ダーティ・ウェイストランダー (たまごねぎ)
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プロローグ

 fallout4をプレイしてたら無性に書きたくなったので書いてみました。原作とは異なる展開も多々出てきますので、ご注意を。


 

 

 人は過ちを繰り返す。

 

 

 Vault111の床を歩きながら私はその言葉を心の中で呟いた。

 

 私の隣を歩く妻も、近所の住民達も皆先ほど起こった出来事を未だ受け入れられていないのか茫然とした表情を浮かべている。

 

 受け入れられる筈がない、核戦争が起こってしまったなどと。そして今まで築き上げてきた全てを失ってしまったなどと。

 

 

 

 

 話は一時間前にさかのぼる──────

 

 

 

 

 

「今夜の在郷軍人会館での演説、きっと上手くいくわ」

 

 今夜の演説に備え、髭を剃るなどと鏡の前で身だしなみを整えていると妻のノーラが私を気遣ってか励ましの言葉をかけてきた。

 その言葉に心配ないさとの言葉を笑顔と共に返す。

 

「ほら、身だしなみを整えるのもいいけど他の支度もしないと。鏡の前に居座りすぎよ」

 

「分かったよ」

 

 ちょうど身だしなみも整えた終わったところなので、妻の言葉に従い鏡の前から退くと私はキッチンへと向かうことにした。

 

「おはよう、コズワース」

 

「おはようございます!旦那様。さあ、コーヒーをどうぞ」

 

「ありがとう」

 

 大手ロボットメーカーであるゼネラル・アトミックス社が開発した家庭用お手伝いロボットであるMr.ハンディ───もといコズワースに礼を言うとテーブルの上に置かれたマグカップを手に取る。

 

 飲み終わったカップを洗い場へ持っていくと配達された新聞に目を通す。

 

「……あまり良い記事は載っていないな」

 

 ここ数年は良いと思える記事がめっきり減った。紙面を飾るのはもっぱら中国との戦争の事についてや国内で頻繁に起きるテロについての記事だ。新聞だけに限らずラジオやテレビでも悪いニュースしか流れてこない。

 

 今後、自分たちは、世界はどうなってしまうのかと憂鬱な気持ちに浸っているとポンと肩を叩かれた。横に顔を向けると妻が心配そうな表情を浮かべていた。

 

「大丈夫?顔色、悪いわよ」

 

「ああ、うん。大丈夫だよ」

 

「アナタがそう言うなら良いけど………心配事があるなら、ちゃんと私に相談してね。夫婦なんだから」

 

「分かってるさ」

 

 感謝の言葉の代わりに妻の華奢な体を抱きしめると妻も自分の体を抱きしめ返してきた。互いの体を抱きしめあっていると、奥の部屋から息子の泣き声が聞こえてきた。

 

「ああ、この泣き方はミルクですね!ショーン坊っちゃんを見てまいります」

 

 自分達が向かう前に金属のアームで哺乳瓶を握ったコズワースがショーンの元へと向かっていった。そんなコズワースの後ろ姿を見た妻は微笑みを浮かべる。

 

「ふふっ……最初は不安だったけど、コズワースはショーンをよく世話してくれてる」

 

 息子が生まれて数日経ったころ、自分が息子の世話を手伝ってくれるお手伝いロボットを購入してはどうかとの話を持ちかけた時はロボットに世話を手伝ってもらう必要はないと言っていたが今は大切な家族の一人と見なし、息子の世話を手伝ってもらっている。

 

「さて、朝食は何を作ろうかしら?」

 

「何でも良いよ。君の作る料理は何だって美味しいからね」

 

「ありがと」

 

 朝食が出来上がる間、特にすることもないのでヌカ・コーラでも飲みながらテレビでも見ようかとソファに座ったところで、玄関のチャイムが鳴った。

 

「誰だ?こんな朝早くに……」

 

 無視を決める訳にもいかないので、悪態を吐きながらネイトはノブを掴むと玄関のドアを開けた。

 

「おはようございます!Vault-Tecです」

 

 玄関の前に立っていたのは糊の効いた黄色いビジネススーツと身に着け、帽子を被ったVault-Tec社の社員だった。

 

「お訪ねしたのは他でもありません。お客様とご家族の将来の安全をお助けしたいのです。我がVault-Tec社は地下核シェルターの分野ではトップでございます」

 

「よろしければ“Vault”とお呼びください。核による破壊の恐怖に怯えずに過ごせる、贅沢な居住空間をご提供しますよ」

 

 Vault-Tec───ワシントンD.C.に本社を置く、主に重量系構造物の建築を行う大企業。しかし、それは表の顔。軍に在籍していた一部の者しか知らない事だが裏では軍事技術や医療技術などを研究している。

 

 最近ではアメリカ政府と契約を結び、Vaultと呼ばれる核戦争に備えた地下核シェルターを建設しているとの話を聞く。

 

「それで……Vaultが今日訪ねてきたのは何故だ?」

 

「ええ。本日は緊急の要件を伝えにお伺いさせていただきました」

 

 男は今までの笑顔から一転、真面目な表情に切り替えるとそう口にした。

 

「緊急の要件?」

 

「ええ、ご家族の将来を左右するほど重要な要件です。お客様はまだお気づきでは無いかも知れませんが、この国はもう終わったんですよ」

 

 それはどう言う意味かと私が訊ねる前に男が“この国は終わった”とはどう言う事なのかを話し始める。

 

「言い方は悪いですが、“大きなドッカーン”ってやつがね。残念ながら避けられません。しかもそいつはアナタがたの予想よりも早くきます。……意味はお分かりですよね」

 

「………核戦争が起きるとでも言うのか」

 

 その懸念は中国との戦争が始まってから自分を含め、大多数の人間が抱いていた。だが、実際に起こるとは想像していなかったために私は男の言葉に少なからずショックを受けていた。ショックを受け混乱している私の事などお構いなしに、男は矢継ぎ早に話を進めていった。

 

「時間も押してきた事ですし要件を済ませてしまいましょう。まず、この国に多大な奉仕をしているご主人とご家族にはお近くのVault──“Vault111”の優先入居権が与えられています」

 

「既にお客様は入居権をお持ちなので、後は情報の確認をしていただければ晴れてVault111で快適な暮らしを送れるようになりますよ」

 

 男は手に持っていたアタッシェケースの中からクリップボードに挟まれた書類とシャープペンシルを差し出してきた。

 

 先ほどのショックから立ち直れていないネイトは混乱した頭のままでも、差し出された書類に記載された情報にしっかり目を通していた。そして書類の一枚に記載された情報にネイトの目が釘付けになる。

 

「待て、ロボットはVaultに入れないのか?」

 

「その通りです。私個人としては非常に残念に思いますが、諦めてください。規則ですので」

 

 男にその言葉を突きつけられても尚、食い下がるネイトだったが全て流されるか規則と言う言葉を盾に退けられた。

 

 問答は無意味と言う事実を理解したネイトはやりきれない表情のまま、書類を記入し終えるとボードを返した。

 

「素晴らしい!手続きは完了です、これでVaultに入れますよ。皆様の将来への備えをお喜びします」

 

「ああ……」

 

 要件を終えた男はこちらに向けて一礼したあと、玄関の前から立ち去っていった。男の後ろ姿を見送ったあと、ドアを閉めて私は再びソファーへと座ると男の言葉が真実なのか、そしてコズワースのことについて考え始めた。

 

 以前の私ならば笑い飛ばしていたところだが、現在の戦況を考えれば笑い飛ばす訳にもいかなかった。私が勲章を得る要因となったアンカレッジの戦いのあと、軍は中国本土へと侵攻を開始した。つまり中国側は相当追い込まれている事になる。

 

 そうなると中国軍の上層部の誰かがトチ狂って核ミサイルの発射ボタンを押すと言う可能性が浮上してくる。

 だが軍人ならば誰しも分かっている筈だ。そのような事をすれば核戦争が勃発し、世界は数時間も経たない内に焦土と化すだろう。

 

 

 だが、もし核戦争が起こったら──────

 

 

「旦那様」

 

 考えるのに没頭していた為か、コズワースに言葉をかけられるまで彼が近づいていたことに気づかなかった。

 

「どうした?」

 

「ショーン坊っちゃんがどうにも落ち着きません、私は父親の愛情が必要なのではと思います。旦那様の得意分野ですよ!」

 

「分かったよ」

 

 息子の顔を見れば胸の内に巣くう不安も幾分かは減らすことができるだろう。私はソファーから立ち上がり、息子がいる部屋へと向かった。部屋へと着いた私はベビーベッドの上で泣きじゃくる息子をあやし始めた。

 

 腕を動かす度に息子の腕に嵌まる妻の家系に代々伝わってきたと言うブレスレットが窓からの光を反射して輝きながら揺れる。ネイトがあやすと今にも泣きそうな顔をしながら四肢をバタつかせていたショーンが少しづつ落ち着きを取り戻していく。

 

「ベビーメリーを回してあげて、お気に入りなの」

 

 朝食を作り終え、ネイトたちの様子を見に来た妻はそう言うとベビーベッドの上に吊り下げられている宇宙船のオモチャを指さした。

 

 息子のお気に入りと言うのは本当らしい、ネイトがそのオモチャを回し始めると息子はピタリと泣き止むと楽しそうに笑い声をあげた。

 

「機嫌は直ったみたいね。ねえ、朝食を食べたら少し公園にでもいかない?天気もいいし」

 

「公園か……よし、分かった。それじゃあ────」

 

 妻の提案に頷きを返し、ショーンをベッドから持ち上げると朝食を食べにリビングへと行こうとした時だった。

 

「旦那様!奥様!早くこちらにいらしてください!」

 

 リビングから珍しく声を荒げてネイトはたちを呼ぶコズワースの声が聞こえた為、何事かと私たちはリビングへ走った。

 

「どうした!?」

 

「テレビをご覧になってください」

 

 そう言うとコズワースは金属のアームをテレビへ向ける。私はコズワースからテレビの画面へと視線を移した。

 

「───閃光があったとの報告が。目も眩むほどの閃光とのこと。大爆発の音……確認を……確認をとっているところです」

 

「どうやら現地支局との連絡が完全にとれなくなった模様です……」

 

 声を震わせながらニュースを読み上げるキャスターの姿を私たちは画面越しに凝視していた。目も眩むほどの閃光、大爆発の音。これは、まさか────

 

「い、今、確認の報告が……入ってきました。ニューヨークとペンシルバニアで核爆発を確認したとの報告が入りました」

 

「神よ……」

 

 額をおさえ、苦悶の表情をキャスターは顔に浮かべる。キャスターの声からは隠しきれない絶望感が滲み出ていた。 

 

 その姿を最後にニュースは途絶えた。今のニュースは聞いた私は一瞬、思考停止に陥りそうになったが済んでのところで我に返った。

 

「Vaultに行かなければ、今すぐに!」

 

 泣き叫ぶ息子を抱き抱え、私と妻は近くのVault111へと駆けだした。去り際、コズワースに事情を説明する。

 

「コズワース、すまない」

 

「いいんです旦那様。……お仕えできて光栄でした。ほら、早く行ってください!」

 

 どうかご無事で。コズワースの言葉を背に私は自宅を出た。自宅を出たネイトを見送りながらコズワースは視覚スイッチが入った時から始まった幸福だった日々に思いを馳せた。

 

 住宅街は混乱の最中にあった。先ほどのニュースを聞いた住民達は我先にとVaultへと駆けだしている。兵士の誘導に従い私たちと住民達はVault111のゲート前へとやってきた。

 

「そんな馬鹿な。私はVault-Tec社員なんだぞ!中に入らせろ!!」

 

「駄目です。入れません」

 

 ゲート前では先ほど我が家を訪ねてきたVault-Tec社員を筆頭に住民達がT-45パワーアーマーを着た兵士達へと非難と抗議の声をぶつけている。

 

「プログラムに登録している人は先に進んで。そうでない人は家に帰ってください!」

 

「ふざけるな!!家に帰れだと?それは私たちに死ねと言っているようなものじゃないか!」

 

 住民達の誰かが発した声によって更に抗議の声と非難の声は高まる。私たちはそんな住民達を掻き分け、ゲート前に立つ兵士へ声を投げかけた。

 

「リストに載ってる!入れてくれ!」

 

「成人男性、成人女性、乳児……よし、進んで」

 

 手元のクリップボードに視線を落とした兵士はリストの中に私たちが載っている事を確認すると、ゲートの先へ進むよう促す。

 

「ありがとう」

 

「幸運を祈ります。神のご加護があらんことを」

 

 私たちはVaultの警備員の後について歯車の形をしたVaultのプラットフォームへと上がる。プラットフォームの上には私たちの他にも数名の住人が乗っていた。

 

 私は混乱あるいは恐怖によるものか荒い呼吸を繰り返す妻、そして泣き叫ぶ息子に励ましの言葉をかける。

 

「あと少し。大丈夫、愛しているよ二人とも」

 

 片方の手で私は震える妻の手をしっかりと握った。妻は私も愛してるわと言い、私の手を固く握り返してきた。

 

 直後、凄まじい爆発音と閃光が私の耳と目に届いた。強烈な光を見た影響で痛む目を開くと目視できるほど近い距離に大きなキノコ雲が見えた。それが意味するのは────核爆弾が墜ちたということ。

 

 

「伏せろ!!爆風がくるぞ!」

 

 

 ネイトの言葉を聞いた住民達は咄嗟に身を伏せた。そして爆風に吹き飛ばされる間一髪でエレベーターが作動し、ネイトたちは爆風に吹き飛ばされるのを免れることができた。

 

 危ないところだった。流れ落ちる冷や汗を拭うと、私は妻と住民達の顔を伺う。直前まで迫った死に対する恐怖心が彼らの顔を蒼白にさせていた。

 

 パワーアーマーを着た兵士はともかく今の爆風でVaultに入れなかった住民や兵士は重傷、もしくは死亡しただろう。

 

 私たちを乗せたエレベーターは地下深くに建造されたVault111へと降っていく。数秒のあと、Vault111へと到着した私たちを数名の警備員とVaultのスタッフ達が出迎えた。

 

「皆さん、エレベーターから降りた後は整列して階段まで進んでください」

 

「心配は無用です!皆さんに新しい家を用意いたしますので。Vault111です!地下における素晴らしい未来です!」

 

 スタッフの言葉を聞いて、私たちは───少なくとも私は胸の内に僅かだが希望ができた。核により私と家族が住む家は無くなってしまったが、私たち家族は生きているし、このVault111が私たちの新しい家となってくれる。

 

 

 そうして今に至る。

 

 

 どうやら私の順番が来たらしい。白い箱が置かれたテーブルまで歩いていき、スタッフから青地に黄色のラインと111の数字がプリントされたVaultスーツを受け取る。

 

「ありがとう。それで次は?」

 

「このドクターの指示に従ってください。行き先を案内しますので」

 

 スタッフは傍らに控えていたVault-Tecのロゴが入った白衣を着た男性を見やる。スタッフに頷きを返したドクターはネイトたち家族に奥の一室までついて来るように言うと通路を歩きはじめた。

 

 通路には家族の安否を心配する人、築き上げてきた全てを失って途方に暮れる人、起こった事を受け入れず呆然と佇む人が幾人も存在した。

 

 彼らの心の傷が癒える事を祈ると、ネイトたちはドクターの後について奥の一室へと進んでいく。

 

 

「この機械は……」

 

 案内された一室には大量のポットが並んでいた。何の目的に使うのかは分からないが、何故だろうか、ネイトにはそれらが機械の棺桶のように見えた。

 

「ああ、除染装置の一種ですよ。心配はいりません、直ぐに済みますので」

 

 ドクターは笑みを浮かべると、私の横にあるポッドを指さすと先ほど渡されたVaultスーツを着用して中に入るよう言った。気のせいだろうか、私には彼の笑みが作り笑いのように見えた。

 

 スーツを着用しようとした時、泣き止んでいたショーンが再び泣き始めた。泣き止ませようと、あやしてみるが息子が泣き止む気配は一向になかった。

 

 自分があやしても効果はなさそうだと見切りを付け、妻に息子を渡す。

 

「シーッ……だいじょうぶ、パパはここにいるからね」

 

 妻があやし始めると、息子はピタリと泣き止んだ。どうやら息子は父親よりも母親である妻の方がお好みのようだ。

 

 Vaultスーツに袖を通し、私は除染装置の中に入った。私が入るのと同時に装置の蓋が自動で閉じられる。妻もベビーリングを通したネックレスを握りしめながら除染ポッドに入る。

 

「皆さん!Vaultを降りていく前にポッドで除染と減圧をします。緊張しないでください」

 

 除染ポッドの窓から向かい側のポッド内で緊張のためか不安そうな表情を浮かべている妻へと緊張を和らげる助けになればと、笑いかける。

 

 私が笑いかけていることに気づいた妻は笑顔を返してくれた。

 

 

 これからは今までとは違う、全く新しい生活が始まるのだ。

 

 

 

『住民到着』

 

『乗員のバイタル:正常』

 

『手順終了』

 

 無機質な機械の声が手順が終了したことを知らせる。

 

 次の瞬間、想定外の事態が起こった。機械から噴出されたガスが私の体を凍りつかせていく。気づいた時には既に遅かった、行動を起こす前にネイトの意識は闇に墜ちていく。

 

 薄れゆく意識の中、私は妻と息子の無事を祈ることしかできなかった─────

 

 

 ■■■■

 

 

『手動オーバーライドを確認。低温睡眠、停止』

 

 どこからか言葉が聞こえた。言葉────ただし、人の物ではない無意識な声色の。私は少しずつ意識を覆っていた靄のようなものが晴れていくのを感じた。

 

 例えるならば朝、窓から日の光が射し込んでくるようなゆったりとした過程を経て、私は覚醒した。

 

 目を開く。瞼を覆っていた氷の被膜が落ちていく、ポッドの窓から射し込んだ光が網膜を刺激し、視界は焦点が定まらず揺らいでいる。

 

「こいつね」

 

「開けてくれ」

 

 揺らぐ視界がポッドの外にいる防護服を着た人間と、

片手に拳銃を持った傭兵のような風貌の男を捉える。男の言葉に従い、防護服を着た人間はポッド横の装置を起動させた。

 

「ゲホッ、ガホッ、なに、なにが起きたの……」

 

 ポッドの蓋が開き、冷凍されていた妻と息子が咳を吐きながら覚醒した。咄嗟に妻の元へ向かうため、ポッドの蓋を開けようとしたが私の体は全く動かなかった。

 

 恐らく、冷凍睡眠の影響で身体機能がまだ戻っていないのだ。体を動かす事ができない私はただ、荒い息を零しながら目の前の光景を見ることしかできなかった。

 

「あと少し。全部、上手くいく筈だ」

 

「こっちに来て……良い子よ……ほら」

 

 防護服を着た人間が妻の手から息子を引き離そうと手を伸ばす。それを妻は冷凍睡眠の影響で満足に動かないであろう体を使って必死になって妨害する。

 

 妻を助けようと体を動かそうと試みるが氷付けになった私の体は微動だにせず以前、私は傍観者の立場に甘んじるしかなかった。

 

「赤ん坊を放せ。一度しか言わないぞ」

 

 拉致があかないと悟ったのか傭兵らしき男は警告の言葉を口にすると銃口を妻の額へと向ける。

 

 止めろと叫ぼうとしたが、声帯も凍っているのか声がでない。

 

 妻は半狂乱になっており、今の男の言葉も向けられている銃口にも気づいていない。彼女は今、母親として息子を守ると言うことしか頭にないのだろう。

 

 銃声。妻は額から真っ赤な血と脳漿を迸らせながらポッドにもたれかかるようにして絶命した。息子の叫びが一層激しさを増し、男は顔を歪めながら頭を掻いた。

 

 ショックの余り止まっていたネイトの脳が再び動き出す。目の前の男を殺そうとポッドの蓋を開けようと凍りついた体を動かそうとする。

 

 凍りついた体を無理矢理に動かそうとした為に体と間接が激痛に襲われる。下手をすれば身体が壊れるかもしれない。

 

 だが、今の私は身体が壊れようが目の前の男を殺せるのならばそれで良いとさえ思っていた。

 

 私の憎悪と憤怒と殺意に濡れた視線に気づいた男は歪んだ表情から一変、ニヤリと陰惨な笑みを浮かべると愉快そうに嗤いながら息子を抱き抱えた防護服の人間と共に去って行った。

 

「じゃあな、バックアップさんよ」

 

 男が去り際に残した言葉が私の耳に届くと同事に、ポッド内は再び氷に閉ざされていく。そして再度、私の意識は闇へと墜ちていく。

 

 



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一話

『冷却アレイに致命的故障。Vault居住者は直ちに退出せよ』

 

 無機質な機械の言葉が冷凍睡眠から覚醒したネイトの耳に届く。その言葉の直後、冷却ポッドの蓋が開く。

 

 脳内を覆っていた靄が晴れ、ネイトは全てを思い出した。核戦争のこと、妻が殺されたこと、そして───息子が攫われたことを。

 

 妻と息子がいたポッドへと駆け寄ろうとしたが、冷凍睡眠の直後で身体機能が完全に戻ってはおらず走ることはおろか、歩くことすらできなかった。

 

 思うように動かない自分の体に鞭打ち床を這いながらポッドの横にある装置を支えにして立ち上がると装置のレバーを下ろした。

 

 妻の遺体が眠る氷の棺桶の蓋が開く。ポッドの中から額に穴が空いた妻の遺体が姿を現した。ネイトは命の灯を失い、凍りついた遺体を抱きしめながら絶叫した。

 

 妻の命と息子を奪っていった奴らに対する憤怒が、言葉にならない激情が、愛する者を守れなかった無念が、そして何より───見ていることしかできなかった己の無力さへの絶望がネイトの心をズタズタに引き裂いた。

 

 妻の命を奪い、息子を攫った奴らの姿が網膜に焼きついている。大切な物を失い、胸の内に空いた穴を際限なく湧き出す憎悪と殺意が埋めていく。

 

 奴らは一体何なのだろうか。素性は全く分からない、ただ一つ分かる事があるとすれば───奴らは妻の命を奪い、息子を攫った極悪人であるということだ。

 

 妻の死に報いるためにも奴らを殺さなくてはならない。自身の手で、必ず。

 

 為すべき事は定まった。妻の命と息子を奪った奴らを探し出し、この手で殺す。そして奪われた息子を取り戻すのだ、何を犠牲にしてでも。

 

 妻の骸をもう一度、深く抱きしめるとネイトは指から結婚指輪を外すと自らの指に嵌める。そして妻の骸を再び冷却ポッドの中に入れると装置のレバーを下ろした。妻が眠る墓標となったポッドの前でネイトは別れの言葉を告げる。

 

「ショーンは必ず取り戻す。だから、ノーラ。君は安らかに眠ってくれ」

 

 彼女の墓標に背を向けると、私は使命を果たすべく歩き始めた。胸の内に決意と黒々とした憎悪、そして殺意を滾らせながら。

 

 

 ■■■■

 

 

 妻と他の住民達が眠る一室から出たネイトは凍えるような寒さの中現状を理解するためにVault内にいるであろうスタッフ、あるいは警備員を探す。

 

 辺りを見回すが通路にも隣の部屋にも彼らの姿は見当たらず、加えて物音や話し声が全く聞こえない。数十人の人間が暮らしているならば必ず物音や話し声の一つや二つは聞こえてくるはず。

 

 なのにそれが聞こえてこないと言う事は、つまり─────

 

「ここにいるのは俺だけではない筈だ………おい!!誰かいないのか!」

 

 声を張り上げるが、返答が返ってくる様子はない。聞こえるのは自動で繰り返される設備の破損を伝えるアナウンスのみ。脳内に最悪の想像が浮かんでくるが、その考えを振り払いVaultの探索を続けようとした時だった。

 

 目が通路の窓ガラスに張り付いている何かを捉える。張り付いているのはキッチンで数度目にした事があるローチの姿をしたナニカだった。

 

 と言うのもサイズが通常のローチの数十倍、赤ん坊程度の大きさはあるのだ。ネイトはその異様な姿に生理的嫌悪を抱き、逃げるようにして他の部屋へと移った。

 

 突然変異と言うやつなのだろうか。しかし、あの異常な大きさを突然変異と言う言葉だけで片付ける事はできない。

 

 移った部屋には都合の良いことにターミナルが一台置いてあった。画面のホコリを拭いネイトは手慣れた動きでキーボードを叩きターミナルを起動させた。画面に緑色の文字列が羅列されていく。

 

「なんだこれは………」

 

 Vaultの警備員が使っていたしきターミナルにはVault111がリストに登録されていた人々つまり被験者を冷却ポッドにより仮死状態にし、その長期的な影響を調べる為に建設されたと言う内容のことが記されていた。

 

 つまりリストに登録されていたネイトたち家族と住民はVault-Tecに嵌められたのだ。ドクターを含めた職員たちから感じていた胡散臭い気配は間違いではなかった。

 

「ふざけるな……こんな事をして只で済むと思うなよ」

 

 ネイトたちを冷凍していた冷却ポッドの設置された部屋のターミナルを見たが冷却ポッド内の住民達は全て生命維持装置の故障により全員、死亡していた。彼らの死はVault-Tecが招いたものなのだ。

 

 Vault-Tecと、この計画に荷担していたVaultスタッフ達への怒りを新たに抱きながら部屋を立ち去り、Vaultの探索を進めていく。

 

 最初に冷却ポッドに入ってから、どれだけの年月が経ったのだろうか。入った時には真新しかったVaultの設備や壁が随分と劣化しているところから考えて相当な年月が経過している事はまず間違いないだろう。

 

「数年……いや、数十年……それとも、まさか」

 

 マイナスの方に傾いていくばかりの思考を一旦止めると、私は意識を探索だけに割くことにした。以前、Vaultスタッフも警備員も見当たらず物音や話し声も聞こえない。

 

 いや、違う。前方から何かがこちらへ近づいてくる音を私の耳が捉えた。人間が動くときに発する音ではない、このカサカサと言う耳障りな音は間違いなく────

 

 前の壁の隙間から音の主は現れた。先ほど私が目撃した巨大ローチが凄まじい速度で私の方へ近づいてきたローチは私の首元を噛み切ろうと飛びかかってきた。

 

 飛びかかってくるローチを視認した瞬間、反射的に私の体は動いていた。冷凍睡眠からの覚醒後で身体の方は鈍っていても反射神経の方は鋭敏なままだった。右側の拳がローチの頭にあたる部分に命中する。

 

 しかし冷凍睡眠から目覚めた肉体は想像よりも遙かに衰えていた。今の一撃を喰らってもローチは床に落下したが、問題なく動ける様子だった。

 

 確実に仕留めるべく頭に当たる部分を足で何度も踏みつける。踏みつける度にローチは頭部から黄色い体液を溢れさせながらピクピクと体を痙攣させる。

 

 踏みつける度に足の裏に感じる形容しがたい嫌な感触と、ローチの体液で黄色に染まったスーツを見てネイトは不快そうに顔を歪める。

 

 床でピクピクと痙攣しているローチを渾身の力で踏み潰し絶命させる。呼吸を整え再び進んでいくと前方の部屋にシャワーがあるのを発見した。

 

 施設の劣化具合から水がでるのかと心配だったが、弁を捻るとヘッドからは問題なく透明な水が出てきた。

 

 体液の付着した足を念入りに洗ったあと、この部屋には何かめぼしい物や情報が無いか調べてみたが興味を引くものは何も見当たらなかった。

 

 ままならないなと呟くとネイトは再びVaultを探索することにした。通路を通り目の前にあるスライド式のドアが開く。そしてVault内の電力を賄っていると思しき発電機らしき物が設置させている発電室へと足を踏み入れる。

 

 発電機からは絶えずスパークが迸っており、危険だと判断したネイトは部屋の壁を沿って移動することにした。壁を沿って移動していると足が硬い何かを踏んだ。

 

「なん─────」

 

 踏みつけた何かが砕ける音が耳に届き踏んだものが何なのかを確認しようと足下へと目を向け、それを視界に認めたネイトは息を呑んだ。

 

 

 ネイトが踏んだのはVaultスーツを着た白骨死体だった。咄嗟に足を退け、元はVaultスタッフだった骸骨を凝視する。

 

 警備員のターミナルにVault内で内乱が起きた事を暗示する文章が書かれていたのを見て、もしやとは思ったが────

 

 このVaultに人が全くいない理由を理解したネイトは自分が外界から隔絶された孤独の中に存在し、このVault111内で唯一の生存者である事を認識した。取り残された恐怖を振り払うようにして、ネイトはこの墓所と化したVaultから脱出すべく行動を開始した。

 

 発電室を出たネイトが次に足を踏み入れたのはVault111の監督官が使用していたらしい部屋だった。入って直ぐにネイトは部屋の中にある木製のテーブルの上に置かれていたモノを目を引かれた。

 

 金属製の注射筒の上にメーターが取り付けられた独特な形状をした注射器。主に生傷の絶えない軍人などが戦闘中、頻繁に使用していた“スティムパック”と呼ばれる治療薬。それが机の上に三つ置いてあった。

 

 持っておいて損はないだろうと判断したネイトは貰っていくぞと既に亡くなっているであろう持ち主に向かって言うと、スーツのポケットにそれらを入れる。

 

 治療薬を入手したネイトは他に何か役立ちそうな物はないかと部屋をぐるりと見渡し部屋の右端に武器庫らしき一角があるのを見つけ、そこへ歩いていく。

 

 武器庫の中には大手メーカーが制作した精度、耐久性、メンテナンスの簡易さ、どれをとっても高い水準を誇る傑作銃である10㎜ピストルと警棒が複数個、そして厳重にロックされたケースの中に安置された銃器らしきものが置かれてあった。

 

 他にも銃の予備部品にカスタムパーツ、防弾ベストやヘルメットなどの防具が複数置かれている。

 

 銃と弾薬の状態を確認して問題がないことを確かめ、予備の弾倉やホルスターなどを持ち出すと武器庫を出る。

 

 武器と弾薬は入手したものの妻を殺し息子を奪った奴らの目的は一向に分からず、息子を攫った理由も分からないままだ。

 

 この部屋に繰るまでにVault内のターミナルに奴らについての情報が残っていないかを探してみたが奴らに関する情報は一切見当たらなかった。自分たちの手掛かりになるものを残さないようにしたのだろう。

 

 正体は全くと言っていいほどに分からない。だが、何としてでも奴らを見つけ出してみせる。

 

「罪は償ってもらう………待っていろよ」

 

 自分が為すべき事を改めて確認したあと、ネイトはこの部屋を立ち去る前に木製のデスクの上に設置されている監督官専用のターミナルに触れる。

 

 奴らの手がかりは残されてはいなかったがVaultを管理する立場である監督官専用のターミナルと言う事もあり先ほど閲覧したターミナルよりも詳細に、このVault111が建造された目的が記述されていた。

 

 被験者を冷却ポッドに入れた状態で長期間にわたる冷凍保存を行い、その際の心肺機能や認知機能の変化を調べる為にこのVaultは建造された─────そして。

 

 被験者となる住民達に事前に確認、許可をとらない所から始まり冷凍保存された住民達の生殺与奪権は全てVault-Tecに握られる。

 

 加えて住民の八割が死亡するまで解凍、蘇生は許可されず残りの二割となれたとしても蘇生された後に待つのは“実験成果”を確認するために施される人体実験だ。

 

 しかし幸運な事にVault内での反乱により実験は失敗。計画に携わったVaultスタッフ達も恐らく全て死亡した。そしてモルモットとして生を終える筈だった私は唯一の生存者としてこの場に立っている。

 

「何て真似を……」

 

 秘密裏に軍事技術や医療技術を研究していると言う噂を職場で絶えず耳にしていたネイトは単なる建設企業でないことは薄々気づいていた。

 

 だが、企業の実態はネイトの想像の遥か上をいっていた。まさか倫理に抵触する実験を平然と行う狂人の集まりだとは。あくまで予想に過ぎないが他のVaultでもここと同様に倫理に抵触する実験を執り行っているのではないだろうか。

 

 人の尊厳を踏みにじる実験を行うVault-Tecに対して激しい怒りを覚えると共にターミナルのログから察するにVault-Tecに使い捨ての駒にされたと思しきスタッフ達にネイトはやるせない気持ちを抱いた。

 

 試作冷凍銃に関する記述を最後にターミナルを閲覧し終わった私はこの場所から脱出すべく、ここに来る際に使用したエレベーターがある場所へと駆け出した。

 

 エレベーターへと向かう道中、通路や設備の隙間から這い出してきた巨大ローチ数体を危なげなく片づけたネイトは数分の後、Vaultと外界を繋ぐ歯車を模した扉の前に到着した。

 

 扉を操作するコンソールパネルを見つけた私は早速パネルを操作しようとしたが、どうやら操作する為には何らかのデバイスが必要らしい。私の視線は眼下の白骨死体へと向けられる。

 

「Pip-boy、か」

 

 以前、私と私の部隊が軍から支給され使用していた物とは細部が微妙に異なるが茶色のボディに緑色の四角いディスプレイ。白骨死体の腕に装着されていたのは紛れもなくVault-Tecの一部門が開発した多機能デバイス────Pip-boyだった。

 

 白骨死体へと、このPip-boyは貰っていく胸を伝えると装着されていたPip-boyを取り外す。以前使用していたPip-boyは使用するために専用のインプラントを脳に埋め込む必要があり埋め込まれたインプラントは取り外す事のできない代物だったが、このPip-boyはどうだろうか。

 

「またあの体を虫がはいずり回るような感覚を味わうのか……」

 

 留め具を外し、左手首に嵌めると留め具をしめる。しめるのと同時に肌と触れ合う部分が血圧計のように自動で腕の大きさに合わせて収縮した。次の瞬間、私は脳の中枢に埋め込まれたインプラントとPip-boyとが繋がったような感覚を覚える。

 

『神経リンク────接続完了。Vault-Tec Assisted Targeting System 使用可能』

 

 Pip-boyの画面に以下の文字が表示される。次に来るであろう体中を虫がはいずり回るような不快な感覚に備えるが、そのような不快な感覚が来ることはなかった。

 

 私が以前使用していたPip-boy───厳密にはPip-boyに搭載される予定の“ある機能”をテストする為に作られたプロトモデルよりも新しい型だからだろうか。

 

 ボディの下にあるボタンを押す。機械音と共にターミナルと同様に四角いディスプレイに緑色の文字列が羅列されていく。そして最後に、Vaultスーツを着て笑みを浮かべながらサムズアップをしているVault-Tec社のマスコットキャラクターであるVault-boyがディスプレイに表示される。

 

 以前使用していたプロトモデルは“ある機能”をテストする為だけに作られた物と言う話だったのでボタンは三つしか存在しなかったが、このPip-boyはボタンやツマミが八つもある。

 

 搭載されている機能を確かめたあと、私はコンソールパネルにPip-boyの本体に内蔵されているケーブルを接続しパネルの赤いボタンを押した。

 

『Vaultの扉のサイクリング・シーケンスが開始しました。お下がりください』

 

 無機質なコンピューターの音声と共に天井のランプがオレンジ色に輝き出す。Vaultの扉に開いている穴に天井から伸びてきた機械が接続され、火花を散らしながら扉は右側へとスライドしていった。

 

 そしてエレベーターへと辿り着いた私はVaultの扉が開かれた事を関知して降下してきたエレベーターへと上ると生きている人間が誰もいなくなったVault111を後にする。 

 エレベーターが地表に出るまでの間、私は外界はどうなってしまったのかと思いを巡らす。核爆発により大地へと撒き散らされたであろう放射性物質は消え去ったのだろうか、爆発により何もかもが灰燼へと帰し大地は更地になってしまったのだろうか──────

 

 そして私の疑問は直ぐに晴らされることとなる。地表へと出た私が目にしたのは大地を照らす眩しい日の光と、日の光に照らされる荒野と化した大地だった。

 

 核戦争が起こった当日、秋と言うこともあり鮮やかな赤色や黄色の葉を生やしていた樹木は見る影もなく枯れ果て、かつて私たち一家が住んでいた住宅地は多くの建物が年月による風化か、もしくは爆風により倒壊していた。

 

 私は目を見開いて呆然と核戦争後の世界を眺める。眼前に広がる光景を目にした私は衝撃を受け、思考と動きが完全に硬直していまった。

 

 荒廃した大地を照らす空を見上げる。荒れ果てた大地とは対照的に、空は青くとても澄んだ色をしていた─────

 

 

 




fallout4は旧作に比べて虫のリアルさが増してて虫と戦うのが嫌でした。modとかを入れれば虫を別の生き物に変える事ができるみたいなので機会があれば試してみたいですね。


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二話

 地表へと出たネイトは自らの家がどうなってしまったのかを確かめる為に住宅地へと歩き出した。道中、Vaultへと続く道に横たわる白骨死体を幾つも目の当たりにした。

 

 Vault111に入れなかった人々の成れの果てを尻目にネイトは枯れ果てた木々が立ち並ぶ林を抜け、核戦争が起こる前まで暮らしていた“サンクチュアリ・ヒルズ”────聖域の名を冠する住宅地に辿り着く。

 

「……これは……」

 

 道路の上には折れた樹木やタイヤなどのゴミが散乱しており、殆どの建物は年月の重みに耐えきれずに朽ち果てた姿を晒している。かつての高級住宅街の面影は見る影もない。

 

「家は、コズワースはどうなった……?」

 

 家の方はともかく核戦争の起きたあの日、家に置き去りにした家族の一員。家庭用ロボットであるコズワースがどうなったのかを確かめる為にネイトは我が家へと駆け出す。

 

 コズワースはネイトたち家族にとても良く尽くしてくれた。爆風で壊れてしまったのだとしたら、残骸が残っていれば家族の一員としてしっかりと弔ってやらねばならない。

 

 だが、もし─────爆風に耐えきり我が家に残っていたとしたら彼に謝罪をしなければならない。状況的に仕方がなかったとは言え、家族の一員である彼を置き去りにしてしまったのだから。

 

 そして、ネイトは我が家の周りの雑草を刈るMr.ハンディの機影を視界に捉える。ネイトが彼の姿を捉えたと同時に彼の方もこちらの姿を発見し、こちらへと近づいてくる。

 

「コズワース……」

 

「なんてことでしょう、本当に、本当に旦那様じゃないですか!」

 

 驚愕と感激の感情が多分に含まれた声を彼───コズワースは発する。爆風の影響か年月による風化か、ピカピカに輝いていた銀色の塗装はところどころ剥げ落ちてはいるがそれ以外はどこにも問題がないように見える。

 

「コズワース。俺はお前を置き去りにしてしまったことを謝罪しなければならない。どんな罰でも受ける覚悟はできている」

 

 頭を下げ、謝罪の言葉を私は口にする。コズワースから置き去りにした事を弾劾されることを、もっと言えば襲われる事を覚悟していた私は彼が口にした言葉を聞いて耳を疑った。

 

「謝る必要も罰を受ける必要もありませんよ、旦那様。ロボットである私は連れて行くことはできないとの話を聞いていましたから。仕方がなかったのですよ」

 

「だが……」

 

「いいんです、旦那様」

 

 自責の念に苛まれる私はコズワースのその言葉を聞き、幾分かは心が楽になった。

 

「ところで旦那様。奥様はどちらに?」

 

 ネイトの近くにいるべき妻がいないことを疑問に思ったのか、コズワースは問いを投げかけてきた。

 

「ノーラは……殺された。Vaultに侵入してきた武装した変な服装の奴らに」

 

「コズワース、奴らを見ていないか?」

 

「いえ、旦那様の言う条件に当てはまる人間は誰ひとり見てはおりません。と言うよりも、奥様が殺されたなどと……ありえません……!」

 

 コズワースは今の話を聞き、信じられないと言った様子で妻が死んだと言う事実を否定する。

 

「気分転換でもしましょうか。そうです!気分転換をして落ち着きましょう」

 

 頭部についている三つのアイカメラ内の人間の瞳孔にあたる部分を動揺しているからか激しく動かしながらコズワースはネイトに落ち着きを取り戻すよう言ってくる。

 

「お前の方こそ落ち着け、コズワース。……聞いてくれ、ショーンが攫われた。ノーラを殺した奴らにだ」

 

「俺は必ず息子を見つけ出し、奴らの手から取り戻すつもりだ」

 

 ネイトはコズワースへと自分が為すべき事を語る。私のその言葉を聞いたコズワースは数秒、間を置いたあと────

 

「思ったより酷いですね。ふむ、なるほど。どうやら……空腹誘発性パラノイアを患ってらっしゃる。二百年間きちんと食べないとそうなるんです」

 

 一瞬、何を言われたのかネイトには分からなかった。コズワースが発した言葉の内容に理解が追いついたとき、ネイトはコズワースに詰め寄っていた。

 

「二百年!?本当なのか!間違いじゃないのか!」

 

「間違いありません旦那様。実際には二百十年とちょっとですね、地球の自転と古いクロノメーターのせいで多少のズレはありますが」

 

 詰め寄られてもコズワースは三つのカメラアイで見返しながらネイトとは対照的に落ち着いた音声で否定の言葉を口にしなかった。

 

 ネイトは一歩、二歩後退るとその場で立ち尽くした。二百年と言うワードで脳内が埋め尽くされていた。

 

 

 二百年──────余りにも、余りにも永い。

 

 

 そして、少しずつ本当に少しずつ二百年の時間が経過したと言うことを飲み込み始めていると、我が家からアメリカ国民の食事として親しまれていた“砂糖の爆弾”の名前を持つシリアルであるシュガーボムが山盛りになった器と水の入ったカップが乗せられたトレイを持ったコズワースが出てきた。

 

「旦那様、食事をお持ちしました!二世紀ぶりの食事ですよ、ハッハッハッ……」

 

 笑い声を上げながらコズワースは器を差し出してきた。気のせいだろうか、ネイトは彼の笑い声が作った笑いに聞こえた。違和感を拭えなかったネイトはトレイを受け取ると、コズワースの様子を窺った。

 

「……コズワース、少し変だぞ。平気か?」

 

 ネイトの言葉を受けたコズワースは動きを止めると、今までとは一転して声を震わせながら内心を吐露した。

 

「……その、私……ああ、旦那様。本当に酷かったんですよ?二世紀もの間、話す人も仕える人もいなくて!」

 

「最初の十年は床のワックスを手入れしようと試みましたが、ビニールのフローリングについた放射性降下物を

除去できるものが何もないんです!何も!」

 

「あと、倒壊した家のホコリを払うのがいかに無駄か分かりますか!それと、車!車ですよ!どうやってサビを磨くんです」

 

 アームを倒壊した家と錆びに被われた車に向けこの二百年の間のことを声に苦痛を滲ませながらコズワースは語った。私はその間、黙って彼の話に耳を傾けていた。

 

 コズワースは人よりも長い寿命を持つロボットであり、加えて人間と同じように意志と感情を持っている。

 

 それが仇となった。なまじ自我を持っているだけに長い年月の間、仕えるべき主も話す相手もおらず帰ってくるかも分からない主人を待ち続けると言うのは想像を絶する苦しみだっただろう。

 

 だが彼はシステムを自らシャットダウンすると言う選択肢を、自殺するという選択肢を選ばなかった。それが意味するのは───

 

 二人の間に、沈黙の帳が下りる。そして動きを止めて何かを考えている様子だったコズワースは唐突に家の中に入るとアームにある物を掴んで帰ってきた。

 

「コズワース……」

 

「取り乱して申し訳ごさいませんでした。……これを」

 

 差し出されたある物──ホロテープをトレイを置いた私はコズワースから受け取る。

 

「このホロテープを見つけました。奥様が旦那様にプレゼントなさるおつもりだったのでしょう、サプライズで。それなのに………真に残念です」

 

「ありがとう。コズワース」

 

 私はコズワースに感謝の言葉を告げると受け取ったホロテープをポケットの中に入れた。

 

 今すぐにでも再生したいと言う気持ちが無いと言えば噓になる。

 

 私には為すべき事が山積しているため形見であるホロテープを聞いている時間すら惜しいと言う理由もあるが、今このホロテープを聞いてしまったら私は妻の仇を討ち息子を取り戻す旅路の一歩を踏み出せなくなる───

 

 だから、このホロテープに篭められたメッセージは全ての物事に決着をつけた後に聞くことにしようと私は決めた。

 

 ホロテープを受け取った私は、まず世界がどうなってしまったのかをコズワースに尋ねた。

 

 私の問いにコズワースは謝罪の言葉を最初に述べたあと、自分はこのサンクチュアリの外には一歩も出ておらず世界がどうなってしまったのかは全く分からないとの返答を返した。

 

 彼の答えに少なからず落胆した私だったが彼を責める事などできるはずがない。なにせ彼は仕えるべき主の帰りを待っていただけなのだから。

 

「どうする……」

 

「旦那様、私から一つ提案が」

 

「言ってみろ。コズワース」

 

 コズワースは一呼吸置くとサンクチュアリから直ぐ近くの町、コンコードに行ってはどうかと言う提案をしてきた。

 

 生きている人間がいるのかと言う私の問いにコズワースは肯定を返したあと、少々手荒な方達ですけどねと付け加えた。

 

 手荒な方達と言う言葉に嫌な予感を感じたが、私は二百年後の世界の情報をできるだけ早く手に入れる必要がある。即座に考えを纏め、嫌な予感を心の隅に追いやり私はコズワースの提案の通りコンコードへと向かう事に決めた。

 

「私はここに残って銃後を守ります」

 

「分かった。用心しろよコズワース、危ないと思ったら迷わず逃げろ」

 

 コズワースにそう言ったあとネイトはトレイを持つと二百年ぶりに自宅に足を踏み入れ、トレイを食卓に置くとボロボロになった自室へと足を踏み入れた。

 

「……二百年間も経てばこうなるか」

 

 ドアはなくなり、自室に飾ってあったポスターや装飾品の類は風化により痛んでおり木製のベットは腐り落ちていた。ベッドの残骸を退かし、ベッド下に備え付けられている隠し金庫のロックを外すと金庫の中身を取り出した。

 

「また使う時が来るなんてな」

 

 私が金庫から取り出したのはライフルに予備弾倉、弾薬箱、各種グレネードにアーマー、ヘルメット、タクティカルベスト─────戦前のアメリカ陸軍が兵士達に支給していた装備だ。

 

 軍から退役したあと万が一の時を考え上官と交渉し、入手した。治安の良い高級住宅街に住んでいたと言う事もあり使用する機会が訪れる事は無く、私自身も使用する機会は訪れないと思っていたのだが─────

 

 弾丸の状態の確認及び銃器の動作確認の結果、弾丸の状態は問題なし。二百年もの間メンテナンスをしていなかったのにも関わらず、ライフルは暴発する事なく正常に動作した。

 

 10㎜ピストルもそうだが、まともなメンテナンスをせず二百年経過した後でも問題なく動く銃を作り上げた戦前の銃器メーカーの技術力に改めて驚嘆の意を抱く。食事を済ませると私は防具を装着し、荷物を纏めると家の外に出る。

 

「いってらっしゃいませ旦那様。くれぐれも気をつけてください、奥様とショーン坊ちゃんに続いて旦那様まで失う事になったら私は───」

 

「安心しろコズワース。ショーンを取り戻して、三人でまた一緒に暮らすまでは死ぬつもりはない」

 

 そして妻の仇を討つまでは。コズワースに見送られながら私は橋を渡りサンクチュアリを出る。

 

 左手首に嵌まるPip-boyを操作すると、緑色のディスプレイにコンコードまでの道のりが表示される。道のりを確認した私はコンコードが位置する場所へと視線を向ける。

 視線の先には荒れ果てた大地と空を覆う鉛色の雲。嫌な予感を感じつつもネイトは情報を入手するべくコンコードへと続く道へと一歩を踏み出すのだった。

 

 




 文章を手直ししました。


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三話

「……すっかり変わってしまったな」

 

 ネイトは眼前に広がる核戦争によって荒廃しきった大地と大地に生える茶色に変色した雑草、そして毒々しい紫色の果実を実らせる未知の植物を見て自分の知る世界は既に存在しないのだと改めて実感した。

 

 そしてサンクチュアリとコンコードの中間辺りに存在する、屋根に飾られている赤色のロケットのモニュメントがトレードマークの『レッドロケット・トラックストップ』と呼ばれるガソリンスタンドにネイトたちは差し掛かった。

 

 モニュメントの塗装は剥げ、骨組みは剥き出しの廃墟と言える外観の店を見ながら車の給油をする時に良く使っていた事を懐かしく思い返していると、不意にネイトの耳に犬の鳴き声が聞こえてきた。

 

 鳴き声が聞こえてきた方向を振り向くと、こちらを警戒しているのか牙をむき出しにして身構える犬がネイトたちから数歩離れた場所にいた。

 

 そうなのかと頷くとネイトはこちらを警戒する犬へと視線を向ける。薄汚れてはいるが、よく見れば愛らしい顔立ちをしている。犬が特別好きと言う訳ではないが、この犬に何か惹かれる物を感じたネイトは犬へと挨拶をする。

 

「やあ。こんなところで何をしてるんだ?」

 

 挨拶を受けた犬はしばしの間、警戒を弛めなかったがネイトの事を警戒しなくてもいい人間だと感じたのが警戒の姿勢を弛めるとこちらへと歩み寄ってきた。

 

 お座りの姿勢でネイトの顔をつぶらな瞳で見てくる犬の頭を私はやさしく撫でようとしたが、その行動は地中から現れた邪魔者によって中断されることとなった。

 

「何だ!?」

 

 地中から現れたのはピンクに近い肌色の肌と黄ばんだ鋭い牙を持つ犬と同程度の大きさの醜悪な生き物だった。前に一体、左右に一体ずつ、音からして後方に一体いる筈だ。

 

 左手首に嵌まるPip-boyが地中から現れた生き物から敵性反応を検知し、ディスプレイにDNGERの文字を表示すると共にアラーム音を脳内に響かせる。ライフルを構え、照準を前方の敵に合わせる。

 

 

 来るか。軍人の勘が次の瞬間に奴らが攻撃してくることを告げてくる。事実、地中から現れた生き物───『モールラット』と呼ばれる放射能によって巨大化した元はハダカデバネズミと言う名の生き物は目の前の獲物を狩る準備を整え終え、次の瞬間襲いかかろうとしていた。

 

 一対四、数ではこちらが圧倒的に不利。相手の一体の脳天に風穴を開けている間にこちらは残りの三体の攻撃を喰らってしまうのは避けようがない算段だ。

 

 が。その結果を覆し、相手側の攻撃の一切を喰らわずに相手側を全て仕留める事ができる手段をネイトは持っている。ネイトの部隊が以前、戦場にて使用していた機能が左手首に嵌まるPip-boyには搭載されている筈だから。

 

 そして、モールラット達が脚部の筋肉を総動員して獲物に襲いかかろうとしたのと私の思考をインプラントを介して検知したシステムが起動したのは同時だった。

 

『V.A.T.S』

 

 Pip-boyが内部に搭載された戦闘支援システム───Vault-Tec Assisted Targeting systemを起動させる。画面が一瞬ノイズに覆われ脳の中枢に痺れが奔る。

 

 起動と同時にシステムは身体へと作用を及ぼす。戦闘に突入し、只でさえ鋭くなっていた神経がシステムにより極限まで研ぎ澄まされ自身を除く全ての物体の動きがスローモーションになる。

 

「標的への命中率を表示」

 

 前方と左右、そして後方の敵の体の部位が緑色の枠組みでロックされ敵の動作や彼我の距離から算出された命中率が枠組みの中に表示される。各部位に表示された数値は殆どが95%と言う高い確率だった。

 

 それで十分。腰から取り出した10㎜ピストルの銃口を鈍重な動きでこちらに迫る敵の頭部へと向けると引き金を引く。

 

 手前の敵が頭部に空いた穴から鮮血を噴き出しながら絶命したのを確認する間も惜しんで、次の行動に移る。

 

 左側のモールラットの脳漿が地面に飛び散り、続いて右側のモールラットに向けて発射された弾丸はその皮膚を突き破り心臓にあたる部分を貫くと体内へと埋まりその役目を終えた。

 

 そして最後に牙を剥き出し、間近まで迫った敵の眼球に一発。視界の片方が欠如したことにより怯んだ敵へ引き金を引く。

 

 後に残ったのは四匹のモールラットの死体、それから流れ出した血溜まりの最中に佇むVaultスーツの男、そして犬だけだった。

 

 敵性反応が全て消失した事を検知したPip-boyがビープ音の後にシステムを停止させる。周囲の動きが元通りになり、研ぎ澄まされた神経が平常時の落ち着きを取り戻す。

 

 それと同時に人智を超えた動きの代償として脳の中枢に一気に負荷が押し寄せてくる。数秒の間、脳の中枢に生じた激痛を奥歯を噛み締めながら堪える。

 

 システムを使用する限り、この痛みは必ずつき纏う事となる。だがこれでも以前よりは負荷が軽くなっているとネイトは感じた。ネイトの部隊が上層部からの命令で試験運用していたモデルに搭載されていたV.A.T.Sの負荷は戦闘終了後、部隊内で絶叫する者や失神する者が現れる程の激痛を伴ったのだから。

 

「堪えられるだけ、まだマシか」

 

 V.A.T.Sを使用し瞬く間に四匹の敵を屠った私の動きに興奮したのか犬は私の周りをぐるぐると回っている。

 

「飼い主とはぐれたのか?」

 

 返答はない。首輪などがついていない事や雰囲気から見るに野生の犬なのだろうか。

 

「行く当てがないなら一緒に来るか?」

 

 その言葉に反応し、犬は嬉しげに吠え声を上げた。ピストルの弾倉を交換するとネイトたちは鉛色の空の下、今度こそコンコードへと続く道のりを歩き始めた。

 

 

 ■■■■

 

 

「静かに」

 

 ネイトは潜めた声とジェスチャーで犬に声を出さないように伝えた。聞き間違いでなければ今、奥の方で────

 

「発砲音か」

 

 ネイトたちの耳には銃声と複数の男女が発した罵声が届いていた。ネイトは犬に、ここで待機するようジェスチャーで伝えると奥で何が起こっているのかを確かめるために足音を殺し、自身の姿を晒さないようにして町の奥へと近づいていく。

 

 そして町の奥に辿り着いたネイトは何が起こっていたのかを知る事となる。町の奥では革や鉄板などを組み合わせて作られた防具を身に纏った男女が遮蔽物に隠れながら周囲の建物のよりも二回りほど大きい建物のバルコニーへと罵声を上げながら手にした銃器を撃ちまくっていた。

 

 そして彼らがリロードする間に手にマチェットを握った彼らの内の一人がその建物へと侵入しようとした瞬間、バルコニーから身を乗り出した人物が持つ武器から放たれた深紅の光線がその男を貫き、男の体を一瞬にして蒸発させると雪と見間違うほどに白い灰の山に変えた。

 

「レーザーライフル……なのか?」

 

 ネイトは屋上の男が手にする19世紀頃の兵士が戦場で使っていたマスケット銃のような形状の武器を見て、困惑混じりの声を漏らす。

 

 ネイトの知る光学兵器と言えばコンバットライフルと同じ位多くの兵士に支給されていたレーザーライフルか一部の士官や部隊長など限られた兵士たちへ優先的に支給されたプラズマライフル位だ。見た目から察するにレーザーライフルの部品を使った手製の武器だろうか。

 

「クソッタレが、ぶっ殺してやる!」

 

「死ねやぁ!」

 

「久々の獲物だ!絶対に逃がすなよ!!」

 

 

 仲間を殺され、無法者たちの攻撃と罵声は更に激化する。男が遮蔽物として利用していたベランダの柵が無法者たちの放った弾丸によって木片を撒き散らして弾き飛ばされる。それと同時にバルコニーにいた男は建物内へと転がり込む。

 

 多勢に無勢。建物内から銃声が聞こえる所からして無法者たちは建物内にもいるらしい。無法者を相手に戦う男は無駄のない洗練された動きからして兵士か何からしいが、このまま戦闘が続けば数で勝る無法者が勝つだろう。

 

 

 どうする───────

 

 

 話し合いなどできる訳がない。戦闘中だからと言う理由ではなく無法者たちの言動と行動────そして彼らの理性を失った目を見る限りでは話し合い自体が成立しない可能性が極めて高いと考えたからだ。

 

 となれば、残る選択肢は二つ。一つはこの町での情報収集を諦めて別の町かどこか人が集まる場所で再び情報を集めると言う選択肢。もう一つは建物内外の無法者を排除し、まだ話せる可能性がありそうな兵士風の男から情報を得ることだ。

 

 二つ目の選択肢を採った場合、かなりのリスクを背負うことになる。多数の無法者を相手にするのは危険だろうし当然ながら弾薬や治療薬を消費しなければいけない。この可能性は低いだろうが、助けた男が情報を提供しないと言う可能性も捨てることはできない。

 

 メリットとデメリットで考えれば一つ目の選択肢を選んだ方が負うデメリットは少ない。しかしネイトはその事を理解した上で二つ目の選択肢を選ぼうとしていた。

 

 理由はただ一つ。バルコニーで無法者たちを一人で相手取る男の背後に数人の一般人らしき姿が見えたからだ。状況を把握したネイトは無法者たちから一般人を守るべく行動を開始することにした。

 

 あらかじめ気配を消しておいたと言うのもあるが、無法者たちは意識を屋上の男にのみ向けていた為に自身の頭部へと銃口を向ける敵の姿に気付くことはなかった。

 

 立て続けに四発の銃声が町に鳴り響く。放たれた四発の弾丸は空気を切り裂きながら無法者たちの頭部を貫通し、反対側へと抜けていった。何が起こったのかを理解する間もなく命を絶たれた無法者たちが地面へと倒れ伏す。

 

 奇襲は成功。残った無法者が何が起こったのか理解し仲間を殺害した襲撃者へと標的を移すが、その隙を男が見逃す筈もなく深紅の閃光に貫かれる。

 

「入植者のグループが中にいる!レイダーたちがドアを開けて中に入ってきそうだ、助けてくれ!!」

 

「分かった!」

 

 バルコニーの上から届いた声に返事をするとネイトはPip-boyのディスプレイに視線を向け、外にはもう敵がいない事を確認するとレイダーと呼ばれる無法者たちが多数いる建物に近づいていく。

 

「コイツを使うか」

 

 入り口の扉横に移動すると私はタクティカルベストに取り付けてあるポーチから閃光手榴弾を取り出す。そしてピンを抜きレバーを確認し、扉を素早く開けると手榴弾を二階に立っていたレイダー目がけて投じる。

 

 爆音と閃光が建物内を満たす。直前に扉を閉め、光を遮っていた事とヘルメットに備え付けられたヘッドセットが音を遮断していた為にネイトは無事だったが、建物内から聞こえてくる悲鳴を聞くにレイダー達は視力と聴覚が使い物にならなくなったらしい。

 

 呼吸を整え、ライフルを構えながら扉を蹴破る。正面及び左右に敵がいない事を瞬時に確認すると近くの遮蔽物に身を隠し、二階で身動きできずにいるレイダー数人に銃弾を撃ち込み体に赤い花を咲かせてやる。

 

 即座に遮蔽物から通路へと移動したネイトは不運なことに様子の確認に来たレイダーと鉢合わせした。突然の遭遇に動揺したレイダーよりもネイトの方がトリガーを引くまでの動作が早かった。

 

 レイダーを射殺したネイトは迷う素振りを見せず館内を進む。過去に家族でこの博物館を訪れた事があったネイトは内部の構造をある程度は把握していた。彼らが立て籠もる最上階へとレイダー達を片づけながら進んでいく。

 

「ウラアアアァァ!!」

 

 通路の曲がり角から有刺鉄線を巻きつけたバットを持ったレイダーが奇襲を仕掛けてくる。咄嗟に上体を屈めて横薙ぎに振るわれたバットを回避したネイトは反撃に移った。

 

 レイダーの頭部に渾身の力を込めてストックを叩きつける。バットを手放し絶叫しながら顔を抑えるレイダーを蹴り倒すと銃の引き金を引いて悲鳴を止める。

 

「ヒーロー気取りか?クソッタレがぁ」

 

 特徴的な髪型のレイダーは仲間達の断末魔と銃声から自分のいる最上階へと敵が迫っている事を確信する。幸いなことに最上階に続く階段は自分の近くにある一つだけ。

 

 足音が一切聞こえない事を不気味に感じながらも階段近くの遮蔽物に身を隠しながら頭と腕を出して敵が射線上に入るのを待っていたレイダーは自身から少し離れた場所に不意に投じられたグレネードを見て即座に遮蔽物に身を隠し耳を塞いだ。

 

 投じられたのはスタングレネード。爆発時に発生した閃光は遮蔽物に遮られたが聴覚を狂わせることには成功した。耳を塞ぐ努力も虚しく聴覚を使えない状態になったレイダーはパニックに陥り敵の接近を許した。

 

 手早くレイダーを始末するとネイトはレイダーの死体を後に入植者のグループがいる部屋へと歩いて行く。

 

 




 今作のv.a.t.s.はゲーム内の描写を踏まえて、pip-boyのバージョンアップに伴って機能が封印されていたがネイトの脳内に埋め込まれたインプラントがシステムを強引に起動させているという設定にしました。
 
 


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四話

「やれやれ。アンタが誰かは知らないが、タイミングが完璧だったな。プレストン・ガービー、コモンウェルス・ミニッツメンだ」

 

 部屋に入った私を出迎えたのはハットを被り、つぎはぎだらけのロングコートを羽織ったプレストン・ガービーと名乗る男だった。男は助かったよと感謝の言葉を述べてきた。部屋の中を見渡すと男の他に五人、一般人らしき人々が一人を除いて部屋に入ってきた私の事を注視していた。

 

「ネイト・ブラックウェルだ。役に立てたのなら幸いだ、それよりも……ミニッツメン?」

 

 ミニッツメン─────今から数えて何百年も前、アメリカ独立戦争の時に活躍したとされる民兵組織の名前だ。確か招集されてから一分で駆けつけると言うのが名前の由来だったはず。

 

「助けが必要な人々の元に迅速に駆けつける。それが意図だったんだ。俺もその理念に賛同した内の一人さ、実際にミニッツメンの活動で俺たちが今いる連邦は多少なりともマシになったんだ」

 

「だが、それも過去の話だ。ある事がキッカケでミニッツメンはバラバラになった。……残るミニッツメンは俺だけだ」

 

 話が後になるにつれ話を語るガービーの表情は苦悶の表情に歪み、声からは抑えられず溢れだした苦痛と何者かに対しての深い憎悪の念が感じられた。

 

 ネイトの視線に気づいた彼はすまないと謝罪の言葉を口にしたあと、自分達がレイダーたちに追いつめられていると話し、引き続き協力してくれないかと頼んできた。

 

「分かった、引き受けよう。ただし、このゴタゴタが片付いたら依頼分の対価は払ってもらいたい」

 

「ああ、いいだろう」

 

 対価を払う事をガービーは約束した。話が上手く運んだ事を神に感謝すると同時に入り口の方からレイダー達の増援が来た事を知らせるコズワースの声が聞こえてくる。

 

 ネイトとガービーがベランダから町の様子を窺うとネイトと犬が来た道から数十人のレイダーたちがネイトたちがいる博物館へと接近してきているのが遠目に確認できた。

 

 手持ちの装備を全て使ってもあれだけの数のレイダーを相手取るのは不可能だろう。ネイトはレイダー達からガービーへと視線を向け、何か策はあるかと尋ねる。

 

「ああ、一つだけな。スタージェス教えてやってくれ」

 

 ガービーの言葉を受け机の上に置いてあるターミナルを操作していたスタージェスと呼ばれた男が操作を止めて私の方へと向き直りレイダー達を打倒する為の策について話し始めた。

 

「屋上に墜落したベルチバードがある。戦前に軍が使っていたヤツだ。まぁ、そのベルチバードの乗客がかなり楽しいシロモノを置いていった訳だ」

 

「T-45パワーアーマーのフル装備一式。所々痛んじゃいるがフレームとパワーアシスト機構は無傷だ、動作に支障はない。ソイツを使えばベルチバードに付いてるミニガンをもぎ取ってレイダー達に地獄への特急券をプレゼントできる。分かるか?」

 

 戦前のアメリカ軍の技術の粋を集めて制作された機械化歩兵技術の頂点であり、通常の銃器はおろかミサイルランチャーの直撃にも耐えうる装甲を持ちパワーアシスト機構によって装着者に重火器を単独で持ち運べる力を与えるパワーアーマー。

 

 そしてベルチバードに搭載されているピストルやライフル等とは比べ物にならない圧倒的な火力を誇る銃火器、ミニガン。

 

 

 この二つがあれば─────

 

 

 

「いけるかも知れないな」

 

「かもじゃなくて、いけるんだよ。アーマーを復活させる事が出来ればな。燃料が全くないんだ」

 

 スタージェスは苦々しげにそう呟き、電源は入るんだがねと付け加えた。絶大な力を装着者に与えるパワーアーマーも燃料が無ければ単なる鉄の棺桶と化す。私が彼とガービーに解決策はないのかと聞くとガービーが解決策を口にした。

 

「アーマーを復活させるのに必要なのは戦前の古いF.C.、標準型フュージョン・コアだ。ハイグレードな長期型原子力電池で、かつて軍や企業の設備の動力源として使われていた。ソイツがこの建物の地下にある」

 

「だが近づけない。鍵の掛かったセキュリティゲートの向こうにある。ゲートを開くには錠を開けるかコンピューターをハッキングするしかない」

 

「俺たちではゲートを開ける事はできなかったが、アンタならやれるかも知れない」

 

 過去にピッキングとハッキングの心得を同僚や知り合いが教えてくれたが、まさかこの技能を使う時が来るとは夢にも思わなかった。軍や企業のセキュリティは難しいが博物館のセキュリティ程度なら問題なくハッキングできる筈だ。

 

「そこまで難しくはない筈だ。やってみよう」

 

「そうか………ようやく俺達にも幸運が訪れたようだ。レイダー達もミニガンを持ったパワーアーマー姿のアンタを見れば喧嘩を売る相手を間違えた事が分かるだろうよ」

 

「行ってくれ。俺が時間を稼ぐ」

 

 そう言うとガービーはベランダから博物館へと迫るレイダー達へと狙撃を開始した。私も地下にあるフュージョン・コアを入手するべく地下へと向かおうとした。

 

 その間際───

 

「気をつけて。レイダー達とは別の強大な怒りを感じる」

 

 部屋の椅子に座っていた老婆が私へと忠告をおくってきた。私はその大きな怒りとは何かを尋ねようとしたが時間も差し迫っていた為に断念し、曖昧に頷きを返すと地下へと向かった。

 

「これか」

 

 地下のセキュリティゲート前に辿り着いた私は扉横の壁に設置されているターミナルへとハッキングを開始した。ロブコ社が開発した民間、軍事を問わずアメリカ国内のターミナルで幅広く採用されていたOSの名前が表示されディスプレイが単語と記号で構成された文字列で埋め尽くされる。

 

 

 ロブコ社が開発したこのOSはある重大な欠陥を抱えている。不正侵入しようとした際に表示されるこの文字列の中に一つだけ正解のパスワードが混じっているのだ。戦前ではその欠陥を悪用したハッキングが後を絶たず私の知り合いもその欠陥を利用して不正を行っていたらしい。

 

 試行回数は四回。時間も限られている────が、焦ってハッキングできる回数を無為に減らす訳にはいかない。知識と経験を頼りに私は文字列の中から、ある単語を選択すると決定のキーを押した。途端に文字列が消えディスプレイにゲートを解錠するか否かの選択肢が表示される。

 

 ゲートを解錠した私は機械に刺さっているフュージョン・コアを取り外すと再び階段を上りパワーアーマーとミニガンがあると言う屋上へ向かう。

 屋上に続くドアを開けた私は主翼が折れ曲がり墜落したベルチバードとその近くに佇む風雨に晒され錆にまみれたパワーアーマーを確認し、手早く作業に取りかかった。

 

 フュージョン・コアをバルブ型の部品の中央に空いている接続部分に差し込む。接続されたコアから溢れるエネルギーが百年の時を経て再びパワーアーマーへと命の息吹を吹き込む。アーマーの間接部に存在するサーボ機構やパワーアシスト機構が動力を得たことによって動き出す。

 

 バルブ型の部品を回すと私を迎え入れるようにして背面の装甲が開放され内部のフレームが露出する。

 

 携帯していた装備を一旦外し、開いた背面部からアーマーに入ると自動で背面の装甲が閉じバルブが強固にロックされる。

 

 ヘルメット内のモニターにはアーマーの状態が表示されており、表示された項目に目を走らせる。

 

 頭部装甲・胸部装甲・左腕装甲・右脚部装甲は異常なし。右腕装甲と左脚部装甲に深刻なダメージ。暗視装置使用不可。フィルター、フレーム、パワーアシスト機構、間接部のサーボ機構は問題なし。

 

 そして最後にPip-boyをパワーアーマー内部のコンピューターと接続するとネイトは駆動音を鳴らしながらベルチバードへと歩み寄る。

 

「パワーフィスト……一応、拾っておくか」

 

 ベルチバード内には近接兵器であるパワーフィストが放置されていた。アーマーの腰部分に設けられた武器を携帯する為の箇所にフィストとコンバットライフルを取り付ける。

 

 ベルチバードからミニガンを外しネイトは屋上から路面へと飛び降りる。重低音と共に着地したネイトはレイダー達にその眼差しを向ける。

 

「行くぞ」

 

 二百年の時を経て覚醒したアンカレッジの英雄とT-51に戦場の主役を譲り一線を退いた旧式パワーアーマーのコンビと仲間達の報復に燃えるレイダー達との戦いが始まろうとしていた。

 

 

 ■■■■

 

 

 前触れもなく屋上から落下し爆音を立てて路面に降り立ったパワーアーマーの姿を視認したレイダー達が採った行動は三つに分かれた。

 

 一つ目は咄嗟に勇敢にも手に持った獲物の引き金を引き、二つ目は目の前のパワーアーマーが手にする巨大な重火器を見て咄嗟に近くの遮蔽物へと隠れ、三つ目は踵を返し元来た道を全速力で駆け出した。

 

 前方のレイダー達に照準を合わせ銃爪を引く。ミニガンの銃身が回転し、弾倉に詰まった大量の弾丸が銃身を通り銃口から放たれ前方のレイダー達へと殺到する。遮蔽物へと隠れたレイダーを除いたレイダー達はものの数秒の内に全身を銃弾の雨に貫かれ路面には四肢や頭部が欠損した赤とピンクの肉塊が転がる。

 

「ひぇあぁあぁっ!!」

 

 遮蔽物へと隠れ銃弾の雨から逃れたレイダーの一人が路面に転がる人だったモノの残骸を見てタガが外れたような甲高い悲鳴を上げた。圧倒的な恐怖を感じたそのレイダーは遮蔽物から飛び出し路地を通って逃げ去ろうとした。

 

 それを見逃す筈も無く、そのレイダーも仲間達と同じように銃撃によって全身を貫かれ地面へと倒れ伏す。

 

 残弾を確認し、残ったレイダーを屠るだけの弾数がある事を認めると私はミニガンを構えて一歩踏み出そうと──────

 

「オアアァァアァァア!!!」

 

 突如、数メートル先の路面を突き破り町の地下に張り巡らされている巨大な配管から“ナニカ”が絶叫と共に這い出してきた。

 

 本能的な恐怖を呼び起こす叫び声はその場にいた全員の背筋に戦慄を走らせ皮膚を粟立たせた。必然、視線は配管から這い出してきたソイツに釘付けになる。

 

 全身は硬い質感の緑色の皮膚で覆われ、その体は人間とは比べ物にならないほどに隆起した筋肉の塊と呼ぶに相応しい物だった。頭頂部からは対になる湾曲した角が生えており、眼球は真っ白、しかし物は見えているようで私たちを凝視しており視線を向けられたネイトは体が硬直した。

 

 間違いない。アレが老婆の言っていた“強大な怒り”だ。

 

「デスクローだ!!」

 

 レイダーの誰かがソイツの名前を口にした。死の鉤爪────その声を聞き取ったデスクローは確かにその鋭い牙が並ぶ口元を歪めてネイト達の元へと突進してきた。

 

「ぎぇあ」

 

 デスクローに最も近い場所にいたレイダーの一人がデスクローの鋭利な刃物を想起させる鉤爪に引き裂かれ、臓物と鮮血を地面に撒き散らして絶命する。

 

 その光景を見て我に返ったネイトはヤツは最優先で排除しなければならない敵だと判断し、ミニガンの照準をレイダーからデスクローへと移すとこちらに突進してくるヤツへとマガジン内の弾丸を全て使い切る覚悟で引き金を引いた。

 

 ネイトは引き金を引きながら瞠目した。化け物とは言えミニガンの銃撃を浴びればレイダー達と同じように数秒で肉塊に変わるだろうと思っていた彼は銃撃を浴び全身から血を滴らせながらも勢いを緩める事なく突撃してきたデスクローに完全に意表を突かれた。

 

 回避する間も与えずに距離を詰めたデスクローは右拳をネイトの胴体へと叩き込み、胴体への直撃を喰らった彼は近くの店へと吹き飛ばされた。数瞬の間訪れた浮遊感は直後に鋼鉄の装甲越しに全身に伝わってきた凄まじい衝撃によって途絶される。

 

「不味いっ!」

 

「待ちな!プレストン、今は撃つと時じゃない。まだ撃つんじゃないよ」

 

 援護しようとした所を止められ、何故といった表情で睨まれてもママ・マーフィーは動じることなくガービーを見据えた。ネイトと彼女の両者に視線を彷徨わせたガービーは今まで自分たちを危機から救ってくれた彼女の言葉を信じることにした。

 

 店のショーウィンドウへと叩きつけられたネイトはパワーアーマーの計器が警報を鳴らす中、鼻と口から粘着質の液体を垂らしながら朦朧とする意識の中で記憶の海を漂っていた。

 

 人が命の危機に晒された時に見るという走馬燈、フラッシュバックと呼ばれるモノを私は体験していた。過ぎ去りし日々の情景が鮮明に、コマ送りで再生される。そしてぼんやりとそれを見ていた私は最後の方のある一コマに目が止まった。

 

 傭兵のような男と赤子を抱えた防護服を着た女、そして冷却ポッドの機内に倒れている額に穴が空き、そこから真っ赤な血を滴らせている女性。

 

 忘れもしない、あの光景だ。

 

 記憶に刻まれた光景が明確な形を持って私の視界に映った事で心の奥底に溜まっていた憎悪と憤怒が燃料を得て再び燃え上がった。

 

 ここで斃れる訳にはいかない。妻を殺した奴らをこの手で殺すまでは。息子を奴らの手から取り戻すまでは。

 

「───────ッッ!」

 

 激情を起爆剤として覚醒と無意識の狭間を漂っていた意識が表層へと浮上する。同時に搭乗者であるネイトが負傷した事をPip-boyを経由して検知したコンピューターがアーマーに搭載された機構を作動させる。

 

 ネイトが着用してるT-45は投薬ポンプを装備したタイプだった。投与された医療用ナノマシンが傷ついた内臓を修復し、身体を動かせる状態にまで回復させる。

 

 口内に溜まった血を無理やり呑み込むとネイトは真っ赤に染まった視界でデスクローの姿を捉える。

 

 居た。動かなくなったレイダーの四肢を引きちぎり口内へと運びながら、悠然とした足取りで近づいてくる奴の姿を真紅に染まった視界が捉える。

 

 モニターに表示された項目を一瞥し、まだアーマーが問題なく動作する事を確認したネイトは腰からフィストを外すと右腕に装着。左手にライフルを装備する。

 

 ネイトが起き上がる気配を感じ取ったデスクローは食事を中断し、唸り声を上げつつネイト仕留め損なった獲物の命を今度こそ刈り取るべくその鋭利な爪を振るう。

 

「V.A.T.S.!!」

 

 V.A.T.S.を起動。飛躍的に高まった反応速度を以て本来ならば視認するのも難しい速度の一撃を回避する。なまじ半端な知性を有していたのが仇となった。デスクローは常人の域を外れたネイトの動きに驚愕の感情を覚え、一瞬だが隙が生まれた。

 

 その一瞬の間をついて後方に下がったネイトは即座にV.A.T.Sを停止させ、構えたライフルの銃口を燃料タンクに向けて引き金を引く。弾丸がタンクを貫き、容器の破片を四方に飛び散らせながら爆発する。

 

 タンクは足元付近に存在した為、爆発を至近距離で受けたデスクローの全身は炎に包まれヘルメットのフィルタ越しにオイルと表皮の焼ける悪臭が鼻に届く。

 

 眼前の敵はミニガンの銃撃ですら通用しなかった化け物、爆発自体のダメージをネイトは期待していない。ネイトの目的は爆炎によって視界を奪う事にあった。

 

「オオオッッ!!」

 

 ライフルを放り投げると、サーボへの負荷を無視して出力を限界まで上げた状態で路面を蹴り、出鱈目に振るわれた爪を避けてデスクローに肉薄したネイトは無防備な腹部へとパワーフィストが装着された右拳を叩き込む。

 

 パワーアーマーの規格外の膂力によって強化された拳の一撃はデスクローの頑強な皮膚をもってしても威力を吸収しきれなかった。

 

 拳が腹部にめり込むのと同時にパワーフィストの機構が作動。先端の金属パーツが飛び出し、更なる一撃がデスクローの臓腑にダメージを与える。

 

「グオオオオッ」

 

 口の端から血の混じった唾液を垂らしながら腹部への痛烈な攻撃を喰らったデスクローは後方へと大きく後退した。後方へと下がったデスクローへと踏み込み距離を詰め追撃の姿勢をとる。

 

 纏う雰囲気がガラリと変わったのを見るに奴は自分を脅威と見なしたらしい。今までとは比べものにならない濃密な殺意を浴びながらもネイトは臆する素振りを欠片も見せなかった。

 

 ネイトがパワーフィストの一撃を再び叩き込もうと腕を伸ばす。しかし拳が届くのよりも早く、先とは段違いのスピードでデスクローの爪がネイトへと振るわれた。

 

 雰囲気の変化を受け事前に警戒していた事とかつての戦いで培われた戦士の本能と言うべき感覚が二百年ぶりに働いた事でネイトは振るわれた爪の直撃をギリギリ避けた。

 

 直撃は免れたが爪の先端が装甲を掠めた。並みのミュータントの攻撃ならパワーアーマーの堅牢な装甲には擦り傷をつけただけで終わりだ。

 

「グッ!!?」

 

 しかし、ウェイストランドに跋扈するミュータントの中でも最上位に位置するデスクローの爪の一振りは掠めただけでもアーマーの装甲を容易く引き裂くだけの威力を秘めていた。

 

 デスクローは直ぐ様、次の攻撃を繰り出そうとするが直前に腹部に放たれた拳を喰らい口から血の塊を吐き出す。

 

 パワーアシスト機構の恩恵を受けた蹴りはデスクローの分厚い皮膚を通り先と同じ場所に命中。強靱な骨格にヒビが入り臓器の幾つかに深刻な損傷を与えたのを殴ったときの手応えからネイトは確信する。

 

 さしものデスクローも連続して同じ場所に重い攻撃を喰らうのは堪えたのか、その巨体を僅かにぐらつかせる。

 

 生まれた隙を逃す訳にはいかない。追撃を加えようとしたネイトだが、この状況に置いて致命的な異常が起きた事で足が強制的に止まる。

 

 ヘルメットの内のモニターに脚部のフレームと間接機構に異常発生と言う項目が一瞬の間、表示される。異常は一時的な物で直ぐに復旧したが隙を突くタイミングは失われた。

 

 奇しくも両者ともに体勢を整える為に大きく距離を置く。ネイトはモニターに表示される身体状況とフュージョンコアのエネルギー残量に目を走らせる。

 

 それらの項目から次の攻防で決着をつけなければ自身の敗北が確定することをネイトは理解すると視線をデスクローに向け、口を開いた。

 

「かかってこいよ化け物。終わりにしよう、この殺し合いを」

 

 ネイトの言葉を聞いたデスクローは意味を介したのかどうかは分からないが、獰猛な笑みを浮かべた。ネイトもそれを見てヘルメット内で笑みを浮かべる。

 

 火蓋が切られる。デスクローは道路に野晒しになっていたバイクを無造作に摑むとネイトに向けて投じた。

 

「なんッ────」

 

 今、この時に来て見せた知性を感じさせる新たな攻撃にデスクローを己の肉体のみで戦う獣だと認識していたネイトは完全に意表を突かれた。

 

 反応が遅れ本来なら回避できた筈の攻撃をネイトは

避け損なった。ネイトに向けて真っ直ぐ飛来したバイクは胴体に直撃し、彼の体勢を大きく崩した。

 

 決着をつける為に眼前の敵へとデスクローは疾駆する。満身創痍と言っても過言ではない状態の筈なのに、いや追い詰められたからだろうかその速度は異常とも言えるレベルで速かった。

 

 ────来る。このままでは体勢を立て直す前に引き裂かれると理解したネイトは時間を稼ぐため、仲間の力を頼った。

 

「ガービー!!眼を狙え!!」

 

 そしてデスクローが腕を振りかぶるのと同時に背後の博物館のベランダから放たれたレーザーの光がデスクローの眼球に寸分違わず命中、目の水分を即座に蒸発させる。

 

 完璧な不意打ち。外野からの思わぬ攻撃を受け片方の視界を熱線で潰されたデスクローは、足の動きを一時的に止めざるを得なかった。

 

 そして生じた隙を使いネイトが体勢を立て直すのと同時にデスクローも残った眼球でネイトの姿を捉えると叫び声を迸らせながら再び距離を詰めるべく駆け出す。

 

「グオオオオオッッッ!!!」

 

「V.A.T.S!!!」

 

 空気を裂き、幾多の生物を屠った爪が迫る。システムが脳神経に作用し五感を通して得られる情報の処理速度と反応速度が爆発的に引き上げられる。

 

「遅いぞ!!」

 

 横薙ぎに振るわれる血濡れの爪の軌道を見切ったネイトは身を屈める事で回避、振るわれた爪は獲物を引き裂く事なく空を裂くだけに終わる。

 

「ウオオオオッッ!!!」

 

 ネイトは一歩踏み込みデスクローの顎に渾身の打撃を叩き込む。二段階の攻撃によって強靱な骨に守られた脳髄に衝撃が届き、脳を揺らされたデスクローはグラリと体勢を崩す。

 

 体勢を崩したデスクローの胸部、先の攻撃でダメージを蓄積させた場所を狙ってネイトはこの一撃で決着をつける覚悟で右腕を突き出す。

 

 ヒビの入った骨が砕け、中の臓器が完全に破裂。デスクローは口の端から血を止めどなく溢れさせながら鈍重な動きで腕を振り上げたが、そこで力尽きた。

 

 殺し合いの果てに、最後に立っていたのはネイトだった。ヘルメット内に鳴り響く重度の損傷を伝える警報を聞き流しながらネイトはガービー達が来るまで屍で埋め尽くされたコンコードの町を見ながら戦闘が終わった後の余韻に浸っていた。

 

 

 



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五話

「ただいま、コズワース」

 

「旦那様!ご無事にお戻りになられてなによりでございます!」

 

 ネイトはコンコードから帰ってきた。ただし、行きとは異なり新たな仲間と入植者たちの一団を連れて。

 

 コンコードの町での激戦のあと入植者たちの一団を纏めるガービーからネイトは様々な情報とパワーアーマーを救助の報酬として得た。

 

 得られた情報は二百年後の世界について何も知らないネイトにとっては何れも価値のあるものだったが、今もっとも知りたい息子と誘拐犯についての情報は得られなかった。

 

 そしてサンクチュアリに戻ろうとしたネイトにガービーは自分たち入植者の一団も共に連れて行って欲しいと頼んできた。

 

 聞くところによると仲間の内の一人、デスクローの襲来を予知した老婆がサンクチュアリならば落ち着いて過ごせると言ったらしい。

 

 彼女の言う通りサンクチュアリはレイダーやガンナーたちの勢力圏外に位置し害を及ぼす存在が巣くっている訳でもなく、加えて万が一の時があれば避難する事ができるVault111が近くにある。

 

 断る理由も特には無かったのでネイトは彼らを護衛しながら、こうしてサンクチュアリへと戻ってきたのだった。

 

「旦那様、この方々は?」

 

 喜ぶのもつかの間、コズワースはカメラアイをネイトの後ろ、少し離れた場所に立つ入植者たちへと向ける。

 

「コンコードで知り合った。何でも、このサンクチュアリに住みたいらしい。私は別に構わないが……お前はどうなんだ、コズワース」

 

「旦那様が構わないと言うことであれば私も異存はございません。ただ────」

 

 コズワースは一旦言葉を句切ると、カメラアイとアームをネイトたちが住んでいた家へと向けた。

 

「旦那様方が住んでいたあの家。あの家の所有権だけはしっかりと主張すべきだと」

 

「戻ってきた時に帰る家が他人の物になっていては旦那様も、ショーン坊ちゃんも困ります。それにショーン坊ちゃんには、あの家こそが唯一無二の帰るべき場所なのですから」

 

「お前の言う通りだ、コズワース。ショーンにとって帰る場所は私たちの家の他にはない。それに私たちがもう一度やり直すために、あの家は必要だ」

 

 会話を済ませたネイトたちはガービーら入植者たちのグループの元へ歩いていく。彼らに家の所有権を主張し、幸いな事に彼らはそれを快く受け入れてくれた。

 

「さて、俺たちはひとまず休む事にしようと思う。俺も含めて皆、ここまでの道中まともに眠れていなかったからな」

 

 入植者たちの憔悴しきった顔と薄汚れた身なりが彼らの道中がどれだけ過酷だったかを物語っていた。

 

 特に夫婦らしい男女は酷い有様だった。気弱そうな夫の方はサンクチュアリまでの道のりの間、時どき虚ろな表情で誰かの名前を呼んだり引き攣った声で笑ったり泣いたりと明らかに心に異常をきたしている様子だった。

 

 妻の方も心に問題を抱えているらしくヒステリックに叫んだり些細な事で激昂し、夫以外の入植者たちに当たり散らしていた。

 

 その二人をガービーとスタージェスが宥める光景をネイトはサンクチュアリまでの道すがら何度も目にした。今までの旅路もそうしてやってきたのだろう。

 

「アンタも少しは休んだらどうだ?コンコードに来てから、ずっと戦い通しだっただろう」

 

「そうです旦那様、彼の言う通り休息をとるべきだと。私が夜の番をしますので旦那様と入植者の皆さんは安心して休んでください」

 

「分かった。頼んだぞ、コズワース」

 

 入植者たちは他と比べて状態が良い建物で寝ることにしたらしい。ネイトも戦闘とV.A.T.Sの連続使用で肉体に蓄積された負荷により、激しく痛む頭と鉛のように重い体を引きずりながら自宅へ戻っていくのだった。

 

 

 ■■■■

 

 

「朝か」

 

 窓から差し込む朝日によってネイトは目覚めた。真っ先に視界に映ったのは風化によって穴が空き本来の役割を果たしていない天井。

 

「……今までの事が夢だったら良かったのにな」

 

 運良く廃屋から発見できた使える状態の寝袋から這い出たネイトは寝起きと体に残る疲労でふらつきながら、リビングのソファに体を預ける。

 

「おはようございます旦那様。お早いお目覚めですね」

 

 Pip-boyの画面を見る。時刻はおおよそ五時、空はまだ薄暗く声が全く聞こえてこない事から察するにガービーら入植者たちは、まだ眠っているのだろう。

 

「飯でも作るか。コズワース、手伝ってくれ」

 

「かしこまりました旦那様」

 

 冷凍睡眠から目覚めてからまともな飲食物を殆どとっていなかった為に酷い空腹感を覚えていたネイトは何か食べ物を作る事にした。

 

 当たり前の事だが核戦争により自宅のライフラインは使えない。冷蔵庫やキッチンの戸棚から食べられる状態の物をコズワースと手分けしてテーブルの上に置くと家に置いてあった食料殺菌剤をそれらに使う。

 

「どうせ食べるなら温めて食べるか。なら、まずは────」

 

 家の外に出たネイトとコズワースは建物の廃墟から廃材を集め、ネイトは持ち前の器用さを発揮し、集めた廃材を用いて簡単な造りだが実用に耐えうるクッキングステーションを作った。

 

 木ぎれに廃材集めの途中で見つけたマッチで火をつけ燃え始めたのを確認すると鉄網の上に缶詰を置き、吊り下げられた鍋の中にスープの素を入れる。

 

「そろそろ良い具合に温まってきたかな」

 

 器にスープをよそい缶詰の蓋をナイフで開く。ポークビーンズの缶詰と肉詰め、キノコのレトルトスープにコズワースが製造したきれいな水が今日の朝食だ。

 

 濃い味付けの缶詰と塩辛いスープでも今のネイトには丁度良く感じられた。瞬く間にそれらはネイトの胃袋の中へと消え、空腹感は消え去った。食後の片付けを済ませるとネイトはコズワースにある提案をした。

 

「なあ、コズワース。家の片付けをしないか」

 

「家の片付けですか?」

 

「ああ。まだ先の話になるが、ショーンを取り戻して三人で暮らす時に備えておこうと思ってな」

 

「私も賛成でございます。帰るべき家が散らかっているのはショーン坊っちゃんもお嫌でしょうから」

 

 コズワースの賛成を得たネイトは早速、家の片付けを始めた。壊れた家具を外へと運び使える家具の置く位置を整える。

 

 作業の中でネイトは穏やかな日常を思い出し、そして直ぐにその日常は二度と戻らない事に寂しさと虚しさが入り混じった感情を味わう。

 

 それに触発されてか同時に今まで薄々感じていた不安が顔を出してきた。

 

 もしショーンを取り戻せたとしても、ショーンの母であり私の妻であるノーラはいない。私もコズワースも彼女の代わりを務める事はできない、こんな状態で子育てなど果たしてできるのか─────

 

 第一、私は妻を殺した相手とさらわれた息子の手がかりを何一つ摑んではいない。簡単に得られる情報でない事は分かっているが、状況に進展がない事にネイトは焦りと苛立ちを感じざるを得なかった。

 

「おはよう。随分起きるのが早いんだねぇ」

 

 家の玄関前から聞こえた声にネイトは顔をそちらに向けた。声の主はガービー達からママ・マーフィーと呼ばれていた老婆だった。

 

「少し話をしに来たんだ。そう、あなたのこれからを左右する大事な話をね」

 

 挨拶を返すまもなく老婆の口から出た言葉にネイトは興味を引かれた。

 

「大事な話ですか」

 

「そう。悪いんだけれど、椅子に座ってもいいかい?この年になると立っているのも辛いんだ」

 

 近くに転がっていた椅子を老婆に差し出すとネイトも椅子に座る。コズワースに席を外させると、互いに向き合う形で話は始まった。

 

「それで、その大事な話と言うのは」

 

「私がある力を使えることは、もうプレストンから聞いたかい?」

 

「ええ。ここまでの道のりであなたの感と“サイト”には何度も助けられたと」

 

 サイト。薬物の使用をきっかけとして過去・未来・現在を見通せる力。当人の言葉によると頭の中にビジョンが描かれていくらしく、彼女のビジョンは必ず現実のものとなったらしい。

 

 ネイトが彼女の話に興味を引かれたのも、その能力を引く彼女なら何かネイトにとって有益な情報を与えてくれるのではと考えたからだ。

 

「なら話は早い。私はね、見たんだよ。爆弾が落ちた日から氷に閉ざされたvaultから出てコンコードに来るまでのあなたを」

 

 ネイトは目を見開く。老婆の力に驚きを通り越して得体の知れない能力への怖気を感じている間にもママ・マーフィーの言葉は続く。

 

「あなたには時間も希望もない。でも、全てを失った訳じゃない。あなたの息子の生命力を確かに感じるわ、あの子は間違いなく生きている」

 

「それは本当なのか!?じゃあ、息子は、ショーンはどこにいるんだ!」

 

「ごめんなさい。あの子のいる場所までは分からないの、だけれど生きていることは確か」

 

 ママ・マーフィーは言い終えると壊れた窓に視線を向ける。外の様子を確認し、問題ないと判断したのか彼女は懐から小さな赤い容器を取り出した。

 

「ママ・マーフィー。まさか……」

 

「これを使えば私はあの子の元に辿り着く道を示せる。……アナタは私たちを救ってくれた。だから次は私にアナタを救わせて欲しいの」

 

 コンコードに辿り着くまでにもガービーたちの為にサイトを幾度となく使用してきたことをネイトはガービーから耳にしていた。老いた身での逃亡生活、そして薬物の使用で彼女の体は相当弱っているはず。

 

 中毒死する可能性は高い。だがネイトは墓前で息子を取り戻すためなら何を犠牲にしても構わないと心に決めたのだ。

 

 選択の結果、ガービーたちに恨まれることになるのはいい。だが憎悪の矛先が自分以外に、コズワースに向けられることは避けなければならない。

 

「心配しないで、今回は死なないから」

 

 表情から考えていることを読み取ったらしい。正確に心中を見抜いた彼女に驚くことはなかった。驚くことの連続で感覚が麻痺しているのだろうと判断する。

 

「あなたがそう言うのなら。……ママ・マーフィー、頼みます」

 

 

 ■■■■

 

 

 

「仕事はもう片付いたのか?」

 

「ガービー、戻ってきていたのか」

 

 家の片付けは昼過ぎに終わりを迎えた。遅めの昼食を済ませたネイトはコズワースの提案を受け食後の散歩をしていた。そして今、Vaultの調査から戻ってきたガービーに出くわした。

 

「アンタの話通り信じられない寒さだった。あそこで生活することも考えていたが、あれじゃあ無理だな」  

 

「だが浄水設備が生きていただけでも大きな収穫だ。ガイガーカウンターで放射能が少しも検知されなかった時のスタージェスの喜びようを見せてやりたかったよ」

 

 ガービーはそこで一旦区切りを置くと表情を改め、ネイトに頼み事をしてきた。

 

「なあ、もし良ければ俺たちの作業を手伝ってくれないか?」

 

「作業の内容を聞いてみないことには何とも言えないな。どんな作業なんだ?」

 

 ガービーは自分とスタージェス、そして可能ならばネイトの三人でコンコードの廃虚から今後の生活に必要な物資を回収しに行きたいと語った。

 

 ママ・マーフィーのサイトによって示された場所、ダイアモンドシティーへの旅路に必要な物資をコンコードで集めたいと思ってたのだが。

 

「分かった、だが私も旅に必要な物資が欲しい。それについては構わないか?」

 

「構わないさ。それについては現地で話し合おう。じゃあ準備ができたら橋の前に来てくれ」

 

 ガービーは橋の方に走っていった。ネイトも念のために自宅に戻り装備一式を身につけると橋の前に待つ二人の元に歩いていった。

 

「止まってくれ。あれは……なんだ?」

 

 コンコードに向かう道中、赤いロケットのオブジェが目印のガソリンスタンドを通り過ぎた辺りで前方に牛に似た動物の死骸に群がる数体のナニカを視認したネイトが仲間に待ったをかける。

 

「そうか、アンタは戦前の人間だから知らないのか。アイツはブラッドバグだ」

 

 ガービーの話によると放射能でミュータント化した蚊の一種らしい。昨日は見当たらなかったことからネイトたちが立ち去った後に何かがあったのだろう。

 

「どうする、迂回して進むか?」

 

「いや、片づけてしまおう。この辺りで繁殖されても困る」

 

「おいおい、分かってるとは思うが戦闘の面で俺に期待はしないでくれよ」

 

 各々武器の照準をブラッドバグに合わせると引き金を引く。銃弾とレーザーによりブラッドバグの群れは肉片と灰に変えられた。

 

 戦闘とも呼べないものを終えたネイトたちは再びコンコードに向けて歩き出す。その後、敵に遭遇することもなく一行は目的地であるコンコードに辿り着く。

 

 話し合いの結果、ガービーは飲食物と生活雑貨、薬品をを取り扱っていた店をスタージェスは工具や電子部品などの機械をネイトはパワーアーマーの使用状況を確認したあと武器弾薬を回収することに決まった。

 

 戦闘後、稼働に必要なフュージョンコアのエネルギー残量がなくなったためパワーアーマーは博物館内の展示室に置いてきた。

 

 盗難防止のために一応仕掛けておいたトラップを解除するとネイトは早速使用状況を可能な範囲でチェックする。

 

 結果、全く整備されていなかった状態で負荷を掛けたせいで両腕と脚部のサーボに異常が生じていることが判明した。物を掴むことや歩行は可能だが、出力は通常よりも低下することを理解したネイトは次の作業に移る。

 

 博物館を出たネイトはガンショップに足を運んだが二百年の間に店内の商品は殆ど持ち去られていた。残っているのは錆びた金属部品とホコリだけ。

 

 落胆しながら店外に出たネイトは仕方なくレイダーの遺体から使えるものを回収することにした。彼らの武器は金属パイプとスクラップを加工して作ったらしい銃が殆どだったが、稀に水平二連散弾銃や10㎜ピストル、ハンティングライフルを所持したレイダーがいた。 

 

 武器や弾薬、薬品を回収し終えたネイトが博物館内から出てくると入口には回収品を詰め込んでパンパンになったナップザックを背負った二人がいた。

 

「収穫はどうだ?」

 

「生活雑貨は予想以上に残っていたが食料品と薬品は僅かだった。そっちはどうなんだ?」

 

「ガンショップに立ち寄ったが全て持ち去られていた。遺体から武器弾薬と薬品は回収しておいた」

 

「なるほどな。俺らの前に来た奴らは食い物に薬品、それと武器に目が眩んで本当に価値のあるものを見逃したらしい。これを見てくれ」

 

 スタージェスはナップザックを開いて二人に中身を見せた、しかし二人には中に詰まっている部品の用途が分からず首をかしげた。

 

「すまないスタージェス、俺は機械に詳しくないから俺にはこれが只のジャンクにしか見えん。そんなに貴重なものなのか?」

 

「そうだとも!この部品と持ち運べなかった残りのパーツを組み合わせれば小型のジェネレータが作れるんだよ!」

 

 加えて壊れてはいるが修理すれば問題なく使える小型の浄水器を見つけたことをスタージェスは興奮した様子で二人に伝える。

 

 確かに、それらが使えるようになれば今サンクチュアリに住む全員の咽を潤すだけの水は得られる。

 

「ふむ。そうなれば逐一、Vaultまで飲料水を補給しに行く必要はなくなるが……水質は大丈夫なのか?」

 

「店内にあった説明書を見る限り大丈夫だと思うがね。まあ作ってみないことには何とも」

 

 二人の話に耳を傾けていたネイトはあることを思い付き、スタージェスに提案をする。

 

「スタージェス、その残りのパーツと壊れた浄水器はパワーアーマーで運べる大きさなのか?」

 

「ははぁ、パワーアーマーを使って運ぶってことか。問題ないと思うぞ」

 

 ネイトは直ぐにパワーアーマーを装着し、二人の元に戻ってきた。スタージェスに案内されて件の場所に着くとパワーアーマーに二人は協力し合いながら浄水器と残りのパーツを落下しないように、尚且つ万が一の時に備えて自力で外せるように工夫して括り付ける。

 

 出力が低下しているとは言え銃火器を優に携行して進軍できるパワーアーマーにとって、その程度の荷物の運搬は訳ないことだった。

 

 収穫を背負い彼らはサンクチュアリへと戻っていく。幸運にも敵と出会わず、無事に辿り着いた彼らにはコズワースから冷えた水の入った瓶が渡された。

 

 



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六話

「ワン!ワン!」

 

「慌てるなよ、ほら、お待ちかねのご飯だ」

 

 朝靄の中、ネイトは水とドックフードの入った器を犬小屋にいるドッグミートに差し出す。犬の肉と言う名前をつけた元飼い主に叶うなら会ってみたいとネイトは名前をママ・マーフィーから聞いた時、そう思った。

 

「お、おはよう……」

 

 ドッグミートに食事をやっているとネイトは思わぬ人物に話しかけられた。

 

 ジュン・ロング。出会った当初は何らかの要因で精神を病み会話すら成り立っていなかった彼だがサンクチュアリと言う安全地帯に来てからは徐々に回復の兆しを見せている。

 

「おはよう。……餌をやりに来た訳ではないみたいだな」

 

 彼の表情から、そう感じたネイトは立ち上がるとジュンの方を振り向いた。

 

「お礼を、言いに来たんだ。本当はもっと早く言わないといけなかったんだろうけど……」

 

「構わない。言おうとしてくれただけで十分だよ」

 

「……ありがとう」

 

 自分と妻、大事な仲間たちを助けてくれてありがとう。と、彼は深々と頭を下げながらネイトに感謝を伝える。そして顔を上げると悩むような表情のあとに意を決した様子で口を開いた。

 

「できればでいいんだけど、話に付き合ってくれないか」

 

 ネイトは頷きを返すと彼を自宅へと招いた。互いに向き合う形で椅子に座ると、彼は話を始めた。ガンナーと言う武装集団が町に攻め込んできた時、彼はカイルと言う名の息子を亡くしたと。

 

 彼の不幸は息子を失い、家を焼かれただけに終わらずサンクチュアリに辿り着くまでの数ヶ月で彼は大事な人たちを殆ど失ったと言う。

 

「カイルも彼らも近くにいたのに、守れなかった。僕は……僕は……」

 

「気持ちは分かる。俺も少し前に妻を失った」

 

 彼が息子を亡くした時に感じたであろう気持ち、胸に抱える苦悩の全てを理解しているとは言わない。だがネイトも彼と同じく大事な人を亡くしているのだ。気持ちや苦悩の一端は理解しているつもりだ。

 

「君も大事な人を……?」

 

「ああ。俺は今、妻を殺した奴らとそいつらに攫われた息子を探している」

 

「そうなのか…………僕も、あなたみたいに前に進まないといけないな。息子と彼らのためにも」

 

 ジュンの言葉から僅かだが前に進もうとする意志を感じた気がした。話を最後まで聞いてくれたネイトへと頭を下げるとジュンは席を立った。そして去り際────

 

「ネイトさん。僕はカイルを救えなかったけど、あなたなら救える気がする。息子さんを救えるよう願っているよ」

 

 息子を失った親からの言葉には重みが伴っていた。言葉の中に含まれた救えなかった自身に対する罪の意識とネイトには救える力があると信じているのを感じた。

 

 亡くした人たちは帰ってくることはない。残された自分たちは彼らのために前を向いて進み続ける必要がある。

 

 

 

 ■■■■

 

 

 

「さて、どうするか」

 

 ネイトは武器を整備、改造するためのツールが一式揃っている作業台の上に置かれたハンティングライフルを険しい表情で見ていた。

 

 旅に出る前に狙撃ができる武器を一つは所持しておこうと考えたネイトはレイダーの遺体から回収したハンティングライフルを改造しようとしていた。

 

 ネイトたち一家は戦前、サンクチュアリ内のとある一家と交流があった。交流を深めるにつれネイトは家の主人が銃の愛好家と言う隠された一面を知ると共に彼から地下に作られた作業場を見せてもらっていたのだ。

 

 当然だが一家は既に家を去っていた。地下に降りると作業場のロックは外されており、保管されていた武器の幾つかは持ち出されていたが作業場は手つかずのままだった。

 

「作業場を使わせて貰うぞ、ポール。部品もな。……これで貸し借りなしだ」

 

 ここにはいないアディ一家の主人に断りを入れるとネイトは作業場に足を踏み入れる。

 

 軍隊で使用していた狙撃銃のベースとなったのが、この銃なのでネイトは軍属の時に学んだ知識を活かして整備や改造ができる。

 

 作業に取りかかる前にネイトは作業場に備え付けられた幾つもの棚に収めてある民間に出回っている銃火器の仕組みや改造に関することが記載された雑誌を参考までに取り出した。

 

 虫食いだらけで読めないだろうと諦め半分に開いたネイトは痛んではいたが読める状態にある雑誌に驚きの表情を顔に浮かべる。

 

 劣化しないように処理していた主人の徹底さに心の底から感謝しネイトはハンティングライフルについて記載された雑誌を選別すると、それらに目を通していく。

 

 分厚いページ数の雑誌を読み終えるのに使った時間は二時間。改造が長丁場になることを見越して持参してきたコズワースの生成した浄化水が入った洗浄済みのビール瓶の蓋を外す。

 

 水分補給を終えネイトは早速改造に取りかかる。銃を分解し、パーツの汚れを一つずつ落としていく。作業場に積み上げられた部品の中から対応した部品を選び著しく劣化した部品と交換する。

 

「よし。こんなものだろう」

 

 スコープを取り付けバレルやストックを交換したライフルを作業台から手に持つと、ネイトは動作確認のために地下室を出て家の外に向かった。

 

 住民に銃の試射をすることを伝えるとネイトは的代わりの空き缶に狙いを定め引き金を引く。有効射程を確かめるために距離や姿勢を変えながら射撃を繰り返し、ネイトは銃の性能を把握した。

 

 動作確認を終えたネイトは自宅に戻ると自前のツールキットを用いて旅に持ち出す銃の整備をする。至近距離での戦闘を想定して銃身を切り詰めた散弾銃にパイプライフルを改造した短機関銃、中距離戦用のコンバットライフル。

 

 コンコードの戦いで損耗したそれらを回収した銃の部品も用いてメンテナンスツールを使って修理していく。散弾銃や短機関銃はともかく部品の予備がないコンバットライフルは満足な修理ができない、騙し騙し使っていくしかないだろう。

 

 コンバットライフルを念入りに整備したネイトはすべての銃器を机の上に置き、メンテナンスツールをケースに収納する。

 

「これで後は持ち物の準備をするだけだな」

 

 ネイトはコンコードで回収していた旅に必要な物資を大型のバックパックに詰め込んでいく。体温低下の防止のために必要なレインコートを筆頭に地図、ダクトテープ、万能洗剤アブラクシオクリーナー、強力な接着剤であるワンダーグルーと言った雑貨。

 

 金属製のマグカップにナイフやフォークと言った食器。そしてpip-boyのライトだけでは心許ないのでフラッシュライトや様々な用途に使うライター。最後に衛生的な面で欠かせないトイレットペーパー。

 

 缶詰やボトル入りの水などの食料は食料殺菌剤と共に入れる。回収できた医薬品は厳重に包装してあるので、戦闘の衝撃で使えなくなることはないはずだ。

 

 最後に耐衝撃性に優れたケースに収納されたメンテナンスツールを入れてバックパックへの詰め込みは終わりだ。

 

 装備一式を身に着ける。ポーチ内には新たに散弾銃と短機関銃用の弾薬、スティムパックを入れてある。バックパックを背負うとネイトは家の外に出た。

 

「旦那様、行かれるのですね」

 

 家から出たネイトの姿を見たコズワースが家屋の修理を止めて別れの挨拶をしに来た。

 

「準備は整ったからな。コズワース、家の管理は任せた。後は新しくできた隣人を支えてやってくれ」

 

「お任せ下さい。サンクチュアリで旦那様の無事とショーン坊っちゃんを取り戻せるよう祈っております」

 

 二人が言葉を交わしていると見回りをしていたガービーが近づいてきた。彼は懐から金属でできた小さい箱を取り出すと蓋を開けた。中身を見たネイトは視線を中身からガービーに移す。

 

「旅に出るならコイツが必要になる。戦前とは違って今、俺たちが使ってる通貨はキャップなんだ」

 

 戦前に使っていた紙幣は核戦争を機に価値を失ったと言う。にわかには信じられずコズワースに確認するが返ったきたのは否定ではなく肯定。彼は箱の蓋をダクトテープで固定するとネイトに差し出した。

 

「話は変わるが、ネイトさん。アンタに頼みたいことがあるんだ」

 

「続けてくれ」

 

 ガービーがネイトに頼んだのは助けを求める居住地の救助だった。ミニッツメンであるガービーは助けを求める人々に救いの手を差し伸べる義務がある。

 

 しかしサンクチュアリにいる人々は脆弱だ。ガービーが自分で身を守れるように彼らを訓練している間にも彼らは様々な要因に苦しめられる。

 

 そこで彼は自由に動け、自分たちを危機から救い出したネイトに頼みこんできたと言う訳だ。

 

「悪いが、ガービー。その頼みは引き受けられない。俺には救助に向かえるだけの時間の余裕がないんだ」

 

「……いや、こちらこそ悪かった。アンタにも事情があるってことを失念していたよ」

 

 僅かに肩を落としたが無理に引き止めることもなくガービーは納得してくれた。そして、ネイトの方へ手を差し出してきた。その意図を理解したネイトは差し出された手を握る。

 

「戦前と違って今の連邦は物騒だ。アンタなら大丈夫だとは思うが用心しろよ」

 

「ああ。書き込んでくれた地図を見る限り、どこもかしこも危険地帯だ。用心して進むよ」

 

 旅に備えて現在のボストンの地理を把握しておきたかったネイトはガービーに頼んで地図に取り引き可能な場所や危険地帯を印で表し、その場所についての内容を書き込んでもらっていた。

 

「幸運を祈る。負けないでくれ、この連邦に」

 

「負けるつもりはない。また会おう、ガービー」

 

 核戦争により世界は荒廃した。かつてのボストンも例外ではなく爆風と共に撒き散らされた放射性物質により大地は汚染され、ミュータントやレイダーが蔓延するようになった。

 

 

 

 およそ二百年の時はボストンを連邦と言う名の魔境に変貌させた。そして今、サンクチュアリから連邦へと一人のVault居住者が足を踏み出した。

 

 

 

 

 



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七話

「来るか」

 

 ネイトがそう呟くのと同時に数メートル離れた場所にある廃屋の屋根から舞い上がった黄色と黒の縞を持つトンボを歪めたような醜悪な姿の昆虫が私の方へと弾丸のような速さで突進してくるのが確認できた。

 

 奴が何なのかは全く分からないが、尾の先端に存在するぬらぬらと輝く毒針に刺されば無事では済まないことは分かる。

 

 ホルスターから素早くショットガンを引き抜く。ネイトの所持する銃の中では図体が小さく素早い動きをする敵を狙うのに最も適している。

 

 敵はもう目と鼻の先だ。銃身を切り詰めた弊害で射程距離は大幅に落ちているが、ここまで接近してくれたなら問題はない。

 

 散弾が昆虫の透明な羽を吹き飛ばし、その胴体へと深い傷を残す。羽を失い地面へと落下した昆虫を足裏で踏み潰す。

 

 足を退かし原型を留めず、汚らしい泥濘と化した昆虫

の絶命を確かめるとショットガンをホルスターに収納する。敵性反応が消失した事でPip-boyがビープ音と共に通常の状態に戻る。

 

 V.A.T.S.を使えば戦闘はもっと早くに決着していた筈だ。しかし、V.A.T.Sは戦自分以外の全ての時間が停滞しているように感じられるほどの感覚の鋭敏化を筆頭に相手の弱点の表示や体の部位の命中率など戦闘において役立つ機能を付与してくれるが、同時に脳に多大な負担を掛ける。

 

 戦闘中に無闇に使用し続ければ、いつしか肉体に限界が訪れ戦闘を続ける事ができなくなる。その欠点故にネイトは本当に窮地に立たされた時以外にはV.A.T.Sを使用しない事に決め、自身の反射神経を鍛える事でV.A.T.Sを使用せずとも敵の動作を完璧に見切る為の訓練をしていた。

 

 溜め込んでいた息を吐き出したあと、ネイトは少しの間休息を取る為に短機関銃を構えながら近くの廃屋に入っていく。

 

 

 ■■■■

 

 

 いつ敵が現れても大丈夫なように銃を構えながら屋内を探索し、危険がないことを確かめるとネイトは二階のかつてリビングルームとして使われていたと思しき部屋に足を踏み入れる。

 

 双眼鏡を用いて周囲の様子を探る。過去にカレッジスクエアと呼ばれ多くの学生で賑わっていた場所は見る影もなく寂れている。

 

 廃墟と化した建物群を探っていると、この建物の前にある建物の中で倒れる何者かの姿を捉えた。廃材と襤褸切れで構成された服装から見るにレイダーだろう。そのレイダーの四肢は千切れ、絶命していた。

 

 不穏な気配に胸がヒリヒリするような気がした。そして嫌な予感は的中する。突如、近くの建物の手前で爆発が起こったのだ。

 

 爆音から立ち直った直後、耳鳴りがするのを無視してネイトは頭に響く警告音に従いpip-boyの画面を覗く。Pip-boyの画面には町のマップが表示されておりマップには敵性反応を示す赤い光点が五十を優に超える数表示されていた。

 

 驚愕もつかの間、ネイトは手前の建物から出てきた萎びて変色した皮膚に元は服だった布きれを申し訳程度に体に纏ったゾンビのような生き物。放射能で脳を損傷し理性を失った人間のなれの果て、フェラルグールと二百年後の世界で呼称されるモノがネイトの姿を認識したのを確認した。

 

 グールは言葉にならない叫びをあげながらネイトがいる建物へと糸の切れたマリオネットのような異様な動きをしながら信じられない速さで走ってくる。ネイトは短機関の銃口を階段の方に向けながらグールが来るのを待つ。

 

 足音が徐々に近づいてくる。古びた木製の階段がギシギシと軋む音が聞こえ────射線上にその身を晒した。

 

 フェラルが行動を起こすよりも早く銃口から火が噴き出す。無数の弾丸を喰らい全身を貫かれたグールは後ろに倒れ、階段を落ちていく。

 

 ネイトはPip-boyに視線を向ける。予想していたことだが、先の爆音が聞こえたのか町中に散らばっていた赤い光点が前の建物付近へと近づいてきていた。

 

 恐らくはその全てがグール。あれだけの数のグールが建物の周囲に集まればネイトのいる建物へと侵入してくる可能性が飛躍的に高まる。

 

 もし侵入され私が見つかり戦闘に突入した場合、現在の装備で奴らの群れを相手にする事は不可能────いや、待て。

 

 ナップザックの中に入っている金属製の箱を取り出すと箱の蓋を開き、ネイトは箱から道中で回収したフュージョンコアとダクトテープを取り出す。

 

 フュージョンコアとポーチから取り出したフラググレネードをダクトテープで固定し、ネイトはフュージョンコア・グレネードとでも言うべき即席の爆弾を作りあげる。

 

 施設の電力を二百年もの間、賄えるほどのエネルギーを持つ代物だ。爆発させた場合、数十体程度のグールなど発生した膨大なエネルギーによって跡形もなく吹き飛ぶだろう。

 

 幸いな事に戦前の習性による物か何かは分からないが、奴らは固まって移動してきているので一網打尽にする事ができるはず。

 

 即席の爆弾を手に持ちネイトは建物の壁から様子を窺いつつ奴らを纏めて倒せるタイミングを待つ。徐々に迫る足音と奴らが放つ言葉にならない叫びを聞きながら、ネイトはまるでゾンビ映画に入り込んでしまったかのような感覚を覚えた。

 

 そして、一網打尽にできるタイミングが訪れた。ネイトはフラググレネードの安全装置を外すと群れの中央目がけて投じ、直後の爆発に備え建物の壁に隠れ耳を塞ぐ。

 

 投じた爆弾は群れの中央へと落ちると目が眩むほどの閃光を放った直後に轟音と共に爆発した。ヘッドセット越しでも大きく聞こえる程の爆音、私は群れがどうなったかを確認する為に壁から顔を出した。

 

「何て威力だ……」

 

 爆発によって生じた破壊の跡を見た私は想像以上の威力に無意識に咽を鳴らしていた。

 

 爆発の後に残った物は破壊された路面と路面や建物に付着したグールだったモノの赤色の、あるいは焦げて炭化した黒色の肉片。

 

 どれだけ凄まじい爆発だったかが爆発後に残されたそれらから窺える。

 

 あの爆発を耐えきれるグールがいるとは思わないが、私は念の為にPip-boyに目を落とした。予想通り、あれだけの数の存在していた赤色の光点は全て消失していた。

 

 敵が全ていなくなった事を確認した私はPip-boyから目を離そうとし、突然Pip-boyから鳴り出したビープ音により再び画面へと視線を戻す。

 

「誰か近づいてくるな」

 

 画面に表示されていたのは何者かの生体反応を示す緑色の光点。その光点が爆発の起きた場所へと近づいてくる。不用意に姿を晒すのも危険と判断したネイトは壁から僅かに顔を覗かせ近づいてくる何者かの様子を窺うことにした。

 

 近づいてきたのは見慣れぬ形状の太陽の光を反射し、眩い銀色に輝くパワーアーマーを纏いレーザーライフルを構えた人物だった。その人物は破壊の跡にたどり着くと壁に隠れている私の方へと銃口を向けた。

 

「隠れているのは分かっている。建物から降りてこい、これは警告だ」

 

 悩んだ末にネイトは男の言葉に従うことにした。万が一何かあればV.A.T.S.とスモークグレネードを使って逃走すればいい。

 

 荷物を纏めて建物から男のいる道路へと出ると、二人は互いに向かい合う形で話を始めた。

 

「質問に答えてもらおう。この町にいたグール達を倒したのはお前か?」

 

「ああ。私が倒した」

 

 男はネイトの言葉を受け、少しの間何か考えるような素振りを見せたあとグール達をどのような手段で倒してきたかを質問してきた。その質問に答えると男は再び黙考の姿勢を数秒とるとネイトの言葉を信じる事にしたらしく態度を軟化させた。

 

「そうか。ならば感謝しなくてはならないな、お前が一定数のグール達の注意を引き付けてくれたお陰で窮地を脱することができた」

 

「次の質問に移らせてもらっても構わないか?」

 

 ネイトが続きを促すとダンスは次の質問に移る。

 

「ここで何をしていたのか聞かせて貰いたい。救難信号を受信して助けに来たという訳ではなさそうだが」

 

「ここに来るまでの戦闘で武器と弾薬が消耗していた。警察署にいるあなた方と取引できるかも知れないと考えて立ち寄った。……次はこちらの質問に答えてもらえるか?」

 

「いいだろう。何が聞きたい?」

 

「一体、あなたは何者だ?」

 

 レイダーならば私の姿を見つけた瞬間に攻撃してくる筈だろうし、こうやって質問に答える事もないだろう。それにパワーアーマーの胴体装甲に刻まれている剣と翼、そして歯車を象ったエンブレム────部隊章、あるいは何らかの組織のマークだろうか。

 

「私はパラディン・ダンス。B.O.Sの偵察部隊を率いている者だ」

 

 B.O.S────ブラザーフッド・オブ・スティール。最終戦争の際に地下シェルターに逃げ延び生き長らえた米軍に属していた軍人や科学者が起源となった戦前の技術の収集と保護を目的とする組織に属している事をダンスは語った。

 

 以前、ガービーとの会話の中に出てきた事があったが彼に言わせればいけ好かない奴らとの事だ。所属する組織について簡単な説明を終えたダンスはネイトにある提案を持ちかけてきた。

 

「良ければ私達に協力してほしい。お前は武器と弾薬を求めているのだろう?メッセージを聞いているのなら知っているだろうが警察署は現在、私達の部隊の活動拠点となっている。私達に協力してくれれば何らかの見返りは約束しよう」

 

 ヘルメット越しに男の視線を感じながらネイトは男の提案について考える。ダイアモンドシティへと向かおうにも今の装備で辿り着くのは難しいだろう。

 

 考えの結果、ネイトは彼らに協力することに決めた。ダンスの後に続いてネイトはB.O.Sの偵察部隊が根城にする警察署へと向かうのだった。

 

 

 ■■■■

 

 

 警察署前の道路には夥しい量の灰の山が積もり、そして全身を引き千切られた無残な死体と転がっていた。部隊とグールとの戦いがいかに苛烈なものだったかをネイトは察した。

 

 ネイトが惨状を目にする傍ら、ダンスは部隊員らしき死体の元へと歩いていく。

 

「すまない、ナイト。私の未熟がお前を殺した。……お前の無念も怒りも私が背負おう」

 

 自身と部隊員を殺したグール、そして歪んだこの世界に対してダンスは憤怒を滾らせる。ダンスと同質の物を胸の内に飼っているネイトも、彼が抱く憎悪と憤怒を敏感に感じ取れた。

 

「お前の分も私はアボミネーション共を倒す。そしていつか奴らを必ず根絶やしにする」

 

 ヘルメットを脱ぐとダンスは遺体からホロタグを外すと自らの首にかけた。そして再びヘルメットを被ると警察署の扉を叩くと扉を開き中へと入っていく。私たちが署内へと入っていくと奥のマットレスに倒れている部隊員を介抱していた女性の部隊員が出迎えてくれた。

 

「パラディン!ご無事でしたか。……後ろにいるのは?」

 

「私達に協力してくれる人間だ。それよりもリースの容態は?」

 

「包帯で止血も行いましたし、スティムパックも投与したので恐らくは大丈夫です」

 

 そうかとダンスは安堵が滲んだ声を漏らした。そして私と女性隊員を部屋の中央に集めるとダンスは部隊が置かれている状況の説明と私が為すべき任務についての説明を始めた。

 

「アボミネーション共やレイダー達の攻撃で私たち三名を除いて偵察部隊は全員死亡した。加えて食料品も不足し始めている。今の状態が続けば課せられた任務を達成する前に私たちが先に死んでしまう」

 

「そこで我々は本隊に救援を求める為に屋上にあるラジオ塔を修理し、救援コールを送ろうと試みたが電波が弱く本隊がいる拠点まで信号が届かなかった。だが─────」

 

 ダンスが女性隊員の方に顔を向けると、意図を汲んだ女性隊員は背中のナップザックから地図を出し部屋の中央にあるテーブルの上に広げるとアークジェットシステムと言う名のロケットを開発していた企業の施設を指差した。

 

「この施設内のどこかにディープレンジ送信機……信号を強めてくれる物があるわ。あなたにはパラディンと共にそれを施設内から回収してきてほしい」

 

 施設内の状況については殆ど情報がなかった。ただ、施設の規模と重要度からの推測だが施設内には高い確率で防衛機構が備わっていると隊員は話した。

 

「話は以上だ。任務に出発する前に渡したい物がある、着いてきてくれ」

 

 ダンスの後に続いて地下に続く階段を降っていく。元は犯罪者からの押収品の保管庫だったらしい場所にはシートが被せられた何かがあった。

 

「窮地を救ってくれた礼だ。弾薬と武器が不足しているのはこちらも同じでな。その代わりだと思ってほしい」

 

 ダンスがシートを取り払うと覆われていた何かが全貌を現す。施されていたらしき深緑の軍用塗装は殆ど剥げ落ちてはいるが、全てのパーツが揃ったT-45パワーアーマーがそこにあった。

 

「本当にいいのか?武器や弾薬よりも、こちらの方が価値があると思うが」

 

「構わない。私たちB.O.Sは最新型のパワーアーマーを運用しているからな」

 

 装着しているパワーアーマーが使えなくなった時の予備として保管しておいたが、最新型の操作感に慣れたダンスたちは最初期のモデルであるT-45の劣悪な操作性と運動性に使わない方がマシだと放置されていたらしい。

 

 pip-boyを接続して使用できる状態であること確認するとネイトはダンスに調整の時間を求めた。それを了承したダンスが上に上っていく。

 

「工具はかなり揃ってるな。これなら何とかいけそうだ」

 

 装甲を全て取り外すとネイトは手始めに腕部のフレームと機構の整備から取り掛かった。任務中にアーマーと共に回収したと言う専用の機材を用いてフレームと機構が絡み合う部分を調整していく。

 

 腕部、胴体、脚部の順番に整備を終えた私はフレームを装着すると正常に動作するかを確かめる。問題がないこと確認すると装甲板を取り付け機材を片付ける。

 

 ネイトは椅子に座り戦闘と整備の疲れから大きく息を吐く。Pip-boyのボタンを二回押すと画面に自分の健康状態が表示され疲労の蓄積と睡眠障害の兆候が表れているとの内容が表示されていた。

 

 ここまでの道中、何とか気力で保たせてきた疲労が安全な場所に来た事で一気に押し寄せてくる。

 

「少し、休もうか」

 

 疲労が溜まった状態で任務に挑んだとしても成功する見込みは薄い。ダンス達に休息をとらせて貰えるかを尋ね、了承を貰ったあとPip-boyのタイマーを三時間後にセットすると私はピストルを片手に眠りに入った。

 

「パラディン」

 

 スクライブ・ヘイレンはレーザーライフルの整備を行っているダンスへと小声で話しかける。

 

「どうした、ヘイレン」

 

「パラディン自らが連れてきたのですから大丈夫だとは思いますが……あの男、本当に信用できるのですか?」

 

 ヘイレンは視線をVault居住者が眠る奥の部屋へと向けながら疑念と不安に濡れた声を漏らす。ダンスは整備を一旦止めると銃をテーブルへと置きヘイレンへと視線を向けた。

 

「……分からん。あの男が纏う雰囲気は温室育ちのVault居住者が纏えるものではない。戦いを生業にする者が放つ雰囲気だ」

 

 ダンスは男の動作や仕草、纏う雰囲気、そして目の奥に宿る自分が抱えている物と同質のナニカから男が一般人ではない事を見抜いていた。

 

 ヘイレンの信用できるのかとの問いだが、ダンスは話し合いにおける男の物腰から少なくとも自分達を不用意に攻撃することはないだろうと考えた。

 

「我々を攻撃するつもりなら既にしている筈。……信頼を得て我々が隙を曝した時に攻撃する事を目論んでいる可能性もあるがな」

 

「とにかく、最低限の信頼は置けると私は思う。我々には人員が足りないのだ、多少の不安要素には目を瞑るしかないだろう」

 

 話は終わりだと言わんばかりにダンスは自室へと戻っていった。ヘイレンは何も言わず彼の背中を見送ったあと男の部屋を一瞥し、胸の内から湧き上がる不安を押し出すように息を吐くと再びリースの介抱に戻った。

 

 




 


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八話

 


 設定していた時刻に達すると腕部に嵌まるPip-boyがけたたましい音を鳴らす。それを聞き意識が覚醒した私は跳ね上がるようにして椅子から体を起こし右手のピストルを正面に向けた。

 

 ここ数日間で染みついてしまった動作。二百年前とは違い寝起きする時も安全が確保されてはいなかったので、この動作を身に付けざるを得なかった。

 

 銃をホルスターにしまうと私はパワーアーマーを装着し準備が終わった事を伝えにダンスの元へと向かう。

 

「起きたか。準備はできたのか?」

 

「ああ」

 

「では今から任務を開始する。目的地はアークジェットシステム。目標はディープレンジ送信機を無傷で回収する事だ」

 

 女性隊員と言葉を交わしたあとダンスは扉を開けて警察署の外へと出て行く。彼の後に続きネイトも外へと出た。

 

 時刻は四時。東の空から昇ってきた太陽が荒廃した大地を照らし出す。ヘルメットの口元にあるフィルターから入ってきた冬の冷たい空気を吸い込み頭と体に残っていた眠気と倦怠感を吹き飛ばす。

 

 先に外へと出ていたダンスは警察署前に並べられているレーザーライフルが置かれた遺体を収めたと思しき数個の袋に一瞬、視線を送ったが直ぐに外す。

 

「今から目的地へと向かう。私の後についてこい」

 

「了解した」

 

 彼の後に続いて私は予想外のアクシデントが起こらないことを願いつつアークジェットシステムを目指して歩を進める。

 

 

 ■■■■

 

 

 

「逃げろ!パワーアーマーを着たヤツに勝てる訳ねえ!!」

 

「時間稼ぎだ、モングレル犬共を離せ!」

 

 ネイトたちの姿を見るや否やレイダーたちは隠れていた場所から飛び出し逃走を図る。時間稼ぎのために使い潰されるモングレルにネイトは僅かばかりの憐れみを覚えた。

 

「来るぞ!」

 

 無論、向かってくるからには容赦はしない。ネイトは来襲した犬の群れにライフルを掃射。飼い主の逃げる時間を稼ぐ使命を果たしてモングレルたちは死んだ。

 

「惨い真似をする。キャピタルよりはマシだが……救いようのないヤツの集まりと言うのは変わらないな」

 

「……そうだな」

 

 

 ■■■■

 

 

「着いたぞ。アークジェットシステムだ。外部に保安機構は確認できないな、正面から進むとしよう」

 

「了解だ」

 

 犬たちとの戦闘から数十分のあと、私達はアークジェットシステムへと到着した。そして私達はディープレンジ送信機を回収するため施設内へと足を踏み入れた。

 

 Pip-boyは何の反応も示していない。たが気を抜く事はせずライフルを構え周囲に何か異常がないかを確かめる。

 

「パラディン、パワーアーマーの索敵機能に何か反応は?」

 

「いや、今の所は検知されていないな。だがこの施設に何者かがいるのは間違いないようだ。床を見てみろ」

 

 ダンスは床を指差す。床には積もった埃の上に複数人の足跡が残されていた。いや───人間の足跡にしては靴の裏の痕が無く形も四角い。この足跡の主は“人”なのだろうか。

 

「これは……」

 

「形から見て人間ではないな。……恐らくは第一世代の人造人間か」

 

「何だと?人造人間がいると言う事はインスティチュートの奴らもここにいるのか!」

 

 私の息子を連れ去ったと思しき集団に関係する名前を聞き、私は思わず声を荒げる。ダンスは私の言葉に否定の言葉を持って答えを返した。

 

「いや、その可能性は低いだろう。奴らが直接地上に出てきたと言う話は聞いた事がない。奴らは自分達の代わりに人造人間を使って何らかの目的の為に動いているからな」

 

「人造人間を捕まえて情報を吐かせる事はできないのか?」

 

「無理だな。我々も以前遭遇した人造人間を捕らえて情報を引き出そうとしたが、何をしようが情報は引き出せなかった」

 

「……そうか」

 

 ダンスの言葉を聞いた私は熱された心が徐々に冷めていくのを感じながら落胆の吐息を漏らした。冷静に考えてみれば捕まえて情報を吐かせようとした人間は必ず存在した筈、情報を引き出せていたら今頃インスティチュートは正体不明の組織などとは言われてはいない。

 

 胸の内に溜まったモノを息と共に吐き出し、私達は再び施設の探索を進める。一階を全て確認し目的のディープレンジ送信機がない事を確かめると私達は他の階層を探索することにした。  

 

「行き止まりのようだな。この扉を開ける手段がないかどうかこの部屋を探って見つけるぞ」

 

 肯定の頷きを返し、私は扉を開ける手段がないか探し始める。そして直ぐに扉の上部と配線で繋がっているターミナルを見つけた私はターミナルのロックを解除するとキーボードを操作し扉を開く。

 

 直後、開いた扉から金属製の人体模型に配線や機械の部品を取り付けたようなモノ────人造人間と呼ばれるモノが奥に複数体佇んでいるのを私は視界に捕らえると同時にPip-boyが敵性反応を検知する。 

 

 人造人間たちがレーザーライフルらしき銃器を構える前にネイトはグレネードを投じ、素早く近く遮蔽物に身を隠した。

 

 爆音が響く。人造人間たちがどうなったかはヘルメット内のモニタが教えてくれた。しかし今の爆発を聞きつけ増援が来たらしく敵性反応を示す赤い光点が接近してくる。

 

「私が先陣を切る!後に続け!」

 

「了解した!」

 

 ダンスは私の返事を聞くと同時に遮蔽物に隠れている人造人間たちの元へ走り出した。人造人間たちは自分達の元に突撃してくるダンスを優先的に排除すべきと判断したのかレーザーの青い光線がダンスへと集中する。

 

 しかし光の雨はダンスのアーマーに目立った損傷を与える事は無く青い弾雨を潜り抜け人造人間たちの元へとダンスは到達した。

 

 一番近くにいた人造人間の頭部を握り潰すと、機能を停止した人造人間を盾にしながらレーザーライフルを片手に熱線で彼らを仕留めていく。

 

 彼の後に続いてネイトも援護射撃を行いながら通路を進んでいく。

 

 そして熱線と銃弾によって複数体の人造人間たちはその全てがスクラップと化した。空になったマガジンを取り替えるとネイトは床に転がる人造人間の内の一体が所持していたレーザーライフルを拾う。

 

 試しに構えてみるが、どうにもしっくりこない。しかし光学兵器を所持しておらず只でさえ弾薬に困窮しているネイトには回収しない選択肢はなかった。

 

 二人はレーザーライフルの使用弾薬であるエナジーセルを回収すると人造人間の残骸を後に再び施設の探索を続ける。

 

 数十分の探索の後、私たちは施設の最上階へと辿り着いた。見る限りでは部屋は一つだけ、加えて今までの道中念入りに探しても見つからなかった事から目的の物がある確率は高い。

 

 ネイトのpip-boyが敵の反応を検知、モニタに表示されたマップに位置を表示する。通路の曲がり角から三体の人造人間が姿を現すのと同時に彼らの足元にグレネードが転がってきた。

 

 爆発の瞬間、一体の人造人間が上に覆い被さった。己の身体を緩衝材にして爆発の衝撃を緩めた人造人間は破壊されたが、他の人造人間は装備したアーマーによって健在だ。

 

 少し進んだ先の場所に隠れた相手を引きずり出すために二体の人造人間が進軍を開始する。しかし進軍してくる相手に彼らが何の対策も講じていないはずがない。

 

 通路を進む彼らは数秒後、仕掛けておいた地雷によって吹き飛ばされた。人造人間の残骸を踏み越えダンスの後に続いてネイトはショットガンに新しい弾薬を装填する。

 

「任務の障害となる存在を検知。排除に移ります」

 

 目的地へ辿り着いた二人を熱線の弾幕が出迎える。待ち伏せされていることに気付いていた二人は部屋のドアが開いた瞬間に近くに置かれていた分厚い金属製のデスクに飛び込むようにして身を隠した。

 

 空いている手で腰のホルスターから散弾銃を引き抜くと電磁警棒を片手に接近してくる人造人間に狙いを定める。

 

 装填されていたのはスラグ弾。頭部を吹き飛ばされた人造人間はそのまま床に倒れる。ダンスも人造人間が隠れる遮蔽物へと突撃を仕掛ける。

 

 人造人間のライフルから放たれるレーザーの出力ではダンスの装着するパワーアーマーの装甲を貫通することはできない。

 

 しかし人造人間もそれは理解しているらしく、最上階に来るまでの戦闘で奴らはパワーアーマーの弱点となる間接部に攻撃を集中してきた。

 

 ダンスはそれを踏まえて突撃する際に身を隠せる大きさの金属製のデスクを盾にしながら突撃する。二人は一方的な戦闘を終えると部屋の奥に備え付けられたショーケースへと歩いて行く。

 

 トラップが仕掛けてない事を確かめたダンスはターミナルを操作してロックを解除するとショーケースの中からディープレンジ送信機を取り出し、使える状態であるかどうかを確認する。

 

「使えそうか?」

 

「ああ。目標のディープレンジ送信機は回収した。一旦地上に出るぞ」

 

 私たちはエレベーターを使い施設の最下層から地表へと出た。施設に入ってから既に数時間が経過しておりオレンジ色に染まった太陽が施設を照らしていた。

 

 施設内の陰鬱な空気に嫌気が差していた私はヘルメットを脱ぐと外のひんやりとした空気を大きく吸い込む。

 

「任務完了だ。君の協力に感謝する」

 

 その言葉のあとダンスは手を差し出してきた。

 

「任務の際に君には何度も助けられた。私一人では数の暴力に屈していたかもしれない

 

「いや、私がいなくてもパラディンなら何とかなったと思うが」

 

「謙遜しなくても良い。お前の協力があったからこそ、この任務は達成できた」

 

 差し出された手を握る。そして固く握手を交わすとダンスは任務の助力に報いようと言い彼自身が改造を加えたレーザーライフルを私へと差し出した。

 

「感謝する。大事に使わせてもらうよ」

 

「当然の報酬だ。それよりも私から一つ提案がある」

 

 私がその提案とは何かを尋ねるとダンスは提案─────B.O.Sに参加しないかとの提案を持ちかけてきた。

 

「任務中のお前の活躍を見る限り、B.O.Sの一員になれる資質がある事は疑いようもない。どうだろうか、B.O.Sに入りこの世界に生きた証を残してみないか」 

 

 ダンスの提案を受け私はB.O.Sに入隊した場合どのような事をするのかを質問した。私の問いに対しダンスはB.O.Sに入隊した場合、私はダンスの部隊に配属される事になり戦前のテクノロジーの収集や地上に蔓延する人に仇なす化け物たちを倒す任務が課せられる。

 

 そして入隊し、実績をあげればダンスが纏うパワーアーマーなどの強力な兵装を使用する事も許可されるらしい。

 

 一考に値する提案。そして考えを纏めた私はダンスに答えを口にする。

 

「すまないダンス。貴方の申し出は嬉しいが俺にはやらなければならない事がある。その事に決着を着けた時にまた考えてみるよ」

 

「分かった。少なくとも私は当分の間、ケンブリッジ警察署に留まることになるだろう。良い返事をもらえることを期待している」

 

「ああ」

 

 ダンスは深く頷く。二人は別れの挨拶を交わすと各々の道を進み始めた。去り際にネイトが入隊してくる時を楽しみに待っていると言い残すと部隊の仲間が待つ警察署への道を歩いて行く。

 

 そして、私は再びダイアモンドシティへの旅路を進み始める。目的地までは、あと少し。

 



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九話

「エルダーマクソン。ご報告が」

 

 紙の束を手に持ち室内へと入ってきた補佐官の言葉を受け、東海岸B.O.Sを率いる顔に奔る傷跡が特徴的な屈強と言う言葉が相応しい鋼鉄を具現化したような男が僅かに顔を上げる。

 

「連邦へと偵察に向かったパラディンダンスの部隊から救難信号を受信しました」

 

「分かった。直ぐに救援を向かわせろ」

 

「ハッ!」

 

 敬礼を返すと補佐官は部隊の救援を向かわせる為に室内を退室し救援部隊を編成しにかかった。補佐官が退室するのを確認すると、マクソンは額を抑え顔を僅かに歪める。

 

「無事でいてくれよ。ダンス」

 

 彼の呟きは誰にも聞かれる事なく霧散する。この数週間後、救助されたダンスの口から語られた連邦で確認された謎の高エネルギー反応にインスティチュートが関与していると確信したマクソンは東海岸B.O.Sを率いて連邦へと乗り出す事になる。

 

 

 ■■■■

 

 

 キャピタル・ウェイストランド。かつてはワシントンD.Cと呼ばれていた土地に東海岸B.O.Sの本拠地は存在した。数年前と比べて規模も設備も比べ物にならないほど拡大した要塞の中はマクソンによる連邦への遠征準備が進められていた。

 

 今から十年前、エンクレイヴ残党の本拠地だったアダムス空軍基地を壊滅させた際に入手した資材を使い数年の年月を要して建造された飛行船プリドゥエンへと乗組員たちが総出で荷物の運搬を行っている。

 

 プロクター・ティーガンが武器を運ぶ人間に指示している。運んでいるのは対人造人間戦を想定して用意されたパルスガンやパルスグレネードが詰め込まれた箱だ。

 

 当然、人造人間以外のアボミネーション達を排除するための武器弾薬も運び込まれていく。運搬されていく兵器の中には、かつての東海岸B.O.Sでは目にすることができなかった武装もあった。

 

 勢力の拡大に伴い戦前の軍需工場を幾つも支配下に置くことに成功した東海岸B.O.Sはそれらの工場を再び稼動させパワーアーマーや武器弾薬、そしてフュージョンコアを量産していた。

 

 プロクター・イングラムがパワーアーマーを来たナイトに整備用の機材をどこに搬入するか指示する。

 

 現在の東海岸B.O.Sのナイト及びパラディンに支給されているパワーアーマーは長年に渡ってスクライブたちが戦前の軍事基地や研究所から回収してきた技術資料を使って運用されていたT-45パワーアーマーを大幅に改良したT-60パワーアーマーだ。

 

 T-45の整備性をそのままに戦前のパワーアーマーを凌駕する性能を誇るパワーアーマーは兵士たちのキャピタル・ウェイストランドでの生存率を格段に高めてくれている。

 

 対人造人間戦でも彼らの命を守ってくれるパワーアーマーの整備に妥協は許されない。次々に整備用の機材が積み込まれていく。

 

 

 

 

 

 ■■■■

 

 

 ダイアモンドシティを取り囲む緑色の壁の外、シティの直ぐ近くに作られた見張り台の上ではセキュリティが五人、周囲の廃虚群を見下ろしていた。

 

 廃虚を見る事に飽きたセキュリティの一人が、自分と同じように眼下の町をぼんやりと見ていた同僚に話しかける。

 

「今日は静かだな」

 

「ああ。レイダーもスーパーミュータントも見当たらない、この間はあんなにウジャウジャいたのにな」

 

「お互いに殺し合ってるんじゃないか?だとしたらラッキーだよな」

 

 二人の会話に暇をもてあました他のセキュリティも話に加わり始めた。

 

「なあ、お前が今まで出会った中で一番ヤバいと思った敵ってなんだ?俺は腕にミニ・ニュークを括り付けたスーパーミュータントだな」

 

「俺はピカピカ光るフェラルだな。アイツが緑色の光を放ったら他の倒れていたグールが生き返ったんだ。グールの群れが後ろから追ってきた時は死ぬかと思ったね」

 

「ミュータント共も怖いが俺はロボットの方が怖いね。セキュリティに入る前にキャラバンの護衛をしていた事があるんだが─────」

 

 話の途中、唐突に口を閉ざしたセキュリティの一人に嫌な予感を感じた別の一人がそのセキュリティに声をかけようとし、自分達が今居る場所から直ぐ近くの廃虚群から銃声と何かの叫び声を聞き取り五人全員の視線が音のした方へと向いた。

 

「おい、今のは……」

 

「待て!あれ見ろ!」

 

 セキュリティの一人が見張り台の正面の道路を指さす。それに釣られてセキュリティ全員が指さした方向に目をやる。二人のセキュリティが自分達がいる見張り台へと必死の形相で走る姿が見えた。

 

 巡回に行ったセキュリティは七人。それなのに走ってくる人影は二人しか見受けられない。これは、まさか─────

 

「スーパーミュータントだ!!他の奴らは全員殺された!」

 

 見張り台へと上がってきたセキュリティが蒼白な顔で息も切れ切れに叫ぶのを聞いたセキュリティ達は見張り台から降りると正面の道路に設置された金属製のバリケードに隠れ敵が来るのを待ち構える。

 

 バリケードの前にはタレットが複数配置されている。これまでにこの一帯を抜け見張り台へと到達した敵はいない。何故なら到達する前にセキュリティとタレットによる銃弾の雨によって蜂の巣になるからだ。

 

「来たぞ!!スーパーミュータントだ!」

 

 バリケードから身を乗り出しセキュリティが一斉に銃を構える。彼らの視線の先にあるのは隆起した筋肉の鎧を緑色の肌で覆い廃材や襤褸切れを使って作られたと思しアーマーを装備し銃器を構えた化け物達だ。その顔には獰猛な笑みが浮かんでいる。

 

「ニンゲンダ!コロセ!!」

 

 スーパーミュータントの一体が手に持ったハンティングライフルを掲げ叫ぶと叫び声に触発された周りのミュータント達も咆哮を廃虚群に響かせる。そして銃弾を前方にばら撒きながら突っ込んできたミュータント達をセキュリティ側が迎撃する。

 

 先陣を切ったスーパーミュータント達が銃弾に体を貫かれ血飛沫をあげて倒れる。その屍を踏み越えて別のミュータントが前に突き進み両手で握ったスレッジハンマーでタレットの一基を破壊する。どれくらいの時間が経っただろうか、セキュリティ達とスーパーミュータントとの戦いはセキュリティ側の勝利に終わった。

 

「終わったのか……?」

 

 バリケードから顔を覗かせ呟いたセキュリティの一人に別の顔を覗かせ前方の敵がいない事を確かめたセキュリティの一人が戦闘が終わった事を告げようとした時─────声をかけようとしたセキュリティが頭部を貫かれて絶命した。

 

 同僚の後頭部から赤い液体とピンク色の脳症が飛び散ったのを見たセキュリティ達は顔を再びバリケードに引っ込めると、銃弾によって生じた綻びから仲間を殺した敵影を探した。

 

 見つけた。離れた建物の屋上からスーパーミュータントの一体がライフルを構えて獲物である自分達を狙っていた。加えて前方からはミニガンを携えたスーパーミュータントが三体、確固たる足取りで進んでくるのが見えた。

 

 非常に不味い事態に陥った。タレットは先の戦闘で全て破壊され残ったのは自分達だけ、しかも手持ちの銃器の弾は全て使い切ってしまった。それは他の同僚も同じだろう。

 

 状況を打破できる可能性がある物は見張り台にある箱の中だ。このまま無残に殺される位ならと意を決して見張り台の階段へと向かおうとしたセキュリティの一人はその寸前、ミニガンを携えたスーパーミュータントの一体が頭部に穴を作られ地面に崩れ落ちる姿を目にした。

 

『ナンダ!!』

 

 仲間の突然の死に動揺するミュータントは背後から飛来した真紅の輝きに身体を貫かれ苦痛の呻きを上げながら背後を振り向き、敵の姿を視認する。

 

『オマエガヤッタノカ!バケツアタマ!!』

 

 憎悪に只でさえ醜悪な顔を牙を剥き出しにし、目を充血させ見る物に嫌悪と恐怖を抱かせる凄まじい形相を浮かべたスーパーミュータント達が怒りの矛先を攻撃を放ったバケツ頭ことパワーアーマーを装着した何者かに向ける。

 

『シネ!!キョウダイノカタキダ!』

 

 唸り声と共にミニガンの銃身が回転し五ミリ弾の砲火がパワーアーマーへと浴びせられる。アーマーの搭乗者は近くの廃墟に身を隠すとフラググレネードをスーパーミュータント達の近くに放置されていた自動車へと投じる。

 

 拳銃の銃弾なら容易に耐え凌ぎ、ライフルの銃撃ですら頭部に喰らっても何発かは耐える化け物だ。フラググレネードの直撃にも耐えるだろう。しかし──────

 

『グオオオオッッ!!』

 

 直後、フラググレネードの爆発の煽りを受けて放置されていた廃車のエンジンが誘爆する。爆発物の爆音とは比較にならない大きさの爆発のあと、セキュリティ達は廃車の残骸から立ち上るキノコ雲と全身に車体の破片が幾つも突き刺さった大火傷を負い地面に倒れたスーパーミュータントの死体を視界に捉える。

 

 そして、屋上から狙撃手を務めていたスーパーミュータントがいつの間にか場所を移動していた何者かが放ったレーザーに頭部を貫かれ絶命する。

 

「ヨクモ!ヨクモ、コンナコトヲ!!」

 

 最後の一体がスレッジハンマーを両手で握り何者へと横薙ぎに振るう。何者かは懐に飛び込むようにして転がると狭い路地から広い道路へと戦いの場を変えると即座に体勢を立て直す。

 

 パワーアーマーを着た何者かは得物であるレーザーライフルを構えると照準を敵の頭部に向ける。そして、何者かが引き金を引こうとするのを確認したスーパーミュータントは地を這うような姿勢でスタートを切った。

 

 人間とは比べ物にならない身体能力を有するスーパーミュータントだ。瞬く間に彼我の距離を詰め、得物を振るう。

 

 スレッジハンマーがスーパーミュータントの膂力を持って信じられない速度で振るわれる。横合いからバットを振り抜くようにして振るわれたハンマーを避けようとパワーアーマーを着た男が上体を屈めようとした時、ハンマーの頭の片面から火が噴き出しハンマー自体が加速したのだ。

 

 スーパースレッジ。ハンマーの頭の片面にジェット推進器を取り付けた近接兵器をそのスーパーミュータントは所持していた。

 

 予想外の攻撃に回避しきれず胸部装甲に加速したハンマーの打撃が直撃する。装甲がひしゃげる嫌な音と共に体勢を崩した何者かの頭部へと大上段から再び加速したハンマーの一撃が振り下ろされるのを見ていたセキュリティ達はパワーアーマーを着た何者かは死ぬだろうと直感した。

 

 

 しかし、彼らの予測をパワーアーマーを着た何者かは覆した。セキュリティたちが、そして何より必殺の一撃と確信してハンマーを振り下ろしたスーパーミュータントがハンマーの頭が敵ではなく地面を叩いた光景を理解できず思考が停止する。

 

 何が起こったのか。パワーアーマーを着た何者かは体勢を崩した状態から傍目から見て異常な速度で体勢を立て直すと同時に、相手の腹に蹴りを叩き込む。

 

 パワーアシスト機構によって威力を増した痛烈な蹴りが腹部に突き刺さる。並の人間なら吹き飛ぶ一撃もスーパーミュータント相手では、よろめかせるだけに留まる。

 

 しかし今の状況に置いては致命的な隙。スーパーミュータントの頭部にレーザーが連続して撃ち込まれる。光線に脳を貫かれ、スーパーミュータント何が起こったのかを永遠に理解する事なくスーパーミュータントはその命を絶たれて地面に伏した。

 

 スーパーミュータントの頭部から赤黒い血とピンク色の脳漿が地面に流れる光景と、スーパーミュータントを殺戮した何者かを見ながらセキュリティ達は茫然としていた。

 

 突如現れてミニガン持ちのスーパーミュータントを即座に葬った事も驚嘆に値すべき事なのだがセキュリティ達の脳内は避けられぬ一撃であった筈のスーパースレッジの一撃を避けた動きの事で占められていた。

 

 断言できる。あれは常人ができる動きではない。それが意味するのは、あの何者かは何らかの薬物を摂取している、もしくはインプラント手術を受けている。あるいは自分達の知らない手法を所持しているかだ。

 

 何者かはセキュリティ達がいる場所へと近づいてくる。セキュリティ達は本能的な恐怖から体が震えるのを感じながら、せめて態度にはおくびにも出さないようにするのだった。

 

「町に入る前にパワーアーマーは脱いで貰うぞ。ステーションが建ち並んでいるあそこにパワーアーマーを置いてきてくれ」

 

「分かった」

 

 セキュリティの言葉に頷いた男は町の入り口にある検閲所からステーションが建ち並ぶ場所へと歩いていく。ものの数分で返ってきた男の姿を見たセキュリティ達は男の姿を見て驚きを露わにするのだった。

 

「そのスーツ、Vault居住者か」

 

「ああ。Vault111からやって来た。……中に入ってもいいんだな?」

 

 頷きを返すと印象的な青いジャンプスーツを着た男は町の中へと入っていった。無事に事が済んだセキュリティ達は安堵のため息を吐くとタレットの残骸とスーパーミュータントの死体の片付けに向かった。

 

 




 


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十話

 


「ここがダイアモンドシティか」

 

 眼下の町を見渡す。かつて選手達が試合を繰り広げていた球場には幾つもの店が立ち並び、大勢の人間でごった返していた。階段を降りていくと手前の店で少女が新聞を道行く人々へと渡していた。

 

 二百年後の世界の新聞がどのような記事を取り扱っているのか興味が湧いたネイトは新聞を貰おうと店先へと歩いて行く。ネイトの姿に気づいた少女は驚いたように目を丸くすると声をかけてきた。

 

「失礼、ミスター?Vaultから来たの?」

 

「ああ。Vault111から来た」

 

「Vaultから?ダイアモンドシティにはどんな要事で来たの?」

 

「息子の手掛かりを探しに来たんだ。仕事の最中に悪いんだが、探偵事務所がどこにあるか教えてもらえるだろうか」

 

 少女は町の一角を指で示すと、あの一角に彼が居を構える事務所があると言い、矢で射貫かれたハートの看板が目印だと言った。ネイトは少女に感謝の言葉を伝えると少女が指し示した一角へと歩いて行く。

 

 道行く人々の物珍しそうな視線に晒されながら、その一角に辿り着き例の看板がぶら下がった建物を見つけた。身嗜みを軽く整えるとネイトは事務所の赤い扉をノックする。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

 扉を開けるとネイトは書類の束がそこかしこに綺麗に整えられて置かれている事務所の中に立ち、自分の方を見ている女性に挨拶をした。

 

「ネイトブラックウェルです。今日は依頼を─────」

 

「ごめんなさい。今、探偵が行方不明なの。依頼を受ける事はできないわ」

 

 言葉の続きは秘書らしき女性の衝撃的な言葉によって遮られた。予想外の事態にネイトは言葉を失った。それを見た女性は再び謝罪の言葉を言うと今日は引き取るよう言うと事務所の奥へと消えていこうとする。

 

「待ってくれ。探偵を探すのに手を貸す」

 

 ネイトの口から出た言葉に足を止めた女性は振り返ると信じられなかったのか疑るような視線を向けてくる。

ネイトは自身の現状を話し、探偵の助けが一刻も早く必要なのだと話した。

 

 それを聞いた女性は小さく息を吐くと目尻を光らせながらネイトに感謝の言葉を述べ深く頭を下げた。

 

 頭を上げ目尻を拭うと彼女はニックバレンタインががとある事件を追って失踪した事と彼がスキニーマローンと言う男が率いるギャング達によってパークストリート駅内の古いVaultに捕らえられている可能性が高い事を話した。

 

「ニックを助ける以上、ギャングたちとの戦闘は避けられないか。……身代金の請求は来ていないのか?」

 

「来ていないわ。恐らく交渉の余地はないものと思っていいわ」

 

「分かった。突入する以上、前もって場所と相手の情報は知っておきたい。そのギャングたちについて教えてくれないか?」

 

 女性は自力でギャングたちを調べていたらしく机の上にギャングたちの情報が記載された紙を並べる。紙に目を通し女性からの説明を受け、ネイトは現在の装備で制圧できると判断した。

 

 説明を終えた女性は報酬についての話を切り出してきた。ネイトはキャップでの支払いでなく別の形で報酬の支払いを求めた。

 

「いや、キャップは必要ない。代わりに私の依頼を最優先で引き受けてほしい」

 

「分かったわ。……彼はこの町には無くてはならない人よ、必ず連れて帰ってきて。お願い」

 

「確約はできないが、無事に連れて帰れるように最大限善処するつもりだ。私も彼には生きて戻ってもらわないと困るからな」

 

 ネイトは事務所を出ると駅に向かう前に弾薬と医薬品の補充、資金に余裕ができればパワーアーマー用のポーチや弾帯を購入するために店が立ち並ぶ町の中心へと向かう。

 

「Vault居住者のお客とは珍しいな。アンタも外の世界に憧れて出てきたクチか?」

 

 武器を販売していると思しき店の前に来たネイトは戦闘で使用頻度の高い銃器の弾薬を選ぶと店主に注文する。注文された弾薬をカウンターに置いた店主は銃器を物色していたネイトにそんなことを聞いた。

 

「いや、他の理由でだ」

 

 そう言いながらネイトは店頭の台の上に置かれたカートンに金額分のキャップを置いた。弾薬を収納しながらネイトは店主に店はないかと訊ねた。

 

「驚いたな。アンタ、Vault居住者なのにパワーアーマーを使えるのか」

 

「Vault居住者がパワーアーマーを使えるのがそんなに驚くことか?」

 

「ああ。俺が今まで見てきたVault居住者は戦い慣れしていないヤツばかりだったからな。まあ、外の世界と隔離されてるって話のVault育ちじゃ仕方ないんだろうが」

 

 話が逸れたなと謝ると店主は件の店がどこにあるかを説明してくれた。ネイトは店主に礼を言うと件の店には最後に訪れることに決め、 次に医薬品を販売している店へと足を運ぶ。

 

 道中、市場に並ぶ食べ物を販売している露店の店先に視線を送ると店先に並んでいるのは串に刺してあり肉汁が滴っている何かの肉や炒めた野菜、不透明な赤色の液体。香ばしい匂いを放っているのもあれば酷い匂いを放っているのもある。

 

 常識で考えれば口にするのをためらう食べ物であっても平然と口にする人々を見ながらネイトは改めて自身の常識と二百年後の世界で生きる人々の常識は異なることを認識した。

 

 準備を整えた私は武器とパワーアーマーを預かっているセキュリティ達がいる球場の外へ向かうとセキュリティ達から武器を受け取った私はパワーアーマーに新しいフュージョンコアを装填し、再び装着するとゲートを潜り町の外へと出た。

 

 

 ■■■■

 

 

「探偵が囚われているのはここか。……死んでいない事を祈るぞ」

 

 ネイトは最悪の場合を想定して探偵が死んでいた場合、どのようにして息子の手掛かりを探すかを模索し始めていた。そして仮に手掛かりを見つける事ができなかった場合、サンクチュアリにいるであろうママ・マーフィーの元へと向かわねばならない。

 

 事を上手く運ぶためにネイトはポーチからグレープ味のメンタスを取り出し、器用にアームを操作して封を切ると箱を傾け、錠剤型のそれを数粒口に入れた。

 

 ガリガリとメンタスを噛み砕きながらヘルメットを被り駅のドアを開けるのと同時にサブマシンガンを持った男二人が正面に銃を構えているのが目に入る。

 

「止まれ!ここに何の用だ」

 

「この駅に囚われている探偵を助け出す依頼を受けて来た。ニックバレンタインは何処にいる?十秒待つ、それまでに居場所を言わないのなら」

 

 レーザーライフルの引き金に指を掛ける。このまま居場所を吐かなければ殺されることをネイトの言葉から理解した男達はどうするべきか迷う素振りを見せた。

 

「安心しろ。居場所さえ言ってくれれば悪いようにはしない、約束する」

 

「落ち着いて考えてみてくれ。今、自分たちが選べる最良の行動を」

 

 薬物の効能によってネイトは極めて短い時間だけ喋り方と言葉に安心させるような重みを伴わせていた。最後の一押しとして言葉のあとに銃を収めたネイトに男たちは、探偵の居場所を詳細に話した。

 

「い、居場所は言ったんだ。約束通り俺たちは生かしてくれるんだろ?」

 

「残念だが、今の約束はなしだ」

 

 その言葉を最後まで聞き取ることなくギャングの一人が顔が拳によって原形を留めずに破壊される。流れるような動作で二人目のギャングの胴体に回し蹴りが叩き込まれ吹き飛び、派手な音を立てて壁に衝突したあと動かなくなった。

 

 駅の地下に降りたネイトは大量のギャング達がサブマシンガンを構え葉巻を薫らせながら自分たちのテリトリーを侵す者がいないか巡回しているのを確認した。情報通り、かなりの規模のギャングらしい。

 

 ネイトはポーチからスタングレネードを取り出すと安全装置を外し空中へ投じる。投じられたスタングレネードは駅内部を閃光と騒音で満たし、ギャング達の動きを止めた。

 

 照準を素早く変えながらレーザーライフルの熱線でギャング達を貫いていく。スタングレネードの影響から立ち直ったギャングの一人は回復した視界が映し出した光景が現実だとは信じられなかった。

 

 自分を除く殆どのギャングは体に風穴を開けられ地に伏しているか体のどこかが欠損し、血を流しながら倒れていた。

 

 また一人よろめきながら立ち上がった仲間の一人がレーザーに貫かれ息絶えた。視線をレーザーが飛んできた方に動かすとレーザーライフルの照準を自分に定めたパワーアーマーの姿が映った。

 

 銀色の装甲を仲間の返り血で汚したパワーアーマーにギャングは握りしめていた機関銃を構えようとするが、熱線に胴体を撃ち抜かれ崩れ落ちる。

 

「不味いッ!」

 

 弾丸ではない何かが発射される音を聞いたネイトは即座に地面を蹴り上げ回避行動に移る。そして次の瞬間、先ほどまでネイトが居た場所にミサイルが着弾し爆発する。

 

 着弾の際に飛び散った無数の破片が装甲を叩き爆風が装甲表面に張り付いていた血糊を焦がす。駅内部に放置されていた大型のコンテナに身を隠したネイトが敵の位置を確認するのとグレネードが投げ込まれるのは同時だった。

 

 コンテナの影から体を投げ出すようにして飛び出したネイトはレーザーライフルの銃身に取り付けられたサイトを覗き込み手に持つ火器に照準を合わせ、対するギャングもミサイルランチャーの照準をネイトに合わせていた。

 

 勝負は一瞬で決まった。レーザーライフルの銃口から放たれた熱線は光の速さで直進すると発射された直後のミサイルに命中し爆発する。至近距離で爆発に巻き込まれたギャングは凄惨な姿となり絶命した。

 

 フュージョンセルを再装填したネイトは駅内を進んでいく。そして歯車の形を模した巨大な扉が先に見えた。

 

 象徴的な形の扉はVault111で起きた忌まわしい出来事を嫌でも思い出させ、脳裏に焼き付いた光景を視界にチラつかせる。ネイトはヘルメットの中にある顔を歪ませながら片方の腕部装甲とフレームを解除するとPip-boyを使って扉を解除した。

 

 ■■■■

 

 

「こ、これが、パスワードだ」

 

 恐怖によるものか上擦った声でパスワードを教えたギャングを射殺すると、入手したパスワードを扉横のターミナルに打ち込みドアのロックを解除する。

 

 部屋の中にいたのは、年季の入ったフェドーラ帽を被り色あせたトレンチコートを着た探偵の格好をした人造人間だった。

 

 敵対反応は感知されず攻撃する素振りも見えない事から害を加える意志はないらしい。警戒と戸惑いを隠せないネイトに人造人間もとい探偵ニックバレンタインは口に咥えていたタバコを灰皿に置くと口を開いた。

 

「血塗れの騎士様に感謝を。さて、大勢のギャング達を倒してまで年寄りの私立探偵を助けに来た理由を教えてくれないか」

 

 以前アークジェットシステムで遭遇した人造人間とは違い、流暢にかつ人間と殆ど遜色ない声で探偵は言葉を発した。

 

「事務所にいる貴方の秘書から依頼を受けてここに来た。それよりも、何者なんだ?」

 

「それに関しては後で話す。まずは外に出よう、前衛はアンタに任せてもいいか?俺は後ろから支援する」

 

「分かった」

 

 ニックの案内に従いギャング達を倒しながら外を目指してVault内の通路を進んでいく。そして出口まで来たネイトたちを黒いタキシードと光沢のあるシルクハットを頭に被ったギャング達のボスと思しき人物と取り巻きたち、そして派手なドレス姿の女性が出迎えた。

 

「ニッキー、何してる!どうやって部屋から脱出した!」

 

「この騎士様が出してくれたのさ、スキニー」

 

 傍らに控えるギャング達も殺気を隠そうともせずに向けてくる。だが彼らのサブマシンガンの銃口から未だに炎が迸っていないのはパワーアーマーを着た相手には、この人数では勝てないと理解しているからだ。

 

 口に咥えていたタバコを地面に捨てると足裏で踏みにじって火を消したニックは溜め息を吐く。

 

「さて、スキニー。平和的に解決しよう。彼女の事は諦めるように親御さんを説得する。この場所には二度と来ない。だから俺たちを見逃してくれないか?」

 

「馬鹿言うんじゃねえよニッキー。ここで、お前ら二人をみすみす見逃す訳にはいかねえ。俺にもボスとしての面子があるからな」

 

「面子と命とどっちが大事かなんて直ぐに分かることだろう。このまま行けばスキニー、お前はパワーアーマーを着込んだ奴を相手取ることになる」

 

「お前がドラッグか放射能で頭がヤられていないのなら、戦えばどちらが勝つかなんて考えなくても分かるだろう」

 

 苦り切った顔で暫くのあいだ、葛藤していたスキニーに女性と部下が何ごとかを耳打ちした。彼らが何を言ったのか分からないが、少なくともスキニーに考えを決めさせる内容だったらしい。

 

「………見逃してやる。さっさと行け」

 

「あばよ、スキニー」

 

 スキニーの言葉に従い二人はVaultから出ていく。背後からスキニーたちの視線を感じながら私たちは駅内を進み、梯子を使って外へと出た。

 

「見てくれ、連邦の空だ。どう見ても不吉な物にそそられる日が来るとは想像もしなかったよ」

 

 上に広がる真っ黒な曇天の空を見るニックに吊られて私も空を見上げる。確かにただの曇り空だと言うのに妙に不吉な物を感じる。だが地下に囚われていたニックにしてみれば、金属製の天井よりかは遙かにマシなのだろう。

 

「改めて感謝の言葉を言わせてほしい。ありがとう」

 

 フェドーラ帽を脱ぐとニックは感謝の言葉を述べた。そして再び帽子を被ると彼は懐からライターと葉巻の入ったケースを差し出してきた。

 

「吸うかい?」

 

「良いのか?では、ありがたく」

 

 箱から葉巻を一本抜き取ると受け取ったライターで火を灯すと煙を吸う。途端に口の中が長い年月によって辛味が増した煙で満たされる。何故か、その辛味が私には心地よく感じられた。

 

「さて、俺は事務所に戻る。アンタはどうするんだ?」

 

「一緒に行こう。貴方に依頼したい事がある」

 

 ニックは私の言葉に頷くと、ダイアモンドシティの事務所へと歩きだした。私も彼の後に続いてダイアモンドシティへと歩いていく。

 

 




 


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十一話

 手直ししました。


 

「ただいま」

 

「何てこと……ニック、ニックなのね!」

 

「ふむ。この顔を他の誰かと見間違うのは難しくないか?」

 

 事務所の奥から帰ってきたニックの姿を見て、駆け寄ってきた女性へとニックはそう言うとニヤリと笑みを浮かべる。秘書の女性は目の縁の涙を拭うと笑みを浮かべ、ネイトの方を振り向くと深々と頭を下げた。

 

「ニックを、この事務所を、そして仕事をアナタは救ってくれた。本当にありがとう」

 

「礼には及ばない。早速だが、依頼を頼みたい」

 

 ネイトはニックへと自分の事情と依頼内容を説明した。

 

「アンタは命と事務所を救ってくれた恩人だ。直ぐにでも引き受けてやりたいが……俺が居ない数日に色々とやらないといけない事が貯まっていたらしい」

 

 ニックは机の上に積み上がっている夥しい量の書類の束を指さし、依頼については六日後まで持ち越してほしいと頼んできた。こちらも依頼よりも優先してやらなければいけない事が存在したのでニックの提案に乗ることに躊躇いはなかった。

 

「分かった。では、六日後にまた来る」

 

「すまんな。六日後にまた会おう」

 

 事務所から出たネイトはひとまず体に蓄積した疲労を回復する為、宿泊できる施設を探しに町の中を歩く。町中を歩いていると私の姿を認めたセキュリティが声を掛けてきた。

 

「前は助かった。アンタが来てくれなかったら俺や同僚はスーパーミュータントの餌になってた。良かったら後で酒を奢らせてくれないか?」

 

「いいのか?いや、それよりも泊まる事ができる場所を探しているんだが……」

 

「泊まれる場所を?なら市場を抜けた先にある給水場の隣に設備とサービスが充実しているし宿泊料金も安い宿がある。そこを使うといい」

 

「そうなのか?じゃあ、行ってみるよ」

 

 セキュリティの薦めを聞いた私は深夜と言う事もあり人が少なくなった市場を抜けてその宿泊施設へと進む。数分後、ネイトは他の施設と比べて規模の大きい建物の前に着いた。恐らくここが宿泊施設だ。

 

 靴裏の汚れを落とすと、階段を上がり金属製のドアを開ける。宿泊施設の中はかなりの広さを誇っていた、一階は食堂になっているのか何卓ものテーブルが置かれており、テーブルの上に置かれた見た事も無い料理を幾人かの客が食していた。

 

 店内の客の視線が私へと集中する。物珍しそうな視線に辟易しながら私は食堂の隅にある階段を足早に上ると、二階にある宿泊施設の受付らしき場所へと歩いていく。

 

 受付係らしい年季の入ったストライプスーツを着た男は私の姿を見ると少しだけ驚いたような顔をするが、直ぐに営業スマイルを顔に浮かべると何泊するのかを尋ねてきた。

 

「一泊で」

 

「承りました。食事やサービスの料金を含め全部で五十キャップとなります」

 

 差し出されたプラスチック製のカートンに料金分のキャップを置くと台の上に置かれた部屋の鍵を受け取る。

 

「右の通路を進んで一番奥の部屋となります。室内にあるシャワールームと水飲み場はご自由に使用して下さって構いません」

 

「分かった」

 

 鍵をポケットにしまうと私は与えられた部屋へと向かった。通路を進み、部屋の前に着いた私は鍵を使ってドアを開ける。部屋には小さな机とその上に置いてあるラジオ、パイプベッド位しか調度品はなかった。

 

 荷物を置くと私は疲れと汚れを取るためにシャワールームへと入っていく。数十分後、錆臭く温いシャワーとバックパックから取り出した石鹸とで汚れを洗い流した私はシャワールームから出た。

 

 パイプベッドに寝転がった私は窓の外の町の景色に目をやる。深夜だと言うのに町の明かりは消える様子がない。電力の無駄なのではないかとも思ったが、この街に住む人々はこの眩い光があるからこそ安心して眠れるのかもしれない。

 

 しかし自分にとっては眠りの妨げになるだけなのでカーテンを閉め、外からの光を遮断する。疲労により瞼は重い。目を閉じれば直ぐに眠れる筈だ。

 

 それから少しあと、私は久しぶりとなるベッドの感触に安らぎを感じながら眠りに落ちていった。

 

 

 ■■■■

 

 

「お待たせしました」

 

 テーブルの上に雑用を任されているらしいMr.ハンディーがスプーンとフォーク、水の入ったコップ、そして料理が盛られた皿を置いた。置かれた皿は三つ、串焼きの肉とサラダ、野菜と肉の入ったスープだ。

 

 何れの料理に使われている食材は全て、端的に言って食用が失せる見た目をしていた。紫と白色の粒がギッシリと並ぶトウモロコシもどきに異臭を放つ串肉、湯気の立ち上る仄かに青白く発光しているスープの表面には見当もつかない物体が浮かんでいる。

 

 Pip-boyに搭載されているガイガーカウンターは料理から微量の放射能を検知していたが、トレイに置かれていると言うことは食べれるのだろう。現に隣の席に座る男は全く同一のメニューを平然と口にしている。二百年経ったこの世界では食べるのが当たり前なのか。

 

 私が眼前の料理に手を付けるべきか悩んでいると、私の隣の席にどこか記者を思わせる服装をした女性が座った。

 

「ちょっといい?あなたが街で噂になってるVault居住者?」

 

 隣に座る女性が私へと話しかけてきた。無視を決め込む理由も無かったので私は彼女の問いに返答をもって応じる。

 

「噂になってるのかは分からないがVault居住者だったのは確かだ。……それで、一体君は?」

 

「私はパイパー、新聞記者よ。パブリック・オカレンシズって会社を経営してる。……まあ社員は私と妹としかいないけど」

 

 パブリック・オカレンシズ─────確かシティに入ってすぐの場所にある道行く人々に新聞を配っていた少女がいる建物がそんな文字の書かれた看板を店頭に掲げていた筈だ。

 

 こちらも名前を告げると、私の元を尋ねた理由は何なのかを私が彼女に問う前にパイパーは私を尋ねた理由を興奮した様子で語る。

 

「単刀直入に言わせてもらう。インタビューを受けて貰えない?」

 

「インタビュー?」

 

「そう。Vault居住者であるアナタの体験談を記事にしたい。Vault居住者って言う外の世界から切り離された存在から見た連邦はどう映るのか興味があるから」

 

 やらなければならない事は山のように存在するが、二百年後の世界での人脈が殆ど存在しないネイトにとって記者と言う多様な情報を知る人間と関係を築ける機会に乗る方が優先順位は高かった。

 

 関係を上手く築けることができれば自身にとって有益な情報を入手することができるかも知れないと言う打算的な考えからネイトは彼女の申し出を承諾した。

 

「やった!じゃあ、食事が終わったら本社に行きましょう」

 

「分かった。だが、君の時間の都合は大丈夫なのか?可能な限り早く食べるつもりだが、食べ終わるのは相当後になりそうだ」

 

「ああ、なるほどね。Vault居住者はこういう料理を食べる機会はないか」

 

 パイパーによると変異した動植物を使った料理はどういう訳か食べた者に様々な効能を与えるらしい。例をあげれば傷の治りが目に見えて早くなった、溜まっていた疲れがなくなったなどだ。

 

 パイパーからの話を聞いたネイトは食べると言う選択肢を選ぶことにした。味と軽度の放射能汚染に目を瞑り、出された料理を完食したネイトは確かに溜まっていた疲れが消え活力が溢れてくるのを実感していた。

 

「これは凄いな。下手な強壮剤よりも効果があるんじゃないか」

 

「そうでしょ。だけど、あんまり食べ過ぎるのも体に毒だから調子に乗って食べるのはやめた方が良いと思う」

 

「それじゃあ本社に案内するね。ついてきて、ブルー」

 

 ネイトのことをパイパーはそう呼んだ。青いジャンプスーツを着ているからと言う安直な理由で付けられたあだ名。

 

 別段、思うところもないのでネイトはそのあだ名で呼ぶことを了承した。そして二人は本社へと足を向ける。

 

 ■■■■

 

 

「今飲み物を用意するわ。そこにあるソファに座って待ってて」

 

「分かった」

 

 言われた通りソファに腰掛けパイパーが飲み物を用意するまで、私は社の内部を見回すことにした。新聞を印刷する為の機械に走り書きされたメモが壁に立て掛けられたボードに大量に張られている。

 

「さて、インタビューを始めましょうか」

 

 私達はテーブルに向かい合って座る。互いにヌカコーラを一口呷り、テーブルに置くのと同時にパイパーはインタビューの口火を切った。

 

「貴方が暮らしていたVaultでの生活がどんなものだったか教えて」

 

「Vault側以外の人間は全員、Vault-Tecの計画に巻き込まれて冷凍されていた。Vaultに居た時間は僅かだ」

 

「ちょっと待って。全員冷凍されていた?それってつまり、この世界を廃墟と放射能まみれにした戦争が起こる前から生きてたってこと?」

 

 信じられないような顔でそう言ったパイパーに私はそうだと頷き返し、もう二百才を超えていると彼女に告げる。

 

 私の言葉を聞いたパイパーはとんでもない特ダネを得た事に喜びを露わに興奮を隠そうともせず目を輝かせながら手に持ったメモ帳に傍目から見て凄まじい早さで聞いた話を書いていく。

 

「記事の見出しは時を超えた男で決定ね。次の質問に移るけど──────」

 

 時間の感覚が麻痺するほどに私はパイパーに質問攻めにされた。インタビューが終わる頃には私は疲労困憊と言った様子なのに対して彼女は聞きたい事が粗方聞けたからか実に活力に満ち溢れた顔で、最高の新聞を作ると息巻いていた。

 

「本当にありがとう、ブルー。久しぶりに良い記事が書けそう!」

 

「そうか」

 

 長時間のインタビューで溜まった疲れから気の利いた返答など出来る筈も無く素っ気ない返事を返した私にパイパーは良い反応を貰えなかったからか不服そうな顔を浮かべた。

 

「ところでパイパー。出会ったばかりの人間に聞くことでもないとは思うんだが……単刀直入に言うとキャップが必要なんだ。短期間で稼げる仕事のアテはあるか?」

 

 炭酸が抜け只の放射性物質入りの砂糖水となったヌカコーラを飲み干すと私はキャップを得る為の手段はないかとパイパーに尋ねる。

 

「あるわよ。腐る程ね」

 

 パイパー曰く、町の中央にある掲示板にはシティの付近に棲息するスーパーミュータントやレイダーを駆除して欲しいとの依頼書が幾つも貼られているらしい。直接命を賭ける仕事と言う事もあってか報酬のキャップも危険に見合うだけの額が用意されているとの話だ。

 

 パイパーに礼を言うと私はソファーから立ち上がり、パブリックオカレンシズを出ようとドアの取っ手に手を掛ける。

 

「気を付けてね、ブルー」

 

「ああ」

 

 ドアの閉じる音とネイトの言葉が重なる。そうしてネイトが去った直後からパイパーは早速、新聞の作成に取りかかるのだった。

 




 寝る場所については悩んだ結果、オリジナルの宿泊施設にすることに決めました。次回は戦闘回になると思います。感想や意見があればお気軽にどうぞ。


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