ある女学生の一節 ~バレンタイン編~ (冷冷)
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ある女学生の一節 ~バレンタイン編~

――2月某日――
「紗綾~!」
 下校のため昇降口で待ち合わせていた幼馴染の紗綾に抱き着く。
「え、ちょ、なに、どしたの?」
 紗綾は突然のことに目を白黒させている。
「バレンタイン!料理!チョコ!」
「うん、分かんないから」
「もうすぐバレンタインじゃん。自分で作ったチョコあげたいのっ!」
 当然あたしが料理下手なことは紗綾も知っている。
「また無茶な……」
 目頭を押さえて黙り込む。
「ちなみに誰に渡すの?」
「え……」
 少し迷ったが、別に紗綾には隠すほどのことじゃないと思った。
「あたしと同じクラスの小泉君。紗綾と同じ図書委員だったでしょ?」
 紗綾とはクラスが違うのだが、委員会は同じだから面識くらいはあるはずだ。
 それを聞いて思い出した様な返事が返ってくる。
「あー、小泉君ね。へぇ~、奈緒の好みってそういうのだったんだぁ」
 意地悪そうな表情で改めて言われるとなんだか恥ずかしい。
「いいよ?一緒に作ろ」
「ほ、ほんと!?」
 絶対お昼おごれとか言われると思ってたのに!
「明日のお昼で手を打ちましょう」
「はうぁっ!?」
「うそうそ、奈緒ってば表情に出すぎなんだから」
 可笑くてたまらなかったのか、くすくすと笑われてしまった。
「じゃ、バレンタインの前日にね?材料は日曜日に買っとくから」
そういって向けられた紗綾の表情は、手を合わせて拝みたいほどありがたい笑顔でした。



――バレンタイン前日――
「手作りって言っても、溶かして固めるだけならそんなに難しくないからね」
 紗綾が調理器具を並べながら工程の説明を始める。
 目の前に広げられた良く分からない器具を色んな角度から観察しつつ、あたしが持ち得る知識をフル活用して答えを絞ってみた。
「ん~、レンジでチンとか?」
「さすがにそこまでは簡単じゃないけど……奈緒は湯煎って知ってる?」
 いきなりそんな専門用語を出されても分からない。
「ゆせん?ん~、分からん。あたし食べるの専門だし」
 額に手を当て頭を振られる。
 あたしはお湯を注ぐがレンジを使うくらいしか経験がないのだから無茶を言わないでほしい。
「奈緒……もうちょっと女子力上げた方がいいよ?」
「なんですと。あたしは十分女の子らしいですが!」
 腰に手を当て胸を張ってみせる。
 最近になってようやくそれらしい大きさになってきたので少しはフォルム的にも自信が出てきたのだ。
「はいはい、とにかく湯煎っていうのはお湯を使って材料を溶かすことを言うの。
 チョコは焦げたらダメだからゆっくり温めないとね」
「はぇ~」
 それからはあっという間だった。
 紗綾に言われるがままチョコを刻み、湯煎し、型に流し込む。
「なんかさぁ」
「うん?」
「これ溶かして固めただけじゃん……」
「だからそんなに難しくないって言ったじゃない」
「えぇ……」
「じゃあ、いっそ血とか髪とか入れてみる?」
「うわ、なにそれ、きも」
「ツイッターで見た」
「いや、さすがにないでしょ」
「だよね~、じゃあ我慢しなさい」
 確かにあれこれと触って台無しになるよりかはいいか。
 無理やり納得してラップを被せておく。あとは自然に固まるまで待っておくだけでいいらしい。
「もっと煮たり焼いたりするもんかと……」
「あんたは何を作る気だ」
 呆れた様子で突っ込みを入れる紗綾の視線がとても痛かった。



――翌日――
 昨日散々文句を言いながら作ったチョコレートを抱きかかえ、図書室の前で待機するあたし。
 今日は書庫のチェックがあるとかで放課後の図書室は解放されていないらしい。
 中では小泉君と紗綾が作業しており、良いタイミングで私がチョコを手渡す隙を作ってくれる手筈になっている。
「めっちゃ緊張するんですけど」
 誰もいない廊下で1人ごちる。
「っ!?」
 突然の扉が開く音に全身が強張る。
 そんな様子を見かねた紗綾はあたしに活を入れる。
「奈緒、今チャンスだよ!がんばって!」
「う、うん、やってみる……」
 走り去る紗綾の後ろ姿が見えなくなるまで出来る限り気を落ち着かせてから図書室の扉を開く。
 夕日を背に小泉君が何かの用紙に記入している様子が見て取れた。
「あれ、紗綾さん忘れ物……?」
 想定外の人が訪ねてきたのだから混乱するのも無理はない。
「奈緒さん?紗綾さんだったらさっき忘れ物を取りに行ったよ」
「あ、うん、ありがと……いや、ちがくて」
「?」
 頭の中が真っ白になる。
 昨日はまともに眠れなくて、ひたすらベッドの中でなんて言って渡すかイメージトレーニングしてたのに。
 何もしゃべることが出来なくて、開いた口は陸に打ち上げられた魚の様にパクパクと繰り返すだけだった。
「これっ!」
 やっとの思いで出た言葉はこれだけだった。けれどもなんとか意味は伝わったらしい。
「あ、バレンタインの?ありがとう、奈緒さん」
 無邪気な笑顔と純粋な感謝の言葉に思わず顔がにやつく。
「ホワイトデーに!その時に答えを聞かせてください!」
 勢いに任せてなぜかお辞儀までして、逃げるように図書室を後にする。
 扉を閉める瞬間に呆気に取られた様子の小泉君の表情が見えた気がしたけど、正直なところもう余裕がない。
 ドアノブを両手で抑える様な姿勢のまま息を整えているとちょうど紗綾が戻ってきた。
「渡せた?」
「ば、ばっちりね!」
 完璧とは言えないけれど、まぁ初めての挑戦だったから首尾は上々といったところだと思う。
 あたし達はお互いの健闘を称えてハイタッチした。

 しばらくして委員会の仕事が終わった紗綾と合流し昇降口へと向かう最中、ふと気になったことを聞いてみる。
「そういえば紗綾こそちゃんと渡せたの?」
「大丈夫、わたしも奈緒がチョコ渡してる間に靴箱へ入れてきたから」
「えっ?誰の靴箱に入れたの~?」
「ふふふ、内緒っだよ~」
 走り出す紗綾。
「え~?教えなよ~」
 あたしも一緒に走り出す。
 とりあえず今はこれが精一杯。頑張るのはまた明日からだ。
 夕日がとても綺麗に見えるそんな日の出来事だった……。

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