなのだ。時間を稼いでモモンガがこの先、理の異なる世界でどう動くのが最善かを知るための情報を集めること、アルベドにどのように打ち明けるか考えることである。

 

 

「アルベド、待たせたな」

 

「待ってなどいません! それに、待つことも至高の御方々に仕える、我らの務めでもあります」

 

「……そうか」

 

 意外と簡単に時間を稼ぐことができそうだ。言葉通りなら、決死の覚悟は必要なかったかもしれない。だが驕ってはならない。

 

「それでは、だ。カルネ村での私の対応に、不満や疑問があれば答えよう」

 

「それでは……モモンガ様はあの村に、一体何を見られたのでございますか? モモンガ様になられる以前に何があられたのですか?」

 

 ……直球の質問である。そしてアルベドは自分をアインズではなく、モモンガと呼んだ。合わせてくれているのか、今のモモンガがアインズと名乗るのに力不足と思ったのかは分からない。ただ、できる限り真摯に向き合うだけだ。最も真実を語ることはできないのだが。

 

「何と説明すればいいのか……アルベド、すまんがその事を話すのには、もう少し時間をくれないか? はっきり言って、自分でも上手く説明できるか分からん……それに、過去の事を話すのは私自身に覚悟がいる」

 

「覚悟、でございますか?」

 

 例えユグドラシルの真実を話さないのだとしても、覚悟が必要だ。自身の過去と向き合う覚悟が、だ。それに、勢い余って真実を明かさないように、パンドラズ・アクターと辻褄を合わせて、台本を作る必要もある。

 

「そう、覚悟だ。私自身、辛くて忘れていた……忘れようとしていた過去に向き合う必要がある」

 

「……モモンガ様のお許しさえあれば、原因を全力を以て排除いたしますが?」

 

「排除、排除か……無理だな。どうやっても排除する事はできない、な。もう、すでに結果だけが残っているのだから」

 

「……もしや、お辛い過去とは、至高の御方々が関わっているのでございますか?」 

 

「どうして、そう思った?」

 

「何となくで、ございます」

 

 まずい。何かアルベドが大きな誤解をしているような気がする。無いとは思うが、下手をしたら仲間たちに何かを問い質すか……大事件が起きそうな予感がする。

 

ここだけは、今すぐ誤解を解く必要がある。万が一にも刃傷沙汰になるのだけは回避しなければならない。

 

「結論を言えば、仲間たちは関係ない……いや、ある意味では関わっているのか? 全てに、自分の存在にすら希望を見いだせなかった私に、生きる希望を与えてくれたのだから」

 

 アンデッドである以上、生きる希望と言う言葉には語弊があるかもしれないが、それ以上に適切な言葉は無い。まさしく彼らはモモンガにとって希望なのだ。

 

「……希望で、ございますか? そう言えば、危ないところを、たっち・みー様に救われになられたとか?」

 

「そうだ。殺されかけていたと言ったな? もう少し詳しく言えば私がまだ弱いころ、プレイヤーたちにおもちゃのようにリンチにされていて――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――は?」

 

 

 ……どうやらモモンガは、知らない間に踏んづけてはならない、特大の地雷を踏んづけてしまったようだ。アルベドから溢れてはいけない瘴気が漏れ出て、何らかのオーラを視覚化している。

 

 一言で言おう。怖い。人間だったなら、漏らして気絶していると断言できる。

 

(カルネ村の人たちの恐怖が良く分かった……多分、今のアルベドのように見えてたんだろうな)

 

 

 アンデッドである自分は、ただの村人たちから見たら、今のアルベドのように見えていたのだろう。ただの現実逃避であるが、より納得できた。

 

 

「お、落ち着いてくれ、アルベ――」

 

「落ち着けと……落ち着けと、仰られますか!? モ、モモンガ様が、殺されかけただけでは飽き足らず、お、おもちゃのように、リ、リンチにされていたと聞いて、落ち着ける者など、このナザリックにおりません!! い、今すぐにでも、討伐に行くべきで御座います!」

 

「お、落ち着くのだ、アルベド! 私はたっちさんに救われたと言っただろう? その件はすでに解決しているのだ!」

 

「…………畏まり、ました」

 

 不承不承ながらも、命令に従い、怒りを抑えようとしてくれている……しかし、まだ活火山だ。ふとした拍子に噴火しても可笑しくない。

 

 否、噴火する。

 

 話を進めて有耶無耶にするしかない……後でパンドラズ・アクターとも詳しく話し合うことになるだろうが、一応カルネ村をどうするか、アルベドにも相談してみよう。

 

「ところでだ、アルベド。現在カルネ村は、現地で初めて得た友好者だ。誰か信頼が置けるもので連絡役を置くべきだと思うが、どう考える?」

 

「現在、影の悪魔(シャドウデーモン)を配置しておりますが、連絡役には不向きでございます。誰か別の者に任せた方がよろしいかと」

 

「……では、ルプスレギナに連絡役を任せたいと思うが、意見はあるか?」

 

 ルプスレギナは神官であるため、万が一怪我人などが出ても、十分対応できるとの判断であり、私情を極力排除してモモンガが考えてみた人選だ。

 

 余談ではあるが、私情最優先だった場合、最高位の神官であるペストーニャを派遣することを決定した可能性が高い。

 

「……恐れながら、ルプスレギナは真面目に仕事に取り組みますが、少しサディスト(S)であり、大雑把なところがございます。カルネ村への連絡役には不向きかと……万全を期すのであれば、ユリ・アルファがよろしいかと」

 

 ルプスレギナがそんな性格なのであれば、残念ながら除外する他ない。さすがに、本気でペストーニャを派遣するのは、メイド長と言う職責、ナザリックの運営と言う点からも不味いのは、小卒の自分でも良く分かる。

 

「そうか……教えてくれたこと、感謝するぞ」

 

「感謝だなんて! 愛する方のお役に立つのは当然で御座います」

 

「……アルベド、お前のその感情は私が書き換えてしまった物なのだ」

 

 そして――

 

 

 

「……何とか乗り切った、か。出てこい、パンドラズ・アクター……それにしてもアルベドは怖かったな」

 

 結果として、モモンガはアルベドに設定を歪めたことを謝罪し、上手く誤魔化されるという結果に終わった。

 

 アルベドはすでにおらず、人払いもしているためこの部屋にはモモンガを除いて、誰も存在しないはずだ。最低でも、アルベドはモモンガ以外いないと思っていただろう。しかし、モモンガの声に従うように誰かが出てきた。

 

 パンドラズ・アクターだ。あの後、アルベドとの話し合いに際して、パンドラズ・アクターは傍でアルベドを観察する手筈になったのだ。

 

 探知系から完全に身を隠す指輪や完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)に代表される魔法やパンドラズ・アクターが仲間の姿を借りて使用した特殊技術(スキル)などを使用した、とても豪華な手段だ。

 

 これだけすれば見つかる恐れはほぼ無い。モモンガも多くの魔法を使用しなければパンドラズ・アクターの姿を捉えるのは容易ではない。

 

 それこそ、高レベルの盗賊でもなければ。そして、アルベドは盗賊系の職業を有していない以上、見つかる可能性はないだろう。

 

 ただ一つ問題があるとすれば、パンドラズ・アクターが先程、NPCの真実を話した時と同じような雰囲気を纏っていることだ。

 

 心なしか怒りも感じられる。

 

 どうやらモモンガはアルベドに続き、完全に味方と唯一断言できる存在である、パンドラズ・アクターの地雷も踏んだようだ。

 

(俺、どこで地雷踏んだの!?)

 

 先程、パンドラズ・アクターに打ち明けた以上の地雷は、早々無いはずだ。それに自分はアルベドと話し合っただけだ。パンドラズ・アクターの地雷を踏む要素なんて無かったはずである。もしあったなら、大変遺憾である。

 

「パンドラズ・アクター、どうしたんだ? 何か私は失敗をしたか?」

 

 あるとすれば、アルベドとの普通の会話で何か大きな失敗をしたのだろう。皆目見当はつかないが。

 

「……父上、先程アルベド殿に『おもちゃのようにリンチにされていてな』と、仰せになられましたね?」

 

「そ、そうだな」

 

「その件は、ナザリックの者たちに話さない方がよろしいかと。ナザリック全ての者たちが、許容できる範囲を遙かに超えております。父上から見れば当時は幻想だったのでしょうが、我々は別の受け取り方をします」

 

「……分かった。気を付けよう」

 

 パンドラズ・アクターが不機嫌なのも理解できた。確かに、自分はすでに過去のことと受け入れている。しかしそれを誰かに話すことは問題なのだ。

 

 彼らNPCにとって、自分の話は全てが真の話となる。自分が幻想(ゲーム)の頃の話をしていたとしても、彼らは現実の話と受け取るのだ。

 

 モモンガ自身の意識も早急に改める必要がある。

 

 パンドラズ・アクターとモモンガの話し合いは終わることなく続いていく。

 

★ ★ ★

 

 悪夢の一日の最後、ネムはエンリと共に同じベッドで休息をとった。仲良く、何かへの怯えを互いに分かち合うように、抱きしめ合いながら。

 

 朝目が覚めると、エンリの用意した朝食を一緒に食べて、朝の仕事を一緒にする。それなら今までと、何も変わりはなかったかもしれない。

 

 だが欠けている物もある。両親だ。

 

 二人はもう二度と帰ってこないのだ。そして、欠けているのは二人だけではないのだ。

 

 カルネ村は人口百人前後の小さな村であり、村人同士助け合わなければならない。だからこそ、村人たちは全員家族同然でもある。

 

 そんな彼らが一気に減ったのだ。活気が無くなるのも当然と言える。実際村の外へ出たネムはそれを肌で感じられていた。

 

 

 

 しかし、そんなカルネ村に異物が存在した。武装した戦士たちだ。家族を理不尽に奪い去った者たちが、目の前にいるのだ。

 

(……なんでお父さんたちを殺した人たちが、カルネ村にいるの?)

 

 彼らが来た時、アインズが話していた言葉は全ての村人に聞こえていた。当然だが、ネムも聞いていた。

 

 アインズはネムの両親が殺されたことにそれほど大きな声で憤怒に交じっていた。ネムはまだ幼い子供だ。難しい事は理解できない。それでも、両親たちを奪った原因の一つが戦士団とは理解できていたのだ。

 

「行こう、コロちゃん」

 

 アインズからお借りした狼、コロちゃんに話しかける。――アインズから好きな名前を付けていいと、そう言われていたネムは眠りにつく中で必死に名前を考えていた。

 

 そして、朝起きた時にまるで天啓のように、コロちゃんと言う名前が浮かんだのだ――

 

 

 ネムはゆっくりと戦士長に近づいていく。近くには村長や村人、戦士達もいる。何か険悪な空気が漂っているのが分かる。

 

 傍目に見ても、とても緊迫していることが分かる。村長たちは大人なのだ。故に、ネムよりもアインズの言葉を深く理解できるのも当然の帰結である。ならば、目の前にいるのは紛れもなく、村を虐殺させた原因の一つなのだ。

 

 直接は手をかけてはいない。騎士たちへの怒りの方が強くはある。だが、それでも考えてしまうのだ。もし、戦士長たちさえいなければ、虐殺されることはなかったかもしれない、と。

 

 確かに虐殺されたことで得た物もあるのかもしれない。だが、怒りが消えてなくなることはない。

 

 だからこそ、必死に怒りを抑え込もうとしているのだ。何の警戒もしていなかった自分達にも……非はあると考えて。

 

 そして、戦士たちも村人たちの感情をある程度理解している。だからこそ、ただ一人を除いて視線が揺れに揺れ、村人たちからの視線を直視することができないのだ。

 

 自分たちの罪が分かっているからこそ、被害者たちの視線に目を合わせることができないのだ。

 

 

 ――これが普通の人間だ。いくら戦士として訓練を積んだとしても、自らの罪を直視するのは難しい。

 

 だが彼らは決して悪人ではない。もし悪人であるならば、そもそも罪とすら認めず逆上するのが必然なのだ。

 

 もし、視線一つ逸らさず、眉一つ動かさずに自らの罪に対する糾弾を受け入れる者があれば、英雄と呼ばれても過言はないだろう。

 

 それはまさしく、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長に他ならない。しかし、今回の虐殺の原因は彼だけではない。否、一番悪いのは貴族たちだ。

 

 そして、貴族を抑えることができなかった国王でもある。

 

 だが、そんな言い訳はガゼフはしないし、できない。そんな曲がった生き方ができないからこそ、別の世界でアインズにすら手に入れたい存在と思わせたのだから。

 

 

 はっきり言えば、ガゼフは弱い。周辺諸国最強の戦士と称されているが、それは単に表向きな話だ。ガゼフをゴミのように殺せる存在は数えきれないほどいる。ナザリックを除いたとしても。

 

 しかし、こと精神の輝きなら、ガゼフに勝る戦士はいないだろう。国王への忠誠。力なき者を守ろうとする精神。どれだけの力の差を見せつけられたとしても、くじけぬ心。

 

 ガゼフは紛れもない英雄である。だからこそ、村人たちの感情を……視線を逸らさずに受け入れているのだ――

 

 戦士長はネムの接近に気づいたようだが何も言わない。少し距離が開いたところで立ち止まる。

 

 ネムは集団のリーダー、ガゼフに近づいて行った。

 

「……アインズ様が仰ってた事は、本当なんですか?」

 

 ネムが暗い表情で問いかけると、戦士長は顔を歪ませた。だが、決してネムから視線を逸らさずに答えた。

 

「……そうだ」

 

「…………なら、なんでこの村にいるんですか! お父さんとお母さんを返してよぉ!」

 

 ネムが泣きながら、睨みつけながら叫ぶ。……戦士達は辛そうにネムから目を背けていた。見たくない物から目を背けるように……ただ一人、戦士長だけは辛そうな表情をしながらも、ネムの目をしっかりと見据えている。

 

 

「……すまない。全ては、誓って私のせいだ。君達の家族を……友人たちを、奪ってしまった……私にできる事なら……何でもしよう」

 

 納得がいかない。家族が奪われたのだから当然だ。気づけばネムは、地面に落ちている、小石を掴んでガゼフに投げつけていた。ただの小娘が投げた石だ。力が無く狙いすらまともにつかず、か弱く投げられた石は、しかし寸分違わず、戦士長の眉間に吸い込まれ、額から赤い血を流した。

 

 

 

「……でてって。カルネ村から出てって! この村にいないで……もう二度と来ないで!」

 

「分か……った。お前達、行くぞ……ッ」

 

 戦士達は村を去った。何かに急かされるように……戦士達は何かから逃げるように村を去る……ただ一人、馬の上から頭を下げている存在もいたが、関係が無い。

 

(……許さない)

 

 全ての村人が感じた事だろう。もし村の救世主であるアインズが訪れなければ自分達も死んでいたのかもしれないのだ……否、確実に死んでいたのだから。

 

 

 

 

 戦士達が去った後、村人たちは広場に集合していた。議題はこれからどうするかだ。

 

 もう少し詳しく言えば、村を守る多面の見張りなどをどうするかである。

 

 だが、その問題のいくつかはすぐに解決することになった。アインズがネムに与えたアイテムの存在である。ネムはそのアイテムを高らかに吹上……それから、月日は流れた――

 

 

 ネムは現在エンリに言われた手伝いをしていた。今は拙い手順ながらも必死に薬草を磨り潰していた。そのため周辺には強烈な匂いが充満していた。

 

 鼻が慣れていなければ、ネムは涙ぐむはめに成っていただろう。だが、ネムは問題ない。しかし一匹だけだが、涙目……で正しいかどうかは不明だが、苦しい思いをしている存在がいる。

 

 コロちゃんだ。当然と言えば当然である。嗅覚が普通の人間より優れている以上、鼻を突きさすような臭いは苦しいのだろう。

 

 人間でも涙を流さずにはいられないほどの匂いなのだから当然と言えば当然である。だがらネムから、正確には石臼から離れようとしても当然である。

 

「どうしたの、コロちゃん?」

 

 自分から距離を取っていることに不信を覚えたネムは仕事を辞めて、コロちゃんに近づき、撫で回した。当然逃げようとしたが、ネムは少し涙目になっていたため、本来の主人の意向もあるため、匂いの辛さに諦めて撫でまわされたのは当然でもある。

 

 

 

 

 

 暫くネムがモフモフを楽しみ、仕事を終わらせるとネムはコロちゃんに跨り、村の近くの草原をかけていた。

 

 そして、急に立ち止まった。

 

「どうしたの?」

 

 駆けている時の気持ちいい風が急に無くなり、話しかけるが一方向に視線は固定されている。それに釣られてネムも見てみると目を見開いた。

 

 視線の先には生者を憎むアンデッドがいたからだ。だがネムは恐れない。

 

「アインズ様!」

 

 自分達を救ってくれた人だからだ。気付けばコロちゃんから飛び降りて、息を切らせながら駆け出していた。

 

「元気にしていたか、ネム?」

 

「はい、元気です!」

 

 依然と変わらない、優しい村の救世主の姿である。

 

 そしてアインズの後ろを見て驚いた。

 

 綺麗な女性と、石でできた動像とコロちゃんの仲間達がいた。思わず呟いていた。

 

「綺麗……アインズ様のお嫁さんですか?」

 

 

★ ★ ★

 

 アインズはネムの言葉で沈静化して固まってしまった。後ろでは同じようにユリ・アルファが固まっているのが、アンデッドになったことで上昇した知覚能力で分かる。

 

「……違うぞ。ユリはな……そうだな」

 

 アインズは一歩後ろにいたユリに近づき頭を撫でる。その瞬間顔に赤みがでた気がするが、気にせずに質問に答える。

 

「ユリは……姪……娘みたいな者だ……それに私を良く見てごらん?」

 

 萎縮させないできる限り優しい言葉に言葉を選ぶ。ネムがこちらを凝視して、自分の姿を見終わった頃を見計らい話す。

 

「私は骸骨のアンデッドだぞ? 結婚してる訳ないだろう? それに、結婚は生者の特権だからな」

 

「そうなんですか? 骸骨だと結婚しないんですか?」

 

 ネムが驚いている。そこまで驚くような事だろうか? とはいえ、お互いに常識を知らない以上、そう思うのも仕方ないのかもしれない。

 

 分かっているのは、常識を知らないと言う事が、とても危険だと言う事だけだ。

 

「そうなんだよ。それで村長はどこかな?」

 

「……はい! こっちです!」

 

 ユリの頭から手を離して、月光の狼(ムーンウルフ)と一緒に村長の方へ案内してくれる。途中ユリが……動かず固まっていたが、少し遅れながら行動を開始していた事で、アインズは特に気を止めなかった。

 

 

(本当に仲良くなったな)

 

 モモンガにとっても悪い事ではない。この少女の事は気に入っているのだから……そんな事を考えていると、ネムが気まずそうに振り返りながら謝り出していた。

 

「アインズ様。ごめんなさい! アインズ様から頂いた笛を使っちゃいました……」

 

「別に気にしないぞ? 元々ネムにあげたものだからな。……それでゴブリン達はしっかり働いているか?」

 

「……うん! みんな一生懸命に村の人たちと働いてくれています。みんなで一緒に村の周りに柵も作ってるんだよ!」

 

「ほう。確かに防衛には必要だな。ところでネムは何をしていたのかな? もしかして遊んでたのかな?」

 

 これにネムが少し剝れる。遊んでたと思われたのが嫌だったのだろうか?

 

「むぅ~アインズ様違います! コロちゃんと一緒に見回りしてるんです!」

 

「これは失礼したな……そういえば、あの後何もなかったか?」

 

 ネムが今までの明るさを無くして急に立ち止まり、アインズを不安にさせた。

 

「……アインズ様。実はネムが戦士達を追い出しちゃった……」

 

「……え?」

 

「その……石を投げつけちゃった」

 

 もう少し深く聞き出すと、何故ネムがそんなことをしたのかも理解できた。

 

 モモンガの家族の死と、ネムたちの家族の死は状況が異なる。だが、社会によって理不尽に奪われたことに変わりはない。

 

 あるいは同じように、モモンガ以上にひどい状況で家族を奪われ、社会構造そのものを憎んでいた、ウルベルト・アレイン・オードルならより深く共感したかもしれない。

 

「彼の責任でもあるし、その事でこの村に不利益が起こる事は無いだろう……この村に殺戮を齎した元凶の一人だからな……一応は高潔な人物なようだし……その話は止めにしよう! 村長はどちらかな?」

 

「……はい、こっちです!」

 

 道中はネムの普段していることなどを聞いていた。

 

 穢れを知らず純真な子供特有のあどけない笑顔。ガゼフにしてしまった事も、ある意味子どもゆえだろう。

 

 

 ナザリックの者たちと過ごす時は常に肩肘を張る必要がある。それに、ナザリックの女性陣の一部は怖いのだ。もしかしたら、トラウマになってしまうくらいには。

 

 さらに言えば、確かに一人は例外はいる。肩肘を張る必要は全くない。鈴木悟の素を出しても問題ない存在もいるにはいる。しかし、彼と共に色々していると精神的にダメージを負うのも、紛れもない真実なのだ。

 

 家族として認めてはいる。しかし、それとこれとは別なのだ。支配者としてのポーズを考えて、それを実践させようとする姿。

 

 純真無垢なネムを見ていると、癒されなかった荒んだ心が浄化されていく気分であり、安らぎを感じるのだ。

 

(中二病のままいれたら、幸せだったのかな……)  

 

 少しだけ、パンドラズ・アクターとの支配者としての練習風景を思い出し、力なく思ってしまった。

 

 ただひたすらに、泣き叫んで、この遣る瀬無い気持ちをどうにかしたいが、アンデッドであるため瞬時に沈静化される。ある意味アインズ、というよりモモンガや鈴木悟に対する嵌め技だ。

 

 もし、パンドラズ・アクターとアインズが決闘をした場合間違いなく負ける。(ある意味で)

 

 

 

 ……いつの間にか村の中央についていた。周囲の村人たちが慌てているのが分かる。やはり、何の連絡もなく岩の巨人が来れば驚くのだろう。

 

「ようこそお出で下さいました、アインズ様! 何か、ございましたか?」

 

「いやいや、特に何もないのですが……今回来たのは、あなた達にこのゴーレムを贈るためです。このゴーレムは命令に従って黙々と作業に勤しみます。この村のために役立ててください」

 

「……ありがとうございます。しかしこれ以上、ご迷惑をおかけするのは……」

 

「迷惑なんかではありませんよ。あなた達のおかげで私は人間の意思の輝きを知る事ができた……」

 

(家族ができたとは、さすがに言えないよなぁ……それに、それだけとも言えないし)

 

「……如何なさいました? アインズ様?」

 

 途中で黙ったからか、不自然に見えたのだろう。代表して村長が聞いてくる。

 

「いえ何でもありません。とにかくこれでも、あなた達への感謝は足りないぐらいです。ユリ、挨拶を」

 

「畏まりました。ボク……失礼しました。私アインズ様のメイドであり、ユリ・アルファと申します。御見知り置きを」

 

 メイドに相応しい美しい所作で挨拶をした。近くにいた村人全てが、男女に関係なくユリを見て視線を釘付けにしている。

 

 メイドが珍しいからか、ユリが美しいからか、はたまたその両方かは分からないが、仲間の子どもにプラスの感情を持たれることは誇らしい気持ちになる、それだけは確かだ。

 

「今回ユリを連れてきたのは、カルネ村との連絡役にするためです。さすがに常駐させる訳にはいきませんが、私が来られない時は、彼女に伝えてくれればできる限り村の事を援助します」

 

「ありがとうございます。しかし、よろしいのでしょうか? そこまでして頂くのは……」

 

「構いません……そうですね、ではこうしましょう。また遊びに来ますので、この村の発展具合を私に見せてください。それと。収穫祭などの祭りの時に私を招待してくれると嬉しいです」

 

 それに、アインズが援助を申し出ているのは単なる善意ではない。パンドラズ・アクターと話し合って情報収集のために有用だと、判断されたからである。確かにカルネ村との友好関係を維持するのは重要だ。個人的にネムや村人たちのことも気に入っている。ナザリックに悪影響が出ない程度には保護してもいいぐらいには。

 

 だが、それはいい訳にすぎないのだろう。

 

 何よりも、一人の女性のためなのだ。

 

(……代償行為、なんだろうな)

 

 アインズは感情の動きを、鈴木悟の心の叫び、そう分析していた。

 

 ここまでするのは、村長夫人を自分の母と重ねているから……もしかしたら、母にできなかった分の親孝行をしたいと、無意識のうちに望んでいるのかもしれないし、この感情を否定することは、何となくできなかったのだ。

 

 とはいえ、これ以上彼女に近づくのは危険でもある。どこかで、折り合いを付けなければならないのは、明白だ。

 

「――分かりました! アインズ様をしっかりお招きできるように頑張らさせて頂きます!」

 

 ……どうやら、少し意識がそれていたようだ。やはり、彼女を見ているとアンデッドなのに、沈静化が発動しない程度に精神的に不安定になってしまう。とにかく、上手く話が付いたようで良かった。

 

「楽しみにしています。それでは、今日はこの辺で失礼します。石の動像(ストーン・ゴーレム)は村長と……そうだな、ネムの命令に従うようにしておきます。……ではユリ帰るぞ。しっかりカルネとの連絡役に従事するように! ……では、今日はこの辺で」

 

 ユリの返事と村人たちの挨拶を聞き流しながら、天国でもあり、地獄でもある、我が家への帰路に就く。

 

(さぁ、ナザリックへ帰ったら、パンドラズ・アクターと一緒に楽しい、支配者に必要な勉強と……演技の練習だ)

 

 最後を思い出して、精神が抑制されていた。勉強の方は普通に耐えられる。むしろ、パンドラズ・アクターの教え方が上手いせいか、面白くもある。

 

 だが、演技の練習。お前はダメだ。パンドラズ・アクター自身は言いつけを守っているためか―――時々出るが――過剰な演技は控えてくれているが、アインズ自身にそれに近い行為を手取り足取りでさせようとするのだ。しかも、上手くできていないとお手本と称して……何の罰ゲームなのだろう。

 

 全力でお断りしたいが、「これが、支配者として相応しい在り方でございます!」などと言われれば、残念なことにアインズには否定するための根拠がないのだ。一応、駄々を捏ねれば減らしてくれるのがせめてもの救いだが。

 

 子どもに駄々を捏ねているためか、精神的苦悩は一切減らない。憂鬱である。もし、仲間たちが入ればこの感情を分け合えたのだろうか?

 

(ヘロヘロさん……私はあなたをあの時引き留めなかったことを、心の底から後悔しています)

 

 とても口惜しい。自分が創り出した黒歴史を見て、悶えるのが自分一人と言うことが。

 

 仲間が欲しい。

 

「――アインズ様!」

 

 後ろからネムの声が届いていた。どうやら、一人と一匹で追いかけてきたようだ。先程と変わらない、天真爛漫な笑顔を浮かべながら。

 

 

 自分を支配者として振舞う事もなく、他人行儀すぎる事もなく、見るだけで精神が不安定になったり、精神に(無意識的に)攻撃をかけてくることもない。何て貴重な存在なのだろう。

 

「途中までお見送りします!」

 

「……嬉しいぞネム」

 

 やさしく頭を撫でる。村の外れまで見送ってくれるようだ。嬉しいことであるし雑談で時間をつぶせるのにも感謝だ。何より、数十分後に起きる未来の惨劇(喜劇)を一時的にでも忘れることができることに、心から感謝だ。

 

「それでですね! あれ……そういえば、アインズ様はどちらに住まれているんですか?」

 

「むっ、私の住まいか」

 

 少しだけ頭で考えてみるが、別にナザリックは人間種を招くことを禁止している訳ではない。なら、別にネムやほかの村人を招いても特段不都合ではないだろうし、仲間たちに怒られることもないだろう。

 

「……よし! もう少し状況が落ち着いたらになるが、ネムを……ネムたちを私達の家、ナザリックに招待しよう。その時まで、どこに住んでるかは内緒だ」

 

「いいんですか!?」

 

「ああ。楽しみにしていてくれ」

 

「はい! 楽しみにしてます!」

 

「ああ。私もネムを招待できる日が楽しみだ。それとムーン……コロちゃんの食料は足りているか?」

 

「はい! ジュゲムさん達のおかげで私たちも、昔よりたくさん食べられます」

 

 それなら、残り二匹もカルネ村に護衛として残すべきだ。はっきり言ってモモンガには月光の狼(ムーン・ウルフ)はレベル的に必要がない。なら、残りの二匹もカルネ村の護衛にしても問題は無い。

 

 裏ではパンドラズ・アクター監修の下、より強力な物たちがカルネ村に常駐する手筈になっているが、表にもう少しおいていても構わないだろう。今回は見送るが。

 

 

「そうか……なら良かった。ネム、今日は楽しかった。我が家に招待する件、楽しみにしていてくれ」

 

「はい! 楽しみにしてます! アインズ様もお気を付けて!」

 

 そう言ってネムはコロちゃんに跨り、村外れから駆けていった。アインズは見えなくなるまでネムを眺めていた。

 

 

「……それでは、我が家に帰るとしよう」

 

「はっ」

 

(狼と戯れる少女、か……あの光景を、ぺロロンチーノさんが見たら泣いて喜んだだろうな、きっと。……ぶくぶく茶釜さんに怒られただろうな)

 

 

 

★ ★ ★

 

 今までアルベドには部屋を与えられていなかった。常に守護者統括として玉座の間に控えていたため、必要がなかったからだ。

 

 だが今回、モモンガの慈悲により予備の部屋を与えられた。

 

 至高の御方々の部屋と作りが同じ造りの素晴らしき部屋が、だ。だが、モモンガが立ち去ったあと、アルベドの表情は凶変していた。

 

 百年の恋も醒めるほどの狂相に、である。

 

 さらに言えば、至高の四十一人のために創られた美しいはずの部屋は、ほぼ原形を留めないほど無残に破壊し尽くされていた。恐らく、他のNPCたちがこの部屋の残状を見れば、アルベドが情状酌量の余地もなく不敬罪で殺されるのは間違いない。

 

 防音性能が高い事を感謝すべきだ。

 

 最も、アルベドが怒りを滾らせている原因を知れば、全てのNPCが多かれ少なかれ、アルベドと同じ状況に陥るだろうが。

 

「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな……ッ! モモンガ様をおもちゃのように、リンチにして殺そうとしたですって!」

 

 アルベドの怒りの原因は明白である。

 

 

『プレイヤーたちにおもちゃのようにリンチにされていてな』

 

 この言葉を聞いて、怒り狂わないNPCは誰一人いない。怒り狂わないNPCがいれば、アルベドの手で処刑する。処刑してみせる。

 

 

 

 ……暫く破壊の限りを尽くしていると荘厳な部屋の一室は、原形が無くなるほどに破壊されつくしていた。

 

 この破壊された部屋がアルベドの心の怒りを表しているの。だが、そんな中ただ一つ皺一つなく、原形を留めている物が存在した。今の部屋の現状を鑑みれば不自然なくらいに。最も部屋の残状のせいか、多少の埃は被っているが、許容範囲であり、見事な美しさを損ねてはいない。

 

 見ようによればその埃が、より素晴らしく見せる引き立て役にすらなっている、そう見ることも可能かもしれない。

 

 それは入り口に飾られていた。もし仮に、ナザリックが一軒の家だった場合表札の役割になるものだろう。いや、今でもそうだ。このナザリックが誰の所有物かを、明確に表すものだ。

 

 そう、それは紋章旗だ。アインズ・ウール・ゴウンを象徴する旗であり、アルベドの愛する人が名乗ると言われた名前と同じ名前を冠する者だ。

 

 アルベドは、怒りは収まらず、まだ壊したりないと言うが如く、紋章旗に手を伸ばし――

 

 あと一歩でアルベドの射程に入るというところで、腕を止めた。暫くアルベドは紋章旗を睨み続け、ふと力を抜いた。最後に紋章旗を一瞥してベッドルームに向かったのだ。

 

 瓦礫の山を歩くアルベドの足音だけが部屋に鳴り響き、アインズ・ウール・ゴウンの紋章旗がただ、佇んでいた。

 

 そして、アルベドは立ち止まって、怒り、感謝……複雑な心情を知らず知らず、吐露していた。

 

「……もし仮に、モモンガ様をお捨てになられたのなら、たっち・みー様でさえ殺してみせます……ですが、モモンガ様をお救いになられたこと、それだけは、感謝いたします。そして――」

 

 アルベドは目を閉じて、一度大きく深呼吸をして、複雑そうに胸の内を吐き出した。

 

「――ダブラ・スマラグディナ様が我々をお捨てになったのだとしても、私を、創造してくださったこと……モモンガ様をお守りする機会を下さったことには、感謝致します」

 

 そこまで言い切ると、この場所に用はなくなったのだろう。今度こそアルベドは、ベッドルームに向かっていった。




ムーンウルフの名前をコロちゃんに変更。何故か? 様式美です。それと名前だけなら、クロスオーバータグいらないよね?


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第9話

8月終了まであと僅か……まだ慌てるような時間じゃない。

残り10分になってからが本当の勝負!


 ンフィーレアはカルネ村に向かっている。本来はポーションの材料がまだ残っているため、行く予定はなかった。しかし、最近気になる噂がエ・ランテルで流れているのだ。

 

 その噂によると、帝国の騎士達が王国の村々を虐殺して回ってるとのことである。最初は根も葉もない、悪質な噂だと判断していた。

 

 だが、ンフィーレアの祖母であるリィジー・バレアレはエ・ランテルにおいて最高のポーション職人でもあり、人脈も広い。だからこそ孫であるンフィーレアも、より一歩踏み込んだ噂を知ることができた。

 

 王国最強の戦士である王国戦士長が失意の色を隠せずに、エ・ランテルを訪れていた。配下の戦士団から戦死者も出ているらしい、と。

 

 そして噂を肯定するかのように、エ・ランテル最高で高価なバレアレ産のポーションの売り上げが、増加していた。

 

 つまり、質の良いポーションが多く使用される何かがあった。これに疑いの余地はない。

 

 では、誰に対してバレアレ家のポーションが使用されたのか? 値段なども考慮して普通に考えれば、上位の冒険者たちしかいない。しかし噂のこともある。王直轄の兵士たちが死傷していた場合、最高のポーションを購入することは妥当と言える。

 

 ついでに言えば、上位の冒険者たちの多くが死傷していた場合、エ・ランテルその物の危機だ。冒険者組合が伏せているのはおかしい。何かしらの対策を取るはずである。

 

 仮に市井の混乱を避けるために情報の公開を避けているのだとしても、有事の際に必要になるポーション作成のために、バレアレ家にはすぐさま情報が共有されるはずだ。だが、そんな情報は共有されていない。

 

 

 これが、ンフィーレアが持っていた疑惑を最大限に高めた。

 

 

 カルネ村は虐殺されていない。噂はただの悪戯に過ぎず、自分の考えは的外れであり、ポーションが多く売れたのはただの偶然である。そう信じたい。

 

 だが、絶対とは言えない。だからこそ、薬草採取と言う名目の依頼を出して、絶賛片思い中の相手の無事を確認しに行くのだ。

 

 今回は急いでいたのと、今まで雇っていた冒険者が不在であったため『漆黒の剣』と言われる銀級冒険者を雇うことになった。可能なら、街一番の冒険者であるミスリル級冒険者を雇いたかったが、さすがに薬草採取と言う不釣り合いな依頼や、上層部が伏せているかもしれない何かを考えて、銀級冒険者しか雇う決断はできなかった。

 

 ……彼らを雇ったのは大正解だった。カルネ村への道中に彼らと話せたことは、自身の不安を抑えるために有意義な事でもあった。強力な生まれながらの異能(タレント)持ちがいることもあり、戦力的にも申し分はない。不安が多かったンフィーレアの精神は、カルネ村への道中は安定されていた。

 

 そして、精神が安定した事がまるで間違いだったかのように、カルネ村が見える位置にまで来てンフィーレアは叫んでいた。

 

「……おかしい。カルネ村に何が起きてるんだ!?」

 

「ンフィーレアさん、落ち着いてください!」

 

 冒険者のリーダー、ぺテルが自分に冷静になるように呼び掛ける……その声に応じる形で深呼吸をして気持ちを抑える。

 

 周りを見れば、冒険者たちは全員が警戒態勢に入っていた。早急に情報を共有して、不自然さを伝えるべきだ。

 

「…あの村には柵なんて元々存在しなかったんです!……それだけじゃない。あんな頑丈そうな塀は無かった! ただの村人に、短時間であれだけの作業を行えるなんて思えません!」

 

「確かに完成はしていないみたいですけど……普通に考えれば、あれだけの作業を行うなら、年単位は掛かりそうですね」

 

「……とりあえず、何が起きているのかの確認が必要ですね」

 

 漆黒の剣達が話し合う。雇い主をどのように守りながら、村の状況を調べるかを……もしかしたら一度撤退して冒険者組合に報告するべきかと冒険者たちで話し合っていたが……状況は動いていたのだ。亜人達が秘密裏に近づいてきていたのだ。冒険者達は異常事態に混乱していて、接近する存在に気づくのが遅れた。

 

 十分、致命的である。

 

「武器を捨ててくだせぇ。あんた達の会話は聞こえていたから、カルネ村の敵じゃないとは予測できますが、確実じゃない。敵かどうか判断できない場合、あんたらをどんな手を使ってでも殺します」

 

 小鬼(ゴブリン)はとても流暢な言葉で伝えてきた……姿が見えてなければ、人間と勘違いする程に。

 

「……武器を捨てた場合、命の保証は?」

 

「敵じゃなければ、保証しますがね?」

 

 漆黒の剣のメンバーたちは黙りこくる。彼らにはこの村に何が起きてるのか理解できない。

 

 今からできることで最善なのは、エ・ランテルに退却し冒険者組合に報告することなのだろうが、全員が無事に退却できる保証はない。

 

 いや、一目見ただけで分かる。彼らは野良のゴブリンとは全く違う。戦闘に入れば、間違いなく全滅する。

 

「あんた達には村の近くまで行って姫さんたちに会ってもらう。敵じゃないかの判断の最終判断は姫さんたちが行うんでね」

 

「……姫さんとは誰ですか? 僕はこの村に何度も来ているけど、僕は知らない!」

 

「悪いが、名前を言う訳にはいかねぇな。俺達は詳しく知らねえが、魔法には名前を知ってるだけで、発動するものもあるらしいからな?」

 

 そんな魔法、聞いたことがない。だが、この中の誰かが、そんな魔法を使えるかもしれないと、警戒しているのだろう。

 

 勘違いにも程がある。もし、そんな魔法があるとして、行使が可能だとしたら、アダマンタイト級冒険者を超えた先にいる、帝国の逸脱者だけに違いない。

 

 

 ……ゴブリン達が目で問うてくる。これが最後通牒だと。どちらにせよこの状況では彼らに従うのが最善だ。

 

 だとしても、ンフィーレアはゴブリン達に問う。どうしても一つだけ確かめたいのだ。

 

「……君達はカルネ村の敵じゃないんだね?」

 

 それに周辺にいるゴブリン達全てが、当然のように頷く。不安はまだある。だけど、決断はできる程度の要素は整った。

 

「分かりました。あなたたちに付いて行きます。皆さんはここに残ってください」

 

「いいえ、私達も付いて行きます!  彼らの指示は全員が付いていく事です。それに何かあった時に護衛が必要です。私達で切り抜けられるかどうかは分かりませんが。できる限り努力します!」

 

 

 

 そして、対面の時は訪れた。ンフィーレアの目の前には三人の人間と……一匹の狼が付き従っているように見えた。

 

 汗が引き、全身が総毛立つ恐怖を覚えた。それもンフィーレアだけではなく、銀級に上った冒険者たちも同じだ。あの狼には自分達では勝てない。自分たちは単なる捕食者に過ぎないのだ。

 

 

 

 だがそれ以上にンフィーレアは安堵していた。

 

 エンリが生きていたからだ。 

 

「……エンリ、無事だったんだね!」

 

 それに対して、エンリはぎこちない笑みを浮かべていた。まるで、無事だったとは言えないかのように。疑問に思い、さらに問いを投げようと思ったが、その言葉は出てこなかった。

 

「……ンフィー君?  今度はンフィー君達が私達から奪いに来たの? ……やだ!これ以上私達から家族を奪わせないでっ!」

 

 エンリの妹のネムの言葉を引き金に、周辺の圧力が増した。比喩ではない。エンリが生きていたことで一瞬とはいえ忘れていた、狼の恐怖を思い出した。

 

 いや、その恐怖は今も増え続けている。ただ、唸り声をあげているに過ぎない。しかし、蛇に睨まれた蛙と言ってもいいぐらい、ンフィーレアたちは追い詰められていた。

 

「大丈夫よ、ネム。私はどこにも行かないから」

 

「……お姉ちゃん」

 

 ネムは涙目になりながらエンリに抱き着き、エンリもそれに応えている。ここだけを見るなら、仲の良い姉妹なのだろう。

 

 恐ろしい推測が立っていなければだが。

 

「私から、何があったか説明しよう」

 

「……お願いします」

 

 そしてカルネ村の村長は話し出し、内容を聞くに従い思わず呆然としてしまった。王国の陰謀の実行場所として巻き込まれたこと……王国戦士長を殺すために貴族が行動していたことを。

 

 そのせいで、村に死者が出たことも。ある魔法詠唱者(マジックキャスター)が助けてくれなければ、口封じとして村人全員が殺されていたことも。

 

 吐き気を覚えた。王国はここまで腐っていたのだ。薄々ではあるが、分かっていた。王国にとって、平民の命はどうでもいいものだと。

 

(……ふざけてる。王国の上層部は何を考えてるんだ! ……もしかしてエ・ランテルが兵士を派遣しなかったのも、戦士長を殺そうとしていたから? …………もし貴族達が王国戦士長を政治の都合で謀殺しようとしていた事を、ただの村人が知ったら、王国の上層部はどうする?)

 

 背中に冷たい物が走った。こんなことをした者達なら確実に、カルネ村の人間を皆殺しにして口封じするという確信を得たからだ。

 

 例え逃げだしたとしても、絶対に見つけ出して口封じをするはずだ……。もう、彼らに安息の地はないのかもしれない。

 

 叫びたかった。カルネ村の人間たちは普通に平民としての義務を為してきた。そして訪れた結果が虐殺だ。義務を為していようがいまいがどうでもいいのだ。王国は。

 

 怒りを解放したかった。だがその叫びよりも早く、別の人物の叫び声が聞こえていた。 

 

「――ふざけないでください!」

 

 最初に正気に戻っていたのは、冒険者のメンバーの一人だった。村に来る途中に聞いた話では、貴族に隔意を一番抱いている人だ。 

 

 涙を流しながらの、心からの叫びだ。

 

「これだから、あの豚達(貴族)は! 村人を私達(村人)を何だと考えているんですか! 私たちは王国の法律を守って、生きてきただけなのに!」

 

 一人の冒険者が大声で叫ぶ……まるで自分も似たような経験があるかのように、涙していた。

 

 そしてエンリに抱き着いていた、ネムが顔を上げ一人の冒険者を見つめていた。

 

「お兄ちゃんも何かされたの?」

 

 目からは涙は引き、自分達と同じように何故か怒っている。

 

「……ニニャと言います。私は、私たちは、自分の口に入るものなんか、ほとんど残らないのに、必死に畑を耕して、税を納めていました。でもその結果、(貴族)に最愛の姉を連れていかれました……ロクデモナイ噂しかない奴に」

 

「そっか、ニニャさんも家族を奪われたんだね……私達と一緒だね」

 

 先程あった自分たちにあった怒りの空気は無くなり、狼からの威圧感も無くなっていた。

 

 威圧感が無くなったことで、ンフィーレアも平静に声を出すことができた、尤も……。

 

「……エンリ、御両親はどうなったの?」

 

 唇が震えることを、抑えることはできなかった。

 

 恐怖からではない。怒りだ。こんなことを引き起こした王国への怒りだ。それに、本当は答えを聞かなくたって分かってる。

 

 二人は亡くなっている。

 

「私たちを逃がして、ね」

 

「……そっか」

 

 命を懸けてエンリたちを助けたのだ。ンフィーレアにとっても彼らへの思いは深い。エンリも当時のことを思い出したのか、辛そうな表情をしているが、すぐに引き締まっていた。強くあろうとしているからだろうか。

 

「あー、それでどうします?」

 

 ゴブリンの中で、恐らくリーダーと思われる人物が空気を読んでくれているのだろう。本当に亜人なのだろうか。

 

「大丈夫だと思うよ……話を聞いてしまうと我々と同じだから、ね」

 

 そして、許されたンフィーレアたちは村の中に入ることを許されたが、直前に待ったが入った。ンフィーレアにとって恐ろしい待ったが。

 

「ンフィー君は、私からお姉ちゃんを取ったりしないよね?」

 

「大丈夫よ、ネム。ね、ンフィーレア?」

 

 エンリが好きで、将来的には結婚したいとは願っている。やっぱりそれは、ネム()からエンリ()を奪うことになるのだろうか?

 

「ンフィーレア?」

 

「……も、モチロンだよ」

 

 少し黙っていたのと、声が上擦ってしまったせいか、エンリたちの視線がンフィーレアにはとても痛く感じられた。

 

 事情を知っている冒険者たちのあちゃーと言った表情が辛い。というより、何故村長も同じような雰囲気なのだろう?

 

 徐々に視線に敵意が強まっている……誤解を解くしかない。だが、どう誤解を解けばいいのだ。

 

 ……そして、ンフィーレアの顔は青白くなったり、赤くなったり、エンリたちからの不審げな表情で遂に狂ってしまったのだろう。

 

 先のことを考えずに思いを口走っていた。

 

 

「――エンリ、僕は君が好きでした! 村に引っ越してくるから、結婚してください! ネムちゃんと引き離すようなことしないから!」

 

「……? …………っ!?」

 

 

 なお、隠れていた村人たち全てに、大胆な告白を聞かれたと知ったのは、暫く先のことである。

 

★ ★ ★

 

 現在アインズは執務室に普段は姿を隠しているパンドラといる。

 

 アルベドが出ていくのを渋っていたが、「一人で熟考する」と言って報告書だけを提出させ追い出していた。

 

 もちろん理由はある。報告書や組織作りに付いて分からない事だらけの自分に、パンドラから教えを請うためである。

 

 パンドラズ・アクターの教え方は実に上手で、詳しく聞くこともできる。父親失格と思ったことは数えきれない。もし仮に誰からも助言を得られないまま、ナザリックの進むべき道を判断しなければならない時がきていたとしたら……あの時パンドラズ・アクターに全てを打ち明けていなければ、必ずどこかで致命的なミスを起こしていた。その可能性があったことに恐怖した。

 

 ――余談だが、パンドラズ・アクターの設定の一部は今でも、否、今だからこそ致命的なミスだと思う――

 

 当初の予定ではアインズが冒険者としてエ・ランテルに旅立ち、ンフィーレアと接触。ありとあらゆる情報を収集しながら、アインズ・ウール・ゴウンの名を世に知らしめるために名声を得る予定であった。しかし、パンドラズ・アクターから諫言されたのだ。

 

「確かに、ンフィーレアという者には接触を図る必要があるでしょう。プレイヤーの情報を探る必要もございます……しかし現状では、より気にするべき事があります……リアルの世界と、ユグドラシルの世界、今我々が存在する世界には明確な差異が存在します。そのため、父上がナザリックから、遠く離れるのは避けるべきです。……父上に何かあれば彼らも苦しむ事になります。全ては外に出る者達を信頼して任せるべきです」

 

 ……確かにその通りであった。自らが拙速であったことを悟ったのだ。今は、足元を固めるべき時期なのだ。もしかしたら、誰かがイタズラ感覚で何かを仕込んでいても可笑しくはない。

 

 最大の敵は内部に存在したとしても可笑しくはないのだ。

 

(実際、悪戯で何かを仕込んでいる可能性はあるからな……るし★ふぁーさんとか)

 

 アインズが思い出すのはかつて……いや今でも仲間だと思っている一人、るし★ふぁーだ。だが、るし★ふぁーと言う男は、ギルメンに深い友情を持っているアインズでさえ、苦手としてしまう程の問題児であったのだ……むしろ、何かを仕掛けていて当然と考えるべきである。

 

 昔ならまだ、笑い話にできたかもしれないが、現状を考えれば致命的なデス・トラップに変化している可能性だってある。もっとも、るし★ふぁーなら、単純なデス・トラップよりひどい物を作成していても可笑しくない。

 

 恐怖を隠し切れない。

 

 

 まぁ、アインズにとって最強のトラップは今目の前にいる、パンドラズ・アクターのオーバーなアクションだろうが。

 

 

 

 ……話がずれた。NPCたちの期待に応えるためにも、早急に支配者として完成しなければならない。腕の良い家庭教師もいるのだから、怖い物はない。不満も一つしかない。

 

 不満は動作だ。心を抉る時があるのだ。特に支配者の演技の練習の時間。地獄だ。

 

(パンドラズ・アクター。時々、思い出したように出るオーバーな動きは、本気で止めてくれ……真面目モードの時はいいんだが)

 

 なおアインズが気付いてない(目を逸らしている)だけで、パンドラズ・アクターは常に真面目モードである。

 

 

 モモンガの心からの願いは完全な形では、まだ成されていないのだ。とはいえ、出る数も少なく沈静化がなくとも耐える事は可能――慣れたともいえる――な程度だ。逆に、延々と自分に見せて、何かを探っているようにも見える時があるが気のせいだろう。気のせいに決まっている。

 

 閑話休題。

 

 現在パンドラズ・アクターに任せている任務は多種多様である。自分が分からない事を教えること。息抜きもかねて、ユグドラシルやリアルのことを詳しく話し合ったり、パンドラズ・アクターが所持している知識から接近戦のいろは教えてもらったり、実戦経験の代わりに二人で模擬戦を行ったりしている。

 

 他の任務として現実になったNPC達がどのように動き、どのような考えを持ち、どのような知識を持ち、どのような会話をするか、ユグドラシルの頃の記憶をどんな形で保持しているかなどを、秘密裏に収集及び分析をさせている。

 

 またできる限り知られない方が、任務の都合上やりやすいと言われたため、現時点ではあるが、彼の存在や正体は誰にも明かしてはいない。

 

(正直、プライバシーに当たりそうで嫌だが、俺が支配者を演じるなら必要になるからな……俺をどんなふうに彼ら(子ども達)が見ているのか……何となく、想像付くけど)

 

 階層守護者たちの自分への間違った認識を思えば、ある程度の想像はつく。だが、確証は必要だ。それに、もしかしたら、奇跡的に胃が痛くならない程度の認識をしてくれている存在も……いるのだろうか?

 

 ……最後に任せてる任務だがエイトエッジアサシン、シャドウデーモンや自分が呼び出した傭兵モンスターの中で情報収集に優秀と思われる者たちの、指揮を任せて外部の情報収集を任せている。

 

 ちなみにエイトエッジアサシン達は、自分に護衛がいなくなるのを危惧していたようだが、パンドラズ・アクターが自分が護衛するから問題ないと言って、部屋からも追い出していた。

 

 パンドラズ・アクター自身も部屋を辞去している時も多いため、アインズからすればプライベートな時間が残るので喜ばしい事だ。

 

 恐らくただの一般人であった鈴木悟に対するパンドラズ・アクター成りの配慮なのだろう。

 

 エイトエッジアサシン達を別の任務に付けた事を知ったアルベドが煩かったが命令する事で従わせた。納得はしてなかったが……正直命令するのは嫌だが彼らの主に相応しくなるのに必要な事なので、練習のつもりで実行した。

 

 またシャルティアたち、外に出る守護者にも時に何体か付けさせている。問題があれば独自の判断で援護する者達であると、守護者達には伝えている。

 

 付随して時々自分に聞こえない程度の声で、部下とメッセージのやり取りをしているようだ。

 

 シャルティアを初めよく理解していない者もいたが、アインズ(本当はパンドラズ・アクター)直轄という事は理解できたのだろう。

 

 デミウルゴスだけが「……畏まりました。必ず御命令を成し遂げてみせます」と改まって宣言していたが、何があったのか、凡才な身では理解できなかった。

 

 また、デミウルゴスには低位のスクロールの素材集めと、裏の情報収集を任せている。なぜか「全て理解しております」みたいな顔だったが、パンドラズ・アクターが何も言わない以上、特に問題は無いのだろう。

 

(やれやれ、デミウルゴスやアルベドの考えはよく分からないな……詳しくパンドラに聞いてみるか? ……それにしても、これじゃ本当に父親失格だな。……早く一人前にならないとな!)

 

 そんな感じでパンドラから報告や講義を受けていた時に、カルネ村に置いている月光の狼(ムーンウルフ)、コロちゃんから何者かが近づいていると召喚者との繋がりで報告を受けた。アインズは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)でカルネ村の様子を覗く。

 

 そのため、世にも不思議な告白をしている少年も目撃してしまった。少しだけ哀れだった。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)は声だけは拾ってくれないので声はコロちゃんからの念話によるが……。それをパンドラズ・アクターとも共有する。

 

(……無粋だな、これ以上覗き見するのは)

 

 というより、彼らの会話を総合すると、ネムからエンリを奪う……偽装騎士たちが、カルネ村にしたようなことをすると誤解されたが故に、誤解を解くため多くの観客がいる前で愛を叫ぶことになったのだろう。

 

 

 確かに結婚した場合、妹から姉を奪うという見方も可能だ。彼もそのことに思い至ったから、言葉に詰まったのだろうが……いつか今日の出来事を思い出して恥ずかしい思いをしない事を願おう。

 

 ほんの少し、嫉妬マスクを被って脅かしてやろうと思ったのは内緒だ。

 

(それにしても恋の力か、素晴らしいものだな。そう考えると、アルベドやシャルティアも私に同じような恋をしていることになるのだろうか……いやいや、アルベドはタブラさんの娘で、俺が設定を勝手に書き換えたからだし……シャルティアもぺロロンチーノさんの娘だし……それに、あの二人怖い)

 

 複雑に考えているが、恐らく最後が本音だ。感情が鎮静化される……鎮静化が起きるほど恐怖を与えるのは、女性の常識なのだろうか?

 

 いつか、少年もエンリから同じような恐怖を感じさせられるのかもしれない……そう考えると仲良くなれそうな気がするから不思議だ。

 

 考えてみると、ペロロンチーノもぶくぶく茶釜に怯えていた……女性が怖いという真実を知ったから、エロゲー(二次元)に走ったのだろうか?

 

 当たってたら困る。

 

(……止め止め。それにしても、ネムも前線に立とうとするのはな……危険な行動だが、あれだけの村を守るという意思があれば仕方ないか)

 

 

 村の男達も周囲に隠れて何かあればネム達を庇えるようにしていたようだ。ネムの覚悟を尊重したのだろう。アインズが付けている護衛もいるから、危険はないはずだ。

 

 

 

 少しだけ、ネムと過去の自分を重ねてしまい、自分の過去、鈴木悟に対して幻滅してしまう。

 

(それにしても、今まで俺は何をしていたんだか。あれだけ小さい子でも、あれ程の覚悟を持てるのに……もし俺にあれほどの意思があれば、仲間達は今ここにいてくれただろうか? それに、俺が一言でも母さんに休んでほしいと言っていれば、母さんが死ぬ事も――)

 

 瞬時に抑制される。自分にとってそれだけ、大きな存在なのだ。母に似た人に出会わなければ、思い出すことすらなかったのだろうに。とんだ親不孝者だ。

 

 ……不毛である。別の事を考えるべきだ。

 

(ニニャだったか。絶対に姉を救い出してみせる、か……見事だな。絶対に勝利する事ができないはずの貴族(支配者)を相手にする意思。素晴らしいな……そして彼の仲間達も…………王国の上層部が屑なのもよく理解できた。まるでリアルの世界と同じだな、搾取する者、される者か。ウルベルトさんは今俺が抱いている、遣る瀬無い気持ちを、ずっと持ち続けたんだろうな)

 

 ……首を大きく振る。今の自分は鈴木悟ではなく、ナザリックの支配者、アインズ・ウール・ゴウンであると言い聞かせて。

 

「如何なさいました?」

 

「いや、何でもない……カルネ村を見るのは大体、一週間ぶりか? ゴーレムまで貸した訳だし、ある程度復興できているようだな?」

 

「そのようでございますな。さて、それではカルネ村の無事の確認と、復興具合の確認もできたことですし、講義を再開致しましょう!」

 

「ははっ。スパルタな教師を持ったものだ……よし、では講義の再開を頼む」

 

(慣れてはきたが、やはりパンドラの行動は、込み上げる、ものがあるな。早く慣れないとな……慣れて良いんだよな? 慣れて良いはずだよな? 父親なんだし。間違いじゃない……それに少しずつだけど、減っているのは間違いないんだ。俺はお前を信じてる……今の苦しみが一時的なものだと!)

 

 

 アインズがいつか、パンドラが大げさな動作を完全に止めてくれるのを信じながら、講義が再開される。次々と自分が知識を理解していっているのが理解できる。今の自分ならリアルでもそれなりに出世できるのではないかとも……今更無意味なことだが。

 

「父上、少々お待ちください」

 

 どうやら何か報告が上がったようだ。少し待っていると、アインズにも報告された。エ・ランテルで情報収集をさせていた者たちが、裏の者と思わしき者たちを捕らえたと。

 

 どんな物たちなのか詳しく聞こうとしたが、その考えはすぐに飛んだ。

 

 ドアがノックされたからだ。この部屋に訪れる者はメイド達かアルベドのどちらかと考えながら、パンドラズ・アクターの任務の妨げにならぬように指示を下す。

 

「パンドラズ・アクター、一旦中止だ。姿を隠してくれ」

 

 パンドラズ・アクターが命令に従い仲間の姿を模写し特殊技術(スキル)を使い完全に見つからないようにしてから自分の後ろに立つ……隠れたのを知らなければ自分でも気付けないだろう。魔法を唱える十分な準備期間があれば別だが……つまり十分隠し通せると言う事だ。

 

「入れ」

 

「失礼致します。アルベドにございます」

 

 アルベドが新たな報告書を持って部屋に入ってくる……自分に会えた嬉しさからか、翼が大きく動いている……感情をまったく隠せていないアルベドを見ていると、小さな子どもが頑張って背伸びをしているようにも見える。見えるのだが……シャルティアとのやり取りを見ていると偽装にしか見えない。

 

 二人のケンカを見た身としては、怖い。女性は怖いとしか言えない。本来であるならば、執務を行う時はアルベドと共にする予定ではあったのだ。そして、アンデッドの特性を生かした夜に講義をフルで行う予定であったのだが、アインズ自身が少しでも早く、支配者に相応しくなりたかったのと、二人のケンカを見ていてちょっとした恐怖感を覚えたことで、少し距離を置いておきたかったのだ。

 

 怖くなくなる時まで。

 

「良く持ってきてくれたな。アルベドよ感謝する」

 

「感謝なんて、当然の事をしたまでです!……もし本当に感謝なされているのであれば、私にも報告書を読むのを手伝わせて下さいませ!」

 

「お前には本当に感謝している……しかし一人の方が効率が良いのだ。そちらが目を通した分だ。そのとおりに実行せよ」

 

 

「…………承りました。それでは失礼いたします」

 

 アルベドが非常に残念そうに……挨拶をしながら出ていく。先程まで大きく動いていた翼は力を無くしたかのように、止まっている。やはり、あの翼は感情表現のための物なのだろう?

 

「……悪いことをしたな」

 

 罪悪感はあまりない以上、ほんのちょっとの苦手意識を克服しなければならない。

 

「左様でございますか。ところでモモンガ様。近いうちにカルネ村の者達をお招きになられては如何でしょう?」

 

「……いつか、状況が落ち着いたらな」

 

「いえ、できれば早急にお招きいただきたいのです」

 

 パンドラズ・アクターは何故か分からないが、執拗に食い下がる。アインズが少し戸惑うほどに。

 

「……何故だ?」

 

「情報の集まり具合で変更はありますが、カルネ村の者達と仲良くなる事には多大なメリットがございます。そして、カルネ村とその周辺の出方次第で、今後のナザリックが歩む道が決まります」

 

「……なるほど。お前の中では既に、今後、ナザリックがどう動くべきか決まっているのだな?」

 

 強く敬礼される。肯定の代わり、なのだろう。敬礼は正直止めてほしいが、一週間足らずで、将来像を描いて見せたのだから、さすがナザリック最高の頭脳の一つと言う他がない。

 

 だが、何故カルネ村の出方で決まるのか? 凡才であるモモンガには全く分からないが、パンドラズ・アクターの事は信頼している以上、任せるのが上策だろう。

 

「分かった。お前に任せよう」

 

「畏まりました。では、モモンガ様が最初にお救いになられた姉妹と……村長夫妻をお招き致しましょう」

 

 なぜ彼らを招こうとするのかは分からない。だが、村長夫人に限って言えば分かる。代償行為であるが、リアルではできなかった、親孝行をさせようとしてくれているのかもしれない。

 

 

 それは素直に嬉しくもある……それに彼らを招くことはパンドラズ・アクター的には、大きな意味があるのだろう……だとしても叫びたい。

 

 

 彼女は母に似た別人だ。親しくすることに文句はない。ちょっとだけ、ナザリックを危険にまで晒してしまうような危険をしてしまいそうで不安だが、パンドラズ・アクターが止めてくれるから問題はない。だが……黒歴史を見せるのは無理だ。

 

 覚悟ができない。

 

(パンドラズ・アクターを見られる? 確かに有能だ。家族としても認めている。……それでもっ!)

 

 ――想像して欲しい。母に自分のカッコいいと思った要素全てを詰め込んで作った物を見られる恥ずかしさを……受け取り手に依っては、自家発電の最中を母に見られて、目があってしまったぐらいの気まずさが流れるだろう。

 

 そもそも、それ以前に黒歴史を公開するのを躊躇しない人間……アンデッドもいない――

 

「なぁ、パンドラズ・アクター! 今回は村長夫妻はよそう! 二人は村の中心人物だ。いきなりは不味いだろう! それに、エンリも彼氏がいるんだ! 延期しよう。なっ!?」

 

 逃避したのは当然であり、最終的にネムだけを招く事だけにできたのはきっと良い事だろう。

 

 例え、これが単に先送りに過ぎないと分かっていても……

 

「それでは父上! ここからは、支配者としての演技のお時間でございます!」

 

 この後(考えることを放棄するほどに)めちゃくちゃ練習した。




実は今回、ンフィーレアたちの話し合いはもう少し掘り下げて、
ネム「家族が増えるよ!」
コロちゃん「ガウガウ(やったねネムちゃん!)」

をやりたかったけど、諸々の事情でカットしました(笑)


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第10話

1分後にprologueのラストを投下するよ!


 演技の練習という、アインズにとっての絶望空間が展開されて、どれぐらいの時間が経過しただろう? ちなみにパンドラズ・アクターは水を得た魚のようであった。

 

 それは、本当に突然だった。今まで生き生きとしていたパンドラズ・アクターが急に停止したのだ。

 

「どうした? パンドラズ・アクター?」

 

「…………配下の者から、連絡が御座いました。シャルティア殿が、何らかのアイテムを使用されて、無力化……端的に言えば、現地勢力に敗北した、とのことでございます」

 

「――」

 

 一瞬、パンドラズ・アクターが何を言っているのか頭に入ってこなかった。徐々に脳に沁み込むように理解が追い付いてくる。沸々と心に怒りが沸き上がる。仲間の子どもが害された。事実なら許せることではない。

 

「な、に」

 

「父上。今すぐにニグレド殿に魔法の発動の御命令を! 今すぐに現状を把握すべきです! ……私も現場に急行致そうと思います!」

 

「…………待て! ニグレドの件は了解したが、なぜお前が向かう必要がある! シャルティアが敗北したのであれば動くべきではない! いや、外に出ている守護者たち全てをナザリックに帰還させて、シモベたちにさせるべきだ!」

 

 ……信じたくはない。だが、そんな願望で頭を止めるのは愚かだ。何より、守護者最強のシャルティアが敗北したのであれば、他の守護者たちが敗北したとしても可笑しくはない。情報収集に向かっている全てのNPCたちをナザリックに撤退させて、傭兵モンスターたちに情報を収集させるのが上策のはずであり、復讐はそれからだ。

 

 確かに対応力と言う点では、パンドラズ・アクターに勝てる者はナザリックには存在しない。能力は落ちるが、ギルドメンバー全てに変身することができる、パンドラズ・アクターに対応できない状況はないだろう。

 

 しかし、真っ向からの対決では弱い。それこそ、仲間たちの武器をフルで使い捨てにさせるつもりで、事前準備を整えれば、百レベルのプレイヤーにさえ勝てるだろう。しかし、そんなことアインズがさせるはずがない。

 

 つまり、パンドラズ・アクターは万能ではあるが、強さはそれなりとしか言えない。シャルティアが敗北したのであれば、パンドラズ・アクターに勝ち目はない。

 

「真っ向から戦って敗北したのであれば、父上の言う通りでございます。しかし敗北した理由は異なります」

 

「なんだと?」

 

「シャルティア殿の敗北は父上の命令を守らず、油断し、血の狂乱を発動させたことでございます。そこを突かれ、アイテムを使用され、無力化されました!」

 

 ……それが、事実だとすればシャルティアの敗北は慢心していたからなのだろう。意識を引き締める必要がある。同じことを冒さないために。

 

「分かった。お前に任せる。私も動こう」

 

「感謝いたします。今から他のシモベを囮にして捕虜とともに生き延びるように命じた者と合流し、より詳細の情報を得るように行動いたします!」

 

 ……パンドラズ・アクターは行動を開始した。ここからはアインズにとっても正念場である。今すぐに行動を起こす必要がある。

 

 何よりも、ペロロンチーノの子供に手を上げた存在に復讐しなければ。そんな思いを抱きながらアインズはニグレドの下に向かった。

 

 

 

 ギリギリギリギリ。アルベドの歯ぎしりが廊下に響き渡っていた。

 

 愛する人が自分を追い出して、一人で何かをしている。いや、時々だが、人の気配を感じる。

 

(……何故、私を追い出されるの?)

 

 そしてアルベドが追い出された時期から前後して、変わったことがある。何故かは知らないが、身振り手振りが増えているのだ。

 

 

 

 

 まさか、身振りの練習でもしているのだろうか? ……そんな訳がない。恐らく、アルベドでは計り知れない、何かを思案されているのだろう。

 

 だが、何故自分を頼ってくれないのか。何故自分以外の誰かが、あの場にいる形跡があるのか。やきもちを抑えること何てできなかった。

 

 尤も、次の瞬間には守護者統括に相応しい存在に戻ったが。

 

「アルベド!? どこにいる!?」

 

「――こちらでございます、アインズ様」

 

 アルベドは声の方向に急いで向かう。そして同時にアインズもアルベドの声の方向に向かっていたのだろう。すぐに、合流できた。しかしアインズは余りも焦燥して、取り乱しているように見える。

 

 見方によれば、支配者としての威厳が吹き飛ぶほどに。

 

「アインズ様、出歩かれるさいは、供をお付けになるようにお願い致します」

 

「そんなことはどうでもいい! シャルティアが現地勢力に無力化……敗北を喫した」

 

 アインズに苦言を呈したアルベドも一時的にだが、思考が停止した。それほどまでに考えられない事だったからだ。誰が、階層守護者の敗北の可能性を予見していただろう。

 

 そして、驚愕から立ち直る前に、命令は下された。

 

「今すぐに外に出ている全階層守護者をナザリックに帰還させるように命令を下せ! セバス達にはより多くの護衛を出せ! いいな!? そして、いつでも追撃を行えるようにシモベたちの準備せよ」

 

「はっ! 今すぐに行動を開始致します!」

 

 

★ ★ ★

 

 漆黒聖典を率いる立場にある隊長は焦っていた。

 

 現在の状況は最悪と言っていい。護衛対象であるカイレが重体、カイレを庇った隊員と吸血鬼を捕縛しようとした隊員の死亡。

 

 吸血鬼を捨て置き、撤退を開始したその瞬間、伏兵が現れた。神人である隊長なら、問題ではない。しかし中には他の漆黒聖典の隊員に匹敵する敵もいたのだ。

 

 幸いにも隊長の獅子奮迅の活躍により、重軽傷者は出たが死者は出なかった。とはいえ、時間が掛かってしまったのは事実。

 

 急いで法国に帰還しなければ、カイレは助からない。カイレが助からないことは、法国にとって、否、人類にとって損失が大きすぎる。絶対に死なせる訳には行かない。災厄の竜王の復活が予測されている現状では。

 

 そして……部下の一人が息絶え絶えになりながらも、恐怖故に独り言を発していた。法国の、否、人間と言う括りで見ても、精鋭中の精鋭であり、切り札である漆黒聖典の生き延びた者たちは恐怖を隠しきれていなかった。

 

「あいつらは、一体何なんだ……」

 

 恐らくと言う注釈はつくが、吸血鬼の仲間なのだろう。だが、疑問点もある。

 

 何故、最初から共に襲ってこなかったかだ。もし仮に共に襲い掛かってきた場合、十中八九負けていた。あのモンスターたちに容易に勝てるのは、自分だけだ。そして、自分では吸血鬼には勝てない。

 

 吸血鬼が、自分を嬲っている間に、モンスターたちが部下たちを襲う。これだけで、漆黒聖典は秘中の秘である番外席次を除き全滅していた。

 

 何故、そうしなかったのかが、疑問なのだ。

 

 考えられるとすれば、吸血鬼とモンスターたちが別勢力の可能性なのだが……それでは何故自分たちを強襲してきたかが分からない。何らかの目的があったのは間違いないだろうが。

 

(……余計なことを考える余裕はないな)

 

 最終的な判断するのは神官長たちだ。自分はあった出来事をまとめて報告すればいい。

 

 そのために少しでも早く、法国に帰還するだけだ。そう、隊長が思い至り、周辺の気配を探った時、何かが動いた気がした。

 

 すぐさま、後ろを振り返れば、最後尾を守っていた者が、何らかの異形種に殺された瞬間だった。ある意味、理想的な奇襲だ。

 

「――後ろだ!」

 

 叫びに呼応して異常に気付いた他の者たちも振り返り、傷ついた体に鞭を打ちながら武器を構える。が、その瞬間には敵は森のどこかに潜んだ。

 

 危なかった……もし、自分が気付いていなければ、最低でも後数人、下手をすれば漆黒聖典は全滅していた。

 

 敵が現れた方向を睨み続け、五分近くの間、警戒だけが続く中、隊長は思う。損害が大きすぎた。漆黒聖典が部隊として機能できるのは暫く先になるだろう。カイレが重体。漆黒聖典から戦死者が三名。怪我を負っていない者はほぼいない状況なのだから。

 

 

 戦力の一角である、陽光聖典の未帰還。巫女姫の死亡。破滅の竜王の復活。そこに漆黒聖典の行動不能が加わる。

 

 現在の法国は危地に立たされている。もし、覆すことが可能だとしたら……。

 

 ――大きく息を吸い込み、命を擲つ覚悟を決めた。いや、それは間違いだ。漆黒聖典に所属する者は多かれ少なかれ、人類のために命を擲つ覚悟を決めている。

 

 

 だがそれでも、新たな決意をする必要があるほどに恐ろしいのだ。

 

 そう、漆黒聖典の隊長であり神人、法国の番外席次を除いた切り札である彼は、六大神が残されたもう一つの秘宝である、己が持つ槍の真価を発動させる覚悟を決めた。

 

 吸血鬼だけなら、自分と番外席次や法国の者たちが協力すれば間違いなく打倒できる。

 

 しかし、あの異形種も吸血鬼に匹敵する強さを持っていた……。彼らが仲間同士であった場合……そして、漆黒聖典級のモンスターたちが連携した場合……まず間違いなく、人類は滅びる。

 

 それを避ける方ために必ず一人、格上の存在を自分一人で殺す。

 

 圧倒的強者が一人減れば、番外席次と法国の総力を以てすれば、間違いなく打倒できるはずだ。

 

(口伝の通り、命を捨てることになろうとも、必ず)

 

★ ★ ★

 

 アルベドと別れたアインズはコンソールを確認していた。そして、シャルティアに何かがあったのは間違いがないことも自身で確認できた。

 

 そう、ユグドラシルとの時と同じなら、精神支配により一時的に敵対行動を取ったものの名前の変化だった。

 

 シャルティアは何者かに精神支配をされたのだ。

 

(誰が、シャルティアを精神支配した! どうやって、精神支配した!)

 

 

 シャルティアは吸血鬼であるため、精神への作用は無効のはずだ。可能性があるとすれば、現地特有の何かになるだろうが、特定は難しい。

 

 だが、確定していることはある。下手人を見つけて必ず殺す。

 

 

 そこに、シャルティアを監視させていたニグレドから報告が上がった。シャルティアが何者かに襲撃された、と。

 

 最終的に襲撃者は鎧に大きな穴を開けられ撤退したことを。

 

 ……追撃をして下手人を殺すことが難しくなった。ナザリックを叩ける存在が複数存在する可能性が出て来てしまった故に。鎧の存在が何者か分からない以上、迂闊に動くことはできない。

 

 情報を共有する必要がある。どう行動するにしても、パンドラズ・アクターと自身が得た情報を互いに共有しなければ、どうすべきかもわからない。

 

 メッセージの魔法を発動する。

 

『パンドラズ・アクター! 無事か!?』

 

『無事に御座います。父上! 今は一時的にナザリックに帰還を開始しております! 今すぐにナザリックの総力を以て追撃を仕掛けて、奴らを殺すべきで御座います!』

 

 パンドラズ・アクターに本当に感謝している。もし、彼から授業を受けていなければ、無様を晒していただろう。

 

『……私もそうしたい。が、それは難しい』

 

『何故でございますか!? 敵は一人を除いて重軽傷を負っております! それに――』

 

『あの後、シャルティアが何者かに二度目の襲撃を受けた』

 

 パンドラズ・アクターが止まった。想定していなかったのだろう。アインズとて同じだ。

 

 敵対勢力が複数の可能性がある以上、隙を晒すわけにはいかない。

 

『……成程、確かにナザリックの総力で追撃をかけるのは止めるべきで御座いますね』

 

『その通りだ。非常に業腹だがな……それで、先程は何を言いかけていたのだ?』

 

『父上と別れた後、部下と合流し捕虜をナザリックに連れ帰るように命令を下し、敵対集団に威力偵察を行いました』

 

 何となく、想像はついていた。パンドラズ・アクターが危険を承知で敵に奇襲をかけることは。自らのために情報を集めるために。

 

 きっとパンドラズ・アクターの中では、自分の責任と思っているのだろう。アインズが同じ立場だとしても、自責の念に駆られる。

 

 やはり親子なのだろう。

 

『まず、敵対者は法国の方角に向かって退却しておりました……恐らくは、法国の手の者かと思われます』

 

『……そうか。カルネ村だけに飽き足らず、ナザリックにまで手をだした、か……屑共がぁ! まだ私を怒らせたりなかったのか! 絶対だ、絶対に滅ぼしてやる!』

 

 助かった。……沈静化されなければ、きっと不毛な時間を使ってしまっていただろう。

 

 時間は有限なのだ。

 

 

『そして敵対者は、世界級(ワールド)並のアイテムを二つ、また神器級(ゴッズ)を複数所持しているようでございます……今まで集めた情報と比較しますと、異常です』

 

 今度は沈静化が起きた訳ではない。しかし、アインズは固まった。世界級(ワールド)の極悪さは良く知っている。というより本来なら複数世界級(ワールド)を所持していること自体、異常だ。

 

 ナザリックは、世界級(ワールド)を二桁近く維持できているが、それはナザリックが最高のプレイヤーたちで構成されていたからに過ぎない。

 

 

 そしてそれなら、シャルティアが敗北したのも、精神支配されたことも納得できてしまう。

 

 腹が立った。 

 

 ユグドラシル産のアイテムやモンスターが存在しているのに、現地勢力が世界級(ワールド)を所持している危険性を見逃していた自分に腹が立つ。

 

 気づけたはずだ。パンドラズ・アクター(NPC)が見逃してしまったのは仕方がない。だが、プレイヤーであった自分が見逃してしまった事に腹が立つ。

 

 だが、今は自分を責めている余裕はない。

 

『続けてくれ』

 

『一つはチャイナドレス風のマジックアイテムでございます。ご存じでございますか?』

 

『……知らないな』

 

『左様でございますか。それと、使用者と目される存在が致命傷を負っていながら、アイテムだけでなく使用者も連れ帰っているところを見ますと、あのアイテムは使用者を選ぶ可能性が高いと思われます……過信は禁物でございますが』

 

 確かに過信は禁物だ。もしかしたら、使用者を選ばないのに選ぶように見せかけている可能性だってあるのだ。尤も一人を除いて重傷をほとんどの者が負っていたなら、そこまでする余裕があったかは分からないが。

 

『……そうなると、シャルティアにアイテムを使用したのは、その存在か?』

 

『その通りかと。また、それ以外の死亡者も擲たずに帰還しているところを見ると、替えの利かない存在かもしれません』

 

 世界級(ワールド)所持者と相打ち。それはある意味で、大金星なのかもしれない。

 

 そう思いながら次の報告を聞く。それによれば、ガゼフ級の者と判断してよい者たちが敵対者にはほとんどであり、楽に殺せる可能性が高いとも。

 

 つまり、ガゼフ級の者たちがこの世界では替えが利かないほどの存在と考えてよいのだろうか?

 

 ……弱すぎる。なのに世界級(ワールド)を所持している。歪にも程がある。

 

『そして、恐らく隊長格と思われるものは、ソリュシャン以上の存在と考えてよいかと』

 

『ほう』

 

 確かに強いと言っていいかもしれない。だが分からないこともある。何故、パンドラズ・アクターは焦ったように追撃をかけるべきと言ったのか……確かに、現地の戦力と比較すれば強力だが、ナザリックならば簡単であるはずだ。

 

 それでもプレイヤーと比較すれば十分弱者だ。

 

(いや、世界級(ワールド)が複数あった以上、可能なら追撃をかけるべきなのは当然か)

 

 そう思いなおし。続きを聞く。

 

『最後になりますが、もう一つの世界級(ワールド)は敵の隊長格が所持している、一見すれば何の力もなく見える、みすぼらしい槍でございましたが、世界級(ワールド)の力を持っていたかと』

 

 沈静化が起こり、思考が止まった。みすぼらしい槍……そして、世界級(ワールド)。もし、自分の考えが当たっているのだとしたら……間違いない。

 

 なぜ、そんな弱い存在にアレを装備させていたのかの疑問も氷解した。チャイナドレスは囮だったのだ。

 

 だが、アレなら弱者に装備させたほうが良いだろう。レベル差があろうとも、それを覆し打倒できるのだから……ある意味で、とことん効率的だ。

 

 いや、チャイナドレスで精神支配を図り、失敗すればアレを使用する。

 

 

 つまりナザリックは、恐ろしい存在にケンカを売り、売られたことになる。()()()()()の槍を所持している存在……法国に。

 

『パンドラズ・アクター! 続きは後だ! 今すぐ……今すぐに、ナザリックに帰還しろ!? そのアイテムは危険すぎるッ!』

 

『――承りました』

 

 ……本当に、愚かだ。下手をしたらシャルティアは消滅していた可能性があるのだ。 

 

 世界級(ワールド)世界級(ワールド)でしか防げない。プレイヤーならごく常識的なことだ。もしシャルティアに使用されていたら……パンドラズ・アクターにあれを使用されていたら……これから外に出る者たちには世界級(ワールド)を所持させるのが最良だ。

 

 しかし、疑問に思う。本当に防げるのか? 実際にユグドラシル時代も、世界級での効果を世界級を所持していたのに防ぐことはできなかった。あの出来事は例外として扱ってもいいのかもしれないが……油断はできない。

 

 つまり、世界級(ワールド)を所持していたとしても、殺される可能性がある。検証もする訳には行かない。なら、世界級(ワールド)を防ぐことは叶わないと思い、細心の注意を払い、絶対に使わせてはならない。

 

 アインズはもっと早く思いつかなかった自身の迂闊さを呪い、下手人を血を吐く勢いで恨んだ。

 

(必ずだ。必ず、代償は支払わせてやるっ)

 

★ ★ ★

 

 アルベドは、非常に苛立っていた。階層守護者が失敗をしたなら、自分達守護者が不始末を拭うべきだ。なのに、自身一人で解決すると言うのだ。

 

 確かに、アインズは以前と比べてどこか、覚悟を決めた様子がある。それは認める。

 

 必ずこの場に戻ると玉座の間にて約束してくださった。だが、何故一人で向かわれるのか。確かにシャルティアは強いが、守護者総出で掛かれば可能だ。シモベから何人か護衛は連れていかれたようだが……楯の役割は自分のはずだ。

 

 何より、何故一人で向かわれるの聞いても、「私の罪だからだ」としか言われない。詳しい事は部下に聞けとしか言われない。

 

 イライラは収まらない。

 

「少シハ落チ着ケ」

 

「……ええ。その通りね」

 

 深呼吸を繰り返す。怒りも不安も今は呑み込むしかないのだ。そしてデミウルゴスが到着したようだ。デミウルゴスもイライラを一つも隠そうとせずに、椅子に座った。

 

「――それで、何故アインズ様をお一人で行かせたのですか?」

 

「厳密には一人ではないわ。シモベから何人か連れて行かれたもの」

 

「私が言っているのは、そう言うことではない! 御命令に背いてでも、我々が動きお守りすべきでしょう!」

 

「私だって知りたいわ。何故、お一人で行かれたのか説明してくれる存在がいるらしいわ……居るんでしょう?」

 

「何を言って……ッ!?」

 

 今までこの部屋には間違いなく、三人しかいなかった。だが、何者かが現れた。コキュートスは静かに武器を構える。

 

 その姿はナーベラル・ガンマの本当の姿に似ている……ドッペルゲンガーだ。

 

「御初に御目にかかります! パンドラズ・アクターと申します! この地に残られた唯一の御方である、モモンガ様に創造された、宝物殿領域守護者でございます! 以後、お見知りおきを!」

 

 パンドラズ・アクターは大袈裟な身振り手振りを交えて、まるでこの場が舞台上とでも言うように、名乗りを上げた。

 

 モモンガ様に創造された……妬ましい。

 

 そして、自分がアインズの下から引き離されていたのは、間違いない、コイツのせいだ。そう考えると今すぐこの手で殺したい……が、今は緊急事態。横に置いておき、後で恨みをぶつけることにする。 

 

 デミウルゴスが怒りをぶつけるのを止めるつもりはないが。

 

「……何故、モモンガ様をお引止めなさらなかった!? たとえ。私達には無理だとしても、あなたなら……モモンガ様に創造されたあなたなら、できたはずだっ!?」

 

 一番モモンガ様に近いあなたなら……そう、デミウルゴスの心の叫びが聞こえた。認めたくはないが、そうなのだろう。でなければ、モモンガが自分を遠ざけることは無かったはずだ。

 

 何より、先程のオーバーアクションは確かにモモンガに似ていた。

 

 デミウルゴスはパンドラズ・アクターの胸倉を掴む。

 

「……あなたの気持ちもごもっとも……しかし、モモンガ様は自身一人で向かわれるのが最善と判断なされました。そして、私は反論はできなかった」

 

「何故だ! モモンガ様は我々が仕えることができる、最後の御方なのですよ!?」

 

「私はシャルティア殿が敗北した相手に威力偵察を、行いました。そして、敵対者は世界級(ワールド)を複数所持しておりました。一つはシャルティア殿を洗脳した、アイテム。もう一つは……二十の一つ。聖者殺しの槍(ロンギヌスの槍)。使用者と対象者を完全に消滅させる、世界級(ワールド)アイテムです」

 

 デミウルゴスが、コキュートスが、そしてアルベドが息を呑んだ。世界級が一つではなく複数所持している勢力が敵対している、由々しき事態だ。

 

「そんな危険な物があると分かっていて、何故外に!?」

 

「ご安心を、世界級(ワールド)世界級(ワールド)を所持していれば防ぐことは可能です……原則は、ですが」

 

 世界級を防ぐことは可能と少し安心した矢先に、爆弾が放り込まれた。 

 

「本来ならば、世界級は世界級で防げる……しかし、モモンガ様によれば防げなかった事例もある、とのことでございます」

 

「……はっ?」

 

 もしそれが事実だとしたら……洗脳系のアイテムはまだ、後者と比較すれば許容出きる。だが、後者はダメだ。もし、所持者とモモンガが遭遇したら……ナザリックにモモンガはいない。一番安全な場所にモモンガはいない。堪らず守護者統括としての威厳を捨ててアルベドも叫んでいた。

 

「だったらどうして!? もし私がそのことを知っていたら、モモンガ様をシャルティアの下に何て行かせたり何てしなかったわ!」

 

「簡単ですよ。我々がモモンガ様の足手まといだからですよ」

 

「私たちが、足手まとい? なら何で、シモベ風情がモモンガ様について行っているの?」

 

 聞き捨てならないセリフだ。確かに、自分達がモモンガに劣るのは当然だ。我々が足かせになりうるのも理解できなくはない。

 

 では何故、至高の御方々に創造されていないただのシモベたちはNPCよりも、有用だとでもいうのか。

 

 

 今、デミウルゴスもコキュートスも、そしてアルベドも切っ掛けさえあれば、この場でパンドラズ・アクターを殺し、モモンガの下に馳せ参じるだろう。その後、殺されたとしても。

 

「――シャルティア殿の敗北は、格下と侮った人間に一瞬の隙を突かれた故に起きたことでございます……ここで質問です。あなた達は人間をゴミのような弱者と侮ってはおられませんか? 無意識レベルで、見下してはおられませんか?」

 

 ……思い当たる物は、残念ながらある。確かに人間を弱者と侮っている。見下してもいる。

 

「シャルティア殿に限って言えば、敵を侮っていて正解だったのでしょう。もし侮っていなければ間違いなく、洗脳系ではなく、消滅させるアイテムを使用されていたでしょうから……ですが、もし奴らとモモンガ様を含めた我々で集団戦をした場合、あなた方の一瞬の隙を突かれ……ここまで言えば分かりますね?」

 

 力なく、デミウルゴスがパンドラズ・アクターから手を放していた……コキュートスも、自分も力が抜けたように、座り込んでしまっていた。

 

 自分たちの感情故に、モモンガを危険に晒そうとしていた。取り返しのつかない方法で。

 

 NPCだけで挑みかかったとしても、損失がでるだけと、判断されたのだろう。

 

「万が一、億が一を考えれば、お一人で赴かれたほうが安全でしょう……そして何故シモベたちを連れて行かれたかと言えば、世界級アイテムの攻撃を受けるためのデコイにするためです」

 

 ああ。確かにその点では、シモベの方が有益だろう。自分達には感情があるせいで失敗するかもしれない。だが、シモベたちなら何の疑問も持たずに、行動できるだろう。

 

「勘違いしないで頂きたいのは、あなたたちに感情があることを、モモンガ様は喜んでおられる。それに今までの意見は全て私の意見です……モモンガ様が赴かれたのは別の理由からです。曰く、ケジメとのこと」

 

「自分が世界級に対して、まったく警戒をしていなかったから……警戒していれば、シャルティア殿を傷つかせることも無かった……何より、至高の御方々が残された子供のような存在に争って貰いたくない、消滅させるような目にあわせたくない……これが、モモンガ様の思いです」

 

 自然とデミウルゴスやコキュートスの目から涙が流れていた。

 

 そして、アルベドも。それだけ、自分達はモモンガに愛されているのだ。それが至高の御方々の因果を受け継いでいることを、恨んでいるアルベドなら余計恨みを募らせても仕方なかった。

 

 だが、何故か至高の御方々を憎めなかった。

 

「それにモモンガ様は常にご自身を抑えられて生きてこられた……抑えるように進言何て、できませんよ……何より、今のナザリックでは私が一番モモンガ様を知っているのですから」

 

 最後の一言で、アルベドの遣る瀬無い気持ちは全てパンドラズ・アクターに向かったのは、当然である。

 

「――どうやら、始まるようです……勝利を祈りましょう」




誤字脱字が多かったらすいません。

あと、シャルティア戦は省略しましたが、ほぼ原作通りと考えて頂けると幸いです。


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外伝

今回は3話続けて投下してますので、ご注意ください。

ちなみにこの話は、作者が今後どんな話になるかの答えが描かれてるよ! もう少し後で知りたい方はブラウザバックをお願いしますm(__)m





デミウルゴスはアルベドと共にBARでパンドラズ・アクターを待っていた……副料理長はアルベド()がこの場所にいる事に少し不満げであったが、彼女の様子(静かな怒り)を見て何も言わないでいた。

 

(さて、どのようなお話でしょうかね? 他の階層守護者を除いて私とアルベドだけでの会話……一応、副料理長がいますが、彼は例外でしょうし、アルベドは怒り心頭な様子。恐らく自分の立場を奪われたと思っているのでしょう……しかし)

 

 思い出すのは、パンドラズ・アクターの姿……彼はナザリックにおいて双璧をなす頭脳の持ち主である、デミウルゴスとアルベドに匹敵しているだろう……彼の発言などから得られた情報から推測するに……アルベドが怒り狂うほどに役割を奪ったのは訳があるのだろう。

 

 そうするしかなかった事情が。それが何かは、まだ明確ではないが。アルベドがああだからこそ、自分が確実に見極める必要がある。

 

 これからのためにも。

 

(……現状で分かっていることは、彼の過剰な演技はそちらに目を行かせて、自身の真意を推測させないようにしていることですか……そして、演技を止めて言うことで、重要な話を印象付けようとしていますか)

 

 あの演技に惑わされてはならない。彼と読み合いを行う以上、本質を見極めなければ本当に必要な情報を得ることは叶わない。少しでも惑わされれば、読み合いに敗北する。

 

 

 ……デミウルゴスの脳内で高度な思考は複数展開される。モモンガが知ればさすがはナザリック一番の智者と褒めたたえたろう。そして、デミウルゴスはその頭脳に相応しくあることを思いつく。

 

 我々は、パンドラズ・アクターの情報を表面的にしか知らないのだ。確かにデミウルゴスも詳しく知らない者たちは他にもいる。

 

 だが、彼に限って言えば、余りにも情報がすくなすぎる。本来なら同じ仲間として、連携ができる程度には情報が知らされていてもいいはずだ。

 

 階層守護者と同格の強さなら猶更だ。

 

 余りにも、不自然すぎる。

 

(……我々が知ることができないように、意図的に隔離されている? ……アインズ様にとって、彼が切り札なのと、我々を信用しきれていないからでしょうか?)

 

 とはいえ後者はパンドラズ・アクターの言うとおりなら、無いはずだ。アインズの慈悲は山より高く、海よりも深い。その点を考慮するに、彼は切り札なのだろう。

 

(……もっとも、シャルティアの命令違反で、我々がアインズ様の御命令に従わない可能性があることが、周知されてしまいましたが)

 

 結果的には、良かったのだろう。二十と思わしき、世界級(ワールド)を使われなかっただけ。もし、油断していなければ、より悲惨な結果に終わったのだろうから。

 

 多少、シャルティアに対しても不快な気持ちは残るが。

 

(……少しずれてしまいましたが、彼が切り札であることに間違いはないのでしょう。これ以上は情報が足りません。可能なら、アルベドの意見も伺いたいところですが)

 

 デミウルゴスは少し離れた所に座るアルベドに視線を向けるが……酒を勢いよく飲み干しながら、副料理長に絡んでいた。

 

(やれやれ、先程よりも酷くなっていますね……アルベドに意見を聞くのは諦めましょう)

 

 デミウルゴスは静かにカクテルを飲む……本来BARではこのような飲み方が正しいはずだが、アルベドのせいで雰囲気が壊れているのは御愛嬌だろう。

 

 

 さらに30分程経っただろうか……アルベドの飲み方に対して、副料理長の怒りが暴発しそうになる頃になって、パンドラズ・アクターが到着する。

 

 今までと何も変わらない、大振りな動作を伴って。

 

「遅くなり申し訳ありません! デミウルゴス殿! アルベド殿!」

 

「構いませんよ。アインズ様を優先するのは当然です……それと先程は申し訳ありませんね」

 

 先程怒りのまま胸倉を掴んでしまったことを謝罪する。どんな話になるにせよ筋目は通さなければならない。

 

「問題ありません、そして感謝致します! さて副料理長、私にも何かカクテルを!」

 

「……畏まりました」

 

 副料理長が少し大声と過剰な演技で嫌そうな顔をする……アルベドを見てまだましだと判断した顔でカクテルを作り始めている。副料理長はどうやら、パンドラズ・アクターの演技に乗せられてしまったようだ。

 

 

 

 ……パンドラズ・アクターが席を一つ空けて自分の右隣に座る。その座り方は間に自分を挿んでアルベドとパンドラズ・アクターを隔てているかのように……アルベドは先程から嵐の前の静けさのように佇んでいる。

 

(……いけませんね……この空気は。まるでアルベドが今すぐにでも殺し合いを始めそうです)

 

「……アルベド。今からパンドラズ・アクターから大事な話を聞かされるのです。気持ちは分かりますが、少しは冷静になれませんか?」

 

「……冷静に? ……アインズ様に私をのけものにさせた相手に対して冷静に? さっきは緊急事態だったから……後に回したわ……でも今は別よ!」

 

 完全に頭に血が上っている状況だ……自分がいなければ、話をする暇もなく戦端が開かれたかもしれない。そうではなくとも、彼を排除する手段を構築しようとしただろう……だがここには自分がいる。

 

 NPC同士の内乱何てさせる訳がない。

 

「落ち着きなさい! 彼の行動には何かの考えがあるはずだ。怒りを解放するのも良いですが、まず理由を聞いてからでも良いのではありませんか、アルベド?」

 

「……アルベド殿。あなたの職務を理不尽に侵した事は謝罪しましょう……ですが、まずは話を聞いて頂きたい……私があなたの代わりを務めなければならなかった理由があるのです」

 

 無言を貫いていたパンドラズ・アクターもアルベドに頭を下げる……丁度そこに副料理長が場の雰囲気を察したのか急いで三人分のカクテルを差し出していた。

 

「ありがとう……申し訳ないが副料理長は一旦外に出てもらって構わないかな……コキュートスに万が一の場合は突入するように伝えてくれないかい?

 

「……畏まりました。では皆さま、一旦失礼致します」

 

 副料理長を外に出て行くように促す。最後の部分は二人に聞こえないように小声で伝えた。建前の理由だが……真実になる可能性もある。もっとも我らの主の気持ちを考えれば、絶対に回避しなければならない。

 

 とはいえ、ここらでアルベドのガス抜きはした方が無難と言える。貧乏くじを引くことになったが、文句はない。

 

 

「では乾杯しましょう。そうですね……共に働ける事に」

 

 デミウルゴスとパンドラズ・アクターがグラスをぶつけて乾杯をする。お互いアルベドとも乾杯しようとするが、彼女は無視して酒をがぶ飲みほしていたため、自分達も酒を口に含む。

 

「……それで、私をアインズ様から遠ざけた理由を早く教えてくれないかしら?」

 

 アルベドがパンドラズ・アクターを睨みつけながら口を開いた。片腕にはいつの間にかバルディッシュが握りしめられていた。

 

 ミシリと嫌な音が響いた。

 

 パンドラズ・アクターの受け答え方次第で、血が流れる結果になる。さすがにデミウルゴスは今すぐには割って入れない。理由を聞かなければ、フォローのしようもないからだ。

 

「分かりました……私はアインズ様からカルネ村で起きた出来事を聞かされました……はっきり言いましょう。アインズ様はあなたに嫌われるのが怖くて、顔を合わせるのを避けておられる……そしてあなたを変えてしまった事に対して罪悪感を抱かられている……私もフォローしているのですがね……それも理由の一つです」

 

「……私はモモンガ様を嫌わないわ! 罪悪感を抱かられる必要もない!」

 

 デミウルゴスは二人の言葉を聞きながら、できる限り詳しい状況を推察する。

 

 二人の会話を総合すれば、モモンガがアルベドに対して何かをしてしまい、気を病まれているのだろう。

 

「……パンドラズ・アクター。私にもカルネ村で何があったかを聞かせてくれないかな? 二人での会話だけでは私も判断をしかねるからね?」

 

「畏まりました……そうですね、一言で言いましょう。モモンガ様はカルネ村にて、自分が人間を愛していたと理解されたのです」

 

 ……衝撃であった。アインズが人間を愛している……瞬時に信じられる事ではなかった……だが真実なのだろう。アルベドの態度。彼が自分達NPCを遠ざけようとした理由。アインズが自分達に嫌われるのを恐れている……今まで得た情報から真実とデミウルゴスは判断した。

 

「……なるほど……確かに我々は人間に対して『悪』であるか、食料としてしか見ていない者がほとんどだからね……。だが侮らないで欲しい。その程度の事でアインズ様への忠誠は揺らぎはしない……そんな理由でアルベドをアインズ様から遠ざけたのですか? ……さすがに越権行為が過ぎるのでは?」

 

「……本当にそうでしょうか?」

 

「……何が言いたいのかね?」

 

 先程から二人の仲裁役であったデミウルゴスもパンドラズ・アクターに怒りを示す。パンドラズ・アクターの言い分は自分達の忠誠を否定する物なのだ……。だが、恐ろしいほどに嫌な予感がする。

 

 直感が告げている。この先をパンドラズ・アクターに話させてはならない。だが、意思の力でそれを捻じ伏せる。

 

 

 

「――デミウルゴス殿。例えばです。『悪』に括られたウルべルト様が、モモンガ様を『殺せ』と命令した場合、あなたはどうなされますか?」

 

「………………それは」

 

 今度はデミウルゴスが言い淀む番だった。

 

 そして、言い淀んだのが答えだ。モモンガに恩義を感じている。自分達を捨てないでいてくれた事に対して……だとしても、自分の創造主(ウルべルト)に命令されればきっと創造主に従うだろう、と。

 

「私とて、あなたと同じです。モモンガ様にご命令されれば、ウルベルト様に危害を加えましょう。もっとも、ありえないことでしょうが、ね……私があなた達をモモンガ様から遠ざけるように行動している訳の一つです……それにもう一つ」

 

「……モモンガ様は、カルネ村で私にたっち・みー様に救われたと仰られたわ……カルネ村を救われた時自分がたっち・みー様に近づけたみたいで嬉しかったとも仰せだったわ……」

 

 沈黙を保つデミウルゴスの代わりに、アルベドが会話に参加する。先程とは打って変わり、パンドラズ・アクターに対して理解の表情を見せているように見える……遠ざけた事に対して怒りが完全に消えた訳ではないようだが。

 

 ああ。デミウルゴスもパンドラズ・アクターの行動を示せた。当て嵌めて見ればわかる事だ。モモンガは情が深い。だからこそ、万が一の場合に備えて、少しでも心に傷か残らないようにしようとしていたのだ。

 

 それでも少しだけ釈然としないものが残るが。

 

 

「その通りです……ですがモモンガ様はあなた達の創造理由を考えてデミウルゴス殿のように人間に対して悪であろうとする者達を容認される。それが、ナザリックの総意であると理解なさっておられるから……そのため私はあなた達の報告書を意図的に改竄、モモンガ様に報告が挙がらないように動いています……少しでもモモンガ様の御心をお守りするために」

 

「……あなたの言い分は分かったわ……でもそれなら私でも良かったのではなくて? 必要があれば幾らでも報告書の偽造ぐらいこなしましょう」

 

「……残念ながら私はあなたの考えを今まで知らなかった。知っていればその選択肢もあったかもしれませんが。それにモモンガ様の妃を目指されるのでしょう? そんな方が汚れ仕事をする必要はないでしょう……妃になる方は汚れ一つなく、モモンガ様のお傍に仕えるのが良いでしょうから」

 

 そこで意味有り気に視線がデミウルゴスに向く……その意味をデミウルゴスは理解した。なぜこの話をアルベドだけではなく自分にもしたのかを悟ったのだ。

 

「…………分かりました。アインズ様の御気分を害すような仕事は、全て我々二人で握りつぶすのですね?」

 

「私が内で、あなたが外で、ですね……万が一の場合には、全て私の責任にしてくれて結構でございます」

 

「……分かったよ。しかしアインズ様は我々を超える英知の持ち主……隠し通せるのですか?」

 

「アインズ様は、我々に絶大な信頼を向けていらっしゃる……内部の者が行う分には、ばれる心配もないでしょう」

 

 アインズが自分達にそれほどの信頼を向けてくれている……パンドラズ・アクター風に言えば愛して下さってるのだろう……そんな方を悲しませたくない。

 

 心苦しいが情報の改竄に手を貸そう。

 

「分かりました。モモンガ様の御心を教えてくださったこと感謝いたします。ですが、そうなると……実験も一部変更しなければなりませんね」

 

「構いませんよ。王国以外ではあなたの好きなようになさるとよろしい。先程も言いましたが、アインズ様にとってウルべルト様の子どもである、あなたの思いの方が人間よりも優先されます」

 

「……分かりました。確かに補給は必要ですからね」

 

「外部の事はよろしくお願いします……王国は手出し不要で……ああ、そうそう。もう一つ尋ねる事がありました……なぜ、世界征服をすることになっているのですか?」

 

「……ふむ? 妙な事を聞くね? アインズ様が世界を手に入れる事をお望みだからですよ?」

 

「モモンガ様は、現時点で世界征服を望んでいない」

 

「……確かに情報収集ができていない現状で世界征服をするのは難しいでしょう。しかし主の真意を受け止めて準備を行うのは当然でしょう?」

 

「……待って、パンドラズ・アクター」

 

 今まで複雑そうな顔で自分達の話しを聞いていたアルベドが動く。恐らく、パンドラズ・アクターに対する蟠りに心の中で一応の決着を見せたのだろう。最低でもこの場では見せない程度には……ただそれにしては、顔が青白い。

 

 怒りを爆発させようとしていたアルベドとは違いすぎて違和感を感じる程度に。

 

「あなたの言う『世界征服を望んでいない』は……真実なの? デミウルゴスがモモンガ様から聞いたと言われる話は間違いなの?」

 

「……その通りです。モモンガ様は真実、世界征服を望んでいらっしゃらない……あなた達がいつの間にか暴走していたのです」

 

「……馬鹿な! モモンガ様は確かに『世界征服なんて面白いかもしれないな』と仰られました!」

 

 頭の中を直接殴られたようだ……そしてその言葉が真実であるなら、アルベドを含めたNPCを遠ざけようとしたことも深く納得してしまう。彼が自分達の監視を担う役割についていた事も……だとしても、即座に認める事はできなかった。だってそれは……。

 

「……事実です。私がモモンガ様から直接お聞きして、世界征服は望んでいないと言われております……その言葉は冗談のような物なのです……」

 

「……私は何て愚かな……モモンガ様のご意思を捏造するなんて……許される事ではない!」

 

「私があなた達を遠ざけようとしたもう一つの理由です……はっきり言いましょう。私はモモンガ様と違い、あなた達NPCを信頼も信用もしていない。モモンガ様がお望みでない事をモモンガ様のお望みと押し付けようとしているのだから。そしてモモンガ様はあなた達の願いなら、自身の心を御偽りになられるでしょう」

 

 デミウルゴスは理解した。理解してしまった。自分はシャルティア以上の大罪人だと……パンドラズ・アクターが隠れていたのも全て自分の責任と理解してしまったのだから……先程までのアルベドの様子ではパンドラズ・アクターを殺すために何でも仕出かしかねなかった。全て自分が原因だ。主の命令を捏造していなければ、パンドラズ・アクターがNPCを敵に回しかねなかった行動はしなかっただろうと理解する。

 

 何より、今まで上げた発言は全て建前に過ぎなかった。自分の不注意が、パンドラズ・アクターの行動をとらせてしまったのだ。

 

 静かな、BARに相応しいかもしれない沈黙がようやく訪れたのだ。ただそれにしては空気に怒りが込められていたかもしれない。

 

★ ★ ★

 

 アルベドはパンドラズ・アクターに怒りを抱いていた。自分と愛しい人の会える機会を奪ったのだから。しかし、彼の行動の意味を理解する事で彼に共感を抱いた。完全に怒りが消えた訳ではないが。

 

 パンドラズ・アクターの行動を正当な物と理解できた。彼が自分達を遠ざけようとすることも、信頼を抱けない事も、全て一人で成そうとした事も。

 

「アルベド殿が気付かれなかった場合……少しずつ内部の意識改革を行い中止に誘導するつもりでした……しかしです。真実をお話した以上、あなた達には協力してもらいますよ?」

 

「……構わないわ」

 

「……当然です……世界征服にナザリックが動き出したのは私の責任なのですから」

 

 アルベドを遠ざけた理由はほとんどが建前に過ぎない。最後の、モモンガの心を押しつぶす事に加担していた事……それだけが理由なのだろう。特に、モモンガの人間に対するスタンスを目の前で見続けてきたのだから。

 

 自分自身に怒りが沸騰する。気付けたはずだ。モモンガの行動を注意深く考えていれば、デミウルゴスの勘違いに。自分がモモンガの御役に立ちたいと、心が浮かれていなければ。シャルティアと嫉妬が混じったケンカをしていなければ……モモンガの部屋にいられる時間が少なくなった時に見つめなおしていれば。気付くタイミングが幾らでもあったはずだ。

 

 だからこそ、ここから挽回する。

 

「宜しくお願いします! では世界征服に変わり『アインズ・ウール・ゴウン』の名を世界に轟かせるか私の考えを話します……何か修正点があれば遠慮なく教えて頂けると幸いです」

 

 パンドラズ・アクターがどうやってアインズ・ウール・ゴウンの名を世界に広めるか、語り出す。自分たちが予想も付かない方法を……いや、そもそも端からそんな意思はなかっただろう。

 

「まず、世界級(ワールド)所持の敵対者がいる以上、我々の存在は絶対に知られるべきでないと、思案致します」

 

「……確かにその手もあるかもしれないが、表にでなければ後手に回る結果にならないですか? 絶対に表に出さないのは、不利益が大きすぎるのは無いでしょうか?」

 

「ええ。その通りです。そのため、モモンガ様が御助けになられた村を利用しようと考えています」

 

「……アインズ様がお気に入りの村を利用するのは……駄目なんじゃないかしら?」

 

 今まで、デミウルゴスたちの会話を聞くに徹していたアルベドが口を挟む。

 

 モモンガのお気に入りの村だ。それに、愛する人の素晴らしい笑顔を見せてくれた村でもある。許すことはできない。

 

「ですが、分かっているでしょう? あの村は近い将来、王国に滅ぼされる」

 

 国において、上位の権力者を暗殺するためにコマにされた村。確かに、存在されたら困る者たちが大勢いるだろう。

 

 どんな屁理屈をこねるかは分からないが、皆殺しにする事だけは確実だ。

 

「それに、アンデッドであるモモンガ様に感謝を示した者達です。確実に守る必要がある……ところで話は変わりますが、彼らは政治の都合で虐殺をされました。十分、復讐の大義名分になると思うのですが? 如何でしょう?」

 

「……あの村に物資などを支援して、革命を起こさせるつもり? 私達はカルネ村以外の者たちと接触しないと言うこと?」

 

 つまり、カルネ村をナザリックの意思を代弁する代理人に据えるのだ。いや、もしかしたらカルネ村をアインズ・ウール・ゴウンを信仰する宗教国家にまで発展させるつもりかもしれない。

 

 デミウルゴスも同じ思考に辿り着いたのだろう。理解の色が浮かんでいる。

 

 

「アインズ様たちを賛美する国家……素晴らしいですね。ですが、カルネ村の人員は少ないと聞いているのですが、その点は?」

 

 問題点はただ一つ。村人の人口が百名以下の点だ。 国を建国するためには人口が少なすぎる。

 

「その点は、セバス殿に王国によって地獄を見ている者達を救って、カルネ村に移住させようかと考えております……そしてカルネ村が建国する時の名は『アインズ・ウール・ゴウン』」

 

「人間達が作る国に偉大な名前を付けると……さすがにやりすぎでは?」

 

「いいえ! モモンガ様のお望みは至高の方々を見つける事。であるならばアインズ・ウール・ゴウンの名を名乗る国が必要です……付随して、至高の御方々が分かるような、目印を用意して……それと万が一の囮のためにも……その場合にはカルネ村の者たちは避難させればいいでしょうし」

 

 デミウルゴスが静かに頷いていた。納得して見せたのだろう。カルネ村が建国する国名は『アインズ・ウール・ゴウン』。

 

 間違いない、パンドラズ・アクターはカルネ村を宗教国家に変えようとしている……モモンガへの恩があれだけあり、国家への恨みが骨髄にまで沁み込んでいる以上、可能とアルベドも判断できた。

 

「私は構わないわ。でも指導者は誰にするつもり?」

 

「ふむ? もう少し、抵抗があられるかと思いましたが……指導者はまだ決まっておりません。ただ、革命軍の象徴に相応しい人物は決まっております。……が、少々見極める時間を頂きたい。それと今回の話はまだ、御内密に。まだ、情報を収集し終わっていない現状では、変更の可能性もありますので……では、もう少しカクテルを飲みましょう。副料理長を呼んできましょう」

 

「いえ、私が呼んで来ましょう」

 

 デミウルゴスが席を立ちBARを出る。きっと、今回の話を自分の中でまとめたいのだろう。自分の大きなミスについて、心を整理したいのだろう。

 

 何より、パンドラズ・アクターと二人きりになれたのは都合がいい。

 

「ごめんなさいね、パンドラズ・アクター。全てあなたに押し付けてしまって」

 

「仕方がないでしょう、あなたはどうにも、感情的になり過ぎる場合がございますから……特にシャルティア殿が絡むと」

 

「…………自分が恥ずかしいわ」

 

「とはいえ、独断であなたの地位を奪ったことは謝罪致しましょう」

 

 パンドラズ・アクターが深々と頭を下げて謝罪した。ここまで理解して、謝罪を受け取らないのは恥知らずだ。

 

「もう良いわ。納得しましたから。でも、これだけは伝えておきます」

 

「……何でしょう?」

 

「もし、タブラ様がモモンガ様を殺せと言えば、私の手でタブラ様を殺しましょう。モモンガ様がタブラ様を殺せと言えば、モモンガ様の御命令に従いましょう」

 

 ……空気が変わった。パンドラズ・アクターは今までの申し訳なさを嘘のように消し飛ばして、ただアルベドの瞳を覗きこんでいる。何かを探るように……

 

「その言葉、嘘偽りはありませんね?」

 

「愛する方に誓って! この言葉が危険なのはあなただって分かるでしょう? これが、私がモモンガ様を裏切らない証よ」

 

「……分かりました。モモンガ様に進言して、私は影となりましょう。……ですが、その言葉二度と口に為されぬが身のためかと。至高の御方々を鞭打つ(・・・)と言うのであれば、私にも少々、考えがございます」

 

 鞭打つ……。この言葉にアルベドは、強い違和感を感じた。なぜ、その言葉なのか。それではまるで……。聞くしかない。パンドラズ・アクターなら、確実に何かを知っているはずだ。

 

「一つだけ聞かせて。タブラ・スマラグディナ様たちは、私たちを、お捨てに、なったの?」

 

 唇が震える。所々、口がつかえる。アルベド自身は捨てたと思っている。だが、それが勘違いだとしたら?

 

「――アルベド殿、その認識には誤りがございます……モモンガ様の代わりにはっきり申しましょう。至高の御方々のほとんどはお亡くなりになられておられます。モモンガ様ご自身も否定なされていますがね」

 

「……そ、う。亡くなって、おられるのね? 私たちを、モモンガ様をお捨てになったわけでは、ないのね?」

 

 パンドラズ・アクターが頷いていた。

 

 その言葉を聞いて、何故かは理解できない。だが、はっきりとアルベドの目から涙が零れていた。何のためのナミダかは分からない。

 

 だが、胸のつっかえがなくなった気分でもある。

 

「もっとも、モモンガ様の生存を信じられたいお気持ちも、ご理解できますがね」

 

「どう言うこと?」

 

「簡単ですよ。この世界に降り立った日、モモンガ様もお亡くなりになられるはずだった。他の方々と同じように」

 

「――え?」

 

 信じられない言葉が、パンドラズ・アクターから聞こえた。いや、信じたくないのだ。アルベドの顔は涙を未だに流しながらも、凍り付いていた。

 

「あの日から暫く、モモンガ様は混乱していたはずです。あなたにも、心当たりがあるのでは?」

 

 ……ある。確かにある。とても混乱されていた。普段は訪れ無かったはずの玉座へ、セバス達を連れて参られたうえで、普段は持ち歩かない、ギルド武器を所持していた。

 

 今思い返せば、モモンガの表情は憂鬱にも、怒りすら滲ませていたように見えた。

 

「モモンガ様は、何の因果か死の定めを乗り越えになられた。そして、他の方々にも同じような奇跡があっても良いと、信じられておられます」

 

★ ★ ★

 

 

 あの後アルベドは過度な情報を渡されすぎたため、混乱の極みにあった。

 

 目からは涙を流し、口からは言葉にならない、呻き声のような物が漏れ出していた。

 

 できるならこのまま飲み会を流して、今すぐに部屋に戻り眠りたかった。だが、そういう訳にも行かない。毒を喰らわば皿まで……。ここまで混乱したのだ。徹底的に、聞きたいことを聞き出す事にしたのだ。

 

 

 

 そして何とかデミウルゴスと副料理長が戻って来るまでに一応再起動ができたので、三人でカクテルを飲み交わす事になった。親交を深める。下手なすれ違いを無くすために。

 

 最初は普通の雑談を行っていた。普段はどうしているのか。趣味は何なのか。そんなどうでもいいことを。

だが頃合いを見計らったアルベドの一言で、和やかな雰囲気が大きく変化していた。

 

 なお、副料理長はいつの間にか逃げ出していた。

 

「ところで、パンドラズ・アクター……あなたは私達の知らないモモンガ様を知っているのではなくて?」

 

「確かに私も気になるね。差し支えなければ聞かせて頂きたいのですが?」

 

「……それでしたら、カルネ村を救われたもう一つの理由は如何でしょう?」

 

 面白そうではあるが、気乗りはしない。どうせ聞くのであれば、モモンガの過去の女性遍歴を聞きたい。

 

「ねぇ……何か他にないのかしら……そうね、モモンガ様がどんな女性がタイプなのか……とか……必要があればモモンガ様の妃になるために幾らでもイメチェンするわよ?」

 

 モモンガは、初対面のあの少女にとても優しかった。つまりロリコンの可能性もあるのだ。仮に自分の考えが真実でモモンガがロリコンであるなら、どんな手段を使ってでもモモンガに相応しい体型に変えて見せよう。

 

「アルベド、御自身の創造主に不敬ではないですか? モモンガ様の御命令で変えるのであれば、問題はないかと思いますが……」

 

 デミウルゴスが苦言を呈する……命令なく創造主に定められた事を放棄するのがデミウルゴスからすれば許せないのだろう……だがそれが何なのだ。

 

 アルベドにとって、自分の創造主よりもモモンガの方が上なのだ。何故、遠慮しなければならないのだ。

 

「話は最後まで聞いてから判断して欲しいのですが……話の過程で、モモンガ様が深く愛された女性の話をする事に――」

 

「今すぐ聞かせて頂戴」

 

 文句を言っていた人物とは思えない程の一瞬の早業である……なお、アルベドの頭には強敵の存在が浮かんでいた……モモンガに抱きついていた少女だ。アルベドには予感があった。あの小娘はきっと、自分の強敵に成りうると言う確信が。

 

(あの小娘が……いえ問題ないわ。懐かしきと言っているから過去の女よ……でもまさか似ていたり……そうよ。でなければ、あそこまで優しくなんてする訳ないわ)

 

「何を考えているかは知りませんが……あまりに不穏な空気をだされるのであれば、止めますよ?」

 

「大丈夫よ? だからすぐに話して頂戴」

 

 パンドラズ・アクターが口籠りデミウルゴスに視線を飛ばしている。視線で何か話し合った後、溜息をついて話しだす。

 

 失礼な、何か問題を起こすとでも思っているのだろうか。ただ、モモンガの知らないところで不幸が起きれば良いのにと思っただけだ。

 

「……それでは! それは大昔……リアルでの世界での事です! 語り部は私、パンドラズ・アクターが務めさせて頂きます!」

 

 これにアルベドは驚いた……リアルでの世界の事に関連することを聞けるとは考えていなかったのだ。

 

「……予想以上ですね。まさかリアルの世界の話を聞けるとは……腰を折ってしまい申し訳ない。どうぞ続けて下さい」

 

 パンドラズ・アクターが席から立ちあがり、アルベドとデミウルゴスの中間に仰々しい動作を伴い立った。演目の開演だ。

 

「それでは……物語を始めましょう! 語り部は私、パンドラズ・アクターでございます! モモンガ様がお若い頃、とある女性と共に暮らされていた……その女性とモモンガ様は共に深く愛しあわれておられた! ……しかし不幸な事にその女性はモモンガ様を置いて行かれてしまうのです……モモンガ様はそれはとてもとても深く嘆かれ、ご自身をお責めになられた」

 

「……モモンガ様の御寵愛を頂きながら、お捨てになるなんて。その女、殺すべきね……パンドラズ・アクター……リアル世界への行き方を知らないかしら? 私が今からモモンガ様を捨てた事を後悔させて、殺害してくるわ」

 

(私以外の女! 絶対に許さない……それもモモンガ様をお捨てになられた? 必ず殺してやる)

 

 デミウルゴスも同意を示すかのように頷く……シャルティアやアウラ、その他のNPCに至る全てが賛同するはずだ。

 

 だが、パンドラズ・アクターから帰ってきた言葉は怒りだ。

 

「アルベド殿。そしてデミウルゴス殿……今の言葉をモモンガ様に仰られた場合、あなた方は十中八九殺されますよ? ……仮にその女性を侮辱すれば、至高の御方々でさえ、お許しになられないでしょう……下手をすれば、ナザリックは崩壊致しますよ? その女性は、モモンガ様にとって唯一、至高の御方々よりも優先順位が高い女性なのですから」

 

 二人に戦慄が走る……まさか、それ程までの女がいるなんて思わなかった。だが、信じられるものか。モモンガにとって一番は創造主たちだ。

 

 何よりも、そんな女絶対に認められない。

 

 

「……でも、モモンガ様をお捨てになるなんて! 許せない!」

 

「最後までお聞きなさい! 確かに私の言い方が悪かったかもしれませんが……冷静にお聞きください! 続けますよ?」

 

 パンドラズ・アクターがグラスを手に取り、口を湿らせて話しだす……それが切欠でさらに口がなめらかになったかのように……しかし語り口は先ほどよりも重い。

 

「……その女性はモモンガ様を、守られるために既に亡くなられているのです……絶対に蘇生もできない…ね」

 

「ふーん。モモンガ様を守って、ね? 本当かしら……お優しいモモンガ様をお騙しになられているのではないかしら?」

 

「……さすがに、アルベドの考えは尖り過ぎかと思いますが……確かにモモンガ様が守られる必要があるとは思えませんね……あなたにモモンガ様が嘘をおっしゃっていられるのでは?」

 

 そうだ。シャルティアとの戦いを見れば、守られる必要なんてないはずだ……それはそれで口惜しいが……不敬な考えだが、もう少し弱く在られても良かったのだ。

 

「……信じる信じないはあなた達しだいです……何の話……そうでした、何故カルネ村を守ったかでしたね……一言で言えば、その女性に雰囲気の似た女性がおられたそうなのです……アインズ様も『ただの感傷だ』と仰られていましたが、やはり思うところがあったのでしょう。お辛そうでしたからね……アルベド殿も、記憶にあられるのでは?」

 

「……どこのどいつかしら……まさかあの小娘……ごめんなさい。少し用事ができたわ」

 

 立ち上がる。その顔は嫉妬に満ち満ちていた。千年の恋も冷めるレベルである。

 

「……はぁ。やっぱり、こうなりますか……アルベド殿? 確かに少し誤解させるような表現をしましたが……その女性は、モモンガ様の奥方ではない……恋人同士でもない」

 

 足が止まる……訳が分からない事を聞いたからだ……デミウルゴスも同じだろう。

 

「……なら、モモンガ様とその女の関係は何かしら?」

 

「……そうですね……我々の立場からすれば……恩人……いえ、最低でも至高の御方々と同程度に捉える必要がある御方ですね」

 

「至高の御方々と同じ? それは……言いすぎでは?」

 

 パンドラズ・アクターの言いたい事が理解できない……一体何者なのかが全く読めない。

 

「モモンガ様との関係性を一言で表せば……母君です。モモンガ様がアンデッドになられる以前の生命体であられた頃……モモンガ様をお守りになり、御落命されております」

 

 何を言ってるのか理解ができない……二人とも呆然とするしかない……デミウルゴスは比較的早く再起動したが……より深く暴言を吐いたアルベドは別だ。

 

 

(……母君? 亡くなられた? モモンガ様を守って?)

 

 だってもしそれが真実だとしたら、アルベドの暴言は全て、モモンガに対して言っていたも同然だ。いつの間にか、病的なほどに顔が白くなっていた。

 

「……失礼しました。確かに、至高の御方々と同程度に捉える必要があるお方ですね」

 

「……その通りです。仮に母君様がモモンガ様をお守りになられなければ……この場におられなかったかもしれません」

 

 3人の間に暗い空気が漂う……特にアルベドは。

 

「……私は、何て失礼な事を……モモンガ様をお守りになられた母君を……私のお義母様を……」

 

「……まぁ、私が誤解させる言い方をしましたし……しかしアルベド殿。あなたは常に冷静であるべきだ……もし冷静でいれば、もしかしたら義母になる方にそこまでの失言をする事はなかったはずだ……先程も冷静でいるべきと進言したでしょうに……デミウルゴス殿も思考を柔軟に働かせるべきです」

 

「……そうするわ」

「……気を付けましょう」

 

「まぁ、それもカルネ村を救った一つの理由と言うことです……というより、これが真実でしょうね。あの村を救われた最初の理由はアルベド殿の言うとおり、たっち・みー様に恩を少しでも返したかったから……後半は目の前でお母様に重ねて見てしまった御方を殺されたくなかったからでしょう……」

 

 これを以て、パンドラズ・アクターの語りは終わり、同時に飲み会もお開きとなった。

 

 アルベドもデミウルゴスもこれ以上話す気になれなかったからだ。何よりも、得すぎた情報を整理したかったからだ。

 

 

★ ★ ★

 

 アルベドが歩く足音が主寝室に響き渡る。心なしか足は速い。そして神速の勢いで服を脱ぎ去り、ベッドに潜り込む。そして、今までの情報を整理して……。

 

「くふー!」

 

 思わず、笑い声が漏れてしまった。

 

 非常に有意義な時間だった。今でも、パンドラズ・アクターに対する、隔たりは多少ある。機会があれば仕返ししてもいいかな、そう思う程度には。

 

 だが、そんな気持ちすら、パンドラズ・アクターから齎された情報で全てお釣りが来る。

 

 アルベドはほんの少しだが、モモンガが小さいほうが好きなのではないかと、不安を覚えていた。あの幼女にしがみつかせたりしていて不安だった。

 

 いつか手を出すのではないかと。

 

 しかし、モモンガはロリコンではなかった。

 

 

 

 

 マザコンであったのだ! そして自分の体はどうだ? 母性豊かな体だ。

 

(タブラ・スマラグディナ様、私をこのように創造頂き、心から感謝申し上げます!)

 

 何より一番の収穫だったのは……。

 

 アルベドは今まで、絶対に認められない事があった。自分たちを捨てて行ったと思っていた者たちが、自分よりもモモンガに愛されていたことだ。

 

 だがアルベドの思いは誤っていた。自分たちを捨てて行ったと思い悩んでいた存在たちが、亡くなっていたのだ。

 

 自分たちを捨てた訳ではない以上、アルベドの心から蟠りはほぼ無くなっていた。勘違いをして申し訳なかったと思う程度には謝罪の気持ちもある。

 

 そして今だからこそ言えることがある。アルベドにとって、ナザリックを捨てた者たちが、アルベドよりもモモンガの心を占めているのが嫌だった。モモンガの一番に成れないと分かっていたから、殺すほどに憎んでいたのだ。そしてそれはたとえ、彼らがナザリックを捨てた訳じゃないとしても、機会があれば……アルベドからモモンガを奪おうとすれば、やはり実行に移していたのだろう。

 

 彼らが一番であり、自分が一番に成れないのであれば。

 

 

 だが、違ったのだ。

 

 モモンガの心を常に一番占めていたのは、創造主たちではなかった! モモンガが親友と言っている者たちは、所詮二番手以降に過ぎなかったのだ!

 

 

 あいつらが入るから自分が一番に成れないと言う前提条件が崩れたのだ。

 

 

 

 そして、常にモモンガに一番に愛されていた、お母様を恨む必要は一つもない。自分が愛するモモンガをこの世に生み出してくれたのだ。命を擲って愛する方を守ってくださったのだ。アルベドがモモンガの妃になる事も祝福してくださるだろう。

 

 可能なら直接会って、馬鹿な嫉妬は謝罪したいが……不可能な以上、心の中で謝罪していれば十分だろう。

 

 

 だからこそ、今のアルベドにとって他の至高の御方が帰還したとしても、――自分からモモンガを引き離そうとしない限り――問題はない。

 

(とはいえ、私たちがモモンガ様の心を占める割合も、実はより少なかったわけだけど)

 

 非常に残念であるが、今のところ自分達はモモンガにとって御方々の子ども……創造主の影を重ねられてしかと見られていないのだろう。

 

 

 もし打開策が何もなければ、アルベドは非常に苛ついていただろう。自分一人ではどうやっても創造主の幻影を断ち切ることは不可能なのだ。

 

 そして、たとえこの手で創造主たちを殺したとしても同じだ。根本的な解決にはならないのだ。どうやっても、どれだけ勘違いから恨んだとしても、塗り替えることはできないはずだった。

 

 

 だがここに道はできた。

 

 カルネ村で会った、あのどこにでもいる凡俗としか見ていない、村長夫人。モモンガに対して無礼としか考えていなかったただの人間。

 

 

 

 彼女は鬼札だ。アンデッドであるモモンガがあれだけ固まり、一時的にでもナザリックよりも優先しようとした。……そう思うと少しだけ苛つくが、それだけ本物のお母様に似ておられるのだろう。そしてこれからも、親交は深めるに決まっている。

 

 パンドラズ・アクターの考えるプランからしても、そうなるのは間違いない。

 

 

 推測になるが、彼女は現状で四十人しか登れなかった壁を、やり方次第では越えることも可能なはずだ。最後の本当のお母様の壁は越えられないだろうが、それで十分だ。彼女が四十人より親しくなればいいのだ。

 

 

(そう、私があの御方と仲良くなって、雰囲気を学び……モモンガ様の妃に相応しいのはアルベドだと彼女の口から言って貰えればっ!)

 

 マザコンであるモモンガに対して、お母様と彼女を重ねて見てもらい……モモンガの好感度ランキング第二位になってもらう。そしてアルベドを、三位に引き上げてもらうのだ。

 

 何より、母親の言葉なら従うはずだ! アルベドと結婚すべきと言われれば、マザコンであるモモンガなら従うはずだ!

 

 そうすれば、アルベドの王妃の座は安泰だ。たとえ、創造主たちが帰って来ようとも覆すことはできない。

 

 

 そして、そうなってからも、モモンガともアルベドともさらに親しくして頂き……彼女が寿命でなくなる時が、アルベドが実質的にモモンガの一番に成る日だ。

 

 きっと嘆き悲しまれるだろう。そこを慰める。その時までに学んだ雰囲気と……アルベドの体で包み込むのだ。

 

 

 もしモモンガが何らかの魔法で延命しても構わない。どちらにせよ、役割が全く違うのだし、彼女とアルベドが仲良くしている限り、何の問題もない。

 

 彼女に夫がいる以上、アルベドの敵ではない。

 

 

 

 アルベドにお母様を重ねて見てもらい、創造主も重ねて見てもらう。単純な足し算だ。最終的には自分の持つ魅力も使い、魅了する。

 

 

(ごめんなさいね、シャルティア。モモンガ様はあなたようなロリが好きなロリコンじゃなくて、私のような女性らしさを持った女性がお好きなのよ!)

 

 かなりまな板であり、合法ロリのシャルティア……青い果実に負ける要素は一つもない。肉付も良くない。恨むなら、自分の創造主を恨むことだ。ロリコン御用達として創造された自分を恨めばいいのだ。

 

(そう、どちらかと言えば、プレアデスやメイドたちを警戒すべきね……)

 

 シャルティアは既にアルベドの眼中になかった。

 

 プレアデスたちの多くは自分に協力してくれているが……油断は禁物だ。特にユリ・アルファ。メロンのように胸が大きい。充分、母性があると言えるだろう。

 

 

 ……非常に業腹ではあるが、今はNPCはモモンガにとって横並びだろう。つまり、現状ではモモンガと一番親しくなれる村長夫人を味方に付けた者が王妃争いにて大きく先んじる……決定するのだ。

 

 ギリギリまで……。絶対にギリギリまで、モモンガのお母様の件は伏せなければならない。まかり間違って、自分と同じようなこと考える者を出させないために。アドバンテージを握り続けるべきだ。

 

 ばれるとしても、アルベドが正式にモモンガの妃になった時でなければならない。

 

 だが、女性型のNPCでこの、ナザリック全体を引っ繰り返せる情報を握っているのはアルベドだけ。デミウルゴスは、恐らく大丈夫だ。

 

 モモンガの許可なく広めるとは思えない。パンドラズ・アクターに関しても同じなはずだ。一本気な馬鹿が彼女を傷つけようとしない限り、黙っているはずだ。

 

「つまり、このまま何事もなくいけば、私の勝利よ!」 

 

★ ★ ★ おまけ

 

「ところでパンドラズ・アクター? 君のその身振りに何か意味はあるのですか?」

 

「モモンガ様がカッコイイと思われる姿でございます!」

 

 衝撃が走った。アルベドの頭に。確かに言われてみれば、モモンガに似ている。正直アルベドは変な物を見ている気分だった。だが、モモンガが好きならば……。

 

「パンドラズ・アクター。私にも教えて頂戴」

 

「アルベド、さすがに無理が過ぎますよ? パンドラズ・アクターはモモンガ様に定められている。それを教えてもらうなんて……」

 

「構いませんよ! 私はモモンガ様に創造理由を超えて見せろと言われております。今は手始めに、配下の者たちに教えて、どう磨き上げるか考えている最中ですので! 一人増えたところで、何の問題もございません……折角ですので、デミウルゴス殿も如何ですか?」

 

「……君が構わないなら、ぜひ頼むよ」

 

 やはりデミウルゴスも挑戦するのだ。当然ともいえる。上手くいけば、モモンガ様がお喜びになり、今以上に仲良くなれる可能性もあるのだから……。

 




誤字報告いつもありがとうございます。

今回は急いで投下したので誤字脱字多いかもしれませんが、お許しください。

なお、活動報告にprologueの後書きを投下します! 興味がある方は見てね!

p.s
作者は最近寝ぼけていたせいで、アンデッドをアンデットに修正してしまった箇所があります。見つけたら教えて頂けたら幸いです。


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第1章 そして、ロリコンへ
事案1


さぁ、みなさんもナザリック観光ツアーの旅へ行きませんか?


「ふふふーん」 

 

 とある国の辺境にある小さな村で、ある少女の楽し気な鼻歌が流れていた。

 

 少女の名はネム・エモット。

 

 ネム・エモットは村の救世主である、大魔法詠唱者(マジック・キャスター)様の御屋敷に招かれているのだ。

 

 一人だけ。

 

 今となっては、たった一人の家族である姉と共に行けないのは少々……いや、かなり残念であったようだが、そんな素振りも今となってはない。ただ、楽しみなだけだ。

 

 

 あるいは、つらい記憶を無意識のうちに消し去ろうとしているために、一層無邪気にはしゃいでいるように見えるのかもしれないが。

 

 

「ネム、ちゃんとトイレには行った? 服は着替えた?」

 

「大丈夫!」

 

 共に行くことができないネムの姉であるエンリは、今日のために一番良い服をネムに準備してくれていた。

 

「そう? それと、ネム? お願いだから、アインズ様に失礼の無いようにね」

 

 少し落ち着きがなくはしゃいだ様子のネムに対して、姉であり熱烈な告白をされたエンリは失礼な真似をしないように妹を諭す。

 

 だがそのことは、何度も言われて分かっているため、ネムも対抗して話題を変える。

 

 

「大丈夫だよ、お姉ちゃん! ……そういえば、どうするの?」

 

 思わずと言った風に、ネムはニヤニヤしてしまう。特に農村では子どもでも毎日忙しく仕事がある。こんな色恋沙汰は少女からしても楽しい娯楽である。

 

 そして、そんなネムの態度でエンリも何のことを言ってるのか、察したのだろう。顔を真っ赤にしていた。その反応は分かりやすいと思う。

 

「ネ、ネムには関係ないでしょう?」

 

「ううん! 関係あるよ! もしかしたら、家族が増えるかも……」

 

 ……自分で言っていて悲しくなり、ネムは少し俯く。エンリも同じように、だ。

 

 家族を喪った傷はまだ癒えていない。

 

 このまま沈んだ空気に成りかけてしまったが、それを遮る存在がいた。

 

「……くすぐったいよ、コロちゃん」

 

 少し離れたところにお座りをしていた、コロちゃんがいつの間にかネムの手のひらを舐めていたのだ。思わず笑みが出る。

 

 つられてエンリも。

 

「……今日はアインズ様のお家で、楽しんできてね?」

 

「……うん!」

 

 すっかり元気を取り戻した二人で仲良く手をつないで、外に歩いて行く。その後ろを一匹が付いて来る。よくある光景になりつつある。

 

 外には恐らく義兄になるンフィーレアと、昨日仲良くなった冒険者ニニャや、その仲間たちもカルネ村に滞在している。

 

 彼らは本当にいい人たちなのはネムにも分かる。

 

(でもあの人たちが、特別なだけなのかもしれない)

 

 それでも、カルネ村で今まで共に暮らしてきた人たち以外の人間たちへの警戒心は失せない。

 

 ……そんなことを考えつつ暫く待っていると、ネムと仲良くなっていた、ユリと……初めて見る人が到着したようだ。

 

 その男?の人は変わっている。

 

 目と口の部分が無いのだ。あるのは黒い穴のみ……それに歩き方が独特だ。常に踵を鳴らしている。それに、帽子をつてに奇妙な手で押さえながら歩いている。

 

 ……冒険者の人たちは武器を手に持っていた。いや、冒険者だけでなく、ンフィーレアも同じようだ。それにエンリやネムを庇うように自分たちの前に立っている。少しだけ離れた位置にいたゴブリン達も警戒心を露にしながら、近づいてくるのがネムには見えていた。

 

 もっとも、ゴブリンたちもそこまで警戒心は高いようには見えない。それに周辺にいる村人たちも、エンリも同じだ。

 

 何故か? 簡単である。コロちゃんが警戒していないからだ。だからきっとアインズ様のお知り合いなのだろうと考えたからだ。

 

 そして、二人が十分に近づいて来た頃にネムはユリに話しかけた。

 

「ユリさん、おはようございます!」

 

「おはようございます、ユリさん」

 

「おはようございます、ネム様、エンリ様」

 

「それと、初めまして! アインズ様のお友達の方ですか?」

 

 ネムたちは朝の挨拶を交わしてから、もう一人の男に、自己紹介をする。だが、その人は暫く黙ったまま立ってネムのことを少しの間だけ眺め、エンリや周囲にいる人たちを少しだけ見回すと、足音を大きく鳴らし、額に手を持って行った。

 

 一瞬すると額から手を離し、今度は胸の近くに持っていき、大きな動作を伴いながら頭を下げた。

 

「……お初にお目にかかります! 私、パンドラズ・アクター! ユリ・アルファと同じようにアインズ様にお仕えする者でございます! ですが、そうですね……そこにいる、コロちゃんと同じ感覚で構いませんよ。以後お見知り置きを! 本日は、ネム様を途中まで、ご案内するために参りました!」

 

 先程以上の大きな身振り手振りを交えながら、彼は自己紹介を始めた。そして、ネムではなく固まっている、ンフィーレア達たちの下へ語り掛けていた。

 

「安心してください。あなた達が怯える必要は何一つございません!」

 

 彼らは顔を見合わせた後、軽く頭を下げた。

 

「ネムの姉のエンリ・エモットです。あの、本当に妹が招待して頂いて良いのでしょうか?」

 

「ええ、構いませんとも! それに本来なら村長御夫妻とあなたは共に招く予定でした! が、村の中心人物である、村長夫妻をいきなり招待するのはまずいとの、アインズ様の御判断で延期されたのでございます!」

 

 ……ではなぜ、姉とは一緒に行けないのだろうか? ネムは疑問をそのまま口に出していた。

 

「えっと、それなら何でお姉ちゃんは一緒に行けないんですか?」

 

「簡単ですよ!」

 

 そう言って、目の前にいるカルネ村の救世主の使者は、何故ネムしか招待しなかったかのかを大きな身振り付きで説明を始めたのだ。

 

「コロちゃん……でしたか? あれはアインズ様によって召喚されたモンスター。故に、召喚者との繋がりを通じてアインズ様との連絡を取り合うことが可能でございます!」

 

 まずンフィーレアの顔が青ざめていた。それに少し遅れてエンリの顔は真っ赤に変化していた。

 

「そして、あなたたちがカルネ村に訪れた時、連絡が来たため魔法を使って監視……もとい、見学しておりました……いや、お見事でした! アインズ様も感心されておりましたぞ!」

 

 ンフィーレアが姉と同じように真っ赤になり、口から絞り出すように声を出していた。

 

「……他の人にも見られてたなんて」

 

「まぁ、そういう事です。ネム嬢、ご質問の解答にはなりましたかな?」

 

「はい、ありがとうございます! ンフィー君凄かったですもんね! だって……モガモガ」

 

「ネムっ!?」

 

 慌てて真っ赤な顔のエンリによって口から上を掌で押さえられて、それ以上言わせてもらえなかった……だが、二人への追及は終わらなかった。

 

 別の存在からの奇襲があったのだ。

 

 

「ええ! 告白した相手の実の妹や大勢の人に聞かれながら、いきなりプロポーズするとは、普通ではありません! 素晴らしいことです!」

 

 必死に口を押えていたエンリは昨日のことを思い出したのか、力が抜けてしまったのか、簡単にネムは脱出することができた。

 

 

「でも、そう考えると、ちょっと残念です。何だかお姉ちゃんをンフィー君に取られちゃったみたいで……」

 

 少しだけ、寂しかった。今まで傍にいてたった一人の家族である姉がどこか遠くに行ってしまいそうで。

 

「問題ありませんとも! 何れは、一緒にご招待させて頂きますので! ……では、ネム嬢。私に付いてきてください」

 

 ネムはパンドラズ・アクターに言われた通りその後を付いて行き、何らかの木枠を越えた。

 

 

 

 

 そして、ネムは茫然としていた。本当なら村の救世主のお住まいに招待されたはずだった。しかし実際に招待された場所は……本当に家なのか? 家と呼んで良いのだろうか?

 

 そう、ネムが連れてこられた場所はまるでお姫様が出てくる夢の世界のようなのだ。

 

 ただひたすら美しかった。いや、ネムにとって神々しかった。多分お話に出てきた王宮とはこんなところなのだろうと、ネムは子供ながらに感じていた。

 

 床全体に敷き詰められた絨毯。これだけでも本当なら、ネムが見る機会もなかっただろう。

 

「では、ネム嬢。このまま先にお進みください。この先にアインズ様がおられます。私は少し用事がありますのでこの辺で……」

 

 声を遠くに聞きながら、絨毯の上ををまるで夢遊病者のようにネムは歩く。歩いていて分かるのは触ったら肌触りがよさそうと言うことぐらいだ。

 

 ……そして、七色に輝く薄い膜のような物を進み、先程以上の豪華な通路に出ていた。さらに……。

 

「いらっしゃいませ」

 

 豪華な通路の左右にはネムとカルネ村で仲良くなっていたメイドのお姉さんにも劣らない美貌を持つメイド達がいた。白亜な床には塵一つなくて、天井にはキラキラ輝く……大きな街にはあると言う、シャンデリアと呼ばれる物がぶら下がっていた……。

 

 先程まであった、姉を義兄にとられてしまったような少し悲しい気分もいつの間にか吹き飛んでいた。

 

 だがそれ以上に、ネムはここが夢の世界ではないか、いつの間にか幻想の世界に迷い込んでしまったのかもしれないと思い始めていた。

 

 確かめる為に思わず手を頬に持っていって、強く抓っていた。

 

「……いちゃい」

 

 頬に痛みが走った。つまり、まるで幻想のような世界は夢幻ではない。ネムの目の前に実在しているのだ。思わず、きょろきょろと付近を見回してしまう。

 

「……凄い」

 

 そして、通路の一番奥に骸骨の姿の救世主をネムを見つけた。やはり、この物語に出てくるような王宮みたいな家は本当に村の救世主様のお住まいなのだ……。

 

(ううん、違う。やっぱり、アインズ様は神様なんだ)

 

 あの時は否定されていた。だけど間違いがない。ここは神が住む宮殿なのだ。そしてネムは、そんな場所に招待されているのだ。本当に自分が物語の一員になったような気分だ。

 

 そんな気持ちを持ったネムは、村の救世主でありこの宮殿の家主の下に、自身の感情の赴くままに大声を出しながら走り出していた。

 

「凄い! 凄い! 凄い!」

 

 無邪気な声が空間に広がる。ネムの声は空間中に木魂し続け、さらに大きな声が伝わり、ネムは何事もなく無事にお目当ての人物の下に辿り着く。

 

「アインズ様! アインズ様のお住い凄いです! 今日はこんなすごい所に連れてきてくれて、ありがとうございます!」

 

★ ★ ★

 

 アインズは今日ネム・エモットを招いていた。シャルティアの事件があったばかりであるため少しばかり、躊躇いはあったが、最終的にパンドラズ・アクターに押し切られる形で、だ。

 

 だが、今では呼んで良かったと心から思っている。これだけ、仲間たちとともに創った物を凄いと素直に思っているのだから。

 

 それは一緒に出迎えさせているメイドたちも同じだろう。自分たちが住む場所を褒められて嫌なはずがない。

 

「……そんなに凄いかね?」

 

「うん、凄い! アインズ様が作られたんですか!?」

 

「そうだ。私の大切な仲間たちと一緒にな」

 

「すごーい! アインズ様も! お仲間の方達も! こんなに凄いお家を作るなんて!」

 

 少し虚を突かれて沈静化が発揮していた。それも負の感情ではなく、喜びの感情で。そして次の瞬間、アインズはアンデッドとは思えない程に朗らかに笑った。

 

「あははは! そうか……。いや、そうだな。その通りだ……! 私の大切な、素晴らしい友人たちだ!」

 

 合間合間に沈静化が発して少し不快な気分になるが、関係ない。アインズは骨の手をネムの頭に伸ばし優しく撫でる。嬉し気に優し気に楽し気に。

 

 そして上機嫌なままにネムにナザリックの凄さを、徹底的に見せてやろうと決めたのだ。

 

「よし。このまま私達の家を見て回ろう……どれだけここが、私たちのナザリックが凄いか見せようじゃないか!」

 

「はい! お願いします!」

 

「そうだな、ではまずは……ああ。お前達は通常の業務に戻れ」

 

 アインズは少し意識の外にあったメイドたちに通常業務に戻るように命令を下し、興奮気味にネムの方に振り返った。

 

「さぁ、では今度こそ行こうか!」

 

「うん!」

 

 

 

 まず初めにネムを連れて行ったのは雑貨屋だ。雑貨屋には多くの商品が陳列されている。尤も、今まで商品を見に来る存在はいなかったため、お客と言う意味ではネムが初めてかもしれないが。

 

 NPCや自分たちプレイヤーはノーカンだろう。

 

「さて、ここは雑貨屋だ。食器やちょっとした人形や模型、アクセサリーにカーテン、いろいろ置いてあるんだぞ?」

 

 ユグドラシルでは様々なアイテムが存在していた。武器や防具以外にも様々だ。しかもプレイヤーたちはありとあらゆるアイテムを自分たちの手で作成することもできた。

 

 ある意味でこの雑貨屋もアインズ・ウール・ゴウンの冒険の一部と言っても過言ではない。

 

 ここもアインズにとって大事な場所の一つだ。

 

 そんなことをつらつらと考えながら、自分が知っている蘊蓄をネムに披露する。そして最後に一言添えて。

 

「それで、どうだね?」

 

「……凄いです!!」

 

 感動の余りか、呆けたようにしていた少女はアインズの声に反応して喜びをあらわにしていた。

 

 アインズが望んでいたように。

 

「ふふふ。そうだろう? 手に取って見ても良いんだぞ?」

 

「良いんですか!? ありがとうございます!」

 

 そして少女は慎重に手を伸ばし、あと一歩で手が届くというところで手を引っ込める。それを慎重に繰り返し、遂に手に取ったようだ。

 

 最初に手に取ったのはシルクやレースで作られたカーテンだった。 

 

「すべすべだー! それに、柔らかーい!」

 

 最終的にネムはシルクのカーテンに頬ずりまで行っていた。感触が気に入ったのだろう。

 

 少しだけカーテンの感触が気になったのは秘密だ。

 

「ネム、他は見なくて良いのかな?」

 

「見ます!」

 

 アインズの一言で、カーテンから手を放して次の商品を見に行く。何となく小動物のようでかわいい。

 

 次に手に取ったのは食器のようだ。無地の白色のコップにアクセントのように何かの文字が刻まれているのだろうか?

 

「うわー……こんな綺麗な食器初めて見ました。アインズ様たちは、こんな凄い食器を使って食べられるんですか!」

 

「むっ……見て分かる通り、私はアンデッドだから食事は不要……というより食事はできないんだ。だから正確なところは何とも言えないな……尤も部下たちはそれよりも良いものを使ってるはずだが」

 

「……凄いな~!」

 

「後で、見せてあげよう。それと、だ。ここにある物でほしい物があったら言いなさい。都合が付けば上げようじゃないか」

 

「……本当ですか!? 」

 

 ユグドラシルのアイテムは大別して二つある。モンスターを刈った際にドロップするデータクリスタルを外装に複数個積み込んで作成されたオリジナルのアイテム。仲間たちがデータクリスタルを込めて創った物をプレゼントするのは絶対に駄目だ。

 

 ……ペロロンチーノなら進んでプレゼントしそうだと思ったのは内緒だ。

 

 もう一方がデータクリスタルを組み込むことが不可能な、アーティファクトと呼ばれるアイテムだ。アーティファクトならば、プレゼントしてもいいだろう。

 

 しかし、アーティファクトの中でも上位に位置するアイテム、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに組み込まれている宝玉シリーズ等の上位のアーティファクトも駄目だ。

 

 プレゼントするならば、一番最初にネムに出会った時に渡した、小鬼(ゴブリン)将軍の角笛程度のアイテムだろう。その程度のアイテムならナザリックには腐るほどある。

 

「ああ。本当だ。私の『アインズ・ウール・ゴウン』の名にかけて約束しよう」

 

「アインズ様、ありがとうございます!」

 

 構わないと頷きながらアインズは促す。どれかを選ぶようにと。そしてネムはいろいろと商品を見比べだしていた。

 

 微笑ましく思いながら、アインズは別のことを考えていた。

 

(食器や衣類ぐらいなら……よし、ネムへのお土産のついでに、村長達にも似たようなものをプレゼントするか)

 

 そんな別のことを考えていると、本当に笑顔で楽しそうに、店の中を見て回る少女がいる。

 

(……機会があれば、アウラたちと引き合わせてみるか)

 

 ネムのように無邪気に遊びまわるアウラたち……そんな光景をアインズは見てみたいと思った。

 

 

 

 その後、一通り雑貨屋を見終わったアインズたち洋服屋に来ていた。ネムはいろいろありすぎで。どれが欲しいか中々決めれず、最終的にありふれたアーティファクトの一つである、髪飾りを贈った。

 

 それで良かったかどうかはアインズには判断しかねるが、喜んでいたのでいいのだろう。

 

「見て分かる通り、ここは服を置いている場所だ」

 

「綺麗なお洋服がいっぱいある!」

 

 ネムも随分とナザリックに慣れてきたのだろう。雑貨屋の時には商品を見るときおっかなびっくりだったり躊躇いが見受けられていたが、今はそんな様子はない。

 

 それを証明するように、この広い衣服屋の中をアインズを置いて一人で先に先にへと歩いていき、服を眺めたり感触を確かめるように触れている。

 

(……思い返すと、俺はリアルでまともに服を選んだ経験もないんだな)

 

 働くために必要最低限なスーツなどの服は所持していた。だがそれは、義務だから購入したとしか言えない。

 

 部屋着も多少は所持している。だがこちらも、生活に必要だからという、義務故だ。

 

 今のネムのように楽しみながら、服を見るような経験は一度としてない。働き始めてからは。働き始める前は……。

 

(……と、危ない危ない)

 

 心の奥深くから出てきかけた記憶に蓋をする。今までできなかったのなら、今楽しめばいい。悩みも全て棚上げにして。ただそれだけでいいのだ。

 

「ネム、何か欲しい物はあったか!?」

 

「……えっ!? 服も頂いていいんですか!」

 

「ああ。何が欲しい?」

 

 アインズの言葉に従ってか、ネムは先程よりも真剣に服を探し始める。やはり子どもとは言え女性なのだろうか? 

 

 女性は服を見るのも購入するのも好きと聞いたことがあるが……。実際見たことはないから判断はつかないが。

 

 そして暫く眺めていて、いくつか決まったのだろう。ニコニコしながら元気に持ってこようとして、いきなり我に返ったかのように固まった。

 

「どうしたんだ」

 

「……よく考えたら、服が私より大きいです」

 

「……ああ」

 

 

 確かにネムの目から見れば、自身の体形に合わない大きなものしかないだろう。だが実際はここに置いてある品々のほとんどは魔法のアイテムのはずである。

 

 価値が低いとしても魔法のアイテムなら、着る人物の体形に合わせて変化はするはずだ。

 

 この世界では珍しい事なのだろう。

 

 それに今更ながら、先程ネムにプレゼントした一般的な髪飾りとは違い、この場所の服には仲間たちが練習で作った品物が無いとも言い切れない。

 

 ここはネムの誤解を解かずに、アインズが一肌脱ぐことにしよう。

 

 

 

「よし、服は後で別の場所で選ぶとしよう! 今ネムが手に取っている物よりも、良いものだと保証するぞ?」

 

 そう、アインズが今までに買い込んでいた物を、流用すればいいのだ。かなりの代物もあるはずだ。

 

(それに、少しだけデータクリスタルを組み込んでみて、ユグドラシルとの時と同じように作成できるか試してみるとしよう)

 

 我ながら、良いアイデアだと心の中で自画自賛する。

 

「……ありがとうございます! アインズ様!」

 

「構わないとも……そうだな。では、次の場所に向かうとしよう」

 

 アインズの思考の中に次にどこに向かうか、色々と瞬時に浮かんでは消える。

 

 そして最終的にはギルド武器が置かれていた場所、仲間たちと一緒に集合して作戦を話し合った場所であり、最後にヘロヘロと話した場所だ。

 

「では、後ろから付いてきてくれ」

 

 暫くネムの後ろからの感嘆の声をバックミュージックに廊下を歩く。

 

 円卓(ラウンドテーブル)を見た時、どんな反応をするのかと考えながら。

 

(……それと、最後はあそこを見せなきゃな)

 

「ここだ」

 

 扉を開く。

 

 円卓(ラウンドテーブル)に到着した。

 

「ここは、在りし日は私や私の仲間たちを含めた、四十一人が集合する場所だった……」

 

「ここにアインズ様たちが……」

 

「そう、この場所でだ。それに――」

 

 アインズはアイテムボックスに手を突っ込む。それを見ていたネムが目をパチクリとしているのが見える。

 

 手が空間で消えたのだからその反応は正しいといえる。アインズとてリアルの世界で同じ光景を見たら目を疑う。

 

 そして、アイテムボックスから引き抜かれた腕にはある武器があった。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの象徴であり、ナザリックその物と言っても過言ではない、重要アイテム。

 

『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』。ギルド武器だ。

 

 これを何故アインズが今も所持しているのか? ギルド長と言う役職上で考えれば正しい。だが、本来なら八階層の領域守護者の下で厳重に守護される予定であったのだ。

 

 しかし、それはアインズが冒険者になって外で活動することがメインになっていた場合だ。

 

 アインズはカルネ村での一件以降は、シャルティアの件でしか外に出ていない。それ以外は全てナザリック内でしか活動していないのだ。そしてこれから先も暫くはそうなるだろう。

 

 また同じく、NPCたちの多くもナザリックか、ナザリック近郊での活動が主になる。情報収集に関してはパンドラズ・アクターとその配下のシモベたちに一任することになるだろう。一部のNPCは別だが。

 

 その例外たちも、厳重な警備の下、時機を見て帰還させることになるだろう。

 

 それらの点から、アインズが外に出るとき以外は、常にギルド武器を携帯することになっているのだ。

 

「この杖を、飾っていた場所でもある。思い出の詰まった、大切な杖だ」

 

「その杖はあの時、カルネ村に来た時に持っていた物ですよね?」

 

「そうだ。この杖は、我々の結晶の一つだ」

 

 しみじみと呟く。瞼を閉じれば(無いが)在りし日の思い出が今でも浮かぶ。

 

「……あっ、思い出しました! 確か、その杖から、コロちゃんや火の巨人さんを出したんですよね?」

 

 少しだけ、ネムの声に悲しみが過ぎった気がした。家族を失ったときのことが頭に過ぎったのだろう。

 

 ……招いた以上、アインズにはネムを楽しませる義務がある。特に家族を失った悲しみは今だけは忘れさせてやりたい。

 

「ああ。その通りだ……この杖にはな、様々な効果があるんだよ? 聞きたいかね?」

 

「……聞きたいです!」

 

 どうやら興味を持ってくれたようだ。良かった良かった。

 

「そうか! まずこのスタッフの蛇が咥えている宝石はそれぞれ神器級(ゴッズ)……ああ。ゴッズと言うのは私が知る限り上から二番目に価値がある物と考えてくれればいい。そして、この宝石は全て揃えることにより強大な力を発揮させる。ここにあるのが、月の宝玉と呼ばれる神器級(ゴッズ)アーティファクトだ。ネムに分かりやすいように言えば、コロちゃんたちを呼び出したのはこの宝玉の力の一つでもある。それと、こっちにあるのは火の宝玉だ。火の巨人を呼び出したのはこちらの力だ。他の宝玉にもそれぞれ力があるんだ。これはな――」

 

 アインズの自慢はまだ始まったばかりである!

 

★ ★ ★

 

 アルベドは第一階層のシャルティアの下に一人で来ていた。

 

 現在シャルティアは休むようにアルベドの愛する御方に言い渡されていた。

 

 ……正直、シャルティアに対して苛つく気持ちはある。NPC全体の忠義に泥を塗ったのだから。とはいえ、泥を塗らないように行動していた場合、より悲惨な結末になった可能性が高いため、NPCたちは誰も何も言わないが。

 

 そして、アルベドは自主的にシャルティアを慰めるという名目で来ていた。

 

 今日は残念ながら仕事はない……というより、パンドラズ・アクター主導の仕込みのため、愛する方が命令を下さなければならない仕事は、全て中止となっていた。

 

 アルベド単独でできる仕事は……言っては悪いが、片手間で終わる程度だ。

 

 だがそれ以外にも出来ることはある。否、本来なら今すぐにでもパンドラズ・アクターと共にカルネ村に赴くつもりだった。

 

 パンドラズ・アクターの策を考慮して……今すぐにとは、行かなかったが。

 

(その代わり、いつでも仕事を押し付け……代理してもらって時間が取れるようになったわけだから、十分元は取れるわ)

 

 カルネ村で彼女と親交を深める……ナザリックに招待したときは仕事を任意で押し付けることができるようになった訳なのだから損はない。

 

 それに、アルベドは一度モデルがいない状態でどこまでできるか試したかったのだ。どうすれば母親っぽく見られるのかを。

 

 

 その意味でシャルティアは練習台だ。吸血鬼と言う特性を考えれば、決して子供とは言えない。だが、落ち込んでいる上に、少しばかり頭が抜けている……。はっきり言えばアホの子だ。

 

 性別も同性等と全く違うが、実験にはもってこいだ。特にシャルティアは同性愛者でもある。女らしく……母親らしくすれば喰いつくのは間違いないと言える。

 

 

 本気で胸にしゃぶりつかれそうなのは少々怖いが。その点を考慮すると、アウラで練習したかった。が、落ち込んでいない上にシャルティアに比べて非常に賢い。精神的にも現状安定している以上、練習にはならない。

 

 

 アルベドが愛する方と結ばれれば、シャルティアもアルベドの義娘になるのだ。

 

 子どもを恐れてどうすると言うのだ。実の子どもができた時の予行演習と思えば良い。

 

 そう思えば、もう、何も怖くない。

 

 

(さぁ、今の私でどこまでできるか試させてもらうわ、シャルティア!)

 

 

 




合言葉はお巡り(たっち)さん、この人です!


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事案2

ナザリック観光ツアー プランA

アインズ様によるナザリック名所案内、昼夜食事つき、今なら先着5名様まで豪華特典付き!

ナザリックで夢のような時間を過ごしませんか?


 円卓(ラウンドテーブル)と呼ばれる部屋で骸骨が少女に対して熱弁を振るっていた。

 

 お互い椅子に腰かけながら、熱弁を振るうのはこの王宮の主、熱弁を振るわれている少女はネム・エモットだ。

 

 なお、王宮の主は最初からあった椅子に腰かけたが、ネムは魔法によって生み出された、元々部屋にあった椅子とは造詣が異なり、足が高く小さな子供でも大人と同じ目線になるように設計された椅子にである。

 

 通常の場合で考えると、小さな子供は一か所に留まるのは苦手だ。特にこのように凄い場所であるならば、駆け出したり、かくれんぼをしたり、冒険をしてみたくなるものだろう。

 

 だが、ネムはそんなことはなかった。何故か?

 

 まず椅子の座り心地が良いのもあるだろう。長時間座っていたが、全く疲れないのだ。むしろこのままずっと座っていたいと思うほどに。

 

 だがそれ以上に聞いている話が面白いことが、お利口にしている最大の要因なのだろう。

 

「――そしてこの武器の最大の特徴は、神器級(ゴッズ)を超越した先にある、ネムに分かるように言えば、私が知る限り、一番価値ある物体であり世界にたった二百個しかない、世界級(ワールド)アイテムに匹敵している点だ。しかもこのスタッフに自動迎撃システムも組み込まれている。もし何者かがこのスタッフを破壊……害そうとした場合、私が手を下さずとも、このスタッフ自身にやられるわけだ。尤も、傷つけさせたりなんかしないがね」

 

 正直言って、ただの村娘であるネムには喋られている事の半分も理解できていない。分かるのは、ネムたちが村人とは住む世界が違うこと。そしてそれを、楽しそうに教えてくれていることだけだ。

 

 だが半分以上理解できていなくとも、聞くことが楽しいというのは間違いない。もっと、この神話を聞きたいと思うほどに……。

 

 

 

 

「それと本当ならだ、世界級(ワールド)は我々が揃ったとしても、作成するのは不可能な事なんだ。もちろん、匹敵する物を作るのもな。だが、我々は作成して見せた。莫大な時間と、多大なる困難を乗り越えて……凄いだろう?」

 

「うわー! そんなに凄い物だったんですね!」

 

「そうだとも! だが余りの労力から、我々の間でも、もう諦めようという意見もあるには合った。しかし私たちは友情の力で、乗り越えて見せたんだよ」

 

 ネムは先程からキラキラという瞳でスタッフを見つめている。

 

 アインズが一頻り、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの作成秘話や能力を自慢し続けてからかなりの時間が経過したようだ。

 

 ネムは先程からスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをキラキラという擬音が付きそうな目で見ているので、十分ナザリックやギルドメンバーの凄さを理解してくれたようだ。

 

 ……そろそろ、次の場所の案内(自慢)に向かうべきだろう。

 

「よし、では次の場所に案内しようじゃないか」

 

「はい!」

 

 ネムは今まで座っていた椅子から勢いよく立ちあがるのを見てから、アインズは魔法を解く。

 

 すると、今までそこにあったはずの椅子は影も形もなく消え去っていた。

 

 なぜアインズは最低でも椅子は四十一人分ある椅子を態々魔法で新しく作ったのか? とても簡単である。ギルドメンバー以外を座らせたくなかったからだ。

 

 だからと言って、招いた存在であるネムを長時間立たせたまま話すもの気が引けるので、ネムにあった高さの椅子を作り出したのだ。

 

 円卓(ラウンドテーブル)から外に出て、暫く廊下を歩いていると、恐らく食堂からなのだろう。食べ物の良い匂いが漂ってきていた。メイドたちの食事の時間なのだろう。

 

(それにしても不思議だ。何でこの体は味覚だけないのか……)

 

 普通に考えれば、味覚がないのは当然だ。アインズはアンデッドで食事は不要なのだから。もっともアンデッドでも骸骨でなければ、シャルティアのように食事が可能な種族もあるが……骸骨であるアインズには関係のない話である。残るのは疑問だけである。

 

(……考えても無駄だな)

 

 とにかくにも今日はナザリックの事をこの少女に自慢し尽くそうと決めた。

 

「……おいしそうなにおい! アインズ様、これは何て言うお料理何ですか!」

 

「むっ……何ていう料理かな……いや、そうだな」

 

 アインズは食べれないからと言って、ネムも食べない必要はない。いや、人間であり成長期である以上栄養は必須だ。

 

 ナザリックに招待したのに、お腹を空かせたまま家に帰すのは、ナザリックの恥だ……そこまでいかなくても、食事にすら事欠くという印象を与えるかもしれない。

 

「……よし! ネムもお腹がすいただろう! 飛び入りで参加しようじゃないか?」

 

「いいんですか! わーい!」

 

「勿論だとも」 

 

 それに、普段メイドたちがどのように過ごしているのかを少しだけでも見てみると決めアインズが先導する形で、二人は廊下を歩きだした。

 

「いや、待てよ」

 

 今までの彼女たちの様子からすれば、自分が行けば萎縮する可能性が非常に高い。であれば、彼女たちの休憩時間を奪うことになるのではないだろうか?

 

 それに……急に止まったためか、首をかしげているネムを見る。

 

 ネムもいきなり、大勢と一緒に食べるのも辛いだろう。メイドたちの食事はビュッフェ形式だという。飛び入りでネムが対応するのも難しいと思う。パンドラズ・アクターが入れば別だが、アインズではフォローは難しい。

 

 食事時間も終わっているかもしれないし……。そう考えたアインズはメッセージの魔法を発動させた。

 

『聞こえるか、ペストーニャ?』

 

「これは、アインズ様? 如何なさいましたか、わん」

 

『応接室に、メイドたちが普段食べている物を……一人前でいいから持って来てくれ』

 

『畏まりましたわん。ですが、それでしたら、より良い物をお持ち致しますが?』

 

 確かに、どうせなら良い物を食べてもらった方が良いのかもしれない。だが、折角ならアインズも普段メイドたちがどんなものを食べているか見てみたいとも思う。ここは……。

 

「ネム、よければ晩御飯もナザリックで食べて行くかね?」

 

「……良いんですか!?」

 

「もちろんだとも」

 

 これで、どうするかは中で決まった。

 

『とりあえずは、メイドたちが食べている分でいい。頼んだぞ』

 

 メイド長、ペストーニャに持ってくる場所と了解の返事を聞きながら、メッセージの魔法を切る。

 

「ネム、折角だから、別の場所で食べよう。静かなところで、ゆっくり食べて貰おうと思う。付いて来てくれ」

 

「……はい!」

 

 

 そして、アインズは手近にある応接室へ入って行き、ネムと談笑しながら、料理が来るのを待っていた。

 

「――それでだな……っと」

 

 どうやら来たようだ。ドアの外からノックがした。入るように促すと、メイドたち三人がそれぞれ食事が乗ったお皿を持って入室してくる。

 

 そして、その後を続くように何らかの料理器具と材料を持った、男性使用人の一人がいた……。この場で何かを作るのだろうか?

 

 アインズ自身興味を持っていた。

 

「お待たせいたしました。お料理の方お持ち致しました」

 

「うむ。ネムの前に持って行ってくれ」

 

「承りました」

 

 メイドたちが頷くと同時に、早速ネムの前に色取り取りのお皿を置く。同時にコップや取り皿。目の前には調理台だ。

 

「アインズ様、本当に頂いてもいいんですか?」

 

「もちろんだとも」

 

「……ありがとうございます!」

 

 その感謝はアインズに告げると同時に、料理を持ってきたメイドたちにも言ったつもりのようだ。

 

 尤も、メイドたちは優しく愛想の良い顔を浮かべているが、少し壁を感じさせるもののように感じた。次のネムに一言で崩れたが。

 

「やっぱり、皆さんもアインズ様の姪っ子さんなんですか?」

 

 ……メイドたちはフリーズしているようだ。似たようなセリフを言われた時の、ユリ・アルファのようだ。なら。アインズが答えるセリフも決まっている。

 

「そうだ。そこにいるメイドたちも、目の前にいる彼も、私にとって大切な宝であり、仲間たちの子どもたちだと思っている」

 

 ……一拍が置かれた後、メイドたちが泣き出した。

 

「そ、そんな風に言って頂けるなんて、お、恐れ多いです」

 

「ふむ……嫌なら、撤回するが」

 

「「「嫌なんかじゃありません! ただ、そんな風に仰っていただいて恐れ多い」」」

 

「お、おう。……あー、お前たちは下がっていいぞ……しっかりと午後の業務に励んでくれ」

 

 とりあえず、泣きまくっていて、とてもじゃないが冷静ではないメイドたちは退出させることにして……。

 

「……驚かせてすまなかったな、ネム。冷めないうちに食べてくれ」

 

「……頂きます!」

 

 いきなりメイドたちが泣き出したため、呆気にとられていたネムも、復帰したようだ。それに、やはりお腹がすいていたのだろう。

 

 少しはしたないかもしれないが、フォークを拙いながらも使用して食べ始めた。

 

「――おいしいっ! おいしすぎます! アインズ様!」

 

 ネムの美味しいという言葉が部屋中に響き渡る。そして、そのまま一気に食べ始めて、咽喉に食べ物を詰まらせたのだろう。

 

 アインズは慌てて、背中を撫でながら飲み物をネムに飲ませる。

 

「飲み物もおいしい! ……ありがとうございます、アインズ様!」

 

「構わんよ。咽喉に詰まらせないように、ゆっくり食べると良い。誰も取ったりしないからな」

 

「はい、気を付けます」

 

 そして、ゆっくりと食事を再開するネム。ネムがゆっくり食べているため、先程から静かな男性使用人に話しかけて、料理を作るのかと質問すると、しっかりと頷いた。

 

「そうか、では始めてくれ」

 

 アインズの言葉に従い、男性使用人はまずバターだろうか? を、フライパンに均等に馴染ませて、大鍋のような物からお玉で卵を掬うと、見事な手さばきでフライパンに卵を載せた。

 

 余りにも見事だったためか、ネムも一時食べるのを止めてアインズと同じように魅入っているようだ。

 

 幾つかの具材が投入されて、ほんの数分で美味しそうな焦げ目一つもない、オムレツが完成して、空いていたお皿に盛り、ケチャップをかけると、ネムの前に出していた。

 

「これも食べていいんですか?」

 

「もちろんだ。食べて、私にも感想を聞かせてくれ」

 

「はい! いただきます!」

 

 そして、スプーンでネムがオムレツを掬うと息を吹きかけながら、一口。

 

「……ふわふわでとろとろで、甘ーい! おいしい!」

 

 そのまま、口元を汚しながら一気にネムは食べ続ける。所々で、飲み物を飲みながら。

 

「アインズ様も一緒に食べれたら良いのに」

 

「……確かに、作っているところを見ていると、私自身食べてみたい気もするが、骸骨だからな」

 

「うーん……アインズ様なら、何か魔法で食べれるようになったりしないんですか?」

 

 ネムの言葉でよくよく魔法を思い出してみる……が、最適な魔法はなさそうだ。あるいは、超位魔法を使えば可能なのだろうが……。

 

 なお、アインズは気づいていないが男性使用人がアインズに熱い視線を向けていたのは確かである。ネムの言葉で何れは自身が今のように調理をする機会が回ってくるかもしれないと考えて、感謝しながら。

 

――実際のところ魔法を探したり、虱潰しにアイテムを探していけば、リスクがほとんどなく、食事をすることが可能な魔法やマジックアイテムはあるはずだ。だが、アインズは食べたいと思えないのだ。食べてはいけないと思っているのだ。そう、鈴木悟の頃からアインズの心を縛る強迫観念によって――

 

「そうだな、あるかもしれないが……さぁ、冷える前に早く食べるといい。私はネムが美味しく食べている姿を見るだけで満足だ」

 

「……はーい!」

 

 飲み物が無くなった時には、男性使用人がいつの間にかに注ぎ足している。

 

 手持ち無沙汰なのは内緒だ。

 

 密かにアインズは男性使用人を見る。見る限り、ネムに対して敵意はないようだ。この調子なら、他の村人たちを招いたとしても、特に問題は起きないだろう。

 

 パンドラズ・アクターがどのように戦略を練っているかは分からないが、これなら問題はなさそうだ。

 

(そういえば、アルベドはシャルティアの下に行っているんだったか……早く話し合わないとな)

 

「――ごちそうさまでした!」

 

 思考に耽っていたが、どうやらネムは食事を終えたようだ。皿の上には何一つなく、それがネムが美味しく食べたことの証だ。

 

「もういいのか? ……オムレツはまだ作れるようだぞ? そうだろう?」

 

「イー!」

 

 奇声を上げながらもしっかりと頷く。

 

「なら、あと少しだけ食べたいです」

 

「そうか……私も興味があるから作るところを、もう一度良く見てみよう」

 

「はい!」

 

 

 

 

★ ★ ★

 

 暫く時間が経過し、ネムの食事が完全に終了した後、アインズは次に見せる場所に向かっていた。

 

 ネムはそれはもう満足してくれたようだ。食事はもちろん、飲み物もかなりの頻度で飲み続け、一人でピッチャー一つ程度は飲み干してしまったのだから。

 

「ここからは階段を降りるから、しっかり私に付いて来るように」

 

「はーい!」

 

 そしてアインズとネムは二人が手を大きく広げても空間にゆとりがある大きな階段を独占して降りる。

 

 次にアインズが案内している場所は、最古図書館(アッシュールバニパル)だ。ここもまた豪勢な造りであり見せたい場所の一つだ。

 

 次に見せる場所の前座とかは思ってはいない。

 

「凄ーい!」

 

「ネム。喜んでくれるのは嬉しいが、ここでは静かにするのがマナーなんだ」

 

 たしかに凄い場所で声を上げたくなる気持ちも分かる。しかし、ここは図書館静かにする場所なのだ。 ……尤もNPCやシモベたちからすれば、アインズの一声で黒でも白と言うだろうが。

 

「……はい。ごめんなさい」

 

「分かればよろしい。そういえば、物語は好きかな?」

 

 ネムに注意を終えて、子どもが読みやすい本が置かれている場所……児童書コーナーに向かいつつ質問してみる。

 

「はい、好きです。ゴブリンさん達の名前もジュゲム・ジューゲムっていう物語から付けてるんですよ」

 

 ジュゲム……アインズは詳しく知らないが、確かにリアルで有った言葉のはずだ。もしかしたら、リアルの世界の残滓……プレイヤーやそれに近しい存在がここから分かるかもしれない。 

 

「ネム、その物語の作者は知っているかな?」

 

 とにかくにも、今は情報が欠けている。少しでも多く、情報を得る必要がある。直接的に情報をを得れないとしても手掛かりにはなる、そんな思いでアインズはネムに質問する。

 

「ごめんなさい。知らないです。お姉ちゃんや、ンフィー君なら知ってるかもしれないです」

 

 ……当然と言えば、当然かもしれない。これは後でカルネ村に行っているパンドラズ・アクターに知らせるべき事柄だろう。

 

「そうか、ありがとう。ところで、この本を読んでみるかね?」

 

「……ごめんなさい。私、文字が読めないんです。物語は村のみんなから教えてもらったんです」

 

 アインズは近場にあった、子ども向けの絵本の一冊を手に取ってみたが、ネムから帰ってきた返答は文字が読めないという、心なしか落ち込んだ返答であった。

 

(……そうか、識字率は低いんだな。当然と言えば、当然か)

 

 今まで得られた情報を総合すれば、魔法やユグドラシル産のアイテム、後は武技を除けばリアルの中世程度と考えるのが妥当だろう。一部の生活レベルは魔法などで向上しているが……。

 

 それでも、小さな村の識字率を上げるほどの効果はなかったようだ。

 

 であれば、ネムにとってここはつまらない場所だろう。だが、何となくこのまま落ち込んだままで終わらせるのは嫌だった。

 

 ……しばらく変な沈黙が続いて、アインズは唐突に思いついた。

 

 ここでネムを使ってある実験を行おうと。 

 

「……よし、ネム。このメガネをかけてごらん?」

 

 アインズはアイテムボックスから、あるアイテムを引き抜いた。本来ならこのアイテムはセバスに預けていたため、アインズは所有していなかっただろうが、パンドラズ・アクターを運用している利点で、情報収集に必要なアイテムを宝物殿から取り出すことにより補充が容易となっていた。

 

 このアイテムもその一つだ。

 

「え? 私、目は悪くないですよ?」

 

「いいから、いいから。騙されたと思ってかけてごらん?」

 

 驚いているネムを騙すように……言い含めてメガネをかけさせると、効果はすぐに表れた。

 

「……えっ!? 私、文字が読めてる?」

 

「ああ。そのメガネには魔法がかけられているのだよ」

 

 そう、ネムに手渡したメガネには文字解読の魔法がかけられているのだ。そして、先程手に取った本を手渡し、

本を開くとネムは驚きの声を上げた。

 

「凄い! 絵も描いてある!」

  

 先程アインズが手に取ったのは著作権が切れている児童向けの絵本だったが、どうやらお気に召してくれたようだ。

 

 ついでにネムに好きな本を読むように言い、アインズは思索に耽る。

 

(……ネムは文字を読めるようになった。なら、その視界にはどんな風に映っているのだろうか?)

 

 元々ネムは文字が読めないと言っていた。では、何故読めているのか。アインズやNPCたちは元々分かる言語に翻訳されている。

 

 だが、元々読める文字がないのであれば……効果が違うのだろうか?

 

 この世界特有の言語と同じように直接、翻訳した結果を映しているのだろうか……。それでも視覚で理解するなら、文字は必要だと思うのだが……。脳にでも直接理解させているのだろうか?

 

 設定厨のタブラ・スマラグディナなら、何らかの答えを見いだせたかもしれないが、アインズでは無理だ。そういう物として理解するしかない。

 

(やはり未知が多すぎる。要検証だな……パンドラズ・アクターにメッセージで物語の件も含めて、伝えておくか)

 

 

 そして、パンドラズ・アクターとの簡易的なやり取りを終える頃には三十分程度、経過したのだろう。

 

 ネムも丁度二冊目を読み終わって、手近にあった本を取り出して、二冊目の本を読みだそうとしているところだった。切りもいい。

 

「ネム、そろそろ次の場所に向かおう。本は……そうだな、あと何冊か選んでくれ。次の場所を見せた後にゆっくり読むと言い」

 

「……はい、分かりました!」

 

 食い入るように本を読んでいたネムが、今度は書棚を食い入るように見て……数冊の本を選び、その本を手に持って近づいてきた。

 

「よし、では行くとしよう」

 

「はい!」

 

 ネムが選んだ本はアインズが受取、アイテムボックスにしまう事で荷物にならないようにする。

 

 また、邪魔にならないように一旦メガネもアインズが仕舞っておく。

 

 

 司書たちを尻目に豪勢な扉から出て、また暫く歩く。

 

 だが、途中少しネムが歩くスピードが落ちていた。

 

 振り返って後ろを見てみると、何故かはわからないが、ネムがモジモジと言う擬音が付きそうに足を動かしていた。もしくはそわそわだろうか?

 

「どうした、ネム?」

 

「な、なんでもないです! 早く、次の場所が見たいです!」

 

「むっ、そうか? では行くとしよう」

 

 そしてアインズは特に気にも留めずまた歩き出した。今度はネムも歩くスピードが落ちていない。今までと同じように、首を頻繁に動かしながら、興味深そうにナザリックを眺めている。もしかしたら疲れたかと思ったが気のせいなのだろうと、アインズは理解したのだ。

 

 ――尤も、アインズが早くあの場所を見せたいという気持ちになっていなければ、多少何か変だと気づいたかもしれないが。まぁ、今まで実際に女性と関わってこなかった以上、表情や仕草で気づけというのも無理な話である――

 

 今、アインズたちが向かっている場所はナザリックで一番荘厳に美しく創られた場所だ。

 

 いや、ナザリックは全てが美しく荘厳であることに偽りはない。全て仲間たちと共に造った思い出の場所なのだ。

 

 だがそれでも、アインズがナザリックで一番大切な場所はどこかと聞かれれば……。

 

 最終的に選択肢は三つに絞られる。

 

 一つ目が円卓(ラウンドテーブル)だろう。ギルドメンバー全員が集まっての作戦会議はあの場所でやっていたし、通常の場合ログインした後一番最初に出る場所なのだから。そう考えれば、仲間たちと一緒に一番長い時間を過ごした場所ともいえる。しかし、それでも残り二つと比べると劣って見えてしまうのはしかたないのだろう。

 

 二つ目がリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使用しなければ訪れることすらできない場所、宝物殿だ。アインズ・ウール・ゴウンの栄光の証だ。そして……。

 

 宝物殿最奥部霊廟だ。ここはアインズの友人たちの形が眠る場所だ。

 

 だが、ここは案内する場所には適さない。何より気に入っているとはいえ、部外者にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを一時的とはいえ貸すつもりはない。

 

 それに、あの場所は栄光と共に悲しみも抱えた場所でもある。アインズとて頻繁に見たいわけではない。

 

 ならば残るは一つ。

 

 アインズたちは今、ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)にいる。ここまでくれば、目的地はすぐそこだ。

 

 

 

 ネムは目一杯楽しんでいた。凄いところを案内してもらい、美味しい物を食べさせてもらえた。夜にはもっとおいしい物を食べさせてもらえるらしい。読めないはずの本も読ませてもらえる。

 

 本を読むので一旦集中力が切れて、トイレに行きたいのを自覚したのは内緒だ。

 

 そして今もまた、新しい場所に案内されていた。その場所は半球状の大広間だ。きょろきょろと見回しながら付いて行く。

 

 天井には白色光のクリスタル。壁の方に目を向ければ、たくさんの穴に今にも動き出しそうな彫像。

 

 何よりも目を引いたのは、一番奥の大きな扉だ。そして辿り着く。

 

「――ここだ」

 

 アインズ様がその大きな扉に触れると、まるで魔法でも使ったかのように、自動でゆっくりと開いていく。

 

 ネムはここに来るまでに凄いものをたくさん見てきた。だからこそ、これ以上驚くことも無いと無意識のうちに思っていた。

 

 だがそれは間違いだった。

 

 その空間を見た時、ネムは呆然としてしまい驚きの声さえ上げられなかった。持ち主であるはずの御方が感嘆のため息を漏らしていることを可笑しいとすら思わなかった。

 

 今までネムが目にしてきたものも本当なら一生目にすることもかなわなかっただろう。

 

 だが、この場所は本当に別格だ。

 

 そしてそれ以上に、ここほどに美しい場所もないと思ってしまう。

 

 目の前の人物が力強く歩き出すのを捉えたため、ただ何も考えずに付いて行く。

 

 今までもネムはたくさんの絨毯の上を歩いてきたが、正直それも別格だ。ふわふわしすぎていて、ふとした拍子に転んでしまいそうだ。

 

 そんな失礼なまねはできないのと、少しでも長く全体を目に焼き付けたいため必死にこらえているが。

 

「ここが、ナザリックの玉座の間だ。我々が全身全霊で作り上げた最大の結晶だ」

 

 丁度広間の中央辺りに来たぐらいで、言葉を受けて少しだけ我に返る。だが、まだ口を開けるほどに冷静ではない。

 

 ただ凄いと感情を表に出して叫びたいという気持ちもある。だが、それは良いのだろうか? この場にて大きな声を出しても本当にいいのだろうか。

 

「ネム、君の素直な感想を聞きたいな?」

 

 まるでネムの気持ちを見透かしたような言葉が耳に届く。

 

 そして意味を理解して遠慮なくネムは先程までトイレに行きたいと思っていたことも忘れて、お腹に力を受け大声で叫んでいた。

 

「凄い、凄い、凄い! すごーい! 綺麗です! 美しいです! 大きいです! えっと! それから、それから! アインズ様たちは凄すぎです!」

 

 

★ ★ ★ 第一階層守護者(シャルティア)の憂鬱

 

「はぁ……」

 

 第一階層守護者であり、守護者最強のシャルティアの部屋は、室内の照明は若干落とされている。そしてそれに比例するようにシャルティアの気分も沈んでいた。

 

 いや、それは嘘だ。本来であるならば、シャルティアの部屋は甘ったるい匂いが濃密に充満しており、空気にも色がついていると形容してもいいぐらいだ。

 

 実際今もそこに変化はない。

 

 では何故、シャルティアの気分は沈んでいるのか?

 

 唯一残られた至高の御方に刃を向けてしまったから?

 

 確かにそれも原因の一つではあるのだろう。シャルティアがしてしまった事は許されざることである。だが、その件は一応の決着を見ている。

 

 シャルティアと戦った存在が複数の世界級(ワールド)を持っていた点……シャルティアが慢心抜きで戦ってていた場合の危険性……シャルティアは消滅させられていた可能性が高い事が分かっているため、シャルティアの行動はbestではなかったが、betterではあった点。

 

 さらに至高の御方すら世界級(ワールド)の可能性を除外してしまっていた点。

 

 これらの点からシャルティアの罪は不問に処された。

 

 

 つまりシャルティアは至高の御方に刃を向けたのに事実上罪を許された上に、世界級(ワールド)を発見するのに貢献したとまで言われてしまっているのだ。自身の感情で罰を願うこともできない。

 

 多少、冒険者や情報収集に有用な人材を逃がしてナザリックの存在を露見させようとした点は小言を言われたが、階層守護者に随伴していた裏方のシモベたちが処理をしているため、それ以上の罰則はない。

 

 今は第一階層の自室にて休息を取るようにとお達しである。これが謹慎しろと言う罰則であれば、どれだけよかっただろうかと、そう思ったこともある。

 

 

 だが、今シャルティアが沈んでいるのはその件ではない。

 

 別件なのだ。あるいは、これこそが唯一残られたお方『アインズ・ウール・ゴウン』に敵対してしまった罰なのだろうか?

 

「あら、どうしたのシャルティア。溜息何てついちゃって? 慰めてあげましょうか? さぁ、いらっしゃい?」

 

 今、変なことを言っているのは守護者統括アルベドだ。今日はアルベドの仕事は無くなったため、遊びに来たとのことだ。

 

 このアルベドは本物なのだろうか?

 

 確かに、気配からはアルベドだとは分かる。だとすれば……。

 

(頭のネジが逝かれんしたか)

 

 明らかに普段と違い、この調子なのだ。本来ならシャルティアとアルベドは一触即発……そこまで行かなくとも、どっちが正妃になるかで揉めてケンカしている。

 

 本当はアルベドが来たときはもしかしたら、新たに罰則が下されたのかと少しばかり期待していた。期待外れだったが。

 

 今のアルベドは普段と違い、優しい……と言うよりも気色がわるい。

 

「うふふ。恥ずかしいのかしら? 良い子良い子」

 

「来るなでありんす」

 

 頭を撫でようとしてきたので横からひっぱたいたのは当然である。




次回予告

おっと、ネムちゃんの様子が……!


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事案3

ペロロンチーノ「うらやま……けしからん!! たっちさん、あの人!(モモンガ)です」

たっち・みー「」


 その時、事件は起きた。

 

「……あぅ

 

 大声を叫んでしまったせいだろう。我慢していた物の、一部が少しだけ漏れて下着を汚したのが感覚で分かる。恥ずかしいし、濡れた感触が気持ち悪い。

 

 だが、何とか下着だけですみ、ネムが着ているワンピースはなんとか無事だった。姉が用意してくれた一番良い服とすごく綺麗な広間が汚れなくて安堵していた。

 

 それも時間の問題だ。もうこれ以上我慢するのは難しい。宮殿の主に事情を話して早急にトイレに連れて行ってもらわなければ、もっと恥ずかしく、凄い場所を汚してしまうことになる。

 

 恥ずかしさを我慢してネムは発した。

 

あ、あの

 

「ああ、そうだろうとも! ここはこの杖と同じように、我々の結晶の一つなのだよ! この広さを見てくれれば分かるように、一度に数百人が入ることも可能だ……うん? 何か言ったかな」

 

「……何でもないです」

 

 これだけ喜んでいるのに水を差すことはネムにはできない。だから、何とか少しでも気をまぎれさせようと、全体を見渡すと、周囲に天井から地面まで続く旗が四十枚見つけた。

 

 その旗には異なる絵が描かれていたのがネムの目に留まり意識を逸らすためにも質問した。

 

 

「アインズ様、旗の絵は何ですか?」

 

「ああ、あの紋様か? あれは仲間たちそれぞれを表した紋様だ……あれが、たっち・みー。その隣が死獣天朱雀。餡ころもっちもち、ヘロヘロ、ペロロンチーノ……」

 

 失敗したと悟った。

 

★ ★ ★

 

 アインズは楽しくついつい話し込んでしまったが、ある程度今話したい事は終わったため、別の場所に向かっていた。

 

 そしてさすがにアインズも、ネムの体調が悪そうなのに気づいた。歩くスピードも落ちて、息遣いも荒くなっているのが分かる。

 

「ネム、大丈夫か?」

 

「……だい、じょうぶ、です」

 

 とても大丈夫そうじゃない。

 

「あー、なら、どこかで休憩するか? それとも、どこか行きたいところはあるかな?」

 

「……トイレに行きたいです」」

 

「……すまない、よく聞こえなかった。もう一度頼む」

 

「トイレに行きたいです!」

 

 ネムが顔を赤くしながら叫んだ。

 

 ここまできてようやく何故ネムが具合が悪そうにしていたのに悟った。アインズがずっと我慢させていたことに。

 

「わわわわかった。すぐに案内しよう!」

 

 アインズはネムの歩幅に合わせながら急いで、トイレに向かった。ここから一番近い場所はスパの中にあるトイレだ。

 

 途中もう動けないかのように止まってしまったネムを。脇から腕を通して急いで連れて行く。途中メイドたちに任せようとか考えていたが、通りかからない以上仕方がない。

 

 女性用トイレには入れないため、男性用トイレに急ぐ。男女共通のトイレがないのが悲しい。

 

 個室に入ると、人が来たのを感知したのか、自動的に便座のふたが上がる。

 

 後はネムが下着を脱いで便座に座らせるだけだ。だが、アインズへの試練はそれだけではなかった。ネムに限界が訪れた。

 

「あっ、もう、だめ――」 

 

 ……結論から言えば、ネムは本当にあと一歩のところでトイレに間に合わず、自身の服や床、アインズの手や服。その他諸々に汚すことになったのだ。

 

 アインズは呆然と立ちすくみ、少女の泣き声がトイレの一室に響き渡ったのだ。

 

 

 そして、アインズが沈静化が止まり再起動するほど時間が経過した後、とても奇妙な光景が生まれた。

 

 トイレの一室で少女が泣き、骸骨が土下座するという奇妙な光景が。

 

 その後、泣きながら謝り続けるネムに、アインズは謝った。土下座した。誠意を込めて。根気よく謝り続けて、どうにか、泣き止ませることに成功したアインズは、ネムと一緒にトイレを掃除して、証拠隠滅を図った。

 

 二人とも汚れたことと、スパリゾートが目の前にあったため、一緒に入ることになったのだ。

 

 逮捕待ったなしである。

 

★ ★ ★

 

 ネムは前を歩く存在にタオルを持ってただ着いて行く。お互いに裸で。

 

「……では入るとしようか、ネム?」

 

「……はい」

 

 少しだけ元気がなかったが、入った先の世界を見ることで一気に拭き取んだ。

 

「わぁ!」

 

 少し部屋に見とれて足が止まってしまう。

 

 二人で服を脱いで風呂場に向かう。

 

「凄い凄い!」

 

 入った瞬間に空間の広さやお湯による湯気により驚いてしまう。

 

「そうだろう? ここは仲間達と一緒に作った物の中でも、特にお気に入りなんだ。……まずはジャングル風呂に行こうか? 走らずに付いてきなさい」

 

「うん! 分かりました!」

 

 この場所のモチーフになった場所を教えてもらいながら、洗い場に付く。

 

「ネムは初めてだから、知らないかもしれないが、湯船につかる前には体を洗わなければならない。特に大風呂の場合はたくさんの人が入るから、体を綺麗にしなければならないからだ。それでは体を洗うとしよう。そこから液状石鹸という物が出てくるから、体とタオルをしっかりお湯で濡らすんだぞ? ……それと私は洗うのに周囲が汚れるから少し離れるといい」

 

 言われた通りネムは少し離れた場所にイスと桶を置いて、お湯を溜める。真似をするようにお湯を被る。

 

「……あったかい」

 

 そうなのだ。村の暮らしではお湯を作る事すら大変な作業なのだ……。

 

 彼女自身は実際に水を桶に入れて運んだことはない。

 

 水汲みは女の仕事であるが、彼女はまだ甕に水を入れて持ち運べるほど力がないのだ。

 

 それでも姉が毎日やっていることと、真似をしようとしてお湯を作るのが大変だとよく理解している。

 

(アインズ様はやっぱり凄い人なんだ……)

 

 今までも神々しい物ばかり見てきたが、ある意味でこれが一番凄いと思うことで、現実感があるかもしれない。

 

 そして、ボトルと呼ばれる物から、シャンプーと呼ばれるものを手に取って、暫く手に塗り合わせる。不思議な感覚がする物体ではあるが、嫌な感じではなかった。

 

(どうしたんだろう?)

 

 何となく視線を感じる。しかし視線をあまり気にせずに、シャンプーを指先にまで塗り付けてから、頭に手を持っていく。後は普段家で水で頭を洗うのと一緒だ。

 

 だが今までと違い気持ち良かった。

 

 いや、普段でも汚れを落とすのは気持ちが良かった。だが、シャンプーを使ったほどではなかった。

 

 まるで今まで水で洗うだけでは落ちていなかった汚れが、落ちて行っている感じだ。

 

 そして気づけば、頭には白く泡立ったものがたくさんついていたのを面白く感じた。

 

 頭を洗い終わると、次にタオルに石鹸を付けて、手と同じように塗り合わせる。すると、頭の時と同じようにタオルが泡立ち始めた。

 

「おもしろーい!! これって何なんだろう?」

 

 今の言葉は質問をしたわけではない。ただ、口から洩れていたのだ。その勢いのままタオルで体をこすり始める。

 

 村でも布で汚れを落とすことはあるが、ここまで柔らかくはなかった。

 

 何より凄いのは柔らかいだけではなく、しっかりと汚れが落ちているという実感がある。

 

 気づけば全身が泡だらけになっていた。気持ちいいのは確かだが一部分、股の部分が少しだけ沁みるようで痛かった。

 

 いつの間にか視線は気にならなくなっていた。

 

 

 お互いに体を洗い終わった後ただの人間では、否、王族だったとしても生涯に渡って見ることができないほどの大きな浴槽に二人で入った。

 

 体が芯からぬくもり、体の隅々にまで溜まっていた疲れが抜け落ちて行くような感覚を味わったのだ。

 

★ ★ ★

 

「ふわー。気持ち良かったです!」

 

 あれから暫く立ち、二人はリラクゼーションルームにいた。残念ながら数種類の風呂には回らなかったが、次の機会の楽しみに取っておくことになった。

 

 ネムの服装は、浴衣である。

 

「私としても、お客様をもてなせたようで良かったよ……」

 

 それに、気が晴れたようで良かった。本当に良かった。忘れているだけかもしれないが、気にしていないようで。

 

「さて、十分涼んだようだし、私の部屋でゆっくりするとしよう」

 

「はーい!」

 

 そして、アインズは服を一応きたが、ネムは下着無しで直に浴衣と言う、とても防御力の薄く、肌色が多くペロロンチーノが喜びそうな格好でアインズの私室に向かう。

 

 その際に、メイドたちNPCに出会わずに済んだのは幸いだと思う。

 

 幼女を裸にひん剥いたうえで、浴衣だけを着させて出歩かせるという、出るところに出れば確実に問題になる行為が、知られなかったのだから。

 

「わぁー! ここがアインズ様のお部屋何ですか?」

 

「そうだ」

 

 今までの案内してきた場所と違い、ここはアインズの自室だ。

 

 ナザリックや仲間たちのことを間接的とはいえ褒められるのは嬉しいが、自室を褒められているのは、何となく気恥ずかしい気持ちにアインズをさせた。

 

 それを振り払うように、説明をする。

 

「ここが客用寝室……お客様を泊めるための部屋だ」

 

 その部屋には一通りの家具が置かれていた。机や椅子、それにソファはもちろん、手紙などを書くのに使用すると思わしき文具一式。ドレスコート。

 

 そして、何よりも目を引くのは天蓋付きの豪華なベッドだ。

 

 このベッドの寝心地はアインズでも最高と思う。

 

 そう言いつつ思う。晩御飯もネムが食べて行くのであれば……折角なら。それに彼女をこのまま帰すわけにはいかない。

 

「ネムさえよければ、今日はここに泊っていくかね? もう一度言うが、ネムさえよければだが」

 

「……私、こんなお姫様が眠るような凄いベッドで眠っていいんですか?」

 

「ああ」

 

「……やったー!」

 

 もちろんよければではない。何があっても説得するつもりでいた。

 

「折角だし、今寝心地を確かめてみるかね?」

 

「はい!」

 

 ネムはベッドに近づいて、大きくジャンプして座ろうとする。が、スプリングが良かったせいか、上手く着地できずに、ベッドの上でバウンドして、眠る体勢で着地することになった。

 

 アインズとは違い、軽いからこそバウンドすることになったのだろう。

 

 一瞬、大丈夫かと心配になりアインズは近寄るが、ネムの目はキラキラしていた。

 

「ふかふかだー! アインズ様、本当に今日このベッドで眠っていいんですか?」

 

「……ああ。もちろんだとも」

 

「わーい!」

 

 これだけ喜ばれるとこそばゆいが、悪い気はしない。機嫌がいいアインズはネム……というより子どもがしたいと思うことに許可を出す。

 

「それと、ベッドで跳ねまわりたいなら、怪我をしないように跳ね回るといい」

 

 そしてネムはベッドをトランポリンのように飛び跳ね遊びまわる。

 

 横目に見ながら、ネムが読みたいと言っていた本を取り出して、もう一度声をかける。

 

「暫くここで楽しんでいてくれ。本もここに置いておくからな」

 

「はーい!」

 

 ほっこりした気持ちになりながら、アインズはアイテムの外装等の物置になっている部屋に来ていた。その間にパンドラズ・アクターを通してネムが宿泊することを連絡させておいた。

 

 服をプレゼントすることにしたので……というより、今は浴衣で代用させているが、例の件(検閲事項)で服が汚れてしまった以上、あれに着替えさせて帰させるのはまずい。非常にまずい。ネムがかわいそうなことになる。アインズは社会的に死ぬ。

 

 であるならば、服をプレゼントするのが最適だと思う。洗濯して急いで乾かすというのもあるが……。

 

(誰が洗濯するんだ)

 

 メイドたちに任せて洗濯させる? ……それはネムがかわいそうな気がする。

 

 若しくはアインズ自身が洗う?

 

 想像してみよう。アインズが洗う場合は、NPCやシモベたちにばれない様にしなければならないため、洗濯機などは使用できない。なら、手洗いするしかない。

 

 少女の服や下着を風呂場などで洗うアンデッド……。いかがわしいにも程がある。

 

 ネムの■ ■ ■ ■(検閲事項)がナザリックの者たちや、カルネ村の人たちにばれてしまったら、アインズがネムを連れ回してしまったせいで……ということもバレかねない。

 

 いくら忠誠を誓ってくれているアルベドを筆頭にしたNPCや……パンドラズ・アクターであれ、この件がばれたら見捨てられる気がするのは被害妄想なのだろうか?

 

 ……多分、ダイジョブだろうが、リスクは避けるに限る。それに何より、仮にギルドメンバーが帰還した場合、NPCたち経由でこのことがばれてしまったら……。

 

(うん、間違いなく社会的に死亡して、ギルド長弾劾裁判が開かれるな)

 

 ギルド長の役職を奪われた上に、たっち・みーにドナドナされて一般人には関係がない場所に連れて行かれると思う。

 

 いやギルド長じゃなくなるのは別に良い。仲間たちが帰ってきてくれるのであれば、すぐにでもギルド長の座を降りよう。降りた方が良いといわれればすぐに降りれる。別に地位に未練はないのだ。

 

 大事なのは友情なのだ。

 

 だが今回の件の場合、他の仲間たちには友人が犯罪者になったという複雑な視線で見られ、女性陣には引かれるのだろう。ぶくぶく茶釜なら、アウラを庇うように立つのだろうか? 学校の先生をしていたやまいこは、ゴミを見るような視線で、アインズを見てくるはずだ。そんな光景が目に浮かぶ。

 

 友情がその時終わるのは、容易に想像がつく。

 

 それでもペロロンチーノは、ペロロンチーノだけは熱い友情を送ってくれそうな気もするが……。

 

「いや、違うな……俺と、俺と代われ―!! そんなこと言いながら、殴りかかって来るかな? ……ありそうで困る」

 

 分かっていることは一つ、今回の件がばれたら、アインズの人生、アンデッド生は終わりを迎える……! これから先、もしかしたら仲間たちに再会できることをを楽しみにしながら、それと同時に今回の件が彼らに知られるのではないかという恐怖を持ち続けることになる。

 

 というより、無いと思うが今この瞬間に帰ってこられたらと思うと、恐怖が湧きあがる。沈静化が発動する程に。

 

 口止めが終わっていない今帰ってきたら、先程の想像通りになる可能性が高い。

 

 

 

 確かにカルネ村でギルド長という役割を剥奪されても良いという覚悟はあった。だが、今回の件では別だ。今回の件で剥奪されたら泣く。泣けないが。

 

 ショック死する。できないと思うが。

 

 何より事実が事実だけにアインズが100%悪い。反論もできない。

 

 少女にナザリックを紹介するのが楽しすぎて、気遣わせたのを気付かずに我慢させたうえで、トイレに行かせずに間に合わせず瞬間を目の前で見た……。

 

 そのせいで、お互いに汚れたため一緒にお風呂に入って裸を見た。

 

 こんな事情を説明したうえで、それでも俺は悪くないと仲間たちに主張してみよう。

 

(どう考えても、ペロロンチーノより悪化したロリコンとしか見られないだろうな……) 

 

 だから、今回の事件はお互いの未来のために、決してアインズにやましい気持ちは無いが、闇に葬るのが最善なのだ。そう、ネムのためにも。

 

 そして、アインズはネムの裸を見てほんの少しも好奇心を抱いてなんていないのだ。絶対だ。

 

 視線が釘付けになったとかはないのだ。体のつくりが異なっていないか何て一つも興味を持っていないのだ。

 

 アインズは誰に対してか分からない、いい訳を続けながら、急いでネムの服になる外装を選ぶ。

 

「……うん、やっぱ無理だわ」 

 

 アインズに女の子の服を選ぶなんて無理だったのだ。なので、ネムを連れてきてどの外装が良いか選んでもらうとしよう。

 

 その後で、いくつかのデータクリスタルを込めればプレゼントとしても問題ないだろう。そう考えながらネムの下に向かう。

 

「ネム」

 

「はい! 何ですか、アインズ様!」

 

「ちょっとこっちに来てくれ」

 

 飛び跳ねるのを止めて読書をしていたネムが、読書をすることを止めたのを見て、目的地に向かう。

 

 目的地であるバスルームに到着してネムに振り返る。

 

「えっと、ここは何ですか?」

 

「ここは、先程入った風呂の一人用だな。それで、だ」

 

 アイテムボックスからある袋入りのアイテムを取り出す。その袋は、アインズにとって何の価値もない袋に過ぎない。

 

 だが、アインズにとってもネムにとっても忘れられないものだ。その袋からネムの事件の証拠を取り出すころには忘れようとしていたネムが真っ赤になっているのが分かる。

 

 アインズとて複雑な気持ちだ。どうして使用済み(汚れあり)の服等をアインズは手に取っているのだろう。

 

 ……無言のままバスタブにおいて、シャワーを取り水をかけ始める。

 

 十分水浸しになった。これで分からないだろう。

 

「ああ。ネムすまない、水が思いっきりかかってしまったな。弁償しよう」

 

「……え、あの、その服とかは」

 

「いや、本当にすまない。お風呂に案内した時に間違って、蛇口を開いてビショビショにしてしまうなんて」

 

 ネムは最初は恥ずかしそうな顔をしながらも、何を言っているか分からない様な表情をしていた。

 

 しかし次第に事態を飲み込めたようだ。理解の表情が浮かぶ。

 

「違いますよ~。私が、間違って蛇口をひねって、水がかかっちゃったんですよ」

 

「うん? そうだったかな? まぁそれはどっちでもいいな? 大切なのは間違って、水がかかってしまった事なんだから。そうだろう?」

 

「はい!」

 

 そう言う事にしようと、お互いに理解しあった。

 

「そういえば、ネムは洗濯とかはできるかな?」

 

「お手伝いでしたことはあるけど、自分一人でしたことはないです」

 

「そうか、なら誤って水浸しにしてしまったこの服は明日持って帰った時にエンリに洗って貰うということにしようか?」

 

 納得の表情で頷いている。

 

 これで、上手くいった。お互いに今回の件は無かったことにするということを心で通じ合うことができた。

 

(上手くいって、本当に良かった)

 

 アインズの気持ちにあるのは一心に安堵だ。これでたっち・みーが帰ってきたときに、性犯罪者として逮捕されずに済む。

 

 ……思考が完全に犯罪者な気がするのは必死に目を逸らした。

 

「では、失敗は水に流して無かったことにするとして、ちょっとネムが着る服を選びに行こう」

 

「はい……!」

 

 そしてアインズたちは風呂場を後にして、アインズの持っている外装の中からじっくりと時間をかけて選んだあと、晩御飯を食べることにしたのだ。

 

 晩御飯は昼よりも豪華である。

 

 リアルでは食べることが無かった肉。それもドラゴンの肉がメインのコースだ。

 

 ネムの食べ方はお世辞にも行儀がいいとは言えない。ただ美味しそうに食べてくれていることが、喜んでいることを表している。

 

(それでも、少しでも丁寧に食べようとしてくれているんだろうが……まぁ、仕方ないな)

 

 アインズとて食事の作法を知っている訳ではないのだ。

 

 それに少しだけ、味見してみたい気もしないでもないが、ない物ねだりだろう。

 

 食事を終えた後は自由時間としている。

 

 どうやらネムは、この部屋の中を探検しているようだ。

 

(確かにこの部屋広いもんな~。……普段使いに適している部屋が欲しいな)

 

 正直言ってこの部屋は広すぎて落ち着かない。

 

 極短時間であるならば気分が良いだろうが。長いこといると、落ち着かない。やはり人間は身の丈に合った生活をするのが一番だ。

 

(といっても、俺もう人間じゃないし、慣れてくしかないんだろうな)

 

 そんなことを考えていながら視線を人影の方に向けると、果物を食べているネムが目に入った。

 

 かなりの量を食べたはずだが、やはり果物は別腹なのだろう。

 

「オレンジ、おいしいよ~」

 

 いや、果物だけではない。飲み物もどうやら飲んでいるようだ。成長を考えればいい事だろう。

 

(アウラたちがどんな風に成長するかも考えなきゃな……)

 

 暫く幸せそうにしているネムを眺めていると、大きな欠伸が一つ。

 

 時計を見れば子供は寝る時間だった。

 

「……そろそろ、休むといい」

 

「はーい」

 

 眠たげに目をこすりながら、ネムは浴衣を脱ぎ始めた。そう、着ている服を脱ぎ始めた。

 

 思わず叫んでいた。

 

「待て待て待て!? 何で服を脱ぐんだ?」

 

「えっ? カルネ村では普通ですよ?」

 

 アインズとの価値観の違いが浮き彫りになった瞬間だった。

 

 ……その後アインズは全力でネムを止めた後、適当に寝間着を用意してそれに着替えさせることに成功した。

 

「じゃあ、トイレに行ってから眠ると……うん?」

 

 気付けばアインズにしがみついてネムは眠ってしまった。そのまま起こさないために一緒に横になることになった。

 

 

 

 

 

 可愛い寝息が部屋に響いていた。

 

 ベッドでは遊び疲れて眠りについたネム。

 

 そしてしがみつかれていて、最初は緊張していた。

 

 言っては悪いがアインズにとって女の子と寝るのは初めてのことだ。

 

 いくら子供とはいえ、緊張して何度か沈静化が起きていた。

 

 魔法使いには難度が高すぎるの。

 

 ――というより、アインズは気づいていないだけで、ロリコンの気はあるのだろう。でなければ、シャルティアの裸に釘付けになりそうになんてなるはずがないのだから。類は友を呼ぶ。やはりモモンガはペロロンチーノの親友なのだ―― 

 

 だが最初とは打って変ってアインズは、ドクンドクンというネムの心音を感じていた。体温を感じていた。

 

 生命の息吹を聞いていた。

 

(……暖かいな)

 

 そのままネムの体温や心臓の音を聞いているとアインズの何かが溶け出す感じがした。

 

 しかし、一定以上の心の動きを感知したためか、アインズの心情を無視して、沈静化が発動する。

 

(……邪魔、だな)

 

 転移してからこの方、沈静化には何度も助けられてきた。今日はとくに沈静化が多く起きて助けられた。そしてこれからも助けられるのだろう。だが、今は邪魔だった。

 

 沈静化が発動しなければ、何か大事なこと……アインズ(鈴木悟)がどこかに置いてきた、大事な物が分かるような気がするのだ。

 

 明け方まで、アインズはアンデッド故に悶々と眠れずに過ごすことになった。

 

 いつしか、ネムが選んだ外装にデータクリスタルを組み込もうと思っていたことも忘れていった。

 

★ ★ ★

 

 

 可笑しい。どこで間違えたのだろう?

 

 シャルティアが信じられないほど威嚇してくる。何がいけなかったのだろうか?

 

「……叩くなんてひどいじゃない」

 

「それはこっちのセリフでありんす! さっきから何の真似でありんしょうか!? 気持ち悪い!」

 

「っな! 気持ち悪いですって!?」

 

 お互いに武器を構えて臨戦態勢に入る。尤もさすがに武器を振り回したりはしない。なので、アルベドは一回深呼吸をして武器を下した。

 

 よくよく考えれば、おバカなシャルティアにアルベドの素晴らしい演技が理解できるわけがないのだ。

 

(……それに、ちょっと加減が分からなくて、過剰すぎたかもしれないし)

 

 アルベドはモモンガに愛されるようになんだってするつもりだ。だが、過剰にアルベドの考える母親という物をちりばめて接するのもまずい。

 

 本人を見たことも、似ている人とも長い間を接したことはないのだ。別な方向に行くわけにもいかないのだ。

 

(……雰囲気をほんの少し醸す程度で行きましょう)

 

 ある程度アルベドの中でどうするか咀嚼を終えると、アルベドは椅子に座りなおした。その様子を見てようやく、シャルティアも座ったようだ。

 

「それで、何だったんでありんすか? 遂に壊れたでありんしょうか? ……っぷ。アルベドがこの調子なら、私が正妻に選ばれるのは間違いないでありんすね!」

 

 アルベドは気持ち悪いといわれた恨みを忘れていなかった。

 

 そして、今の一言でアルベドの怒りは流せる範囲を超えた。

 

(泣かせよう)

 

 早速、アルベドは今まで得た情報で、シャルティアに喋っても問題がない物をピックアップする。

 

 

「……あなたがそう思うのなら、そうなんでしょうね。シャルティアの中だけでは、ね」

 

「おや、降参でありんすか? 私は優しいでありんすから、第二妃に推薦しんしょうかぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぷち。

 

 

 

 

 

 

 

「―――ところで知ってるシャルティア? モモンガ様は母性にあふれる存在がお好きらしいわよ?」

 

 わざとらしく、シャルティアには無い本物を指さす。これなら、真実に近いが決して真実が知られることも無い。

 

 凍った顔にさらに追撃を繰り出す。

 

「お互いに与えられたもので、正々堂々競い合いましょうね?」

 

 ぷるんぷるん。わざとらしく胸を揺らしてやる。

 

「…………嘘でありんす。だって、モモンガ様はペロロンチーノ様の御親友!? だったら、きっと――!」

 

 ぷるんぷるん。

 

 どうやら、シャルティアはアルベドの体の一部に釘付けで世迷いごとを言っているようだ。

 

 青ざめた顔にさらに追撃を繰り出す。とことん絶望させてやろう。

 

「ふふふ。この話はね。アインズ様が御自ら創造されたNPCである、パンドラズ・アクターから聞いたのよ? あなたは、自分が知っているペロロンチーノ様より、私の方がペロロンチーノ様を知っているとでも言うつもり?」

 

 ぷるんぷるん。

 

 自分より愛する方を知ってる存在がいるのは、かなり癪だが。何れはアルベドの方がより深く知ることになる。

何よりこう言っておけば、シャルティアはより深く絶望するはずだ。

 

 他のNPCが自分の創造主の内面をより知っているなんて、認めることは出来ないだろう。

 

(……それにしても、かなり絶望的な表情じゃない。あと一歩ね)

 

 このまま終わらすのは気に入らない。いや、それだけでは気が晴れない。あと一歩で泣かせられそうなのだから、今言おうとしている反論を論破して決着をつけるとしよう。

 

 ついでに、正妻戦争からも降りてもらおう。ライバルは潰すに限る。

 

(あなたが悪いのよ、シャルティア? 私が優しくしてあげたのに、気持ち悪いなんて言うんだから)

 

 ここで潰せなくとも、多少は戸惑いが生まれるはずだ。そうなれば、より深く彼女と仲良くなってアドバンテージを握ることもできる。やって損はないのだ。

 

「ま、まだでありんす。アルベドは知らんと思うけれど、ペロロンチーノ様は『男はみんな小さい女の子を、自分好みに育て(調教し)たい』……光源氏計画という物があると仰られていたでありんす! だったら、モモンガ様も――」

 

「――あなたがそう思うのなら、そうなんでしょうね? あなたの中では、でも良いのかしら? 今あなたの言った通りだと、アンデッドで成長できないあなたも、対象外になるのだけれど? ……ナザリックの中でその条件に適うのはアウラだけかしらねー。ああ。私、モモンガ様に選ばれないショックで泣いちゃいそう」

 

 マザコンな愛する方がロリコンなわけがない。何の心配もすることも無く、アルベドは棒読みしながらウソ泣きをしてみることにした。

 

 ……暫くすると、目に大粒の涙をためたシャルティアが呟いた。

 

「……何でも無いでありんす……」

 

「ええ。そうでしょうね。えっと、何だったかしら。ああ。そうだったわ!」

 

 わざとらしく咳ばらいをして、先程のセリフをもう一度呟く。

 

「――お互い与えられたもので(私は優しいから)正々堂々競い合いましょうね?(あなたを側室に推薦しましょう) どっちが勝っても(……あなたがモモンガ様に)恨みっこ無しね?(受け入れられるかは謎だけれどね?)

 

 ようやくアルベドの優しさを理解したのか、シャルティアは嬉し涙を流し始めていた。

 

 めでたしめでたし。

 




遅くなって申し訳ない。割烹で言い訳します。


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事案4

非常に遅くなってというよりほぼエタってて申し訳ない。

リアルが落ち着いた(落ちついたとは言ってない)ので数年ぶりに今年の初投稿を行います(__)


 抱きしめていたネムが起き出してアインズは手を放し食事の準備をさせる。途中パンドラズ・アクターが合流する。

 

 昨日と同じようにネムに朝食をご馳走した後は、お別れの時間だ。今は昨日と同じよう美味しそうに食べているのを見ながらアインズは思案する。

 

(……とりあえず、アウラとだけでも先に引き合わせてみよう)

 

 パンドラズ・アクターの作戦の詳細はまだ知らないが、ナザリックの者たちが余り人間を見下していると、作戦を実行するのが難しいらしい。

 

 それに折角なら、アインズも一部の人間たちとは仲良くしたいので、一石二鳥だ。招待するつもりでもあるし。

 

(でもなー。正直、人間たちと仲良くさせるなんて無理じゃないか?)

 

 今までのNPCたちの対応を見ている限り、人間と仲良くするのは難しいのではないだろうか?

 

 セバスを筆頭にした、一部のNPCは可能かもしれないが……所詮は一部。

 

 

(……うーん。難しいところだな。命令すれば、今回のように抑えてくれるだろうけど、根本的な解決にはならないし……強制的に意識改革はしたくないし……でも、な)

 

 アウラに限っては強制ではなく、ナザリックの者たちが人間と仲良くする事か可能かどうかをモモンガが判断するための指針とするための、ちょっとしたテストの感じなので問題はとくにないはずだ。無理そうであれば、すぐに取りやめればいいだけなのだから。問題はもう一つ。

 

(……俺はこの世界に、鈴木悟としてではなく、モモンガとしてやってきた)

 

 モモンガの場合、鈴木悟がいたリアルの世界を経由することなく、ユグドラシルの世界からこの新天地にやってきた。

 

 そして、アインズの願いは友人たちが戻ってきてただのモモンガに戻ること。可能性は低いかもしれないが願うだけなら損はない。それは良い。

 

 しかし、友人たちがこの世界に来てくれるとして、どうやって……どんな姿でこの世界に来ることになるのだろうか?

 

 ユグドラシル時代のアバター姿……つまりモモンガのような姿で来てくれるのだろうか?

 

 それともリアルの人間の姿……鈴木悟と同じただの無力な人間の状態でこの世界に神隠しに遭う可能性もあるのだろうか?

 

 ……もしも後者の考えが現実になった場合……この世界のパワーバランスを考慮すると即座に保護しなければ取り返しのつかない事態、簡単に殺されてしまう危険性がある。現地の生物はナザリックを基準で考えれば弱い。だが、リアル世界の人間の基準で考えれば修羅の国だ。何もしなければ、すぐに死んでしまう可能性が高い。

 

 しかし残念なことにその危険性は、現在のナザリックで保護しても同じことが起きるかもしれない。

 

 今のNPCたちの意識のまま……人間をゴミ屑と認識して見下している状態で、友人たちと再会することができたとしても危険だとアインズは思っている。

 

 人間の敵であるべしと望まれて創造されたNPCたちもいる。邪悪であれと創造されたものたち。食料としか見ていない者たちもいる。友人たちがそうあれと創造したこと、それが悪かったわけではない。むしろこのような状況を想定して設定を考えろとは酷だろう。それに先ほども言ったように、人間への悪感情はアインズが命令すれば強制的に抑えることも可能なのだ。

 

 しかし、創造主が人間としてナザリックに戻って来る……。どんな反応が起きるかが予測できない。それこそ、アインズの命令を無視し、現実逃避の果てに自らの創造主を手にかけようとする存在が出てくる可能性もゼロとアインズには断言できない。

 

 できるほど、NPCたちと時間をまだ共有していないからだ。

 

(……本当に、分からないことだらけだ)

 

 一つだけ分かっているのは、選択肢はできる限り多いほうが良いということだ。そのためどのような行動をすることになるにせよ、人間と仲良くすることが可能な余地は残せるように行動すべきだろう。問題はどうNPCたちを強制ではなく窘めるべきかだが……。

 

 この世界でナザリックをどう世界中に知らしめ、どのような立ち位置に付くにせよ、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応していくのが最善……そう認識させるしかない。

 

 ――余談ではあるが、アインズの危惧している事の大半は解決している。ナザリックにおいて人間に対して穏健のNPCたちは、至高の御方々に無礼を働かない、命令がない限り元々問題ない。そして過激である者たち、筆頭であるデミウルゴスについては、ばれたら危険なことはするだろう。だが、ある事実を知っているため、絶対にばれないように行動するので、一部の人間たちとは仲良くすることも可能といえる。

 

 仮にギルドメンバーが人間の状態で神隠しにあったとせよ、ある事実のおかげで衝撃は和らぐだろう。なので特に問題はないのだ。

 

 そしてもう一人の危険物、アルベドに関しては人間を殺そうとするなどの過激な言動は控える。ある事実を知っているがゆえに。まぁ、アルベドの場合その事実を知っているのがごく少数なことを利用して、ある人物に失礼な真似をさせて、誰が妃になるかのライバル(シャルティア)筆頭に止めをさそうとするかもしれないが、その程度のはずだ。その程度で終わるといいな。

 

 よって人間と仲良くするために必要な最小限度の土台はすでにできているのだ。モモンガが気づいていないだけで。後はいかにその土台を大きくしていくかだ。

 

 もっとも、その事実に気付いた時、アインズの前には、新たな問題が生まれているだろう。ナザリック全体を危うくする、最悪の争いが始っていることに。

 

 アインズがナザリックに引きこもる政策をとったことにより、NPCたちは一部を除いて、別のことに時間が割けるようになったのだから。

 

 特にアルベドの本来の業務は減少し、パンドラズ・アクターがその部分を請け負った形で。

 

 そのせいで、アルベドは政務よりも別のこと(妄想など)に時間を割けるのだ。

 

 何より悲惨なのはカルネ村の一部の住人が大きく巻きまれることになるのだ。

 

 そう、誰がアインズの一番に選ばれるかという

 

 正妻戦争に――

 

 

「ではネム。また近いうちに会おう。その時はさっき話したアウラと友達になってやってくれ」

 

「はい、分かりました! 本当に楽しかったです! ありがとうございました、アウラちゃんと会うのも楽しみにしてますね!」

 

「ああ私も楽しみにしている。そういえば、ネムはどこが一番楽しかったかな?」

 

 どこが一番凄かったかなという愚問は聞かない。それは分かり切っていることだ。ネムが見た中で一番美しかったのは玉座の間、それ以外にあるわけがない。尤も、宝物殿も見ていれば、返答は変わったかもしれないが、見ていない以上、言ってもしょうがない事である。

 

「うーん。みた所全てて楽しくて凄かったですけど……玉座の間は楽しかったよりも……うーん。何て言うんだろう……。やっぱり、お風呂が一番楽しかったです! お湯がたくさんあって気持ち良くって! またアインズ様と一緒に入りたいです!」

 

「なるほど……いや引き留めて悪かった。これで今回はさようならだ。これはお土産だ。村の人たちの分もあるから仲良く分けるんだぞ。またネムが良ければ一緒に風呂に入ろうな? パンドラズ・アクター見送ってやれ」

 

「はい! ありがとうございました!」

 

「畏まりましたアインズ様!! ではネム嬢行きましょう!

 

「はい! パンドラズ・アクターさんもありがとうございました!」

 

 

 アインズはネムを帰す前に、ネムだけではなくエンリや、村長夫人たちにもお土産を持たせて帰らせることにした。友好を拡大するために。

 

 何がいいか、パンドラズ・アクターと相談しながらゆっくり考えて選んだのは食器と飲み物系のピッチャーだ。これがあれば随分水の準備が楽になるだろうと見越してだ。

 

 

 アインズが所持している無限の水差しをまずは手に取り、同系統のアイテムであるジュースを選択した。そして同じように所有している食器をいくつか見つくろう。

 

 

 彼女達だけ凄い物を貰えて、自分達は何ももらえない。他の村人たちからすればいい気持ちはしないだろう。その結果彼女たちが不快な思いをするのはモモンガ()の本意ではない。 

 

 ちょっとした職権乱用ではあるが、アインズはお土産を料理人たちに用意させていた。少しではあるが宴会を開くことも可能だろう。幸か不幸か、村人の人数が減少したこともあるので、この程度の準備で足りるだろう。

 

(服とかはどうするか……。やっぱり俺が選ぶのは無理だな。今度、彼女たちを招いた時に選んでもらうとしようネムの分は適当にデータクリスタルを埋め込んだから大丈夫だろう)

 

 今から楽しみではある。そうしてネムは大きく手を振りながらナザリックを去っていった。また会う約束をして。

 

 そして暫く時間がたちアインズがパンドラズ・アクターが持って来ていた書籍を読みふけっている時、ドアがノックされた。

 

「誰だ?」

 

「アルベドでございます」

 

「入れ」

 

 許可に従い扉が開かれ守護者統括、アルベドが入室してくる。アルベドが目の前にいるのは話す覚悟ができたこともある。アルベドがあいさつしようとするのを途中で止めさせ、本題を切り出す。

 

「……シャルティアはどうだった?」

 

「はい、アインズ様の御恩情に感謝を示しておりました。アインズ様が心配することは一つもないかと」

 

「……そうか」

 

 アルベドが言うのであればそうなのだろう。なので、別の話をすることとしよう。話すことはきまっている。

 

(……いい加減、カルネ村での一件を話しておくとするか……下手に時間を置きすぎるのも時間の問題だろうしな)

 

 時機を見て話すと言ってから暫くたつが、その間アルベドは一切そのことに触れなかった。感謝を込めて、話すべきだろう。

 

 ある程度ぼかすが。さすがにパンドラズ・アクターに話した内容そのまま話すことは出来ないのだから。

 

「さて、アルベドよ。以前お前に待ってほしいと言ったことに関して話そうと思う」

 

「……私のためにお辛い過去と向き合っていただき感謝申し上げます」 

 

 首を横に振る。アルベドに非は無いというために。今まで忘却の彼方にしていた自分が悪いのだから。

 

「さて、前置きを抜きにして単刀直入に言おう。私が生者であったころ……私が幼い時に亡くした母に似た人を見付けてしまった。瓜二つとまではいかない。だが、私に過去の記憶を強く思い出させる程度には似ている人だ……」

 

 

 一度言葉を切る。アルベドの顔を見ると少しだけ驚きの表情に変化している。生者であったということに驚いたのかもしれない。それとも母がいたことにだろうか。若しくは間接的に自分は人間種であったことがあると言っていることにだろうか。

 

 

「そのことがなければ途中であの村を見捨てていたと思う。お前たちを、仲間たちの子どもたちを危険に晒したくないからな。結果としては問題なかった。だが私の一存でお前たちを危険に晒して本当に申し訳ないと思う」

 

 

「そんな、頭をお挙げください!? アインズ様!」

 

 

 

 言い終わると同時に深く頭を下げる。これは謝罪だ。自分は上位者で支配者であるのに危険に晒そうとした、そしてこれからも危険に晒してしまうことに対しての。頭を下げながら言葉を続ける。

 

 

「アルベド、恐らくだが私は彼女を見捨てる真似はできない。別人だとは分かってる。だが割り切れないのだ。沈静化があっても無理だった。故にだ、これから先もこのナザリックを危険に晒してしまうかもしれない。私は自分の事を、ナザリックの支配者失格だと思ってる。だからお前が私を弾劾するのであれば、潔くこの座をお前に譲ろう。いや、押し付けるのか……こんな支配者でお前たちは満足できるのか? 私はそれが不安なんだ」

 

 頭は上げない。パンドラズ・アクターからは大丈夫だと言われているがそれでも自分自身本当に許されるのか疑問であるし、直視できないのだ。自分の罪に。ナザリックを危険に晒してしまった事に。これから先危険に晒してしまうことに。

 

「これはモモンガになる前の私の残滓に過ぎない衝動だ。だがこの衝動は捨てれない。この衝動を捨てるということは、友人たちとの出会いを、お前たちも間接的に蔑むことになってしまうからだ」

 

 言いたい事は言い切った。後はアルベドの言葉を待つのみである。気分は断頭台に頭を載せているようだ。

 

「……アインズ様、いえモモンガ様のお母様ですか。私にとってその御方も守り抜く必要がありますね。私の愛するアインズ様をお生みくださった方なのですから……」

 

 

 

 また一つ罪を思い出す。アルベドの一言に罪悪感を感じる。愛すると書き換えてしまった事がここにも響くのかと。痛いほどの静粛が戻る。アルベドが何を考えているのかが分からないのが沈静化が起きないほどの恐怖を生み出す。

 

 

「まず失礼を承知しながら申し上げます。我々を御方々の子どもと見ていただけることは感謝いたします。ですが、その事でモモンガ様のご負担になっているのなら私は娘でなくて構いません。そして弾劾する? なぜ弾劾しなければならないのですか!?」

 

 

 

 最初は淡々としていた。しかしいつしか悲鳴になりながらアルベドは叫んだ。生の感情で。その感情の強さに思わず驚いてしまった。

 

 

「我々は慈悲深い支配者であるモモンガ様に感謝しております! どうぞこのまま支配者であり続けてください! そして我々にどうかカルネ村を守るようにとご命令ください!誰もがその命令に従うでしょう! 私は絶対従います!」

 

 モモンガはアルベドを真正面から見ることができずに下がらせてしまった。嬉しいと感じながらどこか釈然としないものを感じながら。

 

☆ ☆ ☆

 

 

「……どこかで見たことがある気がしたが」

 

 アルベドと会話している間、ほんの少しではあるがアインズは違和感を感じていた。なんと表現すればいいか分からないが。誰かに似ている気がした。尤も、誰かは判別できなかったが。

 

(……タブラさんかな?)

 

 それに思い至り、納得した。親は子に似るものだと。

 

 アルベドと別れた後、アインズは現在心理学に関する書籍を読みふけっていた。アインズは一応子どもを預かった立場と言えるため、少々親の立場を学びたかったのだ。今の自分では不安だからである。童貞であるし。

 

「子育てにはコミュニケーションが非常に大切である、か」

 

 アインズがパンドラズ・アクターに頼んで図書館から借りてきた書籍は多岐に亘る。経済学関連の書籍や経営学関連、心理学に関係する者である。現在読んでいる書籍は心理学に関連した子育てに関する本だ。

 

「……コミュニケーションが足りなければ、精神面の成長に悪影響が出る可能性が高い、か」

 

 その記述を見ながら鈴木悟の精神は自身の内面のことを考える。

 

 ……恐らく自分は、精神面に悪影響が出て大人になってしまったのだろう、と。だからこそ、ユグドラシル以外に興味が持てずに、友達ができなかった理由と言える。

 

 食べ物を金持ちの道楽と考え、切り捨てていたのは明らかに、精神面の悪影響がもろに出た結果なのだろう。

 

 ユグドラシルを始めたことは、後悔無いと断言できるし、食事を浮かせたおかげでその分課金は出来たのでまぁいいかと流せる程度だが。

 

 それに一つの結論として、あの地獄で……リアルでまともに成長できた人間は特権階級を除けば、ほぼ存在しないと思える。さらに言えば、モモンガは小学校を卒業できただけ、十分に恵まれていたのだ。全ては亡き母のおかげである。寂しく辛かったが。いや違う風化していたのだ。母の死から目を逸らし続けていたのだと思う。だがら今の自分があるのだ。

 

 さらに本を読みながら、ナザリックの主であるアインズ、モモンガとしてではなく、人間である鈴木悟として考えてしまう。

 

 もしも、母が生きていたら自分はどんな生活を送っていたのかと。

 

 あの日、母が倒れていなければ、母が作ってくれていた好物だったものを嬉しそうに食べていたのだろう。普通に学校に行き、卒業して家計の手助けをしていたのであろう。

 

 それに恐らくではあるが、今の自分にとっての全てである、ユグドラシルをプレイしておらず、母と二人で幸せに暮らしていた可能性の方が高いのだろう。もしかしたらリアルで彼女ができて童貞を卒業していたかもしれない。仮にユグドラシルを始めていても、課金はほとんどしていなかっただろうし、今のアンデッドのロールプレイをしていたとも断言できない。

 

 つまり、大切な仲間たちとも出会えなかった可能性もある。

 

(……ああ。そういえば、ウルベルトさんも同じかもしれないな)

 

 友人の一人であるウルベルトも自身の同じように家族を失っている。彼にはリアル世界への体制に対する恨みが骨身にまであったように感じる。ありていに言えば自分の可能性の一つだ。

 仮に彼の両親が生きていた場合、彼もまた別の人生を歩みユグドラシルで出会えなかった可能性もある。お互いに家族を亡くしたことで出会うことができた。それを思うと複雑である。喜べばいいのか嘆けばいいのか分からないほどに。

 

 話が脱線した。……仮に母が生きていても今と同じようなロールプレイで同じくらい課金をしていたとしよう。

 

 その場合、このゲームの世界が現実になるという、現在進行形で味わっている異常事態に巻き込まれていた場合、自分はきっとNPCやナザリックの全てを犠牲にしてでもリアルへの帰還を――

 

「――有り得ないIFを考える必要はないな」

 

 思考が変な方向に向かっていた。もしも沈静化が発動しなければ、絶対に考えてはならない事をアインズは考えていただろう。

 

「今の私はナザリックの主である、アインズ・ウール・ゴウンだ……一歩引いたとしても、モモンガでしかないはずだ。過去の残滓(鈴木悟)に引きずられすぎる訳にはいかない」

 

 だが完全に切り捨てることもできない。鈴木悟の全てを切り捨てることは同時に、友人たちとの出会い、NPCである子どもたちまでも蔑むことにもなってしまうのだ。

 

 しかし同時に思う。アンデッドになった影響は確実に出ていると。人が死んでいるのを見ても、恐怖を全く感じなかった。

 

 セバスがあの場にいなければ、在りし日を思い出して行動することも無かっただろう。だが、それは人間を救いたかったわけではなかった。 

 

 もしかしたら、何れ完全にアンデッドの精神に飲み込まれ、友人たちが知れば怒るようなこともしでかしかねないのかもしれない。

 

 それに鈴木悟も狂ってはいたのだろう。心理学の本を読んでから切に思う。

 

「さて、ではまずはどう行動しようか?」

 

 危険な思考を振り払うように独り言を呟き、思考をまとめる。現在護衛の者達は外に追い出しているため、主人が狂ったと思われる事もないだろう。

 

 まずはネムと約束したとおりアウラと引き合わせ……ナザリックの者達が外部の者達と友好を構築する事ができるか確認すべきだ。その過程でNPCたちとコミュニケーションをとろう。後はネムとコミュニケーションを取って不思議な感覚のことを理解しなければならないと切に思う。それが分かれば何かの答えが出る気がするのだ。

 

「予定通り、アウラと会うとしよう。マーレはアウラの後だな。シャルティアは……ぺロロンチーノさんの子どもで幼く見えるが、子ども(未成年)と言っていいのか? 分からんな……後に回そう」

 

 それにシャルティアは、ナザリック一の変態であるペロロンチーノのフェチズムがこれでもかと詰め込まれた存在だ。子どもの遊び場に放り込むのは多少躊躇いを覚えた。だからアウラだけで正解なはずだ早速メッセージを飛ばす。

 

『アウラ、聞こえているか?』

 

 少しだけ間を置いた後アウラに元気よく明るい声が返事として帰ってくる。

 

『……はい! 聞こえております、アインズ様! どうなされましたか?』

 

 

 

『すまんが、少し聞きたい事と話したい事がある。今アウラがしている仕事を一旦中止して、執務室に来てくれないか?』

 

 

 

『畏まりました! すぐに参ります!』

 

 

 

 その言葉を最後にメッセージの交信が切れる。後はアウラが来るのを本を詠みながら待つだけだ。それにしても不思議に思う。なぜナザリックに教育関連の書籍が置いてあったのだろうか?

 

 

 

「……多分、やまいこさんが知らない間に置いていたんだろうな。なら経済学とかは教授かな?」

 

 

 外にいるメイドたちにメッセージでアウラが来ることを伝え、在りし日を思い浮かべながら、アインズは目を瞑った。未来のことを考えながら。

 

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

 アインズからメッセージの魔法が届いた時、アウラは部下に命令を出していた時だった。その者達に、主からの命令でこの場を一旦ナザリックに戻ると告げて、足早にナザリックに戻った。アインズに命令された以上少しでも早く、アインズの元に向かうのはNPCの使命である。そしてもう執務室は目の前にある。

 

 

 

「お話は伺っております。アインズ様がお部屋で御待ちでございます。中にはアインズ様以外おられませんので、そのまま御進みください」

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 アインズお付きの護衛の者に返事して、ドアをノックする。それにしても中に護衛の者すらいないとは何があったのだろうか?

 

 

「……入れ」

 

 

 

「アインズ様、お呼びに従い参りました!」

 

 

 

「よく来たな……では初めに聞きたいのだが、作業の効率は順調か?」

 

 

 

 瞬時に自分が預かっている仕事の進捗率を思い出す。なお、無意識の内に声を出していた事にアウラは気付いていなかった。それをモモンガがほっこりとした気分で眺めていたことにも気づかなかった。

 

 

「はい、今のところ順調に進んでいます」

 

 

「なら問題ないな、アウラの働きに感謝する。ご苦労だった」

 

 

 何と優しいことなのだろう。ただ命令に従っただけなのにここまで厚遇してもらえるのは嬉しい事である。

 

「苦労だなんて! 私はアインズ様の御命令に従っただけです」

 

 

 

「そんな事は無いぞ、アウラ。これは私がお前に思っている率直な気持ちだ」

 

 

 今まで執務室に座っていたアインズが立ち上がり、アウラに近づく。アインズ様がアウラを見下ろす形になったと思ったら次の瞬間頭を撫でられていた。

 

 

「あ、アインズ様?」

 

 頭を撫でられる。嬉しい事である。思考がアルベドやシャルティアほどではないが思考がピンク色になる程度に。

 

 

「私はな、アウラ。ぶくぶく茶釜さんに感謝すべきだと思っている」

 

 

 

「感謝、ですか?」

 

 

 

「そう、感謝だ……少し昔話をしよう。聞いてくれるか?」

 

 

 

 即座に頷く。自分は恵まれている。アインズから頭を撫でられ続けられながら、ナザリックにいる者のほとんどが知らないアインズ……モモンガの昔話を聞けるのだから。

 

 

 

「ありがとう。私は昔、誰にも必要とされていなかった時代があった。誰にも見向きもされない、あの時本当に絶望していたよ……たっちさんに救われなかったら間違いなく自殺していたと思う」

 

「……えっ?」

 

 自殺していた? 表情が固まり顔が青白くなる。それが本当だとしたら……恐怖を感じる。もしたっち・みー様がお救いにならなければどうなっていたか……。

 

「たっちさんのおかげで俺は茶釜さんたちにも出会えた……本当に感謝している。お前たちのようなかわいい子どもたちを残してくれて」

 

 ぶくぶく茶釜様の子どもと呼ばれ心が湧きたつ。だから次の言葉で固まる。

 

「だから俺は自分を恥じている、今の俺は本当にナザリックの支配者に相応しいのかと」

 

 堪らず叫んでしまう。この場に相応しくない音量で。顔が青くなっていたことも頭を撫でられ続けていることも忘れて。

 

「相応しいに決まってます! アインズ様は唯一残られた至高の御方なんですから!?」

 

「……ありがとう。だがそうだな、今考えている事がある。ナザリックの者は命令ではなく人間と仲良くすることができると思うか?」

 

 質問の意味が良く分からないが少しだけ考える。きっと重要なことなのだろう。そして結論は出ている。

 

「人間と仲良くするのは命令でなければ多くのNPCは難しいかと……私も命令であれば従えますが、自発的となると難しいかと。プレイアデスのリーダーである彼女は別ですが……」

 

「そうか……実は今考えていることに人間と仲良くすることが有用なのだ……まず一人からだが何れは多くの者と交流を持ちたいと考えている」

 

「なぜ、人間たちと仲良くする必要があるんですか?」

 

 下等生物と仲良くする。何か壮大なことを考えているとは思う。しかし不思議だ。人間と仲良くすることのメリットをアウラは感じない。だからそう聞いてしまう。

 

「ああ、色々あるんだが……そうだな実はな少々恥ずかしい話だが、たっちさんたちに会う前の俺の恩人に似た人を見つけてな……何れその人をこちらに招待しようと思っている。だから命令ではなくお前たちが自発的に人間と仲良くできるか試してみたくてな。実験に付き合ってくれるか? アウラ?」

 

 

 答えは勿論決まってる。恩人という言葉が少し気になるが、命令でないにしても望まれている以上それを為すことが階層守護者の役割だろう。

 

「分かりました! どこまでできるか分からないですが頑張ってみます!」

 

「ありがとうアウラ、徐々にマーレやシャルティアもな……本当にありがとう」

 

 頭を撫でられて気持ちが良かった。この時間が永遠に続けばいいと思いながらアウラは仕事に戻った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 アルベドはモモンガとの会話で少しだけ苛立っていた。いや苛立つというよりも自分達が重しになっていることに気付き自分自身に怒りを感じていた。

 

 気配を真似る余裕はないと今更ながら気づいた。

 

 

(早急にナザリック全体で、カルネ村と交流できる機会を作らないといけないわね。それと同時に業腹ではあるけれど、早めにモモンガ様のお母様の件はナザリック全体に周知しないと……重しになり続けるわね)

 

 少しだけ顔が曇ってしまった。だがモモンガを守るために思考は止めない。私情は一旦、捨てよう。ギリギリまでと考えていたが早めに知らせるしかない。そうして我々が受け入れる姿を見せなければ重しになり続けてしまう。だが、どう伝えるべきか……ここはパンドラズ・アクターに頼るとしよう。彼なら絶妙のタイミングで伝えられるようにするであろうから。私の場合嫉妬心でタイミングを読み間違えかねないから。

 

 




次話は今回よりも早く投下します許してm(__)m


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事案5

ぶくぶく茶釜「やめてー!?!?!?!」(今回の事案要素)


 エンリ・エモットの朝は早い。

 

 ネムやゴブリンさん達、コロちゃんの食べる物の準備をしないといけないからだ。

 

 とはいえ、今日はネムがいない。あんな事があってから常に一緒にいたため少しだけ不安が募る。やはり仕方ないのだろう。

 

 朝食の準備は少しだけ楽になるかと思ったが、一人いないのは誤差である。ついでにンフィーレアや冒険者の人たちの朝食も準備をしたが慣れていたためかそこまで大変ではなかった。

 

 朝の日課が終わり、昼ご飯の準備をする頃異変……昨日ネムが出かけた時と同じようなゲートが開いていた。そして中から二人の人間?がでてきた。

 

「ただいま―お姉ちゃん! ただいまコロちゃん!」

 

 元気よく挨拶するのは妹のネム・エモットだ。今はペット?のコロちゃんに手を舐められながら擽ったそうにしている。

 

「おかえりなさいネム。失礼なことはしなかった? それといらっしゃいませ、パンドラズ・アクター様」

 

「お邪魔いたします、エンリ嬢!」

 

 いきなり入ってきたが驚きはあまりなかった。事前にメッセージという魔法で帰ってくると連絡がパンドラズ・アクター様から連絡がされていたからだ。そしてネムから話があった。

 

「えっと、これ水で濡れちゃったお洋服と、お土産! お土産は生ものは村の皆で食べてだって!」

 

「私が持っているのもお土産でございます!」

 

 アインズ様からのお土産……一体何があったらお土産を貰えるのか不思議である。確かにネムは気に入られていたが、それと濡れた服のことも気になる。

 

 

「こんなにたくさんのお土産ありがとうございます。それとネム、慌てないの。まず何があったか教えて、失礼なことはしなかった? それに今着ているお洋服はもしかして頂いたの?」

 

「……失礼なこと何て、し、してないよ! ただ一緒にお風呂に入ったり一緒のベットで眠っただけだもん、お洋服は頂いたよ!」

 

 エンリは固まった。一緒にお風呂に入って、一緒のベッドで寝た。異性と親以外で。普通に考えたらアウトだろう。だが人間ではないからセーフなのだろうか。それとももしかして村の救世主であるアインズ様はそう言う気があるのだろうか。分からないが、考える時間を妹は許してくれなかった。

 

「お姉ちゃん早く! アインズ様から頂いたお土産がさめちゃうよ! 村の皆に持っていこう!」

 

「分かったわ、ネム。だから引っ張らないですぐに行くから」

 

 素早く考えをネムに付いて行く方法にシフトする。思うのだ。アインズ様はそう言う人ではないだろうとエンリは思う。何かが重なって一緒にお風呂に入る結果になっただけだろうと、特に不安に思うことは無いはずだ。

 

 それに打算的ではあるが仮にそうであったとしてもあれだけ優しい人であればネムが不幸になることも無いだろうと考えてネムに付いて行く。後ろからはパンドラズ・アクター様がお土産を持ってついて来る。

 

 エンリはネムと話しながらだったためうしろで何かしゃべっているのを聞き取れなかった。

 

「無垢さ……いえ純真さ、素朴さゆえですか……その純真さが父上の救いになることを願います」

 

★ ★ ★

 

 ネムを帰しアウラと話をして暫く本を読んで時間をつぶしているとパンドラズ・アクターが意気揚々と帰ってきた。かなり元気そうである。

 アインズはパンドラズ・アクターからシャルティアの件で有耶無耶になっていた捕虜の件に関して報告を受けていた。

 

「それで、捕虜たちはどうするのだ?」

 

「はい、シャルティア殿から逃れた者はカルネ村の護衛にしようと思っております」

 

「護衛にするのは構わんが……」

 

 カルネ村に人間の護衛が増えるのは良い。しかし捕虜は犯罪者だったはずだ。そこが不安である。犯罪者である以上何をしでかすか分からない。

 

「以前カルネ村に来た王国戦士長を打倒するために人生を捧げた者です。強くなれるのであれば何一つ文句を言わない人物ですので表向きの護衛にはうってつきでしょう。この世界で考えれば法国を除き最強格なのですから。また彼自身求道者であり、敵わないと知りながら、シャルティア殿との再戦を望む程度には貪欲ですので裏切りの心配はないかと。また、裏向きの護衛にはコキュートス殿を指名しようかと考えております」

 

 なるほど確かにそう考えると安全に見える。それにパンドラズ・アクターが認めている以上、問題ないだろうと納得した。シャルティアと戦っているのが少し気になるが横に置いておこう。万が一があってもコキュートスが入れば安心である。問題はコキュートスが外に出る以上危険な点だろうか。それはセバスと同等であると思い直す。よりNPC達の護衛を増強しなければならないだろう。直近の課題である。

 

「次にエ・ランテルで捕虜にした者たちですが。多くの者はどうでもいいような内容でしたが一人は法国に対して恨みを抱いている存在です。友人が目の前で死んだことや、弱い頃に陵辱を受けたり、親の愛情が優秀な兄だけに向けられたことで、法国に恨みを持っているため利用可能です。そのまま捕虜にして置き、何れ活用したいと考えております。そしてもう一人――」

 

 法国に恨み……きっと法国の被害者なのだろうと同情する。親からの愛情を得られなかったことも同情に値する。自分は愛されていたと迷いなく言える。その女性の傷がパンドラズ・アクターの計画の過程で癒えることを願おう。

 

 そして一度パンドラズ・アクターの言葉が切られた。恐らくもう一人の願いは想像を絶する願いなのだろう。パンドラズ・アクターが言葉を切るぐらいなのだから。だがその言葉はアインズの予想の範疇を大きく上回っていた。

 

「母親を蘇生させたい。その願いのために街を生贄にする方向で動いていたようです、いえ母親を蘇生させる、その事だけに人生を捧げていたようです」

 

「――」

 

 呼吸していないのに息が止まった気がした。無いはずの心臓が止まったかと思った。母親に会いたい。だってそれは鈴木悟と似た願いじゃないか。生贄を捧げる。最低な行為で犯罪者に過ぎない。そんな言い訳を押しのけてその夢を目指す。アインズにはできない。できる訳がない。それ程熱い覚悟何て持っていない。

 

 それに試したら母に怒られるだろう。だがそれでも……。きっと、その捕虜も蘇生に成功すれば。今までしてきた悪事を母親に叱られるのだろう。だが、その思いには、母親を蘇生させるために人生を捧げた覚悟には敬意を払おう。彼にとって叱られてはじめて、人生を新しく始めることができると信じて。

 

「――パンドラズ・アクター。その人物がどれほどの犯罪者だとしても、私にその報告を挙げたということは利用価値があるのだな?」

 

「はい、この世界での基準で言えば中々の強者であり、利用方法はいくらでもあります。特に外貨を得るために身分を偽らせ、私が現地で作ったアイテムを売らせる方向で活躍させようかと思っております」

 

 成程、現在のナザリックは現地の金貨などを容易に用意できない状態である。その捕虜を使い外貨を獲得するのは大きなメリットだろう。母親を蘇生させるためなら、裏切る心配がないというのも安心点だ。自分の精神状態を除けばとつくが。

 

「……そうか、ならできる限り支援してやれ。それと私が母親に会えるといいなと言っていたと伝えてくれ。すまない、少しだけ少しだけでいい、一人にさせてくれ」

 

 そう言って会話を終わらせた。静かにパンドラズ・アクターは退出するのを見届けてから呟く。他の人物を生贄にして蘇生させようとするなど、言語道断だろう。しかし、それでも否定できなかった。もし自分が同じ立場だったら……そう考えてしまう故に。

 

「母親の蘇生か……羨ましいよ。この世界ではそんな願いが持てるんだから」

 

 悲しかった。無性に。泣きたかった。泣けない体が恨めしかった。大声を出して悲しみを表現したかった。だが沈静化が邪魔をして何もできない。何度も繰り返してるうちに思う。何故だか人の体温、心臓の鼓動を聞きたいと思った。自分が無くしてしまった物だからだろうか。先日一緒に眠ったネムの温かさがとても切なく思い出された。

 

(邪魔だ、沈静化は。重要なスキルで自分を助けてくれるのは分かる。ないと困るのもわかってる。だがこの先のことを考えれば……星に願いを(シューティングスター)に願ってでも人間に変身できるようにするべきかもしれない、今俺が抱いている感情を忘れてしまう前に)

 

 今自分が抱いている感情をなんと表現すればいいかは分からない。だがこの感情は捨ててはいけないと思う。忘れてもいけない、理解しなければならないと強く思う。アンデッドのままでは忘れてしまいそうで怖い。そんなことを考えながら悶々とした時間を暫く過ごした。

 

☆ ☆ ☆

 

 

「パンドラズ・アクター、先程は醜態を見せた。すまなかったな」

 

「いえ、構いません」

 

 1時間程度した後、冷静になったと信じてアインズはパンドラズ・アクターを呼んだ。軽く頭を下げるとパンドラズ・アクターから先程の続きの話を切り出された。

 

「では今後に関してなのですが、できれば早急にカルネ村の村長や奥様方を招待ください。ネム嬢などの主だったものも招待すべきです」

 

 まだ少しだけ母に似た人にパンドラズ・アクターをみられるのは恥ずかしい。だがそれ以上にカルネ村に固執している理由が気になった。カルネ村はどこにもあるような村に過ぎない。それなのに固執する理由は自分の妄執しかないと思うからだ。そんなことでナザリックの行き先を決めていいと思えなかったからだ。だから聞かずにはおれなかった。

 

「パンドラよ、それは構わぬが、一体どのような計画を考えているのだ? 私の妄執に付き合う必要はないのだぞ? それは本当にナザリックの益になる事なのか? コキュートスを護衛にする点を含めてだが……」

 

「はっ。ではまず、状況からお話しさせて頂きます。まず第一になのですがカルネ村は王国戦士長暗殺の場となる場所でありました。そして王国の貴族が一枚噛んでいたのは武器を奪われていたこと等から明白でしょう」

 

 沈静化が起きないほどのちりちりとした不快感が募る。ガゼフという男にも……それ以上に貴族に対して。ガゼフはまともだったからだ。立場が異なれば友になる事を望んだだろう。その道は分かたれたが、あの男の人となりは認めている。罠に嵌められながらも必死になって村を救おうとしていたことに関しては認めている。暗殺事件を回避できなかったことは許せないが。

 

「そのため恐らくですが王国戦士長の報告の仕方次第でですが、カルネ村は貴族たちに謀殺されるでしょう。」

 

 くそが。くそがくそがくそが。弱い物を殺して口を封じるつもりなのだ王国は。許せないそんな国、滅んでしまえばいい。滅ぼしてしまいたい。だが自分は動けない。下手に動けば法国やシャルティアと戦ったまだ判明していない強者にやられかねないからだ。ナザリックを私情で危険に晒してしまう訳にはいかない、絶対に。手遅れかもしれないがそう思う。

 

 だが確信がある。きっとその時が来てしまえば自分は救いに動いてしまうだろうと心の奥底で思ってしまっていることを。

 

「そう言った点を考慮して、表向きの護衛を用意していて時間稼ぎをさせている間にセバス殿に王国で苦しんでいて、尚且つ父上の正体を知っても普通の対応ができるものを探します。父上の正体に関してはある程度の妥協は必要ですが、最終的には人口を増やした後にあの村には王国に対して革命を起こさせます」

 

「革命、だと」

 

「はい。革命によりカルネ村の名前を改めさせアインズ・ウール・ゴウン国、若しくはナザリック国の名称にして至高の御方々を探すための目印としての特徴を作ろうと考えております」

 

 ……成程、カルネ村を護衛しつつナザリックを危険に晒さないための手段か。恐らくカルネ村の件はパンドラズ・アクターが骨を折ってくれたのだろう。自分の妄執とナザリック両方を救える方法を導き出してくれたのだろう。感謝しかない。

 

 そしてその方法は確かに有用だ。我々が常に陰に徹して情報収集などし革命を起こさせることで強者のあぶり出しを図るのだろう。だが思う。それは彼女が危険に晒されるのではないかと。幾ら表向きの護衛がいたとしても危険ではないだろうかと。

 

「革命を起こさせるのは分かった。だが誰を旗頭にするべきなんだ? 余り言いたくないが彼らは無学の農民に過ぎないんだぞ? それに……彼女は安全に過ごせるのか?」

 

「その点に関しては、ンフィーレア・バレアレを革命軍のリーダーに。それとネム嬢にも革命軍の象徴になっていただこうと愚考しております。子どもが国に対する不満や不正を糾弾する。時と場合を整えればそれだけで王国を滅ぼすことが可能です。後は帝国も巻き込んでしまうかとも考えております。その点はもう少しお時間を頂きたいと思います。また護衛に関してなのですが先程は言いそびれましたが、アルベド殿やデミウルゴス殿と話し合った結果で、コキュートス殿に裏向きの護衛をお願いしようと考えておりますので、問題ないかと」

 

 コキュートスが護衛する。成程、彼は武人としての側面もある上、護衛としての任務なら手を抜かないだろう。万全を期すのであれば守護者最強のシャルティアだが、性格的に少々不安である。よって人選は適任と言えるだろう。そう言ったことも考えているのであればアインズから異存はない。NPCを外にだすのは少し恐怖を覚えるが、大丈夫だともう一度思い直す。パンドラズ・アクターに任せていれば問題ないだろうと。

 

「分かった、委細はお前に任せる。任せたぞ?パンドラズ・アクター」

 

「お任せください、父上! 必ず結果を出して見せましょう!」

 

 最近はパンドラズ・アクターの行動で沈静化が起きる率が少なくなってきた。つまり慣れたのだろう。良いかは分からないがいい方向であると考えよう。そして先ほど言い忘れていたことをいう。

 

 母親を蘇生させたいと願っている捕虜の件について。

 

「先程、母の蘇生のために命を懸けている者がいると言っていたな……ナザリックに対する働き次第でペストーニャを派遣して蘇生させてやれ」

 

「はっ! 畏まりました!」

 

 敬礼が出ているがもう突っ込むのも疲れたから黙認しているアインズであった。何より今はその捕虜が母親と再会できることをただ願おう。自然に目を閉じて何かに祈りながら。

 

★ ★ ★

 

 モモンガが眠れないながらも一人で横になってる時間、パンドラズ・アクター主催で階層守護者全体の話し合いがもたれた。

 

 その席でアウラは少しだけ顔をしかめていた何故か分からないが……いや本当は分かってる。ただ一人創造主がお隠れになっていないからだろう。単純な嫉妬だ。

 

 実際にはマーレやシャルティアを筆頭にNPC全員が多かれ少なかれ内心ではそう思ってるはずだ。シャルティアは前回の失敗があるから絶対に表に出せないだろうが。 

 

「さて、アルベド殿、デミウルゴス殿、コキュートス殿以外は、改めて御初に御目にかかります! 私、パンドラズ・アクター、宝物殿領域守護者にしてアインズ様に創造されたNPCでございます。アウラ殿、マーレ殿、シャルティア殿、以後お見知りおきを。では早速ですが、今後我々がどう動くべきか相談させてもらおうと思います」

 

「ちょっと待って、何であなたが仕切るの? こういうのは普通、守護者統括であるアルベドか、ナザリックの防衛責任者であるデミウルゴスがやるべきことじゃないの?」

 

 思わず怒りの声を出してしまっていた。アルベドやデミウルゴスなら納得できた。自分より賢いのは分かっているからだ。ナザリック運営の実質的な差配を行っており、また親交もある。しかし彼は別だ。二人に並ぶ智者とは知っている。だが二人ともここにいるのに何も言わずにこちらを奇妙な目で見てるのが癪に障る。

 

「これは失礼いたしました。実は以前3人で話し合ったことなのですがアルベド様は妃候補ですので雑事は私とデミウルゴス殿が取り仕切ろうとの取り決めがありまして」

 

「パンドラズ・アクターが内で私が外でね……ああ、アウラ安心すると良い君も妃候補だよ、もちろんシャルティアもね」

 

「えっ、私も!……良いよ続けて」

 

「妃……悔しいでありんす……」

 

 

 妃候補と言われて少しだけ嬉しい。確かにNPCで選ぶなら私かアルベド、シャルティアが妥当だろう。後は一般メイドやプレアデスたちだけだろうが。だが、アルベドの可哀そうな物を見る顔がむかつく。そしてシャルティアの泣きそうな顔が嫌な予感を助長させるが、まずはパンドラズ・アクターの話に集中する。

 

「まずアインズ様が救われた村ですが、あの村に王国に対しての革命を行わせようと考えております。そのため十分な援助をします。そしてカルネ村が建国した時の名前は『アインズ・ウール・ゴウン』若しくは『ナザリック』としたいと考えております」

 

 奇妙な沈黙が下りた。いや怒りを内包した沈黙である。至高の御方の名前を国名にする。このナザリック地下大墳墓の名前を冠する。人間たちの手によって。不快感が募るし受け入れることは到底できない。それも知識人を除いた全員が。

 

 

「え、えっとそれはちょっとやりすぎじゃ」

 

 

「ソノ通リダ」

 

 

「不敬でありんす!」

 

 

「3人の言うとおり、不敬だよ!」

 

 

 

 階層守護者が異口同音でパンドラズ・アクターを非難する。しかし当の本人であるパンドラズ・アクターの表情は変わらず、アルベド、デミウルゴスの智者二人は飄飄としているのが気にくわない。まるで想定通りと言っているかのように

 

「確かに、不敬かもしれません。いえ不敬にあたるでしょう。ですがモモンガ様の願いは世界征服の先にある、他の至高の方々と合流することです。世界征服が完了していればすぐに合流できますからね」

 

 それには4人とも驚いた。だがなるほど世界征服の目的はそれだったのだ。思わず合流できた時のことを考えて笑顔を浮かべてしまう。すぐに会議の途中だと思い笑顔は引っ込んだが。

 

「ですが世界級(ワールド)を複数所持している敵が存在していること等から考えるに、我々が表に出て世界征服をするのはリスクが高すぎます。よって代理人に目印として存在して頂こう。これが我々3人の考えであります。それともう一点こちらはモモンガ様の私事になりますが――」

 

 シャルティアを倒した危険な存在……二十の一つを持った敵は確かに危険だとアウラにも分かる。そう考えるとパンドラズ・アクターの言は正論である。だが次の言葉は予想していなかった。いや予想できるほうが異常だろう。それほどまでに予想とかけ離れた言葉だったのだ。

 

「――まだ、ここだけの話にして頂きたい。カルネ村にいる村長夫人はモモンガ様が生者であった頃、産んで育ててくださった、亡くなった母君に似ているとのことです」

 

 最初守護者たちは呆然とした。何を言っているのかが理解できなかったからだ。だがその言葉の意味を理解すると守護者たち全員が沈黙の状態になった。パンドラズ・アクターは何と言っただろうか、亡くなった母君。周りを見ると、アルベドとデミウルゴスを除いた全員の顔が、沈黙の状態から青白く変化している事が分かる。自分だってそうだ。

 

 だが一つ謎が解けた。なぜ至高の御方が人間に括るのかが。私を人間と仲よくさせるのはきっとこれが関係していると納得してしまった。なぜ命令で仲良くさせようとしないかはまだ分からない。だが自発的に仲良くできるところを見せる必要ができたのは間違いない。また恩人というのも母君のことなのだろう。

 

 そして思い出す。やまいこ様の妹君であるあけみさまのことを。彼女はエルフであった。それ故にナザリックに加入することは叶わなかった。どんなことでお二方が姉妹になったかは分からない。だがもしかしたらアインズ様も生前人間種、エルフだったのかもしれない。似たような答えを全員得たのだろう。謎が氷解するように感じる。

 

 シャルティアだけ「母性に溢れた。そういうことでありんしたか……」と寂しくつぶやいた後自分の胸を悲し気に見つめているのは訳が分からなかったが。

 

 暫くたち、全員が冷静になるのを待ってからだろう。一度咳払いをした後。もう一度パンドラズ・アクターから別の言葉が切り出される。

 

「まだ詳細は上奏しておりません。それ故に皆さんの意見をお聞きしたい。可能であれば何か至高の御方々の目印になるものを。事前の世界征服から多少変更がある以上、至高の御方々に見つけて頂かなければなりません」

 

「だったら、男の子は女の子の格好を女の子は男の子の格好をすれば、ぶくぶく茶釜様はすぐに見つけてくれると思うよ!!」

 

 場がもう一度シンとした。パンドラズ・アクターが何かを見定めるかのようにこちらを見ている。一体何を考えているのかアウラにはまだ分からなかった。ただ賢いのと何よりもアインズ様を元に考えている事は分かっている。そのため何も言わないでいた。この会談で十分に信頼を得ることができたからだ。

 

 

「なるほど、それなら一目でぶくぶく茶釜様に見つけて頂けるでしょう。ですがよろしいので?」

 

 何がとは何だろうか? これが一番ぶくぶく茶釜様に見つけて頂ける最短の方法だと誰もが分かるはずだ。何故それに疑問を呈するのかアウラには分からなかった。

 

「……何が?」

 

「確かにぶくぶく茶釜様が決めたこととして世界中に広めれば発見は容易になるでしょう。ですがお二方にとってはそれはぶくぶく茶釜様との絆になるのでは? 何よりお二人を特別だと考えて、その恰好を許されたと考えるべきでしょう。もう一度お尋ねします。本当にそれでよろしいので?」

 

 嫌だ。自分たちの特別を人間たちに許すなんて許容できない。だが二十を持つ敵の存在。何より1日も早く抜くぶくぶく茶釜様と合流するためになら認めてみせよう。またマーレに目配せしながら問に答える。

 

 

「……確かに私たちだけで独占したいよ。でもそうしたほうが早く会える可能性が高まるなら私は我慢する。我慢して見せる。後で叱られたとしても、マーレもそうだよね?」

 

「も、もちろんだよお姉ちゃん、早くお会いしたいなー」

 

 

 

 それにパンドラズ・アクターはとてもいい人物と理解できた。大きな身振り手振りだけが少し困惑してしまうがなれれば問題ない。あとマーレもぶくぶく茶釜に会えたことを想像してか顔が笑顔になっている。気が早いが咎めることは出来ない。私だってそうだろうから。

 

「よろしい! ではアインズ・ウール・ゴウン国では男の子は女の子の格好を女の子は男の子の格好を婚姻まで続ける方向で調整しましょう!! 最終的な判断はアインズ様次第ですが、何れは世界中にアインズ・ウール・ゴウンが一柱ぶくぶく茶釜様がお決めになったこととして公表いたしましょう!! このように他の方々も意見を出して頂けると幸いです? できる限り至高の御方々が一目で分かるような目印だとなおいいです!」

 

 

 シャルティアやコキュートスだけでない、アルベドもデミウルゴスも全員が思索に耽っているのが分かる。

 

 

「ムゥ……何ガ一番、武人建御雷様ニ分カッテ頂ケルカ……」

 

「ペロロンチーノ様の目印になる物……何が良いでありんすかね?」

 

「……ふむ。ウルベルト様のお好きな物……中々に難しいですね。これはアウラたちの意見が一番わかりやすい目印になりそうです。尤も我々もただ座視するわけではありませんがね」

 

「その通りね……タブラ・スマラグディナ様の目印になる物……何かいい物があるかしら……セバスや他のNPCにも意見を募る必要があるでしょうね。あとコキュートス、あなたには頼みたい事があるの」

 

 今まで沈黙を守り裏方に回っていたアルベドが発言した。妃候補である以上雑事には加わらない。私もある程度ナザリックが安定したらそうなるのだろうか、少し期待を持つが、次の会話でそんなことは吹き飛んだ。

 

 

「私が考えるに今の私たちはアインズ様の重しにしかなっていないわ。それは偏にカルネ村の立ち位置がまだあやふやだからよ。あの村には絶対に守護しなければならない人物がいる。それは分かってくれたわね? アインズ様……モモンガ様は私に自分は私情を優先する愚か者でナザリックを危険に晒していると私に漏らされたわ」

 

 

 沈黙が場を支配する。アルベドが何を言いたいか誰も分からない。いや智者二人は分かってるのかもしれないが私たちには分からない。何れは分かるようになるのだろうか。

 

「私が弾劾すればギルド長の座を降りると叡慮を伝えられたわ。分かる?」

 

 

 目を見開く。私だけでない。シャルティア、マーレ、コキュートス、デミウルゴスまでも目を見開いているそして、アインズ様に重しになってることにわなわなと震えながら自分自身に怒りを抱いている。

 

「パンドラズ・アクターの計画でカルネ村はモモンガ様の次に最重要守護対象がいる村になったわ。そして計画の上からも護衛が必要な状況よ。コキュートス、あなたには陰に隠れてカルネ村を、そしてあの方を護衛してほしいの」

 

「私からもカルネ村の陰に隠れての護衛をお願いしたい。あの御方に何かあればモモンガ様がどうなるか私には分かりません。どうかよろしくお願いします」

 

 

 アルベドとパンドラズ・アクターが同時に頭を下げるのを見守る。

 

 

 

「……分カッタ。アインズ様ノ母君ト似タ方ヲ守ル。名誉ナコトダ。全力デ護衛シヨウ」

 

「待つでありんす! 護衛任務なら、守護者最強の私こそ適任でありんす!!」

 

 シャルティアが立候補したが、上手くパンドラズ・アクター、デミウルゴス、アルベドに言いくるめられ泣きそうになっていた……可哀そうではあるが自業自得である。

 

 

 

 こうして一人の領域守護者を交えた階層守護者たちとの話は夜遅くまで続けられ、その後階層守護者たちから多くの領域守護者に話が伝わり徐々にどういった国になるかの方向性が決まっていった。

 

 

 

 めでたしめでたし。




次話更新は本編の事案ではなく、微妙に名前だけ出てきた人たちが焦点となる外伝となります。更新は来月の予定です(`・ω・´)ゞ
p.s感想あると書くスピードが上がるかもしれません(感想乞食)


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幕間

7月に投下すると言いました。あれは嘘です。

今回はリメイク前と似たところが多いので早めに更新できました。似ている部分が多いのは許してください何でもするからm(__)m


時間はアインズがネムと一緒に眠っている時間にまでさかのぼる。

 

 

(……ここはどこだ)

 

 ブレイン・アングラウスはシャルティアという化物を前にして逃げ出した。そして影が通り過ぎたと思ったら目の前が暗くなっていた。

 

 現状を把握しようと体を動かそうとすると、ロープなどで拘束されており動けないことに気付き、誰かが喋りかけてきた。

 

「お目覚めのようですね?」

 

 その言葉に弾かれたように拘束されながら起き上がる。武器に手をかけようとして、手が縛られてることを思い出し、さらに刀が無い事に気付く。埴輪のような顔をした魔物がこちらをみている。

 

「私はパンドラズ・アクター。状況は覚えておられますか? ご自分がどうなったか?」

 

 そう言われ。思い出す。化物に遊ばれたことを。自然と体が震えだす。立ちあがっていた体から力が抜けて尻もちのように倒れる。恐怖と傍観故に。

 

「俺は……あの化け物から逃げ出したはず、そして何かに……」

 

「その通りです! シャルティア殿は私の同僚です! あの方が失敗をしないように部下に見張らせておりました……我々の存在を知った者を、見逃すわけには行きませんからね?」

 

 ああ。やはりあの化物からは逃げ出せなかったのか。ブレインにはそんな感想しか浮かばない。そしてこれから殺されることも察している。諦めている。

 

「そうか……俺の努力は無駄だと理解したはずなのにな……強い奴は生まれた時から強いってな……なんで逃げられると考えたんだか……俺はこれからどうなるんだ……」

 

「それは貴方の返答次第です……まずお聞きしたいのですが、なぜあなたはあの場所におられたのですかな?」

 

 それが一体何になるのか分からない。そう考えながらも少しだけ俯いてからブレイン・アングラウスはポツリポツリと自身の事を語り出す。強くなるために努力したことをそれ以外のことを擲っていたことを。それが壊されたことを。

 

「……俺は数年前に行われた御前試合で王国戦士長ガゼフ・ストロノーフに負けた……悔しかった。あいつに勝ちたいと思った。そのために、人生を剣に捧げた……どんなことだってした……俺はあいつに憧れていたんだろうな……今なら理解できるよ……早く殺してくれ。もう疲れたんだ」

 

 

 絶望した表情で虐殺の事を語る。必殺の一撃は爪で弾かれた、努力が無意味だと嘲笑われた事を……埴輪の顔がこちらを見通すかのような表情でいるのを諦めた目で見続ける。

 

「……よろしいでしょう。あなたを楽にしてあげましょう……最後に一つ。あなたは本当に諦められたのですか?」

 

 少し俯きかけた顔を挙げて。何故そんな事を問うのかと絶望した目でブレインは問う。

 

「……楽にしてくれ……俺はもうこの世界で生きていたくない……お前達みたいな生まれながらの強者をみていたくない」

 

 ブレインは完全に絶望している。ここから抜けだせることができる人物はいないだろう。だが例外もある。今回のように。ブレインは運が良かった。いや運が悪かったのかもしれないが。

 

「……確かに私やシャルティア殿は、生まれながら強者として作られました……しかし我々をお作りになられた方はその昔、あなたよりも弱かった。それを幾度の冒険を繰り返し我々を創造できるほどの強さになられた」

 

 

 その言葉に思わず、驚き目を開く。こいつらの主人が自分より弱かったことを聞いて。内心で否定していた。自分より弱かったなんて。ありえていいはずがない。

 

「もう一度言いましょう。至高の方々は幾多の冒険を乗り越えて、強くなり、アイテムを得られ、我々をお創りになられた。あなたは本当に諦めるのですか?」

 

「嘘だ! ……そんな事っ! あってたまるか! 俺達虫けらが、お前達にみたいに強くなれるものかっ!?」

 

 叫ばずにいられなかった。だって自分の努力はシャルティアに踏みつけられたのだ。もうどうしようもないほどに壊されたのだから。

 

「ええ! 最初から諦めていれば不可能ですね? あなたは本当に諦めますか? もしあなたが少しでも強くなる気があるなら、私の手を掴みなさい! 条件はありますが……あなたが強くなれるように私が協力しましょう!」

 

「……何でお前は俺が強くなるのを、協力しようとしてくれるんだ……お前には何のメリットも無いだろう?」

 

 

 もしかしたら強くなれるかもしれない。それは希望だ。強くなる方法をこいつらなら教えてくれるかもしれないという。そして大きな毒だ。太陽に飛び込むような。だが、一度絶望してしまったブレインには薬でもあった。

 

「メリットならありますよ。我々にも目的がありますので……決断なさい。それさえできないのであれば、協力してもあなたは強くはなれない」

 

 悩む。だが最終的な答えは決まっている。強くなる道筋が示されている。この化物に従えば強くなれるという確信がある。そしてブレインは何かを決めた視線……覚悟を決めたのか俯かせていた顔を上げる。悩む必要なんてないのだ。今までだって強くなることに全てを擲ってきたのだから。

 

「……本当に強くさせてくれるんだな? 俺はお前達のように強くなれるんだな?……だったら何だってする! 何だってしてみせる!」

 

 パンドラズ・アクターの手を手枷をされたまま強く握る。勢いよく手枷でパンドラズ・アクターの手をわざと殴るようにしている。だがこの男は何も堪えていない。それが分かり思わず笑みを浮かべていた。痛みを感じないほど隔絶した差があると分かって。この男に従い戦い続ければいつか必ず、頂に辿り着ける。辿り着いて見せると誓いを立てて。

 

「これで契約はなりました! さて、まずはこれを装備しなさい」

 

 空間から首輪のような物が取り出され、手枷が外されるが微妙な表情になったのは仕方ない事だろう。これではペットのような物。そしてブレインは閃いた。

 

(こいつらからすると、ペットがどこまで強くなれるのか、そんな実験の意味もあるのかもしれないな。上等じゃないか……必ず一矢報いて見せるっ!)

 

「この首輪は自身の能力を減少させる代わりに、自身が強くなる速度を増加させるものです」

 

 強くなる速度を速める……それを聞いて抵抗はせずに首輪をつける。嫌悪感が無いとは言えない。だが強くなるためならもう一度すべてを捧げようとブレインは決めているのだから、納得して首輪を付ける。

 

「そしてこの装備をお付け下さい。肉体疲労や睡眠、飲食が不要となります……この意味理解できますね?」

 

 思わず驚愕の表情を見せた。首輪を含めてこの男が渡してくれるアイテムは世界全体からみても大変貴重な物だ。それをたかだか人間ごときに使う。この化物が何を考えているかを全てを見通せないが、本気で強くしてくれようとしているのだろう。それでも思わず問いかけてしまう。

 

「……本当に良いのか?」

 

「構いません! 他にもあなたにしてもらう事がありますしね! ……では付いてきて下さい。今からあなたに詳しい契約の内容を話しながら、最初に戦う敵のもとに向かいます」

 

 二人は歩き出す。この場所の詳細な情報を持ち出されないために目隠しをしてだが……。武技領域を使用して目隠しされても普通に歩く。

 

「それで、俺は何をすればいいんだ?」

 

「簡単に言えばあなたには、とある方と、とある村の護衛をして頂きたい」

 

「……理解できないな……お前達がいる周辺は安全だろう……」

 

 ブレインは素直に疑問に思った事を述べた。パンドラズ・アクター達の強さを知っているのだから当然の疑問である。大抵の敵なら、いやブレインクラスでも、鎧袖一触だろう。

 

「最悪の場合、敵は我々を打倒し得る存在である可能性を持っているのです。それはずばり法国の者たちになります」

 

「……は?」

 

 一瞬驚いてしまった。そこまで強いやつが他にもいたのかと。だが納得もできるし、そこまでの強さに至った前例があるのであれば、やる気も満ちる。ただ前だけを向いて走ろうと。

 

「その村には我が主の恩人に似た方がいらっしゃいます。その方を守るために我々は法国に備えます。あなたはがむしゃらに強くなって王国に備えなさい」

 

 なぜ王国に備える必要があるのか? 疑問に思う。武人であり考えることは得意ではないので素直に問いかけた。

 

「……どういう事だ?」

 

「彼らは偶然にも、王国戦士長を暗殺するための生贄に選ばれた」

 

「……はっ? あいつが殺されそうになったのか!?」

 

 絶叫をあげる。自分の目標が知らない所で殺されかけたのだから当然だろう。先程憧れていたと自覚してしまったのだから衝撃はより強大である。

 

「ええ。政治の都合でね。彼は運よく生き延びたようです」

 

 安堵のため息が漏れる。あいつが死んでしまえば今から行う特訓も無駄になってしまうのだから。俺はあいつを超えるために鍛えるのだから。あいつを倒すのは俺である。それだけは他の誰にも譲れない。譲りたくない。そしてシャルティアに一矢報いるのも俺だ。それが俺の生きがいだ。

 

「……村人達は偶然にも政治の都合で王国戦士長を国が殺そうとした事を知ってしまった……上層部がそれを知ればどうすると思いますか?」

 

「…………確かに知れば口封じをしようとするだろうな……だがその情報は本当に相手にバレているのか?」

 

 パンドラズ・アクターの首が横に振られる。情報が足りないというかのように。

 

「分かりません。それに先程も述べましたが、備えは必要なのです……場合によっては法国の者から時間稼ぎをして頂かねばなりません」

 

「……あんたの考えは理解できたが……そんな相手と俺は戦えるのか?」

 

「短期間で戦えるようになって頂くのです……足止めを行える程度には……勿論裏向きの護衛も用意いたしますよ。喜びなさい。あなたは短期間で強くなる事ができる。場合によっては裏向きの護衛とあなたが訓練するのもいいかもしれませんね……ですが裏向きの護衛は我が主にとって親友の息子も同じ、彼が出なければならない状況にならないことを願います。

あと、同じ刀使いとして得られるものあるでしょう」

 

 そして徐々に近づいてきたのだろう。最初の敵が。第六感が自分でもわかる程度の強者がいると囁いている。つまり自分が打倒できる可能性を持つ敵に他ならない。強さは隔絶しすぎると分からなくなるとブレインは悟っている。強者と思う程度の敵で足踏みをしている訳にはいかない。頂きを目指すために。

 

「さて! あなたの最初の敵はここにいる者です。難度で表した場合、あなたより多少上の存在でしょう。今から能力上昇の魔法をかけます……最終的に敵は倒さずに捕縛してください。今後のあなたの訓練と護衛にも使いますので殺さないように。最終的に素の状態で上回って頂きます! いいですね?」

 

「上等だ……俺は必ず強くなってみせる」

 

★ ★ ★

 カジット・デイル・バダンテールは訳が分からなかった。何者かにいつの間にか拉致され、拘束されているからだ。弟子やクレマンティーヌもいたのになぜ異変を察知できなかったのか不思議である。だがそれ以上に怒りを感じる。あと一歩で……五年間かけて作り上げた、努力の結晶が、全てが一瞬で崩壊するというのか……許されるわけがない。母に会えたのだ。会えるはずだったのだ……。

 

 ……最悪を想定しよう。弟子たちは既に生きていないと考えるべきだろう。全員何者かに情報を吐かされ始末されたと考えよう。それはこの場所に弟子たちがいない事から明白といえる。ズーラーノーンに所属して色々裏側を知っているが、なすすべもなく我々に気付かれること無く捕獲することが可能な者は知らない。ズーラーノーンの盟主や、逸脱者フールーダ・パラダインであれど不可能なはずである。いや漆黒聖典ならあるいは可能かもしれないが、充分注意を払っていたので漆黒聖典ではないはずである。もしかしたら一緒に捕まっているクレマンティーヌが連れてきたのかもしれないが、彼女とて生き延びるのに必死のはずである。漆黒聖典から必死になって逃げているのだから違うはずだ。それにもし本当に漆黒聖典なら既に我々は生きていないはずだろうから、その可能性は除外できる。

 

 我々を捕獲した相手と交渉の余地があるかどうかで……私とクレマンティーヌの命運はきまる。相手が圧倒的強者である以上素直に情報を吐くことで……生き延びる道を探す。それしか方法はない。

 

「お目覚めのようですね?」

 

 気付くと目の前に眼球や唇も舌もないのっぺらとした化物がいた。カジットはこの化物の種族名を知っていた。おそらく二重の影(ドッペルゲンガー)の上位種だろう。もしかしたら最初の時点で部下の誰かに入れ替わっていたのかもしれないと考えた。そうであれば部下に成りすましたうえで、一瞬で我々を制圧することも可能かもしれない……ただしその場合、英雄の領域にいるクレマンティーヌにすら気づかれずに我々を打倒したことになるのでどちらにせよ圧倒的強者であるということしかわからないが。

 

「あなたは、あの街で何をするつもりだったのですか?」

 

 何をするかだと? 決まっている。アンデッドになるための実験だ。だが真意は違う。

 

「……笑いたければ笑え……始まりは母を復活させるためだ。だが母は低位の復活呪文では蘇生できない。だからアンデッドになり不老不死になる事で、時間をかけて母を蘇生させることができる新しい蘇生魔法を作り出そうとしていた」

 

「――」

 

 化物は何も言わない。いや、何か驚かせた気がする。一矢報いたと言えるだろうか……。何故驚いたかは分からないが。

 

「貴方の願い……嘘偽りはなさそうですね……ではそこのあなた。確かクレマンティーヌでしたか? 狸寝入りを止めて、あの街で何をしようとしていたか真実をお話しください」

 

「……本当、なんでだろう……仕事でいろんな人を殺し続けたから? 優秀な兄と比べられ続け、愛情を貰えなかったからかな?それとも弱っちかった頃、輪されたからかな? 友人が目の前で死んだからかな……まぁこんなところかな? それで法国から逃げるためにカジッちゃんに協力してたわけ。それで私たちはどうなるの? カジッちゃんの部下のように殺されるわけ?」

 

 化物は何かを考えこむような仕草で、クレマンティーヌの言葉を無視する。我々は既に敗北者である以上仕方ないのだろう。何とか役立てるところをアピールしなければならないが何が琴線に触れるか分からない以上、やはり黙っておくしか方法はないのだろうか。

 

「――ふむ……あと一つだけ質問しますそれ次第で、あなた達は生かしましょう、代わりに働いてもらうことになりますがね」

 

 どんな仕事かは分からない。だが、生き延びるチャンスをここに二人は得られそうである。何故チャンスを与えられたかは不明であるが……。

 

「あなた方は、NPCあるいはプレイヤーについて何か知っていますか?」

 

 衝撃が走った。ここでその言葉が出てくる……恐らく100年の揺り返しなのだろう。カジットはそこまで詳しくないが、クレマンティーヌは詳しいはずだ。何せあそこに所属していたのだから。そしてなぜ我々を捕らえて情報収集しているのかが分かった。まだこの地に来たばかりで現地の情報が不足しているのだ。これなら役に立つことで生き延びることも不可能ではない。

 

 何よりカジットにとっては新しい、確実性のある方法で母親の蘇生が叶うかもしれないと、内心で興奮していた。

 

「――ええ。知っております。ぷれいやー様」

 

「残念ながら、私はNPCです。お二方ともどうやら知っているようですね……良いでしょうあなた達の働き次第では願いを叶えることも考慮に入れましょう」

 

 その言葉を聞いてカジット・デイル・バダンテールは感動していた。遂に母と再会する目的が達成できそうだと。

 

★ ★ ★

 

 ネムが帰ってきたことで村は大きな歓声が鳴っていた。ネムがお土産としてとてつもないマジックアイテムをいくつももらってきたからだ。料理もある。

 

 貰ったものを返すことは失礼にあたるし、生ものもある。そのため村ではネムとエンリが主体になって祭りが開かれていた。そんな中、パンドラズ・アクターはお土産を村長に預けて今は村はずれで冒険者たちと話していた。

 

 

 その村から少し離れた場所で冒険者たちは困っているようにンフィーレアには見えた。その理由はのっぺらぼうの顔の人に依頼を持ち掛けられているからだろう。

 

「それでですが、私からあなた方に依頼があります」

 

「……依頼内容は? それが分からないとパーティーのリーダーとして受けられない」

 

 漆黒の剣のリーダーペテルがそう言う。本来なら依頼は組合を通さなければならない中、一応は話だけでも聞こうとしているのは村への同情と自己保身からだろうとンフィーレアは思う。中でもニニャは特に彼らに同情している。パーティーの頭脳担当が同情的である以上リーダーであるペテルは自分がどうにかしないわけにはいかないと思っているのだろう。

 

 自己保身は敵に回すとどうなるか分からないという恐怖からのものだ。彼らではあの狼にさえ勝てない以上、それ以上の存在と目する相手を警戒するのは当然である。

 

「まず第1の依頼としてこの村の現状を、冒険者組合や王国に伝えないで頂きたい」

 

「それは僕からもお願いします、ペテルさん」

 

 ンフィーレアは漆黒の剣に向かって頭を下げる。それ程までにンフィーレアは王国を許せないのだ。近々祖母を説得して引っ越すつもりでいる程に。

 

「あー依頼主の意向なら構いませんが……私達が伝えないだけでは本末転倒では?」

 

 それもその通りである。ンフィーレアは第2位階までの魔法を使えるが、それだけで王国の兵士たち、ましてや戦士長に勝てるとは彼も思っていない。

 

「その点はご安心を。表向きの護衛と影の護衛をそれぞれ用意しているので大抵のことならば押しのけられるでしょう」

 

「あなたが言うならそうなんでしょうね……」

 

「そして表向きの護衛ですが……出てきなさい、ブレイン」

 

 呼ばれた名前にンフィーレアは驚愕を覚える。出てきた人物は首に首輪をつけている。まるで奴隷のように。だが力量が隔絶しているのは彼にもよく分かる。まともに戦えば一瞬で負けることも、戦士としての修行をしていない彼でも理解できた。

 

 だがそれ以上に驚くのはブレイン・アングラウスという名前である。かの王国戦士長と互角の勝負を繰り広げた英雄級の武人である。力の差は明確である。隙が全く見当たらない。恐らくではあるが本人で間違い無いだろう。

 

 確かにこれなら迂闊にこの村に手を出すことは出来ないだろうとンフィーレアは思った。ブレインは彼らと馴れ合うつもりは無いのか言葉は発さないものの、威圧感を放っていた。

 

 そんな中だからか奇妙な沈黙が落ちる。そのすきを縫うように顔のない怪物は何かを出していた。杖に似たものだ。

 

「これは第4位階の魔力系の魔法が込められた短杖(ワンド)です。今回のことを黙っていてもらうために私が考えた、あなたたちに対する報酬です。そしてもう一つ模擬戦を提案いたします。あなた方は冒険をするために強くなる必要があるでしょう? ンフィーレア君も含めて。対戦相手は私です。私と戦えばあなた方は間違いなく強くなることができるでしょう。最低でも格上と戦う時に動けなくなるということは無くなるでしょうね。どうするかはあなた方がお決めなさい。死ぬ可能性を念頭に置いたうえで」

 

 死ぬ可能性……それがあったとしても近いうちに王国が攻めてくるかもしれない。王国からエンリたちを守るためにンフィーレアは出来る限り早く強くならなければならない。

 

「……僕はエンリを守りたい。だからあなたが僕達と模擬戦をして強くしてくれるというなら、可能な限り戦いたいと思います、皆さんはどうされますか? 無理に付き合われる必要はありません」

 

「……ンフィーレアさんの依頼は護衛ですからね。依頼主が戦うと言ってるのに後には引けませんよ。私たちにもいい経験になるでしょうし」 

 

 本当に自分は良い冒険者たちと出会うことができたとンフィーレアは思った。一緒に戦おうとしてくれるだけでも感謝である。

 

「話はまとまりましたね、では始めましょう。死ぬかもしれないと言いましたが這いつくばってでも生き延びるという意志を保てるならば、生き延びることは容易でしょう。意識をしっかりとお持ちなさい」

 

 その瞬間漆黒の剣のメンバー全員が、ンフィーレアが氷の刃が射出されたような殺気にすくみあがる。ンフィーレアに至っては尻もちをついていた。一人だけ慣れているかのようにブレインだけが竦み上がらず、ただ目の前の存在を見据えている。これが力の差なのだろう。

 

 だがそれを覆さなければならない理由がある。ンフィーレア・バレアレは必死にエンリを守る、守りたいという意思の下、立ちあがる。立ちあがり目の前の強敵を睨みつける。ガクガクと震えながら。今にも倒れてしまいそうになりながらも。

 

 漆黒の剣のニニャは姉を救う。そのために人生を捧げている。この恐ろしい程の殺気で竦み上がる心を必死に叱咤激励して前を向く。パンドラズ・アクターに対して。

 

 同じようにペテルも地に足をつけている。リーダーとしての責務ゆえだろうか。普段おちゃらけているルクルットも恐怖を押し隠せてはいないが、必死に立ち続けている。同じようにダインも。ただ仲間を守るために。

 

「さて、圧倒的強者の殺気を感じることはできましたね。これで私の修行はひとまず終わりです。各々この事を糧に何かを得られることを願っております!」

 

 試練が終わったと聞くやいなや、思わずブレインは叫んだ。何かがあったかのように悲痛な叫びであり……まるで絶対的強者と対峙した事が他にもあるかのようにンフィーレアは感じた。

 

「お前たちは何故、あの殺気の中立っていられたんだ!? 俺だって膝をついてしまったんだ……俺より格下のお前たちがなぜ立っていられたんだ!?」

 

 一番最初に答えたのは漆黒の剣の魔法詠唱者(マジックキャスター)ニニャであった。

 

「確かに、とても怖かったです。ですが私には絶対に救い出したい姉がいるんです。どれほど困難でも立ち止まる訳にはいかないんです。それに仲間たちがいてくれたから、怖くても立っていることができました」

 

「ブレインさん、私達はあなたよりはるかに弱いです。ですが、チームとして築き上げた物だけはあなたに劣らないと自負しています」

 

 そう言って冒険者たちは震えを誤魔化すかのように笑い合いながら仲が良いのをブレインやンフィーレアに見せつける。

 

 ンフィーレアは何故立つことができたのか? 答えは単純である。

 

「……僕はこの村に好きな人がいます。愛しています。僕は絶対に折れないと誓ってるんです。だから立ち続けることができたんだと思います」

 

 その言葉を聞いた後……ブレインは暫くありえない物を見たかのように茫然としていた。そのブレインの思考を縫うようにパンドラズ・アクターの話がすっと入ってきた。

 

「あなたが今まで必要ないと切り捨ててきたものでしょう。ですが人は大切な物があれば恐怖を乗り越えることができる。ブレイン、あなたの修行は私たちとの模擬戦もありますが、大切な物を見つけることも必要かもしれませんね」

 

「……そうだな、今までのやり方だけじゃ、ガゼフやあいつに届かないことはよく理解できたよ。まずは村人たちとコミュニケーションを取って、俺だけの譲れない何かを見つけなければならないな……あいつらに勝つためにも。強くなってみせる……きっと」

 

 何かを信じる殉教者の視線に変わりながら過去を振り返り、今自分たちの前で決意を表明した……先程までのブレイン・アングラウスとは何かが違う。そう思わされた。一瞬で存在が大きくなったように感じた……きっと彼ならいつかパンドラズ・アクターという絶対的強者にも一矢報いて見せるだろう。ンフィーレアはそう思った。

 

「さてペテル殿、報酬の第4位階の魔法が込められたワンドをあなたたちに贈りましょう。有効に活用してください」

 

 第四位階魔法が込められた短杖(ワンド)。いったいどれほどの価値になるかは分からないが、一つだけわかるのはこれは口止め料なのだということだ。彼らは遠慮なく貰うことにした。

 

 第四位階。ベテランの魔法使いでも第三位階が限界に近い以上破格の報酬である。村の現状を黙っておくだけでの報酬と考えるなら。

 

 そしてこの町に恋人がいるンフィーレアにも別の報酬が渡された。

 

「あなたは依頼せずともこの村を守るでしょうが一応このアイテムを渡しておきましょう」

 

 錬金術師なら誰もが望む完成したポーション薬がそこにはあった。今のンフィーレアは絶対にエンリを守ると誓うと同時にこのポーションの秘密をすぐにでも解明したいと考えるのは当然のことであった。

 

 だが優先すべきなのはエンリである。今のエンリはンフィーレアから見て不安定に見える。そんな時だからこそ自分はエンリの傍にいるべきだと強く思う。だから迷わず冒険者たちに声をかけることができた。

 

「ペテルさん、追加の依頼をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「……本当は組合を通さないといけないのでしょうが、死線を一緒に越えた仲です。聞くだけなら」

 

「ありがとうございます。護衛任務はここで終了で構いません。代わりと言っては何ですがこの赤色のポーションと後で祖母に向けて手紙を書きますので、それを祖母に渡して頂けないでしょうか?僕はこの村に残ってエンリを守るつもりですので」

 

「……それぐらいなら了解しました。ただ後一点、冒険者組合にも護衛任務が完了したと一筆書いて頂けないでしょうか? その、自分達が護衛任務を放棄したと思われると大変なので」

 

「もちろんです! そうですね、依頼完了したという証拠は必要ですもんね。今から書いてきますね」

 

 祖母はポーションを開発するのに命を捧げている。この完成品を見せれば間違いなくこっちに引っ越してくるだろう。それに手紙にはできるだけ早く引っ越してほしいと書くつもりだから、きっとすぐに引っ越してくれるだろうとの打算がある。

 

 そして急いで手紙を2通書くためにその場から去ろうと思ったところでパンドラズ・アクターに声をかけられ引き留められた。

 

「あと、私からのもう一つの依頼としてこの村に移住者を募集したいと考えております。その時によさそうと思う方がいらっしゃれば、紹介していただけると幸いです。特に王国に恨みを持っていてこの村の現状を見ても普通に耐えられそうな人がいたら」

 

「はい……分かりました」

 

 確かに必要な処置である。この村は王国に裏切られているのだ。その上ゴブリンなどの魔物たちと一緒に暮らしている。移住者を募集するにもその当たりは注意して募集すべきだと理解できる。

 

 そしてこの依頼はンフィーレアだけでなく、冒険者たちにも向けられていた。ニニャは笑顔で快諾しようとしているのを、リーダーであるペテルが抑えながら依頼を受諾するのを彼は見た。

 

 そして今度こそンフィーレアは手紙を2通書くために祭りを開いている村の方へ向かっていった。

 

 

 

★ ★ ★

 

 

「それでいつ、ナザリック全体に周知するつもりなの?」

 

 隙間時間を使ってナザリックの智者2人が会談を行っていた。アルベドとパンドラズ・アクターである。デミウルゴスがいないのは単純に外に出ているので、会談をする時間が取れなかったせいである。話し合う内容はきまっている。いつ、カルネ村の村長夫人が主の母君に似ていることをナザリック全体に周知するのかである。

 

 階層守護者たちには情報の共有ができた。そして恐らくパンドラズ・アクター配下のシモベたちも事情を知っているだろう。だがまだ多くのNPCたちはこのことを知らない。口止めも行っているため、領域守護者ですら知らない者は多いはずだ。

 

「その件につきましては、お招きする当日にメイドたちに話して、全体に周知させようと考えております」

 

「分かったわ……あなたに任せます。階層守護者たちにはあなたから伝えておいて」

 

「了解しました!」

 

 大きな身振りを伴いながらパンドラズ・アクターからの了承の返事が返ってくる。

 

 短いやり取りであったが、もう例の件は秒読み寸前である。当日シャルティアは来させないように調整しよう。アウラに関してはネムという少女と仲良くできるかの実験台になるため来れないので問題にならないはずだ。

 

 他に同席する者はアルベドと比べると格下のメイドたちと、応援してくれているユリ・アルファたちだけだ。ならば何の問題もない。その時間で仲良くなってしまえば何の問題もないのだから。

 

 勝つのは私だ。




次話更新は7月の予定ですm(__)m

感想お待ちしておりますm(__)m


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事案6

掘り下げているだけだから、オリキャラタグは必要ないと信じて!


 今日はネム・エモットと私たち村長夫妻がナザリックという村の救世主のお住まいに招かれている。

 

 前回もエンリは招待されていなかった。そして今回もエンリは招待されていない。今回エンリが招待されていないのは、ネムが新しい友達を作るためだからだろう。それと多分だが、ネムがいない間に彼女はンフィーレアと仲を深めるのだろう。もしかしたら若い二人が仲を深めることができるようにとの配慮で招待しなかったかもしれない。優しい方と知っているから少しだけそう思ってしまう。

 

 不思議でもある。村長である主人が招かれるのは必然であると考えられるが、妻である私まで招かれることは村のことを話し合うと言っても少し不可解ではある。むしろ村の今後を話し合うとしても、主人だけで十分のはずである。それとも優しさゆえに一緒に招待してくださっているのだろうか?

 

 そしていつものように言っていいのだろうか? ゲートが開かれる。いつもと違うのはゲートが2か所ある点であろうか? 片方のゲートから出てきたのは、よく村に来てくれるユリ・アルファというメイドの方と、以前白湯をお出ししたアルベドという方である。尤も防具ではなく目を見張るような美しいドレス姿であるが。前回の殺気があるので少しだけ恐怖を感じる。

 

「お久しぶりです、奥方様!」

 

 前回は怒りと殺気を出していた人が今回は、とてもやさしげに私に話しかけてくる上に手を取ってくる。恐怖を感じるが何とか表情には出さない。そんな失礼な真似は出来ないからだ。

 

 

「では、こちらへどうぞ……私はこの少女を一旦アウラの下へ送ってきますので、いらっしゃいネム・エモット」

 

「はい! じゃあおじさん、おばさんまた後でね! お姉ちゃん行ってきます!」

 

 一旦アルベドという方とネムと別れた。ネムの無邪気さには驚嘆する。恐怖を覚えていないことに、あと、ほとんど話す合間すらつかずにつれていかれて、ネムは驚いたかもしれない。いやあの調子だと驚いていないだろうか。

 

「では村長様、奥様、私ユリ・アルファが先導させて頂きます」

 

 ユリ・アルファの先導に従い、小さくなりながら恐々と門をくぐる。目の前に現れたのは白亜の宮殿であった。ネムから話だけは聞いていたが……実際に見るのと聞くのでは全然違うと実感する。この宮殿の凄さに触れながら歩いて付いて行く。歩いて行くとユリ・アルファと似たような服装のたくさんのメイドたちが畏まっている。メイドたちに畏まられながらこの素晴らしい宮殿を歩く。正直に言って心臓に悪い。ただの村の村長夫妻である我々にとって荷が重すぎることだ。

 

 部屋に入ると、それはまた、とても綺麗な椅子やグラス絨毯など高級品が惜しげもなく置かれている。座るように促され、小さくなりながら座る。本当に自分が座っていいのか、何か間違えているのではないかと感じる。飲み物を用意されるがとてもじゃないがこの状況では飲めない。

 

 そのため戸惑っていた。とにかくも村長夫妻、特に村長夫人は戸惑っていた。

 

 なぜ自分が救世主の黄金のような家に招かれているのかということを。

 

 彼女の体感ではこの宮殿の主とそこまで話してはいないのだ。主に話したのは彼女の主人である村長であり、エンリ、ネムの姉妹なのだ。

 

 一緒に招かれるのはまだ分かる。だが、王族と言ってもいいような体験をすることになるとは思ってもいなかった。ただ招くだけで王族のような体験をさせるだろうか。いやありえない。何かあるはずだと緊張する。

 

 多くのメイドたちから頭を垂れられ、先程あったアルベド様というこの白亜の宮殿の主の側近である方が以前とは違い優しかったのだ。何かが可笑しいと感じてしまう。

 

 不思議であった。何よりも主が出てこない。すぐに現れるかと思っていたが何故か現れてくれない。そのため感謝も述べられない。それも重荷であった。なので部屋で休ませてもらうことになった。精神的には休めないが。

 

 小さくなりながら椅子に座って待っていると、目と口がないのっぺらぼうで帽子をかぶった存在が現れた。

 

「御初に御目にかかります。私、パンドラズ・アクターと申します。お二人方今後はよろしくお願いしたします」

 

 また新しい方が黄金の部屋にやってきた。その方も私に対して敬意と優しさをこめているように思える。不思議であると同時に重圧を感じる。後身振りが大きく感じるのは気のせいだろうか。なぜ自分にアルベドという方や今目の前にいるような方が敬意を示すのだろうか。戸惑いを感じざるを得ない。

 

「あなたが戸惑っているのはこちらも把握しております。ですが、あなたは賓客であり我が主が何を犠牲にしても守ろうとしております。それに倣うのが臣下の務めです」

 

 なぜ主人である村長ではなく、自分を何を犠牲にしても自分を守ろうとするのだろうか。せめて村ではないだろうか。守るなら。それに賓客? そこまで仲良くなっていただろうか? その事を不思議と問いかけていた。

 

「なぜ、私に? ただの老母にすぎない私が……」

 

 なぜ私を守るのか。村ではなく、私にそこまでの価値はない。どちらかといえば主人である村長の方が価値が高いと思うのだが。いやこの宮殿の主からすれば、我々が住む村一つと比べても価値がないだろう。

 

 そしてパンドラズ・アクターからお耳に入れるか最後まで悩みましたがとの前置きがされる。何か危険なことであるのだろうか。

 

「答えは簡単です。あなたが我が主が生者であったころ……産んで育ててくれた母君に似ておられるからだそうです」

 

 今まで無言で控えていたメイドたちが息を呑む声が聞こえ、私自身も呼吸が止まった。同じように自分の主人も息が止まっているようだ。私が救世主の母君に似ている。驚くべきことである。ただ納得もいった。アルベドという方も、私にはかなりの礼を尽くしていたが、主人に関しては最低減の礼儀であったように見えた。この違いはそういうことだったのだろう。自分が主の母君に似ていたから敬意だけでなく優しさも醸し出していたのだろう。そして主人だけでなく私が招かれたのは優しさなどではなく、必然だったのだ。

 

「主はご自身の感情をただの代償行為に過ぎないと言っております。ですので、もし叶うのであればこのまま何も考えず、何も知らずに、何も聞かなかったことにして、我が主の歓待をお受けいただきたい」

 

 だが、それを聞いたとしても、自然体で振舞うのは難しい。ここは宮殿である。ここで自然体で振舞えるのは生まれながらの王族ぐらいだろう。いや、王族でもこんな歓待を受けて自然体で過ごすのは難しいだろう。しかしその言葉は発言できなかった。パンドラズ・アクターののっぺら顔の表情で、真剣に頼み込んでいるのが分かるからだ。

 

「――それこそがあなたができる最大の感謝の表し方です。もしアインズ様に救われたとお思いなら、どうか何も聞かなかったことにして、自然体で主とお話しされることを願います」

 

 自然体で過ごすことが感謝。確かに母君と重ねられているのであれば、それが一番の感謝の表し方なのかもしれない。つまり疑似的な親孝行を受けろということなのだろうか? ただ親切にされるだけと考えても、とても難しく感じてしまう。

 

「我々はあなたを守ります。主自身も自身を捨ててでもカルネ村を救おうとされているからです。理由はあなたがいたからです。他にも救う理由はあったでしょう。いえありました。ですが最終的にあの村を救う一番の理由はあなたです。どうかお体大切に」

 

 それとと前置きしたうえで、さらに重要なことを話した。思いもがけないことを。あるいは当然だったのかもしれない。

 

「アインズ様の母君は幼いころのアインズ様をお守りして御落命されております。ですからどうか、アインズ様にあなたは……いやあなた方は守られてください」

 

 幼いころに亡くなっている……少しだけ私に執着している理由が分かった気がする。そしていつの間にか私が重要人物になったように感じてしまう。疑似的に宮殿の主の親として存在するという重圧感を感じる。

 

「ここにいる者たちは全てアインズ様にとって親友の子どもたちのような者で家族です。そのため、アインズ様は命をかけてナザリックに住む者たちをお守りになるでしょう。親友たちの御帰りを共にお待ちするでしょう。ですがあなたは別格です。もし仮にアインズ様と同格レベルの存在があなたを害そうとした場合、ナザリックに所属する者を逃がして、自分一人であなたを守るために立ち向かわれるでしょう。そしてそれを私は止められません……アインズ様の気持ちを知っているが故に」

 

 言葉にならない驚愕が顔に現れる。自分を守るために命を懸ける……。信じられないことだ。そして途中の言葉で一緒にいたメイドたちが泣いているのも分かる。ずっと表情を崩さなかった、メイドたち全員が悲し気にそれと同じぐらい嬉し気に泣いている。大事にされていると思ったのだろう。だが少しだけ違和感を感じる。家族と言ってるのに……まるで仕えることが喜びのように感じているように感じてしまう。何故だろうか。いや、このパンドラズ・アクターの言う言葉も疑問である。家族といいながら、部下のように振舞っている。不思議である。

 

「あなたはこの世界でとても大切な存在です。仮にですが、あなたが寿命でなくなるのは仕方ないと主は許容されるでしょう。ですが何者かに害されて殺された場合、一体何が起こるか私にも分かりません。世界のためにもあなたは長生きするべきです」

 

 私が呆然としている間にパンドラズ・アクターと名乗った方は去っていった。ただ一つだけ変わったのは先程から傍にいる、ユリ・アルファを代表したメイドたちの表情である。先程までも素晴らしい対応であったのが変わった。

 

 より何か間違いがあってはいけないかとより真剣になっているのが分かる。ただし顔は涙で濡れており鼻水も出ている。恐らく自身たちの主の慈悲深さに感銘を受けているのだろう。

 

 ……主人を見てみると、こちらを窺うように見ている……。どうするのかと目で問うているのだろう。ここまで聞かされた以上、可能な限りリラックスして過ごすしかないだろう。特に私は。母君と重ねられている以上、できる限り自然に振舞うのが最善策である。

 

 そして思うのだ、以前助けられた時生前では叶えられなかった願いの一部が叶うと言っていた。恐らく。私を助けることで生前助けられなかった、本当のお母様を助けた代わりにしようと考えたのだろう。きっと本物のお母様も生きておられず無念だったろう。アインズの成長を見守ることができずに。アインズの無念も計り知れないだろう。それを少しでも晴らすことができるなら……できる限り自然体で振舞おう。

 

 そう思っていると先程分かれた、アルベドが部屋に入ってきた。まるでパンドラズ・アクターと入れ替わるかのように。そして私に対して畏まった。そうただの老母に畏まったのだ。話を聞かされていても心臓に悪い。

 

「……全員涙目と鼻水を止めなさい。奥方様に失礼でしょう!?」

 

「そんな、アルベド様が頭を下げる必要はありません!」

 

 

 胃が少しだけ痛む。先ほど言った通りこの間はかなり怒ってた人だ。理由は分かる。確かにこれだけの豪華な所にお住まいの方に白湯を出すなんて失礼にあたるだろう。いや殺そうと考えていたのも分かる。なので少しだけ腰が引ける。自分に危害が加えられることは決してないと理解していても。

 

「いえ、この間は大変失礼しました! 改めまして私はアルベドと申します。どうかお見知りおきを。アインズ様の妻となる予定の者でございます。どうぞ楽に我が家と思ってお過ごしください。アインズ様は後で参ります」

 

 妻となる。アンデッドは結婚は必要かは分からない。しかし、母がいたなら昔は人間種であったのだろうと推察できる。もしかしてこの人も私が母親に似ているということを知っているのかもしれない。いや知っているのだろう。やはり救世主の主の疑似的に母君として扱っていると考えるべきだろう。

 

 少しだけ誰もしゃべらない時間ができる。その間に目を閉じて何度か深呼吸をする。ふと力を抜く。自分の中でようやくリラックスして過ごせるだけの用意ができたと思った。

 

 それをまるで察知したかのように、アルベドから問を投げかけられる。

 

「教え頂きたい事があります。私はより、アインズ様と仲良くなりたいのです。どうすればいいか、ご意見を頂けないでしょうか?」

 

 そう言われ考える。何かがずれていると……違和感はずっとあった。畏まられるのに慣れてリラックスできたからだろう。パンドラズ・アクターの言葉や以前ネムから聞いた言葉を総合して考える。違和感が浮き彫りになった。家族だ。何故、家族と言っているのに部下のようにあろうとしているのか……。

 

「……一つだけ、疑問に思っていることがあります」

 

「ぜひお教えください!」

 

 

 用意されているグラスに手をかけ、一口飲み物を飲み口元を湿らす。アルベドやメイドたちも今すぐ聞かせてほしいというような感じを受ける。それらを受けながら怒らせるかもしれないセリフを呟く。

 

「アインズ様は……本当にあなた達の在り方を望んでいらっしゃるのですか?」

 

「と、申しますと?」

 

 メイドたちを含めた全員から強い視線が集中する。旦那からは、頼むから止めてほしいというような懇願の目が届くが。私は本物の母君に似ているらしいのだ。であるならば私が代わりに指摘してあげないと、いけないだろう。それが私ができる恩返しになると信じて。

 

「アインズ様は、何度もあなたたちをご友人の子どもと仰られていたと人づてに聞いています。またパンドラズ・アクター様からも家族であると聞いております。ですがあなた達の態度は主従関係にあるように私は思います。違いますか?」

 

「はい、アインズ様は唯一このナザリックに、ただお一人残ってくだされた慈悲深い至高の御方でございます」

 

「そこです。アインズ様はあなたたちと家族になりたいと考えていらっしゃるのでは? だからこそことあるごとに家族であることを仰られておられるのでは? それに妃になるのであれば、それは家族なのでは? 私にはよくわかりませんが、私はアインズ様は家族を欲しているのではないかと考えます」

 

 目の前に座るアルベドが驚愕の表情をしている。いや彼女だけではない、メイドたちを含めた全員が目が飛び出すほど大きく見開いている。実際ネムに聞いた話ではあるが、ユリ・アルファを姪のような者であると発言している以上、間違いではないだろう。何故ここに住む人たちはそんな簡単なことに気づけないのか少しだけ不思議である。

 

 

「……ですが我々はお仕えするために創造された――」

 

「――アインズ様はあなた方の変革を望んでいるのではないかと、思います。だからこそ、私を本当の母君と重ねて親孝行の真似をしようとしているのでは? アインズ様は恐らく孤独なんだと思います。ご友人の方々が去られ、ご友人の子どもたちが主従の壁を作っている……これは孤独ではないでしょうか?」

 

 私の思うところは全て話した。彼女たちは全員が驚愕の表情をしているが、これが私なりの恩返しになるだろうか……? 私は本物の母にはなれない。当然である。ただ実母と似ている面を重ねられているだけ……それで救われた私、私たちが言うのも何であるが、歪である。

 

 できれば、ここにいるナザリックの人たちが、救世主の本当の家族になってくれることを、ただ望むだけである。そうなれるように言葉は紡いだつもりだ。

 

 

 それから暫くすると、アインズ様がこちらに来られた、仮面を外したアンデッドの姿で。即座に立ちあがり礼をしようとして悩む。疑似的に母親と扱われている以上どうするのが最善か悩んで……それでも礼儀を示すため立ちあがろうとしたが、しかしそれは途中で身振りで止められた。

 

「お久しぶりです、村長。それに奥様」

 

「お久しぶりです、アインズ様、今日は妻共々このような素晴らしい場所にお招きいただき感謝しております」

 

「ありがとうございます、アインズ様」

 

 一旦言葉が途切れる。そして言いにくそうに発言する。

 

「できれば仲良くなった証に……様付けはやめてほしいと思います」

 

 やはり先程の母君ということが真実なのだろう……主人は無理だろうが既に私は腹をくくっている。こういう土壇場においては女性の方が元々覚悟を決めやすいのだ。

 

「では……アインズさんと」

 

「……ええ、それでお願い致します」

 

 さすがに呼び捨ては出来ない。もしかしたら、それを望まれているのかもしれないが、私はただアインズ様の母君に似た存在である老母に過ぎない。一線は守るべきだろう。周りの視線を見ると全員が笑顔を作っているが私の話のせいか少しぎこちない。だが普通であれば咎めるべきである呼び方を周りが咎めないところを見ると、黙認しているのだろう。

 

 ……私が母君と似ていることを知っていることは黙っていたほうがいいだろう。そうでなければきっとより重ねようとしてしまうだろうから。それはきっとこの方にとって良い事ではないと思う。

 

 私や村のことだけを考えるなら、いっそのこともっと仲良くなるべきなのかもしれない。何かあれば必ず守ってくれるのだろうから。しかし、そこまで人間性は腐っていない。

 

 なにより最初は私ではなく別の理由で村を助けてくれていたのだ。これ以上この方に集るような行為は恥ずべきことだろう。ただ今回は恩返しも含めてできる限り、普通に過ごそう。最初にパンドラズ・アクターに言われた通り、普通に過ごすべきなのだろう。後は、このナザリックに住む人たちの行動のしかた次第だろう。より私に母君を重ねられるか、ナザリックの人たちが家族になるかを。機会があれば少しだけ家族になれるように背中を押してあげようと思いながら。

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

 アインズは柄にもなく緊張していた。いや常に緊張を強いられる支配者の役割はあるが、今回の緊張は別のことである。そう、自分が母と重ねている人と面会することである。恐らくパンドラズ・アクターを見られているのも恥ずかしいが……それ以上に自分がまともでいられるかが不安である。

 

 

 まず最初の時点で名前の呼び方を変えてほしいと頼んでしまった。様付けはやめてほしいと。

 

 意外にも村長夫人は簡単にさん付けで呼んでくれることになった。少々意外ではあるが……少し物足りなくも感じてしまう。一度だけでいい、呼び捨てで『悟』と呼んでほしいような気持ちがある。だがそれは表に出すべき感情ではないと理解している。ナザリックの支配者として。

 

 

「ネムを通して、送ったピッチャーは役に立っていますか」

 

「はい、おかげさまで安全な水をいつでも楽に飲めるようになりました。本当に感謝しております」

 

「水汲みは女性の仕事でしたから、私も楽に過ごさせてもらっています。ありがとうございます、アインズさん」

 

 村長は以前と余り態度は変わっていない。しかし村長夫人は以前より柔らくなっているのが分かる。自分の姿に慣れてくれたのかもしれない。嬉しい事である。

 

(……やはり別人だ。だが似ている)

 

 違いを探すかのように彼女を見てしまう。そして思う。本当の母との相違点は2割ぐらいしか見つけられないと思う……つまりかなりの点で似ていると思ってしまうのだ……。カルネ村革命計画はパンドラズ・アクターに全面的に一任している以上、彼女と会う機会も多いと考えると恥ずかしいが、あれだけ働いてくれているので少しは誇るべきなのかもしれない。パンドラズ・アクターはアイテムが好きだったから、折を見て何か送ろうと考ながら。その後、2時間ほどアルベドも含めて4人でできる限り普通に談笑した後、扉が叩かれる。丁度会話の種が付きかけていたので嬉しい事である。入室の許可を出すと入ってきたのは二人の子どもであった。アウラとネムである……。親しげに見えるところを見ると、狙いは上手くいったようだ。

 

 

「アインズ様! ご歓談中お邪魔いたします。それと村長様、奥様、お初に御目にかかります!私アウラ・ベラ・フィオーラと申します。アウラと呼んでください!」

 

 アウラは自分に挨拶をした後すぐに村長夫妻に挨拶をしている。村長夫妻が目をパチクリしているのが面白く感じてしまう。

 

「この子もご友人の方の?」

 

「ええ、友人の子どもです。というよりナザリックにいるほとんどの者が親友の子どもたちです」

 

 

 そう言うとアウラの耳がぴくぴくと嬉し気に動いているのが分かる。心なしかメイドたちやアルベドも嬉しそうにしているのを感じる。そして村長夫人がアウラの頭を優しく撫でているのを見守る。

 

「やはり、アインズさんにとってこの娘たちは部下ではなくて、家族なんですね」

 

 ……優し気に呟かれた一言に大きく頷く。たとえ彼女たちが部下でいることを望んでいるとしても、自分にとっては親友たちの忘れ形見であり、家族である。

 

 それを聞いた後……一拍おいてからであろうか……ここにいるメイドやアルベド、冷静沈着であるユリ・アルファ等……全てのNPCが泣き始めた。最初は泣いていなかったアウラも気づけば村長夫人に身を預けながら泣いている。

 

「お。お前たち、どうしたんだ? 何か私はお前たちが寂しがるようなことを言ったか?」

 

「な゙ん゙で゙も゙な゙い゙ん゙で゙ず……ただ嬉しくて……そして恥ずかしくて泣いているだけです」

 

 代表するかのようにアルベドが返事をする。息も絶え絶えになりながら。

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

 アルベドは少しだけ後悔していた。前回殺気を振り回したせいか若干ではあるが、村長夫人に怯えられているからだ。だが話の結果。色々有用な情報を入手できた。

 

 主が望んでいるのは間違いなく対等で一緒にいてくれる家族だというのが、村長夫人との会話で認識できた。だが、どうすればいいのかが分からない。どうすれば家族になれるかが分からない。妃になれば家族なのだろうか?

 

 村長夫人の言葉を聞いてしまうと違う気がする。孤独にさせてしまったのだろうか。我々の在り方が。被支配者でいることが。

 

(家族、家族……家族、一体どうすればなれるのかしら)

 

 頭の中で家族へのなり方を必死に考えながら雑談にも参加する。パンドラズ・アクターが村長夫妻にも事情を話したおかげで彼女は腹を括っている様で、私以外にはとてもやさしく会話している。もちろん私にも優しく丁寧に話してくれるのは分かっているが、少しだけ恐怖を持っているのも感じる。昔の自分を殺したいレベルである。

 

 家族になる方法は分からない。だが、以前言った通りこの方と仲良くなり、41人の壁を壊す……。恐らくそれが家族になるための必須条件だろうし、最短距離であろう。何よりも家族となりモモンガの孤独を癒す前提条件となるだろう。

 

 何度でも言う。この方に恐怖を植え付けた過去の自分を殺したい。これでは深く仲良くなれず表面的な仲の良さで終わってしまうではないかと。その場合他のNPCたちが仲良くなってしまい、アルベドが考えていたプランを実行される可能性が高い。

 

 そんなことを考えながら時間は過ぎる。気づけば、仲良くなったように見える、アウラとネム・エモットが合流してきた……なぜそこで二人で遊んでなかったのかと怒りを感じる。これでは村長夫人に私だけ取り入る計画が水に流されてしまうと理不尽な怒りを抱えながら。だが、先に会ったというアドバンテージを信じて、何の問題もないと信じていた。

 

 変化は村長夫人の何気ない一言であった。いや……あるいは我々の背を押してくれるためにわざと仰られたのかもしれない。

 

「やはり、アインズさんにとってこの娘たちは部下ではなくて、家族なんですね」

 

 少しだけ緊張して主を見る。この言葉次第で、主が本当に望んでいることが分かるはずだから。ここにいるNPC全員の視線が頂点に位置する方に集中して、大きく頷かれるのを見る。そして話を聞いていた全員が泣き出す。私とて例外ではない。アウラも一拍遅れて……泣き出す。よく見るとネム・エモットも雰囲気につられてか泣き出しているが余談だろう。

 

 アインズは孤独だったのだ……我々はその孤独を癒すのではなくて、より大きくしようとしていた。泣くしかなかった。

 

「お、お前たち、どうしたんだ? 何か私はお前たちが寂しがるようなことを言ったか?」

 

「な゙ん゙で゙も゙な゙い゙ん゙で゙ず……ただ嬉しくて……そして恥ずかしくて泣いているだけです」

 

 

 自分は寵愛を得たいと考えていた。今だってそうだ。だけどそれじゃ、それだけじゃダメなのだ……何がダメなのかは分からないが、このままではだめなのだ。だが、どう謝罪すればいいか、早く孤独を癒す方法が分からずに泣いてしまったのだ。ナザリックの最高の智者の一人であるアルベドでも、どうすればすぐに家族になれるかが分からないのだ……智者失格かもしれないが涙が止まらない。

 

 時間をかければ村長夫人の力を借りれば、可能だと思うが……その場合自分ではなくて、他のNPCたちが孤独を癒すことになりそうで嫌である。最初に癒すのは私である。そこは譲れない。譲りたくない。

 

 ……あと、頭の片隅で村長夫人に慰められているアウラに少しだけイラっとしたのは内緒である。

 

 自分より簡単に仲良くなりやがってなどとは決っっっして思っていない。




次話2週間以内に投下します。

感想や評価お待ちしておりますm(__)m

あと誤字報告いつもありがとうございますm(__)m


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事案7

いつも感想誤字報告感謝です!


「気を付けてねネム!」

 

 その言葉がネムに届いたかは分からない。あまりにもアルベドという方に、急ぎで連れて行かれたからだ。その速さに少しだけ目を丸くしてしまった。なぜそこまで急ぐのだろうと悩む。分からないが重大な理由があるのだろうと思うことにした。

 

 そして、村長夫妻が村の救世主の家にゆっくりと出かけるのを見送る。

 

 エンリの隣には恋人になったンフィーレアがいた。一度街に帰ると思っていたのだが、冒険者たちだけ帰して、そのまま帰らずにこの村で過ごしてくれているのだ。……恋人として。一緒にネムの見送りにも参加してくれていたのである。

 

「大丈夫だよ、エンリ。ネムちゃんにはちゃんと、言葉は届いたと思うから」

 

 今までは仲の良い友人に過ぎなかったが、ここにきてンフィーレアは急激に大人びてきたようにエンリは思う。自分から見てとても逞しくなったのだ。頬を少し赤らめてしまうぐらいに。

 

 ゲートが消えてネムや村長夫妻が完全に見えなくなってから、エンリはンフィーレアにしなだれかかる。恋人になってから急激に距離は近づいたと思う。羞恥心はあるがそれ以上に自分が生きている、ンフィーレアがちゃんと生きているのを確認したいのだ。少し依存してしまってるかもしれないが……妹がいない間だけは、怖がりな少女になっても許されるだろう。天国の両親も許してくれるはずである。

 

「お二人さんはいつも通りお熱いな?」

 

「茶化さないで下さい、ブレインさん」

 

 そこにいるのはパンドラズ・アクターが連れてきた、一人の人間であった。首に首輪しているから、ちょっとだけ特殊な人かと思ったが話していると普通である。首輪も強くなるスピードが速くなるからしているだけらしい。

 

 悪い人ではないと分かっている。村に馴染むようにに努力してくれているとも思う。最初ゴブリンさんたちが彼のことを警戒していた。何かあったら自分達ではどうしようもないほどの強敵であると教えてくれて。だが私から見ても彼は求道者に見える。ただ刀に命を捧げているような……。そんな人物である。多少村人以外が来るのを警戒する村人もいたがそんなブレインを見ていると誰も何も言わずに、苦笑するようになっていった。

 

「悪い悪い。ただその感情を大事にしろよ。お前はその感情で、あの時立ちあがることができたんだから」

 

「もちろんです」

 

 何かあったのだろうか少しだけ不安げな表情をしてしまう。もう誰も身近な人を失いたくないのだ。多分、今ンフィーレアを失えばエンリは立ちあがることができなくなってしまうだろうから。

 

「大丈夫だよ、エンリ。僕はずっと傍にいるから」

 

 思わずちょっとどころではなく赤面してしまう。近くにいた村人やジュゲムさんたちにもからかわれる始末である。一人ブレインだけが真顔であった……。

 

「……恋か。やっぱり俺には無縁だな。別の何かを探さないとな……仲間か? いや、それもしっくりこないな……まぁいい徐々に見つけて行けばいい。自分が譲ることができない何かを」

 

 何を言っているか聞き取れなかったが、少しだけ寂しげにつぶやいているのが印象に残った。そしてブレインはふと今までのことに興味を無くしたような表情になる。

 

「じゃあ俺は修行に戻る」

 

 そう言うと、ブレインは村外れに移動した。そこには森の賢王が一緒にいる。二人は常に一緒で訓練をしているようだ。特にブレインの訓練風景はすさまじい。少しだけ見学させてもらった村人たちも何をしているかが見えなかったと呟くぐらいに。

 

 自分も一度だけ見学させてもらった。何より凄いのは、ブレインは森の賢王の攻撃を一つも喰らわずすべて受け流しているのだ。まるでこの程度の攻撃では意味がないと言わんばかりに……。そしてそれを見た森の賢王がより素早く攻撃をするが、それさえも防ぎ続ける。まるでそれ以上の攻撃を見た事があるかのように。とにかく彼は凄かった。そんなブレインにも私たちのような春が来ることを心のどこかで願いながら仕事に戻る。

 

「じゃあ、私も仕事に戻るねンフィー」 

 

「分かった、また後でねエンリ」

 

 そうしていつもの日課作業にエンリは戻っていった……ンフィーレアは薬草を作ったり、時々ブレインの訓練にゴブリンさん達と一緒に交ざっている様である。怪我をしないといいなとエンリは思った。

 

★ ★ ★

 

 今日もまた、ネム・エモットはナザリックに招待されている。今回も姉が一緒に来ないのでンフィーレアに取られたようにも感じるが、その分これだけ幻想的な光景をもう一度眺めることができたと思えば感謝である。悪戯心でンフィーレアを脅かしてあげようかなと思ってしまうが。

 また、前回と違うのはアルベドという方が迎えに来て、ほとんど家族と会話する時間が与えられないほど、急ぎであったからだろうか? ギリギリで村長さん達に挨拶ができたぐらいである。お姉ちゃんに手を振っていたけど届いたか心配である。届いたと信じよう。

 

 もう一点、前回と違う点がある。アウラちゃんという人と友達になるためだ。そのため年齢が違うとの理由で、今回も姉は一緒にナザリックを訪れていない。多分ンフィーレアといちゃいちゃしているのだろう。姉の心を盗んでいったンフィーレアに対して後で何かいたずらしようと心に固く誓っていた。大事なことなので2回言ったのである。

 

 次回があれば今度こそ姉と一緒にこの場所を訪れたいなと思いながら。

 

「付いてきなさい」

 

 アルベドは急ぎ足であるが何とか付いて行けるスピードであるところを見ると、ちゃんとネムのことを見てくれているのだろう。だがここはどこなのだろう?

 

 ナザリックという至高の屋敷に招かれたはずであるが、ここは外、森の中である。不思議に思ってしまう。

 

「付いたわ。ちょっと待ってなさい。アウラ! 連れてきたわよ!」

 

 その言葉に触発されたのか大きな声が聞こえてきた。

 

「ちょっと待ってて、開けるから」

 

「私は用事があるから、戻るから後はお願いねアウラ。ネム・エモットあなたは少しここで待ってなさい」

 

「はーい」 

 

 そしてその少しだけ一人になる時間を使って周囲を観察する。森の中である。まごうこと無き森の中である。そんな中目立つものがある。

 

 とてつもなく巨大な樹である。そこから声が聞こえた気もするので、多分この中にアウラがいるのだろう。そして1分ほどたった後だろうか、大きな樹が一部分扉のように開かれる。

 

 出てきたのは自分同い年ぐらいの少女?だった。服装が男性っぽく見えるが女の子と仰られていたから、女の子なのだろう。 

 

 とても美しい少女である。髪の毛は周囲の光を反射し、幻想的な美を引き立てているように感じる。耳は長くとがっていて自分とは違うようである。お話で聞くようなエルフなのかもしれない。特に目の色が片目づつ異なるのは印象に残る。おそらく彼女がアウラなのだろう。

 

 そして、どちらもどう話すか悩んで……アウラも緊張しているようなのでネムから先に声をかけた。

 

「えっと、初めまして! アウラ様?私、ネム・エモットです」

 

「……初めまして、私はアウラ・ベラ・フィオーラよ。特別にアウラで敬称はいらないわ」

 

 嬉しい。一応敬称を使ったが仲良くなれるなら、敬称を付けずにしゃべったほうが良いと思うからだ。友達に様付けは何か違う気がする。

 

「ありがとうアウラちゃん! ここは森の中だけど、ナザリックの外なの?」

 

「いいえ、違うわ。ここはナザリックの第6階層でアインズ様たちが作られた一部よ」

 

 一瞬呆けてしまった。自然を作ることが可能なんて嘘を言っていると以前のネムならそう疑ったかもしれないが、今のネムはアインズ達の凄さを実感している。そのため真実なのだろう。思わず感嘆の言葉が流れ出た。

 

 

「……凄い! 地下にこんな凄い森を作るなんて、やっぱりアインズ様たちってすごいんだね!」

 

「当然よ! いいわ特別にこのナザリックの話をしてあげる。よりナザリックの偉大さがわかる様に話してあげる、入ってきなさい」

 

 そして私を樹の家の中に招き入れてくれてから話が始まった。それはまるでおとぎ話のような神話の話であった。

 

「まずナザリックの成立からね。昔、昔のこの地に至高の41人が現れたの」

 

 ワクワクとネムは自分の目がキラキラしているだろうと自覚している。そして41人。ネムは疑問に思った事を、アウラに尋ねていた。

 

「その41人……アインズ様を除くから40人がアインズ様のお友達の方?」

 

「そうよ! ……それと、ナザリックは元々ここまで大きくなかったの、アインズ様たちの強大な力を以て、その力に相応しいように整えられたのが今のナザリックなの! ここまで分かった?」

 

 こくりと頷く。まるで自分がその話の登場人物になったかのようなアウラの話に吸い込まれていた。その場にいるかのように、目で見ているように、その時の情景が思い浮かぶ。アウラの話し方が上手だからだろうか。

 

「次に至高の方々はこの場所に存在する者たちを創造されたの。それが私たち階層守護者であるNPCのことよ! 階層守護者以外にもたくさんのNPCがいるんだけどね」

 

「なるほど! アウラちゃんも至高の41人の娘なんだね?」

 

 アインズの言うとおりなら、友人の子どもたちなのだろう。間違いない。

 

「えっ? ぶくぶく茶釜様が私の母親? ううん。私は創造されたNPCでシモベだよ」

 

「そうなの? 前アインズ様がカルネ村にユリさんを連れてきて自分の姪のような存在だって言ってたから。姪ってことは創造主?様の娘みたいなものでしょう? ユリさんもアウラちゃんと同じでNPC何でしょ?」

 

「ふっふーんそうなんだ。私、アインズ様から見るとぶくぶく茶釜様の娘なんだ」

 

 顔がにやけないようにしいようとしているが、にやけているアウラを見ているとこっちも嬉しい気持ちになる。不思議だ。

 

「えっと、どこまで話したかな。そうそう至高の御方々は何度も冒険に出られ、膨大な財宝が宝物殿に集められてるの。至高の御方々でさえ入手するのが困難だったアイテムもあるのよ」

 

 もしかしてアインズ様が手に持っているような美しいアイテムだろうか?

 

「それってもしかしてアインズ様が持っている、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンみたいなアイテム?」

 

「あの杖も見たの!? ……そう確かにスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンはナザリックにおいても最高峰の一つよ。それ以上のアイテムなんて数えるほどしかない」

 

 やっぱりあの杖は素晴らしい物なのだ。アインズが喜びながら自分に見せて来るわけである。

 

「でも、そんな至高の御方々に対して嫉妬する愚か者たちも出てくるの」

 

 ごくりと息を呑む。アウラの表情が怒りに代わっているからだ。何があったのだろうか?

 

「至高の御方41人に嫉妬した者たちが、同じような強大な力を持った1500人からなる軍勢でこのナザリックを攻めてきたの、集めた宝を奪うために」

 

 それに驚く。人の者を奪おうとするなんて許せない。まるで、自分達の村を襲った、騎士たちのように感じる。ここの財宝と村人の命だと比べ物にならないと思うが、それでも自分たちのことみたいに怒りを感じる。

 

「大切な物を奪おうとするなんて、ヒドイ!」

 

「そうだよね! 激戦だった、でもその1500人をアインズ様たちは打倒して見せたの! 凄いでしょ? どうすこしはアインズ様の偉大さに感銘を受けたかしら」

 

「もちろん! 今までも尊敬していたけどこれからはもっと尊敬する!」

 

★ ★ ★

 

 

 話しているうちにこの娘は純粋であり、本当にアインズ様や他方々を尊敬しているとの気持ちが理解できた。そうなると必然的にアウラの対応も甘くなる。元より、カルネ村の住人とは仲良くするつもりだったが、ここまでナザリックのことを褒められると、おしゃべりが単なる話が長続きする程度には長引く。

 

 そこで別の話題を振ってみた村長夫人はどんな人かと。

 

「うーん……何て言えばいいのかな? 包み込んでくれるような人かな。とっても優しくてネムもお姉ちゃんも街の人みんなが尊敬している人だと思う……あとやっぱり村全体のお母さんって感じかな」

 

 包み込んでくれて尊敬されている……本当の御母堂様もそんな方だったのだろうか……似ているのは間違いないのだろう。でなければ公表はしないはずなのだから。会ってみたい。どんな人か自身の目で確かめたいとアウラは思った。

 

 だが、今はこの娘の相手をするのが私に与えられた役目である。その役目を放棄する訳にはいかない。命令ではなく、至高なる主のお願いなのだから。

 

「以前、ナザリックの9階層に泊ったらしいけど、どうだった? 素晴らしかったでしょう?」

 

「もちろんすごかったよ!! ナザリックに滞在させて頂いた時は、雑貨店や料理、円卓。あと、玉座の間にも案内してもらったんだよ! 本当に凄いところだよね。私って本当に幸福だと思うの! こんな凄いところ訪れる機会を何度も与えてもらってるんだから」

 

「その通りね、アインズ様の偉大さ、寛容さに強く感謝することね! 本当にナザリックは素晴らしいところだわ。住んでいる私たちから見ても素晴らしいところだってわかるもの」

 

 思わず胸を張って同意をしてしまう。何となくではあるが、至高の御方が、この少女を気に入ったのも合点が行った。ここまで明け透けなく裏表なくナザリックを褒められるのは嬉しい。特に自分の主のことを尊敬した態度を見せてくれている点も気に入った。

 

 だがアウラ自身気になっている点もある。村長の奥様がどんな人なのかが、少し気になっているという気持ちである。ずっとその気持ちが頭の中に残っているのだ。アインズが疑似的に親孝行?をするのであれば、私たちは彼女に対して一体どんな態度を取るべきかが分からないからだ。だから聞いてみたのだ。だがそんな情報が吹き飛ぶ情報がネム・エモットから飛んできた。

 

「あと、スパリゾートも楽しかった!! モモンガ様と一緒に入浴させて頂いたけど、あそこが一番楽しかった気がする」

 

 その言葉にアウラに雷が落ちたように驚愕を露にする。恐らくアルベドやシャルティアが望んでいることをこの少女は既に成し遂げているのだ。

 

「えっ!? 一緒にお風呂に入ったの!?」

 

 だが自分自身も嫉妬した心を完全に抑えることは出来ない。至高の御方と一緒にお風呂に入る。多くのNPCが望むことであろう。私自身入ってみたいかと言われれば、多分入って見たくなるだろう。妃になれるかどうかは別にして仲良くなりたいと思っているのだから。アインズ様と。

 

「……もしかして、アウラちゃんも、アインズ様と一緒にお風呂に入りたいの?」

 

 沈黙で返す。入りたいというのは何だか羞恥心が込み上げてくるし、入りたくないと言えば嘘と失礼になるからだ。

 

「アインズ様は優しいからお願いすればきっと一緒に入ってくれるよ! だって私と一緒に入ってくれるぐらいお優しいんだから!! 姪っ子さんのお願いならきっと答えてくれると思うよ!」

 

「そうかもしれない……いや、そうだろうけどさぁ。恥ずかしい……あっそうだ。ならネムも含めて3人で入ろう。そうすれば私も少しは羞恥心が薄れると思うから。どう?」

 

「……私も、もう一度お風呂に入りたいからいいよ!」

 

 羞恥心はあった。だがお優しいあの方に少しでも近づきたいとの気持ちもあったので承諾した。ネム・エモットが一緒に入るのは多少気に入らないが、まぁいい。それに今回のアウラの役割はネムと仲良くなることだからこれでいいはずである。それに二人きりよりも無垢な子がいたほうがこっちもお風呂に入りやすいはずだ。

 

 そして二人はナザリック6階層を経由して村長夫妻がいるであろう9階層に来ていた。途中第七階層を経由しなければならなかったので、ネムが炎熱に耐えられるか不安であったが、アインズからもらったアイテムで装備を整えるほど気に入っているのだ。当然のように服は炎熱耐性が施されており、第七階層をキラキラした目で観察しながら至高の御方がおられる場所まで歩いた。

 

 メイドたちに聞くとこの部屋でアルベドを交えて談笑しているらしい。そこの扉をノックして二人で入室する。

 

★ ★ ★

 

 

 メイドたちやアルベド、アウラたちが泣き止むまで暫くの時間が掛かった。全員が落ち着くまでに30分ぐらいかかっただろうか。アインズが慰めていくことで全員が表情を改めて、何かを決意しているように見えるのは気のせいであろうか?

 

 恐らくではあるが、村長夫人と何かを話したことで何かが変わったのだろう。それが何かは分からないが、家族という部分で泣いた以上、悪い方向ではないのだろう。何よりいい方向であれば良いとアインズは願う。

 

 アウラは楽し気に、そして嬉し気に村長夫人の膝に腰を下ろしている。やはり子どもだから母性……母親に飢えているのかもしれないと感じる。母親代わりになってくれる人はいないものだろうか。村長夫人に頼めたら最高だが……さすがに無理がありすぎるだろう。

 

 仲良くなったネムがそれまた楽しそうに、村長夫妻の間に腰かけていながら、アウラと近くにいる。仲良くなれたかの結果は聞かなくても分かっているが一応聞いてみる。

 

「それで、アウラはネムと仲良くなることができたかな?」

 

「はい! ネムとはいい友達になることができました!」

 

 それなら良かった。これならマーレやシャルティアと引き合わせる価値も出てくるだろう。それに今のメイドたちの感じを見るに極一部の人間を食料にせざるを得ない者たちを除けば、全NPCが仲良くなることは可能であろう。一部の者たちをどうするかが問題であるが……何れパンドラズ・アクターと相談して決めよう。

 

 だがこれでようやく、少しではあるが、仮に友人たちが人間として転移してきたとしても多少は、安心できるようになった。後は村長夫妻やネムを利用して、もっとナザリック全体が人間と馴染むことができるように全力を出そう。

 

 そう考えていると、アウラが少しだけ恥ずかし気にしながら、自分に問いかけてきた。少し恥ずかし気な気がする。

 

「アインズ様、お願いしたい事があるんですが……」

 

「何だ? 言ってみると言い。私ができることなら叶えてあげよう」

 

 そう言った後、少し俯く。そして顔を上げる。また恥ずかし気に俯く。それが何度か繰り返された後、遂に意を決したようにアウラは村長夫人に頭を撫でられながら、言葉を発した。

 

「私も、アインズ様と一緒にお風呂に入りたいです!」

 

 一緒にお風呂に入りたい。その言葉に空気が凍ったような気がする。隣からは驚愕の表情をしているアルベドの素顔が……そして同じように驚愕をしている村長夫妻が……。

 

(……あれ、村長夫人はそこまで驚いていない?)

 

 何故驚いていないのか。その答えは村長夫人の次の言葉で氷解した。

 

「アウラちゃんは、アインズさんと一緒にお風呂に入りたいんだね。アインズさん、親代わりなら一緒に入ってあげるべきかもしれませんよ」

 

「アインズ様! それなら、私も! アルベドもご一緒したいと思います! 私もタブラ・スマラグディナ様の娘です! ご一緒しても問題ないかと!」

 

「……いや、アルベドは大人じゃん。私は子どもだもん。だから一緒に入っても問題ないだろうけど、アルベドは問題でしょ? 大人なんだから? ねっアインズ様!」

 

 アウラの言うとおりである……確かにアウラは子どもだからまだ一緒にお風呂に入ることは許されるかもしれないが、アルベドはどう考えてもアウトであろう。ただアウラもアウトな気がする。だが何故、村長夫人はアウラを応援するのだろうか不思議である。

 

 そしてアルベドの顔が凄いことになっている。まるで顔芸を披露してる様に感じだ。

 

「アインズ様! 私もアウラちゃんとも一緒にお風呂に入りたいです!」

 

「私もネムと一緒にアインズ様とお風呂に入りたいです」

 

 ……なんだがやばい気がするのは気のせいだろうか……村長夫人の顔が一気に変わったような気がするのは、気のせいだと信じたい。気のせいだと言ってほしい。

 

「アウラちゃんは、何でネムも一緒にお風呂に入りたいの?」

 

 頼むネム。お願いだから前回の事件については触れないでくれ。いや、大丈夫なはずだ。そこに触れるとネム自身もおもらししたということで傷を負うことになるはずだから。

 

「えっと、一人だとやっぱり、アインズ様と一緒にお風呂に入るのが恥ずかしいというか……友達も一緒なら恥かしくないかなって」

 

「……そうね。なら仕方ないわね。アインズさん、信じてますからね?」

 

 何故だろう。一緒にお風呂に入るのが既定路線になっているような気がする。だがここから回避して見せよう。でないと最悪ロリコンの二つ名を持つことになりそうだ。

 

 その二つ名はペロロンチーノ限定のはずだ。

 

 

「いえ、アウラが望んでるのも分かりますが、やはり男の私が一緒にお風呂に入るのは問題かと思います、緊急時ならまだしも。それこそ、アウラやネムそれにアルベドを含めて奥様が一緒にお風呂に入られるのがいいと思います。その場合私は村長と一緒にお風呂に入れますし」

 

 途中を、ネムに視線を送りながらどうやら気づいてくれたようです。顔が神妙になっている。また今の言葉からか、横から必死の形相をしたアルベドが援護してくる。

 

「アインズ様の言うとおりでございます! ぜひ一緒に入浴いたしましょう! 僭越ながらこのアルベドが奥様の背中を流させて頂きますっ!」

 

「アルベドさんありがとうございます。ただ私は村に住んでいたので入浴したことが無いんです、できるだけ綺麗にはしていますが、今回は遠慮させて頂きます、やはり子どもたちの願いを叶えることの方が大事だと思うから」

 

 ガーン! という擬音がアルベドから聞こえてきそうだ。アインズもアルベドが敗北したことは痛い。もう逃れるすべはないだろう。アウラが恥ずかしながらもその気で村長夫人が応援している以上、大勢は決した。諦めた。

 

 

「……はぁ。仕方ない。アウラ、ネム、今から一緒に入浴しに行くぞ」

 

「「はい!」」

 

 2人の子どもの声が重なる。一人は純真さゆえに本当に喜びだけを、もう一人は嬉しさと多少の恥ずかしさが混じった声であった。

 

 2人を立つように促し、扉の前に立ちながら泣き崩れているようなアルベドを見る。本当に無念そうである。骸骨と入浴することがそんなに嬉しいか疑問ではあるが、アルベドは愛しているからなのだろうか? それとも別の理由だろうか。

 

 とりあえず、村長夫妻の相手は入浴の間アルベドに任せよう。

 

「では、村長、奥様私たちは一旦入浴してきます。万事アルベドに任せるのでどうかごゆっくりとお過ごしください」

 

 アルベドの何かにすがるような視線は努めて無視しながら。

 

 

 

★ ★ ★

 

 アルベドは打ちひしがれていた。

 

 まずい。まずい。まずい。

 

 このままではアウラが一緒にアインズ様と一緒にお風呂に入ってしまう。何とか止めなければならない。だが一番の味方になってほしい方はアウラの援護をしているように感じる……。恐らくアウラが一番家族に近いと感じているからだろう。一緒にお風呂に入る事で家族になれると思ってるのかも知れない。

 

 それは私自身も同意する。アウラやマーレは子どもであるからこそ、支配者と被支配者の壁を壊しやすいのは。だが認める訳にはいかない。

 

 それでは自分が一番になれない……どうすればいいのかが分からない。

 

 そしてアウラやネムの意見に押されてアインズは一緒にお風呂に入るために、既にこの場を後にしている。何とかしなければならない。

 

「アルベドさん」

 

「……何でしょう奥様」

 

 少しだけ不機嫌な言葉で答えてしまう。それがまずいと分かっているが、どうしてもアウラの味方をされて敵意を持ってしまう。なぜ自分の味方をしてくれないのかと。まぁ最初に失礼な真似をしたからだろうと自分でも思っているが。

 

「あなたは、アインズさんと結婚したいんでしょう? アウラちゃんの一緒にお風呂に入るのは親が子どもに求めているような物でした。あなたがそこまで心配する必要は無いのでは?」

 

「……いいえ、きっとアウラは大きくなれば妃になる事を願うと思います」

 

「大きくなればそうなるかもしれませんが……今は小さい子どもですよ? ネムもご一緒していますし、心配に思うことは無いのでは?」

 

 それはそうかもしれないが。だが私以外でアウラがモモンガ様の裸を先に見るということが納得できないのだ。タブラ・スマラグディナがなぜ私をロリの姿で作らなかったのか……怒りを感じてしまう。

 

「いえ、きっとアインズ様の偉大さに触れれば今すぐ結婚してほしいと言い出すものがいるかもしれません。それに我々はアインズ様の後継者を欲しているのですから」

 

「それは、今すぐ必要なことなんですか? ……私には貴方いえ、あなた達が焦りすぎているような気がして仕方ありません」

 

「わたしが、私が一番になりたいんです!!」

 

 確かに焦っているかもしれない。モモンガがこの地を置いていくことはない。ならばゆっくりと仲良くなる方法が一番だと理性は言っている。しかし本能は自分以外の女と一緒にお風呂に入るなんて許せないと拒絶している。

 

 ちょっと待て……。今何か、いい方法がなかっただろうか?

 

 少し情報を整理しよう。アウラと私は同じようにモモンガから見れば、同じ至高の御方の子どもと認識していることである。ここまでは一緒である。

 

 違うのは私が大人のサキュバスの姿で創造されたのとアウラが子どもの闇妖精(ダークエルフ)として創造された点である……。

 

 ならば私も小さくなれば、アインズ様と一緒にお風呂に入ることができるのではないだろうか?

 

 その事実に気づいた時、体中に電流が走った。

 

「奥様、村長様、急用ができましたので一旦失礼いたします! 上手くいけば! 私も一緒にお風呂に入れるかもしれません! 後はパンドラズ・アクターに任せようと思います。では失礼いたします!?」

 

 そう言い放つと暫くの間メイドたちに任せるとして、即座に立ちあがり部屋を出る。そして白亜の宮殿を全力で走り回る。なお村長夫人が最後に「……精神年齢が幼いのかしら……小さい子どものようにも見える」等と言っていたが当然聞こえなかった。

 

 いない。いない。いない。パンドラズ・アクターはどこにいる。早く見つけなければ手遅れになってしまう。アウラに先を越されることになってしまう。どこだどこにいる。見つけた。

 

「パンドラズ・アクター!! 今すぐ私を幼女の姿にしなさい!!!!」

 

 叫びながら首元を絞めてしまう。少し苦しそうにしているのに気が付き何とか手を放すが、勢いは変わらない。

他にもメイドたちがたくさんいて驚いているが気にしている余裕はない。

 

「あー守護者統括殿? なぜ幼女になりたいので?」

 

「決まってるわ! 小さければアインズ様と一緒にお風呂に入って洗いっこができるからよ!!」

 

「――はっ? いや、今何と?」

 

「だから今アウラとカルネ村の小娘が一緒にお風呂に入ることになってるのよ! 小さいという理由だけで! だから今すぐ私を幼女にしなさい!!」

 

 沈黙が下りる。周りが「もしかしてアインズ様はロリコン」とか何か言っているがアルベドの耳には入らない。

 

「小さくなられるのでしたら、確かアイテムの中で一時的にミニマムの職業を取ったかのように小さくなれる指輪があったかと」

 

「今すぐそれを私に貸しなさい!!……それと村長夫妻の対応を任せたわ!!」

 

 押し問答を続けた結果、最終的にアルベドは勝利して。小さくなれる指輪を入手した。これで私も一緒にお風呂に入る権利をてにいれた。

 

「くふふ、アインズ様、今からアルベドいえロリペドがお傍に参ります!」

 

おまけ

 

 なおこの事によりナザリックでは小さくなるのがブームになったかもしれない。小さければ合法的に洗いっこできると知ったメイドたちによって。




たっち・みー「NPCたちは不安よな、たっち・みー動きます」

次話で一気にロリコンへの階段をモモンガ様は上ってしまうのか!? ご期待ください! 次話投稿日は07月21日19時19分です


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事案8

遂に更新です!

今回はちょっと違和感強いかもしれないけど許して!


 今アインズは人生の岐路に立たされている気がする。アウラたちに流されて一緒にお風呂に入ることになりそうだから。このままではまずい。このワードだけで非常にまずいということは分かってくれると思う。誰か助けて。

 

 どう回避すればいいかが分からない。今いる場所は脱衣所である。ここが最後の回避地点だと思う。アウラは先程から顔を赤くしている。ネムは平然として服を脱ぎにかかっているが……やはり年齢の違いだろうか……アウラの方が大人で羞恥心があるのだろう。

 

 多分二人で会話している時に、ネムが一緒にお風呂に入ったことをふとした拍子に言ってしまったのだと思う。それでアウラは恥ずかしくなりながらも自分も入りたいと思ったのであろう。なぜ羞恥心も強いはずなのに一緒に入ろうと言い出したのか……。

 

「アウラよ私と無理に入る必要はないのだぞ? ネムと二人で入浴したほうがゆっくりできるのではないか?」

 

 2人で入るなら村長夫人も一緒に入れるはずであるし、あれだけアウラがなついて見せたのだから、自分よりも3人いやアルベドも含めて4人で入ったほうがいいような気がする。

 

「いえ、大丈夫ですっ。あのえっとその少しだけ目を、瞑っていただけませんかアインズ様」

 

「う、うむ分かったそうしよう」

 

 アウラに言われた通り目を瞑る。すると意を決したのか衣がすれる音がし始めた。恐らく服を脱ぎ始めたのだろう。何故そこでベストを尽くしてしまうのか……。

 

「え、えっとはい! 準備完了しました!」

 

 ゆっくりと目を開けるとそこにはバスタオルで胸まで隠したアウラがいた。これならセーフである。セーフだといいな。アインズは遠い目をしながらはやくこの状況を終わらせようとアウラたちを促した……諦めた気持ちで。あとネムよりも少女らしい体形だとかそんなことは絶対考えていない。

 

「うむ、ではお風呂に行くとしよう。あとネムも前を隠すように」

 

「はーい」

 

 

 今まで平然と裸を見せていたがこの娘はまだ羞恥心が育っていないのだろうか? 若しくは自分が骸骨のアンデッドだから羞恥心を感じないのだろうか……多分両方だろう。いや、おもらしの事件を考えると羞恥心はある。つまり自分がアンデッドだから羞恥心を感じていないのだろう。

 

 自分だけ意識している。逆に変態に思えてしまうので、この思考は断ち切ろう。早めに入浴を終わらせて、村長夫妻と合流しよう。

 

 がらっと音を出しながらスパリゾートのドアを開く。アウラの顔は真っ赤である。何かいけないことをするかのように……。自分は何もしない。アウラにも何も起こらない。だから問題ないはずだ。

 

 3人でモモンガ、アウラ、ネムの順番で横並びになりながら、シャワーを浴びる。できる限り横を見ない様にしながら。目には決して入っていない。

 

 適当に自分たちで体を洗い、アウラたちの体を見ない様にしながら入浴して、見ないように上がる。困難な任務であるが、成し遂げて見せよう。そう思っていた。しかし事情が一瞬で変わった。しまっていたドアがガラガラと一気に開けられ、何者かが飛び込んできたのだ。裸で。

 

「アインズ様! アルベドが小さく、小さくなって参りました! ロリペドでございます! これで私も一緒にご入浴できますよね!?」

 

 入ってきたものの正体は小さくなったロリべド?アルベドであった。一瞬で沈静化が発動して茫然としてしまった。

 

「ちょ、それはおかしいんじゃないアルベド」

 

「あら、アウラったらアインズ様にお願いして一緒に入浴させて頂いてるのに、前を隠してるなんて失礼に当たるんじゃないのかしら」

 

 アルベドがやってきた……どうしてこうなったのだろう。そこには小さくなっているアルベドの姿があった。開いた口が塞がらなかった。そしてアウラを煽っている。なおネムは前回の件もあるせいか、アルベドの一言で前を隠すのを止めていた……勘弁してほしいのが本音である。これではまるで自分が変態みたいに思われるではないか。

 

 ネムは慣れてるからまだいいが。いや実際リアルで考えたらネムも美少女であるが、ナザリックのNPCと比べたら数段劣るのが現実である。そのためか普通に子どもと入ってるだけと自分に言い訳ができた。

 

 アウラは父性を求めているのだろう。アウラは完全に美少女である。アインズの薄くなった好奇心を刺激してしまうような。だが、まだ耐えられた、親友の子どもと頭の中で何度も念仏のようにつぶやくことによって。

 

 しかしアルベドはアウトである。確かに小さくなっているが胸はそれなりの大きさを誇っている。たわわに実った果実を隠すことなく、いや見せびらかすかのようにしている。

 

「あ、あ、あ、アルベドよ! 私はアウラやネムが子どもだから一緒に入浴することになったのであって、アルベドお前は大人だろう? なっ?」

 

 思わず懇願するかのように問いかけてしまった。懇願を聞いてはくれなかったが。

 

「いいえ!? 今の私はロリべドでございます。つまり子どもです。先程のアインズ様たちの会話を総合すれば、一緒に入浴しても何の問題もないと愚考いたします!」

 

 アルベドが胸をはるように言った。そしてその拍子に胸がプルンと震えるのが見えて、沈静化が発動した。揺れるのか……。

 

「アインズ様」

 

 少し横を見るとバスタオルと腕で胸を隠していたアウラがジト目の表情になってからこういった。

 

「何だか変態さんみたいですよ」

 

「すっすまん」

 

 思わず平謝りしてしまった。実際反応した自分が悪いのだろう。何故気づかれたかは分からない。だが考えてほしい。童貞である自分に、この状況をどうすれば打開できるというのだ。

 

「いいえ、アインズ様どうぞご覧ください! 私はそこにいる小娘と違って一緒にご入浴するという栄誉を与えられながら、胸を隠すような真似何ていたしません! おさわりになられても結構ですよ?」

 

「ま、待つのだアルベド、それは教育上悪いだろう」

 

「いえいえ、むしろ性教育を行いましょう二人に対して、今ここで! 私たちで!」

 

 アルベドがやばい。どう止めればいいのかが全く分からなかった。そしてネムが小さく「性教育?」と呟いている。アウラは顔が真っ赤である。とにかく何とかしないといけないとの思いでこんな言葉が口から出ていた。

 

「せ、背中を洗って貰っていいか? アルベド?」

 

「――ええ、もちろんです、アインズ様ッ!」

 

 アルベドが体を洗う事を了承した。これで最悪の性教育は避けれるはずである。確かに背中など洗いにくい場所もあるため……ちょっと危険だと思ったが洗ってもらうことにしたのだ。するとアルベドは自分の体に石鹸を塗りたくり始めた。予想外である。

 

「アルベドよ。一応聞いておくが何をするつもりなのだ?」

 

「もちろんアインズ様のお背中を流させて頂きます。体を使って!」

 

 息が止まった。まさかそんな真似をして体を洗おうとするとは……。

 

「ちょちょっとアインズ様が困られてるじゃん!?」

 

 よく言ってくれたアウラ。何とかアルベドの暴走を止めてくれ。今はアウラだけが頼りだ。

 

「あら、あなたも一緒にアインズ様を洗えば良いんじゃない?」

 

「えっ私も?」

 

「ネム、折角だからあなたも一緒に体を使ってアインズ様をお洗いする?」

 

「はい! 楽しそうなのでお手伝いします」

 

 そう言い出すとネムも体中に石鹸を塗り手繰り始めた。どうやらアルベドの真似をするらしい……。どうしてこうなった。

 

(たっちさん助けて!? このままじゃ俺たっちさんに逮捕されちゃいますよ!? 友人が逮捕されるんですよ!? それで良いんですか!?)

 

 思わず今はいない仲間に助けを求めてしまった。もちろん願いが届くことは無かったが。

 

 そうこう現実逃避していると、遂にアルベドとネムが近づいてきた。そしてネムの手が腕にアルベドの胸が背中に当たり上下に動き出した。

 

「あ、アルベドよさすがにそれは――」

 

「良いネム? 殿方の体を洗う時は胸を使うのよこういう風に。分かった?」

 

「うん! 胸を使って体を洗うんですね?」

 

 そういうと今まで手で洗ってたはずのネムが胸を使ってアインズの手を洗い始めた。先程から沈静化が発動して発動して発動して、休む暇もなく沈静化している。

 

「アインズ様? いかがですか? あらアウラまだいたの? 一緒に洗わなくていいのかしら?」

 

 軽くうなずくだけで返事とする。というよりそれ以上の行動が沈静化で取れないのが現実である。そして少し俯いてプルプルしていたアウラがついに叫んだ。

 

「上等! 受けて立つわアルベド!?」

 

 そういうとアウラはバスタオルを脱ぎ捨てると、アルベドやネムのように体中に石鹸を付けてネムとは反対側の腕に近づき洗い出した。胸を使って。

 

 右側からはほとんど胸の無い、しかし柔らかいネムの胸がアインズの右腕を洗っている。左側では少女から大人になりかけの美少女であるアウラが必死に実りかけの果実を使って、アインズの左手を洗っている。

 

 そして最後に背中側をアルベドが小さくなっても大きな胸を使って洗っている。更に頭に息を吹きかけてくる。

 

「あと股を使って、しっかりとアインズ様の腕を洗うのよ? もちろん私もお洗い致しますわ、アインズ様!」

 

 沈静化が止まらない。股を使って洗うなんて、ちょっと待て3人とも待つ――

 

 

 

キング・クリムゾン

 

★ ★ ★

 

 アルベドが去った後、村長夫妻はパンドラズ・アクターと3人で会談していた。最初に敬称は不要と仰ってメイドたちを下がらせてだ。何か重要な話があるのだろう。ただのしがない村長夫妻に。いや恐らく疑似的母親である私に。

 

「アルベド殿なのですが……少女の姿になれば一緒にお風呂に入っても良いという図式が、何故か頭の中でできたようです。それでアウラたちと共に一緒に入浴しているようです」

 

 沈黙が下りる。どうしてその図式になったのか不思議である。

 

「御止めにならなくて良かったのですが?」

 

 主人が問うていた。変なことにはならないだろうが。不安が残る。いやアルベドという方は少し暴走すると思う。別れる時の表情を見るに。あの必死の表情を思い出すと。

 

「主の望みは恐らく、ナザリックの者たちが家族になっていることだと思います。少々不安ではありますが、我儘を言っているので、いいのではないかと思いまして、見過ごしました」

 

「あの、それが分かってるならなぜあなたが動かないのですか?」

 

 この方は全てを見透かしているように思える。ならばなぜ働き掛けないのだろうか。疑問である。

 

「ナザリックにいる者たちは、至高の御方々……アインズ様の御友人に創造されしものです。そして一人の例外を除いて創造主は残られていないのです」

 

 

 友たちがいなくなる。とても寂しくて、悲しい事である。そして気づいた。恐らく……。

 

「私の創造主こそ、アインズ様であらせられます。私がむやみに動きすぎると、却って主従関係を取り払う障害物になりかねません」

 

 置いて行かれた者と、置いて行かれなかった者。置いて行った者と、置いて行かなかった者。とても難しいかじ取りが必要だろう。確かに置いて行かれなかった者がむやみに動くと、何が起きるか分からない怖さがある。だから間接的に動いているのだろう。

 

「……あの時私が母に似ていると言って、家族と言う言葉を強調していたのはわざと何ですね?」

 

 確信があった。この人は狂言回しのように大袈裟な動作を取っているが、私に家族になる必要性をとかせるように誘導したのだろう。疑似的に母親とみなしている者が、家族になるべきといえば何かが変わると思って。実際これから変化はありそうな気がする。あのメイドたち、アルベドやアウラの姿を見ているとそう思う。

 

「申し訳ありません……ですが私は事実しか語っておりません。どうかお許しください、奥様」

 

「許すも何も、あなたは間違っていないと思います。ここに住む人たちは家族ではなく、仕えるということに縋っているようにも見えましたし」

 

 ……ああ。そうか。ここにいる者たちは全員精神年齢が幼いのだ。アインズを含めて何人かの例外を除くとちゃんと成長できていない……それに精神的に不安定なのだろう。家族になりたいとの気持ちに気付かないはずである。創造主……親がいないから。いやアインズだって若しかしたら精神年齢は、ネムぐらいと考えても間違いではないのではないだろうか。幼いころに母親を亡くし、そこで成長が止まってしまったのかもしれない。そう考えるのが自然である。

 

 そして恐らくではあるが、精神の安定さでいえばナザリックに住む者と比べた場合、ネムの方が上かもしれない。

 

 多分このナザリックという場所は、アインズが離れたらどうなるか分からないと思う恐怖感がある。それ程までに部下たちはアインズに依存しているのだろう。ここから家族に戻すのは難しいといえる……いや違う。若しかしたら共依存しているのかもしれない。アインズは部下たちに対して、部下たちはアインズに対して……確かに共依存のような家族が存在するのは事実であるが、これは歪すぎる。

 

 その点ネムはよく気にいられて普通に馴染めたと思う。私のような例外的事項が無くて仲良くなっているのだから、コミュニケーション能力は確実に上だろう。

 

「話は変わりますが、できますれば本日はこのナザリックにお泊り頂ければ幸いです」

 

 主人を見る。私が主であったが、これは主人の決定に従うべきだろう。主人もとうの昔に腹は括っているのだろう。拒否はしなかった。

 

「このような宮殿に泊まらせていただくのは恐縮ですが、よろしいのであればよろしくお願い致します」

 

「食事はお2人……いえ、できますればアルベド殿を含めて3人でお願いしてよろしいでしょうか? あの方は部下の中では一番階級は上なのですが、精神的に多少、不安な箇所がありますので……疑似的な母親関係であるあなたと過ごせば変化のきっかけになると思われますので」

 

「……実は少し怖いですが。分かりました協力しましょう。できる限り彼女が精神的に安定するように」

 

「ありがとうございます奥様。それと村長ご相談があるのですが」

 

「何でしょうか、パンドラズ・アクターさん」

 

 

 ここからは村の今後に関わる事であると念押しされる。つまり今まではアインズの私事の話から公の話になるのだ。ここからは私の出番ではなくて主人の出番だろう。

 

「まず村に関してなのですが、何れ王国戦士長の報告の仕方次第でですが、口封じをされる危険性があります」

 

 思わず二人とも息を呑んだ。そして思う。この王国ならそれをする可能性が高いとも。実際に自分達は生贄にされかけたのだから。

 

「お二人やカルネ村の者たちをこれ以上殺させる真似は決してさせません。ご存知だと思いますが、現在もブレインという表の護衛が一人、そしてコキュートスというアインズ様の部下が一人カルネ村の護衛についておりますのでご安心を。何があっても、お守りいたしますので」

 

 ですが、と前置きされる。

 

「疑似的な母君であらせられる貴方に何かあれば……王国は滅ぼされるでしょう。それは避けたいというのが本音です。なのでこちらから先制して立ち向かうことをご提案させて頂きます。つまり、革命です」

 

 私たちには話が大きすぎるが、何とか聞きに回る。いや、最初に母君の話が無ければついていけなかったかもしれないが。その話を聞いている以上安心して聞ける。そっちの話の方が大きく感じるからだ。

 

「……私たちに王国への忠誠心はありません。革命を起こすことも辞さない程度には怒りがあります。ですが村長として勝算の無い博打を打つ訳にはいきません」

 

「当然です。今私が考えている手段は帝国を利用して戦争の時期に革命を支援してもらうことです」

 

「帝国ですか?それは……」

 

「ああ、ご安心をというのは変ですか、前回の虐殺を行ったのは帝国兵に偽装した法国です。何れ落とし前は付けさせます」

 

「……ですが、村人の人口が足りません」

 

 主人が寂し気に首を横に振る。120人いた村が一気に半分近くに減ってしまったのだ。責任を感じているのだろう。私とて同じだ。私や旦那にとっては村人全員が子どものような物だったのだから。

 

 それに実際120人いたところで焼け石に水で革命は、頓挫するだろう。

 

「その点に関しては別口で王国によって地獄を見せられていて尚且つ、現在のカルネ村の人間たちと共存できる人間やエルフたちを集めて行こうと考えております」

 

 なるほど、我々と同じように王国に絶望している者たちを集めて行くのか。確かにそれなら同じ被害者として手を取り合って仲良くしていけると思う。問題は誰が革命の指揮を執るかだ。同じ疑問を持っていたのだろう。主人が問うていた。

 

「……革命の指揮は? 私は軍事などほとんど分かりません」

 

 軍事何てほぼ経験していないのだ。村長が持っていない以上、何度か徴兵経験がある者が指揮を執るべきかもしれないが……脆弱な知識しかないと思われる以上、不安が残る。

 

「もちろん村長であるあなたに前線に立てとは言いません。今考えているプランではンフィーレア・バレアレを革命軍の指揮官に考えています」

 

 ンフィーレア・バレアレ。確かに彼なら頭もよく恐らくエンリの夫になるであろう人物だ。村人以外に対して排斥機運が高まっている中、村人の彼に対する信頼は厚い。恐らく以前から足しげく通っていたことと、あの村人全員に見られながらの大胆な告白が利いているのだろう。本人たちにとっては恥ずかしい事であるが、いい方向に向かっているようで良かった限りである。

 

 そして我々と違い、街に住んでいたのと魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての経験があれば村長や村人に比べれば上手に村人の革命を指揮できるだろう。

 

 またンフィーレアだけで指揮をとることも無いだろう。恐らくパンドラズ・アクターやアインズの部下の誰かが後援してくれるのだろう。

 

 ここまで後押しされている以上、返事も決まってくる。

 

「パンドラズ・アクターさんの中ではすでに革命の図案ができているんですね……私たちとしても座して死を選ぶ気はありません。あなたにお任せします」

 

「村長殿、あなたの英断に心から感謝いたします」

 

★ ★ ★

 

 お風呂の喜劇? 惨劇が終わった後、アウラはこっちを真っ赤な顔で見ながら速やかに仕事があると言って、自分の階層に戻っていった。アルベドとネムが元気だったのが救いである……ただの現実逃避だが。

 

 あの後アルベドは小さくなった姿で、アウラがされていたように村長夫人に頭を優しく撫でられていた。ただ少しだけ村長夫人の顔が強張っていたからアルベドが怖いのかもしれない。以前あった時に怒気いや、殺気を出してしまった以上仕方ないだろう。そこは自分で解決してくれとしかアインズには言えなかった。3人で食事をとるらしいのでその時に誤解が解けて仲良くなってくれることを願うだけである。

 

 ネム・エモットと村長夫妻はナザリックに宿泊することが決まった。ネムは2回続けてである。ここで自分が以前感じた何かを、ネムから知りたい限りである。

 

「アインズ様はどうやって私たちを見つけてくださったんですか?」

 

「うん? ああ、あの時か。遠隔視の鏡(ミラーオブ・リモート・オブ・ビューイング)というアイテムがあってだな」

 

 そう言ってアインズは遠隔視の鏡(ミラーオブ・リモート・オブ・ビューイング)を取り出す。使い方を少しだけ教えながら実際に使ってみる。

 

「わー綺麗に見える!? 凄いアイテムですね!」

 

「まぁそうだな確かにいいアイテムであるな。お陰でネムと出会うこともできた」

 

 その言葉に少しだけネムが心なしか、顔を締め付けられているように感じる

 

(……俺、馬鹿だろう。両親を失った出来事のおかげで出会えたなんて喜ぶはずがないだろう)

 

 頭で反省しながら、ネムの頭をゆっくりと撫でる。

 

「すまなかったな。他意は無かったのだ。許してくれ」

 

「はい……でも私もアインズ様と出会えて本当に嬉しいです」

 

「そう言ってくれるだけで、嬉しいよネム」

 

 少しの間奇妙な沈黙が下りるが、いつの間にかネムは立ち直ったようだ元気に問いかけてきた。

 

「アインズ様! 村やお姉ちゃんの様子を見て見たいです!」

 

「分かった。動かしてみようじゃないか」

 

 そして村全体を見るが見つけることができなかった。というよりこの時間になると村人たちは眠っている時間のかもしれない。そこでネムが家の中を見たいと言ってきたので、アイテムを使い家の中を覗き込んだ。

 

 すると男女二人が裸で乱れている姿が目に入ってきた。片方はエンリ・エモット、ネム・エモットの姉である。もう一人はンフィーレア・バレアレという大胆な告白を実行したものであった。

 

 その二人は抱き合っていた。頭を近づけて、軽く触れるようなキスをしたり、何かを語り掛けるように口を開いたり。舌と舌を絡めるようなキスをしたり……エンリはまるでンフィーレアを逃がさないと言わんばかりにそう、確かぶくぶく茶釜が出演しているエロゲーで似たような展開があった気がする。そう、だいしゅきホールドだ。

 

「わぁ……お姉ちゃんもンフィー君も気持ちよさそう」

 

 アインズは沈静化が止まらずにいた。だが隣で喰いつくように二人の乱れ姿を覗き見ているネムの姿を見ることで何とか冷静に戻り、即座に遠隔視の鏡(ミラーオブ・リモート・オブ・ビューイング)を片づける。これ以上ネムに性的な知識を教える訳にはいかない。何れお風呂場でした行為もしてはいけないことと、教えなければならないだろう。なぜ自分が教える羽目になったのだろう……アルベドのせいか。

 

「ネムにはまだ早い」

 

「えーそうですか? 村では皆何となく知ってますよ? 子どもを作る行為ですよね?」

 

「……だとしてもだ」

 

 農村の常識を一つ知った気がする。確かに狭い家である。若しかしたら夜、両親が合体しているのを見かけることもあったのかもしれない。

 

 そして暫くすると料理が二人分運ばれてきた。そう、ネムとアインズの分である。アインズは今回前々から思っていたことを実行しようと思っていた。

 

 そして料理を並べさせた後、メイドたちを下がらせた。不測の事態に備えさせるためにパンドラズ・アクターだけを残した。

 

「あれ、今日はアインズ様も食べられるんですか? 2人分だと思うんですけど? それともパンドラズ・アクター様が一緒に食事をとられるんですか」

 

「ああ。今日は私も一緒に食べようと思う。そのため私も一つ試してみようと思ってな。少し待っていてくれ」

 

 そう言うとアインズは流れ星の指輪(シューティングスター)を取り出した。一度シャルティアで使用しているので、後2回しか使えない貴重な物である。最後まで悩んだ。いや今でも悩んでいる。ただ人間に変身できるようにするためにこの指輪を使うことに対して。だが、これを使えば一度人間に戻れば大事なことが分かる気がするのだ。故に躊躇は捨てよう。

 

「ネム、今から私が知る中での最高峰の魔法を一つ見せてやろう。よく見ていると言い」

 

「はい! 見させていただきます!」

 

 そして流れ星の指輪(シューティングスター)を使い星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)を発動させる。

 

「指輪よ私は願う(I WISH)

 

以前使ったときのような多幸感をアインズに感じさせる。この魔法なら私が今しようとしていることが確実に叶うと信じて。

 

「私を人間の頃の姿に、任意で変身できるようにしろ!」

 

 その言葉で大きな力がアインズ全体にまとわりつき。自分が変わっていくのが分かる。そして――

 

★ ★ ★

 

 勝った。間違いなく。胸の大きさで完勝しているのだ。ネム・エモットは論外として、アウラもアルベドにかなわないと愛しの君は知っただろう。胸の大きさも懐の深さも。

 

 恐らく静かなのは沈静化が続いているからだろう。そうじゃなくても困惑はしていても本気で嫌がって無かったはずだ。本気で嫌がっていれば、命令してきただろうから。本気で命令されれば従うしかない。いや、家族になるのなら、本気の命令でも逆らう方が良いのだろうか? 要検討である。

 

 体を洗い終わった後も完璧だったはずだ。ネムという少女を利用して一緒に抱き着いてみたり、それを見ているアウラを鼻で笑うと同じようにアインズに抱き着いてみたりするのを見る限り、やはりアウラもどこかで妃になる事を望んでいる。それが分かったのは今回の大きな収穫であろう。そして恥ずかしすぎて、一人で自分の階層に仕事をするために逃げ込んだ以上、これ以上村長夫人と仲良くなることは不可能である。

 

 勝つのは私だ。正妃の座は絶対に譲れない。第2妃や第3妃なら認めてやるが……。そのためにはやはり村長夫人の協力が必要である。何とか今日でよりよい関係を作りたい。そのためにはこのネム・エモットという少女を利用するのもいいかもしれないと思っていた。実際体を洗う時役立ってくれたのだから。

 

 いやそれ以上にパンドラズ・アクターに感謝だ。村長夫妻と3人で夕食を取ることができる。ここできっと気に入られてみせる。残念なのはネム・エモットはアインズ様と一緒にご飯を食べる?ことだ。観察されながら食べるということだろうか。

 

 それとも人間種か何かに変身して、ご飯を一緒に食べるということだろうか? 確か以前、一緒に食べてみたいと言ってたと部下たちから聞いた気がするから、もしかしたら、人間種か何かに変身されているのかもしれない。性交ができる体になってくれていれば万々歳である。

 

 ネム・エモットは確かに小娘にしては気が利く。ナザリックのことを大変褒めているとメイドたちからも声が上がっている。きっと気に入っているのだろう。ペットみたいに。アルベドもペットという立場に憧れはするが、正妃になるのを優先する。ならば問題はないはずだ。

 

 将を射んとする者はまず馬を射よという。モモンガの正妃になるためには疑似的母親である村長夫人が大きな力になるのは明白である。必ず信頼を勝ち取る。アウラは普段の業務に戻った以上……先程取られたアドバンテージ以上を獲得して見せよう。

 

 実際今だって頭を撫でられているのだ。(顔は強張っているが)

 

 必ず勝って見せる。そんな意気込みで食事を共にした。

 

 

「アルベドさんは本当にアインズさんがお好きなんですね……その、お姿を変えられるほどに」

 

「はいっ! アインズ様が望めばどんな姿にでもなります!」

 

 一緒にお風呂に入るためなら子どもの姿にでもなって見せよう。そこまで深く愛しているのだから。

 

「アルベドさん。あなたがしないといけないことは何だと思います?」

 

 以前のアルベドなら仕えて尽くすことだと答えただろう。だが今は村長夫人の話でそれが正解か分からなくなっている。

 

「多分ですけど、アインズ様が欲しているのは、抱きしめてくれる誰かだと思います。もちろん自分の心の傷か何かを理解したうえで」

 

 なるほど、確かにそうかもしれない。だがどうすれば理解することができるのだろうか?

 

「ただゆっくりと話すだけで私は良いと思いますよ。そしてお辛そうに、困っていたら抱きしめてあげる。それがあなたの目的の最短距離だと私は思います」

 

「ですがアインズ様はお辛そうにしている姿が……いえ、我々の在り方がお辛い気持ちにさせていたのですね……ですが困った姿などおみせになられませんが」

 

「アインズさんは私を本当のお母様と重ねられています。これはきっとお辛い事があってその傷が癒えていないからでは? アインズ様自身も気づいておられないかもしれませんし」

 

 アインズ自身が気付いていない。それは確かにありそうだ。となるとやはりこの方とアインズが話しているのを観察して、揺らぎを感じ取って、どこが傷となっているか探すべきかもしれない。そしてその傷をいやすために行動する。それが最短距離だと思う。やはりこの方と仲良くならなければ。

 

 アルベドは改めてそう思った。

 

★ ★ ★

 

 ――変身は成功した。だが……ある感情がアインズ否モモンガ否、鈴木悟の心を支配していた。自分は人を殺した。心臓掌握(グラスプ・ハート)で人を殺した、心臓を潰した感覚が残っていた。

 

 恐怖を感じた。自分は人を殺していながら何も感じていなかったのだ。そしてそれ以上に友人たちに嫌われるのではないかとの恐怖が心の奥から次々と出てくる。

 

 人間になっているため沈静化は始まらない。よって当然の帰結として、ここに誰がいるかを忘れて、悟は絶叫していた。――

 

 

 

 

 

 ネムの目の前では大きな光が降り注ぎ、一瞬とはいえ目を閉じてしまっていた。そして目を見開くと見知らぬ男性が立っていた。

 

 恐らくあれがアインズの生前?の姿なのだろう。これで一緒にご飯を食べれるとネムは喜んでいた。しかし、変化はすぐに起きた。

 

 

「あああああああっ! 俺はなんてことを人を手にかけるなんて、違うんだ、たっちさん、ウルベルトさん、ヘロヘロさん、皆許してください嫌わないで置いて行かないで――」

 

 恐らく友人たちの名前を呟きながら人を殺したことを謝っていた。多分自分たちを助けた時のことだろう。自分だって同じ人間を殺したらこうなるかもしれない。そう考えるとアインズが今まで罪悪感に締め付けられなかった方が可笑しいと思う。アンデッドではなくなったから、人を殺した感覚があるのかもしれない。

 

 気づけばネムは泣いているアインズを抱きしめていた。いつも母が自分にしてくれていたように。

 

「アインズ様は何にも悪くないよ――アインズ様は私たちを助けてくれたんだから、お友達の方も許してくれるよ、絶対に」

 

「――ネム……消えないんだ。あの兵士の心臓を握りつぶした感覚が……残ってるんだ」

 

 アインズはネムの胸に顔を蹲せる。蹲せながらその目からとめどなく涙を流し、ただネムに縋りつく。

 

「頼む、今だけは、人間の間はアインズじゃなくて、本当の名前である悟と呼んでくれ」

 

「分かったよ、サトル。いい子いい子」

 

 自分の胸に縋りつくサトルを優しく撫でる。母が自分にしてくれていたように。こうしていると大きいのに自分と同じぐらいの子どもに見えて、不思議である。

 

 

 気が付いた時パンドラズ・アクターもいなくなって二人きりになっていた。そこで慰めながら今まで経験したことを思い出していた。

 

「皆ここを去って行ってしまった。事情があるのは分かってる。でも寂しいんだ孤独なんだ!」

 

 泣きながらサトルが話すのを聞きながら思う。どうすれば自分はこの方を癒してあげることができるだろうかと。

 

 思い浮かぶのは先程まで姉とンフィーレアがしていたことである。とても気持ちよさそうで幸せそうであった。それにネムも朧気ながら今日入浴した時にしたことが普通ではないと理解していた。恐らくではあるが、エンリとンフィーレアがしている子どもを作るような事の延長線であると察している。

 

 思う。今この救世主を癒せるのは私だけではないかと。アインズという名前でなく、本当の、生前の名前を名乗られて、自分に縋りつくように泣いているサトルを癒せるのは。

 

 それに、みんな去ってしまって独りぼっちになってしまったサトル。私が癒してあげたいと思った。

 

 好きか嫌いかでいえば、サトルのことを好きだろう。自分や姉を助けてくれた。素晴らしい物を見せてくれた。それにあの時視線を合わせて話してくれた。一緒にお風呂に入った。嫌いだったら一緒にお風呂に入る、そんなことしない。できない。

 

 多分自分もンフィーレアとエンリほどではないが、この方に恋をしているのかもしれないと思う。それはお風呂での行動による気持ち良かったことによる錯覚かもしれない。それに今自分に縋りついて泣いてる方に対して、自分は不釣り合いかもしれない。いや不釣り合いだろう。あれだけ綺麗な人がいる以上、普通に考えたらああいった美少女がサトルを癒すべきだと思う。でも今まで心が強いと、偽って我慢していたサトル。可哀そうだと思うし、凄いと思う。

 

 これが本当に恋かは分からない。でもそんなサトルのことが好きだと思うし癒してあげたいと思う。

 

 ここの人たちは私でも分かるぐらい、家族ではなく部下であろうとしているのだから。アウラだって娘と言われて嬉しそうにしていたが、部下であることを止めていなかった。自分でもわかる。部下として接していたんじゃ癒すことは出来ない。時間をかければ彼らも家族になっているかもしれないが、今は違うのだ。

 

 私が恋人に相応しいかは分からないが。しかし、今そんなサトルの隣にいるのは私なのだ。彼女達ではなく。いや、恋人になることを考えるのではなくただ癒してあげたい。そう考えれば、どういった行動を取るかは決まってくる。姉がンフィーレアにしていたことやお風呂場でしたことをしてあげようと。

 

 

 そんなことを考えながらネムはただサトルを慰める。少しだけ泣く頻度が落ちてきたので水分補給としてグラスに入っていた飲み物を一口飲む。その後反対側でサトルに飲み物を飲ませる。サトルは逆らわずにコップの中の物を飲みほす。

 

 飲み干したグラスを短い手で必死に机に戻し。何故かはわからないが少しだけ思考能力が落ちて来ていた。それを無視して。ネムは縋りついてまだ泣いているサトルの顔に両手を持っていき挟み込む。そして泣きながら不思議そうにしているサトルにキスをした。そのキスに呆然としているサトルのことをかわいいとネムは思った。

 

「私はサトルのことが好きだと思う。あの日私たちを助けてくれたサトルが大好き、私に視線を合わせて、家族を大切にするように言ってくれたサトルが大好き。コロちゃんを私のペットにしてくれたサトルが大好き、カルネ村のことを気にかけてくれるサトルが大好き。ゴブリンさんたちを召喚させるアイテムをくれたサトルが大好き。ナザリックを楽しそうにして案内してくれるサトルのことが大好き……だから何にも怖くないよ、私はずっとそばにいるよ」

 

 言いながら思う。自分はサトルのことが本当に好きなんだと思う。呆然としているサトルが少しだけ我に返ってこんな言葉を返してくれる。

 

「俺は……俺もネムのことが好きだと思う。助けた時にアンデッドなのに受け入れてくれたことも、助けたことでたっちさんに近づけたと思わせてくれたことも、俺に恩を返そうとしてくれていることも、俺と気負わず話してくれることも、ナザリックのことを話して喜んでくれるネムのことを、あの日抱きしめて眠った時に感じていた人の暖かさもネムに貰った……私もネムのことを好きだと思う……前回一緒に眠った時に何か大事そうなことが分かりそうだった……そんなネムのことが好きだと思う。だけど俺はネムを一番に愛せない。俺は、俺にとって一番はナザリックだから……だからキスされる資格なんてない」

 

「一番じゃなくていいよ。多分そんなサトルを含めて私は、サトルのことが好きだと思うから」

 

「ネム……」

 

「だから、お姉ちゃんやンフィー君たちがしているようなことしよう。きっと素晴らしい事だと思うから」

 

 そしてネムとサトルの距離がもう一度短くなり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭が痛い……多分眠る前に泣いてネムが差し出してきたグラスに入ってるお酒を飲みほしたからだろう。そして周りを見るとシーツや布団に血がついてあって、隣では自分に抱き着くようにネムが眠っていた。そして眠る前にした行為を思い出す。事案のことを思い出してしまう。

 

「俺はなんてことを……なんてことを―!!」

 

 ネムを起こさないように小声で叫ぶという器用な真似をアインズはしていた。

 

 だが後悔は無かった。鈴木悟はずっと孤独だったのだ。友人たちができたおかげで孤独は一度消えた。しかし得た友人をまた失ってしまったのだ。喪失感は大きかった。だから孤独を癒してくれる、自分をただ抱きしめてくれる誰かを待ち望んでいたということをようやく理解したからだ。そして抱きしめてくれる人を手に入れることができたのだから。

 

 今度は絶対に手放したくないと思った。

 




モモンガ様とネムの話は本当は後1,2回挟んでから事案にしようと思ってたのでちょっと強引になったかも。

でもこの日に更新したかったのと、冗長すぎる感じになったのでここでゴールイン(迫真)一応伏線ぽいのは張ってたし……許してm(__)m

次話は近いうちの19:19時間か07:21時間に挙げます。

二人は幸せなキスをして――

たっち・みー「約束された勝利の逮捕」


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事案9

前回のあらすじ

事案発生!!


 妹がおかしい。エンリ・エモットはそう感じていた。毎日寝る時間になると、ナザリックという場所で寝起きしているのだ。何故自宅で眠らないのか。何かがおかしく感じた、エンリ・エモットは村の母親役である村長夫人に助言を頼み、3人で話すことになった。ここに自分の母親がいてくれればと思う。そうすれば村長夫人の手を煩わせずに解決できたのにと考えてしまう。

 

「ネムちゃん? 私の言う事に正直に答えて?」

 

「はーい!」

 

 変わらない妹の元気な声が家の中に響く。最近いつもより元気な気がするのは気のせいだろうか。いや元気な気がする。間違いない。

 

「毎日あの宮殿で寝泊まりしているらしいけど、一体何をしているの?」

 

 ネムはコロちゃんに顔を預けてモフモフを堪能しながらだろう。そうしながら答えた。

 

「お姉ちゃんやンフィー君の邪魔にならないように、サトル……間違えちゃったアインズ様のお部屋で寝泊まりしています!」

 

「ネム!」

 

 思わず声を荒げていた羞恥心からだろうか。確かにネムがいない事で毎日その、恋人の営みをしてきたが……。気を遣わせていたのだろうか……。というより分かって言ってるのだろうか?

 

「ネムちゃん? それだけじゃないでしょう」

 

 その言葉に、視線を少しだけ下げてネムは応えた。エンリには想像できない言葉で。

 

「……実はお姉ちゃんたちがしていることと、同じことをアインズとしています」

 

 目を見開いた。アンデッドと性的なことをしている。どうやって、いやそもそも、アンデッドに性欲はあるのか、なぜそのような事になったのか。何故呼び捨てにできるほど親しくなっているのか。エンリは不思議であった。というよりこれはもう自分が解決できる事態を大幅に超えている。思わず村長夫人に縋ってしまう。年の功で何とか問題点を解決してほしいと考えて。村長夫人も頭を痛そうにしているのが目に入った。希望は無いのだろうか。

 

「……どうやってそう言う事をしているの?」

 

「えっと、アインズ様が人間に変身して悲しそうに泣いてて、慰めているうちにお姉ちゃんたちがやってることをすれば、サトルが救われるかなと思って」

 

「そう……人間の時のお名前はサトルっていうのね? ひどいことはされてない?」

 

「うん! とっても優しくしてくれてるよ!」

 

 村長夫人が大きく息を吐いた。自分も同じく溜息を吐きたい。

 

「ナザリックの人たちより先にあなたが、アインズさんの家族になるとは思っていなかったわ……でも酷いことをされていないなら望むべき縁談かもしれないわね」

 

 村長夫人がいう。確かにアインズと結婚すればネムは幸せになるだろう。あれだけの財力を所持していて、とても強い魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだから。

 

 村長夫人のおかげで一つ謎が解けた、解けた謎は大きすぎる問題があるが、ネムが幸せになれるなら良いだろう。そう思う程度には達観できていた。だけど不思議に思うのは何故、私とンフィーレアの営みをネムは知ったのだろうか?

 

 確かに農村では動物のそういうところや、祭りの時に茂みに行く男女がいるのは確かだ。だがこの年齢の時に正しい知識をエンリは持っていただろうか。いや、持っていなかったと思う。

 

「ネム、その知識をどうやって知ったの?」

 

「えっと、以前泊らせて頂いた時にどうやって、私たちを見つけてくれたのかネムが聞いてみたの。それでその、気持ちよさそうにしているお姉ちゃんたちを見ちゃったの。ちょっとだけしか見せてくれなかったけど」

 

 エンリは救世主に営みを見られたことに羞恥心が込み上げて来ていた。あんまりである。一度救世主は恥ずかしい目に遭えばいいのに。そう、感じてしまった。

 

★ ★ ★

 

 

 今日も起きると横にはネムがいた。その事にアインズは安堵していた。自分は一人ではないと。アンデッドではなく人間に変身できるようになったことで、気づいた。人を殺してしまった事に対する恐怖を。いやそれ以上に人を殺したと知った時のギルドメンバーたちの自分を見る目を思ってしまった。人殺しと罵られて嫌われてしまうかもしれないと。

 

 それをネムは大きな優しさで包み込んでくれた。それが無ければ、ギルドメンバーに見捨てられるという悲惨な想像から立ち直ることは出来なかっただろう。

 

 ネムは既にアインズにとっていや鈴木悟にとって家族といえた。ナザリックの者とどちらを優先するかといえば、苦渋の決断の後、ナザリックの者を選ぶ程度には家族であった。いやその時が来れば、もしかしたらネムを選んでしまうかもしれないが。

 

 そんな究極の選択をしないで済むように行動するのが今のアインズの中の鈴木悟の目的となっていた。

 

 最近はネムは毎日ナザリックに泊り……いや自分の部屋に住んでいるというのが正しいのだろうか? 毎日自分の部屋に来ている以上……泊りに来るという表現は正しくない。帰ってきてるのだから。ネムにとっても悟の部屋はもう一つの家となっているだろう。そう信じたい。

 

 そのための方法として転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)を利用してナザリックの自分の居室とネムの住むエモット家を直接つなげるようにしている。エンリは既に恋仲となったンフィーレアと一緒に眠るためにネムたちの両親の居室で寝泊まりしているため、エンリとネムの部屋はネムの一人用になっていた。

 

 問題は防備性であるが、ネムが自分の居室に来るときは常に月光の狼(ムーンウルフ)が居座る事で迷い込まれないようにしていた、カルネ村じたいもコキュートスが滞在しているため、ある程度以上の防備が確保されているため、カルネ村とナザリックを常に繋ぎ続けるようにしていた。

 

 あと、たっち・みーに逮捕されることについては自身の中で決着が付いていた。端的に言えば吹っ切れたのである。事情を説明すればきっと執行猶予にしてくれると信じて。

 

 土下座あるのみである。それでワンチャン許してくれると信じている。許してくれるといいな。どちらにせよ後には引けないが。

 

 

 あれから暫く日数は経つが悟は毎日のようにネムに手を出していた。性的に。ナザリックは性的欲求を刺激してくる存在が多いのだ。アルベドやシャルティアはもちろんだが、一般メイドだってその美しさから性的欲求を擡げさせる。

 

 今、悟は誓っていた。親友の娘にだけは死んでも手を出さないと。それだけは絶対に許されないと考えていた。だが、ネムの数段以上、美しくて性的欲求を発生させる美女や美少女たち……彼女たちがいる限り、いつ自分自身の欲望のはけ口にしてしまうか分からない恐怖がある。故に夜、愛してくれているネムと一緒に欲望を発散しているのだ。最低である。

 

 ネムは早熟だったためか痛みをあまり感じていないのが救いである。いや2回目以降、PvPの経験からか最低限気持ち良くさせることは出来ていると思うが。何となくネムの体の弱い部分は分かってきているのだ。ペロロンチーノを超えた変態である。

 

 だがその関係も何れ断ち切らないといけないと思っていた。疲れて眠りながら泣いているネムを見てしまった。「お父さん、お母さん」と呟いているネムを。電流が走った思いだった。ネムは自分を孤独から救ってくれた。だがネムの孤独は癒されていなかったのだ。考えてみれば10歳である。両親を求めるのが普通であり、今の悟とネムの関係の方が異常である。それを理解したからこそ、考えを改めた。自分の欲望は我慢できるものであり我慢しなければならない物である。だからこのネムと今の自分の歪な関係に終止符を打とうと。

 

 

★ ★ ★

 

 アインズはカルネ村にいつも連れ立っているユリ・アルファではなく、今回は初めてペストーニャを連れ立って来ていた。そしてそれを村中の人々が出迎えてくれた。もちろんネムも。ネムはペストーニャを見ても、会ったことがあるから驚かないのは分かるが。他の村人たちも驚いていない。恐らくなれたのだろう。人間以外に訪れる者のことを。

 

「ようこそおいでくださいました、アインズさん? 今日はどういったご用件で?」

 

「いらっしゃいませ、さ、アインズ様!?」

 

 ネムが悟とアインズの言い方を間違えかけているのに少しだけ内面で笑ってしまう。だがここで事件が起きた。そうンフィーレア・バレアレである。彼は自分がアンデッドであることを知らなかったからだ。

 

「エンリ、ネムちゃん下がって!?」

 

 だがそれは村人中から誤解であり、自分達を救ってくれた人であるということで恐々としながらも納得してくれたのだろう。最終的には、「誤解して申し訳ありません、村の皆を、エンリを助けて頂いて本当に感謝しますありがとうございました」と深々と頭を下げてきたからだ。

 

 ……前回の話し合いの結果か村長も自分を様付けすることを止めてくれていた。仲良くなった証拠といえるだろう。嬉しい事である。畏まられすぎるのは、肩がこる。NPCたちももう少し砕けた態度を取ってくれると嬉しいのだが……最近アウラやマーレは砕けた態度をとることが多くなってくれたのが救いである。お風呂での惨劇からは目を逸らすが。

 

 そしてネムは先程まで一緒にいたためか間違えて名前を言い直している可愛いと思う。今から手放すと思うと、アンデッド状態でも胸が締め付けられ沈静化が発動する。だがそれが一番いいのだ。ネムのためにも、これから支配者としてナザリックに君臨するためにも。

 

「今回は一つ実験を行うためにこの村に訪れさせて頂きました」

 

「実験ですか?」

 

「はい、実験です。本当はもう少し早く行うべきだったのですが……まず謝罪させて頂きます」

 

 アインズは大きく頭を下げる。誠意を見せるために。それに慌てるのは村人たちである。救世主に頭を下げさせるなんて許される事ではないからだろう。ネムも驚いている。そしてペストーニャは自分に追従するように頭を下げている。事前の打ち合わせ通りである。

 

「そんな、どうか頭をお上げください!? 我々はアインズさんに助けられてばかりで何も返せていないのですから」

 

「いいえ、充分報酬を頂きました……押し問答が続きそうですので、本題に入らせて頂きますね」

 

 一度言葉を切る。ここからが本題だ。

 

「こちらは、ペストーニャ・S・ワンコという私の家族の一人です。そして蘇生魔法の使い手です」

 

「ペストーニャ・S・ワンコと申します……わん」

 

「そせい、まほう?」 

 

「そせい、まほうとはあの?」

 

 村長と村長夫人が呆然と呟く。いやネムや村人全員が今のアインズの言葉に驚いている。この世界において蘇生魔法が貴重な物ではあるが存在していることは、パンドラズ・アクターたちの尽力で入手出来ている。もちろん下位の蘇生魔法である以上、現地の蘇生魔法での蘇生は不可能だろう。

 

 自分達が関与しなければ。蘇生は不可能なはずである。だがもう自分は迷わない。母と似た人を喜ばせたいという気持ちもある。そして恋人となったネムの心を守りたい。そう思ったからこそ、パンドラズ・アクターと相談の結果で蘇生させるのだ。

 

 パンドラズ・アクターからは容易に許可が下りた。死者蘇生させることで人口を元に戻し、王国への革命のための人口を増やすためにという当然の考えと、ここでアインズ・ウール・ゴウンの伝説を作る事により、他の友人たちの目印にするために行うべきとの許可を得ている。故に後は彼らの同意を得るだけである。

 

「あなた達の許可が得られれば、帝国の兵士に偽装した法国の者たちに殺された者たちを、全員蘇生させようと考えております。今まで蘇生魔法があったのに黙っていて申し訳ありません。私には覚悟が無かったため遅れてしまいました」

 

 村人たちは呆然としている。そんな中、意外にも早く復帰したのは村長ではなく村長夫人だった。

 

「アインズさん。ありがとうございます。ですがなぜ、そこまでの厚遇を我々に与えてくださるのですか? もちろん友人たちを蘇生して頂けるのは嬉しいです。ですが理由をお聞きしたいのです」

 

 母と似た人が喜ぶからという理由、恋人の心を守りたい。など理由はたくさんあるが。それは言わない。それは内に占めておくべき感情である。実際この実験には色々とした利益がナザリックにあるのだから。

 

「私があなたたちを、気に入っているというのもあります。ですが我々にも利益があります。私の知っている蘇生魔法ではいくつかパターンがあるのです」

 

 蘇生した場合どこで蘇生されるのか? 一つ目が死んだ場所での蘇生。二つ目がダンジョンなどの入り口での復活。付近の安全な場所での蘇生。本拠地での蘇生。

 

「私が知る限り死者蘇生はこの4つのどこかで蘇生されます。どこで蘇生されるのか? それを確認するのが今回の実験です」

 

 村人たちが多少理解しているように感じる。いや理解できないのが理解できたという雰囲気だろうか。とにかくにも自分にも利益があることは理解してくれただろう。

 

「ただし、死者を蘇生させるためには金貨や宝石など価値のあるものの利用が不可欠となります。これをあなた達は用意することができますか?」

 

 村人たち全員が顔を見合わせる。先程まであった喜びの感情は薄くなり、絶望的表情である。当然であるアインズが知る限り、この村に60人近くを蘇生させるための宝石などが用意できるとは思えない。いやンフィーレア・バレアレなら一人か二人までなら蘇生させるための金銭があるかもしれないが、それでは周りからにらまれて蘇生しても蘇生されなかった者もいるので不幸な事になるだろう。それが分かっているからかンフィーレ・バレアレは無言を保っている。ネムは呆然と「もう一度お父さんたちに会えるの」と呟きが聞こえてきたがあえて無視した。無視しないと、耐えられそうにないからだ。

 

「村長、革命の件は村人たちに話していますか?」

 

「はい、多少は説明しており全員の了承を得ております」

 

「……分かりました。私はあなたたちを信頼しています。宝石などは一旦私が立て替えます」

 

 その言葉に村中がざわつく。喜びだからであろう。確かに大金であるが、村人を蘇生させる程度なら、パンドラズ・アクターの配下で働いてくれている人間のおかげで、財政面ではプラスの収支になっているからだ。

 

「おお」

 

「ですが何年かかっても構いません必ず返却してください。信頼していますよ? 村長、奥様、村人の人たち」

 

「勿論です、アインズ様」

 

「では少々実験の準備をするのでお待ちください。パンドラズ・アクター! 宝石類を持ってこい!」

 

 その言葉に呼応するように、ゲートからたくさんの宝石類を所持しているパンドラズ・アクターが出てきた。打ち合わせ通りである。

 

「お持ち致しました、アインズ様!」

 

「村長それに奥様、私はこのままアンデッドの姿で彼らの蘇生に立ち会おうと思います。彼らが混乱した場合なだめる作業をお任せしてよろしいでしょうか?」

 

「勿論でございます。アインズさん」

 

「……村人たちをたしなめるのはお任せください、アインズさん」

 

 2人だけでなく、全ての村人が頷いてるのをアインズは見守る。

 

(ああ、やはりここに住む村人たちは良い人ばかりだ……憧れるよ。リアルで出会えれば何か変わったかもな)

 

「ではペストーニャ、実験を頼む」

 

「畏まりました、わん」

 

 そしてペストーニャが蘇生魔法の行使を始めた。一人目の村人がよみがえった。村の中で行ったが、墓地ではなくて村で蘇生された……これは、自分の本拠地で蘇生されるということだろうか。それとも殺された場所がここだったのだろうか……。体はとてもだるそうであり、混乱から抜け切れていない。そしてアインズを見て恐怖心を露にしているが、村人たちが事情を説明すると一人目の村人はアインズに対して土下座するように畏まった。

 

 それが何度も繰り返される。そして遂にエンリとネムの両親の蘇生の番が来たのだろう。二人が泣きながら事情を説明しながら抱き着いている。村人がペストーニャの蘇生魔法に従い徐々に蘇生されていく。みんな混乱から中々立ち直れていないようだが、少しづつ落ち付いてきているように見える。そんな時だった村長夫人が目の前に来たのは。

 

「ありがとうございます、アインズさん。みんなを蘇生させてもらって」

 

「いいえ、構いません。私にもメリットがある事ですので」

 

「それと、ネムの事よろしくお願いしますね? 不幸にしたら許しませんから」

 

 少し虚をつかれた。思わずまじまじと村長夫人を見てしまう。何故自分たちの間柄が知られることになったのか不思議で。そう不思議そうに思った事が分かったのだろう。さらに言葉を投げかけられていた。

 

「エンリが疑問に思って、私に相談してきたので3人で話し合ったんです。その時色々と聞かせて頂きました。本当なら小さい子に手を出してと、怒るべきなのかもしれませんが……私はネムとあなたを応援します。ただ、ナザリックにいる人たちのことも気を配ってあげてくださいね? 特にアルベドさんはあなたの妻になる事を心から望んでいるように感じましたから」

 

 確かにアルベドは自分の妃になる事を望むだろう。だがそれは自分が書き換えてしまった故に生み出されてしまった感情だと思う。最近シャルティアや恥ずかし気にしているアウラを見ていると少しだけ、素で自分を愛しているのかなと思う時もあるが。だとしても自分から見ると彼女は親友の娘なのだ。より小さい子に手出しているが、親友の娘に手を出すよりはましだと信じている。

 

 そんなことを思っていると、思いがけない言葉が村長夫人から満面の笑みで言われた。

 

「それと、皆を蘇生させてくれて私たちを幸せにしてくれて、本当にありがとう、サトル」

 

 その言葉に思わず沈静化が発動する。何故知っているのかということを。悟という名前はネムから聞いたのだろう。さっきも言い間違えかけていたから、2人に問い詰められた時にぽろっと話してしまうのは分かる。

 

 だが何故その名前で呼んだのか。聞こうとしたときにはすでに村長夫人は、今蘇生されて困惑している女性に服をかけながら事情を説明している。その女性も事情を聴き終わると自分に土下座している。もちろんペストーニャにも。

 

 それを見ながら不思議に思う。なぜ私のことを悟と呼んだのか。いや若しかしたら……自分が母と重ねていたことを知っていたのだろうか? では何故知っているのか。傍にいるパンドラズ・アクターに問いかけていた。ある確信を持ちながら。

 

「パンドラズ・アクター」

 

「お呼びですか? アインズ様!?」

 

 いつものように変わらない大振りな動作と、大きな声で帰ってきた。本当にいつも通りのパンドラズアクターである。もう慣れた。

 

「彼女に話したか? 私が自分の母と重ねていることを」

 

 だが今必要なのはそのパンドラズ・アクターではない。今必要なのは宝物殿で話した時のようなパンドラズ・アクターが必要なのだ。声は若干責めるようになったかもしれない。

 

「はい、それとナザリックの人間軽視を改めるためにナザリック全体にも周知いたしました」

 

「……そうか」

 

 パンドラズ・アクターに言いたい事は色々ある。勝手に自分の個人情報を話しやがってとか。母に重ねているなんて、恥ずかしいことを当人に伝えるとか。しかもナザリック全体に周知するとか、普通ないだろうとか。

 

「現在ナザリックが少しざわついているのは、それが理由か?」

 

 今現在ナザリックはアインズにも分かる程度には混乱しているように見える。このことが原因だったのだろう。

 

「お気づきでしたか? 多少それもあります。ですが、悪い方向には動いてないのでご安心を。むしろ良い方向に動いていると考えてよいかと」

 

「そうか……お前がそう言うなら、問題ないというならそうなんだろうな」

 

 思うところがないわけではない。だが、だからこそ村長夫人はあれだけ自分に親身になってくれたのだろう。となるとパンドラズ・アクターを責めることは出来ない。

 

 いや最後に悟と呼ばれたこと……それを考えればパンドラズ・アクターに言う言葉はきまっている。

 

「ありがとう、パンドラズ・アクター。俺が心の底で望んでいた本当の名前で読んで貰うという願いが叶った……お礼と言ってはなんだがお前にはこれを渡して置こう」

 

 そう言いながら流れ星の指輪(シューティングスター)の指輪を取り出す。パンドラズ・アクターはアイテムが大好きである。既に2回使っていて自分には必要のない物だ。この辺りで功を報いてやらねばならないだろう。

 

「おお! この指輪はっ!?」

 

「今までの感謝を込めてお前にやろう、パンドラなら変身して使うことも可能だからな。いや変身せずとも使えるのだったかな。まぁどっちでもいい。自由に扱うと言い」

 

「感謝いたします、アインズ様!」

 

「構わん。だがやはり、名前で呼ばれるのは嬉しいが……物足りなく感じてしまうな」

 

 あの日、母が死んでいなければこんな気持ちにもならなかったのだろう……やはり似ている人に呼ばれるだけでは物足りなく感じてしまった。

 

 

 そして近づかずにアインズは眺めていた……ネムが自分から離れてしまうだろうなと思いながら……。自分以外に抱き着いている姿を見ると両親と知っていても嫉妬してしまいそうである。

 

 そしてエンリの両親たちがある程度落ちついてからだろう。エンリの恋人であるンフィーレア・バレアレが村中に聞こえるように叫んでいた。

 

「お義父さん、娘さんを僕に下さい!」

 

 そう彼は叫んでいた。そして顔が真っ赤になっているエンリと何故か、最初茫然としていながらニコニコとこっちを見ているネムの姿が目についた。

 

 えっ?

 

★ ★ ★

 

 アルベドは気づいていた。ネム・エモットと愛しの君がただならぬ関係になっていることに。だがなぜそうなったかは分からなかった。だが毎日アインズの部屋に訪れているとの状況証拠とサキュバスとしての勘が間違いではないと囁いていた。

 

 やはり村長夫人と最初から仲が良いというアドバンテージが大きかったのだろうか。

 

 だがそれ以上に……何か救われたような表情をする主に泣きたくなっていた。私たちが、私が本当なら癒すべきだったはずなのに、だが怒りは感じない。自分が悪いのだ。孤独という物に怯えていたモモンガに気付くことができなかった……。外部にいる村長夫人に言われてはじめて気づいたのだから。

 

 だがこれ以上負けることを看過することは出来ないでいた。しかしどう行動すれば家族になれるのか……ナザリックにいる者全てが分かっていなかった。あの日ナザリック全体にモモンガの母親に似た人物がいるという情報はナザリック全体に激震を走らせた。そして似ている村長夫人が言った言葉、家族を求めて我々の変革を求めているのではないかとの言葉でもう一度激震が走ったからだ。特にあの場にいたNPCたちの動揺はすさまじい。その動揺がナザリック全体に伝播しているのだ。一度は家族になって見せようと考えたが、どうすれば家族になれるか誰もが分からなかったからである。

 

 現時点で普段通りの業務を行えているNPCは少ない。補給と外担当のデミウルゴス、王国革命計画そしてナザリック内担当のパンドラズ・アクター、カルネ村の連絡役のユリ・アルファと裏の護衛役コキュートスと数えられる人物しかいない。

 

 その中で後者二人が動けているのは単に自分の役目がモモンガの命よりも大切な物と理解しているからである。他の者たちは何とか惰性で任務をこなしているに過ぎない。作業効率の低下は著しい物がある。

 

 アルベドとて同様だ。もしパンドラズ・アクターがいなければナザリックは致命的な機能不全に陥っていただろう。

 

 家族になりたい。だがなり方が分からない。ネム・エモットの真似をすれば家族になれるだろうか。いいや違うはずだ。家族のなり方は他にもあるはずである。やはり、以前村長夫人に言われた通り、モモンガが悲しんでいることを見つけて癒すしかないのだろうか。だがその方法は恐らくネム・エモットに使われてしまった……。となるとやはり同じ方法になるのだろうか? 駄目だ思考が堂々巡りを起こしている。

 

 格下と侮っていた人間の方がモモンガの傷を癒す。我々は何をしていたのだろう。

 

 なぜ誰も気づくことができなかったのだろう。モモンガの孤独を。私だけは気づくべきだった。愛することをモモンガに許された時点で。それだけで、モモンガは孤独の渦にあることを気付くべきだった。それを村長夫人に教えられるまで気づかないなんてどうかしている。

 

 いやパンドラズ・アクターだけは、あるいは自身と同様に知っていた可能性もあるかもしれないが。彼だけはモモンガに創造されたNPCなのだから。いや後で聞いた話だが村長夫人に部下の様に振舞いながら家族と言う言葉を強調していたとユリ・アルファから聞いたことを勘案するに……つまり村長夫人がその事に気付くように誘導したのかもしれない。なぜ直接言わないのか……。その理由もアルベドは察している。創造主に置いて行かれていないからだろう。我々は多かれ少なかれ、彼に嫉妬しているはずだから。置いて行かれたものとして、置いて行かれなかった者に。

 

 どうやって家族になるべきか。これは自分で答えを導くべきだと本能が言っていた。しかし理性はパンドラズ・アクターに聞くべきだと言っていた。彼は聞けば答えてくれるだろうという確信があった。

 

 いや本当は家族になる方法は気付いている。子どものように甘えればいいのだ。アウラのように。アウラは既に一歩踏み出している。甘えるという行動を取ったことで(私がその行動を台無しにしてやったが)。

 

 元々、御方々の子どもとみなされている以上、実際に子どもである、アウラとマーレは主従関係が薄いはずだからである。

 

 しかし、アルベドは無理矢理小さくなったまがい物にしか過ぎない。どうすればいいのかアルベドは全く分からなかった。それにアルベドは子どもとして家族になりたいのではないのだ。妻として愛する方を支えたいのだ。どうすれば妻として家族になれるか見当がつかないでいた。

 

 だが止まるわけにはいかなかった……既にネムにリードを許してしまったのだ。このままでは独走態勢に入られて手が付けられなくなるかもしれないからだ。

 

(この際第2妃でも構わない。何とか妻として食い込まないと……でもそのためには妻として家族にならないといけない……どうすればいいのよ)

 

 アルベドは情けなく涙目になっていた。それで思った。このままでは勝てないと。そこで一つ疑問に思った事をパンドラズ・アクターに問いかけるために探していた。見つけた。意外と簡単に見つかった。私やほかのNPCの代わりをしていて大変だろうが付き合って貰おう。

 

「パンドラズ・アクター、一つ聞かせて?」

 

「何なりと。ただ手短にして頂けると幸いです!」

 

「分かったわ。なら単刀直入に聞くわ。モモンガ様のお母様の蘇生は、本当に不可能なのかしら?」

 

 今からでも本当のお母様を蘇生させることができれば巻き返しができるのではないか、私の発案で蘇生すればモモンガが喜ばれるのではないか、そしてその御方と私が仲良くなれば、妃として推してくれるのではないかと。そう考えてパンドラズ・アクターに問いかけていた。

 

「……リアルとこの世界では既存の法則が異なっております。故に不可能であると断じましょう」

 

「そう、分かったわ」

 

 アルベドは去っていった。元々無理だとは思って、他の方法を考えなければならないと考えていたからだ。可能であればモモンガが既に実行に移しているだろうから。だからパンドラズ・アクターの最後のつぶやきを聞き逃していた。

 

「そう、第10位階の蘇生魔法では届かなかった。しかし世界級(ワールド)いえ、超位魔法ならあるいは……憶測にすぎませんがね」

 

★ ★ ★

 

「死者の蘇生ね……ある程度の力があれば復活自体は可能だが……ただの村人を蘇生させる部下がいるね……」

 

 思わずため息を吐いていた。成程、魔法詠唱者(マジック・キャスター)で俺を遙かに超えているのはよく理解できた。だがそんな奴も以前は弱かったということをパンドラズ・アクターから聞いているし、変に人間味もあるから事実なのだろう。

 

 今見たのは完成された姿だ。ならば俺は剣士としてあいつに迫らなければならない。ガゼフやシャルティアに勝利するためにも。

 

 頂きの高さは再確認できた。これは村人蘇生を行い混乱している村人たちを宥めたりして混乱から解き放ちアンデッドの姿でも友好関係を結ぶための時間だ、なら俺には関係がない。俺は求道者だ。ただ頂きを目指すために、シャルティアを仮想敵にしてもう一度、鍛錬に戻った。仮想敵のシャルティアに何度も小指の爪ではじき返されるのを繰り返す。どうやっても届かない。そんな言い訳を彼方に追いやりながら。

 

 

 

 

 そしてそれを見ている男がいた。村人たちが行っていることを見ながら、離れながら透明化のマジックアイテムで姿が映らないようにして、邪魔にならぬように護衛をしている男だ。コキュートスである。強くなることに命をかけている、ブレインを眺めていた。自分と比べれば弱すぎる。しかし、何かがあるように見えた。

 

 武人としてこの男が高みに上るのを応援したいという気持ちも芽生えていた。

 

 コキュートス自身現在のナザリックが転換期にあるのを気付いていた。アインズの真の望み、家族を作るということを聞いて、動揺していた。自分は御方の剣であろうとしていたからだ。だがそれではいけないと気づいてしまったからだ。何がどういけないのかは漠然としか分かっていなかったが。

 

 そのためどうすればいいのかは分からなかった。どうすれば家族になれるかを……。その隙間を縫うように今のコキュートスにはある願望が生まれていた。この男を徹底的に鍛えてやりたい。まるでシャルティアを仮想敵にしているように動くこの男を。

 

(アルイハコノ男ト親シクナレバ、家族トハ何カ聞キ出セルカモシレナイ)

 

 そんな思いでコキュートスは夜半村の者が寝静まった頃に護衛の邪魔にならない程度で修行を付けてやろうと決めていた。




第1章のラスボス登場。(全体のラスボスはアルベド)

モモンガ様はエモット父(ラスボス)を打倒できるのか! 次話お待ちください!

いつも誤字報告感謝です!


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事案10

夏、暑いのと忙しさで疲れたよ。皆さんも水分補給は怠らない様にしましょう!あとコ〇ナにも気を付けましょう!


 村人たちが蘇生された。その言葉に蘇った自分達は、元から生きていた村人たちの話を受けて、蘇らせてくれた人とその主である、アンデッドに膝をついて土下座していた。死んだはずだった人生をもう一度歩ませてくれる感謝しかない。土下座しながら息を吐き生の実感を得ていた。そんな中だった、ンフィーレア・バレアレから言葉がかかったのは。

 

「お義父さん、娘さんを僕に下さい!!」

 

 エモット夫妻は、驚いていた。自分たちが死んでいる間に何があったか分からずにいたが、顔を真っ赤にしながらも驚いていない上の娘の表情を見て……自分たちが死んでいる間きっとエンリをンフィーレア・バレアレが支えてくれていたのだろうと。

 

 そう思うとンフィーレア・バレアレには感謝の言葉しか出てこない。だが父親としてはしなければならない事がある。重たい体で立ちあがり、ンフィーレア・バレアレの方を向く。

 

 深く90度以上に頭を下げていた。元々ンフィーレア・バレアレが娘のエンリのことが好きだということは察している。むしろ娘が気付かないことに危機感、少しだけ焦燥感すら抱いていた。

 

 ンフィーレア・バレアレは薬師として有名であり、エンリが結婚することに異存はない。

 

 しかし怒りを覚える。自分たちがいない間に恋仲になったことに対して。親の目を結んで娘を女にしたのは許せない。死んでいたという仕方がない理由があったとしても。

 

「ンフィーレア君」

 

「はい、お義父さん」

 

 その言葉に反応したように顔を上げるンフィーレアを、体が鉛のように重い中力を必死に振り絞り腕を振りぬき殴る。衝撃を受けたようだが、一歩もあとずさらずに受けたことは驚愕である。ぶっ飛ばすつもりで殴ったのだから。倒れるぐらいはしてもらおうと思っていたからだ。自分が弱くなったのか、彼が強くなったのか、どちらかは分からない。若しくは両方か。

 

 だがどちらにせよこれ以上は無粋だ。充分である。

 

「娘をよろしく頼む、ンフィーレア」

 

「……はい、任せてください、命に代えてでも僕がエンリを守ります!」

 

 村中から歓声が沸く。ンフィーレアがエンリと結婚することは他の村人たちも異存はないのだろう。村中を見渡すと、気づけばゴブリンの姿も見えた。危険かと思ったが、ネムが召喚した魔物であり、仲良くできると説明を受けて驚愕を受けた。

 

 さらに言えばネムの衣装が変わっていることに今気づいた。まるで王族が着るような衣装である。いったい何があったのか少しだけ不安に思う。しかし村の救世主に近づいて何かささやいているのを見ると気に入られたのかもしれない。そう思うと、自分の娘を誇らしく思う。救世主に気に入られたことに対して。

 

 そしてエンリの顔が村中の騒ぎと反比例するように真っ赤になっている姿に笑顔を浮かべてしまう。

 

 しかし蘇生直後に無理矢理力を使ったせいだろう。立っていることができずに跪く、それを慌てたようにンフィーレアが支えてくれた……。

 

(ああ、彼なら娘の婿として申し分ない)

 

 そう思いながら鉛のような体をンフィーレアに預けて意識を失った。途中でネムが驚いていたうえで、救世主に近づいてニヤニヤしているのは何故か分からなかったが。単純に姉の恋人ができたことに驚いたのかもしれない。そう思いながら笑顔のまま意識を失っていた。

 

 このとき彼らはまだ知らなかったのである。ある事実に。

 

★ ★ ★

 

 エンリの家族は全員救世主の家に招待されていた。あれから一度意識を失った父を心配したが、単純に異常な脱力感の中、自分の恋人を殴るのに力を使ったせいだろうと確信していた。そんなことしなくても良いと思うのだが。ンフィーレアも納得しているのだから必要なことなのかもしれない。なぜ必要かは分からないが。

 

 だが死んだはずの両親に認められて、晴れて恋仲になれたのは嬉しい。村の救世主に感謝である。それとも義理の弟に感謝であるといった方が良いのだろうか……。悩ましいところである。義理の弟になるということが。

 

 恐らくであるが、今回エンリたちが全員で招待されている理由に、エンリは気づいていた。あの時のニヤニヤとした表情のネムと想定外のことが起きたかのように慌てふためいていた救世主……もう答えは見えていた。一体どういう風になるかは疑問に思うが、無事に終わってほしいと思う。

 

 そして自分たちはユリ・アルファの先導に従い黄金の宮殿を歩く。確かにネムが言っていたように素晴らしい宮殿で畏怖を覚えてしまう。普通ならこんな凄い場所に訪れることなどない。しかしそんな中慣れているかのように宮殿を歩く、ネムには姉ながら感心してしまう。よくここまで純真でいられるものだと。いや、ここまで純真であったからこそ、この宮殿の主の心を射止めることができたのかもしれない。

 

 そして一つの部屋に案内された。そこには骸骨の姿ではない人間の姿の村の救世主?がいた。ネムが「サトル」と言って抱き着いているのだから間違いないのだろう。ここから起きることを察しているのはエンリとンフィーレアだけである。ンフィーレアには恋人として同じベッドで寝起きしている時に途中で事情を話したからである。すると彼も年齢差を考えなければとてもいい縁談であると納得してくれていた、両親は気づいていない。むしろ気付けるはずがない。大人の大魔法使い、しかも骸骨のアンデッドと娘が恋仲になっているとは思えないだろう。

 

 これからどういう行動になるか全くわからないが、隣にンフィーレアがいるだけで、未来を歩んでいけそうな気がしていた。エンリは勇気をンフィーレアからもらっていたのだ。

 

★ ★ ★

 

 

 悟はとても緊張していた。そう、今からンフィーレア・バレアレが行った事と似たことをしないといけないからだ。年齢を考えれば普通にアウトである。だがそれでも逃げ出すわけにはいかない。あのワクワクとしたような表情のネムを見ていると……逃げ出すことは許されない。最初から人間の姿で出て行こう。気分は罪を執行される罪人である。たっちさんに執行されそうである。いや本当に。

 

 ネムたちと会うのは一日ぶりだ。本当はも少し先延ばしにしたかったが、先延ばしにしても良い事はない。なので早めに行うことにしたのだ。あとネムが、自分達の関係を言う前に先に言わなければならないという思いから、急いだという理由もある。もしネムから自分達の関係を知られたらどうなるか分からないという恐怖感があるからだ。

 

(腹を括れ、鈴木悟!! ネムに手を出した時点で手遅れだったんだ。だったらその両親の許可を得ることぐらい簡単だろう!?)

 

 自分自身で自身を必死に鼓舞する。鼓舞していないと今すぐにでもこの場から逃げてしまいそうだからである。退路は無い。勝機は前にしかないのだ。それに少し嬉しくもある。ネムが両親が蘇っても自分と離れないでいてくれて。ここからは通過儀礼である。殴られることも罵倒されることも視野に入れてメイドたちは全員下げた。これで何一つの憂いもない。エモット夫妻の罵倒などを咎める存在はいない。自分はただ受け入れるだけである。

 

 本当は自分が出迎えるべきだったのだろう。だがそれをする勇気が無かった。そしてドアが開かれた。それと同時にネムが人間時の体に飛びつく。

 

「サトルー」

 

 甘えてくるネムが可愛い。そう思うことで心を平常に保とうとした、エモット夫妻の驚きを必死になって横に逸らしながら。

 

「どうぞ、楽にしてください、エモット夫妻」

 

「は、はい。救世主様? にこのような場所に招待して頂き感謝で言葉もありません」

 

 多少戸惑っているようだ。自分が人間の姿であることに。だが事前に人間に変身できるということは村長夫人やネムたちから聞いていたのだろう。驚きはすれど、拒否感は感じなかった。

 

「いえ、構いません。それに招待したのには理由がありますから……あと人間の姿の時は悟でお願いします」

 

「は、はいサトル様」

 

 空間には微妙な空気が流れている。エンリとンフィーレアは高みの見物なのか達観しているように見える。多分これから自分がする行動に気付いているのだろう。どうなるかが分からないという点で同じ境遇である。というより義兄と義姉になってしまうのだろうか……。

 

 

 

 エモット夫妻は先程から緊張しているのが分かる。すまない私はあなたたちに追い打ちをしなければならない許してほしい。

 

 そしてネムは楽しそうに私の傍に立っている……覚悟は決めた。後は走破するだけである。力の限り。全力で。

 

「エモット夫妻に実はお願いがあります」

 

「お願いですか? 娘たちを守っていただいた上に蘇生までして頂いたのです、可能な限り応えたいと思いますが……その内容は? それに我々が叶えられることなんてないと思いますが?」

 

 ネムが横からニヤニヤと期待感がこもった眼で私を見てくる。ならば言うしかない。たとえこの後どうなろうと。

 

「――お義父さん、娘さんを私に下さい」

 

 その言葉で空間が凍ったのが分かる。エモット夫妻が何を言っているか分からないかのように、混乱しているのまでは分かる。暫く時間がたち立ち直ったお義父さんが言葉を発した。

 

「その……大変申し訳ないのですが、エンリはンフィーレアと恋仲でして……二人の仲を引き裂くことは私にはできません」

 

「エンリではありません。私が欲しいのはネムです」

 

 茫然とした目でこっちを見ているのが良く分かる。気持ちはよく分かる。自分だって同じ立場なら困るだろう。大の大人が10歳の子どもに求婚するなんて、馬鹿げていると一蹴するだろうから。

 

「もう一度言います、お義父さん、ネムを私に下さい。必ず幸せにします」

 

 暫くの間沈黙が空間を支配した。そして大きなため息が義父となる方から吐かれた。義母となる方は驚きからまだ立ち直っていないようだ。

 

「ネムが、素晴らしい衣装を着ている訳が分かりました」

 

「いえ、その衣装は恋仲になる前にネムにあげた者です……私はネムのおかげで心を救われた。年なんか関係ないんです。ネムがネムだから好きになったんです。もう手放したくないほどに」

 

「……ではお聞きします。なぜ我々を蘇生させたのですか? 我々を蘇生させなければ、ネムを恋人にする事なんて容易だったでしょう。我々に遠慮する必要も無かったはずです」

 

「それは簡単です。一緒にネムと眠っていた時寝ぼけながら、お父さん、お母さんと呟いていたからです。私も小さいころに母を無くしています。家族を失う痛みは知っているつもりです。だからネムの心を守ることもかねてあなたたちを蘇生させました」

 

 エモット夫妻が互いに目を合わせているまるで視線で会話をしているかのように。いや小声で会話しているのだろう意識して、聞かないようにする。人間になってもこの体はハイスペックなのだ。

 

「えーサトルさんと呼ばせて頂きます……こちらに来ていただいても構いませんか?」

 

「はい」

 

 立ちあがり向かい合って座っていたのを止めてエモット主人の目の前に立つ。

 

 そして大きな打撃音が響いた。それはサトルを全力で殴ったエモット主人で会った。後ろに下がらないように耐える。ンフィーレア・バレアレを真似して。

 

「正直私は10歳の子どもに手を出したあなたを許せそうにない」

 

「当然です。私でも同じ立場なら、同じ反応をしたでしょう」

 

「ですが、あなたは村の救世主であり、我々を蘇生させてくださった救世主でもあります。そんな方にならネムを任せても構いません」

 

 紆余曲折はあったが許可を得ることは出来た。先程の沈黙で少しだけ焦っていたネムが満面の笑みを浮かべながら話しかけてきた。ネムも自分が殴られるのは想定の上だったのだろう。その事には触れてこなかった。

 

「やったねサトル!? これで私たちもお父さんたちに認められた公認の恋人同士だよ! 私、嬉しい!」

 

 可愛い笑顔をしたネムが自分にまとわりついて来る。そんなネムを遮るようにエモット主人が言う。

 

「言うまでもありませんが、必ずネムを幸せにしてください」

 

「もちろんです。ネムには私が個人的に持つ財産全てを使ってでも幸せにします」

 

 その顔にエモット夫妻が少しだけ顔を引きつらせている。いや、エンリやンフィーレアもだ。ああ金銭的に自分がマヒしていたのだろう。正直、今ネムが着ている服等を売るだけで彼らが一生きて行くことも可能だろうだから。

 

「では、ご両親の許可も得られましたので、食事にしようと思います。部下を呼びますので少々お待ちください」

 

 パンドラズ・アクターにメッセージの魔法を送る。人数分の食事を早急に持ってくるようにと。

 

 10分も立たないうちに、サトルの分を含めて6人分の料理が運ばれてきた。

 

 食事が配膳される。パンドラズ・アクターの配膳はとても洗練されていた。やはり舞台役者として演じているのかもしれない。それは今は関係ない、食事が冷める前に食べなければ。

 

「マナーなど気にせず食事を楽しんでください。私も余りマナーなどは得意ではないので間違えるかもしれませんから」

 

 だがネムを除いた4人は食べ始めない。何故か分からない。ネムも食べようとして他の4人が食べないのが不思議のようで手を止めていた。ネムはある程度であるが食事マナーを覚えている様である。パンドラズ・アクターの指導のおかげだろう。パンドラズ・アクターが何時休んでいるのか不安になるぐらいである。自分より優れているから体調面などを軽視している訳ではないだろうが。

 

 そんなことを考えていると、エモット主人から声がかかる。

 

「あ、あのこちらの料理は本当に食べてよろしいのでしょうか?」

 

「勿論です! そういえば今日の食事の内容を説明していませんでしたね。パンドラズ・アクター説明を頼む」

 

「畏まりました!? アインズ様!? 本日の給仕を担当いたします、パンドラズ・アクターと申します! では食事内容を説明させて頂きます」

 

 いつものように大振りな動作を伴いながら本日のランチコースのメニューをパンドラズ・アクターが話し始めた。いやいつもよりほこりが立たないように控えめに見える。慣れたからそう思っているだけかもしれないが。

 

 そして思う。色々あって自分も食べるのが初めてである。少しだけ楽しみである。

 

「本日の予定はオードブルサラダ、ホタテガイのサラダ、プラムスターのコンフィ添えが1皿目となります。2皿目がピアーシングロブスター、ノーアトゥンの魚介のブルーテソースでございます。つづいて3皿目が――」

 

 まるで呪文のようなパンドラズアクターの料理の説明が流れる。

 

 対面に座るエモット夫妻たちは、混乱しているように感じる。自分も似たような物である。聞いたことが無い食事ばかりである。だが良いにおいがしているのは間違いない。彼らもそれは分かっているのだろう。鼻を少しひくつかせているように思える。においをかいでいるのだろう。

 

 

 今から彼らと美味しい物を食べる。嬉しいと思う。新しくできた家族とその家族と一緒にご飯を食べることに。だが、多少の罪悪感が残った。自分が美味しい物を食べていいのかと疑問に思ってしまった。食事をしようとすると、どうしても母のことを思い出してしまう。あの自分の好物を作ろうとして倒れて冷たくなっていた母を思い出してしまう。

 

 それを思うと自分に美味しい物を食べる資格があるのか疑問に思ってしまう。

 

「……どうしたのサトル?」

 

「いや、何でもないんだ、気にしないでくれ」

 

腹芸は上手くなったと思ったがどうやら微妙な雰囲気をネムに感づかれてしまったらしい。楽しまなければ。ここに集まった人たちに悪い。大きく息を吸って吐く。いわゆる深呼吸をして、いやな考えを外に放り出す。

 

「では頂きましょう」

 

 その言葉に恐る恐るといった感じで彼らも食べ始める。一瞬で顔が変わって嬉しそうにしている。良かった。苦手な味とかと思われないで。

 

 自分自身が食べた感想は絶品、その一言であった。お代わりしたいぐらいである。だがそれと同時に心に残ったのは母に食べさせてあげられない無念さである。

 

★ ★ ★

 

 ギリギリギリギリ……歯ぎしりが止まらない。どうしてこうなったかが分からなくて。ネム・エモットの両親が招待されている。恐らくその場でネム・エモットと結婚するということを告げるのだろう。何故、自分ではないのか。理由は分かっている。孤独を私たちは大きくしようとしていたからだ。私たちは気づかなければならなかった。世界征服という間違った願望ではなく、孤独であったモモンガの心に。

 

 パンドラズ・アクターによれば至高の御方々は全員亡くなられている。いったいどれほどモモンガは辛かっただろう。昔の自分を殴りたい。自分のことだけを考えていた自分自身を。その事に気付くことさえできていれば、自分が今のネム・エモットの立場になる事も難しくなかったのだから。

 

 だが希望はある。この世界に来る前、本来ならモモンガも無くなるはずだったのだから、可能性は低いが自分の創造主が戻ってきてくれる可能性もある。

 

 

 もしこの場にタブラ・スマラグディナがいれば、少しは変わっただろうか。いや今からでも合流できれば変わるかもしれない。今モモンガがしていることをタブラ・スマラグディナにするような形で。タブラ・スマラグディナに私が泣きつくことによって。だがタブラ・スマラグディナが現れることはない。本当に使えない創造主である……。

 

 この際、設定を変更したなら責任を取ってくださいと言って、モモンガに泣きつこうか。そうすれば2番目にはなれるはずである。いや本当にそうだろうか。よくよく考えてみる何か見落としていないだろうかと。ライバルはシャルティアだけだと思っていた。だが、実際はどうだ? ネムというライバルを見落とし、アウラも同じように妃になる事を望んでいるはずだ。

 

 そして電流が走った。思い起こすのはプレアデスである。プレアデスはユリ・アルファを筆頭に自身をモモンガの妃に押してくれていた。一部はシャルティアを応援していたが……それはいい。重要なのは。今まではプレアデスと協力することができていたことが難しくなったかもしれないということだ。

 

 そう今までは。多くのプレアデスのユリを筆頭に多くのメイド達の支持も集めているため敗北はなかったはずだ――

 

(――待ちなさい。確か、アウラとユリは仲が良かったのではなくて?)

 

 多くのプレアデスの支持を集めているが、それは積極的賛成ではない。シャルティアが相応しくないと言う消極的賛成の筈だ。それも、ユリがシャルティアが苦手と言う理由もあったはずだ。

 

 ならば、自分よりも仲が良い、アウラを応援するのではないだろうか? そして、ユリがアウラを応援する事態になれば、プレアデスの多くがユリに靡く可能性が高い。そのうえ、アウラはマーレと双子だ。マーレが応援する可能性も大きくある。さて、守護者で自分を大きく後押ししてくれる存在はいるだろうか? コキュートスはアインズに世継ぎができるのであれば、3人の内誰が妃になったとしても異論を挟まない筈だ。セバスとて同じだろう。

 

 デミウルゴスも2人と同意見だろう。それにデミウルゴスが大きく動く事はない。パンドラズ・アクターも交えてバーで話した時から、デミウルゴスは失意にくれている。業務をこなして誤りを正す事が精一杯だろう。たとえ協力を申し出ても、役に立つかも分からない。

 

 階層守護者ではなく、領域守護者ではどうだろう。確かに自らの姉等味方になってくれる存在もいる。しかし彼女達は自らの守護領域を大きく動く事はしないだろう。支援があっても相談に乗ってくれる程度と判断して良い。

 

 例外はパンドラズ・アクターだが、それも難しい。彼が何を目的に動いているか判断する事ができないのだ。分かっている事は自分の敵にもなりうるし、目的次第では味方にする事も可能なはずだ。

 

 つまりプレアデスから最悪の場合4人がいや、5人がアウラを応援する。シャルティアにはソリュシャンが応援する可能性が高い。守護者達はマーレがアウラに付いて、他の者達が中立。若しくは味方でも意味を成さない者達。

 

 現状では自分に有利に事を運んでくれる味方が誰一人いないのだ。

 

 シャルティアは味方がいたとしても警戒に値しないがアウラは違う。

 

 特にモモンガが家族を欲していると知ってしまった以上、多くの者がアウラを応援する可能性は高い。自分達が家族へのなり方が分からない以上、アウラであれば、支配者と被支配者の壁を壊すことができるかもしれないと考えて。実際一緒にお風呂に入った時、「変態さん」と言っている以上、我々大人の守護者と違い家族になるのは容易な気がする。無念である。

 

(くぅうう! まさか、ここまで追い詰められているなんて!)

 

 何とか挽回しなければ……ここはそう、疑似的母親である村長夫人に意見を聞きに行こう。自分はどういう行動をするのが最善であるかを。

 

 プレイアデスの末妹に頼んでカルネ村への転移門(ゲート)を開いてもらう。そのまま人口が増えた街の中を平然と歩く。村長宅を目指して。

 

「これはアルベドさん? どうしました? 何かありましたか?」

 

「ご相談したい事があるのです、奥様、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「いいですよ、丁度休憩にしようと思っていたところですので」

 

 その言葉に従い、村長宅の中に案内され粗末な椅子に座る。……このまま粗末な生活をおくらせる訳にはいかないだろう。その点も考慮に入れて話そう。

 

「その、あなた様は偉大な御方の母君と似ておられます。アインズ様も重ねられておられます。よろしければ、家や調度品等を調えさせていただきますが?」

 

「ありがとうございます、アルベドさん。でも私たちはこれで良いんです。今アルベドさんが座っている椅子は主人が私のために誕生日に作っていただいた物なんです。思い出がたくさん詰まってるんですよこの家には……だから私たちはこのままで構いません」

 

 思わず今座っている椅子を見る。そんな思い出が詰まっているとはしならかったアルベドは慌てて謝罪をした。

 

「申し訳ありません!? そのような大切な物と知らずに、勝手を申したことを心からお詫びさせて頂きます」

 

「構いませんよ。実際に価値はないですからね」

 

 嫌味ではない。満面の笑みを浮かべての言葉だった。ああ。この顔ができれば、モモンガの心を動かすことができたのだろうか。悲しみが後から、どんどん溢れてくる。

 

「何か、聞きたい事があるんでしょう?」

 

 笑顔で問いかけながらの言葉だった。眩しかった。まさか下等生物と思っていた存在にそんな感情を抱くようになるとは、自分でも驚きである。変わっているのだろうか? 自分自身が。だがモモンガを愛していることだけは変わりがない。

 

「アインズ様は……私はモモンガ様に愛して頂いて妻になりたいんです。第2妃でもこの際構いません。何か良い手段はないでしょうか?」

 

「モモンガ様とはアインズさんのことでしょうか?」

 

 そうであった。そこから説明しないといけないのであった。アインズ・ウール・ゴウンとはそもそも個人名ではなくて至高の41人のギルド名であることを説明する。40人が去られたため戻って来るまで自分がアインズ・ウール・ゴウンであると宣言したことを。そして個人名がモモンガであるということを全て説明する。外部の人間に込み入った事情を全て話す。下手をすれば利敵行為に当たるかもしれないが、アルベドは口を止めることができなかった。それに部外者といっても彼女は別格だ。問題ないはずである。

 

「モモンガ様によれば、私がモモンガ様を愛しているのはモモンガ様が設定を書き換えたせいだと言われてしまいます。どんなに仲良くなろうとしても、そのことが私がモモンガ様を愛していることを設定のせいにされてしまいます。私は一体どうすれば良いかが分からないんです……」

 

「せっていとは?」

 

 そうか。設定とは何かについても説明しないといけなかったのだ。何て説明すればいいのだろうか……少しだけ考えた後に口を開く。

 

「至高の41人が定められた性格や、人間関係のことだと思われます」

 

 少し考えこむようなことをした後、村長夫人は大きく溜息を吐いた。びくりと肩を揺らしてしまう。叱られてしまうかもと一瞬だけ恐怖を感じる。ただの人間に怯える。昔の自分が見たら信じられないだろう。だが母親と重ねていると知ってしまうと、この方の機嫌を損ねることはモモンガに嫌われることに直結しかねないゆえの恐怖だ。

 

「私から見ると、アルベド様がモモンガさんのことを、心から愛しているということは伝わってきます。それを設定のせいとして貴方の愛を拒絶することは許せませんね」

 

 これはもしかして助けて頂けるのだろうか? 村長夫人の助力が得られれば百人力、いや千人力である。正当な方法で妃になることができる!

 

「私は、ネムがモモンガ様の家族になる事を反対はしません。あの純真さゆえにモモンガさんの心を射止めたのでしょうから。ですが、あなたの愛情を無かったことにしようとしていることは、許せません」

 

 村長夫人の顔には私にではなくモモンガに対する怒りが渦巻いているのが分かる、ああ。その言葉が聞きたかった! きっと協力してくれる。まだ私が正当なルートで妃になる道は消えてないのだ。

 

「ですが、私はただ母君に似ているという老母に過ぎません。私が関わりすぎれば、それこそ皆さんの関係も難しくなるのでは? なので私から言えることは一つです。心から愛しているという証拠を見せるしかないでしょう」

 

「ですが、それをどうすればいいのか分かりません。私たちは家族へのなり方が分からないんです」

 

 最後はまるで悲鳴のようになってしまった。だが本当に分からないのだ。あの場にいたNPC全員が決意をした、そしてその他のNPCにも伝播した。しかし皆どうすれば家族となれるかの問で回答に詰まってしまった。アウラやマーレは時間をかければ可能かもしれないが……。我々大人として創造されたNPCには無理な方法である。

 

 何よりこの言い方では妃へなるための協力をしてくれるのか不安である。

 

「家族というのは複雑そうに見えて単純でもあるんですよ? 一緒にいることが苦にならない、一緒にいて楽しい、この人と一緒なら未来が分からずとも、共に歩んでいける。そんな簡単なことなんです。家族へのなり方なんて時間が解決してくれるものなんですよ」

 

 小さくなっているアルベドに、視線を合わせるようにしながらアルベドの頬を両手で包み込む。優しくてささくれた苦労した手であった。

 

 自分も変わったと思った。この世界に来た当時にこんなことをされていれば怒りから殺していただろう。だが、今あるのは戸惑いである。なんと表現すればいいのかが分からない感情が渦巻いている。

 

「あなた達は力を入れすぎなんです。あなた達がほんの少しだけ力を抜けばモモンガさんも合わせてくれますよ。モモンガさんにとってすでにあなた達は家族なんですから」

 

 確かにあの日、あの時、自分達は家族であると宣言されていた。私達は難しく考えすぎていたのだろうか? 妃になるのも難しく考えすぎていただろうか? 

 

「後はそうですね、あまり殺気や怒気を表に出さないほうが苦手な人を作らないで済むと思いますよ」

 

「あの時は大変失礼しましたっ!」

 

 注意されてしまった。意気消沈してしまう。それを困った娘を見るような表情で村長夫人は私を眺める。本当に自分も変わったものである。人間に慰められるなんて。

 

「私はまだ少しだけ貴方に対して苦手意識を覚えています。ですがあなたの愛情を無視しようとしているモモンガさんを許すことは出来ません」

 

「ならっ!?」

 

 これは行けるかもしれない。村長夫人が出張ってくれればまだ自分が第一妃になるチャンスはある。

 

「ですが、それは私がモモンガさんの本当の母親だったならです。私がモモンガさんを叱るのは僭越が過ぎるでしょう。それにこれから、ネムという一緒に歩んでくれる家族ができたことで、今すぐに家族になるのは難しいかもしれません。実の母なら10歳の子供に手を出すなんてと叱りつけて、アルベドさんの気持ちも考えてあげなさいといえたかもしれませんが」

 

 ああ。やはりだめなのだろうか。この方の協力がないと自分は第一妃になれない。最後の手段を除いて第二妃にもなれない。つまり穏便にはいかないだろうか。

 

「それに私にとってネムも娘の様なものです。娘の幸せを願わない親はいないでしょう? なので私は止めません」

 

 そうだろう。この方からすると村人全員が子どものような物なのだろうから。ああ。返す返すも以前無礼を働いた自分が許せない。それさえなければこの方の協力も得られたと思うと、昔の自分を本気で殺害したいと思う。

 

「今のあなたには二つの選択肢があります。時間をかけてゆっくりと家族になる道と……せっていでしたか? 設定を書き換えたのなら責任を取ってくださいと泣きつく手段です。モモンガさんは王族のような物ですから多重婚も認められているでしょうし……後はあなたが考えて答えを出すことです」

 

 そうして村長夫人とのひと時の会話は終わった。ナザリックに帰還しながら考える。村長夫人の言うとおりなら時間をかければ間違いなく、家族になれるであろうことを理解できた。

 

 そして返す返すも無念である。最初に会った時に仲良くできて苦手意識を持たれていなければ、モモンガを叱ってでも、自分を愛するように言ってくれるかもしれないと思って。好感度が足りないせいで……積極的に手を貸してくれないのだから……。消極的に助言をくれたがこれでは妃になるには不足である。

 

(私はどうしたい? ゆっくり家族になる事を望むの?)

 

 ネム・エモットが寵愛を頂いているのを優しげな表情で眺める……。無理だ。そんなことできない。私は今スグにでも寵愛を得たい……家族になりたいのだ。それに時間をかければ先程考えたようにアウラを後押しする勢力ができそうである。いや今この瞬間にも誕生するかもしれない。そんなこと許せない。ならば方法はきまってくる。

 

 最終手段を実行せざるを得ない。

 

★ ★ ★

 

 アルベドから大事な話があるからと人払いを頼まれた。あれからずっとミニマムになる指輪を着けっぱなしでまるで子どものような姿である。ネムはすでに眠った後であり、エモット夫妻やエンリとンフィーレアもそれぞれ部屋に案内して眠っている時間だ。確実に緊急の要件だろう。

 

「それでアルベドよ重要な話とは何なのだ」

 

「……アインズ、いえモモンガ様にお願いしたい事があります!」

 

 穏やかではなさそうだ。アインズではなくモモンガの名前で呼ぶということは……非常に重要な問題が起きたのかもしれない。

 

「聞こう、いや聞かせてくれアルベド」

 

「感謝いたします。どうか私にも、ご寵愛を賜りたく思います」

 

 そっちの話だったか。成程、それならアインズではなくてモモンガに話を持ってくるのは当然かもしれない。

 

「前にも言ったが。アルベドよお前の私に対する感情は私がゆがめてしまった物なのだ。お前の本心ではないはずだ……」

 

「いいえいいえ!! この感情は私の袂からでてきた私自身の感情でございます! 不敬ながらもう一度お尋ねいたします。アインズ様に変えられる前の私はどんな設定だったのでしょうか?」

 

 上手く答えられない。ビッチだったなんて。告げることなんてできない。

 

「……応えられないのでしたら、どうか私をお傍においてください」

 

 涙目になりながら必死にアルベドが懇願している……どうするべきなのだろう。この身は既にネムと婚姻した身でもあると思っている。普通ならハーレムとかにあこがれるかもしれないが、アインズにとっては興味はそこまでない。いや違う。興味はあるが親友たちの子どもに手を出したくないから、隠しているだけだ。

 

「モモンガ様、どうしても応じて頂けないなら、私も最終手段に出ざるを得ません」

 

「……アルベドよ最終手段とは何だ?」

 

 アルベドの最終手段。危険な気がする。今すぐにでも護衛を呼ぶべきだろうか? いや本気で害をなすつもりは無いだろう。ならばアルベドに応じよう。

 

「どうか私の心を歪めた責任を取って私を妻にしてください!!!!」

 

 沈静化が発動した。そこを突かれると痛すぎる。確かにアルベドの感情は自分がゆがめてしまった物だ。なら責任を取らなければならないだろうか? そういう風にモモンガは考えていた。そのため一瞬だけアルベドから意識を外した。自分の内に意識を集めた。考えた。だからこそ気づけなかったのだろう。アルベドが飛び掛かってくるのを。

 

 そして気づけば床に押し倒されていた。

 

「もしも、私の心を歪めたことを責任に思っているなら、今すぐ生殖行為のできる姿になってください!」

 

 モモンガは非常に悩んでいた。確かに設定を歪めたなら責任を取るべきかもしれないと考えて。そして何故自分が生殖行為をできるようになったのか知っているかが不思議であるがそれは今は脇において置く。今を対処しなければならない。

 

 考える。このままアルベドと自分の関係性を進めてしまっていいのか。それとも護衛を呼んで助けてもらうべきかと色々悩んだ。まだネムと簡単に婚姻したばかりなのに、すぐに別の女性に手を出すのはどちらに対しても無責任で失礼ではないかと悩む。

 

 ぽつりと水滴がアインズの顔に当たる。それはアルベドの涙であった。

 

「モモンガ様のことを愛してるんです。家族になりたいんです。ですからどうか私も妻にしてください」

 

 そのアルベドの涙に呼応して出てきた感情は不甲斐なさであった。何故ここまで愛してくれる女性を泣かしているのかということと、このアルベドの感情は本当に心を書き換えてしまったせいであろうかと疑問に思ってしまった。

 

 設定は絶対に近いが絶対ではないのだ。違和感がないように変更される場合もあるのだ。全ての世界級(ワールド)を知っていると設定していながら現在持っているアイテムしか知識にないように。

 

 つまりアルベドがビッチの頃から自分を愛していた可能性もあるのだ。シャルティアのように最初から愛していた可能性に今気づいてしまった。

 

 だからだろう。今は美少女になったアルベドの望みをかなえてあげたい。もう、そう考えるしかモモンガにはできなかった。

 

 それに家族になりたいと言ってくれたのは嬉しくもある。だから最後にアインズはアルベドに聞いた。

 

「アルベドよ。家族になりたいと言ってくれたこと、心から嬉しく思う。その上で聞きたい。私はお前を確かに愛していると思う。親友の娘としてだ。私も家族になりたいとは思っている。だがそれは妻にする以外の方法ではだめなのか? 姪っ子、いや娘みたいな形ではだめなのか?」

 

「……ダメです。私はモモンガ様の妻になりたいんです。他の全てを投げ捨ててでもです。どうか、私をモモンガ様の家族、妻の一人にしてください」

 

 最後のモモンガのささやかな抵抗。姪っ子、娘ではだめなのかという言葉は妃になりたいという、アルベドの言葉で無意味に帰した。だが妻の一人で良いということはネムとの関係を継続するのは良いということなのだろうか? アルベドの性格なら独占しようとして来てもおかしくないのだが。その場合護衛を呼んで逃げるしかないが。自分にとって妻とはネムのことだからである。ネムと別れることは出来ない。たとえ死んだとしても(骨ではあるが)。

 

 モモンガは最後に大きくため息をつく。びくっと馬乗りになっているアルベドの視線が怖そうに揺れているのが分かる。自分が拒絶しないか不安なのだろう。

 

 

「はぁ……分かった、アルベド今まで寂しくさせてすまなかった今から人間の時の姿に戻る」

 

 アルベドの説得は不発に終わったと悟ったモモンガは悟の姿に戻る。

 

 美少女に馬乗りに押し倒された状態のまま人間の姿に戻る。自分自身に対して嫌悪感はある。……姪っ子といいながら、この美少女になっているアルベドを味わえたらどれほど気持ちが良いだろうと考えてしまう。自分自身に対して。ネムを幸せにすると言ったその日に浮気、いやハーレムを築くことになりそうな自分に対して。

 

 そしてあることを告げる。家族になってくれるとアルベドは言った。なら名前に関してはアインズやモモンガではだめだろう。それでは本当の意味で家族になったとは言えない。

 

「さて、人間に戻ったわけだが……このころの私は悟という名前だ。どう呼ぶかはお前に任せる」

 

 アルベドがどの名称を選択するか興味がある。モモンガを愛している設定がここで生きるなら、モモンガと呼ぶはずである。だが、本当に家族になりたいと考えてくれるのなら……悟と呼んでくれるはずと思いながら、アルベドの返事を待つ。

 

「では……サトル様とお呼びさせて頂きます」

 

 アルベドは一瞬考えた後サトル呼びを受け入れてくれた。ここでモモンガと呼んでいた場合、やはり護衛を呼んで助けてもらうしかなかっただろうから、良かったのである。諦めを纏いながらサトルはそう思った。

 

 そして、アルベド自身も服を脱ぎ始める。自分の服装はアルベドによって既に下着以外剥ぎ取られている。それアルベドが服を脱ぐのをただじっと見つめる。下着を脱いでいた……その下着から糸を引いているのが……悟にも確認できて思わずごくりとつばを飲み込んでしまう。気づけば愚息も起き上がっていた。それを見ている、アルベドの表情が喜びに変化するのを見ながら、悟は快楽に身を任せることにした。

 

 この後どうネムたちに言い訳をするかは必死に目を逸らして考えないようにしていた。これが何を意味するか分からないまま。




ちなみにアルベドが村長夫人を怖がらせずに上手く仲良くなっていた場合、モモンガ様はアルベドを寂しくしているとガチ目に怒られるかもしれないです(´・ω・`)

あと完全に書き溜めが無くなりましたので次話はかなり後になると思います。今年後1話ぐらい投下できるはず……許してくださいm(__)m

p.s
いつも誤字報告感謝です!


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第2章 始まりの終わり、終わりの始まり
第1話


遅くなりましたが今年の初投稿です。

一部本作の重大なネタバレがあるため伏字にしております。

気になる方はメモ帳などにコピーしてみてくださいm(__)m


 帝国の最高峰の頭脳の持ち主であり最強の魔法詠唱者(マジックキャスター)は自室にいた。しわくちゃな体でありながら覇気を感じた。老いてなお彼は最強なのである。彼以上の魔法詠唱者(マジックキャスター)はまず存在しないだろう。

 

 そんな、フールーダ・パラダインは苛立っていた。なぜなら、実験が全然進まずにいるからだ。いったいどれほどの時間を費やしただろうか。いったいどれだけの時間をドブに捨ててしまっただろうか。

 

 それにもかかわらず、自分は未だに死の騎士(デス・ナイト)すら支配できないでいる。それがどれほどの苦痛か、誰が想像できるだろうか。想像できるものなどいるはずがない。自分だけが感じている恐怖である。

 

 自分は魔法の深淵を覗きたい。ただそう願っていた。願い続けて、そのために人生を捧げてきた。だがこのままでは魔法の深淵に届かずに寿命を迎えてしまうのではないかと、恐怖を抱え、焦燥感を常に感じている。今だってそうだ。何故焦燥感を感じるのか。

 

 先導者がいないからだ。自分は常に先頭を走り続けている。先達がいないゆえに、常に自分で道を切り開かなければならない。弟子たちが羨ましいと思うこともある。自分の進んだ道を最短距離で進むことができるのだから。楽をして強くなれるのだ。妬ましいにも程がある。

 

 今だってそうだ。必死に実験を繰り返していた。ただ一心に。

 

 そんな中だった。後ろから声がかかったのだ。余りの出来事に驚愕を覚えた。

 

「随分、大変そうですね?」

 

「——誰じゃ!?」

 

 この自分の執務室は幾重にも魔法でガードしている。何よりフールータ・パラダインは、逸脱者である。帝国全軍に匹敵する個人である。その自分に気付かせないように、ここまで侵入し自分の後ろを取る。普通ならありえないことが起きている。

 

 即座に意識を研究者ではなく戦闘者の自分に入れ替える。自身はただの理論家ではない。実戦もできる魔法詠唱者(マジックキャスター)である。

 

 まず距離を取りつつ相手を観察する。のっぺらぼうの姿から見るに……二重の影(ドッペルゲンガー)かその上位種。つまり、ここまで弟子の誰かに化けて潜入してきたのだろう。だがそれでも不思議である。下の階層までならそれで潜入できるかもしれないが、この階は自分しか立ち入れない階層である。探知の魔法は使っている以上何らかの警報が鳴ってもおかしくはない。いやならなければおかしい。だがなっていない以上……相手をもう一度よく見る。フールーダにはタレントがある。魔力系魔法詠唱者の行使可能な魔法の位階をオーラで見抜くことが可能なタレントである。

 

 それに反応がない以上、何らかのマジックアイテムを所持している可能性が高い。つまりこの二重の影(ドッペルゲンガー)を退治してしまえば、自分はそのアイテムを入手できより強くなることができる。あるいは、逸脱者である自分の魔法をすり抜けることが可能なアイテムを所持している以上、死の騎士(デス・ナイト)すら支配可能になるかもしれない。

 

 だがそれは行動に出ることは無かった。いや出来なかった。二重の影(ドッペルゲンガー)が何者かに変身したからである。その姿はエルダーリッチに似ていた。だが強さが異なると直感がささやいていた。そしてそれ以上に。

 

「——おお……!!」

 

 思わず涙が自分の目から流れていた。自分のタレントの効果が表れた。初めて見る魔力の暴力である。この魔力の力を見るに、第7位階、第8位階、いやこれはもしやと、失礼かもしれないがおもわず問いかけていた。

 

「貴方様は、第10位階の魔法行使が可能なのでしょうか?」

 

「ええ、私は第10位階の魔法の行使が可能です」

 

 ――神が現れた。ずっとずっと望んでいた、自分の先達をついに発見できた。感動である。その感情を表すように思わず土下座をする。靴も舐めようと考えたが……嫌がられては不味いと冷静な部分の自身がささやいていたので土下座だけで通した。そして彼から言葉がかかるのを待つ。返事は永遠のようであり、一瞬でもあった。

 

「貴方に頼みたい事があるのですが、ご協力頂けますか?」

 

「勿論でございます! 私の全てをあなたに捧げます!」

 

 躊躇はない。全てを捧げよう。その代わり……。願いは一つ。きっと通じるはずだ。

 

「見返りとしてあなたが魔法の深淵を覗けるように助力いたしましょう。そう、10位階までの行使ができるように魔導書などで支援いたしましょう」

 

「感謝いたします、我が神よ!」

 

 捧げるのは当然である。自分は魔法の深淵を覗きたいのだから。そのためなら孫のように感じているジルクニフでも生贄に捧げてみよう。

 

「では、まず手始めに――」

 

「――了解いたしました、すぐに準備を始めます」

 

 心の中で一度だけジルクニフに謝罪する。これから先、どうなるか分からない孫のような存在に対して。もしかしたら死ぬかもしれない可愛い孫に。

 

(すまんなジル。私は魔法の深淵を覗きたいのだ)

 

 

★ ★ ★

 

 アルベドは現在モモンガの執務室で共に仕事をこなしていた。パンドラズ・アクターが裏方……帝国などへの工作を行うことになり、アルベドがモモンガの執務の補助を担当していた。守護者統括として考えれば、正常な状態にようやく戻ったと言えるだろう。今までパンドラズ・アクターが補助を担当していたのが可笑しかったのだから。

 

 愛する御方の心は少しは理解している。不愉快になりそうな仕事は事前にパンドラズ・アクター、デミウルゴスが除いており、最終段階でアルベドが確認していた。自分はこの御方に愛されている。それが理解できているからこそ行える不正である。正妻であるかどうかは問わない。この御方の心を締め付けようとしていたのだから。だが、今の自分はモモンガの役に立っていると自負ができた。偽ることに対してパンドラズ・アクターが言っていたような、正妻になるなら綺麗でいなければならないなどの言葉も乗り越えている。正妻の座は一時的に譲っても良いと考えている。100年後から独占できれば十分である。

 

 腹立たしい事ではあるが、現在のアルベドは愛されているが、それは至高の41人の影があるおかげである。自分自身の力で寵愛を得たネム・エモットには及ばないと思っている。

 

 悔しいが今は良い。先程考えたように100年後には自分が1位になれるはずなのだから。いや、100年後には自分が1位になるように努力する。

 

 だからこそ執務の時間は唯一二人きりになれる時間ともいえる。多くの時間を主はネム・エモットと過ごしているようだから。腹立たしい。だがそれで良いのだ。それも今だけなのだから。もしかしたら魔法を使って延命させるかもしれないが……その時はその時、真正面から打ち勝つだけである。

 

 自分ならそれができると信じている。

 

「あーアルベドよ」

 

「はい! 何でしょうか、モモンガ様!!」

 

「……いや、何でもない」

 

 そしてモモンガの上に座りながらアルベドはモモンガと共に今日行うべき執務を行っていた。どうせなら夜の分も今してくれればいいのにと思いながら。というより最初に手を出されて以来何もないのが少し寂しい。

 

 そして夜の相手をしてくれないのが少々……否、かなり不満であった。それもこれもあの小娘、ネム・エモットのせいだ。愛する方を独占しようとするとは許されざる行為である。だがその日々もいつか終わりが来るとアルベドは信じている。

 

 その時が来るまでモモンガの膝上で執務を続けよう。

 

 少しでもいいから興奮して人間形態になって押し倒してくれればいいのに。

 

★ ★ ★

 

 それは本当に突然だった、ブレインにとって。夜半村人たちに迷惑をかけないように村の外れで鍛錬をしている時だった。なお、森の賢者はブレインを少し離れたところで見ている。自分を訓練馬鹿とか言っているが疲労しない以上訓練を続けるべきだろう、そんなときである、目の前にとある存在が現れた。4本の腕を持ち4つの武器を装備した青色の存在である。そして尋常じゃない寒さを運んでくる相手である。武者震いではない。この寒さから逃げろと直感がささやいている。まるでシャルティアが現れたかのように。

 

 恐らくではあるが、彼がパンドラズ・アクターが言っていた、裏の護衛なのだろう。確実にその強さはシャルティア級だと推察できる。今の自分では逆立ちしても勝てない存在である。森の賢者は名前の通り目の前の相手の強さを理解しているのか、即座に腹を出して服従のポーズをとっていた。森の賢者らしい正しい判断だ。自分も武器を手放し土下座することが正しいと思う。だが違うのだ。ブレインにとって、いつかは辿り着くべき頂きなのだから。多少震えながらも視線を必死に逸らさずに見つめ続ける。すると声をかけられる。

 

 

「何故、オ前ハ強クナロウトスル?」

 

 問が投げかけられた。返答はきまっている。簡単なことじゃないか――

 

「――頂きを見た、故に頂きを目指し続ける」

 

 そうだ、たとえどれほど遠くとも、諦めはない。パンドラズ・アクターの主は自分達より弱かったのだ。なら不可能ではないはずだ。まだだ。自分の限界はここではない。否、不可能と言う言葉は言い訳に過ぎない。いつか必ず頂に到達するのだ。ガゼフにも勝つ。それも重要な目的ではある。だがそれは今の自分にとって通過点に過ぎない。今の自分は何時かシャルティアに傷を付ける。それこそが人生をかけて成すべき目標だと考えているからである。

 

 ブレインは剣に人生を捧げているのだから。ブレインに仲間や恋人は不要だ。それで力を手に入れている人物を知っている。だが自分にとって……唯一の相棒は刀なのだ。

 

 自分は求道者だ。間違えるな。自分より強大な奴らはいる。だがそこで甘えるな……それこそが剣に生きるということなのだから。

 

「良イ返答ダ――至高ノ御方、アインズ様ニオ仕エスル第5階層守護者コキュートス」

 

 その言葉にブレインは少し前の出来事を思い出す。具体的に言えばシャルティアと戦ったときのことだ。あの時コキュートスなら名乗りにすぐに気づいただろうと言っていた。そしてそんな存在に先に名乗られた。

 

 恐怖からの震えではない。武者震いが起きた。今のブレインはパンドラズ・アクターの訓練の方針に従って、ようやく指が一本届いたかどうか。そんな格下相手にわざわざ名乗ってくれた。感謝しかない。

 

(これもパンドラズ・アクターのおかげか。感謝だな)

 

 あの時無理矢理立ち直らせてくれていなかったら、こんな奇跡は無かったはずだ。今はただその奇跡に感謝する。

 

 一度ブレインは背筋を正し、軽くコキュートスに対して頭を下げる。弟子が師匠に対して礼を取るように。

 

「――ブレイン・アングラウス。頂きを目指し続ける者だっ!!」

 

 咆哮を上げ目の前の存在を睨みつける。そうでなければ竦んだ体が思うように動いてくれそうにないからだ。村への防音など関係ない。今はただ稽古をつけてくれるコキュートスに感謝である。戦士として対峙してくれる相手に感謝である。シャルティアとは違うと思った。この男も武人なのだろう。

 

 そして稽古が何度も行われた。この一撃ならガゼフを倒せると確信する一撃を以て、コキュートスに斬撃を送り出す。だが、まるで何の抵抗もないかのように自分の刀は滑らせられる。そして、体勢を戻そうとしたときには首に一皮だけ傷つける繊細な技を突き付けられる。

 

 ここまでできるようになるのだと。いつかこの頂に到達するのだと。まだた、まだいける、そう心に誓いながら。

 

「未熟、重心ガ下ニイキスギテイル」

 

 反論はしない。そんな余裕は自分にはない。首筋に置かれていた刀が戻されるのを皮切りに稽古が再開される。夜が明ける直前まで。

 

 その後、疲労無効の指輪をしていながら恐怖感からか息も絶え絶えになっていた。だが確実に強くなれたと思う。最低でもシャルティア級に会っても恐怖から目を逸らすことはない程度の胆力は付いた。尤も恐怖で竦まなかったとしても一瞬で殺されてしまいそうであるが。そんなブレインにコキュートスから言葉がかかる。予想もしていないことで。

 

「一ツ。物ヲ尋ネタイ」

 

「……俺に答えられることならな」

 

 その言葉を皮切りに先程のように沈黙が闇を支配する。どう説明しようか悩んでいるかのように。沈黙が痛い。何をそこまで悩んでいるのだろうか。

 

「私ハ、アインズ様ヲ筆頭二至高ノ41人ニ忠誠ヲ捧ゲテイル」

 

 その言葉を皮切りにコキュートスから悩んでいることを相談される。曰く自分は今までアインズに忠誠を捧げられれば良かった。だが主が望むのは家族になってくれる存在ということを知ってしまったと。どうすれば主が望むような家族になれるのかと。

 

 ……それは相談する相手を間違えているような気がする。自分は求道者だ。刀に命を捧げている。一般的なことには疎いのだ。

 

(いや、こいつらよりは詳しいのか?)

 

 パンドラズ・アクターを含めてNPCと言ったか、彼らはどこかチグハグである。それに気付けたのは何度もNPCたちと接しているからだろう。例えば時々村に来て目にするユリ・アルファ。自分よりは強いが……不自然な強さだ。

 

 何よりシャルティアの創造されたと言う言葉。元から完成した姿で作成された。どんな理かは知らないが、非常に恐ろしい事である。このコキュートス並みの存在を作り出せるのだから。だがそのせいか彼らが必要とする場面以外、つまり必要のないと考えられていた場面では精神が安定していないように見える。

 

 コキュートスはこと戦闘面では絶対の強さを持っている。精神もそうだろう。だが戦闘以外の面と聞かれると……自分に家族のなり方を求めるぐらい、精神が未熟である。

 

 これは自分が答えても良い事なのだろうか。というより応えられることなのだろうか。普通に考えて村長や村長夫人、エンリの嬢ちゃん達あたりに聞くべき事柄だと思うのだが。

 

 だが稽古をつけてくれた相手に対して何も返せないのではまずい。恐らくこれを聞きたいから稽古をつけてくれた相手に対して、答えられないのは不味い。これ以降の稽古が無くなるのは……格上に指導をしてもらえる機会を逃すのはまずいのだから。自分の目標のために。

 

 ブレインは必死に回答を絞り出す。

 

「そうだな、確かパンドラズ・アクターに聞いた話だと、親友の息子と思われてるらしいから、義叔父上とでも呼んでやれば喜んでくれるんじゃないか?」

 

「……ナルホド。試シテミル価値ハアルナ。感謝スル」

 

 それで今日の稽古と会話は終了して……まるで霞のように目の前の人物の存在感が消え去った。影に戻ったようである、

 

 それを少しだけ見ながら空を見る。太陽がそろそろ出てくる時間、つまり村人たちが起きてくる時間だ。それを思いながらブレインは、またしても鍛錬に戻る。頂きに到達して見せると信じ続けて。

 

 それを呆れたように見ている森の賢者を尻目にしながら。 

 

★ ★ ★

 

『聞こえているか、セバス?』

 

『はっ聞こえております、アインズ様』

 

 それは王国の首都に辿り着いて暫くたった後のことだった。アインズ様と言う言葉が聞こえた時点で近くにいたシモベやNPCであるソリュシャン・イプシロンが敬意を表すべく頭を下げているのが見える。もちろん自分も敬意を示すように礼をする。

 

 そして、話を聞く準備を終える。

 

『今からだが、私の代理人がお前たちの下に向かう。その者の指示に従って行動を開始してくれ』

 

『ご命令、拝承致しました』

 

 そしてメッセージの魔法が切られる。代理人とはだれのことであろうか? 考えられるのはデミウルゴスだろうか? ……少しだけ悪感情を持っている同僚を思い出しながら自然とだれが代理人になるかを考えていた。いやそもそも、代理人というのが可笑しいのだ。NPC同士なら全員知っているのだから名指しするはずである。つまり可能性が高いのはアインズが生み出したシモベであろうか。それならばわざわざ代理人と言った言葉に納得がいく。だが自分の中で何か違うとの疑念が生じる。

 

 そうこう考えていると、5分とかからずにゲートが開かれる。出てきたのは、知らない顔であった。だがシモベではない。同じNPCであると理解できる。

 

「お初にお目にかかります。私、宝物殿領域守護者を拝命しておりますパンドラズ・アクターと申します。よろしくお願い致します!」

 

 パンドラズ・アクター。その名前はナザリックにおいて有名である。ナザリックの智者アルベドとデミウルゴスに匹敵する智者として。そしてアインズが生み出したNPCとして。だがそれ以上のことをセバスは知らない。

 

「あなたが、パンドラズ・アクター様ですか、こちらこそよろしくお願いします。して我々への指示とは?」

 

 ソリュシャンが少しだけ驚愕の表情をしているのが分かる。彼女はプレアデスとの話し合いで事前に少し彼のことを知っているのだろう。だが自分から見て思うのは彼が不自然なほど情報が知らされていない存在ということだ。だが表には出さない。何より彼を疑う事は、主の意向を疑うことにつながるからだ。

 

「セバス殿、あなた方にお願いしたい事があるのですが?」

 

「お聞きいたしましょう」

 

 お願いと言っているが、実質の命令である。パンドラズ・アクターは至高の御方の代理人である。そんな人物の頼みを断るのは主の意向を無視することにつながる。セバスには元から断るという選択肢は無かった。後はどんな命令が下されるか待つだけである。

 

「あなた方に頼みたい事というのは他でもありません。この王国で死にかけており苦しんでいる者たちを一人でも多く助けてもらいカルネ村に送ってもらいたいのです」

 

「……理由をお尋ねしても?」

 

 セバスにとってこの命令は渡りに船である。セバスにとって困っている人を助けるのは当たり前という自身の創造主の願いだろうか? その思いがある以上嬉しい命令である。しかしソリュシャンは違う。ここで理由を聞くことで疑問を解消させなければふとした拍子に暴発するかもしれないからだ。いや違う暴発ではなくて趣味を持ち込むかもしれないからだ。至高の御方の命令を無視するとは思ってはいない。しかしシャルティアの例もある。彼女のようにふとした拍子で命令違反を起こしてしまうかもしれないのだ。慎重になって当然である。

 

「もちろんです! では最初からお話しいたします。まずセバス殿は気づいておられるようですが、始まりはシャルティア殿の命令違反です」

 

 気づいていることに気付かれた。いや、やはりそこが一番の問題なのだろう。アインズが創造した宝物殿領域守護者が命令を伝達しに来ている。命令違反を無くさせるためであろうと推察は出来る。実際シャルティアのことを聞いてからソリュシャンの態度に変化が現れた。今までも聞く体勢でいたが、少しだけ慢心があったように感じる。その慢心が無くなっているからだ。

 

「シャルティア嬢の命令違反は許されない物ですが、結果としては我々を打倒できる存在のあぶり出しに成功しております。実質的な彼女の成果と言えるでしょう。そこでアルベド殿、デミウルゴス殿そしてアインズ様と話し合って世界征服の方法を変更しようと考えています」

 

 世界征服の変更。大きな方針の転換である。自分でも驚いてしまう。だが納得もしてしまう。ナザリックの智者3人の話し合いが行われたなら。そこに3人を上回る智者である主の意向が加わればそれは間違いなく正しい方向である。

 

「そこで先ほど言った、王国で苦しんでいる者たちを助けてもらうという話に戻ります。あなた方には多くの苦しんでいる者たちを救い、カルネ村に送っていただきたいのです。そして増えた人口に従って革命を起こさせます」

 

 革命を起こさせる。なるほど、王国を合法的に支配するために間接的統治をするのだろう。自分たちが救った者たちの心を救われたという気持ちで縛って。

 

 ソリュシャンの顔には驚愕が浮かんでいる。元々世界征服は主の望みであった。その方法を変更することに驚いているのだろう。セバスとて少なからず驚いているのだから。

 

 だが我々を打倒できる存在を考えれば妥当ともいえる。何よりあまり好きではなく繰り返すことになるが、ナザリック一の智者デミウルゴス、それに匹敵するアルベドと目の前にいるパンドラズ・アクター。さらに言えばその3人を超える至高の御方の決定に逆らうつもりは無い。

 

「了解いたしました。王国にて地獄を見ている者を救い、カルネ村に送りましょう」

 

「よろしくお願いします。カルネ村への転移門(ゲート)はシャルティア殿が開く手筈となっておりますので、救出したものは出来る限り早くカルネ村へお願いします。救った者のメンタルケアは我々とカルネ村の者たちで行いますので」

 

「了解いたしました」

 

★ ★ ★

 

「ふぅ」

 

 今日も仕事が終わった。

 

 執務室からリビングへ向かう。食事をネムと一緒に取るためだ。最近では朝から夕方までアルベドと共に執務を行うのが日課になっていた。その後ネムと一緒に夕食を取るのだ。時々はアルベドも一緒である。なおずっとアルベドは小さい状態である。しかも執務の時はずっと膝上に腰かけている。そうするとどうしても彼女のにおいや僅かに触れるは肌などから興奮してしまう。アンデッドの精神が無ければ即座に押し倒していただろう。

 

 どうしてこうなったと嘆きたい。

 

 やり直してもきっと同じ結果になるだろうと思いながら。ご飯が美味しい。ただの現実逃避である。そこで横に座るネムのことを目にする。

 

 隣にいるネムを見る。可愛い。ナザリックにいる女性たちと比べれば月とスッポンかもしれないが、自分の身の丈に合っている純朴さがある。正直アルベドのおかげでムラムラしているので手を出したい気持ちはある。しかし今は食事中である。我慢するべきであろう。

 

 できればアルベドにはこれ以上手を出したくない。タブラ・スマラグディナ、親友の娘に手を出すのが心情的に嫌なのだ。なら代わりにネムに手を出しても良いのか? 答えは簡単である。駄目だろう。確実にたっち・みーに逮捕されると思う。だがそれを指し置いても禁断の果実に手を出してしまった以上、引きさがることは出来ない。ただ彼女を幸せにすることだけを考えよう。

 

 ネムが覚えたての食事マナーを使いながら食事をして頬を美味しそうに膨らませていた。何と言うか和む。可愛い。だが自分は食事をとっていいのか少し疑問に思うが目を逸らす。

 

 そういえば結婚式はやったほうが良いのだろうか? 要検討である。その場合アルベドをどうするかも考えなければならないのも辛いところだが……。後でパンドラズ・アクターに相談しよう。

 

 それと直近の課題である、自分はどうすれば守護者やNPC達と仲良くなれれるだろうか?

 

 純粋なネムに聞いてみることにした。何かのきっかけになるかもしれないと思いながら。

 

「ところでネム? NPC……部下たちと仲良くしたいんだがどうすれば良いと思う?」

 

 すると食べ物を咀嚼し終わり飲み込んだ後コテリと首を傾げた。可愛い。

 

「うーん……そうだ! みんなと一緒にお食事すると良いと思うよ! あと、一緒にお風呂に入るのもいいと思う!」

 

 そして帰ってきた返事はなるほどと悟に思わせた。確かに宴会等上司が開く場合もある。そこで横の繋がりを確立していくのだ。ナザリックに普通の宴会が必要かどうかは分からないが、一定程度宴会を開くことには合理性がある。

 

 また、お風呂に関しても、同性の守護者たちとならお風呂に入るのはとてもいいことだと思う。いいアイデアだ。

 

「ありがとう、ネム。少しだがこの先どうすればいいか道が見えた気がする」

 

「そうなんだ。良かった。力になれて!」

 

 そうして二人で談笑しながら食事を続ける。アルベドとのことをいつ告げるか悩みながら。いや今言うべきだろう。それで怒られても自業自得である。

 

「ああ、それとネム」

 

「何、サトル?」

 

 純朴の精神を持つネムである。思わず悟は土下座を慣行していた。

 

「どうしたの、サトル!?」

 

 急に驚かせてしまったようだ。だが謝罪しなければならない。恋人がいたのに別の人物に手を出してしまった事を。

 

「本当にすまない。アルベドに手を出してしまった」

 

「手を出した?」

 

 ああ。その言葉じゃ伝わらないのか……自分は本当に幼い子どもに手を出してしまったと自分を恥じる。とは言えもう引き返せない。幸せにするだけだ。

 

「ああ、そのだな。ネムとするエッチなことをアルベドにもしてしまった」

 

「ふーん」

 

 少しだけネムの表情が変わった。拗ねているような表情だ。頭をもう一度しっかり下げて謝る。

 

「すまなかった! 決してネムに魅力がないとかそんな理由じゃないんだ。親友の娘に迫られて断れなかっただけなんだ!」

 

 自分で言っていて最低である。普通親友の娘に手を出すなんてことはしないと思う。タブラ・スマラグディナに怒られそうだ。というか怒鳴られたほうが心が楽になる気がする。

 

 そうしているとネムがかつかつと足音を立てて自分の隣にまでくる。怒られる覚悟を決める。すると――

 

「てい」

 

 手をつねられていた。痛みは無かった。

 

「これで許してあげる!」

 

 思ったよりも簡単に許されて茫然としてしまった。

 

「アルベドさんも寂しかったんだと思う。それに仲間外れは可哀そうだよ!! でもずっと一緒にいてね」

 

 仲間外れは可哀そう……やっぱりこの子はまだ子供なのだ。そんな子に手を出した。自分に嫌悪感を感じる。だがらこそ責任を取る。それが鈴木悟がすべきことだ。

 

「ありがとう、ネム」

 

「ううん。構わないよサトル! それよりもそんな話してたら私も……」

 

 誘われた。手を出さなくちゃ。今はこの時を楽しもう。

 

★ ★ ★

 

カツカツと宝物殿で足音が響く。パンドラズ・アクターが歩く足音である。そしてリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを箱に大事にしまい棚においてから、霊廟に入る。

 

 そして周りを見渡す。そこにいるのはモモンガの仲間たちの不格好な姿である。それを見回しながら大きく叫んだ。

 

「——なぜ皆様は捨ててしまわれたのですか!!」

 

 それは糾弾の声だった。まるで泣いているかのように。

 

「——リアルが忙しい。真実を知った私なら理由は分かります。理解もできます、ですが、モモンガ様を、父上を独りぼっちにする程度の友情しかなかったのですか?」

 

「そんな訳がない! それでも言わせてください!!」

 

「ほんの少しだけでも父上との友情を優先することは出来なかったのですか!!」

 

 はぁはぁと肩で息をしながら彼は叫ぶ。霊廟で似つかわしくない叫び声が泣き声がこだまする。

 

「——父上の願いはきっと皆さまと再会することなのでしょう。ですがそれは表面的な物でしかありません。きっと心の奥底では――」

 

「そのために私は流れ星の指輪(シューティングスター)を――のために使わせていただきます。何より、この指輪一つでも皆様を蘇生……いえ、転移になるのでしょうか? どちらにせよ難しいと判断いたしますから」

 

これはパンドラズ・アクターにとって儀式でしかない。至高の40人に対する謝罪でしかない。その謝罪も形だけであろう。何故ならパンドラズ・アクターはモモンガの本当の願いを知っているのだから。そしてその願いを叶えるためには……。

 

 

「生贄……いえ、触媒が必要ですね……カルネ村、表にこの世界最高峰の腕の持ち主を護衛にして裏にコキュートス殿を護衛にしている点で、安全は確保できているでしょうが……この世界にアインズ・ウール・ゴウン都市国家ができる道筋ができる頃には、成し遂げなければ」

 

 その眼が怪しく光った。まるでモモンガの骸骨の姿のように。




次話は8月10日の1919分に投下します。

なおこの場合の野獣はモモンガ様とする(´・ω・`)襲われるのはネムです(´・ω・`)


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第2話

お待たせしました!いつも感想、誤字報告感謝です!


 帝国の一室に4騎士及び最強の魔法詠唱者(マジックキャスター)フールーダ・パラダインがいた。いや違うと皇帝は思う。実際に自分達を呼び集めたのはフールーダ・パラダインであり、自分達はそれに応じただけだ。何故集めたかは分からないが、緊急事態が起きたと、呼ばれた以上何かあるのだろう。それは皇帝だけではなく4騎士を集めたことからも分かる。

 

「それで帝国4騎士を一堂に集めさせて、私まで呼んだのはどういう訳かな、じい?」

 

「はい、実は陛下にご紹介したい御方がいらっしゃいまして」

 

 自分に紹介する? それが緊急事態? どういうことだ。疑問を口にしようとした時だった。何らかの青い門が急に現れ何者かが出てきた。

 

 そしてここにいる一同を見渡すと口を開いた。

 

「――お初にお目にかかります!! 私、パンドラズ・アクターと申します。以後お見知りおきを!」

 

 そこから出てきたのは二重の影(ドッペルゲンガー)だった。

 

 4騎士全員が武器を向けて皇帝である自分を守ろうとする。一人だけ状況が不利なのを認識して逃げようとしているようだが。そう言う契約だから仕方がない。逃げれるかは別として。

 

「いらっしゃいませ、我が神よ!」

 

「じい。これは一体どういうことだ?」

 

「頭が高いですぞ陛下。この御方は第十位階の魔法詠唱者(マジックキャスター)。私の師だ」

 

 成程、フールーダは裏切ったのか。いや違うフールーダは自分より強大な魔法使いにあえば帝国を売るというのは前から分かっていたことだ。それが人間でなく異形のものであったとしても……。フールーダは悪くない。いつかこんな日が来るかもしれないとは頭の片隅ではわかっていたのだから。

 

 だから、ここからは自分の出番だ。会わせたい人がいる……。そこから推測すれば問答無用で殺そうとするわけではないだろう。震えを必死に抑える。目の前にいる人物はフールーダ・パラダインを超越した、魔法詠唱者(マジックキャスター)。おそらく帝国の4騎士でも今すぐに殺されてもおかしくはない程力量は離れているのだろう。

 

 その恐怖心を皇帝としての誇りで、矜持で抑え込む。

 

「お初にお目にかかる。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスという。気楽にジルとでも呼んでくれ」

 

「これはこれは、ご丁寧なあいさつありがとうございます! もう一度名乗りましょう、私パンドラズ・アクターと申します!」

 

 まるで吟遊詩人の様な大振りな動作だ。何を考えているかはのっぺらぼうな顔からは読み取れない。だからこそ身振り手振りで真意がどこにあるか探らなければならない。よく見れば服装も豪華で規則性が読み取れるが見たことは無い。

 

 やりにくいと、ジルは思う。

 

「では、ジル殿お願いしたい事があるのですが?」

 

「なんだろうか、パンドラズ・アクター殿、私のできることであれば可能な限り協力するが?」

 

 フールーダ・パラダインを含め4騎士は全員背景に徹している。いや一人だけ、もしかしたらこの侵入者に協力すれば呪いを解除できるのではないかと期待を持っているようだが。思わずばれない程度に苦笑してしまう。そんな簡単なことではないだろうにと。

 

「王国を滅ぼすのに協力してほしいのです」

 

 その言葉は予想していなかった。

 

★ ★ ★

 

 アインズが待っているドアの外では修羅場になっていた、シャルティアがアルベドを睨んでいるのだ。何故だ? デミウルゴスには心当たりがなかった。

 

「持っている物で勝負しましょうだったでありんしょうか? なら今のアルベドの姿は何でありんすか?」

 

 確かにアルベドは変わった。パンドラズ・アクターから貰った……いや奪い取った、ミニマムの指輪を装備することで小さい姿になっている。

 

「私はアインズ様が望まれている姿を取っているにすぎないわ。そう。だって、アインズ様はロリコンでマザコンなんだから!」

 

「はっ?」

 

 聞き間違いだろうか。この色ボケサキュバスは何と言った。

 

 いや、確かにそうかもしれないと、デミウルゴスは一旦思考を保留にすることにした。彼女たちの話を聞いてから結論を出したほうがいいだろう。以前パンドラズ・アクターに言われた通り、常に冷静でいるべきだ。アルベドがダメな以上自分しかいないのだから。

 

 どうしてこうなったのだろう? 何を間違えたのだろうか。

 

「私は勘違いしていたの、アインズ様はお義母様のことで村長夫人を重ねていらっしゃるわ。でも手を出したのは私とネム・エモットだけ。つまりアインズ様はロリコンで胸のある幼女が好みなのよ!」

 

「――その理屈はおかしくない? だってネムは胸は無いわよ?」

 

 聞き役に徹していると、驚いたことにアウラが参戦していった。その顔には純粋な嫉妬が見えた。自分もお手付きになりたいと考えているのかもしれない。シャルティアとしても胸が無いほうが好きでなければ困るのだろう。頷いている。良い傾向だ。

 

 だが、ネム・エモットがお手付きになった。ナザリックとしてはいい方向である。何れは子どもが生まれるのだろうから。早くお仕えしたい物である。だがそれが分からないのものが二人いる。

 

 

「とにかく、アインズ様はロリコンでマザコンなのは確定よ! だから私もミニマムになる指輪を装備して小さくなっただけ、ただアインズ様が望む姿になっただけよ」

 

「――以前と言っていることが違うだろうが、おい」

 

「昔のことは忘れたわ。私は未来しか見ないの」

 

「この大口ゴリラ!?」

 

「なによヤツメウナギ!?」

 

 二人の罵りあいを見守る守護者たち。いやアウラは参戦しようか悩んでいるようだ。そして知恵熱が出たように真っ赤になってダウンしている。これは本当にアインズはロリコンでマザコンなのだろうか? それとも我々の勘違いなのだろうか? 忠義に揺らぎはないが……幼女は出来る限り捕獲いや保護するべきなのかもしれない。マザコンは……村長夫人に頼もう。後でパンドラズ・アクターと相談しよう。今彼は帝国への仕込みに入っているから、ひと段落してからだが。

 

 そして、ここは自分が止めるしかないだろう。セバスは泰然としているしマーレはおろおろしているし、コキュートスは何かを考えているようだ。二人の戯れを気にする余裕がないかのように。

 

「お二人とも、戯れはその辺にしておいてください。我々の扉の先にはアインズ様がおられるのですよ。女の嫉妬を見せつける気ですか? 見苦しいですよ?」

 

「「ああん!?」」

 

 思いっきり溜息を吐いていた。元々デミウルゴスは御方の子どもが欲しいと考えていた。そして妻の候補となるのが今目の前で争っている二人である。しかしこれではナザリック外から奥方が迎えられても仕方ないかと思ってしまう。どちらにせよ外から妃を迎えられても一向にかまわないのだが。

 

「とにかく、落ち着いてください。我々は今からアインズ様に拝謁するんですから」

 

 問題なのは二人ともわかっていたのだろう。しぶしぶとだがお互いに口をつぐんだ、だがいつ再発するか分からない。早めにアインズとあわせるのが良いだろう。

 

 さすがにアインズの前で女の嫉妬バリバリで争うことは無いだろう。無いと思う。そう思っているとアルベドが大きく深呼吸をした。どうにか冷静になってくれたようだ。シャルティアも不機嫌そうではあるが矛を収めている。この状態ならアインズに拝謁しても問題ないだろう。そう思った。だが、アルベドの一言が大きく守護者たちを騒がした。

 

「これだけ言っておくわ。シャルティア。残念だけれどアインズ様の孤独を癒すことは我々にはできなかったわ。ネム・エモットに先を越されてしまった」

 

「――それは一体どういうことでありんすか?」

 

 別の意味で般若が生まれた。だが孤独? 一体何のことだ? デミウルゴスには分からなかった。マーレも訳が分からないようにしている。アウラの顔には……納得、だろうか? そんな表情が浮かんでいる。セバスは不可解な表情をしている。コキュートスは静かに佇むのみ。

 

「いい、みんなよく聞きなさい。私たちはネム・エモットに敗れたわ。アインズ様、いえモモンガ様は孤独だったの。その隙間を埋めたのは私たちじゃない……ネム・エモットなのよ……」

 

「待ってください、アルベド。アインズ様が孤独にあったとはどういうことですか?」

 

 アウラを除く守護者全員が不可解な顔をした。アルベドの言っていることが分からない。絶対の支配者が孤独に襲われていた? 我々がいるのに?

 

「そのままの意味よ。モモンガ様は孤独だったの。お義母様を亡くされて……そして御親友であられた、たっち・みー様たちがお亡くなりになって」

 

「――お待ちください。アルベド!? たっち・みー様がお亡くなりになっているとはどういうことですか!?」

 

 セバスが大声で叫ぶ。当然だろう。自分の創造主が亡くなっていると聞かされて冷静でいられるNPCはいない。個人的に気に入らないが、同情する。だが――

 

「事実よ。それにモモンガ様を除くすべての至高の御方々がお亡くなりになっているわ」

 

「――待ってくださいアルベド!? 全ての至高の御方々が亡くなっていると、今、言ったのですか?」

 

 自分もセバスと同じ感想を感じるとは思っていなかった。思わず唇は震える。いや自分だけではない。守護者たちが全員泣きそうに震えそうになっている。

 

「事実よ。私は至高の御方々を恨んでいたわ。モモンガ様をお捨てになったと。でも事実は違う。パンドラズ・アクターがはっきり私に言いきったわ、モモンガ様を除く至高の御方々はお亡くなりになっていると」

 

 耐えられなかった。思わず膝をついてしまった。アウラやマーレは自分の創造主の名前を呼びながら泣いている。シャルティアも同様だ。セバスはあまりの事態に呆然としている。耐えているのは武人コキュートスのみだ。

 

 本当はアルベドの言葉に怒らなければならない。至高の御方々を恨んでいるなんて許されざる大罪だ。だがその言葉は出てこない。

 

(ウルベルト・アレイン・オードル様。そんな、お亡くなりになっていらっしゃったなんて)

 

 今の自分にあるのは絶望だけだ。自分の創造主が亡くなっていると聞かされて冷静でいられるNPCはいない。

 

「……では世界征服は無意味と?」

 

 思わず震えながらアルベドに問いかけていた。自分の勘違いから生まれた、世界征服。至高の御方々を見つける。それは全て無意味だったのだろうか。では何故、主は至高の御方々を探しておられるのか?

 

「――そんなこと無いです! 至高の御方々は生きられています! だってパンドラズ・アクターさんも見つけるために世界征服するって言ってたじゃないですか!?」

 

 自分の感情をマーレが泣きながら代弁した。いや全守護者たちがそう思っているはずだ。パンドラズ・アクターは確かに至高の御方々を探していると言っていた。アルベドの言葉と矛盾している。

 

「――これもパンドラズ・アクターから聞いた話よ。この世界に転移した時、本来ならモモンガ様もお亡くなりになるはずだったのよ」

 

「なっ!?」

 

「なんと!?」

 

「えっ!?」

 

「うそ!?」

 

「うそよ!?」

 

「アリエヌ!?」

 

 異口同音で全員が叫ぶ。それが事実だったとしたら……、至高の御方々が全員亡くなられていた……目から熱い物が溢れた。

 

「モモンガ様は奇跡が起きて生き延びられたとパンドラズ・アクターに言ったらしいわ。そしてこの奇跡は自分だけにおきるものだろうかとも……つまり、至高の御方々が生き延びられている可能性をモモンガ様はお信じになられているの」

 

 生き延びられている可能性。それだけあれば十分だ。自分はまだ立ちあがれる。冷静に徹さなければならない。何か訳があるはずだ。この場でアルベドがこの事を言った事は。他の守護者たちはまだ事態を飲み込めていないのか静かに顔を泣きはらしながら、アルベドを見ている。

 

「――アルベド一つだけ聞かせてほしい……なぜこの場でその事を話したのかね? アインズ様と会う直前に話すとは。何か意味があるのでしょう?」

 

「――簡単よ。私たちはこれ以上モモンガ様の重しになってはならないからよ。この事を聞いたら多くの者がモモンガ様に依存するはずよ。でもそれじゃダメなのよ。私たちはこれ以上モモンガ様に依存してはいけないの。家族になって孤独を癒さなければならないの。尤も……ネム・エモットにその役目を奪われた私が言えたことではないけどね……」

 

 アルベドが悔しそうな、泣きそうな、自嘲しているような表情をしている。至高の御方々がお亡くなりになっている。ああ孤独だろう。自分達だって一人でこの世界に転移していれば絶望感から自殺したかもしれない。捨てられたかもしれないと思って……。

 

 そうか、主は孤独だったのか。だから外部とのつながりを重視した。あるいは母親を感じたことが孤独を増大させたのかもしれない。

 

 自分は無力だ。デミウルゴスはそう思う。何がナザリック一の智者だ。聞いてあきれる。真実に気付けないなんて……。自分勝手な夢を押し付けようとして。至高の御方々がお亡くなりになっている可能性から目を背けて……ただモモンガに依存した。

 

 アルベドがこの場で話したのも我々がこれ以上モモンガに依存しないようにであろう。後は……正々堂々側室としてモモンガの孤独を埋めていくと宣言しているのだ。そしてシャルティアとアウラにはこう問いかけているのだ。あなたたちは私と同じことができるのかと。それができないのであれば側室になることを認めないと。二人が気付くかどうかは……アウラはいずれ理解しそうだが……。シャルティアには後で助言したほうがいいかもしれない。

 

 一回深呼吸をする。そして自分が何をすべきか考える。結論だけは分かっている。家族になるのだ。家族にならなければならない。だが結果だけしかわからない。

 

(家族ですか……難しいものですね)

 

 過程が分からない。家族へのなり方が。どうすればなれるのか。何よりもアルベドたちと違い自分は男だ。妻や側室になることは出来ない。

 

 

 そう言った方面からモモンガの孤独を埋めることもできない。どうしようもなかった。ただ力なく首を横に振るしかなかった……。あるいは『アインズ様』と呼ばれること自体、苦痛だったのかもしれないモモンガは。

 

 首を横に振る。とにかく今は至高の主を待たせている……この主という言い方も孤独を深めているのかもしれないと思いながら、デミウルゴスは床に膝をついている守護者たちに優しく言葉をかける。

 

 

「――皆、アルベドの言葉に思うところはあるだろうが、とにかく今はアインズ様をお待たせしている。先に進もう」

 

「は、はい」

 

「……分かりんした」 

 

「……分かった」

 

「……その通りですね」

 

 他の小さく3人は頷く。

 

 最後にアルベドが言った。

 

「行きましょう」

 

 全員がハンカチを使い涙をぬぐう。そしてその顔は全員決意と困惑が現れていた。尤もコキュートスだけは心ここにあらずの様な雰囲気をしていたが。

 

 アルベドが最前列に並び自分達は少しだけその後ろに立つ。その時もコキュートスは何も語らず静かに頷いただけだった。

 

★ ★ ★

 

 

 アインズは少しだけ緊張していた。今日は階層守護者たちとセバスを交えての食事会である。自分が人間に変身できるようになったことを知らしめる場でもある。シャルティアを筆頭に人間を嫌っている者たちが多い。なので人間の姿でいて問題がないかの実験でもある。後はアンデッドの姿の時の精神抑制がない中でどれだけ守護者たちと話すことができるかの実験の場でもある。補助してくれるパンドラズ・アクターもいない。厳しい試練だ。

 

 発案者はネムである。食事でNPCたちとコミュニケーションを取ればいいと勧めてくれたのだ。

 

 既にアルベドを筆頭に守護者たちはドアの向こうまで来ている。会議室を借り切っての作戦でありミスをしたときのフォロー役であるパンドラズ・アクターがいない中、自分がどれだけできるか試すことができるいい機会である。

 

 ドアがノックされる。恐らくアルベドだろう。

 

「入れ」

 

 その言葉に従いドアが開かれる。ここからが本番である。気づかれないように一回だけ深呼吸をして覚悟を決める。

 

「アインズ様、第4階層守護者及び第8階層守護者を除きまして守護者各位が集まりましてございます。またセバスも同席しております」

 

「うむ、入れ」

 

 ドアの外からアルベドを筆頭に、セバス、デミウルゴス、コキュートス、アウラ、マーレ、シャルティアが入ってくる。よく見るとアウラの顔は真っ赤である。自分もあの時のことを少しだけ思い出してしまい、気まずく思う。いやよく見ると全守護者の顔に泣いた後が見れるような気がする。何かあったのだろうか?

 

 それは気になるが、とにかく今は話を先に進めよう。

 

「皆よく集まってくれた。座ってくれ」

 

「はっ、畏まりました」

 

 アルベドが代表して返事をする。そしてセバスを除く全員が椅子に座るのを見届けるセバスだけは給仕をするため自分の隣に立っている。それを見届けた後、今日集めた趣旨を話し始める。

 

「――今日集まって貰ったのは他でもない。私も星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター) のおかげで任意に人間の姿になれるようになったのでな。一緒に食事会をしてみたいと思ったのだよ。構わないか?」

 

 全員が異口同音で賛成を表す。いや嬉しそうにしている。良かった。今回のことはいい方向に向かったようだ。だからこそ、もう一つ聞かなければならない事がある。本当に言っていいのかと悩んでいるが……ナザリックと人間の関係性を変えるためにも必要なことである。でないとカルネ村も危険である。そして可能性は限りなく低いが仲間たちが帰ってきたときのことも考えて、言葉を発した。

 

「それともう一つ聞きたい事がある。私は昔……人間だった。その事に対して不満はあるか?」

 

 空白が生まれる。守護者たちが全員が目を合わせて会話している。そして少しだけ時間がたつと代表するかのようにアルベドが口を開いた。

 

「いいえ、ございません。アインズ様は我々の……支配者であります。それは何があろうとも変わりません」

 

 そしてデミウルゴスもアルベドの意見を補足するように口を開いた。

 

「もちろんでございます。我々の心はその程度で揺らいだりは致しません」

 

 安心した。この言葉は真実だろう。他のNPCたちも同様に頷いている。これなら限りなく低い可能性だが、親友たちが見つかっても悪い方向には向かわないだろう。

 

「そうか。では食事会を始めるとしよう」

 

 

 食事会が行われる。まず前菜がメイドたちによって運び込まれる。そうしてフルコースを堪能する。美味しい。いつまでも食べられると思うと、嬉しい限りだ。だが母に食べさせてあげられないのが無念だ。ああ食事は美味しいが罪悪感を感じてしまう。今までは別のことが気になっていたから気付かなかった、いや目から逸らしていた。母さんに親孝行をしたかった。ただその思いだけが積もった。

 

 そして宴もたけなわになった頃だった。コキュートスがいきなり椅子から立ち上がり、床に膝をついた。自分やほかのNPCたちが声をかける前にコキュートスは話し出した。

 

「アインズ様ニオ願イシタイ儀ガゴザイマス」

 

 膝をついて土下座をして願う。今までのNPCだったらあり得ない行動だった。だからこそアインズ自身も気になった。

 

「言ってみるがいい、コキュートス。絶対の保証は与えられないが、可能な限りお前の願いを聞こう」

 

 自分が話した後、場には沈黙が舞い降りた。コキュートスは口を開き口を閉じるを繰り返している。本当に何を願う気なのだろうか? 訳が分からない。

 

「――伯父上トオ呼ヨビシテヨロシイデショウカ?」

 

 モモンガは呆然とした。周囲にいる者たちは怒りを隠せていない。いや期待だろうか? 分からない、分からないが――

 

★ ★ ★

 

 デミウルゴスには分かっていた。ここが分水嶺であることを。

 

 コキュートスが今まで黙っていたのは、この事を言うべきか言わざるべきかを悩んでいたのだ。至高の御方を家族と認識して伯父上と呼ぶ。大変な不敬だ。だが、家族が欲しいと願っている……。この言葉を聞けば自分たちの方が間違っているのではないかと思ってしまう。自分たちの在り方が、孤独を増加させていたのなら……コキュートスの言は正しい。

 

 後は至高の御方がどう判断するかだ。顔を見る。呆然としていた。その顔には怒りはない。

 

 周りを見てみる。アルベドを除き全員が呆然としていた。それだけNPCとして、配下として考えれば信じられないことをコキュートスは行ったのだ。料理を下げていたメイドたちも茫然としている。それだけのことをコキュートスは行ったのだ。全員の視線がモモンガとコキュートスと行ったり来たりしている。

 

「御不快ニサセテ申シ訳ゴザイマセン。コノ命ヲ持ッテ謝罪イタシマス!」

 

「――アハハハハハハハ!」

 

 気づけばモモンガは思いっきり笑っていた。その顔は嬉しさを隠せていないような顔つきだった。

 

 そしてひとしきり笑った後、モモンガはコキュートスに答えた。

 

 

「――構わない、構わないともコキュートス。私にとってお前たちは親友たちが残していった子どもたちだ」

 

 コキュートスがモモンガの反応に答える。

 

「感謝イタシマス。伯父上」

 

 NPC全員が息をのんだ。アルベドの言が肯定されたのだ。至高の御方によって。この御方は何よりも家族を欲しているのだ。

 

 その事にここにいるNPC全員が気付いた。

 

 アウラとマーレが泣き出していた。子どもとして創造されたからだろう。その幼さゆえに今の場でできる感情の表し方が泣くことだけだったのだろう。

 

 アルベドとて平然とはしていない。コキュートスが伯父上と呼ぶことが予測できなかったのだろう。自分とて同様だ。セバスは呆然とモモンガを見つめている。メイドたちも同様だ。

 

 だがここで何をすべきか、正解かはデミウルゴスには分かっている。コキュートスが道を開いてくれたのだ。家族へのなり方を。

 

「お、おい。どうしたんだアウラにマーレ、何か私は泣かせるようなことを言ったか?」

 

「ち、違うんです。嬉し涙なんです。ねっマーレ」

 

「そ、そうだねお姉ちゃん」

 

 泣く気持ちも分かる。パンドラズ・アクター風に言えば本当に家族として愛してくれていたのだ。それを我々が知らないとはいえ、主と配下という関係に落としていたのだ……。嬉しさと申し訳なさが同居している。

 

 だがデミウルゴスはコキュートスの後に続くと決めたのだ。たとえその先に何があろうとも。

 

 

「――不躾ながら私もアインズ様にお願いがございます」

 

「なんだ、デミウルゴス。言ってみると言い。今の私は非常に機嫌がいい。大抵の願いなら叶えよう」

 

 アウラとマーレが泣いているのには困惑しておいでのようだが、機嫌が良いのは本当だろう。実際今まで見てきた中で一番の笑顔を浮かべている気がする。ああ、我々は知らない内にこの御方を苦しめていたのだ。

 

「私も、伯父上とお呼びしてよろしいでしょうか?」

 

 その言葉に伯父上は優しそうに、嬉しそうに笑った。そして私に返答を返した。

 

「構わない、構わないとも、デミウルゴス。私にとってお前はウルベルトさんが残していった息子だ。血のつながりはないが親友の息子だ。叔父上と呼ばれるのは……率直に言えば嬉しい」

 

「感謝いたします。伯父上」

 

 デミウルゴスの次に動いたのは、セバスだった。彼は執事としての誇りがあるのだろう。それを超えて僕としてではなく、ただのセバスとして。家族になるために。

 

「アインズ様……私もお願いがございます」

 

「セバスもか。構わないとも、言ってみると言い」

 

「私も伯父上とお呼びしてよろしいでしょうか?」

 

「もちろんだとも、セバス!」

 

 次に動いたのはアウラとマーレの姉弟だった。二人とも顔を泣きはらしながらも嬉しそうに伯父上に駆け寄る。

 

「アインズ様! 私も、私たちも伯父さんって呼んでいいですか?」

 

「えっとお願いします、お、伯父さん。」

 

「もちろんだとも、アウラ、マーレ」

 

 優しい笑顔だった。どちらも喜んでいるのが分かる。次に動いたのはシャルティアであった。アウラを無理矢理押しのけた。

 

「アインズ様、私も、伯父上とお呼びしたいでありんす!!」

 

「何するのよシャルティア!!」

 

「二人とも喧嘩は良さないか? そしてシャルティア、構わないとも。私たちは家族だ」

 

 そして最後に動いたのはアルベドだった。満を持して動いたと言えるだろう。

 

「モモンガ様!! 私もお願いがあります!」

 

「言ってみると言い、アルベド」

 

 そしてアルベドは悩んでいることを伯父上に話した。

 

「私はモモンガ様のことを何てお呼びすればいいでしょうか? 私は側室です。やはり旦那様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか? それとも何か別の呼び方をした方がいいでしょうか?」

 

「ふむ……そうだな。何だったら呼び捨てにしてみるか?」

 

 その言葉にこの場にいる全員が息をのんだ。至高の御方を呼び捨てにする。例え許しがあったとしても難しい事だ。だがアルベドは違った。

 

「ではモモンガとお呼びいたします!! キャッ」

 

 嬉しそうに笑い声を挙げながらアルベドは笑った。それをシャルティアとアウラが面白くなさそうに見ている。

 

 なるほど、二人とも側室を目指しているのだろう。だから先行したアルベドに対して敵対心を持っているのだ。だが伯父上はその事には気づかない。ただ嬉しそうに笑うだけだ。

 

 だがその笑顔を見れたこと。真実の素顔を見れた、自分達は運がいいのだろう。その素顔を見れていない者たちもいるのだから。メイドたちはメイドたち同士で話し合って情報が伝達できるだろうが……その他のNPCには自分とアルベドたちで伝えておく必要があるだろう。

 

 これから先、伯父上の顔が曇らないように。

 

★ ★ ★

 

 

「ふぅ」

 

 ネムの発案で行われた、食事会が無事に終わった。

 

 成果はあった。いや想像以上だろう。コキュートスが自分のことを叔父上と呼んでくれるとは驚いた。だが親友の子どもたちに叔父上と呼ばれるのは嬉しい。

 

 そしてリビングで待っているとネムが入ってきた。

 

「サトルーただいま~」

 

「ああ、お帰りネム」

 

 ネムが今日も自分の部屋に帰ってきた。場合によっては帰ってくるのを待ってくれている時もある。帰るべき場所がある。待ってくれてくれる人がいる。これほど嬉しいことは無い。

 

「食事会はどうなったの?」

 

「ああ、大成功だった。ありがとう、ネム。おかげで俺はNPCたちと家族になることができた」

 

「そっか……力になれてよかった!」

 

「ネムはいつも俺の力になってくれているさ。そうだな、話は変わるがそろそろ夜ご飯にするか」

 

「はーい」

 

 メッセージの魔法を使い、メイドたちにリビングに食事を運ぶように命令する。この豪華な食事を家族と一緒に食べられるというのは嬉しい事だ。リアルにいては得られない物だった。

 

「どうしたの、サトル? 少し悲しそうだよ?」

 

 気づかれた。そうだな。ネムは自分の妻だ。自分の苦しみを吐き出しても受け止めてくれるだろう。こんな子どもにそんな役目を押し付けていると考えると、自分自身情けなくなるが。だがNPCには自分が弱いところを見せる訳にはいかない。見栄になるだろうが。かっこよく見せて信頼してもらわなければならないのだから。パンドラズ・アクターにもこれ以上負担をかける訳にはいけない。彼は色々と着々と仕込みをしているのだから。

 

「なぁ、ネム。頭から消えないんだ。母さんは俺の好物を作ろうとして台所で冷たくなっていた。それから俺は食事をとることを忌避してきた。だからアンデッドになったんだと思う。俺に好物が無ければ、母さんが無理をして食事を作ろうとしなかったはずだ。それを考えると今の自分が罪深く思えてしまうんだ」

 

 ネムがこちらを見ている。そして何かを考えてくれているようだ。暫く待っているとネムはいきなり自分を抱きしめた。

 

「サトル……悲しかったね。お義母様が亡くなったのはサトルのせいじゃないよ。それにお義母様だって喜んでサトルの好物を作ろうとしてくれたと思う。だってそんなに疲れてたのにサトルの好物を作ろうとしてくれたんだから」

 

 気づけば目から涙が溢れた。ああ母さん。ごめん、ごめんよ。何も返してあげられなくて。俺がもっと家事を手伝っていれば……死ぬこともなかったはずだ。生きてくれていたはずだ。

 

「サトル……お義母様はそんなに悲しんだサトルを見たくないはずだよ。笑顔でいなくちゃ!!」

 

「そう、かな?」

 

「そうだよ!」

 

 自分が泣いているところをメイドたちに見せないためにメッセージを送る。食事はリビングに置いていてくれと。そして自分を抱きしめてくれているネムを抱える。

 

「わ!」

 

 急に持ち上げられて驚いたようなネムを無視して寝室に向かう。今はただただ彼女と繋がっていたい。悟はそう思った。

 




本当は19月の07時21分に投下したかったけど、19月っていつだよって自分で突っ込みを入れてしまいました(´・ω・`)

感想くれると嬉しいです(^_-)-☆


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第3話

ぶくぶく茶釜「止めろー!!(建て前)止めてー!!(本音)」


「それでは、王国を滅ぼすことについての細部を詰めたいと思うのですが? ジル殿?」

 

「ああ、構わないとも、パンドラズ・アクター殿」

 

 あの後、何とか返事を返すことができたジルクニフは飲み物を用意させ、4騎士とフールーダ・パラダインがいる中、王国をどう占領するかの話し合いが行われた。

 

 決まったことはカルネ村というところ以外は帝国がすべて占領していいというのだ。恐らくその村には何かがあるのだろう。今後のことを考えれば誰かに調べさせるべきかもしれないが……のっぺらぼうの顔を見る。やめておいた方がいいだろう。下手につつけば蛇がいや、龍が出てくることになりかねない。

 

「今回の帝国への出兵はカルネ村に住む人たちの革命を手助けするという名目で侵攻して頂きたい」

 

「うむ? それは構わないが、どう王国を滅ぼすのかな? 帝国全軍を以てしても全ての王国軍を撃破したうえで王国領を占領するのは難しいが?」

 

「その点についてはこちらも把握しております。毎年出兵することで王国の国力を弱めていることも把握しています」

 

 こちらの作戦は知れ渡っているということか。

 

(フールーダがすべて喋ったか、洞察して分かったか知りたいところだが……難しいだろうな)

 

 少しの会談ではあるがジルクニフは悟っていた。このパンドラズ・アクターという存在は自分以上の智者であるということを。

 

 恐らくは王国の化物に匹敵する存在であるということを。

 

「革命の合言葉はこうです。『これ以上搾取されるのか?』 この点を持って王国兵の士気を挫こうと思っております」

 

「ふむ、確かに革命を起こせるほど怒りがたまっているのであるなら、士気はくじけそうだが……思考を放棄して王国兵として戦う者も多いのではないかな?」

 

「その点はご安心くださいというのも変ですが、魔法を使って兵士たちを操って武器を手放させそうと思っております」

 

 なるほど。フールーダを超える魔法詠唱者(マジック・キャスター)その程度は出来てもおかしくはないだろう。となると王国の支配は確実になると思う。楽をしてカルネ村を除く王国を占領できる……メリットしか見当たらない。いや確かに統治の難しさはあるだろうが、こちらの得る物と失うものが釣り合っていない……どういうことだ?

 

「なるほど、それなら王国は簡単に支配できそうだ。しかし我々が手伝うだけで王国の大半を頂いていい物か……少し悪い気がするな?」

 

「いえいえ、我々としても帝国が大きくなるのにはメリットがありますから。後はそうですね、得た税金の幾らかをこちらに回して頂けると嬉しいのですが」

 

 なるほど、名目上は対等であるが、実質的には従属を強いる訳か。帝国としてもフールーダを超える魔法詠唱者(マジック・キャスター)と敵対するのは不可能だ。ならば事実上の従属国になるのは別に構わない。問題があるとすれば出し抜く術がないことだろうが……それは仕方ない。未来の自分に託そう。

 

 もしくは法国を頼るか。人間以外を悪としている法国であれば協力は可能かもしれない。

 

「それともう一点帝国側にお願いしたい事があります!」

 

 さて一体何を言われるのか? 予測がつかない。

 

「帝国領では結婚か成人するまで。男の子は女の子の格好を、女の子は男の子の格好をして欲しいのです」

 

「――はっ?」

 

 まったく、本当に予想がつかなかった。なぜそのようなことを言うのか? 変態なのか? 彼の身なりをもう一度見る。高級感あふれる衣装だ。だがそこには性別的な要素は見て取れなかった。というより彼には性別があるのだろうか?

 

「この事は予想外のようですね?」

 

「……ああ。さすがに予測できなかった。理由を聞いても良いかな?」

 

 大きく腕を振りながらパンドラズ・アクターが熱弁する。

 

「ではまず我々のことを語らなければなりませんね」

 

 我々……組織があるのか。これは法国と協力しても打倒するのは難しいかもしれない。となると大人しく従うのが良いのかもしれない。

 

「我々の所属はアインズ・ウール・ゴウンという物です。その中で私は、外回りを任されております。そして我々が奉ずる神が41人存在します。その中に男の子は女の子の格好を、女の子は男の子の格好をと主張している神が存在しています」

 

「――ほう、パンドラズ・アクター殿が奉ずる神々か」

 

「元は異性装をさせることで小さい子どもを災厄から守る事から端を発しています」

 

 なるほど、そう言う意味で異性装をさせるのか。十分に納得できる理由だ。だがパンドラズ・アクターを従える神が41人もいる。

 

(これは敵対しては駄目だな。勝ち目がない)

 

 今まで自分たちが王国に仕掛けてきた策略などは無駄になるが、王国の大半を支配下における……どう支配下において反乱を起こさせないか、そっちを考えたほうがいいかもしれない。

 

 後、今まで話したことから察するにパンドラズ・アクターが奉ずる神は人間に対して悪感情を抱いていないようだ。災厄から守ろうしているのだから。

 

 積極的に従うのが吉だろう。

 

「―それでは一旦私は帰らせて頂きます!! さらに細部を詰めに何度か訪れますのでよろしくお願いいたします! あとフールーダ殿!」

 

「はっ、何でございましょうわが師よ!」

 

 元気よく背景に徹していた、フールーダが答える。その顔には喜色が浮かんでいた。

 

「あなたは良く働いてくださいました、報酬としてこちらの魔導書をお渡ししようと思います」

 

 そういうとパンドラズ・アクターは空間からいくつかの書物を取り出した。恐らく魔導書なのであろう。

 

「――おお、感謝致します、わが師よ!」

 

「その魔導書は第7位階と第8位階の魔導書です、存分に研究にお使いください! それでは私は帰らせて頂きます!」

 

 そういうと、入ってきたときと同じように空間に亀裂が入るように何らかの門が出てきた。恐らく転移魔法の……8位階以上の魔法なのだろう。フールーダが使えない以上そう推測できる。

 

 そして帰るためにパンドラズ・アクターが一歩を踏み出した。ジルクニフは止めない。何故ならこれからのことを腹心たちと話し合わなければならないからだ。だからその声はジルクニフにとっても、恐らくパンドラズ・アクターにとっても予想外だったに違いない。

 

「――お待ち下さい。パンドラズ・アクター様」

 

 その言葉にパンドラズ・アクターの踏み出しかけていた足が止まる。

 

 ジルクニフは少し焦っていた。もし万が一レイナースが機嫌を損ねるようなことをしたらと。

 

(いや大丈夫なはずだ。レイナースが望むのは顔の呪いの除去のはず。それだけだったら怒りくるうはずもないはずだ)

 

 表情を変えない様にしながら必死に思考を続ける。ジルはレイナースのことを知っている。それ以上のことを望むはずがない。そして人間に寛大であるパンドラズ・アクターであれば、悪い結果にはならないはずだ。

 

 ここまでを一瞬で思考する。そして同時に思う。レイナースが万が一虎の尾を踏もうとも、我々には関係ないはずだ。特に皇帝である自分の生命は保障されている。王国を滅ぼすのに利用するのだから。むしろ、虎の尾を踏んだ時の対応を見守るべきかもしれない。

 

 ただし他の4騎士は目に見えて緊張している。そしてフールーダは苛立っている。今すぐにでも書物を読みたいと顔に書いているが、パンドラズ・アクターを見送るまでは我慢するのだろう。

 

「なんでしょうか? Frau?」

 

「答えて頂き感謝致します。私、レイナースと申します。実はパンドラズ・アクター様にお願いがございます」

 

「――ほう、願いですか?」

 

「はい、願いです」

 

 そういうとレイナースが髪に隠れていた顔をパンドラズ・アクターに見せる。

 

「この忌まわしい顔の呪いを解呪して頂きたいのです」

 

 今まで門から振り返るように見ていたパンドラズ・アクターが初めて興味を見せたかのように振り返りレイナースに近づく。

 

 そして何かを呟く。

 

「――これは、なるほど。カースドナイトですか。しかしレベル制限で60以上でなければ習得できなかったはず……面白い、面白い」

 

 そしてその呪いをパンドラズ・アクターは直接触る。それをレイナースは嬉しそうにしている。興味を引けたことに、呪いを解除できる可能性がでたことに内心では喜んでいるのだろう。

 

 

「――呪いの解除でしたか……確かに私の手にかかれば簡単でしょう。数秒すらかかりません……ですが!?」

 

 大げさな動作を取りながら、パンドラズ・アクターが話す。そして――

 

「――あなたは私に何をして頂けますか?」

 

 その言葉を待っていたかのようにレイナースはパンドラズ・アクターに頭を下げて、心からの願いをかなえるための言葉を口にする。

 

「――すべてを、私のすべてを捧げます!」

 

「良い返答です。良いでしょう、あなたが何らかの成果を挙げれば呪いを解呪いたしましょう!」

 

「ありがとうございます! パンドラズ・アクター様!」

 

「では、当面の間ですが、フールーダ殿の補佐をよろしくお願い致します。彼も自分の実験に掛かりきりになるかもしれませんので」

 

「承知しました。パンドラズ・アクター様」

 

(最悪だ)

 

 ジルクニフは思う。従属しようとは考えている。逆らうことに意味はないとも理解している。だがしかしこれでこちらの情報はより筒抜けになることが確定してしまった。

 

 最も一番帝国に詳しいフールーダが裏切っている時点で、機密情報もあった者ではないが……それでも、これから部下たちと話し合って、パンドラズ・アクターいやアインズ・ウール・ゴウンと関わるか決める過程も見られるのは不都合だ。

 

 フールーダだけであれば監視の目は薄かっただろう。何より魔導書に固執してこちらを見張る作業はおざなりになったはずだ。だがレイナースは違う。しっかりと自分の価値をパンドラズ・アクターに提供するだろう。情報漏洩という形で。

 

 だがそれがかえって、良いのかもしれない。

 

(逆らうことは出来ない……なら従属する過程も見せることで信頼を確保すればいい……後はなるようになれだ)

 

 レイナースから距離を取りもう一度門の前にパンドラズ・アクターは移動する。

 

「――では皆様ごきげんよう! またお会いする日を楽しみにしております!」

 

「――ああ、こちらも次に会える日を楽しみにしているよ……本当に」

 

 そしてパンドラズ・アクターが去る。それと同時に本がこすれるような音がする。見れば、フールーダがパンドラズ・アクターから貰った本を読みだしていた。

 

 無駄だとは知っている。これは自分の我儘にすぎないと。だが思わず声を出してしまう。

 

「ジィ、いや、フールーダ、よくも裏切ってくれたな」

 

 その言葉を聞くと、フールーダが本から目を上げる。そして自分を見ながら笑い出す。

 

「ふぉふぉふぉ。儂が自分より強大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)に合えば裏切るのは分かっていたでしょう? これは当然の帰結だ、私の可愛いジル」

 

「まぁそうなんだがな……。もう少しためらいを見せてくれてもいいと思うんだが? そこに関してはどう思う?」

 

 その問いかけににっこりとフールーダは笑う。

 

「無理ですな。私を遙かに超越した魔法詠唱者(マジック・キャスター)。私が裏切るのはそれだけで十分の理由だ。ジル」

 

 言いたい事を言いきったのだろうフールーダは魔導書に視線を戻す。もうこちらには用がないかのように。

 

 そして、不気味な沈黙がフールーダの部屋に満ちる。そしてそれを断ち切るようなレイナースの手を叩く音が。

 

「では陛下、フールーダ様は魔導書を読むのに忙しいようですので、王宮に戻りましょう。これから話し合う事はたくさんあるはずですので、忙しくなりますわね」

 

「ああ、そうだな。レイナース」

 

「……陛下よろしいんですか?」

 

 バジウッドが質問をしてくる。その質問の意味の真意をジルクニフは寸分たがわず、受け取っていた。

 

 間違いなくレイナースはこれから行われる会議でのことをパンドラズ・アクターに報告するだろう。我々が隠れて会議を行なえばその事も報告するだろう……つまり事実上彼女がいなければ会議ができない。そう、我々が裏切ろうとしていると思われてはならないのだから。

 

「――構わん。我々は、パンドラズ・アクター殿……そしてパンドラズ・アクター殿を従えるアインズ・ウール・ゴウンの神々に従属するのだから」

 

★ ★ ★

 

「シャルティア、貴方は本当にモモンガの側室になる気があるの?」

 

 今現在、シャルティアはアルベドと二人でシャルティアの階層で話し合っていた。内容は今アルベドが言うように自分が伯父上の側室になるかどうかである。このサキュバスは何を当たり前のことを言っているのだろうか? というより呼び捨てで呼ぶ……自分も必ずそっち側に行く。

 

「もちろんでありんす! アルベド、負けないでありんすよ」

 

 その言葉にアルベドが俯く。まるで何かを恥じるかのように……そして躊躇いがちに話し出す。

 

「――本当にいいのね?」

 

「――何がでありんす?」

 

 アルベドが何を言いたいのか、シャルティアには全く分からなかった。至高の御方の側室になる。これ以上の栄誉はナザリックの者には無い。だからこそアルベドが何を言おうとしているのかが全く分からなかった。

 

「モモンガの側室になる……。つまり、あなたはペロロンチーノ様が帰還なされた時に、ペロロンチーノ様の妻になるという権利を放棄するということなのよ?」

 

 ――電流が走った。確かにそうだ。アルベドの言うとおりだ。伯父上の側室になるということはペロロンチーノと結婚することは不可能になる。

 

 なぜ今までその事に気付かなかったのだろう。

 

「そ、それは……私はどうすればいいんでありんすか!?」

 

 悩む悩む。知恵熱が出るほど悩む。だが答えは出ない。そこに優しげなアルベドの言葉がかかる。

 

「ゆっくりと悩むといいわ。私はあなたの考えを尊重するわ、ただしモモンガを傷つけては駄目よ」

 

「わ、分かったでありんす」

 

 本当にどうすればいいのだろう。答えは出なかった。

 

 ――そしてシャルティアは最後のアルベドの表情を見落としてしまった。そう、その顔にはまるで、計画通りと書いているかのようであった。

 

★ ★ ★

 

 今現在、ネムはナザリックの闘技場である第6階層に来ていた。一緒にいるのは、サトルではなく、パンドラズ・アクターである。でも信じられなくておもわず問いかけてしまう。サトルはアルベドと執務があるらしい。

 

「ここも本当にナザリックの中なんですか? 本当に外じゃないんですか?」

 

 思わず間近にいるパンドラズ・アクターに問いかけてしまう。自分をまるで壊れ物のように行動させるパンドラズ・アクターに対して。 

 

「はい! サトル様の正室であるネム様に嘘は申しません! ここは間違いなくナザリックでございます!! もう少し言うとアウラの住居がある階層でございます!」

 

「アウラちゃんの? ……本当だよく見ると。森がある!」

 

「はい! 御納得頂けましたでしょうか?」

 

「はい!」

 

 元気よくネムは返事をする。そして今日ここに連れてこられたことへの疑問を、パンドラズ・アクターに投げかけた。

 

「今日は何をするんですか?」

 

「はい! 本日はネム様にレベルアップをしてもらおうと思いまして」

 

「? レベルアップ?」

 

 まるで聞き覚えがない言葉だった。村長や両親、冒険者の皆なら知っているのだろうか?

 

「はい!レベルアップでございます。ネム様に分かりやすいように言えば強くなって頂こうと思いまして」

 

「? 何で強くなるんですか?」

 

 強くなる? ネムは私には必要ないと思う。それとも必要なのだろうか? 闘うということがこれから先ネムにはあるのだろうか? ネムには分からない。ただパンドラズ・アクターの水晶のような眼を見る。

 

「はい、簡単に言えばネム様に不老になっていただこうと思いまして!」

 

「? 不老ってなんですか?」

 

 不老とは一体何か? ネムには見当もつかなかった。これも両親たちであれば知っていたのだろうか? 自分が幼いということは自覚しているだけにネムはいろんなことを吸収しようとしていた。サトルに恥じない奥さんになるために。

 

「失礼いたしました。不老とは年月が経っても年を取らなくなるということです!」

 

「えっと、よく分からないですけど、私に必要なんですか?」

 

「はい! 必要でございます!」

 

 そこで一拍おかれる。そして大きくお辞儀をしながらパンドラズ・アクターが話しかけてくる。

 

「モモンガ様は永遠の命を持っております。そのため現在のネム様は定命のままでは何れモモンガ様はネム様を失ってしまいます」

 

「――そんなの嫌です! ずっとずっとサトルと一緒に暮らしたいです!」

 

「はい、わたくしも同じ思いでございます! なのでネム様にはレベルアップをして頂き不老になってモモンガ様と永遠に生き続けて頂こうと考えております」

 

「分かりました! でも具体的には何をすればいいんですか?」

 

「御納得頂き感謝いたします、それでは始めさせて頂きます!」

 

 パンドラズ・アクターが指パッチンをすると、それに合わせたかのように多くのアンデッドが闘技場の中に入ってきた。

 

「ネム様には今入ってきた、アンデッドたちをこの鞭を使って倒して頂ければと思います。使い方に関しては指導係がお教えいたしますのでご心配なく!」

 

 鞭の使い方はネムは良く知らないから感謝すべきである。だがアンデッドを倒す。気が進まないでいた。何せサトルと同じ職業なのだ。

 

「えっと、本当に倒さないといけないんですか? 可哀そうです!」

 

 その言葉にパンドラズ・アクターが笑ったような気がする。

 

「ネム様はお優しいですね。ですが! これは倒される者たちも望んでいることです!! ぜひお願いします!」

 

「むー分かりました」

 

「ご納得いただき感謝致します。それでは、アウラ!!」

 

 その言葉に従うかのようにアウラが現れた。

 

「アウラちゃんこんにちは! もしかして私の指導係ってアウラちゃん?」

 

「――そうよ! 厳しくいくから覚悟しなさい!」

 

「うん!」

 

「では後はお任せいたします」

 

 そういうとパンドラズ・アクターは去って行った。

 

★ ★ ★

 

 

 アウラは悩みに悩んでいた。パンドラズ・アクターからネムに鞭の使い方を教えて挙げてほしいと言われているのだ。それは構わない。アンデッドを倒させることにも異存はない。

 

 何でもパンドラズ・アクターが集めた情報によればこの世界では本来レベル制限で所有できない職業を修得できるのだという。つまりネムはレベルアップして不老になってもらうのと同時に、この世界でのレベルが一体どのように得られるのか……最終段階の実験らしい。なお失敗した場合はウィッシュ・アポン・ア・スターを使用して不老にする予定とのことである。

 

 それはいい、それはいいのだ。

 

 ただ一つ自分の中の考えが無ければ。この娘といるとどうしてもおじさんのことを意識してしまう。具体的に言うと一緒にお風呂に入ってアルベドに乗せられててしたことを意識してしまう。

 

 意識してしまうと顔が真っ赤になる。それを見咎めたネムが話しかけてくる。

 

「どうしたのアウラちゃん?」

 

 それに対して慌ててアウラは否定の言葉を発する。 

 

「何でもない!? 何でもないの!? 本当に気にしないで!」

 

「? うん、分かった」

 

 何とか意識を逸らすことに成功した。だが自分の中では顔は真っ赤なままだ。それに普段ネムとおじさんがどうしているのか気になる? もちろんHな意味で。妃になったということはそういう事もしているのだろうか? 気になるので聞いてみることにした。

 

「そういえば、モモンガ様―-おじさんとは普段どんなことしているの?」

 

「普段? 一緒にご飯を食べたりおしゃべりしたり、後はHなことをしたりしてるよ!」

 

 顔がさらに真っ赤になってしまう。そんなに元気よく言われるとその困る。

 

「……もしかして、アウラちゃんもサトルとエッチなことしたいの?」

 

 ネムから問いかけが発せられる……そして否定の言葉ではなく……肯定の言葉を発してしまう。恥ずかしがりながら小さくではあるが。

 

「……うん」

 

「なら、サトルに言って一緒にエッチしよう!」

 

 その言葉にアウラは驚いた。寵愛は独り占めにしたいはずだ。自分が同じ立場だったら恐らくそうすると思う。最低でも独占したいと思うはずだ。

 

「なんで、誘ってくれるの?」

 

 その言葉にネムは笑顔を浮かべる。 

 

「だって仲間外れは寂しいもん!」

 

 ……この言葉で分かった。理解した。この娘は本当に純真無垢なのだ。

 

 愛する御方が彼女と友達になれと言った事も、ハートを射止めたことも必然だったのだ。孤独を癒せたのも運ではなく必然だったのだ。

 

 そしてアウラの返答はきまっている……。

 

「なら、お願い。私も伯父さんの、モモンガの側室になりたい」

 

 

「分かった!」

 

★ ★ ★

 

「ふぅ」

 

 悟は達成感のある疲れの中、充足感を感じていた。自分がパンドラズ・アクターがいなくてもある程度なら組織のトップとして行動できると確信を持てて。

 

 既にアルベドは去った。

 

 今日の後の予定はネムとの夕食とお風呂ぐらいだ。そこにドアをノックする音がかかる。

 

「入れ」

 

「只今、戻りました! 父上!」

 

「うむ、よく戻った。パンドラズ・アクターそれで帝国はどうなりそうだ?」

 

「はっ帝国の皇帝は思慮が深く、こちらに反抗することは無いかと。実質的に臣下になったとみなして問題ないはずです」

 

「そうか、さすがだな。パンドラズ・アクター」

 

「保険も二つ用意しております。帝国に関しては問題ないかと問題は――」

 

「――法国だな?」

 

 パンドラズ・アクターが頷く。シャルティアを洗脳したナザリックに敵対した愚か者たち……処断しなければならない。

 

「父上、捕らえた部下の者から聞いたことを総合して考えたのですが、法国に関しては私に全権を委任して頂けないでしょうか?」

 

「ふむ」

 

 自分で処断できないのは業腹だが、実際今の自分が人間を殺せるかと言えば微妙だろう。モモンガならば人間を殺せた。アインズ・ウール・ゴウンなら虫けらのように足で踏みつけられた。だが鈴木悟はどうだろうか? 同じ人間に報復をできる自信が無かった。

 

「分かった……法国に関してはお前に一任する。シャルティアを操った者たちに地獄を見せよ」

 

「――はっ! では私は下がらせて頂きます。」

 

 そしてパンドラズ・アクターがドアから去って行った。

 

 そして時を置かず、またドアがノックされる。恐らくネムだろう。

 

「空いてるぞ」

 

 そうすると予測した通りネムともう一人アウラが入ってきた。ネムはこちらに駈け出してきて、受け止める。

 

「サトル~ただいま~!」

 

「ああ、御帰りネム。そしてよく来たアウラ」

 

「はい第六階層守護者、伯父さんの元に参りました」

 

 うん? アウラが酷く緊張しているように見える。何故だろう? 悟には分からなかった。

 

「サトル―今日は3人でご飯を食べよう!」

 

「ああ、構わないともネム」

 

 そして口づけするかのようにネムが耳元でささやく。

 

「お酒も飲みたいなー」

 

 苦笑してしまう。アルコールに関してもネムもサトルもアウラも対策している。だがあえて言うということは酔いたいのだろう。

 

 特段異存は無かった。

 

「分かった。今日は酔おう」

 

 メイドたちにメッセージを送る。今日はアルコールを用意するようにと。そして3人で談笑しながら食事が来るのを待つ。

 

 こんなに会話が楽しいと思うのはいつ以来だろうか……そう、まるで仲間たちがいたころのようだ。

 

(いや、仲間たちは確かに子ども(NPC)たちに受け継がれている)

 

 そう自分は一人ではないのだ。ネムもいる。もうモモンガは孤独ではないのだ。ただ自分を襲いかねないアルベドには別の意味で警戒が必要だが……これ以上仲間たちの子どもに手を出さない。それがサトルの願いなのだから。

 

 そして食事が運ばれてくる。

 

「さて、それでは頂こう」

 

「はーい、頂きます」

 

「い、頂きます」

 

 料理に手を伸ばす絶品だ。そしてアルコールもいいように効いてくる。気が高まってるのが分かる。

 

(まずいな、食べ終わったらすぐにメインディッシュ(ネム)を食べようと思っていたがアウラがいる以上それも叶わないな)

 

 さすがにみられながらプレイするのはネムも恥ずかしいだろう。そこにネムから一つの疑問が投げかけられた。

 

「そういえば、アウラちゃんを創造したぶくぶく茶釜様ってどんな方なんですか?」

 

 それにアウラが顔を赤くしながらこちらを見ている、酒が回っているのだろう。

 

「そうだな、ぶくぶく茶釜さんは――」

 

 悟は自分が知る限りのぶくぶく茶釜のことを話す。リアルのことをぼかしてだが、だがそれでもアウラの食いつきようは凄かった。まあ自分の創造主のことだ。シャルティアも自分よりもペロロンチーノの方が上と考えていたのだから、心のどこかでそう考えているのかもしれない。それは別に構わない。

 

「――という訳でぶくぶく茶釜さんは偉大な人物なんだ。分かったかな? ネム、アウラ?」

 

「うわー! 本当に凄い人なんですね!!」

 

「伯父さん、ぶくぶく茶釜様のことを話して頂いてありがとうございます!」

 

 アウラの顔には満足そうな顔が浮かんでいる。ふむ、これは労りとしてそれぞれのNPCに創造主の話をしてあげたほうがいいのかもしれない。

 

 問題はどこで話すかだが。やはり食事中であろうか? その疑問をネムに話してみる。

 

「それだったら、お風呂で話すといいと思う!」

 

 その言葉にアウラの顔が真っ赤に染まる。以前の惨劇を思い出したのだろう。自分も思い出した。気まずい。

 

(うん? でも男のNPCとだったらありなんじゃないか? よし、男性守護者と裸の付き合いと行くか)

 

 思わずいい案が浮かんだから気まずくなってしまったが、よい結果なのだろう。

 

 そして食事が終わるとネムがいつものように自分に体を寄せてくる。

 

「待つんだネム。アウラがまだいる――」

 

 ――その言葉は最後まで続けることは出来なかった。気づけばアウラが自分の唇に唇を当てていた。キスであった。

 

 思わず茫然としてしまう。

 

「――あ、あたしもモモンガの側室になりたいです!!」

 

 そして時は流れ――

 

 ベッドには赤い血が流れていた。そして右手にはネムが、左手にはアウラが抱き着いていた。

 

 動かせない腕をもどかしく思いながら悟は言葉を発する。

 

「ごめん茶釜さん……俺は取り返しのつかないことをしてしまった……」

 

 その顔には涙が流れていた。




ペロロンチーノ「この裏切りもんが!! たっちさん、モモンガです!!」

たっち・みー「モモンガさん、あなたはいい友人だったが……ロリコンだったのがいけないのだよ」正義執行


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第4話

小説家よ。私も昔小説家だったが、ぶくぶく茶釜様の呪いを受けてしまって1919か0721の時間にしか投下できない体にされてしまってな……。


 デミウルゴスはアルベドたちがメイド会議を行っている頃、シャルティアの下を訪れていた。それは義務感と仲間思いのデミウルゴスがシャルティアに助言しなければならないと思ったからだ。

 

「何なんですか、デミウルゴス。いきなり押しかけてくるなんて」

 

「時間を取らせてすまないね、以前のことで少しだけ助言をさせてほしいと思ってね?」

 

「以前のこと? 何のことでありんしょうか? 私も今難しい問題で悩んでいるのでありんす。手短にお願いするでありんす」

 

 シャルティアが悩んでいること……恐らくアルベドが関連しているのだろう。そこを考慮に入れたうえで助言を行うべきだ。

 

「以前、アルベドが側室として伯父上の孤独を埋めていくと言ったね。その事を覚えているかい?」

 

「……もちろんでありんす」

 

 非常に悩ましそうな顔に変わった。

 

「何かあったのかい? 私で良ければ相談に乗りますが……」

 

「……そうでありんすね。デミウルゴスになら話しても特に問題はないでありんすね」

 

 そしてその言葉を最後に、シャルティアがアルベドに言われた言葉を自分に話す。

 

 成程と思う。確かにアルベドの言葉は間違っていない。シャルティアはペロロンチーノか伯父上かどちらかを選ばなければならない。

 

 だがそれだけではない。

 

 アルベドはライバルを少しでも減らそうとしているのだ。建て前は立派だが……。

 

(まさかペロロンチーノ様のことを持ち出してライバルを減らそうとは……)

 

 驚嘆に値する。もちろん別の意味でだが。

 

「――シャルティア。それはアルベドの謀略だ。君をモモンガ様と家族にさせないための策略に過ぎない」

 

「え、そうなんでありんすか!? でもペロロンチーノ様とモモンガ様を選ばなければならないのは事実でありせんせんか?」

 

「確かにそこだけを見るとアルベドはシャルティアのことを思って忠告してくれているように見えるね。だが、それは君が躊躇を持つことで伯父上と離れさせようとする謀略に過ぎない」

 

 いいかいと、デミウルゴスは前置きを置く。

 

「別に側室に括ることは無いんだよ。そこをアルベドは隠している。伯父上と家族になる方法は側室になる事だけじゃない。今の関係性を深くしていくことや……あるいは義父上と呼んでみるとか方法はいくらでもある。アルベドの謀略に惑わされてはいけないよ」

 

「あ……ありがとうでありんす!義父上と呼ぶのは盲点でありんした! 色々と考えてみるでありんす、ありがとうデミウルゴス!」

 

「力になれてよかったよ。では私は行くよ。また会おう」

 

★ ★ ★ 

 

「では、今から第一回メイド会議を実施します。わん。今回はオブサーバーとして守護者統括のアルベド様とアウラ様にお越しいただきました」

 

「みんな、よろしくね」

 

「よろしくーぶぃ!」

 

 アルベドは周りを見る。そこには一般メイドたちと、プレアデスのメイドたちが集合していた。議長はメイド長だ。会議の内容はどうすればモモンガの家族になれるかだ。中にはネム・エモットの力を借りて側室になったアウラもいた。怒りで頭が沸騰しそうだ。アウラに対して何も考えず側室になったことに関して。

 

 しかしそれは横においておく。ここでの会話では自分が主導権を握って側室の数を減らすのと……アウラにやってもらうことを誘導しなければならないだろう。

 

 今回は、至高の御方を呼び捨てで呼べるという特権を得たアルベドがオブサーバーとしてメイド達の会議に呼ばれたのだ。またアウラもモモンガのことをどう呼んでいるか知らないが側室の一人として意見を聞きたいということで呼ばれていた。

 

 一番最初に発言したのは、プレアデスの一人ルプスレギナだった。ふむ、もしかしたら彼女が対抗馬になるような未来もあったのかもしれないと夢想してしまう。だがここでその未来は出来る限り断つ。

 

「はいはい、やっぱりアルベド様とアウラ様のように側室になるのが、一番伯父様の家族になれる方法だと思うっす!」

 

 その言葉にメイドたち全員が「モモンガ様の側室」「ああ、いけませぬモモンガ様、私のような下賤な身に」等溜息を吐きたくなるような妄想をするメイドたちが続出した。

 

 大きくため息をつく。

 

「そうね。それができるなら、一番いいわね」

 

 アルベドの言葉に周囲のざわつきが消えた。少しだけだがアルベドはメイドたちを憐みのこもった眼で見ていた。そしてかつては自分も同じであったと。勝手に自分の理想を押し付けていたと。自己嫌悪を覚えた。アウラは訝しげに自分を見ている。そしてメイドたちは少し非難するように自分を見ている。

 

「アルベド様? それはどういうことですか? 我々は全員伯父上様の妃になることを嫌がったりはしません」

 

 メイドの一人がアルベドに反発するように発言した。それを全てのメイドたちが頷いている。気づいていないのだ。シャルティアも同様だが。哀れである。

 

 事実を教えてあげるのが、優しい守護者統括アルベドだろう。

 

「いい、あなた達がモモンガの側室になるということは、自分の創造主が帰還なされた時、その御方の妻となることを放棄することと同じなのよ?」

 

 メイドたち全員の顔が強張っている。いやなかには、座り込んで泣きそうになっている娘もいる。ああ気づけないだろう。

 

「た、確かにそうですね。で、ですが、それなら、アルベド様も、お、同じなのでは?」

 

 メイドの一人が疑問を晴らそうと自分に問いかけてきた。確かにこれは少しでも頭が回れば聞かれる事だろう。シャルティアには聞かれなかったが。混乱から立ち直れなかった以上シャルティアが自力でモモンガの側室になる道は遠いだろう。

 

「――私は仮にタブラ・スマラグディナ様が帰還なされ、私がモモンガの側室になったことを咎めるのであれば――」

 

「――あれば?」

 

「私の手で御命を頂戴するわ」 

 

 メイドたち全員があっけにとられたかのように自分を見ている。いや怒りと困惑も感じる。特にアウラはその傾向が強い。だがそれがどうしたのだ。自分は、自分だけがアウラを弾劾することができるのだ。

 

「だから、アウラ。私はその覚悟を出さずに、安易な手段でモモンガの側室になった今のあなたを認められないわ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよアルベド、アルベドはご自身の創造主を手に掛けるって言うの?」

 

「二言はないわ。私はそれだけの覚悟を持って、側室になったわ。モモンガの孤独を癒すために」

 

 全員の顔が青ざめている。中でもアウラは特に青ざめている。彼女は既に行動をしてしまった。結論を出す前に。哀れではある。しかし問わねばならない。これから先モモンガの孤独を癒すために……自分がいつかモモンガを独占するためにも。

 

「アウラ、あなたはネム・エモットの手を借りるという、安易な手段で側室になったわ。だから今ここで答えを出しなさい。いえ、出さなければ私があなたを許さないわ。仮にぶくぶく茶釜様が、あなたとモモンガの仲を認めないと言ったとき、あなたはどうするの?」

 

 アウラは顔を俯かせている。まるで私を直視できないかのように。よく見れば悩みに悩んで涙の跡も見える。そこにメイド長からアウラへの助けが入った。

 

「アルベド様。アルベド様の御覚悟には胸を打たれました、わん。私たちも安易な方向に考えていたようです。しかし私の創造主である餡ころもっちもち様は女性であります。それにアウラ様の創造主も女性です。伯父上様との仲を反対する恐れはないのではないでしょうか?わん」

 

「確かにメイド長の言う通りよ。私はご自身の創造主が女性である者に関しては側室になっても構わないと思っているわ。パンドラズ・アクターに確認した限りではお三方は同性愛者ではないとのことですし……そう言った面からモモンガとの婚姻を反対されることもないと思うわ」

 

 その言葉にアウラが嬉しそうに目を挙げる。先程までの泣きそうな顔は無くなっている。尤も涙で顔は濡れているが。

 

「なら問題ないじゃない。はーよかった。それにぶくぶく茶釜様はお優しいし、私と伯父さんとの関係も認めてくれると思うし……とりあえず安心した」

 

 アウラが大きく息を吐き出す。その息遣いには安堵が心から溢れていた。アウラとモモンガの仲が切り裂かれる未来はないと思ったのだろう。

 

 実際はどうか分からないがアウラがそう判断したのならまぁ今はそこは置いておこう。それより重要な事があるのだから。

 

「ただね、アウラ。私たちはモモンガの側室になったわ、だから私たちには義務があるの。モモンガの孤独を癒すという義務が」

 

「孤独を癒す? 前もいってたけど、モモンガ伯父さんが孤独? ちょっと待って、具体的に教えて。じゃないと意味が分かんないんだけど」

 

 確かに意味が分からないだろう。これは自分とデミウルゴス、パンドラズ・アクターのみが理解している事実なのだから。いや少しは守護者であるアウラは知っている。そこまで理解ができるほど頭が回らないのだろう。

 

「いい、モモンガは小さいときにお義母様を亡くされているわ。パンドラズ・アクターによればリアルは地獄だったとも……我々の創造主に会われるまでは」

 

 そうだ、41人がいなければモモンガは死を選んでいたのかも知れない。そう考えるとアルベドでも恐れを感じる。震えてしまう。モモンガが死んでしまったかもしれない可能性に。

 

「しかし他の方々はお隠れになってしまった。残ったのは小さな鈴木悟と名付けられた子供のモモンガなのよ」

 

 恐らくではあるが、アルベドは察している。察してしまった。モモンガは精神年齢が幼いのだ。普段は必死に仮面をつけて隠している。その仮面を外せるのが、ネム・エモットとの間だけなのだろうと。

 

「モモンガの精神年齢は恐らく、ネム・エモットとそう変わらないわ。だから彼女だけがモモンガの素顔を見ることができるのよ」

 

 苦々しく思ってしまう。自分では幼女の姿になっても所詮はまがい物……アウラなら素顔を覗くことも可能かもしれない。精神年齢は近いのだから。だから安易な手段で側室になったアウラに怒りは感じるが同時に期待も感じている。同じNPCが素顔を見ることが可能になればアルベドもモモンガの素顔を見ることが可能になるかもしれないのだから。

 

 周りを見る。全員が意気消沈していた。ここからさらに彼女たちを地獄へと私は導かなければならない。これは私にしかできない役目だ。

 

「――長々と自分の創造主が帰還なされた時どうするかと話したけど、実は私はあまりそこには不安を感じていないの」

 

「何故です? 至高の御方々がご帰還なされるのは伯父上様も望んでいるはずです!」

 

「これはね、パンドラズ・アクターから聞いた話よ、モモンガを除く至高の御方々はお亡くなりになっているわ」

 

「――え」

 

 そのアルベドの言葉が切っ掛けになって、全員が立っていられないかのように座り込んでいた。メイド長も同じだ。アウラだけは事前に知っていたから傷は深くないようだ。

 

「う、嘘よパンドラズ・アクター様がアルベド様に嘘をつかれただけだわ!! だって至高の御方々を探すのが今のナザリックの方針のはずです!」

 

 悲鳴のような子どもの癇癪のような言葉が部屋に広まった。全員が頷いている。

 

「これも、パンドラズ・アクターから聞いた話よ。この世界に転移されるとき、本来ならモモンガもお亡くなりになるはずだったの」

 

 沈黙が世界を支配した。そして直後にはメイドたち全員が泣き出していた。自分の創造主とモモンガのことを呼びながら。

 

「この言葉を聞けばすべてのNPCがモモンガに依存するはずよ。当然の話ね。でもねそれじゃダメなのよ。私たちはこれ以上モモンガに依存してはいけないの。対等に家族になって孤独を癒さなければならないの」

 

 尤もと前置きを置く。

 

「その役割を、ネム・エモットに奪われた私が、言えたことじゃないんだけどね」

 

 部屋に奇妙な沈黙が広まった。長い長い、沈黙であった。これで目的の一つである側室の数を減らすことは実行できただろう。

 

 側室は可能な限り限定させる。アウラだけだ。側室にさせるのは。万が一があったとしてもメイドたちから一人だけだ。シャルティアには入る隙を与えない。ライバルは可能な限り減らす。妨害してやる。モモンガはロリコンだ。だがアウラは何れ成長してロリじゃなくなる。だから長い目で見れば利用したほうが旨味があるのだ。支配者の仮面を脱ぎ捨てさせるという役割を果たさせてやるのだ。

 

 だが、シャルティアは成長をしないエターナル・ロリータだ。絶対にハーレムに入れてやらない。

 

★ ★ ★

 

 アウラは混乱の極みに達していた。アルベドが自分達に話した言葉は暴力的過ぎた。至高の御方々が亡くなっている。以前も聞いたが改めて言われると、それだけが全員の頭を支配した。側室になる話もどこかに行ったかのように。だが伯父さんが孤独に襲われていることだけは認識できた。認識した。まるで暗い部屋に一人ぼっちで立たされているみたいだ。

 

「だからね、アウラ。私はあなたに期待しているの。あなたならモモンガがつけている支配者としての仮面を取り払えるはずよ。いいえこれはネム・エモットにも可能なことだわ。彼女は既に素顔を常見ているはずなんだから」

 

 ああ、ネムなら可能だろう。彼女はいい友人だ。だがそれ以上に伯父さんの孤独を癒したのは話を聞いただけでもわかる。だが、自分に同じ真似ができるだろうか? ぶくぶく茶釜の許可を得ずに側室になった私が素顔を見れるのだろうか。いやそもそも、お亡くなりになっているのになぜ探しているのか。疑問だけがアウラを支配した。

 

「――アルベド一つだけ確認させて? ぶくぶく茶釜様たちがお亡くなりになっているなら、何で伯父さんは探しているの?」

 

「ヒントは出しているわ。答えは自分で出しなさい」

 

 そう言われアウラは必死になって考える。アルベドが語った情報を必死に咀嚼する。ヒントと言ったが何がヒントなのだろうか。以前デミウルゴスが言っていた、守護者同士での話し合いの時に言った言葉……家族が必要ということであった。そして今回話したのは側室になったことを責められたこと。伯父さんがお亡くなりになる運命だったということ。その運命を何かの流れで乗り越えたこと。自分の創造主たちが……あっ。

 

「もしかして、ぶくぶく茶釜様たちも亡くなる運命を乗り越えたからかもしれないから?」

 

「そう言うことよ。だから目印として帝国の支配領域ではあなた達が言ったように、男の子は女の子の格好を女の子は男の子の格好をさせるの。ぶくぶく茶釜様が定めたこととしてね。他の至高の御方々にも分かる格好の目印になるわ」

 

 そこは以前も聞いたから理解できる。私たちの姿格好以上の目印は存在しないだろう。だが一つだけ疑問に思う。何故アルベドは自分のことを期待しているのだろうか? 率直に聞いてみることにした。

 

「何でアルベドは私に期待してくれるの?」

 

「それはあなたがシャルティアよりも頭がいいからよ。シャルティアにも同じことを話したわ。でも彼女は混乱するだけで、答えを出せなかった。それに大人だわ。モモンガの側室になってもモモンガの素顔を晒す行動ができるとも思えないわ」

 

 でもね。と、一拍おかれる。

 

「アウラなら私たちには劣るにせよ頭が回るわ。だからあなたが側室として、モモンガの仮面を剥ぎ取ってほしいの。そうすれば、私達ナザリックに住む者全員がモモンガと家族になれるわ」

 

 頭が回る。確かにアルベド達よりは劣るだろうが……それなりに頭は回るのだろう。そして私の役目が非常に大きい物であることが分かった。少しだけ体が震える。だが自分はアルベドに期待されているのだ。いや違う、アルベドだけじゃない。ここにいるすべてのメイドたちからも託されているのだ。伯父さんの仮面を剥ぎ取ることを。

 

 体に震えが走った。怖い。とても怖い。だが逃げ出せるわけがない。ネムに頼って側室になったのだ。ここで逃げ出すわけにはいかない。

 

「……分かった。頑張る」

 

「そう言ってくれて嬉しいわ。じゃあ私が言いたい事は言い終わったから。メイド長、話を続けて」

 

「畏まりました、わん。ではどうすれば伯父上様の家族になれるか、議論を再開したいと思います」

 

 その言葉にメイドたちが周りの者たちと話し合う。そこからシズ・デルタから意見が言われる。

 

「メイドたちからも一人側室を出すべき、ユリ姉を推薦する」

 

「ちょっとシズ、何を言っているの! ボ、私が伯父上様の側室になるなんて」

 

 その言葉にアウラは納得する。確かにユリ・アルファなら自分とも仲がいいし協力ができるだろう。それに創造主も自分と同じように女性だ。創造主が帰ってきた時のいざこざも少ないはずだ。

 

 そしてそれをアルベドが面白そうに見ている。いや見ているだけじゃなくて、言葉に出した。

 

「それは私と同じようにミニマムの指輪を装備させてということかしら?」

 

 シズが頷く。なるほど肉体年齢を精神年齢に近づけて話すのは既にアルベドが実施している。アルベドが側室になっていることからも一定の成果が得られるのであろう。

 

 その事にすべてのメイドたちが気付いて頷く。どうやらユリに逃げ場はないようだ。視線に力があるかのように顔を青くしているが静かにユリ・アルファが頷いた。

 

「畏まりました。皆様の推薦を受けて、伯父上様の側室を、家族を目指します」

 

 メイド長が頷く。

 

「ではこれを持って第1回ナザリック、メイド会議を終了いたします。わん。一つだけ付け加えるなら全員が家族になれるように伯父上様に親しみを持つように、わん」

 

「あっそれと補足しておくけど、仮に私たちが妊娠して子どもを産んだら、あなた達が妃になる可能性も高いから、その当たりも考慮したうえで、どういった形で家族になるか考えてね」

 

 アルベドが最後に爆弾を落としてメイド会議1回目は終了した。

 

★ ★ ★

 

 シャルティアは悩む。自分がどうすればモモンガの家族になれるかを必死に考える。アルベドに言われたこと……ペロロンチーノか伯父上を選ばなければならない……その通りだ。自分はそこを考えていなかった。だが自分にとってどっちが大切なのかと言われれば……ペロロンチーノと応えるだろう。どちらかしか選べないなら……。

 

 だがデミウルゴスに言われた通りこれはアルベドの謀略なのだろう。伯父上と自分を家族にさせないための……必死に頭を振り絞る。何か何かないか? やはりデミウルゴスの助言の通り子どもとして義父上とお呼びしたほうがいいのだろうか。

 

 どちらかしか選べないなら? 何かいいアイディアが……あ!

 

「そうでありんす!!」

 

 何故気づかなかったのだろう。すでに自分は実施しているじゃないか。ヴァンパイア・ブライドたちでハーレムを築いているではないか!

 

 ならば至高の41人でハーレムを作ってもいいのではないだろうか?

 

 伯父上を筆頭にペロロンチーノ……そしてぶくぶく茶釜……何て素晴らしい光景なのだろう。この41人に愛されるなんて。義父上と呼んで疑似的近親相姦プレイもできる。最高だ。

 

 こんなことを思いつく自分は天才になったんじゃないかと思ってしまう。

 

「となると、まずは伯父上の側室になるところから、始めるべきでありんすね」

 

 そこで愛されて至高の41人が帰ってきたら、怒らせないようにしながら全員と関係を持つ。

 

 恐らく困難を伴うだろう。だがシャルティアに諦めはない。このハーレム道は決して間違っていないのだからっ。

 

★ ★ ★

 

 現在モモンガは鈴木悟の姿でナザリックスパリゾートを訪れていた。一人ではない。マーレと一緒にである。

 

 この間アウラとの間で取り返しのつかないことをしてしまった。それを謝罪することもできない。何よりもアウラが自発的意思で望んできた以上、サトルには拒絶ができない……ネムの協力もあったようだし……いつかぶくぶく茶釜に叱られるだろうが、それは仕方ない。甘んじて受け入れよう。というより叱られる未来が欲しい。仲間たちとの再会は一番の願いなのだから。

 

 マーレと一緒に来たのは、前回アウラにはぶくぶく茶釜のリアルの世界でのことを話してあげることができたが、マーレには話してあげられていないからだ。

 

 だからネムと話し合ってお風呂で話し合うと言った言葉を取り入れて、全男性守護者と裸の付き合いを一対一で行おうと思ったのだ。一番最初に選ばれたのはマーレである。

 

(そう言えば、アウラとあれをしたってことはマーレは義弟になるのだろうか)

 

 そう思いつつマーレを見る。女の子の格好をしているが、体は付は子どもの者であり、普通の男の子に見えた。自分の業も深いと思うが、ぶくぶく茶釜の業も深いと思う。さすがはペロロンチーノの姉である。

 

「マーレ? 準備は完了したか?」

 

「は、はい伯父さん。お風呂に入る準備は出来ました」

 

「よし、なら風呂に入るか」

 

 マーレが頷くのを見ながらお風呂のドアを開けて入っていく。

 

 そしてその世界は百花繚乱の世界であった。男女合わせて9種17浴槽を持つ素晴らしい場所だ。

 

 そこをマーレと二人で独占する。リアルではありえないことだ。悟はこの世界に来てよかったと本当に思っている。仲間の子どもたちが動き出した。妻もできた。料理もおいしい物も食べられている。

 

 尤も体に関してはリアルと肉付は変わっていないが。

 

(ふむ、そう言えば自分の姿はリアルの時と変化がないな? もしかして固定なのか?)

 

 超位魔法での一時的な変化に過ぎない。そのためリアルの世界から成長はしないのではないかと考えられる。

 

 まぁ固定なら固定で構わない。使うのは性欲の解消と美食面だけだ。前者は可能な限りネムで解消しているし、後者は美味しい物ばかりなので太りそうだ。太らないのは魅力だ。

 

 ああそう考えると……母はどんな気持ちだったのだろうか。亡くなる前に自分に好物を作ろうとしてくれていた母は。

 

 母に美味しい物を食べさせてあげたかった。気づけば目から涙が溢れそうになっていた。

 

「伯父さん? どうしました?」

 

 マーレから疑問の声が上がる。自分が雰囲気を悪くしていたようだ。首を横に振る。振り払うように。

 

「ああ、すまない。マーレ。昔のことを思い出していたんだ。そうもうずっと昔のことを、な」

 

「昔って、ぶくぶく茶釜様たちと一緒に冒険をされていたころですか?」

 

 マーレから疑問を解消するというよりも、ぶくぶく茶釜の話が聞きたいような話し方をされる。そうだな、自分の過去なんて変えることもできないし、話す意味も……。

 

 あっ、話す必要があった。人間と仲良くさせるにはマーレにも自分の母親の話を少しだけしておいた方がいいだろう。

 

「いやそれよりも昔のことだ。私の母が生きていたころを不意に思い出してな、すまない人間に戻るようになってから少し感情の動きが大きくなってな」

 

「いいえ、何も問題ないです! その、どんな方だったんですか?」

 

「そうだな、姿格好はカルネ村の村長夫人によく似ている。優しいところも似ているから私も勘違いしてしまったんだろうな」

 

 奇妙な沈黙がマーレとの間を支配する。この空気を消し去るためにシャワーを浴びる。同じようにマーレも隣でシャワーを浴びている。

 

(よし、背中を流してやるか)

 

 シャワーを止めて体を洗っているマーレの後ろに回る。そして息つく暇もなく、マーレの体を洗ってやる。

 

「うぇえ! そんな悪いですよ、伯父さん」

 

「何気にするな、私がしたいからしているだけだ」

 

 マーレの体を洗いながらアウラのこと思い出す。そしてネムのことも思い出す……。

 

(あの二人何であんなに体力があるんだ?)

 

 エッチをしている時まるで二人はサキュバスのようであった。いつも自分は搾り取られている。1対1なら互角だが2対1になると負ける。自分の威信のためにも何か対策を作らなければならないだろう。

 

「マーレは可愛いな」

 

 思わず、マーレを抱きしめてしまう。どんなに強くともマーレやNPCたちは子どもなのだ。仲間たちの残していった子どもなのだ。

 

「――ぇえ!」

 

「ああ、すまない驚かせてしまたな。マーレが余りにも可愛くてな」

 

「いや、えっと、その嫌じゃないです! 嬉しいです!」

 

「そうか、ならよかった」

 

 そうしてマーレの背中洗いを再開する。数分で終わった。

 

「えっと伯父さん。よければ僕が背中を洗いましょうか?」

 

「そうか? なら頼む」

 

 マーレに鈴木悟の背中を洗ってもらう。ぶくぶく茶釜が見たら嫉妬するかもしれない。だが粘液スライムと一緒にお風呂に入る……襲われているようにしか見えなかった。

 

 体を洗い終わり一緒に普通のお風呂に入る。そして話を切り出す。

 

「さて、マーレ今回一緒に風呂に入った訳なんだが……」

 

 一旦言葉を切る。マーレは不思議そうに自分を見ている。

 

「私の知っている限りのぶくぶく茶釜さんのことを話してあげようと思ってな」

 

「――ぶくぶく茶釜様のですが! 聞かせてください!」

 

 おっとりしておどおどしているマーレだが、やはり自分の創造主のことになると変わるようだ。しっかりと話に食いついてきた。アウラと同じだ。

 

「ぶくぶく茶釜さんは、まず防御力があった。だから私たちがアインズ・ウール・ゴウンとして動くときは防御役(タンク)として行動してくれていた。我々後衛や前衛の攻撃役を指示して指揮官役として活動していたんだ――」

 

 そしてリアルでのことも少し話す。声優として声を吹き込む仕事をしていることと、アウラやマーレを見ればきっと喜びで二人を可愛がるだろうと。

 

「――と以上のようにぶくぶく茶釜さんは偉大な人物なんだ。分かったか? マーレ?」

 

「はい! よくわかりました! 話して頂いてありがとうございます!」

 

 そしてマーレとのお風呂が終わった。一緒に牛乳を飲み、着替えて、マーレと別れる。足は自然と自分の部屋に向かっていた。

 

(さて、次は誰と一緒にお風呂に入るか)

 

 やはり一番貢献してくれているデミウルゴスかもしれない。パンドラズ・アクターも貢献度では鈴木悟にとってデミウルゴスを上回っているが、自分が創造したNPCだ。依怙贔屓をしているように見られてはパンドラズ・アクターも動きにくいだろう。仮にパンドラズ・アクターと一緒にお風呂に入るならすべての守護者たちと一緒にお風呂に入った後だろう。

 

 そして自分の部屋に辿り着く。ドアを開けると。

 

「サトル~お帰り~」

 

「ああ。ただいま、ネム」

 

 今日はネム、一人のようだ。さて今日はどんなことをしようか。




今回は準備編

次話以降のためのラストスパートのための助走期間。

感想お待ちしております!

シャルティアのハーレム道は始まったばかりだ!


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第5話

お待たせしました!

駆け足になりますが、お付き合いください!


 セバスは現在充実した生活を送っていた。何故か? それは創造主の理念であろうか? それに基づく「誰かが困っていたら助けるのは当たり前!」という理念を実行できているからである。創造主の理念が実行できていて嬉しくないNPCはいないはずだ。

 

 パンドラズ・アクターの要請のもと、現在セバスは王国内でほぼ奴隷扱いされている者たちを助け出していた。それだけではないスラムで暮らしている貧しい者たちも救っていた。

 

 現在の仮の住まいである屋敷に他の者たちにばれないように夜誘導して、シャルティアの魔法で救った者たちを移動させているのだ。

 

 既に1000名近くをカルネ村に送っている。革命を起こすのにはまだまだ足りない。最低でも5000人近くの人を集めなくては。そうパンドラズ・アクターに指示されている。5000人である。目安としてだろうが、コツコツとやっているのでは今年の帝国の戦争には間に合わない。

 

 帝国の兵たちとともに、カルネ村は革命を起こす手筈となっている。人を集めるために何らかの切っ掛けが欲しいものである。

 

 そう考えていた時であった。彼女に出会ったのは。

 

 闇の中、進んでいたセバスの前に鉄の扉があった。その扉が重そうに開いて行ったのだ。そして彼女がゴミのように投げ捨てられる。

 

「……あなたは困っているのですか?」

 

「おい、爺、どこから湧いて出た! 最近じゃゴミ掃除がされたのか人が少なくなってきているのに……今なら見逃してやる。さっさと行け!」

 

 セバスは必死に思考する。どうすれば一番ナザリックのためになるかを。この少女の扱い方は人に対する者ではない。ゴミ同然の扱いである。恐らくは犯罪組織に食い物にされた被害者なのだろう。

 

 人数を少しづつ集めて、カルネ村に送るのにも限界がある。

 

(で、あるなら、犯罪組織と敵対して、犯罪組織で食い物にされている人たちを救うことが、現在のナザリックの方針にあっていますね)

 

 そこまでゆっくりと思考する。後は言葉に出すだけだ。

 

「彼女は『何』ですか?」

 

 静かに怒りを内包しながらセバスは男に問いかけていた。いやそれだけではない。相手の男は強制的に空中にいた。セバスの両腕で空中に浮かされたのだ。

 

 それでようやくセバスが尋常ならざるものだと、男は悟ったのだろう。

 

「う、うちの従業員だ」

 

 その顔には必死さが浮かんでいた。だがセバスには無意味だ。

 

「なるほど」

 

 そうして片手で男を空中に浮かせたまま。メッセージのスクロールを発動する。相手はパンドラズ・アクターだ。

 

『パンドラズ・アクター様、聞こえていらっしゃいますか?』

 

『はい! 聞こえております! 如何なさいました、セバス殿』

 

『実は――』

 

 そうして今自分が直面している事態を細かに話す。犯罪組織と敵対して大勢を一気に救って良いかと。その言葉にパンドラス・アクターは答えた。

 

 

『――成程それは良い提案です。私も部下たちに命じてバックアップをさせましょう。革命を起こさせる以上、もう情報源としてのあなた達の行動は意味がありません。むしろそれで、一気に人を救って引きこもるべきでしょう。ついでにシャルティア嬢にも動いて頂きましょう』

 

『畏まりました。では実行させて頂きます』

 

 そう言ってメッセージを終わらせる。そしてセバスの言葉を聞いていた男が必死になってこっちを見ている。だがそこで終わってしまった。

 

「では、あなたは用済みです」

 

「まっ――」

 

 男は最後まで言葉をつづけることなくゴミのようにセバスに殺された。まるで今までの罪が襲ってきたかのように。そうして被害者の少女を優しく抱え、セバスは王都の仮の住宅へと堂々とした姿で戻っていった。

 

 まるで自分にはやましい事は何一つもないとの格好で。

 

★ ★ ★

 

 ソリュシャン・イプシロンはセバスが帰ってくるのを待っていた。

 

「おかえり――」

 

 途中でソリュシャンの言葉は終わった。視線はセバスが抱えている物に移る。

 

「セバス様、それは一体?」

 

「拾いました」

 

 セバスが人間を救ってきて、この屋敷からカルネ村へ送っていることは知っている。それがナザリックの方針とも理解している。しかし一つだけ疑問がある。今まで拾ってきた人間もかなり汚い部類に入ったが今回の人間は今までと比較して一番ひどい状態だ。

 

「カルネ村にお送りになりますか?」

 

「いいえ、その前にソリュシャン、あなたに治療をして頂きたいのです」

 

 そしてセバスはパンドラズ・アクターと話し合った事をソリュシャンに話し出した。

 

「パンドラズ・アクター様と話し合いましたが、情報収集手段としての私達の出番はほぼ意味をなさなくなっています。捕らえた人間たちの存在が、我々の任務とかぶっているからです。そのため犯罪組織と敵対してそこで奴隷となっている人間たちを救う手筈となりました。救った後はそのまま我々はナザリックに帰還します」

 

「畏まりました。ですがそれなら治療は私よりもメイド長にお願いしたほうが良いのではないでしょうか?」

 

「私もそれを考えました。ですがメイドたちは以前のあなた達の会議で混乱していると聞きます。そのためメイド長が離れるのは難しいでしょう。ですのであなたが治療してください」

 

「畏まりました。では治療が終わったらすぐに、カルネ村にお送りになるのでしょうか?」

 

「いえ、その前に違法組織がどのあたりにあるか聞いてからカルネ村に送ろうと考えています。ある程度の想像は付きますが……では私は食事を買ってきます。治療をよろしくお願い致します」

 

「畏まりました」

 

 そしてセバスの拾い物を受け取ると、現在使っていない部屋へソリュシャンは運ぶ。そして診断を行う。結果として幾つかの性病やろっ骨が折れている等が判明した。

 

 ソリュシャンにとって簡単に治療できるものだ。

 

 即刻治療を行った。そして気づく。妊娠していると。これはどうするべきだろうか? 暫く考えた後、こんな状態にさせた男の子どもなんて生みたくないだろうと判断して、中絶を行った。

 

 そして、セバスが帰ってくるのとソリュシャンが治療等を終わらせて部屋を出てきたのはほぼ同時であった。

 

★ ★ ★

 

 ツアレは夢の中にいた。そう、昔妹と一緒に暮らしていた時だ。そのころの幸福を思い出す。だが実際は違う。ツアレは貴族に無理矢理、初めてを奪われて奴隷にされた。

 

 しかし死の一瞬前、誰かに救われた気がした。そしてまどろみの中、自分が今いる部屋を見る。綺麗な部屋だった。そして自分が来ている服を見る。貴族の令嬢が着そうな綺麗な服だった。

 

 ボーっとしていると、ドアがノックされた。少しだけ震えてしまう。そして男の人が部屋に入ってくる。そして優しく口を開く。

 

「完全に癒えたと思いますが、体の状態はどうですか?」

 

 返答は出来なかった。ツアレはまだここが現実だとは認識できていなかった。まるで夢のようだ。相手も返事があることを期待していたわけではないのだろう。言葉が続けられた。夢心地のままその言葉を聞く。

 

「お腹が減っていませんか? 食事を持ってきましたよ」

 

 そして男の人の中にある器を見る、匂いに反応してしまう。美味しそうだ。

 

「では、どうぞ」

 

 ツアレは動けなかった。ただボーとしていた。長い時間が経過した後ツアレはようやく動き出す。痛みに怯えて、強張った動き方で。傷はない。だが記憶に刻まれた痛みだけは無くなっていない。

 

 ツアレは木のスプーンを握り器の中にあるお粥を食べる。

 

 目を見開いてしまう。その美味しさに。

 

 片方の手で男の人から気の器を受け取る。優しいことに自分がどこに置きたいかを理解した上で手伝ってくれる。

 

 そして手元に抱え込んだ器に木のスプーンを突き刺す。そして勢いよく焦ったように食べ始める。服を汚しているようだが気にならない。そして食べ終わった後、一気にホッとしてしまう。眠気が急に襲ってきた感じだ。そして眠りにつこうとして……一気に目が見開かれる。この光景が夢になってしまうのではないかと恐怖を覚えて。

 

 それに対して男の人が優しそうに言葉をかけた。

 

「体が睡眠を欲しているのでしょう。無理はされずにゆっくり眠られるといいでしょう。ここにいれば何も怖い事はありません。私が保障します」

 

 目が動き始めて男の人を直視する。その顔は優しさが溢れているように見えた。

 

 ツアレの口がわずかに開く。そして閉ざす。そんなことを幾たびか繰り返す。それを男性は優しそうに見守ってくれた。

 

「あ……ありが……ござ……ぃます」

 

「気にする事はありません。私が拾い上げたからにはあなたの身の安全は必ず保障いたしましょう」

 

 その言葉にツアレの目が見開かれた。そしてぽろぽろと涙が溢れだす。そして火が付いたかのように泣き出してしまう。自分の運命への呪いその運命を与えた存在を憎悪した。そして矛先は男の人にも向かった。

 

「ど……し……て、も、もっと、はやく……けてくれなかったんですか!?」

 

 人としての扱いを受けた。そのせいで今までの記憶に耐えられなくなったのだ。頭をかきむしる。髪の毛がプチプチと抜ける音がする。だが気にならない。

 

 木の器などもベットに転がる。そんなことをしていると男の人が優しく自分を抱きしめてくれた。まるで小さいころ父親に優しく抱いてくれたかのように。

 

「もう、大丈夫です」

 

 その言葉を聞き一瞬だけしゃくりあげ、男の人の言葉をかみしめるようにしながら、ツアレは男の人の胸に顔を埋めると泣き声をあげた。それは先程前の呪詛が籠った泣き声とは違っていた。

 

★ ★ ★

 

 セバスの服が彼女の涙で濡れるだけの時間が経過したころ、ようやく彼女は泣き止んだ。そしてゆっくりと恥ずかし気にセバスから離れる。

 

「あ……ごめ……さい」

 

「気にしないでください。女性に胸を貸したというのは男にとって名誉なことですよ」

 

 そう言いながらセバスはハンカチをポケットから取り出すと優しく涙の後をふき取る。そしてハンカチを渡す。

 

「さぁゆっくりと休んでください。起きたら今後について話し合いましょう」

 

「こんご、で……か?」

 

 セバスは彼女を見る。本人は喋る気になっているようだがこのまま会話を続けていいかと逡巡したが、注意深く観察しながら話を続ける。

 

「今後ですが、あなたは私の主人が治めているカルネ村というところに行ってもらいます」

 

 彼女が少しだけ不安そうな顔をしている。知らない人たちのところに行くのが不安なのだろう。その不安をぬぐうように会話を続ける。

 

「安心してください、あの村ではあなたと同じようにひどい目にあった人がたくさんいます。同じ苦しみを抱えた者同士で仲良くなれるはずです。そうそう、名前を名乗っていませんでしたね。私はセバス・チャンといいます。あなたのお名前は?」

 

「あ……わた……は、ツー……ツアレ……す」

 

 

「ツアレですか? いい名前です。少しだけ酷なことを聞きますが、あなたはどこでそう言った目にあっていましたか? 私が全員助けてきますので、分かる事だけでも教えて頂けると、ありがたいのですが」

 

 

「あ……その……わか……ないです」

 

「そうですか、分かりました。その当たりは私が調査を行いましょう。今はゆっくりと休んでください」

 

 そうして、ツアレがベットに横になるのを眺めた後、セバスは部屋を退出した。今後のことを考えながら。

 

(さて、彼女が奴隷でどこにいたか分からないかは、凡そ見当がついてました)

 

 犯罪組織は闇に隠れて行動するのだから。ばれないように用意周到に行っているだろう。だが、まき餌はある。あの殺した人間と堂々とツアレを連れ帰った以上きっと何か反応があるだろう。

 

(それまでに彼女をカルネ村に移動させなければ)

 

 

★ ★ ★

 

 そしてツアレがカルネ村に向かってから数日、反応があった。今まで誰も叩いたことがないドアノブが叩かれたのだ。それを耳にするとセバスがゆっくりと玄関に向かう。

 

「……どちら様でしょうか?」

 

「私は巡回使のスタッファン・へーウィシュである」

 

 少しだけトーンの高い音でドアの外から人物が名乗る。

 

「王国には、知っていると思うが奴隷売買を禁止する法律がある。……ラナー王女が先頭に立って立案し可決されたものだがね。今回はその法律に違反しているのではないかという話が飛び込んできてね。確認のために来させてもらったのだよ」

 

 釣り糸に愚か者が引っ掛かったようだ。きっとどうしようもないクズがこの罠に引っかかると思っていた。

 

「残念ですが、私共は奴隷を持っておりません。それに失礼ですがあなた様が本当に役人かどうかも分かりません。お帰り下さい」

 

「なっ!?」

 

 少しだけ殺気を込めて威圧すると、もう一人の男が危険性に気付いたのだろう。男を引っ張り去っ行った。

 

 それを見ながらセバスは聞こえないように小声で声を出す。

 

影の悪魔(シャドウ・デーモン)。あの二人を追いなさい。そしてどこに行ったのか、どこに奴隷たちがいるか細かく確かめてきなさい」

 

 その言葉に反応して影の悪魔(シャドウ・デーモン)たちは二人を追って闇に消えた。

 

 それを尻目にしながらセバスはいつものようにメッセージの魔法をスクロールを使い発動させる。

 

『パンドラズ・アクター様ですか? ネズミが巣穴に案内してくれるようです』

 

 

★ ★ ★

 

 夜のナザリック。パンドラズ・アクターとデミウルゴス、アルベドが集まっていた。ある一件について話し合うためだ。

 

「さてお集まりいただき感謝致します」

 

「いえいえ、構いませんよ」

 

「ええ、私も構わないわ。夜は残念ながら私の番じゃないからね……」

 

 アルベドが少しだけ悔しそうにしているのをデミウルゴスは横目に見る。今の時間はネム・エモットの順番だ。たまにそこにアウラが混じっているようだが……早く吉報を貰いたいものである。

 

 それはともかくデミウルゴスは何故、パンドラズ・アクターが自分達を集めたか質問をしていた。

 

「さて、パンドラズ・アクターも忙しいだろうし、早速本題に入ろう」

 

「ありがとうございます! 今回、皆様と話し合うのことは二つあります。まず一点目ですが、セバス殿が王国の犯罪組織と敵対して一気に人を救ってナザリックに撤退することになりました。今現在被害者が救われている時間でしょう。それと今まで奴隷たちを食い物にしていた商人や上の者たちは、デミウルゴス殿、あなたに渡しますので好きなようにしてください」

 

「ありがとうございます。中々奴隷が手に入らないから、都合がいいね。さてでは、そろそろ本題に入ってもらって良いかな?」

 

 今までの情報は単なる情報共有に過ぎない。情報共有は大事であるが、この程度のことならメッセージで話すだけでいい。アルベドとデミウルゴス、パンドラズ・アクターの3人が集まる必要性はない。

 

 

「畏まりました。今回話したい本題とは、王国の第3王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフについてです」

 

「ふむ、何かありましたか?」

 

「確か噂では賢いとは聞いていたけど、私たちを呼び集めるほどなの?」

 

 その言葉にパンドラズ・アクターが大きく頷く。

 

「はい、夜中ですが、影の悪魔(シャドウ・デーモン)たちに情報を集めさせた結果をプロファイリングし私自身が潜入して調べたのですが――」

 

 そこで一度言葉が切れる。パンドラズ・アクターはそうすることで言葉を印象付けようとしている。もう我々の間では必要はないと思うが、伯父上の定めた理念に従っている以上、反論は出来ない。

 

「彼女は私達3人に匹敵する智者ということが判明しました」

 

「それは、本当かい?」

 

「ええ、デミウルゴスの言う通りよ、本当なの?」

 

影の悪魔(シャドウ・デーモン)の情報と私自身の見立てでまず間違いないかと」

 

 不気味な沈黙が発生した。自分たちに匹敵する智者が人間に存在する。危険だ。これから先王国を滅ぼすならその女には死んでもらうべきだろう。と高速に思考する。だがあえてそれを行わずに自分たちに話したということは。

 

「殺すのは、惜しいということですか?」

 

「はい、我々の配下になるのであれば、有効活用できると思います」

 

「確かに、有効活用できるなら、それもいいと思うわ。でも危険じゃない?」

 

 その言葉にパンドラズ・アクターが頷く。しかしなぜ配下にできる可能性があるのかをパンドラズ・アクターは自分達に話し出す。

 

「彼女は一人の男に執着しています。その男も淡い恋心を王女に対して抱いているようです。お互いを人質にすれば、我々ナザリックに逆らうことは無いでしょう」

 

 それに逆らったとしても、レベル差がありすぎて、簡単に殺せるだろうと匂わせている。

 

 

 なるほど。確かにそれなら自分たちの中に入れてもいいかもしれない。ナザリックの中で監禁すればいいだけの話なのだから。デミウルゴスは自分の思うことを話す。

 

「分かりました。元々、王国と帝国はパンドラズ・アクターの領域ですその件に関してはお任せいたしましょう」

 

「デミウルゴスの言う通りね。任せたわ」

 

「畏まりました。では頃合いを見て、王国から拉致してナザリックに監禁しましょう」

 

★ ★ ★

 

『レイナース殿、聞こえていらっしゃいますか?』

 

『……パンドラズ・アクター様ですか?』

 

 自分の頭の中にパンドラズ・アクターの声が響き渡る。だが即座に信じることは出来ない。メッセージの魔法は便利ではあるが盲信は出来ないからだ。

 

『よろしければ、今誰も私のそばにいないので、以前のようにこちらに来ていただけますか?』

 

『ああ、そうでしたね! こちらではメッセージは完全に信じられるものではなかったのでしたね! 畏まりました、今すぐそちらに向かわせて頂きます』

 

 そしてメッセージの魔法が途切れる。そして数秒後、転移門であろうか? 以前にも見た門が開いた。

 

「お久しぶりです、レイナース殿」

 

「お久しぶりでございます。パンドラズ・アクター様。本日は一体どのような御命令でしょうか?」

 

「はい、今回は今年の帝国の戦争に関することで一つお願いがありまして」

 

「今年の戦争ですか? 確かカルネ村という場所が革命を起こして、我々帝国はそれを助ける形で攻めるのではなかったのでしょうか?」

 

 その言葉にパンドラズ・アクターが大きく頷く。そして追加の議題が提案された。

 

「その通りです。ですがそこに冒険者たちも加えてほしいと思っているのです」

 

「冒険者たちをですか? ですが、それは冒険者組合の不文律に外れています」

 

「存じています。ですがジルクニフ殿なら強権を持って一度ぐらいなら通せるでしょう?」

 

「……確かに一回ぐらいなら通せると思いますが、その場合王国の冒険者たちも徴兵されるのでは? 余り言いたくありませんが帝国にいるアダマンタイト冒険者たちと王国のアダマンタイト冒険者たちを比較した場合、王国のアダマンタイト冒険者たちの方が上かと思います」

 

 疑問に思った事を話す。確かにジルクニフの強権を持ってすれば一回限りなら、冒険者たちを徴用することも可能だろう。だがその場合同じように王国も冒険者たちを徴用するだろう。アダマンタイト冒険者たちが王国、帝国で徴用すれば戦争の被害は大きくなるだろう。本当にそれでいいのだろうか。それに話した通り王国のアダマンタイト冒険者の方が優れているだろう。下手を打てば帝国軍は壊滅的打撃を受けるだろう。レイナースは構わないが、パンドラズ・アクターからすれば革命を成功させるためには帝国軍が必要なはずである。

 

「構いません。むしろそれが狙いです。王国の冒険者の代表であるアダマンタイト冒険者たちはどちらも貴族にかかわる者たちです。その者たちの目の前で農民兵たちの武器を下ろさせる。それによって革命を成就させます」

 

「畏まりました、その事を皇帝陛下にお伝えさせて頂きます」

 

「よろしくお願い致します、本来なら私自身が伝えるべきなのでしょうか、ジルクニフ殿は暇がなさそうなので……では失礼いたします」

 

「はい、畏まりました。またのお出でをお待ちしております」

 

 そしてパンドラズ・アクターは帰って行った。

 

 レイナースは必死に思考する。これは自分がパンドラズ・アクターから与えられた命令だ。この命令をこなせば恐らく顔の呪いを治療してくれるのだろう。

 

 確かにジルクニフは忙しいが、わざわざ私の手柄を立てさせる機会を与えてくれたことに感謝である。

 

(でも冒険者たちを徴用ね……)

 

 本当に可能なのか疑問に思う。オリハルコンまでの冒険者なら強権を持ってジルクニフが徴用することは可能だろう。問題はアダマンタイト級冒険者たちだ。彼らは冒険者たちの中でも別格だ。相手をするなら、万が一を考えるならフールーダに動いてもらうしかないだろう。現在のフールーダは魔導書の読み込みに必死になっている。

 

 それの邪魔をしたら皇帝と言えど殺されるだろう……いやそれも任務か。フールーダを動かし冒険者たちを徴用する。それが私に課せられた役目なのだから。

 

「――必ず、成し遂げなければ」

 

★ ★ ★

 

 昨日もネムたちと一緒にエッチな遊びをした。

 

 そして結論を言うと自分がいつも先に力尽きてしまう。少女に性欲で負ける。自分が情けなくなった。何よりもアルベドもアウラも本当は満足させられていないのではないかと疑問に思った。自分が恥ずかしい。

 

 しかしその不安も今日でサヨナラだ。

 

 そう悟は今日から人間形態時、疲労無効の指輪を装備し始めたのだから。

 

 これで絶倫になれる。疲れ知らず。抜かずの10連発、20連発なども理論上は可能だ。

 

 彼女たちが快楽で気絶するまで続けよう。そうすることが愛しているという一番の愛情表現になるだろうと信じて。

 

「サトル~ただいま~」

 

 さぁ戦いの時だ。自分の息子は既に臨戦態勢だ。軽く食事を取ったら始めるとしよう。

 

「ああ、御帰りネム。今日はどうだったか?」

 

「うん今日はね村の外からたくさんに人たちがやってきたの! ただ……みんな元気がないみたいで心配」

 

 パンドラズ・アクターから聞いた革命要員だろう。王国で地獄を見てきた人間たちのはずだ。恨みは骨髄にまでしみこんでいるのだろう。そして、それを救うのはアインズ・ウール・ゴウン。自分の命令の下救われた命がいる。感無量だ。後は革命を成功させるだけだ。

 

「そうか、それは心配だな……ユリだけでなくメイド長にもカルネ村に足を運ぶように命令しておこう」

 

「メイド長ってあの頭が犬の人で、お父さんやお母さんを蘇生させてくれた人?」

 

「ああ、その認識であっている」

 

 駄目だ。食事が終わるまでは我慢しようと思っていたが我慢できそうにない。ネムを抱える。

 

「わっ」

 

(天国を見せてやるからな、ネム)

 

 そうして寝室につくとネムの服の上から愛撫を始める……そして夜が明けた――

 

「――サトル酷いよ……壊れちゃうかと思っちゃた」

 

「ああ、すまない。でも気持ちは良かっただろ?」

 

 赤い顔をしながらツンとして「知らない」と呟く少女。可愛い。だが部屋の中は臭気が漂っていた。ネムの愛液や悟の精液の匂いが混ざり合った独特の匂いだ。掃除する者たちも大変だろう。何れは福利厚生も手を出さなきゃならないだろう。いやパンドラズ・アクターに命じて福利厚生にも手を出そう。

 

(他にも魔法の道具で何かプレイに使えそうなものを宝物殿から集めてこないとな……それともシャルティアに聞くか? シャルティアならペロロンチーノの娘だし、何か持っていても不思議ではなさそうだが)

 

 そう考えながら、優しくネムを抱きしめる。決して手放さないと心に決めて。この温もりは自分だけのものだと信じて。

 

「……えっ? サトルのまだ元気なの!?」

 

「そうだな。朝の食事まで時間があるし、もう1ラウンドと行こうか……ネムがもう一度気絶するまで続けるからな」

 

 朝は始まったばかりだ。




なお、この時空のセバス様は無事ハーレムを築いたようです(*´ω`*)


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第6話

ぶくぶく茶釜「モモンガさんの馬鹿、アホ!! NPCたちの手綱をしっかり握っていてよ!」


 ジルクニフは疲れていた。帝国の貴族たちの反発を抑えて、ある法案を通させるために。

 

 それはパンドラズ・アクターに言われた従属の条件であるアインズ・ウール・ゴウンの神々が定めた、男の子は女の子の格好を、女の子は男の子の姿にするという法案であった。

 

 貴族たちは反対以上に困惑が大きかった。自分だってそう思う。というより嫌だ。だが弱音を見せる訳にはいかない。強権を以て押し通した。自分の子どもたちにはすでに適用させている。王子は特に嫌がっていたが無理矢理着させた。農民たちにまで一刻も早く普及させなければならない。そのための考えを頭と手と口で側近達とまとめている時だった。

 

「陛下、レイナースです」

 

「どうしたレイナース、見ての通り私は男の子は女の子、女の子は男の子の格好にさせる法案で掛かりきりなんだが?」

 

「パンドラズ・アクター様から、新たな命令が下りました」

 

 目を瞬きさせる間に、ジルクニフは疲れた顔から、鮮血帝の顔になる。何かは分からないが、重要なことだと考えて。

 

「元々は陛下に直接やり取りされる予定らしかったのですが、陛下が忙しかったので、私に代わりに勅命が下りました」

 

「そうか、すまんなレイナース」

 

「いえいえ、私としても手柄を立てられる機会を頂き感謝してますわ」

 

 手柄を立てる。厄介事だ。だが聞かないという選択肢はジルクニフにはない。知るのを後回しにすれば帝国が亡国になる可能性もあるのだから。

 

「次回の戦争は冒険者組合を、徴用してほしいとのことでした」

 

「何? 冒険者たちを?」

 

 何が狙いだ? ……冒険者たちを徴用する。軍事力は強化されるが反発は強い。それに恐らく一度目は無理矢理従わせることができるだろうが、二回目は無理だろう。即座に別の冒険者組合に所属しかねない。何故こんな命令を出すのか……。ジルクニフには分からなかった。

 

(帝国を弱体化させるためか? いや、そんなはずはない。帝国を弱体化させる意味がない。パンドラズ・アクターだけで我々を皆殺しにできるはずだ……となれば別の目的があるはずだ)

 

 そして少し考えて思いつく。王国のアダマンタイト級冒険者達を戦争に参加させるための方便だと。王国のアダマンタイト級冒険者達はリーダーが国の貴族だ。

 

「――つまり、王国のアダマンタイト級冒険者達を民衆を搾取する貴族の一員と見做させる訳だな?」

 

「御明察でございます」

 

 筋書きはこうだ。搾取されるのかの合言葉で王国民の士気をくじき武器を手放させる。それを貴族たちすべてに見させるという訳だ。お前たちは自分達にとって悪であると思わせるということだろう。

 

「分かった。バジウッド聞いていたな? 帝国の冒険者組合に直ちに赴き……いや違うな。命令された通りに、従うだけでは芸がない……噂を立てろ。王国は今度の戦争で貴族であるアダマンタイト級冒険者達を徴用するだろうと、な。もちろん王国にも届かせろ」

 

 これなら帝国がアダマンタイト級冒険者達を徴用する理由付けになる。ただのイヌでは何時か切り捨てられるだろう。あちらが望んだ成果以上を出せるというところを見せておくべきだろう。

 

「フールーダにも伝えておけ。パンドラズ・アクター殿の命令でアダマンタイト級冒険者達を徴用するから、場合によっては脅しのために動けとな」

 

「あー陛下。フールーダ様と話すのは難しいと思われます」

 

「……そうだったな」

 

 フールーダは魔導書の解読に時間を取っている。思わず苦虫を潰してしまう。それを奪うようなことをすれば、自分ですら殺されかねない。しかしその言葉を待っていたかのようにレイナースが口を開く。

 

「陛下、よろしければ私がフールーダ様を説得してこようかと思いますが、よろしいでしょうか?」

 

 ジルクニフが目を細める。レイナースが何を考えているのかを思考する。そして気づく……恐らくフールーダを説得することもレイナースに下された命令の一つなのだろうと。

 

 それが上手くいけば、顔の呪いを解呪してもらえるのだろう。

 

「分かった、レイナース。フールーダのことはお前に任せる」

 

★ ★ ★

 

 ネムは怒っていた。それはツアレ達、奴隷にされていた者たちへの同情心からであった。どんな事があったかは凡そネムも把握した。本来なら分からなかったはずだが、サトルとの一連の行為で一体彼女たちに何が起きたのかが分かるようになっていた。それは愛し合う男女だけが行っていい行為だとネムは思っている。

 

 ツアレ達に関してはセバスという男の人が、優しくしている。それで心の傷が癒されてくれればと思う。

 

 だが、それだけじゃない。親に売られた者、地獄を見たもの、自分と同い年ぐらいの子どもたちもいる。ネムでは想像できないひどい目にあった子たちもいるのだろう。

 

 そう言った人たちの精神を安定させるのが、現在長く住んでいる元々カルネ村在住の者たちの仕事となっていた。

 

 もちろんナザリックからも援軍が来てくれている。それは小さくなったユリ・アルファであったりペストーニャ・S・ワンコだったりする。どちらも自分にも親切だ。

 

 だがそれ以上に心に傷を持った者たちの癒しのために、サトルの命令で来てくれているのだ。

 

「ひどい、ひどいよ、こんな国滅んじゃえばいいんだ!」

 

 その言葉を吐きながらいつも通りナザリックのサトルの部屋へ帰還する。サトルに直訴するために。

 

「サトル、お願い。王国を滅ぼして! 許せない。皆、皆ただ生きたいと考えていただけなのに……こんなのってひどいよ!!」

 

 その言葉にサトルは重々しく頷く。サトルも自分と同じ思いでいてくれるのだろう。

 

「ネムの言うとおりだ。今年中には王国を滅ぼす。私も現在王国を滅ぼす計画はパンドラズ・アクターに一任している。どういった内容なのか聞いてみよう」

 

 そう言うと何らかの魔法を悟は発動させた。

 

『パンドラズ・アクター聞こえているか? 今すぐこちらに来れるか?』

 

 その言葉がネムには聞こえる。最初あった時みたいにサトルが直接王国を滅ぼしてくれてもいいのになと思いながらパンドラズ・アクターが来るのを待つ。

 

 そしてドアがノックされる。

 

「入れ」

 

「父上! ただいま参りました! 御用の趣は何でございましょうか?」

 

「一つ確認したい事ができてな、王国を滅ぼす計画だがどうなっている?」

 

「その事でございますが、ネム様に一つお願いしたい事があります」

 

 頭に?がつく自分が王国を滅ぼすのに役立つことがあるだろうかと。

 

「今私が考えている王国滅亡計画ですが、ネム様に要になっていただきたいと考えております」

 

「待て、パンドラズ・アクター。ネムを危険な目に遭わせる気か? 駄目だ。それは駄目だ!?」

 

「待ってサトル! 私が王国を滅ぼすのに役立てるんですか?」

 

「はい、むしろネム様の言葉で王国が亡ぶように道筋を立てます」

 

 その言葉にネムは考える。自分が何ができるかは分からない。だが、自分の力で王国を滅ぼせるのなら滅ぼしたい。そんな考えがネムには浮かんでいた。

 

「分かりました! 私が王国を滅ぼします!」

 

 その言葉にサトルが目を変える。その表情はとても怒っていた。私やパンドラズ・アクターでなければ委縮してしまう程だろう。そういえばパンドラズ・アクターはサトルのことを父上と呼んでいたが私は義母になるのだろうか?

 

「駄目だ駄目だ駄目だ!? ネムを危険な目に巻き込ませるわけにはいかん!? パンドラズ・アクターその提案は却下だ!」

 

 サトルが怒りながらパンドラズ・アクターの提案を否決する。自分を思ってくれてのことだと分かる。だが自分はサトルに甘えっぱなしは行けないと思う。自分で出来ないならサトルにお願いするべきだろうが、自分でできるなら自分でするべきである。

 

「ううん。私やるよ。サトル。私はいつもサトルに甘えてばっかりだもん。私だってサトルの役に立ちたいし、王国に復讐したいもん」

 

「だとしてもだ!! ネムを危険な目に遭わせることは許さん。たとえネムが望んでいたとしても、それだけは認められん!?」

 

 俺をひとりにしないでくれ……。小さくサトルが呟いた。そんなサトルをネムは優しく抱きしめる。自分のために怒ってくれている人を思って。

 

「大丈夫、私はずっとサトルの傍にいるよ……だから今回は認めて、私もサトルに甘えてばっかりは嫌だもん」

 

 暫くよしよしとサトルの頭をいつものように撫でる。そうしているとサトルが頭を挙げる。自分の体を触りながら。目の前にいるのを確認するように。いつの間にかパンドラズ・アクターは消えていた。

 

「――お仕置きだ。言うことを聞かない子には、お仕置きが必要だと思う」

 

 そうするといつも行為を行う時と同じような体勢、所詮バックの体勢を強制的に取らされた。そして――

 

「お尻ぺんぺんだ」

 

 そう言うとスカートをめくりサトルがお尻を叩きだした。恥ずかしさと痛みが走る。痛い。だから言葉を発していた。

 

「痛い、痛いよサトル! ひどい、ひどいよ!」

 

「痛くしてるんだから当然痛いんだよネム、戦争に参加するっていうんだからお仕置きをしないとな」

 

 ペンペンペンペンペンペンペンペンペンペンペンペン。……痛みだけでなくエッチなことに通じてる気がしてあそこが濡れてきた。時々お尻を叩かれるのだ。それと同じような感覚が走ってしまった。

 

 そしてサトルはそれに目ざとく気づいたようだ。

 

「まったく悪い子だ。お仕置きしているのに感じてしまうなんて。こっちの方もお仕置きしないとな」

 

 それに元気よく反応してしまう。

 

「うん、こっちもお仕置きしてください!」

 

★ ★ ★

 

 

 そうして暫くイチャイチャした後、悟はもう一度パンドラズ・アクターを呼ぶ。ネムは息絶え絶えになっているが意識はある。何とか話に参加できるだろう。

 

「それで、パンドラズ・アクター。ネムを一体どのように戦争に参加させるつもりだ。危険なものなら私は反対させてもらうからな」

 

「はい、まず大前提ですがネム様に危険はございません」

 

「ふむ、それはどういうことだパンドラズ・アクター?」

 

「今回の戦争ですが、既に王国の敗北はきまっております。王国の兵士たちは貴族や王族に対して不信感を持っています」

 

 不信感を持っている。それは理解できる。確かに今までパンドラズ・アクターやセバス達が集めた情報から、王国の民たちの国への忠義信は薄いのは理解できる。

 

「それは分かったが、ネムに何をさせるつもりなんだ? パンドラズ・アクター」

 

 パンドラズ・アクターを強くにらみつけるように悟は話しかける。悟にとってネムは唯一対等な家族だ。もう二度と家族を失いたくない。それが悟を支配する感情だ。

 

「はい、ネム様には戦場で王国の民たちへ話しかけてほしいと思っています」

 

「話し、かける、だけで、王国を、滅ぼせる、んですか?」

 

 息を切らしたネムが自分とパンドラズ・アクターの会話に参加した。だがこれは悟も気になっていることだ。話しかけるだけで王国を滅ぼせるとはどういうことだ?

 

「王国戦士長を覚えていらっしゃいますでしょうか?」

 

「……ああ、あいつか。何か関係があるのか?」

 

「貴族が平民の成り上がりを謀略で殺そうとした。それも王の側近と言われる人物をです。その事をネム様の体験を踏まえて、戦場で暴露して頂きます。これで士気は無くなります。また同じように奴隷にされて苦労していた者たちの話もネム様にして頂きます。そうすれば武器を捨てるものが出るでしょう」

 

 武器を捨てる……なるほど、パンドラズ・アクターは王国兵の士気を攻めようと言っているのだ。確かにそれを聞けばネムに危険性は無いと思われる。

 

「もちろん戦場には完全不可視化を行ったうえで私とコキュートス殿で裏からネム様を護衛いたします。表の護衛もこの世界の基準で言えば逸脱者に到達したブレイン・アングラウスと森の賢王を護衛として配置いたします。これで戦場で万が一が起きる可能性はありません。さらに言えばアダマンタイト級冒険者達達を徴用するように、帝国の皇帝に命じているので、ネム様の安全は確保できているかと」

 

 なるほど……納得は出来た。確かにそれならネムは安全だろう。王国を滅ぼすことも可能だろう。だが一つだけ追加しなければならない事がある。

 

「パンドラズ・アクター。その作戦だが一つだけ追加だ。私も完全不可視化を使ったうえでネムの隣にいる。それがその計画を行う条件だ。」

 

「畏まりました」

 

 そして時間は流れる(なお、ネムと致した模様である)

 

★ ★ ★

 

 

 

「そう固くなるな、デミウルゴス」

 

「はっ畏まりました、伯父上」

 

 デミウルゴスは伯父上とともにナザリックスパリゾートを訪れていた。何でも、守護者一人一人と話し合ってコミュニケーションを深めようという発案だという。発案者はネム・エモットだという。感謝すべきだろう。後は、お子を産んでくだされば最高だ。

 

 デミウルゴスからすれば嬉しい限りである。今は脱衣所で二人で共に服を脱いでいる。本来ならデミウルゴスにも伯父上にも風呂など必要はない。無駄にすぎない。それを楽しむのだ。楽しめるのだ、本当に嬉しい限りである。

 

「さてまずは体を洗うか……デミウルゴス背中を流してくれないか?」

 

「はっ畏まりました」

 

 伯父上に言われた通り背中を洗う。自分で洗うこともできるがやはり背中は一人では洗いにくい。何よりもこれもコミュニケーションの一環なのだろう。自分が反対すべきことではない。むしろ進んでやるべきことである。

 

 そうして数分も立たないうちに背中を洗い終わる。そうすると伯父上がこう申してきた。

 

「よし、デミウルゴス背中を貸せ、私が洗おう」

 

「ありがとうございます。伯父上」

 

 その言葉に従い伯父上に背中を見せる。ごしごしと背中を洗われる。体が清々しいと感じる。何よりも伯父上とこんなコミュニケーションを取れているのは、守護者の中では自分とマーレだけだ。嬉しい限りである。

 

 背中が洗い終わる。

 

「よし、背中は洗い終わったな。後は体を洗おう。その後は二人でナザリックスパリゾートを堪能しようじゃないか!」

 

「はっ畏まりました、伯父上!」

 

 できる限り丁寧に体を洗う。至高の御方方が作ったスパリゾートを汚さないように。それと同じぐらい早く洗う。心が弾んでいるのが分かる。

 

 マーレが自慢していた。お風呂で自分の創造主のことを話してもらったと。恐らく今回は自分へのねぎらいで、創造主のことを話して頂けるのだろう。心が弾まない訳がない。

 

 そして通常のお風呂に入り二人でゆっくりと息を吐く。

 

「さて、何を話したものか、デミウルゴス何か聞きたい事はあるか?」

 

「……よろしければウルベルト様のことをお話して頂けると嬉しいです」 

 

 伯父上を見る。その顔には喜色と絶望が浮かんでいた。何故だろう。

 

「そうだな、ウルベルトさんのことを話すとなると、たっち・みーさんのこととリアルのことも話さなければならないだろう。長くなるが、構わないか?」

 

「はい、もちろんでございます!」

 

 長くなる。それだけ多くのことを話して頂けるのだ。自分の創造主のことを詳しく知っている者は少ない。そんな中、一番知っている方から詳しく話して頂ける感謝しかない。

 

「そうだな、どこから話すか。ふむ、デミウルゴス。お前とセバスの仲はどうだ? 仲は良いか?」

 

「もちろんでございます、同じ創造されたNPCでございます。不和などある訳がありません」

 

「本当にそうか?」

 

 深く考える。確かに仲がいいはずだ。だが……。自分でもよく分からない感情だが。思うところがある。それを自然と口に出していた。

 

「いえ、確かに少しですが気にくわないと言えばいいのですか……思うところはあります」

 

「だろうな。お前たちNPCは創造主たちの仲の良さを引き継いでいる面がある」

 

「では、ウルベルト様とたっち・みー様は不仲だったのですか?」

 

「――難しいな。不仲と言えば不仲かもしれない。だが、それを言うにはリアルのことを話さなければならない。聞くか? 後悔するかもしれないぞ?」

 

「いえ、たとえ後悔することになろうとも、聞かせていただきたいです」

 

 そうだ自分の創造主のことを知る機会を不意にするわけにはいかない。後悔するかもしれない。もしかしたら知らなければよかったと後悔するかもしれない。だがだとしても創造主のことを知ることから逃げてはいけない。

 

「まず大前提になるが、私とウルベルトさんはリアルでは負け組だった」

 

「――お二方が負け組!? まさかそんなことが……信じられません!」

 

「事実だ。俺は母親のおかげで小学校を出ることができたが、学がない。単なる負け組に過ぎない。そしてそれは、ウルベルトさんも同じなんだ」

 

 驚愕から硬直してしまう。リアルとは一体どんな世界なのか、デミウルゴスには想像できなかった。

 

「ウルベルトさんは怒っていた。両親を殺したリアルの世界を恨んでいたのかもしれないな。俺は諦めていた。だからたっち・みーさんに反発しなかったのかもしれない」

 

「反発、とは?」

 

「リアルではたっち・みーさんは私たちと比較すれば勝ち組だったんだ。そのことにウルベルトさんは怒っていたのかもしれない」

 

 これを言えば分かりやすいかもしれないと前置きを置かれる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンになる前、ナインズ・オウン・ゴールの頃、ウルベルトさんがたっち・みーさんに言った言葉がある。『そんな勝手なことをする人間だから、あいつが辞めるんだよ』。もしかしたら私たちは至高の41人ではなく至高の42人だったかもしれない……だがちょっとしたケンカで彼はナインズ・オウン・ゴールから脱退した」

 

 驚愕を覚えた。もしかしたら至高の42人だったかもしれないということと、自分の創造主がたっち・みーに向かってそこまで厳しい発言をしていたことに。

 

 伯父上は悲しそうに目を伏せている。

 

「たっち・みーさんとウルベルトさんでは絶対にこえることができない壁があった……。だからウルベルトさんは悪に括っていたのかもしれない」

 

 悪に括っている。それはその通りだ。自分の設定もそうなっている。

 

「なぁ、デミウルゴス。何故、ウルベルトさんが悪に括っていたか分かるか? これは俺の想像になるが、ウルベルトさんは正義が裁けない、『悪』を……悪で裁きたいと思っていたのかもしれない」

 

 背筋が寒くなる……。それは。自分が伯父上に隠れてやっていることは……。

 

「だからこそ、ウルベルトさんは誇りある悪と言っていたんだと思う」

 

★ ★ ★ おまけ

 

 メイドたちは仕事にやりがいを感じていた。特に伯父上の部屋を掃除することに関してだ。何故か? 単純に言えば汚れているからだ。本来ならナザリックの至高の41人の部屋は毎日私たちメイドが綺麗にしているから、綺麗なはずだ。だが、そう伯父上と正妻であるネムの性行為の後片付けをメイドたちが交替で行っているのだ。

 

 特にここ最近は凄い。匂いが染みついているかのようだ。はっきり言えば、伯父上の寝室を片付けるメイドたち全員が発情する程度には。この間のメイド会議で自分達は今すぐは側室にはならないと各々が考えた。

 

 だがこの匂いはその決意を無に帰すようであった。そのため各々自分達で体を慰めていた。だが近い将来決断しなければならないだろうと、メイドたちは思っていた。この匂いを嗅いでいれば近い内に自分達は自らの創造主ではなく伯父上の側室になることを望むだろうと。

 

 自分達にとっての1番は創造主だ。伯父上は2番手だ。だがたとえそうだとしても手の届く範囲にいるのは伯父上しかいないのだ。それをこんな匂いをかがされた上で放置される。ある意味で放置プレイを行われているようだ。いつかきっと自分達は伯父上に手を伸ばすだろう。

 

 もしくはネムが生んだ息子やアウラが生んだ息子、アルベドが生んだ息子が性的対象になるかもしれない。運が良ければ親子丼も楽しめるかもしれない。

 

 なお、自分の体を慰めるためにパンドラズ・アクターの進言で、メイドたちが41日に一度休みを取れるようになった。その休みの日に一日中体を慰めて満足しているのが今のメイドたちの実情だ。

 

 はっきり言ってもっと休みが欲しい。自分たちを慰めるために。だがそんな理由で休みを増やしていいのか分からない。伯父上は優しいから週一日休んでいいと言ってくれているが、甘える訳にもいかない。そんな悶々とした気持ちでメイドたちは職務を実行しているのだ。




ここのモモンガ様は性欲に支配されつつあります(`・ω・´)ゞ


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第7話

本格的に寒くなってきましたね……冬が来たって感じです。

皆さんも体調に気を付けましょう!

ちなみ今回はR17,9の意味で熱いですよ!


 デミウルゴスはbarでやけ酒を飲んでいた。何故か? 答えは簡単である。自分の創造主の本当の理念を理解できずに、浅はかにもウルベルトが憎む悪党になってしまったからだ。

 

「私は、何ということを……許される事ではない……くっ」

 

 グラスに残っていた酒を全て飲み干し、副料理長に酒を注ぐように頼む。副料理長は自分が、ナザリック一の智者がこのような状態に驚いていた。当然だ普段であれば、デミウルゴスはこんな酒の飲み方何かしない。

 

 だが途中からは副料理長は、愚痴を言語化せずに酒を飲むだけのデミウルゴスに嫌気がさしてきている様だった。

 

 普段のデミウルゴスなら副料理長を気遣って、その段階で酒を止めていただろう。だが今の自分には酒が必要だ。憂さを晴らすために。

 

 そうして暫くすると、パンドラズ・アクターが現れた。何故現れたかは分からない。

 

「副料理長!? 私にもカクテルを!」

 

「畏まりました。パンドラズ・アクター様」

 

 そうして自分の隣にパンドラズ・アクターが座る。

 

「荒れていますね……デミウルゴス殿? 私で良ければ話を聞きますが?」

 

 即座に必要はないと言いかけて……改める。誰かに相談するとすれば、パンドラズ・アクターだけが最適だからだ。そう創造主の理念から外れた行動をした場合、裁いてくれる創造主が残っている、パンドラズ・アクターが。

 

 カクテルが作られてパンドラズ・アクターの目の前に置かれる。そして副料理長にこの場を一旦離れるようにパンドラズ・アクターが促してくれる。

 

 自分の中の闇を吐き出させやすくしてくれているのだろう、その心遣いに感謝する。

 

「さて、準備は整いました。デミウルゴス殿? あなたは何を悩んでいるのですか?」

 

「……私は、ウルベルト様の理念で悪であれと願われています。ですが、伯父上から聞いてしまいました。伯父上とウルベルト様はリアルの世界では負け組であるということを……君も知ってたのかい?」

 

「はい、ウルベルト様はご両親を小さいころに亡くされていると聞いております。父上と同じであると」

 

「……そうか、父上か。私は本当におろかだ。ただ表面にある悪と言う言葉に括って、ウルベルト様が本来望んでいた、『悪』、正義が裁けぬ『悪』を裁くという理念から外れた行動をしていたのだから……いや私がしていることは……悪と言う言葉では表現できないっ」

 

 その言葉に沈黙がbarを支配する。その闇を切り裂くようにパンドラズ・アクターが口を開く。

 

「あなたは間違っていない。誰かがナザリックの存在のために『悪』にならなければならなかったのだから。デミウルゴス殿。あなたがやったことは必要悪です。もしウルベルト様が激怒なされようと私があなたを擁護いたします」

 

「――ありがとう」

 

「では誇りある悪として、デミウルゴス殿にはやっていただきたい仕事があります」

 

 そして仕事の話をし解散した。デミウルゴスの心は少しだけ晴れていた。

 

★ ★ ★

 

 ラキュースは怒っていた。自分の私利私欲しか考えない王国の貴族たちに。自分達は今、麻薬を作っている村を襲撃して、ラナーの元に戻ってきていた。これからのことを考えるために。

 

「村の麻薬を焼き払った際、この羊皮紙を発見したわ。恐らくは何らかの指令書だと思うんだげど、何か分かる? ラナー?」

 

「換字式暗号ね」

 

「私たちもそう考えたわ。だから必死に暗号表を探したんだけれど、見つからなくて。魅了の魔法も2回目以降は利きが悪くなってしまうから一番最初は大事にしたいと思ってまだ使ってないの」

 

「……ちょっと待ってね。うん。この暗号意外と簡単な気がするわよ?」

 

 ラキュースは内心で冷汗を流す。この天才という文字だけでは表せないような天才の友人を。

 

(ほんと、ありえない才能を持っているわね)

 

 この子が男子として生まれていたなら間違いなく国王を目指させていただろう。それとも今からでも女王を目指させるべきなのかもしれないとラキュースは思う。この娘が王国の頂点に立てばきっと王国の腐敗は撲滅されるだろう。

 

(下半身でしかものを考えられない、愚か者たちめ!)

 

 ラキュースが強く憤る。拳は固く結ばされているしかし表情には出さない。貴族としての生活で慣れた対応だ。

 

「分かったわ。指令書じゃなかったけど」

 

 その言葉に従いラナーがいくつかの王国の地名がかかれた書類を渡してくる。

 

「この場所に麻薬の蓄積所なり、重要拠点があるということかしら?」

 

「ただの生産場にそんな大事なことを文章にしておかないと思う。たぶん囮。それにこの文章はもう役に立たないわ」

 

「どうして? 八本指を討伐するのに何かしら役に立つんじゃないの?」

 

「ええ、以前ならそうだったわ。でも、今じゃ役に立たないの。あなた達が麻薬を作っている村を襲撃してくれている時に、この地名の場所って何者かに襲われているの。そうよねクライム?」

 

「はい、この場所は何者かに襲撃された場所と一致しています……内部抗争の可能性もありますね」

 

 それまで声を出さずに背景に徹していたクライムが話し出す。何者かに襲われている。何があったのだろうか……。クライムが言う通り内部抗争だろうか? 八本指は八つの部門に分かれて行動しているのだから。

 

 一度思いっきり溜息を吐く。

 

「そう、つまり何でかは知らないけどこの場所は、無意味ってことね?」

 

「そうよ」

 

 ラナーのその言葉に部屋を沈黙が支配する。自分たちが行った事がほとんど意味の無い物になったことにラキュースは無念という気持ちが込み上げる。

 

「話し合うべきことは他にもある」

 

 その言葉はティナの者だ。今までクライム同様、背景に徹したのを破って会話に参加してきた。確かに話し合うべきことは八本指のことだけではない。

 

「ティナさんの言う通りよ。ラキュース? あなた達も噂では聞いているでしょ? 今度の王国と帝国の戦争ではアダマンタイト級冒険者達を含めたすべての冒険者たちを徴用するという噂が立っているのは」

 

「ええ、確かに冒険者たちがそんな噂をしているのは知ってるわ。でも噂に過ぎないでしょう? 王国だって冒険者組合の不文律は知っているはずだもの」

 

「いえ、違うわ。残念ながらバルブロお兄様が、本腰を入れて冒険者たちを徴用すべきと主張しているわ」

 

 ラキュースは思わず、眉を引きつらせる。ラナー以外の王族は無能しかいないのだろうか。そう言った怒りの感情が心を支配した。

 

「恐らく帝国も、今回の戦争では冒険者たちを徴用するわ。そうなった時のことを、私たちは話し合うべきだと思うの」

 

 確かにその通りだ。だがそれは決まった言葉しか出てこないのではないだろうか。冒険者の不文律を守るために参戦しないと言う言葉が。

 

「不文律じゃダメなの? 今まではそれで認められてきたはずよ」

 

「ええ、残念ながらバルブロお兄様は本気で、冒険者たちを徴用しようと考えているわ、恐らく今回の戦争で亡くなる兵士の数は帝国も冒険者を徴用するはずだから、今までとは比較にならないぐらいの被害になるはずだわ」

 

 犠牲者が増える……帝国に理不尽ではあるかもしれないが怒りがわく。帝国がちょっかいをかけてこなければもう少し、王国の膿を絞り出すことも可能だったはずだから。

 

 それ以上に膿を作り出す貴族たちに怒りがわく。

 

「もしあなた達アダマンタイト級冒険者たちが、今度の戦争への参加を拒絶するなら、王国を追われることになると思うわ。だからラキュース、あなたが選んで。王国から何もせずに去るか、今度の戦争に参加して、帝国が二度と戦争を仕掛けてくることができないぐらいの打撃を与えるかを」

 

 ……その発想は無かった。確かに自分たちが帝国兵を殺しまくれば帝国は二度と王国に戦争を仕掛けてこないだろう。ラキュースは貴族の出身だ。この国を見捨てることは出来ない。ならラナーが言う通り、戦争に参加して、帝国兵を殺しまわるべきなのかもしれない。尤も相手も同じようにアダマンタイト級冒険者を徴用する以上そう簡単にはいかないだろうが。

 

「鬼ボス、帝国のアダマンタイト級冒険者は私たちより弱い、戦争に参加した場合、帝国は大きな打撃を受けることになるはず」

 

 その言葉にラキュースの覚悟は決まった。今度の戦争で徴用されるのであれば、王国兵を守って代わりに戦おうと。

 

「分かったわ。バルブロ王子が本当に私たちを徴用するなら、徴用されてあげる。それがこの国を守ることに繋がるはずだから」

 

★ ★ ★

 

 ラキュースたちが去り、クライムも自分の部屋から出て行った。そして帝国が何を考えているのか思考する。ラキュース達は気付いていなかったが、今回の冒険者達を徴用するという噂は帝国から流れてきたものだ。どこから噂が立ったか分からないように細工されていたが、ラナーにかかれば簡単であった。

 

 しかし、なぜ帝国が冒険者を徴用するという噂を王国に流したか、ラナーにも難しかった。兵士の質では王国が帝国にかなり劣るが、冒険者の質では劣っていない。いやアダマンタイト級冒険者では王国が勝っているのだ。どちらも貴族に連なるアダマンタイト級冒険者だ。何らかの仕掛けがあれば帝国との戦争に参加するのは当然だろう。自国への愛と、民を守るために。

 

 だからこそ分からない。帝国の皇帝は一体何を考えているのかが。わざわざ犠牲者が多くなるようにお膳立てをしているのだから。

 

 帝国の騎士たちは専業騎士たちだ。冒険者のランクで言えば上位に位置する。その者たちを冒険者たちが討ち取る。冒険者達は自分達よりも弱い人間しか狙わないだろう。その場合帝国の騎士たちも自分達よりも強い存在、例えば蒼の薔薇に殺されるだろう。それを帝国の皇帝が分からないとは思えない。今回初めて帝国の皇帝は私の想像を超えている。

 

 

 分からない。何故……冒険者たちを徴用させるのか……。待てよ。ここに第三者の意向があると仮定したらどうだろう……。

 

 体に電流が走った。

 

 もし第三者がいて王国を亡国に導こうとしているのなら、ラキュースたち冒険者が参戦するのは都合がいいのかもしれない。戦える者たちを根こそぎ倒してしまおうというのだろう。

 

 確かにアダマンタイト級冒険者たちまでも殺されたら王国は立ち直ることは難しいだろう。となると帝国の皇帝に第三者が、冒険者を徴用するように命じたのだろう。貴族に連なる者たちを殺害させるために。

 

 それだけじゃない。最近聞く違法娼館の襲撃や、スラムから人間が去っていることも、関連付けられるかもしれない。

 

「第三者の存在……恐らく、王国は大敗する」

 

 それは構わない。だが問題があるとすれば、どうやって自分がクライムと一緒に生活するかだ。そのために必要なことは何だろうか?

 

 第三者と接触することだ。だがどうやって第三者と接触すべきだろうか……。いや、頭を振る。恐らく今回の第三者は私と同程度の知能を持っていると仮定できる。そして、アダマンタイト級冒険者を軽くあしらえる力を持っていると仮定できる。そうすればその第三者が、王国の冒険者たちを徴用させようとしたわけが理解できる。

 

 無表情のまま必死に思考するどうすれば第三者と接触できるか……いやどうすれば接触してきてくれるか。そして思う。仮に自分と同程度の知能があり力がけた外れているのなら……私なら自分を見つからないように監視する。そして呟く。

 

「私はクライムとの生活を保障してくれるのであれば、軍門に即座に下ります。第三者様」

 

 そして夜まで待つ。恐らく第三者が接触してきてくれると信じて。自分の知能は王国の誰よりも優れている、恐らく第三者も自分に匹敵すると分かっているだろう。そしてその願いはかなった。ラナーの部屋に突然のっぺらぼうの人?が現れた。

 

「お初にお目にかかります。私はパンドラズ・アクターと申します! 夜分遅くに失礼いたします!」

 

「いえ、構いません、それ以上に来ていただいて感謝しています。」

 

 安堵の息を吐く。もし来てくれなければラナーとクライムの生存は厳しくなっていただろうから。

 

「確認させてください。八本指の拠点を襲ったのはあなた達ですか? それとスラムから人が少なくなっているとも聞きます。それもあなた達ですか?」

 

「ええ、正解です。なるほど。あなたはやはり知能だけで言えば、我々に匹敵しているようだ」

 

「褒めて頂き感謝致します。パンドラズ・アクター様。それで私はどう動けばよろしいでしょうか?」

 

「そうですね、動かないでほしいです。むしろあなたが何もしない方が、王国を滅亡させるのがたやすくなります。後はそうですね、あなたと少年の命の保証は致しましょう」

 

「ありがとうございます、パンドラズ・アクター様」

 

 これで自分とクライムの最低限の安全は確保できた。後は王国をどう滅ぼすかだが……これは自分が知るべきではない情報なのだろう。もし知るべき情報であれば既に話してくれているはずだ。自分は何もしない。そうすることが王国の滅亡に繋がるはずなのだから。

 

「あなたに関してですが、王国が滅亡した後、失踪して頂きます。そして我々の住む地にてあなたの才覚を活かしてもらおうと考えています」

 

「私の頭脳がどこまでお役に立てるかは分かりませんが、役に立つように必死に役目を果たさせて頂きます」

 

「少年に関しても私が拉致してあなたの住む場所に連れて行きましょう。そうすれば、あなたは永遠を少年と一緒に暮らすことができます」

 

 そう言ってパンドラズ・アクターは去って行った。それからしばらくしてラナーは笑った。

 

★ ★ ★ 

 

 

 

「まだだぁ!!」

 

 首輪をしているブレイン・アングラウスは声を大にして叫んでいた。そして敵を見据える。それはガゼフに匹敵する強さを持つ敵であった。その名は死の騎士(デス・ナイト)。曰く強大すぎて幻になってしまった伝説に匹敵する騎士である。

 

 それが4体ブレインに襲い掛かってきている。既に1対1ではブレインが簡単に勝てるようになったから行われる戦いである。

 

 4対1。はっきり言って逸脱者に到達したブレインから見ても無謀極まりない。しかも相性も悪い。自分の刀はアンデッドと戦うには不向きだ。だがだとしても逃げだけは打たない。連携を取りお互いを守りながら戦ってくる死の騎士(デス・ナイト)は脅威だ。

 

 しかしブレインは互角に戦っていた。それはパンドラズ・アクターが与えた疲労無効の指輪のおかげだ。自分の方が能力が優れているため、疲労さえしなければ負けることもない。

 

 さらに言えば、時間をかければ死の騎士(デス・ナイト)の連携の隙を見極め一撃を叩きこむことができる。

 

 それを一体どれくらい繰り返しただろう……。気が付けば死の騎士(デス・ナイト)たちは灰に変わっていた。

 

 自分は勝ったのだ。死の騎士(デス・ナイト)4体に。今の自分なら間違いなくガゼフ・ストロノーフに勝てるとの確信がある。

 

 だがそれでは足りない。ブレインの目標はシャルティアに傷をつける。ただそのために生きているのだから。

 

「パンドラズ・アクターこの程度じゃ足りない。もっと強い敵を出してくれ」

 

 その言葉にこちらを観察していた、パンドラズ・アクターが反応を返す。だが自分の思っている反応ではなかった。

 

「ふむ……これなら、間に合いますね。おっと、もっと強い敵を出してほしいとのことでしたね構いません。ですがその前にあなたに話しておかなければならない事があります」

 

 パンドラズ・アクターが何か重大なことを話そうとしているのは分かる。だから自分は聞く体勢になった。ブレインの聞く体勢とはシャルティアを仮想敵にしながら刀を振るう状態のことだ。

 

 シャルティアは圧倒的に強い。だが、いつか必ず、その頂に到達する。そのために自分は生きているのだから。

 

「では聞く準備も整ったようなので話させて頂きます。今度の王国と帝国の戦争ですが、貴方にも参戦してもらいます」

 

「それは、構わないが、意味があるのか?」

 

 帝国は戦争に関して、まともに戦うことは無い。ただ対峙して撤退するそれが今までの帝国のやり方だったはずだ。

 

「ええ、意味はあります。今回の戦争では王国を滅ぼします。その手筈も整っております。あなたは参戦して、ネム様を護衛しながら……ガゼフ・ストロノーフを討ちなさい」

 

「――それは、確実に俺はガゼフと戦っていいということなのか?」

 

「ええ、構いません。それとその首輪はそろそろ外しなさい。その首輪は強くなるのを補助してくれますが、能力が下がります。戦争まで時間がありません。今の自分が全力を出せばどこまでいけるのか確認をしておきなさい」

 

「分かった」

 

 パンドラズ・アクターの言葉に従いながらすでに、自分の一部分と化していた首輪を外していた。何となく違和感がある。

 

「では、コキュートス殿! ブレインの相手をよろしくお願い致します。カルネ村の護衛は私が致しますので、よろしくお願い致します」

 

「――分カッタ。ブレイン・アングラウス。腕ヲ上ゲタナ」

 

「ありがとう、褒めてくれて」

 

 自分が望んだのこういった格上との戦いだ。その中でもコキュートスは自分の師匠とも呼べる存在だ。普段は裏からカルネ村を護衛しているが、たまに自分の相手をしてくれていた。

 

 今回の戦争ではすでにパンドラズ・アクターの中では勝ち筋が見えているのだろう。ならば自分はそれに従って、ガゼフを討つだけだ。

 

 そのためにコキュートスの胸を借りる。恐らくほとんどの人間が望んでも手に入らない、幸福な人生を自分は送っていると思う。

 

 さぁ戦いの時間だ。

 

★ ★ ★

 

 薄黒く闇がかかってくるころ、ガゼフは自身の家に向かって力を落とした調子で歩いていた。

 

 そして、思わずため息を吐いていた。何故か?

 

 あの少女たちの自分を見る視線が忘れられないからだ。あの時から悩まされていた。最近は夢にまで出てくるようになっていた。

 

 自分は悪党だ。彼女たちを救うことができず、自分を襲うための囮にさせてしまった。

 

 あの言葉が忘れられない。あの自分を断罪する言葉が。「家族を、返してよー!!」当然だろう。自分のせいで家族を失ってしまったのだから。

 

 ――否、悪いのはガゼフではない。では誰が悪いのか? 王国をまともに運営できない、国王のせいだろうか? 否、否である。悪いのはガゼフを差し出した王国に蔓延る害悪である貴族派閥の者たちである。

 

 だが国王は決して他人のせいにはしないだろう。全ての責任は自分にあると考えるはずである。

 

 そしてガゼフも同様である。彼はナザリックにいる者と比べればただの弱者に過ぎない。

 

 しかし(こと)、精神面においてはナザリックの者たちを上回っているだろう。それ故に自責の念を自分に課しているのだから。本当に罪と言っていいか分からない物から決して目をそらざずに受け入れているのだから。

 

 例えどのような結果になろうとも彼が肉体面では英雄に足を延ばしており、精神面では紛れもない英雄なのだから――

 

 一度首を横に振る。思考がだんだんと悪い方向に向かっている気がする。だが、その思考は自分を逃してくれなかった。

 

(私が悪い。どう言い訳しようと……俺がもっと強ければっ)

 

 だが魔法詠唱者者(マジック・キャスター)の断罪の言葉が思い出される。自分は間違えたのだろうか? 王に仕えたのは間違いだったのだろうか?

 

 否、否である。王は間違いなくこの国に住む者たちを少しでもいい暮らしをさせようと努力している。必死に努力されている。それをガゼフは見続けている。カルネ村での出来事を話した時、王は自分に頭を下げた。万が一貴族派にもれれば鬼の首を取った勢いで王を糾弾するだろう。平民に頭を下げるとは何事かと。

 

 それでもガゼフに頭を下げた。救えなかった者たちのことを自分の罪のように王は受け入れくれていた。それほどまでに素晴らしい王なのだ……自分は王の剣である。なのに何もできない……最近では違法と思われる人身売買に関係する者たちが何者かによって救われていると噂で聞いている。喝采を挙げたかった。できるなら自分も参加して今なお地獄で苦しんでいる者たちを救いたいぐらいでる。だが自分は王の剣なのだ。迂闊に動くことは許されていない。そう、それがどれだけ苦しいものであろうと。

 

 そして恐らくそれを黙認し続けている貴族派閥の貴族たちへの嫌悪感が増す。彼らは明確につながっていると言わない。だが自分を非合法な売買の護衛に何とか理屈をつけて自分を護衛にしようとしている。王に圧力を加えて。

 

 一言で言おう。反吐が出る。できるなら今すぐ王国を蝕んでいる害虫をこの手で切り裂いてしまいたい。だがそれをすれば忽ち内乱が起きるだろう。帝国の介入も起こるだろう。そうなればこの国は終わりである。

 

 戦士長として自分に何ができるのか? 自問自答を繰り返す。だが答えが出ることはなかった。まるで王国に蔓延る暗闇のように。

 

 

★ ★ ★ おまけ

 

「イクぅッ!?」

 

 アルベドが自身の股間から跳ねた。今は執務の時間だ。悟はアルベドとお付きのメイドと、プレアデスからユリ・アルファ(小さくなった)で執務を行っていた。

 

 では何故冒頭のようになったのか? 簡単である悟が自重を捨てたからだ。疲労無効の指輪の効果で絶倫になった悟はいつでもビンビンになれる。そしてそんな状況で美少女であるアルベドと一緒にいる。我慢できるわけがなかった。

 

 手を出した以上、最後まで面倒を見るべきだろう。タブラ・スマラグディナには悪いと思うが、とりあえず彼らが帰還するまではこのままでいいはずだ。だから悟は超肉食系になっているのだ。

 

 周りに視線を向ける。アルベドは息絶え絶えになって気持ちよさそうにしている。良かった。気持ち良くできている様で。一般メイドを見る。顔を真っ赤にしてスカートを押さえている。恐らく自分が手を出すと言えば頷くだろう。だが手は出さない。既に手を出してしまった者には満足させるが、それ以外の者たちには決して手を出さない。それが悟の願望であるから。しかし、ユリ・アルファを見る。こちらも恥ずかしそうにスカートを強く握っている。

 

(恐らく、俺はロリコンと思われている)

 

 それはアルベドがミニマムの指輪で小さくなっていることから理解することができる。他に手を出したのもアウラとネムだけだ。

 

 間違いなく、ロリコンと思われているはずだ。

 

 そんな中ユリ・アルファが小さくなった姿で、自分の前にいる。これはもう、手を出しても良いということではないだろうか?

 

 悟の中の悪魔がささやく。全員違っても気持ちいんだから、ユリ・アルファも気持ちいいはずだ。だから手を出しちゃいなよと。

 

 悟の中の天使がささやく。NPCたちは創造主や支配者に支配されることを望んでいる。だから手を出して側室にしちゃいなよと。

 

 

 数分、息絶え絶えのアルベドの中を行ったり来たりしながら……。

 

「ユリ、こっちに来い」

 

「は、はい伯父上」

 

 ユリ・アルファが何かで動きにくい表情をしながらメイドとして鍛えられた自制心で歩き出す。そしてアルベドの中から、取り出したものをユリ・アルファに近づける。

 

「あっ」

 

「ユリ、スカートをたくし上げて後ろを向きなさい」

 

 その言葉に従い、ユリ・アルファはスカートをたくし上げながらこちらにお尻を見せる。そして下着を見てみる。濡れていた。思わずにやけてしまう

 

「ユリは悪い子だな。アルベドと私がしているところを見るだけで、濡らしてしまうんだから」

 

「ああモモンガ酷いです、今は私の番です抜いちゃだめです!」

 

「ああ、アルベドは悪い娘だな。お仕置きが必要だな」

 

 そういって悟は強くアルベドのお尻を叩いた。反応が即座に帰ってくる。揺れる。愛液が飛び散る。

 

「ああ、もっともっと、感じさせてください!!」

 

 アルベドを幸せにする、ユリ・アルファにも手を出す。支配者の辛いところだ。だが後悔だけはしない。

 

 




支配者の仮面がはがれたら、性欲の塊でロリコンになったという話(´・ω・`)


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第8話

今年も残すところあとわずかですがお付き合いください!


 カジット・デイル・バダンテールは充実した生活を送っていた。現在はプレイヤーに捕まり何をされるか恐怖があり疑問があったが。その疑問も解決していた。

 

 彼らは極力、自らの姿を隠そうとしているのだろう。だからこそ自分のような裏に生きている者を捕まえて、武器などの売買に利用しているのだ。恐らく自分達に匹敵するであろう法国や竜王を危険視、警戒して。あるいは同じぷれいやーを警戒しているのかもしれない。

 

 真実は分からないがカジットには構わなかった。

 

 そう、今の自分は商人のような物である。ここで働きを見せれば母親を蘇生してくれると聞いている以上やる気も上がるという物だ。

 

「ではこのアイテムは500金貨で買わせて頂きます」

 

「……ふむ、よかろう。交渉成立じゃな」

 

 相手の商人と目を合わせ握手をする。これで本日の売買は終了した。メッセージの魔法を唱えてパンドラズ・アクターにつなぐ。

 

 メッセージが危険なものと分かっているが、プレイヤーたちは有用性を優先しているので自分も同じようにしている。

 

『パンドラズ・アクター様、本日の売買が終了いたしました』

 

『おお、了解いたしました、早速ゲートを開きましょう』

 

 その言葉は偽りではなく、すぐに転移門が開かれた。恐らく8位階以上の魔法なのだろう。こんな魔法を使える相手と親しくできる幸運に感謝している。

 

 カルネ村に帰ってくるとそこには普段いないパンドラズ・アクターの姿があった。もう一人メイド服を着て頭が犬の存在もいる。どういうことだろうか?

 

「カジット殿、貴方は大変多くの手柄を立てました。その褒美として母親を蘇生させましょう。メイド長お願いします」

 

「――感謝致します。パンドラズ・アクター様」

 

 疑問は氷解した。遂に自分の母親と再会ができるのだ。問題は遺体がこの場に無い事だが……。その事を言うと、疑問に答えてくれた。

 

「私の知る限り最高位の蘇生魔法であれば、魂に蘇生魔法をかけます。そのため離れていても蘇生可能なはずです。できなければ遺体を取りに行けばいいだけです。ではメイド長最高位の蘇生魔法をお願いします」

 

「畏まりました、わん」

 

 そして蘇生魔法が行使された。そして、目の前には裸の……そう、自分よりも若い女性が倒れていた。母さんだ。間違いない。

 

「母さん!」

 

「――えっ何私裸えっここはどこ!? あなたは誰!? きゃー!!」

 

 まずい母は混乱している。まずは服を着させなければだが自分は母親の洋服を用意していない。どうすればいいかパンドラズ・アクターに目を向ける。

 

 そうするとパンドラズ・アクターが虚空に手を伸ばし服を取り出した。

 

「奥様、混乱されているとは思いますが、まずはこちらをお着になってください」

 

「あっありがとうございます」

 

 母はそう言うと即座に服を受け取り、着替えだした。一先ず周りにいるのは自分とパンドラズ・アクターとメイド長だけで良かった。

 

 他の男がいた場合自分はその男を殺さなければならなかっただろうから。

 

 そして母が服を着おわるのを待って、から話し合いが再開される。

 

「母さん、僕だよカジットだよ!」

 

「……あなたは誰ですか? カジットはまだ子どもなのよ。あなたのような大人な訳ないじゃない。待って、ここはどこなの! カジットは無事なの!?」

 

 駄目だ信じてもらえない。何とかしなければならない。自分がカジットであると認めてもらわなければならない。

 

 そこに横からパンドラズ・アクターの助けが入る。

 

「奥様とりあえず、混乱されているようですが、そこにいるのは間違いなくカジットです。カジット殿、家族の思い出を、お母様しか知らないこと等をお話しください。それで信じて頂けるはずです」

 

 そしてカジットは必死に自分が彼女の子どもであることを過去の思い出をほじくり返すように思い出しながら必死に話す。

 

 そして母は驚愕の表情を浮かべている。家族等だけの思い出を語った時など、目が零れんばかりに瞳が見引かれた。

 

「本当に、カジットなの? 私が死んでそんなに月日が経過したの?」

 

「信じてくれ、母さん。僕は間違いなくカジットだよ!」

 

 まだ本当か嘘かが判断に分かれている表情だ。だが先程よりも自分が彼女の息子であることを信じてくれているようだ。

 

 あと一押しが必要だろう。

 

「母さんが死んだ後、僕は必死に母さんを蘇生させようと考えたんだ。だけど、できなかった。母さんの難度じゃ、死体は灰に代わるだけだから、だから必死に生きて従属神様の力を借りて、母さんを蘇生して貰ったんだ」

 

 母は頷く。そして自分をよく見る。その瞳から目を逸らすことは出来ない。

 

「確かにカジットの面影があるわ……あなたは今までどうやって生きてきたの? ガジット」

 

 そしてその言葉に自分の罪を告白する。母さんを蘇生するためにしてきた悪いことすべてを、、そして。こう言った。

 

「ごめんね! ごめんね! 私が死んだからあなたは罪を重ねてしまったのね、本当にごめんなさい」

 

 泣きながら母が自分に抱き着いて来る。自分の瞳からも涙が溢れていた。

 

 そして気づかなかったがそれをパンドラズ・アクターは興味深そうに見ていた。

 

 

★ ★ ★

 

 法国では最高位の神官たちが集まり、議論を行っていた。すなわち、漆黒聖典とその護衛対象であるカイレを殺した存在に対してである。

 

「これは間違いなく100年の揺り返しとみて間違いないだろう」

 

 特別に漆黒聖典から隊長である自分が最高会議に出席していた。自分が見てきたことを報告するために。できる限り自分が思い出せることを丁寧に話す。彼らは目上の者であり、尊敬すべき人たちであるからだ。人間を……人間の国を守るために全力を尽くしている人たちだからだ。

 

 突然だった招かれざる客が登場したのは。何らかの門が現れ、誰かが出てきた。それはクレマンティーヌと二重の影(ドッペルゲンガー)だった。

 

 クレマンティーヌはあざ笑うかのようにこちらを見ている。まるで全てが終わってしまっているかのように。

 

「お初にお目にかかります。私、パンドラズ・アクターと申します。今あなた達が相談しているプレイヤーのNPCです」

 

 従属神! これは自分では勝てない。恐らく番外席次、アンティリーネ・ヘラン・フーシェでしか相手にならないだろう。自分では右手に持つ武器を使えば刺し違えれるかどうかであろう。勝ち目はない。

 

(彼女に連絡を取らなければ)

 

 だがその方法がない。目の前の存在はこちらを警戒している。こちらというよりも武器だろうか。一挙手一投足を警戒されているのが、目に見えて分かる。

 

「我が主はとても理性的であり、人間とも融和的に生活したいと考えております。行き違いもあり互いに殺し合いをしましたが、一時休戦と行きませんか? お互いに話だけでもしましょう?」

 

「……ひとまずお話を伺わせてください」

 

 神官長が恐怖を必死に押し隠して。目の前に急に表れたパンドラズ・アクターと会話する。何かあった時即座に間に割って入れるように準備する。自分では勝てないだろうが。みすみす護衛対象を殺されるのは一回で十分である。

 

「まず、我が主は人間を愛しておられる。現地の者と結婚もしており、この世界の人間を守る事は積極的に力をお貸しするでしょう」

 

 それは良い情報だ。だがではあのアンデッドは何だったのだろうか。あのヴァンパイアからは人間を軽視するような感情しか見えなかった気がするが。

 

「たしかに、あなたたちが戦ったヴァンパイアは人間から見れば危険な思想の持主でしょう。ですが我が主が目をひからせておられる限り、あなた達が想定しているであろう、プレイヤーとNPCを同時に相手取る最悪の可能性は避けれるでしょう」

 

 なるほど。ぷれいやー様は人間よりということか。それならばこのまま同盟関係に進むことも難しくはないかもしれない。

 

 実際神官長たちも目に見えて安堵のため息をついている。

 

「あなたたちがどれほど努力して人間の世界を守ろうとしたかは、捕らえた陽光聖典のものたちからある程度聞いております」

 

 なるほど。陽光聖典の者たちを捕らえたのも彼らだったのか。情報戦ではすでに負けている。これは軍門に下るべきかもしれない。尤もその判断をするのは神官長たちだが。

 

「ですが犠牲なく、あなたたちと同盟を結ぶのは困難です」

 

「何故ですか!? 我々は人間を守ろうとなさって下さるぷれいやー様と事を構えるつもりはありません!」

 

 その言葉に、クレマンティーヌがあざ笑うかのようにこちらを見下す……。そしてパンドラズ・アクターは大振りな動作を伴いながら発言をした。

 

「ええ! そうでしょうとも! ですが、一歩遅かったのですもはや犠牲なくあなた方と仲良く同盟を結ぶことは困難です」

 

 なぜだ。なぜ、ぷれいやー様は人間よりなのに、同盟を結ぶことが困難なのかが分からない。

 

「理由は単純です。我が主は婚姻を現地の者としています。そう、あなた達が襲ったカルネ村の者と」

 

 背筋が凍った。我々は仕方ないからその手段を選んだ。犠牲が出ることも容認した。しかしそのせいで同盟を結ぶことが困難になるとは……。

 

「さらに言えば、あの地には我が主が亡くされた母君に似た人物がいます。全てを擲ってでも守りたいと思う母君に類似した人物が!」

 

 冷汗が噴き出る。この男から情報を聞くたびに、新たな情報でめまいを覚える。それはどうやら自分だけでなく神官長たちも同じらしい。いや、自分より彼らの方が眩暈はひどいかもしれない。最悪が重なっているのだから。その中から最善を選び取らなければならないのだから。

 

「我が主は人間の発する輝きを愛しています。故に出会い方が異なれば、そのままあなたたちと同盟を結ぶことも可能でした。残念ながらその可能性は既に絶たれましたが」

 

 その言葉に神官長たちが意気消沈している。それをクレマンティーヌが嘲笑っている。パンドラズ・アクターがいなければ何もできないくせにと思ってしまう。

 

 だが分かっている。万が一自分が彼女を襲ったとしてもパンドラズ・アクターに容易に制圧されるだろうと。そして彼を殺すこともできない。万が一彼を殺せば、ぷれいやー様に繋がる唯一の筋道が消える。つまり右手にある槍は使えない。

 

「何とか翻意させることは出来ませんか? 我々は人間の世界を守るためなら何でも致します」

 

「そうですね、例えばですが、現政権にいる者たちの何割かが私欲におぼれて、カルネ村を襲った。そしてそのものが殺され謝罪に来るのであれば、充分見込みはあるかと。しかしあなたたちにその選択ができますか?」

 

 ……それは。確かにそれをすればぷれいやー様と関係を構築できるかもしれない。だが、彼らは国のため人間のために生きてきた存在だ。そんな彼らにそんな汚名を着ろというのか。

 

 だが、自分の考える余地はなかった。その言葉に神官長たちが目配せをしている。そして何人かが頷いた。それは年がいっているものが多かった。

 

「――畏まりました。その提案、我々は受託させて頂きます」

 

「ありがとうございます。いや、あなた方が納得してくれて感謝致します。我が主はカルネ村と吸血鬼の件であなた達にお怒りだったのです。私が翻意を願ったからこそ、改めてくれましたが、そうでなければあなたたちは皆殺しにあっていたでしょう」

 

 背筋が凍る。自分達はぷれいやー様の逆鱗を既に踏んづけていたのだ。それをパンドラズ・アクターのおかげで回避できた。しかし何故、彼は翻意させるように動いてくれたのかが分からない。

 

「何か、言いたそうですね? どうぞこの機会にお互いの思うところを話しておきましょう、漆黒聖典の隊長殿」

 

「――発言の機会をいただき、感謝いたします。パンドラズ・アクター様。何故、パンドラズ・アクター様はぷれいやー様の思いを翻意させてくれたのでしょうか?」

 

 神官長たちも疑問だったのだろう頷いている。自分が質問しなくとも誰かが質問したかもしれない。そう考えながら返事が返るのを待つ。

 

「答えは簡単です。我が主が人間を愛しているからです。だからこそ人間を殺す手段は出来る限り避けさせようと私は行動しているのです」

 

 人間を愛している……非常に遺憾だ。自分たちがヴァンパイアに先制攻撃しなければ、陽光聖典がカルネ村を襲わなければと夢想してしまう。

 

 そして……破局は訪れた。番外席次がアンティリーネ・ヘラン・フーシェがここに入ってきた。

 

「あなたは私より強いの? 敗北を知らせて」

 

「これはこれは。あなたが法国の切り札ですか……良いでしょう格の違いという物を見せてあげましょう」

 

 急いで神官長たちを避難させる。そして激闘が始まった。クレマンティーヌもこちらに避難してきている。巻き込まれるのを恐れたからだろう。

 

 話しかけたいが、どう話せばいいのかが分からない。彼女は親に虐待を受けて兄と比較され続けていた。それが原因で法国に反旗を翻した人物だ。漆黒聖典としては討伐対象になるが個人的には戦いたくない。いやそれ以上に彼女に手を出せば法国は終わるかもしれない。でなければわざわざ彼女をこの場に連れてくるわけがない。

 

 そして激闘が終わる。片方は膝をついている。そう番外席次、アンティリーネ・ヘラン・フーシェが。そしてそれをまるで当然のようにパンドラズ・アクターが見下している。

 

 あの番外席次が負けた。だがこれで良かったのかもしれない。殺されていない。それだけで僥倖だ。逆に殺してしまった場合どうなったかが分からない。だからこれでいいのだ。

 

 そして番外席次をパンドラズ・アクターは気絶させた。

 

「では話の続きと行きましょう」

 

 自分が番外席次を抱えて、話が続行される。神官長たちも元の席に大人しくついている。ただし先程までとは違う。パンドラズ・アクターに畏怖の目を見せている。番外席次を気絶させたからだろう。彼女が負けるなんてありえないと誰もが思っていた。しかしそんな彼女を気絶までさせてみた。ありえないことだ。

 

 それほどまでに彼は強いのだ。下手に弱ければ我々も思い切った妥協は出来なかっただろう。だからこれでいいのだ。

 

「ではまずあなた達法国には、我々に恭順するという意志表明のために、男の子は女の子の格好を女の子は男の子の格好を結婚か成人するまでさせてください」

 

「――はっ? 申し訳ありません。それは一体どういうことですか」

 

 いや本当にどういうことなのだ。自分は思わず困惑してしまう。いや、自分だけではない。この場にいるクレマンティーヌ以外が頭に?を浮かべている。

 

「これは帝国にも命令した事なのですが――」

 

 なるほど、帝国は既に軍門に下っているのか……。条件を呑んだのか? 呑んだんだろうな。

 

「我々はアインズ・ウール・ゴウンという組織です。そしてぷれいやーは41人存在しています。そのうちの一神であるぶくぶく茶釜様が定められたことです。曰く、子どもを異性装させることにより災厄から守るとの意志からこの命令は下されています」

 

 子どもを守る。今回のぷれいやー様たちは本当に人間のことを思ってくださっているのだろう。従属信様には不安があるが、これなら何とか安心できる。

 

「それと次回の王国と帝国の戦争ですが、あなた達にも王国を非難する声明を発して頂きたい。王国は帝国に滅ぼさせます。あなたたちの思惑通りに、ね」

 

「――感謝致します、パンドラズ・アクター様」

 

「では私は、帰らせて頂こうかと思います。クレマンティーヌ!」

 

「はい。何でしょう、パンドラズ・アクター様!」

 

 今までにやにやと笑っていたクレマンティーヌが真剣な表情に変化した。遊びがないというより武器も良く見ればかなり強化されている。漆黒聖典にいるころよりも優れた武器防具になっているのではないだろうか。

 

「あなたは異形種と人間の懸け橋になるという形で、私と結婚して頂きます。よろしいですね?」

 

「畏まりました。パンドラズ・アクター様」

 

 クレマンティーヌの顔に愉悦が走った。ああそうだろう。パンドラズ・アクターと結婚するということは彼女に手を出すということは、パンドラズ・アクターを敵に回すと同義なのだから。

 

「では法国のことを暫くよろしくお願い致します」

 

「畏まりました。パンドラズ・アクター様」

 

 そしてパンドラズ・アクターが帰っていた。そしてクレマンティーヌがこちらに振り向く。その顔は愉悦が走っていた。

 

★ ★ ★

 

 シャルティアはアウラに話しかけられていた。内容は、決まっている。自分が伯父さんとの関係をどうするかということだ、

 

「それで、シャルティアはどうするの? 伯父さんの側室になる訳?」

 

「もちろんでありんす! 今はどうやってなるか考えているんでありんせ。アウラ、負けないでありんすよ」

 

 シャルティアの側室になると言う言葉にアウラが考えこむ。そしてこういった。

 

「分かった。私が伯父さんの側室になれるように、協力してあげる……仲間外れは可哀そうだからね」

 

 シャルティアはその言葉に驚愕を覚えた。まさか、アウラが協力してくれるとは思っていなかったからだ。これは噂で聞いた通り、正妻であるネム・エモットの言葉通りということなのだろう。アウラはネム・エモットの仲間外れはかわいそうということで、側室になったと聞く。だからこそ自分が側室になるのを応援してくれるのだろう。

 

 仲間外れは可哀そう……上から目線だが構わない。今は伯父上と関係を持つことを一身に考えよう。その後のことは関係を持ってから考え……そういえば伯父上は3Pとかするのだろうか?

 

 ……上手くいけばアルベドやユリ・アルファとも一緒にそういったプレイができるかもしれない。その時はあのメロンを触りつくそう。

 

「うへうへへへ」

 

「気持ち悪い笑い方しないの!? 協力してあげないよ!」

 

「ごめんでありんす」

 

 素直に謝罪する。まだ机上の空論に過ぎないのだ。それを実際の計画にするためにはアウラからの協力が不可欠だ。……3Pや4Pをする時は今までヴァンパイア・ブライドたちで磨いてきた手わざを持ってアウラも気持ちよくしてやろう。いやイかせてやる。

 

「まずは一応ネムに断りを入れてからだね」

 

「何故でありんす?」

 

 その言葉にアウラが大きく溜息を吐いた。自分は何か変なことを言ったのだろうか? 別にネム・エモットから許可をもらう必要はないと思うのだが。

 

「はぁ。あのね、正妻はネムなのよ? 序列を乱してどうするの? 今現在伯父さんの妻の序列は一番がネム、二番目がアルベド、三番目が私、四番目がユリなのよ? あっそう考えると他の3人にも許可を貰わないといけないか……。アルベドは難しそうだから。私とユリとネムで推薦してあげる」

 

 ああハーレム内の序列のことか。それは確かに乱してはならない。自分自身ヴァンパイア・ブライドたちでハーレムを築いているが、序列はある。それを乱すのは得策ではない。自分が5番目の側室になるのは少々悔しいが仕方ない。

 

★ ★ ★

 

「逝くぅ!!」

 

 悟は今日も執務の時間アルベドと致していた。性欲が溢れて高まる状態だから仕方がない。今の体勢は対面座位だ。その恰好で執務をしながらしている。

 

 そして執務を続けていると一つ気になる案件が出てきた。それは、帝国の方針であった。曰く、男の子は女の子の格好を女の子は男の子の格好をである。

 

 ……確実にぶくぶく茶釜の性癖が表に出ている。

 

「アルベド、この帝国の男の子は女の子の格好を、女の子は男の子の格好をという件だが」

 

「はぁはぁ……そちらでしたら至高の御方方の目印になるように、アウラたちの賛成を以て既に帝国で流通させています。カルネ村でも結婚するまでは女の子は男の子の格好を、男の子は女の子の格好で流通しております」

 

 何ということだ。すでに流通してしまっているのか。これはぶくぶく茶釜に怒られる。いや違う。

 

(ごめん茶釜さん。俺はあなたの性癖を守れなかった。)

 

 その後むしゃくしゃしていつもの数倍アルベドとセックスをした。

 

★ ★ ★

 

 ネムは思う。自分の口は贅沢になってしまったと。それはサトルと一緒に朝と夜を一緒にご飯を食べるからだ。

 

 昔は美味しかった、母の料理が美味しく感じなくなってしまった。いや吐き気を感じて戻してしまった。

 

「うえー」

 

 そしてお母さんが思ってもいなかったことを言う。

 

「ネム、貴方もしかして――」

 

「――えっ」

 

★ ★ ★

 

 悟は考える。夜ご飯をネム、アウラ、シャルティアと一緒に食べながら。こちらに優しげな眼を送るネムに対して。そういえば結婚式を行わなければならないな……王国の革命計画が終わった次の日に行おう。

 

「ネム、そろそろ正式に結婚式を挙げよう。革命が終わったらすぐにだ」

 

「うん、分かった! 嬉しいな!! あっ私飛び切りのプレゼントを用意するね!!」

 

「ああ、楽しみに待ってるよ」

 

 その言葉にアウラが膨れる。

 

「伯父さん、私も伯父さんと結婚式上げたいです!」

 

「ああ。そうだな。アウラたちとも結婚式を挙げないとな、少し待ってもらって良いかアウラ?」

 

「むー待ちます……幸せにしてくださいね? 愛してくださいね?」

 

「当たり前だ。絶対に幸せにしてやる」

 

 そして食事が終わりネムとアウラいつものように抱える。

 

 今日は3人で夜の大運動会だ。そしてそれを行なおうとすると、後ろからシャルティアがついて来る。

 

「モ、モモンガ、私もハーレムに加えてほしいでありんす!! アウラとユリとネムから許可はもらっているでありんす!?」

 

 そして――

 

「ごめん。ペロロンチーノ……おれ、お前のシャルティアに手を出してしまった。本当にごめん」




ちなみに詳細は書いていませんが番外席次との戦いの時にパンドラズ・アクターは霊廟からプレイヤーの武器防具を勝手に持ち出しています。

後、番外席次も切り札は使っていません。周りに神官長たちがいたからですね。

なのでパンドラズ・アクターが楽に勝てたかのように描いています。

同じ条件下で戦えばやはりパンドラズ・アクターが勝つと思いますが苦戦はすると思います。


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第9話

王国編、負けるなレエブン侯!


「どいつもこいつも出がらしどもが!!」

 

 レエブン侯は思わず自邸の執務室で思わず叫んでいた。今回の戦争は間違いなくまずい。冒険者たちを徴用する? 愚かな王子め。そのせいでどれだけの被害が出ると思っているのか?

 

 間違いなく帝国も冒険者を徴用してくる。そうなった場合農民である王国の兵士では対抗は不可能だ。それだけ個としての力が違うのだ。帝国の騎士団だけでも王国兵を凌駕する力を持っているのだ。そこに冒険者たちまで加わるのだ。

 

 結果として農民の死人が増える。

 

 問題はそれだけではない。今回の帝国の布告官の言葉。

 

『王国は八本指という罪悪を国中に曝させている。それを討伐せずに貴族どもは迎合している。恐ろしい害悪である。また麻薬等を中心に他国に輸出しもはや王国の存在は帝国にとっても害悪に過ぎない。そのため革命を起こす者たちと共同し王国を滅ぼすものである』

 

 ……あまりにも正論であった。確かにこの国は麻薬を国中に蔓延らせている。他国に輸出もしているだろう。八本指という害悪を排除できないほど、貴族派閥と王派閥の敵対具合はすさまじい。

 

 そして法国からも宣言が出された。『帝国の行いは正義の行いであり、王国は大人しく降伏すべきである』と。法国も王国を滅ぼそうとしているのだ。

 

 最近は八本指の噂を聞かないだけましだが。いや、もしかしたら八本指も王国に見切りをつけたのかもしれない……。だが彼らからすれば帝国よりも王国が存在したほうがメリットはあると思うのだが。貴族派閥と手を組むことで、国を好き放題にできるのだから。

 

 ……話がわき道にそれた。革命を起こす者たち。聞いた話によれば戦士長ガゼフが、命からがら生き延びたカルネ村という辺境の村が革命を起こすようだ。

 

 ああ、その通りだ。革命を起こす気持ちも分からなくはない。彼らからすれば罪悪なのは王と貴族たちだろうから。レエブン侯自身、何度自分の手で今の王国を滅ぼそうと考えたかは分からない。しかしそれは実行に移せない。

 

 そして、それを見過ごすわけにはいかない。このままでは王国は帝国に滅ぼされる。それだけは避けなければならなかった。

 

(唯一の救いは王国のアダマンタイト級冒険者たちが戦争に参加してくれるとのことだな)

 

 人類の切り札である、王国のアダマンタイト級冒険者。しかも両方とも貴族に連なっている。何とか最悪の事態だけは防がなければならない。

 

 我が子のためにも。

 

 問題はザナック王子をどうやって王位に就けるかだが……方法はない。このままでは王国は亡びる。それだけは確かだ。だがどうすればこの国を救えるか……レエブン侯は必死に思考する。自分の子どもを守るために。どうすればこの国を救うことができるかを。だがいくら考えても答えは出なかった。

 

「蒼の薔薇と朱の雫が帝国の騎士たちを半分近く殺し尽くしてくれれば……こちらも農民兵が同じように殺されまくるだろうが……何とか痛み分けにできる」

 

 それでも被害は甚大だ。だがその事に僅かな希望を見出す事しかレエブン侯にはできなかった。帝国の騎士たちは専業の兵士たちだ。その数が少なくなれば、少しは楽ができる。だが一つだけ疑問に思う事がある。何故、鮮血帝は冒険者たちを徴用したのだろうか……組合の反発を抑えられるとしても二度目は難しいはずだ。

 

 王国側はバルブロ王子が冒険者たちを徴用するように命令を下した。それをアダマンタイト級冒険者たちがデメリットを無視して受けてくれたからこそ、徴用できる。恐らく来年以降も徴用できるだろう。

 

 しかし帝国は別だ。帝国の貴族が冒険者になっている訳ではない。恐らく今回の戦争が終われば帝国の冒険者たちは他国に流れるだろう。

 

 そのことが鮮血帝に分からない訳がない。一体何を考えて、冒険者たちを徴用するのか……。

 

 いやそれ以上の問題はバルブロ王子が功績を挙げてしまうという点だ。これではザナック王子を王位につけるのが難しくなってしまう。それが狙いか?

 

(いや、そんな遠回りをする必要はない。帝国は今まで通りで良いはずだ。冒険者たちを徴用したら、それを批判して軍を戻せばいい。実際に戦わなくても農民兵たちが農業ができない期間ができれば帝国にとっては勝ちなはずだ)

 

 だからこそ鮮血帝の考えが一切読めない。何故冒険者を徴用したのか……ここに何かカギがあるはずだ。

 

 だが。

 

 コンコン。ドアがノックされる。その瞬間レエブン侯の顔がふやける。

 

「おっとこの顔ではだめだな」

 

 愛らしい息子を迎え入れるために顔の準備をして、迎え入れる。

 

 そして思う。

 

(この子の未来を守らなければ)

 

★ ★ ★

 

 帝国の宣言から2か月が経過した。エ・ランテルには20万近くの兵士が動員されていた。レエブン侯は周りを見渡しながら口を開く。

 

「皆様、お疲れ様でした。これで、取りあえずは、ですが期日までに準備は終わりました。これより帝国との戦争に向けて計画を進行させます」

 

 レエブン侯は貴族たち全員を見渡すと羊皮紙をその場の皆に見えるように持ち上げる。

 

「このように数日前に帝国から合戦の場所を記載した宣言書が届きました」

 

 これにより周りの貴族たちは一瞬にして安堵の溜息を吐いていた。この戦争が例年通りに終わることが間違いないと直感出来て。

 

「それで戦場は――」

 

「もったいぶるな、レエブン侯。いつもの場所であろう? というよりあそこ以外にどこがあるというのか

 

「そうです、ボウロロープ侯がおっしゃる通り、例年の場所。呪われた霧のかかる地、カッツェ平野。その北西部すぐです」

 

「同じ場所を指定してくるとは、帝国の侵攻も例年通りということかな?」

 

 今回は革命が起きている。その討伐もしなければならないが。その事から目を逸らしている貴族たちに怒りを覚える。だからこそ例年通りではないと現実を貴族たちにたたきつける。

 

「いえ、それはないでしょう。私の配下の元オリハルコン級冒険者たちに調べさせましたが、紋章は7つ確認できたの事です」

 

「7つも!?」

 

 ざわめきが場を支配した。帝国騎士団は8騎士団からなる。今回はそのうち7軍団も出してくるのだ。残りの1軍は何かがあった場合のために、予備兵力として帝都に残しているのだろう。つまり帝国は実質的に全戦力を王国領の支配のために出しているのだ。

 

「しかも皇帝の親征だそうです」

 

「馬鹿な……」

 

 そうありえないことが起きている。一軍団だけを残し皇帝が親征を行う、間違いなく本気だ。今回の戦争で帝国は間違いなく王国を滅ぼそうとしている。だが、冒険者たちの存在も考えれば、アダマンタイト級冒険者たちの存在が希望だ。唯一、不幸中の幸いと言っていいのだろうか? 上手くいけば逆に帝国兵を半分近く殺し着ることができる。

 

「さらに法国の宣言を読み解けば……法国も帝国に援軍を出す可能性が否めません」

 

 場に沈黙が支配された。全員がやっと正面から帝国は本気で今回の戦争で王国を滅ぼそうとしているのだと理解できたのだろう。

 

「王子のおかげで冒険者たちを徴用できて正解でした。でなければ王国は亡国になっていた可能性が高いはずですから」

 

 バルブロ王子を支援する。これは現在、貴族派閥に在しているから仕方ない。というよりもすでにレエブン侯は今すぐザナック王子を王位に就けるのを諦めていた。とにかく今回の戦争を何とか引き分けに持ち込む。それが今回、ザナック王子と話し合って決めたことだ。

 

 農民兵たちの死者は多くなるだろう。それの責任を取らせて、バルブロ王子には王位継承レースから外れてもらう。それがレエブン侯たちの思惑であった。

 

 上手くいくかは分からない綱渡りな作戦であると認識している。だがそうするしかないのだ。そうこの先に何が待っていようとも。

 

「それでレエブン侯。帝国に与した革命兵たちをどうするのかね? 無視はできないと思うが」

 

「それに関しましては、陛下よろしければ。カルネ村を滅ぼすのにその指揮官を王子にお願いしたい」

 

 バルブロ王子が力を込めてこちらを睨んでくる。それを平然とレエブン侯は無視する。こんな愚かな王子ににらまれても、何も怖くはない。

 

「侯!」

 

「それは悪くない考えだ。我が子よ。お前に命じるカルネ村に向かい……反逆したものを討伐してまいれ」

 

「……王命であるならば、従うほかありません。ですが、私としては望む仕事ではないということを知っておいてほしいものです」

 

 王が撤回する様子を見せないことにバルブロ王子が渋々といった感じではあるが、バルブロ王子は頭を下げた。だが自分を強くにらんでいるのが分かる。ふむ、逆に今回の帝国との戦争を経験させて、自分が間違っていたことを自覚させたほうが良かったのかもしれない。冒険者により多くの農民たちが死ねば少しはまともになっただろう。

 

 いや、でがらしに期待は出来ないか。

 

 そしてボウロロープ侯が発言した。ボウロロープ侯は貴族派閥の者では唯一話せる程度の知能を持った存在だ。だが王を軽視していることを隠さない。危険である。

 

「村に向かう王子の軍には私の精鋭団からある程度お貸ししよう。それと王子とともに向かう貴族を募らせて頂きたい5000人に冒険者……オリハルコン級冒険者から幾チームが妥当ですな」

 

「なるほど、別動隊を警戒されているということですね。確かに今回の帝国の動きを見ればカルネ村に別動隊がいてもおかしくありません。いえ、いてしかるべきでしょう。」

 

 王が重々しく頷く。

 

「うむ別動隊の危険性を考えればそうあるべきだろう。その当たりは一任しよう」

 

「感謝します。陛下。それともう一つ質問が」

 

 ここでボウロロープ侯が一拍おいた。呼吸のためではなく、自分の言葉に注目を集めさせようとしてだろう。

 

「誰がこの戦争の全軍指揮を? 私であれば問題ありませんが?」

 

 場の空気が変わった。これはとても不穏な発言だ。王に対して指揮権をよこせと恫喝しているのに等しい。しかしボウロロープ侯をあまり非難は出来ない。彼は今回の戦争で5万人……4分の1の兵力を用意して見せた。当然自分に全軍指揮権が与えられてしかるべきだと思っているのだろう。確かに彼は他の貴族たちと比較すれば優秀だ。

 

 だが貴族派閥の彼に指揮権を与えて功績を出させるわけにはいかなかった。

 

「レエブン侯」

 

「はっ!」

 

「侯に任せる。全軍を指揮して、今回の戦争に関しての全権を委任する」

 

 レエブン侯が頭を下げる。ボウロロープ侯が少しだけ欲しかった地位を横から取られた形になるが、非難はしなかった。

 

「レエブン侯。私の軍も任せるぞ。何かあったら言ってくれ」

 

「ありがとうございます、ボウロロープ侯。その時はお願いいたします」

 

 他に発言する者がいなくなり王が散会を命じた。

 

 そして部屋の中に王とガゼフしかいない時間ができた。それもすぐ終わった。まずパナソレイが今後のことを話すために現れた。

 

 そしてレエブン侯も遅れてだがやってきた。

 

「皆様、お待たせしました」

 

「おお、待っていたぞ。レエブン侯。手間をかけてすまなかったな」

 

「いえいえ、お気になさらずに私以外に適任者がいなかったのも事実です。あと申し訳ありませんがここにも長く居られません。早速本題に入らせていただきます」

 

 レエブン侯はゆっくりと息を吐いた。あまりにも絶望的な状況を王と話し合わなければならないことに。

 

「今回帝国は本気です。本気で王国領を占領しようとしてくるでしょう。そのために革命軍まで用意しております。しかも7軍団を動員し、鮮血帝自らの親征。今回の戦争で帝国は王国を滅ぼすつもりでしょう」

 

「何ということだ……」

 

 王が無念そうに声を挙げる。だがここで思考停止をさせる訳にはいかない。

 

「今回の戦争で王国はアダマンタイト級冒険者を二組動員いたしました。帝国も同様でしょう。しかし調査によればアダマンタイト級冒険者の質では王国が勝っているとのことです。勝ち目があるとすればガゼフ殿とアダマンタイト級冒険者の連携で帝国の軍団を半壊させることです。今回農民たちは捨てます。半分は死ぬでしょう」

 

「何ということだ……。そんなに私は死なせるのか」

 

「王、お辛いでしょうが耐えて頂かなければなりません。ここで帝国の兵士を半壊にまで持ち込めば来年以降帝国のアダマンタイト級冒険者は帝国から去るはずです。ですので今年持ちこたえれば王国が生きる道が見えてきます」

 

「……レエブン侯には迷惑をかける」

 

 王が臣下に頭を下げる。貴族派閥の者たちも王派閥の者たちもこれを見れば怒り散らすだろう。だがこの王は悪い方ではない。善良なのだ。だからこそ何とかこの国を守りたいと思うのだ。

 

「陛下、おやめください。私としても陛下に相談せずに色々と動いた身。もっと早く別の手段を取っていればという遺恨の念がありますので」

 

 そして、ガゼフが今までのことを謝罪してくる。

 

★ ★ ★

 

 死の大地がガゼフたちの目の前にあった。カッツェ平野。アンデッドやその他モンスターがうごめく場所であり、危険な地だ。

 

 何よりもおぞましいのは常に表れている霧に微かにだがアンデッドの反応を持つのだ。

 

 そんな霧が毎年戦争の時だけ消え去り、視界は遠くまで澄み渡っている。アンデッドの姿も見えない。一本の線を引いたようにそんな光景と草原が隣り合っている。呪われた平野であるというゆえんでもあった。

 

 

 赤茶げた大地に王国軍の20万の兵士たちが陣形を作っている。左翼、右翼に6万、中央に8万人である王国の冒険者たちは中央に集まっている。力を分散させること無く、帝国軍を倒すためだ。

 

 農民兵たちは5列に並んで槍衾を形成している。両手でなければ持てないような重い槍を持っている。槍衾を形成した陣地は堅牢だ。そう簡単には突破できない。だが素早い動きには対応できないだろう。後は後は自分とアダマンタイト級冒険者たちでどれだけはやく帝国兵を半壊に持っていけるかだ。

 

 だが暫くたっても帝国から仕掛けてこなかった。どういうことだろうか。

 

「ふむ、我々が先に冒険者を動かすのを待っているのか? どう思いますかガゼフ殿?」

 

「分からない、というところが正直なところです。ですがそれなら先に動いて兵士たちを戦わせないで済むようにしたほうが、いいかもしれません」

 

「……そうですね、ではアダマンタイト級冒険者たちを集めましょう。彼らの意見を聞いた後ガゼフ殿には先陣を切っていただきましょう」

 

「承知した」

 

 そしてアダマンタイト級冒険者たちが集められた。そして全員が待つのではなく動くべきだと進言した。兵士たちの損害を抑えるためにだ。

 

 そしてアダマンタイト級冒険者たちが動き出そうとした時だった。相手陣が動いた。そして遠目には小さな子どもが見えた。どういうことだ。

 

「王国兵の皆さん、聞こえていますか!」

 

 ガゼフの顔が青白くなる……これは彼女の声だ。自分が救えなかった罪。その象徴の声であった。

 

「王国の貴族たちは、私たちを幸せにしてくれません! 王国戦士長だって謀略で殺そうとするんです!」

 

 その言葉に全陣地が震撼した。呆れ怒り茫然。様々な感情が織り交ぜられていた。

 

「貴族たちは、私達から大事な人たちを奪うだけです! そんな人たちに尽くす価値はあるんですか!? 無いはずです!! 今すぐ武器を手放してください!! それに無理矢理奴隷にするんです! 私より小さい子どもが奴隷にされているんです! それを放置してるんです! そんな王国に忠義を尽くす必要がありますか!? 無いはずです!」

 

「――これは、不味い。戦士長! 今すぐあの少女を殺してください、アダマンタイト級冒険者の方々も援護をお願いします!」

 

「――何の罪もない少女を殺さなければならないのか? レエブン侯」

 

「罪ならあります! 帝国に与した逆徒です!! このままでは王国兵は戦うことなく降伏を――」

 

 そして一人の冒険者が武器を地面にたたきつけた。その顔には怒りが渦巻いていた。

 

「これだから貴族は……彼女を支持する!!」

 

 銀級の冒険者だった。一人の冒険者が武器を手放した。それに呼応するようにそのチームが武器を手放して……周りの農民の兵士や冒険者たちが迷っているのが分かる。

 

「ガゼフ殿! 早く!!」

 

「――承知した」

 

 そしてその少女に向かってアダマンタイト級冒険者とガゼフが殺害に向かうと……敵が現れた。帝国のアダマンタイト級冒険者たちと逸脱者フールーダ・パラダイン……そして忘れもしない。あの男は!?

 

「ブレイン! ブレイン・アングラウスか!?」

 

「よう、久しぶりだなガゼフ。前回の敗北の雪辱ここで晴らさせてもらう」

 

 見た限りブレイン・アングラウスは既に自分を大きく上回っていることが読み取れた。だが負けるわけにはいかない。ここで自分が負ければ王国の士気は壊滅する。降伏することになるだろう。

 

 フールーダ・パラダインが叫んでいた。恐ろしい事実を。

 

「第7位階に到達した、私の力ここに見るがいい!!」

 

 そして絶望的な戦いがここに開かれた。朱の雫は二組の帝国のアダマンタイト級冒険者に抑えられている。

 

 蒼の薔薇は獣とフールーダ・パラダインが操る1体のアンデッドの騎士とフールーダ・パラダインに完全に抑えられている。

 

 そして自分は。

 

 絶望的な戦いを行っていた。ブレイン・アングラウスは強い。逸脱者に至ったのだろう。英雄の領域に片足踏み込んだ程度のガゼフでは勝ち目はないだろう。だが敗北を受け入れる訳にもいかない。気迫で食らいつく。

 

「俺は王国戦士長! この国を愛し、守護する者! ブレイン・アングラウス、たとえお前が逸脱者になったのだとしても俺は負けん!!」

 

「――ああ、お前は凄いよ。今の俺に食らいつけている。それだけこの国を愛しているんだろうな……だが本当にこの国を愛する価値はあるのか? ネムの言葉を聞いただろう? あれが王国の者たちの本音だ。それに後ろを見てみろ全員が武器を下ろしているぞ」

 

「何!?」

 

 思わず後ろを振り返る。振り返った瞬間、罠かもしれないと思ったが本当に槍衾を形成していた農民兵たちの武器がレエブン侯とボウロロープ侯の直轄の兵士以外は武器を下げていた。

 

「――お前の負けだよガゼフ。武器を下ろせ、大人しくしとけば、もしかしたらお前が忠誠を誓う、王は助命されるかもしれないぞ」

 

 アダマンタイト級冒険者たちの戦いは既に終わっていた……全員が武器を悔し気に手放していた……。王国兵の士気が地に落ちたことを察したのだろう。

 

 帝国の皇帝の目的はこれだったのだ。王国兵の士気を攻める。そして降伏した王国民を捕虜にするために7騎士団を投入したのだ。

 

「負けたのか」

 

 ガゼフの手から剣が滑り落ちた。

 

 これで王国は滅んだ。帝国が王国を滅ぼしたのだ。その統治がどのようなものになるかはまだ分からない。しかし王国領のままでいるよりははるかに良い暮らしが農民たちはできるだろう。

 

★ ★ ★

 

「糞、レエブン侯め……」

 

 バルブロは耐えきれずに罵声を漏らす。確かに革命を起こした者たちを倒す必要は分かるが。王子がすべきことか? 王と共にいてこそ大きな功績を挙げられるのだと、思いながら。

 

 だができたのはそこまでであった。

 

 目の前には仮面をした悪魔が立っていたからだ。

 

「これはこれは、ようこそお越しくださいました。私デミウルゴスと申します。カルネ村に歯向かう者どもを捕らえるように、命令された者です。大人しく軍門に下っていただけませんか?」

 

「――敵襲だ! 俺を守れ!」

 

 バルブロが吼える。それに呼応するようにボウロロープ侯から借りた精鋭兵団が自分と悪魔の間に割って入る。

 

 そして騎士の一人が切りかかる。そして武器が折れた。

 

「ば、馬鹿な……」

 

 ここに来て全員が異常事態を認識した。だがそれだけであった。

 

「やれやれ、あなた達にはお仕置きが必要ですね、誇りある悪としてあなた達は捕らえさせて頂きましょう」

 

 さて、始めますか。悪魔が軽くつぶやいた。死ねない地獄が始まった。いや悪魔に殺す意志は無かったのだろう。恐怖だけを多く与えようとしてくるのだから。

 

★ ★ ★

 

 夜、夕闇が染まるころ、パンドラズ・アクターは村長夫人を訪ねていた。まるで人目を避けるかのように。実際避けているのだろう。裏の護衛であるコキュートスに見つからないように行動しているのだから。もちろん表の護衛であるブレインにも。

 

 王国の革命計画が終わり、明日はカルネ村でサトルとネムの結婚式が行われるため、準備も終わり皆早く休んでいる夜であった。

 

 そして村長宅のドアをノックする。普段であれば二人はもう寝ている時間である。だが何らかの予感が村長夫人にあったため、村長夫人は村長と共に起きていたいようだ。

 

「夜分遅くに申し訳ありません、少々お時間を頂いてよろしいでしょうか?」

 

 確かに夜分ではある。普通に考えれば失礼な行動である。しかし村長夫妻は彼らに対してそれ以上の感謝をささげている以上、問題にはならない。

 

「ええ、構いません」

 

 一拍間が置かれる。その後いつも開いているように家の中にゲートが開かれる。

 

「奥様だけ、来ていただいてよろしいでしょうか?」

 

「……それは」

 

 村長が少しだけ不安そうに夫人を見ている。だが、それを見返すと一つ頷き夫人はパンドラズ・アクターの目をしっかりと見ながら言った。

 

「分かりました」

 

「感謝いたします」

 

 そしてゲートに入っていった。村長が納得しながらも少しだけ不安そうにそれを見ていた。それを振り払い村長夫人はパンドラズ・アクターに付いて行く。

 

 ついた先は以前とは違う場所であったが豪華な部屋であった。そしてそこからパンドラズ・アクターはある物を取り出した。

 

 指輪である。

 

 パンドラズ・アクターはその指輪を村長夫人に渡した。

 

 恐らく、ナザリックの者が見れば彼の気が狂ったと思うかもしれない。幾らモモンガの母親に準ずる扱いをするにしてもそれは行き過ぎだと。しかし彼の内心を知ることは出来ない。誰にも。モモンガすらも。

 

「この指輪とこの装備を着けて頂きたい。そして宝物殿へ移動したいと願って頂きたい」

 

「……仰られる意味はよく分かりませんが、分かりました」

 

 パンドラズ・アクターが準備していた装備を見につけ指輪を手にする。そして彼女は声を出しながら願った。

 

「宝物殿へ」

 

 そして黄金色に輝く世界が溢れてきた。そこには床一面に金銀細工がそこら中にあるのだ。宝物殿その言葉に偽りは無かったのだ。

 

 茫然と見つめる。黄金の世界を。それからほぼ一瞬後にはパンドラズ・アクターが見えていた。

 

「ここはナザリックの真の心臓と言っていい場所です。本来であればこの場にあふれ出る毒によりあなたは死亡しているでしょう」

 

「それは、……」

 

 一瞬だけ恐怖を感じたようだが、装備を握りしめることで恐怖を押し隠しているようだ。だが眼だけは強い。何か重大な事があると察しているのかもしれない。

 

「その装備があなたの命を守る物です決して離さないように願います」

 

 そして奥に進む。そのさなか乱雑に置かれている黄金の宝物をいくつも見ながら村長夫人は進む。呆然としてしまう白亜の宮殿と同じくらい、美しい景色だった。そして終点に近くなったのだろう。今まで会話をしていなかったパンドラズ・アクターが会話を開始した。

 

「ここから先は先程の指輪を外して頂きたい。毒もありません。霊廟ではこの指輪を装備していると襲われるので」

 

「なんに、襲われるんでしょうか?」

 

「そうですね……いえ、入ってから説明したほうが分かりやすいでしょう、とにかく指輪をお外しください」

 

 そして村長夫人は指輪をパンドラズ・アクターに返す。それを大事そうに受け取りなが金色に輝く小さい宝箱のような物に入れて近くにあった棚に置いた。

 

 そして霊廟に入ると37の人形?のような物がこちらを見下ろしている。一か所だけ空いている場所が気になった。

 

「霊廟、お亡くなりになった、至高の方々の形を安置する場所です」

 

「……彼らがモモンガさんのお仲間の人たちなんですね」

 

「はい、そして指輪を装備する者に攻撃を仕掛ける番人であります」

 

 成程パンドラズ・アクターが言うように心臓と言えるかもしれない。疑問があるとすればなぜ村長夫人をここに連れてきたがだが……。そう村長夫人が考えていると、パンドラズ・アクターが大きく頭を下げた。思わず慌てて顔を挙げてと彼女はお願いする。しかし彼は顔を決してあげない。

 

 そして頭を下げたまま願い事を口にした。

 

「十位階の蘇生魔法では届きませんでした。超位魔法単独で上手くいきそうですが……可能性を高めたいのです」

 

 それは一体何のことなのか村長夫人にはすぐには分からなかった。だがとても大事なことであることだけは分かった。でなければ自分をこの場所に連れてくることもないだろう。

 

「あなたが、あなたが触媒になっていただければ、モモンガ様の……父上が心の奥底で願い続けている夢が叶うかもしれません。どんな危険があるかもわかりません。もしかしたらあなたが亡くなって、よりひどい結果になるかもしれません」

 

 村長夫人はある程度察した。一体彼が何を考えているのかを。村長夫人の思うとおりなら……。だが、その願いは叶うのだろうか? 叶うのであれば、なぜ今まで行わなかったのか。それが疑問だった。

 

 だが自分に対して頭を下げるパンドラズ・アクターを見て何となくだが村長夫人は察した。生贄が必要なのだろう。

 

 そしてその役目は、自分以外にはできない。

 

「ですが、あと一歩なのです、あと一歩で父上の本当の願いが叶うのです」

 

「どうか、どうかお力をお貸しください」

 

「……一つだけ教えてください、その願いはーー」

 

 確認をした。彼女の思っている通りかを。自分が生贄になる。それが一体何のためなのかとパンドラズ・アクターに問いかけていた。自分の想定通りかを。

 

 

「——その通りです、貴方を中心に超位魔法を発動させる。恐らくそれで叶います」

 

 

 超位魔法が何かは彼女には分からない。だがその願いは彼女の考えた通りであった。ならば拒むことはない。村長夫人は何度も命を助けられている。命を懸けることぐらい許容範囲である。

 

 何よりここで逃げてはサトルに申し訳ない。彼は自らの財力を削って、村人たちを蘇生してくれた。そんな恩人の願いをかなえることから逃げられるだろうか?

 

 逃げられるわけがない。例え、どんなに怖くとも。

 

「……分かりました。どんな結果になろうとも私は構いません。モモンガさんが来なければ帝国の偽装兵に殺されていた、すでに死んでいた命です。命の恩人の願いを叶えるために命を懸けることに後悔はありません」

 

 その言葉に感激したかのように、パンドラズ・アクターが喜ぶように頭を上げる。表情は変化していないが喜んでいるのは分かる。

 

「おお! 感謝致します! では早速――」

 

「――ええ早く始めましょう」

 

 モモンガのいやサトルの願いが叶うことを信じて。

 




ラスト一話になりました!

クリスマスの19時19分に投下致します!

お待ちください!


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最終話

泣いても笑っても最終話です。

万歳!の次回作にご期待ください!

長い間お付き合いいただき感謝です!


 今日はカルネ村で目出たい出来事がある。そう、ネムと自分の結婚式だ。

 

 バイキング形式で村人たちすべてに料理を提供する。料理長たちが非常に張り切っていた。

 

 ネムを見るとパンドラズ・アクターが用意した装備を付けてウェディングドレスを着ている。

 

 今日はお祝いなのだ。

 

 そして神父役のパンドラズ・アクターがたっち・みーさんの姿で目の前にいる。

 

「鈴木悟、汝、病める時も、健やかなる時も、この者を愛し、支え、共に歩む事を誓いますか?」

 

「誓います」

 

「ネム・エモット、汝、病める時も、健やかなる時も、この者を愛し、支え、共に歩む事を誓いますか?」

 

「誓います!」

 

「今ここに、新しい夫婦が誕生しました。門出の時です、皆で祝いましょう!!」

 

「「おめでとう!!」」

 

「おめでとう、ネム!」

 

「皆、ありがとう!」

 

 それを優しそうにネムの母親がネムを見ている。そして自分には村長夫人が優し気に微笑んでくれている。

 

 嬉しかった。

 

★ ★ ★

 

 カルネ村、いや都市国家『アインズ・ウール・ゴウン』で結婚式を行った。その時ネムとの永遠の愛を誓った。なお神父役はたっち・みーに変身をしたパンドラズ・アクターだった。確かに聖騎士だから相応しいかもしれないが、少しだけ逮捕されるかもと恐怖を覚えた。披露宴もアインズ・ウール・ゴウンで行った。出される料理はバイキング形式でカルネ村に在住する者たちにも振舞われた。

 

 そしてナザリックでの身内だけを集めた2次会の披露宴。シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴス、アルベド、そしてパンドラズ・アクターとメイドたちがナザリックの出席者である。そして都市国家アインズ・ウール・ゴウンからネム、村長夫妻とネムの家族が参列者だ。どうも村長夫人はパンドラズ・アクターと話があるようで席を離れているがすぐに合流するだろう。

 

 右隣にはネムを筆頭にネムの親族が座る。左側には悟の関係者が座っている。右隣の一番近い席にはネム、それから順にネムの家族とンフィーレア・バレアレ。村長と今は席を外しているが村長夫人。

 

左隣にはアルベドを筆頭にデミウルゴス達が座る。パンドラズ・アクターは村長夫人とともに席を離れている。

 

 談笑しながら待っていると、料理が出てきた。パンドラズ・アクターが一般メイドたちを指揮して全員分に配膳する。

 

 二次会で出された料理を見る。それはこの黄金の宮殿には相応しくなかった。まるで普通の村や町で出るような食事だった。それに対してアルベドが不満を漏らした。アルベドだけではないここに座っている全員が多かれ少なかれ思っていたのだろう。頷いている。ネムを含めた村人たちを除いて。

 

「何、この貧相な料理は、料理長は何をやってるのかしら!?」

 

「黙れ、アルベド」

 

 自分の声は多分に怒気を抱えていた。アルベドだけではない。傍に座るアウラもマーレも少し離れたところで座っているコキュートスもシャルティアも、アルベドの隣に座っているデミウルゴスも右隣に座っているネムやネムの関係者さえも恐怖を覚えさせるような物だった。

 

 そんな中一番最初に復活したのはネムだった。この中で真っ向から批判をできるのはもう一人の主役であるネムだけである。

 

「……どうしたのサトル? ちょっと怖いよ? アルベドさんが言ったように料理に問題があったの?」

 

「……すまない、問題はない、問題はないんだ。頂こう」

 

 全員が静かに頷く。

 

 そして一口食べた。ああ。間違いない。この味は……。

 

「かあさんの味だ……俺の好物だ」

 

 その言葉に全員が驚愕を覚えているように感じている。皿と自分を交互に見ている感じがする。

 

「どういうことだ! パンドラズ・アクター!?」

 

 パンドラズ・アクターには母親のことを少しは話しているが料理の詳細は話していないと断言できる。そして、そんな自分を無視するように扉の前まで無言で移動する。無視されてしまった。思わず立ちあがった。席を離れているパンドラズ・アクターに怒りをぶつけるため、ドアの外に移動しようしたときドアが開きパンドラズ・アクターが誰かを招き入れた。まず村長夫人が入ってきており……えっ? 体から力が抜け座っていた。顔が青白くなっていると断言できる。

 

「——御母堂様、どうぞお入りください」

 

 そして入ってきた人物を直視する。時が止まった。その姿は村長夫人によく似ていた。だが二人いる。片方は村長夫人だろう。だがもう一人は……誰だ? いやそんなことわかっている。

 

「嘘だ」

 

 母はあの日に死んだ。確定した過去だ。覆せるわけがない。

 

「嘘だ」

 

 大昔の記憶。だが決して母の顔は忘れない。理性が叫んでいる。この料理を作ったの母だ。それ以外ありえないと。

 

「嘘だ」

 

 また呟いていた。だがそれ以上言える言葉は無かった。

 

「——悟? 大きくなったわね」

 

「かあ、さん? ありえない、だってあの日母さんは死んだんだ」

 

 ナザリックの者もネムもここにいる大半の者が驚愕の表情をしている。ただ一人パンドラズ・アクターと村長夫人を除いて。

 

 

「はい、御母堂様は間違いなくなくなっておりました。モモンガ様から下賜していただおたシューティングスターと村長夫人を蘇生の触媒にすることで、蘇生に成功いたしました。ご報告が遅れたこと謝罪いたします」

 

 何を言っているかはよく理解できない。だが分かったことがある目の前にいるのは間違いなく自分の母なのだ。ゆっくりと椅子から立ちあがる。幽鬼のように。

 

 机を押しのけゆっくりと母の傍に向かう。身長は自分の方が高くなってしまっている。見下ろす形になる。だが関係がない。

 

「母さん、会いたかった、会いたかった!」

 

 涙を流しながら抱き着く。

 

 感動の再会であった。守護者たち全員が涙ぐんでいるのが分かる。自分の目からもネムの目からも涙が零れ続けている。

 

 しかし愛する母から帰ってきたのは唐突の平手打ちだった。

 

 痛みは無い。恐らくレベル差のせいだろう。しかし呆然としてしまった。

 

★ ★ ★

 

 時間はパンドラズ・アクターが村長夫人を霊廟に招いたころに戻る。

 

「では、魔法を行使させて頂きます」

 

 その言葉が終わった瞬間村長夫人を両手を組みひたすらに祈る。彼の願いが叶うように。

 

 そして――

 

「——指輪よ、私は願う(I wish)、サトル様のお母様を復活させろ!」

 

 村長夫人を媒介にするかのように周りに光が広まり、気づけば村長夫人の隣に裸の女性が横たわっていた。

 

「——成功した!!」

 

 彼が大きな動作を伴いながら喜びを表している。自身に光がまとわりついた時は驚いたが、上手くいったようで良かった。ここに倒れているのが本当のお母様なのだろう。確かに私に似ている。

 

「——ここは? あれ何で裸なの!?」

 

 そう言うとパンドラズ・アクターが準備していたであろう、下着や服類を彼女のそばに置いた。

 

「お初にお目にかかります。混乱されていると思いますがまずは服を纏いください」

 

 とても不安そうにしている。気持ちは分かる。ここは私が動くべきだろう。

 

「混乱されていると思いますが、まずは服を着ましょう」

 

 その言葉に従うかのように彼女は服を着始めた。だが混乱は解けていないようであった。後パンドラズ・アクターは視線を逸らしていた。まるで彼女の裸を見るのは不敬であるかのように。

 

「——さて服を着おわりましたね。では、話を始めましょう。時にあなた様の記憶はどこで終わっていますか?」

 

 そう言われると少し彼女は考え始める。

 

「……確か、悟の好物を作ろうとして……いえ、そんなことよりここはどこですか? それより、あなたは何? いえ、悟は無事なの!?」

 

 まるで食って掛かるようにパンドラズ・アクターに問いかけている。どうやら自分が拉致されたように感じているのだろう。また彼の存在もおかしく考えているようだ。確かに彼ののっぺらぼうの姿は不安感を増大させているのかもしれない。

 

「ご安心ください。サトル様は御無事でございます。私はパンドラズ・アクターと申します」

 

 それを聞いて少しだけ彼女は安心したのだろう。息を吐いていた。だが混乱からは抜け出せていないようであった。

 

「良かった。でもここは本当に何処なんですか? ここにある物全て高級品に見えるのですが……」

 

 その言葉に嘘は無い。確かに霊廟は先程までいた宝物殿には劣るが高級に見える物がたくさん置いてある、いや安置されている場所である。

 

「——まず大前提を話させて頂きます。あなた様はサトル様の好物を作ろうとしてお倒れになりお亡くなりになっております」

 

「え? そんな馬鹿なことある訳……私はこうして生きているし……」

 

「はい、魔法を使って蘇生させました」

 

 彼女はぽかんとした表情をしている。まるで大嘘を言われたかのように。

 

「魔法って、そんなのある訳」

 

「はい、リアルには存在しません」

 

 リアル? 初めて聞いた名前だ。だが彼女には通じているようだ。しかし魔法がない世界とは驚きである。この世界では魔法は当然のように存在しているのだから。だが恐らくリアル出身なのだろうあのサトルは。

 

「もう一度。自己紹介させて頂きます。私はパンドラズ・アクター。サトル様に作成された、NPC、ノンプレイヤーキャラクターです」

 

「NPC、それって……」

 

「良かった。NPCとは何かはご存じなのですね。話が早く説明できそうです」

 

 そうすると彼は大きな動きを伴いながら敬礼をした。まるでそれが正しい敬意の表し方であるかのように。

 

「サトル様はあなた様……御母堂様が亡くなられた後、小学校を卒業し社会の歯車として生きてこられたようです」

 

 あの絶大な魔法を使うサトルが社会の歯車? リアルとはそれほどまでに恐ろしい世界なのだろうか。話を聞いているだけなのに少しだけ身震いをしてしまう。

 

「その後社会の歯車であることに疲れたサトル様は一つのゲームを始めますその名前こそ『Yggdrasil』」

 

 ゲーム? 遊びのことだろうか? 彼女は落ち着いたのかパンドラズ・アクターの言葉に耳を傾けている

 

「その中で40人の仲間と出会いともに冒険をし、絆を作られてきたのでございます!!」

 

 大振りな動作を伴いながら彼は、自分が知らない物語を語り続ける。

 

「ですが何事も始まりがあれば終わりがあるのが悲しい事なのです。長い年月を経てお仲間、御親友の方々は一人また一人と徐々に去っていき、最後に残ったのはサトル様ただ一人でございます」 

 

 舞台役者のように悲壮に演技を続けながら重要な情報を彼は語り続ける。ここは霊廟。亡くなったと言ったのに去って行ったとはどういうことなのだろうか? だが自分が口出しは出来ない。これは彼と彼女の会話であり、蘇生が上手く言った以上、既に私は部外者に過ぎないのだから。神話の話を聞けるだけで満足すべきだろう。

 

「そしてYggdrasil最後の瞬間、奇跡は置きました! そう、サトル様はゲームの中の能力とアバターのままこの新世界に転移したのでございます!」

 

 歓喜を表すかのように彼はくるくると回りながら言葉を発する。

 

「そして我々NPCもYggdrasil時代に設定された情報を元に自分の意思を持って動きだしたのでございます! そうその時初めて我々は生まれたと言えるでしょう! 私はサトル様に作成されたNPCでサトル様を父上と呼ぶ許可を得られております!」

 

 ここで一旦会話が着られる。彼女は情報を少しでも多くしろうと集中しているのが分かる。

 

「この世界に来られてサトル様は幸いにも幸福に暮らされております。しかし心の中ではずっと悲しみを抱いておられていた。そうあなた様が傍にいないことによって!」

 

 確かに私に母を感じるほどに余裕が無かったのだろう。だが今は二人の女性と結婚して幸せになっている。そこに母親が蘇生される。喜ばしい事だろう。

 

「まずは、ゲームの世界から転移したということを信じて頂けたでしょうか?」

 

「……まだ少し混乱しています。完全に信じることは出来ません」

 

「そうでしょうとも、ではこちらについて来てください。まずは宝物殿を見てもらい、その後私が魔法を使いましょう」

 

 そして宝物殿の金銀財宝を見て彼女はかなり驚いていた。当然である。私も同様に驚いていたのだから。そして魔法が実演される。どうやら何者かを召喚したようだ。いつ見ても凄いと思う。それと火の魔法が発動される。少しだけ熱い。

 

「いかがでございましょう? 信じて頂けましたでしょうか?」

 

「……とりあえず、信じることにします。ですがそれならまずは、悟に会わせてください。そうでなければ信じることは出来ません」

 

「はい早速にもお会いして頂きたいのですが……」

 

「嘘でないのであれば、今すぐ悟に会わせてください。いいえ、悟に会わせなさい! あなたは悟が作ったNPCで息子扱いされているのでしょう? だったら私の言うことを聞きなさい!? 孫になるんだから!?」

 

「――実は明日サトル様はご結婚なされるのです。可能であれば御母堂様には披露宴の途中で参加して頂き、サトル様をサプライズとして驚かせようと考えておりまして……可能であればサトル様の好物を作って」

 

 目を大きく見開いている。明日結婚式ということに驚いているのだろうか? 確かに長い間死んでいていきなり息子が結婚するとなればかなり驚くだろう。実際何十年も蘇生までに時間があったようなので年はサトルと比較して10歳ぐらいしか違わないように感じる。私よりもかなり若い。

 

「――分かりました、明日、悟の結婚式に私が料理を作って悟を驚かせます。ところであなたはどういった方なのでしょうか? 少し私に似ている感じがしますが?」

 

 私の方を見て言葉が投げかけられる。これは私が答えることだろう。パンドラズ・アクターも黙っている。

 

「初めましてサトル様のお母様。私はしがない村の村長夫人に過ぎません。私があなた様に似ているということで、疑似的な親孝行をされていた者です」

 

「それと、御母堂様の蘇生時に触媒になっていただいた方で。この御方がいなければ蘇生は成功しなかったでしょう」

 

「そうなんですね。私を蘇生させてくれてありがとうございます」

 

「いいえ、私は何もしていません。パンドラズ・アクター様が魔法を行使されたからこそ、蘇生が成功したんだと思います」

 

 そこで言葉が終わる。少し重い雰囲気である。それを消そうとしたのかパンドラズ・アクターが大きな声で言った。

 

「それでは私は明日の結婚式の準備に戻らなければなりません。御母堂様、村長夫人今日はお二方でここでお過ごしください。もしかしたら村長夫人が離れれば蘇生が無効になってしまうかもしれませんから。後サトル様を驚かせるため、こちらの指輪を装備ください。これをしていれば誰にも気づかれませんから……」

 

 そう言ってベッドを二つ分用意した後パンドラズ・アクターはこの場を後にした。二人だけ。重い沈黙が発生する。それを断ち切るように御母堂から言葉がかかる。

 

「ところで奥様はどうやって悟に出会ったんですか?」

 

「はい、悟様と出会ったのは半年ほど前になります。今でも思い出します。帝国に。いえまずはこの世界のことを説明したほうがいいでしょうね」

 

 そして村長夫人は出来る限り丁寧に自分とサトルが出会ったときのことを説明する。その前提条件となることを先に話して。カルネ村の近くには王国、帝国、法国という3つの国があることを。自分たちが王国に所属していたことを。

 

「あの日のことは今も覚えています。いきなり帝国に偽装した法国の兵士たちが我々を虐殺しに来たんです。その時我々はモモンガと名乗られている、サトル様に救われました。それが最初の出会いです。尤も、外見がアンデッドでしたから恐怖を覚えましたが。今では笑い話です」

 

 興味深そうに聞きながら村が虐殺された時のことを話すと痛ましいような表情に変わってくれた。優しい方である。若しかしたらサトルも似ているのかもしれない。親子なのだから。いやむしろ似ていて当然なのかもしれない。

 

「その後、村人たちは全員サトルの手によって全員が蘇生されました。そして王国民で虐げられた者たちを集めて我々に革命を起こさせ、見事独立を成し遂げたのです」

 

「革命、ですか」

 

「ええ革命です、今ではカルネ村ではなく、都市国家『アインズ・ウール・ゴウン』です」

 

「アインズ・ウール・ゴウン」

 

 呟く。その名前を。既にその名前を名乗ることはやめているが事情を説明したほうがいいだろう。

 

「元々、アインズ・ウール・ゴウンはお仲間の方たち全員を含めたチーム名とのことです。お仲間の方も若しかしたらこちらの世界に転移しているかもしれない。それが理由で自身の名前にされていたということです。ですがその役割は我々の都市国家に譲られて今はサトル、若しくはモモンガと名乗られています」

 

「そうなんですか。本当に悟がお世話になったみたいでありがとうございます」

 

「いえいえ、こちらこそお世話になりっぱなしです。亡くなった村人まで蘇生して頂いて感謝の言葉もありません」

 

 自然と顔が笑顔になる。亡くなった二度と会えない家族に会えたのだから。少しだけしんみりとした空気になる。それを嫌っただのだろう。話を変えてきた。

 

「ところで話は変わりますが、悟はどんな方と結婚するんですか? お教えいただけると嬉しいのですが」

 

「はい、ネム・エモットという村人の一人と結婚します」

 

「ネム・エモット」

 

 噛みしめるようにその名を呟く。上手く言ってくれるといいのだが。

 

「純朴な少女で今年で11歳になります」

 

「-—11歳!?」

 

「はい11歳です。とてもいい子で御母堂様も気に入ると思いますよ」

 

 驚きの表情をしている。確かに現在は11歳だがとてもいい縁談だと思う。どちらも愛し合っているのが分かるのだから。それともう一つ説明しなければならない事がある。

 

「それとアルベドという少女の姿をしたNPCの方とも関係を持たれているようです。その方とも結婚式を開くと聞いております。きっと御母堂様に会えると知れば二人とも喜ぶと思いますよ」

 

 笑顔を作る。これは真実だ。きっと二人とも喜ぶだろう。しかし御母堂様の表情は優れない。何かあっただろうか。

 

「もう少し二人のことを詳しく聞かせて頂いていいですか?」

 

「構いませんよ。まずはネムのことから話しますね」

 

 私が知っているネム・エモットという少女は純朴な少女だ。優しくて可愛いだろう。だがそれ以上に重要なのは……。

 

「サトル様は当初、アンデッドの姿で村に降臨されました。その時全員がアンデッドは生者を憎む者という常識がありました。なので皆私を含めて全員が恐怖を覚えていたんですよ。ですがネムは違いました」

 

 最初から恐怖感を覚えず、助けてもらった事に感謝を表した子ども。今思えばその事がネムがサトルの家族になった大きな原因だろう。

 

「ネムだけは最初から感謝を表したんです。アンデッドの姿に惑わされずに」

 

 だからこそ、サトルの心をつかむことができたのだろう。それを最後に付け加えて言葉を切る。次はアルベドのことを説明しなければならないだろう。この時村長夫人は気づいていなかった。気づいていれば何かが変わったかもしれない。しかし気づかなかった以上。当然の帰結であった。サトルが平手打ちされるのは。

 

「アルベド様はここのNPCの中で最高の地位にいる方とのことです。ですが精神的に少しだけ頼りないのでしょうか? それとも幼いというべきなのでしょうか? とにかく少し不安定な方です。ですが今は多少安定しておられます。私のことを義理の母として扱い、サトル様の寵愛を得ることによって。あなた様とサトル様が再開されればネムともアルベド様ともお会いになるでしょう。二人ともいい子ですから気に入ると思いますよ? それに聞いた話によりますと他の方も妃になることを望んでいるとのことですから、御母堂様がいれば皆精神的に安定すると思います。それに小さい子どもの姿のNPCの方もいらっしゃるのでお義母様が蘇生したことを知れば、きっとなつくと思いますよ。一緒にお風呂にも入ってるみたいですし。それにNPCの方は親友の御子息らしいですし――」

 

 その言葉を聞きながら表情は何故か怒りの表情に変わっている。何かあっただろうか?

 

「――詳しく教えて頂き感謝します」

 

 笑顔だった。だがその笑顔には陰り、いや怒りだろうか? それが含まれていた。だがなぜ怒っているのかは村長夫人には分からなかった。

 

「とりあえず、今日は眠りましょう。私も色々と考えたいですし」

 

「そうですね。ではおやすみなさい」

 

 挨拶をしてからベッドに入る。まるで王族が入るようなふかふかしたベッド。以前泊まった時も利用させてもらったがやはりここは神々がお住まいになるような場所なのだろう。そう思いながら眠りに落ちた。だから彼女の言葉を聞けなかった。

 

「――子ども二人に手を出すなんて、私が死んだのがいけなかった。それに他にも妃になろうとしている子どもがいるなんて、止めなくちゃ。結婚式が明日ならまだ間に合うはず。とにかく被害者の娘たちに謝罪しなくちゃ」

 

★ ★ ★

 

「えっ」

 

 平手打ちの音が響いた時アルベドを含めた全守護者の表情が止まった。まるで時間を止める魔法を使われたかのように。その中にはパンドラズ・アクターも含まれていた。なお村長夫人だけはこうなったかみたいな表情をしていた。

 

 そして御母堂様は堰を切ったかのように話し始めた。怒りながら。

 

「私の、私の育て方が悪かったのねっ!? ううん私が死んだのがいけなかったのね!? あの頃はいい子だったのにっ」

 

 何だこれは。何故愛する方は、モモンガは叱られているのだ? それがアルベドには一切分からなかった。いやアルベドだけではない、全てのNPCたちが疑問に思っているようだ。あの道化師の様に振舞いながらこちらを翻弄するパンドラズ・アクターすらも。

 

「小さな子ども二人に手を出すなんて!! 結婚相手は一人だけで大人じゃなければだめでしょう!!」

 

 ――その瞬間アルベドには天啓がさした。お義母様は一夫一妻で大人でなければ夫婦として認めないと言っているのだ。

 

「一体どんな手を使って小さな子供二人に手を出したの!! 鬼畜に成り下がるなんて。ごめんね。私が早くに死んだから。こんなことになったのよね、ごめんなさい。悟。そしてお相手の二人も本当にごめんなさい。ご家族の方も本当にごめんなさい」

 

「誤解だ、誤解何だ、母さん!! ロリだから好きになったんじゃない、ネムだから好きになったんだ!」

 

 その言葉を聞きながら、気が付けばパンドラズ・アクターに用意させたミニマムになる指輪を取り外していた。その瞬間アルベドは元の姿に戻る。そう大人の姿に。

 

「お義母様! 私は大人でございます!! モモンガ様が小さな体を望まれていたので小さな姿を取っていただけで、子供ではありません! どうか婚姻をお認め下さい!」

 

「ちょ。おま、アルべッ」

 

 宮殿にもう一度平手打ちの音が響いた。それを誰も止めることができないでいた。マーレもデミウルゴスもパンドラズ・アクターもセバスもコキュートスも一般メイドたちも余りのことに動けないでいた。アウラとシャルティアも混乱から抜け出せないでいるみたいだ。だが私は行動できた。お義母様に気に入られるように行動をできた。

 

「——大人の人をわざわざ魔法で子どもにしたっていうの? 悟、あなた本当に鬼畜になったのね……さっきのネムだから好きになったというのも嘘なのね」

 

 お義母様の主を見る目が心なしかごみを見るような目になっているが、問題ない。このまま行けば責任を取って結婚をさせてもらえるはずだ。

 

「違う、違うんだ母さん、誤解何だ!」

 

 いける。これは勝った。アルベドは確信していた。お義母様は一夫一妻制を望んでいる。そして結婚相手は大人であることを望んでいる。繰り返すがこれが事実だ。

 

 私が女として一番になる日が来たのだ。ネム・エモットは生きている間は不可能だと思っていた。だがこんなにも早く機会が回ってきた。本当のお義母様を蘇生してくれたパンドラズ・アクターに感謝である。

 

「何が誤解なの!? 11歳の少女を手籠めにした上に、部下を……親友の娘を幼女の姿に代えて手籠めにするなんて!!」

 

★ ★ ★

 

 デミウルゴスは混乱から立ち直りつつあった。パンドラズ・アクターがいまだに呆然としているのをしり目にしながら、アルベドが御母堂様に気に入られるように動くのを見ていた。

 

 そして宮殿にもう一度平手打ちが響く。そしてそれが終わると御母堂様はエモット夫妻の方を向いて謝罪を始めた。

 

「うちの悟が本当にごめんなさい。今からでも結婚は白紙にして頂いて構いません。賠償もさせます本当にごめんなさい」

 

「いえその、私達はこの結婚を喜んでおります。なので白紙にする必要は――」

 

 謝罪合戦が始まっていた。いける。勝った。私が正妻になれる。

 

 手に取るようにアルベドの考えが読める。何しろ勝利宣言をするかのようにガッツポーズをしているのだから。だがデミウルゴスにはそれが悪いことか良い事か判断しかねた。確かにナザリックの者と婚姻していただいてお世継ぎを生んでもらうことをデミウルゴスは望んでいる。

 

 いや、全てのNPCがそう考えているだろう。家族となったがその子供様にも家族になるように行動するつもりではあるが。そして守護者であるアウラとシャルティアはネム・エモットの手を借りてお手付きになっていた。アルベドだけは自力でお手付きになったようだが……それを考えると御母堂様の考える一夫一妻制は問題である。しかし無碍には出来ない。何しろ、伯父上の母君なのだ。その考えには大きな力がある。そしてその場合大人であるアルベドだけが妃になれるということも。

 

 そこまでをデミウルゴスは瞬時に読み取った。アルベドも同様だろう。パンドラズ・アクターだけは混乱から抜け切れていないようだが……こうなるとは予想ができなかったのだろう。自分にも予想できなかった。

 

 そして一拍遅れて……その事実に気付いたのだろう。アウラが猛然と席から立ちあがった。

 

 

「お義母様! 私はサトル様を愛しています! どうか引き離さないで下さい!」

 

 泣きながら優しく御母堂様に泣きつく。それを見たアルベドが伯父上と御母堂様に見えないように顔を般若に変えた。どうやらアウラは本当に子どもであることを逆手にとって婚姻を認めさせようとしているのだろう。優しく抱きしめながら切れた目で主を睨みつける御母堂様。

 

「ああ……こんなかわいい子にも手を出したって言うの!? 悟、あなた何人に手を出したの!!」

 

「ご、五人です」

 

 伯父上に対して御母堂様は怒りの余りか膝蹴りを顔にぶつけていた。そして大声で叫んだ。

 

「正座……正座しなさい悟!!」

 

「うっはい」

 

 そうして次にユリ・アルファが参戦していった。ミニマムの指輪を外してだ。彼女もやはり女になったのだろう。普段であれば混乱を招くようなことを自重したはずなのだから。

 

 彼女も妻になりたいのだろう。

 

「お義母様! 私も側室の一人として認めて頂きたいです」

 

 正座している伯父上に対してさらに冷たい視線が御母堂様から放たれる。

 

「……そう、一人だけじゃなく、二人も魔法で小さくしてたのね……」

 

「この変態!! 鬼畜!! ロリコン!!」

 

 先程から伯父上から助けてとの、アイキャッチをデミウルゴスとパンドラズ・アクターは受けている。だがどう動けばいいのかが分からなかった。そして破局が訪れた。それはネム・エモットの声だった。

 

 

 

 

「お義母様! 私はサトルが大好きです! だから結婚を認めてください!」

 

 

 

 

 

「それに、お腹にサトルの赤ちゃんがいるんです!」

 

 

 

 

「家族が増えるよ、やったねサトル!」




家族ができる。

お母様が蘇る。

子どもができる!

どこからどうみてもハッピーエンドですね!

以上を持ちまして、家族ができるよ、やったねモモンガ様を完結とさせて頂きます!


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