魔法科転生NOCTURNE (人ちゅら)
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序章 #XXX READ -あるいは無関係な雑音-

 今回は台本形式(?)ですが、本作品は基本的に二人称の散文です。


 会議室のような部屋の中で、精悍な顔立ちの青年と、若くして額の秀でた中年男が向かい合っていた。

 壁も天井もシミひとつ無い白い部屋で、しかし少年はどこか険のある薄暗い空気をまとっている。

 

 

――氷川。それは本当に? そんなことを……

 

 

「ああ、本当だとも。こんなことで嘘は言わない。いくら私でも、もう一度死ぬのはゴメンだからな」

 

 

――じゃあ本当に、悪魔合体を。

 

 

「魔法を、悪魔の力を手に入れるために悪魔と一体になろうとすることはな、少年。歴史上、そう珍しいことではないのだよ」

 

 

――だからって。成功、するのか?

 

 

「いや、成功例はほとんど存在しない。君のようになる技術が確立されているのなら、今ごろ魔道士は大量生産されているはずだよ。人修羅」

 

 

――それでもやるのか。

 

 

「生贄合体の秘術を再現したそうだ。意志の希薄な精霊や御霊を使ってな。それでこれまでの事故原因だった憑依(シンクロ)による理性崩壊は防げるらしい。成功率はいくらかマシだ」

 

 

――そうか。

 

 

「せめて祈ってやってくれ。他ならぬ君の祈りならば、効果もありそうだ」

 

 

――お前がそう言うってことは、止められないんだな?

 

 

「一個人の力ではどうにもならんところまで来ているからな。虱潰しに叩いたところで到底追いつかん」

 

 

――そうか。

 

 

「世界中のシンクタンク、未来予測研究室の少なくない数が、今後、天然資源の枯渇を予測している。石油も、ガスも、水産資源も。そしてそれによる第三次世界大戦の勃発も。となればだ。別の資源、エネルギー源を求めるのは当然のことだろう。だが現行の科学技術では追いつかない。そこで再び目をつけられるのが、人間に秘められた超常の力。超能力や魔法の出番というわけだ」

 

 

――神秘も消え失せた今の時代にか。マガツヒを集めるのも一苦労だろうに。

 

 

「だからこそ、とも言える。涜神によるマグネタイトの抽出は、前世紀から既に行われていた。軽子坂高校の事件を知っているかね。聖エルミン、君の母校でも昔似たようなことがあったのだ。SEBECスキャンダル、聞いたことがないか?」

 

 

――ああ、雪の女王がどうとか。文化祭の演劇部の。

 

 

「いや、それはまた別口なんだが。そうか、五年や十年で消えてしまうものなのか。あの時は本当に大変だったのだが……ならばそれはいい。冷戦期の超能力研究は知っているだろう? テレビでも散々やっていた。今でもあるじゃないか、超能力捜査官がどうとか。あれが今後は世界規模で行われる」

 

 

――こちらの魔法使いには、そこまでの力は無いんじゃないのか?

 

 

「これまではな。だがこれからのことは分かるまい? 何より君という実例があるだろう、人修羅。一切の装備を必要としない歩兵。UAVを空間ごと消し去る対空兵器。ミサイルに匹敵する射程と戦術核クラスの破壊力。超音速飛翔体を除いたほとんどの現行兵器を単騎で優越する汎用性」

 

 

――それは……

 

 

「もちろん最高機密だとも。ヨスガの魔丞(まじょう)やムスビの少年がどうかは知らんが、私も、高尾くんも口外はしていない。だが創世され直したこの世界には、ミロク経典がある。君の戦いを記録したものが。そしてそれを信じるガイア教団は、今や世界中に散っている」

 

 

――創世の儀式に使ったとかいうやつか。あれは何なんだ?

 

 

「あれは転輪鼓(ターミナル)の写本だ。不完全なものだがな。なんとかいう、呪われた男が調べていただろう? 転輪鼓には過去のすべてが記録されている。それになにもミロク経典に限らずとも、写本はいくらでもあるのだ。少年、君はマハーバーラタを知っているか? 古代インドの戦争の記録とされる物語だが、その中には核戦争を思わせる記述があるという。あれも受胎の記憶なのかもしれん」

 

 

――だがそれはあくまで神話だろう。そんな妄言を信じるのか?

 

 

「これはガイア教団に限った話ではないがね、ガイア教団もメシア教会も、一部はとうに権力機構と結びついている。人は誰しも未来という重荷から逃れようとするものだ。超常の存在、人智を超える悪魔たちという存在は、背負うものの多い人間にとって非常に魅力的に映ることだろう。野心あるものは超常の力を求め、自らの罪を苛むものは赦しを求めるものだ。だからな、少年。各国で悪魔の召喚実験を成功させていることは、この業界では周知の事実だ。君自身を知らなくとも、いずれ悪魔人間の、その行く末として人修羅の可能性に挑戦するものも必ず出る」

 

 

――楽しそうだな、氷川。

 

 

「ああ、そうだとも。私はこういう人間だ。あるべきものをあるがままに語ることほど楽しいことなどあるまい。たとえ君の創世によって五分前に生まれた存在であったとしても、それが何だというのか。私は私だ」

 

 

――だからこそお前はコトワリを拓くに至ったのか。

 

 

「敗れてしまっては意味のないことだがね。そのことについては納得もできている。人修羅とはつまり、人類文明そのものなのだ。私は人智に負けた。私が求めたのは絶対の秩序をもたらすものであって、それが何者であれ構わなかった。私はただ選択肢を広げたかっただけに過ぎんし、その結果、人類文明がより優れているというのであれば否やはない」

 

 

――文明? あれだけ戦ってばかりだったのにか。

 

 

「文明とは何か。それは理不尽を遠ざけるインフラストラクチャーだ。他者からあらゆるものを一方的に奪われる理不尽、それを遠ざける機能のことなのだ。科学も医療も軍事も交通も通信も経済も、全てはそこに行き着く。シジマも、ヨスガも、ムスビも、君以外のコトワリは全て、取引というものを捨ててしまっていた。自身の正しさのみを信じ、自らが理不尽と化してしまった。もっとも、それがコトワリと言うものなのだが」

 

 

――……。

 

 

「だが君はあらゆる理不尽には反撃し、そして納得できる取引には応じた。そうではなかったかね? 人修羅の力はただそれを実現させるためのもの。君の本質は人類文明そのものだ。私はその精髄に敗北した。それだけのことだ。今は無理でも、いつかは、あるいは。我々には君がいる。そういうことだ」

 

 

――俺はお前が退いてくれるなら何でも構わない。

 

 

「そうか……まあ今はそれは良い。それより今後のことだ」

 

 

――ああ。

 

 

「世界は君を求め、もう一人の君を作り出そうとするだろう。それがどれほどの規模になるのかは分からん。だが前世紀末の阿佐ヶ谷駐屯地でのクーデター未遂に際して、今の時代の魔道士が事件解決に動いていた。当然、政府はそのことを知っている。我が国最大の同盟国にも当然知られているだろう。あれほどの事件だ。完全に秘匿などできはしない。気付かれる。ならばかつてのように、小規模で極秘裏に、などと悠長なことは言っておれんようになる。いずれ表舞台に押し出されるだろう。その時にどうするか、それまでにどうするか。考えておいてくれたまえ」

 

 

――分かった。

 

 

「さしあたっては大学卒業後のことだ。確か養護教員の資格を取っていただろう。その線でなら、就職口を紹介することはできる。月光館学園。知っているだろう? 君の地元からそう離れていない。あそこに一つツテがある。元は江戸川という男が入る予定だったんだが、別口でもっと興味のある職場が出来てしまったそうだ。それで空きができてしまってな。どうだ」

 

 

――それでいい。

 

 

「よし。実はもう話は通してあってな、断られたらどうしようかと思っていた」

 

 

――おい

 

 

「これでかの人修羅が保健室の先生か。世の中なにがあるか分からないものだな」

 

 

――こら

 

 

「なに、安心したまえ。これでも私は社会人だ。挨拶や根回し、うまい手の抜き方など、分からないことはなんでも聞きたまえ。全力で世話してやろう。だが生徒には手を出すなよ。面倒しか無い」

 

 

――待て

 

 

「まあ君の年齢ならまだ犯罪というほどではないだろうが、気をつけるように。あそこには桐条の娘もいることだし。いや、むしろ好都合か? そうなれば今後は色々と」

 

 

――シジマの世界はどうした総司令官。

 

 

「もちろん忘れてなどいないとも。もう一度、この世界を受胎させてみる気はないかね人修羅。そうなれば今度こそ私はそれを成してみせるのだがね」



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第一章 入学編 #000 転生

 長い長い戦いを終えた時、目の前にあったのは元通りの日常だった。

 あの日のことを思い出して、あなたは小さくため息をつく。

 

 悪魔たちの跋扈するボルテクス界から帰ってみれば、大学受験を控えた高校二年生。

 将来のことを考えれば、遊んでいる余裕など無かった。

 そんな絶望的な戦いに、恩師は根気よく付き合ってくれた。

 まあ最終的には彼女のツテで地方の大学へと滑り込んだので、受験勉強をした甲斐があったのかについては、あまり自信はないのだが。

 入学式、壇上に立ったMハゲ男の「してやったり」という表情が、少し面白かった。

 

 

 一見すると平穏な二十一世紀初頭の日本も、前世紀末のクーデター騒ぎからこっち、あちこちで騒動は起こっていたらしい。

 中には「そんな事あったっけ?」と首をかしげることもあったが、歴史科の副読本にも書かれていたし、ネットで検索すればきちんと出て来るのだから、事実なのだろう。世事に疎いのは昔から変わらない。

 

 大学を卒業してからは「世を忍ぶ仮の姿」とか言って養護教員、いわゆる保健室の先生になったりもした。

 もちろんちゃんと資格は取ったが、就職が決まったのはひとえにあの若ハゲのコネである。

 そして就職したその年にその学校ではおかしな事件が発生し、アマラ経路の出来損ないのような塔に、夜な夜なアタックする学生たちの世話をみる羽目に。どうやら受胎した東京(トウキョウ)のギンザで世話になった、BARのママの分霊(わけみ)の仕業だったようなのだが、学生の手には余る代物だったのだろう。片目を隠した無口な少年を供物代わりにして、一年ほどでどうにか終結した。

 ママと話し合いの結果、分霊の災厄(おイタ)を封じるにはどうしても少年の肉体が必要だということなので、魂の方は別に用意した器へと移すことになった。その素材となる泥を採りに、ジャンクヤードとかいう別世界へと行く羽目になったりもした。戸籍と周囲の人間の記憶を調整するため二歳ばかり若返った彼は、別人として後に八十稲羽という寂れた町で別の事件に遭遇したという。修学旅行で月光館学園に来た折には、多少ヒントを出しておいた。無事解決したそうだ。

 

 

 その後も色々な戦いに巻き込まれながら――ほとんどがアマラ経路に落ちては見知らぬ場所で見知らぬ少年少女と殴り合うだけだった気もするが――どうにか生き延び、かつては生命の極致を競った幼馴染と入籍し、奈良に移住してとある研究施設に勤める。

 それから小氷河期の到来によって寒冷化の進んだ地球で三十年ばかりを過ごした。

 

 2045年、資源の枯渇を原因とする戦争(後の第三次世界大戦)の勃発を目前にして意識が途絶える。

 たぶん死んだのだろう。

 死因は不明。

 妻である千晶とは先年に死別していたし、子供たちもとっくに自立していた。思い残すこともなく、気楽なものだった。

 

 人修羅として生まれ変わったあの日、既に魂は輪廻から外れてしまっている。膨大なマガツヒを核とする彼にとって、物質界の肉体が滅んでも、魂はアマラ深界に設えられた彼のための【玉座】に還るだけのこと。

 

 

 ……の、はずだったのだが。

 

 

 どういうわけだかあなたは再び人間として生まれていた。

 本当に何故こうなったのかは分からない。

 

 だが自分は確かに、2079年の日本に生を受けていた。

 

 そして2095年。国立魔法大学付属第一高校の校門前にいる。

 あなた――間薙(かんなぎ)シン――は、今日から二度目の高校生というわけだ。



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#001 不思議な少年

 西暦2095年4月8日、金曜日。

 

 国立魔法大学付属第一高校。

 あなたはその校門前に、一人佇んでいた。

 今日は2095年度の入学式であり、あなたはまさに新入生であった。

 

 

 間薙シン。

 かつて世界の死と誕生に立ち会った者。その営みの中で世界のあり方を決定づけた者。

 人に似て人に非ず、神に似て神に非ず、悪魔に似て悪魔に非ず。

 混沌王。

 創世王。

 

 

――【人修羅】

 

 

 あなたの真実を知る人間は、もう誰も残ってはいない。

 

 

 あなたはため息ひとつを吐き出して、携帯端末で時刻を確認する。

 入学式開始まで、まだ二時間ほど余裕がある。開門時間と開場時間を間違えてしまったのだ。本来ならまだ家で惰眠を貪っていても良かった時間に、なにが悲しくて制服を着て学校にいるのだろうか。

 思わず左手で顔を覆い、大きなため息をついていた。

 

 まあいいか。あなたはそう呟くと、未だ半開きの校門からその敷地内へと足を進める。

 しばらくどこかで休んでいることにしよう。

 

 

*  *  *

 

 

「あの子ウィードじゃない?」

 

 あなたが中庭に設えられたベンチで横になっていると、すぐ横の外廊下を少女らが通り過ぎていった。そのうちの一人の声だった。ふむ。

 ウィード。weed、雑草のことだろうか? 前世では雑草魂なんて言葉もあったが、第三次大戦を経てそのあたりの価値観はごっそり失われてしまった。戦中戦後と激しい生存競争を強いられる時代に、無力な精神論の入る余地はない。その価値観に照らし合わせれば、それは明確な罵倒だった。

 どういう意味だろうかと辺りを見回すと、いつの間にやら隣のベンチに腰掛けている少年が一人。

 自分のことか、さもなくば彼のことだろうか。

 

「こんなに早くから。補欠なのに、張り切っちゃって」

「所詮スペアなのにねえ」

 

 その言葉に渋面を浮かべる少年。少なくともあまり良い気分ではないのだろう。あなたもまた、意味は分からないながらに気分を害されていた。

 とはいえ事情も分からず行動を起こすのは早計というものだ。

 あなたが顔をあげると少女の一人と目が合ったが、彼女は慌てた風に首と手を振ると、ベンチの少年を指差していた。

 自分のことではなかったようだ。

 よく事情も分からないので、どうしたものかとボンヤリしていたら、相手は両手を合わせて謝意を表し、早足でこの場から立ち去っていった。不快が視線に出てしまったのかもしれない。気をつけよう。

 

 

 槍玉に挙げられた少年がどうしているか、視線をそちらに向けると、じっとこちらを見つめていた。【アナライズ】でもしているのだろうか? とはいえ神格(BOSS)であるあなたから読み取れることはない。能力も弱点も、それで分かるならあれほど苦労はしなかった。

 自分も【アナライズ】しておこう。もしもの場合に備えて。

 

 おお、とあなたは彼の保有する膨大な禍ツ霊(マガツヒ)に驚いた。こちらの世界でこれほどのマガツヒを持った人間は滅多にいない。

 能力は……【情報次元視覚】【高速魔法/単系統】【待機魔法/情報分解】【待機魔法/???】の四つ。一つ分からないものがあるとは言え、能力が見えているということは神格ではない。

 だがそのおぞましいマガツヒには覚えがあった。

 

 かつて創世のコトワリを懸けた三つの勢力のひとつ、ムスビ。他者に干渉せず、交わりから生まれる不幸の全てを蔑するコトワリは、あなたの友人、新田勇が拓いたものだった。守護神は漂流する神・ノア。

 あの守護神の、強烈な拒絶のマガツヒのことをよく覚えていた。

 それとよく似た、似すぎたマガツヒを、目の前の少年は背負っている。

 

 それが彼自身にとって良いことなのかどうかは分からない。

 だが、あなたが何かをする義理もないのだ。

 刹那のこととはいえ、()()を考えてしまった自分がおかしくなった。

 

 

 少年が未だ警戒を解かず、怪訝そうな表情を浮かべてこちらを見ていたので、あなたは「MAGの量に驚いた」と釈明してみることにした。

 嘘ではないが真実でもない。

 だが本当のことを言ったところで理解はされないだろう。

 

「マグ?」

 

 それ以前の問題だった。

 MAG――マガツヒ――とは悪魔の力の源、意思を媒介する物質とされる。魔法の行使と放出される生体磁気量が正の比例関係にあることから、20世紀頃には「生体マグネタイト」と呼ばれていたものだ。ただし研究の結果、同名の鉱物(磁鉄鉱)との因果関係は薄く、混乱を避けるために略称として使われていたMAGだけが名称として残された。アマラ宇宙の悪魔たちはこれをマガツヒ(禍ツ霊)と呼んでいるが、こちらはまったく知られていない。

 とはいえそれも仕方のないことだった。そもそも現代魔法学ではMAG――マガツヒ――の研究はほとんど行われていないのだから。

 同様の物質について、現在では非物質粒子プシオン(霊子)仮説が有力で、MAGという言葉は大戦前の論文にしか見ることができなくなっていた。現代魔法師の卵が知らないのも当然のことだろう。

 あなたが今生の中で得た断片的な情報から、オーラやプシオンなどの言葉を探り出していくと、少年ははっきりと警戒心を露わにした。

 

 

「プシオン、オーラ? 霊子放射光過敏症、なのか?」

 

――どうも噛み合わない。あなたは首を傾げた。

 

 

 MAGの研究はろくに行われていないのに、MAGを見られることに警戒しているのか。

 だが【アナライズ】――奈良にいた古式魔法師たちは【見鬼】や【垣間見】と呼んでいたが――の魔法は、少なくとも前世では多くの術者が習得していたし、有用なものと理解もされていたはずだ。もちろん現代魔法が成立する以前の魔法(もの)だから、それなりの鍛錬も必要なものではあったが。

 

「古式魔法師は……誰でも、見えるのか?」

 

 最大級の警戒心と、猜疑心が窺える。

 【見鬼】は〈古都(みやこ)〉の魔法師なら、三人に一人は使っていたものだが、現代魔法では重視されていないのかもしれない。

 

「そうか……」

 

 あなたが答えると、少年はそれきり黙り込んでしまった。

 

 

 これ以上は話が続かなさそうだ。

 沈思黙考を始めた少年にさっきの騒動を軽く詫びてから、あなたはこの場を立ち去ることにした。

 

「いや、こちらこそ。気を使わせたようで悪かった」

 

 あなたが頭を下げると、少年は手を上げて気にするなといった風だ。

 そこで初めて気がついた。彼のブレザーには、あるべきエンブレムが見当たらない。

 

 

――二科生、だったか?

 

 

 ノアの気配のこともある。何か事情があるのかもしれない。

 注意しておくに越したことはないなと考えつつ、あなたはそのまま席を立った。

 

 

*  *  *

 

 

 第一高校には、学生の半数にとって忌まわしい伝統がある。

 一高生は、入学試験における魔法力測定の結果によって「一科生」と「二科生」に分けられる。

 この内、二科生を「紋無し」または「ウィード(雑草)」と呼び、差別する伝統である。

 第一高校の校章は、八枚花弁のエンブレム。制服にも刺繍としてデザインされているのだが、これがある制服の着用が許されるのは、全体の半数に相当する一科の生徒にのみ許された特権とされる。残り半数の生徒、即ち二科の生徒は、エンブレムの刺繍の無い制服を、三年間着用しなければならない。

 

 紋がないから紋無し。

 花の咲かない雑草。

 馬鹿馬鹿しいほどの明快さだ。

 

 一科と二科は、クラス編成の段階で分別される。

 一科のクラスには魔法実技の授業において、専門の教員による個別指導を受けることができるが、二科のクラスにこの指導教員は存在しない。よって彼らは独力で魔法技能を磨かなければならない。なにしろ卒業基準の魔法技能を習得できなければ、普通科高校の卒業資格しか得ることができないのだ。それは魔法大学への進学資格を失うということであり、高給と栄達の約束された選良(エリート)魔法師への道を絶たれるということに等しい。

 また進級ごとに成績に応じたクラス編成の入れ替えはあるものの、一科と二科の入れ替えは認められていなかった。これは個別指導員の手間を減らし、より効率的な指導を可能とするための措置であるとされ、九五年現在には明文化された制度となっている。

 そしてそのことが、一科の生徒に特権意識を植え付けることとなった。

 

 

 この二科生制度は本来、魔法科高校制度が短期間で決定、発足されたことによる準備不足――具体的には指導教員に足る人材不足――からの、あくまで暫定的な措置に過ぎなかった。だが、予算その他の諸事情によってそのまま定着してしまったらしい。暫定的に派遣が検討されていた魔法大学の助教らが、落ちこぼれを受け持って自身の評価を落とすことを嫌った……等という噂も実しやかに囁かれている。

 

 なお、一科生は二科生を表すウィードに対し、「ブルーム(花冠)」と自称する。

 

 間薙シンは、ブルームであった。




以降、やれるところまでは週刊ペースで更新予定です。なにしろ見切り発車だったもので。

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(20180308)誤字訂正
 禍ツ火 → 禍ツ霊

(20170221)修正
 物語の日付を7日→8日へ修正しました。


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#002 二〇九五年度 入学式

 シンの過去と、目的に関する説明回です。


 国立魔法大学付属第一高校。

 単に「第一高校」「一高(イチコー)」と呼ばれることが多いこの高校は、魔法師育成を目的とした公的機関である。

 魔法師とは、魔法を扱う人間のこと。

 魔法とは、かつて超能力とも呼ばれた超常的な技能のこと。

 それは前世のあなたが、施設で研究していたものでもあった。

 

 

 魔法師となるための第一条件は、純然なる才能。持って生まれた先天的な能力とされる。

 魔法そのものは情報次元の書き換えによる干渉技術に過ぎないが、それを実行するために必要となるのが「サイオン」という()()粒子である。そしてそれを保有し操作できるか否かは遺伝子によって決定される……と、現代魔法学は結論づけていた。

 

 以下、サイオンの制御、現代魔法式の構築と展開、CADの操作、などの技能が求められることとなるが、これらは訓練によって後天的に身につけることが可能だ。その訓練を行うのが魔法科高校であり、サイオンを保有する未成年者は魔法科高校への進学が推奨された。

 だが魔法科高校は未だ全国に九校しか無い。おかげで年々増加する受験生に対し、合格倍率も無視できないところまで来ており、不満の声もあがり始めている。前途多難といったところか。

 

 

 短い小氷河期の訪れによる食料の枯渇と、それに伴う国家間のパワーゲーム。生き残りを懸けた第三次世界大戦を乗り越えた各国は、その過程で大きな結果を出した魔法の力に注目した。そして現在、世界は()()()()()()()()()()()との認識を共有する。

 重篤な資源不足、特に化石燃料の枯渇は各国の軍事バランスを大きく塗り替えることとなったが、その間隙を埋めて余りある力を、魔法師たちは戦時下に立証してみせたのだ。各国は競って魔法師の育成に力を注いでいた。

 

 故にこの第一高校を始めとする魔法科高校への入学は、現代社会のエリートとしての第一歩とされる。

 新入生ともなれば、()()()さぞや期待に胸膨らませていることだろう。

 

 ……というのはこの学校の実情を知らない人間の大半が考えることだ。あるいは十分な防御力を備えた面の皮をかぶった大人なら、実情を知っていてもなお、そのように声高に褒めそやす。

 現在も壇上で、たかが十五歳そこそこの少年少女にどれほどの重責を背負わせたいのか、溢れんばかりの美辞麗句と訓令を並べて言祝いでいる男がいた。教職員や保護者の列に目をやれば、感激の涙を拭う姿も見て取れる。数多の儀礼がそうであるように、二〇九五年度国立魔法大学付属第一高校入学式もまた、第一義は主催者のためのエンターテイメントであった。

 例外も、いないではなかったが。

 

 

*  *  *

 

 

 ――魔法は人をどこへ(いざな)うのだろうか。

 

 あなたは魔法という技術に強い関心を持っていた。

 かつてボルテクス界での戦いにおいて、魔法とは闘争の手段に過ぎなかった。それは資源の枯渇により魔法依存度を高めた現代社会においても、あまり変わりはない。三次大戦によって損耗した戦力の穴埋めとして、魔法師はまず国家の軍事力、抑止力として評価されている。

 

 だが魔法とはそれだけではない。

 現代の魔法研究は、こと理学的分野において多大な発展をもたらした。現代魔法がある種の論理構造の発見を基盤とするが故に、その研究は周辺の学術研究との相互作用を必要としたのだ。様変わりした現代の生活様式の多くも、その恩恵によって支えられている。

 

 

 2004年。あまたの戦いの末にあなたが望み、蘇えらせたこの世界は、しかし人修羅と化したあなたにとって、とても生きづらいものだった。

 あなたはトウキョウ、アマラ深界と、意志ある存在たちの致死毒のような極限の問いに晒され、無理矢理にも答えを出すことで生き延びてきた。そのあなたの目には、何ひとつ答えを出さず、自分を傷つけるものと戦おうともせず、ただ愚痴をこぼして虚ろな笑いを浮かべるだけの人間は、何を成すこともなく死んでいった野良悪魔たちと重なって見えた。

 もし祐子先生が叱ってくれていなければ、そんな人間ばかりではないと、再び見直す機会をくれなければ、あなたはどうしていただろうか。いや、そもそも彼女がいなければ東京受胎も、あなたが人修羅になることもなかったのだが。

 

 そんな中、あなたは観察者となることを選んだ。

 

 

 コトワリを拓く権能を与えられた種族、()()()()とはいったいどのような存在なのか。

 人修羅としてマガタマに秘められたすべての力を自在に(ふる)えるあなたにとって、個人の能力、それもただ他者を害するだけの能力などに価値を見出すことは難しい。トウキョウで出会った連続殺人犯(サカハギ)、あの危うくも切ないマネカタは、暴力を求めてそれを得たが、何ひとつ為し得ぬまま、さらなる暴力によって蹂躙されてしまったではないか。

 人間とは個の力のみで成り立っているものではない。集団となり、社会となって、離合集散を繰り返しながら歴史を紡いできた。ボルテクス界ではコトワリの下、悪魔すら従えて、より大きな力として新たな世界を目指して戦っていた。

 

 それはこの世界とて同じことだろう。

 一人ひとりはボンヤリと生きているようでも、俯瞰してみれば大きな流れを作り出している。

 それに気付いたとき、あなたは俄然、興味が湧いたのだ。

 「この世界がどこへ向かっているのか」ということに。

 

 氷川のコネクション、つまりはガイア教団のツテで大学へと進学すると、統計学的手法に没頭した。ビッグデータやデータマイニングという言葉が語られるようになる、ほんの少し前のこと。試行錯誤を重ねていた時代のことだ。

 最初はあまり上手くいかなかった。何に注目すれば良いのか、それを見出すことができなかったから。ただ無作為に集められた情報は、あなたを溺死させるだけだった。増えすぎた人口と経済の停滞。民族対立と社会不安。気象と食料生産量から導き出されたそれら大戦の予兆は、過去の歴史と大差ない。そこに新たなコトワリの産まれる土壌を見出すことはできなかった。

 だが、その中にひとつ、おかしな情報が混じっていた。

 

 

 ()()

 

 

 おとぎ話の中だけで語られてきた、超常能力とされた技能だ。

 東西冷戦の時代には大小様々な研究の対象とされ、冷戦の終結とともに下火となっていたはずのもの……のはすだったが、いつの間にやら先進諸国はさまざまな名目で研究費を捻出し、その額は増加の一途を辿っていた。

 西暦1995年の日本では、実例が観測されたという記録も見つかった。一般には秘匿されたものだったようだが、ガイア教団にしてみれば当然の知識に過ぎなかった。

 

 その力の原理は、従来の熱力学的見地からは乖離したものだった。故に大多数から無視され、故にごく一部に価値を認める集団が現れた。エネルギーの枯渇と、それによる軍事的抑止力の崩壊を恐れた者たちだ。彼らはそれを省エネ、環境保全運動、飢餓対策、民主化、人類進化論などの美辞麗句で飾り立て、罵倒と冷笑を浴びながらも一歩ずつ着実に歩を進めていた。

 あなたもまた、魔法に目を向けるようになった。自らも魔法研究へと足を踏み入れ、古都・奈良に新設された研究施設で職を得るに至った。研究者兼()()として、ではあったが。

 

 

 そして今生。

 生まれ変わった21世紀末の世界は、魔法という新たな技術に拠って立っていた。

 その技術は魔法師という個人の力に依存し、その力は国家の在り方を左右しうるという。

 まるで神話の時代に語られた、あまたの英雄たちのようではないか。

 

 ならば魔法に関わる人間たちが、歴史の鍵となることは確実だ。

 彼らを観察することで、大きな流れ、新たなコトワリを見出すことができるのではないだろうか。

 たとえばあのとき生まれ出るに至れなかった、彼女の祈り(コトワリ)なども、あるいは……

 

 人間社会の中で魔法のあり方を問い、まだ見ぬ新たなコトワリを見出す。

 それがあなたが立てた、今生の目標である。

 

 

*  *  *

 

 

 魔法大学学長、日本魔法協会理事、その他政府関係者や支援者らの長い長い独演会(スピーチ)がやっと終わり、新入生代表の答辞が始まる。

 平和ボケと言われた時代の無関心さで、ボンヤリと壇上を眺める。

 言語に絶する美少女がそこに居た。

 

「新入生代表、司波(しば)深雪(みゆき)です」

 

――マネカタ? いや、違うか。しかし……

 

 誰もが見惚れる絶世の美少女に対し、あなたは一人、おかしな既視感をおぼえていた。




 本作品への感想、お気に入りの登録、評価などありがとうございます。
 気長にお付き合いいただければ幸いです。


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#003 九重寺

 入学式の後、かつての学生証に相当するIDカードを受け取り、あなたは正式に一高生となった。

 IDカードは端末使用時の個人識別の他、授業外の校内施設の入退室記録にも使用される。シンプルなものだが、れっきとした身分証として使用できる貴重品だ。そのため授業中でも原則的に、肌身離さず携帯することが想定されており、見た目に反して頑丈だ。

 もちろん荒事になれば、それでも万全とは限らないが。

 

 次の予定を思い出し、あなたはそれを胸ポケットに放り込んだ。

 

 

*  *  *

 

 

 古刹・九重寺(きゅうちょうじ)

 

 夕日が彼方に沈む頃、あなたは右手に古めかしい封書を携え、その山門の前に居た。

 前世の孫にして今生の祖父の名代として、先日届けられた封書を手渡すよう言付かったためだ。

 しかしあなたは今、さてどうしたものかと途方に暮れていた。

 山門の中に入れないのだ。

 

 いや、入ることは可能なのだが……どうもこの寺、わずかに()()()()にズレ込んでいるらしい。古式魔法師の間では【異界】と呼ばれる空間、または【境界化】と呼ばれる現象だ。

 そこは呼び名の通り、自分たちの暮らす世界とは異なる世界。この世界と別の世界との境界であって、あちらとこちらを行き来する通り道になっている。お陰であちら側の悪魔がこちら側にひょっこり現れて悪さをしたり、気まぐれに異界に住み着いてしまうこともある。

 かつて古式魔法師たちは、そうしたモノへの対処を生業としてきたし、今でも自らにそれを課す家門も少なくない。また、【異界】はこちらからあちらにも手を伸ばしやすいため、古式魔法師が修行場として専有・管理することもあった。

 

 実のところ、今生のあなたも「修行」と言われて何度も【異界】に放り込まれた経験がある。その度にちょっとした騒動を起こしていたので、じきに沙汰止みとなったのだが。

 

 踏み込めば、たぶんまた騒動が起こる。どうしたものか……

 

「構わないから、入って来ると良い」

 

 しばらく立ち呆けていると、山門の内側から誰ぞの声が聞こえた。やや高めの、やけに軽い男の声。

 誰のものかは知らないが、良いというのならそうさせてもらおう。あなたはそう決め、一歩踏み込んだ。

 

 

 瞬間、あなたの周囲にいくつもの火花が弾け飛ぶ。過負荷に耐えかねた電子回路のように。たくさんの線香花火のように。

 そのまま歩みを進めれば、それらはあなたにまとわりついてくる。

 それらはマガツヒのゆらめき。炎に見えても温度は無い。

 ただそう見えるだけで、それで周囲の可燃物に着火することもなければ、あなたに害をなすこともない。

 ちょっとだけ()()()()ではあるのだが。

 それに手を出すことは、あなたにとっては綿あめのようなものだ。口にしてもわずかな満足感と、同じだけの虚しさにしかならない。

 

――さて、今度は誰だ?

 

 弾ける火花に、ぼんやりとあの騒がしかった小妖精(ピクシー)を思い出す。あの日あの時、突然放り出されて何も分からなかったあなたに連れ添い、決して短くも容易くもない戦いを、最後まで付き合ってくれた心優しい悪魔(パートナー)

 彼女が来たなら、約束通りケーキをたらふくご馳走してやろうと思っている。だが、今生になってからは一度も姿を見せてはくれていない。そんなことを考える。

 

 無秩序に飛び散っていた火花を眺めていると、あなたの視線のちょうど三メートルほど先にそれは集まり、やがてサーカスの火の輪のように広がってゆく。長くも短くも感じる、不思議な時間。

 あちらとこちらを繋ぐ門が開く。

 

――あるいは、今度こそ。

 

 だが。

 

「召命に与り、参上いたし――」

 

――呼んでないぞ。

 

「ひどっ……いえ、そんなご無体な――」

 

 門の向こうから、口元をマフラーで隠した妖精騎士がうっすらと現れた気がするが、気にしないことにする。

 悪魔が現れるだけで大騒動確実だというのに、それが名の知れた英雄格だった時のことなど考えたくもない。

 

 あなたの拒絶により、マガツヒの供給が絶たれた妖精騎士は、再び輪のあちら側へと消えてゆく。

 

 

(すいーつ、食べたかったのに)

 

 声ならざる想いが聞こえた気がするが、気のせいだろう。

 もう一度、師範のところで修行でもしてきなさい。

 

(それだけはごかんべ――しは――あッ)

 

 ……これで当分、出てこれないだろう。

 大丈夫。そちらで死ぬことはないから。

 たぶん。

 

 あなたがぼんやりそんなことを考えているうちに、急速に【境界化】現象が薄れてゆく。門を開くために、一度に大量のマガツヒを消費したためだ。

 あなたが【異界】に触れると、あちら側からあなたの頼もしい仲魔たちが現れようとする。

 

 この世ならざる存在が、あちら側からこちら側へと招かれる。それは通常「召喚魔法」と呼ばれるものだ。神秘が(そこな)われた時代においては、大量の供物を必要とする大儀式。現れるためにマガツヒを喰らい、在り続けるためには更に喰らい続けなけれなばならない。

 あなたと共に、あの戦いの日々に身を投じた悪魔たち。それはそんじょそこらの【異界】に蓄えられたマガツヒで足りるほど、矮小な存在ではない。そんな彼らが現界しようとすれば、その場のマガツヒなど一瞬で食い尽くしてしまうことになる。

 あなたはこれで、いくつもの修行場をダメにしてきたのだった。

 

 ひとたび現れることさえ叶えば、現界し続けるマガツヒは――あなたが認める限り――あなたからいくらでも供給される。あなたは彼らの王であると同時に、唯一無二の供物でもある。

 それ自体はもはや大したリスクでもないのだが、いかんせん、魔法が現実のものとなった現代においても――あるいは()()()()()――()()という存在はいささか以上に刺激的だ。その実在を知らない大多数の人々にとっては理解の及ばない存在として。また彼らを知るごく一部の人間にとっては、現代魔法師をも圧倒する魔法(ちから)ある者として。

 神秘の蘇った現代において、伝説は真実たりうるのだ。

 

 馳せ参じようとしてくれる気持ちは大変嬉しいし、あなたも彼らと会いたい気持ちはあるのだが、何の用意もしていない、しかも()()()()()()()()に出て来られても正直、対処に困るのだ。

 

 だがまあ今回は招かれたから入っただけだし、あなたに責任はない。

 ないはずだ。

 たぶん。

 

 

「可哀想に。良かったのかい?」

 

 良かったんじゃないでしょうか。

 背後からの声に、あなたはそう答えた。




諸事情でちょっと早めに帰国しました。
ひとまず三月いっぱいは、毎週月曜12時の更新になります。

(20170307) ピクシーに関する矛盾点を修正しました。
(20170318) ゲーム原作に合わせて「師匠」→「師範」に修正しました。


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#004 九重八雲

 立派な本尊の鎮座する、九重寺の本堂。

 燭光を模した間接照明のみの薄暗い板の間に、あなたと糸目の坊主頭とが向かい合って座っていた。禿頭にしてそれなりの年齢ではありそうなのに、どことなく若さを感じさせるこの男は、ここ九重寺の住職で、九重(ここのえ)八雲(やくも)と言うらしい。

 古式魔法師や武術家たちの間では、古式魔法と体術を組み合わせた忍びの技――【忍術】――に通じた人物として知られている。玉砂利の境内を音を立てずに歩くのだから、その技は確かなものだろう。だが【アナライズ】してみても、異能者ではあるが人間をやめてはいない。相応の修行を積んだ達人であった。

 

 互いに名乗り、深々と頭を垂れる。

 軽さを残した物腰柔らかな受け答え。その様はなかなかの人物のように見受けられた。仏門ではなく、古式魔法師の師範として多くの弟子を持つ身らしいが、慕われている様子が思い浮かぶ。

 

 先ほどの出来事にも、場合によっては相当危険なことになったはずだが、特に慌てた様子はなかった。ただ【境界化】が解除されて助かった、と瞳を見せない笑顔で言っただけだ。

 どうやら数日前、突如としてそうなっていたらしい。「朝起きたら急にだからね。参ったよ」とのこと。

 それでしばらく閉山して門人も外に出し、旧知の古式魔法師に相談したんだとか。そこからあなたの実家へ話がまわり、あなたに子供の使いが言い渡されたのだろう。道理で「直接手渡しに行け」なんて指示されていたわけだ。

 

 まあ、そうしたことは今まで数え切れないほど有ったことだ。

 それよりもこうして、実力者に面識を持てたことの方が大きい。初対面で内実を知ることはできないが、少なくともつまらない悪党ではなさそうだし、なにより人当たりが良い。

 人付き合いがあまり得意ではないと自覚しているあなたにとって、それは非常に大事なことだった。

 

 だが。

 しかし。

 

 あなたは思う。

 それでも禿頭(ハゲ)はいけない、と。

 あのやたら高い塔の上で偉そうなことを(のたま)っていた、石頭のハゲ巨顔を思い出してしまうからだ。あの分からず屋の石頭めに、この鉄拳を何度振り下ろしたことか。あの戦いはそんな馬鹿馬鹿しいものではなかったはずなのだが、思い返せば拳を痛めるのが先か、ハゲが散華するのが先か、最後は我慢比べの様相を呈していたようにも思えてくる。

 

「それで、入道閣下はお元気にしておられたかな?」

 

――忌々しいことに。

 

「そうかい。大変結構なことだね」

 

 忌々しい戦い(ハゲ)の記憶を思い出していたあなたは、気が緩んでいたのだろう。思わず内心を吐露してしまった。

 

――あ、今の()()で。

 

「バレても構わないと思ってるでしょう、君」

 

 あなたは力強く首を振って答える。

 そんなことを言ったと知られれば、またうるさく付きまとわれそうだ。勘弁して欲しい。

 

 八雲の言う()()()()とは、東道(とうどう)青波(あおば)という、僧形をしているくせに権勢の臭いが鼻につく生臭の妖怪ジジイである。

 なんでも祖父とも昵懇の間柄で、古式魔法師の間では非常に強い発言力を持っているとか。前世紀の小説に登場した鎌倉の老人(フィクサー)のような存在なのだろう。「本当にいるんだ、こういうの」と関心したものだった。

 なお、あなたが初めて会った時には、大戦時の負傷とかで視力を失った左目に、髑髏の刺繍をさした大きな黒革の眼帯をしていた。「どうかね?」と聞かれたので「似合わない」と答えたが、以降は眼帯を外していたので、気まぐれか何かだったのだろう。

 

 驚くことに、あなたが完全に【アナライズ】できなかった数少ない人間の一人である。【アナライズ】できないということは、魂が神格の域に達しているということだ。あるいは霊格の高い悪魔の転生体なのかもしれない。

 もっともその後色々とあって、あなたにとっては「なにかと付きまとってくる迷惑な爺様」という印象しか残ってはいないのだが。

 

 

「うん、大体のところは分かった。僕は君に協力しなければならないらしいね」

 

 あなたから手渡された書状を手早く一読すると、八雲がその糸のように細い目を薄っすらと開いてあなたを見た。

 しかし協力と言われても、今のところ他人に頼むようなことは何も無い。

 

「僕が提供できることは調べ物かな。ただし機械はダメだ。僕はあくまで()()だからね」

 

 調べ物。ああ、それならば彼らについて調べてもらうのも良いかもしれない。

 第一高校に在籍しているらしい、古式魔法師たち。

 

 一人は神祇魔法の大家、吉田家の次男坊。

 こちらは「活を入れてやってくれ」と、吉田家次期当主殿からの依頼。

 

「吉田家の次男といえば、一時期は神童なんて言われてた彼かな? 確か名前は幹比古(みきひこ)とか。明日中には調べておこう」

 

 もう一人は、ただ「いるらしい」としか聞いていない、賀茂家の末裔(すえ)

 だいぶ血も薄れているらしいが、魔法師としての力がどれほどのものかを調べることと、場合によっては古式魔法の秘事が漏れないよう対処すること。

 

「流石にそれだけじゃあね。ま、一週間ってところかな」

 

 随分と気安く請け負ってくれるものだが。

 

「これでもここは寺だよ? 系譜が分かっていれば、いくらでも方法はね」

 

 いや、いくらなんでも限度というものがありそうだが。

 だがまあ出来ると言うなら任せておこう。

 出来なかったら「分かりませんでした」で終わらせればいい。

 あまり気乗りのしない二つの仕事を、あなたは早々に投げ出す気になっていた。

 

 

*  *  *

 

 

 それからしばらく世間話に興じ、あなたは九重寺を辞そうと席を立つ。

 長時間の正座のせいで、制服にシワがついてしまった。

 しばらく置いておけば戻るよな? などと益体もないことを考えていると、その色合いからか、ふと今日の出来事を思い出す。

 雑草(ウィード)と呼ばれた少年と、マネカタのような少女。

 

 あなたは今日見た二人についても調べられるか尋ねてみることにした。

 

「新入生総代の司波深雪と、マグの豊富な二科生の男子、ねえ。その二人、たぶん僕には心あたりがあるなあ」

 

 もしかして有名人なのだろうか?

 あなたの問いに、八雲は首を振る。

 

「いやあ、そういうわけじゃあない。ちょっと面識があるというか。けどこれは、どうしたもんかなあ……」

 

 そのまま右の人差し指を自分の額に当て、どこを見ているのかわからない糸目で考え込む。まるで区別がつかないが、もしかすると目を閉じているのかもしれない。

 ほんの三秒ほどで「ま、いいだろう。君も知っておいた方が良さそうだ」などと嘯き、八雲はやけに楽しげに口を開いた。

 

「その男子の方だけど、たぶん僕の体術の弟子だ。名前は司波(しば)達也(たつや)君。深雪君はその妹だね」

 

 なるほど。

 しかし兄妹で同じ一年ということは、年子なのか。それで妹が総代、兄は二科生となると、いかにも仲のこじれそうな関係だが。

 

「チッチッチ。それがそうでもないんだよねえ。彼らはなんというか……そう! とても仲が良い。とても」

 

 こちらの考えを見透かしたように、八雲は先ほどまで額に当てていた人差し指を振っていた。満面の、ともすればだらしなくも見える笑みを浮かべて。これまでの威厳、デキル男のイメージもどこへやら。

 

「まあ達也君の方には今のところ、その気がないみたいだから、そういうことにはなっていないようなんだけどねえ」

 

 その言葉で、あなたは彼の言わんとするところを察した。

 麗しの兄妹愛(ブラコン)というやつだ。

 あなたは前世の経験から、それが非常に面倒くさい人種であることを知っている。なるべく近付かないようにすべきだ。

 

「それで、君は彼らの何が気になったのかな。後学のために教えてもらえるかい?」

 

――はて、どこまで話して良いものだろうか。

 

 問われてあなたは逡巡する。

 あなたが見たマガツヒの量については、既に話している。だがマガツヒの気配についてまで話そうとするなら、込み入ったものになることは確実だ。しかもあの東道青波の関係者である。知られてしまえば面倒が増えることは間違いない。それはどうあっても避けなければ。

 

 完全に現界する前の妖精騎士が見えていたなら【見鬼】の術(アナライズ)も使えるのだろうし、【境界化】への対処も間違いはなかった。古式魔法の達者として、見えざるもの、この世ならざる悪魔たちについても知識はあるのだろう。

 だがそれでも、ノアというまつろわぬ神(悪魔)の気配についてまで、話すことは躊躇(ためら)われた。

 こちらが確信的な情報を伏せていることまで、この達人に気付かれているとしてもだ。

 

 そう長くない沈黙の後、根負けしたように口を開いたのは八雲の方だった。

 

「なんてね。手の内を明かせなんて言わないよ。まあ気が向いたら教えてくれたまえ」

 

 山門で見送られ、あなたは一人、帰宅した。




(20170731)誤字修正
 * 東堂青波 → 東道青波


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#005 オリエンテーション

原作設定とは異なる部分もあると思いますが、本作ではこういうことになってます。
ということで。


――最も差別意識が強いのは、差別を受けている者である。とは言うけどな。

 

 あなたの目の前で繰り広げられている光景からは、到底そんな風には考えられなかった。

 

「前を空けてよ、二科生」

 

 前に集まる少数の二科生らに対し、遅れて来た一科生の集団が居丈高に()()していたから。

 

 

*  *  *

 

 

 2095年4月9日。

 入学式の翌日、あなたは1-Aの教室へ。

 

 オリエンテーションを行う指導教官を待つ間、自分の机の専用端末を立ち上げ、IDカードを読み込ませてログイン。そのまま端末の使用者登録をするため、仮想キーボードを呼び出す。タッチパネルでも操作可能なのだが、なんとなくキーボードの方が馴染むのだ。三つ子の魂百までも、というやつだろうか。

 

 使用者登録が終われば、これから卒業ないし退学になるまでの間、この端末があなた専用となる。モニタの歯車マークをタップし、自分が使いやすいように表示画面やメニュー、操作に関する設定をカスタマイズ。音声操作は使わないので全カット、仮想キーボードの呼び出しジェスチャーを設定した。

 この手の要素は、たとえ必要がなかったとしても一度は見ておく癖がついている。これもまた前世からの習い性というやつだろう。

 

 それが終わったら、モニタの右上でずっと明滅していたインフォメーションカードをタップし、新入生用のウィザードに沿って選択科目の受講登録を始める。一年時は、六つある選択科目のうちから、希望する科目二つを選択登録する。

 あなたは第一選択科目に魔法構造学、第二選択科目に魔法史学を選んだ。魔法構造学は魔法薬学と悩んだものの、より原理的なものを優先することに。魔法史学は観察者として現状を俯瞰し、時流を把握するために不可欠なものだ。

 

 

 登録が終わったので、今後一ヶ月の予定に関するドキュメントを軽く眺める。

 今日はSHR(ショートホームルーム)のみ。来週一週間を授業のサイクルに慣れるための準備期間とし、翌17日(2095年は繰り越して18日)からの一週間は課外活動――いわゆる「部活動」――の勧誘期間として説明会、仮入部などが公式に認められるようになる。授業の様子を見ながら無理のない部活動を探し、新生活に慣れろということだろう。本格的な学生生活はそこがスタートラインということだ。

 

 一通り読み終えて頭を上げ、軽く肩を回して周囲を見回す。やる気のある生徒は既に選択科目を決めていて、あなたと同じように端末を立ち上げ、さっさと受講科目の登録を済ませてしまう生徒も少なくない。残りの生徒は新しい友人らと相談して決めるようだ。この辺は今世紀初頭の感覚とあまり変わりがない。

 

 

 教室内がわっとざわめく。顔をあげると総代を務めた女子が入ってきたところだった。司波深雪。長い黒髪に整った容姿、そして淑女然とした振る舞い。男子のみならず女子の中にも頬を染めている者が少なくない。マガツヒの保有量も他の生徒とは比べ物にならない。

 だが、それよりも気になったことがあった。マガツヒの()()だ。

 

 未練(ゆめ)の守護神・アラディア。

 あのボルテクス界で創世の巫女、祐子先生のコトワリならざる想いを守護した神の気配を、彼女は有している。

 とはいえ実際に降臨しているわけでも、憑依しているわけでもなさそうだ。元より無力な神ではあるが、気配は本当にかすかで、それこそ排ガスまみれの大気に交じる野花の香りくらいのものでしかない――この例えが通じる人間も、もうほとんどいなくなってしまった。

 

 それにしても、どういうことなのか? 強いマガツヒを持つ者に、悪魔が引き寄せられることはある。現界するためにも、力を蓄えるためにも、もちろんそれを揮うためにも、マガツヒは不可欠だ。何より力あるもののマガツヒはとても美味である。それはあなた自身、実感として知っている。

 だが何故アラディアなのだ。ノアといい、何故かつてのコトワリの守護神たちの影がちらつくのか。

 あなたは彼女のその向こう側へと眼差しを向けたまま、眉間に皺して一人思考の中に埋没していった。

 

 

 次に気がついた時には、教壇に上がった神経質そうな指導教官が、流れるように、というより流すように「百舌谷(もずや)です」と気のない挨拶をしていた。それまで緊張していた生徒たちは黙礼で応える。あなたも慌てて頭を下げた。

 生徒たちが頭を上げるよりも早く「自己紹介は各自でやっておくように」と機先を制すると、そのまま早速今日これからの予定について説明を始める。

 

 今日はこのSHRの後、授業および校内施設のオリエンテーション。参加は自由で、担当教官による基礎魔法学、応用魔法学、魔法実技実習のガイダンスの他、二年生の授業を見学してもよいとのこと。また放課後には部活動の見学もできるようだ。

 明日以降の予定については端末付属のドキュメントを読むようにと告げると、解散の一言もなく百舌谷教官は「次の授業がありますので」と教室を出て行ってしまった。再び教室はざわめき出す。既に自己紹介と、友人作りが始まっているようだ。

 

 

 なし崩しにSHRは終了となり、校内施設のオリエンテーションへ。担当教官は基礎魔法学のガイダンスに向かったはずだが、あなたは工房へ足を運んだ。魔法工学Ⅱを見学するためだ。現代魔法の大きな特徴であるCADという装備に、あなたは強い関心があったから。

 

 魔法技工実習室――通称「工房」――は現代魔法に欠かせないツール、CADを中心に取り扱う施設だ。見学は実際にCADの整備、調整をしている二年生の邪魔にならないよう、半階上の廊下からガラス窓を通じて行われる。

 

 まだ進級四日目というのに、二年生は実習授業に勤しんでいた。指導教官の数が足りていないことは事実であり、また優秀な魔法師の育成は国家の急務である。学生とはいえ無駄にできる時間は無い。この国の勤労が即ちマンパワーの酷使であることは、残念ながら大戦を経ても変わらなかったようだ。

 

 魔法工学Ⅱは基礎科目であり、見学自体は一科も二科も関係なく行うことができる。もちろん実際の授業を一科生と二科生が一緒に受けることはないが、機材の使用や端末を使った一括指導についての違いはない。なにより時間短縮のため、わざわざ見学時間を分けるようなことはしていない。結果としてその場には、一科と二科の生徒が混在することとなる。

 もっとも、一科生の多くはクラス毎の担当教官のガイダンスに参加しているため、こちらに来ている生徒は数えるほどしか居ないようだが。

 

 

*  *  *

 

 

 見学の生徒がある程度集まったところで、教室後方に立っていた職員が通路へと出てきた。挨拶を兼ねた自己紹介によると彼は正式な()()ではなく、あくまで授業補助を務めるだけの()()だそうだ。

 

「だいたい集まったようですね。それでは見学の手順を説明します。まずは基本的なカリキュラムの説明、オンライン授業の進行手順、機材の使用に関する手続き、注意点の順となります。質疑応答はその後で。それと、解説の最中にこちらから質問することもありますが、評価とは関係ありませんから、気楽に参加してください」

 

 そこに遅れた一科生が現れ、冒頭につながる。というわけだ。

 

 

「前を空けてよ、二科生」

「二科生に個別指導の話とか関係ないだろ」

「そうそう。スペアなんだから大人しく隅にいってろ」

 

 ――随分とまあ威勢のいい連中もいるんだな。

 

 国防の一端を担う魔法師は、早くから社会の役に立つことを求められるようになって久しい。

 魔法師は若年層ほど成長著しく、また実践教育、実地訓練の速成効果を過大評価する現場人は少なくない。また統計的にも若いうちに作った子供の方が魔法師としての才能が継承されやすいというデータがある。それらの理屈が人手不足の社会と結びつくことで、彼らには十代のうちから成人と変わらぬ振る舞いを求められるようになった。付随する血統主義と、復活していた前時代的な家父長制度には、正直迷惑しているのだが。

 なんにせよ、20世紀末から21世紀初頭あたりの、気楽な子供時代というものは大分遠くなってしまっている。

 

 そんな社会の中、彼らのような連中がまだ生き残っていたことに、あなたは内心驚き、呆れつつも納得していた。

 どれほど成長を促したところで、経験を伴わない内面の成熟など無理がある。周囲の要求に応えて振る舞った今生のあなたに、徐々に腫れ物に触るようになっていった大人たちを思い出し、あなたは小さく笑った。

 周囲の生徒たちは無関心か、不快感を露わにするかの二通り。解説役の職員も、特に介入するつもりはないらしい。この程度のトラブルは学生同士で解決すべき、ということだろう。

 不愉快ではある。だが当事者ではない。さて、どうするか。

 

 

 だが、あなたが動くよりも前に、声を上げたものがいた。

 

「こういうのは早いもん勝ちなのよ」

「んだと!?」

 

 どけと言われた二科生集団の中から、明るい髪の少女が正面から反論していた。木で鼻をくくったような表情で、遅れてきた一科生を正面から見据えている。少女の隣には、驚いて彼女を宥めようと「エリカちゃん」と小声で語りかける眼鏡の少女。今の御時世にわざわざ眼鏡とは。霊子放射光過敏症だろうか?

 威勢よく怒鳴りつけた一科生も、エリカと呼ばれた少女の鋭い眼光に身じろいでしまった。大したものだと感心する。だが、これ以上放っておくのはまずそうだ。身じろいだことを恥とでも思ったのか、顔を赤くした一科の少年が掴みかかろうとする。面倒だが仕方がない――

 

――そこまでにしておけ。

 

 あなたは伸びかかった少年の右手首を掴まえ、もう一方の手をその肩に添えた。

 小さく首を振り、忠告する。

 

 少年はすぐに逃れようとするが、掴まれた右手も、軽く手の置かれただけの肩も、微動だにさせない。声を上げようとしても、緊張のあまり喉は瞬時に渇いてしまって、掠れた音を出すばかり。

 

――すまなかったな。

 

 身じろぐことすら出来ない一科生に代わり、あなたは小さく頭を下げた。

 

「別に構わないけど」

 

 エリカと呼ばれた少女は、もう気にしていないと軽く手を振って答える。

 あなたはただ頷き返した。

 

 

 一瞬の沈黙の後、誰かが「へえ」と小さく呟いた。空気が弛緩して、方々から小さなざわめきが生まれる。

 周囲の生徒たちから、さまざまな感情のこもった視線がシンに集まる。二科生からは感謝と感心。一科生からは驚きと妬み。職員だけはどこ吹く風よと手元の資料に目を向けていた。

 

 これで収まってくれれば良いと考えたのだが、ざわめきの中から「二科に味方するのかよ」「いい子ぶりやがって」などという声が聞こえるに至り、このまま見学というわけにもいかない空気が醸成されてゆく。

 溜息ひとつ。

 

 あなたは職員と生徒らに一礼すると、手首を掴んだままの少年を連れ、その場を離れることにした。

 真面目な学生に迷惑をかけるのは、あなたの本意ではない。

 気勢を削がれる形になった遅刻組が、それについて離れてゆく。

 

 

「なんかちょっと、達也(たつや)くんに似てたね」

 

 エリカと呼ばれた少女の漏らした感想に、周囲の二科生らが納得したように頷いた。




(20170528)内容修正
 上級生の始業日程の間違いを修正しました。


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#006 一科と二科

原作の場面説明やセリフをなるべく避けながら再現するのは大変です。


 授業を見学する予定だったのが、どうしてこうなったのか。

 あなたは左手で顔を覆うと、軽く頭を振った。

 

 ベンチのある中庭まで移動すると、少年を開放する。

 その頃には彼の頭もすっかり冷えて、呟くような声ではあったが「ごめん」と謝罪していた。

 

「改めて。僕の名前は1-Bの十三束(とみつか)(はがね)。よろしく」

 

 握手を求められたのであなたが応じると、十三束は年相応の――やや幼くも見える――笑顔を浮かべた。

 こうしてみると小柄で柔和な顔立ちの少年だ。さきほどの剣幕が嘘のように思える。思ったことをそのまま伝えると、「つい頭に血が上っちゃって」と照れくさそうに反省していた。

 

 聞けばやや特殊な魔法特性の持ち主らしく、プロの魔法師としてやっていけるのか、不安を抱えているように見えた。高い倍率を乗り越えて一科生として合格したことが、却って要らぬ気負いを生んでしまったのかもしれない。二科生への強い差別意識も、どちらかといえば追い抜かれまいと焦るあまりの過剰反応だったようだ。

 

 いささかシリアスな空気になってしまったところ、同行していた他の男子生徒らの一人が気持ちのリセットを促した。あなたにとっても好都合だったので、その流れに乗って彼らとも挨拶を交わし、雑談を始める。一人が近場に住んでいるというので、いきおい一高の近くで遊べる場所などの話になり、あれこれと益体もない話をしながら次の授業見学までの空き時間を潰す。

 その後は見学したい授業が別々だったので彼らとは別れた。彼らは総代を務めた少女を探しているらしい。

 

 あなたは魔法構造学の見学をした後、図書室へと足を向けた。

 

 

*  *  *

 

 

「これは一科の問題だ! 二科生ごときが口を挟むな!」

 

 あなたが図書室の端末で基礎魔法学の小事典を読みふけっていると、校門の方から怒りに膨れ上がったマガツヒを感じた。窓ガラスをかすかに震わせた怒鳴り声は、クラスで騒いでいた男子のものか。

 

――放っておいても良いのだろうが……

 

 とはいえ、一科と二科の溝を深めることは、あなたにとって何の利も無い。それに二科には無下にはできない実家の関係者がいるようだし、もし彼らが巻き込まれていた場合、後でもっと面倒なことになりかねない。祖父からうるさい小言をもらわないためにも、現場を見ておく必要はありそうだ。

 読みかけの小事典に後ろ髪を引かれながら、あなたは端末を終了させて図書室を出た。

 

 

 校門に駆けつける前に、周囲の状況についてざっと確認する。特に強いマガツヒの存在は無いかどうか。現代魔法にあるかは知らないが、古式魔法には励起や召喚といった形で悪魔に働きかけるものがある。万が一にもそんな魔法が行使された場合のことを考えたのだが、それらしき気配は感じられなかった。

 特に警戒を要する存在は無さそうだと判断し、改めて騒動の中心へと目を向ける。

 

 騒いで目立っているのは一科の男子生徒と、先程の栗色の髪の少女――エリカだったか――と一緒にいた、眼鏡を掛けた少女。よほど縁があるらしい。

 男子の後ろに五人の少年少女たち。全員が一科生。

 眼鏡の少女の後ろで、エリカが彼女を煽っていた。その後ろに彫りの深いゲルマン系の少年が一人。こちらは全員二科生。

 

 あとは……司波深雪と司波達也の兄妹が寄り添っていた。彼らは二科生の側に立って、彼らに庇われるように距離を取っている。だが騒動の輪の中にいるのは確かだ。兄は忍術使いの弟子、妹はまがりなりにも新入生総代。マガツヒの巨大さを別にしても、彼らの動きには注視しておくべきだろう。

 その逆側、つまり一科生の側には何故か軽いパニックを起こしているらしい気弱そうな少女と、彼女を支えるように立つもう一人の少女がいる。気弱そうな少女の、どこか懐かしい気配が気になったが、うまく思い出せなかった。

 

 取り巻いている野次馬の中から、「またあいつらか」という言葉が聞こえる。どうやら昼休みにも食堂で騒動を起こしかけていたらしい。詳しいことは分からないが、「一科生が二科生に席を空けさせた」とか「二科が一科に逆らおうとした」とか。同じようなことをする幼児(おこちゃま)は、一人ではなかったようだ。

 

「何の権利があって、二人の仲を引き裂こうっていうんですか!」

「僕たちは司波さんに用があるんだ!」

「そうよ! 選択授業のこととか、相談することがあるんだから!」

「ウィードは引っ込んでろ!」

 

 売り言葉に買い言葉。どうも強く絡んでいるのは一科生の方らしいが、二科生の側も引く様子はまったくない。これはいくところまでいきそうだ。

 

 それにしてもこの選民思想、特権意識はどこから広まっているのやら。入学早々にこの有様ということは、学外にも暗黙裡に広まっている認識なのか、それとも彼らが個別に知り得ただけなのか。生まれ直してこの方、ろくに現代魔法師の社会に触れる機会がなかったあなたには、そうした話は聞こえてこなかったのだが。

 

 

*  *  *

 

 

 「これが才能の差だ」などと威勢のいいことを宣い、悠長に拳銃型CADを抜き放った一科生男子は、しかしあっさりエリカにその手の甲を打たれ、CADを弾き飛ばされている。才能の差とは何だったのだろうか。そもそも距離を詰めすぎだ。年の割にはよく動けていたと言うべきだろうが、あんな距離で拳銃型CADを抜き打ちするなら、バックステップでもして距離をとるべきだった。棒立ちではいい的でしかない。

 

 魔法の才能は分からないが、魔法師、戦士としての才能はあまりないのだろうな、とあなたは判断する。ならば泥臭い努力を重ねることでしか、その力を伸ばすことはできない。それが彼にできるだろうか。ここに集まっている一科生にできるだろうか。

 次の瞬間には「馬鹿な」「二科生の分際で」「ウィードのくせに」などと激昂している彼らに、それができるとは思えなかった。そもそも第一校舎の方からすぐにも闖入者がありそうな気配ではないか。それにすら気が付いている様子はない。あなたはある()()の多難さに眉根を寄せた。

 

 

 次々にCADを取り出す五人の一科生。対する二科生たちもすぐさま攻撃態勢に入った。後列で汎用型CADを取り出したのはまだわかる。だが前列で白兵戦に長けた相手に特化型CADを取り出すことの愚かさを学習しなかったようだ。あっという間に距離を詰められ、叩き落とされていた。

 

 ふと目をやれば、先程までパニックを起こしていた少女がいち早く魔法の発動体制に入っていた。ここで発動を許せば、魔法科高校の敷地内とは言え傷害の意図を疑われるだろう。面倒事になる前に抑えるため、あなたは【マカジャマオン(魔法封じ)】を発動しながら少女の正面に移動し、CADのついた手首をつかんで止める。

 

――落ち着け。大丈夫だ。

 

 驚き身をすくめた少女の瞳をじっと見つめ、あなたは声をかける。

 

「…っ。はい!」

 

 あなたが少女の目を見て小声で制止すると、その一言に少女は元気よく頷いて動きを止めた。

 あまりに従順すぎるその素振りに違和感を感じている時、背後では再び混乱が起こっていた。一科生が発動しようとした魔法が、ことごとく失敗に終わっていたためだ。あなたの【マカジャマオン】が場の一科生全体に広がった結果なのだが、それに気付くこともなく次の瞬間には二科生の少年少女に殴り倒され、蹴り飛ばされている。

 

 その様子に緊張の糸が切れたのか、気弱げな少女はその場にへたり込んでしまった。傍に居たもう一人の少女もしゃがみ込み、彼女を支えるようにする。いきおいあなたもしゃがみ込んで、二人で少女の様子を見ると、彼女はわけもわからず涙を流していた。よほどストレスがかかっていたのだろう。付き添っていたもう一人の少女が、朴訥な声でゆっくりと宥めていた。

 

 どうやら任せておいても大丈夫そうだと、少女たちから騒ぎの輪へと再び視線を戻すと、

 

「そこまでだ!」

 

 騒ぎの外から駆けつけてきた闖入者のうち、いくらか背の高い方の大声が一瞬でその場を制圧した。




感想、お気に入りの登録、評価などありがとうございます。
気がつけばUA、評価ともえらい数字になって驚いたりビビったり。
とはいえマイペースで進めることは変わらないわけですが。

劣等生のストーリーをなぞりつつ、世界設定はメガテン風味な本作。
さすがに今のペースでの更新を続けるのは厳しいのですが、おっかなびっくりのんびりまったり続けていければと思っておりますので、今後ともお付き合いいただければ幸いです。


(20170706)誤字訂正
 銀太様、誤字報告ありがとうございました。
(20170327)誤字訂正
 5%アルコール様、誤字報告ありがとうございました。


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#007 苛立ち

この回はえらい難産でした……


「風紀委員長の渡辺(わたなべ)摩利(まり)だ。事情を聞きたい。全員ついて来なさい」

 

 ただ一緒に帰ろうとした二科の兄と一科の妹。それを妨害しようとした一科生に、彼らを退けようとした二科生。

 整理してみると酷い図式だ。彼らがどう釈明するつもりか傍観していると、ふと闖入者の小さい方、柔らかに巻いたロングヘアの少女の視線に気付いた。入学式で祝辞を読んでいた、生徒会長の、確か……七草(さえぐさ)真由美(まゆみ)嬢。

 

 はてなと首を傾げてみせると、彼女はあなたをビッと指差す。それからその指で野次馬たちに解散を命じている風紀委員長を指差し、にっこりと笑ってみせた。

 あなたが自分を指差してみると、うんうんと頷く。それから風紀委員長を指差すと、先程よりもうちょっと強い調子で頷いた。渋面を作ってみせると、両手を煽りあげるように立って立ってとジェスチャーを示す。

 「一緒に来なさい」ということのようだ。

 

「なにしてるんだ真由美……」

「参考人に来てもらえないかなーと思って」

「参考人?」

 

 何が楽しいのかにこにこと笑みを浮かべる真由美に、摩利は呆れた声を出していた。まき散らされていた威圧感が、妙にほのぼのとした空気に塗りつぶされてゆく。

 その隙を突くかのように、渦中にあって隠れるように息を潜めていた少年――司波達也が口を開いた。

 

「すみません。悪ふざけが過ぎました」

「悪ふざけ?」

「はい。森崎一門のクイック・ドロウは有名ですから。最初は見学のつもりでしたが――」

 

 森崎一門。

 クイック・ドロウ。

 ……確か身辺警護を専門とする現代魔法師の家門、だったか。

 以前、(宗家)の縁で南條財閥のパーティに出席した折、警護役にそんな紹介を受けた記憶がある。

 

 あなたがそんなことを考えている間にも、達也は風紀委員長の詰問をうまくはぐらかしていた。

 

「――ほう。では他の生徒たちがCADを操作していたのも、同じ理由からか?」

「この距離では体を動かしたほうが早い、と言った生徒がいたもので」

「ふむ」

 

 達也の言葉に、わずかに考え込むような素振りを見せた摩利に、笑顔のままの真由美が「もういいじゃない」と追い打ちをかけた。

 

「本当にただの見学だったのよね?」

「はい」

 

 真由美の笑顔に、達也の鉄面皮が応じて、

 

「では会長もこう仰っていることなので、今回は不問とします。以後このようなことのないように」

「魔法の行使には細かな規則や制限があります。生徒だけで魔法の発動を伴う自習活動をすることは、控えたほうが良いでしょうね」

「次同じことをすれば厳罰に処す。心するように。では、解散」

 

 上級生から注意とお小言を貰って、

 これでこの話はおしまい。

 

 

 ……の、はずだったのだが。

 

「あ、君にはまだ聞きたいことがあるから」

 

 生徒会長はあなたの腕に絡みつくと、やけに冷めた声でそう告げた。

 

 

*  *  *

 

 

 何重にも広がっていた人垣が解れ、下校する生徒の波へと変じてゆく。

 その最中、最初にCADを抜いた一科生――森崎(もりさき)駿(しゅん)と言うらしい――が、達也に「お前を認めない」だの「司波さんは僕たちと一緒にいるべき」だのと一方的に宣言していた。あなたにはその振る舞いが、どうにも常軌を逸しているように思えてならない。

 

 さっさと姿を消した五人は分からないが、未だにわめき散らしている森崎と名乗った一科生には注意が必要だろう。

 この手の騒動の種は、不完全燃焼のまま放置すると碌なことがないものだ。今はまだ、言葉にすることで自身に言い聞かせているだけかもしれない。だが、いずれ客観を主観が塗りつぶし、大きな歪みを抱えるようになる。司波深雪にどれだけ力があるかは知らないが、まだ年若い少女に過ぎないのだ。良からぬ企ての標的にされないとも限らない。

 万が一、それで兄妹に()()されたら何が起こるか分からない。【パトラ(沈静化)】の魔法は一時的な精神異常の回復には機能するものの、根本治療にはなりえない。どうしたものか……

 

 

 これは本来なら、あなたが責任を持つことではないだろう。

 彼らと極力関わらないようにしようと考えてから、まだ半日も経ってはいない。そのことにあなた自身も気付かないではなかったが、しかし最悪の事態について思い至ってしまった。次いでその回避策についても。

 

 それはかつて「お節介な無精者」だの「人間避雷針」だのとからかわれた気性の表れ。

 そしてもう一つ、あなたの内に吹き荒ぶ感情が綯い交ぜになったものだった。

 

 

 入学式前の、司波達也に向けられた言葉。

 一科と二科で分けられた玄関。

 昇降口から教室まで、一科生と二科生が互いに行き交う通路は一つもない。

 今日のオリエンテーションで確認した、一科と二科の受講環境の格差。

 そして一科生の間に蔓延する、おかしな特権意識。

 

 あなたが入学してから、たった二日である。

 たった二日の間に見せつけられたこれらの格差、否、()()()()に、あなたは自覚の無いまま憤りを溜め込んでいた。

 

 それは義憤などと呼べるものではない。

 あなたはただ、気に入らなかった。

 

 それが何故かは分からない。

 前世の価値観の残滓なのか、トウキョウで散々見せられた理不尽の記憶か、過酷な戦いを生き残った経験によるものか、今生になってから受けた前時代的な教育の賜物か。

 あるいはそこに、あるささやかな祈りに反するものを感じ取ったのかもしれない。

 

 

 あなたは大きく息を吐くと、苛立ちをそのままに、これからとるべき行動を脳内でざっと再確認する。

 左腕をひしと抱き込んだ生徒会長に一言断りを入れて離れると、弾き飛ばされたCADを拾ってホルスターに収め、今なお去りゆく二科生たちの背を睨みつけていた森崎の背に声をかけた。

 

 

「なんだ」

 

 彼の鷹揚な名乗りをはっきりと聞いていなかったあなたは、ぞんざいに彼を呼び止めた。だからだろう、相手の受け答えもまた、先ほどまでの苛立ちを隠さないものになっている。もっともこれから喧嘩を売ろうというのだから、それで構わないのだが。

 森崎一門について、あなたの勘違いでないかどうか。まずはそのことを確認する。

 

「そうだ。僕も何度かやっている」

 

 先程の恥を雪ぎたいのだろう。殊更に胸を張り、自信満々にそう宣う。

 だが、あなたがこれからしようとしていることは、それを恥の上塗りに変えてしてしまうものだ。その執着に付け込むように、あなたは口舌の矢を放った。

 

 

――森崎の要人警護とは、相手を肩書だけで判断して勤まる仕事なのか。

 

 

「!!」

 

 あなたの口撃に言葉を返せなかった彼は、肩を怒らせ顔を真っ赤にしてあなたを睨みつけていた。

 何か言おうとしているようだが、言葉にならないらしい。

 歯を食いしばり、両の手は拳を強く強く握りしめた。

 ひどく充血した両目からは、血涙すら流れそうなほどだ。

 

 まるで頑是ない子供を虐めているように思えた。

 あまり気持ちのよいものではないなと、あなたは再びため息を吐く。

 

 それでもあなたの口は、口撃をやめなかった。

 

 

――そんな有様で、一科だ二科だと()()()()()()()()をしている余裕があるのか。

 

 

 人修羅(あなた)という概念(カタチ)を守護する【玉座】と、とある神格との契約のマガタマ(マサカドゥス)により、あなたの精神はボルテクス界での戦いの日々からこちら、変化に乏しいものとなっている。

 感情が損なわれているわけではないが、感情が昂ぶっても()()()()()()自分の意志で静めることができるようになっていた。

 

 熾烈な戦いの中でも取り乱すことのない強靭な精神。

 それは確かに大きな助けになったものだ。

 だが同時にそれは、あなたの心の変容を――言い換えるならば()()を――阻害するものでもあった。

 

 転生した今生においても、未だその軛から逃れることはできていない。そのため、ボルテクス界で悪魔たちと渡り合っていた頃のまま、横柄な物言いをしてはトラブルを招くことも少なくはなかった。

 

 

――何故「自分たちと一緒にいるべき」などと言ったのか。

 

 

 前世では、そうした面倒とは縁遠かった。

 実力主義の幼馴染は、自ら啓いたヨスガのコトワリに従い、あなたを主と認めていた。

 しかめっ面で人間観察を愉しむ若きMハゲは、自身に都合のよい距離を保っていた。

 運命に翻弄され疲れ果ててしまった友人は、強烈すぎる個人主義でそれを受け入れた。

 あなたの口調や態度についてとやかく言ったのは、祐子先生くらいだったろう。そんな彼女にしても、引け目からかそれほど強く諫言することはなかった。

 

 だが古式魔法師としての家門に縛られた今生では、そうもいかない。

 結果として幼い頃から幾度となく面倒を被ることとなり、あなたは努めて無口になった。そうすることで、目論見どおりトラブルに巻き込まれる回数は減少した。

 

 

――何故「自分たちのほうが優れている」などと思ったのか。

 

 

 しかし、それはトラブルシューティングの経験を積む機会を逃してきたということでもある。どうにも加減を見誤るようになってしまったことも事実だった。

 

 あなたには、この場で再び騒動を起こすつもりも、他所に飛び火させるつもりもない。だがそのためには、煽りの程度をコントロールする必要があった。経験に依拠する調整能力を、あなたは持ち合わせてはいなかった。

 現に今も、自身の内にある苛立ちを静めようとは思わなかった。その勢いで相手の矛先がこちらへ向かえばそれで良い。それくらいに考えていた。交渉にもっとも必要とされる冷静さを、あなたは最初から手放してしまっていた。

 

 故にこの時も言葉が過ぎてしまう。そして……

 

 

――お前にとって魔法とは、ただ威張り散らすための身飾りか。

 

 

「そういうお前はなんなんだ!!」

 

 ……激昂した少年は、一度はホルスターに戻したCADに、再び手をかけた。



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#008 生徒会室へ

今回はちょっと短めです。


「そういうお前はなんなんだ!!」

 

 拳銃型CADをあなたに突きつけ、怒りに顔を赤黒くした少年は怒鳴りつけた。

 怒りに震える右手は、今にも引き金に指をかけようとしている。

 拳銃型CADは、素早い照準を要する戦闘用のツールだ。当然、そこには攻撃性の魔法が収められている。それを構えた当人の様子を加味すれば、本来なら今すぐ鎮圧されるような状況だ。

 

 だが誰ひとりとして身動きすることは無かった。

 それどころか野次馬の中からは、あなたを批難するような眼差しの存在すら感じられた。

 とはいえ今さら退くわけにもいかない。

 そもそもその必要があるとも思えなかったのだが。

 

 あなたが小さく息を吐くと、内なるマガタマが身震いをして、波立つ心が瞬時に静まり返る。

 急変する心に当初は却って混乱したものだが、今となっては慣れたもの。

 拳銃型CAD(凶器)を向けられ一触即発の事態であることを全く感じさせない、呆れるほどの無表情で言い返した。

 

 

――クラスメイトだよ。

 

「は?」

 

――君と同じ1年A組になった、間薙シンと言う。

 

 滲ませた涙と汗を左腕で拭った森崎は、瞬間呆けた顔を再び激怒に染めると、右手のCADの引き金に指をかける。

 

「馬鹿にするのも大概に――」

「やめなさい!」

 

 今まで静観していた生徒会長(真由美)も、流石に放置はしておけなくなったようだ。森崎のCADをサイオンの弾丸で撃ち抜いて彼の魔法を強制終了させると、大喝して制止する。

 瞬間、状況を正視できる程度には判断力を取り戻した森崎は、震えの治まらぬ右手を、自身の左手で無理やり押さえつけた。

 

 先ほどといい、上位者の声には素直に応答している。あるいはそうした()()を受けてきたのかもしれない。ならば問題は彼の指導官にある。

 先程の指摘は的外れだったかと、あなたは少しだけ後悔した。

 

「魔法科高校の敷地内とは言え、攻撃性の魔法を人に向けることは、犯罪行為です。先ほど警告したはずですよ」

「……はい」

「間薙君も。もう少し謹むように。言葉が過ぎます」

 

 この場は喧嘩両成敗ということになるようだ。あなたは小さく頭を下げた。

 

 

 森崎はCADをホルスターに戻すと、姿勢を正して生徒会長に深く頭を下げていた。そうした作法は、さすがに上流階級(おえらがた)を相手にする要人警護の人間だけあって、実に堂に入っている。たっぷり3秒ほどそうした後、「それでは失礼します」ともう一度、軽く頭を下げてその場から去っていった。

 

 去り際、すれ違いざまに「次は容赦しないぞ」と小声で告げられた辺り、怒りが収まった様子はない。

 どうやら最低限の目的、矛先を自分へと変えさせることには成功したと判断していいだろう。

 

 

*  *  *

 

 

 未だ残る好奇の目を避けるように、広場の隅にあるベンチまで移動する。

 真由美は当然のように並んでついて来たが、何故か先ほどの気弱そうな少女と、彼女を支えるように寄り添うもう一人も、こちらの様子を伺いながらもいくらか離れて後をついてきていた。

 正直よく分からない状況になってしまったが、気にしても仕方がない。まずは礼を済ませておくことにしよう。

 

 森崎については意図した結果を得られたことに感謝し、あなたは謝罪の言葉とともに再び真由美に頭を下げた。今度は先ほどよりも丁寧に。

 彼女は苦笑いを浮かべている。まるで反省の色の見られない、あなたの面の皮の厚さに。

 

「こういうときは、もう少し済まなそうな顔をするべきじゃないかしら? ……まあいいわ。やろうとしてたことは、なんとなく分かるから。それだけにあんまり強くも言えないのよねえ」

 

 「お姉さん困っちゃう」と続けて頬に手を添え、可愛らしく()()を作る生徒会長。そのコケティッシュな仕草に、こましゃくれた小悪魔(リリム)を思い出して、あなたの頬がわずかに緩む。真由美は「あら」と何かに気付いたように表情を変え、居心地が悪そうに視線を彷徨わせる。

 あなたたちの様子を横目に見ていた下校中の生徒たちが、なにやらざわめき立っていた。携帯端末で写真を撮っているものもいるようだ。が、あなたは気にしないことにして、話題転換を促した。決して現実逃避ではない。

 

 

――それで、御用は?

 

「えっと、そうですね。それでは生徒会室まで――」

「あ、あのっ……私も同席させてもらっていいですか?!」

 

 真由美に手を取られ、連れ立って歩き出そうとした時のこと。横合いから飛び出してきた人影は、真由美に向かって大きな声でそう尋ねた。尋ねるというより、もはや脅迫や威圧と言ったほうが良さそうな勢いではあるが、それでも嫌悪を感じさせないのは、彼女の押し出しの弱さの故か、それとも人徳か。

 あなたはもちろん、彼女が先ほどからタイミングを伺っていたことには気付いていた。どうしたものかとは思っていたが、少々空気を変えたかったこともあったので、誘い水を向けた形だ。

 彼女が飛び出してきてくれて「丁度良い」とあなたは思った。その時は。

 

「あなたは?」

「一年A組、光井(みつい)ほのかです! さっきの参考人なら、私も」

 

 決然とした面差しには悲壮な雰囲気すら漂わせ、先ほどの従順さや脆さが嘘のように、クラスメイト(光井ほのか)は猛然と生徒会長にくってかかっていた。

 そんな少女の様子にあきらかな戸惑いの表情を浮かべ、真由美はあなたを見上げる。だがその瞳の中には、小悪魔の性根が見え隠れしていた。まるで今の状況を面白がっているように、あるいはどこか嗜虐的な色を漂わせ、眉をひそめて目だけで笑うという器用なことをしてのける彼女に、どう答えたものかと途方に暮れる。

 なんだか余計に面倒なことになってしまったような気がする。

 

 こういうとき、男は余計なことをしない方が良い。あなたが数十年の人生経験と、そして数多の女悪魔たちとの交渉(TALK)で得た真理だ。

 だから生徒会長が

 

「放免で終わらせた件ですし、あまり時間をかけたくないので」

 

 と柔らかに拒絶しようが、目に力を入れて必死な様子の一年生が

 

「でも視点は複数あったほうが良いと思います」

 

 と言い募ろうが、放っておくつもりだった。

 ここで真由美が反感を買ってでも権限を行使して拒絶するのか、ある程度のところで妥協をするのか。生徒同士のトラブルに対して、生徒会がどういうスタンスをとっているのか知りたかったということもある。(あとで明かされたことだが、時間をかけたくないと口にしたのはあくまで断るための口実で、実際には必要ならばいくら時間がかかってもかまわないと思っていたらしい)

 なので生徒会長が「わかりました」と承諾した時も、特に驚くことはなかった――無事に終わってよかったと、内心で安堵することはあっても。

 

 だから少女の隣で怪訝そうな面持ちのまま、彼女とあなたを見比べるように視線を往復させる、もうひとりの少女については特に気にしなかった。話が決着したタイミングで当然のように「じゃあ私も」と名乗り出てきた時も、そういうものかと特に口を挟まずにいた。

 その後、四人で生徒会室まで移動することとなり、その道すがらに互いに名乗りを交わした。彼女も同じく新入生で、1年A組の北山(きたやま)(しずく)と言うそうだ。

 




(20170410)誤字訂正
 244様、誤字報告ありがとうございました。


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#009 現代魔法

魔法理論はメガテン世界とのクロスオーバー要素が強いため、本作の独自設定ということで。


 生徒会室は一般教室の半分程度の広さに、奥には会長のデスク、中央に大きな長机、入って右側の壁面には自動配膳機(ダイニングサーバ)、左側の壁面には物理モニタの設置された席がいくつか並んでいる。書類棚は事務用の大型のものが一つだけ。この時代、資料は基本的にデジタルデータとしてコンピュータ上に管理されているため、慣習的に紙で情報を扱ういくつかのイベントの資料くらいしか必要がないのだ。

 生徒会室では二人の少女たち――会計の市原(いちはら)鈴音(すずね)、書記の中条(なかじょう)あずさ――がそれぞれデスクワークに励んでいた。

 

「それじゃあ、適当に席についてくれるかしら」

「「「失礼します」」」

 

 促されて三人は長机の席に着く。奥から順に、あなた、ほのか、雫と並んで座ると、対面の席に真由美が座り、早速先ほどの騒動についての質疑応答が行われた。

 ほのかと雫が一通りの話を説明し、いくつかの質問がやり取りされる。二人ともなるべく客観的であるよう話を進め、感情論は極力少なく抑えるなど、冷静な話しぶりだった。そのため途中から手を休めて話を聞いていた会計、書記の二人も感心したように頷いている。

 

 そうして経緯の確認は――途中、あなたがほのかを止めに入った場面については、ほのかに代わって雫が補完するなどの一幕もあったが――思いの外スムーズに片がついた。

 真由美が「ごくろうさまでした」と口にしたところで、話題はあなたへと移る。

 

 

*  *  *

 

 

「それじゃあ間薙くんは、最初は居なかったのね?」

「何を読んでいたの?」

「君はそんなに成績は悪くなかったはずだけど……」

「それでなのね。小論文があの分量になったのは」

「間薙くんはご実家では――」

 

 真摯に話を聞いていたこれまでとはうって変わり、真由美はあなたに矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。

 感情の高ぶりを収めてみれば、無口がくせになっているあなたのこと。つい短く答えてしまうものだから、彼女もそうせざるを得なかったのだろう。後になって思えば、最初の問いにもうすこし丁寧に答えていれば、そんなことにはならなかったかもしれない。これまでの事情聴取を黙って傍観していたことも、質問者にそうさせた一因だろう。

 

 ともあれ、あなたは彼女の問いに一つずつ、偽ること無く答えていった。騒ぎが起きたときには図書館にいたこと、それまで現代魔法の小事典を読んでいたこと、現代魔法の用語と既存の研究に疎いこと、結果として入試の小論文が規定いっぱいの分量になったこと、自分が()()古式魔法師の家に生まれたこと、などなど……

 お陰でなにをどう話したものかと思い悩む必要はなくなったのだが、騒動の話に至るより随分と手前で脱線してしまっている。

 流石にどうかと思い、あなたは現状について一つ確認をすることにした。

 これは質問なのか、それとも尋問なのか。

 

「え。ええっと……そうよね。ごめんなさい、いろいろと気になっていたものだから」

 

 あなたの問いに、どことなく雰囲気が重苦しいものへと変わる。生徒会長のみならず、同席していたほのかと雫、また話を聞いていた鈴音、あずさたちも、一様に押し黙ってしまった。

 

 

 どうにも気まずい空気を変えるため、あなたは少し譲歩することを考える。気になる言葉もあったことだし。

 

――ところで、気になっていた、とは?

 

「あのね。入試の成績のことで、君ともう一人、職員室でも話題だったのよ。すごいアンバランスな新入生がいるって」

 

 アンバランスな新入生。

 どういう意味だろうか?

 

「一人は、筆記の成績はほぼパーフェクトなのに、魔法力は合格者の中でも下から数えたほうが早いくらいの生徒。もう一人は、筆記は合格平均よりちょっと良い、くらいなのに魔法力のずば抜けてる生徒」

 

 あなたは後者なのだろう、ということは分かる。魔法科高校はエリート校である。それは基礎学力の面でも変わりはしない。よって一般科目の問題については相当ハイレベルな()()()だったのだろう。あなたもそれなりに自信はあったが、誇れるほどではなかったということだ。

 そして入試の設問には基礎学力の他に、それまでの人生で現代魔法に触れてきた人間かどうかを分けるような設問もあった。前世における基礎研究の知識と、今生で学んだ古式魔法の知識しかないあなたは、それらに半分ほどしか答えられなかった。

 だが筆記と実技試験の結果に差が出ることが、それほど大きく取り沙汰されるものなのだろうか?

 

 あなたが「はあ」と生返事を返すと、これまで静かに聞いていた会計、市原鈴音が小さく手を上げ「よろしいでしょうか」と初めて口を開いた。

 

 

「通常、魔法力は現代魔法学の理解を基礎に磨かれるものです。実技試験は行使する魔法から、必要になると予想される変数を認識し、起動式に与えて素早く正確にCADに読み込ませ、また返された魔法式を展開する必要があります。勿論それらは無意識下にある魔法演算領域で行われるものですから、感覚的なものが要求される面もあります。ですが基礎理論が分かっていなければ情報の取捨選択が出来ず、焦点も合わず、CADに未整理の変数まで読ませようとしてしまいます。また魔法式についての理解が足りなければ、展開に手間取って処理が遅れることになります。今年の総代の司波深雪さんも、筆記の成績は非常に優れたものでした。その彼女に匹敵する処理能力と干渉力を持っている貴方が、筆記の成績は今ひとつだったので――」

「担当者は機器異常を疑ったそうよ」

 

 あなたは入試の際、何故か時間を置いて三度の試技を要求された理由を初めて知り、納得した。と同時に、ならば事情を説明してくれれば良かったのに、とも思う。

 それが顔に出たのか、真由美はくすりと笑ってから、眉を寄せて説明する。

 

「折角いい成績が出たのに、計器がどうとか言われたら、不機嫌になる人もいるでしょう?」

「年齢的にも、まだ魔法力が安定していない受験生は多いですから。未成年者が試技を繰り返すと、二度目の試技は六割程度の確率で結果は悪くなり、以降安定した数値になるまで更に数度の試技が必要になる、というデータもあります。計器を変えて三度とも、誤差10ミリ秒以内というのは、明らかに異常です」

「リンちゃん?」

「失礼しました」

 

 真由美のぼやけた説明が、鈴音の直裁的でいささか険のある言葉で補足される。

 その言葉の強さに生徒会長が小さく窘めれば、鉄面皮の会計は表情を変えずに頭を下げた。

 この生徒会の人間関係が見えてくるやり取りだ。

 今度はあなたが笑ってしまった。

 

 

 入試で使用されたCADは、五工程の移動系魔法式が一つだけセットされた専用のものだった。

 起動式に必要となる情報は、対象となる台車の現在位置、台車の速度、台車が走るレールの終点の三点のみ。受験生はただ台車と終点を目視し、サイオンをCADに吸引させるだけで、あとはCADに保存された起動式が処理してくれる。元より魔法行使の訓練などしたことがない受験生も少なくないのだ。難しいことは何もない。

 

 あなたは現代魔法との接点がほとんど存在せず、CADの使用も片手で足りるほどしかなかったが、試技をしている受験生たちを見ていてCADの性質は理解できた。

 言うなればそれは()()()()()()()()のようなものなのだろう。

 

 

 およそ一世紀前、月光館学園の()()が自身のペルソナを呼び出すために使っていた召喚器。

 あれはあくまで自身の内に潜むペルソナ――自身に内在する()()の可能性――を強く励起するためにしか使われていなかったが、考えてみれば現代魔法の理論に置き換えても、さほど矛盾がないように思える。

 つまり起こしたい現象のイメージを起動式とし、魔法演算領域に有る魔法式を可能性(ペルソナ)として呼び出し、魔法(ペルソナ能力)として事象改変を行う、というロジックだ。

 

 前世で奈良の研究所にいた頃、あなたも実験として何度か扱ったことがあった。だが人修羅として完成されているあなたに、可能性などという()()()()()()()は存在しない。

 結果として、実験はただあなたが()()()()()、しかも弱々しい魔法を行使した、というそれだけで終わってしまったため、あなたはすっかり忘れていたのだが。

 

 現代魔法研究にはあの召喚器を開発したエルゴ研も深く関わっていたのだし、あるいは本当に召喚器を出発点としているのかもしれない。

 その理解が正しいのかどうかは、定かではなかった。ただそう理解してCADに触れた結果が、まがりなりにも一科生という成績に表れているのだと考えれば、それほど間違ってもいないように思える。

 

 

 あなたはふと視線を感じて隣へ目をやると、ほのかが瞳を輝かせてあなたを見上げていた――目が合った途端にものすごい勢いで体ごと視線を逸らされてしまったが。瞬間、彼女の肩越しに見えた雫のジト目に異様な迫力を感じて、今度はあなたがそっと目を逸らす。

 そうしてもう一度ほのかの横顔を見やって、ようやくあなたは思い出した。

 

 「()()()」とは人造魔法師開発実験()()()()()の開発コードだ。確か(コウハ)系魔法に調整されたニギミタマと子供を使った合体実験。つまらない用事であのMハゲ男に呼ばれた際、()()行われていたそれに臨席させられた際には、随分と憤ったものだった。その時は偶然成功したから良かったものの、もし失敗していたらと考えると今でもゾッとする。

 あの実験は成功率は低いものの、成功時の成果が期待以上のものであったため、未練たらしく十年ほど続けられたそうだ。

 

 彼女はあの子供(ミツイ)の血筋なのかもしれない。そう思って【アナライズ】してみれば、彼女のマガツヒには穏やかに微笑むニギミタマの気配が混じっている。名前と気配、そして外見的に一致する点も少なくない。確かなことは分からないが、可能性はそれなりに高そうだ。

 そういえば、あの子にはやたら懐かれたものだった。

 

 

 現代魔法師の開発は、かつて繰り返された失敗の多い悪魔人間の製造から、より安全で量産可能な方向へと舵を切ったのだろう。遺伝子に残された悪魔の血の可能性を、魔法として呼び起こすという方法。

 確かにこの方法なら、より安全に魔法を行使できるのだろう。少なくとも異能者の血統を守り、危険な儀式によって幼児のうちから覚醒を促さなければならない古式魔法より早く、そして大量に魔法師が生産できるはずだ。

 

 少数の人間が実験で死ぬことは無くなったが、より多くの人間が魔法師として危険な立場へと送り込まれるようになった。どちらがより人道的と言えるのだろうか?

 あなたはそんなことを考えていた。




※エルゴ研:
 『ペルソナ3』に登場。正式名称は「エルゴノミクス研究所」。内情は桐条グループ傘下の超常研究機関。原作ではペルソナ能力の研究をしていたが研究所はある事故によって壊滅している。本作でも同様の事故は起こっているが、何者かの支援を受けて後に再建された。


今回で書き溜め分が尽きてしまいましたので、以降は不定期(原則月曜更新)となります。
一応、次回分くらいまでは間に合うと思いますが、色々と予定が詰まってまして……スミマセン。
今後とも気長にお付き合いいただければ幸いです。

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(20180304)修正
 * 副会長 → 会計

(20170417)誤字訂正
 244様、誤字報告ありがとうございました。


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#010 小休止

本題に入る前のあれやこれや。




 事情聴取だったはずのものが、いつの間にやらただの雑談、お茶会のようなものにすり替わっていた。

 そうなってみると、少々居心地が悪い。何しろ同席している五人全員が思春期の少女たちである。その話題は華やかなものから明け透けなものまでさまざまだ。もちろん、ボルテクス界では女悪魔たちに散々翻弄されてきたあなたが、別段心を乱されるようなこともないし、今さら女性に対するイメージがどうこう、などと言い出すことはない。

 だからといってその話題に乗れるかといえば、そう上手くいくわけでもないのだ。

 

 何度か話題を振られ、質問を投げかけられ、あるいは意見を求められたりしては、それなりには答えたつもりだった。だがどことなく会話の勢いを殺してしまった感は否めない。その都度真由美(小悪魔)に混ぜっ返されたり、ほのか(仔犬)に励まされたり、(舌鋒)にチクリと刺されたりしていた。

 少女たちの関心があなたから離れたと思わしき頃、あなたは独り、難しいものだと瞑目して空を仰いだ。少女たちはその様子に気付いていたが、それぞれの想いを表情に浮かべるに留め、敢えて触れようとはしなかった。

 

 

 会話中、あなたは自身についてひとつ、気付いたことがあった。

 あなたは同性に対しては苗字で認識するのだが、異性に対しては名前で認識している節がある。やり取りの中で相手を名前で呼んでしまい、やんわりと窘められたことで、初めてそれに気が付いた。

 

 家名を背負うのは男性にのみ与えられる責務である……言い換えると女性が家名を背負うことを認めない、とするのは古い家父長主義によって血統を維持してきた古式魔法師の慣習だ。そしてそれは()()古式魔法師の家門たる橘家、その分家の間薙家においては厳しく躾けられる礼法であった。

 前世とのギャップに首をひねりながら、今生の社会に馴染んでいく過程で自分なりに理由を見出し、身につけた習慣だった。しかしそれは古式魔法師の社会の中だけの常識に過ぎず、一般人のみならず、現代魔法師の間でも些か非常識であったようだ。

 

 実際、日本現代魔法師界の頂点たる十師族の中にも、女性が家長を務める家門がいくつもあるくらいだ。特に同家の人間が複数いて呼び分ける必要がある場合を除けば、やはり苗字で呼び合うべきだという。

 あなたは今生の十五年余の歳月を、ほぼ古式魔法師中心のコミュニティの中でのみ過ごしてきた。現代魔法のみならず、あなたの知らないこと、知らなければならないことは山ほどあるようだった。

 

 

*  *  *

 

 

「今日はこのへんでお開きにしましょうか」

 

 長机に置かれたカップの中身も何度か空になり、窓の外も大分薄暗くなった頃、真由美の言葉でようやくそのお茶会はお開きということになった。

 生徒会会計と書記の二人は途中で席を離れて仕事をあらかた片付け、いつでも帰れる状態だ。

 あなたもこれからの帰路をどうするか、ぼんやり考えていた。

 だから続けられた真由美の申し出に、あなたは意表を突かれることとなる。

 

「あ、間薙君は残ってね。大事な話があるから」

 

 

「え、それって――」

「どういうことですか!?」

 

 この言葉に最初に反応したのは、意外にも中条あずさであった。背が低く顔立ちも童顔と、パッと見には小中学生くらいにしか見えない十六歳(センパイ)であるが、これで五人の少女たちの中でも特に色恋沙汰に耳聡いところがある。誰それの片想いがどうの、ハンゾー君は鈍いからだの、という話になった際には鼻息荒く絡んでいた。今もあなたと真由美とを交互に見ながら目まぐるしく変わる表情は、見ていてとても微笑ましい。

 

 次に反応したのは、やはりというか、光井ほのかだ。驚きのあまり、思考が停止した一瞬の分だけ言葉が遅れた。真由美の言葉に食って掛かりつつ、あなたの制服の裾を掴んでいる。小さくて柔らかな手だ。とても戦う人間のそれではない。

 

「生徒会長、年下趣味?」 

「年下って……」

「でも間薙さん、あんまり年下に見えない」

「うん。お父さんみたいな」

「ほのか、ファザコン?」

 

 横から朴訥な言葉を投げかけたのは、北山雫。すぐにほのかが反応すると、それまでの張り詰めた空気を打ち破り、あっという間にぐだぐだな雰囲気が醸成される。顔を真っ赤にしてこちらをチラチラと盗み見る親友をからかいながら、彼女自身も一目あなたに視線を送ってきた。

 物言いたげな熱視線に、あなたの身の内にあるサタンのマガタマが震える。

 

 二十五個のマガタマに秘められた数多ある人修羅の権能(ギフト)の一つ、マガツヒを通じて直接的に意思疎通する【ジャイブトーク(以心伝心)】が、雫の「これは貸しにする」「ほのかを弄んだら許さない」という思いをあなたに理解させた。警戒されているのだろうが、これ以上の混乱は御免蒙りたいあなたにとっても、ひとまずほのかの気をそらしてくれるならばありがたい。小さく頷き、了承の応答とした。

 一見便利そうなこの権能だが、対象者の意識の表層をごく断片的にしか読み取ることは出来ず、こちらの意志が正しく伝わったのかも判別できない。また読み取るにせよ伝えるにせよ、そのタイミングも思い通りにはならない。人間の意識はそれほど強固な一貫性を持たないため、意味の繋がらない情報しか得られないことも多いのだ。そんなものを過信すれば、より大きなトラブルを招くことになりかねない。

 故にあなたはこの権能を、自分から進んで使おうとはしなかった。

 その名に相応しく、サタンの権能は主にすら悪しき誘惑の種を蒔くのだ。

 

 真由美と鈴音はなにやらアイコンタクトを交わし、鈴音がため息と同時に頷いたことで、話がついたらしい。鈴音は「ではお先に失礼します」と軽く一礼すると、浮ついた後輩たちを促し、押し出すように彼女らと一緒に生徒会室から退室した。

 

 

*  *  *

 

 

 夕日も沈みかけて薄暗くなると、自動的に窓のブラインドが閉まり、室内の照明が点灯する。

 真由美はどこか心ここにあらずといった様子で、何かを操作した様子もない。予め設定されていたのか、室外から操作しているのか。

 

「お腹空かない? 何か、軽食でもどうかしら?」

 

 自動配膳機の傍まで歩み寄りながら、真由美が食事に誘う。

 時間のかかる話なのか、それとも気分を切り替えたいのかは分からないが、あなたはそれに乗ってみることにした。これといって拒否する理由もないし、以前の生活環境には無かったそれからどんなものが出てくるのか、興味もあったからだ。

 招かれてダイニングサーバの前に立ってみれば、タッチパネルに表示されたメニューは、種類はともかく個々の量はそれほど無さそうだ。筐体は大柄だが、それでも物理的な制限には抗いようもないのだろう。あなたはBLTセットに触れて、場所を譲る。真由美も同じものを選んだようだ。

 一分も経たない内に、トレイに載って注文通りのメニュー――BLTサンドにコーンサラダとカップスープ――が出てきた。あなたは前世でうら寂れた高速道路のパーキングエリアにあった、軽食の自動販売機を思い出す。あの時食べたハンバーガーにはしなびたレタス一切れすら無かったが、今の時代にはトマトですら瑞々しい。技術の進歩とは素晴らしいものだ。

 

 差し向かうように席に着いて、しばらく雑談を繰り返す。真由美の話題は学校近くの遊べる施設から女子に人気のスポット、個性的な指導教官のエピソードや、一高の部活動と部活連という組織について、学校施設の得する使いみちや生徒会運営の愚痴、それから俗に言う「九校戦」や「論文コンペ」の裏話など多岐にわたり、あなたを楽しませた。

 やがて食事も片付き、真由美が手ずから淹れてくれたコーヒーを飲みながら、軽く食休みとなる。本当に雑談のつもりだけだったのかとあなたが訝しむと、真由美は居住まいを正してあなたを正面から見据えた。

 彼女にとって、これからが本題なのだろう。

 

 

「ひとつ、聞いてもいいかしら?」

 

 そうあなたに尋ねた真由美の声音は、これまでの柔らかで陽だまりのようだったそれから、ほんの一息で吹雪のごとく冷え切っていた。ここに来る前、あの騒動の折にわずかに見せた、冷ややかに射抜くような瞳。

 

「先程の発動阻害は、アンティナイトですか? それとも領域干渉?」

 

 夜明けの湖岸を思わせる、冷え切った声音と澄み切った双眸。

 その時のあなたには、それこそが彼女の本質であるように思えた。

 




感想、お気に入り、評価、いつもありがとうございます。


プロットではこの場面はさっさと終わらせて本題をがっつり、となるはずだったんですが、登場人物が増えると勝手に動いてくれちゃって……
結果として予定より分量が増えてしまったので、キリの良いところで分割しました。
(おかげで次週更新分まで書けたわけですが)

こういうのは筆がのったと言うべきなのか、筆が滑ったと言うべきなのか。

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(20180304)修正
 * 副会長 → 会計

(20170501)加筆修正
 真由美に対する印象について、一部加筆修正しました。


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#011 魔法封じ(キャストジャミング)

あれこれ原作の設定面をフォローしていたら、文字数が再び倍近くなってしまいました。
(なかなかテンポよく進められない……)

引っ張ってしまってすみませんが、この場面はもう一話だけ続きます。


 日も沈んだ二人きりの生徒会室。

 あなたと向かい合う席に着き、居住まいを正した生徒会長が、やっと本題を切り出した。

 

「先程のあれは、アンティナイトですか? それとも領域干渉?」

 

 

 アンティナイトと領域干渉、そのどちらも魔法の発動阻害に関するキーワードである。

 

 アンティナイトとは、サイオンを流し込むことで無意味なサイオン波(サイオンノイズ)を発生させる特殊な合金のことだ。

 サイオンには情報体次元(イデア)にある情報体(エイドス)に干渉する機能がある。これに意味を与えてエイドスを改変するものが魔法式であり、魔法式によってエイドスを改変して物質次元(アッシャー界)の状況を改変するものが、現代魔法学の定義する()()という技術だ。

 そこに規則性のないサイオンのノイズが混ざってしまうと魔法式の構造が揺らぎ、エイドスに正しく機能することが阻害される。それによってエイドスの改変、すなわち魔法を無効化することが可能となる。アンティナイトはもっぱら、そうした魔法無効化技術(キャストジャミング)の媒体として利用されている。

 加えて魔法師は自身で魔法を行使するため、また害ある魔法を検知するためにサイオンの感受性が高くなければ務まらない。その感受性は意味のないサイオンに対しても機能してしまう。もちろん、その魔法師にとって慣れたもの、日常レベルのものであれば影響はないが、強力なものに対しては否応なしに体が反応してしまうのだ。結果、脳に強い負担がかかって集中力が乱され、モスキート音のように強度次第で頭痛を引き起こすことすらある。

 即ちアンティナイトとは、魔法師にとっての天敵に等しい。

 

 アンティナイトは未だ製法の分かっていないオーパーツだが、それさえあれば魔法師の無力化すら可能となりうる。魔法と魔法師の力に依存する現代社会の基盤を揺るがしかねない危険性を有するのだ。故に軍需物資として厳しく管理されており、一般には流通することはない。

 

 そして領域干渉とは、周囲の空間に改変内容を伴わない魔法式を展開することで、範囲内のエイドスが他の魔法式によって改変されることを阻害する()()()()とされる。

 これは魔法式は魔法式に直接干渉できないこと、また既存の魔法式の効果を打ち消すにはその魔法式と同等以上の干渉力が必要になる、という原理を利用している。逆に言えば領域干渉は、同格以上の干渉力を持つ魔法師を無力化することはできない。あくまで領域干渉を行った魔法師よりも弱い魔法師の力を制限するためのものである。

 領域干渉はれっきとした魔法であるため魔法師にしか使用できず、また前述の通りその強度は魔法師の干渉力に依存するなど、不確実な属人的要素が多すぎることから、実戦で使用されることは少ない。そもそも現代魔法師同士の戦いはどちらが先に魔法を当てるかで決まるというのが一般的で、相手の魔法を無効化するくらいなら相手を無力化する方が早くて確実と考えられている。

 

 

 真由美はあなたが騒動の最中に使った【マカジャマオン(魔法封じ)】に気がついていたのだろう。使用時にはまだ人垣の輪の外にいたはずの彼女が、一体どうやって()()()()使()()()ことに気がついたのかは分からないが、そうであるなら最初からあなたを()()()と言ったことも、先程、殊更あなた個人に関することばかり訊ねられた理由にも納得がいく。

 だが、その問いにはひとつ気になる点があった。

 

――他門の魔法師に、使用した()()の詳細について尋ねるのはマナー違反では?

 

 あなたは暗にアンティナイトではないことを匂わせつつ、そうした古い慣習に対する魔法科高校のスタンスを確認する。

 

 魔法は魔法師にとって生命線である。国際的に新魔法開発競争が激化の一途を辿っており、また世界大戦を経てなお戦火の冷めやらぬ世界で、国民は公共に尽くすべしとの認識が普及しているとはいえ、それが個人の権利を蹂躙しうる、という段階ではない。新魔法の技術を秘匿することは、魔法師が身を守る上でも当然の権利とされた。

 とはいえ魔法科高校は魔法大学付属だ。生徒に研究者としての責務を要求することも、建前上は不可能ではないだろう。かつて現代魔法師に積み重ねた叡智を奪われた古式魔法師は、だからこそ魔法科高校に対して不信の目を向け、子供らが魔法科高校へ進学することに強く反対するのだ。

 

 ちなみに、あなたはそれらを全て無視して一高へ進学している。当初は祖父をはじめとする家族のみならず、他家の古式魔法師たちからも罵詈雑言を浴びせられたものだ。だが裏で東道青波(エセ坊主)が彼らの反発を抑えるべく動いたそうで、しばらくすると彼らの論調は「我関せず」という程度までトーンダウンしていた。

 間薙家の魔法は一応()()()()()取り繕ってはいるものの、元より()()()()()()()()()()()()()()()ため、彼ら他の古式魔法の秘儀が漏洩することが無い。とやかく言われる筋合いは最初から無かったのだと、エセ坊主がドヤ顔で語っていた。

 あなたはそれで済んでいたが、吉田家の次男はどうだったのだろう? あなたの思考は横道に逸れかける。

 

 

 あなたの問いに、居心地の悪さを感じたのだろう。

 生徒会長はわずかに息を吐いて姿勢を正し、言葉を続けた。

 

「非礼は承知のうえで訊いています。これは魔法師の卵を預かる魔法科高校の運営にとって、非常に重大なことですから」

 

 そう言われたところで、結論から言えば、どちらでもない。

 あなたはアンティナイトなど持っていないし、どうすれば手に入るかも見当がつかない。また、もしも現場を見ていたのであるなら、()()()()()()()()()()()()【マカジャマオン】が領域干渉ではないことは分かったはずだ。それでも敢えて問うているのであれば、何か別の、確認したいことがあるのだろう。

 さて、どう答えたものか。あなたは自分の顎に手をやり、首をひねった。

 

 

 しばらく考えたものの、あなたは上手い答えを見つけることができなかった。

 だが尋問者(真由美)はあなたを凝視したまま、凍えた笑みを浮かべてあなたの答えを待ち続けている。

 仕方がない。あなたは直接回答することを避け、ワンクッション置くことにした。

 

――魔法科高校の運営にとって重要、とは?

 

 ようやく沈黙を破ったあなたの問いは、先ほどとは逆に、緊迫した空気をわずかに緩めたようだった。

 真由美は少しだけ視線を下げると、口元に手をやって何やら考える様子を見せた。

 

 今度はあなたが待つこととなった。そう長い時間ではなかったが。

 

 

「……そうよね。ちゃんと説明しないと。うん。

 今回この場を設けたのは、君の魔法阻害によって、生徒たちの中から魔法を失う子が出るのではないか。その危惧があるからです」

 

 どういうことだろうか?

 【マカジャマオン】の効果はごく一時的なものでしかない。そのような心配はないはずなのだが。

 いや、そもそも【マカジャマオン】に限らず、マガタマ由来の魔法は悪魔の使う神秘の現象(わざ)。現代魔法学の区分に合わせるなら、魔法以前の超常現象――いわゆる()()()――に相当する。その性能は個人の才能やさまざまなコンディションに左右されるものであって、一度見ただけで判別できるような代物ではない。

 となると魔法の発動が阻害されるという現象()()()()が問題なのか。

 

「ええ、できればその力についても詳しく知りたいけど、お願いしたら話してもらえるのかしら? ……なんて、ごめんなさい。個人的にも立場的にも興味はあるけど、今は聞きません。

 でもお願いだから、他の人にも話さないでね。その力は、間違いなく混乱を招きますから」

 

 あなたは無言で頷いてみせた。

 あれはあなたの切り札の一つである――先ほどは彼らには気付かれまいと高を括って使用したが、軽率だったことは現状を顧みれば明らかだ。敢えて同じ過ちを繰り返すつもりも、ましてや切り札をひけらかすつもりも毛頭ない。それは誰が相手であれ同じことだ。

 

 あなたの同意に、真由美は大きな溜息を吐き出す。

 それから胸元に手をやり、何度も深呼吸を繰り返しながら、拳を握りしめて小さくガッツポーズ。顔には喜色を浮かべていた。

 

 彼女がこの場でどれほどの緊張を味わっていたのか、あなたには知りようもない。今の合意ひとつが、彼女にとってどれほどの価値を持つのかも。だがその喜ぶ様に、不快なものは何もなかった。気を緩めるわけにはいかないが、彼女のその様には悪意らしきものが感じられなかったからだろう。

 だからあなたは、ただ頬杖をついて彼女の様子を眺めていた。

 

 あなたの様子に気がついた彼女が、小さく咳払いをして姿勢を正すまで、一分と経ってはいない。だがその時間は彼女が余裕を取り戻すのに充分なものだったようだ。余分な力の抜けた自然な様子で、真由美は軽口を叩いてみせた。

 

 

現代魔法師の名家(ナンバーズ)、それも現十師族に連なるものとしては、もっとちゃんと追求したりしなくちゃいけないんでしょうけど……でも、なんとなくだけど分かるわ。君が本当に拒絶するなら、私たちにはどうすることもできない。でしょう?」

 

 そう言って斜に構えて口元に人差し指を当て、冗談めかして大袈裟にウィンクまでしてみせる生徒会長。もはやアナクロですらあるそのコケティッシュな仕草は、しかし不思議と愛くるしいものに映った。

 




(20170731)誤字修正
 * 東堂青波 → 東道青波


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#012 はじまりの約束

これでこの場面は一段落となります。やっと導入が片付いた……



 これまで張り詰めていた空気が弛緩したところで、コーヒーを入れ直して場を仕切り直す。

 あなたがハンカチを差し出しながら指摘したことで、初めて真由美は自分の額に大粒の汗が浮かんでいたことに気がついたようだった。疑問、呆然、驚き、含羞と、目まぐるしく表情を変えてゆく。

 受け取ったハンカチで額を拭い、「洗って返すわね」と制服のポケットにしまった彼女からは、冷ややかな気配がだいぶ薄らいでいるように見えた。

 

 緊張の緩んだ生徒会室で、真由美の「魔法師が魔法を失うケースについては、知ってるかしら?」との言葉から再び真面目な空気になる。

 第二ラウンドといったところか。

 

 

「原因とされるものはいくつか有るんだけど、一番多いのは()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()ことね。これは成人して精神が安定してくれば起こらなくなるんだけど、逆に未成年の、多感な時期には起こりやすいことなの。おかげで毎年ごく少数ではあるんだけど、魔法を失って学校を自主退学していく生徒がいるのよ」

 

 年齢と超常能力の相関関係は、昔からよく言われていることではある。

 超能力は大抵の場合、幼児から思春期、つまり未成年者のうちほど強く、成人するに従ってその力を失っていくものだと知られている。実際、ペルソナ使いは精神の成熟とともに、誰もが力を失っていったものだ。あなたの知る限り、例外はワイルドと呼ばれた、あらゆるペルソナを使いこなした少年一人だけだった。

 魔法師だけが何故違うのかは分からないが、この場はひとまずそういうものだと理解しておけばいいだろう。

 

 とにかくこれで話がつながった。

 つまり彼女は【マカジャマオン】――あなたは個人を対象にする【マカジャマ】を使えない――で魔法を封じられることにより発動に失敗し、生徒たちが自分が魔法師であるということ、魔法を行使できるということが信じられなくなってしまい、それによって生徒が魔法技能を失う可能性について危惧しているのか。

 確かにそれは魔法科高校の運営上、重大な問題だろう。

 

 だが彼女の次の言葉は、そんなあなたの推理をあっさり飛び越えたものだった。

 

 

「つまり間薙君。あなたが現在かけられている嫌疑は、あなたが将来この国の有力な人的資源となるべき魔法師の卵たちを、卵の内に潰そうとしている()()()()()の手先か、あるいは他国の工作員ではないか? そういうことなの」

 

 

 反魔法組織とは、魔法師および魔法という技能を使用することに反対する組織の総称である。その理由を旧来的な信仰に依拠するか、あるいは純粋に魔法師という()()()の脅威とするか、それらとはまた別の思惑があるのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、力を持てばあるいはコトワリの一つになりうるのだろうか?

 だが世界的に魔法師の育成が奨励され、軍や警察組織に多く配属されている現状もあり、魔法先進国の中で彼らを支持する人間はそう多くはない。そして民衆の支持を得られない組織の常として、彼らの活動は過激化を一途を辿っていた。故に反魔法組織といえば現在ではテロリストと同義語とされる。

 

「といっても、今の段階でそんなことを考えているのは、たぶん私だけなんだけどね。あなたが()()をやったことに気付いた人って、他にいてもあと一人か二人くらいだろうし。

 でもあなたの力に気がついたら、きっとそう考える人間は出てくる。それを否定するのが難しいことは、分かるわよね?」

 

 確かに筋道が通っている()()()()人間は必ず出るだろう。それがただの言いがかりや思い込みに過ぎなかったとしても、あるいはだからこそ自身の正しさを疑わず、あなたを糾弾する人間は必ず現れる。そしてあなたにそうでないことを証明する手段は無い。それは消極的事実(ないこと)の証明、()()()()()と呼ばれるものだ。

 

「だからお願いなんだけど……その発動阻害の力、少なくとも学園内では使わないでください。もちろん生徒にも」

 

 なるほど、一考する価値のある提案だ。完全に使うな、と言うのではない。あくまで生徒に被害が及ばぬよう、また学校に知られることのないようにせよ。それは提案の名を借りた警句であった。

 あなたとしても、魔法師の数をやたらに減らしたいとは思っていない。魔法という力による人類社会の変革が見たいあなたにとって、魔法師の数はむしろ増えるべきだとすら思っているのだから。

 

 とはいえ、【マカジャマオン】はあなたが自身の身を守るための手段だ。いくつもある内の一つとは言え、他者に制限されることを、そう容易く納得できるものでもない。

 あなたにとって現代魔法は未知の領域である。マサカドゥスの護りは()()無敵であるが、それでもいくつかの抜け道が存在することを、あなたは身をもって知っている。単騎で挑みかかってくる神格(BOSS)より、群れて襲い掛かってくる雑多な悪魔の方が手におえないことも少なくはないのだ。それに魔法師相手に何かを守る必要が出た際には、魔法封じは最も汎用性の高い手段だ。おいそれと手放して良いものではない。

 

 そして何よりそれが、あなたの苛立ちの原因となっている連中、自己研鑽を怠り、他者を貶め、足を引っ張る輩のためである、ということに納得がいかない。

 確たる意志を持たないまま、仮初の力に溺れ、慢心する。彼らに期待できるものがあるのだろうか。魔法師の数と育成については別の方法を考え、むしろ彼らには退場してもらうという判断が有っても良いのでは?

 

 あなたの不信と不満は、知らず表情に表れていた。

 真由美は小さく息を吐くと、ゆっくり、力強くあなたを正面から見据える。コーヒーブレイクを挟んで緩んでいた緊張が、再び室内に充満する。あなたの気配に一度は怯えの色を浮かべた彼女は、しかして震える手指を握りしめ、決然と前を向く。その眼差しには不退転の決意が表れていた。

 

 

「魔法師の家に育った君にとっては幼くて、信じるに値しないかもしれない。私も七草の家に生まれ育った者として、正直、そう思うことはあるわ。でも、もう少し長い目で見てもらえないかしら? 確かに魔法師は力ある者として責任を持たなくてはならないけど、私たちはまだ未成年(こども)なのよ」

 

 

 それはただの言葉としてなら、美しくはあっても力は無い。あなたの心に響くことはなかっただろう。

 だが実際のところ、その言葉はマガタマの加護すら越えて一瞬、あなたの心を揺さぶっていた。

 あなたの脳裏には忘れていたあの日の景色が、かつてボルテクス界より帰還したあなたが、あの先生(ひと)に叱られた時のことが鮮明に思い起こされていた。

 

 

『あの戦いを生き抜いた()にとって、この世界で生きる人間なんてちっぽけでつまらない存在だと思うかもしれない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 一度は諦めた私が、君に支えられた私がこんなことを言っても説得力無いかもしれないけど。でも君はまだ()()を知り尽くしてはいない。()()()()()()()()()()がこの世界の神であっても、()()()()()()()()()()()はまだ未成年(こども)でしかないんだから』

 

 

 あの時も、あなたは人間たちに憤っていた。

 戦うことをせず、数多の理不尽に抗わず、ただ唯々諾々と状況に流され、空虚に笑う人々。

 ボルテクス界から戻ったばかりのあなたには、世界中の人間がそういう存在にしか見えなかった。

 こんなもののために戦ったのかと、あなたの戦いを否定された思いだった。

 

 だがそれは一方的な決めつけにすぎないのだと、小人(こども)の視野狭窄にすぎないのだとあの先生(ひと)は言ったのだ。

 それが正しかったのかどうか、あるいはその場凌ぎの言葉に過ぎなかったのか、今はまだ答えは出ていない。

 なにしろあなたはたったひとりの人間のことすら、知り尽くしたとは到底思えないのだから。

 

 それは戦いに明け暮れた人修羅(アクマ)人間(ニンゲン)と交わした約束。

 前世の()()()が産まれ直した日の記憶。

 今生に産み落とされてから、何故か忘れていた大切な記憶。

 

 

 あなたの気配が変わったことに気付いたのかどうか。

 七草真由美は少しだけ声のトーンを下げ、再びあなたに請願(おねがい)した。

 

「だから、ね。もう少し時間をもらえないかしら?」

 

 たとえば彼女はどうなのだろう?

 戦士としての彼女が、凍てつく双眸の妖精女王(ティターニア)であろうことは、ほぼ間違いない。それは戦いの日々で磨かれ、数多の悪魔を屈服させてきたあなたの確信だ。

 騒動をおさめた際の彼女のあり方も、女王の振る舞いとして遜色ない。

 あずさや鈴音、ほのかたちとのやりとりでもそうだった。他の妖精、女悪魔らと姦しく笑いあっていた姿をありありと思わせたものだ。

 だが、本当にそれだけなのだろうか。

 あの時に見せた小悪魔めいた振る舞いを、あなたの前で靭やかな精神を見せている彼女を、一言で片付けることはできるのだろうか。

 

 あの森崎という男子や、彼と行動を共にした、特権意識にまみれた一科生たちはどうだったろうか。

 彼らの行動が幼稚なものだったという評価に変わりはない。

 そんな愚かな行為を繰り返していた彼らだが、それだけが彼らのあり方とは限らない。

 森崎は憤りながらも生徒会長の指示には従ってみせたが、あれは上位者に対する態度なのか、あるいはまた別の基準によるものなのか。

 確かなことは分かっていない。

 

 十三束は、エリカは、どうなのだろうか。

 あなたは何ひとつ、知りはしない。

 

 【アナライズ】で分かることは、戦う力と(マガツヒ)の気配、それだけだ。それをどのように使うのか、心のあり方までは知ることはできない。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 性急に決めつけ、可能性を摘むのは早いのかもしれない。

 まだまだこれから変われる可能性は十分にある。そのために学校という箱庭が有るのだということを、今更ながらに思い出す。

 それはあなた自身にとっても同じことなのかもしれない。

 必要とあらば一歩を踏み出すべきなのだろう。

 

「約束してくれるなら、今回のことと、その力については私の胸一つに収めておきます。後でビデオ宣誓してもらう必要はありますけど。でももし、それができないということであれば、君には退学してもらわなくてはなりません」

 

 彼女から出された提案は、彼女の立場になってみれば妥当どころか、むしろ甘すぎるとすら思えるものだ。さまざまな思惑が有るにせよ、それは彼女の善意によるものだろう。力の込められた眼差しには、もはや悲壮感すら漂っていた。優しげな面差しの中に潜む決意。それはかつてボルテクス界で先生に見た()()を、思い出さずにはいられない。

 その手を振り払うという選択肢は、最初からあなたの中には無かった。

 

 

――約束しよう。

 

 あなたが右手を差し出すと、彼女はそれに応えてありがとうと笑った。




沢山の感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
気付けばUAも10万件を超えるなど、全く想像していなかった状況に正直ビビっていたりもしますが(汗)
細切れの時間をやりくりしながら書き足していたストックも完全に尽きてしまいましたので、今後は不定期更新となります。(更新は原則月曜に予定しています)
今後とものんびりお付き合いいただければ幸いです。

なお、次回更新は他キャラ視点による複数の補足エピソードになる予定です。


(20170508)誤字訂正
 まーぼう様、誤字報告ありがとうございました。


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#013 *4月8日 司波達也

達也の能力について、一部設定を追加、改変しています。



「……アレは何だ……」

 

 

 西暦2095年4月8日。

 新入生総代となった司波深雪が、入学式の最終確認のために二時間早く登校するのに合わせ、兄の司波達也も一緒に家を出た。

 だが二科生である彼には、式のリハーサルでやることなど無い。忙しなく働く教職員らにとっては単に邪魔になるだけだということで、彼は校舎の中庭のベンチで読書をしていた。

 

 

 二、三年生らは二日早い4月6日から既に始業していた。

 始業といっても入学式のようなセレモニーも無く、ただ先だって告知されていたクラスの教室へ向かい、指導教員の紹介を受けただけ。もちろん二科生にはそれすら無い。

 それが終わったら早速履修科目の登録を行い、二時限目からは必修科目の授業が始まるのだ。()()()()()()()()()()()のではなく、()()()()()()()()()()()のが、この国における効率化であった。

 

 そんな中で一人、中庭で悠々と端末を片手に読書を楽しむ新入生を見かけたら……少々言葉にしづらい気分にもなるだろう。

 達也は別に楽しんでいたわけではないし、彼にとってはまったく関係のないことだが、上級生らは前年度の成績と、それを基準にしたクラス分けという洗礼を受けていた。三年生は当然、二年生でも進路について意識せざるを得ない。もちろん彼らも少し考えれば、達也が入学式まで時間つぶしをしていることには思い当たるだろうが、それはそれとして目に入れば皮肉の一言も言いたくなるというものだ。

 もっとも、当の達也はそうした気持ちを想像していなかったようだが。

 

「あの子ウィードじゃない?」

 

 案の定、達也にも聞こえるように、そんなことを言った上級生が現れた。外廊下をショートカットしていたのだろう、三人の女子生徒たちだ。それぞれ手にしていた情報端末から目を上げ、達也にチラリと視線を向ける。すぐに視線を逸らしつつ、聞こえる程度の小声で会話を続けていた。

 

「こんなに早くから。補欠なのに、張り切っちゃって」

「所詮スペアなのにねえ」

 

 隣のベンチに寝ていた男子が体を起こし、キョロキョロとあたりを見回していた。

 彼に気付いたのか、上級生らがなにやらジェスチャーをして見せ、足早に去っていく。おおかた機嫌を損ねたとでも思ったのだろう。その男子の胸元には一科生の証、花冠(ブルーム)の刺繍が入っていた。

 

 そして何の気なしに【精霊の眼(エレメンタルサイト)】、即ち空間のエイドスを直接知覚し解析する()()を発動した達也は、初めて覚えた感覚に身を震わせる。

 そこにあったものは、達也の【眼】をもってしてもただ()()としか把握できない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただそれだけだったのだ。

 

 

*   *   *

 

 

「どうかなさいましたか、お兄様?」

 

 帰宅後、達也は珍しく物思いにふけっていた。

 もちろん深雪を疎かにするようなことはしない。兄としてガーディアンとして、達也にとって深雪という存在は全てに優先するのだから。だが普段よりほんの少しだけ、気遣いに欠けていたのかもしれない。あるいは深雪の鋭敏さが、兄の異変を余さず察知したということだろうか。

 

「なんでもないよ」

「そんなお顔で仰られても、深雪は騙されません」

 

 達也は普段通り、深雪にしか見せない柔らかな笑顔で答えた。

 だが、深雪は頬を赤らめそっぽを向きつつも、追求をやめようとはしない。

 

 入学式が終わった後、エリカや美月らと話していたところを見咎められてから、深雪は少々情緒不安定になっている。達也はそう感じていた。あからさまに拗ねてみせたり、今のように問い詰めようとしたりと、()()()()の気質が前面に出ている。それを厭うことなどありえないが、先々のことについて少し考えを整理したかったので、一つ一つの反応はわずかに遅れがちになっていた。

 

「入学式の時から、お顔の色が優れません。何か……あったのでしょうか?」

 

 だが達也が考えていたより、深雪の目は鋭かったようだ。冗談交じりの()()()()()などよりも前に、達也(じぶん)の異変に気が付かれていたとは……

 

「すまないな、心配かけて」

「あ。いえ、そんな……」

 

 達也は深雪の頭に手を乗せ、優しく髪を撫でると、深雪は照れくさそうに俯き、小声で応えた。

 深雪はそれだけで、もう何も言えなくなってしまった。

 可愛い妹がそうなる行動を、ほとんど考えること無く達也は実践している。そして深雪は敬愛する兄がそうする時、全てを委ねて間違いはないと信じていた。兄妹の間に積み重ねられた経験と信頼のなせる業であろう。それを見た他人がどう思うか、などという些事に興味はない。

 

「でも、そうだね。少し疲れたかもしれない。早めに休むことにするよ」

「わかりました。ではお兄様、お休みなさい」

 

 

*   *   *

 

 

 自室に戻ってドアに鍵をかける。ベッドに横になり、達也は目を瞑って自分のエイドスにアクセスした。

 

 達也の持つ固有魔法【再成】は、対象エイドスの情報を最大24時間まで遡ることを前提とする。【再成】は対象エイドスの時間を遡り、過去の一地点のエイドスの構造情報を取得。これを現在のエイドスに上書きすることで対象の状態を復旧する。これによって達也は現代魔法では不可能とされている()()()()()()()()()を――損傷から24時間以内という制限はあるものの――可能としていた。

 ただし【再成】によってエイドスの時間を遡る際、達也は擬似的にそのエイドスに反映された刺激をも知覚することとなる。エイドスを遡るためにかかる時間は非常に短いものだが、それは対象が感じていた苦痛を高圧縮した状態で知覚するということだ。強靭な精神力をもって特殊な耐性訓練をもクリアした達也をしてなお、このダメージを完全には無視することはできない。そのため達也はこの魔法の存在をひた隠しにしてきた。

 そしてこのエイドスを遡る効果を応用することで、達也は24時間以内に自身の肉体が知覚した五感情報に限り、再び()()()()()ことができた。この応用魔法を彼は【知覚遡行】と名付けた。

 

 【知覚遡行】を達也は、自分がまったく意識していなかった情報を知覚し直すことができるもの、と考えていた。喧騒の中で聴き逃していた小さな音、視界に入っていながら気付けなかった小さな物、鉄さびの臭いの中に混じった香水の香りなど、その時には不要なもの(ノイズ)として記憶に留めなかった情報を発見する。それだけの魔法だ。もちろん有用ではあるが、大抵の場合、そうして気付いたそれは手遅れであることが多い。

 ただし自身の負傷を【再成】によって回復した場合、エイドスを上書きすることで()()()()()()()()()期間の知覚情報にはアクセスできないし、どういう理由か他者のエイドスの苦痛以外の知覚情報にアクセスすることもできない等、不便な点も少なくない。

 そのため達也はこの応用魔法を、一日で消えてしまう頼りないメモ帳程度のものと認識していた。彼は自身がこの魔法を無意識に、より有効に活用していることに全く気付いていない。

 

 

 自身のエイドスに対して【知覚遡行】の魔法を発動すると、すぐに該当する時間のものまで遡ることができる。【精霊の眼】を使用した瞬間まで遡り、視界に入ったものへとピントを合わせる。

 そして再度困惑する。その()()の在り方に。

 

「……何なんだコレは……」

 

 その男子生徒のエイドスが有るはずの座標には、それをすっぽりと包み込んで余りある巨大なサイオンの塊が不気味に蠢いていた。魔法師としてずば抜けたサイオンを保有する達也をして、比較しようもない高密度、大質量のサイオンは、その中にあるはずのエイドスを視ようとする達也の【精霊の眼】を力強く阻んでいた。

 ならばそのサイオン塊を解析しようと注視しても、あるものは瞬く間に消え去り、またあるものは次の瞬間には別の記号とすり替わっている始末で、何かしら意味のある集合体なのではないか? と見当をつけるのが精一杯という有様だ。

 

 達也はそれをできる限り克明に記憶すると、時系列をわずかに進める。

 

 

 その後に多少のやりとりをしたことは覚えていたが、具体的な内容については記憶していなかった。

 改めてその時のやりとりを体験し直す。

 MAG(マグ)。オーラを見る能力。古式魔法師の技能……警戒すべき要素が見え隠れしている。

 

 達也のエイドスを読み取られてしまえば、自身の持つアドバンテージを失う可能性がある。そして万が一にもその特異性を知られてしまえば、達也自身に火の粉が降りかかるかもしれない。

 

 達也はこの国秘蔵の()()()()()()だ。それは単独で戦況を一変させうる力を持つ、最上級の()()()()に与えられる称号である。力を欲する組織にとって、彼の存在は垂涎の的だろう。また達也は四葉の()()として、いくつもの極秘任務に参加し、敵対する者たちを容赦なく()()()きた。大損害を被った組織は恨み骨髄であろう。

 彼らが手段を選ばず達也を追い詰めにかかることは想像に難くない。

 

 それはつまり、達也の秘密が万が一にも敵対組織に知られてしまえば、最愛の妹を巻き添えにしてしまう可能性も、また唯一の妹を守ってやれなくなる可能性をも孕んでいるということだ。看過できることではない。

 

 

 最大の問題は、その能力が霊子放射光過敏症のように個人の特性ではなく、あくまで技能であるということだ。

 現代魔法全盛の現代においてなお、古式魔法の使い手はそれなりの数存在する。現代魔法に適正がなくても古式魔法なら使える、という魔法師も少なくないのだ。もし彼らがあの男子生徒の言う能力を身に着けていて、それが自分の秘密を暴き立てる可能性を有するとすればどうか。あるいは将来的にその技能を多くの魔法師が身に着けたとしたらどうか。

 

 そうなればもはや()()()()()()()という問題ではなくなってしまう。

 それ次第で今後の立ち回りについても検討しなければならないだろう。

 

 まずはその可能性、危険性について確認しておくべきだ。達也はそう判断した。

 早い段階でバレてしまう危険性が高ければ、早急に()()する。

 そうでなければ、情報を集めることだ。

 




次回も達也視点になります。


(20170529)誤字訂正
 244様、誤字報告ありがとうございました。

(20170530)内容修正
 日時の表記ゆれ、改行を修正しました。


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#014 *4月9日 司波達也

今回はちょっと傍点がウルサイかもしれません。


 4月9日。

 朝早くに起きた達也と深雪は、二人揃って九重寺へと顔を出した。

 何かと世話になっている住職に、進学の報告をするためだ。

 

 

 山門をくぐり、階段を登って境内へ。激しく踏み固められた白土の庭に差し掛かると、達也は深雪を待たせて先を歩き、予想通りに襲撃を受ける。九重寺の門人等による手荒い歓迎であった。

 それらをいなす達也を尻目に、八雲は深雪の背後から突如として姿を表し、驚く彼女の制服姿に欣喜雀躍して両の手をわきわきと(うごめ)かす。深雪はそのいささか変態めいた悪ふざけに怯えて達也(ガーディアン)を呼び寄せ、ここにおよそ早朝の軽い運動とは程遠い、苛烈な手合わせが発生。八雲が「体術では達也くんには敵わないかもしれないなぁ」などと軽口を叩いた隙に、達也が一本を取る一幕があった。

 

 一高入学と入学式でのこと、早速できた友人と達也のデート疑惑など、他愛もない雑談を交わす深雪と八雲。こういう時、達也はからかわれることで笑いを提供する。まったく本意では無いのだが、愛する妹が笑顔になるなら安いものだと言葉を飲み込む。そんな時、わずかに深雪の笑顔が曇ることに、彼は気付いていない。

 そんな二人の様子に「達也くんは鈍いからねえ」と八雲が笑えば、深雪は苦笑を浮かべて「お兄様は小さなことにお心を惑わされたりはしませんもの」と、同意とも否定とも取れない賛辞を口にする。それもまたいつもの事だ。

 

 

「達也くん。あまり早まったことをしないようにね」

 

 去り際、唐突にそんなことを言い出したのは八雲だった。

 

「なに、一般論だ。大したことじゃあない」

 

 怪訝な顔を浮かべた深雪に八雲は笑って答えたが、山門を出てから校門までの間、達也は何度も深雪に心当たりを尋ねられることとなった。

 

 

*   *   *

 

 

 一般科目の授業は基本的に端末を介したオンライン授業で行われる。感覚的には先行して録画されたビデオを見ながら自習するようなものだ。途中、何度か抜き打ちで授業内容から質問があり、その回答の速度と正答率とで態度が評価される。定期試験のようなものは無く、成績はオンライン授業の結果のみで決められる。

 教室には教職員も同席せず、第三者によるチェックが存在しない環境である。生徒同士で答えを教え合うことなど日常茶飯事であり、真面目に授業を受けない生徒も少なからず存在する。だがもとより魔法科高校において、一般科目の履修などは対外的な建前の面が大きい。標準化された公平な(デジタル)評価が優良なものであるなら問題とはされなかった。

 

 達也は既に高校卒業程度の学力は有しているため、一般科目の授業時間はもっぱら自習(ナイショク)の時間となる。授業態度を評価する抜き打ちの質問は、講義の音声が途切れたタイミングで画面を確認すれば足りた。

 故に空いた時間は思索に費やすのが常であった。それが高校進学二日目の授業だろうが変わりはない。

 

 オンライン授業を垂れ流す端末とは別に、持ち込んだ私物を使って「()()」なる言葉について横断検索を掛けてみても、該当しそうなものは、いわゆる霊子(プシオン)発見以前の仮説で使用された鉱物の名前、くらいのものだ。

 2020年代、人体にも微量ながら含まれる磁鉄鉱(マグネタイト)と、人間の精神活動に何らかの因果関係があるのではないか? という幾つかの論文は確かに有った。一部の()()古式魔法師(オカルティスト)たちが怪気炎を上げたこの研究プロジェクトは、古い霊場との関係性を提唱されたことで大きく民俗学方面へと方向転換したようだった。本来の研究は非物質粒子プシオン説の提起とともに下火となり、プシオンが発見される以前に自然消滅したらしい。

 

 あの男子生徒は「マグの量に驚いた」と言っていた。それが言葉通りの意味なら、体組成を視たということになるだろう。だが達也の肉体は一般的な現代魔法師のものと大差はないはずだ。そこから秘密がバレるということはありえない。

 しかし彼はその後で言い換えるためにオーラやプシオンを持ち出していた。となると彼なりの慣用句として用いた、と考えるほうが妥当か。

 

 あの男子生徒は、この研究の関係者の縁者か何かなのだろう。古い言葉をことさら使いたがるのは、歴史や伝統といった無形文化を尊重する(ありがたがる)古式魔法師によくある習性だ。

 あるいはその線からなにか分かるかもしれない。

 とはいえ現状ではより優先順位の高いことが存在している。

 検索結果を端末に保存して記憶に留め、達也はプシオン及び霊子放射光過敏症に関する論文を呼び出していく。それらが自分の秘密を暴きうるものなのか。達也は自身のエイドスに現れる情報と照合しながら、()()()()()()()()()()()自身の【精霊の眼】に軽い苛立ちを覚えた。

 

 その後、その日の一般科目の時間を全て費やしたものの、結局のところ時間も材料も不足した現状では結論は出せない、ということを再確認しただけであった。

 

 

*   *   *

 

 

 下校時、校門前でつまらない騒動に巻き込まれた達也は、その場で再びあの男子生徒(アレ)を目撃した。達也はわずかに身を固くし、深雪に訝しげな眼差しを向けられてしまう。

 アレは騒動の最中、光波振動系魔法(目眩まし程度のものだったが)を使おうとした女子生徒を、CADの操作中に止めたのだ。人垣の外から野次馬の群れを抜けて瞬時に割って入ると、CADを操作する手を掴んで声をかけ、中断させていた。

 自己加速術式でも使っていたのか、その速さは達也をして瞠目に値するものであった。

 

 達也は深雪を抱き寄せ、注意深くその場から離れようとする。

 血気に逸ってCADを取り出した一科生たちの巻き添えにされないように。

 何よりアレに気取られないように。

 

 

 騒動に背を向けたままのアレが、空いていた片腕を軽く背後へと振る。

 五指を開いたその仕草を、達也はまるで動こうとした自分たちを制止するもののように思えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何かしでかすつもりなのか。

 達也はいつでも飛び退けるように身構え、兄の様子に気づいた深雪は密かにCADを取り出した。

 だが次の瞬間、警戒する達也が【精霊の眼】にとらえたのは、人垣の外からアレめがけて撃ち込まれたサイオン弾、そしてアレを中心にドーム状に広がるサイオン波だ。女子生徒の魔法を阻害しようとしたのだろうサイオン弾は、広がりゆくそのドームに触れた瞬間、まるで溶け込むように消えてしまった。

 

 瞬く間に広がったドームは、この騒動を取り巻く人垣をすっぽり包みこんだところで停止し、そのまま留まり続けている。

 

 血迷った一科生たちが展開しようとした魔法式もまた、ゲートを出てそのサイオン波に触れたそばから溶け崩れるように自壊していった。

 

 イデアにもこの場に展開された魔法式などは見当たらず、領域干渉などでもありえない。

 サイオン波の波長も、もちろんアンティナイトを介したキャストジャミングとは違う。魔法師なら誰もが持ちうる、ごくごく自然なものだ。どこか()()()()()()()()()()()()()ようでもある。

 ただそれが広くドーム状に広がっている。ただそれだけの異常。

 

 だがその自然なサイオン波のドーム、特殊な構造なども見当たらないそれが、魔法という力と、それにまつわる現象を押さえ込んでいた。

 まるでドームの中だけ()()()()()()()()()()()()()()()()かのように。

 

 

 それは達也をしてまさに理解の埒外であった。

 

 

 達也が茫然自失となったわずかの時間に、エリカが伸縮警棒で、レオが右拳で一科生たちのCADを叩き落とし、あるいは術者自身を次々に殴り倒してゆく。

 騒動はこれで収まるだろう。先ほどサイオン弾を撃ち込んだ誰かが、もうじきここにたどり着く。しこりは残るかもしれないが、互いにCADを抜き、力を揮ってしまったのだ。それはもう仕方がない。

 

 そんなことはどうでも良い。

 それよりも(たつや)には今、試しておきたいこと、否、試さなければならないことがあった。このドームがサイオン波で出来たものであるなら、それに抗する手段を達也は持っている()()()。その有効性を()()()()()()()()()()()()()()

 

 もちろん危険はあるだろう。

 だがアレは件の古式魔法師の技術をオーラを視るものだと言った。それが言葉通り視界に依存するのであるなら、背を向けている()()()()()。それにアレが自身の作り出したドームによって魔法を無力化しているのならば、それが展開されている今はむしろ安全が確保された状態と言える。緊張が緩んでいる()()()()()()()()()()()

 なにより次にこの異常と遭遇する機会がいつになるのか分からない。決定的な状況で場当たり的な対処を迫られるより、多少のリスクを負っても今ここで調べておくべきだ。()()()()()()()()()()()

 

 

 抱きかかえた深雪を、自分の体でアレの視界から隠れるように移動させる。

 それに合わせてなるべく自然に、達也自身も半身になる。この先の動きを極力見せないために。

 アレに反応はない。取り押さえた女子生徒の肩に手をやり、隣の誰かと話しているようにも見える。

 こちらに気が付いていないのならば好都合。

 

 急がず慌てず、されど速やかにブレザーの内側へと右手を差し入れる。

 左脇下に下げたCADに触れ、【精霊の眼】で再びイデアへと視界を移す。

 ……相変わらず、アレはうごめく不気味なサイオンの塊にしか視えない。

 

 発動魔法は【分解】。対象はサイオンの波そのもの。

 あの現象の原因がこの波長にあるのなら、波を分解して無意味なサイオン粒子にするだけで無効化できるはず。魔法式でないため【術式解散(グラム・ディスパージョン)】は意味を持たず、また【術式解体(グラム・デモリッション)】はサイオンの強い光を放出してしまうため、アレに気付かれないよう極秘裏に使うことができない。

 

 照準をドームそのものに設定。

 トリガーに指をかけ、【分解】を発動する。

 まさにその瞬間――

 

「そこまでだ!」

 

 二人の闖入者が制止の声を上げ、衆目の意識が逸れた。

 ()()()()! ()()()()――

 

 

 だが達也が【分解】を発動することはなかった。

 達也の腕に、深雪が手を載せられていたから。

 (じぶん)が何をしようとしていたのか、彼女(いもうと)は分かってはいないだろう。だが自分を見上げる彼女の、まるで何かに怯えるような眼差しが、()()()()()()()()()()()()()張り詰めていた達也を慮っていることを疑いはしない。そして達也にとって深雪の意志に優先されることなど、この世の中には存在しない。

 

 どちらにせよもう手遅れだ。

 あの闖入者、生徒会長と風紀委員長が駆けつけた瞬間、あのドームは跡形もなく消え去ってしまっていたのだから。

 

 

 今この場でできることは何もない。

 精々この場から安全に離れること。それだけだ。

 

 

 故に達也は、騒動を収めに来た生徒会長と風紀委員長を煙に巻くことにした。後日またこの件で呼び出しを受け、あの男子(バケモノ)と顔を合わせるようなことにならないように、小才を誇る小生意気な新入生、程度の印象に収まるように細心の注意を払って対処した。

 だが彼の堂々たる押し出しと、慇懃無礼ながら理路整然とした口ぶりは隠しようもない。互いの価値観の違いが二人に彼を評価させ、むしろ次なる騒動の萌芽になってしまったことを、彼はまだ知らない。

 

 

 いち早くその場から離れたかったので、その後に絡んできた一科生は適当にあしらった。達也にとってこの騒動自体、下らない言いがかりに過ぎなかったのだ。その原因を作った馬鹿に何を言われようが馬耳東風、聞く耳など持つはずがない。ただ赤の他人の名を呼び捨てにするという無礼のみを咎めると、深雪と共に帰宅の途についた。

 

 

*   *   *

 

 

「そういえば、深雪」

「はい、何でしょう。お兄様?」

「最初に魔法を使おうとした子、あれはお前のクラスメイトじゃなかったか?」

「ええ。光井ほのかさん。そのお隣が、北山雫さん。今日、ご挨拶しました。とっても可愛らしい方たちでした、けど、それがなにか?」

 

 深雪の声が、冷気を帯びる。

 この不安定さが玉に瑕だと達也は苦笑し、疲れのせいか()()()()()()()()()()()()()、彼女の頭に手をのせる。

 

「いや、その光井さんか。彼女を止めた男子がいただろう」

「はい。お名前は存じませんが、あの人もA組ですよ」

「そうか……」

 

 

 そこでようやくこれまで仮想敵の名前すら知らなかったことに思い至り、達也は眉間に深いシワを作った。

 




感想、評価、お気に入り、いつもたくさんありがとうございます。
特に前回更新後の感想は皆さんノリノリで、楽しく拝見させていただきました。
お陰さまで本作における“お兄様”のスタンスが決まった感もありつつ(笑)


しばらく忙殺されることになりそうで、少なくとも6月中には更新できそうにありません。


次回は真由美視点のエピソードになると思います。(更新は7月上旬を予定しています)


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#015 *4月9日 七草真由美

※七草真由美の能力を一部改変・拡張しています。

お待たせしました。


 4月9日 放課後。

 

 新年度はなにかと忙しくなるものだ。各種行事もあれば、在校生の慣習(マナー)を知らない新入生というトラブル要因も急増する。

 加えて生徒会や委員会といった組織の役員らは、組織の新陳代謝を図るべく、また前年度で卒業した生徒らの席を埋めるべく、新入生の勧誘をしなければならない。これはマニュアル化できない、個人の裁量を要する組織ほど重要度が増す。少しでも早く人員を補充し、教育を始めなければ、後輩に仕事を任せられなくなるからだ。それはつまり、自分の時間が損なわれるということに他ならない。

 

 役員の肩書や経験は、将来のために役立つカードだ。だが戦前の学校風景とは大きく異なり、生徒会にも委員会にも相応の仕事があり、サボれば無所属の生徒よりもマイナス評価は大きなものとなる。もしも後輩が使い物にならなければ、それだけ先任の上級生らの時間が食われることになるのだ。

 だからこそ取り返しのつくこの時期に新人を確保し、教育する必要がある。彼らはまず自身のために、この慣習を維持しようと努力する。

 

 

 生徒会室では風紀委員長の渡辺摩利が、生徒会長の七草真由美とともに新入生のデータベースを浚っている最中だった。二人は風紀委員会に勧誘する生徒を選ぶため、春休み期間中から相談を重ねていた。

 

 風紀委員は学内の騒乱、風紀を取り締まるため、場合によっては実力行使を要する。また全国魔法科高校親善魔法競技大会――通称・()()()――や、全国高校生魔法学論文コンペティション――通称・()()()()()――など、各種イベント時には学内警備も兼任する、非常にハードな役職だ。

 

 そのため風紀委員には実力、人格の両方が要求されることとなる。人格はよくても実力が伴わなければ取り締まりは有名無実化する。能力があっても人格に問題があれば当人が風紀を乱す原因となりかねない。お陰で一長一短、なかなか絞り込めずにいた。

 新任の風紀委員は、生徒会、部活連、教職員それぞれの推薦によって決まる。その生徒会推薦枠を誰にするのかが、現在最大の課題となっていた。

 

 

 そこに一本の通報(エマージェンシー)が飛び込んでくる。

 内容はトラブル発生。場所は校門。一科生と二科生の口論がヒートアップしているとのこと。

 真由美は小さく息を吐いて気持ちを入れ替える。

 

「摩利、校門前でトラブルよ」

「今年の新入生も元気が良さそうだな」

「もう!」

 

(冗談言ってる場合じゃないのに、摩利ったら!)

 

 真由美が、ぷう、と頬を膨らませて不満をアピールすると、摩利は両手を上げて降参の意思表示(ポーズ)。互いに滑稽なその様に失笑し、ようやく二人は走り出した。

 

 元より入学式から一週間程度はどうしても騒動が起こるため、それ自体については特段の感想はないし、ふざけてみせる余裕もあった。去年も、一昨年もあったことなのだ。きっと来年もあるだろう。それに煩わされるのは恒例行事でしかない。

 問題点があるとすればただ一つ、今が()()()であるということだ。

 

 魔法科高校では風紀委員などの一部例外を除き、私物のCADの校舎内への持ち込みが禁じられている。通常は登校時に保管庫に預け、下校時に返還されることになっている。

 もちろん魔法科高校である以上、魔法の行使を伴う授業もあり、その際にはCADが必要となる。だがCADの性能に頼らず基礎能力を伸ばすという目的から、実験では設置型のCADを共用し、体育など激しい運動を要する際にも魔法の範囲や機能に制限を加えた携帯型CADを貸与されるのが通例だ。故に授業時間中のトラブルは、それほど大きく発展しない。

 

 逆に生徒たちが私物のCADを携帯している、登下校時の校舎から校門までのわずかな距離は、この時期ホットスポットとなりやすい。しばらくすれば部活動の勧誘合戦が始まり、この範囲はより広がってしまう。そのことを思い出し、真由美は今から頭が痛くなる気がした。

 

 

*   *   *

 

 

 魔法大学付属第一高校の生徒会長、紛うことなき優等生である七草真由美には、幾つかの得意魔法が存在する。

 

 一つは彼女の代名詞ともなっている【魔弾の射手】。ドライアイスの弾丸を射出する銃座を形成する魔法だ。この魔法により、彼女は射撃競技の試合で「エルフィンスナイパー」「()()()」などと呼ばれている。

 

 そしてその魔法を支えているもう一つの得意魔法が【マルチスコープ】。自身を中心とした球状空間に対して多角的な視覚的情報を取得する、高度な知覚系魔法である。これによって真由美は、【マルチスコープ】の範囲内であれば視界を遮蔽物に制限されることがなく、あらゆる角度から【魔弾の射手】による攻撃が可能とされる。

 特に後者については先天的な才能を有し、ほとんど負担なく使用することができる。

 

 

 トラブルの現場に走っている現在も、当たり前のように【マルチスコープ】を行使していた。

 そして現場が効果範囲に入ったのとほぼ同時に、真由美は即座にサイオンの弾丸を射出する無系統魔法を展開。一科生女子のCADを対象に、即座に狙撃を行う。

 

 CADを使用した現代魔法の弱点として、起動式を展開中のCADに無関係なサイオンが衝突すると、起動式のサイオンパターンが撹乱されて魔法式を生成できなくなるという性質が有る。一秒未満という微小な時間で処理される起動式に直撃させる必要があるため、あまり現実的とはされないが、これも一応は対抗魔法の一つだ。狙撃を得意とする真由美の、隠れた得意技でもあった。

 

 だが、そのサイオン弾がCADの座標に届くことはなかった。

 間薙シンの【マカジャマオン(魔法封じ)】に阻害されたためだ。

 

 

 七草真由美には秘密にしている先天的な魔法特性がある。それは周囲のプシオンの活性化に()()()()敏感であるということ。幼少の頃にこの魔法特性に気付いた彼女は、その能力で遊ぶうちに高い空間把握能力を獲得するに至った。

 彼女にとって【マルチスコープ】とは、この特性を現代魔法学的に再解釈したものにすぎない。

 

 プシオンとは生物の情動、特に強い感情に反応して活性化する超心理的粒子()()()()。彼女はプシオンが活性化する瞬間に感じられる、冬の木漏れ日のような穏やかな暖かさが好きだった。名門七草家の長女として産まれ、社会的には恵まれながらも家庭的に冷めきった環境で育った彼女にとって、その暖かさだけが生を実感させてくれたから。

 時にはそれを自ら生み出そうと、他者に対して悪ふざけに興じることもある。思春期の若者たちの多感さは、彼女にとって好ましいものだった。故に彼女は人との触れ合い、コミュニケーションを好むようになった。

 

 だが同時にそれは、彼女から多くの驚きを奪い去っていた。

 強い感情を持つものを自動的に感知してしまう能力は、悪意ある()()を事前に察知してしまう。もちろん偶発的な事故や、生物を介さない罠仕掛け(トラップ)にまでその力は及ばない。だがそうした欠点も【マルチスコープ】で補われてしまった。

 とはいえ驚きを得るために【マルチスコープ】を使わない、という選択肢は存在しない。七草家長女という立場にあって、ただ退屈であるというだけで自衛を怠ることなどできないからだ。

 

 かくして彼女は社交的でいたずら好きな性質と、世を俯瞰する冷めた性質とを併せ持つこととなった。

 

 

 そんな彼女の感覚が、これまでにない未知を感知した。

 

 広場をまるごと包み込むほどに広がった()()()()()()()()()()

 足を止め、【マルチスコープ】からの情報をまったく無視し、ぽかんと口を開けてそれを見上げる。

 真由美はしばらくの間、自身が知覚した()()を認められずにいた。

 

 

 プシオンとは生物の情動を司る非物質粒子だ。プシオン自体はありふれたもののようだが、活性化するには生物の強い感情が必要となる。そしてその感情の強さ、大きさによって活性化する量も変化する。

 とはいえ、この大きさはありえない。少なくとも真由美がこれまで知覚したことのある活性プシオンは、それがどれほど強い情動でも――たとえ自身や愛する者の生き死にに関わるものですら、その人体という器から大きく溢れ出るようなものは無かった。子供の頃、招待されて参席したパーティの会場が襲撃され、数倍する人数が混乱と狂騒の()()()に陥ったときですら、活性プシオンがこれほどの規模に広がることはなかったのだから。

 

 

 どれほど巨大な感情なのか。

 それが攻撃的、破壊的な衝動であるのなら恐るべきことだ。その感情の主が力ある魔法師であったなら、この場をまるごと吹き飛ばされても不思議には思わない。刹那の間に野次馬たちは物言わぬ(むくろ)へと姿を変えるに違いない。あのドームは真由美お得意の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もはや手遅れだろう。

 

「摩利!」

「? どうした真由美。急がなくて良いのか?」

「摩利は下がって」

 

 それでもその場から逃げなかったのは、生徒会長という肩書のためか、七草という名の為さしむる業か。

 あるいは単に、好奇心だったのかも――しばらく後、この時のことをシンに尋ねられた折に、真由美は苦笑いと共にそう回顧した。

 

 

 摩利は怪訝に首を傾げながらも足を止める。戦闘以前の状況判断において、真由美が間違えたことはない。その信頼ゆえだ。

 真由美も摩利がそうすることを信じていたからこそ、無駄に言葉を重ねることもしなかった。摩利の動きを見定めもせず、すぐさま【マルチスコープ】に意識を集中する。

 

 ドームは美しい半球状に広がっている。ならばその外周から等距離にある地点を測ることは、【マルチスコープ】にとってあまりに容易いことだった。

 

 

 真由美はそこに一人の少年を見つけ、密かに、震えた。

 




沢山の感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
またのんびりと進めていきたいと思いますので、気長にお付き合いいただければ幸いです。

次回、摩利のエピソードになりました。


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#016 *4月9日 渡辺摩利

本来ざっくり三行くらいで済ませてさっさと生徒会室に行くつもりだったんですが、一高の雰囲気や入門用CADのちょっとした設定、シンと達也の客観(?)評価を補足するために説明回。

前回の予告と異なりますが、視点をもう少し一般的なところに移して、摩利メインです。



 4月9日 放課後。

 

 風紀委員長の渡辺摩利は、風紀委員に入れる新人について七草真由美と相談していると、トラブル発生の急報が入ったので二人で駆けつけた。

 途中、何かに警戒した真由美に止められて介入を遅らせたりはしたが、結果として見れば今回()あっけなく片が付いた。

 

 上級生、それも生徒会長と風紀委員長という、学内における二大権力(パワー)そのものが現れたのだから当然だろう。特に二人は去年、一昨年と九校戦の出場競技でそれぞれ二年連続チャンピオンに輝いた有名人だ。よほどの跳ねっ返り(バカ)でもなければ、まず食ってかかろうとは思わない。

 

「そこまでだ!」

 

 だから摩利が声を上げて制止をしてすぐ、騒動は沈静化へと向かった。

 とはいえ放っておいても構わない、というものでもないのが面倒なところだ。

 

 

 元よりこの時期の新入生同士の喧嘩の仲裁は、上級生にとってはそれほど難しくはない。少なくともその場を収めるだけならば、ほとんどの場合はただ上級生が声をかけるだけで止まる。もっとも、それだけでは上級生が居なくなってから仕切り直し、なんてことにもなりかねないんだが。

 

 これは()()()()()()という地位の差だけでなく、魔法師として歴然たる力の差があるため――あるいはそうした認識が広まっているためだ。

 実際、政府の補助金制度や所持資格の一部免除などの措置が取られている入門用CADを、進学祝いに買い与えられたばかりの新入生と、以降一年以上も現代魔法学について叩き込まれ、魔法式の構築や効果的な運用などの訓練を積んだ上級生とでは、魔法師としての練度が違うのは当然だろう。

 

 故にこの時期、まだ上級生だけで構成される風紀委員は、騒動とあらば即座に駆けつけることが求められる。駆けつけさえすれば収まるのだから、肩透かしも良いところではあるのだが、その光景、その事実が風紀委員という組織の存在感を新入生らに印象づけ、その後の抑止力となるのだから手を抜くわけにもいかない。

 もっとも、そのお陰で騒動の規模にかかわらず「とりあえず風紀委員を」とばかりに呼ばれて下らない口論に付き合わされることも多く、日に日にダダ下がりしていくメンバーのモチベーション維持に苦労するのもこの時期だ。

 慢性的な人手不足はどうしようもない。

 

 実力とやる気があって信頼できるヤツがダース単位で欲しい。

 目指せ風紀委員の人員倍増。

 それは歴代風紀委員長の切なる願い。叶わぬ夢であった。

 

 

 ちなみに魔法師直系の子女、特に戦闘に秀でた家門の出自であれば、魔法技能師の国家資格こそ有さないものの、すでに魔法師として実践の場に立っている者も存在する。彼らは幼い頃からCADを与えられ、その扱いについてもそれなりに習熟している。その能力は当然ながら、上級生たちに決して劣るものではない。

 だが彼らは往々にして聞き分けが良く、仲裁があればそこで手控える者が大半を占める。それは彼らが上級者に対する振る舞いについて、まず厳しく指導(きょういく)されているためだ。なにしろ若輩者に魔法という武器を与えようというのだから、そうでなければ現場になど出せはしない。

 

 

 今回の場合はそれに加え、CADを構えた一科生たちの()()()()()()()()()()()()()()()ことも大きいだろう。摩利はそう理解する。

 

 彼らにしてみればそれまでの騒動、単なるイチャモンつけに過ぎなかったようだが、そんな事はもはやどうでもよくなっているに違いない。自身を支える()()()という矜持、その源泉である魔法力の評価の一つが、魔法式の展開の速さだ。

 魔法科高校の新入生は、往々にして魔法を絶対の力と誤解しやすい。非魔法師が魔法師に勝てるはずはないと誤認し、その非魔法師の技能である体術に魔法が負けるはずがない、と信じ込んでいる。それなのに、魔法師としては()()()()()であるはずの二科生の体術に敗れた。彼らの自信は粉々に砕けたことだろう。

 

 だが、摩利に言わせれば()()()()()()()()()()()

 

 伸縮警棒に見せかけた法機(CAD)を天秤担ぎに、打ち据えた一科生を見下ろしている二科生の名は千葉エリカ。公にはされていないが、魔法と剣技を融合させた魔法格闘技(マジックマーシャルアーツ)の一つ・千葉流剣術の宗家の娘だ。15歳にして既に印可に届く腕があるとされ、時には年上の門人らに稽古をつけることすらある。

 同じ千葉流剣術の門弟である摩利は、エリカと道場で何度も手合わせをしているが、純粋な剣の腕で言えば摩利の上をゆく逸材である。

 

 それが得物の伸縮警棒を片手に、一科生を打ち据えていた。

 

 無論、十分に手加減していることは分かっている。警棒が多少歪んでいるところを見ると、()()()()()()()()()()()()素のまま殴ったのだろう。それは分かるが、それにしたってエリカのやつ、やりすぎだ。

 摩利が睨みつけるとエリカはバツが悪そうにぷいっと顔を背け、下がっていた友人らのところへと逃げていった。

 

 

 相手がそんな強者(エリカ)だったと知らずに突っかかった一科生の多くは、あたふたと取り乱しながらも単一工程の簡単で安全な魔法を試している。

 もちろん攻撃性のものではない。入門用CADにセットされた動作確認及び基礎訓練用の光波振動系魔法。ただ自分の指先が光る、それだけのものだ。最大光量も低く制限されており、目潰しなどに使えるようなものでもない。変数は光の強さと、自分のどの指を対象とするか、たったそれだけ。

 

 だがこの魔法は、彼らのほとんどが()()()()()()()()()使った魔法なのだ。特に入門用CADは初期設定から一週間はこの魔法しか使用できないよう制限されている。彼らは数え切れないくらいこの魔法を使い、魔法師となる夢を膨らませてきただろう。

 ささやかな光を宿した指を大切に逆の手で包みこみ、その発動を確認して彼らは大きく安堵のため息を吐き出し、崩れ落ちた。

 

 

「大丈夫そうね」

「まあ、()()()に一度負けたくらいで折れるようじゃあ先が知れてるからな」

 

 真由美は彼らの様子を見て、そっと胸をなでおろしていた。

 心配していたのは跳ねっ返りではなく、彼らが自信を喪失してしまうことだったようだ。心配症な彼女らしい。

 

「それはそうなんだけど、ね」

 

 つっけんどん(いつもどおり)に返した摩利に、どこか奥歯に物が挟まったようなつぶやきを漏らす真由美。

 さっきからどうも様子がおかしいなと思いつつ、必要なら話してくれるだろうと、摩利は信じて話題を変えた。

 

 

*   *   *

 

 

「ところで真由美。さっきの()()()()()でいいよな?」

「いいんじゃないかしら。本人に確認する必要はあるけど」

 

 先ほどの騒動に収拾をつけた二科の男子生徒を、摩利はたいそう気に入っていた。

 真由美の方はそれどころではなかったが、ひとまず気持ちを切り替えたかったところでもあり、摩利の提案を検討してみることにした。

 

 一年E組、司波達也。

 筆記試験は過去最高の高得点を記録したのに、魔法力が入学資格最低ランクだったために二科生に。それで年子の妹が総代。普通ならもっとヒネてもおかしくなさそうだけど、わざわざ妹のリハーサルに付き添ってくるくらい、面倒見が良いお兄さん。

 悪くはなさそうだけど、二科生ってことは実技面に不安はあるはず。

 

「それじゃあ早速……」

「ちょっと待って摩利。実技面はどうするのよ。力は必要でしょ?」

「それなら大丈夫。風紀委員(ウチ)は基本、ツーマンセルだからな。腕の良い奴をつければ足りる」

「じゃあそれは摩利に任せるけど、それでもさすがに今は駄目。ハンゾーくんが反対するだろうから、先に鈴ちゃんたちに話を通しておかないと……」

「ああ、それもそうか」

「それにこの後って、嫌がられそうじゃない?」

「確かに。じゃあ明日。よろしくな! いやあ、良かった良かった」

 

 未だ決まったわけでもないのに、一件落着とばかりに真由美の肩を叩いて喜ぶ摩利。

 それには応えず真由美は中庭で会った少年(たつや)のことを思い出し、クスリと笑う。

 

「普通科ならモテたでしょうね」

「ああ、ウチは見る目のないやつが多いからなあ」

「でも下手なことすると結婚(しょうらい)に影響が、なんて考えちゃうんじゃない?」

「学生のうちくらい、自分に正直に生きたって良いだろうに」

「あら、そんなこと言っちゃって摩利。修次(なおつぐ)さんは良いの?」

「馬鹿。そんなんじゃないって。そんなこと言って、実は真由美の方がああいうのがタイプだったとか?」

「馬鹿ねえ、そんなんじゃないわ」

 

 軽口を叩き合い、軽いスキンシップを交えるようになって、真由美はようやくささくれ立った気分を落ち着けつつあるようだった。

 

 

 真由美が調子を戻してくれて、摩利は密かに息をつく。

 ことさら明るく振る舞った甲斐があったというものだ。

 

 現場に駆けつける直前の制止。あの時、真由美の表情からは完全に色が抜け落ちていた。そのまま貧血で倒れるんじゃないかと不安になったほどに。

 

 そのくせ直後には騒動を制するために飛び込んだ摩利を後目に、真由美は一人の男子生徒とじゃれついていた。「参考人に」とか言っていたが、騒動の輪から離れた男子(かれ)に目をつけた理由はなんだろう? まさか本当に好み(タイプ)だったわけでもあるまい。

 

 小柄だがスタイルの良い(トランジスタ・グラマーの)真由美が、やや上背のある一年生男子の腕に(すが)りついた様は、不思議と絵になっていた。あれは「この場から逃がさない」という意思表示なのだろうが、それが本当に参考人としてなのか、それとも色恋の為せる業なのか、摩利にはちょっと判断が付けられないところではある。

 真由美は一目惚れをするような情熱的なタイプではないし、違うとは思うのだが、眩しげに細められた眼差しで迎撃され、うっすら頬を染めて「あら」なんて撃沈されかけていたようでもあり。

 摩利はこれでも真由美の親友を自認しているが、それでも時々、本気と冗談の区別がつかなくて翻弄されてしまうことがあるのだ。

 

 そうそう。木陰から真由美の様子を隠し撮りしていた生徒は、今ごろ服部(はっとり)のやつにコッテリ絞られていることだろう。あれで能力至上主義の性格さえなければ、本当に有能なやつなんだが。証拠のデータを見たらきっと憤慨して、でも直接は言えないので遠回しに指摘しようとして、結局はまた真由美と市原のやつにからかわれるに違いない。

 

 

 この十数分の出来事を思い返し、摩利は軽く吹き出してしまう。

 どう捉えたのか真由美がかさにかかって「違うからね!」と言い募ってきたものだから、堪えきれずに笑いだしてしまった。

 

 

*   *   *

 

 

 ひとしきり騒いでから静かになった真由美の視線を追うと、その先にはやはりあの男子がいる。

 

 一年A組、間薙シン。

 

 成績、評価ともに悪くはなかったが、摩利からすれば、あまり好印象を抱けるタイプではなかった。特に今、目の前で展開されている姿はいただけない。

 騒動が治まった今になって、蒸し返すように森崎を挑発し、追い打ちをかけるあのやり口。その意図は分からないが、とにかく摩利の性分とは合わない。風紀委員に入れたら何より自分とトラブルになりそうだ。

 

「あたしは見廻りに()()けど、真由美はどうする?」

「もうちょっと見てくわ。念のためにね」

 

 さりげなく先ほどまでのデスクワークから逃げる宣言にも特に反応せず、そっけない返事をする真由美に、一抹の不安を感じながらも摩利はその場を後にした。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
執筆を優先しているため、個別にお返事できずにおりますが、全て楽しく拝見しております。

今回ちょっと蛇足かなとも思ったんですが、今のうちに補足しておかないと後になって入れ込めずに迷走しそうだったのでぶっ込ませてもらいました説明回。

真由美視点で書いていたものを摩利視点に直したため、ちょっとおかしな部分があるかもしれません。
そのへんは後日修正するかもしれません。


(20170725)誤字訂正
 kubiwatuki様、誤字報告ありがとうございました。

(20170723 追記修正)
 本作構成に関する後書きのアレコレは一旦削除しました。
 次回・七草弘一、次々回・達也&八雲視点の補足エピソード、その後本編に戻ります。



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#017 *4月9日 七草弘一の書斎にて

今回、次回とあなた(間薙シン)が登場しないので補足エピソード扱いですが、今後のあなたに関係してくる話になります。

魔法科世界側のバックストーリーです。


 日本の現代魔法師の頂点とされるのが、かつて十の研究所から生み出された二十八の数字持ち(ナンバーズ)の家門。その名の通り、一から十までの数字をその名字に持つ名家だ。中でも選ばれた十の家門は、敬意と畏怖をもって十師族(じゅっしぞく)と呼ばれている。

 

 現在、十師族の双璧と謳われているのが、四葉(よつば)家と七草(さえぐさ)家の二つの名家。

 

 軍部と密接な関係を持ち、過去には一国家の衰亡を決定づけた圧倒的な戦闘力を有する、“触れてはならない者たち(アンタッチャブル)”などと畏れられている少数精鋭、秘密主義の四葉家。非魔法師たちが想像する()()()()()()()()()()を凝縮したような家門である。

 

 相対するように一家門としては最大の門下数を誇り、軍事、官僚、警察、消防など公的組織にも協力的、良心的な名家として知られているのが七草家だ。魔法師の()()()として、他の家門や権力機構に対して強力な影響力を有している。

 

 その七草家の現当主が、七草(さえぐさ)弘一(こういち)。表向きはベンチャーキャピタルの経営者、また民間の互助団体・日本魔法協会の理事の一人である。

 

 

*   *   *

 

 

 2095年4月9日。

 彼の書斎では眼光鋭い壮年の男が弘一を前に、第一高校で起こった騒動について報告していた。名を、名倉(なくら)三郎(さぶろう)。現在は七草家長女である真由美のボディガードとして雇われた魔法師だ。黒スーツのあつらえは、()()()()といった風情を漂わせている。

 護衛対象が学校にいる間は、ボディガードと言えども同道することはできない。そのため仕事は間接的なもの、周辺への警戒が主となる。名倉はその()()()に一高内でのトラブルを観察し、報告するよう指示されていた。

 

「……以上が現在分かっている顛末です」

「ご苦労。この時期に跳ねっ返りが出るのは例年通りか。で、()()が仲裁したと。その後、()()()()の気配は?」

「見物していた二科生に声をかけているものが何名か。敷地から出たあとの様子では、()()()()()()という体裁でしたが」

「ふん」

 

 報告内容についていくつか確認すると、弘一はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 名倉は微動だにせず、次の指示を待っている。普段ならこのまま退室を命じられるはずであった。だがいつまで待ってもその指示はない。それどころか弘一は、普段ならば絶対にしなかった行動をとる。重厚なデスクに置かれたゴーグル型の情報端末を掛け、何やら操作をし始めたのだ。

 ゴーグル内部に情報を表示する仮想型情報端末は視界を制限するため、いざという時の対応に遅れが出る可能性がある。警戒心の強い弘一が、七草門下でもない()()()の前でこのような行動をとったことはなかった。

 名倉への警戒すら忘れるほど、気にかかることでもあったのだろうか。あるいはそう見せたいのか。

 

 

 弘一は本来なら学校関係者しかアクセスできないはずのデータベースを呼び出すと、幾つかの項目について検索をかけ、並べ直す。

 魔法大学付属第一高校の2095年度新入生は規定数の二百名。うち一科生が半分の百名。魔法師の家系(これは両親のうち最低一人が魔法技能師の有資格者である子供)は全体で七十名程度で、一科生に限れば六十名弱。ほぼ例年通りのデータだ。中には七草家の息の掛かった家の子供が六名ほどいるはずだが、流石に氏名までは把握していなかった。

 

「しかし揃いも揃ってC()A()D()()()()()()()()とはな。今年の一科の新入生は一般枠が多いのかと思えば、そういうわけでもないようだが。となると、よほどその二科生が速いのか」

「一科生を無力化していた二科生は二名。うち警棒を使用していた一名は、速さだけなら既に相当のものでした」

「なんらかの()()を持っていると?」

「そう考えるのが妥当かと」

「ふむ。ご苦労。下がってよし」

 

 名倉の答えに無表情のまま頷くと、弘一は今度こそ名倉に退室を命じた。一礼して退室した名倉に目も向けず、弘一はデータベースを操作し続ける。扉の閉まる音がして数十秒、弘一は端末から使用人にコーヒーを持ってくるよう命じると、ゴーグルを外して目頭を揉んだ。

 慣れないことはするものではないなと、独りごちる。

 

 それにしても、と弘一は先ほどのやりとりを思い返していた。

 

(護身用にわざわざ警棒を携帯していたとなると、軍か警察、剣術使い……可能性が高いのは、千葉道場の門人あたりだが。まさかこれか? 1年E組の千葉エリカ。千葉家に該当する娘はいなかったはずだが、道場生の間では()()()として知られていた。隠したかったのか、知らせたかったのか。中途半端だな)

 

 どうであれ使えそうならスカウトも視野に入れておこう、などと考えている。

 七草家の力は何よりも()であった。かつての魔法技能師開発第七研究所の成果、【群体制御】魔法の使い手たる七草は、組織的な活動に秀でている。個々の力が多少劣っていても、適材適所の運用によってカバーすれば良い。そのため、使いでの有る人材の囲い込みには余念がなかった。年齢も人格も問わず、彼には「使いこなしてみせる」という自負が有った。

 

 

*   *   *

 

 

 夕食後しばらくして、弘一の書斎には彼と、彼の長女たる七草真由美がいた。

 先ほど名倉から受けた報告について、当事者の話を聞いておこうと考えたためだ。

 

 ちなみに真由美は騒動について自分の関わった範囲で表面的な説明に徹し、それ以外のことについては何も話さなかった。

 彼女の父は、時に必要以上の情報を嫌うことがある。今この時のように、義眼の入った右まぶたに人差し指をあてがって思索しているときは特にそうだ。こういう時は、黙って次の質問を待つことになっている。今の今まで真由美の中では()との()()についてわずかな迷いがあったが、余計なことを言って機嫌を損ねても面倒なだけだという口実が、それを払拭した。

 その判断がどのような結果となるのか、この時点では知る由もない。

 

 

 そうして真由美の話が一段落ついた時、弘一の中ではあらかたの整理は終わっていた。現時点では判断材料が不足しすぎている。後で調査を命じておこうと動かす人員について考えをめぐらし、それも片付けた。視線を上げれば思索にふけっている間、放置していた長女が目に入る。

 弘一は気まずさを覚え、ふと思い出したことをひとつ、尋ねる気になった。

 

「確か教員の間で話題になっている新入生がいるという話だったが、何か耳にしているか?」

 

 それは彼にとっては気持ちのごまかし、小さな好奇心に過ぎなかったが、真由美にとっては何らかの意味があるものだった。弘一の目には確かに娘の動揺が見えた。

 真由美も今年は一高を卒業し、魔法大学進学は確実だろう。となれば成人として社交の場へと出ることになる。その振る舞いは既に充分すぎるほど身につけてはいたが、しかし百戦錬磨の父には及ぶものではない。平静を装ったところで大した意味はなかった。

 

 とはいえ何があるのか、までを図ることはできない。詰問するわけにもいかないし、そもそもそれほど手間を掛けるような質問でもない。弘一にしてみれば、今は長女が何かしら気にかけていることがある、ということだけ分かれば良かった。

 うまくすれば、近頃なにかと自分(弘一)に意見するようになった長女の手綱を、もう一度取り直せるかもしれない。

 

 

「一人は一年E組の司波達也。成績の方はご存知でしょうけど、先ほどお話ししたとおり、トラブルを穏便に片付けよう、遠ざけようとする気質に見えました。一度はCADに手を伸ばしていましたし、実力行使にも抵抗は無さそうだったかしら」

「ふむ」

「もう一人は一年A組の間薙シン。こちらは一科生ですし一般科目の成績上位者なので、()()()()()()()()かを判断するため、少し話してみたんですけど……成績については古式魔法師の家系なので、現代魔法については古い資料でしか知らなかった、とか」

 

 だが、続けられた彼女の言葉の中に、聞き捨てならないものがあった。

 

「カンナギ? どう書く」

「時間の(カン)に、草を薙ぐの(ナギ)、だったはずです」

 

 

 歴史ある古式魔法師を数多く有する日本という国にあって、現代魔法師と古式魔法師の間にあまり交流がない。無論、皆無というわけでもなく、個人的な付き合いのある者もそれなりには存在する。所属を定めず個々の仕事を請け負う、フリーランスの古式魔法師というのも相当数いるからだ。

 

 だがこの国では過去の()()()()()()()により、伝統を重視する一部の古式魔法師は現代魔法師に対してあまり良い感情を持ってはいない。特に()()()()()()()()()に対する古式魔法師たちの視線は冷ややかだ。そのため、これまでも魔法科高校へ進学する古式魔法師の子弟は数えるほどしかいなかった。

 

 そんな中でも国内最大の家門たる七草家、その当主である弘一は彼らに独自のコネクションを持っている。直接、間接問わず、古式魔法師に仕事を依頼することも決して少なくはない。弘一にとって彼らは七草の名を出さずに使える都合のよい手駒であり、彼らにとって弘一は話の分かるスポンサーであった。

 

 

 だからこそ知っていた、古式魔法師界の()()()()()

 

 

 今世紀初頭、突如として現れた家祖(オリジン)によって立てられた()()()()()()()()。神祇魔法の使い手、橘家の傍流でありながらまったく異なる魔法を継承し、この数十年で独特の地位を築いた鬼子の血統。間薙家。

 それは間違いなくトラブルの種であろう。それも弘一がコントロールできない類の。

 

 七草弘一という人間は、どこか七草門下の魔法師やスポンサー、関係各位を縱橫に操る策謀家(プレイヤー)を気取っている節がある。だがあと一歩のところで覇道よりも王道を選び、目的は達成しても完全勝利には届かない。そんな二流の指し手に留まっていた。

 いつもどこかで敵を増やさぬよう利己を抑制し、利益の分配を考えてしまうその気質は、長年仕えた家宰にも「博打の打てない陰謀家」「裏路地で火遊びを楽しむ日向の住人」など、あまり評価されてはいない。

 要は小心者なのだ。

 

 

「古式魔法師で、間薙か……真由美、()()にはあまり近付くな」

「そう仰られましても。生徒会長として立場上、関わらないわけにはいかないし……」

 

 当主として厳命しても構わないのだが、近頃の真由美は彼のコントロールから外れはじめている。それは克己心の現れ。一人の人間として成長していると考えれば良いことなのだろうが、その結果として一高の情報が入らなくなる可能性も無くはない。

 勿論、情報源が真由美一人ということはない。一高生には七草の息のかかった子女も少なくない。だが個人レベルの人格に関する情報、即ち()()というものは案外馬鹿にならないものだ。そしてそれは、現場の人間にしか得られないものでもある。今後のことを考えれば、一高生に隔意を抱かれるのもうまくはない。

 

 まったく面倒なものだとため息を吐くと、弘一は一つだけ教えておくことにした。

 

「古式魔法師の間()()不可侵(アンタッチャブル)とされる家門があることは、前に教えたな?」

「ええと……確か、(たちばな)家と。古い神祇魔法の家門を再興したとか。それが何か?」

「間薙とは橘の傍流だ。戦前から軍とも関係が噂されている。藪をつついて蛇を出すことはない」

「軍と? ……もしかしてお父様は、彼が四葉に連なる者だとお考えなんですか?」

「連なる、とまでは言わん。だがどこかで紐が付けられているかもしれん」

 

 橘家の軍との関係は、主に戦前の軍需産業に関連するものであり、南條財閥に吸収された現在では見る影もない。そして間薙家とのそれは、前世のシンが研究者兼検体として所属した旧第九研とのものだろう。

 そうした意味では間薙家は、四葉よりも“九”の家系の方が関係は強いのだが、弘一は敢えてミスリードとなるよう言葉を選び、真由美はその罠にまんまと嵌まってしまった。

 

 四葉家といえば、父がなにかと目の敵にしていることは、彼女もよく知っている――常日頃から「四葉とは関わり合いになるな」と口にしているのだ。分からない方がどうかしている。彼らに関係しそうな名が出て、つい過敏に反応してしまったというのは、いかにもありそうな話だ。

 だからこそ()()()()()()()()()()()、と疑われもするのだが。

 

 

「それより、近ごろ反魔法組織(テロリスト)どもの動きに変化が見られる。くれぐれも注意しておけ」

「お話、承りました」

 

 父の懸念について一応の納得がいった様子で、真由美は丁寧に一礼すると、足早に弘一の書斎から退室した。

 納得はしたが、従うかは決めかねている。己の長女の態度をそう判断した弘一は、眉間を揉んでため息をついた。

 

 

 そもそも因縁の対手たる四葉(よつば)真夜(まや)との関係で言えば、より疑わしい生徒は他にいる。だが今の様子を見れば、それと気付かれれば真由美は想定外の動きをする可能性もある。当面はそのまま泳がせておくしかなさそうだ。

 

 娘の自分に対する評価の一端を見た気がして、誰も居なくなった書斎で弘一は顔をしかめる。結果として都合は良いが、今ひとつ気分が冴えないのも事実だ。話を終わらせるために続けた言葉すら、いかにも糊塗しているかのようではないか。

 ままならんものだなと、弘一はもう一つ大きく息を吐きだした。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
どうにも未熟者につき色々と至らないところもあると思いますが、今後も気長にお付き合いいただければ幸いです。

次回は司波達也と九重八雲の補足エピソード。主にメガテン世界側のバックストーリーになります。

(20170725)誤字訂正
 銀太様、誤字報告ありがとうございました。


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#018 *4月9日 九重寺の二人の客

メガテン世界側のバックストーリーになります。
入道閣下、登壇。


 4月9日 黄昏時。

 西の空が死色に染まる頃、九重寺に訪れたのは司波達也であった。

 

 

 小山の上にある九重寺は、いち早く自然の闇に包まれていた。

 達也が九重寺の山門をくぐると、途端に()()()()()()()気がした。自身のエイドスを確認しても質量の変化がない以上、心因的なものだろう。そう結論づけてみたものの、通い慣れる中で経験したことのない感覚には、相応しい理由が思いつかなかった。

 

 そんな小さな違和感から何気なく肩を回した瞬間、茂みから次々に門人らが襲いかかってくる。いわゆる闇稽古であろう。達也は即座に応じると、門人らを撃退して、ニヤニヤと笑う八雲の前にたどり着いた。

 

 何の予兆もなく顔面めがけて放たれた貫手を躱して下段回し蹴り。飛び上がった八雲に拳打を叩き込もうとするも、横合いから飛んできた礫を避けるために体勢が崩れる。眼前に突き出される掌底を下から打ち上げて逸らせば、次の瞬間には背後から首筋に手刀が叩きこまれていた。身を捻って打点をズラしてみたところで、一瞬意識が飛びかけた有様では地面に叩き伏せられることを回避できなかった。

 降参のジェスチャーをする達也に、門人たちが感嘆の声を上げる。

 

 朝のリベンジに成功したと、カラカラ笑う八雲。

 早朝、深雪を連れて入学の報告に来た折には達也が一歩上回った。その仕返しということだろう。

 達也も修行目的の訪問ではないし、達也の強さを誰よりも信じる深雪もいない。これで気分良く話してくれればお安いものだ。

 

 

*   *   *

 

 

 軽く身を整え、場を仕切り直す。

 不躾な訪問の挨拶もそこそこに、八雲に疑問をぶつけてみる。といって【精霊の眼】で見たことをそのまま話すことはできない。達也にしてみれば、八雲とて完全に信用できる相手ではない。だから()()()()()()()()()()の正体を優先する。

 答えはすぐに返ってきた。

 

「オーラを見る古式魔法の(わざ)か。これはまた随分と古い話だね。それは【見鬼(けんき)】や【垣間見(かいまみ)】の術という。どちらも起源を同じくするもので、本邦では平安の御代(みよ)以前から伝わる古式ゆかしい術だよ」

「ご存知ですか、師匠」

「勿論だとも。見えざるもの、この世ならざるものと対峙する魔法師にとっては、習熟していなければならないものだ。魔法と言うより異能かな? ()()らを相手にする僕らにとっては基礎の基礎だねえ。もっとも、使える術師は今では限られているはずなんだけど」

「え?」

 

 あの男は「三人に一人は使っていた」と言っていた。どういうことだろうか?

 達也が問うより前に、八雲は言葉を続ける。内緒話でもするかのように、身をかがめて、先ほどよりいくらか小さな声で。

 

「この世ならざるものを相手にする、そういう古式魔法師そのものが減っているからね。もちろん古式魔法にも色々ある。伝統的な魔法を受け継いでいる家門は決して少なくないが、必要のないものを受け継いでいくのは、いかにも効率が悪い。僕らも近代化しているからねえ。どうしても使いみちの限られた魔法は、割りを食ってしまうのさ」

「必要がない、ですか」

「前世紀の終わり頃だか今世紀の初めの頃だか、ある日を境にそういうものたちが急激に大人しくなっていったそうでね。悪さをするモノが居なくなれば、敢えて退治する必要もなくなる。まあ完全に消えたわけじゃあなくて、戦時中なんかには随分と湧いたようだから、僕らも念のために術を受け継いではいるんだけどね」

「世知辛い話ですね」

「古式魔法師といっても、霞を食って生きていけるほどには至っていないからねえ」

 

 大昔の古式魔法師の伝説を論ってケラケラと笑った八雲に、一瞬達也は毒気を抜かれかけた。

 混ぜっ返されてはたまらないと、瞬時に言葉を整え、口を開く。が、

 

 

「ま、そのあたりの心配は無用だろうね」

 

 

 八雲に機先を制されてしまった。

 朝の去り際の一言からこの調子なので、達也の調子は狂いっぱなしだ。

 だが八雲はそんな達也とは対照的に、どうやら調子が良いらしい。愉しげに言葉を紡いでいる。

 

「【見鬼】は君らの言う霊子放射光過敏症の症状をコントロールする術だ。元々は霊子放射光過敏症の人間のことを【見鬼】と呼んでいたらしいね。見えてしまう人間がいて、それが便利だったから、真似する方法を編み出したわけだ。だけどあくまで真似だから、生まれながらの【見鬼】ほど見えやしない。そして【見鬼】の人間にも君らのことを見破ることはできない。君のクラスの子みたいにね。だから少し落ち着きなさい」

 

 八雲の言葉を信じて良いものか、達也は判断しかねている。

 とはいえ彼がここで嘘をつき、達也と深雪を、何よりその背後にある四葉(もの)を敵に回すかといえば、それも考えにくい。

 安易にデタラメな言質を与えてしまっては、後に責任を問われることにもなりかねないのだから。

 であるなら、それが間違いである可能性も極めて小さいはず。

 

 だがどこか、いつもの八雲とは違う気がした。

 そもそも八雲は達也にとって()()()()であって()()()()()()()()。古式魔法に関することをこれだけ饒舌に語ってくれたことは、これまでに無かったことだ。明確に拒絶されるのは、術理そのものを尋ねた時に限られていた。だがそれ以外の質問も、これほどハッキリとした答えを与えられたことは、無かったと記憶している。

 それが気分の問題なのか、それとも秘匿すべきものではないということなのか、あるいは何か思惑があるのか。

 

 だが達也の【眼】が、人の心を映すことは無い。

 

 

「知らない情報(こと)、好奇心、知りたいという気持ちは怖いものだよ。僕ら忍びの者が最初に覚えることは、退き時を知ることだ。ほら、神殺しの偉業をなしたドイツの哲学者も言ってただろう。深淵を覗くものはー、とか」

「ニーチェは別に神を殺したわけではないと思いますが」

「あれ、違ったっけ」

 

 この師匠は時折、ピントのズレた言葉を持ち出してとぼける癖がある。どうも冗談で混ぜっ返して話を終わらせたい時にそうしているらしいのだが、達也はたまに本気で信じているのではないかと疑ってしまうことも少なくない。それほど自然な表情を作るからだ。

 ともあれ、そうやってサインを出された以上、こちらも引き下がるしか無い。ここから更に踏み込もうとしても、言を左右に煙に巻かれるのがオチなのだから。

 

 

 ニタニタと人を食った笑みを浮かべた僧形は、もう何も答えてはくれないだろう。

 手詰まりだ。

 

「ご教示、ありがとうございました」

「またいつでも遊びに来なさい」

 

 達也は一礼して九重寺を後にした。

 

 

 今、達也(じぶん)にできることは限られている。

 ならばそれに全力で取り組むまで。

 深雪を守る。片時も【眼】を離さずに。

 そして未知の敵に備える。

 必要とあらば接触することも視野に入れて。

 慎重に、可能な限り迅速に。

 

 まずは深雪に注意を促すことから始めよう。

 あの男子生徒(バケモノ)の存在をどう説明するか、達也は考えをまとめながら帰路を急いだ。

 

 

*   *   *

 

 

 4月9日 未明。

 

 達也の来訪より遡ること十五時間ほど。

 草木も眠る丑三つ時、九重寺に一人の客があった。

 

 

「見たな?」

「ええ」

 

 一本の和蝋燭に照らされた薄暗い三畳ばかりの和室に、二つの禿頭が浮かび上がっている。ひとつはこの九重寺の住職である九重八雲。対座するのは還暦を過ぎたとは思えぬほど、若々しいスーツ姿の隻眼の男。名を東道青波という。

 歪んだ自然木の柱に、ところどころ漆喰塗りが剥げた土壁。乙な草庵めいたその小部屋に二人、膝を詰めて座していた。

 未だ寒の残った春の夜に、風炉からゆったりと湯の沸く音がする。頃や良しと湯を汲んだ八雲が荒っぽく茶を立てると、出された茶碗を鷲掴みにして青波が喫す。その所作は必ずしも礼に則ったものではないが、不思議と愉しそうであった。

 

 

「妖気に誘われた異国(とつくに)の神霊を、ただの一言で追いやっておりました。入道閣下、あれが?」

 

 問うた瞬間、八雲の全身に怖気が立った。現代の怪僧・東道青波ともあろう者が、その面貌に“悦”の心地を浮かべたがために。

 対面する八雲は、その邪気の無い笑顔に(おぞ)ましさすら感じていた。白く濁った左目を、気味が悪いと思ったのもその時が初めてだった。対座する知己が、何か得体の知れない化物に変じてしまったのではないか。そんな錯覚を抱くほどに。

 

然様(さよう)。あれこそは(マロガ)れの曼荼羅(マンダラ)、我が()()である」

 

 八雲は総身に活を入れ、気を張って笑みを作る。これまでも怪人物とは思っていたが、まがりなりにも忍術の使い手として修行を積んだ自分が、このように気圧されるとは思っていなかった。長年の同盟者の底知れないモノを、初めて目にしたのかもしれない。

 

「生き本尊とはまた酔狂な」

「我が仏道は神仏(みほとけ)そのものを求むるに非ず。人の身にてその境地に至ること、衆生を導くことである」

「あれが仏と?」

御仏(みほとけ)()()()()()()()()

「む」

 

 言わんとするところは、分からないでもない。

 だが容易に納得できることでもない。

 この男は既にして狂を発しているのではないか。

 八雲は二の句を継げなかった。

 

 

 にわかに訪れた沈黙。

 

 対手をただじっと伺われた生臭坊主は、空とぼけた顔で冷めた茶をわざとらしく音を立てて啜ってみせ、それから口を開いた。

 

「あれは一高へ行くのだったな」

「すでに遭っているようでしたよ」

「上首尾上首尾。()()()にとっても良い導きとなろう。しばらくは手出ししてくれるなよ?」

「山門結界の外のことならば」

「言われるまでもない。善哉善哉」

 

 獅子口の面のように大口を開けて笑った青波の表情を、八雲は生涯忘れなかったと言う。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
今後とも気長にお付き合いいただければ幸いです。

次回からは再び本編(“あなた”視点の物語)に戻ります。


(20171210)誤字訂正
 ((´・ω・`)様、誤字報告ありがとうございました。

(20170731)誤字訂正
 244様、誤字報告ありがとうございました。

(20170731)修正
 達也が九重寺へ出向いた時刻を修正しました。


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#019 吉田家の神童

例によってアレコレ設定を捏造しています。


 4月10日 日曜日。

 

 まだ肌寒さの残る早朝。あなたは再び小山の石階段を登り、九重寺へ足を運んだ。

 実家筋から頼まれた二人の古式魔法師のうち、吉田家の次男坊についての調べが付いたと連絡を受けたためだ。

 

 連絡方法についてちゃんと決めていなかったことを今更ながらに思い出し、どうしようかと考えていたら、あなたの住居宛てに封書が送られてきた。

 越して来てからまだそう日も経っていないのだが、そもそもこの借家を手配したあの東道青波(ハゲ)は当然のように知っているのだから、調べるまでもなかっただろう。個人情報保護なんたらは、今の時代ではどうなっているのだろうか。

 

 念のために直接手渡したいから足を運んで欲しい、とのことだったので仕方なく出向くことにした。連絡方法を決めていなかった自身の落ち度と言えなくもないからだ。

 寺は朝が早いだろうという雑な了見と、特に時間指定も無かったことから、こんな時間になった。元より日中は不足している生活用品を買いに行くつもりだったので、確実に空いている時間がここしか無かったのだ。

 

 

*   *   *

 

 

「とりあえず通り一遍ってやつだけど」

 

 朝っぱらから型稽古をしている作務衣の坊主たちを傍目に、あなたは八雲から手渡された茶封筒から折りたたまれた数枚のコピー用紙を引き出す。それは略歴や家系図など項目ごとに几帳面にまとめられた調査報告書。隣でニマニマとだらしない笑みを浮かべる忍術使いのイメージからは想像もできない。

 

 

■氏名:吉田(よしだ)幹比古《みきひこ》 15歳

■性別:男性

■職業:学生(国立魔法大学付属第一高校・一年E組)

■備考(要約):神奈川県伊勢原市に本拠を構える神祇魔法師の家門・吉田家に、現当主・吉田幸比古の次男として生を受ける。幼くして「吉田家の神童」と呼ばれ、将来を嘱望されたが、2094年8月17日(太陰暦七夕)に行われた星降ろしの儀にて神霊・竜神の喚起を強行、想子(サイオン)を枯渇し昏倒して以来、魔法の行使が不安定になる。2095年4月現在は国立魔法大学付属第一高校へ進学し、通学のため東京都八王子市に下宿している。

 

 

 喚起とは一般に召喚と同一視される超自然現象だ。あるいはかつて召喚魔法としてまとめられていたものが、考え方の違いから喚起魔法と名を変えた、と言うべきか。

 

 召喚魔法とは此処ならざる場所、遠方や、あるいは異界などの物理、情報的距離のある地点から対象を瞬時に移動させる魔法だ。二つの地点を繋いで瞬時に移動させるという点では瞬間移動の異能とも考えられるが、敢えて()()()()と呼ぶ場合、呼ぶ対象は心霊存在(スピリチュアル・ビーイング)――神、悪魔、妖精、魔獣など、あなたにとってはまとめて悪魔(アクマ)――に限定される。

 対する喚起魔法とは、その場に存在するが力を発揮できない心霊存在(アクマ)を呼び起こし、力を揮えるようにする魔法を指す。喚起された悪魔はその場に姿を現すことが多く、その様子は召喚魔法と同じように見える。

 どちらもその場に悪魔が現れるという結果は同じだが、そのプロセスが違うわけだ。

 

 あなたが仲魔たちを呼び出すのは召喚魔法に分類される。それはあなたが契約した仲魔たちは普段、魔界やアマラ深界といった異界に居るためだ。

 しかし神祇魔法の場合、俗に言うアニミズム、八百万(やおよろず)の神々は偏在する(どこにでもいる)と考えられている。そのため眠れる神々を呼び起こす喚起魔法とされるわけだ。

 

 召喚魔法、喚起魔法、ともに古式魔法の独壇場で、物理学に重きを置いた現代魔法学ではこれらの魔法の研究は進んでいないらしい。あなたの知る限り、召喚も喚起もMAGの運用が鍵となる技術だ。MAG研究を手放した現代魔法学では手が出せないのだろう。

 

 

 吉田家の星降ろしの儀とは、広域気象操作を可能とする()()を喚起する儀式魔法だという。

 気象操作のできそうな()()というと、青龍(セイリュウ)(ミズチ)といった悪魔の名前が思い浮かぶ。どちらもあなたは仲魔として契約を交わした悪魔だ。かのトウキョウでは中堅どころが精々だった彼らだが、それでも人間がどうにかできる相手ではない。

 

 召喚にせよ喚起にせよ、要求されるMAGは相当なもののはずだ。カグツチに照らされたボルテクス界ならいざしらず、この物質界に悪魔を現界させるには相応の対価(MAG)が必要となる。

 先に兄の元比古が風神とやらを喚起している以上、場のMAGは相当失われていただろう。祭壇と供物を改めて設え直したのでなければ、それを補完するのは術者の役目となる。普通ならMAG不足で魔法そのものが失敗するはずだ。神童と称された力は伊達ではなかったということか。

 

 あるいは何か別の要因があったのかもしれない。

 

 古くより悪魔の召喚、喚起には危険がつきものだ。儀式に失敗して呼び出したものと異なる悪魔が現れ、災いをなした例は枚挙に暇がない。

 

 

 幹比古(おとうと)のことが心配な次期当主殿(おにいちゃん)からは、「活を入れてやってくれ」と頼まれた。自分が風神の喚起を成功させたことで、弟に無謀な挑戦をさせてしまったと後悔しているらしい。魔法科高校への進学を一人で決めて出ていってしまったそうだが、できれば吉田家の魔法師としてやり直して欲しいのだろう。

 とはいえ現状では対策の立てようもない。自分で動くしか無いか。

 

 

「どうだい。お役に立てたかな?」

 

 一通り読み終わった書類を封筒にしまうと、ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべた八雲に訊ねられた。下調べとしては充分だが、必要な情報は全く不足している。

 あなたは正直にそう告げると、八雲はバツが悪そうに自身の禿頭を撫でた。

 

「そりゃあ、何を知りたいのかも分からなかったからね」

 

 そう言えばそうだった。あの時はただ物は試しと尋ねてみただけで、詳しいことは何も話してはいない。

 こちらの落ち度だったと頭を下げると、八雲も笑って手を振った。

 

――じゃあ今後は……

 

 気を取り直したあなたは、吉田幹比古に関する幾つかの知りたいことの注文を告げると、今後の連絡方法についても幾つかのガイドラインを打ち合わせ、九重寺を後にした。

 ひとまず本人の様子でも見に行くことにする。

 

 

*   *   *

 

 

 東京都八王子市。

 島嶼部を除いた東京都の南西部。多摩丘陵にあって西に関東山地の高尾山、陣場山等を、東に八王子盆地と呼ばれる開けた土地を有するエリアだ。

 魔法の研究と実践という、危険の伴う魔法科高校を都内に開口する計画が出た当時、過疎化の進んでいたここは都合が良かったのだろう。大戦と寒冷化による人口減少と、効率化の必要性から推進された重工業地帯への人口集中。それらの煽りを直に受け、かつてのベッドタウンは、半ばゴーストタウンじみた様相を呈していたのだ。

 古くは修験道の霊地であった高尾山など、魔法師とも無関係ではない土地柄だったことも、選ばれた理由の一つかもしれない。

 

 その八王子市は現在、魔法大学付属第一高校、通称「一高」を中心とした学園都市となっている。

 地球の寒冷化と前の大戦による人口減少、それを埋め合わせるべく進められた急激なインフラ整備は、各地で人々のライフスタイル、そして都市設計を大きく変化させたが、ここ八王子市ではむしろ一世紀前の風景を取り戻していた。

 

 

 大戦中、特に寒冷化の影響が大きくなった2050年代から大亜連合との交戦が続いた2060年代にかけては、消費や家事の効率化をはじめとする互助の必要性から、一つの家に家族が集まるライフスタイルが復活した。三世代同居が当たり前という環境は、まずマンションやアパートメントといった集合住宅を、続いて核家族化によって支えられていたベッドタウンというエリアをも衰退させてゆく。

 余談だが、数字持ち(ナンバーズ)をはじめとする現代魔法師の家系が、前時代的な家父長制を確固たるものにしたのもこの時期だった。

 

 その反動からか、極東アジアが安定化しつつあった2080年代から単身赴任、一人暮らしを好む若者が増加し、2095年現在では当たり前のライフスタイルとして受け入れられるようになった。一説にはホーム・オートメーション・ロボット、通称HARの存在がその後押しとなったと言われている。

 

 現代(2095年の)日本で、一般家庭の家事全般をこなしているのがHARだ。2080年代、大戦特需が右肩下がりになっていく中、新たな産業の一つとして政府肝煎りで普及が進められた。彼らのお陰で日本では家事に割かれる時間が大幅に減少し、人口減少による生産力低下を多少なりとも食い止めることに成功したとされる。

 

 

 八王子市ではそうした時代の流れに加え、全国に九つしか無い魔法科高校という特異な存在が合致した。魔法師を志す一高生を受け入れる下宿、あるいは彼らに親類縁者が付き添って暮らすための集合住宅。そうしたものが急増し、彼らの生活を支えるための基盤として商業施設や娯楽施設が出来、やがて若者の街ができあがってゆく。

 結果として一高の周囲には、一高および一高生の存在に好意的な人々が集まっている。旧来の住人、自主疎開から戻った人々との軋轢も無いではなかったが、概ね良好な関係が築けているといえるだろう。

 

 

 そんな八王子市の外れ、高尾山の麓にある小綺麗なマンションが、吉田幹比古の下宿先であった。

 一人で勝手に一高への進学を決めた幹比古ではあったが、さすがに住居まで一人で用意することはできない。そこで当主が裏から口を利き、門人を通じてその縁者に世話をさせていた。調査報告書に()()()()()ではなく()宿()と書かれていたのはそのためだ。知らぬは本人ばかりなり。

 

 

*   *   *

 

 

――水精(アクアンズ)風精(エアロス)か。

 

 春の新緑に覆われた高尾山の中腹。登山道から少し外れた林の中に、小精霊たちが喚起されかけていた。

 とはいえ現界はしていない。物理現象の具現としての精霊、存在するだけで力を及ぼす悪魔ではなく、物理現象を起こせるよう準備された、ポルターガイストのようなものだ。

 マガツヒを視る目がなくては見ることはできない。一般人には知覚することすらできない。あの時の司波達也の様子からすると、現代魔法師でも怪しいかもしれない。だが見える者には、ふわふわと浮かぶ無数の光の玉として認識されるはずだ。オカルトブームの時代には火の玉とかオーブとか呼ばれていた。

 その中心に立つのは純白の狩衣、いわゆる浄衣(じょうえ)に身を包んだ少年。彼が吉田幹比古だろう。写真とも一致する。

 

 

 あなたがその現場に出くわしたのは、朝十時を過ぎた頃だった。

 

 九重寺を後にしたあなたは、まず次男坊の下宿先であるという小洒落たマンションへと向かったが、そこで立ち往生することになった。

 入口がオートロックだったのだ。

 

 八雲の下調べで個人端末の連絡先は分かっているが、見知らぬ人間から急に電話をされて、ハイそうですかと会話が成立するかは分からない。あるいは住人の誰かが出入りする際に紛れ込む、という古典的な手法も無いではなかったが、それにはいつ来るか分からない誰かを待ち続けなければならない。

 だがここで待ちぼうけというのも芸がないな、等と考えていたところ、西の山中にマガツヒが溜まり、悪魔の現れる気配を察知。ひとまず足を運んでみたらばその光景に出くわした……とまあそんなわけだ。

 

 

「誰だ!?」

 

 あなたの呟きに、ようやくあなたの存在に気付いたらしい。吉田が声を荒げてこちらへ振り向く。と同時に喚起魔法で制御下に置かれていた精霊たちが、あなたにむかって襲い掛かってきた。光の玉の一つ一つが初級の攻撃魔法、【ブフ(氷結)】や【ジオ(感電)】相当の力に変じて飛来する。

 

 あなたにとっては全弾受けたところで傷一つ負うことはなかっただろう。だがギリギリのところであなたから外された魔法たちは、高圧電流によって木々を焦がし、超低温によって季節外れの霜を降らせた。万が一にも一般人が受けたら一溜まりもなかったはずだ。

 

――君は吉田幹比古、で、間違いないか?

 

「……何の用だ?」

 

 あなたの問いには答えず、浄衣の少年は自らの袖口から紙片を取り出す。いわゆる呪符、魔法の行使を補助する術具なのだろう。

 

 少年のわずかに垂れ目気味で優しげな面立ちが、緊張に強張る。

 すでに臨戦態勢、答えによっては先制攻撃も辞さないと全身が告げていた。

 

 あなたはただ挨拶に来ただけだったのだが、そうとは言い難い雰囲気である。

 

 

――活を入れに来た。

 

 仕方がないので一足飛びに目的を話してしまうことにする。

 ここに来るまでにいくつかプランを考えていたあなただったが、先程の魔法で全てふっ飛んでしまっていた。なにより自身の才能に振り回され、力の使い方を理解していない手合いには、一度ぶん殴って分からせてやる必要があることを、あなたは経験的に信じている。

 あなたにも驚かせてしまった非があることは自覚していたが、周囲の被害はいささか以上に度が過ぎるだろう。

 

「兄さんに……()()()()頼まれたのか」

 

 あなたは「ああ」と頷いて応じてみせると、吉田少年の瞳にあからさまな動揺が浮かんだ。

 

 スランプの只中にあるのだ。そりゃあ情緒不安定にもなるだろう。

 とはいえ精神不安定な魔法師というのは、言うならば不発弾に等しい危険な存在だ。

 早まったかな、とあなたは先ほどの判断を後悔する。

 

「まだ子供じゃないか。兄さんはそこまで僕のことを……」

 

 だがそんなあなたを他所に、吉田少年は虚ろな瞳を彷徨わせ、何やらぶつくさ呟き始めた。

 嗚呼、これはもう放っておくわけにはいかんだろうなあ。

 

 あなたは独り嘆きつつも、その隙にこっそり彼を【アナライズ】。

 やらなければならないというのなら、備えよう。

 

 

 彼自身の能力は、古式魔法師としてはなかなかの実力が見て取れる。マガツヒには(かす)かに何らかの悪魔の気配が残るが、これは例の儀式の影響だろうか?

 そして【ラクカジャ(防御力強化)】のような魔法のかけられた浄衣を装備し、手にした五枚の呪符のうち二枚にはそれぞれ【スクカジャ(回避力強化)】、【ジオンガ(強電撃)】相当の魔法式、残り三枚にはあなたが知らない魔法式が準備している。

 

 総合すると、下級の悪魔程度なら相手にできそうな戦力だ。なるほど、神童と謳われたのは伊達ではないのだろう。

 

 

「僕のことを……知ってて言ってるんだね?」

 

 あなたが彼を評価していると、少年はようやっと()()()()()()ようで、あなたに視線を合わせて問いかけてきた。焦点も合っている。だが最初に魔法を仕掛けてきたときのような気迫は(なり)を潜め、声はいかにも不安げだ。

 

――さて、どうだろう?

 

 あなたは敢えて空とぼけてみせた。

 覇気のない人間を無理矢理にも動かそうとするなら、怒らせるのが手っ取り早い。

 

 それにトウキョウでの戦いでも【挑発】で怒らせ相手を無防備にし、その弱点を的確に攻撃する戦術は、非力だった頃のあなたの十八番であった。【フォッグブレス】で煙に巻ければなお良い。

 卑怯と言うなかれ。あそこでは誰もが生き残るために必死だったのだ。

 

 閑話休題(そんな話は置いといて)

 

 

 あれだけ取り乱していた彼が、我に返って最初に出した問いかけだ。何か意味がある。そこで彼がなにを言いたいのか、それが気になった。

 

 絞り出すように告げられたその問いとともに、彼の表情から何かが抜け落ちていた。先程までの警戒心は消え失せ、呪符を構えていた手もだらりと下ろされている。怒気も動揺も、血の気さえ失って白くなったその面貌は、残された諦めと侮蔑によって醜く歪められていた。

 

 

 まるでかつての親友()と道を違えた、あの時のように。

 

 

 この世界が生みなおされてもなお、勇の心はあの日殻に閉じこもった、そのままだった。

 ボルテクス界を支配する暴力(ちから)の掟に怯え、無力な人間である自分に絶望し、人修羅として生まれ変わったあなたに期待し、依存しようとした。

 しかしあなたは彼の期待に応えることはできなかった。

 彼はあなたを羨み、あなたを妬み、あなたに憧れ、あなたを怨み。

 そして全てを諦めて背を向けて、他者との関わりを拒絶し個人で完結するコトワリを啓いた。

 

 再創世されたこの世界でも引きこもりの生活を続けていたはずの彼が、ふらりと姿を表したあの日。以前と変わらない調子で一方的に言いたいことを言い、あなたの話も聞かずに姿を消したのは、かれこれ80年も前のことだ。

 それから彼の行方は(よう)として知れない。

 

 

 無論、この少年は新田勇とは別人だ。その絶望も、その諦めも、彼のものとは別物だろう。

 だがその顔には見覚えがあった。

 何度も何度も期待して、その度に裏切られた顔だ。

 泣いてしまえばスッキリできるのに、何度も我慢してしまった子供の顔だ。

 

 

 面倒そうだなあ、とあなたは内心でボヤいてみる。

 

 そうは言いつつも、放っておくつもりもない。

 むしろ放っておけないからこそ面倒だと、先々の苦労に思いを馳せてしまうのだから。

 

 

――いったい何を知っていれば、君を知っていることになるんだろう。

 

「! ……」

 

 そんな問いかけに小さな動揺を見せる吉田少年に、あなたは両の拳を握りこみ、分かりやすいようボクシングスタイルを構えて見せた。

 

――ま、手合わせの間に知れることもあるだろう。どうする? 堕ちた神童。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。

のんびりペースの本作なので、念のために話数を三桁表示に修正しました。
どこまで書き続けられるかは分かりませんが、今後ともお付き合いいただければ幸いです。


(20170815)誤字訂正
 銀太様、誤字報告ありがとうございました。

(20170819)修正
 作中の小氷河期の時期に合わせて一部内容を修正しました。


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#020 堕ちた神童

今回えらい難産でした。

精霊(SB)魔法については、メガテン世界とクロスしたことで「精霊」というカテゴリの悪魔が現れ、魔法科世界の解釈とは異なったものになっている部分があります。

わりとどうでもいいことですが、「竜神」は広域気象操作が可能な神霊の俗称、「龍神」は悪魔分類法における種族名として一応使い分けています。



 吉田幹比古は()()()ではない。

 だがあの目をした少年を、(あいつ)の目をした少年(こども)を、二度も見捨てることなどであなたに出来ようはずがない。

 勇のことは、あなたにとってほぼ唯一の後悔なのだから。

 

 

 あの時、あなたは自分の力があれば守ってやれると思った。

 勇は弱者(ニンゲン)で、あなたは強者(ヒトシュラ)だった。

 その力があるのだから、そうしてやらねばと。

 

 だが、あなたは勇を囚われの身にしてしまった。

 

 必死に走ったが、救助の手は間に合わなかった。

 

 身勝手な振る舞いも、自分本位の責任転嫁も、仕方がないと見過ごしてしまった。

 

 そして勇に、独りを選ばせてしまった。

 

 

 そんなすれ違いの末、あなたは勇を()()()()()()()()()

 

 

 導いてやらねばなるまい。

 せめて自分の意志を押し通せるようになるくらいには。

 そのための力、理不尽を撥ね付けるだけの力を身につけるまでは。

 

 

 先ほどの振る舞いが、強者に武器(ちから)を向けることがどれほど危険なことか。イメージを現実のものとする魔法師として、あまりに想像力が欠如している。それは彼の将来を良いものにはしてくれまい。そして何より、あなたの想う魔法師の未来にとっても都合が悪い。

 

 とはいえあなたも他人様(ひとさま)に道理を説き、教え導くことができるような人間ではない。なにしろ前世、再創世後の四十年余は興味本位の研究に浪費してしまった。その中では少なからず他人様に迷惑をかけてきている。そして今生の十五年間はこの二十一世紀末という時代、古式魔法師の間薙家という環境に馴染むだけで精一杯であった。

 そもそも混沌王たるあなたの権能は、およそ人間スケールの()()などというものとは相性が悪すぎた。色々と面倒になって、ひどく大雑把な生き方をするようになったあなたに、子供を諌める言葉などありはしない。

 

 あなたが知るのは、()()()()()()()()()()()()()()という一つの()()

 故に今ここでできることは、彼に過ちを実感させること。それだけだ。

 

(実際は創世主(あなた)がそれを真理(コトワリ)だと信じるが故に、この世界が()()()()のだが)

 

 

*   *   *

 

 

――どうする? ()ちた神童(しんどう)

 

 次の瞬間、あなたの顔面すれすれを吹き抜けた風が後方の樹木にあたって爆発、強烈な爆風があなたの背中を強く叩いた。

 とはいえそれしきの事で揺らぐほど、あなたは()()では無い。

 

「君も魔法師ということで、()()()()()?」

 

 血の気の引いた顔面に、瞳ばかりは爛々と光を宿した狂気が、あなたを睨みつけている。

 あなたが()()()()()()というのなら、そう認めるのであれば、容赦なく全力で攻撃する。そういう宣告だろう。

 臨戦態勢に入って、彼の気合も充実しているようだ。呪符を構えた右手から首筋にかけて、強い意志(マガツヒ)の光が漏れ出している。あなたが先ほど【アナライズ】で視た、彼の持つ興味深い能力。どうやらあの光は、その兆候のようだ。

 

 ともあれ、()る気になったのなら都合が良い。

 きっちり()()してやるとしよう。

 

 あなたはそう覚悟(はら)を決め、彼の問いに頷いてみせた。

 

 

 バヂバヂィ――ッ!!

 

 

 あなたが首肯すると同時に、あなたは立っていた場所に降り注ぐ雷を、間一髪で躱した。

 頭上に青白い光の球――あなたがエアロス(風精)と呼ぶ風の精霊(スピリチュアル・ビーイング)が集まっていることには気がついていた。でなければその攻撃を受けていたかもしれない。【ジオ(感電)】を時間差でかけ続けることで、対象に行動させないままなぶり殺す技。かつて魔界でも恐れられた感電(ジオ)ハメと呼ばれる戦術だ。

 かすかに聞こえた「雷童子(らいどうじ)」という呟きが術の名か。

 

 それを間一髪で躱したあなたは、瞬時に大きく息を吸い込むと、ワダツミ(海神)のマガタマの権能(ちから)の一つ、【フォッグブレス(濃霧の吐息)】を吹いて周囲に濃霧を作り出した。

 

 海の伝説、大蛤の妖怪の仕業ともされる蜃気楼を模したこの権能は、濃密な霧によって方位を見失わせるとも、数多の幻を形作りそこにいる者を惑わせるともいう。今回はひとまず仕切り直しの時間を作るため、また彼の対応力を測るため、物理的な濃霧だけに絞った。

 その霧が出ている間に自分に【スクカジャ(神経強化)】を重ね掛けして準備は完了。あとは霧にまぎれて密かに彼の側面へと移動しつつ、しばらく様子を見ることにする。

 

 

 さて、どのように戦おうか。

 

 正直なところ、これまで見てきた彼の攻撃能力では、公の加護(マサカドゥス)を身に帯びたあなたに傷一つ負わせることはできないだろう。だが生徒会室での約束の件もある。彼の自信を損なわせ、魔法を失わせるような権能は、見せるべきではない。

 故にあなたはあなたを守護するマガタマの一つ、その権能を一時的に封じ込める。

 

 周囲は自然に囲まれたエリアだ。多少強力な魔法を行使しても構わないだろうが、いかんせんあなたの権能は、指向性に難のあるものが多い。トウキョウでは単騎で集団を相手にすることも少なくなかったし、そもそも破壊が後々まで問題とされるような社会は無かった。

 

 たとえばここで【放電】の権能を放ったとしよう。そうすれば一瞬で周囲の木々を、落雷に遭ったように縦に裂いて焼き焦がすことなど容易いことだ。それどころか、力を込めれば山火事すら引き起こしかねない。それよりいくらか穏当な【竜巻】ですら、大木をその根本から引きちぎり、空高く舞い上げる()()の力はある。そして威力を強めるならともかく、弱めることには限度がある。

 故にあなたはマガタマの持つ強力な魔法(マガツヒの力)を使わず、より指向性が高く威力の調整がし易い体術のみで戦わなければならない。

 

 

 こちらのスキルは体術系のみと決まった。

 

 では勝利条件はどうか。

 

 まずは活を入れること。

 これは一つのゴールと設定してよいだろう。現段階での達成を急ぐ必要はない。だがその筋道くらいは付けておきたい。そのためには彼の能力、彼の人格、彼の意志を見定める必要がある。まずはそれを看破することに努めよう。

 個人的にも短期決戦向きの()()()()を、少年がきちんと理解し戦術にどう組み込んでいるのか、長期戦化した時にどうなるのか、興味もあるのだ。

 

 それからもう一つ。牽制のためとはいえ半ば脊髄反射であなたに攻撃をしかけた、先ほどの行動は矯正しておかねばならない。

 あなたは自身の経験として、相手のことを良く知らずに手を出し、手痛いしっぺ返しを喰らったことなど数知れない。もしもあの時、あなたが【マカラカーン(魔法反射)】でも唱えていれば、あるいはアダマのマガタマが|その加護【電撃反射】を発現させていたなら、その時点で彼の短い人生は終わっていたのだ。

 素直に話を聞くようなら良いが、そうでなければ少々手荒な手段で痛い目をみせてやるしかない。

 

 

*   *   *

 

 

「くそっ」

 

 吉田少年があなたの【フォッグブレス】に驚き戸惑ったのも、そう長いことではなかった。

 彼はすぐに魔法式を発動して概念上(サイオン)の鎧をまとうと、呪符を構えて目蓋を閉じる。下手に動いて罠にかかることを避け、防御を整え感覚を研ぎ澄まし、即応(カウンター)できるよう備えた。そんなところか。

 格上相手には危険もあるが、魔法の展開速度と威力に自信があるのなら、悪くない判断だろう。まだ彼の首筋の光は消えていない。ならばその選択は理解できる。

 

 ……いや、既にもう一つ、魔法を行使していたようだ。喚起されたエアロスたちがあなたの周囲に飛び散ると、あなたの視界が小さく揺れた――と同時にあなたの中のイヨマンテとヴィマーナのマガタマが震え出し、即座にあなたの状態を回復させる。イヨマンテは精神を、ヴィマーナは神経を正常に保つ力を持つ。これらが働いたということは、それらに影響を及ぼす魔法だったのだろう。

 時間稼ぎか、位置を知るためか、あるいはその両方か。なんにせよ実に容赦がない。

 

 

 これまでわずか三十秒ほどのことだが、見たところ総じて能力は高く、突発的な状況の変化(フォッグブレス)にもそれなりに対応できている。

 罠に備えてか待ち(カウンター)の姿勢を取ったあたりは減点するべきかもしれない。だがまあ、あの時点では十分()()な選択だったとあなたも思う。

 なにより十五歳でこれと考えれば、神童と言われただけのことはある。

 

 魔法のプロセスも興味深い。まず精霊を喚起し、喚起した精霊に魔法式を預けて魔法現象に変えているようだ。自分の内側にある可能性か、外にある精霊かの違いはあれど、昔見たペルソナ能力にも似ている。

 神祇魔法を謳いながら、そのプロセスは神霊の奇跡を模倣する神祇官より、むしろ式神を使役する陰陽師に近い。なるほどこれが吉田家が他門の魔法師たちに()()()と言われる所以か。

 

 

 ところでこれまで少年を観察してみたあなたは、二つのことに首を傾げている。

 

 

 一つは彼が未だにこちらの気配を捉えていないらしい、ということ。反撃に備えて感覚を広げているわりに、隠れ潜んでいるあなたに気づいた様子がない。もしかすると彼は【マッパー】や【アナライズ】系、本邦の古式魔法であれば【見鬼】や【垣間見】、【式盤】【八卦見】などに代表される()()()()系の魔法が使えないのだろうか。だとすれば酷い手落ちだ。それでどうやって悪魔と戦うというのだろう?

 

 古式魔法師は悪魔との戦いに備えるもの。

 あなたの知るその慣習は、あなたが古都で古式魔法師らと交流していた前世のもの。彼らの修行場を散々に破壊しては生み出し、畏れられ避けられてきた今の時代にまで受け継がれてはいないことを、あなたは未だ知らない。

 

 

 もう一つは、少年の魔法の成功率だ。

 彼は「魔法の行使が不安定」で問題視されていたはずだが、あなたが視ていた限りにおいて、彼はこれまで一度として、魔法の発動を失敗していなかった。

 それとも今まで使われた魔法も、実は吉田家の基準では何かしら失敗と見做されたり、不安定化していたということなのか?

 

 だが古式魔法をあれだけの速度で展開できれば十分以上だろう。

 もちろん、()()()()によってゲタを履いているのは確かだ。だが展開速度の遅さは古式魔法の欠点とされるのに、これまでの魔法展開の速度は現代魔法にすら食らいついていけそうなレベルだ。

 もしかしたら、既にスランプを脱しているのか?

 

 

 だとするならば、残りは懲罰の(おしおき)時間(タイム)だ。

 強い力を弱者に向ければ相手を容易に殺傷しうることを、そして万が一()()()()()()()()、その時は自分の命が無いことを、はっきりと理解させておかなければなるまい。

 

 あなたの視線の先には少年の首筋の、すでに幽かにしか感じられない薄れた光があった。

 

 

――こちらから往くぞ。

 

 

 茂みから飛び出して、手始めに目一杯手加減した【突撃(ショルダータックル)】を一撃。その衝撃に、サイオンの鎧で強化していたにも関わらず、吉田は思わずたたらを踏む。続けざまにあなたが()()()()()()()()()()()()に合わせてなにか試みたようだが、喚起されたエアロスを残して体勢を崩して、そのまま大きく転倒した。

 気丈にもすぐさま飛び起き身構えていたが、そこはまだあなたの攻撃圏内だ。あなたに軽く小突くように蹴り転がされればサイオンの鎧ははじけ飛び、純白だった浄衣も、線の細いその面相も、今や泥にまみれてしまっていた。

 

 対するあなたの衣服には、茂みに屈み込んだ際の細かな枝葉が散見されるのみ。軽く払ってやれば、それらはすぐに落ちた。

 決着はついていた。

 




感想、お気に入り、評価、いつもありがとうございます。

人修羅さん、攻撃魔法は基本的に範囲系ばかり(竜巻とか)なので、一対一だと体術メインにならざるをえない不具合。人修羅らしいバトルが出来るのは明確な敵勢力を相手取って情け容赦ない殲滅戦カマせるときくらいしか無いというのが難しいトコロ。

次回で吉田幹比古のターニングポイントその1(説教タイム)
その次からやっとこ勧誘合戦のエピソード、となる予定です。


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#021 竜神の呪い(偽)

お待たせしました。



 あなたの容赦ない攻撃に吹き飛ばされた幹比古は、ごろごろと山間を転がされて泥まみれになっていた。無様な姿を晒していることなど気にする余裕もなく、少年魔法師は痛みにうずくまってしまう。念入りに硬化魔法のかけられた浄衣を貫通し、彼の全身に与えられたダメージは、少年の意識もろともに命を刈り取りかけていた。

 肉体のダメージにはあまり慣れていないのだろう。魔法師には身体能力を併せて強化するタイプと、強力な魔法力で圧倒するタイプが居るが、彼は後者のようであった。

 

 立てるか? と尋ねてみるが、呻くばかりで反応はない。

 最後の追撃は要らなかったなと、あなたは少しばかり反省する。

 

――戦闘不能と判断するが、良いな?

 

 そう尋ねたところで、苦痛に呻く少年には答えるすべなどありはしない。

 どちらにせよ同じことだろうと判断したあなたは、うずくまる少年に歩み寄って聞こえやすいよう彼の耳元で指を鳴らし、【ディア(小治癒)】の魔法をかけてやった。あなたの持つ権能(まほう)の中では最弱の治癒魔法だが、よほど頑丈な人間が瀕死の大怪我を負ったのでもない限り、まずこれだけで簡単に回復してしまう。

 

 痛みが消えたことに驚いている少年に、あなたはその痛みが間薙家の()()()()()()()だったと嘘をついた。これは負傷を一瞬のうちに消し去ってしまう間薙家の治癒(ディア)系魔法は最大級の秘密、門外不出の秘儀とされているためだ。

 古式、現代式を問わず、人間の手による魔法が未だに実現できずにいるはずの負傷の完全治療を、いともたやすく実現してしまうのが悪魔の御業、人修羅の権能であった。もしも間薙家の魔法師たちがそれを実現していることがバレてしまえば、いかなる()()が巻き起こされるかなど分かったものではない。

 

 そういう意味では大分()()()()()いるのだが、流石に放っておくわけにもいかなかったし……とあなたは自分に言い訳をした。

 実際のところ、不完全な回復魔法は存在するし、軽傷であればその効果が切れる前に治ることも少なくない。そうした知識のある魔法師なればこそ、誰ひとりとして間薙家に完全治療の魔法がある、などという荒唐無稽な疑惑を抱くには至っていない。

 

 

「げん、じゅつ? 今の痛み(アレ)が……」

 

――間薙家門人、間薙シン。只今の手合せについて評し仕る。

 

 少年が余計な疑問を口にする前に、あなたはその場に正座し、話を進めてしまうことにした。疑念が残ってしまうかもしれないが、少年の怪訝な表情には気づかぬふりをして、さっさと戦評を始めてしまう。

 古来より魔法師は互いの力を高めるため、手合せを行う慣習があったらしい。現代魔法を学ぶ魔法科高校にもその慣習は「模擬戦」という形で残っている。正式には判定役の魔法師を別に置き、周囲に迷惑の掛からない環境で行われる。間薙家が管理する修行場も()()()()そうした手合せのための場であり、昔はともかく、今ではそうした目的で利用する魔法師がほとんどだ。

 

 そしてその慣習では、手合せの後に戦評、互いの戦いぶりをどう見たかを語り合うことも含まれている。

 あなたは先ほどの衝突を手合せだったという体裁を整えるため、古式の作法をなぞることにした。緊急逮捕や災害救助を除き、公共の場での魔法の私的利用については法律で禁じられているが、こうした慣習については互いの合意が有れば、例外的に認められるケースも少なくないからだ。

 もっとも、実際には当該地域一帯は吉田家ゆかりの人物の私有地であるため、あなたが心配するようなこともなかったのだが、そんなことは知る由もない。故に配慮することは当然であった。

 

 

 慌てて幹比古も地べたに正座し、あなたを真剣な眼差しで見つめる。

 魔法師がその力を鍛える上で、手合せは極めて重要な機会とされる。そんな場で粗相が有れば、次の機会を失ってしまうことになりかねない。まして他家同士の手合せともなれば、互いの秘技に触れる滅多にない機会だ。だが古式魔法師のネットワークにそんな話が広まれば、機会はさらに激減することとなる。そのため、他家他門に対する礼儀については、どの家でも口喧しく叩き込まれるのだ。

 幹比古は神童と持ち上げられた少年であるが、なればこそよほど厳しく躾けられたに違いない。からだに染み付いているのだろう。あなたもまた、それは変わらない。だからちょっと意識するだけで、そうした作法の類は自然と表せるようになっている。

 

 

――最初の対応は良かったな。敵に対して先制攻撃を仕掛けるのは当然の戦術だし、視界が悪くなった時、自分の手札を考えてむやみに動かず反撃を構えたのも、悪くはなかった。が……

 

 言外の意図がはっきり伝わる視線を向けたあなたに、少年は大きく顔を歪める。

 

 屈辱と思ったか。

 だが、必死に押し殺しているのだろう。頭に血が上ったか顔は赤く、瞳も充血し始めている。

 

――あれだけか?

 

 あなたの言葉には応えず、彼はただ何度も悔しげに地面に手のひらを叩きつけていた。

 その表情が演技なのか、はたまた本心なのかは分からない。分かっているのは戦評を始めるその直前まで、彼があなたに一矢報いようとしていた、ということだ。彼の座る大地のその下には、彼に喚起されたアーシーズ(地精)が委ねられるはずの魔法式を今か今かと待っていたのだから。

 

「……なんで……っ」

 

 悔しげに口元を歪め、地面に両の手のひらを叩きつける幹比古。

 

 まただ。

 彼が形作ろうとした魔法式は、形になる前に霧散している。

 

 ()()()も何も、一目()れば分かりそうなものなのだが。

 

 

――お前の過ちはいくつかあるが……

 

 ごく初歩的なミスだ。

 古典的な解釈では精神力、または集中力不足。

 だがそれより先に、言っておかなければならないことが有る。

 

――致死レベルの攻撃を気易く振るうな。

 

 あなたは少年の頭を平手で軽く叩いた。

 

 

*   *   *

 

 

 握りこめば凶器となる手も、開いていればただの手のひらに過ぎない。それでもスナップのきいた平手打ちは叩かれた少年の額を地面に打ち付ける程度の威力は有った。

 土の付いた額を拭いながら、不貞腐れてそっぽを向く少年。

 

 彼に()()()()()()()()()()()()()()()()ことを指摘すると、彼はあなたに目を向けポカンと口をOの字に開け放った。

 

「そんな馬鹿な」

 

 それはこっちが言いたいことだ。

 魔法式を完成させずに投げ出すなど、まるで見習いの小僧そのものではないか。

 

「いつも最初は上手くいくんだ。けど……」

 

 何度か繰り返していると、徐々に魔法が発動しなくなっていくのだという。

 魔法を覚えたての門人の子らが、同じような失敗をするところは見てきていたが、それもしばらくすると安定して使えるようになる。だからそれは集中力不足、精神力不足と言われてきていた。神童と呼ばれ、幼くして魔法の才に秀でた彼は、初めて魔法を使った時から、そのような失敗をしたことはなかったのだという。

 

「だから星降ろしの儀でサイオンを枯渇させて、それからずっと、回復していないのかと……」

 

 さもなくば喚起した()()()()()()()のか、とも考えたそうだ。

 

 

「最初はただ疲れが出ただけだと思ったんだ。喚起魔法でサイオンを使い切ってから、回復するまでに時間がかかってるんだろうって。でも、そうじゃなかった。魔法を使うときの感覚が、どうしてもイメージと合わなくなっていて。けどそれも長く休んでいたからだろうって。だから」

 

――感覚を取り戻そうと、魔法を使い続けたのか。

 

「でも、駄目だった。その頃、門弟たちの噂話が耳に入ったんだ。()()()()()じゃないかって。未熟者が手を出そうとして、竜神を怒らせたんじゃないかって」

 

――()()の、()()

 

 そんなことでわざわざ呪うだろうか? 龍神といえば尊大な連中だ。人間に恋をしたメリュジーヌ(かわりもの)のような悪魔も居ないではないが、日本に多く見られる(ミズチ)青龍(セイリュウ)あたりは、力不足の不敬者に手間なぞ掛けず踏み潰してしまえ、とか言っていたと思ったのだが。

 

「吉田の家で竜神っていうのは自然現象そのもの、()()のことだよ」

 

 なるほど。と、あなたは頷く。

 古い流派はそれぞれ狭い家門の中で独自研究を行ってきたため、使う言葉の意味が違うことは非常に多い。奈良の研究所に勤めていた頃には、協力者である古式魔法師らから根気良くそれらを聴取し、整理することはあなたの仕事の一つだった。

 

「その呪いを受けたってことは、魔法師としての力を失ったってことと同じことなんだ。魔法師と言っても、人間は肉体(しぜん)を捨てられないからね」

 

――それで荒れていたのか。

 

「それだけじゃない。兄さんは僕の失敗のことを、君になんて言ってた?」

 

――確か、幹比古が儀式に失敗したのは、私が先に喚起して成功させてしまったからだろう、とか。

 

「それだよ。僕は()()()()()()だった。魔法の力で言えば、元比古(あいつ)よりも上だと思っていたし、今でもあの時までは()()だったと思ってる。だって前の年までは、失敗していたんだ。だからあの日は僕も挑戦することになった。期待されていたんだ」

 

 期待されていたのは()()、とは、幹比古にとって言うまでもない事なのだろう。

 

「それなのに()()()()()()()()()()()()()だなんて、まるで成功させたのが当たり前みたいに。順序が違えば分からなかっただなんて、あいつは僕を、憐れむような目で……それだけは絶対に……」

 

 

 幹比古のMAGがにわかに膨れ上がり、肉体の器から溢れて弾ける。指向性もなくあたりに撒き散らされるだけのそれは、やるせない彼の心そのものだった。

 

 その小さな明かりに寄り添うように、精霊たちが集まってくる。

 幹比古は気付きもしないが、それが彼が神童と呼ばれた元々の(いわ)れなのだろう。彼のMAGは、精霊たちの好む味をしている。

 

 

――なら一高に進学したのは。

 

「逃げた、と思われてるんだろうね。でも、そんなことじゃないんだ。(ウチ)が古式魔法師の間でなんて言われてるかは知ってるだろ? ()()()()()()()()だよ。それなのに現代式にはほとんど手を出してない。おかしいじゃないか。古式魔法は現代魔法に負けた。それだけ現代魔法に力があるってことだろ。それなのに古式にこだわるなんて」

 

 乱暴ではあるが、筋は通っている。

 嘘ではないのだろう。

 だが自分でも信じきれてはいない。

 

 

 その証拠に、あなたは彼の目がわずかだが不安げに揺れたことを見逃さなかった。

 強敵を前に怯えながらも立ち向かう人間の目。弱気を強がりで必死に押し殺している、そんな目だ。

 

 それは一度見たなら、しばらくは忘れられない(たぐい)の呪い。あなたは半世紀を超えて今なお覚えている。

 

 

 「吉田家の神童」というのは、おそらく吉田幹比古の矜持(プライド)そのものだったのだ。無節操と蔑まれながらも力を求め、やがて古式魔法の名門と目されるまでに力を付けた吉田家。その血筋にあってなお「神童」と呼ばれた才気。歴史を鼻にかけた多くの古式魔法師たちにも、血を分けた兄にも勝る魔法の才能は、彼にとって唯一無二の背骨だった。

 

 その才能は誇らしいものだったに違いない。年頃の少年だ。あるいはそれに万能感を抱きながら、才に恵まれなかった兄を助けよう、くらいには考えていたのかもしれない。

 その事故に遭うまでは。

 

 だが事故は起こり、かくして立場が逆転した。

 一夜にして寄る辺を失った想いは、元へ戻る手段を求めたのだろう。

 

 

 正直なところ、あなたは自分のコミュニケーション能力がお粗末なものであることは、自分が一番承知していた。こと戦場を除いて、他人の心情を理解するということに、人修羅の力は及ばない。

 だがそれでも、その想像にはそれなりの自信があった。

 

 やはり似ているのだ。

 高校生(ニンゲン)としてあなたに勝り、人修羅(ヒトシュラ)になったあなたに翻弄された(あいつ)に。

 

 勇は世界を否定し、少年は更なる力を渇望した、という違いはあるのだろうが。

 

 

 あるいはそう信じたいだけかもしれない。

 その未練に思い当たったあなたは、知らず左手で顔を覆って小さくため息を吐いていた。

 

 

 まったく。未練(のろい)に囚われた人生なんて、誰も望みはしないだろうに。

 

 

*   *   *

 

 

 ひとしきり想いを口にしたことで気が晴れたのか、幹比古の情念(マガツヒ)はいつしか落ち着いたものになっていた。

 

 だが、彼の勘違いが正されたわけではない。

 彼のスランプの理由も明らかにはなっていない。

 これでは明日には元の木阿弥となってしまう。

 故にあなたは、気になっていたことを口にすることにした。

 

 

――自分の能力を分かってなかったのか?

 

 

 あなたが【アナライズ】によって看破した吉田幹比古の特殊能力とは、ごく短時間ながら()()()()()()()()()()()()。エルゴ研の研究員たちによって整理された命名則に従うならば、【マカカジャオート(短時間魔法力強化)】となるだろうか。あなたが職業研究者であった間にも見たことがない、非常に稀有な能力と言える。

 

 だがもし、それを先天的に持っていたのだとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()という異常は、むしろ魔法の習い始めた時期、持てる魔法力が魔法行使の必要量ギリギリだった頃に頻出していたはずなのだ。そう考え、重ねて訊ねてみたが、そんな事は無かったという。

 

 だとすれば後天的に身に着けたということになる。その契機となったのが、例の星降ろしの儀だったのだ。

 

 

「そんな能力(ちから)が……」

 

 まるで知らなかったと、彼は言う。

 サイオンを枯渇させるという事故と、これまで知りもしなかった能力を急に身につける偶然。それらが重なり、なおかつ当の本人に異常があれば、勘違いすることは十分に有り得ることだ。真相が分かればいささか間の抜けた話ではあるが、気付けと言う方が無理なのかもしれない。

 

 聞けば竜神を喚起した折、魔法力が漲るのを感じたという。それが喚起した神霊の意図したものか、それとも互いの魂魄(マガツヒ)同調(シンクロ)してしまったことで、一時的に能力が変化(この場合は大幅な強化)されたためかは分からない。(これは吉田家が「竜神」と呼ぶものの正体が分からないためだ)

 

 だがどちらにせよ、その時に【マカカジャオート】を獲得したのだろう。外的な干渉によって強制的に能力を目覚めさせたり、身につけさせたりするという通過儀礼(イニシエート)は、多くの伝統的古式魔法によく見られるものだし、成功例も枚挙に暇がない。

 それが意図しないところで、偶然発生した。そういうことだ。

 

 

「呪い、では無かったんだね」

 

 

 そんな幸運な偶然も、彼にとっては間違いなく不幸だった。

 それで感覚が狂い、場合によっては魔法そのものを失ってしまっていたかもしれないのだから。

 彼にしてみれば、まるで呪われたかのように感じたとしても、仕方のないことだ。

 あるいは()()()()()()()()()()()のかもしれない。

 

 

 そうしたことが分かってしまえば、彼の状態がカジャ(強化)系魔法に慣れすぎた魔法師に時折見られる、「カジャ中毒」と言われるものと同じだろうと見当がつく。

 

 カジャ中毒とは感覚の強化された状態が習慣化することで、むしろ日常的には感覚が鈍化してしまうというものだ。

 あなたの知る中で特に多かったのは、【スクカジャ】のように運動能力や感覚を強化する魔法の使い手だった。身体能力を一気に向上させ、感覚が鋭敏になることで得られる恩恵は、他に代えがたいものがある。かつてはそうしてアスリートとして脚光を浴びたものもいた。

 だが依存が酷くなると、日常生活すら満足に送れなくなってしまう。平衡感覚を損なってなんでもないところで転ぶようになったり、難聴や嗅覚過敏、一種類の味やにおいにだけ敏感になってしまったりするのだ。一種の中毒症状と言える。

 

 

「そういう、ことだったのか」

 

 そう呟いて、やっと上げられた少年の顔は、年相応の幼い笑顔だった。




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。

初めましての方には、どうぞよろしくお願いします。
お待ちいただいた方には、長らくお待たせいたしました。

今回分の更新に合わせ、前話も11日に更新されています。

どういう形にまとめようか散々悩んだ幹比古のターニングポイント#1ですが、ひとまずパワーアップと憑き物を一つ落としてオチということに。
普段よりもだいぶ長くなったんで2話に分割しようかとも思ってたんですが、ちょうどいい切りどころも無かったので1話にまとめてしまいました。

次回からは本編に戻……る前に設定補完(解説)回が入ります。
その後、本編の新入部員勧誘週間のエピソードに接続する予定です。

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(20180219)誤字訂正
 244様、銀太様、誤字報告ありがとうございました。


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#022 規則(ルール)

作中社会における魔法の行使に関する設定補完回になります。
文量は多いですが、お話は最後のシーンでちょっと動くだけですので、ほとんどすっ飛ばしても大丈夫です。


 4月11日 月曜日。

 

 あなたがのんびりと登校した時には既に、一年A組の教室は友だち同士の雑談に花を咲かせる生徒たちで賑わっていた。人数からすると、他クラスの生徒も混じっているようだ。

 過半数の生徒は、魔法科高校での初めての()()()授業ということで、期待と緊張に胸を膨らませているようだった。これから三年間、勉強漬け訓練漬けの毎日を送ることになるのだが、それを厭う雰囲気はない。誰もが一流の魔法師になることを疑ってはいないのだろう。

 

 残るいくらかの生徒たちは、二十一世紀初頭に生きたあなたの感覚では、より()()()()()()期待に胸膨らませていた。早くも学級、学年はおろか生徒と職員といった立場すら度外視して、一高で目撃した美男美女の噂話に花を咲かせている。

 そんな彼らの話題の的は、生徒会会長の七草(さえぐさ)真由美(まゆみ)、同副会長の服部(はっとり)刑部(ぎょうぶ)、部活連会頭の十文字(じゅうもんじ)和人(かずと)、そして新入生総代の司波(しば)深雪(みゆき)に集約されていく。

 

 特に最後の一人はクラスメイトなのだ。話題にされるのも仕方のないことなのだろう。そうしたグループに混じっている他クラスの生徒は、A組の友人を頼って彼女を見物に来たらしい。ちらちらと覗き見ながらあれやこれやと勝手なことを言い合っていた。

 さすがに週末の騒動に懲りたのか、滅多矢鱈に話しかけられたりはしていない。それでも遠巻きに注目されることに変わりはない。

 だが当人は気にした様子もなく、後ろの席の光井(みつい)ほのか、北山(きたやま)(しずく)らと楽しげに話をしていた。慣れたもの、といった感すらある。

 

 

 あなたが教室に踏み込むや、鋭い視線を投げかけてきたのが森崎(もりさき)駿(しゅん)。露骨に舌打ちをして、彼を囲んでいたクラスメイトらを驚かせている。まあ当然だろう。あとはどこかでガス抜きをする機会を作れれば、多少しこりが残っても単なる好き嫌いのレベルに落ち着くはず。

 

 問題はどこでガス抜きをするか。しばらく様子を見ながら考えるとしよう。

 あなたはそんなことを考えながら、自分の端末のある席へと向かう。

 

 

*   *   *

 

 

間薙(かんなぎ)さん!」

 

 自分の席へと腰を下ろしたあなたの隣に、ニコニコと愉しげな笑みを浮かべた少女、光井ほのかが立っていた。あの騒動に絡んで多少話した程度なのだが、やたらと懐かれてしまった気がする。いや、入学早々で友人が少ない間は、それでも親しい方なのかもしれない。

 

「おはようございまっ……ぅ」

 

 もはや元気が良いというレベルを超え、左右に束ねた髪が飛び跳ねる勢いで下げられた彼女の頭は、あわや机に激突! というところで差し込まれたあなたの手のひらに、やんわりと受け止められていた。発条仕掛けのように勢いよく姿勢を戻した彼女は、感謝やら謝罪やら反省やら後悔やら、せわしなく言葉を連ねていく。

 

 視れば彼女に溶けたニギミタマのMAGが楽しげに踊っていた。それに影響されてか、言葉とともにやたら手をバタつかせて落ち着かない。一種の躁状態(ハピルマ)だろうか? だが、あなたが彼女の手を取って一言「大丈夫」と応じただけで、ほのかは頷いて動きを止めた。

 

 隣にぬぼーと突っ立っていた北山雫に、やたら重みのある視線を向けられて目を逸らす。何故だかその瞳に「任命、ほのか係」と書かれていた気がしたためだ。

 先日、生徒会室で二人は親友だと名乗っていたように思うが、それでも余人に言えない苦労があるのかもしれない。だからといって協力する義理もないわけだが。

 

 

 落ち着いたほのかに雫を加え、改めて朝の挨拶を交わすと、取り留めのない雑談に興じる。最初はそれぞれの出身の話、休日の過ごし方、彼女らが昨日のウィンドウショッピングで見つけた珍しいアクセサリー、あなたの私服(ジャージ)のこと、魔法技能の訓練、私塾や家庭教師のこと、そしてこれからの授業の話など。短い時間で話題は目まぐるしく変わっていった。

 

 そうしてそろそろ朝の出席確認が行われる頃、ほのかが突然こんなことを言い出した。

 

「よろしければ後ほど、お友達を紹介させていただいてもいいですか?」

 

――それは構わないが……

 

 彼女の視線の先にはアラディアの気配(マガツヒ)をさせる少女、司波深雪がいる。

 折角(かわ)した面倒が戻ってこなければ良いのだが。

 

 

*   *   *

 

 

 月曜日の一時限目は基礎魔法学Ⅰ。必修科目を一時限目に入れているのはやはり遅刻対策だろうか。「これから一週間、魔法学の勉強をしましょう」と気持ちをリセットする、そんなセレモニー的な意図もあるのかもしれない。

 

 

 その最初の授業は、生活空間における魔法の行使について。

 魔法師が魔法を使ってよいのはどんな状況か、また逆に使ってはいけないのはどんな状況か。どんな魔法を使ってよいのか、使ってはいけないのか。そういった法的なガイドラインについての解説だ。入学前の説明会、あるいは入門用CAD購入時のガイダンス、そして取扱説明書に添付された関連法の抜粋など、口を酸っぱくして繰り返されるのは、そこから逸脱する人間が少なくはないからだろう。

 

 実のところ、あなたもそれらをあまり詳しくは読んでいなかった。

 地元である奈良には古式魔法師が多く暮らしている。特にあなたの生家のある一帯は魔法師街とでもいうべき地域で、一種独特の慣習法めいた空気があった。新人警察官が四角四面な対応をしようとした際、ベテランがそれを宥めてなあなあで済ましてしまう光景もよく目にしている。だからあなたも、漠然とした経験から()()()()()()()()()という、実にアバウトな慣習(マナー)に依って魔法を扱っていた。

 

 その結果が生徒会室での面談(おはなし)となったわけだ。

 今更ながらにあなたは()()を学ぶ必要性について認識し、真面目に端末を見つめた。

 

 

 基本原則。

 魔法の行使そのものは能動的な身体的行為と同じように扱われる。その影響範囲が使用者のみに限定されたものであれば、自身の責任範囲において概ね許されるし、他者へ責任を問うことはできない。しかし魔法が使用者以外に対して何らかの被害を及ぼした場合、魔法は暴力と同じとみなされるわけだ。

 これは魔法師を非魔法師と同じ()()と見なすためにも重要な原則だ。魔法師と非魔法師の違いは、あくまで魔法という技能を持つか持たざるか、ただそれだけに集約される。それが先天的な才能に依存するものだということは、他の技能にも大なり小なり言えることだと強弁する。

 

 ただし魔法によって行われた犯罪は、実際の被害規模を問わず、魔法が使われなかった犯罪と比べて量刑が重くなる傾向にある。

 元より魔法の効力は物理法則を一部無視しうる、非常に強力なものだ。非魔法的行為と比べて結果も極端なものになりやすい。より悪い結果となっていた()()()()()()とされ、情状酌量の余地なしとみなされる。

 犯罪に魔法を用いようとする意志は、魔法師、非魔法師の両方から批難されることになるようだ。

 このあたり、かつて魔法師と非魔法師の間で相当な軋轢があっただろうことは想像に難くない。

 

 

 精神干渉系魔法の扱いについては特に厳重な注意が必要となる。大戦を経てなお紛争の続く時代においても、個人の精神(こころ)の在り方、自由意志は聖域とされている。行為を直接的に止める魔法ではなく、その意志に干渉する魔法というのは恐ろしいものだろう。

 とはいえ、あなたが使える精神干渉系魔法と言えば、対象の神経を混乱させる【テンタラフー(心身混乱)】と、あなたを見る者を魅了する【原色の舞踏(ふしぎなおどり)】くらいのものだ。どちらも対人戦で使用するには強力過ぎる権能であるため、基本的に使用するつもりはない。

 

 大局的な社会秩序から考えれば、例えば【パトラ(沈静化)】のような魔法は間違いなく有用だろう。平常心を失い、普段ならありえない選択をしてしまうこと。そのリスクを大きく低減できる。だがその有用性すら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()に優越しないのが現代だ。怒りや嘆きといった負の感情ですら、有ったはずのものが不可知の力によって損なわれるということは、想像以上に受け入れがたい。

 故に精神干渉系魔法は一般には公開されておらず、平時には研究機関でしか扱うことはできない。緊急時ですら行使には他者――慣例上は魔法師――の同意が必要とされ、実際に行使した際は後日その判断が正しかったかどうかの審議を受けなければならない。

 

 

 逆に治癒魔法に対する忌避感はほとんどない。ただし緊急時の応急処置を除き、他者への使用には医師または魔法師免許が必要となる。これは医療行為に相当するためだ。

 と言っても現代魔法の治癒魔法は外傷に対する応急処置程度のもので、それも一時的に対象のエイドスを健常時と同じように偽装することしかできない。肉体の損傷そのものを回復させることはできず、魔法の効果が切れれば自然回復した程度の状態に戻ってしまうようだ。だから大きな負傷には自然治癒するまで何度もかけ直さなければならないし、外科医が必要となるのはこの時代でも変わらない。

 負傷者を安全に医療機関まで搬送できるようにする、というのが現代の治療魔法の正しい運用なのだろう。

 

 なお、あなたや悪魔たちの使う【ディア(治癒)】系魔法にこのような制限はない。その秘密は原理そのものの違いにある。【ディア】は対象の生命力そのもの(マガツヒ)を補填、活性化することで、肉体およびエイドスを健常な状態へと復帰させる魔法なのだ。マガツヒを扱えない現代魔法には真似出来ない芸当である。

 

 

 市街地や公道、公共施設、その他不特定多数の人間が出入りする、いわゆる()()()()での魔法使用について特別な制限は無い。ただし魔法師の活動を支援する互助組織・魔法協会サイドからは、彼らの定める殺傷性ランクの高い魔法の使用について「緊急時を除いてこれを自粛するように」と要請が出されている。

 また、殺傷性ランクの低い魔法についても、その他の法律に抵触するようであれば、それぞれの法律に沿って対処される。たとえばそれによって何らかの損害が出た場合、量刑が多少重くなるものの、賠償請求などは非魔法行為と同じように判断される。これは現代魔法が本質的に、「奇跡」ではなく「技術」であるためだ。

 

 現代魔法学において「奇跡」とは、ある目的が一足飛びに達成されること、その()()を指す。それに対して「技術」とは、目的達成の過程に必要とされる()()である。

 同じ奇跡が異なる目的のために発揮されることはないが、同じ技術を異なる目的のために使用することは可能だ。そのため、ある状況では有用であるものが、別の状況では有害である、ということは十分に有り得る。

 故に魔法そのものを制限することが、利便性を著しく損なわせたり、より明確に社会に不利益をもたらす可能性はある。だからあくまで()()という形をとっているのだろう。

 

 

*   *   *

 

 

 ここまでの話を聞いていると、どうも都会に暮らす魔法師は訓練の場ひとつとっても苦労している様子が想像できる。都市部、特に市街地という環境は、非常に窮屈な空間だ。それは物理的な意味でもそうだし、また社会的な意味、第三者、不特定多数の目がある、という意味でもそうだ。非魔法師への配慮を必要とし、要請される環境下で、どう訓練すれば良いのだろうか。

 

 

 あなたのそんな考えを見透かしたように、モニタ上の講師は話を続ける。

 

 

 公共の場において慣習法のように扱われている自粛要請だが、そこには抜け道がある。()()()()()()()()()ということだ。実際、私有地および魔法研究施設内はその管理者が自身の責任において制限を設定している。

 この例外措置により、市街地にも魔法師の私塾や各種魔法格闘技(マジック・マーシャル・アーツ)の道場、魔法競技場などの施設が点在する。資産家の魔法師の自宅には魔法の練習用スペースもあるらしい。もちろん管理者責任、監督責任は非常に重いものとなるようだが。

 ()()()()という伝統的慣習は、二十一世紀末の現代においても健在ということらしい。

 

 

 魔法科高校も魔法大学付属の研究機関として、敷地内での魔法の使用について寛容だ。これは実習の量や質などにも関係しているが、その恩恵はむしろ授業外の時間にある。校外で魔法の実践的学習をする環境を持たない生徒も、設備の利用申請をすれば完全下校時間までの間、魔法の行使を伴う自習が可能となるのだ。私塾その他にかかる費用はそれなりの額になるため、経済的な余裕のない生徒にとってこれは死活問題である。

 

 また魔法科高校では魔法師が貴重な資源とみなされる情勢を鑑み、自主防衛の実践的な対人戦闘訓練として「模擬戦」の場も提供している。施設利用と同じく申請が必要となるが、生徒同士の自習活動の一環として認められているそうだ。

 もちろん致命傷とならないよう、また魔法師生命を絶たれないよう、立会人を置いて一定のルール下で行われるものだが、他では得られない経験が積めるだろうことは想像に難くない。もちろん学校を運営する国としては、建前の他に魔法師を戦力化したい裏事情もあるのだろうが。

 

 模擬戦については、後で詳細を調べておくとしよう。きっと近いうちに利用することになるはずだ。

 

 

 その他、課外活動――いわゆる部活動――でも魔法を扱うものは数多くある。純粋な魔法競技(技くらべ)のほか、魔法を使ったプロスポーツ(ショービジネス)も普及しており、魔法科高校でも当然それらの部活動は存在するからだ。魔法を使ったトレーニングとなると、前述の通り、できる環境は限られている。その限られた環境の一つが魔法科高校というわけだ。

 

 部活動は楽しみながら競い合いの中で魔法技能を訓練できる、とても良い環境なので、優秀な一科生(みなさん)には是非とも参加して欲しい。詳しくは来週のこの時間に講堂で行われるガイダンスを参考に。

 端末の向こうの講師は最後にそう締めくくって授業を終えた。

 

 

*   *   *

 

 

 その後も何事もなく午前中の授業を終え、あなたは食堂で昼食を取る。

 どうした具合かほのかと雫と同席することになり、彼女らに並んで更にまた数名の女子が座った。一部男子生徒らから冷たい視線を浴びせかけられるが、そんなことを気にするあなたでは無い。学食のうどんは安くて美味しかった。

 

「光井さんって意外と手が――」

「そんなんじゃ――」

「でも、こんなに早く男子の友達作ってるのって――」

 

 女子の姦しい雑談(ガールズトーク)を右から左へ聞き流しながら、学食一つとっても手抜かりのない辺り、さすが国策機関ということか。などとズレたことを考えている。

 

 

 ほのかはどうやらこの時間に友達を紹介しようと思っていたらしい。だが先方に相談するのを忘れていたら、件の人物はさっさと姿をくらましてしまっていた。もしかしたら食堂に先に来ているかもしれないと思っていたのだが、残念なことに見つからなかった。とまあそういう事情のようだ。

 

 相手は案の定、司波深雪。

 

 森崎のガス抜きが終わるまで、できれば人目のあるところで接触して、森崎を刺激したくはない。

 あなたはホッと胸をなでおろし、つゆをすすった。

 関東風のうどんを食べたのは何十年ぶりだろうか。一世紀近い刻が過ぎても、大きな戦争を経てもなお、味の伝統が揺らぐことはなかったようだ。明日は蕎麦にしてみよう。

 

 

 だが食事を終えて教室に戻ると、当の本人が接触を図ってきた。

 

「貴方が間薙さん、ですか?」

 

――ああ、そうだが。

 

「会長から、放課後、都合が合うようならいつでも構わないので生徒会室に足を運んでいただきたいそうです」




沢山の感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。

今回は原作の設定面で気になった、魔法の社会的な認知について本作なりに定義しました。いささか冗長になってしまいましたが、今後の展開上、整理しておきたかったので。

次回は原作エピソードで達也の風紀委員入りあたりをなぞる形になると思います。
とはいえ既に原作とは異なる展開になっている部分もあるわけで、そのままというわけにはいかないんですが。

今後ものんびり続けていけたらと思っておりますので、気長にお付き合いいただければ幸いです。


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#023 傾向と対策

「会長から、放課後、都合が合うようならいつでも構わないので生徒会室に足を運んでいただきたいそうです」

 

 生徒会長の言伝を聞いたあなたは、そのままカバンを片手に席を立つ。

 何の話かは分からないが、今日は特に用もない。手早く片付けられるなら、そのほうが良いだろう。

 

 

 教室を出ると、不思議と冷気の漂う廊下には花弁の刺繍がない制服の少年が一人。確か司波(しば)達也(たつや)といったか。

 

 生徒が実習を伴わない座学を受ける教室は、学年ごとにフロアを分けられ、A組からH組まで順に並んでいる。一年のフロアであなたの属するA組は校舎の端にある、というわけだ。用がなければ他のクラスの生徒が足を踏み入れることはありえない。そんな場所に、突如現れた二科生だ。目立つことこの上ない。

 もっとも、当の本人はそんな周囲の反応などどこ吹く風と、まるで無関心な体であったが。

 

 だが、あなたがチラリと視線を向けた瞬間、達也の呼吸がわずかに細くなった。気配を殺しつつ、すぐに動ける態勢を整えた、といったあたりだろう。

 彼のマガツヒに紛れた拒絶(ノア)の気配が強まる。随分と警戒されているようだ。

 

 

 達也はチラリとあなたに目をやり、すぐに視線をあなたの後ろへと逸した。これまで凪のようだった感情(マガツヒ)がわずかに揺らいでいる。気になって振り向いてみれば、その視線の先には気遣わしげな深雪(いもうと)の姿。

 その視線に気がついた深雪は、あなたに礼を失しない程度に小さく会釈すると、小走りに達也(あに)の元へと駆け寄った。

 

 さしずめ兄が大好きな妹と過保護な兄、といったあたりだろうか。

 強い執着を持つ人間はトラブルの元である。なるべく関わり合いになりたくはないものだと、あなたは改めて思った。

 

 きっと同じように感じたのだろう。それまで周囲で「二科生がどうたら」と陰口を叩いていた生徒たちが、何故か半歩下がり、あからさまに彼ら二人から視線をそらしている。何かあったのだろうか?

 

 

*   *   *

 

 

間薙(かんなぎ)君いらっしゃい。深雪(みゆき)さんには会わなかった?」

 

 あなたが生徒会室のドアホンを鳴らすと、出迎えたのは真由美(まゆみ)だった。

 

 司波(しば)兄妹の方は、途中で友人と思わしき数人の男女に捕まっていたので、あなたが先行したに過ぎない。

 あなたが「じきに来るはず」と答えると、真由美は楽しげに笑って「そう」と応じた。

 

 

 真由美が片足を引いてあなたを招き入れたので、軽く頭を下げて生徒会室に入る。先日は参考人として招かれたため、この手の礼儀は頭から抜けていた。真由美も、同席した他の女子たちもうるさいことは言わなかったが、彼女らは一応その辺を弁えていたので、あなたもそれに倣ったかたちだ。

 

 入室の都度IDカードを通さなければならないのは手間だが、生徒会では学校運営に関する重要資料も扱っているらしいので仕方がない。むしろ十師族をはじめとする上流家庭の子女が通う学校で、この手のセキュリティが甘かったらそのほうが問題だろう。

 

 

 足を踏み入れると、じろりとあなたを睨む視線が一つ。先日は居なかったが、入学式では在校生代表団の一人として壇上に上がっていた二年生だ。女子ばかりの生徒会役員の黒一点。たしか副会長の、服部(はっとり)刑部(ぎょうぶ)。まるで伝統を重んじる古式魔法師のような名前だが、関係は無いらしい。

 あなたが生徒会長に促されるまま、彼女とともに先日は無かった小さな応接スペースに入る。

 

「前から頼んでたんだけど、昨日のうちに業者さんが入ってくれたんですって」

 

 あなたがそのスペースを見回していると、先にソファに腰掛けた生徒会長が笑ってそう説明した。確かに、間仕切りも安手のパーティションを突っ立てただけだし、ソファもテーブルも端末を持たない普通の家具のようだ。促されるまま向かいのソファに腰を下ろす。

 

 

「ありがとう、あーちゃん」

 

 あなたが席に着くと、生徒会書記の中条(なかじょう)あずさがコーヒーを二人分、トレイに乗せて持ってきてくれた。小柄な彼女の仕草はいちいち小動物めいていて、ソーサーを持ってあなたの前に差し出されたコーヒーカップも、小刻みにカタカタと震えていた。

 

 あずさはトレイを前に抱えて一礼をすると、足早に去っていった。もしかして怖がられているのだろうか?

 その様に、真由美はただ苦笑いを浮かべて答えた。

 

 

「今日来てもらったのは、ちょっと聞いておきたいことが有ったからなの」

 

――先日の約束のことなら……

 

「あ、そうじゃないの。それはもう大丈夫だから。ねえ、間薙君は部活動って、どうする? どこに入りたいとか、考えてる?」

 

 部活動。そういえば今の時代の部活動(課外活動)は、どうなっているのだろう? たしか子供の人権と自由意志という建前の下、肥大化した教職員の業務外負担を軽減するべく、部活動の所属義務は無くなっていたはずだが。

 

「そのとおり。当校でも生徒に部活加入の義務はありません。でも同時に、部活動が学校のイメージ戦略上、大きなものであることも分かるわよね? そして魔法科高校には、()()()っていう大きなイベントがあるの」

 

 そう言って真由美は二通のリーフレットを差し出した。

 一通は一高で公認されている課外活動のリスト。そしてもう一通は、全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称「九校戦」の案内のようだ。

 

 九校戦とは日本にある九つの魔法科高校が、毎年決められた魔法競技で優劣を競う競技会のことだ。だが、広げてみると、競技名と課外活動の名前は合致しない。あなたは部活動単位で競うインターハイをまとめたものを想像していたのだが、どうやら別物のようだ。

 

「なるべく公平になるように、部活動に所属していない生徒も参加できるように、競技内容も既存の魔法スポーツに限定されないよう配慮されてるわ。でもやっぱり、普段から部活動で魔法競技に慣れ親しんでいる方がアドバンテージが有るのよ」

 

 それはそうだろう。現代魔法は技能で、であるなら慣れ、熟練というのは大きな要素だ。

 

「だから学校側としては、有望な生徒にはできるだけ部活動には参加してほしいわけ」

 

――なるほど。それで予め考えておけ、と?

 

「まあ、そういうこと、なんだけど……」

 

――他にも問題が?

 

 言いにくそうに言葉を濁す生徒会長に、言葉を続けるよう水を向けると、彼女は感情の抜け落ちた力無い表情でため息を吐いた。その(さま)がまるで仕事に追われて自分を見失ったサラリーマンのようで、あなたは思わず「……お疲れさまです」と頭を下げてしまっていた。

 

 頭を上げ、鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔を見せる真由美。それからケラケラと楽しげに声を上げて笑った。

 何となくバツの悪さを感じたあなたは、後頭部に手をやってポリポリと掻きつつ、そっと視線を逸らす。

 笑い声はより大きくなった。

 

 

*   *   *

 

 

 真由美が大笑いしているタイミングで司波兄妹が到着した。

 だがあなたとの話が終わっていない真由美は、二人を何事かと覗きに来た面々に任せると、ようやっと笑いを収めて頭を下げた。あなたも頭を下げてそれに応え、再び話を元に戻す。

 

 

「来週一週間は、新入生の勧誘週間になってます。これはガイダンスで聞いてるわよね? そこでは毎年、有望な生徒の取り合いが起こるの。学校側も九校戦には力を入れてるし、成績如何(いかん)では予算にも大きく絡んでくるから。それに次の年の新入生にも期待できるようになるじゃない?」

 

 そのロジックはよく分かる。好景気、拡大再生産のモデルは、誰もが夢見るものだ。

 

「だから毎年、勧誘週間は大騒ぎになるのよ。特に期待の大型新人の周りでは。わかるでしょう?」

 

――つまり自分がその騒ぎの大本になりかねない、と。

 

「しかも期間中は、各部活とも勧誘のパフォーマンスをする必要があるからって、CADの携帯が許可されちゃうのよ」

 

 ああ、マズい。それは非常にマズいだろう。

 つまり先日の約束は、それを見越したものでもあったわけだ。騒動が大きくなって、あなたが【マカジャマオン(魔法封じ)】を展開したら、一度に何人もの魔法師の卵が()()()なってしまっていたかもしれないと。

 なるほど、それは性急にもなる。

 

 

「今年は特に、間薙君と深雪さんが注目されていたのよ」

 

――されて()()とは?

 

「毎年、総代の子は生徒会に誘うのが慣習っていうか、ほら、跡継ぎを育てなくっちゃでしょう」

 

 なるほど、彼女は一抜けしたわけだ。

 そうなると残っているのは唯一人。

 

「そういうこと」

 

 できれば御免被りたいが、多分その予測は当たるのだろう。体を動かすことは嫌いではないが、人修羅(あなた)が身を入れて参加できる部活動があるのか? という問題が立ちはだかる。かといって手抜きをして周囲のレベルに合わせるというのも、あなたの性に合わない。

 どうしたものかとあなたが公認課外活動リストに目線を落としていると――

 

 

「……シンくん?」

 

 

 急に名前を呼ばれたので顔を上げると、視線の先で真由美が居心地悪そうにしていた。

 しかし何故、名前を?

 

「あの……話、続けていいかしら?」

 

 どうやら自分の思考に潜りすぎていて、呼ばれていたことに気が付いていなかったらしい。

 あなたは軽く頭を下げると、どうぞと続きを促した。

 

 

「勧誘を断る方法、さっさと入る部活を決めちゃうのが一つね。でも当校では二つまで部活動の掛け持ちができるから、枠が埋まっていなければ意味は無いわね」

 

 気になる部活動が無いではないが、すぐに決めるというのは難しい。

 

「あとは運営委員の方に入ること。入学説明会でも聞いてるかもしれないけど、魔法科高校では生徒が学校運営の一部を任されてるの。まあ人件費の削減とか、大人の都合もあるんでしょうけど。その役割を担ってるのが運営委員。一高では生徒会、風紀委員、部活連の三つに分かれてて。どこもそれなりに忙しくしてるから、どれかの役員になれば、勧誘逃れには十分ね。でも生徒会の方で総代と次席の両方をとっちゃうっていうのは……」

 

 それは難しいだろう。あなた自身にとってはともかく、生徒会運営の方に()()()を残しかねない。交渉(TALK)の際に弱みとなる要素は少しでも減らすべきだ。その道理はよく分かる。

 

「一つ前の生徒会長がそれをやらかしちゃって、ちょっとギクシャクしてるところが有るのよ。そういうわけだから、運営委員に入るなら――」

 

 

「フルネームで呼ばないでください!」

 

 

 生徒会室からの大声が、真由美の言葉を遮った。

 

 

*   *   *

 

 

「フルネームで呼ばないでください!」

「じゃあ服部(はっとり)ハンゾウ副会長」

 

 その酷く苛立った大声は、安手のパーティションで防げるものではなかった。

 

 

 声の主は、生徒会副会長の服部刑部(ぎょうぶ)

 続いて揶揄するように聞こえたのは、たしか風紀委員長の渡辺(わたなべ)摩利(まり)だ。

 

 真由美は左手指を額に当て、「また始まった」とボヤいた。

 

 

「服部刑部です!」

「そりゃ名前じゃなくて官職だろう。お前の家の」

 

 官職とはまた古風な。

 しかしそうなると、彼もまた古式魔法師の系譜に連なる魔法師なのだろうか? だが、実家からの頼み事(しごと)に「服部家」という名前はなかった。名も知れぬ賀茂(かも)家の末裔とやらである可能性がゼロではないが、官職持ちの魔法師の家系などという目立った存在を、藤堂青波(ハゲじじい)が知らないはずがない。

 こういったことは疑えばキリがない。あのハゲの調査待ちということで放っておこう。

 

 

「今は官職なんてありませんし、学校には『服部刑部』で受理されています! ……いえ、そんな話ではなく!」

「お前がこだわってたんじゃないか」

 

 一度気になれば、そのやり取りは否応なしに耳に入ってくる。

 ()()()()というより()()()()()のだろう。頭に上った血をどうにか静めようとする服部を、摩利が茶化して煽っている。摩利はただ(じゃ)れているつもりなんだろうが、生真面目な人間がアレをやられると辛い。

 

 

「まあまあ摩利、()()()()()()にも色々と譲れないものがあるんでしょう」

 

 席を立った真由美(まゆみ)が、見かねて割って入っていった。

 その表情を見る限りは仲裁のつもりなのだろうが、口論の原因らしい、当人が嫌がっている名前をわざわざ持ち出しているあたり、どういうつもりなのか。

 

 その場の全員が、一斉に真由美を見た。ときに目は口よりも雄弁になるものだ。彼らの目のそれぞれが「お前が言うな」「それはどうなのか」「混ぜっ返すな」と糾弾する。

 だが真由美は泰然とその視線を受け止めていた。彼女のにこやかな微笑みを見れば、あるいは気付いてすらいなかったかも知れない。一同は彼女の面の皮の厚さに言葉を失った。

 

 摩利には勢いよく食って掛かった服部もまた、真由美に対してはわずかに視線を逸らして口ごもるばかりだ

った。その仕草に、あなたは服部の心裏を垣間見た気がした。それは実に若々しい、年頃の学生らしいもので、あなたにとっては微笑ましくすらあった。

 

 

 しかしこの騒ぎはどういったものなのか。

 服部は先程、何か別のことを言おうとしていたようだったが。

 あなたがそんな疑念を抱いたのと、彼が再び渡辺に鋭い視線を向けたのは、ほぼ同じタイミングだった。

 

 

「渡辺先輩。お話したいのは風紀委員の補充の件です」

「何だ?」

 

 服部の顔から先ほどまでの苛立ち、怒りの気配は退潮していた。感情(マガツヒ)は未だ荒ぶっているようだが、それを表に出すようなことはしていない。

 応えた摩利は、何かを察したように眉間に皺を寄せ、不快を(あらわ)にしていた。

 

「その一年生を風紀委員に任命するのは反対です」

「指名したのは生徒会長なんだがな」

「本人は受諾していないと聞いています。本人が受諾していなければ、指名は正式なものにはなりません」

「それは彼の問題だろう? 決定権は彼にあるのであって、君にあるのではないよ」

「それは! まあ、そう、ですが」

 

 だが服部の(つま)しい努力もまた、摩利に柳に風と正論で受け流され、すぐに勢いを失ってしまう。

 摩利は達也と服部を、交互に見やって答えていた。まるであちらを見ろ、とでも言うように。だが服部はあくまで摩利から視線を動かさず、首には要らぬ力まで入れて動かさないようにしているのが分かる。

 服部は、頭こそ摩利と正対しながらも、体はわずかに斜に構えている。それは意志をぶつけ合うには不利な体勢だ。論だけでなく気合いまで摩利に圧されているのだろうか。それとも達也を視野に入れないようにしているのか。もしかしたら服部はあくまで達也のことを無視したいのかもしれない。その理由までは分からないが、その背中には彼への拒絶が感じられた。

 

 

「それに生徒会としての意思表示は、生徒会長から既になされている。副会長として反対するのなら、まず生徒会長に言うのが筋じゃないのか?」

 

「え。摩利、今それ言う?」

 

 やり取りを再開した二人に、傍観者に戻っていたはずの真由美が引き合いに出されて面食らっていた。アヒルのように口元を歪めて不満を表明している。

 服部の視線がわずかに真由美に向けられるが、まるで見てはいけないものを見たかのように、すぐに摩利へと戻された。

 

 そんな三人を、鈴音(すずね)は端末を操作しながら、あずさは落ち着きなく、それぞれ見ている。生徒会役員になったばかりの深雪(みゆき)は、神妙な面持ちで壁際に控えていた。だがその苛立ちの気配が徐々に強まっていることに、他の面々は気付いているだろうか。

 

 

 そしてついに爆弾が投げ込まれる。

 

 

「過去、()()()()が風紀委員に任命された例はありません」

 

 

 顎をしゃくりあげて初めて達也に向けられた服部の視線には、あからさまな侮蔑が込められていた。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
お返事できていないものも、すべて拝見しています。


序盤、廊下に漂っていた冷気は、達也に対する露骨な陰口に深雪が過剰反応したためですね。
“あなた”の母校の都市伝説、ゆきの女王が思わぬところに顕現したようです(笑)

ちょっと忙しくなりそうなので、次回更新は遅れるかもしれません。
(ストックを溜めてから定期更新とした方が良いのかもしれませんが、そう言ってるといつまで経っても更新できなくなりそうなので、ある程度書けた段階で予約投稿しています)

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(20180416)加筆修正
 ((´・ω・`)様、ご指摘ありがとうございました。

(20180327)誤字訂正

(20180317)加筆修正
 運営委員に関するセリフを追加しました。
 後半2000字超を追加しました。

(20180305)誤字訂正
 銀太様、244様、誤字報告ありがとうございました。


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#024 風紀委員と力の摂理

なかなか弄りにくいシーンなので、展開はほぼ原作をなぞっています。



「過去、()()()()が風紀委員に任命された例はありません」

「それは禁止用語だぞ、服部(はっとり)副会長。風紀委員長である私の前で堂々と使用するとは、いい度胸だな」

 

 二科生に対する蔑称である「雑草(ウィード)」は、魔法科高校におけるタブーだ。一高でも風紀委員会によって禁止用語に指定され、摘発されれば短期の奉仕刑の対象となる。その言葉に強く反応したのは、直接言葉にして警告した渡辺(わたなべ)摩利(まり)と、露骨に顔をしかめた七草(さえぐさ)真由美(まゆみ)。そして兄の影に隠れていた司波(しば)深雪(みゆき)の三名。残る生徒会役員の二名も、あまりいい顔はしていない。ただ一人、当事者であるはずの司波達也(たつや)だけは、むしろその前の言葉に納得している風ですらあった。

 

 とはいえ――

 

「取り繕っても仕方がないでしょう。それとも、全校生徒の三分の一以上を摘発するつもりですか?」

 

 そう。一科生の過半数が、その言葉を慣習的に使用しているのだ。入学したばかりの一年生の中にすら、年長者から聞きかじったその言葉を使用する者がいた。彼らの多くはあたかも事情通であるかのように、背伸びする子供たちは誇らしげにそれを口にする。

 慣習の通りに振る舞うことは、その社会に属することを表すものだ。だからこそ簡単には無くならないし、繰り返されることで既成事実とされてゆく。

 

 

――気に入らんな。

 

 

 あなたの漏らした呟きは、その場にいた少年少女の目を引きつけるに十分な声量だったらしい。鷹揚で歳不相応な断定口調も、注目されるには充分だったのだろう。オロオロしていた中条(なかじょう)あずさは目をむいて驚き、それまで黙々と仕事を続けていた市原(いちはら)鈴音(すずね)も初めて顔を上げた。

 司波達也は半歩体を動かし、あなたと最愛の妹との間に体を差し込んでいる。見上げた兄妹愛、というべきだろうか。その向こうで深雪がわずかに身を固くしていた。警戒されているようだ。

 

 そして血の気の引いた顔で、真由美はあなたに強い意志のこもった視線を送っている。約束を破るつもりもなければ、ここで下手な騒ぎを起こすつもりもない。あなたは彼女に「わかっている」と片手で応じ、小さく頷いてみせた。

 そのやりとりを、摩利と服部が、それぞれ怪訝そうに見ていた。

 

 

 気を取り直したのは、服部が先だった。

 

 この中で唯一、彼だけがあなたと初対面だ。服部にとって生徒会室という自分の領域(テリトリー)に現れた部外者(あなた)に、しかし周囲の面々は誰一人として誰何(すいか)していなかった――特に真由美とは何やらアイコンタクトまで交わしているのも見えた。一人だけ仲間はずれにされたようで、服部の内心は穏やかなものではなかったろう。

 

 

「ええと、君は?」

 

――一年A組、間薙(かんなぎ)シン。

 

 あなたの胸元の八枚花弁(ブルーム)を見やってからの服部の誰何に、あなたはぶっきらぼうに答えを返す。苛立ちの表れではない。単純にどう答えればよいのか、思いつかなかっただけだ。

 

「彼は今年の新入生次席です。本校の運営委員の説明をしているところでした」

 

 よく言えば必要最小限、だが常識的には言葉足らずのその返答に、生徒会長が涼やかな声で補足した。

 大きくなるほどと頷き返した服部は、そのまま生徒会長を眩しげに見つめ、惚けていた。小首をかしげた真由美に「はんぞーくん?」と呼びかけられて、ようやっと再起動する。……()()のようだ。

 

 

 照れ隠しの咳払いを一つ。服部はあなたに「なら君も理解しておくべきだな」と告げた後、再び摩利に顔を向けて話し始めた。

 

一科生(ブルーム)二科生(ウィード)の区別は、制度として学校に認められたものです。そして実際、両者にはそれだけの実力差があります。理想論も結構ですが、少なくとも風紀委員は、ルールに従わない生徒を実力で取り締まる役職です。実力に劣るウィードに務まるものじゃない」

 

 服部は上っ面ばかりは丁寧に、強く断言する。その言にあなたが()()したことは、差別意識の根はあちこちに張り巡らされていそうだ、というものだった。

 

 

 彼が唱えるのは原始の摂理、力の摂理である。それは人修羅(ヒトシュラ)として過ごした闘争の日々でよく理解していた。

 

 人間にせよ悪魔にせよ、意志ある存在が社会を形成するには(ルール)が必要となる。すると意思ある存在の多くは法に従うようになるが、時折そこから逸脱する者が現れる。その時それを処罰できなければルールは形骸化し、社会は瓦解してしまうのだ。

 故にルールから逸脱する者を取り締まらねばならず、それには相応の力が必要になる。結果として、力ある強者が無力な弱者を支配する構造が出来上がる。

 

 それはかつてあなたの幼馴染がひらいたコトワリであり、彼女があなたに膝を屈した後も曲げることのなかった信念だ。そして若き創世の巫女(せんせい)精神(こころ)を苛んだ暴力でもあった。

 

 

 原始の摂理(ヨスガのコトワリ)それ自体は単なる事実であって、人類文明は現代に至るまで人類は一度たりと()()から逸脱していない。だがそれに抗うべく()()()()を発見することで、暴力のみに依存する()()()()から、知恵を活用する()()()()へと生存戦略を変化させた。陳腐化した知恵は暴力へと姿を変えるが、その都度新たな力を発見し、旧支配者の無慈悲な摂理に抗い続けてきたのだ。

 

 原始の摂理、弱肉強食の社会で問題となるのは、強者が無分別にその力を弱者に向けた時だ。逆に言えば、強者が弱者を虐げず、その力によって保護している限り、原始の摂理は善となる。

 

 

 それがたとえ差別意識に根差したものであっても、「弱者の保護」が目的であると(うた)われたことを否定することは難しいのだ。中には「二科生という弱者を保護する」という建前で絡め取られ、知らず知らずのうちに差別側へと回ってしまった良心的な少年少女もいたことだろう。

 

 そのあり方は気に食わないが、拳一つで解決できるような問題でもない。長い目で見るのは良いとして、さて、真由美(かのじょ)はどのあたりを着地点と見定めているものやら。

 

 

 あなたが沈思黙考に耽っている間にも、彼らの話は進んでいた。

 

 

「あのな服部副会長殿()。確かに風紀委員会は実力主義だが、一科生だろうが上級生に勝てる新入生なんてほとんどいない。新入生の仕事は巡回と警告、あとは可能なら容疑者が逃走しないように妨害するくらいだな。制圧が必要なら私が出れば済む。十人だろうが二十人だろうが、私一人で対処できるさ」

 

 確かにあなたの【アナライズ】に映る摩利の能力なら、魔法師の卵が束になってかかったところで敵いはしないだろう。それが事実であるとしても、大した自信家である。

 

「もっとも、魔法を除いた体術だけなら、相当なレベルにありそうだけどな」

「そんなものは――」

「役に立たない、なんて言わないよな? この()()()を前にして」

「……! ですが」

「分かってる。校内でそこまで凶悪な魔法を使う生徒(バカ)がいるとは思いたくはないが、来週から始まる馬鹿騒ぎを考えたらな。そもそも私が彼に望んでいるのは、そんなことじゃない」

 

 畳み掛ける摩利の言葉に、さしもの服部もすぐには言葉が出てこなかった。

 

「じゃあ何を期待しているの?」

 

 言葉を止めて一呼吸置いた摩利に、どことなく力の抜けた声で真由美が問いかければ、待ってましたとばかりに摩利は人差し指を立てて持論を開陳する。

 

 

「今まで二科の生徒が風紀委員に任命されたことはなかった。それはつまり、二科の生徒による違反も、一科の生徒が取り締まってきたということだ。服部の言うとおり当校には、一科生と二科生の間に感情的な溝がある。一科の生徒が二科の生徒を取り締まる。だがその逆はない。この構造は、溝を深めることはあっても埋めることはないだろう? 私が指揮する委員会が、差別意識を助長するなど、私の好むところではない」

 

 なかなか堂に入った摩利の演説は、場を静まり返らせるだけの力を持っていた。

 

 なるほど流石は上級生、現場をよく理解した上での判断なのだろう。それがどの程度の実効力を持つかは分からないが、上手くすれば「現状に納得していない人間がいる」とアピールすることに繋がる。それが組織の長というのも面白い。この小さな箱庭におけるコトワリの闘争というわけだ。

 

 ドラスティックな改革を求める性急さは、組織運営には危なっかしくも有る。だが、所詮は学内で学生に与えられた自治権だ。失敗したところで大きなトラブルにはならないだろう。あなたはそう()()()()()()

 

 

「はあ……そんなこと考えてたのね。てっきり達也くんが気に入ったから、引っ張り込もうとし――」

「会長」

 

 あなたのそんな思索をぶった切った真由美の軽口は、冷ややかな鈴音によって阻まれた。だが一瞬で壊れかけた空気が、元に戻ることはない。理と情がないまぜになった空間で、服部もまた己の感情に理をまとって反論する。

 

 

 この場において、服部はあきらかに孤立していた。摩利も真由美も二科生問題については改善したいと考えているようだし、鈴音やあずさは局外中立の傍観者となっている。深雪がどう考えているかはわからないが、達也(あに)を誹謗される度に身体に力が入っているあたり、納得してはいないだろう。当の達也は彼らの言よりも、深雪の反応を気にしているように見える。あなたも先ほど気に入らない、と意志を表明していた。

 

「会長。私は副会長として、司波達也の風紀委員指名に反対します。渡辺委員長の主張に一理ある事は認めます。ですが風紀委員の本来の職務はやはり、校則違反者の鎮圧と摘発です。魔法力の乏しい二科生に、風紀委員は務まりません。どうかご再考を」

 

 それでも立場を変えずに言葉を連ねるのは何故なのか。

 理非も知らずに騒いでいた新入生(こども)たちとは別次元で、それでも拘る理由があるのだろう。つまらない差別問題、魔法師の卵たちの精神を蝕むそれを取り除くには、まず彼のような生徒を納得させるだけのものを用意しなければなるまい。

 

 

「待ってください!」

 

 

 そこで初めて、司波深雪が動いた。彼女を背にしていた達也は、慌てて彼女を振り返り、彼女を制止しようと手を伸ばすが、彼女の言葉の方が早かった。

 力のこもった視線を服部に向け、深雪は言葉を続ける。それは確信に満ちたもので、深雪の介入に目を輝かせていた摩利を驚かせるだけの力があった。

 

「僭越ですが副会長。兄は確かに魔法実技の成績は芳しくありません。ですがそれは実技テストの評価方法が兄の力に適合していないだけなのです。実戦ならば、兄は誰にも負けません」

 

 とは言え、その言葉をそのまま鵜呑みにできる人間は、この場にはいなかった。むしろ大勢(たいせい)は仲睦まじい兄妹を微笑ましく見つめる年長者の心持ちだ。凛とした深雪が懸命に言い募るさまも、これでは年相応の可愛らしさになってしまう。周囲の驚きは、彼女にそうした子供らしさがあったことに対するものだ。

 

「司波さん」

 

 その剣幕に当てられた服部の目もまた同じ。その声音は真摯でもあり、穏やかであり、さりとて自説を否定されたことに対する怒りのようなものは無い。彼女の言葉を真に受けてはいないということだ。

 

「魔法師は事象をあるがままに、冷静に、論理的に認識できなければなりません。魔法師を目指すものは、身贔屓に目を曇らせるようなことが有ってはならないのです」

 

 ゆっくりと噛んで含めるように語られたその言葉は、幼い後輩に対して道を指し示そうとするもので、それ以外の含みは感じられなかった。達也を無視し、二科生を侮蔑するのも彼ならば、あなたの失礼にも怒らず、深雪に一般論を教え諭すのも彼だ。

 理性がないわけではない。ただ思い込みが強すぎるのだろう。それは自分自身も同じことだった。落ち着いて観察すれば、色々なことが見えてくるものだ。

 

 

 だが、そうした余裕がいつでも誰にでも有るわけではない。たとえば今、周囲の無理解な上級生らに憤る少女がそうだ。

 

 余裕ある態度。

 語られる一般論。

 

 それらが彼女の焦燥をより煽ってしまうだろうことは、容易く見当がついた。殊更に子供扱いされた子供が癇癪を起こすのは、熟れた果実が木から落ちるようなものだ。ましてや服部は彼女の敬愛してやまない――らしい――兄を侮辱している。もはやこれに抗って自制できる思春期の少年少女の方が珍しいのではないだろうか。

 そういう意味では服部の侮蔑を無視し、ただ妹の暴発にのみ反応している司波兄は不気味ですらある。

 

 

「お言葉ですが、わたしは目を曇らせてなどいません! お兄様の本当のお力を()ってすれば――」

「深雪」

「――っ!」

 

 冷静さを失いかけていた少女は、ようやく発せられた兄の制止によって動きを止め、羞恥に染まった顔を隠すように俯いた。その愛くるしい姿に周囲の空気が弛緩する。彼女を微笑ましげに見つめていた面々からすれば、それは回避不能な攻撃力を持っていた。生徒会長に熱を上げているらしい服部ですら、一瞬目を奪われたほどだ。

 

 そんな中、妹に柔らかな眼差しを向けていた達也が顔を上げ、ただ一人だけ無反応だったあなたと、目が合った。それはほんの一瞬のこと。探るような、警戒するような、理解できないものを見るような目線。しかし(たつや)はそれをすぐにかき消すと、いつの間にか会長の姿に惚けていた服部に声を掛けた。

 

 

「服部副会長。俺と模擬戦をしませんか?」

「……は?」

 

 色惚けていた服部は、すぐには彼の言葉が理解できなかったようだった。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。

なかなか弄りにくいシーンで、気を抜くと原作そのままになってしまうし、かといって省略できる話でもないし……で、何度もボツ稿を出してます。
そうして何度も書き直している内に服部副会長のコミックリリーフ色が強くなってしまい、薄めるのに苦労しました。(誰得なんだこれ)
おかげで予想よりも長くお待たせすることになってしまいまして、申し訳ない。

まだしばらく忙しい期間が続きそうで、次回の更新もお待たせするかもしれません。なんとか模擬戦まで終わらせたいんですが。


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#025 ルールのある戦い

模擬戦に関連した一高の慣習(入試上位陣が模擬戦漬けになる)は、本作の独自設定です。(原作には関連する記述はなかったと思います)



服部(はっとり)副会長。俺と模擬戦をしませんか?」

「……は?」

 

 達也(たつや)の言葉に、服部は一瞬その意味が理解できなかった。

 模擬戦とはその名の通り、戦いを模した訓練のことだ。軍事力として魔法師を欲する国家に大いに奨励されたそれは、安全のためのルールこそあれ実戦に近く、であるが故に残酷なほど実力差が露わになるものだ。

 

 魔法力の試験で合格平均を下回った二科の入学生が、一年を通して実技成績一位をキープしてきた自分に、あろうことかその模擬戦を申し込んできた。

 これが例えば「胸を借りるつもりで」「訓練のために」というのであるなら、向上心の表れと見なすことも出来ただろう――それでも服部は力不足として切り捨てていただろうが。だがこの新入生の意図がそこに無いことは、誰の目にも明らかだった。

 

「思い上がるなよ補欠の分際で!」

 

 故にその怒りは正当なものなのだろう。だが――

 

「……何がおかしい」

「いえ、()()()()()()()()()()()、なのでは?」

「っ!」

 

 それは達也の苦笑を誘い、痛烈な逆撃を招いただけだった。

 息を詰まらせ動揺を露わにする服部に、達也はなおも()()を続ける。

 

「標準化された魔法力の検査とは違って、対人戦闘スキルは戦ってみなければ分からないかと。別に風紀委員になりたいわけじゃないんですが……妹の目が曇っていないことを証明するには、仕方がありません」

 

 最後にはため息混じりの独り言のようにしめられた言葉は、もはや服部のことなど眼中に無いようですらあった。

 それが意図したものであったなら、司波(しば)達也という人間は人の神経を逆撫でする達人に違いない。まったく見事な【挑発】だと、あなたは他人事のように眺めていた。

 

「……いいだろう。身の程を弁えることの必要性を、たっぷり教えてやろう」

 

 声を震わせながらも服部が上位者として応じる立場を保てたのは、彼の矜持のなせる業か、あるいは突き抜けた憤怒が肉体に正常な振る舞いを強要したものか。

 

 

 これまで黙って成り行きを見守っていた真由美が、片手を上げて慌ただしく口を挿んだ。

 

「はいはいそれではここに二年B組・服部刑部と一年E組・司波達也の模擬戦の申請を、生徒会長権限で受諾します」

「生徒会長の宣言に基づき、風紀委員長として両者の模擬戦を課外活動として認める。(あたし)が立会人を務めよう」

「これより三十分後、場所は第三演習室。試合は非公開とし、双方にCADの学内使用を認めます。サインが居るわよね。お願い、あーちゃん」

 

 続けて承認を与えた摩利(まり)の声は、どこか楽しげだった。

 どこか対象的な二人の宣言により、正式な模擬戦として認められたことになる。校則で禁じられた()()にしないため、必要なことなのだろう。あとは宣誓書と、CADの使用申請書にサインを入れれば、手続き上は完了だ。午前中に授業で習ったばかりの手順が、目の前で展開されてゆく。

 

 必要書類をプリントアウトすべく、中条(なかじょう)あずさは慌ただしく端末を叩いた。

 

 

*   *   *

 

 

「風紀委員長として初めて承認する模擬戦が、こんな形になるとはな」

「その割にはノリノリだったじゃない、摩利。期待してたんでしょう?」

「新入りの実力を見るいい機会だからな。服部にどこまで食い下がれるか」

「司波くんの勝率は?」

「勝負はやってみなけりゃ分からないさ」

 

 模擬戦の手続きは驚くほど早く片付いた。

 普段の振る舞いからは想像もできなかったが、どうやら書記の中条あずさ、事務仕事の手並みは相当のものらしい。本人は「一年やってれば誰でも出来ますよ」と謙遜していたが、書類上の手続きだけでなく、各方面への口頭連絡まで一人で済ませてしまったのは大したものではないだろうか。

 CADを受け取りにいった達也と服部、それに同行した深雪を除き、手持ち無沙汰になった面々は、予定の時間よりも大分早くから第三演習室の前に(たむろ)していた。

 

 

「間薙くんは、どう? どっちが勝つと思う?」

 

 にこにこと楽しげに問うのは、言わずと知れた七草(さえぐさ)真由美生徒会長。この模擬戦を見物するため、先程まで億劫そうに書類にサインを入れていたのが嘘のようだ。日常業務や友人との軽口の間に調子を取り戻したようで、あなたの呟きに青ざめていた顔色も、いつの間にやら元に戻っている。

 

――ルール次第では?

 

「ほう。ルール次第では新入りが服部に勝てると?」

 

 あなたの答えに、食いついたのは渡辺(わたなべ)摩利だ。

 今さっき「やってみなけりゃ分からないさ」と軽口を叩いたばかりの人間の言うことだろうか。先ほどの様子では相性はよくなさそうだが、それでも摩利は服部の能力(うで)については認めているのだろう。その彼が侮られたと感じたのか。

 あるいは単に、同意されたのが気にくわなかったのかも知れない。

 

 とはいえ、あなたの答えは変わらない。

 模擬戦というものについては今日、授業の中でその概要がレクチャーされたばかりなのだ。詳しい内容について調べておこうと思ったら呼び出されて、あなたは今ここに居る。判断材料がまったく不足しているのだ。

 

――そもそも俺は、模擬戦がどんなルールで行われるのか知りませんので。

 

「じゃあ、どんなルールなら司波くんが勝てると思う?」

 

 今度は真由美が、興味津々といった様子で問うてきた。

 どんなルールなら勝てるか、か。

 

 確実なのは、()()()あたりだろうか。

 

 使える魔法を同じ威力のものに限定しての殴り合いになれば、モノを言うのは耐久力(HP)だ。

 達也のマガツヒ量なら、人間としては桁外れの耐久力(HP)があるはず。対する服部のマガツヒは、並の魔法師レベルでしか無かった。古式魔法の手合せならば彼に勝ち目はない。

 

「持久戦か。競技としては面白そうだが、あまり現実的ではないね」

 

 そう。

 現代魔法の普及した今の流行は一撃必殺、先手必勝とされる。

 

 この世界の現代魔法師の登場は、第三次大戦で熱核兵器の使用を防ぐという、ただその一点に端を発する。

 当時()()()と呼ばれていた彼らは数も少なく、また組織的な力を持たなかった。そんな彼らの取りうる戦術はただ一つ、不正規(ゲリラ)戦のみだ。そのため使用される魔法も対人用の、対象を一撃で無力化する威力が要求された。これは現代魔法師を特殊作戦チームとして運用する多くの軍事組織がその伝統を継承している。

 また、より強力な制圧力を求め、現代魔法に国防における抑止力たることを求めた先進国は、人間の耐久力(ソフトスキン)どころか特殊戦闘車両を蹂躙できる破壊力を実現させた。

 

 故に現代魔法師同士の戦いは先手必勝――先に当てたほうが勝つ――という身も蓋もないものと成り果てた。もちろん対抗魔法、防御魔法の開発も進んではいるが、()()()()()()()()という考え方が一般的だ。

 馬鹿げた丈夫さ(タフネス)を持った【悪魔(バケモノ)】たち相手に、手練手管の持久戦が標準となっている古式魔法師の戦場とは違う。

 

 

「で、どうするの? 無難なのは初弾命中(ファーストブラッド)だと思うけど」

「私が立ち会う模擬戦が、そんな()()()()()()()なわけないだろう? それに……」

「それに?」

「元々は司波が一科生を制圧できるかが問題だったんだ。ある程度納得のいく決着をつけさせなきゃ収まらないさ」

「そうよねえ」

 

 どうするつもりなのやら。司波達也(あの少年)は落とし所を考えて提案したのだろうか? それとも本当に、ただ妹の言葉の正しさを証明するためだけに行動したのか。

 

 先日の中庭での様子からは、二科生に対する偏見には、あまり良い印象を持ってはいないようだったが、今日は完全に無視していた。そのくせ妹がちょっと口論で押し負けそうになっただけで、危険を買って出るという暴挙。

 勿論、自信が有ってのことなのだろうが、どうも良く分からないところがある。本当にただのシスコン男なのだろうか?

 

 

「ところで真由美」

「なあに、摩利」

「なんでこいつも居るんだ?」

「あー……見学よ。ね? まあいいじゃない。このまま帰れ、なんて言われたって気になって仕方がないでしょうし」

 

 どうしたものかと考えているうちに、話題があなたへと移ってしまっていた。

 しかし好かれていないことは薄々勘付いていたものの、こうも分かりやすく迷惑がられるとは。直情径行でもあるのだろうか。

 

 放っておけば空気が悪くなりそうだったが、真由美がフォローを入れてくれたので、ひとまず任せることにした。あなたとしては、ただ「興味がある」という以上の理由はないのだ。拒否されるならば帰るしか無い。

 

 実際、あなたがここにいる理由は、あなたが現代魔法師――実際にはその卵に過ぎないが――の戦いというものを間近で見ておきたかったから、ただそれだけだったりする。あとはまあ、あの孤絶(ノア)の少年が何をしでかすつもりなのか、気になったということもあるが。

 

 

「それに、見ておいてもらったほうが良いと思うのよ。彼、()()だし」

「ほう」

「今年の首席は司波さんでしょう。そうなると……」

「服部と同じか。となると、こいつもしばらくは苦労するわけだ」

 

 む。苦労する、とはどういうことだろうか?

 あなたの疑問が顔に出たのか、苦笑いを浮かべながら真由美が講釈してくれた。

 

 

「新入生の成績上位者は毎年、上級生から模擬戦を申し込まれやすいの。特に総代はね。でも流石に女子に上級生がっていうのは風聞が悪いでしょう? だから総代が女子のときは、次席の男子に繰り下がるわけ」

「服部は去年一年そんな中で揉まれて、黒星は十文字(じゅうもんじ)(あたし)、それに真由美の三つだけだ」

「私は不戦勝でしたけど」

 

 なるほど、それならあの自信も頷ける。

 先日、クラスメイトとの雑談の中で聞いたのだが、十文字克人(かつと)、渡辺摩利、七草真由美の三人は、俗に()()()()()()と呼ばれる逸材らしい。ここ数年における魔法科高校生の中でも群を抜いた出来物(タレント)で、件の九校戦がらみで校外にもファンが多いのだとか。お蔭で彼らに憧れて一高を選んだ生徒も結構居たらしい。

 

 十文字と七草は、ともにこの国の現代魔法師の頂点に立つ十師族の子弟である。その圧倒的な魔法力は折り紙付きだ。そしてそんな彼らに並び称される渡辺もまた、将来を嘱望される逸材なのだろう。そのせいか、彼らとの模擬戦はエキシビジョン相当とされ、黒星も無効(ノーカン)とされる。

 

 先ほどの達也とのやりとりにしても、服部にとっては馬鹿にされたと言うより()()()()()()と感じたのかも知れない……まあ、どちらでも結果的には同じことだろうが。

 

 

 それはそれとして、あなたの学生生活は初っ端から波乱含みになるらしい。模擬戦そのものは望むところだが、先般の()()を守りながらというのは少々骨が折れそうだ。さて。

 

「どう、しますか?」

 

 あなたの思索を見透かしたように、真由美が殊更に柔らかな声音で問いかけてきた。その()は鈴音やあずさを困惑させただけでなく、隣りにいた摩利までもが思わずぎょっとし、のけぞったほどだった。

 

 だが、あなたにとっては驚きよりも懐かしさが呼び起こされる仕草だ。夫を持つとある女悪魔(ひとづま)が、まだ初心(うぶ)だったあなたにこうして不意打ちを仕掛け、よくからかってくれたのだ。その度にあなたの相棒(パートナー)は小さな足であなたを蹴り飛ばしていた。

 

 だがそんな刺激も繰り返されれば、じきに慣れてしまうものだ。あなたの反応が薄くなり、余裕を持って見つめ返すようになると、女悪魔はわざとらしく不貞腐れてみせるようになった。ちょうどそう、今の真由美(かのじょ)のように。

 

 

 言い知れぬ衝動(ノスタルジー)に突き動かされ、あなたはその膨れた頬を人差し指でつつく。

 

 ()()、と真由美は息を吹き出した。

 

「いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

 

 摩利の呆れた声が、あなたたち二人の笑いを誘った。

 

 

*   *   *

 

 

 詳しい話を聞こうと思ったのだが、予定の時刻までそう時間が無くなってしまっていた。あなたたちは連れ立って脇にあるカードリーダにIDカードを通し、第三演習室の扉を開ける。

 

 第三演習室は、ほぼ何もないシンプルな空間だ。凹凸のない床と壁は高価な衝撃緩衝材で覆われ、天井も高めに設計されている。「結局ルールはどうするの?」「実力が問題なんだから、実戦形式でいいんじゃないか?」などと話していると、ちょうどCADを取りに行っていた三人組が到着した。

 

 

 達也と何言か言葉を交わした摩利が、立会人として模擬戦のルールを慣れた口ぶりで告げる。はっきりと聞き取りやすい見事な滑舌で、これでは後からいちゃもんをつけることも出来ないだろう。

 今回の模擬戦のルールは、大まかに以下の通りとなる。

 

【許可】

 *捻挫以上の負傷を与えない直接攻撃

 *素手による攻撃(硬い靴は武器と見做すため学校指定のソフトシューズに履き替えること)

 

【禁止】

 *相手を死に至らしめる術式

 *回復不能な障害を与える術式

 *肉体を直接損壊する術式

 *武器の使用

 

【敗北条件】

 *自主的に負けを認める

 *審判に続行不能(負け)と判断される

 *開始の合図前にCADを起動する

 *上記ルールに違反する

 

 

 話を聞きながら、これはマズいことになったと、あなたは思わず唸り声をあげていた。傍に立った真由美が、不思議そうにあなたを見上げている。

 

 模擬戦のルールは思ったより細かく定義することが可能なようだ。戦況を定義するかわりに手段の制限を加えない、古式の「手合せ」とは勝手が違う。今回は素手攻撃を認めているが、これを禁じられればあなたの勝率はかなり大きく減じることになるだろう。

 建前としての要素が大きいとはいえ、模擬戦は魔法科高校の訓練カリキュラムである。当然ながら、現代魔法師の育成を旨としたものであり、それはただ戦闘力があれば良い、というものではないのだ。この建前の下、素手格闘術を禁止する可能性は十分に有り得る。

 

 これは早急にCADによる現代魔法を使った戦術を構築する必要があるぞと、あなたが考えをまとめている間に達也と服部は互いに開始位置へと移動し、摩利は腕を振り下ろして開始の合図をした。

 

 

 そして――

 

 

「勝者、司波達也」

 

 

 期待していた模擬戦は、ものの五秒で決着した。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。

人修羅さんの強さはルールの無い世界でのものなので、ルールのある戦いの中ではまだまだ未熟な部分もあったりします。その辺りをどう埋めていくのか? のあたりで現代魔法の話に絡められるかなァ、とか。
(といって急にトーナメント戦とかやったりするわけではありませんので、悪しからず)

次回はアッサリ終わってしまった模擬戦の戦評からになります。


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(20180417)誤字訂正
 244様、誤字報告ありがとうございました。


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#026 巧者の戦い

原作の出来事に別解釈を加え、一部変更しています。

本作に登場する武術・武道の術理は基本的にファンタジーです。現実にある同名のものと似たものもあるかもしれませんが、すべて似て非なるマジカル拳法とお考えください。



「勝者、司波(しば)達也(たつや)

 

 

 ものの五秒で決着したが、今の模擬戦、見るべきところは非常に多い。

 

 

 まずは両者の使用武装、CADの違い。

 服部(はっとり)刑部(ぎょうぶ)は自身の左手首に装着する腕輪タイプの汎用型CADを使用した。接触感知式のテンキーによって格納された九十九の起動式の中から行使するものを選択、起動する標準的なモデルだ。

 対する達也は拳銃タイプの特化型CADを使用した。格納する魔法式の構成パターンを同じものに限定、また格納できる起動式の数そのものも九種に制限することで、処理速度の高速化を実現しているとか。また拳銃タイプのCADには照準補助の機能もついている。達也は自身の発動速度の遅さを補うため、起動式をカートリッジで交換できるこれを常用しているそうだ。

 

 

 次に魔法の回避手段。

 開始直後、服部は即座に左腕を達也に向けると、右手で左手首のCADを操作してみせた。淀みない動きは流石と言うべきだろうが、その時点で達也が一足飛びに服部の眼前に飛び込んでいる。服部は慌ててCADを再操作していた。

 現代魔法は改変する情報体を正しく指定しなければならない。もちろん多少のズレは無意識下にある魔法演算領域で補正がかけられる。だがその達也の体術が()()()()()()()()()()だったこと、また急接近されたことで服部は照準の狂いを認識し、再照準を余儀なくされた。そのわずかだが致命的な時間の浪費が、服部の失着(しっちゃく)となったとあなたは見る。

 

 その刹那の時間で、達也は服部の顔面へと繰り出した掌底を寸止めにし、側面へと跳躍するように移動した。服部はその掌底を避けるように上体を捻り、バランスを崩した。この時点で服部の視界からは完全に消えてしまったことだろう。彼の魔法は完全にその目標を失い、エラーとなる。

 

 

 最後に、勝利を決した攻撃手段だ。

 だがこれについて、あなたは理解できていない。

 

 服部の視界から姿を消した達也は、例の拳銃タイプのCADを構え、トリガーを引いて魔法を発動。またすぐに移動してトリガー、三度移動してトリガー。都合三回、彼は魔法を発動した……らしい。だが現象としてあなたに視えたものは、服部の後方から指向性の強いサイオン波が発生した。ただそれだけだった。実際、周囲には一切被害らしきものもない。

 だが、その波に曝された服部は為す術もなく昏倒し、模擬戦は決着した。

 

 

*   *   *

 

 

 立会人である風紀委員長の渡辺(わたなべ)摩利(まり)によって決着の宣言がなされた後、感嘆の声をあげ、最初に拍手をしたのは七草(さえぐさ)真由美(まゆみ)だった。摩利、中条(なかじょう)あずさがそれに続いた。市原(いちはら)鈴音(すずね)は怪訝そうな表情を隠さず、司波深雪(みゆき)は「当然です」とばかりに誇らしげだ。

 

 称賛の拍手を受けても達也は平然と、部屋の隅にあるロッカーから自分のアタッシュケースを取り出す。大ぶりな拳銃型CADと、腰につけていた記憶媒体(ストレージ)を片付けるようだ。

 

 服部の様子を確認しながら、摩利が背を向けた達也に声をかけた。

 

 

「しかし司波。最初の動きは自己加速術式でも使ったのか?」

「いえ、違います。俺の速度では、開始前に術式を準備しなければ間に合いません。それはルール違反ですよね」

「その通りだ。私も君が事前に魔法を準備していなかったとは思う。だが、だとするとあれほどの速さをどうやって」

 

 摩利は彼の最初の動きに納得がいかなかったようだ。

 分からなくもない。達也の挙動はそれだけ卓抜した()()だった。

 

「そうよ摩利。それじゃあ達也くんはCADを二つ持っていたことになるじゃない」

「複数のCADの併用は、汎用型で特化型に匹敵する速度を出すより高等技術です。流石にそれは」

 

 真由美と鈴音も、達也を擁護する。

 というより、二人とも達也の体術にそれほど疑問を抱いていないようだ。

 

「いや、それはそうなんだが……」

 

 だが、摩利はまだ納得がいかないようだった。

 

 達也がルール違反をしたわけではないこと、そして摩利だけが疑問に思っているその理由を、あなたは理解していた。あれは純粋な、だが今となっては相当珍しい古武術の(わざ)である。

 

 

――無拍子(むびょうし)だな。

 

「……そうだ」

 

 あなたの指摘を、達也は憮然とした声で肯定した。

 CADのメンテナンスをしている彼はあなたに背を向けており、その表情をうかがうことは出来ない。

 

 

 ()()()とは古流武術の多くが伝える共通の奥義とされるもの。その真髄は、動作の最適化と予兆の最小化。重力や慣性力など自然の力を使うことで()()()()などの予備動作を極限まで削り落とし、素早く疲労の少ない挙動を実現する。目の良い者、予備動作から先々の予測を瞬時に行える者ほど、無拍子の餌食となる。

 

 渡辺摩利は、まさにその()()()()()だったのだろう。予測された動きと現実の結果とが繋がらなかったため、加速術式で移動したように感じてしまったのだ。【マルチスコープ】で情報をありのままに受け取る真由美や、単純に戦闘技能で劣る鈴音やあずさは、達也の動きをただ()()と認識するだけに留まり、だから摩利が自己加速術式なんて話を持ち出したことにこそ、首をひねっていた。

 

 あなたがそのあたりのことを説明し、更に深雪が「兄は忍術使い、九重(ここのえ)八雲(やくも)先生の指導を受けているのです」とフォローすることで、摩利はようやく納得したようだった。

 

「しかし凄いな君は。そんな技術まで身につけているとは。期待以上だ」

 

 彼女は嬉しそうに達也の肩を強く叩き、叩かれた達也は迷惑そうにひっそりとため息を吐いた。

 

 

「それではあの、攻撃に使った魔法も忍術ですか? サイオンの波動そのものを放ったようにしか見えなかったんですが」

「忍術ではありませんが、サイオンの波動というのは、正解です。あれはサイオンの波を作り出すだけの無系統魔法です」

 

 そう。拳銃型CADから照射された魔法は、サイオンの波を射出するだけの簡単なものだった。それが体勢を崩した服部を貫くよう照射されたことまでは、あなたも理解している。

 だがそれだけで何故、服部が倒れたのか。そこが分からなかった。イデアの層に存在するとされるサイオンの波動が直接干渉できるのは、同じイデアに存在する情報体(エイドス)のみだ。だがただのサイオン波が、魔法師のエイドスにあれほど強烈な影響を与えることは考えにくい。

 

 あなたと同じように疑問に思った面々は、達也に解を求める眼差しを向ける。

 背を向けたままの彼は、あれこれいじくり回していた拳銃型CADをアタッシュケースにしまうと、ようやくこちらへ向き返って「()()()んですよ」と答えを示した。

 

「酔った? 一体、何に?」

 

 その答えに問いを投げかけたのは、またしても真由美だった。

 他の魔法師の魔法について詮索することは、一般的にマナー違反である。先日の()()()()でも、彼女はそのことに十分な注意を払っていたように思えた。だが、今日の彼女にそうした様子は見られない。一見、旺盛な好奇心に勢い余ったようで、その実「答えてもらえればラッキー」くらいのふてぶてしさが見え隠れしていた。

 

「魔法師はサイオンを、可視光線や可聴音波と同じように知覚します」

「それは魔法師になるための基礎的な技能ですね」

「ええ。ですがその感覚が研ぎ澄まされるほど、周囲のサイオン波に過敏になります。それが魔法の発動を知覚する技能にもつながるわけですが、その副作用として、予期せぬサイオンの波動に曝された魔法師は、それを空気の振動のように錯覚してしまうんですよ。その錯覚が肉体に影響を及ぼしたのです」

 

 要は催眠術の()()と同じようなものなのだろう。あなたは前世のテレビ番組で見た、「これから押し当てられるものは焼け火箸だ」と暗示を与えられ、割り箸が押し当てられた被験者の腕に、実際に火膨れが生じた実験映像を思い出していた。

 焼け火箸が触れれば火膨れになる()()()、と肉体が誤認し、実際にそのような反応を生じてしまう。同じように達也の魔法は、強い波動に揺さぶられれば酔ってしまう()()()、と服部の肉体を誤認させたのだろう。

 

 サイオンの波動という魔法師のみに知覚できる現象を使うことで、魔法師に対してのみ影響を与える魔法となる。強すぎるサイオン波に曝されることで魔法師が体調をおかしくすることは、たとえば例のアンティナイトを起動した際などに顕著だ。

 

「通常、サイオンの知覚は五感のどれかに変換して認識しますが、それは認識に言語化を要するためで、肉体的にはただ波としてのみ知覚します。ですから『揺さぶられた』と錯覚し、激しい船酔いに似た状態になるわけです」

 

 達也は自分が使った戦術について簡単に解説した。

 他人の魔法や戦術を詮索することは通常マナー違反とされるのだが、当人が気にしていないのであれば特に問題にはならない。とはいえ、手の内をその原理まで明かすとは大胆なことだ。

 

「しかし魔法師は普段からサイオンの波動に曝されているもの。サイオン波には慣れているはずよ? 無系統魔法はもちろん、起動式だって魔法式だってサイオン波の一種だもの。それなのに、魔法師が立っていられないほどのサイオン波なんて、そんな強い波をどうやって――」

「――波の()()ですね」

 

 真由美の疑問に割り込むように答えたのは、やっと顔の(けん)がとれた鈴音だった。

 

「振動数の異なるサイオン波を三連続で作り出し、三つの波がちょうど服部君と重なる位置で合成されるように調整して、三角波のような強い波動を作り出したんでしょう。よくもそんな、精密な演算ができるものですね」

「お見事です、市原先輩」

 

 なるほど。一度の魔法では威力が不足するところを、重ねることで強化したということか。そしてその波動は服部が体勢を崩した地点で最大になるよう、調整が行われていた。服部の動きに合わせて振動数を調整していたということだろう。とんでもない話である。

 ただサイオン波を一地点で合成するだけなら、もっと単純に、例えば波の発動地点で取り囲むようにしても可能だろうが、敢えて扇状に展開したのは観戦者であるあなたたちに被害が出ないよう配慮したのかもしれない。

 実に手慣れた技。見事なものだ。

 

 

 あなたが感心していると、鈴音が小さく手を挙げ、行儀よく質問を続けた。

 

「もう一つ、質問よろしいでしょうか?」

「なんでしょう、市原先輩」

「君は攻撃に魔法を三度、行使したように見えました。基礎単一系の小さな起動式とはいえ、移動しながらあれ程の速度で魔法が使えるなら、実技の成績が悪いとは思えないのですが……」

「ああ、それは――」

 

 鈴音の問いに達也が答えようとした時、割り込むようにもう一つの質問が投げかけられた。

 

 声の主は、中条あずさ。

 達也がこちらへ振り返るまで、ずっと彼の手元を黙って凝視して少女である。

 

「あのっ! 司波くんのCAD、もしかして『シルバー・ホーン』ですか?」

「ええ。よくお分かりに――」

「本当に本物のシルバー・ホーンですか!?」

「ええ。あの、先輩。シルバー・ホーンの偽物が――」

「一般販売モデルはもっと銃身が短かったと思うんですけどそれ限定モデルですよねっ!?」

「え、ええ……」

「やっぱり! 何処で手に入れたんですかっ?」

 

 矢継ぎ早の質問に、さしもの達也も戸惑いの表情が隠せない。

 だがそんな彼の様子などお構いなしに、あずさは己の想いをまくしたてる。

 

 

「あの……あーちゃん? シルバーって、()()トーラス・シルバーのこと?」

 

 見かねた真由美が声を掛けると、振り向いたあずさの表情がパッと明るくなる。

 友人知人に()()()()()()()として知られるあずさは、嬉々として語り始めた。

 

「そうです! フォア(F)リーヴス(L)テクノロジー(T)専属の謎の天才魔工師! その本名、姿、プロフィールの全てが謎に包まれた奇跡のCADエンジニア! 世界で初めてループ・キャスト・システムを実現した天才プログラマ! あっ、ループ・キャスト・システムというのはですね――」

 

 曰くループ・キャスト・システムとは、起動式の最終段階に同じ起動式を魔法演算領域内に複写する処理を付け加えることで、魔法師の演算キャパシティが許す限り何度でも連続して魔法を発動できるように組まれた起動式のこと。だそうだ。

 通常の起動式が魔法発動の都度消去され、同じ術式を発動するにもその都度CADから起動式を展開し直さなければならないのだが、これによってCADから起動式を吸引して魔法演算領域に展開する手順を省略し、同じ起動式の魔法に限られるが魔法の連続行使速度を飛躍的に向上させたとか。

 

「それでですね、シルバー・ホーンというのはそのトーラス・シルバーがフルカスタマイズした特化型CADのモデル名なんです! ループ・キャストに最適化されているのはもちろん、最小の魔法力でスムーズに魔法を発動できる点でも高い評価を受けていて、特に警察関係者の間ではすごい人気なんですよ! 現行の市販モデルなのにプレミアム付きで取引されているくらいなんですから! しかもっ――」

「あーちゃん、ちょっと落ち着きなさい」

 

 早口でまくしたてるあずさの頭部に、真由美はチョップを入れて制止した。あずさは息継ぎを忘れていたのか、呼吸も荒く胸を大きく上下させている。だがその視線は達也の手元のアタッシュケースに固定され、【マリンカリン(魅了)】にでもやられたかのような有様であった。

 

「でも、リンちゃん。それっておかしくない? たしかにループ・キャストに最適化された高性能CADを使えば、発動は高速化できるでしょうけど……」

「ええ。ループ・キャストはあくまでも、全く同一の魔法を連続発動するためのもの。サイオン波を放つだけの無系統魔法といっても、波長や振動数が変われば、それに合わせて起動式も変える必要があります。同じ起動式を自動生成して繰り返し使用するループ・キャストでは、先程のように異なる振動数の魔法を作り出すことは出来ないはずです。いえ、もちろん振動数を変数にして、魔法演算領域で生成するようにすれば不可能ではありませんが、あの状況で座標、強度、持続時間に加えて振動数まで変数化するとなると……まさか、それを実行したというのですか?」

「多変数化は処理速度としても、演算規模としても、干渉強度としても評価されない項目ですからね」

 

 処理速度、演算規模、干渉強度は、国際的な魔法力の評価基準だ。それらと無関係な彼の能力は、魔法力として評価されることはない。だからこそ彼は二科生という立場に甘んじている。

 

 肩をすくめて答える達也の声は醒めたもので、だからこそ言外の肯定には強い説得力があった。

 鈴音はもとより真由美や摩利までもが言葉を失い、この()()()()()()()()()()()をただ見つめるばかり。

 

 

 達也の技量――それは()()()()()()、そして()()()()()()に支えられた確たるものだった。

 もはやこの場に彼の腕前について異議を唱えるものはいないだろう。

 第三演習室には再び拍手が沸き起こった。

 つられてあなたも手を鳴らし、彼の技量を称賛する。

 

 

 そんな中で、サイオンの層たるイデア次元よりも尚深く、マガツヒの揺蕩(たゆた)()()()の次元を視るあなたの目には、どこか違和感が残っていた。

 

 服部が昏倒した現象と達也の()()は、納得できるものだ。

 だがあなたの視界(アマラ次元)に起こった事象とそれとは、なにかが決定的にズレている……?

 

 それが何なのか、この僅かな時間では把握できなかった。

 

 

*   *   *

 

 

 その後、服部が自分の非を認めて深雪に謝罪し、彼女がそれを受け入れたことで、この興味深い茶番劇は幕を下ろした。

 服部は達也を無視したが、達也は気にする様子もない。

 一連の騒動はこれでひとまず決着、ということなのだろう。

 

 真由美が解散を宣言し、その場にいた面々は揃って生徒会室へと戻ることとなった。

 あなたも、まだ聞きたいことがあったので生徒会室へ同行する。

 

 

 その途上、あなたは達也に声をかけられた。

 

 

「よく知っていたな」

 

 はて、何のことだろうか?

 

「古武術には詳しいのか?」

 

 ああ、()()()のことか。

 

 

 古式魔法師の中には魔法のみならず、伝統とされる技術を尊重する者が少なからず存在する。そのため、現代魔法の埒外にあるさまざまな技術を研究、保護している人間もそれなりにいるのだ。

 また、あなた自身もかつては功夫(カンフー)映画や武侠映画を大いに楽しみ、前世では格ゲーブーム末期から総合格闘技ブームの最盛期に思春期を送った男子だったのだ。バトル漫画を読んではケレン味たっぷりの、真偽定かならぬ術理解説にワクワクした過去もまた、人修羅(あなた)の偽らざる一側面であった。

 

 さらにあなたの仲魔の中には、かつて人間だった者、後の世において英雄とされ、伝説によって概念存在(悪魔)と化した者たちも含まれている。彼らの中には魔法じみた技術の持ち主も少なくない。多くは実際に魔法としてそれを行使できるようになっているのだが、中には古い技術をそのまま持ち続けている者もいるのだ。

 前世で妻と死に別れた後は、彼らの技を見、学ぶことも、あなたの無聊を慰めたものの一つだった。

 

 だからまあ、詳しいのかと尋ねられたあなたは、小さく頷いてこう答えた。

 

 

――それなりには。

 

 

 そうあなたが頷いた次の瞬間、あなたの眼前に拳が現れた。殺気はないが、打つ気はある。放っておけばあなたの鼻っ面を強かに打ちつけるだろうそれを、あなたは柔らかく左手で受け流すと同時に、相手の胴体があるだろう空間に()()()()右拳を振るった。だがその拳も空を切る。

 すべての動作を歩きながら、自然体の中で拳を交わした二人に気付いたのは、達也の後ろをついてきて、彼の一挙手一投足に注目していた深雪一人。

 

 

()()()()のか」

 

――()()()()()()、な。

 

 

 同じ答えを繰り返したあなたに苦笑いを浮かべた達也は、あなたに「すまなかった」と小さく謝罪すると、言葉を失っている妹に歩み寄り、その肩を抱いた。

 まあ急に目の前であんなことが始まったら、誰だって驚くだろう。

 

 退散退散。

 あなたは歩を早め、前を行く真由美たちの群れに合流した。




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。

「波の合成」のロジックについて理解が不足している可能性があるため、ほぼ原作の抜書きになってしまっています。当該箇所については、後で修正するかもしれません。

たぶん人修羅さんの晩年のフィルムコレクションには「成龍伝説」(P4で花村がヒビ入れたやつ)とか有ったと思います(笑)

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(20180522)誤字訂正
 244様、誤字報告ありがとうございました。

(20180423)誤字訂正
 銀太様、誤字報告ありがとうございました。


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#027 部活連会頭

お待たせした上、いわゆる設定回です。すみません。

「部活連」の詳細については本作の独自設定です。
これで原作で見当たらなかった一高がらみの環境設定は大体終わり……のはず。



「それで俺を呼んだのか」

「私や摩利(まり)がってわけにもいかないじゃない。それにほら、十文字(じゅうもんじ)くん、前に練習相手が欲しいって言ってたでしょう?」

「ほう」

 

 生徒会室の応接スペースで、あなたは真由美(まゆみ)と共に一人の三年生と対面していた。

 誰しも()を感じずには居られないだろう、(いわお)の如き大男。ボディビルダーのようなはち切れんばかりのマッチョというわけではないが、太く丈夫な骨格に相応しいだけの筋肉を備えていることは、制服越しでも十分に分かる。かつての仲魔、金色の鎧をまとった巨人ティターンを彷彿とさせる存在感であった。

 

 その名を、十文字克人(かつと)。十師族の一角を担う十文字家の長男で、日本の現代魔法師の中では知らぬ者のない有名人だ。

 十文字家は「鉄壁」の異名を持ち、何者も寄せ付けない絶対防壁の使い手と言われている。その話を聞いたときは、あの忌々しい物理反射の象面(ギリメカラ)を思い出し、手抜き(AUTO)はするまいと心に誓ったものだった。

 また一高の生徒としては運営委員の最後の一つ、「部活連」の()()として、生徒会長の七草(さえぐさ)真由美、風紀委員長の渡辺(わたなべ)摩利と並び、一高の三巨頭(ビッグスリー)と称されている。

 

 

 模擬戦の観戦を終えたあなたたちが生徒会室に戻った後、真由美が連れてきた彼と、互いに愛想の欠片もない挨拶を交わしたばかりだ。

 近い未来、あなたが被るであろう()()()()()()()()()()()()()()()()という二つの難題について、解決策の相談をするために「十文字くんにも同席してもらった方が良いでしょうね」ということらしいのだが。

 

「新入生を俺の練習相手に、か」

 

 いつの間にやら()()()()()()()()()()()()()()()、という話になっていた。

 

 

*   *   *

 

 

「彼、今年の次席なのよ。でも彼、魔法力は高いけどご実家は古式魔法師で。だから現代魔法の使い方は、未だよく分かっていなくって」

「そういうことか……」

 

 大黒柱と見紛う腕を組み、拒絶の意志を隠そうともしなかった彼だったが、真由美の言葉にようやく腕組みを解き、厳しい四角い顔をいくらか緩ませた。

 

「そういうことか。って、資料は送られてるはずでしょ?」

「閲覧の権限があるのは本来、生徒の中では生徒会役員だけだろう」

 

 どうやら生徒会から慣例として送られていた生徒資料を、十文字は規則違反だからと読んでいなかったらしい。

 およそ高校生らしからぬ威圧感のある風情に加え、この四角四面の遵法精神。先ほどの摩利の振る舞いを思い起こすに、対外的には彼のほうが風紀委員長に相応しいのではないだろうか。

 

「そんなこと言って、また後回しにして忘れてただけでしょう」

「むぅ」

 

 真由美のツッコミに、十文字は反論するでなくただ唸った。

 

 ……よもや外見に反しておちゃめな性格なのか?

 それとも単なる()()か。

 そちらの方が、可能性は高そうだ。

 

 あなたが無遠慮に自らの思考を弄んでいる間にも、二人の話は進んでいく。

 

 

「だがそれならやはり、順を追うべきではないか? 七草がわざわざ話を持ってきたということは、理由があってのことだろうが」

「まあね。そんなところ」

「例の()()に関連した話か?」

「関係はあるんだけど、それは副次的なものだから。あくまで()()()()()が本命ね」

「……どういうことだ?」

「これは私の()なんだけど。十文字くんの時と同じで、たぶん彼、強()()()と思うの」

「七草の()か……」

 

 魔法師が口にする「勘」には、馬鹿にできない価値がある。

 それは未だ発見されていない人間の持つ直観や第六感、あるいはただの当てずっぽうかも知れないが、少なくとも一人の魔法師が認識した現実でもある。現実をその認識によって改変するのが魔法師であるが故に、それはいずれ現実となるだろうという()()に近い意味を持つ。

 

 そして一人の魔法師より二人の魔法師、二人の魔法師より三人の魔法師と、より多くの魔法師に広まるほど、それが現実となる可能性は高くなる。だから魔法師は、軽々に「勘」を口にしない。

 ましてや真由美は十師族の直系。その魔法力は並の魔法師の及ぶところではない。立場からも、力量からも、本来であればその言葉は禁忌(タブー)と教育されていてもおかしくはない。

 

 だがその真由美が()()をたびたび口にすることを、彼女との付き合いの長い十文字はよく知っていた。そしてそれがよく当たることも、彼女が確信を持って口にしていることも。

 一見思春期の少女の放埒な振る舞いにも思えるそれが、彼女の持つ何らかの特殊能力に拠るのだろうということも、薄々ながら察していた。

 

「むぅ……」

 

 故に十文字は、彼女の提案を跳ね除けることが出来なかった。

 これもまた、いつもの事であった。

 

 気難しい十文字家次期当主殿が、唯一甘やかしている――ように見える――同世代の女性。そうした振る舞いが周囲の大人たちに、彼らの将来(けっこん)を期待させる原因にもなっているのだが、そうした事情について、当人たちには自覚はない。

 

 

「それに十文字くんの戦い方は、間薙(かんなぎ)くんの参考になると思うのよ」

 

 真由美があなたの力をどのように知覚し、どう理解しているのか。それはあなたには分からない。だが彼女はあの騒動の中であなたが使っていた【マカジャマオン(魔法封じ)】の効果を正確に把握し、あなたに注意を促したという実績があった。なにより彼女の懸念は正しくあなたの懸念であって、だからこそ相談する価値があると考え、現在この話し合いに至っている。

 その彼女の提案であれば、乗ってみても構わないか。そう考える程度には、あなたは真由美を信用していた。

 

「それともう一つ。勧誘合戦の件だけど、間薙くんさえ良ければ、部活連が良いんじゃないかと思うの。さっきも言ったけど、生徒会(うち)でっていうのはちょっと難しいし、風紀委員は摩利がねえ」

 

 真由美が額に手を当て、これ見よがしに「困った」というポーズを見せれば、十文字は「ああ」と納得した風に頷いて口の端をわずかに上げた。ニヤリ、とどこか威圧感のある男臭い笑みだ。

 

「なんだ間薙。お前()渡辺に嫌われたクチか」

 

 笑いが混じり、わずかにキーの上がった十文字の軽口に、あなたは思わず苦笑いを浮かべていた。

 

 正確な理由は分からないが、あの風紀委員長に毛嫌いされているらしいことは、あなたも察している。

 あなたがため息混じりに小さく頷くと、十文字は真面目くさった顔で「あいつは好き嫌いが激しいからな」と呟き、困ったものだとため息を吐いた。

 

 

「事情は概ね理解した。間薙にその気があるなら部活連で引き受けよう。()()()()いつも人手不足だしな」

 

――執行部?

 

「そっか。そのあたりからよね」

 

 真由美は頬に人差し指を当て、小首をかしげてみせた。

 

 

*   *   *

 

 

 魔法大学附属第一高校。通称「一高(イチコー)」は、その運営の一部を生徒に委託している。

 一つめは「生徒会」

 二つめは「風紀委員」

 そして三つめ、最後の一つが「部活連」だ。

 

 

 部活連の正式名称は「()()()()()()()」。

 課外活動のグループを「部」や「クラブ」、その活動を「部活」と呼ぶのは、前世紀から変わっていないらしい――まあ特に変える必要もなかったのだろうが。

 

 部活連という組織は組織の名目上の長である()()の下、隔月で行われる()()()()と、日常的な業務を行う()()()の二つを両輪とする。

 ただし実際に「部活連に所属する」と言った場合は執行部に属することとされる。連絡会議に属するのは部活連の会員とされる各部の代表者=部長のみだからだ。

 

 

 執行部では、部活連の日々の業務として行われるさまざまな管理事務が、その活動の中心となる。

 たとえば放課後における学内施設使用権を学校に代わって管理することや、毎年生徒会から各部へ配布される部費の一括管理、また大会やコンテストなど学外で活動する際の諸手続き代行などだ。各部に代わって学校側や生徒会、風紀委員らとの折衝を行い、生徒たちが集中して健全に活動できるよう支援する。それが部活連の主旨だという。

 

 三つの運営委員の一つだけあって役割としては重要そうなのだが、慣習によって手続きの多くが有名無実化しているとのこと。同じ高校生という立場柄、気安い関係にもなりやすい。いちいち書面で手続きをとるより、口頭のやりとりで済ませてしまおうとするのは、想像に難くない。そして後日、帳尻合わせの書類作りで余計に手間取られることになる。そのあたりの感覚は、前世の高校生とあまり変わらないようだ。

 

 そうでなくとも学校や生徒会、場合によっては風紀委員らとの折衝まで代行するというのは、要らぬ時間が取られるだろうことは予想がついた。前世で研究所に努めていた頃、面倒な折衝を押し付けられては時間のやりくりに追われていた同僚を思い出す。少なくとも他にクラブ活動(やりたいこと)を抱えながらできる仕事ではないはずだ。

 

 役職としても人気が無く、普段は会頭になった十文字と、それぞれのクラブと掛け持ちで執行部に属している二人の二年生しか居ない。それに生徒会から服部が手伝いに入っているそうだが、とてもではないがそれで人手が足りるわけもなく、日々少しずつ未処理の業務が溜まっていくことになる。

 そうして仕事がある程度溜まる都度、各クラブから持ち回りで人員を出してもらって間に合わせているらしいが、勿論駆り出された人員にやる気などあるわけもなく、三つの運営委員の中で、唯一評価が地を這っているとのこと。

 

 だから執行部の専属になろうという()()()な生徒がいれば、これはもう各部から諸手を挙げて歓迎されるのは疑いないのだとか。

 

 

「――以上が課外活動連合会執行部の概要となります」

 

 最初は十文字の言葉足らずな説明に、真由美がちゃちゃを入れて混ぜっ返していた――本人は補足しているつもりだったらしい――のだが、書類仕事を片付けた鈴音が見かねて口を挟んでくれた。

 

 

 市原(いちはら)鈴音(すずね)――生徒会会計。

 生徒会長である七草真由美の秘書のような存在として、理念を掲げる真由美の道行きを目されており、あなたの目から見ても、十七歳にして既に仕事のできる女(キャリアウーマン)めいた雰囲気を漂わせているのだが、その実、結構な毒舌家らしい。十文字も口こそ挟まなかったが、時折その四角い顔をわずかに(しか)めていた。

 

 まあ、それは当然だろう。自分が長を務める組織の客観的評価の悪さなど、誰だって聞きたくはない。そんな評価にさらされ続けようものなら、普通の高校生なら耐えきれないか、若くして胃痛持ちか、さもなくば毛根に重篤なダメージを負うことにでもなりかねない。

 あなたに執行部入りを薦めようとしていた真由美も、バツが悪そうに顔を背けていた。

 

 

 誰もがあなたの執行部入りは無くなったと、そう思ったことだろう。

 だが、あなたはその提案に幾つもの()を見出していた。

 

 

――世話になります。

 

 

 故にあなたは頭を下げ、十文字はその目を見開いて驚きを表した。

 

 

*   *   *

 

 

 その後、中条(なかじょう)あずさが用意した届出書類に署名し、あなたは部活連に所属することとなった。といっても来週いっぱいまでは体験期間という扱いなので、それまでに気が変わったら辞めることもできるらしい。

 現段階において、あなたにその気はなかったが。

 

 

「薦めた私が聞くのも今さらなんだけど、本当に良かったの?」

 

――ああ。

 

 不安げに訊ねる真由美に、あなたは小さく首肯する。

 慰めではなく、本心で。

 

 

 実際のところはやってみなければ分からないが、話に聞いた限り「部活連の執行部に所属する」という選択は、あなたにとって都合が良かった。

 

 勿論、やらなければならない仕事は面倒だし、自由な時間も確実に減るだろう。だが管理事務の仕事については前世で多少の経験もあるし、拘束時間については他の部活動に所属したところで同じことだ。そう考えればマイナス面は大したことがない……まあ、あなたのコミュニケーション能力の低さは問題かも知れないが。

 

 

 そんなことよりこの選択は、あなたという個人にとってのプラス面の方が大きいと判断したのだ。

 

 なにしろあなたが魔法科高校に進学した理由は、極言すれば()()()()()()()()()()()()()()という、ただそれだけなのだから。

 

 魔法という力は、これまで人類文明が発展する中で遠ざけてきた()()()だ。強大な英雄という()を、膨大な物量と集合知という()によって圧倒してきたのが、古代以来の人類文明であった。

 そこに再び神代の英雄がごとき個、魔法師という存在を得て、人類はどのように変化するのか。

 あなたの興味はそこに有る。

 

 

 そんなあなたにとって、魔法と魔法師の未来に関係するだろう人物らを観察する機会が作れそうな部活連執行部は、それだけで非常に大きな魅力があった。

 

 多くの生徒たち――即ち魔法師の卵たち――や、彼らを教え導く教職員といった人間との接点は、まず確実に出来るだろう。それが学業や職責から離れた部活動という、素の人格が表に出やすい環境というのも良い。連絡会議の都合で各部の部長と会う機会も増えるだろう。彼らの協力が得られれば、何かとやりやすくなることも多いだろうと期待できる。

 加えて真由美や十文字といった十師族の関係者に接点ができるのも興味深い。彼らはより大きく魔法師の未来と関わることとなるはずだ。

 

 

 だからあなたに薦めた部活連の風評が芳しく無かったとしても、それを真由美が気に病む必要はないのだ。

 

 だが、あなたが気にする必要はないと言ったところで、彼女の重く沈んだ気分が改善されることはなかった。

 こういうときは冗談の一つも言ってみせるべきだと、かつてあなたを笑った幼馴染を思い出す。なるほど、そうかと仲魔たちの軽口を思い出し、真似してみせたのだが……

 

 真由美は困ったように愛想笑いを浮かべ、十文字は苦虫を一ダースも噛み潰したような表情になってしまった。

 慣れないことは、するものではないか。

 

 

――すまん。冗談だ。

 

 

 夕方の生徒会室に吹き出した笑いが響くと、二つの唸り声が重奏した。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
気付けばお気に入り3000件超、総合評価5000pt超と、まるで想像していなかった領域に。


<s>次回は人修羅さんの知られざる(?)生活回を挿むか、そのまま狂想の一週間イベントかのどちらかになると思います。</s>
克人との模擬戦は新人勧誘週間が終わってからの予定です。

(20181202)追記
魔法師稼業のエピソードを一旦撤回、ロールバックしました。
次回は部活連周りのエピソード、それから競争の一週間イベントの話になる予定です。


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