キャスター?いいえバトラーです! (鏡華)
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プロローグ

「──はーあ、おなかすいたなあ」

 

 

 そうひとりごちるのは藤丸立香。

 

人理継続保障機関カルデアにて現在絶賛世界救出活動中の人類最後のマスターである。

 

人理修復の大義をその一身に背負う彼は、とは言え元は魔術師ですらない極々普通の一般男子高校生。

 

レイシフトを行わない間も毎日のように行われるシミュレーターでのトレーニングや契約するサーヴァントたちとの戦略訓練は、育ち盛りの彼のエネルギーを遠慮なく搾り取っていく。

 

まるで部活帰りの学生のように暴れて喚きまくる腹の虫を抱えた彼は、可愛い後輩──デミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトと共に、現在召喚の間へやって来たところだった。

 

 

「やあやあ、お疲れ様だね立香くん」

 

 

と、絶世の美女──というかモナ・リザそのままの姿をしたダ・ヴィンチちゃんことレオナルド・ダ・ヴィンチ。

 

そして、その隣に構えているDr.ロマンことロマニ・アーキマンが苦笑いと共に彼らを出迎えた。

 

 

「あはは、トレーニング後だからね。少しハードなのは承知の上だけれど──レイシフトの事前の戦力の増強は必須だし。これが終わればすぐにお昼だから、もうひと頑張りしてくれ」

 

 

そう言いつつ、ロマニは立香に聖晶石を手渡し、召喚サークルへと彼を誘導する。

 

 

「何回やっても慣れないなあ……」

 

「先輩、頑張ってください!」

 

 

後輩の声援を背中に受けつつ、立香はサークルの上に聖晶石を3つセットする。

 

1つで令呪三画にも匹敵する膨大な魔力量を秘めた欠片たちが砕け、サークル上に強烈な光と魔力が迸る。

 

その光はやがて3本の輪に集約し、回転を続け、中心へと集い──

 

 

──その神秘さをも湛える光景を目にして、しかし立香が胸に抱く思いは一つだけであった。

 

 

 

 

 

──────はらへった。

 

 

 

 

 

「──Oui(かしこまりました)!その注文(オーダー)、確かに承りましたとも!」

 

「……へ?」

 

 

いつの間にか眼前にまで迫っていた彼女(・・)は、立香と目が合ったのに気付くと、にこりと笑んだ。

 

そして咳払い一つと共に居直り、改めて立香の正面に向き合う。

 

 

「あぁ、失礼しました。まずは初めましてマスター!よくぞ私を召喚してくれましたね!!」

 

「え、あぁ……うん……えーと、どこのどちら様?」

 

 

やけにテンションの高いシェフの恰好をした女性に絡まれ、あまり成績が良くなかった世界史の知識を振り絞っても当てはまる英霊に思い至らなかった立香は、目を白黒させつつやっとのことで疑問を口から絞り出した。

 

 

 

「おっと申し遅れました。私はサーヴァント・バトラー……じゃなくてキャスター、アントナン・カレームと申します!以後どうぞお見知りおきを!

 ところでマスター、厨房(私の戦場)はどこです?」

 




カルデアでみんながごはん食べて穏やかに過ごす日常をひたすら見たいという願望で作りました。
食文化とかの考察はガバガバです。Fate知識もガバガバです。
聖杯の知識あるし皆現代の食文化わかるよね!!


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はじめましてのオムレツ

美味しそうな描写をうまく書きたい人生だった……。


オリ鯖のデータは後書きで少しずつ出していきたいと思います。
絆レベルが上がると開示される本家システムみたいな雰囲気を感じていただけると幸いです。

あとこのキャラ出して!とかこんな料理出して!とかこのキャラの好物こんなんだよ!といったアドバイスやリクエストは大歓迎なのでお気軽にどうぞ。


パシュ、と空気の抜けるような音と共に扉が開かれる。

 

その先に広がる食堂と、カウンターの奥に見える厨房に向かって、彼女は足取りも軽やかに、むしろスキップして迷いなく進んでいった。

 

 

「さて、ここが新しい私の城ですね!設備や備蓄を確認したいところですが、まずはマスターの空腹という火急の事態に対処致しませんと!ええと、鍋とコンロは……」

 

 

誰に言うでもなく、思うがまま口を開く彼女は、もはや一種の興奮状態のようでもある。

 

その後に続くように立香、マシュ、ダ・ヴィンチにロマニが食堂に入る。

 

 

「マスター!マスターと御三方にアレルギー、宗教上の理由などで食べられないものはありますか?」

 

「あ……いや、別にないけど……」

 

「了解しました!ではすぐに調理に取り掛かりますね!少々お待ちを!」

 

 

何か続けて言おうとする立香を尻目に──というよりはあまり見えていないように、彼女は厨房の奥へ引っ込んでいった。

 

 

「……あちゃあ、これは人の話を聞かないタイプだぞぅ……人の注文を聞く立場の料理人があれでいいのかなぁ……」

 

「超一流の料理人っていうのは、注文をとる前から客に最もふさわしい品というのがわかるらしいからねぇ」

 

 

ため息をつくロマニとけたけたと笑うダ・ヴィンチちゃんと共に、立香とマシュはテーブルにつく。

 

お昼時とは言え、職員が一斉に持ち場を離れることは難しいためか人気は少ない。

 

 

「マシュ、アントナン・カレームってどういう人かわかる?」

 

「はい、確か19世紀フランスを代表するパティシエにしてシェフ。外交官タレーランお抱えの料理人として数々の食卓外交を成功させたことで名を馳せ、数々の調理道具やレシピを考案した現代フランス料理の祖だと記憶しています」

 

「立香君の知ってるところだとコック帽やクリームの絞り袋、プリンやスフレのレシピとかだね。

料理人の名前が厨房から表舞台に出た、いわゆる『有名シェフ』の元祖でもある。文献だと男性のはずなんだけど……」

 

「そこはそれ、アーサー王という前例がいるじゃあないか」

 

「いや、君もその例の一つに入ると思うよ……」

 

 

マシュへの補足から派生して軽口を叩き出した大人2人に苦笑しつつ、立香の腹の虫は今まで以上にうるさく主張し出した。

 

それほどの功績を残す一流料理人から直々に料理を振舞ってもらえるとなると、期待しない方が無理な話である。

 

一体どのような皿が出てくるのかと考えるだけでも我慢ならない。

 

 

「何が出てくるんだろう……」

 

 

思わず呟いたその一言に応じるように、カレームは湯気を立てた皿を器用に4つ持ち、厨房から出てきた。

 

 

「お待たせしましたマスター!まずはこちらになります!」

 

 

まず立香の前に一つ、次にマシュ、ダ・ヴィンチちゃん、ロマニの前に皿が置かれ、その脇にナイフとフォークが並べられていく。

 

その皿の上に鎮座しているのは──

 

 

「……オムレツ?」

 

 

声を漏らしたのは誰だったか。

 

皿の上には、ふっくらとした黄色の木の葉型が乗っているのみだった。

 

付け合せも、中に具が混ぜこまれている様子もない。

 

白の差し色も、焦げ目の一つすらない、ひたすらにシンプルな黄色。

 

 

「はい、オムレツ。更に言うとレアオムレツですね」

 

「え、いやいやこれだけかい?なんかちょっと拍子抜けと言うか……」

 

「もちろんメインは他にご用意いたします。こちらは前菜代わりの品ですので、そちらを召し上がりつつ、次の皿をお待ちください」

 

 

ロマニにそう言って一礼した後、カレームはすぐさま厨房へ再び下がる。

 

後には呆然とする3人と何やらしたり顔の1人、そして湯気を立てる4枚の皿が残された。

 

 

「ふっふぅ~ん?へぇ~なるほどねぇ……」

 

「1人で何か納得してないでこっちにもどういうことか教えてくれよレオナルド……」

 

「いやいや、彼女もいっぱしの英霊なんだなって話しさ。

卵は最も調理の難しい食材の一つ。それを何の混じり気もなくただシンプルに焼くというのは料理人の技量が際立って表れるものだ。おまけにオムレツはフランス料理の基礎中の基礎。そんな料理を召喚されてからマスターに出す最初の一皿として選ぶというのは自分の腕に相当の自信を持っているってことだよ。腰が低いようでいて、彼女なかなかプライドが高いと見える」

 

「へぇ……」

 

 

ダ・ヴィンチちゃんのうんちくを聞きながらも、立香は目の前の皿に意識が釘付けになっていた。

 

ほかほかと立ち上がる湯気が頬を撫でるだけで、口の中に涎が溢れ出す。

 

空腹はもう限界にまで達していた。

 

皿の横に置かれたナイフとフォークを手に取り、ぽってりとしたオムレツの腹に刃を差し入れる。

 

吸い込まれるようにほとんど抵抗なく入ったそれを抜き取ると、中からスクランブル状の卵が顔を出した。

 

とろとろとした半熟状態でありながらも生の卵が流れ出さず、外側のみにしっかりと火が通っているのでフォークを刺しても形が崩れない絶妙な火加減。

 

一口大に切り分け、口の中に入れた瞬間――彼の中のオムレツの観念がひっくり返った。

 

 

「~~~!」

 

 

声にならない感嘆を上げながら、咀嚼を続ける。

 

ふわふわとやわらかく焼き上げられた表面部分を噛み潰すと、中からとろり、と半熟部分が口内に溢れ出す。

 

噛み続けることで二つの食感が渾然一体となり、絶妙な塩胡椒の味付けにより引き立てられた卵そのものの濃厚な風味が舌の上に乗る。

 

鼻からバターの香りが抜け、飲み込むとまたとろりとした感触が喉をくすぐった。

 

 

「……なんだ、これ」

 

 

最初の1口を飲み込んだ後、呆然と呟く立香。

 

隣で同じように1口食べたマシュも、目をキラキラとさせながら感動を抑えきれないようだ。

 

 

「先輩!すごいです!ふわふわで、とろとろで、それで、それで……とってもおいしいです!」

 

「うん……こんなオムレツ初めて食べたよ」

 

 

自分の興奮を一生懸命伝えようとする後輩を微笑ましく思いながら、二口目に手を伸ばす。

 

こうなってはもう止まらない。

 

 

「卵を焼くだけでこんなに違うものが出来るのかい……!?料理というか、こんなのもう錬金術の域じゃないか!」

 

「うーん、いい仕事をするねえ。彼女は食を一つの芸術と捉えている節があったらしいけれど、なるほどこの域まで達すればさもありなん、と言ったところか」

 

 

驚愕と感激の入り混じった目を瞬かせながら声を上げるロマニとは対照的に、感じ入るように瞳を閉じながらゆっくり噛みしめて味わうダ・ヴィンチちゃん。

 

それ以降は、各々が目の前の皿に集中するように、ひたすら黙々とオムレツを口に運び続けた。

 

皿の上が寂しくなっていくのを惜しみながらも最後の一口を飲み込んだ後、立香は感嘆を込めた息を吐き出す。

 

 

「あ~おいしかった……」

 

「はい……とてもおいしかったです……」

 

 

二人してこの感動を陳腐な言葉でしか言い表せないことに気恥ずかしさにも似たくすぐったさを感じて、お互いに顔を見合わせて思わず吹き出してしまう。

 

くすくすと笑い合う中、また腹の虫が鳴った。

 

オムレツを迎え入れた胃が、もっと、これでは足りないと主張し始める。

 

そういえば、これは前菜だと言っていたような……と、立香が考え出した時、芳しい──これはソースだろうか──香りが漂ってきた。

 

見ると、ワゴンを押しながらテーブルにやってくるカレーム。

 

その上に乗せれらた様々な料理を見せつけられては、もうたまったものではない。

 

 

「さあ、マスター。コースはまだまだ続きますよ。思う存分、ご堪能ください」

 

 

肉から魚、サラダにスープにデザート……。

 

つい作りすぎたので、と一緒にカルデア職員にも数々の品が振る舞われ、期せずして食堂は歓迎会のようなにぎわいを見せた。

 

 

その主役が厨房にいるという違和感を除けば、だが。

 




キャラクター詳細


アントナン・カレーム(☆1キャスター)

「シェフの帝王」「菓聖」と謳われた世界最高峰のキュイジニエ(料理人)にしてパティシエ。

フレンチを始め現代料理の基礎を構築した料理研究家の面も併せ持つ。

フランス革命後の波乱の時代を生き、歴史上初めて厨房に光を当てた稀代の天才。

キャスターとしての現界だが、本人の心持ちとしてはバトラーであるらしい。

「だって私魔術とか使えませんもの。え、戦う?私が?厨房の外で?何故に?」


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おはようのクロワッサン

ホテルの朝食のクロワッサンってなんであんなにおいしいんでしょうね。


カルデアにおいて、時間というものは作られた概念である。

 

人理焼却によりカルデア外の世界一切が消滅したため、最早朝も昼も夜も既に失われた存在。

 

そのため、カルデア内では焼却以前から設定されていた時刻を暫定的に適用し、それに合わせた生活が送られている。

 

 

 

現在の設定時刻は午前6時。

 

最低限の人員がカルデアのシステム維持に勤めている以外、マスターを含めた人間はまだ寝静まっている時間だ。

 

少しでも時間の感覚を再現するため、薄暗い照明が設定されている廊下を歩く人影があった。

 

青を基調としたバトルドレスに身を包んだ金髪翠眼の少女。

 

真名アルトリア・ペンドラゴン。

 

聖剣エクスカリバーを手にかつてブリテンを治めた、騎士王と名高いセイバークラスのサーヴァントである。

 

 

 

霊子によって肉体が構築されているサーヴァントにとって、魔力の供給さえ滞らなければ疲労や睡眠は無縁の存在だ。

 

マスターが就寝中であっても、サーヴァントたちは各々が自由に時間を過ごしている。

 

娯楽として睡眠をとったり、趣味にいそしんだり、自主訓練を行ったり。

 

彼女は訓練を行おうと、手合わせの相手を探してさ迷っていた。

 

候補として竜殺しやTSUBAME殺しの姿を脳裏に浮かべていた彼女だったが、ふととある扉の前で足を止めた。

 

 

 

そこは食堂。

 

施設の特性上、扉を閉め切った部屋から光や音が漏れることは殆どないが、しかし匂いは別である。

 

扉を隔ててもなおはっきりとわかる、バターや小麦の香ばしい匂いや、ブイヨンの食欲をそそる香り。

 

ブーティカやマルタ、エミヤなどが時折手ずから料理を振舞ってくれるが、訓練やレイシフトの都合もあり、毎日毎食というわけにはいかない。

 

とはいえ職員が業務を中断して厨房に立つわけにもいかず、大半は備蓄の無味乾燥な保存食や栄養サプリで済ませてしまうことが多かった。

 

なので、このように料理の匂いを感じるというのは、久しぶりのことだった。

 

 

──誰かが朝食を作っているのでしょうか?

 

 

そう考えつつ、ほぼ無意識的にアルトリアは食堂へ足を向けていた。

 

 

 

無機質な音と共に扉が開けられると、ふわり、とより強い香りが漂ってきた。

 

その香りの発生源となっている奥の厨房を覗くと、そこには1人の女性。

 

オーブンから何かを取り出し、振り返ったところでアルトリアと目が合った。

 

 

「おや、おはようございます」

 

「おはようございます……貴女は確か……」

 

「はい、バトラー……もといキャスター、アントナン・カレームです。騎士王様」

 

「私のことをご存知で?」

 

「はい。マスターと契約している方の情報は全てこの施設のデータベースから頭に入れました。料理を作る上でお客様の好みを知るのは必須過程ですから。

いやぁそれにしてもサーヴァントはいいですねぇ。眠る必要がないから時間の全てを料理に注ぎ込める!生前はどうしても部下に仕事を分けざるを得ませんでしたが、仕込みや下ごしらえも自分の手でより理想に近づけられるというのは、まさに夢のようです……!」

 

 

頬を上気させて語る彼女は、心底嬉しそうといった様相である。

 

死して英霊となってなお、自らの分野を追求せんとするその姿勢は、王としての生真面目さを持つアルトリアには素直に好ましく思えた。

 

 

「ところでそれは……」

 

「ああ、朝食を作っているところです。マスターに合わせて日本食も考えたのですが、まだ納得できる味に至りませんでしたので、手前味噌ですが祖国のものを」

 

 

アルトリアが覗き込んだカレームの手元──オーブンから取り出した天板の上には、美しい黄金色に焼きあがった三日月、もといクロワッサンが、整然と並べられていた。

 

 

「これはまた何とも見事な……」

 

「朝からしっかり食べる人のために他にも何品か作っているのですが、とりあえずのメインです。お食べになられます?」

 

「えっ」

 

 

カレームの提案に思わず声を漏らしてしまったアルトリアだが、彼女は実の所、カルデアに来てから食事を口にしたことはあまりない。

 

外界から隔絶された、今あるものを使うしかない状況のカルデアにおいて、食べる必要のないサーヴァントがそれを消費してしまうのは如何なものか、という彼女らしい理由である。

 

 

「し、しかし備蓄は有限ですし……私よりもマスターや職員の方々に優先して食べさせるべきでは……」

 

「ふふふ、騎士王様はお顔が正直でらっしゃる」

 

 

そう言って笑うカレームの目には、言葉とは裏腹に爛々とした目を三日月に釘付けにし、半開きになった口から今にも涎を垂らしてしまいそうな、お腹を空かせた幼子の如きアルトリアの顔が映っていた。

 

 

「ちゃんと多めに作っていますよ。食料はレイシフト先でしっかり調達すれば問題ありません。

それに、食事はただ栄養補給するためだけでなく、心の保養にもなります。英霊もかつては人間。それは変わりないが故に、食は必要なものであるはずですよ」

 

「確かに一理ありますが……」

 

「では、マスターの毒味兼味見役……ということでどうでしょう?」

 

「…………そ、そこまで言われては仕方ありませんね……」

 

 

しぶしぶ、といった体を装いながらも、厨房に面したカウンターの席に待ちきれないような様子でいそいそと座る。

 

その彼女の前には紙ナプキンが敷かれた皿の上に輝く三日月が置かれた。

 

知らず知らずのうちに口に溜まっていた唾液を、ごくりと飲み込む。

 

そっとつまむと、かさり、という乾いた音と共に、焼きたての証拠である熱がじんわりと指先に伝わる。

 

 

「では……いただきます」

 

 

はしたないのは重々承知の上。

 

やはり焼きたてのパンはちぎらずにそのまま食べるのが王道だろう──と、アルトリアは小さめの口を少しためらいながらも大きめに開き、三日月の切先、クロワッサンの端にかぶりついた。

 

 

 

シャクリ。

 

 

 

「……!」

 

 

幾重にも連なった層が奏でる小気味よい音の合唱が、歯から骨を伝わって直接体内に響く。

 

しゃく、しゃく、と咀嚼を繰り返すごとにその層は解け、濃厚なバターの香りを口いっぱいに爆ぜさせた。

 

日本で食べたクロワッサンは甘い味付けがされているものも多かったが、これは本場に倣って味はつけられていない。

 

二口目、今度は合唱の奥でふわりと柔らかい芯の部分が歯を優しく受け止めた。

 

バターに引き立てられた小麦そのものの香ばしい味がやってきて、思わず唸ってしまう。

 

製法から焼き加減まで繊細な技量が要求されるクロワッサン。

 

この緻密な出来映えは、芸術の域そのものだった。

 

 

「これは……実に美事です……」

 

「ありがとうございます。そうやっておいしそうに食べてもらえるのは、料理人冥利に尽きますねぇ」

 

 

恍惚とした表情とまるで犬の尻尾のようにぷんぶんと揺れるアホ毛をそのままにもぐもぐとクロワッサンを咀嚼し続けるアルトリアのその姿は、食べる悦びを全身で表しているようで、思わずカレームから笑いがこぼれた。

 

一口、また一口、ゆっくりと噛みしめて味わい続け──最後の一口になる頃にはすっかりクロワッサンは冷めてしまっていたが、それでもなお損なわない風味を、アルトリアは寸分漏らさず堪能し尽くした。

 

 

「はぁ……よい食事でした……」

 

 

ため息を吐きながら余韻に浸るアルトリアの耳に、オーブンの焼き上がりを知らせる音が入った。

 

カレームがすぐさま蓋を開けると、甘い匂いが解き放たれた。

 

否、甘いだけではない。独特なこの匂いは間違えようもなく──。

 

 

「あ、あの……まさか、それは……」

 

「はい、チョコクロワッサンです。これも味見しますか?」

 

 

返ってきた答えに、辛抱たまらずアルトリアは身を乗り出し、その姿を直視した。

 

先ほどと同様に黄金色の三日月──そして、その三日月にかき抱かれているチョコレートの大きな欠片。

 

焼きたてで少し蕩けた表面が、光を反射して照り輝いている。

 

 

「いけませんっ……!そんなものは反則です!卑怯です!悪魔的ですらある!なんと罪深い……!こんな、こんなことが──」

 

「食べないのですか?」

 

「食べます」

 

 

騎士王、即堕ちである。

 

 

トングで空になった皿の上にチョコクロワッサンが置かれる。

 

それを、今度はチョコレートを落とさないよう、尚のこと慎重に持ち上げる。

 

顔に近づけると、よりはっきりとわかる濃厚な甘い匂い。

 

いてもたってもいられなくなったアルトリアは、すぐさまそれに食いついた。

 

一口でチョコレートまで到達するよう、先程よりも気持ち大きく口を開けて。

 

 

しゃくっ、じゅわり。

 

 

口の中に入れた瞬間、ぎりぎりのところで形を保っていたチョコレートがとうとう蕩け落ちた。

 

しゃくしゃくとした食感はそのままに、汁気のないクロワッサンを補完するように甘く、とろみを帯びた液体が舌を撫でる。

 

 

「ん~~♡」

 

 

チョコレートと一緒に自分も溶けました、と言わんばかりの蕩けた表情で、頬を抑えて悶絶するアルトリア。

 

 

「こんな美味しさ卑怯です……」

 

「昔から人気ですものね、パン・オ・ショコラ。チョコレートが溶けてしまっているのはアメリカ式ですが、好みに合わせて焼き加減を数パターン分けてもいいかもしれません。

ところで騎士王様、ポタージュも作っているのですが、そちらも召し上がりますか?」

 

「是非!」

 

「ほう、珍しいなセイバー」

 

 

快活に答えたアルトリアの背後から、低い声が聞こえた。

 

その瞬間、彼女はブリキ細工にでもなったかのようにぴしり、と固まる。

 

 

「シロ……い、いえアーチャー……」

 

「1度食べ出すと加減ができないから、と断食を目の前で宣言してきたのはどこの誰だったかな」

 

「こ、これは……そう!毒味!毒味です!マスターの口に入れるものに何か不備があってはいけないと」

 

「一口も食べないなどと豪語していたのはどこの誰だったかな」

 

「うぐぅ」

 

 

淡々としつつも確実に棘が含まれた言葉に、ダメージを受けるアルトリア。

 

心なしか顔も青い。

 

 

「待ってくださいエミヤさん。そうとは知らず無理に勧めたのは私です。非は私にもあります」

 

「ほう、無理に勧められた割には、随分と、幸せそうに、食べていたな?」

 

「だって……このクロワッサンがあまりにも美味しくて……」

 

「…………なるほど、私の料理では力不足、ということか」

 

「へっ」

 

 

予想外の言葉に、アホ毛と共にアルトリアが反応する。

 

 

「騎士王殿の舌を唸らせるには、オレの腕はまだまだ未熟ということか……断食というのも、自然にオレの料理を断るための体のいい方便なのだろう?」

 

「シロウ!?呼び方がかなりよそよそしくなってます!セイバーと!いつも通りセイバーと呼んでください!あとシロウの料理はとても美味しいですよ!!」

 

 

落ち込んだように頭を垂れるエミヤ。

 

横から見たカレームからすると大根もいいところなわざとらしい三文芝居だが、取り乱しているアルトリアは気づいていないようだ。

 

エミヤの体を揺さぶったり、胸板に両の手の拳を軽くぶつけたりしているが、当の本人は全く折れることはない。

 

 

「すまない、カレーム。しばらく君一人に厨房を任せる」

 

「えっ」

 

「えっ!!?」

 

 

言葉は揃うものの、その語気は対照といっていい程にちぐはぐだ。

 

 

「さすがに相手を満足させられない上で厨房に立つほど厚顔無恥ではないのでね。私は精進ついでにしばらく自主謹慎とさせてもらおう」

 

「それって……シロウの料理が食べれないってことですか!?そんな殺生な!!あっ待ってください話は終わったと言わんばかりに足早に去らないでください!!シロウ!!シロ────ウ!!!」

 

 

すたすたと軽やかに去っていくエミヤの背に、膝が崩れ落ちながらもすがるように手を伸ばし、悲痛な声を上げるアルトリア。

 

恋慕する相手と引き裂かれる悲劇のヒロインのような大仰な仕草で泣き崩れる彼女をカウンターごしに見るカレームはどう声をかければいいものかわからず、痛ましいまでの沈黙が訪れる。

 

 

 

 

──なんで私間男みたいになってるんでしょう。

 

 

 

 

カレームの心中に浮かぶ疑問に応えるように、チン、とオーブンが音を立てた。

 

 

 




パラメーター


筋力 D

敏捷 C

幸運 A

耐久 E

魔力 C

宝具 B+


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お疲れ様の出汁茶漬け

※鮭は通常寄生虫の問題で生食できません。キャスターたちによる処理あってこそ食べることができます。生で食べる時は素直に刺身用のサーモントラウトを選びましょう。


鍋からひとすくいし、小ぶりな皿へ移す。

 

それを口につけて傾けた後、再びすくい、今度は隣に立つ男に渡す。

 

受け取った男も同様に傾けた後、しばらく無言を貫いた後、何も言わずに一つ頷いた。

 

それと共に、鍋の前に立つ女性──アントナン・カレームは、止めていた息を吐き出した。

 

 

「よかった……!これで和食も自信を持って出せます……!」

 

「よく言ったものだ……もともとフランスにもフォンやブイヨンという出汁の概念があるとはいえ、鰹と昆布の合わせ出汁をこの短期間で極められてはこちらの立つ瀬がないのだがな」

 

「そこはほら、私って天才ですから」

 

「これだから英雄ってやつは……」

 

「やめてくださいよ。私はただの天才であって、英雄ではありません」

 

「それこそよくぞ言ったな。料理学校の教科書では今も君の名が語り継がれているというのに。料理人の地位を上げた君が英雄でなければ何だと言うんだ?」

 

「意地悪言わないでください。そもそも、料理のレパートリーも味の知識も、未来のあなたの方がずっと上でしょうに」

 

「その私から技術や知識を盗んでいるのは誰だったかな?」

 

「おっと、そうでした」

 

 

どこか棘のある軽口を叩きつつも、彼女と彼──エミヤの間に流れる空気は穏やかであった。

 

料理が趣味の二人が出会い、意気投合するのはもはや自然の摂理で、異様なほどに早かった。

 

今ではカレームが料理長、エミヤが副料理長という立ち位置に落ち着いている。

 

 

「まあそれは置いといて、オケアノスでたくさん鰹と昆布をとってきてもらった甲斐がありました。他にも海産物を色々とってきてもらいましたし、あの時のパーティーの面々にお礼をしなくてはいけませんね」

 

「加工担当のキャスター連中にもだな。魔術なくしては短時間であれほどの数の乾物の生成など土台無理な話だったわけだし」

 

「生ものの無毒化及び防腐処理もですしねえ。これからは協力してくださった方のリクエストを作る、といったルールでも決めましょうか。

 ま、とりあえずは昼食作りが最優先なんですけれど。せっかく理想のダシが完成したわけですし、お味噌汁を中心に和食でいきますかね」

 

「そうだな。魚もたくさんあることだし、煮付けにでもして──」

 

 

と、二人が献立の相談をしている時、ぱしゅ、と廊下に続く扉が開く音がした。

 

まだお昼には2時間ほど早い時刻の来客に、誰かと二人は目を向ける。

 

 

「よっアーチャー!相変わらず辛気くせぇツラしてんな」

 

「ランサー……マスターとの訓練は加減しろと散々言っただろう」

 

「馬鹿言え、全力出さねえで何のための訓練だよ。ちょっと厳しいくらいがちょーどいいんだよ、こういうのは」

 

「はっはっは!そらマスター!しゃきっとしろ!そんな調子じゃ戦の後に女の一人も抱けん甲斐性なしだぞ!」

 

「そんなこと当たり前のようにできるの叔父貴だけだっつーの!」

 

 

二人で声を合わせて豪快に笑う二人──ケルト神話の大英雄、フェルグスとクー・フーリン。

 

そしてその間に挟まれ、両者に肩を組まれていることでようやっと立っていられている、というかほとんどひきずられているマスター──藤丸立香。

 

体力の全てを失い、それどころか水分も失いしおっしおにひからびている立香に、エミヤの脳内には有名な宇宙人捕獲写真が浮かべられていた。

 

 

「おう嬢ちゃん!急で悪ぃが何か食うもんくれや。適当に肉の丸焼きとかでいいからよ」

 

「うむ、良く戦い、良く食べる!それこそが立派な戦士になる近道!酒もほしいところだが、下手に出し抜くと他の呑兵衛どもがうるさいからなあ」

 

 

快活にそう言う二人にぶらさがっている立香は、顔を蒼白に染めて必死に首を振っている。

 

悲しいかな、それは両脇の二人には死角の位置で──エミヤとカレームだけが、言わんとしていることを理解した。

 

 

 

 

────今そんなもの食べたら確実に吐く。

 

 

 

 

「……かしこまりました」

 

 

 

 

 

「どうしたものか……」

 

「消化にいいといったらスープなんですが、今日は出汁とりに集中してましたし……今から作るとなると時間がかかりますね……」

 

「マスターには雑炊なりおじやを出して、ランサー達には要望通り肉を出すか?」

 

「いえ、あの調子では匂いだけでも辛いでしょう……一人だけ違うものを出したらあの二人が『そんなんじゃ食べた気にならないだろう』と言って自分の皿を分けて無理やり食べさせかねませんし」

 

「と、なると全員が満足できて、かつ昼も入るように軽めのもの……か」

 

 

なかなかに条件が難しい注文に顔を突き合わせて悩む二人。

 

ふ、とカレームが厨房を見渡すと、まだ湯気を立てている鍋が目に入った。

 

 

「……あのお二人って確かアイルランド出身でしたよね?」

 

「む?ああ、ケルト神話の英雄だからな……それがどうした?」

 

「……オケアノスで捕ってきてもらった()()、せっかくですし、新鮮なうちに使いましょう。

 

 

 ──お茶漬けでいきます」

 

 

 

 

 

水をガブ飲みし、人心地ついたようにテーブルに突っ伏す立香。

 

その隣と向かいに座っているフェルグスとクー・フーリンは談笑している。

 

次からはこの二人と訓練するときは絶対ディルムッド連れて行こう──と、心に決めた瞬間、腹が鳴った。

 

ハードなトレーニングのせいで当然空腹ではあるものの、ものを食べる体力すら残っていない。

 

あまり重いものが来なければいいなあ、と思っていると、エミヤとカレームがそれぞれ盆を持ってテーブルを前に立っていることに気付いた。

 

まず二人の前にそれが置かれたのを見て、自分用のスペースを作るために上体を起こす。

 

自分の前に置かれた盆の上を見ると、箸と木匙、小皿に添えられた漬物と薬味、小振りな急須、そして丼。

 

丼の中には白米と、その上に敷かれた海苔、半透明に赤が差した薄切りの魚──日本で慣れ親しんだ鯛が入っていた。

 

 

「こりゃあ……鮭か?」

 

 

クー・フーリンの言葉に彼の盆を見ると、そこには鮮やかなピンク色をした身が乗っている。

 

どうやら、二人とは魚の種類が違うようだ。

 

 

「ああ、出汁茶漬け、という日本の料理だ。その急須の中のものを丼に注いでから食べてくれ」

 

「小皿のわさびは好みに合わせて使ってください」

 

 

そう説明すると、二人は厨房に戻っていった。

 

 

──お茶漬けか、それなら食べられるかな。

 

 

そう思いつつ、立香は急須を手にとり、丼に向けて傾けた。

 

中に入っていた琥珀色の液体が注がれると同時に、ふわりと匂いが立ち込める。

 

久しぶりに感じた出汁の匂いに、口の中に涸れたと思っていた涎が溢れ出す。

 

半透明の鯛の身は、出汁がかかったところから白く濁りだした。

 

ケルト二人も、立香に倣って自分の丼に出汁をかける。

 

そちらはピンクの身が桜色に変わった。

 

 

「ほぉ、なるほど。面白いものだな」

 

「こいつぁ美味そうだ」

 

 

と、ケルト──そういえば、アイルランドは鮭がよく食べられているんだったか──の二人は片や木匙、片や箸を手に取り、丼を持つ。

 

アジア圏出身じゃないのに随分と様になってるなあ、と思いつつ、丼の縁を口につけ、まずは一口出汁を飲む。

 

 

 

まず口の中で熱を感じ、一拍置いて出汁の風味が口の中に広がる。

 

大量にかいた汗が引いてきて、だんだんと冷えてきた体には、この塩気と熱が心地よい。

 

そのまま飲みこむと、食道を熱が通るのが伝わり、胃に落ちたところからじんわりと体中に温度が沁みる。

 

ふぅ、と一息ついた後、もう一口。

 

今度は白米も諸共にかきこむ。

 

水洗いしたのだろうか、通常よりもぬめりの少ない米が出汁と一緒にサラサラを口の中に入った。

 

噛むと白米の優しい甘味が出汁の塩気に程よく絡まる。

 

海苔から出る磯の香りも相性ばつぐんだ。

 

鯛の身を一切れつまみ、口に運ぶ。

 

出汁によって表面にだけ火が通った身は引き締まっていて弾力があり、噛むと淡泊ながらもしっかりとした味が染み出る。

 

米とはまた違う脂の甘味が、これまた出汁とよく合う。

 

三者――いや、海苔も入れて四者を一緒に食べれば、もうたまらない。

 

 

 

半分ほどかき入れた後、一度漬物で口の中をリセットしてから、わさびをつけ、再びかきこむ。

 

つん、とした清涼感が鼻をつき、その後により一層強調された鯛の甘味が襲ってきた。

 

 

「あ~~~うま……」

 

 

疲れた体を癒す美味しさに、思わず立香の口から声が漏れる。

 

 

「うん。美味いなあこれは!生前鮭を生で食ったことはついぞなかったが、いやはやここまで美味いのなら食っておけばよかった!なあクー・フーリン!」

 

「いやあ、これはこの汁ありきだと思うぜ。ダシだったか?日本で食いモンつったらあまりいい印象なかったんだがよ、こいつぁいけるね!」

 

 

うまいうまいと言いながら気持ちよく食べる二人に、ふと違う皿への興味が湧く。

 

あまり食べれないものだと思っていたが、一度固形物が腹の中に入るとむくむくと食欲が首をもたげてきている。

 

クー・フーリンに頼んで丼を交換してもらい、鮭茶漬けを一口分けてもらうことにした。

 

 

 

丼を手にし、ふと漂ってきた香りは、先ほどまでの出汁とは少し違うものだった。

 

煎りごまだろうか、少し香ばしい。

 

半生の鮭を口に入れる。

 

すると、鯛に反して強い旨味が口内を蹂躙した。

 

鯛よりも脂の量が多いため、こってりとした印象を受ける。

 

出汁と米をかきこむと、塩気と、より一層強い香ばしい風味が遅れてやってくる。

 

鮭の強い味を香ばしさがうまく相殺し、出汁との調和が図られていた。

 

 

──なるほど、確かにこれをいきなりは辛かっただろうだな。

 

 

エミヤとカレームの心遣いに感謝をしつつ、でもこっちはこっちで美味しいと味に感じ入る。

 

その一口の後は丼を戻し、再び鯛の茶漬けに舌鼓を打った。

 

 

 

テーブルの上には、綺麗に空にされた3つの丼。

 

それぞれの前に、満足げな顔をした3人が座っていた。

 

 

「よっし!美味いもん食って元気湧いたろ!昼飯までもうひと頑張りしようぜマスター!」

 

「えっまた!?」

 

「何を言う!いいものを食ってこそ最高の活力が得られるものだ!ならば今こそが最高のコンディション!戦なしなどと勿体ないことはできんぞ!」

 

「もうやだこの脳筋ケルトたち……」

 

 

各々好きなように言いながら席を立つ。

 

 

「嬢ちゃんにアーチャー!美味かったぜあんがとよ!」

 

「いい食事をさせてもらった。また礼をさせてもらおう」

 

 

と、厨房に一声かけた後、早々と廊下に出ていく二人。

 

 

 

一人残った立香に、カレームが声をかける。

 

 

「……大丈夫ですか?まだ疲れが残ってるんじゃ……」

 

「いやあ……」

 

 

心配そうな顔をするカレームに、苦笑で返す立香。

 

 

「……でも、これくらいでへこたれてちゃダメだからね」

 

「マスター……」

 

「またすぐ腹減らせて帰ってくるから、とびきり美味しいお昼用意して待っといてよ」

 

「……!はい!」

 

 

 

 

その日の昼食は、京懐石もかくやといわんばかりのものだったという。

 

 

 




マイルームでの会話1

「マスター!頑張ってくださいね!私はいつでも、厨房で待ってますから」


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女神と雷光とエクレア

いつの間にやらランキングや評価がえらいことになってて本当にありがとうございます……!
これからも気ままにまったり書いていきたいと思うのでどうぞよろしくお願いします。


「……よし」

 

 

取り出した天板を置き、厨房でひとりごちるカレーム。

 

まだ湯気がたつ()()を冷ましつつ、別の作業に移る。

 

別の天板に用意していた第二弾を、オーブンが冷めないうちに再びセットし、加熱。

 

その後は水を入れた鍋に火をかけ、温まるまでの間に冷蔵庫から冷やしていたクリームを取り出し、絞り袋に詰め替える。

 

鍋から湯気が立ち始めるとボウルにチョコレートを入れて湯煎にかけ、溶けだすのを待つ。

 

ふ、と一瞬だけ生じた空白時間に、カレームが冷ましている天板の方を見た。

 

 

 

そこには、天板の中をカウンターからのぞき込む巨躯。

 

 

 

「っ!!?」

 

 

 

まったくの予想外の存在に──実の所はカレームが作業に集中しすぎて気づかなかっただけなのだが──大きく体を揺らしたことで、ボウルと鍋の縁がぶつかり、派手な物音を立てる。

 

そのけたたましさに、巨躯はのそりと動いてカレームを見た。

 

褐色の肌に外気に晒したままの筋肉、首元から頭頂にかけて顔のまわりをすっぽりと覆う白く豊かな体毛。

 

動きに合わせて、足元から金属の擦れる音が聞こえる。

 

赤く大きな双眸がじ、とカレームを見つめた。

 

 

「……だい、じょうぶ?おどろかせ、た?」

 

 

見た目にそぐわぬ幼い、たどたどしい喋り方に、カレームは一気に警戒心を解く。

 

 

「……いいえ、大丈夫ですよ。こちらこそ、急に大きな音を立ててしまってごめんなさい」

 

「いい、ぼく、みてただけ、だから」

 

 

そう言った彼は、再び視線を落とし、天板を見つめる。

 

 

「それ、気になりますか?」

 

「うん、とてもいいにおい。これ、なに?」

 

「今日のおやつです。私が生前に考案したお菓子で、名前は──」

 

 

 

「──アステリオス!」

 

 

 

と。

 

2人の会話の間に、突然甲高く鋭い声が飛んできた。

 

声の出処を2人で見やると、食堂の入口に1人の少女。

 

清楚な白いワンピースに身を包んだその華奢な体は、守られ愛される嫋やかさの具現のよう。

 

ゴルゴーン三姉妹が次女、ギリシャ神話の女神の1柱、エウリュアレの姿がそこにあった。

 

 

「えうりゅあれ」

 

「勝手にどこかにふらふらと行ってしまうのをやめなさい。あなたは私を守る大義があるのよ?常に私の傍にいることを心がけなさいな。ああ、あなたを探して歩き回ったら疲れちゃった。乗せなさいアステリオス」

 

「ご、ごめん」

 

 

矢継ぎ早に言葉を紡ぎながらこちらに向かってくるエウリュアレに、巨躯──アステリオスは、わたわたと慌てつつしゃがみこみ、彼女を抱き上げる。

 

アステリオスの片腕に脛を抱えられ、その上に腰掛けるようにして体を落ち着かせたエウリュアレは、視界が高くなったことでカウンターの向こう側、厨房が覗けるようになった。

 

 

そして、アステリオスの前に置かれた天板──その上に乗せられた楕円形の焼き菓子が目に入る。

 

 

「……あら?アステリオス、あなたこれを見てたの?」

 

「うん。とても、おいしそう」

 

「珍しいわね……あなたは見るもの全てに大げさなくらい喜ぶけれど、自分からここまで食いつくなんて。

ふぅん、お菓子ねえ。昔はヒトから嫌ってほど捧げられていたけど、そういえばここに来てからはあまり食べてないわね」

 

 

アステリオスともども天板をを覗き込んでいたエウリュアレの視界から、一つ焼き菓子が消える。

 

その行く末を二人が目で追うと、カレームが片手に焼き菓子を一つ、もう片手に小ぶりなナイフを持っていた。

 

ナイフの刃先を菓子の中腹に滑らせると、サクリという小気味よい音と共にぱかりと開かれ、その内側を覗かせる。

 

流れるような鮮やかな作業に、二人は呆けたように口を開けて見入っていた。

 

 

「……ふふ、これもまた、縁というものかもしれませんね」

 

「?」

 

「どういうことよ?」

 

「このお菓子、私が考えて名付けたものなんですけれど、名前をエクレール――フランス語で、“稲妻”というんですよ」

 

「……いな、ずま?」

 

「雷のことです。あなたと同じですよ、雷光(アステリオス)

 

 

にこり、と笑いかけたカレームの言葉を一拍置いて理解したアステリオスは、目を瞬かせる。

 

 

「ぼくと、おそろい!」

 

「ええ、だからついついおかしくなっちゃって。知らないのに何となくわかったんでしょうか?」

 

 

開いた腹に絞り袋でクリームを流しいれつつ、くすくすと笑うカレーム。

 

そんな二人の会話を聞いて、面白くないのはエウリュアレだ。

 

疎外感についつい言葉に棘が混ざる。

 

 

「……で?何であなたはたかがお菓子にそんな大層な名前つけたのよ?」

 

「それは……まあ、食べてみた方が早いと思いますよ」

 

 

上からチョコレートをかけて、完成。

 

出来立てのエクレール、日本でいうところのエクレアが2つ、二人の前に並べられた。

 

まず先にエウリュアレがそれを掴み、新しい玩具でも眺めるかのようにしげしげと見つめる。

 

 

「何よ、稲妻らしさなんてどこにもないじゃない」

 

 

落胆したような声色とは裏腹に、甘いクリームとチョコの香りに、女神としての無垢な部分が抑えきれないのか、表情は高揚していた。

 

そして、あーん、とあどけない小さな口を開け、先端にかぷりと噛みつく。

 

すると。

 

 

「……~~~!?」

 

 

口の中に、一気にクリームが溢れだした。

 

収まりきらなかったそれは、唇の端から零れ、女神の美しい口元を汚す。

 

予想外の衝撃に面食らってしまったエウリュアレは、エクレア本体からも零れようとするクリームを見て慌てて二口目にかぶりつく。

 

先程までの余裕が崩れ、あたふたと目の前の菓子に食らいつく彼女を見て、カレームは堪えきれない、といったようにいたずらっ子のような笑いを声に出した。

 

 

「わかりました?そのお菓子、一口食べたら一気にクリームが零れ落ちてしまうんですよ。だから素早く、それこそ光の速さで食べなければいけない──だから、稲妻(エクレール)と名付けたんです」

 

「……!……っあ、あなたねえ!」

 

 

むぐ、むぐと口いっぱいに頬張っていたエクレアをやっと飲み込んだエウリュアレは、恥ずかしさか、怒りか、その両方かで頬を真っ赤にさせてカレームを睨む。

 

 

「クリーム、ついていますよ?女神様」

 

「……あなた、意外といい性格してるわね」

 

 

とんとん、と自分の顔で位置を指し示しながらニッコリと笑うカレームに、エウリュアレは投げつけるつもりだった憎まれ口を飲み込み、指で口元のクリームを拭い取って口に含んだ。

 

その一部始終を見ていたアステリオスは、自分の分のエクレアを掴み、あ、と大きく口を開けてその中に放り込む。

 

 

一回噛みしめると、口の中でクリームの大洪水。

 

表面は固めに焼き上げられてサクリと、中はもち、と少し弾力のある柔らかいシュー皮の食感のコントラストが楽しい。

 

滑らかで舌ざわりの良いカスタードクリームは濃厚な卵の風味と、バニラビーンズの甘い香りを内包している。

 

噛み続けているとやがて表面に塗られていたチョコレートが舌の上に到達し、カカオ分多めのほろ苦さがアクセントとなった。

 

 

「……!!」

 

 

もぐもぐと食べながら、その美味しさに目をきらきらと輝かせるアステリオス。

 

ごくり、と飲み込んだ後も、余韻に浸るようにしばらく固まっていた。

 

 

「……これ、これ!すっごく!おいしい!」

 

「それはよかった!まだまだたくさん作ってるので、じゃんじゃん食べてください」

 

「ちょっとアステリオス!何であなたもクリームこぼさないのよ!?私一人だけ、恥ずかしいじゃないの!」

 

「え、えと、ごめん、えうりゅあれ」

 

「まあまあ、女神様も、もう一ついかがです?」

 

「むぅ……食べる!食べるわよ!私直々におねだりされるなんて、これ以上ない名誉なんだからね!」

 

「ええ、喜んで」

 

 

 

 

「あー!うしさん、なにそれー!」

 

「あまいお菓子のにおいだわ!ひとりじめなんてずるいのだわ!」

 

「あー待って待って二人とも走らないで……うわっなにそれめっちゃうまそう」

 

 

とてて、と可愛らしい足音と共にこちらに向かってくるのはジャック・ザ・リッパ―とナーサリー・ライム。

 

その後ろには立香の姿も見える。

 

 

 

これから開かれるだろう賑やかで楽しいお茶会を想像して、アステリオスは無邪気な笑みを浮かべた。




クラススキル

陣地作成 C
自身のArtsカードの性能を少しアップ

道具作成 C
自身の弱体付与成功率を少しアップ


保有スキル

魔力付与 D
味方単体のNPを少し増やす

芸術審美 C
敵単体[サーヴァント]の宝具威力ダウン

食材解析 A+
確率で味方全体のクリティカル威力アップ+スター発生率アップ


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みんなだいすきカレーライス

カレー屋さんの注文方式ってめっちゃ迷う。


「──よし!今日のトレーニングはこれで終わり!」

 

「はい、お疲れさまです。先輩……ふふ、今日はいつもよりはりきってますね」

 

「もちろん!だって今日は――」

 

「「カレーの日!」」

 

 

二人の声が合った後、一拍置いてどちらからともなく笑いだす。

 

 

そう、今日はカレーの日。

 

カレームが召喚されて以来、カルデアの食堂では毎日毎食異なるメニューが振舞われているが、中には高頻度で登場する定番がある。

 

特にカレーはその代表で、その人気の高さから普段よりも多めの量が作られ、事前に告知すらされるのだ。

 

昨夜それを聞いてから、立香の口は完全にカレー迎撃の準備が整っており、昼前のトレーニングも定められたタスクをなるべく早く終わらせようと熱が入っていた。

 

油断して食堂に行くのが遅くなると品切れの可能性すらあるからである。

 

 

 

いそいそと汗をシャワーで流し、トレーニングルームから出てきた二人を襲う強烈な香り。

 

 

「っあ~~腹減った……」

 

「うぅ、何回経験してもこの香りはずるいです……」

 

 

そう、カレーのスパイスの刺激的な香りである。

 

強烈で、独特で、それでいてどうしようもなく食欲をかき立てるこの香り。

 

空っぽの胃を揺さぶるどころか、直接殴ってくるような。

 

 

これが、普段よりも多めの量が作られる理由である。

 

この香り、強い存在感を持つがゆえに、普段よりも広い範囲まで漂ってくるのだ。

 

カルデアのあらゆるところまで絨毯爆撃よろしくやってくるそれに、いつもはあまり食事を摂らないサーヴァントすらもつられてふらりと食堂に立ち寄ってしまう。

 

結果、食堂はサーヴァントや職員で溢れかえり、寸胴鍋いっぱいのカレーはあっという間になくなってしまうのだ。

 

 

カレーの日はすなわち、立香にとって戦争を意味する日でもあった。

 

 

 

マシュと共に小走りで食堂へ向かい、扉を開ける。

 

そこには既に喧噪が。

 

席はどこも埋まり、各々がカレーをスプーンですくい、ナンをちぎり、舌鼓を打っていた。

 

扉を開けたことで一層強くなる香りを胸いっぱいに吸い込み、いよいよ空腹は頂点に達する。

 

 

「あ!マスター!いらっしゃいましたね!」

 

 

わいわいと騒がしい中をくぐり抜けるように、少し張られたカレームの音が耳に届く。

 

厨房では他にもエミヤにマルタ、ブーティカなどの料理を嗜むサーヴァントを総動員して注文に対応しているようで、そこもまた普段より賑やかだ。

 

 

「カレームさん、お疲れ様です。それで、今日のメニューは何ですか?」

 

 

マシュが、わくわくを抑えきれない、といった具合に頬を赤らめて尋ねる。

 

カレーの日はルーの味が3種類、具の種類が3種類、辛さが3種類、主食がライスとナンの2種類に細かく分類されていて、それを指定することで自分好みのカレーを選択することができる仕組みとなっている。

 

毎回、それを聞いて大いに悩むのが二人の楽しみなのだ。

 

 

 

 

「本日はオーソドックスな日本風カレー、ほうれん草カレー、ココナッツカレーの3種類に、チキン、海老、豆の3種類の具を揃えています」

 

 

「な、なるほど……!」

 

「ぐ、うう……!」

 

 

カレームが告げたメニューにマシュはまるで推理でもする探偵のように顎に手を当て、立香は頭を抱えだす。

 

二人の心は一つ。

 

 

 

――迷う!!

 

 

 

オーソドックスなカレーは当たり前のように絶品だ。絶対美味しい。

 

最早約束された勝利である。

 

しかし、だからといって残り二つが不味いわけがない。

 

今もなお襲い来るスパイスの香りが証明している。

 

あえて自分の知らない領域に踏み込むのも手だ。

 

煮込まれたほうれん草の風味はスパイスにより一層深いコクを与えるだろうし、ココナッツのほんのりとした甘みも良い調和をもたらすだろう。

 

 

どれをとっても外れはない──だからこそ、どれが自分にベストなのかを見極める必要がある。

 

例えば、どの具とルーが一番相性が良いか。

 

例えば、ライスとナン、どちらがより合うのか。

 

 

傍から見ていたサーヴァントたちは、その時の二人の様子を後にこう語る。

 

 

 

──特異点で苦渋の決断を迫られているようだった。

 

 

 

 

「……っよし!決めた!日本風カレーのチキン!中辛でライス!」

 

「私は……ほうれん草カレーの海老、中辛で、ナンをつけてください!」

 

「はい、かしこまりました!」

 

 

注文を終えた二人は、既に何か一仕事終えたかのような面持ちで席に座る。

 

そして思わず周囲を見渡して、他人が食べている皿を確認してしまう。

 

 

ほうれん草カレーからとろりと煮込まれた豆をすくって口に運ぶアーラシュや、ココナッツカレーの乳白色にナンを浸すカルナなどにうっかり後悔が芽生えかけるのを叱咤し、自分の判断を信じて料理が来るのを待つ。

 

 

 

「お待たせしました、ご注文のカレーです」

 

「!」

 

 

二人それぞれの前に皿が置かれる。

 

立香はライスの上にカレーが掛けられている一皿。

 

マシュはナンが乗せられた皿とルーが入れられた小ぶりの器。

 

中にごろりと入っているチキンと海老に、どちらとも知れぬ腹の音が鳴った。

 

 

「じゃあ……」

 

「さっそく……」

 

「「いただきます!」」

 

 

立香は手を合わせた後、すぐにスプーンを手に取り、ルーとライスの境目をすくう。

 

ナンにも合うように少しとろみが抑えられているルーが、米の一粒一粒に絡みついているのが見てわかった。

 

そのまま口に含むと、じんわりとした野菜──特にタマネギだろうか──の甘味。

 

一拍置いて、スパイスの刺激とコクのある旨味ががそれを覆うように襲い掛かる。

 

噛むと白米がより絡み、その甘味をもってよりスパイスを引き立てた。

 

大き目に切られた鶏肉を口に入れると、弾力のある食感と共に脂が染み出す。

 

やはりこのボリューム感はトレーニング終わりの男子高校生には欠かせない。

 

 

「ん~~~~!やっぱりおいしい!」

 

「はい……ほうれん草の深い味わいがスパイスとよく合って……海老もプリプリで甘くて……とても美味しいです……」

 

 

マシュの方を見ると、味に浸りつつも次のナンを千切りルーに浸しているところだった。

 

深い緑色のルーの中から覗く大ぶりの海老は淡い赤で、その対比にやけが目に惹かれた。

 

しかし、それはそれ。

 

あちらも勿論おいしそうだが、今は他の皿に構っている余裕などない。

 

一心不乱にカレーを空の胃にかき込むと、辛味がじわじわと舌の上に残り、体全体が熱くなってくる。

 

先程シャワーで洗い流した皮膚の上に、うっすらと汗が滲み出した。

 

傍らで結露を這わせるグラスを持って氷水を喉に流し入れると、消化器官から熱が一気に引いていくのを感じる。

 

 

「────!!」

 

 

急激な温度変化にぶるり、と身を震わせつつ、悦に浸るような表情の立香。

 

何を隠そう、この人類最後のマスター、カレーを食べる時のこの瞬間が大好きなのである。

 

さて、続きを食べようと改めてスプーンを持ち直したその時。

 

 

 

「──何この騒ぎ?英雄たちが揃いも揃って子供みたいに、バッカみたいね」

 

 

と、冷や水をかけるような言葉を誰に投げつけるでもなく、それでいてこの場にいる全ての人物に投げかけるように言うのは、食堂に入ってきたジャンヌ・ダルク・オルタ。

 

いい攻撃材料ができたとばかりに、にやにやと嫌な笑みを貼り付けている。

 

そしてカウンターの奥に座っている人物に目をつけると、より口角を上げ、つかつかとそちらに歩み寄る。

 

 

「あらあらごきげんよう聖女様、相変わらずの間抜け面だこと──て、何それ?」

 

 

自身の原型、ジャンヌ・ダルク。

 

意気揚々と突っかかりにいったはいいものの、オルタの視線はしかし、彼女の皿に向けられた。

 

 

「むぐ。……何って、ココナッツ豆カレーですが?」

 

「カレー?カレーなのそれ?私の知ってるカレーってもっとこう……茶色くて、刺激的な匂いがするものなのだけど。あなたのそれ、むしろ甘い匂いがしない?」

 

「ええと、そう言われましても……あ、甘口なので確かに匂いの刺激は少ないかもしれませんね」

 

「甘口ィ!?あなたってこんなところでも空気を読まないワケ!?ほんっっっと、呆れた……カレーと言えば辛いものでしょうに。

 ……あぁそう、アイツが食べてるみたいに、辛さに汗をかきつつ食べるのが様式美なんでしょう?ちょうどいいわ、アレと同じものを頂戴」

 

 

 

 

「……え?」

 

 

ざわり、と。

 

不意に、空気が凍った。

 

食堂の視線はオルタに集まり、どこからともなく小声で話す言葉が聞こえる。

 

 

「……な、なによ。何か文句でもあるわけ!?」

 

「いえ……文句というか……その……あの人と同じというのはどうかと……」

 

「料理人風情が、客の注文に文句つけるの?いいからさっさと出しなさい」

 

「あのですね……」

 

「構わんだろう。出してやればいい」

 

「エミヤさん……でも……」

 

「本人がそれを望んでいるんだ。好きにさせてやればいいさ」

 

「…………はぁ、わかりました。では、そこの────李書文さんが食べている、チキンカレーの、()()、ライスで、よろしいんですね?」

 

「ええ、そう言ってるでしょう」

 

「…………かしこまりました」

 

 

しどろもどろに応えるカレームに対する苛立ちを露わに、オルタはジャンヌの隣の席に乱暴に腰掛ける。

 

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

「は?あなたまで何よ。あぁ、もしかして肉を食べること?ご心配なく、私はあなたみたいにクソッタレな教えも、それに基づく菜食主義も、一切持ち合わせていないんで」

 

「いえ、そうではなく──」

 

「……お待たせしました。チキンカレーライスです」

 

 

ジャンヌの言葉を遮るように、オルタの前に差し出された皿。

 

隣の白いカレーと見比べて、きちんと茶色い、カレー然とした姿にオルタは満足げに鼻を鳴らす。

 

しかし、彼女は気付かなかった。

 

他のチキンカレーに比べて、随分とその色が黒っぽいということに。

 

 

「ふん、よく見ておきなさい、カレーというのはこういうものよ」

 

 

と。

 

得意げにジャンヌと一瞥した後、一口。

 

もぐもぐと口を動かす様を、いつの間にか周りの人々は固唾を吞んで見守っていた。

 

 

「……ふうん、まあまあ美味しいじゃ────~~~~~!!!!!?」

 

 

ほんの数瞬。

 

それが彼女が平静を保っていられた時間であった。

 

ぶわり、と一気に汗が吹き出し、顔に血が上る。

 

思わず口を押さえ、椅子の上で悶え狂うオルタ。

 

カレームがカウンターから差し出したグラス──インドのヨーグルトを基にした飲料、ラッシーである──をひったくるように掴み、一気に流しいれる。

 

その様子を見て、あぁーと、納得と憐憫の籠ったため息があちらこちらから聞こえる。

 

 

「やっぱりこうなりましたか……」

 

「中華や中東の香辛料を好む奴らに合わせていった結果の、辛口とは名ばかりの超激辛だからな」

 

「表記を変えた方がいいかもしれませんね……」

 

「いや、奴はそれ以前の問題だろう」

 

 

カウンターの奥では料理長・副料理長の臨時会議が小声で行われ始めた。

 

 

「っは……!?……ぁ……?」

 

 

オルタは起こったことが理解できないのか、息を切れさせながら頭に大量の疑問符を浮かべている。

 

一部始終をずっと隣で見守っていたジャンヌは、まるで世話焼きな姉のように心配の目を向けていた。

 

 

「だっ、大丈夫ですか……!?無理をせず、食べれないなら他の人に食べてもらいましょう……!」

 

 

──しかし、この言葉が駄目だった。

 

どうしようもなく、駄目だった。

 

 

「……ふ、ふふふ、無理……?馬鹿にしないでちょうだい!私は憎悪の炎を操る竜の魔女よ……この程度の苦難……笑って吞み込んであげるわ!!」

 

「いや、食事を苦難と捉える時点でもう駄目なのでは?」

 

「ところであなた、さっきの白い飲み物もう一杯ちょうだい。いいえ、別に辛さを紛らわせるとか、そういったことではないのだけど、ほら、汗をかくから水分は必要でしょう?」

 

 

冷静なカレームのツッコミは宙にかき消えた。

 

 

 

その後、多くのギャラリーに見守られながらオルタは決死の表情でカレーを完食し、それはカルデア内で勇者として語り草になるのだが──それはまた別のお話。

 




プロフィール[絆Lv.1で解放]

身長/体重:162cm・50kg

出典:史実

地域:欧州

属性:中立・善

性別:女性

本人曰く、「最も五感が鋭かった頃」の姿での現界となっている。


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バトラー怒りの炒飯

極悪ピックアップいつになったら終わるんです……?(吐血)



カレームの外見描写のリクエストがあったのであとがきに挿絵を置いておきます。

第1再臨第3再臨での差分もまたいずれ上げる予定です。


「おい料理人(コック)、腹が減ったぞ。ハンバーガーをよこせ」

 

 

 

と、尊大極まる態度で来訪してきた黒い騎士王──アルトリア・ペンドラゴン・オルタを見て、カレームは深い、深いため息をついた。

 

繁忙を極める夕飯時が終わり、小休止でもとろうかとしていた彼女は普段結い上げている髪を解いていたところで、緩くウェーブを描くそれが引きつった頬に当たる。

 

 

「……ほんっとうにあなたはこちらに悉く迷惑を掛けてきますね。嫌がらせなんです?暇なんです?」

 

「そんな下らん真似をするか。私は私の気の赴くままにしているに過ぎん」

 

「もうやだこの暴君……」

 

 

カウンターのど真ん中、カレームの正面に陣取るようにして座ったオルタに、カレームは自らの長く色素の薄い髪をくしゃり、と掻き上げながら眉間にしわを寄せつつ再びため息をつく。

 

普段、どんな客──その範囲はマスターや職員、サーヴァントにまで及ぶ──に対しても、バトラーの自称に恥じない丁寧な対応をとっている彼女がこのような悪い意味で砕けた態度をとるのは本当に珍しい。

 

しかし、それもそのはず。

 

 

 

この二人──アルトリア・オルタとカレームは、相容れない天敵同士と言ってもいい存在だからである。

 

 

 

料理の手練手管を錬金術と見紛う程にまで昇華し、魔力を練りこむことすら可能となる程に調理技術を極め、それによる緻密な料理を是とするカレームに、大量生産された高カロリー低栄養なジャンクフードを好むオルタ。

 

まさに水と油。

 

徹底的に食──料理に対する嗜好が異なる両者の対立は必定とも言えよう。

 

初めてカレームの料理──よりにもよって、オルタの好みを聞いて作った本格ハンバーガー──が振る舞われた時に、オルタが一口食べて「不味い」と吐き捨て、両者の壮絶な舌戦の果てに軽い乱闘騒ぎになったのは今では軽い伝説となっている。

 

 

 

 

「貴様の料理はいらん。適当に備蓄のハンバーガーを持ってこい」

 

「そんなもの、もうありませんよ。誰かさんが食べ尽くしてしまったので」

 

「何……?ならカップラーメンでもなんでもいいからジャンクフードを──」

 

「ぜーんぶ貴女の胃袋の中ですね」

 

「……………………」

 

 

閉口し、ぶすっとした顔でカレームを睨め上げるオルタ。

 

今回はオルタに非があることを本人が自覚しているため、文句がその口から放たれることはなかった。

 

しばらくの沈黙の後。

 

 

「……………………なら、やむを得ん。本当に、本当に不本意だが…………貴様の料理で妥協するとしよう。なるべく粗雑な味付けで、ジャンクな風味を再現した料理を出せ」

 

 

ピキリ、とカレームの額に青筋が浮かぶ。

 

顔に笑みこそあるものの、それがないとどんな顔になるか自分でもわからないが故に無理やり貼り付けているものだ。

 

 

「……あのですねえ、そもそもジャンクフードというのは、本来手間のかかる料理を画一的に、大量に、低予算で作るために機械を用いた結果の産物です。ならば、人の手で同じ料理を作ったらどう足掻いても手間暇かけたものになるのは当然の摂理でしょう。

ハンバーガーにしたってそうです。バンズを焼き、ミートパティを作り……下手な煮込み料理よりもよっぽど手間がかかる料理なんですよ?その注文は1周回って逆に贅沢がすぎるというものです」

 

「そんなものは客の知ったことではないな。注文された品を作るのが貴様の仕事だろう」

 

 

カレームの精一杯に慇懃無礼な文句を何食わぬ顔で一蹴するオルタ。

 

ああ、それとも、と。

 

挑発的な笑みを浮かべ、オルタは続ける。

 

 

 

 

「────所詮貴様の腕は機械以下だということか」

 

 

 

 

「…………は?」

 

 

地を這うような低い声。

 

す、とカレームの顔から笑顔が剥がれ落ち、マスターや他のサーヴァントには見せたことのない全くの無表情となった。

 

痛々しいまでの沈黙が続いた後──しかし、カレームは長く、長く息を吸い込み、そして吐き出す。

 

そうして面を上げた彼女は、普段通りとまではいかないが、困ったような穏やかな表情を浮かべていた。

 

 

「──わかりました。()()()()貴女のご希望に応えるとしましょう」

 

 

そう言ったカレームは髪を簡単にまとめ、さっと手を洗ってから調理場に向かう。

 

彼女が奥に引っ込んだ後、程なくして調理音が辺りに響き始めた。

 

時折何かを叩きつけたり、強くぶつけるような場にそぐわぬ激しい音が聞こえるものの、それをスルーしてひたすら無言でオルタは待ち続ける。

 

しばらくすると香ばしい油と醤油の匂いが立ち込め始め、カレームが再び姿を現した。

 

 

 

どん、とオルタの目の前に出されたのは、湯気をたたせる巨大な黄金色のドーム。

 

普段は大人数用の料理を盛り付ける大皿いっぱいに盛られた炒飯であった。

 

 

 

「……これは」

 

「中途半端に余っていた材料を片っ端から入れて適当(あなた好み)に味付けしました。お望み通りの(ジャンク)フードです」

 

 

皮肉気に笑うカレームの説明を悉くスルーして、オルタはレンゲを手に取って黄金の山頂部分をつつく。

 

つついた部分から美しいドームの均衡はほろりと崩れ、レンゲの窪みになだれ込む。

 

そのままはむり、とレンゲを口に含んだ途端、ガツンとくる風味。

 

焦げたニンニクやネギ、油と醤油が舌と鼻に殴りかかってくるような強い味。

 

カレームならまずありえないほど粗雑な味付け──それでも、一級品であることには変わりないのだが──だ。

 

噛むと、水気は残しつつ卵を纏った米粒がパラリパラリと口内で踊る。

 

細かく刻まれた焼豚を噛むと肉の旨味と塩気が、野菜を噛むとその甘味が、卵と米をまた彩った。

 

 

 

ジャンキーな風味を醸し出しつつ、どこか繊細さを捨てきれていないその炒飯は、カレームが期せずして最適解にほど近い品となっていた。

 

が。

 

 

 

「まあ、及第点か」

 

 

 

オルタは顔色ひとつ変えずにもっくもっくとその大山を切り崩していき、何の感慨も見せぬままペロリと食べつくした。

 

カラン、とレンゲが空の皿の上を滑る音が虚空に消える。

 

 

「また来る。次はもっとマシな味になるよう精進するんだな」

 

 

と捨て台詞を残し、オルタは来た時同様に尊大な態度のまま食堂を立ち去った。

 

一人、食事の跡と共に食堂に残されたカレームは、何度目とも知れぬ、しかし間違いなく今日一番の大きいため息をつき、うなだれる。

 

オルタの相手をすることに疲れたというよりは、自らの感情を御することに疲れた、というような。

 

 

 

 

「あンの暴君……いつか絶対あの口から直接"うまい"って言わせてやる……!!」

 

 

 

 

カレームの脳内において、研究レシピの項目に『ジャンクフード』が新たに登録された瞬間であった。





【挿絵表示】



嫌いなもの

「嫌いなもの、ですか……?ええ、食に喜びを見出さない人とは相容れませんし、無茶ぶりな注文をしてくる客とかは大っっっ嫌いですね」


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筋肉と狂戦士とちゃんこ鍋

幕末のバーサーカー……一体何方さんなんだ……。


完全に春になる前にあったかい冬の食べ物を一つ。


ぽかん、と。

 

気の抜けた表情でカレームは目の前の山──主に山の幸で構成された大量の食材を見やる。

 

それを運んできた張本人、レオニダス一世は兜に覆われても察することができる程に満足げな様子で、一緒に抱えていた槍と盾を下ろし、壁に立てかけていた。

 

大の大人二人がかりでも持ち上げるのが難しいのではないかと思われるこの大山をどうして槍と盾を伴う状態で一人で抱えてきたのか、甚だ疑問である。

 

スパルタすげえ。

 

と、呆気にとられていたカレームは、数瞬して正気を取り戻し、首を振って気持ちを切り替える。

 

 

「これはまた随分と……こんなに沢山、大変でしたでしょうに」

 

「いえいえ、これがやり始めたら思いの外楽しくなってきましてな。はっはっは、獣との闘いは久方ぶりで存外燃えました」

 

「ははは……」

 

 

戦いを楽しむといった感覚が今ひとつよくわからず、熱い口調で語るレオニダスに空虚な笑いを返すカレーム。

 

 

「では、ご注文は何です?せっかくの食材です。早速調理いたしましょうか」

 

 

と、世間話をそこそこにして、本題に入る。

 

 

 

 

カルデアの食堂において作られる料理は、基本的にその時の食材の備蓄・消費期限に応じて決定される。

 

人理焼却が成される前から置かれていた食材はどれも基本的には魔術的・科学的な措置が施されており、消費期限はかなり長い。

 

従って、それ以外──レイシフトで赴く外界からもたらされる食材を優先的に消費しなくてはならなくなるのは必然。

 

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

最初にそれに気づいたのは誰だったか。

 

生ものだけでなく、比較的足がはやい加工品や発酵物を自らの工房で作り、持参してくるキャスターまで出てくる始末。

 

今では"食材提供した者のリクエストをきく"というのは、カレームと他のサーヴァント間での不文律となっていた。

 

 

 

が、しかし。

 

 

「いえ、これは自分の分ではなく、マスターに食べてもらうためのものです」

 

 

レオニダスはにべもなくカレームの問いを一蹴してしまった。

 

 

「あら、そうなんですか?でも、マスター一人用にしては随分と多いような……」

 

「あぁ、いえ。少し語弊がありますね。正確にはマスターやマシュ殿、そして私と他のサーヴァントたちで食べるためのものです。ですので料理は今ではなく、明日の昼食にお願いできれば」

 

「なるほど。了承しました。それでその料理というのは?」

 

「えぇ、先日書房で見かけた料理なのですが──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──で、ちゃんこ鍋ってわけか」

 

 

立香は目の前に置かれた鍋の中を覗き込む。

 

鍋の中では白菜や水菜、椎茸やつみれが身を寄せ合い、くつくつと煮立っていた。

 

湯気と共に出汁の香りが立ち上り、トレーニング後の空っぽの胃を容赦なく刺激する。

 

 

「良い筋肉を作るためには良い鍛錬に良い睡眠!そして何より良い食事が肝要です!野菜と肉をバランスよく摂取し、なおかつ食べ慣れてて腹に馴染む食事がベストにしてマスト!よって本日の訓練は、これを昼食として食すことも込みなのです!」

 

 

熱弁するレオニダスは兜を脱いでおり、普段は隠されている精悍な顔つきを惜しげもなく晒していた。

 

 

「これがちゃんこ鍋……先輩の故郷では、スモウ・レスラーたちが食べる伝統的な訓練食だとか」

 

「うーん、間違ってはいないかな」

 

 

知的好奇心に目を輝かせながら、簡易コンロで火にかけられた土鍋に見入るマシュ。

 

 

「まさかカルデアでお鍋が食べられるとは思ってなかったなあ……よく土鍋なんてあったね?」

 

「ふふふ、そこは道具作成スキルの見せどころですよ。レオニダスさんのおかげで具材はたくさんあるので、思う存分お食べ下さい」

 

「まあそりゃあ、たくさんないと無理だろうけど……」

 

 

得意げに笑うカレームから視線を外し、立香は自らの周囲を見渡す。

 

 

マシュ、レオニダスの他に、ベオウルフ、坂田金時、カリギュラにスパルタクスにエイリーク……。

 

筋骨隆々のバーサーカーが揃い踏みで鍋を囲んでいた。

 

 

 

「なんでこのチョイス!?」

 

「当然です!戦いは筋肉を使うもの!ならば戦うサーヴァントたちにも筋肉を育てる食事は必要なのです!!」

 

「確かにバーサーカーは肉弾戦特に多いけども!」

 

 

思わずツッコんでしまった立香に、レオニダスが物凄い勢いで詰め寄っていく。

 

ただでさえ張り詰めた筋肉がひしめき合っているこの空間で、より圧が増した気がした。

 

 

「マスター食わねえのか?なら先に食うぜー」

 

「こういう食事も久しぶりだなァ。ガキん頃を思い出すぜ」

 

 

と、まだ言葉が通じるバーサーカー二人が先陣を切って箸を差し入れる。

 

 

 

 

「むう、その圧政的振る舞い、叛逆である、懲罰である!」

 

「ニク、ニクゥゥゥ!!!!」

 

 

それに続けて、正しい意味でのバーサーカーたる者たちが鍋に手ごと入れる勢いで突っ込んでいく。

 

ものの数秒で食堂は戦場に成り代わった。

 

 

「ほらやっぱりこうなった!!!」

 

「ははは、やはり万夫不当の英雄たちですな!食にも余念がない!」

 

「そういうことじゃないと思いますけど!?」

 

「ほら先輩、先輩の分を取り分けました。早く食べないとなくなっていまいますよ?」

 

「マシュ……いつの間にそんな強い子に……ありがとう……」

 

 

カルデアきっての盾サー(盾サーヴァント)の二人がいつの間にやら用意していたマイ盾で飛び散る出汁の飛沫から立香を守りつつ、マシュからは鍋の具がよそわれた小鉢が渡される。

 

全ての具が満遍なくとられたバランスの良い配膳だ。

 

たくましく育った後輩に感謝と感激の涙を流しつつ鉢を受け取り、阿鼻叫喚の体を示す盾の向こう側を無視して湯気の中に箸を入れる。

 

 

 

まずは白菜。

 

くたくたに煮込まれたそれをつまみ上げると、たっぷりと絡まった出汁が滴り落ちて鉢の中に帰っていく。

 

一口に頬張ると、塩味と鶏ガラをベースにした優しい味の出汁がじんわりと口の中に広がった。

 

はふりはふりと口から熱い吐息を漏らしつつ咀嚼すると、溶けだした白菜の甘味が五臓六腑に染み渡る。

 

水菜はまだ少し食感が残っており、しゃくしゃくとした控えめな歯ごたえを感じる。

 

ぽったりとした大きい椎茸にかぶりつくと、茸独特の旨味が出汁と合わさり、えも言われぬ味となった。

 

少し形が歪なつくねは、口に入れるときめ細かな鶏肉がほろりと崩れ解け、噛めば噛むほど甘い脂が染み出す。

 

中に混ざる軟骨のコリコリとした食感が、煮込まれて柔らかい鍋全体の食感を引き締めていた。

 

 

「おいしい……」

 

 

身も心もあったかくなるような味に、目の前の惨状を忘れ、ほっこりとする立香。

 

 

「身体がぽかぽかする美味しさです……。なるほど、こうやって煮汁が染み出した出汁も一緒に食べることで食材の栄養を余すことなく摂取できるのですね。冬を乗り切るための先人の知恵、大変勉強になります」

 

 

立てた盾に対して背を預けることで守りを維持しつつ、マシュも同じようにほっこりと小鉢をつつく。

 

レオニダスもその筋肉に恥じない健啖っぷりを見せつつ、バーサーカーたちに臆せずおかわりをよそい、マシュと立香に献身する。

 

 

「うぅむ。急な注文にも完璧な形で応える流石の腕前、カレーム殿には感服いたしますなあ。さあマスター!どん食べて、どんどん筋肉をつけるのです!そしてゆくゆくは日本を代表する戦士たるスモウ・レスラーに匹敵する肉体を手に入れるのです!」

 

「うん、それは嫌かな」

 

「何故ですー!?」

 

 

 

 

 

 

 

〆の雑炊の準備をしたカレームが厨房から出てきて、出汁が全て外に飛び散り鍋の中に何も残っていない状況を発見し、おかん属性サーヴァント総勢でのお説教&食堂大掃除が始まるまであと15分。

 

 

 

 

 

 

 




マイルームでの会話2


「主従関係……?それはもちろん!だってバトラーですもの。マスターが私に料理をさせてくれる限り、私はあなたに全力をもって料理を振舞いましょう。
 ……ふふ、そう考えると一番サーヴァント然としているサーヴァントは私かもしれませんね?」


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ドネルケバブin管制室

2カ月近く放置してしまって本当にすみません……!
年度始めは色々と忙しいですね。


誰かの背骨が鳴る音が聞こえる。

 

誰かの深い息が聞こえる。

 

 

倦怠渦巻く重い空気が煮詰まるのは、カルデアのオペレーションルーム。

 

人理焼却後、両の手が2対ほどあれば数え足りるほどになった職員たちは昼夜を問わずに──召喚されたサーヴァントたちの助力があるとはいえ──働き詰めである。

 

普段の特異点の調査・解析から施設維持、果てはレイシフト中のマスターの存在証明など、あまりに多岐にわたる激務に、デスクを発つことすらままならない。

 

マスターやサーヴァントが寝静まった現在も、カルデア代理所長ロマニ・アーキマンを筆頭に、彼らに休みは許されないのである。

 

 

 

とはいえ、彼らは英霊でもなんでもないただの人間。

 

生きていくには魔力だけでは足りず、心身ともにガソリンを必要とするのだ。

 

 

「…………はらへった」

 

「やめて口に出さないで。こっちも辛くなってくる」

 

 

誰かの独り言を皮切りに、あちらこちらから腹の鳴る音や空腹に耐えかねた呻き声が聞こえる。

 

 

「こんな1日24時間労働なんてギャグみたいな状況でこれ以外に楽しみもないんだから仕方ないだろうよ。……ああ今日のメニューは何かなあフフフフフフフ……」

 

「おいこいつ壊れ始めたぞ」

 

「タイピングはまだ正確だから大丈夫大丈夫」

 

「ねーえードクター!おなかがすきましたー!」

 

「そーだそーだ!」

 

「迅速に夜食を所望するー!」

 

「ぅええ!?なんでそれをボクに言うんだい!?」

 

 

突然起こったデモ活動に、たじたじとなるロマニ。

 

 

「どーせドクターのことだから隠れてお菓子とか食べてるんでしょ!ずるい!」

 

「平等なカロリー権を要求する!」

 

「我々は食事のために!食事は我々のために!」

 

「ドクターの!ちょっといいとこ見てみたい!それ差し入れ!差し入れ!」

 

「あぁ、もう!深夜と空腹でよくわからないテンションになってるな君たち!?あとボクはたまにしかお菓子は食べてないぞ!!」

 

「語るに落ちてるんだよゆるふわドクターめ!」

 

 

自分もおかしなテンションになっている何故かキメ顔のロマニに、ヤジと紙くずの嵐が飛ぶ。

 

 

「わわ、わかった!落ち着いて!落ち着くんだみんな!大丈夫、いつも通りならそろそろ――」

 

 

 

「皆さんお疲れ様でーす!嬉し楽しいお夜食の時間ですよー」

 

 

 

 

開いた扉の向こうから、まるで戦士を労り鼓舞するかのような明るい声色と主にやってきた芳しい香りにわっと場が沸いた。

 

 

「キター!!!」

 

「我らの救いだ!」

 

「天使……っ!まさに天の御使いだ……っ!」

 

 

万歳をして喜ぶ者、感謝の涙を流す者……それぞれ反応は違えど、皆同様に彼女──カレームを歓迎する。

 

 

彼女からの毎日の3食とおやつと夜食のデリバリーが、彼らの現在唯一の娯楽なのである。

 

 

 

「いやあ助かった!もう少しでボク秘蔵のおやつの数々が犠牲に……げふんげふん。ところで、今日のメニューはなんだい?」

 

 

 

これ幸いと言わんばかりに、ロマニはカレームへと話題を振る。

 

食事中でも手を離せない彼らのために、一皿で完結する料理や手づかみで食べる料理ばかりが出されるが、今まで全く同じメニューが出たことはない。

 

 

 

「今日はドネルケバブです!きちんとアツアツの出来立てをご提供いたしますよ!」

 

 

カレームがそういいながら再び廊下に戻り、持ってきたワゴンの上には、ピタパン、野菜、ソース、そして──小型回転肉焼き機にセットされた大きな肉塊があった。

 

ゆっくりと自動回転しながらジリジリ焼かれる肉の表面から肉汁の汗が滴り落ちる。

 

それを見た職員たちからの、歓喜なのか恐慌なのかよくわからない絶叫。

 

 

「うわあなんて凶悪な光景──ちょっと待って。そんな機械あったっけ」

 

「今日のために少しの材料と書庫の情報とエジソンさんとテスラさんの知恵と技術を拝借しました」

 

「大概エンターテイナーだなあ君も!?」

 

 

呆れ半分、驚き半分に叫ぶロマニを尻目に、カレームは長いパン切り包丁のようなナイフを手にし、肉の焦げついた部分を丁寧に削り落としていく。

 

 

「その削ったとこだけでもいいからくれええ!!」

 

「いいぞー!もっとやれ!!」

 

「あああ、カロリー高そう……こんな時間にあんなアブラギッシュなものを食べるなんてなんて背徳……」

 

「だがそれがいい!!」

 

「そうか、これがフードポルノ……!」

 

 

まるでストリップショーを見ている酔っ払い客のように白熱していく野次。

 

こげついた面の処理が粗方完了し、本体を先程までとは比べ物にならない程分厚く削ぎだすと、いよいよ会場はヒートアップしていく。

 

内面から赤みの残る肉がまた表れ、そこからまた肉汁が滴る様に、感嘆と歓声が入り交じる。

 

 

「──はい、できました!順番に配りますので、急がず焦らずがっつかず!ゆっくり味わってお食べくださいねー!」

 

 

カレームの声と共に、野菜と肉、そして仕上げにソースがたっぷり入れられたピタパンが差し出された。

 

職員たちは即座に1列に並び、炊き出しを受けているかのようにケバブとドリンクを受け取り、自身のデスクに戻っていく。

 

つい先程までのお通夜のような空気が雲散霧消した、にわかに活気づいた空間で、再び仕事に戻っていく面々。

 

ストレスが発散されると途端に通常運転に戻るこの素直すぎる切り替えの早さも、彼らの強みなのだろう。

 

 

「──はい、ドクター。あなたの分ですよ」

 

「えっ──あ、ああ!ありがとう!」

 

 

呆けてその様子を見ていたロマニは、眼前にずずいっと差し出された食事を認識して、一拍遅れて反応する。

 

わたわたと受け取ると、包装紙越しにじわりと熱が掌に伝わる。

 

 

「……どうやら頭に養分が回っていないようですね。それ食べて少し休憩なさったらいかがです?」

 

「あはは……お言葉に甘えてそうさせてもらうよ」

 

 

呆れと心配が同居した視線でじとり、と睨まれ、引きつった笑顔を浮かべるロマニ。

 

 

「どんなに頼りなくとも、一応あなたはこのカルデアの屋台骨ですからね。それが倒れてしまっては人理修復など夢のまた夢です。生身の人間にできることをわきまえてしっかり養生してくださいな」

 

「さらりと毒を混ぜてくるよねえ……」

 

 

心配しているの貶しているのかいまいちよくわからないカレームの言葉に苦笑しながら、ロマニは手の中にあるケバブにかぶりついた。

 

 

 

ふわりとしたピタパンを噛むと、しゃきりと歯ごたえのある新鮮な野菜をくぐり抜け、分厚い羊肉に到達する。

 

ピタパンの表面に塗された小麦粉が舌を撫でた後、葉野菜のほんの少しの苦みが一足先にやってきた。

 

肉を噛みきると、口の中にトマトの汁気と肉汁、そしてソースが押し出される形で口内になだれ込む。

 

ヨーグルト仕立てで少し甘味のあるソースがスパイスのきいた肉のガツンとした旨味を引き立て、トマトの酸味が全体の味を引き締めていた。

 

更に噛みしめると今度はキャベツの優しい甘味がじんわりと広がる。

 

ボリューム感と栄養バランスを両立した、夜食に相応しい一品だ。

 

 

 

「ん~~~!!!やっぱり君の料理は美味しいなあ!今の食生活が今までの人生で一番充実していると胸を張って言えるよ!」

 

「ふふ、ありがとうございます。毎度毎度そうやって大げさなくらいに喜んでくれるのは素直に嬉しいですねえ」

 

 

自分が腕によりをかけて作っている以上当然の帰結であると言わんばかりに胸を張るカレームを尻目に、もぐもぐと口いっぱいにケバブを頬張り至福に顔を蕩けさせるロマニ。

 

昼夜問わずの戦場である管制室の、ほんの一時の安らぎの時間であった。

 

 

 

「ところで、お肉もう少し余っているのですが……おかわりいる方は?」

 

 

 

このカレームの一言で、すぐに戦乱の渦に叩き落されることになるのだが。

 




絆Lv.1ボイス

「マスター、どうかしましたか?何かご注文があるんじゃないんですか?……あの、何で私のことを見てるんです?」


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バトラー VS. バトラー

お久しぶりです。
リアル多忙とスランプのコンボは本当に勘弁してほしい……。
また少し更新の間が空くかもです。

福袋、皆さんどうでしたか?私は初星5だったオリオンが1年越しに来てくれて宝具レベル2になりました。これがフェイトってやつですか。



今回の話を書くにあたり、少しカレームのキャラを見直して、6話のあとがきに上げていたキャラステータスを一部修正しました。
もう少し情報を出したらどこかにまとめるかもしれません。

ちょっとだけシリアス?かも?





「英霊が料理を作る」ことと、「料理を作る英霊」の違い。


「ねえ、明日のご飯はエミヤが作ってよ」

 

「────────、え?」

 

 

 

立香のその言葉が、全ての始まりだった。

 

 

 

 

 

 

「なん、何でですかマスター!?何で私じゃなくあえてエミヤさんを!?私の、私の料理に、何か不満があるんですか!?」

 

「ち、違うよ!?不満とか無いよ!寧ろ毎日美味しいご飯作ってもらって本当にありがたいし!お疲れ様って感じだし!」

 

 

厨房からカウンターに身を乗り出し、今にも泣きだしそうな顔で詰め寄るカレームに、予想外のリアクションに対する驚きを持ちつつもどうどうと宥めようとする立香。

 

 

「いや、美味しいことには美味しいんだけど、何というか、美味しすぎて気疲れしちゃうというか、たまにはおかんの味が恋しくなるというか……」

 

「誰がおかんだね、誰が」

 

 

ぺしょん、と伏せた犬耳が見えそうなほど落ち込むカレーム相手に言葉を慎重に選びながら紡いでいく立香と、呆れたよう低く呟くエミヤ。

 

 

「あーわかるよーわかる。カレームが作ると肉じゃがも“馬鈴薯と牛肉のだし醤油仕立て~季節の野菜とさやいんげんを添えて~”って感じだもんね。そりゃあ美味しいけど、子供が毎日食べるには背伸びしすぎてるわ」

 

 

と、口を挟むのは洗い終わった皿を拭くブーティカである。

 

 

「そんなぁ……」

 

「ふ、そう落ち込むことはない。不本意だが適材適所、というやつだ。降って湧いた休暇とでも思って明日はゆっくり──」

 

「……きません」

 

「む?」

 

 

低く呟き、肩をわななかせるカレームに違和感を持ち、エミヤは俯いた彼女の顔を覗き込もうとする。

 

しかし────

 

 

 

「──納得いきません!私が召喚された以上、そう易々と厨房を明け渡してたまりますか!」

 

 

 

カレームはぱっと弾かれたように顔を上げ、猛然とした勢いで立香への抗議を続けたのだ。

 

 

「あ、明け渡すってそんなオーバーな……」

 

「オーバーなものですかっ!……私のような雇われ料理人にとって、雇い主が他の料理人に浮気するというのは死活問題なんですよ?

いくら知識や技術が遥か未来のものとはいえ、本職でもない弓兵にお株を奪われるともなれば、たまったものじゃないです」

 

「……ほう?」

 

 

ぷりぷりと怒るカレームに、立香が口を開こうとするのに先駆け、低く応える声。

 

普段では滅多に見ることは無い彼女の感情を顕にした言葉を、しかし聞き流すことはできなかったようだ。

 

 

「確かに私はしがない弓兵の1人に過ぎん──が、それでも料理に関しては一家言ある身でね。マスターからも指名を受けた以上、ここで引き下がるわけにはいかんな」

 

「ちょっ、エミヤ!?」

 

「……そうですね。そういえば貴方とは1度、お互いの力量をしっかり測るべきだと思ってたんですよね」

 

「奇遇だな。私もだ」

 

「えっ、えっ」

 

「あっちゃあ……」

 

 

まるで、厨房(ここ)こそが戦場である、とでも言いたげな、好戦的な笑みを浮かべ、カレームはエミヤを見上げる。

 

売り言葉に買い言葉。

 

両者の間に散る火花にひたすらに戸惑う立香と、苦笑いを浮かべるブーティカは、もはや二人の視界に入っていなかった。

 

 

「マスタぁ、こりゃあ諦めた方がいいよー。英霊っていうのは、どいつもこいつも負けず嫌いなやつばっかなんだから」

 

 

ブーティカの言に呼応するように、両者の目に闘志の炎が灯る。

 

 

 

 

「──勝負です、エミヤさん!貴方の得意分野すら既に私の土俵であるということを、正々堂々証明して見せましょう!」

 

「いいだろう。その土俵が泥で固められたものだということを、身をもって知るがいい」

 

「望むところです!

そうと決まれば話は早い──マスター、リクエストは?」

 

「……へ?」

 

 

とんとん拍子で進む話着いていけずに呆けていた立香は、突然振られた話題に1拍遅れで答えてしまう。

 

 

「エミヤさんにリクエストする予定だった料理です。それを課題料理として、マスターに私たち2人が作った料理を評価してもらいます。今回の趣旨ならばそれが1番適切でしょう?エミヤさんも、それで異存はありませんね?」

 

「ああ、問題ないだろう」

 

「 と、いうことなのでマスター、教えてください──あなたが、エミヤさんに頼んでまで食べたかったものを」

 

 

あ、めっっっちゃ嫉妬してるやんこれ。

 

 

立香がようやっと察した時には既に遅い。

 

さあ!さあ!とカレームが急かす中、少しの逡巡の中で必死に脳内で数多のリクエスト候補をサルベージし、辿り着いた答えを喉から絞り出した。

 

 

 

「……け、けんちん汁……とか?」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはまた……」

 

「わっかりやすいなあ……」

 

 

 

出された2つの椀を覗き込み、思わずといった声をあげるのは、ダ・ヴィンチちゃんとロビン・フッド。

 

カルデアきっての料理人2人が対決という話は瞬く間に吹聴されて広まり、基本お祭り好きばかりのサーヴァントたちが食堂になだれ込んで野次馬兼審査員に名乗り出た。

 

想定を遥かに上回る量も見事に作りきった二人それぞれのけんちん汁が椀にもられ、各サーヴァントと立香の前に置かれている。

 

評価に公平を期すために、お互いがどちらの椀を作ったかは伏せたものの――二人の料理を知っている面々からすれば、そんなルールはあって無いが如し。

 

 

片や、味噌仕立て。濁った汁の中にごろごろと大量の具が入っている、レシピの見本写真のようなスタンダードな出来。

 

片や、醤油仕立て。透き通った汁の中に、中央に寄せられるように細かく刻まれた具が少し盛られた、京懐石膳の隅で存在を主張していそうな繊細な出来。

 

 

外見だけでも十二分にその作り手が透けて見える料理に、各々が手を伸ばし、箸を伸ばす。

 

立香も同様に椀を持ち上げ、縁に口をつけた。

 

 

まずは、エミヤ作と思わしき味噌仕立て。

 

温かい、口当たりの良い白味噌が柔らかい甘味を伴って口内に染み渡る。

 

煮込まれた大根や人参のホクホクとした食感。

 

椀の中でころころと転がる里芋のねっとりとした口当たり。

 

ささがきにされたゴボウのシャッキリとした、あるいは手で千切られた歪な蒟蒻のくにくにとした歯ごたえ。

 

それぞれが、どこか懐かしさを感じさせる、立香の求めていた“お袋の味”そのものだった。

 

 

対するは、カレーム作の醤油仕立て。

 

ほぼ透明の汁からは想像もつかない、凝縮された味が口内に弾ける。

 

合わせ出汁の海の味と、大豆の大地の味が緻密に絡まり、ほんの少しただようごま油の香りがより一層風味を彩った。

 

エミヤ作に比べて具の占める割合は少ないものの、噛めばしっかりと味が出る椎茸や、舌で押すとほろほろと崩れる木綿豆腐など、存在の主張の強さは負けていない。

 

どころか、それらの具材が出汁の風味を上手く支え、一椀で料理として完結させている。

 

圧倒的な完成度。

 

よしんば人理がまだ残っていたとして、外界の高級料亭で同じ料理を出されたとしても、ここまでの味が期待できるのかと手に取ることを逡巡してしまうだろう。

 

 

 

「うん、やっぱり私はこちらかな。同じ芸術家として、この緻密さを貴ばずして何とする!ってね」

 

 

やはりというべきか、そう言ったダ・ヴィンチちゃんを筆頭に、研究者気質の強いキャスタークラスや、舌が肥えてる王侯系サーヴァントたちは軒並みカレームに票を入れた。

 

一方で。

 

 

「そりゃあ味がいい方がどっちかって聞かれるとそう答えざるを得ないんだが……今回は『どっちが好みか』、でしょ?なら、オレはこっちを取りますかね。不本意だけど、お堅いのは苦手っすわ~」

 

 

と、エミヤに票を入れる者も少なくない。

 

票は見事に割れに割れた。

 

 

 

しかし、事の発端を考えるとこの勝負に決着をつけられるのは1人だけである。

 

皆が一様に注目する中──静かに立香は椀を置く。

 

眉間に固く皺を寄せたまま、目を伏せて沈黙を保つ彼を、皆が固唾を呑んで見守る

 

両肘をテーブルにつき、いわゆるゲン〇ウポーズのまま固まり、数刻。

 

 

 

「…………マスター?」

 

 

 

痺れを切らせて声をかけたのは、誰だっただろうか。

 

それにもなお答えない立香に、宝具を纏ったロビンがそっと忍び寄り──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このバカ、悩みすぎて知恵熱起こしてやがる!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ!!?」

 

「ちょっ、嘘でしょ!!?」

 

「メディック、メディ―ック!」

 

「急患ですか!!!!!!」

 

「ナイチンゲールさんはお引き取り下さい!!」

 

「ドクターんとこに連れて行くぞ!!!」

 

 

 

一気に場が騒然となったのも束の間、すぐさまサーヴァントたちが顔を真っ赤にしてうんうん唸っている立香を担ぎ上げ、ばたばたと医務室に飛び出していった。

 

厨房にいたことから初動が遅れた2人だけが取り残され、唖然とした様子で遠ざかる喧噪を見送る。

 

 

「……これは、今回は引き分け、ですかね?」

 

 

ちらり、と伺い見上げるカレームに、エミヤは短く嘆息する。

 

 

「勝負自体はそれで構わんが……結局のところ、今回の主題は明日の調理担当だろう?しかし、決定権を持つマスターがああでは──」

 

「あぁ、そのことでしたら、エミヤさんがお願いします。当初のマスターの要望ですし、今回でエミヤさんの料理を望まれる方も多いことがわかりましたから」

 

「……これまた、あっさりと引き下がるものだな?先程の威勢はどこへ行った?」

 

 

勝負前の剣幕とは打って変わって殊勝な態度をとるカレームを訝し気な目で見やるエミヤ。

 

その視線に対して気まずげに顔を逸らしたカレームは、しどろもどろに答えを返す。

 

 

「いや……その……調理中に頭が冷えたと言いますか、理性が戻ってきたと言いますか……。すみません。外交官の懐刀(アサシン)としての私ならあそこでちゃんと聞き分けられるのですが、キャスター……料理人、料理研究家としての側面が強調されたこの状態だと、どうしてもあそこで引き下がれなくて……」

 

「どんな英霊でも、難儀であることに変わりはない、か……」

 

「う、うう……すみません……」

 

 

本当に申し訳なさそうに落ち込む彼女の様子に嘘はないと見て、しかしまだ残る疑問点を問う。

 

 

「……しかし、料理研究家というのなら、それこそ私の料理をそのまま上位互換することもできたんじゃないのかね?それならば、マスターをあそこまで迷わせることもなかっただろうに」

 

 

 

「────それは、だめです」

 

 

 

不意に、カレームの語気が強まった。

 

 

 

「だって、そんなことをしたら──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……、何?」

 

「エミヤさん。私のことを以前から史実で知っていたのならば、疑問に思ったことはないですか? 何故、貧民街で路頭に迷う小娘が、王侯貴族に召し上げられるまで登りつめたのか。何故、敗戦国たるフランスが、ウィーン会議で土地を失うどころか、セネガルを獲得できたか。

 

 

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「────ッ!」

 

 

背中に冷たいものが這い上がる感覚に戦慄するエミヤに対して、にこり、と何でもないように笑うカレーム。

 

 

「安心してください。マスターに普段お出ししている料理は、全力では作っていますが()()は出していません。私の料理でマスターに満足してもらいたい気持ちは嘘ではありませんが、だからと言って結果的にマスターを不幸にしてしまうのは本意ではありませんから。

 ──でも、ここまで言ったらわかるでしょう?もし、私がエミヤさんの──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんてことは」

 

「…………」

 

「ですから、今後マスターが同じような要望をしてきた場合はエミヤさん主導でお願いできますか?私は今まで通り、『繊細で高級感のある、ちょっと背伸びした料理』を作るので」

 

 

 

「……これは、マスターもとんだ狸を掴まされたようだな」

 

「うわ、仮にも女性にそんなこと言います?」

 

「文句があるなら、マスターたちが置いていった食器の片づけと、明日の下準備を手伝ってくれたまえ」

 

「あ、それならいつでもやらせてもらいますよ!任せてください!」

 

 

 

エミヤの言葉に、カレームは袖をまくって応える。

 

明日の食卓には、きっと団らんそのものが詰まったような、温かい料理が並ぶのだろう。

 

そんなことを考えた、1人の弓兵と、1人の料理人の夜は、更けていった。

 




霊 基 再 臨


セイントグラフ進化


【挿絵表示】



「ありがとうございます!お礼にケーキでも焼きましょうか?」


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天を突くパンケーキ

バニヤンちゃん可愛い……可愛くない?

あまりに可愛すぎて勢いのままに書いてしまいました。後悔はしてない。
美味しいもの食べて幸せになってほしいキャラが多すぎる……。


カルデアでは、新しいサーヴァントがいつの間にか闊歩していることが多い。

 

マスターが召喚した者もいれば、あちらから勝手に押しかけて来た者まで。

 

 

そして今日も、新しい仲間が増える。

 

 

 

「アンシャンテ……私、ポール・バニヤン」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「バニヤン!バニヤン!えへへ、新しいおともだちだ!」

 

「ええ、新しいおともだちだわ!なにをして遊びましょう?」

 

「うわー……目が回るよう……」

 

 

くるくると、バニヤンと両手を繋いで喜色満面に回転するのは、アサシンクラスのサーヴァント、ジャック・ザ・リッパー。

 

本来なら山にすら匹敵する巨体のサイズを縮め、ごく普通の幼子のような体格のバニヤンは、なされるがままに振り回されている。

 

それをニコニコと見守っているのは、フリルがあしらわれた子供らしいドレスに身を包むキャスタークラスのサーヴァント、ナーサリー・ライムだ。

 

 

「おままごと?おえかき?ああ、パジャマパーティーなんていうのもいいわ!考えるだけでウキウキしちゃって、お空に飛んで行ってしまいそう!」

 

「鬼ごっこも楽しいよ!かくれんぼも!ねえねえ、バニヤンは何が好き?」

 

「好きなこと……みんなが笑顔なら、何でも好き。あと、パンケーキ」

 

「「パンケーキ!」」

 

 

全力の歓迎にやや照れたようにはにかみながら答えるバニヤンに、ジャックとナーサリーは輝かせた目で顔を見合わせ、お互いの考えを全て理解したようにニッコリと笑う。

 

 

「じゃあ、決まりだね!」

 

「決まったのだわ!最初はお茶会にしましょう!紅茶を飲んで、お菓子を食べて、たくさんおしゃべりするのよ!ああ、なんて素敵!バニヤンのために、コックさんにたっぷりパンケーキを焼いてもらわなきゃ!」

 

「うん!バニヤン、行こう行こう!」

 

「パンケーキ……!たくさん、食べれるの?」

 

 

2人に手を引かれながら、バニヤンは好物への期待に目を煌めかせる。

 

その様子に、ジャックとナーサリーの笑みも自然と深まった。

 

 

「もちろん!」

 

「なんてたって──」

 

「「わたしたちのコックさんは世界一のコックさんだから!」」

 

 

 

***

 

 

「「コーックさん!!」」

 

 

綺麗に揃った、子供特有の甲高い声に、カレームは振り返った。

 

食堂の扉は開いているが、そこに人の姿は見えない──と、思っていると、死角となる壁から、ひょっこりと3つの頭が縦に並んで飛び出てきた。

 

そのあどけない仕草に顔を綻ばせつつ、手に持っていた食材を調理台に置き、手をエプロンで拭きながら厨房を出る。

 

扉の前まで近づいたところで身を屈め、中腰の姿勢で3人に笑む。

 

 

「これはこれは、随分と可愛らしいトーテムポールですね。そちらの緑帽子のお人形さんは初めましてですか?」

 

「バニヤンだよコックさん!」

 

「新しいおともだちなの!」

 

 

喜々として答えるジャックとナーサリーとは対照的に、バニヤンは壁に顔を隠しつつ、おずおずとカレームを仰ぎ見る。

 

 

「あ……アンシャンテ……ポール・バニヤン、です」

 

「Enchanté!私はアントナン・カレームといいます。よろしくお願いしますね。

 普段はここで皆さんにお料理を作るコックなんですよ。」

 

「コックさんのお料理、とってもおいしいんだよ!」

 

「コックさん!バニヤンはパンケーキが大好きなんですって!お茶会をするから作っていただけないかしら?たくさん食べるバニヤンのために、山のように!絵本で出てくるような、ふわふわがいいわ!」

 

「それはそれは、素敵ですね!では、小さなお姫様たちのために腕によりをかけて作りましょう!

エミヤさんから貴女の健啖っぷりはお聞きしています。藤太さんのご協力で材料もたっぷり揃えていますから、遠慮なくお食べくださいな。」

 

「「やったー!」」

 

 

手を振り上げて喜びながら、カレームの脇を抜けて食堂に駆け入る2人に続き、バニヤンも壁から身体を離して食堂内に踏み入る。

 

カウンターに備え付けられた脚の長い椅子によじ登ったところで目に入ったのは、厨房に戻り、両腕でようやっと抱えられる程の大きなボウルを出してきたカレーム。

 

片手で2個も3個も卵を持って次々に割入れていき、もう片手で粉を振るう。

 

流れるような動作に、3人が3人とも目を輝かせて魅入った。

 

あっという間に大量のタネが出来上がり、お玉でひとすくいしたものを熱したフライパンに投入すると、生地の香りと、溶けたバターの香りがぶわりと立ち上がる。

 

ぷつぷつと気泡を立て膨らむ生地を返すと、ムラのないきつね色に、歓声が上がった。

 

二枚、三枚と焼きあがったものをそれぞれ皿に移し重ね、再びバターを一欠片。

 

とろりとハニーディップに絡められた蜂蜜が滴り、琥珀が側面の階層を滑り落ちる様を三人同様にまじまじと見つめながらも、その緩慢さすらじれったいように、カウンター下でぱたぱたと足が動く。

 

 

「早く!早く!」

 

「ふふ、はいはい、もうじきに出来ますよー。

――どうぞ。おかわりもどんどん焼いていきますからね!」

 

「わーい!なのだわ!」

 

 

3人各々の前に出される、分厚い三枚重ねのパンケーキ。

 

焼く片手間に作られたホイップクリームと、飾り切られた果物、そしてミントが添えられている。

 

 

「ふわぁ……すごい。美味しそう……!」

 

 

目にも美しい皿を前に、バニヤンは甘い匂いを肺いっぱいに吸い込んで、期待と感嘆に目を輝かせた。

 

 

「コックさんの作るごはんは何でもおいしいんだよ!」

 

「ああ、もう待ちきれないわ!早く食べましょう!」

 

「うん!じゃあ──」

 

「「「いただきまーす!!」」」

 

 

手に持ったナイフでパンケーキを大きく切り分け、口に頬張る。

 

 

「……すっごいふわふわ!おいしい!」

 

 

たっぷり空気を含んだスポンジ状の生地が、卵とバターの風味を口中に振り撒きながら優しく歯を押し返してくる。

 

蜂蜜が滲みこんで色が変わった箇所を食べると、きめ細かい気泡に詰まっていた蜜がじゅわりと溢れだし、口が蕩け落ちるような甘さがペッタリと舌に張り付いた。

 

生地の温かさで溶けたバターの塩気が時折やってきて、飽きることなく両手を動かしてしまう。

 

 

「あま~い♡ おいしいね!」

 

「おいしいわねジャック!このフルーツも可愛くてとってもすてき!」

 

 

花弁のように切られた色とりどりの果物を、純白のホイップと共にパンケーキの上に乗せると、それはいつかの絵本で見たような、憧れの姿のパンケーキ。

 

ベリーの甘酸っぱさ、バナナのもったりとした甘さ、オレンジの爽やかさ、クリームの口当たりの良い柔らかさが、パンケーキの素朴な味を彩る。

 

 

「おかわり!もっとちょうだい!」

 

「はい、どうぞ」

 

 

バニヤンたちがぺろりと平らげる端から、カレームは持った手首にスナップを効かせてフライパンを振り、焼き上がったばかりのパンケーキたちを寸分違わぬコントロールで皿の上に飛ばしていく。

 

ポンポンと、焼きあがっていくパンケーキが次から次に積みあがっていき、やがて塔の如き様相に。

 

バニヤンはその大量のパンケーキを、追加されたチョコレートソースやベリーソース、そしてダージリンと共に、ミントも残さず余すことなくたいらげていった。

 

 

 

***

 

 

「はふぅ……おなかいっぱいだよぉ……」

 

 

ボウルいっぱいに作った生地のほとんど全てを見事に飲み込んだ腹を撫で、バニヤンは満足げに息を吐く。

 

 

「おいしかったわコックさん!素敵な時間をありがとう!」

 

「いえいえ。またお茶会をする時にはお声掛けくださいね?」

 

「もちろんよ!また甘いお菓子を作ってちょうだい!」

 

「ふぁー……ねむくなってきちゃった」

 

「わたしも……」

 

 

ナーサリーとカレームが早くも次のお茶会を約束している傍らで、バニヤンとジャックは満腹の気怠さにそのままうつらうつらを船を漕ぎだした。

 

 

「もう、ふたりともおこちゃまなんだから!

 ……そうだわ!お茶会の次はシエスタをしましょう!それがいいわ!マスターのベッドでお昼寝するのよ!」

 

「あ、それいい!おかあさんのおふとんでおひるね!」

 

「そうと決まれば早く行きましょう!ほら、バニヤンも!」

 

 

決まるやいなや、子供特有のフットワークの軽さであっという間に駆け出してしまう二人。

 

バニヤンもすぐに彼女たちの後を追おうとする――が、ふと足を止め、カレームに振り返る。

 

 

「コックさん、パンケーキ、とってもおいしかった……です。メルシー」

 

De rien(どういたしまして)!喜んでいただけたなら何よりですよ」

 

 

いじらしく控えめに笑うバニヤンに、カレームも満面の笑みで返す。

 

 

「それで、えっと……その、」

 

 

もじもじと、後ろ手に指をいじるバニヤンを急かすことなく、カレームは薄い笑みのまま、じっと待つ。

 

 

 

「……ま、また、作ってくれますか」

 

 

小さく呟かれた言葉に、カレームは穏やかに笑んだ。

 

 

 

「──ええ、もちろん。あなたが望むなら、いつだって」

 

 

 




レベルアップ

「また腕が冴えてしまいますね!」


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チーズの乱

現実世界はクソ!!!!!!おれは寝るぞジョジョーッ!!!!!!
(訳: リアル忙しすぎて更新遅くなりましたすみません。多分また更新遅くなります。眠い)


ところでチーズ消費世界1位ってフランスらしいですね。


「あ────!!もう!なん!なの!よ!!!」

 

 

食堂にて、怒声を振りまき、流れるような桃色の髪を振り乱しながら目の前の皿を貪り食う女が1人。

 

均整のとれた完璧な肉体のどこに入っているのかも知れない量を飲んでは食い、食っては飲む。

 

カルデアきってのワガママ女王、メイヴ恒例のヤケ食いタイムである。

 

 

「また一段と食べますね……今度は何があったんです?」

 

 

新しい皿を運びつつ問うカレームに、メイヴは空になったジョッキをテーブルに叩きつけながら睨め上げることで応える。

 

 

「何が、ですって……?あんたが!あいつに!あんなものを渡すからこんなことになってるのよ!!」

 

「あんなもの……?」

 

「チーズよ!チーズ!!あのでっかいチーズ!!」

 

「チーズ……?……あ、あぁー……」

 

 

しばし逡巡したカレームだが、察しがついた瞬間に、納得と嘆息が入り交じった声を上げて目をそらした。

 

 

 

 

事は、数日前に起こったイシュタルカップ──もとい、駄目神の暴走による大迷惑騒動に端を発する。

 

自国コノートに金星のテクスチャを被せられたメイヴが激怒し、レース参加者たちを、彼女自らが長を務める監獄に収容してしまったのだ。

 

そして、参加者たちが脱獄を試みる中で──モニター越しに、カルデア側の観客全員に周知されてしまった

 

 

 

女王メイヴの死因が、チーズだということが。

 

 

 

ここで重要なことは、その逸話が公表され、実際にチーズを用いて暗殺されかけた場にいたのは、カルデアにいるメイヴとはまた別に、サーヴァントとして召喚された彼女であるということである。

 

更に、当のカルデア所属のメイヴは自らが主役となれない舞台を好まず、レースの観戦には訪れていなかった。

 

それが何を意味するかというと──。

 

 

 

「レースが終わって帰ってきて、皆が私を見て笑いを堪えるようだったり、憐れむような顔を向けてくるから何かと思えば、突然あのバーサーカーがチーズ持って追いかけ回してきたのよ!?この女王たる私を!その時の私の気持ちがわかるかしら!?わからないわよね!?

ちょっと水着になったからって調子乗って!!あーもう!ムカつくったらないわ!!」

 

 

肩を戦慄かせながら憤るメイヴ。

 

対してカレームは、心当たりのある数日前のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

イシュタルカップが幕を閉じた直後、即座に食堂に来た水着バーサーカー……第ロック天魔王こと織田信長がチーズを強請ってきたのである。

 

 

「酒のつまみにちょいとなーほしいんじゃよなーなるべくでかいやつがいいかのー切るとか面倒じゃろうから丸ごとで構わんぞー」

 

 

などと嘯く──いや、本人としては本気なのだろうが──彼女に、屋台の後片付けに追われながらおざなりに受け答えしてしまったのが運の尽き。

 

 

「酒盛りしようぜ!これつまみな!」

 

 

と、パルミジャーノ・レッジャーノを抱えてメイヴを追いかけ回す魔王の出来上がりである。

 

 

 

──最もタチが悪いのは、彼女自身にはメイヴを貶める気が全くないという点だろう。

 

むしろ本当に酒を飲み交わして親睦を深めるつもりであり、宴会芸のウケ狙いでチーズを持ち出してきたにすぎない。

 

なにせ、死因弄りが鉄板ネタだと信じて疑わない連中筆頭である。

 

よくつるんでいる人斬りの吐血を臆面もなくイジるし、自分の死因も進んでイジって笑いをとろうとする。

 

脳の髄までぐだぐだしている彼女とメイヴの間には、自らの死に対する姿勢に関してマリアナ海溝より深い溝がある。

 

蹴り飛ばすこともできない圧倒的物量をもってサーヴァントととしての弱点を振りかざしながら迫られては逃げの一手しかない。

 

反撃もままならず、思うようになされるがままの状態によるフラストレーションは溜まるばかりで、それを発散させるためのヤケ食い、というわけである。

 

 

「元はといえばあんたが原因なんだから、ちゃんと責任取ってなんとかしなさいよ!」

 

「えぇー……?そう言われましても……そもそも、信長さんはそんなに悪意を持ってる訳では無いと思いますよ?」

 

「悪意もなしにやる方がタチ悪いわよ!」

 

「うぅーん……それはまあ……」

 

 

フォローはできない。

 

しかし、本当に彼女に悪意がないことは、生前から幾度も外交の場に伴っていたカレームにとっては承知の上である。

 

信長は完全な善意のもとのコミュニケーションに最悪手を選んでしまい、当然の如くそれをメイヴが拒絶している。

 

このままでは両者共に現在の距離感のまま、膠着に至ってしまうだろう。

 

そう、メイヴ自身が、歩み寄りの姿勢を見せない限り。

 

 

ならば──ここからは、外交の担い手の出番である。

 

 

「じゃあ、こちらが信長さんを怖がらないようになればいいのでは?」

 

「はあ?」

 

 

名案を思い付いた、と言いたげにパンッと手を合わせるカレームに対し、メイヴは不機嫌さを隠そうともせず、その美しい(かんばせ)をこれでもかとしかめた。

 

 

「彼女が追いかけるのは貴女が逃げてしまうからです。なら、とりあえず彼女から逃げなくなれば追いかけっこの図式はなくなりますよね。その状態ならば、少なくとも貴女ほどのサーヴァントが一方的にやられることはないでしょう?」

 

「当たり前よ!私は女王!あんなお調子バーサーカーにただでやられるわけないでしょ!あいつがチーズさえ持ってなければね!!」

 

「そこですよ。貴女が信長さんから逃げる理由は彼女自身ではなく、彼女が持っている()()()ですよね?ならば、チーズを怖がらないようにすれば、この問題は簡単に解決するはずです」

 

「私だって好きで逃げてるわけじゃないわよ!!あんたもう忘れたの?チーズがぶつかれば死ぬのはもう'法則'としてこの霊基に刻まれているし、見れば身体が勝手に動くのよ!」

 

 

その言葉を待ってましたとばかりに、普段ではあまり見られない程にんまりと、カレームは笑んだ。

 

 

「おやおや、貴女こそ、お忘れですか?──貴女の目の前にいるサーヴァントは、こと食事に関することならば最優なんですよ?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

ふつふつ。

 

ふつふつ、と。

 

小鍋に満たされた乳白色が、控えめにその水面を波立たせる。

 

鍋の底を炙るガスコンロの脇には、茹でられた野菜とソーセージ、厚切りのベーコンが並べられた皿。

 

 

「……なにこれ」

 

「何って、チーズフォンデュですよ。固形じゃない分、拒絶反応は控えめなんじゃないんです?」

 

 

その鍋を正面に据えるメイヴの問いかけに、カレームは何となしに応える。

 

 

「まずはチーズ=固くてぶつけられると死ぬもの、というイメージを払拭してもらいます。そして、食事という形で体内に取り込むことで、チーズに対する外敵意識を緩和しましょう。

これでチーズを見た時に起こる動揺や精神的ストレス、またはそれらによって起こされる一瞬の身体の硬直などを解消できれば、戦闘時にもプラスに働くと思いますよ」

 

「……あんた、存外に口が上手いわね。政治の経験でもあるのかしら?」

 

「まさか、私はしがない料理人ですよ。ただ、腹が立つくらいに腕が立つ方を知っているだけです」

 

 

言いつつカレームはフォンデュフォークをブロッコリーに突き刺し、チーズの海にくぐらせる。

 

茹で上がって鮮やかな緑を放つ蕾の一つ一つにチーズが絡まり、白く覆われていく。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

細く糸を引いて滴り落ちるチーズを、フォークをくるくると回すことで切り、湯気を立てるブロッコリーをメイヴの眼前に突き出した。

 

一瞬構えたように身を硬直させたメイヴだが、鼻の先の近距離から漂う芳しい香りには抗えなかったようで。

 

いいように乗せられていると自覚しながらもブロッコリーを一口で頬張った。

 

「はふっ、あつ……あ、おいしい」

 

「でしょう?」

 

 

融点を超える熱を帯びたチーズをしばらく口の中で転がして冷まし、咀嚼していたメイヴからぽろりと出た言葉に、カレームはここぞとばかりに食いついた。

 

 

「信長さんのことが無いにしても、こんなに美味しいものを食べないのはもったいないですよ!あとは御自由にお食べ下さい。私は他の料理の支度がありますので」

 

 

持ち手を反転させてメイヴに手渡し、厨房に下がっていくカレーム。

 

一人チーズと対峙したメイヴは、具材をフォークに突き刺し、果敢に挑んでいった。

 

チーズの海にくぐらせ、頬張る。

それだけで何故こんなにも心が魅了されて止まないのか。

 

とろり、ねとりと口の中に溢れるチーズの、塩気と発酵物特有のほんの少しの酸っぱい風味。

 

喉が渇くほどの粘度の高い味を、茹でられた野菜の水気、ベーコンやソーセージの肉汁が優しく癒していく。

 

ブロッコリーやニンジンなどの野菜は砂糖が入っているのかと思うほど甘く、軽く噛むだけで静かにくずおれてチーズの濁流に飲まれていく。

一方でベーコンやソーセージは表面が炙られており、干上がった表皮を食い破れば一転肉汁が溢れ、口内で二種類の濁流がぶつかり合う。

 

数多の男を惑わし、魅了してきた女王の心は、今、目の前の料理にのみ囚われていた。

 

 

(くっ……この私がここまでいいように乗せられるなんで……しかもキャスターに!本来こんな目の前にチーズが置かれたならその場で蹴飛ばしてるところよ!)

 

 

などと内心とてつもなく悔しがりながらも、フォークをチーズにくぐらせる手はとまらない。

 

 

だが、次の瞬間に目にした光景には、流石に動きが硬直した。

 

 

 

カレームが厨房からこちらに転がしてくるワゴンに乗った──半月形の巨大なチーズに。

 

 

 

突然、明確な形を持って現れた天敵に、メイヴはほぼ反射で立ち上がり、距離をとる。

 

 

「わっ、わっ、落ち着いてくださいメイヴさん!大丈夫です!ぶつけたりなんかしませんから!」

 

「じゃあ何なのよそれは!!あんた、もしかしてあのバーサーカーとグルなわけ!?二人して私をハメようとでもしてるんでしょ!」

 

「違います違います!!そんなことは誓ってしてません!!これも料理ですよ!」

 

 

総毛立てて威嚇するネコのように警戒心を跳ね上げたメイヴに、カレームは慌ててどうどうと宥める。

 

彼女の言葉を裏付けるように、チーズは何やら特殊な装置に設置され、その切断面が熱せられており、ふつふつと泡立っているのが見えた。

 

 

「ラクレットという、私の国でもよく食べられてる料理です。こうやって、溶けた部分から削っていって……」

 

 

言葉ととも実践すると、とろ~~~りとチーズが緩慢な雪崩のごとく流れていき、皿の上に乗ったじゃがいもの上に降り注ぐ。

 

完全に溶けたチーズの虜になってしまっているメイヴは、それを見ただけで、自然を喉を動かしてしまう。

 

 

「これなら、固形チーズを目の前にしても食べられるかと思いまして。さあ、どうぞ」

 

「うう……うぐぐぐぐ……」

 

 

先程まで自身が座っていた席の前に置かれた皿に、警戒よりも欲が勝ったメイヴは再び席につき、フォークを突き刺した。

 

 

──ワインで希釈された先程のチーズとは比べ物にならない、純度100%チーズ!

 

暴力的なまでの濃厚な風味と少し焦げた部分からくる仄かな苦みが口いっぱいに押し寄せる。

 

同時に口に放り込んだじゃがいもも、咀嚼するとほろほろと崩れ、中からほくほくと熱い芯が現れる。

 

この優しい食感と甘味が、またチーズに合うのだ。

 

 

「うううう~~~!!こんなのずるいわよ!!美味しいに決まってるじゃない!!」

 

 

掌で転がされる屈辱と抗えない多幸感の板挟みで、メイヴはいよいよ半べそをかきながらチーズを口いっぱいに頬張るのだった。

 

 

 

──と、そこに。

 

 

「お!なんじゃなんじゃ、良い匂いがするからもう夕餉(ゆうげ)かと思えば、メイヴお主罰ゲームかなんかかそれ!」

 

 

謎ウェポン、ヘシkill・ハセーベを肩に担ぎ、スカジャンに身を包んだバスターみ溢れる夏モードなカオスバーサーカー、織田信長が顔をひょっこりと出してきた。

 

無論、ハセーベを担いでいる方とは逆の腕に、巨大チーズを抱えながら。

 

 

「げっ!元凶バーサーカー!」

 

「この第ロック天魔王を前にして『げっ!』とはなんじゃ『げっ!』とは!儂の宴の誘いも悉く突っぱねおって、世が世なら打ち首獄門でも是非もないんじゃからネ!

 ――しかしあれじゃな、罰ゲームのわりにはうまそーにヒョイパクヒョイパク食べとるのう、チーズ。おぬしがそんなにリアクション薄いなら、宴会芸にもならんし、せっかく儂が用意してやった()()もお役御免ではないか!つまらん!」

 

「宴会芸って……あんたそんなことのためにチーズ持って私追い回してたわけ!?」

 

「?それ以外に何がある?こんな面白いネタ使わん手はないじゃろう!」

 

「信長さん、もうそのチーズ使わないなら返してくださいよ。せっかくですし、今からそれでお二人にチーズグラタンでも作りましょう」

 

「あ、儂それ知っとる!小麦粉を小麦粉に混ぜたやつを小麦粉で包んで油で揚げて小麦粉に挟んだロックな食い物のアレじゃろ!」

 

「あんな頭悪い料理は作りませんよ」

 

「ソンナー」

 

 

 

──あ、まじでこいつタチが悪いだけだ。

 

 

暴風雨に理屈などない。

 

本来は聡いメイヴには、このやりとりで全てを察するには十分だった。

 

同時に、怒りを通り越した安堵やら呆れやらで全身の力が抜け、長いため息と共に机に突っ伏した。

 

 

「私の今まで逃げ回ってた労力と怒りの精神的疲労は何のために……」

 

「だから言ったでしょう。信長さんはこういう人なんですって」

 

「……あぁー!もう!!馬鹿らしくなってきた!この食堂のチーズありったけ持ってきて!!今日はとことん食べるわよ!!」

 

「お!いけるクチじゃなおぬし!給仕!儂にも酒と肴を持ってこい!宴じゃあ!」

 

「誰のせいだと思ってんのよ!でも私も飲む!ワイン持ってきて!」

 

 

ギャイギャイと、二人だけのはずなのに随分と騒がしくなったフロアを背にしつつ、カレームは夕食のメニューボードを書き換えた。

 

 

 

──本日、チーズフェアやってます。

 

 

 

 




聖杯について
「聖杯……そういえば、ずっと気になってたんですよね。あれ、ワインを注ぐとどんな風味になるんでしょう?」


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魔術師と料理人のクリスマス

メリークリスマス!皆さんいかがお過ごしですか?

私は先日fgo冬祭りに行ってきました。現実世界で回って光る乖離剣エアを見たり、通常運転なリヨぐだ子を見たり、玉藻のモーション改修後を一足早く見たりと楽しかったです!

え?クリスマス当日の予定?投稿してる時点でお察しくださいよハハハ


「──で、き、たぁー!」

 

 

達成感と疲労感に満ちた声を上げ、バタリと食堂の床に背中から倒れ込むカレーム。

 

日頃からは考えられない奇行に、もしここに誰か通りがかればぎょっとした目で彼女を見ることだろう。

 

──そして、その次には彼女の前に鎮座する()()に、目を奪われることだろう。

 

 

 

人の背丈よりも遥かに高い、クリスマスツリーを模したような絢爛豪華なオブジェに。

 

 

「お疲れ様、でした……お互いに」

 

 

と、床に寝転がったままで大きく伸びをするカレームにテーブルから声をかけるのは、ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。

 

普段から穏やかで表情の機微が分かりづらい彼だが、しかしその顔と声音には疲労が透けて見える。

 

 

「さすがにサーヴァントの身とはいえ、三日三晩の魔術行使は辛いものがありますね」

 

「無茶させてしまってすみませんでした……。でもおかげで三日で完成まで持ってこれたので感謝しきりですよ。ありがとうございます。私1人なら5日間はかかりっきりでしたね」

 

「いえいえ、こちらとしてもお役に立てて何よりです。私の持つ力を人の歓びに使えるのなら、それが私の歓びですから」

 

「本当に助かりましたよ。料理はともかく、()()()()()()に関しては経験のない方が多くて……」

 

 

カレームはようやっと上半身を起こし、両腕でその身を支えながら目の前のオブジェを見上げる。

 

 

基本形は樹木を(かたど)っているが、表面を純白に覆われている様は豪奢な石膏像を思わせる。

 

陶器のようにつるりとしたその表面には宝石のような輝きを放つオーナメントや、ソリの手綱を繰り空を翔るサンタクロースの精密な人形、赤と白のポインセチアの花弁と葉がいたるところに散りばめられており、そして頂点には煌めく星が飾られている。

 

 

 

()()()()()()()()()()()と言われて、何人が即座に信じることが出来るだろう。

 

 

 

「しかし便利ですねえ錬金術って。飴もチョコも、特殊な道具も使わずに簡単に溶かして好きなように固められて……私も勉強しよっかな」

 

「錬金術はもともと台所のものを利用して行われたのが始まりとされてますし、調理との親和性はかなり高いのですよ。とは言え、貴女の技量があればわざわざ学び直す必要もないかと思いますが。……そもそも、貴女の()()でこんなもの一瞬で出来るでしょう?」

 

「そりゃ出来なくはないですけど、あれ頭の中で全部構築しなきゃいけないからしんどいんですよね……。基本的に私は手を動かしながら考えるタイプなので。

──それに、そんなにあっという間に作ってしまったら、それこそ()()()()でしょう?」

 

「……そういうものですか」

 

「そういうものです。特にこんなに大きなものは何かイベントでもないと許可が下りませんからね。貴重な機会はじっくり楽しんで作らせてもらいます」

 

「なるほど、だからわざわざクリスマスの一か月前からこのような大掛かりに。

 過程を楽しむ、というのは魔術師にはあまりない感性ですね……。私としては工程を拝見させていただくのは非常に勉強になってありがたいのですが」

 

「魔術師でもない私から一体何を学ぶというんですか?」

 

「いえいえ、手法は異なれど、同じく”創り出す”者として、学ぶことは多いですよ。大変に興味深いです」

 

「賢者の石をも創り出す《医化学の祖》にそこまで言っていただけるとは、職人として嬉しい限りですねぇ」

 

 

クスクスと笑うカレームを尻目に、パラケルススは改めてオブジェを見上げる。

 

 

()()菓子──ピエスモンテ。

 

 

陶器のように滑らかなチョコレート、曇り無く輝く宝石は飴細工。

 

至高の美術品とも見紛うような精緻極まる人形と水滴を空目するほどの瑞々しさを表す花は砂糖菓子。

 

全てに菓子材料を用いて作られる、製菓技術の一種の極致。

 

アントナン・カレームというパティシエールが後世に遺したその名の一端を担う芸術である。

 

 

「……それでは、私は自室で休ませてもらいますね。また何かお手伝いできることがあればお呼びください。このパラケルスス、是非ともお力になりましょう」

 

「はい!ありがとうござ──あ!ちょっと待っててください!」

 

 

席から立ち、食堂を出て行こうとするパラケルススをカレームは引き留め、慌てた様子で厨房の中に駆け込んでいく。

 

 

「……?」

 

 

突然の振る舞いに心当たりがないパラケルススは、首をかしげながら厨房を覗き込む。

 

すると、数分もしない内にカレームはパタパタと足音を立てながら戻って来た。

 

その腕に大きな”何か”を抱えて。

 

 

「お待たせしました!はい、これをどうぞ」

 

「これは……?おっ、と」

 

 

パラケルススは白い紙に包まれたそれをカレームから受け取ると、ずしりとした重みに少し体のバランスを崩した。

 

両腕に抱え込む大きさも相まって、赤子を抱いているような感覚を覚える。

 

 

「今日のお礼です!三日前に仕込んでいたのをすっかり忘れてしまっていて……。どうぞ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ああ、なるほど。クリスマスですものね。懐かしいものです」

 

「でしょう?やっぱり()()は欠かせませんよね。あ、ラム酒をたっぷり入れてしまったので、マスターやマシュには食べさせないようにしてくださいね!当日のクリスマスケーキまで見つからないように!」

 

「ふふ、はい。私たちだけの秘密……ですね?」

 

 

しー、と互いに自分の口に人差し指を当てながら、秘密の約束は交わされた。

 

 

 

***

 

 

カルデア内で自分に宛がわれた部屋に戻ったパラケルスス。

 

扉を閉めるとすぐに抱えていた包みを机に置き、実験器具で溢れかえる戸棚からフラスコを取り出し、水を注ぎ入れてアルコールランプの上に置いた。

 

火を灯し、ゆらめく炎がフラスコの底を炙りだすのを目で確認する。

 

 

「今度、サイフォンでも作りましょうか」

 

 

などと独り言ちながら、フラスコの前から離れ、机に置いた包みに手を掛ける。

 

かさり、と音を立てながら紙を広げると、紙と同様に白い、大きなパンのような固まりが鎮座していた。

 

生前からよく見た馴染みのある光景に、誰に見せるでもなく顔を綻ばせる。

 

 

「シュトレン……確かに、もう待降節(アドベント)の季節ですね」

 

 

傍らからナイフを取り出し、ちょうど中央あたりの部分に宛てる。

 

刃先を表面に滑らせると、純白──表面にまぶしてある砂糖がシャリ、と音を立てた。

 

ぐ、と力を込めて刃を内部へ沈める。

 

重量感を腕に跳ね返しながらも、その生地はゆっくりと刃を飲み込んでいき、ちょうど半分に両断された。

 

断面からはレーズンやナッツがたっぷりと入っているのがうかがえる。

 

再び切り口の近くに刃を入れて薄くスライスするように切り分けて、皿の上によそう。

 

パラケルススはようやっと椅子の上に腰を落ち着け、フォークを皿に添えた状態で湯が沸くのを待つ姿勢になっていたのだが──。

 

 

「……まあ、お茶は食後でも構わないでしょう」

 

 

生来の甘いもの好きにはその時間はあまりにも苦行だったようで。

 

誰かに──もしかすると、自分自身に──言い訳するように呟き、一分と経たずに再びフォークを手に取った。

 

 

 

フォークの側面を押し付け、一口大に切り分ける。

 

中身の詰まったケーキに先端を刺し、口元に近づけるだけで、シナモンやナツメグの甘い香りと、ラム酒の芳醇な香りが鼻腔内に雪崩れ込んでくる。

 

口の中に放り込んだ途端に、今度はバターの濃密な香り。

 

しっとりとした生地を噛み解くと、ほのかに甘い小麦と卵の味と共に、中にたっぷりと入れられているラム酒漬けにされたレーズンやオレンジピールの果物独特の瑞々しい甘味が凝縮された風味が、砂糖の甘さを彩る。

 

時折ぶつかる固い感触を追いかけて奥歯で押し潰すと、ローストされた胡桃が砕け、香ばしさを追加する。

 

具材のそれぞれが賑やかに存在を主張しながらもしっかりと纏まっている様は、お祭りを象徴しているようで。

 

 

「……あぁ、やはりクリスマスといえばこれですね。英霊となってからもまた口に出来る機会があるとは……私には、過ぎた幸福です」

 

 

愛おしむように、懐かしむように──面映ゆいかのように。

 

緩む頬をそのままに、幸福と共に最後の一口を噛み締めた。

 

 

 

二切れ目に手が伸びそうになるが、シュトレンは日を追う毎に生地にラム酒や果物の風味が移り、発酵することで風味が良くなっていくもの。

 

毎日1切れずつ食べることでその移り変わりを楽しみ、クリスマスに1番美味しい最後の1切れを食べるのが慣習である。

 

ぐっと我慢し、代わりにアルコールランプに設置していたフラスコに手を伸ばす。

 

その中身の煮え立った湯を注ぐと、ティーバッグから見る間に色が滲み出す。

 

鮮やかな色から湯気を立てる──ビーカー。

 

 

 

「……クリスマスまでに、ティーセットも作りますか」

 

 

 

 

 




イベント開催中
「おや?何やら催し物の気配……。これはパーティーの準備が必要ですね」


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ショコラ・ド・ランペラトリス

あけましておめでとうございます&ハッピーバレンタインデー!季節感は気にしたら負け!!

改めまして、今年もよろしくお願いします。本年は作者が就活なので更新遅れることも多いと思いますがゆるりとお付き合いいただけると幸いです。

2部?知らねえようちのカルデアはまだイベント時空で存命だ!



今回はイベントストーリーっぽく短めに。


バレンタイン・デー。

 

それ即ち、決戦の日。

 

現代日本においては人口に膾炙した行事であるが、それは辺境の地たるカルデアでも変わらないようで。

 

常日頃なかなか食堂に足を向けないサーヴァントたちが詰め掛け、マスターへの感謝を形に為そうとチョコレートや料理を前に奮闘する姿は最早風物詩の一種だ。

 

 

調理に不慣れなサーヴァントが出張ってくると、それに併せて腕に自信のある者がサポーターとして着いてくる。

 

そしてその中には、サーヴァントだけではなく──。

 

 

 

***

 

 

 

「カレーム、手伝ってくれてありがとう」

 

「珍しくマスターが厨房を借りたいだなんておっしゃってきたなら、バトラーとして手を貸さないわけにはいきませんよ!それに、こんなにたくさんのチョコレートはマスター一人の手には余りますでしょう?」

 

 

立香に淹れたての紅茶を差し出しながら、カレームは微笑む。

 

食堂の一角、テーブルの上には包装紙とリボンで個包装された箱が山積みとなって置かれていた。

 

部屋一面に充満する甘い香りから、その中身は推して知るべし。

 

 

「流石にサーヴァント人数分のチョコレートの準備は骨が折れるね……」

 

「そうでしょうとも。他の方はマスターの分だけ作れば事足りますが、マスター自身はそうもいきませんからね。ですが、材料のチョコレートも調理加工も私を筆頭に料理に一家言持ちの方々で監修いたしました。味と品質には太鼓判を押しますよ!」

 

「あはは、うん。楽しみにしてるよ」

 

 

自信満々に胸を張るカレームに、信頼の笑みで立香は返す。

 

 

「しばらくは甘いもの尽くしでしょうね。食事の方は胃に優しいものをご用意しましょう」

 

「そうだなあ……。一個ずつは美味しいんだけど、数が増えるとちょっと重いんだよねえ」

 

「……やっぱり、そうですよね……」

 

「?」

 

 

不意に目を伏せたカレーム。

 

 

「どうかした?カレーム」

 

「……すみません、マスター」

 

 

カレームは立香の問に対し、意を決したように短く嘆息した後、厨房に下がっていく。

 

少ししてからカレームの手には、一枚の皿が。

 

 

「──それって」

 

「はい、私からのチョコレートです。先程のマスターのお手伝いをしている間にこっそり作ってました」

 

 

まるで悪いことを懺悔するような面持ちで、立香の前に差し出される皿。

 

その上には、低い円柱のような小ぶりのチョコレートケーキ。

 

ダークブラウンの生地を、白い粉糖と赤いベリーソース、鮮やかな色をしたミントが彩っている。

 

 

「わ!美味しそう!」

 

「フォンダン・オ・ショコラです。温かい内にお食べ頂ければ……」

 

「……何でそんなに申し訳なさげなの?失敗でもした?」

 

「い、いいえ!そんなことは決して!!」

 

 

予想外の立香の言葉に、慌てて首を左右に振るカレーム。

 

 

「……マスターに仕えるバトラーとして、本来ならば、皆さんのチョコレートを食した後に胃を休めるジェラートでもお出しすべきなのでしょう。マスターにはいつも私の作る食事を食べていただいているのですから、1年に一度のこういった行事では、他の方に先を譲るべきなのも分かっています。

 

──でも、それでも、私は、感謝を伝えるこの日に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分の立場を利用して、他の誰よりも早く、マスターの口に入れて欲しかったんです。

 

……私情を優先して主人の体調に負担を強いるなど、バトラーとしてあるまじき失態です」

 

「…………」

 

 

恥じ入るように身を縮こませるカレームを見て、立香はおもむろにケーキにフォークを突き立てる。

 

 

焼きたての生地がサクリ、と小気味よく割れると、そこから見るからに濃厚な粘度を持つチョコレートソースが(せき)を切って溢れだした。

 

生地にソースを絡めて口に放り込むと、怒涛の勢いでチョコレートの芳香が口内に、鼻腔に押し寄せる。

 

未だ熱を帯びている生地は、端に行くほどよく火が通っており、クッキーにも近い軽快な食感を咀嚼すると、ほろ苦いビターチョコレートの味が舌に広がる。

 

ベリーソースの酸味がピリ、と舌を刺激したかと思えば、対してチョコレートソースが滲みこんでいる内側の生地から、どろりと舌の上に零れると共にミルクチョコレートの甘い暴力が侵略してきた。

 

ソースと共に脳まで蕩けてしまいそうな至高の甘味。

 

 

「ま、マスター……」

 

「──めっちゃくちゃ美味しい!ありがとうカレーム!」

 

「!」

 

 

至福に目を蕩けさせながら、満面の笑みを向けてくる立香を目にして――カレームが抱いていた忸怩たる思いは、どこかに吹っ飛ばされてしまった。

 

代わりに、胸いっぱいの感謝と──幸福感。

 

 

「……はい、はい!ありがとうございます、マスター!どうか、これからもマスターが健やかでありますように!そして、そのお手伝いを私にもさせてくださいね」

 

 

 

バレンタイン・デー。恋人たちの日。

 

しかし、恋を知らずとも、恋人でなくとも。

 

あまねく人を平等に、この日は甘くもてなすのだ。




☆4概念礼装【ショコラ・ド・ランペラトリス】

アントナン・カレームからのバレンタインチョコ。


料理人としてこのイベントは放置できなかったようで、周りのチョコに大人げなく対抗心を燃やして作ったフォンダン・オ・ショコラ。

彼女の異名、帝王(ランペラトリス)を名付けるだけあって、本人が「完璧な出来です!」と豪語するクオリティーを誇る。

中から溢れるチョコレートソースが醍醐味なので、焼きたての熱い内に食べなければいけない。

そう、焼きたてを。

バレンタインチョコの作り立てを──作り手本人が見ている前で!





《絆レベルアップ》

Lv. 1 ⇒ 2

サーヴァントのプロフィールが更新されました。
マイルームで聴けるボイスが追加されました。


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究極の一皿

タイトルがそれっぽいけど別に最終回とかそういうんじゃないです。(初手牽制)
ただ、間違いなくラスボス格。ストーリー上も、作者がキャラを掴む難易度的にも。

これまでで一番書くの難しかったです。遅くなったのはそのせい。
いつも遅いとか言ってはいけない。
その割に飯テロ要素少な目だと思います。どっちかというとファンタジー飯の部類?




アントナン・カレームという英霊は、とかく王侯貴族に縁がある。

 

生前はかのカール大帝(シャルルマーニュ)に端を発する名門貴族・タレーランに拾われ、彼をパトロンとして政財界の卓上を華やかに彩った。

 

フランス皇帝ナポレオンを初めとして、イギリス皇太子、ロシア皇帝、オーストリア皇帝……。

 

「皇帝のシェフにしてシェフの帝王」と謳われるほどに、彼女の料理は世界政治の最前線に立つ人間を篭絡してきた。

 

 

 

──その彼女ですら、目の前の存在には緊張を隠し切れない。

 

 

圧倒的な王気(オーラ)が身体を撫でるたび、自然と背筋が伸びる。

 

日頃の豪奢な黄金の鎧を脱ぎ、着の身着のままであってもなお、その溢れんばかりの気品と気配は、人の上に立つために生まれてきたという言外の主張。

 

 

人類最古の王にして人類史の裁定者。

 

アーチャー、英雄王ギルガメッシュ。

 

 

日頃は自室でくつろぎ滅多に姿を見せない彼が、何の気紛れか食堂でグラスを傾けている。

 

彼自身の蔵から取り出したそのグラスは鎧同様に黄金に光り輝いており、近代的な調度に囲まれた食堂の中で異彩を放っているが、そのような些事など目にすればすぐさま頭から吹き飛ぶような一級品だということは、カレーム自身の芸術審美スキルを用いるまでもなく理解できた。

 

 

「……これはこれは、随分と珍しい顔だな」

 

 

夕食後の始末を済ませ、厨房奥から出てきたエミヤが、黄金の姿を見るや否や声をかける。

 

妙に馴れ馴れしいのは気のせいだろうか。

 

そして英雄王は煩わし気にその声に対して一瞥した。

 

 

贋作者(フェイカー)か。フン、貴様に用はない。そこな料理人に興が乗ったのでな。暇つぶしがてら(オレ)直々に足を運んでやっただけのことよ」

 

「あぁ、まぁ、そんなところだろうと思ったよ。どうぞ遠慮なくくつろいでくれたまえ」

 

「……」

 

 

相変わらずの不遜ぶりに閉口するエミヤ同様に、カレームも押し黙ったまま──彼女の場合、畏敬と緊張故のものだが──彼の前から動かない。

 

 

「ふはは!よいよい、そう堅くなるな。この我の威光の価値を正しく理解する者を無闇矢鱈に罰するほど狭量ではない。ましてその宝の真贋を定かにしておらん内はな」

 

 

身の程を弁えているカレームの態度に気をよくしたのか、ギルガメッシュは鷹揚かつ尊大に笑う。

 

 

「──は、ありがとうございます。しかし恐れながら申し上げますと、私は王が宝と言えるようなものは何も……」

 

「たわけ。貴様のような雑種の所有物になぞ興味はないわ。我が求める宝は『貴様がその腕で生み出すもの』のことだ。

──我は人そのものに興味はないが、人の生み出すものには価値を見出す。ましてや武功も上げずに座にまで至った者ともなれば尚更よ。しかし千里眼では味覚情報まで知ることはできぬ故にな。文字通り実物を味わってやろうというわけだ」

 

「……なるほど。委細承知いたしました。では、ご注文の方を伺いましょう」

 

 

普段ニコニコと誰にでも愛想が良いカレームが、表情と姿勢を微動だにせず畏まっている。

 

そんな珍しい光景に、思わずエミヤは彼女に見入っていた。

 

 

「無論、『我を興じさせるもの』だ。──とは言えカルデア(現代)の貧相な貯蓄から捻り出せとは言わん」

 

 

瞬間、不意にギルガメッシュとカレームの頭上の空間が揺らめく。

 

黄金の光が渦巻き、展開し──そして2人の間に横たわる机の上に無造作に大量の質量が吐き出された。

 

ドサドサと落ちていく()()()を目の当たりにして、カレームは目を見開き、息を呑む。

 

肉、野菜、魚……世に存在するあらゆる、しかし生涯で一度(まみ)えることも能わない、完璧な質を保つ材料の数々。

 

人類の知恵の原典、ヒトが生み出せしあらあゆるものを収める王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から出てきたものという時点で、その真なる価値は推して知るべし。

 

そして食材解析スキルを持つ彼女だからこそ、それは即座に理解できた。

 

 

「神代より培われし、この我が蔵に収めることを認めた食物のほんの一端よ。痩せこけた現代のものと比ぶべくもなく秘めたる神秘は質も量も格が違うであろう?

 貴様には我が財を目に映し、あまつさえそれに手を加える栄誉を与えよう。無論、その不敬は自らの腕で贖うがよい」

 

 

得意げに唇を歪ませるギルガメッシュに対して、しかしカレームは言葉を返さない。

 

瞬きすら惜しいと言わんばかりに目を見開き、その視線は未だ目の前の食材に縫い留められている。

 

 

「ふ、ソレらの価値を十全に理解できたのならば善し。存分に励むがよい。

 ──しかし、王たる我に捧げるとなれば、それは天に捧げる果実と同義。我が財宝を弄んだ挙句、並大抵のものでは侮辱に等しいことは重々承知の上であろう。我が満足できなければ()()()()()()()()()ことを努忘れるなよ」

 

「──ッ!おい待て英雄王!流石にそれは暴利が過ぎるぞ!同じマスターに召喚された以上、サーヴァント同士の殺し合いはご法度だ!」

 

 

思わぬ方向に血なまぐさくなった会話を聞きつけ、捨て置けないとばかりにエミヤが割って入った。

 

しかし、それもなお雑音の1つでしかないとばかりに切り捨てられる。

 

 

「貴様に用はないと言ったはずだ贋作者。おまけに随分と的外れな進言よな。我の財宝(これ以上ない食材)を貸し与えられ、サーヴァントの本分たる戦場にも出ず己が領分に精根を費やしているこの状況でさえ我が満足いく結果を出せぬようであれば、このカルデアには不要である。となればそれは戦闘などではなく一方的な王からの懲罰。雑種の布いたルールに縛られるつもりは毛頭ないが、それ以前の問題よ」

 

「それこそ戦場では自分以外のサーヴァントなぞ眼中にないものを……!戯れでサーヴァントを消し飛ばされてはたまったものではない!」

 

「ほう?ならば貴様が代わりとなるか?丁度目障りな贋作者がいると思っていたところだが──」

 

 

 

「──3日」

 

 

 

2人の口論の間に、鋭く入り込む声。

 

 

「3日、いただけますか」

 

 

声の主──カレームは、端的に、しかし要点のみを淡々と述べる。

 

凛と、瞳に真剣な光を宿すその顔は、それなりに付き合いの長いエミヤをして、初めて見るもので。

 

 

「は、我を待たせると?雑種如きが(のたま)うではないか」

 

「お戯れを。王程の御方ともなれば、真に価値あるものは時間を掛けなければ産むことはできないことは百も承知なのでは?」

 

 

カレームの言に、ギルガメッシュは機嫌よさげに片眉を上げることで返す。

 

 

「王への不敬を贖ってなお余りある品を献上することをお約束いたします。お気に召さなければ私の首でも何でも、どうぞお好きになさってください」

 

「お前まで……っ!」

 

「──ふは、ふははははは!」

 

 

カレームに食って掛かるエミヤに割って入るように、英雄王の高らかな笑いが食堂内に響いた。

 

 

「請いも嘆きもせぬか!好い!それでこそ王に捧げる者たり得るというものよ!

 ──よかろう。その不遜に値する才を我に示してみよ!それまでその口と腕は残しておいてやろう!」

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

なお高笑いを響かせながらギルガメッシュが食堂から失せた後、カレームは糸の切れた人形のように椅子に力なく腰掛ける。

 

 

「いや~、やっぱりお偉方と話すのは疲れますねえ」

 

「そんな穏やかに言える輩の胆力は常人離れしているのが相場というものだ」

 

 

エミヤが言及する通り、ギルガメッシュを面前にしていた時とは裏腹に、苦笑しつつもその言葉に焦りや緊張は感じられない。

 

 

「……賢王ならばいざ知らず、あの英雄王はやると言ったら()()ぞ。霊基パターンが運よく残されていて、記憶を引き継いで再召喚されるというような奇跡は期待しない方がいい」

 

「それは……困りますね。私だけが把握している下拵えとか、寝かせてる調味料とか結構多いんですよ」

 

「これでも本気で心配しているのだが、ね?」

 

「冗談です」

 

 

業を煮やしたエミヤが語気をやや強めるも、相も変わらずカレームは飄々とした態度。

 

 

「相手が王だろうと、自分の命がかかっていようと、私に出来ることは卓の上に己の全てを注ぐことだけです。生きてた時からそうして腕一本でやってきましたから。それで駄目だったらその時はその時ですよ。

 

 

 ──当然、ただでやられるつもりは毛頭ないですし」

 

 

ふと、エミヤは気付く。

 

ギルガメッシュが席を立ってから──否、ギルガメッシュの宝物庫が現れてから現在に至るまで、カレームの視線が食材から一時も離されていないことに。

 

 

千里眼にすら匹敵しうる食材解析スキルを全開で使用し、神代に生きたモノを深奥まで紐解いている。

 

その頭の中で渦巻いているのは、それらの風味を如何にして引き出すかという、ただその一点にのみ特化した思考。

 

マスターには見せるべくもない──料理人の頂点としての姿。

 

 

「……ふ、成程。これは《シェフの帝王》に差し出がましいことを言ってしまったかな?」

 

「だから、そうやってからかうのやめてくださいよ!」

 

「すまない。……それで、私に手伝えることはあるかね?料理長(シェフ)

 

「……マスターとマシュ、スタッフの皆さん、それとサーヴァントの方々の食事を。英雄王に皿を出すまでの3日間、厨房を任せます」

 

「了解した。任せたまえよ。君がそのままいなくなっても十二分に回せるようにしておこう」

 

「ええ。頼りにしてますよ、副料理長(スーシェフ)

 あ、それと誰かキャスター……結界術に覚えのある方を呼んできてください。狭い範囲に限定できて、魔力を一切通さず、それでいて大掛かりでなく解除が簡単なものが張れる方がいいですね」

 

「む?別に構わんが、それは……」

 

「決まっているでしょう?

 

──()()()()()()()()()()

 

 

 

 

***

 

 

 

決戦の刻は深夜。

 

夕食も終わり、マスターやスタッフの大半が床に就いた丑三つ時。

 

普段は深夜でも構わず活動するサーヴァントがちらほらと見られるが、今日に限ってその姿は1人も見受けられない。

 

痛いほどの清閑に包まれた廊下を、しかし英雄王は一縷の躊躇もなく、その鎧を擦り響かせ闊歩する。

 

目的地に辿り着いた彼は、扉の正面に仁王立ちになる形で立ち止まり、自動的にそれが開くまでの数瞬を待った。

 

 

 

「──お待ちしておりました」

 

 

視界が開けた先には、コック帽(トック・ブランシュ)を脱ぎ、恭しく頭を下げる料理人が1人。

 

 

「既に料理は完成しております。どうぞこちらの席に」

 

「うむ。良きに計らうがよい」

 

 

カレームが椅子を引き、ギルガメッシュを促すその動作音が、食堂内に嫌に響く。

 

副料理長(エミヤ)も、他の客も、誰もいない。

 

2人きりの空間と、その静寂が、否応にも緊張感を跳ね上げさせた。

 

 

「すぐにお持ちいたしますね。少々お待ちください」

 

 

ギルガメッシュが席に着いたことを確認した後、すぐさまカレームは厨房に下がる。

 

その奥に不自然な空間の断絶──結界が存在していること、それに彼女が何か手を加えようとしていることは、英雄王にとっては目を閉じていても容易に察知できること。

 

 

────が。

 

 

「……ぬぅ……!」

 

 

結界が解かれた瞬間に脳髄を揺らしたその香りは想定外で、彼をして唸らせるには十分だった。

 

あまりにも凄まじく、芳醇。

 

嗅覚へ突き刺さる強烈な刺激の情報量は、一瞬脳が全て支配されるような錯覚をもたらした。

 

否、錯覚などではないのだろう。

 

もし、彼がアーチャークラスでなければ(対魔力スキルを持っていなければ)、そのまま魅了状態に陥っていたであろうことは想像に難くない。

 

ここまで徹底した人払いを行った理由を推して知ると同時に、その味への期待度は秒刻みで積もっていく。

 

給仕されるまでのその数秒は、この世における最上級の拷問に等しく苦痛。

 

 

「──ええい、まだか!疾く品をよこせ!我を待たせるでない!」

 

「急かさずとも、今更逃げも隠れもしませんよ。

 

 

 

 ──どうぞ。お待たせいたしました。こちらがご注文の品となります」

 

 

カレームがギルガメッシュの眼前に差し出した品は、小ぶりな白磁のスープボウル。

 

蓋がぴったりと閉じられたソレの全貌は未だ見えず、しかしギルガメッシュからもたらされた食材の数々を思うとあまりにも貧相である。

 

 

「……これは前菜か?それとも食前酒の類か?」

 

「いいえ、()()()()です。王から頂いた財と、頂いた時間。そして私の技術の(すい)を、文字通り()()──その一椀に注ぎ込みました」

 

「──そうか」

 

 

英雄王(暴君)は、しかしカレームの答えに強い反応を示さない。

 

 

「……失礼を承知の上で申し上げますが、正直これを出した時点で私の首が飛ぶことを覚悟していましたよ」

 

「ふははは!貴様が言い淀む、あるいは我が財を選り好みしたと宣うようなことがあればそうしたが──何、今の我は機嫌が良い。審判を下すのはその神髄を見定めてからでも遅くなかろう」

 

「その寛容に感謝いたします。……それでは、どうぞ。ご堪能下さい」

 

 

カレームが、その蓋を開け、秘められた中身を暴く。

 

瞬間、至近距離で放たれた極上の香りが、真正面からギルガメッシュに襲い掛かる。

 

そして開けた視界には、一点の曇りもなく澄み輝く琥珀。

 

先程までとは比べるべくもない強烈な香りと、その美しさに、ギルガメッシュの真紅の瞳が細まる。

 

 

 

「──スープ・ドゥ・コンソメ、財宝(トレゾール)仕立てでございます」

 

 

 

ギルガメッシュは鷹揚な仕草でスプーンを取り、その湖面を滑らせるように掬い取る。

 

顔に近づけて、より強い香りを一通り楽しんだ後、一口。

 

 

 

 

 

 

──余談だが、コンソメスープという料理名の起源をご存知だろうか。

 

「コンソメ」とは「consomme」──フランス語で「完成された」という意味を持つ。

 

美食の代表格ともなったフランス料理の中で、その言葉を冠する意義は、非常に重い。

 

肉や魚、野菜などを煮込み、旨味のみを抽出し、灰汁や脂分の一切を神経質に取り除く。

 

その中の上澄みのみが「consomme」として認められる。

 

このスープには一切の濁りが許されない。

 

数日間鍋の前に張り付いて厳密な作業をこなすことで、ようやく陽の目を見ることができるのだ。

 

もちろん、ただ闇雲に食材を煮詰めれば良いわけではない。

 

様々な食材から滲み出る、異なる種類の旨味の絶妙なバランスをとりながら、その風味から全ての陰りを排除していく。

 

完璧であり緊密なその味を出すには、とてつもない技量と集中力が要される。

 

多彩な技術と華やかさの代名詞とも言えるフランス料理。

 

その中でコンソメスープは、華美が見られないシンプルな様相の反面、技巧の極致を如実に感じ取れる料理なのである──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ッッ!!!」

 

 

 

声も出ない。

 

息をして、口内に迸る旨味を外気に出すことを身体が拒否する。

 

あまりにも強い、しかし清廉なる風味が、脳に陶酔と快感を強制する。

 

あらゆる食材の様々なベクトルを持つ旨味。

 

それらを曲げるでもいなすでもなく、ストレートに伝えながらも、ただの一本も漏らすことなくまとめあげたそれは、凄絶な技量をひしひしと感じさせる。

 

反面、喉を通すとそれは一切尾を引くことなく、舌の上から霞のように消え去ったと感じさせる程に爽快な後味。

 

臓腑の奥からやってくる芳醇なる余韻が、手を、スプーンを口へ運ぶだけの奴隷へとなり果てさせる。

 

 

 

神代の食材から、純然たる旨味のみを丁寧に取り出し、一切の雑味を排除して凝縮した。

 

──ヒトを狂わせるには、あまりにも十分。

 

そして、頂に至った者の全てを知るにも、その一口は、充分。

 

 

 

 

「──美事」

 

 

 

 

ギルガメッシュからカレームに下賜されたものは、その一言。

 

万感の思いを込めた──黄金の価値にも劣らぬ、英雄王の一言であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────後日。

 

 

 

「何故脱いではならぬ!!我の玉体を拝謁する名誉を授けてやろうというのだぞ!!」

 

「こないだの格好いい英雄王どこ行ったんですか!!!!」

 

「いや、元来こちらの方がらしいと言えばらしいが──英雄王、流石に食堂でのキャスト・オフは承諾しかねる。これ以上トラウマ患者を増やすわけにはいくまい」

 

「不敬者めが!臣下に寵愛を与えることの何が悪いというのだ!」

 

「待ってください私いつの間に臣下扱いなんです!?スープを宝物庫に収めるだけのはずでしたよね!?」

 

「貴様の腕も込みでの財宝認定よ!つまり貴様は我の所有物!我が愛で利用するも自由ということだ!」

 

「人類最古のジャイアニズム!!!マスター、マスター!ヘルプ!助けてください!!やっぱりこの王様私の手には負えません!!マスタ────ッ!!」

 

 

 

何故か第3再臨の英雄王、困惑しきりのカレーム、両者間の壁として利用されているエミヤのコントが、食堂で繰り広げられていたとか、何とか。

 





会話9(ギルガメッシュ[アーチャー]所属時)

「英雄王、ですか……。いえ、苦手というわけではないんです。ないんですよ?ないんですけれど。……ただ、料理を食べて服を脱ぐという行為をされる方を見るのが初めてでして……」


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朝食は王様のように

禁欲的な女の子が快楽堕ちするのって、いいよね!(語弊MAX)


フレンチトーストのフレンチって、人名由来でフランス全く関係ないってマジぃ?


くぁ、と。

 

誰も見ていないのをいいことに、カレームは大きな口を開けて欠伸を一つ。

 

 

 

まだ空も白んでいないような早朝。

 

この時刻に食事の下拵えや準備を行うのはカレームの日課ではある──寧ろ、厨房から離れている時の方が少ない──が、煮える鍋に今にも頭を突っ込みそうに船を漕いでいるのは珍しい。

 

 

 

そもそも、睡眠や食事を必要としないサーヴァントにはまず見られない現象ではあるのだが、これはカルデアの召喚・霊基維持システムが原因である。

 

より多くのサーヴァントを並列して召喚・利用できるように、喚ばれたサーヴァントは基地に存在の起点を置いた上で、一時的な受肉を果たしている。

 

その霊基を維持するための魔力の大半はカルデア内の電力から変換されたものを使用しており、供給ラインは数少ない管制室スタッフに一括して管理されているのが現状である。

 

しかし、戦闘時や新しくサーヴァントが召喚された時など、優先的に魔力を集中させる必要が出た場合や、一時的に電力が不足した場合にはその供給量に偏りが生まれ、受肉したサーヴァントには、魔力不足が眠気や空腹として現れるのだ。

 

カルデアに在留しているサーヴァントが増えるにつれてこの現象の頻度は高くなり、必然的に食堂の重要性が高まっているのだが、それはまた別の話。

 

 

 

そして、カレームは今まさに供給が不足している状態であり──時間が悪いこともあって、睡眠と食事の両方に飢えているのだ。

 

 

「むぅ……ふあ、ぁ……駄目だ。ねっむぃ……」

 

 

幾度目かもわからない欠伸に目を潤ませながら、鍋底を焦がす火を一旦消して、背伸びをする。

 

靄がかかったような頭をゆらゆらと動かしながら、ほぼ無意識下で食品棚に手を伸ばし、コーヒーの袋を引っ張り出した。

 

客にはきちんと豆からブレンドしてミルで挽いたものを出すのだが、今は自分が飲むだけなので、ドリップタイプのインスタント。

 

カップにセットし、湯を注ぐと、水分を得た豆が膨張し、湯気を立てる。

 

立ち上る深い香りを吸い込むだけで、彼女は頭の中の霧が少しだけ晴れるのを感じた。

 

蒸らしながら数回に分けて湯を注ぎ切った後、コーヒーの成分が湯に染み出し終わるタイミングを見計らって、コーヒーバックを取り外して、カップの縁に口をつける。

 

シャープな苦みと僅かな酸味を舌の上で転がしながら、とは言えカフェインにそこまでの即効性はないため、未だ鈍い頭でシンクにもたれかかって、二口目。

 

 

「う~ん、やっぱり空きっ腹にブラックはきつい……まかないでも作るかあ……」

 

 

硬くなったパンがあったかなぁ、などと考えながら、カップ片手に厨房を歩き回る。

 

 

──牛乳に、卵に、バター……シナモン、ナツメグ……は出すの面倒くさいし、バニラエッセンスだけでいっか。

 

 

自分用であるが故の物臭思考で食材を選別しつつ、コーヒーをちびちびと飲みながら文字通り片手間に調理を進めるカレーム。

 

ここにエミヤやマルタがいれば行儀が悪い、とお説教の1つでも入るのだが、生憎今は彼女1人。

 

咎める者は誰もおらず、彼女は自らの厨房()で気ままに振る舞う──はずだった、のだが。

 

 

 

 

 

「…………あ、あのう」

 

「──ブッ!!!????」

 

 

不意に聞こえてきた第三者の声に、カレームは勢い良くコーヒーを吹き出しかけて──すんでの所で留まった。

 

しかし即座に飲み込んだそれは食道以外にも僅かながら漏れ流れ、思いっきり咳き込んでしまう。

 

 

「わっ……!ご、ごめんなさい!驚かせるつもりはなかったのですけれど……!え、えぇと、おはようございます……?」

 

 

あたふたと、覗き込んでいた厨房の入り口から駆け寄ってくるのは、ぬいぐるみを抱えた少女、アビゲイル=ウィリアムズ。

 

つい先日召喚された、エクストラクラス・フォーリナーのサーヴァント。

 

 

「……………………い、いいえ。大丈夫です。こちらこそ、お見苦しいところを大変失礼しました……はい、おはようございます……まだ深夜の部類だと思いますけど……」

 

 

完全に油断していた──もっと言えば、完全にプライベートモードだった姿を見られたショックと羞恥心で、内心でジタバタと暴れながらも、何とか現実世界では頭を抱えるのみに抑え、返事をすることに成功する。

 

慌てて緩めていた胸元を整えつつ、平静を保つことに尽力するカレーム。

 

顔が赤くなっていることに当人は気付いていない。

 

 

「……それで、如何しました?寝つけませんか?サーヴァントの霊基に慣れていないのでしょうか。ホットミルクならすぐにお出しできますけれど」

 

「あ、あの、えっと…………い、いけない子だとはわかってるんですけれど、その……」

 

 

姫君へ傅くように視線を合わされる対応にどぎまぎしつつ、精一杯、自分の思いを伝えようと言葉を選ぶアビゲイル。

 

が。

 

 

 

──くーきゅるるるる…………。

 

 

不意に、彼女の腹部からの可愛らしい音。

 

コンロは止められ、鍋の煮える音すらもない静かな厨房に、その音は嫌に響いた。

 

 

「…………!え、と、その、嫌だわ、こんな、はしたない……」

 

 

かあ、と先程のカレームに負けず劣らず顔を真っ赤にさせたアビゲイルは、照れ隠しか、自責の念か、強くぬいぐるみを抱きしめ、俯く。

 

 

「──ああ、成程。突然の空腹感で目が覚めてしまったと。サーヴァントはランダムな魔力不足でそうなってしまいますから、最初のうちはその感覚には中々慣れないでしょう」

 

 

カレームは柔らかく微笑みながら、慰めるように軽くアビゲイルの髪を梳くように頭を撫でた。

 

滑らかな指通りが心地良い。

 

 

「実は私もお腹が空いてしまって、他の皆には内緒でつまみ食いをしてしまおうとしていたところなんですよ。

──よろしければ、ご一緒に早めの朝食でもいかがです?」

 

しぃ、と、口元に指を添えて、いたずらっ子のようにウインクを1つ。

 

アビゲイルは、誰かと共に「悪い子」になる背徳感と、抗えない誘惑の甘露に、知れず喉を鳴らした。

 

 

***

 

 

 

貸し切り状態のフロアで、複数人掛けのテーブルを独り占めして座る。

 

たったそれだけの贅沢でも、清貧に慎ましく暮らしてきた幼い子供にとっては胸を高鳴らせるには十分で。

 

調理の合間の虫養いにと淹れられた紅茶に息を吹きかけながら、自分のために人が朝食を作ってくれる姿を遠目に眺めれば、気分はお庭でティータイムを過ごすお姫様のよう。

 

照れくさいようなちょっぴりの居心地の悪さと、抗えずはしゃいでしまう童心の狭間でしきりに居住まいを正すアビゲイル。

 

少し気を大きくして行儀悪くテーブルに肘をついたり、足をプラプラと揺らして満悦していると、厨房の方からワゴンを動かす気配を感じたので慌てて手と足を揃え直した。

 

 

「お待たせしました」

 

「い、いいえ!全然、待ってなんかいませんわ!」

 

「そうですか?それなら良かった。色々と用意していたもので──」

 

 

と、話をしながらアビゲイルの前に器が置かれる。

 

そこには黄金色に焼かれたトーストが2切れ程。

 

 

「まぁ……!とっても美味しそう!」

 

「貴女の時代にはまだアメリカには無かったのでしたっけ?これはフレンチトーストと言って、ブレッドに卵と牛乳を滲みこませて焼いたものです」

 

「な、なんて贅沢な……!そんなの、絶対に美味しいに決まってるわ!」

 

 

年に一回のベーコン付きパンケーキがご馳走だったプロテスタントの彼女にとっては言葉だけでも大変な刺激で、食べる前から両手で頬を押さえて口内に唾液を溢れさせてしまう。

 

 

が。

 

 

「ふふ、そうでしょう?──でも、今日はもっと贅沢をしてしまいましょうか」

 

「え?」

 

 

にやり、と悪い顔で笑うカレームの手には、フレンチトーストが乗っているものとはまた別の器。

 

そういえば、ワゴンの上にたくさんの器が乗っていたような──。

 

 

「え────えぇ!?」

 

 

純白の生クリームが、どさり、と擬音が聞こえてきそうな程大胆に、アビゲイルの目の前の器に盛られる。

 

彼女が呆気にとられている合間に、シンプルな見た目だったフレンチトーストの見た目はどんどんと変貌を遂げていった。

 

手始めの生クリームの横にまんまるとしたアイスクリーム、宝石のように散りばめられる色とりどりのフルーツたち。

 

それらの上から降り注がれるシナモンシュガーと、仕上げとばかりに添えられるミントの葉。

 

完成形として再びアビゲイルの前に示された皿の変わり様は、例えるならば魔法でドレスを拵えられたシンデレラのような。

 

 

「こ……!こんなご馳走、新年のお祝いでも食べたことないわ……!い、いいんですか、こんな贅沢!?」

 

 

感嘆に打ち震えるアビゲイルに、カレームは笑顔で返す。

 

 

「せっかく誰もいないのですし、こういう時にこそ好き放題すべきですよ。私も一緒に食べるので、これで共犯ですね。重ねて言うようですが、皆さんには内緒ですよ?」

 

 

そう言った彼女自身の皿の上も同様に盛りに盛っられており、それを持ってアビゲイルの正面に座る。

 

 

「ささ、食べましょう!他のサーヴァントの方に見つかってしまうかもですからね」

 

「はわわ……。神よ、貴方の慈しみに感謝してこの食事をいただきます……」

 

 

カレームに急かされながらも律儀に食前の祈りを済ませた後、アビゲイルはナイフとフォークを手に取った。

 

「共犯」というワードの甘美な響きと、それに負けずヴィジュアルから甘味を主張してくるフレンチトーストに胸を高鳴らせながら、まずは控えめに一口。

 

 

 

 

「────~~~~~~~!!!」

 

 

 

 

その味への感動と興奮は、声にならない叫びを上げるのみでは収まらず、アビゲイルはそれを大人しめに、しかししきりに手を振ることで表現した。

 

これでもかとカスタード液を吸い込んだ生地は最早パンとは一線を画し、噛む度にとろとろと口の中で解け、それと同時に卵と牛乳、そして仄かなバニラとシナモンの風味が広がる。

 

その風味はクリームとフルーツと共に頬張っても決して損なわれず、寧ろ甘味と酸味、滑らかな舌触りと迸る瑞々しい果汁の相乗効果が合わさってそれぞれの存在感が際立つようで。

 

口内で繰り広げられる様々な味と食感の共演に、アビゲイルの瞳は輝いた。

 

茶に色づいた端の方は火がしっかり通っている分食べ応えがあり、その食感の差がまた心地良い。

 

 

 

「うーん、やっぱり疲れた時は甘い物が沁みますねえ。お味は如何ですか?」

 

「──はっ、え、ええ!とっても、とっても美味しいです!」

 

 

夢中になって味に浸っていたアビゲイルは、しかし真正面からそのはしたない姿を見られているという事実に気が付いて我に帰り、居たたまれなさを誤魔化すように紅茶に口をつけた。

 

ストレートティーの渋味が、甘露に支配されかけていた舌と思考を現実に引き戻す。

 

 

 

 

──……そういえば、

 

 

少し落ち着いたところで、彼女は皿の一角に目を遣る。

 

 

──これって……クリーム……を、凍らせているのかしら?

 

 

その視線の先には、焼きたてのフレンチトーストの熱で下の部分が少し溶け出しているアイスクリーム。

 

彼女の生まれ育った時代──17世紀には未だアメリカに伝播していないものであり、サーヴァントの身に慣れていない彼女にとっては初めて目にするものだった。

 

小ぶりなスプーンを手に取り、つつくように少量をとる。

 

 

──冷めている物は食べたことがあるけれど、冷たい物を食べるのは初めて……。

 

 

初体験の高揚をそのままに、スプーンの穂先を口に含んだ。

 

 

「────っ!!」

 

 

ひやり、とした刺激が、フレンチトーストと紅茶で温められた口内により強烈に刺さる。

 

一瞬で雪のように溶けたと同時に、フレンチトーストよりも各段に強いバニラとミルクの風味と甘味が花開いた。

 

 

「何これ……!おいしい……」

 

「おや、アイスクリームがお気に入りですか。生クリームと同じようにフレンチトーストと合わせて食べるとまた美味しいですよ」

 

「……!これと……フレンチトーストを……?」

 

 

カレームの何てことは無い一言に突き動かされるように、アビゲイルはせっせとアイスを切り分けたトーストの上に乗せる。

 

直に熱を浴びることで溶けるスピードを増したアイスをそのままに、諸共に頬張る。

 

 

「ん~~~!おいふぃ!れふ!」

 

「ふふ、でしょう?」

 

 

温感と冷感が舌の上でせめぎ合い、早い段階で溶けたことでより感じる甘味が増したアイスに、フレンチトーストが食感を足すことで得られる更なる満足感。

 

幸福感に顔を綻ばせながら皿の上を綺麗にしていく少女の微笑ましい姿に眼福を得ながら、カレームはコーヒーを啜った。

 

 

 

 

 

「──さて、おかわりはいりますか?それかお茶をもう一杯……あれ?」

 

 

不意に目線をワゴンに移したカレームが、声を上げる。

 

 

「?どうかしましたか?」

 

「いえ、さっき見た時に比べてフルーツが減っているような……」

 

 

もぐもぐと頬を膨らませながら同様にワゴンを見るアビゲイル。

 

そして彼女はその視線の角度故に見つけてしまった。

 

 

 

ワゴンの陰から伸びる、2本の赤い角。

 

 

 

「き、きゃあああ!?」

 

「アビゲイルさん!?」

 

 

ほぼ反射的に悲鳴を上げたアビゲイルに応えるように、その角の持ち主は隠していた姿を露わにする──!

 

 

 

 

「ぬぅ、気取られたか!しかし問題はない!元より鬼は正面から奪い喰らうのが本懐ゆえな!というわけで──娘!その『ふれんちとぉすと』なるものを吾にも寄越せ!」

 

「きゃー!きゃー!」

 

 

可愛らしい顔立ちを懸命に厳めしく見せ、アビゲイルに迫る角の持ち主と、それに対して──と、言うよりは眼前に突きつけられる角に──半ばパニック状態で叫び続けるアビゲイル。

 

 

「くはは!怖いか!そうであろうそうであろう!何、吾は首魁の器ゆえ、寛大である!怯え平伏するのならば命までは獲らぬわ!くはははは──は?」

 

「なーにやってるんですか、茨木さん」

 

 

ポコン、と間抜けな音を立てて、角の持ち主──茨木童子の頭に、盆が勢いよく置かれる。

 

 

「まったく、貴女は毎度毎度……厨房から勝手に料理を持ち出したり、他のお客様から奪おうとするのはやめてくださいと言っていますよね?最初から素直に注文してくれれば大人しく出しますのに」

 

「うぬぬぅ……子供のように説教するでない!大江の鬼共が首魁である吾が、おいそれと人間に平伏すわけにはいかぬだろうが!

 ふん……それに、バーサーカー()の攻撃が届かぬ輩なぞ此処にはおるまい?汝如き、吾が右腕にかかれば文字通り一捻りよ。どうだ、恐れおののいたろう?ならば汝こそ吾に平伏して『ふれんちとぉすと』を──」

 

「まぁ、私は一撃でやられるであろうことはその通りですが……あれ、確かアビゲイルさんのクラスってバーサーカーに一方的有利じゃありませんでしたっけ?」

 

「え?えぇ、よくわからないけれど、確かマスターがそんなことを言っていたような……」

 

「にゃんとぉ!?」

 

 

基本的には小心者である茨木は、その言葉ですぐさまアビゲイルから距離をとった。

 

無論、先程まで恐喝されていた彼女も茨木に恐怖心を抱いており──結果として、互いが互いを怖がるという、よくわからない構図が完成した。

 

 

「……見たところ、貴女も魔力不足で空腹なんでしょう?大人しく席に着いていただけたら貴女の分も出しますから……」

 

「ぐぬぬ……いや!鬼の首魁として、ただ施しを受けるなど我慢ならぬ──ということで!汝から脅し取る、という体で行くぞ!」

 

「いや体って言ってる時点で……まぁ、いいです。それでいいです。で、どうやって脅し取るんです?確かに私は戦闘では雑魚も同然ですが、暴力に訴えられて料理を作るような真似はしませんよ?」

 

 

この悶着は茨木がカレームに菓子を強請る──本人曰く「強奪している」──時のお約束のようなもので、カレームとしては完全に子供の駄々に付き合っているようなものだった。

 

しかし、今回に関しては、少しばかり毛色が違った。

 

 

「汝の体たらく──間抜けな姿をマスターにバラされたくなかったら、吾に甘味を献上するがいい!」

 

「な……!?貴女、まさか……見ていたんですか!?ということはアビゲイルさんが来る前から隠れていたんですか!?いくらなんでも小心者すぎません!?」

 

「ええいうるさい!それはこの際捨て置け!

 ……ククク、とは言え、汝はこの条件は無視できまい?」

 

「ぐっ……、確かに、アレをマスターに知られるのは……。……はあ、わかりました。今回は私の負けです。大人しく献上させていただきます……」

 

「きゃははは!良い良い、殊勝な奴は嫌いではないぞ!」

 

 

がっくりと項垂れるカレームとは裏腹に、茨木は勝利に酔いしれて胸を張る。

 

このように両者の勝敗がはっきり分かれるのは非常に珍しい。

 

惜しむらくはそれを目撃した者が一人しかいなかったことか。

 

 

「──……ねえ、カレームさん」

 

 

「はい?何でしょう」

 

「私も、カレームさんの見て欲しくない姿、見てしまったのだけれど……もっとたくさんフレンチトーストを食べなければ、私、マスターにそのことをうっかり喋ってしまいそうだわ。ねえ?」

 

「えっ……まさか茨木さんの味方をするなんて!?嘘でしょアビゲイルさん貴女そんなキャラだったんですか!?」

 

「だって、貴女の作る料理がとても美味しくて、こんなものを知ってしまったから……私、わがままでいけない子になってしまったわ。責任、とってくださる?」

 

「うぬぬ……わかりましたよ、わかりました!2人分作りますよチクショー!」

 

 

まさかの双方から恐喝に涙目になりながら、カレームは厨房に駆け込んでいく。

 

 

「くはは、やるではないか汝!か弱い女子(おなご)かと思うておったら、案外強かよのう!」

 

 

上機嫌に話しかけてくる茨木に対して、アビゲイルはいたずらっ子な笑みと共に、ウインクで返した。

 

 

 

 




[絆Lv. 2で解放]

彼女の人生は、華やかなシンデレラストーリーとして語られる。

齢10にも満たない頃に困窮した家族から間引きされるように捨てられ、転がり込んだ安食堂での下働きの中でその類希なる美的センスと料理の才覚を表した。

そしてわずか17歳でフランス貴族であり政治家でもあるタレーランの目に留まり、彼のお抱え料理人として世界に名を馳せることになる。

……しかし、彼女の死後、書き残された手紙等の大半は何故か処分されてしまい、墓の場所すらも近年まで判明していなかった。

そのため、為した偉業に反して現代における知名度はやや低く、その影響が彼女の霊基に脆弱さとして現れている。


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ぐだぐだぐつぐつ親子丼

ご飯時投稿の方がより飯テロ効果が高い。作者気付いた。
動物の解体シーンがあるので、そういうものが苦手な方はご注意ください。
誰だよ!敬語キャラ3人も出した奴は!私だよ!!!

(閑話)
帝都イベ刺さりすぎてしんどいんですけど。
今回の魔王ノッブで聖杯捧げることを決意しましたし、坂本さんにも捧げようか迷い中です。
ああいうエミヤ族に弱いんですって……。(ジークフリートLv.100マスター)


それは、第5特異点・イ・プルーリバス・ウナムを攻略した数日後のことだった。

 

 

「と、いう事でマスター、ジビエに行きましょう!」

 

「……どういう事?」

 

 

 

***

 

 

 

「うははははは──!我が三千世界に敵は無し!というか神秘纏ってる幻想種な時点でカモネギじゃし!クラス相性?是非もないよネ!」

 

「ちょっと!ノッブだけ楽してません!?こっちは地上で対空戦頑張ってるのに何ですか動かず一斉掃射って!☆4の癖に!☆4の癖に!」

 

「やっかましいわ弱小人斬りサークル!水着になってから出直してくるとよいと思うぞ!いやー人気者は辛いネ!」

 

「は~~~?こっちはオルタ化しましたしー!両方とも☆5ですしー!」

 

「アレは元はと言えばわしも半分入っとるじゃろうが!!ノーカンじゃノーカン!」

 

 

北米大陸、ニューシカゴ。

 

平常運転の二人──魔人アーチャーこと織田信長と桜セイバーこと沖田総司は、舌戦を繰り広げながらも襲い来るワイバーンの群れを千切っては投げ千切っては投げの大立ち回りを演じていた。

 

そしてそれを後衛で見守る立香とマシュとエミヤとカレーム。

 

普段食堂でよく見かける面子は、アメリカの広大な地平線と、それを照り付ける日差しに対峙していた。

 

 

「おー、お見事。バッファローではなくて残念ですが、それはそれ。ワイバーンの肉も興味があったので、結果オーライという奴ですね」

 

「いや、うん、カレームが満足ならいいんだけどさ……」

 

『──いつもならレイシフトどころか、厨房を出ることすらない君が、一体どういう風の吹き回しだい?』

 

 

立香の持つ通信機から聞こえてくるロマニの声に、カレームは目元の日差しを遮っていた手を下ろす。

 

 

「だって、こんな広大で肥沃な大地とか、生前含めて初めてなんですもの!未知の食材の宝庫ですよ!フィールドワークするでしょう!普通!」

 

『そういえば、予算に頓着せずに高級食材取り寄せまくったって逸話があったね、君……』

 

 

目を輝かせながら喜色満面の様相を呈するカレームに、スピーカー越しのため息を吐くロマニ。

 

 

「仕事に妥協しなかったと言って下さい。というか、ぶっちゃけ私の料理の価値を考えたら、どれだけ材料費かけてもお釣りが来るんですよね。当然ですけど」

 

「……それならば、食材採集にも手を貸せば良いと思うのだがね。前衛の枠はもう一人余っているぞ?」

 

「嫌ですねエミヤさん。貧弱キャスターな私がライダークラスに敵うわけないでしょう。一対一ならまだしも、あんな大群、秒で死にますよ。秒で」

 

「少しは悪びれましょうよ……」

 

「カレームのそういうところ、たまにどうかと思う」

 

 

堂々と胸を張って自己本位発言を連発するカレームに、3人はロマニに続く形でため息を零す。

 

食堂で「客」と「料理人」の立場にある間は決して礼儀を忘れないが、料理を手伝う「同業者」となった途端、良くも悪くもやや容赦が無くなるのが、彼女の癖であった。

 

 

「まあまあ、私が役に立つのは()()()ですから。今はあのお二人に任せて──」

 

「マスター!終わりましたよー!沖田さん大勝利ー!ですとも!」

 

「──おや、噂をすれば、ですね」

 

 

飛んでくる声に目を向けると、そこには地に沈むワイバーンの山に乗る二人の影。

 

 

「この第六天魔王に現場担当させて高見の見物とはいい御身分じゃのうお主ら!まあ?こんな雑魚、いや雑竜?如きワシの手にかかれば瞬殺なんじゃけどネ!」

 

「もう、そーゆーのいいですから!というか、半分は私が仕留めたでしょう!」

 

「いやーそれはないじゃろ。ほらわし無敵じゃし?魔王じゃし?人斬りとは格が違うっていうか?」

 

「は──い──?そこまで言われたら戦争ですよ戦争!今度は本能寺じゃなくて池田屋でファイアーさせてあげま──コフッ!?」

 

「はいはい二人ともそこまで。素材剥いじゃうから降りてねー」

 

 

今度はお互いを相手に戦闘開始しそうな二人を諌める立香の隣で、カレームはエプロンをたくし上げ、足首辺りまで垂れていたそれを膝上でまとめる。

 

 

「それでは始めますね。逆鱗と牙以外は好きにしても?」

 

「うん。あ、魔石とか出てきたらそれも分けといて」

 

「分かりました!ではしばらくの間お待ちくださいねー」

 

 

マスターの指示に笑顔で応えた彼女は、肩に掛けていた大きめのバッグを地面に降ろし、魔力で編んだ狩猟用の解体包丁をその手に顕現させた。

 

まずはワイバーンの心臓を一突きし、血抜きをする。

 

血液が体外に流れ出ている間に皮膚に刃を滑らせ、削ぐように皮ごと鱗を剥いでいく。

 

その中で一体につき一枚だけ採取できる逆鱗だけは立香が持ってきた素材回収ボックスの中に収納。

 

剥ぎ終えた後は角や牙──この牙もボックス行である──などの食べられそうにない部位を切除してから、腹部の正中線に沿って刃を入れ、本格的な解体を開始した。

 

 

「ふむふむ、ベオウルフさんの言葉通り、肉質は豚よりもやや鶏に近いですね。ですが脂身の質の悪さが目立つのは下級竜だからでしょうか。内臓部分も同様に駄目。しかしもも肉は柔らかくて良質。逆に羽根付近は運動量が多いので煮込み向き。喉元部分も非常に良いですが、耐火性能を考えると調理に骨が折れそうだなぁ……。

ふうむ、思ったよりも食べられる部位が少なそうですね……。まあ、元の図体が大きいので量は問題ないでしょう。可食部位のみ回収して、きちんと洗浄してから吟味しましょうか」

 

 

ブツブツと独り言を繰り返しながら、部位ごとの肉質を丹念に調査するカレーム。

 

両手を血の赤と脂の黒で(まだら)に染め上げながらも、細腕一本で鮮やかに巨体を捌いていくいく姿は、立香がおおよそ初めて見る、彼女のサーヴァント然とした姿だった。

 

 

『何か、随分と手馴れてないかい?竜を捌いた経験でも?』

 

「あるわけないじゃないですかそんなの。まあ、体の構造なんて牛でも鶏でも竜でも大差ありませんから。これくらいは一体やってみれば後は流れで出来ますよ」

 

『うぅん、僕は解剖はまだしも、動物の解体は経験ないからなあ……。とは言え、竜を牛や鶏と一絡げにするのは君くらいなものだよ』

 

「そうですか?あぁ、今度は魔猪とかも捌いてみたいですね──と。終わりましたよマスター」

 

 

切り分けた肉をまとめ上げ、素材受け取りのために傍らに居た立香に声をかける。

 

辺りにはワイバーンの姿形はどこにもなく、骨や皮などの残骸が積みあがっていた。

 

 

「うん、お疲れ様。じゃ、皆を呼んでくるね」

 

「はい!」

 

 

後方で休憩していた面々に向かって行くマスターを見送り、タオルで両手を拭きつつ改めて目の前の肉の山を見やる。

 

 

「少し多いですかね……帰還ゲートに入りきるかどうか……。調子に乗って捌きすぎましたね……」

 

 

でも今から処分するのも少し……、と少し逡巡したところで。

 

 

 

 

「──うわっ!ノッブ、それどうしたの!?」

 

 

マスターの声に、思わずカレームは振り返る。

 

そこには、両の腕に卵を()()抱えた信長の姿。

 

 

「いやあ、今日はワイバーンが妙に低空におるから気になっておったら、奴らの巣っぽいのを見つけてのう!見よ!大漁じゃぞコレ!ま、一個しかなかったんじゃけど!」

 

「姿を見かけないと思ったらそんなことしてたんですか貴女……」

 

「ワイバーンの、卵ですか、これ……?」

 

 

呆れた顔をする沖田を無視しつつ誇らしげに見せびらかすそれに、マシュと立香は揃ってまじまじと見入る。

 

 

『いや、いやいや!?待ってくれ、竜種が繁殖行為をするなんて聞いたことがないぞ!?下級竜を生み出すことで増殖するはずで、卵なんて必要ないはずだ!』

 

「まーここ特異点じゃし、辺りに親玉もおらんし、下級竜(こ奴ら)だけで数を増やせるよう生態系が変化したんじゃろうな。何て言うんじゃっけこういうの、がらぱごす?」

 

「成程、道理でいくら狩っても一向に減らないわけだ」

 

「へー、にしても大きいですねー。鶏の卵の何個分くらいでしょコレ」

 

 

腑に落ちたと言わんばかりに頷くエミヤの一方で、沖田は立香たちに続く形で卵を見つめる。

 

 

「のう、これ持って帰ってもよいか!?孵してわしのペットにするんじゃ!うむ、これはライダーノッブ実装不可避じゃな!」

 

「ダメです」

 

 

却下まで0.2秒。

 

立香の実戦で鍛えられた反射神経が無駄に発揮された瞬間であった。

 

 

『研究職のスタッフが熱視線を送っているけど、カルデア内で孵化して暴れられたら厄介だしね。ゲートの容量もいっぱいいっぱいだし。後日改めて調査するから、悪いけど、今のところはそこで処分してくれ』

 

「え~~~そんな~~~~」

 

「そうやって可愛い子ぶるのやめてくださいよ。気持ち悪いんで」

 

「処分と言っても、これどうしますか?」

 

「このまま放置したら孵化してまた我々を襲うだろうな」

 

「でもただ割っちゃうのも何か忍びないなあ……」

 

「じゃ、ここで食べちゃいましょう」

 

「うん……うん?」

 

 

不意の声に立香がその方向を見ると、そこには途轍もなく良い笑顔をしたカレームが。

 

 

「竜の卵だなんて珍味中の珍味ですよ。食べてみましょう!ね、ね!」

 

「うおぅ、カレームから今までに感じたことのない圧が……!」

 

「お主本当に食に関しては貪欲じゃのう……。じゃがわしも食べてみたくはある」

 

「ほら、信長さんもこう言ってますし!」

 

「う、うぅん……。まあ、いいんじゃないかな」

 

 

キラキラとしたカレームの目と、信長の後押し。そして自らの好奇心に、立香は首を縦に振るしかなかった。

 

 

「やった!ありがとうございますマスター!そうと決まれば早速準備ですね!」

 

『そこで作れるのかい?こっちは物資の準備とか何もしてないけど……』

 

「何のための陣地作成スキルだと思ってるんですか!資材が乏しいので厨房とまではいきませんが、即席のコンロくらいなら訳ないですよ。調味料一式と主食は持ってきてますし」

 

 

彼女が言葉と共にバッグを再び地面に降ろして開くと、中には大小様々な瓶がぎっしりと詰まっているのが窺えた。

 

 

『え、あ、そのやけに大きい鞄何かと思ったら!うわ、生米とパンまで入ってる!準備良過ぎやしないかい!?』

 

「バトラーたるもの、何時いかなる時でもマスターの空腹に応えられるようにしておきませんとね。

 ではメニューは何にしましょう?何かリクエストはありますか?」

 

「うーん、沖田さんの時代は高級品でしたので、卵の食べ方とかよく知らないんですよね……」

 

「ワシは味が濃くて飯に合うのがよいぞ!醤油ドバっと使ってOK!」

 

「ふむふむ。醤油……卵……あ、あれ。親子丼、でしたっけ。とかどうでしょう?」

 

「親子?」「丼?」

 

 

カレームの言葉に、マシュと沖田はきょとりと首を傾げる。

 

 

「あれ、マシュはともかく、日本では結構有名だって聞いてたんですけど……?エミヤさん?」

 

「ああ。ただ親子丼は明治時代──沖田総司の生きた時代の後に生まれたものだからな。馴染みがないのも仕方あるまい」

 

「へえ、そうなんだ」

 

 

思わぬ形で聞いた蘊蓄に、立香から感嘆の声が漏れた。

 

 

「ネーミングが戦国も真っ青の世紀末センスじゃよな。鶏肉と卵使うから親子て。直球すぎじゃろ。引くわー。まじ引くわー」

 

「あ、そういう由来なんですね。それはまあ、確かに中々……」

 

「いや、髑髏で盃とかしてた人が言う事じゃないでしょう。しかも黄金とか趣味悪すぎワロタ」

 

 

むべなるかな、信長の言葉で料理の全容を何となく察したマシュが口ごもる。

 

その横で、沖田が冷静なツッコミを入れた。ついでに茶々も入れた。

 

いや別に茶々さんと掛けたわけじゃないですよ。(by沖田)

 

 

「とは言え、今回は本当に親子の可能性が大いにあるわけですよね」

 

「微妙に食べづらくなるようなこと言わないで沖田さん……」

 

「まあまあ、美味しければそれで良いんですよ。

 と、いうことで。私は近くの川でお肉を洗って来るので、エミヤさんはお米炊いておいてください。お鍋とかは投影でお願いします。あ、信長さん火つけてくれます?鉄砲の火薬でも宝具の炎でもいいので。あとドクター、玉ねぎと三つ葉だけ物資供給お願いします。

 ──では、皆さんよろしくお願いしますね!」

 

「…………」

 

 

言うだけ言ってさっさと歩いて行ってしまうカレームの背を見送りつつ、6人の心は一つになった。

 

 

 

 

────人使い荒っらい……。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

ぐつぐつ、コトコトと、火で底を炙られている親子鍋の上で、黄色い表面が小刻みに波打つ。

 

土鍋でふっくらと炊き上がった御飯を丼に盛り──親子鍋含め、どれもエミヤの投影品である。「もしかして、このためにわざわざクエストに誘ったのかね?」とは、本人の言──敷き詰められた白の上に、滑らせるようにして具を移すと、火の通った卵が控えめにふるりと揺れた。

 

最後に三つ葉を添えて。

 

 

「出来ましたよー!はい、皆さんどうぞ!」

 

 

適当な丸太を長椅子に見立てて座るパーティーメンバーに、順番に器と箸を渡していくカレーム。

 

手に持った瞬間に伝わる熱と、醤油や出汁の香りが食欲をそそる。

 

 

「わわ、こんな外で丼食べるの初めてだ……!」

 

「私もです、先輩。手で食べる軽食は何度かありますが、こうして食器を使う食事を屋外でというのは、何だかドキドキしますね……!」

 

「うんうん!日本人ならやっぱりこの香りじゃのう!飯が進むわ!」

 

「いやーそういうのは食べてから言うものでしょう……。では、いただきます!」

 

 

手を合わせてから、箸を差し入れて、一口。

 

 

「熱っ!はふっ、はふ……」

 

 

熱々の卵と白米を舌の上で転がしながら冷ましつつ、ゆっくりと咀嚼していく。

 

とろとろと口内を伝う卵と、醤油や砂糖が煮詰められたものが甘辛くも優しい味を真っ先に舌に伝えた。

 

肉を噛むと、プリプリとした程よい弾力と共に、鶏よりもやや味が強い肉汁が溢れる。

 

じんわりと熱が通った玉ねぎは、サリサリとしたささやかな食感と共に、自然な甘さを広げていく。

 

噛めば噛むほどそれらの風味が白米と絡み、渾然一体の旨味をダイレクトに舌に伝える。

 

飲み込むと、食道から鼻にかけて抜けていく熱と出汁の香りが余韻となって、すぐさま次に箸を進めさせた。

 

 

「んん!美味しいですねワイバーン!お肉はあまり食べたことありませんが、沖田さんこれ好きですよ!」

 

「む、確かに。思ったほど抵抗感はないな。これは食材の選択肢が一つ増えたようだ」

 

「うん、美味しいね。アメリカの土地でお出汁の香りを嗅ぐと妙な安心感があるなあ……」

 

「マスター、こういう時は"乙なもの"と言うのじゃぞ!」

 

「オツ……確か、日本で趣きのあることを指す言葉、ですよね。こうして外の風景を眺めながら食事を楽しむのは、確かに、何か、嬉しいような、落ち着くような、不思議な心地です」

 

「お!なんじゃ、マシュ、お主もいけるクチよのう!

 しっかし、この味。わしのかつての料理番にも負けずとも劣らぬ。そこな料理人よ、どうじゃ、わしの専属にならんか?これぞ本当の『信長のシェ──「規制三段突き!!」ノブァッ!?何をする人斬り!」

 

「殺らねばいけない気がして、つい」

 

「字ィー!?というか、食べるの早いのじゃが!じゃが!」

 

「美味しくて、つい。ということで、おかわりいただけますか」

 

「なーにここぞとばかりにキメ顔しとるんじゃ!壬生狼モードやめい!」

 

「はいはい。まだおかわりありますから。あまり暴れないでくださいねー」

 

 

 

 

地平線に日が傾く中、わいわいと賑やかな食事風景は、橙の光に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あのぅ、カレーム、今日の僕らの夕飯なんだけど……』

 

「ええ。勿論、親子丼をお持ちしますよ」




絆Lv.2

「え!?私のお勧め……ですか?いえ、嫌というわけではないんですけど、新鮮な注文なので、むず痒いと言いますか、なんといいますか……」




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BAR in Chaldea

※1.5部の真名バレあります!
お酒回。私が呑兵衛ではないので難しかったですが楽しかったです。

就活がもうちょっとで落ち着く予定なので、次は早めに更新したいなあ……。


以下2部2章バレ
↓ ↓ ↓




ナポレオンほちい……ほちい……→ガチャ→爆死
そりゃあカレーム書いてたら来ないよなあ!タレーラン直属の部下だもんなあ!?(血涙)

ナポ「小難しい理屈を垂れるのはよくない。タレーランになるぞ」
カレーム「ほんっっっっとそれ」


アルテラは激怒した。

 

必ず、かの邪知暴虐の地を暴かねばならぬと決意した。

 

アルテラにはカルデア内の不文律がわからぬ。

 

アルテラは戦闘機械である。

 

剣を薙ぎ、破壊の限りを尽くしてきた。

 

けれども悪い文明に対しては、人一倍に敏感であった。

 

 

 

 

「──さて」

 

 

時は深夜。

 

アルテラは立ちはだかる扉を前に、自らの破壊の意志を再確認する。

 

ここの所カルデア内に蔓延ってる悪い文明を駆逐する、という固い意志。

 

と言うのも、マスターやマシュが寝静まった深夜、彼らに隠れるようにコソコソと施設内を歩き回るサーヴァントの姿を確認したのである。

 

それも、海賊やアウトローなど、普段から悪い文明の気配がするものばかり。

 

奴らの行動を見張っていると、必ずここ──食堂に吸い込まれていく。

 

これはマスター、ひいてはカルデアを脅かす悪い文明が築かれているに違いない、と、アルテラはその企み(仮)を粉砕しようと、勇み足で乗り出した。

 

サーヴァントたちが集まる周期を把握し、次の集会が行われるであろう夜に食堂前で待ち伏せ。

 

案の定、ぞろぞろと多くの下手人が扉の前までやってきては一度立ち止まり、キョロキョロと辺りを警戒した後、ひっそりと中へ入っていく姿を確認できた。

 

おそらくは、まさに今、この中で悪の密談が行われているのであろう。

 

その現場を押さえ、この手に持つ軍神の剣で叩きのめす。

 

 

 

決意を固め、いざ──と、扉を開け放つ。

 

 

 

が。 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー!ようこそ、バー・カルデアへ!」

 

「……………………?」

 

 

飛んできた声を理解できなかった故、たっぷり時間をかけて咀嚼して、それでもわからなかったため、首を傾げた。

 

状況把握のために、やけに騒がしい周囲を見渡す。

 

 

ジョッキをぶつけ合い、大声で笑う海賊たちがいた。

 

グラスを傍らに、カードゲームに勤しむアウトローがいた。

 

小酒杯を手に、顔を赤らめている暗殺者がいた。

 

盃に口をつけ、一人でとっくりを空にしていく侍がいた。

 

 

想定を大きく外れる光景(ぶんめい)に、アルテラはキョロキョロと辺りを見回しながら、手持ち無沙汰げに軍神の剣を握り直す。

 

 

「アルテラさん?珍しいですね。ここにいらっしゃるのは初めてですか?」

 

 

カウンター越しに声をかけてくる料理人の方に、半ば縋るように近づいて行った。

 

破壊の化身にも場の空気を読む力はある。

 

 

「何をお飲みになられます?ラム酒、ウォッカ、老酒(ラオシュウ)に清酒、他にも色々ございますよ」

 

「飲む……?それは悪い文明か?」

 

「ううん……悪いかどうかはTPOによりますが、少なくともここにいる方々にとっては良い文明だと思いますよ。わざわざルールを守ってまで、お酒を飲みたい方々ばかりですから」

 

「酒?ルールとは何だ?」

 

「……あら、もしかしてアルテラさん、ご存じないまま来られたんです?」

 

 

アイスピックで氷を砕く手を止め、面食らったように目を瞬かせるカレーム。

 

 

「すみません、確認もとらずに……。では、改めて説明させていただきますね。ここは“バー・カルデア”。深夜限定の、サーヴァント専用の酒場です」

 

「酒場……密会の場ではないのか」

 

「違いますよ!?カエサルさんやシバの女王様がそのように企んでいたこともありましたが、統括である私が目を光らせているので、悪だくみの場にしている方はいません!」

 

「そうなのか……?」

 

 

堂々と胸を張って言い切るカレームを、しかしアルテラは胡乱な詮索を捨てきれずにじとりと見つめる。

 

 

「密会を行っていないにしても、マスターや職員を締め出して悪い文明に耽溺しているのであれば見過ごせないな。この場を軍神の力で消し飛ばすしか……」

 

「わ、わ、違います違います!これは寧ろマスターたちの安全のために行っていることでして……」

 

「……安全のため?悪い文明ではないのか?」

 

 

三色に輝く軍神の剣を下ろしたことを確認して、カレームはそっと胸を撫で下ろした。

 

 

「はい。ここで振舞われているのは()()()()()()()()お酒なんです」

 

「サーヴァント用……?」

 

「神秘の宿っていない通常のお酒では、サーヴァントの方々はまず酔えません。職員の方の数少ない娯楽でもありますから、人間用のお酒にサーヴァントが手をつけることは禁止されているのです。ですが、英雄というものは飲むのも食べるのも大好きですから、今度はサーヴァントの方々から苦情が出てしまって……」

 

「それで、サーヴァント用、というわけか」

 

「はい!僭越ながら私がプロジェクトリーダーを勤め、エミヤさん、パラケルススさん、マーリンさん他キャスターの方々と共に開発させていただきました!

 いやあ、中々骨が折れましたが、酒呑さんの神便鬼毒酒、メイヴさんの蜂蜜酒、奇奇神酒などを参考にしてですね、発酵段階にも魔力を混ぜることでサーヴァントの方にも酩酊作用を……」

 

「いや、参考元からしてよろしくない文明だろう、それは」

 

 

熱く語り始めたカレームを遮り、思わずツッコミを入れるアルテラ。

 

人の言葉を断ち切るのはやや悪い文明だが、明らかにまずい代物を無視するのもまた悪い文明である。

 

 

「やはり破壊……」

 

「いえいえ!あくまで参考!参考ですから!宝具をそのまま混ぜ込んだりはしてないです!流石に!サーヴァントの酩酊以外の効果はありませんよ!

 ……ともあれ、人間の身には劇物ですからね。悪酔いされた方の乱闘に巻き込まれでもすれば死者が出かねませんし、何よりマスターやマシュ筆頭に、未成年の教育によくないです。ですので、こうして深夜に、サーヴァントのみが出入りできる場のみで、サーヴァントの飲酒を許可している、というわけです」

 

「……ふむ。気遣いは良い文明、だな」

 

 

説明を飲み込んでから、改めて周囲を見渡す。

 

誰も彼も、幸せそうに頬を赤らめて、杯を煽っている。

 

時折、鼓膜が痛いほどの大声が飛んでは来るが、それも酔っている故で、声色は喜びに満ちているものばかりだ。

 

 

「しかし……酒、酒か……うむむ……」

 

「? あ、アルテラさんも飲みますか?」

 

 

破壊の意志は無くしたようではあるものの、どこか難色を示すアルテラ。

 

 

「い、いや、私は、酒はあまり……」

 

「そうですか?実際に飲めば、害がないことも分かると思いますよ。果実酒やカクテルなど、度数が低くて飲みやすいものも揃えてますし、おつまみも色々ありますよ!」

 

「……破壊する前の文明の吟味も、大事だな……そうだな……」

 

 

誘惑に負けた──もとい、言いくるめられたアルテラは、軍神の剣を傍らに立てかけ、椅子に腰かける。

 

その様子に、カレームはニッコリと笑みを深くした。

 

 

「ご注文はありますか?」

 

「……酔いにくいものが良い」

 

「では、私のお勧めを出していきますね。現代はお酒の種類がかなり増えていて、私も驚きましたよ」

 

 

流れるような手つきで、グラスに氷やリキュールを入れ、マドラーで混ぜていく。

 

赤とオレンジのグラデーションが、目にも美しい。

 

 

「やはり飲みやすさではこれですかね。カシスオレンジです」

 

 

目前に置かれた、背の高い円筒グラスを、アルテラはまじまじと覗き込む。

 

 

「私が知っている酒と、随分と違うな……」

 

「そりゃあ、1500年も経てば全くの別物ですよ。おつまみもすぐに出しますね」

 

 

カレームの言葉を聞きながら、恐る恐る、控えめに口をつけた。

 

鼻を突き刺すようなアルコールの刺激臭はなく、代わりに爽やかな果実の香りが口内を吹き抜ける。

 

オレンジとベリーの、自然のままの酸味と甘味。

 

すりつぶされた果肉による、ざらつくような舌の感触を少し堪能した後、飲み込むと、ほんの少しの喉が焼ける感覚が、酒精の存在を思い出させた。

 

 

「……酒、という感覚が薄いな。なるほど、これは飲みやすい」

 

 

拍子抜け、と言わんばかりに気の抜けた顔を見せるアルテラの前に、皿が置かれる。

 

 

「お待たせしました、おつまみです。甘いお酒に合うものとして、生ハムとクリームチーズのクラッカー乗せにしてみました」

 

 

皿の上には、これまた等間隔に置かれたクラッカーを皿のようにして、小さく切り分けられた生ハムとクリームチーズが置かれていた。

 

花弁のような生ハムと、白いクリームチーズ、そして散りばめられたバジルの葉の対比に、目を魅かれる。

 

一つを手に取って齧ると、パリ、と乾いた音がして、クラッカーが破片と欠片に分断された。

 

クラッカーを噛み砕くことに専心していると、穀物の香ばしさを追う形で、生ハムの塩気と、クリームチーズのまろやかさが舌の上を支配する。

 

思い出したかのようにバジルの風味が鼻を掠めたところで、グラスを再び手に取り、口の中を果実の風味で洗い流す。

 

肉とチーズ、そして穀物という重厚感の直後に味わうことで、果実の甘酸っぱさが、よりはっきりとした輪郭で現れた。

 

すると、今度は逆に、動物性の旨味が欲しくなり、もう一度とつまみに手が伸びる。

 

酒、つまみ、酒、つまみ、酒、つまみ、酒……。

 

 

「お、美味しいのは良い文明だが、止まらんのは悪い文明ではないか!?」

 

 

最後の一口を煽った勢いのまま、空のグラスを力任せに置くと同時に叫ぶアルテラ。

 

顔が赤いのは怒りだけではあるまい。

 

 

「あ、飲み終わりましたか。おかわりはいりますか?次はファジーネーブルかマリブコークか……あら?」

 

 

作業を中断し、手元からアルテラへ視線を戻すカレーム。

 

しかし。

 

 

「アルテラさん?何か、妙に顔が赤くありません……?頭もフラフラ揺れてますよ?」

 

「なんだと?戦闘機械たる私が、何か不備が……ぐぅ」

 

「あ、アルテラさーん?」

 

 

自分の言葉も言い切らない内に、座った姿勢のまま寝入ってしまったアルテラに、カレームはやや慌てたように声を掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

いくら揺さぶっても、酔っ払いが集う喧噪の中でも、結局彼女は起きず、翌日の朝食の時間に、激しい頭痛と共にようやっと目覚めた。

 

そのままお茶漬けを食べて帰った。(お茶漬けは良い文明)

 

 

結婚式の宴で、酒を飲み過ぎたことが死因とされているアルテラ。

 

その逸話から、彼女の霊基は酩酊状態に極端に弱い、ということは、カレームはおろか、サーヴァントになって以来酔ったことのないアルテラ自身さえ知らなかった。

 

彼女も、最悪の事態を避けるために極力セーブして飲んでいたものの、予想よりもかなり弱くなっていたようだ。

 

 

 

 

それ以降は、介抱用の付添人として、エレナ・ブラヴァツキーを傍らに置き、深夜の食堂に訪れる彼女の姿があったとか何とか。

 

 

「──迷惑をかけるのは、悪い文明だからな」

 

 




会話3
「コック帽を作った理由ですか?厨房だと大きい男どもがひしめき合うせいで私が埋もれてしまうんですよ。料理長として少しでも威厳を保たないといけなくて……。どいつもこいつも縮めばいいのに。いいえ?何も言ってませんよ?」


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海と修羅場とロコモコと

夏だ!海だ!つまり海産物が美味しい季節だ!
獲り放題の海の幸にテンションが上がって思わず霊基変化。
背丈ほどもある鮪包丁を携え、海辺のヤドカリやら鶏やらをバッサバッサと捌いていく!
海の狩猟者(ハンター)にして料理人(コック)、☆4セイバー アントナン・カレーム(水着)ここに見参!

……なんてことを考えてたらもう9月ですよ。大丈夫、2週間くらい誤差だよ誤差(震え声)

そういえば今回ルビ振り機能に文字数制限があることを始めて知りました。


(追記)
感想で水着カレーム見たいとのありがたいお言葉を頂いたので、ざっくりとしたものですが空想具現化(マーブル・ファンタズム)してみました。
第1・2・3再臨のデザインイメージです。

【挿絵表示】




青い海、白い雲、照りつける太陽。

 

カラッとした爽やかな空気に、鼓膜を優しく揺らす波の音。

 

天下のリゾート地ルルハワの、値千金にもなる美しい光景。

 

 

──それら全てに背を向けて、机にかじりつく影が2つ。

 

 

「最後の……ここの最後の台詞が出てこない……おのれ……あと一行で終わるものを……」

 

「……あー、いけませんぞ。オチが微妙に変わりますなあコレ。伏線を書き直さなくては……いや、もう新しいものを創った方が早いのでは?」

 

 

片やキーボードを叩き、片や紙面にペンを滑らせながら、幽鬼の如き様相で文章に向き合っている。

 

アンデルセンとシェイクスピア──サーヴァント界きっての文豪にして、サークル「童話が大人」のメンバーである。

 

サーヴァントによるサーヴァントのための同人誌即売会サーヴァント・サマースター・フェスティバル、通称サバフェスまで残り3日と少し。

 

サークル参加予定の二人は、現在ホテルの一室で絶賛修羅場中であった。

 

 

「いつもの引用軽口がないな劇作家……流石に限界が近いか?」

 

「何のまだまだ!今は頭が新しいものの創造に集中しているだけでして。古いものを思い出すのはまた脳の使い方が違いますからな!」

 

 

お互いに意識があることの確認と、鼓舞のために声を掛け合っている──と、そこに。

 

 

部屋に響く軽快なチャイムの音が一つ。

 

 

「……ええい何だ、この忙しい時に!今回は〆切をせっつく編集者はいないはずだぞ!」

 

 

苛立ちを隠すことなく、しかしオートロック故に勝手に入らせることもできず、距離がより近いアンデルセンが、椅子から立ち上がってドアに向かう。

 

何徹したかもわからない身体をフラつかせて、ドアノブを捻ると。

 

 

「こんにちは。進捗、如何です?」

 

 

──満面の笑みを浮かべるアントナン・カレームがいた。

 

 

「……ルームサービスは頼んでいないはずだが?」

 

 

これ以上ないしかめっ面を晒し、低音の声を更に低くして唸るアンデルセン。

 

 

「やーですねえ。今回は私も客側ですよ。隣の部屋をお借りしてるんです。ここ数日誰も出入りがないので、様子見と差し入れに。どうせ大したもの食べてないでしょう?」

 

「ハッ!部屋の使用客が筒抜けとは、このホテルの従業員はよっぽど口が軽いと見える!雲隠れの時にはこの系列は避けるとしよう」

 

「いや、昼夜問わず特徴的な声の唸り声やうわ言が聞こえてくれば大体察しはつきますよ……」

 

 

平時通りの毒を含んだ物言いながらも、抵抗なくカレームを部屋に招き入れたのは、疲れ故の判断力の鈍ったからか、手に持つ紙袋からの芳しい香りに敗北したからか。

 

 

「──おや、カレーム殿。何だか随分と久しぶりな気がしますなあ!」

 

「うわっ……」

 

 

部屋に入り、その全貌とシェイクスピアの様子を目にした瞬間、反射的に声が漏れた。

 

部屋中に散らばる原稿用紙と資料の本。

 

アメニティのタオルやシーツも、常に二人が部屋にいる故に使用後ロクに回収されず、一か所で山となっている。

 

そんな部屋を背景に、目の下に濃い隈を作り、髪を乱しまくったシェイクスピアが原稿にしがみつくように座っている姿は、何とも衝撃的なものだった。

 

数日後には引き払う予定なのをいいことに、日常的に使用しているカルデアの書斎よりも散らかし方に遠慮がない。

 

 

「──とりあえず、2人とも一回シャワーなり顔を洗うなりしてきて下さい。そんな調子では浮かぶアイディアも浮かびませんよ。部屋の片づけとセッティングは私がその間にやっておきますから。ほら!行った行った!」

 

 

洗面所とバスタブを交代で使ってくださいね、と、二人をバスルームに押し込み、カレームは作業に取り掛かる。

 

 

 

 

 

──数十分後、二人が身体から湯気を立てて出てきた時には、部屋はチェックイン時さながらの様子に戻っており、窓際に据えられたテーブルにコースターとスプーンが置かれていた。

 

 

「おお!これは素晴らしい!流石、バトラーを自称するだけはありますな!」

 

「場の雰囲気を楽しむのも食事の一要素ですからね。当然、極めてありますとも!」

 

 

シェイクスピアの演技がかった賞賛を素直に受け取ったカレームは、ムフーと鼻を鳴らして上体を反らす。

 

それに合わせて双丘が突き出され、被さっている"Arts"の文字が間抜けに歪んだ。

 

 

「……そういえば、同じホテルにマスターも泊まっているとか何とか。どれ、内線で様子でも伺いますかな!」

 

「はあ!?ちょっ、そう言って私のアーツTシャツ(この格好)をマスターに見せようとしてるでしょう!?こんな浮かれポンチな姿見せれませんから!フランス嫌いだからって私にも八つ当たりするのやめてください!!」

 

 

ランスロット卿にも嫌がらせしたの知ってるんですからね──!などと、受話器を間に置いてじゃれ合う二人を余所に、一人アンデルセンは椅子に身を預ける。

 

窓から差し込む陽の光の高さに、世間は昼時になっていることをようやっと察した。

 

 

「ほらほら、シェイクスピアさんも座ってください。眠気覚ましのカフェ・オ・レをどうぞ」

 

 

席に促されると同時に差し出されたグラスが、カランと氷を鳴らせる。

 

空調が効いている部屋の中においてなお結露を滴らせるそれの中身をストローで啜ると、ミルクによって柔らかい口当たりになったほろ苦さが、冷たく優しく臓腑に沁みた。

 

 

「うーむ、『コーヒーは地獄のように熱く、(Il caffè dev'essere caldo come l'inferno,)悪魔のように黒く、( nero come il diavolo,)天使のように純粋で、(puro come un angelo )愛のように甘くなければならない (e dolce come l'amore)!』これは熱くも黒くもありませんが、天使のように優しく、しかし地獄のように無慈悲に目を冴えさせますなあ!」

 

 

湯を浴び、カフェインによって本調子に戻ったシェイクスピアの舌が流暢に回りだす。

 

その快調に対して、しかしカレームは露骨に顔をしかめた。

 

 

「うげ。嫌な人のこと思い出させないで下さいよ。しかもご丁寧にフランス語引用……。」

 

「おや?貴女を見出したパトロンの言葉に対する態度としてはいささか不釣り合いではないですか?かのナポレオン公に比べればまだ好感度は高いと思うのですが。そこ辺りの心境について是非詳しく──」

 

「あーあーあー!生前とは言え仕事の話はやめてください!バカンスと趣味で来てるんですよここには!上司たちのことは考えたくないんです!」

 

 

悪癖とも言えるシェイクスピアの詮索──もとい取材をシャットダウンするように、耳をふさいで(かぶり)を振るカレーム。

 

騒がしい2人をカフェオレと同じくらいに冷めた目で見つつ、アンデルセンはストローからちゅぽん、と口を離した。

 

 

「フン、そう言いながらこうやって甲斐甲斐しく世話をしに来るとは、従者の性分が霊基に染みついているのか?だとしたらご苦労なことだな。どうせお前もサークル参加だろう?落としても俺は知らんぞ」

 

「サークル参加だからこそ、隣の戦友を助けに来たんですよ!サークル間交流(こういうの)もサバフェスの醍醐味でしょう?私のオフセ本はもう入稿してる上に、今日持ってきたのは店のをテイクアウトしてきたものですもの。従者ではなく、あくまでも友人として、色々なもののついでに!協力しているんです。従者だなんて、仕事じみた事言うのはやめてくださいってば!」

 

 

彼女の言葉は非常に婉曲してはいるものの、言葉のプロたる二人の脳内では『べ、別にアンタのためにやってるわけじゃないんだからね!』と翻訳されていた。

 

が、それはそれとして。

 

 

「「"店"?」」

 

ほんの一言の矛盾を、文豪は許さなかった。

 

 

「おやおや、料理の第一人者たるものが既製品に頼るとは。よっぽど執筆活動が忙しかったと見えるな。成程、目の前の料理よりもレシピ開発が大事というのもある種のポリシーだろう。理解はしよう」

 

「はあああ!?この私が!他人の料理を!臆面も無しに出すとでも!?ちゃんと、()()()()のものですよ!」

 

「……はて?自分の店?それこそ先程の言葉と矛盾するのでは?ここではバカンスだと……」

 

「私にとっては店を持つこともバカンスですよ。ルルハワに一軒、ハワイ名物を中心としたレストランを期間限定で運営させていただいてます。

 生前の経歴では個人専属こそ目立ちますが、私の料理人としての始まりは大衆食堂。マスターの専属を離れて、慣れ親しんだ空気と新しい食文化に触れながらレシピ研究に勤しむ。それこそが私の息抜きにしてバカンスです!」

 

「ワーカーホリックここに極まれりだな!」

 

「貴女、ナイチンゲールさんタイプのバーサーカーに霊基変化しておりませんか?」

 

 

いや、オタクらも大概だろう──と、ツッコミを入れる緑の弓兵は、残念ながらここにはいなかった。

 

 

「──と、いうことで当店の看板メニューのロコモコ丼を持ってきました。温め直しましたので、出来立て同様の味ですよ!」

 

 

2人の前に差し出される、テイクアウト用のプラスチック製容器(ボウル)

 

安っぽい雰囲気のあるそれの中には、しかし一目で食欲を煽る色彩豊かな具材が並べられていた。

 

 

まず一番目を惹く橙にも近い濃い色の黄身と、コントラストを示す白身の目玉焼き。

 

更に、白身、白米、そして容器の白をキャンパスにするようにして配置された、ハンバーグ、トマト、レタス、そしてグレービーソースの色彩の豊かさが目にも楽しい。

 

このロコモコ丼、ルルハワ界隈──特にサーヴァントの間ではかなりの評判となっているのだが、ホテルに籠りきりで外界の情報の大半をシャットダウンしてしまっている二人には、与り知らぬことであった。

 

 

 

スプーンで黄身をつつくと、水滴が弾けるかのように薄い膜が破れ、その中身が焼き上げられた挽肉の表面をねっとりと伝う。

 

黄身とグレービーソースを絡めて、ハンバーグと黄身、そして白米を諸共にすくい上げると、一口分の丼がスプーンのつぼの部分に完成した。

 

それを一息に頬張ると、まず舌の上に来る肉の旨味。

 

グレービーソースによって強調されたそれは、ハンバーグの断面から滴る肉汁で、咀嚼する前から舌を楽しませる。

 

上に乗った目玉焼きの白身と共に歯を入れると、さらに勢いよく肉汁が迸り、スパイスと脂のジューシーな風味が白身とマッチング。

 

色に負けず濃厚な黄身はそれらをまろやかにまとめ上げ、単体で一種のソースとして機能していた。

 

更に咀嚼を進めると、ハンバーグの中に紛れていた飴色の玉ねぎの甘味が顔を出し、勢ぞろいした全ての風味が白米に混ざり、沁みていく。

 

野菜の部分を箸休めに食すと、新鮮なレタスとトマトが、そのシャキシャキとした食感、そして甘味を含みながらも野生味の強い苦味や酸味をもって口内に新しい風を運んできた。

 

グレービーソースのおかげで丼の中で浮くことなく、ハンバーグや白米と調和している。

 

栄養バランスも良く、一椀で食べられる手軽さは、観光に忙しい旅行者にも、屋内作業で時間が惜しい作家たちにも嬉しいもの。

 

しかしながら、陽光を浴び、青い空と海を一望する窓際で潮風に吹かれながら食すロコモコ丼。

 

それは、ほんの一時でも、作家たちにリゾートの安らぎを与えていた。

 

 

「いやあ、絶品!店に行って、他のメニューも色々といただきたくなりますが、そうなるとカレーム殿の店を絶賛する本を一本仕上げかねませんなあ!」

 

「おのれ、こんなものを食べてしまってはこのホテルの料理が食えなくなってしまうだろうが!サーヴァントでなければ飢え死にで密室殺人が出来上がっていたぞ!」

 

「このホテルのレストランでもブーディカさん達が頑張ってますから、十分に満足できると思いますよ。あとサーヴァントの身でもちゃんとご飯は食べてください。ホテルマンに様子のチェックをお願いしておきますし、私もまた来ますからね」

 

 

リゾートの空気に触れ、食事に舌鼓を打つことで休息をとった脳が再稼働を始めたのか、空の器をテーブルの隅に置くと同時にメモを取り出し、湧き上がるアイディアを書き留めていく作家二人。

 

カレームは後片付けをしながらもそんな二人をぽつぽつを言葉を交わし、そこから得たものをまた書き溜めていく。

 

 

「──そういえば、カレーム殿の新刊は何なのですか?こうしてお世話になったことですし、当日はブースに挨拶に行きますぞ!」

 

「ありがとうございます!オフセットでは現界してから開発した新作料理や他国料理アレンジメニューのレシピ本を。コピー本では『建築物系宝具から見る建築様式の時代変遷の考察』を出す予定です!コピー本の作業がもう少しありますが、今のペースなら落とすことなく無事に当日を迎えられそうです」

 

「なるほど、創作と研究の二本立てですか!面白い!」

 

「フランス料理の創始者の新作レシピか。転売でもされればさぞ愉快な事態になりそうだな!」

 

「それを言うならお二人も似たり寄ったりですよ……」

 

 

と、3人が口と手を同時に動かしていると、チャイム音が再び部屋に響く。

 

 

「誰ですかな?早くもホテルスタッフの方が様子を見に来ましたので?」

 

「あ、多分エドモンさんとナーサリーさんだと思います」

 

「はあ?何故そこでその二人が出てくる」

 

「いえ、店にいらした時にホテルの隣室──あなた方のことを少しお話ししたんですよ。ホラ、よく書斎で一緒にいらっしゃるから、縁遠いというわけでもないでしょう?そうしたら、『後で様子を見に行く』とおっしゃってて……」

 

「また随分と部屋が騒がしくなる面子を寄越したものだな……」

 

 

あ、ナーサリーさんは『遊びに行く』と言ってましたけどねー、と、恨みがましげなアンデルセンの視線をスルーしつつ、カレームはドアに向かい、ノブを捻る。

 

 

「はーい、こんにち、は……」

 

 

開けた先の視界に、カレームは言葉を無くす。

 

 

「あら、こんにちはコックさん!貴女もいらしてたのね!」

 

 

ニコニコと挨拶をするナーサリー・ライム。

 

 

「ウェイター……いや、料理人。随分と腑抜けた格好だな」

 

 

『お前が言うな』と言いたくなるような水着姿の巌窟王、エドモン・ダンテス。

 

そして。

 

 

「内線で無言電話があったから様子を見に来て、途中で二人と合流したんだけど……。珍しい格好してるね、カレーム」

 

 

意外、という感情を表に出しながら頬を掻くマスター──藤丸立香が、部屋の前に立っていた。

 

 

カレームは、ゆっくりと状況を理解する。

 

目の前のマスター。

 

自分が着ている真っ青なアーツTシャツ。

 

完全にプライベートモードゆるゆるな声色で開けたドア。

 

 

「──あ、」

 

「あ?」

 

「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──その後、隣の自室に逃げ帰り、ベッドの上で羞恥に悶え苦しむカレームがいたが、そんな事象もループの狭間に消え、結局、巌窟王と立香2人の秘密となったとか。

 

 




好きなこと

「好きなことですか?それはもちろん、料理と、デッサン、あと建築物の鑑賞ですね!これでも昔は建築家に憧れた身なんですよ?」


《絆レベルアップ》

Lv. 2 ⇒ 3

サーヴァントのプロフィールが更新されました。
マイルームで聴けるボイスが追加されました。


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カロリーの摩天楼

最近のFGOについて一言。

少しは休ませろやボケェ!!!!!!!!!!


年に一度行われる、サーヴァント一の雄を決定する祭典。

 

例年はローマで行われていたネロ祭。

 

そして今年は所変わってニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにて執り行われることとなった。

 

 

その名も、バトル・イン・ニューヨーク。

 

 

カルデア中のサーヴァントがこの時ばかりは出場者・観客を問わずに会場へ足を運び、カルデア職員もまた、シバによるパブリックビューイングで熱狂に包まれる。

 

それ程の観客を擁するイベントであれば、彼らに食事を提供するスタッフの規模もまた大きく。

 

 

その名もカルデア・キッチン・トラック、略称C.K.T──またの名をUnlimited Burger Works!

 

エミヤ主導による、ブーディカ・頼光・タマモキャットなど、料理を嗜むサーヴァントたちが出店するワゴン型フードショプ。

 

今回は開催場所と同じくニューヨーク出張版であり、カレームも勿論それに参加予定だった。寧ろ、主催として代表者となるのが定石だろうと、思われていたのだった。

 

 

 

そう、()()()──のだが。

 

 

 

 

 

「何っで……なんですか──────!!!!!!!!」

 

 

彼女の絶叫が摩天楼──マディソン・スクエア・ガーデンのスタジアム、通称"ガーデン"を見下ろす高層ビルの最上階に響き渡る。

 

目下盛り上がりを見せるガーデンに向けられたそれは、しかしながら夜景を一望できるガラス張りの壁によって阻まれた。

 

煌びやかなパーティー会場──、本来はワゴン車よりもよっぽど彼女のホームグラウンドである場所の中心で、彼女は理不尽と怒りに肩を戦慄かせる。

 

 

「本来ならば私も一緒にマスターや観客の皆さまにお食事を提供するはずだったのに……!きちんと説明はしてもらいますよ──英雄王!」

 

 

キッ、と彼女が睨め付けた先には、黄金の玉座に腰を落ち着け、静かに寛ぐ天上の王が一人。

 

黄金の王・ギルガメッシュ──ちなみに現在はゴージャスP、すなわちキャスタークラスである──は、カレームのキャンキャンと喚く犬のような訴えも素知らぬように、グラスを傾ける。

 

 

(オレ)の財宝を侍らせて何が悪かろうか。王直々の催しの最中(さなか)で傍に仕えられる誉に咽び泣くが良い!無論ボーナスと特別休暇はやろう。此度の仕事は大掛かり故な」

 

「そういうことを訊いてるんじゃないんですよこっちはぁ!さも当然のように連れてきて、拉致ですよこれは!拉致!!」

 

 

さもこの場にカレームがいることが当たり前、というような口ぶりに、彼女の口調は更に荒ぶる。

 

と、その両者の間に割り込む影が一つ。

 

 

「ままま、喧嘩はそのあたりにしておいて。詳しくはこの美人秘書、ドルセント・ポンドからご説明させていただきますねぇ♪」

 

 

頭の上に生えた2つの耳をご機嫌にピョコピョコと動かしながら、営業スマイルでカレームに詰め寄るドルセント。

 

自分もよくやる圧の掛け方に、思わずカレームもたじろぐ。

 

 

「な、なんですか。どうせこの祭りの開催期間中、専属で料理番になれとか、そういう話でしょう?それなら──」

 

「いえいえ。今回貴女に担ってもらいたいのは、運営全体に関わる大っ変に重要な役目なのでして……」

 

「フン。この祭りが我に捧げられるためのものならともかく、主賓となるからには為すべき責務というものがあろう。その一旦として貴様を登用した、というわけだ」

 

「は、はあ……?」

 

 

話が見えず、目に見えて困惑するカレーム。

 

 

「単刀直入に申し上げますとぉ、貴女に勝者への景品を作ってもらいたいのですよ!」

 

「景品……ですか?ええと、もう既に景品引換券は用意されているんじゃないんでしたっけ?AUOくじ、とか言う……」

 

「こんな大掛かりな催しですもの。景品がたった一つじゃ味気ありませんこと?というプレジデンテのお考えで、追加を用意することになったのです!それ自体でも消費でき、価値あるものとして代替通貨にもなり得る……そして何より、大量に生産できる景品を!

 ──と、なれば適任は貴女でございましょう?フランス料理の開祖にして食文化の特異点たる貴女直々の一品!これは売れ──コホン、祭りの良い目玉となるでしょう!」

 

「なるほど……?つまり、参加者の方々の士気を上げるような料理を景品として振る舞えば良い、と?」

 

「はい!その通りでございます♪」

 

「それならば、勝ち上がってくるであろうマスターに、間接的にではありますが料理をお出しすることができますね……」

 

 

しばらく顎に手を当て、思案した後、カレームは顔を上げる。

 

 

「承知しました。きちんと対価をいただけるのであれば、協力するのも(やぶさ)かではありません」

 

「ありがとうございますぅ!流石はプレジデンテの見込んだ御方ですわ♪それでは早速なのですが、打ち合わせの方を……」

 

「はい。メニューは追々決めるとして、どれ程作ればよろしいのでしょう?」

 

「あぁ、それは大体算出済みですわ。こちらをどうぞ♪」

 

 

上機嫌にドルセントから差し出されたタブレット──ギルガメッシュ御用達の私物である──を覗き込む。

 

その画面に映し出された表計算ソフトに入力された数字を見て、目を剥くカレーム。

 

 

「……正気ですか?」

 

「はい♪正気も正気、本気と書いてマジと読みます♪」

 

「ちなみに動員人数は……」

 

「もちろん、貴女お一人ですが?」

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」

 

 

きょとり、と当然のごとく宣うドルセントに、カレームはブンブンと必死に首と手を振る。

 

 

「こんな千だのニ千だのを2週間ちょっとの開催期間で1人で作れと!?流石に限度がありますよ流石に!量が必要なら藤太さん呼んできてくださいよ!」

 

「ですからぁ、プレジデンテの催しに相応しい質が必要なんですよ~!第一、藤太さんはカルデア食糧庫の要で、有難味が薄れてきちゃってるじゃないですか~!」

 

「ええそうですね私も大変お世話になってます!ですがこれは物理的に不可能です!無理です!」

 

「──ほう、仮にも料理人の王を名乗る者が、始める前から泣き言とはな」

 

 

ぎゃいぎゃいわいわいとヒートアップする舌戦に冷や水を浴びせるように、賢王が口を開く。

 

 

「英雄王……」

 

「そう難しく考えずとも、貴様の()()を用いれば良い話であろう」

 

「……!そういえば、千里眼持ちでしたね、貴方……」

 

 

今回の現界ではまだ誰にも──マスターにも見せたことのないはずの宝具の性質を言い当てられ、少しばかりカレームの身体が強張る。

 

 

「確かに、宝具を使うとなれば可能でしょうが……。報酬は上乗せしてもらうとして、成功するかは魔力とメニュー次第、ですかね。メニューに関して案はあるのですか?」

 

「このニューヨークという場と熱狂の祭り、相応しきものは限られてこよう。すなわち──」

 

 

 

「──カロリーだ!」

 

 

 

ギルガメッシュの言葉を遮り、鋭い声が飛んだ。

 

 

「カロリーは正義。カロリーはすべての問題を解決する。カロリーは不可能を可能にする!何はともあれカロリーだ!!」

 

 

堂々と、モップ片手に仁王立ちで、そう高らかに宣言するのは、メイド服を模した水着を着用したアルトリア・ペンドラゴン・オルタであった。

 

 

「えーっと……黒い方の騎士王様?何故こんなところに?」

 

「試合にはセイバーの方の私が出るらしいからな。無聊を慰めるついでに、ここに来ればジャンクフードにありつけると聞いて、気紛れで臨時メイドをしている。そういう意味では貴様と同じか」

 

「はあ、そうですか。……ジャンクフード?」

 

「む、知らんとは言わせんぞ。ニューヨーク、アメリカ、それ即ちジャンクフードの聖地(メッカ)。ハンバーガーと言えばアメリカ。アメリカと言えばハンバーガー!フライドポテトとホットドッグも無論だ!」

 

「それってつまり……」

 

「作れ。これは私の一存ではないぞ。ゴージャスPの意向でもある」

 

「正気ですか英雄王!?」

 

 

この短時間で二度も人の正気を疑うことになるとは、彼女もゆめ想定していなかった。

 

 

「場と空気によって生み出される価値というものもある。この祭りの限りではそう悪くなかろうよ」

 

「……まあ、納得はしました。エミヤさんたちが販売しているものも似通っていますしね」

 

「ならば、あの贋作者(フェイカー)共と一線を画すものを用意するまでだ」

 

「そう言うと思いましたよ……。ところで、英雄王。ご存知かと思いますが」

 

 

つい、と手を挙げるカレーム。

 

 

「私の宝具、製菓メインなんですけれど……」

 

「応用でどうとでもなるだろう」

 

「ああもう臣下に無茶ぶりしてくるなあこのプレジデンテ!」

 

 

予想していたとはいえ、辟易する返答に思わず天を仰ぐ。

 

 

「ええと?つまり?本来とは違う宝具の使い方で?ジャンクフードを?千二千作り続けると?ブラックってレベルじゃないですよ……」

 

「まあまあ、そこは一番働いているプレジデンテに免じて呑んでくださいな~。給与は弾みますよ?」

 

「給与、と言っても……私はQPをいただいても厨房に籠りきりで使う機会がないですし……。今回ばかりはお褒めの言葉一つで許す私ではありませんよ」

 

「あらら~。……だ、そうですよ、プレジデンテ?」

 

「フン、案ずるな。策はある」

 

 

ぷい、とそっぽを向き意地を張るカレームに対し、しかしギルガメッシュは狼狽えることは無い。

 

 

「此度の催しの観戦にと、()()()を招いていてな。此処に留まり仕えるのであれば、臣下として奴への謁見を我から赦そう」

 

 

「"太陽の"……!?」

 

 

ギルガメッシュの言葉に、ぴくりとカレームの耳が動く。

 

 

「"太陽の"……太陽王、()()()の異名を持つ、ラムセス2世──オジマンディアス陛下ですか!?」

 

「左様。貴様、確か建築物への造詣も深かったそうではないか。褒美としては十分だと思うが?」

 

 

その表情の変化を間近で見ていたドルセントは、後にこう語る。

 

 

「──何というのでしょう。黒髭……いえ、どちらかと言うと刑部姫でしょうか。最高のお宝を見つけた時の彼女の高揚にソックリだったのですよねぇ」

 

 

 

「……そ、そこまでの報酬を出されてしまっては、仕方ありませんね……。分かりました。その依頼、お請けしましょう!」

 

「善し。交渉成立だな。では早速働いてもらうとするか!」

 

「カロリーだ!早くカロリーを寄越せ!」

 

「少し静かにしていただけます!?慣れない使い方なので集中力使うんですよ!」

 

 

カレームが承諾の意を示した途端に主張を激しくするアルトリア・オルタを一喝して、カレームは自身の内の魔力の巡りに意識を集中する。

 

カルデアからの魔力供給を感じながら、頭の中で強く、その真名の輪郭をなぞった。

 

──サーヴァントの宝具解放により迸る魔力の余波が、辺りに一陣の風を巻き起こす。

 

魔力を練り合わせ、五大元素を合成し、一つの神秘の創造へ、今至る──!

 

 

「──行きますよ!宝具解放!《甘美なり我が傑作(ピエス・ルクス・モンテ)》!」

 

 

 

 

***

 

 

 

食む──というより、食いちぎる、という表現がより近い形で、端に歯を立てる。

 

薄い皮が突き破られると同時に、その中にパンパンに詰め込まれた肉汁と粗挽き肉が怒涛にあふれ出した。

 

それは固めに焼かれたパン生地に沁み込み、追いかけるようにそれにも歯を立てると、シャキリと音を立ててレタスが瑞々しく千切れていく。

 

ケチャップとマスタードの酸味と辛味が、素材のほのかな甘味を塗り潰していくが、それもまたジャンキーで趣き深い。

 

もっきゅもっきゅとホットドッグを咀嚼した後、ずぞぞぞとジュースを啜って口内をリセットした後、ハンバーガーを食み、フライドポテトを口に放り込む。

 

胡椒の効いたパティのガツンと来る肉の旨味と、とろけたチーズ、そして塩と油の沁み込んだポテトは、体には優しくないが心に優しい味をしている。

 

 

「やるではないか料理人。何時ぞやに食べた炒飯よりはいけるぞ。だのに何をそんなにしょぼくれている」

 

 

摩天楼の頂上で、湧き上がる眼下の会場を見ながらジャンクフードの山の傍らでひたすら食事を続けるアルトリア・オルタ。

 

どことなく喜々とした雰囲気の彼女とは裏腹に、カレームはその陰で暗く沈んでいる。

 

 

「いえ……元は英雄王からの命とは言え、我欲に駆られてこんな事に自分の宝具を使ったことに自己嫌悪と言いますか、何と言いますか……」

 

「何を言う。皆が喜び、祭りが盛り上がる。これ以上に役に立つ宝具などそうそうないぞ。ほら、見てみろ」

 

アルトリア・オルタの手に引かれて、会場──目下試合を行っているガーデンを見る。

 

 

「フハハハハハ!そうら勝者には褒美をやるぞ!この我が認める財宝よ!うむ、祭りらしくなってきたではないか!良い、良いぞ!フハハハハハ!」

 

「こちらでは景品交換を行っておりますよー♪くじはもちろん、その他の景品も応交換です♪ふふふ、循環、循環。経済してますねえ♪」

 

 

主催──ギルガメッシュとその秘書・ドルセントは意気揚々と祭りに準じる。

 

それに呼応するように、肉薄する勝負に高揚する出場者と、盛り上がる観客たち。

 

誰も彼も、この一時、泡沫の熱狂に身を任せ、喜色満面の様子である。

 

自分の宝具で──自分の作った料理で、万人が笑顔になっている。

 

これが、料理人にとって悦びでなくて何であろう。

 

誉でなくて、何であろう。

 

 

「……まあ、たまには、こういうのも、悪くないかもしれませんね」

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、食い切ってしまったのだが。おかわり」

 

「えっ……はあ!?もう一回やるんですか!?」

 

 

もう一回どころか、結局、この祭りが終わるまで、何度も宝具を使わされることになるのだが、今の彼女にとっては、露知らぬことである。

 

 

 

 

 

 




[絆Lv. 3で解放]
魔力付与 D
後世にまで語り継がれる彼女の緻密な技術が昇華されたスキル。食材の加工過程で魔力を練り込み、第二級程度の魔術補助礼装に変化させることができる。そのまま食せば魔力供給となり、携帯しているだけでも軽微なステータスアップが見込める。

芸術審美 C
デッサンや建築物の知識を基に料理の盛りつけや美しさを初めて探究した逸話から得たスキル。芸術品への深い造詣を持ち、芸術面に逸話を持つ宝具を目にした時、低確率でその真名を看破できる。彼女が生前傾倒していた建築物に関するものだと、その確率は上昇する。

食材解析 A+
視覚・洞察系スキルが複合され生み出されたオリジナルスキル。
彼女が「食材」と認識したもの限定でその性質・正体を即座に看破し、調理に最適な動作をとることが出来る。無論、その調理の過程には捕獲・解体・血抜きも込。
A+ともなれば、仮に神代の魔獣と評される生物だとしても、彼女が食べれると判断した時点で一介の食材と成り下がるだろう。


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ぶすくれハロウィンドーナツ

卒論で忙しかったので短めです。おまけにちょっと遅刻。

ちょっとオニランドネタバレ?かも?
去年のハロウィンイベでも読めるようにはしています。




ハロウィーン。

 

古代ケルトの風習に端を発する収穫祭。

 

現代では多くの国や文化に根付き、毎年10月末には仮装とお菓子がつきものである。

 

無論、季節感のない──季節感がないからこそ、カルデアでもこのような行事は大事にしており、キッチンから管制室スタッフへ差し入れされるおやつも、この時期にはクリスマスや新年に並び、特に力が入ったものになる。

 

 

しかし、それを運ぶカレームの顔は、非常に晴れないものであった。

 

 

「………………」

 

「ど、どうかしましたか?カレームさん。そんなに口をへの字にさせて……」

 

 

モニターの前に座るマシュが、見るからに不機嫌オーラを漂わせているカレームに、恐る恐る尋ねる。

 

 

「……だって、毎度毎度ハロウィンには手塩にかけたお菓子を作っているのに、全っ然マスターに渡せないんですもの!毎年特異点にレイシフトして、帰ってくるのはとっくにハロウィンが過ぎた後!スタッフの方々や他のサーヴァントに渡せるので無駄にはしていませんが、それでもフラストレーションは溜まるんですよー!」

 

 

ぷんすこと憤慨しながら、通信のマイクに音声が入るような声量で不満をぶちまけるカレーム。

 

その通信先にはもちろん、話題のマスターがいるわけであって──。

 

 

『ご、ごめんね。毎年毎年エリちゃん問題にかかりきりになるから、つい……』

 

「私も少し前まではご一緒していたので、耳が痛いですね……」

 

 

反省している声色の後ろからは、しかし愉快な音楽や声が聞こえてきて、どうにも真摯に受け止めきれない。

 

 

「それなら君もレイシフトについて行けばいいじゃないか。ハロウィンの雰囲気たっぷりでお菓子を渡せるよ?」

 

 

と、声をかけるのは、同じく存在証明に勤しんでいるレオナルド・ダ・ヴィンチ。

 

 

「む、スタッフの方々の数少ない楽しみよりも優先させようとまでは思ってませんよ。キッチン担当のサーヴァントが特異点に向かう時もありますし、1人くらいは厨房を守っていないといけませんからね。──というか、貴女も結構楽しみにしておいてよく言いますよね、ダ・ヴィンチ女史」

 

「そりゃあまあね!いやあ去年のパンプキンタルトは絶品だったなあ!食べられなかったマスター君は残念だったなあ!」

 

『うわーっ!ダヴィンチちゃんずるい!』

 

「はっはっは!いい機会だ。毎日アントナン・カレームの料理が食べられる環境の有難味を噛みしめるといいよ!」

 

「そうですよそうですよ!当時のヨーロッパ王族皇族が奪い合った品なんですからね!もうちょっとはその価値を理解してくださいよ!──と、いうことで、今年はマスターへの嫌がらせ(トリック)をしようと思います」

 

『……へ?』

 

 

 

トリックオアトリート(お菓子をもらってくれないなら悪戯)ですよ!覚悟してもらいますからね!」

 

 

 

「な、なんという押し付け……」

 

「うーん、お菓子ヤクザだねえ!いっそ清々しい!」

 

 

堂々と宣言したカレームの勢いに、若干引きつつ声を漏らすマシュと、呆れを通り越して変な笑いを起こしているダ・ヴィンチちゃんという、実にシュールな管制室なのであった。

 

 

「しかし、通信越しでないとやりとりできない状態でどのように悪戯を……?レイシフトする、というわけでもなさそうですが……」

 

「決まってるでしょう──通信の目の前で、管制室の皆さんにこれ以上なく美味しそうにお菓子を食べてもらうのです!マスターが帰って来れないことを恨むくらいに!

 

……ということで、本日のおやつはドーナツです。カボチャなどををふんだんに入れた、ハロウィン仕様ですよ!」

 

 

と、管制室にワゴンで運び込まれた()()釣り鐘型の蓋(クロッシュ)を持ち上げると、そこには山を為す輪状の菓子。

 

薄っすらと見える湯気が、出来立てであることを示している。

 

小麦色に上げられた生地の上に、粉糖やオレンジや紫──おそらくカボチャやブルーベリーの色である──のクリームが掛けられており、コウモリや蜘蛛の巣を模したチョコレートがデコレーションされている。

 

季節感を全面に出した大量の甘味に、カルデアの職員たちがわずかに色めき立つ。

 

 

「じゃんじゃん食べてくださいね!そしてマスターに見せつけてください!ほらほらマシュも!」

 

「えっ私も……?いえ、先輩への嫌がらせだとわかっているものを受け取ることはできませ──」

 

「えいっ」

 

 

スタッフがドーナツの山に群がる様を尻目に、ずずいっとマシュにその中の1つを差し出すカレーム。

 

鼻先に突きつけられる芳しく甘い香りへの誘惑を断ち切ろうと、マシュが(かぶり)を振るよりも、その動作の方が一瞬早かった。

 

 

「嫌がらせ半分は確かですが、ハロウィンにも頑張っている皆さんを労わりたいという思いも確かにあります。第一、ここで食べられなければこのドーナツの山は無駄になってしまいますよ?」

 

 

ふに、と唇に押し付けられた生地から熱が伝播し、油をたっぷりと吸い込んだそれが、ほんの少し口を開けば味わえるという事実が、マシュの口内に唾液を分泌させる。

 

 

「くぅっ……先輩、すみません!」

 

 

謝罪の言葉と共に、カリカリに揚げられたそれを控えめに啄む。

 

 

歯応えのある表面に歯を立てると、揚げたて特有の、砂糖が沁みた油がわずかに滲み出て、色素の薄い中身が顔を出した。

 

小麦と卵と砂糖と油。

 

これが集まって、美味しくないわけがない。

 

サクサクほこほこと生地を頬張ると、コーティングシュガーがシャリシャリと音を立てて混ざり合っていく。

 

 

「……!ふわふわでサクサクで、とっても美味しいです!」

 

「でしょう?でしょう?いやあせっかく作ったのに食べられないマスターは残念ですね~」

 

『くぅっ……!』

 

「ほら、こっちのカボチャを練り込んだ生地のものや、ブルーベリーのチョコレートをかけたものもどうぞ!」

 

「はい!ぜひいただきます!」

 

 

マシュ、陥落。

 

プレーンなシュガードーナツを食べ終わった彼女は、勧められるがままに次のものに手を伸ばす。

 

カロリーなど何のその。真に美味しいものの前では我慢など無為に帰すのみである。

 

 

「んむっ、こっちのカボチャフレーバーのものは優しい味がしますね!ブルーベリーの方も、酸味とチョコレートの甘さが絶妙にマッチしてます!」

 

「ほらほら~ハロウィン限定のフレーバーですよ~?ここで食べなければまた一年後ですよ~?」

 

『ううううぅうう……!くそっ、こんなの食べたくなるに決まってるだろ!皆!一刻も早く特異点解決してカルデアに戻るよ!』

 

「早くしないと無くなりますので、急いでくださいね~」

 

 

特異点に同行するサーヴァントたちに声をかけ、奮起する立香。

 

純粋な感動をそのまま口に出すのはマシュの美徳であるが、今この場でそれは立香にとって毒にしかならず。

 

これを狙ってマシュに食べさせたのならタチが悪いよねえ、と、ドーナツを頬張りながら思うダ・ヴィンチちゃんなのであった。

 

 

ちなみに、今回の特異点で聖杯回収が完了してからの撤収速度は、歴代トップに記録されるレベルのものであったとか。




絆Lv3

「生前は雇い主からの注文を受けるだけでしたが、こうして作りたいものを作り、それを美味しそうに食べてもらえるというのもうれしいですね……照れてませんよ?照れてませんったら!」


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戦場のクリスマス

卒論から脱却してきましたよイヤッフー!
&私からのクリスマスプレゼントです!メリークリスマス!

そして全国のパティシエの皆さんお疲れ様です!!!!

ちなみにクリスマスって24日の日没から25日の日没までらしいですね。


──クリスマスとは、それ即ち戦いである。

 

 

「と、思うんですよねえ。私は」

 

「ノット否定なのだな。キャットにチョコはご法度というのに。これはニンジン1本では足りぬのである」

 

 

厨房で砂糖をこね、チョコをこね、小麦粉をこね──ついでに愚痴を零しているのは、我らがシェフ、アントナン・カレームと助手のタマモキャット。

 

この2人のみでなく、現在キッチンにはエミヤ、ブーディカ、マルタに藤太などなど、料理に自信のあるサーヴァントたちがひしめき合っている。

 

 

本日は12月24日。

 

泣く子も黙るクリスマスイブである。

 

 

夜のパーティーに向けて、七面鳥やケーキなどなど、様々なご馳走を作っている最中なのだ。

 

しかしながら、如何せん量が量である。

 

今夜ばかりは特別な日と、カルデア内にいるサーヴァント、職員のほぼ全てが押し掛ける。

 

200は下らないその数に見合う数を作るため、現在キッチンはフル稼働。

 

地獄の行進が如く、ひたすらに”料理”という敵と戦い続けているのである。

 

 

「料理を作るのは楽しいし、好きですけれど、こう……何ていうんでしょうね。以前マスターが仰ってた『虚無』って、こういう感じなんでしょうか……」

 

「深く考えない方が賢明だワン。キャットは賢いからな。そういうのとは向き合わないのだ。マスターの笑顔だけを考えたらよいぞ」

 

「そうですね……そうですね!ありがとうございますキャットさん!忙殺されて危うく初心を忘れるところでした!ようし、マスターと皆さんのために頑張りますよー!」

 

 

隈のできた目に活気を取り戻しながら、カレームは自らの口にクッキーを放り込む。

 

 

「むむっ、摘まみ食いか?数が足りるかどうかという時にそれは見過ごせぬワン」

 

 

咀嚼するカレームの頬をツンツンとつつくタマモキャット。

 

 

「あぅ。違いますよ。これは事前に用意していた回復用クッキーです。魔力を練り込んであるのでお手軽に補給ができるんですよ。キャットさんも一ついります?」

 

「にゃんと、ドーピング!そういう手もあるのか。ニンジン型はあるのかワン?」

 

「ええ、本当に用意しておいてよかったですよ……。今回は形にこだわっていないのでシンプルな丸型しかありませんが、それでもよければどうぞ」

 

「ふむ。それではいただくとするかな。贈り物には寛容なキャットである」

 

 

あーん、と大きく開けられた口にクッキーが放り込まれる。

 

サクサクとした食感に素朴な小麦とバターの香りが心地よい。

 

 

「うむ!元気100倍120%なのだワン!」

 

「ようし!それではどんどん作っていきますよー!ノルマのブッシュ・ド・ノエル200個!」

 

 

ほんの少し顔の血色が良くなった二人は、キッチンの片隅で小さく決起した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「「「「わあああ~~~!!」」」」

 

 

一番目を惹く大きなターキーを中心に、グラタン、サラダ、ポテトディップにピザ……。

 

そして、仕上げとばかりにブッシュ・ド・ノエルが一席につき一つずつ。

 

普段の近代的な造りとは打って変わって、絢爛豪華なイルミネーション、そして卓上のご馳走たちに、幼い声が喜色満面にあがる。

 

 

「すごいのだわ、すごいのだわ!お城のお姫様にでもなったみたいだわ!」

 

「すっごい!きれー!おいしそー!ねえねえ、これっ全部食べちゃっていいの?」

 

「わあ……すっごぉい……」

 

「すごいですすごいです!サンタも太鼓判を押すご馳走の山なのです!」

 

 

他の者よりも先駆けてやって来たナーサリー、ジャック、バニヤン、ジャンヌ・オルタ・リリィが各々に感嘆を漏らす。

 

 

「すごいねコレ……皆、お疲れ様!」

 

 

そしてその同伴で着いて来たマスター、立香が労いの言葉を掛ける。

 

 

「ありがとうございます!頑張った甲斐がありました!」

 

「ご主人、報酬にはニンジンをいただくぞ♪」

 

 

今にも気の緩みで倒れ込みそうな脚を叱咤しながら、その言葉に胸を張って応えるカレーム。

 

対称的にタマモキャットは喜々としている。

 

他のキッチンメンバーも、大きな仕事を終えたとあって、厨房内で一休みしている状況で、どこにそのような気力があるのか甚だ疑問である。

 

 

とはいえ、後はディナーをつつがなく終えるのみ──と、カレームが安堵の息を吐こうとした、その時である。

 

 

「あれ?でも()()がないね?」

 

「ええ、()()がないのだわ?」

 

 

ひそひそと話す、ジャックとナーサリーの声が聞こえてきた。

 

 

「ジャックさん?ナーサリーさん?どうかしまた?」

 

「ねえねえコックさん──」

 

 

 

 

 

 

「「──ツリーはどこにあるの?」」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

ザァ、と血の気が引いていく音を身体の内に感じながら、とっさに食堂を見渡す。

 

イルミネーションはある。飾りつけのモールも、ウォールステッカーもある。

 

しかし──肝心のツリーがない!

 

 

そう、去年同様、工芸菓子(ピエスモンテ)ででも作ろうと思っていたクリスマスツリー。

 

しかし、1年が経って想像以上に増えたカルデアメンバーに合わせた料理に忙殺されて、何時の間にかすっかり失念されていたのだ。

 

 

「ちょ、ちょっとお待ちくださいね……」

 

 

取り繕った笑顔を子供たちに向けながら、慌てて厨房に駆け込むカレーム。

 

 

「エミヤさん!スポンジとクリームは!?」

 

「残念ながらブッシュ・ド・ノエルで綺麗に使い切っている。マジパン用の砂糖も同様だ」

 

「じゃあ、ポテトでもお肉でも、何か食材は!?ブーディカさん!マルタさん!」

 

「残念ながらこっちも品切れ。それに、もうそろそろ他のお客さんも来る頃じゃない?」

 

「外からモミの木でも取って来れれば良いんですけど、この場所じゃ……。ああもう!せっかくのあの方を祝う行事なのに!私としたことが完全に忘れて……!コホン、忘れてしまって……残念です」

 

「……!」

 

 

万事休す。

 

焦りに唇を噛みながら、打開策を探すカレーム。

 

否、あるにはあるのだ。

 

とっておきの()()()が──アントナン・カレームにはある。

 

だから、これはどちらかと言えば躊躇に近い。

 

()()を使うことへの拒否感が、彼女に実行を思いとどまらせている。

 

しかし。

 

 

「カレーム?大丈夫?」

 

 

様子を見に来た立香の、厨房を覗き込む、その心配そうな顔で、彼女の腹は決まった。

 

 

──自分の下らない矜持でお客様を失望させて、何が料理人か!

 

 

 

 

「……マスター。魔力の蓄えはありますか?」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「──お待たせしました!実はツリーは今から作る予定なんです」

 

 

言葉とは裏腹に、カレームは手ぶらで厨房から出てきた。

 

 

「今から作るんですか?でも……」

 

「でも、コックさん何も持ってないよー?木なら私が刈ってきたげようか?」

 

 

ジャンヌ・オルタ・リリィと、バニヤンの不安げな声に、カレームは笑顔で返す。

 

 

「ご心配ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。()()()()()()()()()()

 

 

 

立香とカレームは、互いを見やり、頷き合う。

 

瞬間、カレームは自らの身体に魔力が漲るのを感じた。

 

食堂の真ん中──椅子やテーブルのない、ぽっかりと空いた空間の前に立つカレームに続いて、その周りに子供たちと立香が集まる。

 

 

 

目を閉じて、心の中で()()を唱える。

 

頭の中に、鮮明なイメージを思い浮かべる。

 

それと、魔力があれば、十分。

 

そっと、彼女の唇が、言葉を紡ぐ──。

 

 

 

「──《甘美なり我が傑作(ピエス・ルクス・モンテ)》」

 

 

 

そっと呟かれたその響きとは裏腹に、ぶわり、と勢いよく魔力の波動が空間に満ちる。

 

思わず目を閉じて、再び開くと──そこには、天井に届くかというシュークリームタワーがあった。

 

 

電飾のように彩られた果物に、オーナメントのように吊り下げられたマジパン。

 

そして──頂点には星型の巨大なアイシングクッキー。

 

 

その堂々たる居姿に、しばし皆見とれ、声も出さずに立ち尽くした。

 

が。

 

 

 

「「「「……すっごーい!」」」」

 

 

子供特有の甲高い声で、現実に引き戻される。

 

 

「これ、全部お菓子!?わたしたちで食べていいの!?」

 

「聖夜の奇跡なのですね!まるでサンタみたいです!はっ、もしやカレームさんはサンタさん……?先代以外にもいらっしゃったとは!」

 

「素晴らしいわ!灰かぶり(シンデレラ)に出てくる魔法使いのようね!絵本の中みたいでとっても素敵よ!」

 

「おっきい……!これなら、私もおなかいっぱい食べられるかな……」

 

 

「皆さん、はしゃぐのは良いですが、これは他の皆さんと一緒に食べるデザートですからね。まずはテーブルの上の料理をお楽しみくださいな」

 

 

「「「「はーい!」」」」

 

 

 

 

パタパタと足音を立てながら席につく4人を見送る立香に、1つのシュークリームが差し出される

 

 

「マスター、魔力供給お疲れさまでした。多少の回復にはなるかと思いますので、お一つどうぞ」

 

「え、でも、さっきデザートって……」

 

「ええ。だから、マスターだけ特別……です。皆さんには内緒ですよ?」

 

 

口元に人差し指を添えて、控えめに笑うカレームに笑い返しながら、シュークリームを受け取り、口に頬張る。

 

 

小ぶりなそれは、ふわふわとした生地を舌で楽しんだ後、歯を遣わずに口内で押し潰すと中からクリームが溢れだす。

 

バニラの香りが芳しいカスタードクリームは、滑らかな卵の風味を楽しませてくれる。

 

もちもちと生地を噛みしめると、ほんの少しの小麦の匂いが鼻を掠めていった。

 

 

「……美味しい。それに、何か身体に元気が出てきた気がする……」

 

「それは良かった!料理もパーティーもまだまだこれからですからね。全力で楽しんでください!」

 

 

顔の血色が良くなった立香に、笑顔で返すカレーム。

 

こうなっては疲れなど何のその。

 

このクリスマスパーティー、全力で楽しんでやろうではないか。

 

 

 

 

ぞろぞろと、こちらに向かってくる足音と、扉が開く音に、カレームは一層の笑顔で応えた。

 

 

 

 

「──メリークリスマス!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




[宝具]

甘美なり我が傑作(ピエス・ルクス・モンテ)

Arts全体宝具
味方全体にランダムでNP獲得量アップ(3ターン)〈オーバーチャージで効果アップ〉・HP回復量アップ(3ターン)・宝具威力アップ(3ターン)・敵全体に確率で魅了付与(1ターン)




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深夜のほっこりおうどん


※今回の話には正月イベント及び2部3章までのネタバレを含みます!※

あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!
新年なので、新しいことをと思い、twitterアカウントを作ってみました!

ID→ @kyoka_hameln

ハーメルンでもtwitterでも、どうぞよろしくお願いします!

え?福袋?
……殺生院さんがいらっしゃいました……。


「新年、あけましておめでと──!」

 

 

2019年の1月3日。

 

3が日の最終日。

 

 

新免武蔵守藤原玄房──宮本武蔵。

 

世界の漂流者である彼女は、彷徨海カルデアベース──自らの友人であり、マスターがいるであろう場所にひょっこりと、新年の挨拶にやってきた。

 

うっかり時間を間違えて深夜──もっとも、白紙化された地球に夜も何もないのだが──にやってきてしまったが、それはそれ。

 

賑やかな連中揃いの彼らのことだ、きっとこの時間でも祝いに賑わっているだろう、と高を括って、堂々と、宴会をしているであろう食堂の扉を開けた。

 

 

──の、だが

 

 

「──う?」

 

 

生憎と、そこはもぬけの殻。

 

煌びやかなおせちも、新春かくし芸大会に勤しむサーヴァントたちの姿もなく。

 

張り上げた祝いの声は、虚空に虚しく消えていった。

 

 

「あっれー?おかしいなあ……」

 

 

と、武蔵は首を傾げて部屋を見渡す。

 

すると、ぽつん、とテーブルに座る影が一つ。

 

 

「──おや、武蔵さんではないですか。お久しぶりですね」

 

 

所変わっても、再召喚されても変わらず料理長を務める、アントナン・カレームの姿があった。

 

 

「カレームちゃんじゃん!久しぶり!誰もいないけど、どうしたの、これ?」

 

「ああ、そのことですか。それが──」

 

 

かくかくしかじか、とカレームは事のあらましを武蔵に伝える。

 

 

 

 

「慰安旅行、ねえ……。何か、現在進行形で迷惑を掛けてるような気が……。それにしても、マスターがお出かけしているにしては人、いや、サーヴァントが少なくないです?あと、何でカレームちゃんそんなに不機嫌そうなのかしら?」

 

 

武蔵の言葉に、唇を尖らせたまま、カレームは応える。

 

 

「それが、皆さん座を経由してその慰安旅行と同じ場所に向かっているらしくて……おかげで、日本の食文化を勉強して備えていたおせちやお雑煮はマスター達の口に入ることなく、ダヴィンチちゃんや職員方、少人数で消費されました……。お陰様で楽させてもらいましたよ、ええ……」

 

「なるほど、要は寂しいのね」

 

「ぐぅ……」

 

 

天眼を使ったが如き鋭い指摘に、短く唸って撃沈するカレーム。

 

 

「ええ……ええそうですよ!新年早々こんな置いてけぼりの気持ちになるなんて思ってませんでしたよ!」

 

「うんうん。分かりますとも。私だって今まさにそんな気持ちですもの」

 

「でしょう!?」

 

 

しきりに共感の頷きをする武蔵の肩を掴み、カレームは涙目で詰め寄る。

 

その様子は、やや自棄のようでもあった。

 

 

「こうなったら置いてけぼり同士、無聊を慰め合いましょう!お好きな料理を作りますよ!なんせ材料は有り余ってますので!有り余ってますので!」

 

「え、ほんと!?じゃあ、うどん!おうどん作ってください!いやあ、カレームちゃんのうどん、一回食べてみたかったのよね!」

 

 

カレームの言葉に、武蔵の顔はパッと花やぎ、自らの大好物を即座にリクエストした。

 

 

「うどんですね!わかりました!私のフラストレーション──いえ、全霊をかけて、作らせて頂きます!まずは麺の生地作りから……!」

 

「いや、そこまではしなくでいいです!」

 

 

 

***

 

 

どどん、と。

 

 

湯気を立てる器が二つ。

 

中には琥珀の(つゆ)と、そこに揺蕩う白。

 

上には油揚げ(お揚げさん)と、慎ましく添えられた葱。

 

 

(かぐわ)しく香りをたてるそれに、武蔵は頬を紅潮させる。

 

 

「うわあ、美味しそう!これは期待大だわ!……ところで、何で二つ?」

 

「せっかくですし、私もご相伴に預かろうかと。他に誰かお客様がいるわけでもないですし。いやあ楽でいいですね!」

 

 

──ううーん、こりゃ相当根深くなるわよ、マスター。

 

 

笑顔にどこか影を背負うカレームから視線を逸らすように、武蔵は手を合わせて、箸をとった。

 

 

 

出汁の中から引っ張り出した純白の麺を啜ると、空気と共に芳醇な昆布と鰹の香りが口内を経由して鼻腔に雪崩れ込んでくる。

 

つるつると抵抗なく唇を滑り入ってくる麺を噛めば、シコシコとした歯応えと共に、優しい味が広がっていく。

 

時折混ざる葱の、シャキシャキとした食感と香りがアクセントとなり、全体の味を引き締めた。

 

油揚げを食むと、たっぷりと含まれた甘い出汁と、吸い上げられた(つゆ)がないまぜとなったものが、じゅわりと溢れ出す。

 

ふわふわとした油揚げの歯ざわりを楽しもうと咀嚼を続けるにつれ、口内にじゅわじゅわと出汁が広がっていく。

 

その風味が口に残っている間に再び麺を啜ると、つるりとした食感との対比が感じられ、趣き深い。

 

食べ進める中で臓腑の底に熱が溜まっていき、身体全体に熱が回っていく。

 

出汁を飲み干す頃には、すっかり身は火照り、じわりと汗をにじませていた。

 

 

 

「──ぷはあっ!美味しー!美味しすぎて一気に食べちゃったわ!おかわり!おかわり頂戴!」

 

「ありがとうございます!それではもう一玉茹でますね」

 

「わーい!新年早々こんなに美味しいうどんにありつけるなんて、今年はいい年になりそうね──って、あ!」

 

 

と、武蔵が発した言葉は、厨房に発とうとしたカレームを引き留めるには十分だった。

 

 

「? どうかしましたか?」

 

「どうしたも何も!私ってば、一番言わなくちゃいけないことを忘れてました!」

 

 

武蔵はカレームに合わせて立ち上がり、正面に向き合う。

 

そして──静かに、頭を下げた。

 

 

「──あけましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。今年もよろしくお願いします。……って、ちょっと堅苦しいけどね。新年の挨拶、ちゃんとカレームちゃんにしてなかったでしょ?」

 

 

厳かな雰囲気もそこそこに、茶目っ気たっぷりに笑う武蔵に、カレームも釣られて笑った。

 

 

「……ええ、こちらこそ。今年もよろしくお願いしますね、武蔵さん」

 

 

新年の夜は、まだ長い。

 




会話5(エミヤ所属時)
「未来にもこれ程素晴らしい腕を持っている方がいるとは、この世も中々捨てたものではないですね!弓兵ではなく、その道を極めれば私同様キャスタークラスのサーヴァントにもなれたと思うのですが……もったいない、実にもったいない……」


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和の極意を求めて

紫式部実装より彼女から存在が匂わされた清明実装が怖い最近です。


「こ、れ、を……貸して、ください!」

 

 

ドスン、と音を立てて机の上に置かれたのは、本の山。

 

1冊でもそれなりの質量を持つ紙の束が、更に束になって、持ってきた本人の細腕が手折れそうである。

 

それを見た地下図書館の司書──紫式部は、ぱちくりと目を瞬かせながらも、やってきた自らの仕事に張り切って取り掛かった。

 

 

「はい……貸し出しですね。ええと……『寿司技術指南書~江戸前編~』、『寿司の全て』、『寿司の見せる貌』……etc(などなど)。……寿司、ですか?」

 

 

貸し出す本の内容と、それを借りていった人との関係に立ち入ることは、プライベートを詮索するに等しく、本来ならばご法度に近い所業ではあるのだが、ここは司書としてのお役目よりも、作家としての好奇心が勝ったようで。

 

目の前の、如何にも西洋の出で立ちをしている彼女がここまで寿司に興味を抱いたプロセスに、式部もまた、興味を抱いたのだ。

 

 

「失礼ですが、お名前は?」

 

「はい、アントナン・カレームと申します!以後お見知りおきを」

 

「やはり、南蛮のお方……。あの、何故、和食である寿司を?」

 

「洋服に身を包んでいる貴女も貴女だとは思いますけれど……。

 それはさておき、お客様からのご要望でして。名前は伏せますが──」

 

 

 

『──食いたいモン?そりゃァ江戸前の握り寿司さね!蕎麦も大福も大好物だが、久しく食べてないってェとやっぱ寿司サ!マグロの漬を肴に一献やりたいねェ』

 

『──お寿司!沖田さんも最近食べてないですねえ。エミヤさんはともかく、紅閻魔さんもなかなか作ってくれませんし……。ね、土方さんもお寿司食べたいですよね!』

 

『──沢庵巻が食いてえな』

 

『──何々?ご馳走の話?なら茶々と沖田ちゃんも混ぜて混ぜてー!』

 

『──お寿司……それはおでんよりも美味しいのか?』

 

 

 

「──と、リクエストが大量に来たので応えないわけにはいかず……しかし、日本人として一日の長があるかと思ったエミヤさんやタマモキャットさん、果ては紅閻魔さんまで『自分には教えられる程の技量はない』、と……。なので、文献と聖杯で知識を得て、指導役の皆さんには味見に徹していただくことで納得できる形にしようと思いまして」

 

「ああ……続きを続きをと大勢の人から急かされる焦りと不出来な物を出すまいという緊張……心中お察しいたします……」

 

「いえ全然そういうのは無いんですけど」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 

予想外にけろりとした対応をとられた式部は、口を開けて呆ける。

 

 

「いや、しかし……。こう、失敗したらどうしましょうとか、自分だけ成功して妬まれたらどうしましょうとか、そういうことはないのですか……?」

 

「お客様に出すまでに万回の失敗をしようとも、お客様が喜んでくださればそれで大成功ですし、生前から厨房の中では妬み嫉み嫌がらせは日常茶飯事ですもの。寧ろここで力量に差をつけることでたくさんのマスターに美味しいもの食べさせ隊(ライバル)を出し抜けるというものです!」

 

 

(解説)と、胸を張って答えるカレーム女史の姿には、一遍の迷いも見受けられないのであった。

 

 

 

「はわわ……」

 

 

自らの陰陽道──泰山解説祭が無作為に発動してしまったことと、それによって明かされる正反対のメンタリティに、思わず式部の口から声が漏れる。

 

 

「どうかしましたか?──、ああ、そういえば貴女も日本出身の方ですよね?お寿司、ご興味はありませんか?」

 

 

(解説)成功した時、自らの成果を見せびらかしたくて仕方のないカレーム女史なのである。

 

 

「あわわ、また……申し訳ありません……」

 

「? ですから、お寿司について……」

 

「あ、ええと、そうですね……。私の時代には”なれずし”という、発酵食品に近しいものがありましたが、握り寿司、というものは、(知識)で知っているのみです」

 

「でしたら、完成した暁には、是非とも味わってください!ご招待いたしますので!」

 

 

陰陽道に頼らずとも分かる、裏表のない言葉に、式部の口が思わず綻ぶ。

 

 

「……えぇ。それでは、その時はご相伴にあずかりましょう」

 

「決まりですね!それでは、腕によりをかけて研究してきます!っととと……」

 

 

(解説)と言いつつ、カレーム女史は大量の本に足をふらつかせるのであった。

 

 

「あわあわ……お手伝いしましょうか……?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

それから数日。

 

 

『もうシャリの匂いが嫌になってきた』『握りの所作を見過ぎてノイローゼになってきた』『その熱心さ、他の生徒にも見習わせたいでち!』などという日本人サーヴァントたちの言葉を浴び続けて、数日後。

 

 

「出来た……のですか?もう?」

 

「はい!握り寿司、極めましたとも!なので、食堂にいらっしゃいませんか?本を貸していただいたお礼に、最初に式部さんに味わっていただきたく!」

 

 

(解説)自分でも予想外に早い職人の域への到達に、自らの才を恐れながらも、それでも誰かに褒めて欲しくて仕方ないとばかりに目を輝かせる女史。

 

 

「そうですね……他の方がたくさんいらしたら、支障がありそうですし……色々と……」

 

「支障……?とにかく、いらしてくださいな。寿司は新鮮さが命ですから!」

 

 

ぎゅ、と式部の手を握り込み、誘うカレーム。

 

 

「はわ……」

 

 

突然のスキンシップに照れを隠せないまま、式部は控えめに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂を訪ねると、カウンター席越しに見える、柵の魚と酢飯の入れられた桶。

 

式部を席に促した後、カレームはカウンターの向こう──式部の正面に立つ。

 

 

「──では、握っていきましょうか。お好きなネタは?」

 

「ええと……本で読んだだけですが、鮪が人気であると伺いました」

 

「マグロですね!ではまずはスタンダードな赤身から……」

 

 

そう言って包丁を持ったカレームの手元が瞬間、霞んで消えた。

 

 

「……!?」

 

 

式部がパチパチと数回瞬きをした後には、既に赤い柵は切り分けられていて。

 

呆ける暇もないまま、ネタがシャリと融合していく一瞬を、式部は見届ける。

 

 

「──はい、どうぞ」

 

 

は、と式部が気を取りなおした時には、既に目の前で赤と白が美しく照り輝いていた。

 

 

「す、すごいですね……」

 

「何の。ご感想は食べてから頂きましょう」

 

 

と、差し出される箸を受け取り、式部は目の前の芸術品をつまみ上げる。

 

ちょいちょいと醤油皿に触れさせ、はしたないながらも一口で頬張った。

 

 

「……!!」

 

 

咀嚼を進めるごとに、ふわりと崩れる米粒と酢の香り、そして肉厚な鮪の旨味が混ざり合っていく。

 

それはまるで溶けるようで、醤油から仄かに香る大地の恵みと、海の恵みが静かに絡む。

 

ツン、と鼻を掠める山葵(わさび)の香りが、良いアクセントだ。

 

 

「これは……大変、美味しいです!」

 

「それは良かった!では、次はこちらを──中トロです」

 

 

差し出されるがままに口に入れると、先程よりも一層強い旨味と、蕩けるような食感に唸らされる。

 

淡泊ながらも主張は負けない鯛やハマチ、ねっとりとした食感が楽しい雲丹に、プチプチとしたイクラの軍艦巻き……。

 

色とりどりの宝石箱のような味の展覧会に夢中になっていた式部が、普段から制御できないものを抑えられるはずもなく──。

 

 

「……おンやあ?今日の板前さんは随分と上機嫌だねェ。いやいやわかるよォ。おれも納得のいく一枚が描き上がった時にゃあ、誰かに見せびらかしたくてしょうがないってもんだもんなァ!」

 

「おや、お栄さん!いらしたんですね。ささ、お座りくださいな。とっておきの一貫を振る舞いますよ!

 ……ところで、そんなに分かりますか?何だか少し恥ずかしいですね」

 

「……?分かるも何も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「文字……?」

 

「あわ、あわわわわわ……!!すみませーん!」

 

 

 

式部から泰山解説祭(事情)を聞き、カレームが顔から火を噴くまで、あと──。




霊 基 再 臨

Lv.30→40

「見た目は変わらない?なら、マスターの舌でお確かめくださいな」


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シェフにマスター、バーテンダー

※新茶の真名バレあります※

研修で更新遅れました申し訳ございません……。
社会人って大変。

新茶の霊衣がアサシンカレームの考えていたキャラデザとくりそつで正直やっちまった感。
お蔵入りにしようかしら……。

あと新アヴェの幕間最高だったから皆読んで。


それは、老獪な蜘蛛が取り仕切る、期間限定の酒場。

 

洒脱でシックなそこは、マスターの部屋を改造して出来たものである。

 

ジンにベルモット、混ぜたらマティーニ。

 

今日も蜘蛛は、シェイカーを振りながら客をもてなす──

 

 

 

「──じゃあないんですよ、ムッシュ」

 

 

 

と、詰め寄るは我らがアントナン・カレーム。

 

それを何処吹く風とグラスを拭く、蜘蛛──新宿のアーチャー、ジェームズ・モリアーティ。

 

とあるレイシフト先での装いが気に入ったようで、バーテンダー服に身を包んでいる。

 

 

「ふむ、何か問題でもあるのかネ?レディ」

 

「大ありです!こんな風に好き勝手店を建てられては、食堂(こちら)の立つ瀬が無いじゃありませんか!おまけに、元がマスターのマイルームだなんて……。許されない狼藉ですよ、これは!」

 

「それは失敬!こちとら新参者でねェ。ボイラー室があんな有様だから、許されるものだと、つい」

 

「あ、あれは……信長さんたちは例外と言いますか、何と言いますか……」

 

「それならこのカルデアは例外ばかりじゃあないか!そんなことでは、成り立つ計算も成り立たないものサ。キミだってそうじゃないのかね?サーヴァントでありながら戦場に立たないキャスターくん」

 

「……」

 

 

やや思うところのある部分を突かれ、押し黙るカレーム。

 

それを見て、モリアーティは悪党然とした笑みを浮かべる。

 

 

「まま、ここは宴をする場所だ。そういきり立たずに!一杯いかがカネ?」

 

「お断りします。貴方のような方から頂く酒ほど危険なものもないでしょう」

 

「それは生前の教訓かい?」

 

「ええ。大方の悪知恵は()()()から教わったようなものです。

 ──本当、貴方は癇に障る。《ナポレオン》の名を冠しておきながら、やっていることは()()()の方がよっぽど近いんですもの。まあ、どちらも生前の上下関係思い出すから嫌なんですけれど」

 

「存在から否定してくるよネー」

 

 

客──特にマスターには絶対に見せないカレームの冷ややかな視線に、おどけたように涙目を見せるモリアーティ。

 

 

「でも、そんな話を聞けば聞くほど、私たち相性良いと思うわけだよ。一回組んでみない?ウィーン会議の再来と行こうじゃないか!」

 

 

そう言って差し出された手に、カレームは嘆息する。

 

 

「……そうやって、貴方の口車に乗れば悪の道に引きずり込まれ、乗らずともまた、違う悪道に堕ちるのでしょうね。下手な正義よりも、悪の方がよっぽどわかりやすく、簡単に力を得られるのですから。

 (おもね)ろうが対抗しようが、貴方という蜘蛛を意識の内に入れた時点で、自覚の有無関わらず悪になるしかない──。成程、厄介なスキルですね」

 

 

「……」

 

モリアーティは、何も言わず、ただあくどい笑みを深める。

 

スキル──《蜘蛛糸の果てA+++》。

 

自らの宝具スペックを上昇させるのと同時に、()()()()()()()()()()()

 

 

「そこまでわかっているなら話は早い。──()()()()()()()()()()。この私に対抗するために!私からマスターを取り戻すために!自覚はあるだろう?」

 

「くっ……!ああ、マスター、お許し下さい……!」

 

 

悔し気に唇を噛みしめるカレームを前に、モリアーティは高らかに告げる。

 

 

「さあ、蜘蛛の糸は紡がれた──ここからは!悪の時間サ!」

 

 

 

***

 

 

 

「……い、いいの?本当にいいの!?」

 

「ええ、マスターのために作ったものですから」

 

「日頃我慢しているんだろう?たまにはこれくらいやっちゃってもいいさ」

 

「じゃ、じゃあ、食べちゃうよ?この

 

 

 

 

 

 

────ラーメン!」

 

湯気と芳しい香りを立てる器を前に、マスター・立香は溢れる唾液を飲み込みながら目を輝かせる。

 

 

 

現在、深夜の午前2時。

 

禁忌にして魅惑の、夜食タイムである。

 

 

 

 

育ち盛りの男子である立香。

 

当然、夜中にカロリーが欲しくなることもある。

 

しかし、厨房係の誰かしらが在中している食堂に行くことは憚られ、こっそりと軽食を自室でつまむことが常であった。

 

 

それがどうだ。

 

このマイルーム──バーで、モリアーティとカレームとの3人きり。

 

その2人から勧められている以上、この手を止めるものは誰もいない!

 

 

「いただきます!」

 

 

と、割り箸を持った手を合わせ、空の胃を携えて、目の前のボリュームあるカロリーの塊に挑む。

 

匂いからして豚骨をベースにした、背脂たっぷりの白濁したスープ。

 

それがこれでもかと絡んだ細麺を箸で掴み、すすり上げる。

 

ガツン、とくる濃厚な、それでいて臭みやクセのない豚の旨味と、裏腹に強く主張してくるニンニク。

 

噛めば噛むほど麺とスープ、そして脂の甘味が口内で混ざり合い、1つの強い旨味となって表れてくる。

 

時折出てくる葱のシャキシャキとした食感が良いアクセントだ。

 

並べられた肉厚のチャーシューに噛みつけば、調味料と肉本来の旨味が混ざったものが溢れだす。

 

メンマや味玉も、添え物ながらよく味が滲みており、器全体を引き立てている。

 

 

「うっま……!」

 

 

外聞など気にせず、湯気に目を潤ませ、熱気に頬を紅潮させながら麺とスープを交互にすする立香。

 

それを、カレームとモリアーティの2人が、バーのカウンター越しに見守っていた。

 

 

「……しかし、君、マスターのこと好きすぎない?私のバーに盗られないように、今まで禁止してた夜食で釣ろうとするとかサ。しかも何日もかけて仕込んだラーメンで」

 

「そうするように計算して動かしたのは貴方でしょうに。スキルまで使って私を悪属性にして、やらせることがマスターの夜食づくりとか……。確かに悪い事ですけれど。主に身体とモラルに。躊躇なくできる自分が怖いですよ。悪属性怖い」

 

「腹を空かせた彼を放ってはおけまいヨ。マスターにはいっぱい食べてたくさん育ってほしいと思うのが、従者(サーヴァント)たるものだろう?

 それはさておき、これで君と私は秘密を共有する共犯者となったわけだが。どうだろう。このラーメン、このバーで他の客人にも提供して──」

 

「嫌です。これ以上此処を繁盛させたくないですし」

 

「ソンナー」

 

「第一、マスターに初めてお酒(もどき)を提供したり、グラスを滑らせて『あちらのお客様からです』とかしたりしたの、結構根に持ってるんですからね。私だってやりたかったのに!」

 

「ハッハッハ、そこはまあ、役得ということで。ハッハッハ」

 

「腹立つ~~~!!やっぱり私、貴方のこと嫌いです!」

 

 

そうして夜は更けていく。

 

期間限定の蜘蛛のバー。

 

店じまいまで、あと──。




会話7(カエサル or 新宿のアーチャー所属時)
「ま、マスター!先程お話してた方なんですけど……。ああいう胡散臭い方を信用してはダメですよ!あれは人が丹精込めて作った料理を丸々床にぶちまけた上で全く同じものを作らせたり、365日違う食材で違うメニューを作れとか無茶振りしてくるタイプです。きっとそうです!ええ!……いえ、後者は楽しかったんですけどね?」


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帝都食饌奇譚

社会人デビューに引っ越しにと新生活に大わらわしてたらもう平成も終わりましたね!
令和も何卒よろしくお願いします!


ふわふわ、ふわふわり。

 

 

カルデアの廊下を浮くように飛びながら移動するまつろわぬ神──通称”お竜さん”。

 

重力の一切を感じさせないその佇まいは、しかし普段とどこか違う。

 

いつもより身が軽いような、浮ついているような──浮足立っている、ような。

 

そしてそれは、彼女の相棒たる彼にも伝わっているようで。

 

 

「お竜さん、今日は随分と機嫌がいいね」

 

「お竜さんはいつだってご機嫌だぞ。……だけど、確かに今日はいい気分だ。何たっていいことがある日だからな。いえーい」

 

「いいこと、かい?」

 

 

いつも通りの平坦な表情と声色ながらも、長年連れ添った彼──坂本龍馬には、それが確信を持った発言であることが容易に察せられた。

 

 

「ということでリョーマ、このまま食堂にゴーだぞ。何ならお竜さんが連れて行ってやろうか」

 

「いやいや、自分で歩けるよ。……にしても、食堂、ねえ……」

 

 

常日頃、ことあるごとにカエルや人間(マスター)を食べようとするお竜さん。

 

一抹の不安を胸に抱きつつ、龍馬はお竜さんの先導を受け、歩みを進めるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

「──おや、いらっしゃいませ!」

 

 

食堂に立ち入った2人を出迎えるは、アントナン・カレーム。

 

 

「やあ、どうも」

 

「お竜さんが来てやったぞ。諸手を挙げて喜べ」

 

 

挨拶の後にふよふよとカレームに寄って行くお竜さん。

 

ぽそぽそとカレームに声を掛ける。

 

 

「例のブツは出来ているか?」

 

「ええ、もちろんですとも!あんなに新鮮な上物をいただいたのですもの。こちらとしても腕が鳴りました!」

 

「そうだろうそうだろう。何てったってお竜さんだからな」

 

 

ふんす、とお竜さんは胸を張る。

 

得意げな彼女の姿を微笑ましく眺めつつ、カレームの態度からそう悪いものが待ち構えているわけでもないと推察した龍馬は隠れて胸を撫で下ろした。

 

 

「ではでは、龍馬さんにも召し上がっていただきましょう!お二方ともお座りになってくださいな」

 

「ありがとう。それじゃあお言葉に甘えまして」

 

「ほら、リョーマ、座れ座れ。そしてたらふく食べろ。お竜さんはこのままでいいぞ。落ち着かないからな」

 

「そう言わないで、さ。隣においでよ」

 

「むむ。リョーマが言うならそうしよう」

 

 

そんなやり取りの後に、ちょこん、と龍馬の隣の席に座るお竜さん。

 

普段とは違う、地面に繋がっている感覚が落ち着かないのか、パタパタもぞもぞと足を動かしている。

 

そんな二人の前に出されたのは、皿に均整がとれた状態で並べられた、小さな骨付きの肉。

 

ガーリックとバターが芳しく、散らされたバジルの緑が美しい。

 

 

「良い素材だったので、シンプルにソテーにしてみました。手で掴んでお食べくださいな。おかわりもありますよ」

 

「へえ、ハイカラだねえ。美味しそうだ」

 

 

元々南蛮渡来のものは大好きな男、坂本龍馬。

 

いかにもな洋食に好奇心が刺激されたのか、目を輝かせている。

 

そして、彼の「美味しそう」という言葉が嬉しかったのか、表情こそ変わらないものの、目が喜びに満ちているお竜さん。

 

龍馬は手袋を外して皿の上の骨をつまみ上げる。

 

 

「それじゃあ、いただきま──」

 

 

す、と言う前に。

 

彼の手元から肉が消えた。

 

 

「……あれ?」

 

 

一瞬の呆けの後、隣──お竜さんが座っている席とは反対──に視線を移す。

 

 

「──なんじゃあ、旨そうなモン食いよるのォ、龍馬」

 

 

ニヤニヤと、赤ら顔を歪めて嗤うは岡田以蔵。

 

幕末の世で《人斬り以蔵》として恐れられたアサシンである。

 

もっとも、酒に博打と、根っからの俗物な彼。

 

徳利片手に呼気からアルコールの匂いを漏らすその姿は、気高い英霊からは程遠い。

 

 

「あー!以蔵さん、また勝手にお酒飲みましたね!ルールを守ってくださいっていつも言っているでしょう!」

 

 

ぷんすこと怒るカレームを、以蔵はひらひらと手を振ることで躱す。

 

 

「ここは旨い酒もつまみもこじゃんとあるきに、我慢ができんにゃあ。多少は許してくれや、食堂の姉ちゃん」

 

「全く、気配遮断スキルの無駄遣いですよ……」

 

 

困ったように息を吐く彼女を尻目に、あー、と大きな口を開けて肉を頬張った。

 

 

カリカリに焼かれた表面を食いちぎると、ささやかながらも旨味の強い肉汁が口内を満たす。

 

バターの濃厚な香りと、ガーリックの食欲をそそる香り、肉の野趣溢るる香ばしさが鼻を突き抜ける。

 

小ぶりな肉のプリプリとした食感を楽しんでいると、中に凝縮された濃い旨味が舌を蹂躙する。

 

やや味が濃いながらも、それが酒のつまみとしては嬉しく。

 

 

「うンまいのォ!まっこと旨い!こりゃあ酒が進むぜよ!」

 

「へえ、そんなに美味しいのかい。それじゃあ僕も」

 

 

上機嫌に酒を煽る以蔵を見て、我も続かんと肉を口に運ぶ龍馬。

 

早々と一本目を食べた以蔵は、それと同時に二本目を手に取り、かぶりつく。

 

 

「あ、美味しい。鶏肉かな?」

 

「おう、そうじゃろうそうじゃろう!酒にこじゃんと合うきに、龍馬も飲め飲め!」

 

 

旨い酒と旨い肉。

 

すっかり上機嫌になった以蔵は、普段の剣呑さはどこへやら、龍馬に御猪口を渡し、酒を注ぐ。

 

しかしそれを見て面白くないのがお竜さん。

 

むすっと頬を膨らませ、以蔵を睨み付ける。

 

 

「おいクソ雑魚ナメクジ、それはお竜さんがリョーマのためにとってきてやった特上カエルだぞ。あまりバクバク食うんじゃない。お前を食ってやろうか」

 

「なんじゃスベタァ、トロい龍馬が悪いぜよ。ほれ、おまんも食わんと、すぐにのうなるきの」

 

「……待ったお竜さん、今、何て言った?」

 

 

ふと、龍馬の咀嚼が止まる。(以蔵はバクバクと食い続けている)

 

聞き捨てならないことを聞いた気がしたからだ。

 

 

「? 何って、リョーマのためにとってきたカエルがイゾーに食われて腹立たしいんだ。こいつ食っていいか?」

 

「うん、食べちゃ駄目だからね。……それよりも、これ、カエル……?」

 

 

恐る恐る尋ねる龍馬の様子を、以蔵は一笑に付す。

 

 

「ハッ、龍馬は阿呆じゃのう。こがな旨いもんがカエルなわけがないぜよ!鶏じゃ鶏!」

 

「いえ、カエルですよ?」

 

「「……んん?」」

 

 

不意に聞こえてきたカレームの声に、二人の困惑の声色がユニゾンする。

 

 

「ええ、グルヌイユ……()()()のもも肉のバターソテーです。フランスではポピュラーなものなのですけれど。あれ、日本には蛙食の文化は無いのでしたっけ?」

 

 

「「…………」」

 

 

数瞬の沈黙。

 

 

「そ、それじゃあ……今わしらが食うちょったのは……」

 

「嘘じゃろ……?うっ、ぷ」

 

 

声が震える。

 

顔面蒼白になる二人。

 

龍馬は動揺しすぎて普段隠している土佐弁が出ているし、以蔵に至っては思わず口元を押さえてしまっている。

 

それを見たカレームとお竜さんは、不満気に口を尖らせた。

 

 

「おい、お竜さんがリョーマのために丹精込めて狩ってきたカエルだぞ。もっとありがたそうに食え」

 

「文化を理解していなかった私も悪いですが、今まで美味しいと食べていたものを偏見だけで拒絶するのはよくないですよ!食材の種類に貴賤はありません!」

 

「え、えぇ……」

 

 

女性陣からの「食え」オーラに押され、思わず目を見合わせる二人。

 

その後、彼らが再び皿に手を伸ばしたかどうかは──。

 

残念ながら、その場にいた彼女らのみぞ知る。

 




[Battle]

戦闘開始1
「自らの目で食材を吟味するのも一流の仕事……さあ、狩りといきましょうかマスター!」

戦闘開始2
「え、戦闘ですか?本当に?嘘ですよねマスター?」
 
カード選択1
「はい!」

カード選択2
「承りました」

カード選択3
「ご注文はこちらで?」 
 
攻撃1
「それっ!」

攻撃2
「えいっ!」

攻撃3 
「これで……どうです!」
 
EXアタック
「焼き加減はウェルダンで?」
 
スキル発動1
「さて、まずは下ごしらえ……っと」

スキル発動2
「もちろん隠し味も忘れずに……ですね」
 
宝具(選択)
「それでは、仕上げのデザートといきましょうか!」
 
宝具(真名解放)
「最高の美と甘味を此処に。天上の極楽を再現致しましょう!「甘美なり我が傑作(ピエス・ルクス・モンテ)」!」
 
ダメージ(小)
「きゃっ!?」
 
ダメージ(大)
「いったぁー!?」
 
戦闘不能1
「流石に……厨房とは勝手が違いますか……」

戦闘不能2
「だから言ったじゃないですか~!私に戦闘は無理ですって~~!!」 
 
戦闘終了1
「ふう……案外、何とかなるものですね」

戦闘終了2
「お疲れさまでした!運動後のコーヒーはいかがです?」


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宴、西の村

たとえ短くても、書いておかねばなるまいと思った。


悪虫退治に工夫を凝らし、三上山を往来すれば、汲めども汲めども尽きぬ幸──。

 

お山を七巻き、まだ足りぬ。

 

お山を鉢巻、なんのその。

 

どうせ食うならお山を渦巻き、竜神様の太っ腹、釜を開ければ大漁満席!

 

 

──美味いお米が、どーん、どーん!

 

 

 

 

***

 

 

 

第六特異点、キャメロット。

 

円卓の騎士たちから逃れ、辿り着いた難民たちの村。

 

玄奘三蔵と俵藤太、そして静謐のハサンと合流して戻ったところで──宴が、始まった。

 

 

と、言うのも、俵藤太の持つ()()()()、《無尽俵》。

 

魔力のある限り、海の幸でも山の幸でも、食料を供給し続けることができるという、節制を強いられていた村にこの上なく求められる能力を持つ宝具である。

 

人々が沸きあがるのは必定で──。

 

 

「さあて、どんどん作るわよー!御仏の加護をもらった両の手が唸るわ!」

 

「そうれそうれ!まだまだ出るぞー!はっはっは!」

 

 

どんどん出てくる自然の恵み、どんどん作られる料理の品々。

 

藤太が出し、三蔵が作る。

 

そしてそれを見ていた立香とマシュは、ふと顔を見合わせた。

 

 

「……こういう時は、」

 

「あの方の出番、ですよね」

 

 

既に5つの特異点を駆け抜けてきたデミ・サーヴァントとそのマスター。

 

心を通じ合わせることなど容易く。

 

そっと設置されたマシュの盾──召喚サークルに、立香が手をかざした。

 

 

「──手伝って!カレーム!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「マスター、この特異点の修復が終わったら、絶っっっっっっ対に藤太さんを召喚してくださいね」

 

「勿論。死ぬ気で縁を結ぶ」

 

 

至極真剣な表情で頷き合う立香とカレーム。

 

召喚当初は、「え、戦闘ですか!?無理無理、無理ですよー!」と、泣き言を漏らしていたカレームであったが、事の顛末と藤太の宝具の詳細を耳にした途端、ガラリと態度を変えた。

 

 

「私以外にもいたんですね、対宴宝具の持ち主……」

 

「おお、お主もそうなのか?はっはっは!飯は大事だからな!飯は!」

 

「全くですねえ。まあ、方向性としては逆ですけれど。私のものは質重視でして。

 ──それはさておき、仕事をしますか」

 

 

積まれた食料を前に、カレームは腕まくりをして意気込む。

 

 

大人数の宴用なので、大皿から取り分けるタイプのものを中心に。

 

料理を出すスピードも考えて、しかし食材の処理に妥協はしない。

 

食材解析スキルと手先に全神経を集中し──手を動かしながら、次の食材について並列思考で考える。

 

思考によるロスタイムをほぼゼロに。

 

全ては、ここにいる人とサーヴァント、全員に満足してもらうため。

 

 

ス、と彼女が目を細めたと同時に、包丁が煌めく。

 

瞬きの間に肉が解体され、魚が三枚に下ろされた。

 

宙に炎と火の粉を舞わせながら、鍋を振るい、その間に次の料理の下拵えをする。

 

十余人の料理人がフルで稼働している厨房の体を、彼女は一人で成していた。

 

 

演舞にも似たその動きに、村の人々からも歓声が上がる。

 

 

「わあ、さっすが本職!早い早い!私も負けてられないわね!御仏の加護、見せてあげる!」

 

「これは良い余興だな!やっぱ宴会はこうでなくっちゃなあ!」

 

 

隣で手を動かしている三蔵と、席で枝豆をつまんでいるアーラシュからもそれは同じで。

 

 

「アクアパッツァとパエリア、出来上がりました!さあさあ、お食べくださいな!」

 

「おお!出来たか!うむうむ、海の幸の良い香りだ!」

 

 

鍋ごと差し出されたそれに、藤太が豪快に笑う。

 

その朗らかな様子に村人たちも自然と笑顔で、まずは子供たちをと鍋の前に促した。

 

 

魚と貝の旨味が、煮込まれ炊き上げられることでこれでもかと凝縮された2つの品。

 

ひとたび口にすれば、その出汁の風味が鼻と舌を突き抜けていく。

 

その強い味をサフランやオリーブ、パセリといった薬味が、細やかに彩って、芯がありながらも繊細な味を演出している。

 

魚や貝の身は勿論のこと、その出汁と共に野菜の旨味も抱き込んだスープや米を頬張った時の至福感といったら!

 

 

「おいしい……!僕、こんな美味しいもの生まれて初めて食べたかも!」

 

「うんうん、よかったねえ。どんどんお食べ」

 

 

喜色満面の子供に、これまた笑顔を返し、共に料理を口にする。

 

 

「ううん、カレーム殿の腕には感服仕る!やはり飯はいい!旨ければ尚更な!」

 

「ええ、ええ!そうでしょうとも!まだまだ作りますから、どんどん食材を出してくださいね、藤太さん!」

 

「応とも!じゃんじゃん使ってくれたまえよ!うはははは!宴はこうでなくてはな!」

 

「俺たちも食べようか!」

 

「はい、先輩!」

 

 

 

星がよく見える夜空の下。

 

焚火の薄い明りの中で、ほんの束の間の休息期間。

 

それでも確かに、この幸せな時間はあった。

 

その事実は、特異点が消えようとも、絶対である。




会話11(俵藤太所属時)
「藤太さん……いいですよねえ……。あの宝具も勿論のことですが、何よりもあの食に対する姿勢が。ああいう方が生前の主人だったら、どれほど良かったか……!」



《絆レベルアップ》

Lv. 3 ⇒ 4

サーヴァントのプロフィールが更新されました。
マイルームで聴けるボイスが追加されました。


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チャクラム・ナックル・牛乳プリン

推しがたくさん増えて人生が楽しい!!!(赤髪大好きオタク)
聖杯が足りねえ!

インドもぐだぐだも最高でしたね……育成が追いつきませんね……。


最近多忙で感想返信が滞っていますが、全て拝読しています。
とても励みになっております。ありがとうございます!


「──ブッ潰れて死に晒せゴラァ!」

 

「シャバ僧が、ナメんなってぇの!」

 

 

地面が抉れ、石礫が舞う。

 

空間を削り獲るかのように猛進する戦輪──チャクラム。

 

炎纏うそれを真正面からナックルが捉え、殴打1つで力任せにその急進を押し留める。

 

鈍く激しい金属音が、耳をつんざく。

 

少しばかり空回りして動きを止めた、身の丈程もある戦輪。

 

その陰から飛び出るように跳躍する男。

 

彼は再び戦輪を手にし、剥き出しにされた108の刃を目の前の女に向ける──。

 

 

 

「……今日はまた、一段と激しいですね」

 

モニターでシミュレーションルームの内部を観測していると、不意に背後から掛かる声。

 

振り返ると、ワゴンを供に置き、モニターをのぞき込むカレームの姿があった。

 

 

「うん。本当なら訓練として、俺も中で指示を出すべきなんだけど……今回は、2人きりで存分に()りたいってさ」

 

「ええ、それが良いでしょう。こんなところにマスターが放り込まれれば、ひとたまりもありませんよ」

 

 

そう、どこか遠い目をして呟く彼女の眼には、戦闘の余波で見るも無残に破壊されていく部屋が映っている。

 

後の修繕と、ダ・ヴィンチちゃんからのお説教を考えると胃が痛くなる光景だ。

 

そんな俺の心情とは裏腹に、破壊の中心に位置する2人の顔はとても清々しい。

 

 

「それにしても、珍しい取り合わせですね。あの2人──アシュヴァッターマンさんとマルタさんって、接点ありましたっけ?」

 

「あー、アシュヴァッターマンにインド異聞帯での戦闘ログを見せたら、気になっちゃったみたいでさ。マルタさんもマルタさんで、意気投合しちゃって……」

 

「あぁ、なるほど……。あの時、マルタさん出ずっぱりでしたものね」

 

「そうなんだよ。いやあ神性特攻が刺さること刺さること……。おっ決まった」

 

 

***

 

 

ハレルヤッ!と女──聖女マルタの、ホーリーナックルで覆われた拳が、男──アシュヴァッターマンの顎を捉えた。

 

見事なまでに美しく入ったアッパーカットで、彼の身体は吹っ飛び、そのまま地面に背中から倒れこむ。

 

大の字に寝っ転がる彼を見下ろし、煤埃に汚れた頬を拭いながら、一言。

 

 

「──アンタの拳、悪くはないけどまだまだ甘いわね。出直してきな」

 

「……ガッ、グ……!畜ッ生、まだ戦輪(チャクラム)の練度が足りねェか……!次だ次ィ!今度こそブッ倒す!」

 

 

脳を揺らされたダメージに喘ぐのもそこそこに、アシュヴァッターマンは起き上がり、再び武器を手にしようとする。

 

打ち負かされたにも関わらず、闘志に満ちた笑みが、長い前髪の隙間から確認できた。

 

 

「いや、そもそもアンタ、まだ第1再臨もしてないでしょう?ちゃんとマスターに種火もらって、霊基を強化してからね──」

 

「──2人ともお疲れ様!休憩にしよっか!」

 

「ひょわっ!?ま、マスター……」

 

パシュ、を気が抜ける開扉音と、歩み寄ってくるマスターの声に、マルタは慌てて居住まいを正す。

 

いくら夏の魔力で気が大きくなってようと、マスターが舎弟にしか見えなくなっていようと、それでも、女の子らしい羞恥心はあるのだ。

 

プロジェクションが解除され、殺風景になったシミュレーションルームに、立香の靴音が響く。

 

ちなみに、何故か投影されていたのは夕暮れの川辺だった。

 

 

「やー、さすがマルタさん!相変わらず拳のキレが尋常じゃないね!夏の凄女は伊達じゃ──アタッ」

 

「からかうんじゃないってぇの!誰が凄女、よ!」

 

 

興奮気味に語る立香を、軽く──ほんの軽く、チョップすることで諫める。

 

 

「あはは、ごめんね。でも凄いんだもん。やっぱりかっこいいや、マルタさんは」

 

「ま、まあ?このくらいは?乙女のたしなみとして当然よ!」

 

 

まっすぐな賞賛に、照れ臭げに髪をいじるマルタ。

 

そんな、和気あいあいと話している2人に、ずんずんと割って入るのは、アシュヴァッターマン。

 

 

「おいマスター、早く俺を強化しろよ!ンでもって戦いに連れてけ!

 カルデア(ここ)のサーヴァントのシステムはよぉくわかった。今の俺じゃあまだまだ力不足だってこともな!あぁクソ、苛々するぜ……!もっと鍛えてからリベンジマッチだ!畜生が!」

 

 

怒。

 

己自身の不甲斐無さに対する怒りに身をやつしながら、それを自らの力たらしめんと燃やす。

 

憤怒の化身、アシュヴァッターマン。

 

未だ召喚されて間もないながらも、真っ直ぐな性根の彼を、立香はとても好ましく思っていた。

 

故に、こうして詰め寄られる体勢でも、臆せず、笑って応える。

 

 

「うん。ちゃんと用意するから、いずれね。でも今は、種火より先におやつにしよっか」

 

「あァ?」

 

「あら、もうそんな時間?」

 

 

訝し気に片眉を跳ね上げるアシュヴァッターマンと、何のことはない顔のマルタは正しく対照的だった。

 

 

「うん。ちょうどカレームが持ってきてくれたから、ね」

 

 

と、シュミレーションルームの扉の方に目を向けると、そこから顔を覗かせていたカレームが笑顔で手を振っていた。

 

 

 

***

 

 

「はい、どうぞ!」

 

 

満面の笑顔で、一縷の躊躇もなく差し出されたソレを、アシュヴァッターマンが受け取る。

 

場に流されてしまった自分に怒りを感じながらも、片手にすっぽりと収まる器を覗き込むと、乳白色が一面に広がっているのが見えた。

 

それを脇目に、立香とマルタにも器が手渡される。

 

 

「今日のおやつは何?」

 

「プディングです!プレーンの他に、ココアや黒蜜のフレーバーも用意しているので、お好きな物をお代わりしてくださいな」

 

「やった!俺、プリン好きなんだよね!」

 

「それはよかった!あ、マルタさんとアシュヴァッターマンさんにお渡ししたものには卵もゼラチンも使っていないので、安心してお食べください」

 

「え?ゼラチンも卵もなしに固まるの?」

 

 

料理の心得があるマルタから、疑問が上がる。

 

 

「はい。バナナと牛乳を使って。ペクチンとカルシウムが反応すると凝固作用が起こるんです」

 

「へえ、面白いわね」

 

「作り方自体はシンプルなので、また今度一緒に作りましょう!」

 

 

女性2人の会話を尻目に、鍛錬で節くれだった指で、繊細な造りをしているデザート用スプーンをつまむように持ち、すくう。

 

ほとんど抵抗なくくり抜かれたそれが、ふるふると切なげに揺れた。

 

口に運ぶと、ひやりとした冷たさと、噛むまでもなく蕩けるような舌触りが、口内の敏感な神経を通して快を伝えてくる。

 

一切の混ぜムラの無さが、作り手の技術を感じさせた。

 

熟れたバナナの強烈な甘味と、牛乳のコクがストレートに合わさった、素朴だが飽きの来ない味。

 

体温で温められると共に、蕾が開くかようにその風味が強くなっていく。

 

抵抗なく喉の奥に落ちていった後もその開花は続き、臓腑から鼻先にかけて、甘美な香りが駆けあがって来る。

 

 

「……ンっだこりゃ、滅茶苦茶ウメェじゃねえか!」

 

 

荒げた声と同時に、2口目。続いて3口目。

 

相変わらず怒気を孕ませながらも、その手は留まることは無い。

 

 

「怒りながら褒めて食べてる……」

 

「器用なもんね……あ、美味しい」

 

 

言動こそ激しいものの、どこか品を感じさせる食べ方にどこか感心しつつ、続くように立香とマルタもスプーンを動かす。

 

ちなみに、立香の器には卵をたっぷりと使ったカスタードプディング。

 

バニラの風味と、クリームと見紛うような滑らかさ、そして何よりカラメルソースのほろ苦さが、カスタードの旨味を存分に引き出している。

 

 

「お気に召していただいたようで何よりです!特にアシュヴァッターマンさんは、牛乳をたくさん摂っていただきたいですしね」

 

「ハァ?何でだよ」

 

「アルジュナさんが仰ってましたよ?『あんなに苛々しているのは、カルシウムが不足しているからでは?』と」

 

「だァれがカルシウム不足だ誰が!!アルジュナの野郎、そんなこと言ってやがったのか!」

 

「私、サーヴァントに栄養不足も何もないと思うんだけど……」

 

「アルジュナも天然だなあ……それを鵜呑みにするカレームもどっこいどっこい」

 

 

1人は怒り、1人は呆れ、1人は笑う。

 

三者三様の反応に、カレームはきょとんとした反応で返した。

 

 

「よォし、決めた!これ食ったら次はアルジュナと戦闘だ!ついてきやがれマスター!」

 

「えっまた!?」

 

「ちょっと、だからまだ種火の準備がね……」

 

「あぁ!?クソッ、しょうがねえな……。じゃあ周回だ!オラオラ行くぞ素材狩りだァ!」

 

 

──うん、今日もカルデアは平和ですね。

 

 

わいわいと賑やかな3人に笑みを浮かべながら、カレームは次の場所へ向かうため、ワゴンに手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渦中ながらも場にいなかった1人は、どこかでくしゃみをしていたとか。

 





[絆Lv. 4で解放]

甘美なり我が傑作(ピエス・ルクス・モンテ)
ランク:B+ 種別:対宴宝具 レンジ:1~100
最大補足:1~1000

彼女の得意料理かつ伝説的な代表作である工芸菓子(ピエスモンテ)

ウィーン会議で出されたそれは数フィートもの高さを誇りながらも、上で道化師が跳び跳ねてもびくともしない頑健さでその美を諸国王侯に見せつけたという。

宝具として昇華された工芸菓子(ピエスモンテ)は、砂糖や果物ではなく、魔力を材料に生成される。

自身やマスターの魔力だけでは飽き足らず、周囲の人間の魔力や他のサーヴァントから放たれた宝具の魔力すらも取り込んで利用することが可能。

巨大で堅牢な菓子は存在するだけでランクD以下の攻撃への盾となり、食すことで人間・動物・サーヴァントを問わず大幅な回復効果やステータスアップが見込める。

最も特異な点として、この菓子は単に高濃度に圧縮された魔力というわけでなく、完全に異なる物質として変化していることが挙げられる。

それ故に魔術師以外の人間が食しても害は無く、宝具の効果は遺憾なく発揮されるという稀有な性質を持つ。

では、一体何に変化しているのか──それは本人すらも不明である。


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焼きそば・オン・ザ・ビーチ

今回はカレーム(キャスター)の出番はないので、プロフィール公開はお休みです。

水着剣豪と聞いて妄想(19話・ロコモコ回参照)をうっかり再利用。



今年も相変わらずトンチキな夏イベで逆に安心しちゃうね。


カレームは悩んだ。

 

如何にして、この醜態を晒すことなく、マスターの前に立つか。

 

悩んで、悩んで、悩みぬいて──1つの結論を見出した。

 

 

──そう、着ているのが駄目なら、脱げばいいじゃない。

 

 

 

***

 

 

青く、蒼く、碧く。

 

遥か彼方まで続く、空との境界線が分からなくなる程の紺碧。

 

耳に心地よい潮騒と共に、柔らかな飛沫が足元を擽る。

 

 

封鎖終局四海オケアノス。

 

海に囲まれたこの特異点で──夏本番を待ちきれないサーヴァントたちを連れての、一足早いバカンスレイシフト真っ最中なのである!

 

 

サーフィンに勤しむ者、ビーチバレーを楽しむ者、木陰でゆったりとくつろぐ者……。

 

 

各々思うがままにビーチを満喫しているサーヴァントたちを時には眺め、時には混ざり共に楽しむ立香とマシュ。

 

日も高くなり、そろそろ腹の虫が騒ぎ出す頃かと考えていた所に──その思考を読んだかのように、ひょっこりと顔を出す影が一つ。

 

 

「あ、カレーム」

 

 

その姿を見つけた立香が声を掛ける。

 

 

「はい!アントナン・カレーム、ただいま戻りました!」

 

 

皆が遊んでいる浜辺から離れ、1人反対側の浅瀬を散策していたカレームが戻って来たのだ。

 

普段のコック服とは打って変わり、赤いホルターネックのトップスとデニムパンツを模したボトムスで構成されているビキニ水着に身を包んだ彼女。

 

霊基変化により、現在はセイバークラスであるという事を示すかのように、その背には身の丈ほどもある大太刀──本人曰く、『鮪包丁』──を負っている。

 

夏の魔力に浮かされた水着サーヴァント達の例に漏れず、普段よりも幾ばくかテンションが高い。

 

 

「おかえり。そっちの浅瀬はどうだった?」

 

「岩礁が多いのでレジャーには向いていませんが、その分食材の宝庫でした!特異点で生態系が変化しているのか、本来浅瀬にはいない生物も多くて……。たっぷり狩って来ましたので、しばらくはカルデアでも海の幸を存分に振る舞えそうです!」

 

「そっか!楽しみだなあ!」

 

 

沢山の海の幸、というよりは、それを手にした喜色満面のカレームを見て、立香は顔を綻ばせる。

 

以前に水着姿を見た時には恥ずかしがって中々近づいてきてくれなかったので、こうして屈託なく笑顔を見せてくれるのが嬉しいのだ。

 

そういえば、前と少し水着が変わっているようだが、いつの間にやら再臨でもしたのだろうか。

 

 

「そろそろお昼にしましょうか。私は支度をするので、マスターは皆さんを集めていただいてよろしいですか?」

 

「わかった。

 ──おーい、マシュ!みんなー!!」

 

 

マスターが張り上げた声に気付いた者から順に、簡易的な後片付けをした後駆け寄ってくる。

 

マシュを筆頭に、ランサークラスの清姫と玉藻の前、ライダークラスのモードレッド。

 

 

「あらあら、もう昼餉のお時間ですか。わたくしったらますたぁのお世話もせずにはしゃいでしまって、家内としてお恥ずかしい……」

 

「ま、ま。バカンスの時くらいはプロの方にお任せしてもよろしいのでは?ほら、わたくしことタマモちゃんも良妻賢母をお休みして、ハイソで優雅な夏のビーストモード全開ですし!」

 

「マスター、腹減った!早く食おーぜ!んでもっかい波に乗る!」

 

 

うーん、ツッコまないぞ。

 

 

色々とフルスロットルで自由なサーヴァントたちを目の前に、立香はそっと言葉を飲み込む。

 

 

いつも暴走気味のモーさんが一番まともってどうなんだろう。

 

あれ、水着じゃなくても割と皆まともじゃないような……?

 

いや、深く考えるのはよそう。

 

夏は怖い。

 

そういうことにしておこう。

 

 

火照った体に冷たいジュースを飲んで幸せそうにしている後輩に癒されながら、思考を遠くに追いやっていると、ふと漂って来るのは香ばしく食欲をそそる匂い。

 

じゅうじゅうと鳴り続ける音の方を向くと、あらかじめ設置していた鉄板コンロの上で、麺とソースを絡ませ炒めるカレームの姿が。

 

 

「焼きそばだ!」

 

「はい。とれたて新鮮のシーフード焼きそばです!ソースと塩、お好きな方をどうぞ」

 

「さっすが、わかってますね~!夏で海と言えば、それはもう焼きそば!文字通りの鉄板料理!です!」

 

「むむ、ソースもいいですが塩もなかなか……迷いますね」

 

「ンなもん、両方食やいいんだよ!オレ2皿くれ!」

 

「あ、俺もモーさんと同じ感じでちょうだい」

 

「それでしたら、わたくしが手ずから食べさせてあげますわ、ますたぁ♡」

 

「い、いや、それは……」

 

「清姫さん、マスターを気にかけるのもいいですけれど、ちゃんと自分の分もお食べくださいね?はい、どうぞ」

 

 

テンションと食欲を否応なく上げてくる音と匂いにわいわいと鉄板の周りに集まる皆に、カレームは紙皿によそった焼きそばを順番に配っていく。

 

少しチープな雰囲気がたまらない。

 

割り箸でまずは塩焼きそばを一口。

 

 

もちもちとした食感の麺の素朴な小麦の味と、炒められてしんなりとしたキャベツの甘味、そして何より新鮮さをプリップリの食感と旨味で伝えてくるエビやイカ!

 

シンプルな塩での味付け故にそれらの風味をまとめ、ダイレクトに伝えてくれる。

 

交代でソースに照り輝く麺を啜ると、少し焦がしたことで重厚感の増した香りと、舌に貼り付くような酸味と甘味が脳髄を一瞬で塗り替えた。

 

咀嚼する中で素材の旨味と混ざり合い、調和していく。

 

 

「どっちの味もおいしいな~!夏祭りの屋台思い出すや」

 

 

熱々の麺をかき込み、溢れる多幸感と共に噛みしめる。

 

 

「ん~♡やっぱり波の音を聞きながら食べる焼きそばは至高ですね~!カレームさん、この一夏の間、海の家でも経営してみません?玉藻、カレームさんの作るイカ焼きとか宇治金時とか、食べてみたいなあ、なんて♡」

 

「海の家……いいですね、それ。特異点の一角をお借りすればできそうですし」

 

「それなら、わたくしも是非お手伝いさせてくださいまし。ますたぁに夏ならではのお料理をたっくさん振る舞えそうですし、ね?」

 

「わ、私もお手伝いします!不肖マシュ・キリエライト、スタッフ経験は乏しいですが、先輩のサポートになるのなら……!」

 

「……な、なんだよ。俺は手伝わねえからな!波に乗るので忙しいんだからな!おかわり!」

 

「あはは、モードレッドさんはお客様としていらしてくださればいいですよ。はい、おかわりどうぞ──ん?」

 

 

 

 

ふと、カレームの視線の先を辿ると、そこには巨大ヤドカリ型エネミーの姿が。

 

 

「裏手の方から入り込んできてしまったみたいですね。敵意……といいますか、こちらを捕食対象と認識しているようです」

 

「ますたぁとの一時を邪魔するなんて無粋な……燃やしましょう」

 

「ビーチを荒らされても困りますしねえ。ビーストハンターモードでサクッとやっちゃいましょうか」

 

「──いえ、私がやりましょう。丁度、もう一狩りしたいと考えていたところなので」

 

 

カレームは、立ち上がりかける他のサーヴァントを手で制しながら、もう片方の手で大太刀──否、包丁の柄に手を添えながら、エネミーの下へ駆ける。

 

シャラリ、と涼し気な金属音が響いたかと思うと、瞬間、エネミーの両鋏と胴体が寸断された。

 

体の節を明確に捉えた斬撃が、ほとんどの抵抗なく、その甲羅と身を切り裂いたのだ。

 

一瞬遅れて胴体部分も真っ二つに両断され、エネミーは砂浜に沈む。

 

それを尻目に、カレームは包丁の片刃を布巾で拭った後、パチンと鞘に納めた。

 

 

 

「おぉー、すごい。あのカレームが自ら戦闘をするとは……」

 

「はい。これも夏の解放感のため、なのでしょうか。……おや?清姫さん、玉藻さん、どうかされましたか?」

 

 

カレームの無駄のない動きに感嘆を漏らす立香とマシュの隣で、清姫と玉藻は何やら苦い顔。

 

 

「い、いいえ?すこーし、嫌な思い出がフラッシュバックしたと言いますか、何と言いますか……」

 

「料理人、セイバー、抜刀術、ヘルズキッチン……うっ頭が」

 

「おーい、おかわりくれー!」

 

 

変な汗を流し始めた2人を見事にスルーし、モードレッドは3杯目の焼きそばをねだる。

 

 

「鉄板にあるのを自由に取ってくださーい!私はこのヤドカリの処理を先にしちゃうので」

 

「このヤドカリ、食べるの?」

 

「ええ、ヤドカリは食用のものもありますよ。新鮮なものでしたら刺身でもいけます。タラバガニは、生物学上はヤドカリの仲間なんですよ」

 

「へえ、そうなんだ……。あ、カレーム、足擦りむいてるよ」

 

 

カレームの蘊蓄(うんちく)に耳を傾けながら、足元のエネミーに視線を向けたことで、立香はカレームの剥き出しにされた脛が赤らんでいることに気付いた。

 

 

「あら、本当ですね。岩礁で切っちゃったんでしょうか」

 

「海水が滲みたら痛いだろうし、礼装で回復しておくね」

 

「ありがとうございます」

 

 

立香は、カレームの足元に手をかざし、回復魔術を使用する。

 

そんなマスターの優しい心配りを、カレームは甘んじて、笑顔で受け入れた。

 

 

 

 

──この時、カレームは完全に失念していた。

 

自分が霊基を弄ることで水着となっていること。

 

水着の上に着ていたものを脱いできたこと。

 

そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──。

 

 

「……ん?」

 

 

立香が違和感に視線を上げると、そこには真っ青なTシャツに上体を包んだカレームの姿。

 

胸元の”Arts”の文字が、双丘に合わせて間抜けに歪んでいる。

 

カレームは、笑顔のまま、動かない。

 

 

「……カレーム?」

 

 

数瞬の気まずい沈黙の後。

 

固まった笑みのまま、カレームの顔はマグマのように真っ赤に染まった。

 

 

 

 

 

レイシフトから帰還後、そこには耳まで赤くして半泣きになりながら、立香に霊基再臨してもらうカレームの姿があったとか、なんとか。

 




Q.さっさと再臨して水着変えたらよかったんじゃない?

A.「再臨の時にマスターに霊基データ見られるじゃないですか!!」


Q.そもそも何で水着でそのTシャツ着ようと思ったの

A.「あまりにも楽で、ついつい着てるのを忘れたまま霊基を固定してしまって……私が一番後悔してるので、もう勘弁してもらっていいですか……」


Q.でも似合ってるよ

A.「へぇっ!?あ、あの、その……ありがとう、ございます」


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