心を殺した少年 (カモシカ)
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幕間
幕間 心を殺した少年と、初めてのクリスマス


本日二話目の投稿です。
あんまり読む意味は無い。


「……ただいま」

 

 どうやら小町は帰ってきているようなので、一応挨拶はしておく。小町の両親は共働きなので今はいない。というか、俺を避けるために社畜してるような節さえあるのだ。こんな時間に帰ってきているはずもない。

 

 現在時間は午後六時。バイトの雇い主に呼び出されていたので、いつもより遅くなってしまった。

 普通なら小町が心配過ぎて発狂しそうなところだが、雇い主との契約の中に小町の安全の保証も含まれているので、安全面での心配はあまりしていない。むしろ心配なのは小町の精神的なことだ。まだ中学二年生でしかない普通の女の子である小町は、クリスマスの日にさえ帰って来ない両親を見てどう思うのか。

 

 いつの間にかかけ離れてしまった『普通の家族』という理想像との差異に挟まれ苦しんではいないか。狂人に堕ちた俺にとって、小町というのは光であり希望であり楔であり鎖であり、心も身体も狂いきった俺に遺された唯一『普通の』感情だ。

 故に、俺は小町を愛し、小町を見守り、小町のために生きる。最早人外に成り果ててしまった俺にとって、小町だけが生きる意味であり理由なのだ。

 

「お兄ちゃんっ、おかえり!」

 

 とてとてという可愛らしい足音と共に現れた小町。クリスマスだというのに、友達とパーティーをする予定もないらしい。まったく、そんなとこまで俺に似なくとも良いだろうに。

 

「おう。ただいま」

 

 だが、小町の両親から迫害を受けている俺は、あまり小町と関わるべきではない。本家の庇護も、こんな歪な家庭内には届かないのだ。

 そういうわけで、俺はさっさと宛てがわれた部屋に向かおうとしたのだが。予想外というのは、思いつきもしない事だから予想外なのである。

 

「その、お、お兄ちゃん。今日……さ、お母さんたち、帰って来ないから……小町と、パーティーしない?」

「……あの人達がいつ帰ってくるかなんて分かんねえだろ」

「その時は小町が説得するから」

「だめだ。下手すりゃ小町まで殴られる。あの人たちは小町の味方だが、自分のことが大好きなんだ。思いどうりにならなきゃ、癇癪起こして暴れるだろうよ」

「っ、それでも!……小町、クリスマスの日くらい、お兄ちゃんと居たいよ……」

「……あー……その、なんだ?……分かったよ」

「!ほんと!?」

 

 沈んでいた小町の表情がパァーっと明るくなる。向日葵のように、太陽のように明るい笑顔は随分と見ていなかったので、数年ぶりに小町のこの笑顔を見られただけでも収穫はあったと言えるだろう。

 

「そうと決まればはやくはやく!お兄ちゃんは手を洗ってきてねー」

 

 鼻歌を歌いながらスキップでリビングに消えて行く小町。小町の言葉から察するに、既に料理やらなんやらは用意されているらしい。ここ最近は素材をそのまま食べていたのでまともな料理は実に三ヶ月ぶりである。

 

 ま、もうすぐ小町の両親への対抗手段も出来上がるし、これもクリスマスのプレゼントだと考えて、頑張って楽しみますかね。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

「どう?美味しい?」

「おう。流石小町だ。これまで食べてきた全ての中で一番美味い」

「えへへ、ありがとう」

 

 クリスマスらしくチキンやピザの並べられた食卓。パーティーの華やかで楽しげな雰囲気が本来漂うべきその場にはやはり、久しぶりに使われたかのように小奇麗な椅子に座る俺だけが異質だった。

 

 本当に幸せそうに、小町は笑う。

 

 俺はそれを見て、ようやく安心出来た。

 俺のような狂人には、それは本来許されざる事なのだろう。血と狂気に汚れた俺は、本来この笑顔を見る事さえしてはならない。まして、その笑顔を向けられるなどあってはならない。

 

 けれど、俺はその光景に罪悪感など感じない。狂人にとっては、その程度の一般論など何の価値も無い。

 俺にとって価値があるのは小町だけであり、その小町が喜んでいるのなら何も言うことは無い。

 

「お兄ちゃん」

「どうした?」

「んーん。呼んでみただけー」

「……そうか」

「……うん。そだよ」

 

 そして、俺たちの間に沈黙が舞い降りる。

 後悔、焦燥、恐怖。様々な感情が小町の顔を彩る。

 何度も口を開いては閉じ、何かを躊躇っていることが如実に感じられる。

 

 やがて、時計の秒針が三周したころ、小町が意を決して切り出した。

 

「……お兄ちゃん。小町は、まだお兄ちゃんの足でまといなのかな。小町は、お兄ちゃんのことを、苦しめてるのかな?」

 

 小町の口から零れ出たのはそんな言葉だった。

 そしてそれは小町の悲痛な叫び。あるいは悲鳴。小町を苛むのは俺が辿った狂人への変遷の記憶なのか。あるいは小町が、両親の俺への扱いのおかしさに気づいた時の記憶か。

 小町のために生きているなんて言った後で情けない限りだが、俺には何が小町を苦しめているのかは分からない。

 

 だが、俺が今すべきことは何となく分かる。

 

「大丈夫だ」

「おにい、ちゃん……」

 

 俺は小町をそっと抱きしめた。狂人である俺にもこの行動の意味は分かっているし、検討の結果これが最善だろうと理解した。

 狂気と理性が同居する、どうしようなく救いようのない俺のココロはけれど、理性が出した結論を、殺されたはずの感情で後押しした。それになんの意味がある訳でも無いが、小町を愛するのだから感情があって悪いことも無い。

 

「……もうすぐ、俺は独立の準備が整う。雪ノ下は、俺を本格的に取り込んできた」

「……そっか……そっかぁ……」

「大丈夫だ……俺は、お前を愛してる」

 

 泣き出してしまった小町を相手に、咄嗟に出てきたのはそんな言葉。狂人へと堕ちたはずの俺が使うには、余りにも相応しくない。

 だが、それを理解しながらもこうして口に出すのもまた狂人らしいと言えるだろう。外法の存在、狂い果てた修羅の先。超常の力などありはしないが、人でないことは確かだ。

 

「お兄ちゃんはさ、いっつもそうやって小町を助けてくれるよね……小町さ、悪いことだって分かってても、嬉しいんだ。お兄ちゃんは確かに普通とは違うのかもしれないけど、小町のお兄ちゃんなのは変わらないんだよ」

「……そうか」

 

 そして、こんな俺に想いを向けて来る小町もまた、普通ではないのかもしれない。

 だが俺は、小町の普通を守るため、殺した心で世界を生きる。それは狂人である俺には不可能なのかもしれないが、世界が定めた程度の運命とやらに元から従うつもりもない。矛盾で己を武装し、狂気と理性で己を動かす。人だった俺の名残は、最早小町に向ける情しか残っていない。

 

 それでも、だからこそ、俺は今一度誓おう。

 狂人の誓いに、大した意味は無いかもしれないけれど。

 誓いも矜持も信念も、結局ぶち壊すのは俺自身かもしれないけれど。

 せめて、人の皮を被っている内は。

 俺が、狂気に飲まれるその瞬間までは。

 

 小町を愛し、小町を護り、ただ小町の為だけにこの命を燃やそう。

 

「そう言えば、まだ言ってなかったね」

「?何がだ?」

「んっふふー」

 

 顔を上げた小町は、いたずらな笑顔で俺を見やる。

 

 

 

「メリークリスマス!」

 

 

 

 

 

 

 聖者の誕生を祝う聖なる夜。

 引き裂かれていた狂人とその妹はもう一度、何があろうと互いを護ると誓い合った。



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心を殺した少年
プロローグ 心を殺した少年は、自身の記憶を振り替える。


 妹の誕生日の風景だ。父と母と兄は笑顔で妹を祝福し、妹も笑顔で蝋燭の火を吹き消す。

 笑顔に溢れた、とても心暖まる光景だ。幸せな家族のお手本のような風景だ。

 そんな気持ちでこの光景を見れている事に安堵する。まだ自分の心は枯れきってはいないのだと認識できる。

 

 いつの間にか風景は代わり、次は兄の誕生日。

 父は唐突に兄に向かって封筒を差し出す。まだ純粋な部分が残っていたガキの頃の兄は目を輝かせ、封筒を受けとる。

 プレゼントが貰えたと思い、嬉々として封筒を開いた。けれどそこに入っていたのは、千円札が五枚。

 驚きと疑問の混じった目で父を見上げるが、父は母と共に何も言わず仕事に出掛ける。

 まだ兄の誕生日を日付として覚えていなかった妹は、もちろん祝福などしない。

 

 こんな風に毎年誕生日を過ごし、祝われないことを受け入れ、家族旅行にも誘われなくなり、どんどん目を濁らせ、世界を濁らせ、腐って行く。

 

 兄は現実に絶望し、何かにひたすら打ち込むことで辛い現実から目を反らした。

 

 動いていないと心が折れそうだったから、家事全般を引き受け、勉強でもしていないと頭が思考を働かせてしまいそうだったから、苦手だった算数にひたすら打ち込んだ。走っていれば気を紛らわせるから、毎日朝と夕方にランニングをし、誰も自分を守ってはくれないから、本やネットで調べた情報を頼りに、空手やら柔道やらを独力で学び身に付けた。

 

 そんなことに明け暮れていれば学校での友達など居なく、当然のように苛められ、けれどそれまで鍛え抜いてきた己を頼りにその全てを跳ね返した。だが所詮は子供の付け焼き刃の武術。数の暴力に勝つことは出来ず、何度も惨めで辛い思いをした。

 そんなことを繰り返している内に、濁り、腐っていた目は、遂に光を無くした。

 

 ある日、妹が家出をした。

 妹まで俺と同じように光を失わせてはいけないと、妹を探し回る。やがてある公園で妹を発見し、何故家出をしたのかと聞いてみると、家に誰も居ないのが寂しかったからだと言う。

 俺が欲しかったものを当たり前の様に手にしておきながら、それでも満たされない。そう言う妹に何度手を上げようとしたのか、最早数えきれない。

 それでも、ここで暴力を振るってしまえば、自分は両親以下の存在に成り下がる。そう考えることで妹への負の感情を制御した。いつか爆発してしまわない様に妹を溺愛した。

 それから妹は俺になつくようになった。それを見て父は嫉妬し、母は俺を無視するようになる。やがて父の嫉妬は最高潮に達し、妹と仲良くすれば暴言を吐かれ、かといって突き放して泣かせれば、なぜ妹を守る立場のお前が泣かせるんだ、と殴られる。

 

 やがて俺は妹と距離を置くようになり、何故そうなったのかを理解できるようになった妹も、それを受け入れた。もちろん改善しようとはしてくれたのだろう。俺の妹は優しいから。けれど、その優しさが俺は嫌いだ。

 そう伝え、妹と徹底的に距離を置く。嫌われたいわけではないから、最低限の会話はするし飯も作ってやる。けれど仲の良い兄妹になんかなれない。

 

 俺に救いは無い。その結論に辿り着いたのはいつだったろう。あまりに昔過ぎて思い出せない。

 けれど、その結論に辿り着いてからはほとんどの感情を押し殺し、自分が何をされてもそう言うものだと納得し、受け入れることが出来るようになった。

 俺はそれを悲しいとは思わない。

 なぜなら、俺がそうあろうと努力し、たくさん心の血を流して手に入れた力だから。俺はそれを誇りに思う。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 ある日、俺は職員室で平塚先生のお小言を聞き流しながらそんなことを考えていた。と、いうよりは振り替えっていたのだ。俺が生きてきた記憶を。

 平塚先生は、俺が少しでも信じられる唯一にして初めての大人だ。俺が何と言っても受け入れ、あるいはそれは違う、と本当の意味で叱ってくれる。理不尽な暴言でも暴力でも無い。心の底から言ってくれているであろう言葉でだ。

 そんな、世界一俺との距離が近い人(今のところ)が言うには俺は異常らしい。まあ、自覚はしている。わざわざこれまでのことを振り返らなくても分かってはいる。

 けれどそれを何故今更言うのか。

 

「……はあ、一体どんな人生を送ったらこんな作文が書けるんだ」

 

 どうやら俺の作文が不満らしい。作文のタイトルは高校生活を振り替えって。え?どんなことを書いたのかって?そりゃお前あれだよ、あれ。まあ要約すると、俺は周囲にとって異物でしかなく、居ても居なくても変わらないどころか寄って集って潰そうとしてくるから全員返り討ちにしてぶっ潰しました~って感じだよ。え?おかしい?この作文そんなにおかしいこと書いてないし実際のことよりマッ缶並みに甘くしたんだがな。

 

「いやいや、そんなおかしな事書いてないでしょう。それどころか、大分事実より甘く書いてますよそれ」

「……はあ」

「先生、ため息つくと幸せが逃げるそうですよ。俺には無い幸せを持ってるんすから逃がさないで下さい」

「だからせめて私の前でぐらいその自虐を引っ込めろ」

「無理です。俺は自虐で精神保ってるんすから」

 

 そう言うと、平塚先生は「分かってはいるが……ぐぬぬ」などと唸っている。今の会話に唸る要素があったのだろうか、ぐぬぬ。

 唸りながら何やら腕を組んで考え事をしていた先生は、何かを思い付いたのか顔をあげ、イタズラ好きの少年のような表情を向ける。やめて、そう言う表情がちょっぴり羨ましかったりするから。

 

「ならばこうしよう」

 

 む、嫌な予感。

 

「君には奉仕活動を命じる!」

 

 どやどやーん!な表情で立ち上がり、俺を見下ろす平塚先生。真顔で見上げる俺。そのままの姿勢で十秒程静止。やがて耐えきれなくなった先生が若干頬を赤くしながら顔を反らす。よし、勝った。……何に?

 

「ん、ごほん。とにかく、君には奉仕活動をして貰う」

「……はあ」

「分かったならいい、着いてきたまえ」

 

 そう言って、白衣をはためかせながら無駄にかっこよく、颯爽と職員室の出口に向かう。

 そしてこれから、俺は『面白い』人間と出会うことになるのだった。



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心を殺した少年は、その教室に導かれる。

 そして、連れてこられたのは特別棟の一角。何の変哲もない教室の並ぶ廊下の隅っこ。ここで奉仕活動とか一体何をやらせるつもりなのか。……まあ、机とか椅子を運ぶってところか。

 

「雪ノ下、入るぞ」

 

 おろ?他にも誰か居るのん?まあ、俺の他にも平塚先生に奉仕活動と称して呼ばれた奴がいるんだろうな。

 

「……ですから平塚先生、入る時はノックをして下さい」

 

 凛とした声が響く。周りが静かだから余計にだ。

 ……それにしても女子かー、相手に恐怖を植え付けないようにしなきゃなー。具体的には働かずに帰る。……いや、待てよ。家に帰ってもどうせやること無くね?寧ろ居場所が無くね?

 

「ハハハ、細かいことは気にするな!」

「いえ、全然細かくありません。寧ろ常識中の常識です」

 

 うん。そんなんだから結婚できないんじゃないかな~。……いや、ごめんなさい睨まないで。

 

「まあまあ良いじゃないか」

「……はぁ。それで、一体何の用でしょう」

「ん、ああ。何、一つ依頼をしようかと思ってな」

 

 教室に入らずに廊下で棒立ちしていた俺は、平塚先生に引っ張られ教室に入る。

 

「はあ、依頼ですか……。そこに居る死んだ眼をした男と関係があるのでしょうか」

「いや初対面の人間に死んだ眼とか失礼すぎだろ……まあいいか事実だし。……比企谷八幡だ。レポートの罰として奉仕活動を命じられて来た」

「そう、私は雪ノ下雪乃よ」

 

 いきなり失礼な物言いをしてくるのぉ、お主。しかも嘲笑を浮かべるとかそう言うことは無く、むしろ罵倒されてるこっちが清々しくなるほどに切り捨ててくる。……うん、これまで会ったことの無いタイプの人間だ。壊れない程度に遊んでみようかな~。

 

「うむ、見ての通りこいつは死んだ眼をしているし、性格面でも健全とは言いがたいのだ。そこでだ。この部活で更正させようと思ってな、頼めるか?」

「その男と部活動をしろと言うことでしたら全力でお断りさせていただきます。その男の眼を見ていると身の危険を感じます」

「ふむ。さしもの雪ノ下でも怖いものがあるのか」

 

 先生の安すぎる挑発に反応したのか、雪ノ下の眉がピクリと動く。……ほう、負けず嫌い、ますます遊びがいがあるというもの。クックックッ。

 さて、俺も挑発しようか。

 

「あー、安心しろ。わざわざ怖がってるか弱~い女子に強要はしねえよ。……ほら、平塚先生行きましょ」

 

 そう言って振り返り、平塚先生がさっきしたような悪戯っ子の笑みを浮かべる。それで察してくれたのか、ぷるぷる震えている雪ノ下を置いて出て行こうとする。すると雪ノ下が、

 

「……待ちなさい。その依頼、受けてあげましょう。その眼と性格、治してあげるわ。……覚悟しなさい」

 

 ふぇぇ、何だよ覚悟って、更正するのって覚悟がいるものだったっけ?……まあ、更正する気はさらさら無いが。

 

「そうかそうか、受けてくれるか。では頼んだぞ~雪ノ下」

 

 そう言うと、平塚先生はハッハッハッ、と笑いながら教室を出ていく。……何か挑発にかかってくれると嬉しいよね。え?そんなことない?おっかしーなー、苛めてきた上級生を挑発してボコるのとか超楽しくね?

 

「……座ったら?」

 

 ドアの方を見ながら突っ立っていた俺に座るように促してくるので、近くにあった椅子にどかっと腰をかける。

 することも無いのでただ天井を見上げぼーっとすること数分。……そういやここ何部なんだ?

 

「……なあ、雪ノ下。ここって何部なんだ?」

「当てて見なさい」

 

 そう言われ、ヒントは無いかと教室を見渡す。……特殊な機具は無いようだ。あるのは教室の真ん中に無造作に置かれた長机が一つ、その机のほぼ両端に置かれた俺と雪ノ下の座る椅子。そして、俺達の椅子が置かれた辺とは反対の、机の長い辺のところに置かれた椅子。これらから推理しようとすると……

 

「お悩み相談室ってとこか?」

「……ほぼ、正解ね」

 

 流石に当てられるとは思っていなかったのだろう。雪ノ下の顔が悔しそうに歪む。ふぉっふぉっふぉっ、良い眺めじゃ。ぼっちの観察眼舐めんな。

 おっと睨まれた。

 

「……持つものが持たざるものに慈悲をもってこれを与える。ホームレスには炊き出しを、眼の死んだ男には更正を、人はそれをボランティアと呼ぶの。……ようこそ奉仕部へ、一応歓迎するわ」

「なんか物凄くピンポイントな例があった気がしたんですが気のせいですよね。……まあ、いいや。奉仕部って言うのか、ここの部活は」

「ええ、ここでその死んだ眼を治して、最低限社会に出ても問題ないように更正してあげるわ」

「いやいや、俺に更正とか必要ないし。まあ人格とか眼とかその他諸々が破綻してるのは認めるが」

「……そこが問題なのよ。自分がおかしいと自覚しながらも、それを認めてしまっている。変わろうとは思わないの?」

「……俺のことを何も知らない人間に、俺のことを語って貰いたく無いんだが」

 

 わざと声を低くし、怒気を滲ませた声で雪ノ下を睨む。……さーて、どう反応する?

 

「……自分だけが辛い、なんて言いたいのであれば、それは只の甘え。只の逃げよ」

「変わるのだって現状からの逃げだろ。今とこれまでの自分を認められない奴に、人は救えない」

「ッ……でも、それじゃあ誰も救われないじゃないッ」

 

 そこまで会話をしたとき、唐突に部室のドアが開く。入ってきたのは平塚先生だ。

 

「ですから先生、ノックを――」

「ああ、すまんすまん。それより雪ノ下、比企谷の更正にてこずっているようだな」

「ええ、本人が変わろうとしていないので。……すみませんが先生、この依頼は長い目で見て貰わないといけないようです」

「ハハハ、もとよりそのつもりだ。そもそも比企谷程の奴を直ぐに更正させられるとは思っていない。と言うわけでだ、少し勝負をしよう」

「は?」

 

 疑問を浮かべたのは雪ノ下のみ。平塚先生登場の時点で俺は何となく察していた。だってあの人こういう正義と正義がぶつかりあうみたいな少年漫画な展開大好きだもん。

 

「なに、簡単な勝負だ。奉仕部に持ち込まれる依頼を解決し、どちらがより多く人の役にたてるかで勝負してもらう。まあ、ただ勝負するだけではつまらんしな、勝ったほうは負けた方になんでも命令できるとしよう」

「な、なんでもって、平塚先生。その提案には賛同しかねます。このような男と勝負をしたら、何をさせられるかわかったものではありません」

 

 おうおう、信用ねえな。まあこんなすぐに信用されても困るが。

 

「ほう、雪ノ下には余程勝つ自信が無いのだな」

 

 おっとここで先生の挑発。まあ、いくら負けず嫌いといえどこんな危険な勝負には乗らないだろう。

 

「……いいでしょう、その安い挑発に乗るのは癪ですがそこまで言われて引き下がる訳には行きません」

 

 えー、まじか。どんだけ負けず嫌いなんだよ、いいじゃん勝負しなくても、俺楽しそうなのは好きだけど面倒臭いのは嫌いだよ。

 すると雪ノ下がこちらを向き、

 

「……勝負になったからには、こてんぱんに叩き潰してあげる。覚悟なさい」



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心を殺した少年は、少女の中に目標を見つける。

 いきなり雪ノ下に宣戦布告された日から一日、特に受ける必要の無い授業を受け終えた。え?なんで受ける必要が無いかって?全部理解してんだよ。意図的に学年三位をとれる位にはな。

 まあこんな『壊れた』ぼっちの事情なんかどうでもいい。それよりも今後のことを考えよう。具体的には教室の前で待機している平塚先生をどう出し抜くかだ。いや別に部活をサボろうとしている訳では無いですよ。ええ。……あんなおもしろい奴見つけて放っとく訳無いだろ。壊れない程度に遊び倒すさ。

 さて、このまま教室に居ても意味は無いのでさっさと教室から出て特別棟に足を向ける。え?平塚先生?考えたところでどうなる訳でも無いので、普通に廊下出て普通に奉仕部に向かおうとしたら意外そうな顔をされたが何故か勝手に納得された。……平塚先生ってたまによく分からん。まあ俺が言うなって話だが。

 

 まあそんなこんなで奉仕部部室へ到着。

 

「う~っす」

「……あら、本当に来たのね。もしかしてマゾなの?」

 

 開口一番これである。ククク、本当にこいつはおもしろい。ぼっちでありながら『持つ者』だなんてな。本当に誰からもなんとも思われず、いつも理不尽に攻撃をされるような生活をしていたならこんな気の強い性格は出来ないだろう。つまりこいつは、本当の意味でぼっちでは無いのだ。まあそれはそれとして、

 

「あー、案外そうかもな」

「…………」

 

 そんな風に返したら思いっきり引かれた。只でさえ離れている椅子を更に一メートル程離された。

 

「いやそんな引くな、あくまで『かもしれない』という話だ。俺の場合は、周囲が向けてくる暴力にも暴言にも耐性ができて何も感じなくなっただけだが。でもその苦痛を理不尽に抗う力に変えてきたからな、ある意味ドMだ。ぼっちの一つの完成形だな」

 

 未だ疑わしげな視線を送ってくる雪ノ下だが、椅子は元の位置に戻してくれた。

 

「まあそれに、入っちまった以上は来といたほうが良いだろ」

「意外ね」

「何がだ?」

「部活なんか下らないとか言って逃げるかと思っていたから」

「いやいや、俺これでもルールとか超守るし」

「そう?なら、これからも来るつもり?」

「そのつもりだが」

「そう……」

 

 そう言うと、雪ノ下は読むのを中断していた本に視線を落とす。俺も持ってきた本を開き、心地よい沈黙の中ただただ読み耽る。……心地よい?俺が?『壊れた』心では何も感じない筈なのに。……いや、これは面白い人間を見つけてテンションが上がっているだけだ。死んだ心は帰って来ないのだから。

 

「……そう言えばさ、お前友達居んの?」

「……そうね、どこからどこまでが友達かを定義して貰える?」

「あーはいはい、要するに居ないんだな」

「…………」

 

 何かまた本を読み始めた。これはあれか、拗ねているという奴か。俺は何言っても怒らせるか怯えさせるかしかしたこと無いから初めて見た。

 

「で?人から好かれそうな容姿してんのになんで一人なんだよ」

 

 そう。こいつは『一人』なのだ。決して『独り』では無い。完全な孤独では無く、ただ一人で居るというだけ。いざというときに頼れる人間は居るし、家族には家族として扱って貰える。だから俺の様に光を失わなかったのだ。希望を持っているのだ。そんな中途半端なこいつの経験談を聞いてみよう。

 

「……人に好かれたことの無い貴方にとって辛い話になるでしょうけど」

「安心しろ、もうただの言葉じゃ傷つかん」

「……私に近づいてくる男子は大抵私に好意を持っていたわ。好かれたいだなんて思ったことは無いけれど」

「問題だったのは、本当に誰からも好かれていた訳では無かった、ということよ」

「……小学校の頃、上履きを六十回程隠されたことがあったわ。内五十回は女子にやられたの。そのお陰で、私は毎日上履きとリコーダーを持って変えるはめになったわ」

「けれど仕方ないわ。人は醜くて、すぐに嫉妬するし蹴落とそうとする」

「不思議な事に、この世は優秀であればあるほど生きにくいの。……けれど、そんなのおかしいでしょう」

「だから変えるのよ」

 

「人ごと、この世界を」

 

 そう、平然と言ってのける雪ノ下。その目標はとても美しいのだろう。俺には一層その美しさが眩しく見える。だから俺は残念でならない。その目標は絶対に叶うことがないのだから。

 けれど、だからこそ、こいつが変えた世界というものが見てみたい。こいつは良くも悪くも純粋で真っ直ぐだ。時に愚直とさえ思える程に。けれどその真っ直ぐさは俺が捨ててきたものだ。だから暫くの間は、こいつを『強く』してみよう。こいつの真っ直ぐさはきっと脆い。いつか理不尽に屈し、折れてしまうかもしれない。

 だから先ずは、

 

「無理だな」

 

 否定から始めよう。



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心を殺した少年は、真っ直ぐな少女を少しだけ変える。

八幡は思考というか情緒というかが不安定です。だから平気で矛盾もします。


「……どういう意味かしら」

 

 綺麗な笑顔を向けてはいるが、物凄く怒っているのが感じられる。だって目が笑ってないんだもん。あんな目で睨まれたら八幡びびっちゃう。……え?お前の目の方が異常?やかましい!

 

「そのまんまの意味だよ。……確かにお前の目標は素晴らしいし、綺麗だ。他の奴がどれだけ笑おうと、少なくとも俺は肯定する」

 

 これは結構本気だ。俺の死んだ心でも綺麗だと感じるしな。

 

「だがな、お前は弱い。本気の悪意に晒されたことはあるか?信じていた、友達だと思っていた人間に手酷く裏切られたことは?味方だと思っていた親から見捨てられ、殴られたことは?……本当に、独りになったことは?」

 

 こいつは『一人』ではあったのかもしれないが、『独り』では無かった。

 

「……何が言いたいのかしら」

「ハッ……つまりな、お前は人に苦しめられて、人を分かった気になってるようだがな、本気の人の悪意って物はその程度じゃ無い。お前は、目が死ぬほど腐った世界も、人の黒い部分も見てないんだろうな。だからそんな綺麗な目をしていられる」

 

 話を聞く限り、こいつは何かとてつもなく恵まれた何かを持っているのだろう。

 

「上履きを隠された?女子からは嫌われた?それぐらいで理解した気になるんじゃねえ。それに、世界を変えるったって具体的にはどうするつもりだ?お偉いさんにでもなって、上から目線で変われとか抜かすのか?そんなんじゃ変えられないし、変わったとしてもお前の描く世界じゃ無い。他人が間に入った時点で、もうお前の考えからは外れちまうんだよ」

 

 こいつは理解していない。心が死ぬ程の黒くて禍々しい、腐った世界を。

 

「お前一人に変えられる世界なんてのは、精々一人の世界だけだ。お前の言う『人ごと世界』を変えるなんて、今のお前じゃ絶対に不可能だ」

 

 知らないでいることは楽だが、生憎こいつの目標の為には知って、理解して、立ち向かわなくてはならない。

 

「そんなこと無い!もっと方法が……」

「あるのか?人ごと世界を変える方法が。お前の理想そのままに変えられるのか?」

「それ、は……」

「なんだ?言ってみろ」

「…………なら、あなたには変えられるの?」

「……変えられるわけじゃ無いが、壊すことはできる」

 

 人は、理解できない狂気をぶつけられると強い恐怖を感じる。既に狂気に染まった俺は、中学時代、何度も何人も恐怖のどん底に突き落としてきた。だから、誰かの世界を『壊す』ことはできる。

 

「逆に言えば、壊すことしかできない。俺は正気も真っ直ぐさも純粋さも、目の輝きも、とっくの昔に捨てちまった。……だからな、お前と昨日話した時こいつは面白えなと思った。そして今日、それが確信に変わった。いきなり世界を変えるだなんて、普通は言えない。俺ほどじゃ無いにしても、世界の黒い部分を見ちまったらどうしたって腐ってく」

 

 まあ俺の場合腐りを通り越して死んじまった訳だが。

 

「けどお前は、純粋さを失わなかった。まあ、誰かに守られてたんだろうがな。だから問おう、お前に『自分』はあるか?」

「自分……?」

「ああ。自分自身が持つ価値基準、信念、依る辺無くして立つ強さ。どうにも俺には、お前の『自分』が見えねえ。それをどうにかしない限り、世界を変えるなんて出来ない」

「ッ」

 

 何か思い当たる節でもあったんだろう。雪ノ下が俺をキッと睨む。その視線を受け俺は、狂気に堕ちた笑みを返す。

 

「分かったか?お前は弱いと言った意味が。この程度の応酬でダウンするようじゃ、お前の目標の実現は夢のまた夢。絶対に実現しやしない」

「…………」

「ま、本気で変えたいと思ってるなら、もっと知って強くなれ」

 

 そう吐き捨て、

 

「そんで、もっと俺を楽しませろ」

 

 

 

 

 

 side:yukino

 

 

 

 

 

 初めてだった。家族以外にここまで惨めに言い負かされたのは。けれど同時に、私の目標を真剣に……ではないのでしょうけど聞いて、笑いもせず『面白い』と言ったのは彼が初めてだ。

 そもそも、なぜ彼に私の目標を話したのだろう。ぼっち同士何か親近感を持ったのだろうか。……いえ、これは親近感などでは無いわね。けれど敵対心でも無い。もちろんプラスの感情などでも無い。……中々名状し難い感情ね。

 

 そんなことを考えている内に職員室へ到着する。

 平塚先生に奉仕部の鍵を返却し、下校しようとするが平塚先生に話しかけられる。

 

「どうだい?比企谷は」

「どう、とは?」

「中々面白いだろう」

「いえ。とてつもなく不愉快でした」

 

 そう答えると、平塚先生は少し悲しそうな顔をする。……なぜかしら?

 

「けれど」

 

 そう。確かに不愉快な時間だったが、たったあれだけの時間でここまで見抜いた輩なのだ。何か意味があったのだろう。最後に言っていた「楽しませろ」というのがどういう意味なのかは分からないけれど。

 

「彼は私の目標を笑いませんでした。それどころか、面白いと言った上で今の私では不可能だとも言ってきました」

 

 彼は私がずっと悩んできたことを一発で言い当てたのだ。そして、『今の』私では不可能だとも言ってきた。話しているときは姉さんと対峙している気がしたが、姉さんとは根本的に違うのでは無いかと思う。

 

「……そうか。……どうやら私の選択は間違っていないようだな」

「?何の話でしょう」

「いや、比企谷を奉仕部に入れて良かったなと思ってな」

 

 それとこれとでは話が別だ。いくら違うとはいえ、どこか姉さんと似ているところのある男だ。これからの部活動を想像するとぞっとする。

 

「ああそれと、あまり彼に踏み込み過ぎるな。中途半端に知っても、彼を壊すだけだ」

「?壊す?」

「……いや、何でも無い。それより下校時刻だ。さっさと帰りたまえ」

「はあ。……それでは、失礼します」

 

 そう言い、職員室の出入り口まで向かうと静かに退室する。

 

「……いつか、話してくれるだろうか」

 

 平塚先生が何か言っていたが、独り言のように小さく聞き取れなかった。



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心を殺した少年は、もう一人面白い少女を見つける。

 雪ノ下を言い負かした次の日。俺が奉仕部に入ってから初めての依頼を受けている。その依頼とは、クッキーを渡したい人が居るので作るのを手伝って欲しいというものだった。正直言ってこの手の相談は面倒くさいだけだが、雪ノ下が受けてしまったために俺も手伝うことになる。……まあ、家に居ても居場所無いしいいんだがな。

 

 そんな訳で、俺と雪ノ下、そこに依頼者の由比ヶ浜結衣を加えた三人で家庭科室に来ている。何故か由比ヶ浜が俺のことを知っていたりヒッキー呼ばわりしてきたりと色々あったが特に問題は無く、案外すんなりと家庭科室の使用許可が降りたため、今からクッキー作りを始める。

 

「早速始めましょうか」

「うん!よろしく雪ノ下さん。……後、ヒッキーも」

「別によろしくせんでいいぞ」

「あら、あなたにも手伝って貰うわよ。奉仕部の一員なのだから働きなさい」

「へーへー分かりましたよ」

 

 そんな訳で、雪ノ下によるお料理教室が始まった。……のだが、

 

「んしょ、うんしょ……」

「違うわ由比ヶ浜さん。もっとヘラで切るように動かすの」

 

 だの、

 

「由比ヶ浜さん、何故桃缶を出したの?まさか入れないわよね?……ええ、そう。絶対に入れないでちょうだい。いえ、コーヒーも入れないわ」

 

 だの、

 

「お願い。言う通りにして。そう。……だから桃缶は必要無いの」

 

 なんて会話が続き、由比ヶ浜によって作られたクッキーではない何か。……物体Xとでもしておこう。

 その黒々しくも禍々しい物体は、人類が、いや、生物が食してはいけないものだと本能的に感じる。……いやいや、最早これ料理の指導とか依頼云々の話じゃ無いぞ。毒物処理だろ。流石に俺でもこれを食う奴には同情……する、と思う。え?何で疑問形なのかって?いや、俺心が死んでるから。

 とまあそんなことを考え、この毒をどうやって処理しようか、どうしたら由比ヶ浜が今後料理しないようにできるかを検討していると、

 

「……比企谷くん、早速仕事よ。味見を死なさい」

「……ねえ、何かしなさいの所に不適当な漢字が当て嵌められていた気がするんだが」

「……きっと死なないわよ」

「……こっち見て言ってね?」

 

 雪ノ下が恐ろしい指示を出してきた。それも、目を背けながら。……いや、これ洒落にならんレベルだと思うんだが。然るべきところに持っていった方がよろしい気がするんだが。

 

「う~いっつもママの料理見てるのに……」

「いや、見てるだけならやってないのと変わらんから」

「ええ。あなたは何故レシピ通りにやろうとしないのかしら?」

「え?桃とか入れた方がおいしそうじゃん!」

 

 あ、これあれだわ。初心者がレシピ通りにやらずにアレンジして、くっそ不味い料理が出来るパターンのやつだ。

 

「はぁ……」

 

 雪ノ下が大きくため息を吐く。……心中、お察しする。

 

「つーかさ、最早これ味見と言うより毒味だろ」

「な!何が毒だし!流石にそこまで……」

 

 …………………………。

 

「やっぱ毒かな?」

 

 俺と雪ノ下は揃って頷く。思わず動きがシンクロしちゃう位には気持ちが揃っていた。

 

「まあ、いいわ。食べてみたら案外普通かも知れないもの。試しても居ない可能性を捨てるわけには行かないわ。……と言うわけで比企谷くん。お願いするわね」

 

 いや、全然揃ってなかった。寧ろ真逆だった。俺、まだ死にたくないもの。

 しかしまあ、流石に死にはしないだろうということで一応味見は……毒味はしておこう。

 そう結論付け、物体Xを口に放り込む。

 すると一瞬で口内に広がる焦げ臭さ。コーヒーの苦味と桃缶シロップの微かな甘味がコラボレーションし、死にたくなる味が広がる。吐き戻しそうな程不味いが、気を失うほどじゃ無いからたちが悪い。

 何とか気合いで飲み込み、すぐさま買っておいたMAXコーヒーを煽る。

 

「はあ、はあ、はあ」

「ヒ、ヒッキー大丈夫!?」

 

 由比ヶ浜が体を支えようとするが、手でそれを制す。

 

「それで、どうかしら。……まあ、聞く必要も無い気がするけれど」

 

 俺をこの状態に追い込んだ張本人が涼しい顔で聞いてくる。……よし、いつか復讐しよう。

 そんな訳で何の感情も伴わない、死んだ眼で雪ノ下の目を覗き込む。三秒ほど見つめあっていたが、気まずくなったのか雪ノ下が目を反らす。……ふっ、勝った。だから何に?

 そんな茶番をぼけっと見ていた由比ヶ浜だが、雪ノ下の咳払いで我に帰る。

 

「んっ、んん。……それで、結局どうだったのかしら?」

 

 ごくり、と由比ヶ浜が唾を飲み込む音が聞こえた。それほどに緊張しているのだろう。何せ、何年間も鍛えてきた俺をここまで追い詰めたクッキー、その制作者だ。ある意味、生半可な実力では無い。

 

「端的に言うと超不味い。こんな不味いクッキー俺にはどうやっても作れない。ある意味才能だ」

「……そっか。えへへ、やっぱりあたし料理とかそういうの向いてないのかな。ほら、才能っていうの?そういうの無いし。それにほら、今時みんな手作りとかしないって言うし。……えへへ、ごめんね。やっぱ依頼は取り消すよ」

 

 ……ま、結論としては妥当だろ。このまま終わらせてさっさと今日のトレーニングを始めたい。

 しかし、だ。雪ノ下はどう動くだろう。平然と世界を変えるだなんて言えるやつだ。才能の有無を持ち出されたら黙っては居ないだろう。それに、ここで動かなければただのつまらない奴でしか無い。もしそうだったら俺がここに居る理由も意味も無くなる。

 そして、雪ノ下の返答は期待通りの面白いものだった。

 

「ふざけないで」

「へ?」

「才能が無い?ならあなたは才能を羨めるほどの努力をしたのかしら。最低限の努力もしない人間に才能を羨む資格は無いわ」

「い、いや、その」

「それに、周りがどうだとか自分が出来ないことの遠因を他者に求めないで。それと、あなたのその人の顔色を窺うような態度、やめてくれるかしら。見ていてとても不愉快だわ」

 

 その言葉に由比ヶ浜は俯いていたが、

 

「…………かっこいい」

「は?」

「何か建前とかそういうの全然言わないんだね!」

「え、いや、その、話を聞いていたのかしら?結構きついことを言ったつもりなのだけれど」

 

 ふむ。あのぐらいが『結構きつい』のラインなのか。だとしたら俺はこれまでかなりやばいことを言ってきていた訳なのか?精神崩壊させてる奴も居たし。いやまあ相手は選んでたけども。

 

「あー、まあ言葉は結構きつかったしぶっちゃけ引いたけど……なんてーの、何か本音~って感じがするの。だから、うん。ごめんなさい。次はちゃんとやる」

 

 ほーん。こんな奴も居るんだな。何だよ。この学校面白い奴等で溢れてんじゃん。へー、これで当分は退屈を凌げそうだ。

 

「……ええ。ちゃんと教えるわ」

 

 雪ノ下もこいつの態度には驚いていたようだが、どうやら本気になったようだ。さっきまで手を抜いていた訳では無いが、二人とも明らかに顔つきが変わっている。

 ならば、俺も少しサービスをしよう。

 

「二人とも、一回外に出てくれるか」

「……何故?」

 

 雪ノ下が訝しむが、俺は特に答えるでもなく、

 

「本当の手作りクッキーって奴を見せてやりますよ」

 

 後で聞いたが、この時の俺の顔はさながら狡猾な魔王のようだったと言う。



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心を殺した少年は、そのクッキーに思い出を幻視する。

「……比企谷くん、これが本当の手作りクッキーだと言うの?」

「なんか焦げててあんま美味しくない」

 

 五分経過し、俺が用意したクッキーを食べた二人から言われた感想はこんなところだ。……まあ不味いのは当たり前だろう。

 

「……ま、そうだよな」

 

 そう言って、わざとらしい程に落胆した表情を作り、クッキーを捨てようと生ゴミの袋に突っ込もうとする。 すると由比ヶ浜が、

 

「あ、ま、待って!そんな捨てるほど不味かったわけじゃ……」

「いえ、この味は最早クッキーへの冒涜ね。全世界のクッキーに謝りなさい」

 

 ……うん。期待してたのは由比ヶ浜のフォローだけなんで雪ノ下さんはちょっと黙っててくれません? だが俺の願いが届くはずもなく、俺を攻撃する材料を見つけた雪ノ下はとてもとても嬉しそうだ。しかしその笑みには、俺がこれまで受けてきた醜悪で残酷な性質は見えない。どこまでも雪ノ下雪乃という人物は俺を退屈させてくれないようだ。しかし雪ノ下の発言は少し間違っている部分がある。

 

「そりゃあこれは由比ヶ浜が作ったクッキーだからな。全世界のクッキーへの冒涜にもなるだろうよ」

「は?あなたは何を……」

 

 そこまで言ってようやく気づいたようだ。さっきのあれをこいつらに食べさせて良いものかと一瞬迷ったが、倒れたら倒れたで面白そうだしいいかと思いこいつらに食べさせたのだ。……や、何で倒れないのん?俺が食ったのがたまたま物凄く不味かったのか?昔からそうだが俺って本当に運が無いよな。それともこいつらが異常に強いのか。まあ俺が人の事異常とか言ってられないが。

 

「……えっと……あたしのクッキー、そんなに不味かったかな」

 

 由比ヶ浜が物凄く落ち込んでいる。雪ノ下が歯に衣着せぬ言い方をするのは分かっていたはずだが、流石にここまで言われると傷つくらしい。俺はそうでもないが。

 

「い、いえ、由比ヶ浜さん。別に本気で言っているわけでは無くて。そ、そう、そこの男に騙されただけなの」

 

 ここにきて全力の責任転嫁。いっそ清々しいほどの丸投げである。いやまあいいけどね?けどあんまりやり過ぎると怒っちゃうぞ~、みたいな?……まあ無言で圧力かけた方が面白そうだが。

 

 まあそれはそれとして、今はさっさと依頼を終わらせよう。

 

「まあ俺のせいでも何でも良いんだが、説明していいか?」

「え、ええ」

「あ、そうだよヒッキー。あたしの料理が不味いのは分かったけど……」

 

 そう言って、雪ノ下に慰められ復活した由比ヶ浜が俺に疑問をぶつけてくる。まあ自分の料理を散々扱き下ろされた上に、自分で作ったとはいえ不味いクッキーを食べさせられたことに何の意味があるのか分かる筈も無いだろう。

 

「……これは俺の友達の従兄弟の友達の話だ」

「は?」

「いいから聞け。……俺の友達の従兄弟の友達……仮にH・H君としておこう、はよくいじめられていた。そのせいか、誰も立候補しなかった学級委員長なんて仕事を押し付けられた。まあそんな状況で立候補する女子なんざ居る筈もなく、役職の押し付け合いで揉めに揉めた。その時、ある一人の女子が立候補した。それだけならまだしも、H・H君に向かって『一年間よろしくね~』などと言ってきたのだ。しかもそれからと言うもの、ちょくちょく話しかけてくるようになった。まだ夢見がちな少年だったH・H君は期待に胸を膨らませた。……これ、俺の事好きなんじゃね?、と。そしてH・H君は意を決してその女子に『ね、ねぇ、好きな人って居るの?』『え~恥ずかしいよ~』『イニシャルだけで良いからさ』『……H』そこまで聞いて俺のテンションは柄にもなく上がってしまった。そして俺は最後の質問をする。『それってさ……俺?』『……は?何言ってんの?キモいんだけど。近寄らないで』そして俺の期待は裏切られ、翌日からナル谷というあだ名で親しまれることとなるのだった」

 

 そこまで言い切り、雪ノ下と由比ヶ浜に視線を向ける。……あれ?伝わんなかったか?

 

「……それでその話のどこが説明になっているの?」

「H・H君て誤魔化してたのに結局俺って言っちゃってるし……」

「ちょばっかてめえ。友達の従兄弟の友達のH・H君の話だよ。断じて俺じゃねえ」

 

 うん。このテンポの良い会話、結構気に入った。

 

「いいから早く説明しなさい」

「へーい。まあ要するにな、男ってのは恐ろしく単純でバカな生き物なんだよ。話しかけられれば気になるし、メアドを手に入れた日には携帯を手放せなくなるもんだ。まあ個人差はあるだろうが。……そんなわけで、手作りクッキーなんてのはその娘が自分のために作ったって事実が嬉しいもので、多少焦げてようが不味かろうが問題じゃない。むしろベター。つまりだ。多少不格好でも、お前みたいな美少女に手作りクッキーなんて渡されたら男心も揺れるんじゃねーの」

 

 ま、そんな気持ちで居られたのも今となっては随分と昔の事だ。そんな風にどんな感情も、どんな感傷も、どんな痛みも割りきってしまえる様になった俺は、周りから見れば確かに異常だろう。

 

「……ヒッキーも揺れるの?」

「あ?俺?……さあな。貰ったこと無いから分からん」

「なにそれ……」

 

 そんな異物である俺が、数少ない楽しい思い出を未だに忘れられないのは何故なのだろう。考えても答えは出ない。

 

「でも、そっか……雪ノ下さん!あたし、自分のやり方でやってみる!」

「そ、そう」

「うん!ヒッキー、雪ノ下さん、ありがとう!」

 

 そう言って由比ヶ浜は家庭科室を出ていく。その時の由比ヶ浜は、最初に見せたおどおどした感じを微塵も出さず、愚直なまでに真っ直ぐに見えた。そんな姿勢を眩しく感じ、そんな風に感じた俺に、俺自身が驚愕する。

 

 そして、何年間も狂気を押さえ続け、結果異常なほど強大に成長した理性が俺に諭すのだ。お前はもう普通じゃない。ただの狂人だ。だからあの真っ直ぐさを羨んではいけないし、近づいてはならない。あれは、お前が壊して良いほど無価値なものでは無い、と。

 それは実際その通りだろう。けれど、狂った人間でありながらも、理性を未だに強いまま残し、狂人になりきれない中途半端な俺にはどうしようもなく眩しく見えるのだ。俺がとうの昔に捨てた純粋さを未だにその身に宿す彼女は、おそらくとても強いのだろう。

 何にせよ、失ったものは戻らない。だから俺は、羨ましいと思ってもどうすることもできない。

 俺に出来るのは、恐ろしく矛盾を抱えた自分自身を縛り、護り続ける理性という鎧を着け続けること。

 そしておそらくその為には、あの思い出を忘れてはならないのだ。俺がまだまともだったころの、優しい記憶。何故このタイミングで思い出したのかは俺にも分からない。

 けれど俺は、今日の風景をあの思い出に重ねている。それは俺にはあり得ないことで。けれど不思議と、悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そういや由比ヶ浜、片付けして無いな。



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心を殺した少年は、生まれて初めて感謝をされる。

今回は短めです。


 由比ヶ浜の依頼を終わらせて一週間が経った。部長さまは本人の成長の為に最後までやるべきとか何とか言ってたが無視した。

 何はともあれ俺の奉仕部としての最初の依頼は無事(?)に終了した。……はずだった。

 

「やっはろー!」

 

 劇毒料理人こと由比ヶ浜が、あほくさい挨拶をかましながら奉仕部へとやってきたのだ。……なして?いやまあ面白そうだから放っとく気は無かったがな?まあ来ることは良いんだよ。でもさっきから嫌な予感がビンビンするんだよ。

 

「……何の用かしら。依頼なら一応解決したはずだけれど」

 

 そんな俺を尻目に、いつもより(といっても俺に対しての罵倒に比べればましだが)刺を含んだ言葉で雪ノ下が対応する。

 

「あ、あれ?何か歓迎されてない?雪ノ下さん、あたしのこと……嫌い?」

「いえ、嫌いでは無いわ。そうね。少し苦手……かしら」

「ちょ、それ女子言葉じゃ同じことだからね!?」

 

 まじかよ女子こっわ!じゃああれか、女子の言う可愛いとか綺麗とか大半がお世辞だったりするのか。などと怯えてみたが俺のほうが女子に怯えられる側でした。てへ。

 

「それで何か用かしら」

「あ、そうそう。クッキー作ってきたんだ!この間のお礼!」

「いえ私今食欲が……」

「あ、それでねゆきのん!これからちょくちょくここ手伝うから!」

「いえ私は……」

「いやーこれもお礼だから!だから気にしないで!」

「だから私は……」

「あ、ゆきのん!明日からここで一緒にお昼食べよう!」

「いえ、あの……」

「あとね、ゆきのん!」

 

 ……すげー。ガハマさんぱねぇ。雪ノ下をマシンガントークで抑えてる。こんなのが雪ノ下のお友だち候補とは……。がんば、雪ノ下。

 そんな訳で俺は部室から出て行く。べ、べつに雪ノ下と由比ヶ浜の位置がやたらと近くて百合百合しくて居づらかったとかじゃないんだからね!

 ええそうです早く今日のトレーニングをやりに行きたかっただけです。

 そんな訳で廊下をすたすた歩いていると、後ろでガラッと扉が開けられた音が、次いで何かが飛んでくる気配がする。

 その投げられた何かを迎撃するために、振り向き様に裏拳を叩き込もうと体を半回転させるがその飛んでくる『何か』を視界に入れた瞬間、これをここでぶちまけたらヤバイと判断し受け止める。その『何か』とは――『由比ヶ浜の』クッキーである。

 あっぶねー。もしここで迎撃してたら俺死んでたかも。主にクッキーから発される悪臭で。

 それはまあ冗談として、流石に人様が努力したものを粉々にしたいほど狂っている訳では無い。むしろ健全に努力する人間を見るのは好きだ。

 そう思うのは、もう俺が健全では無いからだろうか。

 

「……ナイスキャッチ」

 

 俺の一連の動き(と言っても一瞬だが)を見た由比ヶ浜はそんなことを言う。

 

「……どうも」

 

 そう答えながら何のつもりかと由比ヶ浜に視線だけで尋ねる。

 

「あ、えっと……一応、お礼。ヒッキーも手伝ってくれたし」

 

 俺にお礼など怪しいとしか思えないが、こいつからはそういった感情が見えない。……まさか、本当にお礼をしようってのか?

 珍しい奴もいたもんだ。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

「……けっ、あいっかわらず禍々しいこって」

 

 俺は今ベストプレイスに居る。由比ヶ浜から貰ったクッキーを取りだし、最初に出た言葉はそんなものだった。

 今日俺は生まれて初めて人に感謝された。未だに実感は湧かないし、何か感情が沸き上がってくるわけでも無い。

 

 ごりっ、

 

 と一口クッキーを食べる。真っ黒なハート型をしたそのクッキーは、見た目と臭いの通り物凄い味がした。常人ならすぐさま吐き出してしまうような味だ。けれど不思議と、そのクッキーは無性に美味しく感じた。



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心を殺した少年は、攻撃の意思を固める。

 動物とは基本、群れるものである。別にそれ自体は悪いことでは無い。生存本能に乗っ取った至極真っ当な行動だろう。群れの一部を犠牲に、その他大勢が救われる。それは子孫を残す、ひいては種の存続をはかるのなら間違っていない。けれどそれは独りでは生きることさえままならない弱者の行動であろう。草食動物(非リア)肉食動物(リア充)から逃れるためにはリア充共の言葉に従い、生け贄を差し出し、見逃してもらうしか無いのだ。

 このように、群れるという行動は個にとって何の益ももたらさない。

 しかしそれは先程も述べた通り、弱者の行動だ。しかもこの行動は、肉食動物(リア充)にも見られる。だとするなら、本当の強者とは肉食動物(リア充)などでは無く、俺のような影の支配者(ぼっち)ではないだろうか。

 誰の助けも必要とせず、依る辺無くして立ち、日々の努力を欠かさず、全てに備える。その姿勢は熊に通ずる物があるのでは無いか。

 熊は徒党を組まず、ただ己の力で以て自らの生を掴み取る。独りで生きることに何の不安も感じてはいないのだ。自らの糧を自らの力で得る。それは当たり前のことだが、その当たり前を実行できるものなんてほとんど居ない。だが、その人間ができないことを熊のような孤独な動物達はいとも簡単にやってのける。

 だとするなら、人はどんな動物よりも下等なのではないか。

 

 結論を言おう。下等な人ではなく、熊になりたい。

 

 

 

 ****

 

 

 

「誰が人間の生態について書けと言った」

「はあ」

 

 ただ今、絶賛怒られ中である。何故かって?ノリと勢いで書いたレポートと提出用のレポートを間違えたのだよハッハッハッ。はぁ、めんどい。

 

「ていうか、先生って生物の講師じゃ無いでしょう」

「私は生徒指導の教員でもある。故に、君のレポートについて丸投げされたのだ」

「若手だから?」

「ふ、ははは、そうだ比企谷。私は若手だからな。はっはっはっ」

 

 ちょろい。

 

「はぁ、まあそれはそれとしてだ。これのどこが野生動物の生態なんだ」

「はあ。大抵の人間はそんなもんでしょう。まあ若干ふざけながら書きましたが」

「……はぁ。第一君は群れることを悪のように書いているが……」

「先生も独りだから同士かと思ったんですが」

「……ほう。私のどこを見て独りだと言うのかね?」

「いえ、なんでもありません」

 

 やばい。あの目は流石にしゃれにならん。本気で殺りに来てた。……先生に独身ネタ振らないようにしよう。まだ死にたくない。

 

「はぁ、まあもうこれについては良い。再提出だ」

「りょーかいっす」

 

 もう用は済んだとばかりに職員室からさっさと出ようとするが、平塚先生に話しかけられてしまう。……んだよこちとら貴重な休み時間消費して来てやってんだぞ。あ、自業自得?そうっすね。

 

「そういえば、先日の依頼は解決したのかい?」

「ええまあ。本人は納得したみたいです」

「そうか。なら良かった。ところで君から見て、雪ノ下はどんな奴だ?」

 

 ふむ。『どんな奴』、か。だとするなら答えは決まっている。

 

「不器用で危なっかしくて面白い奴、ですかね」

 

 そう答えるが、その答えがよほど意外だったのか平塚先生は口をポカンと開け絶句している。おーい、せんせー。帰って来ーい。

 

「……はっ、いや何、少し君の答えが意外だったのでな」

 

 そこまでおかしなこと言ったかね?……まあ会ってからほとんど経ってないのにこんなこと言い出したらおかしいわな。多分。知らんけど。

 

「……それで、どういう意味だい?」

「……知ってるでしょ、あいつの目標」

「あ、ああ」

「あいつが変えた世界を、見てみたいって思ったんすよ。……ま、要するに暇潰しです。では」

 

 そのまま職員室を出て、アウェーである教室へと向かう。何故かは知らないが、面倒が起こると俺の勘が騒いでいた。

 

 

 

 ****

 

 

 

 チャイムが鳴り、四限が終わる。一気に弛緩した空気が漂い、ある者は購買に走り、またある者は机をがたがたと動かし昼食を広げる。田原だか小田だかがゲームの話で盛り上がる。金髪爽やか系イケメンと、金色のドリルを頭に装着した女王様を中心とするリア充(笑)が騒ぎ出す。

 

「今日は部活あるし無理かな……」

「えー、一日くらい良いっしょ。あ、今日ねサーティーワンがダブルで安いんだよ。あーしチョコとショコラのダブル食べたい」

「それどっちもチョコじゃん」

 

 そんな突っ込みでも笑いが生まれる。些細なことで笑えるのは良いことなのかもしれないが、ここまで配慮に欠けた高笑いをされると煩い。というか由比ヶ浜、お前もそこのグループに居たのな。昨日の勢いはどうした、笑ってるつもりなのかもしれないが超笑顔がぎこちない。何かを話そうとしている様に見えるが、中々切り出せないようだ。うーん。期待はずれだったのか?あいつからは雪ノ下とは違う面白さを感じたが……俺の目も曇ったな。

 

「悪いけど、今日はパスな」

 

 無駄に爽やかなリア王(笑)がやんわりと苦笑いをしながら断る。金髪ドリルはそれでもごねるが、リア王(笑)の発言を補強するように、茶髪にヘアバンドを装着した見るからにチャラい男が、

 

「俺ら、今年はまじで国立狙ってっから」

 

 は?まじで?国立(くにたち)じゃなくて国立競技場のこと言ってるのか?

 何、こいつらってアホなの?頭の中お花畑すぎて笑える。本気で国立目指してる奴はそんな軽々しく国立国立言わないから。はぁ~、進学校ならレベルの低い人間も少ないかと思ったがそんなことは無かったようだ。まあ去年から分かってたが。

 

「くはっ……」

 

 いやーもうね、俺凄いこと言ってるぜアピールが滑稽すぎてクソワロタ。ドヤ顔が面白すぎてウケる。

 

「それにさー、ゆみこ。あんまり食べ過ぎると後悔するぞ」

「あーしいくら食べても太らないし。あ~、やっぱ今日も食べまくるしか無いかー。ね、ユイ」

「あーあるある。マジで優美子スタイル良いよね~。でさ、あたしちょっと今日予定あるから……」

「だしょ?やっぱ今日食いまくるしかないでしょー」

 

 金髪ドリルに追従するようにどっと笑いが起きる。けれどその笑いは後から付け足されたように空虚で、偽物だ。そんなつまらない奴達の会話でも、やたら声が大きいせいで聞こうとせずとも耳に入ってしまう。

 そんな煩いリア充(笑)共の中で、リア王(笑)が誰からも好かれる笑顔を浮かべる。……ちっ、どこまでも気に入らん。

 

「食べ過ぎて腹壊すなよ」

「だーかーらー、いくら食べても平気なの。太んないし。ね、ユイ」

「やー、優美子ホント神スタイルだよねー。脚とかすっごいきれい。で、あたし用が……」

「えー、そうかなー、雪ノ下さん?て子のほうがやばくない?」

 

 自分を必ず肯定する存在に囲まれた中で、あえて群れの外の人間を褒める。そうすることで更に自分を肯定させ、自尊心を満たすのだ。実に下らない。

 

「あー、確かにゆきのんはやば」

「……………………………………………………」

「あ、でも優美子のほうが華やかというか……」

 

 金髪ドリルが眉をピクッと動かすと、それを察知した由比ヶ浜がすぐにフォローをする。……なんかもうね、由比ヶ浜が可哀想になってきた。

 だがそのフォローでも女王の機嫌は取り戻せなかったらしく、目がますます細められる。するとその緊迫した空気を察したのか、リア王(笑)が、

 

「ま、良いんじゃない。俺も部活の後なら付き合うよ」

 

 とフォローを更に入れる。こうまでせにゃならんとはリア充というのは相当に面倒くさいものだ。だがそのお陰で女王の機嫌も直ったようで、「おっけ、じやあ後でメールして」などと何事もなかったかのように振る舞う。ひとまず由比ヶ浜の発言は流されたようだ。

 

 と、由比ヶ浜と目が合う。すると由比ヶ浜は何かを決意するかのように深呼吸をする。

 

「あ、あの、あたし今日行くとこあると言うか……」

「あ、そーなん。じゃ飲み物買ってきてよ。レモンティー。あーし今日パンだしお茶無いときついじゃん?」

「あ、や、それはどーだろーというか、あたしお昼まるまる居ないからそれはどーだろーというか……」

 

 すると、金髪ドリルの顔が硬直する。まるで飼い犬に噛まれた様な表情だ。……益々気に入らねぇ。

 

「は?ちょ、それ何?ユイこの前もそんなこと言って放課後バックレたじゃん。最近付き合い悪くない?」

「やーそれはやむにやまれずというか、私事で恐縮ですというか……」

 

 どこのリーマンだお前は。だがそんなしどろもどろのはっきりしない答えが火に油を注ぐことになったようだ。

 

「あんさー、それじゃ分かんないから。あーしら友達でしょ?そういう隠し事?とか、良くなくない?」

 

 由比ヶ浜はしゅんと俯いてしまう。金髪ドリルの言っていることは字面だけ見れば綺麗だが、その実強要でしかない。友達である以上隠し事をしてはならない、それができないなら友達ではない。そう声高に主張しているのだ。……本当にここ進学校かよ。人間としてのレベルが低すぎやしませんかね。

 

「ごめん……」

 

 下を向いていた由比ヶ浜は恐る恐る口にする。

 

「だーかーらー、ごめんじゃなくて。何か言いたいことあるんでしょ?」

 

 そう言われて言える奴なんか俺ぐらいだ。こんなのは会話がしたいのではなく、ただ攻撃したいだけなのだ。

 

「あんさーユイのために言うけど、ユイのそのはっきりしない態度、結構イラッとくんだよね」

 

 爪で机をカツカツしながら、なおも金髪ドリルは吠える。……あー、うるせー。ここまで教室静かにしたんだから最後まで静かにしてろよ。つーかそれ、由比ヶ浜のためとか言ってるが、ただ攻撃したいだけだろ。まじで人として恥ずかしくないのかね。

 さて、もしかしなくても由比ヶ浜の用事とは雪ノ下との昼食だろう。雪ノ下の性格からして、そろそろ時間に遅れた由比ヶ浜を呼びに来るはずだが……俺も攻撃しなきゃ気が済まんな。

 そういうわけで、攻撃開始。



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心を殺した少年は、少しやり過ぎてしまう。

 さて、攻撃を仕掛けるのなら早くした方がいい。雪ノ下が来たら攻撃どころか殲滅だし。 そんなわけで 、俺は颯爽と立ち上がり……はせず、この十六年間で培ったステルス機能を全開にし、金髪ドリルの後ろにスルッと現れる。

 

「……ごめん」

「またそれ。何なの?何か言えない様なことしてるわけ?」

「うるせーなお前ら、黙ってろよ」

「「「「「「「!?」」」」」」」

 

 おうおうやっぱ気づいてないのな。流石俺のステルスは優秀だ。優秀すぎて誰にも認知されないまである。たった今認識されたけど。

 

「は、は?あんた誰だし」

「あ?んなことはどうでも良い。俺はお前らがギャースカギャースカ騒ぐから注意しに来てやってんの。内輪揉めは見てて楽しいが、俺の静かな昼休みを壊すなら容赦せん」

 

 今までこんなことを言われた経験が無いのか、リア王(笑)と金髪ドリルとその他大勢は揃いも揃って呆けている。

 

「あー、えっとヒキタニ君?煩くしたのは謝るけど、これは俺達の問題だからさ」

「あ?ヒキタニって誰だ?ていうか誰お前。つーか問題だって認識してんならこの低能な女王猿の威嚇宥めろよ。延々と聞かされるこっちの身にもなれ」

「なっ……」

 

 教室から逃げ遅れた奴等に緊張が走り、何をしているのかと咎めるような視線が俺を貫く。まあそりゃそうだわな。関係ないその他大勢の級友(笑)達からすれば、 俺はトップカーストの揉め事に油をリットル単位でぶっこんだ奴にしか見えないからな。

 

「はあ!?何なのあんた。ていうかあんた何様のつもり!?あーし今ユイと話してんだけど!」

「ほーん。随分と特殊な会話だな。俺にはお前が一方的にキイキイ叫んでるようにしか見えなかったが」

「はあ!?さっきからなんだし……!」

「ま、まあまあ二人とも。そんな喧嘩腰になるなって。な」

「あ?だから誰お前。そもそもフォローするなら問題が起きる前に、少なくとも起きた直後にしろ。俺が介入してきてからフォローするなんて意味が無い。先に解決しなけりゃならん問題が目の前にあんだろ」

「は?あんたさっきから何が言いたい訳?」

 

 おー怖い怖い。金髪ドリルが睨んでくるぜ。にしてもこいつ話を促す様なこと言ってるが話を聞く気は無いからある意味すごい。

 いきなり現れた俺に、由比ヶ浜はおろおろしている。こんなことをして大丈夫なのかと、気遣わしげな視線を送ってくるがこの程度余裕である。むしろ余裕すぎて欠伸が出るまである。

 そして金髪ドリルの前に移動し、

 

「あ?何が言いたいかって?まあ要するに、会話すらできない猿の癖に俺の昼休みを煩くするな、ってことだな。まあお前らが仲間割れしようがどうでも良いが、人の話聞けない奴は嫌われるぞ。ソースは俺」

「なッ!ざっけんな!!」

 

 激昂した金髪ドリルが平手打ちをしようと乗り出すが、俺の顔に当たる前に左手で掴み、逆に捻り上げる。

 

「痛っ、は、離せ……!」

 

 跡は残らないが、振りほどけないぐらいの力で金髪ドリルの手を捻り上げる。

 

「ほーん、面倒くさくなったら暴力で解決?さすがリア充はやることが違う。しかも先に手を出したのはお前だろ?つまりこれは正当防衛。よって離す必要は無い。なあ、そうだよな。お前達も見てたよな?」

 

 そう言って、俺はこの場を支配していることに少しの優越感を得、愉悦に顔を歪ませる。すると、それを近くで見ていた由比ヶ浜を除くトップカーストの連中が小さく悲鳴を上げる。……おいおい俺の顔はそんなにキモいか。

 すると、そんな空気を壊すように由比ヶ浜が、

 

「ヒ、ヒッキー、それぐらいにしてあげて」

 

 と、俺を制止する。由比ヶ浜の目は若干潤んでいたが、その目からは強い意思が見える。……ふむ。どうやら俺はやりすぎたようだ。

 そう言われ、俺は素直に手を離す。金髪ドリルは涙目になりながら俺を睨み付けてくるが、腐りを通り越して死んじゃった目で睨み返すと悲鳴を上げながら俯いた。……なんか楽しいなこれ。

 すると、教室の扉が開き雪ノ下が現れる。恐らく由比ヶ浜を呼びに来たのだろうが、この教室の異様な空気に気付くと少し戸惑ったような表情をする。

 

「……由比ヶ浜さん、何があったのかしら」

「あー、えっと……」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜が話している間に、教室から逃げ遅れたやつらがそそくさと出ていく。一人俺を心配げな目で見てくる奴が居た気がしたが気のせいだろう。俺を心配する奴なんか居るわけ無いし。

 

「……まあいいわ。用が済んだらすぐに来なさい。先に部室に行くわ」

 

 由比ヶ浜の態度と俺の立っている場所と周りの状況から色々察したらしい雪ノ下は、そう言って教室から出ていってしまう。

 そして俺も教室から出ていこうとするが、

 

「ヒッキー、後で話あるから」

 

 と由比ヶ浜に止められてしまった。どこか咎めるような声色に少し驚くが、どうやらこいつは予想通りおもしろそうな奴で少し安心する。

 自分を責めていた相手がやられても、喜ぶどころか逆に心の底から心配する。それはこれまで俺が見てきたものとは全く違うものだ。由比ヶ浜の優しさは長所だが、それは甘さでもある。いつかその甘さ故に傷つくこともあるだろうが……雪ノ下を強くするためには由比ヶ浜は必要不可欠だろう。だとするなら、俺が暇潰しついでに構っても問題ないだろう。いや、あるか。

 

 そんなことを考えながら由比ヶ浜の呼び出しに頷き、教室を出ていく。そして、昼休みが始まってから結構経っていることに気づく。あー、こりゃ購買行ってもパンなんか無いな。

 たまたま弁当を忘れてしまった今朝の俺を呪いつつ、ベストプレイスに向かって歩き出した。



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心を殺した少年は、弱くて強い少年の想いを知る。

 あの後由比ヶ浜と雪ノ下に放課後一杯説教をされ、どこから伝わったのか平塚先生に絞られたが、どうにかこうにか家に生きて帰ることができた。いやまあこれ位でくたばるような鍛え方はしていないが。

 

 その後も日課の筋トレやらランニングやら家事やら何やら(+学校と部活)で日々を過ごし、今年は受験生となる妹を影から全身全霊全力全開でサポートする。

 そして由比ヶ浜が恐らく初めて本心を仲間(?)に話した日から一週間が過ぎ、俺の学校での評価が、地味なぼっちから頭おかしいぼっちへと変更された。いやまあ頭おかしいのは自覚しているんだが、じろじろちらちら見られるのは些か居心地が悪い。しかもそれだけで無く、あの日の昼休み以来恐怖の視線以外の視線を幾つか感じるようになったのだ。……おかしい。これまでこんな視線は感じたことがない。確かに俺が中学生の教室で攻撃してきた奴を返り討ちにしたときとは状況が違うが、その程度の差違でこれほどの差が生まれる筈がない。はっ、これがリア充共の能力(ちから)なのか……。

 さて、この視線というのを少し分析しよう。これは人の恐怖や害意などの負の感情に端を発するものでは無いだろう。その手の視線を俺が間違える筈が無いのだ。かと言って、これが善意や厚意などというものでもあるまい。俺が見ず知らずの人間にそんな視線を投げ掛けられる理由が無い。というかクラスメイトを見ず知らず扱いとか俺も大概だな。

 

 

 閑話休題。

 

 

 思わずそんなことを考えてしまうほど、そいつの印象は大きかった。ついでに言えば腹も大きかった。

 

「クククッ、まさかこんなところで出会うとは驚いたな。―――待ちわびたぞ。比企谷八幡」

「……はぁっ?」

 

 大して寒くもないのにコートを羽織り、黒い指ぬきグローブを嵌めた廚二病(多分)の男が居た。……無許可で。その佇まいはさながら不審者であった。俺が言うのもなんだが。

 

 その日、俺は最早ルーチンの一部となった部活に行くべく部室へと向かっていた。そしてそこで俺を待っていたのは二人の女子生徒、雪ノ下と由比ヶ浜である。こう書くと俺が来るのを二人で待っていたようだがもちろんそんな筈もなく、二人は登場した俺と部室を何度か見比べ、俺を無言で部室へと押し込んだ。

 そして、さっきのところに繋がるのである。

 

「向こうは貴方のことを知っているようだけど」

「いや俺にはあんな知り合い居ない」

 

 それどころかクラスメイトや先生のほとんどを知らないまである。

 

 

 

 ****

 

 

 

 その後、俺を生け贄にしようとしていた二人が安全だと分かるや否や、何事も無かったかのように部室へと進入する。その清々しいほどふざけた行動に若干イラッと来たが、これはこれでおもしろそうなので特に何も言わず雪ノ下と廚二野郎の会話を見守る。いやまあ廚二野郎がずっと俺の方を向いているからというのもあるのだが。

 

 廚二野郎の話を要約すると、廚二野郎の名前は材木座義輝。俺は覚えてなかったが体育でペアを組んだことがあるらしい。そしてこの間の昼休みの事件での下手人が俺だと知り、俺に相談をしようということらしい。どうもあの時俺が動いたのは由比ヶ浜を守るため、ということに一部ではなっているらしく、材木座は少なくとも俺は悪い奴じゃないと思い俺に相談をするため奉仕部に来た、ということらしい。

 

「そんで、相談ってのは何だ?」

「ムハハハハ、ようやく聞きおったな!中々話しかけてくれぬから嫌われたかと思ったぞ!」

「じゃ」

 

 こういう面倒くさいものには関わらないことが大切だ。無駄に体力を消費する必要は無い。

 

「ま、待て、待ってくれ!こんなことを頼めるのはお主だけなのだ!頼む!」

 

 さっきまでのふざけた雰囲気は何処へ行ったのやら。材木座はやけに真剣な瞳で俺を見てくる。つまらない奴は嫌いだが、こいつは少なくとも金髪ドリルたちよりは面白そうだ。

 

「はぁ、さっさと話せ」

「うむ!」

 

 

 ****

 

 

「……小説ねぇ」

 

 親に本を買って貰う経験なんて無い俺からしたら、家で小説を読むというのはかなり珍しい行為である。本なんか図書館ぐらいでしか読んだことがない。

 そんな俺が読んでも分かるほど、材木座の小説は酷いものだった。材木座の小説はライトノベルというジャンルのものだ。そこまでライトノベルに詳しいわけでは無いが、これは幾らなんでもつまらなすぎでは無いだろうか。ライトノベルが全部こんな感じなら俺絶対読まないぞ。

 

 そんな決意を固めていた昨日の夜のことを思い出しながら部室へと向かう。今日は材木座が感想を聞きに来るらしい。由比ヶ浜はどうやら読んでいなかったようだが。

 

「うーっす」

「…………」

 

 返事が無い。遂に無視されるようになったかーと思ったが、どうやら雪ノ下は寝ているだけのようだ。そりゃあ材木座のラノベ(あんなもの)を夜遅くまで読まされたら眠くもなるだろう。

 そう考え、雪ノ下を起こさないように静かーに席に着く。うーん、こいつ黙ってれば可愛いのにな。と、そこにやっはろー、と謎の挨拶をかましてくる由比ヶ浜が入ってくるが、雪ノ下に気づき慌てて口元を押さえる。すると流石に起きてしまったのかゆっくりと顔をあげ、俺の顔を見つけた瞬間、

 

「……驚いた。貴方の顔を見ると一瞬で眠気が吹き飛んだわ。その死にきった眼でも役にたつことがあるものね」

「俺はお前の失礼さに驚いた」

 

 や、俺の顔って言うほどひどくないと思いません?え?やばい?そうっすね。

 その後も雪ノ下と由比ヶ浜が百合百合したり、俺が完全に空気になったりして五分ほどが過ぎた頃、件の材木座がモハハハハと謎の笑い声を上げてやってくる。

 

「さて、では感想を聞かせてもらうとするか」

 

 何処からそんな自信が湧いてくるのか、聞く前から既にどや顔をしている。これから巻き起こるであろう酷評の嵐に材木座がどう反応するかが楽しみだ。

 

「えっと、私こういうのはよく分からないのだけれど……」

 

 そう雪ノ下は前置きするが、材木座は鷹揚に頷く。

 

「よい。凡俗の意見も聞きたかったのでな。好きに言ってくれたまへ」

 

 そう、と頷き、

 

「つまらなかった。読むのが苦痛ですらあったわ」

「げはぁっ!」

 

 一刀両断に切り捨てた。

 

「ふ、ふむ。参考に何処がつまらなかったのかご教授願えるか」

「そうね。まず文法がめちゃくちゃだわ。何故いつも倒置法なの?『てにをは』の使い方知ってる?小学校で習わなかった?」

 

 やめときゃ良いのに材木座が自ら追撃を受けに行き、その後も延々とダメ出しされる。見てるこっちが不憫に思うくらい。最初は食いついていた材木座だったが、雪ノ下の口撃が終わってから由比ヶ浜にとどめを刺され、俺が「あれ何のパクリ?」と、オーバーキルをかましたところでぴくぴく痙攣して動かなくなった。……死んでないよな?

 

「ま、また、読んでくれるか?」

 

 約十分後、致命的なダメージから何とか回復した材木座は、あろうことか次回も読んでくれと言い出したのだ。何故そんなことを言い出すのか、この部室の誰も理解できず思わずそろって呆けてしまう。その沈黙をどう受け取ったのか、もう一度同じことを聞いてくる。今度はさっきよりも意思のこもった声で。

 

「また、読んでくれるか?」

 

 熱い眼差しを俺たち(特に俺と雪ノ下)に向けてくる。

 

「お前……」

「ドMなの?」

 

 由比ヶ浜が俺の陰に隠れた状態で材木座に嫌悪の眼差しを向けていた。変態は死ねと言わんばかりだ。いやそうじゃ無いだろ。

 

「けっ、あれだけ言われてまだやるのか?」

 

 これはまた面白いのが出てきたと思い、確認の意味も込めて材木座に問いかける。

 

「無論だ。確かに酷評されたし、もう我以外皆死ねと思ったが、それでも」

 

 と、そこで一度言葉を切り、満足げな笑顔を向けてくる。

 

「嬉しかったのだよ。誰かに自分の作品を読んでもらえる。感想を貰えるというのは良いものだな」

 

 そう言ってもう一度微笑む材木座。それは、剣豪将軍の笑顔では無く、材木座義輝の笑顔だった。

 どうやらこいつは立派な作家病のようだ。書きたいものを書き、それが誰かに読んでもらえたら嬉しい。自分が書いたものが誰かの心を動かせたらなお嬉しい。伝えたいものを見失わない限り、こいつは進み続けるのだろう。例え、目の前が全く見えなくとも。その姿が俺には眩しく写る。そんな信念はとっくに捨ててしまっていたから。だから俺は、それに応えよう。その想いを失った者として。

 

「ああ。読むよ」

 

 読まない訳がない。だってこれは、材木座の根性と情熱の結晶だから。どんなに蔑まされても、見下されても、馬鹿にされても屈しなかったであろうあいつの。俺は既に貫き通そうと思える信念を捨ててしまったから。

 

「新作が書けたら持ってくる」

 

 歪んでても醜くても、それを本気で突き詰められればそれはきっと本物だ。否定されてなお、あいつは書き続けると、また読んでくれと言った。否定されれば絶望し、力で復讐する俺とはまるで違う。だからあいつには変わらずに居て欲しい。変わらなくて良いのだ。

 あの、気持ち悪い部分を除いたら、な。



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心を殺した少年は、べっーの人に攻撃する。

 妹の小町がジャムを塗りたくったパンを、寝ぼけ眼をこすりながら食べている。相変わらず俺と小町の距離感は付かず離れずといったところだが、まあ上手くやっている。小町可愛いし。しかしいくら可愛くても、目の前で口元にジャムをつけながらパン屑を床に落とされては微妙な顔をせざるを得ない。それ掃除するの俺なんだけど……

 

「おい小町、ジャムついてるぞ」

「あ、うん。ありがと」

 

 とまあこんなもんだ。確かに俺はシスコンと呼ばれるレベルに達しているかも知れない。しかし、俺が積極的に愛そうとしてもその愛しかたを忘れてしまったのだからしょうがない。だがまあ嫌われているわけでは無いから関係は良好と言っていいだろう。

 

「……ねぇ、お兄ちゃん」

「……どした」

 

 小町は何か躊躇う仕草を見せる。

 

「その、最近ちょっと帰りが遅くなったからどうしたのかなー、なんて」

 

 聞いていいものか判断が付かなかったのだろうか。小町はえらくおどおどしている。可愛い。

 

「いや、ただ部活に入っただけだよ」

「なんだ部活か……」

 

 納得していただけたようである。それきりまた朝食に戻ったから少し拍子抜けだ。もっと質問攻めをされるかと思っていたんだが。

 

「部活ぅ!?」

「うおっ、何だいきなり」

 

 もそもそと目玉焼きをかじっていた小町が、急に叫ぶ。反応が時間差になるほど俺が部活に入ることは珍しいんですかね。

 

「お、お兄ちゃん大丈夫!?誰かに無理矢理入れられたとか!?またお兄ちゃんが傷つくなんて嫌だよ!」

「落ち着け落ち着け」

 

 ちょっと朝から聞くには声が大きすぎるが、それだけ俺を心配してくれていると思うと嬉しいものである。大切な人に心配されて何も感じないほど屑になったつもりは無い。

 

「安心しろ。入ったのは俺の意思だ。活動内容もボランティア部みたいなもんだし傷つきようが無い」

「……ホントに?」

「おう本当本当」

 

 なおも疑わしげに俺を見つめていた小町だが一応は納得したのか、食べ終えた料理の皿を流しまで運ぶ。そして時計を見て今自分が置かれている状況を知り、ヤバイヤバイと連呼しながら慌ただしく制服に着替え始める。

 

「……おい、年頃の女の子がこんなところで着替えるんじゃありません」

「はーい」

 

 そう言いながらも、小町は俺に見せつけるようにパジャマを脱ぎ、惜しげもなく下着姿を見せつける。別に俺は妹の下着姿に欲情するほど落ちぶれてはいないので特に何も感じない。強いて言えばやっぱり小町は可愛いと言うことか。

 

 そんなことがあった朝の至福の一時もとうに過ぎ去り、今は学校、それも体育の時間である。今月からテニスに種目が代わり、俺のハイスペックを余すこと無く壁打ちに注ぐこととなる。

 

「先生、俺ちょっと調子悪いので壁打ちしてて良いですか。相手にも迷惑かけると思うので」

「ん、あー、良いぞ」

 

 そのために必要なのがこの一連の会話。ここでのポイントは調子が悪い、と迷惑をかける、の二つを使うことである。調子が悪いと言うことで壁打ちの理由を伝え、迷惑をかける、で意欲はあるが迷惑をかけるわけにはいかないという意思を伝える。これによって先生は申し出を断ることが出来ず、ぼっち体育が可能となるのである。後で材木座にも教えてやろう。

 そんなわけで俺は壁打ちに勤しむ。ボールがどこに落ちるかを予測し、落ちる場所を一ヶ所に集中させることで一歩も動かずに壁打ちをする。此、ぼっちテニスの極意也。

 そんな風にいそいそと気分良く壁打ちをしていると、その気分を破壊するようにリア王(笑)のグループの一人、べっーの人が騒ぐ。

 

「やっべー葉山くんの今の球、マジヤベーって。曲がった?曲がったくね?今の」

「いや打球が偶然スライスしただけだよ。悪い、ミスった」

 

 そう片手を挙げて謝るリア王(笑)の声をかき消すようにべっーの人が、

 

「マッジかよ!スライスとか『魔球』じゃん。マジぱないわ。葉山くん超ぱないわ」

「やっぱそうかー」

 

 するとリアお……面倒だから葉山で良いや。葉山はべっーの人に合わせるように楽しげに笑う。その笑顔の中に何も感じられないのは俺だけだろうか。

 葉山グループはいつも騒いでいる印象があるが、いつも騒いでいるのはべっーの人であって葉山が積極的に騒ぐことはほとんど無い。ほんと五月蝿い。べっーべっー五月蝿い。いつか機会を見つけてぼこるか。いやいや後始末が面倒だな……

 

「スラーイス!!」

 

 意外とその機会は早くやって来た。べっーの人が打った球が俺の方へ飛んできたのである。俺はボールの位置を気配だけで察知し、壁にボールを打った勢いで飛んできたボールを打ち返す。そのボールは、俺が狙った通りの位置。つまりべっーの人の足下に叩きつけられる。その速度はテニス未経験の高校生が出せる速さでは無いだろうが、小学生の頃から鍛え続けてきた俺には余裕である。そして俺が打ち返したボールは地面で跳ね返り、俺が狙った通りべっーの人の股間に吸い込まれる。我ながらやり方が陰湿だと思うがこれが俺である。

 

「~~~~!?」

 

 べっーの人は股間を押さえて蹲るが、それを見ていた葉山グループの男子二名は大爆笑。葉山は苦笑いをしていた気がするが楽しそうで何よりである。

 

 

 

 ****

 

 

 

 昼休み。

 俺はベストプレイスにて弁当を食っている。たまに小町が作ってくれることもあるが、基本的に自分で作っている。この前の昼休みは雨だったためやむ無く教室に居たが、良いストレス発散になったため良しとしよう。

 ここからだとちょうどテニスコートが見え、今日のべっーの人を思い出してしまい吹き出しそうになる。べっーの人許すまじ。しかしべっーの人が醜態を晒していたコートも、今は別の人に使われている。昼休みは女テニの子が自主練をしているらしく、ぽんぽんと壁打ちを繰り返している。俺のように一歩も動かずにだとかボールを三個同時にだとかはしていない。今更ながら何やってんだよ俺。

 自販機で買ってきたマッカンをゴクゴクと飲む。食事中にこの甘い飲み物を飲むと嫌な顔をする人も居るだろうが気にしない。今日の昼食をたいらげ、今日の放課後はどのルートを走るか考えていると、ひゅうっと風か吹いた。

 風向きが変わったのだ。

 その日の天候にもよるが、臨海部に位置するこの学校ではお昼を境に風向きが変わる。だから何だという話だが。

 

「あれー?ヒッキーじゃん」

 

 そんな俺のベストプレイスに現れたのは、アホの子こと由比ヶ浜だ。

 

「なんでこんなとこにいるの?」

「普段ここで飯食ってんだよ」

「何で?教室で食べればいいじゃん」

「そうするとこの前みたいなことが日常的に起きるぞ?」

「うわー、そんな昼休みやだ」

 

 納得して頂けたようである。俺としてもむやみやたらと傷つけたくは無いが、奴等は俺の神経を常に逆撫でしてくるから仕方ない。俺は悪くない。

 

「それよか何でお前はここにいんの?」

「それそれっ!実はゆきのんとのゲームでジャン負けしてー、今は罰ゲームをしてるんだー」

「俺と話すことがか……」

「違う違う!ジュースを買いに来ただけ!」

 

 ほっ……そんな下らないことをする奴だったら思わず説教するところだった。反論ごと捩じ伏せるのって楽しいよね。

 ちょこんと由比ヶ浜が隣に座り、如何に雪ノ下にゲームをさせたか報告してくる。というかのろけてくる。お前どんだけ雪ノ下好きなんだよ……お願いだから俺が居るところでガチ百合はしないでね。

 一通りゆきのん自慢を終え、満足げな顔をしたままテニスコートに顔を向ける。俺もそれに釣られてテニスコートを見ると、さっきの女テニの子が帰ってくるところだった。

 

「おーい!さいちゃーん!」

 

 由比ヶ浜がその子に声をかける。知り合いだったらしい。

 その子も由比ヶ浜に気づき、とてとてと駆け寄ってくる。

 

「よっす、練習?」

「うん。うちの部、すっこい弱いから昼休みも練習してるんだ。由比ヶ浜さんと比企谷くんはここで何してるの?」

「やー特に何もー?」

 

 だよね?と由比ヶ浜がこちらに顔を向けてくる。いや、お使いはどうした。忘れたら怒られるんじゃないの?

 

「さいちゃん、授業でもテニスやってるのに凄いね」

「ううん、好きでやってることだから。あ、そう言えば比企谷くんテニス上手いね」

 

 え、なにその情報。そりゃノールックであんなことやったら誰かしら見ててもおかしくはないが、それこそ最初から意識して見ない限り見つからないと思うのだが。というか何故俺の名前を知っているんだ。

 そんなことを考えている内に、由比ヶ浜が感心したようにほへー、と声を出す。

 

「そーなん?」

「うん!今日なんて飛んできたボールを見ないで打ち返してたんだよ!」

「はぁ!?ヒッキーって何者……」

「はっはっはっ照れるなー。で、誰?というか何で俺の名前知ってんの?」

 

 一切配慮すること無く、正面切って質問する。別に嫌われたところで害はないし。

 

「あはは、同じクラスなんだけどな……」

 

 まさか正面からそんなことを聞かれるとは思わなかったのか、その子は苦笑いを浮かべる。

 

「あー、すまん。俺クラスメイトとかほとんど知らないから」

 

 というかこの学校で名前を知ってる人なんてほぼ居ない。

 

「はぁ!?ヒッキーサイテー」

「うっせ」

「あはは、同じクラスの戸塚彩加です。これから宜しくね!」

 

 そう言うと、戸塚は天使のような笑みを浮かべる。可愛い。守りたい、この笑顔。……はっ!待て待て、俺には小町が居るだろう!何を今さら守りたいとか言ってんだよ俺!ばーかばーか俺のばーか。

 そんなことを考えていると予鈴が鳴る。

 

「いこっか」

 

 戸塚がそう言い、由比ヶ浜はそれに頷いて一緒に歩き出す。

 そうか。クラスが同じだと一緒に戻るのも当然なんだな。そんな、普通の高校生活を送る普通の高校生には当たり前なことで少し感動してしまう。こんな普通から外れた俺でも、まだそれをあいつらが知らないだけでも、少なくとも今は受け入れてくれるのだと思える。

 

「ヒッキー、どうしたの?」

 

 立ち止まっている俺を怪訝に思ったのか、由比ヶ浜が振り向き尋ねてくる。俺なんかが一緒に行って良いのか?そう尋ねようとしたが、すんでのところで飲み込む。態々この感傷をぶち壊すこともないだろう。だから俺は、代わりにこの言葉を由比ヶ浜に贈る。

 

「お前、ジュースのパシりは良いの?」

「はっ?―――あっ!」

 

 由比ヶ浜がそんな大層なことを考えている筈もなく、由比ヶ浜が俺と普通に接しているのは、由比ヶ浜がそういうやつだからだろう。その優しさが、やけに眩しく見えた。




いつの間にか四千二百字……何が起きた!?


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心を殺した少年は、うさぎな彼に相談される。

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 数日の時が過ぎ、再び体育の時間。度重なる一人壁打ちの結果、俺はボール四つの同時打ちを習得しつつある。まあ五回に一回ぐらい失敗するが。

 そんなことを考えながらひたすら無心で壁打ちをしていると、後ろから肩を叩かれる。えー誰だよ俺に話しかける奴とか居るわけ無いし。もしや背後霊的な何かが……

 

「あははー、引っ掛かった」

 

 振り向くと天使に頬を刺されていた。そして戸塚の笑顔が可愛い。戸塚可愛い。とつかわいい。……はっ!待て、俺には小町が居ると言った筈だ!今さら他の女に靡くなど……あれ?戸塚男だし良いんじゃね?うぇーい戸塚も我が天使。

 

「どした?」

 

 そんな考えを覚らせないように努めて冷静に返す。

 

「うん。今日さ、いつもペア組んでる子がお休みなんだ。だから……よかったらぼくと、やらない?」

 

 ……はっ!何だこれ超可愛い変な気持ちになってくるんですけど。まさか、これが……恋?

 

「ああ。いいぞ。俺も一人だしな」

 

 そんなことは無かった。

 壁よ、これまで相手をしてくれてありがとう。これからは戸塚と頑張るよ。今日だけだけど。

 

 そして、俺と戸塚のラリー練習が開始された。

 戸塚はテニス部だけあってそれなりに上手い。が、それなり止まりではある。二年でこれでは、我が校のテニス部は大して強くないのだろうか。まあそんなことも知らない時点で『我が』とか言ってんなって話だが。

 

 そんなことを考えながら壁打ちで習得した正確無比なサーブを打ち込み、戸塚はそれを返す。そんなことを無言で続け、五分ほど経った頃戸塚が休憩を申し出てきた。

 

「やっぱり比企谷くんテニス上手いね」

「そうか?戸塚だって充分上手いだろ」

 

 戸塚に足りないのは体力とパワーだろう。見た目よりは体力も筋肉もありそうだが、それでも高校生男子の基準からしたら大分下だろう。

 俺がそんな考察をしながらベンチに座ると、俺の真横に戸塚がちょこんと座る。近い近い可愛い良い匂い。……どうした俺。

 

「あのね、比企谷くんに相談があるの」

「?何かあったのか?」

 

 というか俺で良いのか。自分で言うのも何だが俺に問題の解決なんかできない。破壊は得意だが。

 

「うん。うちのテニス部、すっごく弱いでしょ?それに人数も少なくて……今は三年生が居るから良いけど、大会が終わったら三年生は引退してもっとうちの部は弱くなると思う。人数も少ないから自然とレギュラーになってモチベーションも上がらないみたいだし」

「ふむ」

 

 まあ自然とレギュラーになれるから練習しないってのは分かる。確定したことのために努力しようとする人間は少ないものである。その点、戸塚は特殊だが。

 

「それで……比企谷くんさえよければ、テニス部に入ってくれない?」

「は?」

 

 なぜそうなる。俺が入ったらそれこそテニス部が崩壊するだろう。俺が全員倒すとかして。もちろんテニスでだよ?

 それに俺という共通の敵が出来ただけで練習するとは思えないし。

 

「えっと……比企谷くんテニス上手いし、正直経験者以上だよ。だからみんなの刺激になると思うんだ。あと……比企谷くんと一緒なら、ぼくも頑張れると思うんだ。へ、変な意味じゃなくてだよ?ぼ、ぼくも、強くなりたい、から。……ダメかな?」

 

 そう上目遣いで頼まれるとこちらとしても断りづらいことこの上無いのだが……かといって俺が部活に入ったところで今のテニス部の状況が改善されるとは思えない。むしろ悪化する。

 

「すまん戸塚……俺、もう部活入ってんだよ」

 

 そう。俺は一応奉仕部に入っている。そもそも俺を受け入れてくれているあの部活がおかしいのだ。ある意味普通な部活のテニス部に入って、戸塚以外のメンバーが受け入れてくれる筈が無い。

 

「……そっか。ごめんね。変なこと頼んで」

「いや、こっちこそ力になれなくてスマン」

「ううん。気にしないで。相談したら気持ちも楽になったし」

「……まあ、何か考えとくわ」

「うん。ありがとう」

 

 戸塚のように頑張っている人の足を引っ張るわけにはいかない。俺の死んだ目は、価値がないと判断したものを価値があるものも巻き込んで壊してしまう。これまでが、そうだったように。一握りの価値あるものを守るためにも、俺はテニス部には行けないのだ。

 

 

 

 ****

 

 

 

「……て、相談があったんだがどうにかできんか?」

 

 俺は放課後、雪ノ下に戸塚の相談を伝えていた。俺に手伝えることなどたかが知れているが、かといって手伝わない理由にはなるまい。

 

「そうね。あなたがテニス部に入らない選択をしたのは正しいわ」

「まあ俺に集団行動とか不可能だしな」

 

 何なら集団をぶち壊すまである。

 

「わかっているじゃない。身の程を知るのは良いことよ。孤独谷くん」

「はいはいどうせ俺は友達居ませんよー。っていうかお前も人のこと言えないだろ」

「わ、私には、その、由比ヶ浜さんがいるもの」

「ほーん。お互いにのろけ合うとかお前らお互いのこと好きすぎだろ」

「は?」

「何でもねえよ」

 

 孤独というのは強さだが、こいつが世界を変えるって言うなら親友ってのは必要だろう。残念ながら一人で出来ることには限りがある。

 

「まあそれで戸塚のことだが……戸塚のためにも何とかできないか?」

 

 そう言うと、雪ノ下は珍しいものを見るかのように俺を見る。……まあ俺は珍生物だしな。そのぐらいのリアクションは良くやられた。

 

「あら。あなたに人の心配ができたのね」

「当たり前だろ。俺は進むために努力するやつは好きなんだよ。俺の努力は、逃げるための、俺自身を守るための努力だったからな」

 

 ただしいくら努力をしていても俺の敵になるなら容赦なく潰す。

 

「……そう」

「ああ……ところで、お前ならどうする?」

「私?」

 

 雪ノ下は目をぱちぱちと瞬かせ、そうね、と俯き思案顔になる。

 

「全員死ぬまで走らせてから死ぬまで素振り、死ぬまで練習、かしら」

「三回死んでんだけど……」

 

 こいつは素で言ってんのか本気で言ってんのかいまいち分からん。

 

「やっはろー!!」

 

 そんな雪ノ下とは対照的に、あほっぽい挨拶をしながらアホの子こと由比ヶ浜が入ってくる。

 その後ろには、女子の間で『王子』なんて呼ばれている天使、もとい戸塚が居る。怯えたうさぎのようにビクビクとしながら、由比ヶ浜の袖口を摘まんでいる。

 

「……あ、比企谷くんっ!」

 

 自信無さげに揺れていた瞳が俺を捉えると、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せる。……何でこんな暗い顔してたんだ?

 

「……どうした、戸塚?」

 

 とてとてっと近づいてきて、今度は俺の袖口を掴む。……おいおい可愛いなそれは反則だろう。

 

「比企谷くん、ここで何してるの?」

「いや、俺部活入ってるって言っただろ?それがここなんだよ……ていうか、お前こそ何で?」

「ふふん、今日は依頼人を連れてきてあげたの」

 

 アホの子が無駄に大きい胸を反らしながら自慢げに答える。お前に聞いてたわけじゃないんだがな……

 

「やー、ほらなんてーの?あたしも奉仕部の一員じゃん?だからちょっとは働こうかなーみたいな?」

「由比ヶ浜さん」

「いやー、ゆきのん、お礼とか全然いいってー部員として当たり前の事をしただけだから!」

「いえ、あなたは別に部員では無いのだけれど」

「違うんだっ!?」

 

 違うんだっ!?なし崩し的に部員になってるパターンかと思った。

 

「ええ。入部届けも顧問の承認も得ていないから部員では無いわね」

 

 雪ノ下はルールに厳格だった。

 

「書くよー!入部届け位いくらでも書くよー!だから仲間に入れてよー!」

 

 そう言って由比ヶ浜は涙目になりながらルーズリーフを取りだし、『にゅうぶとどけ』と丸っこい字で書いた。それぐらい漢字で書けよ。

 

「それで、戸塚彩加くん、だったかしら?何かご用かしら?」

 

 雪ノ下の冷たい眼差しに睨まれて、戸塚はびくびくしながらも答える。

 

「え、えっと、テニスを、強くしてくれる、ん、だよね?」

 

 最初の方こそ雪ノ下を見て話していたが、語尾に向かうにつれ戸塚の視線は俺の方に向かっていった。戸塚は俺より背が低いので自然と見上げるような形になる。おい、やめろ、可愛いだろ。そんな目で俺を見るな。死んだ目が間違えて崩れちゃうだろ。

 

「由比ヶ浜さんが何と説明したかは分からないけど、奉仕部は便利屋ではないわ。奉仕部が出来るのは、あくまで手伝いよ。その結果強くなれるかはあなた次第よ」

「そう、なんだ」

 

 肩を落とし、目に見えて落ち込む戸塚。大方、由比ヶ浜が何か調子の良いことを言ってつれてきたのだろう。「はんこはんこ」と言いながら鞄を漁る由比ヶ浜をちろりと睨む。

 

「ん?なに?」

「なに?では無いわ。あなたの不用意な発言で一人の少年の淡い希望が打ち砕かれたのよ」

 

 雪ノ下は友達と認めた筈の由比ヶ浜にも容赦がない。が、由比ヶ浜はそんな言葉をものともせず小首を傾げる。

 

「んー?でも、ゆきのんとヒッキーならできるでしょ?」

 

 おうおうガハマさんよぅ。そんな言い方したら雪ノ下の負けず嫌いが発動しちゃうだろうが。

 

「……へぇ、あなたも言うようになったわね。私を試すような発言をするなんて」

 

 あー、変なスイッチ入っちゃったよ……。めんどくせぇ、働きたくない。けど戸塚の依頼だしなぁ。それに部長さまがこうなったら一介の部員たる俺がどうこうできる筈が無い。

 

「いいでしょう。戸塚くん。あなたの依頼を受けるわ。あなたのテニス技能の向上をはかればいいのよね」

「は、はいっ!ぼ、ぼくが上手くなれば、みんなも頑張ってくれる、と思う」

 

 雪ノ下の威圧感は増しているが、依頼は受けるようだ。まさか、由比ヶ浜はこうなることを予想してあんな発言を……いや、無いな。判子を入部届けのど真ん中に押すようなやつがそんなことを考えるわけがない。



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心を殺した少年は、試合をふっかけられる。

 戸塚の依頼があった次の日、今日の昼から地獄の特訓が始まる。廊下で材木座に捕まって色々あったあとに材木座もついてきたが概ね予想通りだ。

 流石に雪ノ下が言った通りに練習させたら誰でもぶっ倒れるので、最初の何日かは走り込みで体力をつける。そして体がたんさん動くことに慣れたら筋トレをする。それにも慣れたらいよいよ第二フェイズ。要するにボールとラケットを使っての練習である。

 

 戸塚が鬼教官、もとい雪ノ下の指導の元、俺とひたすらラリーをしている。俺は戸塚がとれるギリギリのところにボールを打ち、返ってきたボールをフェイントを混ぜながら返す。しかし毎回際どいところに打つのではなく、ギリギリアウトの場所に打って対応を見たり、回転をかけたゆっくりなボールを打ったり、力任せに豪速球を打ったりする。あぁ、ごめんよ戸塚。それもこれもこんな指示をする雪ノ下のせいなんだ……!分かっておくれ……!

 

「比企谷くん、もっと際どいところに返しなさい。じゃないと練習にならないわ」

「ぐ、くぅぅぅ……!許せ!戸塚……!」

「何でさいちゃんよりヒッキーのが辛そうだし……」

 

 雪ノ下の鬼!悪魔!絶壁魔王!くそっ、もっと俺に力があれば……!

 ……いや、ごめんなさい。そんなに睨まないで。

 雪ノ下が殺気を放っていた。ごめんよ戸塚。まだ自分の命の方が大切なんだ……

 

「うわっ!さいちゃん大丈夫!?」

 

 戸塚をいたぶるのが辛すぎて無心で雪ノ下の指示通りボールを返していると、二十回ほど返した頃戸塚がずざーっと転んだ。

 それまで基礎代謝を上げて痩せるために腕立て伏せをしていた由比ヶ浜が駆け寄る。

 戸塚は擦りむいた足を撫でながら、濡れそぼった瞳でにこりと笑い、無事をアピールする。うあぁぁ!俺は何て事を!あぁ憎い!憎い!己が憎い!マジで俺戸塚に何しちゃってんの!?

 

「スマン!スマン戸塚……!」

「だから何でヒッキーのが辛そうなの!?」

「あはは、大丈夫だよ。擦りむいただけだし……さ、比企谷くん。続き、しよ?」

 

 戸塚は練習を続けるつもりのようだが、それを聞いた雪ノ下は顔をしかめた。

 

「まだ、やるの?」

「……うん。みんな付き合ってくれてるから。もう少し、頑張りたい」

「……そう。由比ヶ浜さん。後は頼むわね」

 

 戸塚の答えを聞くと、雪ノ下はさっさと校舎へと歩いていく。戸塚はそれを心配そうに見送る。

 ありゃりゃ、素直じゃないことで。

 

「ぼ、ぼく、呆れられちゃった、かな」

「いやぁ、いつもあんなもんだろ」

 

 しかもあれは救急箱を取りに行ったんだと俺は予想する。帰ってきたらからかおう。ツンデレノ下さん、覚悟しろ。

 

「うーん、そうじゃないと思うよ。ゆきのん、頼ってくる人見捨てたりしないし」

 

 拾ったボールを手で転がしながら由比ヶ浜が言う。まあ俺が気に入ったやつなんだ。そんなつまらないことをする筈がない。

 

「ゴラム、ゴラム!雪ノ下嬢のことはよく知らぬが、我にもあの御仁がそのような輩では無いことぐらい分かる。安心せよっ!」

 

 材木座はちょっと良く分からんが、まあ言いたいことは分かる。どうせ材木座の短絡な思考とあの厨二病なら答えは限られるし。

 

「そっか。そうだね」

 

 材木座のお陰とは思えないが、ひとまず戸塚の心配は晴らせたようだ。そして良い雰囲気の中練習に戻ろうとそれぞれ立ち上がった瞬間、

 

「あ、テニスやってんじゃん、テニス!」

 

 その雰囲気をぶち壊すように、長い金髪をくるくる巻いた頭の悪そうな女が入ってきた。……どこかで見たことあるような?

 そしてそれが、いつか俺が黙らせたつまらない奴等だと気づく。要するに葉山(笑)と金髪ドリル(笑)御一行である。

 

「ね。戸塚、あーしらもここで遊んでいい?」

「三浦さん、ぼくは別に、遊んでるんじゃなくて、その、れ、練習を……」

「え?何?聞こえないんだけど」

 

 戸塚の精一杯の、しかし小さすぎる抗弁は三浦には通用しないらしい。まああいつの頭はお猿さんレベルだからな。

 しかも三浦はその見てくれや口調で常人には怖い印象を与えるだろう。ただし俺のような狂人や一部の人間を除く。

 

「れ、練習だから」

 

 戸塚はなけなしの勇気を振り絞り、女王三浦(笑)に自身の主張を伝える。

 

「ふーん、でも部外者混じってんじゃん。ってことは別にテニス部でコート使ってる訳じゃ無いんでしょ?」

「それは、そう、だけど」

「じゃ、あーしらがコート使っても文句無いっしょ」

「それは、いや、けど……」

 

 あーなんかイライラしてきた。どーしてこの進学校にこうもレベルの低い人間が来れるのかねぇ。まあそれだけ日本の、ひいては世界の人間のレベルが低いってことか。どうでもいいが。

 

「はあ。言っても分からんと思うが、一応教えてやる。ここは戸塚がテニス部の顧問に許可を取って使っている。だから使用許可の無いお前らは使えない。そして俺たちは戸塚に練習相手を頼まれてここに居る。つまり部外者ではなく関係者だ」

 

 俺はあえて挑発した。三浦(笑)は馬鹿でアホでもうどうしようもない。そのお陰で、いつか完全に負かされた相手である筈の俺相手でも向かって来る。挑発されたら乗る。こういうところは雪ノ下と似てんな。

 

「っ……はぁ?あんた何様?」

「ぷっ……」

 

 あいつちょっとビクッとしてた。まじか、まだ威嚇すらしてねえのに。この前の一件が随分と効いてんだな。

 

「あぁっ!ほんっとむかつく!あんた一体なんなわけ?大体あんた……」

「まあまあ優美子、そう喧嘩腰になるなって。ヒキタニ君の言ってることも一理あるわけだし」

 

 おー、葉山(笑)、お前案外分かってんじゃん。俺の名前はヒキタニじゃねーけど。

 

「だからこうしたらどうかな。俺たちとヒキタニ君たち部外者同士で試合をして、勝った方がコートを使う。もちろん俺たちが勝ったときは戸塚の練習に付き合うし、俺たちが負けたときは素直に戻るよ。強いやつと練習した方が戸塚のためにもなるし。どうかな」

 

 おーうあんた全然分かって無いのな。俺たちは部外者じゃないと言っただろう葉山(笑)よ。しかも俺たちが勝ったときの利点が一っつもねぇ。流石リア充(笑)、俺に負けず劣らずの姑息さですねぇ。いや恐らく、というか絶対俺の方が上だが。

 

「あ、じゃあどうせだし混合ダブルスにしない?やっばテニス勝負とか超楽しそうなんですけど」

 

 そして、三浦(笑)と葉山(笑)を中心にして、テニスコートとその周りの人間が盛り上がる。はぁ、めんどくさい。けどまあ、俺が出る時点で勝ちは確定している。いくらあいつらが強かろうとやつらは常人で凡人。ありとあらゆる人間は、恐怖を捨てない限り狂人には勝てないのだ。

 

 

 ****

 

 

「HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!」

 

 う、うるせぇ。何なのこれ。最早葉山教か何かじゃねぇのこれ。

 今やテニスコートの周りには百を優に越える人間が集まっている。そのほとんどが葉山(笑)の勇姿を見に来たやつらで、中には上級生も居る。……こんなに集まって先生が来るような事態にならなきゃ良いけど。

 

「ね、ヒッキーどうするの?」

「あ?どうするってやるに決まってんだろ。アホな猿どもは躾をしなくちゃならん」

「さ、猿って……ヒッキー言いすぎ」

「?そうか?」

 

 かなりオブラートに包んでみたんだが……これで足りないなら俺にはどうしようもない。しかも由比ヶ浜も躾については否定してないし。

 

「ねー、早くしてくんない?」

 

 仲間(笑)が集まって完全に調子に乗っている三浦(笑)がテニスコートから呼んでいる。

 

「はいよー」

 

 なので俺は誰も伴わず一人でコートに入る。当然、混合ダブルスのルールは破ることになるが、先にルールを破ったのはあちらなのだ。これぐらいは許してもらおう。

 

「ちょっとまさか誰も一緒にやってくれないってわけー?ぷくっ、ヒキタニくーん、一人でだいじよーぶー?あーし県大行けるくらいには強いんだけどー」

「おう。安心しろ。お前らごとき俺一人で余裕だ。全力を出す必要もない」

「……は?なに余裕ぶっこいてんの?ムカつくんだけど。ていうか混合ダブルスの意味分かってんの?」

「いーだろそれぐらい。そもそもルールはそっちが勝手に決めただけだ。これぐらいの我が儘させろよ。それに二対一でお前らの方が有利じゃん」

「は?舐めてんの!?――あぁ!もうムカつく!後悔させてやるし!」

 

 ふぅ。三浦(笑)の焚き付け完了。そして俺の一人試合の許可ゲット。これで好き放題できる。由比ヶ浜たちは心配そうに見ているが、俺のスペックを発揮するには一人の方が都合がいいのだ。

 

「ルールとか良くわからないし、単純に打ち合って点を取るってことで良いよな。――じゃ、始めようか」

 

 俺と三浦(笑)の会話を聞いていた葉山だったが、ルールの提案に俺と三浦が頷いたのを見ると開始を宣言した。

 

「ヒキタニ君は一人みたいだから先にサーブして良いよ」

「お、マジで。なら遠慮無くやらせてもらうわ」

 

 そしてにやつく三浦(笑)を視界に捉えながら俺はラケットを大きく振りかぶり、思いきり振り抜いた。



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心を殺した少年は、テニスにて無双する。

 ダンッ!

 

「え?」

 

 俺が放ったサーブは葉山と三浦の間を通り抜け、ラインギリギリのところでバウンドし、そのままフェンスに突き刺さる。時速百八十キロに届くかどうかという程度ではあるが、これは充分プロレベルである。

 

「フィ、15―0(フィフティーン ラブ)

 

 審判をしている戸塚の声が聞こえる。そして葉山の試合を見に来ていた取り巻きたちが静まる。テニスをやっていたやつなら、今の球速を俺が出していることがどれだけおかしいことなのか分かるだろう。しかも俺はまだ本気ではない。

 

「おい、さっさと続きしようぜ」

 

 歪んだ笑みを浮かべ、固まってしまった葉山と三浦に声をかける。どうやらあの日の昼休みの恐怖を今さら思い出したようだ。

 素人テニスなので、サーブは一回ずつ交互に打つ。ちなみに三ゲームとったほうの勝ちである。

 

「はっ、案外やるじゃん。けど勝つのはあーしだから」

「おう。精々頑張れ」

 

 一々三浦を煽っていく。三浦は単純ゆえに頭に血が昇りやすく、俺としても御しやすい。

 すると三浦は何を思ったかにやっと笑い、

 

「あーし手加減苦手だから。当たっちゃったらごめんね?」

 

 うわー予告危険球だー。俺初めて言われたよ。言ったことは何度かあるけど。

 

「安心しろ。俺は手ぇ抜いてやってやるから」

 

 挑発に挑発で返した瞬間、三浦の手が瞬いた。次の瞬間、俺はすぐさま着弾点を予測して駆ける。そして俺が予測したところにボールが来る。何とかボールに食らいつき、力任せに振り抜く。が、少し反応が遅れたためコースが甘くなってしまった。そしてそれを見逃す葉山ではなく、揺さぶるように俺が居る逆側に打ち返す。しかし俺とてそのぐらいの予測はしている。今度は難なく追い付き、最初と同じく豪速球で返して点を取る。

 

30―0(サーティ ラブ)

 

「惜しいっ!」

「でも結構いい勝負じゃね?」

 

 そんな声が外野から聞こえる。まあまあまあ、確かにあいつのサーブは速かった。それは認めよう。だがしかし、俺はいい勝負になんかしない。これはあくまで俺の一方的な蹂躙劇だ。そこにいい勝負なんて必要ない。そして俺はまだ、全力にはほど遠い力しか使っていない。けれどあの球速は厄介だ。三浦の球速に対応するには、三浦の球速を落とすか、三浦の球速を簡単に認識できるようにする必要がある。前者はやりようがないので、俺は後者を選択する。

 具体的には動体視力を強化する。普通の人間はそんなことをこの数秒でできる筈がない。しかしそれはあくまで『普通』の人間の話。対して俺は狂人で、それは単に性格がおかしいという訳ではない。俺は脳までおかしいのだ。狂っている、というべきか。普通の人間は、脳がリミッターをかけて自分の体を守っている。筋力を最大まで使うと筋肉が崩壊するからである。しかもそれは筋力に限った話ではない。五感にも記憶力にも思考力にもリミッターは存在する。

 そして俺はそれらのリミッターを()()()()()()

のだ。なぜこんなことが出来るのか俺には分からない。気づいたら出来るようになっていた。しかし脳がリミッターをかけているのは体を守るため。だからそれを外すなんてことはおいそれと出来るものではない。全力なんか出した日には多分死ぬ。

 なので俺は、五感の中の視力のリミッターを少しだけ外す。これで俺は銃弾を見切るぐらいの動体視力を手に入れる。

 

「はっ」

 

 そんなことをしながら、俺はサーブを打つ。今度はさっきよりも緩いサーブである。それを好機と見て三浦がボールに向かっていく。動体視力を強化したお陰で三浦の動きも確実に捉える。そして三浦はさっきのサーブよりも幾分か速く球を打つ。確かにさっきの俺がギリギリ対応した速度よりも速い球を打てば、俺から点は取れただろう。だがしかし、それはあくまでさっきの俺が対応できない球である。そして弾丸すら見切るほどの動体視力をもってすれば、その程度の球など止まっているに等しい。

 分割され、伸びて行く時間の中で、俺はラケットが振られ始めた瞬間に着弾地点を予測して走る。伸長された体感時間の中では全てがスローで、己が走る速ささえもひどく遅く感じる。

 そして俺は難なく三浦の返球に対応し、再びラインギリギリのところに球を撃ち込む。

 

40―0(フォーティ ラブ)

 

 戸塚がまたしても俺の得点を告げる。それを聞いたギャラリーにはざわめきが広がり、葉山と三浦には焦りが浮かぶ。

 そこからは一方的だった。本気を出した葉山と三浦に対応するため俺も筋力のリミッターを僅かに外し、更に球速を上げる。三浦が全力で打ったサーブはすぐさま時速二百キロで返し、葉山が何とか食らいついたボールはラインギリギリにゆっくり落とす。そして余裕の表情で二人を見る。そして三浦がそれに逆上し、ミスが増えていく。

 そして時は進み、俺は二ゲームと三ポイントを取っていた。このままでも勝てるが、生憎と俺はそんなに優しくない。

 というわけである提案をする。

 

「おい、葉山」

「はぁ……はぁ……な、何だい」

「お前の言う通り、良い練習になったよ。審判の。だからこのまま引き分けにしてやってもいいぞ?」

「はぁ!?何それ、ふざけんのもたいがいにしろし!……げほっ、ごほっ」

 

 たくさん動いた後にいきなり大声を出したからか、三浦がむせている。

 

「おっと失礼。別にふざけたつもりは無いがそう見えたんなら謝る。けどよ、その前に葉山、三浦、お前は戸塚に言うことがあるんじゃねえのか?」

「「は?」」

 

 おうおう。マジでお前分かってなかったのな。

 

「いやね、三浦はともかくお前は運動部でしかも国立狙うなんていってるのに、なんで強くなりたいって言ってるやつの練習にずかずかと入ってこれるんだろうな」

「い、いや、それは」

「お前がやったことをお前に置き換えるとこうだ。『お、葉山。サッカーやってんじゃん。俺も入れてよ。……え?練習中?じゃあ俺が付き合ってやるから試合させろよ。俺とやったほうがお前のためになるって』と、そんなことをお前らは戸塚にしたわけだ」

「「…………」」

 

 二人は俺の言葉を理解したのかしていないのか、少なくとも葉山は理解したようで沈痛な面持ちで俯いている。逆に三浦は親の仇でも見るかのような目で睨んでくる。

 そしてそのまま二人とも動かない。その空気に飲まれ、ギャラリーも由比ヶ浜たちも喋れないし動けない。

 

「……そうか」

 

 俺は二人が謝ることも出来ないことに完全に失望し、なら終わらせようと思い、ボールを二メートルほど上に上げる。そして一瞬だけ筋力のリミッターを五十パーセントまで解放し、全力でラケットを振り下ろす。とてつもないエネルギーを加えられたボールは一瞬たわみ、凄まじい速度でコートに落ちる。それはコートを抉り、土煙を上げながらバウンドしてフェンスに穴を開ける。

 

「……げ、ゲーム、セット」

 

 戸塚の試合終了を告げる声は、静かなテニスコートでは、やけに大きく聞こえた。

 

 

 

  ****

 

 

 

「やー、今日のヒッキーすごかったねー」

「うんうん。比企谷くんって本当にテニス強いんだね」

「ゴラムゴラム。激しく同意っ!して八幡よ。何をしたらあんなに強くなれるのだ?」

「んなことねぇよ。後材木座近い。離れろ暑苦しい」

「まったく。勝手なことをしないでもらえるかしら」

「それはホントにすみません」

 

 俺たちは放課後、奉仕部にて反省会を開いていた。内容は雪ノ下への俺のやらかしたことの報告。そして雪ノ下による俺へのお説教である。どうやら一人だけ仲間外れにされたのが悔しいようである。

 

「それで、勝手なことをしたからには徹底的に叩き潰したんでしょうね」

「おう。その点は抜かり無く。葉山たちには一点も取らせずに、一方的な試合でトラウマを刻み込んでやった」

「よろしい」

 

 そして俺と雪ノ下はニタァと笑う。なぜかは知らないが雪ノ下も葉山のことは嫌いらしい。そういえば葉山って弁護士が雪ノ下建設の顧問弁護士だったか。もしやその繋がり?まあ確証は無いが。そもそも葉山がその弁護士の子供かなんて知らないし知りたくもない。

 

「ゆきのん、ヒッキー、何か怖いよ……」

 

 由比ヶ浜にツッコミを入れられ、雪ノ下はバツが悪そうにしながら表情を戻し、咳払いをする。

 

「して八幡よ。これからも昼休みは練習をするのか?」

「ん?まあそれは戸塚次第だが……どうする、戸塚。まだ練習には付き合った方が良いか?」

 

 すると戸塚は悩むように顎に手を当て、やがてばっと顔を上げる。そして

 

「ううん。これからはぼく一人でやるよ。奉仕部のみんなと材木座くんにこれ以上迷惑かけられないし」

「戸塚くん、別に遠慮する必要はないわよ?」

「そうであるぞ戸塚氏。我とそなたの間柄だ。遠慮など不要!」

「ちゅうにうっさい!……でもさいちゃん。あたし達、別に迷惑とは思ってないよ」

「ううん。ぼくが一人で頑張れるようにならないとダメなんだ。今日も比企谷くんに守ってもらってただけだし。頼ってばかりじゃダメなんだよ。ぼくが、みんなを引っ張っていけるようにならないと」

 

 そう堂々と答える戸塚からは、もう弱々しさは感じられなかった。初めて奉仕部に来た頃の怯えた様子はすっかり鳴りを潜め、確かな意思が見える。

 

「そっか。まぁ、たまには付き合うよ」

「うん!ありがとね八幡!」

「おう……へ?八幡?」

 

 おかしい。俺と戸塚は名前で呼び会うような親密な関係では無かった筈。それを戸塚は今なんつった?は?八幡?あれ?これフラグ立った?立っちゃいました?え、いや戸塚は男だよね?いやもう可愛いからオールオッケーじゃね?可愛いは正義ってよく聞くし。なら性別とかどうでもいいよね。そこに愛があるんだもの。

 

「えへへ。ダメ、かな?」

「いーや全然。寧ろ推奨。というかそちらのほうがベターいやベスト!」

「ヒッキーきもい……」

「流石比企谷くん。居るだけで不快感をばらまくだなんてある意味才能ね」

「は、はぽぽん!?八幡お主、裏切るのか!?」

「うるせー暑い近づくな」

 

 散々な言われようである。まあ暴走しかけてたから丁度良かったけども。

 まあそんなこんなで、戸塚からの依頼は一応終わった。

 

 結論。

 

 と つ か わ い い




脳のリミッターに関する話は諸説あります。しかも筋力以外のリミッターが存在するという話は聞いたことがないです。ですのでこれはあくまで物語の設定として見てください。


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心を殺した少年は、新たな連絡先を手に入れる。

職場見学希望調査票

 

 2年 F組 比企谷八幡

 

1、希望する職業

 

  特になし

 

2、希望する職場

 

  特になし

 

3、理由を以下に記せ

 

  特になし

 

 

 

 

 ****

 

 

 

「……比企谷、私が何を言いたいか、わかるな……?」

 

 放課後、俺は平塚先生に呼び出され、職場見学希望調査票についてダメ出しをくらっている。

 

「いいえまったく」

 

 職場見学希望調査票には特に変なことは書いていない。前回の作文の反省を活かし、逆に何にも書かなきゃいいんじゃね?という考えの元、俺は全ての欄に『特になし』と書き入れた。反省なんかまったく活かしてねぇな。

 

「ほう……」

 

 平塚先生の目が細められ、額に青筋が浮かぶ。そして指をこきこきとならしながら拳を作る。もちろん殴りかかったところで俺がリミッターを外せば掠りもしないのだが、この人は拳を避けたり手で止めたりすると露骨に悔しがるから楽しい。え?趣味が悪い?ほっとけ。いまさらだ。

 

「お?やりますか先生?」

「ふっ、今日こそは当ててやる……私の、自慢の拳を!」

 

 お互いに立ち上がり、平塚先生は腰に拳を落としてタメを作る。対して俺は両手をぶらりと下げ、全身から力を抜いた状態で立つ。

 

「行くぞ比企谷ぁぁ!衝撃の!ファーストブリッドォォォ!」

「ハッ!」

 

 平塚先生は目にも止まらぬ速さで拳を振るう。常人にとっては避けることもままならないもので、それは俺にとっても同じである。リミッター外してないし。

 しかし避けられないのであれば当たらなければいいだけの話なのだ。

 平塚先生の右手から放たれたファーストブリッド(笑)に右手を当て、拳の向かう軌道をずらす。平塚先生の初動からの予測だけで当てたのでほとんど軌道にズレは生じないが、それでも俺の体に当たらないようにはなる。そして俺と平塚先生の勝負において、それこそが俺の勝利条件。つまり俺の勝ち。

 

「くっ、ぐぅぅぅ……!」

「まだまだですね。先生」

「おのれ比企谷、次こそ当ててやる……!」

「おぉ怖い」

 

 しかし実際ギリギリだった。俺と先生の戦績は俺が二十勝十九敗、平塚先生が十九勝二十敗である。この人麻雀強すぎて追い抜かれそう……。

 ちなみに他の種目としてラーメン早食い、ボードゲーム全般、平塚先生の愚痴にどれだけ耐えられるか、などがある。そして最後の種目は基本引き分けになる。勝敗のつけようがないし。なので実際に勝負した回数はかなり多い。

 

「まぁとにかく、調査票は再提出だ」

「うーっす」

 

 うむ。普通の基準というのは難しい。

 

「……そしてだ」

 

 う、なんか嫌な予感。これはいつか俺が奉仕活動を命じられた時と同じように仕事を押し付けられそうな気がする。

 

「君は私のプライドを踏みにじった」

「その割には嬉しそうっすね」

「フンッ!」

「ぐえっ!」

 

 ちょっと指摘しただけで殴ってきた。解せぬ。そんなだから婚期が……いやすみません睨まないで。

 

「まあいい。君にも開票を手伝ってもらうぞ」

「……はぁ、分かりましたよ」

 

 黙々と開票を続けること三十分。その間職場や職業によって選別をしながらひたすら手を動かす。そして今度は俺と平塚先生のどちらが多く開票できるかで戦いを始めた。

 

「比企谷、次こそ私が勝つ……!」

「へっ、また勝ち越させてもらいますよ……!」

「あー!ヒッキーこんなとこに居たー!」

 

 そして俺たちが熱き戦いに今一度闘志を燃やしていると、それをやけにぽわぽわしたアホっぽい声が遮る。

 何だよ勝負中にしかも人の事を引きこもり呼ばわりとか失礼だなと思って顔をあげると、なぜかというかやはりというか、とにかく由比ヶ浜が居た。

 

「あぁ由比ヶ浜か。悪いな、比企谷を借りているぞ」

「これでラストっ!」

 

 平塚先生が油断した隙を突き、俺は最後の一枚を開いた。

 

「あぁ!?」

「試合中によそ見するからですよ。平塚せんせー」

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ」

「……なにやってんの?」

 

 俺は勝ち誇り、平塚先生は割と本気で悔しがり、由比ヶ浜は引いていた。かおす。

 

「気にするな。ただの開票だ」

「ただの開票でそんなに落ち込まないよね!?」

「ははははは。で、何の用?」

「スルー!?」

 

 由比ヶ浜に説明するのも面倒なので突っ込みはスルーした。

 

「えっと、ヒッキーが部室に来ないから探しに来た」

「お、おう。何か済まんな」

「いいって別に。それより用事は終わったの?」

「ああ。すまんな由比ヶ浜。さ、比企谷。もう部活に行っていいぞ」

 

 いつの間にか復活していた平塚先生に許可を貰い、俺は開票から解放される。よし、これで俺の二十一勝。

 

 

 

 ****

 

 

 

 部室に行くと、雪ノ下が本を読んでいた。俺や由比ヶ浜が居なくともいつも通り。あ、いや、由比ヶ浜が来てちょっと嬉しそう。

 

「あら来たのね。遅刻谷くん」

「おう来たぞ。あと誰だ遅刻谷」

「あら、あなたのことよサボリ谷くん」

「ふっ残念だったな雪ノ下。俺は平塚先生に働かされていたのだよ。よってサボりじゃない」

「私には何も連絡を寄越さない時点でその言い訳は意味がないわ。休むなり遅れるなりするなら連絡をするのが筋ではないの」

「あ、そういうものなの?俺誰かに連絡したりされたりとか経験無いからそういうの知らんかったわ。お前らの連絡先とか知らねぇし」

「……ヒッキー」

「ごめんなさい比企谷くん。そこまでだとは思わなかったわ」

「そのわりには嬉しそうだな」

 

 由比ヶ浜は引きながら憐れみの視線を俺に向け、雪ノ下は勝ち誇ったような笑顔で形ばかりの謝罪をする。ひでぇなお前ら。

 

「もぅ!わざわざ聞いて回ったんだからね!?そしたら微妙な顔されてあーあのとか言われるし!超恥ずかしかったんだからね!」

「まじか、すまんな」

「だ、だから、その、連絡先、交換、しよ?そっ、その、いちいち聞いて回るのとかおかしいし!」

 

 聞いて回ったときのことを思い出したのだろう、由比ヶ浜は羞恥からか怒りからか顔を赤くする。そんなに嫌だったのん?

 

「まぁいけど。ほれ」

 

 鞄からスマホを取りだし、由比ヶ浜に手渡す。

 

「わわっ、あ、あたしが打つんだ……ていうか人に躊躇いなくスマホ渡せるってすごいね……」

「まぁ見られて困るものとか入ってないからな」

「そうなんだ……って、連絡先が一つしか入ってない!?」

「うっせ、妹以外の連絡先なんてこれまで必要なかったんだよ」

 

 両親の連絡先とか教えられてないし教えられてても入れない。あんなクソどもの連絡先なんか必要ない。まぁ一応育ててもらったから報復をする気は無いが。

 

「じゃ、じゃあ、あたしが家族以外で初めてだね!」

「あー、そうなるな」

 

 そう言うと由比ヶ浜は嬉しそうにはにかむ。……なぜそんなに喜ぶんだ?

 

「あら、両親の連絡先すら無いのね」

 

 いつの間にか由比ヶ浜と一緒に俺のスマホを覗き込んでいた雪ノ下が、俺の連絡先を自分の携帯に打ち込みながら言う。せめて許可とってからそういうことしろよ。個人情報保護法を知らないんですか?

 まぁそれは別にいい。俺の個人情報とか毛ほどの価値もないし。

 

「……あんまりそういうとこに踏み込むな」

 

 訳ありっぽい雰囲気を漂わせ、努めて無表情を作り雪ノ下を軽く睨む。おれ自身は別に話してもいいのだが、それによって腫れ物を触るような態度を取られるのは嫌だ。それは面白くない。

 

「っ……そうね、浅慮だったわ」

 

 何かを察したのか、はたまた自分の境遇に重なるような何かを感じたのか、雪ノ下は俯いて自分の非を認めた。悪いな。まだそこまで話せるほど信用しちゃいないんだよ。平塚先生にも話せてないし。

 

「あぁ、まぁあんま気にしないでくれ。変に気を使われるほうが迷惑だ」

 

 一応フォローを入れ、雪ノ下と由比ヶ浜が黙ってしまったのを横目に本を鞄から取り出す。

 

「ぁ……」

 

 それきり誰も話すことのなかった部室で、由比ヶ浜が反射的に出したであろう声がやけに大きく聞こえる。

 雪ノ下は俺が本を開いてからずっと読んでいた本を置き、由比ヶ浜に声をかける。

 

「……どうかしたの?」

「あ、ううん。何でもない……んだけど、ちょっと変なメール来たからうわーってなっただけ。ほら、これ」

「比企谷くん……ではないわね。クラスについてのチェーンメールなら比企谷くんは無関係だもの」

 

 由比ヶ浜が雪ノ下にメールを見せ、次いで俺にも見せてくる。そこには戸部はヤンキーだの大和は三股だの大岡はラフプレーでエース潰しだのと書かれている。誰だこいつら。

 

「ほえー。チェーンメールなんか初めて見た。送られたこととかないし」

「ヒッキー……」

「やめろ、憐れむな……」

 

 まぁ俺のアドレス帳にクラスメートの連絡先が登録されたことなんか無かったからな。

 とまあ俺のせいで変な空気になってしまったが、何とか元の空気に戻ってきた。俺としてもつまらない雰囲気はいらない。

 と、そこにコンコン、と扉を叩く音が聞こえる。雪ノ下が入室を促し、その扉を叩いた依頼人であろう人間が姿を表す。

 

「ちょっと、お願いがあるんだけどさ」

 

 そう言いながら入ってきたのは、ついこの間俺が叩きのめした葉山(笑)である。無駄に爽やかなオーラを振り撒きながら雪ノ下の前に進み出るも、雪ノ下にばっさり切り捨てられる。ざまぁ。

 

「何のようがあって来たのかしら。葉山隼人くん」

「あ、あぁ、それなんだけどさ……」

 

 そう言って葉山はスマホを取りだし、先程由比ヶ浜が見せてきたものと同じメールを見せてくる。ちなみに俺はこの間気配を遮断しているため葉山には気づかれていない。だってこいつめんどくさいんだもん。

 

「あ、変なメール……」

「これが出回ってからクラスの雰囲気が悪くてさ。あぁでも、犯人探しがしたいんじゃないんだ。丸く納める方法が知りたい。頼めるかな」

 

 葉山がそう言うと、雪ノ下は顎にてを当てふむと考える素振りを見せる。

 

「つまり、事態の収集を図ればいいのね?」

「うん。まぁそういうことだね」

「なら、犯人を探すしかないわね」

「うん。よろし……あ、あれ、何で、そうなるの?」

 

 雪ノ下は慌てる葉山を一瞥し、

 

「チェーンメール。あれは人の尊厳を踏みにじる最低の行為よ。自分の顔も名前も出さず、ただ傷つけるためだけに誹謗中傷の限りを尽くす。止めるならその大元を根絶やしにするしかないの。ソースは私」

「根絶やしにしたんだ……」

「あ、あはは……」

 

 ソースとか実体験かよ。

 

「とにかく、そんな人間は確実に滅ぼすべきだわ。それが私のやり方。私は犯人を探すわ。一言いったらぱったりやむと思う。そこからどうするかはあなたの裁量に任せる。それでいい?」

 

 怖い。怖いよ雪ノ下。後怖い。



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心を殺した少年は、リア王(笑)の評価を少しだけ改める。

「……それで、いつ頃からそのメールは出回っているのかしら」

 

 俺が雪ノ下の純粋すぎる怒りに密かに恐怖していると、雪ノ下が葉山(笑)と由比ヶ浜から情報を聞き出していた。

 

「先週末くらいから。だよな、結衣」

 

 前から思ってたけど何でこうもリア充(笑)ってやつらはお友だち(笑)を名前で呼び捨てできるんだろうな。心の底から信じているわけでも、実際の心の距離がそこまで近いわけでもなかろうに。まあ俺にはどうでも良いことだが。

 

「うん。確かそのぐらい」

「そのころ、何か変わったことは無かったかしら。もしくは変わった行動をしていた人は」

 

 雪ノ下はそこで俺の方をちらっと見る。それによって俺のハイドレートが少しずつ下がる……ようなデスゲーム染みたことはことは無いが、俺のステルスは元から 俺のことを認識している人には無意味らしい。初めて知った。 ところで雪ノ下がそこで言葉を切ったのは俺が変わった行動をしていると言いたいんでしょうか。

 

「……特に無かったよな」

「うーん。あたしも特に心当たりは無いなー」

 

 おお。由比ヶ浜は心当たりなんて言葉知ってたんだな。超意外。どうでもいいが。と思っていたら由比ヶ浜がむぅっとした顔でこちらを軽く睨む。エスパーか よ……。

  おい、さっさと雪ノ下の方向け。葉山に気づかれでもしたら……

 

「ヒ、ヒキタニくん!?いったいいつからそこに居たんだい!?」

 

 あーあーめんどくさい。なんでいちいちお前みたいなリア充(笑)ってやつは声が大きいんですかねー。いきなり大声出すから耳が痛いだろ。ていうかこれまでステ ルスステルス言ってたがこの至近距離で気付かれないとか俺のステルスちょっと高性能すぎやしません?そして俺はヒキガヤだ。

 

「いや、お前が入ってきたときから居たから。むしろよく気付かなかったな」

 

 俺よりは葉山の方が少しだけ背が高いので、俺が葉山を見ようとすると自然と上目遣いのような格好になってしまう。そうすると俺が葉山を下から睨んでいるよ うな構図になるのである。そして俺の目はご存じの通り死んでいる。この目で睨まれるとかなり怖いらしいのだ。平塚先生が言っていた。俺は睨んだつもりないのにな……

 

「い、いや、あの」

 

 そしてそれはリア王(笑)にも有効らしい。笑顔をひきつらせ、いまにも逃げ出したいという考えが伝わる。 なにこいつ、さっきからキョドりすぎて超面白い。まあ別に取って食おうって訳ではないからそこまで怖がられるのもこちらとしては不本意だ。

 

「まあまあ落ち着け葉山(笑)。別にお前なんざ態々潰そうとは思わないからそんな怖がるな」

 

 これはどう考えても挑発でしか無いが、あの睨みの前でひきつりながらも笑っていられる程度には度胸がある葉山の事だ。さらっと笑って無難に流すのだろう。

 

 

「あ、あはは、それは安心だ……」

 

 上目遣い(死んだ眼で睨む)をやめて少し微笑んで見せるとすぐに緊張を解き、教室で見せるものと

 

 

まったく同じ

 笑顔を見せてくる。それを理解するなど俺には到底出来ず、しかし少し面白そうではある。昼休みの一件、そしてテニス試合。こいつは俺にとってつまらない奴だとしか映らなかったが、案外隠れた面白味があるのかもしれない。別に積極的に関わろうとは思わないが、こいつはこいつで面白そうだし壊さないでも良いな。めんどいし。 …………なんだろう。今ものすごく嫌な波動を感じた。なんか腐ってそうな気配だ。どんな気配だよ。

 

「……」

 

 いや、深く考えるのはよそう。俺にとって何の益もなさそうだ。

 

「……もう、いいかしら」

 

 律儀にも待っていてくれたらしい雪ノ下が、呆れたとでも言いたげな目を向けながら尋ねてきた。

 こちらとしてもあれ以上続ける意味も意思もやる気も無かったのでこれ幸いと頷く。そして葉山も同じく頷きを返す。まあリア充(笑)である葉山にとってあの沈黙は苦行だったのかもしれない。だってこいつらいっつも喋ってて煩いんだもの……

 

「……それで、一応あなたにも聞いておくわ。先週末、何かあったかしら」

 

 態々一応をつける必要あるんですかね雪ノ下さん?もしかして俺を傷つけるためだけにそんな言い方をしてしまうん?

 何て下らないことを考えていると雪ノ下が睨んできたので真面目に考える。……先週末、先週末かー。とするとつい最近なわけで。最近あった、それでいてチェーンメールなどというものが出回りうるようなことというと、

 

「……職場見学、とかか?」

 

 確か三人一組で回るとか言ってたような気がしないでもないような気がするような……

 

「あー、それだよそれ。グループ決めのせいだよ。こういうグループを決めるやつは後の関係に響くからね~。ナイーブになる人もいるんだよ~」

 

 そういうもんか?俺はそういうイベントの時は同じグループのやつらに迷惑をかけないように休んでたし、そもそも最初からクラスの人数にカウントされなかったりしてたからな。俺にはまったく分からん。というかその程度の出来事で変わってしまうような関係に縋る意味はあるのかね。まぁ昔はそんな関係でも羨ましかったが。……やめよう。変なこと思い出しちまう。

 

「確か職場見学は三人で一グループだったわよね」

「それで葉山のグループから一人外そうって訳か。けっ、下らねぇ」

 

 その程度の理由で下らない争いをし、無駄な憎しみをばらまき、不用意に傷つける。どれだけ人間というのは醜いのだろう。

 そして俺がその一員であることは俺自身が良く分かっているし、自分だけが特別正しいなんて思っちゃいない。寧ろ俺は悪の側の人間だ。だからこそ、己の安寧を守るためにこんな行動をしたのだと言われれば俺は否定するつもりは無い。それが悪に生き、狂気に堕ちた俺の譲れない自分ルール。それは俺を”人間”に繋ぎ止める杭だ。明らかに常人を逸脱している俺は、己さえも裏切ってしまえば簡単に狂ったバケモノになるだろう。

 けれど、だからこそ、俺は下らないと断じる。別に無関係なクラスメート(笑)を巻き込むなとは言わない。自分だけで決着をつけろとも言わない。

 ただ、虚しいのだ。雪ノ下に由比ヶ浜、材木座に戸塚。そういった強くて弱い、面白い連中がここには居る。だというのに相も変わらずそんな下らないことをするやつがいる。それがただただ虚しくて、哀しいのだ。

 

「では、そのグループの中に犯人が居ると思っていいわね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はあの三人の中に犯人が居るとは思いたくない。そもそもあいつらを悪く言う内容なんだぜ、あいつらは違うんじゃないか?」

 

 そんな俺らしくもない考えに浸っていると、葉山がまた妄言を吐き出す。普通なら友達にかかった容疑を晴らそうとする葉山くん……きゅんっ、となるのかもしれないが俺からしたら最早不気味だ。何がここまで葉山に『良いやつ』を演じさせるのか。葉山のこととか正直どうでも良いが、ああも露骨に同じ仮面を被られると気になるものである。

 まぁ妄言には違いないので切り捨てるが。

 

「そんなん自分に疑いがかからないようにするために決まってんだろ。もっとも、俺なら誰か一人だけ悪く言わないでそいつに罪を被せるがな」

 

 ホント、今回の犯人さんやる気あんのかね?こういうことに慣れてないのか、それとも根はそこまで悪に染まってないのか。そのどっちもなのか、はたまた別の意味があるのかは本人にしか分からないが。

 

「ヒッキーすこぶるサイテーだ……」

「さすがは比企谷くんね……」

「はっはっは、褒めるな褒めるな」

「「褒めてない」」

 

 わーお息ぴったり。さすがいつも抱き合ってるお二人だ。そのうちココロもコネクトするんでないの?

 何て俺たちが下らない掛け合いをしている間、葉山は対照的に暗い顔をしていた。おいおい、仮面もここまでくると立派だな。

 

「はぁ、まあいいわ……それで葉山くん、その三人について教えてくれるかしら」

 

 雪ノ下はメモ帳とペンを取りだし、葉山にチェーンメールに書かれていた三人の説明をさせる。何か雪ノ下がやると警察の事情聴取に見える。まぁ事情聴取なんて見たこと無いけど。

 

「えっと、まず戸部は見た目は悪そうに見えるけど、一番ノリの良いムードメーカーだな。イベント事でも積極的に動いて皆を盛り上げてくれる。良いやつだよ」

「騒ぐだけしか能がないお調子者……っと。どうしたの、続けて」

 

 す、すげえ。葉山の美化のしかたもすげえが、雪ノ下の翻訳も酷い。色々酷い。というかお互いの見方が穿ち過ぎて情報としての価値が全く無い。まぁ面白そうだし止めないが。

 

「や、大和は、寡黙だけどその分人の話を聞いてくれる。ゆっくりマイペースで、接する人に安らぎを与えてくれる。良いやつだよ」

「反応が鈍い上に優柔不断、と」

 

 いやぁ雪ノ下さん、あんたもしかして俺より性根が腐ってるんでねぇの。え?お前ほどじゃない?そっすね。

 

「……大岡は、人懐っこくて、いつも誰かの味方をしてくれる。良いや―」

「人の顔色を伺う風見鶏、と」

 

 いや、せめて最後まで言わせてあげよう。葉山も由比ヶ浜も若干引いてるぞ。まぁ俺も雪ノ下と同じような脳内変換してたから人のこととか言えないけど。

 

「誰が犯人でもおかしくないわね。葉山くんの話ではあまり参考にならないわ」

 

 まぁ葉山には最初からそこまで期待してなかったから良いんだが。そもそも葉山は三人を擁護する立場で、対する雪ノ下は三人の中から犯人を炙り出そうとする立場。対極に偏った二人の間での情報では、客観的な事実が含まれていないだろう。それでは全く意味がない。

 

「あなたたちはどう思う?」

 

 葉山からの情報をばっさり切り捨てた雪ノ下は、今度は俺と由比ヶ浜に意見を求めてくる。だから俺そいつら知らねぇの……

 

「え?どうと言われてもな……」

「俺その三人知らねぇし」

「あんなことをしておいて良く言うよ……」

 

 葉山がぼそりと俺に対して文句のような言葉を放つ。葉山が言ってるのは三浦(笑)の手を捻り上げた時のことか、はたまたテニスの時のことか。まぁどっちでもいいけど。

 思わず出てしまった言葉なのだろうか。葉山はハッとした顔になるも、俺が聞こえてない振りをしていたためにほっと胸を撫で下ろしていた。何かイラッと来たので一瞬だけ殺気を葉山に放つ。

 ……あ、びくってなった。冷や汗流してるし。よし、これからも授業中とかに殺気を送ってやろう。しかも指名されてるときとかに。なにそれ超面白そう。

 

「なら、調べてもらっていいかしら」

「……う、うん」

 

 由比ヶ浜は気乗りがしないのか、表情を暗くして苦笑いをする。

 

「……ごめんなさい。あまり気持ちの良いものでは無いわね」

 

 まぁ一応は同じグループのお友だち(笑)のことだ。心情的にも状況的にも聞きやすいものでは無いだろう。

 

「俺がやるよ。由比ヶ浜や葉山じゃやりにくいだろうしな。時間をかけるわけにも行かないだろうし」

 

 まぁ俺が聞き込み調査をしても、誰?とか言われるか逃げられるかのどちらかなんだがな。

 

「……少し心配だけれど、そうも言ってられないわね」

「はーい!あたしも、あたしもやる!」

 

 由比ヶ浜は元気に手を挙げ先程の暗い表情はどこへやら、明るい笑顔を見せる。

 

「それに、ゆきのんのお願いなら聞かないわけにはいかないしね!」

「そ、そう」

 

 と、雪ノ下は一見素っ気なく言い放つも、由比ヶ浜に言われたことが嬉しかったのか耳は赤くなり視線はゆらゆらと揺れて落ち着かない。ほんとうちの女子二人はお互いが好きすぎて困る。悪いことではないのだが、自分の目の前でやられると居心地が悪い。べ、べつに入れてもらいたいなんて思ってないんだからね!?……おぇ。キモい。

 

「仲が良いんだな」

 

 その後も、がんばるね、とか言いながら由比ヶ浜が雪ノ下に抱きついたり、それによって雪ノ下がさらに赤くなったりしているのを見た葉山が突然言った。

 その呟きにどんな意図があったのか、何を思ってそんなことを口走ったのか、そんなものは本人しか知り得ない。

 けれど俺には、悲壮感漂う呟きに聞こえてならなかったし、葉山が自分とそれ以外で線引きをしたようにも思える。

 

「あいつらは、な」

「……そうか」

 

 そして俺もまた、面白いだの強くなれだのつまらないだのと言って関わってはいるが、心のどこかではやはり独りなのだと認識している。それは過去の経験から作られた防衛方法で、そして俺の狂気を否応なく縛り付ける鎖でもある。いつかは彼女らのように、お互いを好きでいられて、仲が良くて、理解し合える関係が欲しいなんて、そんな世迷いごとを掲げたりもした。けれど俺の中に狂気が住み着き、性格が壊れ、脳が壊れ、心が壊れ、希望は消えた。救いは霧散した。俺は独りでいなければならない。狂気を持つのは己一人で構わない。

 

 だから俺は、やっぱり独りだ。



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心を殺した少年は、善人(爆)について考察する。

これから更新速度が落ちるかもです。
リアルが忙しくって……すみません。最低でも週一で投稿出来るようにしますので。


 翌日。

 由比ヶ浜はやはりアホであった。まああんまり期待してなかったから良いんだが、あくまで秘密裏にすべき事なのにも関わらずド直球で聞きに行くというのはある意味凄い。褒めてないが。

 結果的に由比ヶ浜の聞き込みで分かったのは赤いフレームの眼鏡の女子が腐界の住人だということぐらい。死ぬほどどうでもいい。

 

 そんな由比ヶ浜の様子を視界に納めながら、俺は机に突っ伏して寝ている振りをしながら葉山グループを観察する。四六時中女子と男子で一緒に居るわけでは無いようで、葉山を中心とする男子グループと三浦を中心とする女子グループで教室の前と後ろに別れている。だがそれも一瞬の事ですぐ女子グループ(というか三浦が)が葉山に近づきいつものごとく騒ぐ騒ぐ。ほんとうるさい。

 

 そんな葉山グループを観察し続けて二日程経過した。そろそろ職場見学のグループを決める筈なのでさっさと解決しなければならない。とは言っても由比ヶ浜は元々こういうことには向いていなかったのか調査は進んでいないようだし、俺も一つ案が無いことも無いが雪ノ下の方針とは外れる。

 

「ごめんっ!ぜんっぜん分かんなかった!」

 

 由比ヶ浜は雪ノ下に向かって両手を合わせながら謝っていた。まあ仕方ないと言えば仕方ないのだが由比ヶ浜はもう少し考えることをしたほうが良いと思う。え?お前何様だって?お☆れ☆さ☆ま

 ふぅ。俺疲れてんな。

 

「そう……それなら仕方無いわ」

 

 そう言いつつも雪ノ下は頭を抑える。まあ情報が集まらないとやりようが無いもんね。

 

「まぁ俺も出来る限り調査してみる」

「ええ。けれど、このままだと犯人を見つけるまでどれだけかかるか分からないわ」

「……犯人が見つからなくてもやりようはある」

「?何か案があるの?」

「ああ。それを説明するから、今日の昼休み部室に集まってくれ」

「……まあ、一応聞いてあげるわ 」

「そりゃどーも」

 

 

 

 ****

 

 

 

 そして時は昼休み。雪ノ下によって俺、雪ノ下、由比ヶ浜、葉山が部室に集められる。

 

「で、何か分かったのかしら?」

 

 窓に寄りかかっていた俺は雪ノ下に話を促され、葉山を真っ直ぐ見据える。

 

「犯人についてはさっぱり分からん」

 

 それを聞いて雪ノ下と由比ヶ浜はやっぱりかといった表情を浮かべ、逆に葉山は少しほっとしたような顔を浮かべる。それを素でやってるなら完全に良いやつなのだが、如何せん俺にはどこか演じているように感じられる。意識的にやってるにせよ無意識にせよ、だ。

 人の醜い部分だけを見て生きてきて、そういったものを見抜く技術が自然と身に付いてしまった。これもまた俺が狂った一因だろう。特に意識せずともそういった仮面を見破ろうとしてしまう。そしてその精度もバカにならないので質が悪い。

 

「だが一つ分かったことがある。それはあのグループは葉山のグループということだ」

 

 何を今さら、とでも言いたげな表情を浮かべる雪ノ下と由比ヶ浜。対して葉山は微苦笑を浮かべて俺に続きを促す。

 

「……えーっと、どういうことかな?」

「あぁ。言い方が悪かったな。つまり、葉山目当てのグループってことだ」

「そんなこと無いと思うけどな……」

 

 そう言って葉山は困ったように苦笑を浮かべる。何となく話が見えてきたのだろうか。

 

「なら葉山、お前は自分が居ないときの三人を見たことがあるか?」

「いや、ない……けど」

「いないんだから当たり前じゃん」

 

 由比ヶ浜が心底呆れたかのようにジト目を向けて来る。いやんっ!そんな眼で見ないでっ!

 ……ぐぅっえっ、おえっ

 やばい。由比ヶ浜のクッキーを食べたとき以上の吐き気がする。

 

「あいつらなぁ、お前が居ないときは喋りもしないしお互いの事を見向きもしない。つまりあいつらにとってお前は友達だけどあいつら同士は友達の友達なんだよ」

 

 そう。俺が観察していたこと。それは葉山が居ないときのグループだ。葉山が居るときはお互いに仲の良い友達のように接し、葉山が居なくなった途端スマホをいじり始める。あそこにあるのは固い友情などではなく、薄っぺらい上部だけの関係である。俺はそんなものを信じてきた結果狂人になり果てたし、俺ほどでなくともそんな経験をしてきたのは雪ノ下も由比ヶ浜も同じだろう。知らんけど。

 そして今回はその薄っぺらい関係の弊害その一、すぐ裏切る。が発動した。ただグループ内で裏切り合う分にはどーぞどーぞって感じなのだが、こうして周りを巻き込めるリア充(笑)グループだとほんとめんどくさい。これまでこういった類いのものは報復する時にしか関わっていないから穏便な納め方などこれっぽっちも知らない。

 

「そうだとしても、三人の犯行動機の補強にしかならないわ。犯人を突き止めないと事態の収束は望めないと思うのだけれど?」

「……そうだな。だが、犯人が分からないなら原因を取り除いてやれば良い」

 

 俺はいつだって壊すことで解消をしてきた。今回もそれと同じだ。犯人を割り出す方法も無いことは無いが相応のリスクを払う必要がある。こいつにそこまでする義理はない。俺がリスクを払うのは己と小町のためだけだ。

 

「葉山。お前が望むなら教えてやろう。犯人を突き止める必要も無く、これ以上事を荒立てることも無く、あの三人がさらに仲良くなれる……かもしれない方法を」

 

 俺はそうしてさながら悪魔のような笑顔を浮かべる。そして憐れな子羊葉山は、その提案に、頷いた。

 

 

 

 ****

 

 

 

「やあ、ヒキタニ君。隣、良いかい?」

「ダメ」

「あ、あはは……」

 

 ものすごい爽やかなオーラを振り撒きながらやって来たので思わず反射で断ってしまった。そして俺が断ったにも関わらず、隣の女子の席に座る。ちょっとー俺断ったんだけどー。

 と思ってたら向こうの三浦と腐海の住人が騒がしいので何とかしていただきたい。

 

「ありがとう。君のお陰で丸く収まったよ」

「俺はなんにもしてねぇよ」

「そうかい?……俺があいつら三人と組まないって言ったらあいつら驚いてたけどな」

「まあ雪ノ下は納得して無いようだったがな……ありがたいと思うなら代わりにあいつの罵詈雑言受けてくんね?」

「あはは、遠慮しておくよ……でもまぁ、これをきっかけにあいつらが本当の友達になれたらって、そう思うよ」

 

 そう話す葉山の視線の先には、今回のチェーンメールで随分と騒がせてくれた三人が居る。しかしその様子は変わっていて、葉山が居なくとも少しは話すようになったらしい。黒板に自分達の名前を書いて笑い合ってるのは何かムカつくが。

 葉山隼人が演じているお手本のような善人。それは俺にとって多大な違和感を抱くもので、同時に忌むべき対象である。狂人だからこそ、そういった下らないものを躊躇い無く壊そうとする。

 しかしそれを葉山隼人を見る俺という視点ではなく、葉山隼人を通して周りを見たとき理解する。理解してしまう。

 周囲に望まれ、それに応え、さらに望まれ、それに応えて、もはやそのことを当たり前のことのようにこなしている。周囲に飲まれ、結果自分の中の何かを見失う。あいつと俺の間には期待に飲まれたか悪意に飲まれたかという違いはあれど、失ってはならない何かを失ったのは同じだ。そして俺は悪意に溺れ、自分を見失い、狂気に堕ち、強大な理性を育て、結果歪な何かに成り果てた。葉山が仮面で押さえつけたのは自分自身。そして俺が理性という鎧で押さえ込むのは狂気。根幹にあるものはベクトルこそ違えど限りなく似ていて、そして限りなく違っている。

 だが、だからこそ俺は葉山が嫌いだ。確かに少しは面白いが、同族嫌悪というものは如何ともし難い。

 

 とまあ色々考えてはみたものの、結局は俺が勝手に推測して勝手に嫌っているだけだ。この違和感も何もかも勘違いで葉山は本当に良いやつなのかもしれない。だがまあそんなことはどうでも良くて、俺は常識も何もかも遠い昔に捨ててきた狂人だ。自分勝手に考えて、理性的に狂った狂人として、矛盾した自分を抱えて生きるのだ。

 だから俺は勝手に嫌う。

 

「あぁ、そう」

 

 そして素っ気なく返して机に突っ伏す。葉山はまたも苦笑いを浮かべるも俺はふつーに無視。というか戸塚が近づいてきたので葉山(笑)なんぞと会話する必要性なんか皆無なのである。

 

「ね、八幡。職場見学一緒に回らない?」

「え?……俺と?」

「?そうだけど……いや、かな?」

「い、いや全然。……俺で良いなら」

「うんっ!八幡がいい!」

 

 天使だ。やっぱ戸塚って天使なんだな。さっきの上目遣いといい不安げな表情といい何で戸塚は男なのか、そもそもほんとに男なのか分からなくなりそうなくらいかわいい。ほんと何なの小町の次にかわいいよマジで。

 ……神様は何で戸塚を男にしちゃったかなぁ。

 

「なぁ、戸塚」

 

 と俺が居もしない神への恨みに打ち震えていると、マイエンジェル戸塚に葉山(笑)が話しかけていた。その顔には真剣な表情を浮かべている。

 戸塚が「なにかな?」と葉山の方を向くと、葉山は立ち上がり軽く頭を下げる。

 

「ごめん」

「え、えっと……」

「テニスのこと。戸塚のことなんか何も考えないで踏み込んでしまった。本当にすまない」

 

 ほんとだよな。いまさら理解しても遅いっつーの。だがここ最近葉山と関わって分かったがこいつはそういう望まれる仮面を被るし、善人としてあるべき姿を演じる。けれどこの謝罪には、そういったものではない葉山自身の意思が少しだけ感じられるような気がする。

 

「あ、う、うん。別に気にしてないよ」

「……そうか」

「うん。だからこの話はこれでおしまい……あっ」

 

 そして戸塚は俺と葉山を交互に見て、うんっ!と一人頷くと

 

「じゃあ、葉山くんも入れてこの三人で組もう!」

 

 おーうそう来たか。嫌ってやる宣言をしたところ(一方的に)でそんな提案……まあ戸塚も居るならそんなに苦ではないだろうが。

 

「ふっ……じゃあ、どうやら同じ班になるらしいね。よろしく、ヒキタニくん」

 

 戸塚の提案に少し驚いたような顔をしていた葉山だったが、ふっと息をつき俺に手を差しのべる。どうやら握手をしろということらしい。

 

「はぁ……はい、よっ」

 

 何だ何だこいつアメリカ人かと思いながら葉山の手を叩く。もちろんちょっと強めに。別にリミッターを外した訳では無いからそこまで痛くは無い筈だ。俺も傷害沙汰を起こしたい訳では無いのだ。

 そして俺が叩いた手を擦りながら葉山は黒板の方へ歩いていく。そんなに痛かったのん?

 葉山が黒板に戸塚、葉山、比企谷、と書く。漢字だと間違えないのな。

 

「あ、隼人そこにするん?ならあーしもそこにする」

「嘘、葉山くんそこに行くの?」

「あ、私もそこにするー」

「俺も俺もー」

「パないわ、隼人くん超パないわ」

 

 まあその後はご想像の通り。結局クラスのほとんどが俺たちと同じところに行くことになった。ほんと葉山が教祖か何かに見えてきた。新興宗教葉山教(笑)。

 そんなクラスメート達を苦笑しながらも見つめている葉山。あの演技の下には何が隠されているのか、葉山の思考をトレースできるほど俺は葉山のことを知らないから分からない。けれど少なくとも、良い気持ちで見ている訳ではないだろう。あれだけ葉山隼人という演者のもとに人が集まる。けれどそれは本当の自分を見ているわけではない。それを理解しているからあいつの笑顔は薄っぺらい。

 

 そして、それを見ている俺のこの狂人という自覚でさえも―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局は、偽物なのかもしれない。



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心を殺した少年は、毒虫と出会う。

ごめんなさい!週一投稿を完全にサボりました!
今日から時間があるのでまた更新頻度あげたいと思います……


 中間試験。

 それは学生であれば誰にでも訪れるものである。そしてその時期は学校にもよるが高校生でも中学生でも基本的には変わらない。

 つまり、俺が中間試験を迎える時期には、小町もまた中間試験を迎えるのである。

 

「……あの、お兄ちゃん」

「……どした」

「べ、勉強……教えて」

 

 

 

 ****

 

 

 

 放課後、小町に頼まれた通り勉強を教えている。ただ家だと親が帰ってきたときに俺と小町が一緒に居るところを見られると面倒なことになるのでサイゼにて勉強会をする。由比ヶ浜が勉強会しようとか何とか喚いてた気がするが小町との予定より優先すべき事柄など世界の何処を探しても存在しない。というか小町から誘ってくれたのが嬉しすぎてちょっと泣いた。

 

 まぁそんなわけで学校の帰りにそのままやっちゃおうということでサイゼで待ち合わせをしたのだが、そこで事件は起きた。小町が男を連れてきたのだ。小町を待っている間由比ヶ浜達が入ってきた気がするがそんなことは些事に過ぎない。問題なのは小町が男と一緒にサイゼに来たということである。

 その男の名前、年齢、小町との関係などなどを早急に聞き出し場合によっては始末しなければならない。

 そういうわけでまずあの毒虫を捕獲するべく自作のスタンガンを鞄から取りだし、テーブルに備え付けられているナイフを手に構え――

 

「はいお兄ちゃんストーップ」

「止めてくれるな小町。俺はこうしなければならないんだ」

「気持ちは嬉しいけど、大志くんはお友だちだから」

「……ほんとに?」

「うんっ!大志くんは一生 お と も だ ち だから」

「……そうか。なら良い」

 

 見事なお友だち宣言にその毒虫は軽く撃沈していたがざまあ見ろとしか思わない。お前と小町は釣り合わん。

 そしてこの時、俺たちはそこそこ大きな声を出していた。そして小町ほどの超絶美少女が大きめの声を出したら目立つ。何なら世界のどこに居ても察知できる。

 そして俺は先程、由比ヶ浜、雪ノ下、戸塚がこのサイゼに入ってきたのを確認した。つまりこのそこそこ広い室内にあの三人は居るのである。

 Q.するとどうなるか、

 

「あ!ヒッキー!」

 

 A.気づかれる。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「……さて、川崎大志。貴様小町の友達を名乗るならそれ相応の覚悟はあるのだろうな……?」

「うん。ちょっと落ち着こっかお兄ちゃん」

 

 由比ヶ浜たちの席に引っ張られ、最終的に俺、小町、戸塚と由比ヶ浜、雪ノ下、毒虫(かわさきたいし)の順に向かい合って座る。もちろん俺は毒虫の正面に座ってめっちゃ睨んでる。そして右手でしっかり小町を抱き寄せている。小町は誰にもやらん。

 

「……比企谷くん、一体なんなの」

 

 雪ノ下が頭を押さえながら俺にそんなことを聞いてくる。随分と抽象的で雪ノ下らしくない問いだなと思いつつも、毒虫の様子を見て納得する。

 俺に睨まれながらがたがた震え、助けを求めるように小町の顔を見るがその瞬間俺が殺気を飛ばす。そして毒虫は冷や汗だらだらで死にかける。まあこんな状態を見たら流石の雪ノ下でも戸惑うか。

 

「あーっと、こいつが妹の小町だ」

「どーもいつもお兄ちゃんがお世話になっておりますっ!比企谷八幡の妹の比企谷小町です!……うっはーお兄ちゃん何でこんな美少女三人に囲まれてんの!?一体何があったの!?」

「あほ、この場に美少女は小町一人だっての」

「ふぇっ!?……い、いきなりは反則!」

 

 そして俺が毒虫を華麗にスルーしながら全世界の常識を口にするも、小町は顔を真っ赤にして俺の腕から抜け出す。あぁ、小町よ行かないでくれ。

 そして戸塚は性別:戸塚なのので美少女では無く美戸塚だから無問題。

 

「あはは、八幡と妹さん仲が良いんだね」

「……まあ割と最近からだけどな」

「そうなの?」

 

 戸塚が不思議そうに首を傾げる。いやー戸塚はやっぱり可愛い。戸塚可愛いとつかわいい。

 

 だがまあここまで表だってベタベタできるようになったのは割と最近からだ。具体的にはチェーンメールの件を解決した辺りから。今まで俺が小町を遠ざけてたのは小町に悪影響を与えないようにするのと、俺自身を両親から守るためだった。そしてその前提は既に崩れたのだ。まず小町への悪影響については奉仕部とその関係者との接触で俺が及ぼした悪影響なんかほとんど見受けられないため安心して良いと分かった。そして俺自身を守るためということだが、これについては日々トレーニングを積んでいるお陰と脳のリミッター解除の力でいくらでも返り討ちに出来る。

 まあそういうわけで俺は表立ってシスコン活動が出来るようになった。しかしまあ一つ想定外のことが起きた。自分で言うのも何だが小町がブラコン化しているのだ。それについてはドンと来いというかウェルカムなのだが俺が止まれなくなりそうで色々危ない。まあ小町を傷つけるなんてあり得ないから小町が俺の理性を殺しにかからない限り大丈夫だ。

 実験台にしていた奉仕部の二人や戸塚達には若干申し訳なく思うような気もするが小町とのイチャラブためだ。許してもらおう。

 

「えーっと、八幡の友達の戸塚彩加です」

「どもども、お兄ちゃんがお世話になっております。……いやー可愛い人だねーお兄ちゃん」

「んーまあ男だけどなー」

「またまたご冗談をー……え、ほんとに?」

 

 小町は信じられないと言うように何度も俺と戸塚を見比べる。まあその気持ちはわかる。俺もたまに戸塚が俺と同じ男だと思えないもん。

 

「え、えっと、始めまして、ヒッキーのクラスメートの由比ヶ浜結衣です!」

「あー始めまし……て……んん?」

「あ、あはは」

 

 由比ヶ浜と挨拶を交わす小町。しかし唐突に切り、いきなり由比ヶ浜の顔を訝しげに見つめる。そして十秒ほど経った頃、律儀に待っていたらしい雪ノ下がん、んんっ、とわざとらしい咳払いをする。はっとして小町は視線を由比ヶ浜からはずし、雪ノ下を見る。

 

「はじめまして、雪ノ下雪乃よ。比企谷くんとは……クラスメートでは無いし、友達でも無いし……強いて言うなら、知り合い、かしら?」

「何故そこで疑問形……最初から知り合いって言っとけよ」

「うるさいわね。貴方にとやかく言われたくは無いわ」

「はいはい」

 

 小町は雪ノ下を見てほーとかへーとか綺麗な人ーとか言ってる。

 

「あ、あの、か、川崎大志っす!比企谷さんとは塾が一緒で……」

「ほぅ……」

「っ……ぅ」

「はーいだからお兄ちゃんストーップ」

「へぶっ」

 

 どさくさに紛れて自己紹介を始めた毒虫を軽く睨む。それだけで大志(毒虫)は萎縮し動かなくなる。これぞフ〇ウ・カナ〇バリジ〇!

 と、引き続き毒虫の処理を続行しようとするも小町に頭を叩かれて止まる。暴力反対!でも小町が相手なら許しちゃう!

 

「……それで、一体あなた達は何をしに来たのかしら?私たちは今勉強会をしているのだけれど」

「俺も小町に勉強教えてくれって頼まれて来たんだが……川崎大志、お前はどういう用件で小町と一緒にここへ来た?場合によってはサイゼに血の壁画が加わることになる」

「え、えっと……お、俺は、そ、相談を」

「相談?」

 

 毒虫は途切れ途切れながらも俺の質問に答える。そして部活がら反応せざるを得なかったかのように雪ノ下が毒虫に返す。そして毒虫は俺との会話から逃げられると思ったのか、雪ノ下に向かって事情を説明する。

 

 何でも姉が不良化して帰るのが遅いそうだ。酷いときは朝の五時ぐらいに帰ってくるらしい。それもう朝だし。

 

「なるほど……なあ雪ノ下、これ依頼として受けられねぇか?」

「……どういう風の吹き回し?あなたさっきまで物凄く睨んでたじゃない」

「いや、さっさと解決して小町に近づかせないようにする」

「……シスコン」

「マジキモイ」

「褒めるなよ照れるだろ」

「「褒めてない」」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜が声を揃えて否定する。だが残念だな。シスコンと言うのは俺にとって最高の褒め言葉だ。それだけ小町を愛せているように見えているのだから。狂人である俺は、普通の愛し方なんてとうの昔に忘れてしまった。まあろくに愛されたことなんて無いから元から知らなかったとも言えるが。

 そういう訳で俺は小町を愛している。小町も俺を少なからず好いていてくれる。何と素晴らしいことか。狂人に堕ちた俺には過ぎた幸せだ。だから俺は恐れる。この幸せが消えてしまうことを。俺の周りのやつらを巻き込んで、不幸のどん底に叩き落としてしまうことを。

 それは俺が背負うには重すぎる罪だ。だとするなら俺はどうすれば良いのか。守るためにはどうすれば良いのだろうか。…………まあ、答えが出るわけは無いな。俺狂ってるし。だとするなら、狂人は狂人らしく何も考えずにただ己の赴くままに動けば良い。何せ、俺には後悔するような心は無いし、悲しみも切なさも、およそ繊細な感情などとっくに捨てているのだから。



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心を殺した少年は、天使の階へ突入する。

「千葉市内でエンジェルと名のつく店は二つ。メイド喫茶とホテル・ロイヤルオークラのバーだ。そしてそのどちらかの店の店長から電話が掛かってきた……と」

「は、はい。そうっす」

 

 毒虫の登場により殺気増し増しだった俺は、小町成分を大量摂取することで落ち着きを取り戻し毒虫に提示された情報を纏める。

 

 この二つの中なら十中八九ロイヤルオークラのバーだろう。毒虫から聞く感じ真面目でちょっと怖い系(笑)の女子みたいだし。それに高級ホテルのバーのほうがメイド喫茶よりも学校関係者に会う可能性が低いはずだ。深夜のバイトなんてことをやる奴でも其くらいの計算は出来る。きっと。

 

「なら、その二つを当たってみる?」

「いやいや、普通に考えてメイド喫茶は無いだろ。材木座みたいなやつも居るし、学校関係者に会う確率がバーと比べて高すぎる」

「そうね。誠に遺憾ながら私も比企谷くんと同じ意見だわ」

 

 遺憾の意を表されてしまったが、この程度事情を聞いて情報を集めれば誰にだって出来る推理だ。由比ヶ浜?さあな。

 

「んー?結局そこに行くってことで良いの?」

 

 話に全くついてくることが出来なくなっていた由比ヶ浜がお得意の空気読みを発揮して確認を取ってくる。ずーっとぽかーんと話を聞いていただけで分かるなら空気読みって凄い。俺もやってみようかな。いやあれは『普通』の感性を持っているから実現するのだ。感情のほとんどを遠い過去にかなぐり捨ててきた俺に出来る筈が無い。

 

「ええ。そういうことになるわ」

「おい川崎大志。お前姉ちゃんの出勤状況分かるか?」

「え、えーーっと……」

「ちょっとお兄ちゃん睨むの止めて上げて。結構怖いから」

「え、あ、おう。すまん」

 

 俺は別に睨んだつもりは無いが、小町の言うことは絶対である。

 

「それで大志くん。結局お姉ちゃんのシフト分かるの?」

 

 アホの子もとい由比ヶ浜が毒虫に話しかけている。毒虫は何故か顔を赤くし、目に見えて落ち着きを無くし始めた。最初から落ち着いていなかったという意見もある。

 

「あ、え、えっと、流石に毎日って程じゃ無いんすけど……先週とシフトが変わってなければ明日と明後日はあるはずっすよ」

「そう。なら明日、都合が悪いなら明後日にそこに行きましょうか」

「あたしはどっちでも大丈夫だよー」

「そう。なら明日で良いかしら?」

 

 雪ノ下が由比ヶ浜に確認を取っているのだが、俺を忘れているのはわざとだろうか。故意にせよナチュラルに忘れているにせよ、俺が予定を確認され無かったことは確かである。

 

 

 

 ****

 

 

 

 俺の事情を一切加味すること無く訪れた当日。元々俺に予定なんて無かったという説もある。

 俺はこれまで全く使うこと無く貯めていた金で高級ホテルに相応しい服を買い、去年の誕生日に小町に貰った伊達眼鏡を装着し、ホテル・ロイヤルオークラのエントランス前で由比ヶ浜と雪ノ下を待っている。

 小町いわく俺の死にきった目も眼鏡によって目付きが悪い位に緩和され、髪をオールバックにした姿はさしずめインテリヤクザだと言う。いやインテリヤクザとか知らんけど。

 実際さっきからちらちら通行人に見られている。ホテルの前にヤクザが居るとか通報されないと良いが。

 

「……あ、あの」

「あ?」

 

 そんなことを考えながら待っていると、おどおどした声で話しかけられる。……そんな怖いなら話しかけなければ良いのに。

 

「わ、わわ、ホントにヒッキーだ」

「……由比ヶ浜か」

 

 と思ったら由比ヶ浜だった。

 はーとかほーとか言ってる由比ヶ浜を一先ず置いておき、突っ込みどころ満載の服装を見る。

 髪型は相変わらずのお団子。まあそれは良い。

 お気に入りなのかいつも首にかけているハート型のネックレス。まあこれも許容範囲だろう。

 だがこの服装はどうなのか。

 胸元を強調し生足を晒す所謂ナウでヤングな感じのファッションである。知らんけど。というかビッチ臭がスゴい。そしてこいつの場違い感がパない。高級ホテルに明らか一般人の見た目ビッチが居るという状況だ。

 

「……お前雪ノ下の話聞いてた?」

「え?大人っぽい服でしょ?」

「あっそ。じゃあお前はそれで入れ。俺とはタイミングずらして」

「え、何かあたしダメだった?」

 

 と、人の言葉を正しく理解できない程にアホだったのかと由比ヶ浜に戦慄していると

 

「ごめんなさい。少し遅れたかしら」

 

 俺の予定も聞かず作戦を立てた張本人が颯爽と現れた。

 上品なドレスに身を包み堂々と歩いてくる。その姿に由比ヶ浜はぼうっと見惚れ、いつもならゆきのーんと騒ぎながら抱きつくのだろうが今は大人しくなっている。俺?狂人に美しさが理解できる筈がないだろう。

 

「いや、時間は別に大丈夫だ。それより由比ヶ浜をどうにかしてくれ」

 

 由比ヶ浜の方を顎で指し、雪ノ下に問題を伝える。するとそれで理解したのか一つ溜め息を吐き、由比ヶ浜に話しかけた。

 

「由比ヶ浜さん。大人しめの服、と伝えた筈なのだけれど?」

「え、大人っぽい服じゃないの」

「ええ。これから行くところはそんな軽薄な格好で入れる場所では無いもの」

「けーはく?」

 

 由比ヶ浜の発音は怪しかったが事態は理解したようである。

 そしてそのまま由比ヶ浜は言われるがまま雪ノ下宅へと連れていかれた。雪ノ下の家にはそういった類いの衣装も割とたくさん有るのだそうだ。それが何を意味するのかは……いや、俺にとってはどうでも良いことだな。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 雪ノ下と由比ヶ浜をエスコート(笑)しながらバーに入る。静かな雰囲気の中、何だかよく分からない洋楽が流れていて俺のような中流階級の人間が入る世界ではない。もちろんファミレスよろしく何名様ですか何て聞かれることもなく静かに案内され、川崎のカウンターに座ることが出来た。

 目の前には此方を見ることもなく黙々とグラスを磨いている川崎が居る。

 

「さて、川崎沙希。家族に心配かけるとは感心しねぇなぁ」

 

 さあ、楽しい楽しいオハナシ(説教)の時間だ。




週一投稿?













…………ごめんなさい。


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心を殺した少年は、川崎沙希とOHANASHIの約束をする。

まずは謝罪を。
長らくお待たせして申し訳御座いません。学総で武甲山に登ったり中間考査期間だったりで中々時間が取れませんでした。
週一投稿をすると毎回宣言して毎回破ってる気がしますがこれからは頑張ります。

ではどうぞ


「さて、川崎沙希。家族に心配かけるとは感心しねぇなぁ」

 

出会い頭にそんな言葉を川崎沙希に叩きつける。もちろん川崎は困惑している。そりゃあ見たことも聞いたこともない(多分)ぱっと見インテリヤクザの男にいきなりこんなことを言われたらそうなるだろう。それくらいは狂人にも分かる。

 

「あ、あの、失礼ですがどちら様でしょうか」

 

どうやら警戒されてしまったようだ。そりゃまあ見たこともない男に家族の話をされたのだ。警戒しないほうがおかしい。だがな、そこまであからさまに警戒するようでは自分は弱いですと主張するようなものだぞ。

 

「ちょっとヒッキー、いきなりそんなこと言わないの。川崎さん困ってるでしょ」

 

と、俺が川崎の睨みをかるーく受け流していると由比ヶ浜が仲裁に入る。俺一人ではまともな雰囲気は出来上がらなかっただろうしぶっちゃけ川崎の事情とかどうでも良かったりするので助かる。俺の目的はあくまで大志(毒虫)の駆除、あるいは小町から遠ざけることである。俺の理想は川崎家の問題が解決し、小町と大志が疎遠になっていくことなのだ。

 

「ん?……由比ヶ浜、か」

「私も居るわよ」

「……雪ノ下」

 

いきなり話しかけられたことで俺を警戒していた川崎は、由比ヶ浜を見つけ、次いで雪ノ下を見つけると諦めたようにため息を吐く。

 

「……そっか。ばれちゃった、か。てことは彼も総武高の人?」

 

思っていたよりも淡々と状況を受け入れているようだ。案外肝が据わっている。

 

「うん。おんなじクラスのヒッキーだよ」

「……ヒッキー?……同じクラス?」

 

川崎が俺の顔を見て首をかしげている。俺は金髪ドリルやリア王の件でそれなりに悪目立ちしているので俺の事を知っていてもおかしくは無いのだが…………ああ、あれか。今の俺は眼鏡で死んだ目を隠してるからな。そりゃ気づかれないわ。

俺の識別ポイントが死んだ目となっている件について。

 

「比企谷八幡だ。今日はお前の弟が俺の天使に相談という体で迫ってきたからさっさと解決してお前の弟を小町から排除するために来た」

「……は?」

 

川崎が俺をゴミを見るような目で見つめる。なので無表情で見つめ返す。………………よし、川崎が目を反らした。俺の勝ち。何がだ。

 

「……あの、何でも良いけど座りましょう」

 

……ふむ。そうだな。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「……何飲む?」

「ペリエを」

「あ、あたしもそれで!」

 

落ち着いた雰囲気の中、川崎が注文を聞いてくる。何故雪ノ下が慣れを感じさせるほど堂々と注文しているのかは知らないが、由比ヶ浜はもう少し勉強するべきだと思う。こういう飲食店に入って注文する飲み物は決まっている。そう――

 

「あんたは?」

「ふっ……MAXコーヒー」

「いやいやヒッキー、有るわけないでしょ」

「……あるよ」

「あるの!?」

 

ふはは、やはりマッカンは最強だ。高級ホテルのバーにすら領土を広げているのだ。なのに何故か他県には少ないよね。

 

「……どうぞ」

 

慣れた手つきでグラスを用意し、それぞれに飲み物を配る。コースターの上に乗せられたグラスを手に取り、目線の高さまであげて目礼してから一口飲む。……ふむ。やはりマッカンは良いものだな。ちなみに礼儀作法なんか知らなかった由比ヶ浜がわちゃわちゃしてたが放っておく。

 

「で?三人揃って何しに来たわけ?まさかデート?」

「まさか。隣のこれとデートになんか来るわけ無いでしょう。冗談にしては悪質だわ」

「何?お前は俺を罵倒しないと死ぬの?」

「あら、貴方ならこの程度の罵倒は効かないと思ったのだけれど」

「まぁそうだけど……」

「効かないんだ……」

 

だからって、ねぇ。あんまり攻撃されると反撃したくなってくるんですもの。まあその辺はいつか身を持って学んで貰うとしましょーか。

そして由比ヶ浜と川崎、お前ら何故哀れみの視線を向けてくる?

 

「……お前の弟から俺の小町(天使)に相談が来てな。だからさっさと解決してお前の弟を小町(天使)から引き離そうと言うわけだ」

「はぁ?」

「……まったく、この男は。川崎さん、最近貴女の帰りが遅いと弟さんが心配していたの」

「で、その原因をあたしたちが突き止めようってことになったの」

 

雪ノ下と由比ヶ浜が交互に説明していた。何だろう。こいつら連携がパない。べっー、べっーわ。マジべっーわ。……思わず戸部化してしまった。

 

「ああそう。うちの大志が迷惑かけたみたいだね。大志に話はしとくから、もう良いよ。ぶっちゃけそういうの鬱陶しいし」

 

おーっと!ここで川崎がきっぱりと拒絶ー!!!見事に場を凍りつかせ、雪ノ下との間にものっそい緊張感が漂います!さあ、開戦は何時になるのか!?

 

「……止める理由ならあるわ」

 

そう言って、雪ノ下は手首に巻いてある腕時計をちらと見やる。わりかし早い開戦だね。もちっと待っててくれないとMAXコーヒー味わえないんだけど。

 

「十時四十分……シンデレラなら後一時間ほど猶予はあったけれど、貴女の魔法は今ここで解けてしまいそうね?」

「魔法が解けたなら、後はハッピーエンドが待ってるんじゃないの?」

「あら、それはどうかしら人魚姫さん?あなたに待っているのはバッドエンドかもしれないわよ」

 

場の雰囲気に合わせたのか、八幡式フィルターを通してみれば殺傷能力が高すぎると分かる言葉の応酬さえ、上流階級のお遊びめいた物になっている。もちろん由比ヶ浜は理解できていない。

 

「……やめる気は無いの?」

「ん?無いよ?……まあここはやめるとしても他のところで働くし」

 

十八歳未満が夜十時以降働くのは禁止されている。だが夜の仕事と言うのは例えバイトでも時給は高い。毒虫から大体の事情は聞いているから何故川崎がこんなことをしているのかは大体想像がつく。それを俺は否定する気も肯定する気も無い。俺だって人のこと言ってられない状況だし。

 

その後も由比ヶ浜と雪ノ下が説得を試みるも、その悉くを否定される。

 

「別にこっちは遊ぶ金欲しさに働いているわけじゃない。そこいらのバカと一緒にしないで。あんたらも偉そうなこと言ってるけど、あたしのためにお金、用意できる?うちの親が用意できないものを、あんたたちが肩代わりしてくれるんだ?」

 

返される言葉は辛辣で、なおも川崎は近付くな、邪魔をするなと吠えるように睨み付けてくる。だがその言葉とは裏腹に、細められた瞳には涙が浮かんでいた。

 

「それ、は……」

「それぐらいにしなさい。それ以上吠えるなら……」

 

そこで雪ノ下は一度言葉を切る。そしてそれによって雪ノ下が発するプレッシャーも高まっていく。俺にとっては大したことの無い威圧でも、『一般』の範疇に生きる川崎は微かにたじろぐ。

しかしそれも一瞬のことで、小さく舌打ちした川崎は雪ノ下を睨み付ける。

 

「……ねえ、あんたの父親さ、県議会議員なんでしょ?そんな余裕があるやつにあたしのこと、分かるわけ、無いじゃん……」

 

川崎が吐き出したそれは、諦めの言葉。俺が小さい頃に何度も吐き出した、理解を求めるその言葉。俺が既に忘れてしまったもの。希望を求める小さな願い。そしてそれでいて諦観を含んだ哀しき言葉。それは呪詛となり雪ノ下を痛め付ける。音を立ててグラスを倒した雪ノ下を見て、家庭の事情ってのはどこにでもあるもんだなと感じる。

 

「……由比ヶ浜、雪ノ下を連れて先帰れ。俺を待つ必要は無いから雪ノ下に付いてろ」

 

俺はMAXコーヒーを飲みながら、これから川崎に語ろうとしていることを纏める。

 

由比ヶ浜が雪ノ下を連れて出ていってから五分ほど経った頃、俺は何の脈絡もなく語りかける。

 

「なあ川崎、何で歳誤魔化してまで働いてんだ?……何て分かりきったことを聞く気は無い」

 

いきなり喋りだした俺を川崎は軽く睨んでくるがそんな程度でやられるほど俺は柔じゃない。

 

「どうせ予備校代とか大学の学費だとかそんなとこだろ?別に俺は歳誤魔化して働くことを悪だと断じる気は無いし、寧ろそこまで出来てすげーと思う。……だがよ、お前さあ。別に親に嫌われてる訳じゃ無いだろ?ただ単に金が足りないだけなんだろ?なのに家族に心配かけて働かなきゃならんほど、お前は追い詰められてんのか?」

「……何よ、あんたに、あんたなんかに、あたしの何が……ッ」

「俺さ、ネグレクトされてんだわ」

「は?」

 

俺が気楽に、

()()()()()()()()()()()()を口に出す。川崎は何を言われているのかか分からないようで、呆けた顔のまま静止する。

 

「だーからネグレクトだネグレクト。育児放棄だよ。しかも小さい頃から殴られ蹴られで身体中傷だらけだ。……今は関係ないか。まあそんなわけで俺の親は毎月保護者の義務だかなんだか言って生活費だけ払う。つまり俺は学費なんか最初からゼロなんだ」

「……え?いや、でも」

「もちろんお前のように深夜のバイトもやってるぜ?」

「……………………」

 

川崎は驚きと同情と喜びの混ざった奇妙な表情を浮かべる。それが同じ境遇の存在と出会えたがゆえの物かは本人にしか分からないが、兎も角これで俺の話を聞かせる土台は出来た。

 

「別に俺の方が辛いんだからとかそんな腐りきった毛ほどの価値も無い言葉を投げるつもりはない。だが一つだけ聞け。……お前、このままだと家族巻き込んでバッドエンド確定だぞ」

「……は?何?何のこと?」

「自分の体のことだろ?それぐらい分かってる筈だ」

「ッ!?」

 

川崎は驚愕に目を見開き、明らかに動揺したまま俯く。俺もそれきり何かを言うことも無く、未だ半分ほど残っているMAXコーヒーをただ飲むだけに徹する。こういったときに話しかけられるのは苦痛となるのだ。他の人にとってもそうなのかは知らないが、未だ俺が狂いきっていなかった頃の体験だ。少なくとも間違いでは無いだろう。

 

「……そっか……お見通し、か」

 

自嘲に頬を歪め、俯いたまま静かに、涙に震えた声を絞り出す。

 

「……ねえ、明日の放課後、ちょっと付き合ってくんない?」

「……別に構わんが」

「ん、ありがと」

 

そうして俺はMAXコーヒーを飲み干し、代金を支払ってバーを出る。その間ずっと、川崎の瞳は涙に濡れていた。



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川崎大志は、川崎沙希に説教をする。

どうも皆さん。週一投稿をするといいながらも一ヶ月投稿しなかった作者でございます。

いやね、部活で二週に一回泊まりで山登りをさせられたり、新しい連載を始めたりしてたんですよ。まじさーせん。

ではどうぞ。


「……ごめん、待たせたね」

「いや、別にどうってことねぇよ。寧ろすっぽかされなかったことに驚いてる」

「そんなことするわけ無いでしょ……」

 

 川崎のバイト先に突撃をした翌日。俺は川崎に指定されたハンバーガーショップに来ていた。ポテトのSで三十分粘り、段々混雑していく店内を横目に川崎を待つ。そして漸く川崎が到着し、謝罪する川崎をさっさと座らせ話を聞くことにする。

 

「で、何か話があるのか?」

「ん……話って言うか、相談かな?」

「はぁ」

 

 相談。相談ねぇ。俺に話して意味があるのだろうか。それは家族に話すべき内容じゃねーの?まあ本人がそれで良いってんなら別に何も言わねぇが。……いや、やっぱ言うかも。

 

「うん。あんたも、その……働いてるって言うし」

「あー、まぁそうだが。つっても俺とお前じゃ似ているようで大分状況も条件も違うからな。あんま参考にゃならんと思うぞ?」

「ん。それでも良いよ。実際はただ愚痴聞いて欲しいだけだし」

「はぁ」

 

 色々と溜まっているのだろう。同じような境遇のやつが居れば吐き出したいとも思うのだろう。俺には良く分からんが。

 

 それから語られたのは、お涙頂戴の感動話だ。普通の人なら同情なり何なりを抱くであろうエピソードだ。

 だがそれは、俺にとっては余りにも意味の無い話。感情を落としてしまった俺には、到底理解など出来ない話。だがそこで突き放すほど落ちぶれてはいない。

 だから川崎の気が済むまで聞いてやる。疲れたような顔で話す川崎はしかし、俺のような異常者とは違う、ただ真面目で家族想いなだけの女の子だ。だというのに家族のためにと無理を重ね、俺に止められなければいつか倒れていただろう。そして深夜バイトが学校側にバレ、家族にバレ、下手すりゃ家庭崩壊。まあそれは極端かもしれないが。俺の家族は小町だけだからね。分かる筈がない。

 

「……まぁ、そんな感じかな。ありがとね。最後まで聞いてくれて」

「おう。まあ聞くだけだし大して苦にはならねーよ」

「そ、ならあたしはそろそろ帰るね」

「まーまー待て待て。俺の話も聞いてけや」

 

 言うだけ言って帰ろうとする川崎を止める。こうやって川崎の鬱憤を晴らすだけでは根本的な解決にはなり得ない。という訳で俺は型落ちどころかそもそも折り畳み式のケータイを取りだし、格安で利用できる数少ない機能の一つである通話機能を使用。店内で待機して貰っていた小町達を呼び出す。毒虫(大志)がビクついていた気がするが気にしない。

 

「……姉ちゃん。さっきの話、どういうこと」

 

 大志は驚愕に目を見開く川崎の前に立つと、俺への恐怖を押し殺し、静かな怒りと幾ばくかの悲しみ、そして混乱の入り交じる声で詰問する。川崎は少し俺を睨んだ後、大志の言葉をにべもなく切り捨てる。

 

「……別に。あんたには関係、ない」

「何だよ、それ……無いわけ無いだろ!」

「ッ!」

 

 そう。今まで川崎と大志、一対一で話していたから川崎には逃げ道があった。だがここは放課後のハンバーガーショップ。人目もあるし、何より事情を知る俺や雪ノ下、由比ヶ浜、小町がいる。さらに総武校生が居るかもしれないこの場で必要以上に騒ぎ立てることは自身の身を危うくすることに繋がる。そして俺をこの時間に、しかも駅から程近いこの店に呼び出してしまうほど川崎の危機管理能力は落ちている。余裕がなくなっているのだ。

 

「家族だろ!何で相談してくれなかったんだよ……!」

 

 そして大志もまた、悔しさに歯を食い縛り、自身の無力さに怒り狂っている。何故家族の抱える問題に気づき、支えてやることができなかったのかと。そして俺は、その光景を何処か冷めた目で見ていた。

 

「まあまあ、お前ら少し落ち着け。ここは店の中だ。騒ぐなら外行くぞ」

 

 そのまま流れるような手際でゴミを片付け、川崎姉弟を引っ張って外に連れ出す。あのまま放っておいても更にヒートアップして取り返しのつかない亀裂が出来てしまう未来しか見えない。別に予知能力があるわけではないが、壊し壊されることについては最早専門家とも言える俺がそう思うのだ。

 

「ちょ、お兄ちゃん!置いてかないでよ!」

「あー、スマンスマン。雪ノ下達もいきなり店出ちまってすまんな」

 

 二人を店から出て五分ほど走ったところにある住宅街の中の小さな公園に連れ出し、追い付いた小町達に謝罪をする。

 

「はぁ、はぁ……良いわよ、別に……はぁ、あのまま……んっ、けほっ、ほ、放っておいても、冷静に話し合えるとは、……思えないもの」

「……ゆきのん、大丈夫?」

 

 雪ノ下の体力を計算に入れてなかった。というか何でそんな体力無いんだよ……

 

「大志、川崎」

 

 雪ノ下達から視線を外し、俯いたまま向かい合う大志と川崎に向き直る。

 

「ちっとは頭も冷えたと思うが、未だ問題は解決していない。そうだな?」

 

 俺が念を押すと川崎は力なく微かに頷く。それを見届け、俺は小町に持ってきて貰った資料を取り出す。

 

「ほれ、川崎。俺が用意した解決策だ」

「え……?」

 

 困惑の眼差しを向けられるが、それを気にもせず資料を川崎に押し付ける。

 

「そこに書いてあるのは俺が行ってる予備校のとある制度の資料だ。スカラシップっていうんだが、学力が一定の水準を越える生徒の授業料を無料、ないし減額してくれるものだ。こっちは大学生向けの奨学金制度の資料。基本的には返さなきゃいけないが、給付型なんてのもある。他にも色々あるぜ?総武校(うち)は進学校だし、そういう資料も揃ってる。ちゃんと調べろ」

 

 そもそも川崎が働き出した原因は予備校代の捻出、及び大学の学費を稼ぐためだ。普通にアルバイトをしたところで、予備校代ぐらいは何とかなるかもしれないが大学の学費など稼げるはずもない。そしてそういう家庭というのは世の中に幾らでもある。ならばそれを助けるのも国という組織の義務である。ということは金銭的な問題を解決するための制度だって幾らでもある。勿論審査の基準は厳しいが。他にも学校側に聞けば提示してくれる資料、実際に俺が利用している制度。その他諸々を呆然とする川崎に説明する。

 

「……さて、色々と言ったがこれが俺の提示した解決案だ。利用するかどうかはお前次第……と言いたいんだが、こっからは理屈じゃない感情論の出番だ。という訳で大志、言いたいこと言っとけ」

「え、あ、はいっす!」

 

 同じく呆然としていた大志に話を振る。こいつらは家族なのだから、説教は身内がしてやれば良い。俺自身川崎には物申したいことがかなりあるが、それをするのは俺の役目じゃない。

 

「姉ちゃん」

「……なに?」

「まずはごめん。俺のせいでそんなことになってたなんて、気づけなかった。少し考えれば分かることなのに……」

「そんな……こっちこそごめんね。心配かけちゃって」

「そうだよ!俺も、ちび達も、心配したんだからな!」

「ん、そうだよね……ごめん」

「ほんとだよ。でも……ありがとう。俺の、俺たちのこと、ちゃんと考えててくれて」

「お礼をいうのはこっちだよ。ありがとね……こんなバカな姉ちゃんだけど、これからも一緒に居ていいかい?」

「……当たり前、だろ!」

 

 静かに涙を流しながら、姉弟は抱き合う。その姿はとても美しいのだろう。きっと俺には理解できない美しさを持った光景を、俺たちは静かに見守る。

 

 由比ヶ浜は、見るもの全てを包み込むような優しい笑顔で。けれど、何か眩しいものを見る様に、目を細めて。

 

 雪ノ下は、無表情のまま、けれど暖かい慈愛と少しの羨望を孕んだ目で。

 

 小町は、いつかの思い出を懐かしむように、澄んだ瞳で。

 

 ならば俺は、どんな想いでこれを見つめているのだろうか。自分のことなのに分からない。……いや、とっくに擦りきれた心なのだから、それが当たり前だろう。だが何も感じていないとも言えない。どんな名前を付ければ良いのか分からない感情が、静かに、けれど確かに燻っている。それは決して慈愛や理解などではなく、きっと無意識に夢想した仮定の結末。まともな心を持っていれば、あるいは具体的な名前をつけるられたのかもしれない。

だが、俺には結局()()()感情が存在しない。不安定で不完全な、偽物とも呼べる歪なココロがあるだけ。だからこの気持ちに感じることは無い。それはどう取り繕おうと、偽物でしか無いのだから。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

「きょうだいって、ああいうものなのかしらね……」

 

 夕日を浴びながら、雪ノ下が不意に漏らす。

 

「さあ?少なくとも俺にとっては、一番近くて一番遠い存在だな」

「一番近くて、一番遠い……そうね、それは……良く、分かるわ」

 

 それきり大した会話もなく、雪ノ下、由比ヶ浜と別れ、それぞれの帰路につく。小町の希望により、自転車を転がしながら歩いている。

 

「いやー、解決して良かったねー。良いことをすると気分も良いっ!」

「お前今回大したことしてないだろ」

「そりゃまあお兄ちゃんに見せ場持ってかれたしねー。あ、でも最終的には大志君が解決したってことなのかな?」

「ま、俺がどうこう言うより家族が言ってやった方が良いだろ」

「……そー、だね」

 

 俺が家族という言葉を出したからか、小町が悔しそうに歯を噛み締める。それによって俺と小町の間に幾分か重い空気が蔓延し出した。だがその空気もすぐに小町によって打ち砕かれる。

 

「で、でもさー、良かったね。ちゃんと会えて」

「あ?」

 

 唐突にそう切り出した小町の言葉の意味が分からず、思わず聞き返す。

 

「お菓子の人。ちゃんと会えてたじゃん。良かったねー結衣さんみたいな可愛い人と知り合えて」

「……なーに言ってんだ。小町の方が可愛いっての」

「お、お兄ちゃん、不意打ちは卑怯!」

 

 笑いながら照れる小町を宥める。

 

 だが、そうか。由比ヶ浜がお菓子の人、か。……ならば、確認した方が、良いんだろうな。




祝!!『今日が最後の人類だとしても 2』&『幻獣調査員 2』発売決定!

という訳で皆さん!二巻ですよ!しかも同時発売!イヤッホォォォォォォイ!!!
と、キャラ崩壊を起こし、母に結構マジなトーンで心配されました。解せぬ。

クーシュナやユージの活躍を期待しましょう。


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心を殺した少年は、職場見学へと赴く。

今回で原作二巻分終了!

ちょっと短めです。


 テスト期間が終了し、やって来た月曜日。その放課後。なんか葉山に負けるのも癪だったのでちょっと点数上げて学年二位に躍り出てみた。というかもしかしたら一位かもなーなんて思ってたら雪ノ下が普通に一位取ってた。

 

「ヒッキー!順位三つ上がったー!」

 

 そして休み時間ごとに報告に来ていた由比ヶ浜が学年順位上昇に歓喜している。元がほぼほぼ底辺みたいなもんなんだから三つ上がったところでそこまで喜んで良いのか。全くもって疑問である。

 

「おー、そりゃ良かったなー」

 

 という訳でまずは由比ヶ浜が本心から俺に関わっているのか判断するべく観察をする。その一環として勉強会なんかにも参加してやった。

 

 観察の結果、少なくとも嫌々参加している感じはしなかった。まあ俺が見破れないほど仮面が分厚いという可能性はあるが、それを疑いだしたらキリがない。そもそも俺とて観察しただけで全てを見破れる筈がないのだ。人間(?)だし。結局ハテナマークが入ると言う。

 

 

 

 所変わって職場見学当日。

 

 ほぼほぼクラス全員を引き連れた葉山は相変わらずリア王(笑)である。デュフフ。

 

 とはいえこの見学自体は特に退屈しないと思われる。機械って何か滑稽だよな。見てて面白い。

 

 ────────

 ────

 ──

 ─

 

 ……はっ!あ、ありのまま今起こった事を話すぜ。ガシャンガシャン動く機械を心の中で社畜扱いしていたらいつの間にか解散していた。何を言ってるか分からないだろうが俺も分からん。要するに置いてかれました。いやまあステルス全開だったから仕方がないと言えば仕方がないが。

 

「おーい、ヒッキー」

「……由比ヶ浜」

「一人でなにやってんの。もう皆行っちゃったよ」

「……由比ヶ浜は優しいんだな」

「え、えへへぇ、そうかなー?」

 

 由比ヶ浜ははにかんだ笑顔を見せる。どうにも信じられないが、これが俺への罪悪感からきた気遣いなのだとすれば大したものではないか。

 ──だからこそ、確かめる必要がある。俺のためにも、由比ヶ浜のためにも。

 

「あの時のクッキー、だれに上げたんだ?……犬でも助けてくれたやつにか?」

「……ヒッキー、それって……」

 

 笑顔を浮かべていた由比ヶ浜の表情が固まる。

 

「……なあ、お前は別に俺を気遣う必要は無い。無理して優しくしてるんなら今すぐやめろ」

「そんなこと!」

 

 涙を湛えた目でキッとこちらを睨んでくる。それを俺は無表情で受け入れる。

 どんな答えを出そうとそれは由比ヶ浜の自由だ。俺との関わりを断つも良し。これまで通りに関わるも良し。自分の責任で、己の判断で選んだのなら文句なんて無い。

 

「……まあ、今すぐでなくて良い。これまで通りでも良いし、もう俺に関わりたくないならそうしてくれ。俺は人を気遣うなんて出来ないんでな」

 

 怒りからか、はたまた別の感情からか、顔を真っ赤に染めて固まってしまった由比ヶ浜を置いてさっさと立ち去る。

 

 俺は結局、何を演じようと、狂人でしか無いのだから。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 さて、ここらで一度、比企谷八幡という人間について話をしたいと思う。

 

 幼少期は愛を知らぬまま育ち、少年期には絶望を知り、拒絶を経験し、暴力を経験し、裏切られ、理不尽の中に生きていた。

 

 だが、少年は不思議なことに、壊れること無く育った。少なくとも表面上は。

 

 ならば、少年が自覚している狂気とは何なのか。心は壊れたのでは無かったのか。

 

 それは彼にも分からない。そも、本人がそれを自覚していないのだ。……正確には、自覚できないのだが。

 

 それ程に彼の精神構造は歪だ。

 

 彼の心は一度死んだ。それは疑いようのない事実である。

 

 ならば、彼が今感じている感情は偽物であるのか。

 それはまた違う。彼の感情は確かに本物だ。それもまた事実の一端。されど、彼の心は一度完全に壊れた。

 

 狂気。

 

 幼かった彼の心は、壊れきった先にそれに取り憑かれた。だが彼はそれに全てを任せることを良しとしなかった。それが妹への愛ゆえか、未だ世界を信じていたのか。それは彼にしか分からない。

 

 結論として、彼は狂気を理性で抑えることにした。

 言うのは簡単だが、実際には生半可な事ではない。だが彼はそれを成し遂げた。理性の鎖で狂気を縛り、理性の楔で己を縛り、理性でもって己を守る鎧とした。結果産まれたのが今の比企谷八幡だ。

 意識的に肉体の枷を操り、『人』という種の限界へと迫る明らかな『人外』。『人』の身では到れない境地へと、彼は至ってしまった。

 それは幸か。それは不幸か。それは救いか。それは希望か。それは終焉か。それは絶望か。

 

 あるいは、彼はこの世に存在してはならないとでも言うのか。それは誰にも分からない。

 分かるのは、彼は世界に徹底的なまでに拒絶されて生きてきたという事。それに対抗する力を手に入れたのは、彼にとって喜ぶべき事なのか。或いは嘆くべき事なのか。

 

 そして、彼は何が為に狂気に抗ったのか。一体何が彼をそうさせたのか。

 

 

 

 それは誰にも分からない。



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心を殺した少年は、美少女二人とららぽへと行く。

ちょっと短めです。


 その日、紅茶が香るその部屋は、いつもより幾分か静かだった。それはあの元気な少女が、まだやって来ないからなのだろうか。それ自体を俺がどうこう言うつもりは無いし、その資格もない。だが壊れきったこの心でも、辛うじて一抹の寂しさを感じる事ぐらいは出来るのだなと、いつも通りの調子でふと思う。

 

「遅いわね。由比ヶ浜さん」

「そうだな」

 

 あの日以来、由比ヶ浜はこの部室に来ない。ただ無断で休んでいる訳でもなく、平塚先生にだけは話しているようだ。それも、休みの理由を俺と雪ノ下に伝えないよう、先生に頼んで。

 だから雪ノ下が遅いと言ったのは時間的な遅れの事ではなく、由比ヶ浜が休み始めた日から数日が経った今となっても、部活に復帰しないことを指しての事だ。

 

 と、その時である。部室の扉が───開いた。それに雪ノ下は期待に満ちた目を向ける。果たして扉から入ってきたのは……

 

「たのもー!!!」

 

 ……まあ、そうだよね。

 雪ノ下の目が微かに細められ、静かな怒気がひしひしと伝わって来る。幸か不幸か、先生はそれに気づくこともなく満面の笑みを浮かべて、ずかずかと部室に進入してくる。そりゃ先生は奉仕部の顧問なのだから入ってくるなとは言わないが、それでももう少し弁えて欲しかった。言動とかその他諸々を。

 

「……先生?部屋に入る時はノックをして下さいと言ったはずですが?」

「ハッハッハ、その位良いではないか」

 

 雪ノ下の殺気をものともせず、涼しい顔をして俺達の座るテーブルの前に堂々と立つ。……いや、やっぱものともしてたわ。めっちゃ冷や汗垂らしてる。

 

「今日は新たなルールの発表に来た」

「はぁ……」

 

 雪ノ下は困惑。俺は無視して読書の続き。新しいルールだか何だか知らないが、どうせあの時強制参加させられた奉仕対決のあれだろう。とするなら俺に決定権も拒否権も存在しない。

 

「由比ヶ浜がこの部に参加した事で、君達の一騎打ちという訳には行かなくなった。そこでだ!!!」

「先生、いきなり叫ばないで下さい。人としての常識を疑ってしまいます」

「まあまあ雪ノ下、こういう時の先生はテンションおかしいんだから相手すんな」

 

 二人して些かどころか凄く失礼な発言をかまして先生のライフを削る。精神ダメージを受けた先生だが、持ち前の打たれ強さというかしぶとさで持ちこたえ、何とか本題に戻る。

 

「こ、これからは、君たち三人のバトルロワイヤルだ!」

「そうですか」

 

 う、うわー。ゆきのん容赦ないっす。ばっさり行きやがった。俺は本読んでるだけだけど。

 

「……ぐすん。良いもん。雪ノ下が構ってくれなくても、私にはアニメがあるもん」

 

 何だか凄く残念な事を言いながら、平塚先生は帰って行った。……ごめんね?お詫びに今度ラーメン付き合ってあげよう。先生の奢りで。

 先生を見送り、俺と雪ノ下は顔を見合わせる。

 

「……何だったのかしら」

「さぁ?先生だしな」

「それもそうね」

 

 そう言うと、俺も雪ノ下も活字の世界へと帰って行く。俺達の間で多くが語られることは無い。第一、俺に人と同じ感覚など無いのだから普通の会話など成り立ちようが無い。だが、雪ノ下もどこか『普通』からはズレている。だからだろう。俺がこの教室に足を運び続けるのは。だからだろう。雪ノ下が、由比ヶ浜と友達で居られるのは。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 空が赤く染まり始めた頃、雪ノ下の一声により二人だけの部活は終わりを告げる。

 

「……六月十八日」

「あ?」

「誕生日なの……由比ヶ浜さんの」

 

 突然何なのだろう。由比ヶ浜の誕生日と言われても……あ、もしかしてお祝いしたいとかでねーの?

 

「んで?それがどうした?」

「その……お祝いをしたいのよ。今なぜ由比ヶ浜さんが部活に出てこないのかは分からないけれど、友人の事はきちんとしたい、から」

 

 ほーん。これが美しき友情ってやつなんかね。そりゃ普段の態度を見る限り、こいつにとって由比ヶ浜は初めての友人なんだろうが。それを差し引いても、こいつがこんな素直に、それも俺に語るだなんて。四月の態度からは考えられんな。

 そんな事を考えながら雪ノ下を見つめる。そして雪ノ下は恥ずかしそうに若干頬を赤く染め、咳払いをした。

 

「ねぇ、比企谷くん……」

「あ?」

 

 雪ノ下は躊躇うように自分の胸元をきゅっと握っていた。緊張しているのか、こくっと喉を鳴らす。上気した桜色の顔を隠すように、俺を上目遣いに見上げる。何かを絞り出すように、雪ノ下はか細い声で囁いた。

 

「そ、その……つ、付き合ってくれないかしら?」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 日曜日。

 梅雨の晴れ間とも呼ぶべき晴天だった。今日は雪ノ下と出掛ける事になっている。というかもう出張ってる。時刻は一〇時になるところか。少し早いが、まあ小町の言う通りマナーという奴だろう。こんなに時間に細かいのは日本ぐらいなものだと聞いた事があるような気がするが。

 さて、気まぐれて付き合っているとかそういう訳では無く、俺も今日の行動には目的があったりする。雪ノ下の付き合ってくれ発言に一瞬惚けはしたが、俺の心がその程度で揺らぐ筈も無く。その目的というのは、ずばり()()()センスを知る事だ。俺は『普通』なんてものとは掛け離れてる狂人だし、『普通』など分かる筈が無い。だが普通が分からなければ、小町にプレゼントを贈ることも出来ない。小町は良い意味で『普通』だからな。

 

「お待たせ」

 

 涼やかな一陣の風を引き連れ、雪ノ下雪乃がゆっくりと歩いてくる。

 

「いや、ちょっと早く来ただけだ」

「そう。なら良かったわ。では、行きましょうか」

 

 そう言うと、雪ノ下は誰かを探すようにきょろきょろと周囲を窺った。

 

「小町なら今コンビニ行ってるぞ」

「そう。……けれど、休日に付き合わせてしまって何だか申し訳ないわね」

「仕方ないだろ、俺とお前で由比ヶ浜の誕生日プレゼント買いに行ったところで、絶対ろくなもん買わねえし。それに小町も喜んでたんだ。俺はそれだけで既に満足している」

「シスコン……」

 

 と、ここでネタばらし。

 何ということは無い。付き合ってくれというのは、単に誕生日プレゼントを買いに行くのに付き合えというだけの話。しかも俺でなく小町に付き合って欲しいんだと。

 まあ賢明な判断だ。友達が極端に少ない雪ノ下が頼れるのは、由比ヶ浜や小町位のもの。しかし今回は由比ヶ浜の為にプレゼントを買いに行くのだから、由比ヶ浜に頼るわけにも行かず。だから小町にお鉢が回ってきたのだろう。

 

 二分ほど無言で待っていると、小町が戻ってきた。いつもより清楚な方向に服装がシフトした小町は、有り体に言って天使だ。女神だ。

 

「およ、雪乃さんだ!こんにちわ」

「ごめんなさいね。休日なのに付き合わせてしまって」

「いえいえ。小町も結衣さんの誕生日プレゼント買いたいですし、雪乃さんとお兄ちゃんと、お出かけ楽しみですし」

 

 雪ノ下に謝られて、小町はにっこりと微笑む。俺とのお出かけを楽しみにしていてくれた事に喜びで咽び泣きそうになったが、今はお出かけを優先すべきだと思い直す。

 

「うし。そろそろ行こうぜ」

 

 二人を促し、高校生が良くデートスポットに使うと噂のららぽーとに向かう。

 

 そしてそれは、同類との出会いをも内包する、長い長い一日の、始まりだった。




明日から谷川岳へ行ってきます。ヤマノススメの聖地ですね。今から楽しみです。


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心を殺した少年は、同類(シスコン)の気配を察知する。

 集合場所だった南船倉駅から少し歩いた所に、俺達の目的地はある。左手に見えていたイケアや、その辺りに昔あったレジャースポットに思いを馳せる。巨大迷路に室内スキー、一度で良いから行ってみたかったな……

 歩道橋を渡り終えると、そこからショッピングモールの入口に繋がっている。構内の案内図を見ながら、雪ノ下が考えるように腕を組んだ。

 

「驚いた……かなり広いのね」

「はい、なんかですね、いくつかにゾーンが分かれてるんで目的を絞ったほうがいいですよ」

 

 詳しい大きさは分からないが、近隣最大の名は伊達ではなく、適当にブラブラしていたらそれだけで一日が終わってしまう。

 

「んじゃあ効率重視で行くべきか。俺こっち見てみるわ」

 

 案内図の右側を指さす。すると雪ノ下は反対側を指さして、

 

「ええ、では私は左側を受け持つわ」

 

 うし。これで小町とのデートが出来る。完璧だ。え?雪ノ下?知らない娘ですね。

 

「……どした?」

 

 と、歩きだそうとしたが、小町に道を塞がれてしまう。

 

「お兄ちゃんは馬鹿ですか?」

「小町になら馬鹿って言われても嬉しい」

「うーん、ここまでとは知らなかったなぁ……」

 

 小町からの罵倒に言い知れぬ快感を覚えていると、小町は大きなため息を吐きながら、アメリカ人がしてそうな「はぁ〜、こいつ分かってねぇな~」みたいな感じで肩を竦めるリアクションをする。小町は何してても可愛いなぁ……

 しかし雪ノ下には小町の可愛さが分からなかったようで、訝しげに首を傾げて小町を見る。

 

「何か問題でもあるのかしら?」

「お兄ちゃん……は何か違う気がするけど、雪乃さん。そのナチュラルに単独行動しようとするのやめましょう。こんなときでなきゃこうやって揃うこと無いんですから、みんなで回りませんか?その方がアドバイスとか出来てオトクです」

「けれど、それだと回りきらないのではないかしら……」

「大丈夫です!小町の見立てだと結衣さんの趣味的にここを押さえておけば問題ないと思います」

 

 小町の意見を俺が却下する筈も無く、雪ノ下と小町を伴って歩き出す。小町が指した女の子っぽいゾーンはここから2、3区画離れた所にある。それまでは男性向けだったり雑貨だったりと俺にはあまり縁のないコーナーが続く。ユニクロぐらいでしか金なくて買えないからなぁ……

 雪ノ下と共に完全にお上りさん状態でキョロキョロしながら歩く。若干の視線を何処かから感じ、僅かな時間視線をやる。けれどどうやら小町や俺に悪意が向けられている訳では無いようなので無視。

 そうこうしているうちに、分岐点に辿り着く。正面には上へと登るエスカレーターが見えるが、さっき記憶した案内図の通り右を指さして小町に確認を取る。

 

「小町ー、こっちをまっすぐだったよな?」

 

 と振り返ってみると小町が居ない。

 

「……あれ?」

 

 だが俺が小町をそう簡単に見失う筈も無く、通路の中央にある柱の後ろに隠れている気配を感じる。……また何か企んでるな。

 なので小町のスマホに仕込んで置いたGPSの設定を変更し、常時俺に位置情報が送られるようにしてから気づかなかった振りをして雪ノ下に話し掛けようとする。

 と、そこで気づいた。雪ノ下がぐにぐにしている謎生物に。凶悪な目と研ぎ澄まされた爪、そしてギラりと光る牙を持ったパンダ。すなわちパンダのパンさんである。それをまるっと無視して、雪ノ下に近づく。

 

「雪ノ下」

 

 声をかけると何事も無かったかのようにぐにってたそいつを棚に戻し、視線だけで「何?」と問い掛けてくる。突っ込まないからな。

 

「小町知らないか?どっか行ったらしいんだけど」

「そういえば居ないわね……携帯に掛けてみたら?」

 

 雪ノ下の言葉通り、携帯に掛けてみる。ちょっと聴覚のリミッターを外して、柱に隠れている小町の付近の音を拾う。どうやら電源を切り忘れていた様で、電話が掛かってきて慌てて電源を落とす。まあGPSは起動したままなのだか。

 

「出ねぇな……」

 

 まるまる2コールしたところで諦めた体を装って電話を切る。すると雪ノ下の荷物が増えていた。買ったのね、それ。

 

「小町さん、何か気になるものでも見つけたのかしら……流石にこれだけの品があるとついつい見入ってしまうものも、あるわよね」

「お前みたいにな」

 

 雪ノ下が例のぬいぐるみをしまったバッグに視線をやると、雪ノ下は唐突に咳払いをした。

 

「……とにかく、小町さんも最終目的地は分かっているわけだし、そこで落ち合えばいいでしょう。ここでうだうだしていても仕方ないわ」

「まぁ、そうだな」

 

 俺は小町に「先行ってるぞ。後帰ったら楽しみにしてろ」とメールを送り先へ進む。

 

「……左ではないの?」

 

 歩き出すと雪ノ下がきょとんとした顔になる。

 正解は右です。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

「……雪乃ちゃんが男連れてる」

 

 雪乃ちゃんがおめかししているのを察知した私、陽乃は、当然雪乃ちゃんに着いて行った。害虫との密会だったら駆除しなきゃだし、毒虫に脅されているなら助けなきゃだしね。

 

「ふーん……もしかして追加されてた連絡先は彼のかな?」

 

 二年生に進級してから少しした頃に追加されていた連絡先があった。一つは『由比ヶ浜結衣』。そしてもう一つ、『比企谷八幡』。

 

「なるほどー……でも、デートって訳じゃあないのかな」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、聴こえてきた会話から考察する。まあ妹も連れてるみたいだし大丈夫かしらね。

 

「………………気づいたっぽいね」

 

 ちらりと向けられた視線。一秒にも満たない刹那の時間で、まるで自分の全てを覗き込まれたような錯覚に陥った。まあそんな筈はないのだけれど。

 

「うーん。この距離で気づかれるってことは……」

 

 自分の同類。そんな可能性が頭を過ぎった。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 周囲の雰囲気が変わった。何かケバケバした派手な色彩の空間に甘ったるい『ふろーらる』とやらの匂いが充満している。参ったな、これじゃ匂いでの索敵が出来ん。

 服屋にアクセサリーショップ、キッチン雑貨に果ては靴下専門店と来た。俺にはもう訳が分からない。ユニクロで良いじゃん。

 

「どうやらこの辺みたいね」

 

 雪ノ下が涼しい顔でそう言う。さすが女子、こんな空間でも余裕だとは……

 

「で、何買うんだ?」

「……そうね、普段から使えてかつ長期間の使用に耐える耐久性を持ったもの、かしら」

「……鉈とか?」

 

 刃物だって手入れをすれば長期間使えるし、鉈なら耐久性にも問題ない。

 

「そんなものを日常的に使って欲しくは無いわね」

「えー……じゃあ何買うんだよ」

 

 結局はそこに辿り着く。俺達が最初にブチ当たった難問で、何なら正解は無いまである。

 

「最初は万年筆や工具セットなども考えたのだけれど、流石に嬉しがるとも思えなくて」

「……そーいうもんか?」

 

 俺は嬉しいが。工具セット。武器の幅が広がる。やっぱバールは良いよなぁ……あの絶妙なカーブとか綺麗に先端が別れてるとことかたまらん。

 

「それで、由比ヶ浜さんの趣味に合わせることにしたの。どうせなら喜んでもらいたいし……」

 

 雪ノ下が穏やかな微笑みを浮かべる。もうここ録画して渡してやれば由比ヶ浜喜ぶんじゃねえかな。

 

「んじゃ、選ぶか」

「ちょっと待って。小町さんは?」

 

 問われ、自分のスマホを覗く。着信が1件。小町からだ。要約すると、『ちょっと気になるもの見つけたから二人で頑張ってー。何なら一人で帰るしさー』という事らしい。ラブコメ的な何かを期待しているらしく近くに気配を感じるが、まあ小町がそう言うのであれば気づかない振りをしてやろう。

 

「小町は何か買いたいものがあるらしい。で、後は丸投げされた」

「そう……まあ、わざわざ休日に付き合わせているのだし、文句が言える義理ではないわね」

 

 雪ノ下は残念そうに言ってから、気合を入れ直すように言葉を継ぐ。

 

「由比ヶ浜さんが好みそうなジャンルは分かったのだし、あとは私たちで何とかしましょう」

 

 うわー凄い不安だなー。

 およそ一般的でない感性の雪ノ下に、それ以前の問題の俺。うん。詰んだな。

 俺の心配を他所に、服屋に入っていった雪ノ下を追いかけ俺も店に入る。

 

 警戒しながら比企谷包囲網を作る店員さん達に囲まれないように立ち回りながら、雪ノ下に近づく。

 

「……あなた、物凄く警戒されてるわね」

「まあな、俺の目を見たら誰だって警戒するだろ」

「自覚はあったのね……」

 

 うわー、完全にゴミを見る目だー。

 

「……仕方ないわ。行く先行く先で毎回店員を巻くわけにもいかないし、今日一日だけ恋人のように振る舞うことを許可するわ」

「うわー、すごい上から目線」

「なによ、不満?」

「んにゃ別に」

「そ、そう」

 

 雪ノ下が拍子抜けしたかのように素で驚いた顔を見せる。

 しかし、驚くような事じゃない。こいつと、いや誰とも恋人になるなど不可能であるのだから、恋人のふりをするぶんには構わない。雪ノ下は()()()()嘘をつかない。だからこいつが今日一日と言うのであれば寸分違わず今日一日であり、恋人のふり、と言うのであればそれは間違いなく恋人のふりなのだ。

 

「……案外嫌がらないのね」

「そりゃこんな事で勘違い出来るほど幸せな人生送ってないんでね。つーかお前は嫌じゃねーの?」

 

 俺が問い返すも、雪ノ下は澄ました顔を見せる。

 

「別に構わないわよ。知り合いに見られてる訳でも無いし、周囲に他人しかいない状況なら勘違いされて風評被害に遭う心配もないもの」

 

 何だか俺まで他人扱いされているような気がする。まぁいいんだけども。

 

「では、行きましょうか」

 

 そう言って雪ノ下は次の店に向かう。俺も雪ノ下の隣に並んで歩きだした。

 俺は人の愛など期待しないし、自分がそういうのを求められるとも思ってない。だからまあ、これはこれで良いんじゃないだろうか。ほら、パンドラの箱ってあるだろ。あらゆる災厄と希望が一緒に詰まってたやつ。希望も災厄ってことだ。

 

 ……ところで、うちの妹とおそらく貴女の家族が見てるのは伝えた方が良いのだろうか?

 ……あ、小町と雪ノ下の姉(仮)が合流した。




同類=はるのんでした。


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心を殺した少年は、同類に遭遇する。

ほんっとーに申し訳ございません!
気づけば十一月が終わっていました。これからは月一更新は維持出来るように頑張りますので、どうか皆さんよろしくお願いします。


 その後の店からはスムーズに進んだ。世間というのは思いの外シンプルで、ついでに単純らしい。あれ、これ同じ意味だな……。

 お前ら日本代表いけるよ、と言いたくなるぐらいにはフィジカル強かった店員達も、近くに雪ノ下が居るだけで包囲陣を解く。

 

 で、どちらにせよ出来ることがない俺は、時折ピンと来たらしい服を縦横にグイグイ引っ張って耐久力を測る雪ノ下を心の中で爆笑しながら観察する。っべー、ぬののふくに防御力求める雪ノ下さんマジっべー。……辞めよう。寒波が来そうだ。

 

「次、行きましょうか」

 

 耐久力に難があったらしく、手に持っていた服を素早く畳んで棚に戻す雪ノ下。

 

「や、耐久力で服選ぶってのはどうなんだ?俺は防御力も欲しいが、由比ヶ浜は別にケンカとかしないだろ?」

 

 ゲームみたいにただの服でもそう簡単に壊れないでくれると良いのに。そうでないと変なのに絡まれた時、服を汚さないように戦わなきゃならない。あれはマジでめんどくさい。

 

「それではあなたがケンカするように聞こえるのだけれど……。まあ、聞かなかったことにしてあげましょう」

「さいでっか」

「…………はあ、仕方がないじゃない。材質や縫製ぐらいでしか判断がつかないのよ。……私、由比ヶ浜さんが何が好きとか、どんなものが趣味とか……知らなかったのね」

 

 そして、ため息。

 え、なぜため息。やたら物憂げなのが印象的なような気がする。や、知らんのだが。

 ……あれか、知る機会はあったのにそういうのを聞いてこなかったことを悔やんでるのか。これは。

 まあ、知ることが常にいい事とは言えないから、それはそれで良いのだろうが。

 

「別に知らなくて良いんでねーの。中途半端に知ってても、失敗するだけだし」

「……そういうものかしら」

「さあ?俺は生憎と、小町以外には基本的に興味無いし。というか、小町以外の事は知る必要無かったし」

「シスコン発言は控えなさい」

 

 ほんと、まだ壊れる前を除いて俺が他人に興味を抱くことは無かった。もちろん、実害を被れば徹底的に調べ上げてからきっちりこっそりがっつり叩き潰してきたのが。

 

「……たしかに、相手の得意分野で戦っても勝ち目は薄いものね。勝つために弱点を着くのは当たり前。なぜ気づかなかったのかしら」

 

 ほんとそれ。弱点は弱いから弱点なのであって、そこを突けば簡単に倒せる。弱点を持ってないものに置き換えれば、この買い物でも同じ事が言えるのではないか。ないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 雪ノ下が入っていったのは、フライパンや鍋といった基本の物からマトリョーシカを模した食器セットなどまで様々なキッチン用品の並べられた雑貨点だった。

 未だに料理を習得しようと哀れな努力を続ける由比ヶ浜に贈るには丁度いいだろう。

 

「確かにこれは弱点だな」

「由比ヶ浜さん、やっと焦がさないことを覚えたみたいよ。まだ隠し味という名の毒物調合は続けているらしいけど」

「お前何気に酷いな」

 

 店内に所狭しと並べられた雑貨たち。俺には何でこんなものが必要なのか分からないが、それでも何かしらの使い道はあるのだろう。食えれば十分幸せだなぁーという思考回路の俺には分からんが。

 

「比企谷君、こっち」

 

 呼ばれて行ってみれば、そこにはエプロンを装着した雪ノ下が居た。薄手の黒いエプロンだ。具体的な描写は必要ないだろう。三巻の百二十五ページを見てくれ。……なんだ、電波受信したか?

 

「どうかしら?」

「どうって言われても……似合ってんじゃね?」

「そう……私が聞いたのは由比ヶ浜さんにどうか、という事なのだけれど」

「んー、あいつはもっとフワフワポワポワした頭悪そうなのが良いだろ」

「なかなか酷い表現だけれど言い得て妙ね……」

 

 雪ノ下はそう言いながら、今しがた着ていたエプロンを丁寧に畳み由比ヶ浜への贈り物と一緒にレジに持って行く。どうやらちゃっかり自分の買い物もしているようだ。そういう効率的なのは嫌いで無いので特に何も言わないが。

 

「……エプロンは買う予定に無かったのだけれどね」

「衝動買いか。まあ買い物には良くあることらしいな」

「………………」

 

 俺の視線に気づいたのか、そんなことを言ってくる雪ノ下。

 何か言いたげではあるが、結局なにも言って来ない。変なやつだ。俺が言えた義理ではないが。

 

 もう一つ言えるとすれば、パンさんのぬいぐるみは最初から買う予定だったということである。

 

 あと、俺はペットショップで買い物を済ませた。そこで雪ノ下がどうなったかは……まあ、言うまでもあるまい。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 用を済ました俺と雪ノ下は、俺を先頭にして出口に向かっている。雪ノ下に先を行かせては二度と出られないような気がする。

 その道すがら、家族や恋人向けのゲームコーナーがあった。俺には全くと言っていい程縁のない代物だ。

 メダルゲームにクレーンゲーム、カーレースにプリクラなどなど。

 小町と遊びに来るなんてことは出来なかったから、俺には何が何だか全く分からない。

 

 だが、雪ノ下はそこで足を止めた。

 

「どした?なんかやりたいのあんのか?」

「特にないわ」

 

 そう答えるものの、雪ノ下の視線はUFOキャッチャーに釘付けだ。

 と、言うよりはパンダのぬいぐるみに釘付けである。

 

「欲しいならやってみれば?まあ最初の内は無理だろうがな」

「……言ってくれるじゃない。私を見くびっているのかしら?」

「いや、こういうのって慣れないと難しいって聞くしよ。やった事はないからあれだが」

「なら、慣れれば良いのでしょう」

 

 そういうと、雪ノ下は千円札片手に両替機に向かう。

 そして、コイン投入口の横に百円玉を積む連コ態勢に入っていた。

「ふぇぇぇ……」という間抜けな機械音が何度も鳴らされる。しかし目的のぬいぐるみは少しずつ移動するだけで取れる気配がない。

 

「……お前、へったくそだな」

「なっ……そこまで言うのなら、あなたは当然上手いのでしょうね」

「んー……やった事はないが、まあ出来んじゃねーの?」

 

 雪ノ下の何言ってんだこいつという視線を受けながら筐体の前に立つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これによってぬいぐるみの位置をより正確に把握。そしてある程度近付いていたことも手伝って無事にぬいぐるみゲット。

 狂人パワーの無駄遣いだが、まあこれは俺の力だ。どう使おうと俺の勝手だろう。

 

「驚いた……本当に取れたのね」

 

 まるで信じていなかったらしい雪ノ下がガチで驚いた表情をしている。そんなに俺のスペックが信じられないのかしらん?……まあそうだわな。むしろ小町以外に信用された事とかなかったわ。

 

「ほれ、やるよ」

 

 雪ノ下に凶悪な爪を持つパンさんを押し付ける。が、押し返される。……なぜに?

 

「……あなたが手に入れた物なのだからこれは貴方の功績。私の物では無いわ」

「いや、俺ぬいぐるみとか要らんし。小町もこんなでかいのは貰ってくんねーし……つーか要らんし」

「そ、そう?あなたがそう言うのであれば、貰ってあげるのも吝かではないのだけれど」

 

 結局、雪ノ下はパンさんのぬいぐるみを嬉しそうに抱えた。雪ノ下ほどの美少女がぬいぐるみを抱えていると、それだけで絵になる。まあ俺に普通の感性は無いからよく分からんが。

 

「……返さないわよ」

「だから要らんって」

 

 その後、ユキペディアさんによるパンさん講座が行われたりした。俺はそんなに興味は無いが、これも小町に話すネタになるかなと適当に相づちを打つ。

 けれど、そんな平和な時間は、近付いてくる一つの気配と共に終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれー?雪乃ちゃーん?あ、やっぱり雪乃ちゃんだ!」

 

 無遠慮で、ともすれば無粋ですらある声が雪ノ下の声を遮った。

 艶やかな黒髪。きめ細かく透き通るような白い肌……とかなんとか、普通の主人公なら観察を始めるのだろうが、生憎と狂ってる系主人公である俺はそんな評価などできない。その容姿を判断する価値基準が日々変動し、崩壊と再成を繰り返しているのだから。

 

「姉さん……」

「あ、やっぱり」

 

 未だに見つかっていないつもりなのか、小町は柱に隠れてこちらを見ているがとっくのとうに気配を察知していた俺からすれば可愛いだけである。

 そして、小町と行動していたのは、目の前の胡散臭い気配と嘘と欺瞞に固められた仮面を被った女性なのだ。

 

「んー?やっぱりって何かな?」

「いえ、なんでもないっす」

 

 無闇に情報を与える必要も無いので、姉のんさんの追求は躱す。本当に躱せているかは疑問だが、今この場で感づかれなければ問題ない。

 

「で?雪乃ちゃんはこんなところでどうしたの?───あ、デートか、デートだなー?このこのっ!」

 

 冷めた視線で射抜くように睨みつける雪ノ下を、姉のんさんはうりうりーと肘でつついてからかう。

 ふむ。見た目こそ似ているが、性格は随分と違うらしい。

 

「ねえねえ雪乃ちゃん、あれ雪乃ちゃんの彼氏?彼氏なの?」

「……違うわ。ただの部活仲間よ」

「またまたぁー、照れなくっても良いのにー」

「どーもー、部活メイトの比企谷八幡でーす」

 

 埒が明かないので、元から腐った眼を更に腐らせ死にきった目で軽薄な挨拶をする。俺なりの威嚇である。

 

「雪乃ちゃんの姉、陽乃です。雪乃ちゃんと仲良くしてあげてね」

「うーっす」

 

 馴れ合う気は無いが、雪ノ下が作り上げる世界を見定めたい俺にとっては、雪ノ下と仲良くすることは吝かではない。まあ世間一般の『仲良く』とは異なるのだろうが。

 

「それにしても比企谷……ねぇ」

 

 真っ直ぐな、それでいてどこか作り物めいた二つの瞳が俺を覗き込む。どうやら品定めをしているようなので、俺も死にきった目を腐った眼に戻して観察をする。何気に死んだ目って疲れるのよね。

 

「ふぅん……ねえ、ちょっとお話ししない?」

「は?姉さん、一体何を」

「んー?別に良いですけど」

「そ。なら決まりね。雪乃ちゃんには悪いんだけど、ちょっと比企谷君借りるねー」

 

 俺たちの集合時点から跡を着けていた理由を聞くためと、ある妄想とも言える懸念を確かめるためにはるのんさんの提案に乗ることにした。

 

「……そう。あなたも、そうなのね」

「あ?いやなにがそうなのかは知らんけど、お前の姉ちゃんには聞きたいことがあってな」

「聞きたいこと?」

「……ま、気にすんな。別にあの程度の外面に騙されるほどアホじゃねえから」

 

 そう言って、先に歩き出してしまったはるのんさんを追い掛けながら、雪ノ下にひらひら手を振る。小町から困惑の気配が伝わって来るが、まあ、その辺は雪ノ下に押し付けるとしよう。

 

 ……さてさてさーて。この人は、同類なのか、そうでないのか。俺の事を知っていて接触してきたのか、そうでないのか。それによっては、相応の対応をしなければならなくなる。

 

 出来ればそれは、あまりしたくは無いのだが。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 姉のんさんに連れてこられたのはオシャンティーなカフェだった。俺には全く縁のない場所である。

 

「それでー?なんで比企谷君は着いてきてくれたのかな?お姉さんのこと、好きになっちゃったー?」

「んなわけないでしょ気持ちわりぃ」

 

 おっと口が滑った。

 

「じゃなくて聞きたいことがあってですね?」

「……うん。まあ良いよ。聞かなかったことにしてあげる」

「ありがとうございます。で、聞きたいことと言うのは、何故俺たちの後を着けていたのかということなんですが」

「んー?そりゃあ雪乃ちゃんが友達と出かけるって言うんだから気になるのは当然でしょう?」

 

 さらっと誤魔化された。いや、これも本心なのかもしれないが、生憎とそれを判断することは俺には出来ない。狂人の名に恥じない力を持ってはいるが、出来ないことだってあるのだ。

 

 さてさて、一体なにが出てくるか。




それと、作者の他作品『やはりセルデシアでも、俺の青春ラブコメはまちがっている』のギルド名や装備の募集をしています。活動報告に募集欄があるので、どんな些細なことでも提案してくれるとありがたいです。


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心を殺した少年は、狂気の魔王に見初められる。

難産でした。短めです。

そしてややらかした感がすごい。果たして文才の無い作者にこの設定が活かしきれるのか。



「んー?そりゃあ雪乃ちゃんが友達と出かけるって言うんだから気になるのは当然でしょう?」

「はぁ……まあ、そういう事にしておきましょうか」

「むー、本心なのに……」

 

 俺が懸念するのは、この雪ノ下陽乃という人間が俺や俺のバイト先のことを分かっていて接触してきたのか、という事だ。

『雪ノ下』という名前的にも、うちの部長の姉という事実からも、そうである可能性は低いのだが。まあ、もし分家の回し者だったならば雇い主との協定に従って処分するだけだがな。

 

「……なら、質問を変えましょう。これに、見覚えはありますか?」

 

 そう言って俺が取り出したのは、俺がバイトの時好んで使う小ぶりなナイフ。柄の部分に雪の結晶を模した装飾がされている。そして柄の先端、槍でいう石突の部分に小さく刻まれた『Assassin No.8』。

 俺の仕事道具、その一つだ。

 

「……なるほど。ようやく分かった。君がそうだったんだ」

「で、あんたはどっち側ですか」

「ふふ、安心して。私は本家の人間よ。あなたのクライアント側の、ね」

「証拠は?」

「これでいいでしょ?」

 

 そう言って姉のんさんが取り出したのは、雪の結晶を模したネックレス。本物であれば色々と物騒な機能が付いているそれを、何の躊躇いもなく俺に渡してくる。

 デザインされた雪の結晶の先端に指を当て、赤外線のような不可視の光を照射する。それにナイフの雪の結晶を翳し、真偽を確認。

 ……本物、だな。

 

「ありがとうございます」

「ん。どういたしまして」

 

 その会話を最後に、俺たちの間に言葉は交わされなくなる。幸いにして、俺は狂人なので気まずいとかは無い。別にこの人と仲良くしようってわけでもないし。

 

 だが、そうか……どうしよう。

 陽乃さんが本当に本家の人間だった事が確認出来たので、こちらとしてはもう陽乃さんと一緒にいる理由がない。

 俺のバイトは()()()()()と敵対する人物もしくは組織の処理であって、本家の人間の護衛などでは無い。だから総武に入る時に陽乃さんや雪ノ下について知らされていなかったわけだが。

 

 そもそも、雪ノ下家というのは裏社会で蠢く掃除屋だった。要するに暗殺から謀殺まで色々な『掃除』を請け負う家系だったのだ。

 現雪ノ下家当主の父の代──つまり陽乃さんや雪ノ下の祖父の代──から表社会にも進出し、混迷の時代を生き残り、現在は表と裏の社会に影響力を持つ一大勢力となったのだ。

 

 雪ノ下建設を創設したのが本家の人間。掃除屋時代の頭脳部だ。

 そして、本家のネックレスや俺の仕事道具を作っているのも本家お抱えの偽装された研究所。

 

 そして、雪ノ下分家とは、裏社会での掃除屋だったころの実働部隊。表立って敵対はしていないし出来ないが、裏社会から逃れ、本家の会社を乗っ取り、表社会で栄達を極めたいと欲する人間たち。

 

 と、まあ俺にはその辺の抗争は関係がないのだが。俺がすべき事は指定された敵を滅殺することであり、決して護衛などではない。テンション上がると全方位無差別攻撃だからねしょうがないね。……決して色々やらかして護衛業務からはずされた訳ではない。ないったら無い。

 

「……ねぇ、お母さん達から……その、色々と聞いてるんだけど……どこまでほんとなの?」

「はあ……具体的には?」

「曰く、肉体にかけれた枷をいとも簡単に外してのける。曰く、その特技を活かし、肉体の全てを余すことなく使い切る。曰く、本家の道具を使いこなし単騎で百人以上を制圧した」

「……一つ、違います。百人ではなく二百人です」

「……まじで?」

「本家の道具と訓練された狂人がいれば可能です」

 

 実際、本家から支給される道具は一世紀先を行くレベルの物なので、俺がリミッターを外し肉体の無駄を省いて戦えば軽火器で武装した程度の人間など百や二百集まったところでただの餌だ。ガチもんのレールガンを渡された時はさすがにビビったが。

 

「疑う訳じゃないけど……ちょっとね」

「まあ常識的に考えて信じられない筈ですしね」

「……まあ、今はそれはそんなに問題じゃないのよ」

 

 はて、ならば何が問題なんでごぜーましょ。

 思考さえも適当になってきた俺に対し、陽乃さんの顔は物騒なまでの剣呑さを帯びていた。

 

「雪乃ちゃんに、手を出してないでしょうね?」

「?……ああ、俺恋愛感情とか性欲とかそういうの無いんで大丈夫です」

「……そう。よく分からないけど、あなたが言うならそうなのかしらね」

 

 お互いに奢ろうとするようなイベントも起こらず、自分の分の金を払い俺たちはカフェを後にした。

 

 ちなみに、帰ってから嫉妬と呆れの感情を隠しきれないままの小町に問い詰められた。

 とても可愛かったです。

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

『あなたと同じ症状の人間を見つけた』

 母にそう告げられた私に湧き上がった感情は歓喜。

 同類を見つけたことによる孤独感の消失などではなく、私の乾きを満たしてくれるかもしれない玩具を見つけた歓喜。

 

 制限を外した脳で視る世界には、未知がなかった。

 制限がない脳は、多少の知識さえあれば大抵の不思議を解き明かしてしまった。

 制限を外された肉体は、どんなスポーツでも私を勝利に導いてしまった。

 

 ……つまらなかった。

 

 いつしか自然に身についた仮面で人を騙し、操り、自分を崇めさせようともこの渇きが満ちることはなかった。

 

 好敵手がいなかった。天敵がいなかった。それどころか、少しでも苦戦するような相手さえも現れなかった。

 

 居たのは、ただ私に狩られるだけの弱者だけ。

 

 

 悔しかった。

 

 そんな弱者でさえも当たり前に持っているそれらを持っていないことが。

 

 興ざめだった。

 

 無いものだらけの私を目指す、ちっぽけな妹が。

 

 不甲斐なかった。

 

 普通とは違う力を持っていながら、その程度のことも解決出来ない自分が。

 

 

 

 そこに来ての、この吉報。

 

 悦びが止まらなかった。溢れ出る歓喜を隠すことも出来なかった。

 

 ……だと言うのに。

 

『あなたは()()と会ってはならない』

 

 そう告げられた。

 愚かな両親は、狂っているという彼と私を会わせ、私までもが狂ってしまうことを恐れたのだ。私が遠の昔に狂っていることにも気づかないまま。

 

 つまらなかった。悔しかった。興ざめだった。不甲斐なかった。

 

 

 けれどそれも、さっきまでの話。

 

 私は、彼と出会ってしまった。

 理性で狂気に蓋をして、常人の振りをするバケモノに。

 

 一目惚れだった。

 

 強固に過ぎる理性の鎧でもなお隠せはしないその狂気に、魅入られたのだ。

 

 どうやら雪乃ちゃんも気に入っているらしいという事実も素晴らしかった。

 

 愛おしいと思えた。

 欲しいと思った。

 奪いたかった。

 

 狂人に堕ちた私に相応しいのは、きっと彼だけだろう。

 

 今は雪ノ下本家の駒に甘んじてはいるが、私がそれを許さない。

 必ずや、手に入れて見せよう。



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