キングダム別伝   7人目の新六大将軍 (魯竹波)
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第一話 蕞に産まれた少年

紀元前221年(始皇26年)

 

斉を滅ぼした信さんや蒙恬さん、王賁の軍勢が咸陽に還ってきた。

 

信さんに「お前は行かなくていいからな。

楚王まで捕らえたお前にこれ以上手柄立てられたら六大将軍の先輩としての面子が丸つぶれだし

俺らに任せとけ」

とか言われたし、あの方も

「お前を派遣したら秦は斉を助ける気は無いと勘違いされて、かえって斉は抵抗するだろう」とか言われて行けなくて残念だったけど。

 

…………まぁ、とにかく、中華の統一は成った。

 

あの方の悲願である、戦争のない平和な国=中国大陸に樹立される法治超大国・秦はここに新たなはじまりを迎えた。

 

 

 

 

 

嬴政「皆、よくやってくれた。

この15年に及ぶ大戦を、よく乗り切り、そして、中華の統一国家を築く戦いに終止符を打ってくれた!」

 

背後から兵士達の歓声が上がる。

 

嬴政「丞相の李斯や尉僚ら文官の活躍も、多くの血を流した兵士達の活躍も忘れてはならない!

これまで散っていった敵の将軍達、道を違えてしまった者たちのことも、当然、忘れてはならない!

 

しかし、何よりも俺はこの6人の将軍に感謝したい!

 

王翦 王賁 李信 蒙武 蒙恬 そして章覇!

 

新六大将軍にだ!  

彼らは六大将軍にさえ為し得なかった中華統一を為し得た蓋世の英雄達である!

 

この者達なくば、今日という日を迎えることは出来なかっただろう!」

 

我々が大王の方から兵士達の方を振り返ったその時、歓声は最高潮に達した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

秦国新六大将軍は7人いる。

 

秦国の武将を奮起させる意味合いで、秦王嬴政は「新六大将軍は戦果次第では解任もあり得る」と明言した。

(後にある人物の為に撤回される。)

 

これは解任された将軍が他国に投降するリスクを孕む一方で、秦国の武将達を奮起させるというメリットを孕んでいた。

 

結果、

 

王翦

 

王賁

 

蒙武

 

蒙恬

 

桓騎

 

李信

 

そして、章覇。

 

秦国の15年に及ぶ長き中華統一戦争の中で以上7人の新六大将軍が生まれた。

 

(騰・楊端和らの他の有力者が六大将軍にならなかった理由はいずれ説明するものとする)

 

この章覇こそ、新六大将軍の欠員にあてがわれた将軍であり、当作の主人公である。

 

 

 

 

 

 

 

咸陽を南に進み、渭水を超えてすぐの場所に蕞という都市がある。

 

章覇はそこの出身である。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

首都・咸陽に帰還する兵士達

 

中には敗戦により帰途につく兵士達もいるが、その大半は勝ち戦からの帰還だ。

 

 

 

 

 

 

秦には六大将軍という強い6人の将軍がいた。

 

剛勇無双の猛将・王齕

 

苛烈な攻めの達人・摎

 

軍略の鬼才の胡傷

 

秦の怪鳥・王騎

 

4人の秦王に仕えた老練な司馬錯

 

そして六大将軍の筆頭・常勝不敗の白起

 

彼ら6人の将軍こそ、かつて西の辺境国であった秦を西の大国にのし上げた天下の大将軍である。

 

そして彼らが崇めた大王:戦神・昭王こそ今日の秦国を創った偉大な英雄である。

 

 

 

 

 

 

僕は父さんからそう教わっていた。

また、蕞の城壁から、咸陽に凱旋する兵士・咸陽から戦場に向かう兵士を見るのが好きだった。

 

そして、その光景を見て育った。

 

巨大な盆地に横たわる渭水川の向こうにそびえ立つ煌びやかな巨大な首都・咸陽。

 

そこに蛇のように出入りしていく兵士達の列

 

蕞の人間からしたら当たり前の光景なのにも関わらずだ。

 

兵士達にもそれぞれの生活がある

 

それに思いを馳せることもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

思えば不思議だ。

 

死ににいく戦場にいくというのに、戦場に向かう兵士達には悲壮感は全く感じられないのである。

 

かといって楽観視している訳でもない。

 

咸陽から出入りする軍隊は何ともいえない独特の雰囲気を漂わせている。

 

「秦国の将軍は強い。  

彼らは必ず勝つと信じているんだ。

自分達の大将を信じているんだよ

 

だから、彼らは死ににいくんじゃない。

己の家族を、国を、守りに征くんだ。」 

 

「けど、父さん。秦は他国を攻めているじゃないか

守りたいなら動かない方がいいんじゃないか」

 

「覇。それは違う。

攻めは最大の防御というだろう。 

そして、攻めて領土を広げることは、それだけ家族を前線から遠ざけることにも繋がる。」 

 

父さんは不思議そうな顔の僕にそう言った。

 

 

 

だが、僕にはやはり不思議だった。

 

国を、家族を守りに行くとしても、やはり、1番大事な物は己の命だろう

 

そして、命を落とすかもしれない恐怖を伴う『戦』が僕は好きにはなれなかった。

 

 

「お前にもいずれ分かる時が来るさ。」

 

僕がまだ幼い頃、父さんはよくそう言って僕の頭を撫でるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、運命というものは残酷である

 

僕の周りにも容赦なく戦の陰が漂って来た。

 

 

 

 

紀元前241年(始皇6年) 

 

李牧が呼びかけた合従軍が秦国を攻めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公(オリ主)

章覇 

紀元前255年秦国・蕞生まれ

秦国の名将。
7人目の新六大将軍となる。

最終将位は大将軍。
最終爵位は関内侯(東郡侯)

父は章界 母は甘怜。 
子に章邯と章平(両名は実在) 従弟に甘秋



現時点では13才未婚。

親の言いつけで矛を習わされているが、やる気はなし………。

稽古をよくサボり、従弟の甘秋や仲間の希や弘とつるんで遊んでいる。

最終能力値設定(※この値は原作に準拠しないものとする。)

武力96
知力92
政治力80
魅力93
采配98
















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第一章 蕞防衛編
第二話 迫る戦の足音


函谷関防衛戦は15日目を迎えた。

 

函谷関では合従軍の総攻撃が始まったそうだ。

 

桓騎将軍・王翦将軍が函谷関の危機を乗り切り、蒙武将軍が楚の大将・汗明を討ち取ったことにより、蒙武軍が函谷関正面に流れ込んだことで函谷関は陥落困難となったらしい。

 

だけど、僕が一番感謝したいのはその3人の将軍よりも、飛信隊・信という千人将だ。

 

何故なら、初日にあの万極を討ってくれたからだ。

 

万極は殺した民間人は10000を数えるという卑劣な将軍で、たまたま行商で馬央を通りかかっていた僕の伯父は万極軍に殺されていた。

 

国が滅ぶとどうなるのかは僕は考えたこともない。

 

だが、国が滅ぶにしろ、滅ばないにしろ、その前に万極が咸陽や蕞に来なくて済むというのは僕には大きい。

 

 

とにかく、15日目の戦況が蕞にもたらされた時、誰もが安心していた。

 

誰もが秦国軍の勝利を疑わなかった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

函谷関防衛戦17日目・夜

 

「………………んん?」

 

僕は南門にほど近い、母方の従弟の甘秋の家に泊まりがけで遊びに行っていた。

僕の家は西門に近いので、なかなか距離があるのと、母さんが守備兵の食糧の調理係で家に戻れないからである。

 

「どうした? 甘秋?」

 

「門が開いた気がして。

お父が帰ってきたかなって…………。」

 

甘秋の父さんは王翦軍に配属されて函谷関防衛戦に参加していた。

 

幼い妹もいるし、帰ってきてもらいたいところだ。

 

「門………って南門か?」

 

「うん。」

 

「いくら秦の勝利が確定したからといっても、帰るまではもう少しかかるはずだろう。」

 

と、その時

 

パカラッ パカラッ パカラッ

 

馬が大通りを駆け抜ける音がした。

 

「……………?」

 

「馬の駆ける音だな」

 

「なんでだろう? 夜も遅いのに」

 

すると、

 

「秋、覇?  まだ起きていたの? 早く寝なさい。」

 

秋の妹・練を背負った甘秋の母さんが起きていた僕たちに気づいた。

 

「「はーい」」

 

「それにしても、物騒ね。  早馬が来るなんて。

悪いことがないといいけど。」

 

甘秋の母さんが、そんなことを呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

早馬の正体は翌日に分かった。

 

「龐煖・李牧を大将とする趙・魏・楚・燕の大軍40000が武関から侵入し、咸陽に迫っている。」

 

とのことらしい。

 

しかも、麃公将軍を討ち取ったというオマケつきだ。

 

龐煖…………李牧の軍略のもと、王騎・劇辛らの名将を相次いで殺した趙・新三大天の一人だ。

 

三大天は六大将軍並の名将。 そんな名将が2人も来る。

 

しかも救援に駆けつけたのであろう麃公将軍まで殺されてしまった以上、蕞には打つ手がない。

 

脱出するか?

 

いや、脱出など出来る者はこの蕞には存在しない。

 

何故なら、今、蕞にいるのは半分以上、いや、十中七、八くらいは老人か女子供だからだ。

 

残りも、足が不自由な僕の父さんみたいにどこかしらに障害がある者たちだ。

 

その上、脱出して流民になったとしても行き着く先は餓死が良いところだろう。

 

だから、蕞の長老たちは門を開け放ち、無血開城して降伏することにしたそうだ。

 

正直、僕もそれしか道はないと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼になった。

 

僕はまだ甘秋の家にいた。

 

母さんが今日戻るはずだったのが急遽、戻ってこれなくなったからだ。

 

甘秋の家の前に面した大通りを、北門の方から、南門の方に向かって、煌びやかな軍隊が通っていく。

 

「何だ? あれは」

 

「綺麗な鎧だなぁ」

 

煌びやかな軍隊の中心にいたのは17、8くらいの顔立ちが綺麗な青年だった。

 

雰囲気にどことなく威厳を感じる。

 

「見に行くか?」

 

「うん!」

 

「よし、行こう」

 

甘秋の頷きに僕も頷き返し、甘秋と一緒に僕も南門に向かった。

 

 

 

希「あっ 章覇またサボったの?

あいつら騒いでたよ~」

 

南門に向かうと幼馴染みの、希が話しかけてきた。

 

「だって、師匠弱いし」

 

希「章覇は才能あるんだから勿体ないなぁ」

 

こう言ったのは希の弟の弘だ。

 

サボったのは、父さんの言いつけで習っている矛の稽古だ。

 

矛が今の主流な武器だから仕方なく習っていた。

 

「それより、希、これは一体………?」

 

と、次の瞬間、南門が開いた。

 

弘「軍隊が来たから戦うつもりかと思いきや、やはり降伏するのかな?」

 

希「まあ、仕方ないよあの軍勢では、多分李牧には勝てないと思うし」

 

あらかた、蕞の城の引き渡しのための案内役だろうと皆は思っていた。

 

 

 

 

 

しかし、程なくして蕞に到着した部隊を見た時、その考えは間違いだったことに気づいた。

 

 



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第三話 秦王・嬴政 前編

門に入ってきたその部隊はくたびれていた。

 

率いているのは育ちのよさそうな青年と、盾を背負った青年、そして妙な服をきている美少女だった。

 

旗は『麃』の旗が見えた。  

 

麃公将軍の敗残兵らしい。

 

そして、僕はもう一つの旗を見つけた。

 

『飛』の旗。

 

飛信隊だ。

 

あの万極を隊長自ら討った飛信隊・信の千人隊だ。

 

率いているのは17、8の若者だというから、あの盾を背負った青年こそ飛信隊・信なのだろう。

 

盾を背負った青年は、威厳のある綺麗な鎧の青年にもたれかかっていた。

 

衛兵と覚しき人が「おい、お前この方が……」と止めにかかっていたが、それを静止していた辺り、綺麗な鎧の青年と飛信隊・信は或いは知り合いなのかもしれない。

 

程なくして飛信隊・信と綺麗な鎧の青年は蕞城の中央の屋敷に向かっていった。

 

まさか、戦うつもりなのだろうか? 飛信隊・信そして綺麗な鎧の青年は…………?

 

いや、まさかね………。

 

 

 

 

それからしばらくして、蕞の住民は中央の広場に集められた。

 

「なんだ?  降伏しようとしたことを咎められるのか?」

 

「いや、いくらなんでもそれは酷というものだ。」

 

「この絶望的圧差を、あの軍隊とて知っているだろ。」

 

「だよな」

 

蕞の住民たちにそんな空気が漂う。

 

だが、それは違う。

 

あの綺麗な鎧の青年は戦う気だ。

 

戦うために協力しろ  そんな説得をする気だ。

 

降伏しようとしている民衆に説得をしようとしてもそれは無理な話だ。

 

それを承知しているのだろうか?

 

無謀な行動 だからこそ僕は彼に興味が湧いた。

 

 

 

 

「静まれい!」

 

台に立ったお爺さんがそう叫ぶ。

 

「我が名は昌文君! 秦国の左丞相昌文君である!」

 

左、左丞相…………? ってことはあの鎧の青年はまさか………。

 

「そして、ここにおられるお方こそ!

我が国の大王

第31代秦王・嬴政様である!」

 

?!

 

「なっ」

 

秦王…………しかも、鎧を着けて?

 

まさか、秦王自ら戦いに身を投じるつもりで?

 

あの雰囲気からして偽物ではないだろうが………

 

「こら章覇 頭を下げろ」

 

近くの大人に促され、僕は平伏した。

 

 

 

秦王自ら戦うとなれば、皆も戦うしかない。

 

大王自ら…………。 考えられないことだ。

 

そして…………凄い王だ。

 

国王とあれども亡国の危機には保身を考えるのかと思っていたけれど…………少なくとも僕が秦王ならそうしているだろう。

 

しかもその王は17、8才くらいときている。

 

興味を抱かずにはいられない。

 

 

現に

 

「ワシらは…………ワシらはなんと愚かなことを……。」

 

「咸陽の喉元という役目を忘れて…………お許しください………。」

 

むせび泣くものも出てきている。

 

蕞全体が戦う流れに傾いていた。

 

 

 

僕はこの秦王の行動力・決断力の凄さにただただ驚くので精一杯だった。

 

降伏か抗戦か………抗戦に勝算はあるのか

そもそも僕は戦が嫌いなのにな…………

 

などと考える余裕は僕にはなかった。

 

 

 

「秦王・嬴政である」

 

綺麗な鎧の青年=秦王・嬴政が話し始めた。

 

「よく聞いてくれ 蕞の住民達よ

知っての通り、60万規模の合従軍が函谷関に迫り、抗戦中である。

兵士達の奮戦により、函谷関は何とか持ちこたえそうだ。

しかし、敵の別働隊30000が南道に入り、もはや咸陽の喉元であるこの蕞に迫っている。

 

そして、咸陽にはこれを迎え撃つ準備はない。」

 

咸陽は巨大な城だ。

 

防衛戦は想定されていないのもあるが、何よりも兵数が足りないのと、咸陽内も混乱しているのだろう。

 

抗戦するのであれば、混乱をしていない蕞 

この蕞こそ最後の機会なのかもしれない。

 

「つまり、この蕞こそが、敵を止めることが出来る最後の城だ。」

 

住民達「「?!」」

 

「もう一度言う ここ、蕞で敵を止めなければ秦国は滅亡する。」

 

「し、しかし、ここには軍が僅かしかおりません!」

 

どこからかそんな声が上がる

 

「承知している だが、止めるしかないのだ

この蕞で」

 

秦王は更に言葉を次いだ。

 

「恐ろしいのはわかる。

敵は屈強で、こちらは女子供も多い。

戦えば多くの血が流れ、多くの者が命を落とすだろう。

 

だが

 

そなたらの父も、またその父も、同じように血を流し、命を散らして今の秦国を作り上げた。

 

今の生活はその上に成り立つ。

 

降伏すれば。敗れたならそれらは無に帰し、秦の歴史はここで途絶える。

 

秦人の多くは虐殺され、残った者も土地を奪われ、列国の奴隷に成り下がるであろう

 

そなたらの子も、孫もまたその孫も

 

それを止められるのはそなた達だけだ。」

 

 

 

 

 

 

すると背後で

 

「オ、オイラは戦うっ!」

 

立ち上がった者がいた

 

甘秋だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




嬴政 最終能力値 設定

武力64
知力90
政治力98
魅力100
采配88


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第四話 秦王・嬴政 後編

まさか推薦までされるとは…………。

この回の不自然さに、読者様の数が減らないことを祈ります。


「秋、無礼よ座りなさい」

 

「甘秋っ」

 

周囲の大人が甘秋を止めにかかる。

 

「構わん 勇敢な少年よ そなたの名は何という?」

 

「甘仁の子、甘秋っ!

お父は函谷関で戦っていて…………だから、お父はお母や妹たちをオイラが守れって…………

 

だから、お母や小さい妹を、敵国の奴隷になんかさせないっ!」

 

「秋…………。」

 

甘秋は普段は臆病な性格で、いつも僕だったり友達だったりの傍にいる。

 

この甘秋の勇気に、甘秋のお母さんは涙ぐんでいた。

 

そして、甘秋をよく知る僕も、驚き、そして甘秋のこの発言に奮起を促された。

 

 

 

 

僕は甘秋よりも年上で、甘秋よりも強いはずだ。

 

戦が怖い? 嫌い? それは誰だってそうだろう

 

なのに僕より幼い甘秋が戦うと決意しているんだ。

 

逃げずに覚悟を決めるべきだ。

 

目を背け考えようともしなかった、国が滅べばどうなるかという未来と、そして今直面している現実から逃げてはいけない。

 

この時、既に僕は普段のそれとは全く異なった思考回路で物事を考えていたように思える。

既に秦王の檄の影響を受けていたのかも知れない。

 

 

「大王様!  章界の息子にして甘秋の従兄の章覇です!

甘秋や大王様と共に戦います!」

 

 

僕は立ち上がって叫ぶ

 

 

「敵は李牧だ  

咸陽を攻める余力を残すために蕞の住民全員の命は、降伏すれば間違いなく保証される

 

しかし、その後はどうなる?

秦が滅んだ後の各国に秦が分配されたなら、この蕞は、楚に分配されるだろう

 

楚人は誇り高いと聞く。

秦人を蔑む楚の連中は間違いなく、僕たちを虐げ、いたぶり、憂さ晴らしと称し虐殺し、生き残った者たちにも絶望という未来しか残されていないだろう

 

つい先程まで降伏するとどうなるか 僕にはわからなかった 

けどそうではなかった わからないのではなかった

僕は考えようともしなかったんだ!

けれど、今は違う!

 

僕は逃げない そして戦う! 目の前の現実と!

 

家族を、未来を、現在を、そして国を守るために」

 

この言葉を話しているのは果たして自分なのか?

考えてもいない言葉が滔々と口から出てくることに僕は凄く驚いていた。

だが、それはうわべを取り繕った言葉でもない気がした。

これもまた、僕の本心なのではないか?

 

そして周りの皆の闘志の炎が少しだけ増した気がした。

 

 

 

秦王はこの展開に少し驚いたようだった。

 

だが、その表情をすぐに引っ込め、

 

「甘秋に章覇。 そなた達勇敢な少年達と共にこの地にて戦えることを誇りに思うぞ!」

 

やはり秦王はこの蕞で戦う気だったようだ。

 

「いけません!  大王様は咸陽にお戻りくださいっ!」

 

「我々でなんとか!」

 

蕞の住民達は全員で止めにかかるが。 無駄だ。

 

この秦王の決意は変わらない

 

「戻る気は無い

俺はこの地に、秦の命運を握るこの戦場に一人の秦人としてそなた達と共に血を流すために、戦うためにこの地に来たのだ。

 

どうか、俺に遠慮しないでくれ」

 

秦王はそう言葉をしめた。

 

 

その直後

 

「呉孟の子、呉印です! 大王様と共に戦います!」

 

「岳明の子、岳広も戦います!」

 

甘秋が作った波は伝播していく。

 

「西去です! 片腕を昨年の戦で喪いましたがまだまだやれます!」

 

「黄邦の子、黄春です 女ですが弓矢くらいならばうてます!」

 

そして次々に戦いに名乗りを上げていく。

 

「皆、立てっ!

立ち上がれっ!」

 

「蕞は戦うぞっ!」

 

「「「うぉおおおおーーーっ!」」」

 

秦王・嬴政  なんと凄い王だろうか

 

降伏に傾いていた蕞を  一気に抗戦に傾けてしまった。

 

僕は思った。  この大王の下でなら僕は戦える。

 

いや、戦いたい!  と。

 

体内に凄い熱気・闘志が宿るのをひしひしとその肌に感じていた。

 

この大王は間違いなく後世に名を残すだろう。

 

「皆、心の準備は整ったか!」

 

「「「「オオーッ!!」」」」

 

「530年続いてきた秦の存亡をかけた戦いだ!

必ず祖霊の加護がある!」

 

「これまで散っていったものたちも必ず背を支えてくれる!」

 

「「「「「オオ!!」」」」」

 

「最後まで戦うぞっ 秦の子らよ。」

 

「我らの国をっ  

絶対にっ

守り切るぞっ!!」

 

「「「「「「ウオオオオオオ!!」」」」」」

 

そして、僕の中には憧れの気持ちも芽生えていた。

 

1人の人間が30000の民の心を打ち、変えたその姿に。

 

武者震いはやはり止まらない。

 

高揚感が僕たちを支配する。

 

烈しい力が体の奥底から迸り、こみ上げてくるのを感じた。

 

 

だが、それ以上に、僕の心は大王様に1人の人間として強く憧れる気持ちに支配されていた。

 

 

 

 

 

 

 




原作と少し文言が違います。


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第五話 蕞防衛戦 開戦

直後、僕は父さんに呼び出された。

 

「出しゃばってはダメだろう

結果的にはよかったからまだしも、もしお前の一言で台無しになったらどうしようかとヒヤヒヤしたぞ」

 

「すいません

黙っていられなかったんです………。」

 

「…………だが、的確な分析ではあった。

見事だ。」

 

「ありがとう 父さん。」

 

「さぁ、お前はもういけ 俺は東壁に配属になった。

お前は武術やってるから南壁だそうだ。」

 

父さんは僕の分の鎧と剣を差し出してそう言った。

 

「わかった。」

 

 

 

僕は久々に道場にいった。

 

「章覇っ お前…………っ!」

 

「その、なんだ。  やるじゃねえか」

 

皆から褒められた。

 

「いや…………甘秋が戦う覚悟を決めたのに、僕が逃げるわけにはいかないじゃんか」

 

と、その時。

 

「いでっ!」

 

師匠に矛でぶん殴られた。

 

「な~に一丁前のこと言っとるんじゃお前は

ろくに稽古もせずに」

 

「師匠…………痛いよ」

 

「じゃがな、お前の言うとおりじゃ。

お前の檄も、大王様のそれには大分劣るが悪くはなかったぞい。

 

だから、この矛はお前が使え。

この道場で最強のお前がな。」

 

師匠は自分が大切にしていた矛を渡してくれた。

 

「師匠  良いんですか?」 

 

「うむ。」

 

「ありがとうございます。」

 

僕は矛を受け取った。

 

「ずりぃ!」

 

「よこせっ」

 

同門の人たちから妬みの声が上がる。

 

「欲しけりゃ捕まえてみ!」

 

僕は走り出した。

 

 

 

 

 

そうして南壁に向かっていると

 

「おっ! お前はさっきの甘秋ってガキの……」

 

飛信隊・信が話しかけてきた。

 

「確か…………飛信隊の隊長の信さん?」

 

「ん? おうよ。

って何で知ってんだお前」 

 

「飛の旗で。

それに万極を討った話は聞いておりますから」

 

「ん。 そうか。

とにかく、さっきのはなかなかよかったぜ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「確か、お前の名前、章覇………とか言ったか?」

 

「はい。」

 

「いい矛持ってるな~。 お前。」

 

飛信隊・信は僕の矛の腹をぺしぺしと叩いてきた。

 

「あはは………師匠に先ほど譲ってもらったんです」

 

「ま、俺ももっといい矛を預かってもらってるけどな。

政に。」

 

「政…………やはり大王様と知り合いでしたか」

 

「さてはおまえ、見てやがったな南門で……ったく。

情けねえ姿見せちまったぜ。

 

じゃ、俺は政んとこ行ってくるからな

一緒に乗り切ろうぜ この戦」

 

「はいっ!」

 

 

これが僕と飛信隊・信の最初の出会いである。

 

僕はこの戦いで、飛信隊の幹部・百人将の田有さんという人の下に配属された。

 

 

 

 

 

 

蕞は南道の武器庫だ。

 

肝心の武具・武器は全員に行き渡った。

 

その後、北から総司令・昌平君の援軍が100騎くらい来た。

 

先程、南門で見かけた妙な服の少女が何故か大王様と同じ場所にいて、援軍の到着にやたら喜んでいたのが見えたは何故だろうか。

あの少女、何者なんだろう………。

 

 

 

 

とにかく、僕たち蕞の軍は李牧軍の到着前には戦闘態勢を整えていた。

 

 

 

李牧はこちらの大半が民間人だとすぐに看破したようで、攻める前に降伏勧告を行ってきた。

 

騎馬の美男子。

あれが李牧だろう。  

なんか腕も立ちそう………。

 

「趙国三大天 李牧である!

蕞の住民達に告ぐ!

 

民間人でありながら武器をとったその勇気、敵ながら感服いたす。」

 

バレてる………やはり流石は李牧だな。

 

さてはどっかの民兵が騒いでいたからか………?

 

「しかしながら、蛮勇だけで戦ができると思っているのなら、勘違いも甚だしいぞ!!

 

我が軍は4カ国の軍により選り抜かれた精鋭部隊で構成されている30000の兵。

加えて大将はあの王騎と麃公を討った三大天・龐煖。

そして軍略を預かるのはこの李牧!

 

万に一つの勝ち目もない!

 

降伏せよ 蕞よ  

さすればこの李牧、1人の命もとりはせぬ」

 

 

 

と、その時

 

「ゴチャゴチャとうるせえぞ李牧っ!

てめえの下らない口車になんざ誰が乗るかってんだ!

 

それに戦う前からどうか降伏してくださいなんて頭下げやがって

精鋭部隊が聞いて呆れるぜ ギャハハッ!」

 

飛信隊・信が叫ぶ。

 

「けど残念だったなぁ? 李牧  俺たちは絶対に降伏しねえぞ!

なぜなら…………」

 

「俺たちには全軍の命を擲ってでも譲れねえものがあるからだ!!」

 

「来るならさっさと登ってこい! 何があってもこの城は

てめえらには落とさせねえからな!」

 

「「「「うぉおおおー!」」」」

 

蕞の民兵や飛信隊は雄叫びを挙げた。

 

 

 

 

 

 

 

紀元前241年(始皇6年)

 

龐煖将趙魏楚燕之鋭師攻秦蕞

 

(龐煖の率いる趙魏楚燕の精鋭は秦の蕞を攻めた)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の初陣である蕞防衛戦は開戦の火蓋を切った。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




史実でも嬴政は咸陽から自身の衛兵を送り込んでいます。

李牧に合従軍の指揮をさせる……………この『もしも』は他に塚本靑史さんという歴史小説家も合従軍の実質的指揮官として李牧の名前が挙がっても不思議ではなかったと著書『春申君』で語っていました。


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第六話 蕞防衛戦一日目

大王様は僕たちの南壁にいる。

 

僕は飛信隊の百人将・田有さんの部隊ということで、民兵の中でも期待されている部類なのだろう。

 

「おう。 さっきのチビスケじゃねえか。」

 

田有さんは僕にそう言ってきた。

 

「よろしくお願いします。」

 

僕は田有さんにそう挨拶した。

 

 

 

 

蕞の城壁には趙の兵士ばかりがたくさん登ってきた。

 

李牧め 虚勢張ったな。趙兵しかいないじゃないか

 

「うらぁあああっ! 」

 

田有さんの矛は威力があり、趙兵の首を一気に4、5人は切り裂いた。

 

「す、すげえ」

 

僕をはじめとする蕞の民兵は圧巻されるばかりだ。

 

「おらどうした野郎共! もうへばってんじゃねえぞ!」

 

田有さんの叫びに僕たちは

 

「「おう!」」

 

と叫び、趙兵に矛や槍を突き立てる。

 

 

「うりゃあああっ!」

 

僕も矛で趙兵の腹を割く。

 

「ぐっ!」

 

趙兵の腹から腸と、そして血が飛び出てくる。

 

気持ちが悪い。

 

「うわああああっ!」

 

僕は趙兵を腸に矛を突き刺してすくい上げて南壁から下に放り込んだ。

 

「うっ」

 

「ぎゃぁあああっ」

 

2名ほどその死体に巻きこまれ、梯子から落とされたようだった。

 

「……………。」

 

趙兵の死体から出てきた腸が脳裏に焼き付いた。

 

その後も僕は10~20人くらいの趙兵を殺した。

 

どんどん人を殺せば殺す程、心がすり減っていく気がした。

 

 

 

 

 

 

そうして蕞防衛戦一日目は夕暮れを迎えた。

 

李牧をよく知らないが、僕の予想に比べればあまり力を入れてない気がした。

咸陽の攻略に割く戦力を考えて、戦力を温存しているのかもしれない。

 

そして、そんなことを考えていてもやはり脳裏によぎるのは、兵士の腸だ。

 

他の民兵は蕞防衛戦一日目を乗り切った興奮のが勝っているようだけど、僕にはそう簡単には割り切れない………。

 

 

「どうしたチビスケ」

 

そんな呆然としていた僕に田有さんが話しかけてきた。

 

「田有さん…………。」

 

「どうだ? 初めての戦は?」

 

「僕…………。」

 

「ふっ  そうだろうな。

初めてだろうな 人を殺したのは。

 

初めて人を殺した日にはな、その日の夜は夢にそいつの顔が出てくる。

 

そして、それが薄れてくるころには、もう何百人も葬ってるって寸法だ。

それが、戦ってもんだ。」

 

「……………。」

 

「だが、だからって逃げてもいらんねえぞ。

明日に備えて今日はせいぜい休め」

 

「……………はい。」

 

 

 

 

夕暮れからすっかり夜になった。

 

僕は夜目が大変よく利く。

 

僕は戦の初日にも関わらず蕞の城壁から城下を眺めていた。

 

すると

 

「「「うおおおお」」」

 

大声が城の下から聞こえてきた。

 

ついでに矢も射こまれた。

 

趙兵の夜襲だ。

 

 

 

しかしながら、変だ。

 

城下から見える人数はやたら少ない。

 

てか、真下には殆ど兵士がいない。

 

「……………本気ではないのか。」

 

多分こちらを疲労させるつもりだろう

 

大王様達は気づいているのだろうか?

 

急いで知らせに行こう。

 

すると

 

「迎撃態勢だ野郎共っ!」

 

飛信隊・信が迎撃態勢を取ろうとする。

 

全弓兵が暗闇に向かって矢を放とうとしている。

 

「いけないっ」

 

僕は大王様のいる高楼に向かった。

 

 

 

 

「大王様に至急、お知らせしたい儀がございます!」

 

「何者だ お前は 大王様に何の用がある!」

 

衛兵に止められたが。

 

「構わん 通してやれ」

 

大王様は僕を通してくれた。

 

「確か章覇とかいったな。

何かあったのか?」

 

「直ちに弓兵を半分休ませ、残りの弓兵には1回で2本の矢を射させるようにしてください!

これは敵の作戦です

我々を疲れさせようとしているんです。

そして敵は戦力を温存する気です!

 

城壁の下、およびこちらの矢の射程圏内には敵はほとんどいません!」

 

「それ、本当なの?」

 

妙な服を着た少女が食い入るように近づいてきた。

 

「……………どちら様でしょう?」

 

「河了貂だ。 飛信隊の軍師をしている。」

 

大王様から紹介が入る。

 

「よろしく。 それで、今の話は本当?」

 

「はい。 間違いありません。 

蕞の城の真下には敵はほとんどいません。

僕は夜目が利くので分かります。

お疑いなら、火矢を大地に向かって射込んでみて下さい。」

 

「やってみて。」

 

河了貂さんは近くの衛兵に命じて火矢を射こむ。

 

火矢に照らされた地面にはやはり兵士は映り込まない。

 

10本うった結果、河了貂さんは完全に信じてくれた。

 

「……………確かにいない…………。

教えてくれてありがとう。」

 

河了貂さんは僕に頭を下げた。

 

「弓兵の半分は休ませて、残り半分には大声を出させ、1射で2本射させるようにしてほしいと信や壁、昌文君と介億先生にも伝えて。

敵の夜襲がこちらを疲れさせる作戦だとも。」

 

「はっ」

 

河了貂さんは伝令兵にそう伝えた。

 

大声を出すようにすることと、1射で2本の矢を射させるようにするのは、矢数の減少・声量の減少により蕞の兵士が休みに入ったことが明白となった結果、敵の作戦が露見したことを敵に悟らせないようにするためだ。

 

蕞は南道の武器庫と言われており、矢数も尽きる心配が無いからこそ出来る芸当だ。

 

「そなたにはまた救われたな 礼を言う。」

 

「いえ。 信じてくれただけで嬉しいです大王様。」

 

憧れの大王様を前にして、僕はそれだけ言うのがやっとだった。

 

「では、そなたも休め。

明日に備えて。」

 

「失礼致します。」

 

 

 

こうして、蕞防衛戦一日目は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日目・夜明けくらいに僕は目を覚ました。

 

正直、あまり寝た気がしないが、周りは敵の喚声で寝られない人たちだらけであっただけ、僕は神経が図太いのかもしれない。

 

だが、寝た気がしない最大の要因はやっぱりあの腸が夢の中にも出てきたからだ。

凄く迷惑な腸だ。

 

 

 

 

そして僕は城の真下を見た

 

「やっぱり…………。」

 

弓兵の射程圏内に趙兵はやはり殆どいなかった。

 

空振った矢が大量に地面に突き刺さっていた。

 

だが、2本同時に射たことで生まれた、不自然な程飛距離が短い矢が多すぎた。

 

多分李牧に、こちらの弓兵が半分休んだことは露見しただろう

 

 

 

 

 




李信 最終能力値 想定

武力98
知力47
政治力31
魅力97
采配98
 



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第七話 蕞防衛戦二日目 前編 はじめての強敵・傅抵 

断言しておきます  この回はチート要素があります。


開戦時刻となった。

 

「おう。 お前はよく寝れたようだな。

チビスケ。」

 

田有さんが話しかけてきた。

 

「おはようございます田有さん。

疲れまでは取れませんでした………。」

 

「そんなもんだ。 戦場での眠りなんざ。

それより、娘軍師からお前に改めて礼を言ってくれって頼まれたが、なんかしたのか?」

 

「いえ、夜襲に関して気付いたことを報告しただけで。」

 

「そうか。」

 

 

 

 

そして、蕞防衛戦二日目が火蓋を切った。

 

 

今のところ、僕をはじめとする民兵の動きも手慣れた感じがあって安定を保っている。

 

 

順調だ。

 

そして、眠れなかった者が多いにも限らず、この奮戦。

 

大王様が高めた士気は相当であると思い知る。

 

 

 

 

そして、その時はやってきた。

 

僕等が右からくる敵の新手を潰していると

 

「ごぷっ」

 

右手で異変があった。

 

「「竜川百将ーー!?」」

 

「「竜川さんっ!」」

 

南壁左手の要・竜川百将が倒れたようだ。

 

「竜川?!」

 

田有さんからしても未曽有の事態だったようだ。

 

 

すると、その竜川百将を葬ったと覚しき敵はこちらにきた。

 

攻撃速度がやたらと速い。

 

多分、田有さんには相性が悪いと思うけれど、僕なんかよりも実戦経験豊富な田有さんなら…………。

 

「遅いってば」

 

バギャ と鈍い音が響く。

 

田有さんの鎧が砕ける音だ。

 

「田有さーん!?」

 

「田有百将?!」

 

飛信隊の隊士・蕞の民兵から悲鳴が上がる。

 

拙い。

 

この敵は強敵だ。

 

 

 

てか、この敵、こっち来た。

 

飛信隊・信が目標だろう。 そして蕞の民兵を狙って最短経路を確保する気だ。

 

 

「させっかっ!」

 

僕は考えるより先に躰が動いていた。

 

その敵はギリギリで避けた。

 

「…………まあまあ速いな。

って民兵?!  しかもガキじゃん。

邪魔すんなよっ」

 

その、口を覆った敵は右手の剣を僕の矛に向けてきた。

 

僕は難なく受け止める。

 

この強い敵に対して、何か体が騒いでいる。

 

そして、強敵に出会ったという興奮が僕を支配していた。

 

そこに居たのはいつもの僕ではなかった。

 

「やあっ!」

 

僕は矛の、刃とは反対の先でその敵に反撃を加える。

 

「ほ」

 

そいつは避ける。

 

「やっ」

 

僕もそいつの刃を避ける。

 

僕も道場では威力系ではなく速さで戦っていたが、コイツも同じ系統らしい。

 

「チッ同類かよ。 てか、何者だよお前。」

 

その敵はそう吐き捨てた。

 

「しがない蕞の民ですが。」

 

同類ということは、誘いの手をいくつも駆使しているってことだ。

 

そして、互いの攻撃をやり過ごす展開がしばらく続いた。

 

 

 

 

だが、だんだん僕のが不利になってきた。

 

武器が長い分、攻撃速度がいくぶん劣るからだ。

 

「いたっ。」

 

腕に鋭い傷が走るようになった。

 

体力面の問題で敵の攻撃を避けきれなくなってきていたのだ。 

 

 

しかし、まだ起死回生の手は残されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は大きく下がる。

 

その敵は向かってきた。

 

 

僕はその敵の、双刀の交差点に向かって矛を思いっきり突き立てた。

 

「ぐっ」

 

ついで刃の反対側の柄で双刀の交差点を下から跳ね上げ、余勢を駆って刃を上から下に大きく振り下ろした。

 

「な!」

 

その男の兜が砕ける。

 

「バ、バカな…………!?

三大天の最後の一席を手にするはずのこの傅抵様が………」

 

「いや、そこまで強くないよお前。」

 

相性が悪い敵のが戦場に多いだけで、強いには強いが恐らく三大天には遠く及ばないだろう。

 

現にたかだか初陣の1民兵にやられるようじゃ多寡がしれてる。

 

「っざけんな!」

 

傅抵が立ち上がろうとするその顎に下から蹴りを入れた。

 

「ばいばいっ」

 

蹴りで奴は吹っ飛んだ。

 

 

奴は蕞の城壁に頭をぶつけ、気を失った。

 

「……………。」

 

「……………。」

 

皆、呆然としていた。

 

飛信隊の百将が倒せなかった敵を倒したからだろう。

 

「やるじゃねえ…………か。 チビスケ。」

 

田有さんはそう呟くと気を失った。

 

「田有さん!?  だ、誰か運んでくださいっ!」

 

僕は蕞の民兵達に田有さんを城壁の下に運ばせた。

 

 

 

と、丁度一足遅く、飛信隊・信が来た。

 

「こっちかっ!?  やべえのがいるってのは?

ったく、この新手が強えから、遅くなっちまった。」

 

「いえ…………奴は先程田有百将を負傷させましたが、そのガキにやられました。」

 

「なっ…………やるじゃねえかお前っ」

 

飛信隊・信が僕の肩を叩いてきた。

 

「いやぁ…………たまたまですよたまたま」

 

「そのたまたまってやつも、実力のうちだと思うぜ。

じゃ、俺は戻るからな。  

 

………ってもここの指揮官いなくなっちまったな。

章覇っ。

お前、俺いたとこいけ。

田有に殺れなかった奴を殺ったお前なら大丈夫だ。

 

あっちには俺の副官の楚水がいっから、そいつに従え。」

 

「わ、分かりましたっ!」

 

僕は飛信隊・信が来た方へと移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうでしたか。  信殿がそのように。」

 

飛信隊副官の楚水さん。

幸が薄そうな顔をしていた。

 

「はい。 田有さんのとこに指揮官がいなくなったため、代わりに指揮を採るそうです。」

 

「分かりました。 では、竜川のいなくなった左に向かってください。

あちらが一番戦力足りてませんから。」

 

「はいっ」

 

と、僕の目の前に映った光景は。

 

「拙いっ!」

 

女兵士にまさに捕まろうとしていた河了貂さんの姿だった。

 

竜川百将が倒れた代わりに指揮を採りに降りたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




傅抵 最終能力値 設定

武力87
知力58
政治力37
魅力70
采配75


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第八話 蕞防衛戦二日目 中編 カイネを巡る愚者の争い

「河了貂さんっ!」

 

僕は矛を振るい駆けつける。

 

「なんだこのガキッ!」

 

趙兵ののど笛をかっ裂きかっ裂き、女兵士の元に向かう。

 

「今仁、こいつは敵の軍師だ。

捕らえて捕虜にする。

いいか。これは私の獲物だと伝えて、兵士には指一本触れさすなよ」

 

「ええっ 面倒くせっ  

てか、お前、李牧様が好きなんじゃなくて、少女趣味だったのか。」

 

「うっさい! り、李牧様のことは関係ないだろ!

いいから早く連れて行け!」

 

李牧、顔は良いからな~。  そしてこの女兵士も案外良い顔してるから、李牧とつくづくお似合いかもしれない。

 

と、そんな下世話なことを考えている間に、僕はその今仁という、河了貂さんを抱えた趙兵に一閃浴びせた。

 

「うわっ!」

 

今仁は死んだ。

 

だが、

 

「一緒に来い! 河了貂っ!」

 

その女兵士は河了貂さんの右手を掴む。

 

「河了貂さんを離せよっ!」

 

その女兵士の右手を狙って一撃をかます。

 

左手を狙えば河了貂さんにも怪我を負わせてしまう。

 

 

「うわっ」

 

城壁際にいた女兵士はバランスを崩し、河了貂さんの手を掴みながら、落下…………

しなかった。

 

僕が咄嗟に河了貂さんの身体を抱えたからだ。

 

「ひっ、非常時につき、し、失礼します。

それよりも早く、その女兵士の手を離させて下さいっ!」

 

我ながら感心な台詞だ。

 

「おい、ガキ兵っ!

河了貂を抱えているやらしい手を離せ!

さもないと、河了貂の首を突くぞ。」

 

なんてことを言うんだこのアマっ!

 

「うるさいぞ李牧の愛人のくせしてっ!

やらしいのはどっちだっ!」

 

「なっ! り、李牧様と私はそ、その様な関係ではないっ!」

 

河了貂さんが微妙な視線で見てくるのがいたたまれない気持ちにさせる。

 

「ん? どうかしたのか?」

 

たまたま通りかかったのは出っ歯の兵士だ。

 

民兵か飛信隊なのか、イマイチよく分からない身なりだ。

 

「敵の兵士がぶら下がってる。

河了貂さんを人質に取ってるから、殺してください」

 

「?! あ、ああ。」

 

出っ歯の兵士がぶら下がっている女兵士に槍を突き刺すその瞬間

 

「カイネが落ちるぞー!」

 

「「「ぃ、よ、喜んでェーーっ!」」」

 

趙兵は既に女兵士・カイネを受け止める準備を整えていたようだ。

 

それにしても、喜んでってなんだ。

喜んでって

 

 

 

 

 

「うっひょ  姐さんの身体、柔らけー!」

 

カイネを受け止めた趙兵が狂喜乱舞していた。

 

「てめ、なに姐さんだっこしてんだオラッ!」

 

「かわれ、かわれ」

 

「カイネ姐さんは俺の嫁だ」

 

「いや、おれんだ。」

 

「やるか?」

 

「上等だ。 戦よりも大事な、譲れねえもんが俺にゃあるんだぜ」

 

何故か内紛を起こした。

 

「とにかく、助かったよ………章覇に尾平。」

 

出っ歯の人は飛信隊の隊士だったみたいだ。

 

「いえ…………それより趙兵。

いつもあんななんですか?」

 

「んな訳あるか。

一体、なんなんだ、あいつら…………。」

 

「あはは…………。」

 

その後、目覚めた傅抵は竜川百将に吹き飛ばされて城下に消えた。

 

カイネを巡った争いは、傅抵が連中の頭に直撃して収まった。

 

なんて、自由な奴らなんだオイ。

 

 

「尾平さん。 河了貂さんを大王様のいるとこまで、護送をお願いしてもいいですか?」

 

「あ、ああ。 任せておけ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

 

その後、僕は飛信隊の隊士さん達と一緒に趙の新手を何十人も斬った。

 

 

 

そして、この新手のために、この日の戦いで、南壁は予備の兵士を使い切ってしまった。

 

 

 

 

 

 



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第九話 蕞防衛戦二日目 後編 意外な指令

批判でもいい 
人格否定以外の感想をくださいませ
(゜▽゜)




蕞は二日目の夜を迎えた。

 

李牧は、登城部隊を投入した以外は相変わらず、手を抜いた形での夜襲を仕掛けてきている。

 

戦力の温存を優先したのだろう

 

昨日休んだ弓兵と、歩兵の予備部隊(予備部隊が尽きている南壁は民兵の一部)がそれに対処することになっていた。

 

「もし、章覇が気づいてくれていなかったら、もっと厳しい戦いになっていたと思うよ。 ありがとう」

 

河了貂さんは僕に向かってそう言った。

 

「ついでに、頼みたいことがあるんだけど、良いかな?」

 

「はい?」

 

「田有、竜川の抜けた穴が大きすぎる。

加えて、松左とか、一部の幹部が居ないのが痛い。

 

竜川の抜けた左翼の穴は沛浪や崇原、澤さん達で埋める。

中央は楚水と信、そして去亥が指揮するとして、問題は田有の抜けた右翼の穴だ。

渕さんや田永、それと尾平を充てるつもりなんだけど、崇原や沛浪のいる左翼に比べて右翼の飛信隊の指揮官の武力に不安が残る。

 

そこで、章覇。

右翼の指揮官の一人になる気はない?」 

 

「え?」

 

「田有が倒せなかった敵を倒したその武力、 夜襲の手抜きを見抜いたその観察眼。

オレはお前なら出来ると思う。」

 

何言ってるんだ河了貂さん

 

「いや、無理ですよ。  荷が重いですっ

つか13の素人のガキの言うことなんか、飛信隊士さんならまだしも民兵が訊くわけ………。」

 

「心配ない。

田有の部隊と田永の部隊を統合して、章覇をその部隊の副官にして、田永を指揮官にする。

実質的な指揮官は田永と渕さんだし、お前はただ単に右翼の武の象徴になれば良いだけだ。

お前は田永の指示に従って田有の部隊を率いて闘えばいい。」

 

武の象徴  ったって僕、そこまで強くないし。

田有さんのような破壊力は持ち合わせていない。

 

田永さん………確かあの喧嘩っ早そうな人か

 

不安だな。

 

「僕はまだしも、田永さんや飛信隊士さんが納得しますかね?」

 

「心配ない。 田永と田有隊をここに呼んである。

話をしてくれるかな?」

 

「は、はい。分かりました。」

 

 

程なく田永さんと田有隊がきた。

 

 

 

 

 

 

 

田永さんは

 

・腕っぷしは心配してない。

・信が竜川を腕相撲で打ち破ったみたいに戦は体格じゃない。

・明日はよろしく頼む

 

という内容を言って帰っていった。

 

頑固そうな人だと思っていたのは杞憂だったみたい。

 

てか、飛信隊・信すげえ……………。

 

 

 

具体的に何を言ったか覚えてないのは、すぐ傍に、鼓舞を兼ねた見回りをしにきた大王様がいたからだ。

 

「大王様っ!」

 

「大王様っ!」

 

蕞の民兵や飛信隊士の大半は皆興奮している。

 

眠れないなら、戦意を高めようという方針なのだろう。

 

「明日の夜も語らうぞ!」

 

大王様はそう僕たちに行って東壁に向かった。

 

東壁には父さんがいたっけな…………。

 

 

 

 

 

その後、河了貂さんから簡単な指揮方針を教えられた。

 

河了貂さん曰く、田有隊を鼓舞し、その破壊力を高めてやればいい。

 

その他部隊の動きについては田永に教わるようにとのことだった。

 

鼓舞のやり方についても教えてくれた。

 

 

 

 

 

過剰な期待を抱かれていることを思いつつ、僕は眠りについた。

 

 

 




河了貂 最終能力値 設定

武力35
知力94
政治力64
魅力94(女性補正込)
采配80


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第十話 蕞防衛戦三日目 

既におわかりかと存じますが、蕞防衛戦の間の主人公はチートキャラです。
第2章からはチートが封印されます


三日目を迎えた。

 

「足引っ張ったら承知しねえぞ ガキ」

 

「精一杯頑張ります!」

 

「ふっ」

 

 

 

序盤。飛信隊は押し込まれた。

 

疲れが出てきているのだろう。

 

田永さんも動きが鈍い。

 

「疲れてるんですか?」

 

「舐めんな」

 

とかえしてくるものの、やはりかわらない。

 

この状態を立て直すには……………蕞の民こそ重要だろう。

 

僕は田有隊の民兵を鼓舞することにした。

 

河了貂さんから、配下を鼓舞するコツは教わっている。

 

「民兵の皆さん、 よく聞いてください

蕞の主力は南壁の飛信隊、そして東壁の麃公兵かもしれない。

しかし、この蕞の戦の主人公は誰か?  

 

僕たち、蕞の民だっ!!

 

飛信隊の皆さんは強い  けれど、この戦はそれだけじゃ勝てない!

僕たち、一人一人がっ!  やらなくちゃいけないんだ!

 

秦国を

未来を

家族を

子孫を

 

そして現在を守るために! 

 

蕞の民の力をっ  趙の侵略者に叩きつけてやろうっ!

 

みんな 僕に続けっ!」

 

「「「「うぉおおおおっ!!」」」」

 

蕞の民の士気は再び立ち上がる。

 

ガキだから………と言う感情がなく、皆が付き従ってくれるのはうれしいことだ。

 

多分、傅抵を倒したからだろうな…………。

 

飛信隊士の受けもちの場所は崩れつつあった。

 

しかし、

 

「まだだっ!  まだやれるよな?

おまえらならヤれるだろ?!

蕞の民兵や趙兵に、飛信隊を見せつけてやれっ!」

 

飛信隊・信も鼓舞に回る。

 

「立てっ! 立ち上がれ皆っ!」

 

「まだ終われないだろ?!  」

 

蕞の民も各地で勝手に鼓舞に回る。

 

 

 

 

こうして蕞守備兵は気力を取り戻す。

 

「それっ! 押し返すぞっ! 突撃っ!」

 

僕はいつの間にか号令までかけていた。

 

「「「おおおーっ!!」」」

 

拠点を固めた趙兵に突っ込む。

 

趙兵の拠点はたちまち崩壊していく。

 

 

 

「つか、すげえな 章覇ってガキ。」

 

「ああ。  飛信隊・信にゃあ劣るかもしれんが、初陣だし、まだ13らしい。

そこであそこまでやれるのは大した奴だな」

 

飛信隊士さんからそんな声が漏れているのが聞こえた。

 

 

確かに戦が嫌いな13の少年がここまでやれるのはおかしいとしか云えない。

 

つくづく、僕は将軍とかに向いているのかもしれないな…………。

 

自分がこの戦を通じて変わりつつあることを自覚しながらも、僕はこんなことをこの時、初めて考えた。

 

 

 

 

僕はふと、大王様のいる南壁の高楼を眺めた。

 

大王様の側近が驚愕の顔で周囲を見渡している。

 

民兵の士気の爆発は、蕞の四方に伝播しているようだった。

 

 

 

 

 

そんな中。

 

「いでっ!」

 

田永さんの腕を大きな矢が貫いた。

 

「田永さんっ!」

 

「くっ 気にすんな

いででっ 」

 

矢を抜きにかかるが、如何せん力が入らない。

 

矢のせいである。

 

「ガキ。  悪ぃがしばらく指揮を頼むぜ。

援軍が必要なら、あいつに頼め。」

 

田永さんは渕さんを指さした。

 

「分かりましたっ」

 

「おい。 てめえらっ 俺が戻ってくるまでの間、このガキに従えっ!

ガキだからとか抜かしたら承知しねえぞっ!」

 

そう言って田永さんは手当の為に降りていった。

 

 

と、次の瞬間。

 

「うっ!」

 

階段に繋がる部隊が一気に押し込まれた。

 

「どうする 章覇っ!」

 

民兵が僕を見る。

 

どうすれば…………蕞の民兵に最小限の………。

 

考えろっ

 

 

ふと、一日目の尾平さんのいた辺りの陣形を思い出した。

 

「偃月状に陣形を組めっ!

半包囲する!」

 

「「任せろっ!」」

 

偃月状の陣形により、階段に近い中央は敵の攻撃を受け流す。

 

「左、右の兵士は、内側に敵を押し込めっ!」

 

「「おうっ!」」

 

左右が敵を中央に押し込んで完全包囲すれば、蕞の兵士の主な武器は槍。 

間合いが長い分、こちらの損害を最小限に抑えて敵を殲滅出来る。

 

殲滅したら

 

「左右の兵士は散開!」

 

再び次の趙兵を絡め取る。

 

 

 

だが、いつか限界が来る。

 

「章覇っ  こっちにも盾兵が来たっ! 」

 

飛信隊・信の方に向けられていた盾兵はこちらにも来た。

 

「火を持ってくるように伝えてっ!」

 

弓兵の近くには、矢を運搬する子供達がいる。

 

 

「持ってきたぞっ」

 

「弓兵に、火矢を、盾兵に向かって射るように伝えてくれっ」

 

盾まで全て鉄で出来た部隊なんて王の近衛兵くらいしかいないはず。

 

この趙兵達の持つの盾の中央部は木で出来ている。

 

故に火矢で燃える。

 

「うわっ 火だっ」

 

盾で自らを囲んで密集している盾兵軍団の中にも火矢を射こませる。

 

「あっつっ!」

 

「散れっ 散れっ」

 

散った盾兵は最後、蕞の兵士の槍に突き立てられた。

 

そうして僕達の部隊は、敵にうまく対処していく。

 

 

 

 

田永さんは結局、骨をやられたみたいで、翌日に復帰するとのことだった。

 

だけど、日が暮れるまでの間、僕達は無事に持ち場を守り抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十一話 蕞防衛戦四日目 

四日目には田永さんが復活してきた。

 

「ったく、世話かけちまったな。」

 

「いえ。 怪我は大丈夫そうですね」

 

「ったりめえだ。 ボケ。

それより、よくやってくれたな。

ここの戦術はそのままでいくぞ。」

 

「河了貂さんの指示ですか?」

 

「ああ。 ここが渕副長に頼らないで済むなら渕副長は南壁中央に送られてくる精鋭に集中出来るから、戦局が安定するんだそうだ」

 

「分かりました。」

 

 

 

 

 

そして日没を迎えた。

 

「見ろよ 4回目の夕日だ。」

 

「はい。」

 

「こうして夕日を見る回数を重ねていけば、見えてくるんじゃねえか。

勝算ってやつがよ。」

 

「ですね」

 

 

 

 

ところで、大王様達は何日乗り切るつもりで来たんだろうか。

 

勝算も見通しもなしに来る訳がないだろうし、気になる。

 

後で飛信隊・信にでも聞いてみよう。

 

 

 

とにかく、こうして四日目を乗り切ったのだ。

 

 

 

 

 

 

引き揚げようとする僕達歩兵部隊。

 

次の瞬間

 

「止まれっ!」

 

河了貂さんが大きな声で全軍に静止を命じた。

 

「なんだよ娘軍師!」

 

「疲れたから休ませてくれよっ」

 

そんな声を無視して河了貂さんは言葉を次ぐ。

 

「今夜辺りから、おそらく夜襲がくる!

だから、夜襲対策の準備をしてくれ!」 

 

「「「や、夜襲っ?!」」」

 

「ああ。 李牧には、蕞の士気の高さの秘密はバレていない!

だから李牧は、戦力を温存しながらも焦っているはずだ。

何故蕞は降伏しないのかと!

 

だからそろそろあからさまにこちらの戦力を削り、疲労を誘ってくるはず。

だから夜襲迎撃の用意をしてほしい!」

 

「「「応っ!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部隊は総員、夜襲迎撃準備にはいる。

 

「どうする? ガキ?」

 

田永さんは僕にそう言ってきた

 

夜だからこそ出来る戦略もある…………。

 

 

 

 

ならば。

 

「よし。  火を使おう」

 

「お前、火が好きだな………。」

 

「拠点を潰したら、長梯子から油を垂らし、長梯子を焼き払うんだ。

翌日には予備の梯子が出来上がるだろうけど、夜の間はそうもいかないだろうし。」

 

「わかった。

油を持ってこい!」

 

 

 

しかし

 

「申し訳ありません 既に油は東に取られましたっ!

東の鬼 と呼ばれるえらく強い民兵とその一味が既にっ」

 

「なっ!?」

 

東の鬼?  なんだソレは…………。

 

「ちっ 先を越されたか。 火が好きなのはてめえだけじゃねえんだな。

蕞の連中はみんな火が好きか?」

 

民兵達はぶるぶる首を横に振る

 

「いや、僕だって火が好きな訳では…………。」

 

「仕方ねぇ。 別の手を……………。」

 

 

 

その時、新たな手が思い浮かんだ。

 

 

 

 

「田永さん! こちらが殺した趙兵の鎧とかはどこにありますか!」

 

「一部はそこにあらぁ。」

 

上に上げた弓兵の間に築かれている壁に趙兵の死体が使われていた。

(※オリジナル描写です。 織田信長の長篠の戦いの鉄砲隊の馬防柵みたいなイメージでお考え下さい)

 

 

 

「昼間、偃月の陣形の左翼・右翼の兵士はこれをつけて下さい。

仲間に化けさせて趙兵を混乱させます。」

 

「味方が誤ってそいつら殺すかもしれんぞ」

 

「趙兵の槍と民兵の槍は違います。

よく見て下さいっ」

 

趙兵の槍は刃渡りが長く薄く、民兵達の槍は刃渡りが短く厚かった。

 

一目で分かるくらいの差異だ

 

「この方針を渕さんの部隊にも伝えてください

渕さんの部隊に、右から押し寄せてくる趙兵は背から討たないようにしてほしいと。

渕さん達の部隊から背を向けて見える趙兵は僕達が偽装させた味方だと。」

 

「ああ。 分かった。」

 

 

こうして僕達は迎撃準備を終えた。

 

 

 

案の定、夜襲が来た。

 

疲れて寝だす民兵もいたが、この偽装作戦は功を奏したと言える。

 

夜襲を仕掛けた趙兵は混乱をきたした。

 

「おいっ どうした!?」

 

「分からねえ!」

 

「てめえ、何ちんたら…………ぐっ! てめえ」

 

「引っかかったな。 俺らの作戦にな」

 

 

 

 

 

 

 

 

この日は満月だった。

 

 

僕達の迎撃部隊はこの満月が真南にくるまで戦った。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十二話 蕞防衛戦五日目 前編 両雄の共闘

蕞防衛戦も五日目を迎えた。

 

「……………。」

 

蕞の民兵達はそろそろ限界に近づきつつある。

 

僕も眠気とだるさを少し覚えていた。

 

「こりゃあ、まじーな。」

 

飛信隊士さんの一人がそう呟いている。

 

 

 

 

そして開戦時刻を迎えた。

 

 

「………………え」

 

何もないのに勝手に倒れていく兵士達が出てきた。

 

限界がついに来てしまったのだ。

 

 

 

そして趙兵による一方的な虐殺が始まった。

 

飛信隊士さんたちも怠さを隠せないでいる。

 

「おい、章覇 てめえはガキのお守りをしとけ。

ここは俺らが引き受けてやっから。」

 

田永さんがそういったので、僕は少年兵が多い部隊のところに向かった。

 

 

 

「おう ガキは元気か」

 

少年兵に趙兵が槍を突き刺そうとしていた。

 

拙い 間に合わない…………?!

 

 

 

次の瞬間

 

「くっ!」

 

大王様が剣を振るって敵を斬る。

 

「んだてめっ!」

 

「がはっ!」

 

相次いで敵を斬り伏せていった。

 

「まだ逝くなっ! 

意識を保てっ!

 

戦いは終わっていない!」

 

「「「おおーーっ!!」」」

 

蕞の民兵は息を吹き返す。

 

 

 

 

「だ………いや、殿っ!

早く戻ってください!」

 

衛兵達は大王様のことを「主」と呼び、僕達蕞の皆は殿と呼んでいた。

 

「悪いがこの戦況ではそうもいかない。

章覇といったな。 ここは任せたぞ」

 

大王様はそういうや、部下を引き連れて次の拠点に向かっていった。

 

 

「と、殿っ!」

 

「ガキ! てめえは逝っとけや!」

 

襲ってくる趙兵の喉笛を的確にかっ裂く。

 

 

 

「こいつ、筋が速いっ!」

 

「ぐぎゃっ!」

 

趙兵を40人は殺しただろうか。

 

丁度、渕さんがきた。

 

「大事ありませんか 援軍が必要でしょう。

信殿に言われて来ました。」

 

少年兵と大人民兵が60人にまで減少していた、僕が今いる拠点を心配して来てくれたのだ。

 

「ありがとうございます。」

 

「貴方は少し休んでください。

年端もいかぬその身体で連戦は疲れるでしょうし。

しかもこの拠点は少年兵が多い。

貴方にかかる負担も自身の想定よりも大きいはずです。」

 

「分かりました。」

 

僕は休息に入ろうとした…………が

 

妙な胸騒ぎがする。

 

「…………父さんか? 」

 

丁度大王様は東壁に程近い南壁左翼、沛浪さんが指揮を採る方に向かっていた。

 

大王様も心配だし、向かってみることにした。

 

 

 

 

「邪魔だよっ!」

 

趙兵が度々邪魔してくるのを切り伏せながら進むと

 

「あっ!」

 

大王様を見つけた。

 

大王様の護衛は20人程まで減少していた。

 

少年兵の多い拠点にちらほらそれらしき人影も見える。

 

少年兵の拠点に少しずつ置いてきていたのだろう。

 

だが、流石に20人程という数は少なすぎる。

 

数の足しにもなれば……………。

 

向かうことにした。

 

 

 

 

「ぐはっ!!」

 

運悪く流れ矢が衛兵を貫いた。

 

大王様は無防備になる。

 

すると、待っていたかのように趙兵の一小隊が大王様に向かって突撃してきた。

 

「殿っ!」

 

僕は急いで大王様の元に向かう。

 

 

そして敵の隊長が大王様に肉薄する。

 

それを大王様は自ら隊長を袈裟懸けに斬った。

 

 

 

「趙万。 今だっ!」

 

隊長は大王様に抱きついた。

 

息絶え絶えの隊長ごと、その趙兵は大王様を槍で突き刺しにかかる。

 

 

 

……………槍は隊長を突き抜け、大王様の腹を貫いてしまった。

 

大王様はうずくまる。

 

「ぐっ!」

 

「「「だ、大王様っ!!」」」

 

 

 

大王様が蕞にいることがバレた?!

 

「番陸。

そのキンキラの首を斬れっ!」

 

「オオッ!」

 

槍の兵士は傍の剣兵に命じた。

 

 

「「や、やめろぉおお!!」」

 

 

 

 

 

 

そして、丁度、僕は大王様の元に辿り着いた。

 

「させっかっ!」

 

「何してやがるてめぇら!」

 

僕は大王様を斬ろうとした剣兵を。

 

脇から現れた飛信隊・信が槍兵をそれぞれ斬り伏せていく。

 

 

 

 

 

「やるぞ章覇っ!」

 

「はいっ!」

 

「何だ貴様らっ!」

 

次々と駆けつけてくる小隊を飛信隊・信と僕は切り伏せる。

 

大王様という叫びを聞いたためか、次々に現れる。

 

「やらせっかよ!」

 

「通すわけにはいかないっ!!」

 

「主っ!?」

 

護衛も何人か戻ってきた。

 

「がはっ!」

 

「ぐぶっ!」

 

 

趙兵は為す術もなく飛信隊・信、僕、或いは衛兵の餌食となっていく。

 

 

 

 

寄ってきた200近い趙兵は壊滅した。

 

 

「政っ!」

 

飛信隊・信が駆けつける。

 

大王様はどうにか目をあけ、

 

「騒ぐな………。」

 

腹から出てくる血を抑えながら、息絶え絶えに大王様は呟いた。

 

 

「おい。 衛兵。 それと章覇もだ!

政を連れて高楼にいけっ」

 

「「オオ!」」

 

「はいっ!」

 

僕は衛兵と一緒に大王様を高楼に運び上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十三話 蕞防衛戦五日目 中編 南壁離脱指令

僕は大王様の陣営から戻った。

 

「りゃあああ!」

 

南壁右翼の本来の持ち場にやってきた趙兵に矛をたたき込む。 

 

が。

 

ガキィン! 

 

矛が受け止められる。

 

精鋭部隊がついに南壁右翼にも到達したのだ。

 

今、相手をしている敵はあまりにも強い。

 

「ちいっ」

 

「がはっ」

 

即座に戻すと、槍の柄を両断して事なきをえた。

 

南壁右翼だと気を抜いていたら痛い目みるとこだった…………。

 

 

 

右手の田永さんの部隊、左手の渕さんの部隊も苦戦を強いられている。

 

あらかた、大王様の存在が敵に露見したからだろう。

 

「章覇兄ぃ………。」

 

弓兵を務める少年兵が話しかけてきた。

 

「いいから、敵を1人でも多く撃て。

今、お前がやるべきはそれだけだ。

わかるね?」

 

「うん!」

 

「よし。 蕞を守り抜くぞ!」

 

僕は再び趙兵を殺しにかかる。

 

 

 

 

 

 

僕達はどうにか五日目の夕日を拝むことが出来た。

 

しかし

 

「大王様は大丈夫だろうか…………。」

 

大王様は腹を貫かれた。

 

出血多量、或いは刺さり所が悪ければ…………。

 

いや。考えるべきではないな。 それは

 

 

 

 

程なく、各地から南の屋敷にたくさんの民兵が寄ってくるのが見えた。

 

大王様は南の屋敷にいるとの噂が流れているためだ。

 

情報が錯綜しており、中には亡くなったなんて噂も流れている。

 

「大王様…………大王様ぁっ………ううっ」

 

周りの民兵も泣き始めている。

 

つくづく、大王様の凄さ。  精神的支柱としての大王様の存在を思い知らされた。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、章覇、夜襲迎撃準備はしなくて良いのか?」

 

民兵からそんな質問がくる。

 

大王様の存在がバレた以上、夜襲で城が落ちた際に、夜陰に紛れて大王様に脱出されたなら李牧は余計な労力を強いられるだろう。

故に李牧は夜襲はしないと見ている。

 

「いや、いらないはずだよ

それに、この状況じゃ、到底…………」

 

大王様の安否に不安の様子を隠せない民兵。

 

今すぐ夜襲迎撃の準備にといってもなかなか難しい。

 

それだけ大王様の存在が不可分だということだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、飛信隊・信が南壁に戻ってきた。

 

河了貂さんも一緒だ。

 

「おーい  章覇はいないか?!」

 

飛信隊・信は何故か僕の名前を呼んでいた。

 

 

 

「はい。」

 

「おお。 章覇。

お前、明日から東壁行け。」

 

は?

 

いや、南壁も手一杯だけど

 

「理由を聞かせてください。」

 

「オレが説明しよう。」

 

河了貂さんが口を挟む。

 

「あ、はい。」

 

「まず、明日から竜川と田有が復帰してくる

加えて飛信隊の損害が少ないのと、明日からは更なる激戦になると思う。

 

そこで、南壁は、飛信隊を主軸とした超攻撃型戦術を採ることにしたんだ。」

 

「超攻撃型戦術?」

 

「超攻撃型戦術では蕞の民兵の出番はあまりないんだ。

かといって、飛信隊同士の連携が重要だから民兵を組み込むことは出来ない。

だから、その、13才の民兵とは思えない実力を有する章覇の実力を活かしきることが出来ないんだよ。

 

それよりは、一番戦況が不利な東壁に行かせるべきだと思う。」

 

「カカカッ。 俺も初陣は13の時だった。

お前は昔の俺を見ているようでなかなか懐かしい気持ちにさせられたぜ。

 

ま、お前ならどこでもやっていけるだろ」

 

「信さん………。」

 

「ま、章覇のが頭いいけどね。」

 

「う、うるせえよテン」

 

「あはは…………ありがとうございます。

信さんに河了貂さん。

 

ところで、一番戦況が不利なのが東壁とは?」

 

父さんが東壁にいるから気になった。

 

「ああ。  風が吹いているんだよ。 

蕞の東から西に。

だから、東壁にとってそれは向かい風となる。

向かい風ってことは、敵が飛ばした矢は………」

 

「より高く、より強い威力でこちらに向かってくる。」

 

「そういうことだ。

だからオレは、秦国随一の強さを誇る精鋭部隊・麃公兵を東壁に置いたんだけど…………麃公兵のいない箇所がかなり厳しいんだよ。

……………一カ所を除いて。」

 

「一カ所?」

 

「どうやら、かなり強い民兵が東壁にいるようなんだ。」

 

「東の鬼…………とか言われている?」

 

「あ、知ってた?」

 

「はい。 昨日の夜襲迎撃の際に、その人に先を越されて、梯子を焼く作戦が出来なくなりました。」

 

「そっか……………やはり血は争えないってことかな」

 

「??」

 

「いや、なんでもない。  とにかく、お前はその東の鬼と呼ばれる強い民兵と合流してほしい。」

 

「分かりました。 今すぐ向かいます。」

 

「よろしく。」

 

 

 

 

 

 

東壁についた。

 

「さて、壁という三千人将に挨拶してこいとのことだったけど…………。」

 

「……………いだっ」

 

僕は大柄な兵士にぶつかってしまう。

 

いや、それにしてもデカいな………この兵士

 

「大丈夫か 坊主」

 

「い、いえ。 それより、壁三千人将はこの先の高楼にいますか?」

 

「あ?  ってえことは、お前があの?」

 

「あの………とは?」

 

「いや、いい。 えらく強い民兵が南壁にもいるって話を聞いていたからな。

明日からこっちにくるって聞いていたが、まさか、こんな坊主とはなぁ…………。

 

壁三千人将の居場所なら間違いねえ。」

 

「は、はぁ。  ありがとうございます。」

 

僕は走り去っていった。

 

 

 

「まさか、あんなガキがな…………。

 

…………麃公様。

やはりこの国ではまだまだ新しい芽が育っていくようです。」

 

その兵士がそう呟くのが後ろから聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

東壁の司令部のある高楼についた。

 

「河了貂さんの指示を受けて南壁から来ました章覇といいます。

壁三千人将はいますか。」

 

「例の民兵か。  少し待たれよ」

 

程なく、壁三千人将が出てきた。

 

蕞の初日で南門で見かけた育ちの良さそうな青年。

それが壁三千人将だった。

 

「お前が貂の言っていた…………。

明日からよろしく頼む。」

 

「はい!」

 

「彼を呼んできてくれ。」

 

壁三千人将は脇の配下に命じた。

 

「はっ」

 

程なくして連れて来られたのは。

 

「お呼びでしょうか。

…………章覇か?」

 

驚いた様子の父さんだった。

 

 

 

 

 



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第十四話 蕞防衛戦五日目 後編 父の真実

摎の最期の描写、原作の該当巻が紛失したため、想像で書いております。
ご理解、お願い致します。


「と、父さん!?」

 

何故、父さんがここに?!

 

「やはり貴方の息子だったのか。

章界殿。」

 

「はい。 間違いなく私の息子です。」

 

「流石、親子の血は争えないものですな。」

 

「いやいや。」

 

「…………どういうことでしょう?」

 

「東壁にえらく強い民兵がいるという噂を聞いたことはないか?

それがこの章界殿だ。」

 

いや、あり得ない。  何故なら………

 

「いやいやいや。 父は足が悪いはずです」

 

「槍を使うからだ。

槍は間合いが広いから問題ない。」

 

「お蔭で東の鬼などという恥ずかしいあだ名までついてしまいました。」

 

父さんは無邪気に笑う。

 

「いや、そもそも父さんが槍を使えるなんて聞いてないんだけど。」

 

「話してなかったからな。

足を傷める前まで私は戦場にいたことを含めて。」

 

「父さんっ!!」

 

「さて、積もる話もあるだろうから、章界殿、章覇。

持ち場に戻られよ」

 

 

 

壁三千人将の配下に促されて僕達は父さんの持ち場に向かった。

 

 

 

「いやぁ、まさか戦を嫌っていたお前がなぁ。

…………心なしか、四日前より大きくなった気がする。

戦は人の成長を促すとはこのことか。」

 

父さんは呑気にそう呟いている。

 

「父さん? 」

 

「どうした。」

 

「父さんは軍人だったの?」

 

「すまない。 話していなかったからな。

いずれは話すつもりだったんだけどな。」

 

「今、話してもらえる?」

 

「いいだろう。」

 

道中、父さんは真相を話してくれた。

 

「六大将軍 って知っているだろう?」

 

「うん。 白起、王齕、王騎、胡傷、司馬錯、そして摎の6人だろ。」

 

「ああ。  私はその摎という6人目の六大将軍に仕えていた。

生涯で100の城を落とした、攻めの達人だ。

私はその護衛兵だったんだ。」

 

「は?」

 

いや、今、蕞に住む足の不自由な、どこにでも居そうな人が将軍の衛兵って。

 

「信じられないだろう? だが事実だ。

お前がまだ生まれる前までの話だからな。

 

あのお方が死んだ年にお前が生まれた。」

 

「ってことは、その足は?」

 

「ああ。 その時に武神と対峙した際にやられた。」

 

武神……………龐煖か。

 

「事故って言ってたじゃないか。」

 

「すまない 嘘だ」

 

「父さん!」

 

「それで、私はあの日………。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

(side  章界)

 

 

 

「皆の者、下がっていろっ!

そいつは危険過ぎるっ」

 

摎将軍はそう叫ぶ。

 

龐煖と将軍の間の兵士は散開した。

 

 

「我、武神、龐煖也。

我は天の災い…………」

 

その怪物と接近していく将軍。

 

「ヌン!」

 

龐煖の刃が将軍の仮面を砕く。

 

「はーーぁっ!!」

 

将軍の刃は龐煖の身体に突き刺さる

 

が。

 

「がはっ」

 

将軍は左肩から切られてしまっていた。

 

「し、将軍っ!」

 

私は立ちすくみながらも叫ぶので精一杯だった。

 

 

普段ならば衛兵だし戦慣れしている身なので将特有の気迫だったりは平気だ。

 

しかし、この怪物は…………異質だ。

 

まさに異物といっていい。

 

私を含めて、周りはただ震えていることしかできなかった。

 

わ、わわ私は……………こ、ここでし、しぬのか…………。

 

そんな思いが私を支配した。

 

その時、脳裏に浮かんだのは甘怜の姿だった。

 

ちょうど戦場に出る前に妊娠が分かったばかりだった。

 

 

 

すまない。  

甘怜……………子供を頼む………いや、まだ私は死んではいない。

 

ならば足掻くべきだ。

 

と、そう考えた次の瞬間、私の身体は動き出していた。

 

「うわあああっ!」

 

「に、逃げろっ!」

 

つられて何人も兵士が動く。

 

私1人が作った、逃亡の波がどんどん伝播していく。

 

こうして無力な兵士が何人も龐煖を背に逃げ出した。

 

 

 

 

だが。

 

「ヌン!」

 

龐煖の武力は圧倒的だった。

 

足元めがけて矛を一薙ぎ。

 

「ぐっ!」

 

足元に激痛が走る。

 

私をはじめ、何人もの足を切られた兵士が転んだ。

 

一方の龐煖は、ついで上から矛を振り下ろしたっ

 

「がはっ!」

 

私のすぐ真後ろにいた兵士が、餌食になる。

 

「お、おい!」

 

そんな声をかけたのも束の間、龐煖は私の目の前にいた。

 

矛を振り上げ、奪命の一閃がまさに振り下ろされる次の瞬間  

 

「ん?」

 

龐煖は後ろを振り返る

 

そこには怒りに満ちた表情の王騎将軍がいた。

 

王騎将軍は咆吼をあげるや、瞬く間に龐煖を追い詰め、身体に深い傷を負わせ、そして谷底に叩き込んだ。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

(side   章覇)

 

「それ以来、私は片足を不自由にして戦には出ていない。

もし、あの瞬間、逃げ出していなかったら今、私はこの場にはいなかっただろうなぁ。

しかし、あのとき、逃げていなかったなら…………死なずにいた兵士は何人いたことか…………。

 

人間、一度逃げたらもう逃げることしか出来なくなってしまうんだ。

 

だが、私はこの戦からは逃げたくなかった。

私のせいで、私が最初に逃げ出したせいで死んだ兵士達のように、ご近所さんを見殺しにしたくなかったんだ。

 

それに、何か、罪滅ぼしをさせてもらえる気がしたんだよ。

天が与えてくれた罪滅ぼしの機会なんじゃないかって。

だからこの戦では私は率先して敵を殺し、東の鬼などという恥ずかしい名を貰った。

 

それが、今、ここにいるお前の父親だ。」

 

「………………。」

 

父さん……………。  

 

「失望したか?」

 

「いや。 驚くので精一杯だよ」

 

従兄弟の甘秋と同じように普段の父さんは平和をこのみ、事なかれ主義を貫いていた。

 

だが、その陰には戦争があるとは…………。

 

「……………そうか。

しかし、まあ、そんな私でも、六大将軍は格好良く感じた。

憧れていた。

 

そして、その彼らに共通するものが間違いなく、あの若き大王様にもある。  

とてつもなく大きな夢……とでも言うのか……。

 

それを守りたくなったのもまた、事実だ。」

 

「………………。」

 

 

 

 

父さんの持ち場に着いた。

 

「ん?  章覇、お前、何故、こんなとこに?!」

 

ご近所さんは皆、東壁にいたようだ。

 

「いや、南壁が飛信隊の連携が重要だから、僕は手持ちぶさたになる可能性があるだろうって東壁に。」

 

「とかいって、本当は~?」

 

「もうっ! 怒りますよっ!」

 

「あははははっ。  さて、皆さんも休もうじゃないか」

 

父さんの一声で皆、横になる。

 

 

 

 

かつて、戦場から逃げ出そうとした父さん。

 

今、僕が見ている父さんの姿に、当時を彷彿とさせる陰はない。

 

いっぱしの部隊長の姿をしている。

 

 

 

 

もし、逃げ出さなかったなら、今頃、父さんは王騎将軍の残党軍にいたかもしれない。

 

そして、そんな父さんの人生に影を落とすきっかけを作った龐煖。

 

趙三大天の龐煖とはどのような人物なのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に思いを馳せながら、蕞防衛戦五日目を終えた。

 

 

 



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第十五話 蕞防衛戦 六日目

翌朝

 

「おはようございます皆さん……………?!」

 

挨拶をするも、その声は虚しく周囲に広がるばかりだ。

 

異様に周囲の士気が低い。

 

辺りを見回すと、目がうつろな兵士達が多く、戦意の喪失を物語っていた。

 

「………………大王様が負傷なさったことが原因だろうな。

それほどまでに、大王様は、蕞の防衛には不可欠な存在、精神的支柱であったのだ。」

 

父さんは後ろでそう呟いた。

 

「…………こればかりはどうしようもないと。」

 

「ああ。  果たして今日を乗り切れるだろうか」

 

僕はため息をつくと、惰性で配置につく兵士達に交じり、配置についた。

 

 

 

 

 

こうして蕞は六日目の開戦を迎えた

 

東壁は父さんが四日目に梯子を焼いたため、南壁よりも登城兵が登ってくる拠点の数が遥かに少なかった。

南壁16つに対して、東壁は6つという寸法だ。

 

もっとも、李牧の本陣がある南壁に1番兵力が集中しているのもあるんだろうけど。

 

だが。

 

「と、父さん……………敵、いささか強すぎない?」

 

「ああ。 おそらく決めに来ているんだろうな」

 

李牧は大王様が負傷したうわさを知り、もう今日中に蕞を落とすつもりだろう。

 

温存していた精鋭を各地に投入したようだ。

 

蕞を落とせば、大王様も自ずと捕縛できる。

大王様を盾に咸陽に無血開城を迫れば良いから、敵には遠慮する手はない。

 

 

だが、それより問題なのは

 

「拙いな…………兵の士気が低すぎる。

このままでは…………。」

 

僕たちの持ち場は麃公兵のいない左隅であり、北壁に面する場所である。

 

咸陽に面し、敵の手が比較的薄い北壁からは、度々、100人単位の援軍が送られてきていた。

 

そのお陰で辛うじて助かってはいるんだけど、いかんせん兵士の闘志が低い。

 

東壁司令部のある、高楼も既に空だ。

 

壁三千人将が打って出たのだろう。

 

 

 

「ぐあっ!」

 

「おい令甚、しっかりしろっ」

 

「げはっ!」

 

父さんの周りの大人達は、蕞の予備兵が多いが、その予備兵達も次々とやられていく。

 

 

そして、ついに

 

「ああっ!」

 

趙兵の一個小隊が父さん達の小隊に半数をぶつけ、残りの半数を、真後ろの階段に到達させた。

 

「くははっ! やったぞっ」

 

兵士が降りようとした次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「だ、大王様っ!?」」」」

 

一筋の光が蕞の東壁を照らす

 

大王様が、その怪我をおして鼓舞に駆けつけてくれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「うおおおおおおっ!」」」」

 

戦意を喪失していた兵士が息を吹き返した。

 

「よし、コレならなんとか…………!!」

 

父さん達の小隊に押し戻される半個小隊。

 

 

 

「よし、僕たちは階段を降りている敵の背を撃つぞ!」

 

「「おうっ!」」

 

父さんは蕞東壁民兵の残兵力5100のうち、1200人を統率している。

うち、僕は100人くらいを与えられていた。

 

その100人に僕は号令を出し、一気に階段を駆け下り、まさに城門を開けようとしていた半個小隊の背を撃つ。

 

「ぐはっ!」

 

「ち! あと少しだったのによ!」

 

すっかり勝利を確信した兵士は油断しきっていた。

 

東壁を塞ぐ巨大な石を持ったまま、僕たちの隊の餌食と化している。

 

「やめろぉおお!」

 

城壁から降ろされていた子供達もこれに合流して、敵を撃ち払う。

 

 

 

 

程なく、僕たちは半個小隊の殲滅に成功した。

 

「よし、塞いでおいてくれる?」

 

「うーん 難しいや。 重いし。 」

 

「ちっ。 手伝うよ」

 

 

蕞は六日目にして東壁から崩れるところだったのを危うく食い止めることが出来た。

 

僕たちは東門を改めて固く封印すると、戦場に戻る。

 

 

 

 

「はあっ!」

 

「やるな坊主っ!」

 

「なんのこれしきっ!」

 

押し込まれていた東壁を完全に押し返しにかかる。

 

そのうち、僕たちは麃公兵のいる部分まで押し返しにきていた。

 

「にしても、あのガキ兵、やるな。」

 

「ああ。 相当にな。」

 

一段と硬い鎧をまとった精鋭・麃公兵からそんな声が聞こえてくる。

 

そして、東壁は完全に持ち直し、蕞防衛戦六日目を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜

 

「章覇。 少し良いか?」

 

父さんが僕に話しかけてきた。

 

「何? 父さん?」

 

「お前は、蕞が落ちるとしたら、どこから落ちると思う?」

 

そんな質問を投げかけてきた。

 

「…………………北壁?」

 

1番兵力が少ない。  故に精鋭を集中させれば瞬く間に落ちるのが北壁だ。

 

「いや。 北壁の介億という大将は六大将軍随一の軍略家・胡傷の弟子の昌平君の側近で、妙な防城兵器を有しているし、配下の指揮官も粒揃いときている。

この東壁には麃公兵がいる。

南壁の飛信隊は言うまでも無くたたき上げられた精鋭。」

 

「つまり…………西壁が1番落ちやすい………と。」

 

「ああ。 風を摑まれているため、初日の東壁は苦戦していた。

それを考慮して、麃公兵が東壁に置かれたと考えるのが自然だ。

 

ということは、西壁は風を掴んでいるため、その分、他よりも配置された精鋭が少ないはずだ。

それに今日、1番早く前線に出陣したのが西壁の大将・昌文君様だった。」

 

「なるほど。  で、何故、そんな質問を?」

 

「章覇。今から馬に乗る練習をしてもらう。」

 

父さんからそんな意味不明な案が出た。

 

「は?」

 

「蕞には200頭の軍馬がいる。

明日、お前に兵200を分け与えるから、その200を率いて、西壁、或いは他の壁かもしれないが、階段を奪われたら即座にその方面に救援にむかえ。」

 

「で、でも兵士の数が…………!」

 

東壁の兵は、初日の9000から既に民兵4200、麃公兵400、壁隊100、総勢4700程度にまで減少しており、父さんが動かせる兵力も補充を受けて900余りしかいない。

 

「案ずるな。  大丈夫だから。

足の悪いこの父よりも、お前のが強いだろう?」

 

「…………わかりました。」

 

 

 

 

そして、僕は夜が更けるまで、馬の練習をさせられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十六話 蕞防衛戦七日目① 絶望の矢文

オリジナル展開です。
山の民が間に合わなかったら?を書かせていただきます。


蕞防衛戦は7日目に達した。

 

李牧軍の弱点は南道の武関を落とさずに脇道を通ってきていて補給がままならないのと、電撃戦で咸陽を落とす算段で機動力を重視していたため、兵糧をあまり持っていないところにあるはずだ。

 

あと1日。 1日守りきれば余力がなくなって撤退すると思う。

 

補給のままならない李牧軍の行動限界はおそらく10日で、南道を通って蕞に到着するのに2日経っていて、そしてそこから7日経っているので、今日は9日目と思われる。

 

僕はそう見立てていた。

 

 

 

 

 

そんな中、東壁の壁三千人将が慌てて大王様のいらっしゃる南壁に走っていった。

 

「……………なにかあったのだろうか?」

 

西壁の司令部のある高楼も空、北壁の司令部のある高楼も空だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう……………ダメかもしれない」

 

戻ってきた壁三千人将に事情を尋ねると、壁三千人将は顔面蒼白な表情でそう呟いた。

 

「……………どういうことでしょうか?」

 

壁三千人将は言葉をついだ。

 

「大王様は勝算もなく、蕞に来たわけではない。

援軍をあてにしていらしたらしい。

 

山の民………山民族の三万の兵の援軍を。」

 

「え?」

 

「山の民は秦の穆公を晋から救った山民族、馬酒兵の一族の子孫なのだ。

大王様は非公式に山の民の王・楊端和と盟を結んでいらっしゃる。」

 

「で、その援軍が来ない…………と?」

 

「ああ。  あの方は………あの方は北の民族、バンコ族との戦争をしているそうだ。

 

そして、つい今し方、援軍は間に合わない…………殿:昌文君様のいらっしゃる西に矢文が射こまれた。」

 

「…………………。」

 

つまり、勝算がなくなったと言いたいのだ。

 

 

 

 

 

 

「………………ですが」

 

「ん?」

 

「まだ、勝ち目はありますよ。」

 

「は?」

 

「敵は補給がなく、為す術がない咸陽を迅速に落とすために軽装備できているわけです。

兵糧はあまり多くは持ってきていないはず。

つま、長引けば長引く程、向こうも追い込まれていくんです。」

 

「……………そうだな。 大王様もまだ諦めてはいらっしゃらなかった。

なのに私が諦めてはいけない。」

 

「そうですよ!  戦が嫌いだったはずの僕でさえ、いまこうして戦っているんです。

壁三千人将が諦めてどうするんですか」

 

「ああ。  そうだな」

 

と、いっても、こちらも余力はほとんどない。

 

援軍が来ないのでは李牧軍の兵糧が尽きるのを待つのは不可能……………。

 

 

と、その時。

 

ある作戦が閃いた。

 

「あ、そうだ壁三千人将!」

 

「どうかしたのか?」

 

「大王様に会わせて貰えませんか?」

 

「………………それまたどうして?」

 

「作戦が浮かんだのです。   負けない作戦が!」

 

「負けない作戦?」

 

「はい!  李牧軍を今日中に撤退させてみせます!」

 

「……………ほ、本当か?!

た、直ちに大王様のもとに連れて行こう!」

 

 

僕達は大王様のもとに向かった。

 



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第十七話 蕞防衛戦七日目② 李牧軍の異変

この話だけは台本形式でやります。


 

 

数時間後。

 

李牧軍の陣中に、待ちに待った報せがもたらされた。

 

「秦国31代大王・嬴政捕縛」

 

の報せである。

 

李牧「よし!」

 

李牧は全軍に攻撃停止命令を出す。

 

捕縛された大王が偽物だろうが本物だろうが、噂が流れて蕞の戦意は完全になくなると判断し、これ以上、味方の戦力が傷つくことを恐れたためだ。

 

李牧は秦王・嬴政の尋問に入ろうとした。

 

南壁の指揮権を幕僚に委ね、幕営に戻る。

 

 

趙兵の間を通っていく嬴政の影。

 

脇を、嬴政を捕らえた趙兵の小隊が固める。

 

 

そして、その一団は李牧の幕営に到着した。

 

李牧「ご苦労様でした。  秦王を私に見せてください。

あとは我々に任せて外で退避していて下さい。」

 

趙兵「「はっ!」」

 

趙兵は外に出て行く。

 

李牧「…………さて、頭を上げさせて下さい。」

 

衛兵「おら、頭をあげろ!」

 

嬴政は頭を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭を上げた男は、本物とは似ても似つかないあどけなさを存分に感じさせる少年だった。

逆に王族特有の気品は全く感じさせない。

 

黄金色の鎧を脱がせたらもはや誰が王と信じるだろうか?

 

この少年こそ作戦を考えた章覇その人である。

 

カイネ「偽物だな!  李牧様っ!」

 

カイネは叫ぶ。

 

だが、李牧は。

 

李牧「落ち着きなさい。

カイネ。 

秦王は市井の育ちと聞きます。

あどけなさを残していて、気品を感じなくとも不自然ではありませんよ。」

 

カイネ「李牧様?」

 

カイネはびっくりした顔で李牧の方を向く。

 

李牧の発言はまるでここにいる偽物が本物であると信じているような物言いだったからだ。

 

李牧「貴方が偽物だろうと本物だろうと、私達からしたらそんなのはどうでも良いのです。

 

我々が貴方を本物の秦王として扱うなら、貴方が本物の秦王になるのです。

もし、貴方が偽物で、本物の秦王が本物が自分だと主張しても貴方と秦王は身なりを交換しているはずですから、秦王の身なりは一般兵のそれと変わりないはず。

蕞の民は貴方こそが本物の秦王だと信じるでしょう。」

 

李牧はそう語った。

 

嬴政が蕞の民を奮起させた理由は王だからであり、一個人だからではない推測している李牧。

 

嬴政一個人の実力を推し量り間違えていた。

 

 

 

 

章覇は黙ったままである。

 

李牧「それにしても、何が目的ですか? 

時間稼ぎですか?

 

ずいぶんと小賢しい真似をしてくれますね。」

 

李牧は吐き捨てるようにそう呟く

 

章覇はやはり黙ったままだ。

 

李牧「…………まあ、いいでしょう。

彼を秦王として、そのまま柱に縛り付けて下さい。

見せしめにして蕞の民に降伏勧告を促します。」

 

兵士「はっ!」

 

こうして章覇は縛り付けられる。

 

 

 

 

 

程なく、章覇は縛り付けられて見せしめにされた。

 

李牧「蕞の民達に告ぐ!

我々はこの通り、秦王・嬴政を捕らえた!

我々はこの秦王を交渉材料に使い、咸陽を無血開城させるつもりである!

 

蕞の民達よ 降伏せよ!  秦は滅びたのだ!」

 

南壁の軍は動揺を見せる。

 

 

 

「も、もう………ダメだ」

 

兵士が武器を落とそうとした、次の瞬間

 

「まだだ!」

 

張りのある、聞き慣れた声が蕞に轟いた。

 

嬴政「まだだ!  この俺、秦王・嬴政はここにいる!

皆が皆、全員俺の顔を間近でみた訳ではないだろうが、俺の声には聞き覚えがあるだろう!

 

この俺こそが本物の秦王である!

秦王・嬴政はここにいるぞ!」

 

嬴政は南壁の高楼の屋根の上に登り、平民とかわらない服を身に纏いながらも叫ぶ。

 

程なく

 

「大王様はご無事だぞー!」

 

「間違いない!  蕞はまだ戦える!」

 

「「「うぉおおおおおおおお!!!」」」

 

蕞の民は瞬く間に戦意を取り戻してしまった。

 

(……………やはり、侮りすぎていたか。

恐ろしい王とはいえ、まだ17の若王と。

ひとたび偽物を本物と喧伝して戦意を喪失させたならば蕞は戦意を喪い降伏すると思っていたが、まさかあの状態から戦意を復活させてしまうとは…………。

 

世の中には、我が国の王のような、暗い王だけではなく、このような英邁な優れた王もいるというのか。

 

だが、目的はなんだ?

 

何が目的なのか?

 

偽物を送りこむことにどんな目的が………?

 

………………?!)

 

李牧「この偽物の秦王を捕らえた兵士達を直ちに呼んで来て下さいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間。

 

「李牧様っ!  大変です!

兵糧が!  兵糧の貯蔵庫が全焼しました!」

 

「東側用の兵糧庫もです!  李牧様っ!」

 

「同じく北側に輸送する兵糧も燃え尽きました!」

 

「西側の兵糧庫も焼け落ちました!」

 

相次いで急を知らせる報が李牧の許に届けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十八話 蕞防衛戦七日目③ 蕞の奇跡

ーーーーーーーーーーー

 

時は遡り、僕達は南壁に辿り着いていた。

 

「何人かの秦兵を俺と、俺を捕らえた趙兵に化けさせて、それらを使い、敵の兵糧を焼き払うだと?」

 

「はい。  李牧はここ、蕞で足止めされる可能性を想定せずに蕞攻めに入りました。

咸陽が戦場になったことがない以上、咸陽防衛の想定はあまり為されていないため咸陽を落とすのは難くないと考えているはず。

ですから、余分に兵糧を持ってきていないと考えます。

兵糧を燃やしたなら、李牧のことですから兵士の飢えを恐れて撤退するでしょう。

そして、大王様捕縛という報せを李牧は待ち望んでいるはずです。

蕞陥落よりも、むしろ、大王様捕縛の方が李牧にとっては大きい報せ。

我々が難なく本陣近くの兵糧庫に近づくには一番良い口実になるでしょう。」

 

「だが、問題は兵糧庫の場所だよ。

どこにあるのか分からないんじゃ?」

 

河了貂さんはそう尋ねてくる。

 

「いえ、それは問題ないはず。

戦で一番基本な要素は補給だと先生は常日頃からおっしゃっていただろう?

だから、李牧も自分の目の届く本陣近くに置いているはず。

 

……………おそらく、アレらが兵糧の貯蔵庫だよ。」

 

蒙毅と名乗る少年が指し示す。

 

幸いにも李牧本陣近くには、四方の軍の貯蔵庫が密集していた。

 

兵糧が戦争一番の基本要素であるため、自ら管理していたためであった。

 

「だが……………だがそなたはどうなる?

章覇?

そなたは無事では済まないぞ。」

 

そう。体格的に大王様に一番近い僕が大王様に化けることになっていた。

 

「確かに僕は無事では済まないかもしれません。

ですが、それでどれだけの命を救えるでしょうか?

命は数ではないという考え方もありますが、国や家族の為に戦って死んだ皆さんの命を無駄にはしたくないのです。」

 

「そうか………………恩に着るぞ 章覇。

生きて無事に帰ってこい。」

 

大王様は僕に服と鎧を渡す。

 

「あとは髪止めを切れば、姿形は似るだろう。」

 

「ありがとうございます。 」

 

 

 

 

 

 

僕はその後、東壁に戻った。

 

「………という訳です。

だから、ごめんなさい父さん。

馬に乗って戦うわけにはいきません。」

 

「……………わかった。

勝つために行動するということはとても大事なことだ。

 

しかし、必ず生きて帰ってこい。

この私を置いて逝くなんて親不孝はしてほしくないからな」

 

「はい。  」

 

「では、代わりに私が城下の予備隊200を率いるとしよう。」

 

「大丈夫なの?」

 

「分からんが、やるしかないだろう。

勝つために、生かすために何かをするということはとても大事なことだからな。」

 

 

「わかったよ。」

 

 

 

 

その後、僕は100人を分けてもらい、趙兵の服を着させ、自ら大王様に化けた後南壁に行き、兵糧庫の場所を教えると東壁に戻って化けさせた趙兵に捕まったふりをした。

 

趙兵に化けた味方は、無事に貯蔵庫に火をつけまくった。

 

穀物はとてもよく燃えると、兵糧そのものも残りが少なかったのとで、全焼までにさほど時間を要さなかったようだ。

 

そして、僕は今、李牧に縛り付けられている。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「攻撃を再開しろ!   今日中に落とさねば後がないぞ!!」

 

李牧は即座に攻撃再開命令を出した。

 

だが、攻撃が一時停止した間に蕞の兵士は陣形を立て直してしまっているから、落城まではもう少し時間がかかるだろう。

 

そして、夜がきたその時。 李牧軍は退却せざるを得なくなるその時まで、持ちこたえてくれたなら。

 

僕等の勝利が訪れるのだ。

 

 

「どうですか?  僕の作戦は?

李牧さんのような軍略家に評価して貰えたら嬉しいんですけど」

 

僕は李牧に話しかけてみた。

 

「この作戦は君が?」

 

「はい。」

 

「そうですか……………年端もいかぬのに。

してやられましたよ。」

 

「ええ。  本当は別の手で勝ちたかった。

けれど最後に貴方を出し抜けて良かった。」

 

「だが、年端もいかぬくせして、命を捨ててまでやろうとする姿勢には感心できませんね。

君はもっと命を惜しむべきだ。」

 

李牧は怒気を孕んだ口調で言った。

 

「李牧さんも戦は嫌いですか。

実は僕もです。

だけど、そんな僕を駆り立てたのは貴方です。」

 

「……………。

だが、何故、そんな君がそこまで命をなげうてるのですか?」

 

「大王様……………今の秦王にそれだけ、人の心を動かす力があるということだと思います。」

 

大王様の抗戦の演説、そして李牧の侵略はここまで僕を変えてしまった。

 

そして何十、何百の命を葬った。

 

もはや、平穏な生活は送れないのかもしれない。

 

「……………それだけではないと私は思いますよ。

大戦は人の成長を大きく促すものです。

貴方はその抗えぬ流れに流された。

そんな気がします。」

 

李牧はそう語った。

 

「………………。」

 

沈黙が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、蕞防衛戦7日目は日暮れを迎えた。

 

たびたび雄叫びが聞こえ、階段を降りられ蕞は落ちかけたがギリギリ持ちこたえたようだった。

 

おそらく父さんの200騎。

アレのためだろう。

 

李牧は大きくため息をついて。

 

「カイネ。  その少年を解放してやって下さい。

これ以上の殺生は無益です。」

 

「し、しかし………っ!」

 

「この少年の為に我々は兵糧の大半を失い、もはや戦闘継続が困難な状態にあるということです。

全軍に撤退の用意をするよう、伝達して下さい。」

 

「………わかりました…………。」

 

「………………予想外な事態の連続。

果たしてこの状態は、起こるべくして起こっているのか、それとも……………。」

 

李牧はそう呟いていた。

 

 

 

 

 

程なく、僕は解放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして蕞防衛戦7日目 真夜中。

 

李牧軍は撤退した。

 

 

 

 

 

 

 

史記趙世家における

 

始皇六年(紀元前241年)

 

龐煖将趙楚魏燕之鋭師、攻秦蕞、不抜

 

 

 

 

 

蕞防衛戦は秦国軍の勝利に終わった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………かに見えた。

 

 

 

 



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第一章 続章  対合従軍戦最終決戦
第十九話  戦はまだ終わらない


新学期で忙しうて……………。



蕞の城は完全に戦の勝利に沸き立っていた。

 

そして、それは函谷関防衛戦をはじめとする一連の合従軍との戦いに秦が勝利したことを意味していた。

 

 

 

 

 

 

僕はそんな中で東壁に帰還した。

 

「よく戻ってきたなっ!!」

 

父さんは戻ってきた僕を真っ先に抱きしめてきた。

 

はっきりいってキツい……………。

 

けど、温かさに満ちていた。

 

「うん。 戻ったよ」

 

「ああ!  やったなっ!

お前が  お前が蕞を  この国を救ったんだ!」

 

近所のおっちゃんがちらほら、僕をよいしょしにかかる。

 

酒臭い……………。

 

異常な興奮が僕の周りを支配していた。

 

 

 

 

 

と、そこへ

 

「おい、章覇、 章覇はいないか?

大王様がお呼びだぞ」

 

壁三千人将の側近の………名前は忘れた………が僕を呼んでいる。

 

「はーい。」

 

「っと、お前まだ大王様に報告してなかったんだな。」

 

「そいつはいけねぇな」

 

おっちゃん達は輪を解いてくれた。

 

「よし。 行くぞ」

 

僕はその側近の人に連れられて、大王様の元に行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく無事に戻ってきてくれた。

そなたがいなかったら、この城は今頃、落ちていたかもしれぬ。」

 

大王様は僕を見るなり、そう呟いた。

 

そして、僕の手を握りしめた。

 

「……………大王様…………。」

 

その手は温かみに満ちており、僕が想像していた高揚感は得られなかったが、妙な安心感…………父さん母さんのそれに似たものを感じさせた。

 

「へへっ。  よく戻ってきたな!」

 

飛信隊・信が僕に向かってそう言う。

 

「信さん…………。」

 

「しっかしよぉ。  よくあの場面でびびらなかったな!

つくづく思ってたんだけどよ、お前、戦にむいてんじゃねえのか?」

 

「……………え?」

 

我ながらそうかもしれないと思う…………けど、これは幸運かもしれないと思う気持ちのが強かった。

 

初陣で上手くいきすぎて、次の戦で死んだ人がいるという話を聞いたことがある。

 

それに戦はもうこりごりだ。

 

蕞の民は半分に減ったとか聞くし…………。

 

「どうだ?  よかったら飛信隊に…………いってえなテン!

何すんだてめぇ」

 

「今はそれどころじゃないだろ信。  政、話を始めて。」

 

「ああ。  

確かに俺達は李牧を退けた。

 

しかし李牧は必ず戻ってくる。」

 

「なっ!   どういうことだよ政っ!」

 

李牧は確かに退却した……………だが、その戦力にはまだ余裕があるということか…………。

 

だとしたら、僕のしたことの意味は一体…………いや、時間稼ぎにはなったかな?

 

「李牧軍が兵糧問題を解決してしまったら再びこの蕞に攻め寄せてくる可能性が高いということだ。」

 

「60万規模の合従軍の勝敗が、李牧の率いる3万弱の兵隊にかかってるんだ。

3万弱もあれば李牧なら咸陽を落とすことが出来る。

兵糧面を考えたなら諦める手はない。」

 

「でも、一体、どうすんだよ。  李牧軍はどっから兵糧を回収するつもりだ?」

 

信さんは疑問をぶつける。

 

「ああ。  南道の諸城から回収すればよい。」

 

大王様は重い口調でそう呟いた。

 

「で、でも、多寡が知れているよなそれじゃ」

 

「……………そうだ。」

 

大王様の口調はやはり重い。

 

 

 

 

 

 

「……………そろそろ来るであろう。」

 

そこへ介億さんが入ってきた。

 

 

 

 

「我が主 昌平君が。」

 

 

 

 

 

 

その時、北門がざわつき、銀色の鎧を着た男を中心とする騎馬隊がこちらを目指して入ってくるのが見えた。

 

 

 

その銀色の鎧を着た美男子  彼こそが秦国のもう1人の丞相、昌平君その人だ。

 



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第二十話 咸陽の勝報 李牧の狙い

再び台本形式


時は少し遡り………………。

 

 

 

 

 

 

 

李牧軍が撤退して程なく咸陽に勝報がもたらされた。

 

肆氏「で、伝者よ……………も、もう一度、申せ…………」

 

伝者「はっ!  李牧軍、撤退!

李牧軍は蕞より全軍撤退いたしました! 

我が軍の勝利です!」

 

昌平君の目は大きく見開かれた。

 

次の瞬間

 

「「「「うぉおおおおおおっ!!」」」」

 

呂氏陣営・大王陣営問わず、朝廷は大歓声に包まれた。

 

 

ただ4人を除いて。

 

4人とは、呂不韋、李斯、※成キョウ、そして昌平君である。

 

李斯と呂不韋は自陣営の絶対性に翳りが生じることを悟り、成キョウはやりおったなという思いにとらわれていた。

 

 

 

そんな中、昌平君は1人、伝者の元に駆け寄った。

 

昌平君「伝者よ。

大王はどのようにして敵を退けた?」

 

伝者「はっ  詳しいことは分かりませんが李牧軍の兵糧を焼きうちにしたとのことです。」

 

昌平君「………………!!

つまり、敵の戦力が咸陽を落とせない程に減った訳ではないということか。」

 

伝者「??」

 

昌平君「そうか。

黄龍、行くぞ」

 

黄龍「はっ!」

 

昌平君は大殿を出て行こうとする。

 

「まて。」

 

そんな昌平君を呼び止めるものがいた。

 

李斯だ。

 

昌平君「李斯か……………どうした?」

 

李斯「どうしたもこうしたもあるものか!

明日から、明日から大王陣営の力が強まってしまうのだぞ!!

お前も今後の対応策を考えろ!」

 

昌平君「…………李斯。 この戦はまだ、終わってはいない。

お前から相国にそう伝えておけ。」

 

李斯「?!  ま、待て昌平君っ!」

 

そう言うと昌平君は大殿から出て、武装しに出たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、今、昌平君麾下、千の兵士が蕞に到着したのである。

 

政「昌平君。  よく来てくれた。

礼を言うぞ」

 

昌平君「………………。」

 

蒙毅「先生っ!」

 

蒙毅が昌平君の元に駆け寄る。

 

政「それで、昌平君。

そなたはどういう算段でここに来たのだ。」

 

 

 

 

その時。

 

昌文君「昌平君が来たと?」

 

壁「何故…………」

 

昌文君と壁が入ってきた。

 

 

昌平君「丁度良い…………話すとしよう。

大王。

李牧軍の動きはやはり撤退を目的とするものではありません。」

 

昌文君「?!」

 

壁「な…………なっ?!」

 

政「それくらいは無論、知っている。

李牧軍はただ兵糧を失っただけにすぎない。

そして、李牧軍には兵糧を回収する方法がある。

 

南道の諸城から兵糧を回収するという方法が。

 

つまり、戦はまだ終わってはいない。」

 

昌文君「だ、大王様っ?!」

 

昌平君「おっしゃる通りです…………が、大王。

それだけではありません。」

 

昌文君「な、なんじゃと。

 

ま、まだ何かあるというのか昌平君っ!!」

 

昌平君「ああ。

 

大王。

李牧の真の狙いは……………南道の玄関口・武関を開けることだと思われます。」

 

昌文君「な、なんじゃとぉ!!」

 

「「「「ええっ!!」」」」

 

 

 

驚きがその場を支配した。

 

 

 




※キョウ=虫+喬  変換で出てきませんでした…………。


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第二十一話 南道追撃の檄

「それで、そなたがここに来たからには、対応策があるということだな?」

 

「それには李牧が奪った城を取り返しつつ、そこから兵力を吸収していくしかありませぬ。」

 

「し、しかし、それでも兵力は足りませんぞ!」

 

昌文君が声を荒げる。

 

「無論、承知だ。 だが、圧力にはなるだろう。」

 

つまり、武関の兵と李牧軍を挟撃する形を作り出そうとしているわけだ。

 

「だが、一番の問題は果たして李牧がそれを許すのか?

ということではないか?」

 

大王様が指摘する。

 

「ゆえに李牧は今頃、全速力で南道を逆走している頃かと思われます。

そして、武関には20000の兵がいます。

疲労困憊の李牧軍に、少なくとも2日は持ちこたえるはずです。」

 

「分かった。  明朝一番に義勇兵を募る。

そして蕞を起ち、李牧を追撃するものとする。」

 

「「「「はっ!!」」」」

 

そうして、僕たちは解散したのだった。   

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

蕞の民達は蕞防衛戦初日と同じ広場に集められた。

 

「なんだ? なんだ?」

 

「秦は助かったはずだろう?」

 

「慰労のお言葉をいただけるんだろう。」

 

「ありがたやありがたや」

 

安堵に満ちた蕞の民達を見ている大王様の表情はやるせなさに満ちていた。

 

更なる苦労を強いさせる王を許してほしい。

そんな表情であった。

 

 

 

そして大王様は話し始めた。

 

「蕞の民達よ。

皆の活躍のお蔭で、ひとまず、秦国の危機は去った。

あらためて、この国の王として、民として、秦人として礼を言う。

 

ありがとう。」

 

大王様は深く恭手した。

 

「そ、そんな、恐れ多いことでございます大王様っ!」

 

「「「「「「大王様ぁあああっ!」」」

 

「しかしながら、まだ秦国から脅威が去っていった訳ではない。

 

どうか、再び、俺と共に戦ってほしい。

そして、民を戦に駆り立てようとしている不甲斐ない王をどうか許してくれ。」

 

大王様は頭を下げた。

 

「だ、大王様?」

 

「話が見えてきませぬ!」

 

「大王様っ  大王様っ!」

 

蕞の民が騒ぎはじめる。

 

 

 

 

 

「静まれいっ!」

 

昌文君の一喝で民は静かになり、大王様は話を続けた。

 

「皆も見た通り、李牧軍は確かに、蕞からは撤退した。

 

そう蕞からは(・・・・)

 

 

しかしながら、李牧軍の進路は、合従軍の本営ではなく南道を逆走するものだ。

 

これが意味するところは、李牧が南道の武関を開けようとしているということだ。」

 

「「「「「えっ?」」」」」

 

「もう一度言う  李牧は咸陽を諦めてはいない。」

 

「「「ええーーっ!?」」」

 

「俺の言わんとしていることは、そう。 そなた達に今一度、立ち上がってほしいということだ。

 

そなた達の多くは傷つき、立ち上がるのもやっとであろう。

何故自分たちが?  何故自分たちばかりこれ以上立ち上がらなくてはならないのか?

そう考える者が少なからず出てくることだろう。

 

しかしながら、そなた達だから、そんなそなた達だからこそ出来ることが存在するのだ。

 

この俺と、戦ってきたそなた達だからこそ!」

 

「ど、どのようなことでしょうか?」

 

蕞の民は奮起の様相を示していた。

 

「南道には幾つもの諸城が存在する。

秦国が李牧の前に見捨ててきた城だ。

 

その中にいる民を、俺と共に説得してほしい。

そして、共に再び、国を 家族を 現在を守るために戦ってほしい!」

 

大王様はそう叫んだ。

 

蕞の民も半ば、仕方ないという半ば諦めのような心積もりであったように思う。

 

「大王様にこの命を捧げると誓った身であります!

どこまでもついていきまする!」

 

「呂去もついていきます!」

 

「洪鞍もです!」

 

「大王様っ!!」

 

「「大王様っ!!」」

 

「「「大王様ーーーっ!!!」」」

 

 

「この嬴政、そなた達の勇気に感謝する!!

かたじけない!」

 

 

 

 

こうして蕞の現住民16000のうち、傷兵と子供を除いた11000あまりがこの義勇兵に参加することとなったのであった。

 

 



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第二十二話 反攻作戦開始

長らく更新してませんでしたが、近況が落ち着いてきたので再開いたします。  


五日後。

 

11000のうち、豹司牙黒騎兵を始めとする昌平君の手勢2や飛信隊ら正規兵や僕等のような一部の例外で構成された3500の先遣された軍は、ある城を真下に見下ろしていた。

 

既に武関からは戦闘態勢入った旨の狼煙が上がっていた。

 

そして、その城から武関は程近いところに位置する。

 

「ここはどこなんだ? テン?」

 

信さんが思わず河了貂さんに聞いた。

 

「…………商だ。」

 

河了貂さんはそう呟いた。

 

河了貂さんによると、商は、かつて秦国の三丞相の一人、公孫鞅が領地としていた南道最大の城の規模を誇る都市だ。

 

だが、軍事的重要拠点とは云えないらしい。

 

理由はいくつかある。

 

・公孫鞅が処刑され、10万近くいた民が公孫鞅の側近粛清と共に離散して、以来人口が半分以下になってしまったこと。

・武関に近すぎるため、武関陥落後に迎撃態勢を整える時間がない。加えて兵糧や武器の中継地点にもなれないこと。

 

などがその例だそうだ。

 

特筆すべき点は、その規模の大きさゆえ、武関陥落という事態が発生したら、敵が武関を占領するまでに時間稼ぎが出来るということくらいだという。

 

「なんで先生はこんな都市を狙うんだろう?

挟撃の心理効果を与えるつもりなら…………。」

 

と、次の瞬間。

 

数万規模の人員が商の城の中に入っていくのが見えた。

 

「あ、あれは…………。」

 

それは流民であった。

 

この流民は、南道を逆走して李牧が攻めてくるのから逃れるために南道の始点の都市・商に来ていたのだ。

 

李牧も、おそらくはこの流民と衝突をおこすのを避けるため、敢えて南道最大の収容規模を誇るこの商を占領せずに武関を攻めているのだろう。

 

南道の兵糧の中継地点は別の都市にあり、そこを占領した李牧軍の兵糧問題は解決されている。

 

加えて李牧は、武関の兵の倍にも満たない兵力で武関を攻めている。

 

さらに幸いなことに、城門は開かれている。

 

 

 

 

 

ここまで語れば一見、こちらが有利な状況に見える。

 

いつでも商の城を落とし、李牧軍に対して挟撃の心理効果を与えるもよし、迎撃態勢を整える暇を与えずに昌平君を中心に突撃して李牧本陣まで到達するもよし。

 

李牧軍は休む暇もなく蕞、武関や南道の諸城を攻めて疲れているのに対し、こちらは豹司牙黒騎兵を始めとする

昌平君直営の精鋭部隊の補充を済ませているのだから、李牧軍の本陣に到達出来るのは間違いない。

 

だが、問題は2つ、存在する。

 

1つは、趙国三大天のもう1人、龐煖が李牧本陣に待機しているはずであること。

 

もう1つは……………。

 

「時間がない。 いくぞ」

 

「「「はっ!」」」

 

 

 

もう一つは、李牧の立てた最後の策にある。

 

合従軍の別働隊に、正面から武関を攻めさせ、李牧は裏側から武関を攻めているのだ。

 

関は、両側から攻められたならどのような名将が護っていてもたちまち落ちてしまう。

 

つまり、こちらが先に李牧を追い詰めるか、李牧が先に武関を落とすのかで勝敗は決するということだ。

 

 




商…………現在の陝西省商洛市に存在。
武関も同じく商洛市に存在したので、使ってみました。

現実において地理的に、武関の外側か内側かは申し訳ありません。分かりませんでした。


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第二十三話 李牧対昌平君

一度くらい、やってみたいですよねこの対決。


李牧も、商という存在が或いは挟撃という事態を生む可能性を全く考慮していなかった訳ではないらしいということは、商の城下に迫ってみて分かった。

 

秦の旗を掲げていながらも、そこの守備兵は趙兵に換えられていた。

 

鎧がまさに趙のそれだった。

 

流民関連の、余計な騒ぎを起こさないためだろう。

 

「た、直ちに城門…………」

 

商の城の指揮官と思われるその兵は、昌平君の矛の前にたちまち肉塊とかした。

 

僕たちは城の中になだれ込み、四半刻もかからないうちに商の城を奪回した。

 

そして。

 

「一撃必殺! 李牧の首をとるぞ!」

 

「「おおーっ!」」

 

城内に雪崩れ込んだ流民を慰撫するために河了貂さんに数百人程度の兵士がつけられ、残りの3000あまりが李牧本陣に向け、突撃した。

 

商の城に関しては、あとは、アレを待つだけである。

 

 

 

 

 

李牧軍は、流民を落ち着かせるために秦の旗を掲げていたのがかえって裏目に出てしまい、この3000に気づくのに遅れた。

 

李牧軍は予備兵の対応がままならぬまま、3000の兵により忽ち崩れていく。

 

 

 

 

李牧軍の本陣まで、あと少し………というところで、敵の陣形が変化した。

 

「あっ!」

 

信さんはこの陣形に見覚えがあるようで、叫んだ。

 

だが。

 

「フッ。 〝流動〟か。」

 

昌平君はそう呟くや直ちに軍を返し、陣形から全ての兵を出すや、

 

「この位置から流れに逆らわずに進め!」

 

一気に流れに軍を任せ、ある地点に着くや軍を返した。

 

 

そうして僕等は、瞬く間に李牧本陣に到着したのである。

 

 

 

 

「まさか、私以外に、地上から流動を見切る者がまだいるとは思いませんでした。

しかも、本能型ではない貴方がそれをやってのけるとは。

つくづく敬服致しますよ。 昌平君。」

 

李牧は剣を抜いた。

 

「飛信隊・信。」

 

と、ここで昌平君は信さんに話しかけた。

 

「なんだよ 昌平君?」

 

「龐煖はお前に任せたぞ。」

 

「ああ、任せとけ!」

 

北西方向から来るもの凄い殺気を感じ取ったのだろう。

 

そして、昌平君は矛を李牧めがけて振り下ろした。

 

李牧はそれを受け止め、一騎打ちが始まった。

 

李牧はただの軍略家かと思いきや、武力も強かった。

 

昌平君の速い矛筋に、重厚な剣筋で対応している。

 

一撃そのものは李牧の方が重いが、昌平君はその速さで李牧よりも若干、有利に一騎打ちを進めている。

 

 

 

 

一方の信さんと龐煖も一騎打ちに入った。

 

槍に貫かれて龐煖の馬が倒れている。

 

武器による間合いの差異をなくすために信さんが敢えて槍で馬から殺したのだろうか?

 

信さんは剣で龐煖は見たこともないようなバカでかい刃わたりの矛で戦っている。

 

龐煖は片手を負傷していたのか、片手に力がない。

 

それでも、信さんがなお不利かと思われたその時。

 

信さんは龐煖の矛を吹き飛ばした。

 

「るぁあああっ!」

 

そのまま信さんは跳躍し、龐煖に袈裟懸けに斬りつけた。

 

龐煖は血を吐きながらも矛を戻し、信さんの剣に矛を叩きつけ、信さんを吹き飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、壮絶な一騎討ちの中で、趙軍の東の方向に異変が起きた。

 

 

8,9000、いや、10000程の趙軍が商の城に向かっているようなのだ。

 

「貴方たちの負けですよ。  昌平君。

貴方たちはこの李牧を挟撃する算段を立て、撤退を促すつもりだったのでしょう。

ですが、商の城は規模の割に脆い城。

戦嫌いの民も中に大量にいることでしょうし、10000で商を攻めれば、忽ち、中の民が暴れて商の城は再び我々の手に落ちる。

そして我々は武関の陥落の余勢を駆って貴方たちを殺し、一気に咸陽まで迫れば良いのですよ。」

 

 

あの一団が来ていれば、それでも堪え忍ぶことが出来る。

 

だが、来た気配は未だない。

 

李牧の言うとおりの状況が、僕たちを待ち受けているかに思われた。

 

 

誰もが諦めかけたその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は武関で異変が起きた。

 




李牧軍は兵糧を回収したら咸陽攻略に動くべきだった。
そういう意見もあるかも知れません。

ですが、咸陽では既に蕞の撃退情報が伝わっており、民の混乱が終息していたこと。

自国の暗愚な王しか知らない李牧は、嬴政という英王に深く驚いており、その力量ならば、咸陽の住民さえも死兵と化して咸陽防衛に当たらせることが可能であると過大評価し直したこと。

ならば、連戦で疲れ切ってしまっている趙の兵には咸陽攻略に必要な戦力は望めないこと。

以上の理由により、李牧は現状の戦力での咸陽攻略を諦め、武関を落として合従軍の別働隊と合流した上で咸陽の攻略に踏み切る方がより安全と考えたのです。



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第二十四話 決着

あと1話で第一章は終了します。

紫伯や呉鳳明達との対魏戦まで、主人公は戦には参加しません。

対魏戦ではオリヒロイン候補を出す予定です。


その3000くらいの兵士が趙兵10000の後方を突いたのが見えた、次の瞬間

 

「っ!!」

 

李牧が手首を負傷し、昌平君は李牧の剣を地面に叩き落とした。

 

流石に剣と矛じゃ間合いが違いすぎたようだ。

 

「李牧様っ!」

 

李牧の愛じ…………じゃなかったカイネが傍に駆け寄る。

 

「離脱するぞ。」

 

昌平君は側近に告げた。

 

「殿、李牧の首はとられないのですか?」

 

「李牧の首を獲るならば、趙にはこの上ない打撃を与えられるだろう。

だが、代わりに周りの趙兵は死兵と化して、我々も無事では済まぬ。」

 

「は!  退却だあっ!」

 

既に僕と飛信隊副長・楚水さんの部隊とで退路は確保してあった。

 

 

 

後は龐煖と信さんの一騎討ちを中止させ、信さんを回収するだけだ。

 

 

「うぉおおおおっ!」

 

「ぬんっ!」

 

信さんは剣を持ちながら地上を縦横に走り回り、武神を自称する龐煖相手に割と有利に一騎討ちを進めていた。

 

力と間合いの有利さでは明らかに龐煖が勝っていたが、龐煖の新たに負った傷は信さんのそれよりも重い。

 

信さんは龐煖に鎧を砕かれた跡が幾つかあるのに対して、龐煖は刺し傷が5カ所、切り傷が4カ所くらいあった。

 

だが。

 

「退却だ。」

 

「うっせえ! 俺は負けてねぇ!」

 

「逃げるな 言ったはずだ 3度目はないと。」

 

信さんは退却に反対し、龐煖も逃がすつもりはないようだった。

 

「信殿。」

 

ここで楚水さんが説得に入る。

 

「ああ? なんだよ楚水」

 

「本隊がまだ商の城に到着していらっしゃらない以上、ここで一騎討ちを続けていたら、商の城は陥落してしまうのです!

信殿が王騎将軍や麃公将軍の仇を討ちたい気持ちは分かりますが、機会はまた後日、必ず巡って参りますから、この場は我々に任せて、下がってください!」

 

「……………ああ。」

 

信さんは引き下がった。

 

「…………逃がさぬ」

 

龐煖は胸に刺し傷を負っているためか、血を吐きながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

「信殿の退却を援護するぞ!」

 

楚水さんは周りの飛信隊士を集めて龐煖の間に割り込む。

 

 

 

 

この退却は龐煖や、李牧が投入した、東壁の将でもあった晋成常が率いる精鋭の追撃を受け、味方に大きな損害を出した。

 

 

 

 

 

そうして僕等の兵数は2000足らずになった。 

 

加えて、烈しい追撃を受けて、皆、疲れ切っていた。

 

だが、この軍勢で商の城を攻めている10000の軍を防がねばならない。

 

 

 

と、そんな僕達に更なる追い打ちを駆けるかのように。

 

「は、はやくお逃げ下さい!

敵将・孫青の新手が右からこちらに来ます!」

 

「大変不味い状況になりました!

敵将・傅抵の騎馬隊が我が軍の先方に回り込もうとしてきております!」

 

相次いで悪い報せが舞い込んだ。

 

後方には晋世常の精鋭、左には龐煖。

 

囲まれて万事休したかと思ったその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「味方を救い出すのだ!  かかれっ!」

 

 

 

ついに、待ちに待ったアレが到着した。

 

大王様、壁三千人将、昌文君の率いる本隊である。

 

8000人弱の部隊は、李牧に降った各城から兵力や民兵を更に吸収し、16000くらいまで膨れあがっていた。

 

商の城の右から、一気にこちらの先方に回り込んだ傅抵隊に突撃していく。

 

大王様の本隊は、やはり秦の兵隊とは言えないくらい、全体的に民兵が目立つ一団ではあったが、前衛に兵士が集中していたため、一定の破壊力があった。

 

傅抵隊は右から攻撃を受け、撤退していく。

 

「ヤロウ共! 政に合流するぞ!」

 

信さんは号令して、傅抵隊を捌きながら大王様の部隊に合流を図る。

 

程なく、僕達は大王様の部隊に合流を果たした。

 

「信、それに昌平君。 遅くなって済まない。」

 

「へへっ。 まあ間に合ってよかったぜ。 」

 

「そうか。  では、このまま商を攻めようと企む趙兵に突撃するぞ。」

 

「は!」

 

「御意!」

 

そして、僕等が突撃を敢行しようとしたその時。

 

 

「董翳が、敵将の首を討ち取った!」

 

3000の兵を率いていた大将らしき人が、敵10000の指揮官の首を挙げたようだった。

 

10000の部隊は味方の内側へと潰走していき、李牧軍の陣形は一気に崩れ始めた。

 

「大王。 こうなった以上、敵に退却を促しましょう。」

 

「ああ。」

 

商の城を正面に見て、右側。 先ほど大王様が来た方角に敵が雪崩れ込み、退却していくように促すのだ。

 

「だが、信。  武関もかなり危うい。

おまえと飛信隊は武関からの軍と合流し、武関の外の合従軍に備えろ」

 

「わかった」

 

信さんはその軍に合流して武関の城壁に上っていった。

 

 

武関には既に別働隊の楚兵が階段下に差し迫っていたが、信さん達の奮戦により、押し返すにいたった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、李牧は本陣の立て直しが効かないと判断し、武関の外にいる合従軍に、作戦失敗を狼煙で知らせた後、ようやく撤退したのである。

 

潰走した兵士達もそうだが、皮肉にも、李牧本人が使用した流動力術が、本陣の立て直しが困難な事態に更なる拍車をかけた。

 

 

 

こうして李牧の別働隊は退却。

 

1ヶ月以上にわたる函谷関防衛戦並びに蕞防衛戦は、秦側の勝利に終わった。

 

 

 

 

 

 

 




両者作戦案 まとめ

李牧:合従軍の更なる別働隊と武関を挟撃し、武関を落とす。秦側の流民を商に収容し、もし秦が攻めてくるようなら流民のいる商を攻めて、逃げ出した流民を利用して秦側を混乱に落とすつもりであったが、商が落ちなかったために作戦は失敗した。
加えて、連戦続きで士気が低下していたので、商を攻めようとした部隊は指揮系統を失って潰走してしまう。
この潰走した部隊のために、立て直しが効かなくなって退却を余儀なくされた。
合従軍が失敗に終わることへの責任感と焦りが、名将として引き際を誤った。
この重責が、普段ならば危ない橋を渡らない李牧に、武関を落とすという、自身が勝つ確率が高い〝賭け〟に出させたものの、武関を落とす前に商を攻め落とし、挟撃状態を解消することが困難になってしまい、結果として負けてしまった。

昌平君:政の本隊は民兵が半分以上を占めるため、敵に挟撃の心理効果を与えるには、正規兵を主とした別働隊で商の城を落とすことが必須だったが、流民が商に大量に収容されていたために、作戦を変更して、商を主戦場にすることを避け、3000で李牧本陣に向かった。
だが、商攻めの別働隊を組織され、李牧本陣から退却した。
退却した後、別働隊10000を叩いた上で政の本隊到着を待とうとしたが、政の本隊が到着した上、武関から出現した軍が商を攻める10000を潰したため、趙に退却を促す作戦に変更した。


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第二十五話 戦後に

こうして、僕たち、いや大王様は、山の民の援軍という本来の切り札を使うことなく、李牧軍を撃退した。

 

呂氏四柱に数えられており、大王様の政敵の呂不韋の最側近である昌平君までもが大王様と力を合わせて戦うに至った。

 

降伏する算段であった蕞の民、昌文君、壁三千人将、信さん、飛信隊士の皆さん、そして昌平君、大王様に合流した南道諸城の兵士。

 

みなが大王様を信じ、期待し、力を合わせたからこそ得られた勝利だ。

 

 

「大王様!」

 

「大王様!」

 

「大王様っ!」

 

商の民までもが大王様を称える喜声を発している。

 

誰もが信じられないのだろう

 

二十歳にもならない、加冠前の大王様が国を救うために自ら戦ったことに。

 

 

 

 

僕たちはその日の夜は商の城で過ごした。

 

蕞の兵士や飛信隊、昌平君の精鋭は忽ち眠りについた。

 

緊張の糸が切れたからだ。

 

 

 

僕は眠れなかった。

 

よくよく思い返せば、この13日間に僕は大きく変わってしまった。

 

降伏に賛成し、ひたすら事なかれを祈っていた少年は、数百の敵兵を殺めた殺人鬼と化してしまった。

 

 

 

 

まだ偶に兵士の死に顔が夢の中に出てくる。

 

僕が殺した数百人にも妻が 母が 家族が 子があり。

 

数百人の死の陰には、数千の涙があるんじゃないのか?

 

 

数千の涙を産んだ僕は、もはや善良な市民には戻れないのではないか。

 

 

そんな思いが頭の中を離れず、眠れなかった。

 

 

 

 

寝付けない僕が城壁にのぼると、そこには大王様が護衛をつけずに一人、いた。

 

「大王様……………。」

 

大王様は僕に気づいて

 

「あ、ああ。 章覇だったな  覚えている。」

 

「大王様も寝付けないのですか?」

 

「ああ…………。

今、ここにいる民の笑顔を守れた、国を守れたのは事実だ。

だが、俺は、代わりに何万もの民を死なせてしまった。

一重に、俺が国を守るよう、たき付けたせいでな。

ある意味、強制するよりも質が悪い。」

 

「大王様…………。」

 

「ところで、章覇。  お前は、このような現実をどう思う?」

 

「無論、なくすべきです。」

 

「そうだ。  そして、俺の夢は、戦をこの中華から亡くすことだ。

他ならぬ武力で…………だ。」

 

つまり、中華、統一 ………。

 

「その過程ではまた更に数十万にも及ぶ亡国の民の悲劇、血の悲劇が中華を覆うことになる。

だが、俺はそれをする。

暴君と後世、蔑まれ、恐れられ、非難されようと、構わん。

中華に、500年もの間、失われていた平和が訪れるそのためならば。」

 

大王様の考えていることは、僕ごときが及ばないところを見据えている。

 

だが、中華統一後の平和。

 

見てみたい。

 

平和で、戦のない未来を。

 

そして、僕達の子や、孫には、二度と、戦による涙を流してはほしくない。

 

悲劇を味わっては欲しくない。

 

他ならぬ僕達の代で、戦を終わらせるべきだ。

 

ならば、僕に何が出来るだろう。

 

 

 

 

ふと、その時。

 

武力を使うということは、より優秀な将軍や軍が必要だ。

 

信さんも確か………天下の大将軍になると言っていたし。

 

そんな考えが脳裏をよぎった。

 

 

そうだ。  

 

 

大将軍になろう。

大将軍を目指して、大王様の軍としてより多くの手柄を立て、立てに立て続けたならば、その先に待っているのは、中華が統一された先に広がる平和な未来だ。

 

 

 

 

「大王様っ!!」

 

「ん? どうした」

 

「平和な世の中を僕も見てみたいです。」

 

「ああ。 そうだな。」

 

 

 

 

やりたいことが見えてきたその日の夜は、こうして過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、大王様は商の民に惜しまれながらも、流民や兵士を率いて咸陽目指して帰還した。

 

 

 

 

民は続々と元いた都市に帰っていき、民も残るは僕達蕞の民のみとなり、蕞にあと少しというところで。

 

 

 

 

 

「あっ!」

 

奇妙な格好をした騎馬隊が僕達を待ち構えていた。

 

仮面を被った、異民族と覚しき騎馬隊に、僕等は得物を手に取るが。

 

「武器をしまえぃ!」

 

昌文君の一喝で武器を仕舞う。

 

 

「遅くなって済まなかった。 嬴政。」

 

凛とした張りのある高い声が響くや、騎馬隊の先頭の人が仮面を取った。

 

綺麗な女の人で、僕達の視線は釘付けになった。

 

 

 

大王様は臆することなく。

 

「気にするな。  楊端和。

来てくれただけで充分ありがたい。」

 

女の人=楊端和に恭手する。

 

「そうか。

だが、次こそは必ずや間に合わせよう。」

 

「ありがたい。 次はおそらく………。」

 

大王様は耳打ちする。

 

楊端和は

 

「そうか………。

相分かった。」

 

「感謝する。」

 

「では、者共、いくぞ!」

 

楊端和と山の民の騎馬隊はすぐに帰っていった。

 

援軍に間に合わなかった申し訳なさから、歓待を受けるのを避けたのだろう。

 

「さて、 いよいよそなた達ともお別れだな。」

 

大王様は僕達蕞の民に向かってそう呟いた。

 

「大王様っ!」

 

「大王様っ!」

 

「大王様ー!」

 

蕞の民は涙しながら別れを惜しんだ。

 

「すまない。 

本来ならば、皆の労を一人づつ労いたいところだが、俺としてもこれ以上、王宮を留守にする訳にはゆかぬのだ。

では、還るぞ 咸陽へ」

 

 

 

 

こうして大王様は咸陽に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二章 江南遊学編
第二十六話 旅立ち


戦場面無いので、飛ばすというのもアリです。


蕞はその後、何事もなかったかのように復興していった。

 

甘秋の父さん達も帰ってきて、大王様からの褒美も届いた。

 

一連の戦いで半数近く死んだとは言え、残った僕達はまだいきていかねばならないのだ。

 

 

 

 

 

 

そして僕は自分のこれからについて、ある決心を固めていた。

 

それは

 

「陳へいく」ことだ。

 

陳とは、郢陳。 つまり楚の都である。

 

陳には中華にいる数多の武官の中でも最高の戦歴を誇る名将・廉頗がいるからだ。

 

 

 

 

 

話は数日前に溯る。

 

僕等は南道を通り、蕞に帰還する際に竹という都市に泊まった。

 

その時、僕は信さんに、自分が将軍を目指す旨を話した。

 

「へへっ。 そうかい。 まあ、お前は頭も良いし、素質はあると思うぜ。

まあ、天下の大将軍は俺が譲らねえけどな。」

 

「……………。」

 

「まあ、そうガッカリすんなって。 」

 

「…………信さん」

 

「なんだ?」

 

「信さんが今まで出会った武将の中で、1番強い将軍って誰だったんですか?」

 

「ん?  そりゃあ勿論王騎将軍だな。

俺に、将来の目標…………いや、人生の指標を示してくれた将軍だ。

 

もう死んじまったけどな。 魏加っちゅう馬鹿に射られて、龐煖に討たれちまった。」

 

「では、今まで1番、恐ろしかった敵は誰ですか?」

 

「廉頗。」

 

「れ、廉頗?」

 

「かつて、天下の大将軍って呼ばれた連中はもうあらかた死んじまった。

最後の生き残りがその廉頗だ。

 

天下の大将軍だった王騎将軍は味方だったからこそ、その強さは頼もしかったが、廉頗は敵だ。

 

その分、その烈しい闘志や、山のような威圧感。

そりゃあそりゃあ恐ろしかったぜ。」

 

「なるほど…………。

その廉頗って人は、今、どちらに?」

 

「さあな? 山陽の戦いが終わった後、魏を出て楚に行ったらしいから、楚の都にいるんじゃねえのか?」

 

「ありがとうございます。」

 

「って、何でそんなこときくんだ?」

 

「廉頗さんに会いにいこうかなと」

 

「!!  お、お前、マジかよ」

 

「本気ですよ。」

 

普通なら、昌平君の軍師養成所に入るべきと考えるだろう。

河了貂さんや、飛信隊と同等の実力を有する楽華隊の蒙恬さんがそこの卒業生ということも知っていた。

 

だが、昌平君よりも、武将としての戦歴が長い廉頗将軍の方が、師と仰ぐには最適だと思われた。

 

中華統一に貢献できるような大将軍になるためには、廉頗将軍に学ぶのが手っ取り早い。

 

「………………まあ、廉頗も戦に出してもらえてねえから暇してるだろ。

案外、普通に会ってくれるかもな。

 

まあ、コレ持ってきゃあどうにかなんだろ」

 

信さんは僕に、一振りの曲刀を渡した

 

「こ、これは?」

 

「廉頗の四天王・輪虎が使っていた曲刀だ。

どうしても会ってくれねえようなら、コレを廉頗の屋敷に投げ込んでやりゃあ、流石の廉頗も会ってくれるだろ」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

なんで、信さんはこんなものを持っているんだろうか

不覚にも僕はそれを聞き忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

と、こうして僕は廉頗さんに会いにいこうと思ったわけだ。

 

 

 

蕞に帰って三日目。 褒美の金品を持ち帰った後、僕は母さんにその旨を話した。

 

「お、お前、正気かえ?」

 

母さんは素っ頓狂な声をあげた。

 

「正気です。」

 

「楚は汗明と臨武君の二人の将軍を亡くして、反秦感情が、高まっていると思うわ

そんなところにお前を行かせ………」

 

「私は良いと思うよ 母さん」

 

父さんは僕に賛成してくれた。

 

「貴方まで!」

 

「覇の決めた人生だ。

それに、覇はもう子供じゃない。

 

独り立ちする時期が来たってことさ。

だから、親としては応援してやるべきじゃないか?」

 

「………………。」

 

母さんは少し考えて

 

「分かりました 行きなさい。」 

 

母さんは僕の陳行きを許してくれた。

 

「ありがとう。 母さん。

父さんもありがとう」

 

「ただし、ちゃんと帰ってくるように。

長江・淮河の水賊や楚人に虐められるようじゃ、将軍には到底なれないのだから。」

 

「あはっ  分かってるって

返り討ちにしてやるって」

 

 

 

そして、帰宅から5日後。 

 

 

僕は陳へ行くための支度を開始した。




陳=郢陳
楚の都。 現在の河南省淮陽県
旧都・郢(現・湖北省江陵県)が白起により落とされ、南郡と改められた際に遷都。

合従軍が敗れた同年(まさにこの物語の現在)、寿春を郢と改めて遷都した。


南郡は「三国志演義」で、周瑜が諸葛亮に出し抜かれた土地、寿春は袁術が本拠地とした場所でもある。


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第二十七話 雄大なる長江

大王様からの褒美は、僕や父さんは追加で貰っていた。

 

現場の指揮官を務めていたからだ。

 

 

僕はその金を路銀に充てることにした。

 

そして、周囲に挨拶しに回った。

 

「えー 行っちゃうのかー!」

 

甘秋は僕に向かってそう言ってきた。

 

「ま、それが僕の見つけた道だからね。」

 

「仕方ないな  代わりに楚のお土産、期待してるから!」

 

「こいつ!」

 

「あはは……。じゃあ、行ってらっしゃい!」

 

「ああ。」

 

他にも友人や周りの人達に挨拶回りをした後、

馬を借り、食料を買って、出発した。

 

 

 

 

 

 

 

各国の人は皆、国民性が異なるという。

 

魏には真面目な人が多くいる。

その真面目さから、斉が大国となる前までは魏が有力であった。

 

かつて東に大国を形成した斉には、穏やかで学問を好む人が多い。 

名宰相で知られた管仲、晏嬰、孟嘗君や、斉を復興した田単、呉の名将の孫武とその子孫の孫某(通名:孫臏)はそろいも揃って斉人で、

おおよそ天下の賢人の大半は王都の臨淄で学んだ経験を持つくらいだ。

 

趙人は仲間意識が強く、喧嘩っ早いそうだ。

もっとも、中原ではじめて騎馬隊を導入したのは趙の武霊王と聞いたことがある。

 

そして楚人は、誇り高い人ばかりで、大国がゆえの人口の多さを売りにしているという話をよく聞く。

 

楚の将軍:臨武君は、騰将軍に討たれる前に

 

「楚は、他国と人数が桁違いだ。 それだけ競争人数も多い

俺達にとって将軍とは、他国の大将軍と同等の認識だ。」

 

とか何とかいったらしい。

 

そんな楚に、旧都を落とされたり、懐王を武関で拉致されたりと幾たびも屈辱を味合わせている秦人であることは、それなりに不安だった。

 

不幸中の幸いは、廉頗が趙人ってことくらいかな

 

 

 

 

 

 

 

楚に行く道は、水路でいく。

 

最短経路は漢水と呼ばれる長江の支流から長江に至る。

そこから淮河を目指して陸路で北上するものだ。

 

漢水は秦国内に源流を持つ、大きな河だ。

 

昭王の時代、宰相が范雎だった時代に白起が謀殺され、秦と楚も蜜月関係だった時期がある。

 

丁度昌平君が生まれたくらいの時期だ。

 

その時期に確立された秦楚間の交通経路が、この漢水から長江に至る水路である。

 

それまで秦の咸陽に至る道筋は、楚の旧都・郢(秦名:南郡)を通る楚人にとって屈辱的な陸路、

 

或いは懐王が拉致された、南道にあるあの武関を通るという、楚人にとって同じくらい屈辱的な陸路しかなかったので、現時点ではこの水路が秦楚間の交通経路として主流になっているらしい。

 

 

 

 

南道を脇道に逸れて、5日ほど山道を南下し、3日ほど東に陸路を進むと漢水があった。

 

 

 

そこから舟に乗り込む。

 

 

 

 

 

 

人生初の舟は、あまり心地よいとは言えず、初日は吐きまくっていた。

 

 

「おいおい。  やはり坊主一人旅にゃまだ早かったんじゃねえのか?

加えて船旅ときてる訳だしな。」

 

「だ、大丈夫でっ  うぷっ」

 

「あーあ まーた吐き寄ったわ。 このガキ。」

 

「す、すいません…………。」

 

 

 

 

 

そして、船旅が続いて7日ほど経ち、船酔いにも慣れてきたころ。

 

漢水の川岸は大分広くなっていた。

 

「さて、そろそろ合流すっぞ」

 

「え? ど、どこにですか?」

 

「な、何言ってんだお前。 長江に決まってんだろ」

 

「長江…………。 !!  長江ですかっ!!」

 

「ああ。 あの長江だ!」

 

「…………。」

 

長江の河岸と河岸の間はあまりにも広かった。

 

長江でさえこうなのだ。  海というのはどれくらい広い代物なのだろうか?

 

その長江のあまりにも雄大な広さに、声さえ出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、そんな長江に辿り着いたその日の夜

 

 

事件は起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 




范雎…………「馬酒兵」の逸話で知られる穆公の時代の百里奚、孝公の時代の公孫鞅(商鞅)と並ぶ秦国三名宰相。
昭王の隆盛を支え、遠交近攻策による秦国優位を確立した。
後任には呂不韋四柱の蔡沢が就いた。

管仲…………斉の桓公を覇者にした名宰相。
「管鮑の交わり」等で知られる。

晏嬰………斉の名宰相。父は莱(山東半島)を平定した晏桓子。慎み深い人物であったが、儒学を役に立たないと一蹴して、孔子の斉仕官を阻んだ逸話も持つ。

孟嘗君………本名を田文という。斉の威王の甥であり、魏、秦、斉の丞相を歴任した人物。
戦国四君(薛の孟嘗君、趙の平原君、魏の信陵君、楚の春申君)の筆頭。
3000人の食客を有し、「鶏鳴狗盗」等の故事で知られる。

孫武………兵法のバイブル「孫子」の著者。
三国志の呉の皇帝:孫氏の祖先なのは言うまでもない。
子孫の孫某は、魏にいた時、龐涓の謀略により刑に処され足を切られた。彼はその刑の名より孫臏と呼ばれている。
後、彼は 斉へ行き、「囲魏救趙」などを実行し、戦国七雄最弱であった当時の斉兵を率いて当時の大国・魏を苦しめた。
馬陵の戦いでは龐涓を討ち、魏の太子を捕らえた。 
馬陵の戦い以後、魏は衰え、斉が東の超大国となった。

臨淄…………斉の首都。威王の時代以後、その城門である稷門の周辺は、「稷下の師」と呼ばれる数多の賢者が集まる地となった。
呂不韋四柱・李斯の師:荀子や、春申君もここに遊学した経験を持つ。



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第二十八話 水賊 来襲

舟が長江に入ったその日の夜。

 

舟はある港に停泊して、船頭の方々も眠りについていた。

 

合従軍が秦を攻めた際に、秦滅亡後に備えて商業進出を企んだ商人、或いは戦に備えて楚に逃げ込んでいたのが秦へ帰る商人で、港には30隻くらいの舟が停泊していた。

 

「…………んん」

 

辺りが騒がしく、異様に明るい。

 

松明をつけたかのような明るさだ。

 

 

 

甲板に出ると

 

「な、なっ!?」

 

そこでは

 

「うらぁあああっ!」

 

「きゃあああっ」

 

略奪、暴行、殺戮。

 

とても言葉では表せないような凄惨な行為が行われていた。

 

数多の船が燃えていて、その火が明るさの原因だったようだ。

 

水賊の来襲だ。

 

つかさず、僕は、信さんにもらった曲刀を握りしめた。

ちなみに矛は流石に目立つので持ってきていない。

 

水賊は大きな舟しか狙っていない。

 

金目のもの、金持ちからしか盗らない主義なのか、或いは…………。

 

と、その時。

 

「死ねやクソがキャ!」

 

水賊の一人に見つかった。

 

年上だけど、敵はまだ若い奴だった。  

10代後半に見えるそいつの足を狙う。

 

足を両断すると、即座に脳天をかち割った。

 

 

「ギャアッ!」

 

男は死んだ。

 

 

「あ、おい洪猛っ!」

 

仲間らしい奴らがこちらに気づいてきた。

 

降り懸かる火の粉は振り払わねばならない。

 

 

 

僕は奴らに向かっていった。

 

「ぐへっ!」

 

「いぎいっ!」

 

伊達に戦は経験していないようだ。

 

曲刀を使うのは初めてなのに、自然と身体が動く。

 

 

 

 

 

 

 

こうして水賊を何人か斬り殺したところで、僕はあることに気づいた。

 

そう。

 

現在いる場所がまるで分からないという事態になっていたのだ。

 

路銀とかは懐の中にあるけども、食料とか替えの衣服とか置きっぱなしだ…………!!

 

水賊を斬ってるうちに本来の舟から結構遠ざかってしまった。

 

なんとも情けな…………

 

 

 

 

「貴様っ! この方を誰と心得……」

 

「おい、婆…………やめぬか」

 

どっかの金持ちが襲われてる。

 

助けとけば、どっかで返ってくるかもしれない。

 

ふと見れば、反対側の舟で15才?くらいの商人風の若者が召し使いの老婆を支えているが、どうにも若者は華奢過ぎる気配を漂わせている。

 

「ギアッ! お、お嬢様! はよお逃げを」

 

「婆っ!  って何バラしてんの!

バラしてどうするのよっ!」

 

……………しかも召使いの老婆、最後に男装ってバラしちゃってる。

 

なんとも愚かな…………。

 

「ガハハッ! お前、女だったのか。」

 

「卑劣な賊め!」

 

女とあれば……………殊に丸腰とあっては、助けぬわけにはいかない。

 

「これでも食らえっ」

 

曲刀を横にして、回転させて投げた。

 

「さぁ観念してかね……………」

 

スパンと首が宙に舞う。

 

首は川底に沈んでいったが、曲刀は幸いにも川には落ちずに済んだ。

 

 

 

 

だが、次の瞬間

 

ビシッ

 

 

「ぐっ!」

 

どこからか矢が飛んできた。

 

それが肩に刺さる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢には妙な薬が塗ってあったようだ。

 

 

 

途端に睡魔が襲ってきた。

 

 

 

 

 

「……………妙な刀ね。」

 

その男装した商人風の娘が、曲刀を拾ったところで、僕の意識は深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 



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第二十九話 水賊の砦にて 前編

目が覚めると、身体をキツく縛られていて、視線の先には目つきの悪い若者が沢山座っていた。

 

矢が刺さったあたりには、手当てがしてある。

 

ああ………水賊に捕まったのか………。

 

…………脱出せねば

 

不思議と頭は冷静で驚いた。

 

「あ?  目覚めたか?」

 

「お頭ぁ! 目覚めましたぜっ!」

 

「そうか。」

 

お頭と呼ばれたその人は。

 

「え………。」

 

20そこそこの若い…………

 

「お、女っ!?」

 

若い女だった。

 

そこそこ、いや、普通に美人の類で、逞しい筋肉と露出の多い服…………恥じらいのない格好をしている。

 

「あっはっは。 最初はみんなそういうんだよ。

なあ、お前たち」

 

「「うぃーす!」」

 

「…………で、なんで僕は牢じゃなくてここに?」

 

「お前、名はなんて言うんだい?」

 

「章覇っていいますけど………。」

 

「では、率直に言わせて貰う。

章覇、 私達の仲間になる気はない?

今もこの、殺されるかもしれない状況の中でおどおどしてないし。

腕っぷしもなかなか良さそうだし。」

 

え?  今なんて?

 

仲間?

 

「お前、秦人だろ?

年格好は13から15。 親離れはまだ済んでない年頃の筈だ。

定めし、親はいない天涯孤独………」

 

「親なら秦にいます」

 

勝手に人の親を殺さないでほしい。

 

「は? いや嘘はよくな………」

 

「秦の咸陽に程近い、蕞にいます。

郢陳を目指して、一人旅をしているところだったんだけど、今、こうして捕まってる訳で。」

 

「ひ、一人旅だってよ」

 

「「ブワッハハッハッハハッハッ!」」

 

「おい、小僧、嘘は良くねえぞ!」

 

配下の若い衆は笑い出している。

 

「お黙りっ  この少年は嘘をついている目をしていないよ」

 

女頭目が一喝するや、皆黙り込む。

 

「へぇ  何でまた一人で秦から楚の都まで?」

 

どう答えるのが正しいだろうか

 

………………普通に行くか。

 

「将軍になるためだ。」

 

「な~に言ってんだコイツ!」

 

「ブワッハハッハッハハハッハッ」

 

またもや笑い出している若い衆。

 

「……………へぇ

将軍になるため何故よりによって、秦から楚に?

わざわざ国を出ることはないだろう

訳を聞こうじゃないか。」

 

「中華統一。」

 

「ん?」

 

「僕は平和な世の中が見てみたい。

平和な世の中が作られるためには、何をすれば良いのか?

 

中華を統一すればいい。

 

秦の、僕たちの王様は、平和のために他国を滅ぼして中華を統一することを夢見ている。

僕はその手伝いをするため、大将軍になる上で、必要なものを学ぶために郢陳に行くんだ。」

 

全く、何を語っているんだろう我ながら…………。

このような13のガキがこんなことを語ったところで、夢物語にしか過ぎないと、一笑に伏されるだけなのに。

 

だが、この女頭目はちゃんと聞いてくれてる。

凄く懐が広い人なんだろう。

 

 

 

だが、女頭目は目を見開いた後、大声で

 

「……………そんなことを本気でやる気なら、アンタらの王様は相当の悪人だね。

そんなことをするためには、数千の戦が起こり、数万の

子の親が死に、数十万の女子供が路頭に迷う。

私らみたいな、行く宛もない輩が仰山増える。

 

その年で、わざわざそういう事を成そうと語るその志は嫌いじゃないが、私達は戦災孤児の出身ときてる。

 

そんな私達、戦災孤児の過酷さをしる私達からすりゃあ、そういうことをしようとするアンタをこのまま帰すわけにはいかないね。

 

おい。 コイツを牢にぶち込みな!」

 

そう叫んだ。

 

 

「へぃ。」

 

「おら。 さっさと立たんかいっ!」

 

「くっ。」

 

どうやら、僕は言葉を間違えたようだ。

だが、あながち見当違いでもないようで

 

「…………にしても、年端もいかぬのに奇妙なことを抜かしたもんだ。

あの人も似たようなことを………。」

 

興味深そうな呟きを、その女頭目はしていた。

 

この人も、間違いなく戦の痛みや苦しみを知っている人だからだ。

 

 

 

 

 

 

だが、僕は、逃げる機会さえ手に入れることなく、牢に入れられてしまった。

 

 

 

 

 

 

 



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第三十話 水賊の砦にて 後編

「そーら、よっと!」

 

放り込まれた勢いで、頭をぶつけた。

 

「いったぁ~っ!」

 

壁は冷たく、硬かった。

 

「ギャハハハハハ」

 

賊は退散していった。

 

 

 

 

 

牢は、まさに極寒の地だった。

 

蕞は盆地にあり、夏は暑く冬は寒かったが、これはそれを遥かに上回っている。

 

風邪を引かないように気をつけねば…………。

 

 

 

 

と、その時

 

「ぐすっ…………ぐすっ…ぐす」

 

どこからかすすり泣きが聞こえてくる。

 

気づけば、同じ檻の中から聞こえてきていた。

 

 

って、どっかで聞いたことあるようなないような…………。

 

 

「ね、ねぇ………。」

 

話しかけてみた。

 

「うぇ?   ってお前は?!

やはり水賊じゃなかったんだな。」

 

そいつは顔をあげた。

 

さっき曲刀を投げて、水賊から助けてあげた男装した少女だった。

 

先ほどは遠目で分からなかったけど、この少女も綺麗な顔立ちをしていた。

一目で女って分かる。

 

普通に美少女だ。

先ほどの女頭目も美人だった。

 

甘秋の父さんの甘仁叔父さんが、越の西施をはじめとして江南には美人が多いと言って叔母さんにぶっ叩かれていたのをおもいだした。

 

あれはあながち嘘ではな……………てか、今コイツに失礼なこと言われたな。

 

「れっきとした平民で、親もちゃんといるから。」

 

「あ、そう…………それは済まないことをした。」

 

相変わらず、男ぶった口調を崩さない。

 

「いや、うん…………その、聞こえてたんだけど……

お嬢さん…………でしょ?」

 

「や、やっぱり聞こえてたのね………。」

 

聞こえてたことに落ち込みだした。  

 

バレて落ち込むような出来じゃないと思うのは言わないでおこう。

 

「それにしても、何故、男装をしてまで?」

 

と聞いたところで、悟ってしまった。

 

流民という環境の中では、当然、女子供に対する暴力も起こりうる。男装をしていた方が避けやすいのも納得だ。

 

妙なこと聞いてしまったな………と思っていたら、奇妙な答が返ってきた。

 

「興味があったから。」

 

え?

 

「??」

 

「従兄が行ってる合従軍と秦の奴らの戦いを見てみようと家出して、見に行こうとして、いざ行ってみたら武関の戦いも終了してて…………。」

 

なんだコイツ。 戦を見物目的で見に行こうとした?

 

ふざけてるのか?

 

「見物目的ってことか?  見物目的でわざわざ秦まで行こうとしたのかっ!」

 

大王様が最後の希望をかけて出陣し、自身も重症を負い、蕞の民も10000以上が死んだ。

 

趙の兵士も沢山死んだ。  そんな命のやり取りを見物?

 

怒りがこみ上げてきた。

 

「ふざけんなよお前っ!  アレは見世物なんかじゃないっ! 命と命のやり取りだっ! 生きるか死ぬかの!

生半可な気持ちで見に行こうとするんじゃない!」  

 

「……………!!」

 

ソイツは驚いた表情をした。

 

「ご、ごめん…………。

だけど、武家の娘としては、1回、どういうものなのか、直に見る必要があると思って………。」

 

武家の娘…………か。

 

ならば、将来、コイツの旦那や息子もあるいは、戦に出ることになるだろう。

 

つまり、全く無関係なところから戦を眺めようとした訳ではないということだ。

 

「あ、こっちも言い過ぎた…………ごめん……。」

 

そう思ったら、怒りは鎮まってきた。

 

 

 

「それにしても、行動力があるんだねぇ。

そこまでするなんて」

 

全く無関係とは言えないものの、自ら戦場に出るわけじゃない。

 

「それもそうね。 あはっ。」

 

その女の子はようやく笑った。

 

「けど、さ、さっき怒ってしまったのは、それだけ激しい戦いだったんだ。

武関の戦いは。」

 

「秦のヤツらは負けたら国が滅ぶもんね。」

 

「……………悪いけど、僕、秦人だから。」

 

「え、アンタ秦人なの!」

 

「うん。 武関の戦いでは直に戦ったりもした。」

 

「えっ!!」

 

「あれは激しい戦いで……………」

   

僕は一通りの話をすることにした。

 

 

 

 

 

一通り話した後。

 

「へぇ…………………そんなに激しいとは思いもよらなかったよ。

 

でも不思議だね。

こうして話してみると、秦人も楚人も、あまり変わらないなんて。」

 

「そうだよ。

この蕞と武関の戦が、僕にとっての初陣だった訳だけど、この一連の戦で僕は……………どうしても、自分が手にかけた、兵士にも家族がいるんじゃないかという思いが、頭の中からどうしても離れなくて。

 

だから、だから僕は、戦を終わらせられるような大将軍になるために、楚に、会いに来たんだ。」

 

「…………誰に?」

 

どうにも、この女の子は誰に会うつもりか、心当たりがあるようだ。

 

「廉頗将軍に。」

 

だからか、廉頗、という回答に女の子は意外な表情を見せた。

 

「項燕将軍にではなくて?」

 

「廉頗将軍に勝る戦歴を持つ将軍を僕は知らないからね。

 

あ、そうだ、 あの刀、知らない?」

 

信さんから貰った曲刀について、僕は聞いてみた。

 

「盗られちゃった……………ごめん。」

 

「……………いいよ。」

 

 

僕らはその後、話題に詰まってしまい、会話しなくなっ

てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 




越の西施………中国四大美女(西施、王昭君、貂蝉、楊貴妃)の一人。

「臥薪嘗胆」の、「臥薪」の逸話で知られた呉王・夫差を誘惑し、越が呉を滅ぼすのに貢献した。

心臓が悪く、手で胸を抑える有様が「西施捧心」という故事成語になっている。


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第三十一話 解放

台本形式から始まります。


ーーーーーー

 

 

章覇達が捕まる6日前。

 

??「ヌハハハハ 楚王め。 儂が勝てぬかもしれぬと言ったらたちまち不機嫌になってからに。

 

で、媧燐が別働隊の派兵に失敗したら、  こうよ。」

 

???「全くでありますなァ 殿」

 

??「で、放逐されるならまだしも

こうして項燕のご機嫌とりに行かされねばならんとは、つくづくこの身が情けなくなってくるわ。

のォ。姜燕」

 

姜燕「まさしく」

 

??「全く。 楚王は誇りばっかり1人前な癖して、その実、春申君に政治を任せっきりにしたり、戦力を出し惜しみしたり。

つくづくやりにくいったらありゃあせんわ!

端っから春申君の要請通りに項燕を差し向けとりゃあ万事解決しておったのに。

ヌハハハハハ。」

 

???「趙の頃が懐かしいであります。」

 

??「介子坊の言うとおりじゃ。

かつて趙国三大天と呼ばれた儂も、もはや戦に出ることすらままならぬ。

加えてたかだか小娘一匹如きを探すのに駆り出され。

 

随分と落ちぶれたものよ。」

 

老将=廉頗はそう呟いた。

 

介子坊「心中、お察し致しますぞ 殿。」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして二週間後。

 

廉頗「さぁて、ここがいよいよ最後の拠点となった。

総仕上げをやるかいのォ」

 

介子坊「長江の大掃除も、もはや大詰め。

ここの水賊めに捕まっておらねば、無事に戻ってくるまでのことですから、随分退屈な仕事でしたなァ。

 

それにしても、この砦はまた………。」

 

廉頗「フン。 だが話は早いわ。

介子坊は左の山を歩兵を率いて登り、そのまま敵の本山を狙え。

姜燕は騎馬隊を率いて正面から行け。

儂は右からやはり歩兵を率いて征く。」

 

後ろには長江が広がっているが、既に港は攻め込まれないように閉鎖されていた。

 

念のため、長江に戦艦を浮かべ、戦艦の上に弓隊を多分に配置しておいてあった。

 

逃げ場はないのだ

 

廉頗「それじゃあ、始めるとするかい。」

 

介子坊「ハ!」

 

姜燕「はっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

捕らわれてから15回の食事が出された

 

1日に恐らく2回な気がするので、恐らく一週間以上経ったのだろう。

 

 

 

 

この日は妙に外が騒がしかった。

 

「何があったんだろうか」

 

だが、まあそれよりも…………。

 

いつまで捕らえておく気なのか。

 

 

「騒がしくなってきたね」

 

例の男装した女の子が話しかけてくる

 

「そうだね。」

 

頷き返す。

 

 

 

そして、その騒がしさは一旦、静まったかと思えばまた騒がしくなってきた。

 

「さては…………。」

 

略奪に行って、帰ってきたのか?

 

いや……………。

 

「助けがきたみたいね!」

 

女の子が叫ぶ

 

その騒がしさは近づいてきたからだ。

 

 

 

 

 

どんどんその騒ぎは近づいてきて。

 

「放せやっ!」

 

「ぐほっ!」

 

「大人しく吐かんかァ! 」

 

やたら声の高い男が水賊を圧倒している。

 

やがて

 

「フッ。 こっちじゃ。」

 

威厳と張りを持ち合わせた老人のそれと思われる大きな声がこちらへ向かってくる。

 

 

 

 

 

 

そして、牢の扉が

 

バッ

 

と蹴飛ばされ、入り口には。

 

 

山のように大きな体躯、そして感じたこともないような重厚な威圧感を身体に纏う大男が中に入ってきて

 

「ここにおったか。  手間をかけさせおって。

小娘が。」

 

と言うや、ニィッと口を歪めたのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十二話 廉頗

力量不足で廉頗とヒョーコーさんの口調が完全には書き分けられないという………。

まあ、もう当作ではヒョーコーさん死んでますけど。



「こ、小娘…………?」

 

僕は女の子の方を振り向く。

 

女の子は驚くや、

 

「まさか、将軍直々に?」

 

と叫んだ

 

「こんなもん、儂には肩慣らしにもなりゃあせんわ。」

 

大男はそう吐き捨てた。

 

「わざわざ済みません。」

 

「まったく。 このお転婆娘が。

つくづく大したタマだわい。

 

つくづく奴の息子娘はそろいも揃って父親に似とらんな!」

 

 

 

「それもそうですね。

廉頗将軍。」

 

女の子がそう告げた。

 

え?

 

あの、大男が廉頗将軍?

 

「え、今なんて……………。」

 

素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「ん?

何じゃ小童? 」

 

「遥々、秦から将軍に会いに来たそうです。

話だけでも聞いてあげていただけませんか?」

 

女の子の言葉に対して廉頗将軍は至極、意外そうに、

 

「なんじゃ、

うぬは、兄貴達にも都の貴族の腑抜けの若造共にも良い顔しないくせに、コイツには偉く良い顔をするではないか。

もう色気づいたか」

 

廉頗将軍の言ってることの意味がまるで分からない…………。

 

「な、何言ってるんですか

道中、助けてもらった恩は返さねばならないので、将軍に引き合わせただけですから!」

 

若干、ムキになってる女の子。

 

「あ、そうだ将軍。

この方の曲刀を探してあげてくれませんか?

曲刀で助けてもらったのですが、私が捕らえられた時に賊に奪われてしまって。」

 

「どんな奴だ? 小童。」

 

廉頗将軍は聞いてきた。

 

「かつて、輪虎将軍が使っていたソレ………と聞きました。」

 

「り、輪虎の刀じゃとぉ?!」

 

廉頗将軍は叫んだ。

 

「輪虎の曲刀をどうして貴様が持っておる?!」

 

やべえ 怒らせてしまった…………のか?

 

「ひ、飛信隊の信さんに、譲ってもらい………ました。」

 

熊のように大きな体躯から発せられる威圧感は、何倍にも増大しており、一歩も動けない。

 

膝も笑いかけており、全身の震えを抑えて、どうにか廉頗将軍の顔を見据えて、そう言葉を絞り出すのがやっとだった。

 

李牧も大将軍級の人物ではあるが、李牧は相手の腹の内を探るような雰囲気がある人物で、威圧感とはまた違う雰囲気の武将だった。

 

大将軍のその威圧感を直に感じるのは今回がはじめてだった。

 

「ふん。  そういうことかい。

 

 

飛信隊の信……………あの小童、先輩ぶりおって。

10年早いわ。」

 

廉頗将軍はそう笑みを浮かべながら呟いた。

 

「おい、小童。」

 

「は、はい。」

 

「あの飛信隊・信はな、六将の王騎の矛を受け継いだ奴じゃ。

 

奴は未熟な身にてありながら、中華統一をして、儂らの時代の伝説を塗り替えるとほざきおった。

全く、とんだ大バカ者じゃわい。

 

……………じゃが、あ奴はそんなんでも王騎の意志を受け継いだ男じゃ。

王騎の意志を継いだ者に、廉頗の弟子が負けるだなんて事は許さんからな。

もし、貴様が儂に教えを乞いたいと言うのであれば、あ奴を超える将になってもらうぞ

 

儂のところは厳しいからな、覚悟しておけ。」

 

 

…………なんか認めて貰えたようだ。

 

「は、はいっ! ありがとうございますっ!」

 

「よかったね。」

 

女の子が笑いかけてきた。

 

「うん ありがとう。」

 

助けとけば返ってくると思って助けたんだけど、まさかここまで大きく返ってくるとは、思いもよらなかったことだ。

 

「あ、そうだ、 貴方の名前は?」

 

女の子は名前を聞いてきた。

 

「章覇って言います。  貴方の名前を伺ってもいいですか?」

 

「ん、そうだね。

 

私は項玲。

楚の大将軍:項燕の娘だから、廉頗将軍とは顔馴染みなの。

よろしくね」

 

…………………え?

 

「って、えええええ?!

武家って、大将軍のことかよ!?

 

てっきりどっかの士族の娘かと思いきやまさか大将軍の娘とは思いもよらなかったよ!」

 

誰が大将軍の娘がこんな巷にいると考えるだろうか?

 

「あはっ 驚いてる驚いてる♪」

 

「そりゃ驚くわ!」

 

と話してると

 

「おい、小童。

小娘といちゃついてないで早うはじめるぞ。」

 

「「いちゃついてません!」」

 

「全く、息も揃っておるとは………。

早速だが、小童…………」

 

と、次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

「と、殿ッ! 大変ですぞ!

あり得ないモノが見つかりましたぞ!」

 

甲高いような奇妙な、先ほど叫んでいた声の男は、頭頂部が禿げたような奇妙な髪型をした大男だった。

 

「輪虎の刀か?」

 

「と、殿ッ、なぜそれを………」

 

「介子坊。

その刀の今の持ち主はその小童じゃ。」

 

「こ、このガキでございますか?」

 

「ああ。  その小童は今は儂の弟子じゃ。」

 

「なっ!  正気ですか 殿ッ!」

 

「輪虎はかつて、死んだ妹を庇いながら飢え死にかけていたところに儂と出会った。

そして、そんな輪虎の刀の今の持ち主が儂の前に現れたのじゃ。

これもまた、運命と思わざるを得ないだろうが。

 

まあ、もっとも。

王騎の矛を継いだ小童…………飛信隊・信と、この廉頗の弟子。

二人が競い合って、どのような時代を創っていくのか、見たくなったのもあるがな。」

 

「は、はァ…………。」

 

「よろしくお願いします。」

 

「フンっ!」

 

介子坊さんは否定的な様だ。

 

だが、とにかく、こうして僕は廉頗将軍の弟子となったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




項玲
紀元前255年生まれ(主人公と同い年)

大将軍・項燕の娘。 
オリジナルキャラ(ヒロイン候補でもある)。

活動的で好奇心が強い。 



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第三十三話 初の課題

「して、介子坊。 

敵の首領は捕らえてあるのだろうな?」

 

「女なのでやりにくいことこの上ありませんでしたが捕らえてありますぞ」

 

「そうか。

ならばよいわ。  

 

何分、こちらも20人ほど手勢を失っておるからな。

50人程度でここまで、この廉頗の直下の軍に痛手を与えた賊ははじめてじゃ。」

 

廉頗将軍は、少し思案するや、やがて

 

「おい小童。」

 

「? 何でしょうか? 将軍」

 

「お前に最初の課題を与えようと思うてな。

 

小童。 貴様の配下になるように敵の首領を説得してこい。」

 

…………??   え?

 

「え?!」

 

「貴様今更何を驚く?

 

蒙驁のところの桓騎や儂の姜燕のように、昔は敵だった奴が、今の副将なんて事は珍しくなかろう。」

 

「な、成る程……………。」

 

「分かったらさっさと行ってこんか!」

 

「は、はい!」

 

何の教えも受けていないのに、いささか厳しい課題な気もするが、こちらから教えを乞うた身としては、断るわけにはいかなかった。

 

 

 

 

「こっちだ。」

 

僕は兵士の人に聞きながら、女頭目とその幹部たちが捕まっている場所に案内された。

 

生存者は20人…………廉頗将軍の話では50人くらいなのになぜ20人も殺さずに生け捕りにしなかったのか………謎である。

 

女頭目は近づいてきた僕に驚いた表情をしていたが、後の幹部たちは敵意の篭もった視線を向けてきていた。

 

「将軍は、賊は食い扶持を与えりゃあ賊には戻らないと考えているから、殺さずに兵隊にしちまうんだ。

賊はもともとの基礎体力もあるし、手懐けるのには多少苦労するが、兵士としてはむしろ徴兵で補充されてきた一般人よりも精鋭化しやすいんだとよ。」

 

そう考えていたら、そういう答が、廉頗将軍の将校らしき人から帰ってきた。

 

「成る程…………。  とりあえず、そこの女の首領を別室に呼んで貰っていいですか?」

 

「ああ、構わんともさ

おいっ!」

 

「「はっ!」」

 

将校の人に命ぜられた兵士2人が、女頭目を連行する。

 

「こちらの部屋にお願いします。」

 

「「はっ!」」

 

「では、入り口で見張っていて下さい。」

 

 

僕は女頭目を部屋の中に押し込む。

 

 

 

 

 

「で、少年。 私に何の用だい?

今更、私に出来ることなんて、ありはしないよ。」

 

女頭目は開口一番、そう言い出した。

 

さて、どう切り出したものかな…………。

 

 

とりあえず…………。

 

「あなたたちは戦災孤児の出身と、言っていましたが、本当なんですか?」

 

「ああ。   私達は皆、先代の首領に拾われてきた戦災孤児だ。

そのひもじさ、寂しさ、苦しみはこの身でしかと味わってきている。

そして、戦災孤児を集めて、盗賊という生きる術を教え込み、自活していけるようにしているんだ。

 

当然、金持ちや悪人しか襲わないように教育もしている。」

 

「と、いうことは、あなたたちは、そのようにして仲間達を増やしていると?」

 

「ああ。  そうだよ。 それが何だい?」

 

「それが戦災孤児を野垂れ死なせないための、一時しのぎでしかないことをご存じでありながら?」

 

「…………! それはどういう…………。」

 

「戦災孤児が生まれる、そもそもの原因は戦争だ。

500年前から、人々は争い続けてきた!

 

そんな戦争を亡くすために、僕は、僕たちの王様は中華統一を目指そうとしている。

 

楚王は後継者に悩まされ、韓や魏王は領土を守るのが精一杯、燕王や斉王とて、中華統一までは考えていないだろう。

 

秦王だけが、中華統一を考え、実行に移そうとしているんだ。

 

確かに、中華統一の過程で数多の悲劇が生まれ、あなたの言うように数十万の女子供が路頭に迷うかもしれない。

 

だけど、今、止めなければ、或いはこの先1000年、戦災孤児が生まれ続ける現状が続くかもしれない。

 

今、中華統一をすることで救える命は、それこそ計り知れないんだ。

 

もし、あなたが、本気で戦災孤児を救いたいのなら、どうか、僕や僕達の王様に力を貸してはくれないだろうか」

 

女頭目ははっとした表情を見せる。

 

そして、思案を重ね、

 

「以前…………先代が似たようなことを言っていた。

 

戦災孤児をいくら、拾ってきたところで、全ての戦災孤児を救える訳ではない。

戦争そのものを無くすことが出来るのなら、それに越したことはないと。

だが、その過程でも戦争は必要不可欠であるし、その戦争でも数多の悲劇が生まれる。

加えて、それを成しうる王はこの世界のどこにもいない。

昭王でさえ出来なかったのだから、もうしばらくはその様な王は出ないだろうと。

 

 

だから、少年、1つ問おう。

 

 

お前に、中華統一の過程で生じる悲劇の責任を、重みを背負う覚悟はあるのか?

その覚悟を示してみな。」

 

 

 

 

 

「………………蕞に李牧軍が攻めてきた時、僕は趙兵を200人近く、1人で殺した。

 

そこで600の涙を生んだ。

600の涙が、1人の少年の手で生み出されたんだ。

 

そして、今でも、偶に、その殺した兵士の顔が夢に出てくることがある。

この夢からは恐らく、一生、僕は逃れられないだろう。

 

だが、僕の子供や孫、更にその世代には同じ思いをして欲しくはない。

 

 

確かに戦争を無くすのは凄く難しいことだ。

戦争は人間の闘争本能に根づいた人間の営みであることに間違いはないのだから。

その戦争の中では何人もの仲間が死に、その死の痛みや悲しみを背負って戦っていかねばならないと思う。

 

その痛みや悲しみの重みを一番、多く知る者が、大将軍。

戦争を終わらせる男でなくてはならない。

 

戦争を終わらせるために、大将軍になることを志したその日に、そうした、中華統一の過程で起こりうる悲劇をも背負う覚悟を、僕は固めたんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女頭目はしきりに頷くと。

 

「あい分かった。

あんたが中華統一に抱く想いは、ただならぬものを感じる。

ただならぬ覚悟も……………。

 

だから、どうか…………大将軍としてこの戦乱の世を、終わらせてくれ

 

この喬英以下、水奴の川賊20余名は、揃ってあんたに順おう。

 

我が主、章覇よ。」

 

 

 

 

ふぅ……………存外、本心を言葉にするって難しいのだな。

 

だが………………とにかく、今は。

 

説得に成功して、よかった!!

 

「ありがとうございます。 喬英さん。

これから、よろしく頼む。」

 

「ああ。」

 

 

 

僕は、人生初の配下を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




喬英

もと長江の水賊集団:水奴の女頭目。

後に章覇軍の疾風旗・青龍大隊の隊長として、対楚戦で活躍することになる。

水奴は、50人で廉頗直下の精兵を20人も殺すなど、素の戦闘力は長江の水賊集団の中でも屈指である。

武器は弓を使う。精度はあまり高くないが、矢の飛距離は一流の域。


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第三十四話 郢陳

原作に未登場なため、項燕はオリジナル性格になると思います。

原作に登場した時点でこの作品が連載中の場合、その時点で順次変更致します。


説得し終えた直後、廉頗将軍が入ってきた。

 

「ま、まさか!

聞いてらしたんですか?」

 

「誰も一切を任せるとは言うとらんわ。

 

……………にしても、最も多く悲しみと痛みを背負うものが大将軍………か。

 

小童め。 分かった風な口を利きおって。」

 

「ほ、本物の大将軍に駄目出しされたら何も言えませんからっ!」

 

子供が大人ってこんな感じかな………というのに思いを馳せるも、その実態は全く異なるように

大将軍とはこう! 

と定義付けてみたものなんて、本物の大将軍の感じるそれとは違いはあるだろうに。

 

だけど、僕が思い描く大将軍とはこうであるし、なった際にもこうでありたいと思っている。

 

そこだけははっきりと言える。

 

「…………じゃが、あながちそれを否定することは出来ぬのがつまらんわ。

 

そうしたあらゆる重みを背負っているからこそ、大将軍は強いのだからな。

 

 

 

さて、小娘も見つかったことだし、帰るぞ!」

 

「はっ」

 

「ハハァ!」

 

 

 

こうして、ようやく僕は郢陳に向かうことになったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陸路を1ヶ月近く行くと、楚の王都・陳、通称:郢陳についた。

 

楚は国土が広い割に、その領国支配は都市とその周辺地域に留まっている。

 

つまりは、都市を点、道路を線とした、点と線の支配でしかないのだ。

 

加えて、秦のそれと比べて都市間の距離が凄く長い。

 

実際の人口は、秦の1.2倍程度と見るのが正しいのではないだろうか。

 

 

郢陳には、幾つもの荘厳で豪華な建物が並んでいた。

おそらく、都に住む貴族の館であろう。

 

総司令・昌平君の父親もあるいはこの屋敷群のどこかにいるのかもしれない……………。

 

 

 

だが、何よりも気になったのは、郢陳の雰囲気が暗かったことだ。

 

「将軍…………この暗さは、敗戦のですか?」

 

「それだけでは無かろう。

山陽戦の後の大梁は、秦に備えようと民間に至るまで対策を練ろうとする勢いがあった。

魏人は真面目じゃからな。

 

じゃが…………楚のこれは………怒りじゃ。

汗明と臨武君。 二人の将軍を失ったのだから、誇り高き楚人は反秦の怒りに燃えているのであろう。

 

加えて、敗戦の責任を取される令尹(宰相)の春申君の失脚を悼む声もあるはずじゃ。

 

項燕や汗明、臨武君などの将軍を取り立てたその人材を見る眼に加え、自ら軍を率いて魯を滅ぼした程の軍略をも有し、内政においては、荀子(李斯、韓非子の師)を招聘して楚国内の学問の興隆に多大なる貢献をしておる。

楚にこれほどの傑物は他にはおらん。

彼に引き立ててもらった項燕も、さぞ憤慨しておろうな。」

 

魯は周の初代・文王の息子にして、武王の弟である周公旦の末裔の国であり、孔子がそこの出身であることでも有名な国だ。

ちなみに、周公旦は忠臣・名臣としても大変有名である。

 

 

「項燕大将軍………ですか。」

 

項燕。 隣にいる項玲の父親にして、長らく楚の大将軍の地位にいる人だ。

 

「お父さん……………か。 家出したから帰るの怖いな…………。」

 

「ま、まあ…………武家の娘として戦場を一度見てみたかったといえば、幾らかは…………。」

 

それでも、召使いの婆を失っているから、厳しいものはあるけども。

 

「普段、全く怒らないから、その分、怖いな………。」

 

「………………。」

 

おそらく、娘は一人だから甘やかされて来たんだろう。

 

「ねぇ、章覇も謝ってよ~。」

 

「いいっ!?  な、なんで僕が?」

 

飛び火が来てしまった。

 

「まあまあ、廉頗将軍に引き合わせたのはこの私だよ?」

 

「で、でも…………。

 

……………はぁ 仕方ないな。」

 

父さんや甘仁叔父さんも母さんや叔母さんには弱い。

男は黙って引き下がるのが章家や甘家の伝統だ。

 

「ありがとう! 優しいのね?」

 

項玲は僕の手を握りしめてくる。

 

体温が伝わってくるのと、男のそれとは異なる肌の滑らかさがくすぐったい

 

つかさず

 

将軍、助けて下さい!

 

と目配せして援護を頼もうとすると、廉頗将軍はニヤリと笑うだけだった。

 

諦めろと目が物語っている。

 

年甲斐もなく人の危機を楽しんでるよこの人………。

 

 

 

 

 

廉頗将軍は、80をゆうに超えている。

 

そして、その見た目は70くらいと見た目よりも若いのはこういった子供っぽさがあるからだろうなとつくづく思う今日この頃だった。

 

 

 

 

配下にした喬英も、郢陳に入ったら、賊として体を縛られているので、助けてはくれないだろう。

 

そして、廉頗将軍は追い打ちをかけるかのように

 

「さて、ではそろそろ項燕の屋敷に参るとするか。

小娘の無事を知らせねばならんし、賊を配下にする許可を項燕に認めさせねばならんからな。」

 

喬英達を説得したとはいえ、その処罰云々の権限は娘を奪われた項燕大将軍に帰するのだ。

 

「だ、大丈夫なんですか?  将軍?」

 

「あやつは親バカじゃからな。

娘が取りなせば許さざるをえんだろう。」

 

「だから、先程…………。」

 

一緒に謝る代わりに、喬英達を許して貰えるように取りなして貰えということだったのか

 

ただ単に楽しんでいた訳ではないみたいだ。

 

「何のことだ?」

 

「将軍~!」

 

「…………という訳で、小娘、取りなしを頼むぞ。」

 

「任せておいて下さいね。」

 

とびきりの笑顔で返してきた。

 

………………つくづく女って狡い。

悪い気がしないのが尚更、ズルいっ!

 

 

 

 

 

 

 

気づけば、僕達は大きなお屋敷に着いていた。

 

このお屋敷の主こそ、項燕大将軍である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十五話 項燕

登場人物の戦術眼とか、色々怖いので、そちら方面の批判とか感想をくれると凄くありがたいです。


「項燕っ! 邪魔するぞ!」

 

傲岸不遜なこの将軍、廉頗将軍はドカドカと入っていく。

 

「あ、姫様! 」

 

「よくぞ、ご無事で………」

 

通りがかった召使いが玲に頭を下げていく。

 

 

そして、奥の部屋に入ると

 

「やはり、殿の予想通りとなりましたな。」

 

「媧燐も李牧も、その本質は軍略家だ。

桓騎にも似たようなところがあるが、必殺の手から敵が逃れたらそこからがあまり強くない、いや粘れない。

桓騎のソレはわからないが、李牧と媧燐は敵が逃れえない状況を作り出した上で必殺の手を打つため、敵がその必殺の手から逃れるような状況は想定しないからだ。

二人はその先の対応にどうも弱い節がある。

まあ、最も、あの場に王翦が現れるなど想定しろという方が難しいが。

 

軍略家の必殺の手は、武将の勝利への執念により放たれる一撃には劣る。

一方で軍略家は、引き際を誤らず、退く時の潔さは武将には真似しえない。

まあ、どちらも一長一短といったところであるが…………。」

 

と、熱心に話し込んでいた。

 

 

 

その声の主……………項燕大将軍は廉頗将軍に気づき、頭を上げた。

 

部下も事情を察して引き下がる。

 

 

 

 

項燕将軍は、流れるように美しい鬚を蓄えていた。

 

パッと見た感じは武将のようで、大きな体に引き締まった筋肉をしているのが見てとれるが、その本質は或いは知略なのかもしれないと思えるような、頭の良い人特有の鋭い目をしている。

 

とにかく、捉え難い人物であった。

 

「廉頗将軍。 手前の娘がお手数をおかけした。」

 

項燕将軍は頭を下げた。

 

「いや、なに、儂も退屈しておったところだ。

勘弁してやるわ。」

 

「そう言っていただけてありがたい。 玲っ!」

 

「ひっ!」

 

項燕は、玲に少し近づいた。

 

「廉頗将軍にとんだ迷惑をかけさせてくれたな。

常々、人に迷惑をかけることだけはするなと、あれほど言っていたろう!」

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

「いつものおふざけならばいざ知らず、今日ばかりはごめんでは済まさん!

 

婆はどうした!」

 

「婆はおそらく…………殺されたかと」

 

いけない。 口を滑らせてしまった。

 

「………………。」

 

「相違、ないか?」

 

「……………はい。」

 

項燕将軍は目をカッ! と見開くや、

 

剣を抜き去り、

 

「あっ!」

 

玲の頭に向かって斬りつけた。

 

「危ないっ!」

 

体がが勝手に輪虎将軍の曲刀を抜く。

 

「「!!」」

 

 

 

 

曲刀と剣が烈しい音をあげてぶつかる。

 

次の瞬間、体がフワァッと持ち上がり、大きく後ろに吹き飛ばされる。

 

 

ドサッ

 

 

どうにか壁に打ち付けられずに済んだものの、膝を床についてしまった。

 

加えて、体全体に痺れが走り、その痺れがしばらく抜けない。

 

「「!!」」

 

再び廉頗将軍と項燕将軍は目を見開いて驚いた。

 

「え…………まさか本気で……。」

 

と、次の瞬間

 

「このバカ弟子がぁっ!」

 

廉頗将軍の拳骨が脳天に炸裂した。

 

 

 

な、なんだこの痛さは…………!

 

痺れが残って立てないところにこの一撃とは

ヤバイ 気を失いそ…………う………。

 

いや、そうはいくかっ!

 

喬英やその仲間達の命を救わねばならない!

 

気合で意識を保つ。

 

「なるほど…………まさか耐えるとは。

うちの息子でさえ耐えられなかったというのに。」

 

「いや、うぬが躾をしようとしているのを見て、つい腕が動いてしまった。

 

ところで、項燕。いくらなんでもやりすぎじゃぞ。

儂のとこの不肖な弟子が庇いだしたではないか。」

 

真似してどうする! 頭打って馬鹿になったらどうしてくれんのさ!

 

最近、僕は心の中で悪態をつくことを覚えた。

 

こうでもしないと、この破天荒な将軍の下ではやっていけない気がするからだ。

 

「………しかし、手前の本気の一撃を受け止めるとは。

少年、名前は何という?」

 

「章覇と言います。 迷惑をおかけしました。

………うっ。」

 

「はっはっは。   将軍もつくづくやりすぎでは?

こちらの少年は口の中を切っておられる。」

 

口の中が血の味で充たされていた。

 

「あ、あの………斬ろうとしたんですか?」

 

「いや、本気の一撃で驚かし、かつ、頭の上の飾りの辺りの髪を切り捨てて戒めにと思っていたが、流石にやり過ぎてしまった。

こちらこそ、迷惑をかけた。」

 

「と、とんでもないことです!」

 

慌ててその場で頭を下げる。

 

「玲。」

 

「は、はいっ………!」

 

玲は既に涙目で、大分恐怖におののいている。

 

普段の顔つきは大人びているのに、こうしてみると年相応に見えるのはつくづく不思議だ。

 

「今日のところは、お前を庇ったこの少年の男気に免じて見逃してやる。

その少年に感謝するように。」

 

「わ…………分かりましたっ!

ごめんなさい………っっ!」

 

と、ここで項燕将軍は父親の顔に戻り、

 

「だがまぁ、とにかく、怪我がなくてよかった。」

 

にこりと笑いかけた。

 

「うわぁあああん!」

 

玲は項燕将軍に抱きついて、泣き出す。

 

 

「将軍にはつくづく、お見苦しいところをお見せいたした。」

 

「ハッ………。」

 

廉頗将軍は吐き捨てるように笑った。 

 

よし、頃合いだ。

 

 

 

「ところで、項燕将軍。」

 

「どうかしたか?」

 

「無理なお願いとは存じますが、娘さんを捕らえた賊の処理を任せていただきたいのです。」

 

恐る恐る、切り出してみた。

 

項燕将軍は一笑するや、

 

「良いとも。 玲も無事に戻ってきたことだしな。」

 

「……!! あ、ありがとうございます。」

 

とにかく、喬英達の命は助かったことになる。

 

よかったよかった…………。

 

 

そう考えていた、その時。

 

「だが、章覇とか言ったな、少年……………言葉に秦の訛がする。

お前、秦人だろう?」

 

項燕将軍は、先ほどまでの父親の穏やかな顔を変え、鋭い目つきに顔を変えて、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




項燕………楚の虎と称される、キングダムのラスボス。
一族は代々、上将軍(上柱国)の地位に就いている。
項翼は息子という設定でいきます。

このバカ弟子がっ!←決して東〇不敗さんとは関係ありません



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第三十六話 章覇対項翼 前編

今日のところはかなり不安ですね……項燕さんの戦術眼は上手くかけているでしょうか…………。


「はい。   秦人です。

ですが、大将軍を目指さんとする志は、秦人の武人であろうと楚人であろうと同じと心得ます。

 

かつて、この楚国の令尹・春申君殿が臨淄に留学して今の楚を発展させたように、武人にとっての臨淄にあたる、この陳で学ぶことに何の咎がございましょうか」

 

春申君でさえ、臨淄に留学した経験を持ちながら合従軍を率いて斉に攻め込み、仇なした。

 

僕を責めるのであれば、春申君から責めて欲しい。

 

 

「これは一杯、とられてしまったな。 

手前は今の王の即位の折に春申君に推挙していただいた身であるゆえ、そなたが楚に学ぶことを責めることはできぬ。」

 

聞いた次の瞬間、項燕将軍は笑いながら、手をうった。

 

「何を言う。 真意は違うところにあろうが。」

 

廉頗将軍は訝しげに吐き捨てる。

 

「いかにも。

しかしながら、章覇。

手前が聞きたいのは、そなたの知る合従軍と秦軍の戦いについてだ。

語っていただいても、よろしいか。」

 

……………どうなんだろうか。

 

大王様が関与していたことは既に噂になっているし、項燕将軍の前にあるのは、まさしく、函谷関、武関および咸陽一帯の模型である。

 

先程まで合従軍戦の検証をしていたのが見て取れた。

 

その模型をみても、食や郎、商、竹や、蕞などの南道の各都市の配置も正確で、もはや隠しようがない。

 

城の特徴……………後々、項燕将軍が咸陽を攻めるような事態に至るならば、有益な情報となりうる。

 

まあ、触れないで話すことは可能だろう

 

それに、喬英達を助けてもらったこともあるし

 

「分かりました。 概略だけでよろしければ。」

 

戦を描いたのは昌平君だ。

 

軍総司令の昌平君が基本的に携わるのは、開戦に至るまでの戦略。

 

ここで語るのは昌平君の描いた戦術であり、今後、項燕将軍が昌平君の戦術眼にお目にかかる機会はそうはないはずだ。

 

生国の楚に昌平君が帰らないという前提があるのなら。

 

「そうか。  ありがたい。」

 

 

 

 

 

 

 

僕は昌平君、李牧がそれぞれ描いた戦術を一通り説明した。

 

「ですが…………李牧がどのように武関正面を攻める別働隊を調達したのかまでは分かりません。」

 

「いや、十分だ。 忝い。

ちなみに、その別働隊は、汗明の軍師・貝満と剛摩諸の部隊に相違ないだろう。

 

蒙武は、汗明を討ち取ったあと、その本陣を壊滅に追い込んだ。

だが、そこで死んだのはせいぜい20000程度。

 

といっても、2割も失えば大敗北だから、壊滅的打撃と呼ぶに相応しい数ではある。

 

そして、その汗明軍60000のうち、両脇の剛摩諸と貝満の軍は撤退していた。

 

その後、二人は媧燐の部隊に編入された筈だが、汗明と媧燐の馬が合わないように、旧汗明軍と媧燐軍も馬が合わない。

 

そこで、春申君は夜陰に紛れて旧汗明軍のうちの幾らか…………大体20000くらいを、媧燐の元から引き抜き、南道の武関まで行かせたのだろう。」

 

いや、それで…………

 

「それで、蒙武将軍や騰将軍にはバレなかったのですか?」

 

夜陰に紛れての函谷関の離脱ならば、おそらく媧燐本陣あたりで軍の再編を行えば難しくない。

 

だが、果たして兵力の減少に気づかれない訳があるだろうか?

 

「媧燐の軍は、臨武君の残兵と汗明の残兵を収容しておおよそ110000超くらいの大所帯。

 

一方の騰・蒙武軍は騰の軍の被害が甚大で両軍合わせて75000くらいに減少したと聞く。

 

蒙武の軍が多かったはずだから、騰軍はせいぜい30000くらいだったはずだ。

 

兵力差は目視ではせいぜい敵と味方が同数か、或いは敵が味方の倍以上か、が分かるくらいで、細かいところまでは推し量ることは出来ぬ。

 

媧燐の軍が90000を割らない限りは気づかれる可能性は低い。

 

それに媧燐はそういった自分を大きく見せる小細工が得意な奴だから、蒙武はとにかく、騰にさえ気づかれる恐れもない。

 

加えて、万が一、騰が兵力の減少に気づいていたとしても、未だ媧燐の軍の方が人数も多く、大した戦果は望めないとして、騰なら攻めるようなことはしないはずだ。」

 

つまり、媧燐は秦軍が蕞や武関にに援軍を送らせないための足止めだから、よほどの兵力を武関に割かない限りは騰将軍にバレる恐れも無い。

そしてそもそも隠す理由もないということだ。

 

「なるほど……………。」

 

実際、僕が見たのはせいぜい40000。 

 

倍の100000のような大規模の軍の動向なんて考えるような力はない。

 

こうしてみると、戦についてまだまだ分からないことも多いなと思っていると。

 

 

 

「おっ クソ爺 まだくたばってなかったのかよコンチキショー」

 

「おい、翼。 廉頗将軍に失礼だろ」

 

馬鹿そうな顔の楚人と、弓遣いと覚しき美少年が入ってきた。

 

「ハッ 嘴の黄色いクソガキがションベン垂れずに帰ってくるとはつくづく意外の極みよ!」

 

言い返す辺り、本当に廉頗将軍は子供っぽい。

 

「んだとテメー」

 

「いい加減にしろ 翼っ!」

 

美少年はつくづく可哀想な役回りに回っている。

 

馬鹿そうな方をぶん殴ってた。

 

「ぐへっ いってえっ!」

 

「自業自得だバカ」

 

「…………にしても、麗、アレがあるだろ、ほら………加減って奴がよ

 

 

ん? 親父、ところで、このガキはどうした?」

 

ふと、馬鹿そうな顔の少年が僕を指さして訊いてきた。

 

「翼、あまりバカを晒すな。 その少年は廉頗将軍の弟子だ。」

 

項燕将軍は呆れた顔をしていた。

 

「クソ爺、ついに目ん玉の中まで曇っちまったのかよ。

どーしょーもねー!

こんなガキを鍛えたところで何にもなりゃあしねえだろ」

 

 

 

 

…………こんな見た目もバカそうで、しかも言葉に品のない、取るに足りない奴に殺意が湧くなんて、生まれて初めての経験だ。

 

「初対面から馬鹿にされる理由なんて、存在しないんだが。

お前はそうやって人を見下すことしか出来ないのか?」

 

青筋を立てつつ、口調の怒気を隠してそう吐き捨てる。

 

「んだと、チビのくせに! 我慢ならねぇ!」

 

手元の宝刀に手をかけた。

 

つくづく短気な奴だ。

 

僕の身長は同年代よりも大きいのでこのバカとは身長はあまり変わらない。

 

「まあまあ、落ち着け翼。 いくら合従軍が秦に敗れたばかりだからって、お前、短気すぎだぞ」

 

「うるせぇっ! 文句は秦人に言え!

 

そういえば、お前、秦のクソ共と同じ言葉訛がするな。

じゃあ丁度いい! 死ねぇっ!」

 

項翼は宝刀を抜いた。

 

おそらく適当に言ったことだろうが、この場では正解だ。

 

「莫邪刀の餌になれやっ!」

 

項翼は刀を抜いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十七話 章覇対項翼 後編

「スパァアアン!」

 

「や、いやぁああああっ!」

 

玲の叫び声が響く。

 

 

 

 

「か、軽っ! …………ん?

 

 

てか、オイてめえもかよ!」

 

項翼…………いや、山猿が何か言ってる。

 

「…………やはり、受け流しを使いおるか。

先程のアレはあの項燕の本気の一撃にしては、威力が少ないとは思っておったが。」

 

廉頗将軍はそう呟いた。

 

僕の習った矛術は、受け流しを主とし、相手の攻撃をやり過ごす防御を主としている。

 

そして、その技の移り変わりの速度も速く、その速度と誘いの手で相手を翻弄することもできる。

 

受け流しを使わないという点では傅抵の剣術とは異なるが、速さと誘いの手を多用するという点で、かなり似ているので、傅抵の剣術は相性が非常に良かった。

 

その上で、相手の動きに破綻が見えた時、即座に必殺の一撃を放って確実に敵を屠るのが基本的な概念だった。

 

今回は、その概念を曲刀に応用したのだ。

 

「チッ!   だが必ずぶっ殺………」

 

次の瞬間。

 

「いい加減にしてよ!」

 

項玲が叫んだ。

 

「玲……………?」

 

山猿は手を止める。

 

「初対面の章覇にいきなり斬りつけるなんて何考えてるの!

その人は、私の命の恩人なのに!

 

 

お兄ちゃん最低っ!」

 

玲は走り去っていった。

 

 

 

 

玲の一言に結構衝撃を受けたようで。

 

「けっ! 玲に免じて見逃してやるよ 秦のクソが。

 

……………待て玲っ!」

 

山猿は刀を鞘に収め、玲を追っかけていった。

 

項燕将軍には玲以外の娘がおらず、唯一の女兄弟だからか、山猿は大事にしているようだが、この山猿はいちいち煩いと思う。 

 

 

 

「翼が迷惑をかけた。 気に障っただろうが、悪い奴じゃないんだ。」

 

美少年が頭を下げる。

 

「いえ。  秦人なのは事実ですから。

 

ですが、あなたも大変ですね……………。」

 

つい、この美少年に同情してしまう。

 

「ああ……………。  あ、そうだ。

俺は白麗。 中国十弓の第三位にいる。

義兄の臨武君を先の大戦で騰に殺されたから、秦人とはよろしくする気は無いが、まあ名を名乗っておいても損はないからな。」

 

「僕は章覇と言います。」

 

「ああ。 お前は手強そうだから、名前は覚えておいてやる。」

 

「ありがとうございます。」

 

中国十弓…………秦人は弓より騎馬を重んじるからよく分からないが、弓で中国第三位とあれば、弓の盛んな楚でも屈指の達人であることは間違いない。

 

白麗…………こちらも名前を覚えておこう。

 

 

 

 

「さて、項燕。

儂らは帰る。

煩くしてすまなかったな。」

 

廉頗将軍が別れを切り出す。

 

「こちらこそ、不肖の子らが迷惑をかけて済まぬ。

わざわざ、玲を返しに来てくれたというのに、ろくな礼も出来ず、申し訳ない。」

 

「気にするな。 王のそなたのご機嫌取りでもあるのだからな。

 

おい、小童、  帰るぞ」

 

「は、はいっ!

では、項燕将軍。 お邪魔しました。」

 

「ああ。 いずれ、折があれば来るがいい。

玲はそなたを気に入っているようだしな。」

 

「分かりました。」

 

こうして、僕は項燕将軍の屋敷を辞去した。

 

 

 

廉頗将軍の屋敷も、項燕将軍に負けず劣らず、大きな屋敷だった。

 

「ひ、広いですね………!!」

 

「馬鹿者。 各国の王宮はもっと広いぞ」

 

すると、どたどたと走ってくる音がする。

 

「じっちゃん!  」

 

すると廉頗将軍はニコッと笑って

 

「坊主~ 元気だったか?」

 

見たこともないような笑顔を浮かべた。

 

「うん。 」

 

「そーかそーか ガハハハハハハ」

 

………………?!

 

「し、将軍…………まさか将軍、孫がいたんですか?」

 

「あ? バカ言え。 この子は楽乗の息子じゃ。

 

奴は儂の一番弟子で、かの燕の軍神・楽毅の一族でもあったが、儂が魏に亡命しようとした際に、奴は儂の心を察して、死力を尽くして儂と戦い、敗れた。

その後、儂は奴の心意気に感じ入り、奴の首を刎ねた。

そのいまわのきわに後を頼まれたのが、この楽諒。 楽乗の息子じゃ。

今じゃ9才になる。」

 

「じっちゃん、 この兄ちゃんだ~れ~?」

 

「ん? この兄ちゃんはな、儂の弟子じゃ。

仲良くしてやるんじゃぞ~?」

 

「うん! よろしくね!」

 

無垢な笑顔を浮かべた楽諒。

 

どことなく、甘秋にも似ているところがある気もして、好感がもてた。

 

「よろしく!」

 

にこやかに笑って、僕は楽諒に話しかけた。

 

人懐っこい質なのか、楽諒はニィッと笑い返してきた。

 

 

すると、廉頗将軍は

 

「さて、この楽諒は父をも上回る才能を有しておる。

 

そこでた。  

 

小童。  この楽諒と勝負してみい。」

 

驚くべき提案をしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 




楽乗…………趙将。 楽毅の息子・楽間の一族。
廉頗の一番弟子という設定。
長年、廉頗と共にあり、その力量は廉頗を超えたとさえ謳われたが、廉頗と交戦した際はこれを苦戦させるも、最終的には敗北。 捕らえられた。
史実では捕まらずに逃走している。


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第三十八話 軍略囲碁廉頗式 前編

「え?!」

 

「よし 負けないよっ」

 

いくら、相手が9才だからって、流石に未経験じゃ相手にならない。

 

「僕、やり方と規則をしらないのですが…………。」

 

「ああ。 小童ははじめてであったな。

じゃが安心せぃ。  

説明してやるから。」

 

「ありがとうございます。」

 

「持ってきた~。 これ!」

 

「よし、とりあえず、坊主は駒を振り分けておけ。

小童が40、坊主が20だ。」

 

「分かった!」

 

 

 

 

 

その間、僕は廉頗将軍に軍略囲碁の説明を受けた。

 

一般の軍略囲碁は相手のその場を動きをまるきり見ることが出来、相手の動きから相手の狙いを読み、狙わんとしているものを覆したり、こちらの狙い通りに相手を誘導することもできる。

 

与えられる兵数=駒数は両者一定だ。

 

だが、今からやる廉頗式は、追加要素として、相手に動きは分からない「伏兵」と「兵数不固定」、そして「兵科」が存在する。

 

兵数不固定は今回は僕が40(廉頗式は1コマ1000なので、兵力40000に相当する)、楽諒が20となっているが、廉頗式においては、確率で与えられる兵数が決まる。

 

そして、歩兵、騎兵、弓兵、の兵科が存在し、2:1:1の割合で与えられている。

 

騎兵は攻撃力が凄く、弓兵は遠隔攻撃(攻撃力は弓部隊兵数の4割)が出来るが、

騎兵は伏兵設置可能数に制限が生じ(2000騎=2コマまで)、また横からの攻撃に弱い。

弓兵は近接攻撃に弱い。

(近接攻撃の相場:弓4コマ=騎馬1コマで相殺、歩兵2コマ=弓4コマで相殺)

などの特徴を有する。

 

また、廉頗式は、相手の順番の時は動きを見ることが出来ないなどという制限も存在する。

 

 

 

 

というところで、実際の盤面を使って戦うことになった。

 

盤面は合計で180くらい存在する。

 

閼与周辺を模した山岳の盤面や蛇甘平原に模した平原の盤面も存在するそうだ。

 

流石に各国の王都の周辺の模型はない。

廉頗将軍曰く、邯鄲や鄴一帯の趙王都圏のものを以前、作成したが、亡命の際に置いてきたそうだ。

 

そして、今回は、盆地5と呼ばれる盤面を使用するらしい。

 

この盤面は四方が山々で、中央に開けた盆地の更にその中央を南北に縦断する川が流れている

 

その山々には東側と西側に山道が通っており、その終点にあるのが双方の本陣という形になっていた。

 

「どうじゃ。 大体理解したか?」

 

「はい。」

 

「そうか。 ではやってみるがいい。」

 

「いくよー。」

 

楽諒が陣形を並べる。

 

楽諒が東側で、僕が西側である。

 

この軍略囲碁は戦術を競う場であり、戦術以前に戦略で決まってしまう初期配置は自由だ。

但し、いきなり敵陣前などという非常識な手は流石に禁止だが。

 

また、本陣も途中で動かす分には問題ない。

 

そして勝利条件は敵本陣の陥落、敵部隊の全滅、補給を絶って行動不能にすること、或いは敵よりも兵数の損傷を少なくすることだ。

 

今回は、川が中央に走っている。

 

恐らくは渡河中に襲うのがこの盤面での定番だろうから、敵は恐らく、岸の方に弓兵を伏兵させ、こちらが渡河する段階でこちらを襲う作戦を採ってくるはず。

山々から伏兵を渡河させて、敵の糧道を断とうとするのが良いだろう。

 

……………いや、それよりも

 

「将軍」

 

「ん? なんじゃ」

 

「実は…………………のような手を使いたいのですが。」

 

「フッ ソレは普通の歩兵で使っても構わんぞ」

 

「ありがとうございます。」

 

さて、こちらの作戦は整った。

 

さあ、はじめようか 楽諒くん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十九話 軍略囲碁廉頗式 後編

僕の作戦はこうだ。

 

敢えて、敵の渡河を狙わず、弓兵7000を、盆地の自陣側の山に、麓に沿って伏兵として配置する。

 

残りの3000を、川の北側の自陣側に伏兵として置き、敵渡河がある場合に備える。

 

その3000の盾になるのが、騎兵2000だ。

 

更に予防線として歩兵5000を伏兵させた。

 

そして、歩兵10000を盆地においた。

 

これには大した意味合いはない。

 

残った騎兵8000、歩兵5000を本陣に置き、自らの主力としておく。

 

この計13000を、南側から渡河させるのだ。

 

つまりは、二面作戦である。

 

 

問題は敵が騎馬5000をどう使ってくるか…………。だ。

 

だが、まあ、予防線は張ってあるし、問題ないはずだ。

 

「では、開始じゃ。 まずは小童からだな。」

 

 

 

敵陣…………は。

 

弓兵5000がまるまるいない。  恐らくは河岸に伏兵しているのだろう。

 

だが、残念だがこちらは盆地の河岸からは渡らない。

 

そして、騎馬は意外にも2000が伏兵をしているようだ。

 

3000は河岸の北にいる。

 

こちらの弓兵を狙っているに違いない。

 

歩兵6000を動かし、渡河予測地点の南側を補い、半包囲陣形をとり、待ち構える。

 

 

そして、楽諒が本陣を盤面の南東、つまり僕から向かって右に移動させてきた。

 

面白い。 踏み潰してやろうじゃないか。

 

楽諒軍本陣には、歩兵8000がいる。

 

2000は伏兵だろうが、場所は読み取れない。

 

 

 

 

こうして、数回の順番が過ぎていった。

 

ついに、楽諒の伏兵していた騎馬2000が動き出したのだ。

 

騎馬はやはり総じて北に集中していたようで、歩兵5000に向かって攻撃を開始していた。

 

騎馬3000が先行してこちらの騎兵2000を攻めており、こちらの騎馬2000は1000に減少、敵の騎馬3000は2000に減少していた。

 

ここで僕は伏兵の弓兵3000を出現させ、弓兵の精度規定の弓兵の兵力の4割に照らし合わせて1200を葬り、騎馬を800に減少させた。

 

次の順番に回ってくると、楽諒は騎馬2000を待機させると…………。

 

伏兵してきた弓兵5000を総じて出現させていた。

 

渡河を狙うという読みは大いに外れて、北から騎馬5000を攻めさせる戦術を採ろうとしていたようだ。

 

味方の騎馬2000は葬られ、騎馬800が弓兵3000に向かって攻撃し、これを葬った。

 

騎馬2000の後続も川の中だ。

 

 

 

このままでは合流される。

 

まずい。

 

僕は直ちに伏兵5000の歩兵のうちの3000を騎馬800の横に出現させ、これを攻めて、壊滅させる。

 

そして、楽諒の騎馬2000が味方歩兵3000を葬った。

 

よし、今だ。

 

伏兵した歩兵2000を出現させ、川を下らせる。

 

本当は舟のはずだったのがケチのつけどころだったが。

 

こうして、騎馬2000を完全包囲する包囲陣形となり、騎馬2000は無力化。

 

かなりの損害を出しながらも、敵の主力の騎馬5000を葬ったが、その後、弓兵5000により、舟の歩兵部隊は壊滅。

 

 

北における勝敗は完全に楽諒に軍配が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

戦争そのものは、南側から本陣部隊の13000を渡河させ、敵本陣8000を壊滅させた僕の軍が勝った。

 

弓兵5000を動かしてきたため、その分、騎馬5000も全滅したが、どうにか勝った。

 

楽諒軍の損害は騎馬5000、歩兵8000、計13000に対し、

 

僕の軍の損害は騎馬10000、歩兵6000、弓兵3000の計19000となって、楽諒軍よりも甚大だった。

 

だが、遊兵率(戦闘に参加していない兵の数)が桁違いだ。

 

僕の軍は弓兵7000、歩兵4000、計11000が参加していないのに対し、楽諒軍は北側に配置した伏兵の2000のみである。

 

実質、29000対18000という戦いだったのだ。

 

僕が攻める側で、楽諒が守る側なので一応勝利だが、同兵力なら間違いなく負けているところだった。

 

 

 

「やっぱり、倍だったから無理だった~。

いけるかもしれない~とは思っていたんだけど、一筋縄じゃいかないか。

項翼の猿とは出来が違うや。」

 

楽諒が残念そうに呟いた。

 

「ふむ、坊主のが巧い戦い方だったが、小童も己を知っていたので負けはせんかったという訳じゃな。

9才と初見の13才にしてはまあまあじゃな。

 

渡河を狙うなんて誰が引っかかるか分からんような戦術を採らんかっただけ、小童も坊主も褒めるに値するわい。

どっかの出来の悪い小倅とは訳が違うわい。 ヌハハハハハ」

 

 

 

 

 

 

こうして、人生初の軍略囲碁は終わった。

 

 

 

 



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第四十話 練兵参加

軍略囲碁を終えると、既に夜になっていた。

 

「殿! 本日の練兵が終わりましたぞ!」

 

介子坊さんの後ろにいる兵士の疲れっぷりが異常だ。

 

「のぅ。 介子坊ぉ」

 

「何ですかな

殿ォ!」

 

「明日から、この小童を練兵に参加させよ。

教えを乞うたことを後悔させてやれぃ」

 

「ハッ!  覚悟しておけよ

ガキがっ!」

 

介子坊さんは吐き捨てて、出て行った。

 

 

 

「ああ、そうじゃ小童。

介子坊の練兵は、儂より厳しいからな。

覚悟しておけ

じゃから、今日はもう休め。」

 

「…………し、失礼致します。」

 

「ヌハハハ、もうびびりおったか」

 

「……………。」

 

 

 

翌日。

 

日が昇る前に叩き起こされた。

 

「早く起きんかぃ!  ガキがあっ!」

 

介子坊さんは木の棒で布団を叩いてくる。

 

慌てて服を着て、身支度を調えて、練兵場に集まる。

 

 

 

 

廉頗将軍の私兵は、ざっと1000程度だ。

 

趙からの古参兵のみで構成されており、魏人や楚人からの補充はない。

 

「お前らァ! 揃ったかァっ!」

 

「「はいっ!」」

 

「じゃあ、始めるぞ!」

 

「「はっ!」」

 

まずは武器の手入れから始まる。

 

「武器は武人の魂だぞっ!  アマッコ共を扱うかのように丁寧に、そして大事に扱えっ!」

 

相変わらず、甲高い声で介子坊さんは叫ぶ。

 

「「はっ!」」

 

そしていよいよ練兵は体を動かす段階に入る。

 

午前中は走り込みや、匍匐前進、その他戦争に関係なさそうな動きまでやらされた。

 

介子坊さん曰く、基礎体力を鍛えるためだそうだ。

 

郢陳の王城を、何周もさせられたりして、既に午前中の段階で相当、体力を持って行かれた。

 

 

 

そして、昼になった。

 

「……………っはあ!  疲れたっ!」

 

僕は椅子の上に倒れ込む。

 

「まあ、無理はねえわな。

俺たちみたいに何年もやらされている訳じゃねえしな。」

 

「だよな。

おめぇ、いくつだ?」

 

「13です。 そろそろ14になります」

 

「13か…………って13か!

13才にしちゃあ、よくやってるぜお前は。」

 

「頑張れよ!」

 

「…………っ、あ、はい! 頑張ります!」 

 

飯を頬張りながら、返事した。

 

 

 

 

廉頗兵の人たちは皆、優しかった。

 

僕は姜燕さんの部隊の人たちと一緒に励んでいたが、姜燕さんの冷た……涼やかな印象とは打って異なって、姜燕さんの部隊の人は陽気な人が多かった。

 

敵の兵士にも家族がいる……………一丁前に考えていたあの時とはまた、別に

 

敵の兵士にも、仲間達がいた。

 

そんなことを、趙人しかいない廉頗兵は僕に教えてくれた。

 

昼が終わると、実戦形式の練兵に入る。

 

既に手が疲れ切っていたので、最低限の受け流し術で乗り切るしかないのだが。

 

「サボるなー!」

 

「げはっ!」

 

介子坊さんは厳しかった。

 

乗馬訓練、棒を使った戦闘術の型の練習や、試合、軍隊としての集団戦法、陣形などの動きをやった。

 

 

そして、ようやく夕方になり、練兵が終わる。

 

 

「も、もう無理……………。」

 

グデッと倒れ込もうとするのを、廉頗兵の人たちが支えてくれた。

 

「蕞や武関の戦いの時は、大丈夫だったんですけどね……………本当に申し訳ないです…………。」

 

「まあ無理すんな。 初日は皆こうなる。 二週間すりゃあ慣れるから安心しろ」

 

「分かりました…………。」

 

すると

 

「や~。 大分やられているね。」

 

聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

項燕将軍の娘・玲だ。

 

「玲さんじゃないですか………。 今日はまたどうしたの?」

 

「んーとね。 こ、これ………あげるっ!」

 

疲れ切っていたか、玲は心なしか照れてる気がする。

 

渡されたのは、箱だった。

 

「中………開けて良い?」

 

「う、うん」

 

中には、手製と思われる、お菓子類が入っていた。

 

見たこともないような高そうなものばかりだ………。

 

「え、いいのこんな高そうな………」

 

「え? 手作りだけど…………」

 

……………つくづく見栄えがすぎ。

 

河了貂さんと良い勝負じゃないだろうか

 

「では遠慮なく……………。」

 

一口中にいれると、何故か凄く懐かしい味がした。

 

はじめて食べるお菓子類なはずなのに…………。

 

 

 

小さい頃に母さんに作ってもらった…………なんだっけな…………。

 

名前は思い出せないけど、以前食べたことのあるあの味に似ている。

 

思えば母さんと父さんは元気かな……………。

 

蕞から離れてはや2カ月経ったけれど、一度も思い出していなかった。

 

 

 

 

 

そう考えた瞬間、急に涙が目に貯まって、流れ出していた。

 

「ち、ちょっとどうしたの?!  そんなに美味しかったの?!」

 

僕はただ、ウンウンと頷くことしか出来なかった。

 

 

 

「きっと、親に会いたくなっちまったんじゃねえか?

ほら、嬢ちゃん、さっき手作りだって言ってたろ

 

だからさ、嬢ちゃんさえ良けりゃ、偶にでいいからこういうの作ってやってくれよ。」

 

廉頗兵の人が言う。

 

 

 

否定する気にはなれず、そして否定する余裕もなかった。

 

「…………わ、わかったから、じ、じ、じゃあねっ!

箱はまた来たときに返してくれればいいから!」

 

顔は見てないから分からないが、凄く慌てて出て行ったのが聞こえてきた感じで分かる。

 

でも、また来てくれるのか…………。

 

同い年の子は周りにいないし、ちょっと嬉しいかな。

 

 

 

 

 

 

そして、練兵にも慣れてくると、余裕が出てきた。

 

余裕が出てくると練兵の後には楽諒と軍略囲碁の試合をするようになった。

 

盤面も盆地、平野、大河の川岸を挟む戦い、城の攻防戦、湖など様々な物を試した。

 

 

勝率もはじめは低かったが、やがて癖なんかも摑めてきたので、負けないようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十一話 楚国、遷都す

そんな、しばらく経ったある日のこと。

 

この日は自主訓練の名目のもと、練兵はなかったので、午前中から楽諒と軍略囲碁で遊んでいた。

 

「引っかかったな楽諒! 弓兵4000、伏兵だっ」

 

「え!! じゃあ、騎馬2000を左に回頭させてっと!」

 

「なかなか上手いけど、終わりだ! 

歩兵3000に騎馬の横を突かせて北の楽諒の部隊は全滅だ!」

 

「うっ!  負けちゃったか今回は…………ん?」

 

屋敷の前の何かに反応したようだ。

 

見ると、屋敷の前の通りを、項燕将軍の私兵が通り過ぎていくのが見えた。

 

中には大将の項燕将軍の姿も見える。

 

「何だろう?」

 

項燕将軍は南へ向かっているようだった。

 

「ちょっと、玲に聞いてこようかな?」

 

「あ、僕もいく~!」

 

楽諒もついてきた。

 

玲は来る度にお菓子を持ってきてくれたので、楽諒にも分けてあげるのが常だったからだ。

 

お菓子目当てとは、子供らしくて結構なことだと思う

 

 

 

 

 

「珍しいね、章覇から来てくれるなんて!」

 

玲は快く………いや、嬉嬉として出迎えてくれた。

 

項燕将軍に出入りの自由は認められている。

 

ただ、仲が良すぎるのではないか………との指摘もあり…………。

 

「クラァッ!  おい秦のクソチビバカスケ!

玲に手を出し……」

 

「うるさい さっさと帰って」

 

「………………。」

 

部屋に入ってきた山猿は、即座に玲に撃退された。

 

「さて、で、今日はまた、どうして?」

 

「あ、うん。  ちょっと顔が見たくなって………。」

 

項燕将軍の出兵とあれば、万が一の可能性はないとはいえ、億が一くらいの可能性はある。

 

「え…………。」

 

顔が赤くなってるのは気のせいだろう

 

「というのもあるけど、項燕将軍が出征するのを見かけたからなんだけど、行き先が気になって。」

 

私兵のうち、従っていたのは数百。 戦をする人数ではない。

 

「ああ………それ?  それは、近々、遷都するという噂が関係しているんじゃないかな?

媧燐将軍と二人、軍を率いて出かけたらしいよ。」

 

「なるほど………。」

 

恐らく、春申君が秦の一強体勢に備え、より南の寿春に遷都するよう、楚王に進言し、楚王はこれを容れたようだ。

 

二人が出かけたのは、新都を、秦からの侵攻に耐えられる作りに改造するためだろう。

 

 

 

まあ、楚王は後継者に悩まされており、春申君の進言のもとに国政から遠ざかって憂さ晴らしの狩りや、子作りに励む日々だというから、容易に事が進んだのだろう。

 

「ってことは…………引っ越し…………か。」

 

「そうね~。  寿春…………。 どんなところなんだろ~?」

 

「良いところだといいけど………。  

あ、それより、お菓子を貰えるかな?

楽諒が退屈してるし。」

 

「待ってて。 もうすぐ侍女が持ってきてくれるだろうから。」

 

「わ~い。」 

 

 

 

 

 

その一ヶ月後には、寿春への遷都作業が始まった。

 

「早く武器を荷台に詰め込むのだァ!」

 

「「うっす!!」」

 

僕らの住む廉頗邸でもそれは変わらない。

 

まず一番に槍や矛、剣や弓などの武器を束にして荷車の荷台に詰め込み、次に酒や肉などを箱の中に詰め込む。

 

楚王からの金品を詰め込み、必要最低限の家財道具を詰め込むと、屋敷の中は空になった。

 

「さて、行くぞ。 寿春へ!」

 

「「「はっ!」」」

 

 

寿春は淮北と呼ばれる地域にある。 もと春申君の領地だったところだ。

 

すぐ南には淮河が流れており、或いは寿春で時間稼ぎをした上で淮河の南の地域=淮南に逃がすという戦術も採りやすい。

 

 

 

 

 

新都・寿春に着いた時、秦王6年(紀元前241年=始皇6年)は残り1ヶ月となっていた。

 

だが、どうにも、遷都ということに関して、あまり実感は湧かなかった。

 

何故か?

 

既に道中で沢山の商人やその配下、妻子あるいは奴隷達が郢陳から寿春へ向かうのを見ていた。

 

だけど、僕は合従軍から逃れる秦の流民達を見たことがあるから、確かに大事なんだけれども、どうにも遷都という現実には繋がらなかった。

 

活気もあまりなく、人々はこの遷都が何を意味するのか、充分過ぎるほど悟っていたようだったからだ。

 

 

 

 

だから、この寿春に入ればなにか変わるかと思ったが、何も変わらなかった。

 

寿春は春申君がかつて領していた際に、ある程度都市化が進んでおり、首都として耐えうるだけの都市設計もその時に既に成されていたようだ。

 

だから、実際のところ、項燕将軍と媧燐将軍は寿春の周辺に戦略的に必要な城塞を築き上げるために奔走しているだけに留まっているらしい。

 

 

寿春の城内を見て気づいたことがもう一つある。

 

貴族の館が少ないのだ。

 

合従軍を率いて敗戦し、その影響力が落ちた今、その影響力を更に殺いで、取って変わろうとする貴族達がいたから、遷都の際に、郢陳に置き去りにしたり、追放したり、粛清したりしたのだろうか…………?

 

 

 

とにかく、僕にとって寿春への遷都は、あまり大した感動を与えてくれる代物ではなかったということだ。

 

遷都の翌日には、また練兵が再開され、いつも通りの日常がこの寿春で始まっただけに過ぎなかった。

 

一つ変わったのは、練兵になれてきた頃に、陣頭指揮などの兵士を使った模擬戦が加えられたくらいだ。

 

これがかなり大きい。 この陣頭指揮の訓練が無ければ、千人将でさえなれないからだ。

 

10対10、100対100、300対300とどんどん使用兵数も増えていった。

 

最初の数週間は介子坊さんの苛烈な攻めや姜燕さんの鋭い用兵にコテンパンにされながらも場数を増やしていき、勝つ回数も少しずつ少しずつ増えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練兵、軍略囲碁、そしてたまに項玲と遊ぶという日常はあっという間に過ぎていき。

 

 

 

 

 

僕が楚にきて2年が経った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十二話 羽ばたく刻

この2年の間に、楚は都の寿春を郢と改めた。

 

春申君は再び楚の令尹に戻されている。

 

また、秦では大将軍・蒙驁が病で死んだらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は16才になろうとしており、楽諒も11才になって、剣を振り回している。

 

項翼の山猿とは未だ仲が悪いが、白麗とは仲がそこそこ良くなったし、玲とも頻繁に会っている。

もっとも、玲から来ることの方が多い。

 

何故か勘違いする輩が多いが、玲はただの友達だ。

 

かなり美人に成長したし、寂しい時とか凄く心の支えになってくれていることもあるけれど………うん。ただの友達。

 

軍略囲碁は9:9:2くらいで僕が勝つか楽諒が勝つか、引き分けるかでほぼ互角だ。

 

身長も相当伸び、廉頗将軍には流石に届かないまでも、信さんは確実に超えている筈だ。

 

顔も以前よりも逞しくなって、平民特有の野暮ったさがなくなり、洗練されたような顔つきに変わっていた。

 

自分でこう評するのも変だが、まあそれくらいの変化があったということだ。

 

これが、楚という風土に根ざした何かの影響なのかはまるで分からなかった。

 

 

 

 

そして、何よりも、筋力が飛躍的に増大した。

 

 

廉頗将軍の練兵は苛酷を極めており、恐らくはそれに耐えてきたからだろう。

 

殊に直弟子の僕は、廉頗将軍から直々に相手をして貰えるので、鍛えられ方も桁違いだった。

 

従来の矛術に加えて、力でねじ伏せる廉頗将軍の矛術も習ったので、両方を駆使して戦うことが出来るようになっていた。

 

そして、秦国もそろそろ完全に反乱の傷跡も和らいできて、次の戦に乗り出すのではないか?

 

との噂がちらほら聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

これは、もうそろそろ、秦に帰る頃では無かろうか?

 

そして、何よりも、時間が無い。

 

 

中華統一戦争の中で力を振るえるような大将軍になるために、昇進するだけの手柄が欲しいのだ。

 

だが、そうそう大手柄ばかり得られる確証もなければ、大戦争が起こる確証すらない。

 

小さな戦争を重ねて地均しした後、一気呵成に国を滅ぼしにかかられたら昇進の機会を得ることなしに中華統一は終わってしまうかもしれない。

 

「ついに、動き出すって訳かい?」

 

喬英がうっすら笑みを浮かべながら尋ねてくる。

 

「ああ。  秦へ帰り、大将軍を目指す。」

 

「待っていたよ。 私は。」

 

「あははっ……………待たせたね。」

 

「とりあえず、あの化け物爺さんに挨拶してきな。」

 

「そうしようか。」

 

僕は廉頗将軍の元に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「案外、遅かったな。」

 

廉頗将軍は、僕が切り出す前から既に悟っていたようだ。

 

「お世話になりました。 必ずや、将軍の弟子としてその名に恥じぬ働きをします。

 

では、楚に攻め入る折がありましたら戦場でまみえましょう。」

 

「待て」

 

廉頗将軍は僕を呼び止めた。

 

「将軍………?」

 

「楽諒も連れて行け。」

 

「え?」

 

「儂は趙人の廉頗。

楚兵を率いても大した力にはなれん。

 

それはこの楽諒とて同じじゃ。

 

じゃから、この楽諒を秦に連れて行け。

このまま、楚に埋もれさせて良い男ではない。」

 

「い、いいんですか?」

 

「奴も、楚から出たいと言っていたからな。

奴は剣術もあまり上手くないから、軍師にでもすると良い。」

 

これは大変ありがたい。

 

別働隊を組織する…………なんて時に、その場で判断できる指揮官を手に入れたという意味でもあるからだ。

 

楽諒は副将にしようと思う。

 

本人が大将軍を目指さない限りは。

 

「ついでに。」

 

廉頗将軍は……………。

 

「こいつも持っていけ。」

 

自分の矛をくれた。

 

「し、将軍………まさか」

 

「そのまさかだ。

うぬにやる。 

代わりに王騎の矛を振るう男を超えて見せよ。

 

儂の歴代の弟子の中で、一番、知勇の均衡のとれたうぬならば、必ずや為し得よう。

 

儂はもはや、中華に羽ばたくことは無いだろう。

代わりに、うぬが儂の矛に、中華を見せてやれぃ。」

 

「は! 有難き幸せ!」

 

「分かったらさっさと行っちまえ  章覇よ」

 

 

廉頗将軍はいつものようにニィッと笑った。

 

「お世話になりました!」

 

「必ず、中華を統一してみせよ。  よいな!」

 

「では、それまで、ご自重なさってください!」

 

「ハッ。  貴様に言われんでも、この廉頗は100になるまで死なんわ!」

 

 

そんな廉頗将軍の笑い声を背に、僕は楽諒に会いに行く。

 

「章覇兄ぃ 準備は出来てるよ!」

 

楽諒は相変わらずの童顔で笑いかけてくる。

 

「よし! じゃあ、行くかっ!」

 

「それは、ダメだよ。 まだ」

 

楽諒が僕の袖を摑む。

 

「……………え?」

 

「玲姉ちゃんに挨拶済んでないでしょ。」

 

「あ…………。」

 

実は数日前に喧嘩別れしたばかりだった。

無論、理由は秦に戻ることだった。

 

「ま、まぁ、一応、行ってこようか。

お前も菓子を分けてもらったしね。」

 

最後に顔を見ておくのも悪くないし、仲良くしてきた…………お世話になった分、喧嘩別れというのも嫌だ。

 

 

 

 

 

僕は項燕将軍の屋敷に入った。

 

「ごめん下さい」

 

「また来られましたか~。」

 

いつもニヤニヤしてる執事の人(家宰)に項燕将軍に取り次いでもらった。

 

もはやこの屋敷の家宰も、僕にとっては顔馴染みだった。

 

 

 

 

 

「そうか。  秦に戻るのか。」

 

「はい。 将軍にもお世話になりました。」

 

「いや、構わん。 玲に手を出してなければな。」

 

「出してないと何度言ったら分かるんですか?!

ってか、手を出すってそもそも…………?」

 

「君みたいなのを羊の皮を被った狼って言うから油断は出来ん。」

 

項燕将軍はつくづく親バカだ。

 

「酷い、あんまりです。」

 

「はっはっは…………冗談だ。

はぁ、また秦に一人、強大な敵が生まれるな。」

 

「項燕将軍はおそらく、最後にして最大の敵となるでしょうね。」

 

「その時は容赦はない。」

 

「正々堂々、やりましょう。」

 

「ふっ。  では、玲に会ってくるがいい。

最後だからって、情に流されて…………」

 

「将軍!!」

 

本当に冗談が大好きなお人だ項燕将軍は。

 

見た目通りの堅物かと思えば、親しい間柄の人には真面目くさった顔で、平気で冗談を飛ばしてくる。

 

そんな人だった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、項燕将軍の部屋を出て、玲の部屋へ向かうと

 

「あ……………。」

 

玲を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十三話 離別

「や、やぁ…………。」

 

「………………。」

 

やっぱり、喧嘩別れしたばかりだから、気まずい。

 

「やっぱり、帰っちゃうの? 秦に。」

 

少しの沈黙が流れた後、玲が言葉を発した。

 

「うん。  こればかりは譲れない。

中華を統一する力は楚にはないからだ。

春申君が死んだ後は特に厳しくなるだろう。」

 

「そう………………。  なら」

 

「?」

 

「私も秦に連れてって」

 

「………………?!」

 

「何?」

 

い、今のって…………まさか?

 

いや、ダメだ。

 

「ごめん それは無理だ。

君は大将軍の娘だし、僕は平民の子だから。

到底、玲の今の生活の質を維持させることなんて、今の僕には出来ない。」

 

「私の事が嫌いなの?」

 

「嫌いとか、そういうんじゃないよ。 

これは。

 

ただ一時の感情で、どうこうして欲しくないだけだよ。」

 

嫌いか好きかと言われれば間違いなく好きだ

 

父さん母さんに会えない日々の中で、支えになってくれたりもした。

 

平民の娘だったら、間違いなく連れてっただろうが、何しろ大将軍の娘ときてる。

 

何故、よりによって、今の僕に?

 

 

「そう……………ゴメンね…………。」

 

玲は顔を俯いた。

 

 

何故だろう   

 

 

凄く後ろめたい心持ちにさせられる。

 

僕は……………いや、それでも…………止めるべきなのか?

 

「ゴメン…………ゴメンね…………。」

 

いつの間にか、玲は泣いていた。

 

止めたくない…………けど、止めなくてはならない。

 

心は千々に乱れ、どうにもし難かった。

 

僕はまさか、玲のことを………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、僕はこれで行くから…………ゴメン。

どうか、元気でいてください。

 

それと、お菓子をありがとうって楽諒が言ってたよ。

本当に、玲には感謝している。 今まで、本当にありがとう。」

 

どうにか言葉を絞り出して、その場を去った。

 

凄く辛かった。

 

肉親を亡くすかのような寂しさや悲しみが押し寄せてきて、何とも言えない気持ちにさせられた。

 

 

 

 

 

 

 

楽諒達は既に項燕将軍達のお屋敷前に着いていた。

 

「玲姉ちゃんとはお別れしてきた?」

 

「ああ。」

 

「やっぱり、辛い……………?」

 

「気にしないでくれるか?」

 

「……………………。」

 

喬英が楽諒の肩に手を置いて、目配せする。

 

「それじゃあ、行こうか。 秦へ」

 

「「おぅっ!」」

 

僕と楽諒、喬英とその配下、計23人は、寿春を発った。

 

 

淮河を船で西の上流へと遡っていく。

 

そして、淮河の最上流に近づいたところで降り、南下して長江に合流したところで長江を北上し、漢水に合流したところで今度は漢水を北上すると、秦の領内に到着した。

 

 

 

懐かしい秦の地は、何ら変わっていなかった。

 

喋る人の秦訛も、楚とはかなり違う風俗も何もかもが変わっていない。

 

「懐かしいかい?」

 

「ああ…………凄く懐かしいよ」

 

そして、南道の脇道を北上し、南道に入り、南道の終点に向かうと、懐かしき故郷・蕞が見えてきた。

 

 

 

2年ぶりに、僕は故郷に帰ってきたのだ。

 

 

 

 

 

 



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第三章 対魏・著雍戦編
第四十四話 著雍に向けて


蕞に帰ると、皆が珍妙な顔つきで見てくる。

 

「あ、あれ……………章覇?」

 

やがて、そう聞いてくる少年がいた。

 

甘秋だ。

 

どうやら、楚人の服を着ていたために警戒されたようだった。

 

「甘秋? 」

 

「やっぱり、章覇かっ!  元気だった?」

 

甘秋が抱きついてきた。

 

「勿論だとも! お前も大きくなったな!」

 

「うん! あれからおいらも鍛えたんだ!

どうかな?」

 

「悪くないな。」

 

甘秋も甘秋であれ以後、家族を守れるように体を鍛えてきていたようだった。

 

13才にしては凄い筋肉だと思う。

 

「中でおっかあとお父も待ってるよ」

 

「いや、今はいいや。

先に父さん母さんに会いたいし。」

 

「そうだね。」

 

甘秋と別れ、僕は自分の家に着いた。

 

父さんの家は、蕞の戦いの褒賞金で結構大きくなっていた。

 

部隊長を務めたなどの理由で追加で褒賞金を貰っていたのは言うに及ばないが、これはかなり大きい。

 

爵位も既に下から6番目の官大夫で、飛信隊の信さんが5番目の大夫、僕が4番目の不更なのに比べても相当高い爵位に進んでいた。

 

 

 

 

 

「おお覇か!  随分とまあ大きくなったな!」

 

家の中に入ると、父さんが出迎えてくれた。

 

「とにかく、ぶじでよかった…………!」

 

母さんは僕の姿を見るや、泣き崩れた。

 

「か、母さん……………んな大袈裟な…………。」

 

僕は母さんを起こした。

 

「でも、もうそろそろ戦にまた、行くんだろう?」

 

「え?」

 

戦があるのか?

 

「大王様の弟の成蟜が反乱を起こし、鎮圧されたばかりだが、また戦があるそうだ。

 

何でも、騰将軍が魏に攻め込むらしい。

目標は著雍だという噂だ。」

 

父さんが補足する。

 

「よかったな。 大将。」

 

喬英の部下の一人、山利がそう肩を叩いてきた。

 

「ところで、お前、将位はどうなってるんだい?」

 

喬英が聞いてくる。

 

「ん。 ああ、百人将扱いにして貰ってあるよ。」

 

傅抵を撃退した功、大王様の身代わりとなり李牧の兵糧を燃やした功、武関の進撃に従軍した功や、昌平君の推薦などにより、僕の将位は3階級昇進の百人将待遇、爵位も3階級昇進の不更に上がっている。

 

いきなり百人将をというのも変かも知れないが、廉頗将軍のもとで模擬戦とはいえ、実戦のそれと変わらないくらいの経験は積んでいるし、それだけ僕には時間が無いということだ。

 

「なら、全員いけるな。 残りの77人はどうする?」

 

「ひとまず蕞で募集かけてみようかな?

まあ独立遊軍じゃないから、厳しいかも」

 

独立遊軍だった飛信隊とは違い、どこかの軍に配属されることになるのだろう。

 

「なら、どっかに配属されることになるってわけかい。」

 

「うん。 出来れば飛信隊に合流して、そっからと言ったところかな。」

 

共に戦った経験がある飛信隊ならばやりやすいはずだ。

 

玉鳳隊に配属…………なんてことは、まあ無いだろうと信じたい。

 

あの隊は優秀だが、民間からはあまり良い噂を聞かない。

 

真面目だが融通が利かないとかなんとか…………。

 

「飛信隊…………あの龐煖とサシで渡り合ったって言う、あの隊長のいる?」

 

「ああ。三千人隊だったと思うよ。」

 

「あの隊は楚まで名前が響いているな。

民間出身の兵を率いていながら、その強さは士族の兵にも劣らない………と。」

 

「やっぱり、流石だよね。  

だけど、僕らは彼に並ばなくてはならない。

始めが遅いのは仕方ないにしても、少なくとも楚を討伐する段階に至る頃には並ぶようにしなくては。」

 

「そうさねぇ。

追いかける目標は果てしなく遠いってわけさね。」

 

「ああ。  だから、今回の戦で少なくとも三百人将、出来れば千人将を目指す。」

 

「いけるのかい?」

 

「行くしか無いでしょ?」

 

「それもそうだね。 

明日、蕞の長官に話をつけて、募兵してみようか。」

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

蕞の長官に話をしにいった。

 

「大王様の身代わりとなって李牧を退けた」というのは蕞では少しばかり有名らしい。

 

「君がその…………まあ強そうじゃないか。」

 

「でしたら、募兵の許可を頂いても?」

 

「ああ構わんよ。」

 

「ありがたい。」

 

 

 

 

募兵をしてみると、これまた

 

「77人、すぐ集まっちまった。」

 

蕞の子供達の間では、「趙兵を百人以上殺した同年代の子供がいる。」

と言うことで知られていた。

 

また、飛信隊に合流するつもりと語ったことも功を奏したようだ。

 

今の子供達の憧れは、六大将軍・三大天よりも飛信隊らしい。

 

飛信隊ってつくづく凄い。

 

 

 

そして、利用してしまい、申し訳ない。

 

 

この借りは戦場で返すことにしようと思う。

 

「それじゃあ、行こうか!」

 

「「「おーっ!」」」

 

僕らは蕞を出発し、魏の著雍に向けて出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十五話 彼の隊、飛信隊と合流せり。

咸陽から北に少しいくと。

 

遥か向こうに、「飛」の旗が見える。

 

「信さんっ!」

 

飛信隊の方へ駆け寄る僕ら。

 

飛信隊は迎撃態勢を取ろうとしていたが、河了貂さんが武器を降ろさせた。

 

「飛信隊だ!」

 

「これが………飛信隊!」

 

後ろの77人は興奮している。

 

 

 

 

 

「ん? お前どっかで見たような………確か蕞の……。」

 

「章覇です。 覚えておりますか?」

 

「あ!

………久しぶりだなってお前、かなり大きくなったな

何してたんだ?」

 

「廉頗将軍のとこで、修行してました。」

 

「廉頗!?」

 

「廉頗だってよ、  マジかよおい」

 

「廉頗…………。」

 

山陽戦で廉頗と対峙したという飛信隊の古参兵の人々がざわめく。

 

後ろの百人の中にもしかして、こいつ(=章覇)は、相当凄いんじゃねえかって空気が流れている。

 

「マジで行ったのかよお前。

楚に行くなんて度胸あるなオイ!」

 

「って訳で、曲刀、ありがとうございました。」

 

「あ……………ああ! いいっていいって、お前、持っとけよ。」

 

「僕、専門矛なんで。」

 

「そーかそーか  実は俺も矛に変えたんだ。

王騎将軍の矛を扱えるようにな」

 

「矛では僕に一日の長がありますから、今度お手合わせ願いましょう」 

 

「へっ! 

その言葉、後悔させてやっからな! 覚悟しとけよ」

 

信さんはニヤリと笑う。

 

すっかり話に花が咲いてしまった。

 

「ところで、信さん」

 

「あ? どうかしたか?」

 

「うちの百人隊は急造で、まだ実戦云々にいささか不安があります。

つきましては、次の戦が終わるまで飛信隊に合流させていただきたいのですが………。」

 

「構わねえよな? テン?」

 

「う、うん…………。」

 

河了貂さんは微妙そうに頷いた。

 

こちらの百人隊はまだ訓練さえままなっていないこと、僕という人間の力量を計りかねているのが原因だろう。

 

だが、武具は一通り買い揃えてあるし、鍛えればどうにかなりそうな連中ばかりだ。

 

「ありがとうございます。 

では、しばらくよろしくお願いします。」

 

「大船に乗った気でいてくれよな」

 

出っ歯………尾平さんが口を挟む。

 

「お前は黙ってろ尾平っ」

 

「そーだそーだ!」

 

飛信隊の各地から声が上がる。

 

「いやぁ~。 アハハ………。」

 

尾平さんも笑って誤魔化している。

 

皆、仲が良いようだった。

 

僕も後々は、こうした隊を形成したいものだ。

 

 

 

飛信隊は居心地は悪くなかった。

 

蕞の民と飛信隊はかつて戦った戦友だったし、喬英も美人で気っ風がよかったので、飛信隊士からも人気を集めた。

 

決して河了貂さんにない露出の高さが原因ではないと信じたい。

 

だが、如何せん、どうにも飛信隊の皆さんからは、新人を見るような目、頼りにはならないだろうなという目。

 

そんな目も幾つか見られた。

 

恐らくは千人→三千人に増えた際に加入した新人からの目だろう。

 

まあ、仕方ない。戦で見返そう。と、うちの百人にも割り切らせたし、飛信隊の皆さんもあからさまにはそういうことを言わなかったので、対立にはなり得なかった。

 

 

 

 

 

 

そんなある日、僕等と飛信隊は棘という都市に駐屯した。

 

飛信隊の皆さんのうち、早めに飯を食べ終わった人々は食後の運動と称して、訓練をしている。

 

と言っても走り込みぐらいだけど。

 

何人か、僕が連れてきた百人からも参加………

 

………………ん?

 

遥か前方に、やたらバクバクと飯を食べている人がいるようないないような

 

いや、間違いない。  いる。

 

周りが呆然…………としている気がするが………。

 

なんだろう

 

 

 

近づいてみると、その人は女の子だった。

 

顔立ちもなかなかの美じ…………ってえ?

 

何そんなに食べているんだこの人っ!

 

 

「き、羌瘣副長ぉ~!  また俺の飯を~!」

 

「そんなんじゃ、また没収されますよ!

いくら没収明けだからってそんなに…………。」

 

「…………煩い」

 

「副長ぉ!  いくら美人で腕が立って兵略にも通じているからってそりゃあ無いでしょう!」

 

「ふぅ………あ、水も頼む」

 

「副長ぉおお~!」

 

羌瘣という副官……って蕞にはいなかったよな?

 

偉く傍若無人だが、配下も嫌っているわけじゃないらしい。

 

 

 

これもこの隊の日常茶飯事…………「なあ、アンタからもなんか言ってくれよ」…………飛び火きた

 

「え、な、何ですか?」

 

「よくぞ聞いてくださいました!

貴方は昼間、合流した百人将の方ですよね?

 

こちら、飛信隊副長の羌瘣さんで、私共はその側近なのですが、この羌瘣さんってつくづく酷いんですよ!

 

腕は立つし、顔は美人だし、頭も良くて、うちらの隊長よりよっぽど将軍向きなのですが、如何せん、配下の飯を盗むんです!

玉に瑕なんで止めて下さいと言っても全く聞いてくれなくて!」

 

信さんが凄い言われようだが、とにかく優秀な副官ということは分かった。

 

「………………。」

 

羌瘣さんは無視して黙々と奪った飯を食べている。

 

「で、つい先日も、隊長が飯抜きを宣告しまして……それが解けるいなや、こうなんですよ。」

 

「……………………。」

 

女に逆らわない。 これは我が家訓だ。

 

「ま、まあ、頑張れ!」

 

「ああっ!  そんなっ!」

 

その側近の方の悲痛の叫びを背に、僕は歩いて、食後の走り込みに参加した。

 

 

 

 

 

それが終わると、信さんに呼び止められた。

 

「どうかしましたか?」

 

「まあ、付き合えって。」

 

「……………?」

 

信さんは僕の矛(※廉頗のではない)を持ってきて、自分の矛を構えた。

 

「打ち合い、やってみようぜ。」

 

そういうことか。

 

「分かりました。 」

 

「そう来なくっちゃな!  」

 

信さんが矛をぶつけてくる。

 

「………………くっ!」

 

凄い衝撃だ。

 

だが、こちらも廉頗将軍の一撃を散々受けている。

 

負けるわけにはいかない。

 

ガキン!

 

弾き返した。

 

「うぉっ!  田有よりも重いな!」

 

「いきますよっ!」

 

10連撃を信さんの矛に叩き込む。

 

「しかも、速い…………厄介な相手だ………ぜっ!」

 

更に凄い衝撃が僕の矛に響き、弾き返される。

 

「らあああっ!」

 

 

 

こうして、応酬を繰り返していると

 

「なんだなんだ。」

 

「隊長とあの昼間の百人将がやり合ってるんだ!」

 

「喧嘩かっ?」

 

「にしては二人とも清々しいから、違うぞ」

 

「しかし、強いなあの百人将。」

 

野次馬がぞろぞろと集まってきている。

 

 

 

 

 

そして、200合くらい打ち合ったところで

 

「はあっ!」

 

信さんが僕の誘いを逃れた。

 

依然として僕は今、信さんの首を狙える必殺の間合いにある。

 

「今だっ!」

 

首を目がけ、矛を突きたてに向かう。

 

しかし、信さんも僕の矛を弾き飛ばせば一気に覆せる間合いにあり。

 

まさにお互いが必殺の間合いにあった。

 

「させっかよっ!」

 

信さんの一撃が僕の矛に叩き込まれ、僕の、信さんの矛に突き立てようとしていた矛は…………

 

「くっ!」

 

弾き飛ばされ、ヴァアアアンと鈍い音がして地面に転がった。

 

「おおーっ!」

 

「流石、隊長っ!」

 

飛信隊から賞賛の野次が飛ぶ。

 

「だが、あの百人将、やべえな。」

 

「ああ。 あいつ、相当やる。」

 

「あともう一瞬速ければ信は負けていたな。」

 

そんな声も聞こえてきた。

 

弾き飛ばされる直前、僕の矛の尖端は首まであと三寸というところに迫っていたからだ。

 

 

 

 

「やるじゃねえか 章覇」

 

信さんは肩で息をしながら、手を差し伸べてきた。

 

「やはり、まだまだ信さんには勝てませんね」

 

「当たり前だろ?

俺はなにしろ天下の大将軍になる男だからな。」

 

「はははっ。」

 

その日を境に、飛信隊の一部からのそのような目は消えた。

 

僕等の百人隊も、飛信隊に揉まれている内に相当強くなっていき。

 

 

 

 

 

そして、ついに著雍の戦場についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十六話 開戦の幕

著雍に着くと、河了貂さんに呼び止められた。

 

「ちょっといいかな?」

 

「何でしょうか?」

 

「章覇には、連れてきた100人に加えて200人を追加で預かって欲しいんだ。

戦場では何が起こるかわからないけど、ある程度の兵力が章覇の手にあれば、比較的楽な気がしたから。」

 

「分かりました。 流石に1000以上は厳しかったですが、300くらいならば。」

 

「うん、ありが………って信っ!」

 

「ルアアッ!」

 

何か信さんが同士討ちを起こしているようだ。

 

ガキィン!

 

矛が片手で弾かれた。

 

あの騎馬の若武者、何者だ?

 

「ちょっと止めてきます。」

 

「あ、うん、よろしく。」

 

今度は騎馬の若武者が槍で信さんを攻撃しはじめた。

 

速いには速いが、見切れない程でもなく、威力も信さんの矛には劣る

 

だが、洗練された技で、正確に信さんの急所を狙う鋭い攻撃だった。

 

 

 

っと、止めねば。

 

つい見とれてしまった。   今までにない戦い方をする武者だったし。

 

「何やってるんですか!」

 

矛を二人の槍と矛の交わった一点に叩きつける。

 

矛も槍も、程なく地に転がった。

 

周囲がざわつく。

 

「おい、何しやがる!」

 

「このバカに教育を施してやってるのを邪魔するな!」

 

双方睨んでくる。

 

「そんなことを言ってる場合ですか?!

喧嘩するなら、著雍を陥としてからやって下さい!」

 

「無礼者め

何様のつもりで若様に何を説教たれて……」

 

騎馬若武者側の爺が文句を言ってくる。

 

「だったら、アンタが止めるべきでしょう!

若様の守り役か何だか知りませんが、職務怠慢を他人の責任にするな!」

 

そう叫ぶと爺は怒りながらも怯む。

 

隣にいた何やら熟練した感じを漂わせている将校がニヤリと笑いながら、爺の肩に手をかけた。

 

「何をするか関常!」

 

「番陽副官。 今回はあの少年に理がある。

引き下がるべきだろう。」

 

「くっ。」

 

 

すると、背後から何人か騎馬がやってきた。

 

「さて、軍議を始めるぞ」

 

その大将は妙な髪型をしており、面白い顔をしている。

 

「誰です?」

 

河了貂さんに尋ねると

 

「うちの総大将の騰将軍だ。」

 

「そ、総大将でしたか。」

 

「うん。

という訳で、章覇は隊のとこに戻っていてくれるかな?」

 

「分かりました。」

 

 

 

 

 

 

程なく、河了貂さん達は戻ってきた。

 

「ったく王賁め 威張り腐りやがって。」

 

「けど、ホントにこれ、上手くいくかな?

三隊同刻に敵本陣を突くなんて。」

 

「どうなったのですか?」

 

思わず、尋ねると

 

「敵に3軍、計6万の援軍が入ったみたい。

しかも、かなりのやり手らしい。」

 

魏は七人の大将軍:魏火龍の最後の一人・呉慶を失って後、呉慶の息子の呉鳳明。 今回の大将以外に手練はいないはず…………。

 

ん?

 

 

 

 

 

確か、廉頗将軍は以前…………。

 

「儂は、魏火龍の墓に以前、行ったことがあるが、霊凰、紫伯、凱孟の三人の墓だけ妙であった。

 

大将軍の墓というのも、まあ他とは違う雰囲気を漂わせる代物であるが、その三人の墓だけはその雰囲気が無かった。

或いは他に本当の墓があるのか、生きておるのか。」

 

と言っていた。

 

もし、その魏火龍としたら?

 

 

 

ふと、最悪の予想が頭をよぎる。

 

「……………どうしたの?」

 

「いえ……………。」

 

「続けるよ。

そこで、敵の予備隊の連携の死角をついて、飛信隊、玉鳳隊、録嗚未軍の三隊で三日目の昼に魏の本陣を突くことになったんだ。」

 

「分かりました。」

 

「という訳で、第一段階として敵の前線の守備隊を叩くよ。

信と渕さんを中央に置いて、左翼を楚水、右翼に羌瘣。

オレは後方にて戦況を見守ろうと思う。

章覇はひとまず、最前線で敵を叩いて欲しい。」

 

「おう。」

 

「承知」

 

「わかった。」

 

 

とりあえず、様子見としてこの編成で敵に攻撃を仕掛けることとなった。

 

 

 

 

 

 



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第四十七話 凱孟

そして開戦の火蓋が切られた。

 

「楽諒。 決して深入りするなよ。

お前はまだ11才だから、かなり不安だ。」

 

「分かってるよ 章覇兄ぃ。」

 

「なら良いんだ。 行こうか。」

 

「うん」

 

僕は騎馬を駆り、敵の前線に突撃を敢行する。

 

 

 

いい調子だ。

 

魏兵は豆腐を斬るかのようにスパスパと斬れていく。

 

左翼、右翼も……………いや。

 

左翼に何か近づいてる。

 

味方の首が飛んで波が出来ており、かなりの強敵だ。

 

おそらく、楚水さんでは力不足だろう

 

「直下兵300、左へ回るぞ!」

 

「「「オウ。」」」

 

「オイ。大将。 ありゃあ避けた方が良いんじゃないかい?」

 

喬英が尋ねてくる。

 

「いや、左翼の指揮系統…………楚水さんのところにもう到達しつつある。

左翼の指揮系統が崩壊する前に行きたい。

 

もっとも、僕がこの全軍を率いていたなら間違いなく左翼は下がらせるけどね。」

 

といってもまだ百人将でしかないのだからその様な芸当は出来ないが。

 

「あいよ。」

 

「楚水さんを救い出すぞ!」

 

「「オーッ!」」

 

左翼へと軍を進めた。

 

 

 

 

 

ー一一一(視点:凱孟軍軍師・荀早)一一一ー

 

「こりゃあ、拙い」

 

凱孟様が突出している。

 

それを受けて左翼の部隊がこちらに向かっている。

 

右翼も化け物みたいな副長がいるし、今こちらに向かってきている最先鋒も相当やる。

 

だが、最先鋒は隊長ではないようだ。

 

報告よりも刃が速いが、威力が報告に少々劣る。

 

「凱孟様ー 止まってくださいよー」

 

「ガハハ黙れ荀早! 盛り上がってきたではないか!」

 

14年ぶりの戦に、凱孟様は大興奮だ。

 

「ん? なんか強そうな奴がきたぞ」

 

最先鋒の敵がこっちに来たようだ。

 

先頭にいるのはまだ少年だ。

 

……………若い。

 

15~17くらいだ。

 

だが、あの強さは一体…………。

 

「やあああっ!」

 

少年は矛を凱孟様に叩きつける。

 

決して軽くは無い一撃だ。

 

「ふんぬおおお!」

 

凱孟様は更に強烈な一撃を叩き込む。

 

少年は吹き飛ぶだろ……………?!

 

耐えた?!

 

「やはり、生きていたのか 魏火龍・凱孟!」

 

「儂が活躍した時代、そちはまだ幼子とも呼べぬ年の筈。

何故、儂の名前を知っておる。」

 

凱孟様の攻撃を捌きながら少年は答える。

 

「僕は廉頗将軍の弟子・章覇だ!

いざ、尋常にその首を貰い受ける!」

 

廉頗の弟子……………なるほど。

 

恐ろしい敵だ。

 

最先鋒の後続も続々とこちらに向かってきている。

 

凱孟様には悪いが残された時間は少ない。

 

「何じゃあ、廉頗本人ならいざ知らず、弟子如きが出しゃばるでないわ!」

 

「寝言は倒してから言え! わざわざ大将自ら首を差し出して、バカな奴!」

 

「正解。」

 

「荀早!」

 

凱孟様は底無しの阿呆だ。 だからこそ俺や兄貴(・・・)のような軍師が必要なのもあるけれど。

 

けど、俺は凱孟様のその底無しの単純さは好きだ。

 

だからこうして軍師をやってる。

 

「フッ。 その言葉、後悔するなよ。

貴様の師匠・廉頗でさえ、この儂との一騎討ちを避けたのだからな!!」

 

「正解。」

 

「な、なにっ!」

 

少年に動揺が走る。

 

「賢い廉頗や王騎は儂との一騎討ちを避けた。

だから、そちはバカ者だ。

儂との一騎討ちをしにのこのこと出てき寄ったのだからな!

 

そちは飛信隊・信を殺る前の前菜には悪くない。

儂自ら葬ってやることに、感謝するんだな!」

 

「……………。」

 

少年は矛を構えた。

 

 

 

 

さて、敵の後続は………本隊と覚しき部隊までこちらに来つつある。

 

拙いな。

 

だが、その分、右翼と左翼の間にはそれなりの隙が出来ており、簡単に抜けそうな弱兵や疲れ切った兵が目立つ。

 

!!   あ、あれは…………。

 

目線の先に少女を見つけた。

 

「精鋭をあの隙に突っ込ませる

ついてこい」

 

「ハッ!」

 

この一撃を見舞えば、飛信隊は瓦解する。

 

この戦、貰ったな…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十八話 河了貂さんを救え

ーーー(主人公・章覇視点)ーーー

 

廉頗将軍も避けた程と自負する魏火龍七師の一人・凱孟…………。

 

バカにならないほど重い一撃を放ってくる。

 

受け流してはいるが、その一撃一撃の衝撃は徐々に体に蓄積してきている。

 

廉頗将軍の一撃一撃に慣れていなかったら、間違いなく受けきれないだろう。

 

「ぬぉおおおっ!」

 

凱孟の重い一撃がまた来る。

 

重い一撃を躱すため、奴の得物の刃の根元に一撃を叩き込む。

 

「はっは。 やはり廉頗の弟子とあって粘り強い男じゃのう

嫌いでは無い!

 

だが、そろそろ、終わりにさせてもらおう!」

 

「………………!!」

 

次の瞬間、今まで以上に強烈な一撃がたたきこまれた。

 

馬ごとメリメリと地に沈み込む。

 

そして

 

「モヒヒヒヒン!」

 

馬が足を折った。

 

「くっ!」

 

「死にさらせっ!」

 

凱孟が僕の首元に振り下ろし、死を覚悟した次の瞬間

 

 

 

 

 

ガキン!

 

 

痛烈な一撃により、凱孟の刃は弾かれた。

 

 

「ぬっ!」

 

「何してくれてんだ! オッサン!」

 

信さんだった。

 

「信さん!」

 

「「隊長っ!」」

 

「やたら目立ちすぎなんだよ、オッサン。

大将旗をそんなデカデカと掲げやがって。」

 

「ほぅ。  貴様が飛信隊・信か。

面白い。」

 

「章覇。」

 

「はい…………。」

 

「ひとまず、後方行って休んでろ。

お前はよくやった。

 

みろ、味方の精鋭がここに集まりつつある。

敵はそろそろ退かざるを得ねえから、それまで俺がこのデカブツの相手をしてやる。」

 

「分かりました!  行くぞ」

 

「ああ。」

 

300を引き連れて、僕は後方に下がった。

 

馬はもう使えない。 代わりに楽諒を騎馬から降ろし、喬英の騎馬に楽諒を相乗りさせた。

 

凱孟が僕に集中していたためか、味方の損害は敵よりも相当少なく済んでいる。

 

右翼は羌瘣さんの精鋭が縦横無尽に暴れ回り、壊滅的なダメージを与えている。

 

今日の初期陣形は右翼が1番強く、左翼が1番弱い編成になっている。

 

右翼を敵背後に回らせるためだ。

 

だが、どうにも敵左翼には弱兵ばかり………となると、精鋭はどこにいるんだ?

 

つか、あの軍師どこいった?

 

さっきまで見てた奴。

 

 

 

すると、僕の今いる位置よりも、更に後方にて、悲鳴が聞こえてきた

 

「娘軍師を守れぇええ!」

 

河了貂さんに何かあったのだろうか?!

 

見てみると

 

「敵の軍師…………あんなところにいたのか!」

 

敵の軍師が精鋭を引き連れて河了貂さんのところまでもう少しというところまで到達していた。

 

羌瘣さんの右翼に精鋭を固めたため、河了貂さんのいる辺りは弱兵ばかりだったから、到達も容易であったのだろう。

 

 

「あの敵の背後をつくぞ!」

 

「「了解しました!」」

 

敵の軍師の部隊の背後に一気に強襲をかける。

 

この魏兵は一筋縄ではいかない。

 

背後を強襲する状態は一時的なものにおわり、敵の精鋭は反転攻勢に出た。

 

「砕け散れっ! ガキ兵がっ!」

 

「それは、お前だっ!」

 

敵の槍を砕き、余勢を駆って首を切り裂く

 

だが、如何せん、兵の質が違いすぎた。

 

向こうは精鋭、こちらは疲れ切った一般市民出身の兵だ。

 

ならば…………!!

 

 

「全体、錐行陣形を取れ! 敵軍師を討ち取るぞっ!」

 

「おうっ!」

 

全体の力を僕に集中させ、敵軍師のところまで一気に強行突破を図る。

 

攻撃人数を減らしつつも、攻撃力を衰えさせないこの陣形により…………。

 

 

「覚悟しろ! 敵軍師め!」

 

敵軍師のいるところまで、到達した。

 

河了貂さんも挟撃の態勢を整えるべく、弱兵ばかりの周囲の味方の中から、比較的強い兵士の壁を作り上げていた。

 

左右にも壁が出来ており、敵軍師を逃がす隙は無い。

 

確か………包雷とかいう陣形だっけ?

 

六将・胡傷が三大天・藺相如を戦死寸前に追い詰めた陣形と聞いたことがある。

 

「たかだか300程度とはいえ、その力、測り間違えたか。

抜かったわ。」

 

そう呟いた敵の軍師の頭に矛を叩きつけ、馬から叩き落とす。

 

 

「よし! 散開。 敵の残兵を逃がすぞ!」

 

河了貂さんの指示により、魏兵を逃がし、味方の被害を最小限に抑えた。

 

自軍軍師・捕縛

 

この報せを凱孟に伝えさせるという目的もある。

 

 

 

 

 

 

そして、その報せを受けた凱孟は撤退していき。

 

著雍争奪戦一日目。

 

前線の部隊10000を撃破し、この日は夕暮れを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十九話 著雍戦 2日目

ーーー(視点:???)ーーー

 

一日目を迎え、隆国軍と対峙している俺は奴を大分押し込んでいた。

 

奴を押し込んだなら、主攻であろう騰の軍は孤立せざるを得なくなるからだ。

 

お嬢(・・)と対峙する録嗚未軍も停滞しているとの報告もあるし、つかさず霊凰様が乱美迫を使い、全軍攻撃をかけて騰を討ち取るはずだ。

 

この戦、恐らくはこちらの勝ちに終わるだろう。

 

玉鳳隊と飛信隊は……………5000か。

 

5000規模であれば、主攻とするには脆弱。

 

恐らくは助攻であろうから、この際は気にする必要は無い。

 

 

ん?

 

何やら急ぎの使者が来おったわ。

 

「殿っ! 」

 

「どうかしたか?」

 

「大変です。 弟君の早様が…………。」

 

 

「? 愚弟がどうかしたか?」

 

「敵に捕縛されました!!」

 

「何っ」

 

あの愚弟…………その戦術眼は決して凡庸な訳ではない。

 

王騎や廉頗には劣るかもしれぬが、そんな化け物連中を幾度となく寄せ付けなかった。

 

そんな堅実な用兵をする男だ。

 

「敵は…………確か飛信隊。」

 

「左様で御座います」

 

飛信隊か…………意外にやるようだな。

 

「それで、戦況はどうだ?」

 

「は!  飛信隊・玉鳳隊共に、味方の第一陣の前線部隊を撃破。

二隊が凱孟様・紫伯様の陣を抜けられたならば、鳳明様の本陣を抜けられてしまいます!」

 

紫伯様に限るならその恐れはない…………が、凱孟様ご本人は戦下手だ。

 

奇策に出られたら抜けられぬこともないし、抜けたとして予備隊に絡め取られるだけだから、まあ心配には及ばんが、警戒するに越したことはない。

 

「凱孟様の陣へ向かう。 直ちに支度せよ」

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

 

ーーー(視点:主人公・章覇)ーーー

 

 

 

 

 

著雍争奪戦は2日目を迎え、僕等は敵本陣への道まであと少しというところまで来ているが、如何せん、この日に敵本陣に到達する訳にはいかない。

 

今日の作戦はより少ない味方の戦力でより多くの敵兵力を削るのが主旨だ。

 

「敵軍師は捕縛して味方の陣にいる。

だからといって、決して油断してはならない。

 

今日は、敵軍14000を出来るなら10000程に削っておきたい。

 

飛信隊、殺るぞ!」

 

「「オーッ!」」

 

河了貂さんの檄のもと、飛信隊、総勢4000程が敵に突っ込む。

 

今日は昨日とは異なり、本陣に突っ込ませる精鋭の半分以上を後方に休ませ、比較的弱い兵士を主とした消耗戦を展開する。

 

信さんは凱孟に狙われるため、精鋭を持たない。

 

かといって羌瘣さんも昨日でその部隊の恐ろしさを警戒されているので、今日は精鋭を率いていない。

 

今日、精鋭を率いているのは、麃公将軍の兵の一部で編成された飛信隊の最精鋭・飛麃の岳雷千人将だ。

 

飛麃のうち250人が今日の前線に参加している。

 

攻撃部隊の右翼に田有さん、左翼に僕がつき、全体的に左側に密集しているのがそれだ。

 

そして今日の先鋒は羌瘣さんで、右翼は信さん自らがこれを率い、脇を竜川さんと渕さんが固めている。

 

昨日で深刻な被害を受けた楚水さんは後方で待機していた。

 

 

やはり、凱孟本人は戦下手なようだ。

 

中央に敵の精鋭騎馬4000が固められており、動く気配が無い。

 

左翼右翼両方に弱兵が集中しており、凱孟本陣がかなり前方にあるため、遊兵率も極めて高い。

 

これならば、安心して両翼を削れる…………。

 

 

 

 

 

そう皆が安堵していた、次の瞬間、僕等の左翼後方に、異変が起きた。

 

 

突如出現した敵の部隊が、僕等のいる左翼の攻撃部隊を孤立化させるべく、分断しに動き出したのである。

 

 

 

 

 



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第五十話 荀遅

荀遅…………オリジナルキャラクター。
荀早の兄。 凱孟軍軍師。

予備軍を率いて隆国の部隊と交戦していたが、弟の捕縛を受け、凱孟本陣に合流した。


「あの部隊、どっから現れたっ!?」

 

攻撃部隊に衝撃が走る。

 

「……………おそらく、山あいの向こう側から回り込んできたのでしょう。」

 

僕達の進路には伏兵の気配がなかった。

 

恐らく伏兵ではなく…………。

 

だが、僕等とは違い、魏の予備隊は連携を取り合っている。 

 

もっとも、左側の敵は大分離れているところに陣を構えているはずだから、この部隊は凱孟軍の別働隊だ。

 

 

とにかく、凱孟の戦術の才能の欠片も無い陣形にコロッと騙された僕等は、結果として、

「凱孟軍軍師を捕らえ、凱孟本人は戦下手」という有利な状況を敵に逆利用されたことになる。

 

僕はまんまと油断してしまった。 反省しなくてはならない。

 

ちなみに、凱孟本人が戦下手なのは凱孟軍軍師の荀早から聞いた。

 

昨日の愚痴、これまでの愚痴を結構訊かされたからだ。

 

 

 

 

いや、それよりも…………敵がなかなか頭が切れるようだ。

 

判るのは、この敵は間違いなく凱孟ではないということ。

 

それは初日に、最前線までわざわざ出てきた挙げ句、暴れ回って、荀早の戦術をまるきり台無しにしてしまったその振る舞いを見ても判る。 

 

加えて、荀早の話にも嘘をついている気配はなかったし、凱孟側からも返還要求があったくらいだからまあ間違いない。

 

廉頗将軍も、魏火龍の墓の話の続きで、

 

「猛牛のような単純な奴が魏火龍にはおった。

その阿呆が凱孟じゃ。

霊凰のような間違いなく六将・三大天に比肩するような輩もおれば、凱孟のような奴もおり。

魏火龍がそのまま中原を争ったとしても、やはり六将や三大天には及ばなかったやもしれんが、儂を満足させるには足る奴等だった。

もし、奴等が生きていたとして、奴等に会う時は、せいぜい相手してやれ。」

 

とか言っていた覚えがある。

 

この攻撃部隊を敵内部に孤立させるよう企んでのことであるから、敵は今日の飛信隊の動きを完璧に読み切っている。

 

僕等、左翼の攻撃部隊を孤立させるのに加えて、後方で待機しているこちらの精鋭をも減らしておこうという意図がひしひしと感じられた。

 

となると、敵の次の手は…………。

 

「田有さん。 岳雷さん」

 

「おう、どうした坊主」

 

「どうした」

 

「陣の後方に下がって、あの別働隊の対処の指揮を採って下さい。

恐らく、右翼の弱兵は囮。

凱孟の本隊がこの左翼の攻撃部隊の前線に向かって突撃をしてくるはずです。

故にここは僕が時間を稼ぎます。

 

岳雷さんは飛麃を率いて後ろに下がっ………」

 

「いや、そいつは必要ねえな。」

 

「田有さん?!」

 

「見てみろ坊主。  あの敵に向かっていく部隊があるだろう」

 

見ると、〝飛〟の文字が大書してある部隊が敵の部隊に目がけて真っ直ぐに駆けていくのが見えた。

 

信さんだ。

 

「……………早すぎる」

 

対応があまりにも早い。 河了貂さんの指示ではないとなると……………。

 

「直感だ。」

 

「直感……!!」

 

「あいつは時に妙な直感が働く。

そして、今回の状況は合従軍の時と全く同じ状況と来ている。

そりゃあ早い筈だ。」

 

「…………………。」

 

やがて、信さんの部隊は敵の部隊に到達した。

 

しかし、敵の部隊は味方の精鋭を相当数消耗させており、こちら側にかなりの痛手を与えているのもまた事実だった。

 

「さて、お前の言うとおり、来たぞ。 凱孟。」

 

「分かりました。 迎撃しましょう。」

 

「だな。」

 

 

 

 

 

 

「また出てきよったか 貴様」

 

凱孟はそう呟くや、少し辺りを見渡して

 

「むっ。 荀遅の奴、 儂の獲物と対戦しておるな?」

 

そう吐き捨てた。

 

「荀遅……………?」

 

「冥土の土産に教えてやろう。 荀遅は儂のもう一人の軍師じゃ。

貴様が捕らえた荀早だけが軍師では無いわ。」

 

ちっ   まだ軍師居たのかよ 道理で。

 

「だから何だっ!」

 

「貴様らの負けということじゃっ!」

 

凱孟は得物を振り下ろしてくる。

 

「くうっ! 」

 

力一杯、それを弾き返す。

 

「どうした? 昨日より力が無いぞ」

 

「それは、どうかなっ!」

 

次いで一撃を叩き込む。

 

だが、何故だろう やはり力が出ない。

 

昨日よりも全然筋肉に力が湧いてこないのだ。

 

「ふぬうっ!」

 

凱孟が次の一撃を叩き込んできた。

 

受け流しで辛うじて受け止める。

 

「どうした。 貴様、まさか昨日、命取られかけてビビったのではあるまいな?」

 

「違うっ!」

 

「そうか なら証明してみろ  貴様の〝武〟を!」

 

「くうっ!」

 

斬撃の一撃一撃が重たい。

 

そして、筋肉を抉ってくる一撃一撃を放ってくる。

 

「ふっ。 耐えよるかっ!」

 

凱孟は力尽くで型を崩そうとしてきた。

 

こうなると、なかなか厳しい。

 

既にこちらはボロボロで、型を崩されたら、こんな一撃一撃受け止める余裕はない。

 

「では、そろそろ終わりじゃ!」

 

次の瞬間、凱孟は僕の矛の刃を一撃で砕いた。

 

「死ねぇええええっ!」

 

「坊主! てめぇは下がれ!」

 

咄嗟に田有さんが僕を下げる。

 

「田有さん!」

 

田有さんの矛が凱孟の刃を受け止める。

 

やはり厳しそうだ。

 

10合保てばよい方だろう。

 

もう、退くしかない。

 

「岳雷さん!」

 

「どうした」

 

「退きましょう。 

どの道、今日が主役ではありませんし。」

 

「判った。」

 

岳雷さんは了解してくれた。

 

 

 

 

 

その後、凱孟が、僕等の隊に追撃を敢行し、それなりに被害が出たものの、信さんや、羌瘣さんの部隊が駆けつけてくれたので、どうにか退却に成功した。

 

この戦いで、飛信隊は3400くらいに減少。

 

三日目の突破は難しく思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




て、テスト迫っておる嫌じゃー!


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