森久保ォ!ヒーローになるぞ森久保ォ! (うどんこ)
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雄英目指すぞ森久保ォ!編
第一話


見切り発車。
何か書きたくなったから書いてみます。


 個性とは一体なんだろうか。

 

 辞書を引いてみたらこう書いてあった。

 

 

 【個性】 (こ せい[ゐ]) [名詞]

 

 ・個人または個体・個物に備わった、そのもの特有の性質。

 ・個人性。パーソナリティー。

 ・先天性の超常能力。

 

 

 自分が産声をあげた世界では、全世界の人口の8割が辞書で言う3番目の力を持っている。

 それは生まれ持って人類が持っていたものではなく、ある日を堺に、唐突に持つようになったという。

 そして普遍的な意味での個性が十人十色であるように、その"個性"も十人十色だ。

 

 ありえない怪力。

 火を操る力。

 空を飛ぶ力。

 鉄のように固くなれる。

 触らずとも物を浮かばせる。

 

 それは本や映画で見る超常と遜色ないもので、

 人々は降って湧いた力に戸惑いながらも迎合していった。

 

 その結果として二種類のタイプの人種が生まれることになった。

 

 他人を助けるために力を振るう[正義の味方]、ヒーロー。

 法を犯してまで欲望のまま力を振るう[悪役]、ヴィラン。

 

 ありえるはずもない絵空事の世界が始まり、人々は混乱した。 

 だが、人間とは慣れる生き物だ。

 時間が過ぎるにつれ[現実]は[架空]に侵略され、[超常]は[日常]になっていった。

 今やヒーローが居ることは当たり前で、ヴィランが居る事も当たり前なのだ。

 

 しかし、私にとっては当たり前ではない。

 人々が慣れるよと言い張ろうと、無理なものは無理なのだ。

 私にとって超常は、超常でしかないし、超常は恐怖でしかないのだ。

 

 

 [超常]なんて要らない。

 [日常]でいい。

 

 

 ふとすれば、人を容易く傷つけてしまう"個性"なんてなくなってしまえばいいと私は思う。

 第一、今まで人々は"個性"なんて持っていなかった。

 だが、そんな"個性"がなくても生活は出来ていたのだ。

 

 確かに"個性"がもたらす力で、人々の生活は格段に向上した。

 折角持っている力を活用しようという気持ちは分からなくはない。

 個性を暴力ではなく、人の為に役立てようとする人には、私も尊敬の念を感じる。

 

 だが全員が全員、人の役に立つように使う、と言う訳でもない。

 モラルがある人ならまだしも、そうでない人にも平等に"個性"がもたらされるのだ。

 そしてモラルの有無に関わらず、その気がなくても、一つの切欠でヴィランに転ぶ事だってある。

 それは恐ろしい事であり、非常に不幸な事である。

 

 世界には、そんなヴィラン候補が何十億人も居るのだ。

 いつどこでヴィランが襲って来るのかと思うと、私は気が気でない。

 

 今、人に求められるのは強力な"個性"ではない。

 個性を使わないという"風潮"だ。

 今こそ人は元の人間に、元の日常に戻るべきなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ差し込むとあるシンプル過ぎるほどの部屋で、少女と男が白い机を挟み、向かい合って椅子に座っていた。

 

 長髪で無精ヒゲのくたびれた外見をした男は、冷たい目で手元の紙に目を通している。

 対する茶髪で、おどおどした様子がひと目で分かる少女は、膝に手をついて俯き、時々男をちらりちらりと見ては、また俯くのを繰り返していた。

 

 やがて、男がふぅ、と一息つくと、少女に対して紙を突き返す。

 少女はその挙動に肩を弾ませて怯えると、しっかりと紙を受け取り……おどおどしながら男の顔を覗き込んだ。

 男は逡巡する事もなく、さくっと少女に対して結論を告げた。

 

「再提出」

 

「ふぇっ!? ……え、う……な、なんで、ですかぁ……。

 自分の伝えたいこと……ひっ、ちゃ、ちゃんと伝えられてませんです……か」

 

 これで三回目の再提出。

 今までは男が発する圧力に、ただ言われるがままに書き直していた少女だったが、彼女にはもうどこを書き直すべきかが分からない。

 はっきりと、怯えながら男へと質問をした。

 

 一回目は一瞥して読むに値しないと言われて突き返され、二回目はポエムにするなと言われて突き返され、そして三度目はこれである。

 だがこんな内容でも、少女は試行錯誤して頑張ったのだ。

 自分が考えるヒーロー像を、気持ちを余す事なく紙に綴ったのだ。

 内心に不満を抱えながら、視線を合わせないように男へ伺う少女に対し

 男は冷たい目で見据えて返答した。

 

「確かに前二回に比べて多少マシになった。

 お前が考えている事も伝わって来ている。それは間違いない」

 

「じゃ、じゃぁ……いいんじゃ……」

 

 

「だが、一番駄目な部分がある。 

 ――ヒーロー養成学校への入学理由で、何で個性廃止論を論じてるんだお前は」

 

 少女の書いた小論文へ最大の欠点を突きつけると、少女は俯き呻くしかなかった。

 

 

「うぅ、だ、だって……わ、私そもそもヒーローになりたくないんですけど……」

 

「一番合理的な判断が『雄英』への入学だと言っただろう。

 お前にとってメリットが多いといろいろな先生からも説明されただろうが。

 それが嫌なら施設しかないぞ」

 

「ふ、普通の高校でいいんですけど……」

 

 ちらりと再度男の顔を覗き込むと、認められないと。と男の顔にはっきりと書いてあり、

 少女は頭を抱えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 少女の名前は森久保乃々。

 

 これは、彼女が最高のヒーローになるまでの話である。

 

 



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第二話

説明回。読みづらくてごめんなしあ。



 森久保乃々は今年15歳になる臆病な少女である。

 

 彼女は超常溢れる世界で例に及ばず、とある"個性"を授かっている。

 その"個性"は珍しく強力なものであったが、幼少期に経験したある事件によって"個性"が暴走して以降、彼女は"個性"をコントロールする事が出来なくなってしまう。

 

 結果として、彼女は幼少期から隔離施設で日々を過ごさざるを得なくなっていた。

 施設の生活は他者との接触は最小限。同年代も見当たらず、友達なんて出来るはずもない、規則規則の堅苦しい日々で、彩りのない機械的な生活と言って良かった。

 もともとは天真爛漫に笑っていた彼女だが、自身の力に怯え、他者を傷つけることを怯え、加えて孤独な施設生活が続き、すっかり臆病な性格が根付いてしまった。

 

 幸か不幸か、彼女自身はそんな施設生活を嫌ってはいなかった。

 施設で孤独に自問自答する内に培った思考力は、枯れ果てた大木のような凪の精神と、騒がしいのも、騒ぎ立てるのも、傷つくのも、傷つけられるのも嫌という、絶対的な意志を形成するに至り、「このまま生涯を草木のように静かに施設で過ごすのも良い。たまに外が見れて、たまに話し相手がいて、思うがままにポエムを連ねる人生でいいではないか」と、年齢が二桁を超える頃にその考えに辿り着くようになっていた。枯れているとしかいいようがない。

 

 当然だが、両親はそれをよしとしなかった。

 このままでは娘があまりにも可哀想だと。せめて人並な生活を送らせたいと両親は常々願っており、様々な伝手を使い、我が子の為に一心で、足繁く様々なお偉い様に頭を下げ、娘の社会復帰を願い続けた。

 それが効を為したのか、願いの架け橋は森久保が中学になる頃にチャンスと言う形で舞い降りた。

 

 

 『プロヒーローによる個人授業を受けさせ、"個性"を制御出来るようにして、社会復帰させる』

 このような案を、とある機関のお偉方が森久保一家に提示したのだ。

 

 

 森久保の両親はその案に一も二もなく飛びついた。

 森久保は乗り気ではなかったが、両親の悲しむ顔を見たくないのもあって渋々その案を受けた。

 

 そうして彼女が中学生になるくらいの歳から、ヒーローとの個人授業が始まった訳だが――

 

 

 

(……それがどうしてこうなったか、わ、わからないんですけどぉ~…)

 

 

 時は高校入試シーズン二ヶ月前。

 森久保乃々は何故か、社会復帰するには過分に過ぎるトップクラスのヒーロー排出高校、雄英高校への受験を目指す事になっていた。

 プロヒーローによる個人授業というだけで大仰だったのに、何故自分はこんなに高い目標を連ねているのだろうと、幾度となく繰り返した自問を更に掘り下げるたびに、ため息が勝手に漏れでてしまう。

 

 自らの目標は社会復帰。ただそれに尽きる。

 悠々自適で、尚且つ静かな高校生活を送れれば満足なのだ。

 正直言って行くなら普通の高校にしたい。と言うか、ヒーローになるつもりがそもそもない。

 

 だから森久保乃々は今も思うのだ。

 "個性"のコントロールは大体出来るようになったから、この個人授業そのものを辞めたいな、と。

 

 三度目の小論文の再提出を先ほど申し付けられた彼女は、志望動機を搾り出すのを止める。そして後ろで寝袋にくるまっている男に、ささやかにしては直球な願望をこめて(声量の)小さな抗議をぶつける。

 

「……こ、こ、志を持って望むからこそ……志望なのであって……も、もりくぼには…そ、そんな志、ひとつもないんですけど……」

 

「……」

 

「絞って……で、出てくるのは挫折と苦渋と絶望の思い出しかないんですけど……」

 

「……」

 

「……む、むぅ~りぃ~」

 

 目を瞑って規則正しい呼吸音を立てる男は、聞こえていなかったのか無視したのか彼女の抗議を一顧だにしなかった。彼女は定番の弱音をあげながら涙目になって小論文に再度取り掛かからざるを得なかった。

 男の名は「相澤 消太」。ヒーロー名は「イレイザー・ヘッド」。そう、彼こそが森久保の訓練を受け持ったプロヒーローであった。

 

 森久保は相澤には余りにも良い印象を抱いていない。

 それは顔が苦手とか全体的に生理的に受け付けないとかそう言う理由ではない。

 人生の先輩として尊敬はしてるし、プローヒーローとしての活躍は何度でも褒め称えたくなるくらいだ。

 ならば何が理由かと言えば、彼を見ると苦渋と絶望の光景しか思い浮かばないためだ。

 

 それは相澤が何よりも「合理的」である事を求める性格であり、彼の施す教育もそれを強いる事が起因していた。

 

 森久保の授業はとある山奥のペンションで、住み込みで行われている。

 彼がプロヒーローで、尚且つ教師を受け持っていることで付きっ切りとは行かないため、時間が合わない時は別のプロヒーローにもお願いしているが、可能な限り彼が見るようにしている。

 しかしてその授業の密度と来たら!

 開始初日から運動、勉強、"個性"の制御を高密度で、分刻みのスケジュールで行うという容赦のなさ。運動経験なし? 女性? トラウマ持ってる? だからなんだと言わんばかりの特訓の数々に初日で逃げ出そうとした私は間違えてないと、彼女は思っている。

  当然、小論文を書いている今もだ。

 ふつふつとした文句が弱音が思い浮かんでは消え、思い浮かんでは消える。

 ただやらなければ怒られるという事実は如何ともしがたく、森久保は恐怖心を糧に机に向かい続けている。

 

 だが、ふと「よくぞまあ私は約三年間この授業を耐えてきたなと、褒めてやりたい」そんな思いに至ってしまった。

 

 すると「今日は頑張ったから終わりにしよう」と言う発想が浮き出てきた。

 

 発想は「ついでに明日の授業はお休みにしてもらおう」と言う邪念へとシフトし、

 

 最終的に「この個人授業は今日で終わりにしよう」という理想へと進化。

 

 森久保頭部で起こった思考の連鎖反応は、瞬く間に全身に命令として下る。

 そして命令の赴くまま、森久保は静かにペンを置いて、相澤に気付かれぬようその場をそろりそろりと去ろうとする。

 

(帰ります……。実家は怒られそうなので、森の奥とか……誰も知らない、もりくぼの森に……。

 あ、相澤さんお世話になりました……もりくぼは、もりくぼは野生に帰りま)

 

「どこへ行くんだ?」

 

「ぴっ」

 

 男の声が部屋に響き、森久保の肩が跳ねた。

 彼女はギギギギという音が聞こえそうな動きで振り返る――と、寝袋から顔を覗かせている相澤の冷徹な目が、森久保を射抜いていた。

 

「…………」

 

「……」

 

「け、消しゴム落としたから……と、取りに行こうとしたんですけど……」

 

「部屋の外に消しゴムが飛び出したのか。活きのいい消しゴムだな」

 

「……消しゴムを操る"個性"とか……そ、そういう人が居る可能性が」

 

「……」

 

「は、はいぃぃ……席戻りますぅ……」

 

 相澤の雄弁かつ冷徹な視線には勝てなかった。

 一大逃亡劇は頓挫。彼女は大人しく席に戻り、見当たらない志望を捻り出す作業に戻っていった。

 

 ここで話を相澤――イレイザー・ヘッドに戻そう。

 相澤はプロヒーローであると同時に雄英高校の現職教師である。

 彼は『抹消』という、相手の"個性"を一時的に使用不可能にさせる、非常に特殊な"個性"を持ち、様々なヒーローとしての活動実績を誇っており、自他共に認める実力派ヒーローである。

 だが繰り返しになるが、彼は「合理的」をこよなく愛する徹底した合理主義者であり、ヒーローへの矜持もまた人一倍強い。

 だからこそ、彼のヒーローの選定眼は人一倍厳しいのである。

 

 "個性"も、性格も、才能もひっくるめて、彼はヒーローを選定する。

 見込みがないなら即切り捨て。それはヒーローの世界は甘いものではないと知っているからこその、相澤なりの優しさでもある。

 彼の御眼鏡にかなわず、倍率数百倍の雄英高校に入学したというのに、間もなく退学となった子供達が何人居る事か。

 

 今回の森久保への個人授業もそうだ。

 現職の教師でありプロヒーローの相澤に暇となる時間は存在しない。

 相澤は白羽の矢が立った以上、もしも見込みもないのであれば即座に別のヒーローに代わって貰うか、施設暮らしを覚悟してもらうつもりで森久保を審査し始めた。

 

 そんな合理主義者の相澤から見て、森久保乃々の評価はどうなのか?

 端的に評価すると下記のようになる。

 

 個性:S

 才能:A

 体力:D

 性格:F-

 

 彼女は才能と個性に非常に恵まれているが、それを有り余るほどのマイナスな性格が全てを台無しにしていた。

 悲しい程に気弱で、少しの事で怯えてしまう。暴力にはトラウマがあって、血を見るのなんてもってのほか。性格さえよければプロヒーローも目ではないだろうが、後一歩のところで彼女は「ヒーロー向き」ではなかった。

 それはヒーローになることをそもそも望んでいない森久保には丁度良かったかもしれない。だが、彼女の"個性"を身をもって理解した相澤は、彼女の危うさに気付き――個人授業をすることに承諾した。

 森久保が望まずとも、彼女をヒーローに仕立てあげるか、それに比類する精神力と自衛力を鍛えなければならないと、即座に気付いたのだ。

 

 

 実は森久保、「ヒーロー向き」ではないが、これ以上ないほどに「ヴィラン向き」だったのだ。

 

 

 奇しくも彼女の"個性"は、彼女の臆病な性格と非常にマッチしていた。

 広範囲の人々に瞬時に影響を及ぼす"個性"。それをヴィランとして振舞われた場合の被害を考えると、彼女を野放しにする事は出来なかった。

 彼女ほどの"個性"がヴィランに知れ渡れば、即座にヴィランは彼女を奪わんとするだろう。

 そうならないよう彼女に"個性"の制御力をしっかりと身に付けさせ、尚且つ自衛力を持たせることは急務であった。

 

 そして、雄英高校に進ませる理由もそこにあった。

 珠玉のヒーロー候補達と切磋琢磨することで精神を養える上に、プロヒーローが大量に在籍し、日本一セキュリティが鉄壁といっても過言ではない、ヒーロー養成学校。

 いわば最も成長を促せる場所であり、尚且つヴィランから彼女を守るには非常に適した場所だったのだ。

 

 当然、森久保に「お前はヴィラン向きだから力を制御してもらうよ」なんて面と向かって言う事は出来ない。弱メンタルの森久保には、それは行き過ぎた暴力だ。

 故に、彼女には「お前の個性制御に最も適した学校が雄英高校だから、そこを進んでもらうよ。拒否権はないよ」と言う嘘ではないが、事実をぼかした理由を用意している。

 ちなみに彼女の雄英入学は既に推薦枠で決定している。

 その事実を森久保は知らずに、受験勉強にひいこらと打ち込んでいる。

 天下の超有名高校にただで入れるという事実にあぐらをかいて欲しくないし、優遇するつもりはないという、相澤らしい打算であった。

 

(……個性のコントロールも大分マシにはなってきた。判断力も当初に比べれば悪くはない。

 知恵も機転も回るし、やはり素材は悪くはない。悪くはないのだが……)

 

 相澤は厳しい訓練により鍛わった彼女を見て、ついつい脳内でごちてしまう。

 やはりネックとなるのは性格だった。

 特訓を重ね、地獄を見せても、既にへし折られ歪に成長した芯を真っ直ぐにするのは容易ではなかった。

 多少の冷静さは身につけられたものの、臆病なのは代わらず。

 そしてメンタルの弱さがまたに掛けて酷い。限度を超える内容の特訓は即座に「無理」と拒否をし、へこたれてしまう。あげく逃亡してしまうのだ。

 ただその臆病さが彼女の個性を強力付けているので、痛し痒しと言った所なのだが。

 

「……あ、相澤さん。お、終わりました……

 あの、もりくぼはやりましたので、帰っても……」

 

「……20分後にグラウンドで個性訓練だ」

 

「ひぃぃ~……む、むぅ~りぃ~……!!」

 

 ただ重ねて言うが、彼女の才能は悪くない。

 一度始めれてしまえば最後までやり遂げようとする根性も含め、アドバイスは忘れないし、自分なりのアレンジも怠らない。訓練に含まれる意図を正しく理解し、実現出来る力もある。

 

 もう少しだけでもその臆病な性格が直ってくれれば。

 四度目で文句の付け所があまりなくなった小論文を見ながら、相澤はため息をつくのだった。



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第三話

森久保の個性がどんなものか分かるかな?

2017/03/06
森久保が視線を合わせるバグを修正。


 小論文から20分後。ジャージに着替えた森久保は、寮の外にある小さなグラウンドにあった。

 既に待ち受けていた相澤は全身黒尽くめで白く長いマフラーをたなびかせ、首にスキーで使うようなゴーグルを掛けていた。

 それは彼のヒーローとしての正装だ。

 森久保は彼の前で両手を前にして、不安そうな面持ちで相澤に尋ねる。

 

「……きょ、今日は何をするんです…か…」

 

「実践形式の捕獲訓練だ。

 対象が動けなくなる、または捕獲された時点で終了。個性使用、道具使用ありのありありだ」

 

「……そ、それってようするに……ら、乱捕りみたいなアレですか……?」

 

「あぁ。雄英入試も近い。実技試験として何を出してくるかは分からないが、この程度、ヒーローとしてなら出来て当たり前でなければならない」

 

「……」

 

 森久保の顔にはっきりとした忌避が浮かぶ。

 約三年間、訓練を繰り返した森久保だが、一番苦手なのはこのような実戦形式の訓練だった。

 仮にも訓練とはいえ、実戦さながらのそれは緊張感が段違い。

 自身を弱メンタルの王と称する森久保にとっては、逃げ出したい訓練トップ3に入るものだった。

 

「そ、それで……大体予想はつきますけど今日の乱捕りは誰と……」

 

「俺だ」

 

「む、無理くぼなんですけどぉ……」

 

 相澤の個性は「"個性"を消す個性」。彼の視界に入っている相手は、その間"個性"を使用する事が出来ないというものだ。

 "個性"の強さが突出する森久保にとって相澤の個性は相性最悪であり、地力での勝負を余儀なくされた時にアドバンテージがあるのは、当然ながらプロヒーローである相澤だ。

 いつものように小動物を捕まえる訓練とかであればまだ気が楽だったが、今日の緊張感は伊達ではない。森久保は即座に逃げ腰になっていた。

 

「当然、ハンデもある。こちらは自分の体重の半分の重りをつけて挑ませて貰う」

 

「……」

 

「そして俺から一本取ったら、三日間休みを取ってもよい」

 

「……!」

 

 実現可能かどうかは別として、甘美な誘惑であった。

 この三年間のスパルタ授業、休みは確保されていたものの日数は少なく。過去、相澤がこのような褒美を出すことは稀だった。

 以前も同じような内容の事を言われたときは、普段の厳しさも相まって「何かの冗談とか……?」と咄嗟に聞き返した時は「そうか、では冗談だ」と返されて本当に冗談にされてしまった。そんな悲しみを思い出し、森久保はしずしずと頷いた。 

 

「……道具も個性も、あり……なら……やれるかもしれません……」

 

「ほう」

 

「ひぅっ、で、でもでももりくぼの力が及ぶとかそう言う訳じゃなくて……も、もしかして天文学的な数字の可能性を拾ったら……せ、成功するかも知れない……とか……そそ、そういう淡い期待があったりする……訳で挑戦的な意味とかはなかったり……!」

 

「……いいから用意しろ」

 

 慌てふためき弁明する森久保は、促されておっかなびっくりと自分の装備を整え始める。

 彼女は三分ほど、対相澤用の装備を吟味し……彼の下へと戻った。

 彼女は首には()()()()()()()相澤と同じく長い長いマフラーを装備し、ポケットは何かで膨らんでいた。

 

「やれる……やれる……できるできる……きあいきあい……。

 ほんきでやれば……なんでも、できる……ぜんぶつぎこめ、ぷるすうるとら~……」

 

 ぼそぼそと己を鼓舞する呪文を唱えると、森久保は板についてきた構えを取り、距離としては20mほど離れている相澤を遠慮しがちに見据える。

 相澤は既にゴーグルを身につけ準備万端だ。何を考えているかはその顔からはうかがえない。折角奮い立たせた勇気も、これから始まる苦難を考えると萎えてきそうになるが、彼女は負けないように気迫を奮い立たせて、相澤を視界に捉える。

 その気迫は言わば小さなハムスターが威嚇している程のものだが、そこはご愛嬌か。

 

 

 開始の掛け声もなく、彼女の準備が整った事を確認した相澤は次の瞬間、森久保へと突貫していく。

 

 その速さは流石のプロヒーローか。20mがあっと言う間もなく詰まっていく。

 そして相澤よりも先に、たなびいていた彼のマフラーが生き物のように森久保へと襲い掛かった。

 

 彼のマフラーは特殊な繊維で編まれた武器であり、防具であり…捕獲器具だ。

 数多のヴィランがあのマフラーで捕らえられ、武器、防具、捕獲だけでなく移動手段としても使えるほど汎用性が高い。彼のトレードマークといってもいいだろう。

 余談だが森久保が訓練中に、このマフラーで捕獲された数は数百人の森久保の両手両足の指の数では足りない程だ。

 

 丁度左右から囲うように伸ばされたマフラーに対して、森久保は左右の回避を断念。

 自ら足を踏みしめ前傾姿勢のまま相澤へと接近し、彼と同じマフラーを使わんと動いた。

 

 そう、森久保も師となったイレイザー・ヘッドの武器を使うようにしている。

 本人が暴力事、あるいは近接戦が苦手であり、何か道具を使っての戦闘スタイルが求められた時に非殺傷かつ捕獲武器である彼のマフラーを森久保は求めた。

 当然使い始めた当初は武器に翻弄され、まともに動けたこともなかったが、今では相澤ほどではないが自分の手足としてなら使えるようになってきていた。

 

 森久保のマフラーは、彼の足に絡もうと地を這い進む。

 相澤はそれを見越していたのか、冷静にマフラーを右足で踏みつけた。

 

 ぎょっとする森久保に対して、未だ動きを止めぬ相澤は、マフラーの上で片足を軸に回し蹴りを放つ。

 彼女は相澤の足から逃れようと飛び込むようにして前転し、間一髪難を逃れる。

 近距離戦はもとより不利。それを自覚しているのか、森久保がそのまま逃げようとし――

 

「ひぐっ!?」

 

「自分の獲物を封じられるような真似をするなと言っただろう」

 

 逃亡は失敗した。未だ彼女のマフラーは相澤の足の下であり、彼は器用にも彼女のマフラーを足で手繰り寄せていた。

 首を引っ張られるような姿勢になり、致命的な隙を晒した森久保は瞬く間に背中から首に腕を回され、拘束された。

 

「お前、やる気あるのか?」

 

「す、すぐに距離詰められたら、もも、もう無理なんですけど~……」  

 

「お前は俺の情報を知り、俺はお前の情報を知っている。

 その情報から弱点対策をしないのはお前の怠慢だ」

 

「ぐ、ぐぬぬぅ……」

 

 拘束が外れ、トンと背中を押されて森久保はたたらを踏んだ。

 振り向くと相澤が改めて距離を取っており、再度20mほど離れた。どうやら仕切りなおしという事らしい。

 

「やる気がないなら体力上昇訓練に切り替える。

 ノルマ達成まで訓練は終わらないから覚悟するように」

 

「ひぃぅぅ……!」

 

 慈悲なき宣告に、今度こそ森久保顔が悲痛に歪んだ。

 そして再度訓練の火蓋が落とされたと同時に――森久保は、相澤に踵を返して全力で走りだした。

 

「……逃げるな」

 

「くく、訓練から逃げるんじゃなくて……せ、戦略的撤退なんですけど……!」

 

 必死な声色で返した彼女を、相澤は追いかけていく。

 森久保の逃走先には生い茂った森があった。

 手入れのされていない森の中に躊躇なく逃げ込んだ森久保は、自身のマフラーを追加の手足として使い、ターザンもかくや移動し、人ではありえない速度で森を踏破していく。

 

 だがそれは同じ道具を使っている以上、相澤も同じ。

 相澤は森久保以上に洗練された動きで、無駄なく、無作為に生える木々を物ともせずに彼女へとどんどん距離をつめていく。

 

 少し開けた場所に森久保が到着した時、ついに相澤が彼女を射程圏内に捕らえた。

 二対の特殊繊維が彼女を捕縛せんと伸びた、と同時に、森久保は振り返って自分の手にあるものを地面に転がす。

 

 途端。森久保が白煙に包まれた。

 

煙幕手榴弾(スモークグレネード)か!)

 

 伸ばしたマフラーは森久保を捕らえることは出来ず、相澤は追撃を断念する。

 そして考えるよりも先に白煙地帯から一気に抜け出し、距離として30m程離れた。

 

 朦々と立ち上る白煙が彼女が居た地点の10m程の範囲を包み、相澤は森久保を見失ってしまう。

 相澤の消失の"個性"は視界に収めている存在の"個性"を封じる、という強力なものではあるが、視界に収めていない場合はその限りではない。

 先ほどまで彼女の一挙一動を逃すことなく注視し、封じ込めていたが、こうして物理的に姿を隠した、と言うことは彼女の"個性"が解禁されるという事だ。

 

 彼女の個性は半径30mほどに及ぶ強力なもの。

 目を離した隙に影響を受けたら、相澤の敗北は濃厚になるだろう。

 相澤は木の枝の上から白煙が出る一帯を監視すると同時に、おおよその影響範囲を頭に描きながら、その内に入らぬように木々を飛び交い移動する。

 

 彼女は未だ白煙にいるだろうか、否。いない可能性が高い。

 白煙でじっとして個性をだだ漏れにさせて獲物が引っかかるのを待つ、という愚策をよもや犯すような教え方はした覚えはない。

 

(もしもそれを狙っていたのなら、失望としかいいようがないが――)

 

 そう考えていた矢先、相澤の進行方向で別の白煙が急激に立ち込め始める。

 

(移動を阻むつもりか…?)

 

 瞬時の思考。

 プロとしての経験から警戒心が足を止め、白煙を避けて別の方向へ移動しようとした矢先――微かに、白煙内から咳き込む音が聞こえた。

 

(! まさか、白煙を身に纏い続ける気か)

 

 相澤の有視界内から外れるとはいえ、こうにも濃い煙の中では向こうも自分を視界に収めることは出来ない筈。それとも、煙内部にいて自分の居場所を把握出来る方法があるというのか? そう、例えば赤外線スコープのような物を使うなど。

 現実では数秒程の高速化した思考の中、 相澤は考える。

 森久保が持つスモークグレネードの数は、最初に見た彼女の装いから考えても、二個。または三個。多くて四個か。ならば全ての白煙を出し切った後に捕らえるのが安全策だ。ヒーローはリスクを捨てて人助けに入る人種ではあるが、無用なリスクを徒に犯す者はヒーローではない。

 

 だが相澤はヒーローであると同時に教師である。

 スモークグレネードとは考えたようだが、突けば穴が開くような無為な策を弄する甘さは、叩き折るのが教育というものだろう。

 瞬時に結論を出した彼は、進行方向を変えず白煙に飛び込む。そして自身のマフラーを操作し、自らの周りで新体操の選手がするかのように、それを高速で廻した。

 マフラーは予想通りに白いカーテンを、瞬く間に吹き飛ばしていく。

 新たに生成される煙も、マフラーが起こす風に負けて散り散りとなり、視界が開けていく。

 

(残念だが、これでは休みはあげられないな)

 

 ここで白いカーテンの中にいる森久保を視界に捉えれば、あとは接近戦にもつれ込む。

3年間でアマヒーローとしてなら及第点はあげられる程度になった森久保の格闘術も、流石にプロのそれには及ばない。つまり、詰みだ。

 そうして相澤の視界が捉えた先には――

 

 

 ――誰もいない。

 あるのは白煙を吐き出し続ける煙幕手榴弾のみだった。

 

 

 

 「!?」

 

 それを視界に納めた相澤は瞬間的に狼狽するが、地に足が着いたと同時にスイッチを切り替えるように辺りを即座に警戒する。この反射的な行動は流石のプロヒーローといった所か。

 予想を裏切られた相澤は自分がまんまと罠に引っかかったことを自覚し、この場所に留まることは危険と判断。木にマフラーを絡ませ、少しでも早く離脱しようとして――

 

 不意に、危機感で満たされていた相澤の思考が()()()()()()()()急速に包まれていった。

 

 脳がアドレナリンを盛んに生み出す。

 シナプスが飛ばすスパーク量が膨大に増えたような錯覚を感じるほどの、興奮。

 はたまた、ランナーズハイのような気分か。

 それはコンマ数秒のさなかの出来事ではあったが、刹那でクリアになった脳が更なる思考の加速を促し、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、その全てが森久保の位置を暴こうとしていく。

 

 そして一瞬の高揚感の後から、()()()()()()()()()()()()()()()()

 ――相澤の五感が自分が出すもの以外の不自然な音を捕らえた。

 

「ひえっ」

 音の方向にマフラーを飛ばし、それは腐るほど生えている木の一つに巻き付く。そしてマフラーが収斂する勢いも加えて地を蹴り、相澤は風のように突き進んでいく。

 煙を切り裂き、草葉から飛び出し――そして樹上にいた森久保を視界に納めた。

 よもや見つかると思わなかった森久保は、慌てふためきながら自らのマフラーで迎撃しようとするが、相澤は咄嗟の攻撃を物ともせず、自らのマフラーで一蹴。森久保が立つ太い木の枝を、勢いのままに半ばから足で『叩き折った』。

 

「ひゃ、や――む、むむむむりむりむりむりぃ――っ!!」

 

 支えを失った枝から脱出し損ねた森久保は、そのまま枝とともに重力に従って落下していく。

 結構な高さの木の上から落ちるさなか、走馬灯のようにスローモーションで逆様の世界が見え、森久保は咄嗟に思った。

 

 もう少し枝の根元にいれば助かったかもしれないが、なんと自分はツイていなかったのだろうか。お父様お母様、先立つ不幸をお許しください、次はイルカに生まれ変わって静かに生きま

 

「――すぎゅっ」

 

「……訓練終了だ」

 

 気付けば樹上に立っていた相澤が、自身のマフラーを使って地面に激突する直前に彼女を捕らえていた。

 逆さづりになった森久保は、未だ自分が現世に居る事を実感し――

 そして訓練での目標達成が出来ないことを同時に悟り――

 安堵とも、ため息とも取れない長い長い息を吐くのだった。

 

 

 

 § § §

 

 

「訓練の振り返りだ」

 

「はいぃ~……」

 

 二人はグラウンドから、いつもの授業スペースに戻っていた。

 運動着から着替えた森久保は、机の上で情けない声を出しながらしょげ散らかしていた。

 

「一戦目は論外とし、二戦目を総評する。

 近距離戦が不利なことを悟り、距離を取り。俺の"個性"対策としてスモークグレネードを使った着眼点は悪くはない。

 そして煙に居ると見せかけ虚を突く戦法。お前にしては中々だ。

 ……煙から音がしたのを、俺は確かに聞いた。種は遠隔スピーカーか何かか?」

 

「……え、えっと……はい……。

 も、もりくぼは戦闘では不利なのは重々承知してるってのは……あ、相澤さんの言うとおりです……だから、えっと……まずは視界そのものを遮る何かを考えた時……おお、思いついたのがスモークグレネード……でした。

 で、でも……そ、それだけじゃ絶対、相澤さん……は突破してくるから……あ、味付けになるか分からない……で、ですけど…マフラーの先端に……す、スピーカーつけ、ま、ました……つけて、煙が出ている間に脱出して……マフラーだけ残して罠に……し、したけど、しましたけど全然だめでしたけど……だめくぼでしたけど……ごめんなさい、もりくぼはやはり才能の欠片もないので……」

 

 一度性格が負の方向に偏ると復帰が難しい、それが森久保だ。

 ぶつぶつと暗い反省を延々とはじめ、底なし沼みたいに沈み始める彼女を、相澤が手をさしのべた。

 

「すいません……やっぱりヒーローはもりくぼには……実家に帰り……あたっ」

 

 差し伸べたというよりかは、手が出たが正しいか。

 彼は丸めた資料で森久保の頭部を叩き、ぽこんと乾いた音が立った。

 

「何度も言うが着眼点は悪くない。一瞬だがお前を見失った。

 それは、実践ではヒーローとしては絶対にあってはならぬ事だ。

 ……十二分に警戒した俺から、お前は成し遂げたんだ」

 

「……!」

 

「だが、最後の詰めが甘すぎる。

 "個性"の制御が甘い。敵を弱体化させるんじゃなくて、強化させてどうするんだお前は」

 

「はうぅぅ……ご、ごめんなさい…あ、あの……ついに勝てると思ったら気分が……と、と言うか~……そ、そこはもうちょっと持ち上げるんじゃないんですか……そ、速攻で下げなくていいと思うんですけど……」

 

「生徒の弱点を指摘しない教師がいるか」

 

「た、タイミングの事を言いたいんですけどぉ……」

 

 その他、指摘点をつらつらと連ねられていく森久保。

 一瞬だけ持ち上がった気分が下がり過ぎないように適度にアメを加えるあたり、流石の教師か。

 指摘が両手の指では数えられなくなったところで、今後の課題を相澤が指示。

 それに伴ったトレーニングの変更と増量を言いつけられた時点で、彼女の負のオーラが跳ね上がり、通夜のような沈痛な面持ちのまま頭を垂れていた。

 

「以上だ。課題はまだ山盛りだぞ。雄英の試験ではお前程度の才能の塊はごまんといる。

 そいつらはお前の仲間ではない、全員ライバルだ。そいつを押しのけるには常にハードな環境に身をおく必要がある。

 明日からより厳しく行くから覚悟をするように。……ただし、トレーニングの変更を含めてスケジュールや器材の調整が必要だ。それを鑑みて――明日から二日間休みとする」

 

「……」

 

 アスカラフツカカンヤスミトスル。

 どこの国の言葉か理解できなかった森久保の脳が、その言葉を変換する。

 

 飛鳥 螺仏かかんや、墨とする。 絶対違う。

 明日から仏書かん、休みとする。 何かか惜しい気がする。

 明日から二日間、休みとする。  ……。

 

「……!?」

 

(明日から二日間休みとする!?)

 

 下がっていた森久保の頭が瞬時に持ち上がった。

 絶対にないと思っていた休みが、少なくなったとは言え手に入った。その事実が脳にじわりじわりと染み渡っていくと、負のオーラが正のオーラで吹き飛ばされ、思わず両手で口元を押さえていた。

 

「あ、あああ、ああ相澤さん……そ、そそそれ冗談かなにか、あぁぁ違うんですけど!!!

 休み賛成なんですけど! 全然無理じゃないかもですけど!」

 

 一瞬言いかけた口をそれ以上の強力な意志でねじ伏せ、森久保はいつも以上に強い口調で賛同した。

 相澤は机の上でいつも以上に目を輝かせる彼女を呆れた様子で観察していたが、やがて「今日の授業はここまでとする」と言って黙々と後片付けをしていく。

 

 森久保は急遽のボーナス休みが事実であることがまだ信じられず、机の上で無意識に自身の指と指を突きあいながら、「わぁ」だの「えへ……」だのと実感を得ては多幸感に酔っていた。

 たまにはこういう飴が必要か。ただここまで喜ばれると、少し訓練をやり過ぎたかという気持ちも起き上がったが、あのメンタルを直すためにも必要不可欠か、と聞こえぬようにため息をついて教室から背を向け、出ていく。そんな相澤の背に、森久保の声がかけられた。

 

「あ、相澤……さん。あ、ありがとうござい、ましたぁ~……も、もりくぼは……もうちょっとだけ頑張れそう……ですぅ……」

 

 全体的に上擦ってる、まるで羽が生えてそうなぽやぽや声。

 そんな声を聞いたせいか、相澤もとふと感じた幸福感が()()()()()()()()()、顔が笑みを作り上げ――

 

 その笑みのまま瞬時に振り返り、森久保の肩を掴んだ。

 

「森久保」

 

「は、はひぃ!?」

 

「"個性"が漏れてる。抑えろ」 

 

「は、はいぃぃ……」

 

 相澤の顔は笑顔で、声色も明るいものだったが、森久保が感じる迫力は全く正反対のもの。

 森久保の感じていた幸せは彼の笑みの前に一瞬で消え、がたがたと冷や汗を流す他なかった。

 



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第四話

 机とベッドが大半を占領している、六畳ほどのシンプルな部屋。それが個人授業開始の時から森久保に割り当てられた部屋だ。

 二階にあるその部屋の窓から見えるのは、どこまでも続く豊かな森林。暖かな日差しが差し込み、小さく開けられた窓の隙間からは小鳥の心地よい音色と、冬とは思えぬ爽やかな小風が入り込んでくる。

 

 その部屋の主は、現在休暇の真っ最中である。

 か細く、本当に注意しなければ聞こえない程の歌を口ずさみながら、少女は割り当てられた自室で物書きに熱中していた。

 

「白い光に……包まれて~……高らかに歌い……あげましょう……♪」

 

 森久保乃々の趣味はポエム作りだ。

 内心の清清しさを反映するかのような日本晴れで迎えた休日の朝、物静かな自然音だけが響く中、ゆっくりと、時間の赴くままにポエムを書く。それは彼女にとって何よりも至福の瞬間。

 普段の厳しさとのギャップの大きさに、それが普通だというのに「こんなに幸せでいいのだろうか」などと考えてしまい、彼女は否応なく舞い上がってしまう。

 しかも休日はまだ始まったばかり、これから丸二日間は休みなのだ、と考えると、大人しい森久保も高揚を隠せない。

 

 そんな幸せ真っ盛りの森久保の今日の予定は、終日を自室で過ごす予定である。

 赴くままに筆を走らせ、紅茶を飲み、小腹が空けばクッキーを齧り、時々詩を朗読する。

 ……今日は日差しが気持ちよく、歩き出したくなる気分だ。気が乗ったら、気分転換に散歩をするのもいいかもしれない。

 

(今日のもりくぼは……ヒーローはお休みです……)

 

 元よりヒーローになるつもりはないが、改めて自答することで絶対に休むという意志を強め、思うが侭に字を連ねていく。

 今この場は森久保にとっての聖域(サンクチュアリ)――森久保の、森久保による、森久保のための絶対不可侵領域であった。

 この領域侵すべからず。何者も近づけさせない結界を心の中だけ展開して、森久保は孤独だが幸せな時間を過ごし続けていく。

 

 ――そうして朝10時に差し掛かった辺りで、彼女の詩のひとつが纏まった。

 頭を悩ませて生み出したこの詩は、自分の子供と同然。

 そんな我が子を愛おしそうに眺めながら、森久保は書き連ねたノートを手に取る。

 読まれてこその詩。声に出してこその詩。誰かに朗読されて、初めてこの子は命が乗り移る。

 気分は我が子に最後の命を吹き込む、聖職者。

 朗読、と言うより詠唱。詠唱、と言うよりかは聖唱。

 我が子よ、今まさに息吹の時。

 自身の聖域で、すぅ、と小さく息を吸い、彼女はか細くも朗々と詩を口ずさみ始める。

 

「朝もやに――」

 

「アツハッハッハ――! ハーイ、元気してる森久保ちゃんー!

 お姉さんがあっそびに来たよー!」

 

 勢い良く開いた自室の扉の音と共に、森久保の体がびくん、と跳ねた。

 残念な事に森久保の絶対不可侵領域は唐突の乱入者によって容易く侵されてしまい、詠唱はキャンセルされてしまった。

 

「え。今何かしようとしてた? 一人を楽しんでた自分を妨害した私に対しての告訴? 用意いいね! ウケル! ブフーッ!!」

 

「……ふ、福門さん……」

 

 振り返った森久保の視界に入ったのは、部屋の前で立つ背丈が170cmほどある女性だ。

 上はカーディガン、下はロングスカートの装いで、服越しからもグラマーである事を感じさせている。そんな彼女は人当たりの良い、快活そうな笑みを称えて森久保を見ていた。

 

 彼女の名前は「福門(ふくかど) (えみ)」。ヒーロー名は「Ms.ジョーク」。

 イレイザー・ヘッドと同じプロヒーローであり、雄英とは別の高校ではあるが現職教師であり、また彼の知己でもある。

 彼女もまた森久保の訓練を受け持っているプロの一人だが、彼女の授業の頻度はそこまで多くない。精々月に一回程度だ。

 

 背中まで伸ばした髪を、様になる動きで掻き分けた福門は、おもむろに椅子に座る森久保の両脇に手を入れて、持ち上げる。

 

「相変わらず軽いねー! ちゃんと食べてる?

 あ、まさかイレイザーにシゴキをされ過ぎて痩せちゃった? 

 あいつ手加減しないからな! 私が結婚して手綱握ったら緩和してあげるから、待っててよ!」

 

「ふぇ!? え、た、食べてはいますけどあの……」

 

「え? それじゃ雄英受かるまでに間に合わない? おっと一本取られたぜ! HAHAHAHA!」

 

「あうぅ……つ、突っ込んでないんですけどぉ~……」

 

 快活に笑い、一人でボケて一人で突っ込んだ福門は、森久保の目を覗き込もうとしながら「元気~?」と尋ねてくる。対する森久保は必死に目を逸らしながら「は、はい……」と小さく返事をし、その返しに抱きしめられた。豊満な胸に埋まり若干苦しいが、何とか耐えられる絶妙な強さのハグに、「ぐぇ……」という声が漏れた。

 

 福門は森久保が大のお気に入りだ。

 気に入った理由はその見た目もあるし、"個性"の系統が似通ったという点もあるが、それ以上の理由があった。森久保は彼女の"個性"の影響を受けないのである。

 

 福門の"個性"は『爆笑』。

 

 近くに居る相手を強制的に笑わせ続けるという、聞く限りでは使え無さそうな個性ではあるが、ひとたび"個性"にハマってしまえば延々と笑い続ける事になり、思考力や行動が低下する。最悪、笑い続けて呼吸困難、その他ショック状態を引き起こすというエゲツない"個性"である。

 彼女が活躍した現場は、ヴィランと本人が笑い続けるという狂気に満ち溢れた現場にいつもなってしまうとか。

 

 そんな"個性"を持っているからか、はたまたお笑いが好きなせいか、福門は自然に誰かを笑わせようとするし、よく自分から笑う。

 プロともなればその技術も卓越したものだ。

 初対面の人を朗らかに笑わせる事など、彼女には造作もない。

 

 が、そんな技術にも、そして"個性"の力にも森久保は揺るがず、ただただ怯えるだけだった。

 搦め手で笑わせようとしても怯え、涙目になる程度で効かない。

 それは福門のプロ根性をいたく刺激し、こうして会うたびに笑わせようと画策しているくらいには気に入っていた。

 ちなみに知り合いである相澤も、自身の個性で『爆笑』を消滅させてしまい意地でも笑わないため、師弟揃って笑わせようとしているとか。

 

「あ。そうそう森久保ちゃん、今日休みなんだって?」

 

「は、はいぃ……実は今日と明日、おやすみで……。

 も、もりくぼは今日は家で……自由に過ごそうと思います……。心と体を……十二分にリフレッシュさせる予定……です……。……あ、あの……そろそろ降ろし」

 

 未だ抱き上げたまま問いかける福門に、森久保は視線を逸らしながらぼそぼそと答える。

 騒がしい人は苦手だが、森久保は福門の事は嫌いではない。

 それはプロヒーローへの尊敬の念や、自身と似た"個性"を持ち、使いこなしているからでもあるし、自分の意を汲み、親身になって社会復帰の手伝いをしてくれるのもある。つまりは全体的に気に入っている。……惜しむらくは時々、汲んだ意をそのまま流して別の意見に捻じかえるような強引さがなければ、もっと好きになっていたようだが。

 

「ふんふん、そっか分かった! 買い物いこうか!」

 

「えっ」

 

 説明しているそばからコレである。

 予想外の回答に虚を疲れた瞬間、森久保は降ろされるどころか肩に担がれてしまった。

 

「丁度さっき会った相澤に頼まれてさー! 寮の食材が地味に枯渇寸前で、明日どっさり届くから今日は調達しなきゃなんないんだって! っつー訳で!」

 

「ふ、福門さんっ、お、おろし……おろしてくださぁぃぃ~…!」

 

「森久保ちゃんは軽いから担ぎやすいなー!

 このまま高い高いしていい? え? ここじゃ天井が低い低い? ウケル!」

 

「ぴぃぃ、い、行きます、行きますからぁ……! お、降ろしてぇぇ~……っ!」

 

 肩に担いだまま、その場で回転も加えて森久保からYESを引き出した福門は、満足そうな表情で彼女をベッドに下ろした。

 森久保はベッドに突っ伏しながらゼェゼェと精神的に疲れ果て、崩壊し、廃墟寸前の聖域のイメージを頭に思い浮かべていた。

 

 

 § § §

 

 

「森久保ちゃんはお昼とか夕飯何食べたい? 相澤からは食材の費用として結構ふんだくってるから、好きなもの食べていいよ! ちなみにあたしはカレーがいいから、カレーね! 好きでしょカレー?」

 

「え……も、もりくぼは……す、好きですけど……もうカレーで決定なんですかぁ……?」

 

「冗談冗談、本当に森久保ちゃんが好きなものでいいよ。

 ハヤシライス? ビフーシチュー+ライス? カレードリア?」

 

「か、カレーでいいです……」

 

 現在二人は、寮から徒歩で30分程先にある商店街を歩いていた。

 本日が平日である事と、今が午前中である事からか、行き交う人の数もまばらな中、福門がずんずんと先導し、森久保はそのちょっと後ろをおずおずと付いて、二人して今日の献立の事を話し合っている。

 

「よし、そんじゃ今日はカレーで! おっ肉っ屋さんっ、豚肉下さいなっ。この高そうな奴、半額くらいで!」

 

「ぃらっしゃいッ! 別嬪さんのためなら喜んでって言いたいが、半額はウチが潰れちまうなぁ! 200円引きぐらいで勘弁してくれっ!」

 

 献立が決まるが早いか、福門は丁度通りかかった肉屋でノリ良く豚肉を購入しようとし、肉屋の店員も同様のノリで彼女へ返す。

 そこを何とかお肉屋さん、いいや駄目だね別嬪さん。と値切り合戦が続くのを見て、森久保から感嘆の息が漏れた。

 恐らくは互いに初対面であろうというのに、長年の友人であるかのようなこの振る舞い。何と言うコミュニケーション能力の高さか。これがプロヒーロー、いや福門笑の実力!

 自分が同じレベルにまで辿り着くには、恐らく数十年程かかっているかもしれない。と、彼女は一人次元の違いを感じて戦慄を覚えていた。

 

 様子を若干遠巻きに見守っていると、値切りが済んだのか先程よりも眩しい笑顔で森久保の下へ福門が戻ってきた。

 

「300円値引でゲットしたぜ」

 

「…………」

 

「反応が物足りないな~、うりうり」

 

「はうっ、あの、は、拍手してたんですけど~……頬むにむに、や、やめてくださいぃ~……」

 

 小さい拍手をしていた森久保を福門が弄り、その反応が彼女の御眼鏡に叶ったのか、「本当に弄り甲斐がある子だね~」と頬を揉んでいた手を頭に移動してわしゃわしゃと愛犬にするように可愛がる。

 「あうあう」としか返せない森久保は、自身の抵抗が通じない事を知っているのか、ただなされるがままに撫でられ続けた。

 

「はっはっは! じゃあ次は人参じゃがいも、玉ねぎと野菜軍団だね! ついでにらっきょうを買って行こうか! 福神漬け? ノーサンキューだね!」

 

 満足した福門は買い物袋片手にずんずんと商店街を突き進む。

 取り残されそうになり、慌てて後追いする森久保。

 視界に移る彼女の後姿はぴん、と背筋が伸び、まるで彼女自身の生き様を表すかのように自信に満ち溢れている……ように見えた。

 

 彼女の生き様は森久保には眩し過ぎる。

 堂々と道を歩むことも。

 見ず知らずの人と気安く話すことも。

 目を合わせることも。

 誰にでも朗らかに笑う事も。

 

 羨ましい。

 

 もしも過去に、「あの事件」がなければ。

 もしも自分にこんな"個性"がなければ、自分も福門さんのようになれたのだろうか。

 

 無理だ。 

 

 あんな事件があったとしても。こんな"個性"がなかったとしても。

 自分が何かの間違いでヒーローになっていようとも、自分では福門さんのようにはなれないだろう。

 

 福門さんが光なら、自分は闇だ。

 福門さんには光が当たり、自分はその影に溶けてしまう。

 福門さんは自分から光り、周りの人を照らし続ける。自分は闇を振り撒き、周りの人を影に引きずりこんでしまう。

 

 一度始まった負の感情は次から次へと溢れてしまう。こうしてすぐに暗い考えをしてしまうのは自分の悪い癖なのに。でも止まらない。止まってくれない。――だから自分は嫌いだ。

 人を羨ましがる事しかしない、自分の怠惰さが嫌いだ。

 人の目すら合わせられない、自分の気弱さが嫌いだ。

 人を悪戯に傷つけてしまう、自分の"個性"が、嫌いだ。 

 人と関わらない事を好む、自分の趣向が、嫌いだ。

 

 ――気が付けば、福門に追随していた自身の歩みは完全に止まってしまっていた。

 靄がかかったかのように、目の前が見えず、暗くなっている気がする。

 

(……訓練、やっぱり今日でやめよう……もりくぼには、もりくぼには施設で過ごすのがお似合い……)

 

 どんよりとした気分も今なら頼もしい。暗い自分にはぴったりだ。

 こんな陰鬱とした存在が社会復帰を目指すこと自体がおこがましく、ヒーローなんて夢のまた夢だったのだ、と森久保は自分に言い聞かせた

 

(お父さん、お母さんごめんなさい……もりくぼは駄目な子で、親不孝者でした……。

 でも駄目なんです……今度説明しに行きます――例えそれによって叱られ、頬をぷにぷにされようとも――ぷにぷに?)

 

「強制スマ―――イルっ!!」

 

「ふにぃいいぃぃ~~~っ!?」

 

 気付かぬうちに至近距離まで近づいていた福門は、森久保の頬をつまんで引っ張っており、頬に走る確かな痛みと、公衆の面前で頬を引っ張られる恥ずかしさに、瞬く間に今までの思考が霧散してしまう。

 にゃにをするんだこの人は、と森久保が引っ張る手を剥がそうとするが、遠慮がちな抵抗では彼女の行動を阻めやしなかった。

 

「まーた暗い事考えてるっしょ、森久保ちゃん。

 駄目駄目そんなんじゃ、叶うものも叶わないよ。

 まずは何よりも笑顔だぜ? 楽しかったら笑顔。困ったら笑顔。辛かったら笑顔だ!」

 

「ふに、は、はなひへくださいぃ~……!」

 

 ぐいぐいと思うが侭に頬をつりあげられ、涙目で懇願したところでようやく開放される。

 ひりひりと痛む頬を押さえる森久保の頭に、福門は手を置いた。

 

「ちょっとお昼には早いけど、そこの喫茶店で軽く休憩にしよっか。

 それでさ、もし良ければお姉さんに聞かせてみなよ。何か悩んでるっしょ?」

 

「あう、いや。悩んでるというかそんな、もも、もりくぼはただ……勝手に自己嫌悪してただけで……ご、ごめんなさい……。

 もりくぼは、どうしようもない重度の社会不適合者でふにひぃ~~~っ!?」

 

「自己嫌悪そのものが悪いとは言わないけどね、

 嫌悪してる事には近寄らないし、遠ざけようとするのが人。でも自分は遠ざけられないっしょ? それでも嫌いなら、改善するしかない。極論で言えば自己鍛錬の一種だもん。

 でも行き過ぎた自己嫌悪はただの毒だかんね、ねぇ聞いてる?」

 

「ひ、ひいてまふ、わ、わひゃってまふぅ~~~~っ!!」

 

「よろしい、それじゃあ行こうか」

 

 再度の強制笑顔の刑をくらい、頬が若干赤くなった森久保は福門に引かれるるがままに喫茶店へと連れられた。

 そこはチェーン展開している喫茶店だ。

 昼時に近づいているため店内に見える客の量もそこそこ。店員さんは笑顔を絶やさず、されども忙しそうに店内で仕事に準じていた。

 

「いらっしゃいませ、二名様でしょうか」

 

「うん、二名。あ、煙草は吸わないよ」

 

「かしこまりました、こちらの席へどうぞ」

 

 二人用の小さな机のある席に通され、福門と森久保が着席する。

 そして着席するや否や福門がメニューを取り、自らは一瞥せず森久保に何が飲みたいかのみを尋ねた。

 

「……ぁ、あの……じゃあ紅茶で……」

 

「んじゃあたしはカフェラテ。ポチっとな」

 

 福門が机上にあった呼出ボタンを押すと、フロア中に気の抜けるコール音が響き渡る。

 しばらくして店員が水とおしぼりを片手に二人の下に来ると、それを置いてさっと注文を受けて厨房に戻っていった。

 迅速な動きだ、自分はあれすらもできないのだろうなと森久保がぼーっと見ていると、ずいっと福門が机から乗り出してきていた。

 

「さ、言ってみよーか」

 

「……」

 

「大丈夫。生徒のプライバシーは命に代えて守るし、笑ったりはしないわ」

 

 そうは言うが喫茶店には結構人が居る。これではプライバシーもひったくれもないのではないだろうか。一瞬そんな想いが過ぎったが、そもそも自分の個人情報を気にする人など居るわけがない。どこまで自意識過剰なのだと、森久保はまた闇に沈みそうになる。

 すると、不意に何かが顔に近付くのを感じ、森久保がばっと身を引くと、一瞬まで頬があった所に福門の手があった。

 

「あ。惜しい。というか、今沈みそうになったっしょ。

 そんな暗くなるくらいなら言ってみなって、また強制スマイルされたい?」

 

「……もも、もりくぼごときの悩みで先生を煩わせるわけには……」

 

「馬鹿。若いうちはそんな事考えなくていいの。

 子供のうちは迷惑かけてなんぼよ。むしろかけないと将来が心配になるわ。

 迷惑をかけて、そこから学ぶ。そうでないと、大人になんてなれないんだから」 

 

「……」

 

 福門の真摯に心配する態度に、森久保はついつい俯き、逡巡してしまう。

 話すか、話すまいか。

 分かりきった事を聞くのは恥ずかしいし、本音を吐露すれば恐らく絶対に失礼になる。

 だが、世話になってる上に折角ここまで気にかけてくれた好意、無碍になど出来ない。

 ならば自分はどうするべきなのだろう。あちらが立てば、こちらが立たず。

 あぁでも待たせ続けてしまうのも失礼。でもでも、と、唸りながらぐるぐると堂々巡りを繰り返し――

 

「たてたてよこよこひだりうえひだりうえびーえー」

 

「は、はひぃぃ、はなひまふ、はなひまふのでぇ~…」

 

 ――結局たっぷりと待たせてしまい、焦れた福門により森久保の頬は再度スマイルを描くことになってしまうのだった。




福門はヒロアカの中で一番好き。
俺も森久保の頬ぷにぷにしたいなぁ!


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第五話

この数日間でめっちゃUA上がってたまげた。
ランキングも入ってたらしくて感謝感激です。

森久保とヒロアカの力ってすげー!
よかったなぁ森久保ォ!大人気だぞ森久保ォ!


「うん。まあ向いてはないと思うね」

 

「……」

 

「臆病だし、血も暴力も苦手。更にネガティブ。

 世間一般のヒーロー像とは全くの真逆を行ってるよね、森久保ちゃんって」

 

 『私は、ヒーローに向いてるんでしょうか』

 森久保がぽつりと呟いた質問を、福門はばっさりと切り捨てた。

 予想していたが、こうも正面から言われるとは思っていなかった森久保の頭は稲穂のように垂れ、通夜のような暗い雰囲気を漂わせ始めた。

 

「あ、あーあーあー! しょげないでしょげないで!

 つい即答しちゃったけど、それは今の現状の話!

 今後の改善如何によっては変わる事もあるかもだから!」

 

 わたわたと自分の失言を悟った福門が、森久保を持ち上げる。

 ただそれは虚飾ではなく事実だ。ここ3年間の訓練で「びっくりするほど臆病」だったのは、「大分臆病」程度に変わったし、血や暴力は「卒倒する程苦手」だったのが「大分苦手」程度に変わった。唯一ネガティブなのは変わらないが、普段の森久保を考えれば劇的な変化と言ってもいいだろう。

 

「と、言うか森久保ちゃんヒーローになる気になったの?

 いつもは『ヒーローなりたくないです』って言ってたように思ったけどさ」

 

 だから今更ながらそのような事を悩みだした森久保に福門は問うた。

 すると、森久保は顔を若干上げて、伏し目がちにぽつり、ぽつりと話出す。

 

「……その。入試も近づいて、志望動機を書いてるうちに思ったんです。

 雄英に入るってことは……すなわち、ヒーローになる事とほぼ同じ……でも、もりくぼは……志も出来てないのに、入ろうとしてる……。そ、それっておかしい事ですよね……」

 

「……」

 

「ヒーローが助けるのは……自分じゃなくて、他人。

 も、もりくぼは……ただ自分が助かりたいがために、雄英に入ろうとしている……そ、そんなのヒーローじゃないし……ヒーローになれる訳がないと、お、思うんです……」

 

 それは兼ねてからの悩み。

 プロヒーロー達との特訓を重ねて、目標として掲げられていた雄英高校への進学。

 しかし社会復帰の一環としては過分にすぎる目標と、自分のヒーローへの憧憬のなさが。そして自分への自信のなさが、今も森久保を戸惑わせていた。

 だが入試二ヶ月前になって吐き出すには致命的に遅い悩みだった。自分で言っておきながら森久保は自らの勇気のなさに頭を抱えたくなった。

 

「ん? だったらそのまま雄英入ってもいいんじゃない?」

 

「えっ」

 

 だがそんな独白に対する回答は、予想外の一言。

 森久保はつい素で聞き返してしまった。

 

「森久保ちゃんは深く考えすぎだね。

 そもそも雄英高校に入った人が全員プロヒーローになる訳じゃあないし、ヒーローって高尚な職業に思ってるようだけど、実際はそんなものじゃあないよ。

 ……んー夢を壊してしまいそうで申し訳ないけど、言っちゃうか」

 

 ぴん、と森久保の前に一本指を立てて何かを説明しようとした時、注文を受けていた店員が二人に飲み物を配膳してきた。福門は感謝を返し、少しだけカフェラテを口に運ぶと話を続ける。

 

「ねえ森久保ちゃん。あたしのヒーロー志望動機ってなんだと思う?」

 

「え……? そ、そんなの……こ、困ってる人を助けたいじゃ」

 

「ぶっぶー。正解は『笑わせたい』。それだけだぜ」

 

 困惑している森久保に、福門はにひっと笑いかけた。

 

「両親を笑わせたい。親戚を笑わせたい。友達を笑わせたい。

 他人を笑わせたい。ヒーローを笑わせたい。ヴィランを笑わせたい。

 相澤を笑わせたい。森久保ちゃんを笑わせたい。それがあたしの本当の動機だ」

 

「ひ、人を助けたいんじゃ……」

 

「それは勿論、困ってる人があればいつでも助けに行くよ。

 ただあたしの根源的な動機は『笑わせたい』それに尽きるのさ。

 笑って欲しいから、助ける。助けるために、笑うんじゃない。

 悪い言い方をするとあたしにとってヒーローってのは、自分の欲求を満たすための職業さ」

 

 えっ……と、思わず呟いてしまう。

 森久保の中で持っていたヒーローという概念。それに罅が入り始めた。

 

「多分、森久保ちゃんが知ってるヒーローってのは、オールマイトとか、メディアがヨイショして見せてくれる、『人助けのみを生きがいとしてる』みたいな頼れる存在なんだろうと思う。

 でも実際は違う。ある人は自分が目立ちたいためにヒーローになったし。ある人は一攫千金を夢見てヒーローになった。自分の"個性"を思う存分使いたいからって人も居るだろうし、誰よりも強いことを証明したいがために、ヒーローになったって人も居る。あたしは知ってる。

 みんな自分の目標があって、それを達成する為に人助けをしている。あるいは、達成したがために副次的に人が助かっている。自分本位だって? 政府はそれを大いに結構と思ってるよ。結果として人助けになっているならね!」

 

 ぽかんと口を開けて聞き入る森久保に、当然、「人を助けたい」が目的のヒーローも絶対数いるけどね、と福門は苦笑をし、

 

「で、だ。話を戻すよ。

 忘れてるかもしれないけど私達のお手伝いの目標は、森久保ちゃんの社会復帰よ? 別にヒーローになれって強制してる訳じゃあない。

 雄英高校に向かわせるのは、そこが一番森久保ちゃんの為になるから。

 ……悔しいけど、私が教師やってる傑物高校より、教育も、設備も、セキュリティも整ってる。更に貴方のようなレア"個性"持ちも一杯居るから、"個性"への理解もされやすい。将来、社会に復帰するに際して、とても良い環境よ」

 

 そして森久保の頭に福門は優しく手を置き、ゆっくりと撫でていく。

 

「将来の事は、高校に入ってから考えてもいい。

 ヒーロー云々は置いておいて、今はまず雄英高校に入ることを目標に頑張ってみようぜ?」

 

「……そ、そんなのでも……いいんですか?」

 

「いい。あたしが許す。相澤はお硬いから、許すかどうかは微妙だけどナ!」

 

「ひぃぅぅ……」

 

「HAHAHAHA! ほんっっとういじり甲斐あるな森久保ちゃんはぁ!

 冗談だって、理解はしてくれると思うよアイツは。

 理解しなかったら、あたしが責任持って結婚して理解させてやんぜ!」

 

 大人しく撫でられ続ける森久保を微笑ましい目で見つめる福門、だが突如に感じた店内の騒がしさに撫でる手が動きを止めた。

 

「……?」

 

「……何か、騒がしいな」

 

 気付けば喫茶店にいる客も揃って外を見ている。

 一体何を見ているのか。――その答えはすぐに現れた。

 

 喫茶店外に丁度あった街路樹に、吹き飛ばされた誰かが衝突したのだ。

 途端に客が騒ぎ出し、外で起きた異常事態に湧き立った。

 

「ひっ……!」

 

「森久保ちゃん、ちょっとここで待ってて」

 

 言うが早いか、福門が席から立ち上がり、懐から何かを取り出して皆に見せつけるようにしながら声を荒げた。

 

「はいはい落ち着いて! プロヒーローのMs.ジョークよ!

 私の事を知らない人も居ると思うけど、ひとまずは話を聞いて頂戴!

 外に居る事態の収束は私に任せて、皆さんは落ち着いて避難をよろしく!

 ……店員さん、お客さんを避難場所への誘導へお願いね!」

 

「Ms.ジョーク?」「聞いたことないわね……」

「笑いを武器にするヒーローだよ」「何があったのかしら」

「お母さん」「大丈夫よ、ヒーローが居てくれたわ」

 

「……うん! 知名度がないのは今後の私の課題点ね!

 今日はオフで、生憎私服。着替える時間はないから、事件を解決したらまたヒーロースーツを見せにくるわ!

 何はともあれ大船に乗ったつもりで任せておいて!

 皆さんはお茶でも飲んで落ち着いて居て頂戴、ぱぱっと片付けてくるから」

 

「お客様、どうぞ焦らずこちらの店の奥へ。裏口が用意してございます」

 

 福門が見せたのはプロヒーローライセンス。

 トークで軽く和ませながら、誰もが安心する朗らかな笑顔を見せると、狼狽えていた客達も落ち着きを取り戻し、店員の指示に従って避難経路へと進んでいく。

 その様子を満足そうに眺めると、福門は店の外へと向かっていった。

 

 森久保も他の客と同じく避難をしようと思ったが、仮にも福門とは知り合いであり、そしてヒーローについて学んでいるのだ。

 一人避難するのは間違えている、と考え、店員の指示とは逆に福門と同じく外に出ていった。

 

「ふ、福門さん……ふぇ、そ、その人」

 

「む。森久保ちゃん待っててってアタシは言ったぜ?

 でも丁度いいわ。この人お願い森久保ちゃん。……今からちょっと、荒れるみたいだから」

 

 福門は街路樹の傍で倒れている、手が鳥の羽になっており鷹の仮面を被った男を抱えていた。男はどうやら気絶しているようだが、そんな男の様子を福門は気にかけておらず、別の場所を見つめていた。

 

「え……え? こ、この人……」

 

「いいから早く。ヒーローは迅速たれ。

 迷う暇があったら行動しろって、相澤には口すっぱく言われたでしょ」

 

 ゆっくりと男を横たえると、そのまま福門は商店街の道の中央に移動する。

 慌てて森久保が男の傍に移動し、男の腕を掴んでゆっくりと引きずろうとする。

 引きずっていく間、森久保は福門が相対する相手が視界に入った。

 

 その人物はよれよれのトレンチコートを身に包み、縁日のきつねのお面を被っている、長駆の男性であった。

 男は右肩に女性向けのバッグを担いでおり、右腕を怪我しているのか血が滲んでいた。

 

「すぅー……ッ、ふぅーッ。鳥の次はなんだい、次は人妻か?」

 

「お生憎。まだ独身だよ。そっちこそなんだい。

 まだ冬だってのにそんなお面でも被って。夏が待ちきれなかったのかい?」

 

「顔を隠せればなんでも良かったんでね。

 というか、お喋りするつもりは無いんだ。そこをどいて貰おう……かッ!!」

 

 男が手を翳した瞬間、福門はその場をステップして回避。

 直後まで居た場所の地面ブロックが、豪風と共に弾き飛んだ。

 

(不可視の弾丸……!)

 

「ははッ、つれないこと言うなよなおっさん!

 事情が何か分からないけど、襲いかかるって事は何か悪いことしでかしたのかい!」

 

「君には……すぅーッ、関係ないことだ」

 

「大アリだ、アタシはプロヒーローだからな!」

 

 横ステップで回避してから、ジグザグに距離をつめていく福門。

 男はその福門を捉えようと、片手を何度も突き出し不可視の弾丸を射出する。

 ブロックが弾け。街路樹が大きく揺れ、看板が粉々に粉砕されていく。

 だが触れられない。当たらない、掠りもしない。

 距離は瞬く間になくなっていき、彼我の距離は既に3mを切っていた。

 

(す、すごい……)

 

 森久保は男を店の内部に運ぶことも忘れて、福門の戦闘に目を奪われていた。

 彼女は"個性"を使わず男を追い詰めている。

 "個性"の力にもよるが、"個性"に頼りすぎる奴程、御しやすいものはないと相澤は言っていた。一番厄介なのは自分の体を基礎とし、ここぞというタイミングで"個性"を使う相手だと。

 福門はまさしく、それを体現しようとしているように見えた。

 

 

「くっ……」

 

「その個性、中遠距離は得意なんだろーけど、懐に入られたらどうにか出来るんかね!?」

 

 福門の勢いの乗った右ストレートが男の腹部へと飛び、男は翳していた手を畳んで、腕で受けようとする。

 ガード越しに聞こえる、鈍い音。

 腕が軋むような衝撃に、男が後ろにたたらを踏む。

 それを逃さずに福門が更にフォワードステップ。追撃の左フックが顎へと放たれた。

 

「がッ」

 

 入った。顎を揺らされた男は、ふらつく体を何とか抑えている。

 福門は出来た隙を逃さず、フックと対角線となるように右のローを放つ。

 しなる鞭のような見事なソレは、ふらついた男の膝には重すぎる一撃。

 サンドバッグを叩くような重い音のあと、男が地に跪く。

 

「あちゃー、モロいね。あんた」

 

 即座に背後に回った福門は、男の腕を取って後ろに回し、そのまま男の頭に膝を押し付けるようにすると、がつん、という音を立てて男の頭部が地面に押し付けられた。

 

 邂逅から、わずか20秒程の出来事。

 ヴィランと思われる男は、瞬く間に福門に組み伏せられてしまった。

 遠巻きに様子を眺めていた市民は、ぽかんとしていたが、一瞬の後口々に沸き立った。

 

「すげええええ!」「何だあの人、プロ?まさかプロヒーロー?」

「やべぇ……惚れた」「かっこいー!!」

「危ないので近づかないでください、危険ですので近付かないで下さい!」

 

 森久保も同じだ。

 男を避難させることも忘れて、その様子に魅入ってしまっていた。

 

(か、格好いい……かも……)

 

 福門は声援を浴びながらも男の様子を伺っている。

 その顔は未だに厳しかった。

 

「あんた。一人? その女物の鞄……まさかひったくり?」

 

「……すぅぅぅー……っ」

 

「正直に答えたほうが身のためだよ、ヴィランには情け容赦はないんでね」

 

 ぎりっと、腕をきつく捻り上げると男の顔が苦悶に滲んだ。

 男は答えない。答えるばかりか、ただ息を吸うばかり。

 

 嫌な予感がする。

 福門はさっさと気絶させたほうが身のためだと、男を落とそうとするのと、男が喋りだすのは同時だった。

 

「すぅぅぅー……っ、溜まったァッ!!」

 

「!?」

 

 掴まれていない男の手から中心に見えない何が放出され、男と、乗りかかっていた福門は瞬く間に爆風に巻き込まれた。

 その勢いは、周囲の人が何かにしがみつかないと吹き飛ばされる程。

 近くの店のガラスは割れ、看板は倒れ、砂塵や小石が荒れ狂った。

 

「ふ、福門さん……っ!!」

 

「ぅ……く、一体……」

 

「ふぇ!? え、えっとぉ……だ、大丈夫です……かぁ……?」

 

「あ。……あぁ大丈夫だ、こ、ここは……そうだッ、奴はっ!!」

 

 鳥仮面の男はその場で起き上がろうとし――叩きつけられた時の痛みを感じたのか苦悶の声が漏れた。

 咄嗟に男を気遣う森久保。だが、正直福門が気になって仕方がなく、ちらちらと顔を左右に動かして心配そうにせざるを得なかった。

 だが今、肝心の現場は砂埃で荒らされており、何も見えない状態。

 まずはこの男の話を聞こうと森久保は勇気を振り絞る。

 

「…だ、だだ、大丈夫……です。慌てなくても……あのっ、今は、別のぷ、プロヒーロー……が。Ms.ジョークが……そのぉ」

 

「す、すまない……ってMS.ジョーク!? 何だってこんな場所に……。

 いや、それなら助かった。あいつはひったくりの常習犯だが、つい最近殺人も犯したヴィランだ。

 キミは一般人かい? 私の事はもういいから、避難していたまえ。

 ……この爆風。恐らく奴が引き起こしたものだろう。もしものために私、イーグルマンも出なければならない」

 

 『殺人を犯したヴィラン』――その言葉を聴いて、森久保の心はより落ち着かなくなる一方だ。

 万が一福門さんがやられたら、と言う不吉な予感がよぎったが、すぐに思いを消し去る。

 そんな筈はない。福門さんは授業でもとても強く、相澤さんも一目置いていた。やられるはずはない、と涙目になりながら気持ちを奮い立たせる。

 対する自らをイーグルマンと名乗った男は涙目で、視線を合わせようとしない少女が怖がっているのだろうと思い、心配させぬように痛む体を無視しながら立ち上がる。

 その瞬間、土煙の方から悪意の篭った、叫び声が走った

 

 

「――が、はは、がはははははははははははァッ!!

 何がプロヒーローだ、この程度で私が、すぅーッ、やられると思ったか! ぎひっ! ぎひィッ!!」

 

 同時に、土煙が薄っすらと晴れて陰が見えた。

 その陰は、何者かが誰かを片手で持ち上げているように見えた。

 

「ぁ――」

 

 土煙が完全に晴れた瞬間見えたものを、森久保は最初、認める事が出来なかった。

 森久保は一瞬、その光景がいつも思う不安を白昼夢で見ているのだと思った。いや、思わざるを得なかった。

 

 まず見えたのは全身を更に土煙で薄汚した男、その右手は折れているのかぷらぷらとしており、つけた狐の仮面は半ばから割れて、男の口元がいやらしく歪んでいたのが見えた。

 そして無事な左手で、ある人物の首根っこを掴んでいた。

 そう。福門である。

 彼女の私服は吹き荒れた暴風によるものか、ところどころ破けてしまっており、頭からは血が一条流れ、ぐったりとしている様子を見せていた。

 

「あ、あぁぁぁあぁ……ああぁぁあぁぁぁ……!!」

 

「くっ、Ms.ジョークが……き、キミ? どうしたんだい!?」

 

 現実。これは現実なのだと認識した瞬間、森久保の中の何かが壊れそうになる。何かが漏れそうになる。

 森久保が抑えていた感情、記憶。それが不安定になる、駄目だ。落ち着け、冷静になれ。知らない、いやだ。福門さん。いやだ。

 自分の不安が、恐怖が、怒りが、ないまぜになった複合物が力の本流になって、これでは駄目だ。抑えられない、抑えるな、吐き出せ。吐き出してしまえ。出せ、全部。すっきり、忌避。駄目、全てが黒。狼狽、恐慌、警戒、鬼胎、憂鬱、破壊、崩壊――

 

 

 

「だーいじょうぶ……だって」

 

 

 

 不安が全てないまぜになって、溢れそうになった瞬間。

 聞こえてきたのは、福門の声だった。

 

 

「ヒーローってのは、そう……簡単にやられたりはしないんだぜ?」

 

 福門は、ピンチに追い込まれても尚、笑顔を讃えたままでいた。

 

「はっ、はははは!! コイツ何言ってやがる、簡単にやられてるじゃねえか!

 今この現実が見えてねえのかお前は、はは、ガハハハハハッ!!」

 

「HAHAHAHAHAHA!! いやいやこれからだよおっさん。

 ヒーローはピンチになってからが本番だって」

 

「がは、がははははッ! 片腹痛い女だなお前はァァ!

 いいぜ、なら更にピンチに、ギャハッ、ぎゃはは、ガハハハハハハっ!! ひひっ、ひぃーひひひっ、ひひっ!? ひぎっ!?」

 

「ピンチ? いやいや、もうピンチシーンは終わったよ。ほいっと」

 

 男が異常に気付く。何故か収まる筈の笑みが、止まらない。

 感じていた優位性は瞬く間に消え去り、行き過ぎの笑いが男に苦痛をもたらす。

 気づけば福門をその手で吊るすのも忘れて腹を抱えて爆笑をしており、何ら行動を取る事が出来ない状態になっていた。

 

 

「げひっ、ひひっ!? ひぎゃははははは!!! こ、これ、個性の――ぎゃはっ、やめっ、やめてくれ、ぎゃは、ぎゃはははははぁ!!!」

 

「にひ、駄目♪ あと3分は続くからよろしくね」

 

 その場で転げ回り、呼吸困難になりながら個性の解除を願う男に無情な宣告が下されると、ボロボロの服装のままで森久保とイーグルマンの下へと戻ってきた。

 

「も、もう大丈夫なのですか?」

 

「あぁ、3分間は笑ったっきりだから気にしなくていいよ。煩いけど。

 えーっと、説明行ってるかもしれないけど私は『MS.ジョーク』ね」

 

「!? お、おお話は伺っています。た、たた助けて頂きありがとうございました」

 

「いいっていいって、それよりも警察への連絡と事務所への手続きを――ん?

 あちゃー、割と破けてるね。ちょっとサービスしすぎ? でも見過ぎは駄目だぜヒーロー」

 

「しし、失礼しましたーっ! ただ今連絡します!」

 

 上着が切り裂かれ、福門の黒ブラが見えてしまってるのをちら見していたイーグルマンをからかうと、事後連絡をお願いした。

 そして次に福門は俯き黙りこくっている森久保へと向き直り、話しかけた。

 

「いやーごめんね、ハラハラさせちゃった?

 隠し玉があるな、とは思ってたけどあそこまで派手だと思ってなかっ――かふっ」

 

 頭をかきながら日常の延長上でドジしちゃいました、と言わんばかりの軽口は、妨げられてしまう。

 森久保がその体にタックルするかのように抱きついたのだ。

 一体何事と、目を白黒させる福門は次いで彼女の様子に気付いて目を細めた。

 

「……っ! ……っ!」

 

「……ごめん、心配かけたね。森久保ちゃん」

 

 小刻みに震えながら正面から両手を背中に回し、顔を埋めるようにして声なき訴えをぶつける森久保を、福門は優しく抱きしめた。

 

 聴衆のざわめき、遠巻きに聞こえてきたサイレンの音と、ヴィランの爆笑をバックに、森久保は思いの丈を余すことなく、さりとて無言でぶつけ続けた。




【補足】
・ひったくり魔さんの個性:『圧縮』
 吸った空気を圧縮して、掌から放出できるぞ!
 圧縮できる空気は肺活量に依存するぞ!
 そのためかいつも深呼吸みたいな真似してるぞ!

・Ms.スマイルの個性:『爆笑』
 影響範囲内の相手を強制的に笑わせるだとめちゃんこお強いので、
 相手が笑ったのを切欠にして、その笑いを引き伸ばす個性にしました。
 死因:笑死。とかいやですよね。


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第六話

クソ難産でした。
あーようやく原作軸に絡ませられるんじゃー



 都市郊外にある森久保が住み込んでいる寮の一角。

 折りたたみ机を挟み、パイプ椅子に座り込んだ二人の教師が話しあっていた。

 

「今の森久保は、かなり危ういな」

 

「……」

 

「実物のヴィランに会ったからか、それとも親しい人が傷ついたっていう事実か……。

 どちらかは分からないが、彼女の心に大分ダメージ与えてしまった。

 ――聞いてるのか、MS.ジョーク」

 

「ハイ……。いや、反省してる。

 あの一件は少しあたしにも油断があった」

 

 既に商店街でのヴィランとの件から3日経っていた。

 無事とは言わないが、五体満足でヴィランを制圧した福門。しかし森久保の目には一連の内容は刺激的過ぎたようだ。

 事件の日は福門から離れず、その翌日は部屋から出てこず。

 休日が終わり、再開した授業には出てきたものの、彼女の授業への集中力、そして動きは以前よりも精彩を欠いたものになっていた。

 事件が強い衝撃を与えたのは明白。

 早々にメンタルケアをしなければ将来どのように歪んでしまう事か。という事で主たる教師二人がこうして顔を突き合わせているのだった。

 

「雄英入試まで既に二ヶ月を切っている。既に補欠枠は確保しているとはいえ、仮にこのままでは入学後が危うい。ヒーロー科に入る以上、ヴィランと会うことは必定だと言ってもいいだろう。何とかして軌道修正が必要だ」

 

「そこなんだけどさ、相澤……。

 ――あの子が入るところが雄英である必要、あるか?」

 

「福門?」

 

 机の上で両肘を付き、組んだ手で顎を支えるようにした福門がぽつり、と呟く。

 

「確かにあの子の"個性"は強い。

 本人の才能もあるし、無理と口にはするけど努力家タイプだ。頭も回るし、訓練の相手をしていて手強いと感じた事も何回もあった。

 今でも『力を発揮できれば』並み居るヴィラン相手は訳なく倒せるだろうし、あの子が今以上に成長してプロヒーローになったなら、それはそれは活躍すると思うよ」

 

 でもね――と、彼女は続けた。

 

「あの子は、森久保ちゃんは優しすぎるよ。はっきり言ってヒーローに向いてない」

 

 ヒーローになるという事は、人助けを生きがいとする事だ。

 西に火事があれば、火の中に飛び込み人を助け。

 東にヴィランが現れれば、命をかけてヴィランと戦う。

 

 だがヒーローは時に、人を助けるために非情にならなければならない場合がある。

 例えば信頼する仲間か、はたまた救助すべき市民か、どちらか一方しか助けられない時に、どちらを助けるか、という状況だ。

 

 事件後、福門が傍から離れることを過剰な程に恐れる森久保を見て、彼女は確信していた。

 森久保は人との関わりは非積極的だが、一度信頼した相手への依存度が非常に高い。

 そんな彼女が、その究極の選択肢を突きつけられたら一体どうなってしまうのだろうか。

 

「ヒーローとしての使命を優先するか、それとも自身の欲求を優先するか。

 あの子はそんな選択肢を突きつけられた時、そしていずれかの選択肢を選んだにせよ、あたし達以上に苦悩する。……相澤には分かるだろ。あの苦しみは割り切る事でしか先へ進めないんだ。

 あの子はまだ割り切るまでの力が、ない。

 きっと割り切る事も出来ずに(わだかま)りだけが溜まって、いつかふとした拍子に爆発するのは違いないよ」

 

「……爆発か」

 

「あぁ。ひどい爆発になると思う。

 それこそ、()()()()()()と同じ、いや、なまじ私たちが鍛えてしまった分、それ以上の規模の大事件になるだろうね」

 

 森久保の幼少期の"個性"暴走事件は、相澤もしっかりと覚えている。 

 もしも同様の事件を起こしてしまったら、起こった場所によっては未曾有の災害になりえるだろう。それはヒーローとして、そして大人として絶対に避けなければならない事だった。

 相澤が起こるかもしれない未来の惨事を思い描いていると、対面の福門は組んでいた手をおでこにつけるようにして、祈るように呟いた。

 

「……雄英への編入は、彼女を社会復帰させるのに合理的なのは分かる。

 でもあの子には少し、厳しすぎるよ。

 課せられるであろう重圧が、使命が、いつか彼女を壊してしまう」

 

「……」

 

「相澤、あたしはお前さんの合理性は嫌いじゃあない。

 だけど人によっては、その合理が毒になりえるんだ。

 ……今までお前さんのする事に口を挟まなかった、あたしが言っていい台詞じゃあないかもだけどね」

 

 相澤は腕を組んで、瞑目する。

 彼女の芯の弱さを修正するために、へこたれることも想定して厳しく授業を続けてきた。

 自分が出した課題を、森久保は泣き言を言いながらも、その全てを相澤が満足行く形で仕上げてきていた。

 そんな彼女の優秀さ故に、相澤は更なる課題を課し続けてしまった。

 泣き言と言う形で吐き出した森久保の心のSOSを、軽く流してしまった。

 

 そうして気付かない内に溜まったストレスが、彼女の脆いメンタルを更にボロボロにさせてしまったのかもしれない。

 これでは森久保は特訓前に逆戻り。いや、特訓前より駄目になってるではないか、と相澤は自身の迂闊さに舌を打ちたくなった。

 

(子供1人のメンタルすら把握出来ないとはな……教師失格だな)

 

「……俺の、失態だ」

 

「いいや、()()()()()失態だ。相澤」

 

 福門が悔しそうな目で見つめ返しながら言い被せると、相澤はふっと苦笑を返し、

 

「そうかもしれん。だが自己嫌悪、反省は後回しだ。

 まずは、あの子の元に行かなければならないな」

 

「あたしも行こうか?」

 

「いや、一人でいい。福門、お前は資料を取り寄せてくれ」

 

「資料?」

 

「森久保の地元高校の調査書と、今現在実働中のSP(Security Police)の履歴書だ」

 

 相澤は席を立つと、足早に部屋を後にする。

 福門もその言葉の真意に気付くと、遅れて部屋を出て資料を集めに行くのだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 相澤が教室として利用している部屋に入ると、既に森久保は席についていた。

 だがその様子は見るからに弱弱しく、入ってきた相澤を一瞥すらせずにひたすら着席している机を見つめていた。

 相澤はひとつ息をつくと、対面の席に座り、森久保と向かい合う。

 

「森久保」

 

「……はい」

 

 声をかけると、ようやく森久保が少し顔を上げる。

 視線は相変わらず合わせないが、相澤にはいつもより輪を掛けて怯えているように見えて仕方がなかった

 

「お前がヒーローになりたくない、というのは聞いている。

 だが俺は、知っての通りヒーローに仕立てあげるつもりでお前に雄英高校を目指させている。

 理不尽に感じているだろうが、それは理由あっての事だ」

 

「……それが一番合理的、だからですかぁ……?」

 

「あぁ。お前を社会復帰させる環境として、雄英はこれ以上なく最適だ。

 お前のようなレアな個性持ちも大量に居る。共感出来る仲間もきっと出来るだろう。

 そして…あの高校はお前を守る、最高の砦になるであろうからだ」

 

「……も、もりくぼを、守る……?」

 

 守る、という言葉に森久保がぴくりと反応した。

 

「今更の話になるが、お前の"個性"である『共感』は非常にレアで強力な個性だ。

 精神感応系個性の最高峰と言ってもいい。

 ……だが強力である以上、お前の"個性"はヴィランに非常に狙われやすいんだ」

 

 『共感』。

 

 簡単に説明すれば、自らが抱く感情を範囲内の相手に伝播させるという単純な"個性"である。

 それだけでも汎用性の高い"個性"であるのだが、森久保の"個性"は言葉で聞くより更に強力なものだ。なにせ正確には「自分の感情を増幅させて相手に押し付ける」という力なのだから。

 

 

 くすりと笑う程度の喜びを押し付ければ、相手は小躍りしたくなるような感情を覚える。

 

 少しムカっと来た程度の怒りを押し付ければ、相手はかなりイライラしたような感情を覚える。

 

 では生来の臆病さから生じた()()()()()恐怖を押し付けてしまえば、相手は一体どうなってしまうのか?

 

 

 答えは失神だ。

 

 

 精神を強く保てない人は、その強すぎる恐怖を受け止めきれずに気絶してしまうのだ。

 それは恐怖だけに限らない。自身が持つ感情の受け皿を大幅に超える感情を押し付けられれば、誰であろうと精神が()()()して気絶してしまうのだ。

 つまり、森久保は相手を問答無用で失神させる事が可能と言い変えられる。

 

 個性の有効範囲は平均で半径30m程。

 森久保の精神状態によっては、もっと範囲が広まる。

 幼年期の森久保の"個性"暴走事件では街ひとつを包み込む程の範囲まで広がった事もあった。

 この個性の恐ろしい所は、その強力な力を防ぐ手段がないという所だ。

 遮蔽物も、防護服も通用しない。ただ範囲内に居るだけで影響を受けてしまう。

 (暴走した"個性"を制御しきれない内は、多数の失神者を出したものだったが、現在は相澤達が施した訓練と森久保自身の努力によって、任意の発動、増幅の幅、個性の指向性を持たせる事も出来てはいる)

 

 当然、そのような強力でレアな"個性"、ヴィランが放って置くわけがない。

 ここ最近のレア"個性"持ち誘拐事件は増加の一途。

 幸いにも情報統制が効いているのか森久保への誘拐事件は起こっていないが、もしも彼女の力がバレてしまい、ヴィランに囚われた場合――森久保乃々は最悪のテロ兵器として仕立てあげられてしまう可能性が非常に高かった。

 

「森久保のご両親には社会復帰の手伝いをお願いされただけではない。

 お前の未来を守って欲しいと言われている。

 だから俺はお前に厳しく接した、お前が自信を持って社会に復帰できるようにと。

 ……お前は俺が課した訓練に、よくついてきてくれている」

 

 だが――、と相澤は一区切り置いて更に森久保に告げた。

 

「合理性を重視しすぎるあまり、俺はお前の気持ちを全く考慮出来ていなかった。

 お前が内々に溜め込んでいたストレスに、気付けていなかった」

 

 相澤はその場で立ち上がると、森久保に対して頭を下げた。  

 

「すまなかった」

 

 彼女の個性が強力だから。彼女がヴィランに狙われてしまうから。

 そういう大義名分があるから彼女を雄英に導こうとした、というのは恐らく正しくないだろう。

 彼女を雄英に導こうとしたのは自らの凝り固まった合理性を優先する思考と、自分が持つヒーローへの歪な理想像のせいだったのかもしれない。

 望んでヒーローを目指す子供相手ならば、相澤が取った指導は正解だったかもしれないが、目の前にいる少女はヒーローなど望まぬ、争いごと嫌いの、繊細で、弱い少女だ。

 自らのエゴで少女の人生を台無しにしてしまうなど、大人としても、ヒーローとしてもあってはならぬ事だ。相澤は猛省し、目の前の少女へと謝意を表した。

 

「………………!?

 ぁ、ぁ、ぁの……あの! も、もりくぼはそんな……別に、あ、謝って貰う必要は……。

 その、こんな駄目駄目な……も、もりくぼにご指導ご鞭撻いただけて、そ、そのお陰でもりくぼはちゃんと、個性も制御できるように……なりましたので……」

 

 恐怖と絶望のイメージを抱いていた相澤がよもや自分に謝ったという光景に、森久保は数瞬の間フリーズしてしまい……その後、わたわたと顔を上げて下さいと慌てふためき始めた。

 相澤はそんな森久保の慌てる様子を尻目にしっかりと数十秒頭を下げると、ようやく彼女に従い、頭を上げて席に座り込む。

 

「……過去のミスは覆せない。よって今は前を向くしかない。

 だが森久保、お前には前を向くにしろ、その方向を決めてもらう」

 

 非常に今更の提案にはなるがな。とひとつ前置きをすると。

 相澤は森久保に選択肢が突きつけた。

 

「1つ、このまま雄英高校に進む。ただし、目指すのは普通科だ。

 普通科もヒーローとしての素養を鍛える授業もあるが、

 そうでない人に向けての授業も整っている。個性の制御を中心とした授業が多いから、お前の"個性"制御に役立つことは違いないだろう」

 

「2つ、別の地元高校に進む。ここでは個性の授業は全く存在しない。

 むしろ個性の使用を禁じている高校だ。

 ここではお前の安全性を考慮して一旦家族全員で引越し、そして偽名で別人として生活してもらう事になる。

 ……その時は長期でSP、つまり護衛だな。それを雇い、お前の日常生活を陰ながら護衛してもらう」

 

「……」

 

 ヒーローへ進む道は、忘れてもらう。

 おそらく、森久保には耐えられないだろうから。

 だから森久保が望む、平穏無事な生活を送る為の道を模索して相澤が提案したのが、この2つだった。

 

 突きつけられた選択肢に、森久保は沈黙で返した。

 相澤はその反応も当然だろうと思い、言葉を連ねる。

 

「当然、今すぐ返答しろとは言わない。

 今日は授業を中止とし、一旦森久保は実家に戻ってご両親と相談を――」

 

「……ぁの、相澤さん」

 

 だがその言葉の途中。

 森久保が小さな声で、おずおずと手を上げて相澤に声をかけた。

 

「選択肢が1つ、足らないと思うんです……けど……」

 

「1つ……?」

 

「……は、はい……。

 み、3つ……このまま雄英高校に……ヒーロー科で入学する……です」

 

 森久保の口からまさかそのような言葉が出るとは思わず、相澤の細い目が見開かれる。

 

「……ヒーローは目指さないんじゃないのか」

 

「……」

 

「ヒーロー科は雄英高校の華であり金の卵達の集まりだ。

 だがそこでの道は、ヒーロー以外の道はないに等しいぞ。

 訓練は桁外れに厳しいし、実践としてヴィランと戦闘をすることだってある。間違いなくな。

 折角友達になった人が目の前で傷つく事も、普通にあるかもしれないんだぞ」

 

「――も、もりくぼは……っ!」

 

 何かを堪えるように森久保は一旦言葉を区切る。そして胸に手を当てて深呼吸をすると、

 目の端に涙を貯めて、相澤を()()()()()、震えた声で主張し始めた。

 

 

「もり、くぼは……ヒーローに最も遠い……人、です……」

 

「何をしても、駄目で……お、臆病で……人見知り、で…」

 

「……自分がヒーローと名乗る事なんて、世間様に申し訳が、立たないと、思ってます……」

 

「でも……でも、この前の事件で……気付きました……」

 

「大切な人が……ヴィランに襲われてる時に……」

 

「もりくぼはただ、それを眺めて……他のヒーローに頑張れって言うしかないのが……いや……すごくいや、だって事が……」

 

「暴力は、嫌い……血を見るのは、嫌い……この"個性"も、嫌い……」

 

「でも、大切な人が傷つくのは……もっと、嫌い……!」

 

「自分なんかが……ヒーローになれるかは……分かりません……。

 だけど……もりくぼの、森久保の個性がそんなに強力なら……」

 

「もりくぼは……もりくぼはもうちょっとだけ……頑張ってみたいです……。

 一旦高校に、入って……自分がヒーローになれるか……考えてみたい…です……」

 

 

 自らの内に込められた思いの丈を。覚悟を。

 その全てを吐き出すつもりで、森久保は、相澤相手に言い切る。

 時々つっかえながら、それでも最後まで吐露すると……緊張の糸が解けたのか。森久保は小さく荒い息をつき、息を整え始めた。

 相澤はそんな彼女の独白を聞いて――やがて口を開いた。

 

「お前が選んだ道は、茨の道だ」

 

「……」

 

「数多の困難が待ち受けているだろうし、俺も高校も、お前に困難を押し付けるだろう。

 乗り越えられなければ、容赦なく切り捨てられる。そんな世界だぞ」

 

「……はぅぅ」

 

「だがそれでも。いいんだな?」

 

「…………や」

 

 相澤の視線が、森久保を射抜く。

 射抜かれた森久保は、いつものように目を逸らすと……やがて小さな声で応えた。

 

 

「……やるくぼ……です……」

 

 

 




森久保の個性強すぎ?
でもいいよね、森久保なら許されるよね


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第七話

またランキング乗ったみたいで嬉しい限りです。
ガンバリマス!!


 冬の寒さ真っ盛りの2月26日。

 寮から駅まで徒歩で20分。駅から目的地まで電車で揺られて30分。

 電車が駅に着けば各扉一斉に開放。解き放たれた大量の人の波がホームに広がり、各々の意志、あるいは意志に反して改札に吸い込まれていく。

 早朝の人の波の大半は通常なら企業戦士達で構成されているが、今日に限っては違った。彼らに負けない量の学生がそこに混ざっていたのだ。

 駅を出た学生たちは黙々とある目的地に向かって歩いており、その誰もが緊張の色を顔に滲ませていた。

 

 それも当然といえば当然か。

 何せ今日は雄英高校入試、待ちに待った本番なのだから。

 

(べ、別に待って……待ってないんですけど……)

 

「森久保ちゃん平気? さっきから滅茶苦茶足笑ってるけど」

 

 満員電車で潰れくぼになり、ようやく波から脱出した森久保のメンタルは既にイエローゾーンに差し掛かっており、電車の疲労とこれから行われる入試への緊張とで青い顔色のままふらふらと目的地へと向かっている。そんな森久保の隣には彼女を気遣う存在が居た。

 それはダッフルコートとミニスカート。そして足にはタイツ、手には手袋を身につけた――というより、それらの衣類が意思を持って浮いているように見えた。

 ……当然、衣類が意思を持っているのではない。それらを身に包む存在が見えないだけなのだ。

 

葉隠(はがくれ) (とおる)

 彼女は異形系の"個性"、『透明化』を持つ透明人間である。

 身長は森久保より高く、出るとこは出て引っ込むところは引っ込むスタイルの良さそう(?)な彼女は、同じく雄英高校の入試に挑もうとしている学生であり、道中で森久保とぶつかった事を切っ掛けに、持ち前の明るさを持って森久保と打ち解け、こうして一緒に入試会場まで向かっているのだった。

 

 森久保は気持ちを奮い立たせて足の震えを何とか止めると、葉隠に気丈に振舞う。

 

「へ、へいき……平気です……」

 

「足の震えは止まったけど、今度は身体が震えてるよ?」

 

「……も、もりくぼではなく……ち、地球が震えてるんですけど……」

 

「地球の方がブルっちゃってたかー!」

 

 たはー! と言葉に出して、手袋で頭部があるらしい部分を抑えている葉隠。

 森久保は変わらず緊張していたが、誰かと一緒に歩くというのは予想外に緊張が解れるものなのか、一人でいるよりかは格段に緊張が薄れていた。……具体的には一人で全身バイブレーションをするレベルから、一部がバイブレーションするレベルにまで解れるぐらいに。

 

(人間は、孤独に生きるように作られていないんですね……。

 その中でもりくぼは、孤独を好むように作られてしまった……なんていう矛盾……、なんていう構造的欠陥……。もりくぼは、やはり欠陥品……今すぐ帰りたいんですけど……)

 

 ただ2ヶ月前に力強く啖呵を切った手前、そのような事は許されないのだが。

 

「あ、ほら見てみて森久保ちゃん! 見えてきた見えてきた!」

 

 内心で渦巻く葛藤を、頭を振ってバイバイしていると、最初から緊張など微塵も感じさせない葉隠が隣でぴょんぴょん飛び跳ねて、ある方向を指差した。

 その方向にあるのは「H」の形に見える最新鋭の巨大ビル。そう、雄英高校である。

 

 2人で道を更に進んでいけば視界の中でそのビルは更に大きくなっていき――校門の前に着いた時には、テレビやパンフレットで見るよりも遥かに巨大な威容が森久保の前に立ち塞がっていた。

 解放された巨大な門を多数の受験生がくぐって行く中、森久保はつい立ち止まって校舎を仰ぎ見てしまう。

 百聞は一見に如かずとは言うが、今自分が実物のヒーロー養成高校の前にいるのだと思うと重圧が違う。その重圧の前に、森久保の胸の鼓動は否応なく早まっていく。

 

 今から自分は、この倍率300倍の難関校に挑戦するのだ。

 自分より優秀な多数の人を蹴落として、ヒーロー科に入るのだ。

 

 出来るのか? 自分に。

 やれるのか? 自分に。

 

 考えれば考えるほどネガティブなイメージが溢れてしまいそうになり、目の前で解放されてるはずの門が、まるで威圧してくるかのように感じてしまう。

 しかし負けてられない。自分は誓ったのだ、

 自らの力で、この"個性"の力で、大切な人を守っていくのだと。

 傍らで心配そうに自分を見ている……であろう葉隠に、心配ないと思わせるためにも森久保は虚勢を張って応えた。

 

「ゆっ……ゆゆ雄英、こっ、こ高校、お、大きいですけけどお、思ったよりへ、へへ平気なき、きき、気がしっ、気がしまっ」

 

「森久保ちゃん本当に大丈夫!? 今地球の揺れ震度7くらいある!? 私全然感じないけど!」

 

「ももも、もも、もんだいもんだいなななしししでですけけど」

 

「何言ってるか分かんないから問題大アリだよ!」

 

 ――結果として、余計に心配させる事になってしまった。

 

 

 § § §

 

 

 入り口でひと悶着起こしていたのも今や昔。あっと言う間に筆記試験は終わってしまう。

 ヒーロー科を目指す少年少女達は昼食を挟んで、一路、別の会場へと誘導された。

 そこは通常の大学ホール……というより、巨大なコンサートホールのような場所で、見渡す限りの学生達がこれから始まる試験を思うが侭に待っていた。

 同級生と話合う人も居れば、1人机に向かって精神統一を図る人も居る。他校の人にライバル宣言するような人も居れば、机に突っ伏して眠っている人も居る。

 みんながみんななりに緊張を解そうとしているのが見て取れる中、森久保もちょこんと席に座って開始を静かに待っている。……が、右も左も知らない人だらけで、内心で人見知りを特技とする森久保には非常に居心地が悪く、リラックスなど出来る筈もなかった。

 せめて先程知り合った葉隠さんが居れば心強いのだが、残念ながら全席受験番号順に指定されており、「森久保ちゃん頑張ってね! 私も頑張るから!」と心強い握手と連絡先交換の後にお別れとなってしまった。森久保は神へ嘆いた。

 

「と、隣の席なんだ……き、奇遇だねかっちゃ」

 

「話しかけんな、ぶっ飛ばすぞコラ」

 

 更に言えば、隣で柄の悪い学生が自分と同じく気の弱そうな学生を恫喝しているので、倍率ドンで居心地が悪い。

 小心者の森久保は、まるで自分が責められているかのように感じて胃が痛くなってしまう。

 ここで彼を庇うような事が出来ればいいのだが、残念な事に今の森久保には他人を気遣う余裕などないと言っていい。出来るのは心のエールだけだ。

 

(ご、ごめんなさい……強く……強く生きてください……。

 もりくぼも、強く……なくていいので、細く儚く、平和に生きれるよう……が、頑張りますので……)

 

 縮こまるもじゃ髪の人の隣で同じように縮こまる森久保が、場に満たされた緊張感で順調に精神をすり減らしていけば……やがて定刻となったようだ。

 入り口の扉が閉まれば、ホール中央、教卓となる場所に誰かが進む。

 それは逆立った金髪にサングラス、首元には小型のスピーカーをつけた、見た目派手派手、HipHopでYoYoしてそうな男性。

 

 彼は教卓の前に立つと、その手にマイクすら持たずに受験生へとを声を張り上げた。

 

『今日は俺のライブにようこそー!! エヴィバディセイヘイ!!』

 

「!?」

 

 ホールの隅々まで聞こえるほどの大声に森久保は驚き、つい体が跳ねてしまう。

 跳ねた後、気まずそうに森久保が隣を見れば、もじゃ髪さんと柄の悪い金髪少年がこちらに視線を向けており、森久保は努めて冷静に、顔を赤らめながら姿勢を正した。

 

『こいつはシヴィ――――! 受験生のリスナー!!

 実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!! アーユーレディ!?  ―――YEAHH!!』

 

 受験生達がどう反応していいか分からずに沈黙で返す中、そんな様子を気にもせずにハイテンションで進める男性。彼の名は『プレゼントマイク』と言う。

 彼は相澤と同じ雄英高校の教師であり、プロヒーローであるが、相澤と違って知名度が非常に高く、自らのラジオ番組は全国で大人気であったりする……らしい。

 そのような内容を森久保の隣に座って居るもじゃ髪の少年が、感動の余り声を上擦らせながら説明口調で独り言を呟いていた。(直後、金髪の少年に、「うるせえ」と一蹴されていたが)

 

(出だしで滑ったっていうのに全然気にしてない……す、すごい……)

 一方で森久保も別のところに感動していた。

 

『入試要項通り! リスナーにはこの後、10分間の「模擬市街地演習」を行ってもらうぜ!

 持ち込みは自由! プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!! OK!?』

 

 余談ではあるが、これから行われる実技試験について森久保は事前に、相澤に贔屓にならない程度の情報を貰っている。彼曰く、大量の受験生が一気に競い合うには最適だが、「非合理的な」試験であるらしい。

 森久保が手元にある受験票に目を通せば、演習場は「B」と指定されていた。

 

『演習場には"仮想敵(ヴィラン)"を3種・多数配置してあり、それぞれの「攻略難易度」に応じてポイントが設けてある!!

 各々なりの"個性"で"仮想敵"を行動不能にし、ポイントを稼ぐのがリスナーの目的だ!! 勿論、他人への攻撃等、アンチヒーローな行為はご法度だぜ!!』

 

 プレゼントマイクは紙面に書かれた詳細を改めて説明してくれている。要するに敵を倒してポイントを集める、と言った内容であるが、森久保は紙面に書かれた仮想敵の容姿を見て泣き出したくなった。

 

(か、仮想敵……全部ロボットなんですけどぉ……)

 

 なんと配布された資料に書かれた仮想敵は、どれもこれもがロボロボしかったのだ。

 

 彼女の個性は範囲にさえ捉えてしまえば対象を無条件で気絶させてしまう、非常に強力なものであるが……当然ながら感情を有しないロボットには効かない。

 加えて森久保自身が戦闘を好む訳でも得意とする訳でもないので、尚の事厳しい。

 此処に来て始めて森久保は、相澤の言う「非合理的な試験」という意味を理解した。この試験、攻撃力のある個性が圧倒的に有利なのだと。

 

(非戦闘員用の救済措置とか、ないんでしょうか……)

(……あぅぅ、なさそうです……)

 

 焦りながらぱらぱらと資料をめくるが、どこにもそれらしき記述はない。

 今日の誕生月占いでは大吉だったので、もしかしたら労せずクリアできるかもしれない、という淡くも甘い希望は、やはり叶う筈がなかった。

 どんよりとした雰囲気が森久保の周りに漂い始める。

 森久保に釣られるように()()()周りの人もどんよりし始めたが、もしかして彼らも同じく非戦闘向けの個性持ちで、同じ悩みを持っているのだろうか、などと考えていると――

 

「――物見遊山のつもりで来てるなら即刻雄英から去りたまえ!」

 

「ひぅっ」

 

 急に飛んできた叱責に、まるで相澤に怒られたかのように森久保の体が跳ねる。

 そして会場の皆にその様子を注目されれば、森久保は再度顔を赤らめて俯く他なかった。もう帰りたくてたまらない。

 

「あ、いや。すまない。君ではなくその隣の彼に言ったのだ。紛らわしくて申し訳ない」

 

 ぴしりと背筋を伸ばした体格の良い、几帳面そうな男は見事な角度で腰を曲げて森久保に謝罪する。

 隣の彼?と森久保が恐る恐る視線を左に向ければ、もじゃ髪の人が申し訳なさそうにぺこぺことこちらに頭を下げている。森久保も頭を下げて慌てて謝り返せば、プレゼントマイクが発言を繋げ出した。

 

『オーケーオーケー受験番号7111君、ナイスなお便りサンキューな!

 四種目の敵は0P! そいつは言わばお邪魔虫だ!』

 

 どうやら男性の叱責の前に、何かしらの質問をしていたようだ。

 集中が途切れてしまった事を迂闊に思い、森久保は再度気を引き締めて説明に聞き入る。

 プレゼントマイクの説明を聞く限りでは3種のポイント対象の敵以外に、4種目の敵が存在しており、それは倒してもポイントは得られず、また倒すのに一苦労する敵のようだ。どう足掻いてうま味は無い。避けて通る方が無難だろう。

 

(……お邪魔キャラを避けながら、敵を倒すのは……むーりぃー……)

 

 幸いな事にお邪魔キャラは各試験会場に1体しかいないようだが……精々出会わない事を祈る他ない。

 これが時間以内に捕まらないのを目的とするなら、この3年間で逃げ足がかなり鍛わったと自負しているのでまだ気が楽なのだが……などと森久保が益体もない事を考えれば、プレゼントマイクはアナウンスをこう締めくくった。

 

 

『俺からは以上だ!! 最後にリスナーへ我が校"校訓"をプレゼントしよう。

 かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!

 「真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者」と!』

 

 両手を広げ、彼は受験生達を仰ぎ見た。

 

 

Plus Ultra(更に向こうへ)! それでは皆、良い受難を!!』

 

 

 

 

 

 説明の後、受験生達が指定のバスに乗って向かった先は、超巨大な仮想市街地。

 都市ひとつをまるまる試験会場にしようというのだから雄英って凄い。と言うか、どれだけお金を持っているのだろうと、森久保は街の入り口前でぼーっと考えてしまう。

 

 これから競い合う予定の受験生達は皆意気揚々に準備をしている。

 "個性"のチェック、装備のチェック、準備運動、精神統一、etcetc...。

 森久保の目で見渡す限りでは皆が皆自信が溢れており、自らの自信のなさと対比すると非常に眩しく見えてたまらない。正直自分は場違いに感じてしまう。帰りたい。

 だがあの日、相澤に自分から宣言した以上、既に自分は引き返せない所まで来てしまったのだ。

 前に進むしかない。

 森久保は相澤のと同じ、強化繊維で出来たマフラーを身に纏いながら、小さく拳を握る。

 

(や、やれるやれる……できるできる……。

 やらなきゃできない……ぷ、ぷるすうるとら~……あは、はは……)

 

 涙目になりながら半ばヤケ気味に自分を奮い立たせて居ると――自分の視界の片隅に気になる人物が居た。

 異形系個性の持ち主だろうか? ごつごつした岩を切り出したような顔を持つ異形の姿の少年?が、どこか親しみを覚える雰囲気を纏い、悲壮な顔を浮かべながらぷるぷると震えていたのだ。

 

 森久保は一瞥して、瞬時に悟った。彼は間違いなく同属である、と。

 

 自信のなさが顔にも仕草にも見て取れる。

 恐らく彼は生来の臆病で、気が弱く、人と群れる事が苦手なタイプ。

 自分と同じく孤独を好み、さりとて孤独故に悩む、同士――!

 

 森久保が彼の事をじっと見ていると、向こうもこちらに気付いたようだ。

 視線が合いそうになると、さっと同時に目を逸らした2人は……その後、互いに力ない笑みを見せた。

 

(……お互い……頑張りましょう……)

 

(が、頑張ろう……!)

 

 テレパシーではないが、同族にだけ分かるアイコンタクトを取って、少し和む森久保。

 だが心穏やかで居られる時間など、森久保には既に残されていなかった。

 

『はい、よーいスタートです』

 

 監督役なのだろうか。先程の角ばった少年より更に四角い顔を持った男性。――プロヒーロー『セメントス』が、マイク片手に何気なく試験の開始を告げた。

 カウントも何もない、唐突な宣言に受験生達は困惑の表情を隠せず、不思議な沈黙に場が包まれてしまう。

 

『どうしましたか? 実践じゃ掛け声なんてありませんよ。

 もう試験は始まっています』

 

 追加の一言で受験生達は我に返り――一気に市街地へと駆け出し始めた。

 

 

 ――ついに、雄英高校実技試験が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 



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