皆殺しのその後で (蒼天伍号)
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皆殺しのその後で

溢れた妄想の産物です。

勝手な解釈なのでご注意を。


揺蕩う意識の中、『俺』は無数の星々が煌めく夜空を見上げていた。

……厳密には、これは夜空でもなんでもないのだが細かいことは今はいい。

 

ただ、無限の花園と禍々しき異様の王座を備えたこの『神の玉座』では全てが俺の想像(創造)した通りに顕れる。

地平線の彼方まで咲き誇る花々も、この満点の星空も、そして俺の傍らで微笑む彼女でさえも。

全ては俺の空想に過ぎない。

 

「どうしたの、主様?気分でも悪いの?」

 

悲しむ“ような”顔をしていたからだろう、女神たる彼女が心配そうに尋ねてきた。

 

漆黒の装束に身を包み、純白の肌に切り揃えられた長い黒髪。小柄な背丈に反して大人と見まごうような美しい顔立ちをした彼女。この世界の女神たる彼女の元となった少女を俺は知っている。その少女を“殺した”のは他ならぬ己なのだから。

自己の鍛錬に勤しみ、孤高を愛しながらも他者との絆に手を伸ばした彼女。そして、俺を心から愛してくれた彼女。

多分にあの色の影響もあったのだろうが、それでも俺は構わなかった。俺を心底から愛して、依存してくれる存在がいることに多大な安堵を覚えていたから。

 

しかし、彼女は最後の最後で俺に従わなかった。

 

現宇宙の破壊から新世界の創世を行う俺の事業を否定した。

『肉体を持った、人間のままで強くなりたい』

そう彼女は述べた。

 

だから殺した。躊躇いもなく、迷いもなく、手にかけようとした。

なのに……

 

『あなたのことが……好きでした』

 

それでも彼女は俺を愛していた。

その愛した者の身勝手で殺されるというのに、これから死を迎えるというのに。それなのに彼女は俺を愛してくれた。

言い終えて清々しい顔のままにジッと死を待つ彼女の頭を、顔を優しく撫でて俺は彼女を殺した。

 

 

『主様?』

 

いつの間にかこちらの顔を覗き込んでいた“今の”彼女。その姿形はそっくりそのまま彼女であるのだが、その内面は全くの別物だ。

こうして思い返してみればその違いがありありとわかる。

本物の彼女なら道を違えれば諌め、怠ければ叱責してくれた。そうやって俺を支えてくれた。

 

だからこそ思う。今のこの少女はトキを模して造られた“模造品”なのだろうと。中身を欠いた紛い物の彼女なのだろうと。

 

我ながら自分勝手過ぎる哀愁に思わず苦笑が溢れる。

彼女を造ったのは他ならぬ自分だと言うのに。

 

 

あの時、クリシュナを仕留めて宇宙の卵を制した俺にダグザは先ほど始末したかつての仲間たちの中から女神を選べと言った。

 

幼き頃より共に歩み、共に成長してきた何よりも変え難い“最愛”の幼馴染。

 

お調子者でヘタレだが、なんだかんだ言いつつも自分についてきてくれた幽霊。

 

仲間の中で最年長であり、大人として俺たちを導いてくれた妖精の女王。

 

東京の明日を巡る戦いの中で特に成長著しく、果てには後ろ盾を失い解散の危機に瀕したあの阿修羅会を立て直そうとした半魔の少年。

 

初対面の時はかなり嫌味な奴だったけど、最後には自分が目指すべき道を見出した若きサムライのエース。

 

そして、幼少よりガイア教団の走狗として育てられ初の共闘の際は敵対すらした暗殺者の少女。

その後に多神連合の発動させた徳川曼荼羅の解除の折に受けた“色”の影響で俺を慕うようになった。

初めこそ気味悪く感じていたが、それでも熱烈にアタックを仕掛けてくる彼女に俺も段々と依存していった。

 

俺は盲目的な愛情に飢えていた。独占欲に塗れていた。

 

もっと言うなら、そもそも俺に“心なんて無かった”。

長きに渡り悪魔と共に閉ざされた東京の過酷な環境の中で孤児だった俺に優しくしてくれた人たちがいた。その人たちの支えの元で育った俺がいた。拾い子という負い目から内気な性格だった俺を引っ張ってくれた女の子がいた。

 

それら全てを理解し感謝しつつも、なんの感情も浮かんでこない自分に気が付いていた。

誰かを助けて感謝されても何も感じず、誰かに支えられ励まされても何も感じず。

ひたすらに感情の無い自分に俺は恐怖していた。

 

だからなのかもしれない。あの日、悪魔に襲われニッカリさんとマナブを失い、自らも殺されたあの時。黄泉比良坂にてダグザの誘いに乗り神殺しとなったのは、決してアサヒを助けるためなんかじゃなかった。そういう建前で、俺は“空っぽな自らが何かを成す”ために神殺しになったのだ。

 

それからは怒涛の日々だった。

 

父親であるマスターに認められようと焦るアサヒと共に俺は人外ハンターとなった。

そのすぐ後にナバールと出会い、ノゾミさんと出会い、ハレルヤと出会い、ガストン、トキとも仲間になった。時々、イザボーさんとも共闘したりして俺たちは悪魔と戦った。

 

その戦いの中でたくさんの人を助け感謝されたりした。

だが、それも“周りが望む姿を演じていた”だけでありなんの感慨も持てなかった。

アークを解いたのだって、自己の糧にするためだ。

そもそもあのオーディンの言葉なんて信じちゃいなかった。利用されているのなんてはじめから気付いていた。しかしダグザが何も言わないのを見て俺はそれに従うことにした。

ダグザの目的は神という枷から解き放たれ一現象に戻ること。そしてそのためには俺に死んでもらっては困るわけだ。

だから奴が何も言わないならきっと問題ない。そんな軽い気持ちで俺はクリシュナを解き放った。

そうして動き出した多神連合の目的は『人類の救済』というよくわからないこと。

しかしあのオーディンやクリシュナという強力な悪魔が企むことだ、きっと大きな事に違いない。そしてその目論見を撃ち砕けば“俺は大きな功績を得る”。そうすれば何もない俺でも少しは誇れるものができるんじゃないか。

フリンが攫われ人々が恐怖、混乱する中で俺はそんなことを思っていた。

 

それから多くの戦いを経て、シェーシャが宇宙の卵となりその攻略を進める中、遂に決断をする時がきた。

ダグザがいつものように他人を気にせずにズケズケと物を言う中、周りの仲間は皆、俺を信頼した眼差しを向けていた。

彼らは思っていたことだろう『彼ならきっと自分たちと来てくれる』。

 

そんな中で俺はダグザを取った。

 

その後に向けられた驚愕、困惑、怒り、その他諸々の感情を受けても俺は何も感じなかった。厳密に言えば理解し苦しく思いながらも心の底では“作業”として仲間を次々に殺していった。

その最中に彼らは様々な反応をした。

割り切り、徹底的に殺そうとしてくる者。叱責し怒り嘆く者。裏切りに絶望し、それでも憧れていたと、なんでこうなったのかと悔いる者。信じていたと強い怒りを示す者。互いのために殺し合い、そして自らの心に殉じた者。

 

多くの思惑が俺へと向けられたがその全てにおいて俺は無感情だった。

その時、やっと悟った。

『俺は人ではない』と。『人の形をしているバケモノなのだ』と。

 

それからは今までの苦悩が嘘のように消えて、黙々と己の野望を目指すことが出来た。

クリシュナを始末し、死んだフリンを己の従僕とし、かつての仲間に模した女神を造り、前世からの使命を押し付ける人間どもを殺し、宇宙を統べた神を殺した。

 

すべての障害を取り除き新宇宙を創った時、ダグザは俺に感謝して消えていった。長年の悲願を遂げて清々しく。

彼が最も煩わしく思っていた『役目』という楔に俺を縛り付けながら。

 

 

その後はただただ生み出し静観するのみだった。

人々が育み、動物が、植物が、虫が微生物が育む世界をひたすらに見ていた。

 

やがて文明を得た人々がより高度な文明へと移り変わり、そしてかつての東京のようになるまで俺はただ見ていた。

 

そうして出来上がった文明、人類が滅ぶまで、そして新たに生まれ、滅び、生まれ、滅び。繰り返し繰り返し生と死を営む全てを俺は見ていた。

 

 

ただただ見ているだけの世界。俺はほとほと飽きてしまった。

俺が望んだのはこんなものじゃない。もっと、何か、新しいものを得られると、そう信じていたのに。

 

退屈なだけの日々。

やがて俺は、自らを倒しうる人間として神殺しを作った。

対象は俺。俺を殺すためだけの人間だ。

なぜそんなことをしたのかと言えば退屈しのぎに他ならない。

そいつらは何ら楔も施していない俺を盲目的に殺しにかかった。当たり前だ、俺がそうしたのだから。

 

だが、来る日も来る日も。どいつもこいつもクソにも劣る雑魚ばかりだった。

 

全くもって退屈凌ぎにもならないため、俺は遂に自ら干渉することにした。

かつて唯一の神がしたように人類を滅ぼした。それは自身を崇めさせるためでなく、ただ、俺を恨むように仕向けるためだ。

俺が人間だった頃から培ってきた人の感情を操る術。神となった今でも実によく機能してくれた。

 

するとどうだろう、回を追うごとに神殺しの質が上がってきた。やはり、感情をもって、目的をもって何かを成すというのは人間として底力を上げることに繋がるらしい。

 

“楽しく”なってきた俺は、いつか唯一神の残したデータから復元した悪魔どもを使って神殺しどもと遊んだ。

初めは中級あたりの悪魔に瞬殺されていた神殺しも、いつしか最高クラスの悪魔を打倒しうるまでになった。

 

ああ、楽しい。これが楽しいということなのか?

 

俺は初めて楽しさを覚えた。

 

 

 

 

『……主様』

 

悲しそうな顔で呟く彼女を見て、長く思考に浸っていたと気付いた。

返事が無くて寂しくなったのかしょんぼりとしている彼女の頭を優しく撫でる。すると、僅かな驚きの後に頬を緩ませて嬉しそうに撫でる手を握ってきた。

 

こいつは偽物だ。トキの皮を被ったただの装置。産むことしか脳がない伽藍堂の人形である。

だというのに……

 

「“トキ”……」

 

優しく声をかけて抱き寄せれば、抵抗なく従って、俺の唇に自らのものを合わせてくる。

その瞬間に俺の“心”が満ちるのを感じる。

愛されている、と。己でそう設定したというのにとんだマッチポンプだ。

そう頭で嘲笑いつつも、安らぎを得ている自らの“心”がある。

 

なんだこれは?俺は自分で作った人形に恋しているというのか?

 

違う。俺が愛し、恋した彼女はもういない。俺がこの手でその命を刈り取ったのだから。

 

ならばこれはなんだというのか。今もこの腕の中で丸まって俺の身体に擦り寄ってくる彼女を愛おしく思うこの“感情”は、まさしくあの頃にトキに抱いていたものと同質。

 

俺はいつしか紛い物にすら恋していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時の俺にとって、何が一番大切だったのかと言えば迷いなくアサヒの名を上げるだろう。

たとえ心が無くても、長く一緒に過ごして少なからず俺を慕ってくれていた彼女を。一般人のくせに頑張って俺たちについていこうとするその強さを、俺は尊いと思った。

ならば、女神として彼女を選ぶかと言えば答えは否だ。

彼女が彼女たり得ている“根幹”打ち砕いてまで側に居たくはない。

彼女は彼女のまま俺の記憶の中で大事に取っておきたい。

 

ならトキは尊厳を踏みにじって構わないのかと言えば、それも否だ。

最期に従わなかったからこそ彼女は彼女で、それも含めて俺は彼女に恋したのだから。

でも、その尊厳を奪ってでも側に居たかった。だからトキを模した彼女を造ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『主様……逃げ、て』

 

目の前で血飛沫を上げながら彼女が崩れ落ちた。

それを成したのは七人の神殺し。図らずもかつての俺と仲間たちのような一団である。

 

俺は虫の息の彼女を抱き上げそっと頬を撫でた。

 

『主、様……』

 

荒い息で大粒の汗を流す彼女、実によく出来ている。だからこそもう長くないと理解できる。

 

そっと抱きしめてからその瞳を真っ直ぐに見つめて告げる。

 

『今までありがとう。俺に、心をくれてありがとう。……こんな俺を愛してくれてありがとう』

 

それを聞いた彼女は目を見開き、やがて優しく微笑んだ。

 

『やっと……言ってくれた。嬉しい。……私も、大好き、だよ。主さ、ま……』

 

俺の頬を一撫でして、だろりと地に落ちた彼女の手。白くて細い。握れば折れてしまいそうな腕。

作り物だけど、それでも長い間俺と共に居てくれた彼女の身体をもう一度抱き締めてから、ようやく俺は今回の神殺したちに向き直った。

 

『すまないね、少々、時間を取らせた。なにぶん、彼女とは長い付き合いだったもので別れるのは少し寂しかったんだ』

 

柔和に微笑む俺に、彼らは困惑した表情を返した。

そりゃそうだろう。彼らにとって俺は血も涙もない残虐なサイコパスなんだから。

それはなにも間違いじゃない。現に俺は己の快楽のために人類を弄び、目的のために躊躇なく彼らを利用するのだから。

 

そっと、息を引き取った彼女を地に横たえ彼らの目の前に立つ。

 

左腕に備えたデバイスからかつての俺の仲魔たちを呼び出す。

誰も彼も、皆、俺と長い戦いを共にしてきた戦友だ。

 

『呼んだか、主よ?』

 

並び立つ多数の仲魔の中の一人、かつてはシヴァと呼ばれた破壊神が声をかけてきた。

 

「ああ、たぶん、今回でようやく終わりさ。……今までありがとう」

 

『フッ……始まる前から何を言う。我が主人を討つにたるか否か。最後の最後まで全力で戦い抜くのみよ』

 

威勢良く語る彼。そして他の仲魔たちを決して忘れないようにしっかりと目に焼き付ける。

俺はこれから彼らを死なせに行く。その儀を以ってして俺を討たんと勇みかかる彼らと真っ向からぶつかるのだ。

 

相手はすでに臨戦態勢だ。俺も隣の彼や他の仲魔たちの生き生きとした雰囲気に負けじと不敵な笑みを浮かべる。

 

「さあ!今代の神殺し諸君!汝らが我を討つにたるか、その力、存分に示すがいい!!」

 

『うぉぉぉぉ!!』

 

出来る限り巨悪っぽい芝居で場を盛り上げる。俺の掛け声と共に仲魔が神殺したちへと突撃する。

 

爆音と衝撃。戦いの余波の中で次々に倒れる仲魔たちをしっかりと見つめる。

ある者は潔く、ある者は清々しい顔で、ある者は俺と最期まで共にいれたことを感謝し、ある者は悔しがり、またある者は怒りながら散って行った。

 

多くの感情を目にして、俺はそれらをやっと真の意味で受け止めている自分を知った。

 

 

 

そうして戦い、最期に倒れたシヴァの後ろから神殺したちが迫る。

 

「フハハハハハハ!!いいぞ、神殺し!ならば俺が直々に相手をしてやる。精々、楽しませてくれよ!?」

 

愛刀を構え大仰に振舞いながら彼らを向かい打つ。

精々、華々しく散ってやろうじゃないか。先に逝った彼らに恥じぬように。これまでの全てに報いれるように出来るだけ悔しがって、苦しんで、悪を貫き通して死んでやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄れ行く意識。神殺したちとの死闘の末に深手を負い、消えゆく命の中で俺は彼らを見ていた。

 

仲間たちと助け合い支え合いながら、共に信じ合いながら戦う彼らを見て、俺は思う。

 

かつて、俺には選ばなかったその道を進む彼らなら、きっとこの世界をより良いものへと導いてくれる。俺がかつての世界で成せなかったことを成し遂げてくれる。

 

そんな彼らに、俺はせめてもの思いを伝える。

 

 

『絆を尊べ。それは決して君たちを裏切らない。必ず最期を笑って迎えられるはずだ』

 

 

それは今、胸中に渦巻く数多の後悔からか。

 

それすら分からぬまま、俺はこの世界から消え去った。

 

 

 

 




要するにトキが好きなのです。


【補足】
うちのナナシは感情の希薄な慎重派の子です。なので厳密にサイコパスでなく、一般的な思考を持ちながらも過酷な環境や、生きる糧として何かに縋ったりする周囲の心情が理解できず拗らせているのです。


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もう一人のナナシ
もう一人のナナシ・前編


また妄想が……


オレ、ハ、ヒトリ、ダ。

 

暗イ、闇ノ中デ。

 

ズット、這イズリ回ッテイタ。

 

 

デモ、見ツケタ。アノ、光ヲーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い世界の中で意識が覚醒する。

どうやら、『俺』はようやく“依代”を見つけたらしい。

 

「ナナシ、か」

 

“この身体”のオリジナルはそういう名前らしい。なんともお粗末な名前だ。

だがそれ故に、そいつが辿る運命を知って驚愕した。

 

裏切り、虐殺、新世界。およそ平凡とは言い難いその運命はナナシとやらが辿る道の一つ、可能性の一つでしかなかった。が、同時に俺が依代として顕現する属性そのものともなった。

 

 

俺はドッペルゲンガーという悪魔だ。

一般に、人物Aと全く同じ姿形をした怪異の一種として認識される取るに足らない存在。

それだけにかつての俺は依代すら見つけられず、単なる影として現世をさまようだけの存在だった。

 

しかし、俺は今、ナナシを依代として生誕した。

どういうわけかこいつとは相性がよく、すんなりとドッペルゲンガーとしての存在を確立させることに成功した。

と、同時にナナシの感情や記憶や心も、全て写し取った。

その時初めて、俺は“オレ”から“俺”に生まれ変わった。

 

奇妙な感覚だ。あれだけ切望していた身体を手に入れたのに。湧いてくる感情は喜びよりも、怒りや憎しみが主であった。

 

「なるほど、そういうことか」

 

そこでようやく理解した。

つまり、俺はナナシの負の面を体現するために存在している、要は奴の汚い部分を押し付けられたわけか。

 

なるほど、なるほど。だからこそこんなにも怒りに打つ震えている。

だからこそ、奴が辿るかもしれない未来の一つがこんなにも鮮明に脳裏に浮かぶのか。

 

その未来ではナナシは仲間を裏切って新世界の神となった。

一人ぼっちで、傀儡と化したかつての仲間の一人を侍らせながら。神殺しとしたかつての救世主を召し抱えながら。

 

俺はそんな未来を歩んだナナシそのものと化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら俺はナナシの内部に存在しているらしい。ドッペルゲンガーであれば現実世界に顕現するはずが、ナナシという存在と強く結びつき過ぎてしまったために取り込まれたのだ。

 

出る力など俺にはないので大人しく奴の中にいることにする。

 

そうして奴の行く道を俺は観察し続けた。

 

 

 

 

 

 

ナナシは、錦糸公園で悪魔アドラメレクに殺され、ダグザの操り人形となることで復活した。

この時、俺ごと黄泉比良坂に連れていかれたので焦ったが、どうやらこれも運命の一つらしい。

ここで初めての分岐点を経験した。

 

ここでナナシがダグザの誘いを受けなければ、このまま黄泉の国へと連れて行かれて、もう一人の救世主たるフリンが世界をすくうことになる。その場合はクリシュナの復活もなく、多神連合という障害も生まれることなく、ルシファーとメルカバーを討伐したフリンが天蓋を破壊してハッピーエンドだ。

 

ともかく、最初の試練は乗り越えたらしい。俺はただ中から見ていただけなのでなんとも言えないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は、オーディンの策によってクリシュナが復活し、フリンは攫われナナシの物語が始まった。

ここまでは俺の持つ並行世界のナナシの記憶と同一だった。

 

しかし、段々と差異が生じ始めた。

第一に、俺の持つ記憶では仲間たちの信頼に応えるべくナナシは無理をして“優しい自分”を演じていた。

だが今回のナナシは心の底から他人を思って、本音で言っていた。

 

おかしい、と思った。ナナシはこんなにも殊勝な人間ではない。

彼は周囲が思うほどに高潔ではなく、強い精神も持たず、信念も、語るべき理想もなかったはずだ。

なのに。

 

『行こう、みんな』

 

なぜ、こんなにも明るい表情で皆を引っ張って行けるのか?

 

 

 

この頃から俺の感情はナナシへの疑念と怒りと憎しみで満ち始めていた。

そうしてナナシの行く末を見ているうちに、なぜ俺が生まれたのか、その理由に気が付いた。

 

「なるほど、とんだとばっちりだな」

 

おそらく、俺の記憶のナナシ。並行世界の虐殺を選んだナナシが、この世界で仲間と一緒に和気藹々と進む彼を妬んだのだ。

なぜ、そんなにも笑っていられるのか。なぜ、人間に失望しないのか。

なぜ、俺がこんなにも苦しんでいるのに。お前は笑っている?

 

ホント、とんだとばっちりだ。おかげで俺の想いはナナシへの憎しみに染まっている。これではドッペルゲンガーとして失格だ。

あくまで人格はドッペルゲンガーのものでなくてはならないというのに。

 

でも、不思議と平行世界のナナシの感情に同調してしまった。

確かに、このナナシは“幸せすぎる”。

 

「……いいだろう。そんなにも我が依代の苦しむ様が見たいというなら、俺が堕としてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリシュナとの決戦、その直前にナナシはダグザから決断を迫られていた。

 

『卵を破壊して仲間と歩むか、卵を手中に収め新世界の神となるか』

 

一般的に見れば前者だ。しかし、ナナシという存在を最もよく知る俺からすれば後者こそ嘘偽りない本心であると感じた。

 

「選べ小僧、お前はどちらの道を行く?」

 

ダグザの問いに、しかし我が依代は仲間を選んだ。

 

『ダグザと一緒には行けない』

 

まあ、俺としては予想していた展開だった。これまでのナナシを見ていれば仲間を選ぶだろうことは理解していた。

それでも、僅かな期待をかけていたのだが。

 

「とんだ、期待はずれだな」

 

愚かしくも我が依代は、これからも“友達ごっこ”を続けるらしい。

くだらない。理解できているはずなのに。ダグザの誘いこそが真実だと、答えだと。

 

「俺が、教えてやらないとなぁ」

 

ほくそ笑む俺をよそに、ナナシはダグザを撃破していた。

俺としてもここが最後のチャンスだと思った。

だからこそ、俺はここで初めて仕掛けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ!? がはっ!」

 

突然、体の内側から何かがせり上がって来た。

同時に全身の激痛と共に俺は吐血して膝をついた。

 

「ナナシっ!?」

 

アサヒが真っ先に駆け寄り体を支えてくれる。遅れて仲間たちが集まってーー

 

「ぐ、ぐぁぁぁぁあああぁぁ!?」

 

俺の身体から、“奴”が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「御機嫌よう、諸君。ダグザとの激戦の後で疲弊している君達には恐縮だが。

これから“俺”の見せる(ショー)に付き合ってくれたまえ」

 

歪んだ笑顔、歪んだ欲望を体現するように。邪悪なる“俺”が現れた。

 

 

 

 

 



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もう一人のナナシ・後編

終わります


「うぅ……」

 

気がつくと、どこか暗い場所にいた。

真っ暗で何も見えない。ただ、身体は何かに押さえつけられたように動かない。

 

「目が覚めたか、“俺”」

 

いつの間にか、横に“俺”がいた。

 

「お前、は……」

 

言いかけた俺の口を“俺”の手が塞ぐ。

 

「ああ、いらないぜそういうお約束は。お前ならとっくに分かってんだろ? ……そう、俺はお前だ」

 

ニヤリと口を歪めて述べる“俺”に、俺は何も言えなかった。

こいつが現れた瞬間に、本当は分かっていたのだ。分かってしまったというべきか。

こいつは、“俺”なのだと。

 

「俺がしたいのはひとつ。お前に気付いてもらうことだけだ。それ以外に興味はないし何をする気もない。

まあ、ダグザの次の審問官とでも思ってくれ」

 

言いながら“俺”は俺の頭に手を乗せる。

 

「安心しな、これは“お前”の記憶でもある。見れば分かると思うぜ?」

 

「なにをーー」

 

瞬間、多くの情報が入り込んで来た。

 

「が、がぁぁぁ!?」

 

怒り、憎しみ。それらに彩られた無惨にも非情なる残酷な結末の果てが。

今の俺とは違う、しかしあり得たかもしれない俺の記憶。

 

仲間を裏切ってダグザと共に行くことを決めた俺の、虚しい旅路の物語。

 

「そうそう、よぉく思い出せよ。お前は“俺”だろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナナシくん!」

 

「リーダー!」

 

「主様っ!」

 

やがて、俺の元に仲間たちが駆けつけた。

暗闇の中を、よく見つけられたな。

 

「よぉ、お仲間さんたち。遅かったじゃねぇか、それほど難しいダンジョンにはしなかったんだが。

……もしかして、俺の見せた“未来の記憶”に思い当たる節でもあったのかな?」

 

ニヤリ、と“俺”が笑うと仲間たちは皆一様に複雑な表情を返した。

 

「っ、これがあなたの悪魔としてのやり方なのね? ありもしない幻覚を見せてーー」

 

ノゾミさんはすぐにキリッと立ち直って“俺”を睨み返した。

 

「ありもしない? 冗談はよせよ妖精女王。これは紛れも無い真実だと、他ならぬテメェが一番わかってんだろうがよ」

 

「っ!」

 

しかし“俺”の言葉に悲痛な顔をしてそのまま黙りこくった。その顔には“俺”の言葉が真実だと書いてあるようだ。

 

「さてさて、俺の言葉が真実だとご納得いただけたところで。君たちには“こいつ”の覚醒をご覧になっていただこう。新たな門出だ、盛大に祝福してやれよ?」

 

「な、ナナシ!?」

 

困惑したアサヒの表情が殊更に心に刺さる。

でもーー

 

「俺は、分かったんだ。気付いたんだ。……こいつの、“俺”の言葉が紛れも無い真実だと分かってしまう。

みんなもそうなんだろ?」

 

俺の言葉に仲間たちは黙りこくった。そう、それでいいんだ。

それがみんなの弱さで、真実。なんら否定すべきものじゃない。

 

その上で、俺は悟った。

 

「俺はーー」

 

「リーダー!!」

 

途端、ハレルヤが悲痛に満ちた顔で叫んだ。

 

「俺は、確かに、リーダーがダグザの手を取ったらリーダーを殺すと決めていた」

 

ああ、知っているよ。俺だってわかる。彼は背負うものができた、それのためならたとえ相手が俺でも立ち向かうんだろうって。

 

「でも、俺はリーダーを信じてーー」

 

「くだらないな。それで、何が違うというんだ?」

 

“俺”が侮蔑するように声を出した。

 

「信じていた? 結局は殺しただろうよ、お前は。結局、お前は“俺”の手を取らなかっただろうが!」

 

「っ!」

 

ハレルヤは泣きそうな顔で押し黙った。

 

「でも君はーー」

 

すかさず声を上げるノゾミさんに“俺”が畳み掛ける。

 

「テメェもだろうが! 散々聞こえのいい言葉を吐き出しておいて、いざ使えないとなれば騙し討ちすら厭わない。外道ごときが絆なんて語るんじゃねぇよ!!」

「ああ、そうだよ。みんなそうだ! 間違っちゃいねぇよ。

でもな、これは“俺”の個人的な恨みなんだ。いくら正しいからって許せねぇもんが俺にもあるんだよ!!」

 

それは“俺”の言葉そのものだった。

悲痛な道を選んでしまった俺の、しかし心から叫びたかった言葉だった。

 

「前世? みんなのため? ふざけんじゃねぇよ、なら俺のことは誰が救ってくれるっていうんだ? 生まれた時から親もなく“家族のいなかった”俺を、お前らは散々祭り上げて不都合になれば罵倒して切り捨てるんじゃねぇか!

もうたくさんだ! 本音を押し殺して戦うのも、作り笑いをうかべるのも! 全部全部、もううんざりなんだよ!!」

 

いつしかその言葉は俺の口から出ていた。

 

「ナ、ナシ?」

 

「お前だけだよ、アサヒ。お前だけが俺の味方だった。でもな、結局家族にはなれなかったよ。死んじゃったんだから」

 

それはあのシェーシャに食われた時か? いいや違う。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

女神を選べと、かつての仲間から選べと奴は言った。なのに、戻って来たのは洗脳された抜け殻でしかなかった!

あんなのはアサヒじゃない、トキじゃない、ノゾミじゃない、ハレルヤじゃない、ガストンじゃない。……ナバールじゃない。

 

おまけに奴は何食わぬ顔で他の魂を創世のために釜にくべてしまった。

 

「おかしいだろ、そんなのは俺の望んだもんじゃなかったのに……」

 

ただ、涙が溢れた。

もう戻らないと知っているから。元には戻せないことを知っているから。

 

「だから、俺はーー」

 

「ナナシくん」

 

その声はノゾミではなかった。

緑の霊体、ナバールのものだった。

 

「私は、“彼”によって別の世界の私が辿った運命を見た。その世界で私は君と戦い敗れ散っていった。

だが、それでも君を信じていたのは確かだ。だからこそあのメールを送っていたんだ」

 

思い返すのは、仲間を皆殺しにしたあと、ふとメールを確認した時だった。

その内容はまるで、俺が仲間を裏切ることを知っていたかのようなものでーー

 

『決して、後悔するな』

 

最後にそう締めくくられた文章。激励だった。そのメールが届くということはすなわち自らが殺されるということだというのに。

 

「私はあくまでこの世界の私だ。記憶を知ったからといって“あの世界”の私がどうだったのか詳細を知ることは叶わない。

それでも、私は“あの私”がどういう気持ちで送ったのか、戦ったのか。それははっきりと分かる」

「私は、最後まで君を信じていた。仲間だと思っていたよ」

 

泣きそうだった。わかってたことだったのに。ただ自らの遣る瀬無い気持ちをどうにかしたくて封印していた記憶。

 

「私たちは、君が嫌いだから戦ったのではない。

私たちはそれでも君を仲間だと、友だと思っていた。ただ、お互いの信じる道が違ったから、戦い、結果、私たちは敗れ死んでいったんだ」

「その選択に、誰も後悔など抱いていないはずだ」

 

言い切ったナバールに続いてハレルヤが口を開く。

 

「……ナバールに全部言われちまったな。

俺もさ、もしリーダーが卵を手に入れようとするなら戦うと思う。でもさ、それってすげぇ辛い決断だと思うんだ。辛くて辛くて、涙が止まらなくて、それでも、俺は自分で道を見つけたから。

それを、裏切ることはできねぇんだ」

 

変わってガストンが口を開いた。

 

「……私は、私はナンバーワンという言葉の意味を知った。ずっと、周りの評価ばかり気にして私でも気付いたんだ、本当に守るべきもの、守りたいもの。誇れる存在に。

それは、君を見ていたからだ。

こんなこと、本来なら言うつもりもなかったのだが……君がその道を歩んでしまいそうなのであれば、私ははっきりと伝えよう。

私は、君に憧れたんだ。

人を気遣うその優しさを、人を本気で心配する、誰かのために本気で悩むことができる君のその姿が、美しいものだと。そう思ったから私は……今の、ナンバーワンを目指すことにしたんだ」

 

誇らしげに語ったガストンに続いて、ノゾミが口を開く。

 

「私から言うことはあまりないけど、それでも、私はあなたの決断を尊重する」

 

どこか達観したノゾミの次にトキが前に出た。

 

「私は、主様の決断がどうであろうと否定しない。それでも私の望みはあなたと共にあること。共に研鑽し高みを目指してもらいたい。

戦いたくなんて、ないんだよ」

 

ポロポロと涙を流しながらトキは俯く。

 

「ナナシ」

 

最後にアサヒが優しい顔で近づいて来た。

 

「やめろ、来るな、来ないでくれ」

 

その笑顔が失われたから、俺はーー

 

「もう、悩まなくてもいいんだよ」

 

ぎゅっと、抱きしめられた。力強くも優しい暖かさに満ちた抱擁。

俺は自然と身を委ねていた。

 

「悩んだら、私に相談していいんだよ。仲間に相談してもいい。

みんな、ナナシの味方だから。きっと、悲しいこととか、仲間同士でも喧嘩することあると思う。これからも。

でも、生きていればきっと、分かり合う機会はあるから、だから、殺しあうだなんて、悲しいこと、もう……言わないで」

 

涙を零しながら語るアサヒに。俺はもう、何も返すことができなかった。

ただひとつーー

 

「ああ……そうか。俺は、この言葉が欲しかったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の勝ちだ“ナナシ”」

 

薄れゆく意識の中、壁にもたれかかりながら俺は告げた。もう体を動かす力も残っていない。

 

「……」

 

“ナナシ”は俺のこと無言で見下ろしていた。その瞳には哀愁が見え隠れしどう言葉をかければいいのか分からないようだった。

 

「慰めなら不要だぜ。俺は俺のやりたいようにやった。結果、お前らの絆とやらの方が一枚上手だっただけの話だ」

 

そう、それだけの話。並行世界の“俺”の無念はもう晴らした。

思い残すことはない。

まあ、この魂を“アイツ”の無念のためだけに使われたのは不愉快だったが、もう全部が“ナナシ”になっちまってる俺としてはどうでもいい。

ドッペルゲンガーとしての本分は果たせなかったが、なかなかに満足のいく物語だった。

 

「お前は、もしかしてーー」

 

「おっとその先は言わない約束だぜ?」

 

危うく無駄なことを口走ろうとした奴のくちを封じる。

マカジャマオンがこんなところで役に立った。

 

「まあ、なんだ……お前は、後悔とかしないようにな」

 

それだけで十分、俺は満足してこの世を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 




俺は何が書きたかったんだ(困惑


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